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2014年11月の記事

2014年11月30日 (日曜日)

ハイレゾで聴く『海洋地形学の物語』

最近、やっと話題になってきたハイレゾ・オーディオ。ハイレゾ・オーディオとは、音楽用CDを超える音質の音楽データの総称。「ハイレゾ音源」と呼ばれることもある。バーチャル音楽喫茶『松和』では、今年の初めからチャレンジしてきた。

やはり、音を聴いた時の感覚がCDとは全く違う。それはまあ、ハイレゾ音源の情報力は音楽CDの情報量の約3倍〜6.5倍にもなるので、音の密度、情報量が圧倒的に違う。言葉で簡単に表すと、スタジオ録音時の原曲に近い高音質で、CDではスペック上、再生出来ない音域となる空気感・臨場感の部分まで感じること出来るのだ。

そんな「ハイレゾ音源」で、1970年代のロックの名盤を聴き直しているのだが、これがまた存外に楽しい。1970年代当時、ハイスペックなオーディオ装置で聴かせてもらった情報量の多い、空気感・臨場感を感じられる音に近く、高音質という部分では、上質なデジタル録音的な質の高さ。現在、所有するまずまずのオーディオ装置でも、相当のレベルの音がでるので、とにかく楽しい。

そんな1970年代のロックのハイレゾ音源で、本当に久し振りに聴き直したアルバムが、Yes『Tales from Topographic Oceans』(写真左)。邦題は『海洋地形学の物語』。1973年リリースのプログレッシブ・ロック・バンドのイエスの6作目にして初の2枚組アルバム。

イエスというプログレ・バンドは、そのソング・ライティングと演奏能力の高さをバックに、聴く側の要請に誠実に応える、オーケストラルで長時間に渡る壮大な展開を基にした、聴き易く判り易いプログレ曲を演奏するバンドなんだが、この『海洋地形学の物語』だけは難物である。

聴けば判るのだが、もともと長時間に渡る壮大なプログレ曲は、クラシックの交響曲や交響詩の曲の展開を踏襲した、演奏として「起承転結」を明確にした構築力のある演奏が多い。イエスというバンドは、そんなプログレ曲的な演奏が大得意なバンドなんだが、この『海洋地形学の物語』だけは例外なのだ。
 

Yes_tales_from_topographic_oceans

 
一言で言えば「音のコラージュ」。イエスが来日公演で東京に滞在していた時、リーダー兼ボーカリストのジョン・アンダーソンが、ホテルの自室で読んだヒンドゥー教の経典からヒントを得て、ツアー中にスティーヴ・ハウとの共同作業で構想をまとめたもの。

曲の編集段階では、ほとんどジョン・アンダーソンの一人舞台だったらしく、メンバーそれぞれも、どの演奏パートがどの曲のどの部分に使われたのか、良く判らなかったそうだ。それが不満となって、ドラムのビル・ブルーフォード、キーボードのリック・ウェイクマンが脱退した曰く付くのアルバムとなった。

1曲1曲が相当に長く、内容的には非常に難解。演奏をパーツ化して切り貼りしているので、演奏として「起承転結」を明確にした構築力は薄れ、逆に幻想感と抽象性が強くなり、歌詞や曲想は難解。キャッチャーで印象的なフレーズもあるにはあるのだが、長続きせず、アブストラクトな展開に突如切り替わったりする。とまあ、手っ取り早く言えば「失敗作」であろう。

しかし、この難解な長編アルバムを「ハイレゾ音源」で聴くと、音のコラージュの部分の解像度が上がり、様々な音が重ねられている部分の分解能が上がり、音のエッジが円やかになって聴き易さが上がって、なんとか最後まで聴き通せるレベルにまでになった。「ハイレゾ音源」のお陰で、僕にとっては、この『海洋地形学の物語』が鑑賞に耐えるレベルにまでなった訳である。

ハイレゾ・オーディオは、今まで聴いてきたアルバムの印象がガラッと変わる可能性を秘めている。それほどまでに、ハイレゾ音源の情報量は圧倒的である。今回、このイエスの『海洋地形学の物語』を聴いて、その意義を再確認した次第。

 
 

震災から3年8ヶ月。決して忘れない。まだ3年8ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2014年11月29日 (土曜日)

デューク・ピアソンのXmas盤

lこの頃、クリスマスのシーズンになると、ジャズのクリスマス・アルバムが多数発売されるようになり、実に好ましいことではあるのだが、ひとつひとつ手に取ってみると、適当にクリスマス・ソングのジャズ演奏を集めただけのモノだったり、演奏者の主体的なアプローチをスポイルする、レコード会社主導型の「みえみえの企画モノ」だったり。

残念ながら、わざわざ自腹を切って、演奏を聴きたいと思わないアルバムも散見されるのも事実。やはり、クリスマス・アルバムなど、「手垢のついた」企画モノは、その企画〜録音〜販売するレコード会社の「志(こころざし)」が重要になる。

レコード会社の「志」といえば、その最高峰に「ブルーノート・レーベル」がある。アルフレッド・ライオン率いる、ジャズ界最高峰の、ジャズ界最大の良心と言える、ジャズを録音し、ジャズを記録し、ジャズを芸術の域まで高めるようとする「志」の高さが素晴らしい、ジャズ・レーベルである。このジャズ・レーベル中、「硬派」でならしたブルーノート・レーベルが、「クリスマス・アルバムなんて出すわけ無いよな」と思っていたのですが、調べたら出てきた。

Duke Pearson『Merry Ole Soul』(写真左)。1969年2月と8月の録音。ブルーノートの4323番。ちなみにパーソネルは、Duke Pearson (p, celeste) Bob Cranshaw (b) Mickey Roker (ds) 。お洒落なピアノ・トリオである。

ブルーノート・レーベル唯一の、LPフルサイズの「クリスマス・アルバム」が、このデューク・ピアソンの『Merry Ole Soul』。1969年の録音なので、厳密に言うとブルーノート・レーベルの開祖、アルフレッド・ライオンのプロデュース物ではないが、アルフレッド・ライオンが引退した後、ブルーノート・レーベルのアルバム録音のプロデュースの大半を担った、デューク・ピアソンその人自らのリーダー作である。
 

Duke_pearson_merry_ole_soul

 
1969年と言えばジャズ界もフリージャズ以降、その単独の発展に翳りが見え始め、ロックとジャズの融合といった他ジャンルとの連携の試みが始まり、レーベルによってはコマーシャルなアルバムを乱発。振り返ってみれば、純ジャズ暗黒時代の始まりの時代だった訳だが、そこはさすがブルーノート、クリスマス・アルバムとはいえ手は抜かない。

クリスマス・ソングそれぞれの原曲の良さをしっかりと残しながら、しっかりとジャズしているのだ。それどころか恐らく、クリスマス・ソングのジャズ化の中で、最高の部類に入る素晴らしいジャズ・アルバムなのではないか。

その雰囲気がしっかりと感じられるのが、クリスマス・ソングとして耳タコの4曲目「ジングルベル」、5曲目の「サンタが街にやってくる」、そして8曲目の「きよしこの夜」。「ジングルベル」と「サンタが街にやってくる」は、ピアノ・ジャズ・トリオ(パーカッションが加わった変則トリオものであるが)ものとしては秀逸。最高峰に位置する演奏。

とにかく、原曲を変にデフォルメせず、かといってベタにならず、洒落たアレンジでサラッと聴かせて、後はバリバリにインプロビゼーションへ、というドライブ感が最高。「きよしこの夜」は、ちょっとファンキーにスローなテンポで、じっくり聴かせるアレンジには感心。これらの耳タコのクリスマス・ソングがこんな上質なピアノ・ジャズ・トリオの演奏に大化けするのだから、他の曲も推して知るべし。

そして、僕はラストの2曲がお気に入り。「ああベツレヘムよ」のリリカルで厳粛なピアノソロから、ラストの「オールド・ファッションド・クリスマス」の落ち着いた雰囲気でいてしっかりとジャズしている、職人的ピアノ・トリオ。この2曲に耳を傾ける時は、とりわけ厳粛で至福の時です。

 
 

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2014年11月27日 (木曜日)

未知のミュージシャンのXmas盤

パソコンに関しては、僕は長年のMacユーザーなので、当然、iTunes Music Store(以降、iTMSと略す)は、開店当初から使いまくっている。iTMSの良さのひとつは、CDショップでは見かけない、ジャズのガイドブックには載っていない、そもそもミュージシャンの名前を知らない、そんな未知のジャズCDがゴロゴロしているところにある。今回、ご紹介する「Jimmy Calire」もその一人。

Jimmy Calire って人、まず、インターネットで検索すると、すっごくマイナー。まず、日本語での解説や彼にまつわる情報が全く無い。英語の世界でも、やっと、本人が運営していると思われるサイトがあるくらいで、とにかく情報が無い。

判ったことといえば、彼は、Musicianであり、Composerであり、Arrangerであり、Teacherであり、PianoとHammond B3とSaxophonesを演奏することができる人であるということ。1960年代からミュージシャンとして活動しており、彼のホーム・ページを見ると判るのだが、そうとうのお爺ちゃんである。

さて、そんな未知のミュージシャンの、クリスマス・アルバムがこのアルバム。Jimmy Calire Piano Trio『Spirited Christmas』(写真左)。2000年12月のリリース。
 

Spirited_christmas  

 
これがですね、意外というか凄く良いのですよ。ピアノ・トリオのクリスマス・アルバムと言えば、カクテル・ピアノっぽい、軽音楽的なライトな感覚のアルバムが多くて「どれも同じ」って感じになりがちなのだが、このアルバムは違う。

タッチがハードで、しっかりと弾き込んでおり、ダイナミックな演奏が素晴らしい。そして、演奏の雰囲気は、ゴスペル調のアーシーな演奏が多く、ゴスペル好きの僕からすると、もう、それだけで大感激です。ゴスペル調の、ピアノ・トリオのクリスマス・ソングなんて「しびれます」。

演奏される曲も、お馴染みのクリスマス・ソングばかりで楽しいですが、僕としては、2曲目にある「We Wish You A Merry Christmas」が大のお気に入りソングで、この曲が収録されているだけでも、このアルバムはOKです。

Jimmy Calire って、どんなミュージシャンか、詳細は不明ですが、このクリスマス・アルバムは、硬派なピアノ・トリオの演奏が印象的でお気に入りになりました。毎年、このクリスマスの季節になると、バーチャル音楽喫茶『松和』のヘビロテになります。

 
 

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2014年11月26日 (水曜日)

ジャズメンは初リーダー作で決まる

ジャズメンの個性や特質は初リーダー作を聴けば良く判る。初リーダー作で個性や特質について印象に残らないジャズメンは生き残ることは出来ない。ジャズメンに大切なのは個性であり特質である。ジャズメンは「個人商店主」なのだ。ジャズメンは「個」の力が絶対である。

ロックバンドの様に、ルックスや音楽性に着目してレコード会社がデビューさせてくれて、グループで練習を積んで経験積んで、アルバムを重ねて個性が形作られ、特徴が出てくるといったゆるやか感じでは、ジャズの世界では生きてゆけない。ロックは「グループ」で勝負するが、ジャズは「個」で勝負する。

ロックの世界ではファーストアルバムって、意外と代表作にはならない。第2作目から第3作目に代表作が来ることが多い。しかし、ジャズの世界では、ジャズメンの個性と特質については、絶対に初リーダー作だ。初リーダー作で表現された個性と特質は、一生、そのジャズメンの個性であり特質である。

例えば、Johnny Griffin『JG』(写真左)。小柄な体格ながら豪快に吹き上げるテナーが個性のジョニー・グリフィンが、地元シカゴで録音した記念すべきデビュー作。1958年のリリース。ちなみにパーソネルは、Johnny Griffin (ts), Junior Mance (p), Wilbur Ware (b), Buddy Smith (ds)。
 

Johnny_griffin_jg

 
この初リーダー作にして、ジョニー・グリフィンの個性が全開である。さすがに少し硬さを感じるものの、豪快に余裕を持って吹き上げるテナーはジョニー・グリフィンそのもの。冒頭の「I Cried For You」を聴くだけで、このテナーはグリフィンと判る。それほどまでに、この初リーダー作に、グリフィンの個性と特質がギッシリと詰まっている。

初リーダー作なんで、まだユーモアを交えて余裕綽々というブロウでは無いが、初々しくて溌剌としていて、豪快に吹き上げるテナーはまさに「リトル・ジャイアント」。栴檀は双葉より芳し、というが、優れたジャズメンは皆そんなものだ。優れたジャズメンは「初リーダー作」より個性と特質が芳し、である。

グリフィンがNYに出る直前のシカゴでの録音とのことだが、内容的にはしっかりとハードバップしていて聴き応えがある。シカゴの録音ではあるが、ピアノのジュニア・マンス、ベースのウィルバー・ウェア、ドラムのバディ・スミスと充実のリズム・セクションがバックに控えて、実に内容の濃いハードバップ演奏が展開されている。

良いアルバムです。グリフィンを愛でるには、この初リーダー作はマストアイテムでしょう。ちなみに、この盤のジャケットは『カンガルー・スプリットパック』とかで言う真ん中から左右に分かれる変則ジャケットです。僕は紙ジャケで再現されたジャケットを持っていますが、扱いにくいことこの上無しです(笑)。LPサイズではもっと扱いにくかったんだろうなあ(笑)。

でも、この変則ジャケットも個性と言えば個性。ジョニー・グリフィンの初リーダー作は内容からジャケットまで充実の一枚です。

 
 

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2014年11月25日 (火曜日)

優しく聴き易いスイング・ジャズ

スイング・ジャズというジャンルがある。1930年代から1940年代初めにかけて大流行した、白人が主体となって作られた大人数編成によるジャズ。スイングのリズムを含んだ軽快なダンス・ミュージックで、ジャズの特徴である即興演奏よりも綿密なアレンジと打合せによる予定調和な演奏が中心。

そんなスイング・ジャズの代表的ミュージシャンがベニー・グッドマン。スウィングの王様(King of Swing)と称される。そんなベニー・グッドマンをトリビュートし、スイング・ジャズの有名曲を演奏したアルバムがこれ。花岡詠二『Rachel's Dream』(写真左)。副題が「Eiji Hanaoka Plays Benny Goodman」。2012年12月のリリース。

もともと、僕の高校時代、ジャズへの誘いとなった映画が「ベニー・グッドマン物語」。それ以来、スイング・ジャズの演奏は耳に良く馴染む。綿密なアレンジと打合せによる予定調和な演奏は破綻が無く、耳に優しく、とにかく聴き易い。そんなスイング・ジャズな演奏がこのアルバムに満載である。

花岡のクラリネットの音色が「スイング・ジャズ」を彷彿とさせる。そう、スイング・ジャズと言えば「クラリネット」。これって、ベニー・グッドマンの影響なんだろうな。ヴァイブの音色は、ベニー・グッドマン楽団のライオネル・ハンプトンを彷彿とさせる。そう、ヴァイブの音色も「スイング・ジャズ」だな。
 

Eiji_hanaoka_rachels_dream

 
ギターの音色は、同じくベニー・グッドマン楽団のチャーリー・クリスチャンを想起させる。ピアノはテディ・ウィルソンを彷彿とさせ、躍動感溢れるドラムはジーン・クルーパを想起させる。良いなあ、スイングやなあ。

とにかく、聴いて楽しいスイング・ジャズなアルバムである。冒頭のタイトル曲「Rachel’s Dream」からスイング・ジャズの楽しさ満載。4曲目の「I Got Rhythm」も良いな。スイング・ジャズやな。

先に述べた様にスイング・ジャズは、綿密なアレンジと打合せによる予定調和な演奏が中心なので、このスイング・ジャズな演奏の中には、ジャズの新しい姿とか、ジャズの先進的なテクニックとか、ジャズの最先端をいく何かとは全く無縁なんだが、この破綻が無く、耳に優しく聴き易いスイング・ジャズは、たまに耳を傾ける分には、これはこれで良いものである。

リラックスして楽しみながら気軽に聴けるスイング・ジャズ。現在の最新の録音環境の下、躍動感溢れる切れ味の良い音で聴くスイング・ジャズ。これはこれで「アリ」である。

ちなみにパーソネルは、花岡 詠二 (cl), 武田 将 (vib), 佐久間 和 (g), Paolo Alderighi (p), 小林 真人 (b), Brooks Tegler (ds)。日米混合のセクステット。ご機嫌な演奏を繰り広げています。

 
 

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2014年11月24日 (月曜日)

ダイアナ・クラールのXmasソング

今年の11月は結構早くから寒くなりましたね。明日の東京などは11月下旬にして12月中旬の寒さの予報。確かに朝晩は染み入るような寒さが少し堪える様になりました。寒さが苦手な私にとっては、熊やリスの様に「冬眠したい」気分です。

来週からはや12月。12月と言えば「クリスマス」。今年もやって来たクリスマス・シーズン。このところ、このシーズンはバブル景気の頃の様な、馬鹿に浮かれたような騒々しい雰囲気は無くなりましたね。あの頃のクリスマス・シーズンの喧噪は苦手でしたね〜。風情も何もあったもんじゃない。

最近では、落ち着いた雰囲気の中で、控えめに「クリスマス」関係の宣伝やデコレーションが見え隠れする、そんな地味な雰囲気になりました。不景気が故の地味さとも言われますが、これはこれで味わいがあって、僕にとっては好ましく思っています。

さて、今年もバーチャル音楽喫茶「松和」では、クリスマス関連のジャズ・アルバムをご紹介していきます。トップバッターは、女性ジャズ・ボーカルの筆頭、ダイアナ・クラールです。

Diana Krall『Christmas Songs』(写真)。2005年リリースのダイアナ・クラール自らが選曲したクリスマス・アルバム。お馴染みのサイドメンを従え、持ち前のシルキー・ヴォイスで、お馴染みのクリスマス・ソングをジャズのフォーマットに乗せて、楽しく聴かせてくれます。
 

Dianakrall_xmas_songs

 
彼女の中低域がふくらんだハスキーで心地よい声質は健在。その心地よい声で、お気に入りのクリスマス・ソングをリラックスした雰囲気で、流すように軽やかに楽しく聴かせてくれる。もしかしたら、硬派なジャズ・ボーカル者の方が聴けば、この「軽さ」が気になるのかもしれない。

でも、このアルバムってクリスマス・ソング集なんだから、本格的なジャズ・ボーカルで無くても、様々な人々が様々な場所で楽しく気軽に聴けるこの「軽さ」って、これはこれで良いのではないだろうかと思います。僕は気に入ってます。

オーソドックスなビッグバンドのサウンドは、ちょっと聴きかじるだけだと何となく古くさい感じがします。が、しっかりと聴き込んでみると、所々に「おやっ」と感じる新しさが見え隠れ。そのあたりの微妙なバランスがなかなかに小粋で、最初は困惑しますが、聴き進むとしっくり落ち着く。そんな、ビッグバンド・サウンドにも注目です。

タイトル通りにお馴染みのクリスマス・ソングをずらりと並べ、「これぞ、クリスマス・アルバム」と喝采の声を上げたくなるような、楽しいジャズ・ボーカルのアルバムです。

 
 

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2014年11月23日 (日曜日)

ジャズ喫茶で流したい・59

今日はちょっと変わり種のピアノ。トリオ盤を。ジミ・ヘンドリックスの名曲を素材にしたピアノ・トリオです。そのアルバムとは、Francis Lockwood『Jimi's Colors』(写真左)。1996年の録音。ちなみにパーソネルは、Francis Lockwood (p), Gilles Naturel (b), Peter Gritz (ds)。

ジミ・ヘンドリックス(以降略してジミ)とは、伝説のロック・ギタリスト。早逝の天才ギタリストとして、後のミュージシャンに多大な影響を与えたロック・ミュージックのパイオニアの一人。ジャズ界にも多大な影響を与えている。

マイルスが後に語っている。「ジミは独学の、偉大な、天性のミュージシャンだった。……ピアノかトランペットで演奏してやると、誰よりもすばやく理解してしまうんだ。あんな奴はいない。彼は音楽を聴くための天性の耳を持っていた。」(マイルス・デイビス自叙伝〈2〉宝島社文庫 マイルス デイビス (著), クインシー トループ (著),中山 康樹 (翻訳) から抜粋)。

そんなジミの楽曲をカバーして、ピアノ・トリオ演奏としたアルバムがこの『Jimi's Colors』である。収録曲は以下の通り。
 

1. Third Stone From The Sun
2. All Along The Watchtower
3. Speed Peanut
4. Snow In Eckford Street
5. The Wind Cries Mary
6. Patty Song
7. Gypsy Eyes
8. Sunshine Of Your Love
9. Burning Of The Midnight Lamp
10. Hey Joe
11. Little Wing
 

Jimis_colors

 
このアルバム、曲名を見渡すと思わず口元が「ニヤッ」としてしまいます。なんと、ジミはもちろんのことクリームやボブ・ディランの曲も取り上げているんですね。

ジミの自作曲というのは、ジミのギターの音が大きく歪むことで、曲全体が分厚く感じられる「作り」になっています。よって、このアルバムを聴くまでは、ジミの名曲を素材にした演奏って、ジャズのピアノ・トリオでは線が細くなってペラペラになりゃせんか、と凄く心配したのですが、この盤の演奏を耳にして、その心配が杞憂だったことがハッキリしました。

ジミの曲自体の主旋律がシッカリしているので、十分にピアノ・トリオのアレンジに耐えます。ジミのギターの音が大きく歪む感じが、ピアノのブロック・コードの厚みで上手く表現される感じで、意外とジミの音の大きい歪んだコード弾きのギターがピアノでの演奏に上手く合致しています。

リーダーでピアニストのフランシス・ロックウッドはとても巧く、ジミの名曲をアレンジしています。 ギター左手のベース部分を低音で分厚く弾きながら、右手で和音と単音を巧みに操りつつ、音全体の厚みを作っていくという、なかなか考えた演奏テクニックでジミの名曲を処理していきます。

これは、クリームの名曲である「Sunshine Of Your Love」にも顕著で聴き応えがあります。とにかくアレンジが素晴らしく、カバー曲集と言えども、ロックウッド独自のオリジナリティが十分に感じられて立派な内容です。

もともと優れたロックの名曲である原曲を基に、ロックウッドの鮮やかなアレンジと演奏テクニックが冴えていて、ピアノ・トリオの演奏は実に躍動的で美しく、お見事、といった感じです。良いアルバムです。ちょっと変わり種のピアノ・トリオ盤としてお勧めの一枚です。

 
 

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2014年11月22日 (土曜日)

若きペトのソロ・ピアノ盤です。

僕のお気に入りのジャズ・ピアニストの一人、Michel Petrucciani(ミシェル・ペトルチアーニ・以下ペトと略)。ペトのリーダー作は何時聴いても良い。ペトのピアノは季節的には秋から冬に「より映える」。ペトのピアノを愛でる季節になった。

ペトはフランス出身のジャズ・ピアニスト。遺伝的原因から、生まれつき骨形成不全症という障害を背負いながらも、その障害を克服しつつ、ジャズ・ピアニストとして、高い評価を得るまでになった。若い頃から体質上「寿命は20歳程度まで」と言われていたらしいが、実際にはそれよりはるかに寿命を長らえて活躍、NYで死去した時は36歳だった。

ジャズ・ピアニストの個性と特質は「ソロ・ピアノ」でより明らかになる。僕は、この一枚のソロ・ピアノのアルバムで、ペトのピアノの個性と特質を再認識した。そのソロ・ピアノのアルバムとは、Michel Petrucciani『100 Hearts』(写真左)。1983年6月のNY、RCAスタジオでの録音。ペトルチアーニ6枚目のアルバム。米国でリリースされたペトのファーストアルバムになる。

ペトが21歳の時のソロ・ピアノになる。若さ溢れんばかりのソロ・ピアノ。このソロ・ピアノの面白いところは、ペトのジャズ・ピアノの嗜好の全てが詰まっているところにある。はじめはブルースからスタートするんだが、どんどん色々な曲のバリエーションに発展していって、オーネット・コールマンの曲に展開し、遂にはロリンズの「セント・トーマス」が飛び出す。
 

Michel_petrucciani_100hearts

 
しかし、タッチはペトそのもの。ペトのスタイルは、ビル・エバンスに端を発するが、エバンスよりもタッチは硬質でエッジが立っている。欧州出身のジャズ・ピアニストに良くある特徴である「クラシック・ピアノの香り」がほのかにする端正なピアノが特徴。テーマ、インプロビゼーション共に旋律を追うことができるほどに美しく、ポジティブな響きが特徴。

そんなペトのスタイルがこのソロ・ピアノに詰まっている。栴檀は双葉より芳し、とは良く言ったもので、この21歳のペトのピアノの個性と特質が確立されている。明るいタッチ、ポジティブなフレーズ。若さ溢れんばかりのペトのピアノが煌めいている。

このソロ・ピアノのアルバム、Michel Petrucciani『100 Hearts』は、ペトルチアーニを理解するのに必須のソロ・ピアノである。が、意外とこのアルバム、ジャズ本や入門本で採り上げられることが少ない。遺憾である。

このペトのソロ・ピアノ盤は、ジャズ・ピアノ者の方々に是非とも聴いて貰いたいですね。切れ味の良い硬質なタッチにポジティブで明るい展開は、聴いていてとても心地良いものです。お勧めのソロ・ピアノ盤です。

 
 

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2014年11月21日 (金曜日)

ルーさんは歌心満点のアルト奏者

ここ2〜3日、ジャズの歴史の中での「歌心満点のミュージシャン」に想いを馳せている。昨日まではテナー奏者。今日は、アルト奏者に想いを馳せる。歌心満点のアルト奏者かあ。実はこれって結構、難しい。

ジャズのアルト奏者の筆頭と言えば、伝説の「チャーリー・パーカー」。ジャズ・アルトと言えば「パーカー」で決まりである。チャーリー・パーカーを凌駕するアルト奏者はいない。パーカー以降のアルト奏者は皆「パーカー派」と呼ばれる。パーカーのアルトのテクニックはかなり高いものがあり、このテクニックを超えるアルト奏者はほとんどいない。よって、皆「パーカー派」と呼ばれる。

しかし、パーカー派のアルトって、テクニック優先の高テンションのブロウが主。歌心は二の次である。パーカーの最高のテクニックに如何に近づけるか近づくか、がパーカー以降のアルト奏者の使命であり、目標となった。確かに、パーカー以降のアルト奏者のリーダー作って、意外と楽しんで気楽に耳を傾ける事が出来るものが少ない。

ジャズ者初心者の頃、僕はチャーリー・パーカーが苦手だった。テクニック優先の高テンションのブロウがどうにもいけない。心から楽しんでリラックスして聴けないのだ。我慢して聴き続けるのは苦行に近い。大学時代、あの「秘密の喫茶店」のママさんにそう言って愚痴っていたら、このアルバムを聴かせてくれた。

Lou Donaldson『Blues Walk』(写真左)。1958年7月の録音。ブルーノートの1593番。ちなみにパーソネルは、Lou Donaldson (as), Herman Foster (p), Peck Morrison (b), Dave Bailey (ds), Ray Barretto (conga)。アルトのワンホーンのカルテットにコンガが付く。

改めて、Lou Donaldson=ルー・ドナルドソンと読む。「ドナルドソン」って舌を噛みそうなくらいなので以降は「ルーさん」と呼ぶ。この『Blues Walk』は、ルーさんの6枚目のリーダー作。カルテット構成で、バックを固めるメンバーは、ルーさんの馴染みのメンバー。ジャズの歴史の中で有名なメンバーでは無い。そして、コンガにレイ・バレット。
 

Blues_walk

 
冒頭のタイトル曲「Blues Walk」を聴けば良く判る。ルーさんの歌心満点のアルトがよく判る。爽やかな歌を唄うが如く、ルーさんは軽やかにアルトを吹き上げて行く。バレットのコンガが効いている。アルトの切れ味が抜群でテンションが張る分、このバレットのコンガがテンション張った雰囲気を和らげてくれる。ポップな雰囲気を醸し出してくれる。

歌心満点だからってテクニックに難がある訳では無い。それは2曲目の「Move」を聴けば良く判る。速いパッセージをいとも軽やかに吹ききってしまうルーさんのハイ・テクニック。パーカーに及ばないまでも、パーカーに肉薄するハイ・テクニックに目を見張る。

以降、ラストの「Callin' All Cats」まで、歌心満点のルーさんのアルトを心ゆくまで堪能することが出来る。歌心という点では、このルーさんのプレイは、パーカーの上を行くレベルだと僕は思う。それほどまでに聴いていて心地良く、心から楽しめるルーさんのアルト。

ルーさんは、一派一絡げに「パーカー派」のアルト奏者とされるが、このアルバムのブロウを聴くと、そうではないと思う。テクニック優先の高テンションのブロウはほとんど聴かれない。歌を唄うが如く、歌心満載のブロウがアルバム全体を占める。アドリブ・フレーズも聴きやすいシンプルなもの。パーカーの複雑なアドリブ・フレーズとは全く正反対のもの。
  
僕にとっては、ルーさんのアルトの方が感覚的に好み。頑ななジャズ者ベテランの方々からは「松和のマスターって俗っぽいねえ」と苦笑いされたりすることもありますが気にしない。歌心満点で、楽しんで気楽に耳を傾けることの出来るアルトが僕にとっては一番です。

良いアルバムです。「秘密の喫茶店」のママさんに感謝。このルーさんに出会うことで、逆に、チャーリー・パーカーに対する苦手意識が無くなりました。

 
 

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2014年11月20日 (木曜日)

ハンク・モブレーも歌心満点である

ジャズの歴史の中での歌心満点のテナー・マン、と思いを巡らせば、そうそう、ハンク・モブレーもそうだよな、と思い立つ。僕がジャズを聴き始めた頃、1970年代後半では、モブレーは「B級テナー」というレッテルを貼られて、一流では無いが、玄人好みの味のあるテナー・マンとして扱われていた。

いつの頃からか、モブレーに対して「B級テナー」は失礼だろう、ということで、ロリンズやコルトレーンをボクシングのヘビー級のボクサーになぞらえ、モブレーはミドル級のテナー・マンだ、などという良く判らない評価を与えられてもいた。どうも、モブレーというテナー・マンは評価に困るところがあるテナー・マンなんだろうな、とつくづく思う。

確かに、モブレーのアルバムを聴き直してみると、一流テナー・マンとして、その実力を遺憾なく発揮したアルバムというのが少ない。共演者に勢いで負けたり、共演者の豪華さに萎縮したり、結構、ナーバスなところがあるテナー・マン。とにかく、開き直るか、躁状態にならないと、その実力を遺憾なく発揮するというところまで行き着かない、ちょっと「困ったちゃん」なテナー・マンである。

しかし、そんなモブレーが、その実力を遺憾なく発揮した貴重なアルバムがある。Hank Mobley『Soul Station』(写真左)。ブルーノートの4031番。1960年2月の録音。ちなみにパーソネルは、Hank Mobley (ts), Wynton Kelly (p), Paul Chambers (b), Art Blakey (ds)。

モブレーのワン・ホーン作品である。豪快に吹きまくるテナーでは無い。しかし、アドリブ・フレーズには味がある。ブロウの芯はシッカリしていて、優しく丸みを帯びている。
 

Soul_station

 
モブレーは作曲の才に優れる。本当に良い曲を書く。その自作曲のフレーズは優しく印象的。そんな自作曲を、耳に優しい爽やかなブロウで吹き上げていく。そんな自作曲が4曲。

地に足の付いた着実なブロウである。大向こう張る様な派手さは無いが、一聴するとややもすれば地味に感じるブロウの中に「粋」と「侘び寂び」が見え隠れする。ファンクネスが見え隠れするのでは無い。モブレーのブロウには「粋」と「侘び寂び」が見え隠れする。静けさと儚さが拮抗する中で、モブレーは印象的なアドリブ・フレーズを吹き上げて行く。

そんなモブレーがスタンダード曲を吹くと、それはそれは爽やかだ。冒頭の「Remember」は絶品。決して、力業なブロウでは無い。静的なアドリブ・フレーズ。堅実に吹き進めるモブレー独特のフレーズの中に「粋」と「侘び寂び」が見え隠れする。創造的で爽快感のあるインプロビゼーション。軽いのでは無い。爽快なのだ。この爽快感はラストのスタンダード曲「If I Should Lose You」にも満載。

ピアノのケリー、ベースのチェンバースは仲良し友達。そして、ドラマーのブレイキーは頼れる親父の様な存在。そこに、最大の理解者であるブルーノートの総帥アルフレッド・ライオンがプロデューサーとして控えている。もブレーにとっては、リラックスして集中出来る最高の録音環境だったのだろう。

モブレーにとって、この『Soul Station』があって良かった。このアルバムこそ、モブレーが一流テナー・マンとして、その実力を遺憾なく発揮したアルバムだと言える。ハンク・モブレーもジャズの歴史の中で、歌心満点のテナー・マンの一人である。

 
 

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2014年11月19日 (水曜日)

歴代のテナー・マンの中でピカイチ

ジャズの歴史の中で、歌心満点のテナー・マンは誰か。昨日ご紹介したJohnny Griffin(ジョニー・グリフィン)も歌心のあるテナー・マンである。しかし、そのグリフィンを上回る歌心満点のテナー・マンがいる。それは、Sonny Rollins(ソニー・ロリンズ)。歴代のテナー・マンの中で、ロリンズが一番、歌心を持ったテナー・マンだと思っている。

ジョン・コルトレーンでは無いのか、というジャズ者ベテランの方々の声がする。コルトレーンは、プレスティッジ・レーベル専属の頃は、歌心まずまずのテナー・マンだったが、シーツ・オブ・サウンドを追求する余り、テクニックに関しては、素晴らしい高テクニックを獲得したが、肝心の歌心はどこかへ行ってしまった。コルトレーンの後期は推して知るべし。フリー・ジャズに激情はあっても歌心は無い。

さて、そんな歌心満点のインプロバイザーとしてのロリンズを追体験出来る、格好のライブ・アルバムがある。Sonny Rollins『A Night At The Village Vanguard』(写真左・写真右は完全版のジャケット)。ブルーノートの1581番。1957年11月3日、ニューヨークのジャズ・スポット、Village Vanguardでのライブ録音。

ちなみにパーソンネルは、「A Night In Tunisia」のみが、Sonny Rollins (ts), Don Bailey (b), Pete LaRoca (ds)。その他5曲が、Sonny Rollins (ts), Wilbur Ware (b), Elvin Jones (ds)。どちらのセットも、ロリンズのワンホーン、しかも、ピアノレスのトリオ編成である。

自由にアドリブ・フレーズを紡ぎ上げる際、コードを限定するピアノの存在が邪魔みたいで、自由に吹きまくりたい時、ロリンズは、ピアノレスのトリオ編成をしばしば採用する。自由に吹きまくる、というのだから、フリー・ジャズみたいに心の趣くままに吹くのか、と思いきや、そんな乱暴なことはロリンズはしない。
 

Rollins_live_vv

 
ビートはドラムから、基本となるラインはベースから供給を受けて、ロリンズは、それはそれは歌心満点のアドリブ・ソロを展開する。音は剛胆、太い芯のあるブロウに良く回る指。バラードで見せる硬派な優しさ。テナー・タイタンというニックネームに相応しい豪快なブロウ。聴き心地満点の硬派なアドリブ・ライン。

このライブ盤は「Softly, As In A Morning Sunrise」や「A Night In Tunisia」や「That Ol' Devil Moon」など、有名なスタンダード曲が目白押しな選曲になっているが、このスタンダード曲は、ロリンズの硬軟自在、縦横無尽なアドリブ・ソロの為の素材に過ぎず、テーマを聴けば、それと判るが、アドリブに入ったら、何の曲だかさっぱり判らなくなる。

それでも、このライブ盤でのロリンズのアドリブ・ソロは秀逸で、ロリンズのテナー・マンとしての卓越した能力を見せつけてくれる。テクニック優秀、硬派なブロウ、満点の歌心。ロリンズは、歴代のテナー・マンの中で「ピカイチ」の存在である。

これだけ充実した、インプロバイザーとしてのロリンズを追体験出来るライブ盤は他に無い。リハーサルをしっかり積んで、ビレッジ・バンガードのライブ録音に臨む。そして、プロデューサーの期待にバッチリ応えるロリンズ。こんなに真摯で真剣で気合いの入りまくったロリンズはなかなか他では聴けない。

さすがはブルーノート・レーベル、さすがはアルフレッド・ライオンである。録音から47年経った今でも、このライブ盤の内容は凄い。鼻歌を歌うように自由奔放に展開される、目眩くアドリブ・フレーズ。このライブ盤を聴く度に、歴代のテナー・マンの中で、ロリンズが一番、歌心を持ったテナー・マンだと確信する。

 
 

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2014年11月18日 (火曜日)

余裕綽々でジェントルなグリフィン

Johnny Griffin(ジョニー・グリフィン)は歌心満点のテナーマンである。テクニックもかなりのものがあり、テナーマンとしては一流。ジョン・コルトレーンと比較しても遜色の無いレベルである。歌心という点では、ジョン・コルトレーンの上をいくのではないか、と感じている。

その歌心満点のグリフィンを堪能出来るアルバムが、Johnny Griffin『The Kerry Dancers』(写真左)。1961年12月と1962年1月の録音。ちなみにパーソネルは、Johnny Griffin (ts), Barry Harris (p), Ron Carter (b), Ben Riley (ds)。グリフィンのワン・ホーン作。グリフィンのテナーが心ゆくまで楽しめる。

収録全8曲中、半分の4曲がトラディショナル・ナンバーという面白い選曲。1曲目のタイトル曲「The Kerry Dancers」はアイルランド民謡。2曲目の「Black Is the Color of My True Love's Hair」は米国南部の民謡。4曲目が「The Londonderry Air」は、別名「
Danny Boy」で知られる、これまたアイルランド民謡。7曲目の「Hush-a-Bye」は米国の子守歌。

このトラディショナル・ナンバーを吹き上げていくグリフィンが良い。良く回る指、溢れる歌心、ハッキリとしたポジティブな音。そんなグリフィンのブロウが実に良い。グリフィンのテナーの個性は「良く回る指、溢れる歌心、ハッキリとしたポジティブな音」に尽きる。
 

The_kerry_dancers

 
トラディショナル・ナンバーを吹くグリフィンを聴いていて、グリフィンのブロウには独特の「ユーモア」もあると感じる。溢れる歌心と相まって、楽しく聴ける「ユーモア」。このアルバムでのグリフィンのテナーはポップであり、キャッチャーである。

しかも、このアルバムでのグリフィンのプレイは柔和で穏やかだ。全編に渡って肩の力が抜けた柔和で穏やかなブロウ。これが、このアルバムの一番の魅力。

バリー・ハリスのピアノ、ロン・カーターのベース、ベン・ライリーのドラム。この珍しい組合せのリズム・セクションも一味違ったハードバップな響きが良い。この組合せは誰の発想だろうか。ハリスのバップなピアノに、新主流派の新しい響きが個性のロンのベース、そして、堅実実直なライリーのドラミング。新旧の感性をミックスしたリズム・セクションがこのアルバムに新鮮な雰囲気を流し込んでるようだ。

グリフィンの個性であるアグレッシブさとハイテクニックを封印して、余裕綽々、ジェントルなグリフィンがこのアルバムの中にいる。歌う様なテナーは、穏やかでウォーム、エッジは丸く、全体の雰囲気は「ふくよか」。そんなテナーが大活躍、ポップなアルバムに仕上がっていて、ジャズ・テナー入門に「うってつけ」。良いアルバムです。

 
 

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2014年11月17日 (月曜日)

テンション高く熱い西海岸ジャズ

米国西海岸ジャズというのは、程良くアレンジされ、ユニゾン&ハーモニーが心地良い、落ち着いたお洒落で粋な演奏、というのが定説。しかし、このライブ盤は違う。僕はこのライブ盤を初めて聴いた時、東海岸のハードバップな演奏だと思った。

そのアルバムとは、Shelly Manne & His Men『Complete Live At The Black Hawk』(写真左)。もともとは5枚のアルバム、つまり、Shelly Manne & His Men『Live At The Black Hawk Vol.1』から『Live At The Black Hawk Vol.5』までの5枚に分かれていた音源を1つのパッケージにまとめて、録音順に並べた優れもの。

このShelly Manne & His Menの『Live At The Black Hawk』シリーズの演奏が凄いのだ。1959年9月22〜24日、サンフランシスコのライブ・スポット、ブラックホークでのライブ録音。 ちなみにパーソネルは、Monty Budwig (b), Shelly Manne (ds), Victor Feldman (p), Richie Kamuca (ts), Joe Gordon (tp)。

このライブは「熱い」。西海岸ジャズの「程良くアレンジされ」という部分はしっかりと存在している。収録された全26曲のいずれもアレンジが良い。さすが西海岸ジャズというところ。ユニゾン&ハーモニーも心地良い。しかし、「落ち着いたお洒落で粋な演奏」という部分は全く無い。

まず、リーダーのシェリー・マンのドラミングが熱い。そもそも、シェリー・マンって過小評価されているんだよな。なんか勝手に、シェリー・マンのドラミングって、米国西海岸ジャズの落ち着いたお洒落で粋なドラミングで、東海岸ジャズのドラマーほどに熱くない、と決めつけられている様な気がする。
 

Shelly_manne_black_hawk

 
熱くないジャズってジャズじゃ無い。なんて言い方で、シェリー・マンのドラミングは過小評価されてきた。でも、このライブ盤のドラミングを聴けば、そんな偏った見方は一掃されるのではないか、と思われる。

そして、僕が一番ビックリしたのが、ジョー・ゴードンのトランペット。このライブ盤でのゴードンのトランペットはかなり「熱い」。しかも、テクニックもかなり高度。速いパッセージにもよれることなく、スローなバラードでもよれることもない。ミストーンは皆無。

そして、バンド全体の充実した演奏テクニックは、長尺の演奏でもアドリブ・ラインがマンネリズムに陥ることが無い。長いアドリブでもダレることが無い。しっかりと充実した熱いアドリブ・ラインが展開される。ウッカリ聴いていると、このライブ演奏って東海岸のハードバップかな、と勘違いしてしまうくらいの「熱さ」。

このライブ盤は、米国西海岸ジャズのレベルの高さを見せつけてくれる。しかも、米国西海岸ジャズはライブでこそ、その真の姿を聴かせてくれる、ということを教えてくれる。

スタジオ録音は、確かに、程良くアレンジされ、ユニゾン&ハーモニーが心地良い、落ち着いたお洒落で粋な演奏が多い。しかし、ライブ音源はちょっと違う。東海岸ジャズに負けないほどテンション高く熱い、しかも、西海岸ジャズ独特の「程良くアレンジされ、ユニゾン&ハーモニーが心地良い」演奏が展開されるのだ。

 
西海岸ジャズを総合的に理解するには、より沢山、ライブ音源に耳を傾ける必要があるということ。このライブ盤を聴いて再認識した。勉強の仕直しである。

 
 

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2014年11月16日 (日曜日)

録音自体が奇跡の様な盤の一枚

ブルーノート・レーベルには、他のレーベルにはなかなか見られない「その録音自体が奇跡の様な盤」が存在する。リーダーのジャズメンとプロデューサーのアルフレッド・ライオンの、先取性のある感性と自由な発想の音作りがそうさせるのだろうが、この時代にこんな盤がリリースされているのか、と思いっきり感心する盤が多く存在するのは、ブルーノートの特質の一つだろう。

例えば、このアルバムなど、何度聴いても、この時代にこんな盤がリリースされているのか、と思いっきり感心する。そのアルバムとは、Kenny Dorham『Afro-Cuban』(写真左)。ブルーノートの1535番。二種類のセッションから構成される。

一つは、1955年1月30日の録音。ちなみにパーソネルは、Kenny Dorham (tp), Hank Mobley (ts), Cecil Payne (bs), Horace Silver (p), Percy Heath (b), Art Blakey (ds)。ここでの演奏は、LPでのB面を占める、B1: K.D.'s Motion、B2: The Villa、B3: Venita's Dance の3曲。

もう一つのセッションは、1955年3月29日の録音。ちなみにパーソネルは、Kenny Dorham (tp), J.J. Johnson (tb), Hank Mobley (ts), Cecil Payne (bs), Horace Silver (p), Oscar Pettiford (b), Art Blakey (ds), Carlos "Patato" Valdes (cong), Richie Goldberg (cowbell)。ここでの演奏は、LPでのA面を占める、A1: Afrodisia、A2: Lotus Flower、A3: Minor's Holiday、A4: Basheer's Dream。
 

Afro_cuban

 
このアルバムの「この時代にこんな盤がリリースされているのか」という部分は、LPでのA面を占める1955年3月29日の録音の部分である。1955年の録音にして、ノリノリのアフロ・キューバン・ジャズが展開されているのだ。初めて聴いた時、いや〜、これには驚いた。決して俗っぽくなく、しっかりと硬派にハードバップに演奏されるアフロ・キューバン・ジャズ。

ドーハム、J.J.ジョンソン、ハンク・モブレイ、セシル・ペインの4管編成8重奏団の演奏。ペインのバリサクが効いていて、ダイナミックなアンサンブルが魅力。1955年初頭の時期、ハードバップ初期の時代にこの「ラテンアレンジ」は凄い。ラテン・ジャズの初期の名演がここに記録されています。演奏は荒削りですが、熱気溢れる演奏でねじ伏せる様に、ミス・トーンやフレーズの揺らぎは全く気にしない。

加えて、LPでのB面を占める1955年1月30日の録音の部分は、上質なハードバップ。これも、1955年初頭の時期、ハードバップ初期の時代に、これだけレベルの高いハードバップな演奏が展開されているとはビックリです。さすが、リハーサルをしっかり積んだ演奏かして、ユニゾン&ハーモニーもばっちり合った、質の高いハードバップが展開されています。

そして、どちらの種類の演奏も、ケニー・ドーハムのトランペットが素晴らしい。速いパッセージにもぶれない、テクニックに優れた、歌心満点のドーハムの演奏には目を見張ります。「動」のドーハムの最高な演奏がこのアルバム全編に渡って記録されています。このアルバムのドーハムを聴けば、ドーハムのトランペッターとしての実力の高さを再認識出来ると思います。

とにかく、ブルーノート・レーベルによくある「その録音自体が奇跡の様な盤」の一枚です。アルバム・ジャケットのデザインも、1955年当時としては、かなり「尖って」いて、このジャケットのデザインにも注目です。さすがブルーノートと思わせる傑作の一枚です。

 
 

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2014年11月15日 (土曜日)

Tangerine Dream『ロゴスLive』

シーケンサーによる躍動感溢れるビートに乗って、シンセサイザーが縦横無尽に、変幻自在に駆け巡る。時には幻想的に、時には攻撃的に、時には広大に、時には陰鬱に、シンセサイザーの旋律が疾走する。そんなTangerine Dream(タンジェリン・ドリーム)の音世界は、ジャズを聴きまくっての「耳休め」にピッタリ。

そんなTangerine Dreamの音世界は、ライブ音源では、よりメリハリ良くポップに、よりプログレッシブ・ロックっぽく展開して、気軽に聴けて聴き応えのある演奏になっている。シンセサイザー・ミュージックではあるが、リズム&ビートが前面に押し出て、ロック色が濃くなった演奏になったとも言える。

そんなTangerine Dreamのライブ音源の中でお勧めの一枚が、Tangerine Dream『Logos Live』(写真左)。1982年11月、英国ロンドンのDominion Theaterでのライブ録音。ライブ録音ですが、過去の既発表曲の焼き直しでは無く、当時、全くの新曲なので、演奏時のテンションや聴衆の耳の傾け具合の雰囲気など、オリジナル・アルバムとしての聴き応えは十分です。

タイトルの「Logos(ロゴス)」とは、ギリシア語で「ことば」を意味します。もともとは哲学の世界で用いられた用語で、「人を超えた存在」を意味します。キリスト教では、神の言葉の人格化としての神の子イエス=キリストを意味します。なかなか重厚なタイトルですよね。
 

Tangerine_dream_logos

 
さて、このライブは、1.Logos 45.06、2.Dominion 5.44 の2曲だけで構成される。1曲目の「Logos」はトータルで45分の長編で、LP時代は25:40頃にA面終了、続きは盤を裏返さなければならなかった(笑)。 CDの時代になって、この「裏返し」が無くなって、このライブ盤が聴きやすくなった。

この「Logos」は、45分を超える長尺の楽曲だが、8つのセクションに分かれている。この8つのセクションに分かれている「組曲」風な展開が、プログレッシブ・ロックっぽい展開という印象をより強くさせている。起伏のあるメリハリある展開で聴き所も満載。シンセの「泣きの旋律」が美しい。

しかし、シンセサイザーを駆使した演奏なんだけど、これだけの完成度の高さは単純に凄いなあ、と感心する。しかも、ライブですよ。1982年の時代で、電子楽器を駆使したライブ演奏で、これだけの完成度の高さを実現していたなんて驚異ですよね。

とにかく、Tangerine Dreamのライブ音源は、リズム&ビートが前面に押し出て、よりプログレッシブ・ロックっぽく展開していて、1970年代プログレ小僧の僕達にとっては聴いていてとても楽しい。 

 
 

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2014年11月13日 (木曜日)

デジタルなTangerine Dream

今日は、ジャズを聴きまくっての「耳休め」アルバムのお話しを。シンセサイザー・ミュージックと言う言葉を聞いて、僕達がリアルタイムで体験したバンドを振り返ってみると、Yellow Magic Orchestra、Kraftwerk、そして、Tangerine Dream。

僕の中では、Yellow Magic OrchestraとKraftwerkは「テクノ・ポップ」。Tangerine Dreamが、70年代ロックのプログレッシブ・ロック(以降プログレと略)に端を発した「シンセサイザー・ミュージック」。ジャズを聴きまくっての「耳休め」として良く聴くのは、Tangerine Dream。

シーケンサーによる躍動感溢れるビートに乗って、シンセサイザーが縦横無尽に、変幻自在に駆け巡る。時には幻想的に、時には攻撃的に、時には広大に、時には陰鬱に、シンセサイザーの旋律が疾走する。そんなTangerine Dreamの音世界は、ジャズを聴きまくっての「耳休め」にピッタリ。

今日のTangerine Dream(タンジェリン・ドリーム)は『Hyperborea(邦題: 流氷の詩)』(写真左)。1983年の作品。タンジェリン・ドリームのアルバムとしては第18作目。
 
通算5枚目のアルバムである『Rubycon(ルビコン)』からポップな世界に徐々に歩み寄っていったタンジェリン・ドリーム。この『Hyperborea(ヒューペルボリア)』では、とても聴き易い、印象的なフレーズ満載のプログレ的なインスト・アルバムに仕上がっている。
 

Tangerine_dream_perborea

 
邦題の「流氷の詩」にはドン引きしたが、元々のアルバム・タイトル『Hyperborea(ヒューペルボリア)』は、クトゥルフ神話に登場する架空の地名とのこと。北極海と北大西洋の間のグリーンランド近辺にあったとされる架空の大陸の名前。確かに、北の極寒の地の、透明度の高い、凛とした響きを感じる。

幻想的、かつ透明度が高く、マイナー調がベースの寂寞感溢れるシンセサイザーの旋律がキャッチャーで聴き易い。太くて凛としたタンジェリン・ドリーム独特のシンセの響きが実に良い。音の雰囲気は、音像クッキリ、高音が澄んでいて、音のエッジが少し立ち過ぎる位で、イメージとしては、デジタル録音チックなシンセサイザー・ミュージック。

アナログ録音の様な、ちょっと曖昧な高音の伸び(これが良いんだが)、塊の様な音像、音のエッジが丸みを帯びつつ切れ味はある、そんな印象の音とは正反対のデジタル・チックな音。デジタル・チックな分、音像が明るい。影の少ない明るさ。

ジャケットの印象そのものの音世界。Tangerine Dream独特の反復音を繰り返しながら展開し、高揚し発展していくシンセサイザー・ミュージック。Tangerine Dream独特の楽曲構成とメロディーがとても楽しい。

どっぷりと濃いTangerine Dreamの音世界では無いが、とても聴き易い、Tangerine Dream入門盤としてもお勧めのシンセサイザー・ミュージックである。ジャズを聴きまくっての「耳休め」の一時である。

 
 

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2014年11月12日 (水曜日)

Eric Dolphy in Europe, Vol.3

エリック・ドルフィーは音楽理論や読譜に強かったジャズメンで、例えば、ジョン・コルトレーンの『アフリカ/ブラス』のアレンジを担当したことでも、その実力のほどが窺い知れる。つまり、ドルフィーの演奏内容はでたらめでは無いということ。ドルフィーをフリー・ジャズとするのはあまりに単純過ぎる。

彼の吹き綴るフレーズは決して「でたらめ」では無い。どこか調子外れで、変に音程を上げ下げしたり、変なドロドロした旋律をなぞったり、クラシック音楽の耳で聴くと、これは「でたらめ」に聴こえても不思議では無い。

しかし、良く聴くと、フリーに自由に吹き回っている訳では無い。ちゃんと法則や決め事があって、その法則や決め事に従って、調子を外したり、音程を上げ下げしたり、ドロドロとして旋律を展開しているのだ。

伝統的な技法をきちんと押さえつつ、どこまで自由にアドリブ・フレーズを展開出来るのか。ドルフィーは、その一点にかけていたジャズメンである。そういう点を抑えると、エリック・ドルフィーはフリー・ジャズの範疇に入るジャズメンでは無い。

あくまで、伝統的なジャズを前提として、いかにマンネリに陥らず、自由にアドリブ・フレーズを展開するのか。それを死ぬまで追求したジャズメンであった。そういう面では、かのジャズの帝王、マイルス・デイヴィスと同じ志なのだが、どうもマイルスはドルフィーの演奏が気に入らなかった様だ。これまた不思議な感じがするのだが、どうなんだろう。

さて、そんなドルフィーのアルトを存分に体感出来るアルバムが『Eric Dolphy in Europe, Vol.3』(写真左)。一昨日から、Vol.1、Vol.2とご紹介してきたが、今回はそのラストのVol.3。ちなみにパーソネルは、Eric Dolphy (as, bcl), Bent Axen (p), Erik Moseholm (b), Jorn Elniff (ds)。Vol.1、Vol.2と同じく、1961年9月の録音になる。
 

Eric_dolphy_in_europe_3

 
このVol.3は、ドルフィーのアルトとバス・クラが聴ける。ドルフィーのアルトは如何なるアルトなのか。冒頭の「Woody'n You」を聴けば良く判る。様々なジャズメンが演奏する有名スタンダード曲の「Woody'n You」をドルフィーが演奏したらどうなるのか。

これはもう聴いていただくしか無いのだが、これはまあ、捻れること、外れること、舞い上がったり、ドロドロしたり。それでも、伝統のジャズの範疇にしっかりと留まって、その留まる中で最大限の自由を表現しようとするドルフィーはクールである。

ドルフィーのバス・クラを理解するには、この2曲目の「When Lights Are Low」が良い。この曲も様々なジャズメンが演奏する有名スタンダード曲。そんな有名スタンダード曲を、今でもジャズでは珍しいバス・クラで演奏するとどうなるのか。

これまた、バス・クラでも捻れること、外れること、舞い上がったり、ドロドロしたり。バス・クラの楽器の特質を良く理解している様で、変な音が出たり、耳障りな音が出たりしないところは、さすがドルフィーといったところか。

ラストの「In The Blues (take 1,2,3)」はご愛嬌。1曲扱いではあるが、実は同じ曲を3回繰り返し演奏している。途中で演奏を止めたりしている所などもそのまま収録している。3回の繰り返しの中で、テンポか変えたり、アプローチを変えたり、いろいろと試みてはいるんですが、これを楽しめるのは、ドルフィーのマニアくらいで、このラスト曲はちょっと蛇足かも。

エリック・ドルフィーを体感するには、どのアルバムが適当なのか。僕は『Eric Dolphy in Europe』シリーズを挙げる。vol.1からvol.3までの3枚で構成される『Eric Dolphy in Europe』シリーズ。このライブ音源が、エリック・ドルフィーとは如何なるジャズメンなのか、を教えてくれる。

 
 

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2014年11月11日 (火曜日)

Eric Dolphy in Europe, Vol.2

エリック・ドルフィー(Eric Dolphy)は、早逝の天才アルト奏者。1928年6月生まれ、1964年6月に鬼籍に入っているので、享年36歳になる。ジャズ・ミュージシャンとしてはこれからという年齢である。まことに惜しい早逝の天才であった。それでも、ドルフィーはまずまずの数の音源を残してくれているので助かる。

そんなエリック・ドルフィーを体感するには、どのアルバムが適当なのか。僕は『Eric Dolphy in Europe』シリーズを挙げる。vol.1からvol.3までの3枚で構成される『Eric Dolphy in Europe』シリーズ。このライブ音源が、エリック・ドルフィーとは如何なるジャズメンなのか、を教えてくれる。

さて、今日は『Eric Dolphy in Europe, Vol.2』(写真左)。昨日のVol.1に続いて、1961年9月6日、コペンハーゲンでのライブ音源。ちなみにパーソネルは、Eric Dolphy (as,fl), Bent Axen (p), Erik Moseholm (b), Jorn Elniff (ds)。ベースは、Vol.2では、Erik Moseholm一人が務める。リズム・セクションは当時のデンマークを代表するジャズメン達。

このVol.2でも、アルトのドルフィーはまだ出てこない。冒頭「Don't Blame Me」「Don't Blame Me (take 2)」の2連発はフルートのドルフィー。Vol.1のフルートとはちょっとイメージが異なった、エモーショナルで少しフリーキーなアドリブが展開される。ここで、ドルフィーの持つ個性である、アブストラクトで捻くれたフレーズが顔を出す。が本格的では無い。
 

Eric_dolphy_in_europe_vol2

 
この冒頭の「Don't Blame Me」2連発を聴いて思うのは、ドルフィーは本当にフルートが上手いということ。これだけ、ピッチがばっちり合っていてストレートで端正な、エネルギッシュで疾走感溢れるジャズ・フルートはなかなか無い。それでも、ジャズ紹介本で、優れたフルート奏者としてドルフィーが紹介されることはほとんど無い。不思議なことだ。

そして、3曲目の「The Way You Look Tonight」から、いよいよ本職のアルトのドルフィーが炸裂する。この「The Way You Look Tonight」は親しみ易い旋律を持った楽曲なので、ドルフィーも挨拶代わりに意外と端正に吹いているのだが、4曲目の「Les (Miss Ann)」からラストの「Laura」にかけて、ドルフィー節が一気に炸裂する。

ドルフィーのアルトが縦横無尽に虚空の空間を駆け巡る。アドリブ・フレーズはピッチが少し外れての堂々の捻れ方。アブストラクトで複雑なフレーズを織り交ぜつつ、らせん状に捻り上げていくドルフィーのアルト。疾走感と飛翔感がない交ぜになった、幾何学的にフリーキーなインプロビゼーションが凄まじい迫力。

この『Eric Dolphy in Europe, Vol.2』では、ドルフィーはフルートも良いけど、やっぱりアルトがスゲーや、と心から感心するライブ盤である。スゲーのですが、このライブ盤でのドルフィーのアルトはまだまだ大人しい。ドルフィー者の僕にとっては物足りない。逆に、このVol.2のドルフィーのアルトが「どうもな〜」と感じる方は、他のドルフィーのアルバムは聴けないと思う。

 
 

震災から3年7ヶ月。決して忘れない。まだ3年7ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2014年11月10日 (月曜日)

Eric Dolphy in Europe, Vol.1

ジャズ者を志して以来、エリック・ドルフィーは相当に気になる存在だった。というか、お気に入りである。あの独特の限りなくフリーな変則フレーズが、どうにもこうにも大好きなのだ。

改めて、エリック・ドルフィー(Eric Dolphy)とは何者か。1928年6月、米国ロス生まれのバス・クラリネット、アルト・サックス、フルート奏者である。特に、ジャズにおいて、バス・クラリネットを吹きこなすテクニックについては、ドルフィーの右に出る者はいない。フルートも限りなくフリーキーなブロウで相当なレベルである。

そんなエリック・ドルフィーを体感するには、どのアルバムが適当なのか。僕は『Eric Dolphy in Europe』シリーズを挙げる。vol.1からvol.3までの3枚で構成される『Eric Dolphy in Europe』シリーズ。このライブ音源が、エリック・ドルフィーとは如何なるジャズメンなのか、を教えてくれる。

まずは『Eric Dolphy in Europe, Vol.1』(写真左)を聴く。1961年9月8日、コペンハーゲンでの録音。ちなみにパーソネルは、Chuck Israels (b), Erik Moseholm (b)の二人の使い分けに、Jorn Elniff (ds), Bent Axen (p), Eric Dolphy (fl, b-cl)。
 

Eric_dolphy_in_europe_vol1

 
ドルフィーとイスラエルズの2人のデュオ「Hi-Fly」で幕を開ける。潤いのある低音が素敵なイスラエルズ。そんなベース・ラインに乗って、ドルフィーはフルートを吹く。しっかりと芯の入ったフルートが飛翔する。これがドルフィーのフルートだ。デュオなのが良い。ドルフィーのフルートの個性を心ゆくまで体感出来る。

「Glad To Be Unhappy」のフルートも官能的だ。フルートによる美しいバラード演奏は、ドルフィーの溢れんばかりの歌心を感じさせてくれる。エモーショナルで音色豊かで疾走感のあるフルートは、実に説得力のあるフルートである。

「God Bless The Child」に「Oleo」はエモーショナルでエキサイティングなバス・クラリネットの演奏。ドルフィーの全くの独り吹き。こんなにエモーショナルで音色豊かで柔らかくて芯のあるバス・クラリネットは途方も無く魅力的だ。このドルフィーのバス・クラリネットを聴いてしまうと、暫く、他のバスクラが平坦に聴こえて仕方が無くなる。罪なバスクラだ。

ドルフィーを体験するのに相応しい『Eric Dolphy in Europe, Vol.1』。まずはこの、『At The Five Spot』の様な激しさや『Out To Lunch!』の様な前衛性が影を潜めた、正統なメインストリーム・ジャズど真ん中なライブ音源で、ドルフィーのフルートとバス・クラリネットを体感するのだ。

 
 

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2014年11月 9日 (日曜日)

北陸・小松発の和ロックバンド

今日もジャズの合間の「耳休め」、1970年代のJポップ、和ロックのアルバムの話題を。今日の和ロックのバンドは「めんたんぴん」。北陸は小松市から全国に挑戦し成功したバンドである。

めんたんぴんは1972年石川県小松市にて結成、「日本のグレイトフル・デッド」と呼ばれ、佐々木忠平 (vo)、飛田一男さん (g) を中心にツインギター、ツインドラム編成のライブバンドとして、1970年代中盤から1980年初頭に活躍したバンドでした。

ちなみに「めんたんぴん」とは麻雀用語で、「めん」とは門前(メンゼン)の「めん」で即ち「リーチ」を、「たん」は断公(タンヤオ)を、「ぴん」は平和(ピンフ)を意味します。つまり、リーチ、タンヤオ、ピンフのことです。麻雀好きにはピンとくるネーミングですね(笑)。単純にバンド名として良い響きだと思います。

さて、この「めんたんぴん」のファーストアルバムが『MENTANPIN』(写真左)。1975年のリリースになる。グレイトフル・デッドをはじめとする米国西海岸ロックからサザンロックの影響を受けたサウンドは個性的。日本人独特の乾いたファンクネスも漂うロックはとても魅力的でした。

リズム&ビートの重心が日本人らしからぬ低さ。ツインギターのキレがとても良い。このファーストアルバムを初めて聴いた時、これが日本人の手になるロックの音なのか、とビックリしましたねえ。サザンロックの影響を受けたであろう、泥臭くワイルドなブルース・ロックはとても魅力的。

冒頭の「コンサートツアー」から「木こりの唄」の流れには惚れ惚れする。サザンロック好きには堪えられないサウンドである。続く「春」などは、ほんわか牧歌的な雰囲気のする重心の低いロックで、当時の日本人ロックからすると、独特の響きを持っていた。日本人として、こんなロックの音が出せるんだ、と感心した。
 

Mentanpin

 
日本人の手でこれだけの音が出せる。そして、日本語で堂々とロックを奏でている。こういうデッドをはじめとする米国西海岸ロックからサザンロックの影響を受けたサウンドが、日本人の手で演奏されるなんて、当時は思ってもみなかったので、この「めんたんぴん」の出現は、ある意味、ショックでした。

「めんたんぴん」の日本語で歌うロックはワイルドで圧巻。グレイトフル・デッドをはじめとする米国西海岸ロックからサザンロックの影響を上手く織り交ぜたアレンジと共に、日本語ロックの素晴らしい成果として、今の耳にも十分に耐える。

この「めんたんぴん」も日本語ロックの秀作。当時、日本語はロックに合わない、日本語はロックに乗らない、などと悲観的な評価を展開していた評論家達を軽く笑い飛ばす「めんたんぴん」のパフォーマンスは実に渋い存在でした。

残念なのは、当時の日本においては早すぎた存在だったようで、メジャーな存在になりきれないまま、全国レベルの活動を縮退してしまったのは残念でした。「めんたんぴん」は1981年に解散し、メンバーは個人で音楽活動を続けるなど、それぞれの道を歩むことになります。

しかし、なんと、今年の2月、この「めんたんぴん」が再結成されました。ビックリした。レコードデビュー当時のメンバーが集結し、ライブを行うのは解散後初めて、とのこと。還暦を過ぎたメンバーが1970年代当時と同様、グレイトフル・デッドをはじめとする米国西海岸ロックからサザンロックの影響を受けたサウンドを展開する。良い感じですね。

最後に「めんたんぴん」のオリジナル・メンバーを記しておく。佐々木忠平(vo, g)、飛田一男(g)、池田洋一郎(g)、石崎三郎(b)、沖村公平(ds)、寺井貢(ds)。

 
 

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2014年11月 8日 (土曜日)

柳ジョージ&レイニーウッドの傑作

ジャズの合間の「耳休め」に、1970年代のJポップを聴く。今日は和ロック。柳ジョージ&レイニーウッドである。ベースは英国ブルース・ロックとスワンプ・ロック。そこに、R&Bなテイストを織り交ぜた音は、日本の中では唯一無二。バンドの演奏レベルも高く、玄人受けする「大人のロックバンド」だった。

僕は、この柳ジョージ&レイニーウッドがお気に入りで、彼らのデビュー・アルバムが『Time in Changes』が1978年2月のリリース。僕がちょうど大学に入った年で、このデビュー盤に収録されていたシングル曲「酔って候」が痛く気に入り、柳ジョージ&レイニーウッドを追いかけることになった。

1978年にデビュー・アルバムをリリース、1981年に解散しているので、まさに僕の大学時代、まったくのリアルタイムで聴きこんだ日本のロックバンドのひとつで、解散から33年経った今でも、柳ジョージ&レイニーウッドのアルバムは、ジャズのアルバム鑑賞の合間の「耳休め」として今でもよく聴く。

そんな柳ジョージ&レイニーウッドの最高傑作と言えば、1980年7月にリリースされた『Woman and I... OLD FASHONED LOVE SONGS』(写真)だろう。柳ジョージ&レイニーウッドがアトランティック・レーベル移籍後にリリースした通算5作目のオリジナル・アルバム。その内容たるや、柳ジョージ&レイニーウッドの集大成とも言える、バンドの個性満載の秀作である。

発売当時、LP2枚組のボリューム。これだけのボリュームのアルバムであれば、収録曲の数曲は内容の伴わないものや趣味性が高い凡作だったりするものなのだが、この『Woman and I...』は捨て曲は全く無し。いずれの収録曲もその出来は上々で、当時の柳ジョージ&レイニーウッドのバンドとしての実力の高さが窺い知れる。
 

Woman_and_i

 
とにかく収録曲が良い。サム・クックのカバー「ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム」で幕を開けるところが「渋い」。柳ジョージのボーカルの魅力満載。スモーキー・ロビンソン&ミラクルズのカバー「ユーヴ・リアリー・ガッタ・ホールド・オン・ミー」でR&Bテイストの魅力全開。

カバー曲の魅力はまだまだある。ロック・ワルツなアレンジが思いっきり秀逸な「テネシー・ワルツ」。エディ・フロイドの「634-5789」のカバー、この『Woman and I...』は、柳ジョージ&レイニーウッドが手掛ける、様々なR&B系の名曲のカバー曲の出来が秀逸なのだ。バンドとしてのオリジナリティを損なうこと無く、原曲の魅力もしっかり伝える柳ジョージ&レイニーウッドの演奏力と表現力には脱帽である。

オリジナル曲も負けずに秀逸。柳ジョージ&レイニーウッドのファンであれば、イントロのシンセのメロディーを聴くだけで落涙もののバラード名曲「青い瞳のステラ、1962年夏…」、男気溢れる柳ジョージのボーカルが冴え渡る「娘よ…」、僕達の大学時代のオールディーズな雰囲気を彷彿とさせて、思わず目頭が熱くなる「ハーバー・フリーウェイ」そして「アフリカの夢」、ゴスペルチックなコーラスが圧巻の「一羽の鷹」、柳ジョージのダンディズム溢れるボーカルが炸裂する「ブライト・ライト・イン・ザ・シティ」。

こうやってこのアルバムを聴き直せば、この柳ジョージ&レイニーウッドは、日本の音楽シーンの中で、絶対的な個性を振りまいた、唯一無二なロックバンドだったことが判る。特に、日本語で歌うロックは圧巻で、英国ブルースとスワンプ、そしてR&Bのエッセンスを上手く織り交ぜたアレンジと共に、日本語ロックの素晴らしい成果として、今の耳にも新しく響く。

日本語ロックの秀作です。当時、日本語はロックに合わない、日本語はロックに乗らない、などと悲観的な評価を展開していた評論家達を軽く笑い飛ばしてしまう様な、柳ジョージ&レイニーウッドのパフォーマンス。今でも胸がすく思いです。

 
 

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2014年11月 7日 (金曜日)

ハード・バップ成立の時と場所

ジャズ評論家の行方均さんが、『A Night At Birdland With Art Blakey Quintet』の演奏を捉えて、「もしハード・バップ誕生の時と場所というものが世の中にあるとしたら、本作の録音された1954年2月21日深夜のバードランドをおいて他にない」とした。
 
よって、ジャズ入門本やジャズ雑誌などでは、ハードバップの誕生の時期の演奏と言えば『バードランドの夜』となる。ブルーノートの1521番と1522番である。

しかし、どうして、僕はこちらのライブ盤も『バードランドの夜』に負けてないぞ、と思っている。そのライブ盤とは、『The Jazz Messengers At The Cafe Bohemia, Vol. 1&2』(写真)。ブルーノートの1507番と1508番。1955年11月23日、ニューヨークのライブ・スポット、カフェ・ボヘミアでのライブ音源になる。

ちなみにパーソネルは、Kenny Dorham (tp), Hank Mobley (ts), Horace Silver (p), Doug Watkins (b), Art Blakey (ds)。ピアノのホレス・シルバーとドラムのアート・ブレイキーは『バードランドの夜』と変わらない。ベースがダグ・ワトキンスに代わり、ペットのケニー・ドーハムとテナーのハンク・モブレーがフロントの2管を張る。

この『カフェ・ボヘミア』の演奏の充実した内容、演奏のレベルの高さを聴けば、もしかしたら、「もしハード・バップ誕生の時と場所というものが世の中にあるとしたら、本作の録音された1955年11月23日のカフェ・ボヘミアをおいて他にない」となっても、不思議は無いと思う。

演奏全体を見渡して、それぞれのジャズメンの力量と演奏レベルのバランスが実に良くとれていて、それぞれの楽曲の演奏内容がかなりのレベルで充実している。『バードランドの夜』の個々の演奏と比べて、僕はこの『カフェ・ボヘミア』の演奏の方が、演奏全体のまとまりとしては上位に来ると感じている。
 

At_the_cafe_bohemia

 
まず、ケニー・ドーハムのトランペットが絶好調である。僕は、このライブ盤を聴いて、このトランペットはケニー・ドーハムだとは思わなかった。芯のある豊 かでふくよかな音色、よれることの無い確かなテクニック、端正で疾走感のある速くて正確な運指。これって、ドーハム一世一代の名演である。
 
そして、テナーのハンク・モブレーも絶好調である。力強く滑らかなブロウ。ポジティブで誠実なテクニック、端正で疾走感のある速くて正確な運指。これがモブレーか、と一瞬、耳を疑う、モブレーに失礼なんだが、らしからぬブロウ(笑)。それほどまでに、第一線をゆくテナー。これがモブレーの真骨頂なのだ、と改めて感心する。

ホレス・シルバーも何時になく好調。ブルージーなフレーズを連発。確かなテクニック、正確な運指。濃厚に漂うファンクネス。ダグ・ワトキンスのベースは太くて伸びやか。あまり話題にならないワトキンスのベースだが、どうして、このベースは当時のベースとしてはかなりモダンである。

アート・ブレイキーのドラミングを聴けば、『バードランドの夜』は『カフェ・ボヘミア』の1年7ヶ月も前の演奏なんだ、ということを再認識する。『カフェ・ボヘミア』でのブレイキーのドラミングは確実に進化している。『カフェ・ボヘミア』では、確信を持って「ハードバップな」ドラミングを披露する。揺るぎないブレイキーのハードバップ・ドラミング。

『バードランドの夜』を「ハード・バップ誕生の時と場所」とするなら、この『カフェ・ボヘミア』は「ハード・バップ成立の時と場所」とでも形容しようか。この『カフェ・ボヘミア』で、ハードバップは成立し、その演奏スタイルが確立された。そして、ハードバップが要求する演奏レベルもここにサンプルとして提示されたのである。

しかし、『バードランドの夜』といい、この『カフェ・ボヘミア』といい、ブルーノート・レーベルは本当に良いライブ録音をする。さすがは、アルフレッド・ライオン。その慧眼の成せる技である。

 
 

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2014年11月 6日 (木曜日)

コルトレーンの聴き直し・最終回

さて、3年ほど前から進めてきた「コルトレーン盤の聴き直し」。いよいよ最終回である。最後のアルバムは、John Coltrane『Live at the Village Vanguard Again!』(写真左)。

このライブ盤は1966年5月28日、ニューヨークの有名ライブ・スポット、ヴィレッジ・バンガードでのライブ録音。ちなみにパーソネルは、John Coltrane (ss, ts, b-cl, fl), Pharoah Sanders (ts, fl), Alice Coltrane (p), Jimmy Garrison (b), Rashied Ali (ds), Emanuel Rahim (per)。

コルトレーンが逝去したのは1967年7月だから、逝去の1年ほど前のライブ録音になる。つまり、この時代のコルトレーンは、フリー・ジャズ真っ只中。高速シーツ・オブ・サウンドが昂じて、フリー・ジャズへの完全な宗旨替えは、1965年6月録音の問題作『Ascension』で決定的になった。

それまでは伝説のカルテット、John Coltrane (ts, ss), McCoy Tyner (p), Jimmy Garrison (b), Elvin Jones (ds)。しかし、1965年6月の『Kulu Se Mama』辺りで伝説のカルテットは崩壊。代わって、Pharoah Sanders (ts, fl), Alice Coltrane (p), Rashied Ali (ds)にとって代わる。ベースのギャリソンだけがコルトレーンに最後まで付き添ったことになる。

この『Live at the Village Vanguard Again!』は、どうにも苦手なライブ盤の一枚である。つまり、何が良いのか、良く判らないのだ。このライブ盤って、晩年のコルトレーンの名盤とされるが、何回聴いても、僕はそうは思えない。何ともマンネリ化した、ちょっと耳障りで単調なフリー・ジャズにしか聴こえないのだ。

昔、ジャズ者初心者の頃、この『Live at the Village Vanguard Again!』は名盤として、ジャズ盤紹介本に掲げられていた。これを聴かずしてジャズ者というなかれ、そんな雰囲気が強く漂う書きっぷりに心動かされた。
 

Coltrane_vanguard_again

 
で、ジャズ者初心者2年目辺りで手に入れたんだが、これがまあ、当時の耳には、ほとんど雑音にしか聴こえない(笑)。ジャズの経験が浅いが故のことだろうと諦めて、このライブ盤はお蔵入り。それから15年。ジャズを聴き始めて17年目、ふと思い出して、このライブ盤を聴き直してみた。

しかし、これがまあ、相変わらず「良く判らない」。確かにジャズを長年聴き続けてきて、何を演奏しているか、は判る。テクニックの優劣も判る。それでも、このクインテットのフリーキーな演奏は「良質なもの」とは思えなかった。特に、ファラオ・サンダースの「ブヒブヒグスグス」と馬の嘶きの様な、ワンパターンでフリーキーなフレーズが許せない。

しかも、コルトレーンの演奏はあまり目立ったところが無いし、フリーキーなフレーズは画一的。主役がこれではなあ、と思いつつ、アリスのピアノに耳を移せば、「なんじゃこりゃ」的なハープの音色の様な「ピロピロ」なピアノにガッカリする。これはジャズのリズム・セクションを担うピアノの音では無いし、ピアノのビートでも無い。 

ベースのギャリソンの超ロングなベースソロには飽き飽きするし、エマニュエルのパーカッションは目立たない。唯一、ラシッド・アリのドラムだけが新しい響きを宿していて、唯一、何とか聴き応えがする演奏である。かの有名なコルトレーンの十八番曲「My Favorite Things」も新しいメンバーのイマージネーションでは支えきれないほどに崩れに崩れて、ほとんど壊滅状態に聴こえてしまう。

僕の耳が悪いのかなあ。それから時ある毎にこのライブ盤を聴くが、どうもいけない。やはり、コルトレーンのプレイは伝説のカルテットでのプレイが一番だったし、伝説のカルテットのリズム・セクションが、一番コルトレーンに合っていた。このメンバーでの、このフリーキーなプレイは退屈である。

振り返れば、この『Live at the Village Vanguard Again!』には苦労させられた。袋小路に迷い込んだような、晩年のコルトレーンのフリー・ジャズはどうにも僕には合わない。そして、1967年7月、突然、コルトレーンは鬼籍に入る。僕のコルトレーンの最後のアルバムは『A Love Supreme』やったんやなあ、と改めて判った次第。

 
 

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2014年11月 5日 (水曜日)

聴き流す程度の「気軽な聴き」盤

秋が深まると、ハードバップの聴き心地が増す。落葉散る、何となくしみじみとする季節。そんな季節にハードバップの演奏がしみじみと心に響く。

今日、聴いたハードバップ盤は、Hank Mobley『Mobley's Message』(写真左)。1956年7月の録音。リハ無しの「やっつけ」録音で有名なプレスティッジ・レーベルからのリリース。ジャケット・デザインもさすがはプレスティッジ、思いっきり「やっつけ」のジャケット。

このジャケットを見れば、思わず購入意欲は減退する。タイトルの「モブレーのメッセージ」に相対するジャケ写が、なぜ「送電線」なのか、全く理解出来ない。プレスティッジ・レーベルには、こんな「やっつけ」の意味不明なジャケットが多く存在する。全く困ったもんだ。

さて、このHank Mobley『Mobley's Message』、ちなみにパーソネルは、Hank Mobley (ts), Donald Byrd (tp), Barry Harris (p), Doug Watkins (b), Art Taylor (ds), Jackie McLean (as)。今から振り返れば、錚々たるメンバーである。ハードバップ時代を代表するジャズメンばかりで固めている。

このパーソネルを確認して、やっとこのアルバムを手にする意欲が出る。リーダーのモブレーとペットのバードは相性が良く、ベースのワトキンスとドラムのテイラーは鉄壁のリズム・セクション。バリー・ハリスのピアノだけがちょっと違和感を感じるが、恐らく、この「やっつけ」セッションのメンバーを募ったとき、暇だったのだろう。
 

Mobleys_message

 
この盤に詰まっている音は「ハードバップ」。録音年は1956年。ハードバップが隆盛を極め始めた年である。溌剌とした、成熟した余裕が感じられるハードバップが聴いて取れる。なんせ、モブレーのテナーに、ドナルド・バードにジャッキー・マクリーンという強 力な助っ人が脇を固めるのだ。

モブレー+バードの2管編成、そこにマクリーンが加わった3管編成。そんなハードバップの香り満点のユニゾン&ハーモニーが、とにかく良い。ハードバップの良いところを強く感じることが出来る。洗練され大向こうを張った演奏では無いが、当時の日常のハードバップ演奏の雰囲気を思い切り感じることが出来る。

しかも、モブレーは良い曲を書くので有名だが、このアルバムに収録されたモブレー作の曲は全6曲中2曲のみ。後はパウエルの曲、モンクの曲、パーカーの曲、そして隠れたスタンダード曲。モブレーの曲が中心では無い、様々な曲想の楽曲が意外と楽しい。

何の変哲も無いハードバップ盤なのだが、音の雰囲気、演奏のテンポが実に良い。枯れているというよりは、成熟した余裕のある演奏。ジャズメンとして、ハードバップを自家薬籠中のものとした、成熟した余裕が感じられる演奏。それが良い。とりわけ、ジャズ者中級者から上級者のハードバップ好きには堪らない音の響きです。

全体的には、何も仕掛けのないソロパートを忠実に繋いでいく「ハードバップな演奏」ばかりなのですが、これが全く飽きない。参加ジャズメンは一様に好調。構えて聴くのでは無く、ちょっと聴き流す程度の「気軽な聴き」にピッタリのハードバップ盤です。

 
 

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2014年11月 4日 (火曜日)

小粋なアレンジとリズム&ビート

確かに、ビートルズのジャズ化、ジャズ・アレンジのビートルズは相当数に登る。特に、1960年代、ビートルズ旋風が米国に吹き荒れた時代は、一時、猫も杓子もビートルズのジャズ化の流行だった。

しかし、ビートルズの楽曲は、意外とジャズ化し難いと見ている。どの曲もコード進行がちょっと変だし、リズム&ビートは基本的にロックンロール。8ビートには何とか乗るが、4ビートには乗りにくい。

アレンジも一筋縄ではいかないと感じている。もともとビートルズの楽曲って、アレンジが抜群なのだ。このアレンジをどう崩すか、がポイントになる。そして、意外とメジャーな響きのするコードがキーとなるので、賑やかなアレンジを施せば、とにかく「五月蠅くて」仕方が無い。

僕は、ビートルズのジャズ化、ジャズ・アレンジのビートルズについては、意外と否定的である。やるなら、採用するリズム&ビートを良く練り、アレンジに十分な力点を置くこと、時間を割くこと。リズム&ビートの選定とアレンジが不調であれば、そのビートルズのジャズ化、ジャズ・アレンジのビートルズは聴けたものでは無い。

と思っていたところに、新しいビートルズのジャズ化、ジャズ・アレンジのビートルズの報が舞い込んだ。ケイコ・リーの『Keiko Lee sings THE BEATLES』(写真左)である。つい先日、10月22日のリリース。ジャズ・ヴォーカリスト、ケイコ・リーの2年ぶりのオリジナル盤になる。

全編ビートルズのカバー盤。ビートルズのジャズ化、ジャズ・アレンジのビートルズについては、まずは選曲が気になる。ということで収録曲は以下の通りになる。

ビートルズのジャズ化、ジャズ・アレンジのビートルズの定番である「Something」「Here, There And Everywhere」「And I Love Her」「Yesterday」がしっかりと入っていて、思わずニンマリする。他のアルバムと比較出来るのよね〜。
 
 
Keiko_lee_sings_the_beatles
 
 
01. Something
02. Got To Get You Into My Life
03. Here, There And Everywhere featuring 渡辺貞夫
04. And I Love Her
05. Ticket To Ride
06. The Long And Winding Road
07. In My Life
08. Yesterday featuring 渡辺貞夫
09. Get Back
10. Oh! Daring
11. I Wanna Be Your Man featuring ムッシュかまやつ
12. Let It Be

さて、このケイコ・リーの全編ビートルズのカバー盤、雰囲気は「大人のビートルズ・ジャズ」。アレンジは、シンプルでゆったりとした「大人のアレンジ」。ケバケバしいところは全く無い、弾けることも無い、落ち着いた、じっくり聴かせるアレンジである。飽きの来ない、小粋なアレンジ。

リズム&ビートもシンプルそのもの。バックのリズム・セクションがボーカルの前に出ることは全く無い。ボーカルの横に出てくることも無い。常に「三歩下がった」ところで、ゆったりと堅実に「大人のリズム&ビート」を供給する。これって、成熟していないとなかなかこれだけの「枯れた味わい」は出せないだろう。小粋なリズム&ビート。

ケイコ・リーのボーカルは申し分無い。ゆったりとしたテンポで、じっくり朗々とビートルズの楽曲を唄い上げていく。ちょっとだけ聴くと、ちょっと地味な雰囲気が漂うので、聴き進めると飽きるかな、と危惧するのだが、それは杞憂である。これが飽きないのだ。繰り返し聴いても飽きが来ない。ケイコ・リーのボーカルの説得力の成せる技であろう。

なかなか内容の濃い「大人のビートルズのジャズ化、ジャズ・アレンジのビートルズ」である。晩秋の夜長、バーボン片手にじっくりと聴き耳たてる、そんなシチュエーションにピッタリの大人のボーカル盤です。
 
 
 
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2014年11月 3日 (月曜日)

山中の『ブラヴォーグ』の真価

振り返ってみると、山中千尋のアルバムはデビュー盤から全て聴いている。つまりは彼女のピアノが心の吟線に響くんだろう。とにかく聴いていて楽しいし、心地が良い。このブログでも少しづつ、山中千尋のアルバムをご紹介している。今日は第8作目の『bravouge(ブラヴォーグ)』をご紹介したいと思う。
  
さて、改めて、第8作目『ブラヴォーグ』である。アルバム・タイトル『bravouge(ブラヴォーグ)』は、 楽典用語の「ブラブーラ」:1)高度な技巧を必要とする華麗な曲、2)勇壮・華美、華やかな演奏(演技の) 威勢のよさ、と「vouge(スタイル、形式、ファッション)」とを合わせた造語だそう。ふ〜ん、そうなんや。
 
タイトルの造語説明を聞いた時は、ふ〜んという感じなんだが、アルバムを聞き始めてみると、このアルバム・ タイトルの造語そのものの音が展開されていることに気が付いて、唖然とすることとなる。

冒頭の「アクエリアン・メロディ」の前奏の「カンカンカンカン」と叩き付けるような、ピアノのシングルキーの音。この単音に感じるテンションの高さにちょっと「おののく」。これって、ガーンゴーンとキーを叩き付けるように弾き倒す、男勝りのピアノ展開か〜、と身構えるが、そのテンション溢れる前奏に代わって出てくるテーマの旋律が、清々しくて爽やかな風のようなメロディーなので「ホッ」とする。
 
いかにも山中千尋らしい流れるような旋律。音の選び方に確固たる個性を感じる。ザッザッザッと重ねる和音の使い方は山中千尋そのもの。それでも、右手の旋律はテンション高く、テクニック溢れ、覚悟を感じる、凛とした旋律。ピアノのスケールを目一杯使った演奏はなんとなく鬼気迫るものがあります。
 
このテンションが続いたら、ちょっと辛いかな〜、と思いつつ、次の「カリヨン」へ。これも山中千尋らしい楽曲。前奏からテーマは優しい音、優しい響き。それでいてキーはしっかり底まで叩かれいて、テンションはしっかりと張っている。展開部に入ると、これまたテクニックに優れたインプロビゼーションが続く。山中千尋は巧くなったと思う。彼女の演奏家としての矜持を感じる、良い演奏です。
 
3曲目は「タイム・フォー・ラヴ」は「待ってました」って感じ。ピアノでは無い、オルガンの前奏に思わずニヤリとする。テーマを弾くフェンダーローズ(だと思う)の音が実に良い。山中千尋はキーボードの扱いが上手くなってきた。自分なりに良く研究して、山中千尋のキーボードらしい個性を引き出すことが出来るようになってきたと感じる。雰囲気のあるオルガンとフェンダーローズの響きが魅力的な逸品でしょう。
 
4曲目の「ユニ」、5曲目の「ヴォウ・デイタール・イ・ホラール」は山中千尋節が満載の手慣れた楽曲と演奏が続く。この2曲を続けて聴いていて、ここにきて、山中千尋のピアノの個性は確立された感を強く感じた。過去のジャズ・ピアニストの成果、個性をしっかりと踏まえた中で、山中千尋個人の感性を添加して、インプロビゼーションの部分で、明らかに山中千尋と判る個性を獲得している。
 
 
Chihiro_bravogue
 
  
6曲目の「ブラヴォーグ」にはアルバム全編を覆う「ミュージシャンとしての矜持」をより強く感じる。 いや〜なんて複雑な曲なんだろうか。ドラムもベースもテンション高く、山中千尋のピアノの後に続き、山中千尋のピアノを盛り立てる。
  
7曲目は「ドイス・プラ・ラ、ドイス・プラ・カ」。ボサノバの名曲。ちょっと俗っぽくて猥雑で、それでいてウェットにはならない不思議な曲を、山中千尋は意外と冷静に淡々と紡ぎ上げていく。ファンキー・ジャズの様に決して俗っぽくならず、オーバーアクションにもならない。このクールさがまた彼女の個性になっていくんだろう。何も熱くなってガンガン叩くだけがジャズでは無い。
 
8曲目「サークル」は複雑な曲ではあるが、演奏全体の雰囲気はハッピー・スイングで、ノリの良いブルースである。ここでの山中千尋はこれまた上手いんだなあ。なんだかオスカー・ピーターソンが乗り移ったようだ。それでも早弾きの時、ほんのホントにほんの少しだけ遅れ気味になる、というか、後ろに引くという感じがなんとも癖になる。楽しい演奏だ。
 
9曲目の「ル・フリュイ・デファンドゥ」はこれまでの演奏のテンションをクールダウンするような、美しい響きを持った演奏である。丸い優しさと柔らかさが同居した、女性ピアニストならではの表現である。この丸い優しさと柔らかさが同居したような表現は男性にはなかなか出来ない。
 
ピアノには打楽器の側面と旋律楽器の側面があるが、打楽器の側面については、力だけでは男性ピアニストに絶対に負ける。その打楽器の部分を女性ピアニストとして、どうやって折り合いをつけていったらいいか、山中千尋は彼女なりのその答えを見い出しているようだ。
 
この『ブラヴォーグ』ってアルバム、とてもストイックな、内容の濃いアルバムです。でも、ちょっとクスッと笑ってしまうようなユーモアも彼女は兼ね備えている。10曲目のコミカルな「スタッカート」という曲ですが、 この短いコミカルな演奏は「本当はここでアルバムは終わり」って、僕には聴こえる。次の曲があからさまな ジャズ・スタンダードの大人気曲の「星に願いを」ですからね〜。
 
この「星に願いを」は、ボーナス・トラックだと思って聴いています。『ブラヴォーグ』というアルバムには必要な演奏では無いですからね。『ブラヴォーグ』の真価は、1曲目の「アクエリアン・メロディ」から、 9曲目の「ル・フリュイ・デファンドゥ」まで。この9曲で、十分に山中千尋ワールドが堪能できます。
 
 
 

震災から3年7ヶ月。決して忘れない。まだ3年7ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

Never_giveup_4

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