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2015年2月の記事

2015年2月28日 (土曜日)

ガーランドの「ブルース曲集」

今日、整骨院へ向かう道すがらで考えた。今までのジャズ者生活の中で、お気に入りのジャズ・ピアニストは誰だろう。チック・コリア、ビル・エバンス、キース・ジャレット、オスカー・ピーターソン、ハービー・ハンコック、などは、正式なリーダー作については、ほぼコンプリートしているのだが、そこに、このピアニストの名前も加わることを知った。

そのピアニストとは「レッド・ガーランド(Red Garland)」。そう言えば、判り易いジャズ・ピアノは、と問われれば、確かに「レッド・ガーランド」の名前を挙げるなあ。プロ・ボクサーの経験があったり、マイルスの50年代伝説のクインテットに在籍したりと、様々な逸話にも事欠かないガーランド。

ビートに乗った左手のブロック・コードと、そのブロック・コードの上で、軽やかにメロディーを奏でる右手のシングル・トーン。実にシンプルで味とコクのあるジャズ・ピアノを聴かせてくれる。ガーランドは、いつの時代も自分の演奏スタイルを変えることはなかった。

故に「金太郎飴的マンネリ・ピアノ」と揶揄されることもあるが、彼の左手のブロック・コード+右手のシングル・トーンは、 その演奏を聴いていて実に分かりやすく、実に聴きやすい。しかも、演奏スタイルがシンプルな故に演奏のアラが見え易いのであるが、ガーランドはどのリーダー・アルバムをとってみても、その演奏レベルは一定の水準以上にあり、駄作がないのは立派だ。
 

Red_in_bluesville2

 
ガーランドのピアノの特徴である「スタイルは不変、演奏のレベルも水準以上」となると、 困ったことに、ガーランドのアルバムはどのアルバムを聴いても同じ、ということになるのだが、確かに、ガーランドのアルバムは、どれをとってもそこそこの演奏が聴ける。ということは、ガーランドについては、何かのテーマや特徴をもって、アルバムを選ぶことになる。

今日選んだガーランドはこのアルバム。Red Garland『Red in Bluesville』(写真左)。1959年4月の録音。ちなみにパーソネルは、Red Garland (p), Sam Jones (b), Art Taylor (ds)。ガーランドお得意のトリオ編成。

このアルバムはブルース調の曲を集めたアルバム。ガーランド・トリオの「リズムの要」で、毎度おなじみのドラムのアート・テイラーと、本作には珍しく、ベーシストとしてサム・ジョーンズが参加している。手数を抑えた、いぶし銀の様な彼らのサポートが、ガーランドのシンプルなピアノを更に際立たせる。

ガーランドは、バラードの様なスローな曲調よりは、ハッピースインクで軽快な曲や、歩く様なミディアムテンポの曲の方が、彼のピアノの右手の特徴に合うのでは、と僕は思っている。そういう観点では、1曲目の「He's a Real Gone Guy」の軽快なテンポ、ミディアムな3曲目の「M Squad (Theme)」が僕のお気に入り。

レッド・ガーランドの作品の中で比較的地味なアルバムで、なかなかジャズ・ピアノ入門本には挙がらないのだけれど、内容は非常に素晴らしい。特に、ジャズ者初心者の方にお勧めです。落ち着いた小粋なジャズ・ブルース・ピアノが楽しめます。

 
 

震災から3年11ヶ月。決して忘れない。まだ3年11ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2015年2月27日 (金曜日)

ハードバップ期の最高のバンド

やっと体調が回復基調になって、ほっと一息である。風邪が原因のお腹の不調。丸2日間、伏せっていたことになる。暖かくして、とにかく伏せっていれば治ると言われたが、術後の不安は大きい。とにかく伏せっていたのだが、耳だけは元気なので、寝室に備え付けのサブのステレオで、日頃、なかなかまとめて聴けないボックス盤を聴いていた。

そのボックス盤とはMiles Davis『The Complete Columbia Recordings of Miles Davis with John Coltrane』(写真)。CD6枚組の魅力的なボックス盤である。タイトルから判る通り、コロンビア・レーベルに残された、マイルスとコルトレーンのセッションの記録である。録音時期としては、1955年10月26日から1961年3月21日まで。ジャズの歴史でいう「ハードバップ期」のほぼ全体を網羅する。

アルバムとしては『'Round About Midnight』『Milestones』『Kind of Blue』『Someday My Prince Will Come』『Miles Davis at Newport 1958』『Jazz at the Plaza/1958 Miles』を網羅する。加えて、LP時代の未発表音源集『Circle in the Round』とCD4枚組のコンピ・ボックス盤『The Columbia Years 1955ー1985』に収録された音源を含んでいる。

このCD6枚組ボックス盤を聴き通して感じるのは、さすがアコースティック・マイルスは他のどのコンボよりも優れており、クールであるということ。そして、マイルス・バンドの演奏は、まず最優先事項として、常にマイルスのトランペットがクールに美しく、前面に出ているということ。リーダー盤としては当たり前のことだが、マイルス・バンドは、このリーダーのマイルスを一番に押し出すことに徹底している。この徹底度合いは他のバンドには無い。

といって、サイドメンは後ろに引っ込んで地味にやっているかと言えばそうではない。あらん限りのテクニックとノウハウを駆使して、かなり高度でかなりクールなバッキングを展開しているのだ。そういうことが出来る、ジャズメンとしての優れ者の集まりが、当時のマイルス・バンドであり、アコースティック・マイルスの音世界なのだ。
 

Miles_coltrane_columbia

 
コルトレーンは、確かにマイルス・バンド加入当初のプレイは「へたくそなテナー」と揶揄されても仕方ないな、というところもあるが、マイルスと年を重ねるにつれ、どんどんテクニックは高みに達し、演奏ノウハウもバリエーション豊かに溜まってく。そして、コード奏法を凌駕して、マイルスの薫陶を得て、モード奏法を体得する。そう、コルトレーンはモード奏法を「体得」している。 

そして、Disc5、Disc6の、アルバムで言う『Miles Davis at Newport 1958』『Jazz at the Plaza/1958 Miles』辺りのコルトレーンのアドリブはとてつもなく長い。ある逸話が残っている。

コルトレーンがマイルスに相談する。「アドリブが長いと言われるので、適当なところでアドリブを止めたいのだが、どうやって止めて良いのか判らない」。マイルスが苦笑いしながらコルトレーンにアドバイスする。「トレーン、そういう時は、マウスピースから口を離すのさ。そうすればアドリブは止められる」。

そういう逸話が良く理解出来るほど、コルトレーンのアドリブは長い。そして、シーツ・オブ・サウンドが度を超えて吹きまくられている。少し五月蠅いくらいだ。しかし、そこにマイルスのペットが入ってくると、バンドの音世界はガラッと変わる。クールで美しい、優雅なハードバップにガラッと変わる。なるほど、コルトレーンのテナーはマイルスを惹き立たせる最高のパーツなのだ。そして、コルトレーンがこのことに我慢できなくなった時、マイルスの下から離れていくのだ。

そして、このCD6枚組ボックス盤に収録された別テイク毎の演奏のバリエーションを聴いていると、ジャズって本当に「即興の音楽」だということが判る。そして、優れたジャズメンの集まりでは、そのアドリブの展開のバリエーションが豊富で、本当によくこれだけ色々なパターン、展開でアドリブを展開するもんだなあ、とただただ感心してしまう。

このCD6枚組ボックス盤には、ハードバップ期の最高のバンドの演奏がギッシリと詰まっている。なにかと批判されることの多いボックス盤だが、手に入れて聴くとなかなかに楽しめる。意外とお勧めのボックス盤である。

 
 

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2015年2月24日 (火曜日)

ガーランド者の御用達盤です。

不思議と一定間隔で聴きたくなるジャズ・ピアノで、もうかれこれ、35年以上聴き続けている。スタイルとしては実にシンプル。重厚な左手のブロックコードとコロコロと転がる様な歌心満点の右手のシングルトーン。この人のピアノの個性はこれだけである。ハードバップ以降、ジャズは様々な演奏形態がトレンドになったが、この人のスタイルはハードバップに適合するだけ。

この人とは、レッド・ガーランド(Red Garland)。久々にガーランドのピアノが聴きたくなって、彼のアルバムの中で、一番、渋いアルバムを選んでみた。Red Garland『When There Are Grey Skies』(写真)である。1962年10月の録音。ちなみにパーソネルは、Red Garland (p), Wendell Marshall (b), Charlie Persip (ds)。ガーランドお得意のトリオ編成。

録音当時のジャズの演奏形態のトレンドは、モード奏法とファンキー・ジャズ。しかし、ガーランドはお構いなし。いつも通りのスタイル、ハードバップな演奏をベースに、重厚な左手のブロックコードとコロコロと転がる様な歌心満点の右手のシングルトーンで、ピアノを弾き紡いでいく。

冒頭の「Sonny Boy」の地味さにちょっと驚く。しかし、ガーランドのピアノは、地味な内省的な演奏でありながらも、実に魅力的な響きを持って僕達の耳を奪う。思いっきり聴き耳を立てて愛でるガーランドの内省的なピアノ。間を活かしたシンプルな展開。

一聴すると「なんだこの地味な演奏」と思うのだが、聴き進めるうちに、しっくり、じんわりとくる。この1曲目の「Sonny Boy」の存在が心憎い。
 

When_there_are_grey_skies

 
ガーランドの奏法、重厚な左手のブロックコードとコロコロと転がる様な歌心満点の右手のシングルトーンは、あまりにもシンプルで、曲の旋律、アドリブ・ラインがとても判り易いので、一部では「カクテル・ピアノ」とか「イージーリスニング」と揶揄されたりもするが、ちゃんと聴くと、どうしてどうして、しっかりとジャズしているのだから、ガーランドのピアノは全く隅に置けない。

巷のジャズ者の方々は、このアルバムの3曲目の「St. James Infirmary(セント・ジェームス病院)」が絶品とする。確かに良い演奏ですね。理屈抜きで、こういうジャズ・ピアノ・トリオの演奏が心地良いです。ブルース・フィーリングが色濃く漂い、そこはかとなくファンキー。哀愁を帯びたマイナーな旋律とアドリブ・ラインで、その演奏は実に内省的。

これがガーランドの演奏か、と思わず感心してしまいます。しっかり聴くと、右手のシングルトーンの手癖や左手のブロック・コードの叩き方の癖が紛れもなくガーランドしているんで、直ぐに彼のピアノと判ります。これだけシンプルな演奏で、これだけ個性を現出出来るガーランドのピアノ・テクニックって素晴らしいですね。

タイトルが意味深。「空が灰色になった時」。プレスティッジ・レーベル時代のガーランドのトリオ盤は、1956年の初録音から1962年の本作まで合計14枚。この『When There Are Grey Skies』はその最後を飾るアルバムである。

この盤のリリースの後、ガーランドはジャズ・シーンから身を遠ざける。母の病気の介護の為と聞く。しかし、彼のピアノ・トリオ盤はどれもが好盤として残っている。ガーランドのピアノとは「偉大なる優れたマンネリ」。金太郎飴の様なピアノ・スタイルだが、これが良い。一度填まれば抜け出せない強烈な個性を誇るガーランドのピアノである。

 
 

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2015年2月23日 (月曜日)

チェンバースの初リーダー作

優れたベーシストのリーダー作はあまり多く無い。しかし、ポール・チェンバースのリーダー作には優れ盤が多い。今日は、Paul Chambers『Whims of Chambers』(写真左)。ブルーノートにおける、ポール・チェンバース初のリーダー作。

1956年9月の録音になる。ちなみにパーソネルは、Paul Chambers (b), Donald Byrd (tp), John Coltrane (ts), Kenny Burrell (g), Horace Silver (p), Philly Joe Jones (ds)。当時のブルーノートのスター・プレイヤーばかりで、ブルーノートの総帥アルフレッド= ライオンの期待のほどが伺える。

特に、テナーにジョン・コルトレーンの参加が目を惹く。とは言っても、この盤でのトレーンのプレイを聴いていると、仲の良いチェンバースに誘われ、リラックスして参加したような感じだけれどね。 それでも、コルトレーンをはじめ、このアルバムのサイドメン達の演奏の水準は高く、さすが、ハード・バップのスター達のセッションではある。

とりわけ、チェンバースの演奏は素晴らしい。特にこのアルバムは、チェンバースのウォーキング・ベースを心ゆくまで堪能できる。収録されたどの曲でも、チェンバースのウォーキング・ベースは秀逸。但し、ボウィングは音程も少し狂っており、ノコギリの音みたいでいただけないが。まあ、ボウィングの出来はご愛嬌と言うことで。
 

Whims_of_chambers

 
しかし、このアルバムではベース音の録音が素晴らしく、プロデューサーのアルフレッド=ライオンの明確な音のイメージ、そして、その彼のイメージをしっかりと汲み取り、技術の粋を集めて録音した録音技師のルディ=バン=ゲルダー、この2人の意図がピッタリとあった素晴らしい録音である。それが故、是非とも、ルディ=バン=ゲルダーの手になるリマスター盤で、その音を味わって欲しいですね。

ここでエピソードをひとつ。この盤のタイトルの「Whims」とは「思いつき」とか「奇抜な行動」などを意味しており、「チェンバースの思いつき」もしくは「奇抜なチェンバース」という感じのタイトルになる。

実はチェンバースは天才が故に、奇抜な行動についてのエピソードが多くあり、スパゲッティーにタバスコを真っ赤になるまでかけて食べるとか、「ゾンビー」とか言う相当に強いカクテルをがぶ飲みしたりとか、限度を超えた行動のエピーソードが数々あるらしい。そこからの命名かしらとも思われる「Whims」という単語。

このエピソードを聴く度に「天才の光と影」という言葉を思い出す。天才であるが故の苦悩。天才であるが故の奇行。その理由は天才にしか、その天才本人にしか判らない。しかし、このチェンバース初のリーダー作は素晴らしい出来だ。優れたベーシストのリーダー作としてご一聴をお勧めしたい。

 
 

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2015年2月22日 (日曜日)

「ロックの原点」的な名盤・1

37年ぶりに、このアルバムを聴いた。そのアルバムとは『The Velvet Underground & Nico』(写真左)。1966年に録音されたロックの名盤である。

しかし、リリース当時は商業的成功には恵まれなかったが、「このアルバムは売れなかったが、聞いたやつはみんなミュージシャンになった」という、リーダー格のルー・リードの名言が、このアルバムの名盤度合いを物語っている。

ザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンド (The Velvet Underground) は、1964年に結成されたアメリカのロックバンド。ヴェルヴェッツという略称で呼ばれることもある。このロックバンドが創造したこのアルバムは、ロックの名盤中の名盤である。

僅か4日間、予算3,000ドル未満で制作されたアルバムだが、このアルバムの内容は「ロックの原点」として傾聴に値する。まあ、ロックもジャズもアルバムの内容は、別に予算などに左右されることはないのだ。加えて、作成期間の短長にも左右されない。

このアルバムの優秀性は、ロックとして演奏はシンプル、リズム&ビートはタイトで躍動的、各楽器のテクニックはそこそこ優秀ではあるが、テクニックよりもエモーショナルなソロが印象的。ロックのバンド演奏とはかくあるべし、と心から思わせる、シンプルでダイレクトにイメージが伝わる演奏がとにかく素晴らしい。

歌詞の世界も良い。ロックしている。退廃的だとかエグいとか言われるが、僕はそうは思わない。実にロックらしい歌詞だと思っている。品行方正な歌詞が良いとも思わないし、好きだ惚れた腫れたというラヴ・ソングな歌詞がロックらしいとも思わない。エモーショナルでダイレクトにイメージが伝わるところが大切だろう。
 

The_velvet_underground_nico

 
37年ぶりに、このアルバム『The Velvet Underground & Nico』を聴いて、やはりこのアルバムは「ロックの原点」的なアルバムだったんだなあと再認識。ビートルズの『Revolver』が1966年、ローリング・ストーンズの『Aftermath』が1966年、ビーチ・ボーイズの『Pet Sounds』が1966年。そして、この『The Velvet Underground & Nico』が1966年。

この1966年〜1967年のロック名盤が、振り返れば「ロックの原点」的な名盤だったのだろうと思う。その後、サイケデリック、フラワー・ムーブメントを経て、1970年代前半には商業ロックへと姿を変え、最後は,1970年代後半のパンク・ムーブメントで、ロックは終焉を迎えた、と僕は思っている。

ロックとはなんだったのか、という声が聞こえるが、まずは、この「ロックの原点」的な歴史的名盤を聴いて感じることが一番だろう。そして、この『The Velvet Underground & Nico』は、そんな「ロックの原点」的な歴史的名盤の一枚として、その存在感は薄れることは無い。

最後に余談になるが、アルバム・ジャケットはアンディ・ウォーホルの手なるデザイン。バナナの絵がど真ん中に陣取っており、そんなバナナの絵の印象から「バナナ・アルバム」とも呼ばれる。

このバナナの絵の端には「Peel Slowly and See(ゆっくりはがして、見ろ)」と書かれている。LP時代の初期の盤では、このバナナの絵はバナナのステッカーで、このバナナのステッカーを剥がすととバナナの果肉の絵が出てくる、という実に凝ったアートなものだった。

そして、このアルバムの内容自体も、今の耳にも音は全く古びていない。単純に格好良い、シンプルなロックである。リリース当時はロックが最先端をいくアートの時代。今でも「ロックはアートであるべし」という要請に確実に応えているアルバムである。

 
 

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2015年2月21日 (土曜日)

小粋で洒脱なギター・トリオ盤

派手では無いが、いぶし銀の様な、小粋で洒脱なギター・トリオ盤がある。最近のお気に入り盤の一枚で、ちょくちょく引っ張り出しては聴いている。

そんな小粋で洒脱なギター・トリオ盤とは、The Modest Jazz Trio『Good Friday Blues』(写真左)。トリオ名の「Modest」の意味は「謙遜深い、地味な、控えめな」といったもの。ちなみに具体的なパーソネルは、Jim Hall (g),  Red Kelly (b), Red Mitchell (p)。1960年4月の録音になる。

パーソネルを見渡してみると、不思議なことに気が付く。ベーシストと認識していたレッド・ミッチェルがピアノを弾いてるのだ。どうも、元々はピアノストだったとのこと。後にベーシストに転向したのだとか。しかし、このレッド・ミッチェルのピアノがとても味がある、モダンなピアノなのだ。

ドラム無しのトリオ編成。ドラムが無いと、これだけ控えめながら小粋で洒脱なジャズになるんだなあ、と変に感心してしまう。アルバム全体の雰囲気はジャズ・ブルース。シンプルではあるが攻撃的なホールのギターに、ケリーのベースとミッチェルのピアノが効果的に絡んで、実に雰囲気あるモダン・ジャズな演奏に仕上がっているのだ。
 

Good_friday_blues

 
米国西海岸ジャズの名手3人のドラムレス・トリオ。ほど良く抑制が効いて、それぞれのアドリブ・ソロはシンプルではあるがテクニック優秀、ブルージーな歌心がしっかりと漂い、適度にリラックスしているところが実に好ましい。こういうジャズを「小粋なジャズ」と言うんでしょうね。

収録された曲もなかなか洒落た曲ばかりで、スタンダード曲も実に渋い選曲。さすがにトリオ名が「The Modest Jazz Trio」。選曲自体が「謙遜深い、地味な、控えめな」曲ばかりなんですが、これがこのトリオの手にかかると、味なアレンジと相まって、実にアーティスティックな演奏に仕上がるのですから、不思議なもんです。

決して有名盤ではありません。ジム・ホールの紹介コーナーでも、代表盤の中には入らないでしょう。でも、これ好盤です。とにかくアルバム全編に渡って、テクニックに優れ、アレンジに優れ、その上に「抑制の効いた、小粋で洒脱な」なソロが展開されるのだ。

「なぜ水辺に鳥なのか」。米国西海岸ジャズの有名レーベルである「パシフィック・レーベル」に良くある、意味の分からないジャケットがちょっと玉に瑕ですが、小粋で洒脱な内容に免じて大目に見ましょう。良いアルバムです。

 
 

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2015年2月20日 (金曜日)

ファースト・コールのベーシスト

ハードバップ時代、演奏者の誰もが共演を望んだベーシストと言えば、この人、ポール・チェンバースである。いわゆる「ファースト・コール」ベーシストである。

とにかく、ハードバップの名盤と呼ばれるアルバムというアルバムに、必ずと言っていいほどその名を連ねており、かのマイルス・デイビスのレギュラーバンドのベーシストにも抜擢され、ハードバップ時代のベーシストといえば「ポール・チェンバース」という図式が出来上がっているほど、凄いベーシストなのだ。

今日は、この「ミスター・ベーシスト」、 ポール・チェンバースの代表盤の一枚をご紹介したい。その代表盤の一枚と言えば、まずはこれだろう。Paul Chambers『Bass On Top』(写真左)。1957年7月の録音。ちなみにパーソネルは、Paul Chambers (b), Hank Jones (p), Kenny Burrell (g), Art Taylor (ds)。さすがはブルーノート、実に魅力的なパーソネルである。

このアルバムを聴けば思わず唸ってしまう。う〜む、当時のベーシストで、ギターの様に唄うが如くベースで旋律を刻めるのは、スコット・ ラファロ(ビル・エバンスとのピアノトリオで有名)だけでは無かったぞ、と。

このアルバムのチェンバースはソロは「素晴らしい」の一言。当時、チェンバースは様々なセッションに顔を出す超売れっ子だったが、このリーダー作ほどにはテクニックを聴かせることは無かった。 どちらかと言えば、リーダーを惹き立たせ、リズムと音程をしっかりキープする役割に徹していた感がある。

しかし、このアルバムは、ベーシストのポール・チェンバースの面目躍如。どの曲もベースがしっかりと主役を取っていて素晴らしい。このアルバムは、ポール・チェンバースの、ひいてはジャズ・ベーシストのショーウィンド的な内容で、目眩く万華鏡の様な、その卓越したテクニックがそこかしこに散りばめられている。
 

Bass_on_top

 
1曲目の「Yesterdays」はボウイング(弓でコントラバスみたいにジャズ・ベースを弾くこと)が素晴らしい。ジャズ・ベーシストのボウイングはベースのチューニングが少し狂っていたりして、なんか少し音程が狂った感じがして、居心地が悪い感じがするものが多いのだが、このアルバムのチェンバースは実に健闘している。及第点のボウイングである。

2曲目の「You'd Be So Niice to Come Home To」と5曲目の「The Theme」での ベース・ソロは唄うが如く、いやはや絶品です。そして、各演奏でのピアノやギターがソロを取る時のバックでのウォーキング・ベースは、これこそ、チェンバースの十八番とも言える絶妙なもの。

ポール・チェンバースのベースは、決して大向こう張る派手派手しさは無いし、あっと驚くような超絶至極なテクニックを全面に押し出すものでもない。サイド・マンとしてのチェンバースは決して主役を食うこと無く、脇役に徹しながらも、キラリと光る主張とセンスが素晴らしい。

バッキングという脇役に回ったポール・チェンバースのベースは、常に助演男優賞を受賞してしまう様な玄人好みの男優のようである。このアルバムの様に、リーダーとして主役に回ったチェンバースは「ジャズ・ベースとはかくあるべし」的な、様々なバリエーションの演奏を繰り広げてくれる。まさに優れた若きシェフのようでもある。

ジャズの演奏の中で、ベーシストの存在に注目することは、ジャズ演奏を愛でる上で大切なこと。彼のベースの良さが判るようになれば、ジャズ者初心者は卒業である。

 
 

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2015年2月19日 (木曜日)

意外とお買い得なボックス盤

今日は、評判が悪い割に意外と聴きどころがある、Miles Davis『The Complete In A Silent Way Sessions』のDisc3について語りたい。3枚組ボックス盤のラストである。

Disc3の収録曲は以下の通りになる。前半の2曲が1969年2月のセッション。後半の2曲が、かの名盤『In a Silent Way』のオリジナル・バージョンが収録されている。
 

1. The Ghetto Walk   unreleased
2. Early Minor   unreleased
3. Shhh/Peaceful/Shhh" (LP Version)
4. In a Silent Way/It's About That Time/In a Silent Way  (LP Version)

 
まずは冒頭2曲、1969年2月のセッションを聴いていて興味深いのは、ドラマーがトニー・ウィリアムスの代わりにジョー・チェンバースが入っていること。ジョー・チェンバースは1942年生まれだから、このセッションの参加時は27歳の若さである。意外とエレ・マイルスにフィットしたドラミングで、なかなかのものである。

この冒頭の2曲は未発表音源である。まあ、この2曲も、マニアな評論家やベテラン・マイルス者の方々からすると、ブートで既に聴いていると言うかもしれないが、我々の様なブートに無縁なマイルス者からすると、この未発表音源は実に有り難い。しかも、なかなか内容のある演奏だから言うこと無しである。
 

Miles_complete_in_a_silent_way_3

 
ラスト2曲は『In a Silent Way』のオリジナル・バージョン。このアルバムは、マイルス者の方々であれば、絶対に持っているべき、エレクトリック・ジャズの大名盤である。しかし、被って損したと思うのは早計である。

このボックス盤の音源は、DSDリマスタリングが施されているようで、この『In a Silent Way』の演奏についても音質が良い。この音質であれば、以前入手したアルバムと被っても、持っていたい音の良さである。

そして、この『In a Silent Way』のオリジナル・バージョンを聴いて思うのは、エレクトリック・マイルスの素晴らしい演奏のさることながら、テオ・マセロの編集の妙の素晴らしさを再認識する。実に巧みな編集で、硬軟自在、抑揚の効いた、躍動感と静謐感を相見えた、唯一無二なエレクトリック・ジャズに仕上げている。

このテオ・マセロのテープ編集についての事実を知ったとき、LPの収録時間に併せつつの編集だったんだろうが、ジャズにも編集の妙があるのには驚いた。まあ、編集された音源なので、この『In a Silent Way』のアルバムに収録されている音源は、即興を旨とするジャズとは言えない。オリジナル音源の「編集の妙」を受け入れるかどうかで、このアルバムの評価は分かれるだろう。

マイルスのCD3枚組ボックス盤『The Complete In A Silent Way Sessions』は意外と楽しめるボックス盤である。特に、ブートに無縁のマイルス者にとっては、意外とお買い得なボックス盤では無いだろうか。音の良さだけとっても、僕はなかなかのものと評価している。

 
 

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2015年2月18日 (水曜日)

編集前の「In a Silent Way」

とにかく評判の悪いボックス盤、Miles Davis『The Complete In A Silent Way Sessions』。私としては、そんなに悪く無いボックス盤だと思うんですが。DSDリマスタリングされたと思われ、音質が非常に良いですし、これからマイルスを聴き込んでいこうという向きには、悪くは無いボックス盤だと思うんですが。

さて、今日はそんなマイルスのボックス盤『The Complete In A Silent Way Sessions』のDisc2について語りたい。このボックス盤のDisc2は、1968年11月〜1969年2月のセッションを集めている。ちなみに収録曲は以下の通り。

1. Ascent
2. Directions, I
3. Directions, II
4. Shhh/Peaceful  unreleased
5. In a Silent Way (Rehearsal)  unreleased
6. In a Silent Way released for the first time in unedited form
7. It's About That Time released for the first time in unedited form

1曲目〜3曲目については、マイルスの未発表音源盤『Directions』に収録されていたもの。4曲目〜5曲目については未発表音源。特に、5曲目については興味深い音源で「In a Silent Way」のリハーサル・テイク。ボサノバの様なリズム&ビートに乗って、リラックスに展開されていく「In a Silent Way」はなかなかに魅力的だ。

6曲目〜7曲目は「In a Silent Way」と「It's About That Time」のアルバム収録用にテオ・マセロが編集する前の録音イメージである。つまりは、この演奏が真の「In a Silent Way」と「It's About That Time」ということになる。

このボックス盤のDisc2の特徴は、かの名盤『In a Silent Way』に収録された曲について、アルバム『In a Silent Way』に編集される前の状態やリハーサル・テイクが聴けることだ。この編集前バージョンを聴くと判るのだが、基本的にはDisc1の演奏と同じ展開と作りをしていることが判る。
 

Complete_in_a_silent_way_2

 
そういう意味では、このボックス盤の編集方針であろう、かの名盤『In A Silent Way』は、このDisc1に収録されたセッション辺りからインスパイアされて創られたのではないか、という仮説の下で選曲されたことについて信憑性が高まる。

加えて、テオ・マセロの編集が無くても、オリジナルの「In a Silent Way」と「It's About That Time」の演奏だけでも十分に名曲・名演であることが実感出来る。現代においても、この2曲のオリジナル演奏は、エレクトリック・ジャズの先端を行く演奏である。現代においてしても、これだけの演奏を追求できるバンドは殆ど無い。

逆に、これをテオ・マセロの編集後のアルバム『In a Silent Way』収録の演奏と聞き比べてみると、テオ・マセロの編集の巧妙さを再認識する。特にLP時代のA面の「Shhh/Peaceful」は編集の妙が最大限に発揮されている。LPは鑑賞物であるということを考えると、この編集は「有り」と言えば「有り」である。

しかし、編集したものは編集したものには違いなく、所謂「加工物」である。真の演奏は異なる。そういう意味で、この『The Complete In A Silent Way Sessions』のDisc2に収録されている「In a Silent Way」と「It's About That Time」のアルバム収録用にテオ・マセロが編集する前の録音イメージは存在価値が大きい。

つまり、オリジナルの「In a Silent Way」と「It's About That Time」の演奏だけでも十分に名曲・名演であることが、このDIsc2を聴けば判るからだ。有名評論家やベテラン・マイルス者の方々からは、もう既にブートで聴いている、と言われそうだが、ジャズの鑑賞において、ブートの存在を引き合いに出すのは「反則」だと思っている。

このオリジナルの「In a Silent Way」と「It's About That Time」の演奏と「In a Silent Way」のリハーサル・テイクが聴けるだけでも、この評判の悪いボックス盤、Miles Davis『The Complete In A Silent Way Sessions』は、一般的には十分に評価出来る、と僕は思う。

 
 

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2015年2月17日 (火曜日)

マイルスの考えるフリー・ジャズ

とにかく評判の悪いボックス盤である。Miles Davis『The Complete In A Silent Way Sessions』であるが、先ずタイトルが悪い。「Complete」の単語がこのボックス盤についているところがいけないらしい。つまり「看板に偽りあり」ということである。

確かに、このボックス盤は「Complete」を冠するには、ちょっと説得力に欠ける。このタイトルだと、かのエレ・マイルスの名盤『In A Silent Way』の録音セッションで録音された様々な音源を、欠けること無く全てを収録していると思ってしまうではないか。

さて、今日はこのボックス盤のDisc1について語りたい。このボックス盤のDisc1は『キリマンジャロの娘』『ウォーター・ベイビーズ』等にも収録された曲を含む1968年の9月〜11月のセッション集になる。恐らくは、かの名盤『In A Silent Way』は、このDisc1に収録されたセッション辺りからインスパイアされて創られたのではないか、という仮説の下で選曲されたものと推察している。

ちなみに収録された楽曲は以下の通り。6だけが、このボックス盤リリース当時、未発表曲だった。1と2は『キリマンジャロの娘』、3と4は『ウォーター・ベイビーズ』に収録、『サークル・イン・ザ・ラウンド』に収録されていた。

1. Mademoiselle Mabry
2. Frelon Brun (Brown Hornet)
3. Two Faced
4. Dual Mr. Anthony Tillmon Williams Process
5. Splash: Interlude 1/Interlude 2/Interlude 3
6. Splashdown: Interlude 1 (no horns)/Interlude 2 (no horns)
 

The_complete_in_a_silent_sessions

 
確かに、このDisc1の収録された楽曲の雰囲気は『In A Silent Way』にダイレクトに繋がっていく様に感じられる。確かに『In A Silent Way』の音世界は、エレ・マイルスの中でも独特なのだ。どのような経過を経て、あの名盤が創られたのか、いろいろと推論したくなるのはよく判る。確かに、このDisc1に収録された楽曲は『In A Silent Way』の重要な一要素を形成するパーツであることを強く感じる。

というか、このDIsc1の楽曲を聴いていると、クールなフリー・ジャズとはこういう演奏をいうのではないか、という気がしてくる。このDIsc1の楽曲は、どれもがクールでフリーなエレクトリック・ジャズなのだ。本能のおもむくまま、気分次第で吹きまくる、馬の嘶きの様な激情のブログでは無く、必要最低限にシンプルにコントロールされた、モード奏法を昇華させた限りなく自由なメインストリーム・ジャズなのだ。

シンプルにコントロールされてはいるが、このDisc1での演奏は限りなく自由だ。それぞれのソロイストのアドリブ・フレーズは限りなく自由なのだ。この演奏の類は、マイルスの提示した、マイルスの考える「フリー・ジャズ」なのではないだろうか。フリー・ジャズとはいえ、ジャズはクールでなければならない。フリー・ジャズとはいえ、鑑賞に耐えない音楽はジャズとは言えない。そんなマイルスの声が聞こえてきそうな演奏集である。

このボックス盤に収録された楽曲はDSDリマスタリングされたと思われ、音質が非常に良い。評論家筋やベテランのマイルス者の方々から、とにかく評判の悪いボックス盤ではあるが、これはこれで何点か、評価できるところもある。これからマイルスを聴き込んでいこうという向きには、悪くは無いボックス盤だと僕は思う。

 
 

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2015年2月16日 (月曜日)

若き日のトニー・ウィリアムス

偉大なるジャズ・ドラマー、トニー・ウィリアムス。ワイルドで多彩なリズムを自在に叩き出す天才ドラマー、トニー・ウィリアムスは、17歳でマイルス・クインテットに加わり、若き天才の名をほしいままにしつつ、 1960年代のマイルスの第2期黄金時代を支えた偉大なドラマーだった。

それから約30余年、常にジャズ界のトップ・ドラマーの地位を確保しつつ、その躍動的でパワフルなバスドラムと絶妙なシンバルの切れ味が特徴の彼のドラミングは、純ジャズのジャンルのみならず、フュージョンやロックのジャンルでも、我々を楽しませてくれました。

しかし、1997年2月、まさかの急逝。享年50才。なんと、残念なことだろう。トニーの早すぎる死はジャズ界にとって、大きな損失でした。これから、という年齢だったのに実に残念でなりません。

今日、そんなトニー・ウィリアムスの若かりし頃の初リーダー盤を久し振りに聴きました。Tony Willams『Life Time』(写真左)。1964年8月の録音。ブルーノートの4180番。ちなみに1曲目〜3曲目のパーソネルは、Sam Rivers (ts), Gary Peacock (b), Richard Davis (b), Anthony (tony) Williams (ds)。

1曲目〜3曲目の内容はと言えば、当時のジャズ界の流行を見事に反映した、実にフリーな演奏。本能の趣くままに好き勝手に吹いたり、叩いたりするのではなく、底辺に定型のリズムと自由な旋律がある中での演奏なので、モード奏法の最先端の「限りなく自由な演奏」といったほうが適切。

意外と聴き易いので、フリー・ジャズの入門編には打ってつけのアルバムといえる。即興性はジャズ演奏の重要な要素であるが、このアルバムの演奏を聴いていると、メロディーというものを考慮せず、ひとつひとつ無駄なものを省いていくと、ジャズってこの様な即興性の高い演奏だけが残るんだろうな、って感じがするのだ。

そして、その即興性に特に重要な要素は「演奏技術の高さ」。まず、このアルバムのリーダー、トニー・ウィリアムスのドラミングが実に素晴らしい。テクニックがとにかく凄い。
 

Life_time

 
こんなに「雄弁に語る」ドラムは唯一無二、このトニーのドラミングだけだろう。時には荒々しく、時には繊細に、とにかく素晴らしく柔軟なドラミング。ドラムを志す演奏家は、必ず、このトニーの全てのドラミングをしっかりと聴き、研究すべきだと僕は思う。

サイドメンも素晴らしい面々ばかり。冒頭から2曲目までのベースは、ゲイリー・ピーコック(現在、キース・ ジャレットとのスタンダード・トリオで有名)とリチャード・デイヴィスとのダブル・ベース(ちなみに3曲目のベースは、ピーコック単独)。

実に自由で奥の深い、根太いベースを聴かせてくれる。変幻自在のトニーのドラミングに素早く反応し、時に、トニーのドラミングをリードする。この様な伝統に根ざしたフリーな演奏には、ピーコックのベースは最適だ。

テナー・サックスは、当時、新進気鋭の若手、サム・リバース。フリーな演奏の中にも決して破綻をきたさない、優れた技術に裏打ちされた骨太なテナーには、すっかり耳を奪われる。冒頭1曲目〜3曲目までのモード奏法の最先端の限りなく自由な演奏で、リバースは吹きまくる。

後半の4曲目〜5曲目は、ピアノやビブラフォンの入ったカルテットの演奏になるが、これらの演奏は、現代音楽を彷彿とさせる完全にフリーな演奏。好きな人にはたまらんだろうが、普通のジャズ者の方々には実にとっつきの悪い演奏が繰り広げられる。これはちょっとジャズ者初心者の方々には重荷かもしれない。

ちなみに、この前衛的なヴァイブは、Bobby Hutcherson。これまた前衛的なピアノは、Herbie Hancock。5曲目のみ、ベースのRon Caterが参加。ここにトニー・ウィリアムスがドラムで入って、カルテット編成にて、完全フリーな演奏を繰り広げている。

流石に、この4〜5曲目の前衛的なフリー演奏は、一般のジャズ者の方々にはちょっと重荷。このアルバムは冒頭の3曲の優れた即興性を聴くべきアルバムであると僕は思う。この冒頭3曲のトニーのドラミングは実に天才的である。

 
 

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2015年2月15日 (日曜日)

シーナ&ロケッツのシーナ逝去

シーナ&ザ・ロケッツのボーカリスト、シーナが亡くなった。享年61歳。以前から体調不良とは聞いてきたが、あまりに早すぎる逝去である。最近、いよいよ同世代のミュージシャンが鬼籍に入る時代になりました。寂しい限りです。

シーナ&ザ・ロケッツは、元サンハウスのギタリスト鮎川誠が妻・シーナと共に福岡から上京し結成。1978年シングル『涙のハイウェイ』で、デビュー。1979年、アルファレコードへ移籍し、YMOの協力の下、『真空パック』(写真左)をリリース。シングル・カットされた「ユー・メイ・ドリーム」(写真右)が、JALの「マイ・ハート・キャンペーン」のCMのタイアップ曲となり、ブレイクを果たした。

確か、シーナ&ザ・ロケッツは大学時代に我が大学の学園祭に来た。まだ「ユー・メイ・ドリーム」でのブレイク前だったと記憶している。彼らのライブ・パフォーマンスは凄かった。鮎川誠のエレギ・テクニックの凄さ、シーナのボーカルの凄さ。ただただ唖然として彼らのパフォーマンスを聴いていた記憶がある。「なんでこんな奴らがマイナーなんや」。

ほどなくして「ユー・メイ・ドリーム」でブレイク。思いっきり溜飲を下げたのを覚えている。まだ、ブレイク前のシーナ&ザ・ロケッツを学園祭に呼んだ大学、として、シーナ&ザ・ロケッツのことを、結構、あちこちに自慢げに語っていたなあ。

それ以来、ずっと気にしつつ、昔のアルバムを時折聴きながら、未だ現役バンドで元気に唄う姿を見て来ただけに、今回のシーナの訃報は実に残念です。年齢的には5歳年上になるんですが、感覚的には同世代だと思っていたので、とても寂しいことでした。

ということで、今日はシーナ追悼ということで、シーナ&ザ・ロケッツのセカンドアルバム『真空パック』を繰り返し聴いていました。僕の大学時代にヘビロテだったロック盤でもあります。この『真空パック』は、1979年10月25日のリリース。ヒット曲「ユー・メイ・ドリーム」が2曲目に収録されていたこともあり、ヒット・アルバムとなりました。
 

Sheena_the_rokkets_sinku_pack

 
YMOの協力の下のアルバムなので、収録された曲の雰囲気は、半分ほどが「テクノ・ポップ」風のロック。半分が「シンプルなロックンロール」。レコード会社の思惑として「売らんが為」に、テクノ・ポップ風のアレンジを前面に押し出されて、シーナ&ザ・ロケッツの本質である「シンプル・ハードな和製ロックンロール」色が後退するのでは、と危惧していましたが、そんなことはなかった。

テクノ・ポップ風のアレンジの中でも、シンプル・ハードな和製ロックンロールな雰囲気はしっかりと残っていて、今の耳で聴いても、1曲聴けば、これはシーナ&ザ・ロケッツの個性、シーナ&ザ・ロケッツの音と判ります。それだけ、鮎川誠のエレギとシーナのボーカルが、突出した個性を振りまいていたということですね。

収録曲はどれもが、完璧なロック・チューン。テクノ・ポップに迎合しているところは微塵も無い。音とビートが無機質でYMO的なんだが、この無機質なアレンジを上手く活用して、今の耳にもモダンに響く、個性的な、シーナ&ザ・ロケッツならではのロックロール・チューンに仕上がっている。だからこそ、今の耳にも十分に鑑賞に耐えるんでしょう。

テクノ・ポップを逆手に取った、したたかなロックアルバムとして、このシーナ&ザ・ロケッツのセカンドアルバム『真空パック』は傾聴に値する好盤でしょう。

女性ボーカリストのロックバンドは商業的に成功したケースは希少なんですが、このシーナ&ザ・ロケッツは、1978年結成当初よりバンド活動に一切のブランク無く、積極的に全国各地でライブ・ツアーを行ない、2013年で結成35周年を迎えました。そんな中での、今回のシーナの逝去。実に残念でなりません。ご冥福をお祈りします。

 
 

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2015年2月14日 (土曜日)

三輪洋子の『Canopy of Stars』

2月11日のブログ(左をクリック)で、ご紹介した三輪洋子のアルバムをもう一枚、ご紹介しよう。そのアルバムとは、Yoko Miwa『Canopy of Stars』(写真左)である。2005年のリリースになる。ちなみにパーソネルは、Yoko Miwa (p), Scott Goulding (ds), Massimo Biolcati, Bronck Suchanek (ac-b)。

このアルバムは、ボストン在住の日本人若手女性ピアニスト、三輪洋子の3rdアルバム。 「日本人若手女性」というキーワードを見て、眉をひそめないで下さいね。三輪ご本人は確かに美形ではあるが、よくある「ビジュアル系」ジャズ・アルバムでは無いので、ご安心を。

さて、前作の『Fadelless Fllower』の印象は以下の通りだった。この三輪洋子の3rdアルバム『Canopy of Stars』は、この前回の印象をさらに裏打ちし、その意を強くさせる快作である。

「それぞれの曲がエレガントで美しく、それでいて感情に流されない、しっかりとしたインプロビゼーションで、ダイナミックに聴かせてしまうところが凄い。しかも、ダイナミックではありながら、ちっともうるさくない。芯の入ったタッチとペダルをうまく活用した響きと潤いを持った音をベースに、ファンキー&ゴスペルな雰囲気が見え隠れ、といったところが、彼女のピアノの個性」。
 

Canopy_of_stars

 
まず、前回のアルバムもそうであったが、アルバム収録曲全てが自作曲。その作曲センスはなかなかのものがあり、この自作曲の調子が実にエレガントで叙情性のある印象的な曲ばかりで、女性ならではのきめ細やかさを感じさせる。

前作よりも、旋律や展開、リズムに工夫が見られ、バラエティに富みながらも、しっかりとした統一性を感じさせる手腕は素晴らしいものがある。どれをとっても楽曲的には楽しいものばかりだ。

このアルバムでの、彼女のジャズ・ピアノの面白いところは、前作同様、曲自体が叙情性豊かであるにも拘わらず、しっかりとしたタッチでダイナミックに聴かせるところ。叙情性豊かな曲であれば、彼女自体が女性なのだから、女性的に優しく繊細なタッチで弾けば、と思うのだが、もし、そうしていたなら、これだけの個性を獲得することはなかっただろう。

しかしながら、一部の評論家やジャズ者ベテランの方々の間でもてはやされる様に「ガンガン」やるのではない。しっかりと押し込むようなタッチで、ダイナミックに聴かせるところが「彼女の個性」。

僕は、この「曲想の叙情性」と「ピアノタッチのダイナミックさ」との対比が「癖」になった。「隠しておきたい、僕だけのお気に入り」である。

 
 

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2015年2月13日 (金曜日)

ビッグバンド・ジャズは楽し・37

これはこれは、素晴らしいビッグバンドに成長したものだ。ジャズ・ピアニスト、小曽根真が率いる「No Name Horses(以降、略してNNH)」である。ピアニスト小曽根真が率いる総勢15名のビッグバンド。メンバーはいずれも日本を代表するミュージシャン。このNNHの最新アルバムが、これまた、素晴らしい内容のアルバムに仕上がっている。

そのアルバムとは、小曽根真 featuring No Name Horses『ROAD』(写真左)。JAZZ LIFE DISC GRAND PRIX にてアルバム・オブ・ザ・イヤー2014 第1位を受賞。ビッグバンドがアルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞するのも珍しいが、日本人リーダーのビッグバンドがこういう大きな賞を受賞するのは、穐吉敏子=ルー・タバキン・ビッグバンド以来ではなかろうか。

収録曲は以下の2曲。「ビッグ・バンド交響詩“ROAD”」と「ラプソディ・イン・ブルー」の2曲構成である。まずは、1曲目の「ビッグ・バンド交響詩“ROAD”」。重厚な一大音楽絵巻、小曽根渾身の交響詩。しっかりと大胆かつ細心に書き込まれたビッグ・バンド交響詩。

このビッグ・バンド交響詩を聴くと、ジャズのビッグバンドがここまでの様々な表現が出来るとは、と先ずは思わずビックリする。ダイナミックな展開から繊細な表現まで、音の大きさからすると、フォルテッシモからピアニッシモまで、相当に広大なダイナミックレンジ。アンサンブル、ユニゾン&ハーモニーのニュアンスの豊かさ。まるで、ビッグバンドがクラシックのオーケストラに置き換わったかのような、素晴らしくアーティスティックな音世界。
 

Nnh_road

 
そして、2曲目が「ラプソディ・イン・ブルー」。ジョージ・ガーシュウィンの名曲である。このクラシックの名曲のスコアをそのまま、ビッグバンド・ジャズに移し替えたような、正統な「ラプソディ・イン・ブルー」。変にアレンジしたり、変に加工したりすることは一切無し。正面から「ラプソディ・イン・ブルー」に向き合い、真っ当にアレンジされた「ラプソディ・イン・ブルー」。

そんな「ラプソディ・イン・ブルー」を最高テクニックを誇るNNHが、渾身の演奏で表現していく。適度な緊張感が清々しい、端正なビッグバンド・ジャズ。破綻の無い、崇高な構築美が眩しいくらいの「ラプソディ・イン・ブルー」である。

さすがに、JAZZ LIFE DISC GRAND PRIX にてアルバム・オブ・ザ・イヤー2014 第1位を獲得しただけはある内容である。惜しむらくは、あまりにアーティステックで端正で破綻の無い分、最後まで聴き通すと、ちょっと「トゥー・マッチ」に感じるところ。

演奏の密度も濃く、アレンジも重厚な為、気が向いたときにサクッと気軽に聴く、という感じのアルバムでは無い。しっかりと構えて、対峙するように聴き込むアルバムという感じが強い。アート度が高いと言って良い。ちょっとアート度が高すぎて、ポップな雰囲気が希薄なので、その辺のところで好き嫌いが分かれるのでは、と感じている。

素晴らしい内容のアルバムである。日本のビッグバンド史に残る名盤であると思う。しかし、「ジャズ史上の名盤、必ずしも愛聴盤ならず」という格言があるが、この小曽根真 featuring No Name Horsesの『ROAD』は、その類の一枚かもしれない。

 
 

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2015年2月12日 (木曜日)

これはマニアなブルーベック盤

久々のデイブ・ブルーベックである。僕はブルーベックがお気に入りなのだが、我が国では、どうもブルーベックは人気が無い。音楽の好きな人のレベルで、昔、アリナミンVの宣伝でお馴染みとなった「テイク・ファイブ」を演奏したバンドのリーダー、という位の認識しか無い。

そんな我が国で人気がイマイチのブルーベックである。ブルーベックのアルバムばかり紹介していると、「マスター、またブルーベックなん」とか「ブルーベックってそんなにええのん」なんて声があちらこちらから聞こえてきそうで、最近、ちょっと控えめにしてきた。が、やはり、久々に聴くと、ブルーベック・カルテットは良い。

今日は、そんなブルーベックのアルバムの中から、ちょっとマニアックなアルバム、Dave Brubeck『Jazz: Red Hot & Cool』(写真左)を選択。1954年1月18日、ニューヨークの「Basin Street East」でのライブ録音。ちなみにパーソネルは、Paul Desmond (as), Dave Brubeck (p), Bob Bates (b), Joe Dodge (ds)。

冒頭「Lover」の始まりから、ライブ・ハウスの中の様々な音が聴こえる。ガラスのコップの触れあう音、ナイフ&フォークが触れあう音、ライブ音源ならではの臨場感が実に良い雰囲気だ。そこに、まずデスモンドのアルトが滑り込む様に旋律を奏でる。これが良い。このデスモンドのアルトが、ブルーベック・カルテットの一番の「売り」だ。

柔らかで円やかで流麗なデスモンドのアルト・サックス。ジャズは煙と汗の中、激しく、エモーショナルな演奏を奏でるもの、とする向きには、全く正反対のデスモンドのアルト。昔は「軟弱アルト」と陰口を叩かれたものだ。今では、スムース・ジャズの先駆けも先駆け、彼のテクニックの高さと共に、高い評価を得ている。
 

Jazz_red_hot_and_cool

 
そして、ブルーベックのピアノ。スイングしないジャズ・ピアノと揶揄されるブルーベックのピアノだが、どうして、しっかりスイングしている。そう、ブルーベックはライブ演奏でこそスイングする。しかし、そのスイングは黒人ジャズメンの粘りのあるオフビートなスイングでは無く、白人らしい、クラシックの様に整然とした、スクエアなスイング感なのだ。

我が国では、硬派なジャズ者の方々は「ジャズを演奏するのに、クラシックの様に整然とした、スクエアなスイング感とは何事か」ということになって、ブルーベックは常に「分が悪い」。でも、この個性的なスイング感こそが、ブルーベックの真骨頂であり、ブルーベックの最大の個性なのだ。一聴するだけでブルーベックと判るスイング感。

ボブ・ベイツのベースとジョー・ドッジのドラムも堅実でテクニックも優秀。この二人がバックを支えているからこそ、フロントでデスモンドのアルトとブルーベックのピアノが、心ゆくまでインプロビゼーションを展開することが出来る。ブルーベックの独特のスイング感をしっかり理解し、しっかりサポートするこのリズム・セクションは地味だがなかなかに優秀。

良いライブ盤です。とにかく演奏される曲という曲の演奏の雰囲気が実に良い。しなやかなインプロビゼーション、リラックスしたリズム&ビート。そこに、柔らかで円やかで流麗なデスモンドのアルト・サックスが乱舞し、硬質でスクエアなスイング感のブルーベックのピアノが絡む。ブルーベック・カルテットここにあり、という感じの聴いて楽しいライブ盤です。

 
 

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2015年2月11日 (水曜日)

三輪洋子の『Fadeless Flower』

ジャズのアルバムについては、新譜、リイシュー併せて、毎月かなりの数がリリースされている。そんな中で、時々、雑誌やネットで見て「これは」とピンと来て、理屈無しに直感で入手に至るアルバムがある。このアルバムもそうだった。
 
いつだったか、スイングジャーナルのディスク・レビューの片隅に載っていたのを、ジャケット写真を見て「ジャケ買い」(笑)。そのアルバムとは、Yoko Miwa『Fadeless Flower』(写真左)。三輪洋子のリーダーアルバムである。

三輪洋子はボストンで活躍するジャズ・ピアニスト。このアルバムは、三輪洋子の日本における2作目。彼女の鍵盤さばきの個性の全貌が露わになるトリオ編成。全曲オリジナルを、女性ミュージシャンの個性を最大限活かした、キュートで美しく、それでいて芯の入ったタッチでじっくり聴かせる。

それにしても、このアルバム「当たり」ですね。それぞれの曲がエレガントで美しく、それでいて感情に流されない、しっかりとしたインプロビゼーションで、ダイナミックに聴かせてしまうところが凄い。しかも、ダイナミックな展開ではありながら、ちっとも五月蠅く感じない。
 

Fadeless_flower

 
芯の入ったタッチと、ペダルをうまく活用した響きと潤いを持った音をベースにファンキー&ゴスペルな雰囲気が見え隠れ、といったところが彼女のピアノの個性。男性ジャズ・ピアニストの「ゴーン・ガゴーン」といったハンマー・タッチとは全く異なる、女性ならではのエレガントさを、しっかりとした個性として表出しているのには感心した。

その彼女の個性の源をしっかりと確認できるのが、ラストの9曲目「Finding the Sun」。のっけから、ファンキー&ゴスペル溢れるタッチで、メリハリ良く音を紡いでいく。これぞ、アメリカン・ジャズ・フィーリング。演奏のテンポはあくまでも歩く位の速さで、悠然とゆったりと曲を進める。

なんだか、キース・ジャレットのゴスペル・フィーリング・タッチなピアノを聴いている気分になりそうになるがそうならない。先に述べた「芯の入ったタッチと、ペダルをうまく活用した響きと潤いを持った音をベースに、ファンキー&ゴスペルな雰囲気が見え隠れ」といった彼女の個性を基に、女性ならではのエレガントさを全面に押し出しているからだ。

女性ジャズ・ピアニストの進む道の良き先例として、この三輪洋子のアルバムに、一度、耳を傾けていただきたい。聴けば聴くほど、新しい発見があって、聴けば聴くほど、気持ちが落ち着いて、なんか、僕には大のお気に入りアルバムになってしまいました。 

 
 

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2015年2月10日 (火曜日)

クリフォード・ブラウンを聴こう

昨日は、ファッツ・ナヴァロを「勉強」した。このナヴァロのトランペットの奏法スタイルと音色、高いテクニックについては、後の天才トランペッター、クリフォード・ブラウンに多大な影響を与えたとされる。

それでは、今日はクリフォード・ブラウンを聴こうではないか、ということに相成った。クリフォード・ブラウン(以降、ブラウニーと呼ぶ)も早逝の天才トランペッターだった。1956年6月26日、弱冠26歳、交通事故でこの世を去ってしまった。よって、ブラウニーの音源もそんなに多くは残っていない。

そんな数少ない音源の中で、このブログでも幾枚かをご紹介している。ブログ右の「カテゴリ−」の「ジャズ・トランペット」の中にあるので、出来ればご一読いただければ、と思う。が、そんなブラウニーのアルバムの中で、意外と気に入っている一枚がある。そのアルバムは、未だこのブログでご紹介していないかと思う。

そのアルバムとは、Clifford Brown『Brown and Roach Incorporated』(写真左)。1954年8月の録音。ちなみにパーソネルは、Clifford Brown (tp), Max Roach (ds), Harold Land (ts), Richie Powell (p), George Morrow (b)。タイトルの「Incorporated(合併、結成)」の通り、ブラウン〜ローチ・クインテットの初のスタジオ録音作である。
 

Brown_roach_inc

 
初のスタジオ録音作ということで、メンバーそれぞれが、なかなか意欲的な演奏を展開している。そんな中で、やはりブラウン〜ローチ・クインテットの双頭リーダーである、ブラウニーのトランペットとマックス・ローチのドラムが目立っている。まあ、それは仕方ないか。双頭リーダーやもんな。

このアルバムでのブラウニーのトランペットは素晴らしい響きと輝きに満ちている。アドリブ・フレーズを数フレーズほど聴き通せば、確かに、ファッツ・ナヴァロの影響が感じてとれる。ファッツ・ナバロのトランペットの響きと輝きに、鋭さと切れ味を加味して、スピード感を上乗せした、そんなブラウニーのトランペット。

確かに、このアルバムはブラウン〜ローチ・クインテットの初のスタジオ録音作なので、まだまだ、ブラウニーのトランペットも荒削りではある。しかし、その底にあるトランペットの個性と輝きは、もうこのアルバムの中に充満している。

ブラウン〜ローチ・クインテットのグループ・サウンズとしてはまだまだ発展途上ではあるが、ブラウニーの個性は完成し、その個性は突出している。その個性は、ファッツ・ナヴァロの延長線上に、発展したイメージとしてここにある。

昨日も書いたが、ファッツ・ナヴァロや、後にこのナヴァロに影響を受けたブラウニーがもっと長生きだったら、ジャズ・トランペットの世界はどうなっていただろう。残念なことに、ナヴァロもブラウニーも早逝の天才トランペッターだった。それが残念でならない。

 
 

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2015年2月 9日 (月曜日)

早逝の天才トランペッターの記録

ジャズは奥が深い。しかもジャズメンや奏法のバリエーションの裾野がやたらに広い。自分の好きな、お気に入りなジャズを聴くことが基本ではあるが、ジャズの歴史やスタイル、スタイル毎の代表的なジャズメンについて学ぶことも、実はジャズを聴き進める上で大切なことの一つだったりする。

ブルーノート・レーベルの数々のアルバムは、1940年代後半のビ・バップの時代から、1950年代のハードバップ、1960年代に入ってのモードジャズ、ファンキージャズ、そして、1960年代前半からのフリージャズ、1960年代後半のソウルジャズからクロスオーバージャズまで、ジャズの殆どのスタイルと歴史をカバーしている。つまり、ブルーノート・レーベルのカタログの順番にアルバムを聴き進めることにより、ジャズの全貌について学ぶことが出来るのだ。

さて、今日はそんなブルーノート・レーベルのアルバムの中から、このアルバムを選択して聴き込んだ。『The Fabulous Fats Navarro, Vol.1 & Vol.2』(写真)。ブルーノートの1531番&1532番。ビ・バップ時代の伝説のトランペッター、ファッツ・ナヴァロの演奏の記録である。

ファッツ・ナヴァロは、1923年9月生まれ。1950年7月に早逝している。享年26歳。故に彼の活動期間は極めて短い。しかし、彼は1940年代のビ・バップという、当時の流行の演奏スタイルのパイオニアの一人なのだ。しかも、彼のトランペットのテクニックは極めて高く、彼のブロウはトランペットを非常に良く鳴らすのだ。

このナヴァロのトランペットの奏法スタイルと音色、高いテクニックについては、後の天才トランペッター、クリフォード・ブラウンに多大な影響を与えたとされる。また、1950年代後半、新たに表舞台にデビューしたトランペッターについては、皆、何らかの形で、このナヴァロのトランペット・スタイルに影響されている。つまりは、ジャズ・トランペッターとして、このファッツ・ナヴァロのトランペットは、絶対に聴くべき「必須科目」みたいなものなのだ。
 

The_fabulous_fats_navarro_2

 
しかし、早逝してしまったが故に、そんなファッツ・ナヴァロの音源はかなり少ない。よって、このブルーノートの『The Fabulous Fats Navarro, Vol.1 & Vol.2』は、ファッツ・ナヴァロのトランペットを体験する上で、相当に貴重な音源になります。

この2枚の音源を聴き通してみると、確かに、ナヴァロのトランペットは、後の天才トランペッター、クリフォード・ブラウンに多大な影響を与えた、ということに思いっきり合点がいく。ナヴァロのトランペットは、テクニック優秀で音の乱れが無く流麗、そして、トランペットが「ブラスの輝き」よろしく朗々と鳴る。確かに、クリフォードのトランペットの個性にしっかりと引き継がれていることがよく判る。

演奏のスタイルは「ビ・バップ」。しかし、バックのユニゾン&ハーモニーは、スイング・ジャズの雰囲気を宿していて、ビ・バップ時代の演奏ながら、音楽として聴き易い。ナヴァロのアドリブ・フレーズはヒステリックに嘶くことは無く、そのラインは端正にして流麗。ビ・バップはそのアクロバティックなテクニックのみを愛でる側面もあるのだが、このファッツ・ナヴァロのアルバムでは、ジャズとして十分に鑑賞に耐えるものになっている。

このアルバム2枚を聴くと、このファッツ・ナヴァロや、後にこのナヴァロに影響を受けたクリフォード・ブラウンがもっと長生きだったら、ジャズ・トランペットの世界はどうなっていただろう。残念なことに、ナヴァロもクリフォードも早逝の天才トランペッターだった。それが残念でならない、という思いを強くさせる『The Fabulous Fats Navarro, Vol.1 & Vol.2』である。

しかし、こんな音源を1956年にリリースしていたブルーノート・レーベルって凄いよな〜。損得抜きで重要な音源を世に送り出すブルーノート・レーベル、さすがは、ブルーノートの総帥、アルフレッド・ライオンである。ライオンのお陰で、この21世紀になった今でも、伝説となったファッツ・ナヴァロのトランペットを愛でることが出来るのだ。

 
 

震災から3年10ヶ月。決して忘れない。まだ3年10ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2015年2月 8日 (日曜日)

ハービーのアレンジの才を再認識

ブルーノートの4200番台をハイレゾ環境に移行した。4200番台のアルバムが聴きやすくなった。暫く聴く機会の無かった、このアルバムを久し振りに聴いた。Herbie Hancock『Speak Like a Child』(写真左)である。

1968年3月の録音。ブルーノートの4279番。時代はフリー・ジャズとソウル・ジャズが流行の時代。ロックが台頭し、ジャズはマイナーでマニアックな音楽へと移行し始めた頃である。ちなみにパーソネルは、Herbie Hancock (p), Ron Carter (b), Mickey Roker (ds), Jerry Dodgion (alt-fl), Thad Jones (flh), Peter Phillips (b-tb)。

パーソネルを見渡すと、このアルバムは、ピアノ・トリオを中心に据え、その背後にフリューゲルホーン、ベース・トロンボーン、アルト・フルートの3管アンサンブルを配した珍しい編成。収録された演奏を聴けば、ベース・トロンボーン、アルト・フルートの3管は伴奏に徹していて、基本はピアノ・トリオの演奏である。

このアルバムのピアノはとても美しく響く。ベース・トロンボーン、アルト・フルートの3管のアンサンブルのアレンジが巧みで、この3管アンサンブルをバックに、ピアノの音がクッキリと浮かび出たり、ビアノの響きが美しく響いたりするのだ。初めてこのアルバムを聴いた時、このアルバムのピアノの美しさにはビックリした。
 

Speak_like_a_child

 
このアルバムの演奏をよくよく聴けば、ソロをとっているのはピアノのハービーだけである。つまり、このアルバムは、ハービー・ハンコックのアコースティック・ピアノだけを愛でる、ハービーのピアノだけのピアノ・トリオであり、バックの3管アンサンブルなのだ。

そんな仕掛けを施したアルバムである。このアルバムでのハービーのピアノは何時になく、躍動感があり、美しい旋律に溢れ、アドリブの展開に勢いがあり、自信たっぷりに堂々と弾き込んでいる。このアルバムのハービーのピアノは、ハービーの数あるアルバムの中でも指折りだ。

トリオのベースとドラム、そしてバックの3管アンサンブルは、ハービーのピアノが美しく響く為に存在し、3管アンサンブルのアレンジは、ハービーのピアノをクッキリと浮きただせる為だけに存在するのだ。ジャズにおけるアレンジの存在を最大限に前面に押し出した、ユニークな内容のアルバムである。

夕暮れ時であろう、キスをする男女のシルエット写真を載せたアルバム・ジャケットも秀逸。ちなみに、この男女は若き日のハービー・ハンコック夫妻とのこと。実に良い雰囲気のジャケットである。こういう秀逸なジャケットは、さすがブルーノート・レーベルである。 

 
 

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2015年2月 7日 (土曜日)

こんなアルバムあったんや・40

人間、時に飽きが来るということは「ままあること」で、硬派なジャズばっかり聴いていると、ジャズが全く聴きたく無くなる時がある。こういう時は無理をせず、他のジャンルの音楽に耳を傾けてみたりする。

僕の場合、その一つが70年代ロックであり、Jポップであったり、フュージョンであったりする。特に、この「フュージョン」というジャンルは奥が深く、最近は「このジャンルは何でもありとちゃうか?」と密かに思っている。その「何でもあり」のフュージョンの最たるモノに最近出会った。

ふとした弾みで入手したアルバム、村上 "ポンタ" 秀一『Welcome to my Life』(写真左)。1998年のリリース。このアルバムを聴いて、思わず、これぞ「何でもあり」のフュージョンやなあと感心した。

それもそのはず、日本のミュージック・シーンの様々なジャンルから、きら星の如く様々なゲスト・ミュージシャンが多々参加した、ポンタさんのデビュー25周年記念のアルバムなのだ。そのゴッタ煮なアルバムの、その1曲1曲、丁寧に聴き耳を立ててみると、このアルバムの「究極のフュージョン性」が浮かびかがってくる。
 
  
Welcome_to_my_life
 
 
とにかく、理屈抜きに楽しいアルバムで、多くの友情出演に支えられながら、その演奏のクオリティはとても高く、一曲として手を抜いていない。どころか、結構、異種格闘技的な雰囲気が色濃く、それぞれの曲の中で、良い意味での「化学反応」が起きている。それが、聴いていてとても面白い。

ジャズのジャンルで言えば、良質なフュージョンアルバムといえるし、Jポップのジャンルから言えば、オールスター競演の素晴らしい企画モノと言える。ロックのジャンルからみても興味深い演奏が数々あるし、まあ、こういう観点から言えば、本当の意味での 「フュージョン&クロスオーバー」なアルバムと言えるんやないかなあ。

時には、硬派なジャズから大きく逸脱して、「フュージョン&クロスオーバー」な演奏を直感的に楽しむ、このポンタさんのアルバムの様な「何でもあり」のフュージョンに耳を傾ける余裕が欲しいなあと思います。ほんまに、時にはこんな「何でもあり」のフュージョンも「ええでっせ」。
 
 
 

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2015年2月 6日 (金曜日)

音を楽しめるフリーなジャズ演奏

久し振りに改めてこのライブ盤を聴いてみた。このライブ盤を聴く度に「フリー・ジャズとは一体なんなんだ」と強く思う。ジャズのフリー・インプロビゼーションとは一体なんなのだ。そして、ジャズ・ミュージシャンの技量とは如何なるものなのか。そんな考えに思いを馳せたりする。

そのアルバムとは、Sonny Rollins『The Solo Album』(写真左)。1985年7月15日、ニューヨーク近代美術館におけるソロ・パフォーマンスを収録したライブ盤。完全なソロ、たった一人で、サックス一本で、約28分の長時間インプロビゼーションを2本立て続けに演奏し続けるのだ。

ロリンズのソロは凄い。メロディーもあるし、歌心もある。つまり、テナー一本のソロでありながら、そのソロ・パフォーマンスは旋律があり、音を楽しむことが出来る。つまり、ロリンズのソロ・パフォーマンスは「音楽」である。ところどころで「どこかで聴いたことがあるフレーズ」を交えて、聴衆をちょっとニンマリとさせながら、ロリンズは悠然とフリー・インプロビゼーションを吹き進めていく。

このロリンズの『The Solo Album』では、全くのフリーな吹奏である。つまりは「フリー・ジャズ」。しかし、それまでのフリー・ジャズの語法とは全く異なる。馬の嘶きの様な、人の叫びの様な激情のブロウは全くほとんど聴くことは無い。テクニックを誇示するような高速フレーズを吹きまくることも無い。モードに走ることも無ければ、不協和音に頼ることも無い。
 

Sonny_rollins_solo_album

 
ロリンズは悠然と、メロディーのある、歌心もある、旋律があり、音を楽しむことができるフレーズを吹き上げていく。しかも、1曲約28分という超ロングプレイ。この1曲約28分の間、聴き手を全く飽きさせること無く吹き終えるなんて、なんて素晴らしいインプロバイザーなんだろうか。汲めども尽きぬ魅力的なフレーズの連続。そこかしこに「ロリンズ節」を織り交ぜて、堂々のブロウ。

恐らく、メロディーのある、歌心もある、旋律があり、音を楽しむことができるフレーズをゆったりとした展開で吹き進めるからこそ、1曲約28分のソロ・パフォーマンスを2本も続けて吹くことが出来るのだろう。汲めども尽きぬ魅力的なフレーズの連続だからこそ、聴き手も飽きずに、ロリンズを鼓舞し続けることが出来るのだ。吹き手と聴き手の共同作業であり相乗効果である。

これまでのフリー・ジャズの定番的な語法である「馬の嘶きの様な、人の叫びの様な激情のブロウ」では、「テクニックを誇示するような高速フレーズ」では、1曲約28分のソロ・パフォーマンスを吹ききることは出来ないだろう。ましてや、2本続けて吹くなど、絶対に無理だ。

このライブ盤を聴く度に「これまでのフリー・ジャズとはなんだったのか」という思いを強くする。このロリンズのソロ・パフォーマンスは、フリーなジャズに対する、難解なジャズに対する「アンチテーゼ」の様に響く。音を楽しめる「フリー・インプロビゼーション」。ロリンズのジャズ・ミュージシャンとしての技量の広さと大きさを実感する。

 
 

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2015年2月 5日 (木曜日)

フェンダー・ローズを愛でる・11

今を去ること40年前より、フェンダー・ローズの音色が大好きである。鋭い打撃音と長く伸びる減衰音から鳴る独特の音色を発するのが特徴。生の音は、特徴ある澄んだ、アタックの強い音がするが、ピアノに内蔵のトーンコントロールの調整や、アンプをオーバードライブ気味に歪ませた時の低音のうなるような力強い音は独特。

フェンダー・ローズとは、もともとは、ローズ・ピアノ(Rhodes Piano)と呼ばれ、1940年代にハロルド・ローズ(Harold Rhodes)によって発明された鍵盤楽器です。エレクトリック・ピアノの一種。その中で、楽器メーカーのフェンダー社が出しているものを、フェンダー・ローズと呼んでいます。

さて、そんなフェンダー・ローズが大活躍するジャズ・アルバムをコレクションし始めているのですが、実はジャマイカ出身のモンティ・アレキサンダーが隠れたフェンダー・ローズの使い手である、という情報は前から入手していて、そのアルバムは、Monty Alexander『Rass!』(写真)だというのも判っているんですが、CDの時代になって、お目にかかることが無かったんですね。

が、3ヶ月ほど前、iTunes Storeを彷徨っていて、Monty Alexanderを検索したら、なんと『Rass!』が出てきた。あれ〜リイシューされてるやん。偽物とちゃうやろな〜と思って、収録曲、収録順を確認、試聴までして音質を確認し、これはちゃんとしてリイシュー音源だと判断。思わず「ポチッとな」である。
 

Monty_alexander_rass

 
1974年のリリースになる。ちなみにパーソネルは、Monty Alexander (el-p), Ernest Ranglin (g), “Trini” Clarence Wears (g), Jackie Jackson (b), Sparrow Marlin (ds), Noel Seale (congas), Denzil “Pops” Laing (per)。モンティ・アレキサンダー以外、知らないメンバーばかり。それでも、アルバムに収録された演奏は水準以上の優れもの。そして、ラージ・プロフェッサーなどを筆頭に多くのDJ達にサンプリングされてきた「クロスオーバー・ジャズ」な名曲の宝庫。

1974年と言えば「クロスオーバー・ジャズ」の時代。このアルバムのエレギの音なぞは、クロスオーバー・ジャズで良く聴いた、ちょっと歪んだ、ファズがかかったような音。ちょっと薄くて軽くてチープな味わいが何とも言えない個性で、これがまた良いのですな。そんなジャズとロックの融合、クロスオーバー・ジャズな時代に、フェンダー・ローズの音色のお陰で「ソフト&メロウ」な雰囲気が実に素敵。

演奏はと言えば、ジャマイカな雰囲気が満載。ジャマイカン・フォークソングをはじめとする、カリプソ、レゲエなど、ジャマイカな雰囲気がてんこ盛り。そんなカリビアンな雰囲気の演奏に、フェンダー・ローズの音色が映える映える。それでいて、演奏の芯の部分は、しっかりと「クロスオーバー・ジャズ」している。決してイージー・リスニングに流れない。意外と硬派な演奏である。

モンティ・アレキサンダーのフェンダー・ローズは申し分無い。確かに上手い。フェンダー・ローズの特性を良く理解して、その音色を上手く活かしたジャマイカンな演奏の数々には惚れ惚れします。フェンダー・ローズの音色を心ゆくまで愛でることの出来る「隠れ名盤」的存在のアルバムです。

 
 

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2015年2月 4日 (水曜日)

まだまだ「イエス」は眠らない

ジャズの合間の「耳休め」。1970年代ロック発祥のプログレッシブ・ロックのアルバムを聴く。僕にとっての「三大プログレ・バンド」と言えば、イエス、ピンク・フロイド、キング・クリムゾン。こうやって並べてみると、どれもまだ活動中のバンドではないか。よって、新アルバムが出たら、ついつい手が出る。昔からの馴染みで「ポチッ」としてしまうんやなあ(笑)。

今から3年半ほど前になるが、イエスの10年ぶりとなる新アルバムが出た。2011年の夏、そのアルバムとは、Yes『Fly From Here』(写真左)。アルバム・ジャケットからして、完璧に「Yes」している。まったくもって素敵なロジャー・ディーンのイラストが味わい深い、イエスらしいジャケット。ジャケットのど真ん中、ちょっと上にあの「Yesのロゴ」。昔からのイエス者にとっては「たまらない」。

しかし、この新アルバム、イエスの往年のボーカリスト、ジョン・アンダーソン抜きのイエスなのだ。ちなみに核となるパーソネルは、Chris Squire (b,vo), Steve Howe (g,vo), Alan White (ds), Geoff Downes (key), Benoit David (vo)。イエスのオリジナル・メンバーからすると、メイン・ボーカルのジョン・アンダーソンとキーボードのリック・ウェイクマンがいない。

イエスと言えば、イエスのバンドの個性と特徴を決定付ける要素として、ジョン・アンダーソンのボーカルとリック・ウェイクマンのキーボードが挙げられるだけに、この二人のいない「イエス」って、どうなんの、って感じで、このアルバムを入手し、聴き始めた。

が、いやいや、それは杞憂でした。このアルバムに詰まっている音は、やっぱり「イエス」の音でした。盟友Trevor Hornがプロデュースです。ということは『Drama』の音やね、と思って収録曲のタイトルを見たら、トレバーとジェフでのアルバム『Drama』の頃のライブのみでの演奏曲「We Can Fly From Here」を発展させた組曲「Fly From Here」から始まる。
 

Fly_from_here

 
ポップなプログレッシブ・ロックが展開される。耳に優しく、聴き易いプログレ。変に転調したり、変則拍子を繰り出したりしない。安心、安定な展開が心落ち着くプログレッシブ・ロック。良い感じです。今の時代にピッタリの雰囲気。いや〜ビックリしました。嬉しい意外性とでも言ったら良いのか、もっと、昔のクラシック・イエスの音を踏襲するかと思っていたのですが、良い意味で期待を裏切られました。

ベノワ・ディヴィッドのボーカルも良好。ジョン・アンダーソンそっくりのボーカルなんて揶揄されますが、確かに声質は似ています。が、アンダーソンそっくりではありません。雰囲気が合っている、という感じですかね。でも、声質と雰囲気が合っているので、ベノワ・ディヴィッドの歌声をもってしても、このアルバムの音世界は紛れもなく「イエスの音世界」です。

キー・ボードがジェフ・ダウンズなので、さすがに「およよ」と思う部分も無いことは無いのですが、気になるほどでは無いです。恐らく、ハウとスクワイアのバック・ボーカルが「イエス」なんで、キーボードのダウンズならでは手癖が気にならないのでしょう。

しかし、素晴らしいですね。1969年にデビューしたプログレ・バンド「イエス」。この『Fly From Here』がリリースされた2011年、まだまだ「イエス」は進化している。ジョン・アンダーソンとクリス・スクワイアあっての「イエス」なんだが、ジョン・アンダーソン抜きでも成立する「柔軟性のある進化」を聴いたような気がする。

ポップにドラマティックに仕上がったこの『Fly From Here』を聴くにつけ、プロデューサーのトレーバー・ホーンの腕前は流石やなあ、と思いっきり感心したりする。往年のイエス者の方々にも、最近の若きプログレ者の方々にも、十分にアピールし、十分に聴き応えを与えてくれる、久々のプログレの佳作です。まだまだ「イエス」は眠らない。

 
 

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2015年2月 3日 (火曜日)

アート・ペッパーの初リーダー作

ジャズのアルト・サックス奏者で誰がお気に入りか、と問われれば、僕は「アート・ペッパー」と先ず答える。そう、ジャズを聴き初めて、2年目の頃だったかなあ。僕はこのアルバムを「秘密の喫茶店」のママさんに紹介されて、アート・ペッパーがお気に入りジャズメンになった。

そのアルバムとは、Art Pepper『Surf Ride』(写真左)。1952年3月の録音。アート・ペッパーの初リーダー作である。ちなみにパーソネルは、Art Pepper (as), Hampton Hawes (p), Joe Mondragon (b), Larry Bunker (ds)。アート・ペッパーのアルトのワンホーン作である。

このパーソネルを見れば、この演奏は米国西海岸ジャズであることが判る。録音地はロスアンゼルス。そう、アート・ペッパーと言えば、米国西海岸ジャズのアイドルの一人なのだ。若かりし頃のアート・ペッパーの写真を見れば、確かに「イケメン」。加えて、格好良く流麗なアルト・サックスを吹くのだ。なるほど、アイドルである。

さて、このアルバムの演奏を聴くと、米国西海岸ジャズの特徴と個性がとてもよく判る。良くアレンジされた構成。響きが心地良いユニゾン&ハーモニー。演奏の質は中音域を十分に活かして「軽やか」。アドリブ・フレーズは「小粋で洒脱」。ポップで聴き心地の良いアンサンブル。
 

Surf_ride

 
このアルバムでのアート・ペッパーの凄みは、アドリブ・フレーズの展開、アドリブ・フレーズの吹き回しにある。お洒落で流麗なアート・ペッパーのアルトが、印象的なアドリブ・フレーズを、躍動感がありながら、鼻歌でも歌うかの様に軽やかに粋に吹き進めていくのだ。 とても素敵なアート・ペッパーのアルト・サックスである。

どうやったら、こんなに印象的なアドリブ・フレーズが吹けるのか不思議なのだが、アート・ペッパーは「アドリブ一発勝負」的な、気合い十分なアドリブ展開が特徴で、そういう意味で、アート・ペッパーは、本能でアルトを吹く、天才型のミュージシャンなのだろう。この『Surf Ride』を聴く度にその意を強くする。

難しいこと言いっこ無し。この『Surf Ride』で、アート・ペッパーのアルトの天才的な吹き回しを聴き、米国西海岸ジャズの特徴と個性を体感して下さい。さすが、米国西海岸ジャズの若手精鋭で固めたバックのリズム・セクションも良好。とても良質な米国西海岸ジャズです。

ジャケット・デザインにも目を見張る(笑)。『Surf Ride』=「波乗り」=黄色ビキニのお嬢さん、的なイラスト・ジャケット。いや〜、飛び切り「アメリカン」ですね。初めて目にした時には「ドン引き」しましたけどね(笑)。凄くチープなイラストなんですが、これがまた、なんだか良い「雰囲気」があるんですね。良いアルバムです。

 
 

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2015年2月 2日 (月曜日)

ビッグバンド・ジャズは楽し・36

以前より、日本のビッグバンドは基本的にレベルが高い。1950年代以来、米国、欧州から見れば「極東」の田舎の国と思われていた日本。そんな日本にジャズなんて出来るはずが無い。1960年代以降、そういう先入観を持って、日本のジャズは評価されてきた。

ジャズなんて出来るはずが無い、というレベルである。ましてやビッグバンド・ジャズなんて、絶対に不可能と思われていた。しかし、1960年代、米国のジャズ・ミュージシャンが来日し、日本のミュージシャンと交流を持つにつけ、その先入観は、先ずはミュージシャンのレベルで払拭されていった。しかし、通常の聴衆レベルはそうではない。

しかし、1960年代後半から、米国や欧州のジャズ・フェスティバルに、日本のミュージシャンが出演するようになる。日本人にジャズなんて出来るはずが無い、という先入観は払拭されていく。そして、日本のビッグバンドも徐々にその評価を高めていく。

そんな日本のビッグバンド・ジャズが、米国のジャズ・フェスティバルで大活躍した記録がある。宮間利之&ニューハード『モンタレーのニューハード』(写真左)。1974年9月、アメリカで行われたモンタレー・ジャズ・フェスティバルの模様を収録したライヴ録音盤。このアルバムは、第17回モンタレー・ジャズ・フェスティバルに出演して圧倒的成功を収めた「宮間利之とニュー・ハード」の2夜にわたる全ステージを収録したメモリアルな2枚である。

日本のビッグバンドが、米国のジャズ・フェスティバルに出演した最初の記録である。過去、モンタレー・ジャズ・フェスティバルには松本英彦や在米中の秋吉敏子が招かれて出演したことはあるが、ビッグバンドが参加するのは初めてだった。
 

The_new_hard_at_monterey

 
1974年とはいえ、まだまだ日本に対する理解は薄い。この宮間利之&ニューハードのモンタレーでの演奏は、何故か「万歳三唱」から始まる(笑)。万歳三唱が終わると、司会者が高らかに「Mr. Miyama & the NewHerd!」と呼び上げ、ニューハードのテーマが勢い良く滑り出す。

冒頭「ドナ・リー」が疾走する。ど迫力なビッグバンド。しかし、まだまだ「硬い」。続く「スナイパーズ・スヌーズ」で少しずつ硬さがとれてくる。「振袖は泣く」から「河童詩情」で、バンドのエンジンがかかりきって、本来の実力を発揮し始める。そして「直立猿人」である。圧倒的な演奏。大団円。聴衆が熱狂的な拍手を続けているのが判る。

そして、僕がこのアルバムを愛して止まない理由が、この曲の収録。チック・コリアの名曲「ラ・フィエスタ」。このスパニッシュ調の難曲をビッグバンドの演奏に置き換えて、高いテクニックをバックに、一糸乱れぬアンサンブル、一糸乱れぬユニゾン&ハーモニー、そして、圧倒的なソロ・パートを重ねて、素晴らしい演奏への昇華していく。ドラマティックなアレンジ構成が素晴らしい。

そして、「ティン・ティン・デオ」〜「マンティカ」と、ディジー・ガレスビーやモンゴ・サンタマリアらとのラテン・ジャム・セッションに突入する。熱い演奏。ラテンのリズム&ビート、そして、ラテンなフレーズ。熱狂的なソロ・パートが印象的だ。さすがジャズ・フェスティバル。こんなに熱狂的で楽しいジャム・セッションが展開されるなんて素晴らしい。

1970年代後半、僕がジャズ者初心者の頃からのビッグバンド・ジャズの愛聴盤である。日本のビッグバンド・ジャズのレベルの高さが圧倒的である。そして、なんといっても、チック・コリアの「ラ・フィエスタ」のビッグバンド・アレンジの演奏が素晴らしい。

 
 

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2015年2月 1日 (日曜日)

山中千尋の考えるスタンダード集

自作曲は自分にとって弾き易くて良いのだろうが、聴いていて「独りよがり」になりがちで、その「独りよがり」は弾きやすさを追求するあまりの「偏ったアレンジ」によるものだと感じている。

やはり、ジャズ演奏においては、自作曲をやるのも良いが、今まで多くのジャズメンが手掛けてきた「スタンダード曲」をやることも大切だろう。スタンダード曲にはそれぞれの個性があり、その個性を活かしつつ、自分が弾きやすく、その曲の個性を表現するには「アレンジ」のテクニックが大切になる。

日本では、ジャズを聴く上で、この「アレンジ」の重要性について、なかなか言及されることが無い。日本ではアレンジのテクニックよりは演奏のテクニックやミュージシャンの個性が優先される。アレンジについては「二の次」なのだ。でも、ジャズの演奏の良し悪しの鍵を握る大きな要素のひとつは、この「アレンジ」なのだ。

そんな、スタンダード曲のアレンジについて、聴く度に感心するアルバムがある。山中千尋『After Hours 2』(写真)。山中千尋が2008年に発表した『アフター・アワーズ』の続編アルバム。スタンダード曲集である。ちなみにパーソネルは、山中千尋 (p), アヴィ・ロスバード (g), 中村恭士 (b), 脇義典 (b)。ピアノ、ギター、ベースのオールドスタイルのピアノ・トリオである。

このスタンダード集、山中千尋のアドリブの才能全開である。ピアノ、ギター、ベースのオールドスタイルのピアノ・トリオの特性を良く理解し、山中千尋自身のピアノを客観的に良く理解し、それぞれのスタンダード曲の潜在的な個性を良く理解した、今までの「スタンダード曲集」には無い「音の響きと展開」が楽しい。
 

After_hours_2

 
収録された曲は以下のとおり。それぞれの「スタンダード曲」のアレンジを聴く度に、「ほぅ、そう来たか」とか「う〜ん、なるほどね」と感心したり、感嘆したりの11曲である。
 
1. Fly Me To The Moon
2. Wakey, Wakey
3. Drift Apart
4. Just One Of Those Things
5. Georgia On My Mind
6. I’ll Close My Eyes
7. Moanin’
8. Beautiful Love
9. Skating In Central Park
10. Autumn Leaves
11. Katsute
11. I Didn’t Know What Time It Was
 
選曲もなかなかユニークなんだよね。それぞれのスタンダート曲を良く知っている、山中千尋のアレンジ・センスが惹き立つ選曲も見事である。「どスタンダード」と言われる「Fly Me To The Moon」「Georgia On My Mind」や「Autumn Leaves」などをさり気なく選曲しているところなぞ、実に確信犯的で思わずニンマリする。

DVD付きの限定盤とCDのみの通常盤でジャケット写真が違うのも、なかなか「お洒落」。山中が和服を着ているところも意味深で実にクール。良く練られた「山中千尋の考えるスタンダード曲集」である。とにかくアレンジが優秀。

 
 

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    この「松和・別館」では、懐かしの「1970年代のJポップ」、いわゆるニューミュージック・フォーク盤の感想や思い出を率直に語ります。これまでの、ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログの中で不定期に掲載した、70年代Jポップの記事を修正加筆して集約していきます。           
  • AORの風に吹かれて(バーチャル音楽喫茶『松和』別館)
    AORとは、Adult-Oriented Rockの略語。一言でいうと「大人向けのロック」。ロックがポップスやジャズ、ファンクなどさまざまな音楽と融合し、大人の鑑賞にも堪えうるクオリティの高いロックがAOR。これまでの、ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログの中で不定期に掲載した、AORの記事を修正加筆して集約していきます。  
2021年4月
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