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2015年11月の記事

2015年11月30日 (月曜日)

現代ならではの「面白いジャズ」

最近のニューアルバムから、ちょっと面白い生い立ちのバンドのアルバムをご紹介したい。Kyoto Jazz Sextet『Mission』(写真左)。今年の4月のリリース。レーベルはブルーノートである。レーベルがブルーノートと言えば、このアルバム、一筋縄ではいかないぞ、と思わずワクワクする。

このアルバム、聴けば判るが、不思議な響きのするアルバムである。収録された曲名を見れば「おやっ」と思う。収録曲は以下の通り。これ、1曲目から7曲目まで、ブルーノート・レーベルの名曲ばかりである。そう、このアルバムは、ブルーノートの「カヴァー盤」である。しかも、モード・ジャズが中心の新主流派の名曲ばかりをカヴァーしている。

01. Search for the New Land (Lee Morgan)
02. Speak No Evil (Wayne Shorter)
03. The Melting Pot (Freddie Hubbard)
04. Succotash (Herbie Hancock)
05. Mr. Jin (Wayne Shorter)
06. Jinrikisha (Joe Henderson)
07. Up a Step (Hank Mobley)
08. Eclipse (Kyoto Jazz Massive)

そして、日本のDJ、プロデューサーの沖野修也、実弟・沖野好洋との兄弟DJユニット「Kyoto Jazz Massive」のメンバーでも知られる。この沖野修也が放つ新プロジェクトが「Kyoto Jazz Sextet」。新進気鋭のミュージシャンが集結した現代ジャズ・ユニット「Kyoto Jazz Sextet」によるブルーノート・カヴァー盤である。
 

Misson  

 
メンバーが凄い。quasimodeの平戸祐介、DCPRGや菊地成孔ダブ・セクステットの類家心平、Mountain Mocha Kilimanjaroの栗原健、松浦俊夫 presents HEXに参加する小泉P克人、Jazztronikのドラマーとして知られる天倉正敬 等々、日本ジャズ/クラブ・シーンの気鋭のミュージシャンが集結している。

クラブ・ジャズをベースに、ブルーノートの新主流派のモーダルなジャズを焼き直す。そんな興味深く面白い企画を実現した、なかなか小粋な企画盤である。録音からマスタリングまで全てアナログでの作業にこだわった音世界は、確かに現代のデジタル録音なジャズとは響きが異なる。ウォームで丸い音が心地良い。

曲名を見て、これは新主流派ジャズのコピー、書道で言う「臨書」か、と思ってあまり期待せずに聴いてしまったのだが、聴き進むにつれ、これは現代ならではの「面白いジャズ」だと気がついた。クラブ・ジャズのリズム&ビートに乗って、アナログな響きを持ったモーダルなジャズが展開される。

この盤を聴いて「温故知新」という言葉を思い出した。昔の新主流派のジャズの単なるコピーなら「つまらない」のだが、これは面白い。1960年代の新主流派のモーダルなジャズには無い、現代のジャズならではの響きとフレーズがこの盤にある。この企画は面白い。もっともっとやってほしい。期待大の「Kyoto Jazz Sextet」である。

 
 

震災から4年8ヶ月。決して忘れない。まだ4年8ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2015年11月29日 (日曜日)

日本ソフトロックの老舗バンド

日曜日は「ジャズの合間の耳休め」。暫く、昔々、1970年代から1980年代前半にかけて聴き親しんだ「日本のソフトロック」を振り返ってみたい。簡単に言うと、僕が高校時代から大学時代に聴いた「お気に入り」盤を聴き直してみよう、ということ。

高校時代はクラブの部室や自分の部屋で、大学時代は、いきつけの喫茶店やカーステ、下宿の部屋、はたまた徹夜麻雀のBGMで聴いた「日本のソフトロック」について語ってみたいと思います。

今日は「ゴダイゴ」のアルバムを振り返る。バンド名は「ゴダイゴ」。日本語の響きは「後醍醐天皇」を想起させる。英語で書くと「Godiego」。意味は「Go=生きて」「Die=死んで」で「生きて、死んで、また生きる」つまり不死鳥をイメージしている。

日本のプログレッシブ・ロックからソフト・ロックの草分け的存在である。主要メンバーは、ミッキー吉野 (key), タケカワユキヒデ (vo), 浅野孝已 (g), スティーヴ・フォックス (b), トミー・スナイダー (ds)。1986年〜1998年、2001年〜2005年の間は活動停止、2006年から活動を再開、現在も活動中。

さて、僕がゴダイゴの名前を知ったのは、このアルバム『CM SONG GRAFFITI』(写真左)。ゴダイゴは、CMに多数の曲を世に送り出している。そのCMソングを集めて一枚のアルバムにしたものがこれ。1978年1月15日発売とあるので、僕は発売から半年ほどして手にしたことになる。

ゴダイゴが、日本テレビ系ドラマ「西遊記」エンディングテーマ 「ガンダーラ」の大ヒットでメジャーな存在になる前のアルバムである。先入観の全く無いまま、このゴダイゴのアルバムを聴いてビックリ。これ凄いなあ、というのが最初の感想。演奏テクニックがずば抜けていた。しっかりロックしているが、曲調は全てポップ。こういうロックってええなあ、と心底、感心した。
 

Godiego_cm_monkey

 
まず「上手い」。相当なテクニックを持ったバンドである。そして、このアルバムに詰まっているポップでライトなロックは、それまでの日本のロックに無い「粋でお洒落な」ソフト・ロックだった。冒頭の「MIRAGE(ミラージュのテーマ)」を聴けば、それが良く判る。以降、目眩く「粋でお洒落な」ソフト・ロックの音世界。ラストは「赤いシャポーの味の素」でお洒落にエンディング。

そして、ゴダイゴはこのアルバムで名実共にメジャーな存在になった。1978年10月25日発売の『MAGIC MONKEY(西遊記)』(写真右)。オリジナル盤ではあるが、TVドラマ「西遊記」(主演:堺正章・夏目雅子等)のサウンドトラックとして使用され、爆発的にヒットした。

TVドラマのサウンドトラックとして使用されたので、軽くみられる傾向にあるが、このアルバムの内容は、超一流の「粋でお洒落な」ソフト・ロック。バンドの高度なテクニック、タケカワユキヒデのソングライティングの才能、ミッキー吉野のアレンジの才能が最大限に発揮されている秀逸な内容。

シンセやシーケンサーなど、当時の最新鋭の楽器の使い方、「ガンダーラ」のイントロなどに顕著な多重録音など、アルバム全体の音作りについて、当時の日本ロックの最先端をいくものだった。決して、このアルバムをTVドラマのサウンドトラックとして甘く見てはいけない。甘く見るとこのアルバムを体験することが出来なくて「損をします」(笑)。

この2枚のアルバムで、先ずは、ゴダイゴの魅力、個性をガッチリと掴むことが出来ます。今の耳で聴いても「良く出来たソフト・ロック」なアルバムで、確かに、それまでの日本のロックに無い「粋でお洒落な」ソフト・ロックな内容です。大学時代、いきつけの喫茶店やカーステ、下宿の部屋、はたまた徹夜麻雀のBGMと、要所要所で鳴り響いていました (^_^)v。

 
 

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2015年11月28日 (土曜日)

幻のフュージョン・オムニバス盤

フュージョン・ジャズは1970年代半ばから1980年代前半の期間に流行したジャズのスタイルのひとつであるが、その流行の勢いというのは凄まじいものがあった。

アコースティックな4ビートのメインストリーム・ジャズは過去の物として片隅に押しやられ、新しいジャズの全てはエレクトリックであり8ビートであり、ソフト&メロウで聴き心地が良く、アーバンな雰囲気のジャズであった。

フュージョン・ジャズの流行当時、日本でもその猛威は凄まじかった。お洒落な洋食屋から喫茶店から、果てはスーパーマーケットまで、店内のBGMはフュージョン・ジャズが流れていた。もうジャズには、このフュージョン・ジャズしか存在しないかのような凄まじい勢いのブームだった。

そんな勢いのあるブームであるが故、その時代でしか創り出されなかったであろうフュージョン・ジャズの好盤が幾つかある。それらの「あだ花の様な好盤」はフュージョン・ジャズのブームが去った後、次々と廃盤扱いとなり、時が経つにつれ、その存在すら忘れられていった。 

しかし、昨今のフュージョン・ジャズの復刻ブームに乗って、そんな忘れ去れた、その時代でしか創り出されなかったであろうフュージョン・ジャズの好盤がリイシューされている。これは、当時からのオールドなフュージョン・ジャズの我々にとっては嬉しいことである。

そんな「忘れ去れた、その時代でしか創り出されなかったであろうフュージョン・ジャズの好盤」が『NEW YORK』(写真左)である。8人の名うてのフュージョン・ギタリストがニューヨークにテーマを求めて繰り広げる、日本フュージョンの記念碑的名盤。
 

New_york_omunibus

 
8人のギタリストとは、秋山一将、大村憲司、鈴木茂、竹田和夫、松木恒秀、松原正樹、水谷公生、矢島賢。当時、名うてのフュージョン・ギタリストがずらり。しかもギタリストの人選が「実に渋い」。当時のCBS/SONYも粋なことしたなあ。実に豪気なオムニバス盤である。

8人のギタリストが、8人8様、ニューヨークにテーマを求めて、ニューヨークのイメージをフュージョン・ジャズのギターの音で表現している。ニューヨークという大都会をイメージをフュージョン・ギターで表現する、という、今から思えば「ベタな企画」なんだが、しかし、これが素晴らしい内容なのだ。

8人のギタリスト以外に、当時、YMOのメンバーとしてブイブイ言わせていた「教授」こと、坂本龍一がキーボードとアレンジで参加していたり、パーカッションの斉藤ノブ、ドラムに林立夫や村上秀一、ベースに後藤次利などのメジャーなミュージシャンの名前をズラリと並んでおり、ジャズ畑のみならず、ロック畑のミュージシャンも巻き込んだ「異種格闘技」風のセッションがなんとも魅力的です。

とにかく聴いてみて下さい。日本フュージョン・ジャズが、当時、如何に充実していたかが判る内容です。米国のフュージョン・ジャズも良いが、日本のフュージョン・ジャズも負けていない、どころか米国フュージョン・ジャズと対等もしくはそれ以上の充実度に思わず口元が綻びます。

8人の名うてのフュージョン・ギタリストがニューヨークにテーマを求めて繰り広げるオムニバス盤という特殊なアルバムなので、今後、廃盤になってしまう可能性大と睨んでいます。入手する向きには早めの入手をお勧めします。

 
 

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2015年11月27日 (金曜日)

デックスの玄人好みの好盤

僕は、ジャズ者駆け出しの頃、このアルバムが苦手だった。大らかなブロウ。少し外れたアドリブ・フレーズ。でも、その少し外れたところが「味」と感じる。でも、若い頃は、その「味」が判らんかった。

もともと、日本人というのは、子供の頃、音楽というものを大体「クラシック音楽」で体験する。音程はしっかり合っていて、ユニゾン&ハーモニーもバッチリ合っている。リズム&ビートも外れることは無い。それを音楽と経験する。その経験が「ジャズ」を理解する上で障害となる。

そのャズ者駆け出しの頃、苦手だったアルバムが、Dexter Gordon『Our Man in Paris』(写真左)。1963年5月の録音。ブルーノートの4146番。ちなみにパーソネルは、Dexter Gordon (ts), Bud Powell (p), Pierre Michelot (b), Kenny Clarke (ds)。デックスがパリを訪れた折に、パリにいた米国ジャズメン達と現地のベーシストと邂逅したセッションを記録したもの。

パーソネルを見渡して、まず「バド・パウエル」の名を見つけてビックリする。ビ・バップの開祖の一人、モダン・ジャズ・ピアノの祖。彼はニューヨークでの暮らしを嫌い、欧州へ移り、当時パリに在住。続いて「ケニー・クラーク」の名を見つけてビックリする。著名なビ・バップ・ドラマーの一人。彼もニューヨークでの暮らしを嫌い、欧州へ移り、パリに集結。

デックスが欧州に渡り、バド・パウエルとケニー・クラークとの再会セッション。パリにおけるバド・パウエル・トリオが旧友デックスを迎えた、10数年ぶりの再会を記録したセッションという触れ込み。これだけ劇的なエピソードが揃えば、ジャズ者駆け出しであっても、ついつい手を出したくなる。
 

Our_man_in_paris

 
で、ついつい手を出して、この盤は「難物」なのに気がついて、やっても〜た、と後悔する。このアルバム、ジャズ者初心者にはちょっと難物だと感じている。少し外れたアドリブ・フレーズ。でも、その少し外れたところが「味」と感じる。が、経験不足のジャズ者初心者の頃は、この「味」を「味」と感じない。どころか、なんじゃこれ、と理解不能な状態に陥る。

演奏の全てにちょっと強めにテンションが張っていて、そのテンションに気後れする。そして、デックスの大らかで力強いブロウが来る。アドリブ・フレーズに入って、音程はちょっと外れつつ、テンポもちょっと不安定に振れまくる。クラシック音楽ではありえない「破綻」。これがジャズ者初心者の頃、大いなる誤りだと感じてしまう。まあ、仕方が無いけど。

このアルバムのデックスのブロウが「良い味だしてるなあ〜」と感じる様になったのは、ジャズを聴き始めて10年以上経ってからだったと思います。そういう意味で、この盤をジャズ者初心者向けの「ジャズ入門盤」として推薦するのは、ちょっと違うんではないかなあ、と今でも思います。

じっくり聴き込んでみると、伝説のピアニスト、バド・パウエルのピアノはまあまあ、特段にコメントする程度のものでは無し。逆に、ケニー・クラークのドラミングにビックリ。大変モダンでアグレッシブなドラミングに、思わず、ケニー・クラークを見直す。そして、やっぱりデックスのテナーは別格。これぞデックスのテナー、デックスのワン・ホーン盤。

ジャズ者中堅、ジャズを聴き初めて10年以上経って、本当にジャズが好きで、もう恐らく死ぬまでジャズを聴き続けるだろうな、と思い始めた頃に聴いて、ちょうど良い塩梅の「玄人好みの好盤」だと思います。

 
 

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2015年11月26日 (木曜日)

魅惑のシナトラ・トリビュート

男性ジャズ・ボーカルは、フランク・シナトラとメル・トーメが大好きである。この二人のボーカルを聴いているだけで、心からリラックス出来る。特に、「The Voice」と謳われたフランク・シナトラの正統派の歌唱は惚れ惚れする。

このアルバムを聴いた時、これってシナトラ本人のボーカルか、と思った。特に冒頭の「The Best Is Yet To Come」は絶対にシナトラだと思った。しかし、聴き進めていくうちに、いやシナトラとは違うな、誰だろう、と思い始める。かなり正統派な男性ボーカルである。誰だろう。

そのアルバムとは、TOKU『Dear Mr. SINATRA』(写真左)。今年5月リリースの新作。実はこのアルバムで、僕は初めてTOKUの歌声を聴いた。いや〜なんて魅力的なボーカルであることか。いや〜感心した。このアルバムを一気に聴き通してしまいました。

TOKUの2年振りの新作になる。今回はシナトラへのトリビュート作品。今年12月12日に生誕100周年を迎えるフランク・シナトラに捧げたアルバム。シナトラの歌声に似せて唄い上げるTOKUも魅力的だし、本来の個性を前面に押し出して唄い上げるTOKUも魅力的。
 

Toku_dear_sinatra  

 
彼のもうひとつの得意技、フリューゲルホーン&トランペットも良いアクセント。正統で流麗なブロウを披露してくれる。これってなかなかなもの。ボーカル無しでも、このフリューゲルホーン&トランペットだけでも十分いけるだけの実力があるとみた。

バックの演奏のアレンジもバラエティに富んでいて聴き応えがある。ビッグバンドの迫力ある演奏もあれば、ジャズ・ベースのレジェンド、ロン・カーターとのデュエットもあります。正統派でスタンダードなアレンジあり、そして、様々なゲストとのデュエットも良い味出してます。ラップのZeebraとの「My Way」には思わずニンマリ。

シャンティの作詞による書き下ろしの新曲「Shine On」でラストを締めて、思わず「あ〜良いアルバムやったなあ」。今年のお気に入り盤の一枚になりました。一度、ライブで実際の歌声を聴いてみたいですね。良いアルバムです。

 
 

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2015年11月25日 (水曜日)

ミナのセカンド・テーマを聴く

昔々のこと。1978年にジャズを聴き始めてから2年。意外と早くから「フリージャズ」に親しんでいることに気がついた。が、誰でもOKという事では無い。馬の嘶きの様なコルトレーンのフリージャズは駄目だったし、本能の赴くままに激情にまかせて吹きまくるアルバート・アイラーも苦手だった。

ジャズ者初心者の頃、フリージャズとしてOKだったのは、山下洋輔とエリック・ドルフィー。まあ、ドルフィーは今の耳で聴いてフージャズとして扱うには整っており、僕はドルフィーをフリージャズの範疇には入れない。1960年代から1970年代の山下洋輔は、僕にとって唯一の「フリージャズ」だった。

何故か山下洋輔のフリージャズは合点がいった。山下洋輔のフリージャズは、決して「でたらめ」では無い。好き勝手と言っては語弊がある。アドリブのフレーズにも、必要最低限の決め事がある。ジャズで言う「モード」に通ずる必要最低限のフレーズの決め事がある。演奏方法について必要最低限の決め事の中で、その範囲内でピアノやドラムやサックスが好き勝手に演奏する。

ジャズ者初心者の頃、そういう山下洋輔トリオのフリージャズはよく聴いた。まず好きになったのは『キアズマ』。1975年6月6日、独のハイデルベルグ・ジャズ・フェスにて実況録音。そして、次に好きになったのはこれ。

山下洋輔『ミナのセカンド・テーマ』(写真左)。1969年10月録音、ちなみにパーソネルは、山下洋輔(p)、中村誠一(ts)、森山威男(ds)。山下洋輔お得意のベースレス・トリオ。これがまあ、大学時代、ジャズ者初心者の頃、さんざん聴いたフリージャズ盤である。
 

Minas_second_theme

 
収録曲は3曲。大和屋竺監督映画「荒野のダッチワイフ」のための表題曲、後の「ハナモゲラ語」を想起させるタイトル「ロイハニ」、トリオのライブでは定番だった「グガン」の3曲。山下洋輔トリオのフリー・ジャズの個性は、疾走・爽快・軽快。その3つの全てが、このアルバムにギュギュッと詰め込まれている。

必要最低限の決め事をベースに、自由に柔軟に、それぞれの楽器が演奏を続けて行く。誤解を恐れずに言うと「モーダルでフリーなジャズ」という感じ。この必要最低限の決め事の存在が、この山下洋輔トリオのフリー・ジャズを聴き易くし、判り易くし、親しみ易くしている。

この盤のジャケット・デザインも秀逸。セルロイドの人形、そして印象的なタイポグラフィー。人形の左腕がもがれた様に横たわっているところが実にシュール。表題曲「ミナのセカンド・テーマ」を想起するジャケット・イメージ。良い雰囲気です。

構築美溢れるフリージャズ。疾走・爽快・軽快なフリージャズ。良い感じの「モーダルでフリーなジャズ」が脳髄を刺激しまくります。ジャズを聴き続けて、ちょっとマンネリかな、と思った時、新鮮な刺激を求めてのフリージャズ。そんなシチュエーションに山下洋輔のフリージャズは最適です。

 
 

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2015年11月24日 (火曜日)

ジャズ喫茶で流したい・69

何も、テナー・サックスの使い手はコルトレーン派だけでは無い。日本のジャズ評論の世界では、どうも、ジョン・コルトレーン偏重の雰囲気が色濃くあって、テナーについては、まずはコルトレーンが絶対、コルトレーンのフォロワーについては、必ずコルトレーンと比較して揶揄する傾向が強い。それでも、スタイルはコルトレーンのスタイルが絶対なのだ。

コルトレーン以前の「オールド・スタイル」のテナーなどは歯牙にもかけない。かけても、まあジャズの歴史の勉強の為に一度は聴いておいたら、という軽い感じので紹介が多い。コールマン・ホーキンスやレスター・ヤングなどの「オールド・スタイル」なテナーは、日本の評論の世界では採り上げられることはあまり多く無い。

でも、1980年代以降、純ジャズ復古の大号令以来、コルトレーンのフォロワーも多く出たが、実はオールド・スタイルのテナーもちょくちょく出ている。日本ではあまり紹介されないだけで、今の若手から中堅にかけてのテナーマンの中で、オールド・スタイルを主に取り組むテナーマンも必ずいる。

そんなオールド・スタイルなテナーであるが、確かに、ビブラートを強くかけたり、唇の端から息が漏れて「ボボボボ、ズビビビ」と唾液の擦り切れる音はちょっと「ご勘弁」という感じがする。特に、ヘッドフォンで聴いていたら、耳元で「ボボボボ、ズビビビ」とやられたら、かなりしんどい。この辺が、オールド・スタイルを許容できるかどうかの境目だろう。

そんな中、僕はこのオールド・スタイルなテナーマンの中で、この人のテナーがお気に入り。Eddie "Lockjaw" Davis。1922年生まれ、1986年、64歳でこの世を去っている。彼は、ルイ・アームストロングやカウント・ベイシーの楽団で演奏、50年代から60年代初めまで大いに活躍したニューヨーク出身のテナーサックス奏者です。
 

Lockjaw_the_heavy_hitter  

 
さて、そんな「エディ “ロックジョウ” デイヴィス」、僕のお気に入りのアルバムはまずはこれかな。Eddie "Lockjaw" Davis『The Heavy Hitter』(写真左)。1979年1月の録音。ロックジョウ57歳の時の録音になります。ちなみにパーソネルは、Albert Dailey (p), Eddie "Lockjaw" Davis (ts), George Duvivier (b), Victor Lewis (ds)。

1986年に鬼籍に入っているので、ほぼ最後期の録音になる。が、57歳なので、ジャズメンからすると中堅。酸いも甘いも噛み分けて、人生の経験も色々身につけ、ミュージシャンとしては一番脂の乗った充実した年頃。演奏の内容として、悪かろうはずがありません。

ボボボボ、ブリブリとキッチリと締まった、ブラスの響きが豊かな低音域。唄うようにメロディアスで豊かな中音域。感情をグッと抑えてむせび泣くような高音域。抑制の効いたビブラート。オールド・スタイルなテナーとしては聴き易い部類。肉声に近いブロウは聴き応え満点です。

演奏のスタイルは「ハードバップ」。朗々と豪放磊落にテナーを吹き上げて行く“ロックジョウ” 。味のあるビブラートと低音域中心のブロウが「素敵なオールド・スタイル」。こういうテナーも良いなあ、と心から感心してしまいます。

あまり、日本のジャズシーンでは名前を聞かない「エディ “ロックジョウ” デイヴィス」ですが、実は「ロックジョウのリーダー作に駄作無し」と感じていて、特に彼の後期のリーダー作は充実したアルバムがズラリ。

「Heavy Hitter」とは、野球の強打者のこと。その強打者をイメージしたイラストのジャケットも雰囲気があって良し。ジャケットの雰囲気が良い、こういうアルバムって駄作無し、ですよね。

 
 

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2015年11月23日 (月曜日)

初期のバートンはクロスオーバー

ヴァイブという楽器は、サックスやギターなど、ポピュラーな楽器とはちょっと異なる、取り扱いや弾き方など、かなり特殊な楽器とは思うのだが、ジャズでは、演奏される主要な楽器の末席あたり、数は少ないが、ヴァイブで一代を成したジャズメンが何人かいる。

まあ、ジャズでヴァイブと言えば、おおよそ「ミルト・ジャクソン(Milt Jackson)」の名前が挙がる。ミルト・ジャクソンがモダン・ジャズの中で、ヴァイブという楽器をジャズで使用する定番楽器の位置に押し上げ、定着させたレジェンドである。

で、僕にとって、ミルト・ジャクソンを追う二番手のヴァイヴ奏者はと言えば「ゲイリー・バートン(Gary Burton)」。僕は、このバートンとの出会いは、チック・コリアとのデュオの諸作とであった。

1978年のことだった。最初は『Crystal Silence』だったかと思う。4本マレットを駆使した和音が特徴で、こんなに高速に、こんなにニュアンス豊かに弾きまくるヴァイブに初めて出会って驚愕した。

このバートン、初期の頃は当時流行のクロスオーバー・ジャズに走って、電気楽器を活かした、かなり尖った演奏を繰り広げている。1960年代後半から1970年代前半まで、思いっきりクロスオーバー・ジャズした演奏で、ブイブイ言わせていた。

特に、そのクロスオーバー・ジャズな作品は、RCAとAtlanticレーベルに集中しており、現在の純ジャズなバートンをイメージして、この初期の頃の諸作を聴くと、全く別人の、クロスオーバー・ジャズしたマッチョなバートンの音世界に驚愕すること請け合いである(笑)。
 

Turn_of_the_century

 
そんなAtlanticレーベルのバートンを体験するのに、格好のベスト盤がある。Gary Burton『Turn of The Century』(写真左)。1976年にリリースされた、Atlanticレーベル時代のジャズロックな楽曲を集めたベスト盤。アルバムで言うと、『Good Vibes』『Gary Burton & Keith Jarrett』『Paris Encounter』『Throb』『Alone At Last』辺りから選曲で構成されている。 

クロスオーバー・ジャズ時代のバートンの難点は、アルバム毎にその音世界のコンセプトは変わることが無く、曲の出来、演奏の出来によって、良し悪しが分かれるという傾向にある。

クロスオーバー・ジャズ時代のバートンの真髄を理解するには、その曲の出来、演奏の出来が良い楽曲を、複数のアルバムからピックアップすることが一番の近道になる。そんな近道を実現してくれているのが、このAtlanticレーベル時代のベスト盤『Turn of The Century』。

尖った硬派なクロスオーバー・ジャズの数々。当時、やっと進化を始めた電気楽器を駆使し、8ビートを大胆に導入しつつ、ジャズとロックの融合音楽をガンガンに弾きまくる。楽曲的にも良くこなれており、クロスオーバー・ジャズといえば、ラリー・コリエルやジョン・マクラフリンという名前が浮かぶが、それに拮抗するというか、同列に位置する、内容充実なクロスオーバー・ジャズがここにある。

ミルト・ジャクソンに次ぐ、ジャズ・ヴァイブ奏者のゲイリー・バートンの本質の一面が良く理解出来るベスト盤です。クロスオーバー・ジャズの好例としても良い内容です。ゲイリー・バートンに興味を持ち、彼を理解しようとする向きには格好のベスト盤でしょう。 

 
 

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2015年11月20日 (金曜日)

Four80Eastのスムース・ジャズ

こういうジャズもあるなあ、と感慨に耽ることもある。シンセサイザーと打ち込みリズム中心の「スムース・ジャズ」。1980年代後半、フュージョン・ジャズの聴き心地とソフト&メロウな部分を前面に押し出した、フュージョン・ジャズの発展形である。

今日、聴いたスムース・ジャズの新譜が、Four80East『Positraction』(写真左)。フォー・エイティ・イースト(Four80East)は、ロブ・デボール(Rob DeBoer)とトニー・グレース(Tony Grace)という2人が中心のプロジェクト・バンド。

ヒップ・ホップやヘビーなファンクが混ざったアシッド・ジャズと呼ばれる要素やユーロやハウスの音の雰囲気を織り交ぜながら、サックスやギターのアコースティックな楽器の演奏と、エレクトロなプログラミングをブレンドした、何ともクールな音世界である。

僕にとってはキーボードの音がたまらない。シンセサイザーとフェンダー・ローズの音色がとことん良い。このシンセとローズの音が、ソフト&メロウな要素を増幅する。そして、聴き応えが心地良いエレクトリック・ジャズが展開される。絵に描いた様な「スムース・ジャズ」である。
 

Four80east_positraction

 
日本ではまだまだ、こういう「スムース・ジャズ」はなかなか「うけない」。特に、純ジャズ命の硬派なジャズ者の方々には、もちろん「許せない存在」なんですよね。確かに、その感覚も理解出来ます。1950年代のアコースティック楽器が中心のハードバップが、本来のジャズの姿だとすると、現代の「スムース・ジャズ」は似ても似つかぬものですからね〜。

エレクトロニカがベースで、ヒップ・ホップやファンク、アシッド、ユーロ、ハウスなどが混在した、打ち込みなリズム&ビートが中心の「聴き心地満点のジャズ」である。確かに、昔のジャズからすると全然似ても似つかぬものですからね〜。

でも、これもジャズである。ジャズの裾野は広く、ジャズの許容量は相当に高い。様々な他のジャンルの音世界と融合して、新しいクールなジャズの音を創り上げていく。

これって、確か、マイルス・デイヴィスが先鞭をつけたアプローチであり、スタイルである。そう、この現代のスムース・ジャズの世界にも、マイルスの「イズム」が息づいているのだ。

 
 

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2015年11月19日 (木曜日)

硬派でアートなハンコックです

1960年代から1970年代初頭まで、アルバムで言うと、1973年の『Head Hunters』まで、ハービー・ハンコックの作品はアカデミックで硬派な内容が主流だった。

この『Head Hunters』以降の、ファンキーでキャッチャーなエレ・ハンコック路線の印象が強いので、ハービーはポップなジャズメンという印象になりがちだが、どうして、ハービーの駆け出しから若手の頃のアルバムは、意外とアカデミックでスピリチュアルな内容が主流なのだ。

特に、ハービーの駆け出しから若手の頃のブルーノート・レーベルでのリーダー作はその傾向が強い。ブルーノート・レーベルでの諸作には、必ず一枚に一曲、ファンキーなポップ・チューンが入っていて、その曲の印象があまりに強いので、どうしてもハービーはポップなジャズメンという印象になってしまうのだが、他の曲はバリバリ硬派でアートな内容で占められている。

例えば、このアルバムが代表的な例だろう。Herbie Hancock『Empyrean Isles』(写真左)。1964年6月の録音。ブルーノートの4175番。ちなみにパーソネルは、Herbie Hancock (p), Freddie Hubbard (cornet), Ron Carter (b), Tony Williams (ds)。コルネットのハバードが一管のカルテット構成。後のV.S.O.P.クインテットからショーターを引いたカルテットである。

1993年、US3がサンプリングして「アシッド・ジャズ」としてヒットさせた、ファンキー・チューン「Cantaloupe Island」のオリジナル演奏が入っているので、このアルバムはハービーの代表作の一枚として、ジャズ盤紹介本やジャズ雑誌などに必ず紹介される有名盤である。
 

Herbie_hancock_empyrean_isles

 
が、しかしである。この『エンピリアン・アイルズ』の内容は、決して易しい内容では無い。恐らく、ブルーノート・レーベルに残したリーダー作の中でも、一二を争う「硬派でアートでスピリチュアル」な内容なのだ。冒頭の「One Finger Snap」も、テーマのユニゾン&ハーモニーはまだポップでキャッチャーだが、アドリブ部に入ると、パッキパキの難度の高いモーダルなジャズに大変身。

2曲目の「Oliloqui Valley」は徹頭徹尾、モーダルなジャズで終始し、メンバーそれぞれ、あらん限りのテクニックを尽くして、これでもか、という感じでモーダルなフレーズを繰り出す繰り出す。これが、まあ、ジャズ者初心者にとっては何が何だか判らない(笑)。逆に、モード奏法を駆使した「モーダルなジャズ」を体験するには最適な曲のひとつと言える。

3曲目の有名曲「Cantaloupe Island」のファンキーなテーマを聴いてホッとするのもつかの間、アドリブ部に入ると、やっぱり「硬派でアートでスピリチュアル」な内容に大変身。思いっきりアーティスティックで硬派でスピリチュアルなインプロビゼーションが展開される。聴き応え十分だが難解でもある。

そしてラストの「The Egg」。完全にスピリチュアルでフリーなジャズになる。それも間を活かしたモーダルな内容のフリー・ジャズ。間を活かしたセシル・テイラーを聴く様だ。どこまでフリーな演奏が続くのだ、と思って聴いていると、フリーな演奏のまま終わってしまうビターな内容。

このアルバムをジャズ者初心者向けのアルバムとして紹介するのはちょっと問題でしょう。アカデミックで硬派な内容は難解であり、ビターな音世界である。逆に、モーダルなジャズを体感するのには最適、加えて、アコースティック・ハンコックの本質を理解する上で最適な盤だと思います。さすがはブルーノート・レーベルの総帥、アルフレッド・ライオン。貴重な音源を残してくれました。

 
 

震災から4年8ヶ月。決して忘れない。まだ4年8ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2015年11月18日 (水曜日)

クロスオーバーは継承されている

ジャズには様々なスタイルがある。スイング、ビ・バップ、ハードバップ、モード、フリー、クロスオーバー、フュージョン、スムース、ファンキー、ソウル等々、相当数に上がるスタイルがある。

しかも、これら様々なスタイルが、栄枯盛衰はあれど、現代のこの時代まで、しっかりと引き継がれているのだから素晴らしい。廃れたスタイルで「絶滅危惧種」になってもう無くなってしまうのか、と思ったら、そのスタイルを継ぐジャズマンが必ず現れる。なるほど、ジャズの裾野が広い訳である。

さて、そんなジャズのスタイルの中で、1960年代の終わりから1970年代の前半にかけて流行った、エレクトリック・ジャズのスタイルが「クロスオーバー・ジャズ」。コンセプトは「ジャズとロックの融合」。8ビートの導入とエレキ・ギターがメイン楽器の構成。そして、超絶技巧なハイテクニックが前提である。

そのクロスオーバー・ジャズも、耳当たりの良い、ソフト&メロウでAORなフュージョン・ジャズに取って代わって衰退した。というか「絶滅したのでは」と思ってたら、やはり、しっかり引き継がれているんですね。その現代に引き継がれたクロスオーバー・ジャズを聴くことができるアルバムがこれ。

Steve Smith, Scott Henderson & Victor Wooten『Vital Tech Tones』(写真左)。1998年のリリース。ちなみにパーソネルは、Scott Henderson (g), Steve Smith (ds), Victor Wooten (b)。メインのエレギは、かのスコット・ヘンダーソンが担当している。そりゃ〜超絶技巧でハイテクニックなギターが活躍する訳だ。
 

Vital_tech_tones

 
冒頭の「Crash Course」を聴けば、その雰囲気の中に、実に懐かしいスタイルが見え隠れする。そう「クロスオーバー・ジャズ」である。ジャズとロックの融合。リズム&ビートは明らかにジャズだがファンクネスは希薄。 

エレギの弾き回しは明らかにロック。チョッパーを織り込んだベースはジャズ。ジャジーなビートで叩きまくるドラムはクロスオーバー・ジャズならでは。

楽器や再生環境を司る機材が進歩して、音の濃淡、ニュアンス、抑揚がダイナミックに表現出来る様になったので、ちょっと判り難いが、8ビートの導入、エレキ・ギターがメイン楽器の構成、そして、超絶技巧なハイテクニック、それらを含んだ音作りが明らかに「クロスオーバー・ジャズ」しているのだ。

凄い迫力のバトルです。ハイテクニックなエレジャズの名うての3人が、テクニックの限りを尽くして弾きまくり、叩きまくる、現代の「クロスオーバー・ジャズ」。けっこう爆音で重量級の演奏は聴いていて、なんだか「スカッと」します。かなりロック寄りのギター・トリオの音なので、エレギ・キッズには堪えられない音世界ですね。

1960年代の終わりから1970年代の前半にかけて流行った「クロスオーバー・ジャズ」。1970年代後半に衰退、もはや絶滅したのかと思いきや、どっこい「生きている」(笑)。しっかりと引き継がれているのだから素晴らしい。

 
 

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2015年11月17日 (火曜日)

こんなアルバムあったんや・53

今でもネットショップを冷やかしていると「おお、これは」と思わずポチッとしてしまうアルバムに出くわすことがある。例えば、最近の「おお、これは」なアルバムはこれ。

Lee Ritenour『Earth Run』(写真左)。1986年リリースのアルバム。懐かしいジャケットである。このアルバムの「唯一無二の個性」はこのジャケットに隠されている。リー・リトナーが持っているギターみたいな楽器「SynthAxe(シンタックス)」(写真右)である。

シンタックスは、ギターに似た形状を持つMIDIコントローラー。シンセサイザーを音源に使用し、ギターのネックに似た形状のコントローラーで音を操作する。弾き方はギターなんですが、音色はキーボード、というか、基本はシンセなんで、どんな音でも出せる。

フュージョン・ギターの貴公子、リー・リトナーが、このシンタックスというMIDIコントローラーを駆使したアルバムがこの『Earth Run』。このアルバムほど、好き嫌いが分かれるアルバムは無いのでは、と常々思っている。ギタリストのリー・リトナーがシンセを弾くのである。確かにこのアルバムがリリースされた時は「賛否両論」。

まずは「シンセサイザー」という楽器にどういう評価、感情を持つかがカギになる。好意的なジャズ者にとっては「面白れ〜この音」ということでこのアルバムが好きになるし、否定的なジャズ者にとっては「なんだこれ、シンセやん」ということでこのアルバムを忌み嫌うことになる。
 

Earth_run_2

 
で、私こと「松和のマスター」は、このアルバム、好きです。非常にバラエティーに富んだ音色が出てくる出てくる。シンセ好きには堪えられないアルバムです。このアルバム一枚で、僕は「SynthAxe命」になりましたねえ。今でもリーズナブルな値段だったら欲しいですね。シンタックスは七変化。

このアルバム、純粋にフュージョン・ジャズのアルバムとしても一流品。ちなみに参加ミュージシャンを並べてみると、リー・リトナー(g), デイヴ・グルーシン(key), ドン・グルーシン(key), デイヴィット・フォスター(key), ジミー・ジョンソン(b), モーリス・ホワイト(cho) 他。フュージョン・ジャズの名うて達が大集合。それぞれ良い仕事してます。

デジタル録音を大々的に全面に出した録音で一世を風靡したGRPレーベルからのリリースで、音的にもシンタックスの音が活き活きと録音されていて秀逸。ジャケット・デザインのテイストもGRPレーベルの個性を思いっきり反映したもので良好。

フュージョン・ジャズの変わり種盤として良好。ギターかシンセかという前に、このシンタックスという楽器を駆使した、リー・リトナーの実験精神とテクニックに着目すべきでしょう。単純に「楽器」として良い音出しています。フュージョン者の方々にお勧めの好盤です。

 
 

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2015年11月16日 (月曜日)

マーカスのルーツ・ミュージック

いつの時代も、彼のエレベを聴く度に、唄うように語るように響き渡るテクニックにほとほと感心するばかりである。そのエレベ奏者とは、ジャコ・パストリアスと双璧をなすエレベ奏者、マーカス・ミラーである。

彼の名前を意識したのは、マイルス・バンドでのこと。1981年の奇跡のカムバック作『The Man with the Horn』の中で彼の名前と出会い、彼のエレベと出会った。1981年と言えば、エレベの天才、ジャコは既に体験していたが、このマーカスのエレベは、ジャコのエレベと同類ではあるが、ジャコとは趣が異なる、と感じた。

マーカスのエレベは理知的である。ジャコのエレベは才能と感覚のみで弾きまくる「天才ならではの仕業」なんだが、マーカスのエレベは、ジャコの「天才ならではの仕業」に理知的な構築力が付加される。感覚で弾きまくりながら理路整然としたフレーズ満載とでも形容しましょうか。

と言うことで、僕にとってのエレベのヒーローは「ジャコとマーカス」。ジャコは1987年9月に逝去しているので、現代では新作は出ない。しかし、マーカスはまだまだバリバリの現役。マーカスは1959年6月生まれだから、僕の一学年下の今年56歳。いよいよ中堅からレジェンドの域に達しつつある。 

そんな彼の今年の新作がこれ。今年の3月にリリースされた、Marcus Miller『Afrodeezia』(写真左)。解説を紐解くと、セネガル、ナイジェリアやブラジル、マリ、南米、カリブ、アメリカ南部の音楽要素を取り入れブラック・ミュージックのルーツを巡る話題作、とある。
 

Afrodeezia

 
アルバム全編を聴いて判るのは、このアルバムのテーマは「マーカスの考えるブラック・ミュージック」である。このアルバムに登場する楽器が面白い。ゲンブリ(ベースの元祖)、コラ、ジェンベ、カリンバなど、アフリカの伝統楽器。そして、カルカバ(鉄のカスタネット)のリズムやマンデスタイルのギターなど、西アフリカのルーツミュージックなどが、アルバム全体に散りばめられている。

しかもそれぞれのルーツ・ミュージックを奏でる楽器については、現地のアーチストたちによって演奏されているのだ。確かに、そのエスニックな雰囲気が色濃く漂っている。これが実に魅力的だ。

収録された曲調は、アメリカン・アフリカンの音楽的ルーツを巡るもの。ゴスペル、サンバ、カリプソ、ニューオリンズ、モータウン、そしてジャズ。ジャズは何でもあり、と言うが、このアルバムはそれを地で行くもの。バラエティー溢れる曲調を飲み込んで、スケールの大きいフュージョン・ジャズが展開される。

さすがマーカス。彼のアレンジとプロデュースの才は、マイルス・バンドの時代、あのマイルス御大から絶大なる信頼を得ていた位に優れたもの。しかしながら、このアルバムを聴くと、改めて、彼のアレンジとプロデュースの才に感服してしまいます。よくここまで、アルバムとして仕上げられるもんですね。

加えて、アルバム全編に渡って、ポップでキャッチャーな曲で占められていて、とても聴き易く親しみ易いアルバムに仕上がっています。勿論、マーカスの唄うような、語るような、驚異的なテクニックのエレベは健在。とても充実したマーカスの新作です。

 
 

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2015年11月15日 (日曜日)

スピリチュアルなエレ・ジャズ

昔、ブートレグ(海賊盤)でしか聴くことが出来なかったライブ音源が、ネット通販の正規なルートに乗ったCDとして、リリースするケースが増えてきた、と昨日、書いた。

これって一般人としては有り難いことで、正規のルートで購入できるということは、それだけ未聴のライブ音源に触れることが出来るチャンスが増えるということだ。

確かに「ジャズはライブが一番」という意見は正しいと思う。しかし、社会人として働いていると、なかなかライブハウスに足を運ぶことが出来ない。運んだところで最良のライブ・パフォーマンスに出会えるとは限らない。そういう事情もあって、我々、一般人にとってライブ盤の存在というのは、実に有り難いものなのだ。

例えば、このライブ音源だって、僕にとっては貴重な音源である。Herbie Hancock『Live At Boston Jazz Workshop』(写真左)。Columbia移籍後の第一弾『Sextant』発表の約1週間前、1973年3月22日ボストンの「ジャズ・ワークショップ」で行なわれたハービー・ハンコック・グループのライヴ音源を収録している。

この時期のエレ・ハンコックには昔から興味がある。アルバム的にはワーナー時代の『Fat Albert Rotunda』(1969),『Mwandishi』(1970) , 『Crossings』 (1971), 『Sextant』 (1972) の4枚になる。ハンコックがエレクトリック・ジャズに走って、マイルスとは異なった「思索的でスピリチュアルなエレクトリック・ジャズ」を志向していた時代である。
 

Live_at_boston_jazz_workshop

 
まず、アルバムの音世界が、当時の機材の環境でどこまで再現されていたのか、音の充実度はどの程度なのか、が興味の中心になる。「思索的でスピリチュアルなエレクトリック・ジャズ」を志向しているので、チープな内容だと聴くに堪えない状態に陥る。

そういう意味では、このライブ盤の演奏内容は充実している。さすがはエレ・ハンコックである。テクニック優秀、非常に密度の濃い、思索的でスピリチュアルなエレクトリック・ジャズが展開されている。曲的には「Hornets」(『Sextant』収録)、「You'll Know When You Get There」(『Mwandishi』収録)の2曲なんだが、これが充実の内容なのだ。

その充実度合いは、ハービーの自伝『ハービー・ハンコック自伝〜新しいジャズの可能性を追う旅』(写真右)に詳しいが、確かにこの時期のエムワンディシ(Mwandishi)・バンドの充実度はこのライブ音源からも良く判る。このライブ音源を聴いてみて、当時のハービーが志向していた「思索的でスピリチュアルなエレクトリック・ジャズ」が良く理解出来た。

ラジオ放送用ソースをマスターとした音源なので、音質的にもまずまずで、当時のハービーのエムワンディシ(Mwandishi)・バンドの実力を追体験するには十分なものです。ハービーの自伝『ハービー・ハンコック自伝〜新しいジャズの可能性を追う旅』を併せて読むことで、エムワンディシ(Mwandishi)・バンドのことはバッチリ理解出来ます。

 
 

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2015年11月14日 (土曜日)

第3期RTFのライブ音源

理由はよく判らないのだが、最近、昔はブートレグ(海賊盤)でしか聴くことが出来なかったライブ音源が、Amazonなど、ネット通販の正規なルートに乗ったCDとして、リリースするケースが増えてきた。

元はブートレグなので、音質に問題があったりするケースが多いので、事前に試聴するなりして、音質を十分チェックして、これは、というライブ音源だけ入手するようにしている。さすがに音質が良くないと聴いていて辛い。

さて、このバンドについては、正式なライブ音源はLP時代にリリースされた3枚組セットのみ。CDリイシューについても、ボックス盤の一部としてしかリリースされておらず、伝説のバンドでありながら、活動当時、どういうライブ演奏を繰り広げていたかは、ブートレグを通じてしか判らなかった。

そのバンドとは、リターン・トゥ・フォーエバー(Return to Forever・以降RTFと略)。チック・コリア、スタンリー・クラーク、レニー・ホワイトを不動のメンバーとして、そこにギターが入っての4人組のエレクトリック・ジャズ・バンドである。エレ・チックの基本であり、エレクトリック・ジャズ・バンドの老舗である。

そんなRTFの1970年代の活動時点でのライブ音源がいきなり出た。Return to Forever『lectric Lady Studio, Nyc, June 1975』(写真左)。1975年6月、ニューヨークのエレクトリック・レディランドにおけるなスタジオ・ライヴ音源。ちなみにパーソネルは、Chick Corea (key,synth), Al DiMeola (g), Stanley Clarke (b), Lenny White (ds)。いわゆる第3期RTFである。
 

Rtf_electric_ll_1975

 
FMオンエアー用の音源であるが、これはラジオ放送された番組を録音したテープから若干ノイズを除去したものらしい。音質は中の下、と僕は感じるのだが、ネットではなんかもっと評判が悪い。抜けが悪いのが気にかかるが、僕にとっては、RTFの演奏をなんとか楽しむには我慢できるレベルかな。まあ、ジャケットはかなり「やっつけ」ですけどね(笑)。音質については個人差があるのでご容赦を。

選曲もバラエティに富んでいてなかなか良い。4th盤の『銀河の輝映』から「Vulcan Worlds」「Beyond the Seventh Galaxy」「The Shadow of Lo」がピックアップされている。5th盤の『No Mystery』からタイトル曲、そして「Dayride」「Celebration Suite」を選曲。第3期RTFの凄まじいバカテク演奏が展開されている。

スタジオ・ライブではあるが、相当に調節技巧なハイテクニックで、相当に高いレベルのエレ・ジャズな演奏であることが判る。メンバーそれぞれのテクニックが凄い。そんな凄まじいテクニックで、高速ユニゾン&ハーモニーをバッシバッシやるから凄い。RTFの面目躍如。RTFの快感、チキン肌である。

これだけハイレベルなライブ演奏を平気でやってたんやなあ〜、と思わず心から感心する。選曲、演奏の内容とも良いので、音質について我慢すれば、当時の第3期RTFのライブの実力を十分に感じることが出来ます。それでも、音質が音質なんでマニア向けでしょう。まあ、チック者の僕にとっては、ちょっと嬉しいライブ音源でした。

 
 

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2015年11月13日 (金曜日)

思い切りブルーノートな盤

ブルーノート・レーベルのアルバムというのは、他のレーベルのアルバムとは違った、明らかにブルーノートの音と判る個性を兼ね備えている。録音の響きとアレンジ。独特のユニゾン&ハーモニー。ブルーノートに録音するジャズメンは、必ず、このブルーノートの音の個性を意識する。

そんなブルーノート・レーベルの盤の中でも、明らかにこれは「思いっきりブルーノートな」雰囲気を色濃く持った盤というのがある。例えば、このTina Brooks『True Blue』(写真左)。1960年6月の録音。ちなみにパーソネルは、Tina Brooks (ts), Freddie Hubbard (tp), Duke Jordan (p), Sam Jones (b), Art Taylor (ds)。

冒頭の「Good Old Soul」を聴くだけで、もう気分は「ブルーノート」。哀愁とファンクネスが色濃く漂うティナのテナー。ブルーノートが育てたハバードのトランペット。ティナとハバードのユニゾン&ハーモニーは、限りなく「ブルーノート」の響き。その響きに、ブルーノートならではのエコーがかかる。

やはり、ブルーノートの総帥、アルフレッド・ライオンの成せる技なんだろう。彼は録音される音に対しても「ブルーノートらしさ」を求めた。そして、そのブルーノートらしい音について、その「方針と方向性」を明確にしていた。そして、それは彼がプロデューサーであった間、一切ぶれることは無かった。
 

True_blue

 
そして、このリズム・セクションの人選がブルーノートである。哀愁のティナのテナーに、哀愁のピアニスト、ジョーダンをぶつける。ハバードが吹きまくり暴れまくると困るので、ジョーンズの重力級ベースで押さえを効かせて、テイラーの職人芸的ドラミングで全体をきっちり整える。良く考えられたリズム・セクションです。

ジャケットだって、思いっきり「ブルーノート」している。斬新なデザイン、意外性満載の写真の使い方、写真のカットの仕方。そして、ブルーノート・レーベルのジャケット独特のタイポグラフィー。このジャケットを見るだけで、もうブルーノートっぽい音が聴こえてきそうです。

加えて、収録された楽曲はそれぞれ出来が良い。そして、バラツキが無い。リハーサルをしっかりと積んでいる証拠だ。アンサンブルがバッチリ決まっている。演奏全体の展開にも破綻は無い。ミドル・テンポの楽曲を核に、ジャズのアドリブ・フレーズをジャズメン毎の個性を、ジックリと確実に聴かせてくれる。これがブルーノートである。

このティナの『True Blue』は、とてもブルーノートらしい盤の一枚。ティナの少し気怠い感じのファンクネス溢れるテナーの音は正に「ブルーノート・レーベル」。ブルーノートの音を語る上で、このアルバムに詰まった音は絶対に外せない。

 
 

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2015年11月12日 (木曜日)

こんなアルバムあったんや・52

ジャズには、スタイルや流行の中心にいなくても、初心者向けのジャズ盤紹介本などに挙がることが無くても、これはっ、という「粋」な内容のアルバムをリリースするジャズメンがいる。

例えば、このジョー・ワイルダー(Joe Wilder)もそんなジャズメンの一人。彼の名前はジャズ史の中でも、なかなかお目にかかることはありません。ワイルダー自身は、昨年、92歳で惜しくも鬼籍に入ってしまいましたが、僕にはこの一枚で、彼の名前をしっかりと記憶に留めています。

そのアルバムとは、Joe Wilder『Wilder 'n' Wilder』(写真左)。名門レーベルSavoy(サボイ)からのリリース。1956年1月の録音。ちなみにパーソネルは、Joe Wilder (tp), Hank Jones (p), Wendell Marshall (b), Kenny Clarke (ds) 。ジャケットも、サボイの香りが漂う小粋なジャケット。

このアルバム、ジョー・ワイルダーのトランペットを心ゆくまで慈しむことの出来る優れもの。ワイルダーのトランペットは、クラシック出身の独特の癖が心地良い正統派なもの。ブラスの響きよろしくブリリアントな音色。そんなワイルダーのワンホーン作品である。

冒頭の「チェロキー」を聴けば、その魅力は直ぐ判る。いきなりアドリブから入る、熟慮された「不意打ち」。え〜っこれがあの「チェロキー」かと狼狽えていると、ハンク・ジョーンズのピアノがそれと分かる旋律を奏でて、やっとホッと一安心(笑)。この「チェロキー」でのワイルダーのトランペットが一級品。
 

Wilder_n_wilder

 
ビ・バップの様な、テクニックを前面に押し出した疾走感のある速いアドリブ・フレーズや、大向こうを張ったハイノートをひけらかすことも無く、ミドル・テンポを基調に、中音域をメインに、肉声と同じ音域で典雅に唄うように、トランペットをブリリアントに吹き上げています。

どこをとっても、心地良い響き、典雅なフレーズ、清々しい音色。本当に良い音のするトランペットです。加えて、バックのリズム・セクションも優秀。ハンク・ジョーンズの典雅で趣味の良いピアノ、ウエンデル・マーシャルの重心の低い堅実なベース、ケニー・クラークの技ありの切れ味抜群のドラム。

このリズム・セクションがあって、ワイルダーのトランペットが更に映えます。ワイルダーの歌心のあるトランペットと、歌伴の様に、それにそっと寄り添うハンクのピアノ。滋味溢れる職人芸の世界であります。思わず聴き惚れてしまう、見事なインタープレイです。

こんなトランペットのワンホーン盤があったんですね。初めて出会った時、思わず目から鱗。昔、この盤は「幻の名盤」として有名でしたが、最近ではCDでリイシューされて入手し易くなりました。それでも、この盤がジャズ盤の紹介本に挙がることがほとんど無いのが不思議で仕方がありません。とにかく良いですよ。隠れた好盤です。

 
 

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2015年11月11日 (水曜日)

ビ・バップなサックスを感じる

ソニー・スティットは、ビ・バップ時代を代表するサックス奏者の一人。ハードバップ時代にもその活躍は続くが、サックスを吹くスタイルは、終始「ビ・バップ」スタイルを貫いている。

テクニック確かに、流れる様な高速アドリブ・フレーズを展開。ビ・バップ時代の他のサックス奏者と比べて、意外とキャッチャーで親しみのあるフレーズが特徴。特に、バラード表現に優れる。サックスについては、アルトもテナーもこなす。パーカーに似ているとか、パーカーの物真似などど揶揄されることが多いが、しっかりと聴くとそんなことは無い。無責任な喧伝である。

そんなソニー・スティットであるが、彼のリーダー作はかなりの量にのぼる。多作である。スティットのサックスは基本的に安定して優秀な為、彼のリーダー作に駄作はほとんど無い。というか、僕は彼のリーダー作を聴いて、期待を裏切られたことは無い。それほど、彼のリーダー作は多作でありながら、安定した内容を誇っている。

それでも、彼のリーダー作の好盤は1950年代に集中している。この時代のスティットのリーダー作はどれを聴いても、スティットのサックスの真髄を感じることが出来る。が、僕は、この1972年に録音されたリーダー作が一番のお気に入りである。

そのリーダー作とは、Sonny Stitt『Tune Up』(写真左)。1972年2月の録音。ちなみにパーソネルは、Sonny Stitt (as, ts), Barry Harris (p), Sam Jones (b), Alan Dawson (ds)。スティットのサックスの最良のパフォーマンスを聴くことが出来る好盤中の好盤である。
 

Tune_up

 
収録曲は全7曲。全収録時間は38分弱のアルバムであるが、この38分弱の時間の中、スティットのサックスが疾走する。1950年代から、全くブレない「ビ・バップ」スタイルなサックス。目眩く展開。歌心溢れるアドリブ・フレーズ。

このアルバムの中、とにかくスティットは吹きまくる。冒頭のタイトル曲「Tune Up」を聴けば、それが良く判る。曲が始まる。いきなり、スティットのサックスが飛び出る。走る。吹きまくる。「後についてこい」と言わんばかりの疾走感。縦横無尽、天衣無縫、硬軟自在に吹きまくる。スピード感溢れ、迫力満点。

スティットがサックスを吹きに吹きまくるので、バックのリズム・セクションの役割は大きい。しっかりとリズム&ビートをキープ、コントロールしつつ、先ずはスティットのスピードについていかなければならない。これは大変にテクニックと経験が必要なものなんですが、ハリス、ジョーンズ、ドーソンのリズム隊はそれをガッチリと実現している。

優れたリズム・セクションをバックに得てのスティットのサックスの疾走。聴き応え満点です。スティットのサックスを心ゆくまで堪能する、というか、スティットのサックスだけを心ゆくまで堪能する為のアルバムです。「ビ・バップ」スタイルなサックスを感じたい向きには、このアルバム『Tune Up』をどうぞ。

 
 

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2015年11月10日 (火曜日)

音楽喫茶『松和』の昼下がり・26

エディ・ヘンダーソン(Eddie Henderson)。僕はすっかりこの人の名前を忘れていた。1960年代からハード・バップ〜クロス・オーバー、ファンクな演奏を展開したエディ・ヘンダーソン。そう言えば、僕がジャズを聴き始めた頃、結構、メジャーな存在だった。

エディ・ヘンダーソンのトランペットは「軽快」。そして、ライトで滑らかな旋律が個性。音色的にはマイルスに似ている、というか、マイルスの忠実なフォロワー。逆に、凄いテクニック、エモーショナルなハイトーンなどという派手さが無いというところが弱点と言えば弱点。強烈な印象が残らないところが玉に瑕と言えば玉に瑕。

ということで、僕はすっかり彼の名前を忘れていた。しかし、最近、ジャズ雑誌で彼の名前を目にして、元気してんのかな〜、と思い立ち、このアルバムを聴いてみた。Eddie Henderson『Collective Portrait』(写真左)。今年出たヘンダーソンの新譜である。

ちなみにパーソネルは、Eddie Henderson (tp), Gary Bartz (as), George Cables (p,Fender Rhodes), Doug Weiss (b), Carl Allen (ds)。70年代から交友のあるアルトのゲイリー・バーツとピアノのジョージ・ケイブルスが要所を固める。ベースのダグ・ワイス、ドラムのカール・アレンという堅実で渋いリズム・セクションを担う中堅ジャズメン。なかなかの布陣である。
 

Collective_portrait

 
このメンバーで奏でるジャズは、1960年代後半のエレ・マイルスの初期のサウンド。そして、1970年代のエレクトリックなモーダルなジャズ。特に、マイルスと交流のあったヘンダーソンのトランペットはマイルスに似ている。というか、マイルスのトランペットを判り易く滑らかにした様な音。スペースを活かした独特なフレーズは、明らかにマイルスゆずりである。

ミッドテンポで、アコースティックからエレクトリックへ移行する過程のマイルス・バンドの音。そのマイルス・バンドの音世界をケイブルスのフェンダー・ローズの音が増幅する。そして、現代の機材、楽器で振り返り再構築した様な音作り。

このアルバムのヘンダーソンは良い。優れたバックにも恵まれ、気持ち良く、悠然とトランペットを吹き鳴らす。悠然と余裕を持ったヘンダーソンは強い。ヘンダーソン独特のスペースと間合いを上手く活用した、マイルスの様でありながら、マイルスよりも軽快で滑らかなトランペットは「至芸」の世界である。

このアルバムは米国でリリースされたと同時に高い評価を得ている、と聞く。確かに良い。近年のヘンダーソンの好盤ではないか。緩やかに漂う様な、ほわっと広がる様なトランペットの響き。流麗なフレーズ。このヘンダーソンの音世界は、秋から冬の朝、そして、長閑な昼下がりにピッタリである。

 
 

震災から4年7ヶ月。決して忘れない。まだ4年7ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2015年11月 9日 (月曜日)

このライブ盤のケッセルは凄い

バーニー・ケッセル(Barney Kessel)は、モダン・ギターの開祖チャーリー・クリスチャン直系のギタリスト。しかし、ケッセルのギターはシンプルで判り易い。テクニックも確かではあるが、そのテクニックに頼ること無く、流麗で判り易いフレーズを聴かせてくれる。

そんなケッセルではあるが、1961年、コンテンポラリーへの録音後はスタジオ・ミュージシャンとして多忙な日々を送っていた。まあ、ケッセルのツアー嫌いが原因ではあるが、ジャズ・シーンからすっかり遠のいていた。が、何を思ったか、1966年、ライブ盤を録音する。

そのライブ盤とは、Barney Kessel『On Fire』(写真左)。ハリウッドのジャズクラブ「PJ’S」でライブ録音されたもの。ちなみにパーソネルは、Barney Kessel (g), Jerry Scheff (b), Frankie Capp (ds)。Emerald という超マイナー・レーベルからのリリースで、その希少性から「幻の名盤」として注目されてきた。

1980年代の初めにLPで復刻された時は酷い音質だったらしい。マスターテープが行方不明で、ディスク(LP)から直接ダビングしたことが原因なんだが、1980年当時の機材でそれは乱暴以外の何物でも無い。そりゃ〜あかんやろう。その話を雑誌で読んでいたので、CDで復刻された時もまずは「敬遠」。雑誌やネットでの評判を聞いて、やっとのことで購入。

しかし、なんとまあ、派手派手しい、チープな香りがプンプンする思いっきり俗っぽいジャケットである。このジャケットを見れば、まず、触手を伸ばすことは無いだろうな。このアルバムの内容を知ってしか、このジャケットを持つアルバムに手を出すことは無いだろう。
 

On_fire

 
現在リイシューされているCDを聴くと、まずは「まあまあ」の音質にホッとする。確かにちょっと霞がかかったような、音の抜けの悪さはあるが、1940年代後半の録音と思えば、まずまず納得出来る音質。十分に鑑賞には耐える。マスターテープが行方不明なのは相変わらずみたいだが、最近の機材の進歩によって、リミックスやノイズ処理が上手くなされているのだろう。

で、その内容はと言えば、アルバム・タイトル通り「On Fire!」(笑)。火の出るような、活き活きとしたギターを聴かせる。このライブ盤でのケッセルは実にアグレッシブで、流麗で判り易いフレーズではあるが、実にダイナミックでポジティブなソロに思わず身を乗り出して聴いてしまう。

熱いテクニックにビックリの「Slow Burn」から始まり、「いそしぎ」や「リカード・ボサノバ」というポピュラーなボサノバ曲が、ライトで親しみ易いアクセントを醸し出し、味のあるフレーズ満載の「Who Can I Turn To」でグッと耳を奪いつつ、ラテン・タッチの「One Mint Julep」で楽しくエンディングという流れ。この収録曲の流れもこのライブ盤の魅力。

バーニー・ケッセルのギターの「真の実力」をバッチリと感じることが出来る好盤です。最近のリイシュー盤は音質もまずまずで、最近のリイシュー盤に限って、ジャズ者万民にお勧めです。まあ、ジャケットのチープさは大目に見てやって下さい(笑)。

 
 

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2015年11月 8日 (日曜日)

ケイコ・リーの20周年記念盤

昨年のビートルズ・カバー集『Keiko Lee Sings The Beatles』以来のアルバムになる。今回はケイコ・リーのデビュー20周年記念アルバムをこの11月にリリースした。その20周年記念アルバムは、Keiko Lee『Love XX(ラヴ・キス・キス)』(写真左)。

内容としては、まずは彼女の真骨頂であるスタンダード曲の歌唱を採り上げている。「Autumn Leaves」「Caravan」「Theme from “New York, New York”」など、魅力的な選曲と歌唱が見事。どのスタンダード曲も聴き応え抜群。本当にこの人は上手い。それでいて、歌唱のテクニックが耳に付かないところが魅力。

加えて、これまでリリースしてきたアルバムから、評価の高いトラックにストリングス等をオーバーダビングしたリミックスを収録している。3曲目の「Fly Me To The Moon」、6曲目の「Bridge Over Troubled Water」、12曲目の「Feelings」、ラストの「What A Wonderful World」がリミックス曲になる。

このリミックス曲、なかなかの出来でアルバム全体の雰囲気にマッチしていて違和感が無い。リミックスと言って軽く見るなかれ。ここまでしっかりとアレンジを再考し、元の演奏のイメージとはまた違った魅力を引き出すリミックスは秀逸。安易なリミックス対応とは一線を画する。
 
 
Keiko_lee_lovexx
 
 
日野皓正との曲や、オーバーダブによるビリー・ホリデイとのデュエットも、出来をとやかく言う前に、アルバム全体の構成や流れから見ると良いアクセントになっていて、これはこれで楽しい。プロデュースの妙だろう。

僕はこのケイコ・リーのボーカルがお気に入りで、彼女のリーダー作の3分の2は所有しているが、彼女のディープ・ボイスはとにかく安定感と安心感が抜群。これまでのジャズ・ボーカルにありがちな「アクの強さ」が希薄で、しっかりと芯のあるボーカルでありながら耳当たりの良いところが僕には良いみたい。

選曲も毎度毎度良く考えられており、非常に主体性のあるボーカリストという印象があって、アルバム毎に聴き応えの異なる彼女のボーカルは、新しいリーダー作がリリースされる度に楽しみになる。今回もその期待に十分応えてくれている好盤です。

しかし、彼女もデビューして20年になるのか。1995年のデビュー盤『イマジン』のボーカルに驚愕して以来、ずっとお気に入りの女性ボーカリストの一人として聴き続けて来て、はや20年。今回のこの20周年記念盤を聴いていて、彼女は素敵に歳を重ねているなあ、と感じて何だか嬉しくなった。
 
 
 
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2015年11月 7日 (土曜日)

70年代フュージョンの原型

ギターという楽器は繊細な音色を醸し出せるので、ムーディーな旋律表現に向く楽器だ。ジャズの世界でもアグレッシブで攻撃的な表現はあまりしない。趣味良くリズムを刻むか、ムーディーで印象的な旋律を刻む。

1970年代に入ると、ジャズ・ギターはクロスオーバー・ジャズとして、ロックの様なアグレッシブで攻撃的な表現する方向と、イージーリスニング・ジャズとして、ムーディーで印象的な旋律を表現する方向との、大きく分けて2つの方向に分かれていく。

逆に、1960年代は、まだまだ1950年代のハードバップ・ジャズの表現を引き継いで、当時のトレンドだったスタイルであるフリー・ジャズやモーダルなジャズの影響を受けること無く、意外と旧態依然とした表現に終始していた。ムーディーな旋律表現に向くという特徴が仇になった格好である。

1960年代と言えば、まだエレギの発展もまだまだ、当然アタッチメントも無く、ギターの音色は意外とシンプルだった。このシンプルで抑揚表現が苦手だったギターは、フリー・ジャズにもモーダルなジャズにも向かなかった。エレギが楽器として発達し、アタッチメントやアンプが充実して、他の楽器と肩を並べるようになったのである。

1960年代はジャズ・ギター発展にとって「停滞の年代」と思っているんだが、1970年代のイージーリスニング・ジャズとして、ムーディーで印象的な旋律を表現する方向を先取りした様なギタリストがいる。突然変異的な存在で、どうしてこういう方向に走ったのかよく判らないのだが、確かにこのギターは、1970年代のジャズ・ギターのトレンドを先取りしている。
 

Gypsy66

 
そのアルバムとは、Gabor Szabo『Gypsy '66』(写真左)。冒頭が、The Beatlesの「Yesterday」から始まる。従来のジャズ・ギターらしからぬドライさで、明らかにそれまでのジャズ・ギターの旋律表現と一線を画している。明らかにイージーリスニング・ジャズにピッタリの音であり、弾き方である。

アルバムの収録曲を改めて見渡して見ると、ビートルズやバート・バカラックといったポップチューンを前面に押し出しており、意外と旧態依然とした表現に終始していたジャズ・ギターの世界に一石を投じた。のかどうかは知らないが、確かにこのアルバムのギター表現は当時の他のジャズ・ギターとはかけ離れている。

淡々と反復するリフなどは全くもって個性的。アレンジや旋律表現も新しくて、1970年代にやって来る「フュージョン・ジャズ」の原型とも言える内容に、ちょっとビックリする。特にアレンジが斬新で、今の耳で聴いても、飽きが来ないし、古さを感じさせないところが凄い。

良いアルバムです。当時まだバークリー音楽院留学中だった、若き日の渡辺貞夫(ナベサダさん)がフルートで参加していることでも有名なアルバムです。イージー・リスニングなジャズ、フュージョン・ジャズの好きなジャズ者の方々にお勧めです。「温故知新」の気持ちで聴いてみて下さい。

 
 

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2015年11月 6日 (金曜日)

ケッセルの本質を楽しむ。

ジャズ・ギターを聴き続けて来て、最近、やっとこういうシンプルで枯れた、木訥な味わいのジャズ・ギターがお気に入りになったのは、つい最近のことである。

それまでは、若かりし頃、ロックからジャズに入った経緯と、エレクトリック・ジャズがお気に入りだったこともあって、どうしても、アタッチメントを駆使して様々な音色を紡ぎつつ、目眩く万華鏡のようなエレギが大好きで、どうも、1950年代以前の木訥な味わいのジャズ・ギターが、どうにも退屈だった。

でも、今ではそんなことは無い。木訥な味わいのジャズ・ギターの中に、味わいのある高度なテクニックとシンプルなギターの音の中にそこはかとなく滲み出る「侘び寂び」が、なんとも心地良く感じる様になったのだ。どうしてかなあ。まあ、歳をとるということはそういうことかもしれない(笑)。

そんなシンプルで枯れた、木訥な味わいのジャズ・ギターの中で、お気に入りの一枚が、Barney Kessel『To Swing or Not to Swing』(写真左)。1955年3月の録音。ちなみにパーソネルは、Barney Kessel (g), Harry Edison (tp), Georgie Auld, Bill Perkins (ts), Jimmy Rowles (p), Al Hendrickson (g), Red Mitchell (b), Irv Cottler, Shelly Manne (ds)。
 

To_swing_or_not_to_swing

 
タイトルに「Swing」の文字が目に付くが、このアルバムに詰まっている音は「スイング・ジャズ」の音である。パーソネルもスイング・ジャズの名手達が集っているように感じる。1955年のハードバップ初期の時代に、米国西海岸ジャズの中での「スイング・ジャズ」。なんともはや「粋」である。

コンテンポラリー・レーベルに残されたケッセルの作品の中でも、かなりトラディショナルな内容なので、モダン・ジャズのファンからはあまり注目されないアルバムではあるんですが、このスイング・ジャズな雰囲気のジャズ・ギターはなかなかに味わいがあります。ケッセルのルーツを感じる上でも、重要な位置づけのアルバムですね。

ケッセルのギターの基本は「スインギー」。この『To Swing or Not to Swing』を聴けば納得の一枚です。ちなみにタイトルを直訳すると「スイングするか、スイングしないか」。これって、ハムレットの「To be, or not to be(生きるべきか、死ぬべきか)」のもじりでしょうね。お後がよろしいようで(笑)。

 
 

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2015年11月 5日 (木曜日)

超然と我が道を行くサックス

この人のテナーを聴いていると、スタイルとか流行とか、変化とか進化とか、そんなものには全く無縁、ただひたすら自分のスタイルでサックスを吹き、ただただ自分の思いつくままのフレーズを吹く。それがまあ、全くの自然体で、味のあること味のあること。

そのテナー奏者とは、デクスター・ゴードン(Dexter Gordon)。愛称デックス。この人のテナーは別格。他のテナー奏者との比較ということすら超越している。なんせ、彼の「ブリッ」という一吹きで、ああこれはデックスだ、と判るくらいの強烈な個性なのだ。

そんなデックス、彼のリーダー作はどれもが優秀だが、特に「ブルーノートのデックスに外れ無し」というのが僕の感想。特に、1960年代のデックスに外れは無い。どれもが、とても優れたハードバップな演奏ばかり。どれを聴いても「ああ、これがハードバップなんやなあ」と感じ入ってしまう出来のアルバムばかりである。

そんな中、僕が愛聴する一枚がこれ。Dexter Gordon『Doin' Allright』(写真左)。1961年5月の録音。ブルーノートの4077番。ハードバップが成熟した、絵に描いた様な優れたハードバップな演奏が聴くことが出来る一枚。ちなみにパーソネルは、Dexter Gordon (ts), Freddie Hubbard (tp), Horace Parlan (p), George Tucker (b), Al Harewood (ds)。

う〜ん、ブルーノート・レーベルならではの渋い人選。実はこのメンバー、初共演なんですね。調べてみてビックリしました。このアルバムの演奏を聴けば判るんですが、すごく息が合っているんですよ。初共演とはなあ。さすがブルーノート、リハーサルにしっかり時間を使っていますね。
 

Doin_allright

 
特に、この Horace Parlan (p), George Tucker (b), Al Harewood (ds) のリズム・セクションが実に良い味を出している。この趣味の良いリズム・セクションが紡ぎ出すリズム&ビートに乗って、とっても気持ちよさそうに、デックスがテナーを吹き上げていく。

デックスの全くの自然体で吹くテナーの味わい。鼻歌を唄うように全く力みの無い、それでいてしっかりと芯のあるアドリブ・フレーズ。スケールの大きい、包み込むような吹き回し。決して耳につかない、適度なテンポ。時々顔を出すユーモラスな借用フレーズ。

本当に彼のブロウを聴いていると、スタイルとか流行とか、そんなものはどうでもよくなる。デックスはデックスであればよい。加えて、このアルバムのデックスのブロウはとても安定感がある。これぞハードバップ、という内容がとても愛おしい。

そうそう、忘れてはならないのが、このアルバムでのフレディ・ハバード。いつもははしゃいで、その優秀なテクニックをひけらかせて、ペラベラと雄弁に五月蠅い位に吹きまくるのだが、このアルバムのハバードはちょっと違う。なんと珍しく、控えめにそっとデックスに寄り添う様に吹いています。なんだなんだ、やれば出来るやないか。

さすがは「ブルーノートのデックスに外れ無し」。ハードバップど真ん中な一枚です。とにかくデックスのテナーが良い。ジャズ者万民にお勧めの好盤です。

 
 

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2015年11月 4日 (水曜日)

心地良い晴れた朝のスタート盤

キャノンボール・アダレイのアルトは「時を選ぶ」。キャノンボールのアルトは、健康優良児的なポジティブでネアカな音色で、テクニックは優秀、爽快に吹きまくるアルトである。とにかく明るくて賑やか。

ということで、夜の静寂には絶対に合わない。五月蠅いことこの上無し。昼ご飯を食べた後の、微睡みの昼下がりにも合わない。耳障りなことこの上無し。キャノンボールのアルトは「朝」が良い。

朝日が眩しい朝。さあ今日も頑張るぞ、と気合いを入れる朝。そんな朝に、健康優良児的なポジティブでネアカな音色で、テクニックは優秀、爽快に吹きまくるキャノンボールのアルトが良く似合う。

そんなキャノンボールを聴きたい時にピッタリのアルバムは何か。僕は先ずはこのアルバムを選ぶ。『The Cannonball Adderley Sextet in New York』(写真左)。キャノンボール兄弟が絶好調でゴキゲンな、1962年1月、ニューヨークのヴィレッジ・ヴァンガードにおけるライブ録音である。

ちなみにパーソネルは、Cannonball Adderley (as), Nat Adderley (cor), Yusef Lateef (ts, fl, oboe), Joe Zawinul (p), Sam Jones (b), Louis Hayes (ds)。キャノンボール兄弟に、テナーのユセフ・ラティーフ、ピアノのジョー・ザヴィヌル、ベースのサム・ジョーンズ、ドラムのルイ・ヘイズ。今の時代から振り返れば凄い面子ですなあ。
 

The_cannonball_adderley_sextet_in_n

 
この面子が、健康優良児的なポジティブでネアカなファンキー・ジャズをやるのである。それはそれは素晴らしくポジティブで明るい、健康優良児的で爽快感溢れるファンキー・ジャズがこれでもかと言わんばかりに展開される。とにかく、大ファンキー・ジャズ大会である。

ちょっとモーダルなユセフ・ラティーフのテナーがアーティステックな雰囲気を醸し出して、ファンキー・ジャズの権化の様なキャノンボール兄弟と絶妙なバランスを保っています。このフロントのバランスが、このアルバムを単なるファンキー・ジャズなアルバムと一線を画する、1962年当時の最先端のジャズの一翼を担うような好盤に仕立て上げています。

そうそう、ザヴィヌルのピアノも良いですよ。思いっきりこってこてファンキーなピアノがグイグイ迫ってきます。これだけ、黒々とした、こってこてファンキーなピアノはそうそうありません。聴き応え満点です。

朝日が眩しい朝。さあ今日も頑張るぞ、と気合いを入れる朝。そんな朝に、健康優良児的なポジティブでネアカな音色で、テクニックは優秀、爽快に吹きまくるキャノンボールのアルト。そのアルトを愛でるに最適なアルバムは『The Cannonball Adderley Sextet in New York』。

晩秋の心地良い晴れた朝のスタートは、この『The Cannonball Adderley Sextet in New York』で決まり、である。

 
 

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2015年11月 3日 (火曜日)

こういうテナーも渋くて良い

昨日、ご紹介したジミー・ヒースのテナーも知る人ぞ知る、玄人好みのテナー。そういう渋いテナー奏者はまだまだ他にもいる。例えば、ズート・シムズ(Zoot Sims)なんかもそんなテナー奏者の一人だ。彼もジミー・ヒースと同じで、我が国では何故か人気が無いというか、その実力の割にその名が余り知られていない、不当に低い評価で留まっているテナー奏者である。

まあ、我が国では、評論家やジャズ雑誌が勝手に、ズート・シムズに「B級テナーマン」というレッテルを貼ってしまい、彼のアルバムは知る人ぞ知るマニアだけが聴けば良い、という感じで、ジャズ雑誌やジャズ盤紹介本にほとんど採り上げることが無かったことが原因なんですけどね。

ズートのテナーもなかなかいけるんですよね。ズートのテナーは、豪放磊落な吹き回しの割に繊細な表現にも長け、軽快でダイナミックレンジの広いテナー。テクニックも優秀、小難しくない、シンプルなアドリブ・フレーズが魅力。聴けば直ぐにパッと判る、そんなテナーです。

そんなズートのテナーの個性を感じることが出来る好盤がこれ。Zoot Sims『Zoot Sims' Party』(写真)。1974年4月の録音。Bob Cranshaw (b), Mickey Roker (ds), Jimmy Rowles (p), Zoot Sims (ts,ss)。ピアノのジミー・ロウルズの名前が妙に気になります。ベースとドラムも渋い人選ですね。ちなみにジャケット・デザインは、写真左の方が僕にとっては馴染みがあります。
 

Zoot_sims_party

 
このアルバムは、ズートのテナーのワン・ホーン盤なので、ズートのテナーを心ゆくまで楽しむことが出来ます。しかも、選曲を見渡せば「スタンダード集」。スタンダード曲の演奏を通じて、ズートのテナーの個性が実に良く把握できます。

特に、流麗かつ優秀なテクニックを駆使した、軽快でダイナミックレンジの広い演奏が、柔軟自在、硬軟自在なスタンダート曲の解釈を聴かせてくれるので、とにかく聴いていて楽しい。アドリブ・フレーズは歌心満点。決して難解では無い、判り易くキャッチャーなフレーズが心地良いテナーです。

ズートは1925年生まれなので、このアルバムをリリースした1974年の時点で「49歳」。いわゆる中堅どころの年齢で、ベテランならではの成熟したテクニックと表現力が、このスタンダード集のブロウに溢れています。バックの好演もこの盤の聴きどころ。特に、ピアノのジミー・ロウルズのサポートが見事です。

とにかく難しいことを考えずに、CDのトレイに載せてCDプレイヤーのスイッチを押して、スピーカーから出てくるシムズのテナーに耳を傾ける。それで十分だということを確信させてくれる好盤です。軽快でダイナミックレンジの広いズートのテナーを十分にお楽しみ下さい。

 
 

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2015年11月 2日 (月曜日)

こういうテナーが渋くて良い

私こと、バーチャル音楽喫茶『松和』のマスター、現実の世界に舞い戻ってきました。ブログを再開したいと思います。

さて、ジャズ者にとって応えられない瞬間というものが色々とある。こういうジャズ雑誌やジャズ盤紹介本で採り上げられない「渋い好盤」との出会いも、そんな「応えられない瞬間」のひとつ。

例えばこのアルバムなど、その好例だろう。Jimmy Heath『The Quota』(写真左)。1961年4月の録音。ちなみにパーソネルは、Jimmy Heath (ts), Freddie Hubbard (tp), Julius Watkins (French horn), Cedar Walton (p), Percy Heath (b), Albert Heath (ds)。ヒース・ブラザースの3人が名を連ねているのが目を惹く。

ジミー・ヒース(テナー・サックス)、パーシー・ヒース(ベース)、アルバート・ヒース(ドラム)の3兄弟を「ヒース・ブラザース」と呼ぶ。その「ヒース・ブラザース」の長兄がジミー・ヒース。テナー奏者である。最初はアルト奏者だったらしいが、あまりにチャーリー・パーカーに似てる似てると言われるのに閉口してテナーに持ち替えた、という逸話がある。

1926年10月生まれの89歳ですが、なんと今だ現役。麻薬等の影響で活動が断続的であった事が原因で、メジャーなジャズメンになり損ねた感のあるジミー・ヒース。その実力の高さは、まともな時の演奏を聴けば納得出来る。そのまともな時の演奏の一つを捉えたアルバムが、この『The Quota』である。
 

The_quota

 
ジミー・ヒースのテナーは、正統でソリッドで鳴りが良くて癖が無い。パッと聴いて、パッと誰が吹いているか判る「あくの強さ」は無い。それが良くも悪くもジミー・ヒースの評価を左右する。でも、正統でソリッドで鳴りが良くて癖が無いテナーが悪いと言うのはいかがなものか、とは思うけど。

加えて、ジミー・ヒースのコンボーザー、アレンジャーとしての才も見逃せない。このアルバムでの特徴は、ジュリアス・アトキンスのフレンチ・ホルンの存在。このフレンチ・ホルンと、ジミー・ヒースのテナー、フレディー・ハバードのトランペットの3管構成のアレンジが、全編に渡って絶妙である。

日本では、評論家が勝手に、ジミー・ヒースに「B級テナーマン」というレッテルを貼ってしまい、彼のアルバムは知る人ぞ知るマニアだけが聴けば良い、という感じで、ジャズ雑誌やジャズ盤紹介本に全く採り上げることが無かった為に、その実力に比して評価の低いテナーマンです。もっと評価されても良いテナーマンでしょう。

1961年という、ハードバップが成熟仕切った時代の、そんなハードバップの完成形のひとつを聴くことが出来る好盤だと思います。オールド・スタイルなジャケット・デザインに怯むこと無く、ジャズ者初心者の方々も手にして甲斐のある好盤です。

 
 

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