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2015年10月の記事

2015年10月30日 (金曜日)

今後が楽しみなトランペッター

このアルバムの音を聴いた時、この時代に、こんなクラシック・モーダルな演奏をするジャズメンがいるんやなあ、と感心した。ほとんど、1960年代のアコースティック・マイルスである。

ジェレミー・ペルト(Jeremy Pelt)1976年11月生まれなので、今年で39歳。いわゆる「中堅」ジャズメンである。担当楽器はトランペット。その音はマイルス・デイヴィスの系列である。

さて、そんな1960年代のアコースティック・マイルスを彷彿とさせるアルバムが、Jeremy Pelt『November』(写真左)。2008年のリリース。ちなみにパーソネルは、Jeremy Pelt (tp), JD Allen (ts), Danny Grissett (p), Dwayne Burno (b), Gerald Cleaver (ds)。う〜ん、さすがにほとんど知らない(笑)。

音を聴けばズバリ、アコースティック・マイルス。マイルス者が聴けば必ず仰け反る、1960年代の黄金のクインテットの音にそっくり。最初聴いたら、絶対にマイルスだと勘違いする。でも、聴き続けていくと、マイルスにしてはマイルドでスムースな「まとまり」にちょっとした違和感を覚える。
 

Jeremy_pelt_nobember

 
さらに続けると、トランペットの音はマイルスに近いが、バックのリズム・セクションの音がちょっと違う。ピアノはハンコックらしいが、ベースのロンとドラムのトニーは「いない」。バックの音を聴いて、どうもこれはマイルスでは無い、と思い立つのだ。

でも、優れた芸術は模倣から始まる、というが、このペルトのアルバムを聴いていると確かにそう思う。この1960年代アコ・マイルスの音は、相当にテクニックが優秀で、様々な旋律を吹きこなせる「歌心」が無いと吹きこなせない。つまり、1960年代アコ・マイルスを踏襲出来るということは、これ、相当にいける「クチ」ですぞ。

正しく表現すると、1960年代のアコ・マイルスの音を踏襲はしているが、そっくりでは無い。マイルスの音は正統なジャズ、いわゆる「旧仮名遣い」の格調高い風情が個性なのだが、ペルトのマイルスっぽい音は、マイルスよりはマイルドでスムース。「新仮名遣い」のライトで判り易い風情が個性。

それでも、ペルトのブロウは揺らぎは無いし、ミストーンは皆無。アドリブ・トーンは流麗だし、ハイトーンの切れ味も良い。これからが実に楽しみなトランペッターであることを再認識した。暫く、注目して追いかけてみたい。

 
 

震災から4年7ヶ月。決して忘れない。まだ4年7ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2015年10月29日 (木曜日)

こんなアルバムあったんや・51

ジャズのアルバムを漁り始めて、はや37年。さぞかし、聴く対象も少なくなっただろうと思いきや、登り来て未だ山麓。ジャズ盤紹介本や雑誌を読み直しては、ネットで漁る毎日だが、聴く対象はまだまだある。恐らく、この命尽きるまで、聴く対象は枯渇することは無いだろう。

例えば、こんなアルバムが、まだ聴くことも無く残っていたりするのだ。本当にジャズ盤漁りは奥が深く裾野が広い。その「こんなアルバム」とは、Booker Ervin and Dexter Gordon『Setting the Pace』(写真)。

1965年10月の録音になる。当時「西ドイツ」はミュンヘンでのライブ録音。ちなみにパーソネルは、Booker Ervin, Dexter Gordon (ts), Jaki Byard (p), Reggie Workman (b), Alan Dawson (ds)。デックスこと、当時、ベテランの域に達していたテナー奏者デクスター・ゴードンの参加が目を惹く。当時42歳。

ドラムのアラン・ドーソンは当時中堅のドラマー。あの天才ドラマーであるトニー・ウィリアムスの唯一の師匠ということで有名。いかにフリーに近い、自由度の高い演奏になっても揺らぐことの無い、堅実でエネルギッシュなドラミングは上質のバッキング。当時36歳。

ピアノのジャッキー・バイアードは、「ジャズ界において最も説得力に富んだ多芸多才なピアニストのひとり」と謳われる、当時遅咲きのオールラウンドなピアニスト。当時43歳。そして、ベースのレジー・ワークマンは、当時、若手の新進気鋭なベーシストの一人。そのモーダルで限りなくフリーなベース・ラインは斬新な響き。
 

Setting_the_pace

 
さて、そんな猛者揃いのメンバーで、思いっきり限りなくフリーでモーダルなハードバップを演奏しまくるのがこのライブ盤。音も良好。迫力満点。こんなライブ盤があったんやなあ、と思わず感慨に耽ったりする。

オリジナル盤では収録曲はたったの2曲。アービン作曲の「Setting the Pace」が約19分の演奏。もう1曲は、デックス作曲の「Dexter's Deck」で23分弱の演奏。とにかく、限りなくフリーでモーダルな、熱気溢れる大ブロウ大会である。

アービンは、もともとモーダルでアグレッシブで自由度の高いテナーを吹いていたので違和感は無いが、デックスがこんなにモーダルで自由度の高いブロウに追従するとは思わなかった。これだけモーダルで自由度の高いデックスは聴いたことが無かった。う〜ん、デックスは単にハードバップなテナー奏者では無かったのだ。いや〜驚いた。

さすがに、こういうモーダルでアグレッシブなブロウについては、アービンの自家薬療中のものである。かなり充実度の高いブロウを繰り広げていて聴き応え満点である。とにかくテナーが良く「鳴って」いる。

収録曲2曲とも長尺のライブ盤だが、間延びしたり、マンネリに陥ることは無い。というか、アービンとデックスのフロントのテナーのブロウが全くもって充実していて、バイアード、ドーソン、ワークマンのリズム・セクションは、当時の新主流派風の新しいモーダルなバッキングを供給する。

濃厚な内容の、思いっきり限りなくフリーでモーダルなハードバップな演奏に、一気に聴き終えたあと、精神的に心地良くヘロヘロになる、爽快感溢れるライブ盤です。思わず「こんなアルバムあったんや〜」。

 
 

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2015年10月28日 (水曜日)

ジャズ喫茶で流したい・68

ヴァイブの音が好きだ。幼稚園の頃からヴァイブが好きで、実は結構弾けたりする。ヴァイブと言えば、ミルト・ジャクソンで決まり、なんだが、これが中々、ジャズを聴き進めて行くと、ジャズ・ヴァイブも奥が深い。

例えば、レム・ウィンチェスター(Lem Winchester)。1958年、ジャズ・シーンに登場し、その新しい響きを宿したヴァイブは魅力的。しかし、さあこれから、と言う時に、ロシアン・ルーレットによる拳銃事故で、わずか3年程度の活動期間だけで鬼籍に入ってしまいました。なんと不運なヴァイブ奏者であることか。

わずか3年の活動期間ですから、レム・ウィンチェスターがヴァイブを演奏した音源はかなり限られていて、その個性や特徴が理解出来る機会が少ない訳ですが、このアルバムがあってラッキーと言えばラッキーでしょう。このアルバムはなかなか良いですよ。そのアルバムとは・・・。

Lem Winchester『Another Opus』(写真左)。ちなみにパーソネルは、Frank Wess (fl), Lem Winchester (vib), Hank Jones (p), Eddie Jones (b), Gus Johnson (ds)。1960年6月の録音。フランク・ウエスのフルートとハンク・ジョーンズのピアノの存在が目を惹く。

そう言えば、ドラム以外は、ミルト・ジャクソンの名盤『Opus De Jazz』と同じ。ちなみにドラマーがガス・ジョンソンなのは、『Opus De Jazz』でドラマーを勤めたケニー・クラークが、とうの昔にヨーロッパに渡ってしまっていたから、とのこと。なるほど。
 

Another_opus

 
さて、タイトルからして、ミルト・ジャクソンの名盤『Opus De Jazz』をバリバリに意識しているのが「みえみえ」で、実に微笑ましいですね。ウィンチェスターのヴァイブは明らかにミルトの影響を受けているのですが、シンプルで粘りの無い、あっさりとして硬質な音が個性です。テクニックはミルトと同等。粘りがあるのがミルト、あっさりとシンプルで硬質なのがウィンチェスター。

収録されたどの曲でも、実に気持ちよさそうに、爽快感溢れるヴァイブのソロを聴かせてくれます。本当に早逝が悔やまれますね。もっと生きていれば、結構な量の好盤を量産したんやないですかね〜。十分にウィンチェスターのヴァイブの個性が確立されていたことが理解出来ます。

それから、このアルバムでは、フランク・ウエスのフルートが秀逸。実にエモーショナルでありながら、滑らかでメロディアスなフルートを聴かせてくれます。ほわっとラウンドのある爽やかなフルートの音の塊が、あっさりとシンプルで硬質なウィンチェスターのヴァイブと相まって、実にイマジネーション溢れる音世界を創り上げています。

ハンク・ジョーンズの燻し銀ピアノのバッキングも味があって心地良い。前へでしゃばることは決して無いが、それでいて、要所要所での存在感は抜群。ジャズでの存在感は音の大きさやないね。粋なフレーズ、粋なタッチやね。

サイドメンのサポートも溌剌としていて良好、レム・ウィンチェスターのヴァイブの素性の良さが楽しめる好盤です。レム・ウィンチェスターのヴァイブに触れ愛でるのに一番相応しい好盤でしょう。

 
 

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2015年10月27日 (火曜日)

マッコイのラテン・ジャズ

マッコイ・タイナー(McCoy Tyner)は、今やレジェンドの域に達したジャズ・ピアニスト。ジョン・コルトレーンの伝説のカルテットに所属し、コルトレーン亡き後は、コルトレーン・ミュージックを継承し、1970年代、絶大なる人気を獲得した。

しかし、1980年代に入って、純ジャズ復古の号令がかかると、新伝承派の若手ミュージシャンの勢いに押されて、その名前は一気にかき消されたかに見えた。が、ところがどっこい、1990年代、少しずつ復活の狼煙を上げつつ、今では、ジャズ・レジェンドの一人として、堅実に活動を続けている。

このアルバムなんか、そんなマッコイ・タイナーの多才な部分を良く表している。1998年7月の録音になる。翌年の3月にリリースされている。そのアルバムとは『McCoy Tyner and the Latin All-Stars』(写真左)。マッコイ・タイナーって結構器用なピアニストで、このアルバムではラテン音楽にチャレンジしている。

加えて、マッコイってアレンジの才能がある。このアレンジの才能を最大限に発揮したアルバムがこれである。ラテン音楽のアレンジで様々な曲を料理する。特に、3曲目のあのコルトレーンの演奏で有名な「Afro Blue」をラテン音楽のアレンジで、純ジャズ基調で聴かせてくれる。
 

Mccoy_tyner_and_the_latin_allstars

 
このアルバム全体の雰囲気は、ラテン音楽のフレイバーでありながら、どこか地に足着いて落ち着いた雰囲気が「大人の味」である。そう、このアルバム、タイトルだけ見て敬遠したら勿体ない、マッコイのアレンジの才能溢れる、ラテン・フレイバーなメインストリーム・ジャズなのだ。

といって、ラテンのリズムがガンガンに溢れた「大盛り上がり大会」風な演奏では無い。リズム&ビートが軽妙にアレンジされ、全体的に落ち着いた雰囲気が実に「大人」である。

ラテン・フレイバーなジャズだったら、もっとガンガンにやれば良いのに、という向きもあるが、マッコイのあの「ハンマー奏法」の様な左手ガーン・ゴーン、右手は超絶技巧な高速シーツ・オブ・サウンドで、ガンガンなラテンジャズをやったら、五月蠅くて仕方が無いではないか(笑)。

いや〜、本当に趣味の良い、粋なラテン・ジャズです。マッコイって本当に器用なピアニストだ。その器用さが決して鼻につかない、説得力のある器用さなのだから、これはもう聴き応え十分です。そう、ジャズ者よ、アルバム・タイトルと派手なジャケットに惑わされことなかれ、です。

 
 

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2015年10月26日 (月曜日)

昼下がりSP・デュオ盤特集・8

最近、ジャズ・ギタリストを聴き漁っている。もともとギタリストは苦手。ジャズ者初心者の頃は、ジャズ・ギターとボーカルは後回し。ジャズ・ギタリストについて勉強して、アルバム・コレクションを本格的に始めたのが10年ほど前だ。

ジャズ・ギターの世界も奥が深くて、新しいギタリストがどんどん出てくるので、なかなか面白い。Wolfgang Muthspiel(ウォルフガング・ムースピール)もそんな新しいジャズ・ギタリストの一人だ。オーストリア出身、1965年3月生まれだから、今年で50歳になるので、若手とは言い難いが、日本ではなかなか聞かない名前だ。

ムースピールとの出会いは、ドラマーのBrian Blade(ブライアン・ブレイド)のアルバムを辿っていって、このアルバムでムースピールの名前を知った。Wolfgang Muthspiel & Brian Blade『Friendly Travelers』(写真左)。2007年のリリースになる。

ちなみにパーソネルは、Wolfgang Muthspiel (g, vo), Brian Blade (ds, g, vo)。なんと、ギターのムースピールとドラムのブレードのデュオ盤。それにしては音がぶ厚いのは、多重録音を上手く駆使しているからだろう。加えて、ギターの巧みなエフェクターの使用が秀逸。
 

Friendly_travelers  

 
ムースピールのギターは、Bill Frisell(ビル・フリゼール)やJohn Scofield(ジョン・スコフィールド)の系列の音で、ビルフリやジョンスコから「捻れ」を取っ払って素直になった様な音である。聴いていて心地良い音。ストレートで判り易いエレギである。ところどころ、Pat Metheny(パット・メセニー)をイメージさせる響きもあって、思わずニヤリとする。

そして、このアルバムについては、ブレイドのドラミングが実に効いている。様々な音でバリエーション豊かに、メリハリの効いたドラミングでムースピールのギターを盛り立てる。決して、演奏の音が痩せることが無い。豊かな響きと適度な音の厚さをしっかり保っているのは、ブレイドのドラミングに負うところが大きい。

とにかく聴いていて楽しいギターとドラムのデュオ盤である。明らかに新しい響きのエレギは意外と聴きものである。しばらく、ムースピールのギターを追いかけてみようと思っている。

聴き心地の良い響きと判り易いフレーズを連発、欧州的な雰囲気を漂わせる爽快感溢れるギターの音色は個性的。聴き応え抜群。いいぞ、このギタリスト。

 
 

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2015年10月25日 (日曜日)

いわゆる「大人のコラボ」盤です

こういうのが「大人のコラボレーション」と言うのだろう。お互いを意識するあまり、差し障りの無い演奏に終始するコラボもあれば、ライバル心むき出しで、相手を如何に凌駕するかだけを目的に前へ出るだけのチープでエゴなコラボもある。

しかし、この今やレジェンドの域に達したギタリスト二人のコラボは素晴らしい。お互いを認め合い、お互いの音を聴き、お互いを惹き立て合いつつ、自らの個性の主張もしっかりする。まったくもって「大人のコラボ」である。

その「大人のコラボ」盤とは、Lee Ritenour & Larry carlton『Larry & Lee』(写真左)。1995年のリリース。リリースされた時は、このコラボって成立するんだろうか、なんていらぬ心配したものだが、全くの杞憂だった。

良く考えると、二人のレジェンド・ギタリストの個性は全く異なる。リー・リトナーは乾いたファンクネスを隠し味に、ジャズに力点を置いたギタリスト。逆に、ラリー・カールトンは柔軟性あふれ、応用力に優れた、全方位なギタリスト。どちらかと言えば、フュージョン色が強い。
 

Larry_lee

 
そんな個性の全く異なる二人である。それぞれの人間性が良ければ、まあ個性がぶつかることは無い。というか、ぶつからないので、あまり打合せやリハーサルをすること無く、ジャム・セッションなイメージで、自然に弾いて自然にコラボレーションが成立している雰囲気なのだ。

二人はフュージョン・ジャズを代表するギタリストであり、さすがに、こういうフュージョン・ジャズ系の演奏については、非常に優れた、味のある演奏を繰り広げてくれる。特に、ミドル・テンポの演奏が秀逸。余裕あるインプロビゼーションが実に心地良い。

まあ、つまりは、このアルバムを聴く前は、個性がぶつかりあって、このコラボって成立するのか、と心配したが、よくよく考えると、これだけ個性の異なる二人のギターである。まず、悪意でもなければ、個性がぶつかることなんてないんですよね。

演奏の雰囲気もリラックスしたカジュアル色の豊かな演奏なので、変な刺激やイメージが残ることは無い。逆に、ことある毎に聴き直しすることができる「金太郎飴」的な魅力を持ったコラボ盤である。

 
 

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2015年10月24日 (土曜日)

ザヴィヌルのエスニックな音世界

1970年代から1980年代、一世を風靡したフュージョン・バンド、ウェザー・リポート(Weather Report)。僕はこのウェザー・リポートの大ファンな訳だが、幾つか気になることがあった。

4枚目の『Mysterious Traveller』から紛れ込んできた、ワールド・ミュージック系の音、アフリカン・ネイティブでアーシーな民俗音楽風の音は誰の趣味なのか。ショーターの趣味にしては、ワールド・ミュージックな雰囲気があからさますぎる。

ジャコ・パストリアスが参入してから、このワールド・ミュージック系の音、アフリカン・ネイティブでアーシーでエスニックな音がかなり幅をきかせ始めたので、ジャコの趣味かとも思ったが、ジャコ参加以前から、そこはかとなく、この音世界が漂っていたので、ジャコが発信源では無い。

実は、このアルバムを聴いた時、このワールド・ミュージック系の音、アフリカン・ネイティブでアーシーでエスニックな音は、ジョー・ザヴィヌルの趣味、仕業だったことに気がついた。そのアルバムとは、Joe Zawinul & The Zawinul Syndicate『Vienna Nights』(写真左)。

故郷ウィーンに開いた自己のクラブ「ジョー・ザヴィヌルズ・バードランド」でのライブ盤である。2005年のリリース。Weather Report解散後,ザヴィヌルのアフリカン・ネイティブでアーシーでエスニックな音は段々と頭角を現し、このアルバムでは、もはや、アフリカン・ネイティブでアーシーでエスニックな音一色。
 

Zawinul_vienna

 
しかし、これほどまでに、ザヴィヌルがアフリカン・ネイティブでアーシーでエスニックな音がお気に入りだったとは思わなかった。好きこそものの上手なれ、というが、確かに、このアルバムでの、アフリカン・ネイティブでアーシーでエスニックな音については、実に上手く創られている。

ザヴィヌルお得意のシンセサイザーによるユニゾン&ハーモニーが実に効果的に響いて、両立のアフリカン・ネイティブでアーシーでエスニックなフュージョン・ジャズ盤に仕立て上げられている。ボーカル入りの曲も約半数を占め、肉声だけで無く、ボコーダーも有効に活用して、エスニック度濃厚な音世界が溢れんばかり。

アフリカン・ネイティブでアーシーでエスニックな音の展開が凄い迫力と内容。ザヴィヌルの本質はここにあったのか、と改めて再認識する。ジャズの原点を押さえた好盤ではあるが、アフリカン・ネイティブでアーシーでエスニックな音を前面に押し出した分、ある意味、通常のメインストリーム・ジャズを超えている。

ワールド・ミュージックがベースのフュージョン・ジャズ。ある意味、真のフュージョン(融合)な音楽であると言える。これほどまで、エスニックな音世界は唯一無二。ザヴィヌルは亡くなったが、彼の音楽は残った。

 
 

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2015年10月23日 (金曜日)

ホールズワース起死回生の一枚

アラン・ホールズワース(Allan Holdsworth)との出会い。つらつらと盤コレクション、アルバム鑑賞のキャリアを振り返る。う〜ん、あれは今から35年ほど前に遡る。

ソフト・マシーン(Soft Machine)の『Bundles(収束)』というアルバムだった。『英国の70年代フュージョン』(2010年12月21日のブログ・左をクリック)にご紹介しているが、これがまあ、思いっきり超絶技巧な弾きまくりギター。誰だ、このギタリスト、とパーソネルを確認して、アラン・ホールズワースの名前を初めて確認した。

アラン・ホールズワースのギターは凄い。「超絶技巧」とはこのこと。どうやったら、これだけギターが弾きたおせるのか、理解に苦しむ。破綻の無い、疾走感溢れる超絶技巧な世界。凄いギタリストがいたもんや、と心から感心した。

しかし、そんなアラン・ホールズワースは正統に評価されていた訳では無い。1980年代に入って、子どものミルク代に困って機材を売り払うなど金銭的にも困窮していたそうで、そういう意味では、音楽というのは実力と収入とは常に比例するものでは無い、ということを改めて認識する。

そんなホールズワースが、もうこのアルバムが駄目ならミュージシャンをやめる、という位の不退転の決意で、1982年に自主制作で出したのがこの作品。Allan Holdsworth『I.O.U.』(写真左)。ちなみにパーソネルは、Allan Holdsworth (g), Paul Carmichael (b), Gary Husband (ds), Paul Williams (vo)。
 

Iou

 
アラン・ホールズワース本人をして「初めてやりたいことができた」とコメントした位の起死回生の一枚。さすが本人が「初めてやりたいことができた」とコメントした位である。凄まじい出来である。ここまで弾き倒したエレギのアルバムを僕は他に知らない。

しかも、ファンクネスは全く希薄。ジャズからのアプローチというよりは、ロックからのアプローチと評した方が合点がいく。ロックからのフュージョンへのアプローチ、いわゆる僕が勝手に名付けた「フュージョン・ロック」である。

恐らく、このアラン・ホールズワースが、エレギ弾き倒しの最高峰だろう。とにかく、エレギがどこまで弾き倒せるのか、どれだけの音色が出せるのか、エレギの最高限界地点を確認出来る、それはそれは素晴らしい内容のアルバムです。

それでいて歌入りは8曲中4曲。これが良かった。アダルト・コンテンポラリーな雰囲気が色濃く漂う。単純なギター弾き倒しの盤では無かった。上質のフュージョン・ロック盤である。

アルバムタイトルの「I.O.U.」とは「I Owe You」、つまり借用金証明という意味ですが、アラン・ホールズワースは、この自主制作のアルバムを機会に飛躍することができました。 目出度し目出度し。

 
 

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2015年10月22日 (木曜日)

これが「ペッパー最後の録音」

アート・ペッパーについては、麻薬禍の為に活動を停止した1960年代を境に、1950年代のペッパーと復帰後の1970年代のどちらが良いかといった議論が白熱した時期があった。確か、当時有名なジャズ雑誌とそれにまつわるジャズ評論家が仕掛けた議論では無かったか。実に不毛な議論であった。

実は僕は復帰後の1970年代のアート・ペッパーを良く聴く。テクニック優秀、エモーショナルで、限りなくフリーキーな、モーダルなアルトが耳に馴染む。当然、1950年代のメロディアスなフレーズだって吹くことが出来る。1970年代のペッパーは、1950年代のペッパーの発展形であり、そもそも2者択一するものでは無い。

1970年代のアート・ペッパーで愛聴しているシリーズがある。今から、3年ほど前に出会ったシリーズで、その第一作が、『Unreleased Art: Vol.1』(2015年5月31日のブログ・左をクリック)。「Vol.1」と言うんだから「Vol.2」以降もあるんでしょ、と思って探したら、これがあるんですね。ペッパーの奥さん、ローリーが彼の未発表セッションを発表していたんですね。

「Vol.1」の続編が、Art Pepper『Unreleased Art Vol. 2 the Last Concert』(写真左)。1982年5月30日、Kool Jazz Festival でのライブ録音である。場所は、Washington's Kennedy Centerとある。ちなみにパーソネルは、Art Pepper (as), Roger Kellaway (p), David Williams (b), Carl Burnett (ds)。Vol.1とはピアノだけが異なる。
 

Unreleased_art_vol2

 
タイトル通り、ペッパー最後の録音である。ペッパーは1982年6月15日に急逝しているので、亡くなる16日前の録音ということになる。ペッパーは脳溢血による急逝だったので、恐らく、このクール・ジャズ・フェスティバルでの演奏の時には、16日後に自分は鬼籍に入るなんて思ってもみなかったと思う。

それが証拠に、このライブ録音でのペッパーは溌剌と演奏している。1970年代ペッパーの延長線上で、テクニック優秀、エモーショナルで、限りなくフリーキーな、モーダルなアルトを吹きまくる。いやほんと、なかなか良いんですよ。今の耳で聴くと、決してそんなにフリーキーでは無いし、決して、コルトレーンにベッタリ追従している訳でも無い。

そして、ラストの「When You're Smiling」などは、流麗で歌心満点、テクニック優秀な1950年代からのペッパーの演奏そのもの。1970年代のペッパーは、瑞々しいアドリブの花をドライフラワー化してしまった、などと揶揄されましたが、それは大いなる誤解だったことがこのラストの名演を聴けば良く判ります。

このペッパーの奥さん、ローリーが発表してくれた『Unreleased Art』シリーズはどの音源もなかなかの内容です。ペッパー者には必須アイテムでしょう。また近いうちに「Vol.3」以降もご紹介していこうと目論んでいます。

 
 

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2015年10月21日 (水曜日)

硬派なアルト奏者なんですが

デイヴィッド・サンボーン(David Sanborn)ほど、誤解・曲解されているジャズメンはいないだろう。彼自身は、聴けば判るのだが、硬派なアルト奏者である。

そのブロウは輝く様なブリリアントな音色で、ストレートにラウドに吹きまくる。テクニックもかなり優秀、アドリブ・フレーズも独特の個性があって、どこを取っても「硬派なアルト奏者」。

しかし、このサンボーン、ここ日本では1980年代以降、誤解・曲解を受けている。基本的には「スムース・ジャズの軟派なアルト奏者」と思われている節がある。何をやっても軟派なアルト奏者。それはどうも、日本のレコード会社のプロモーションにあるのでは無いか、と思われる。

例えば、このアルバム、1983年にリリースされた、David Sanborn『Backstreet』(写真左)の日本盤を見てみると良く判る。アルバム・タイトルこそ『バックストリート』なんだが、収録された曲の題名が凄い。

1. 愛の約束
2. 君の微笑み
3. ビリーヴァー
4. バックストリート
5. 涙はクリスタル
6. 大聖堂
7. ブルー・ビーチ
8. さよならは悲しい言葉
 
  

Backstreet

 
ね〜凄いでしょ。「愛の約束」「君の微笑み」から始まって、「涙はクリスタル」そして「さよならは悲しい言葉」ですよ。この日本語の題名を見て、これは硬派なジャズ・アルト奏者のアルバムだな、なんて思わないですよね(笑)。ほんと、なんて趣味の悪い邦題なんだろう。

内容的には悪く無いんですよ。でも、サンボーンのアルバムって、スタジオ録音盤になると、特に、この1980年代はこぢんまりとまとまってしまう傾向にあって、サンボーンの真の個性である「ブロウは輝く様なブリリアントな音色で、ストレートにラウドに吹きまくる」硬派なアルト奏者ってところが目立たなくなってしまうのだ。

これがいけない。この目立たなくなってしまうところが、スムース・ジャズの軟派なアルト奏者と思われてしまう主たる原因である。この『Backstreet』が良い例である。サンボーンのブロウは申し分無いんですが、アルバム全体のアレンジの傾向、音の纏まりの傾向が、どうも「こぢんまり」まとまってしまっている。これって、プロデュースとマスタリングの問題だろう。

もしかしたら、当時、サンボーンが所属していたレコード会社であるワーナーは、サンボーンのアルトを「スムース・ジャズの軟派なアルト奏者」として売りたかったのかもしれない。事実、この「スムース・ジャズの軟派なアルト奏者」な感じのサンボーンのアルバムって、日米で結構売れたんですよね。

もちろん、サンボーンからするとそれって心外な訳で、この自らの真の個性と世の中の受け止め方とのギャップに悩むことになる。サンボーン自身にとっては、スタジオ録音盤の弱点を如何に克服するか、が当面の課題となった訳である。

 
 

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2015年10月20日 (火曜日)

新主流派ショーターの最高作

ウエイン・ショーターのリーダー作の聴き直しをしている。彼は実に変わっている。このアルバムは、当時彼が傾倒していた黒魔術や西洋の民話などからインスパイアされたもの。これジャズのアルバムなんですが(笑)。

Wayne Shoter『Speak No Evil』(写真左)。1964年12月の録音。ブルーノートの4194番。ちなみにパーソネルは、Wayne Shorter (ts), Freddie Hubbard (tp), Herbie Hancock (p), Ron Carter (b), Elvin Jones (ds)。当時、新主流派ジャズの先鋭メンバーの選りすぐりである。

タイトルの「Speak No Evil」とは、「見猿、言わ猿、聞か猿」の諺の「言わ猿」のこと。他「魔女狩り」「死体の踊り」「野生の花」等々、実にユニークな、ジャズらしからぬ曲のタイトルが並ぶ。まあ、このタイトルはイメージなので、そのものズバリの音が出てくる訳では無い。

収録された演奏は、録音当時、新主流派ジャズとして、モーダルで限りなくフリーで柔軟なインプロビゼーションがギッシリ。1950年代に流行したハードバップの雰囲気の欠片も無い。幽玄で妖気を感じさせるようなモードな演奏。揺らぐような漂う様なアドリブ・フレーズ。これぞショーターの真骨頂。

この『Speak No Evil』には、ショーターのテナーの個性、ショーターの曲作りの個性が一番尖った形で表現されている。ショーターとは如何なるジャズメンか、と問われれば、僕は真っ先にこのアルバムを差し出す。
 

Speak_no_evil

 
このアルバムに採用されたショーター自作の曲は、完璧にショーターのイメージ通りの曲想で固められており、他のジャズメンが適当にアレンジして演奏できるものでは無い。あのテクニック優秀が故、リーダーの意図などお構いなしにトランペットを吹きまくるハバードが、ショーターの自作曲の型にはめられている位だ。

そして、このショーターのイメージ通りの曲想を支えているのが、エルビン・ジョーンズのドラム。僕はエルビンのことを「ミスター・ポリリズム」と呼ばせていただいているが、この硬軟自在、縦横無尽、伸び縮み自在なエルビンのポリリズミックなドラミングが、ショーターの幽玄で妖気を感じさせるようなモードな演奏、揺らぐような漂う様なアドリブ・フレーズを支えている。

ハンコックのピアノ、ロンのベースは、もちろん、ショーターの幽玄で妖気を感じさせるようなモードな演奏、揺らぐような漂う様なアドリブ・フレーズに十分に追従する。そりゃあそうでしょう。マイルス・クインテットで思いっきり一緒にやってるからね。

このアルバムでは、ショーターがマイルス・クインテットでやらせて貰えない、ショーターならではのジャズを思いっきりやっている。そりゃあまあ、黒魔術や西洋の民話などからインスパイアされた、幽玄で妖気を感じさせるようなジャズは、絶対にマイルスはやらんよな(笑)。

このアルバムは、ショーターのキャリアの中で、初期の最高地点でのアルバムだと思います。新主流派ジャズとして、モーダルで限りなくフリーで柔軟なインプロビゼーションを吹きまくるショーターの最高なパフォーマンスを感じることができます。新主流派のショーターの最高作です。

 
 

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2015年10月19日 (月曜日)

昼下がりSP・デュオ盤特集・7

ジャズ界のレジェンドの域に達したジャズメンの企画盤って、どうにも「胡散臭くて」いけない。本当に本気になって演奏してるのかなあ、適当にピラピラ弾いて「はいお終い」という感じではないのかなあ、なんて穿った見方をしてしまう。

Herbie Hancock & Wayne shorter『1+1 - One And One』(写真左)。このデュオ盤がリリースされた時もそんな感情を抱いた。1997年1月のリリースであった。どうにも胡散臭くて、全く触手が伸びなかったのを覚えている。

ということで、このデュオ盤に手を出したのはつい最近のことになる。やはり聴かず嫌いはいかんなあ、と思い直して手にしたのが半年ほど前。それでも暫く家で寝かしておいて、聴いたのはこの夏のこと。先入観というものは何時の時も邪魔である。

で、聴いてみて、あらビックリ。これがまあ素晴らしい内容ではないか。もともと、ハービーのピアノとウエインのサックスの相性が良いのは、マイルスのクインテットの時から判ってはいたが、これほどまで、見事なコラボレーションを発揮するとは思わなかった。

計算高いショーターもプロのプレイに徹しているし、ウエインの覇気に押されてハンコックも何時になく、素晴らしいモーダルなピアノを聴かせてくれる。そうそうこの盤では、ウエインはソプラノ・サックスに徹している。このソプラノの音色が美しいのなんのてって・・・。
 

Herbie_wayne_one_and_one

 
モーダルなジャズ演奏の好例でもあります。音が浮遊するように、たなびくように拡がって墨絵の様な音世界。ソプラノ・サックスとピアノが寄り添ったり、重なったり、別々に離れてその存在と個性を主張したり、硬軟自在、縦横無尽なデュオ演奏。

そんな演奏って、相当な力量とテクニックがあって出来ること。ハービー、ウエイン共にジャズ界のレジェンドの域に達したジャズ・ジャイアント。

そういうジャズメンが本気を出して気合いを入れて演奏すると、やはり凄いですね。若手ミュージシャンには到達することの出来ない、年齢を重ねた故の「余裕と陰影」を感じます。

この作品はその年のグラミー賞の最優秀作品賞に輝いています。その受賞についても、このデュオ盤を聴けば十分に納得できますね。ハービーとウエインの名を伏せても、この盤は十分に受賞対象になるでしょう。

それほどまでにこのデュオ盤の内容は素晴らしい。久し振りに、聴かず嫌いだった自分を恥ずかしく思いました。

 
 

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2015年10月18日 (日曜日)

ジョンスコとパットの邂逅です。

新作ではないんですが、このアルバムも初めて入手した類。リーダーのジャズメンはお気に入りなのに、なかなか縁がないのか、入手に至らない盤ってたまにある。特にこのアルバムは双頭リーダーの二人とも大のお気に入りギタリスト。今まで手にしなかったのが不思議。

そのアルバムとは、John Scofield & Pat Metheny『I Can See Your House From Here』(写真左)。1993年12月ニューヨーク、パワーステーションで録音。ちなみにパーソネルは、John Scofield & Pat Metheny (g), Steve Swallow (b), Bill Stewart (ds)。メンバー的には、ジョンスコのトリオにパットが参加したような感じ。

バックのベースの大御所スティーブ・スワロー、ドラムのビル・スチュワート共にかなりの優れもので、フロントで主役の2人のギタリストのパフォーマンスをガッチリ受け止め、がっちりサポートしている様は、実に安定感があり、実に説得力がある。

フロントの二人、主役の二人、ジョンスコとパットであるが、これがまあ、素晴らしいコラボレーションを聴かせてくれている。ぶつかったり、エゴを出し合ったりすることは皆無。お互いの音を聴きながら、しっかりと相手と対話し、しっかりと自らの個性を発揮し、しっかりとユニゾン&ハーモニーする。実に大人のコラボである。
 

John_scofield_pat_metheny

 
サウンド的には、ジョンのAS-200とパットのES175がぶつかり、ユニゾン&ハーモニーするんだが、サウンド的にもお互いの邪魔はしない。どころか、異なるギターの音色がとっても上手く重なり合って、聴いていて、実に心地良いユニゾン&ハーモニーを醸し出す。これは目から鱗。ジョンスコとパットのギターがこんなに相性が良いなんて思ってもみなかった。

曲のよって、ジョンスコとパット、同じ雰囲気の音を出し合って、双子の兄弟の様な、音色の傾向が同じなユニゾン&ハーモニーを醸し出す曲もあれば、ジョンスコとパット、それぞれの個性を前面に押し出して、ジョンスコ色とメセニー色に真っ二つに分かれる曲もある。バリエーション豊かで決して飽きない、優れた内容である。

タイトルは聖書の中の言葉で『わざわざその地に行かずとも私にはそなたの家の様子が手に取るようにわかる』の意。なるほど、ジョンスコとパット、お互いの音を頭で理解すること無く、感覚で解り合えるということか。確かにこのアルバムを聴くとそれがなんとなく納得出来る。それほど、ジョンスコとパットのコラボは息が合っている。

決して、伝統的なジャズ・ギターでは無いが、コンテンポラリーなジャズ・ギターとして、必聴のアイテムでしょう。演奏されるフレーズが親しみ易いものが多いので、ジャズ者初心者の方々にもお勧めです。ちょっと変ちくりんなジャケットに怯まず、手にしても良い佳作です。

 
 

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2015年10月17日 (土曜日)

ジョンスコの「基本と指針」

20世紀の時代から「ジャズは死んだ」とか、21世紀のジャズは「過去の音楽」だとか、評論家筋からは、なんだかジャズについてはあまり良い評判は聞こえてこない。が、ジャズの新譜はどんどん出る。魅力的なアルバムがどんどん出る。

確かに、ジャズはクラシック同様、マニアックな音楽ジャンルではある。当然、ジャズを好んで聴く人間も数が少ない。僕の周り、仕事場の周りでもジャズを好んで聴く人間はいない。そんなマニアックなジャンルなのに、毎月結構な数な新譜が出る。ジャズメンってどうやって生計を立てているのか、本当に心配になる。

さて、最近のジャズの新譜から。John Scofield『Past Present』(写真左)。捻れジャズ・ギターの誉れ高いジョン・スコフィールド(愛称ジョンスコ)の新譜である。ソロ名義のスタジオ・アルバムとしては2013年の『Uberjam Deux』以来。

ちなみにパーソネルは、John Scofield (g), Bill Stewart (ds), Joe Lovano (ts), Larry Grenadier (b)。いや〜、こってこての硬派なメンバー。これは、と思って思い浮かぶのは、こってこて硬派な「メインストリーム・ジャズ」なジョンスコ。ホーンとのカルテット構成なので、ジョンスコの捻れギターも更に映える。
 

John_scofield_past_present

 
内容的にはやはり、こってこて硬派な「メインストリーム・ジャズ」。ジョンスコはメインストリーム・ジャズからファンク、フュージョンと様々なジャンルのジャズに適用する多様性があるギタリストですが、基本はやはり「メインストリーム・ジャズ」。そんなジョンスコの純ジャズな矜持を強く感じる内容になっています。

もちろんジョンスコの大好きなR&Bやニューオリンズ貴重な雰囲気やカントリーな要素も織り込まれてはいるのですが、基本はメンストリーム・ジャズ。キーボードレスなカルテット構成なので、音の雰囲気は実に「ストイック」。特に、オリジナル曲では刺激的な演奏を展開していて、聴いていて「スカッ」とします。

このアルバムでは、ジョンスコのジャズの「基本と指針」が聴ける。改めて、今のジョンスコが考える「メインストリーム・ジャズ」を感じることが出来て、うっかり聴き流すことのできない、適度な緊張感が心地良い、硬派なジャズ・ギターが展開されています。

ストイックなメインストリーム・ジャズなので、ライトなジャズ、スムースなジャズを好むジャズ者の方々には、ちょっと合わないのでは。1960年代の新主流派辺りの、ストイックで硬派なモーダルなジャズを聴きこなすジャズ者の方々には「ええなあこれ」という盤では無いかと思います。

 
 

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2015年10月16日 (金曜日)

ハーブ・アルパート80歳の新作

iTunes Storeをうろうろしていて、偶然、このアルバムに出くわした。よくよく見れば、ハーブ・アルパートの新作ではないか。ハーブ・アルパートと言えば、ポップス系ジャズのトランペッター&コンポーザー。また、A&Mレコードの創始者の一人。

その新作とは、Herb Alpert『Come Fly With Me』(写真左)。2015年10月のリリース。できたてのホヤホヤである。この3年ほど毎年コンスタントにアルバムを発表しているハーブだが、80歳となった今年も、なかなかの秀作を届けてくれた。そうか、ハーブ・アルパートも80歳になるのか〜。

ハーブ・アルパートと言えば、大学時代、1979年リリースの『Rise』を聴きまくった思い出がある。このアルバム『Rise』(2013年3月27日のブログ参照・左をクリック)は、軽快なリズムや流行りのリズムに乗った、ちょっとラテンがかったサウンドが絶妙だった。何故か、昼下がりの空いている「行きつけの喫茶店」で聴くことが、流すことが多かった。

ハーブ・アルパートのトランペットって、明晰で突き抜けるような爽快感があるんだが、不思議とマイナーな哀愁感漂うところが良いんですよね。そして、本当にトランペットが良く鳴る。ブリリアントという言葉がピッタリのトランペットの響き。

この今年の新作『Come Fly With Me』でも、明晰で突き抜けるような爽快感のあるトランペットは健在。不思議とマイナーな哀愁感漂うところも健在。良くなるトランペットも健在。ブリリアントな響きが魅力的だ。
 

Come_fly_with_me

 
しかし、そんなハーブ・アルパートも80歳である。さすがに速い吹き回しは無い。この新作には、ミッドテンポの曲がズラリと並んでいる。ゆっくり歩くテンポの、心地良い緩やなテンポの楽曲が収録されている。それだとアルバムを聴き通すと飽きるでしょう、と思うんですが、これが飽きない。

ハーブ・アルパートのアレンジ能力が優秀な分、同じテンポでも様々な展開、響き、音色があるので、このアルバムは全編に渡って聴き通しても決して飽きることは無い。不思議なんだが、これがほんと飽きないし、どの曲もアルパートのトランペットの音色が実に魅力的に響く。

収録されている曲は、彼のオリジナル曲の他に、Irving Berlinの「Blue Skies」や Billy Strayhornの「Take the "A" train(A列車で行こう)」などのスタンダード曲、そして、ビートルズ・ナンバー、George Harrison の「Something」などの曲名が挙がっている。どれも魅力的なアレンジが施され、アルパートのトランペットも魅力的に響く。

確かに、ヘッドフォーンとかでしっかりと聴くと、アルパートのトランペットも少し、そのブロウが揺らいでいるのが判る。今年80歳という年齢を考えれば仕方の無いこと。でも、ミッドテンポで吹くトランペットはコントロールが難しいのだが、そのミッドテンポで、よく聴けば判るかどうかのレベルの揺らぎである。年齢を考えると「大健闘」である。問題無い。

トランペットの音色が芳しい、聴き心地の良い、良い意味での「イージーリスニング・ジャズ」。大健闘、ハーブ・アルパートの80歳の新作です。

 
 

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2015年10月15日 (木曜日)

「ニューヨークの秋」に惚れ惚れ

さて、今日もデスクター・ゴードン。デックスの初期のリーダー作3連発である。今日は1950年代に入る。1955年9月録音の名作、Dexter Gordon『Daddy Plays the Horn』(写真左)である。

このアルバムは、今から37年ほど前、ジャズ者初心者の頃、例の「秘密の喫茶店」で教えて貰って以来、大好きなデックスのリーダー盤である。ジャケットのイラストも秀逸。このアルバムに詰まった雰囲気を的確に表してくれている。

ちなみにパーソネルは、Dexter Gordon (ts), Kenny Drew (p), Leroy Vinnegar (b), Lawrence Marable (ds)。当時の米国西海岸ジャズの精鋭達をリズム・セクションに従えた、魅力的なデックスのワンホーン作である。

僕の所有しているアルバムの収録曲は以下の順番である。確か、LP時代はこの順で、CDは1〜3曲目と4〜6曲目とが3曲ずつ逆転して収録されている。こういうのって困るよな。でも、僕にとってはLP時代の以下の順番が一番フィットする。

1. Daddy Plays The Horn    
2. Confirmation    
3. Darn That Dream    
4. Number Four    
5. Autumn In New York    
6. You Can Depend On Me

 

Daddy_plays_the_horn

 
冒頭の「Daddy Plays The Horn」からデックスのワンホーン全開である。大らかで力強い、展開の裾野が広く、良い意味で茫洋なデックスのテナーが全開で吹きまくる。時々、茶目っ気たっぷりにユーモアのある引用などを織り交ぜながら、悠然と吹きまくる。 

続くビ・バップの名曲「Confirmation」も大らかなブロウそのもの。ビ・バップの名曲なんで、高速フレーズのテクニック全開のけたたましいブロウを思い浮かべるが、デックスはお構いなく悠然とこのビ・バップの名曲を吹き上げていく。

そして、絶品は「Autumn In New York」。ニューヨークの秋。この曲が入っているアルバムは「何でも通し」なくらい、僕はこの曲が大好きなんだが、このデックスのバージョンはとりわけ素晴らしい。

もともと歌モノを吹かせると右に出る者が無いくらい素晴らしいブロウを披露してくれるデックスである。この名曲を悠然と大らかに吹き上げてくれる。思わず心にジーンと響く。ストレートでシンプルなデックスのテナー。良い。実に良い。

1952年〜1960年の間の8年間、デックスは麻薬中毒でリーダー盤は2枚しか出していない。その2枚とは、一昨日ご紹介した『Dexter Blows Hot and Cool』と、この『Daddy Plays the Horn』の2枚。この2枚がとても素敵な内容で、聴けば聴くほどに惚れ惚れするのだ。

 
 

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2015年10月14日 (水曜日)

ビ・バップなデックスです。

デクスター・ゴードン(Dexter Gordon)。愛称デックス。彼のリーダー作『Dexter Blows Hot and Cool』を昨日、ご紹介したのだが、このアルバムが出てきたら、この初リーダー作も出てくる(笑)。Dexter Gordon『Dexter Rides Again』(写真左)。

この『Dexter Rides Again』は、ジャズ盤の紹介本でもデクスターの代表作の一枚として度々登場する。でも、1945年から1947年の間の録音なので、明らかに音は良くない。ノイズはパチパチ入っているし、音のレンジは狭い。それでも、デックスのテナーの大らかさはバッチリ伝わってくるのだから、デックスのテナーは凄い。

1945年から1947年の間というと、ジャズの演奏のトレンドは「ビ・バップ」。この『Dexter Rides Again』もビ・バップの演奏が詰まっている。収録曲はどれもが2〜3分の演奏。その短い演奏の中に、キラッと光る様なアドリブフレーズ、オッと身を乗り出すような節回しが聴いて取れる。よくよく聴いていると、どうも数曲単位でパーソネルが変わっている様な感じがする。ということで調べてみると、
 

Tracks 1-3, December 11, 1947.
Leo Parker - baritone saxophone
Tadd Dameron - piano
Curly Russell - bass
Art Blakey - drums

Tracks 4-7, January 29, 1946.
Leonard Hawkins - trumpet
Bud Powell - piano
Curly Russell - bass
Max Roach - drums

Tracks 8-11, October 30, 1945.
Sadik Hakim - piano
Gene Ramey - bass
Ed Nicholson - drums
 
 

Dexter_rides_again

 
当然、テナーは全編に渡ってデックスなんだが、サイドメンの中では、特にピアノに注目である。冒頭から1曲目から3曲目は、タッド・ダメロン、4曲目から7曲目は、バド・パウエル。8曲目から11曲目は、サディク・ハキム。いずれも、ビ・バップを代表するピアニストがズラリ。特に、バド・パウエルのピアノが好調。

ドラムも注目に値する。1曲目から3曲目は、アート・ブレイキー、4曲目から7曲目は、マックス・ローチ。8曲目から11曲目は、エド・ニコルソン。ビ・バップにおいては、リズム&ビートの刻みが実に重要なんだが、なるほど、パーソネルを見ると、このアルバムの優秀な理由が良く判る。

デックスのテナーは大らかでストレート。決して、オールド・スタイルと呼ばれる音の出し方では無い。後続のソニー・ロリンズやジョン・コルトレーンのブロウに繋がるストレートさ。加えて、ワイドな展開、余裕あるブロウ。決して、ビ・バップに染まらない、デックス独特のテナーがここにある。

ジャズ者初心者の方々は、明らかに音は良くないので、敢えてこのアルバムは聴かなくても良いかと思います。音の悪い演奏を聴くのは、初心者にとっては辛いもの。無理はしないで下さい。ジャズ者中級者以上の方々にはお勧め。一度は聴いてみる必要はあるでしょう。ビ・バップの良い演奏を聴くことが出来る好盤です。

 
 

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2015年10月13日 (火曜日)

大らかで茫洋、包むようなブロウ

昔、若い頃はこの人のブロウの、どうにもノンビリした感じがフィットしなかった。豪放磊落なロリンズ、電光石火なコルトレーンの方が判り易かった。しかし、いつの頃からか、40歳を越えた頃からだろうか。この人の大らかブロウが心地良くなってきた。

その人とは「デクスター・ゴードン(Dexter Gordon)」。愛称デックス。1923年生まれ。ジャズ・テナー奏者のレジェンドの一人である。1923年生まれなので、1940年代のビ・バップから、ジャズの歴史にドップリ浸かったジャズメンなんだが、そんなジャズの歴史や演奏のトレンドなど何処吹く風、自らのスタイルを逝去するまで貫いた希有な存在である。

デックスのテナーの個性は「大らかで、茫洋としていて、包むような」ブロウ。テクニックは優秀なんだが、それを感じさせない、スケールの大きい、茫洋としたブロウは聴いていてとても心地良い。まあ、若い時は、このノンビリしたブロウにイライラしたりしたこともあったが、それは「若気の至り」というヤツである。

このアルバムを聴けば、デックスのテナーの個性が良く判る。Dexter Gordon『Dexter Blows Hot and Cool』(写真左)。1955年11月の録音。デックスのリーダー作。ちなみにパーソネルは、Dexter Gordon (ts), Jimmy Robinson (tp), Carl Perkins (p), Leroy Vinnegar (b), Chuck Thompson (ds)。なかなか渋い顔ぶれ。

どうも、この頃のデックスはドラッグに耽溺していた様だが、そんな雰囲気は微塵も無い。全編に渡って、彼独特の「大らかで、茫洋としていて、包むような」ブロウを十二分に聴かせてくれます。力感溢れ、テクニック優秀なブロウなんですが、全体に漂う「ノンビリ」した感じが前面に出ていて、頭で考えるジャズでは無く、感覚で捉えるジャズという雰囲気がとても面白い。
 

Dexter_hot_and_cool

 
それとこのアルバムを聴いていて強く感じるのは、デックスのテナーの「歌心」。デックスは、スタンダードの旋律を唄うように吹き、それに続くアドリブ・ラインを唄うように吹く。彼のブロウは「メロディアス」。聴き心地が良いのは、彼のブロウが「メロディアス」だからである。

サイドメンでは、ピアノのカール・パーキンスが良い。哀愁溢れるパーキンスのピアノが、デックスの「大らかで、茫洋としていて、包むような」ブロウに上手くフィットしている。

アップテンポの曲もバラードな曲も、どちらも実に上手くまとめている。アレンジも優秀なんですね。1955年の作品なんで、思いっきりハードバップしていると思いきや、中身の雰囲気は明らかに「ビ・バップ」。それでも、テクニックを競うビ・バップでは無く、演奏を聴かせるビ・バップには変化していて、デックスもなかなかやるなあ、と感心する事しきり。

ジャケット写真も明らかにジャジーなもの。見ているだけでジャズを感じて、中身の音が聴こえて来そうな秀逸なジャケットも魅力ですね。確かに若いジャズ者方々にはお勧め出来ないかもしれませんが、40歳を過ぎたベテランのジャズ者の方々には一聴をお勧めします。

 
 

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2015年10月11日 (日曜日)

大陸をイメージしたジャズ協奏曲

こういうアルバムを突然、サラリとリリースしてしまうのだから、チック・コリアという「音の表現者」は困る。「困る」というのは冗談だが、今年74歳のチックである。どこまで湧き出てくるのか、枯渇することの無いチックの才能である。

そのアルバムとは、ちょっと長いタイトルになるが、Chick Corea『The Continents: Concerto for Jazz Quintet & Chamber Orchestra』(写真左)。2012年2月のリリースになる。クラシックの老舗レーベルDeutsche Grammophonからのリリース。

クラシックの老舗レーベルからのリリースなので、さぞかしクラシックしているんだろう、と思いきや、そうでは無く、しっかりとジャズのテイストをしっかり押さえているところがチックの「音の表現者」として素晴らしいところ。

Disc1の大作、ジャズ・クィンテットと室内オーケストラのための協奏曲がなんといっても素晴らしい。しっかりとオーケストラの響きを織り込みながら、チックの個性的な流麗でジャジーなピアノが全編に渡ってリードし、チックらしいロマンティックでリズムカルな協奏曲に仕上がっている。

70分を少し越える大作なので、これはきっと飽きるな、と思って聴き始めるんだがこれが意外と飽きない。一応、6つの大陸のパートに分かれているが、明確にそれぞれの大陸の特色を音にしている訳では無い。しかし、全体を通して、音の起伏に富んだ流麗な響きを持った旋律はいかにも「チックらしい」ロマンティックでリズムカルな印象。
 

Chick_corea_the_continents

 
ジャズ・クインテットの演奏がしっかりしているので、共演する室内オーケストラに食われることはないどころか、室内オーケストラの響きを効果的に活かして、ジャズ・クインテットの優秀な演奏がクッキリと浮かび上がってくるようだ。

ジャズ・ミュージシャンの余芸だろうと軽く見てはいけない。この協奏曲の優れた内容に思わず目を見張る。明らかにチックの才能にしか出来ない成果であり、この成果にはしっかりと耳を傾けるべきだろう。 

逆に、Disc2はご愛嬌。ジャズ・クィンテットのパフォーマンスが4曲とチックの短めのソロが11曲。このジャズ・クインテットのパフォーマンス4曲はその出来は白眉。非常に内容のある密度の濃い演奏。後半のチックのソロは、チックが曲想を練る場面を捉えた「音のスケッチ風」。他愛も無いソロ・パフォーマンスが長閑に続く。明らかに冗長に感じる。

チック・コリアが世界の大陸をイメージし「モーツァルトのスピリットの下に創った」という協奏曲。僕達はこの素晴らしい成果を素直に受け止めるべきだろう。

先にも書いたが、まったく、こういうアルバムを突然、サラリとリリースしてくるからチックは困る。僕達、チック者はその度にドッキリし、その度に驚喜する。これがまた楽しい。

 
 

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2015年10月 9日 (金曜日)

円熟「ビル・エヴァンスに捧ぐ」

こういう「ビル・エバンス・トリビュート」のライブ盤を聴くと、やはり、ジャズというのは、年齢と経験がものを言う音楽ジャンルやなあ、と思わず、思い返してしまう。

その「ビル・エバンス・トリビュート」のライブ盤とは、 Chick Corea, Eddie Gomez, Paul Motian『Further Explorations』(写真左)。2010年2月、NYCのブルーノートでのライブ録音。ちなみに改めてパーソネルを語ると、Chick Corea (p), Eddie Gomez (b), Paul Motian (ds)。

恐らく、ビル・エバンスの信頼を一番得ていたベーシストであるエディ・ゴメス。あのスコット・ラファロとの伝説のトリオを組んでいたポール・モチアン。そして、我らがチック・コリアのトリオ編成でのライブ・パフォーマンスである。

このライブ盤、CD2枚組のボリュームですが、これだけ「安定感」の溢れるピアノ・トリオの演奏もなかなかお耳にかかれない。ビル・エバンスにまつわる楽曲を中心に、ベテラン3人ならではの、思いっきり「安定感」溢れるパフォーマンスがとても素晴らしい。

3人3様、聴けば判るのだが、相当に高いテクニックを駆使しつつ、ビル・エバンス・トリオに参加していた時の演奏スタイルとフレーズをかましまくるゴメスとモチアンは、とっても「お茶目」。聴いている方もこれはこれで楽しいらしく大盛り上がり。
 

Chick_corea_further_exprolation

 
そこに、チックがチックらしい癖のあるフレーズで参戦する。「ビル・エバンス・トリビュート」な企画だからといって、ビル・エバンスの様に弾かないのがチックの真骨頂。どこから聴いても、チック・コリアである、というフレーズ、タッチを連発する。とってもチックらしいアプローチ。

これって「ビル・エバンス・トリビュート」やろ、と突っ込みたくなるが、よくよく聴いていると、音の響き、音の余韻、音の伸ばしがビル・エバンスっぽいのだ。なかなかニクいことやるなあ〜チック、と感心する。ピアノの雰囲気は明らかにチックなんだが、通常のチックよりも少し温和で優しい雰囲気が「ビル・エバンス・トリビュート」なのだ。

「円熟」そして「安定」という言葉がピッタリのトリオ演奏。破綻などは全く無い。でも、そこかしこに「冒険心」が溢れていて、旧来のアプローチを出来る限り排除して、新しいイメージを紡ぎ出そうとしている雰囲気が強く伝わってくる。和気あいあいとしている中に、真剣勝負っぽい適度なテンションも張っていて、聴き応えのあるライブ盤に仕上がっている。

うっかり聴いていると、あまりにオーソドックスなピアノ・トリオの演奏が故に、どこが優れているの、と誤解してしまうが、しっかり聴くと、このライブ盤の内容って「只者では無い」ことに気が付く。これだけのピアノ・トリオ演奏について、追従出来るジャズメンって、一体どれだけいるんだろう。

 
 

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2015年10月 8日 (木曜日)

こんなアルバムあったんや・50

1960年代以降、ジャズの世界で、米国ポップスやロックの有名曲をカバーすることが多くなった。代表的なのは「ビートルズ」。1964年2月の米国上陸の前後から、猫も杓子もビートルズをカバー、ってな状況になったようで、結構な数のビートルズ・カバー集が出ている。

他には、エルトン・ジョン、ジョニ・ミッチェル、レッド・ツェッペリン、キャロル・キングなどがジャズでカバーされているが、ビートルズが圧倒的である。で、今回「こんなカバーあったんや」とビックリしたのが、サイモン&ガーファンクルの楽曲のカバー集。

Paul Desmond『Bridge Over Troubled Water』(写真左)。1969年の録音。サイモン&ガーファンクルの人気がピークの頃のリリースである。ちなみにパーソネルは、Paul Desmond (as), Herbie Hancock (el-p), Ron Carter (b), Jerry Jemmott (b), Airto Moreira, Bill Lavorgna, Joao Palma (ds), Gene Bertoncini, Sam Brown (g)。Don Sebeskyのアレンジである。

アルバム・タイトルが、サイモン&ガーファンクルの名曲「明日に架ける橋」である。でも、だからと言って、このアルバムが全編に渡って、サイモン&ガーファンクルのカバー集になっているなんて思ってもみない。「へぇ〜、デスモンドもちょっと変わったカバー曲を演奏するんやな」と、僕は最初、この「明日に架ける橋」は、アルバム収録曲の中の1曲だと思っていた。

なので、このアルバムには全く触手が伸びず、21世紀になっても暫く触手が伸びず、何時だったか、このアルバムの内容をネットで確認するに至り、思わず「何だこのアルバムは」。ちなみに収録曲は以下の通り。

  1. El Condor Pasa
  2. So Long, Frank Lloyd Wright
  3. The 59th Street Bridge Song (Feelin' Groovy)
  4. Mrs. Robinson
  5. Old Friends
  6. America
  7. For Emily, Whenever I May Find Her
  8. Scarborough Fair/Canticle
  9. Cecilia
10. Bridge over Troubled Water

 

Paul_desmond_bridge_over_troubled_w

 
ふぇ〜、サイモン&ガーファンクルの楽曲の有名どころがズラリ。僕はサイモン&ガーファンクルの楽曲については、かなり精通しているつもりなんだが、サイモン&ガーファンクルの楽曲って、ジャズでカバーできるのだろうか。

「America」なんて名曲中の名曲だが、これってジャズになるのか。「Scarborough Fair」ってどうやってジャズにするのか。「So Long, Frank Lloyd Wright」や「Old Friends」なんて思いっきり渋い曲もあるが、これも、どうやってジャズにアレンジするのか。とにかく興味津々、とにかく期待感大。

で、聴いてみると、やっぱりちょっと苦しいなあ。ドン・セベスキーが必死にアレンジしている様子が手に取るように判るが、残念ながら成功しているとは思えない。滑らかでウォームなアルトが売りのデスモンドも、カクカクして実に吹きにくそう、窮屈そう。全くスイングしていないし、ジャズならではの流麗さがかなり損なわれている。

う〜ん、エレピのハービー、ベースのロンの参加も影が薄いし、アイアート・モレイラをはじめとするリズム隊も存在感が薄い。豪華なパーソネルな割に、特徴の無い、ふつ〜な演奏に終始しているのが惜しい。

はっきり言って、このアルバムは凡作に近い。でも、そのチャレンジ精神には拍手を送りたい。なおざりに流されるまま適当に売りやすいビートルズの楽曲をカバるよりは、ずっと高尚だし、ずっと志が高い。確かにこのアルバムでは苦戦しているが、もうちょっと工夫すれば、もしかしたら上手くいくのでは、とも思える部分もある。

今一度、このサイモン&ガーファンクルの楽曲をジャズでカバーする「剛のアレンジャー」、誰かいませんかね〜。

 
 

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2015年10月 7日 (水曜日)

チックの個性と特質の全てを集約

ジャズ・ミュージシャンの個性と特質は、初リーダー作を聴けば判る、というが、チック・コリアの場合は、セカンド盤、サード盤のセッション音源を集約したアルバムを聴くことをお勧めする。

そのアルバムとは、Chick Corea『The Complete IS Sessions』(写真左)。1969年5月の録音。ちなみにパーソネルは、Horace Arnold (per, ds), Chick Corea (p, el-p), Jack DeJohnette (ds), Dave Holland (b), Hubert Laws (fl), Bennie Maupin (ts), Woody Shaw (tp)。当時の精鋭ミュージシャンが参加していて、パーソネルを見渡しただけで、出てくる音を想像して、思わずワクワクする。

チックが一番尖っていた頃のリーダー盤である。元々は、1969年発表のセカンド盤『IS』そしてサード盤『Sundance』という2枚のLPに分散してリリースされたのですが、その2枚のLPに収められたセッションをCD2枚組としてまとめあげ、リイシューされたものです。2002年のことでした。このリイシューは、チック者の我々にとっては狂喜乱舞ものでした。

さて、このセッションが録音された1969年5月と言えば、Miles Davisのエレ・マイルス・バンドの一員として活動していた頃で、同時期のエレ・マイルス・バンドの持つ過激さが前面に出た先鋭的な内容になっている。向かうところ敵無し、という感じの堂々たる内容である。

このアルバムには、後のチック・コリアの個性と特質の全てが詰まっている。新主流派のチックから、スパニッシュなロマンティシズム溢れるチック、エレピを活用したフュージョンなチック、前衛的でフリーなチック、「カメレオンの様な」と形容された、多様なチックの個性と特質がこのアルバムに散りばめられている。
 

Complete_is_sessions_2

 
つまり、チックはデビューの頃から既に「カメレオンの様な」と形容された、多様なチックの個性と特質を自家薬療中のものにしていたのだ。この多様な個性と特質がチックなのだ。チックがこの多様な個性と特質を活かした多様な音の創造をする度に、日本では八方美人的だとか、一つに留まらず我慢の無い浮気性、などと揶揄されることが多かったが、見当違いも甚だしい。

また、この頃のチックを「迷いの中」と表現されているものもあるが、これも当たらない。「迷い」ではないだろう。バリエーションであり、最大可能性の追求の結果である。収録されたそれぞれの楽曲について、これだけテクニック優秀、充実した演奏内容を保持しているのだ。これを「迷い」と表現するとは失礼にも程がある、と僕は思う。

このアルバムに詰まった、多様な個性と特質を活かした多様な音の創造は、どれをとっても素晴らしい成果ばかりである。CD2枚組のボリュームなのだが、飽きたりダレたりすることが無い充実の内容に、チック者の僕としては思わずニンマリとしてしまう。チックを信じて、ズッと聴き続けて来て良かった。

チック・コリアとは如何なるジャズ・ピアニストなのか。その答えはこの『The Complete IS Sessions』に詰まっている。何故か、ジャズ盤紹介本やチック紹介文には殆ど出てこないアルバムなんですが、チックを知るには、このアルバムは必須のアイテムでしょう。

このアルバムに詰まった多様なチックの個性と特質に「ポップ」で「キャッチャーな旋律」「変幻自在、硬軟自在なリズム&ビート」を加味して、1972年、あの歴史的名盤『Return to Forever』が創出されるのだ。

 
 

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2015年10月 6日 (火曜日)

チック・コリアの初リーダー作

チック・コリアの「駆け出しの頃」の初々しいリーダー作を聴き直している。栴檀は双葉より芳し、というが、初期のリーダー作を聴くと、そのミュージシャンの本質が確認出来て、聴いていて、とても楽しい。

チックの初リーダー作はこれ。Chick Corea『Tones for Joan's Bones』(写真左)。1966年11月の録音。ちなみにパーソネルは、Chick Corea (p), Woody Shaw (tp), Joe Farrell (ts, fl), Steve Swallow (b), Joe Chambers (ds)。なかなか、良く考えて、メンバーを選定しているなあ、と感心する。

1966年11月の録音なので、チック・コリアが25才のときに吹き込んだことになる。まだ、エレ・マイルス・バンド加入前で、知名度的にはまだまだな時代ではある。が、当時として、先進気鋭の実力派ミュージシャンの面々の協力を得つつ、なかなかの力作に仕上げているところはさすがである。

若き新主流派ピアニストとしての才能を遺憾なく発揮した一枚と言って良い。ジャズ紹介本やチックのアルバム紹介で採り上げられることが殆ど無いアルバムなのが不思議である。この辺が、日本のジャズ評論、ディスク批評の不思議なところである。

とにかく、アルバム全編に渡って、思いっきり「新主流派」の音で充満している。1966年11月と言えば、マイルスの『Miles Smiles』がリリースされた頃で、当時「新主流派」の音は最先端だった。がしかし、チックはこの初リーダー作で既に、思いっきり「新主流派」の音を出しまくっている。
 

Tones_for_joans_bones

 
冒頭の「Litha」を聴けば、たちどころにそれが判る。最初は、ハービーをはじめとするマイルスの黄金のクインテットの演奏かと思う。ピアノなどは思いっきり新主流派していて、雰囲気や佇まいはハービー・ハンコックのピアノにそっくり。と思いきや、途中、アドリブ部に展開するピアノを聴くと、ハービーでは無いと確信する。

ハービーと比べて、アドリブ部の展開について思い切りが良く、探りを入れるような、タイミングを測るような、ちょっと停滞することが全く無く、ハッキリしっかり、何の迷いも淀みも無く、アドリブ部に切れ込んでいく。その切れ味はハービーのそれを上回る。そして、タッチが硬質で明朗でハッキリしている。

この初リーダー作にして、チックは新主流派を「卒業」である。そして、前衛色の濃い、限りなくフリーな演奏にも手を染めていく。これも当時の最先端のスタイル。 ハービーをはじめとするマイルスの黄金のクインテットのメンバーを大好きな、前衛色の乞い、限りなくフリーなジャズ。チックは、この初リーダー作で、チックの個性と特質を披露する。

全編を聴き通せば、このアルバムのリーダーは只者でないことを思いっきり実感する。チックお得意のスパニッシュなロマンティシズムは、既にこの初リーダー作でも見え隠れしていて、チック者の僕としては、思わず「ニンマリ」する。

ジャケットはサイケデリック。しかし、中の音は、当時の最先端、新主流派の上質な音が芳しい。ジャケットに騙されてはいけない。チック者で無くとも、このアルバムについては一聴の価値があると思います。当時の「新主流派」の上質な成果の一枚です。

 
 

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2015年10月 5日 (月曜日)

マントラのジャジーなデビュー盤

いつの間にやら、秋たけなわ。ここまで涼しくなると、ジャズ盤もジャンルを選ばない。久し振りにジャズ・ボーカル盤に耳を傾ける。苦手のジャズ・ボーカル。どうにも、ジャズ・ボーカル者の方々の推薦盤は耳に馴染まない。

ジャズ・ボーカルの中でも、最初はコーラス・グループがお気に入り。ジャズを聴き始めた頃、このグループが耳に馴染んで、最初のお気に入りジャズ・ボーカル盤になった。そのアルバムとは『The Manhattan Transfer』(写真左)。1975年のリリース。邦題は確か「デビュー!マンハッタン・トランスファー」だったと記憶している。

略して「マントラ」は、男女各2人による4人編成。1978年、シェリル・ベンティーンが正式加入して現在のメンバー構成となる。ちなみにメンバー構成は、ティム・ハウザー(グループの創設者でありリーダー)、アラン・ポール、ジャニス・シーゲル、シェリル・ベンティーン。グループ名は、ジョン・ドス・パソスの小説「マンハッタン乗換駅(Manhattan Transfer)」から取ったとのこと。
 

The_manhattan_transfer

 
とにかく粋なコーラス・グループである。テクニックも優秀。バックの伴奏は明らかにフュージョン・ジャズ。フュージョン・ジャズに乗って、メインストリームなジャズ・コーラスを、ソフトにメロディアスに唄い上げる。芳しきユニゾン&ハーモニー。唄から湧き出るリズミカルなオフビート。弾むようなスキャット。

マントラのアルバムの中で、実は、この実質上のデビュー作『The Manhattan Transfer』が一番ジャズっぽい。このデビュー盤のコッテコテのジャズっぽさから、アーバンなポップさが加わって、マントラはどんどんコンテンポラリーなジャズ・コーラスとして進化していく。

そのマントラの原点を示すアルバムがこの『The Manhattan Transfer』。ジャケットも実にお洒落で格好良い。1970年代半ばから後半の古き良きニューヨークを感じる様な、そんな小粋な4人組ボーカル・グループである。とにかく良いです。ジャズ者万民向け。お気に召したなら、次のアルバム達もどうぞ。『Extensions』(2011年6月28日のブログ・左をクリック)、そして『Mecca for Moderns』(2012年3月5日のブログ・左をクリック)。

 
 

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2015年10月 4日 (日曜日)

櫻井哲夫の30周年記念アルバム

カシオペア初代ベーシスト、「ミスター・チョッパー・ベース」櫻井哲夫。和製バカテク・フュージョン・バンド、カシオペアの初期の名演の数々をガッチリとサポートした、和製エレベの改革者の一人である。

そんな櫻井哲夫の30周年記念アルバムが『My Dear Musiclife』(写真左)。2009年9月のリリース。30周年記念アルバムということで、さすがに参加ミュージシャンは豪華絢爛。代表的なメンバーを見渡してみても、Bob James, 小野塚 晃 (key), 野呂一生, 岡崎倫典, 菰口雄矢 (g), 本田雅人, 勝田一樹 (sax) ,則竹裕之, Gene Jackson (ds), カルロス菅野 (per) 等々。

アルバムを通して聴いて満足満足。誰かが書いていた、とても良い表現なので引用させていただくが、アルバムのコンセプトとしては、30周年記念アルバムとして「売ろう」と考えるよりも「好きなことをやろう」と思ってやったら、こんな素敵なアルバムが出来ちゃいました、という感じ。とにかく、収録されたどの曲も、櫻井はじめ参加ミュージシャン全員が活き活きとプレイしている。

どの曲も聴き応えがあるが、2曲目の「ティーン・タウン」などは、この曲は元々は、伝説のエレベ奏者、ジャコ・パストリアスの名演で知られる名曲であるが、このエレベの名曲を櫻井がジャコばりに弾きまくる様には思わず胸が熱くなる。
 

My_dear_musiclife

 
このジャコの演奏って、当時「エレギの様にエレベを弾く」と度肝を抜かれたハイテクニックだったが、あれから、約30年経って、日本人エレベ奏者があのジャコばりに「ティーン・タウン」を弾きこなすとは、ジャズをずっと聴いてきて、こんなに嬉しいことは無い。

5曲目の「哀愁ファンク」もお気に入り。これ、聴けば判るんだが、あの伝説の童謡歌謡曲「およげ、たいやきくん」の旋律を借用している。そういう意味で、演奏される旋律から非常に懐かしさを感じさせてくれるナンバーで、僕は好きだ。真面目なフュージョン者の方々は「ふざけるな」と言いたくなるらしいが、これくらいの「ジョーク」がジャズにあって良いでは無いか、と僕は思う。

続く6曲目の「ドミノ・ライン」は、櫻井の代表曲、櫻井のチョッパー・ベースを世に知らしめた名曲の再演バージョン。余裕のあるチョッパー。排気量の大きいスポーツカーが、速度を落として、悠々と余裕をかまして走ってく様な存在感。

良いフュージョン・ジャズのアルバムです。特に、日本人フュージョン・ジャズの特質や個性が出ていて、聴き応えがあります。こういうアルバムが日本発でリリースされる時代が来たんですね。

 
 

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2015年10月 3日 (土曜日)

日本の純ジャズのピークを捉える

1970年代、日本のメインストリーム・ジャズは充実していた。米国ジャズ至上主義のジャズ者の方々は「日本のジャズなんて米国の物真似さ」なんて言ったりするが、残された音源を聴き直してみると、かなり個性的な、日本人ならではの純ジャズが展開されていてビックリする。

今から約5年前に遡る。2010年11月30日のブログ(左をクリック)で「初めての日野皓正...」と題して、『Wheel Stone(車石)』というライブ盤をご紹介している。

実はこの『Wheel Stone(車石)』というライブ盤には続編がある。日野皓正『Wheel Stone Live in Nemoro Vol.2』(写真左)。1975年4月8日、北海道、根室市民会館にてライヴ録音の続編。ちなみにパーソネルは、日野晧正 (tp), 宮田英夫 (ts), 杉本喜代志 (g), 板橋文夫 (p), 岡田勉 (b), 日野元彦 (ds), 今村裕司 (per) 。

日野皓正の米国移住前のサヨナラ公演のライブ音源である。1975年の出来事。1970年代後半が、フュージョン・ジャズの大流行の時代であったことを考えると、この辺りが、日本のメインストリーム・ジャズのピークだった様な気がする。それほどに、このアルバムに詰まっている日本人ジャズメンのパフォーマンスは優れている。
 

Wheel_stone_vol2

 
『Wheel Stone(車石)』では、ビートを活かした、限りなくフリーではあるが、最低限のレベルで制御されたインプロビゼーション。マイルスの手法であるが、それを自分なりに解釈し、日本的な音楽的雰囲気をシッカリと活かした、類い希な「日本独自の」コンテンポラリーなジャズがここにある、と評しているが、この『Vol.2』も全く同様である。

とりわけ、リズム&ビートが、日本の「祭り」の太鼓のビートを彷彿とさせるものがあるし、テナーのフリーな吹き回しなど、雅楽の笙(しょう)、龍笛(りゅうてき)、篳篥(ひちりき)という雅楽三管に通じる響きが芳しい。

「スピーク・トゥ・ロンリネス」と「ラウンド・ミッドナイト」の2曲のみの演奏であるが、内容は充実し、メインストリーム・ジャズとして一級品である。日本のメインストリーム・ジャズの良いとこがこのライブ盤にギッシリと詰まっている。

Vol.1の『Wheel Stone(車石)』と併せて、連続して聴いて貰いたい『Wheel Stone Live in Nemoro Vol.2』。日野皓正の渡米直前の全国ツアーでの伝説的なプレイが堪能出来ます。

 
 

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2015年10月 2日 (金曜日)

侘と寂、そして「間」を活かす

日本のジャズ・ミュージシャンは、静謐でクールでフリーな演奏が得意である。侘と寂、そして「間」を理解する民族だけに、楽器の響きと間を最大限に活かしたソロやデュオはお得意のジャンルである。特に、1970年代から1980年代前半にかけては、そんな楽器の響きと間を最大限に活かしたソロやデュオのアルバムの宝庫。

このデュオ盤は1980年1月、東京で録音された作品。実にマイナーなアルバムなんだが、これがまあ、非常に充実した内容で、実に聴き応えがある。今でも、時々、ひっぱり出しては聴き返すアルバムの一枚です。

そのアルバムとは、富樫雅彦&加古隆『Valencia』(写真左)。現代音楽志向のピアニスト、加古隆とジャズ・パーカションの第一人者の富樫雅彦とがガッチリ組んだ、とても魅力的な内容のデュオ盤です。

ジャズというよりは、現代音楽風のフリーで硬質なピアノの加古隆。侘と寂、そして「間」を活かした静謐な響きの加古のピアノは、明らかに日本人の感覚。ジャズ独特のリズム&ビートとファンクネスを極力排除した様な、静謐かつ冷徹な加古のピアノ。ひんやりしつつ真は「熱い」。
 

Valencia

 
表情豊かで、表現豊かなパーカッション。明らかにジャズの即興演奏を旨とした一期一会のパフォーマンスが「凜」としていて清々しい。このパーカッションのパフォーマンスも、侘と寂、そして「間」を活かした優れもの。さすが、富樫雅彦である。静謐かつ冷徹な加古のピアノに瞬時に反応し、時に寄り添い、時に対峙する。

二人のパフォーマンスは、熱くもあり、冷徹でもあり、柔軟でもあり、硬直でもある。カッチリとしつつ限りなくフリーな演奏。こういうパフォーマンスが出来る日本のジャズについては、思わず胸を張りたくなる。限りなくアーティスティックなダイアローグ。

このアルバムの為に富樫が作曲し、彼の永遠の名曲として人気の高い、冒頭の「ヴァレンシア」の演奏が実に「粋」。シンバルの余韻を活用したドラミングと現代音楽っぽい展開のピアノ。響きの根底に「スパニッシュな感覚」。

決して、ジャズ盤紹介本に出てくることの無いデュオ盤ですが、これが素晴らしい内容なのだから、ジャズって面白い。そして、ジャズって何て裾野が広く、奥が深いのか。改めて感心することしきり、です。

 
 

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2015年10月 1日 (木曜日)

ハードバップと新主流派の間

1960年代初頭から1965年辺りまでの間のメンストリーム・ジャズのアルバムは、聴いていて色々な事情が垣間見えて面白いアルバムが多い。1960年代初頭から1965年辺りまでの間のメンストリーム・ジャズのトレンドは、ハードバップ全盛期からモード、そして新主流派。

ジャズメンにしても、その能力、適応力の違いから、頑固に能動的にハードバップに留まる者、モードに適応し新主流派の一員としてジャズの先端を走る者、どうやってもモードに適用できずハードバップにも戻れず中途半端に終わる者、様々である。

この微妙なトレンドの過渡期に、そのトレンドの違いを明らかにしつつ、適応力による違いを明快に聴かせてくれるアルバムがある。Herbie Hancock『My Point of View』(写真左)。1963年3月の録音。ブルーノートの4126番。ちなみにパーソネルは、Herbie Hancock (p), Donald Byrd (tp), Grachan Moncur III (tb), Hank Mobley (ts), Grant Green (g), Chuck Israels (b), Tony Williams (ds)。

パーソネルを見渡して見ても、このアルバムは、この微妙なトレンドの過渡期に録音されたことが判る。ハービー、モンカー、トニーは後の新主流派の中核メンバー。バード、モブレー、グリーン、イスラエルズはハードバップの強者達。このごった煮の7人でハービーの作曲したハードバップな曲とモーダルな曲を演奏するのだ。

冒頭の「Blind Man, Blind Man」は、聴けば判るのだが、これはもう完全に「Watermelon Man」の二番煎じ、柳の下の二匹目のドジョウを狙ったもので、思いっきりファンキーなジャズ。これは参加メンバー全員が問題無く、喜々として演奏している。良い感じのハードバップな演奏である。
 

My_point_of_view

 
しかし、2曲目の「A Tribute to Someone」に入ると、その様相はガラリと変わる。この徹頭徹尾モーダルな曲を、ペットのバードは我関せずとハードバップなペットを堂々と悪びれずに吹きまくる。違和感が圧倒的。そして、テナーのモブレーは、モーダルに吹こうと努力するのだが、結局モーダルな展開にはならず、中途半端にフルフルと漂う様なフレーズを吹くだけで終わる。つまり、モーダルな曲に適応出来るか出来ないか、この曲でふるいにかけられているのだ。

さすがに、後の新主流派の中核メンバーであるハービー、モンカー、トニーは、全く問題無く、このモーダルな曲に適応していく。このモーダルな曲に適応する者と適応出来ない者との差。あきらかにこの曲の演奏を聴けば判るし、モーダルな演奏に適応していく新主流派のメンバーの演奏が、実にクールで優れていることが実に良く判る。

以降、「King Cobra」「The Pleasure Is Mine」「And What If I Don't」とモーダルな曲が続く。演奏の内容、演奏の傾向は、2曲目の同様。モーダルな曲に適応する者と適応出来ない者との差。これがクッキリと明快に聴き分けることが出来る。

これって、もしかして、ブルーノート・レーベルの総帥、プロデューサーのアルフレッド・ライオンの仕業なのかもしれない。以降のジャズの先端を担う若手ジャズメン、新主流派のメンバーが、それまでのハードバッパーと比べて、如何に個性的で、如何に新しいか、それを聴き手に明確に判らせるために、こういうパーソネルを選び、モーダルな曲を中心に演奏させたのではないか。

このアルバムを通じて、ハードバップな演奏と比較することで、モード、そして新主流派の個性と特徴が良く理解出来る。モード、そして新主流派の演奏を理解する為の、比較広告の様なアルバム。こういうアルバムを録音し、後世に残してくれたブルーノート・レーベル。アルフレッド・ライオンの慧眼恐るべしである。

 
 

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