ハードバップと新主流派の間
1960年代初頭から1965年辺りまでの間のメンストリーム・ジャズのアルバムは、聴いていて色々な事情が垣間見えて面白いアルバムが多い。1960年代初頭から1965年辺りまでの間のメンストリーム・ジャズのトレンドは、ハードバップ全盛期からモード、そして新主流派。
ジャズメンにしても、その能力、適応力の違いから、頑固に能動的にハードバップに留まる者、モードに適応し新主流派の一員としてジャズの先端を走る者、どうやってもモードに適用できずハードバップにも戻れず中途半端に終わる者、様々である。
この微妙なトレンドの過渡期に、そのトレンドの違いを明らかにしつつ、適応力による違いを明快に聴かせてくれるアルバムがある。Herbie Hancock『My Point of View』(写真左)。1963年3月の録音。ブルーノートの4126番。ちなみにパーソネルは、Herbie Hancock (p), Donald Byrd (tp), Grachan Moncur III (tb), Hank Mobley (ts), Grant Green (g), Chuck Israels (b), Tony Williams (ds)。
パーソネルを見渡して見ても、このアルバムは、この微妙なトレンドの過渡期に録音されたことが判る。ハービー、モンカー、トニーは後の新主流派の中核メンバー。バード、モブレー、グリーン、イスラエルズはハードバップの強者達。このごった煮の7人でハービーの作曲したハードバップな曲とモーダルな曲を演奏するのだ。
冒頭の「Blind Man, Blind Man」は、聴けば判るのだが、これはもう完全に「Watermelon Man」の二番煎じ、柳の下の二匹目のドジョウを狙ったもので、思いっきりファンキーなジャズ。これは参加メンバー全員が問題無く、喜々として演奏している。良い感じのハードバップな演奏である。
しかし、2曲目の「A Tribute to Someone」に入ると、その様相はガラリと変わる。この徹頭徹尾モーダルな曲を、ペットのバードは我関せずとハードバップなペットを堂々と悪びれずに吹きまくる。違和感が圧倒的。そして、テナーのモブレーは、モーダルに吹こうと努力するのだが、結局モーダルな展開にはならず、中途半端にフルフルと漂う様なフレーズを吹くだけで終わる。つまり、モーダルな曲に対応出来るか出来ないか、この曲でふるいにかけられているのだ。
さすがに、後の新主流派の中核メンバーであるハービー、モンカー、トニーは、全く問題無く、このモーダルな曲に適応していく。このモーダルな曲に適応する者と適応出来ない者との差。あきらかにこの曲の演奏を聴けば判るし、モーダルな演奏に適応していく新主流派のメンバーの演奏が、実にクールで優れていることが実に良く判る。
以降、「King Cobra」「The Pleasure Is Mine」「And What If I Don't」とモーダルな曲が続く。演奏の内容、演奏の傾向は、2曲目の同様。モーダルな曲に適応する者と適応出来ない者との差。これがクッキリと明快に聴き分けることが出来る。
これって、もしかして、ブルーノート・レーベルの総帥、プロデューサーのアルフレッド・ライオンの仕業なのかもしれない。以降のジャズの先端を担う若手ジャズメン、新主流派のメンバーが、それまでのハードバッパーと比べて、如何に個性的で、如何に新しいか、それを聴き手に明確に判らせるために、こういうパーソネルを選び、モーダルな曲を中心に演奏させたのではないか。
このアルバムを通じて、ハードバップな演奏と比較することで、モード、そして新主流派の個性と特徴が良く理解出来る。モード、そして新主流派の演奏を理解する為の、比較広告の様なアルバム。こういうアルバムを録音し、後世に残してくれたブルーノート・レーベル。アルフレッド・ライオンの慧眼恐るべしである。
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