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2016年3月の記事

2016年3月31日 (木曜日)

ピアノ・トリオの代表的名盤・51

ジャズって裾野が広くて、ジャズを散々聴いて来ても、この盤はあんまし見たこと無いなあ、という盤が沢山ある。さすがに40年以上も聴き続けて来たので、どこかで見たことがある盤なんだが、その内容は全く記憶に無い、という盤は沢山ある。

先日出会った盤が、Duke Pearson『Bag's Groove』(写真左)。アルバムの品の無いジャケットを見た瞬間は「なんじゃこれ、知らんなあ」だったんだが、収録曲を眺めて「あれ、これって」と思いだし始め、タイトルを見て、ああ、この盤、聴いたことある、というか持ってるやん(笑)。

手に入れたのは、20年位前かなあ。久し振りやなあ、とトレイに載せてスタート・スイッチを押す。冒頭の「I'm An Old Cowhand」のキュートで小粋な小唄の様な、味わう深いアドリブ・フレーズに、このピアノ・トリオ盤は「只者では無い」と直感する。肩のこらない軽いタッチと豊かなメロディ。ピアソンのピアノが豊かでファンキー。

1961年8月の録音。ちなみにパーソネルは、Duke Pearson (p), Thomas Howard (b), Lex Humphries (ds)。このパーソネルを見ただけでも「渋いなあ」と直感する。とにかく、まずはリーダーのピアソンのピアノが出色の出来。軽いタッチでありながら、良く鳴るフレーズは個性的。さらりと弾き流す感じなんだが、ファンクネスはしっかりと入っている。
 

Duke_pearson_bags_groove

 
選曲も良くて、ポップなアレンジで聴き易く耳に馴染む。4曲目の「Exodus(栄光への脱出)」は、ジャズにアレンジするのは、ちょっと難物だと思うんだが、原曲の良さをしっかりと残しつつ、ポップなジャズとして楽しく聴かせてくれる。5曲目のタイトル曲「Bags Groove」は実に品が良い。品の良いファンクネス、ベタベタしないサラッとしていてブルージー。

CD(写真右)やLPではなかなか手に入りにくい盤なんですが、最近、ジャケット違いですが、ダウンロード・サイトで入手できるようで、まずは「めでたいこと」です。 アルバム全体を聴き通した後で思うのは、この盤ってピアソンのトリオ作品の中で一二を争う出来ではないだろうか。 

こういうピアノ・トリオ盤があったりするから、ジャズは気が抜けない。ジャズ本で紹介されることはほぼ皆無、マーケットに在庫はまず無い。そういう盤って通常は「聴く価値無し」の盤のはずでなんですが、これが違うんだからジャズは面白い。これだけの内容を誇る盤だったら、常時、マーケットで流通していても良いと思うんですがねえ。

良いアルバムです。ピアノ・トリオの演奏として、しっかりとアレンジされ、整理整頓された粋なピアノ・トリオ盤としてジャズ者万民にお勧めです。ピアソンを再認識しました。ピアノ・トリオの代表的名盤の一枚として、謹んで選定させていただきました。

 
 

震災から5年。決して忘れない。まだ5年。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから、ずっと復興に協力し続ける。 

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2016年3月30日 (水曜日)

80年代のロリンズを表した好盤

ソニー・ロリンズの聴き直しを再開している。1980年代半ば、ジャズ界は、ウィントン・マルサリスを中心とする「新伝承派」が、純ジャズ復古の大号令をかけて、ネオ・ハードバップ、ネオ・モーダルな演奏を繰り広げつつあった時代。

しかし、我らがロリンズは、そんなジャズ界のトレンドなど「何処吹く風」。今から振り返ると、この1980年代半ば、という時代は、ロリンズにとっては、揺るぎの無いロリンズだけの「永遠のスタイル」を確固たるものにした時代ではなかったか、と思っている。

1987年のロリンズと言えば、Sonny Rollins『Dancing in the Dark』(写真左)。1987年9月の録音になる。ちなみにパーソネルは、Sonny Rollins (ts), Clifton Anderson (tb), Mark Soskin (p), Jerome Harris (el-b, g), Marvin "Smitty" Smith (ds)。ドラムに、マーヴィン・スミッティ・スミスが座る。

冒頭の「Just Once」のロリンズのテナーを聴くだけで「ああ、ロリンズってええなあ」と心から思ってしまう。フュージョンっぽい、聴き心地の良いポップなバックを従えて、ロリンズは鼻歌を歌うように、大らかにテナーを吹き上げる。しみじみと聴き入ってしまう。

続いて、転がる様に元気で明るいロリンズのオリジナル「O.T.Y.O.G.」。ここでもロリンズは吹きまくる吹きまくる。なんて体力なんだ。3曲目のバラード「Promise」での、ジェローム・ハリスのエレベのソロを聴くと、エレベでのジャズもありやなあ、と思い返す。純ジャズにエレベは合わないのでは無い。エレベにはエレベなりの弾き方があるんやなあ、と感じ入る。
 

Dancing_in_the_dark1

 
そして、やって来ました十八番のカリプソ。4曲目「Duke Of Iron」はご機嫌で陽気なカリプソ・ジャズ大会。やはり、ロリンズのカリプソは良い。陽気で大らかでダイナミックなカリプソ・ジャズ。ロリンズの面目躍如である。

グループ・サウンドとしては、やはりマーヴィン・スミッティ・スミスのドラミングに新しい雰囲気を感じる。ロリンズの傍らでフロントをとるクリフトン・アンダーソンのトロンボーンが効いている。決して、音的にロリンズのテナーの邪魔をしない、ロリンズのテナーに寄り添う様なユニゾン&ハーモニーは絶品。

マーク・ソスキンのピアノは控えめだが、趣味の良いフレーズでロリンズのテナーにアクセントを付ける。ロリンズのテナーを惹き立てせるピアノ。ピアノ嫌いのロリンズが敢えて採用したソスキンのピアノ。このアルバムのソスキンのピアノを聴けば、その理由が良く判る。

アルバムを通して、大らかで明るくて元気なロリンズのテナーが印象的な好盤です。ジャズ盤の紹介本でも、ロリンズ盤の紹介本でも、あまりクローズアップされないアルバムなんですが、どうしてどうして、グループ・サウンドとしても充実していて、1980年代のロリンズを良く表した好盤だと思います。

 
 

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2016年3月29日 (火曜日)

現代の「ギター・フュージョン」

2015年度もユニークで将来が楽しみな新人がいた。「Linder Bros(リンダー・ブラザーズ)」である。スウェーデン出身のベースを担当するヘンリックと、ヘンリックの弟でギタリストのエリックによるプロジェクト。

レッド・ホット・チリ・ペッパーズのフリーに憧れたというロック少年だったヘンリック。そして、パット・メセニーやアラン・ホールズワースを敬愛する弟エリック。そんな兄弟二人のユニットの音楽性は「ロックとジャズの融合」。クロスオーバー寄りのフュージョン・ジャズである。

デビュー作の『Linder Bros』(写真左)を聴けば、その(我々からすると懐かしい響きのする)彼らの音楽性が良く判る。一言で表現すると「バカテク・ギター・フュージョン」。ぱっと聴いた印象は「これって、CASIOPEAのフォロワーやん」である。

バカテクのギターがギュンギュンとカッ飛びフレーズを弾きまくり、チョッパーなエレベがブンブン唸る。ドラムはマシンガンの様な高速ビートを叩き出す。この高速ポリリズムなドラミングの主は「ジョナサン・リュンベルグ」。
 

Linder_bros1

 
そして、そんなバカテクなギターに相対し対抗するキーボードがこれまた凄い。弾きまくるだけで無い、緩急自在に印象的なフレーズを奏でる凄腕キーボードは「クリスチャン・クラフトリング」。ロックとフュージョンの間を取った様なフレーズと響きは実にユニーク。

若さ溢れるバカテク・ギター・フュージョン。初期の頃のCASIOPEAそっくりである。一曲目のバッキングはスティーブ・ルカサーを意識したとか。なるほど「ルカサー」か。ところどころ、アラン・ホールズワースの様なギター・フレーズが見え隠れする。いや〜、実に爽快なギター・フュージョンである。

このデビュー盤を聴くと、弟の音楽趣味が兄貴に良い意味で影響を与えたんやなあ、と微笑ましく思える。DIMENSIONやT-SQUAREやCASIOPEAという日本のフュージョン・バンドに対する限りないリスペクトの念が溢れんばかりのアルバムである。ギターにはアラン・ホールズワースやジェフ・ベックの面影を、ベースには、ジャコ・パストリアスやマーカス・ミラーの面影を感じる。

いや〜、まだまだこういったギター・フュージョンなバンドが現れ出でるんやねえ。しかも、20世紀のギター・フュージョンの音よりも進化した響きとフレーズを聴かせてくれるのが、これまた頼もしい。次作が既に楽しみとなっているLinder Bros(リンダー・ブラザーズ)である。

 
 

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2016年3月28日 (月曜日)

ナベサダさんのビッグバンド盤

2015年度も今月で終わり。先月辺りから、ジャズ界の2015年度を振り返って好盤を聴き直す、なんて、ジャズ雑誌みたいな事をやっている。

2015年度はボックス盤などの企画盤に目立ったものは無かったし、新譜も大々的な話題をさらった盤も無かったなあ、と思って、今年度はイマイチだったか、と思いながら選盤していたら、意外と多くの好盤がピックアップされた。案外、2015年度もジャズにとって良い一年だったのかも、と思いつつ好盤を順に聴き直している。

今日の好盤は、渡辺貞夫『I'm with You』(写真左)。014年12月14日Bunkamuraオーチャードホールにてライヴ録音。村田陽一ら日本のトップ・ホーン・プレイヤーによって構成されたスペシャルなビッグ・バンドとの共演。アルバムの宣伝文句を見ると「60年を越えるキャリアの中で初めて、自身のオリジナル曲で固めたビッグバンド盤」とか。へ〜そうなんや。

非常に洗練されたビッグバンドのアレンジ。ビッグバンドの音が邪魔にならない。ビッグバンドの音をバックに、ナベサダさんのアルト・サックスがクッキリと浮かび上がる。クッキリと浮かび上がると良く判る、ナベサダさんのアルト・サックスの音の伸びの良いこと。そして、アルト・サックスが実に良く「鳴っている」。ナベサダさん、まだまだ第一線現役である。
 

Im_with_you

 
バックのリズム・セクションが良い音を出している。この音の粘りと漂うファンクネスは日本人のものでは無い、と目安を付ける。そして、調べるとやっぱりと納得する。イエロー・ジャケッツのキーボード奏者である、Russell Ferrante (key)。ウェザー・リポートなどで活躍したドラマーである、Peter Erskine (ds)。そして、粘りのある骨太でファンキーなベース音が嬉しいベーシスト、Edwin Livingston (b)。

この外国人リズム・セクションがコンテンポラリーな良い音を出しているのだ。この外国人リズム・セクションの存在、彼らの奏でるコンテンポラリーな音が、このナベサダさんの、自身のオリジナル曲で固めたビッグバンド盤を決して「懐メロな盤」にさせない。この外国人リズム・セクションとナベサダさんのアルトだけでも、実にコンテンポラリーな純ジャズな音がする。カルテット構成、ナベサダさんのワンホーンで聴いてみたい。

この盤、2015年3月のリリースで、約半年ぶりに聴き直した訳ですが、やはり「良いものは良い」。ジャズがポップス音楽のひとつだと言うことを思い出させてくれる、楽しい演奏がギッシリ詰まっています。ジャズは聴いて楽しむ音楽なんだ、って改めて思いました。ナベサダさんの面目躍如なビッグバンド盤です。好盤です。

 
 

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2016年3月27日 (日曜日)

音楽喫茶『松和』の昼下がり・33

1950年代のハードバップの時代は、ジャズの最も充実した、最も創造的な時代だった。ジャズ盤紹介本やジャズ雑誌などに毎度毎度紹介される定盤意外にも、無名の盤や何の変哲も無いジャケットな盤にも、これは、といった充実した内容のものがゴロゴロしている。

例えば、この、Kenny Dorham And Jackie McLean『Inta Somethin'』(写真左)。ジャケットも平凡と言えば平凡。それでも、ケニー・ドーハムとジャキー・マクリーンの名前が並列で並んでいるところを見れば、この盤はなんだか、もしかしたら、という気分にさせられる。

実際、この盤は、1961年11月、San Francisco の The Jazz Workshopでのライブ音源で、ケニー・ドーハムとジャキー・マクリーンが結成した双頭クインテットが西海岸へ遠征したものを捉えたライブ盤になります。彼らにとっては初めての米国西海岸でのツアーだったらしく、何時になく、演奏に気合いが入っている様子が伝わってくるような、溌剌とした演奏がこのライブ盤に詰まっています。

ちなみにパーソネルは、Kenny Dorham (tp), Jackie McLean (as), Walter Bishop Jr. (p), Leroy Vinnegar (b), Art Taylor (ds)。ベースに、西海岸のベーシスト、リロイ・ビネガーが入っているので、西海岸に来ての即席クインテットだと思うが、メンバーそれぞれがかなりの実力の持ち主なので、グループ・サウンドとして実に充実した内容になっています。
 

Inta_samethin

 
ケニー・ドーハムのトランペットが良く鳴っています。ドーハムは意外と好不調の波があると睨んでいるのですが、このライブ盤でのドーハムは好調の部類。バックのピアノ・トリオとの相性が良いのでしょうか。好調時のドーハムは、中音域中心に端正で良く鳴るトランペットで、聴いていて心地が良いものです。

マクリーンはアドリブ・フレーズに少しずつ工夫を凝らしている様に聴こえます。マクリーンは常にジャズのトレンドに気を配り、その時代その時代にあったジャズのスタイルにチャレンジしていった「進化のジャズメン」でした。ここでも、従来のアドリブ・フレーズに工夫を凝らして、マンネリに陥らないよう努力している風です。モーダルなフレーズが見え隠れするところが実にマクリーンらしい。

バックのリズム・セクションも堅調なバッキングを繰り広げていて好感が持てる。安心してフロントのドーハムとマクリーンが吹き上げているのが伝わってくる。特に、録音機会があまり多く無い、ピアノのウォルター・ビショップ・ジュニアのバッキングの様子は興味深く聴くことが出来る。

何の変哲も無いハードバップのライブ盤なんですが、演奏が結構充実していて、良く聴けばマスターテープに問題があるらしく、音がよれる箇所があるんですが、そんなことも気にならない、聴いて楽しいライブ盤です。

 
 

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2016年3月26日 (土曜日)

圧倒的に吹きまくるロリンズ

ロリンズの全アルバムの聴き直しを再開した。1986年のライブ盤からの再開。ジャズ界は「純ジャズ復古」のムーブメントの真っ只中を進んでいたのだが、ロリンズは、最早そんなトレンドなどには左右されない。ロリンズはもう「ロリンズ節」としか言いようのない、ロリンズ独自のフレーズを吹きまくっている。

そんなロリンズ節吹きまくりのライブ盤がこれ。Sonny Rollins『G-Man』(写真左)。1986年8月16日、ニューヨークのソーガティズにある「Opus 40」でのコンサートでのライブ録音である。Sonny Rollins (ts), Clifton Anderson (tb), Mark Soskin (p), Bob Cranshaw (el-b), Marvin "Smitty" Smith (ds)。テナーとトロンボーンの2管フロントのクインテット構成である。

収録された曲は全てロリンズのオリジナル。スタンダード皆無のストイックな内容です。このライブ盤でのロリンズはとにかく吹きまくります。まず、冒頭のタイトル曲「G-Man」を聴き通してビックリ。約15分の長尺演奏なんですが、なんとロリンズのソロだけが延々と続きます。マンネリや繰り返しにならない創造性豊かなフレーズにもビックリですが、15分間、ソロを吹きまくる体力にもビックリです。

2曲目の「Kim」はロリンズお得意の大らかで朗々とした「ゴキゲン調」の演奏ですが、トロンボーンやピアノのソロが好調です。この日のロリンズ・バンドの好調さがこの2曲目の演奏を聴いていて良く判ります。そして、この「ゴキゲン調」をバックで煽り鼓舞するドラミングがこれまた見事。マーヴィン・スミッティ・スミスの面目躍如ですね。
 

Sonny_rollins_gmen

 
3曲目の「Don't Stop The Carnival」は、これまたロリンズお得意の「カリプソ調」の演奏。この演奏で、ボブ・クランショウのエレベの響きに耳を奪われます。前の1〜2曲目の演奏でも、このクランショウのエレベの響きの素晴らしさに気がつくのですが、この3曲目の演奏で、その「気づき」が「確信」に変わります。実はこのライブ盤でのクランショウのエレベは素晴らしい。アコベにひけをとらないエレベの響き。このレベルであれば、純ジャズにおいてエレベも「アリ」ですね。

ラストの「Tenor Madness」はハードバップ時代のロリンズの名曲ですが、バンド全体が一体となって、ソロ・フレーズを吹きまくり、弾きまくり、叩きまくります。この一体となった演奏野中で、ロリンズは限りなく自由なアドリブ・フレーズを吹きまくります。決してアブストラクトに、決してフリーキーにならないロリンズの自由なアドリブ。一瞬、コルトレーンの自由なアドリブを思い出しました。

実はこのライブ盤、録音状態はまあまあなレベルでそれだけが「玉に瑕」なのが実に惜しい。それでも、まずまず聴けるレベルではあるので、まずはロリンズ者(ロリンズ・ファン)の方々にはマスト・アイテムでしょう。これだけ圧倒的迫力を持って、全編吹きまくるロリンズは実に魅力的です。

 
 

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2016年3月25日 (金曜日)

ジャズ喫茶で流したい・77

最近、日本のフュージョン・ジャズ盤のリイシューが相次いでいて、1970年代後半から1980年代前半のフュージョン全盛期にリリースされた、懐かしのフュージョン盤がズラリである。

そう言えば、あれから約30年以上が経っている訳で、アルバム毎の印象が正しく記憶しているものもあれば、何だか、別のアルバムと取り違えて、そのアルバムに対する印象の記憶が全く合致していないのもある。これは困ったことである。ということで、最近どしどしリイシューされている日本のフュージョン盤を聴き直しのが一番という結論になる。

今日はこのアルバムを聴く。本多俊之『スーパー・カルテット』(写真左)。1986年のリリース。ちなみにパーソネルは、本多俊之 (sax), 本田竹曠 (p,key), 古野光昭 (b), 日野元彦 (ds)。このパーソネルを見れば「むっ」と一瞬思うんだが、このアルバムのジャケットを見れば「ふうん」と穿った見方をしてしまう。

しかも、このアルバムのリリースが1986年。日本はバブル景気真っ只中。ジャズが、にわかセレブのファッションとして聴かれ、爽やかで耳当たりの良い、ジャズなのかイージーリスニングなのか良く判らない、底の浅い電気楽器中心のフュージョン盤が横行していた時代である。そこにこのジャケットである。

どうせこのアルバムもそんな底の浅いペラペラのフュージョン盤なのだろう、と軽く考えて、片隅にうっちゃっていた。しかし、最近、この盤のパーソネルを思い返して、いやいや、このパーソネルなら、そんなペラペラなフュージョン盤では無いやろう、ということでやっと、このアルバムに触手が伸びた。
 

Super_quartet

 
聴いて見て「あらビックリ」。どうも、このジャケットに惑わされて、別のアルバムと取り違えて、このアルバムに対する印象の記憶が全く合致していないことに気がついた。冒頭の「キャント・テイク・アウェイ・フロム・ミー」を聴けば良く判る。これは実に硬派なコンテンポラリーな純ジャズである。

本田竹曠のピアノが良い。筋金入りのバップ・ピアノがフレーズの底に見え隠れする。エレピは切れ味良く素性が良い。これは純ジャズのキーボードの音である。そして、日野元彦のドラムが良い。エモーショナルな側面を内に秘めつつ、趣味の良いライトなドラミングを披露する。芯のしっかり入った、純ジャズのジャジーでライトなドラミングである。

そして、このアルバムの「聴きどころ」のひとつである古野光昭のベースは、これこそ全くのところ、フュージョンのジャズでは無い。古野のベースこそ、コンテンポラリーな純ジャズのベース。フュージョン・ジャズのベースに比べると明らかに地味なんだが、どうして、その堅実なテクニックを駆使して、演奏全体のベースをしっかりと掴んで支える。

そんなコンテンポラリーな純ジャズ基調のトリオをバックに従えて、これまた本多俊之のサックスがジャジーにブルージーに吹き上げられていく。これが実に良い。サックスが実に良く鳴っている。耳当たりの良いフュージョンなサックスでは無い。硬派で芯の入った純ジャズなサックスである。

いや〜ビックリしました。冒頭の「キャント・テイク・アウェイ・フロム・ミー」を聴いてビックリ驚いて以降、ラストの「モリタート」まで一気に聴き通してしまいました。意外や意外、嬉しい意外が重なった好盤です。

 
 

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2016年3月24日 (木曜日)

サンボーンはライブ盤が一番

デビッド・サンボーンほど、誤解され易いジャズメンはいないだろう。彼のアルバムの音作りは、1975年のデビューなのでフュージョン・ジャズなんだが、フュージョンというよりは、後の「スムース・ジャズ」の先駆け的な音と言った方が合点がいく。

その耳当たりの良い、ちょっとセクシーな音が当時の若者に大受けとなり、1970年代後半から1980年を越えた辺り、サンボーンは大受けにうけた。しかし、彼の音楽の聴かれ方は「ファッション」としての聴かれ方であったり、何かを「しながら」のながら聴きといった聴かれ方であったり、彼の音楽の本質を理解し、その本質を見極めて聴かれる、本来のあるべき「聴かれ方」からはほど遠いものだった。

フュージョン・ジャズとして売れに売れたことから、いきなり「コマーシャルなジャズメン」の烙印を押されたり、フュージョン・ジャズの人気者であるが故、純ジャズ者の方々からは「取るに足らないチープなジャズ」と誤解され、サンボーンの名を聴くだけで、あからさまに嫌な顔をするジャズ者の方々も多かった。

でも、ですね、サンボーンって、テクニック優秀、硬派で素性の確かなアルト・サックス奏者なんですよね。サンボーンのアルトは実によく「鳴る」。ブラスの響きをブルブル言わせて、時に「キュイーン」と絞り上げるような金属音のような吹き上げが見事。ギル・エバンスのマンディ・ナイト・オーケストラにも参加していたり、純ジャズやらせても一流なアルト・サックス奏者なんです。
 

Straight_to_the_heart

 
そんな、テクニック優秀、硬派で素性の確かなアルト・サックス奏者としてのサンボーンを感じさせてくれるライブ盤がある。David Sanborn『Straight to the Heart』(写真左)である。1984年のリリース。主だったパーソネルは以下の通り。David Sanborn (as), Marcus Miller (b), Hiram Bullock (g), Don Grolnick (key), Michael Brecker (ts), Randy Brecker (tp), John Faddis (tp), Buddy Williams (ds), Ralph MacDonald (per)。

バックはフュージョンの優秀どころがズラリ、そして演奏は「絶好調」。そんなバックを従えて、サンボーンはアルトは実に気持ちよさそうに吹き上げる。真のインプロバイザーとしてのサンボーンが実に輝かしい。とにかく、彼のアルトはよく「鳴る」。そして、指がよく「回る」。エモーショナルなアドリブ・フレーズもあれば、語りかける様なアドリブ・フレーズもある。引き出しの多い、バリエーション豊かなフレーズ。

フュージョンというよりは「スムース・ジャズ」の先駆けとして、今の耳で振り返って聴く方が、このアルバムのサンボーンの凄みを感じることが出来る。純ジャズに置き換えても、十分に通用するアルト・サックスのテクニックと歌心は、このライブ盤から思いっきり伝わってくる。

サンボーンのアルバムの中でも白眉の出来。サンボーンのアルバム・コレクションから、このアルバムは外せません。サンボーンのアルトの特徴が良く出ていて、一気に聴き通してしまいます。良いライブ盤です。

 
 

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2016年3月23日 (水曜日)

こんなアルバムあったんや・59

ジャズの拠点は、ニューヨークやロスアンゼルス、サンフランシスコばかりでは無い。デトロイトやシカゴもジャズの拠点として有名である。特に、デトロイトとシカゴは、後にニューヨークに進出して有名になったジャズメンの若かりし頃の活動拠点として、つとに有名である。

そんなデトロイト出身のジャズメンで固めた、渋い内容のハードバップなアルバムが2枚ある。『Jazzmen Detroit』(写真左)と『Motor City Scene』(写真右)である。

『Jazzmen Detroit』は誰がリーダーという訳ではないみたい。1956年4月と5月の録音。ちなみにパーソネルは、Kenny Burrell (g), Tommy Flanagan (p), Pepper Adams (bs), Poul Chambers (b), Kenny Clarke (ds)。ピアノのトミー・フラナガン、ギターのケニー・バレル、そしてベースはポール・チェンバースは生粋のデトロイト出身。バリサクのペッパー・アダムスはデトロイト近郊のグロスポイントビレッジだが、デトロイト出身としてよいだろう。

『Motor City Scene』は、一応、ペッパー・アダムスとドナルド・バードがリーダー格。1960年の録音。ちなみにパーソネルは、Kenny Burrell (g), Tommy Flanagan (p), Pepper Adams (bs), Poul Chambers (b) までは前の『Jazzmen Detroit』と同じ。Donald Byrd (tp),  Louis Hayes (ds)。ペッパー・アダムスをデトロイト出身とすれば、ここでは全員がデトロイト出身で固められている。
 

Jazz_men_detroit_moter_city_scene

 
どちらの盤も、Kenny Burrell (g), Tommy Flanagan (p), Pepper Adams (bs), Poul Chambers (b) の4人が被っているので、演奏の雰囲気は似通っている。一言で言うと、ゆったりとした渋い雰囲気のハードバップである。どちらのアルバムもこの被っている4人の演奏が良い。出身が一緒という気安さも手伝ってか、実にリラックスした、それでいてしっかりと楽器を鳴らした好演が詰まっている。

『Motor City Scene』では、ドナルド・バードのトランペットがやけに元気だ。トランペットという楽器がよく「鳴っているなあ」という気分になる。輝かんばかりのブラスの響き。ハードバッパー、ドナルド・バードの面目躍如である。そして、意外とルイス・ヘイズのドラムが良い。1960年の録音ということもあるが、当時のハードバップとして、とてもコンテンポラリーな響きはルイス・ヘイズのドラミングに依るところが大きいと感じる。

いずれにしろ、ハードバップとして「とても渋い内容」で、楽器の音の強弱、楽器毎の音の高低のメリハリが明確で、IPhoneにイヤホンというアウトドアでのリスニングよりは、しっかりとしたジャズ喫茶でのしっかりとしたステレオ・セットである程度の音量でジックリと聴きたい音源である。

どちらの盤のアルバム・ジャケットも小粋で洒落たイラスト中心のデザインでジャズっぽくて秀逸。こんなアルバムは、ジャケットを見ながら、春から夏の昼下がりにウトウトしながら聴き流すのが心地良くて最適。ジャズ本なんかで紹介される派手な盤ではありませんが、とにかく渋くて小粋な好盤です。

  
 

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2016年3月22日 (火曜日)

マルサリス兄ちゃんの個性

1980年代、純ジャズ復古の中心となった「マルサリス一族」。お父ちゃんが「エリス・マルサリス」。兄ちゃんが「ブランフォード」、二番目の弟が「ウィントン」、三番目の弟が「デルフィーヨ」、末の弟が「ジェイソン」。皆、ジャズメンである。

このウィントン一族のメンバーそれぞれが奏でるジャズを聴いてきたが、真ん中の弟ウィントンが一番生真面目で遊び心が少ない様に感じる。この10年は四角四面に純ジャズを追求するあまり、ジャズの発祥と言われるニューオリンズの「デキシーランド・ジャズ」にまで遡ったりしたりで、それはそれは聴く方も大変である。

その真ん中の弟に対して、長男、兄ちゃんのブランフォード・マルサリスは「天才肌」のジャズメンである。テクニックは優秀、兄ちゃんのテナーの音、フレーズは印象的。その吹きっぷりは理詰め、理屈の類では無く、本能のおもむくままに吹きたい様に吹くと入った塩梅だ。

この世代のテナー奏者は皆こぞって「コルトレーンのフォロワー」たらんとするのだが、マルサリス兄ちゃんは違う。どちらかと言えば、ソニー・ロリンズの雰囲気が、マルサリス兄ちゃんのテナーのフレーズに漂っている。やりたいフレーズを吹き、純ジャズには過度に拘らない。今の耳にも実にユニークなテナーマンである。

そんなマルサリス兄ちゃん、ブランフォード・マルサリスの個性を感じるには、デビュー盤辺りが一番良い。ということで、我がバーチャル音楽喫茶『松和』では、ブランフォードの個性を感じるための盤として、この2枚をいつも紹介している。Branford Marsalis『Scenes In the City』(写真左)と『Royal Garden Blues』(写真右)の2枚である。
 

Scenes_in_the_cityroyal_garden_blue

 
デビュー盤の『Scenes In the City』では、ブランフォードの考える「コンテンポラリーな純ジャズ」の枠組みを感じることが出来る。冒頭の「No Backstage Pass」のテナーとベースとドラムというピアノレスのトリオでの即興のブルース。骨太なテナー、そして、閃き一発勝負なアドリブ。ロリンズをストイックにした様なテナーに思わず耳をそばだてる。

二曲目のタイトル曲がその「枠組み」を物語る。それは、通りを歩く男の靴音から始まり、ジャズクラブのドアを開けるところから始まる。主にナレーションとバックに流れる演奏で作られた「寸劇」の様なジャズ。ブランフォードにとっては、これもジャズなのだ。融合の音楽であるジャズ。ブランフォードはジャズに演劇をも融合する。

そして、ブランフォードのテナーの個性を思いっきり体験するには、セカンド盤の『Royal Garden Blues』が最適だろう。この盤ではとにかくブランフォードはテナーを心ゆくまで吹きまくる。ベースは3人、ドラムは4人、ピアノは4人、取っ替え引っ替え入れ替えて、曲毎の印象は目まぐるしく変わるが、ブランフォードのテナーの個性は意外と「ぶれない」。

朗々と閃き一発勝負なアドリブを吹きまくるブランフォードは、セカンド盤で既に一流のテナーマンとして、その個性を確立している。ブランフォードは、素性は確か、比類無き才能を持った、類い希なるテナーマンであった。このセカンド盤を聴けば良く判る。ワンホーンで豪快に吹きまくるブランフォードは実に魅力的だ。

今までの言動や跳んだり跳ねたりする作風で、どうも日本ではその人気はイマイチなのだが、僕はそんなブランフォードが意外と気に入っている。改めて、ブランフォードのリーダー作の聴き直しを進める所存である。

 
 

震災から5年。決して忘れない。まだ5年。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから、ずっと復興に協力し続ける。 

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2016年3月21日 (月曜日)

ディ・メオラのビートルズ盤

ジャズは結構な数のビートルズのカバー盤を出している。ジャズの大衆音楽としての成熟時期に、ビートルズは英国から米国に上陸してきた。ビートルズの人気の勢いは凄まじいばかりであった。それに便乗するのが、大衆音楽のジャズとしての「手っ取り早い」対抗策だった。

しかし、ジャジーなマイナー調が基本のジャズに、あの当時、革新的なコード進行を持ったビートルズの楽曲とは相性があまり良く無かった様な気がする。大量に制作された、ジャズのビートルズのカバー盤は玉石混交としていた。というか、僕の耳には、優れたビートルズのカバー盤は数が少なかった。

ということで、逆に、ジャズを聴き始めてから、ジャズのビートルズのカバー盤をずっと気にしてきた。ジャズの優れたビートルズのカバー盤は無いか、ジャズとビートルズの相性は良いのか、悪いのか。

最近、このジャズのビートルズのカバー盤に感心した。Al Di Meola『All Your Life(A Tribute to the Beatles)』(写真左)。2013年のリリースなんだが、ちょっと「寝かせて」おいた。アルバムのライナーノーツにはこう記されている。「All guitars and percussion on this recording played by Al Di Meola」。
 

Al_di_meola_all_your_life

 
アル・ディ・メオラのソロ・パフォーマンス。アコースティック・ギターとパーカッションだけの、とってもシンプルな構成で、ジャズのビートルズのカバーが奏でられる。選曲も実にマニアックな選曲で好感が持てる。ビートルズのヒット曲をカバーする、という切り口には目をくれず、アコギで、ジャズのアレンジで弾くに適したビートルズの楽曲を堅実に選んでいる。

とにかくアレンジが優れている。カバーされた楽曲の特性を良く活かしつつ、ジャジーにアレンジされる。ビートルズの楽曲を知っていれば、当然、その「アレンジの妙」を感じることが出来て、大いに楽しめる。逆に、ビートルズの楽曲を知らなくても、純粋にジャズのアコギの好演として十分に楽しめる、そんな優れたアレンジである。

ここまで、ビートルズの楽曲をジャズにアレンジして、そのジャズメンの音に、作品になっている盤もなかなか無い。アル・ディ・メオラの個性はビートルズの楽曲の中でも健在で、ビートルズの楽曲の個性と共存している。恐らく、アル・ディ・メオラは、ビートルズについてかなり造詣が深いと思われる。このカバー盤を聴いていて、ビートルズへの敬愛がひしひしと伝わってくる。

良いアルバムです。冒頭の「In My Life」を聴いていて、グッと惹き込まれます。フレーズを聴けば、これはアル・ディ・メオラのギターであることが直ぐに判ります。久し振りに優れた「ジャズのビートルズのカバー盤」に出会った気がします。

 
 

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2016年3月18日 (金曜日)

好盤『Dark To Themselves』

この10年位になる。ジャズを聴き始めて約40年になるから、ジャズを聴き初めてから30年位過ぎてからである。フリー・ジャズを抵抗なく、時々聴きたくなるようになったのは・・・。毎日は辛い。でも1ヶ月に2〜3回は突如として集中して聴きたくなる。

その定期的にやってくる「発作」の様な、フリー・ジャズ聴きたい症候群(笑)。今回は今日やってきた。フリー・ジャズ聴きたい症候群。さっそく選盤である。さてさて、何を聴くか。

で、取り出したアルバムがこれ。Cecil Taylor『Dark To Themselves』(写真左)。1976年6月18日、ユーゴスラビアのLjubljana Jazz Festival でのライブ録音である。ちなみにパーソネルは、Cecil Taylor (p), Jimmy Lyons (as), Raphe Malik (tp), David S. Ware (ts), Marc Edwards (ds)。

このライブ盤の内容が凄い。全1曲「Streams and Chorus of Seed」のみ。トータル約1時間。なんと潔い、そして常識外れの内容だろう。昔、この事実を知った時は呆れに呆れたことを覚えている。

LP時代はこのトータル約1時間の連続演奏をぶった切って、A面に「Streams」で23分、そしてB面に「Chorus Of Seed」で26分で、曲名までぶった切って収録している。CDになって、やっとちゃんとした(?)曲名「Streams and Chorus of Seed」で、トータル61分49秒の連続演奏をそのまま収録出来たことになる。
 

Dark_to_themselves

 
これがまあ「ど迫力」なのだ。しかし、セシル・テイラーのフリー・ジャズは全てにおいて言えるのだが、何故か「聴き易い」のだ。フリー・ジャズと言えば、アブストラクトに本能のおもむくまま吹きまくるので、時に聴くのが辛くなったり、耳をつんざく音に顔をしかめたりするのだが、セシル・テイラーのフリー・ジャズにはそういうことは滅多に無い。

デヴィッド・S・ウェアのテナーの延々と吹き継がれる「非生産的な叫び」。ジミー・ライオンズのアルトの「虚空の咆哮」。ラフェ・マリクのペットの「無意味なハイノート」。そんな3人の限りなくフリーな展開を、マーク・エドワーズのパーカッシブなドラムが鼓舞し支え、そして、セシル・テイラーのピアノがフリー・ジャズな演奏にまとめ上げていく。

渾然一体となったフリーな演奏なんですが、どこか組織的な、どこか規律に沿ったような側面があるのが実に個性的です。1時間の超長尺な演奏を要所要所で引き締め、刺激し、絞り込む。セシル・テイラーのバンド・サウンドをまとめ上げる力を、とても強く感じるライブ盤である。

1時間の超長尺な演奏なんですが飽きません。セシル・テイラーのバンド・サウンドの構築力は素晴らしい。演奏のバランスや録音も良好で、フリー・ジャズの好盤だと思います。

 
 

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2016年3月17日 (木曜日)

ロイドの新盤は魅力的である

昨日、チャールス・ロイドのアルバム『Forest Flower』を聴き直したのには訳がある。今年の1月、ロイドの実に魅力的なアルバムがリリースされている。この新盤をちゃんと評価する為に、もう一度、久し振りに『Forest Flower』を聴き直したのだった。

その新盤とは、Charles Lloyd & The Marvels『I Long to See You』(写真左)。2015年4月の録音、2016年1月のリリース。チャールス・ロイドの注目の新クインテット「The Marvels」の第1弾作品である。

ちなみにパーソネルは、Charles Lloyd (ts,fl), Bill Frisell (g), Greg Leisz (pedal steel), Reuben Rogers (b), Eric Harland (ds)。ギターのビル・フリゼールが目を惹く。う〜んこれは、と思わず、身を乗り出す。ロイドとフリゼールとの組合せ。良いんやないか、これ。

『Forest Flower』では、米国ルーツ・ミュージックの様々な響きを織り交ぜた、ナチュラルな響き、モーダルな流れ、ファンクネスとは対極にある「フォーキー」な響きを宿したピアノ・トリオをバックに「判り易いコルトレーン」もしくは「こじんまりしたコルトレーン」を演じてきたロイドである。

しかし、今回のこの『I Long to See You』には、コルトレーンはいない。説得力のある、フォーキーなテナーのロイドだけがここにいる。今のロイドのテナーは実に魅力的だ。1960年代後半のロイドは、判り易い、人気のあるテナー・マンを演じた。しかし、今では演じる必要は無い。どころか、今のロイドのテナーそしてフルートは個性が際立って、実に魅力的だ。
 

I_long_to_see_you_1

 
そして、1960年代後半のキース・ジャレットを中心とした、バックのピアノ・トリオの代わりに、ナチュラルな響き、モーダルな流れ、ファンクネスとは対極にある「フォーキー」な響きを宿したバックバンド「The Marvels」をバックに、フォーキーでネーチャーなテナーを聴かせてくれる。

バックバンドの「The Marvels」が良い。フォーキーで米国ルーツ・ミュージックの融合を地で行くギタリスト、ビル・フリゼールが参入しているのだ。悪かろうはずがない。ナチュラルな響き、モーダルな流れ、ファンクネスとは対極にある「フォーキー」な響きを宿した1960年代後半のロイド・カルテットの音世界が、時を越えて、21世紀にクインテットに編成を変えて甦った。

米国ルーツ・ミュージックの様々な要素を反映している音世界に、これまたピッタリのボーカリストが2人、ゲストで参加している。ノラ・ジョーンズとウィリー・ネルソンがヴォーカルで1曲ずつ参加しているのだが、これがまた見事なのだ。このロイド・クインテットの音世界に、フォーキーで米国ルーツ・ミュージックの融合にピッタリのボーカル。

ロイドのテナーには、米国ルーツ・ミュージックの様々な響きを織り交ぜた、ナチュラルな響き、モーダルな流れ、ファンクネスとは対極にある「フォーキー」な響きが良く似合う。この新盤、そんな直感を確信に変えさせてくれる好盤である。

 
 

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2016年3月16日 (水曜日)

チャールス・ロイドを振り返る

チャールス・ロイドはある日突然現れた。とある先進的なピアノ・トリオに恵まれたことが切っ掛けである。1967年、このアルバムでいきなり脚光を浴びた。Charles Lloyd『Forest Flower』(写真)。録音は1966年9月、NYとカリフォルニアのMonterey Jazz Festivalでのライブ録音。

ちなみにパーソネルは、Charles Lloyd (ts, fl), Keith Jarrett (p), Cecil McBee (b), Jack DeJohnette (ds)。とある先進的なピアノ・トリオとは、ピアノのキース・ジャレット、ベースのセシル・マクビー、ドラムのジャック・デジョネット。このライブ盤を聴いたら、その先進的な音が良く判る。

荒削りだけれど、その響きは確かに新しい。たまにマンネリに陥ったり、アドリブが破綻したりするが、このトリオの音は凄い。米国ルーツ・ミュージックの様々な響きを織り交ぜた、ナチュラルな響き、モーダルな流れ、ファンクネスとは対極にある「フォーキー」な響きを宿したピアノ。

その新しい響きを宿したピアノに絡み、支えるベース。そのベース・ラインは決してジャジーでは無い。ジャジーなラインに全く拘らない、モーダルなベース・ライン。それまでの純ジャズには無かった音である。そして、ポリリズム溢れるドラム。ポリリズミックなドラミングが、ピアノとベースに絡み、鼓舞する。
 

Forest_flower

 
実は僕にとって、この頃のチャールス・ロイドのアルバムって、彼のテナーは二の次、この先進的なピアノ・トリオがお目当てだったのだ。ジャズ者初心者の頃、チャールス・ロイドのテナーについては、あまり好意的に感じなかったが、このキース、マクビー、デジョネットのトリオの音は聴いていて心地良かった。

肝心のチャールス・ロイドのテナーって、どうよ、ということだが、僕にとっては「判り易いコルトレーン」もしくは「こじんまりしたコルトレーン」、言い換えれば「期待を裏切らない、予想を外さないコルトレーン」。どうにもコルトレーンのコピーのイメージがつきまとう。アブストラクトにも振る舞うんだが、徹底的に、ということは無く「安全運転のコルトレーン」。

聴き易いんだけどなあ、判り易いし予想し易いだけどなあ。でもどこか乗りきれないというか、のめり込めないというか、軽いというか、何かが足らない。但し、フラワー・ムーブメントに乗った、胡散臭い一発屋という風には最近は思わなくなった。しかし、この頃のロイドはなんか中途半端なのだ。その中途半端さを払拭し、個性的な説得力を獲得するのは21世紀になってからになる。

当時、アーティスティックではあるが、難解になっていったジャズに対する反動だったのだろう。1967年当時、この判り易いロイドのテナーは、ジャズ者にとっては「福音」だったのだろう。当時、絶大なる人気を獲得したのはよく判る。時代にマッチしたテナー・カルテットだった。確かに今の耳にも聴き易い。好盤と言えば好盤ではある。

 
 

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2016年3月15日 (火曜日)

毎度毎度、この「呟き」である

「なんで、このアルバムが当時、お蔵入りになったんやろう」。ブルーノートのLTシリーズのアルバムを聴く度に、毎度毎度、このつぶやきである(笑)。それほど、今の耳で聴くと、そのアルバムの良さが十分に感じることが出来るアルバムが満載のシリーズである。そんなブルーノートのLTシリーズの聴き直し、今日はこのアルバムを選択。

Art Blakey and The Jazz Messengers『Africaine』(写真)。1959年11月の録音。ちなみにパーソネルは、Art Blakey (ds), Lee Morgan (tp), Jymie Merritt (b), Walter Davis, Jr. (p), Wayne Shorter (ts), Dizzy Reece (congas)。なぜか英国のトランペッターのディジー・リースがコンガを叩いている。

ウェイン・ショーターのジャズ・メッセンジャーズ初録音作品である。確かにこのアルバムの聴きものは、ウェイン・ショーターのテナー。アドリブ・フレーズがとても変わっている。フレーズが飛んだり跳ねたりで、明らかにコードがベースの流麗でテクニカルなフレーズでは無い。メロディアスでない分、実にストイックな響きが前面に出る。

そして、このアルバムのパーソネルの面白いところは、ピアノがウォルター・デイヴィスJr.であること。端正で硬質でシンプルな響きのピアノが個性のウォルター・デイヴィスJr.。ファンキー・ジャズの雄として売ってきたジャズ・メッセンジャーズにとっては「異質」のピアニストではないのか。
 
 

Africaine
 
 
トランペットのリー・モーガン、ベースのジミー・メリット、そしてリーダーの御大アート・ブレイキーの3人が変わらないのに、ピアノがウォルター・デイヴィスJr.に変わっただけで、当時のジャズ・メッセンジャーズの個性だったファンクネスがすっ飛んでいる。悪い意味ではない。端正で硬質な、モード・ジャズに対応可能なストイックな響きの音に仕上がっているのだ。

バンドにとって、ピアノが音作りの「鍵」をここまで握っているとは思わなかった。そんな端正で硬質な、モード・ジャズに対応可能なストイックな響きのバックに、フレーズが飛んだり跳ねたりで、明らかにコードがベースの流麗でテクニカルなフレーズでは無い「ショーターのテナー」がフロントで吹きまくるのだ。

逆に、ブレイキーのドラムが前面に出てこない。バッキングに回ったブレイキーのドラミングも素晴らしいのだが、ここでは主役でなければならない。そういう意味で、ストイックで硬質で端正なバンド・サウンドでは、ブレイキーのドラムが前に出にくい。加えて、リー・モーガンのトランペットもモーダルな雰囲気は似合わない。当時のジャズ・メッセンジャーズの音の個性としては、あまりにストイックで硬質で端正過ぎる。

今の耳で聴くと、これはこれで、ジャズ・メッセンジャーズとしてはユニークな響きが充満していて「アリ」だと思うのだが、ブルーノートの総帥、プロデューサーのアルフレッド・ライオンはそうは評価しなかった。当時のジャズ・メッセンジャーズの持つ音の個性を基に、「ウケる音楽」を前提に評価した結果だろう。う〜ん、ブルーノート恐るべし、である。
 
 
 
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2016年3月14日 (月曜日)

ナイロン弦のリー・リトナー

ナイロン弦でのジャズ・ギターと言えば「アール・クルー」が頭に浮かぶ。アール・クルーがナイロン弦ギターで、ジャズの第一線に躍り出たのが1970年代半ば。しかし、なかなか他には拡がらない。そして時は経ち、1980年代半ばに差し掛かる。

1987年のことである。Lee Ritenour『Portrait』(写真左)がリリースされる。アルバム・ジャケットの下の方に横たわっているのは、ナイロン弦のギターでは無いか。もしかして、リー・リトナーがナイロン弦ギターに手を染めたのか、と思って、思わず即ゲット、である。

そして、聴いてみて「当たり〜」。このアルバム『Portrait』は、リー・リトナーのナイロン弦ギター・シリーズの第一弾だったのだ。そして、音作りのトレンドは「ブラジル・サウンド」。冒頭の「ASA」を聴けばそれが良く判る。明らかな「ラテン・フレイバー」。テーマの部分はまだストラト系のエレギなんだが、途中からナイロン弦ギターのカッティングが入ってくるところが「イカしている」なあ。

3曲目の「Windmill」はミディアムテンポの綺麗な曲。ナイロン弦ギターの世界が満載で、心地良いことこの上無し。ナイロン弦ギターを柔らかい伸びのあるエレギの様に弾くリトナー。リトナーのナイロン弦ギターの個性が良く判ります。
 

Portrait

 
6曲目には「G-Rit」という、読んで字の如く、ケニーGとリトナーとの共演があったりで、全体的な雰囲気はフュージョン・ジャズというよりは、後のスムース・ジャズの先取りという音世界です。ナイロン弦のアコギのパートが殆どなので、エレギ中心のフュージョン・ジャズと比べると、柔らかで優しい落ち着きのある雰囲気が特徴ですね。

1987年当時と言えば、デジタル録音が主流になった頃。それでもデジタル録音には問題が山積。特にエレギ中心の演奏は、エレギの音がやせ気味になって、キンキンと高音が耳につく、アナログ録音時代には思いもつかないプアな音になったりしていた。そういう問題を回避するのにも、このナイロン弦アコギでの演奏は良かったのではないか、と思う。

ジャケットの下にも記されている様に「デジタル・マスター」のアルバムですが、意外と良い音で録音されています。ナイロン弦アコギの音とデジタル録音の相性が良かったのでは、と睨んでいます。スムース・ジャズの先駆け、ナイロン弦ギターの好盤です。

 
 

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2016年3月13日 (日曜日)

こんなアルバムあったんや・58

ジャズ盤の紹介本やジャズ雑誌の特集などには、まず載ることは無いのだが、聴いてて心地良く、知らず知らずのうちに繰り返し聴く様になってしまうアルバムというものがある。

そう言えば、このアルバムもそうである。このアルバムは録音時のエピソードが面白くて、そのエピソードの印象から購入に至ったものである。得てしてこういうアルバムが、「聴いてて心地良く、知らず知らずのうちに繰り返し聴く様になってしまう」アルバムになっていったりするのだ。

Gene Ammons『Hi Fidelity Jam Session』(写真左)。1956年4月23日の録音。パーソネルは、Jackie McLean (as), Addison Farmer (b), Arthur Taylor (ds), Duke Jordan (p), Gene Ammons (ts), Art Farmer (tp)。パーソネルを見渡すと、これはなかなかのメンバーではないか。期待が高まる。

しかし、このアルバムの録音時のエピソードが面白い。録音当日、予定していたピアニストが、他のメンバーを待ちくたびれて帰ってしまい、困ったボブ・ワインストックが無理やりデューク・ジョーダンをスタジオに連れて行きやっとこさ収録したそうで、やっつけ本番が基本の、いかにもプレスティッジらしいエピソードである。
 

Hi_fidelity_jam_session

 
そんなバッタバッタな状態でのジャム・セッションなんだが、これがまあ、心地良い内容なのだ。プレスティッジ・レーベルの録音である。ほとんどリハーサルは無かったはずなんだが、よくまあ、これだけ充実した内容のセッションになるもんだ。ジャズの面白いところである。

まず、アルトのマクリーンが好調。ちょっと目立ち過ぎる位である。良い感じでアドリブ・フレーズを紡ぎ上げていく。そして、ペットのファーマーも好調。柔らかめの中音域を個性に、滑らかに流麗に吹き上げる様は実に見事だ。加えて、ピンチヒッター・ピアニストのジョーダンが良い。そこはかとないファンクネスを振り撒きながら、ブルージーに堅実にフロントのバッキングを勤める。

そして、ジャム・セッションのリーダー格のテナー、ジーン・アモンズが貫禄のブロウを展開する。音数を選びつつ、余裕綽々のブロウを繰り広げる様は、聴いていて実に心地良い。ホンワカしつつもブロウに芯があって、心地良く聴き流しつつも、アドリブ・フレーズの肝の部分をガッツリと感じる。そんなアモンズが実に良い。

ほんと、ジャズメンって、よくまあこういうぶっつけ本番なジャムセッションで、これだけ白熱した、息の合った演奏を繰り広げられるものだ、とほとほと感心する。知らず知らずのうちに繰り返し聴く様になってしまうアルバムの最たる例である。好盤です。

 
 

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2016年3月12日 (土曜日)

ダイレクト・カッティングの好盤

今週の「今日のスタート」は久し振りに、クロスオーバー〜フュージョン・ジャズの主要ギタリストの一人、リー・リトナーのアルバムの聴き直しを進めてきました。そこで懐かしい1970年代後半のアルバム2枚を久し振りに聴き直して、思わず当時の想い出に浸りきってしまいました。

さて、1970年代後半、LPをベースとするピュア・オーディオの世界は新たな録音方式に手を染める。「ダイレクト・カッティング方式」である。この「ダイレクト・カッティング方式」は、オーバーダビング等による音質劣化を避けるために、演奏と同時にマスター・ディスクの溝を刻んでいく方法である。

当然、演奏は一発録り。どころか、LPのA面・B面それぞれの収録曲を通しで演奏しなければならない。ミキシング等も後でやり直すことも出来ず、演奏する方も録音する方も大変だったと思います。この「ダイレクト・カッティング方式」の話を雑誌で読んだ時、心底「そこまでやるか〜」と良い意味で呆れたことを思い出します。

そんなダイレクト・カッティング方式は、ジャズではフュージョン・ジャズのアルバムで幾つか採用されました。その中で、当時、聴き込んだアルバムが2枚。Lee Ritenour『Sugar Loaf Express』(写真左)と『Friendship』(写真右)である。ジャケット写真を見れば、中に詰まった音が流れてきそうな、それだけ、当時ヘビロテだったアルバムである。
 

Sugar_loaf_express_friendship

 
『Sugar Loaf Express』は1977年のリリース。アルバムの音は、当時フュージョン・ジャズの音作りのトレンドだった「ソフト&メロウ」を先取りした様な、マイルドで流麗で爽快感満載のエレクトリック・ジャズ。そんな雰囲気にリー・リトナーのエレギがピッタリ。カルフォルニアの陽光眩しい雰囲気を踏襲した明るいトーン、軽快で疾走感溢れるアレンジは、米国西海岸フュージョン独特の音世界ですね。

『Friendship』は1978年のリリース。冒頭の「Ssa Dance」のジャマイカな、カリビアンな音に思わず仰け反ります(笑)。他の曲にはラテン・フレーバーやブラジリアンな雰囲気をアレンジに織り込んだ楽曲もあって、このアルバムは、当時フュージョン・ジャズのもう一つのトレンドだった「ワールド・ミュージックとの融合」を先取りした様な、ジャズやロックからはみ出した、様々な各国のルーツ・ミュージックとの「融合」が楽しいアルバムです。

どちらもアルバムも、当時のフュージョン・ジャズの個性と特徴をしっかりと捉えていて、さすが、リー・リトナー、1970年代後半、当時のフュージョン・シーンの先頭を切って走っていたことが良く判ります。

録音方式が「ダイレクト・カッティング」ですから音も良い。どちらのアルバムも聴いていて楽しい、聴いて心地良いアルバムです。難しいことを考えずに寛いで聴き流すことの出来る、フュージョン・ジャズの好盤です。

 
 

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2016年3月11日 (金曜日)

あれから5年が経ったのか・・・

2011年3月11日、14時46分、東北地方太平洋沖地震は起きた。地震の規模はマグニチュード9.0。この地震により、巨大な津波が発生、東北地方と関東地方の太平洋沿岸部に壊滅的な被害が発生した。加えて、福島第一原子力発電所にてメルトダウンが発生。この事故はチェルノブイリ原子力発電所事故と同等に位置付けられた。

とにかく酷い状況だった。まだまだ春も浅く、朝夜は冷える季節だった。そんな中で「計画停電」なるものが横行した。何故、計画停電が必要だったのか、今だに理解に苦しむ。電気が足らなくなるかもしれないから、と早期帰宅を政府が促し、東京が大混乱に陥る事件も起こった。実に慇懃無礼であった。当時の首相官邸のスタンドプレーだけが鼻についた。あれから5年。まだまだ復興は道半ば。まだまだである。

我がバーチャル音楽喫茶『松和』では、この時期は大震災を偲び、亡くなった人々を弔う為に、それに見合ったジャズ盤を聴く様にしている。今年はこのアルバムを聴いている。『Jazz For Japan』(写真左)。アメリカ西海岸を中心に活躍するコンテンポラリー・ジャズ界のスーパースターたちが、誰もが耳にした事のあるジャズの名曲を演奏。

錚々たるメンバーである。スティーヴ・ガッド、リー・リトナー、ピーター・アースキン、クリスチャン・マクブライド、ケニーG、ネイザン・イースト、デヴィッド・T・ウォーカー、ジョージ・デューク、マーカス・ミラー、トム・スコット、松居慶子など多くのミュージシャンたちが、震災発生から数日後、ロスアンゼルスのキャピトル・スタジオで被災者支援の為のアルバムを制作。収益は赤十字を通じて被災地に届けられた。

収録曲は以下の通り。実に豪華なメンバーで、どの演奏も一曲入魂の出来である。ほどよいテンションが心地良く、堅実で正統な純ジャズがここにある。「いつの時もジャズを支えてきてくれた日本の友人たちの為に何か出来ないか…」、それが集ったジャズメン達の合い言葉。僕はこのアルバムを聴く度に目頭が熱くなる。
 

Jazz_for_japan

 
1. Maiden Voyage(Herbie Hancock)
2. Sugar(Stanley Turrentine)
3. So What(Miles Davis)
4. Sophistiated Lady(Duke Ellington / Irving Mills)
5. Footprints(Wayne Shorter)
6. Work Song(Nat Adderley)
7. What a Wonderful World(Bob Thiele / George David Weiss)
8. Mr. PC(John Coltrane)
9. Body & Soul
(Frank Eyton / Johnny Green / Edward Heyman / Robert Sour)
10. Cold Duck Time(Eddie Harris)
11. Watermelon Man(Herbie Hancock)
12. Invitation(Bronislaw Kaper / Paul Francis Webster)
13. Cantaloupe Island(Herbie Hancock)

 
大震災に被災して最初は思った。音楽がジャズが何になるのか、音楽もジャズも意味が無いのでは、と思い込んだ時もあった。特に3月の終わりまでは、気が弱くなると、ついついそう思ってしまうほど、酷い状況が続いた。

あれから5年。復興は遅れ気味だが、人は力強い。徐々に徐々に立ち直っていく。他の地方の人々からのメッセージ、「絆」という言葉は色褪せてしまったが、どっこい僕達は決して忘れない。常に関与し続ける。自分の出来ることから、ずっと復興に協力し続ける。

 
 

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2016年3月10日 (木曜日)

こんなアルバムあったんや・57

この盤は全く知らんぞ〜(笑)。資料を見ると、エディ・ロックジョウ・デイヴィスに見初められてデビューした、シンシナティのジャズ・コンボだそう。のちにカウント・ベイシー楽団に参加するサックス奏者、カーティス・ピーグラーを中心とする5人組とのこと。全く知らんかった。

このアルバムは、そのジャズ・コンボの名前を冠したデビュー盤『The Modern Jazz Disciples』(写真左)。1959年9月の録音。ちなみにパーソネルは、Curtis Peagler (as,ts), William Kelley (normaphone, euphonium), Bill Brown (p), Lee Tucker (b), Ron McCurdy (ds)。5重奏団編成である。ノーマフォン&ユーフォニウムという珍しい楽器が目を引く。

うわ〜、パーソネルを眺めても知らない名前ばかり。それでも、ピーグラーの力強いサックス、そして、ウィリアム・ケリーの吹くノーマフォン(サックス風の形をしたヴァルヴ・トロンボーン)の独特のサウンド。そして、このサックスとノーマフォンのユニゾン&ハーモニーが、実にほのぼのとした、良い味出してるんですよね。

バックのピアノ・トリオもしっかりしているんですよ。どっかで聴いた音っぽいんですが、誰かと訊かれたら、全く判りません(笑)。このピアノ・トリオのバッキングが実に効いているんですよね。正統派な歌伴トリオって感じで、典雅な響きとそこはかとないファンキーな音色。良いですね。絵に描いた様なハードバップです。
 

The_modern_jazz_disciples  

 
録音された音を聴いていると、やっぱりどこかで聴いた音って感じがするんですよね。で、このアルバムって、Rudy Van Gelder Studio, Englewood Cliffsでの録音でした。そうですよね〜。このアルバム、Prestigeレーベルの傍系New Jazzからのリリースですから、やっぱり「RVG」ブランドの音でした。良い音してるんですよね。

このアルバム、とあるジャズ盤紹介本で最近知ったんですが、情報を何度読んでもどんな音がするのか全く判らず、とにかくダウンロードサイトから入手して聴いてみました。ら、これ「当たり」でした。実に良好でハードバップな演奏が全編に渡って繰り広げられています。

2年半ほど前に、プレスティッジ・レーベル65周年記念「プレスティッジ7000番台クロニクル」のスピンオフ企画でリイシューされましたが、意外とまだまだマイナーな存在みたいですね。ネット上でもほとんどレビューは見当たりませんでした。たしかに「モダン・ジャズ・ディサイプルズ」ってコンボ名、パチモンっぽいもんな(笑)。

アルバム・ジャケットもさすがPrestigeレーベルの傍系New Jazzからのリリースなので地味も地味。それでも、このアルバムに詰まっている音って、しっかりハードバップしていて意外といけますよ。そうそう、このアルバムで「ブラインド・テスト」したら面白いでしょうね。絶対に当たりません(笑)。

 
 

震災から5年。決して忘れない。まだ5年。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから、ずっと復興に協力し続ける。 

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2016年3月 9日 (水曜日)

双頭リーダーの革新性が際立つ

僕がジャズを聴き始めた頃、1970年代後半なんだが、ジャズはアーティスティックなジャンルの音楽として扱われていたように思う。単純ではあるが、譜面通りに演奏するクラシック音楽に相対する「即興演奏が命のジャズ」という図式が出来上がっていた。

それまでにリリースされたジャズ盤も、アーティスティックな香りがプンプン漂うものが多く、特に純ジャズはコマーシャルな音楽とは無縁の、発展する音楽、新しい響き、新しいトレンドを獲得していく「現在進行形」の音楽ジャンルとして捉えられていたように思う。

例えばこのアルバムを聴くとそんなことを思い出す。Elvin Jones & Richard Davis『Heavy Sounds』(写真)。1967年6月の録音。ジョン・コルトレーンが亡くなる1ヶ月前の録音。ちなみにパーソネルは、Elvin Jones (ds, g), Richard Davis (b), Frank Foster (ts), Billy Greene (p)。

このアルバムの雰囲気は「硬派」そして「アーティスティック」。黒く超重量級のポリリズムとグループが素晴らしいドラミングを誇るエルヴィン・ジョーンズと、これまた超重量級で黒い鋼の様に強靱なベース・ラインを弾き出すリチャード・デイヴィスの双頭リーダーのアルバムである。
 

Heavy_sounds

 
どの演奏も実にストイックでジャジーである。とにかく徹底的にメインストリームな純ジャズの演奏を追求している。1967年という時代のトレンドである、フリー系の展開、モーダルな展開、そして自由度溢れるインタープレイ。ジャズってアーティスティックである、と改めて感じさせてくれる演奏ばかりである。

ドラムとベースのデュオが尖っている。「Summertime」がとりわけ凄い。多彩なドラミングでベースのデイヴィスを鼓舞するエルヴィン。奥の手の「アルコ」を繰り出すデイヴィスは見事だ。タイトルどおり、エルヴィンとディヴィスがたたき出すヘビーなサウンドがとにかく「格好良い」。

ジャズが体育系のノリを保持していた頃の熱い純ジャズが、このアルバム『Heavy Sounds』にぎっしりと詰まっている。強靱な精神に則った、硬派でアーティスティックな純ジャズ。ベースとドラムのデュオ、そしてピアノレス・トリオの演奏にチャレンジしているところは、今の耳にも「革新的」。

エルヴィン・ジョーンズとリチャード・ディヴィスの革新性が際立つ好盤です。ジャケットの写真も実にジャジー。「煙草の煙と飛び散る汗」という熱いジャズを想起させる、このアルバム・ジャケットも見事。アルバムから出てくる音色を、これだけ見事に想起させてくれるジャケットは秀逸。

 
 

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2016年3月 8日 (火曜日)

「独特の個性」が欲しいなあ。

紛らわしい名前やなあ。70年代プログレのマニアからすると「こうなる」(笑)。レジェンドなプログレ・バンド、ピンク・フロイドのギタリストが「David Gilmour(デヴィッド・ギルモア)」。

ここでの「デヴィッド・ギルモア」は、ジャズ・ギタリストの「David Gilmore(デヴィッド・ギルモア)」。ピンク・フロイドとは無関係、カナ読みは同じでも、英語表記で「ギルモア」の綴りが違う。それでも実に紛らわしい名前である。

さて、ジャズ・ギタリストの「デヴィッド・ギルモア」。1964年2月の生まれなので、今年で52歳になる。ジャズ・ギタリストとして中堅のポジション。そんな彼がつい3ヶ月ほど前に、ニューアルバムをリリースしている。そのアルバムが、David Gilmore『Energies of Change』(写真左)。

ちなみにパーソネルは、David Gilmore (el-g, ac-g), Marcus Strickland (sax,b-cl), Luis Perdomo(p), Ben Williams (b), Antonio Sanchez (ds), Kofo Wanda (talking drum)。ドラムのアントニオ・サンチェスが目を惹く。アルバムのリリースは2015年11月だが、アルバムに収録された楽曲は、2010年12月と2012年11月の2つのセッションからの収録となっている。

全編に渡って、内容優秀でコンテンポラリーなメインストリーム・ジャズが展開されている。テクニック優秀、ソング・ライティングもなかなかのもの、アレンジも良好、音の彩りも良く、演奏の雰囲気も様々なジャンルの音を織り交ぜて多彩。しかし、どこかで聴いたことがある音世界なのだ。

つまりは個性に乏しいというのが第一感。音世界の雰囲気はパット・メセニーの「Day Trip」や「Unity Band」といったアルバムの音世界に実に似ている。最初聴いた時は、エレギの音が出てくるまではパット・メセニーの新アルバムかと思った。恐らく、ドラムのアントニオ・サンチェスが被っているからではないかと思われる。
 

Energies_of_change

 
マーカス・ストリックランドのサックスの音もどこかで聴いた様な音。ウェイン・ショーターの様でもあり、マイケル・ブレッカーの様でもあり、クリス・ポッターの様でもある。このサックスの音の特色からも、どうしてもアルバム全体の雰囲気が、パット・メセニーの「Day Trip」や「Unity Band」に相通ずるものがあると感じてしまう。

つまりは、バンド・サウンドに独特の個性が確立されていない、ということ。パット・メセニーなんて知らない、ウェイン・ショーターなんて知らない、という若い世代には斬新に感じる音世界かもしれないが、長くジャズを聴いてきた当方としては、どうにもこの『Energies of Change』の音世界は「どこかで聴いた音」になってしまうのが惜しい。

誤解しないでいただきたいのだが、アルバムの内容は実に優れたもので、現代のジャズ界の中でもハイレベルな内容だと思う。だからこそ、バンド・サウンドに独特の個性が確立されていない、というところが「もどかしい」のだ。ギターの音は柔らかでウォームながら切れ味の良い個性的な音なだけに、よけいにそう思う。

やはり、バンド・サウンドには独特の個性が欲しい。1曲聴いただけで「ああ、これはあのバンドの音だ」と判る様な個性が欲しい。ジャズのハイ・レベルな世界では、テクニック優秀、ソング・ライティングもなかなかのもの、アレンジも良好なバンド・サウンドは沢山ある。そんな中で、独特な個性は実に大切なものなのだ。

評論家筋やジャズ者ベテランの方々のブログを見れば、かなり評価は高い様だが、どうなんだろう。僕は次作に期待の「3.5星」。

 
 

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2016年3月 7日 (月曜日)

究極のベーシストのリーダー作

「ミスター・ベーシスト」ことRon Carter(ロン・カーター)。このロンのリーダー作を以前より興味深く聴き直してきた。ベーシストがリーダーの作品とはいかなるものか、何が理想的なベーシストのリーダー作なのか。そんなことを考えながらの聴き直し。

終着点は「Ron Carter Golden Striker Trio(ゴールデン・ストライカー・トリオ)」。初代のメンバーは、Ron Carter (b), Mulgrew Miller (p), Russell Malone (g)。 ギターが入った「ドラムレス・トリオ」である。1950年代以前の旧来のピアノ・トリオ。

このGSTがロンのリーダー作の最終地点。ロンのベースが映え、トリオ演奏としての内容も秀逸、アタッチメントを付けて変にベース音を増幅しなくても、この構成であればベースの音が伸びやかに拡がり、ベースあってのトリオ演奏という図式が実に魅力的に響くのだ。

ここに2枚のアルバムがある。『It's The Time』(写真左)と『San Sebastian』(写真右)。『It's The Time』は2007年12月のリリース、『San Sebastian』は2013年2月のリリース。どちらも素晴らしい内容のトリオ盤である。

『It's The Time』は、東芝EMIの企画盤。選曲を見ても明らかに「日本のジャズ企画盤」の臭いがプンプンするんだが、内容はどうして、お世辞抜きで素晴らしい。まず、である。ロンのベースのピッチが合っている。バッチリ合っている。
 

Its_the_time_san_sebastian

 
これだけピッチがバッチリ合っているので、ロンの強靱なベースラインが実に良く聴き取れる。このスタジオ録音盤は、ロンのベースの良さが前面に押し出されたアルバム作りになっていて、ロンのソロ&バッキング、両面のロンの良さが溢れんばかりの演奏が詰まっている。

『San Sebastian』は、In+Out Recordsからのリリース。In+Out Recordsはドイツのレーベル。こちらのアルバムはライブ盤。2010年7月22日にスペインのJazzaldia Festivalでの音源である。こちらのアルバムは、トリオ演奏全体の良さが前面に押し出されていて、特に、ピアノのマリュグリュー・ミラー、ギターのラッセル・マローンの素晴らしい演奏が耳を惹く。

ロンが持った最高のパーマネント・バンドであったことが良く判るライブ録音である。ロンも素晴らしい。特に、このライブ盤では、バックに回った、バッキングの妙技を聴かせてくれるロンの凄さが印象的。ラストのジョン・ルイス作曲「Golden Striker」は絶品。もちろん、ロンのベースのピッチはバッチリ合ってますよ(笑)。

ベースのチューニングがほぼ完璧になり、ドラムの大音量から逃れた「ドラムレス・トリオ」にて、自然のベースの音がクッキリ浮かび上がる様になり、ロンのベースの素晴らしさがストレートに伝わる。それによってバッキングの妙技が発揮され、トリオ演奏全体の出来が更に素晴らしくなる。これぞ、ベーシストのリーダー作の究極の姿のひとつだろう。

 
 

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2016年3月 6日 (日曜日)

そんな骨のあるジャズメン

1970年代は、歴史的に純ジャズが停滞し、純ジャズが1番落ち込んだ時代である。世の中のポップスはロックとR&B一色になり、ジャズはクロスオーバーからフュージョン・ジャズがメインになった。純ジャズは完全に過去の音楽になってしまった時代である。

それでも、骨のあるジャズメンは、そんな雰囲気そんな環境は何処吹く風、と純ジャズを演奏し、純ジャズを追求していた。つまりは、マイナーな存在になっても純ジャズは綿々と生きていた訳である。

そんな骨のあるジャズメンの一人が「Lee Konitz(リー・コニッツ)」。1970年代、コニッツはクロスオーバー・ジャズ、フュージョン・ジャズが流行となっても、決してなびかなかった骨のあるジャズメンの一人。クロスオーバー、フュージョン何処吹く風、と純ジャズなアルバムをコンスタントに発表している。

コニッツって骨のあるジャズメンだよなあ、と感心するアルバムがある。一枚は、Lee Konitz『Spirits』(写真左)。1971年2月の録音。ちなみにパーソネルは、Lee Konitz (as), Ron Carter (b), Mousey Alexander (ds), Sal Mosca (p)。

レニー・トリスターノの弟子、リー・コニッツの師匠トリスターノへ捧げられた作品とのこと。Milestoneレーベルからのリリース。コニッツが久し振りに「クール・ジャズ」に力点を置いて演奏した企画盤です。選曲も骨のある選曲でスタンダードは一切なし。トリスターノの曲とトリスターノ風のコニッツの曲のみ。
 

Lee_konitz_spirits

 
ピアノのサル・モスカがトリスターノの瓜二つ、クール・ジャズなピアノを叩き出し、それに乗って、コニッツがクール・ジャズなアルトを吹き上げる。1950年代のクール・ジャズが戻って来たようです。

ただ、時は1970年代、コニッツは単純にクール・ジャズの再現をしている訳では無い。当時の新しい純ジャズの響きをしっかり織り込んで、1970年代のクール・ジャズを現出しています。その新しい純ジャズの響きを担っているのが、ベースのロン・カーターとドラムのムージー・アレキサンダー。

この単純にクール・ジャズの再現をしている訳で無いところが、コニッツの硬派なところ。生活の為に受けの良いウォームなハードバップを演奏するコニッツもいるが、心の底には骨のあるジャズメンのスピリッツがしっかりと息づいているのだ。そういうことを考えると、このアルバムのタイトル「Spirits」と言うのも、なかなか感じ入るタイトルだなあ、と感心する。

そんな骨のあるジャズメン、リー・コニッツの、1970年代純ジャズの好盤、1970年代の現役バリバリの純ジャズです。そんな骨のある純ジャズ盤なんですが、ジャケットの写真が愛らしい。ピアノの上の猫2匹、クール・ジャズの中にウォームなコニッツが佇むような、なかなかに意味深なジャケットですね。良いアルバムです。

 
 

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2016年3月 5日 (土曜日)

1990年代のリー・コニッツ

リー・コニッツのアルトを聴き直している。リー・コニッツは1927年生まれなので、今年で89歳になる。まだまだ現役らしく、彼のリーダー作も相当な数に上る。聴き直しも大変だ。

コニッツの活動期間は長く、コニッツのアルバムの聴き直しは、例えば1950年代とか1960年代とか、10年単位に区切って進めている。最近、聴き直して改めて感じ入ったのは、1990年代のコニッツ。

1990年代のコニッツは、1980年代後半の「純ジャズ復古」の追い風を受けて、しっかりとメインストリームなジャズを展開している。しかしながら、1950年代から1960年代のハードバップに懐古することは全く無く、1990年代では1990年代のトレンドをしっかり押さえた、コンテンポラリーな純ジャズを追求していた。

今回、1990年代のコニッツの聴き直しで感じ入ったアルバムを2枚ご紹介。まずは、リリカルで切れ味の良いコンテンポラリーなピアノが個性のポール・ブレイと双頭リーダーを張ったアルバム、Lee Konitz and Paul Bley『Out of Nowhere』(写真左)。

1997年4月の録音。ちなみにパーソネルは、Lee Konitz (as), Jay Anderson (b), Billy Drummond (ds), Paul Bley (p)。スティープルチェイス・レーベルからのリリースになる。切れ味の良いポジティブなアルトのコニッツとブレイのリリカルで耽美的なピアノとの対比が実に味わい深い。
 

1990_lee_konitz

 
スタンダード曲がメインの選曲だが、渋いスタンダード曲ばかりが並んで、聴いていても飽きが来ず楽しい。ライブ録音一発録りが多いスティープルチェイスのアルバムの中で、このアルバムはスタジオ・セッションの記録なんだが、意外と音が良い。

もう一枚は、Lee Konitz and Kenny Wheeler Quartet『Live At Birdland Neuburg』(写真右)。1999年11月の録音。ちなみにパーソネルは、Lee Konitz (as), Gunnar Plümer (b), Frank Wunsch (p), Kenny Wheeler (tp,flh)。ドイツはノイベルグのライブハウスでのライブ録音である。

独特のラウンドな拡がりのあるウォームな音色が個性のケニー・ホイーラーとコニッツがメインのドラムレス・カルテット。ライブ盤である。ドラムレスなので、コニッツのアルトとホイーラーのトランペットのコラボレーションが心ゆくまで楽しめる。

このライブ盤でも、切れ味の良い、ポジティブなアルトのコニッツとホイーラーのラウンドな拡がりのあるウォームなトランペットとの対比が実に味わい深い。ライブなので、適度なテンションも心地良く、全編に渡って、1990年代のコンテンポラリーな純ジャズがてんこ盛り。

1990年代のコニッツは好調。クールとホットを織り交ぜた、切れ味の良いポジティブなアルトが心地良く響く。1990年代のコニッツのアルバムに外れは無いようだ。

 
 

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2016年3月 4日 (金曜日)

これがレイシーのソプラノの基本

定期的にフリー系のジャズが聴きたくなる。バリバリフリーなジャズを聴く時もあるし、モーダルで限りなく自由度の高いアートなジャズを聴く時もある。昨日、Steve Lacy & Don Cherry『Evidence』をご紹介した。そんな「Steve Lacy」のソプラノ・サックスと言えば、このアルバムは外せないだろう。このアルバムを聴けば、レイシーのソプラノの基本が良く判る。

そのアルバムとは、Steve Lacy『The Straight Horn of Steve Lacy』(写真左)。1960年11月の録音。ちなみにパーソネルは、Steve Lacy (ss), Charles Davis (bs), John Ore (b), Roy Haynes (ds)。チャールズ・デイビスのバリトン・サックスとレイシーのソプラノのピアノレス2管。実にユニークな編成である。

このアルバムで、スティーブ・レイシーのソプラノ・サックスの基本が良く判る。独特の自由度の高いフレーズ。フリーキーではあるが流麗なアドリブ・ライン。今の耳で聴くと実に聴き易い古典的なフリー系のジャズである。それでも、このアルバムの録音が1960年であることを考えると、当時においては、かなり先進的なジャズだっただろう。
 

The_straight_horn_of_steve_lacy

 
それほどハードバップとは全く異なった、フリーなアドリブ・ライン。併せて、レイシーの自由度の高いソプラノに相対する、同様に自由度の高いバリトン・サックスを吹きまくるチャールズ・デイビスが印象的。バリトンでありながら重くない、軽妙に感じさえする流麗な重低音なアドリブ・フレーズ。

ソプラノ・サックスとバリトン・サックスの音の対比。ジャズにおいてありそうで無い、不思議でユニークな組合せが、このアルバムのハイライトであり、絶対的な個性である。時は1960年、ハードバップ全盛時代におけるフリーなジャズ。発展途上の若々しい張りのある演奏が実に初々しい。

選曲をよくよく見渡せば、セロニアス・モンクの曲が3曲、セシル・テイラーの曲が2曲。マイルスの曲が1曲。レイシーが影響を受けた2人のピアニスト、モンクとテイラーの曲がメインだったとは。そりゃ〜かなり自由度高く、当時として先進的な音になるはずや。ジャズって選曲も重要な要素なんですよね〜。再認識しました。

 
 

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2016年3月 3日 (木曜日)

音楽喫茶『松和』の昼下がり・32

定期的にフリー系のジャズが聴きたくなる。バリバリフリーなジャズを聴く時もあるし、モーダルで限りなく自由度の高いアートなジャズを聴く時もある。ジャズ者初心者の頃は全く駄目だったが、今では結構いける。フリー系のジャズは面白い。

さて、今日選んだフリー系のジャズ盤は、Steve Lacy & Don Cherry『Evidence』(写真左)。1961年11月の録音。ちなみにパーソネルは、Steve Lacy (ss), Don Cherry (tp), Carl Brown (b), Billy Higgins (ds) 。ピアノレス、ソプラノ・サックスとトランペットの2管フロント。実に野心的な実験的な布陣である。

収録された曲を見渡すと、ああこれはセロニアス・モンクの曲ばかりやなあ、ということが判る。スティーブ・レイシーの「モンク集」である。とまあ、よく見るとエリントンの曲が2曲、モンクの曲が4曲。でも、レイシーとチェリーの天然系インプロバイザーのフロントである。モンクの曲が良く似合う。
 

Steve_lacy_evidence

 
とにかく、どの曲でもモード的な展開をベースに、かなり自由度の高いインプロビゼーションを展開しているのだが、レイシーのソプラノもチェリーのトランペットもしなやかで滑らかなフレーズが湧き出るように続いて、フリー系のジャズなのに、とても聴き易い演奏に仕上がっているのがとても不思議である。

ドン・チェリーとビリー・ヒギンズは、オーネット系列のメンバーなんですが、この盤ではオーネット的な捻れたフリーキーなアドリブ・フレーズは全く出てきません。心のおもむくままに気分にまかせて吹き上げていく、そんな自然体なインプロビゼーションが魅力的です。

アルバム・ジャケットのデザインも、とってもジャズしていて秀逸。久し振りに聴いたんですが、フリー系なジャズなのに、不思議と聴き易いところが印象的でした。結構耳に馴染む、不思議な魅力を湛えた好盤です。ジャズ喫茶の昼下がりに、眠気覚ましの一枚に最適でしょう(笑)。

 
 

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2016年3月 2日 (水曜日)

今の耳で聴き返してこそ ・・・

ブルーノートのLTシリーズは、聴き直して見ると実に面白い。ブルーノートの未発表音源を1979〜81年にLP40数タイトルでリリースしたシリーズなんだが、どのアルバムも聴いてみて、「どこがお蔵入りなんや」「どこが気に入らなかったんや」と思ってしまう優秀な音源ばかりなのだ。

Hank Mobley『A Slice of The Top』(写真)。ブルーノートのLT995番。録音は1966年3月。このアルバムもリリースされたのは1979年、マイケル・カスクーナの発掘音源としてである。このアルバムの内容も、LTシリーズの例に漏れず、「どこがお蔵入りなんや」「どこが気に入らなかったんや」と思ってしまう優秀な音源。

パーソネルを見渡すと面白い。Hank Mobley (ts), Kiane Zawadi (euphonium), Howard Johnson (tuba), James Spaulding (as, fl), Lee Morgan (tp), McCoy Tyner (p), Bob Cranshaw (b), Billy Higgins (ds), Duke Pearson (arr)。ユーフォニアムやチューバとか、おおよそジャズには不似合いな管楽器が参加している。

フロントに5管を配したデューク・ピアソンのアレンジによるオクテット編成(8人編成)の作品。ユーフォニアムやチューバが入っているので、ユニゾン&ハーモニーの音が多彩で豊か。アルバムの演奏自体はハードバップなんだが、この多彩で豊かなユニゾン&ハーモニーのお陰で、実に粋でお洒落なジャズに仕上がっている。

個々の楽器を聴いてみても、いずれもそれぞれ素晴らしい演奏を繰り広げている。いつもはちょっと「はにかみ屋で引っ込み思案な」テナーが物足りなく感じるモブレーのテナーが絶好調で吹きまくっている。トランペットのリー・モーガンも溌剌と吹きまくる。ジェームス・スポルディングのアルトとフルートも充実、とにかくユーフォニアムやチューバと併せて、フロントの5人は絶好調。
 
 

A_slice_of_the_top_2
 
 
バックのピアノ・トリオも好調。マッコイ、クランショウ、ヒギンスのトリオなんだが、これがまあ絶好調。マッコイはいつもの様にガーンゴーンとハンマー打法で太いコードを叩き出し、クランショウのベースはブンブン唸り、ヒギンスのドラムはモダンなリズム&ビートを紡ぎ出す。実に好調なリズム・セクション。

この未発表音源、もともとは4241番としてリリースされるはずだったものを含んでおり、そういう意味では確かに優れた内容の音源なのだ。リーダーのハンク・モブレー自身がこのアルバムが未発表になっていたことを非常に悔やんでいたそうで、その想いは十分に理解できます。

ただ今の耳で聴き返せば、というシチュエーションでの話で、1966年という当時としては、ハードバップという古いコンセプトの演奏に終始しており、モーダルな演奏も見え隠れはすれど、温和しめの小規模なモード演奏に留まっているところがちょっとなあ、という感じです。1966年当時としては、ユーフォニアムやチューバが入っている、多彩で豊かなユニゾン&ハーモニーを評価するには時代が若過ぎたとも感じます。

今の時代に今の耳で聴き返してこそ、このアルバムの良さがしっかり感じ取れるのではないでしょうか。このアルバムやLTシリーズの諸作を聴いていて、そういうジャズもあるんやなあ、とつくづく感じました。ジャズって奥が深いですね〜。リーダーのハンク・モブレーも溜飲が下がったことでしょう。
 
 
 
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2016年3月 1日 (火曜日)

カシオペア・サウンドの基準

1980年4月にリリースされた驚愕ライブ盤『Thunder Live』で、メジャーな存在となったCASIOPEA。野呂一生 (g), 向谷実 (key), 櫻井哲夫 (b), 神保彰 (ds) の最強の4人で、1980年11月にスタジオ録音盤をリリースする。日本フュージョンの名盤の一枚に数えられるほどの、これがまあ、素晴らしい出来のアルバムとなった。

CASIOPEA『Make Up City』(写真左)。カシオペアの通算4枚目のアルバムである。日本フュージョン・ジャズの到達点の一枚。冒頭の「Gypsy Wind」からラストの「Twinkle Wing」まで、とてもバランスのとれた優れた楽曲がズラリと並ぶ。そう、このアルバム、収録曲が粒ぞろい。

演奏のレベルはそれはもう最高のもの。野呂・向井・櫻井・神保の伝説の4人の演奏である。しかし、前作の『Thunder Live』までのテクニック第一の圧倒的演奏力でグイグイ押していく様な演奏では無い。テクニックを出しつつも適度に余裕を持った演奏が実に頼もしい。この余裕を持った演奏がこのアルバムの1番の聴きもの。

そして、このアルバムの音の特色は「シンセ・サウンド」と「デジタル・サウンド」。シンセ・サウンドの方は、シンセサイザーのマニピュレーターとして松武秀樹が全面参加して、その実力をいかんなく発揮している。デジタル・サウンドの方は、当時開発されたばかりの3M社の32トラックのデジタルテープレコーダーが使用されている。
 

Make_up_city1

 
当時の触れ込みは「日本初のデジタルレコーディングのアルバム」。但し、デジタル録音の欠点を補うためのアナログ処理は施されている。それでも、音のクリアさは特筆ものだった。自分のチープなステレオ・セットが1グレードアップした様な感じだったなあ。 

この『Make Up City』は、カシオペアの最初の基準となるアルバムです。デビュー盤から、メンバー・チェンジを経つつ、突き詰めてきたカシオペア・サウンドの最初の基準です。以降、アルバムをリリースする都度、このアルバムは『Make Up City』と比べて云々、などと評価される様になります。これって、カシオペア者として良く判るなあ(笑)。

日本のフュージョンもここまでやるんだ、とリリース当時、嬉しくなりました。近未来都市を連想させるイラストが素敵なジャケットも良好で、当時ヘビロテの一枚でした。今でも、ハードな純ジャズの合間の耳休めに、たまに聴いてはうっとりしています。良いフュージョン盤です。

そうそう、このアルバムのタイトル『Make Up City』って、ちょっと違和感を感じますよね。意訳すると「街を掃除しろ」。変なタイトルやなあ、と思っていたら、とある雑誌のインタビューで、カシオペアのメンバーいわく、「街を創りだす」という意味をこめてつけたとのこと。ちょっとそれちゃうやん、と思わず雑誌の記事に向かって突っ込みを入れたことを昨日のことの様に覚えています(笑)。

 
 

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  • まだまだロックキッズ(バーチャル音楽喫茶『松和』別館)
    この「松和・別館」では、懐かしの「1970年代のロック」盤の感想や思い出を率直に語ります。これまでの、ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログの中で不定期に掲載した、70年代ロックの記事を修正加筆して集約していきます。
  • 松和の「青春のかけら達」(バーチャル音楽喫茶『松和』別館)
    この「松和・別館」では、懐かしの「1970年代のJポップ」、いわゆるニューミュージック・フォーク盤の感想や思い出を率直に語ります。これまでの、ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログの中で不定期に掲載した、70年代Jポップの記事を修正加筆して集約していきます。           
  • AORの風に吹かれて(バーチャル音楽喫茶『松和』別館)
    AORとは、Adult-Oriented Rockの略語。一言でいうと「大人向けのロック」。ロックがポップスやジャズ、ファンクなどさまざまな音楽と融合し、大人の鑑賞にも堪えうるクオリティの高いロックがAOR。これまでの、ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログの中で不定期に掲載した、AORの記事を修正加筆して集約していきます。  
2021年4月
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