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2015年6月の記事

2015年6月30日 (火曜日)

音楽喫茶『松和』の昼下がり・24

常々「徒然なるままに、日くらし、ステレオに向かいて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ」のノリでブログを書いている。

特に夏の昼下がり、目標も無く、志も無く、なんとなくアルバムを選んでジャズを聴く。そういう時のアルバムって、なかなかの当たりだったりするから面白い。今日は何となく「ピアノ・トリオ」。この子供の顔の絵が印象的なジャケットに惹かれて、ついついこれをかける。

そのアルバムとは、Eddie Higgins『Portrait in Black and White』(写真左)。邦題『黒と白の肖像』。ちなみにパーソネルは、Eddie Higgins (p), James Martin (ds), Don Wilner (b)。1996年3月の録音。原盤はSUNNYSIDEレーベル。

僕はこのアルバムで、Eddie Higginsの名を知った。米国でのリリースは1996年。ヴィーナス・レコードがライセンスを受けて、日本でリリースし、このアルバムを切っ掛けに、日本で次々とヒット作が生まれていくことになった。ヒギンスにとっては、エポック・メイキングなアルバムである。

とまあ、能書きはさておき、今日はなんとなくこのアルバムを選んで、なんとなく聴き始めた。で、これが「良い」のである。

ヴィーナス・レコードで人気者になったヒギンスのピアノは、あまりに日本人好みにプロデュースされていて、それが耳について、どうにも心底好きになれなかったのだが、このアルバムは、そういう、ヴィーナス・レコードの恣意的なプロデュースは入っていないので、意外とシンプルで素朴で「良い」。
 
 
Portrait_in_black_and_white
 
 
ヒギンスのピアノの特徴、個性が実に良く判る。ヒギンスのタッチは意外と太い。意外と骨太のタッチにドッキリする。骨太なタッチの割にシンプルで素朴な味わいが好ましく、指回しは端正、破綻などには全く無縁、安全運転のミッドテンポが得意の明朗なアドリブ・フレーズが個性。

とにかく、ヒギンスのピアノは聴いていて楽しいのだ。加えて、このアルバムは選曲がとても洒落ていて良い。ジャズ・スタンダード&クラシック音楽のカバー集ではあるのだが、どちらかと言えば、ミュージシャンズ・チューンが多く選定されている。そんなプロ好みのジャズ・スタンダードをヒギンスは端正で明朗なタッチで、素朴に味わい深く弾き回す。

ベース、ドラムは無名ではあるが、なかなか良いリズム・セクションで、これはこれで「アリ」である。無名なリズム・セクションだからの敬遠してはいけません。特に、ベースのドン・ウィルナーなどは、おもわず、このベースって、ペデルセンか、と聴き間違うほどの上手さ、太さです。

エディ・ヒギンスは、1932年2月生まれなので、このアルバムを録音した時は64歳。もう大ベテランの域ですよね。64歳で、これだけ端正で明朗なタッチには驚きです。完全に「超晩年運」だったヒギンス。このアルバムがヴィーナス・レコードから紹介されて以来、日本で大人気のジャズ・ピアニストになっていきました。

享年は2009年、77歳でした。この『黒と白の肖像』から13年もの間、日本では人気ピアニストとして君臨しました。特にこの『黒と白の肖像』はこの日本が発掘して日本が育てた超ベテラン・ピアニストを愛でるのに最適なアルバムです。好盤です。
 
 
 

震災から4年3ヶ月。決して忘れない。まだ4年3ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2015年6月29日 (月曜日)

ショーターの個性「ほぼ完成形」

4日ほど、酷い夏風邪をひいて伏せっていた。さすがにこの歳になって熱が出たら、それを押して本業に勤しむなんてことは出来ない。それだけ歳をとったということ。しかも、歳をとったついでに風邪の治りが悪い。とか言ってる間に咳が止まらなくなった。まあ、いつものことである。

で、やっと昨朝から熱がひいて音楽を聴く気になった。体調の悪い時は音楽を聴く気が全く起きない。音楽を聴く気になるかどうかが回復のバロメーターになる。逆に音楽を聴く気にならなかったら、相当、重篤な状態ということになる。判り易いと言えば判り易い(笑)。

さて、ウェイン・ショーター(Wayne Shorter)である。この摩訶不思議なテナー奏者のどこが良いのか、若い頃はさっぱり判らなかった。40歳を過ぎた頃からか、ブルーノートのショーターの諸作を聴く様になって、なんとなくこの摩訶不思議なテナー奏者の個性が理解出来る様になった。

僕はこのアルバムを聴いて、ショーターの個性の基本というものが良く判った、と感じている。そのアルバムとは、Wayne Shorter『Juju』(写真左)。1964年8月の録音。ブルーノートの4182番。ちなみにパーソネルは、Wayne Shorter (ts), McCoy Tyner (p), Reggie Workman (b), Elvin Jones (ds)。

このアルバムに詰まっている音は「コルトレーン」。モーダルなコルトレーン、ハードバップなコルトレーン、フリーなコルトレーン、自由度の高いジャズをやっているコルトレーンのエッセンスを上手く抽出して、洗練してスッキリとした、モダンなコルトレーン・フレーズがそこかしこに散りばめられている。
 
 
Juju1
 
 
なるほど、ショーターのアイドルって、やっぱりコルトレーンなんやなあ。この『Juju』を聴くと、ショーターは本当にコルトレーンを良く知っているなあ、と感心する。タイム感覚とフレーズの展開を最新のトレンドに合わせてリコンパイルしているので、コルトレーンライクなフレーズや展開は洗練されて、ショーターの個性の一部となって鳴り響く。

ピアノのマッコイ、ドラムのエルビンについては、コルトレーンの伝説のカルテットから借りてきたようなもの。しかし、聴いていて面白いのは、マッコイにしろ、エルビンにしろ、コルトレーンがフロントにいる時の様には弾かないし、叩かない。

フロントのショーターの個性である「洗練してスッキリとした、モダンなコルトレーン・フレーズ」に合わせて、その独特のタイム感覚とフレーズの展開を捉えて、マッコイはピアノを弾き、エルビンはドラムを叩く。

さすがである。ベースのレジー・ウォークマンを加えて、ピアノのマッコイ、ドラムのエルビン、このリズム・セクションがバックで、ショーターの個性に合わせてドンドコやるだけで、コルトレーンとは全く異なったショーターならでは「コルトレーン・ミュージックの世界」を感じることが出来る。

モーダルなウェイン・ショーターの個性の「ほぼ完成形」だろう。実はあまりにコルトレーン・フレーズを踏襲する余り、このアルバムのショーターを「これぞショーターの個性」と胸を張ってご紹介しかねることは事実。「ほぼ完成形」というのはそういうところを慮ってのこと。

実は次作が「これぞショーターの個性」と胸を張ってご紹介できるアルバムなんだが、その次作については、また後日。
 
 
 
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2015年6月24日 (水曜日)

1963年のメッセンジャーズ

最近、ウェイン・ショーターのアルバムを聴き直しているんだが、ショーターと言えば、若かりし頃、Art Blakey and The Jazz Messengersの音楽監督として活躍した時期がある。1960年代前半のこと。マイルス・バンドに加入する直前の頃である。

特にこのジャズ・メッセンジャーズの三管フロント黄金時代の印象的なアルバムとして、僕が勝手に呼んでいるんだが「三管フロント・リバーサイド3部作」がある。『Ugetsu』『Caravan』『Kyoto』の3枚。この3枚のアルバムは、3管のユニゾン&ハーモニーのアレンジを含めて、音楽監督のショーターの才能が遺憾なく発揮された秀作揃いである。

今日は、この「三管フロント・リバーサイド3部作」の最初の一枚、Art Blakey and The Jazz Messengers『Ugetsu』(写真左)について語りたい。

1963年6月の録音。ちなみにパーソネルは、Art Blakey (ds), Wayne Shorter (ts), Cedar Walton (p), Curtis Fuller (tb), Freddie Hubbard (tp), Reggie Workman (b)。バードランドにおけるライブ録音。ジャズ・メッセンジャースの三管フロント黄金時代のパーソネルである。

タイトルの「Ugetsu」は日本の古典「雨月物語」の「うげつ」。6曲目には「On the Ginza」、つまり「銀座にて」という曲がある。1961年正月の初来日以来、ジャズ・メッセンジャーズは完璧な日本贔屓になっていた。よっぽど、日本での公演や接待に感じ入った様で、このアルバムにも、日本にちなんだ曲が2曲収録されている。
 

Ugetsu  

 
1950年代後半のジャズ・メッセンジャーズ黄金時代から、ベニー・ゴルソンという優れた音楽監督が去り、代わって、ウェイン・ショーターという若い才能を加え、トランペットは、リー・モーガンからフレディ・ハバード、ピアノは、ボビー・ティモンズからシダー・ウォルトン、ベースは、ジミー・メリットからレジー・ウォークマンに交代して、サウンドはモーダルで新鮮なものに変化していった。

オリジナルの全6曲中、半分の3曲がショーター作の曲。このショーターの曲が、ジャズ・メッセンジャーズの音に新しい響きを与えている。本当に良い曲書くなあ。そして、音楽監督としてのショーターのアレンジがこれまた良い。1950年代後半、前音楽監督のベニー・ゴルソンが育んだ「メッセンジャーズの音」をしっかり踏襲しつつ、新たな洗練された響きを織り込んでいる。

このゴルソンが育んだ「メッセンジャーズの音」をしっかり踏襲しつつ、というアレンジが粋なのだ。ショーターの類い希なアレンジ・センスを感じる。そして、三管フロント、トランペット、テナーサックス、トロンボーンの特質を活かした、モダンなユニゾン&ハーモニーが憎い。

良いハードバップ盤です。新しい響きを織り交ぜ、当時のジャズの最先端を行く音世界は、ジャズ・メッセンジャーズの面目躍如です。三管フロントのジャズがこんなにモダンな響きを獲得するとは思いませんでした。アレンジの才と演奏者の才。それぞれが上手く噛み合った好盤です。

 
 

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2015年6月23日 (火曜日)

増尾好秋のフュージョン名盤

僕がジャズを本格的に聴き始めたのが、1978年、大学1回生の頃である。フュージョン・ジャズ全盛の時代で、大阪のどこのジャズ喫茶もフュージョン・ジャズ中心だった。FMでもジャズと言えばフュージョン。

ジャズを聴き始めて、当然の様に日本のジャズメンに興味を持ったが、当時、ジャズ者初心者がすんなり知ることが出来る有名どころは、渡辺貞夫、渡辺香津美くらい。FM誌で、ソニー・ロリンズのバンドに参加していた日本人ギタリストがいる、という記事を読んだ。増尾好秋のことである。

へぇ〜そんな日本人ギタリストがいるんや、聴いてみたいな〜、と思っていた矢先に、このアルバムがリリースされた。増尾好秋『Sailing Wonder』(写真左)である。

ちなみにパーソネルは、増尾好秋 (g), Eric Gale (g), Dave Grusin (syn), Richard Tee (p,key), Mike Nock (syn), Gorden Edwards (b), T.M. Stevens (b), Steve Gadd (ds), Howard king (ds), Al Mack (ds), Bachiri (conga), Warren Smith (per), シャーリー増尾(vo), Judy Anton (vo)。

注目は、伝説のフュージョン・バンドSTUFFのメンバーが4人(Eric Gale, Richard Tee, Gorden Edwards, Steve Gadd)、参加していること。フュージョン・ジャズのキーマン、Dave Grusinもいる。いやはや、よくここまで集めたものだ、というか、よく集まってくれたものだ。この集めた面子を見ても、増尾好秋の実力のほどが見て取れるというもんだ。

これだけのフュージョン・ジャズのカギとなるジャズメンを集めているのだ。このアルバム『Sailing Wonder』の内容の充実度が想像出来る。が、当時、ジャズ者初心者の僕は、そんな凄いパーソネルを誇るフュージョン盤とは全く知らずに、このアルバムを手にした。
 

Sailing_wonder

 
冒頭のタイトル曲が実に良い雰囲気。涼しげな波の音のSEからスタート、その波の音に被るように、リチャード・ティーのピアノが入ってくる。う〜んたまらん。メロディアスでメロウな増尾のエレギ、そして、エリック・ゲイルの小粋なカッティング、ボトムを支えるゴードン・エドワーズのベース。むっちゃ良い雰囲気で、とっても美しく爽快な曲です。

2曲目「Treasure Island」はリラックスした楽園ソング。ちょいとレゲエっぽいリズムからスタートして、女性コーラスが良い感じで入ってきます。増尾の奥様シャーリーとジュディ・アントンなんですが、これがまた良い雰囲気を醸し出してくれます。

ここでもエリック・ゲイルの小粋なカッティングが聴けて、思わず、足でリズムをとってしまいます。そしてドラムは、もうこの縦ノリのドラムを聴けば誰だか判りますね。スティーヴ・ガッドです。

冒頭の2曲を聴けば、後はもう楽しく爽快なフュージョン・ジャズのオンパレード。テクニックに任せた力業的な曲もあるにはあるんですが、それはクロスオーバー・ジャズ時代の名残で「ご愛嬌」。

さすが、フュージョン・ジャズのカギとなるジャズメンを集めに集めたアルバムである。良い響き、良いフレーズの曲ばかり。アレンジも冴えていて、増尾好秋のギターが全開です。フュージョン・ジャズの代表盤の一枚に挙げでも良い内容です。

このアルバムは、大学時代に「行きつけの喫茶店」で繰り返しかかった曲。冒頭のタイトル曲を聴けば、1979年から80年の頃の大学前の「行きつけの喫茶店」の情景が浮かんできます。良い喫茶店だったなあ。僕のジャズ者初心者時代の「かけがえの無い場所」でした。

 
 

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2015年6月22日 (月曜日)

こんなアルバムあったんや・46

昨日、ご紹介した、1970年代後半から1980年代前半の異種格闘技的実験セッションの成果はまだまだある。そのアルバムとは、細野晴臣『ISLAND MUSIC』(写真)。

CBS/SONY SOUND IMAGE SERIESの一枚。1983年のリリース。参加メンバーは、細野晴臣、山下達郎、坂本龍一、鈴木茂、松任谷正隆、石川鷹彦。昨日ご紹介した『PACIFIC』 の中核メンバーが、細野晴臣、鈴木茂、山下達郎だったから、この3名はしっかり「かぶっている」。

それもそのはず、この『ISLAND MUSIC』は、『PACIFIC』のラス前の「キスカ」とラストの「コズミックサーフィン」をオミットして曲順を並べかえて、新録を3曲追加したアルバムです。つまりこのアルバムを買えば、『PACIFIC』がほぼ丸まる聴けてしまうわけです。う〜ン、詐欺まがいの編集盤ですが、新録3曲があるので、これはこれで「あり」ですかね〜(笑)。

これらの参加メンバーが、何を思って集結したのかは全く判らない。どう考えても、フュージョン・ミュージックに手を染めるメンバーでは無いのだが、この『ISLAND MUSIC』に詰まっている音世界は、明らかに「フュージョン・ミュージック」。ソフト&メロウなフュージョン・インストが渋い。

冒頭の「最後の楽園」の波の音のSEが物語る様に、海のフュージョン・ミュージックが満載。レゲエもふんだんに取り入れられていて、気分はもうカリビアン。シーサイド・ミュージックをベースに、明らかに上質なフュージョン・ミュージックが展開されます。
 

Island_music

 
アルバム全体に渡って、シンセサイザーの使い方が抜群にセンスが良い。その音色、フレーズ、音質、どれをとっても素晴らしくセンスが良い。このセンスの良いテクノ・ミュージックと、ソフト&メロウ、そしてシーサイドなフュージョン・ミュージックの融合が思いっきり個性的です。

米国や欧州では、こんなごった煮で異種格闘技的なセッションは無いでしょうね。日本ならではの感じが実に爽快です。演奏テクニックも申し分無く、聴き応え十分の異種格闘技的実験セッションです。

しかし、1983年の日本で、こんな不思議なフュージョン・ミュージックが創作されていただなんて信じられません。再編集盤とはいえ、よく当時の日本のレコード会社が制作費を出したな〜、って変な感心をしてしまいます。当時は、こんなフュージョン・ミュージックはなかなか受け入れてもらえなかったのでは無いでしょうか。

日本の音楽シーンの底力を感じるアルバムです。『PACIFIC』が1978年のリリース。この盤の音に明らかに追いついていない時代。それから5年経っての、新録3曲加えての再編集盤。これはこれで「あり」でしょう。

実は、1983年でも、この『ISLAND MUSIC』の音に、まだまだ時代は追いついていない感をありありと感じます。それほど、このアルバムに詰まっている音世界は先進的であり、かつハイセンスである。

 
 

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2015年6月21日 (日曜日)

こんなアルバムあったんや・45

1970年代後半は、電気楽器中心に技術イノベーションが普及し、1970年代前半では、一部のロックバンドやジャズバンドでしか活用されなかった電気楽器がどんどん改良され、その利用シーンは劇的に広まっていった。一言で言うと、楽器での表現形態や表現方式が一気に幅広くなった訳である。

そんな電気楽器イノベーションを切っ掛けに、1970年代後半の日本では、ジャンルを超えた、様々な実験的なセッションが繰り広げられた。もともと、ロックとフュージョンの境目が曖昧な日本の音楽シーンである。このジャンルを超えた、異種格闘技的なセッションがやり易い環境であったとも言える。

そんな異種格闘技的なセッションを捉えてリリースした、印象的なアルバムが幾枚かある。これって、商業的にありなのかなあ、なんて思ってしまう、かなり実験的で意欲的な内容なので、当時の音楽シーンではなかなか理解されない、受け入れられないものだった印象がある。

そんな異種格闘技的な実験的セッションの成果の一枚が、細野晴臣・鈴木茂・山下達郎『Pacific』(写真左)。1978年のリリース。当時の帯紙のキャッチフレーズが、「時代をリードするサウンド・クリエイターたちがアイランド・ミュージックに挑戦した意欲作! 南太平洋にテーマを求め、インストゥルメンタルで綴ったサウンド・イメージ・アルバム」。

思わず苦笑いしてしまうようなキャッチだが、1978年当時としてはこれが精一杯だったのだろう。とにかく、参加メンバーである、細野晴臣(写真右)、鈴木茂、山下達郎、吉田美奈子、坂本龍一等々、という名前を見渡すと、このアルバムは、どんな音世界でまとまっているのか、皆目見当がつかない。
 

Pacific

 
基本は電気楽器を中心としたフュージョン・ミュージックである。ミュージックとしたのは、ジャジーな要素が通常のフュージョン・ジャズと比べると希薄だからである。ロックな要素やアンビエント・ミュージックな要素、勿論、フュージョン・ジャズの要素もしっかり盛り込まれており、後のテクノやハウス、ユーロといった要素も見え隠れする。

このごった煮の音世界が実に興味深い。何を切っ掛けに、これだけのメンバーが、この様なごった煮な、異種格闘技風のセッション・ミュージックに参加し、成果を挙げたのかは判らないが、このアルバムに詰まっている音世界は、後のフュージョン・ミュージック、ロック・ミュージックの展開をみると、かなり先進的なものだったことが良く判る。

リハーサルの時間もあまり満足にはとれなかったのであろう、練習不足感溢れる、ちょっとたどたどしい演奏もあるが、その先進的な内容が故にあまり気にならない。それよりも、そのごった煮の、異種格闘技的な内容の方に興味が向く。このごった煮の、異種格闘技的な内容は、日本人ならではの音世界に他ならないからだ。

様々な音楽要素を取り入れ、リコンバイルし、先進的な音世界を表現し、それをオリジナリティーにまで昇華する。日本人ミュージシャンの最も得意とするところであり、最大の個性でもある。このアルバムにはその萌芽が聴いてとれ、その最初の成果がここにある。

良いアルバムです。ラストの「コズミック・サーフィン」のたどたどしさには苦笑いしてしまいますが、後の日本が世界に誇るYMOのプロトタイプがここにある、と考えると、思わず襟元を正して聴き直してしまいます。しかし、ジャケットは思いっきり「やっつけ」仕事。この異種格闘技的セッションに対する、当時のレコード会社の評価が窺い知れます(笑)。

 
 

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2015年6月20日 (土曜日)

マイケル・ジャクソンの思い出

先日、帰阪した折に、久し振りに大学に行って来た。基本的にこの美しい大学については、何時の時代もその風景は変わらない。昔のままのその美しい風景を堪能しつつ、学生時代に通った喫茶店のひとつに入った。

この喫茶店は、当時よく通った喫茶店は3つあったのだが、唯一、今まで残った店。日常、仲の良い史学研究室メンバー中心に集まる「行きつけの喫茶店」や、ジャズ関係で散々お世話になった「秘密の喫茶店」は阪神淡路大震災を境に閉店、今では跡形も無い。

今では大学前に、この「普通の喫茶店」のみが残るだけとなった。1ヶ月に2〜3回使った程度の店で、使用用途は、女友達との語らい、普通の友人が混じった軽い語らいで、僕達は「普通の喫茶店」と呼んでいた。

それでも、この「普通の喫茶店」は大学当時の雰囲気、面影を程良く残しており、入って2階に上がると、35年前の大学時代にタイムスリップをした様な錯覚に陥る。35年前というと1980年の頃となる。

この「普通の喫茶店」は、ええとこの坊ちゃん、お嬢ちゃんが「行きつけの店」として使用する傾向の強い喫茶店で、値段設定もやや高め、流れる音楽は当時の流行をしっかり押さえた、ポップ色豊かなものが多かったと記憶している。特に米国系ポップスの流行を押さえた趣味の良い選曲が光っていた。

1980年の頃のこの「普通の喫茶店」の音楽の思い出と言えば、マイケル・ジャクソンである。とある女子学生とこの「普通の喫茶店」に入った折、当時先端を行く、趣味の良い、フュージョンっぽいファンキーな演奏をバックに、むっちゃ格好良く歌う黒人男性のボーカルが耳に飛び込んで来た。

音の傾向から、モータウン系R&Bをベースにした米国ポップスと踏んだが、誰のアルバムなのかが判らない。同伴のとある女子学生が一言「これって、マイケルやで」。ん〜、マイケルって、ジャクソン5のマイケル君か〜。なんと立派になってと、おちゃらけつつ耳を傾けたら、これが素晴らしい。
 
Michael_jackson_off_the_wall  
 
そのアルバムとは、Michael Jackson『Off The Wall』(写真)。1979年のリリースで、1980年当時、日本でもヒットしていた。若かりし頃のマイケルの姿がバーンとメインに据えられたジャケットが、今となっては印象的だ。

このアルバムは、クインシー・ジョーンズをプロデューサーに迎えて制作された。なるほど、バックの「当時先端を行く、趣味の良い、フュージョンっぽいファンキーな演奏」について合点がいく。ジャズ者の耳にも十分に訴求してくる、バックの音の趣味の良さ。惚れ惚れする。

当時、クインシーは乗りに乗っていた。そして、このクインシーのプロデューサーに乗って、マイケルの自作曲やアイデアも導入されており、この盤は真の意味で、マイケルのソロ活動が始まった盤と巷では評価されている。確かに、それまでのマイケルのソロ盤の内容とは一線を画している。

収録されたどの曲も洗練されており、大変出来が良い。今の耳にも十分に訴求するところが凄い。アルバムを一気に聴き切ってしまうほどの充実度。同一アルバムから4作連続で全米チャートトップ10に入るという、当時ソロアーティストとしては誰もなしえなかった快挙を成し遂げたという伝説を、思わず追体験することになる。 

モータウン系R&Bがポップスに昇華して、米国音楽の一部となった瞬間を捉えた記念碑的アルバムとも言える。ここまで洗練され、ここまでポップになった楽曲は、モータウンとかR&Bとかのジャンルで括られるべきものでは無いだろう。マイケル・ジャクソンとクインシー・ジョーンズの才能が融合して、とてつもない「化学反応」を起こした結果の「傑作」である。

さすがに今回の「普通の喫茶店」の訪問では、このMichael Jackson『Off The Wall』は流れてはいなかったが、このアルバムの音を突如思い出した。そして、帰京して、思わず『Off The Wall』を久し振りに聴いた。さすが「傑作」である。その音世界は全く色褪せてはいなかった。
 
 
 

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2015年6月19日 (金曜日)

ジャズ喫茶で流したい・64

今週はギター週間だった。僕のジャズ・ギターの好みは変わっている。恐らく、普通のジャズ者の方々には全く参考にならないギタリストやアルバムがズラリと並ぶ。でも、良いものは良い。今まで通り、ずっと自分の好みで聴き続けていく。

パット・メセニーが好きなのだが、パットのアルバムの中で一番聴いた盤はどれだろう、と考えて、即、この盤と断定。

そのアルバムとは、Marc Johnson『Sound Of Summer Running』(写真)。1998年のリリース。ちなみにパーソネルは、Marc Johnson (b), Bill Frisell, Pat Metheny (g), Joey Baron (ds,per)。

パットのリーダー作では無い。PMG(Pat Metheny Group)のアルバムでも無い。ベーシスト、マーク・ジョンソンのリーダー作である。しかも、変態・捻りのギタリスト、ビル・フリーゼルとの共演である。パット一人が目立つ、パットの為のアルバムでは無い。

そういう環境が、自意識過剰気味の彼には良かったのかもしれない。このアルバムでのパットのギターは実に良い雰囲気で鳴っている。ビル・フリーゼルは、正真正銘、筋金入りの「変態・捻り」のギターなので、パットは変に捻る訳にはいかない。この盤でのパットは意外とストレートにギターを弾きまくる。
 

Thesoundofsummerrunning

 
フリーゼルもメセニーも、米国ルーツ・ミュージックの要素を織り込んだ、フォーキーで牧歌的でネーチャーなギターが共通点。ファンクネスとは全く無縁の官能的かつ爽快感抜群のジャズ・ギター。クロスオーバーでも無ければフュージョンでも無い。しかし、底にはしっかりとジャズが流れている。

我がバーチャル音楽喫茶「松和」では、この初夏から夏、そして、夏から秋に入る頃まで、ヘビロテになるお気に入り盤です。この盤には「夏」の様々なシーンや要素がギッシリ詰まっています。眩しい夏の太陽、爽やかな夏の朝、うだるような暑い昼下がり、夏の夕暮れに駆け抜ける風、入道雲、熱帯夜、などなど。

風と太陽を感じる盤。収録されたそれぞれの楽曲の良さが光ります。フリーゼルはその個性全開に「変態・捻り」のギターなのですが、パットは超絶技巧なギターワークを封印して、ストレートに捻り無しのギターなのが面白い。というか、それが良いのだと思います。適度に余裕のある、聴き心地満点の好盤です。

ダイナミックな展開あり、センシティブに弾き進める展開あり、様々な表情、ニュアンスを聴かせるフリーゼルとメセニーのギターがとにかく素晴らしい。当然、そんな二人を支えるジョンソンのベースとバロンのドラムも秀逸。良いアルバムです。

 
 

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2015年6月18日 (木曜日)

浮遊感のある硬派な音世界です

ジャズ者初心者の頃、どうにもコッテコテにファンキーでジャジーな純ジャズ・ギターが苦手だった。何だか古めかしく聴こえて、どうにもいけない。純ジャズな正統派ジャズ・ギターを愛でるなんて、懐古趣味のお爺さんの様な感じがして、しばらくの間、敬遠していた。

もともと高校時代は「ロック・キッズ」。プログレと米国ルーツ・ロック(サザンロックやスワンプ等)が大好きだったこともあって、ファンクネスが希薄で、ジャジーな要素を極力除いた、米国ルーツ・ミュージックを基調としたフォーキーで牧歌的な、ネーチャーな響きのするギターが好きだった。という切り口から、まず「パット・メセニー」に手を染めていた。

そういう偏った話を、例の「秘密の喫茶店」のママさんはニコニコ笑って聞いていた。そして、このアルバムを持ってきた。Steve Khan『Eyewitness』(写真左)。1981年のリリース。僕は大学4回生。ちなみにパーソネルは、Steve Khan (g), Anthony Jackson (b), Steve Jordan (ds), Manolo Badrena (per)。元々は日本制作のアルバムであった。

邦題『目撃者』。うん、この邦題を見れば、当時のことをありありと思い出す。スティーブ・カーンのギターが実に良かった。僕の好みにぴったりフィット。さすがは「秘密の喫茶店」のママである(そう言えば、最近、思い出したのだが、ママは吉田羊に似ている)。
 

Steve_khan_eyewitness

 
音の雰囲気はフュージョン・ジャズなんだが、聴き進めると意外と硬派な内容にグイグイ惹き込まれる。切れ味良く、爽快感抜群。変に捻れること無く、ストレートなエレギの響きは清々しい。スティーブ・カーンの浮遊感のある硬派な音世界が実に個性的。浮遊感満載なんだが、地に足着いた硬派なフレーズが格好良い。

加えて、ベースのアンソニー・ジャクソンが激しく良い。躍動感溢れるジャクソンのエレベ。ジャコ・パストリアスと双璧をなす、ジャズ・エレベの重鎮。エレベの果たすべき役割、楽器に秘めた可能性、骨太な歌心。こういうエレベがバックで支えるからこそ、フロントのカーンのエレギが冴えに冴えるのだ。

このアルバムの音世界は、一度「はまる」と癖になる。流麗で清々しい浮遊感溢れる切れ味の良いエレギは僕の好みにピッタリでした。今でもちょくちょく聴きます。しかし、このアルバム、結構、長い間廃盤状態だったんですよね。勿体ないことでした。最近ではダウンロード・サイトで入手出来るみたいで、喜ばしいことです。

 
 

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2015年6月17日 (水曜日)

アバンギャルド系のギタリスト

僕はジャズ・ギターの聴き方が変わっている。ロック・ギターに比べて、線が細くて繊細なジャズ・ギターはどうにも物足りなかった。刺激が少ないというか、大人すぎるというか、とにかく物足りない(笑)。では、ジャズ者初心者の頃、大学時代はどんなジャズ・ギターを聴いていたのか。

もともと高校時代は「ロック・キッズ」。プログレと米国ルーツ・ロック(サザンロックやスワンプ等)が大好きだったこともあって、太い躍動的で官能的なエレギが好みである。まず飛びついたのが「パット・メセニー」。そして、この人、James Blood Ulmer(ジェイムズ・ブラッド・ウルマー)。

アバンギャルド系のジャズ・ギタリストである。しかも、エレギが中心。フリー・ジャズの範疇にポジションされるが、どうも完璧なフリー・ジャズでは無い。適度にアバンギャルドした、限りなくフリーキーではあるが、しっかりとしたリズム&ビートに乗った、メインストリーム・ジャズである。

そんなウルマーのアルバムの中でも、当時はこのアルバムがお気に入りだった。James Blood Ulmer『Tales of Captain Black』(写真)。1978年12月の録音。James Blood Ulmer (g), Ornette Coleman (as), Jamaaladeen Tacuma (el-b), Denardo Coleman (ds)。大学時代のジャズ・ギターのヘビロテ盤の一枚。
 

Tales_of_captain_black

 
このアルバムでのウルマーのアバンギャルドの程度は、当時のジャズ者初心者の耳にも十分に「いけた」。このアバンギャルド程度は、ロックでいうと、プログレの雄「キング・クリムゾン」のアバンギャルド程度。十分に耳慣れたフリーさである。というか、この盤のウルマーのギターって「フリー」なのか? 今の耳には「メインストリーム・ジャズ」。

そんなウルマーに、纏わり付くように絡むアルト・サックスが凄く良い。ウルマーのアバンギャルド程度に凄くフィットした、シンクロするようなアルトのインプロビゼーション。誰だこれ。パーソネルを見てビックリ。なんと、あのフリー・ジャズの祖、オーネット・コールマンでは無いか。

ついでに、ドラムはオーネットの息子のデナード・コールマン。ベースはジャマラディーン・タクーマ。この二人のリズム&ビートがシッカリとフロントのウルマーのギターとオーネットのサックスを支えている。というか、このリズム・セクションが、このアバンギャルドな演奏をメンストリーム・ジャズの範疇に留めている。

大学時代は論文など「研究もの」の本を読む時のBGM。五月蠅くないのか、とよく訊かれましたが、僕には丁度良いんですね。少し耳に刺激が届く位の音が脳細胞を程良く刺激して、「研究もの」の本の内容がしっかりと頭に入ります。ウルマーのブルース・フィーリングも芳しい、限りなくフリーなメインストリーム・ジャズ・ギターです。

 
 

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2015年6月16日 (火曜日)

爽やかな風が吹く「ギター盤」

このギタリストとの出会いは「歌伴」。現代ジャズの歌姫、ダイアナ・クラール(Diana Krall)の歌伴ギタリスト。これが上手い。しかも、音が太くて主張するところはしっかりと主張するギター。ジャズでは珍しい「新しい音」。ただものではない。

そのギタリストとは、ラッセル・マローン(Russell Malone)。1963年11月の生まれ。今年52歳。もはやベテランの域である。使用するギターは「GIBSON」。GIBSONの音は太い。しかし、この太い音を、時には「繊細に」、時には「しなやかに」鳴り響かせる。

そんなラッセル・マローンのリーダー作はどれも好きだが、特にこのアルバムは長年、聴き続けている。Russell Malone『Sweet Georgia Peach』(写真左)。1998年2〜3月の録音。ちなみにパーソネルは、 Russell Malone (g), Ron Carter (b), Lewis Nash (ds), Kenny Barron (p)。そして、プロデューサーは、Tommy LiPuma。

マローンのギターは正統派。正統派なのだが音が太い。この太さが「新しい」。オクターブ奏法は取り入れていない。それでも、マローンの弾く旋律はクッキリと前面に出てくる。シンプルな奏法なのに、である。これが僕には「新しい」。このアルバムを聴いて、即、僕はマローンのファンになった。
 

Sweet_geogia_peach

 
太い弦の響きと「確かな」テクニック、歌心溢れるアドリブ。久しぶりに正統派の雰囲気を感じる。純粋に彼のギターに耳を傾ける。リズミカルで楽しく明るい演奏。落ち着いた耽美的なソロ。様々な彼のギターの表情が楽しめる。バックのベテランも素晴らしい演奏を繰り広げ、若いマローンを盛り立てる。

選曲もバリエーション豊か。演奏内容も、カルテットの演奏からデュオからソロまで、様々な演奏形態で、マローンのギターが楽しめる。ボリューム的にも、LP時代に置き換えると、2枚組LPのボリューミーな内容。それでも、飽きが来ることなく、一気に聴き通してしまう。それだけの充実感がある内容。

全体に爽やかな風が吹き抜けるようなアルバムである。今の季節にピッタリの爽快な内容。緩急自在なマローンのギターは実に素晴らしい。確かにこの爽快感は新しい感覚。そう、マローンのギターは牧歌的なファンクネスが漂っている。粘りのあるファンクネスでは無い。あっさりとした牧歌的なファンクネス。

1998年の録音。新録音盤でも、こんな素晴らしいアルバムが出てくるところが、所謂、ジャズの「したたかさ」。これからの季節の昼下がりに、元気が欲しい時にピッタリの「若き正統派ギター」である。

 
 

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2015年6月15日 (月曜日)

ウェイン・ショーターの個性

ウェイン・ショーターのテナーは判り難いと思う。特に、ジャズ者初心者にとっては難度は高いと思う。テナーのテクニックはまずまずなんだが、高速フレーズを吹くわけでも無く、朗々とバラードを吹き上げる訳でも無い。

ウェインの吹くフレーズは決して流麗なものでは無い。とにかく、変にウネウネと跳んだり跳ねたりするので、流麗というよりは、摩訶不思議な、西洋音楽の知識では理解出来ないフレーズである。これは、普通のジャズ者には荷が重い。

つまり、ウェインのテナーは、通常の純ジャズの標準的なテナーと比較すると、かなり異質で耳に馴染みにくいものなのだ。 というか、テクニック的な観点からのウェインのテナーは評価不能である。比べる対象が無いのだ。

僕は、ウェインの個性のひとつは、彼の曲作りの才能にあると睨んでる。ハードバップ後期に定着したスタイルの一つに「モード奏法」というものがあるが、ウェイン・ショーターは、この「モード奏法」を基本とした曲作りの才に長けている。

その「モード奏法」を基本とした曲作りを強烈に堪能できるアルバムがある。ウェイン・ショーターのブルーノート・レーベルでの初のリーダー作にあたる、Wayne Shorter『Night Dreamer』(写真左)。ブルーノートの4173番。

1964年4月の録音。ちなみにパーソネルは、Lee Morgan (tp) Wayne Shorter (ts) McCoy Tyner (p) Reggie Workman (b) Elvin Jones (ds)。 時は1964年。1950年代を席巻したハードバップは、ポピュラー性を重んじた「ファンキー・ジャズ」に、芸術性を重んじた「モード・ジャズ」や「フリー・ジャズ」に発展していった。
 

Night_dreamer

 
その芸術性を重んじた「モード・ジャズ」を基本とした曲作りに、ウェイン・ショーターは長けている。この『Night Dreamer』というアルバムの中には、そんなモーダルな曲がズラリと並んでいる。

モーダルな曲を作ったり、演奏したりするのに長けた、当時の若手ジャズメンの集団を「新主流派」と呼ぶ。ウェイン・ショーターもこの「新主流派」の中の重要ジャズメンの一人である。面白いのは、このアルバムでは、純粋に「新主流派」と呼ばれる集団に属するのは、ウェイン・ショーターとレジー・ウォークマンの二人だけ。後はハードバップ時代からの中堅ジャズメンである。

このアルバム、聴けば判るのだが、バリバリ、モーダルなウェインの曲をそんなメンバーで演奏するので、ウェインの書くモーダルな曲の個性が、ハードバップ時代からの中堅ジャズメンの演奏の持つハードバップな要素で緩和され、聴き易いものになっている。

しかし、そんな演奏をバックにすると、変にウネウネと跳んだり跳ねたりする、モーダルなウェインのテナーがクッキリと浮き出てくるのだ。リーダーのウェインの作曲の個性と、バックのハードバップ中堅ジャズメンのバックしたテナー演奏の個性が、一気にこのアルバムで感じ取る事が出来る。

ブルーノートの総帥、アルフレッド・ライオンのプロデューサー手腕が冴え渡っている。このアルバムは、アルフレッド・ライオンのプロデュースの会心作の一枚に数えることができる盤でもある。しかも、この盤は、新主流派の曲作りの個性の「優秀なサンプル」。ジャズの歴史やスタイルを体感する流れの中で、このアルバムは外す訳にはいかない。

 
 

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2015年6月11日 (木曜日)

ごった煮のキース・ジャレット

最初に断っておくが、このアルバムは決して、ジャズ者初心者向けでは無い。ジャズの様々なスタイルを聴きこなせる、ジャズ者中級者〜上級者向けである。それだけ、このアルバムの中には、ジャズのスタイルの様々な要素がごった煮に入っている。

時代のなせる技であろう。ピアノの響きが豊かで流麗な正統派なピアノ・トリオな演奏があれば、アフリカン・ネイティブなゴスペル調のフォーキーな演奏あり、アブストラクトな演奏あり、現代音楽風の完全フリーな演奏あり、とにかくごった煮。

そのアルバムとは、Keith Jarrett『Hambrug '72』(写真左)。ちなみにパーソネルは、Keith Jarrett (p), Charlie Haden (b), Paul Motian (ds)。ECM主催のヨーロッパ・ツアーのさなか、1972年6月14日、ハンブルクでライブ録音したもの。

その録音から42年を経た、昨年2014年7月に、Manfred Eicherと名手Jan Erik Kongshaugによりリミックスされ、世に出された盤である。そういう意味で、意外と音が良い。特に、ドラムとベースの音が生々しい。

この頃のキースは、アメリカン・カルテットとヨーロピアン・カルテットの両方を主宰していて、その音世界は確かに「ごった煮」。その「ごった煮」感をこのハンブルグのライブ音源は如実に再現する。とにかく、普通に聴いていたら、何が何やら判らないまま、アルバムの演奏が終わってしまう感じ。
 

Keith_hambrug_72

 
このライブ盤では、キースはサックスも吹いている。しかし、そのサックスはただ単純にフリーキーな咆哮を続けるのみ。オーソドックスなプレイが出来ないサックスはどうにもいただけない。声を出して叫ぶとまずいので、サックスを借りて叫びに代えているようなフリーキーな咆哮。本業では無いキースのサックスが、本業のサックス奏者に失礼な叫びを繰り返す。

ごった煮で、悪く言えば、音楽性が定着しない、1972年のキース・ジャレット。逆に、バックでサポートする、ヘイデンのベースとモチアンのドラムは、申し分の無いパフォーマンスを供給する。生々しい躍動感溢れるリズム・セクションは最強である。

このアルバムはジャズ者初心者向けでは全く無い。キース者のコレクターズ・アイテムと言い切っても良い内容。でも、キース者にとっては実に興味深い内容である。

アメリカン・カルテットとヨーロピアン・カルテットの両方を主宰していて、その音世界は確かに「ごった煮」。そんな時代の、その「ごった煮」の存在を証明する、生々しいキース・ジャレットのライブ盤である。

 
 

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2015年6月10日 (水曜日)

ケニー・バレルの個性が際立つ

ケニー・バレルは、米国ミシガン州デトロイトの出身。バレルのギターは、しっかりと芯のある太さがあって硬質な音。硬質の音でありながら、紡ぎ出すフレーズはしなやか。そして、黒くてブルージーな質感が特徴。これぞジャズ・ギターの音、って感じです。

バレルのギターは、ジャジーで硬派で、しかも「アーバン」。都会の夜中の雰囲気がしっくりくる、ニューヨークの漆黒な夜のディープな雰囲気が漂うバレルのギター。しかも、歌心があって、聴いていて楽しく、聴いていてしみじみする。そんなジャジーなギターが良い。

そんな雰囲気を十分に感じさせてくれるバレルのアルバムがこれ。Kenny Burrell『Kenny Burrell Vol.2』(写真左)。1956年3月の録音。ビ・バップからハードバップへの移行期の録音。そんなことをビンビンに感じさせてくれる音世界である。

米国西海岸ジャズの洒脱で小粋なギターというよりは、硬派で太くてアーバンなギター。なるほど、米国東海岸ジャズの個性がプンプン漂う雰囲気が良い。
 

Kenny_burrell_vol2

 
冒頭の「Get Happy」。スイング時代からのスタンダードでちょっと宗教的な感じの歌詞をもった曲です。ピアノがトミー・フラナガン、ベースがポール・チェンバース、ドラムがケニー・クラーク、そしてキャンディドのコンガ。内容的にはハードバップですが、さすがにアーバンなバレル。歌心満点のエンタテインメントなフレーズが実に都会的です。

ジャケットはアンディー・ウォーホル、単純な線画ながら非常に印象的なイラスト。このジャケットの雰囲気がこれまた良い。いかにもブルーノート・レーベルという感じで、このジャケットだけでも買いです。

大きさ的には、LPサイズが最高。ウォーホルの線画の良さを堪能できます。RVGシリーズの紙ジャケCDも丁寧に作られていて、雰囲気があって良いです。プラケースはちょっとなあ(笑)。

ハードバップなジャズを十二分に感じされてくれるバレルのギター。意外とスピード感もあって、速いフレーズも聴き応え満点。録音も良好、音の響きは明らかにブルーノート・レーベル。録音技師ルディ・バン・ゲルダーの腕が冴えてます。

 
 

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2015年6月 9日 (火曜日)

こんなアルバムあったんや・44

春から夏へ。陽気が良くなるにつれ、ハードで硬派なジャズが恋しくなる。この傾向って僕だけかなあ。ハードで硬派なジャズ、そして、アブストラクトなジャズとなると「エリック・ドルフィー」が聴きたくなる。

エリック・ドルフィーは大好きなジャズメンの一人。なぜかジャズ者新人駆け出しの頃からのお気に入り。あの好意的に捻れた、突拍子も無いフレーズに溢れたドルフィーのアルトとフルートは、何処から聴いても堪らない魅力に溢れている。少なくとも、僕にとっては・・・。

さて、今日はそのエリック・ドルフィーのリーダー作では無いのだが、ドルフィーの参加した異色作をご紹介したい。そのアルバムとは、Ken McIntyre with Eric Dolphy『Looking Ahead』(写真左)。1960年6月の録音。

ちなみにパーソネルは、Ken McIntyre (as, fl), Eric Dolphy (as, b-cl, fl), Walter Bishop Jr. (p), Sam Jones (b), Art Taylor (ds)。前衛的なフロントの二人に、旧来からのリズム・セクションという不思議な組合せ。これでは「組合せの妙」は望めないのでは、と危惧する。

エリック・ドルフィーについては、その強すぎる個性がゆえに、彼のフォロワーについては現れ出でることは無かった。まあ、いったいどうやってイメージし、どうやって出すんだ、と深く考え込んでしまうような、好意的に捻れた、突拍子も無いフレーズである。この突拍子も無い個性をフォローしろ、っていうほうが無理難題というもんだ。
 

Mcintyre_looking_ahead

 
しかし、このアルバムを聴くと、このアルバムのリーダーであるケン・マッキンタイア(Ken McIntyre)はドルフィーのフォロワーだったのでは無いか、と思ってしまう。それほどまでに、マッキンタイアのアルトとフルートはドルフィーをよくフォローしている。

このアルバムでの、マッキンタイアとドルフィーのユニゾン&ハーモニーを聴いていると、ほとんど兄弟の様な似通いようである。良く聴くと、ドルフィーよりもマッキンタイアの方が単純で明るい捻れ方をしている。フレーズの跳ね方もマッキンタイアの方が常識的ではある。それでも、マッキンタイアのブロウは他のアルト奏者とは一線を画する。

ドルフィーを判り易く単純にして、マイナーに捻れるフレーズをメジャーに捻り直した様なフレーズがこのアルバムのマッキンタイアの特徴である。ドルフィーも、このマッキンタイアの個性を十分に理解して、マッキンタイアの個性を優先している。この辺がドルフィーの素晴らしいところ。アルバム全体を無意識にプロデュースしている。

ドルフィー者にとって、このアルバムは実に興味深い内容です。ドルフィーにはフォロワーがいないと思っていたところに、このマッキンタイアを聴いて、なんや、ここにフォロワーがいたやないか、と思わずビックリしてしまうような、とても異色なアルバムです。

まず、ケン・マッキンタイアという名前が珍しいのですが、ドルフィーの参加するアルバムとして興味本位で聴いて、その内容に「あらビックリ」(笑)。思わず心から「こんなアルバムあったんや」と叫びたくなるような、個性溢れるアルバムです。

 
 

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2015年6月 8日 (月曜日)

メインストリームなサンボーン

デイヴィッド・サンボーンの新作『Time and The River』(2015年5月26日のブログ参照・左をクリック)を聴いていて、こういう人って、純ジャズをやらせても超一級品なんだよな〜、なんて思った。純ジャズのデイヴィッド・サンボーンか、と想いを巡らせたら、あれ?。  

純ジャズのデイヴィッド・サンボーンのアルバムが思い浮かばない。あれれ、サンボーンの純ジャズ盤って無いのか、と考えてみたら、やっぱり無い。でも、どこかで聴いた気がするのだ。それも最近。あれ、どこで聴いたんだろう。

と調べてみたら、ありました、ありました。そのアルバムとはこれだ。Bobby Hutcherson『Enjoy The View』(写真左)。 昨年のリリース。これが「サンボーンの純ジャズ盤」なのだ。リーダーはBobby Hutchersonであるが、録音を聴けば、それぞれのメンバーが台頭に全面に出てくる。メンバー並列のオールスター盤である。

アルバムの演奏内容は徹頭徹尾、純ジャズである。そこはかとなくジャズの新しい要素を織り交ぜてつつ、伝統的なジャズな要素もしっかりとベースにあって、内容充実のメインストリーム・ジャズである。ちなみにパーソネルは、Bobby Hutcherson (vib), David Sanborn (as), Joey DeFrancesco (org), Billy Hart (ds)。
 

Enjoy_of_view  

 
このカルテットの面々、誰もが素晴らしい演奏を繰り広げている。ハッチャーソンのヴァイブも良い。デフランセスコのオルガンも思いっきりファンキーでジャジーで思わず唸るくらいに素晴らしい出来。メリハリ効いて切れ味抜群のハートのドラミング。それぞれの最近のベスト・パフォーマンスではないか、と僕は思う。

そして、何と言っても、このアルバムでは、デイヴィッド・サンボーンのアルトの出来が素晴らしい。1曲目の「Delia」のサンボーンのブロウは「純ジャズ仕様」。とてもガッツのある、硬派な、魂の入ったブロウである。一聴しただけではサンボーンとは気が付かない。メロディアスな展開に差し掛かった時の「艶やかなアルトの響き」を聴いて、もしやこれってサンボーンか、と思い当たる。

メロディアスな展開有り、アブストラクトな香り漂う展開有り、モーダルで硬派な純ジャズな展開あり、これまでのジャズ・サックスのトレンドの全てを包含した、メインストリームなアルト・サックスが実に良い雰囲気を醸し出している。

僕はサンボーンは純ジャズをやらせたら超一級品なんだろうと確信はしていたが、これほどまでに純ジャズなアルト・サックスが素晴らしいとは思わなかった。これまでに無い、艶やかで硬派でメロディアスな純ジャズ・アルト。もっともっと、サンボーンは純ジャズに手を染めても良い。そう確信させる位の説得力ある盤『Enjoy The View』である。

良いアルバムです。最近の質の高いメインストリーム・ジャズ盤としてお勧めです。聴けば聴くほど味わい深い、なかなかの掘り出し物盤です。オルガン入りのカルテットとしても、実に出来の良い盤です。

 
 

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2015年6月 7日 (日曜日)

真面目にバドカンの2nd盤を語る

今日は日曜日、70年代ロック盤の話題を。ジャズの合間の耳休めに、昔からよく70年代ロックのアルバムや70年代Jポップのアルバムを聴く。もともと、70年代と言えば、中学〜大学の間で若かりし学生時代、リアルタイムに体験した70年代ロックと70年代Jポップである。隅に置いておくには及ばない(笑)。

さて、今日はバッド・カンパニー。先週の日曜日に、当ブログでデビュー盤の『Bad Company』の思い出話を語ったわけだが、今日は彼らのセカンド盤、Bad Company『Straight Shooter』(写真)である。1975年4月のリリース。チャート順位は、英米で3位、日本でも21位を記録し、世界的に大ヒットしたアルバムである。

デビュー盤『Bad Company』については、バンド結成の勢いで一気に作った感じが溢れていて、基本はブルース基調のブリティッシュ・ロックの雰囲気が濃厚。ボール・ロジャースのボーカルが秀逸で判り易く、サイモン・カークのドラミングの乾いた小気味よさが功を奏して、米国でも受けた。

そして、2枚目はバンドとして良く考え、明らかに米国というマーケットを意識して、曲作り、アレンジに工夫を施し、デビュー盤よりもアメリカン・ロックへ志向をシフトした音作りになっている。ブルース基調の曲作りから、シンプルなロックンロール基調の曲作りにシフトし、リズム&ビートも重心を高めに、乾いたキレの良さを前面に押し出した、シンプルで判り易いものに変化している。

米国というマーケットを意識して、良く考え、良く練られたアルバムである。確かにこのアルバムはヒットした。特に米国ではチャート第3位の大ヒットである。彼らの米国マーケットに対する戦略は大成功を収めた訳である。しかし、面白いことに、英国でもチャート3位と意外な大ヒットを記録している。
 

Straightshooter

 
このアルバムを聴くと、確かに、アルバム全体の音作りは米国マーケットを意識した、アメリカン・ロック志向な音作りになってはいるが、さすがにメンバーは英国中心、アルバムの音作りのそこかしこに、少しマイナーな音の翳り、くすんだやや深いエコー、重心の低いビートというブリティッシュ・ロックの雰囲気がそこはかとなく残っているのだ。

おそらく、このそこかしこに、そこはかとなく残ったブリティッシュ・ロックの雰囲気が良い方に左右して英国でも受けたのだろう。米国ロックとして聴いても、気になるほどのブリティッシュ・ロックの雰囲気では無い。それよりも、西海岸ロックを意識したコーラスやシンプルで判り易いギターソロに耳を奪われるので、指摘するほどの個性には至っていない。

そういう意味で、このセカンド盤『Straight Shooter』までが、ブリティッシュ・ロックのバッド・カンパニー。サード盤以降は、明らかに米国ロックのバッド・カンパニーに宗旨替えしている。実は僕はつい最近まで、バッド・カンパニーのアルバムはファイーストとセカンド盤の2枚しか持っていなかった。

3枚目以降の米国ロックのバッド・カンパニーの面白さに気が付いたのがつい最近。3枚目以降のバッド・カンパニーについては、また後日、どこかで語ってみたいと思っている。

 
 

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2015年6月 5日 (金曜日)

1979年、東京のペッパーです

アルト・サックス奏者の中では、長年、アート・ペッパーが僕のアイドルである。アート・ペッパーは、1960年代後半を薬物中毒者のためのリハビリテーション施設シナノンで過ごした。そして、1974年に音楽活動に復帰、1977年に初来日した。その報を聴いて、東京って良いなあ、って初めて思った。一度、生のペッパーを聴いてみたいなあ、と心から思った。

そして、1979年、ペッパー3回目の来日。当時、僕は大学2回生。聴きたかったなあ。しかし、その時のライブ音源が残っている。Art Peppe Live in Tokyo 1979 の2枚、『Besame Mucho』(写真左)と『Landscape』(写真右)。

ペッパー3回目の来日となった1979年の公演のうち東京・芝の郵便貯金ホールでのライブ盤。7月16日と23日の2回の演奏から5曲、いずれもペッパーの十八番と言える曲ばかりを収録した『Besame Mucho』、同じマスターテープから別の6曲を詰め込んだ『Landscape』。

出来がどうのこうの、と言うレベルのライブ盤ではない。とにかく、アート・ペッパー独特のアルトの音色が満載で、アート・ペッパーのアルトの個性を心ゆくまで、聴き込むことが出来る優れものなライブ盤なのだ。すぅ〜っとストレートでブラスの響きが煌めくアルトの聴感が見事である。

そもそも来日してのライブである。そんな生涯を代表する突出したライブ演奏が、そうそう塩梅良く出てくる筈が無い。ライブ盤を聴いて「出来がどうのこうの」と語るジャズ者評論家の方々の感覚が良く判らない。まずはそのジャズメンの個性を楽しめるかどうか、ではないのかしら。個性を楽しめたら、それで良いのでは、と思っている。
 

Art_pepper_tokyo_1979

 
このライブ盤でのペッパーは、真摯にアルトを吹き上げているのが凄く良く判る。1977年の初来日の折、熱狂的な歓迎を受けたペッパーは、その瞬間から圧倒的な親日家となる。

それ以来、ペッパーは来日の都度、とても真摯にとても誠実にライブ演奏を聴かせてくれた。そのひとつが、Art Peppe Live in Tokyo 1979 の2枚『Besame Mucho』と『Landscape』である。

バックのリズム・セクションも良い。端正なビリー・ヒギンズのドラミング、晩年のペッパーの相棒的存在だったジョージ・ケイブルスの雄弁なピアノ、トニー・デュマスの太くて安定感のあるベース。このリズム・セクションをバックにしたら、確かに吹き易かったでしょうね〜。

1979年のペッパーは捻らず、アブストラクトにならず、ストレートにシンプルにアルトを吹き上げる。恐らく、日本人のアート・ペッパーに対する評価に配慮したかのようなブロウに、思いっきり好感を覚える。さすがプロ、楽しく聴いてくれてなんぼ、というプロ魂を感じる。

良いライブ盤です。アート・ペッパー者にとっては必須のアイテム、通常のジャズ者の方々もこのライブ盤は録音も良く、お勧めです。捻らず、アブストラクトに偏らない、素直なペッパーのアルトは爽快感抜群です。

 
 

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2015年6月 4日 (木曜日)

阿川泰子のボーカルはお気に入り

僕はジャズ・ボーカルについては「異端」である。ジャズ・ボーカルの基本と呼ばれる女性ボーカリストについては、あまり聴いた事が無い。どちらかと言えば、純ジャズなボーカルというよりは、フュージョン・ジャズっぽい、異種格闘技的なボーカル盤を良く聴く。

僕が大学時代、ジャズ者初心者駆け出しの頃、良く聴いたジャズ・女性ボーカルのアルバムの一枚がこれ。Yasuko Love-Bird(阿川泰子)『Journey』(写真)。1980年のリリース。阿川泰子4枚目のリーダー盤。バックのメンバーは全て純国産。日本人オンリーの優れ盤である。

阿川泰子は女優としてデビューしたが、1978年よりスタートしたジャズ・シンガーとしての活動が大受けし、その大人の女性を感じさせるルックスと共に大人気を博した。当時、大学生の僕達にとっては、歳上の美しいおねーさんである。

しかし、僕がこの阿川泰子のボーカル盤がヘビロテになったのは、ルックスとかの影響では無い。この盤、聴けば判るのだが、バックの演奏のアレンジがとても面白い。基本はエレクトリック・ジャズからフュージョン・ジャズ。それもシンセなどを大々的に取り入れた、ジャズと言うよりはロック寄りの大胆なアレンジ。

そんな尖った、ロックでフュージョンな演奏をバックに、阿川泰子は朗々と歌いまくる。いつもこのアルバムを聴いて思うのだが、阿川泰子は歌が上手い。このアルバム、収録曲は全て誰もが知っている、有名なジャズ・スタンダード曲。それぞれの曲の曲想をイメージしつつ、様々な歌い方で聴き手に迫る。意外と攻撃的なボーカルである。
 

Yasuko_agawa_journey

 
そして、阿川泰子のボーカルにはファンクネスは無縁である。正統なジャズ・ボーカルにありがちな、ファンキーに粘るところが全く無い。歌いこなしで巻くことがあるが、この「巻き」もサラッとしていて癖が無い。聴いていて、耳に当たることが無い。

このサラッとした、ファンクネスに無縁でありながらジャジーなボーカルが阿川泰子の個性である。この「ファンクネスに無縁でありながらジャジーなボーカル」というところが、バックのジャズと言うよりはロック寄りの大胆なアレンジに実に合うのだ。

例えば、2曲目の「Take The "A" Train」を聴けば、このアルバムの面白さが良く判る。冒頭シンセがウネウネして「なんだなんだ」と思っていたら、いきなり「A列車で行こう」がブワーッと始まる。これ実に良い。硬派な正統派ボーカル命のジャズ者の方々は怒り心頭なのだろうが、僕はこの「A列車で行こう」はアリである。

ブラジリアン風アレンジの「Moonlight Serenade」もニンマリの一曲だし、ソフト&メロウなアレンジで迫る、どスタンダードな「Whisper Not」も洒落ていて良い。ラストの「Good-Bye」も素直でしみじみとしていて実に良い雰囲気だ。

改めて言っておくが、このアルバムは、正統派のジャズ・ボーカル盤では絶対に無い。でも、僕はこのアルバムの音世界が、阿川泰子のボーカルが大好きだ。1980年のフュージョン・ブームに乗っかった、調子に乗った「企画モノ」とゆめゆめ思うなかれ。「ファンクネスに無縁でありながらジャジーなボーカル」は意外と癖になる。

 
 

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2015年6月 3日 (水曜日)

デジタル時代のボブ・ジェームス

さすがはボブ・ジェームスである。1983年のこのアルバムを聴けば、デジタルな機材をコントロールし、デジタルな楽器を使いながら、アナログな雰囲気を再構築し、それでいて、デジタルな個性をしっかりと表出している。

ボブ・ジェームスの限りないセンスを感じる。他のミュージシャンは、ロック、ジャズを問わず、アナログからデジタルへの移行に苦しんでいる。デジタルに手を染めて、ポシャっちゃったミュージシャンも数知れず。

特にキーボードは難しい。例えば、アナログ・シンセサイザーとデジタル・シンセサイザーでは音が全く違うし、アタックのタイミングも全く違う。音の太さも違う、響きも違う。アナログで培った個性が、デジタルでは全く輝かない。

さて、そんなボブ・ジェームスがデジタル機材をコントロールし、アナログ時代の個性を取り戻したアルバムが、Bob James『Foxie』(写真左)。1983年の作品。ジャケットが前作の「人骨のレントゲン写真」を使った驚きジャケから一変して「ポップかつセクシーなイメージ」に変わった。

この「ポップかつセクシーなイメージ」がこのアルバムの音世界を如実に表している。まず、冒頭の「Ludwig」が往年のボブ・ジェームスの雰囲気を再現している。この「Ludwig」とは、かの有名なベートーベン(Ludwig van Beethoven)のファーストネームから借用され、この「Ludwig」という曲は、様々なベートーベンの作品をコラージュして一曲に仕立て上げたもの。
 

Foxie

 
イントロの「第9」の部分は判るんですがね〜(笑)。しかし、ボブ・ジェームスって、こういうクラシックの曲を素材として、フュージョン・ジャズに展開するのがとても上手い。アレンジの才が冴え渡る。そして、いつも感心するのだが、ボブ・ジェームスはシンセサイザーの扱いがとても上手い。
 
シンセサイザーを扱わせたら、恐らく、ジャズの世界でいくと、チック・コリア、ジョー・ザビヌルに比肩するレベルである、と睨んでいる。特に、シンセサイザーをポップに扱わせたら、恐らく、ジャズ界一ではないか。

この冒頭の「Ludwig」を聴くと、アナログ時代の往年のボブ・ジェームスが、デジタル時代に甦って来たことを強く感じる。以降、2曲目の「Calaban」以降、どの曲にも、アナログ時代からのボブ・ジェームスの音の個性と手癖の個性が「そこここ」に散りばめられている。

当時サントリーのCMで使用されたという6曲目の「マルコポーロ」は、今の耳で聴いても良い出来な楽曲。単に、ソフト&メロウなフュージョン・ジャズでは無い、時にハードな展開を見え隠れさせながら、独特の音世界の展開が楽しい。

CMで採用された曲だからといって、ゆめゆめ軽く聴くなかれ、である。さすが、ボブ・ジェームスは凡人では無かった。この1983 年リリースのアルバムを聴けば、その才能とセンスが只者で無いことが良く判る。

アナログからデジタルへの大変革にも耐え、ポジティブにイメージ・チェンジに成功。このアルバム以降、デジタルの世界の中で、ボブ・ジェームスの個性が様々な形態で展開されていく。

 
 

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2015年6月 2日 (火曜日)

70年代のグリフィンをもう一丁

1970年代のジョニー・グリフィンのアルバムを「もう一丁」ご紹介する。今度はライブ盤。場所は北欧。そう、デンマークのコペンハーゲンである。当時、グリフィンは渡欧していた。そんな渡欧時代のライブ盤である。

Johnny Griffin『Blues for Harvey』(写真)。1973年7月、デンマークはコペンハーゲンのジャズハウス「モンマルトル」でのライブ録音。ちなみにパーソネルは、Johnny Griffin (ts), Kenny Drew (p), Johnny Vinding (b), Ed Thigpen (ds)。グリフィンのテナー一本のワンホーン・カルテットである。

これがまあ、リトル・ジャイアント=ジョニー・グリフィンの豪快なブロウを心ゆくまで楽しめる、素晴らしいライブ盤なのだ。リリース元は「SteepleChaseレーベル」。スティープルチェイスのアルバムには、このデンマークはコペンハーゲンのジャズハウス「モンマルトル」でのライブ録音が多い。この『Blues for Harvey』もそんな中の一枚である。

冒頭の「That Party Upstairs」を聴けば、このライブ盤の魅力が瞬時に把握できる。ジョニー・グリフィンの切れ味良く、力感があって小気味良いテナーがむっちゃ格好良い。ダンディズム溢れる豪快かつ端正なブロウだ。演奏の基本は思いっきりハードバップ。時は1973年。米国ではロックの嵐が吹き荒れ、ジャズはクロスオーバー・ジャズとフリー・ジャズを核とした激動期。

当時、米国で思いっきりハードバップな演奏はなかなかうけることが無かったと思う。しかし、この北欧のコペンハーゲンでは違う。ハードバップがうけにうける。欧州であるが故の「うけるハードバップ」。グリフィンの渡欧は正解だった。北欧のコペンハーゲンでハードバップでファンキーなテナーの咆哮。グリフィンの面目躍如である。
 

Blues_for_harvey

 
1973年という時代、米国のジャズ・シーンはクロスオーバー・ジャズとフリー・ジャズが台頭、伝統的なハードバップ・ジャズは片隅に追いやられつつあった。

このモンマルトルでのグリフィンのブロウを聴いていても、そんな米国ジャズのトレンドが垣間見える。時々、アブストラクトでフリーキーなフレーズに展開することがあるし、コルトレーン・ライクなモーダルな展開も見え隠れする。

それでも基本はハードバップ。サイドメンも良好。ケニー・ドリューのピアノはファンキーで品が良いし、ヴィンディングのベースは堅調、シグペンのドラムは堅実だ。スティープルチェイス御用達のリズム・セクションである。

ところどころで、ベースとドラムの長いソロが繰り広げられるのにはちょっと閉口するが、ほぼノーカットが基本、変に編集の入らないのスティープルチェイスのライブ盤。これはこれで素直で正直なライブの記録ということで我慢我慢である。まあテクニック豊かなソロ・パフォーマンスなので、聴き続けるには飽きが来なくて良い。

良いライブ盤です。グリフィンのテナーを堪能できます。アルバム・ジャケットの当時の洒落たサングラスをしたグリフィンの顔のアップも、意外とジャズしていて良好です。

 
 

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2015年6月 1日 (月曜日)

ジョニー・グリフィンの帰還

僕はジョニー・グリフィンというテナー・マンが好きだ。ニックネームは、小柄でありながら力強いテナーを吹くということで「リトル・ジャイアント」。確かに、ジョニー・グリフィンのテナーは切れ味良く、力感があって小気味良い。

僕はこの魅力的なテナー・マン、リトル・ジャイアントとの初めての出会いはこのアルバムだった。Johnny Griffin『Return Of The Griffin』(写真)。1978年10月17日の録音。Ray Drummond (b), Keith Copeland (ds), Ronnie Mathews (p), Johnny Griffin (ts)。 

まず、このアルバムのジャケット・デザインが良い。大好きだ。アメリカンな鷲のイラストが大きくデ〜ンと控える。鷲じゃないのか。想像の怪獣グリフォンか。グリフォンとグリフィンとかけているのか。うむむ、ちょっと無理があるなあ。

何処から見てもこれは「米国」である。「ジャズ」である。このジャケット・デザインから、小柄でありながら力強いテナーを吹く「リトル・ジャイアント」を想起する。

冒頭の「Autumn Leaves」が良い。マイナーで情緒的な曲をアップテンポでグイグイ行く。グイグイ引っ張る引っ張る。切れ味良く、力感があって小気味良い。名手ロニー・マシューズの達者なピアノと、レイ・ドラモンドの堅実ベース、キース・コープランドの味のあるドラムをバックに、ガンガンすっ飛ばす。これぞグリフィンという名演。
 

Return_of_the_griffin

 
2曲目の「When We Were One」は、打って変わって、情緒的なバラード演奏。こういうバラード演奏もグリフィンは得意中の得意。夜の静寂の雰囲気。1曲目のアップテンポな曲とのコントラストが良い。

僕はこの冒頭の2曲だけで、このアルバムにゾッコンである。3曲目の「A Monk's Dream」も良い。グリフィンはセロニアス・モンクの楽曲を吹きこなすのが上手い。モンクの楽曲の幾何学的展開を鼻歌を歌うように軽やかに力強く吹きこなしていく。良い感じだ。惚れ惚れする。

ヨーロッパに移住していたリトル・ジャイアント=ジョニー・グリフィンが米国ジャズ・シーンへのカムバックを遂げた好盤。1978年と言えば、フュージョン・ジャズ全盛期真っ只中。そんなところに、グリフィンのメインストリーム・ジャズ。どうだったんだろう、当時のグリフィン・カムバックの評価は。

今となってはそんなことは気にならない。この『Return Of The Griffin』には、グリフィンのテナーの魅力満載である。グリフィンの代表作の一枚に数えられる好盤であることは間違い無い。愛聴盤である。

最後に、今から37年前、ジャズ者初心者駆け出しの僕に、居抜きでこの『Return Of The Griffin』を紹介してくれた、例の「秘密の喫茶店」のママさんには感謝したい。ジャズの楽しさ、グリフィンの素晴らしさ、を思いっきり体験させていただいた。このアルバムがあって、今のジャズ者の僕がある。

 
 

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