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2015年4月の記事

2015年4月29日 (水曜日)

6日までブログはお休みします

皆さん、おはようございます。バーチャル音楽喫茶『松和』のマスターです。実は、昨日から「リフレッシュ休暇」に入っています。

従来から、毎年、GWを活用して「リフレッシュ休暇」を取ってきましたが、特に2年半前、危うく落命しそうになり、手術にて一命を取り留めて以来、長期間の休みを利用して「行きたいところに行こう」という気持ちが強くなりました。

ということで、今年も、命あるうち、身体が動くうち、体調の安定しているうち、今年も「行きたいところに行こう」ということで、暫く当ブログをお休みします。暫くといっても、今日から5月6日(水)までの8日間のお休みです。

ちょっと遠いところに行って来ます。基本的に世界的に有名なものは何にも無い国々ですからね〜。何があるんでしょう。ほんと、何があるんやろ〜。

それでは、皆様、5月7日(木)の夜に、再び、お会いしましょう。

 

Matsuwa_oyasumi

 
 

震災から4年1ヶ月。決して忘れない。まだ4年1ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2015年4月28日 (火曜日)

真のポール・マニアの「踏み絵」

僕が「ジョンはええなあ」と呟くと、部室の彼方から「ポールもええよ」。僕が「いやいやジョンやろ」と呟くと「ポールはええよ」。僕が「ジョンがええんや」と呟くと「ポールがええよ」。それでいて「ビートルズのメンバーの中で誰のファンや」と問うと「リンゴのファンや」と言い切る、筋金入りの「ポール・マニア」の映研女子がいた。

どうして、そのとある映研女子が筋金入りの「ポール・マニア」なのか。それは、このアルバムが出た時の、彼女のこのアルバム評がそれを証明している。そのアルバムとは、Paul McCartney & Wings『Wings at Speed of Sound』(写真)。

この『Wings at Speed of Sound』、英国でのリリースが1976年3月。日本では1ヶ月遅れくらいのリリースだったかなあ。当時、僕は高校3年生。高校の部活は2年生の文化祭後に引退するはずなんだが、引退し損なって、まだ部室に出入りしていた。あろうことか、高校2年生の秋の「とある出来事」の反動で、親友とフォーク・デュオを組んで、音楽活動まっしぐら(笑)。部室の一角を借りて、練習に勤しんでいた。

そして、1976年5月中旬の事だったと思う。これがまた不思議なことに、もう引退して久しい、かの映研女子がやってきた。これまたポールのアルバムを抱えてである。なぜやってきたのか、これが全く判らない。が、こちらの存在に気が付くと、『Wings at Speed of Sound』を袋から出して、ドンと置く。

おお『Wings at Speed of Sound』やないか。いや〜実際に見ると、余計にダサイなあ、このジャケット・デザイン。こんなジャケットでリリースOKとしたポールの美的感覚を疑うなあ〜、なんてことをボ〜ッと考えていた。ら、「聴いてんの」と怒られた(笑)。

どんな熱弁を振るっていたのかは判らない。ただ、このPaul McCartney & Wings『Wings at Speed of Sound』は素晴らしい内容やということを熱く語っているらしい。もとより、僕はあまりポールには興味は無い。確かに『Venus And Mars』は素晴らしい内容だ。『Band on the Run』も良い感じ。でも、それはそれ、これはこれ。当時、僕はサザン・ロックと米国西海岸ロックに傾倒していた。

しかし、当方の反応とは関係無しに、この『Wings at Speed of Sound』を放ってよこしながら「これええなあと思わんかったら耳おかしい」。つまり「聴け」ということらしい。ということで、即、その夜、聴いた。カセットにダビングしながら、3回繰り返して聴いた。
 

Wings_speed_of_sound

 
で、その感想が「なんじゃ、このアルバムは」。ポール以外のメンバーにも全員それぞれボーカル曲が用意されており、収録曲の半数を占めている。つまり、ワンマンとか独善的とか揶揄されていたポールが、メンバー全員に平等にボーカルを取らせることによって、その悪しき印象を緩和させようと考えた、もしくは、バンド・メンバーの求心力を高めようとした、と思われる。

が、どう聴いても、アルバム全体を通して、トータル・アルバムとして良いとは思えない。俺が曲を用意したよ、みんな平等にボーカルを取って仲良くやろう、と言いながらも、ポール自身がボーカルを取る曲の出来が突出して良い。

特に「Let'em In(幸せのノック)」と「Silly Love Songs(心のラヴ・ソング)」の出来が突出して良い。というか、このアルバムの中で、この2曲しか、印象に残らないのは僕だけか。

みんな平等にボーカルをとったら、アルバム全体の印象はバラバラ。「Wino Junko」と「Time to Hide」はポールの作では無く、これがまたアルバム全体の雰囲気から思いっきり浮いている。なんだか、バンドとしての個性を強調しようとしたら、ポールの才能だけが突出してしまった、という、なんだか「トホホ」な結果になってしまっている、と感じるのは僕だけかなあ。

この『Wings at Speed of Sound』を聴いて、「これええなあと思わんかったら耳おかしい」と言い切るのが、真のポール・マニアなんだろう。僕にはどうしても「これええなあ」とは思えなかった。どころか、Paul McCartney & Wingsも終わりやな、早々に解散するんとちゃうか、とまで思った。これは、当時、かの映研女子には言えなかった。言ったら絶対に怒られる(笑)。

確かに、真のポール・マニアの間では、この『Wings at Speed of Sound』の評価は上々みたい。恐らく、このアルバムは、ポール・マニアにとって「踏み絵」の様なアルバムなのだろう。このアルバムを聴いて「これええなあ」と思えば、真のポール・マニア、「なんじゃこれ」と思ったら、真のポール・マニアでは無い。

でも、「Let'em In(幸せのノック)」と「Silly Love Songs(心のラヴ・ソング)」は今でも凄いなあ、と感心するポールの傑作だと思っています。こんな鉄板の2曲があるのに、なんでトータル・アルバムとして上手くまとまらないのか、これまた「ポールの不思議」である。

 
 

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2015年4月27日 (月曜日)

「ポールやで、当然やろ」の傑作

今を去ること40年ほど前、僕は高校2年生。とある映研女子から部室にて「とにかく聴け」と部長席に叩き付けられた、Paul McCartney & Wings『Band on the Run』(写真)。聴かずばなるまい。

まず、このアルバム、ジャケットがお洒落である。ポール、リンダ、デニーに加えて6名の有名人が囚人服を着て脱獄しようとしているところを刑務所のサーチライトで照らされたという設定。ふふっ、映画「大脱走」を彷彿とさせる。と眺めていると、おぉ、ジェームズ・コバーンがいるではないか(笑)。ポールのディスコグラフィーを眺めると、ジャケット・デザインの優れた盤に駄作は無い。特にこの『Band on the Run』は秀逸である。

かの映研女子に「ジャケットがええなあ」と言ったら「中身、シッカリ聴いたんか」と怒られた。どうも、ポールのファンは、ジャケット・デザインは二の次みたいだ。確かに、ポールのソロ盤のジャケット・デザインは平凡なものが多い。でも、この『Band on the Run』のジャケット・デザインは秀逸だと思うんだが。

さて、僕はそれまでポールのシングル盤はエアチェックでしっかりと押さえていた。特にこの盤のタイトル曲「Band on the Run」と2曲目の「Jet」は、シングル盤で大ヒットした曲なので、その優秀性は良く理解している。つまりは、この『Band on the Run』は、3曲目の以降の楽曲の出来がどうなのか、というところがポイントになる。

3曲目「Bluebird」はしっとりして良いのだが、4曲目の「Mrs Vandebilt」はどうもねえ。聴いたら判るのだが、これって何だろう。ポップスなのか、少なくともロックでは無い。この調子外れの楽曲がどうにもいけない。

かの映研女子に「この曲、なんか変とちゃうか」と言うと、「何を言うんや、これがええんや」と反論する。ポールのファンはこの楽曲が許せるどころか、ポールらしくて良いという。そうかなあ。この曲、絶対に変だと思うんだが。
 

Band_on_the_run

 
5曲目のロックンロールっぽい「Let Me Roll It」で持ち直すんだが、6曲目の「Mamunia」以降は、以前のポールの趣味性が前面に押し出されて、地味な展開になっていく。「Band on the Run」と「Jet」の大ヒットによって、自信を回復した様に見えたポールだが、まだまだ疑心暗鬼の気持ちが漂っているんだろう。

かの映研女子に、この『Band on the Run』はB面がイマイチやなあ、と言うと、チッと聞こえない位の軽い舌打ちをしながら「判ってへんなあ、このB面がええんやん」と言うんやが、そうなんかなあ。

それでも、『McCartney』から、Wingsの『Red Rose Speedway』までのソロ盤と比べて、この『Band on the Run』はトータル・アルバムとして、内容がよくまとまっていて、出来は一番。次作『Venus And Mars』には劣るものの、アルバムの出来は『Venus And Mars』に次いで良い。ということを、かの映研女子に報告したら「ポールやで、当然やろ」。

この「ポールやで、当然やろ」という評は意味深ではある。確かにポールの才能からすれば、この『Band on the Run』レベルのアルバムをバンバンとリリースしても不思議では無いのに、これがまあ、ポールはソロになって、トータル・アルバムとして、なかなか後世に残る傑作アルバムと言うものが出ない。僕はこの「ポールの不思議」を理解するのに20年かかった。

そうそう、この『Band on the Run』には、英国盤と米国盤がある。収録曲がちょっと違う。7曲目の「No Words」までは一緒なんだが、米国盤は全体で1曲多くて、8曲目の「愛しのヘレン」が挿入されて全10曲。

英国盤は「愛しのヘレン」が無くて、8曲目「Picasso's Last Words」そして、ラスト9曲目の「Nineteen Hundred and Eighty Five」で終わり。聴き通してみると、明らかに米国盤は「愛しのヘレン」が浮いている。僕は英国盤が良い。

 
 

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2015年4月26日 (日曜日)

「判ればええんや」の最高傑作

高校時代、僕は「アンチ・ビートルズ」だった。高校一年の夏、映研の合宿で、当時、最先端のプログレッシブ・ロックとハード・ロックの洗礼を浴びて以来、最早、過去のロック・グループを聴く事も無い、と確信を持ったこともある。

しかし、一番の理由は、ビートルズのアルバムは、ロック小僧が好きになった女の子と「お近づき」になる、一番手っ取り早いツールだったことにある。ロックが市民権を得て、高校生の間でもちょくちょく聴かれるようになった時代である。お気に入りの女の子が、ちょっとでもロックに興味があるとすると、持ち出すのが「ビートルズ」。

音楽が好きな女の子であれば、さすがに「ビートルズ」は知っている。ロック小僧が好きになる女の子は、基本的に音楽が好きな子である。よって、「お近づき」になるために、ロック小僧は決まって「ビートルズ」のアルバムをネタにアプローチすることになる。ロック小僧ばかりでは無い。普通の洒落た男子も「ビートルズ」なのだ。これにはどうにも腹が立つ。

とにかく、ロックと言えば、普通の高校生は「ビートルズ」。ビートルズを知っていたら「いかした格好良い男子」的に見られていた訳だから、どうにも気に入らない。ピンク・フロイドやEL&P、キング・クリムゾン、レッド・ツェッペリンを聴いている男子は「ちょっと危ない子」としてマークされていた。

ちなみに、中学時代から深夜放送に親しんで来たこともあって、ロックのシングルの世界には結構通じていたし、テレコのお陰で、エアチェック中心に、ビートルズやアフター・ビートルスのアルバムにも、ある程度、精通していた。それでも、前述のような背景もあって、高校1年生の頃、ビートルズの諸作、アフター・ビートルズの諸々のソロ盤は一切聴かなかった。

そこで、1975年の初夏(6月後半だったと記憶している)、映研でのポール談義に遡る。当時の僕のポール評は「シングル盤レベルについては、希有のメロディー・メーカーではあるが、アルバム単位になると、曲単位でバラツキが出る」。しかし、ここで、とある映研女子が大反論。あれこれ議論した挙げ句、このアルバムを放ってよこされた。Paul McCartney & Wings『Venus And Mars』(写真左)である。
 

Venus_and_mars

 
つまり「このアルバムを聴いてから言え」ということである。で、即、その夜、聴いた。カセットにダビングしながら、3回繰り返して聴いた。う〜ん、このアルバムは実に良い。ポールのアルバムとしては、当時、最新作。1975年5月にリリースされたばかり。聴いたことが無かった訳である。

この『Venus And Mars』については、あらゆるメディアで様々な人々、様々な切り口で語られており、ここではアルバム評の詳細は割愛する。一言で言うと、収録された全ての曲について「出来が良い」。どの曲についても、ポールの才能が満ちあふれている。僕は、この『Venus And Mars』がポールのアルバムの中で、一番、アルバムとしてまとまっていて、優れた内容のトータルアルバムだと思っている。

いやいや、この新作アルバムは凄いな〜、と感じ入りながら、翌日、映研の部室で、とある映研女子にその感動を告げると、一言「判ればええんや」と言い放って、『Venus And Mars』を大事そうに抱えながら去って行った。「判ればええんや」って、何がええんやろう、と思いながら、その後ろ姿を見送ったことを昨日のことの様に覚えている。

それからである。僕の高校一年からの信念「ビートルズの諸作、アフター・ビートルズの諸々のソロ盤は一切聴かない」、を曲げなければならなくなったのは。『Venus And Mars』談義の翌週、今度は『Band on the Run』を持ってきて、「これは聴いたことがあるのか」と問われ、聴いたことが無いというと、「とにかく聴け」とアルバムを部長席に叩き付けて、これまた颯爽と部室を後にした。

僕の「アンチ・ビートルズ」の信念は、『Venus And Mars』のお陰で一瞬のうちに崩壊した。それほど、この『Venus And Mars』のトータル・アルバムとしての出来は良い。ポールの最高傑作であろう。ヒプノシスのジャケットもお洒落で最高である。

 
 

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2015年4月25日 (土曜日)

ピアノ・トリオの代表的名盤・45

まず、ジャケットが良い。高速道路の標識のようなデザイン。そこに、トリオ名とアルバム・タイトルがあしらわれている。一言で言うと「格好良い」。スッキリ格好良いジャケットに惚れ惚れする。ジャズにおいて、ジャケットが優れているアルバムに駄盤は無い。

このアルバムは、The Great Jazz Trio『Milestones』(写真左)。1970年代後半、一世を風靡したピアノ・トリオ、グレート・ジャズ・トリオのスタジオ録音盤。1978年4月5日の録音。パーソネルは、当然、Hank Jones (p), Ron Carter (b), Tony Williams (ds)の3人。

収録曲は以下の通り。有名なジャズ・スタンダード曲から、ミュージシャンズ・チューンの玄人好みの曲から、ボサノバの名曲まで、耳当たりの良い曲がズラリと並ぶ。うるさ型のジャズ者ベテランの型からすれば、この収録曲を見ただけで、通り一遍のどこにでもあるような、ジャズ・スタンダードをピラピラ弾き回すピアノ・トリオの企画盤を想起して、この盤はパスするだろうな。

1. Milestones
2. Lush Life
3. Wave
4. Eighty-One
5. I Remember Clifford
6. Hormone
7. Mr. Biko

 

Gjt_miletones  

 
しかし、このグレード・ジャズ・トリオは、そんな通り一遍な、どこにもであるようなトリオ演奏はしない。冒頭の「Milestones」を聴けば、それが良く判る。有名なコード・イントロのテンションからして、普通のトリオ演奏とは違う。トニーのドラミングのテンションが半端では無い。そこに、ハンクのピアノのコード・イントロが被さる。ハンクのタッチのテンションも半端では無い。

アドリブ部の展開になると、これがまた、創造力豊かな展開に思わず「唸る」。ピアノのタッチは典雅、ドラミングはテンション高く、ベースはガッチリとアドリブ展開の底を支える。このトリオ演奏は「Milestones」の演奏の最高のもののひとつだろう。5分18秒があっと言う間に過ぎ去る。 

甘くなりそうな、ボサノバ名曲の「Wave」も凛としていて聴き応え十分。ウェットでベタベタな「I Remember Clifford」も、ピアノ・トリオで、こういうアレンジでやれば、静謐感と繊細感が増して、良い意味でセンシティブな展開に思わず「おおっ」と身を乗り出す。

良いピアノ・トリオ盤です。いままで、唯一、1回だけ見たことがありますが、優秀なピアノ・トリオ盤の紹介に、この盤の名前が挙がることは殆どありません。有名なジャズ・スタンダード曲から、ミュージシャンズ・チューンの玄人好みの曲から、ボサノバの名曲まで、耳当たりの良い曲で占められているからでしょうか。

でも、それは「聴かず嫌い」としか言いようがありません。やはり、ジャズは自分の耳で聴いて、自分の感性で判断することが大切ですね。

 
 

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2015年4月24日 (金曜日)

『Memorial Album』は外せない

Eric Dorphy & Booker Littleの歴史的なクインテットが、ファイブスポットで残した記録としては『At the Five Spot』のVol.1とVol.2が有名ですが、もう一枚、このアルバムもなかなかの内容です。

そのアルバムとは、Eric Dorphy『Memorial Album : Recorded Live At The Five Spot』(写真左)。伝説的なファイブ・スポットのライブ盤の三作目。Vol.3 というタイトルでは無いところが面白い。このライブ盤がリリースされたのは、主役のドルフィーが亡くなった後だったので、この『Memorial Album』というタイトル。

パーソネルは、当然、Vol.1 & Vol.2 と同じく、Eric Dolphy (fl, bc, as)、Booker Little (tp), Mal Waldron (p), Richard Davis (b), Eddie Blackwell(ds)というのがメンバーで、1961年7月16日、ニューヨークのライブスポット「Five Spot」の録音。ドルフィーとリトルは、相変わらず、アブストラクトでアバンギャルド。限りなくフリーに近い、自由度の高いブロウを繰り広げている。

そして、このアルバムで目立っているのが、エド・ブラックウェル(Eddie Blackwell)のドラム。バッシャンバッシャンと浮いたような、腰の高いドラミングが、アブストラクトでアバンギャルドなドルフィーとリトルを煽りまくる。珍しく、長編のドラム・ソロも良い感じだ。
 

Eric_dolphy_memorial_album

 
収録曲は、LP時代のA面、収録時間16分30秒の「Number Eight」と、LP時代のB面、収録時間14分39秒の「Booker's Waltz」の長編2曲。
 
どちらも甲乙付けがたい内容。スリル満点の疾走感。どこへどう展開するか判らない、限りなくフリーで自由度の高いアドリブ・フレーズ。この自由度の高い演奏は何度聴いても良い。

『At the Five Spot』のVol.1とVol.2と、加えて『Memorial Album』で、この1961年7月16日のニューヨークのライブスポット「Five Spot」のEric Dorphy & Booker Littleの歴史的なクインテットを堪能できる。Vol.1だけでは物足りない。Vol.2を加えても物足らない。

この『Memorial Album』と併せて、やっとこのEric Dorphy & Booker Littleの歴史的なクインテットの全貌、クインテットの創造力・構築力・自由度を確認することが出来る。う〜ん、やっぱりこの3枚があって、Eric Dorphy & Booker Littleの歴史的なクインテットがある。長年、愛聴の3枚です。

 
 

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2015年4月23日 (木曜日)

音楽喫茶『松和』の昼下がり・22

ジャズ盤の衝動買い。良くあることで、最近はネットのショップ、ダウンロードサイトなどを徘徊していて、あっこれは、と思って、内容やパーソネルを確認して、思わず「ポチッ」としてしまう。特に危ないのは、LP時代、結構、聴き込んだアルバムが、知らない間にリイシューされている場合。これは、かなりの確率でいきなり「ポチッ」としてしまう。

このアルバムもそんな一枚。大森明『Back to the Wood』(写真左)。1986年10月の録音。ちなみにパーソネルは、大森 明(as), Ray Bryant (p), 鈴木良雄 (b), 大塚義之 (ds)。当時、大森明は知らなかったが、ベースの鈴木良雄は知っていて、しかも、大のお気に入りピアニスト、レイ・ブライアントが参加しているのだ。これはもう絶対に触手が伸びる。オリジナル・リリース当時、1987年2月に思わず衝動買い。

LP時代、長く時々聴いていて、コレクションがCD中心になって以降、実は暫く忘れていた。で、ダウンロードサイトを徘徊していて「ん?」。お懐かしやお懐かしや。思わず、「ポチッとな」である(笑)。

大森明のサックスは本格派。しかも個性的。どっかで聴いた、誰かに似ている、と一瞬思うんだが、ズッと聴き続けていると、これが大森明オリジナルなサックスであることが理解出来る。オーソドックスなアルトで、しっかりと地に足付いた堅実なブロウ。聴いていて安定感抜群。破綻せず、ミストーンも無く、メインストリームな響きが耳にグッとくる。
 

Back_to_the_wood

 
レイ・ブライアントのピアノは「言わずもがな」。一言「良いです」。歌伴のブライアントの面目躍如。大森明のアルトを歌い手に見立てて、ブライアントは歌伴よろしくピアノで絶妙のバッキングを展開する。一言「上手いです」。大森明のアルト、鈴木良雄のベース、大塚義之のドラム、いわゆる日本人チームの演奏に触発されて、ブライアントが気合いの入った、独特なファンキー・フレーズを連発します。良いですね。

そして、鈴木良雄のベースと大塚義之のドラムも隅に置けない、味わい深いリズム&ビートを淡々と供給する。この日本人の二人が供給するリズム&ビートが、このアルバムの音の雰囲気の決め手になっているようで、日本人独特のファンクネスが希薄な、乾いたオフビートがこのアルバム演奏全体を覆っている。

そんな中で、レイ・ブライアントもマイナーで滴り落ちるような濃いファンクネスは封印。他の日本人3人に併せて、乾いたファンクネスのブライアントのピアノは珍しい。ブライアント・ファンには是非ともお勧め。

良いアルバムです。ジャケットもお洒落。ジャズらしく無い、と言われる諸兄もいらっしゃいますが、僕はこのジャケット、1980年代、バブル期の雰囲気があって好きです。1980年代の日本人ジャズ盤として、本格的なメインストリーム・ジャズの好盤です。

 
 

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2015年4月22日 (水曜日)

Vol.1よりアバンギャルド度が高い

当時、このドルフィー=リトルの演奏は、ちょっと前衛的が過ぎる、と思われていたんだろう。このライブ盤を聴いて思う。昨日、ご紹介した前作より、かなりアグレッシブでプログレッシブな内容に感じ入る。

そのライブ盤とは、Eric Dolphy『At The Five Spot, Vol. 2』(写真左)。録音日はVol.1と同様、1961年7月16日。ニューヨークのライブスポット「ファイブ・スポット」でのライブ録音。ちなみにパーソネルも同様。Eric Dolphy (b-cl, fl), Booker Little (tp), Mal Waldron (p), Richard Davis (b), Ed Blackwell (ds)。

このVol.2でのドルフィーは、バスクラとフルートのみで吹きまくっている。アバンギャルド度では圧倒的にVol.1を上回る。そして、バスクラの演奏の可能性という点では、恐らく、このドルフィーのバスクラ演奏が最高水準であろうと思われる。それほどまで、ドルフィーはバスクラという楽器を理解している。

フルートについては、アブストラクトでエモーショナルなフルートという範疇で、このドルフィーのフルートは最高水準を誇る。バンバンにアバンギャルドに吹きまくっているにも拘わらず、音は割れず、音は破綻せずに、流麗にアドリブ・フレーズを聴かせてくれる。素晴らしいテクニック。捻れまくる運指。

そして、このライブ盤でのブッカー・リトルが、これまた良い。この盤でのリトルを聴くと、限りなくフリーに近い、自由度の高いブロウを繰り広げてはいるが、マイルスのモードをベースとした自由度の高いブロウとは一線を画していることが良く判る。あくまで、リトルの自由度は、ドルフィーの様にトランペットを吹く、という、ドルフィーをベースとした自由度の高いブロウなのだ。
 

At_the_five_spot_vol2

 
このVol.2でのリトルは素晴らしい。Vol.1では、当然ではあるが、リーダーのドルフィーが目立ちに目立っている。が、Vol.2になると、ドルフィーのバスクラ、フルートと同程度に、リトルのトランペットが目立っている。リトルのトランペットを愛でる上で、申し分の無いライブ盤である。

パルシブなウォルドロンのピアノも、ユニークな自由度を誇る。他のピアノには絶対に無い自由度の高い弾き回し。ウォルドロンのピアノも、やはり、ドルフィーの様にピアノを弾く、という、ドルフィーをベースとした自由度の高い弾き回しなのだ。

ライブ演奏の雰囲気は、限りなくフリーに近い、自由度の高い演奏ではあるが、演奏のベースは「純ジャズなバップ」。フリージャズトは解釈、アプローチ共に全く異なる。この雰囲気は、モーダルなアコ・マイルス、限りなくフリーだが伝統的な香りのするオーネット・コールマンの雰囲気に近い。

良いライブ盤です。ジャケットもVol.1とのシリーズ感が溢れていてグッド。収録曲は「Aggression」と「Like Someone in Love」の長尺物の2曲のみですが、長時間のライブ演奏にも拘わらず、全く飽きません。

但し、このアルバム、内容的には、限りなくフリーに近い、自由度の高いジャズがてんこ盛りなので、決して初心者向きではありません。取り扱い注意なライブ盤です。

 
 

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2015年4月21日 (火曜日)

ドルフィー=リトルが素晴らしい

ジャズはやはりライブが一番楽しいだろう。生演奏のハイレベルなジャズは、何時聴いても良いし、ズッと聴いていても飽きない。ただ、日本ではなかなか適当な場所にあるライブ・スポットが少ないので、ジャズの生演奏に触れる機会はそう多くは無い。

ライブスポットの生演奏が叶わないのであれば、次はライブ音源をアルバムにしたライブ盤だろう。ジャズのライブ盤は楽しいものが多い。何故かジャズのライブ盤については、録音の優秀なものが多い。恐らく、録音技術者たちにとって、ジャズの録音にはファイトが湧くんだろう。それだけジャズのライブ録音は技術と経験が必要なのだ。

そんなジャズのライブ盤の中で、特に好きなライブ盤が、 Eric Dolphy『At The Five Spot Vol.1』(写真左)。1961年7月11日、ニューヨークの有名ライブスポット「ファイブ・スポット」でのライブ録音。ちなみにパーソネルは、Eric Dolphy (as, b-cl, fl), Booker Little (tp), Mal Waldron (p), Richard Davis (b), Ed Blackwell (ds)。

このライブ盤には、限りなくフリーに近い、自由度の高いジャズの成功例が詰まっている。マイルスは、モードという調性を前提に、限りなくフリーに近い、自由度の高いジャズを創り上げた。伝統のジャズを踏襲しつつ、アートとして時代の音楽の最先端にまで昇華したジャズ。

この『At The Five Spot Vol.1』でのドルフィー達は、この調性を超えて、ある一定の決め事の下で、自由に吹きまくり、限りなくフリーに近い、自由度の高いジャズを展開しつつ、伝統のジャズの枠組みを維持するという、相当に高テクニックでクールなジャズを現出している。
 

Eric_dolphy_at_five_spot

 
今の耳で聴くと、マイルスのモードを活用した、限りなくフリーに近い、自由度の高いジャズと、オーネット・コールマンの一定の決め事の中で、自由に吹きまくるフリージャズを足して2で割った様な、限りなくフリーに近い、自由度の高いジャズ。自由度は高く、フレーズは異次元の運指だが、伝統のジャズの枠組みからは外れないという、実にクールなジャズ演奏である。

とにかく、ドルフィーが凄い。異質と言っても良い。どうやって思いつくのか判らない、思いっきり捻れた、グネグネなアドリブ・フレーズ。これをアルトで吹きまくるのだから爽快。バスクラのおどろおどろしい雰囲気の低音の響きと自由度の高い節回しも、すっごく印象的。この伝統のジャズの枠組みを保持しつつのフリーなブロウはドルフィーにしか吹けない。

そして、この宇宙人的なフレーズを連発するドルフィーに相対するブッカー・リトルのトランペットも秀逸。ドルフィーの思いっきり捻れた、グネグネなアドリブ・フレーズに対抗するように吹きまくる、意外と端正なリトルのトランペット。この適度に崩れつながらの端正さがドルフィーとの相性抜群。早逝が惜しまれる。

バックのリズム・セクション、マルのピアノ、デイヴィスのベース、エドのドラムも凄い。ドルフィーとリトルに煽られて(逆じゃ無いのか)、どんどん捻れて、限りなくフリーに近い、自由度の高いリズム・セクションに変貌していく。面白いのは、パルシブなピアノのマルが、捻れながらメロディアスに、限りなくフリーに近い、自由の高いフレーズを連発してところ。

この『At The Five Spot Vol.1』の持つライブ感・臨場感は素晴らしいものがある。ジャズ者には必須のアイテム。但し、このアルバム、内容的には、限りなくフリーに近い、自由度の高いジャズがてんこ盛りなので、決して初心者向きでは無い。初心者に勧めて良いとは思えないのに、初心者向けジャズ盤紹介本でよく取り上げられるのが不思議である。

 
 

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2015年4月20日 (月曜日)

このアルバムに理屈は要らない

こういうアルバムがポロッと出てくるから、ジャズというものは面白い。しかも、日本のジャズシーンからのリリースである。日本のジャズシーンが世界レベル、という事実は、21世紀になった今でも続いているのは喜ばしいことだ。

そのアルバムとは、The Two Sounds Super Quartet『Midnight Blues』(写真左)。2015年1月のリリース。関西で活動する安原滋良、阪本正明による双頭ギター・カルテットのデビュー盤である。2ギターのカルテットとは実に珍しい編成である。ちなみにパーソネルは、安原滋良、阪本正明 (g), 三橋香津史 (b), 田中ヒロシ (ds)。

このアルバムに理屈は要らない。スッと入って、スッと聴いて、スッと感じれば良い。冒頭の「Midnight Blues」を聴けば良く判る。二本のギターのユニゾン&ハーモニー。むっちゃジャジーで、むっちゃファンキー、そして「クール」。思わず、おおっと感じて、前のめりになる。

このアルバムは、全編に渡って、ジャズ・ギターのサウンドを心ゆくまで堪能できるアルバムです。これだけ、聴いていて楽しく、聴いていてジャズをバリバリに感じるジャズ・ギター盤はありそうで、なかなか無い。
 

Midnight_blues

 
二本のギター、という編成が決め手である。ギターという楽器は、フレーズを弾き進める時は、弦1本での弾き回しになるので、どうしても音が細くなる。強く弾けば太い音にもなるのだが、強く弾くと、繊細なニュアンスは望めず、疾走感溢れる速弾きが出来なくなる。といっても、普通の1本のギターではやはり線が細くなる。

で、二本のギターである。聴いて「なるほど」と思った。二本のギターでのユニゾン&ハーモニーを弾き分けることになるので、ギターの音色、テクニックのレベル、弾き癖、リズム感、それぞれの切り口での、二本のギターの「相性」が実に重要な決め手となるが、このThe Two Sounds Super Quartetでは、その「相性」というハードルを十分にクリアしている。

録音も良い。スタジオの空間の響きが素直に伝わってきて、スタジオの拡がり、響き、奥ゆきが感じられる良好な録音。二本のギターという珍しいシチュエーションでのジャズ録音という難度の高い状況を十分にクリアしているのは立派だと思う。

良いアルバムです。理屈抜きでジャズ・ギターの演奏が楽しめる好盤です。まだまだ、ネットで紹介されることが少ないアルバムですが、我がバーチャル音楽喫茶『松和』では、ジャズ者全ての皆さんにお勧めで、既にヘビロテ盤になっています。

 
 

震災から4年1ヶ月。決して忘れない。まだ4年1ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2015年4月19日 (日曜日)

山下洋輔トリオのお宝音源

日本ジャズはフリー・ジャズへの造詣が深い。時代的に、ジャズというものに芸術性、精神性を求めたこともあって、日本は早くからフリー・ジャズのムーブメントに反応した。

欧米では、バルトークやストラビンスキーなどの不協和音を採用した自由度の高いクラシックを下敷きにしながら、最低限のルールの下で自由に弾きまくる、吹きまくるというアプローチで、フリー・ジャズのムーブメントを推し進めた。

日本では、その欧米のアプローチを参考にしつつ、いにしえの頃から日本にあった、日本固有の音楽である「雅楽」がそうであるように、音の間を活かした、音のスペースを意識した、日本人独特のアプローチを加味して、日本独特のフリー・ジャズを展開した。

個人的には、ジャズ者初心者の早い頃から、日本のフリー・ジャズに触れている。もともと、ジャズを聴き始めたのが1978年。当時、日本のフリー・ジャズでは、山下洋輔トリオが絶大な人気を誇っていた。当然、FMなどで耳に触れることがある。山下洋輔トリオは、僕にとって、最初のフリー・ジャズ体験だった。

そんな山下洋輔トリオのお宝音源が発掘された。タイトルはシンプルに『山下洋輔トリオ』(写真左)。銀色の紙ケースに包まれて、ちょっとゴージャズな雰囲気。中身はと言えば、1973年8月、モウリスタジオで録音した音源。ちなみにパーソネルは、山下洋輔(p), 森山威男(ds), 坂田明(as, cla)。伝説のトリオである。

1973年オープン・テープでのみの発売された貴重な音源である。解説によれば、2チャンネルのオープン・テープとしてのみ発売された当時、定価18,000円であったとのこと。うへ〜、どういう販売形態と値段設定だったのか。1973年当時、定価18,000円はかなりの高額で、しかも、再生にオープン・リール・デッキが必要で、このオープン・リール・デッキがかなり高価な代物ときている。この音源を耳に出来たジャズ者はごく少数だったと推察する。
 

Yamashita_yosuke_trio

 
収録された曲は以下の3曲。どの曲も、当時の山下洋輔トリオの魅力をダイレクトに伝える名曲ばかりである。まあ、名曲とは言っても、フリー・ジャズの演奏曲なので、テーマ部だけに辛うじて、定型のフレーズが存在していて、それだけでタイトルを判別するのだから、曲のタイトルも曲の選別に活用するだけで、フリーな演奏に何か影響を与えるものでは無い。

1.ズーボ
2.ミナのセカンドテーマ
3.ミトコンドリア

1曲目は、山下洋輔のオリジナル曲で、このトリオのオープンでダイナミックな個性を、激しい演奏の中で提示した名演。これはテクニックが確かで無いと、これだけのフリーな演奏はまとまらない。凄まじいテンションとカオス。しかし、そこはかとなく流れる、日本的な音のスペースを意識した展開。

2曲目は実に粋なタイトルで、僕はこの曲のタイトルだけで、この曲が好きだ(笑)。映画「荒野のダッチワイフ」のために作られた山下洋輔のオリジナルで、当時、フリー・ジャズは前衛的な映画のサウンドトラックに度々採用されていた。フレシキビルなフリー・ジャズ。山下洋輔トリオの柔軟性が十分に感じられる。

3曲目は、タイトルから推察されるように坂田明のオリジナル曲。凄く尖ったフリー・インプロビゼーションがたまらない。坂田明のプレイが非常に高いレベルにあることを十分に認識させられる、素晴らしく「殺気だった」三人三様のフリーな演奏バトルである。

これは素晴らしい音源である。このCDでのリイシューには喝采を送りたい。山下洋輔トリオの絶頂期の演奏を捉えた上質な音源であり、これは現代の若きジャズ者の方々に、是非とも一度は耳にして聴き込んで頂きたい、日本人の日本人による日本人の為のフリー・ジャズである。この演奏を聴くにつけ、日本人として、当時の日本のフリー・ジャズに誇りを感じる。

 
 

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2015年4月18日 (土曜日)

日本男子もここまで弾く・6

このアルバムは、かなり早い時期に聴いている。ジャズ者初心者の頃、ジャズを聴き初めて3年目位に、このアルバムを入手している。そして、このアルバムを聴いて、日本人として、なんか少し誇りを感じた思い出がある。

もともと、このアルバムを入手するに至った同期は、日本人ピアニストがリーダーの純日本人構成のジャズ・トリオだということ、そして、収録曲の2曲目に、ビートルズの「Michelle」のカバーが入っていることだった。ジャズを聴き始めて、個人的に、まだまだ日本人として、ジャズ演奏というものに引け目を感じている頃である。

そのアルバムとは、佐藤允彦『PALLADIUM(パラジウム)』(写真)。「允彦」=「まさひこ」と読む。1969年3月の録音。ちなみにパーソネルは、佐藤允彦 (p), 荒川康男 (b), 富樫雅彦 (ds)。当時の日本人ジャズメンの最高どころが集結した、純日本人構成のジャズ・ピアノ・トリオである。

荒川康男のベースの素晴らしさは、それまでの和ジャズの諸作を通じて既に知っていた。富樫雅彦については、1970年1月、不慮の事故で脊髄を損傷し下半身不随になってからの演奏しか、当時は知らなかった。

不慮の事故の前の往年の富樫のフル・ドラムを聴いたのはこのアルバムが初めてであった。不慮の事故の後、再起した富樫のドラミングの凄さは、彼のリーダー作の何枚かを、あの大学の近くの「隠れ家のような優雅な喫茶店」で聴かせて貰って、十分に体験していた。しかし、実はこのアルバムを聴くまでは、僕は佐藤允彦のピアノを知らなかった。
 

Palladium

 
しかし、そんな日本人ジャズメンとして、素晴らしい成果を残していたベースの荒川、ドラムの富樫がバックに控えてのピアノ・トリオである。恐らくはこのアルバムは素晴らしい内容なんだろうと、容易に想像が付く。

冒頭の「Opening」での、現代音楽の様な、静謐で硬質でパーカッシブな音の響きを聴くだけで、このトリオ盤は「只者では無い」という事に気付く。この30秒弱の短い演奏だけで、このトリオのレベルの高さを感じることが出来る。この演奏の雰囲気は、ヨーロピアン・ジャズ。

続く「Michelle」のカバーが凄い。お馴染み、レノン=マッカートニーの名曲であるが、この甘い甘いエキゾチックな名曲を、現代音楽風の限りなくフリーに近い、モーダルなジャズでアレンジ、演奏し疾走する、このトリオ演奏は特筆に値する。日本人が演奏する、世界レベルの演奏。聴いていて、思わず身を乗り出し思わず集中する。

他の曲は全て佐藤允彦のオリジナル。これがまた良い。当時、佐藤27歳、富樫28歳、荒川29歳。若手から中堅どころになりつつある、演奏家としても充実した時代。それまで、日本では絶対的存在であった、アフロ・アメリカンが奏でるファンキーなジャズや才人の白人が奏でる理知的なジャズとは違う、日本人の知性と感性が創り上げたジャズがここにある。

素晴らしい内容のメインストリームなピアノ・トリオ盤。ジャズ者の皆さんに広くお勧め。アルバムのオリジナル・ジャケットには、木村道弘が描いたイラストを基に、多田進がデザインしたものが用いられた(写真左)。しかし、再発売時、魚の写真を使用したジャケットに差し替えられた時代もある(写真右)。

僕が入手した盤は、肴の写真ジャケットのもの。いまでも、『PALLADIUM(パラジウム)』と言えば、この肴のジャケットのイメージが強い。困ったもんだ(笑)。

 
 

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2015年4月17日 (金曜日)

マシューズは僕のお気に入り

ジャズというのは、テンション高く、硬派でクールなメインストリーム・ジャズばかりがジャズでは無い。耳当たりの良い、聴き心地満点のフュージョン・ジャズだって立派なジャズだ。

1970年代中盤から後半、フュージョン・ジャズの全盛時代。アレンジャー&プロデューサーについては、ボブ・ジェームスとデビッド・マシューズの二人が僕のお気に入り。ボブ・ジェームスは、ポップなフュージョン、デヴィッド・マシューズは、ジャジーなフュージョンが個性。

そんなデヴィッド・マシューズ・プレゼンスの企画盤が3枚。日本のエレクトリック・バード・レーベルからリリースされた『Delta Lady』『Grand Connection』『Grand Cross』の3枚は、僕はジャズ者初心者駆け出しの頃、メインストリーム・ジャズに聴き疲れた耳休めに、散々耳を傾けたフュージョン盤。

『Delta Lady』については、2015年3月16日のブログ(左をクリック)でご紹介している。そして、今日はDavid Matthews Orchestra『Grand Connection』(写真左)。1983年、日本でのリリース。日本での帯紹介は「デヴィッド・マシューズ・オーケストラ featuring グローヴァー・ワシントンJr. & アール・クルー」。
 

Grand_connection

 
フュージョン・アルトの雄、ワシントンJr.とフュージョン・アコギの雄、アール・クルーを前面に押し出した、デヴィッド・マシューズ・オーケストラがバックにシッカリ控えた、フュージョン・ジャズ・オーケストラな一枚である。

冒頭の「Begin The Beguine」のレゲエのアレンジが凄くお洒落な、フュージョン・ジャズ・オーケストラな演奏を聴くと、フッとリラックス出来て、レゲエの2拍子、ツービートなリズム&ビートが楽しく響く。緊張感溢れる、硬派でクールなメインストリーム・ジャズも良いが、聴いて疲れて、ふと、こんなフュージョン・ジャズに出会って、思わず寛いでしまう。これもまた、ジャズの楽しみのひとつでもあります。

全編に渡って、ワシントンJr.のアルトとアール・クルーのアコギが全編に渡って響き渡る。そして、そのアルトとアコギを際立たせるマシューズのアレンジ。聴けば直ぐ判る、独特の音の重ね方と独特の音の節回し、ポップな音の明るさを支える、ジャジーな響きが個性のバッキング。

とてもポップなフュージョン・ジャズ・オーケストラで、聴いていてとても楽しいアルバムです。聴き応え満点。僕はこのアルバムのマシューズのアレンジがとてもお気に入り。実は今でも、硬派でクールなメインストリーム・ジャズに聴き疲れた耳休めに、このアルバムは大活躍です。

 
 

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2015年4月16日 (木曜日)

ジャズ喫茶で流したい・62

長年、ジャズを聴いてきて、ジャズのアルバムの聴き方には大きく分けて2つあると思っている。突出して優れた奏者のパフォーマンスをピンポイントで追求する聴き方がひとつ。そして、奏者を限定せずに、アルバムの演奏全体の雰囲気を堪能する聴き方がひとつ。大きく分けて二つの聴き方がある。

日本では圧倒的に前者の聴き方が多い様に感じる。ジャズの演奏全体の雰囲気を語る前に、誰のペットが凄いの、彼のテナーが凄いの、演奏全体の雰囲気を愛でる前に、奏者のテクニックを中心に、そのアルバムを語る評論が実に多い。

まあ、そういう聴き方もひとつではある。しかし、その弊害は、同じ楽器奏者同士を比較し始めて、誰が一番凄いか、誰が一番優れているか、を中心に論じる傾向に陥るところにある。プロの奏者同士がそういう比較論を語るのはまだ良いとして、素人がプロの奏者のテクニックや個性を、主観的に評価して論じるのはいかがなものか、と思う。

つまりは、突出して優れた奏者のパフォーマンスをピンポイントで追求する聴き方は、どうしてもジャズに対する視野が狭くなるという弊害に気を付けなければならない、ということ。つまりは、突出して優れた奏者のパフォーマンスをピンポイントで追求する聴き方と併せて、アルバムの演奏全体の雰囲気を堪能する聴き方を織り交ぜる聴き方が、一番、バランスが取れて良いだろう。

ジャズには、そんなバランスを取れたアルバムの聴き方がズバリはまるアルバムが多くある。そんなアルバムの一枚がこれ。ブルーノートの1565番『Cliff Jordan』(写真左)。1957年6月の録音。ちなみにパーソネルは、Cliff Jordan (ts), Lee Morgan (tp), Curtis Fuller (tb), John Jenkins (as), Ray Bryant (p), Paul Chambers (b), Art Taylor (ds)。

ええ〜っと、奏者は全部で7人。セプテット構成である。フロントを張る楽器が、リーダーのクリフ・ジョーダンのテナー、リー・モーガンのトランペット、カーティス・フラーのトロンボーン、ジョン・ジェンキンスのアルトの4管構成。いやいや〜、4管構成のハードバップなんてなかなかありませんぜ。
 

Cliff_jordan_1565

 
リズム・セクションは、レイ・ブライアントのピアノ、ポール・チェンバースのベース、アート・テイラーのドラム、のお馴染み、ピアノ・トリオ構成のリズム・セクション。しかし、マニア的に言うと、ブルーノートにレイ・ブライアントが参加しているのが、とても珍しい。というか、さすがブルーノート、若き日のレイ・ブライアントを記録に残しているのだ。

さすがに7人編成である。突出して優れた奏者のパフォーマンスをピンポイントで追求することは出来ない。なぜなら、7人とも優れた奏者であるからだ。そんな7人がしっかりリハーサルを積み、7人全員、水準以上の優れた演奏を展開する。甲乙付けがたい。そうなれば、アルバムの演奏全体の雰囲気を堪能するに限る。そう、このアルバムは、アルバムの演奏全体の雰囲気を堪能できる好盤なのだ。

冒頭の「Not Guilty」からラストの「Ju-Ba」まで、収録されたどの曲もどの曲も、絵に描いた様なハードバップ。聴いていて、とにかく楽しく、とにかく魅力的なハードバップな演奏がぎっしり詰まっている。テクニックも素晴らしい。展開するフレーズの歌心も素晴らしい。

録音も良い。録音の響き、楽器のバランス、楽器の抜け具合、どれもがブルーノート・レーベル独特のもの。ルディ・バン・ゲルダーは謹製、アルフレッド・ライオンお墨付きのブルーノート・サウンドである。ほんと、このアルバムの音は、実にブルーノートらしい。

但し、ジャケット・デザインはブルノート・レーベルのアルバムらしからぬ、平凡なデザイン。これだけが残念。このジャケットの平凡さが、このアルバムを地味なものにしているのだろう。これだけ内容のあるアルバムにも拘わらず、ジャズ盤の紹介本などに、このブルーノートの1565番『Cliff Jordan』の名が挙がることは殆ど無い。

でも、内容的にはとっても良いアルバムです。ジャズ者初心者の方々にも、このアルバムはお勧め。ジャズ盤の紹介本などで全く目にすることの無いアルバムですが、買って手に入れて損は全く無い、実にブルーノートらしい好盤です。

 
 

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2015年4月15日 (水曜日)

音楽喫茶『松和』の昼下がり・21

春の音楽喫茶『松和』の昼下がりには、ジャズ・ギターの音色が良く似合う。徐々に気温が上がって暖かな雰囲気が濃厚に漂う昼下がりに、ジャズのホノボノとした、切れ味の良いギターの音が良く似合う。

もともと、ジャズ・ギターはちょっと変わったところから入った。生まれて初めて聴いたジャズ・ギター盤が、Pat Metheny『Water Colors』と、John Abercrombie『Timeless』だった。

オーソドックスなジャジーでファンキーなジャズ・ギターでは無く、ファンクネスが希薄な、フォーキーでネイチャーなジャズ・ギター、もしくは、ヨーロピアンな音が深くて印象的なジャズ・ギターから入った。

オーソドックスなジャジーでファンキーなジャズ・ギターが良いなあ〜、と強く感じたのが、ウエス・モンゴメリー。ウエスのお陰で、オーソドックスなジャズ・ギターも十分に楽しめる様になった。

それでも、やはり、こってこてファンキーなジャズ・ギターよりは、ファンクネスを程良く押さえて、クールでテクニカルな現代風のジャズ・ギターが良い。現時点での中堅どころの年齢のギターが良い。中堅どころって、ジャズで言うなら、40歳〜50歳代かなあ。

さて、そんなファンクネスを程良く押さえて、クールでテクニカルな現代風のジャズ・ギターのアルバムの中で、お気に入りの一枚がこれ。Kevin Eubanks『Live at Bradley's』(写真左)。1994年5月、ニューヨークのライブスポット、ブラッドレーでのライブ録音。ちなみにパーソネルは、Robert Hurst (b), Kevin Eubanks (g), James Williams (p)。

このライブ盤、ええんやな〜これが。とにかく、ギターのユーバンクスが良い。そして、ピアノのウイリアムスが良い。加えて、ハーストのベースが良い。よくよくパーソネルを見れば、ドラムレスのギター・トリオである。
 

Kevin_eubanks_bradleys

 
かねてから、僕はギターが主役のジャズ・アルバムは、ドラムレスが良いと思っている。ギターのフレーズは繊細である。ドラムの音で、その繊細な音色がかき消される気がしてならない。確かに、細かいニュアンスはドラムの音にかき消されることが多い。それを防止するには、ドラムを外すのが一番の近道。

ただし、ピアニストとベーシストの選択には気をつかう。ピアノについては、打楽器としての使い方でリズム&ビートの供給を上手くしてもらわないといけないし、ベーシストについては、ギターの低音ラインとかち合わずに、しっかりとインプロビゼーションの音の底を支えてもらわないと困る。

そういう点からすると、ウイリアムスのピアノとハーストのベースは申し分無い。このライブ盤を聴けば、それがたちどころに判る。冒頭の主役のユーバンクスが、がっちりとオーソドックスなジャズ・ギターをバリバリに弾きまくっている「Speak Low」を聴けば、ピアノとベース、それぞれとユーバンクスのギターの相性が抜群なのが良く判る。

すっごく良い雰囲気のジャズ・ギター。ドラムレスなのに、ギターとピアノとベースのリズム&ビートはバッチリ合っている。ドラムレスなので、ユーバンクスの正統派ジャズ・ギターの音色の全てをしっかりと聴き取ることが出来る。演奏の全体の雰囲気は良い意味でリラックスしていて適度なテンション。

ユーバンクスのギター・テクニックは最高の部類である。ウエスの時代よりも一歩進んだテクニックの良さ。ファンクネスを程良く押さえて、クールでテクニカルでモーダルなギターのアドリブ・フレーズを聴くと、やはり、ジャズ・ギターもまだまだ進化しているなあ、と実感する。

良いジャズ・ギターのライブ盤。ちょっとレベルが低めに設定されているところが玉に瑕ではありますが、気にするほどではありません。ブラッドレーの入り口の写真をあしらったジャケットも格好良い。現代ブルーノート・レーベルの好盤です。

 
 

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2015年4月14日 (火曜日)

ビッグバンド・ジャズは楽し・38

1960年代の中盤のジャズには、豪華な編成のポップでグルービーなアルバムが結構ある。ジャズが成熟して、優れたミュージシャンが多くいた、という環境もある。そして、ジャズにおいて、アレンジの技術が飛躍的に高まった、という背景もある。今から見ると、かなり贅沢なメンバーで、ゴージャスなジャズを多く録音している。

そんな豪華な編成のポップでジャジーなアルバムの一枚がこれ。Jimmy Smith & Wes Montgomery『Jimmy & Wes: The Dynamic Duo』(写真左)。1966年9月の録音。ちなみにパーソネルは、Jimmy Smith (org), Wes Montgomery (g), Grady Tate (ds), Ray Barretto (conga)。

オルガン、ギター、ドラムのトリオにコンガがオプション。 それだけだとオルガンとギターの小粋なコラボ、って感じなんだが、このトリオ+コンガのバックに、ジャズ・オーケストラが付くのだ。これって、ビッグバンド・ジャズではないのか。

タイトルを見ると、絶対にオルガンとギターの小粋なコラボと思うんだが、CDトレイに載せて1曲目の「Down by the Riverside」を聴くと、これってビッグバンド・ジャズやん(笑)。このビッグバンドのアレンジがなかなか良い。それもそのはず。当時、売り出し中のオリバー・ネルソン(Oliver Nelson)がアレンジと指揮を担当しているのだ。
 

Dinamic_duo

 
オリバー・ネルソンのアレンジって、ちょっと1960年代のレトロな響きがするのだが、このレトロな響きが味わい深い。1960年代にしかない、特に1960年代中盤から後半にしかない響きなのだ。音の重ね方、フレーズの展開の仕方、そして、ビッグバンドの録音の仕方。これらが1960年代独特の響きに貢献している。

そんな味わい深いビッグバンドをバックにつけて、ジミー・スミスがオルガンを弾きまくり、ウエス・モンゴメリーがギターを弾きまくる。そこに、グラディ・テイトのドラムが実に効いている。ジャズには珍しく、スネアやバスドラをバンバン叩く。これが重厚で、それでいて洒脱。決して、フロント楽器の邪魔にはならない。全くの職人芸的ドラム。

豪華な編成のポップでグルービーなアルバムだが、さすがにジミー・スミスのオルガンとウエス・モンゴメリーのギターである。実に濃厚なファンクネスが漂うところが、これまた魅力的。

腕をクロスさせてサンドウィッチをほおばる2人の写真のジャケットも良い味だしてます。ビッグバンド・ジャズとして十分に楽しめる「一粒で二度美味しい」優れもの盤です。実にジャズらしいジャズ盤ですね。

 
 

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2015年4月13日 (月曜日)

ギルモアの「泣きのギター」

昨日、キング・クリムゾンの話題が出たところで、今日もプログレッシブ・ロックの話題を続けようと思う。

誰がつけたか、三大プログレ・バンドという言葉がある。三大プログレ・バンドとは、ピンク・フロイド、イエス、キング・クリムゾン。1960年代後半に結成され、1970年代中頃までが人気のピーク。オリジナル・アルバムはリリースの都度、売れに売れた。

1970年代後半、斜陽のプログレと言われ、1980年代に入って、もうだめか、と思ったら、この3大バンドは活動を継続。21世紀に入るまでに、他のプログレ・バンドのほとんどが解散、活動停止に至ったが、この三大プログレ・バンドは、なんと、今に至ってもまだ活動している。

この三大プログレ・バンドは個性がハッキリしていて、とにかく演奏テクニックが相当に高度。かれこれ半世紀もの長い間、活動を継続しているが、マンネリに陥ることが無い。これは素晴らしいことだ。さすが、三大プログレ・バンドと呼ばれる所以である。

さて、その三大プログレ・バンドの中で、情緒的に雰囲気で聴かせるバンドがピンク・フロイド。このピンク・フロイドで、長年、ギタリストを務めているのが、David Gilmour(デヴィッド・ギルモア)。ブルース・ギターをベースとした「泣きのギター」が特徴。

ゆったりとした独特のチョーキング・フレーズで、情緒的に哀愁を漂わせつつ、浮遊感や空間の広さを感じさせる、一聴するだけでギルモアのギターと判る「泣きのギター」である。実は、このギルモアの「泣きのギター」がピンク・フロイドの音の個性を決定づけているのだ。
 

On_an_island

 
ピンク・フロイドの音の構成、音の作り方、音の考え方については、ベースのロジャー・ウォーターズが担っていたが、ピンク・フロイドの音の個性と色と展開を決定づけていたのは、ギルモアのギターとリック・ライトのキーボードである。特に、ギルモアの「泣きのギター」はピンク・フロイドの代名詞である。

そんなギルモアの「泣きのギター」を堪能出来るソロ・アルバムがある。David Gilmour『On an Island』(写真左)である。2006年3月のリリース。このアルバムでのギルモアのギターは、往年のピンク・フロイドでの「泣きのギター」そのものである。ギルモアの個人名義では無く、ピンク・フロイド名義でリリースしても全く違和感の無い音の作りとなっている。

どの曲を聴いても、ギルモアの泣きのギターが映える。ピンク・フロイドのアルバムを聴いている様な錯覚に陥ることもしばしば。このソロアルバムをリリースした当時の、ギルモア自身の「ピンク・フロイドとしての活動に興味がない」なんて発言もあるが、なんだか、皆の大好きなフロイドの音を決めているのは俺さ、と無言の主張をしている様なギルモアの「泣きのギター」なのである。

確かに、フロイドの音を決定づけているのはギルモアのギターだ、ということを強烈に再認識する。1970年代のピンク・フロイドの様なメッセージ性は無いが、往年のプログレッシブ・ロックそのものの音作りはとても心地良く、とても素晴らしい。実に丁寧に作り込まれているようで、ドラマティックな展開、曲毎のバランスなど、往年のプレグレ・ファンの我々にとっては、心にグッとくる好盤です。

プログレッシブ・ロックに求めるものによって、最近のプログレッシブ・ロックのアルバムの評価は大きく分かれる傾向にある。僕はプログレッシブ・ロックにメッセージ性や思想性、革新性を求めるタイプでは無いので、このギルモアのソロ盤は十分に楽しめました。それも一つの楽しみ方でしょう。

 
 

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2015年4月12日 (日曜日)

クリムゾンのお宝ライブ音源

1960年代後半から1970年代前半にかけて、英国ではクロスオーバー・ジャズとプログレッシブ・ロックの境目がかなり曖昧で、力量のあるプログレ・バンドが英国のクロスオーバー・ジャズの成果を牽引していたところが多々ある。

プログレッシブ・ロックの雄、伝説のバンド、キング・クリムゾンもそのひとつで、キング・クリムゾンの即興演奏は、ジャズの切り口で聴くと、素晴らしく高度で内容のあるエレクトリック・ジャズである。その内容は、エレクトリック・マイルスやウェザー・リポートの即興演奏に匹敵するレベルで、今の耳で聴き直して見ると、結構、その充実した内容にビックリしたりする。

そのクロスオーバー・ジャズとプログレッシブ・ロックの境目の曖昧さを確認することが出来、その充実した内容を確認することができるボックス盤がある。King Crimson『The Great Deceiver』(写真)である。

1973年から74年のキング・クリムゾン、オリジナル・アルバムで言うと、「太陽と戦慄」「暗黒の世界」「レッド」の3枚の時代は、クロスオーバー・ジャズともプログレッシブ・ロックとも取れる、凄まじいほどの高度な即興演奏を繰り広げており、スタジオ録音での即興演奏がライブではどの様になるのか、興味津々なのだが、そのライブ音源がなかなか出ない。

そして、1992年10月、突如として、1973年〜74年のライブがこれでもかと言わんばかりに4枚のディスクに詰め込まれたライブ音源がリリースされる。このリリースには歓喜した。当時はまだ30歳代前半、資金的には苦しかったが、即、ゲットである。
 

King_crimson_great_deceiver

 
このボックス・ライブ盤には、テンション・エネルギー・パワー、それぞれ全開のスリリングで聴き応え満載のライブ音源がてんこ盛りである。しかも、演奏レベル、演奏精度が高い。ほとんど、スタジオ録音の演奏のレベルをそのまま、ライブ演奏にて再現している。この演奏テクニックの高さにも驚愕した。

この時代のクリムゾンのライブって、1974年6月28日のアメリカのアズベリー・パーク公演の音源(一部、6月30日の公演の音源)を編集した『USA』以外、正式ライブ音源が無かった。そんな時代のこのCD4枚組のライブ音源の大放出である。しばらく、聴きまくりました。

今では、クリムゾンのライブ音源って、かなりの量が放出されているんですが、この『The Great Deceiver』の音源は、演奏レベル、演奏精度が高く、クリムゾンのライブ音源の中でも最高の部類のもの。いの一番に、ロバート・フィリップ翁が満を持して、世に問うた気持ちが良く判る。

良いボックス盤です。キング・クリムゾンのファンには当然、プログレ・ファンにもこのライブ・ボックス盤はお勧めです。リリース当初は縦長のボックスでのリリースでしたが(写真左)、今では、ジャケット・イラストを差し替えて、スクエアなボックス仕様に変わっているみたいです。

 
 

震災から4年。決して忘れない。まだ4年。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2015年4月11日 (土曜日)

現代エレ・ジャズ者に必須の好盤

主に現代音楽の分野で使われていた自動変奏シーケンスソフト「M」にリズム隊を担当させ、その上にキーボードやサックスがインプロビゼーションしまくる、まさに「テクノ・ジャズ」と呼ぶに相応しいユニット。「M」が繰り出すポリリズムとエレクトロニック・リズム&ビートが素晴らしい個性。

東京ザヴィヌルバッハは「テクノ・ジャズ」として、納得の出来のユニットが出現。それが日本発、ということにちょっと誇りを感じる。しかし、かたや「シーケンスソフトを活用した人工的なジャズなんでしょ」という声が聞こえる。つまり、人間っぽくない、機械的だということ。ジャズは人間がやるもんだ、という常識的な判断。

それでは、ということで、東京ザヴィヌルバッハの「テクノ・ジャズ」を全て人間でやってみましょう、となったユニットが「東京ザヴィヌルバッハ・スペシャル」。キーボーディストの坪口昌恭のリーダーユニット、東京ザヴィヌルバッハの完全人力演奏による、新宿ピットインでのライブ録音。

改めてそのアルバムとは、東京ザヴィヌルバッハ・スペシャル『Change Gravity』(写真左)。キーボーディストの坪口昌恭のリーダーユニット、東京ザヴィヌルバッハ。菊地成孔ダブセプテットのトランぺッターの類家心平、近年、評価が高まる若手ギタリスト宮嶋洋輔、ファーストコール・フレットレス・ベーシストの織原良次、現役音大生でありながら天才ドラマーとの呼び声も高い石若駿。
 

Change_gravity

 
これがまあ、凄い内容、素晴らしい内容のエレクトリック・ジャズである。完全人力演奏は非常に困難を極める。しかし、圧倒的なスキルで不可能を可能にする。不可能を可能にしているがゆえ、そのテンションは張り巡らされ、全てのフレーズにおいてスリリング。ボコーダーやCDJも控えめにて、完全人力演奏を心ゆくまで楽しめる。

雰囲気的には、1970年代のエレ・マイルスを筆頭とするジャズ・ロック、エレ・ファンクを雰囲気濃厚。しかし、リズム&ビートを中心に、その響きは現代の21世紀の響き。つまりは、このテクノ・ジャズの完全人力演奏は、エレクトリック・ジャズの最先端に位置する演奏と言える。

収録曲を見渡せば、これまでに発表された東京ザヴィヌルバッハの作品から中心に、ダブ・セクステットでも演奏された「Betty Go Round」、マイルス・デイヴィスの1980年代の作品より「Shout」を収録しているところが良い。聴き応えがある。聴いていて、頬が緩む。

エレ・ジャズはリズム&ビートが命。この「東京ザヴィヌルバッハ・スペシャル」の、リズムが幾層にも切り替わるスリリングなグルーヴ感は何物にも代えがたい。聴き応え満点。エレクトリック・ジャズ者に必須の好盤です。

 
 

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2015年4月10日 (金曜日)

ジャズ喫茶で流したい・61

ブルーノート・レーベルのアルバムには、地味ではあるが、それはそれは素晴らしい純ジャズを展開している「隠れ名盤」というものが多く存在する。

不思議なことは、このブルーノートの「隠れ名盤」の存在を知らしめたのは、一般のジャズ者の方々だということ。ジャズ喫茶を中心に、そのブルーノートの「隠れ名盤」の存在を知らしめ、口コミで、その素晴らしさを伝承した。その情報を一握りの意識ある評論家の人達が文字に認め、世にその情報を発信した。

そもそもブルーノート・レーベルのアルバム自体、意外と日本には情報が不足していた。というか、今でも不足している。キャンペーンという名の下に雑誌などに情報が流布されても、恒常的にその情報が定期的に流れている訳では無い。つまり、欲しい時に、その情報が無い可能性がある、ということ。

よって、ブルーノートの「隠れ名盤」については、なかなかまとまった情報が無い。自分で聴いて判断していくしかないのである。ということで、最近、ブルーノートの1500番台を聴き返している。

そして、このアルバムと再会する。『Paul Chambers Quintet』である。ブルーノートの1564番。1957年5月の録音。ちなみにパーソネルは、Donald Byrd (tp), Clifford Jordan (ts), Tommy Flanagan (p), Paul Chambers (b), Elvin Jones (ds)。テナーのクリフォード・ジョーダンの存在がマニアの心をくすぐる。

このアルバムの存在は、ジャズ雑誌やジャズ本に紹介されることは無い。僕はブルーノートのRVGリマスターのリイシューが始まるまで、このアルバムの存在を全く知らなかった。ジャケットだって、なんだかパッとしない、平凡なデザインである。このアルバムが「隠れ名盤」なんて、聴くまで思いもしない。
 

Paul_chambers_quintet

 
しかし、聴くとまずは驚く。素晴らしいハードバップな内容である。そして、ブルーノート独特の響きと録音の個性が、かなり強烈にてんこ盛りである。このアルバムは、ブルーノートの独特の個性と魅力がギッシリ詰まったアルバムである。

参加しているミュージシャンも大活躍である。特に、ドナルド・バードのトランペットが、何時になく溌剌としてとても良い。こんなにポジティブに溌剌とペットを鳴らすドナルド・バードは珍しい。なるほど、このプレイを聴くと、ドナルド・バードは一流のジャズ・トランペッターだということが判る。

クリフォード・ブラウンのテナーも良い。少し地味ではあるが、端正で正統派なアドリブ・ブレーズが良い。テナーを十分に鳴らし切っているテクニックも捨てがたい。フロントの二人、ドナルド・バードのトランペットとクリフォード・ブラウンのテナーの溌剌としたブロウが、このアルバムを更に魅力あるものにしている。

そして、主役のベースのポール・チェンバースは、歌うようなソロの展開も良い。バックに回った時に、ウォーキング・ベースも端正で迫力があって良い。もしかしたら、ブルーノートのリーダー作の中で、ベーシストとして、一番優れたテクニックと歌心を表現しているのではないか、と思っている。それほど、このアルバムでのチェンバースのプレイは見事である。

聴き返してみて、このアルバムが、どうして、ジャズ雑誌やジャズ本に紹介されることが無いのか、理解に苦しむ。ジャケット・デザインが地味だからなのか、良く判らないが、明快に理解出来るのは、このアルバムは、ハードバップのアルバムの中で、意外と出色の出来なんだ、ということ。

良いアルバムです。ハードバップを感じ、ブルーノート独特の音の響きと録音の個性を感じるのに相応しい「隠れ名盤」です。ジャズ者初心者からジャズ者ベテランまで、幅広くお勧めの逸品です。

 
 

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2015年4月 9日 (木曜日)

こんなアルバムあったんや・43

クラブ・ジャズ界の大御所DJが早くから注目、手放しで称賛。フィンランドはヘルシンキから生まれた5人組ジャズクインテット「The Five Corners Quintet」。現代のクラブ・ジャズの先端の音。

このアルバムでワールド・デビューした。The Five Corners Quintet『Chasin’ the Jazz Gone By』(写真左)。ちなみにパーソネルは、Teppo Makynen(テッポ・マネキン)(ds), Jukka Eskola(ユッカ・エスコラ)(tp), Timo Lassy(ティモ・ラッシー)(sax), Anti Lotjonenon(アンチ・ロッジョネン)(b), Michael Jacobson(ミカエル・ヤコブセン)(p)。2005年8月のリリース。

1960年代のジャズの響きがプンプン漂う。ラテン・ジャズ、ソウル・ジャズ、ファンキー・ジャズ、モード・ジャズ等々、1960年代のジャズのトレンドがごった煮に、かつクールに取り込まれたグルーヴ。

1960年代、米国のニューヨークを中心に展開された、ラテン・ジャズ、ソウル・ジャズ、ファンキー・ジャズ、モード・ジャズ等々が、2000年代にヨーロッパの北欧、フィンランドでリコンパイルされて、21世紀の最新型ジャズとして再提示された。
 

The_chasin_the_jazz_gone_by

 
まあ、タイトルが「過ぎ去りしジャズを求めて」やからねえ。しかし、良く出来たクラブ・ジャズ盤である。1960年代の音のトレンドではあるが、演奏自体は洗練された21世紀最先端の音。しかし、音像はデジタルの切れ味の良いものを敢えて排除して、少しざらつきのある、アナログっぽい、人間っぽい暖かみ、丸みのある音を選んでいる。

格好良さと耳当たりの良さ、ノリの良さとクールな展開が同居した「温故知新なジャズ」である。昔のジャズのトレンドでありながら、音の展開、音の響きは最先端。クラブ・ジャズの面目躍如である。とにかく「格好良い」の一言。

3曲でフィーチャーされるマーク・マーフィーの洒脱な歌声も魅力的だ。ポップな雰囲気がドッと前面に押し出てきて、実にファンキーでダンサフルな雰囲気に突然、支配される。そこはかとないファンクネス、とめどなく流れるグルーヴ。

凄く良い雰囲気です。古き良きジャズをモチーフにしながらも、現代のクラブユースにも応える「温故知新ジャズ」。一聴の価値ありです。クラブ・ジャズだからといって敬遠することなかれ。この切り口では、ジャズはまだまだ進化している、ジャズはまだまだ「死んではいない」。 

 
 

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2015年4月 8日 (水曜日)

Tangerine Dreamの最終到達点

1980年代に入って、ほとんどのロック・グループ、ロック・ミュージシャンは、デジタルの壁に苦しんだ。アナログ録音、アナログ機材とは全くと言って良いほど勝手の違う、デジタル録音、デジタル機材の扱いに大苦戦。

音が薄くなったり、音のエッジが立ちすぎでケバケバの音になったり、軽薄短小な音の傾向に陥ったり、高音しゃりしゃりの腰の高い据わりの悪い音になったり、とにかく、簡単に言って音が悪い。ペラペラのスッカスカの音に陥ったバンドは数知れず。

そんな中、デジタルの壁に全く苦しまず、瞬時の内にデジタル録音、デジタル機材を押さえ込み、アナログ時代と変わらない音作りをする、逆にデジタルならではの音作りをしっかりと会得するバンドもあった。例えば、このTangerine Dream(タンジェリン・ドリーム)はその好例である。

このアルバム『White Eagle』(写真)を聴けば、それが良く判る。この『White Eagle』は1982年のリリース。1982年と言えば、ほとんどのロック・グループ、ロック・ミュージシャンが、デジタルの壁に苦しんでいた頃。特に、エレクトロニカ、アンビエントの先駆だったタンジェリン・ドリームはさぞかし苦しんでいるだろうと、最初、このアルバムを聴くのが憚られた。

エレクトロニカ、アンビエントなロックと言えば、シンセサイザーとシーケンサーが主役。シーケンサーはともかく、シンセサイザーはアナログとデジタルでは、音の差が天と地ほどある。音の質も響きも拡がりも全く違う。1970年代のアナログチックなアルバムとは全く違う音になってしまうはずである。

が、この『White Eagle』の音を聴けば、音のコンセプトは1970年代のアナログ時代の音と全く変わっていないことが良く判る。確かに、音のエッジはアナログよりも立っているし、音の抜けは明らかに良い。音の傾向は明るく、音の分離が凄く良いのだが、音の基本はアナログ時代の音の基本をしっかりとキープしている。これには本当に感心した。
 

White_eagle

 
ドイツのシンセサイザーエンジニアであるヴォルフガング・パームがカスタムメイドしたプロトタイプのPPGシンセサイザーの音が決め手。デジタル方式のシンセでありながら、デジタル臭さを極力押さえ込んだ、このPPGシンセサイザーの存在が、1980年代のタンジェリン・ドリームを支えている。

タンジェリン・ドリームの音はデジタルの時代になって、透明度とリリカルさが増している。この『White Eagle』の音も全編、透明感のある抜けの良い音とリリカルな音の響きが中心。透明度とリリカルさが相まって、叙情性が強調されている。

もはやロック・ミュージックというよりはアンビエント・ミュージックとして、ロック色がかなり減退している。まあ、それでも、シーケンサー自体がロックしているんで、この『White Eagle』も、辛うじて、シンセサイザー・ロックに留まっている。

展開されるフレーズは、1970年代後半に培ってきた独特のフレーズ回し。さすがにこの『White Eagle』に至っては、成熟の頂点と言って良い程の、タンジェリン・ドリーム独特のフレーズ回しが満載。ほとんどマンネリズムと隣り合わせ、マンネリズムと紙一重の音世界となっている。

そういう意味で、この『White Eagle』は、エレクトロニカ、アンビエントなロックとして、タンジェリン・ドリームの頂点、最終到達点を記したアルバムと言って良いと思う。ノイジーな電子音楽がベースの現代音楽の様な初期の音世界から、どんどんポップになっていって、デジタル機材に出会って、タンジェリン・ドリームはその個性的な音を完結させた。

その瞬間の記録がこの『White Eagle』だろう。シンセサイザー・ミュージックの好きな人には必聴のアルバムの一枚です。

 
 

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2015年4月 7日 (火曜日)

大健闘の纐纈『バラーディスト』

楽器というものは、まず基本のテクニックがしっかりしていること。つまり、運指がしっかりしていること。そして、管楽器であれば、楽器自体がよく鳴ること。つまり、タンキングとブロウがしっかりしていること。

それはアルバムを聴けば直ぐ判る。楽器が鳴っているかどうか、そして、テクニックの基本はしっかりしているかどうか。大体、冒頭の1曲目を聴けば判る。しっかりと胴が鳴っている楽器の音は心地良い。テクニックのしっかりしている演奏が気持ち良い。

ジャズ・ジャイアントと呼ばれるミュージシャンは皆、楽器が鳴っている。そして、テクニックがしっかりしている。しかし、これに気が付くのには時間がかかる。同じ楽器を演奏した経験があれば理解は早い。楽器の鳴り、テクニック、それがジャズの良し悪しを決める大切なポイントのひとつである。

さて、ここに一枚のCDがある。纐纈歩美『バラーディスト(Balladist)』(写真)。纐纈は「こうけつ」と読む。これはなかなか読めない。2014年11月のリリース。纐纈歩美のNYシリーズ第2弾である。ちなみにパーソネルは、纐纈歩美 (as), David Hazeltine (p), David Williams (b), Lewis Nash (ds)。

実に良い、実力派のリズム・セクションがバックに控えている。さすが日本のレコード会社。纐纈は素性の良い、美形の女性アルト奏者である。普通にジャズ盤を制作し、効果的に宣伝すれば絶対に売れる。売れるためにはしっかりとした、名のあるジャズメンがバックをサポートする必要がある。そうしないとジャズ評論家が宣伝してくれない。

そういう場合、バックに優れたジャズ・ミュージシャンが控えている割に、フロントの主役がイマイチ、という腰砕けな失敗企画盤の多々ある。そういう失敗盤は、楽器は鳴っていないし、基本テクニックはなおざりな場合がほとんど。冒頭の1曲目にして、以降、聴く気が無くなる。
 

Kouketsu_balladist

 
この纐纈歩美の『バラーディスト』は、その懸念漂う危険な盤である。なんせ、全編、バラード曲、バラード演奏で占められている。バラード演奏は難度が高い。スローなテンポでスローな演奏を展開する。テクニックが粗雑なら全く太刀打ち出来ない。

そして、スローなテンポでスローなフレーズを吹き回していく。楽器が朗々と鳴らないことには、吹き上げるフレーズが目立たない。楽器が鳴らないことには、何を演奏しているのか、聴き分けることが辛くなる。楽器が鳴ってこそ、演奏されるフレーズがクッキリと浮かび上がるのだ。

さて、この纐纈歩美のバラード集はどうか。結論から言うと「及第点」。諸手を挙げての優秀盤とまではいかない。でも、そのチャレンジ精神と弛まぬ努力は素晴らしい。5点満点中、3.75点。ちょっと甘くて4点。あと一息で優秀盤である。

冒頭の「Autumn In New York」を聴けば良く判る。基本テクニックは優秀。そして、アルトは朗々と鳴っている。大健闘。これは大丈夫。失敗企画盤では無い。大健闘の及第点。バックのリズム・セクションが実に心地良いバッキングを繰り広げる。この冒頭の1曲だけで、以降の演奏の素性の良さが窺い知れる。

ただ、全編バラード曲、バラード演奏のみの展開。途中、少しずつマンネリズムが顔を出す。ちょっと平板な印象がする楽曲もあるにはあるのが「玉に瑕」。基本テクニックは優秀、楽器も鳴っている。後は、フレーズを展開する時の「歌心のバリエーション」だろう。歌心のバリエーションの豊かさ、深さが演奏の流れに「メリハリ」を付ける。

もう少しだ。頑張れ纐纈歩美。全編バラード曲、バラード演奏のみの企画盤に果敢にチャレンジして、一定の成功を収めたことは素晴らしいことだ。さらに精進して、2〜3年後、この全編バラード曲、バラード演奏のみの企画盤の第2弾を出して欲しい。今から、その第2弾に明るい期待が持てる、そんなこの纐纈歩美の『バラーディスト』である。

 
 

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2015年4月 6日 (月曜日)

ヘイデンの「白鳥の歌」です。

この半年、折につけ、よく聴くデュオ盤がある。Keith Jarrett & Charlie Haden『Last Dance』(写真左)。

2007年のキースの自宅、ケイヴライト・スタジオでの録音。名盤『Jasmine』の続編、言い換えると、残り音源の「落ち穂拾い」である。『Jasmine』の後を受けての再会セッションでは無い。

改めて、パーソネルを確認すると、Charlie Haden (b), Keith Jarrett (p)。昨年7月に惜しくも亡くなった、ベースの哲人、チャーリー・ヘイデンとピアノのキース・ジャレットとの、美しきスタンダード集、デュオ演奏である。

この二人のデュオは非常に内容がある。デュオ演奏の基本は「対話(ダイアローグ)」である、と言われるが、実はピンと来ないことが多い。が、このキースとヘイデンのデュオを聴くと、この「対話(ダイアローグ)」という感覚に合点がいく。百聞は一聴にしかず、である。

キースとヘイデンのコラボ、と言えば、30年ほど前の、キースの「アメリカン・カルテット」での共演が思い浮かぶ。火の出るような、限りなくフリーで激情溢れるカルテット演奏は、それはそれは「凄まじい」ものだった。
 

Last_dance

 
しかし、この『Last Dance』でのキースとヘイデンのコラボは、「アメリカン・カルテット」でのコラボとは全く異なったイメージ。ヘイデン曰く「キースもよく聴き、僕も聴く。それが僕たちデュオの極意。お互いを聴くことが演奏には大事なんだ」。デュオ演奏の基本は「対話(ダイアローグ)」。このアルバムには、デュオ演奏の極意が詰まっている。

「前作『Jasmine』が好きだった人には必ず気に入っていただける作品。僕たち2人が一緒に演奏すると、まるで2人が歌っているようなんだ」と語るキース・ジャレット。確かにそう思う。この『Last Dance』は、『Jasmine』よりも落ち着いた雰囲気の、シンプルで木訥としたデュオ演奏が実に味わい深い。

『Jasmine』に収録された「Where Can I Go Without You」と「Goodbye」の2曲の別テイクの存在が意味深である。この2曲が、先にリリースされた2010年の『Jasmine』とこの2014年の『Last Dance』を繋ぐ「架け橋」の様な存在。実に味わい深い、深遠な印象の2曲である。

2014年7月、チャーリー・ヘイデン没。この『Last Dance』はヘイデンの「白鳥の歌」の様に響く。本当に実に惜しいベーシストを亡くした。ご冥福をお祈りしたい。

 
 

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2015年4月 5日 (日曜日)

音楽喫茶『松和』の昼下がり・20

我が千葉県北西部地方。今日は朝から冷たい雨。季節が1ヶ月ほど戻った様な冷え込み。丈夫な身体でも無いので、昼ご飯をいただいた後は、ゆっくりと昼寝。昼寝をしながら、寝室のサブのステレオでピアノ・トリオを聴く。

昼寝をしながらのピアノ・トリオは、尖った刺激的なものは避けて、オーソドックスなものが良い。選んだアルバムが、George Shearing『Breakin Out』(写真左)。1987年、コンコード・レーベルからのリリースになる。当時にして大ベテラン、盲目のピアニスト、ジョージ・シアリングのリーダー作。シアリングは1919年生まれだから、録音当時で68歳。熟練のジャズ・ピアノである。

ちなみにパーソネルは、George Shearing (p), Ray Brown (b), Marvin "Smitty" Smith (ds)。ベースは、これまた熟練のベーシスト、レイ・ブラウン。安定感抜群である。ドラムは、純ジャズ復古後の新伝承派のドラマーの一人、マーヴィン・スミッティ・スミス。新しい響きのするオーソドックスなポリリズムが芳しい。

レイ・ブラウンが1926年生まれなので、録音当時、61歳。スミッティ・スミスが1961年生まれなので、録音当時、弱冠26歳。60歳を超えた大ベテラン二人と息子のような年齢の若手が一人。時代は、フュージョン・ジャズが下火になり、純ジャズが復活、純ジャズ復古の大号令がかかった頃。

純ジャズが再び見直され出した頃、リーダーとベーシストが60歳を超えた大ベテラン、ドラマーが20歳代の若手と来たら、適当に、昔のハードバップなジャズをピロピロと録音して終わり、という安易なアプローチに陥っても不思議では無い組合せなんだが、このアルバムを1曲目「Just Squeeze Me (But Please Don't Tease Me)」を聴けば、それは大きな勘違いであることが判る。
 

George_shearing_breakin_out

 
しっかりと筋の通った、硬派で正統派なトリオ・ジャズである。シアリングのタッチも端正で切れ味抜群。迫力のあるタッチは、68歳にして野心的ですらある。ブラウンのベースはしっかりと演奏のベースラインを支えつつ、ブンブン重低音の唸りを上げる。

そして、スミスのドラムが実に良い味を出している。一番の若手のドラミングが、実に老練に、シアリングのピアノ、ブラウンのベースの邪魔に決してならないように、繊細でありながらビートの効いたリズムを供給する。

実はこのピアノ・トリオ盤、シアリングがコンコード・レーベルに移籍してから、メル・トーメやカーメン・マクレエとの共演など、サポートの立場での佳作を数々リリースした後、なんと14作目にして、初のピアノ・トリオ盤なのだそうです。意外と珍しいんですね、シアリングのピアノ・トリオ盤って。

若手スミッティ・スミスの起用など、シアリングの意欲が伝わって来る、実に硬派でポジティブなピアノ・トリオ盤です。現時点では、中古盤でしか入手出来ないみたいですが、中古盤でも良いので、ジャズ・ピアノのファンの方々には是非とも聴いて頂きたい逸品です。シアリングに対する印象が劇的に変わりますよ。
 
 
 

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2015年4月 4日 (土曜日)

太田裕美『十二月の旅人』です

太田裕美のマニアである私、松和のマスターであるが、それでは今を去ること30年以上前、大学時代より今まで、一番、聴いたアルバムはどれだろうと振り返ってみると、恐らく、このアルバムだろうと思われる。

太田裕美『十二月の旅人』(写真左)。1980年12月のリリース。このアルバムはリアルタイムでゲットした。大滝詠一の「さらばシベリア鉄道」が入っていたのと、浜田金吾と網倉一也、二人のソングライターの曲が中心の構成になっていたことが決め手。アルバム・ジャケットもシンプルなんだが、この太田裕美の写真の雰囲気が良かった。

この頃は、松本・筒美両巨匠とのコラボを解消し、新しい路線にチャレンジしていた頃。そのチャレンジはなかなか内容のあるものばかりで、アイドル・シンガー太田裕美では無く、アーティスト太田裕美としてのチャレンジなんだ、ということがひしひしと感じられて、太田裕美のマニアである我々としては、しっかりと見守らなくては、と思っていた矢先のアルバムである。

でも、当時は、シングルチャートではトップ50位内の壁を破れず、レコード会社も明らかに力を抜いた対応に、太田裕美は大丈夫なのか、と不安になっていたのも確かである。しかし、このアルバムを聴いて安心した。今でいう「シティ・ポップ系」の秀曲がズラリと並ぶ。しかも、アルバムとしての統一感が素晴らしく、太田裕美のボーカルも安定感抜群。

今から振り返れば、この『十二月の旅人』は、太田裕美のアルバムの中でも、屈指の出来で、マニアの間でも評価の高いアルバムなのだ。LP時代のA面は網倉一也の曲が、B面は浜田金吾の曲がメイン。そのど真ん中に、あの大滝詠一の名曲「さらばシベリア鉄道」(写真右)が配置される、素晴らしい布陣。
 

Hiromi_ohta_traveller_december

 
網倉一也の曲については、シティ・ポップ系の曲想が新鮮で、1980年春のシングル「南風」で久々のヒットをもたらしたことでも、太田裕美との相性は良い。浜田金吾の曲については、1979年4月の「青空の翳り」が凄く印象に残る。良い歌でした。1979年の『Feelin’ Summer』『Little Concert』でもほぼ半数の曲を作曲した当時のキーマンである。

日本のシティ・ポップの佳作の一枚に数えても良い内容が素晴らしい。冬の旅人をイメージしたジャケットや、温かみのある手書きの歌詞カードも含めて、トータルコンセプトを強く感じる。とにかく、歌謡曲のジャンルを超え、当時流行のニューミュージックの範疇を超えた、シティ・ポップ系の楽曲が爽やかだ。 

冒頭の「Sail For Our Life」の米国西海岸AOR系のイントロなど、完璧にシティ・ポップな香りがする。続く「25年目の冬に」は歌謡曲風でちょっと「およっ」と思うが、3曲目の「海に降る雪」のシットリしたフォーキーな「太田裕美ど真ん中」ソングで持ち直して、以降、良い感じにシティ・ポップ化。

その最高地点が「さらばシベリア鉄道」。さすがにこの曲は良い。歌謡曲でも無く、ニューミュージックでも無い。明らかにジャパニーズ・ポップである。太田裕美マニアの間では、何かと評判の悪い、このアルバムでの「さらシベ」の存在だが、僕は良いと思います。歌詞の内容は確かに統一感を損ねているかもしれませんが、曲は思いっきりシティ・ポップです。

さて、この曲「さらばシベリア鉄道」を最高地点として、LP時代のB面はシティ・ポップの連発。さすが浜田金吾。歌いこなす太田裕美も素晴らしい。アーティストとしての太田裕美の存在感抜群。ラストの「HAPPY BIRTHDAY TO ME」で心地良い余韻を残して、このアルバムは完結する。

 
 

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2015年4月 3日 (金曜日)

ジャズ喫茶で流したい・60

ジャズのアルバムには、歴史的名盤とか定盤なんかでは無いんだけれど、ジャズの紹介本とか雑誌の名盤コーナーに、その名が挙がったりはしないんだけど、何故かその内容が気に入って、何故かずっと愛聴しているアルバムがある。 

僕にとってのそんな一枚がこれ。Jackie McLean With The Great Jazz Trio『New Wine In Old Bottles』(写真左)。1970年代、メインストリーム・ジャズを扱った日本の伝説的レーベル「East Wind」からのリリース。 1978年4月の録音。ちなみにパーソネルは、Jackie McLean (as), Ron Carter (b),  Tony Williams (ds), Hank Jones (p)。

1970年代後半、一世を風靡したメインストリーム・ジャズ・トリオ、ハンク・ジョーンズ率いる「グレイト・ジャズ・トリオ」をバックに、アルトのジャキー・マクリーンが吹きまくるという、いわゆる企画盤。しかも、1978年という、フュージョン全盛期の中でのメインストリーム・ジャズ。

これがまあ、実に気持ちの良い内容なんですね。懐古趣味が前提のメインストリーム・ジャズでは無いところが素晴らしい。このアルバムを制作した4人のジャズメンの矜持を強く感じる。まずはリズム・セクションを司る「グレイト・ジャズ・トリオ」の音が新しい。1970年代後半、最先端のメインストリーム・ジャズの響きを感じる。

そして、フロントのワンホーン、アルトのマクリーンが良い。最初の「Appointment In Ghana Again」でのマクリーンはちょっと大人しい。しかも、1950年代後半から1960年代のちょっとピッチが外れたストレートな音で、バリバリ吹きまくる姿とはちょっと違った、お行儀の良い、ピッチのほぼあったマクリーンがここにいる。
 

New_wine_in_old_bottles

 
マクリーン、衰えたかと危惧するが、どうして、2曲目の「It Never Entered My Mind」から走り始める。お行儀が良くなった、と感じるのは、年齢相応の落ち着きが備わったから。ピッチがほぼ合った感じなのは、テクニックが備わり、端正なインプロビゼーションが展開できる様になったから。アルト奏者として成熟したマクリーンを感じることが出来るのだ。

この成熟した落ち着いたマクリーンを「カンが戻らずにイマイチ」という評価もあるが、それはちょっと違うだろう。1950年代後半から1960年代のマクリーンは、若さと勢いに任せて、ピッチが少し外れようが、ポジティブにバリバリ吹きまくった。それはそれで良いことなんだが、じゃあ、それがマクリーンの絶対的スタイルかと言えば、そうでは無い。

1970年代後半、マクリーンのアルトは成熟した。落ちついた余裕のある吹き回しが、実に魅力的なんだが、そんな成熟したマクリーンのアルトを、この『New Wine In Old Bottles』では、心ゆくまで堪能することが出来るのだ。

バックを司る「グレイト・ジャズ・トリオ」のパフォーマンスは申し分無い。「グレイト・ジャズ・トリオ」の演奏としては、彼らのキャリアの後期に位置する、トリオとして十分にこなれた、十分に成熟したパフォーマンスである。じっくりと聴けば聴くほど、その良さがどんどん深く広く理解出来る、実に味のあるパフォーマンスである。

アルバム・ジャケットも魅力的。港の桟橋、お洒落な街灯、真っ赤なウィンチ。計算されたような桟橋の配置、海の部分と桟橋の部分との割合。どれもが新しいデザイン・コンセプト。そして、その盤の中に詰まっているジャズは、1978年当時の最先端のメインストリーム・ジャズ。良い盤です。

 
 

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2015年4月 2日 (木曜日)

日本男子もここまで弾く・5

辛島文雄は、ドラマーのジャズ・ジャイアントの一人、エルビン・ジョーンズのバンドでレギュラー・ピアニストとして活躍した、実績のある我が国のトップ・ピアニストの一人である。しかし何故か、辛島文雄は日本のジャズ雑誌、ジャズ評論家からの受けが良くない。

1970年代、頭角を現し、確実な実績を挙げてきた辛島であるが、当時、ジャズのトレンドは「クロスオーバー&フュージョン」。電気楽器を活用したジャズが流行で、辛島が活躍していたメインストリーム・ジャズは過去のジャズとして片隅に追いやられていた。

そういう背景もあってか、辛島のピアノは完全に割を食っている。僕はジャズを聴き始めた1970年代後半から、辛島のピアノを聴いている。何故か、当時、FMで辛島のピアノをよく聴いた思い出があるのだ。スピーカーを介して流れて来た辛島のピアノには全く違和感を感じなかった。

辛島のピアノは、ジャズ・ピアノとして、オーソドックスなスタイルである。スタイルとしては、マッコイ・タイナーの流れを汲む個性で、タッチが明快でガンガン弾く。しかし、シーツ・オブ・サウンドほど音符の音は多く無い。間を活かしたタッチが明快で適度に雄弁なピアノ。これが辛島の個性である。

そんな辛島のピアノを十分に楽しめるアルバムがこれ。辛島文雄 & Elvin Jones『Moonflower』(写真左)。1978年4月の録音。ちなみにパーソネルは、辛島文雄 (p), Andy McCloud (b), Elvin Jones (ds)。タッチが明快でメリハリのある辛島のピアノは、ダイナミズム溢れるエルビンのドラムに負けていない。
 

Moonflower

 
アコースティック・ピアノに独特のエコーがかかっていて、アコピがエレピの様に聴こえるところに、ちょっと時代を感じるが、耳につく程では無い。こんなにエコーかけなくったってなあ、とちょっと思うくらい。辛島の明快なタッチと端正なフレーズが十分に印象に残る。聴き応えのある良いピアノだ。

ドラムのエルビンも良い仕事をしている。バッシバッシとダイナミズム溢れる、ポリリズミックなドラミングが素晴らしい。聴いていて、ああこれはエルビンのドラミングやなあ、とハッキリ判る個性。辛島のピアノとの相性はとても良い。エルビンのブラシは絶品だ。

そして、アンディ・マックロードのベースがなかなか良いんですよね。しっかりとトリオ演奏の底をしっかりと支えていて、破綻の無い端正で堅実なベースラインが魅力的です。ベース・ソロも聴き味の良いアドリブ・ラインが印象的でグッドです。

内容があって、聴き応えのあるピアノ・トリオ盤だと思います。ジャズ紹介本や雑誌のピアノ・トリオ特集などに、全くと言って良いほど名前の挙がらない辛島文雄。日本でほとんど採り上げられないのが実に不思議で実に不満です。

それでも、辛島のリーダー作は結構な枚数がリリースされていて、意外とジャズの本場、米国での評価の方が高そうですね。最近では、ダウンロードサイトで、辛島のリーダー作に触れる機会が多くなっていて、良い環境になりつつあります。一度、彼のピアノを聴いて欲しいですね。なかなか良いですよ。

 
 

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2015年4月 1日 (水曜日)

Time Further Out = 大休止

久々にデイブ・ブルーベック・カルテットを聴く。長年お気に入りの、The Dave Brubeck Quartet『Time Further Out』(写真左)。1961年5月の録音。ちなみにパーソネルは、Dave Brubeck (p), Paul Desmond (as), Eugene Wright (b), Joe Morello (ds)。鉄壁の布陣である。

デイブ・ブルーベック・カルテットが、あの変則拍子の名曲「Take Five」を含む歴史的名盤『Time Out』をレコーディングしたのが1959年のこと。この盤は当時でも大ヒットしたのとこと。確かに変則拍子というものに着目して、キャッチャーなフレーズ満載。ポップで楽しいジャズ盤として有名な一枚ですね。

そして、その変則拍子をフィーチャーした歴史的名盤『Time Out』の続編として、同じコンセプトで録音されたアルバムがこの『Time Further Out』。「Time Out」とは「小休止」のこと。「Time Further Out」とは「大休止」のこと。なるほど、アルバム・タイトルからして、「拍子」を題材にした同一コンセプトの企画盤だということが判ります。

さて、この『Time Further Out』に収録された全11曲全てが、変拍子のリズムを前提に作曲、演奏されています。聴いていて、とても流麗でリズミカルでポップ、聴いていて楽しい雰囲気のする楽曲ばかりで、これも「変則拍子」の妙、というものでしょう。この変則拍子をバックに、デスモンドのアルトは柔らかにたおやかにスイングし、ブルーベックのピアノはスクエアにスイングする。
 

Time_further_out

 
その対比がデイブ・ブルーベック・カルテットの真骨頂であり、最大の個性でもあります。しかし、これだけの変則拍子の曲を、よくも事も無げに演奏するもんだ。感心することしきり。

ユージン・ライトのベースとジョー・モレロのドラムも、1959年の『Time Out』の時よりもテクニックを積み上げ、変則拍子に手慣れた、独特のスイング感を醸し出しつつ、個性あるリズム&ビートを叩きだしている。『Time Out』の時よりも、変則拍子の安定感が抜群。

ブルーベック=デスモンドのアルバムを聴いていると、変則拍子にチャレンジしたり、クラシックの対位法にチャレンジしたり、米国南部のフォークソングを題材にした企画盤を出したり、「Impression(〜の印象)」というシリーズものの企画盤を出したり、この二人って、チャレンジや企画が大好きだったんだなあ、と感心する。

確かに振り返ってみると、ブルーベック=デスモンドのアルバムのほとんどがチャレンジと企画のどちらかである。これって凄いことですよね。スタンダード曲に走ったり、オールスターなジャム・セッションに走ったり、安易なアプローチに走っても人気盤って制作できると思うんですが、意外とブルーベック=デスモンドは硬派であり、挑戦者です。

ジャケットに使われている絵画はスペインの抽象絵画の巨匠ジョアン・ミロの作品。こういうところも、ブルーベック=デスモンドがアーティスティックな存在である証だろう。良いアルバムです。

 
 

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