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2015年3月の記事

2015年3月31日 (火曜日)

こんなアルバムあったんや・42

ジャケットを見てもピンとこない。そう、僕はこのアルバムの存在を知らなかった。Tommy Flanagan『Positive Intensity』(写真左)。邦題は『白熱』。CBS/Sonyからリリースされたトリオ盤である。

1976年1月と10月の録音。ちなみにパーソネルは、Tommy Flanagan (p), Ron Carter (b), Roy Haynes (ds)。面白い組合せだ。1970年代後半、CBS/Sonyからのリリースで、ベースがロンとくれば、ドラムはトニーなんだが、このアルバムは違う。ロイ・ヘインズである。

収録曲は全10曲。ロン、トミフラ、そして、プロデューサーのテオ・マセロの自作曲3曲以外、残りの7曲はスタンダード曲。フラナガンの自作曲は「Verdande」。かのフラナガンの有名盤『Overseas』からの再演である。これは興味津々である。

このトリオ盤を聴き通して感じるのは、ロイ・ヘインズの元気のよいドラミング。とにかくバッシャバッシャと叩きまくる。1970年代後半、商業ロックが幅を効かせていた時代。ジャズもリズム・セクションがガンガンにいってもおかしくない時代。これはこれで時代を感じるドラミングではある。

もともと、トミフラ(トミー・フラナガン)はバップ・ピアニストである。いぶし銀の様なサイドメンでのプレイが良い、トミフラはサイドメンとしてより輝く、などと誤解を生むような評価もあったが、トミフラはバップ・ピアニストである。ガンガンと歯切れの良いタッチで、バリバリ弾きまくるのがトミフラのスタイル。
 

Positive_intensity

 
そして、当然、リーダー作の場合は、トミフラはガンガン前へ出る。そして、トミフラはアドリブ・フレーズが多彩でバリエーションが豊か。トミフラが弾いている以上、アドリブ・フレーズで飽きることは無い。特に、スタンダード曲の場合にその傾向が強い。よって、トミフラはスタンダード曲を題材とする時、よりそのアドリブが惹き立つ。

このアルバム『白熱』でも、そのトミフラの個性は際立っている。そして、このアルバムでのロンのベースはなかなか良い。よく話題になる、ロンのベースのピッチもまずまず合っていて、ロンのアドリブ・フレーズが小気味よく響く。

僕はトミフラがバリバリ弾きまくっている分、ロイ・ヘインズの元気なドラミングは気にならない。このアルバムは、このロイ・ヘインズの元気なドラミングを良しとするか、駄目とするかで、評価が分かれるだろう。この盤でのトミフラの出来は良い。1970年代後半独特のトリオ盤として、僕はこの盤が気に入っている。

ジャケットのデザインは「やっつけ感」が満載で、感心できる出来では無い。このジャケットだと触手は伸びないだろう。このアルバムの内容を知ってこそ、このアルバムには触手が伸びる。

 
 

震災から4年。決して忘れない。まだ4年。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2015年3月30日 (月曜日)

音楽喫茶『松和』の昼下がり・19

Ahmad Jamal『The Ahmad Jamal Trio』(写真左)。女性の横顔を魅力的にあしらった粋なジャケットと共に、長年、手にしたいアルバムだった。が、オリジナル・フォーマットで、なかなかCD化されない。どうしたのかなあ、と思いながら、ずっと待っていた。

待てば海路の日和あり。昨年の9月に、オリジナル・フォーマットで、やっとCDリイシューされた。改めて、この盤は1955年10月の録音。ちなみにパーソネルは、Israel Crosby (b), Ray Crawford (g), Ahmad Jamal (p)。収録曲は以下の通り。魅力的なスタンダード曲がズラリと並んでいる。
 

  1. Perfidia
  2. Love for Sale
  3. Rica Pulpa
  4. Autumn Leaves
  5. Squeeze Me
  6. Something to Remember You By
  7. Black Beauty
  8. The Donkey Serenade
  9. Don't Blame Me
10.They Can't Take That Away from Me

 

The_ahmad_jamal_trio

 
収録曲を見渡すと、4曲目に「枯葉」が入っている。そのイントロのアレンジが、あのキャノンボール・アダレイ(マイルス・デイヴィス)の『サムシン・エルス』に収録されている「枯葉」とほぼ同じなのに気付く。

このジャマルのアレンジは、キャノンボール・アダレイ(マイルス・デイヴィス)の『サムシン・エルス』よりも速いテンポで、あのラテン風のイントロ・フレーズをギターに弾かせている。如何にマイルスが、このアーマッド・ジャマルにゾッコン惚れ込んでいたのかが良く判る。

このアルバムを聴くと、ジャマルは「バップ・ピアニスト」なんだなあ、と感じる。しかし、右手はシンプルに印象的なアドリブ・フレーズを紡ぎ出し、左手のブロック・コードが「合いの手」の様に、良い感じでリズム&ビートを供給する。

演奏全体のタッチはメリハリが効いていて、我々、聴き手の「演奏を聴く」という行為に十分に合致する。トリオ演奏の雰囲気はカクテル・ピアノに限りなく近いが、アドリブ・フレーズは十分にジャズしているので安心だ。

良いピアノ・トリオ盤だと思います。ジャマルと言えば『But Not For Me』が定盤ですが、ジャマルのピアノ・トリオ盤をもう一枚という向きにお勧めの一枚です。

 
 

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2015年3月29日 (日曜日)

日本男子もここまで弾く・4

加古隆。日本のジャズ・シーンにおいて、ジャズ・ピアニストとして認識されている度合いが低い、不思議なピアニストである。リーダーアルバムは相当数リリースしている。それでも、日本の代表的なジャズ・ピアニストとして名を連ねることが少ない。

映画やテレビ番組のBGMを担当していることが多いからだろうか。現代音楽のピアニストとして認識されているのかもしれない。確かに、加古隆のバイオグラフィーを紐解くと、彼のピアノの原点は現代音楽ではある。しかし、彼は現代音楽とフリー・ジャズとの間に共通性を見出し、フリー・ジャズの優れたアルバムを多々リリースしている。

加古隆のフリー・ジャズは、1960年代後半から1970年代前半、米国で流行った、ジョン・コルトレーンらが中心の、感情のままに激情に任せて吹きまくるスタイルでは無い。当時、欧州で流行っていた理知的で静的なスタイルである。意外とこの欧州で流行っていたフリー・ジャズのスタイルは日本は受けが悪かった。

そんな背景もあって、日本では、加古隆は現代音楽の人としての認識度合いが強い。しかし、加古隆のアルバムの中には、フリー・ジャズとして優れたアルバムが多々ある。そんな中の一枚が、加古隆『パッサージュ』(写真左)。1976年のリリースになる。
 

Passage

 
パリ留学の完遂を目前に控えた加古が一時期国、パリでも共演した豊住芳三郎とその成果を披露した、優れた内容のフリー・ジャズ盤である。1976年1月、日本での録音。改めてパーソネルは、加古隆 (p), 豊住芳三郎 (perc)。ピアノとパーカッションのデュオである。

確かに、現代音楽に端を発するピアノ・スタイルではある。ジャズの雰囲気を書き立てるファンクネスは全く存在しない、どころか、オフビートの雰囲気すら見当たらない。硬質なタッチ、透明度の高い高音の響き、静的で理知的な不協和音。現代音楽で培われたフレーズが、自由度の高い、質の高いリズム&ビートの上で飛翔する。

ピアノの高音部で執拗に硬質なタッチが響く「美しい音の連続」。雪崩のような、畳みかけるような、疾走感溢れるパーカッション。転がすように煌めく指の動き。それまでの日本に無かった、欧州スタイルのフリー・ジャズの成果がこのアルバムに詰まっている。

これは、1970年代の日本のフリー・ジャズの素晴らしい成果の一枚である。何も米国で流行ったフリー・ジャズのスタイルが全てでは無い。このアルバムは、日本人が表現した、欧州スタイルのフリー・ジャズの良質な成果であり、一聴に値する内容である。

 
 

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2015年3月28日 (土曜日)

ハッチャーソンのヴァイブ

1960年代、理知的でクールなスタンダード・ジャズの演奏スタイルを得意とする若手ミュージシャンの集団が出現した。「新主流派」と名付けられた集団である。

1960年代半ばがピーク。理知的でクールで、素晴らしいテクニックに裏打ちされた鋭いタッチ、切り込むような音。それでいて、ジャズの基本を忠実に保持して、決して破綻しないクールな演奏。そして、流行の新しい奏法もその中にどんどん取り込む貪欲さ。今のジャズ・シーンでもそのフォロワーは後を絶たない。絶大な人気を持つ演奏スタイルである。

時代を少しさかのぼる。ジャズの歴史上、1950年代、ミルト・ジャクソンがモダン・バイブの奏法を確立〜飛躍させたわけだが、そのミルトが偉大であった分、ミルトに続く、リーダー格のバイブ奏者がなかなか現れない。やっと、1960年代に入って、ボビー・ハッチャーソンが頭角を現したのである。

ボビー・ハッチャーソンは考える。ミルトと同じことをやっていては、いつまでもミルトと比較されてしまう。さてどうしようか、ということで、彼はミルトとは異なる表現テクニックでその地位を築いていったのである。

当時、「新主流派」と呼ばれる、若手中心のジャズの伝統的奏法に則りながらも前衛性を重視し、理知的な演奏をする集団があったのだが、その「新主流派」のイディオムに則ったジャズ・バイブに邁進したのであった。
 

Happenings

 
ハッチャーソン自身のご紹介はこれくらいにして、彼の特徴・個性が良く判るリーダー作を聴いてみよう。Bobby Hutcherson『Happenings』(写真左)。ブルーノートの4231番。1966年2月の録音。ちなみにパーソネルは、Bobby Hutcherson (vib), Herbie Hancock (p), Bob Cranshaw (b), Joe Chambers (ds)。

冒頭の「Aquarian Moon」から、いかにも新主流派らしい、ハードバップな展開の中に新しい響きを感じるリズム・セクションの演奏。そんなリズム・セクションの演奏にハッチャーソンのバイブが絡む。すると、ピーンと張った緊張感とクリスタルな透明感溢れる響きが演奏全体に漲る。しかし、演奏の雰囲気はホットだ。

そんな新しい響きを湛えた名演が4曲目の「Maiden Voyage」。邦題「処女航海」。このアルバムでもピアノを担当しているハービー・ハンコックの名曲である。

ハービー自身のバージョンが暖かな海を悠々と堂々と航海に乗り出す雰囲気だとすると、このハッチャーソンのバージョンは、氷山が遠くに見えるような厳冬の海を凛とした雰囲気で、緊張感をもって航海する雰囲気。ピンと張った緊張感と全体を覆う透明感はとにかく「素晴らしい」の一言。

そして、極めつけは、ラストの「The Omen」。アブストラクトな演奏で、演奏形式はフリー・ジャズですが、その雰囲気は「氷の音楽」。流氷が奏でる音楽の様な、素晴らしく透明感をもったフリーなジャズ演奏です。

 
 

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2015年3月27日 (金曜日)

市原ひかりの意欲的な企画盤

アメリカの文豪、F.スコット・フィッツジェラルドの小説で不朽の名作として人気の高い『ザ・グレート・ギャツビー』、邦題『華麗なるギャツビー』。この『華麗なるギャツビー』からインスピレーションを得て制作されたコンセプト・アルバムを聴く。

そのアルバムとは、市原ひかり『Dear Gatsby(親愛なるギャツビー)』(写真左)。昨年の10月のリリース。ちなみにパーソネルは、市原ひかり (tp, flh), 宮川純 (p, rhodes, syn), 清水昭好 (b), 横山和明 (ds), デイビッド・ネグレテ (reading)。「朗読」が入っているのが興味をひく。

冒頭の「You must know Gatsby」を聴けば、このアルバム全体の雰囲気が窺い知れる。ハウスな雰囲気がクール。小説の一節の朗読がエキゾチック。雰囲気はヒップホップなどを融合させた様な、クールで緩やかなリズム&ビートに乗って、抑制の効いた、ブラスの響き豊かに、市原のトランペットが朗々と鳴る。
 

Dear_gatsby

 
「朗読」が、知的なラップの様に効いている。幽玄な響きを湛えるトランペット。クールで繊細なリズム・セクションがトランペットを浮き立たせる。メリハリの効いた水墨画を観るような、幽玄な音世界。落ち着いた、抑制の効いたビート。朗々となるトランペット。緩やかに流れる河の様に、悠然とインプロビゼーションが展開されていく。

全編に渡って、雰囲気のある楽曲が詰まっている。そして、それぞれの曲に施されたアレンジがクールだ。市原を始めとする各メンバーの作曲能力とアレンジ能力の高さをまざまざと感じる。それぞれの楽曲に才能の煌めきを感じる。

決して、バリバリに吹きまくる、バッシャバッシャ叩きまくる、熱い熱いジャズでは無い。どちらかと言えば、真逆のクールでセンシティブで、音の広がりと抑制の効いたビートで聴かせる新しい感覚のジャズ。実に個性的だ。次作が楽しみになる、そんなクールなニュー・ジャズ。

 
 

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2015年3月26日 (木曜日)

ピアノ・トリオの代表的名盤・44

こういうアルバムは聴いていて、文句無しに楽しい。加えて音が良い。これまた、文句無しに楽しい。しかも、こんな純ジャズなアルバムが、1977年10月に録音されていたんだから、米国の音楽シーンは懐が深い。

そのアルバムとは、The Great Jazz Trio『Direct From L.A.』(写真左)。The Great Jazz Trio(以下GJTと略す)は、Hank Jones (p), Ron Carter (b), Tony Williams (ds) の3人の名うてのジャズ職人で構成されたピアノ・トリオ。

新主流派の最先端を走っていたベースのロンとドラムのトニーはともかく、この当時ジャズ界の先端を行くピアノ・トリオの主役、ピアノを担うのが、当時、既にベテランの域に達していたハンク・ジョーンズである。このGJTの演奏を聴く前には、どう想像したって、ハンクのピアノは時代遅れの音なんだろうな、って思ってしまう。

それじゃあ、なんで新主流派の最先端を走っていたベースのロンとドラムのトニーが、このベテラン、ハンク・ジョーンズと組んで、ピアノ・トリオとして演奏を繰り広げたのか、が判らない。日本のジャズレーベル独特の、ギャラを積んで一流ジャズメンを呼んだ、趣味の悪い企画セッションなのかと勘ぐったりする。

しかも、このアルバムの収録曲が「Night In Tunisia」「Round Midnight」「Satin Doll」「My Funny Valentine」の4曲。それも超有名なジャズ・スタンダード曲ばかり。これだけ超有名なジャズ・スタンダード曲を並べられると、胡散臭さに拍車がかかる。大丈夫なのか、このアルバムとも思う。
 

Gjt_direct_from_la  

 
しかし、一旦、このアルバムを聴き始めると、まずは思わずビックリ。聴き耳を立て始め、1曲目の「Night In Tunisia」のアドリブ部の展開の頃には、ドップリとこのアルバムの演奏に聴き入っている。

まず、時代遅れの音なんでしょう、と思っていたハンクのピアノが素晴らしく創造的で先鋭的。実に尖った当時最先端のモダンジャズなピアノの響きである。確かにタッチはハンクの典雅なタッチ。しかし、そのインプロビゼーションの展開はダイナミックで緊張感溢れる先鋭的なもの。

逆にそんな先鋭的なハンクのピアノに煽られて、ロンのベースがモーダルにブンブン唸りを上げ、トニーのドラムがマシンガンのように打ち付けられ、時にハイハットが飛翔する。凄まじいばかりのリズム&ビートのうねり。その「うねり」に乗じて、ハンクのピアノがスリリングなアドリブ・フレーズを展開する。

恐らく、この『Direct From L.A.』というアルバム、GJTのスタジオ録音の中でも出色の出来でしょう。収録時間は、LP時代のダイレクト・カッティングのアルバムなので、全体で29分弱と短いが、そんな短さが全く気にならない位に、このアルバムに収録された演奏は相当に充実している。

疾走感とスイング感を両立させつつ、ダイナミックな表現とセンシティブな表現を共存させる。そんな大変モダンなピアノ・トリオを実現しているところが凄いですね。全くもって脱帽です。ピアノ・トリオの常識を覆す斬新な演奏は今の耳にも新鮮に響きます。

 
 

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2015年3月25日 (水曜日)

日本男子もここまで弾く・3

このアルバムは定盤中の定盤だろう。山本剛『Misty』(写真左)。1974年8月7日の録音。ちなみにパーソネルは、山本剛(p), 福井五十雄(b), 小原哲次郎(ds)。純日本メンバーのピアノ・トリオ。いわゆる「Made in Japan」である。 日本のジャズ・レーベル、Three Blind Mice(TBM)からのリリース。

冒頭の「Misty」でのピアノ・タッチが、山本剛の個性の全てを物語る。硬質で金属音に近い、尖った右手のタッチ。山本の右手は決してテクニックに走らない。日本人独特の「間」の感覚を活かしたアドリブ・フレーズ。そして、その右手に沿うように、インプロビゼーションのベース部分を支える右手のブロックコード。

美しい旋律を持つこの「Misty」をバリバリとポジティブに弾き進めるのは「無粋」というもんだ。「Misty」を演奏させたら山本剛の右に出る者は居ないと言いたい。ウィントン・ケリーやレッド・ガーランドと比較しても、この山本剛の独特の「間」の感覚を活かしたアドリブ・フレーズは優れている。

2曲目の「Blues」の小気味よいスイング感にハッとする。雄弁に語る右手。硬質ではあるが、コロコロと転がる様にフレーズを紡いでいく。左手はその右手のフレーズにアクセントをつけ、次の右手のフレーズへと誘うガイド役を担うブロックコード。適度な疾走感と爽やかな切れ味の右手のタッチが耳にいつまでも残る。
 

Tsuyoshi_yamamoto_misty

 
3曲目は有名スタンダード曲「Yesterdays」。僕の大好きなスタンダード曲のひとつ。硬質でクリスタルな山本のタッチが「Yesterdays」独特のフレーズをくっきりと浮き立たせる。そして、ふと気がつく。福井のベースと小原のドラムの充実したサポートがあっての山本のアドリブ・フレーズなんだということに。

優れたピアノ・トリオの条件は、もちろん主役のピアノの素晴らしさはもちろんのこと、リズム・セクションを司るベースとドラムの優秀性も必須の条件だ。主役のピアノの個性を短時間で汲み取り、その主役のピアノを惹き立てるリズム&ビートを供給するリズム・セクション。そういう観点では、このアルバム『Misty』での福井のベースと小原のドラムは合格ラインを大きく上回る。

74年度SJジャズ・ディスク大賞最優秀録音賞を受賞した、録音の良さも特筆したい。もともとTBMレーベルは音が良い。その音の良いTBMレーベルのアルバムの中でも、この山本剛『Misty』は特別に音が良い。抜けが良く、響きが典雅。音の輪郭がクッキリしているが決して耳につかない、どころか耳に優しい。

良いピアノ・トリオ盤です。ジャズ者の皆さん全てにお勧め。山本剛のピアノの個性は唯一無二。米国のピアニストの物真似では全く無い。日本人として誇りに感じる山本剛のピアノ。余談になるが、この山本剛『Misty』は、TBMレーベルのベストセラー第1位である。

 
 

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2015年3月24日 (火曜日)

ブッカー・リトルとの初邂逅

昨日、早逝の天才トランペッター、ブッカー・リトルについて語った訳だが、リトルのリーダー作も良いが、早逝の限りなくフリーで個性的なアルト奏者、エリック・ドルフィーとのコラボの方が僕には気になる。ということで、今日はこの盤をご紹介。

LP時代には「盟友ブッカー・リトルとの初邂逅」なんて文字が帯に踊っていたりした盤である。Eric Dolphy『Far Cry』(写真左)。1960年12月21日の録音。この盤が正真正銘、エリック・ドルフィーとブッカー・リトルとの出会いである。

ちなみにパーソネルは、Booker Little (tp), Eric Dolphy (as, b-cl, fl), Jaki Byard (p), Ron Carter (b), Roy Haynes (ds)。今の目から見れば、素晴らしい人選である。限りなく最先端でフリーな演奏をいともたやすく実現してしまう優れもの達の面々でパーソネルが構成されている。

冒頭の「Ode To Charlie Parker」から、エリック・ドルフィーの摩訶不思議な、捻れた様にスクエアにスイングするフルートが全開。そんなエリック・ドルフィーのフルートに絡むように、モーダルに吹き進めていくブッカー・リトルのトラペット。決して、奇をてらったフレーズは無いのだが、ドルフィーのフルートに絡みつくリトルのトランペットは実に妖艶である。

2曲目の「Mrs. Parker of K.C.」のリトルのトランペットはオーソドックスに溌剌としていて、思わずハッと聴き惚れる。そんなリトルのトランペットが、ドルフィーの一糸乱れぬユニゾン&ハーモニーを展開する。リトルのペットにドルフィーのアルト。相性抜群の二人である。
 

Far_cry

 
このドルフィーとリトルの双頭フロントは、自由度溢れるモーダルなフレーズを連発しながらも、決して小難しくない、逆に判り易いインプロビゼーションを展開する。このインプロビゼーションが絶品なのだ。

リトルのトランペットは正統派なもので、決して奇をてらったものでは無い。逆に、ドルフィーのアルトやバスクラは明らかに捻れた様にスクエアにスイングし、摩訶不思議なフレーズを繰り出す。そんな正反対の性質をした二人がコラボすると、相性バッチリ、一糸乱れぬユニゾン&ハーモニーを繰り出し、限りなくフリーでモーダルな、尖った純ジャズを展開する。

このドルフィーの『Far Cry』は、そんなブッカー・リトルとエリック・ドルフィーの出会いのアルバムである。以降、この二人は双子の兄弟の様に共演を続け、共にセッションに参加する。その双子の兄弟の様な関係は、ブッカー・リトルが、1961年10月5日、ニューヨークで急逝するまで続くのだ。

そして、ドルフィーは、リトルが逝去した3年後、1964年6月29日にベルリンで客死する。リトルは享年23歳、ドルフィーは享年36歳。早逝の二人であった。

この二人が早逝すること無く、今の時代を生きていたとしたら、リトルは77歳、ドルフィーは87歳。ちょっと現役では厳しい年齢やなあ。でも、二人があと20〜30年ほど長生きだったら、恐らく、ジャズ界のトレンドは大きく変わっていただろう。そんな確信に満ちた「強い想い」を持たせてくれる、そんなリトルとドルフィーのコラボである。

 
 

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2015年3月23日 (月曜日)

似て非なるリトルとブラウニー

「ブラスの響き」という比喩がある。ブラス=真鍮、真鍮がブルブル震える様な、ブリリアントな音色。トランペットが朗々と鳴る、というのはどんな音なのか、それに応えてくれるのが、ブッカー・リトル(Booker Little)である。

ブッカー・リトルは1938年生まれ。今も生きていれば77歳の喜寿。しかし、リトルは1961年、満23歳で急逝した。初リーダー作が、1958年の『Booker Little 4 + Max Roach』なので、本格的に活動したのは、たった3年。残されたリーダー作はたったの4枚。しかし、エリック・ドルフィーとの伝説のファイブスポット3部作がある。

これだけ数少ないリトルの成果なのだが、このリトルのトランペットの音が素晴らしい。いわゆる「ブラスの響き」なのだ。僕は、このリトルの吹くトランペットを聴いて、ブリリアントな音色で朗々となるトランペットというものを理解した。とにかく、朗々と大らかに真鍮ブルブルと鳴るトランペット。音も大きくて明るい。

そんなブッカー・リトルのトランペットを心ゆくまで楽しむことが出来る盤が『Booker Little』(写真左)である。Timeレーベルからのリリース。1960年4月の録音。CDの時代になってから、ボートラがてんこ盛りに入っていて、どこまでがオリジナルの『Booker Little』なのかが判らなくなっている(笑)。LP時代のオリジナルな収録曲は以下の通り。
 

1. Opening Statement
2. Minor Sweet
3. Bee Tee's Minor Plea
4. Life's A Little Blue
5. The Grand Valse
6. Who Can I Turn To
 

Booker_little_album

 
ちなみにオリジナルのパーソネルは、Scott LaFaro (b), Roy Haynes (ds), Tommy Flanagan (p,tracks:1,2,5,6), Wynton Kelly (p,tracks:3,4), Booker Little (tp)。 ビル・エバンスとのトリオで有名な伝説のベーシスト、スコット・ラファロの参加がよく取り沙汰されるが、ブンブン低音を響かせるベースは魅力的だが、このアルバムではそこまで。とりわけ、ベーシストだけを語る盤では無い。

やはり、このアルバムの主役はリーダーのブッカー・リトル。どの曲でも、リトルのペットは朗々と鳴る。早逝の天才トランペッター、クリフォード・ブラウン(ブラウニー)の後継者、ブラウニーのフォロワー的な評価をする人もいるが、僕はそうは思わない。

ブラウニーのペットは教科書的な、端正でテクニック溢れる破綻無く、大きな音でポジティブな音。大胆な音からセンシティブな音まで幅広い。リトルのペットは、とにかく朗々とブリリアントになる。真鍮がブルブル震えるが如く、大きな音で雄々しく鳴る。あくまで豪快に鳴る。ブラウニーのペットとリトルのペットとは似て非なるものだと感じている。

このアルバムはこのアルバムがあってこそ、他のリトルを愛でることが出来る、リトルのトランペットを感じ、リトルのトランペットを理解するアルバム。アレンジも意外と平凡、バッキングを担うピアノ・トリオも平均点な出来。フロントのリトルのトランペットだけが前にでる、リトルのトランペットだけを愛でるアルバム。よくよく聴けば、不思議なアルバムである。

 
 

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2015年3月22日 (日曜日)

太田裕美『手作りの画集』です

前作の『心が風邪をひいた日』は、女性ボーカリスト太田裕美の歌世界の原点としてのポジションを占める佳作である、と書いた。そして、続くアルバムは、太田裕美『手作りの画集』(写真左)である。

作詞は全楽曲を松本隆が担当するのは同じ。作曲は全楽曲を筒美京平が担当するのも同じ。松本隆×筒見京平がタッグを組んだ、太田裕美をボーカリストとしての「実験」が本格化している。

『心が風邪をひいた日』では、ユーミンの曲をアクセントにおいて、今までの歌謡曲とは違う、新しい感覚の「Jポップ」な雰囲気を漂わせたのであるが、この『手作りの画集』ではそういう混ぜ物は一切無し。「松本隆×筒美京平」のみで勝負している。

松本隆の歌詞は、もう太田裕美に歌わせることを前提に書かれているみたいで、太田裕美のボーカルの雰囲気にバッチリ合っている。デビュー当時の「良家の深窓のご令嬢」という雰囲気から(あまり受けなかった)、カジュアルなお姉さんという雰囲気にイメージチェンジ完了である。

筒見京平の曲については、新しい感覚の「Jポップ」な雰囲気を十分に漂わせている楽曲と、従来の歌謡曲の雰囲気に留まっている楽曲とが混在しているのは前作と同じなんだが、新しい感覚の「Jポップ」な雰囲気を十分に漂わせている楽曲の占める割合が増している。
 

Hiromi_ohta_tedukuri_no_gasyu

 
松本隆の新しい感覚の歌詞と筒美京平の新しい感覚の「Jポップ」な雰囲気とが相まって、この『手作りの画集』は、リリースが1976年6月でありながら、かなり新しい感覚の楽曲が詰まった、異色の歌謡曲アルバムに仕上がっている。というか、このあるばむについては、もはや「歌謡曲」のジャンルには留まらない、来る「ニューミュージック」と呼ばれる、新しい感覚のJポップな雰囲気が濃厚である。

収録されたどの曲も魅力的なんだが、やはりシングルカットされた「赤いハイヒール」(写真右)は出色の出来である。若い男女のダイアローグという書きっぷりは「木綿のハンカチーフ」の二番煎じっぽいが、この「赤いハイヒール」では主人公は女性。マイナー調の寂しげな雰囲気に女性の独白部分と。転調してリズミカルに展開するサビの部分の男性の独白部分の対比が見事。筒美京平の面目躍如。

冒頭の「オレンジの口紅」も良い。「少女以上大人未満」の20歳前後位の女性の切ない思いを綴った松本隆の歌詞は、それまでの歌謡曲やフォークソングの世界には無い、新しい感覚のもの。初めて聴いた時には「唖然」としたのを思い出す。曲の出来も良く、松本隆×筒見京平タッグの傑作の一曲。

ラストの「茶色の鞄」も良いなあ。太田裕美のファンとして、太田裕美のアルバムをよく聴いた学生時代。このアルバムに収録されている楽曲は、全て学生時代の想い出とオーバーラップする。セピア色をした青春時代をリアルに思い出したりして、聴いていて、知らず知らずのうちに「口元が緩む」アルバムでもあります(笑)。

 
 

震災から4年。決して忘れない。まだ4年。常に関与し続ける。決して忘れない。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2015年3月20日 (金曜日)

原田知世『恋愛小説』を聴く。

うむむ、良いんでないの、これ。「大人のラヴ・ソング」をテーマに、ポップス、ロック、ジャズ、ボサ・ノヴァといったさまざまなジャンルのラヴ・ソングから、歌詞を吟味し10曲を厳選。ふむふむ。

女優としてのみならず、シンガーとしても高い評価を得ている原田知世。歌手としては、デビュー以来、継続的にアルバムをリリースしている。確かに知世ちゃんのアルバムは優れたものが多く、昨年には約5年ぶりとなるオリジナルアルバム『noon moon』をリリースしており、これがなかなかの内容だった。

実は年1作ペースで順当にCDリリースしており、女優と歌手の比率が拮抗している。お洒落でナチュラルで、ほんわか肩の力が抜けた、良い意味での「脱力系」アンニュイなボーカル。これが知世ちゃん独特の個性で実に良い。

そんな知世ちゃんが、さまざまなジャンルの洋楽ラブソングをカバーしたアルバム『恋愛小説』(写真左)を3月18日にリリースしたのである。14年ぶりとなるカバーアルバム。ジャズ・スタンダード曲も含まれていて、思わず、ジャズ・ボーカル盤のノリでゲット。

さて、収録された曲は以下の通り。括弧内はオリジナル・アーティストor代表的歌唱アーティストである。

1. 夢の人 (ザ・ビートルズ)
2. ドント・ノー・ホワイ feat. ジェシー・ハリス(ノラ・ジョーンズ)
3. イン・マイ・シークレット・ライフ(レナード・コーエン)
4. ベイビー・アイム・ア・フール(メロディ・ガルドー)
5. ナイト・アンド・デイ(スタンダード)
6. ブルー・ムーン(スタンダード)
7. イフ・ユー・ウェント・アウェイ(マルコス・ヴァーリ)
8. フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン(ジュリー・ロンドン)
9. 恋の面影(ダスティ・スプリングフィールド)
10. ラヴ・ミー・テンダー(エルヴィス・プレスリー)

 

Tomoyo_love_story

 
良いですね〜、良い選曲ですね。いきなり、ビートルズの「夢の人」です。『4人はアイドル』のB面5曲目に収録さえている小曲。アンニュイな脱力系ボーカル全開で、知世ちゃんが歌います。続く曲は、ノラ・ジョーンズの名曲「ドント・ノー・ホワイ」。雰囲気のある名曲をホンワカに歌います。

ジャズ・スタンダード曲で有名な5曲目の「ナイト・アンド・デイ」、6曲目の「ブルー・ムーン」、8曲目の「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」、どれもなかなか良い雰囲気。ジャズ・ボーカリストとしても十分通用する知世ちゃんのボーカルにビックリ。

この知世ちゃんの洋楽ラブソング・カバー集、ヴァーヴ・レーベルからのリリースなんですね。これまたビックリ。アルバム全体のプロデュースおよび楽曲アレンジは伊藤ゴロー。アレンジの良さも特筆もの。バックの演奏もツボを押さえた渋い演奏で、フロントの知世ちゃんのボーカルをガッチリと支えます。

いや〜、想像していたより、雰囲気のある、良い内容のボーカル盤です。特に、知世ちゃんのボーカルの個性と特徴が最大限に活かされていて、聴いていて実に楽しい。知世ちゃんのボーカルで、ジャズ・スタンダード曲がもっと聴きたくなりました。次は、ジャズ・スタンダード曲オンリーでカバー盤を出してくれないかなあ。

最後に参加ミュージシャンの主だったところをピックアップしておきましょう。

原田知世 - vocals
伊藤ゴロー - classical & electric guitar, etc.
澤渡英一 - acoustic piano
坪口昌恭 - acoustic piano, Fender Rhodes
鳥越啓介 - acoustic & electric bass
小川慶太 - drums & percussion
堀江博久 - Hammond B3 organ, clavinet
織田祐亮 - trumpet, flugelhorn, valve trombone
藤田淳之介 - soprano & tenor saxophones, flute

 
 

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2015年3月19日 (木曜日)

デジタル環境の中「復調の証」

時代は1980年代に入って、録音環境も録音機材もアナログからデジタルへとドラマチックに変化していく。この『Sign of the Times』では、そんなデジタルな世界での音作りに苦闘するボブ・ジェームスが見え隠れする。シンセサイザーもアナログからデジタルへ。音は洗練されてはいるが細くデリケートになる。

さて、次作のBob James『Hands Down』(写真左)ではどうなったのか。1982年のリリースになる。ボブ・ジェームス10作目のリーダー・アルバムなので指が10本のレントゲン写真。加えて、タッパンジー・レーベルを設立して、CBSに移籍後、7枚目のアルバムなので、指のレントゲン写真の上に薄っすら「7」の文字が浮かぶ。

パーソネルは大量になるので書かない。当時の名うてのフュージョン畑のミュージシャン総出といった風情のパーソネル。さすがは、フュージョン・ジャズの大御所ボブ・ジェームスである。曲によって、メンバーの構成をダイナミックに組み替えている。こんなことが出来るのは、一握りの超一流のミュージシャンに限られる。

さて、冒頭の「Spunky」、このブギーなフュージョン・ナンバーを聴けば、このアルバムでのボブ・ジェームスの好調さが良く判る。格好いいなあ。前作ぐらいから、シンセサイザーが目立つが、デジタル・シンセサイザーは音が細い。前作はそれが弱点だったんだが、今回の『Hands Down』ではその弱点もしっかりと克服されているところが凄い。
 

Hands_down

 
さすがはボブ・ジェームス、アレンジの妙で、デジタル・シンセの音の細さを克服して、クッキリとした音色として聴かせてくれる。これだけクッキリとした音色であれば問題無い。6曲目の「It's Only Me」などはシンセが演奏の中心で、テクノ・ポップなフュージョンという趣。シンセの音もデジタル臭さを克服しつつ、エッジの立った新しい時代のシンセ音を聴かせてくれる。

3曲目の「Shamboozie」も良い。ファンクネスが色濃く漂う、リズム&ビートが渦巻く、アーバン・フュージョン・チューンである。とにかくクールで爽快。ここでも、ボブ・ジェームスはフェンダー・ローズを上手く使って、デジタルチックな雰囲気を中和している。こういうアレンジはとにかく上手い。

このボブ・ジェームス10枚目のリーダー作『Hands Down』は、録音環境がデジタルに移行する中、ボブ・ジェームスがその卓越したアレンジ能力を発揮して、着実に復調していることを感じさせてくれる、なかなかの佳作だと思います。

ちなみに、ボートラが加わっている盤には、そのボートラに「Theme From "Star Trek"(スター・トレックのテーマ)」が入っている。スター・トレックにリアルタイムに接してきた僕達の世代にとっては、これがまた楽しい演奏。出だしのフレーズを聴くと、思わずニンマリしてしまう。

 
 

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2015年3月18日 (水曜日)

ハービーの初リーダー作です。

そう言えば、このブログで、ハービー・ハンコックの若かりし頃、つまりは、ブルーノート・レーベル時代のハービーをご紹介する機会が無かったことに気が付いた。よし、それでは、ブルーノートでの初リーダー作から順に聴き直してみよう。

ブルーノートでの初リーダー作は、Herbie Hancock『Takin' Off』(写真左)。ブルーノートの4109番。1962年5月18日の録音。ちなみにパーソネルは、Freddie Hubbard (tp), Dexter Gordon (ts), Herbie Hancock (p), Butch Warren (b), Billy Higgins (ds)。

パーソネルが興味深い。デクスター・ゴードン(略してデックス)のみが、1920年代前半の生まれ。その他は、1930年代後半。そんな中でもリーダーのハービーが1940年生まれと一番若い。デックスとハービーの年齢差が17年。ほとんど親子くらい年齢が違う。若手4人にベテランが1人という図式である。

特にデックスは、ビ・バップからの叩き上げ組。残りの若手4人はハードバップからの参入で、いわゆる「ビ・バップを知らない子供達」である。ハードバップもどちらかと言えば、モード奏法にも精通した「新主流派」傾向のメンバーである。パーソネルの顔ぶれを見れば、デックスだけが浮いている。こんなパーソネルでジャズ演奏して上手くいくのかい、と不安になる。

さて、このハービーの初リーダー作『Takin' Off』は、全てハービーの自作曲で占められている。そして、このアルバムに収録された全ての曲の出来が素晴らしい。良い曲ばかりなんですよ、これが。曲の傾向は、ファンキー・ジャズとモード・ジャズに二分されるかな。どちらの傾向の曲も魅力的。

ファンキー・ジャズ系が冒頭の「Watermelon Man」と5曲目の「Driftin」が秀逸。特に、冒頭の「Watermelon Man」は後にジャズ・スタンダード曲となり、多くのジャズメンにカバーされる。ハービーもエレ・ジャズとしてセルフ・カバーしている。「Driftin」も良いねえ。ダンディズム溢れるクールで緩やかな展開は「大人の雰囲気」。
 

Takin_off

 
ファンキー・ジャズとモード・ジャズとくれば、ビ・バップからの叩き上げサックス奏者デックスとは全く合わないのでは、と危惧するのだが、これがとんだ「杞憂」。ファンキー・ジャズでもモード・ジャズでもデックスはバリバリ吹きまくる。それもデックス独特のノリと個性で吹きまくる。ファンキーやモードなど全くお構いなしである。

この『Takin' Off』というアルバムは、デックスの出来が突出していて、デックスのブロウが実に充実しているところが一番印象に残る。デックスのサックス奏者としての懐の深さも十分に感じる。ダンディで雄々しいデックスのブロウは唯一無二。ブリッと吹いて、若手ジャズメンを瞬時に従えている。

リーダーのハービーのピアノも良い。デビュー作にして、ハービーのピアノの個性の殆どが、演奏のそこかしこに散りばめられている。このアルバムに収録されているどの曲でも、ピアノのフレーズと手癖を聴くと、恐らくこれはハービーでは、と思えるほど、ハービーのピアノの個性が色濃く出ている。

唯一、惜しいのは、フレディー・ハバードが雄弁すぎること。そして、物真似が過ぎること。確かに上手い。上手すぎるほど上手い。しかし、オリジナリティーは、と問えば、このアルバムでのハバードは個性がなさ過ぎる。加えて、テクニックに任せて吹きぎている。以前、マイルスが、ハバードに関して厳しい指摘をしていたこと思い出す。

ハバードの減点ポイントを勘案しても、このハービーの初リーダー作『Takin' Off』は、クールなハードバップ盤として良い出来だと思います。ハードバップ後期、新主流派寄りの新しい響きを湛えたハードバップな演奏としてお勧めの一枚です。

 
 

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2015年3月16日 (月曜日)

マシューズのアレンジって良い

最近、日本のフュージョン・レーベルであった「ELECTRIC BIRDレーベル」のアルバムが廉価盤でリイシューされている。これは凄い。僕がジャズ者を志したのが1978年。この頃、ELECTRIC BIRDレーベルは、なかなか魅力的なフュージョン盤を精力的にリリースしていた。

僕がジャズ者初心者の頃は、このELECTRIC BIRDレーベルのアルバムにはお世話になった。とにかく聴き易く、とにかくフュージョン。日本人独特の感性で、ロックのテイストとジャズのテイストを本当に上手く織り交ぜ、乾いたそこはかとないファンクネスを漂わせた「日本発のフュージョン・ジャズ」を世に出していた。

今回、僕にとって嬉しいリイシュー盤の一枚がこれ。David Matthews Orchestra feat. Earl Klugh『Delta Lady』(写真左)である。1980年のリリース。デビッド・マシューズ率いるジャズ・オーケストラに、ジャズ・アコギの名手アール・クルーが参加した企画盤である。

ちなみに主だったパーソネルは、David Matthews (el-p. arr), Earl Klugh (ac-g), Paul Metsky (el-g), Gordon Johnson (b), Jimmy Madison (ds), Ronnie Cuber (fl, bs), David Tofani (fl, ss), George Young (fl, ts), Fred Griffin (french horn), Sam Burtis (tb), Burt Collins, Joe Sheppley (tp)。

これが実に良い。冒頭の「Funky Turkey」は、モータウン・チックでR&Bなフュージョン・ジャズで、ブラスのユニゾン&ハーモニーがファンキーで実に良い。踊るような歌うようなアール・クルーのアコギ。ソウルフルなソプラノも良い、ブリブリ低音ファンクなバリトンも良い、エモーショナルなペットも良い、大団円なファンキー・フュージョンでスタート。
 

Delta_lady

 
続くデイヴィッド・ゲイツ(David Gates)の名曲「If」が、打って変わって「絶品バラード」。歌うようなアール・クルーの「泣きのアコギ」が絶品。実に美しい旋律が続いて、思わずウットリします。確かにこの曲って、聴く度に「アール・クルーのアコギってええなあ」と溜息をつくんですよね。これほど、泣きのアコギが浮き出るようなアレンジって、さすが、マシューズ御大、良い仕事してます。

続く「Gosman's Bazebo」は、爽快感溢れる、疾走感抜群のサンバ・ジャズ。マシューズ率いるジャズ・オーケストラは、一糸乱れぬアンサンブルで、フロントのアール・クルーのアコギを盛り立てます。爽やかに突っ走るようなクルーのアコギは「聴きもの」。これぞ、フュージョン・ジャズというアレンジも秀逸。いいぞマシューズ。

実は、1980年当時、このアルバムを聴いて、初めて「デビッド・マシューズ」の名前を知りました。そして、このアルバムを聴いて、マシューズのアレンジが大のお気に入りに。それからというもの、マシューズのアレンジの追っかけとなって、マシューズが絡んだアルバムは片っ端から聴きました。今でも大のお気に入りです。

ジャズ者初心者の頃、行きつけの喫茶店で寛ぐ時、BGMの様に聴きまくったアルバムです。CDの時代になって、暫く廃盤状態が続いて、その存在を忘れていましたが、今回のELECTRIC BIRDレーベルの廉価盤リイシューで、明確に思い出しました。今の耳で聴いても、上質のフュージョン・ジャズです。フュージョン者の皆さんにお勧めの好盤です。

 
 

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2015年3月15日 (日曜日)

懐かしの『My Aim Is True』

1970年代後半、ロックは急速に商業化、プログレッシブ・ロックは、ほとんどのバンドが創造力を失い、一流のミュージシャンは売上を追求すべく、売れ筋の音作りに邁進した。それでもロックは売れに売れ、音楽産業のドル箱的なジャンルになっていた。

そんなロックの商業化、産業化に異を唱え、ロックの原点回帰のムーブメントが起こった。パンク・ロックである。1970年代後半は、パンク・ロックのムーブメントをベースに、原点回帰のシンプルでメッセージ性のあるロックが台頭した。ロック界は、このパンク・ロックのムーブメントと、商業ロック化したとされるAORのトレンドに二分された。

さて、1970年代後半のロックについては、あまり能動的にアルバムを聴いた記憶が無い。大学受験の時代だったし、創造力を失ったプログレはもはや興味が無かった。しかし、大学に入って、持つべきは友である。麻雀を覚えて、麻雀友達が出来、徹夜麻雀のBGMに、この1970年代後半のトレンド・ロックをかける輩がいた。

その輩のおかげで、1970年代後半のパンク・ロック、原点回帰のシンプルでメッセージ性のあるロックの殆どを聴くことが出来た。やはり「持つべきは友」である。ただ、困ったことに、この頃のロックのアルバムを聴くと、記憶の中に甦るのが、ほとんど麻雀に興じているシーンばかりなのだ(笑)。

そんな麻雀のBGMの中で、これは格好良いなあ、と感心したアルバムがある。Elvis Costello『My Aim is True』(写真)である。1977年7月にリリースされた、エルヴィス・コステロのデビュー・アルバムである。このアルバムは、大学に入ってから、1年遅れくらいで聴いた。
 

My_aim_is_true_3

 
音的にはシンプルでブリティッシュ。もともと英国ロック好きなので、このアルバムの音作りにはグッと心惹かれた。シンプルなギター・バンドの音をベースに、スタイリッシュなコステロのボーカルが格好良く響く。この頃のコステロは「怒れる若者」でパンクしており、迫力があってテンションの高い演奏は実に魅力的でした。

楽曲としては収録されたものは全て魅力的だが、やはり、デビュー・シングルとして先行発売された「レス・ザン・ゼロ」や、リンダ・ロンシュタット等にカバーされたコステロの代表曲、叶わぬ恋を歌った切ないラブ・ソング「アリスン」が良い出来だ。

このアルバムを今の耳で聴いていると、どっかで聴いた歌い方、どっかで聴いたフレーズに多々行き当たる。1980年代以降のロック・ミュージシャンへの影響大やったんやなあ、ということが推察される。数々の後世のミュージシャンが影響されるだけ、このアルバムには魅力的で格好良い楽曲がギッシリと詰まっている。

1970年代後半、大学時代、このアルバムがかかると徹夜麻雀は休憩に入る。麻雀をやりながらBGMとして聴けるアルバムでは無い。麻雀の手を止めて休憩しながらジックリと耳を傾ける価値のある、シンプルでスタイリッシュで格好良いパンク・アルバムなのだ。

 
 

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2015年3月14日 (土曜日)

早春のユーミン盤はこれ。

我が千葉県北西部地方、今年の春は歩みが遅い。3月に入ってもなかなか暖かくならない。関西地方に比べると関東地方は春がやや遅い。大阪出身の僕としては、どうにもこの春の遅さが何年経っても合わない。春の選抜高校野球が始まっても、関東地方では雪が降る年があるもんなあ。

それでも、日は長くなり、陽射しのタップリになり、春はもうすぐそこまで、という感じになってきた。いわゆる「早春」の季節である。朝夜は冷えるが氷点下にはならず、日中は10度を超えると「早春」である。本格的な春はまだ先だが、家の周りのそこかしこに「春のサイン」が見え隠れする。

1970年代Jポップの中で、そんな「早春」の季節に合うアルバムは、と問われれば、僕は、荒井由実『MISSLIM(ミスリム)』(写真左)を挙げる。僕にとって、この『MISSLIM』は高校時代からずっと「早春」のアルバムなのだ。

『MISSLIM』は、荒井由実のセカンド・アルバム。1974年10月のリリース。ちなみにパーソネルは、荒井由実 (vo,p), 松任谷正隆 (key), 林立夫 (ds,per), 細野晴臣 (b), 鈴木茂 (el-g), 斉藤ノブオ (per)、辺りが中心メンバー。山下達郎がコーラスアレンジを担当している。

特に、この『MISSLIM』のLP時代のA面を占める5曲が絶品である。「生まれた街で」「瞳を閉じて」「やさしさに包まれたなら」「海を見ていた午後」「12月の雨」。ずっと、この5曲は「早春」の季節にピッタリだと思っている。まあ、A面のラストが「12月の雨」なのはご愛嬌。

特に歌詞の世界が絶品である。「生まれた街で」の「街角に立ち止まり 風を見送った時、季節がわかったよ」の一節には聴く度に痺れる。「瞳を閉じて」の「風がやんだら 沖まで船を出そう、手紙を入れた ガラスびんをもって」の出だしはまるで小説の出だしのようだ。
 
 
Misslim  
 
 
続く「やさしさに包まれたなら」の「カーテンを開いて 静かな木洩れ陽の、やさしさに包まれたなら きっと、目にうつる全てのことは メッセージ」の一節については、これは絶対に書けそうで書けないなあ、と脱帽。「海を見ていた午後」は「山手のドルフィンは 静かなレストラン、晴れた午後には 遠く三浦岬も見える」と、まるで写実主義の絵画を見るようだ。

そして、ラストの「12月の雨」の歌詞が最高に良い。この曲の歌詞は全てが良いが、特に「時はいつの日にも 親切な友達、過ぎてゆく昨日を 物語にかえる」のフレーズには、もう「参りました」である。まあ、これはタイトルを見る限り「冬」の歌なのだが、「早春」のこの季節に聴いてもなかなかいける。

そして、このアルバムの全ての楽曲において言えることは、アレンジが秀逸なこと。特にキーボードとベースの使い方が抜群。素晴らしくセンスが良い。キーボードは松任谷正隆、ベースは細野晴臣。パーソネルを見て納得。このアルバムのアレンジはヘッド・アレンジが中心だったのことだが、ひらめきとセンスが素晴らしい。

この『MISSLIM』のLP時代のB面、CDでいう6曲目以降は、その歌の世界がちょっと歌謡曲に寄っている感じがして、LP時代はあまり聴かなかった。が、聴き耳を立ててみると、これがなかなか良い。恐らくはアレンジが良いのだろう。今ではCDであることもあって、冒頭の「生まれた街で」から、ラストの「旅立つ秋」まで一気に聴き通してしまう。

このユーミンの『MISSLIM』は、僕にとっての「早春」のユーミン盤。我がバーチャル音楽喫茶『松和』では、昼下がりの「ジャズの合間の耳休め」として、季節のヘビロテ盤になっています。
 
 
 

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2015年3月13日 (金曜日)

マックス・ローチの代表作です

最近、天才ドラマー、トニー・ウィリアムスのリーダー作を何枚かご紹介したこともあって、ドラマーのリーダー作をちょびちょび聴き直している。ロリンズのブルーノート盤を聴いていて、ジャズ・ドラマーと言えば、マックス・ローチがいたなあ、と思い立って、彼のリーダー作を幾枚か、聴き直している。

そんな中、やはり、マックス・ローチの代表作と言えば、Max Roach『Drums Unlimited』(写真左)。邦題は『限りなきドラム』。なんだか雰囲気のある邦題で、僕は気に入っている。1965年10月と1966年4月の録音。

マックス・ローチはドラマーが故にリーダー盤の数は多くない。そんな数少ないリーダー盤の中で、僕が一番聴いてきたのは、この『限りなきドラム』。ちなみにパーソネルは、Max Roach (ds), Freddie Hubbard (tp), Roland Alexander (ss), James Spaulding (as), Ronnie Mathews (p), Jymie Merritt (b)。

この『限りなきドラム』のジャケットって実に味わいがあって、マックス・ローチの黒縁メガネ、凄く地味なセーター、こんな姿がジャケットの表面を飾るって、ジャズの世界でしかありませんよね(笑)。でも、なんだか雰囲気があって、ジャズらしくて、これはこれで実は気に入っています。

ドラムの教則本のようなアルバムで、ジャズ・ドラムのテクニックの全てを披露してくれているような、めくるめくドラミングの世界。冒頭の「The Drum Allso Walltzes」を聴けば一聴瞭然。ローチのドラムソロから、このアルバムはいきなり始まります。さすがはドラマーがリーダーのアルバムです(笑)。
 

Drums_unlimited1

 
2曲目の「Nommo」は、実に硬派なハード・バップ・チューン。そこはかとなくフリーキーな要素も見え隠れして、音楽的にも前進するローチの姿を捉えていて、なかなか気持ちの良い演奏です。

ローチのドラミングといえば、テクニックは素晴らしいのですが、どこか不安定部分が見え隠れして、精緻かつ正確無比なドラミングとは言い難いところがあります。しかしながら、このソロアルバムでのローチのドラミングは実に出来が良く、かなりのテクニックを披露しながらも安定しています。

そういう面からも、このアルバムは彼の代表作と言えましょう。このアルバムを聴くと、ローチのドラミングが「モダンジャズ・ドラミングの祖」と言われるのも納得できます。ローチのドラミングの良い面がギッシリ詰まった好盤ですね。

ラストの「In the Red (A Christmas Carol)」の演奏が、1966年の録音だけあって、かなりフリー・ジャズしているので、ジャズ者初心者の方々にはちょっとお勧めできないかな。

でも、ジャズ鑑賞を趣味にしている方については、一度は聴いてみる価値のある「ドラマーがリーダーのアルバム」です。ちなみに録音も実に良好です。

 
 

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2015年3月12日 (木曜日)

70年代Bob Jamesの集大成

ボブ・ジェームスのアナログ録音の雰囲気満載なアルバムの最後だろう。1980年のリリースになる。Bob James『H』(写真左)。リーダーでのスタジオ録音作の8作目。8作目だからアルバム・タイトルはアルファベットの8番目の「H」。タイトルが「H」で、ジャケットが「HOT DOG」。ちょっと無理があるなあ(笑)。

1980年と言えば、フュージョン・ジャズのピーク。トレンドはソフト&メロウ。この「H」は、ボブ・ジェームス流のソフト&メロウな盤である。いわゆる「ボブ・ジェームスの考えるソフト&メロウ」である。

その典型的な演奏が1曲目の「Snowbird Fantasy」。アコースティックなボブ・ジェームスが素晴らしい。アレンジも秀逸。従来、ボブ・ジェームスはブラスのアレンジが秀逸なのだが、この「Snowbird Fantasy」では更に秀逸。アナログ録音なブラス・アレンジの集大成。

2曲目「Shepherd's Song (From Haute-Auvergne)」以降、このアルバムには、アコースティックなボブ・ジェームス楽団の音が印象的に詰まっています。リズム・セクションはエレクトリックなんですが、このエレクトリックなリズム&ビートに乗って、アコピやアコギが乱舞します。このアコピやアコギの音が前面に押し出される、フィーチャーされるアレンジはさすがボブ・ジェームス。
 

Bob_james_h

 
ゲスト・ミュージシャンも、このボブ・ジェームスの秀逸なアレンジに乗って、いつになく吹きまくり、弾きまくる。Glover Washington,Jr.の流麗なソプラノサックス、そして、Hiram Bullockの飛び道具的なエレギが特に印象に残る。

そして、何よりも、このアルバムでのボブ・ジェームスのアコースティック・ピアノの音に耳を奪われる。もともと純ジャズな尖ったピアニストだったボブ・ジェームスなんですが、クロスオーバー・ジャズからフュージョン・ジャズに転身していく中で、フェンダー・ローズやシンセサイザーの使い手として認知され、アコピ弾きのボブ・ジェームスは忘却の彼方へ。

しかし、このアルバムでは、ボブ・ジェームスのアコピが際立っている。この8枚目のリーダー作『H』は、ボブ・ジェームスのアコピを愛でることのできる優秀盤である。ボブ・ジェームスのアレンジについても、このアコースティック・ピアノを際立たせるアプローチがそこかしこに施されている。

1970年代ボブ・ジェームスの集大成的なアルバムです。リリース年も1980年と節目の年。アナログ録音の雰囲気満載なアルバムの最後を飾るアルバムで、次作の『Sign of the Times』からはデジタルな録音環境に挑んでいくことになります。

 
 

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2015年3月11日 (水曜日)

ロリンズは豪快に吹きまくる

ブルーノート・レーベルのソニー・ロリンズの第2弾になる。『Sonny Rollins, Vol. 2』(写真左)。ブルーノートの1558番。1957年4月の録音。ちなみにパーソネルは、J.J. Johnson (tb), Sonny Rollins (ts), Horace Silver (p), Thelonious Monk (p), Paul Chambers (b), Art Blakey (ds)。

自作曲の2曲「Reflections」と「Misterioso」に限って、ピアノにセロニアス・モンクが座る。 それ以外は、ファンキー・ピアニスト、ホレス・シルバーが担当する。ホレス・シルバーとソニー・ロリンズって、ブルーノートならではの組合せ。ありそうで無い。相性はどうなんだろう。

よくよく見れば、ベースには、ポール・チェンバース、ドラムにアート・ブレイキ−。ソニー・ロリンズとベースのチェンバース、ドラムのブレイキーの組合せは、これまた珍しい。ブルーノートならではの組合せ。これもありそうで無い。特に、ロリンズとチェンバースの組合せは珍しいのではないか。

そんなブルーノート・レーベルならではのスペシャルなパーソネルの下、アルバムの中では「大ハードバップ大会」が繰り広げられている。時は1957年。ハードバップのトレンドがピークに差し掛かる時代。この『Sonny Rollins, Vol. 2』では、絵に描いた様なハードバップな演奏がギッシリ詰まっている。
 

Sonny_rollins_vol2

 
冒頭の自作曲「Why Don't I?」から、ロリンズは飛ばしまくる。そうそう、ロリンズはこうでなくては。『Sonny Rollins, Vol. 1』のロリンズは、他のメンバーに遠慮していたのか、大変、お行儀の良いテナーで、なんだか歯がゆい感じがズッとする、ロリンズに冠してはちょっと不完全燃焼な盤だったが、この『Sonny Rollins, Vol. 2』は違う。

続く自作曲「Wail March」でもロリンズは豪快に吹きまくる。そして、3曲目がモンクの「Misterioso」。この難曲をロリンズはいともたやすく、豪快に吹き上げていく。これだけ豪快な「Misterioso」もなかなか無い。モンクの曲と言えば、続く4曲目の「Reflections」も良い。この2曲で、ロリンズのテナーのテクニックは確かなものであることを確信する。

こうやって、この『Sonny Rollins, Vol. 2』を聴いていると、意外とベースのチェンバース、ドラムのブレイキーとの相性が非常に良いことが判る。特に、ブレイキーはノリにノっていて、バッシバッシと大はしゃぎである(笑)。それでも、ブレイキーのリズム&ビートは揺らぎと破綻が無く、堅実かつ豪快に叩きまくる。これがロリンズの豪快なテナーにバッチリなのだ。

ちょっと意外感のある、大変お行儀の良い『Sonny Rollins, Vol. 1』に比べて、この『Sonny Rollins, Vol. 2』では、ロリンズの有るべき姿を確認することが出来る。初期の頃のロリンズを愛でるには『Sonny Rollins, Vol. 2』でしょう。やはり、ロリンズは豪快にブロウし、悠然とスイングするのが良い。

 
 

震災から4年。決して忘れない。まだ4年。常に関与し続ける。決して忘れない。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2015年3月10日 (火曜日)

ファンキーなボブ・ジェームス

最近、タッパンジー・レーベルのボブ・ジェームスのアルバムが、廉価盤でリイシューされた。いやはや、僕にとっては待望のリイシューで、ボブ・ジェームスの9枚目のリーダー作以降をCDでコレクション出来るのだ。やっとである。

さて、久々のボブ・ジェームス。久々のBob James『Sign of the Times』(写真左)。ボブ・ジェームスの9枚目のリーダー作である。1981年のリリース。本作では全6曲中の半分にあたる3曲をロッド・テンパートンの曲を取り上げており、ボブ・ジェームスのアルバムの中でも、一番「ファンクネス」が前面に押し出されている盤となっている。

ボーカル入りの曲、コーラス入りの曲がフィーチャーされていて、とにかくファンキー。ボブ・ジェームスにはファンクネスは似合わない、と思っているが、確かに「らしくない」(笑)。しかし、ボブ・ジェームスのアレンジとキーボードがしっかりとそんなとっ散らかった「ファンキーな音」をグッと引き締めている。

時代は1980年代に入って、録音環境も録音機材もアナログからデジタルへとドラマチックに変化していく。この『Sign of the Times』では、そんなデジタルな世界での音作りに苦闘するボブ・ジェームスが見え隠れする。シンセサイザーもアナログからデジタルへ。音は洗練されてはいるが細くデリケートになる。
 

Sign_of_the_times

 
切れ味は良いが硬質で尖った音とエコーが、幾ばくかの違和感を持って展開される。デジタルの時代は、アナログの時代の様に脳天気に弾きまくれば良い時代では無くなった。よくよく計算して音を重ねないと、逆にアンサンブルが薄っぺらくなる。そうならないように、入念にボブ・ジェームスはアレンジする。

冒頭の「Hypnotique」のファンクネスに思わず狼狽えるが、曲が進むにつれ、ボブ・ジェームスならではの音世界になっていくので、ホッとする。ボブ・ジェームスならではの音世界って、ボブ・ジェームスのオリジナル曲なんですね。納得です。それでも、デジタルな雰囲気が色濃く漂っていて、1970年代フュージョン・ジャズは遠くなりにけり、という感慨にふけってしまう(笑)。

ロッド・テンパートンの曲で展開される、ボブ・ジェームスのファンクネスな音世界と、自作曲で展開されるボブ・ジェームスの従来からの音世界との対比が興味深い『Sign of the Times』です。ボブ・ジェームスの冒険心を感じる、チャレンジブルなアルバムだと思います。

 
 

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2015年3月 9日 (月曜日)

ブルーノート謹製ハードバップ

人呼んで「テナー・タイタン」。ソニー・ロリンズは、ブルーノート・レーベルに4枚のリーダー作を残している。どれもが水準以上の内容で、さすがロリンズ、さすがアルフレッド・ライオンである。そんな若きソニー・ロリンズがブルーノートに残した成果を聴き直してみた。

まずは、これだろう。『Sonny Rollins, Vol.1』(写真左)。1956年12月の録音。ブルーノートの1542番。ちなみにパーソネルは、Donald Byrd (tp), Sonny Rollins (ts), Wynton Kelly (p), Gene Ramey (b), Max Roach (ds)。ブルーノートにおけるロリンズの初リーダー作。

冒頭の「Decision」を聴くと、ちょっと「あれれ」と思う。リーダーのロリンズのテナーが目立たない。まずはトランペットが目立つ。輝かしいブラスの響きを湛えつつ吹きまくる、吹きまくる。初めは「リー・モーガン」かと思ったら違った。なんと「ドナルド・バード」である。

ええ〜、ドラルド・バードってこんなにバイタルに吹きまくるトランペッターだったかなあ。とにかく、このソニー・ロリンズのリーダー作で、俺が主役じゃ、と言わんばかりに、全編に渡ってトランペットを吹きまくる。場面によっては五月蠅い位だ。

そして、相変わらず、ドラムのマックス・ローチは冗長なドラムソロで目立ちたがる。マックス・ローチは基本的に目立ちたがり屋で、バックに回っているときも、結構、バシャバシャ叩いていて、ちょっと五月蠅いくらい。これがバップ・ドラミングだ、と言われればそれまでだが、ちょっと五月蠅い。
 

Sonny_rollins_vol1

 
加えて、哀愁のハッピー・スインガーであるピアノのウィントン・ケリーも何時になく弾きまくっている。これまた、根っからのハッピー・スインガーが弾きまくるのだから、目立つ目立つ。これまた五月蠅い位に弾きまくる。

どうもロリンズは人が良すぎる。参加したサイドメンが目立ちまくるリーダー作なんて聴いたことが無い。1曲目の「Decision」を聴いて先が思いやられる展開である。

しかし、2曲目の「Bluesnote」でロリンズも吹きまくり始める。まあ、バードのトランペット、ローチのドラム、ケリーにピアノが目立ちまくっているのは「そのまま」なのだが、そんな中にロリンズが割って入り始める。プロデューサーのアルフレッド・ライオンのサジェスチョンがあったのだろうか。

3曲目の「How Are Things In Glocca Morra?」以降、ロリンズの吹きまくりのスペースがどんどん広がっていって、やっとリーダー作らしく、ロリンズが吹きまくる。なんだかホッとする。ロリンズのテナーは、豪快に吹きまくってこそのテナーなので、他に吹きまくられているロリンズは「らしくない」。

ただ、この『Sonny Rollins, Vol.1』は、内容的には、絵に描いた様なハードバップ・ジャズで、テーマ部のユニゾン&ハーモニーも、アドリブ部の展開も、典型的なハードバップな音が満載。アレンジもカッチリしていて実に端正な音作りがなされており、まさに徹頭徹尾「ハードバップ」な音なのだ。

僕は、この『Sonny Rollins, Vol.1』は、ロリンズを聴くというよりは、ハードバップを聴くアルバムとして、皆にお勧めしている。このアルバムには、良質で端正なブルーノート・レーベル謹製の「ハードバップ」が詰まっている。

 
 

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2015年3月 8日 (日曜日)

こんなアルバムあったんや・41

この新作は「チャレンジ」だろう。生誕200年を迎えたサクソフォンの産みの親、アドルフ・サックス(1814年11月6日生)に捧げた企画アルバム、本多俊之『GREETINGS〜アドルフ・サックスに捧ぐ〜 』(写真左)。2014年11月のリリース。

基本的には、本多俊之がアレンジの才を最大限発揮した、サクソフォン・アンサンブルが中心の作品である。日本を代表する一流のサキソフォン・プレイヤー総勢13名を招聘し、サックスを思いっきり前面に押し出した、あまり前例の無いジャズ・オーケストラ仕様である。

冒頭の「Take it easy」が最大の編成で、サックスが13本にピアノの編成で豪快にアンサンブルを展開する。この曲は、吹奏楽用の楽譜をサックス・アンサンブルに編曲したとのことで、なるほど、旋律部分のユニゾン&ハーモニーが吹奏楽っぽい。この吹奏楽っぽいユニゾン&ハーモニーの響きをどう聴くかで、このアルバムの感じ方は分かれるだろう。

他の曲は、サックスあとは4〜6本の編成の曲が多くて、アンサンブルのサックスの重なるがちょっとスッキリして聴き易くなる。しかし、編成的には、サックスとピアノ、サックスもテナー、アルト、ソプラノ、バリトンの4種類で、音の種類はたった2種類での演奏となるので、音のバリエーションが乏しくて、アルバムに収録された曲を聴き進めるにつけ、単調さと飽きを感じてしまう。

アタックの強い音を出すのが苦手なサックスなので、強烈なリズム&ビートを供給することが出来ない。つまり、ユニゾン&ハーモニーはスムーズに流れるのだが、そのユニゾン&ハーモニーに加速をつけ推進するリズム&ビートに乏しい。この盤において、打楽器を中心としたリズム隊が無いのも、単調さを感じてしまう原因の一つだろう。
 

Toshiyuki_honda_greetings

 
よって、こういうサックスのみの編成という実験的な編成において、ピアノの存在が重要になるのだが、この盤では、ピアノを打楽器の代替としての活用するアレンジは採用されていない。サックスの特性を最優先としてアレンジされている様で、サックスの楽器としての表現力の可能性を、良い面も悪い面も併せて、前面に押し出している様に感じる。

そういう意味で、この本多俊之の新作は「チャレンジ」を前面に押し出した、実験作の意味合いが濃いと思う。サックスの楽器としての表現力の可能性を、良い面も悪い面も併せて前面に押し出す、という目的はほぼ達成されている。やはり、サックスのみのアンサンブルは、いかにアレンジの才を発揮しても辛い部分は辛い。ピアノ、ベース、ドラムという、基本的なリズム・セクションの参加は必須だろう。

それでも、5曲目の「My Favorite Rhythm」、副題「BOSSA AFRO CUBAN MEDOLEY」は聴いていてとても楽しいし、サックスとピアノのデュオ編成の、6曲目の「ELEGANTE」は格調高く、実に美しい演奏だ。映画やドラマの音楽も担当していた本多俊之ならではの、4曲目「マルサの女」や8曲目「家族ゲームMEDLEY」には思わずニンマリする。

ジャズ者初心者の方々には、ちょっと判り難い盤だと思います。ジャズ・オーケストラや吹奏楽関係者の方々に是非ともお勧めな一枚だと思います。それほど、この盤のアレンジは出色の出来だと感じています。

 
 

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2015年3月 7日 (土曜日)

『心が風邪をひいた日』を聴く

このヒット曲によって、僕は太田裕美に注目し始めた。そのヒット曲とは「木綿のハンカチーフ」(写真右)。女性ボーカルをメインに、男の台詞、女の台詞を交互に対話するように配した松本隆の詩の世界が素晴らしく印象的で、その歌詞をやや舌っ足らずで、ファルセットが印象的な太田裕美のボーカルが唄い上げていく。

そして、このヒット曲をメインにした太田裕美のアルバムが『心が風邪をひいた日』(写真左)。1975年発表のサード・アルバム。デビュー当時の「良家の深窓のご令嬢」という雰囲気があまり受けず、カジュアルなお姉さんという雰囲気にイメージチェンジしている最中のアルバムである。

収録曲としては、デビュー当時からのコッテコテの純歌謡曲風の曲と、当時、流行始めていたポップなニューミュージック風な曲とが混在していて、アルバムとしての統一感については若干欠けるところはあるが、このポップなニューミュージック風な曲がとにかく良い。新しい感覚な「Jポップ」な雰囲気が、当時、とても新しく感じた。

そのポップなニューミュージック風な曲の筆頭が「木綿のハンカチーフ」である。ちなみにこの「木綿のハンカチーフ」は、アルバム・バージョンとシングル・バージョン、2種類のアレンジ・バージョンがある。シングル・カットされたバージョンは、主にストリングスの効果を変えて演奏に厚みを加えているが、僕はシンプルで軽快な雰囲気のアルバム・バージョンのアレンジの方がお気に入りだ。
 

Ohta_hiromi_kokoro_kaze

 
「木綿のハンカチーフ」の続いて、ユーミンの作なる「袋小路」「ひぐらし」の存在が目を惹く。ユーミン独特のニューポップな感覚は太田裕美のボーカルにバッチリ。加えて、筒美京平の作曲ではあるがポップで新しい感覚の「銀河急行に乗って」や「夕焼け」も印象的。このアルバムでのこのポップなニューミュージック風な曲が以降の太田裕美の十八番となっていく。

作詞は全て松本隆なのは変わらないが、松本隆の作詞の内容も、ポップなニューミュージック風な曲に合うような内容に変化してきている。この松本隆の作詞の世界が、カジュアルな日常にありそうな身近な内容に変化したことが、太田裕美の歌世界を新しい世界に変化させた。

このアルバムから太田裕美の歌世界は、歌謡界で独特な個性、他に無いポップでカジュアルな歌世界がメインとなって、1970年代後半を駆け抜けていく。ベースは歌謡曲ではあるが、音の傾向はニューミュージック側に力点を置いた太田裕美の歌世界は唯一無二な存在だった。加えて、ちょっと舌っ足らずでファルセットが美しい太田裕美のボーカルも、これまた唯一無二だった。

このアルバム『心が風邪をひいた日』は、女性ボーカリスト太田裕美の歌世界の原点としてのポジションを占める佳作である。僕は、このアルバムの歌世界から、太田裕美者(太田裕美ファン)になった。

 
 

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2015年3月 6日 (金曜日)

ペッパーの本質を見極める盤

アート・ペッパーが好きである。とにかく、アルト・サックスのお気に入りと問われれば「アート・ペッパー」と即答する。さて、僕は、いつ頃から、どのアルバムから、アート・ペッパーがお気に入りになったのだろう。

恐らく、東海岸のマイルス・バンドのリズム・セクションと組んだ『Art Pepper Meets The Rhythm Section』を聴いて、ペッパー者となったと思われる。スタンダード曲が中心で親しみ易い演奏の中に、ペッパーの躍動感溢れるアドリブがあった。

そして、ペッパーのアルトが芸術の域に達しているものだ、と確信したのがこの盤である。Art Pepper『Modern Art』(写真左)。
ペッパーのワンホーン作で、1956年12月及び1957年1月の2セッションからなる。ちなみにパーソネルは、Art Pepper (as) Russ Freeman (p) Ben Tucker (b) Chuck Flores (ds)。

この盤は、ペッパーのアドリブの才能の素晴らしさを愛でる盤である。収録曲は以下の通り。「Blues In」で始まり「Blues Out」で終わる、ブルース基調の見事なまでのペッパーの珠玉のアドリブ集。曲のアレンジは、全て、ペッパーのアドリブが映える、ペッパーのアドリブが際立つものばかり。

しかし、この盤を聴き返せば、1970年代後半、ペッパーがカムバックして以来、カムバック以前の「前期のペッパー」が良いか、カムバック後の「後期のペッパー」が良いか、という不毛な議論が繰り返されてきたが、どうも、本当に不毛な議論だったようだ。
 

Modern_art

 
1. Blues In
2. Bewitched, Bothered and Bewildered
3. When You're Smiling
4. Cool Bunny
5. Diane's Dilemma
6. Stompin' at the Savoy
7. What Is This Thing Called Love?
8. Blues Out

 
今の耳で良く聴いてみると、この盤でのペッパーのアドリブは流麗で唄うが如くではあるが、アドリブ展開のそこかしこにアブストラクトな面が見え隠れしている。
 
ペッパーの後期は、前期からの流麗で唄うが如くな面とコルトレーンに傾倒したフリーキーな面が共存していたが、意外と前期のころからフリーキーな面は兼ね備えていたようである。

そういう意味で、この盤は、アート・ペッパーという、希有の天才アルト・サックス奏者の本質を聴く盤であると言える。ペッパーのアドリブの流麗さを愛でるばかりでは無い、ペッパーのアルトの本質を見極める盤である。

 
 

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2015年3月 5日 (木曜日)

日本男子もここまで弾く・2

思い起こせば、かれこれ10年来、注目し続けている日本の若手男子ピアニストがいる。その名は「松永貴志」。1986年生まれなので、今年で29歳になる。まだまだ若手から中堅に差し掛かる、有望株の日本男子ジャズ・ピアニストである。

僕がこの松永貴志に出会ったのは、2003年7月。彼のアルバム『TAKASHI』(写真左)を、iTunes Storeで発見した時である。このアルバム『TAKASHI』は、当時、17歳の現役高校生ジャズ・ピアニストとして衝撃的デビューを飾った、松永貴志の1stアルバムであった。

既に、小学生の時にアート・テイタムをコピーしたというだけあって、そのテクニックは飛び抜けている。このデビュー盤を聴き込んで、これが現役高校生のピアノ・プレイかと驚愕した。日本人男子の高校生がここまでのジャズ・ピアノを弾きこなすとは、遂に新しい時代が来た、と感じた。

少し、もったりとしているが、ハイ・テクニックで破綻の無い、良く回る右手。正確なリズム&ビートを刻みつつ、アドリブのベースラインをシッカリと押さえる左手。そして、タッチの雰囲気はピチピチで若々しい。

とにかくガンガンに弾き倒している。これが良い。それでいて、そんなシーツ・オブ・サウンドの様なアドリブ・フレーズは、時にセロニアス・モンクの様な幾何学的な展開に変化したりする。この変化が良い。
 

Takashi

 
ピアノを弾けないジャズ者の方々は、ジャズ・ピアノの命は「タメ」が大事だとか「間」が大切だとか言うが、それだけではピアノのフレーズは弾き回せない。ピアノのフレーズを弾き回す大前提は、アドリブ・フレーズを弾き回す「勢い」であり「馬力」である。

自作曲も出色の出来だ。これは凄いなあ、と当時驚いた。加えて、スタンダード曲のアレンジも良好。この松永貴志はピアノのテクニックも素晴らしいが、コンポーザーとして、アレンジャーとしての才能も確かなものがある。2003年当時、彼の将来がとても楽しみだと強く感じた。

松永貴志『TAKASHI』。ちなみにパーソネルは、松永貴志 (p), 安カ川大樹 (b), 広瀬潤次 (ds)。安カ川と広瀬のリズム・セクションも強力。ベースは超低音をブンブン唸らせ、ドラムは躍動感のあるリズム&ビートを供給し続ける。そして、松永貴志のピアノは、完全に彼のオリジナルである。

僕は、この松永貴志がメジャーな存在にならないのが不思議でならない。日本のレコード会社は評論家は何をしているのか、と問いたくなる。今では彼はそこそこの中堅ジャズ・ピアニストとなった。しかし、まだ実力を最大限発揮した彼の代表作は、まだこの世に出でてはいない。

 
 

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2015年3月 4日 (水曜日)

トニー・ウィリアムスの遺作

トニー・ウィリアムスは、なにもフリー・ジャズだけが十八番では無い。彼のドラミングはオールマイティー。あらゆるジャズの演奏スタイルに適応する。それも相当に高いレベルで、クイックに適応するのだから凄い。

そんな偉大なるジャズ・ドラマー、トニー・ウィリアムスの遺作をご紹介したい。その遺作とは、Tony Williams『Young at Heart』(写真左)。1996年9月の録音。ちなみにパーソネルは、Tony Williams (ds), Ira Coleman (b), Mulgrew Miller (p)。

このアルバムは17歳でマイルス・クインテットに加わり、若き天才の名を欲しいままにした、トニー・ウィリアムスの、当時50歳にして最後の録音。躍動的で力強い演奏は生き生きとして絶好調であるとさえ思えるが、このわずか5ヶ月後、1997年2月、突如として、彼はこの世を去ることになる。

そういう想いで聴くと、とても切なくなるのでいけないのだが、このアルバムでの最大の驚きといえば、ピアノのマリュグリュー・ミラーだろう。全編に渡って端正で柔軟、かつスケールが大きくパワフルな、純ジャズなピアノをしっかりと聴かせてくれるのだが、これが僕としては驚き。

このアルバムを初めて聴いた時(1997年頃だったかな)、マリュグリュー・ミラーが、こんなにバリバリと純ジャズなピアノを弾きたおすのを他に耳にしたことが無かったからだ。マリュグリュー・ミラーって、相当になかなかのピアニストであることを再認識した次第。
 

Young_at_heart

 
が、よ〜く聴いてみると、ドラムのトニーのサポートがあってのこそのミラーの名演である、ということに気がつく。昔のトニーは手数の多さと超弩級の爆音みたいな低音を響かせるドラミングで、他を圧倒するどころか、時にはうるさいくらいで、特に気に入らない相手だとそれが増幅されて辟易することがある位に、前へ出る目立ちたがりのへそ曲がりなドラマーだった。

しかし、このアルバムでは、ピアノやベースがソロを取る時にはしっかりバッキングに回り、時には鼓舞激励するが如く、時には優しく見守るが如く、硬軟自在のドラミングで若手の2人をサポートするのだ。

そんなトニーのドラミングをバックにしているからこそ、マリュグリュー・ミラーのピアニストとしての才能が最大限に発揮されるのだろう。とにかく、僕の大好きなスタンダード「On Green Dolphin Street」や、ビートルズの名曲「The Fool on the Hill」のカバーなどでは、このトニーとミラーの関係が最良の形で提示されており、聴いていてとても楽しい。

しかし、今まで、こんな共演者を惹き立て、共演者の長所を伸ばし、隠れた才能を引き出すトニーって、聴いたことがなかった。このアルバムで見せた、素晴らしいテクニックに裏打ちされた素晴らしいバッキングが続いていれば、と思うと、早すぎる死が悔やまれてならない。

ともあれ、トニーのパワフルなバスドラムとシンバルの切れ味、そしてピアノ・ベースと三位一体となった豊かで鮮やかな響きは必聴です。そして、最後に、このアルバムを聴いて絶賛していたマリュグリュー・ミラーも2013年5月に鬼籍に入ってしまった。改めて、ご冥福をお祈りしたい。

 
 

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2015年3月 3日 (火曜日)

日本男子もここまで弾く・1

日本ジャズ界の若手は女性上位である。というか、若手については、女性ジャズ・ミュージシャンがほとんどである。男性ジャズ・ミュージシャンは何をしているんや、と思って探してみても、右手に一杯くらいしかいない。おいおい、どうなってんの、と思ってしまう。まあ、ジャズの世界に男女の差は無いので憂慮すべきことではないのだが、なんだかバランスが悪い。 

おかしいなあ。時代が時代だったせいもあるが、1960年代から1970年代については、ジャズ・ミュージシャンと言えば男性がほとんど。日本女子のジャズ・ミュージシャンと言えば「穐吉敏子」くらいだった。ジャズ以外の音楽ジャンルでは、既に女性が結構な数が活躍していた訳で、ジャズ、と言えば男子上位の世界だった。

日本ジャズ界において、最近ではめっきり減ったというか、絶滅危惧種に選定されても良い「若手男性ジャズ・ピアニスト」。1960年代から1970年代にかけては、有望若手な「男性ジャズ・ピアニスト」がごちゃまんといた。ということで、「日本男子もここまで弾く」というテーマで、日本男子ジャズ・ピアニストの好盤を幾枚か、暫く定期的にご紹介したいと思う。

と言うことで、第一弾は、本田竹曠の『THIS IS HONDA』(写真左)。1972年4月、東京イイノ・ホールでのレコーディング・セッションを記録した好盤。ちなみにパーソネルは、本田竹曠 (p), 鈴木良雄 (b), 渡辺文男 (ds)。伝説の「トリオ・レコード」からのリリース。プロデュースは、これまた伝説の「菅野沖彦」。

ジャケットからして、良い意味で日本のジャズ離れしている。実に迫力あるモノクロのジャケットは、その盤に詰まった音を想起させてくれる。この盤には、きっと硬派で痺れるようなメインストリーム・ジャズが詰まっている。
 
 
This_is_honda

 
 
冒頭の「You Don't Know What Love Is」から、その期待にばっちりと応えてくれる。端正で正確でドライブ感溢れる、タッチも硬質で切れ味の良い本田竹曠のピアノに、グッと心を掴まれる。鈴木良雄のベースがブンブンと唸りを上げる。渡辺文男のドラムは、本多のピアノを鼓舞し続ける。むっちゃ硬質でダイナミックなバラードだ。

2曲目の「Bye Bye Blackbird」は、ちょっと軽やかな演奏にホッとする。軽やかで明るいテンポの「Bye Bye Blackbird」はとても魅力的だ。それでも、鈴木良雄のベースはブンブン唸りを上げ続け、渡辺文男のドラムは、よりダイナミックなドラミングを展開する。軽やかな演奏の中に、しっかと硬派で粋なメインストリーム・ジャズが居座っている。

3曲目の「Round About Midnight」はピアノ・ソロ。適度なテンションの中、むっちゃ硬質でダイナミックなソロ・ピアノが展開される。この曲はセロニアス・モンク作曲の名曲ではあるが、確か「難曲」であったような記憶がある。そんな「難曲」を端正かつ正確、ドライブ感溢れ、硬質で切れ味の良いタッチで、ドラマチックに弾き進めていく。迫力満点な「Round About Midnight」。

4曲目の「Softly As In A Morning Sunrise」以降、ピアノ・トリオに戻り、よりダイナミックな演奏になっていく。曲が進むにつれて、より高みに、よりダイナミックな展開にどんどん昇華していって、ラストの「Secret Love」など、もはや大団円な展開。

いや〜、日本男子もここまで、ジャズ・ピアノを弾くんやね。素晴らしいピアノ・トリオである。収録時間が38分50秒と、ちょっと短いが、LP時代、通常の盤質のLPで高い音質を供給するには、これくらいの収録時間がベストだった。確かにこの盤は音が良い。スイングジャーナル誌ジャズディスク大賞の最優秀録音賞を受けたというのも頷ける。
 
 
 
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2015年3月 2日 (月曜日)

トニーのインテリジェンス

今日から朝のスタートは「山下洋輔&坂田明」週間。フリー・ジャズ、ポップ・アバンギャルド、アンビエント・ジャズのジャンルの好盤を純に聴き進めている。ということで、このところ、フリー・ジャズなバーチャル音楽喫茶『松和』です(笑)。

なぜか、我がバーチャル音楽喫茶『松和』では、春は「フリー・ジャズ」。春の雰囲気に「フリー・ジャズ」が良く合うんですね。どうしてって、夏は「暑苦しい」、秋は「もっとしみじみしたい」、冬は「何か違うでしょ」という感じで、春はなんだか「フリー・ジャズ」がしっくり来るのだ。

さて、今日聴いたアルバムが、Tony Williams『Spring』(写真左)。1965年8月の録音。ブルーノートの4216番。ちなみにパーソネルは、Wayne Shorter (ts), Sam Rivers (ts), Herbie Hancock (p), Gary Peacock (b), Anthony Williams (ds)。

ベースがロンでは無く、ピーコックなのが面白い。マイルス学校の門下生、トニー、ハービー、ショーターと揃っているのに、ベースがピーコックか(笑)。恐らく、トニーは、ロンのベースはフリー・ジャズに向かないと思っていたのでは無いか。そうでなければ、トニーの保護者役のロンは必ず参加を要請しているはずだ。

この盤はトニー・ウィリアムスが一番尖っていた時代の過激なアルバム。全編に渡って、フリー・ジャズの波が押し寄せている。このアルバムが録音された時期、マイルス学校の門下生、トニー、ハービー、ショーターはフリー・ジャズがやりたくてやりたくて仕方が無かった様ですね。

さて、メロディアスな聴きやすいジャズを期待すると大きく外れるのだが、先の『Life Time』のレビュー(2015年2月16日のブログ・左をクリック)でも書いたが、フリー・ジャズという演奏フォーマットは、ジャズの即興性のみを取り出して楽しむには「最適な演奏フォーマット」であることは間違いない。
 

Tony_williams_spring

 
1曲目〜3曲目の演奏などはフリーな演奏の最先鋒なのだが、トニーのドラミングに耳を傾けてみると、デビューアルバムの『Life Time』の時よりも、より柔軟で、より多彩なドラミングがとても素晴らしい。 トニーのドラミングだけ聴いていても楽しめる、トニーの表現豊かなドラミングに一層の磨きがかかっていることがよく判る演奏だ。

競演しているサイドメンも良し。ここでも、デビュー作の『Life Time』と同様、ベースのピーコックが素晴らしい。トニーのドラミングとフリーな演奏に対して、実に相性の良いベースを聴かせてくれる。

ピアノのハービーもフリーなフォーマットの中でも、その個性的なフレーズとアプローチを駆使していて、その実力を遺憾なく見せつける。サックスは、サム・リバースとウエイン・ショーターの2本立てだが、ウエインのサックスの方がより柔軟で自由。

4曲目の「Love Song」は、このアルバムのハイライト。それまでのフリー寄りの演奏から、雰囲気がガラリと変わって(もしかしたら、このアルバムから見ると異質ともいえる)、フォーク・タッチの哀愁を帯びた、魅力的なメロディーを持った、ジャズの従来の伝統的な演奏フォーマット。

その演奏の内容たるや「素晴らしい」の一言。やはり、このメンバーが一丸となって、伝統的なフォーマットを演奏すると、今でも 最高峰と言える演奏になるのだ。この4曲目、一度聴くべし。

フリー・ジャズってどんなものかなあ、と思いたち、一度、フリー・ジャズを聴いてみたいなあと思っている方には、先にご紹介した『Life Time』と併せてお勧めのアルバム。
 
フリー・ジャズのアルバムの中には本能のおもむくまま、無茶苦茶に吹きまくり、叩きまくりというアルバムが多々あるが、このトニーのアルバムはそうでは無い。全編、トニーのインテリジェンスが溢れている。

 
 

震災から3年11ヶ月。決して忘れない。まだ3年11ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

Never_giveup_4

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2015年3月 1日 (日曜日)

ハッピー・スインガーなピアノ

今日は午後から冷たい雨。結構、まとめて降っている。これでは午後は外出不可。家の中でノンビリ寛ぐこととなる。

雨の日に耽美的、またはリリカルで静的なジャズ・ピアノは精神的に良くない。内省的になって、気分が内に籠もって、ただでさえ、ジャズってマイナー・トーンが多いので、なんだかドンヨリ暗くなる。こういう天気の時には、ハッピー・スインガーなジャズ・ピアノが良い。

そこはかとなくマイナーな翳りを引きずるが、基本的にハッピー・スインガーなジャズ・ピアノと言えば、ウィントン・ケリー(Wynton Kelly)がいる。今日は、このWynton Kellyの『Piano』(写真左)というアルバムを聴く。

邦題『ウイスパー・ノット』と言われて、ジャケットを見直して「おっ」と思い出すケリーの佳作である。1958年1月の録音。ちなみにパーソネルは、Wynton Kelly (p), Kenny Burrell (g), Paul Chambers (b), Philly Joe Jones (ds)。マイルス・バンドのリズム・セクションを務めていた盟友、ベースのチェンバースに、ドラムのフィリー・ジョーとのトリオ編成に、ブルージーな漆黒ギターのバレルが参入するカルテット構成。

全編に渡り、バレルの参加を得て、美しいメロディアスに漂うブルージーな哀感を楽しめる盤である。しかし、ケリーというピアニストは、器用というか感性豊かというか、客演するミュージシャンの特性に応じて、微妙にピアノのバッキングの雰囲気を変えることが出来るのだ。
 

Wynton_kelly_piano

 
今回の客演は「ミッドナイト・ブルー」なギタリストであるケニー・バレル。バレルのギターはブルージーかつ、そこはかとなくファンキー。このバレルの特性である「ブルージー」な部分にビビットに反応して、このアルバムでのケリーのピアノは、通常よりもとても「ブルージー」。これがケリーの職人芸的なポイントである。

すると面白いことに、この「バレルとケリーのブルージーさ」を際だたせるように、ベースのチェンバ ースとドラムスのフィリー・ジョーがバッキングするのだ。これも職人芸でありプロの技である。なるほど、ケリーにしろ、チェンバースにしろ、フィリー・ジョーにしろ、あの帝王マイルスが手もとに置いたわけだ。

よって、このアルバム、ケリーの他のアルバムよりも「ブルージーさ」が際だつ。1曲目の「Whisper Not」の名演は言うに及ばず、3曲目の「Dark Eyes」、5曲目の「Ill Wind」などは、バレルのブルージーなギターと併せて、ケリーのブルージーでありながらドライブ感豊かな、それでいて、そこはかとなく「翳り」を漂わせたピアノが素晴らしく際立つ。

6曲目の「Don't Explain」などは、メンバーが一丸となった、そのベタベタにブルージーで心地よいスローな演奏に心からリラックスして、 消え入ってしまいそうなほどの名演だ。これだけの表現力を持つハードバップ・ジャズって、そうそう他に無い。

全編、しっとりと落ち着いた、それでいてキッチリとハードバップしている、とても良い演奏です。雨の日に最適な、落ち着いた、それでいて、しっかりとドライブ感もある演奏です。典型的なハードバップ演奏で判り易く、ジャズ者初心者の方々にもお勧めの一枚です。

 
 

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