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2015年7月の記事

2015年7月31日 (金曜日)

暑気払い「モーダルなジャズ」

暑い。とてつもなく蒸し暑い。今年の夏の暑さは厳しい。こちら千葉県北西部地方も、今年はとびきりの蒸し暑さです。どうなっているんでしょうね。術後の身体にグッと堪えます。

ここまで暑いとジャズを聴く気も起きなくなりそうですが、現代ではエアコンという文明の利器がある。このエアコンが効いた涼しい部屋の中でのジャズって、意外と良い感じなんですよね。とにかく、エアコンの無い暑い部屋の中ではジャズはいけない。熱中症になります(笑)。

さて、エアコンの効いた部屋の中では爽快なジャズが良い。爽快なジャズなあ、と思いを巡らしたら、何故かマッコイ・タイナーの1970年代の諸作を、ビッグバンド系の諸作を思い出した。

ビッグバンド系の諸作とは、2012年3月1日のブログ(左をクリック)でご紹介した、1973年の『Song of the New World』、2011年12月15日のブログ(左をクリック)でご紹介した、1976年の『Fly with The Wind』。

いずれも、マッコイ・タイナー渾身のビッグバンド・ジャズの大作である。この2枚を聴いてハタと考えた。もう一枚、似た様なアルバムは無かったか。ビッグバンド編成では無いが、ぶ厚いモーダルなジャズで、爽快感抜群なヤツ。

そうそう、あったあった、これである。McCoy Tyner『Together』(写真左)。1978年8月、9月の録音。ちなみにパーソネルは、McCoy Tyner (p), Freddie Hubbard (tp, flh), Hubert Laws (fl), Bennie Maupin (ts, b-cl), Bobby Hutcherson (vib), Stanley Clarke (b), Jack DeJohnette (ds), Bill Summers (conga, per)。
 

Mccoy_tyner_together

 
パーソネルを見れば半ば呆れてしまう。なんという面子だ。新主流派以降のモード・ジャズの精鋭部隊。オクテット構成。これだけの猛者揃いである。皆、それぞれ我が強くて演奏全体がまとまらないのでは、と思い切り危惧してしまう面子である。

それがまあ、奇跡とでも言いましょうか、上手くまとまって、爽快感溢れる、コルトレーン・ジャズをベースとした、豪快でスケールの大きいモード・ジャズが展開している。ちょっとトランペットのハバードが、ペラペラと五月蠅いのが玉に瑕と言えば玉に瑕ですが、まあ、いつものことだ、ということで、ここではスルーです。

そんな中、マッコイ・タイナーがバリバリ弾きまくる。でも、この時期、もうコルトレーンの影を追う様なシーツ・オブ・サウンドをベースとした弾きまくりはしない。適度に抑制の効いた、明確なタッチの弾きまくり。ハンマー打法と喩えられた左手も控えめ。逆に、味のあるアドリブ・フレーズに惚れ惚れする。

なかなかの好盤なのですが、どうも、ジャケットのマッコイ・タイナーの顔のどアップで損をしているアルバムです(笑)。このどアップは「引く」。このどアップのジャケットのアルバムに、こんな爽快感溢れる、上質のモード・ジャズが詰まっているなんて、なかなか想像できません。

 
 

震災から4年4ヶ月。決して忘れない。まだ4年4ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2015年7月30日 (木曜日)

歳を重ねて感じ方も変わる。

最近、こんなシンプルで味わいのあるアルバムを聴くと思わずニンマリする。過度なアレンジなど無縁、シンプルなトリオ演奏とカルテットの演奏のハイブリッド。

若い頃はとにかく物足りなさを強く感じたアルバムだった。トリオ演奏はもっと聴きたいなあ、と不満たらたらだったし、カルテットの演奏については、もっとアレンジしてもっと捻ってくれれば良いのに、と不満たらたらだった。

しかし、時が経って歳を重ね、40歳を過ぎるころから、このアルバムを聴くのが楽しくなった。トリオ演奏もほどほどで腹八分目、もっと聴きたければ、また聴けば良いし、カルテットのアレンジはシンプルで楽器の個性が良く判って良い、と思うようになった。

歳を重ねれば重ねただけ、聴き方も変わるし感じ方も変わる。歳を重ねるということは、聴き方も感じ方も余裕のある、良い方向に変わっていく。当然、このリーダーのピアニストの「哀愁」をジックリと味わえる様になる。

そのアルバムとは、Duke Jorran『Trio and Quintet』(写真左)。僕が愛して止まない「哀愁のピアニスト」の代表的存在、デューク・ジョーダンの佳作である。1955年10月と11月の録音。ハードバップが台頭してきた時代、ニューヨークでの録音である。

ちなみにパーソネルは、Duke Jordan (p), Eddie Bert (tb), Cecil Payne (bs), Percy Heath (b), Art Blakey (ds)。LP時代の編成は、A面がアート・ブレイキー、パーシー・ヒースのトリオ演奏、B面がトロンボーンにバリトン・サックスを加えたクインテット演奏となっている。
 

Duke_jordan_trio_quintet

 
とにかくシンプルな演奏が魅力の盤である。米国東海岸では商業的に全く振るわなかったジョーダンが、シグナルというマイナー・レーベルに吹き込んだもの。1955年だからまだモノラル録音である。

実はこのモノラル録音の音が味わい深い。ジャズの響きを、ハードバップの響きを強く感じさせてくれる、なかなかの録音。そんな録音に、シンプルな演奏でジャズ・スタンダードが、ピアノ・トリオで演奏される。実に味わい深い。シンプルな演奏だけに、ジョーダンの「哀愁のピアノ」が明快に判る。

昔から不思議なのだが、ジョーダンのピアノは明らかに「哀愁」が漂う。ジャズってマイナーキーが多用されるのだから、誰が弾いたって「哀愁」が漂うでしょうが、と思われるでしょうが、これが違う。

ジョーダンのピアノだけが突出して「哀愁」が漂うのだ。メジャー調の曲だって、ちょっとアップテンポの曲だって、なぜかそこはかとなく「哀愁」が漂うのだ。これが不思議。でも、このアルバムでも全編に渡って、ジョーダンのピアノには「哀愁」がしっとりと漂っている。

クインテットの演奏では、ジョーダンの書いた自作曲が良い。ジョーダンの作曲の才能を十分に担当できる。バリトン・サックスとトロンボーンを加えてクインテットを構成するプロデュースのセンスとアレンジの才に、これまた感じ入ってしまう。 

良いアルバムです。若い時は「地味だ」と敬遠していたアルバムなんですが、今の耳で聴くと、シンプルでクールな演奏がたまらない。歳を重ねれば重ねただけ、聴き方も変わるし感じ方も変わる。そんなことを改めて感じさせてくれる好盤です。
 
 
 

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2015年7月29日 (水曜日)

欧州的フリージャズの思い出

暑い夏にフリージャズなんてとんでもない。確かにその意見には激しく合意します。でも、それはエアコンの効かない、若しくはエアコンの無い部屋や喫茶店での話で、意外と暑い夏に、エアコンのバッチリ効いた部屋、若しくは喫茶店で聴くフリージャズは「いける」。

今から35年ほど前、1980年から1981年の頃、暑い暑い大阪の夏に、エアコンのバッチリ効いた喫茶店で、結構、フリージャズを聴かせてもらった思い出がある。大阪駅前の駅前第3ビルの地下だったと思う。ジャズ喫茶では無いが、専らBGMがジャズな喫茶店があった。

最初は、待ち合わせの時間待ちに偶然入ったのだが、いきなりハービー・ハンコックの『モンスター』がかかった。うへ〜と感心して聴き入っていたら、次はオーネット・コールマンの『ジャズ来るべきもの』がかかった。うへ〜。

何度か通ううちに判ってきたのだが、この喫茶店のマスターはフリージャズ好き。結構、フリージャズのアルバムがかかる。ええんかいな。客、けーへんで、と真剣に思った。

特に暑い夏には、このフリージャズのかかる頻度が上がる。しかし、当時、新しいビルだった駅前第3ビル。エアコンはバッチリ効いている。しかもフリージャズは耳当たりが悪い。当然、喫茶店の客は僕一人。薄暗い店の中はマスターと給仕のお姉ちゃんと僕の3人。そこにガンガンにかかるフリージャズ。

このアルバムもこの喫茶店で聴かせて貰った。Anthony Braxton『Town Hall 1972』(写真左)。黒いジャケットにギロっと不気味に浮かぶ目。この怪しいジャケットだけでもこのアルバムは只者では無いと感じる。聴いてみると判る。コッテコテのフリージャズ。
 

Anthony_braxton_town_hall_1972

 
ちなみにパーソネルは、Anthony Braxton (ss, as, cl,fl), Dave Holland (b), Phillip Wilson (ds), Barry Altschul (per), John Stubblefield (ts, fl, b-cl), Jeanne Lee (vo)。1972年5月、ニューヨークのタウンホールでのライブ録音。

リーダーのブラックストンはシカゴ生まれ。米国人でありながら、奏でるフリーなブロウは欧州の響き。ヨーロピアンな現代音楽の様な展開。バックのベースもドラムもフリーな展開。

リズム&ビートはかけらも無い。もはやこれは通常のジャズの範疇の音楽では無い。でも、限りなく自由な即興演奏はジャズである。ジャズ以外の何物でも無い。

ブラックストンのアルトはアブストラクト。キュッキュッと絞り上げるような金属音。フレーズ無きフレーズが断続的に続く。欧州の現代音楽的な響き。フレーズ無きアブストラクトな展開。これぞフリージャズという内容。

通常の音楽ファン、通常のジャズ者の方々には不向きな、硬派で完璧なフリー・ジャズ。繰り返しますが、普通のジャズ者の方はこのアルバムには無理して手を出さなくても良いです。

1981年の暑い大阪の夏。エアコンのバッチリ効いた喫茶店。鳴り響くブラックストンのアブストラクトなアルト。ブンブンと低音蠢くホランドのベース。ウイルソンの即興溢れるドラミング。思いっきりフリーなジャズ。

当然、お客は僕一人。でも、そこに鳴り響くフリージャズは極上の響き。本当に良い音していた。

 
 

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2015年7月28日 (火曜日)

時々聴きたくなるビ・バップ

ジャズのスタイルは多岐に渡る。それぞれの時代で、様々なスタイルが登場した訳だが、純ジャズの世界で良く聴くスタイルは「ハードバップ」や「新主流派」そして、近年の「ネオ・ハードバップ」が中心になる。

それでも、そんな「ハードバップ」や「新主流派」そして、近年の「ネオ・ハードバップ」の合間に、突如、ビ・バップが聴きたくなる。ビ・バップとは、現代のモダンジャズの起源となったジャズのスタイル。1940年代から1950年代初頭辺りで流行した。

ビ・バップはアレンジという概念が希薄なので、演奏の展開はいたってシンプル。最初に決まったテーマ部分を演奏した後、コード進行に沿った形でありながらも、自由な即興演奏(アドリブ)を順番に行う形式が主となる(Wikipediaより)。

コード進行に沿ったアドリブ展開の為、原曲の旋律は全くデフォルメされ、原曲は何だったか、良く判らなくなるという難点はあるが、ジャズメンのテクニックとアドリブ・イメージによってその良し悪しが左右されるが故に、ジャズメンの個性とテクニックを聴いて楽しむという鑑賞スタイルが定着した。そういう意味で、鑑賞音楽としてはジャズはこのビ・バップが発祥と言って良いだろう。
 

Groovin_high

 
突如、ビ・バップが聴きたくなった時に、CDプレイヤーのトレイによく載るのが、Dizzy Gillespie『Groovin' High』(写真左)。1945年、1947年の録音。ビ・バップの祖の一人、ジャズ界のレジェンドであるトランペッター、ディジー・ガレスピーの名作である。

聴けば良く判るのだが、このアルバムの音が「ビ・バップ」なのだ。ビ・バップってどんな演奏なんですか、と問われれば、僕はこのアルバムをかける。録音の雰囲気、演奏の内容、どれをとっても「ビ・バップ」の雰囲気がプンプンする。満載である。

演奏の編成は8曲目までがクィンテットかセクステット、9曲目からはビッグバンドの演奏。どちらにしても、徹頭徹尾、どこから聴いても「ビ・バップ」である。特に、やはり、ビ・バップの祖、ディジー・ガレスピーのトランペットが傑出している。テクニック抜群、上手いのなんのって。ハイノートなど素晴らしく伸びる。速吹きのテクニックも尋常ではない。

録音状態はあまり良くありませんが、このアルバムで聴かれる、ビ・バップの粗暴なまでに強烈な演奏は一聴に値します。というか、ジャズ者を志し、ジャズの演奏スタイルの変遷を理解する上で、ビ・バップは絶対に外せない。そんなビ・バップの典型的な演奏がこのアルバムの中にギッシリと記録されています。好盤です。

 
 

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2015年7月27日 (月曜日)

サンボーンを舐めてはならない

デビッド・サンボーンは、ジャズ者ベテランの方々から、結構、誤解を受け、曲解されたジャズメンである。先に断っておくが、サンボーンのアルトは硬派で正統派なアルトである。決して、軟弱で雰囲気だけのクリスタルなアルトでは無い。純ジャズをやれば第一線で活躍できるだけの力量は十分に持っている。

それなのに、フュージョン・ジャズをやってるからって、サンボーンのアルトは軟弱だとか、サンボーンのアルトは心地良いだけだとか、好き勝手な間違った評価をされる。特に、その傾向は、残念ながら日本に多く見られる。聴かず嫌いというか、フュージョン・ジャズやって売れているジャズメンって結構、皆、厳しい扱いを受ける。意外と日本は「狭い」。

そんなサンボーンのアルバムの中で、特にこのアルバムは誤解されることが多い。恐らく、このジャケットがアカンのやと思う。こういうバブリーな雰囲気漂う、お洒落なジャズ・カフェを想起させるジャケットが誤解を生むのだ。なんでこんなジャケット・デザインにしたのか不明だが、このジャケットがアカンのやと思う。

そのアルバムとは、David Sanborn『As We Speak』(写真左)。邦題が『ささやくシルエット』。しかし、なんちゅう邦題を付けるんや。この邦題もアカンのやと思う。絶対に誤解される邦題である。そういう意味で、サンボーンは日本では誤解されやすい様に、されやすい様に扱われているのだ。

このジャケットと邦題を見れば、硬派なジャズ者のみならず、普通の真面目な音楽好きも、このアルバムには、いきなりだと手が伸びないだろう。サンボーンのアルバムと知っている人は別なんだろうけどなあ。でも、このアルバムのサンボーン、良い感じなんですよね。
 

As_we_speak

 
サンボーンのジャズなんて、って思われているジャズ者の方々も、まず、パーソネルを見れば絶対に気が変わる。レギュラーメンバーは、David Sanborn (as, ss), Omar Hakim (ds), Marcus Miller (b), Michael Sembello (el-g, vo), Don Freeman (key,syn), Paulinho da Costa (per)。なんと凄いメンバーやん。名うての硬派なジャズメン達ばかりである。

このアルバム、フュージョン・ジャズによくある「ソフト&メロウ」な耳当たりの良い演奏ではないか、と思われるジャズ者の方々は多くいると思うが、初めて聴くとビックリするんだが、マーカス・ミラーのチョッパー・ベース、オマ・ハキムの切れ味の良いドラミング、そして、パウリーニョ・ダ・コスタの変幻自在なパーカッションが奏でるリズム・セクションは重量感抜群。

そんな重量級リズム・セクションをバックに、硬派なサンボーンのアルトが飛翔する。冒頭の「Port of Call」からして、むっちゃ良い感じなのだ。3曲目の「Rush Hour」のソプラノも良い。そして、このアルバム、ボーカル入りの曲も意外と硬派で聴き応えがある。5曲目の「Back again」のマイケル・センベロの歌なんて力感十分です。

そして、7曲目の「Straight to the Heart」を聴けば、単純にサンボーンのアルトって良いな、って思います。朗々と歌い上げる様なサンボーンのアルトは聴き応え十分。アルトが、アルトの真鍮が素敵に鳴っています。クオリティの高いアルトの響き。サンボーンが一流のジャズメンの証です。

このアルバム、僕にとって、サンボーン屈指の好盤です。このアルバムのサンボーンを聴いても、やっぱりサンボーンのアルトは軟弱だとか、サンボーンのアルトは心地良いだけだとか、好き勝手な間違った評価をされるのかなあ。でも、サンボーンは親日派。逆に、サンボーン者と呼ばれるサンボーン・マニアも日本には沢山いるのだ。

 
 

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2015年7月26日 (日曜日)

マイルスの正式ブートレグ第4弾

まだまだあるんやなあ、というのが最初の感想。あるんやったら、早くどんどん出してよ、とも思う。聴かない間に死んでしまっては元も子もない(笑)。

Miles Davis『Miles Davis At Newport 1955-1975: The Bootleg Series Vol. 4』(写真)。マイルスのブートレグ・シリーズの第4弾。4枚組のボックスセット。

以下の様に1955年から1975年の20年間の中で、8種類のニューポート・ジャズ・フェスティバルのライブ・パフォーマンスを収録しています。細かい説明は割愛しますが、未発表のライブ音源の多く収録されています。

CD 1: (July 17, 1955: Newport Jazz Festival, Newport, RI) 
   (July   3, 1958: Newport Jazz Festival, Newport, RI)
CD 2: (July   4, 1966: Newport Jazz Festival, Newport, RI) 
    (July   2, 1967: Newport Jazz Festival, Newport, RI)
CD 3: (July   5, 1969: Newport Jazz Festival, Newport, RI)   
         (Nov   1, 1973: Newport Jazz Festival In Europe, Berlin) 
         (July   1, 1975: Newport Jazz Festival ? NY, Avery Fisher Hall) 
CD 4: (Oct 22, 1971 : Newport Jazz Festival In Europe, Neue Stadthalle, Dietikon, Switzerland) 

ブートレグに手を染めているマイルス者の方々には不満だらけのボックスセットかと思いますが、我々の様に、ブートに手を出さない、正式盤のみのコレクターにとっては、これはこれで、このボックスセットのリリースは嬉しいものがあります。
 

Miles_at_newport_1955_1975

 
ちなみに既発売は、CD1の6曲目から11曲目は、1958年、ジョン・コルトレーン、キャノンボール・アダレイ、ビル・エバンス、ポール・チェンバース、ジミー・コブ在籍時のもので『マイルス・アット・ニューポート1958』として既発売。

CD3の1曲目から3曲目は1969年、エレクトリック時代初期のチック・コリア、デイブ・ホランド、ジャック・デジョネットとのカルテットで『ビュチェズ・ブリュー・ライブ』として既発売。

この2つの既発売音源の存在が物議を醸し出しているが、今回は、マイルスのニューポート・ジャズ・フェスティバルのライブ音源のギャザリングがこのボックスセットでの編集方針なので、このボックスセットの資料性を重んじるのであれば、既発売音源が混じっても構わないと思うのだが。

逆に、マイルスのニューポート・ジャズ・フェスティバルのライブ音源として、発売に耐える音質、内容を前提として、まだこれだけのライブ音源が倉庫に眠っていたということになる。それが正式盤としてリリースされたことは誠に目出度い。

音質は悪くは無い。主観的には「中の上」。良い音だなあ、と感心するほどでは無いが、鑑賞には十分耐える音質である。特に、エレクトリック・マイルスのライブ音源は実に興味深く、単純に楽しめる。アコースティック・マイルスの演奏は内容的にはまずまずのレベルで資料的価値の方が優先する。

ただ、このボックスセットについては、マイルス者にとっては必須のアイテムだと思うが、通常のジャズ者の方々には、特に必要性の高いものでは無いだろう。ボリューム的にもCD4枚。聴き通すのにも時間と根気が必要になるため、ブートには手を出さない、通常のマイルス盤蒐集家にとっては福音的なボックスセットではある。

 
 

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2015年7月25日 (土曜日)

米国ルーツ・ロックの基本盤

ジャズの合間の耳休め。今日は70年代ロックに走る。70年代ロックはいろいろと幅広いジャンルに及ぶところが特徴ではあるんだが、僕は特に「米国ルーツ・ロック」がお気に入りである。

一般的にはルーツ・ミュージックと呼ばれることが多くなった、いわゆるロックを形成する上で基礎となった米国のルーツ音楽(アメリカ黒人のブルース、ゴスペル、初期のジャズ、アメリカ白人のフォーク、カントリー)をベースとしたロックを僕は「米国ルーツ・ロック」と呼んでいる。1970年代前半は「スワンプ・ロック」と呼ばれた。

例えば、ロック・バンドの中で僕が敬愛して止まない「ザ・バンド」などはこのジャンルの最高峰のひとつと位置づけている。音的には1970年代前半、米国西海岸で活躍したCCR(Creedence Clearwater Revival)などもこの米国ルーツ・ロックに属する。そして、今日、聴いたレオン・ラッセル(Leon Russell)も、この米国ルーツ・ロックの範疇だ。

その米国ルーツ・ロックとしてのレオン・ラッセルの音世界を体験するには、やはりデビュー盤の『Leon Russell』(写真左)が最適だろう。1970年のリリース。米国ルーツ・ロックの基本コレクションの一枚である。

パーソネルを見渡せば、Mick Jagger、George Harrison、Ringo Starr、Eric Clapton、Steve Winwood、Joe Cocker など、ロック界のレジェンドとなった大御所の名前がズラリとならんでおり、当時の英国ロック・ミュージシャンのスワンプ・ロックへの傾倒度合いが見て取れる。

冒頭の「A Song for You」は米国ルーツ・ロックというよりは、とにかく曲が素晴らしい。名曲中の名曲。レオン・ラッセルのコンポーザーとしての力量の高さを指し示すものであり、音の雰囲気はルーツ・ロックというよりは、上質のロック・バラードという趣が強い。
 

Leon_russell

 
米国ルーツ・ロックの雰囲気を堪能するには2曲目「Dixie Lullaby」以降が良い。2曲目の「Dixie Lullaby」のタイトルからして、米国ルーツ音楽の雰囲気が色濃く漂う。良い感じですよ〜。これぞ米国ルーツ・ロック、これぞスワンプという演奏がズラリと並んでいます。

レオン・ラッセルのボーカルが堪らないですね。アクの強い節回しと野太い歌声は米国ルーツ・ロックにピッタリです。僕がこのアルバムに出会ったのは1979年。バック・バンドが奏でる米国南部ルーツ・ロックの芳醇な雰囲気にこのダミ声。「やられました」。

リイシューCDでは5曲のボートラが追加されて、全17曲というボリュームになっていますが、LP時代のオリジナルは12曲。アルバムを愛でるというレベルでは、リュイシューCDのボートラ5曲はちょっと冗長に感じます。

特に、ロックのアルバムは曲の選択、曲順について良く考慮されていて、オリジナル盤に勝るものは無し、と思っていますので、ボートラはちょっと蛇足かと。

なお、ラストの「戦争の親玉」はLPのファースト・プレスのみに収録されていたトラックです。アメリカの国歌にボブ・ディランの歌詞を当てたもので、当時、当局から思いっきりクレームが付いた「曰く付き」の曲。

LPのセカンド・プレスからはオミットされていたのですが、CDでのリイシューに当たり、ファースト・プレスの仕様を復活したものです。こういうCDリイシューの対応は好ましいですね。

 
 

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2015年7月24日 (金曜日)

突然、真夏にフリー・ジャズ

暑いですね〜。猛暑全開の我が千葉県北西部地方。昼間は熱風吹き荒れ、夕方から夜は高い湿度で思いっきり蒸し暑い。今年の夏の暑さはかなり厳しいですね。皆さん、熱中症や体調崩れに注意して下さい。
 
こんなに蒸し暑い毎日なんだが、純ジャズを聴き続けていると、突然、無性にフリー・ジャズが聴きたくなる。聴けば暑さが増すようで「真夏にフリー・ジャズですか」なんて声がかかりそうなんだが、これが意外といける。聴いた後の爽快感がなんとも言えず、格好の暑気払いになる。
 
で、今朝、いきなり聴きたくなったフリー・ジャズ。今朝は、本当に久し振りに、Archie Shepp『The Magic of Ju-Ju』(写真)を選択。赤みがかった骸骨のジャケットが何とも言えず不気味なんですが、意外と内容的には充実した、アーチー・シェップの好盤です。1967年4月の録音。
 
フリー・ジャズって、本能の赴くままに好き勝手に吹きまくるように捉えられることが多いが、1960年代後半のフリー・ジャズは、今の耳で聴くと、意外とフリーでは無い。リズム&ビートはきっちり刻み、そこに乗っかるテナー・サックスは意外とノーマル。複雑なメインストリーム・ジャズという面持ち。
 
特にこのアルバムを聴くと、その感が強くなる。しかも、このアルバムに詰まっている音世界は、フリー・ジャズというよりは、アフリカン・アメリカンの血が奏でる、アフリカン・ネイティブな、いわゆる土着の音楽、アフリカの民俗音学的なリズム&ビートの効いた即興演奏という趣が強い。
 

The_magic_of_juju

 
フリー・ジャズを差別に虐げられた黒人の抗議の叫び、差別される者の主張の代弁などとするのは、当時の俗っぽいインテリの無責任な印象、と僕は思っている。
 
フリー・ジャズの「フリー」=精神的な自由=差別からの脱却、と勝手に解釈して、安易に黒人の社会的主張と位置づけた感じ。一部、そういう面はあるにはあるんだが、全面的にそうと言い切っては誤解が生じる。迷惑な話である。
 
この『The Magic of Ju-Ju』を聴けば、さらにその印象が強くなる。リズム&ビートは明らかにアフリカ。民俗音楽は即興が基本。そこにジャズの原点を見出したのであろう、僕にとってのこのアルバムの雰囲気は「原点への回帰」と印象が強い。ジャズの基本の即興の源。
 
本当に久し振りに聴いたのですが、意外と聴き易い内容で、改めてビックリしました。これってもはや、フリー・ジャズでは無いでしょう。ちょっと難解で複雑なメインストリーム・ジャズとして聴いた方が、その内容からして「しっくり」きます。

とにかく、主役のアーチー・シェップのテナーの音色、ブロウが出色の出来。アーチー・シェップを知る上で、外すことの出来ない好盤の一枚です。良いアルバムです。

 
 

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2015年7月23日 (木曜日)

「金太郎飴」的な心地良さです

僕は1970年代後半のフュージョン・ジャズの流行真っ只中をリアルタイムで体験している。ちょうど高校生から大学生の時代。特に大学生の時代は、AORと併せて、フュージョン・ジャズは我々音楽好きとしては必須のアイテムだった。

楽器としては僕は子供の頃からピアノが大好き。オルガンもシンセも大好きで、キーボードは全てお気に入り。フュージョン・ジャズにおいても、まず、しっかりと聴き進めて行ったのは、キーボード奏者がメインのアルバム。

フュージョン専門のお気に入りのキーボード奏者は、ボブ・ジェームス、デイブ・グルーシン、そしてジョー・サンプル。この3人、後には純ジャズにも手を染めるが、1970年代後半のフュージョン・ジャズの大ブームの頃は、フュージョン専門のキーボード奏者としてブイブイ言わせていた(笑)。

さて、その「御三家」の一人、ジョー・サンプルのアルバムを久し振りに聴いた。Joe Sample『The Pecan Tree』(写真左)。2002年のリリース。ホーンを入れずに、従来のジョー・サンプル的なアルバムに戻ったアルバム。確かに、このアルバムには、フュージョン・ジャズ時代に聴き込んだサンプル節が満載です。

独特の間と余裕あるテンポで訥々と思いっきりファンキーに弾き進めるフレーズは、サンプル独特の個性。キーボードのソロをちょっと聴き進めただけで、ジョー・サンプルと判る個性的な弾き回し。そして、バックのファンクネス溢れる、ジョー・サンプルがプロデュースの独特な響きを持つ、クールなリズム&ビート。
 

The_pecan_tree

 
そして、アルバム収録11曲中、4曲がボーカル入り。このボーカル入りの楽曲を織り交ぜるのは、後期クルセイダーズ的なアルバムの作り方。懐かしいですね。でも、いずれもこのボーカル入りの楽曲の出来が素晴らしい。ボーカリストの個性にピッタリ合った楽曲を用意し、アレンジを施す。センスの良いジョー・サンプルの仕業ですね。

3曲目「No One But Myself To Blame」でのLizz Wrightのストレートな歌声、同じくLizz Wrightが高らかに歌い上げていくのが感動的な5曲目の「Fool's Gold」。Haward Hewettも負けてはいない。ファンクネス溢れるブラコン風の7曲目の「In A Heartbeat」、浪々と熱唱する9曲目「With These Hands」、いずれも良い出来です。

ジョー・サンプルのキーボードって不思議なんですが、基本的にはどのアルバムも同じ弾き方、フレーズなんですよね。つまり「金太郎飴」的なアルバムばかり。でも飽きない。飽きないどころか、アルバム毎になぜか判らないが、ジョー・サンプルの「金太郎飴」的個性にグッと気持ちを掴まれるのだ。

僕は、ジョー・サンプルのキーボードのフレーズが持つ、趣味の良いクールな溢れんばかりのファンクネスが「鉄板」ではないかと思っている。このジョー・サンプル独特のファンクネスがあれば、とにかく、どのアルバムでも「金太郎飴」的な心地良さを感じ取ることが出来る。

この『The Pecan Tree』というアルバム、「金太郎飴」的な心地良さ満載です。独特の間と余裕あるテンポで訥々と思いっきりファンキーに弾き進めるフレーズ、そして、バックのファンクネス溢れるクールなリズム&ビート。どこから聴いても「ジョー・サンプル」。でも、こんなジョー・サンプル的なアルバムが実に心地良い。

 
 

震災から4年4ヶ月。決して忘れない。まだ4年4ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2015年7月22日 (水曜日)

昼下がりSP・デュオ盤特集・3

今日もデュオ盤の特集でいきましょう。昼下がりSP・デュオ盤特集の第3弾。今日は、ピアニストのジョン・テイラーとベースのチャーリー・ヘイデンのデュオ盤。

Charlie Haden & John Taylor『Nightfall - The CalArts Sessions』(写真)。John Taylor (p) と Charlie Haden (b) のデュオ。2003年10月、カリフォルニアでのライブ録音。タイトルの「Nightfall」とは「夕方、日暮れ、たそがれ」。そんな優しく美しい響きが詰まったアルバム。

ジョン・テイラーはイギリス・マンチェスター出身のジャズ・ピアニスト。ジョン・テイラーと言えば、僕としては、1973年リリースの『Decipher』を真っ先に思い浮かべる。邦題は『覚醒』。ジャズ者初心者の頃、秘密の喫茶店で教えて貰って、しばらく良く聴いていた。

クリスタルな硬質なタッチで、幽玄さと陰鬱で怪しげな美しさが個性のジョン・テイラーのピアノ。このデュオ盤でも、このジョン・テイラーの幽玄なピアノが全開です。ジョン・テイラーのピアノの音が、タイトルの「夕方、日暮れ、たそがれ」の雰囲気を強く想起させてくれます。

チャーリー・ヘイデンはジャズ・ベースの哲人。思索的で堅実で理知的な響きのベースはこの人独特の個性。考えるジャズ・ベースの哲人である。実はチャーリー・ヘイデンはデュオ好きで、様々なジャズメンとデュオ盤を創作しています。ここでも、ジャズ・ベースの哲人はその個性全開。
 

Nightfall

 
チャーリー・ヘイデンの優れたところは、デュオ盤の場合、デュオを組む相手の楽器、個性をしっかり踏まえて、相手に併せたベース・プレイを展開することが出来るところ。

相手をしっかり支え、鼓舞し、時にグッと前へ出る。それが嫌味でもなんでも無く、普通に自然にグッとでる。嫌味の無い主張。音楽家としての人柄が良く出ていると感じる。

しっとりとしているが、演奏の芯はグッと入っていて、意外と硬派で透明感溢れる、いわゆる「大人のデュオ」。タイトル通り、ジャケット写真通りの、優しく美しい静謐なインプロビゼーションがアルバム全体に蔓延している。
 
ラスト4曲目辺りから、前衛音楽的雰囲気のアブストラクトなパフォーマンスが顔を出す。思わずドキッとする。
 
スイートな雰囲気だけの日本のレコード会社が企画のピアノ・トリオとは異なり、適度に硬派で適度にビターな「大人のジャズ」。じっくりと耳を傾けるのに値する、隠れた好盤。

このデュオ盤のお陰で、ジョン・テイラーのピアノをもっと聴きたくなった。幽玄さと陰鬱で怪しげな美しさが堪らなく良い。

 
 

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2015年7月21日 (火曜日)

昼下がりSP・デュオ盤特集・2

今日もデュオ構成のジャズ盤を追いかけてみましょう。昼下がりSP・デュオ盤特集の第2弾。今日はヴァイブのゲイリー・バートン(Gary Burton)。

ゲイリー・バートンのデュオ盤と言えば、チック・コリア(Chick Corea)とのデュオが大変有名である。ECMレーベルからの『Crystal Silence』から始まって、『Duet』『In Concert, Zürich』など、今までで6枚のデュオ盤をリリースしている。相性がよほど良いのだろう。

2000年に入ってだが、あるデュオ盤を聴いた。ヴァイブの音を聴いて「ああ、これはゲイリー・バートンや」と判る。そして、ピアノが鳴っているのを聴いて、このピアノは「チック・コリアか」と思う。アルバム冒頭のクラシックのピアニストにとっても難曲とされている曲「Le Tombeau De Couperin I - Prelude」を聴いていて、「え〜これって、バートンとチックのデュオの新譜か」と錯覚する。

でも、なんだか違和感がある。硬質で現代音楽的でアブストラクトな、チック独特のフリーなフレーズが聴こえてこない。タッチもチックに比べて柔らかく丸い。でも、フレーズの響きはチックの響きに実に似ている。誰だろう?。実はこのデュオ盤で、僕はこの日本人ピアニストと出会った。小曽根真である。

そして、このデュオ盤とは、Gary Burton & Makoto Ozone『Virtuosi』(写真左)である。2002年のリリース。第45回グラミー賞『ベスト・クラシカル・クロスオーバー・アルバム』部門ノミネートされた好盤である。
 

Virtuosi

 
このデュオ盤での小曽根のタッチは明らかにチックのオマージュである。本当にチックに学び、チックを研究している。しかし、小曽根の良いところはオマージュで終わらないところ。曲が進むに従って、小曽根独特の個性が徐々に出てくる。

ということで、このデュオ盤では、曲が進めば進むほど、バートンとチックのデュオ盤では無いことが判るのだ。チック独特の手癖が出てこない。この辺が小曽根の矜持を感じるところで、響きやフレーズはチックのオマージュなんだが、手癖までは真似しない(笑)。

そして、ゲイリー・バートンの立ち位置が微妙で面白い。チックとのデュオ盤の場合は、明らかにチックが主、バートンが従。チックが前、バートンが後。どのデュオ盤も、バートンはチックのサポートに回って、その絶妙な妙技を披露している。

で、小曽根とのデュオ盤は、といえば、バートンにとって小曽根はバークリー音楽大学での「生徒」。バートンは教師側。そういう関係もあってか、バートンと小曽根のデュオ盤では、明らかにバートンが主、小曽根が従。バートンが前、小曽根が後。小曽根がバートンのサポートに回って、その絶妙なバッキングの妙技を披露している。

実はこのアルバム、クラシックの巨匠たちが作った名曲をジャズ的に解釈したレパートリーが収録されている。しっかりとジャズにアレンジされていて、実に良い出来である。ヴァイブとピアノのデュオで、クラシックの難曲をジャズ化するという、野心溢れるデュオ盤である。

 
 

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2015年7月20日 (月曜日)

昼下がりSP・デュオ盤特集・1

暑いですね。こちら千葉県北西部地方は、昨日、梅雨明けしてしまいました。一昨日の土曜日から気温はグングン上がって、この二日間、思いっきり猛暑日です。もうエアコン無しには生活できません(笑)。今年の暑さはいきなりで厳しい。

さて、これだけ暑くなると、熱気溢れるダイナミックな演奏のジャズは絶対に駄目。エアコンの効いた室内で聴いていても、汗が噴き出てくる感じになります。これではバテてしまう。ボサノバ・ジャズの様な爽快感でライトなジャズか、シンプルで聴き心地の良いデュオ構成のジャズ辺りが一番良いかと思われます。

ということで、しばらく、デュオ構成のジャズ盤を追いかけてみましょう。意外とジャズにはデュオの好盤が多くあるんですが、何故か、日本では受けが悪いのか、なかなかジャズ本やジャズ盤の紹介本に載ることがありません。中には「こんなデュオ盤あったんや」とビックリするような発掘盤もあります。

さて、それでは「音楽喫茶『松和』の昼下がり」スペシャル、ジャズのデュオ盤特集の第1回目はこのアルバムから。Paul Bley and Niels-Henning Ørsted Pedersen『Paul Bley/NHØP』(写真左)です。1973年6月24日、7月1日の録音。スティープルチェイスからのリリースになります。

ちなみにパーソネルは、Paul Bley (ac-p, el-p), Niels-Henning Ørsted Pedersen (b)。タイトルの「NHØP」は、Niels-Henning Ørsted Pedersenの略号(あまりに長い名前だからであろう)。
 
 
Bley_nhop_2

 
 
ポール・ブレイは、ブルースやファンキーな雰囲気が全く皆無な、現代音楽的な硬質で切れ味鋭いタッチと幾何学的で切れ切れなフレーズが特徴のピアニスト。ニールス=ヘニング・エルステッド・ペデルセンは、デンマーク出身の欧州ジャズを代表するベーシスト。硬質でタイトでブンブン唸りを上げ、ピッチがバッチリあったベース。僕の考える理想的なベーシストの一人である。

冒頭の「Meeting」を聴けば、このデュオ盤の雰囲気が一気に理解出来る。ピンと張った適度で心地良いテンション。そこに現代音楽的な硬質で切れ味鋭いタッチで切れ込んでくるブレイのピアノ。清冽な響き。ストイックなフレーズ。

ここに、硬質でタイトでしなるような響きのペデルセンのベースが絡んでくる。ペデルセンのベースもブルースやファンキーな雰囲気が全く皆無。このデュオ盤の雰囲気は、明らかに「欧州ジャズ」。即興演奏を旨とする純ジャズなデュオ演奏がここに繰り広げられている。

ブレイのフレーズは、幾何学的で切れ切れが個性。その切れ切れの隙間を埋めるように演奏の底を固め、支えるペデルセンのベース。逆に、ペデルセンのベースが旋律を歌う時は、ブレイのピアノは切れ切れのフレーズでリズム&ビートの様なアクセントを付ける。非常に相性の良いピアノとベースのデュオである。

ブルースやファンキーな雰囲気が全く皆無で、現代音楽的な硬質で切れ味鋭いインプロビゼーションが展開される。米国のジャズとは全く正反対な、欧州ジャズの雰囲気がこのデュオ盤にギッシリと詰まっています。

 
 

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2015年7月19日 (日曜日)

音楽喫茶『松和』の昼下がり・26

今日、関東地方は梅雨が明けたそうだ。それにしても暑い。朝から灼熱の太陽。午前中に軽く30度超え。午後には34度に。湿度も相当に高くて、これでは身体が持ちそうに無い。

こういう猛暑の日は、エアコンの効いたジャズ喫茶で、時々微睡みながら、好きな本でも読みながら、ジャズに耳を傾けるなんて構図が良いですね。でも、そういう時、ジャズ喫茶にかかるアルバムが問題になります。熱気溢れるハードなジャズや感情にまかせて吹きまくるフリー・ジャズなんてかけられたら・・・。想像しただけでもゾッとします(笑)。

さて、我がバーチャル音楽喫茶『松和』では、どんなアルバムがかかってるんでしょうか。今日は、SHANTI『KISS THE SUN』(写真左)を選択しました。今年の6月にリリースされた、SHANTIの最新作。キャッチフレーズが「抱きしめたいほど、キスしたいっ!
SHANTIの爽快なポップ・グルーヴ、聴いた人から夏が来る」。なんだか歯が浮くようなキャッチです(笑)。 

さて、歯の浮くようなキャッチはさておき、SHANTIの最新作は、これまたなかなか聴き応えのあるボーカル盤に仕上がっています。SHANTIのアルバムにはバラツキが無い、どのアルバムのその内容、出来は水準以上のものばかりなんですが、今回の『KISS THE SUN』は特に充実した内容です。 

特に夏を意識したアルバムの作りになっているので、ポップでシンプルで適度にパンチが効いていて聴き易いアレンジが実に良い雰囲気を醸し出しています。そこにSHANTIの明朗な活きの良いグルービーなボーカルが実に合う。どの曲でも、SHANTIのボーカルの魅力が溢れています。
 

Kiss_the_sun

 
テーマは「夏」。アイズレー・ブラザーズ、ジャヴァン、そしてシュガーベイブ(山下達郎)などのカヴァーに加え、SHANTI本人が新たに書き下ろしたオリジナル曲&セルフカヴァーを収録。とにかく、カヴァー曲が秀逸です。木原良輔(g)と西山HANK史翁(g)のアレンジが素晴らしい。

SHANTIのボーカルは聴いていて違和感が無い。ジャジーでありグルービー、ボーカルの底にはジャズがある。そして、SHANTIのボーカルは明朗快活かつ爽快、キュートそしてコケティッシュ。バックのアレンジが明朗でポップな分、彼女のボーカルの個性が際立ちます。

加えて、このアルバムでは、SHANTIとその父とのデュエットが実現しています。その父とはゴダイゴのドラマーであるトミー・スナイダー。シンディ・ローパーのヒット曲「タイム・アフター・タイム」を初の親子デュオでレコーディングしています。これが実に良い雰囲気に仕上がっていて、おもわずほのぼのとしてしまいます。 

ジャケットの麦わら帽子を被ったSHANTIの笑顔も可愛いなあ。夏って感じが溢れんばかりの好盤です。暑い夏の昼下がり、エアコンの効いたジャズ喫茶で、時々微睡みながら、好きな本でも読みながら耳を傾けるのにピッタリのアルバムです。
 
ただ今、我がバーチャル音楽喫茶『松和』ではヘビロテのボーカル盤です (^_^)v。 

 
 

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2015年7月18日 (土曜日)

音楽喫茶『松和』の昼下がり・25

台風11号は熱帯低気圧に変わりましたが、中国・四国・近畿地方を中心に様々な被害をもたらしました。台風の被害に遭われた地方の方々には心からお見舞い申し上げます。

ここ千葉県北西部地方でも台風の影響がいくつかあって、先週の土曜日から、いきなり気温が上がって真夏の気温。加えて、湿度もグッと上がって梅雨真っ只中の高湿度。思いっきり蒸し暑い日々が続いています。例年、これだけ蒸し暑い日はなかなかありません。

これだけ蒸し暑いと、もう通常の熱気溢れるダイナミックなジャズなど聴いている場合ではありません(笑)。熱気溢れるジャズなどを聴いていたら、汗がぶわっと噴き出てきて、思わず熱中症になってしまいます。音楽喫茶『松和』のお客さんが熱中症になっては困るので、昼下がりにかけるアルバムを慎重に選びます。

見た目に涼しく、聴いて涼しいアルバムが一番良いでしょう。今日、選んだアルバムは、これ。June Christy『Something Cool』(写真)。女性ボーカルのアルバムです。1953年、1955年の録音が中心。バックの演奏はスタン・ケントン楽団。知的で洗練されたサウンドが特徴。

僕はジャズ・ボーカルは苦手なジャンルなんですが、このクリスティのアルバムは学生時代の頃から聴き親しんでいます。とにかく聴き心地が良い。クリスティの心地良いハスキー・ヴォイスの響き、クールな歌声、ボーカルの取り回しは知的で清楚。感情にまかせて、シャウトしたりラウドな響きを繰り出すことは全く無い。
 

Something_cool

 
この『Something Cool』では、そんなクールなクリスティの歌声が、知的で洗練されたスタン・ケントン楽団をバックにアルバム全編に渡って溢れている。楽曲のテンポもミッド・テンポからスロー・テンポなものに絞られており、アップ・テンポな熱気あふれる楽曲は皆無。

冒頭のタイトル曲「Something Cool」を聴けば、そのクリスティの歌声の特徴が良く判る。実に涼しげであり、実にクールだ。それでいて、ボーカルにはシッカリと芯が入っていて、清々しい力感に溢れ、聴き応え十分である。それでも決して熱くはならない。あくまで「クール」である。

なお、このアルバムは2年ほどの間隔をおいて録音されたモノラル盤とステレオ盤の2種類があって、それぞれ微妙に歌声が異なるんですが、現在、流通しているリイシューCDは、モノラル、ステレオ両方の録音が併せて収録されており、それぞれ好みによって聴き分けることが出来ます。

ジャケットも涼しげですね。モノラル盤とステレオ盤とジャケットは二種類あります。僕がジャズ者初心者の頃から親しみがあるのは、左のモノトーンのもの。ジャケ絵のタッチは古風でちょっと「ひく」かな(笑)。カラーのものはジャケ絵のクリスティが実に可愛らしく描かれていて良い感じだ。僕はこのカラーのジャケットがお気に入り。

これだけ蒸し暑い夏の昼下がり、我が音楽喫茶『松和』で流すアルバムは、見た目に涼しく、聴いて涼しいアルバムが良い。今日の蒸し暑い夏の昼下がり、我が音楽喫茶『松和』で流れていたアルバムは、June Christy『Something Cool』。涼しげでクールな好盤です。

 
 

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2015年7月17日 (金曜日)

この4人は何でも出来るのだ

プロの一流のジャズメンというのは楽器の演奏が実に上手い。テクニックの高さが半端では無い。ずば抜けて上手いのだ。一流のジャズメンでそのレベルである。超一流の、今では「レジェンド」と呼ばれるジャズメンは「上手い」というレベルを超えている。凄まじく上手い。

なんせ口の悪いジャズ者の方々から「上手すぎて面白く無い」と言わしめるほどの上手さである。テクニック的にはクラシックの演奏家と同等のテクニックの高さである。そのテクニックの高さをもって、即興演奏を繰り広げるのだ。聴いていて「凄いなあ」と思うのは当たり前。

ここに、こんなアルバムがある。Oscar Peterson Trio & Milt Jackson『Very Tall』(写真左)。1961年9月の録音。時代はハードバップが成熟し、ファンキー・ジャズが流行っていた頃。モード・ジャズを核とした新主流派が台頭してきた頃。そんな時代に、今では「レジェンド」と呼ばれるメンバーが演奏する。

ちなみにパーソネルは、Oscar Peterson (p), Milt Jackson (vib), Ray Brown (b), Ed Thigpen (ds)。いやいや錚々たるメンバーじゃないですか。このカルテットは、一流を超えた「超一流」のメンバーばかり。ちなみに収録曲は以下の通り。

1. On Green Dolphin Street
2. Heartstrings
3. Work Song
4. John Brown's Body
5. A Wonderful Guy
6. Reunion Blues
 

Very_tall

 
有名ジャズ・スタンダード曲あり、当時流行のファンキー・ジャズあり、ミルト・ジャクソン自作の硬派なハードバップあり、ジャズの基本と流行、両方をしっかり押さえた、なかなか考えた選曲である。

このアルバムの演奏を聴いていて「凄いな〜」と思うのは、こんな「有名ジャズ・スタンダード曲あり、当時流行のファンキー・ジャズあり、ミルト・ジャクソン自作の硬派なハードバップあり」というバラエティに富んだ楽曲をいとも容易く、演奏仕分けてしまうところ。

全く違和感無く、スタンダード、ファンキー、ハードバップと弾き分ける力量たるや素晴らしいの一言。そんな演奏がギッシリとこのアルバムに詰まっている。聴き応え満点、何度聴いても惚れ惚れする上手さである。

録音当時、ミルト・ジャクソンは38歳、オスカー・ピーターソンは36歳。有望若手という時代を過ぎて、ジャズ界の中堅どころ。2人ともそれぞれ第一線で活躍する、超一流プレイヤーの仲間入りを果たしていました。そんな二人のジャズ。悪かろうはずがありません。

二人の共通の個性であるジャジーな面とファンキーな面が良好に展開されていて、聴き応えのあるアルバムに仕上がっています。良い盤です。

 
 

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2015年7月16日 (木曜日)

ジャズ喫茶で流したい・65

ジャズ者たるもの、プロのジャズメンに対しては、いかなる状態でも「リスペクト」の念は、必要最低限、持つべきである。相手はジャズ演奏のプロである。こちらはジャズ演奏については素人である。素人がプロを揶揄してはならない。

それでも、口の悪いジャズ者の方々というのはいるもので、あのジャズメンはもう古いとか、あいつはマンネリだとか、彼は上手過ぎて駄目とか、いろいろと好き勝手に言い放つジャズ者方々はいる。

でもねえ、気に入らなかったら、黙ってそのジャズメンのアルバムを聴かなければいい。素人がプロのジャズメンの悪い評価を口に出して、他人に対して言い放つことはプロに対して失礼である。加えて、本人が嫌いでも、そのジャズメンを愛しているジャズ者の方だっているのだ。最低限のマナーは維持して欲しいなあ。

そう思ったのも、このアルバムを聴いたからである。『McCoy Tyner With Stanley Clarke & Al Foster』(写真)。1999年4月の録音。パーソネルはタイトル通り。コルトレーン仕込みのシーツ・オブ・サウンドなピアノが魅力のマッコイ・タイナー、エレベ、アコベの両刀使いでブンブン唸るベースが格好良いスタンリー・クラーク。長年マイルスの相棒で力感のある切れ味の良いドラムが素敵なアル・フォスター。

しかし、この3人とも、このアルバムを録音した時点で、既に「ジャズのレジェンド」な3人である。恐らく、ジャズ者ベテランの方々は、予定調和のハードバップ&モードなジャズが事務的に展開されて「あー良かった」と思うけど、以降、2度と聴く事のない、ビジネスライクに割り切られたピアノ・トリオ盤ではないか、と危惧する。

が、そういう定型的な予想が思いっきり外れるのがジャズの面白いところ。マッコイは新鮮なフレーズを、シーツ・オブ・サウンドを抑え気味にクールに弾きまくる。これが良い。アドリブの展開や感覚もジャズの先端を行く新しい響きを宿し、とても耳当たりの良いフレーズが暖かい。これがマッコイなのか、と思わず、パーソネルを見直したりする。
 

Mccoy_tyner_with_stanley_clarkeal_f

 
そして、切れ味の良い、魅惑的なハイハットの響きが最高なアルのドラミングの見事なこと。ポリリズムよろしく叩きまくるが、リズム&ビートがズレることはない。切れ味良い、ストレートなビートが実にクールだ。アルのドラミングは常に新鮮でクール。アグレッシブでポジティブなドラミングは彼の最大の個性。

実はこのアルバムの密かな楽しみはスタンリー・クラークのベース。この人、サイドメンに回ると真価を発揮する不思議なベーシスト。リーダーアルバムでの彼のベースは肩に力が入りすぎてイマイチなんだが、サイドメンに回ると凄いベーシストに早変わり。良い意味で超絶技巧で味わいがある。アコべとエレベの両刀使いだが、どちらも良い味出している。

アフリカ、カリブ、ブラジルとワールド・ミュージック的な愛しき楽曲がずらりと並び、陽気で明るいところがこのアルバムの面白いところ。あのコルトレーン仕込みのシーツ・オブ・サウンドなピアノで、アフリカ、カリブ、ブラジルを弾きまくるのだから、堪らない。今まで聴いたことの無い、新しいマッコイがここにいる。ドラムのアルもベースのクラークも楽しそうにマッコイに追従する。

このアルバムは、テラークからのリリースで、このレーベルは音が良いので有名。このアルバムも例に漏れず、マッコイのピアノ、アルのドラム、クラークのベースを活き活きとダイナミックに聴かせてくれる。

良いアルバム、良いピアノ・トリオです。これは聴き応え満点。タイトルを見た時は「大丈夫か、このアルバム」とちょっと引いたのですが、思い切って聴いて良かったです。ジャズには変な先入観は不要です。ジャケットのアートなデザインもお気に入りです。久し振りに「良い意味で意外性のある」ピアノ・トリオ盤に出会いました。

 
 

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2015年7月15日 (水曜日)

シカゴの音が何となく判った

今を去ること40年ほど前。1970年代前半、ブラス・ロックというジャンルを確立した「シカゴ(Chicago)」という米国のバンドがあった。というか、いまなお活動を続けている長寿バンドである。

1970年代前半、僕は中学生〜高校生。どうにもこの「ブラス・ロック」というものが理解出来ない。プログレッシブ・ロックやハード・ロックなどは理解出来るんだが、この「ブラス・ロック」は一体何が売りなんだ、と迷い、ブラスを導入してロックになるのか、とか、ハチャメチャな偏見と共にブラス・ロックには距離を置いていた。

当然、シカゴというバンドも範疇外である。しかも、このシカゴというバンドのアルバムは、ファーストアルバムからいきなりLP2枚組ととんでもない「暴挙」で(笑)、高校時代の小遣いではどうにもまかない切れない。確か、デビューから4thアルバムまで、LP2枚組だったんでは無いか。入手は早々に諦めた(笑)。

1970年代後半、ジャズを聴き始め、ブラスの響き、ブラスの音色に馴染んで、やっと21世紀になって、シカゴのアルバムのリマスター・リイシューが始まって、やっとこさ、このシカゴというバンドを聴こう、という気になった。が、そもそもこのシカゴのバンドの個性、音の特徴はどこから来たのか、これがなかなか判らない。

シカゴの初期のスタジオ録音のアルバムは、どれもが端正がすぎて実にお行儀が良い。聴いていて耳当たりは良いのだが、ガツンとくるものが無い。米国では大人気のシカゴである。僕は長年、なぜシカゴは米国で大受けなバンドなのに、僕の耳には訴求しないのか、これが不思議でならなかった。でも確かにスタジオ録音盤は端正が過ぎて、悪くは無いんだが、乗りきれない部分がある。

そして、思い当たったのが「ライブ盤」。シカゴのライブ盤はどれもが出来が良いことで有名。これら、シカゴの「ライブ盤」を聴いて、それでもシカゴが判らなければ、僕の耳はそこまでの耳だった、ということである。
 

Chicago_live_in_japan

 
そこで選んだライブ盤が、Chicago『Live in Japan』(写真左)。LP時代は2枚組のボリューム。シカゴのライブ演奏をかなり満足いくまで楽しむ事が出来る。音もなかなか良く、シカゴの音の個性が良く判る。

で、このライブ盤を聴いて、シカゴの音の個性が何となく判った。リズム&ビートの雰囲気が「R&B」なのだ。1970年代前半当時からすると「ソウル・ミュージック」のノリ。1970年代後半以降は「ブラック・コンテンポラリー」、いわゆるブラコンである。このソウル・ミュージックの音の要素を導入して再構築したソウル・ロックなのだ。

ソウル・ミュージックの音の要素をリズム&ビートとブラスの響きで織り交ぜて、演奏全体の雰囲気はロック。シカゴの音はロックであり、ソウル・ジャズやクロスオーバー・ジャズでは無い。

ソウル・ミュージックの要素をしっかりとロックに織り込んでいる。クロスオーバーやフュージョンでは無い。混ざって一体化しているのが、シカゴのソウル・ロックな音世界。

このソウル・ミュージックの音の要素が混ざって一体化しているソウル・ロックな音世界は、この『Live in Japan』を聴けば、十分に体感することができる。ノリがソウル、ビートがソウル、リズムはロック、ボーカルはロック、ベースラインはソウル、ギターリフはロック。決してオーバーファンクには陥らない、上手くコントロールされたファンクネス。

なるほど、これがシカゴの個性であり特徴であり良さなんやね。この『Live in Japan』を聴いて、やっと納得出来る感覚を得た気分になりました。それもこれも、2012年のデジタルリマスター&紙ジャケで再発のお陰である。感謝感謝である。

 
 

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2015年7月14日 (火曜日)

スティングのジャズ・ロック

1980年代に入ると、フュージョン・ジャズは成熟し、AORへの傾倒を始めて、もはやジャズとは呼べない「ブラコン」なポップスになる一方、ロックとの交流を深めながら、逆にロックに新しいリズム&ビートを導入し、ロックの世界で新たな音の展開を生み出したりした。なるほど、ジャズは懐の深い音楽ジャンルではある。

ジャズがロックに新しいリズム&ビートを導入し、ジャズがロックの世界で新たな音の展開を生み出した例として、僕が良く挙げるのが「スティング(Sting)」。ポリスのベーシストして、ロック界にて一世を風靡し、ソロに転身して、敬愛するジャズのイディオムを大々的に導入。ロックとジャズを融合させた、新たな「スティングとしての音世界」を現出した。

その最初の成果が、Sting『The Dream of the Blue Turtles』(写真左)。邦題『ブルー・タートルの夢』。1985年にリリースされた、スティングのソロ第1作である。これがまあ、ロックにフュージョン・ジャズのイディオムを導入して新たに構築した、新しいロックな音世界である。

バックを固めるパーソネルが凄い。Omar Hakim (ds), Darryl Jones (b), Kenny Kirkland (key), Branford Marsalis (ss, ts)。当時のメインストリーム・ジャズの中堅・精鋭でガッチリと固めている。このバックだけでも、相当に硬派でクールなメンストリーム・ジャズな演奏が繰り広げられる、そんな凄い面子である。

しかし、このバック・バンドをして、そのバックの演奏がメインストリーム・ジャズにならないところが素晴らしい。あくまで、スティングの音楽を前面に押し出し、スティングの音楽を前提に、ジャズのイディオムを導入するにはどうしたらよいか、ということを常に考えながら、それぞれのプレイを進めている。
 

Sting_the_dream_of_the_blue_turtles

 
ちなみにこのバック・バンドの音は「ジャズ」では無い。このアルバムを「ジャズっぽい」と評した評論家が当時大勢いたが、このアルバム、絶対に「ジャズっぽくは無い」。あくまで、リズム&ビートはロックであり、ロックを前提にジャズのイディオムを織り込んで、スティングのボーカル、音世界の個性をいかに際立たせるか、という一点のみを目標に展開されている。

さすがにこれだけの面子が集まってのパフォーマンスである。ロックを前提にしているので、音の雰囲気は硬派でクールなフュージョン・ジャズである。このバックのジャズ者4人で、こんな硬派でクールなフュージョン・ジャズばりばりの音が出るなんて、思ってもみなかった。ジャズ・ミュージシャンの一流どころは凄い

スティングは伸び伸びと自らの個性をボーカルに音作りに曲作りに展開している。まあ、これだけのバック・バンドを従えているのだからねえ。スティングは、この素晴らしいメインストリーム・ジャズなバック・バンドの音を自家薬籠中のものとして、スティングのソロとしての音世界をバッチリ確立している。

今の耳で振り返ると、ジャズがロックに新しいリズム&ビートを導入し、ジャズがロックの世界で新たな音の展開を生み出した例として、このアルバム『ブルー・タートルの夢』は素晴らしい成果である。

スティングのAOR、スティングの大人のロックと表現しても良いと思う。それぞれの曲を見ても、政治的な主張を持った優れた内容の楽曲もあり、アートなロック・アルバムとして傾聴に値するものだと僕は思う。

 
 

震災から4年4ヶ月。決して忘れない。まだ4年4ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2015年7月13日 (月曜日)

フュージョン・ブームの終焉

1980年代に入って、フュージョン・ブームの果てに、いよいよ、フュージョン・ジャズでも無い、AORとも言い切れず、ブラコンとも言い切れない、所属不明な耳当たりが良いだけの不思議な雰囲気のアルバムが、フュージョン・ジャズと称して多く出回る様になる。

クロスオーバー〜フュージョン・ジャズの雄、西海岸ギタリストのリー・リトナーだって、例に漏れず、これってAORなブラコンやん、て感じてしまうアルバムをリリースしていた。2014年8月7日のブログ(左をクリック)でご紹介した、Lee Ritenour『Rit』がそんなアルバムだった。1981年のことである。

続く1982年、Lee Ritenour『Rit2』(写真左)がリリースされる。「2」が着いているので、前年の『Rit』の続編である。エリック・タッグのヴォーカルを、前作にも増して、更に前面に押し出し、もはやこのアルバムは、エリック・タッグのヴォーカル盤であり、リトナーのギターはそのサポートに徹している雰囲気。

さり気なく7曲目の「Voices」で、今は亡きTOTOのドラムスだったジェフ・ポーカロが参加していたりで、前年の『Rit』では、フュージョン・ジャズっぽい部分も残ってはいたのだが、このアルバムは完璧に「AORなブラコン」化している。全編に渡って聴き通して、改めて思う「これって、もはやジャズでは無い」(笑)。
 

Rit2

 
しかし、演奏全体のレベルは非常に高い。パーソネルを見渡せば、フュージョン・ジャズの強者ミュージシャン達が集結し、テクニックと経験にまかせて、非常に質の高い演奏を繰り広げている。エリック・タッグのヴォーカルが前面に押し出ているので、なかなか耳に届かないが、バックの演奏はかなりエグい。

1982年当時、この『Rit2』というアルバムを聴いて、僕はフュージョン・ジャズを一旦諦めた。当時のフュージョン・ジャズは例に漏れず、ボーカル入りのアルバムを量産し、ジャズっぽさをどんどんそぎ落とし、逆に「AORなブラコン」化を加速させていた。セールス的にはその展開の方が絶対に良いんだが、ジャズからすると形骸化が進むというゆゆしき事態に陥りかけていた。

これはもはやフュージョン・ジャズでは無い。1980年代前半、こういう「AORなブラコン」化したフュージョン・ジャズ盤が量産された。今の耳で聴いても、ジャズとして聴けるものは少ない。逆に、米国ポップスの一形態として、この「AORなブラコン」化した盤は十分に評価できる。

まあ、一般のジャズ者の方々は、こういう「AORなブラコン」化したフュージョン・ジャズ盤を聴く必要は無いと思います。逆に、こういう「AORなブラコン」化した盤を聴くと、思いっきりがっかりしてしまうような気がします。1980年代には、フュージョン・ジャズの有名どころが、こぞってこの「AORなブラコン」化した盤を、結構リリースしているので注意が必要です(笑)。

 
 

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2015年7月12日 (日曜日)

ヒカシューの個性を振り返る

今年の7月の頭で「YMOを総括する時が来た」として、1970年代後半から1980年代前半にかけて流行った「テクノポップ」を振り返っている。

もちろんYMOの諸作、YMOファミリーの諸作は聴き直しの最中で、テクノポップと言ってしまえば、ターゲットとなるアーティストはYMOだけでは無いので、その周辺のバンドにも触手を伸ばしている。

1970年代後半から1980年代前半が流行のピークだったので、今から振り返ると45年前から35年前。現状、当時の音源がどこまで残っているかがポイントになる。LPで残っている場合が一番多いが、LPの音源を入手して聴き直しは意外と手間がかかって効率的では無い。という観点から、CDかダウンロード音源がターゲットになる。

今回、ヒカシューの音源を見つけた。ヒカシューとは、1978年にボーカルの巻上公一を中心に結成されたバンド。デビューから数年間のイメージから、ニューウェーブ・ロックやテクノポップ・バンドとして認知されている。僕達は学生時代、このヒカシューがお気に入りだった。

このヒカシューの個性を体感するなら、やはりデビュー盤の『ヒカシュー』(写真)だろう。近田春夫がプロデュースを担当し、当時「ROXY MUSICとPOP GROUPと宴会の演芸楽団を一緒にしたような新感覚派バンド」と評された。今から振り返れば「言い得て妙」である。

単にニューウェーブ系やテクノポップ系の音で終始していないところが面白い。今でもハッキリと思い出せるほど、このバンドの個性は際立っている。結成当初から演劇、フリーインプロヴィゼーション、民族音楽を取り入れたアプローチを続けていたというが、それも納得、演劇的アプローチや、フリーキーにブレイクするところなど、既成のロックとは一線を画するユニークな個性である。
 

Hikasyu_first

 
サウンド自体がそれほど斬新な訳では無いし、テクニック的にも機材的にも突出している訳でも無い。しかし、出てくる音は、このヒカシューにしか出せない音世界なのだ。それぞれの曲をちょっと聴いただけでヒカシューの音と判るのだから、その個性は際立っている。

収録された曲は、一度聴いたら忘れられない個性的なものばかりだが、僕は「レトリックス&ロジックス」「モデル(クラフトワークのカバー)」「20世紀の終りに」「プヨプヨ」「雨のミュージアム」「幼虫の危機」あたりが、シュールでテクノでヒカシューっぽくてお気に入り。

「プヨプヨ」なんて5拍子の曲なんだが、5拍子を刻む拍子割りが無い状態で5拍子を刻んでいる。この辺の発想がヒカシューならではなのだ。

当時、それまでの歌謡曲やフォークソングに無い、新しい感覚のJポップは「ニューミュージック」と呼ばれたが、僕はこのヒカシューやYMOの音世界こそが「ニューミュージック」であり、ユーミンは決して「ニューミュージック」では無いと思ったのだが、今の耳で聴き直してみて、意外とこれは外れていないと感じている。

このデビューアルバム『ヒカシュー』に加えて、セカンド盤の『夏』、サード盤の『うわさの人類』と、遠く大学時代に聴き親しんだアルバム音源も手に入れた。テクノポップの聴き直し〜総括は、思ったよりも面白く興味深い。

 
 

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2015年7月11日 (土曜日)

こんなアルバムあったんや・48

僕がまだジャズ者初心者の頃、今から37年前になるんだが、日本のジャズ環境というのは、基本的に米国東海岸偏重であった。ちょっと譲って、ちょっとマニアックなものとして欧州ジャズがあった。

そんな環境である。米国西海岸ジャズなんてのは、全く一般的では無い。というか、今から37年前、ほとんど忘れ去られた存在だった。メジャーどころの、アート・ペッパー、ジェリー・マリガンの有名盤の3〜4枚くらいやなかったかなあ、大手レコード屋で流通していたのは。

1980年代、CDの本格的な普及時代に入って、CDでのリイシューついでに、パシフィック・ジャズなど、米国西海岸ジャズの有名レーベルの音源から、主だったミュージシャン、主だった名演を選んで、『スイングジャーナル・プレゼンツ The West Coast Jazz』というオムニバスCDが出た。

このオムニバスCDがひとつの切っ掛けになったと思う。それから少しづつ米国西海岸ジャズの名盤、好盤がリイシューされ始めて、1990年代には、米国西海岸ジャズに絞ったリイシューのシリーズが企画されたりした。それでも、今、2015年に至っても、米国西海岸ジャズについては、まだまだ未知の領域が多い。

そんな米国西海岸ジャズの世界、いろいろ探していくと、まだまだ「こんなアルバムあったんや〜」なんて喝采の声を上げるアルバムを発見することも良くあるのだ。先日出会ったアルバムが、Shorty Rogers & His Giants『The Swinging Mr. Rogers』(写真左)。
 

The_swinging_mr_rogers  

 
1955年の録音。米国西海岸ジャズの全盛期の時代の録音。ちなみにパーソネルは、ジミー・ジュフリー(クラリネット/テナー/バリトン)、ピート・ジョリー(ピアノ)、カーティス・カウンス(ベース)、シェリー・マン(ドラムス)の5人編成。当時の米国西海岸ジャズの精鋭達が集結しています。

内容としては、米国西海岸ジャズの特徴、個性が満載です。ほどよくアレンジされ、テーマ部のユニゾン&ハーモニーは心地良く、メンバーそれぞれのテクニックは素晴らしく、アドリブ部の旋律はクールで粋。音楽として聴いて楽しく、聴いていて心地良い。音楽の基本とも呼ばれるべきものがこのアルバムには詰まっている。

何と言っても、リーダーのショーティー・ロジャースのトランペットの音色が柔らかくて明るくて、吹いているロジャーズ本人も心から楽しんで吹いているんだろう、とにかくポジティブでブリリアントなトランペットが実に良い。テクニックもまずまず、米国西海岸ジャズ・シーンを代表するトランペット、という評価も納得のプレイである。

こういう好盤があるんですね。最近、やっとアルバムを手にして聴くことができました。いや〜、米国西海岸ジャズはまだまだ奥が深そうです。まとまったカタログや詳しい紹介本が無い分、自分で調べて、自分で探す、という、アルバムコレクターとして当たり前のことが意外と楽しい「米国西海岸ジャズの好盤発掘」です。

 
 

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2015年7月10日 (金曜日)

ギタリストにとっての偉大な存在

いろいろとジャズのアルバムを聴き続けているが、色んな硬派な純ジャズを聴き続ける中で、こういうアルバムに出会うと、なんだかホッとする。いわゆるフュージョン・ジャズでは無いんだが、フュージョン・ジャズ基調のメインストリーム・ジャズ。いわゆる「コンテンポラリーな純ジャズ」。

例えば、このLee Ritenour 『Wes Bound』(写真左)なぞ、そんな「コンテンポラリーな純ジャズ」な一枚。1993年の録音&リリースになるが、音の雰囲気はフュージョン・ジャズからスムース・ジャズなんだが、出てくるフレーズは、かなり「メインストリーム・ジャズ」している。

冒頭のタイトル曲「Wes Bound」を聴くと、まずは「これは、ウエス・モンゴメリー」と思う、が、バックの演奏を聴くと、これは「ウエス・モンゴメリーでは無い」と考え直す。バックの演奏が、思いっきりフュージョン・ジャズしているのだ。でも、フュージョン・ジャズとは言っても、傾向としては「メインストリーム・ジャズ」と言って良い位、硬派で純ジャズっぽい雰囲気を漂わせている。

リトナーのウエス風ジャズ・ギター、良い感じです。ジャズ・ギタリストにとって、ウエスは神様に近い存在。このアルバムの演奏を聴けば、リトナーも例に漏れず、ウエスの信奉者であり、ウエスを敬愛する「ウエス者」であることが良く判る。とにかく、ウエスを良く聴き、ウエスによく学び、ウエスを敬愛している。そんな雰囲気が本当に良く判る演奏だ。
 

Wes_bound

 
ウエスの手になる曲も10曲中5曲を占め、ウエスの曲では、特にリトナーは喜々として、オクターブ奏法を駆使して、ウエス節を展開する。うっかり聴いていると、これってウエスのギターじゃないのか、と誤解するほど、リトナーのウエス節は堂に入っている。う〜ん、なるほど、リトナーはウエスが飛び切り好きなんやね〜。

バックのリズム・セクションは、ハービー・メイソンのドラムが思いっきり効いている。そこにボブ・ジェームスのキーボードが被って、ボブ・ジェームスが被るのだから、フュージョン・ジャズになってしまうのか、と思いきや、意外と「コンテンポラリーな純ジャズ」な響きに思わず感心する。ウエスにはやはり「コンテンポラリーな純ジャズ」なリズム・セクションだろう。

ジャケットも優秀。実に雰囲気のあるジャケットだ。1993年という時代を考えると、もはや純ジャズ的な雰囲気って、なかなかお耳にかかれなくなっていくんだろうなあ、とちょっと危惧していた時代なので、このアルバムとの出会いは嬉しかったし、ある確信を持った。

音の雰囲気はフュージョン・ジャズからスムース・ジャズなんだが、出てくるフレーズは、かなり「メインストリーム・ジャズ」という、新しい雰囲気を湛えた「コンテンポラリー・ジャズ盤」が、これからどんどん出てくると思った。1980年代中盤からの「純ジャズ復古」を切っ掛けにした、新しいジャズの進化の形態である。

 
 

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2015年7月 9日 (木曜日)

ナベサダ・スムースジャズ事始め

このアルバムを聴けば、フュージョン・ジャズとスムース・ジャズの違いが「一聴瞭然」となる。スムース・ジャズとは、フュージョン・ジャズ、ポップ・ジャズの流れから進化したスタイルである。

フュージョン・ジャズよりも音作りを洗練し、聴き心地を優先した音の展開。楽器はしっかりとなり、テクニックは奥に偲ばせる感じで、それをひけらかすことは無い。クロスオーバー・ジャズの亜流であった、イージーリスニング・ジャズの発展形とも取れる。そんなスムース・ジャズの初期の成果というか、スムース・ジャズ初期の好盤がこの、渡辺貞夫『RENDEZVOUS(ランデブー)』(写真)。

1984年の録音。ちなみにパーソネルは、渡辺貞夫 (as)・Steve Gadd (ds)・Marcus Miller (el-b, key)・Richard Tee (el-p)・Ralph MacDonald (per)・Eric Gale (g)・Anthony MacDonald (per)・Barry Eastmond (key)・William Eaton (arr)・Roberta Flack (vo)。基本的には前作の『Fill Up The Night』の人選を踏襲している。

冒頭のタイトル曲からして、この音の雰囲気はフュージョン・ジャズでは無い。ソフト&メロウな音作りがメインではあるが、とにかく聴き心地が良い。リチャード・ティーのフェンダー・ローズの「心地良く漂う様な揺らぐような」音が効いている。そっと切り込んでくるナベサダさんのアルト。う〜ん、洗練の極みである。
 

Rendezvous

 
この冒頭のタイトル曲の音作りが、このアルバム全体を支配している。ソフト&メロウな聴き心地優先の音作りながら、それぞれの楽器の演奏は、意外と硬派でタイトです。この「意外と硬派でタイト」というところが、他のスムース・ジャズ初期のアルバムの音作りと一線を画していて、ナベサダ・スムース・ジャズの個性です。

前作から引き継がれたリズム・セクションは、相変わらず重量感抜群で、耳当たりの良い雰囲気のフロントの旋律をガッチリと支えて固めます。逆に、重量感抜群のリズム・セクションをバックにしながら、そんなリズム・セクションの音に埋もれること無く、逆に浮かび上がる様な、切れ味の良いナベサダさんのアルトの音色は快感ですらあります。

このアルバムは全米で大ヒット、ビルボードのジャズチャート2位になったことも、今では懐かしい思い出です。ビルボードのジャズチャート2位ですよ。このニュースを聞いた時は喝采の声を上げましたね。で、このアルバムの音を初めて聴いた時、この「ビルボードのジャズチャート2位」は嘘じゃない、と確信しました。

発売当時は、まだ、スムース・ジャズという言葉は無く、それまでのフュージョン・ジャズとは音作りとコンセプトが異なる、ということは耳で感じてはいましたが、どこがどう違うのか、その理屈はまだまだ判らない、ジャズ者になって7年目の秋のことでした。

 
 

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2015年7月 8日 (水曜日)

1980年代のナベサダ・ジャズ

1980年代の渡辺貞夫を聴き直している。もともとフュージョン・ジャズの「僕のアイドル」。渡辺貞夫、僕は敬愛と親しみの念をこめて「ナベサダさん」と勝手に呼ばせていただいている。1970年代後半三部作である『My Dear Life』『California Shower』『Morning Island』を経て、1980年代に突入。

音的にはこの1970年代後半3部作の音を継承した『Orange Express』、そしてライブ盤『How's Everything』をリリース。ここで一旦、1970年代後半3部作の音を継承したシリーズは終了。ナベサダさんは、エレクトラ・レーベル移籍。フュージョン・ジャズから一歩進めて、スムース・ジャズへと進化し始める。

そのエレクトラ・レーベル移籍第一弾のアルバムが、渡辺貞夫『Fill Up The Night』(写真)。1983年3月の録音。ちなみにパーソネルは、渡辺貞夫 (as), Ralph MacDonald (per), Richard Tee (key), Marcus Miller (el-b), Steve Gadd (ds), Eric Gale (g), Paul Griffin (key), Jorge Dalto (p), Grady Tate (vo)。

パーソネルを見渡せば、フュージョン・ジャズのブームを泳ぎ切った、名うてのメンバー、当時最先端のリズム・セクションを含めた、フュージョン・ジャズを総括した錚々たるメンバーと共演したアルバムである。このアルバムを初めて聴いた時、日本人もここまでハイレベルなフュージョン盤を創造することが出来るんだ、と感慨に耽ったことを覚えている。 
 

Fill_up_the_night

 
冒頭の「Say When」から続く「Rosebud」とフュージョン・ジャズを更に洗練した、後のスムース・ジャズの雰囲気がしっかりと聴いて取れるところが憎い。抜群のセンス。そして続く「Fill Up The Night With Music」では、グラディ・テイトの渋いボーカルも聴ける。これが実にムーディーで、かつ意外と硬派で聴き応えがある。

ティー、ゲイル、ガッド、そしてマーカス・ミラーという驚愕のアンサンブルによる大人のコンテンポラリー・ジャズの音世界。意外とワイルドで硬派なところがこのアルバムをヘビーローテーションさせている所以で、メインストリーム・ジャズ好みの耳にも、意外と訴求するところが、ナベサダさんのスムース・ジャズの面白いところ。

リズム・セクションの良い意味での「重量感」が、このアルバムを硬派なスムース・ジャズとして成立させている。スムース・ジャズ初期の好盤である。当時、米ラジオ&レコード誌にてジャズ・チャート1位を記録した、というのも頷ける、派手さも甘さも控えめな、クールで硬派なスムース・ジャズ。聴き応え十分です。

 
 

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2015年7月 7日 (火曜日)

オーネット・コールマン逝去...

去る2015年6月11日、オーネット・コールマン(Ornette Coleman)が逝去した。満85歳、大往生である。メインの楽器はアルト・サックス。トランペットやヴァイオリンも出来る。1960年代のフリー・ジャズをリードした、ジャズ界の「イノベーター」の一人であった。

とまあ、フリー・ジャズとは言うが、今の耳で聴くと、普通のメインストリーム・ジャズに聴こえる演奏がほどんど。気の向くまま、思いのままに吹きまくるフリー・インプロビゼーションでは無く、従来のモダン・ジャズのルーティンに囚われない、それまでに無いルーティンで自由度の高い演奏を吹き進めていく、そう意味での「フリーなジャズ」を提唱し牽引した。

必要最低限の決め事の中で、それまでに無いジャズの進め方を提示し、その進め方に則って、フロント楽器が旋律を吹き進めていく。オーネット・コールマンの「フリー・ジャズ」には、アドリブ・ラインに旋律があり、ハーモニーがある。よって、演奏全体の自由度の高いのにも拘わらず、今の耳で聴くと、意外とメインストリームなジャズに聴こえる。

そんなオーネット・コールマンの追悼として、今日は、Pat Metheny & Ornette Coleman『Song X』(写真)を聴く。1985年12月の録音、1986年のリリース。ちなみにパーソネルは、Pat Metheny (g), Ornette Coleman (as, vln), Charlie Haden (b), Jack DeJohnette (ds), Denardo Coleman (ds, per)。

パット・メセニーは、若い頃から、このジャズ界のイノベーター、オーネット・コールマンの音楽に傾倒していて、ことあるごとにオーネットの楽曲を取り上げている。パットは、PMG(パット・メセニー・グループ)では、ファンクネス皆無の牧歌的かつネーチャーな雰囲気でフォーキーな演奏が中心なんだが、ソロになると結構フリーなギタリストに豹変する。

そんなパットが念願叶って、そんなアイドルのオーネット・コールマンと共演したアルバムがこの『Song X』である。パットの契約していたレーベル、ゲフィンからのリリースなので、パット主導のアルバムかと思いきや、このアルバムは全編に渡ってオーネット主導の音作り、音の展開である。最初から最後まで、オーネット・コールマンの音世界満載。
 

Songx

 
そんなオーネットな音世界に、パットは喜々として追従しているようだ。さすがに敬愛するオーネットとの共演。オーネットとパットの息はピッタリ。オーネットの音楽を十分に理解して、オーネットの音楽をパットなりに忠実に再現している。初共演というが、このオーネットとパットのコラボには違和感は全くない。

意外だったのは、オーネットの音世界に、ドラムのデジョネットが叩きまくりながら、オーネットの音世界に素直に追従しているところ。さすがにポリリズムの申し子ドラマーである。オーネットのフリーなジャズに合わせて叩きまくるポリリズムは、まさにオーネットの為に表現されたリズム&ビートである。

そして、オーネットとの共演が多く、オーネットの音楽を一番理解しているベーシストの哲人、チャーリー・ヘイデンのベースがこれまた、オーネットの音の展開にピッタリなベースラインを提供する。オーネットのフリーなジャズに、迷いの無い淀みの無い、オーネットの旋律にピッタリなベースライン。聴いていて惚れ惚れする。

アルバム全体の雰囲気は、決して奇をてらったアブストラクトな雰囲気の「フリー・ジャズ」では無い。従来のモダン・ジャズのルーティンに囚われない、それまでに無いルーティンで自由度の高い演奏を吹き進めていく、そう意味での「フリーなジャズ」は、今の耳で聴くと、意外とメインストリームなジャズである。

ジャケットは写真のジャケットが、僕にとっては馴染みが深く、これでないと「駄目」だ。20thアニバーサリーCDのあのケバケバしい「大きなダブル・エックス」のジャケットはどうにもこうにも趣味が悪いとしか思えない。

が、従来のモダン・ジャズに無い演奏展開の中で、自由にアルト・サックスを吹き進めていく様は、まさに「限りなく自由度の高い、創造性豊かなジャズ」である。

今年、素晴らしい「ジャズ界のイノベーター」を「生きるレジェンド」をまた一人失った。ご冥福をお祈りしたい。

 
 

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2015年7月 6日 (月曜日)

シンプルで柔らかなプログレ

ジャズの合間の耳休め。ジャズはインストが中心ということから、やはり耳休めは70年代ロックの中から、プログレッシブ・ロックのアルバムを好んで聴く。もともと高校時代はプログレ小僧だったこともあって、プログレのアルバムは結構コレクションしてきた。もはやマニアと言っても良い位だ。

ジャズを聴き始めて、歳をとって、ジャズの合間の耳休めの時に選ぶプログレ盤についてもその嗜好は変わった。高校時代、プログレ小僧の時代は、有名なメジャー・バンド、メリハリの効いた、プログレの代表的バンド、キング・クリムゾンやイエス、ピンク・フロイド、EL&Pなどを聴き漁っていた訳だが、大人になって、歳をとってその嗜好は大きく変わった。

確かに、メリハリの効いた、プログレの代表的バンドも、懐かしくて聴き応えがあって、確かに良い内容の盤が多い。しかし、その複雑な音世界と先鋭的かつ攻撃的な演奏内容ゆえ、ジャズの合間の耳休めには、ちょっと「もたれる」感じが、ちと辛い時がある。そういう時、若かりし頃は、刺激が少ないなあ、なんて少し敬遠してきた「シンプルで柔らかなプログレ」盤が良い感じなのだ。

最近では、Camel(キャメル)のアルバムを聴いて感じ入っていた。キャメルとは、1970年前半にデビューしたイギリスのプログレッシブ・ロック・バンド。英国プログレの範疇でありながら、欧州大陸系の音作りが特徴で、演奏内容も、プログレのキャッチフレーズである、観念的で複雑で大作主義でクロスオーバー、そして高いテンションという中で、観念的でも無く、大作主義でも無く、シンプルで優しい音作りが特徴。

加えて、音が柔らかで判り易い。基本的には、ポジティブなポップ・ロックなんだが、ところどころでクラシック音楽の要素、例えばフーガとかバロックとかの音の雰囲気が見え隠れし、エレギとキーボードがしっかりとメインで判り易い旋律を奏で続ける。特に、シンセサイザーの使い方が、柔らかで優しい使い方が個性的である。
 

Moonmadness_breathless  

 
最近聴いた盤が、1976年リリースの『月夜のファンタジア(Moonmadness)』(写真左)と1978年の『ブレスレス〜百億の夜と千億の夢(Breathless)』(写真右)。どちらも、プログレッシブ・ロックのアルバムというには、シンプルで柔らかで優しい内容。加えて、音の響きが、古き良きアナログな音世界満載って感じで、これがまた耳に優しくて良い。

『月夜のファンタジア(Moonmadness)』はキーボードの使い方が上手い。キーボードが大活躍。ハモンド・オルガンとシンセサイザーの使い方が抜群で、その音は柔らかく優しい。そんなキーボードにフワッとエレギが寄り添い、キャメル独特の音世界を現出している。シンセに絡むゆるやかなフルートの音色がとても優しく、「月夜のファンタジア」という邦題に妙に納得したりする。

『ブレスレス〜百億の夜と千億の夢(Brethless)』は一聴すると、「これボストンやん」って感じてしまうんだが、聴き進めると、いやいや違う違う、となる。ボストンと比べると、やはりシンプルで柔らかで優しい。結構、エッジの立ったエレギ中心の音の展開ではあるが、そこかしこに「欧州大陸系の音作り」が見え隠れする。これを耳にすると「これはボストンでは無い」となる。

ポップなロックという音作りではあるが、柔らかで優しい、牧歌的で叙情的な音の展開を聴くと、いや〜キャメルってええなあ、と感心する。高校時代から大学時代、若かりし頃はどうにも「かったるくて、爺くさい」感じで敬遠していたのに、である(笑)。とにかく、キーボードとエレギの絡み、掛け合いは、その響きが素晴らしく、結構「癖になる」。

最近のジャズの合間の耳休めのロック・アルバムは、シンプルで柔らかなプログレ・バンド、キャメルを結構好んで聴いている。キャメルのどのアルバムを聴いても、その内容は充実しており、バラツキが無いのも素晴らしい。どうも、しばらく「病みつき」になりそうな気配である。

 
 

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2015年7月 5日 (日曜日)

ギターのソロ・パフォーマンス盤

ジャズ者を長年やっているが、初心者の頃から、アルバム紹介本とかで、「聴くべし」印のアルバムとして知っていながら、なかなか手にしないアルバムがある。特に、後回しになった楽器ジャンル、ジャズ・ギターとジャズ・ボーカルのアルバムにそれが良くある。

僕にとって、ギターは完全に後回しになった楽器ジャンルで、1990年代以降にならないと本格的にコレクションしなかった。ということで、この5〜6年、せっせとジャズ・ギターの名盤・好盤を探し回ってはゲットしている。逆にジャズ・ボーカルはまだまだ本格的なコレクションに至らない。逆に、本道から逸れた自分だけの独特のコレクション方針にアウトドライブしている(笑)。

さて、最近、やっとのことで入手に至ったジャズ・ギターの名盤がある。Joe Pass『Virtuoso』(写真左)である。1973年12月の録音。ジャズ・ギタリストの重鎮、ジョー・パスのソロ・パフォーマンスを記録したアルバムである。

どうもジャズ・ギターに対する印象が良くないのか、ジャズ・ギターというのは、デリケートで音が細いという印象があって、LP時代のステレオでは、スクラッチ・ノイズに邪魔されることが多く、落ち着いて鑑賞するのには不適切な楽器ジャンルだという印象が強かった。

加えて、ジャズ・ギターのソロなんぞ、デリケートで音が細いという上に、鳴る楽器はギターだけ、という、これほど、LP時代のアナログ環境のステレオでは、スクラッチ・ノイズにイライラして、落ち着いて鑑賞するどころでは無い、という想いもあった。そういう経緯で、このJoe Pass『Virtuoso』も手にしようとする気が全く起きなかった。

それではいかん、と一念発起、つい最近、このJoe Pass『Virtuoso』を手にした。で、聴いてみて、これがまあ、超絶技巧な、ジョー・パス単独弾きまくりの凄まじい内容の盤なのである。弾きまくる、弾きまくる。単独弾きまくりの12曲。聴き始めて、あっと言う間に一気に聴き切ってしまう位のテンションと密度。
 

Joe_pass_virtuoso

 
ギターというのは、ピアノと同様に単音の旋律と和音のコードの2種類が弾けるが、ピアノの様に、単音の旋律と和音のコードを同時に弾くことが出来ない。ギターはその構造上、単音の旋律と和音のコードのどちらかしか、弾くことが出来ない。つまり、ソロ・パフォーマンスの場合、音が薄くなる。

その音が薄くなる弱点を、ジョー・パスは、超絶技巧なテクニックを駆使しつつ弾きまくり、音を敷き詰め、演奏全体の音の密度を濃くした。この工夫によって、このジャズ・ギターのソロ・パフォーマンスは、結構、ダイナミックな展開を楽しめる、充実した音の内容になっている。

まあ、音を敷き詰め、演奏全体の音の密度を濃くする為の超絶技巧なテクニックである。それぞれのギタリストの得意とする「手癖」に収斂する傾向はあるので、曲毎の演奏の展開、披露するテクニックについては、曲が進むにつれ「マンネリ化」していくのは否めない。演奏の展開、披露するテクニックについては意外とシンプルである。

しかし、こういう挑戦的なジャズ・ギターのソロ・パフォーマンスが、1973年というジャズにとって微妙な時代に録音され、発売されたことにちょっとビックリする。商業ロック、商業ポップスが大流行だった1970年代前半、こういう純ジャズのソロ・パフォーマンスに対する需要ってあったのかなあ。

とまあ、いずれにしても、ジャズ・ギターのソロ・パフォーマンスとしては、代表作の一枚として、絶対に挙げられるべき好盤ではあります。ジャズ者であれば、一度は耳にする価値のあるアルバムです。

 
 

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2015年7月 4日 (土曜日)

弾いて一流、唄って一流

マイルスが自らのエレクトリック・バンドに、真っ先に招聘したギタリストである。先鋭的なところもあるが、ギターの基本はウエスモンゴメリーなスタイル。ウエスをソフト&メロウに洗練したイメージのギター。これだけでも「弾いて一流」の類で、ジャズ・ギタリストのレジェンドとして名を残している。

そんなギタリストが、ある日、唄ってみた。これがまた「上手い」。ボーカリスト専門でしたと言われても、ただ納得するだけの上手さと味のあるボーカル。そして、これがまた「大当たり」。「唄って一流」の仲間入り。神は二物を与えずというが、このギタリストに限っては、二物を与えている。

そのギタリストとは、ジョージ・ベンソン(George Benson)。彼は、1976年リリースの傑作『Breezin'』で、当時LPのA面の2曲目「This Masquerade」で、そのボーカル曲が大当たり。以降、ベンソンは、その歌の部分の割合を徐々に拡大していった。「弾いて一流、唄って一流」の二足の草鞋を履くギタリストの出現であった。

そんなベンソンの「弾いて一流、唄って一流」の二足の草鞋のバランスが程良く取れたアルバムが、1980年リリースの『Give Me the Night』(写真左)。ベンソンの「ソフト&メロウ」な個性に、R&Bのリズム&ビートをブレンドして、上質なファンクネスを供給、1980年当時のフュージョン・ジャズ盤の傑作をものにしている。

それもそのはず、プロデュースは、あの「クインシー・ジョーンズ(Quincy Jones)」が担当しているのだ。このR&Bのリズム&ビートをブレンドして、上質なファンクネスを供給の部分については、このクインシー・ジョーンズの存在が大きく貢献している。この『Give Me the Night』のヒットで、ブラック・コンテンポラリー(略してブラコン)という音楽ジャンルが認知されたほどである。
 

Give_me_the_night

 
参加しているミュージシャンも素晴らしいパフォーマンスを披露している。ハービー・ハンコック、リチャード・ティー、ジョージ・デューク、そしてデビッド・フォスターが参加しています。いつもながら、クインシーのプロデュースは贅沢ですね。でも、それなり以上の音を紡ぎ出すのですから、そのプロデュースの手腕は凄いです。

曲作りにはクインシーファミリーのロッド・テンパートン、グレン・バラード等が参加。収録された曲はどれもが魅力的な曲ばかりで、アルバムを通して聴いていても全く飽きが来ません。本作からの大ヒット曲はタイトル曲「Give Me the Night」。当時、お洒落な喫茶店などでよく流れてましたね〜。

そして、このクインシーのプロデュースの特徴は「ホーン・アレンジ」。切れ味の良い、以前のモダン・ジャズ時代とは一線を画する、今風の音の重ね方が格好いい「ホーン・アレンジ」がとても特徴的です。ジェリー・ヘイ、キム・ハッチクロフト、ラリー・ウイリアムスのシーウインド・ホーンズが大健闘。今の耳にも新鮮に響きます。

このアルバムは「唄って一流」の部分と「弾いて一流」の部分がほぼ半々で、実にジョージ・ベンソンというミュージシャンの個性を愛でる上で、非常にバランスの取れた内容になっています。後半に進めば進むほど、ギターのインストの割合が多くなり、ベンソンのギターの聴き応え満点です。

ブラコン・フュージョン・ジャズの傑作です。当時、フュージョン・ジャズというと、商業的な音楽に走ったキワモノ的なイメージを持たれて、硬派なジャズ者の方々からは敬遠されることが多かったのですが、あれから30余年、今の耳で聴くと、本当に良く出来た、本当に良く練られたアルバムだと感じます。音楽という芸術のひとつの成果だと思います。

 
 

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2015年7月 3日 (金曜日)

こんなアルバムあったんや・47

ジャズを長年聴いていると、時々、なんだこれ、と思わず笑ってしまうようなアルバムに出会う。ジャズって、そういう変に外したところがあるのが魅力なんだが、ジャケットとか、音作りとか、なんだこれ、と思わず、椅子から転げ落ちそうになるアルバムに時々、遭遇する。

今回、久々に、そんな「なんだこれ」的な盤に遭遇した。Jimmy Smith『Stay Loose...Jimmy Smith Sings Again』(写真左)。1968年リリース。まず、ジャケットに「なんだこれ」と笑う。宇宙飛行士に扮したジミー・スミス。確かに時代は1960年代後半、アポロ計画が人類を月に送り込むべく、壮大なオペレーションを展開していた時代のアルバムではある。

そのアポロ計画にあやかったジャケット写真なんだろうが、いや〜、このジャケ写って、内容の音世界とは全く関係が無いから、これはこれで「なんだこれ」とも思うし、「凄いな〜」とも思う(笑)。

このアルバムは、なんとジャズ・オルガンの祖、ジミー・スミスが弾きまくり、なんと歌いまくる、コッテコテのソウル・ジャズ盤なのだ。コッテコテのファンキーなオルガンを弾きまくるジミー・スミスというのは、ジャズ者の中では「当たり前」の姿なのだが、え〜っ、ジミー・スミスって歌うの?
 

Jimmy_smith_stay_loose

 
これがまずまず良い唄声で歌ってるんですね。十分に鑑賞に耐える、良い声で歌っています。オルガンは当然の如く、ジャズ・オルガンの祖らしく、コッテコテにファンキーでソウルフルなオルガン・ソロを心ゆくまで展開しています。

オーケストラをバックに、ジャズ・オルガンの祖、ジミー・スミスが、思いっきりソウルフルなヴォーカルで唄いまくり、思いっきりファンクネスなオルガンを弾きまくる。絵に描いた様な「ソウル・ジャズ」がこのアルバムの中に詰まっています。

ちなみにパーソネルは、Jimmy Smith (org), Stanley Turrentine (ts), Phil Upchurch (g), Grady Tate (ds), Jimmy Merritt (b) と意外と純ジャズ路線をいくメンバーが名を連ねています。

この純ジャズなメンバーが、こんなコッテコテにファンキーでソウルフルなグルーブ感を醸し出しているなんて、さすが一流のジャズメンは違いますね。しっかり応用を利かせています。

いや〜、このアルバム・ジャケットを見た時、ジャズ・オルガンの祖、ジミー・スミスのアルバムだとは思いましたが、さすがの私も触手は伸びませんでした(笑)。でも、今回、勇気を振り絞って聴いてみて、あらビックリ。コッテコテのソウル・ジャズがぎっしり詰まった好盤でした。目出度し目出度し(笑)。

 
 

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2015年7月 2日 (木曜日)

ストレートに淀みなく「鳴る」

日本のジャズ者の方々は、アート・ファーマーというトランペッターが大好きだ。日本でのアート・ファーマーの扱いは突出している。なぜか、日本で受けの良いトランペッターなのだ。しかし、実は僕にとって、このアート・ファーマーという人は、なんとも形容に困るトランペッターの一人なのだ。

アート・ファーマーのトランペットを聴けば判っていただけると思うんだが、歴代のテクニック中心のトランペッター、いわゆるリー・モーガンやフレディ・ハバードのようにバリバリ吹きまくるタイプでは無いし、そこまでのテクニックは持ち合わせてはいない。

と言って、テクニックについてはまずまずのレベルを保持しているのだが、マイルス・デイヴィスのようなクールさがある訳でも無いし、ケニー・ドーハムのような翳りや哀愁が漂う訳でも無い。なんというか、中肉中背では無いが、中庸中堅なトランペットと感じている。

が、アート・ファーマーのトランペットの音は、いかにもブラスの響き、トランペットの魅惑的な音色、ってな感じで、聴いていて惚れ惚れするプレイが多い。日本のジャズ者の方々は、このアート・ファーマーのトランペットの魅惑的な音色に感じ入って、アート・ファーマーというトランペッターを愛でるのでは無いか、と思っている。

例えば、このアルバムを聴くと、そのニュアンスを理解していただけるのでは無いかと思う。Art Farmer『Art』(写真左)。1960年9月の録音。ちなみにパーソネルは、Art Farmer (tp), Tommy Flanagan (p), Tommy Williams (b), Albert Heath (ds)。アート・ファーマーのトランペット、ワンホーンのカルテット構成である。

このアルバムは、ジャズ者初心者向けに推薦されることの多いアルバムではある。しかし、以前より、僕はその向きには疑問を感じている。このアルバムについては録音のバランスが極端に悪い。名盤請負人、名脇役と評されるトミー・フラナガンを中心とするリズム・セクションをバックに控えているのである。
 

Art_farmer_art

 
このバックのピアノ・トリオの演奏も内容が良い。だが、録音のバランスが極端に悪い。トランペットをメインに据えると、バックのリズム・セクションの音が小さく、しょぼくなる。バックのリズム・セクションをメインに据えると、トランペットの音が大きくなってうるさい。どうにもこうにも、もう一度、ミックスをし直して欲しい位の音のバランスの悪さなのだ。

ワン?ホーンのアート・ファーマーのソロの音とバックのリズム・セクションの音とのバランスが悪いので、アート・ファーマーのトランペットのソロに音のボリュームを合わせたら、バックのリズム・セクションの音がほとんど聴こえない。

ふと、トランペットのソロ・パフォーマンスを聴いている錯覚に囚われる。が、これが意外と聴き応えのあるソロ・パフォーマンスに聴こえるのだから、如何にアート・ファーマーのトランペットのソロが優れているか、トランペットの音が魅惑的なのかが判ろうというものだ。

このアルバムのファーマーのトランペットの音をジックリと聴き込めば、それが良く判るのだが、とにかくファーマーのトランペットは良く鳴っている。よく「ブラスの響き」というが、この「ブラスの響き」が十分に体感出来るほど、トランペットがよく鳴っている。しかも、素直にストレートに淀みなく「鳴る」。これは快感ですらあるほどだ。

この素直にストレートに淀みなく「鳴る」トランペットが、日本のジャズ者の方々の吟線に触れるのだろう。音を感じて、音を愛でるのに優れた民族である日本人ならではの感覚である。

以上の理由で、このアルバムは、ジャズというグループ・サウンズを楽しむにはちょっと辛い、録音バランスの悪いアルバムなので、ジャズ者初心者の方々には推薦しかねる。

この録音バランスの悪さを踏まえて、アート・ファーマーのトランペットの良さ、素直にストレートに淀みなく「鳴る」トランペットを愛でることの出来る、ジャズ者中堅からベテランの方々にお勧めの好盤だと僕は思う。

 
 

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2015年7月 1日 (水曜日)

YMOを総括する時が来た。

僕は大学時代、Yellow Magic Orchestra(以下YMOと略す)を思いっきりリアルタイムで体験している。アルバム・デビュー前のFMでのレアな音源レベルから体験してきた、かなりコアな「YMO者」である。正式にリリースされたアルバムはコンプリートしている。ライブにも何度か足を運んだ。YMOの音世界は、僕が自分で演奏したいと思うバンドの一形態でもある。

このライブ音源は、FMで部分的に聴いたことがあるような気がしている。僕のYMO体験はこのライブ音源から始まった。初めて聴いた時、これだ、と思った。シンセサイザー中心のコンピューター・ミュージック。そして、ベースとドラムは人間が演奏する。コンピューターと人間のコラボ演奏。キーボードがフロントのトリオ構成。これは凄いぞ、と思った。しかも日本発である。

1978年12月、新宿紀伊国屋ホールで行われた「アルファ・フュージョン・フェスティバル」から、YMOのステージ9曲を収録。YMO初期の「記念碑」的ライブ音源。Yellow Magic Orchestra『LIVE AT KINOKUNIYA-HALL 1978』(写真左)。

ちなみにパーソネルは、坂本龍一(syn), 高橋ユキヒロ(ds, vo), 細野晴臣(b)の3人がYMO。プログラミングが松武秀樹。そして、強烈なサポートメンバー、渡辺香津美 (g), 松本弘 (key)、風間幹也 (per)。このサポートメンバーは、当時のKazumi-Bandからの参入。

1978年のシンセサイザー・ミュージックのライブ音源なので音は荒いです。荒いんですが、このライブ音源に詰まっている演奏は実に素晴らしい。実に攻撃的なシンセサイザー・ミュージックであり、実に攻撃的なテクノ・ポップです。とにかく、どの曲も、前のめりにガンガン突っかかっていきます。収録曲は以下の通り。
 

1.FIRECRACKER
2.BEHIND THE MASK
3.LA FEMME CHINOISE
4.TONG POO
5.PLASTIC BAMBOO
6.THE END OF ASIA
7.COSMIC SURFIN'
8.WANTED
9.1000 KNIVES
 

Ymo_live_at_kinokuniya_hall

 
フロントのシンセを担当する「教授」こと坂本龍一の繰り出すフレーズがむっちゃ格好良く、むっちゃ粋、センス抜群で攻撃的。そこに、サポートメンバーの渡辺香津美のフュージョン・ジャズなエレギが絡んで、これまたむっちゃ格好良く暴力的。渡辺香津美のエレギのリフにむっちゃ痺れる。

この異種格闘技的な音世界が、YMOの真骨頂であり個性となっていくんですね。欧米には全く無かった、日本人ならではの発想のフュージョン・ミュージックがこのライブ音源にぎっしり詰まっています。とにかくどの曲も荒いけれど、むっちゃスタイリーで、むっちゃダンディズム溢れ、むっちゃキメている。

そして、リズム・セクション(ベースとドラム)を人間が担当。これがYMOをYMOらしく成立させている最大の個性。

どの曲も格好良いのだが、2曲目の「BEHIND THE MASK」や6曲目の「THE END OF ASIA」は良い雰囲気、5曲目の「PLASTIC BAMBOO」には聴き惚れる。教授の難曲をこともなげに演奏していくこのバンドの力量に感服。そして、8曲目、ピンクレディーのヒット曲のカバー「WANTED」は格好良い。キメキメに決めてくれる。

そして、ラストの教授の名曲「1000 KNIVES」。僕はこのライブ盤のバージョンをこよなく愛している。

このライブ盤は音質も良い方では無いし、演奏のミスも散見される。しかし、このライブ音源の攻撃性、前のめりなところが良くて、癖になる盤です。時々取り出しては聴いてしまう、深い魅力を湛えた、YMO初期のモニュメント盤です。

そろそろ、YMO者として、自ら、YMOを総括しなくては、と思うようになりました。YMOについては、マニアックな人達が様々な角度で分析していて、ネットでググれば、様々な情報を得ることができます。よって、このブログでは、YMOのアルバムの印象、感じたことのみを中心に語って総括していこうかな、と思っています。マニアックな情報はマニアなYMO者におまかせ、です。

 
 

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