ジャッキーとデックスのライブ盤
1960年代後半から、ジャッキー・マクリーンはフリーキーなトーンに走った。通常のハードバップには留まらず、自己改革に走った。さすがである。で、デクスター・ゴードン(愛称はデックス)はと言えば、1960年初頭にはニューヨークのジャズ・シーンに見切りをつけて、欧州に渡った。この思い切りも天晴れである。
ジャッキー・マクリーン(愛称はジャッキー)は欧州には渡っていない。1968年、コネチカット州で教職に就く。教職に就いて音楽活動を休止するが、1970年代前半にスティープル・チェイスと契約して活動再開。スティープル・チェイスの拠点はコペンハーゲン。このコペンハーゲンのジャズ・ハウス「モンマルトル」でのライブ録音が有名になる。
Jackie McLean featuring Dexter Gordon『The Meeting』(写真左)と『The Source』(写真右)。そんなジャッキー・マクリーンとデクスター・ゴードンが共演したライブ盤である。1973年7月20日と21日。もちろん、コペンハーゲンのジャズハウス「モンマルトル」でのライブ録音である。
ちなみにパーソネルは、Jackie McLean (as), Dexter Gordon (ts), Niels Henning Orsted Pedersen (b), Alex Riel (ds), Kenny Drew (p)。当時のスティープル・チェイスの看板ジャズメンがズラリと名を連ねる。
これがまあ、素晴らしいライブ盤である。このレーベルは欧州のレーベルとしては、比較的、米国系のレーベルに近い演奏の色や雰囲気を持っていて、ハードバップ系の演奏に秀作が多い。このライブ盤2枚も基本的にハードバップ。
ジャッキーはちょっとフリーキーなトーンに走る。しかし、デックスは全く気にしない。ジャッキーは尖ったフレーズを吹きまくって、先鋭的なハードバップを表現する。しかし、デックスは全く気にしない。デックスは欧州に来て久しい。欧州ジャズの十八番とも言える、モード系・フリー系のジャズには精通している。
ジャッキーの先鋭的なハードバップなフレーズをガッチリ受け止めて、デックスの考える「ハードバップなフレーズ」を繰り出す。
これがまあ、さすがはデックス。旧来のハードバップとは全く違う、ジャッキーの先鋭的でハードバップなフレーズの上を行く、モーダルでフリーキーな魅力的なアドリブ・フレーズの数々。
デックスの器の大きさと、デックスの欧州でのジャズの研鑽を垣間見るようである。ジャッキーには悪いが、このライブ盤2枚はデックスの為にある。しかし、ジャッキーも只者では無い。デックスのフレーズに触発されて、フリーキーなトーンに頼らずに、先鋭的なハードバップな革新的フレーズを連発するようになる。
熱気溢れる、凄まじいばかりのテンション溢れる、1970年前半の時代の先端を行くハードバップ。これが北欧はコペンハーゲンで連夜、演奏されていた。その事実を、この『The Meeting』と『The Source』の2枚を聴き通すことで追体験することが出来る。
震災から4年5ヶ月。決して忘れない。まだ4年5ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。
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マスターさま、レスありがとうございます。^^
私がマスターのブログを楽しみに拝見、また、あつかましくも日々書き込みさせていただいているのは、その感性におおいに共感させていただくところが多いのと、新たな発見及び再発見がとても楽しみであるからであります。
デックスのライブをはじめて見たのはもう30年以上の昔、銀座のヤマハホールでした。いつものように?泥酔状態の千鳥足でステージに登場した彼は、ふらつく足で曲ごとにテナーを両手で高々とかかげながらお辞儀をしていました。
それをみていて(・・大丈夫かなあ・・)と初心者の私は不安でしたが、演奏はなめらかで、いつもの「名曲のフレーズの引用」の多用も大いに楽しめました。
しかしその帰途のこと、近くにいたベテランおやぢ(50代)ふたりづれの会話、「さっすがゴードン!ジャズはこうでなくっちゃなっ!」と周囲に聞こえよがしの「「独善会話」を聞いて気がめいり、(自分は中年になっても決してこんなタイプのおやぢにはならないぞっ!)と心に固く誓ったものでした。笑
そんな自分の現在の姿といえば、他人様に自分のジャズ感を語ることには極めて消極的であったはず・・なのですが(笑)、こうして自分のジャズ感に近い方のブログでは安心して語れることのありがたさ、また自分の身勝手さ、に、(結局こんなおやぢフアンになっちまったかあ・・)との自責の念も少し入り混じった複雑な心境でもあります。笑
投稿: おっちゃん | 2015年8月19日 (水曜日) 05時27分