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2014年10月の記事

2014年10月31日 (金曜日)

ジャズ喫茶で流したい・58

Denny Zeitlin(デニー・ザイトリン)。「医師とジャズピアニスト」という二足の草鞋を履く異色の人物である。今週の月曜日のブログ(左をクリック)でご紹介したのはデビュー盤。そして、今日、ご紹介するのは今年の7月にリリースされた最新作。

その最新作とは、Denny Zeitlin『Stairway to the Stars』(写真左)。最新作とは言っても13年前、2001年11月、カルフォルニアでのライブ録音。ちなみにパーソネルは、Denny Zeitlin (p), Buster Williams (b), Matt Wilson (ds)。なかなかのベースとドラムを従えた、ベテランピアニストのザイトリンである。

ザイトリンはデビュー盤の時から、彼の個性は完成されていた。ジャズ・ピアノのハードバップからモーダルなピアノへの、そしてその先のコードとモードの効果的使い分けの1970年のネオ・ハードバップへの進化という、時代を先取りした響き。

和音の作りはセロニアス・モンクを端正にした様な、やや不協和音がかった個性的な和音。フレーズは高速モーダル・ピアノ。エバンス派と解釈されつつ、ザイトリンの感覚は全く異質なピアノ。

そのデビュー盤が1964年の録音だったから、それから37年経っての、このライブ盤『Stairway to the Stars』である。ザイトリンのタッチは冷静であり、典雅であり、理知的である。そんなタッチの個性は、37年経ってのこのライブ盤でも、遺憾なく発揮されている。
 

Zeitlin_stairway_to_the_stars

 
逆に、若き日、1964年の録音では時々顔を出していたアブストラクトな面は、今回のこの2001年のライブ盤では、綺麗さっぱり一掃されている。リリカルで豊かな響きのザイトリンのピアノは、エバンス派のピアニストという印象をより強くさせている。

それでも、やや不協和音がかった個性的な和音、フレーズは高速モーダルな展開については、ところどころ見え隠れするところが面白い。単純なエバンス派では無い。ちょっと捻くれたエバンス派である(笑)。

ザイトリンは、1938年米国シカゴ生まれなので、この『Stairway to the Stars』をライブ録音した時、既に還暦を過ぎた63歳である。枯れた味わいでは無いが、落ち着いた、冷静沈着かつ理知的なザイトリンのピアノは、若き日と比べて、ダイナミックでは無いにしろ、緩やかではあるが、しっかりと進化、変化している。

クリヤーで明確なタッチとスイング感がとても心地良い。21世紀のザイトリンの指針ともなるべき、佳作だと思います。録音も良く、ザイトリンの冷静であり、典雅であり、理知的なピアノが堪能出来ます。選曲もスタンダード曲が中心でとても聴き易く、親しみ易い。

2001年の録音と既に13年前の録音ではあるが、ザイトリンの晩年期の佳作としてお勧めです。上質なピアノ・トリオ盤としても、ジャズ者初心者の方々にもお勧め。ザイトリンを愛でるに格好の一枚です。

 
 

震災から3年7ヶ月。決して忘れない。まだ3年7ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2014年10月30日 (木曜日)

晩秋にマイルスの「枯葉」が良い

晩秋になると、毎年、決まって聴くアルバムが幾枚かある。大体、収録されたお目当ての曲がメイン。秋がテーマの曲で「Autumn Leaves(枯葉)」と「Autumn In New York(ニューヨークの秋)」。

今年もまずは「Autumn Leaves(枯葉)」をお目当ての曲として、アルバムを物色する。まあ「枯葉」と言えば、まずはマイルスの名演でしょう。マイルスは「枯葉」が好きみたいで、何枚かのアルバムで演奏していて、それぞれ違った表情の「枯葉」が聴ける。

が、まずはこれでしょう。Cannonball Adderley『Somethin' Else』(写真左)。ブルーノートの1595番。あれれ、マスター、マイルスのリーダー作じゃないですよ。とまあ、ジャズ者初心者の突っ込みなら、まあ仕方なく受け止めますが、ジャズ歴5年以上のジャズ者方々からの突っ込みなら「お主、勉強不足じゃ」と活を入れますね(笑)。

このアルバムは、1958年3月の録音。ちなみにパーソネルは、Miles Davis (tp), Cannonball Adderley (as), Hank Jones (p), Sam Jones (b), Art Blakey (ds)。ちゃんとマイルスがいます。見渡して見ると、なかなか考え抜かれた人選です。しかし、まずは、ブルーノート・レーベルでよく見るパーソネルでは無い。

このアルバムが作成された切っ掛けは「マイルスの恩返し」。1950年代前半、マイルスは麻薬にはまって演奏が不安定になり、仕事も干された状態になっていた時期がある。そんな時期に、マイルスの才能に敬意を払い、録音の機会を与えてくれたプロデューサーがアルフレッド・ライオン。ブルーノートの総帥である。

その後、マイルスは麻薬禍を自力で抜け出し復活。大手レコード会社のCBSに迎えられる。専属契約なので、他のレーベルには吹き込めない。しかし、マイルスはライオンへの恩義を忘れなかった。CBSに特例を認めさせ、マイルスはブルーノートへのレコーディングを計画する。
 

Somethin_else

 
パーソネルは、マイルス自らが人選したと聞く。さすがに、専属契約の無いマイルスが、ブルーノートでリーダーのアルバムを出す訳にはいかないので、そのリーダー役をアルトのキャノンボール・アダレイに担わせた。しかし、実質上は、マイルスのリーダー作である。

このアルバムの一番の目玉が、やはり冒頭の「Autumn Leaves(枯葉)」でしょう。本当にこの「枯葉」の演奏は良く出来ています。しかも、マイルスのペットが凄く良い雰囲気を出している。この演奏が、ジャズの「枯葉」の標準になっている、と言っても過言では無い。

他の曲も良いですよ。リーダー役を担ったアルトのキャノンボール・アダレイをフィーチャーした演奏が怒濤の如く続く。陽気にポジティブに吹きまくる「動」のアダレイ。そして、クールにアーティスティックに吹きまくる「静」のマイルス。この「動」と「静」のコントラストがマイルスの好み。

リズム・セクションの3人の音は、まったくもってブルーノートの雰囲気をバッチリと醸し出している。さすがはマイルス。このアルバムは、ブルーノート・レーベルのアルバムである。アルフレッド・ライオンの音でなければならない。マイルスは心得ていた。Hank Jones (p), Sam Jones (b), Art Blakey (ds)のリズム・セクションの音は「ブルーノートの音」。

このアルバムは、ジャズ者初心者の方々にお勧めの一枚。高い演奏レベルと言い、アーティスティックなハードバップの響きと言い、アルバムにまつわるエピソードと言い、モダン・ジャズの面白いところ全てが体験できる「お徳用」な一枚です。ジャケットも渋くて格好良いです。

 
 

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2014年10月29日 (水曜日)

グリフィンを再確認する時に聴く

最近、ジョニー・グリフィン(Johnny Griffin)を聴き直している。シカゴ生まれのサックス奏者。1928年4月生まれ。2008年7月、満80歳で惜しくも鬼籍に入った。ニックネームは「リトル・ジャイアント」。グリフィンの身長は170㎝弱で、米国の中では低い方。そんな低い方の背丈で、ダイナマイトの様な大きな音、凄まじいばかりの早吹きテクニックを披露する。ということで、ニックネームは「リトル・ジャイアント」。

グリフィンのテナーは、音は大きく大らか。そして、テクニックは優秀。その速弾きは凄まじいばかり。明朗で明快に吹き上げるテナーはグリフィンの個性。しかし、日本ではあまり人気が無い。

日本ではジャズ・テナーと言えば、コルトレーン、そして、ロリンズ。譲ってモブレー。グリフィンは人気がないなあ。でも、グリフィンのテナーは、コルトレーンを凌駕することは無いにせよ、コルトレーンと同等の力量を持つ。しかもコンスタントにその実力を発揮する、アベレージ・ヒッターである。

そんなグリフィンのテナーの力量が体験出来るアルバムがある。Johnny Griffin『A Blowin' Session』(写真左)。1957年4月の録音。ブルーノートの1559番。スタンダード曲が2曲、グリフィンのオリジナル曲が2曲。グリフィンのリーダー作だけあって、グリフィンが吹きやすい曲を選んでいる。

パーソネルは、Johnny Griffin (ts), John Coltrane (ts), Hank Mobley (ts), Lee Morgan (tp), Wynton Kelly (p), Paul Chambers (b), Art Blakey (ds)。グリフィン含めて、コルトレーン、モブレーとテナーが3人いる。そう、このアルバムは、テナー3人のテナー・バトルがメインのアルバム。
 
 
A_blowin_session
 
 
このアルバムを聴けば、グリフィンのテナーは、まず、コルトレーンと比較して、コルトレーンを凌駕することは無いにせよ、コルトレーンと同等の力量を持つことが良く判る。特に、テクニックはコルトレーンと同等、若しくはコルトレーン以上。特に速吹きは凄い。

このアルバムを通して、グリフィンのテナーを知って欲しい、愛でて欲しい。そんなプロデューサーのアルフレッド・ライオンの気持ちが良く判る。テクニックはコルトレーン以上だよ、って、ライオンは教えてくれているようだ。歌心もあるよ、明朗でユーモラスもあるよ、良いテナーだよ、って、ライオンの親心がビンビンに伝わって来る。

このアルバムはグリフィンをアピールする「比較広告」の様なアルバム。コルトレーンとモブレーには悪いが、このテナー3人のテナー・バトルについては、グリフィンの圧倒的勝利である。逆に、コルトレーンとモブレーは、その場面場面によって、出来不出来の差があるんやなあ、なんてことに気が付いたりする。

そして、溌剌としたトランペットに耳を奪われる。誰だこれ。そう、若かりし頃のリー・モーガンである。加えて、3人のテナーを、それぞれの個性に合わせて鼓舞するブレイキーのドラミングも見事。あれ、ピアノは誰だっけ。そう、ウィントン・ケリーだった。このアルバムでは、ケリーはちょっと地味な存在。

グリフィンって良いな〜、って思う。このアルバムって、グリフィンの「比較広告」の様なアルバム。この盤でグリフィンを愛でることにはならないけれど、グリフィンを知ること、グリフィンとは「お近づき」にはなります。何度も聴きかえすアルバムでは無いけれど、グリフィンを再確認する時に聴くと効果抜群のアルバムです。
 
 
 
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2014年10月28日 (火曜日)

こんなアルバムあったんや・37

ブルーノート・レーベルには、その音を聴いて驚愕するアルバムが幾枚かある。オーナー&プロデューサーのアルフレッド・ライオンのたっての希望で実現した「ライオンの狂気」と呼ばれるアルバム群。リズム&ビートの洪水。

「ライオンの狂気」と呼ばれる、リズム&ビートの洪水なアルバムの中の2枚。ブルーノートの1554番・1555番。Art Blakey『Orgy In Rhythm, Vol.1&2』(写真)。1957年3月の録音。

ちなみにパーソネルは、Art Blakey (ds, vo), Ray Bryant (p), Jo Jones (ds, tympani), Herbie Mann (fl), Wendell Marshall (b), Sabu Martinez (per, vo), Ubaldo Nieto (per, timbales), Evilio Quintero (per, maracas, cencerro), Arthur Taylor (ds), Carlos "Patato" Valdes (per), Specs Wright (ds, tympani)。

通常のジャズの編成では全く無い。ドラムが4人、パーカションが4人、ピアノが1人、ベースが1人、フルートが一人。計11人中、打楽器がなんと8人。打楽器だけの打楽器の為の編成である。

この2枚のアルバムは凄い内容である。全編リズム&ビートの嵐。旋律楽器は全く登場せず。ピアノもほぼ打楽器の扱い。ベースもひたすらビートを弾く。これがジャズか、と問われれば、僕は「ジャズだ」と答える。ジャズの絶対的な基本要素である「リズム&ビート」だけを取り出してアルバムに仕立てた、ブルーノート・レーベルだけが為し得た「狂気のアルバム」。
 

Orgy_in_rhythm

 
ドラムとパーカッションが奏でるリズムの饗宴は、アフリカン・ネイティブな響き。アフリカの民俗音楽、土着音楽の雰囲気そのままのリズム&ビート。アフリカン・アメリカンの故郷の響き。途中、フルートの響きが、これまたアフリカン・ネイティブな響きで、思わず「ゾクッ」とする。

リーダーのドラマー、アート・ブレイキーのボーカルもアフリカン・ネイティブな響き。アフリカの民俗音楽の歌声そのまま。ジャズの源、アフリカンの響き、アフリカンのリズム&ビート。

凄い迫力でLP2枚分、約1時間もの間、旋律を奏でる楽器の登場は全く無い。野趣溢れるリズム&ビートが延々と続く。しかも、そのリズム&ビートがハイ・テクニックでエネルギッシュに疾走する。時には嵐のように、時には微風のように。これだけ、変幻自在、硬軟自在のリズム&ビートはなかなか無い。というか唯一無二だろう。

「ライオンの狂気」は凄まじいばかりのリズム&ビートの饗宴。この2枚のアルバムを聴き通せるジャズ者は、そうそういないだろう。一般のジャズ者の方々にはお勧め出来ないなあ。しかし、まずまずのステレオ・セットで聴けば迫力満点。思わずぶっ飛びます。

ジャズの絶対的な基本要素の「リズム&ビート」だけを取り出して、我々の前に提示した驚異のアルバム。ドラム&パーカッションだけでここまでの演奏を成立させるなんて、ジャズの持つポテンシャルとアート性には感服することしきり、である。

 
 

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2014年10月27日 (月曜日)

ジャズ喫茶で流したい・57

僕はこのピアニストが好きだ。昔から時々、何枚かのアルバムを引っ張り出して来ては聴く。基本的には寡作のピアニストである。

そのピアニストとは、Denny Zeitlin(デニー・ザイトリン)。「医師とジャズピアニスト」という二足の草鞋を履く異色の人物である。医師は医師でも精神科医。本業である精神科医の仕事をこなす傍ら、プロのピアニストとしての活動も続けてきたザイトリン。しかも双方の仕事において、それぞれ一流の域に達していたと言うのだから凄い。

そのザイトリン、デビューした時から、そのピアノの響きとフレーズは新しい響きに満ちて、「新主流派」のトレンドを先取りした様な先進的なピアニストであった。

ザイトリンのデビュー盤が、Denny Zeitlin『Cathexis』(写真左)。1964年2月と3月の録音。ちなみにパーソネルは、Denny Zeitlin (p), Cecil McBee (b), Frederick Waits (ds)。ザイトリンがリーダーを張る。ベースのセシル・マクビーは、当時、新鋭のベーシスト。フレデリック・ウエイツは・・・知らない(笑)。

ザイトリンはGeorge Russell門下。ピアノの響きはエバンス派と解釈されるが、和音とフレーズの響きは、エバンス派のそれとは全く異なる。和音の作りはセロニアス・モンクを端正にした様な、やや不協和音がかった個性的な和音。フレーズは、高速モーダル・ピアノ。エバンス派と解釈されつつ、ザイトリンの感覚は全く異質なピアノ。

当時、頭角を現していた新主流派、例えばハービー・ハンコックの様なピアノではありながら、ハービーと比べて、もっとアグレッシブで、もっと疾走感溢れる、もっと端正なフレーズが特徴。モーダルで高速フレーズとくれば、マッコイ・タイナーと同質かと想像するが、タッチは全く異なる。ザイトリンのタッチは冷静であり、典雅であり、理知的である。
 

Denny_zeitlin_cathexis

 
このデビュー盤『Cathexis』を聴けば、それが良く判る。1964年のデビュー盤でありながら、そのピアノの響きは先取性に溢れたもの。1964年当時のジャズピアノ・シーンで、恐らく、このザイトリンの個性は、当時のジャズピアノの先端の部分で、その響きは明らかに新しい。

ぼんやり聴いていると、この適度に端正で適度にアブストラクトで適度にモーダルなピアノは、1970年前半のECMレーベルのジャズピアノを先取りした様な、先取性溢れる新しい響きに満ちている。これがデビュー盤であることに驚く。

セシル・マクビーとフレデリック・ウエイツのリズム&ビートも新しい響き。このリズム・セクションが新しいビートをバンバン叩き出し、フレーズを取るピアノのザイトリンは更に新しい響きを付け加えていく。

ジャズ・ピアノのハードバップからモーダルなピアノへの、そしてその先のコードとモードの効果的使い分けの1970年のネオ・ハードバップへの進化という、時代を先取りした響きに思わず驚く。

「Cathexis」とは対象にある感情や関心を注ぐこと、とのこと。精神科用語の様で、さすが精神科医との二足の草鞋を履くピアニストならではのタイトルの付け方。

この『Cathexis』を聴いていて、思わず「栴檀は双葉より芳し」という諺を思い出した。このデビュー盤の『Cathexis』で、ザイトリンの個性は完成していたのだ。

 
 

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2014年10月26日 (日曜日)

新旧ハードバッパーの交流が良い

通常、一般の人々の「ジャズの音」のイメージは「ハードバップ」だろう。ハードバップの演奏スタイルの音が、一番、ジャズらしいと言えばジャズらしい。1950年代からずっと進化を続けている「ハードバップ」。ハードバップは、1950年代から1960年代前半の流行ものではないのだ。

ハードバップは、1980年代の「メンストリーム・ジャズ復古」のムーブメントの中で、再び、脚光を浴び、再び、進化を始めた。例えば、この1987年6月の録音の、Benny Golson With Freddie Hubbard『Stardust』(写真左)を聴けば、その「進化」の部分が実感出来る。

ちなみにパーソネルは、Freddie Hubbard (tp, flh), Benny Golson (ts), Mulgrew Miller (p), Ron Carter (b), Marvin "Smitty" Smith (ds)。このパーソネルを見れば、その「進化」の部分が想像出来る。

トランペットのフレディー・ハバードとテナー・サックスのベニー・ゴルソン(写真右)は、1950年代から第一線で活躍してきた、ベテランのハードバッパー。懐かしい響き。逆に、新しいサプライズは無い。演奏のスタイルもフレーズも従来のハードバップを踏襲している。

逆に、ピアノのマリュグリュー・ミラーとドラムのマービン・スミッティ・スミスは新しいハードバッパー。1980年代の「メンストリーム・ジャズ復古」のムーブメントに乗って出現した、新しい感覚を持ったハードバッパーである。フレーズの展開、リズム&ビートの新しい響き。明らかに「新伝承派」の音である。
 

Benny_freddie_stardust

 
そして、その新旧のハードバッパーの間を取り持つのは、新旧ハードバップの両刀遣いの、ベースのロン・カーター。このロンのベースが、ハバードとゴルソンの旧ハードバッパーと、ミラーとスミスの新ハードバッパーとの間を取り持って、奏法のハードバップの響きに対応した、柔軟なベースラインを提供する。

この『Stardust』というアルバムを聴いていると面白いのは、ハバードとゴルソンの旧ハードバッパーが吹き進めると、その演奏の雰囲気は、グッと1960年代前半のハードバップの音に染まる。録音が新しいので、音の響きは1980年代なんだが、演奏の雰囲気は1960年代前半。

しかし、ミラーとスミスの新ハードバッパーの演奏に代わると、その演奏の雰囲気はガラッと変わる。ハードバップが、1960年代後半以降、モード奏法やフリー・ジャズ、クロスオーバー・ジャズからフュージョン・ジャズの時代を経験してきた、その音の経験を織り交ぜた、新しいハードバップな音がする。

明らかに1950年代から1960年代前半のハードバップの音の雰囲気・作りとは異なる音に思わず「おおっ」と身を乗り出したりする。そこに1960年代前半のハードバップの音が乗っかってくると、これまた、新しいハードバップの音になる。この変化がまた、聴いていてとても楽しい。

ハバードとゴルソンの旧ハードバッパーと、ミラーとスミスの新ハードバッパーの対比が面白いアルバムです。さすがに一流どころで固めたメンバーだけに、演奏のレベル、テクニック共に優秀。1980年代の「メンストリーム・ジャズ復古」のムーブメントの中の優秀盤だと思います。

 
 

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2014年10月25日 (土曜日)

音楽喫茶『松和』の昼下がり・18

ジャズを聴き始めてはや36年が経過した。当然、ジャズのアルバムの中でも、30年以上、愛聴しているアルバムが数十枚ある。僕の中でのエバーグリーンなアルバム達である。そんな中でも異色なアルバムが何枚かある。

ジャズ者になったのが1978年。大学1回生のことである。友人に紹介されて、これは面白い、といきなりのめり込んだ。ジャズ雑誌とジャズ盤紹介本を暗記するくらい読み返しながら、手探り状態の中、ジャズ盤のコレクションを始めた。

大学近くの「秘密の喫茶店」に出会ったのが1979年の初夏の頃。この喫茶店には本当にお世話になった。面白いジャズ盤の存在、クールなジャズ盤の存在を教えてくれた。ここで教わったジャズ盤は全てが長年の愛聴盤になっている。ママさんの選盤センスが素晴らしかった。

例えば、こんなジャズ盤もある。西 直樹『My Little Suede Shoes』(写真)。1980年のリリース。西は1958年11月生まれなので、当時22歳の若き精鋭。そんな若き精鋭が素晴らしく成熟されたピアノ・トリオの演奏を繰り広げている。

当時、大型新人として大いにシーンを賑わした西の初リーダー作である。ちなみにパーソネルは、西 直樹 (p), 猪俣 猛 (ds), 山口 和与 (b)。1980年2月イイノ・ホールでのライブ録音。
 

Naoki_nishi_my_little_suede_shoes

 
当時の日本ジャズ界の中で、突出したトリオ盤。当時の日本人ピアニストらしからぬ、スインギーでファンキーなピアノを聴かせてくれる。最初、一聴した時は日本人だとは思わなかった。テクニックも確か。破綻すること、よれることが全く無い、端正でドライブ感の溢れるピアノは、当時、日本人離れをしていた。

フレーズの雰囲気は、一回りコンパクトにしたオスカー・ピーターソン。スインギーな節回しは、確かにピーターソンばり。そして、当時の日本人には珍しく、明らかにファンキーなピアノを弾く。しかし、そのファンクネスは、日本人独特の「乾いたファンクネス」。でも「乾いたファンクネス」でもその濃度は濃い。

聴いていて相当に心地良い。これは、バックのベース、ドラムのサポートが的確でハイセンスだから。西のピアノを阻害すること無く、西のファンキーなピアノが映えるよう、バックのベース、ドラムも、当時の日本人ジャズメンらしからぬ、ファンキー感溢れるリズム&ビートを供給している。これがまた良いのだ。

当時、これが日本人が弾くジャズ・ピアノなのか、とビックリした。その内容の良さも併せて評価されて、1980年度のスイングジャーナルの最優秀録音賞を受賞している。加えて、ジャケットのイラストも秀逸。

このアルバムがかかると、決まって「これは誰だ」という顔をするジャズ者の方々が多い。粋なジャケットを見て驚き、西の名前を確認して驚く。我がバーチャル音楽喫茶『松和』の話題作りの「優れもの盤」である。

 
 

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2014年10月24日 (金曜日)

サザン・ロックの「今」の音です

2014年1月10日、アトランタのFOXシアターにて一夜限りで行われた、グレッグ・オールマン(Gregg Allman・写真右)のトリビュート・ライブ。参加メンバーを見ただけでドキドキする。長年やってきたサザン・ロック好きには堪らない。

『All My Friends : Celebrating the Songs & Voice of Gregg Allman』(写真左)。ジャケットのデザインも素晴らしい、新たなサザン・ロックの名盤の出現である。

参加メンバーを並べてみる。主役のグレッグ・オールマンを筆頭に、ウォーレン・ヘインズ、デレク・トラックス、チャック・リーヴェル、スーザン・テデスキ、デヴォン・オールマン、ロバート・ランドルフ、ジミー・ホール、サム・ムーア、ケブ・モー、ブラントリー・ギルバート、ジェス・フランクリン、パット・モナハン、ザック・ブラウン、ドクター・ジョン、ジョン・ハイアット、タジ・マハール、ヴィンス・ギル、ジャクソン・ブラウン、etc.etc.

いや〜凄いなあ。もはや今では、グレッグ・オールマンはサザン・ロックの重鎮、サザン・ロックにおける「長(おさ)」な存在である。そんなグレッグの下に馳せ参じる、男も女も分け隔て無い、サザン・ロックの若き精鋭達、ベテラン達。サザン・ロックの歴史と勢力図を広く俯瞰する感じで、サザン・ロック者の僕としては、思わず「クラクラ」する。
 

Gregg_all_my_friends

 
しかし、グレッグも45年間のミュージック・キャリアを数えるのか。当方も歳を取る訳である(笑)。このライブ盤の参加メンバーを見渡せば、これって「オールマンズ・ファミリー」やん、って思う。なるほど、今や、サザン・ロック=オールマンズなんやね。長年、グレッグと交流のあったミュージシャン達ばかりで、これまた、思わず「クラクラ」する。

ウォーレン・ヘインズとデレク・トラックスが脱退というアナウンスがあり、今年で一旦、活動停止するオールマン・ブラザーズ・バンドですが、このライブ盤では、「オールマンズ・ファミリー」の演奏として、見事にオールマンズの音世界が再現されていて、思わず「クラクラ」する(笑)。

こうやって改めてサザン・ロックを聴き返してみると、ロック、カントリー、ブルース、ソウル、ゴスペル、R&B、ジャズといった幅広いジャンルの音楽を上手く吸収、応用していて、サザン・ロックって、意外と懐の深い演奏スタイルなんやなあ、と改めて感心する。米国ルーツ・ミュージックとアフリカン・アメリカンな音世界の融合。リズム&ビートはロック。

米国ルーツ・ミュージックを融合した泥臭いブルース・ロック。そんなサザン・ロックの「今」の音が、このライブ盤にギッシリと詰まっています。CD2枚組とボリューミーな内容ですが、ダレたところは全く無し。捨て曲無し。サザン・ロック者には堪らない内容です。

 
 

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2014年10月23日 (木曜日)

これがジャズ演奏の「味」の部分

1950年代のハードバップ時代を駆け抜けたトラペッターの中でもユニークな存在。このタイプのトランペッターは、ジャズでのみ存在が活かされる。逆に、クラシックでは絶対に活かされない。

そんなユニークなトランペッターが、Kenny Dorham(ケニー・ドーハム)。1924年8月30日生まれ、乙女座のトランペッター。1950年代のハードバップ時代は、30歳前後の年齢的にも充実した時代で、アルバムの数も多く、かなりの活躍の跡を残している。

このケニー・ドーハムのトランペットの特徴は「ヘタウマ」。誤解しないで欲しいが「下手」と言っている訳では無い。音色は明朗で滑らか。テクニックもまずまず確か。しかし、そのフレーズはちょっと危うい。滑らかにアドリブ・フレーズを吹き進めていくのだが、ところどころで音の端々で「よれる」もしくは「ふらつく」。

この「よれる」もしくは「ふらつく」が、楽器をやっていたものにとっては、すごく「気になる」。テクニック的には水準以上のものがあるのに、フレーズの端々で、フレーズの終わりが「よれる」もしくは「ふらつく」のだ。聴いていて、そこだけ「オヨヨ」となる。スリリングではあるのだが、精神衛生上、あまり宜しくない。

この「よれる」もしくは「ふらつく」が玉に瑕なんだが、ドーハムのアドリブ・フレーズは、哀愁を帯びたファンクネス漂うフレーズなので、これがハードバップの演奏スタイルと相まって、実にジャジーに響く。このジャジーなトランペットの響きに、この「よれる」もしくは「ふらつく」が許せてしまうのだ。ジャズならではの感覚である。
 
 
Kenny_dorham_cafe_bohemia
 
 
例えば、このハードバップ時代のライブ名盤『'Round About Midnight at the Cafe Bohemia』(写真左)を聴けば、そのドーハムのトランペットの特徴が良く判る。演奏全体の雰囲気は「ハードバップど真ん中」。ドーハムはバッチリと吹きまくっている。が、フレーズのところどころが「よれる」もしくは「ふらつく」。

実は、ジャズ者初心者の頃は、この「よれる」もしくは「ふらつく」が、どうしても許せなかった。この「よれる」もしくは「ふらつく」がドーハムの個性であり特徴であり、これがジャズ演奏の「味」の部分なのだ、と許容出来るまでに結構な年月がかかった。許容出来る様になったのは、年齢的には40歳を越え、50歳が近づく頃だっただろうか。

実はこのライブ名盤『'Round About Midnight at the Cafe Bohemia』は、リーダーのケニー・ドーハムのトラペットの他に、J. R. Monterose(J.R.モンテローズ)のテナーが心ゆくまで楽しめるのだ。知る人ぞ知る、マイナーでマニアックな存在のテナーマン。このJ.R.モンテローズがガンガンに吹きまくっている。貴重だ。

ドーハム率いる伝説のハードバップ・コンボ 「ジャズ・プロフェッツ」 唯一のライブ盤。ちなみにパーソネルは、Kenny Dorham (tp), J.R. Monterose (ts), Bobby Timmons (p), Kenny Burrell (g), Sam Jones (b), Arthur Edgehill (ds) 。1956年3月31日、ニューヨークのカフェ・ボヘミアでのライブ録音。 ブルーノートの1524番。

ケニー・ドーハムのトランペットは、ジャズでのみ存在が活かされる。クラシックでは絶対に活かされない。ジャズはドーハムのペットを許容するが、クラシックは許容しない。これがジャズ演奏の「味」の部分なのだ。
 
 
 
震災から3年7ヶ月。決して忘れない。まだ3年7ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。
 
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2014年10月22日 (水曜日)

トレーンとシェップのライブ盤

フリー・ジャズは難しい。フリー・ジャズは、ジャズの歴史の中での、ちゃんとした「ジャズのスタイル」の一つである。フリー・ジャズをメインとするジャズメンもある一定数はいる。今でもフリー・ジャズを演奏するジャズメンはいる。

しかし、フリー・ジャズほど、良い演奏と悪い演奏の差が激しいスタイルも他に無い。フリー・ジャズは、フリーとは言え、ある一定の決め事はある。決め事が全く無ければ音楽として成立しない。単なる音、雑音である。

その決め事の良し悪し、その決め事の遵守度合いで、良いフリー・ジャズなのか、悪いフリー・ジャズなのかが決まる。ジャズメンの力量、経験、才能によって、フリー・ジャズの良し悪しが決まることは無い。

コルトレーンのアルバムの聴き直しを進めてきて、いよいよ残りの3枚。まず、このアルバムを聴くことにする。John Coltrane & Archie Shepp『New Thing at Newport』(写真左)。僕がCDとして所有しているのは、オリジナルLPの仕様。オリジナルLPと同じ曲順、同じ構成。

CDとしてリリースされたこの『New Thing at Newport』は、「My Favorite Things」などが追加された拡張盤。CDリイシューの悪いところで、LP時代の音源は、曲順、構成はLPの時代のままでリイシューするべきだ。できれば、ボートラもいらない。LP時代のオリジナル盤はLPの仕様なのだ。

この閉塞感漂うフリー・ジャズな演奏は何なんだろう。フリーな演奏を追求しているはずが、閉塞感漂うなど本末転倒ではないか。でも、事実、このライブ盤でのコルトレーンの演奏もシェップの演奏も閉塞感や行き詰まり感がどんよりと漂っていて、聴いていてちょっと辛くなる。
 

New_thing_at_newport

 
さて、このライブ盤は、コルトレーンとシェップの二人のパフォーマンスを記録したアルバムなのだが、構成は以下の通りになる。

1. Spoken introduction to John Coltrane's set by Father Norman O'Connor
2. One Down One Up  (from Coltrane's set)
3. Rufus (Swung His Face At Last To The Wind, Then His Neck Snapped)  (from Shepp's set)
4. Le Matin Des Noire   (from Shepp's set)
5. Scag  (from Shepp's set)
6. Call Me By My Rightful Name  (from Shepp's set)

なんと、コルトレーンの演奏は、2の「One Down One Up」のみ。他の演奏は、全て、アーチー・シェップのもの。といって、演奏の内容は、コルトレーンもシェップも似たり寄ったり。馬の嘶きの様な激しいブロウと、袋小路に迷い込んだような、フリーでありながら、同じ様なフレーズを繰り返すマンネリ気味のブロウ。

1966年7月の録音。コルトレーンの亡くなる1年前。コルトレーンの追求するフリー・ジャズは、ほぼバリエーションが潰えたと思える。コードを分解して高速パッセージで綴った「シーツ・オブ・サウンド」。その「シーツ・オブ・サウンド」を駆使して、フリーキーなブロウをする。それがコルトレーンのフリー・ジャズ。

そして、フリー・ジャズの要となる、ある一定の決め事が「シーツ・オブ・サウンドを駆使したブロウ」。コードを前提としているシーツ・オブ・サウンドが故に、コード奏法の欠点であった「マンネリズム」がここでも影を落としている。

悩ましいライブ盤である。コルトレーンが吹くからと言って、常に良いフリー・ジャズが展開される保障は無い。そして、コルトレーンのフォロワーは、コードを前提としているシーツ・オブ・サウンドが故に、コード奏法の欠点であった「マンネリズム」に悩まされることになる。その兆しが、この『New Thing at Newport』に詰まっているように感じるのだ。

 
 

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2014年10月21日 (火曜日)

ハードバップの夜明けである。

『A Night At Birdland With Art Blakey Quintet』の Vol. 1と Vol. 2(写真)。ブルーノートの1521番と1522番。パーソネルは、Clifford Brown (tp), Lou Donaldson (as), Horace Silver (p), Curly Russell (b), Art Blakey (ds)。1954年2月、ジャズクラブ、バードランドでのライブ録音。

Pee Wee Marquette(ピー・ウィー・マーケット)の高音けたたましいアナウンスで始まる。これからやって来るハードバップ時代の「始まり」を高らかに宣言しているような、このピー・ウィーのアナウンスが良い。そして、出てくる演奏が「Split Kick」。これがまあ、すんごく格好良い演奏。

出来れば、この『A Night At Birdland With Art Blakey Quintet』の Vol. 1と Vol. 2は連続して聴いてもらいたい。ピー・ウィーのアナウンスが要所要所に挿入されていて、まるでライブ演奏を目の前にして聴いている感覚になる。演奏のバリエーションも豊かで、2枚のアルバムを連続して聴いても飽きることが無い。

さて、ハードバップは、曲のコードをより細かく分けたり、テンポの速くして演奏をより複雑にしたり、演奏のニュアンス、バリエーション豊かにして、演奏の表現力を豊かにした、いわゆる「聴かせること」そして「アーティスティックなこと」を前面に押し出したジャズ演奏のスタイル。ジャズとして、一番ジャズらしいスタイルである。

この『A Night At Birdland With Art Blakey Quintet』には、そんなハードバップの要素がぎっしり詰め込まれている。しかも、このアルバムはライブ録音盤である。つまり、1954年には、皆が皆では無いにしろ、このハードバップ的な演奏がライブで行われていたのである。当時のジャズの演奏レベルの高さというものを改めて感じる。
 

Art_blakey_live_at_birdland_2

 
ハードバップは演奏の表現力の幅とバリエーションが広くなるので、当然、ミュージシャンとしての高い演奏能力が要求される。そんじょそこらのジャズメンではハードバップに追従出来ないということになる。当然、プロのジャズメンとしての選別も進む。ハードバップ時代を生き抜いたジャズメンは、皆、演奏能力については相当に高いものがある。 

行方均さんが、この『A Night At Birdland With Art Blakey Quintet』の演奏を捉えて、「もしハード・バップ誕生の時と場所というものが世の中にあるとしたら、本作の録音された'54年2月21日深夜のバードランドをおいて他にない」と表現されているが、確かにそう思う。

このアルバムからハードバップが始まったというのはちょっと誇大広告風だが、確かに、このアルバム以前の年代のジャズ盤については、ハードバップ的な、ハードバップの萌芽を聴くことができるものはあるが、この『A Night At Birdland With Art Blakey Quintet』ほど、徹頭徹尾、ハードバップとしての演奏が成立しているアルバムは無い。

職人録音師、ルディ・バン・ゲルダーのお陰で、1954年のライブ録音の割に音が良く、それぞれの楽器の演奏のニュアンスやテクニックがダイレクトに伝わってきて、ジャズの持つアーティスティックな面が体験できるところもこのアルバムの素晴らしいところ。

ジャズを聴き始めて、いきなりこのアルバムに飛びつくのは、ちょっと無謀だとは思うのですが、ジャズを聴き始めて、ジャズが心地良くなって、これからずっとジャズを聴いて行こうと思い立った時に、このハードバップの夜明け的な名盤を聴いて欲しいな、と思います。ジャズの表現力、芸術性、即興性に改めて感じ入って下さい。

 
 

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2014年10月20日 (月曜日)

誰だ、誰だ、誰だ〜、と戸惑う

ブルーノート・レーベルのアルバムには、「へー、こんなアルバムあったんや」とか「こんなジャズメンもいたんや」って心底感心するアルバムがある。そんな中で、これは難しいぞ、これは誰だ、誰なんだと戸惑うアルバムがある。

僕はこのアルバムの存在を、東芝EMIが、ブルーノートのアルバムをカタログ番号順にリリースした、あの画期的な企画の時に初めて知った。ブルーノートの1573番の『John Jenkins With Kenny Burrell』(写真左)。そもそも、John Jenkins(ジョン・ジェンキンス)を全く知らない。当時、ジャズを聴き始めて10年以上が経過していたが、僕はジェンキンスの名前を知らなかった。

このアルバムをぼ〜っと聴いていると、このアルトは誰だ、と思い出す。録音の傾向が明らかにブルーノート・レーベルの音なので、これは明らかにブルーノートのアルバムだと判る。ブルーノートのアルト奏者かあ。

まず、ジャッキー・マクリーンかと思う。確かに、ピッチがちょっと外れてはいる。でも、マクリーンほどには外れていない。マクリーンは明らかに外れている、と判る(それが個性で良いのだが)。でも、このアルバムでのアルトは外れ方が緩い。音色はマクリーンに近いが、ピッチの外れ方は異なる。

次には、キャノンボール・アダレイかとも思うが、これは違うとすぐ思う。キャノンボールは、もっとファンキーでもっとアグレッシブに吹く。躁状態ではないか、と思うくらいに明るく、時に喧しいくらいに吹く。このアルバムのアルトは理知的だ。しっかりとまとまって、しっかりと抑制を効かせて吹き上げる。
 

John_jenkins_kenny_burrell

 
ルー・ドナルドソンでは無いことは直ぐに判る。ファンクネスが足らない。かつ、ドナルドソンとしては端正すぎる。ドナルドソンは意外とラフである。気分と雰囲気でアドリブ・フレーズを吹き進めてしまうところがある。このアルバムでのアルトは端正。ちょっと線が細いところがあるが、良く整ったアルトである。

ブルーノートは、パーカー派のビ・バッパーなアルト奏者は採用しない。チャーリー・バーカーですら、ブルーノートは触手を伸ばさなかった。ソニー・スティットも然り。もちろん、西海岸ジャズのアート・ペッパーなど論外だ。誰だ、誰だ、誰なんだと戸惑う。とまあ、判らなくても当然なんだが。そもそも、僕はジェンキンスを知らなかった。

良い雰囲気のアルトである。1957年8月の録音。ハードバップ全盛期の良き時代のジャズである。ちなみにパーソネルは、John Jenkins (as), Sonny Clark (p), Kenny Burrell (g), Paul Chambers (b), Dannie Richmond (ds)。クラーク、チェンバース、リッチモンドのリズム・セクションが良い。良きハードバップの香りがプンプンするリズム&ビート。

ジェンキンスのアルト一本ではちょっと線が細いのだが、それを補うのが、ケニー・バレルのギター。漆黒でブルージーなバレルのギターが意外に軽やかにアドリブ・ラインを紡ぎ上げていく。ジェンキンスに加えてのバレルのギターの存在が良い。プロデューサー、アルフレッド・ライオンの慧眼恐るべし、である。

誰だ、誰だ、誰だ〜、っと。ガッチャマンの歌の様に、このアルトは誰だ、と戸惑う。ブルーノート・レーベルのアルバムには、「へー、こんなアルバムあったんや」とか「こんなジャズメンもいたんや」って心底感心するアルバムがある。これがブルーノートのアルバムの楽しいところである。

 
 

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2014年10月19日 (日曜日)

突然に The Band のライブ音源

僕が敬愛して止まない「The Band(ザ・バンド)」。米国ルーツ・ロックの伝説的バンドである。オリジナル・メンバーとしては、1967年から1976年にかけて活動。1983年にロビー・ロバートソン以外のメンバーにて再結成。1999年まで活動した。

ザ・バンドの、ロックをベースに、カントリー・ミュージック、フォーク、R&B、ゴスペルといった米校ルーツ・ミュージックの要素を反映させた音楽性は、まさに米国ルーツ・ロックの源とも言える。オリジナル・メンバーでのバンドの解散が1976年なので、今年で既に38年が経過したことになる。が、今でも色褪せない音世界は、米国ルーツ・ロックの範でもある。

今年、そんなザ・バンドのライブ音源が突如としてリリースされた。The Band『Carter Baron Amphitheater, Washington DC, July 17th 1976』(写真左)である。邦題は『ライヴ・イン・ワシントン1976』。1976年7月17日にワシントンのCarter Barron Amphitheatreで行われたコンサートの模様を収録したものである。

1975年、傑作『Northern Lights - Southern Cross(邦題:南十字星)』をリリースしたザ・バンドではあるが、この傑作はギター担当のロビー・ロバートソンの意向が前面に出たアルバムで、グループ・サウンドとしての「和」は失われていた。それでも、このアルバムは傑作で、1975年、ロックの曲がり角的な時代に、ザ・バンドの存在を再認識させた。

しかし、リリース後のツアーが、リチャード・マニュエルの交通事故による怪我でキャンセルになり、翌1976年6月にツアーを開始したもののメンバー間の関係悪化などで、満足いくツアーが行うことが出来なかった。この不調だったツアーがオリジナル・メンバーでのバンドの解散の直接原因となった。そんな曰く付くのツアーのライブ音源である。
 

The_band_washington_dc_live

 
今まで眠っていたライブ音源である。過度な期待は禁物と思いつつ聴いてみたが、やはり、既にリリースされているライブ音源である『ロック・オブ・エイジス』やボブ・ディランとの『偉大なる復活』での単独のライブパートに比べると、一段落ちる内容。

まず、演奏が荒い。シンプルではありながら、緻密でハイテクニックな演奏がザ・バンドの特徴なのだが、さすがにこのライブ音源の音は荒い。バンド全体のアンサンブルもざらざらしていて、ぴったり息の合ったバンド演奏という感じでは無い。メンバーそれぞれのパフォーマンスは可も無く不可も無くというレベルだろうか。

収録された曲も、前年にリリースされた『Northern Lights - Southern Cross』からの曲は当たり前として、その他の曲は、1968年リリースのファーストアルバム『Music From Big Pink』と1969年リリースのセカンドアルバム『The Band』からの曲がほとんどを占める。

この演奏された曲の選曲からも、当時のザ・バンドの厭世観漂うマンネリ状態、バンドの中の不協和音が見てとれる。ポジティブなクリエイティブ感覚が潰えれば、バンドの活力は萎え、バンドのポテンシャルは急低下する。そんな状態に陥りつつあるザ・バンドの状態が演奏の向こうに見えるようだ。

まあ38年を経てのリリースなので、過度な期待は出来る無い様では無い。まず、ザ・バンドを知らない、若きロック者の方々には、このザ・バンドのライブ盤はお勧め出来ない。ザ・バンドの演奏力がこんなものか、と思われたくないのである。ザ・バンドのマニアにとっても、一度は聴いてみる価値はあるものの、恐らく、愛聴盤にはならないだろうと思われる。

ザ・バンド者にとって、38年経って、なんとも悩ましいライブ音源をリリースしたものである。それでも、ゲットしてしまうんだなあ。ザ・バンドの音楽に惚れた弱みである(笑)。

 
 

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2014年10月18日 (土曜日)

怪しげな「ユーラシアの印象」盤

デイブ・ブルーベック・カルテットには「Impression」シリーズという企画盤ものがある。題材となった地域としては、日本とか米国とかニューヨークとかがあるが、一番怪しげな企画盤が、Dave Brubeck Quartet『Jazz Impressions of Eurasia』(写真左)。

まず、ジャケット写真からして「怪しい」(笑)。デイブ・ブルーベックは「パン・アメリカン航空」の回し者か、と思ってしまう。どう見たって、パン・アメリカン航空の宣伝ポスターである(笑)。ブルーベックと一緒に写る女性達は、どう見てもインド系の女性達。このアルバムは1958年7月から8月にスタジオ録音されている。インドにジャズが流行っていたとは思えないのだが・・・。

さて、ジャズの歴史を振り返ってみると、デイブ・ブルーベックは、1958年2月から壮大なツアーに出ている。何が切っ掛けだったかは判らないが、これがまあ壮大なツアーなのだ。英国ロンドンを起点にまずは北欧諸国。続いて、ポーランドに入る。そこから、ソ連には入らず、中東はトルコ、イラン、イラクへと飛ぶ。

ここまで来て、1958年の時代に、ポーランドはともかく、トルコ、イラン、イラクでジャズ演奏することに意義があるのかどうか、ちょっと疑問ではある。それからが凄いというか豪快ですらある。訪問演奏する意義があるかどうかなんてもはやどうでも良い。なんと、中東からインドに飛ぶ。パキスタン、アフガニスタン、セイロン(今のスリランカ)をも訪問し、1958年5月に米国はニューヨークに帰国している。

結局、ユーラシア大陸(欧州+アジア大陸)の諸国14ケ国で80回のコンサートを行ったとある。これはもう、ジャズをメインした外交大使である。しかも1958年、昭和33年の時代である。飛行機での移動もまだまだ、かなり大変だっただろう時代。ブルーベックって凄いんやね、というか偉大ですらある。

この壮大なツアーの移動に貢献したのが、当時の「パン・アメリカン航空(通称パンナム)」。僕達、1950年代生まれには懐かしい、米国の大航空会社である。低価格化競争に敗北し、1991年12月に会社倒産し消滅したのだが、この1958年という時代には、このパンナムの影響力は絶大なものがあった。
 
 
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そんな大航空会社が、恐らく、このブルーベックの壮大なツアーを積極的に支援したと思われる。そのお礼というか見返りに、このパン・アメリカン航空の宣伝ポスターの様なジャケットがあるんだろう、と想像している。

さて、そんな壮大なコンサート・ツアー時に訪れた国や地域の印象をジャズ曲にして取りまとめたアルバムがこの『Jazz Impressions of Eurasia(ユーラシアの印象)』。その収録曲と題材にされた国や地域は以下の通り。

1. Nomad : トルコの遊牧民のこと
2. Brandenburg Gate : 当時東西に分かれていた首都ベルリンの門の名称
3. The Golden Horn はトルコのイスタンブール、 ボスポラス海峡に架かる橋
4. Thank You (Dziekuje) : ポーランド語の「ありがとう」
5. Marble Arch : ロンドンのハイドパークにある演説用のお立ち台
6. Calcutta Blues : 旧英領インドの首都カルカッタ

「ユーラシアの印象」というタイトルなので、エスクックな怪しげな雰囲気の曲や、インド音楽風の怪しげな雰囲気の曲が出てくるのでは無いか、と警戒する向きもありますが、思い切って(笑)聴いてみると、全くそんなことはありません。というか、エスニックな雰囲気やインディアな雰囲気は全く無い。ちょっと物足りない位に、普通の、当時の純ジャズなブルーベック・ジャズでまとめられています。ちょっと拍子抜けする位に、真っ当な純ジャズが展開されています。

当時のブルーベック・カルテットの演奏を愛でるのに最適なアルバムの一枚です。といって、じゃあ、ブルーベック・カルテットを代表するアルバムなのか、と問われればちょっと戸惑ってしまいます。内容は整っていて上質ですが、ブルーベック・カルテットを愛でるのに真っ先に飛びつくアルバムでは無いでしょう。ブルーベック・カルテットのマニア向き。良いアルバムではあります。
 
 
 

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2014年10月17日 (金曜日)

戸惑うジャズ者、微笑むジャズ者

ブルーノート・レーベルのアルバムには、「へー、こんなアルバムあったんや」とか「こんなジャズメンもいたんや」って心底感心するアルバムがある。これが結構な数あったりして、さすがは老舗ブルーノート、奥が深いジャズ・レーベルである。

例えば、こんなアルバムがある。ブルーノート1536番の『J.R. Monterose』(写真左)。1956年10月の録音。ちなみにパーソネルは、Ira Sullivan (tp), J.R. Monterose (ts), Horace Silver (p), Wilbur Ware (b), Philly Joe Jones (ds)。

J.R. Monterose(J.R.モンテローズ)は1927年生まれ。1950年代から1960年代前半のハードバップ全盛期は、20歳台半ばから30歳半ば。気力体力充実なミュージシャンとして、一番溌剌とした年頃。このアルバムでは、そんなモンテローズの溌剌としたテナーが聴くことが出来る。

どんなテナーなのかは、冒頭の「Wee-Jay」を聴けば良く判る。この曲の演奏の中で、J.R.モンテローズのテナーの個性の全てが判る。スタッカートの多用、高音の独特の節回し、太くて疾走感溢れる低音。速いフレーズは少したどたどしく、スローなフレーズはちょっとゴツゴツしている。

このブルーノート1536番の『J.R. Monterose』を全編聴き通すと、正直なところ、このモンテローズって、下手なのか上手いのか、良く判らないところがある。良く言えば「ヘタウマ」、悪く言えば「テクニックにバラツキがある」。それでも、アドリブ・フレーズが意外と渋いので、聴き応えがあるというか、アルバムの演奏自体に「コク」があるのだ。
 

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そして、バックのリズム・セクションが良い。ピアノのシルバーは、さりげなくファンキーなピアノで、モンテローズのアドリブを支え、ウエアのベースとフィリー・ジョーのドラムが、演奏全体のリズム&ビートを思いっきり煽る。

トランペットのサリバンもこのアルバムではなかなか健闘しているではないか。さすがはブルーノート。渋くてジャジーなサイドメンを選んでくる。こんな優れもののジャズメン達が必ずリハーサルを積んで、本番の録音に臨むのだ。ブルーノートに駄作が無いのも頷ける。

このアルバムがジャズ喫茶でかかると、面白いコントラストに思わずニンマリする。このブルーノート1536番の『J.R. Monterose』が流れて、あれっ、ロリンズのようだがロリンズじゃない、誰だこれ、と思いっきり「戸惑うジャズ者」と、このアルバムを実は良く聴き込んでいて、知ってるぜこれ、俺は聴いてるぜ、と鼻高々に「微笑むジャズ者」の二通りに反応が分かれる。これが面白い。

そういう意味では、このブルーノート1536番の『J.R. Monterose』は、マニア御用達のマイナーな存在のアルバムではあります。しかし、このアルバムはジャズ者初心者の方々にもお勧め。メジャーな有名テナーマンとはちょっと佇まいが異なるハードバッパーを体験するのも、ジャズ鑑賞の裾野を広げる意味で良いことだと思います。

ジャケットも、ただただ格好良い。何処から見てもブルーノートのジャケット・デザイン。眺めているだけで幸せになれる「至福のジャケット・デザイン」である。

 
 

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2014年10月15日 (水曜日)

ハードバップな演奏がてんこ盛り

2週連続の台風が去って、今日はグッと冷え込み始めた。今日の夕方なんぞ、ひんやり冷や冷や、涼しいの何のって。というか、ちょっと寒い。秋たけなわ、秋が進むにつれて、ジャズ鑑賞にピッタリの季節になった。芸術の秋、ジャズの秋である。

ジャズというジャンルの音楽の雰囲気をダイレクトに判り易く伝えてくれるジャズ演奏のスタイルが「ハードバップ」。ジャズの王道といってもいい演奏スタイルである。ハード・バップは1950年代半ばから60年代に隆盛を極めた演奏スタイルで、中心となったのはニューヨークの音楽シーン。

ジャズも音楽なので、同じスタイルの演奏を聴き続けると「飽き」が来るわけだが、このハードバップという演奏スタイルは、その演奏表現のバリエーションが豊かで、そのバリエーションの豊かさに加えて、演奏ミュージシャンの個性が加わると、様々なニュアンスの演奏が百花繚乱となって、なかなか「飽き」が来ない。

とまあ、ジャズを聴こう、ジャズを聴くぞ、となると、まず聴きたくなるのは「ハードバップ」となってしまいますね〜。ということで、芸術の秋、ジャズの秋は、とりあえず「ハードバップ」で、ということになりますなあ。ということで、今日のハードバップ盤はこれ。

トランペットのアート・ファーマー(Art Farmer)とテナー・サックスのベニー・ゴルソン(Benny Golson)の双頭リーダーのバンド、ジャズテットのデビュー盤『Meet the Jazztet』(写真左)。1960年2月の録音。パーソネルは、Art Farmer (tp), Benny Golson (ts), Curtis Fuller (tb), McCoy Tyner (p), Addison Farmer (b), Lex Humphries (ds)。
 

Meets_the_jazztet

 
冒頭の「Serenata」から、ラストの「Killer Joe」まで、何から何までハードバップ。ハードバップって、どんな雰囲気な演奏なんですか、と訊かれたら、このアルバムを取り出すことが良くある。それほどまでに、このアルバムには、良質のハードバップな演奏がギッシリと詰まっている。

加えて、サックスのベニー・ゴルソンは編曲家としても有名。彼の編曲スタイルは「ゴルソン・ハーモニー」と呼ばれ、その独特な個性のユニゾン&ハーモニーは、一聴すると直ぐにそれと判るほどの個性的で心地良い響きである。このアルバムの演奏の中に、要所要所でこの「ゴルソン・ハーモニー」が織り込まれ、この「ゴルソン・ハーモニー」が、ハードバップの香しさが増幅されるのだ。

ファーマーのペット、ゴルソンのテナー、フラーのボーンの3管の「ゴルソン・ハーモニー」は見事。この3管それぞれのアドリブ・ソロも見事。ファンクネスをグッと押さえて、趣味の良いソウルフルでジャジーな響きを振りまいて、鑑賞音楽として実に優れたハードバップ・ジャズを聴かせてくれる。

ハードバップな演奏がてんこ盛りの『Meet the Jazztet』。良いアルバムです。秋たけなわのこの季節にピッタリの、絵に描いた様なハードバップ盤。「ジャズを聴き込む入り口」といってもいい演奏スタイルであるハードバップ。ジャズの王道ですね。

 
 

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2014年10月14日 (火曜日)

初リーダー作でプログレッシブ

ジム・ホールは、相当に個性的なジャズ・ギタリスト。1930年12月生まれ、昨年2013年12月没。満83歳であった。1930年生まれなので、ビ・バップからハードバップの真っ只中に、ミュージシャンとしての若き日を過ごしたことになる。

初のリーダー作が、Jim Hall『Jazz Guiter』(写真左)。1957年1月、ロスでの録音。米国西海岸ジャズとしての録音になる。ちなみにパーソネルは、Jim Hall (g), Carl Perkins (p), Red Mitchell (b)。西海岸のベースの名手レッド・ミッチェルを擁したドラムレスなギター・トリオ(後年ラリー・バンカーのドラムがオーバーダブされた)。

ジム・ホールのギターには甘さが全く無い。ジャズ・ギターでは滑らかでムーディーなフレーズを旨とするスタイルも多々あるのだが、ジム・ホールのギターについては、滑らかでムーディーなフレーズとは全く無縁。ホールは、独特のパキパキと単音で硬質で野太い暖かい音で、滑らかなアドリブ・フレーズを弾き進めていく。

この『Jazz Guiter』というアルバムは、ジム・ホールの初リーダー作であるからして、ジム・ホールのギターの個性は、若かりし頃、このデビュー盤のリリース時は27歳の頃から、独特のパキパキと単音で硬質で野太い暖かい音だった訳。間を活かした枯れた味わいも漂うところなぞ、かなり感覚的には老成していた感もある。
 

Jim_hall_jazz_guiter

 
ホールのギターは、独特のパキパキと単音で硬質で野太い暖かい音でありながら、とても気持ち良くスイングする。リズム・キープに回った時も、アドリブ・フレーズを弾き進める時も、ホールのギターはとても気持ち良くスイングする。この気持ち良いスイング感が、ホールの「二つ目の」独特の個性である。

曲もオリジナルは無く、スタンダード・ナンバー・オンリーで、ドラムレスなギター・トリオで弾きまくる。スタンダード曲ばかりの構成なので、とりわけホールのギターの個性が良く判る。原曲のコード進行を上手く活かしたアドリブ・ラインなどは、ホールのギターが意外とオーソドックスなのが判って面白い。

滑らかでムーディーなフレーズに流れがちなジャズ・ギターの中で、このホールの独特のパキパキと単音で硬質で野太い暖かい音は、突出して個性的。これだけパキパキと硬質なジャズ・ギターの音色は他に無い。そして、硬質なのにスインギー。1957年のこのデビュー盤『Jazz Guiter』にして、ホールのギターはプログレッシブですらある。

しかし、アルバム・ジャケットのホールの写真を見て常に思う。ホールは若くして「老成していた」。この風貌を見れば、誰も27歳とは思わないだろう。ホールの間を活かした枯れた味わいも漂うところは、この風貌からくる個性なのかもしれない(笑)。

 
 

震災から3年7ヶ月。決して忘れない。まだ3年7ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2014年10月13日 (月曜日)

ホーズとヘイデン一期一会の邂逅

今年の7月、76歳で惜しくも鬼籍に入ってしまった、ジャズ・ベースの哲人チャーリー・ヘイデン(写真右)。このベースの哲人は「デュオ」の達人でもある。特に、ピアノとのデュオが得意で、何枚かの優秀盤を残している。

そんなヘイデンのベースとピアノの優れたデュオ盤の中で、異色のアルバムがある。Charlie Haden & Hampton Hawes『As Long As There's Music』(写真左)である。     1976年1月と8月の2つのセッションから成る。パーソネルは、Charlie Haden (b), Hampton Hawes (p)。

ここで「はぁ〜?」と思う。ハンプトン・ホーズがピアノである。ハンプトン・ホーズのピアノと言えば、オフビート感覚でもったりとした粘りがあって、跳ねるような弾くようなピアノが特徴。いわゆる「ビ・バップ」なピアノである。スタイルとしては、パウエル派の流れにある。

そんなハンプトン・ホーズのピアノである。エバンス派のピアニストや新主流派のピアニストとのデュオが得意のベースの哲人チャーリー・ヘイデン。はたして「ビ・バップ」なピアノとのデュオではどうなるのか、と思わず聴く前に不安になったりします。

そして、冒頭のハンプトン・ホーズの自作曲「Irene」を聴くと、思わず「え〜っ」と唸ってしまいます。なんと、「ビ・バップ」なピアノ、パウエル派のハンプトン・ホーズのピアノが、エバンス派のピアニストに変身しています。なんと全く柄にも無いリリカルなピアノ。僕は、このデュオ盤を最初に聴かされた時、このピアノはキースだと思いました(笑)。
 

As_long_as_theres_music

 
それほど大変身のハンプトン・ホーズのピアノ。この冒頭の曲だけの「ご乱心」かと思いましたが、2曲目以降、ラストの「Hello/Goodbye」まで、エバンス派のピアニストに大変身。耽美的に、時にダイナミックに、時にモーダルにアドリブ・フレーズを弾き紡いでいきます。

その大変身のホーズのピアノに寄り添うように、ヘイデンのベースがフリーに絡みます。野太いベース音でありながら、ウォームでクッキリとした音像のヘイデンのベース。間と美しいフレーズを良く活かしたホーズとヘイデンのデュオ演奏は聴きものです。この様なデュオ盤が、1978年というフュージョン・ジャズが大流行の時代にリリースされていた訳で、ジャズの懐の深さを改めて感じます。 

しかし、ビ・バップなピアノがスタイルのハンプトン・ホーズが、こんなリリカルなピアノを弾くなんてなあ。しかも、聴いていて、全く無理が無い。意外とこのリリカルなエバンス的なピアノがホーズの本質だったのでしょうか。ホーズは1977年5月に鬼籍に入っているので、このデュオ盤がホーズにとっての「白鳥の歌」だったのでしょうか。

とにかく、聴き応えのあるデュオ盤です。ポップなジャケットがどうも気になって、若い頃は敬遠していましたが、今では、この秋から冬の季節にかけて良く聴くデュオ盤です。リリカルなホーズとベースの哲人ヘイデン、一期一会の邂逅を楽しんで下さい。

 
 

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2014年10月12日 (日曜日)

「OLIVE」と対のアルバムです。

昨日、我がバーチャル音楽喫茶『松和』で、秋たけなわの季節に流れる季節限定の「耳休みアルバム」として、松任谷由実の『OLIVE』について語った。この『OLIVE』の内容は「私小説ポップス」。

それまでのJポップの歌詞の世界は、あの人を好きになった、あの人に振られたとか、惚れた腫れた失恋した、の話がほとんど。それもあまり現実感の無い「惚れた腫れた」の、直接的、主観的な話がほとんど。

しかし、このユーミンの『OLIVE』は、それまでのJポップの歌詞の世界とは一線を画した。アルバムに詰まっている歌の世界は、実に「リアル」で「客観的」。それまでのJポップの歌詞の世界の真逆で、この歌詞の世界には「唸りに唸った」。

実はこの『OLIVE』と対になる「私小説ポップス」のアルバムがもう一枚ある。そのアルバムとは、松任谷由実『悲しいほどお天気』(写真左)。『OLIVE』は1979年7月20日のリリース。そして、この『悲しいほどお天気』は1979年12月1日のリリース。前作『OLIVE』のリリースから5ヶ月の、驚異的なハイペースなリリース。

この頃のユーミンは創造力が最高潮だったらしく、約半年間隔でのハイペースなアルバム・リリース。恐らく、次から次への歌詞が曲が浮かんできて、しかもそれぞれの曲が水準以上の出来だったのだろう。1978年3月リリースの『紅雀』から1983年12月リリースの『VOYAGE』まで、約半年間隔のアルバム・リリースになるが、確かに収録された曲は「捨て曲無し」である。

さて、『OLIVE』と対になる「私小説ポップス」のアルバムの『悲しいほどお天気』は、『OLIVE』の歌詞の世界、音世界を引き継いで、「リアル」で「客観的」な、私小説風の歌詞の世界が全編に渡って繰り広げられている。アルバムのサブタイトルも「The Gallery in My Heart」。明らかに「私小説ポップス」である。
 

Yuming_kanashii_hodo_otenki

 
冒頭の「ジャコビニ彗星の日」は、1972年10月のジャコビニ流星群をテーマにした作品。天文ファンとして、個人的にも懐かしいテーマだ。当時、僕は中学2年生。流星群をテーマにした曲なので、タイトルはちょっとおかしい。しかし、歌詞に書かれている内容はほぼ正しい。確かにシベリアまで見に行って空振りを食らった観測隊もあった。私的なエピソードも織り交ぜて、実にリアルな内容である。

4曲目の名曲「DESTINY」は、ありそうでなさそうで、やっぱり現実にありそうな男女の世界を表現していて実に秀逸。ここまで極端では無いにしろ、ふられた方って、運気が下がっている分、こういう間の悪さって、あるよな。僕にも経験がある。そういう意味で、この「DESTINY」の歌詞はリアル。人気曲である分、恐らく、他の皆さんもこういう経験があるんだろうな。

6曲目のタイトル曲「悲しいほどお天気」も私小説的な歌詞の内容に思わず唸る。玉川上水沿いの道が舞台となって、ユーミンの美大時代の思い出が展開される。この曲は全くもって「私小説」風で「客観的」。目の前にその風景が浮かぶようだ。写実主義のような曲。

そして、僕はこの曲が一番好きで、実はユーミンの曲の中でも一番好きな曲なのだが、その曲とは、3曲目の「緑の町に舞い降りて」。サブタイトルが「Ode of Morioka」。サブタイトルの通り、ユーミンが盛岡での小旅行の印象を綴った曲で、アレンジから歌詞から曲から、何から何まで素晴らしい名曲。特にイントロの松任谷正隆のピアノのフレーズが痺れるほど好きである。この曲も「リアル」で「客観的」。歌われる情景がリアルに浮かぶ。

この『悲しいほどお天気』は、『OLIVE』と対になる「私小説ポップス」のアルバムとして、『OLIVE』を聴いた後、必ずといって良い程、ターンテーブルに載るアルバムでした。今でも、『OLIVE』を聴いたら『悲しいほどお天気』、『悲しいほどお天気』を聴いたら『OLIVE』を聴く、といった、全く対になって、CDプレーヤーのトレイに載る「私小説ポップスなアルバム」です。

 
 

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2014年10月11日 (土曜日)

「私小説ポップス」に思わず唸る

台風が2週連続で来るみたいで、ちょっと閉口気味の今日この頃。それでも、季節は全くの「秋」である。あの蒸し暑かった夏は夢だったのか、と勘違いしてしまいそうな、ダイナミックな季節の変化に改めて感心する。

普段はメインにジャズを据えてアルバムを聴き進める訳だが、さすがに長時間、ジャズを聴き続けると耳が疲れる。といって、バーチャル音楽喫茶としては、音楽が流れていない時間はあり得ない(笑)。僕の場合、ジャズの合間の耳休めのアルバムとしては、1970年代のロックであったり、Jポップであったりする。

今日は1970年代Jポップ。この「秋たけなわ」の季節、必ず毎年引き出してきて聴くアルバムが何枚かある。その中の一枚が、松任谷由実『OLIVE』(写真左)。松任谷由実になってからの3枚目のオリジナル・アルバム。1979年7月20日のリリース。

帯紙のキャッチ・コピーは「未来を先駆した話題の新曲「帰愁」「稲妻の少女」等の創作をずらりとそろえついに発表したユーミンのキラキラ輝くときめきのニューアルバム!」とある。未来を先駆した曲とは、未だに良く判らない表現なんだが、僕にとっては、それまでの日本のポップスには無かった「私小説」的な歌詞が衝撃的だった。

音の雰囲気は響きが静謐で豊か。清秋の空の様な澄み切った空気感。このアルバムの雰囲気は、日本の季節で言うと「秋」。逆に「秋」の雰囲気にしか合わないアルバムの響きが詰まっている。つまりは、この松任谷由実『OLIVE』は秋に聴くべきアルバムなのだ。

このアルバムに収録された曲の歌詞が凄い。大学時代、僕はこのアルバムを手にして、思わず唸った。こんな歌詞は、それまでのJポップではとても珍しかった。それまでのJポップの歌詞の世界は、あの人を好きになった、あの人に振られたとか、惚れた腫れた失恋した、の話がほとんど。それもあまり現実感の無い「惚れた腫れた」の、直接的、主観的な話がほとんど。

しかし、この『OLIVE』というアルバムに詰まっている歌の世界は、実に「リアル」で「客観的」。それまでのJポップの歌詞の世界の真逆で、この歌詞の世界には「唸りに唸った」。
 

Yuming_olive

 
例えば、冒頭の「未来は霧の中に」は、東京オリンピックや1969年のアポロ月面着陸というイベントを具体的に織り込んで、その時代と当時の自分を対比させて展開する歌詞で私小説的。続く「青いエアメイル」は失恋の歌詞だが実に具体的。

3曲目の「ツバメのように」はタイトルからして、空をツバメの様に飛ぶ、なんていう爽やかで夢想的な歌詞かと思いきや、飛び降り自殺をした少女を題材に、その自殺現場をリアルに描写し、その少女の自殺に至る心情を客観的に冷徹に語る。この「ツバメのように」の歌詞を初めて聴いた時には、背筋に戦慄が走ったことを覚えている。

ハイ・ファイ・セットに提供してヒットした「冷たい雨」だって、実にリアルに女性のメッタメタな失恋状況を描写している。「部屋に戻ってドアを開けたら、あなたの靴と誰かの赤い靴」なんて、思いっきりリアルで、これも思わず背筋に旋律が走る。

そして、絶品はラストの「りんごのにおいと風の国」。晩秋に向かいつつある10月の終わり。ひたむきにある男性を追いかける女性の情緒的な心情と深まる秋の風情を織り交ぜて、独特の静謐で鮮烈な「大人のおとぎ話」を現出している。

このアルバムに詰まったユーミンの歌詞の世界には驚いた。驚愕したと言って良い。そして、この私小説的な歌詞は、松任谷正隆氏の絶妙なアレンジによって、豊かな静謐感と澄み切った空気感を伴って、唯一無二なユーミンならではの音世界を聴かせてくれる。僕は、この『OLIVE』というアルバムにして、ユーミンという才能を確認した。

アルバム・ジャケットのデザインも先進的だった。横木安良夫の撮影による絶品で、1960年代のイタリアンなデザインで、構成としてはファッション雑誌風の構成で統一されている。このジャケット・デザインにも当時「唸った」。

今の秋たけなわの季節には、このユーミンの『OLIVE』というアルバムが良く似合う。我がバーチャル音楽喫茶『松和』では、毎年、秋たけなわの季節に流れる、季節限定の「耳休みアルバム」です。

 
 

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2014年10月10日 (金曜日)

このアルバムの邦題は『夢魔』

David Sanborn『Voyeur』(写真左)。1981年のリリース。大学前の行きつけの喫茶店で「耳タコ」になるくらいに聴きまくった、デイヴィッド・サンボーンの傑作である。

「Voyeur」の直訳は「窃視症の人、性的な面でのぞき趣味の人」。このアルバムの邦題は『夢魔』。なんで「夢魔」なのかは謎である(笑)。

前作『Hideaway』で、サンボーンの音楽性を確立し、アルバムもヒットした。ソフト&メロウなフュージョン・ジャズを基本としながら、サンボーンの意外と硬派でハードなブロウを展開している、魅力的な傑作であった。そして、この『Hideaway』の後、この『Voyeur』=『夢魔』の登場である。

ソフト&メロウなフュージョン・ジャズを基本としながら、結構、ハードなブロウを展開してきたサンボーンが、この『夢魔』では、少し落ち着いたブロウを展開していて、アルバム全体の演奏のトーンとしては、1981年のリリースでありながら、後の「スムース・ジャズ」の萌芽の様な音作りとなっている。

パーソネルを見渡すと、このアルバムのフュージョン・ジャズとしての優秀さは当然のことの様に思える。David Sanborn (as), Marcus Miller (b), Hiram Bullock (el-g), Steve Gadd (ds), Lenny Castro (per), Buzzy Feiten (el-g, ac-gu), Buddy Williams (ds), Tom Scott (fl, ts), Michael Colina (OBX-syn)。
 

Sanborn_voyeur

 
リズム・セクションは、ベースにマーカス・ミラー、ドラムのスティーブ・ガッド。そして、ギターにバジー・フェイトン、ハイラム・ブロックといった強者ギタリストを揃える。特に、このアルバムでは、ベースのマーカス・ミラーがチョッパー弾きまくりの格好良さ。縦ノリのガッドのドラムも心地良いビートを叩き出す。

特に、7曲目の「Just for You」は、マーカスのローズとサンボーンのサックスのデュオ。美しい曲。短いのが玉に瑕ではあるが、とても美しい。フュージョン・ジャズの到達点を聴く様だし、ソフト&メロウを前面に押し出した、後のスムース・ジャズの出発点とも言える音の雰囲気。こういう曲をラストにちょこっと置いているところなんぞ、このアルバムは隅に置けない。

リリース当時は、こんな垢抜けたフュージョン・ジャズは聴いたことが無く、大学前の行きつけの喫茶店で、毎日一回は聴いていました。それほど、聴き直す度に、いろいろと新しい魅力が聴こえてきて、全く飽きが来ませんでした。最後には、それぞれの曲のアドリブ・ラインまで口ずさめる位の「耳タコ」アルバムでしたが、決して飽きませんでした。

アルバム全体の収録時間がちょっと短いのが難点ですが、アルバムの内容としては、フュージョン・ジャズを代表する内容が詰まっているフュージョン・ジャズの傑作の中の一枚と言って良いでしょう。

バック・ミュージシャンのバックアップも良好で、グループ・サウンドとしても秀逸の出来だと思います。フュージョン者の方々にお勧めの一枚です。逆に、フュージョン者の方々だったら、既にお持ちですかね。良いアルバムです。

 
 

災から3年6ヶ月。決して忘れない。まだ3年6ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2014年10月 9日 (木曜日)

久々に「芳しきブラスの響き」

僕がジャズを好きな訳の一つは「芳しきブラスの響き」。サックスやトランペットというフロントを飾る金管楽器のブラス(真鍮)の響き。これがたまらなく好きだ。煌めく様なブラスの響きのユニゾン&ハーモニーがバッチリ決まった時には、思わず「チキン肌」になる。

メインストリーム・ジャズやフュージョン・ジャズでのブラスの響きも良い。ジャズ・オーケストラ、いわゆるビッグバンドのブラスも響きも魅力的だ。しかし、僕は、この「ブラスの響き」を堪能できるのは、ジャズ・ファンク・バンドだと思っている。

米国では、1970年代前半を中心に活躍した、Tower of Power(タワー・オブ・パワー)やChase(チェイス)が思い浮かぶ。日本では、Spectrum(スペクトラム」が唯一の存在。「ブラスの響き」が芳しいジャズ・ファンク・バンド、ジャズ・ロック・バンドは、と問われて、僕がパッと思い浮かべるバンドがこの3つ。

こうやって考えてみると、ありそうでなかなかお目にかかれない、「ブラスの響き」が芳しいジャズ・ファンク・バンド、ジャズ・ロック・バンドである。しかし、このジャズ・ファンク・バンド、ジャズ・ロック・バンドの「ブラスの響き」は半端では無い。アレンジと奏者の力量がバッチリ合った時、ブラスは輝き、煌めきを放つ。そして、我々、聴き手に至福の時が訪れる。

今年の7月のことだったか。ITMSを徘徊していて、このジャズ・ファンク・バンドに出会った。そのジャズ・ファンク・バンドとは「FIRE HORNS(ファイアー・ホーンズ)」。スガ シカオのライブサポートをきっかけに、Atsuki(tp)、Juny-a(sax)を中心に結成されたホーン・セクションである。2013年になり、ここにトロンボーンのTocchiが加わり、現在に至る。

そんな魅力的なジャズ・ファンク・バンド、FIRE HORNSの新作が『Primal Ignition』(写真左)。2014年06月11日の発売になるから、4ヶ月前のリリースしたてのホヤホヤである。僕は、iTunes Storeで試聴して、おもわず「ポチっとな」(笑)。おもわず「即買い」である。
 

Firehorns_primal_ignition

 
試聴しただけで、このFIRE HORNSの「ブラスの響き」が魅惑的なのが判る。久々の聴き応えのあるジャズ・ファンク・バンドの登場である。日本人独特な、乾いたファンクネスが独特な響きを醸し出し、奏者の力量確かに、煌めく様なブラスの響きのユニゾン&ハーモニーが疾走する。 

収録曲は全部で11曲。バラエティーに富んだ楽曲構成で、疾走感溢れる曲あり、ゆったりとしたバラードチックな曲あり、重心の低いファンクネス溢れる曲あり、ボーカル入りのR&Bチックな曲あり(スガシカオが参加したりしている)と、とにかく様々な内容を持った曲が上手く並べられていて飽きが来ない。作曲力と演奏力の勝利だろう。

加えて、どの曲もアレンジが秀逸。このアレンジの秀逸さが、このバンドの「ブラスの響き」をより魅力的なものにしている。特に、ユニゾン&ハーモニー、そして、アンサンブルの部分は、アレンジの良し悪しによって、この「ブラスの響き」の魅力が大きく左右される。そういう点では、この『Primal Ignition』のアレンジは合格点。「芳しきブラスの響き」が堪能出来る。

アレンジが秀逸で、かつ日本人独特の「乾いたファンクネス」のお陰で、ジャズ・ファンク・バンドとしての音の傾向は「洗練された切れ味の良い整然とした音」になる。ジャズ・ファンク・バンドとしては理路整然とした音で破綻が無く、安心して「芳しきブラスの響き」に身を委ねることが出来る。ジャズ・ファンク・バンドは秀逸なアレンジが命。秀逸なアレンジにこそ「芳しきブラスの響き」が宿る。

日本発では、スペクトラム以来の本格的なジャズ・ファンク・バンドの登場。このメジャー・デビュー盤『Primal Ignition』を聴き込んで、FIRE HORNSの今後の活動が大いに楽しみになった。機会があれば、是非、ライブにも足を運びたい。

 
 

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2014年10月 8日 (水曜日)

こんなアルバムあったんや・36

ブルーノートは、ジャズの老舗レーベル。ビ・バップからフリー・ジャズまで、ジャズの演奏スタイルの全てを網羅している。本番のセッション前に十分なリハーサルを積む。そして、本番セッションのみならず、このリハーサルにもギャラを払う。ミュージシャンに敬意を払い、十分にもてなす。

当然、そうやってリリースされたアルバムは、どのアルバムもその出来は水準以上。ブルーノートの1500番台、4000番台、410番台は、21世紀の今になっても、ジャズの基準でありつづけている。

そんなブルーノート・レーベルのアルバムの中にも、一風変わった、どう聴いても、ブルーノート・レーベルからリリースされたアルバムとは思えない、変わり種のアルバムが幾枚かある。そんな変わり種アルバムを探すことも、実は、これもブルーノート・レーベルのアルバムのちょっと捻った楽しみ方でもある。

変わり種のアルバムのトップバッターは、Gil Melle『Patterns In Jazz』(写真左)。ブルーノートの1517番。1956年4月の録音。パーソネルは、Gil Melle (ts,bs), Eddie Bert (tb), Joe Cinderella (g), Oscar Pettiford (b), Ed Thigpen (ds)。これって、米国西海岸ジャズのジャズメンが中心であり、音的にも米国西海岸ジャズの音である。

リーダーでサックス奏者のギル・メレ(Gil Melle)は、カリフォルニア州出身のミュージシャン。ジャズと映画音楽の創作活動がメイン。このギル・メレは、ブルーノート・レーベルの確立にとって重要な役割を果たしている。
 

Pattern_in_jazz

 
ブルー・ノートの創業者であるアルフレッド・ライオンに、あの録音技師のルディ・ヴァン・ゲルダーを引き合わせたのは、このギル・メレである。このライオンとヴァン・ゲルダーとの組合せにより、ブルーノート独特の、いわゆる「ブルーノート・サウンド」が生み出された。

ビ・バップ晩期からハードバップ初期がメインの、米国東海岸のジャズがギッシリ詰まった1500番台の中で、このアルバムだけが「米国西海岸ジャズ」である。程良くアレンジされ、ユニゾン&ハーモニー、そしてアンサンブルが整然としていて、演奏自体も程良く抑制された、全くもって「米国西海岸ジャズ」の音である。

このアルバムは、ブルーノートの1500番台の中で、突出して「浮いて」いる。しかし、その演奏内容は、米国西海岸ジャズトしては、十分に優れている。聴き応えあり、と言って良い。しかも、音的には、ヴァン・ゲルダーの手による「ブルーノート・サウンド」の響きがする。演奏は米国西海岸ジャズ、音の響きはブルーノート・サウンド。このギャップが面白い。

ブルーノートの総帥、アルフレッド・ライオンは時にユニークな録音を残す。まずは、この『Patterns In Jazz』。ブルーノートのセッションの音とはかけ離れたところにある米国西海岸ジャズの音なんだが、その響きはブルーノート。ブルーノート1500番台の「珍獣」である。

 
 

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2014年10月 7日 (火曜日)

ジャズ・オルガンの祖となった。

このライブ盤によって、ジャズ・オルガンの音、ジャズ・オルガンの奏法が決定されたといっても過言では無い。このライブ盤でのジャズ・オルガンは驚異的ですらある。今をもって、このジャズ・オルガンを凌駕するキーボーティストはいない。

そのライブ盤とは、Jimmy Smith『The Incredible Jimmy Smith At Club Baby Grand, Vol. 1 & Vol. 2』(写真)。ブルーノート1528番と1529番。Club Baby Grandでのライブ音源。1956年8月の録音になる。ちなみにパーソネルは、Jimmy Smith (org), Thornel Schwartz (g), Donald Bailey (ds)。

かのマイルス・デイヴィスに紹介され、ブルーノート・レーベルのオーナー、アルフレッド・ライオンの眼鏡にかない、ブルーノート・レーベルからのジミー・スミスの登場をもって、ジャズ・オルガンの基準が確立された。そして、ジミー・スミスはジャズ・オルガンの祖となった。

Jimmy Smith At The Organ, Vol. 1から始まり、Vol. 3まで、スタジオ録音で、ジャズ・オルガンの演奏を整え、洗練し、その奏法と展開を確立。そして、満を持して世に問うたライブ盤がこの『クラブ・ベイビー・グランドのジミー・スミス』である。

このライブ盤でのジミー・スミスのオルガン演奏は圧倒的である。ビ・バップばりの目眩く速弾きの演奏もあれば、オルガンの深い情緒的な音を思いっきり活かしたバラード演奏あり、オルガンの黒いファンクネスを前面に押し出したブルース演奏あり、ジミー・スミスは自らのオルガン演奏の粋を尽くして、ガンガンに弾きまくる。

とにかく「上手い」の一言に尽きる。テクニックが抜群に素晴らしい。これだけの高度なテクニックを有してのジャズ・オルガンである。他の追従を許さないのも良く判る。これはフォロワーとして追従するには荷が重い。1956年にして、ジャズ・オルガンの世界は、ジミー・スミスの独走状態になる。
 

Jimmy_smith_baby_grand

 
そして、ジミー・スミスのオルガンの音の特徴は、レスリー・スピーカーの存在。レスリー・スピーカーとは、ロータリースピーカーの一種。高音部用のホーンと低音部用のローターを、モーターで別々に回転させてコーラス効果を発生させ、音に広がりを与える仕組みをもったスピーカーのこと。このレスリー・スピーカーの効果が、このライブ盤では良く判る。これだけレスリー・スピーカーを上手く活用したオルガニストも珍しい。

初期のジミー・スミスのオルガンのピークを捉えたライブ盤と言って良い。ギターとドラムについては、ブルーノート・レーベルからすると、ハウス・ギタリスト、ハウス・ドラマーを見渡すと、もっと良い人選もあるとは思うのだが、ライオンはまだ、ジミー・スミスの人選のまま、彼の好きなままにさせている。

よって、このライブ盤で思いっきり目立って、思いっきり前面に出ずっぱりになるのは、ジミー・スミスのオルガンのみ。たまに、ソーネル・シュワルツのギター・ソロが展開されるが如何せん線が細い。ストローク奏法でバックに回っても、如何せん音が小さい。これでは目立とうにも目立たない。ドラムも忠実にリズムをキープする役割に徹していて、これもあまり目立たない。

つまり、このライブ盤は、ジミー・スミスのオルガンの独壇場。ジミー・スミスのオルガンだけが目立ち、ジミー・スミスのオルガンだけを愛でる。それに主眼をおいたライブ盤である。さすがはブルーノート・レーベル。さすがはアルフレッド・ライオン。狙いを絞った、素晴らしい意図のあるライブ盤によって、ジミー・スミスはジャズ・オルガンの祖となったのである。

 
 

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2014年10月 5日 (日曜日)

圧倒的演奏力なジャズロックです

ジャズロック、および、クロスオーバー・ジャズの傑作と言い切って良いだろう。まだ、ロック小僧だった頃、このアルバムを初めて聴いた時、頭の中に衝撃が走った。そして、ジャズ畑のミュージシャンのテクニックの高さに驚いた。

1972年9-10月ニューヨーク及びロンドンで録音。1973年のリリース。The Mahavishnu Orchestra『Birds of Fire(邦題:火の鳥)』(写真)。ジョン・マクラフリン主宰のマハヴィシュヌ・オーケストラの第2作。 ちなみにパーソネルは、Billy Cobham (ds), Rick Laird (b), John McLaughlin (g), Jan Hammer ( el-p,ac-p,syn), Jerry Goodman (vln)。

凄まじいテンションの高さと演奏力の高さ。圧倒的演奏力を持って、複雑な曲をいとも簡単に弾き切ってしまう。それでいて、展開される音について難解さは無い。しかし、この演奏にあるアバンギャルドさは、当時のエレクトリック・ジャズに必須の要素で、これが思いっきりクールに決まっている。

音の響きと雰囲気は、プログレッシブ・ロック。叙情性とトータル・イメージが際立つ。かつパワフル。このアルバムの演奏を聴いて、ジャズ側の圧倒的な演奏力に「やられた」。もはや、ロック側には何も無い、と感じたのは事実。ジャズ者になる前、1976年の秋から冬にかけて、これら、エレクトリック・ジャズの傑作を幾枚か聴いて、僕は当時のロックを見限って、ジャズに乗り換えた。

それだけ説得力のある、圧倒的テクニックを誇るエレクトリック・ジャズな演奏である。エレクトリック・マイルスは、リズム&ビートに、あくまでジャズとファンクをメインに置いたが、このマハヴィシュヌ・オーケストラは、リズム&ビートにロック・ビートを織り交ぜており、このロック・ビートの存在が、クロスオーバー・ジャズの雰囲気を増幅させていて心地良い。
 

Bird_of_fire

 
ギターとヴァイオリンをフィーチュアした、テンションの高いハードで硬派なジャズロック。甘さの微塵も無い。 ギターとヴァイオリンの絡みがエキゾチックな響きを漂わせ、ジャズとロックの融合なんていう「予定調和」な響きはここには全く無い。あるのは、今の耳で聴いても驚きを感じる「ハプニング性」。これは最終的には「聴いて貰うしか無い」。

マハヴィシュヌ・オーケストラのデビュー盤『The Inner Mounting Flame(内に秘めた炎)』とこのセカンド盤を初めて聴いた時、これって「キング・クリムゾンやん」って思った。特に、ギターの弾き方、ヴァイオリンの響き、これって、『太陽と戦慄』から『暗黒の世界』のキング・クリムゾンの音にそっくり。

というか、このマハヴィシュヌ・オーケストラのデビュー盤『The Inner Mounting Flame(内に秘めた炎)』が1971年のリリースですから、キング・クリムゾンのほうが、このマハヴィシュヌ・オーケストラの音を参考にしたんでしょうね。う〜ん、キング・クリムゾンの総帥ロバート・フィリップもなかなか「あざとい」なあ(笑)。

今の耳で聴いても、ジャズ・ロック的な音楽の中に、懐の深く柔軟なジャズらしい、クラシック、インド音楽、カントリーなどを詰め込んだ、説得力のある、圧倒的テクニックを誇るエレクトリック・ジャズ。この様々な音楽要素を突っ込んで、ひとつにまとめてエレクトリック・ジャズに仕立て上げる豪腕、これが本来の「クロスオーバー・ジャズ」の本質なんだろう。

 
 

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2014年10月 4日 (土曜日)

穏やかで真摯なジャズロック

サンタナバンドでは無くてソロ名義で1980年の作品。リリース当時は、ジャズ界の有名ミュージシャンの参加がとても大きな話題を呼んだアルバムで、ジャズ者3年生の僕は、ワクワクしながらこのアルバムをリアルタイムで手にした思い出がある。

そのアルバムとは、Santana『The Swing of Delight』(写真左)。まず、パーソネルを。Carlos Santana (g), Herbie Hancock (key), Ron Carter, David Margen (b), Wayne Shorter, Russell Tubbs (ts,ss), Tony Williams, Graham Lear, Harvey Mason, Sr.(ds), Armando Peraza, Francisco Aguabella, Raul Rekow, Orestes Vilato (per)。

1976年の結成以降、大反響を巻き起こしたV.S.O.P.クインテットから、ハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムスが参加。この3人は1960年代のマイルス黄金のクインテットのメンバーでもあり、とにかく、この当時のジャズ界の中堅人気ミュージシャンとラテン・ロックの雄、サンタナとの共演が大きな話題となった。

もともと、サンタナはジャズ志向な面があって、恐らく、このハービー、ロン、トニーの3人とは共演したかったと思われる。しっかりとリハーサルを積んでレコーディングに臨んだらしく、破綻の無い、なかなかしっかりとした真摯な内容に感心する。実に丁寧に作られた感があって、繰り返し聴いても、その良質な内容は劣化することは無い。

逆に、派手派手しいところや、やや破綻っぽくスリリングな側面は無いので、この大物ミュージシャン同士のセッションに、ハプニング的なものを期待している向きには不満の残る内容ではある。それだけ、丁寧に真摯に作り込まれている。
 

The_swing_of_delight

 
音の雰囲気としては、サンタナが主導権を握った「ジャジーなロック」と、ロック・ミュージシャンとジャズ・ミュージシャンが同じ土俵に立った「フュージョン・ジャズ」との2つの音の雰囲気でまとめられている。もちろん、どちらも優れた内容の演奏ばかりで、参加したミュージシャンのテクニックと力量がかなりのものだったことに改めて感心する。

特に、サンタナが主導権を握った「ジャジーなロック」は聴き応えがある。雰囲気的には、ジェフ・ベックの『ブロウ・バイ・ブロウ』や『ワイヤード』といった、ロック・ギターのインスト中心の、ジャジーでフュージョンな雰囲気が色濃いロックなアルバムを十分に認識し踏襲した内容で、サンタナ版の「ブロウ・バイ・ブロウ」みたいな響きが面白い。

それでも、さすがはサンタナで、サンタナのエレギの個性が十分に前面に押し出ていて、バックのジャズ・ミュージシャンの個性に押されること無く、逆に従える感じのセッションは、非常に安定感があり、良い意味で穏やかなジャズ・ロックに仕上がっている。

ロック・ミュージシャンとジャズ・ミュージシャンが同じ土俵に立った「フュージョン・ジャズ」な演奏も十分に聴き応えがある。仰々しい展開や荒々しい音のぶつかり合いは無いが、1980年当時のフュージョン・ジャズとしての最先端の音を聴くことが出来る。

これが上質のフュージョン・ジャズな演奏であり、ジャズとロックの融合の好ましい形のひとつだと僕は思う。このアルバムに詰まっている「穏やかで真摯なジャズロック」は、他の同様なセッションではなかなか聴くことが出来ないのは事実。

1980年のリリース当時から、あまり評価の芳しく無いアルバムですが、僕はそうは思いません。この当時のジャズ界の中堅人気ミュージシャンとラテン・ロックの雄、サンタナとの共演セッションに、何を期待するのかによって、このアルバムに対する評価は大きく分かれると思います。

 
 

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2014年10月 3日 (金曜日)

ビッグバンド・ジャズは楽し・34

ビッグバンド・ジャズのアレンジャーとして有名どころの一人に「この人」がいる。「この人」とは、Bob Brookmeyer(ボブ・ブルックマイヤー)。本名Robert Edward Brookmeyer。1929年12月生まれで、2011年12月に鬼籍に入った。

ブルックマイヤーはトロンボーン奏者である。ビッグバンドのアレンジャーとしても有名で、特に、その編曲能力は独特の個性がある。

音の重ね方が独特。聴いて耳に心地良い響きとして残る和音の重ね方が独特。一聴するだけで「これはブルックマイヤーか」と判る。ユニゾン&ハーモニーが明るくポジティブな響きで、いきなり大音量でぶりぶりっとフォルテッシモをかまされても、耳に響かない、理路整然とした響き。

そんなボブ・ブルックマイヤーのビッグバンドもので、僕が愛聴している一枚がこのアルバム。Bob Brookmeyer futuring Eliane Elias 『Impulsive!』(写真左)。1997年2月の録音。

Danish Radio Jazz Orchestraに、ボブ・ブルックマイヤーと、なんと、あのブラジル系美人ピアニスト、Eliane Elias(イリアーヌ・イリアス)が参加した形のセッション。ボブ・ブルックマイヤーはコンダクターとしても活躍している。トロンボーン奏者とコンダクター。二足のわらじがはける有能なジャズメンである。

収録されたどの曲にも、ブルックマイヤーの個性的なアレンジが煌めいている。とにかく、音の重ね方が独特で、暫く聴いていると、ブルックマイヤーのアレンジが噛んでいることが直ぐに判る、
 

Bob_eliane_impulsive

 
それ位、個性的なアレンジである。加えて、ユニゾン&ハーモニーも個性的。これだけポジティブで明るい響きのユニゾン&ハーモニーもなかなか他にあるわけでは無い。

そして、そこにピアニストとして、イリアーヌ・イリアスが加わる。今では、このイリアーヌは、唄える女性ジャズ・ピアニストとして有名になり、その唄声は正調ボサノバ。ボサノバ・ボーカルの正統な後継者として、イリアーヌは評価が高い。

しかし、ここでのイリアーヌは純粋ジャズ・ピアニストのイリアーヌである。イリアーヌは、エバンス派ピアニストとして一派一絡げで語られるが、大本のビル・エバンスとは、そのピアノの弾き方、響きについては、若干、趣が異なる。

エバンスより繊細、そして、エバンスよりリリカル。女性ならではの優しいタッチで、本家ビル・エバンスより繊細でリリカルな、そしてクールでジャジーなピアノが、ブルックマイヤーにアレンジされたビッグバンドをバックに、淡々と弾き継がれていく。

一粒で二度美味しい。まるで「グリコ・キャラメル」の様なアルバムである。ブルックマイヤーにアレンジされたビッグバンド・ジャズと、それをバックにしたイリアーヌのピアノの両方が楽しめる。

全6曲、全く飽きが来ない。冒頭の「Just Kiddin'」を聴き始めれば、ラストのタイトル曲「Impulsive!」まで一気に聴いてしまう。なかなかビッグバンド・ジャズの紹介にも出てこないアルバムですが、ビッグバンド者の方々には是非ともお勧めの一枚です。

 
 

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2014年10月 2日 (木曜日)

グルーシンの最初のピークである

フュージョン時代、僕は二人のキーボード奏者がお気に入りだった。この二人は優れたマルチ・キーボード奏者であり、作曲家でありアレンジャーであり、プロデューサーである。その二人とは、ボブ・ジェームス(Bob James)とディブ・グルーシン(Dave Grusin)。
 
ボブ・ジェームスは高校1年生の頃から、ディブ・グルーシンは大学2回生の頃から。二人については、約35年から40年の付き合いになる。そう思って振り返ると、いや〜長い付き合いやな〜。と言うことで、今日は、Dave Grusin『Out of The Shadows』(写真左)を聴く。
 
1982年、グルーシン主宰のGRPレーベルからのリリース。1977年の『One of a Kind』から、フュージョン・ジャズまっしぐら。その優れたキーボード・テクニック、その優れた作曲&アレンジ能力、そして、プロデューサーとしての素晴らしいセンス。それらを総動員して『Mountain Dance』という傑作をリリース。
 
そして、この『Out of The Shadows』は、その傑作の後、グルーシンの最初のピークを捉えたアルバムである。このアルバムには、グルーシンの個性のひとつ、キーボードの特徴的なフレーズ、音の重ね方、アドリブの弾き回し、まず、グルーシンのキーボード奏者としての個性がギッシリと詰まっている。

 

Out_of_the_shadows

 
加えて、シンセサイザーの扱い方が上手い。フュージョン・ジャズの世界で、シンセサイザーを扱わせ、弾かせたら、このグルーシンが一番クールだと僕は思う。このアルバムには、その趣味の良いシンセサイザーのフレーズが要所要所に散りばめている。
 
そして、グルーシンのコンポーザー&アレンジャーの特徴がギッシリと詰まっている。どの曲も暫く聴いていると、グルーシン作の曲の、グルーシンのアレンジの特徴に出くわす。そして、ああこれはグルーシンの曲だ、グルーシンのアレンジだ、と判りワクワクする。
 
前作の傑作『Mountain Dance』からはジャジーな感覚は後退して、スムース・ジャズの走りの様な音作りになっているが、聴き易さの中に、グルーシンのキーボード・テクニック、作曲&アレンジ能力、プロデューサーとしての素晴らしいセンスが散りばめられていて、フュージョン・ジャズの成熟した音として、聴き応え十分である。
 
良いアルバムです。フュージョン・ジャズの完成形のひとつとして、十分に楽しむことができる、実に優れたアルバムだと思います。特に、フュージョン・ジャズのマニアの方にはお勧め。
 
しかし、このアルバム・ジャケットのデザインだけはなあ。グルーシンの写真がドカッと載っていて、デザインのセンスも何もあったもんでは無い。いかに米国のアルバム・デザインとは言え、いかにフュージョン・ジャズのアルバムとは言え、この凡百なデザインには困った者である。これだけが減点材料(笑)。
 
 
 
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2014年10月 1日 (水曜日)

フリーとソウルが渾然一体です。

ジャズといっても、ハードなフリー・ジャズやモーダルなジャズを聴いていると、徐々に耳が疲れてくる。ポップでノリの良いジャズを聴いて、少し耳を休めたいと思い、聴き耳をリラックスさせたいと思う。

そういう時は、僕は1960年代後半のソウル・ジャズから1970年代前半のクロスオーバー・ジャズを聴く。まだまだジャズがメインで、そんなジャズにソウル・ミュージックやロックのエッセンスをまぶした、ポップでノリノリのジャズ。しっかりとリラックス出来るジャズ。

そんなソウル・ジャズのアルバムの一枚が、Herbie Mann『Live At The Whisky A Go Go』(写真左)。 1968年のリリース。そして、パーソネルがなかなか凄い。Miroslav Vitous (b), Bruno Carr (ds), Herbie Mann (fl), Sonny Sharrock (g), Steve Marcus (ts), Roy Ayers (vib)。

うむむ、ベースがミロスラフ・ビトウス。ヴィブラフォンがロイ・エアーズ。若き精鋭達。そして、ハービー・マンは、数少ないジャズ・フルート奏者の一人、代表格である。この有名どころ3人に、エレギ、テナー、ドラムが加わって、バリバリ、どファンクなソウル・ジャズを繰り広げる。

ベースのミロスラフ・ヴィトウスに、ギターのソニー・シャーロックは、フリーに近いスタイル。この2人が、このハービー・マンの、こってこてソウル・ジャズなバンドに入ったのかは謎である。
 

Whysky_a_go_go

 
それでも、この二人の存在が、この、こってこてのソウル・ジャズに、前衛的な先進的な響きを与えて、ソウルフルで前衛的な、なんとも不思議な雰囲気を宿したノリノリ・ジャズを演出している。

収録曲は2曲。「Ooh Baby」と「Philly Dog」。どちらも、こってこてでノリノリのソウル・ジャズの洪水である。「Ooh Baby」は、ミディアム・テンポでややロック寄りな演奏。シャーロックのブルージーなギターとヴィトウスの延々とファンクなパターンが、ソウルフルな雰囲気を増幅する。マーカスのテナーの過激。主役のマンのフルートも過激。

「Philly Dog」はテンポが上がる。マンのフルートは、よりアグレッシブになる。この曲でのエアーズは実にグルービー。シャーロックのギターが激しい。フリーキーでアブストラクトで最後はノイジー。この曲でのこのギターは、ジャズ者初心者の方々には重荷だっろう。それほどに激しくフリーキー。

フリー・ジャズとソウル・ジャズが渾然一体となって、不思議なグルービーが蔓延する『Live At The Whisky A Go Go』。ソウル・ジャズとは言え、このライブ盤の内容はとっても「ハード」。ジャズ者にとっては意外と聴き応え満点のライブ盤である。

しかし、このライブ盤でのビトウスは凄い。2曲に渡って、延々とファンク・ビートを弾き出す。しかし、何故、ビトウスがソウル・ジャズのバンドに存在していたのか、未だに謎である。

 
 

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