« 2015年4月 | トップページ | 2015年6月 »

2015年5月の記事

2015年5月31日 (日曜日)

『Bad Company』の遠い思い出

バッド・カンパニーというバンドがあった。ボーカルのポール・ロジャースとドラムスのサイモン・カーク(元フリー)、ギターのミック・ラルフス(元モット・ザ・フープル)、ベースのボズ・バレル(元キング・クリムゾン)の4人によって結成された、ブルース・ロックを基調とした、シンプルな英国ロック・バンドである。

日本ではまずシングル「キャント・ゲット・イナフ」が売れた。そして、ファースト・アルバム『バッド・カンパニー(Bad Company)』(写真左)がリリースされた。1974年夏のことである。このアルバムも、当時の日本ではヒットの部類に入る、ヒットチャート最高位24位にチャート・イン。

この英国ロックの名作がリリース40周年を記念して、デラックス・エディション化された。特にリマスターの具合が良く、アルバム自体の音が劇的に改善されている。CDのフォーマットとしては最上のものだろう。もともと、内容の優れたファースト盤である。音のキレ、バランス、密度、スピード感、いずれをとっても申し分無い。

さて、このファースト盤『Bad Company』が我が映研に持ち込まれたのは高校2年の頃、1975年の初夏のちょうど今頃、5月の終わりか6月上旬だったと記憶している。かの映研女子が持ち込んだ。部室に入った時には、既にSide Twoの1曲目「Bad Company」が鳴り響いていたことを覚えている。

1年遅れではあるが、この『Bad Company』は映研でもヒットした。ヒットしたんだが、部室に行く毎日毎日この『Bad Company』がかかっている。というか、かかり過ぎだ。3週間も続けて部室に入ると『Bad Company』が流れている。これには閉口した。

どうも一年生男子どもが入れ替わり立ち替わり、この『Bad Company』をかけて聴き耳を立てているらしい。こいつらそんなに英国ロックが好きだったけ。というより、まだ高校生になって2ヶ月。英国ロックとは何たるか、なんてまだ全く理解していないはず。

おかしいなあ、と思いつつ、その理由を訊いた。一年生男子WとYが深刻な顔をして答えた。「このアルバムを理解出来ないと、英国ロックは理解出来ないんです」。「はぁ?」。つまりは、英国ロックを理解したいが為に、毎日毎日『Bad Company』を聴いているとのことである。
 

Bad_company

 
一年生男子WとYが続ける。「でも、ロック・ミュージシャンにとって大切なことも教えて貰いました」。「教えて貰った?」。「ボーカルのポール・ロジャースは英国ロックで最高のボーカリストで、奥さんが日本人なんです。つまり、優れたロック・ミュージシャンは奥さんが日本人なんです」。「はぁ?」。

一体誰だ、そんな変なことを教えたのは・・・。確かに、当時、ポール・ロジャースの奥さんは日本人のマチさんだったが、他の優れたロック・ミュージシャンの奥さんは日本人だったかなあ。少なくとも、ジョン・レノンの奥さんは日本人のヨーコさんだったけど、他は思い当たらない。

どうも、かの映研女子Uの仕業らしかった。かの映研女子Uいわく「そんな変なこと教えてへんって。ポール・ロジャースのボーカルは最高やろ、彼の奥さんは日本人なんやで、とは言ったけど」。「でも『Bad Company』の良さが判らんようやったらアカンね、とは言ったなあ」。

なるほど。当時、一年生男子どもに、一年上のお姉さんとして一目置かれていた映研女子Uの発言力には絶大なものがあった。ロックについては映研に入って洗礼を浴びてまだ2ヶ月。カルガモの子供と一緒で、最初に教えられたことが「絶対」になる。英国ロックと優れたロック・ミュージシャンの条件については、かの映研女子Uの発言が一年生男子どもには「絶対」となった訳。

罪作りなことするなあ。部長の僕がそれは違うと教え直しても、一年生男子どもはなかなか納得しない。一年上のお姉さんとして一目置かれていた映研女子Uの発言力は絶大である。あこがれのお姉さん先輩の言うことは「絶対」なのだ。「あこがれ」かあ、高校時代の誤解と思い込みほど厄介なものは無い。一年生男子どもが『Bad Company』の良さを語ることが出来るまで、『Bad Company』は映研の部室で響き続けた(笑)。

この今回の『Bad Company』のリマスター盤を聴きながら、このエピソードを突如思い出した。リマスター優秀の優れた音は忘れた思い出を想起させてくれる。青春時代の誤解と思い込みほど厄介なものは無い。ゆめゆめ後輩にいきなり変なことを教えてはいけない。遠い昔、高校時代の教訓である(笑)。

 
 

震災から4年2ヶ月。決して忘れない。まだ4年2ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

Never_giveup_4

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「@v_matsuwa」で検索して下さい。
 

2015年5月29日 (金曜日)

音楽喫茶『松和』の昼下がり・23

ジャズって、こういうアルバムがいきなり出てくるから隅に置けない。新譜のリサーチも怠りなく、というのを再認識する。見逃したら、この素晴らしい音世界を知らずに人生が終わってしまうのだ(笑)。

今回、これはこれは、と感心したアルバムがこれ。Joe Lovano & Dave Douglas Sound Prints『Live At Monterey Jazz Festival』(写真左)。新生ブルーノート・レーベルの最新作である。まあまあ、ジャケット・デザインもしっかりブルーノートしていて、このアルバムの内容がかなり期待出来る。

2013年9月21日、モントルー・ジャズフェスティバルのライブ録音になる。ちなみにパーソネルは、Joe Lovano (ts), Dave Douglas (tp), Lawrence Fields (p). Linda Oh (b), Joey Baron (ds)。日本においてはマイナーな存在のジャズメンばかりである。

テナーのジョー・ロヴァーノとペットのデイヴ・ダグラス。日本では人気が無いんですね〜これが。知る人ぞ知る、実は優れた中堅ジャズメンなんですけどね。聴けば、その優秀性がすぐに判るんですがね。日本のレコード会社の関係者、ジャズ評論家の方々って、何を聴いて、何を感じて、リコメンドなコメントを認めているんでしょうか。

このライブ盤の優秀性は聴けば判る。純ジャズ系のコンテンポラリーなジャズが思いっきり展開されている。聴き応え満点のメインストリーム・ジャズ。これだけ先進的なハードバップな演奏になると、言葉で表現するには無理がある。とにかく、皆さん、一度、聴いてみて下さい(笑)。
 

Soundprrints

 
しかし、さすがはブルーノート・レーベルのライブ盤である。録音も良いし、ミックスも良好。ジャズメンの演奏ばかりで無く、録音やミックスにもしっかりとした拘りを見せ、ブルーノート・レーベルならではの個性を反映した録音イメージやミックスの調子は、とにかく聴き応えがある。他のレーベルの追従を許さない、さすが老舗のジャズ・レーベルである。

テナーのジョー・ロヴァーノとペットのデイヴ・ダグラスについては、日本ではもっと再認識されるべき、優れたジャズメンである。この二人のリーダー作には駄作が無い。そういう意味では、もっと、我がバーチャル音楽喫茶『松和』のジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログでも、積極的に紹介すべきジャズメンなんだろうな。ちょっと反省している。

しかし、本当にジャズって隅に置けないよな〜。こんなライブ音源が何気なく新譜としてポロッと出てくる。別にとりわけジャズ雑誌のレビュー欄を賑わす訳では無いし、ジャズの有名ブログに大きく採り上げられる訳でも無い。そんなライブ盤なんだが、聴けば判るが、それはそれは素晴らしい内容なのだ。

これぞジャズ者冥利に尽きる話ではある。ジャズ雑誌のレビュー欄を賑わす訳では無いし、ジャズの有名ブログに大きく採り上げられる訳でも無い。しかし、自腹で投資をし、しっかりと自分の耳で聴けば、このライブ盤の良さは一耳瞭然。こういうことが時々あるので、ジャズ者、ジャズ盤コレクションは止められない。

 
 

震災から4年2ヶ月。決して忘れない。まだ4年2ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

Never_giveup_4

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「@v_matsuwa」で検索して下さい。
 

2015年5月28日 (木曜日)

伝統の「個性」は伊達では無い

1980年代、フュージョン・ジャズの衰退に代わって、純ジャズ復古の大号令がかかり、日本では1986年のマウント・フジ・ジャズ・フェスティバルの開催で、純ジャズの復活は確固たるものになった。なんと、第1回はブルーノートの総帥、アルフレッド・ライオンを迎えて始まった。さすがはバブル期のジャズ・フェスティバルである。

それから、である。日本では純ジャズのリイシュー盤や新録盤が出始めて、あっと言う間に純ジャズが復活した。米国ではブルーノート・レーベルが完全復活し、その亜流レーベルで日本のレコード会社主導の「サムシンエルス・レーベル」が立ち上がった。1988年のことである。

新生ブルーノート・レーベルの新作には駄盤が無い。従来のブルーノート・レーベルの伝統を踏襲した、駄盤が無く、ジャズ・シーンをリードする様な好盤揃いであった。ベテラン・ジャズメン達を採用したセッションについても、不思議と生まれ変わった様な演奏を展開したりするから驚きである。

例えば、このアルバムも新生ブルーノート・レーベルからのリリースである。Jackie McLean and McCoy Tyner『It's About Time』(写真左)。1985年4月の録音。ちなみにパーソネルは、McCoy Tyner (p), Jackie McLean (as), Al Foster (ds), Ron Carter, Marcus Miller (b), Jon Faddis (tp), Steve Thornton (per)。

当時、新進気鋭のベーシスト、マーカス・ミラーの参加が目を惹くが、基本的には往年のベテラン・ジャズメンが大集合である。これでは、ただ、有名なジャズメンを集めただけ、法外なお金を貰いながらも適当な演奏をしてお茶を濁した様な「駄盤」に成り下がる可能性大なのだが、そうはならないのがブルーノート・レーベルである。
 

Its_about_time

 
確かに、ピアノのマッコイ・タイナーはちょっと問題だ。あまり覇気のある演奏を聴くことは出来ない。加えて、ジョン・ファディスのトランペットは五月蠅いほどに情緒に欠けるのも困りもの。だが、ジャキー・マクリーンのアルトは聴きものだ。アル・フォスターのドラムもメリハリ効いてモダンで良い。ベースのロン・カーターも意外と良い。

アルバム全体の演奏を聴き通すと、意外とモダンで新しいハードバップが展開されているのが良く判る。ジャズメンごとに演奏のレベルにバラツキがあるのは仕方が無い。純ジャズ復古の大号令がかかったとは言え、時は1985年。まだ、純ジャズ復古は確固たるものにはなっていない。メンバーそれぞれに、純ジャズの演奏に臨むモチベーションのバラツキがあっても不思議では無い。

マッコイとファディスは悪くは無いんだが、普通のレベルで終始。しかし、残りのメンバーの演奏が水準以上の優れたレベルなので、アルバム全体の出来は上々。3.5〜4.0星は献上することが出来るレベルの、なかなかの内容のハードバップ盤である。音の響き、ユニゾン&ハーモニーのアレンジ、ジャジー溢れる楽曲、どれもが、往年のブルーノート・レーベルの個性を踏襲している。

冒頭の「Spur of the Moment」を聴くだけで、これはブルーノート・レーベルの音と直ぐに判るほど。そこに旧来のイメージをなぞらえていない、新しいイメージ新しい響きで、マクリーンが吹きまくる。そして、モダンな攻撃的ドラミングでアルがフロント・ラインを鼓舞する。新旧ベースのミラーとロンが音のボトムをガッチリとキープする。

なかなか味のあるハードバップ盤です。決して、1950年代〜1960年代のハードバップの音を踏襲しない、新しいイメージ新しい響きのハードバップを展開しているところが実に頼もしい。う〜ん、さすがはブルーノート・レーベル、伝統の「個性」は伊達では無い。

 
 

震災から4年2ヶ月。決して忘れない。まだ4年2ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

Never_giveup_4

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「@v_matsuwa」で検索して下さい。
 

2015年5月27日 (水曜日)

ジャズ喫茶で流したい・63

なかなか「ジャズ喫茶で流したい」シリーズで、フリージャズのアルバムは選びにくい。フリージャズは聴く人を選ぶ。ジャズ喫茶に居合わせたお客さんそれぞれが、何らかの形で楽しむには、フリージャズはちょっと辛い。しかし、この人のフリージャズは違う。意外と、ジャズ喫茶に居合わせたお客さんそれぞれが、何らかの形で楽しむことが出来るのだ。

今を去ること約35年前。ジャズ者初心者ほやほや、ジャズを聴き初めて2年目の頃、僕はフリージャズが全く判らなかった。本能のおもむくまま、感情のおもむくままに、サックスを吹きまくる、ピアノを叩きまくる。何が素晴らしいのかサッパリ判らなかった。

そんな中、例の秘密の喫茶店で教えて貰った「山下洋輔」のフリージャズは、ちょっと違った印象だった。なんだか聴いていて「判る」のだ。当時、まだジャズ者2年生。なぜ「判る」のかはサッパリ判らないのだが、山下洋輔のフリージャズは入り易かったし、聴き易かった。

そんな中で、僕はこのアルバムに出会った。山下洋輔『寿限無 VOL.1&2』(写真)である。1981年に東京NECスタジオと、東京テイチク杉並スタジオ他にて録音された、1981年発表の山下洋輔ミュージックの集大成的なアルバムである。

発売当時は、vol,1 vol.2 と別々に発売されたものを、今回リイシューでパッケージ化したもの。録音日についても半年程の間隔が空いているし、メンバーも違う。完全な別セッションなので、vol,1 vol.2それぞれ別物と捉えたほうが良い。確かに、発売当時、34年前は、vol,1 vol.2とも別々のものとして聴いていた。

vol.1 は、伝説のテナーマン・武田和命の参加がハイライト。聴けば判るんだが、この武田のテナーが良いんだ。1981年2月17、18日録音、東京・NECスタジオでの録音。ちなみにパーソネルは、山下洋輔 (p), 小山彰太 (ds), 武田和命 (ts), 国仲勝男 (b)。フリーにやっているんだが、今の耳で聴くとフリーじゃない。立派なメインストリーム・ジャズだ。
 

Jugemu

 
vol.2 は、当時のメインストリーム・ジャズメンのオールスターズ。凄い面子だぜ。列挙する。山下洋輔(p), 川端民生(b), 村上ポンタ秀一(ds), トニー木庭(ds), ペッカー(perc), 渡辺香津美(g)、坂田明(vo)、向井滋春(tb)、清水靖晃(ts)、中村誠一(ts)、武田和命(ts)、林栄一(as)、石兼武美(bs)、大野ストリングス。1981年7月20〜8月19日の録音になる。

フリージャズの範疇に属していた山下洋輔であるが、この『寿限無 VOL.1&2』を聴く限り、これは純粋なフリージャズでは無い。非常に良く計算され、非常に自由度の高いメインストリームなジャズである。言い換えれば、当時の世界のメインストリーム・ジャズの中で最高峰に位置するメインストリーム・ジャズだと断言しても良い。

それほどまでに素晴らしい内容であり、それほどまでに思いっきりジャズしている。それぞれの曲には、なかなか意味深でユニークな曲名がついているが、その曲名を十分にイメージしながら、それぞれの演奏の凄さ、素晴らしさに酔いしれることができるのだ。 

vol.2 の5曲目「寿限無」がその最たる例である。ミジンコ愛好家としても知られる坂田明がボーカルのみで参加している。そのボーカルの歌詞が、落語の「寿限無」のくだりそのままなのだ。坂田明のボーカルは、まさしく「ラップ」だ。まさしく「ジャズ」だ。田中角栄氏のモノマネなんかも入って、無茶苦茶、趣味が良い。

この山下洋輔『寿限無 VOL.1&2』は聴きものだ。今の耳で聴いても、新鮮な展開、新鮮なフレーズが満載。本能のおもむくまま、感情のおもむくまま一辺倒では無い、それぞれ良く考え、良くアレンジされ、良くイマージネーションされた、メインストリームなジャズがここにある。何回繰り返し聴いても飽きない。素晴らしいアルバムである。

 
 

震災から4年2ヶ月。決して忘れない。まだ4年2ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

Never_giveup_4

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「@v_matsuwa」で検索して下さい。
 

2015年5月26日 (火曜日)

良いぞ、サンボーンの今年の新作

2人の共演は1999年の『Inside』以来。15年ぶりのコラボレーションになるらしい。マーカス・ミラー(Marcus Miller)をプロデューサーに迎えての新作になる。その新作とは、David Sanborn『Time and The River』(写真左)。参加ミュージシャンは、いつになく若手が多数。なんだか聴く前から、その内容にワクワクする。

サンボーンと言えば、端正で官能的で伸びやかなサックス・プレイが身上。あまりに端正で官能的で伸びやかなサックスなので、耳当たりの良い、聴き心地の良い伴奏に乗ると、あまりの耳当たりの良さに、サックス・プレイ自体が雰囲気に流されてしまう傾向にある。いわゆる「ながらのサンボーン」と言われる所以である。

しかし、サンボーンのサックス・プレイは、正統派でかつ硬派なものである。決して「ながらのサンボーン」で片づけられてしまう類のサックスでは無い。その正統派でかつ硬派なサンボーンのサックスをそのまま活かすには、それ相応の優れたプロデューサーが必要だと常々感じている。で、この新作を聴いて、それは確信に変わった。

この新作の『Time and The River』では、R&Bの要素を取り入れた、メインストリームなコンテンポラリー・ジャズに仕上がっている。この「R&Bの要素」を取り入れたところがミソ。サンボーンの正統派でかつ硬派なサックスが活き活きとしている。もともとは、R&B系の演奏が得意ジャンルだったサンボーンである。原点回帰である。
 

Time_and_the_river

 
R&Bの要素を取り入れたが故に、サンボーンのサックス・プレイが甘きに流れることは無い。この新作を聴けば「ながらのサンボーン」なんて言わせない。ゴツンと聴き応えのある、硬派なサンボーン節が満載である。さすがにかの帝王マイルスに見そめられたマーカス・ミラーである。サンボーンの「泣きのサックス」をストレートに活かす術を知っている。

良きフュージョン・ジャズの雰囲気を色濃く引き継いでいる。「R&Bの要素」を取り入れたことで、ジャジーな雰囲気が前面に出て、耳当たりの良いスムース・ジャズというよりは、メインストリームなコンテンポラリー・ジャズが、往年のフュージョン者の我々の耳には、実に心地良く響く。

良い感じのサンボーンが帰ってきたって感じですね。良いアルバムです。サンボーンの「泣きのサックス」が粗く生々しい。まだまだ現役。老け込む歳でも無い。「Windmills Of Your Mind」では、R&B的な女性ボーカルが登場するが、このボーカルはランディ・クロフォード。良い雰囲気です。

ジャケットを見て「ギョッ」とするのは、でーんとジャケットのど真ん中にあしらわれた「川」の文字。もちろん『Time and The River』というタイトルの「The River」の漢字当てだが、同時に 「3本(サンボン)の線」=「サンボーン」を意味するものでもあるらしい。ほんまかいな(笑)。

 
 

震災から4年2ヶ月。決して忘れない。まだ4年2ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

Never_giveup_4

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「@v_matsuwa」で検索して下さい。
 

2015年5月25日 (月曜日)

ショーターの評価に困るソロ盤

ジャズ・ミュージシャンって、判り易い人と判り難い人とはっきり分かれる気がする。判り易い人はとことん判り易い音楽を奏でるし、判り難い人はとことん判り難い展開をする。ジャズって、そういうところがハッキリしていて面白い。

僕にとって、判り難い人の筆頭が「ウェイン・ショーター(Wayne Shoter)」。この人はさっぱり判らん。ジャズ界のレジェンド、天才テナー奏者の誉れも高いショーターだが、どうにもこうにも、この人の音楽性と活動方針は判り難い。

もともとは、アート・ブレイキーとマイルス・デイヴィスに見出され、1960年代半ばから後半にかけて、マイルスの黄金のクインテットの一員として一世を風靡している。マイルスの薫陶の下では、モード奏法を駆使して、限りなく自由度の高いハードバップを展開した。

しかし、マイルスの下を離れてから、その活動内容は怪しくなる。エレクトリック・ジャズを良しとせず、マイルスの下を離れたが、モード奏法を駆使して、限りなく自由度の高いジャズを追求すべく、ジョー・ザビヌルと組んで「Weather Report」を結成した。が、この「Weather Report」はエレクトリック・ジャズが専門となった。

ファンクはいやだとか、エレクトリック・ジャズはいやだとか言いながらも、Weather Reportの『Sweetnighter』ではアーシーなリズム&ビートに手を染め、次の『Mysterious Traveller』では完全に地に足の着いたアーシーでエレクトリックな展開に変貌した。加えて、アフリカン・ネイティブでワールド・ミュージック的な音世界にも手を染めた。

そして、そのまま、アフリカン・ネイティブでワールド・ミュージック的な音世界をザビヌルとの「Weather Report」で展開すれば良いものを、なぜか、同時期にソロアルバムを発表し、その内容が、全くの「アフリカン・ネイティブでワールド・ミュージック的な音世界」バッチリの内容なのだ。この時点で、僕はショーターにとってのソロとバンドの位置づけが判らなくなった。

そのショーターのソロアルバムとは、Wayne Shorter『Native Dancer』(写真左)である。1974年のリリース。Weather Reportのアルバムに照らし合わせれば『Mysterious Traveller』と同時期に、ソロアルバムをリリースしたことになる。しかも、内容的には同じ雰囲気のもの。ええんかいな。
 

Native_dancer

 
パーソネルを眺めると判り易い。Wayne Shorter (ts,ss), Milton Nascimento (g,vo), David Amaro, Jay Graydon (g), Herbie Hancock (p,key), Wagner Tiso (org,p), Dave McDaniel (b), Roberto Silva (ds), Airto Moreira (per)。ミルトン・ナシメントの名前が目を惹く。これって、ショーター・ミーツ・ブラジルである。

冒頭の「Ponta de Areia」を聴くと、ブラジリアンというよりは、アフリカン・ネイティブでワールド・ミュージック的な音世界が展開されていてビックリする。土着なワールド・ミュージック的でネイティブな響き、アフリカンなリズム&ビート、野趣溢れるボーカル。これって、Weather Reportでの双頭リーダーの相方、ジョー・ザビヌルの得意ジャンルではないか。

この『Native Dancer』ってアルバム、ショーターにとってどういう意味を持つアルバムだったのだろう。Weather Reportでの双頭リーダーの相方、ジョー・ザビヌルのお株を奪うような『Native Dancer』の音世界。しかも、このソロアルバムの後、11年間、ソロアルバムをリリースすることは無かった。じゃあ、この『Native Dancer』って、ショーターにとって何だったのだろう。

ザビヌルに対する当てつけだったのかも。「Weather Report」を我が物の様に取り回すザビヌルに対する牽制だったのかも。俺もこれくらいのアルバムは一人で作れるんだぜ、なんて声が聞こえてきそうな、ショーターにとっての「ひとりでできるもん」なアルバムだったのかもしれない(笑)。

ショーターのキャリアと個性を鑑みると、この『Native Dancer』というソロアルバムは異端中の異端であり、ショーターがアフリカン・ネイティブでワールド・ミュージック的な音世界に手を染める必然性も感じられず、何ともはや、評価に困るソロアルバムではあります。世間では手放しで高い評価を与えられることの多い盤ですが、僕にはいまいち、ピンときません。  
 
いっそのこと、Weather Reportのアルバムとして、この『Native Dancer』が制作され、リリースされていたら、相当な名盤に仕上がっていたのではないか、と思っています。それほどまでに、Weather Reportの個性にピッタリの音世界が、この『Native Dancer』の中にギッシリと詰まっています。
 
 
 
震災から4年2ヶ月。決して忘れない。まだ4年2ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

Never_giveup_4

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「@v_matsuwa」で検索して下さい。
 

2015年5月24日 (日曜日)

両手タッピング奏法を引っさげて

「タッピング奏法」というギターの奏法がある。指板上の弦を指で叩き付けて押弦したり、そのまま横に弾いたりして音を出す奏法である(Wikipedia参照)。今では、YouTubeなどがあるので、動画で見れば、この奏法は一目瞭然なのだが、動画が簡単に見れない時代、この奏法を理解するには時間がかかった。

Stanley Jordan(スタンリー・ジョーダン)というジャズ・ギタリストがいる。このスタンリー・ジョーダンが、両手タッピング奏法を引っさげて、デビューした。1985年のことである。1980年代といえば「MTV」の時代。僕はこのスタンリー・ジョーダンを深夜テレビの映像で初めて見た。

僕はと言えば、遅い晩飯を摂りながら聴き耳を立てていた。最初は「何が新しいんだ」と思った。でも、聴いていると、どうもギターの音が今までとは違う。繊細ではあるが、かなり複雑に和音と単音が交錯し、ユニゾン&ハーモニーを奏でる。最初は多重録音かと思った。でも、映像はスタンリー・ジョーダン一人のパフォーマンスを延々と写している。

1分ほどして、左手の動きがおかしい。左手の動きが、それまでに見たことの無い動きをする時に、今までとは違ったギターの音色がするのだ、と言うことに気付く。なんやこの奏法は。その後、スイング・ジャーナルでそのギタリストの名前がスタンリー・ジョーダンと言い、この不思議な音色を奏でる奏法は「両手タッピング奏法」だということを知った。
 

Magic_touch

 
ただ、両手タッピングという奏法自体は古くから存在していたらしく、スタンリー・ジョーダンはこの奏法を再発見し、デビュー盤での目玉とした。そのデビュー盤とは、Stanley Jordan『Magic Touch』(写真左)である。1985年のリリース。新生ブルーノート・レーベルからの第一弾リリース。

この「タッピング奏法」のデビューはセンセーショナルだった。LPで聴く限り、繊細ではあるが、かなり複雑に和音と単音が交錯し、ユニゾン&ハーモニーを奏でる部分がこういう響きになるのかが判らない。今までのジャズ・ギターの音色とは異なり、とても新鮮に感じる。

それは、有名な曲を演奏する時、より感じることが出来る。冒頭のレノン=マッカートニーの「Eleanor Rigby」、2曲目の「Freddie Freeloader」、そして3曲目の「Round Midnight」、この3曲を聴けば、この「両手タッピング奏法」の特徴がより良く理解出来るのではないか。確かに、それまでのジャズ・ギターに無い、新しい響きを感じる。

スタンリー・ジョーダンは、通常のギター奏法についても非凡なものがあり、両手タッピング奏法に拘らなくても、通常のギターだけでも、ジャズ・ギターの新人の登場として期待を持って聴かれるべき内容については、もっと評価されても良いかと思う。

そのスタンリー・ジョーダンも、1959年7月の生まれなので、今年で56歳になるのか。僕と同じ世代なので、彼のデビュー以来、彼の活動については、ずっと気にしてはいる。まだまだ現役の由、心強い限りである。

 
 

震災から4年2ヶ月。決して忘れない。まだ4年2ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

Never_giveup_4

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「@v_matsuwa」で検索して下さい。
 

2015年5月23日 (土曜日)

ポップスやロックの名曲をカバー

何年前だったか忘れたが、ダイアナ・クラールの『Live in Paris』のラスト「Just The Way You Are」のカバーが秀逸で、むちゃむちゃ感動したを覚えている。並みいるジャズ・スタンダード曲の中で、このビリー・ジョエルの名曲が対等にその魅力を振り撒いている。これは絶品であった。

もう少し、この「Just The Way You Are」の様な、1960年代後半から70年代のポップスやロックの名曲をカバーしてはくれないのかなあ、なんてボンヤリ思って、そんな想いもすっかり忘れてしまっていた。

しかし、今年、ダイアナ・クラールがやってくれました。宣伝文句をそのまま掲載すると「ジャズ・ヴォーカルの女王=ダイアナ・クラールの2年ぶりの新作は、現代の巨匠=デイヴィッド・フォスターとついにタッグを組んだポップスカヴァー作品!」。

そのアルバムとは、Diana Krall 『Wall Flower』(写真左)。Verveのチェアマンであるデイヴィッド・フォスターとの初めてのコラボ。1960年代後半から70年代のポップスやロックの名曲のカバーやポール・マッカートニーを新曲を、コンテンポラリーで豪華なジャズ・アレンジでじっくりと聴かせてくれる。

その収録されたキラ星の如き名曲の数々については以下の通り。

1はママス&パパスの1966年のヒット曲、2と7はイーグルスの歌唱で有名、3はカーペンターズかな、4はギルバート・オサリバンの1972年の大ヒット曲、8はエルトン・ジョンの1977年のヒット曲、10は10CCですね。いやいや、これだけでもウルウルもんです。僕達の世代が1970年代にリアルタイムで体験したポップスやロックの名曲の数々がカバーされているんですから。

「今回の楽曲はすべてダイアナが愛してやまない曲ばかり。彼女のハートが、全ての楽曲の新たなイメージを引き出しているよ」(デイヴィッド・フォスター)。ダイアナが愛してやまない曲なのか。しかし、ジャズ・ボーカルとして扱うという観点で見て、実に渋い実にマニアックな選曲である。
 

Wall_flower

 
1. California Dreamin'(John Phillips, Michelle Phillips)
2. Desperado(Glenn Frey, Don Henley)
3. Superstar(Bonnie Bramlett, Leon Russell)
4. Alone Again (Naturally)(Gilbert O'Sullivan)
5. Wallflower(Bob Dylan)
6. If I Take You Home Tonight(Paul McCartney)
7. I Can't Tell You Why
(Timothy B. Schmit, Glenn Frey, Don Henley)
8. Sorry Seems to Be the Hardest Word
(Elton John, Bernie Taupin)
9. Operator (That's Not the Way It Feels)(Jim Croce)
10. I'm Not in Love(Eric Stewart, Graham Gouldman)
11. Feels Like Home(Randy Newman)
12. Don't Dream It's Over(Neil Finn)

  

バックのアレンジも意外と秀逸。ジャズ・オーケストラをバックにしているので、かなりジャズっぽくアレンジされた、ジャズ臭の強いものなのかと危惧したのだが、これは杞憂だった。意外とコンテンポラリーなアレンジで、決して前へ出ず、さりげなくダイアナのボーカルをサポートする。ダイアナのボーカルだけがポッカリと浮かび上がる様なアレンジに、これまた感心する。

ジャズ・スタンダード曲は、1920年代から1950年代が中心。このスタンダード曲だけだと、最後にはマンネリ化する。21世紀に入って、確かにジャズ・ボーカルはマンネリ化が進みつつあった。1990年代辺りから、ネオ・スタンダードとして、1960年代後半から70年代のポップスやロックの名曲をカバーする動きがあったが、なかなか定着しなかった。

ジャズ者の人達って意外と保守的なんやなあ、と思わず再認識しました。でも、それではジャズは停滞してしまう。今回のダイアナの新作には、なんだか「ジャズ・ボーカルの明るい未来」が垣間見えた様な感じがして、とても嬉しく感じました。当然、我がバーチャル音楽喫茶『松和』で、ジャズ・ボーカルのヘビロテ盤となっています(^_^)v。

 
 

震災から4年2ヶ月。決して忘れない。まだ4年2ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

Never_giveup_4

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「@v_matsuwa」で検索して下さい。
 

2015年5月22日 (金曜日)

大人の余裕漂う『A・SO・BO』

カシオペア。この日本のフュージョン・バンドの出現はセンセーショナルだった。個人的には、ジャズ者を志して2年目の1979年にデビュー。このデビュー盤の衝撃については、今でも覚えている。老舗のフュージョン・バンドとして長年活動を継続してきたが、2006年にすべての活動を一旦休止。2012年にCASIOPEA 3rdとして活動を再開している。

僕が大学時代に聴き親しんだカシオペアのパーソネルは、野呂一生 (g), 櫻井哲夫 (b), 向谷実 (key) 神保彰 (ds)。そして、CASIOPEA 3rdのパーソネルは、野呂一生 (g), 鳴瀬喜博 (b), 大高清美 (key), 神保彰 (ds)。ギターとドラムは結成当時と変わらない。

現在では、CASIOPEA 3rdとして活動している訳だが、2015年4月22日に最新アルバムを発表している。そのアルバム・タイトルは『A・SO・BO』(写真左)。カシオペア独特のユニゾン&ハーモニーとリズム&ビートをしっかりと踏襲、往年のカシオペアのファンにとっては堪らない内容となっている。

テクニック的には超絶技巧が基本。リズム面では16ビートが基本。ハーモニーとインプロビゼーションの展開はジャズのマナーをベースとしている。複雑なコード進行でありながら、何事も無いようなスムーズで自然なコード進行と転調が特徴。音楽が好きであれば好きであるほどその良さが判るという、マニア想い、オタク想いのフュージョン・バンドである(笑)。
 

A_so_bo

 
今回の新盤『A・SO・BO』は、そんな「良きカシオペアの個性」をしっかりと踏襲した内容なっていて、聴いていてとにかく楽しい。長年、カシオペアの音に聴き馴れた耳には、大高清美のオルガンが新鮮に響く。キーボードも洒脱なフレーズを連発し、そのフィンガー・ワークは実に安定している。CASIOPEA 3rdについては、まず、この大高清美のキーボードを聴くべきだ。

野呂一生のギターはカシオペアのデビューの頃の音と全く変わらない。頑固なまでに変わらない野呂のギターは凄く頼もしい。変わらないということが、これほどまでに「頼もしい」とは。何も「変わる」ばかりが進化では無いことが、野呂一生のギターを聴いていると良く判る。

そして、やっぱりドラムは神保彰では無いと駄目だろう。そこに鳴瀬喜博のベースが絡んで、カシオペアの独特のリズム&ビートが供給される。遊び心満点のベース&ドラム。乾いたグルーブがCASIOPEA 3rdのフロントを煽りまくる。このCASIOPEA 3rdの『A・SO・BO』では、往年のカシオペアのリズム&ビートが完全復活している。滑らかで爽快な16ビート。決して五月蠅くならない、乾いたオフビート。

とにかく、メンバーの4人共に、それぞれのプレイに余裕が感じられて良い雰囲気である。決してガツガツしておらず、決しててんぱってもいない。大人の余裕が漂う、遊び心満点の16ビートのフュージョン・ジャズ。アルバム・タイトルの『A・SO・BO』は、まさに言い得て妙である。往年のフュージョン・ジャズ者にお勧めの好盤です。

 
 

震災から4年2ヶ月。決して忘れない。まだ4年2ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

Never_giveup_4

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「@v_matsuwa」で検索して下さい。
 

2015年5月20日 (水曜日)

新ライブ盤『Jeff Beck Live+』

この5月、かの伝説のロック・ギタリスト、ジェフ・ベックがスタジオ新曲も収めたライヴ・アルバム『Jeff Beck Live+』(写真左)をリリースした。ジャケットは、味もしゃしゃらもないシンプルなもの。これだけ見れば「ブートか」と勘違いしてしまうくらい(笑)。

しかし、その内容はと言えば、これがまあ、70歳を超えたロック・ギタリストとは思えないほどに「尖った」、実にアグレッシブな内容なのだ。ちなみに、このジェフ・ベック・バンドのパーソネルは、Jeff Beck (g), Jimmy Hall (vo), Rhonda Smith (b), Jonathan Joseph (ds). Nicolas Meier (g)。ジェフ以外、知らないメンバーばかり。それはまあ当たり前か。

アルバムに収められるライヴ音源は2014年に行われたライヴ・ツアーからのものが主。Beatles「A Day In The Life」、Jimi Hendrix「Little Wing」、Mahavishnu Orchestra「You Know You Know」、Sam Cooke「A Change Is Gonna Com」などといった、実に渋い選曲のカバー曲を含んだ全14曲を収録している。

加えて、新スタジオ・レコーディング・トラックである「Tribal」と「My Tiled White Floor」も収録。このスタジオ録音のトラックの出来も良く、ライブ音源共々、実に充実した、ロック・レジェンド、伝説のギタリスト、ジェフ・ベックのエレギが堪能出来る。

1曲目の「Loaded」を聴けば、その尖り具合が判る。切れ味の良いタイトなリズム&ビートに乗って、思いっきりアグレッシブで自由奔放なジェフのエレギが乱舞する。凄まじいほどの迫力。自由度の高いアドリブ・フレーズを伴って、レジェンド・ジェフが練り歩く。
 

Jeff_beck_

 
Beck, Bogert & Appice時代のヒット曲「Superstition」もやっているが、アレンジもボーカルも完全に今様なもの。これが意外とスッキリしていて良い感じなんですよね。70歳を過ぎたジェフが現代の音環境に合わせて、その志向が変貌していく。アーティストとして、この柔軟性にはほとほと感心します。

若かりし頃の「閃光」の様な瞬時の切れ味は感じられなくなったが、演奏の全体像については、年輪を感じさせる奥深さと幅広さに思いっきり感動し、衰えを知らないテクニックには、かえすがえすも「驚愕」するばかり。このど迫力の高テクニックは凄い。日本を代表するロック・ギタリスト、布袋寅泰もビックリである(笑)。

ジェフ・ベックの、キャリア50年を過ぎてもなお、その類まれなギタープレイについては、とにかく「感動」あるのみ。超弩級の迫力と小粋な節回しをベースに、様々なカバーを絡めながら、その高テクニックを煌めかせながら、ジェフのギターが練り歩く。

往年のロック・エレギ者の方々にも、若きロック・エレギ者の方々にも、是非ともご一聴をお勧めしたい。素晴らしい内容と迫力のライブ盤です。

 
 

震災から4年2ヶ月。決して忘れない。まだ4年2ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

Never_giveup_4

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「@v_matsuwa」で検索して下さい。
 

2015年5月19日 (火曜日)

世界に誇れる山下洋輔トリオ

若い頃、今から30年くらい前になるかなあ、フリー・ジャズは苦手だった。とにかく本能のおもむくまま、感情のおもむくままに好き勝手に吹きまくる。必要最低限の決め事はあるのだが、とにかくフロントのサックスが吹きまくる。

バックのリズム・セクションは意外にトラディショナルに、モードをベースに自由度を高めてはいるが、純粋フリーな演奏では無い。とにかくフロント楽器だけが吹きまくる。そして、ドラムはただ好き勝手に叩きまくるだけ。ベースは好き勝手に掻きむしりつづけるだけ。吹きまくり方も意外とバリエーションに乏しい。激しいが意外とワンパターンなブロウが多い。

それが長時間、延々と続くのだ。フリー・ジャズは聴き続けていると、だんだんに飽きてくる。どうにもこうにも、フリー・ジャズというジャンルの演奏は、「音楽」という要素に欠けるのだ。音を楽しむ要素に欠ける、つまり、聴き手にかなりの「我慢」を強いているということになる。

しかし、若い頃、苦手なはずのフリー・ジャズではあるが、この人達のフリー・ジャズは結構聴けた。山下洋輔トリオである。日本のフリー・ジャズは意外と聴けた。聴いていて気が付くのだが、日本の優れたフリー・ジャズは「音楽」という要素をしっかりと押さえている。これが恐らく良い方向に作用するのだろう。

その好例として、山下洋輔トリオ『イン・ヨーロッパ 1983 - complete edition -』(写真左)というアルバムがある。パーソネルは、山下洋輔(p)、武田和命(ts)、小山彰太(ds)の山下洋輔トリオ + 林栄一(as)。1983年7月8日、ドイツ「ハイデルベルク・ジャズ・ターク」でのライブ録音。

この山下洋輔トリオ+1のフリー・ジャズは、その当時の米国そして欧州のフリー・ジャズとはちょっと質が異なる。本当の意味でのフリー・ジャズと言えるのでは無いか。4者4様ながら、一斉の「せーの」で、ドッシャンバッシャンとフリー・ジャズをやる。誰かがリズムをキープし、誰かがビートをキープしているなんてことは無い。4人4様でフリーなアドリブ・フレーズを連発する。
 

Yosuke_yamashita_in_europe_1983

 
それじゃあ「混沌」として音楽どころじゃあないでしょう、と思いきや、これがしっかりと「音楽」している。4人4様でフリーな演奏をしている中で、示し合わせた様にユニゾン&ハーモニーを展開したり、チェイスしたりする。これが聴いていて楽しいのだ。

そして、ピアノの山下洋輔が素晴らしい。最初から最後までフリーなのだ。セシル・テイラーを目指しながら、セシル・テイラーでは無い。山下洋輔のフリーなピアノが炸裂しまくる。ピアノの様々な奏法、テクニックを駆使しながら、フリーなフレーズを叩きまくる。このフリーなピアノ、意外と米国や欧州で「ありそうで無い」。

ドラムの小山彰太がこれまた凄い。叩きまくる叩きまくる。しっかりとバリエーション豊かにリズム&ビートを叩きまくる。この様々なバリエーション豊かなリズム&ビートというところが、意外と米国や欧州で「ありそうで無い」。

そして、フロントの武田和命のテナーと林栄一のアルトが個性的。抑制の効いた、良く考えた、バリエーション豊かなブロウが素晴らしい。本能のおもむくまま、感情のおもむくままに吹かない、ピアノをしっかりと聴きながら、ピアノに呼応するようなフリーなフレーズを展開。

この山下洋輔トリオ+1のフリー・ジャズは「グループ・サウンズ」を前提としたフリー・ジャズである。「音楽」という要素をふんだんに散りばめながら、4人4様でフリー・ジャズをやる。これが意外と米国や欧州で「ありそうで無い」。

つまりは、この山下洋輔トリオ+1は「聴いて楽しいフリー・ジャズ」。世の中の様々なジャンルの音楽の要素が詰め込まれつつ、そんなこと、おくびにも出さずに、ドッシャンバッシャンとフリー・ジャズをやる。かなりの長尺な演奏だが、あっと言う間に聴き終えてしまう。

 
 

震災から4年2ヶ月。決して忘れない。まだ4年2ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

Never_giveup_4

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「@v_matsuwa」で検索して下さい。
 

2015年5月18日 (月曜日)

目標となるジャズ・ピアノの技術

5月14日のブログ(左をクリック)で「基準となるジャズ・ピアノの技術」と題して、バド・パウエルの『The Genius Of Bud Powell』をご紹介した。このアルバムについて、以下の様に評した。

このアルバムは、ジャズ・ピアノのテクニックの基準である。ジャズ・ピアノにおける「優れたテクニック」とは何か。このアルバムを聴けばたちどころにそれが理解出来る。このアルバムに詰まっているテクニックは凄い。思わず笑いがこみ上げて来るハイ・テクニック、そして併せ持つ「歌心」。

このバド・パウエルが目標にした伝説のピアニストがいる。アート・テイタムである。アート・テイタムは「ジャズ・ピアノの神様」と呼ばれる。そのテクニックは超絶技巧、史上最高と言われる。1956年に亡くなっているので、そのテクニックを確かめる音源はそんなには多く無い。

そんな中で、このアルバムが一番、アート・テイタムのテクニックを確かめるに最適なアルバムだろう。そのアルバムとは、Art Tatum『Piano Starts Here』(写真左)。最初の4曲は1933年の演奏、残りの曲は1949年の演奏。どちらの演奏も超絶技巧。しかしながら、細部に渡って繊細かつ端正に構築されたフレーズ。

エンタテインメントとしての超絶技巧なピアノ。聴かせる超絶技巧なピアノ。このソロ・ピアノをジャズ・ピアノと断じるのには無理がある。ビートだって、左手のベースラインだって、モダン・ジャズのそれとは若干異なる。しかし、聴いて楽しい、聴き心地の良い、超絶技巧が楽しめる、超一級のエンタテイメントなピアノ。
 

Piano_starts_here

 
バド・パウエルとアート・テイタムを比較しても意味は無い。そもそも、超絶技巧なピアノに対するアプローチが違う。バドは荒削りではあるが、道を極めるような、テクニックを極めるような、ストイックで触れば切れるような壮絶さがある。

一方、アート・テイタムはエンタテイメントである。テイタムの超絶技巧は聴く人々の為にある。聴いて楽しく、見て楽しい。細部に渡って繊細かつ端正に構築されたフレーズは「エンタテインメント性」に溢れている。このアルバム『Piano Starts Here』の1曲目「Tea For Two」を聴けば、それが良く判る。

そして、3曲目の「Tiger Rag」のテクニックには唖然とする。これぞ、目標となるジャズ・ピアノの技術だろう。もはや「神様」の領域。人間の技とは思えない。でも、聴いていてワクワクする。思わず口元が緩む。

とにかく聴いていてとても楽しい。それが、アート・テイタムのソロ・ピアノの特徴。20世紀を代表するクラシックのピアニストのホロヴィッツや大指揮者トスカニーニがテイタムの演奏を聴きに訪れたことは有名な話。このアルバムを聴けば、その逸話も納得する。

このアルバムには、「目標となるジャズ・ピアノの技術」が満載。何度聴いても飽きない。それほどまでに、この即興演奏の中に、ジャズとして目標になるテクニックが散りばめられている。

 
 

震災から4年2ヶ月。決して忘れない。まだ4年2ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

Never_giveup_4

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「@v_matsuwa」で検索して下さい。
 

2015年5月17日 (日曜日)

ロバート・プラントのソロ盤

1970年代、ロック・キッズ時代の僕のお気に入りバンドの一つが「Led Zeppelin」(以下、Zepと略す)。このバンドの突出した個性は大のお気に入りで、ハードロックやヘビーメタルというジャンルに括られていたが、どうして、Zepの音楽性は、ハードロックでも無ければ、ヘビーメタルでも無い。彼らの個性は敢えて呼ぶなら「Zep」である。

それほど「Led Zeppelin」の個性は突出したもので、後のバンドにフォローを許さなかった。それもそのはずで、まず、急逝したジョン・ボーナムのドラミングが唯一無二で、他の追従を許さないものだったし、ジミー・ペイジのギター・リフについても唯一無二で、フォロー出来そうで出来ない、とても個性的なものだった。

ロバート・プラントのボーカルの個性もかなり突出していて、Zepの為に生まれ出でたボーカルといっても過言では無い。そして、余り話題にならないのが遺憾なのだが、ジョン・ポール・ジョーンズ(ジョンジー)のベースラインも、他のロックバンドでは聴かれないかなり個性的なものだ。

実は、最近、相当久し振りに、Robert Plantの『Pictures at Eleven』(写真左)を聴いた。1982年6月にリリースされた、Zepのボーカリスト、ロバート・プラントのZep解散後の初のソロアルバムである。

ギターもベースもドラムもZepとは全く関係の無いメンバーで構成されている。よって、バックの音は、Zepの雰囲気を引き摺っているとは言え、全く「似て非なるもの」である。でも、かなりZepの個性を意識しているのは、このアルバムを聴いていて良く判る。
 

Pictures_at_eleven

 
ロバート・プラントのボーカルはZepの時代と全く変わらない。とにかく素晴らしい才能を持った唯一無二なロック・ボーカリストの一人だったことを再認識できる。そして、Zepのワールド・ミュージック的なアプローチ、エスニックな響きやアイリッシュな響きやケルト的な響きなどは、ロバート・プラントの趣向だったことが良く判る。

しかし、なあ。実に中途半端な感じは否めない。もっと自らの趣向を推し進めれば良いのだが、どうしてもZepの音をイメージしてしまう。そんな中途半端な、迷いのような思いがこのアルバムに蔓延している。

それもまあ仕方の無いことか、とも思う。Zepでやっていたことが一番やりたかったことであり、一番やりたかったことを実現してくれるバンドがZepであり、Zepのメンバーだったのだから仕方が無いか。そんなZepから一旦離れなければならない、ってことが、この時期のプラントにとっては、実に難しいことだったのだろう。

でも、プラントのボーカルは、どこから聴いてもプラント独特のボーカルであり、そのボーカルは、1970年代、我々がZepで聴き馴れたプラントのボーカルそのものである。

仕方ないよな、それだけZepは偉大なバンドであったということだし、ペイジ・プラント・ジョンジー・ボンゾの4人の個性でないと成立しないバンドだった、ということである。でも、今の耳で聴くと、そんなに悪い内容のアルバムでは無いと思う。

 
 

震災から4年2ヶ月。決して忘れない。まだ4年2ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

Never_giveup_4

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「@v_matsuwa」で検索して下さい。
 

2015年5月16日 (土曜日)

日本男子もここまで弾く・7

本田竹曠は、1970年代から1990年代にかけて活躍した日本人ピアニストである。僕が、この本田竹曠というピアニストに出会ったのは、フュージョンの時代、ネイティブ・サンという、日本のフュージョン・グループを通じてである。彼はネイティブ・サンのキーボード奏者だった。

そんなバリバリ・フュージョンのキーボード奏者が、実は思いっきり純ジャズなピアニストだったとうことを知った時、本当に驚いた。フュージョン・ジャズのキーボードと純ジャズのキーボードの弾き方は全く異なるので、純ジャズのキーボード奏者はフュージョンのキーボード奏者になり得ないと思っていた。

しかし、純ジャズの本田竹曠はスタイルが一貫していない。1960年代の終わり、デビュー盤であった『本田竹曠の魅力(Minton Blues)』では、こってこてのファンキーでブルージーなピアノだった。ゴスペルチックな和音の重ね方、フレーズの展開など、日本人が弾いているが故、あっさりとしたファンクネスが、実に品の良い響きだった。

しかし、この後、フリーに寄ったピアノに変貌し、あれれれっと思ったら、1970年代中盤には、マッコイ・タイナーの様な、スピリチュアルで叩きつける様な明確なタッチで、ガンガン、シーツ・オブ・サウンドで弾きまくる、硬派なメインストリームなスタイルに変貌していた。 
 

Salaam_salaam

 
そのマッコイ・タイナーの様な、ピアノを叩くような力強いタッチ、美しいハーモニー、かっこいいアドリブ・フレーズを記録したアルバムが、本田竹曠『Salaam Salaam』(写真左)。1974年6月15日の録音。イースト・ウインド・シリーズの中でも一番古い録音。ちなみにパーソネルは、Takehiro Honda (p), Juni Booth (b), Eric Gravatt (ds)。ベースとドラムは今となっては無名のジャズメンである。

「サラーム サラーム」というのは、スワヒリ語で「平和、平和」という意味。思わず、コルトレーンを想起する。そんなアルバムの中、冒頭の「 Minors Only」から、和製マッコイ・タイナー炸裂。これだけ圧倒的な演奏力で、モードジャズを展開した日本人ジャズメンはそうそうはいない。

収録曲は3曲。いずれの曲も思いっきりマッコイが入っていて、演奏内容も端正で破綻無く、疾走感溢れる展開に思わず感じ入ってしまいます。マッコイのスタイルをフォローしているんですが、マッコイのコピーに終始していないところに、本田竹曠の矜持を感じます。

良いアルバムです。録音もよく、1970年代の日本人ジャズ・ピアニストの好演を記録したアルバムとして、お勧めの一枚です。

 
 

震災から4年2ヶ月。決して忘れない。まだ4年2ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

Never_giveup_4

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「@v_matsuwa」で検索して下さい。
 

2015年5月14日 (木曜日)

基準となるジャズ・ピアノの技術

先日、10日(日)のブログで、「ジャズ・ピアノのスタイルの基本」と題して、Bud Powell『Jazz Giant』をご紹介した。様々なジャズ・ピアノを聴き進めていって、基本に戻りたくなる時、この『Jazz Giant』を必ず聴く。

そして、もう一枚のバド・パウエルは、ジャズ・ピアノのテクニックの基準。ジャズ・ピアノのテクニックはいかばかりか、との問いにはこのアルバムをもって応える。Bud Powell『The Genius Of Bud Powell』(写真左)。

パウエルのキャリアの初期(1950〜1951年)に行なわれた2回のセッションを1枚にまとめたものではあるが、その構成は以下の通り。

1)tracks 1-4 = July 1, 1950, New York
  パーソネルは、Bud Powell (p), Ray Brown (b), Buddy Rich (ds)
2)tracks 5-12 = February 1951, New York
  パーソネルは、Bud Powell (p) solo

1)については、LPの収録曲にはあるまじきこと、「Tea for Two」の3連発。同じ曲の異なるテイクが3連続で入っている。通常のアルバムではおおよそ考え難い。しかし、これがこのアルバムを聴けば納得する。

同一曲3連発であるが、それぞれの演奏での表現が異なる。同じ曲でも優れたテクニックにかかれば、違った表現が可能になるのだ。しかし、その優れたテクニックのレベルは、選ばれた者だけが手にする「途方も無いテクニック」である。その「途方も無いテクニック」が広くて深い歌心を伴い、具体的な音となって、このアルバムに詰まっている。
 

The_genius_of_bud

 
4曲目の「Hallelujah!」のテクニックは常識を超えている。譜面に書かれた曲を何度も何度も練習して、本番に臨んでいるのでは無い。テーマだけがあって、アドリブ・フレーズの展開は全くの「一発勝負」。頭の中に閃いたフレーズを指に伝えて、鍵盤を叩く。ジャズは即興の音楽。その言葉を思い出す。

バックのベースのレイ・ブラウン、ドラムのバディ・リッチともに、この鬼気迫るバドのアドリブについていくのが精一杯。青息吐息で、バドのアドリブ・フレーズに追従する。

5曲目以降は、もはやベースとドラムは必要がない。バド・パウエルのソロ・ピアノ8連発である。これも当時、通常のアルバムではおおよそ考え難い。ジャズでは、当時、まだまだ市民権を得ていない「ソロ・ピアノ」である。それでも、これがこのアルバムを聴けば納得する。

バド・パウエルのテクニックを愛でるには、ベースとドラムは必要無い。バドのピアノがあれば良い。いや〜、胸の空くような、青空の中、太陽の光を浴びながら飛翔する様なアドリブ・フレーズ。どこまでも高く高く飛ぶような驚愕のテクニック。あまりにフレーズが速すぎて、指がもつれそうな雰囲気になるが、バドは絶対にそうはならない。

このアルバムは、ジャズ・ピアノのテクニックの基準である。ジャズ・ピアノにおける「優れたテクニック」とは何か。このアルバムを聴けばたちどころにそれが理解出来る。このアルバムに詰まっているテクニックは凄い。思わず笑いがこみ上げて来るハイ・テクニック、そして併せ持つ「歌心」。これだから、ジャズを聴くのは止められない。

 
 

震災から4年2ヶ月。決して忘れない。まだ4年2ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

Never_giveup_4

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「@v_matsuwa」で検索して下さい。
 

2015年5月13日 (水曜日)

日本ジャズの黎明期の志士たち

守安祥太郎の伝記『そして、風が走りぬけて行った』(植田沙加栄著)を読んだことがある。ジャズに対する思い入れと憧れが、今の時代と桁違いなレベルだったことが良く判る。ジャズという新しい、最先端の音楽に対する探究心と執着心。守安祥太郎というピアニストは、それが桁違いなレベルだった。

その時代のセッションを記録した音源がある。『幻のモカンボ・セッション’54(The Historic MOCAMBO Session'54)』(写真左)としてリイシュー・リリースされた。1998年8月のことであった。CD3枚組。1990年のリリース折にはCD2枚組だった。1998年はCD3枚組。1954年、横浜モカンボでの伝説的なセッション。

ちなみに、セッションに参加したパーソネルを列挙すると、守安祥太郎 (p), 渡辺明 (as), 渡辺貞夫 (as), 五十嵐明要 (as), 海老原啓一郎 (as), 山屋清 (as), 宮沢昭 (ts), 鈴木寿夫 (b), 滝本達郎 (b), 秋吉敏子 (b), 清水閨 (ds), 五十嵐武要 (ds), ハンプトン・ホーズ (p)。日本ジャズの黎明期の「志士」たちである。

冒頭の「I want to be happy」を聴けば、その時点での日本ジャズのレベルが掴み取れる。まず、宮沢昭のテナーに感心する。これって、もう米国西海岸に比肩するレベルではないか。そして、圧巻は守安のピアノ。長いアドリブ・フレーズに、一貫したブレの無い疾走感、バラツキの無い強靭なタッチ、弛むことのない展開。これが当時の日本ジャズのピアニストのレベルなのか。思わず、身を乗り出して聴き込んでしまう。
 

The_historic_mocambo_54

 
米国東海岸の優れたビ・バップの演奏について、テープレコーダーのない時代にレコードから正確に採譜したそうである。その成果が、このセッションに直結している。採譜をし、理論的にビ・バップを理解し、その上で、自らのプレイに臨んでいる。優れたプレイがてんこ盛りなのも合点が行く。凄まじい程の探求心、そして向上心。

手本がソニー・スティットとバド・パウエルのものだと言われている。が、このCDに記録されているセッションには、既に、日本人の日本人による日本人の為のジャズの個性が十二分に提示されている。

疾走感をそこはかとなく押さえつつ、高速フレーズの中で、独特の間を活かしたアドリブ・フレーズが新鮮だ。オフビートをそこはかとなく押さえつつ、適度に乾いたファンクネスは、日本人ジャズ独特のものである。

1954年のテープ録音である。音は良くない。しかし、聴き取ることの出来るレベルであり、このCDに収録されているセッションの内容の素晴らしさを感じれば、音の良し悪しは気にならないレベルである。まあ、しかし、ジャズ者初心者の方々にはちょっとしんどいかも。ジャズを十分に聴き馴れた、ジャズ者中堅の方々にお勧めである。一度は聴いて欲しい。

守安祥太郎というジャズピアニストがいた。大正13年に生まれ、戦後の日本のジャズを牽引したが、31歳で不慮の死を遂げた。しかし、その遺産は、穐吉敏子、渡辺貞夫を筆頭にしっかりと継承された。その「遺産」の記録である。

 
 

震災から4年2ヶ月。決して忘れない。まだ4年2ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

Never_giveup_4

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「@v_matsuwa」で検索して下さい。
 

2015年5月12日 (火曜日)

チェンバーズのハードバップ良盤

ハードバップ時代、リーダー作を録音する際、演奏者の誰もが共演を望んだベーシストと言えば、ポール・チェンバースである。とにかく、ハードバップの名盤と呼ばれるアルバムというアルバムには必ずと言っていいほど、ベーシストの欄に名を連ねている。

しかも、かのマイルス・ディヴィスのレギュラーバンドのベーシストにも抜擢され、ハードバップ時代のベーシストといえば「ポール・チェンバース」 という図式が出来上がっているほど、凄いベーシストなのだ。

リーダーとしてのプロデュース力に優れるのだろう、このチェンバースのリーダー作についても優れた盤が多い。例えば、Paul Chambers『Go!』(写真左)なんか、その代表例の一枚。1959年2月の録音になる。ちなみにパーソネルは、Julian 'Cannonball' Adderley (as), Paul Chambers (b), Philly Joe Jones, Jimmy Cobb (ds), Wynton Kelly (p), Freddie Hubbard (tp)。

ハードバップ時代真っ只中のアルバム。こいつは良い。こいつは凄い。ハードバップを堪能したいのなら、このアルバムは外せない。目眩く、絵に描いたようなハードバップの世界 が繰り広げられるのだ。

パーソネルを見渡せば、ベースのチェンバースをはじめとして、アルトサックスがキャノンボール、 トランペットがハバード、ピアノがケリー、ドラムがフィリー・ジョー、と全く申し分ない。そして、絵に描いたようなハードバップな演奏を支え、鼓舞する様に、ポール・ チェンバースのウォーキング・ベースが炸裂する。ブンブン唸るようなウォーキング・ベースが堪能できる。

如何に、チェンバースのベースが非凡であったかは、それぞれの曲毎に、その曲想と雰囲気次第で、彼のウォーキングベースは表情をテンポを奏法を様々に変化させることからも良く判る。
 

Paul_chambers_go

 
しかも、 それが全く違和感なく、その演奏にとけ込み、ソロイストを際だたせるのだ。これはもう理屈の世界ではなく、天性のモノだと僕は思う。とにかく、チェンバースのベースは、演奏の中で際立つのだが、とても心地良いのだ。

ハードバップ全盛期に、チェンバースがサイドメンとして引っ張りだこだったということについて、このアルバムを聴けば納得。他のメンバーも気心知れてリラックスした雰囲気の中、馴れ合いにならずに適度なテンションを張りながら、それぞれの演奏をテクニックを披露していく。

とりわけ、ドラムのフィリー・ジョーが素晴らしい。やや荒々しいかなと思われる演奏の中に、豊かなテクニックに裏付けされた、繊細さを垣間見させるような柔軟なドラミングと堅実なリズムキープ、そして、ダイナミックな怒濤の様なドラムロール。彼の代表的名演のひとつと言っても良いのではないか。アルトのキャノンボールも、力強く「唄って」おり、ファンキーなフレーズの連発が聴いていて楽しい。

惜しむらくは、この盤の録音がちょっと、というところ。あまりにエコーをかけすぎていて、ダイナミックで切れ味の良いハードバップな演奏が緩く冗長に聴こえてしまうのだ。これは残念。もう少し、エコーを控えめにすれば、この盤、ハードバップ時代の絶対的名盤の一枚として君臨していたのではないか。

それでも、このアルバム・ジャケットを見れば、実に雰囲気があって、良きハードバップの時代を感じさせてくれる。録音はエコー過多だが、演奏は一流。良いアルバムです。

 
 

震災から4年2ヶ月。決して忘れない。まだ4年2ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

Never_giveup_4

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「@v_matsuwa」で検索して下さい。
 

2015年5月11日 (月曜日)

「正装」のエリック・ドルフィー

いつも感心することなんだが、ブルーノートというレーベルは素晴らしい。1950年代から1960年代にかけて、これはというジャズメンについて、必ず1枚はリーダー作をリリースしている。

しかも、総帥のアルフレッド・ライオンは、駆け出しの時代のジャズメンの演奏を自らの耳で演奏を聴き、しっかりとその才能に着目して、リーダー作のレコーディングを勧めているのだ。

このアプローチに感じ入ることが無いジャズメンなんていない。皆、感じ入って、才能のある若手が気合いを入れて、レコーデディングに赴くのだ。しかも、ブルーノートはリハーサルにまでギャラを払う。しかも、満足いくまでリハーサルをすることができる。その内容は悪かろう筈が無い。

エリック・ドルフィーについても、唯一枚、ブルーノートにリーダー作を残している。これがまだ素晴らしい内容なのだ。そのアルバムとは、Eric Dolphy『Out to Lunch!』(写真左)。1964年2月の録音。ちなみにパーソネルは、Eric Dolphy (b-cl, fl, as), Freddie Hubbard (tp), Bobby Hutcherson (vib), Richard Davis (b), Tony Williams (ds)。皆、当時、尖ったジャズメンばかりである。

このブルーノートのエリック・ドルフィーが実に良いのだ。さすがにブルーノートでのリーダー作である。リハーサルを十分に積んだことが容易に想像できる、非常に整った内容である。まず、素晴らしいのがサイドメンの面々。ドルフィーの個性的なフレーズの展開をリハーサル中にしっかりと読んで、本番で、ドルフィーに追従し、ドルフィーに比肩する自由度の高いアドリブ・フレーズを連発する。

とりわけ、ハッチャーソンのヴァイブが素晴らしい。ハッチャーソンのヴァイブは意外とアバンギャルドである。ドルフィーの個性的な展開の癖を良く読んで、ドルフィーのフレーズに追従するヴァイブを展開する。打楽器に近い旋律楽器が特徴である、ヴァイヴの面目躍如である。運指がベースの楽器には無い、意外な音飛びにハッとする。
 

Out_to_lunch

 
ベースのリチャード・デイヴィスも、ドルフィーのブクブク・フレーズに追従するような、おどろおどろしいベースが実に良い。ドルフィーの個性を良く掴んだベース・ラインにワクワクする。

トニー・ウィリアムスのドラムは言うまでも無い。ドルフィーの個性的なフレーズに絶対に合う。このトニーのドラミングが凄い。ドルフィーの個性を十分に読み取って、ドルフィーのフレーズに呼応するようなドラミングを繰り広げる。これって凄い。

惜しいのは、ハバードのトランペット。素晴らしいテクニックの持ち主なので、ドルフィーの個性を読み取って、どんなフレーズを展開するかと思いきや、意外と普通のフレーズを展開していて平凡。ドルフィーのフレーズをこんな感じかなあ、って適当に見切って、吹きやすいフレーズをパラパラって感じで、どうにも感心できない。

ドルフィーは絶好調。さすがブルーノートでの録音である。良い意味で、端正な佇まいのドルフィーのフレーズが聴ける。各収録曲にドルフィーの個性的なフレーズが散りばめられており、ドルフィーの個性のショーケースの様なアルバムに仕上がっていて立派だ。ドルフィーの個性が整った形で聴き込める、アーティスティックな好盤である。

このブルーノートの『Out to Lunch!』は正装のドルフィーが聴ける。しかも、このアルバムのジャケットが秀逸。ドルフィーの音世界の特徴を良く捉えた、秀逸なジャケット・デザインである。ジャケットから内容まで、実に良く出来た「ブルーノートのドルフィー」である。

 
 

震災から4年2ヶ月。決して忘れない。まだ4年2ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

Never_giveup_4

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「@v_matsuwa」で検索して下さい。
 

2015年5月10日 (日曜日)

ジャズ・ピアノのスタイルの基本

昔、クラシック・ピアノを8年間習っていたこともあって、ジャズにおいても一番好きな楽器はピアノである。自分でもある程度のレベルまで弾き込んでいたのと、最後の1年間、ジャズ・ピアノの基礎を教えて貰っていたことがベースになって、ピアノのプレイの良し悪しや難易度などは、他の楽器よりは体感できる。

ジャズ・ピアノにも、様々なスタイルがあるのだが、「これが決定打」というスタイルは無い。モダン・ジャズ・ピアノの基本は、やはりバド・パウエルのスタイルだろう。ジャズ・ピアノのスタイルに限定すれば、パウエルのスタイルが基本にあって、その対極として、ビル・エバンスのスタイルがあると感じている。そして、そのどちらのスタイルも甲乙付けがたい。

様々なジャズ・ピアノを聴き進めていくと、必ず、基本に戻りたくなる時がある。そんな時はやはり、バド・パウエルだ。バド・パウエルに戻る時に聴くアルバムは、Bud Powell『Jazz Giant』(写真左)。

1949年2月の録音と1950年2月の録音の2セッションを併せたアルバム。ちなみにパーソネルは、Bud Powell (p) をリーダーとして、1949年2月の録音は、Ray Brown (b), Max Roach (ds)、1950年2月の録音では、Curley Russell (b), Max Roach (ds) が参加している。
 

Jazz_giant3

 
冒頭の「Tempus Fugue-it」を聴けば、このバド・パウエルのピアノのスタイルが良く判る。余計な装飾が全く無い、スピード感溢れるストレートなアドリブ・フレーズ。どうやって弾いているんや、と思わず唸りたくなる、聴くだけでは判らない高度なテクニック。甘さを排除したストイックなアレンジ。ジャズ・ピアノがアーティステックなレベルまでに昇華された素晴らしい演奏である。

この「Tempus Fugue-it」で提示されるバド・パウエルのピアノ・スタイルは、2曲目の「Celia」以降もしっかりと踏襲される。3曲目の「Cherokee」の弾き回しは、ジャズ・ピアノとしての一つの指針となるものだろう。4曲目の「I'll keep Loving You」については、ジャズ・ピアノとしてのバラード演奏としてのひとつの好例として聴かれるべきもの。

こうやって、この『Jazz Giant』を聴き直して見ると、やはり、ジャズ・ピアノとしての基本がギッシリ詰まった好盤ということが言える。つまりは、何時になっても、21世紀の今になっても、この『Jazz Giant』は、ジャズ・ピアノのスタイルの基本として、避けては通れない、必ず定期的に再確認されるべきアルバムである。

今回もまたまたバド・パウエルに戻っている。『Jazz Giant』を聴きながら、ジャズ・ピアノのスタイルの基本を確認している。この基本を確認することによって、最近の新しいジャズ・ピアニストのスタイルも十分に理解することができるのだ。

 
 

震災から4年1ヶ月。決して忘れない。まだ4年1ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

Never_giveup_4

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「@v_matsuwa」で検索して下さい。
 

2015年5月 9日 (土曜日)

公民権運動に呼応したアルバム

最近、ナチス・ドイツのユダヤ人排斥の歴史にダイレクトに触れる機会があって、その時、併せて、米国の黒人差別の問題についても考えさせられた。

ジャズはこの黒人差別の問題にダイレクトに関係した時代があり、米国での「公民権運動」に呼応して、黒人問題に言及したアルバムを曲を世に問うた。1960年代全般にかけて、もう少し具体的に書くと、キング牧師の「公民権運動」に併せて盛り上がり、キング牧師の暗殺以降、それぞれが身の危険を感じて衰退した。

そんなジャズメンの中で、急進派として、「公民権運動」に呼応した、様々な黒人差別への反対運動を繰り広げたのが、レジェンドとなった伝説のドラマー、マックス・ローチ(Max Roach)。彼は黒人差別への反対運動の一環で、黒人問題に言及したアルバムをリリースしている。

そんなアルバムの中でいの一番に紹介したいのが、Max Roach『Max Roach's Freedom Now Suite - We Insist!』(写真左)である。1960年8月の録音。ちなみにパーソネルは、Booker Little (tp) Julian Priester (tb) Walter Benton (ts) Coleman Hawkins (ts) James Schenck (b) Max Roach (ds) Abbey Lincoln (vo)。パーソネル的には新旧入り乱れてのメンバー構成である。

まずは改めてマックス・ローチの経歴をご紹介すると、1924年米国ノースカロライナ州に生まれる。1943年 にコールマン・ホーキンスのグループで活躍。以降、ビ・バップ時代より、チャーリー・パーカー、バド・パウエル、クリフォード・ブラウンなどと活動した。
 

We_insist

 
1950年代半ばになると、チャーリー・パーカーやクリフォード・ブラウンなどの相棒が次々と他界。ドラッグやアルコールに溺れるようになるが、最初の妻アビー・リンカーンさんの手助けを得て復活。 1960年代、フリー・ジャズの流れの中で、黒人問題を軸にしたアルバムなどを発表した。

この黒人問題を軸にしたアルバムの中で、当時の嫁はんだったアビー・リンカーンと発表した名盤が『We IInsiist!』である。当時、米国での「公民権運動」を勇気付けた傑作。「シット・イン」を 模したアルバム・ジャケットは迫力がある。

僕は学生時代、このアルバムを初めて聴いた時は「おったまげた」。なんという迫力、なんという主張。これが鑑賞用音楽かといえば、正直、疑問を感じるが、これはこれで、当時、ジャズの使命であり、ジャズの果たすべき役割であった。

このアルバム、演奏内容はテクニック溢れる素晴らしい演奏なのですが、悲鳴のようなアビー・リンカーンのボーカルとか、フリー・ジャズ的要素が強く、音楽による思想の具現化として、アフロニズムを強調した作品や抽象的な作品が多いことから、ジャズ初心者の方には、ちと辛いかと。聴くときには心して聴いてくださいね(笑)。

加えて、ステレオにて大音量で聴く時もご注意を。昨今の物騒な世の中、アビー・リンカーンの悲鳴の様な叫びの部分、大音量だと、近所から警察に通報されてパトカーが飛んでくるかもしれません(笑)。

 
 

震災から4年1ヶ月。決して忘れない。まだ4年1ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

Never_giveup_4

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「@v_matsuwa」で検索して下さい。
 

保存

保存

2015年5月 8日 (金曜日)

ドルフィーの初リーダー作です

ジャズ・ミュージシャンの命は「個性」というが、この人ほど、その言葉を実感出来るミュージシャンはいない。そのミュージシャンとは、エリック・ドルフィー(Eric Dolphy)。

エリック・ドルフィーはアルト・サックス奏者。この人の吹くフレーズは、一聴すればすぐに「これは変だ」と感じるはずだ。この「これは変だ」は、ジャズ者初心者の方々のみならず、音楽を趣味で聴く人ならば感じるはず。それだけ、このドルフィーの吹くアルトは「並外れた」個性の塊である。

彼の吹き綴るフレーズは「でたらめ」では無い。どこか調子外れで、変に音程を上げ下げしたり、変なドロドロした旋律をなぞったり、クラシック音楽の耳で聴くと、これは「でたらめ」に聴こえても不思議では無い。
 
しかし、ちゃんと法則や決め事があって、その法則や決め事に従って、調子を外したり、音程を上げ下げしたり、ドロドロとして旋律を展開しているのだ。

伝統的な技法をきちんと押さえつつ、どこまで自由にアドリブ・フレーズを展開出来るのか。ドルフィーは、その一点にかけていたジャズメンである。
 
そういう点を抑えると、エリック・ドルフィーはフリー・ジャズの範疇に入るジャズメンでは無い。あくまで、伝統的なジャズを基本にした「個性」である。

そんなドルフィーを実感できるアルバムは、やはり初リーダー作に遡るのが基本かと思う。ドルフィーの初リーダー作は、Eric Dolphy『Outward Bound』(写真左)。このアルバムを聴けば、いかにドルフィーの個性が、他の追従を許さない、途方も無く尖った個性であることが良く判る。
 

Outward_bound

 
1960年4月1日の録音。ちなみにパーソネルは、Eric Dolphy (fl, b-cl, as), Freddie Hubbard (tp), Jaki Byard (p), George Tucker (b), Roy Haynes (ds)。なるほど、ドルフィーの尖った個性にしっかりと追従出来る、ハイ・テクニックの持ち主で、新しい感覚のアドリブが展開出来る、当時の若手から中堅のジャズメンを厳選している。そういうところも、ドルフィーらしいところである。

冒頭の「G.W.」を聴けば、ドルフィーの吹くフレーズが、いかに個性的なのかが良く判る。しかし、その個性がとりわけ実感できるのが、ジャズ・スタンダード曲を素材にした演奏だろう。
 
例えば、2曲目の「On Green Dolphin Street」などがその好例。もともと、半音を効果的に配した、ちょっとエキゾチックな雰囲気が特徴のこのスタンダード曲が、ドルフィーの手にかかると、更にその曲の個性が増幅され、ドルフィーの個性が浮かび上がる。素材曲の個性と演奏家の個性との相乗効果である。

5曲目の「Glad To Be Unhappy」と、6曲目の「Miss Toni」などのスタンダード曲でも、ドルフィーの個性は突出する。他のアルト・サックス奏者が吹くスタンダードとドルフィーが吹くスタンダード、解釈も違えば、吹き上げるフレーズも全く異なる。というか、ドルフィーの「個性」だけが如何に突出しているものであるかが良く理解出来る。

このアルバムがリリースされた当時、この突出した個性が如何に突出していたものであったかは、このアルバムのジャケット・デザインを見れば良く判る。このジャケット・デザインは秀逸である。ドルフィーの他の追従を許さない、途方も無く尖った個性のイメージを上手く表現している。

 
 

震災から4年1ヶ月。決して忘れない。まだ4年1ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

Never_giveup_4

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「@v_matsuwa」で検索して下さい。
 

2015年5月 7日 (木曜日)

ハードバップ初期の好盤2枚です

ジャズのスタイルには様々なバリエーションがあって、全く飽きることが無い。それでも結局、自由に吹きまくるフリー・ジャズや、電気楽器がメインで8ビートが主流なフュージョン・ジャズなどを聴きまくって、ちょっと疲れて、そして、耳休めに戻ってくるのが、ハードバップ。

ハードバップはジャズのスタイルの基本であり、様々なスタイルのベースになるものである。乱暴な言い方をすると、ハードバップ以前のスタイル、聴き易さ、聴いて楽しむスイングと、テクニックを追求し技術を極めるビ・バップの、それぞれの良いところをとって融合させたようなスタイルである。聴いて楽しみ、テクニックを楽しむ。ジャズの基本のスタイルがハードバップである。

ハードバップは、1940年代中盤から1950年代初頭にかけて、爆発的に流行した「ビ・バップ」というスタイルをベースに、音楽として聴いて楽しめる様に、そして、併せて、様々な演奏テクニックやアレンジも楽しめる様に、演奏手順や演奏時間、アレンジを全面的に見直したスタイルである。よって、演奏時間も「ビ・バップ」に比べて、1.5〜2倍になっている。

このハードバップの演奏スタイルや方法論が確立されたのが、1950年代前半とされているが、例えば、この2枚のアルバムを聴けば、そのハードバップの特徴である、音楽として聴いて楽しむことが出来る、そして、様々な演奏テクニックやアレンジを楽しむ事ができる、の2点について、とても良く判る。

その2枚のアルバムとは、J,J,Johnson『The Eminent Jay Jay Johnson Vol.1&2』(写真)である。ブルーノートの1505番と1506番。録音日は1953年6月22日、1954年9月24日、1955年6月6日の3セッションに分かれる。ちなみにパーソネルは以下の通り。

このパーソネルを眺めてみて判ることは、ハードバップは誰か特定の演奏家が考案し、提唱し、広めたものでは無いということ。ビ・バップの延長線上で、様々な先進的なビ・バップの演奏家達が、前述のハードバップの特徴である、音楽として聴いて楽しむことが出来る、そして、様々な演奏テクニックやアレンジを楽しむ事ができる、の2点を追求し、実現していた、ということが良く判る。
 

The_eminent_jay_jay_johnson_vol12

 
・1953年6月22日のセッションのパーソネルは、Clifford Brown (tp) J.J. Johnson (tb) Jimmy Heath (ts,bs) John Lewis (p) Percy Heath (b) Kenny Clarke (ds)。
・1954年9月24日のセッションのパーソネルは、J.J. Johnson (tb) Wynton Kelly (p) Charles Mingus (b) Kenny Clarke (ds) "Sabu" Martinez (congas)
・1955年6月6日のセッションのパーソネルは、J.J. Johnson (tb) Hank Mobley (ts) Horace Silver (p) Paul Chambers (b) Kenny Clarke (ds)

 
それぞれの収録された演奏の内容を確認してみても、楽器の吹き回しのイメージは、まだ、ビ・バップの影響を引き摺ってはいるものの、演奏全体の構成、雰囲気、展開については、ビ・バップ時代のそれぞれと比較して、明らかに異なる、明らかに新たに考案された演奏スタイルであるということが良く判る。

アドリブの展開についても、演奏時間が長くなり、様々なテクニックを織り交ぜることが出来る様になった。アレンジについても、演奏時間が長くなったこともあり、聴き応えのあるバラード演奏が採用されている。テーマ部のアンサンブルにも工夫が施され、上手くアレンジされたユニゾン&ハーモニーが聴いて取れる。

ハードバップとは如何なるスタイルか、と問われた時、僕はこの2枚のアルバムを聴いて貰う。ビ・バップ時代のチャーリー・パーカーの演奏とこのアルバムでの様々な演奏とを比較すると、たちどころに「ハードバップとは何か」を理解することができるのではないだろうか。

このアルバム2枚は、ハードバップ初期の好盤。パーソネルも申し分無く、皆、適度な緊張感を持ちつつも、楽しげにハードバップな演奏を繰り広げています。良いアルバムです。さすがはブルーノート・レーベル。良いアルバムを残してくれています。

 
 

震災から4年1ヶ月。決して忘れない。まだ4年1ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

Never_giveup_4

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「@v_matsuwa」で検索して下さい。
 

« 2015年4月 | トップページ | 2015年6月 »

リンク

  • まだまだロックキッズ(バーチャル音楽喫茶『松和』別館)
    この「松和・別館」では、懐かしの「1970年代のロック」盤の感想や思い出を率直に語ります。これまでの、ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログの中で不定期に掲載した、70年代ロックの記事を修正加筆して集約していきます。
  • 松和の「青春のかけら達」(バーチャル音楽喫茶『松和』別館)
    この「松和・別館」では、懐かしの「1970年代のJポップ」、いわゆるニューミュージック・フォーク盤の感想や思い出を率直に語ります。これまでの、ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログの中で不定期に掲載した、70年代Jポップの記事を修正加筆して集約していきます。           
  • AORの風に吹かれて(バーチャル音楽喫茶『松和』別館)
    AORとは、Adult-Oriented Rockの略語。一言でいうと「大人向けのロック」。ロックがポップスやジャズ、ファンクなどさまざまな音楽と融合し、大人の鑑賞にも堪えうるクオリティの高いロックがAOR。これまでの、ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログの中で不定期に掲載した、AORの記事を修正加筆して集約していきます。  
2021年4月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

カテゴリー