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2015年8月23日 (日曜日)

ボーリンは幻のギタリスト

高校時代のギタリストの思い出。高校2年の秋、トミー・ボーリンというギタリストを知った。1975年11月のリリースされた、Deep Purple『Come Taste the Band』にて加入した、リッチー・ブラックモアの後任ギタリストとして華々しい話題を振り撒いた。

しかし、当時、既に麻薬のやり過ぎでギターが満足に弾けず、「ディープ・パープルを解散に追いやった下手くそギタリスト」としての印象が強い。特に、1975年12月の日本公演の時のプレイは酷く、手と指の麻痺によってボトルネック双方でしか演奏する事が出来なかったと言われている。

僕はこの日本公演のライブ音源をFMで聴いたことがあるが、確かに素人が聴いても判るほど酷かった。これは詐欺だ、とも思った。後に、東南アジアでの粗悪なヘロインの摂取が原因との報道があったが、理由はともあれ、麻薬が原因の怠慢プレイである。

そして、その1年後、1976年12月4日、フロリダ州マイアミのホテルにて死去。享年25歳。結局、死因は、麻薬の過剰摂取 (オーバードース) 。当時は、あほちゃうか、と思った。

その後、大学に入り、ジャズを聴き始める。そして、当時は、フュージョン・ジャズ・ブームの真っ只中。時代を遡って、クロスオーバー・ジャズも聴くようになる。そして、お気に入りのバンド、ビリー・コブハムの『Spectrum』というアルバムを聴きながら、そのパーソネルを確認していたら、「Tommy Bolin(トミー・ボーリン)」の名に気付く。

このビリー・コブハムの『Spectrum』でのボーリンのギターは凄い。超絶技巧、凄まじいばかりのギター・ソロの連発である。あのディープ・パープルでの麻薬にまみれた、トホホなギタリストと同一人物とは思えない。これが、トミー・ボーリンの真の姿、真の実力なんだ、と思い直した。
 

Tommy_bolin_teaser

 
そして、例の秘密の喫茶店で、このアルバムを紹介される。Tommy Bolin『Teaser』(写真左)。邦題『炎のギタリスト』。1975年11月のリリース。日本ではリアルタイムにリリースされたのかなあ。印象が無い。このソロアルバムのリリース当時に聴いていてたら、あのディープ・パープルでのトホホなプレイとのギャップに大いに悩んでいただろうな(笑)。

それほどまでに、素晴らしい内容のエレギ・アルバムである。邦題が『炎のギタリスト』なので、超絶技巧なテクニックで、バリバリに弾きまくる内容と思いきや、そうでは無い。超絶技巧なテクニックではあるが、それを上手くコントロールして、実に余裕のある、良い意味での余裕があるアドリブ・フレーズ、リフが満載である。

そして、このアルバムを聴くと、ボーリンのロック・ギターは、かなりファンキーなギターであることが良く判る。なるほど、当時のディープ・パープルは米国制圧に躍起で、アメリカン・フィーリングなロックに転身していた頃。パープルは、このファンクネスが欲しかったんやな、ということが良く理解出来る。

ファンクネスだけでは無い、当時、流行のレゲエのビートや、ジャジーなフレーズなど、多様な音楽ジャンルの要素を取り入れ、適応している。これはボーリンの優れた対応力と柔軟性の証であり、ボーリンの優れたところは、これだけ多様な音楽ジャンルの要素を取り入れながら、アルバム全体はしっかりとボーリンのギターの個性で統一されているところ。

何と言ってもギターが良くなっている。しかも、ギター・フレーズのバリエーションの豊かさは特筆に値する。ジェフ・ベックの『ワイアード』に比肩する位、ボーリンのギター・サウンドが格好良い。そして、ボーリンはボーカルも良い。これはジェフ・ベックを超える格好良さ。

この『Teaser』を聴けば、ディープ・パープル時代のボーリンが不調時の姿だったことが良く判る。逆に、ボーリン好調でのディープ・パープルが聴きたかったなあ。高校時代から大学時代での「幻のギタリスト」の思い出である。

 
 

震災から4年5ヶ月。決して忘れない。まだ4年5ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

Never_giveup_4

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