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2015年9月の記事

2015年9月30日 (水曜日)

典型的な新主流派の音世界

1960年代前半、当時の若手ジャズ・ミュージシャンは、当時、再先端と言われたモーダルなジャズ、フリーなジャズにこぞって取り組んだ。そんな若手ジャズ・ミュージシャンの一派を「新主流派(New Main-stream)」と呼ぶ。

そんな新主流派の代表格の一人が「ウェイン・ショーター(Wayne Shorter)」。そんなショーターが新主流派の音とはこんな音である、と、教科書的に「新主流派の音」を伝えてくれるようなアルバムがある。

そのアルバムとは、Wayne Shorter『The All Seeing Eye』(写真左)。1965年10月の録音。ブルーノートの4219番。ちなみにパーソネルは、Wayne Shorter (ts), Freddie Hubbard (tp, flh), Grachan Moncur III (tb), James Spaulding (as), Herbie Hancock (p), Ron Carter (b), Joe Chambers (ds)。

若手ジャズ・ミュージシャンの一派「新主流派(New Main-stream)」については、ブルーノート・レーベルに優れたリーダー作を沢山残している。それについては、ブルーノートの総帥、プロデューサーのアルフレッド・ライオンの手腕に負うところが大きい。

アルフレッドには、新しいジャズの音を聴き分ける耳がある。ジャズメンの資質を選別する選定眼がある。アルフレッドの耳に叶った若手ジャズメンをスカウトし、リーダーとしての裁量を全て託し、やりたいことをやらせる。これがブルーノートが「新主流派の音」をしっかりと残せた秘密である。
 

All_seeing_eye

 
そして、ブルーノートの録音時の語り草になっている「ギャラを払ってしっかりとリハーサルをやらせる」ということと、「ブルースの自作曲を最低1曲は持ち込むこと」。それは、このアルバム『The All Seeing Eye』でも同じだろう。非常に良い音が、このアルバムにギッシリと詰まっている。

テナーのウェイン・ショーターも良い音出してる。この頃のショーターは、コルトレーンのダイレクトな影響下から抜け出て、思いっきりオリジナルな音を出し始めていた。冒頭のタイトル曲を聴けばそれが良く判る。この曲を聴き通すと、このテナーは絶対にショーターと決めてかかれるほど、その特徴が明確である。

思いっきりモーダルでフリーな演奏がとても心地良い。このアルバムでの、トランペットのハバード、トロンボーンのグラチャン、アルトのスポルディング、ピアノのハンコック、ベースのロン、そして、ドラムのジョー・チェン、皆、新しい響きの、新しい感覚の、新しい音を出しまくっている。

「新主流派の音」を体感するには、この『The All Seeing Eye』は格好のアルバム。ショーターの個性の展開がここにある。ショーターが独自に開拓し完成させたコンセプトがこのアルバムで、様々なバリエーションに展開されている。ショーターの個性のバリエーションのショーケースの様なアルバム。ジャズを知る上では必聴の一枚でしょう。

 
 

震災から4年6ヶ月。決して忘れない。まだ4年6ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2015年9月29日 (火曜日)

平戸祐介の初ソロ盤の思い出

日本のジャズ・シーンは刻々と進化している。ぼやぼやしていると、これは誰や、というジャズ・ミュージシャンが現れ出でて、一気にメジャーな存在になっていたりする。当方、バーチャル音楽喫茶『松和』も、ネットでの情報、ジャズ雑誌の蒐集は欠かせない枚委日である。

このキーボード奏者の出現も最初は「これは誰や」状態やったなあ(笑)。このアルバムが出た時である。平戸祐介『Speak Own Words』(写真左)。2012年1月リリース。平戸祐介って誰や?。ちょっと戸惑いながら、ネットで検索。今は便利ですな。ちょっとググったら、情報がドバーっと出てくる。

そう、平戸祐介とはquasimode(クオシモード)のリーダー/ピアニストでした。quasimode自体は2015年2月に活動を停止しているのだが、この平戸のソロ・ファースト盤のリリースは、quasimodeがまだ活動中の出来事。

平戸祐介とは。ジャズ喫茶を経営する父親とクラシック・ピアノの先生をする母親の間に生まれる。4歳からピアノを弾き始め、中学生の頃からジャズ・ピアニストとして活動を開始。高校卒業後に渡米し、NYのニュースクール大学ジャズ科に進学、とある。生粋のジャズ・サラブレットである。

そんなピアニスト平戸の初ソロ盤が、この『Speak Own Words』。トリオ編成と打ち込み編成を織り交ぜ、コンテンポラリーな「平戸祐介の考えるジャズ」が展開されている。いかにも「今」のジャズの音がこの盤に詰まっている。
 

Speak_own_words

 
選曲のセンスもなかなかのもの。映画「タクシー・ドライバー」のテーマ曲、キャロル・キング「ミュージック」などをカバーしており、変にスタンダード曲に走らないところが実に好ましい。

音の傾向としては、アルバム『Black Radio』で名を馳せたロバート・グラスパーや『Radio Music Society』でグラミー賞を獲得したエスペランサ・スポルディングに代表される、ジャズの語法をベースとしつつ、ヒップホップ、R&B、オルタナティブ・ロックの音の要素を取り入れたもの。

ボーカルについては「畠山美由紀とbird」を助っ人として採用、独特の雰囲気を獲得することに成功している。現在のジャズのトレンドの最先端の音であり、日本人の平戸は実に健闘している。

が、最先端の音から一歩抜きん出た個性と特質という面では「今一歩」の感。平戸ならではの音の個性がまだいまひとつ希薄なのだ。しかし、アルバム全体の内容としては充実したものであり、聴き甲斐はしっかりある。次のソロ盤が楽しみになる内容である。

久し振りに平戸のパフォーマンスを聴きながら、これはもう一度、quasimode(クオシモード)をちゃんと聴かないとな、という思いに駆られた。日本のジャズ・シーンは刻々と進化している。ぼやぼやしていると「取り残される」危険性がある。気をつけんとなあ。

 
 

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2015年9月28日 (月曜日)

日本企画のエリントン作品集

米国ではこのテナー奏者はどこまでメジャーなのだろう。その名は「ハリー・アレン(Harry Allen)」。1966年、ワシントンD.C.生まれ。もう今年で49歳になる。若手若手と思って聴いていたら、もはや「ベテラン、中堅」の域である。

日本のレコード会社が着目し、彼のリーダー作を企図、当時の名門ジャズ雑誌の「スイング・ジャーナル」が居抜きでプッシュするという、日本のレコード会社、ジャズ雑誌が発掘し育てたテナー奏者である。よって、日本では一年に一枚のペースで、コンスタントにリーダー作をリリースしている。

そんなハリー・アレンのリーダー作は、どれもが日本人ジャズ者好みのテナーの吹き方、アレンジ、選曲、企画で、どこから聴いても「日本のレコード会社の企画したジャズ盤」という雰囲気が色濃く漂う。それが受け入れられる盤は「良好」だが、それが鼻につく盤はどうしようも無く「いやらしい」(笑)。

さて、そんなアレンの企画盤の中で、これはまあ「良好」かなと、我がバーチャル音楽喫茶『松和』で時折、CDプレイヤーのトレイに載るアルバムが幾枚かある。筆頭はこの企画盤かな。Harry Allen『Plays Ellington Songs』(写真)。雑誌の読者による「リーダーズ・リクエスト」ものによるエリントン作品集。もう完璧な「日本レコード会社の企画盤」である(笑)。

1999年のリリース。こういう企画ものというのは、米国ではまず無いだろう。ちなみに、リーダーのハリー・アレンはテナー。共演者はピアノがビル・チャーラップ、ベースがピーター・ワシントン、ドラムがケニー・ワシントン。バックのリズム・セクションも選びに選んだ「日本人ジャズ者好み」のパーソネルである。

ジャズ・ミュージシャンとしてデューク・エリントンの曲を中心とした「企画盤」に手を染めるということは、ジャズに対する敬意の表れであり、ジャズメンとしての円熟を表現する格好のチャンスでもある。そして、ハリー・アレンはこの盤で、しっかりとしたテクニックの下、安定したプレイを披露する。
 

Harry_allen_plays_ellington

 
アレンのテナーはオールド・スタイル。ベン・ウェブスター、コールマン・ホーキンス、レスター・ヤングのスタイルを踏襲したものである。ジャズ・テナーと言えば「コルトレーン・スタイル」であるが、アレンは敢えて、オールド・スタイルを採用している。

オールド・スタイルのテナーのブロウは、スローなフレーズになればなるほど「ズボボボ」「ブズズズ」と掠れた音色になる。この音色はクラシックのテナー・サキソフォンの奏法に全く無いもので、ジャズならではの、この掠れた音色を良しとするか、耳ざわりとするかで、その好みは大きく分かれる。

オールド・スタイルのテナーという点では、デクスター・ゴードン(愛称デックス)を想起するが、デックスは大らかでスケールの大きい吹き回しをするが、アレンのブロウはそこまでのスケールの大きさは無い。少しこぢんまりまとまった感じ(これが難点だとは全く思っていない)で、カッチリとしている。

エリントンの有名な楽曲を、趣向を凝らしたアレンジで、なかなか硬派に聴かせてくれる。バックのリズム・セクションも良好で、完璧な「日本レコード会社の企画盤」という雰囲気ではありながら、演奏自体が硬派で、聴き手に迎合していない分、意外と聴ける内容になっている。

このハリー・アレンの『Plays Ellington Songs』については、「日本レコード会社の企画盤」にしては珍しく、最後まで聴き通すことが出来る好盤に仕上がっている。アレンジとバックのリズム・セクションの出来の良さに負うところ「大」。ジャズ者中級者から上級者向けです。

 
 

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2015年9月27日 (日曜日)

レッド・ガーランドのバラード集

涼しくなった。我が千葉県北西部地方に至っては、9月も終わりに差し掛かり、もはや秋たけなわの陽気である。これだけ涼しくなると、やっと落ち着いて、様々なジャンルのジャズが聴ける様になった。

ということで、ピアノ・トリオである。Red Garland『Nearness of You』(写真左)。1961年11月の録音。ちなみにパーソネルは、Red Garland (p), Larry Ridley (b), Frank Gant (ds)。ピアノのガーランド以外は、今となってはほぼ無名のメンバーである。

このアルバムはガーランドの「バラード集」。ガーランドのピアノは、右手のシングルトーン、左手のブロックコードが特徴。左手のブロックコードが、リズム&ビートと曲のベースラインを必要最低限の音で抑えるので、右手の曲の旋律が非常に判り易く、アドリブ・ラインがクッキリと浮き出る。

このガーランドの奏法は、確かにバラード演奏にピッタリである。このアルバム『Nearness of You』を聴けば、ガーランドのピアノとバラード曲との相性の良さが実に良く理解出来る。ガーランドもバラード集ということで、いつになく繊細なタッチで演奏しており、非常に聴き心地の良い演奏集となっている。
 

Red_garland_nearness_of_you_2

 
加えて、ガーランド者(ガーランドのファン)の方がよく聴くと判ると思うが、ガーランドの右手のシングルトーンについて、このアルバムでは、実に音を厳選して、必要最低限の音数だけでバラード演奏を完結しているように聴こえる。

通常であれば、アドリブ部に入って、コロコロと転がる様にフレーズを流す傾向にあるガーランドが少ない音数でバラード曲を料理している様に、僕には聴こえる。

右手のシングルトーン、左手のブロックコードで、音数を絞っている演奏なので、ちょっと聴くだけでは、イージーリスニング的なカクテルピアノと誤解されてしまうのでは無いかと心配になりますが、バックのリドレーのベース、ガンツのドラムが、しっかりとリズム&ビートを抑えていて、ライトではありますが、実に滋味溢れるバラード演奏に仕上がっています。

良いアルバムです。時に今晩は「中秋の名月」。中秋の名月を愛でながら、このRed Garland『Nearness of You』を楽しむ、というのも、なかなか粋な趣向ではないか、と自画自賛しています。

 
 

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2015年9月26日 (土曜日)

さだミュージックの原点ですね

我がバーチャル音楽喫茶『松和』は、ジャズ・フュージョンが中心であるが、サブジャンルとして、70年代ロック、70年代Jポップも守備範囲である。今日は久し振りに、70年代Jポップのお話しを・・・。

久し振りに「グレープ」を聴く。グレープとは、さだまさし(ヴォーカル・ギター・ヴァイオリン)と吉田正美(現・吉田政美、ギター)による日本のフォークデュオ。1972年結成、1976年解散(Wikipediaより)。

実は僕は「さだまさし」のマニアである。というか、アルバム的には、ソロの11枚目のスタジオ盤『自分症候群』までではあるが、グレープ時代から、ソロ時代のこの11枚目のスタジオ盤までは全て所有している。

さだまさしとの出会いは、まだグレープ時代の1974年のヒット曲「精霊流し」である。曲の調子、曲のアレンジは従来からの「四畳半フォーク」のマイナー調を踏襲しており、いまいちピンと来なかったが、作詞の世界が「新しい」と感じた。それまでの歌謡曲の職業作詞家の調子とは全く異なる、口語体の私小説の様な響きが印象に強く残った。

そこで、高校時代の友人の力に頼ることになる。伝手を頼って、グレープのアルバム、ファースト盤の『わすれもの』(写真左)、そしてセカンド盤の『せせらぎ』(写真右)を借りることに成功。そこで初めて、さだミュージック(以降「さだ音楽」と略す)に触れることになる。

このグレープの『わすれもの』と『せせらぎ』には、さだ音楽の基本が詰まっている。さだ音楽の魅力は、まず男性の立場から女性や恋愛を俯瞰して、それを私小説風に語り綴っていくという、それまでの日本の歌謡曲、ポップスに無い歌詞にある。僕はこのさだまさしの作詞を聴いていて、庄司薫の4部作「赤頭巾ちゃん気をつけて」「さよなら快傑黒頭巾」「狼なんかこわくない」「白鳥の歌なんか聞えない」を思い起こす。 

ファースト盤で言うと「精霊流し」や「蝉時雨」「あこがれ」などがそうだし、セカンド盤については、さだの作詞の唄は、もう全てが「さだ音楽」の世界である。男性の口語調に乗った語り口は、さだまさしの専売特許となった。女性の口語調の語り口を借りた展開もあるが、その内容はあくまで、男性の立場から女性や恋愛を俯瞰して、それを私小説風に語り綴っていくというバリエーションのひとつである。
 

Grape_wasuremono_seseragi

 
曲想、アレンジなどは、当時のレコード会社の売らんが為の意向に左右された跡がありありと垣間見えるが、歌詞の世界については、セカンド盤の『せせらぎ』が、さだまさしの歌詞の世界の特徴が良く出ていて、十分に聴き応えがある。

冒頭の「ほおずき」はちょっと「精霊流し」の残像を追いかけすぎた嫌いもあるが、傑作だと思う。2曲目の「殺風景」も新しい感覚が感じられて、当時からお気に入り。「あなたより好きな人が出来ただけのことです」のくだりが残酷で良い。これが真実なんだろうな、と若い頃、至極納得したことを覚えている。

6曲目、LP時代のA面のラスト「交響楽(シンフォニー)」は傑作だろう。この曲は、当時のレコード会社の売らんが為の意向に左右されておらず、非常に良好なアレンジに乗った、典型的な「さだ音楽」の世界である。さだまさしの初期の名曲のひとつ。

9曲目、LP時代の3曲目の「風邪」も良い。タイトルが良くないので、誤解されることの多い曲だが、内容的には、これまた典型的な「さだ音楽」の世界。サビに部分でメジャー調に転調して、視界がブワーッと広がる感じの展開は「さだ音楽」の真骨頂でもある。

そしてラストの「追伸」。この歌詞の世界は凄い。男性の立場から女性や恋愛を俯瞰して、それを私小説風に語り綴っていくという展開、しかもそれを女性の口語調の語り口を借りて展開するのだが、この歌詞の内容が「怖い」。こんな未練たらたらの手紙を女性は書かないだろう。女性の語り口を借りた男性の女々しい未練。女々しい男性の未練がこの恐ろしい歌詞から階間見える。これぞ「さだ音楽」。

30年ぶりくらいに、グレープ時代のさだまさしをじっくりと聴いた。今の耳で聴くと、当時、気が付かなかったことがいろいろ垣間見えて、聴いていてとても興味深く、面白い。やはり「良い音楽」というものは、時代を越えて、それぞれの時代の耳で、様々な角度から切り口から、音を感じることが出来る。楽しい瞬間である。

 
 

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2015年9月25日 (金曜日)

もの凄いジャズ・エレギである

僕にとって、37年のジャズ盤鑑賞の歴史の中で最後の楽器が「ギター」。最近、ジャズ・ギターのアルバムに重点を置いて、ジャズ盤コレクションを進めている。故に、ジャズ・ギターのアルバムについては、聴き直しというよりは初モノがまだまだ多い。

ギター担当のジャズメンも他の楽器に負けずに多くいる訳だが、ジョン・スコフィールド(John Scofield)はお気に入りギタリストの一人。ワン・アンド・オンリーな個性を持った、実に癖のあるギタリストである。

伝統的なジャズ・ギターの奏法をベースにしながらも、ちょっとアバンギャルドに「捻れて」、音を不協和音っぽく響かせながら、モーダルに唄い上げていくところが実にユニーク。一聴するだけで「ジョンスコや〜」って判るくらい、独特の個性ある音の持ち主である。僕は「捻れギターのジョンスコ」と呼んでいる。

さて、そんなジョンスコの胸が空くような、クールでハードでタイトでダイナミックなライブ盤が最近のお気に入りの一枚。そのライブ盤とは、John Scofield『Pick Hits Live』(写真)。1987年10月7日、日本は東京でのライブ音源(昭和女子大学人見記念講堂とのこと)。ちなみにパーソネルは、John Scofield (g), Robert Aries (key), Gary Grainger (b), Dennis Chambers (ds)。

ジョンスコはエレギ専門と言ってよいギタリストではあるが、決して、フュージョン畑では無い。捻れに捻れたエレギではあるが、演奏されるスタイルは、基本的に「コンテンポラリーな純ジャズ」である。エレギの音の個性は聴けば直ぐ判る程の「個性的な捻れ音」と「くぐもった拡がりと伸びのある音」。
 

Pick_hits_live

 
むっちゃ硬派なライブ演奏である。聴き手に媚びること無く、迎合すること無く、一心不乱に自らの信じる「コンテンポラリーな純ジャズ」をガンガンに弾きまくる。このライブ盤でのジョンスコのエレギは何時になく「シャープ」。素晴らしい切れ味のアドリブ・フレーズに思わず仰け反る。

そして、このライブ盤で白眉なのは、デニス・チェンバース、愛称デニチェンのドラミング。バッシバッシと叩きまくるが、彼の叩き出すリズム&ビートは「コンテンポラリーな純ジャズ」。ジョンスコとの掛け合いも素晴らしく、ジョンスコを鼓舞する様はまさに「鬼神」である。とにかく、このライブ盤でのデニチェンのドラミングは破壊力満点である。

リズム隊がハードにタイトに尖って、バシバシしばくようにリズム&ビートを叩き出すが、決して耳につかない。録音が良いんですね。ジョンスコのエレギとのバランスも良好で、実に躍動感溢れ、適度なテンションが心地良い、内容が高度で濃密な傑作ライブ盤に仕上がっています。

ジョンスコのエレギの捻れ具合も良好、通常盤もコンプリート盤もどちらも良好。ジョンスコを初めて体験するには、ちょっとハードな内容かなとも思います。ジョンスコを聴き始めて、ジョンスコがお気に入りになった時が、このライブ盤の「聴き頃」かと思います。もの凄い「ジャズ・エレギ」のライブ盤です。

 
 

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2015年9月24日 (木曜日)

モラーツの『Story of i』

パトリック・モラーツ(Patrick Moraz)は1944年6月生まれのスイス出身のキーボディストである。プログレッシブ・ロックの雄、イエスの三代目キーボード奏者として、『リレイヤー』というアルバムで、僕は彼の名前を知った。1974年の暮れのことである。

そんな彼がリリースしたソロ盤がこれ。Patrick Moraz『The Story of i』(写真)である。1976年6月のリリース。僕は、イエスの『リレイヤー』のパトリック・モラーツのキーボードが大好きで、このソロ盤には過度の期待を持って購入に至った。リリースされて、ほぼ直後に手にした思い出がある。

が、聴いてみて、当時は「ガッカリ」。リック・ウェイクマンの『The Six Wives of Henry VIII』の様な、ロック系の大仕掛けなキーボード盤を期待していたので、このモラーツの『The Story of i』には当惑した。で、暫くはお蔵入り。というか、10年以上、まともに聴か無かったのではないかしら。

このモラーツの『The Story of i』の良さに気がついたのは、購入してから10年以上経ってからである。フュージョン・ジャズやクロスオーバー・ジャズについて、一応の見識を持って聴くことが出来る様になり、客観的にそれぞれのアルバムに対して評価をすることが出来る様になってからである。

このモラーツの『The Story of i』は、ロックのキーボード盤として聴くと絶対に違和感を感じる。この『The Story of i』は、プログレッシブ・ロックのマナーをベースに、ワールド・ミュージックやサイケデリック・ロックとの融合がメインのフュージョン・ジャズ、若しくは、クロスオーバー・ジャズの好盤として聴いた方がしっくり来る。
 

Story_of_i

 
アフリカン・ネイティブな響きもあれば、ブラジリアン・テイスト溢れるリズム&ビートもある。サイケデリック・ロックなアブストラクトな一面もあれば、プログレッシブ・ロックの様なコンセプチュアルなナンバーもある。

やはり、この盤はまさしく、フュージョン・ジャズ、若しくは、クロスオーバー・ジャズの好盤として聴いた方がしっくり来るなあ。

ちなみにパーソネルは、Patrick Moraz (key), John McBurnie, Vivienne McAuliffe (vo), Ray Gomez, Jean de Antoni (g), Jeff Berlin (b), Alphonse Mouzon, Andy Newmark (ds), The Percussionists of Rio de Janeiro。

う〜ん、なるほど。パーソネルを見渡せば、このモラーツの『The Story of i』は、やっぱり、ロックのキーボード盤では無いな。このパーソネルから見て、ワールド・ミュージックやサイケデリック・ロックとの融合がメインのフュージョン・ジャズ、若しくは、クロスオーバー・ジャズの好盤である。

プログレッシブ・ロック+フュージョン・サンバな冒頭の「Inpact」や、プログレッシブ・ロック+トロピカルな「Cachaca」。プログレッシブ・ロック+AOR的ソフト&メロウな「Dancing Now」。プログレッシブ・ロックのマナーをベースにした、良質なフュージョン・ジャズ、若しくは、クロスオーバー・ジャズが展開される好盤である。

 
 

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2015年9月23日 (水曜日)

1970年代サンタナの総括盤

1970年代後半、大学に入って音楽鑑賞のメインがジャズに移った後も、ロックの中で「サンタナ」は聴き続けていた。サンタナと言えばラテン・ロックの雄なんだが、そのインストとナンバーなどは、フュージョン・ジャズを想起させる優れたものが多くて、AOR全盛のロックの中でも特別にクールな存在だった。

そんなサンタナの「1970年代のサンタナ・ミュージック」を総括する様なアルバムが1981年にリリースされている。そのアルバムとは、Santana『Zebop!』(写真左)。それまでのサンタナのラテンロック、ジャズ・フュージョンな音楽性を踏襲しつつ、ポップ・ロックな雰囲気を織り交ぜた好盤である。

「The Sensitive Kind」「Winning」などの従来のラテン・ロックっぽいナンバーもあれば、「Searchin」「Over and Over」などのアメリカン・ロックっぽい曲もあれば、「I Love You Much too Much(哀愁の旅路)」「Tales of Kilimanjaro」といった、サンタナの十八番である「泣きもの」のギター・インストのナンバーもあって、それまでのサンタナの音楽志向のショーケースの様な内容になっている。
 

Zebop

 
1970年代のサンタナを聴き込んだ「サンタナ者」の方々は、どうも1980年代以降のサンタナを敬遠する傾向にあるが、この『Zebop!』は外しちゃ駄目なのでは、と思います。それまでのサンタナの様々な音楽志向が楽しめ、もちろん、カルロス・サンタナ自身のギターも充実、アルバム全体のアレンジやコンセプトも良好で、サンタナの代表作の一枚として、この『Zebop!』は外せない存在でしょう。

しかし、このアルバムには一つだけ難点がある。このジャケット・デザインはなんなのか。恐らく、このアルバム・ジャケットのイメージで、このアルバムは結構、損をしているのでは無いか、と思われる。なんだか、全面的にCGを使った初のロックアルバムのジャケットらしいが、このデザインは酷い。その時代の流行が時代の流れに耐えられない「最たる例」だろう。

サンタナのアルバム紹介の中では、あまり出てこないアルバムなんですが、サンタナの音楽志向が気に入った「サンタナ者」の方々であれば、必ず楽しめる内容です。このチープなデザインのジャケットに引くこと無く、一聴することをお勧めします。フュージョン・ファンの方々にも良い感じな盤なのでは、と思います。

 
 

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2015年9月22日 (火曜日)

昼下がりSP・デュオ盤特集・6

ギターのアルバムは爽快感があって良い。爽快感を前面に押し出したジャズ・ギターのアルバムを楽しむ季節は秋から冬。ギターの種類はアコースティック・ギターが良い。

オーストラリア出身のグリゴリアン・ブラザーズによるアコースティック・ギター・デュオによるアルバムがある。さて、グリゴリアン・ブラザーズとは何か。
 
スラヴァとレオナルドの兄弟。兄のスラヴァ・グリコリアンのほうはクラシック作品などで以前から日本でもリリースされている。クラシックを中心にジャンルを超えて活躍するギター・デュオである。

そんな兄弟のアコースティック・ギターによるデュオ盤の好盤が、Grigoryan Brothers『Distance』(写真左)。2010年のリリース。雰囲気は内容、ジャケットを併せて、ECMレーベルの音の雰囲気である。ジャケットを見て、このアルバムの音を聴いたら、恐らく、ジャズ者の方々は絶対にECMものだと思うだろう。

そんなアコギが素敵なデュオ盤であるが、このアコギの音を聴いていて、どっかで聴いた音の雰囲気だよな〜、と思い当たる。そう、デュオではないのだが、Ralph Towner『Diary』(2013年5月4日のブログ・左をクリック)の音世界と同じ雰囲気なのだ。
 

Grigoryan_brothers_distance

 
う〜ん、ジャケットも何と無く似ているし、もしかしたら、グレゴリアン・ブラザースは、このラルフ・タウナーのアルバムを十分に意識しているのかもしれない。

クラシックな響きが中心かと思いきや、意外とクラシックな響きは感じない。やはり、どちらかと言えば、ECMレーベル様な、現代音楽的な雰囲気を宿しつつリリカルな欧州ジャズの雰囲気。ジャズ出身では無い分、ビートの取り方がやや大人しいが、基本的にはビートがしっかり乗ったギター・デュオで、演奏の印象はジャズ。

テクニック的には全く申し分無く、音の組み立て、そして、即興の部分、アドリブな展開をとっても、ジャズと言って良い。爽快感と躍動感、リリカルでロマンティックな表現、静謐でクリスタルな音の響きなど、アコースティック・ギターの表現の全てを引き出していて、聴き応え満点です。

ジャズのジャンルのギター・デュオでは無いが、クラシックの世界でも、現代においては、こういうジャズ的な即興演奏をベースとする演奏が出てきたということだろう。ジャンル無用の「良い音楽」ですね。

 
 

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2015年9月19日 (土曜日)

フュージョンのマイニエリ

フュージョン・ジャズの伊達男、フュージョン・ジャズの仕掛人のマイク・マイニエリ(Mike Mainieri)。彼のフュージョン・ジャズ全盛時代の演奏ってどんなものだったのでしょう。それを追体験出来る格好のライブ音源があります。

Mike Mainieri『Live At Seventh Avenue South』(写真左)。1981年のライブ音源です。ちなみにパーソネルは、Mike Mainieri (vib), Bob Mintzer (ts,b-cl), Warren Bernhardt (key), Eddie Gomez (b), Omar Hakim (ds) 。フュージョン・ジャズらしからぬ、良いメンバーですね〜。

マイニエリの仕掛けたフュージョン・ジャズ・バンド「ステップス」のメンバーから、マイニエリとゴメスの二人。アリスタ・オールスターズの『Blue Montreux1&2』や、同じ1978年のモントルー・ジャズ・フェスでのマイニエリとのデュオ『Free Smile』で素晴らしいキーボードを聴かせてくれたバーンハート、実力派テナーマンのミンツァー、そして、新進のドラマーのハキム。

冒頭のマイニエリの有名曲「Tee Bag」から、ソフト&メロウが身上の当時のフュージョン・ジャズからは想像出来ない、気合いの入った、ガッツのある演奏にハッとします。良いですね〜、上質なフュージョン・ジャズな演奏です。ミンツァーのテナーが純ジャズっぽくて良いですね。フュージョン・ジャズな曲を純ジャズの雰囲気でインプロする。雰囲気があって良い演奏です。
 

Seven_avenue_south

 
特に、リーダーのマイニエリのヴァイブの演奏が何時になくガッツがあって良い。「Song For Seth」におけるマイニエリのソロは圧巻。超絶技巧、歌心満点の素晴らしいインプロビゼーションが展開されます。途中から無伴奏の演奏になるのですが、マイニエリの気迫に満ちた演奏にはビックリです。

いや〜、やはり、通常はフュージョン界の「ちゃら男」的存在のマイニエリですが、その気になって気合いを入れれば、素晴らしいヴァイブを披露してくれます。やれば出来るやんマイニエリ。やはり、彼は只者では無かった。良かった(笑)。

しかし、この音源は1981年のもので、それから15年、1996年になって陽の目を見た訳ですが、よくこれまで出来の良いライブ音源を放っておいたものです。きっと誰かがこの音源を聴いて、その内容が素晴らしくて、発売されることになったんでしょうね。まあ、発売されて良かった。

フュージョン・ジャズには、こういった内容のあるライブ盤がまだまだ眠っているような気がします。純ジャズの世界は一通り、未発表音源の発掘が終わったんですが、フュージョン・ジャズも未発表音源の発掘作業、やって欲しいですね。きっとお宝音源が出てくると思うんですが、どうでしょうか。

 
 

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2015年9月18日 (金曜日)

ジャズ喫茶で流したい・67

僕はこの男に注目し続けていた。ジャズ・ヴァイブ奏者のマイク・マイニエリ(Mike Mainieri)。フュージョン・ジャズの伊達男、フュージョン・ジャズの仕掛人。フュージョン・ジャズ全盛期、マイニエリは要所要所で必ず顔を出していた。

ヴァイブの腕前も一流。当時、ヴァイブと言えば、ゲイリー・バートン。このゲイリー・バートンに比肩する、閃く様な、疾走感溢れるアドリブ・プレイが素晴らしい。イマージネーションも豊かで、本気でやれば、恐らく、当時、ナンバーワン・プレイヤーとして、フュージョン界に君臨していたのでは無いか、と思っている。

しかし、マイニエリはフュージョン・ジャズの伊達男、フュージョン・ジャズの仕掛人。本気で演奏することがあまり無かった様に思う。アドリブ・プレイも、どこかでやった印象的なアドリブ・フレーズを、譜面に落としたかのように他のセッションでも展開した。どこかで聴いたことのあるアドリブ・フレーズが良く出てくる。明らかに手を抜いている(笑)。

それでも、プロデュース能力にも秀でたマイニエリは、フュージョンの仕掛人として暗躍した。彼の仕掛人としての最大の成果は「ステップス」。そういう意味で、彼はジャズ・ヴァイブ奏者として、真の活躍をした訳では無かった。それが、僕にとっては苛立ちの素で、彼の才能あるプレイを、今か今かと待ちわびていた。

そして、21世紀になり、マイク・マイニエリの名前も忘れ始めた頃に、このアルバムがリリースされた。Mike Mainieri『Crescent』(写真左)。2010年のリリース。ちなみにパーソネルは、Mike Mainieri (vib), Charlie Mariano (as), Dieter Ilg (b)。ドラムレスのヴァイブ+アルト+ベースという、思いっきり変則なトリオ編成。
 

Mike_mainieri_crescent

 
演奏内容は完璧な純ジャズ。ドラムレスである故、スピリチュアルで内省的な、限りなくフリーでモーダルな演奏が素晴らしい。収録曲を眺めれば直ぐに判るんだが、このアルバムのテーマは「ジョン・コルトレーン」。コルトレーンを彷彿とさせる演奏の数々。そう言えば、タイトルの「クレッセント」というのも、コルトレーンに同名アルバムがあったなあ。

加えて、アルトのチャーリー・マリアーノが素晴らしい。このアルバムでのプレイが遺作になった訳ですが、そんな晩年のプレイとは思えないほど、素晴らしい、スピリチュアルで色気のあるアルトのブロウを聴かせてくれます。

マイニエリのヴァイブの静謐な響きと、マリアーノのウォームなアルトの音色、そして、リグのベースが生み出す躍動感溢れるリズムが一体となって、実に心地良い演奏の数々が実に魅力的です。

そして、マイニエリの純ジャズでの演奏がとても素晴らしい。やっとマイニエリの才能開花の時が来た、と感じました。マイニエリがヴァイブでコルトレーンをやるなんて。そんな時が来るなんて、フュージョン・ジャズ全盛の頃、1970年代終盤には思ってもみませんでした。

CD2枚組のボリュームですが、飽きること無く、緩むこと無く、一気に聴き通してしまいます。それほど、適度な緊張感と演奏の密度の高さが素晴らしい、21世紀ジャズの好盤の一枚だと思います。お勧めです。

 
 

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2015年9月17日 (木曜日)

マイルスと「ジミヘン」

エレクトリック・マイルスを楽しむ上で、ジャズ以外のミュージシャンとの連携、交流の変遷を知ることは必須のアイテムである。マイルスは、ロックやソウルやR&Bの優れたミュージシャンとの交流によって、エレ・マイルスの音世界を充実させていったのだ。

そんなジャズ以外のミュージシャンとの連携の中で、今回は「ジミ・ヘンドリックス(Jimi Hendrix)」を採り上げる。

ジミ・ヘンドリックスは、米国出身のギタリスト。ロックミュージックのパイオニアの一人。1966年に渡英。米国のルーツ・ミュージックのひとつであるブルースをベースにした、斬新なギター・サウンド、超絶技巧な演奏技術、圧倒的なインプロヴィゼーションにより、一般の音楽ファンはもちろんプロのミュージシャン達にも大きな衝撃を与えた。

マイルスは、この「ジミヘン」の音楽性に着目。もう少しで共演するところまで行ったらしい。しかし、共演するその日を待つ間に、ジミヘンは謎の死を遂げる。オーバードーズによる窒息死により、マイルスとの共演は幻に終わる。

しかし、マイルスは自らのバンドのギタリストに「ジミの様に弾け」とよく指示したらしい。確かに、ジャズのサイドからすると、8ビートのジャジーでスインギーなリズム&ビートをひねり出すのは意外と難しく、ロックのリズム&ビートを参考にした方がその展開は早い。

しかも、ロックのエレクトリック楽器が持つ「暴力性・扇動性・強靱性」はジャズの音世界には無いもの。マイルスはこのロックのエレクトリック楽器の持つ「暴力性・扇動性・強靱性」が欲しかったのだろう。
 

Jimi_hendrix_axis_bold_as_love

 
ジャズがロックに相対するには「音によるメッセージ力」を得ることが必要である。マイルスは、このロックの持つ「音によるメッセージ力」が欲しかったのだろう。ジャズに無くて、大衆を惹き込むロックにあるもの。

Jimi Hendrix『Axis : Bold As Love』(写真左)を聴く。ザ・ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスが1967年に発表した2作目のスタジオ・アルバム。メロディアスな楽曲がズラリ並び、聴いていて楽しいジミヘンの音世界である。

聴いて改めて感じるのだが、やはり、斬新なギター・サウンド、超絶技巧な演奏技術、圧倒的なインプロヴィゼーションは卓越している。今の耳で聴いても、これだけアグレッシブでプログレッシブなエレギ・サウンドは、なかなか耳に出来ない。この斬新なギター・サウンドが、1967年、今から50年位前に創造された音とはとても思えない。

このアルバムの収録曲の中で、2曲目の「空より高く - Up from the Skies」、6曲目の「リトル・ウィング - Little Wing」などは、マイルスの盟友、レジェンドなアレンジャー&キーボード奏者、ギル・エバンスが採用し、エレクトリック・ビッグ・バンドの定番曲として好んで演奏している。もともとジミヘンの曲はブルースを基調とした曲が多く、確かにジャズにアレンジし易い。成る程なあ、と感じ入る。

アラウンド・マイルス、マイルスの周辺。ジミ・ヘンドリックスのギターと、そのギターが紡ぎ出すリズム&ビートと「暴力性・扇動性・強調性」はマイルスに多大な影響を与え、マイルスはそんなジミヘンの音の要素を自家薬籠中のものとして、エレ・マイルスとして昇華させた。マイルスの音の「懐の深さ」を垣間見る様なエピソードである。

 
 

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2015年9月16日 (水曜日)

『生と死の幻想』のキースの個性

Keith Jarrett『Death and the Flower』(写真左)。邦題『生と死の幻想』。1974年10月の録音。『Fort Yawuh』『Treasure Island』と併せて、僕はオンパルス3部作と呼んでいる。このインパルス3部作を通して聴いて、キース・ジャレットの多面性を確認することができる。貴重な3枚である。

ちなみにパーソネルは、Keith Jarrett (p, sax, per), Dewey Redman (ts), Charlie Haden (b, per), Paul Motian (ds, per), Guilherme Franco (per)。パーカッションだけが、Danny Johnsonから変わっているだけで、アメリカン・カルテットの4人は当然、変わらない。

収録曲はたったの3曲のみ。1曲目の「Death and the Flower」が22分49秒の長尺の演奏、そして、2曲目が「Prayer」で10分12秒、3曲目が「Great Bird」で8分45秒で、ジャズとしてはまずまずの長さ。いずれも、フリー、そしてスピリチュアルな音世界である。このアルバムには、3部作の前の2枚にあった、キースの個性の一つである「フォーキーでアーシー」な側面は全く存在しない。

この『生と死の幻想』に存在するキースの個性は、フリー・ジャズな個性とスピリチュアルな個性の唯2つのみが存在する。加えて、キースのフリー・ジャズな音世界は「とっちらかっている」。とりとめの無いフラグメントのような、様々なフリーな音が散りばめられている。アフリカン・ネイティブで現代音楽的な響き。

スピリチュアルな音世界は耽美的でリリカル。クラシックの印象派の様な、漠然と漂う様に耽美的でリリカル。ジャズらしかぬ豊かにかかったエコー、そこにペダルを踏んだ嘆美的な流れる様なピアノのフレーズ。おおよそ、ジャズとは形容し難い、スピリチュアルな演奏。ジャズの正反対を行くような音世界で包まれる。
 

Deth_and_the_flower

 
もともと、キースの個性の一つである「フリー・ジャズな音世界」は限りなく現代音楽の音に近い。伝統的なジャズの世界でのフリーなジャズ、いわゆるオーネットやコルトレーン、ローランド・カークの様に、ジャジーでそこはかと無くファンクネス漂う、激情的なフリーな音世界では無い。キースのフリーは、怜悧であり硬質であり人工的である。

キースのスピリチュアルな個性は、クラシック風であり宗教的である。印象派的であり場当たり的である。キースのスピリチュアルな音世界は、ジャズという即興演奏を旨とする音楽ジャンルでしか存在し得ない特殊なもの。クラシックでも無ければ、イージーリスニングでもアンビエントでも無い。ただ即興を旨とする演奏なので、やっとジャズという音楽ジャンルの中で成立している。

厳密に言えば、この『Death and the Flower』の音世界は、純ジャズやメインストリーム・ジャズという形容は難しい。即興演奏ということのみが共通点で、辛うじて「ジャズ」として成立している。現代音楽とするには余りにスピリチュアルで、イージーリスニングやアンビエントとするには、あまりに怜悧であり流動的である。

実は、僕はこの『生と死の幻想』については、今から35年ほど前、生まれて初めて聴いた時、何が何だか、さっぱり理解できなかった。このジャジーなリズム&ビートが希薄なフリー、そしてスピリチュアルな音世界については、全く理解出来なかった。今では何と無く理解出来る様にはなったが、一体キースは何を表現したかったのか、がイマイチ判らない。

それでも、ジャズ本やジャズ盤紹介本では、この『生と死の幻想』は、キースの初期の代表盤として紹介されているケースが多い。でも、僕はそうは思わない。このアルバムの音世界が、多面性あるキースの個性の一つであるフリー、そしてスピリチュアルを的確に表現しているとは言い難いと感じるのだ。

 
 

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2015年9月15日 (火曜日)

キースの多面性を追体験する

今となってはスタンダーズ・トリオばかりがクローズアップされるキースだが、キースのキャリアの中ではスタンダーズ・トリオは別のものとして評価されるべきで、キース独自の個性については、スタンダーズ・トリオ抜きに語られるべきだと思う。

そういう意味では、このアルバムは、キースを理解する上で、実にユニークなアルバムである。キースの多面性を追体験することができる。Keith Jarrett『Treasure Island』(写真左)。インパルス・レーベルでのキースの「アメリカン・カルテット」の第2弾。

1974年2月の録音になる。ちなみにパーソネルは、前作『Fort Yawuh』と同じ、Keith Jarrett (p, sax, per), Dewey Redman (ts), Charlie Haden (b, per), Paul Motian (ds, per), Danny Johnson (per)。

このアルバムは、キースの多面性の中の「特異な一面」を聴くことが出来る。フォーキーでアーシー、図太く、あっけらかんと明るい雰囲気が溢れ出るアルバムである。キースといえば、洗練された繊細な感覚あふれるピアニストという一般的評価があるが、このアルバムはそれとは全く違った側面を見せる。

それに加え、もう一つのキースの「特異な一面」であるフリーキーな側面を聴くことが出来る。3曲目の「Fullsuvollivus (Fools of All of Us)」と7曲目「Angles (Without Edges)」を聴いてほしい。
 

Keith_jarrett_treasure_island

 
キースもフリージャズの洗礼を受けていたんやなあ、と感慨に耽る。というか、本人からして、自らの個性と自認している「ふし」がある。しかし、キースのフリーは「暗くない」。キースのフリーは不思議と「明るい」。でも、キースのフリーは何かとっちらかっていて、とりとめが無い。

3曲目と7曲目のフリージャズ的演奏の他は、とことんアーシーで力強くて明るく、ロマンティシズム溢れる演奏だ。特に、1曲目「The Rich (And the Poor)」。ドスンと力強く歩くようなリズムに乗って、キースのゴスペルっぽいピアノが唄い、レッドマンのサックスが唄う。

4曲目の「Treasure Island」もアーシーでロマンチック。2曲目「Blue Streak」、6曲目「Le Mistral」は米国フォークソングの雰囲気がプンプンして、とっても素敵な演奏になっている。ラストの「Sister Fortune」は、キース流のクロスオーバー・ジャズと言っても良い演奏。

そう、このアルバムは、現在、公に定着しているキースのイメージからすると、よっぽどキースらしくないアルバムである。しかし、僕はそこが好きだ。変にリリカルに耽美的にスタンダードを演奏しているキースより、フォーキーでアーシーで、米国ルーツ・ミュージック風のジャズ丸出しのキースの方がよっぽど人間臭くて僕は好きだ。

 
 

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2015年9月14日 (月曜日)

アメリカン・カルテットの第1弾

1970年代のキースは、ソロピアノと並行してカルテットで活動していました。インパルスレーベルを中心に米国で活動したカルテットを「アメリカン・カルテット」と呼び、ECMレーベルにて、欧州で活動したカルテットを「ヨーロピアン・カルテット」と呼び、この2つの異なる個性のカルテットをキースは使い分けていました。

双方、まったく性格の違うカルテットで、「アメリカン・カルテット」は、火の出るような激しくテンションの高い演奏が多く、「ヨーロピアン・カルテット」は、透明感のある冷静でリリカルな演奏が中心でした。どちらも、キースがリーダーでしたから、キースは、「アメリカン・カルテット」と「ヨーロピアン・カルテット」をうまく使い分けて、キースの2面性を表現していた様に感じます。

さて、まずは「アメリカン・カルテット」を聴き直してみたいと思います。インパルスでのキース・ジャレットの第一弾で、ビレッジ・バンガードでのライブ音源。Keith Jarrett『Fort Yawuh』(写真左)。1973年2月24日の録音。

ちなみにパーソネルは、Keith Jarrett(p, sax, per), Dewey Redman (ts), Charlie Haden (b, per), Paul Motian (ds, per), Danny Johnson (per)。伝説の「アメリカン・カルテット」+パーカッション奏者。まだ、アメリカン・カルテット一本で行く、というところまでは思い切っていない。
 

Keith_jarrett_fort_yawuh

 
もちろん、全曲キースのオリジナル。思いっきり強引にフリーな演奏を重ねて行く1曲目の「(If the) Misfits (Wear It)」から始まるので、スタンダーズ・トリオでのリリカルなキースをイメージして聴くと、おったまげてしまうのでは、と思います。でも、これがキースの本質の1つ目なんですよね。

2曲目のタイトル曲「Fort Yawuh」もかなり自由度の高い、フリーな演奏ですが、3曲目の「De Drums」で思わず「おおっ」と声を上げてしまいます。キースの本質の2つ目、アフリカン・ネイティブな、アーシーでフォーキーな8ビート曲。アーシーなリズム&ビートが実にアフリカンな響き。これもまた「ジャズ」である。

4曲目の「Still Life, Still Life」は、美しいピアノではじまり、情感溢れるリリカルな演奏が展開される。う〜ん、これもキースの本質、3つ目の本質である。リリカルなピアノ、スピリチュアルな展開、耽美的な響き、5曲目の「Roads Traveled, Roads Veiled」は限りなく美しい。

このインパルスでの「アメリカン・カルテット」の第1弾『Fort Yawuh』は、当時のキースの多面性を良く表したライブ盤です。この多面性がキースの特質で、以降、この多面性を「アメリカン・カルテット」と「ヨーロピアン・カルテット」と使い分けて表現していきます。演奏のレベルも高く、上質の純ジャズです。

 
 

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2015年9月13日 (日曜日)

あくまで「ウエスの異色盤」

紛らわしいアルバム・タイトルである。しかし、この盤は1963年8月の録音。1970年代後半から1980年代前半に流行った「フュージョン・ジャズ」とは、全く因果関係は無い。 

そのアルバムとは、Wes Montgomery『Fusion !』(写真左)。パーソネルを見れば、このアルバムの内容が判る。ちなみにパーソネルは、Wes Montgomery (g), Milt Hinton (b), Kenny Burrell (g), Dick Hyman, Hank Jones (p), Osie Johnson (ds)、そして、With Strings。

そう、このアルバムは、ジャズ・ギターのレジェンド、ウエス・モンゴメリーの「ウィズ・ストリングス盤」である。ジャズ・ミュージシャンは有名になり、一流の仲間入りをすると、何故か「ウィズ・ストリングス盤」を録音したがる。いわゆる「ステイタス」なんだろう。チャーリー・パーカー、クリフォード・ブラウン、スタン・ゲッツなど多くの一流ミュージシャンが「ウィズ・ストリングス盤」を録音している。

ということで、このアルバムは、ウエスの「ウィズ・ストリングス盤」。ストリング・オーケストラとの共演、ジャズらしからぬ、気品に満ちた上質の一枚。ジャズというよりは、イージーリスニングに近い雰囲気である。後のヴァーヴでのイージーリスニング・ジャズに先駆かとも思うんだが、肝心のグルーヴ感、ポップ感は皆無。似て非なる物である。
 

Wes_montgomery_fusion

 
ストリングスの存在が浮いているというか、ストリングスの存在自体が疑問を感じる演奏内容である。それだけ、ウエスのギターが突出している。そして、ウエスのギターは十分にウエスの個性を溢れんばかりに表現している。つまり、ウエスのギターを愛でるに、ストリングスの存在が邪魔になっている。

逆に、ケニー・バレルの存在が良いアクセントになっている。ウエスとは異なるジャズ・ギターなんだが、ウエスのギターとの相性抜群で、主役のウエスのギターを良くサポートし、惹き立てている。その他、バックのジャズ・ミュージシャンの効果的なバッキングが意外と光っている。

この『Fusion !』というアルバムは、普段聴きなれているハードバップなウエスのギターでは無い、違った趣向のウェスを聴くことが出来る異色盤という位置づけの盤だろう。ウエスのギターが堪能出来る分、ウエスのギターのファンの方々にはお勧めだが、一般のジャズ者の方々には、是非にという盤では無い。あくまで、ウエスの異色盤。

 
 

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2015年9月12日 (土曜日)

ポップな米国ロックな音作り

1970年代後半から1980年代前半に活躍したロック・バンドの紹介文によくあるパターンが「ジャーニーやボストン、TOTO、ヴァン・ヘイレンらと並び人気を得た」。ジャーニーもボストンもTOTOもヴァン・ヘイレンも、お互いに全く音楽性が異なるバンドなんだが、なぜか一派一絡げで語られることが多い。嘆かわしいことである。

さて、そんな中、今日はTOTOのお話しを。TOTOと言えば、1977年にロサンゼルスでスタジオミュージシャンをしていたデヴィッド・ペイチとジェフ・ポーカロ を中心に結成された、米国ロックバンドである。

ユニゾン&ハーモニーが美しく、ソロ部もエコーが効果的にかかっていてAOR的な響きが聴き心地満点、という部分は、確実に「ジャーニー(Journey)」に被る。しかし、TOTOには、クロスオーバー・ジャズとプログレッシブ・ロックを融合した様な音作りは全く無い。

当時から、ユニゾン&ハーモニーが美しく、ソロ部もエコーが効果的にかかっていてAOR的な響きが聴き心地満点という共通点だけで、ジャーニーとTOTOは同列で語られることが良くあった。確かに、ユニゾン&ハーモニーが美しいボーカルが出てきて、AOR的な響きが聴き心地満点という演奏内容な曲が流れると、ジャーニーなのかTOTOなのか判別するのに苦労したことが多々あった。

しかし、TOTOの楽曲はジャーニーの楽曲と比して、その志向、趣向は全く異なる。ずばり、TOTOは米国のロック・バンドである。米国ロックのベースとなる、R&Bやロックンロールにある、ファンクネスやノリの良いリフをバンド演奏の中心に据え、AOR的な響きを加味した、ポップな米国ロックな音作りが個性である。

デビュー盤の『TOTO(邦題:宇宙の騎士)』(写真左)から、セカンド盤の『HYDRA(ハイドラ)』(写真右)の2枚を聴けば、その個性は十分に確認することが出来る。
 

Toto_hydra

 
しかし、デビュー盤の邦題『宇宙の騎士』とは何たる邦題なのか。ジャケット・デザインを見て、そのままの印象を邦題にしたとしか考えられない安直なアプローチ。まあ、それだけ、TOTOの音世界は、当時のレコード会社や評論家からストレートな理解を得られてはいなかったから、仕方の無いことか。

このデビュー盤『TOTO』から、既に、ユニゾン&ハーモニーが美しく、ソロ部もエコーが効果的にかかっていてAOR的な響きが聴き心地満点ではあるが、R&Bやロックンロールにある、ファンクネスやノリの良いリフをバンド演奏の中心に据えた、ポップな米国ロックな音作り、が顕著である。

逆に、R&Bやロックンロールにある、ファンクネスやノリの良いリフをバンド演奏の中心に据え、AOR的な響きを加味した、ポップな米国ロックな音作りが故に、他の先行する米国ロック・バンドとの差異化要素が見出し難く、セールス的には伸び悩んだ、という事実はある。確かに、他の米国ロック・バンドと比較した場合、ユニゾン&ハーモニーが美しく、という部分にしか、差異化要素が見出せない、という弱点はあったことは否めない。

セカンド盤の『HYDRA(ハイドラ)』で、そのTOTOの個性はさらに明らかになる。そういう意味で、このセカンド盤『HYDRA(ハイドラ)』は、TOTOにとって代表盤の一枚ではある。しかし、先に指摘した他の先行する米国ロック・バンドとの差異化要素が見出し難く、セールス的には伸び悩んだ、という弱点は克服されずにいる。

この弱点が克服されるのには、あと2枚のアルバムの登場が必要になる。結論から言えば、1982年のリリースである『TOTO IV(邦題:TOTO IV〜聖なる剣〜)』で、その弱点が一気に克服されるのだが、そのお話はまた後日。それではまた・・・。

 
 

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2015年9月11日 (金曜日)

目から鱗な英国フュージョン

国によってジャズの捉え方は違う。特に、大きく分けて、米国、欧州、日本の3極に分かれるのと、欧州については、2大勢力として、英国、仏蘭西とそれぞれ独特のジャズの文化があり、その他、それぞれの国で「ならでは」のジャズが根付いている。

さて、その欧州の中で、英国はロックとジャズの境界線が曖昧である、というのが僕の持論だが、このアルバムを聴いて、その意を強くした。Bill Bruford's Earthworks『Earthworks』(写真左)。

1987年の作品。英国のプログレ・ドラムの雄、リズム&ビートを熟知するビル・ブルッフォードが主宰するフュージョン・バンド、アース・ワークス名義のアルバムである。ちなみにパーソネルは、Bill Bruford (ds), Django Bates (key, tp), Iain Ballamy (sax), Mick Hutton (b)。英国ジャズ界が生んだ類い希な才能ジャンゴ・ベイツの名が目を惹く。

とにかく、ハイテクニックでコンテンポラリーで先進的な純ジャズの演奏が詰まっている。演奏の雰囲気としては、どこから聴いても、これって「Weather Report(以降WRと略)」ではないのか、と思ってしまうくらいの「WRの音世界」、どのあたりだろう、『Night Passage』から『Procession』のWRの音を踏襲したコンテンポラリーなフュージョン・ジャズが展開されている。
 

Earthworks

 
そして、ほとんどフリー・ジャズな、硬派で尖った、切れ味鋭い前衛的なジャズもやっている。そして、この前衛的なジャズが欧州ジャズ独特の響きを宿していて、意外や意外、かなりの「聴きもの」となっていて、ちょっとした驚きである。

まあ、全体の雰囲気は「Weather Report」でしょうか。エレクトリックな楽器を駆使して、ポップで判り易いフレーズを展開しつつも、ハイテクニックで緻密なインプロビゼーションを繰り広げる、そして、リズムチェンジがかなり頻繁に行いつつ、相当に高度で個性的なリズム&ビートを叩き上げる、そんなアース・ワークスの音世界です。

ビル・ブルッフォードは、King Crimson のドラマーとしても有名なんですが、King Crimsonのアルバムと比較すると、この『Earthworks』の音世界は、King Crimsonの『Beat』に近いでしょうか。とにかく、ブルッフォードのポリリズミックなドラミングが驚異的です。変則拍子、リズムチェンジは当たり前、って感じの凄まじいリズム&ビート。

素晴らしいコンテンポラリーなフュージョン・ジャズです。米国ジャズの世界でも、このアース・ワークスの音世界に匹敵するのは、Weather Reportか、チック率いる Return to Forever くらいでしょう。それほどまでに素晴らしいアース・ワークスの音世界です。ジャズ者中級以上の方々にお勧め。目から鱗な英国フュージョンです。

 
 

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2015年9月10日 (木曜日)

ピアノ・トリオの代表的名盤・47

そろそろ僕は、このピアノ・トリオとしっかり対峙し、しっかりとした結論を出さなければならない、と思っている。そうしないと、しっかりとした結論を出さない間に、あの世に行ってしまいそうな気がする。

初めて聴いたのが1983年。社会人2年生の時。とても忙しい中、この人のピアノ・トリオはしっかりと着目し、しっかり聴き込んだ。そのピアノ・トリオとは「キース・ジャレットのスタンダーズ・トリオ」である。メンバー構成は、Keith Jarrett (p), Jack DeJohnette (ds), Gary Peacock (b)。 

それまでのメインストリーム・ジャズの歴史の中には、全く無い「トリオの音」。ほとんどファンクネスを感じる事無く、クラシック・ピアノの様な、カッチリとしたクリスタルな流麗なピアノのフレーズ。その流麗なピアノを損なうこと無く、これまたカッチリとした破綻の無いモーダルなリズム&ビート。

恐らく、キースは、自らが伝説となった時、自らのスタイルがピアノ・トリオのスタンダードなスタイルとなることを強く望んだのだろう。唯一無二、誰かのフォローを想起させるような音は全て排除し、キースの出す音が「キースのスタイル」であり「ピアノ・トリオのスタンダードなスタイル」。

そのキースならではの、キースしか弾かない「キースのピアノ・トリオのスタイル」を強く感じさせてくれるライブ盤がある。そのライブ盤とは、Keith Jarrett『Standards Live』(写真左)。1985年7月の録音。スタンダーズ・トリオの初のライブ音源である。
 

Standards_live

 
冒頭の「Stella by Starlight」と3曲目の「Falling in Love with Love」を聴けば、そのキースならではの、キースしか弾かない「キースのピアノ・トリオのスタイル」が良く理解出来る。クラシック・ピアノの様な、カッチリとしたクリスタルな流麗なピアノのフレーズ。リリシズムの塊である。

この超スタンダードな2曲を聴けば、キースはナルシストだと感じる。自らのピアノ・トリオ演奏に聴き入り、感じ入り、恍惚とするキースの様子が見え隠れする。キースは自らのピアノが美しいと感じ、自らのフレーズが美しいと思い、自らの唸り声ですらセクシーだと感じる。キースには、自らのピアノ・トリオだけが最高であり、美しい存在なのだ。

キースが考案し、キースの美意識を強く反映し、美意識を形にしたものが、このスタンダーズ・トリオの音なのだ。しかも、スタンダード曲を演奏するピアノ・トリオとして、リーダーの位置づけを自認している。それが証拠に、聴いたことも無い「スタンダード曲」を発掘し、キースのスタンダーズ・トリオだけが演奏する。

ジャズの歴史の中で、このキースのスタンダーズ・トリオだけが突出した「孤高の存在」である。前にも後にもフォローしたり、フォローされたりすることは無い。というか、フォローしたり、フォローされたりすることを絶対に否定する。誰が何と言っても「絶対に否定する」。キースのとっては、このキースの美意識の塊のスタンダーズ・トリオは「孤高の存在」でなければならないのだ。

このKeith Jarrett『Standards Live』は、先ずはスタンダーズ・トリオの代表作の一枚。先ずは、このライブ盤を聴きながら、キースの考える、キースの美意識の塊であるスタンダーズ・トリオを体感し、実感するのだ。

 
 

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2015年9月 9日 (水曜日)

雨の日には爽快な純ジャズを

鬱陶しい雨の日がかなり長く続きます。今日などは台風の影響で、関東地方各地で大雨警報や避難勧告が出まくっていて、会社も電車も混乱しています。いやはや、もう2週間近く、雨や曇りの毎日で、もう身体も心もカビだらけ、です(笑)。

これだけ鬱陶しい日が続くと、気持ちも沈鬱になってきます。こういう時は、スカッと爽快なジャズが聴きたくなります。硬派で切れ味良くて、小気味良くて、脳髄にガツンと来るヤツ。

こういう時はかなりの頻度でこのアルバムを選ぶ傾向にあるようです。そのアルバムとは、John McLaughlin『After the Rain』(写真左)。1994年の作品。ちなみにパーソネルは、John McLaughlin (g), Joey DeFrancesco (org), Elvin Jones (ds)。硬派なジャズメンのトリオ構成。

マクラフリンはあのマイルスも認めるジャズ・エレギのバーチュオーゾ。テクニック抜群、とにかく尖った切れ味抜群の力感溢れるエレギのフレーズはマクラフリン独特のもの。そして、オルガンのデフランセスコは、躍動感溢れる、切れ味の良いプログレッシブなオルガンが持ち味。この二人のモーダルな鋭角フレーズが実に攻撃的。

そして、バックに控えるのがドラムのエルヴィン・ジョーンズ。あのコルトレーンの伝説のカルテットのドラマー。豪快なポリリズムを叩き出す、重戦車の様なドラミング。フロントの二人の鼓舞しまくって、バシンバシンと叩きまくる。
 

After_the_rain

 
この硬派な3人が、これまた硬派な楽曲を弾きまくり、叩きまくる。冒頭の「Take the Coltrane」の、その疾走感と力感溢れるアドリブ・フレーズに「おおっ」と身を乗り出す。バックでエルビンがバッシバッシとスネアをしばく。

2曲目「My Favorite Things」は、コルトレーンの十八番だった曲。この曲では、オルガンのデフランセスコのアグレッシブで流麗なアドリブ・フレーズが爽快感抜群。滑らかであるが切れ味抜群、スピード感抜群で聴き応え抜群。そして、バックでエルビンがバシャバシャとシンバルをしばきまくる。

以降、目眩く、テクニック抜群、尖った切れ味抜群の力感溢れる演奏が続きます。そして、意外とマクラフリンが純ジャズしていて、正統派フレーズを繰り出しています。捻りの少ない素直なエレギのマクラフリン。その素性の素晴らしさを再認識します。

加えて、エルビンの、叩きまくってはいるが、実に趣味の良い、典雅なドラミングは特筆すべき素晴らしさ。叩きまくっているのに、決して耳につかない、フロントのギターとオルガンを損なうこと無く、優雅に鼓舞する余裕のドラミング。さすが、レジェンドが故の余裕綽々の攻撃的ドラミング。硬派です。

最近続く雨降りの鬱陶しい日々の中、聴く毎にスカッと爽快感が残る、硬派な純ジャズです。余裕溢れる、和やかなトリオ演奏ですが、その攻撃性、プログレッシブ性が見え隠れして、「おおっ」と身を乗り出す自分に気が付いて、なんとも思わず「苦笑い」。力感溢れる硬派なアルバムです。

 
 

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2015年9月 8日 (火曜日)

夏はボサノバ・ジャズ・その23

我が千葉県北西部地方、涼しくなった。夏も終わり、もはやこの気候は「秋」である。酷暑の夏もあっという間に終息した。そう言う意味では、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の夏の名物コーナー「夏はボサノバ・ジャズ」も、そろそろ店じまいである。

今年の「夏はボサノバ・ジャズ」のコーナーは、このアルバムで締めたいと思う。増尾好秋『The Song is You and Me』(写真左)。1980年の作品。日本フュージョン・ジャズの秀作。ソフト&メロウで聴き心地良く、そこはかと無く漂うファンクネス、メリハリの効いたリズム&ビート。良く出来たフュージョン盤である。

パーソネルは、当時の他のフュージョン盤と同様に「とにかく大勢」。主だったところは、Jan Hammer (electric piano, mini moog), Michael Brecker (tenor sax), Randy Brecker (trumpet, flugel horn) あたりだが、残り15名ほどはスタジオ・ミュージシャンだろう、今から振り返れば無名のメンバー。

しかし、演奏を聴いて見ると、パーソネルのメンバーの有名無名はあまり関係無い。このアルバムには、非常に上質のハイテクニックな演奏ばかりがギッシリ詰まっている。つまり、それだけ、米国のスタジオ・ミュージシャンには優れたメンバーが多くいた、ということだろう。全く、米国という国って、ジャズについての裾野は広大である。
 

The_song_is_you_and_me

 
冒頭の「The Song Is You and Me」は、聴き心地の良い、ボサノバ調の演奏。ボーカルもボサノバチックで、ホンワカ良い雰囲気。思いっきりリラックスした演奏でスタートする。余裕の選曲、余裕の配置。次の対となるタイトルの「 The Song Is Me and You」は、アーバンな雰囲気漂う、軽いファンキーなナンバー。

5曲目の「Saratoga Girl」はサンバ風の爽快なナンバー。リラックスした、それでいて、上質なハイテクニックなナンバー。とにかく上手い。そして、聴き心地がとても良い。そして、ラストと3曲は、徹頭徹尾、ソフト&メロウでムーディーな演奏。アーバンな雰囲気がクールなナンバーで、こんな演奏が日本人のリーダー作でもたらされるなんて、当時は誇りに思ったもんだ。

収録された全ての曲がボサノバやサンバでは無いんですが、ソフト&メロウなフュージョン・ジャズの中に、要所要所にボサノバ・ジャズ、サンバ・ジャズが織り交ぜられて、聴き心地の良い、聴き応えのある、フュージョン・ジャズの秀作に仕上げられています。良い雰囲気、良い内容です。

ということで、今年の「夏はボサノバ・ジャズ」のコーナーもこのアルバム、増尾好秋『The Song is You and Me』で店じまい。また、来年、このコーナーでお会いしましょう。

 
 

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2015年9月 7日 (月曜日)

フュージョンもここまでやる

1980年代はデジタル録音の時代。アナログ録音の音とは違って、ペラペラのキンキンでドンシャリが過ぎる音は、どうにもこうにもまともに聴ける音では無かった。しかも、CDという新しい録音媒体には問題が多く、再生装置、CDプレイヤーの音はアナログ・プレイヤーの音に比べて、全く劣っていた。

ということで、1980年代のジャズのアルバムで、演奏から音そのものまで、バランスの取れたアルバムは少なかった。とにかく、CDの音が悪い。CDそのものの問題とデジタル録音の問題との「負の相乗効果」。そんな中でも、GRPレーベルの音はまずまずだったような思い出がある。

GRPレーベルは、GRP=Grusin / Rosen Productions の略。その片割れ、Grusinこと、Dave Grusin(デイブ・グルーシン)は、フュージョン・ジャズの重鎮の一人。グルーシンのプロデュース力、アレンジ力、そして、キーボードの演奏力、どれを取っても超一流。フュージョン・ジャズの発展に大いに貢献した一人である。

そんなグルーシンが残したアルバムの中で、一二を争う出来の優れた盤がある。1989年にリリースされた、Dave Grusin『Migration』(写真左)。まず、ひとこと言いたい。傑作である。フュージョン・ジャズの傑作の一枚、といって良いだろう。グルーシンのリーダー作として、1980年の『Mountain Dance』に比肩する傑作である。
 

Migration

 
パーソネルが素晴らしい。まず、新伝承派のリーダーの一人、サックスの Branford Marsalis、ベースに若き新鋭エレベの Marcus Miller、ドラムに精鋭 Omar Hakim と ベテラン Harvey Masonの使い分け。フュージョン・ジャズの場合、多数のミュージシャンを曲毎に取っ替え引っ替えして録音することが多いが、このアルバムはそれに比べて少数精鋭。

これだけハイレベルのミュージシャンを擁してのグルーシン渾身の一枚である。プロデュース力、アレンジ力、そして、キーボードの演奏力、どれを取っても最高の出来である。そして、バックを支えるミュージシャン達の演奏がこれまた凄い。フュージョン・ジャズもここまでの表現力と構築力を持つんだ、ということを証明してくれる。

そして、このアルバムは音が良い。1989年と言えば、デジタル録音が定着、録音媒体はCDが主流となり、音的に相当な問題を抱えていた時代であるが、このアルバムは発売当時から音が良い。このアルバムのレコーディング・エンジニアはドン・マレーで、重量感のある締まった低音、楽器のリアルで自然な響き、ナチュラルな音場感と音圧との「ほど良い」バランスは、見事というほかありません。

良いアルバムです。グルーシンというより、フュージョン・ジャズの傑作でしょう。心ない評論家、ジャズ者の方々から、商業ジャズと揶揄され、ジャズでは無いと決めつけられたフュージョン・ジャズも「ここまでやる」。そんな一言がぴったりの秀作です。

 
 

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2015年9月 6日 (日曜日)

プログレ・ロック的なAORです

今日は日曜日。ちょっとジャズの合間の耳休め。今日は1970年代ロックの世界について語りましょう。1970年代後半出現、1980年代前半にかけて流行した「プログレッシブ・ロック的なAOR」の代表的なバンド、アルバムに着目してみたい。

1970年代後半、それまでの英国ロック、米国ロックに無かった、全く新しいスタイル、響きのロック・バンドが幾つか出現した。音的には、インストルメンタル中心で、音の仕掛けは大がかりで展開もワイド、雰囲気としてはプログレッシブ・ロックに近い。しかし、ムーディーでアーバンでクール。

それまでのクロスオーバー・ジャズとプログレッシブ・ロックを融合した様な音作り。そして、それに乗るボーカルは、ユニゾン&ハーモニーが美しく、ソロ部もエコーが効果的にかかっていてAOR的な響きが聴き心地満点。しかし、ファンクネスは皆無。ポップ性が高く、ジャンル的にはロック寄り。当時、僕達は「プログレッシブ・ロック的なAOR」と呼んでいた。

ジャーニー(Journey)というグループがある。サンタナ・バンドに参加していたニール・ショーンとグレッグ・ローリーを中心として、1973年にサンフランシスコで結成された。1977年、二代目専任ヴォーカリストとしてスティーヴ・ペリーが加入して、ジャーニーの音は劇的に変化する。

1978年早々にリリースされた4作目のアルバム『インフィニティ(邦題:夢幻との遭遇)』(写真左)で、突然、ジャーニーの音が劇的に変化し完成する。プログレッシヴ系ロックバンドとしての作風も維持しつつ、それとユニゾン&ハーモニーが美しく、伸びの良いヴォーカルを活かした、ダイナミックな音作りの楽曲を前面に押し出して、以降のジャーニーの音の個性を確立した。いわゆる「プログレッシブ・ロック的なAOR」な音世界である。
 

Journey_album1  

 
当時、このジャーニーの出現には驚いた。それまでに無い音だったこと、そして、当時、流行しつつあったAORの雰囲気にピッタリでありながら、ソフト&メロウでは無い、意外とハード・ロック的な音作り。それでいて、楽曲の展開は意外と複雑でプログレ的。大学時代、授業の合間など、行きつけの喫茶店で寛ぎながら聴き流すのに最適な「プログレッシブ・ロック的なAOR」。

そして、1981年、ニール・ショーン(ギター)、スティーヴ・ペリー(ボーカル)、ロス・ヴァロリー(ベース)、スティーヴ・スミス(ドラム)、ジョナサン・ケイン(キーボード)のラインナップで、この「プログレッシブ・ロック的なAOR」の傑作を物にする。その傑作とは『Escape』(写真右)である。

このアルバムは、ジャーニーが「プログレッシブ・ロック的なAOR」を追求し、遂にその頂点を極めたアルバムと言える。「Don't Stop Believin'」「Open Arms」といった、代表曲が収録され、かつ、アルバム全体を通して、内容充実、実に出来が良い。全米1位を獲得。ジャーニーと言えば『エスケイプ』、と言われる位に、ジャーニーの看板的なアルバムに仕上がっている。

音的には、『インフィニティ』で確立されたジャーニーの音世界を、段階的に洗練していった、その最終到達点がこの『エスケイプ』であろう。「プログレッシブ・ロック的なAOR」が完全に確立されている。ハードロックな一面もありつつ、聴き心地が良く、展開が大掛かりでありながら耳につかない。ハードなAORのひとつの完成形である。

当時、日本では心ない評論家から「商業ロック」なるレッテルを貼られ、正しいロックは「パンク」、軟弱なロックは「AOR」と決めつけられた。しかし、良い音楽は良い音楽。あれから34年経って、振り返って聴いてみても、やはり良いものは良い。まさに、このジャーニーは、米国ロック史上にその名を残すバンドであった。
 
 
 

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2015年9月 5日 (土曜日)

カールトンのスムース・ジャズ

1970年代後半から1980年代前半に渡って、フュージョン・ジャズが流行した。フュージョン・ジャズとは、基本的にはエレクトリック楽器がメインで、ジャズを基調にロックやラテン音楽、R&B、電子音楽などを融合(フューズ)させた音楽のジャンルである。

そして、このフュージョン・ジャズは、更に1980年代後半以降、融合(フューズ)から演奏の雰囲気に重心を変えつつ、リズム&ビートは「打ち込み風」で、聴き心地の良いハイテクニックな「フュージョン・ジャズ」がメインとなる。「スムース・ジャズ」の出現と流行である。

ここバーチャル音楽喫茶『松和』においては、1970年代から1980年代のフュージョン・ジャズの演奏の雰囲気を踏襲したアルバムは「フュージョン・ジャズ」、リズム&ビートは「打ち込み風」で、聴き心地の良いハイテクニックな演奏を基本としたものを「スムース・ジャズ」と聴き分けている。

それでは「スムース・ジャズ」の好盤とはいかなるものか、という問いにお答えしたい。まずはこのアルバムを。Larry Carlton『Fingerprints』(写真左)。2000年のリリース。リーダーのLarry Carlton(ラリー・カールトン)は、1970年代のフュージョン・ジャズの代表的ミュージシャンの一人で、フュージョン・ジャズ・ギタリストのレジェンドである。

そんな彼がこのアルバムでは「フュージョン・ジャズ」では無い「スムース・ジャズ」を物にしている。冒頭のタイトル曲を聴けば、このアルバムの雰囲気が良く判る。クールな「打ち込み風」のリズム&ビート、アーバンでクールなエレギの響き、ジャジーではあるがファンクネスを極力排除した様な、クリスタルなフレーズ。
 

Fingerprints

 
とにかく聴き心地は満点です。クールでクリスタルで包み込むようなエコーが、その聴き心地を増幅します。そして、これまた、ラリー・カールトンのエレギの響きが、エレギのフレーズが聴き心地満点なんですね。
 
つまり、主役は当然ですが、リーダーのカールトンのエレギで、その他はバックの惹き立て役なんですね。だから、リズム&ビートはクールで「打ち込み風」の方が良いということ。

スムース・ジャズは、フロントのメインの楽器を全面的に押し出して、聴き心地を最大限に追求した演奏スタイルなんだなあ、ということが良く判ります。繰り出されるアドリブ・フレーズも印象的な聴き心地の良いものばかりで、BGM風に流し聴くについてもピッタリの音です。

演奏内容はハイテクニックを基本として、とても高度なもの。破綻など全く無縁、しっかりと準備され練られた「錬金術」の様な音作りはとてもクールです。このクールさが、スムース・ジャズの重要ポイントですね。音楽として聴いていて楽しい雰囲気で、スムース・ジャズというものがよく理解出来ます。

ラリー・カールトンは、フュージョン・ジャズ・ギタリストのレジェンドとして、1970年代から1980年代のアルバムばかりが紹介され、推薦されますが、21世紀になった現在も、フュージョン&スムース・ジャズ・ギタリストのレジェンドとして、なかなかの内容のアルバムをリリースし続けています。もっと注目してもよいのでは、と思います。

 
 

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2015年9月 4日 (金曜日)

ドラマーがリーダーの盤って・4

ジャズ・メッセンジャーズを率いるリーダーであり、このメッセンジャーズを母体に、若手の有望株を育てていくという「道場」の様な役割を果たした「アート・ブレイキー(Art Blakey)。バンドのリーダーとしての役割がピッタリであった。

そんなバンドのリーダーとして若手の有望株を育て、サポートしていくという役割を引き継ごうとしたのが、ドラムの神童、トニー・ウィリアムス(Tony Willams)だろう。

その狼煙を上げたのが、このアルバムである。Tony Williams『Foreign Intrigue』(写真左)。1985年6月の録音。ちなみにパーソネルは、Tony Williams (ds), Wallace Roney (tp), Ron Carter (b), Donald Harrison (as), Bobby Hutcherson (vib), Mulgrew Miller (p)。

ベテランと新鋭、入り乱れてのパーソネルは実に興味深い。ベテラン組は、リーダーのトニーを筆頭に、ベースのロン、ヴァイブのハッチャーソン。新鋭組は、トランペットのウォレス・ルーニー、アルトのドナルド・ハリソン、ピアノのマリュグリュー・ミラー。

新鋭組のメンバーは皆、当時、若き純ジャズの精鋭達。新伝承派と呼ばれ、伝統的なフォービート・ジャズやモーダルな限りなくフリーなジャズを得意とする、純ジャズ復古の先鋭メンバーである。それに相対するのが、トニー&ロンのリズム隊に、ヴァイブのハッチャーソン。

それまでのトニーは、リーダー作においては、他のメンバーよりも前で出る、前へ出まくる。もともと音が大きく高速ドラミングのトニーである。リーダーになっては、当然、録音の中心になる。もともと音が馬鹿でかいのだ。他のメンバーとのバランスが悪くなるくらい、トニーのドラミングが前へ出る、前へ出まくる。

しかし、このリーダー作『Foreign Intrigue』では、決して前へ出過ぎることは無い。ロンとしっかりリズム&ビートを刻みながら、フロントの若手の精鋭部隊、ペットのルーニー、アルトのハリソンを鼓舞する。ルーニーとハリソンの新伝承派独特の、時代の先端を行くハードバップな、そしてモーダルなアドリブ・フレーズが乱舞する。
 

Foreign_intrigue

 
そこに新伝承派の個性ピアノ、マリュグリュー・ミラーが、伝統的なハードバップでは無い、伝統的なモーダルなジャズでも無い、新しい響きが新鮮な「音の彩り」を添える。このマリュグリュー・ミラーのピアノが実に良い響きなのだ。それまでのジャズ・ピアノの世界にありそうで実は無い、彼独特のアドリブ・フレーズと音の重ね方が実に良い。

そして、このアルバムの音を決定づけるのが、ハッチャーソンのヴァイブ。ルーニーとハリソンの新伝承派の音に、ハッチャーソンのヴァイブの音が混ざり合って、伝統的なジャズの響きがグッと濃くなる。ややもすれば、テクニック優先の頭で考えたような音になりがちな新伝承派の音が、しっかりと地に足が付いた伝統的な純ジャズの音を宿したクールでモダンなフレーズに変化する。

そして、クールでモダンなフレーズに変化しつつ、フロントのルーニー、ハリソンは、抑制の効いた先鋭的ではありながら、しっかりとジャズの伝統の部分をキープした、上質の「新伝承派の音」を供給する。これは、やはり、リーダーのトニー・ウィリアムスの成せる技であろう。

滋味溢れる良いアルバムです。若手精鋭部隊を見守りつつ鼓舞するトニー・ウィリアムスのドラミングが実に優しい。ちなみに、最後の作品となった『Young at Heart』(2015年3月4日のブログ・左をクリック)も聴いて欲しい。バンドのリーダーとして若手の有望株を育て、サポートしていくという役割がピッタリのトニーのドラミングを聴くことが出来る。

しかし、1997年、胆嚢の手術の後の心臓発作により急逝してしまう。まだ51歳の若さであった。恐らく、本人としても無念であったろう。我々、ジャズ者としても無念であった。生きていたら、このトニー・ウィリアムスのバンドは、どうなっていたのだろう。恐らく、第二のジャズ・メッセンジャーズになっていたんでしょうね。実に無念なトニーの急逝でした。

 
 

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2015年9月 3日 (木曜日)

ドラマーがリーダーの盤って・3

ジャズ・ドラマーって、バックに控えて、しっかりとバンド全体の演奏を支えるって役割があるので、そういう意味では、バンドのリーダーとしての役割がピッタリと当てはまる、と言って良い。

その一番の好例が、アート・ブレイキー(Art Blakey)だろう。ジャズ・メッセンジャーズを率いるリーダーであり、このメッセンジャーズを母体に、若手の有望株を育てていくという「道場」の様な役割を果たしている。なるほど。バンドのリーダーとしての役割がピッタリである。

そのアート・ブレイキーの役割にあやかろうとしたのか、第2のアート・ブレイキーになろうとしたのか、1970年代後半から1980年代初頭におけるジャック・デジョネット(Jack DeJohnette)のリーダー作には、そんな雰囲気が見え隠れする。

とにかく、デジョネットはバンドを組みたがった。ギタリストのジョン・アバークロンビーと組み、ディレクションズ、ニュー・ディレクションズの2つのグループで活動し、レスター・ボウイ、ディヴィッド・マレイらとのスペシャル・エディション、どれもが、当時の隠れた有望株のメンバーをピックアップしてのバンド運営だった。

でも、長続きしないんですよね〜。基本的にポップな純ジャズ路線をとること無く、限りなくフリーな当時最先端の純ジャズ路線を採用したので、大衆には受けなかったことが大きな理由だろう。フリーが大好き、モードが大好き、というマニアックなジャズ者には受けに受けたが、それはごく一部のジャズ好きに過ぎなかった。
 

New_directions

 
でも、演奏する音の内容は素晴らしいものがありましたね。例えば、このJack DeJohnette『New Directions』(写真左)などはその好例でしょう。1978年6月の録音。ちなみにパーソネルは、Jack DeJohnette (ds, p), John Abercrombie (g), Lester Bowie (tp), Eddie Gómez (b)。

メンバーのデジョネットとボウイ、アバークロンビー、ゴメスはもうこのアルバムを録音した時点で、30歳代半ばなので、ジャズの世界でも中堅。バンドの中で、若手の有望株を育てていく、という雰囲気では無い。しかし、ここではレスター・ヤングという、ちょっと遅れてきた、先鋭的なフリーでモーダルなトランペッターを大きくフィーチャーしている。

アルバム全体の内容的には、完璧にフリー、かつモーダルな演奏に終始する。もともとデジョネットは、モーダルなジャズのバッキングを得意とする。そういう意味では「ぴったり」な役回りである。但し、ギターのアバークロンビーとベースのゴメスはどうなんだろう。フリーもモードもいけるが、もうちょっとポップなジャズやフュージョンの方が合うのではないか。

逆に、フィーチャーされているレスター・ボウイはフリーからモード向けの、アグレッシブなトランペッター。限りなくフリーな当時最先端の純ジャズ路線にピッタリ。このアルバム、デジョネットとボウイのデュオでも良かったのでは無いか、とも思う。

ドラマーがリーダーの役割がちょっと不明瞭になったアルバムではあるが、内容的には1970年代後半の最先端の純ジャズの雰囲気濃厚で、聴き応えはあります。まあ、ポップス性には欠けるんで、ジャズ者一般万民向けとは言えないところが玉に瑕ですね。

 
 

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2015年9月 2日 (水曜日)

ドラマーがリーダーの盤って・2

ドラマーがリーダーの盤って、幾つかの傾向がある。昨日のエルビン・ジョーンズの場合は、どちらかと言えば、動機は純粋で、ドラムの技術の粋を集めて、ドラムの魅力、ドラムの素晴らしさを伝える、という純ミュージシャンな動機のリーダーとしてのアルバム作り。

今日、ご紹介するマックス・ローチは、自らがリーダーのアルバムに「思想」を反映するタイプ。1960年代のマックス・ローチのリーダー作は「公民権運動」の思想に埋め尽くされているものが多い。とにかく、マックス・ローチは優れたバップ・ドラマーであったと同時に「公民権運動」において、尖った先鋭的な思想家でもあった。

例えば、この Max Roach『It's Time』(写真左)などが良い例だろう。1962年2月の録音。ちなみにパーソネルは、Max Roach (ds), Richard Williams (tp), Julian Priester (tb), Clifford Jordan (ts), Mal Waldron (p), Art Davis (b), Abbey Lincoln (vo)。当時の先鋭的なジャズを得意としたメンバーが中心に構成されている。

冒頭のタイトル曲「It's Time」から、マックス・ローチは「思想」をジャズに乗せてアジりまくる。男性コーラス、女声コーラスを活用したスピリチュアルな響き。扇動的な展開。1962年の米国の問題・課題を想起させる「思想的」な音世界。

タイトルの『It's Time』とは「その時だ」という意。「今こそ我々黒人達が立ち上がる時だ!」という決意表明。加えて、「様々なタイム=リズムが詰まったアルバム」との意味も込められている。実際、本作収録の曲の殆どが変拍子(この場合非4ビート)で占められている。
 

Its_time

 
ジャケットに大きく「HIS CHORUS AND ORCHESTRA」とある。このコーラス&オーケストラの存在が実にユニークで、このコーラス&オーケストラの存在が故に、スピリチュアルな音世界がダイレクトに伝わり、思想的な感覚をダイレクトに感じる。

各曲で採用された変則拍子が精神的な不安、精神的な揺らぎを想起させる。穏やかでは無い、平穏では無い音世界。それが1962年の米国であり、公民権運動の雰囲気なのだ。

本作は、純粋にジャズを楽しむものではないのかもしれない。しかし、これも紛れもないジャズであり、ジャズをもって思想を表現する。これもまたジャズである。これを決して「ジャズではない」とするなかれ。これも音楽としてのジャズの役割であり、ジャズの姿の一形態なのだ。

この盤も、昨日の『Heavy Sounds』の様に、リーダーのドラマーの横顔をアレンジしている。昨日の『Heavy Sounds』の場合は、エルビン・ジョーンズとリチャード・デイヴィスの横顔が印象的で、十分にジャズを感じさせてくれた。

で、この『It's Time』は、おどろおどろしい、マックス・ローチの横顔のイラスト。この「おどろおどろしさ」が1962年の米国を、公民権運動を感じさせてくれる。これも、違った意味で十分にジャズを感じさせてくれる。

 
 

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2015年9月 1日 (火曜日)

ドラマーがリーダーの盤って

ドラマーがリーダーのアルバムは再生装置を選ぶ。リーダーがドラマーだと当然ドラミングがメインの録音になる。ドラミングがメインだと、併せて、ベース・ラインのアシストが必要になる。ドラムとベースの音の再生となると、ある程度のレベルのオーディオ装置が必要になる。

僕がジャズを聴き始めた40年ほど前、ドラムとベースの音を再生するには、相当ハイレベルのオーディオ装置が必要だった。 いわゆる「さんきゅっぱ」や「よんきゅっぱ」のアンプでは太刀打ち出来ない。ドラムの多彩な音色、多彩な低音、多彩なアタック音、どれをとっても、安いアンプでは良い再生は出来なかった。

よって、ドラマーがリーダーのアルバムについては、ジャズ喫茶で聴こうと思い立つ。40年前、ジャズ喫茶の看板を掲げた喫茶店は、どこも再生装置は超一流だった。ドラマーがリーダーのアルバムを聴くにはジャズ喫茶が最適だった。

そういう環境の下、ジャズ喫茶でリクエストしたいアルバムの一枚がこのアルバムだった。Elvin Jones & Richard Davis『Heavy Sounds』(写真)。「ポリリズムの重戦車」エルビン・ジョーンズ、と「重低音のしなやかベース」リチャード・デイヴィスの二人の双頭リーダーのアルバム。1967年6月の録音。

ちなみにパーソネルは、Elvin Jones (ds, g), Richard Davis (b), Frank Foster (ts), Billy Greene (p)。テナー・サックスとピアノは無名に近いメンバー。
 

Heavy_sounds

 
まあ、このアルバムは、双頭リーダーの二人、エルビン・ジョーンズのドラムとリチャード・デイヴィスのベースを聴くべきアルバムなので、ピアノとテナーはこの際、無名でもいざ仕方なしである。

確かに、このアルバム、ドラムがメインである。エルビン・ジョーンズの多彩な音色、多彩な低音、多彩なアタック音、惚れ惚れするばかりのポリリズム。とにかく音が生々しい。このドラムの音は再生装置をシビアに選ぶ。

併せて、リチャード・デイヴィスのベースもエルビンのドラムに追従する。リチャード・デイヴィス独特の重心の低い塊の様な重低音、ブンブン鋼の様にしなやかに弾けるように鳴る弦の音。これまた、音が生々しい。このベースの音も再生装置をシビアに選ぶ。

しかも、このアルバム、アルバム・ジャケットのエルビン・ジョーンズとリチャード・デイヴィスの横顔がこれまた良い。黒が基調、印象的な限りなく白黒の世界、煙草をくゆらせ、もうもうと煙草の煙が漂うなか、味のある横顔のエルビン・ジョーンズとリチャード・デイヴィス。このジャケットは限りなくジャズを感じさせてくれる。

このアルバムは、当時、ジャズ喫茶で良くリクエストしましたね〜。このアルバムをリクエストすると、決まってジャズ喫茶のマスターはニンマリしてくれました。確かに、ジャズ喫茶好みのアルバムでもありますね。

 
 

震災から4年5ヶ月。決して忘れない。まだ4年5ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

Never_giveup_4

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