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2015年8月の記事

2015年8月31日 (月曜日)

ジャズ喫茶で流したい・66

1970年代半ばから後半に渡って活動した「The Great Jazz Trio(以降GJTと略す)」は、ベースにロン・カーター、ドラムにトニー・ウィリアムス、そして、リーダーが、ピアノのハンク・ジョーンズ。リーダーのハンクとドラムのトニーとは親子くらいに歳が違う。

しかし、そんな異色の取り合わせではあったが、出てくる音は当時最先端のメインストリーム・ジャズの音だった。特に、当時57歳だったバップ・ピアニストだったハンクが、ここまでモーダルに、ここまで自由度を上げたハードバップなピアノを弾きまくるとは思わなかった。とにかくテンション高く、切れ味抜群なピアノ・トリオだった。

このハンク、ロン、トニーのGJTを解散し、第2期のGJTが結成された。1980年6月のことである。パーソネルは、リーダーのHank Jones (p) は変わらず、Eddie Gómez (b), Al Foster (ds) のトリオ構成。

ベースのゴメスは幅広い音楽性、幅広い適応力が持ち味。「エディ・ゴメスは弦に世界を持つ」と賞賛されるほどである。そして、アルはあの帝王マイルスが「みんなが好きなことを演奏できるリズム・パターンを設定して、そのグルーヴを永遠に保つことの出来るドラマー」と称賛する(Wikipediaより抜粋)ほどのドラマー。

しかし、この第2期のGJTのデビュー盤を聴くと、ピアノ・トリオと言うが、トリオの組合せとコンセプトを変えるだけで、これほどまでに音が変わるのか、と感心してしまう。そのデビュー盤とは、The Great Jazz Trio『Chapter II』(写真左)。1980年6月の録音。

あの第1期GJTの当時最先端のテンション高く、切れ味抜群なメインストリーム・ジャズが、一転、ポップで典雅なピアノ・トリオに変身している。イースト・ウィンドという日本のレーベル側からの要請もあったとのことだが、GJTの名前を使うことに違和感を覚えるほどに、GJTの音はこの第2期でガラッと変わった。
 

Chapter_ii

 
ポップで聴き易い、ややもすればイージーリスニング・ジャズにも取られそうな、ギリギリ「メインストリーム・ジャズ」の音展開を行く第2期GJTではあるが、良く聴き込めば、これはこれでなかなか良いピアノ・トリオなのだ。

まず、ドラムのアル・フォスターが凄い。確かにあの帝王マイルスが絶賛するだけある。ハンクの典雅なタッチ明快なピアノを意識した、しなやかなリズム&ビートを供給する。これが実に良い。決して、ピアノの前に出しゃばることは無いが、しっかりとハンクのピアノを際立たせ、サポートする。うむむ、素晴らしいドラミングに思わず聴き込む。

ゴメスのベースは弦の音が明快。硬質で粘りのある、ハッキリとした音の塊がブンブン唸りを上げてベース・ラインを形作る。このゴメスのベースがピアノ・トリオに躍動感を与え、明確で聴き易く典雅なピアノ・トリオに彩りを添える。

ハンクのピアノはあくまで典雅。タッチは明確、旋律はメロディアス。左手のビートは黒くファンキー。曲によってはエレピを披露するが、これはこれでやはり典雅。実に粋で趣味の良いジャズ・ピアノ。聴き味良く耳に馴染む。ハンクにはハードバップなピアノが良く似合う。

イースト・ウィンドという日本のレーベル側からの要請に乗った企画盤、企画的なピアノ・トリオではあるが、このトリオのパーソネルの組合せが良かった。日本のレーベルの企画ものにありがちな、頭でっかちのハードバップに陥らず、いわゆる「良い化学反応」が、このピアノ・トリオに起こっている。

ジャズって面白いですね。ジャズは「組合せの妙」とは言うが、このThe Great Jazz Trio『Chapter II』はその好例。このパーソネルのピアノ・トリオから、このアルバムの様な音が出てくるなんて、アルバムを聴くまで、想像すら出来ませんでした。

 
 

震災から4年5ヶ月。決して忘れない。まだ4年5ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2015年8月30日 (日曜日)

こんなアルバムあったんや・49

このアルバムのジャケ写を見て、つくづく、偉大なフロント楽器のリーダーのバックを支えるリズム・セクションって大変なんだろうなあ、と思ったりする。

マイルスのバックを支えた、ハービー・ロン・トニーのリズム・セクションとか、コルトレーンのバックを支えた、マッコイ・ギャリソン・エルビンのリズム・セクションとかであるが、今日は後者のコルトレーンの伝説のカルテットのリズム・セクションが、親分のコルトレーン抜きで集ったセッション盤の話題を。

Elvin Jones『Illumination!』(写真左)。1963年8月の録音。ちなみにパーソネルは、Elvin Jones (ds), Jimmy Garrison (b), McCoy Tyner (p), Sonny Simmons (as, English Horn), Charles Davis (bs), (William) Prince Lasha (cl, fl)。コルトレーンの伝説のカルテットのリズム・セクションに、アルト(またはイングリッシュ・ホルン)、バリトン、クラリネットの変則3管。

1963年と言えば、コルトレーンの伝説のカルテットからすると、リーダー作で見ると『John Coltrane』から『Live At Birdland』と、モーダルな純ジャズからフリー・ジャズへ急速に展開していった時期。とにかく、モード一色、フロントはコルトレーンの独壇場。バックのリズム・セクションの自由度がどんどん狭められていった頃である。

この『Illumination!』を聴いていると、当時のコルトレーンの伝説のカルテットのリズム・セクションの気持ちが見え隠れして、とても面白い。このアルバムの全体的な雰囲気は、当時のコルトレーン・カルテットの雰囲気の正反対。モード中心のテンション高いインプロビゼーションの連続、応酬で、演奏の雰囲気やアンサンブルを余裕を持って楽しむ雰囲気では無い。
 

Illumination

 
リーダーは生真面目で集中し出したら止まらないコルトレーン。やはり、バックのリズム・セクションとしては疲れるんでしょうなあ。リラックスして、演奏の雰囲気やアンサンブルを楽しみながらのハードバップな演奏をしてみたいなあ、と思うのも無理は無い。

まあ、本当の気持ちは当時の本人達に訊かないと本当のところは判らないが、確かに、このアルバム『Illumination!』に詰まっている演奏の雰囲気は、当時のコルトレーン・カルテットは全く正反対の雰囲気。フロントの楽器構成を一工夫し(絶対にコルトレーン・カルテットに被らない様にしている)、ほんわかムードで、アレンジにも工夫を施し、余裕のあるハードバップな演奏である。

演奏の水準からすると、コルトレーン・カルテットに遙か及ばないかも知れないけれど、アルト(またはイングリッシュ・ホルン)、バリトン、クラリネットの変則3管のほんわかムードのアンサンブルとアドリブ・フレーズと、そのほんわかフロント3管をバックで支える、コルトレーンの伝説のカルテットのリズム・セクションの余裕ある和やかなバッキングがとても良い雰囲気を醸し出している。

当時、この『Illumination!』を聴いて、フロント親分のコルトレーンは何を思ったのだろう。もはや本人に確かめる術は全く無いが、訊いてみたかったなあ。しかし、さすがは生真面目で偉大なリーダー、コルトレーン。これしきのことで、我が道の進む方向を変えることは全く無かったのである。

 
 

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2015年8月29日 (土曜日)

秋の気配に「米国西海岸ジャズ」

毎年8月後半のこの時期、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の恒例の「1970年代ロック祭り」を終えて、さて、今日からジャズ主体の話題に戻りましょう。

しかし、涼しくなりました。我が千葉県北西部地方、今日の最低気温は20度、最高気温は22度。これは10月上旬の陽気。しかも、秋雨前線の影響で、朝からしとしと霧雨が降り続く鬱陶しい一日。まだ8月なんですが、こんなに気温が下がったのは、ここ30年間で記憶がありません。とにかく涼しい。

さて、涼しくなると、様々なジャンルのジャズを聴く気になります。暑い時は、硬派なメインストリーム・ジャズや、熱気溢れるフリー・ジャズなどは絶対に避けたくなるんですが、ここまで涼しくなると大丈夫です。と言いつつ、今年の夏は「酷暑」。酷暑の後の余韻に浸りつつ、涼しい夜、聴き心地の良い、西海岸ジャズのアルバムを選択しました。

そのアルバムとは、Gerry Mulligan『What Is There to Say?』(写真左)。1958年12月から1959年1月にかけての録音。ちなみにパーソネルは、Gerry Mulligan (bs), Art Farmer (tp), Bill Crow (b), Dave Bailey (ds)。西海岸ジャズの雄、バリトン・サックスのジェリー・マリガンのリーダー作です。
 

What_is_there_to_say

 
このアルバム、冒頭のタイトル曲を聴けば良く判るんですが、明快に「米国西海岸ジャズ」の特徴を満載しています。ほど良くアレンジされた聴き心地の良い旋律、独特の響きを持った洒落たユニゾン&ハーモニー、落ち着いたクールなアドリブ展開、という米国西海岸ジャズの個性が、このアルバムにしっかりと根付いています。

そして、やはり聴きどころは、ジェリー・マリガンのバリトン・サックスでしょう。マリガンのバリトン・サックスは、クールで柔軟でマイルドな音作りが特徴で、実に粋で実にお洒落。それと、このアルバムを聴いていて思うのは、マリガンとファーマーの相性の良さ。良い感じですね。

加えて、このカルテット演奏は「ピアノレス」。ピアノのブロック・コードにリズム&ビートを制御されること無く、フロントのバリトン・サックスとトランペットが、柔軟にアドリブ・フレーズを展開していて、このアルバムについては、ピアノレス・カルテットの演奏として「成功」を収めている優れものです。

涼しくなって秋の気配。そんな秋の気配濃厚な季節、程良くコントロールされ程良くアレンジされ、楽器の重なり&響きがクールな米国西海岸ジャズに耳を傾けるひととき。至福のひとときです。

 
 

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2015年8月28日 (金曜日)

西海岸ロックの歌姫の代表盤

我がバーチャル音楽喫茶『松和』、今週は、毎年8月後半のこの時期、恒例の「1970年代ロック祭り」。8月の後半になると、決まって学生時代の夏休みの後半〜終わりの雰囲気を思い出す。今年もこの季節は70年代ロックの大特集。今日は「リンダ・ロンシュタット(Linda Ronstadt)」。

このブログではあまり採り上げることが無かったのだが、僕は米国西海岸ロックの歌姫「リンダ・ロンシュタット」(略してリンロン・名前の省略形は大阪人の悪い癖・笑)が大好きである。デビュー盤から80年代までのオリジナル盤は全て所有している。

なんしかキュートである。1970年代、リンロン(リンダ・ロンシュタットの省略形)は20歳代後半から30歳代前半。女性として一番キュートな年頃である。とにかくリンロンはキュートだった。そんなキュートなリンロンが、西海岸ロックの範疇でカントリー・ロックを唄えば、これがまた、ど迫力の「姉御」のボーカル。

バラードを唄わせれば、歌姫っぽくキュート。ロックンロールを唄わせれば、ど迫力の「西海岸ロックの姉御」のボーカル。これがリンロンの個性。その個性がこれまた良い。僕は、大学時代の4年間、米国西海岸ロックにドップリ填まったが、その中でも、リンロンは大のお気に入り。

デビュー盤は、ちょっと前になりますが、2010年2月6日のブログ(左をクリック)でご紹介しています。出来の良いカントリー・フォーク色の強い楽曲の中で、キラリと光る、趣味良くロック色の濃い楽曲が配置されている、というところがこのアルバムの「ミソ」となっているんですが、これが良い。当時は、リンロンは「カントリーの歌姫」と呼ばれていました。

そして、リンロンってオリジナル盤については「平均して出来が良く駄盤無し」なんですが、特に「これを一枚」というところでは、やはりこの盤が代表盤となるんでしょうね。改めてご紹介します。Linda Ronstadt『Living in the USA』(写真)。邦題『ミス・アメリカ』。1978年9月のリリース。
 

Living_in_the_usa

 
このアルバムについては、リアルタイムで飛びつきました。それまでにリンロンのアルバムについては2〜3枚は所有していたので、当時、もはや立派な「リンロン者」となっていましたね。ジャケットのローラースケートを履いたリンロンのキュートなこと。このジャケット写真も良いですね。米国西海岸ロックの歌姫というイメージをビンビンに感じます。

このアルバムが、リンロンの絶頂期のアルバムであり、最高傑作と言い切ってしまっても良いでしょう。収録されたそれぞれの曲の出来、演奏内容、そして、リンロンのボーカル、どれを取っても申し分無く、米国西海岸ロックを強く感じさせるバック・バンドの音も秀逸です。とにかく、欠けたところ、ダレたところが全く無く、出来が非常に良い。

それまでの盤に色濃く漂っていたカントリー・フレイバーがスッと抜けて、米国西海岸独特のロックンロールがギッシリとこの盤に詰まっています。ちょっとジャジーな雰囲気を添えるサックスの音色も良好。それでも、しっかりと米国ルーツ・ロックな雰囲気は色濃く残っていて、米国ロックの代表盤としてもイチ押しの好盤です。

ヒット・シングル「Back in the U.S.A.」(Chuck Berryの楽曲/Waddy Wachtelがギターで参加している)「Just One Look」(Gregory Carroll, Doris Payneの合作、1963年のヒット曲のカバーです)「Ooh Baby Baby」(William "Smokey" Robinson, Warren Mooreの合作/David Sanbornがアルト・サックスで参加している)などなど、名曲名演の楽曲が目一杯詰まっている。

このアルバムを聴くと、大学時代の夏の終わりを思い出す。このアルバムをかけながら、車で古墳の測量調査に奔走し、論文を読み漁り、麻雀に勤しみ、小説を読み込んだ。遠い遠い夏の終わりの思い出を想起させてくれる、米国西海岸ロックの傑作である。

 
 

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2015年8月27日 (木曜日)

YMOの「大衆 (ポップ)」な部分

我がバーチャル音楽喫茶『松和』、今週は、毎年8月後半のこの時期、恒例の「1970年代ロック祭り」。8月の後半になると、決まって学生時代の夏休みの後半〜終わりの雰囲気を思い出す。今年もこの季節は70年代ロックの大特集。今日は「高橋幸宏」。

僕がYMO(Yellow Magic Orchestra)の音を愛して止まない大きな理由の一つに、高橋幸宏のドラミングがある。怒濤の様な、彼の等間隔平坦ビート(ちょっと判り難いですかね〜・笑)が大好きである。

彼のドラミングの個性は、既にサディスティック・ミカ・バンドの時代に既に完成されていた。要所要所に怒濤の様な、彼の等間隔平坦ビートが出てくる。そして、シンセ・ミュージック、コンピューター・ミュージックのYMOの音世界で、その等間隔平坦ビートをより強調して前面に押し出している。

これが僕にとっては「快感」なのだ。ダダダダダダと等間隔で強弱無く平坦に、いわゆるコンピューターのビットの様に、怒濤の様に叩き出されるビートは快感以外の何物でも無い。これが前面に押し出されているYMOミュージックは何者にも代えがたい、快感につぐ快感なのだ。

さて、そんな高橋幸宏のドラミングを堪能できるアルバムは、と思いを巡らせれば、まずはこのアルバムに行き当たる。高橋ユキヒロ『音楽殺人(Murdered by the Music)』(写真)。1980年6月21日にリリースされた高橋幸宏の2枚目のソロアルバム。
 

Murdered_by_the_music

 
1980年というYMOがデビューして大人気を博している時期なので、このセカンド盤の音の雰囲気は、しっかりとYMOの音世界を踏襲している。しかし、面白いのは、収録曲11曲中、高橋ユキヒロ作の曲が9曲。ほとんどが高橋ユキヒロの音世界。YMOの初期の時代の音は、この高橋ユキヒロの音世界を優先していたのかもしれない。

そして、このアルバムを聴いて判るのは、高橋幸宏の「音楽的な懐の深さ」。様々なジャンルの音楽を取り込み、それをシンセ・ミュージック、コンピューター・ミュージックの世界に上手く適合させて、お洒落に粋に聴かせてくれる。このアレンジ・センスは絶妙なものがある。

そして、高橋幸宏のシンセ・ミュージック、コンピューター・ミュージックは「ポップ」である。この「ポップ」さが堪らない。YMOのポップ名な面を、この高橋幸宏がしっかりと押さえていたのだ。テクノ・ロック的な感じで、ニューウェーブっぽいところも見え隠れして、教授の「アート」な面と相対した「ポップ」な音世界が独特の個性である。

このアルバムは、YMOのポップな面は、この高橋幸宏が供給していたことを知らしめる、テクノ・ポップの名盤の一枚でしょう。とにかく「格好良い」の一言。良いアルバムです。1980年のリリース当時、行きつけの喫茶店「みちくさ」で、思いっきりヘビロテだったのを思い出しました。

 
 

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2015年8月26日 (水曜日)

YMOの「芸術 (アート)」の部分

我がバーチャル音楽喫茶『松和』、今週は、毎年8月後半のこの時期、恒例の「1970年代ロック祭り」。8月の後半になると、決まって学生時代の夏休みの後半〜終わりの雰囲気を思い出す。今年もこの季節は70年代ロックの大特集。今日は「坂本龍一」。

1978年11月のことである。イエロー・マジック・オーケストラ(Yellow Magic Orchestra・以降YMOと略す)の登場には狂喜乱舞状態だった。とにかく、シンセサイザーが大好きな性分ゆえ、このシンセサイザー・ミュージックの登場は思いっきりワクワクした。ついにここまできたのか、と感慨深かった。

YMOのファースト・アルバム『YELLOW MAGIC ORCHESTRA』を早々に入手し(1978年12月には日本盤を入手完了していた)、これは凄い、と感動に次ぐ感動。そして、そのYMOのメンバーの一人、坂本龍一のソロ盤がほぼ同時期にリリースされていたのに気が付いた。

坂本龍一に注目した動機は単純である。「キーボード奏者だから」。そう僕はキーボード奏者が大好きである。坂本龍一はどういうキャリアを持ったキーボード奏者なのか、全く知らないまま、このアルバムを手にした。

そのアルバムとは、坂本龍一『千のナイフ(Thousand Knives)』(写真)である。このアルバムは凄い。初めて聴いた時、僕は思った。これはポップアルバムでは無い、これはキーボードを使った現代音楽である。そして、このアルバムの内容は完璧に「芸術(アート)」である、と感動した。

僕はこの『千のナイフ』を通じて、坂本龍一を理解した。以降、僕は「教授」にゾッコンである。とにかく、キーボード演奏のセンスが素晴らしい。そして、ソング・ライディングが素晴らしい。日本人にこんなキーボード奏者が居たなんて、全く知らなかった。
 

Thousand_knives

 
冒頭のタイトル曲が素晴らしい。出だしのボコーダーでの会話(というか「毛沢東の詩」らしい)、そして、前奏のシンセサイザー・ポリリズム。大正琴の様なシュミレート音。そして、いきなり出てくるシンセサイザーの目眩く漂う様な、流れる様な旋律。1981年発表のYMOのアルバム『BGM』にてセルフカバーしている。

この1曲目の「千のナイフ」の途中に出てくるエレギが暴力的で素晴らしい。ロック・ギタリストには弾けないアグレッシブでジャジーな旋律。坂本からの注文は「火がついたように弾きまくってくれればいいから」だったそう。このギタリスト、誰あろう、フュージョン・ジャズ・ギタリストの雄、渡辺香津美である。そりゃ〜凄いはず。

3曲目の「Grasshoppers」のピアノ・デュオは完全に現代音楽の響き。欧州ジャズに通じる現代音楽風のインプロビゼーション。もはやこれは「芸術(アート)」である。ポップスな音楽では無い。思わす佇まいを改めて、音に対峙してしまう。

ラストの「The End Of Asia」も名曲、名演の類。後にYMOでも定番の演奏曲になるが、この坂本バージョンが僕は一番、アートを感じる。ポップスな要素を排除し、現代音楽をはじめ、西洋音楽の影響をモロに浴びながら、アジアンテイストなシンセ・ミュージックを構築するという離れ業。脱帽である。

このアルバムでの「教授」の音楽は、凄まじいばかりの構築美とその構築美を脅かすデカダンスが拮抗する、いわゆる「アーティスティックなファシズム」。時代の最先端を行くシンセサイザー・ミュージックの中に潜む「激しさ」と「毒」。YMOの「芸術(アート)」の部分の核心。聴き進むにつれ、意識の中にテンションが積み上がっていく。

 
 

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2015年8月25日 (火曜日)

ボス (Boss) と呼ばれるロッカー

我がバーチャル音楽喫茶『松和』、今週は、毎年8月後半のこの時期、恒例の「1970年代ロック祭り」。8月の後半になると、決まって学生時代の夏休みの後半〜終わりの雰囲気を思い出す。今年もこの季節は70年代ロックの大特集。今日は「ボス(Boss)」と呼ばれるロッカーの話題を・・・。

高校時代、我が映画研究部では、部員の誰かが持ち込み、部の中での流行となったロック・グループやロック・ミュージシャンがいる。僕の場合は、西海岸ロックの雄・イーグルスと和蘭のプログレバンド・フォーカス、そして、日本のプログレバンド・四人囃子を持ち込んだ。

長年「ボス(Boss)」と呼ばれるロッカーがいる。アメリカン・ロックを代表するレジェンド、ブルース・スプリングスティーン(Bruce Springsteen)である。僕がこの「ボス」と出会ったのは、高校2年生の冬。映研の部長を辞して、それでもフォーク・デュオをやり始めた関係上、部室に出入りしていた。部室でフォーク・デュオの練習をする為である。

ある日、部室に今まで耳にしたことの無いロックな音が鳴り響いていた。どうも、後輩のYが持ち込んだらしい。誰だ、これは。これが僕のブルース・スプリングスティーンとの出会いである。アルバムはあの名盤『明日なき暴走』(Born to Run)だった。

さて、そんな「ボス」であるが、僕が愛聴して止まない一枚がこのセカンド盤『The Wild, The Innocent & The E Street Shuffle』(写真左)。邦題は『青春の叫び』。1973年のリリースだが、僕は1976年、高校3年生の夏、Yが夏合宿に持ち込んで、一緒に聴き込んだ思い出がある。
 

Bs_the_wild_the_innocent

 
冒頭の3曲を聴くと、ボスの音楽は「米国ルーツ・ロック」の流れを汲むものだと判る。ディキシーランド・ジャズっぽい前奏、フォーキーでC&Wな響きを持つ音、そして、思いっきりファンキーなブルース。どれもが、米国ルーツ・ミュージックを大本に持つ音。明らかにボスは「米国の」ロックンローラーである。

このセカンド盤のボーカルの唄い回しは確かに「第2のディラン」。確かにボブ・ディランに似ていることは似ているが、ディランほどに難解では無いし、複雑では無い。結構、シンプルで判り易いディランの様に唄い回す。もはや「第2のディラン」は当てはまらない。このセカンド盤には、ボスの個性の確立を聴き取ることが出来る。

後に、E・ストリート・バンドのメンバーとなるメンツがバックを務めている。さすがの充実度。 「米国ルーツ・ロック」をベースにロックンロール、R&B色の濃い、魅力的な楽曲を展開している。アグレッシブなロックンロールが前面に押し出されて、聴き応え満点。初期の彼の傑作と呼べるアルバムである。

Yが持ち込んだこのボスの『青春の叫び』と、僕が持ち込んだ四人囃子の『ゴールデン・ピクニックス』、そして、Wの持ち込んだ吉田拓郎の『明日に向かって走れ』、この3枚が鳴り響いていた1976年の夏合宿。

このボスの『青春の叫び』を聴くと、高校3年生の夏、信楽の玉桂寺の離れの縁側を思い出す。遠い日のとても印象深い思い出の一つである。

 
 

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2015年8月24日 (月曜日)

『伝説の証/クイーン1981』

我がバーチャル音楽喫茶『松和』、今週は、毎年8月後半のこの時期、恒例の「1970年代ロック祭り」。8月の後半になると、決まって学生時代の夏休みの後半〜終わりの雰囲気を思い出す。今年もこの季節は70年代ロックの大特集。今日は「クイーン(Queen)」の話題を・・・。

クイーン(Queen)については、ちょっと誇らしい思い出がある。クイーンのデビューが1973年。デビュー盤が『戦慄の王女(Queen I)』で1973年7月のリリース。そして、僕達はクイーンの存在など全く知らないまま、1974年の暮れに『戦慄の王女』を突如として「体験」した。

どういう経緯か忘れたが、確か映研の先代部長のNさんが持ち込んだと記憶している。出だしの「炎のロックン・ロール - Keep Yourself Alive」で「ぶったまげる」。前奏のエレギのリフ。主旋律のバックでブンブン唸るエレベ。そして、間奏のドラム・ソロ、そしてエレギ・ソロ。5曲目の「ライアー - Liar」なぞ、ボーカルの凄さに仰け反る。それまでに全く聴いたことが無い音世界であった。

我々はこの「クイーン」を認めた。毎日毎日、ガンガンかける。軽音の連中や他のクラスのロック・キッズが噂を聞き付けてやってくる、「クイーンを聴かせろ」と。

というのも、当時、クイーンはまだまだ評価が定まっていなかった。本国では、遅れてきたグラムロックバンドとメディアから酷評され、日本では当時は全く無名。しかし、サードアルバム『Sheer Heart Attack』が、シングルヒットの「キラー・クイーン - Killer Queen」の後押しを受けて、日本でもヒット。

まだ、このサードアルバム『Sheer Heart Attack』が売れるかどうかと言う時に、「Queen I」「Queen II」をガンガンに聴いていた我らが映研。当時、我が高校の中でもマニアの中で一目置かれる存在だった。「奴らは良いセンスをしてる」。ねっ、ちょっと誇らしい思い出でしょ(笑)。
 

Queen_rock_montreal

 
そんなクイーンである。僕はクイーンが大のお気に入り。大学に入って、音楽の主戦場をジャズに移した後も、クイーンとゼップだけは追いかけていた。というか、社会人になってもアルバムは都度、聴き進め、今でもクイーンの音源が出れば追い求める。とにかく、あの独特の音世界が感覚に合うんですね。

最近、このライブ音源をちょくちょく聴いている。Queen『Queen Rock Montreal』(写真左)。邦題『伝説の証/クイーン1981』。1981年11月24日〜11月25日、カナダのモントリオールでの録音。しかし、CDとして発売されたのは、2007年10月末のことであった。

CD2枚組のボリュームで選曲も良い。時期的には『フラッシュ・ゴードン - Flash Gordon』がリリースされた後なので、ちょうど、クイーンのキャリアの中間地点。一番、脂の乗った、充実した内容のライブ盤である。

音が良い。もともとクイーンは優れたライブバンドなんだが、そのぶ厚い音をライブ収録出来ずにいた。そして、演奏内容がとても良い。充実の演奏、ラインナップである。このライブ盤が2007年10月末に出た時には、なんでこんな優れた音源が倉庫に眠っていたのか、と不思議に思ったものだ。

1980年、アルバム『ザ・ゲーム』の大ヒットによって、全米制覇を果たした直後のライブなので、メンバー4人は実に堂々としていて、演奏された曲目はクイーンのキャリアの前半の総決算的な内容で充実、演奏も実にタイトでダイナミック。クイーンのライブバンドとしての実力を追体験出来る貴重なライブ音源だ。

 
 

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2015年8月23日 (日曜日)

ボーリンは幻のギタリスト

高校時代のギタリストの思い出。高校2年の秋、トミー・ボーリンというギタリストを知った。1975年11月のリリースされた、Deep Purple『Come Taste the Band』にて加入した、リッチー・ブラックモアの後任ギタリストとして華々しい話題を振り撒いた。

しかし、当時、既に麻薬のやり過ぎでギターが満足に弾けず、「ディープ・パープルを解散に追いやった下手くそギタリスト」としての印象が強い。特に、1975年12月の日本公演の時のプレイは酷く、手と指の麻痺によってボトルネック双方でしか演奏する事が出来なかったと言われている。

僕はこの日本公演のライブ音源をFMで聴いたことがあるが、確かに素人が聴いても判るほど酷かった。これは詐欺だ、とも思った。後に、東南アジアでの粗悪なヘロインの摂取が原因との報道があったが、理由はともあれ、麻薬が原因の怠慢プレイである。

そして、その1年後、1976年12月4日、フロリダ州マイアミのホテルにて死去。享年25歳。結局、死因は、麻薬の過剰摂取 (オーバードース) 。当時は、あほちゃうか、と思った。

その後、大学に入り、ジャズを聴き始める。そして、当時は、フュージョン・ジャズ・ブームの真っ只中。時代を遡って、クロスオーバー・ジャズも聴くようになる。そして、お気に入りのバンド、ビリー・コブハムの『Spectrum』というアルバムを聴きながら、そのパーソネルを確認していたら、「Tommy Bolin(トミー・ボーリン)」の名に気付く。

このビリー・コブハムの『Spectrum』でのボーリンのギターは凄い。超絶技巧、凄まじいばかりのギター・ソロの連発である。あのディープ・パープルでの麻薬にまみれた、トホホなギタリストと同一人物とは思えない。これが、トミー・ボーリンの真の姿、真の実力なんだ、と思い直した。
 

Tommy_bolin_teaser

 
そして、例の秘密の喫茶店で、このアルバムを紹介される。Tommy Bolin『Teaser』(写真左)。邦題『炎のギタリスト』。1975年11月のリリース。日本ではリアルタイムにリリースされたのかなあ。印象が無い。このソロアルバムのリリース当時に聴いていてたら、あのディープ・パープルでのトホホなプレイとのギャップに大いに悩んでいただろうな(笑)。

それほどまでに、素晴らしい内容のエレギ・アルバムである。邦題が『炎のギタリスト』なので、超絶技巧なテクニックで、バリバリに弾きまくる内容と思いきや、そうでは無い。超絶技巧なテクニックではあるが、それを上手くコントロールして、実に余裕のある、良い意味での余裕があるアドリブ・フレーズ、リフが満載である。

そして、このアルバムを聴くと、ボーリンのロック・ギターは、かなりファンキーなギターであることが良く判る。なるほど、当時のディープ・パープルは米国制圧に躍起で、アメリカン・フィーリングなロックに転身していた頃。パープルは、このファンクネスが欲しかったんやな、ということが良く理解出来る。

ファンクネスだけでは無い、当時、流行のレゲエのビートや、ジャジーなフレーズなど、多様な音楽ジャンルの要素を取り入れ、適応している。これはボーリンの優れた対応力と柔軟性の証であり、ボーリンの優れたところは、これだけ多様な音楽ジャンルの要素を取り入れながら、アルバム全体はしっかりとボーリンのギターの個性で統一されているところ。

何と言ってもギターが良くなっている。しかも、ギター・フレーズのバリエーションの豊かさは特筆に値する。ジェフ・ベックの『ワイアード』に比肩する位、ボーリンのギター・サウンドが格好良い。そして、ボーリンはボーカルも良い。これはジェフ・ベックを超える格好良さ。

この『Teaser』を聴けば、ディープ・パープル時代のボーリンが不調時の姿だったことが良く判る。逆に、ボーリン好調でのディープ・パープルが聴きたかったなあ。高校時代から大学時代での「幻のギタリスト」の思い出である。

 
 

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2015年8月22日 (土曜日)

米国ルーツ・ロックの代表格

1970年代、ロックの歴史を振り返ると、米国ルーツ・ロックの流行、1970年代前半は「スワンプ・ロック」、1970年代半ばでは「サザン・ロック」と呼ばれて、我が国ではちょっとだけ話題になって、いつの間にか立ち消えていった。マニアな人達、マニアな評論家は、自慢げに「スワンプ・ロック」や「サザン・ロック」を語るが、結局、日本では人気を得るまでにはならなかった。

「スワンプ・ロック」については、英国のロック・ミュージシャン達が、当時の米国での「ルーツ・ロック」に憧れ、こぞって追従したもので、やはり米国のルーツ・ミュージックを基本としている関係上、無理があったのかも知れない。1970年代初頭から一気に流行り出したが、1970年代半ばには沈静化していた。

「サザン・ロック」については、1970年代半ばで、これは明らかにレコード会社の力の入れ方、ロック雑誌の力の入れ方が弱かった。当時の日本のロックのファン層はまだまだ小さく、成熟した商業ロックだけでニーズは飽和状態だった。新しいジャンルのロックの入り込む余地は無かった。

しかし、今の耳で聴き返してみて、米国ルーツ・ロックは非常に優れたロックのジャンルの一つだったなあ、と再認識する。逆に米国のルーツ・ミュージックをベースにしているので、やはり米国ルーツ・ミュージックが好きで無いと辛い。その辺が日本であまり流行らなかった理由だろう。

今回、この米国ルーツ・ロックを聴き直しているんだが、まず感じ入った、というか感じ入り直したのが「リトル・フィート(Little Feat)」。リトル・フィートとは、1960年代末に結成されたアメリカのロック・バンド。ローウェル・ジョージのスライド・ギターが売りの米国ルーツ・ロックの老舗バンド。
 

Little_feat_1_2

 
これがまあ、聴いて見ると本当によく判るのだが、R&B、ブルース、カントリー、ジャズなど、米国ルーツ・ミュージックの影響を色濃く押し出しているサウンドが見事。つまりは、バンド・サウンドの方向性を十分に捉えた「アレンジ能力」に優れたバンドだったと言える。

このバンドの個性、特質を聴いて感じるには、ファースト・アルバムの『Little Feat』(写真左)、セカンド・アルバムの『Sailin' Shoes』(写真右)が相応しいだろう。特にファースト・アルバムの『Little Feat』は、このバンドのバンド・サウンドの原点となっている、米国ルーツ・ロックなサウンドが「てんこ盛り」。

よく巷では、リトル・フィートの代表作と言えば、サード・アルバムの『Dixie Chicken』が挙げられるが、僕はそうは思わない。アルバムを売らんが為に、ちょっとポップに寄ったサウンドは、聴き心地は良いが、米国ルーツ・ミュージック独特の泥臭さとかファンクネスとかが薄れている。このサード・アルバムの音を「米国ルーツ・ロック」の代表的サウンドとするには無理がある。

ちょうど1970年代半ばに差し掛かる時に、リトル・フィートの最新作だったのが『Dixie Chicken』で、その内容がまずまずだったんで、ロック雑誌も評論家もこのアルバムに飛びついたんだろう。あの頃、リトル・フィートのファースト・アルバムなんて、普通の大手のレコード屋でも見たことが無かったからなあ、入手し難かったんでしょうね。

米国ルーツ・ロックを感じて頂くには、このリトル・フィートのファースト・アルバムの『Little Feat』、セカンド・アルバムの『Sailin' Shoes』が良い。この2枚を聴いて、いいなあ、と思うなら、貴方は「米国ルーツ・ロック者」である。逆に、なんだこれ、と感じたら、以降、他の米国ルーツ・ロックはちょっと辛いかと思います。

 
 

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2015年8月21日 (金曜日)

フォービート・ジャズなキューン

我が千葉県北西部地方、この1週間を振り返ると、少しずつ涼しくなって来ている。それでも、まだまだエアコンは欠かせない。もう8月も20日を過ぎたんですがねえ。今年の夏は残暑も厳しい。

しかしながら、蒸し暑い屋外から帰り着いて、エアコンの力を借りて量を取り戻しつつ、このエアコンの聴いた涼しい部屋で聴くピアノ・トリオは格別なものがある。それも、耽美的なタッチの端正な、純ジャズ畑のピアノ・トリオが良い。

ということで選んだピアノ・トリオ盤がこれ。Steve Kuhn『Ocean in The Sky』(写真左)。1989年の作品。ちなみにパーソネルは、Steve Kuhn (p)、Miroslav Vitous (b)、Aldo Romano (ds) 。

リーダーのスティーブ・キューンの弾くピアノと言えば、真っ先に1970年代のECMの作品での緊張感溢れる耽美的な音世界が思い浮かぶが、ここでは、既にかなりオーソドックスでフォービートな純ジャズの演奏に変化している。もともと、このオーソドックスでフォービートな純ジャズなピアノの方が、彼の本質なんだろう。

若かりし頃は革新的な尖ったピアノを弾いたが、この頃は端正で明快な正統派ピアニスト。そんなキューンのピアノをとってみると、実に内容ある聴き応え十分の好盤に仕上がっている。1曲目の「The Island」を聴けばそれが良く判る。
 

Ocean_in_the_sky

 
シンプルにテーマを弾きつつ、アドリブを展開するキューンのピアノは、1970年代の彼のピアノの印象に違わぬ、独特の美意識が溢れんばかりではある。が、アドリブ・フレーズは端正でタッチが明快、奇をてらったところは全く無いどころか、かなりオーソドックスな展開に、1970年代のキューンを良く知るものにとっては戸惑いすら覚える。

意外とこのアルバム、曲者ベーシスト、ミロスラフ・ビトウスの存在が鍵。ビトウスの存在がこのアルバムの内容を引き締めている。一筋縄ではいかない、革新的響きのする鋭角なベースは実に聴き応え十分。正統派ピアニストに変化したキューンをバンバン刺激する。

刺激されたキューンは、恐らく彼の本質である「オーソドックスでフォービートな純ジャズのピアノ」で応じる。ビトウスのベース・ラインはオーソドックスではあるが響きは革新的。その革新的な響きに応じて、キューンもオーソドックスな展開の中に革新的な響きのピアノを織り交ぜる。

このピアノ・トリオ盤『Ocean in The Sky』は、オーソドックスでフォービートな純ジャズの展開の中に、1989年当時の新しい響き、新しい展開を織り交ぜたコンテンポラリーなジャズ・トリオ盤である。ネオ・ハードバップとして、新しい展開、新しい響きを織り交ぜていて、今の耳で聴いても古さを感じさせない。

 
 

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2015年8月20日 (木曜日)

もともとマクリーンはフリーキー

ジャッキー・マクリーンは、1960年代前半、突如、フリーキーなジャズへと転身した、なんてことを言われるが、じゃあ、それ以前のマクリーンって、メインストリーム・ジャズど真ん中の、メロディアスなアドリブ・フレーズで聴く者を魅了していたのか、と言えば、それは違うだろう。

このアルバムを聴いてみる。Jackie McLean『Makin' the Changes』(写真左)。1957年2月と8月の録音。リリースは1960年。プレスティッジ・レーベルお得意の2つのセッションの寄せ集めアルバム。恐らく、ふっと気がつくと、そこに残っていた音源だったんだろう。

ちなみにパーソネルは、トラック1,3,4は2月のセッションで、Jackie McLean (as), Mal Waldron (p), Arthur Phipps (b), Art Taylor (ds)。トラック2と5,6は8月のセッション、Jackie McLean (as), Curtis Fuller (tb), Webster Young (tp), Gil Coggins (p), Paul Chambers (b), Louis Hayes (ds)。

2月のセッションは「このベースって誰」、8月のセッションは「このピアノって誰」って感じで、演奏全体の雰囲気はバリバリのハードバップだが、演奏のレベルは「中の上」ってところかなあ。可も無く不可も無くというところ。
 

Makin_the_changes

 
しかし、ジャッキー・マクリーンのアルトは好調である。少しピッチが外れた独特の音色。全くメロディアスで無い、幾何学模様のアドリブ・フレーズ。オールド・スタイルなジャズの雰囲気の微塵も無い、結構、前衛的なフレーズが小気味良い。それでも、このマクリーンの音色は好き嫌いがはっきり分かれるだろうなあ。

とにかく、この1957年のセッションにして、マクリーンのアルトは若干フリーキーである。もともと、ピッチが少し外れた音が、これまたアバンギャルトな雰囲気を醸し出している。このアルトを捕まえて、1960年代前半、突如、フリーキーなジャズへと転身した、なんてことは当たらないだろう。

僕は「落ち着くところに落ち着いた」と思っている。マクリーンのアルトの個性を鑑みると、ややフリーキーでモーダルな幾何学フレーズに、そのスタイルを固定したのは、いわゆる「水を得た魚」だと感じている。マクリーンのアルトの個性をオーソドックスなハードバップに閉じ込めることの方が無理がある。

もともと、マクリーンはややフリーキーでモーダルで幾何学フレーズ。この1957年のセッションを聴いていてもそう感じる。確かに、メロディアスなアドリブ・フレーズで聴く者を魅了していたマクリーンなんて聴いたことが無い。

 
 

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2015年8月19日 (水曜日)

愛しのモンク・イン・トーキョー

セロニアス・モンクのピアノは独特の個性である。孤高のピアニストである。この独特の癖のあるアドリブ・フレーズは唯一無二。真のフォロワーはいない。あの独特のタイム感覚はフォロワーを作らない。

僕はこのセロニアス・モンクのピアノが大好きだ。自分でもピアノを少し弾けるので感じるのだが、このモンクのピアノは面白い。弾いていて楽しい。恐らく、モンク自身も結構楽しんで弾いていたのではないか。

そんなモンクのピアノ、時々、無性に聴きたくなる。ので、結構、定期的にモンクのアルバムを聴く機会を作る。モンクのアルバムの聴き直しは一通り済んでいるので、今回はライブ盤を中心に聴き直している。

今日はこのライブ盤を聴く。Thelonious Monk『Monk in Tokyo』(写真左)。1963年5月21日、東京はサンケイホールでのライブ録音。来日公演のコピー「モダン・ジャズの未知の世界を聞く、高僧セロニアス・モンク四重奏団公演」。パーソネルは、Charlie Rouse (ts), Thelonious Monk (p), Butch Warren (b), Frankie Dunlop (ds) 。

僕はこのモンクの来日公演のライブ盤に、セロニアス・モンクの、セロニアス・モンク四重奏団の真面目さと純朴さと誠実さを感じて止まない。このライブ盤に収録されている演奏は、決して絶好調のモンクではない。とにかく硬い。そして、とにかく安全運転である。

そんなモンクの気持ち、モンク四重奏団の気持ちは良く判る。あまり良く知らない極東の地「日本」。黒い髪の毛、黄色い肌、背格好がちょっと小ぶりな人達。そんな人達がサンケイホールに集結。しかも、自分達の演奏を大いに評価し、大いに楽しみしているのだ。
 

Monk_in_tokyo

 
嬉しいやら、ちょっと怖いやら。そんなモンク四重奏団の気持ちが良く判る。その気持ちがこのライブ盤の演奏に反映されているようだ。自分達の演奏を大いに評価し、大いに楽しみしている、異国の地の人達。その期待に応えなければ、その想いに応えなければ、と思って、緊張して演奏に立ち向かう。

硬くもなるし、破綻を避けた、ミスタッチ、ミストーンを避けた、安全運転な聴き心地の良い、こぢんまりした演奏になってしまうのは否めない。とにかく精一杯、よそ行きを着た、カッチリした演奏に終始している。でも、僕はこのライブ盤のモンク四重奏団の演奏が愛おしい。

モンク四重奏団の真面目さと純朴さと誠実さを十分に感じる。モンク四重奏団からすると、日本人の聴衆ってほとんど初対面。日本も初めて訪れる遠い異国の地。そんな状態で、最高の演奏をいきなり出来る筈が無い。それでも、このライブ盤から感じるのは、モンク四重奏団の演奏は決して「ええかげんものでは無い」ということ。

実は、このライブ盤、日本ではあまり評判は芳しく無い。確かに、モンクの最高のインプロビゼーションと比べたら、硬いし、こぢんまりしている。よそ行きの演奏である。でもなあ、カッチリしてるし、大人しい演奏やけどミスは皆無やし。とにかく、モンクって誠実な人なんやな〜、と変なところに感心してしまうんやなあ。

とにかく、辛口の評に怯んで聴かないでおくには、ちょっと勿体ないと思う。カッチリしている分、軽い気持ちで気軽に聴ける、モンクのライブ盤です。僕は意外とこのライブ盤が好きです。

 
 

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2015年8月18日 (火曜日)

ジャッキーとデックスのライブ盤

1960年代後半から、ジャッキー・マクリーンはフリーキーなトーンに走った。通常のハードバップには留まらず、自己改革に走った。さすがである。で、デクスター・ゴードン(愛称はデックス)はと言えば、1960年初頭にはニューヨークのジャズ・シーンに見切りをつけて、欧州に渡った。この思い切りも天晴れである。

ジャッキー・マクリーン(愛称はジャッキー)は欧州には渡っていない。1968年、コネチカット州で教職に就く。教職に就いて音楽活動を休止するが、1970年代前半にスティープル・チェイスと契約して活動再開。スティープル・チェイスの拠点はコペンハーゲン。このコペンハーゲンのジャズ・ハウス「モンマルトル」でのライブ録音が有名になる。

Jackie McLean featuring Dexter Gordon『The Meeting』(写真左)と『The Source』(写真右)。そんなジャッキー・マクリーンとデクスター・ゴードンが共演したライブ盤である。1973年7月20日と21日。もちろん、コペンハーゲンのジャズハウス「モンマルトル」でのライブ録音である。

ちなみにパーソネルは、Jackie McLean (as), Dexter Gordon (ts), Niels Henning Orsted Pedersen (b), Alex Riel (ds), Kenny Drew (p)。当時のスティープル・チェイスの看板ジャズメンがズラリと名を連ねる。

これがまあ、素晴らしいライブ盤である。このレーベルは欧州のレーベルとしては、比較的、米国系のレーベルに近い演奏の色や雰囲気を持っていて、ハードバップ系の演奏に秀作が多い。このライブ盤2枚も基本的にハードバップ。
 

The_meeting_the_source_2  

 
ジャッキーはちょっとフリーキーなトーンに走る。しかし、デックスは全く気にしない。ジャッキーは尖ったフレーズを吹きまくって、先鋭的なハードバップを表現する。しかし、デックスは全く気にしない。デックスは欧州に来て久しい。欧州ジャズの十八番とも言える、モード系・フリー系のジャズには精通している。

ジャッキーの先鋭的なハードバップなフレーズをガッチリ受け止めて、デックスの考える「ハードバップなフレーズ」を繰り出す。
 
これがまあ、さすがはデックス。旧来のハードバップとは全く違う、ジャッキーの先鋭的でハードバップなフレーズの上を行く、モーダルでフリーキーな魅力的なアドリブ・フレーズの数々。

デックスの器の大きさと、デックスの欧州でのジャズの研鑽を垣間見るようである。ジャッキーには悪いが、このライブ盤2枚はデックスの為にある。しかし、ジャッキーも只者では無い。デックスのフレーズに触発されて、フリーキーなトーンに頼らずに、先鋭的なハードバップな革新的フレーズを連発するようになる。

熱気溢れる、凄まじいばかりのテンション溢れる、1970年前半の時代の先端を行くハードバップ。これが北欧はコペンハーゲンで連夜、演奏されていた。その事実を、この『The Meeting』と『The Source』の2枚を聴き通すことで追体験することが出来る。

 
 

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2015年8月17日 (月曜日)

日本人発の先進的なエレ・ジャズ

今からちょうど40年前。1975年2月、エレクトリック・マイスルの日本公演、後の『アガルタ』『パンゲア』の世界からジャズに入った経緯があるので、1960年代終盤から1970年代前半のエレクトリック・マイルスは大好きである。

そんな1960年代終盤から1970年代前半のエレクトリック・マイルスを踏襲する日本人集団がある。日本のジャズ・サックス奏者、菊地成孔が主宰のビッグバンドdCprG(ディー・シー・ピー・アール・ジー)である。「dCprG」とは何の略か。「DATE COURSE PENTAGON ROYAL GARDEN」の略である。

このdCprGが、1960年代終盤から1970年代前半のエレクトリック・マイルスのコンセプトをベースに、ポリリズム中心のリズム&ビート、ファンク・ビートを織り交ぜながら、現代音楽からフリー・ジャズの要素を取り入れたエレクトリックなジャズをやるのだ。

しかも、このdCprG、1960年代終盤から1970年代前半のエレクトリック・マイルスを踏襲するだけでなく、現代的な音の要素や電子音、現代音楽的な効果音などを取り入れ、21世紀のエレクトリック・マイルスな音世界を現出している。

当初はCDJ、キーボード、テナーサックスを兼任するバンドマスターの菊地の他に、キーボード、ギター2人、ベース、ドラムス2人、パーカッション、タブラ、ソプラノサックスの10人編成で結成。ブラスセクション(トロンボーン、トランペット、チューバ)が増員された場合、最大14人編成のビッグバンドである。
 

Dcprg_pbsaf_sino

 
まずはこのアルバムからだろう。デビューアルバムの『Pan-american Beef Stake Art Federations / Sino(全米ビーフステーキ・アート連盟)』(写真左)。2001年のリリース。菊地成孔の「DATE COURSE PENTAGON ROYAL GARDEN」の初音源は、このROVOとのスプリット・アルバム。

破壊的なdCprGに対しあくまで踊る事を提供するROVO。しかし、どちらにしても、このアルバムに詰まった音世界は、まさに「1960年代終盤から1970年代前半のエレクトリック・マイルス」そして、キング・クリムゾンの「Nuovo Metal(ヌーヴォ・メタル)」。目眩くポリリズム。飛翔するファンクビート。

収録されている曲はと言えば、「Sino(ROVO)」と「Pan-american Beef Stake Art Federations(dCprG)」の2曲。どちらも30分強の曲なんだが、全く飽きない。長い曲、インスト中心、観念的、大仕掛けな展開。これって「プログレッシブ・ロック」の定義やん(笑)。このdCprG/ROVOの音世界は、さしずめ「プログレッシブ・ジャズ」である。さすがにビッグバンド編成のエレクトリック・ジャズなので迫力がある。

しかし、この1960年代終盤から1970年代前半のエレクトリック・マイルスのコンセプトをベースに、ポリリズム中心のリズム&ビート、ファンク・ビートを織り交ぜながら、現代音楽からフリー・ジャズの要素を取り入れたエレクトリックなジャズって、米国ジャズや欧州ジャズには見当たらんよなあ。もしかしたら、日本が誇れるエレクトリック・ジャズなのかもしれない。

 
 

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2015年8月16日 (日曜日)

ピアノ・トリオの代表的名盤・46

今日は昼過ぎににわか雨が降って以降、夕方には涼しい風が吹いてエアコン要らず。猛暑の日にはエアコンの入った部屋であれ、さすがにジャズは聴けない。ここまでなんとか涼しくなるとジャズも聴き易くなる。

ジャズも聴き易くなると、やはり好きなジャズ・ピアノのアルバムに触手が伸びる。最近、このピアニストのアルバムをちゃんと聴き直さねば、と思い立って、アルバムを物色してはあれこれ聴き直している。

そのピアニストとは「テテ・モントリュー(Tete Montoliu)」。1933年生まれ、スペインのカタロニア出身の盲目のピアニストである。惜しくも1997年に鬼籍に入っている。耽美的なフレーズだが、情感豊かな瑞々しい音の響きと端正なタッチが個性。スペイン出身だからといって、スパニッシュなマイナー調のフレーズが出てきそうなんだが、テテの場合は無縁。

そのテテのピアノを感じるに絶好のピアノ・トリオ盤がこれ。Tete Montoliu『Tete a Tete』(写真左)。1976年2月の録音。ちなみにパーソネルは、Albert "Tootie" Heath (ds), Niels-Henning Orsted Pedersen (b), Tete Montoliu (p)。スティープルチェイスからのリリース。
 

Tete_a_tete

 
音的には欧州ピアノ・トリオの音である。ファンクネスはほとんど感じない。ピアノ・トリオの演奏はバランスが取れ、破綻は無い。「上手すぎて面白く無い」という珍妙な評論があったが、とにかく欧州ジャズのピアニストは皆一様に「上手い」。クラシック・ピアノの流れがあるのだろう。欧州ジャズにおいて、下手なピアニストに出会ったことは無い。

何と言っても、このアルバムのハイライトはラストの5曲目「カタラン組曲(Catalan Suite)」。テテの故郷カタロニアへの思いが溢れんばかりの組曲。この組曲は、彼の故郷カタロニア地方の伝承曲を素材としている。スペインらしいメランコリックなメロディーが美しい。組曲の構成、アレンジ共優秀で、欧州のピアノ・トリオ表現の一つの頂点を極めた演奏と言っても過言では無い。

ファンクネスによる粘りが無い分、圧倒的なドライブ感が話題になることが少ないテテのピアノではあるが、テテのピアノのドライブ感は半端では無い。そう言えば、テテ・モントリューって日本ではあまり話題になることが無い、評論家受けの悪いジャズ・ピアニストだったなあ。ジャズ雑誌の評論って意外と硬直していて偏りがあったんやなあ、と振り返って思う。

欧州のピアノ・トリオ盤として優秀な一枚です。耽美的なフレーズだが、情感豊かな瑞々しい音の響きと端正なタッチが個性。テクニック優秀で圧倒的なドライブ感。この『Tete a Tete』、彼の個性がバッチリ判る好盤です。

 
 

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2015年8月15日 (土曜日)

夏はボサノバ・ジャズ・その22

1960年代前半、米国を中心にボサノバ・ジャズの大ブームが起こった訳ですが、とにかく、アルバムを制作することが出来るジャズメンは何らかの形で、ボサノバ・ジャズのアルバムに手を染めている。まあ、猫も杓子もボサノバ・ジャズ、ってな雰囲気になった訳ですね。

まあ、商業的に「ボサノバ・ジャズのアルバムを出せば売れる」というノリだったのでしょうが、ボサノバ・ジャズのアルバムをいろいろと調べて聴いていると、意外とアーティスティックにチャレンジしていることが判ります。

そのチャレンジのひとつが「アレンジ」。ボサノバの楽曲をどうやってジャズにアレンジするか。これがなかなか追いかけてみると面白い。これは素晴らしいなあ、というアレンジもあれば、これはなんだ、と眉をしかめるアレンジもある(笑)。

例えばこのアルバム、Astrud Gilberto『Look to The Rainbow』(写真左)。1966年のリリースになる。このアルバムの聴きどころはアレンジ。アレンジにギル・エバンスとアル・コーンが担当している。特に帝王マイルスの盟友、ジャズメンの誰もが認めるギル・エバンスのアレンジには興味津々。
 

Look_to_the_rainbow

 
曲はボサノバでもアレンジをギル・エバンスが担当すると、しっかりとジャズ化されるから面白い。しかも、アルバム全体をギル・エバンス色で埋め尽くされる。それほど、ギル・エバンスのアレンジは個性的で魅力的。アル・コーンのアレンジも良い味出しているのですが、やはりこのアルバムではギル・エバンスのアレンジでしょう。

ギル・エバンスのアレンジは明快に正統な純ジャズ基調なんだが、意外とボサノバの持つ独特のアンニュイで退廃的な雰囲気を損なわない。アストラッドの物憂いボーカルにも意外とマッチしていて、このボサノバ・ジャズ盤、なかなかの内容になっています。

アストラッドのボーカルは決して上手くない。でも、雰囲気があるんですよね。アストラッドには、その雰囲気を活かすアレンジが必要なのですが、このギル・エバンスの採用は大成功でしょう。特に「I Will Wait For You(シェルブールの雨傘)」は良いですね。このアルバムの一番の聴きものでしょう。

アストラッドの魅力、気張ってないところ、キュートな雰囲気、気怠い柔らかい声が損なわれること無く、しっかりとボサノバをジャズ化するギル・エバンスのアレンジの才には脱帽です。アーティスティックに聴くことが出来るボサノバ・ジャズ盤です。

 
 

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2015年8月14日 (金曜日)

夏はボサノバ・ジャズ・その21

ジャズ・ボーカルは唯一苦手のジャンルである。どうも、普通のジャズ・ボーカル者の方々とは違った感じ方、違った聴き方をするらしく、ジャズ本で紹介されるジャズ・ボーカル盤に感じ入ることは何故か少ない。

ちょっと変わった聴き方を進めてきて、女性ボーカル盤の方が圧倒的に良く聴く。それでも、ジャズ・ボーカル者の方々が良いとする、レジェンドと呼ばれるべき女性ボーカリストについては余り聴かない。男性ボーカルは、何故か、フランク・シナトラとメル・トーメ、この2人に限定される。

さて「夏はボサノバ・ジャズ」の特集。今日はフランク・シナトラのボサノバ・ジャズ盤。そのアルバムとは『Francis Albert Sinatra & Antonio Carlos Jobim』(写真左)。1967年3月のリリース。ボサノバの祖、アントニオ/カルロス・ジョビンとの共演である。加えて、ストリングス・アレンジはクラウス・オガーマン。バック・バンドはジョビンのバンドである。

シナトラがボサノバを唄う。シナトラ者の僕にとっては興味津々のアルバムである。ボサノバの特徴である、アンニュイでちょっと気怠い感じでフワフワと唄うのかと思いきや、それは無いでしょうね。シナトラがフワフワと気怠く唄うなんて思えません(笑)。シナトラはその卓越した歌唱力によって「ザ・ヴォイス」と呼ばれる。そんなシナトラ、ボサノバをどう唄いこなすのか。

このシナトラのボサノバ盤を聴いて納得。シナトラはボサノバの名曲をボサノバの歌唱方法に迎合すること無く、堂々とシナトラらしく朗々と歌い続けてゆきます。とにかく朗々とシナトラらしく唄い上げていく。素晴らしい歌唱です。これぞ「ザ・ヴォイス」。しかし、ボサノヴァの雰囲気にあわせ、ビブラートをあまり使わずソフトに歌い上げるところはさすがです。
 

Sinatra_jobim

 
冒頭の「The Girl From Ipanema」、邦題「イパネマの娘」を聴けば、その雰囲気が良く判ります。アンニュイで気怠いボーカルで有名な、このボサノバ曲をシナトラは堂々と朗々と唄い上げていきます。正統な純ジャズにアレンジされた「イパネマの娘」。すっくと背筋が伸びて、堂々と歩く「イパネマの娘」。

余談になりますが、この『Francis Albert Sinatra & Antonio Carlos Jobim』というシナトラとジョビンの共演盤って、ビルボードアルバムチャートの最高位19位、28週もランクインし続けるという大ベストセラーなアルバムとなったそうです。う〜んなるほど、判る様な気がするなあ。

シナトラはプレスリーやビートルズなどと並んで、20世紀の米国を代表するジャズ・ボーカリストであり、ジョビンはボサノバという新しいサウンドを作ったイノベーター。シナトラは、後にアメリカの記念切手となり、現在ブラジルのリオデジャネイロの空港は、アントニオ・カルロス・ジョビン国際空港という名前が付けられている。

それほどまでに偉大なシナトラとジョビン。その二人が共演して創ったボサノバ・ジャズの好盤。このアルバム、何度聴き返しても飽きることは無い。エバーグリーンなボサノバ・ジャズ盤である。何度聴いても惚れ惚れする。

 
 

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2015年8月13日 (木曜日)

ミッチェルの単独リーダー盤

ブルー・ミッチェルというトランペッターは不思議な存在である。テクニックは中庸、音も柔らかではあるが、スッと通る端正な音では無い。いわゆる「ヘタウマ」に分類される危険性のある「ゆらぎ」が気になったり、ドッキリしたり(笑)。

そんな「危険な」トランペットの音ではあるが、ホレス・シルバーというピアニストに出会うと、マッチョな堂々としたトランペッターに大変身。ホレス・シルバー自作の楽曲にミッチェルのトランペットの音は実に雰囲気が良く、ホレス・シルバーのピアノにミッチェルのトランペットは実に相性が良い。

しかし、単独でリーダー作を作ると、ちょっとゆらいだ、危ない雰囲気のトラペットになる。でも、このちょっと危ないトランペットの音が、なかなか風情があって、聴き進めていくと、なんとなく聴き心地が良くなってくる。

中音域を中心としたアドリブ・フレーズが耳に優しく、テクニックが中庸が故に、耳をつんざくハイノートや目眩く超高速フレーズが無い分、曲の持つ旋律、アドリブの持つ旋律が聴き分け易い。本格的にスピーカーに相対して真剣に聴く、という様なトランペットでは無いのだが、寛ぎつつ心地良い響きを楽しむ向きには、結構、良さげなトランペットである。

そんなブルー・ミッチェルの単独リーダー作の雰囲気を感じる事が出来るアルバムの一枚がこれ。Blue Mitchell『Blue Soul』(写真左)。1959年9月の録音。ちなみにパーソネルは、Blue Mitchell (tp), Curtis Fuller (tb), Jimmy Heath (ts), Wynton Kelly (p), Sam Jones (b), Philly Joe Jones (ds)。フロント3管のセクステット構成。
 

Blue_soul

 
リバーサイド・レーベルからのリリースなんだが、このとりとめの無いパーソネルの選定は、まるでプレスティッジ・レーベル。どう見たって、何を狙って集めたのかが判らない。その辺でブラブラしていたか、たまたまその日が空いていた、中堅どころのミュージシャンを集めて、エイヤッで録音した様な雰囲気をアリアリと感じる(笑)。

このアルバムを聴いていると、ブルー・ミッチェルって、意外と共演するメンバーに左右されない、我が道を行く、というか我が道を行くしか無い様な、結構頑固な個性が透けて見えてくる。頑固な個性というか、融通が利かないというか、如才なさが足らないというか、でもそれがブルー・ミッチェルのトランペットの良い面であることは事実である。

ブルー・ミッチェルのトランペットは、そこはかとファンクネス漂う乾いたブルージーな音色が特徴。中音域を中心としたアドリブ・フレーズ、ミッド・テンポのインプロビゼーションと「中間」がキーワードのトランペッター。

この「中間」がキーワードのトランペッター、ジャズメンって、他にいるようで実はなかなか見当たらない。そういう点が、単独でリーダー作を作る時のブルー・ミッチェルの存在意義といえる。この『Blue Soul』というアルバムは、そんな「中間」なトランペッター、ブルー・ミッチェルを心ゆくまで味わうことができる。

アルバム・ジャケットも中庸。洗練し損ねた様な、何と無く惜しい感じのジャケット。でも、これがなかなか味わい深く、ボンヤリ眺めているだけで、なんとなく「ジャズ」を、なんとなく「ハードバップ」を感じるから不思議だ。ジャズの成せる「マジック」である。

 
 

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2015年8月11日 (火曜日)

ブライアントのソロ・ピアノ盤

少し暑さが和らいだ千葉県北西部地方。暑さが和らいでくれば、ジャズも聴き易くなる。聴き易くなってくると、聴きたくなるのが、得意ジャンルのジャズ・ピアノ。

もともと、子供の頃、8年ほどクラシック・ピアノを習っていたこともあって、ピアノは今でも少し弾ける。ジャズを聴きはじめて、やはり自ら弾ける楽器に親近感を覚える。ということで、ジャズを聴き始めて37年。37年間、ずっとジャズ・ピアノは僕の得意ジャンルである。

好きなピアニストは結構いるが、このレイ・ブライアントなどは僕の大のお気に入りのピアニスト。ブライアントが両掌を開いた印象的なジャケ写で有名な、ソロ・ピアノの大名盤『Alone At Montreux』に出会ってファンになって以来、ずっとお気に入りのピアニスト。

僕はこのブライアントのソロ・ピアノが好きで、良く唄うジャジーな右手にビートの効いた的確で重量級の左手、上品なファンクネス濃厚、ジャジーなスイング感良好なフレーズは、一度填まったら、その魅力から逃れることは出来無い。ジャズの良いところがてんこ盛りのソロ・ピアノ。

そんなブライアントのソロ・ピアノ盤で、僕が愛して止まない盤がもう一枚ある。そのアルバムとは、Ray Bryant『Alone With The Blues』(写真左)。1958年12月の録音。もちろん、パーソネルはピアノのレイ・ブライアントただ一人。
 

Alone_with_the_blues

 
ブルースを弾くというコンセプトが明瞭なこのアルバム、ブルージーでファンキーなピアノを弾くブライアントの個性を十分に感じ取ることができる好盤である。右手でブルースの旋律を唄い、左手でブルースのリズム&ビートを的確に雄弁に叩き出す。上品なメリハリを効かせたビハインド・ザ・ビート。

悪名高きプレスティッジ/ニュージャズからのリリースなので、アルバム・ジャケットのデザインはイマイチ。それでもコーティングの効いたブルー一色のブライアントのポートレイトは、このアルバムに詰まっているピアノの音のイメージを的確に伝えている。

エバンスやピーターソンの様に、大向こうを張る様な目を見張るようなテクニックや仰々しいまでのフレーズの展開はありませんが、印象的な左手、黒くてファンクネス溢れる右手のフレーズは、いぶし銀の様な滋味溢れる、「小粋」で小気味良い雰囲気満載です。ドラムとベースが不在でも十分にスイングしているところが凄い。

良いジャズ・ピアノ、良いソロ・ピアノです。派手派手の『Alone At Montreux』も大好き、でも、このいぶし銀の様な滋味溢れる『Alone With The Blues』も大好き。この2枚で、まずはレイ・ブライアントのピアニストとしての個性の主な部分を十分に感じ取ることが出来ます。お勧めの「隠れ名盤」です。

 
 

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2015年8月10日 (月曜日)

夏はボサノバ・ジャズ・その20

我が千葉県北西部地方。一昨日よりちょっと暑さが和らいで、雰囲気はちょうど「夏はボサノバ・ジャズ」にピッタリ。良いタイミングです。

さて、今日のボサノバ・ジャズは、Astrud Gilberto & Walter Wanderley『A Certain Smile, a Certain Sadness』(写真左)。邦題『サマー・サンバ』。1966年9月の録音。ジャズ大手ヴァーヴからのリリース。プロデューサーはフュージョンの祖、クリード・テイラー。

ちなみにパーソネルは、Astrud Gilberto (vo), Walter Wanderley (org), José Marino (b), Claudio Slon (ds), Bobby Rosengarden (per),  João Gilberto (g)。基本は、ワルター・ワンダレイのトリオ、ミーツ・アストラッド・ジルベルトというメンバー構成です。

ワンダレイのオルガンとアストラッドのボーカルの相性が意外と抜群に良い。オルガン・ジャズの良いところとボサノバ・ジャズの良いところが融合して、緩さに流されない、結構カッチリした、華やかでポップなボサノバ・ジャズなアルバムに仕上がっている。

ボサノバにジャズ・オルガンがこんなにフィットするとは思わなかった。ジャズ・オルガンは、滴り落ちるようなコッテコテのファンクネスが特徴で、ボサノバは気怠くアンニュイな雰囲気が特徴で、ジャズ・オルガンとボサノバの共演、と聴くと、完全に「水と油」と思ってしまうんだが、これは大いなる誤解。
 

A_certain_smile_a_certain_sadness

 
恐らく、アストラッドのそこはかとなく漂うコケティッシュな雰囲気が、このジャズ・オルガンのコッテコテのファンクネスと融合して、一種の「化学反応」を起こすのではないか、と睨んでいる。オルガンの音と融合することで、ボサノバがグッと「ジャズ化」するのだ。

そして、このアルバムを聴いていて、なんだか本格的なボサノバ・ギターが聴こえるなあ、良いなあ、と思うのですが、それもそのはずで、これって、アストラッドの元夫ジョアン・ジルベルトのギターなんですよね。パーソネルを見てビックリしました。

ジョアン・ジルベルトとは、ボサノヴァを創成した一人で、「ボサノヴァの神」と呼ばれるほどの素晴らしいギタリスト&ボーカリスト。このジョアン・ジルベルトの参加が、このアルバムが「ボサノバ・ジャズ」のアルバムであることをシッカリと想起させてくれます。

ジャケット写真を見ると「冬のボサノバ・ジャズ」って感じで、夏にこのジャケット写真を見ると思わず汗が滲み出てきますが(笑)、夏に聴いても良い感じです。ワンダレイのオルガンの響きが意外と硬質な爽やかさを含んでいるからだと感じています。アストラッドの歌声は相変わらず。気怠くアンニュイな雰囲気濃厚のボーカルは実に雰囲気があって魅惑的です。

 
 

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2015年8月 9日 (日曜日)

夏はボサノバ・ジャズ・その19

今年の夏は相当な「酷暑」である。我が千葉県北西部地方は、小笠原地方を直撃している台風のお陰(?)で、昨日より、涼しい風が吹き始め、昨日、今日と室温は30度を超えることは無かった。通常の夏の状態にまで気温は下がった感がある。でも、西日本は酷暑が継続しているので、ほんと「これはたまらん」という感じの暑さなのだ。

さて、これだけ酷暑が続くと、通常のジャズを聴くどころでは無い。というか、音楽を聴くどころでは無い今年の酷暑ではあるが、今年もこの季節にやります。「夏はボサノバ・ジャズ」特集。今日から暫くは、「夏はボサノバ・ジャズ」特集で避暑に努めます(^_^)v。

今日のアルバムは、Astrud Gilberto & Stan Getz『Gets Au Go Go』(写真左)。1964年5月は「Cafe Au Go Go」での、1964年10月は「Carnegie Hall」でのライブ録音。ボサノバ路線で当時ブレークしたゲッツと、人気抜群の女性歌手アストラッド・ジルベルトをメインに据えた企画盤。

ちなみにパーソネルは、Stan Getz (ts), Astrud Gilberto (vo), Kenny Burrell (g), Gene Cherico, Chuck Israels (b), Gary Burton (vib), Joe Hunt, Helcio Milito (ds)。なかなかのメンバーを揃えている。

リーダーのスタン・ゲッツが、ボサノバ・ジャズを始めたのは『Jazz Samba』で1962年のこと。1963年には『Getz/Gilberto』で大ブレイク。その大ヒットを受けての、このライブ盤『Gets Au Go Go』である。聴衆の反応を聴いてみても、結構、盛り上がっている。当時、ニューヨークでのボサノバ・ジャズの流行度合いを耳で感じることが出来る。
 

Getz_au_go_go

 
当時、スタン・ゲッツは、このボサノバ・ジャズに商売的に相当入れ込んでいたらしく、ボサノバ・ジャズに関しては、えげつないくらいに商魂たくましかったらしい。このアルバムを聴いていても、スタン・ゲッツのテナーの音だけ、録音レベルが高い。他の楽器は良く聴かないと聴こえない位、ゲッツのテナーだけが目立っている。

ゲーリー・バートン(ヴァイブ)、チャック・イスラエル(ベース)、ケニー・バレル(ギター)などなど、豪華なバックなんだが、あまりにゲッツのテナーだけが目立って、録音バランスが悪いのがこのアルバムの玉に瑕なところである。

ジャズ者の皆さんが指摘しているが、確かにアストラッドの唄は上手くない。でも、ボサノバという切り口で聴くと、この気怠くアンニュイな雰囲気濃厚のボーカルは実に雰囲気がある。唄のテクニックとしては上手くないところが、ボサノバという切り口では乾いた色気の「揺らぎ」というプラスの効果に跳ねるのだから面白い。

あまりにゲッツが目立つ音作りの為、演奏全体のバランスが悪く、きめ細かさに欠け、アルバム全体の印象は「かなり大雑把」。好盤・名盤の類には及ばないが、当時のボサノバ・ジャズの流行度合いを耳で直接感じることが出来るところは、このアルバムの存在意義のあるところだろう。

ボサノバ路線で当時ブレークしたゲッツと、人気抜群の女性歌手アストラッド・ジルベルトで、「一発」をレコード会社が狙って発売した一枚で、当時は売れに売れたと思う。が、今から振り返ると、この「大雑把な出来」がマイナス評価。でも、ボサノバ・ジャズの個性と雰囲気はしっかりと押さえられていて、たまに聴き流すには丁度良い塩梅の「ボサノバ・ジャズ盤」ではある。

 
 

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2015年8月 8日 (土曜日)

70年代クラプトンのラスト盤

立秋である。いきなり涼しくなった我が千葉県北西部地方。今日は最高気温は30度止まり。家ではエアコン要らず。窓を開けっ放しにして、室温は30度に至らず。夜になっても涼しい風が吹き抜けていく。とにかく、猛暑続きの毎日。ホッと一息の週末である。

さて、今日は「ジャズの合間の耳休め」。70年代ロックの世界である。とは言っても、今日のアルバムは正確には「70年代ロックの延長線上」。70年代ロックのレジェンドが80年代以降にリリースした好盤の数々を聴き進めている。

ということで、改めて今日のアルバムは、Eric Crapton『Money and Cigarettes』(写真)。僕達は省略して「マネシガ」と呼んでいる(笑)。1983年のリリース。ロック界はパンクブームが去り、AORが下火になり、軽薄短小の80年代MTVの時代へと突き進み始めた頃。ロックは、何をトレンドに何を目標に音作りをしているのか、全く判らない環境になっていた頃。

そんな中、このアルバムを聴く限り、クラプトンは健在であった。アルバム全体を覆う「ゆったりとしたレイドバックな雰囲気」が実に良い。バハマ諸島のナッソーという録音環境の選択がピタリと当たったのだろう。70年代クラプトンをしっかりと踏襲している。70年代クラプトン者として、聴き応えは「満点」。

そして、このアルバム、ゲストメンバーを見渡せば「おおっ」と思う。70年代に入って、スワンプからレイドバックと米国ルーツ・ロックを踏襲してきたクラプトンが、一緒に演奏してみたかった、彼の憧れの米国ルーツ・ミュージックの大御所達を集めて作ったアルバムでもあります。
 

Money_and_cigarettes

 
前の「アナチケ」バンドから、ギタリストのアルバート・リーのみを引き連れ、マッスル・ショールズのドラマーのロジャー・ホーキンズ、ブッカー・TとMG’sのベーシストのドナルド・ダック・ダンのリズム・セクションに、ライ・クーダーを加えて、濃厚な米国ルーツ・ロックを展開しています。

70年代前半でしたら「野趣溢れる」米国ルーツ・ロックがメインになったのでしょうが、このアルバムの録音年は1983年。下火になったAORの雰囲気をほど良くブレンドして、大人の「リラックスした余裕のある」米国ルーツ・ロックに仕上がっています。80年代の『No Reason To Cry』的なアルバムと評した方がいましたが、なるほど、けだし「言い得て妙」ですね。

プロデューサーはアトランティックで南部のR&Bを長くつくってきたトム・ダウド。ダウドはクラプトンの70年代前半の名盤『Layla and Other Assorted Love Songs』のプロデューサーでもある訳で、この『マネシガ』は、80年代の『Layla』を狙ったところもあるなあ、と妙に感心したりします。

振り返ってみると、このアルバムは70年代クラプトンの最後のアルバムだと思います。次のアルバムからは、80年代ロックの妙な雰囲気を取り込んだポップ・ロックに邁進してしまうクラプトン。それでも、この1983年に、実に滋味溢れる、70年代クラプトンの最後のアルバムをものにしました。

クラプトンのディスコグラフィーの中で、あまり目立たないアルバムなんですが(恐らく、この地味なジャケット・デザインの雰囲気でも損をしている様な気がする)、僕は70年代の『Layla』と『No Reason To Cry』とセットで楽しむ、クラプトンの隠れ好盤としてお気に入りの一枚です。

 
 

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2015年8月 7日 (金曜日)

ジョージ・ベンソンの純ジャズ

酷暑である。我が千葉県北西部地方の県庁所在地・千葉では最高気温38.5度、観測史上の最高気温を記録したとのこと。夕方、陽が落ちても熱風が吹き荒れている。

1970年代後半、ギターを弾いて唄えば、「フュージョン・ギタリストの余芸だろ」と揶揄され、1980年代に入って、唄いながらギターを弾けば、「ブラコンでしょ」と曲解され、ジョージ・ベンソンのボーカルは正当に評価されることが無かった様に思う。

とにかくジャズ評論家の方々が手厳しい。何をやっても「ギタリストの余芸」、何をやっても「ブラコンであってジャズじゃ無い」。ベンソンとしては、この訳の判らない人達を一度仕切ってしまわねば、と思っていたに違いない。

1989年、ベンソンは満を持して、このアルバムをリリースする。George Benson『Tenderly』(写真左)。ジョージ・ベンソンがジャズ・ギターを弾いて、ジャズ・ボーカルを披露する、ベンソンの戦略的なアルバムである。

アレンジは、西海岸ジャズの代表的アレンジャーのMarty Paichが担当する。ベースはRon Carter、ドラムスはLouis Hayes/Herlin Riley/Al Fosterの3人が分担、ピアノはMcCoy Tynerの、純ジャズ志向のリズム・セクション。もちろんギターはジョージ・ベンソン(George Benson)。

収録曲は以下の通り。1曲目から3曲目は、ジャズ者であれば直ぐに判る「超・スタンダード曲」。冒頭は「You Don't Know What Love Is」。この名曲バラードをボーカルとお得意のギター&スキャットでクールに唄い上げていく。

2曲目の「Stella By Starlight」はスインギーなビートで爽やかなアレンジがユニーク。3曲目の「Stardust」は、もう黙って聴き耳を立てるしか無い熱唱。
 

George_benson_tenderly 
 
1.You Don't Know What Love Is
2.Stella By Starlight
3.Stardust
4.The Mambo Inn
5.Here There And Everywhere
6.This Is All I Ask
7.Tenderly
8.I Cpuld Write A Book

 
そして、5曲目のビートルズ・ナンバーが実に良い。もはやジャズ・スタンダード曲となった「Here There And Everywhere」。この曲ではベンソンのボーカルも良いが、やっぱり聴きものはギターでしょう。このギターを聴くと、やっぱりベンソンはギターがええなあ、と改めて感心してしまいます。

7曲目の「Tenderly」では、ベンソンのギターを堪能できます。何かと揶揄されるベンソンのギターですが、この曲でのプレイを聴いていると、これだけの表現力の幅の広さ、奥の深さのあるジャズ・ギターはそうそうあるものではありません。揶揄されるいわれのない素晴らしい才能です。

ラストの「I Cpuld Write A Book」は、もはやこれはコンテンポラリーな純ジャズ。ロンのベース、フォスターのドラム、マッコイのピアノ、そしてベンソンのギター。非常にオーソドックスな味わいに満ちた演奏。実にアーティスティック。

実に良い出来のコンテンポラリーな純ジャズ盤です。ベンソンのギター、ベンソンのボーカル、共に徹頭徹尾、ジャズしてます。プロデューサーのTommy Lipumaが良い仕事してます。リッチでゴージャスなサウンドを創出しながら、決して陳腐にならない、優れたプロデュースが、このベンソンのジャズ盤を惹き立てています。

 
 

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2015年8月 6日 (木曜日)

暑い夏、聴くジャズは「ギター」

暑い夏、酷暑の夏。今日も暑かった。今日も東京は最高気温36度。夕方6時過ぎには久し振りに震度4の地震のおまけ付きである。

暑い夏に聴くジャズは、決まって「ギター」が優先。テナーやペットは暑苦しくていけない。ギターは爽快感があって耳当たりが良い。ギタリストは選ばなければならないが、「夏にはギター」が、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の長年の習わしである。

そんな習わしの中で選んだアルバムが、George Benson『I Got a Woman and Some Blues』(写真左)。1969年に録音されたが、1984年までリリースされなかった音源である。ちなみにパーソネルは、リーダーでギター+ボーカルのジョージ・ベンソン以外、不詳。この記録の不備が、1984年までリリースされなかった理由の一つかもしれない。

収録された演奏は当時の未発表テイクを含む、6つのセッションからの落ち穂拾い集である。落ち穂拾い集というのは、アルバム全体の統一感が損なわれる傾向が強いが、このベンソンの落ち穂拾い集はそんな印象は全く無い。逆に、意外と統一感があって、一つのセッションからの正式盤ではないか、とも聴き取れる。

1969年の6つのセッションからの寄せ集めではあるが、もう既にベンソンは唄っている。それも実に堂々と唄っていて、ウエスの様に弾き、自らが唄うギタリストであるジョージ・ベンソンの個性が既にしっかりと確立されているのに感心する。とにかく、この落ち穂拾い集に収録されているベンソンの唄は実に味がある。
 

I_got_a_woman

 
唄の傍らで弾くギターも堂々としたものだ。イメージは「ウエス・モンゴメリー」。オクターブ奏法も堂に入っており、ぼ〜っと聴いていたら、ウエスのアルバムかと勘違いしそうなほど良く似ている。が、ベンソンの方が明らかにポップ。ウエスはそこはかと無く、伝統的な古き良き時代のジャズ・ギターの雰囲気を引き摺っているが、ベンソンはそこはスカッと抜けている。

イージーリスニング・ジャズと言われようが、ムード・ジャズと言われようが、これは俺のジャズ・ギターのスタイルなんだ、という、ベンソンの絶大なる自信めいた矜持が窺い知れる。とにかく、ギターも唄も堂々としていて爽快である。

そういう爽快なところが僕はお気に入りである。フュージョン・ジャズ系のギタリストの中では、このベンソンは真っ先に僕のお気に入りギタリストになった。最初のお気に入り盤は『In Concert-Carnegie Hall(邦題:サマータイム2001)』(2013年7月24日のブログ参照・左をクリック)だった。

この落ち穂拾い盤『I Got a Woman and Some Blues』も「なかなか」である。出会って5年ほどになるが、意外と気軽に聴くベンソン盤である。ベンソンのギターと唄はポップ。でも、底にはしっかりジャズがある。そこが良い。

 
 

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2015年8月 5日 (水曜日)

実に粋なギターアルバムである

暑い。酷暑である。たまらない。我慢できない。でも、かといって騒いだからと言って暑さが和らぐ訳では無い。あと1ヶ月もすれば、きっと少しは涼しくなっている。

ということで、暑いからと言って、ジャズを聴かないということは無い。なんせ我々にはエアコンという文明の利器がある。エアコンの効いた部屋の中では、十分にジャズは聴ける。というか、意外とエアコンの効いた静かな部屋の中で聴くジャズって、なかなか良い感じなのだ。

今日は相当久し振りにこのアルバムを聴いた。Kenny Burrell『Blue Moods』(写真)。渋い渋いジャズ・ギター中心のアルバム。1957年2月の録音。初出の時のアルバムタイトルは『Kenny Burrell』。いわゆるデビュー盤っていうことかな。 『Blue Moods』というタイトルは、このアルバムがリイシューされた時に付けられたタイトル。

太く明確でブルージーで黒いギターのケニー・バレル。ファンクネスたっぷりのアーバンな雰囲気濃厚なジャズ・ギター。むっちゃ粋であり、むっちゃムーディーである。冒頭の「Don't Cry Baby」から聴き進めていくにつれ、バレルのギターの音色とフレーズに惚れ惚れする。
 

Kenny_burrell_blue_moods  

 
ちなみにパーソネルは、Kenny Burrell (g), Cecil Payne (bs), Tommy Flanagan (p), Doug Watkins (b), Elvin Jones (ds)。今から思えば凄いメンバーだ。特に、バリトン・サックスのセシル・ペインの参加がユニークである。何を狙ってのバリトン・サックスの参入なのかは良く判らないんだけど(笑)。

名盤請負人の誉れ高い「いぶし銀ピアニスト」、トミー・フラナガンがいる。太っとくしなるような「しなやか」ベースのダグ・ワトキンス。そして、ポリリズムとはこれだ的なドラミングが素敵なエルビン・ジョーンズ。このリズム・セクションが凄い。実に躍動感溢れる、硬軟自在、変幻自在、遅速自在な柔軟性溢れるリズム&ビートを繰り出す。

このリズム・セクションを従えてのケニー・バレルのギターである。悪かろう筈が無い。とっても素敵な「ひととき」を提供してくれる。至高の5曲「Don't Cry Baby」「Drum Boogie」「Strictly Confidential」「All of You」「Perception」の37分弱があっと言う間である。

録音時期は1957年。ハードバップの最盛期。そんな充実した環境の中で、実に趣味の良い、実に粋なギターアルバムがリリースされていた。なかなかジャズ紹介本や入門本には載らないアルバムであるが、これは好盤である。初心者からベテランまでジャズ者のあらゆる方々にお勧めです。

 
 

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2015年8月 4日 (火曜日)

酷暑の夏にバラード集はいかが

暑い。酷暑である。我が千葉県北西部地方は連日の「猛暑日」。さすがに39.9度とまではいかないまでも、37度超えもあって、全国でも暑い方だろう。出身は大阪なので、大阪の夏に比べるとこちらの夏の方が酷暑の度合いが違うが酷暑なのには違いない。

ここまで暑いとエアコンは欠かせない。というか、欠かすと生死に関わる気がする。電気代がどうのとか、電気がどうのとか、言っておれない。エアコンがあるお陰で、この酷暑も何とか耐えている、と言える。

エアコンがあれば涼しい部屋は手に入る。部屋が涼しくなればジャズも聴ける。でも、窓から見える夏の陽射しは燃える様で、照り返しなどで、ジンワリ暑さが窓越しに伝わって来る。そうなれば、ハードな手に汗握るジャズは敬遠される。さすがに額に汗が滲み出てくる。

そうなると、バラード演奏などが良い、ということになる。が、トランペットなどは何となく音が高くて耳を突かれるようで、真夏の酷暑の日にはちょっと敬遠してしまう。アルトサックスも同様。ということで、楽器的には、テナーサックスからバリトンサックスの音が低くて落ち着いた音のバラード演奏が良い、という選択になる。

テナーサックスのバラード集と言えば、ジョン・コルトレーンの『バラード』が有名なんだが、これはちょっと聴き飽きた。しかも、高速シーツ・オブ・サウンドが十八番のコルトレーンがバラード一辺倒のアルバムを出す、ってところがどうにも違和感がつきまとう。

何かよいテナーサックスのバラード集は無いのかなあ、と探していたら、あったあった。Branford Marsalis『Eternal』(写真左)である。2003年10月の録音。2004年のリリースになる。ちなみにパーソネルは、Branford Marsalis (sax), Joey Calderazzo (p), Eric Revis (b), Jeff "Tain" Watts (ds)。
 

Eternal

 
そう言えば、このアルバム、スイング・ジャーナルの2004年度ジャズディスク大賞金賞を受賞したアルバムでした。ブランフォード・マルサリスのバラード集である。マイナー・キーの曲が多く収録されていて、アルバム全体の雰囲気は清冽でくすんだグレー。クールでありながら暗くは無い、一本筋の入ったブロウにブランフォードのセンスを感じます。

このブランフォードのバラード集を聴いていて「温故知新」という故事成語を思い出しました。過去にはコルトレーンの『バラード』という名盤があるんですが、このコルトレーンの『バラード』の存在を踏まえて、ブランフォードの個性を活かした、ブランフォードの考える「バラード集」をしっかりとまとめ上げているところに、ブランフォードの矜持を感じます。

ブランフォードはマルサリス一家の一員として「優等生」というレッテルと貼られて、何をやっても「優等生は駄目だ」「優等生は鼻持ちならん」などど「いわれの無い」批判にさらされることが多いが、フラットなスタンスで聴いて見ると、素性確かでテクニック豊かな、非常に優れたテナーマンであることが良く判る。

音楽とは「音を楽しむ」と書く。このブランフォードのバラード集も聴いてみて「いいね」と思ったら、それはそれで良いのでは。どうもテナーマンの評価というのは、誰もが皆、コルトレーンと比較して論ずるので、どうにも具合が悪い。ブランフォードのテナーのスタイルとコルトレーンのテナーのスタイルは全く似て非なるもので、比較すること自体、無理な気がする。

これだけのバラードプレイを吹ききることができるテナーマンって、そうそうはいないですよ。現代から過去を振り返ってみても、ブランフォードのこのバラードプレイは10本の指に入るんじゃないでしょうか。マルサリス一家だからと頭っから聴かず嫌いというのもどうかな、とは思います(笑)。

 
 

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2015年8月 2日 (日曜日)

昼下がりSP・デュオ盤特集・5

暑いですね〜。今日は、我が千葉県北西部地方は気温36度超え。しかも、一滴も雨が降る気配が無く、カラカラの「東京砂漠」状態です。もはやここは日本では無い。亜熱帯地方の身体に悪い、湿気の高い暑さである。

これだけ暑いと普通のジャズは聴けない。ボサノバ・ジャズの様な爽快感でライトなジャズか、シンプルで聴き心地の良いデュオ構成のジャズ辺りが一番良い。ということで、昨日から再び「昼下がりSP・デュオ盤特集」です。第5弾のアルバムは、John Abercrombie『Timeline』(写真左)。

John Abercrombie(写真右) のギターと Andy LaVerne のピアノとのデュオ演奏集。2002年9月の録音になります。このデュオ盤のジャケットを見つつ収録曲を見渡すと、Bill EvansのピアノとJim Hallのギターとのデュオ盤『Undercurrent』と『Intermodulation』への限りなく深いオマージュを感じます。 

この盤を聴いてみると、その感は一層強くなります。ジョン・アバークロンビーのギターは、ジム・ホールの個性を良く研究して、そのエッセンスを織り交ぜて、繊細でイマジネーション豊かなギター表現を実現しています。そして、アンディ・ラバーンのピアノは、ビル・エバンスに良く学び、ビル・エバンスのタッチをより明快にしたもの。

収録曲を見てみると、さらに、Bill EvansのピアノとJim Hallのギターとのデュオ盤『Undercurrent』と『Intermodulation』との共通点を見出すことが出来ます。以下はこのデュオ盤の収録曲なんですが、Bill EvansのピアノとJim Hallのギターとのデュオ盤『Undercurrent』と『Intermodulation』の収録曲を多く採用しています。
 

Timeline

 
  1. My Funny Valentine (Undercurrent)
  2. Darn That Dream (Undercurrent)
  3. You Go To My Head
  4. Skating In Central Park (Undercurrent)
  5. Inner Voice
  6. Stairway To The Stars (Undercurrent)
  7. I'm Getting Sentimental Over You (Undercurrent)
  8. All Across The City(Intermodulation)
  9. Chance Meeting
10. Turn Out The Stars (Intermodulation)
11, Adagio
 

全11曲中、『Undercurrent』と『Intermodulation』の収録曲が7曲と約8割を占めます。面白いのは、このAbercrombie『Timeline』を聴いていると、Bill EvansのピアノとJim Hallのギターとのデュオ盤『Undercurrent』と『Intermodulation』を聴いている様な錯覚に陥る時があります(笑)。

それでも、ジョン・アバークロンビーのギターとアンディ・ラバーンのピアノの個性は十分に反映されていて、エバンスとホールのデュオ盤とはまた違ったデュオ演奏を楽しむことが出来ます。

21世紀に入って、こういうジャズの古典的名盤へのオマージュ的なデュオ演奏を聴くことが出来るなんて、ジャズって本当に奥が深いですね。良い演奏で、ついつい最後まで聴き入ってしまいます。現代のジャズ・デュオ盤の佳作です。

 
 

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2015年8月 1日 (土曜日)

昼下がりSP・デュオ盤特集・4

暑すぎる毎日です。今日は、こちら千葉県北西部地方は最高気温35度。湿度も高く、危険な雰囲気のする暑さです。この暑さ、ほぼ全国的なものらしく、とにかく、皆さん、熱中症に、体調の崩れに十分に注意しましょう。

さて、これだけ暑くなると、熱気溢れるダイナミックな演奏のジャズは絶対に駄目。エアコンの効いた室内で聴いてい ても、汗が噴き出てくる感じになります。これではバテてしまう。ボサノバ・ジャズの様な爽快感でライトなジャズか、シンプルで聴き心地の良いデュオ構成のジャズ辺りが一番良いかと思われます。

ということで、今日から再び「昼下がりSP・デュオ盤特集」です。第4弾のアルバムは、Lee Konitz『Lee Konitz Duets』(写真左)。1967年9月の録音。

アルバム・タイトルの通り「デュオ演奏」を集めた企画盤である。サックス奏者のリー・コニッツが、マーシャル・ブラウン(tb)、ジョー・ヘンダーソン(ts)、ジム・ホール(g)、レイ・ナンス(vn)、エディ・ゴメス(b) 等々、次々と相手を変えて二重奏を繰り広げている。全員で演奏したものはラストの「Alphanumeric」のみ。

このアルバムは、最近の評論家や老舗ジャズ喫茶のマスターの方々からは「つまらない」の一言で片付けられる傾向にある。何故か。知的に過ぎ、実験臭が感じられるところが「つまらない」とのこと。う〜ん、実際にこのアルバムの演奏にジックリと耳を傾けた結果の結論なんだろうか。実に不思議な結論に感じる。
 

The_lee_konitz_duets

 
デュオ演奏が中心なので、まず、しっかりとアレンジされ、しっかりと演奏展開のコンセプトについて事前に意思統一されている雰囲気が良く判る。その上で、演奏するジャズメンそれぞれが個性をしっかり出しつつ、実に伸び伸びとプレイしている。

アレンジに縛られることも無く、それぞれの個性が消されることも無い。ジャズっぽいリズム&ビートも十分、ノリも十分、ジャズとしてシッカリとした演奏がギッシリと詰まっている。う〜ん、このアルバムに詰まっているジャジーなデュオ演奏のどの辺が「つまらない」のかなあ。

もともと、このアルバム、デュオによって自己のインプロヴィゼーションの可能性をさらに探求したいと欲したコニッツ自身が、共演したいジャズメンに声を掛け、この意図について了解してくれた9人のプレイヤーが一堂に会し、わずか5時間で一気に完成させたものとのこと。

確かに、コニッツの目論見である「デュオによって自己のインプロヴィゼーションの可能性をさらに探求する」ことについては、十分にその目的を達成している。デュオ演奏の出来としても良好の好盤である。

ジャズというものは自らの耳で確かめることが大切な音楽ジャンルなんですが、このデュオ盤などはその良い例だと思います。最近の評論家や老舗ジャズ喫茶のマスターの方々からは「つまらない」の一言で片付けられる気の毒な盤ですが、聴いて見ると、それが誤解であることが良く判る。僕はこのアルバムのデュオ演奏の世界がお気に入りです。好盤だと思います。

 
 

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