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2014年9月の記事

2014年9月30日 (火曜日)

僕は「旗のシルバー」と呼ぶ

ブルーノート・レーベルには、ブルーノート御用達の「ハウス・ミュージシャン」が幾人かいる。ピアノのホレス・シルバーも、そんなブルーノート付きのジャズメンの一人。長年、デビュー当時から、ブルーノート・レーベルからリーダー作をリリースし続けた。

そんなホレス・シルバーの個性を、ブルーノートのオーナー&プロデューサーのアルフレッド・ライオンは十分に理解し、ブルーノートからリリースするアルバムは全て、その時点その時点でのホレス・シルバーの個性を最大限に表現されていて、どれもが聴き応え十分である。

例えば、Horace Silver『The Stylings Of Silver』(写真左)。ブルーノートの1562番。国連ビルの前でのポーズをとった、当時としては珍しいカラー写真のジャケットを見ても、ライオンがどれだけ、ホレス・シルバーを買っていたかが判るというもの。加えて、ホレス・シルバーの人気のほどが判るというもの。

ブルーノートのアルバムについては、そのタイトルがその内容をズバリ表しているものが多く、このアルバムのタイトル「The Stylings Of Silver」もそんな秀逸なタイトルのひとつ。「シルバーのスタイル(型)」。確かに、このアルバムには、ホレス・シルバーの個性がギッシリと詰まっていて、ホレス・シルバーのピアノ、アレンジ、作曲センスがしっかりと理解出来る内容となっている。
 
 
The_stylings_of_silver
  
 
1957年5月の録音。Art Farmer (tp), Hank Mobley (ts), Horace Silver (p), Teddy Kotick (b), Louis Hayes (ds)。まだ、シルバーがパーマネントなグループを持つ前、シルバーの曲、ピアノ、アレンジに合ったミュージシャンを選んで、セッションに臨んでいる。

どの曲もどの曲も、判り易い切れ味の良いテーマ、軽快にスイングするお洒落な4ビート、クールに畳みかけるようなファンクネス。 ユニゾン&ハーモニーは、どこから聴いてもそれと直ぐ判る、クールでお洒落なシルバー節。激しさとは無縁のクールで印象的なアレンジ。

フロントを張る、柔らかでメロディアスなファーマーのトランペットとモブレーのテナーが、シルバーのピアノをバックに、心地良く気持ち良く響く。シルバーの曲にアレンジに、このファーマーのトランペットとモブレーのテナーが良く合う。プロデューサーのアルフレッド・ライオンの慧眼恐るべし、である。

いろいろなニュアンスや表情の曲が並んでいて、聴いていてとても楽しい。ハードバップの良い部分ばかりが詰まっていて、ハードバップ入門としてもこのアルバムはお勧めである。

国連ビルの階段に佇むシルバーが実に格好良い。万国旗のハタメキ加減、少しくすんだレトロなカラーの色調、むっちゃクールでお洒落である。このジャケットの印象とピッタリの演奏の数々。僕は、このアルバムに敬意を払って「旗のシルバー」と呼ぶ。
 
 
 
★震災から3年6ヶ月。決して忘れない。まだ3年6ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 
 
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2014年9月29日 (月曜日)

ジョン・コルトレーンの遺作です

ジョン・コルトレーン(John Coltrane)のアルバムの聴き直しも終焉に近づいた。今日は、コルトレーンの遺作『Expression』(写真左)。1967年7月にコルトレーンは亡くなり、9月に同アルバムがリリースされた。

1967年2月15日と1967年3月7日の2つのセッションから成る。タイトル曲の「Expression」は具体的な日程は判らないが、1967年の春、コルトレーン最後のスタジオ録音とされる。

僕はこのコルトレーンの遺作をジャズ者初心者、ジャズを聴き初めて3年目に聴いた。最初の2曲「Ogunde」と「To Be」においては、コルトレーンは比較的温和で大人しい。しかも「to be」ではコルトレーンはフルートを吹いている。フリーな演奏ではあるが、どこか叙情的な感じがして、ジャズ者初心者でも何とか聴ける。

ちなみにパーソネルは、Pharoah Sanders (fl, piccolo), John Coltrane (fl, ts), Alice Coltrane (p), Jimmy Garrison (b), Rashied Ali (ds)。コルトレーン最後のクインテットである。ファラオ・サンダースがフルートのみに徹しているところが、このアルバムを、他のアルバムと一線を画した静謐さを宿していると感じる所以だろう。

しかし、3曲目「Offering」の後半から、いつもの(?)のコルトレーンになる。馬の嘶きの様な、アブストラクトなブロウ。もはや音楽とは呼べない、感情のおもむくままに吹き続けるフリーなブロウ。さすがに、ジャズ者初心者3年生には辛かったなあ。続く4曲目の「Expression」も相当に激しくフリーキーなブロウで、落ち着いて聴くことは出来なかった。
 

John_coltrane_expression

 
さて、ジャズ者になって36年。今の耳で、この『Expression』を聴いても、ジャズ者初心者の頃の印象は変わらない。さすがに、歳をとって、フリーキーなコルトレーンについても怯むこと無く、しっかりと聴く耳を持つことが出来たのだが、この遺作のコルトレーンも、晩年の馬の嘶きを繰り広げるコルトレーンと変わらない。

しかし、この馬の嘶きの様なブロウは、高速シーツ・オブ・サウンドでフリーなブロウを吹きまくる、テクニック的には凄まじく高度なもので、さすがはコルトレーンと感心することしきりである。コードを細かく分解した「幾何学模様」の様なシーツ・オブ・サウンドが、高速でしかもアブストラクトに展開するのだ。メロディアスとは全く無縁のフレーズになっても仕方が無い。

1967年2月15日と1967年3月7日の録音時には、恐らくコルトレーンは、自分がその5ヶ月後、鬼籍に入るなんてことは、これっぽっちも思っていなかったんだろうと思う。何かを変えよう、何かを残そう、というセンチメンタルな雰囲気は微塵も無い。

しかし、このコルトレーンの遺作『Expression』を聴く度に思うのは、このまま、コルトレーンの命が続いたとして、コルトレーンは何処に行こうとしていたのだろう。コルトレーンの音楽はどういうふうに変貌していったのだろうか。少なくとも、この遺作『Expression』を聴いても、その答えは見つからない。

 
 

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2014年9月28日 (日曜日)

さすがBN、ブラウニーが輝く

早逝の天才トランパッター、クリフォード・ブラウン。25歳で交通事故で亡くなるまでの短い活動期間の間に、それでもブラウニーのアルバムはそこそこ残っている。

そんな中で、これは、と思うアルバムが幾枚かある。ブルーノートに残したアルバムは、ブラウニーのトランペットの魅力が、余すこと無く詰まっている。そのアルバムとは、Clifford Brown『Memorial Album』(写真左)。

題名通り、1956年、ブラウニーが急逝後、リリースされたアルバムであるが、もともとは、生前にクリフォード・ブラウンのリーダー・アルバムとして、10インチ盤でリリース(写真右)されていたものを中心に、半分はルー・ドナルドソンとの双頭セッションの音源と組み合わせることで12インチLPとしてリリースされたもの。

内容的には2つのセッションから成っている。ひとつは1953年6月のセッション。ちなみにパーソネルは、Clifford Brown (tp), Lou Donaldson (as), Elmo Hope (p), Percy Heath (b), Philly Joe Jones (ds)。

もうひとつは1953年8月のセッション。ちなみにパーソネルは、Clifford Brown (tp), John Lewis (p), Gigi Gryce (as, fl), Charlie Rouse (ts), Percy Heath (b), Art Blakey (ds)。

クリフォード・ブラウンの活動が本格化したの1953年。その本格化した時期の演奏を捉えた、実にタイムリーな録音であった。さすがはブルーノート・レーベル、さすがはオーナー&プロデューサー、アルフレッド・ライオンの慧眼である。ちなみに、クリフォード・ブラウンのリーダー・アルバムを最初に作ったのは、このライオンである。
 

Clliford_memorial_album

 
天才トランペッターが、その才能を遺憾なく発揮するのには、やはりセッションの他のメンバーの支えが必要であり、しっかりとしたアレンジ、そして、しっかりとしたリハーサルなどの準備が必要なんだなあ、ということが、このブルーノートでのセッションを聴けば良く判る。

確かに、アルフレッド・ライオンは優れたプロデューサーである。まだまだ、駆け出しのトランペッターであったブラウニーの才能を見抜いて、当時のブルーノート付のジャズメンの中で、ブラウニーに合った、優れた一流のセッション・メンバー厳選している。特に、ブラウニーのトランペットをしっかりサポートする、ベースとドラマーの人選は感心する。

どちらのセッションでも、ブラウニーのトランペットは輝いている。楽しげに踊るようなラインを吹き上げ、吹きまくっている。バックのメンバーの力量も一流なので、ブラウニーのトランペットに負けることが無い。しっかり、ブラウニーのトランペットを受け止め、しっかりと支える。そんな中、自由に思うがままに吹きまくるブラウニーは美しい。

演奏の内容としてはビ・バップが終わり、直ぐ目の前にハードバップが見える、ハードバップの入り口の時期の演奏。短い収録時間にまとめられた「凝縮されたアドリブの魅力」。短い収録時間の間に、それぞれのアドリブ・フレーズが十分に堪能出来る。そんな中、ブラウニーのトランペットがやはり傑出している。

時は1990年代後半、僕は、この『Memorial Album』を聴いて、ようやくブラウニーの傑出した才能、天才と呼ばれる所以を確認したのである。

 
 

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2014年9月27日 (土曜日)

ブルーベック4のライブ演奏です

1950年代から1960年代、米国のジャズ・シーンでは、このバンドは大人気だったようだ。そのバンドとは、デイブ・ブルーベック・カルテット。時期によって、パーソネルは異なるが、リーダーでピアノとデイブ・ブルーベックとアルトのポール・デスモンドは不動のメンバー。

このブルーペックのピアノとデスモンドのアルトが、米国での人気の秘密なんだが、日本ではスイングしないジャズ・ピアノとして、デイブ・ブルーベックは敬遠され、このデイブ・ブルーベック・カルテットにしたって、柔らかでスイングするアルトのポール・デスモンドのみがクローズアップされ、ブルーベックはほとんど無視、という感じだった。

ブルーベックのピアノはスイングしないというより、間を活かしたスクエアなノリが特徴で、横揺れ4ビートのスイング感とは全く無縁。しかし、確かにスクエアのノリは顕著で、スイングしないのはスイングしないんだが、ジャズ特有の「ノリ」については、独特の個性があって、一旦気に入ってしまえば、どんどん癖になる。

デスモンドのアルトは、その音は暖かで柔らか、ほんわりホノボノとする音色で、ビ・バップやハードバップでの切れ味鋭い吹きまくりアルトとは一線を画すもの。口の悪いジャズ者の方々からは「軟弱アルト」なんて呼ばれたりする。でも、よく聴くと、暖かで柔らか、ほんわりホノボノとする音色は、しっかりと「芯」の入ったブロウで、テクニックも高いレベル。芯の部分は意外と硬派なアルトである。

そんなブルーベックのピアノとデスモンドのアルトをライブ音源で楽しめるアルバムがある。Dave Brubeck And Jay & Kai『At Newport』(写真左)である。1956年7月6日、かの有名な、米国はロードアイランド州のニューポート・ジャズ・フェスティバルでのライブ音源である。
 

Dave_brubeck_jay_kai

 
ちなみにパーソネルは、Dave Brubeck,  Dick Katz (p), Paul Desmond (as), J.J. Johnson, Kai Winding (tb), Bill Crow, Norman Bates (b), Joe Dodge, Rudy Collins (ds)。Dave Brubeck Quartet, The Featuring Paul Desmondとして4曲、Jay And Kai Quintetとして3曲、当時の人気カルテットのライブ演奏のカップリング盤である。

カップリング盤ではあるが、ブルーベック・カルテットのこのニューポート・ジャズ・フェスティバルのライブ演奏はなかなかに味がある。純粋に、素のままのブルーベックのピアノとデスモンドのアルトが楽しめる。

ライブ演奏だけあって、その演奏はストレートなもの。現代音楽風に、とか対位法を取り入れるとか、スタジオ録音の場合は、チャレンジや実験が入るブルーベックではあるが、このライブ演奏ではストレートに、モダンなジャズ・ピアノとして演奏している。洒落たクールなバップ・ピアノという風情で、このブルーベックのピアノは単純に楽しめる。

デスモンドのアルトもそうだ。確かに暖かで柔らか、ほんわりホノボノとする音色なんだが、ライブ演奏では、バッチリと音に「芯」が入っている。意外とハードなデスモンドのアルト。疾走感も適度にあり、このデスモンドのアルトも単純に楽しめます。

やっぱり、ジャズはライブやな〜、という思いを改めて想起させてくれる、なかなかに素敵なライブ盤です。カップリングされている、後半のJay And Kai Quintetの演奏も楽しくて、手っ取り早く、米国はロードアイランド州のニューポート・ジャズ・フェスティバルの雰囲気を味わえる「お徳用盤」です。

 
 

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2014年9月26日 (金曜日)

「他流試合」の方が伸びやかに

早逝の天才トランペッターのクリフォード・ブラウン(愛称ブラウニー)。どうも、彼の場合、自分がリーダーのグループでの演奏より、一期一会のジャム・セッション風の「他流試合」の方が、のびのび、自由にトランペットを鳴らせる様だ。

ここに、ブラウニーがパシフィック・ジャズに残した傑作がある。そのアルバムとは、Clifford Brown featuring Zoot Sims『Jazz Immortal』(写真左)。パシフィック・ジャズと言えば、1950年代の米国西海岸ジャズの代表的レーベル。このアルバムは、ブラウニーが東海岸へ行く前のロサンゼルス滞在中に、米国西海岸ジャズを代表するミュージシャンと共演した記録。

1954年7月の録音になる。ちなみにパーソネルは、 Clifford Brown (tp), Stu Williamson (v-tb), Zoot Sims (ts), Bob Gordon (bs), Russ Freeman (p), Joe Mondragon (b), Shelly Manne (ds), Carson Smith (b)。ブラウニー以外、全員が米国西海岸ジャズの強者ばかり。

いや〜、このアルバムでのブラウニーは実にのびのびしている。冒頭の「Daahoud」のトラペットの音を、輝きを、溌剌さを聴けば、それが良く判る。このアルバムでのブラウニーのトランペットは聴きものです。「流麗」とは、このブラウニーのトランペットのフレーズのことを指す。キラキラとブラスが輝く、流麗なトランペット。これぞ、ブラウニーのトラペット。ブラウニーにしか出せない音色、出せないフレーズ。
 

Clifford_jazz_immortal

 
バックもしっかり健闘している。まず、ドラムのシェリー・マンが良い。本能のままに叩きまくるドラマーより、理知的でアレンジに乗った味のあるリズム&ビートを叩き出すドラマーの方が、ブラウニーには合っていると思います。フロントを邪魔しない理知的でクールなドラム。そういう意味で、このシェリー・マンの存在は大きいですね。

ラス・フリーマンのピアノも良い。米国西海岸にいて、そのピアノの流儀は「ビ・バップ」。黒く無い、シンプルで爽快なフリーマンのピアノ・フレーズが、ブラウニーのトランペットを惹き立てます。粘らないファンクネス希薄なあっさりとしたジャズ・ピアノ。不思議とブラウニーのトランペットとの相性は抜群です。

この米国西海岸ジャズとの「他流試合」は大成功。ブラウニーがこれだけのびのびと、好きなだけ吹きまくるアルバムには、なかなか出会えない。並外れてテクニックに優れたブラウニーのペットを、米国西海岸ジャズの強者達は、がっちりと受け止める。懐深い米国西海岸ジャズ。

米国西海岸ジャズだけにアレンジも優秀。優秀なアレンジに乗って、ブラウニーは伸びやかにペットを吹き上げて行く。テクニックがあるからこそできる、程良くアレンジされたジャズへの短時間での対応。ブラウニーのペットの懐の深さと応用力の強さを十分に感じることが出来る佳作です。

 
 

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2014年9月25日 (木曜日)

こんなアルバムあったんや・35

ジーン・アモンズは、米国本国では「テナー・サクソフォン界のボス(The Boss)」とか「ジャグ(Jug)」の愛称で呼ばれるように、かなり人気のあったテナー・サキソフォン奏者であったようである。

確かに、ジーン・アモンズのアルバムをいろいろと聴いてみると、野太いジャズ・テナーでありながら、とても聴いていて楽しいポップなものが多い。加えて、ジャズの流行を捉えた演奏スタイルをさり気なく取り入れていて、その内容は古さを感じさせない、トレンディなものである。

なんで日本ではウケなかったのかなあ。このポップな演奏の存在と、流行のスタイルをさり気なく取り入れた「如才の無さ」が、1960年代〜1980年代の日本人ジャズ者にウケなかった原因でしょうか。当時の日本のジャズ者の方々は、ジャズ・テナーに対しては、生真面目さや求道的な雰囲気が大前提だったからなあ。

ここにジーン・アモンズの遺作がある。Gene Ammons『Goodbye』(写真左)。1974年3月18日の録音。アモンズが亡くなったのは1974年7月23日だから、逝去する4ヶ月前の録音。恐らくアモンズは、このアルバムを録音した時は、4ヶ月後に鬼籍に入るなんて、全く思っていなかっただろう。

ちなみにパーソンネルは、Nat Adderley (cor), Gary Bartz (as), Gene Ammons (ts), Kenny Drew (p), Sam Jones (b), Louis Hayes (ds), Ray Barretto (conga)。 マイルスにも見初められたアルト・サックスのゲイリー・バーツの参加が「とっても違和感」(笑)。他は1950年代後半からのハードバップの強者ジャズメンばかりがズラリと並ぶ。
 

Gene_ammons_goodbye

 
冒頭の「Sticks」が、実にポップで良い。ジャズって大衆音楽の一ジャンルだったよな〜、と思わず思い直す。聴いていて楽しい。そして、音の雰囲気はソウル・ジャズ。しかし、アモンズのテナーとバーツのアルトが、トレンディーな響きでグイグイ迫る。アモンズのテナーなんて、まるで「コルトレーン」(笑)。バーツのフレーズは、モーダルな雰囲気を宿した旋律で、やっぱり「新しい」。

このアルバム、このバーツの参加が大正解で、バーツがアドリブ・フレーズをプププ〜と吹くだけで、新しいジャズの雰囲気が一気に広がる。アモンズもジャズのトレンドを捉えて、コルトレーン風に、はたまた、チャールズ・ロイド風に吹き進めていくのだが、それを凌駕するバーツの新しさ。ジャズって面白い。

意外と、ペットのナット・アダレイやピアノのケニー・ドリューは目立ちません。逆に、リズム・セクションのベースのサム・ジョーンズとドラムのルイ・ヘイズが、ガッチリとリズム&ビートを支えていて、存在感抜群。バレットのコンガも良いアクセント。

冒頭の「Sticks」に続く「Alone Again (Naturally)」が、これまた良い。重厚なテナーで、ややアブストラクトに吹き上げて行く。原曲は、英国のシンガーソングライター、ギルバート・オサリバンの1972年のヒット曲。柔らかでセンチメンタルなバラード曲なんですが、アモンズはなかなか硬派に、旋律を吹き上げていきます。良いです。ニュー・ジャズ・スタンダードの走りですね。

他の曲も充実に演奏で、このアルバムはアモンズの代表盤の一枚に挙げても遜色無い内容です。ラストのタイトル曲「Goodbye」を聴けば、万感な思いがこみ上げてきます。ジーン・アモンズの遺作のタイトルが『Goodbye』とは。思わず、こんなアルバムあったんや、にノミネートさせていただきます。

 
 

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2014年9月24日 (水曜日)

絶品の「ウィズ・ストリングス」

ジャズ・トランペットの早逝の天才、クリフォード・ブラウン(愛称ブラウニー)は「責任感の強い人で、カルテットなどの編成では、他のメンバーの範となるべく、一生懸命、律儀にまじめに演ってしまうのだろうなあ」という印象が強い。

つまり、演奏なら滲み出てくる、ブラウニーのその絵に描いた様な律儀さと真面目さが、反面、聴く側の我々からすると、ややもすると負担になったりするのだ。聴いていて窮屈に感じるとか、素晴らしいテクニックの演奏が退屈に聴こるとか、そんな感じが時折する。

あまりにブラウニーのトランペットのテクニックとフレーズ展開が並外れて素晴らしいので、他のメンバーがそれに付いて来られないことから出てくるギャップもあるし、他のメンバーの範となり過ぎて他を置いてきぼりにしたりと、どうにも、ブラウニーが突出していることが目立ってしまう。

そういう意味で、このアルバムのような(これは、オーケストラをバックに吹いています)、通常の演奏フォーマットから離れた演奏形態の方が、他の演奏者に気をつかうことなく、天才的なテクニックを余すことなく披露できる。

しかも、他のメンバーと一緒の演奏の中でついつい顔を出す「律儀さや真面目さ」よりも、トランペットを演奏するブラウニーの「純粋な喜び」が前面に押し出て、彼の持つずば抜けた才能が余すことなく表現されるのではないか、と僕は見ている。
 

Clifford_brown_with_strings

 
そのアルバムとは『Clifford Brown With Strings』(写真左)。1955年1月の録音。ブラウニーの「ウィズ・ストリングスもの」です。ちなみにパーソネルは、Clifford Brown (tp). Richie Powell (p), Max Roach (ds), George Morrow (b), Barry Galbraith (g), Neal Hefti (arr, conductor)。ブラウン=ローチ五重奏団からテナーのハロルド・ランドの代わりにギターのバリー・ガルブレイスを入れた五重奏団。

アルバム全編に渡って漲る「天真爛漫なトランペット」。ズバリ一言「このアルバムは良い」。ストリングスをバックに、時に悠然と時に綿々と、時に優しく時に雄々しく、吹き継がれていくペットの響き。その音、その艶、その輝き、いずれを取ってみても、トランペットって、こんなに素晴らしい音が出る楽器やったんや、という、単純素朴な感動を呼び覚ましてくれる。

「Smoke Gets in Your Eyes」など、バラード中心の演奏のどれもが素晴らしく、ラストの「Stardust」にいたっては、何回聴いても、しみじみとした幸福感に満たされる。

硬派のジャズファンの方々は、このような「ウィズ・ストリングス」は邪道だ、と決めつけるむきが時にあるが、ブラウニーのトランペットを愛でる上では、格好のフォーマットだと僕は思う。それと、ジャズのトランペットはうるさくてイカン、と思われている方は、まあ、一度、聴いてみて下さい。

ブラウニーのアルバムの中では、このアルバムがイチ押しです。とにかくブラウニーのトランペットの音が魅力。音が魅力的な上に、フレーズが美しく優しい。テクニックは最高。当然、僕の愛聴盤であることは言うまでもありません。

 
 

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2014年9月23日 (火曜日)

僕とブラウニーの出会いと相性

長年、ジャズを聴いていると、それぞれのジャズメン毎に「相性」というものがあるなあ、とつくづく思う。

最初の一枚から、なかなかの内容の名盤と出会って、スッとお気に入りのジャズメンになるものもある。しかし、最初の一枚から、なんか「隔靴掻痒」の感があって、なかなかそのジャズメンの音世界に入り込めないものもある。

例えば、クリフォード・ブラウン(Clifford Brown)という、伝説のトランペッターがいる。1956年 6月、満25歳の若さで交通事故に巻き込まれ、逝去している。そのテクニック、音色、フレーズ、いずれをとっても素晴らしく、その早逝が惜しまれる天才トランペッターである。相性は「ブラウニー」。

このブラウニーが、僕にとっては「最初の一枚から、なんか「隔靴掻痒」の感があって、なかなかそのジャズメンの音世界に入り込めないもの」の一人である。

最初の一枚が、Clifford Brown『Study in Brown』(写真左)。1955年2月の録音。ちなみにパーソネルは、Clifford Brown (tp), Max Roach (ds), Harold Land (ts), Richie Powell (p), George Morrow (b)。伝説のブラウン=ローチ五重奏団の2枚目のアルバムになる。

これぞ、ジャズ・トランペットの教科書的アルバムである。若くして早逝したとは言え、ブラウニーのアルバムはまずまずの数があるが、僕は、このアルバムこそが、ブラウニーの「完璧」を捉えた、圧倒的名盤であると思う。

とにかく、凄いのひとこと。出だしの「Cherokee」から、ラストの「Take the 'A' Train」まで、圧倒的テクニックとずば抜けた歌心、明るいユーモアとウィットに富んだフレーズがてんこ盛り。最後まで聴き終えると、もう「参りました」(笑)。
 

Study_in_brown

 
しかも、このアルバム、ブラウニーの完璧さに加えて、ドラムのマックス・ローチも、ジャズ・ドラマーとして「完璧さ」を追求する職人肌で、ブラウニーとローチの相乗効果で、完璧さの度合いがグッとアップする。
 
そうすると困るのが他のメンバー。ピアノ、テナー、ベース、それぞれが、ブラウン=ローチの完璧さを必死に追いかけるのだ。テナーのハロルド・ランドとのユニゾンの時など、ブラウニーはランドに合わせて、早弾きの速度を加減したりしている様子も見え隠れする感じなのだ。

しかし、この明るく翳りのない、人格も立派なブラウニーの天才的なトランペットを浴びながら、その「ブラウニーに追従する辛さ」を「ブラウニーと演奏できる喜び」に変えて、明るく翳り無く、演奏をインプロビゼーションを展開していくのだ。

このアルバムは、非の打ち所のない「完璧さ」で、聴く者を圧倒する。しかし、この翳りの無い「明るさ」と優等生的な完璧さが、なんだか、疲労感を感じさせるのも事実。

ちょっと崩れたり、ちょっと弱みを見せてもいいのになあ。どうも、ブラウニーは責任感の強い人で、この様なカルテットなどの編成では、他のメンバーの範となるべく、一生懸命、律儀にまじめに演ってしまうのだろうなあ、と思ってしまう。

この辺が、ブラウニーが、僕にとっては「最初の一枚から、なんか「隔靴掻痒」の感があって、なかなかそのジャズメンの音世界に入り込めないもの」の一人である理由である。

でも、ジャズ初心者の方には、安心して勧めることの出来る「入門的名盤」であることは事実です。僕にとっても、今では大好きなジャズ・トランペット盤の一枚です。

 
 

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2014年9月22日 (月曜日)

アリスは何が言いたかったのか

コルトレーン晩年の演奏は、徹底的にフリーでアブストラクトで、とにかく聴き通すのにはそれなりの覚悟と体調の良さが必要だ。フリー・ジャズとして聴くのに「お勧めのアルバム」と「お勧めでないアルバム」が混在しており、ジャズ者初心者の時代には、その選り分けに苦労する。

ここに、John Coltrane『Cosmic Music』(写真左)がある。アルバムのリーダー表記はよく「John Coltrane(ジョン・コルトレーン)」単体で紹介されることが多いが、このアルバムは正確に言うと、John ColtraneとAlice Coltraneの双頭リーダーのアルバムになる。

もっと正確に言うと、このアルバムは、コルトレーンの死後に発表された作品で、「Manifestation」「Reverend King」の2曲がコルトレーン生前のセッションの記録で1966年2月の録音。「Lord, Help Me To Be」「The Sun」の2曲は、コルトレーンの逝去後、妻アリス・コルトレーンによって書かれて収録されたもの

ちなみにパーソネルは、John Coltrane (ts, b-cl,1966 recordings), Pharoah Sanders (ts, piccolo), Alice Coltrane (p), Jimmy Garrison (b), Rashied Ali (ds), Ray Appleton (per,1966 recordings), Ben Riley (per, 1968 recordings)。パーカッションは変わるだけで、基本的にはパーソネルは変わらない。コルトレーンの生前、逝去後の違いで、コルトレーンが存在するか、しないかの差はある。

実はその「差」が大きい。コルトレーンの存在している1966年の録音では、明らかにコルトレーンのフリーでアブストラクトな演奏で、その内容的には、僕が感じるのは「可も無く不可も無く」である。晩年のコルトレーンのフリーな演奏は、ちょっとマンネリしていたのでは、と僕は思っていて、その「どこかで聴いたことがある」フリーなフレーズが満載である。
 

Cosmic_music

 
しかし、1968年の演奏は明らかに1966年の演奏とは違う。ファラオの暴力的で激し過ぎるサックスとアリス・コルトレーンのピアノが、かなり「浮いて」いる印象で、コルトレーンの生前のフリーでアブストラクトな演奏と比較すると、激しい割に平板で、激情的ではあるが意外に「響かない」演奏で、聴いていてちょっと辛い。

コルトレーンの演奏は、まだ、ジャズの演奏として、その音を聴く行為、その音を楽しむ行為がギリギリ出来るが(れなりの覚悟と体調の良さが必要だが)、コルトレーンの存在しない演奏は、ジャズの演奏として、その音を聴くことがちょっと辛く、音を楽しむことが出来ない。ここまで激しく暴力的だと、この音を聴くことは「苦行」である。

アリス・コルトレーンは、自らのリーダー・セッションを、亡き夫君のジョン・コルトレーンのセッションとカップリングし、リリースすることで、何を言いたかったのか、何を表現したかったのかがイマイチ判らない。見開きジャケットを見れば、左は宗教、右は政治を表しているように見える。これは何だったのか。ジャズに明らかに思想を持ち込んでいる。

もはや、このアルバムは、ジャズのアルバムでは無く、思想を持ち込んだ、一種宗教的な要素を持ったアルバムである。ジャズとして純粋に耳を傾けるにはちと辛い。コルトレーン生前の演奏については、コルトレーンのディープなファンにとっては一度は聴いておくべき演奏だろうが、一般のジャズ者の方々は、無理をして聴く類のものでは無い。

コルトレーンのアルバムの聴き直しについては、このアルバムを最後にするべきアルバムではあるが、アリス・コルトレーンによって「加工された」このアルバムは、純粋にコルトレーン・ジャズとしては聴くことの出来ない、実に困ったアルバムである。

 
 

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2014年9月19日 (金曜日)

ジミー・スミス初期の傑作です。

ジミー・スミスの登場は、当時、ジャズ界の大事件だった様だが、確かに、ブルーノートのデビュー盤から3作を聴くと、その驚愕のオルガンという感じがとても良く判る。

晴れあるブルーノートのデビュー盤が『A New Sound... A New Star...Jimmy Smith at the Organ Vol.1』。これは凄いデビュー盤だった。思いっきり尖ったアグレッシブな、実に攻撃的なオルガン。オルガンがこんな攻撃性を発揮するなんて、僕も初めて聴いた時は「たまげた」。

しかも、当時、ブルーノート・レーベルお抱えの録音技師、ルディ・バン・ゲルダーは、この広大なダイナミックレンジを誇る、このジミー・スミスのオルガンを上手く録音し、リマスタリングすることが出来なかった。それほどに、ダイナミックレンジの広いオルガンで、その音の抑揚は「ダイナミック」そのもの。

ブルーノートの2作目が『A New Sound A New Star: Jimmy Smith at the Organ Volume 2』。これも凄まじい攻撃性の高いオルガンが疾走する盤なのだが、ルディ・バン・ゲルダー、リベンジの熱血録音ゆえに、第1作目に比べると、ダイナミックレンジの広いオルガンではあるが、比較的聴き易い音で、とにかくジミー・スミスのオルガンを心ゆくまで楽しめた。

そして、このブルーノート3作目が『The Incredible Jimmy Smith at the Organ Jimmy Smith at the Organ Vol. 3』(写真左)。1956年6月の録音。ちなみにパーソネルは、Jimmy Smith (org), Thornel Schwartz (g), Donald Bailey (ds)。
 

Jimmy_smith_at_the_organ

 
この3作目は、やっと録音も落ち着いて、収録された音の調子もバランスも良く、ダイナミックレンジの広いジミー・スミスのオルガンの音も、実に聴きやすい音の雰囲気に落ち着いた。僕はこのアルバムのジミー・スミスのオルガンを、「メロディアスな攻撃性を伴ったオルガン」と評価している。

このサード盤では、ファースト盤から引き継がれて、確かに「尖って」はいるが、アグレッシブではあるが、耳に厳しい音では全く無くなった。攻撃性は高いが決して耳につかない。ジミー・スミスの思いっきり尖ったアグレッシブで攻撃的なオルガンを心ゆくまで楽しめる良好盤である。

収録された曲も、ポピュラーなスタンダード曲が多く収録されており、それぞれがこの思いっきり尖った攻撃的なジミー・スミスのオルガンが、広く馴染みのあるスタンダード曲を切れ味良くアグレッシブな表現で変化させていく。ピアノやテナーなど、ポピュラーな楽器の耳に聴き心地の良い音とはちょっと違う、アグレッシブで硬派なオルガンで奏でられるスタンダードの旋律。

僕は、この『Jimmy Smith at the Organ Vol. 3』が、ブルーノートの初期3部作の最終形であり、最高傑作だと思っている。が、この『Jimmy Smith at the Organ Vol. 3』は、実に地味な存在に甘んじている。いかついジミー・スミスの横顔写真のジャケットが駄目なのか(笑)。

よって、なかなか手に入らず、僕がこのアルバムを手に入れたのは、RVGリマスターの紙ジャケシリーズが初めて。そして、このアルバムを初めて聴いて、そのメロディアスな攻撃性」に惚れ惚れしました。良いアルバムであり、ジミー・スミス初期の傑作だと思います。

 
 

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2014年9月18日 (木曜日)

忘却の彼方の個性派ピアニスト

ブルーノート・レーベルのカタログを眺めていると、これは珍しいとか、これは知らなかったとか、なんじゃこれは、とか(笑)、実にマニアックな内容の、マニアックなジャズメンのリーダー作が存在する。

例えば、このハービー・ニコルス(Herbie Nichols)。1963年、満44歳で没した、かなり個性的なピアニスト。音の響きは、まるで「セロニアス・モンク」。そのフレーズのノリはモンクと同じく「スクエア」で、ところどころ不協和音を配した、ちょっと前衛的な響きのする個性的なピアノ。

加えて、ニコルスは、ピアノの鍵盤を叩き、弾く様に弾く。ピアノという楽器の打楽器的要素の部分をフレーズの真ん中に置いている。これもモンクと同じ。しかし、その打楽器的要素は、モンクのそれと比べると、それほど複雑では無く、哲学的では無い。ニコルスのそれは、平易で判り易い「打楽器的要素」。

右手の捌きは「ビ・バップ」。モンクの様に間を活かした幾何学的なフレーズの積み重ねでは無く、モンクの間を音符で埋めた様な、饒舌なビ・バップ的なフレーズの積み重ね。僕は、このハービー・ニコルスのピアノを「饒舌でビ・バップなモンク」と評している。

そんな「リトル・モンク」的なピアノを堪能出来るアルバムがブルーノート・レーベルに残されている。ニコルスは、リーダー作を数枚しか残していないので、このブルーノートのリーダー作は実に貴重である。

しかし、これが、ニコルスが、アルフレッド・ライオンに、ブルーノート・レーベルでの自身のリーダー作の録音をしつこく懇願し、遂にライオンが折れて実現したリーダー作である。ライオンが素晴らしい仕事をした訳では無く、ニコルスの粘り勝ちの果ての歴史的成果である(笑)。
 

Herbie_nichols_trio

 
そのアルバムとは、Herbie Nichols『Herbie Nichols Trio』(写真左)。ブルーノートの1519番。1955年8月と1956年4月の録音をカップリングしている。ちなみにパーソネルは、Herbie Nichols (p), Teddy Kotick (b,1956年の録音), Al McKibbon (b,1955年の録音) , Max Roach (ds)。

「リトル・モンク」的なニコルスのピアノであるが、モンクとは響きが違う。モンクの叩く様な不協和音は、外に弾ける様な、外向的な響きだと感じるが、ニコルスの叩く不協和音は、内に籠もっていく様な、内向的な響きだと感じる。

モンクの間を音符で埋めた様な、饒舌なビ・バップ的なフレーズの積み重ね。このハービー・ニコルスの「饒舌でビ・バップなモンク」が饒舌になればなるほど、内向的な響きが増幅される。「陽」のモンクと「陰」のニコルス。この絶妙な対比は実に興味深い。

ニコルスは、モンクの研究家だったとも聞く。ニコルスのこのピアノ・トリオ盤を通して、セロニアス・モンクの個性を明快に表現したかったのではないか。それほどに、ニコルスのピアノを聴けば聴くほど、モンクのピアノが思い出される。面白いのは、モンクのピアノを聴いても、ニコルスのピアノは思い出さないこと。これは不思議だ(僕だけかなあ、この感覚)。

ニコルスの才能を確信するには、あまりに成果が少なすぎる。この『Herbie Nichols Trio』の後、録音の機会に恵まれず、ブルーノートの総帥であるライオンも、ニコルスの新たなリーダー作を録音することは無かった。この事実を僕達はどう受け止めたら良いのだろうか。そういう意味では、実に中途半端な位置づけであり存在である「困ったちゃん」な盤ではある。

 
 

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2014年9月17日 (水曜日)

カークの初リーダー盤は初々しい

Roland Kirk(ローランド・カーク)のアルバムを探求している。21世紀になるほんの手前で、僕はやっとのことで、ローランド・カークにたどり着いた。ローランド・カークは「マルチ楽器奏者」。マルチリード奏者では無い「マルチ楽器奏者」。

一人で、サックス、フルート、トランペット、オーボエ、ピッコロなど、多種多様な管楽器が演奏可能。しかも、同時に数本のリード楽器を吹き回し、時に、鼻でフルートを鳴らしながらスキャットを口ずさみ、同時に手回しサイレンやホイッスルを鳴らす。

呼吸の間も絶え間なく、口から空気を吐き出すことによって、息継ぎの無音時間をなくす演奏技法である「循環呼吸」の実践者でもある。簡単に言うと「息継ぎ」が無い。ず〜っと吹き続けるという感じ。これが、カークの吹く音にとてつもない個性を与えている。

僕はカークを「ジャズの虚無僧」と喩える。複数本のサックスを同時にエモーショナルに吹き鳴らしている時も、その音の底にブラコン的な響きやソウル・ミュージック的な響きが感じられるところが、ちょっと俗世っぽくて、なんとなく「虚無僧」って感じがするのだ。

そんな「ジャズの虚無僧」のデビュー盤がこれ。Roland Kirk『Third Dimension』(写真左)。1956年11月の録音。ローランド・カークの初リーダー盤である。ちなみにパーソネルは、Carl Pruitt (b), Henry Duncan (ds), James Madison (p), Roland Kirk (ts, manzello, strich)。ローランド・カーク以外は、ほぼ無名のジャズメンである。
 

Third_dimension

 
本作ではテナー・サックス、加えてマンツェロとストリッチという楽器を併用し、複数の楽器を一度に吹いてハーモニーをつけたり、多重録音なども試みている。カーク21歳の時の録音である。

さすがにカーク21歳の録音、かつ、初リーダー盤。溌剌としたテナーが初々しい。意外とストレートで大きな音を出すテナーである。このストレートで大きな音を出す、というところがジャズの世界ではとても大切。加えて、テクニックが優秀であれば、基本的に将来有望。この初リーダー盤でのカークは、まさにそれがピッタリと当てはまる。 
 
意外とノーマルなスタイルで、すっと気持ち良く伸びたストレートなテナー。良く動く指。テナー以外にマンツェロとストリッチを駆使するが、まだまだ「マルチ楽器奏者」って感じの、同時に数本のリード楽器を吹き回し、時に、鼻でフルートを鳴らしながらスキャットを口ずさみ、同時に手回しサイレンやホイッスルを鳴らす、とまでは至らない。

それでも、ところどころで、複数の楽器を一度に吹いてハーモニーを付けたりして、後のローランド・カークの個性の片鱗を聴かせてくれている。ぼ〜っと聴いていると、あれ、このアルバム、テナーが2本いるんだ、なんて感じて納得してしまう様な、自然体な「一気吹き」が初々しくて良い。

後の大器の片鱗を十分に聴かせてくれる、ローランド・カークの初リーダー盤だと思います。まあ、カークのアルバムの「いの一番」に聴く内容では無いと思いますが、カークのアルバムを数枚聴いて、その個性の源は何処か、と思い至った時に聴くにピッタリな初リーダー盤だと思います。 

 
 

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2014年9月16日 (火曜日)

トレーン逝去8ヶ月前のライブ盤

ジョン・コルトレーンが亡くなったのは1967年7月17日。今年で37年になる。それでも、突如として未発表音源が発掘されたり、既発の音源を充実させ、リマスタリングしてリイシューしたりで、まだまだ新しいアルバムが出てくる。凄いなあと単純に感心してしまう。 

今年は2014年。21世紀になって10年以上が経過した。最近では、ジョン・コルトレーンの人気も以前ほどでは無いのでは、とも思うんだが、今年もまたまた、ジョン・コルトレーンのライブ音源がリイシューされた。そのライブ盤の触れ込みが「ジョン・コルトレーンの貴重発掘ライヴ音源盤『At Temple University 1966』が完全版で再登場」。

改めて、John Coltrane『Offering: Live At Temple University』(写真左)。1966年11月11日に米フィラデルフィアのテンプル大学で開催したコンサートの模様を収録したもの。逝去の8ヶ月前の演奏になりますね。以前のリリースはフルセット音源では無かったそうで、今回はこの「フルセット音源」が売り。CD2枚組のボリュームでのリイシューです。

全編、アブストラクトなフリーキー・コルトレーンです。とにかく、徹底的にフリーに吹いていて、フリー・ジャズが苦手な人には絶対にお勧めしませんし、ジャズ者初心者の方々にも、このライブ盤はお勧めしませんね。他にもっと良いジャズ盤が沢山あるので、敢えて、このライブ盤に手を出すことはありません。

それでも、冒頭の「Naima(ナイーマ)」は、なかなか聴き応えがあります。フリーなコルトレーンの中でも、まだ聴き易い演奏でしょうか。それもそのはず、ファラオが遅れたため、カルテットでの演奏なんですね。このカルテットだけの演奏であれば、まだなんとか我慢して聴けるのですが、ファラオ・サンダースが入ってくると、途端にフリー・ジャズの質が落ちる。
 

John_coltrane_offering

 
ファラオの凶暴で滅茶苦茶なソロが出てくると、思わす「げんなり」する。これはもはや音楽では無い。サックスを使った「叫び」であり「嘶き」である。それが精神の発露であるとか、精神の解放であるとか、いろいろと捻くれた理屈をつけることは可能だろうが、これは音楽では無い。

少なくとも、子供に聴かせたら、皆、一様にそっぽを向く。この「嘶き」を快く聴くことが出来るのは、捻くれた理屈好きの大人だけだろう。僕は、なぜ、コルトレーンはこのファラオを採用し、共に演奏しつづけたのかが判らない。確かに、ファラオの暴力的で無味乾燥な無茶苦茶なソロを聴けば、コルトレーンのフリーキーなソロがまだ穏やかに聴こえるが、そんな対比の為に使い続けた訳でもあるまい。

まあ、コルトレーンもファラオも体力の続く限り、アブストラクトに激しくグロテスクに、思いっきりフレーズ無きフレーズを吹き続けるわけだが、それが音楽として成立するんだろうか。宗教の苦行として解釈すれば、それはそれで「あり」なんだろうが、この演奏は、基本的に「ジャズ」であり「音楽」であるはずだ。

しかも、「Leo」では2回、最後の「My Favorite Things」では1回、なんとコルトレーンの歌声が聴かれる。「Leo」の2回目と「My Favorite Things」では胸板をたたいてトレモロまでしてしまっている。う〜む、ここまで来ると、もう良く判らん。

ファラオの暴力的でグロテスクでアブストラクトなソロ、コルトレーンのゴリラの様な歌声。スピリチュアルと言えば聞こえは良いが、これが「鑑賞の為の音楽」かと言えば、これは違うだろう。コルトレーンの最晩年の演奏を擬似体験するのには格好のライブ盤だが、普通のジャズ・ファンの方々には無縁の音源だろう。

しかし、この演奏は、コルトレーン逝去の8ヶ月前のライブ録音。この圧倒的にアブストラクトな演奏を聴くにつけ、コルトレーンって、この演奏の8ヶ月後にあの世に旅立つなんて、これっぽっちも思っていなかったんだろうな、と思う。

 
 

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2014年9月15日 (月曜日)

マイルスの薫陶を受けた若き精鋭

昨日から、どうにもこうにも、季節の変わり目で風邪をひいたのか、身体は怠いわ、お腹の調子は悪いわ、で散々な三連休でした。加えて、一昨日は嫁はんの体調不良。よって、一昨日、昨日と当ブログはお休みさせていただきました。今日はなんとか、起きていられる様になったので、ブログを再開です。

散々な3連休でしたが、寝てばかりでは腰が痛くなるばかりなので、ちょっと起きてはCDをディスクに落として、暫く仕掛かっていたブルーノート4100番台のPCオーディオ環境への移行を完了させました。これで、1500番台、4000番台に続いて、4100番台も飛躍的に聴き易く、また、音的にも良い音で聴ける様になりました。

そして、テスト的に聴き始めたのが、Herbie Hancock『Maiden Voyage』(写真左)。邦題『処女航海』。1965年3月15日の録音。ブルーノートの4195番。ちなみにパーソネルは、Herbie Hancock (p), Freddie Hubbard (tp), George Coleman (ts), Ron Carter (b), Tony Williams (ds)。マイルス・スクールで、直接、帝王マイルスの薫陶を受けた(ハバードは除く)若き精鋭達で構成されたクインテット。

聴けば判るのだが、このアルバムの演奏は、マイルス・デイヴィスとギル・エバンスが仕掛けた「モード・ジャズ」の典型的な成果として有名なアルバムである。マイルス楽団でマイルスの薫陶を受け、モード・ジャズを「我が物」にした精鋭部隊が、親分のマイルスの下から離れて、若手だけでクリエイトしたモーダルなジャズ。

収録された5曲は全てハービー・ハンコックの作で、モード・ジャズを十分に理解したハービーが存分にペンを振るって、モード・ジャズの代表的な名曲を「ものにしている」。収録曲は以下の通り。

1. Maiden Voyage
2. The Eye of the Hurricane
3. Little One
4. Survival of the Fittest
5. Dolphin Dance
 

Maiden_voyage

 
4曲目の「Survival of the Fittest」は短編組曲風の「難曲」みたいで、なかなか他のジャズメンに演奏されることは無いのだが、1曲目の「Maiden Voyage」、2曲目「The Eye of the Hurricane」、3曲目の「Little One」、そしてラストの「Dolphin Dance」、それぞれがミュージシャンズ・チューンとして、様々なジャズメンに演奏されていて、特に「Maiden Voyage」と「Dolphin Dance」はスタンダード化していますね。

この収録曲のタイトルを見ると、「処女航海」「台風の目」「かわいいやつ」「適者生存」「イルカのダンス」と海をテーマにしていることが判ります。こういうアルバムのテーマ性というのも、当時のジャズでは珍しくて、この『Maiden Voyage』というアルバムは、そのアート性に関しても素晴らしいものがあります。

演奏の内容としては申し分ありません。このパーソネルですよ。悪い訳がありません(笑)。モード・ジャズを「我が物」にしたメンバーが存分にその能力を発揮しています。特に、フロントではジョージ・コールマンが大健闘しています。マイルスの下ではちょっと萎縮した感じの演奏でしたが、ここでは伸び伸びと吹きまくっています。

それから、これは凄いな〜と感心したのが、トニー・ウィリアムスのドラミング。特に、シンバル・ワークは尋常ではありません。凄い切れ味とスピードのスティック捌きで叩きまくります。PCオーディオの環境では、スピーカーから「シュワンシュワン」と凄まじい音がします。これだけ柔軟で細かいピッチで、フロントのモーダルな演奏をコントロールし支えている訳ですね。凄いです。

さすが名盤の誉れ高い『Maiden Voyage』、いつ聴いても新しい発見があって、全く飽きません。このアルバムは、今から38年前、僕がジャズ者初心者ホヤホヤの頃、始めの10枚の中に入っていました。印象的でキャッチャーな旋律を持った曲ばかりなので、ジャズ者初心者の方々にもお勧めです。モード・ジャズとは何か、を体験するにも良いアルバムでしょう。

 
 

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2014年9月12日 (金曜日)

アグレッシブなオルガンを極める

ジミー・スミスのデビュー・アルバム。ブルーノートの1512番。『Jimmy Smith At The Organ, Vol.1 - A New Sound-A New Star』で、当時、ブルーノート・レーベルお抱えの録音技師、ルディ・バン・ゲルダーは、この広大なダイナミックレンジを誇る、このジミー・スミスのオルガンを上手く録音し、リマスタリングすることが出来なかった。

この『Jimmy Smith At The Organ, Vol.1』から約1ヶ月後、早々に、ルディ・バン・ゲルダーはリベンジにでる。『Jimmy Smith At The Organ, Vol. 2 - The Champ』(写真左)。ブルーノートの1514番。1956年3月の録音。パーソネルは、Jimmy Smith (org), Thornel Schwartz (g), Donald Bailey (ds)。

この『Jimmy Smith At The Organ, Vol.2』は、第1作と同様に、オルガン、ギター、ドラムスというトリオ編成は同じ。ドラムスがベイ・ペリーからドナルド・ベイリーに変わってはいるが、基本的には前作を踏襲した演奏内容。ジミー・スミスのオルガンは、ただただアグレッシブにダイナミックに疾走していく。オルガンの音のダイナミック・レンジが凄く広い。

冒頭の「The Champ」が凄い。凄いというか、激しいというか、実に攻撃的である。これだけ、長時間、攻撃的なソロを取れる楽器はハモンド・オルガンが最右翼。この「The Champ」って曲は、ビ・バップの創始者の一人、ディジー・ガレスピーの名曲。ビ・バップ曲という性格上、もともと曲自体が攻撃的ではあるが、このジミーのオルガンによる演奏は、その曲の性格を土台に、より一層に、よりアグレッシブに演奏している。

この『Jimmy Smith At The Organ, Vol.2』を聴き進めていて、つくづく思うのは、ジミー・スミスの指捌きの素晴らしさ。ジミー・スミスのプログレッシブで攻撃的なオルガンは、このジミー・スミスのテクニックの高さに負うところが大きい。そこそこのテクニックでは、前のめりな攻撃性が出ない。
 

Jimmy_smith_the_champ

 
さて、このアルバム、前作の雰囲気を引き継いだ「The Champ」以外の演奏はどうか言うと、ちょっと甘口スタンダード曲の「Deep Purple」や「Moonlight In Vermont」がまず良い。聴いていて、とにかく心地良い。甘さに流れるのでは無く、しっかりと硬派に滑らかに流れる。ポジティブな甘口スタンダード。

そして、2曲目の「Bayou」が出色の出来だろう。ジミー・スミスのオリジナル曲なんだが、これがまあ、素晴らしく硬派でビターなバラードで、とてもエモーショナルでダイナミックな佳曲です。演奏も立派。出だしは淡々と、ソロが進むに連れ熱気を帯び、やがて慟哭のような感情の高みに到達するアプローチは実に劇的です。ジミー・スミスの十八番、レスリー・スピーカーの効果は絶大ですね。

ちなみに、このアルバムの録音レベルはなかなか良いものがあります。一応、ルディ・バン・ゲルダーのリベンジは成ったみたいですね。ジミー・オルガンの合間や背後で、ソーネル・シュワルツのギターが良く聴こえるし、ドナルド・ベイリーのドラミングとジミー・スミスのオルガンとの音のバランスもまずまずといったところか。

『Jimmy Smith At The Organ, Vol.2』は、突出した表現力、凄まじいばかりのアグレッシブさ、広大なダイナミックレンジという、ジャズ・オルガンの祖、ジミー・スミスのオルガンを心ゆくまで堪能できるアルバム。録音バランスがとれた分、聴き易さが加わった。良いアルバムです。

 
 

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2014年9月11日 (木曜日)

これまた惜しいLP二枚組ライブ盤

先にご紹介した『Don't Stop the Carnival』に続いて、当時、LP2枚組のライブ盤である。ソニー・ロリンズ(Sonny Rollins)も入った、当時のマイルストーン・レーベルのオールスターという触れ込みのライブ盤。

McCoy Tyner - Sonny Rollins - Ron Carter『Milestone Jazz Stars In Concert』(写真左)。1978年9月〜10月の録音。ちなみにパーソネルは、Sonny Rollins (ts, ss), Ron Carter (b), Al Foster (ds), McCoy Tyner (p)。アルバムの表面には、ロリンズとタイナーとロンの3人の名が挙がっている。が、なぜか、ドラムのアルの名前が無い。

ドラムのアル・フォスターには気の毒なんだが、タイナーとロリンズとロンは対等な立場。誰がリーダーという訳でも無いオールスターズ。この誰がリーダーという訳でも無い対等な立場、が曲者な内容になっていて、かなり残念。

とにかく、ソニー・ロリンズ、人が良すぎる。テナーが唯一のフロント楽器なので、もっと堂々と全面に出て、テナーを吹き上げていけば良いのに、冒頭の「The Cutting Edge」から延々としたロンのベースにその役を譲ってしまう。ベースが全面に出た、ベースのみのソロほど単調なものは無い。終いには退屈してしまう。
 

Jazzstars  

 
と言うように、曲によっては、ピアノのマッコイ・タイナーが全面に出て、延々とソロを取るものもある。これが、内容充実のソロであれば、それはそれで良いのであるが、意外や凡百な内容のソロに甘んじていて、聴いていて冗長、聴いていて終いには退屈してしまう。フロントのロリンズより長い、バックを務めるピアノのソロ演奏とはなあ。

アル・フォスターのドラム・ソロもある。これも延々と続くドラムのみのソロで、これはこれで退屈である。そして、このアルバムを聴いて思うんだが、ロリンズは初物のドラマーとはなかなか上手くいかない。先の『Don't Stop the Carnival』でのトニー・ウィリアムスともイマイチだし、このアル・フォスターともイマイチである。

さて、当のロリンズはと言えば、これもまあ「まずまず」程度のブロウで終わっている。どうも、このライブ盤を聴く限りこのオールスターズ公演は上手くいかなかった様だ。とにかく、ベースのロン、ピアノのタイナー、テナーのロリンズ、ドラムのフォスター、いずれの長時間ソロについても、一言で言えば「退屈」。 

1970年代後半、人気沸騰のCBSソニーのハービー・ハンコックが中心の「V.S.O.P.」に対抗して,マイルストーンのプロデューサー,オリン・キープニュースが対抗して仕立てた急造グループという評価が順当だが、結果はあまり良くない。これまた実に残念なライブ盤LP二枚組である。

 
 

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2014年9月10日 (水曜日)

惜しいな〜、この2枚組のアルバム

1970年代、LPレコードの時代、LP2枚組のアルバムは、かなり高価な代物だった。1970年代後半は、日本盤LP1枚が2,300〜2,500円、LP2枚組は3,800〜4,500円程度。どう見たって高い。喫茶店で珈琲一杯が250円の時代である。だから、学生の身分で、内容を聴いたことの無いLP2枚組を購入することは、かなり思い切った「ギャンブル」だった。

ここに、Sonny Rollins『Don't Stop the Carnival』(写真左)というアルバムがある。1978年4月、サンフランシスコのthe Great American Music Hallでのライブ録音。堂々のLP2枚組のライブ盤である。1978年当時と言えば、僕はちょうど大学に入ったばかり、そして、ジャズに出会ってジャズを聴き始めた、思いっきり「超初心者」のジャズ者であった。

このアルバムのパーソネルは、Sonny Rollins (ts, ss), Mark Soskin (p, el-p), Aurell Ray (el-g), Jerome Harris (el-b), Tony Williams (ds), Donald Byrd (tp, flh)。見渡せば、ジャズ入門本に「ジャズ・ジャイアント」として出てくる、ドラムのトニー・ウィリアムスとトランペットのドナルド・バードが名を連ねている。他のジャズメンは知らないが、それはまだ、ジャズの知識が足らないが故だと思っていた。

他ならぬ、テナータイタンのソニー・ロリンズの当時の新譜である。大枚叩いて購入した。ギャンブルである。そして、聴いた。冒頭の「Don't Stop the Carnival」での豪快なロリンズのブロウに、ジャズ者初心者の僕は大満足。迫力満点、カリプソなロリンズのブロウがキャッチャーで良い。

冒頭から暫くは、ロリンズ充実のブロウが続き、これはなかなかと感じ入る内容。が、ミックスの問題なのか、ピアノとギターが弱々しくて「何してんねん」とちょっとイライラし出す。せっかく、ロリンズは好調に吹き上げているのに、どうにもこのピアノとギターがいけない。
 

Dont_stop_carnival

 
加えて、トランペットのドナルド・バードを全面にフィーチャーした曲が数曲有り、これがどうにも「???」な内容なのだ。少なくとも、このドナルド・バードのトランペットは、このアルバムの内容に全く寄与していない。凡百な出来と言って良い。

ドラムのトニー・ウィリアムスとの化学反応も期待したが、どうも、トニーとロリンズの相性はあまり良くないみたい。豪快に吹きまくるテナーに対して、トニーは絡む切っ掛けが見いだせず、ドタバタドタバタ叩くだけで、ロリンズとのコラボレーションを築けずに、アルバム2枚組が終わってしまう。

最初の4曲目までのロリンズはまずまずなんで、この2枚組のアルバムは実に惜しい。LP2枚組でリリースする意味があったのか、と訝しく思います。ロリンズの好調な曲だけをチョイスして、LP1枚ものでリリースした方が良かったのでは無いか、と思います。

よって、この『Don't Stop the Carnival』というアルバムの僕の評は「惜しいな〜、この2枚組のアルバム」。ロリンズ者にとっては手に入れなければならない盤ですが、一般にはもっと他に、聴き応えのあるアルバムがあります。無理に入手する必要は無いと思います。 

ちなみに、今ではこのアルバム、輸入盤CDで、1,000円を切る価格で手に入れる事ができます。良い時代になったというのか、LP時代の日本盤の価格設定ってなんだったんだろう、なんてふと思ったりします。まあ、良い時代になったんでしょうね、きっと・・・。

 
 

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2014年9月 9日 (火曜日)

驚愕の「アグレッシブなオルガン」

ジャズ・オルガンと言えば「ムーディー」という雰囲気がするが、意外といずれのジャズ・オルガンも「アグレッシブ」である。特に、ジャズ・オルガンの祖である、ジミー・スミス(Jimmy Smith)は、そんな中、とびきりアグレッシブである。1956年2月の録音。

そんな思いっきり尖ったアグレッシブさを感じることができるアルバムがこれ。ジミー・スミスのデビュー・アルバム。ブルーノートの1512番。『Jimmy Smith At The Organ, Vol.1 - A New Sound-A New Star』(写真左)である。

これがまあ、凄まじいばかりのアグレッシブなオルガンなのだ。昔、EL&Pのロック・キーボーディストとして名を馳せたキース・エマーソンが、注目するオルガニストとして、このジミー・スミスの名を挙げていた様な思い出がある。ジミー・スミスのオルガンは凄い、と。攻撃的でハイテクニックで凄い、と。

ふ〜ん、そうなんや、と手にして聴き始めて、冒頭の「The Way You Look Tonight」の前奏からのアグレッシブさにビックリ。真からビックリした。「驚愕」の一言である。もともとこの「The Way You Look Tonight」という曲はムーディーで柔らかい曲である。それを、思いっきりオルガンを弾き倒して、思いっきりアグレッシブな曲に変身させた。

以降、ジミー・スミスのオルガンは、ただただアグレッシブにダイナミックに疾走していく。ピアニッシモからフォルテッシモまで、オルガンの音のダイナミック・レンジが凄く広い。オルガンでこれだけダイナミズムを表現出来るオルガニストはそうそうにいないだろう。
 

Jimmy_smith_vol1

 
ちなみにこのアルバムのパーソネルは、Jimmy Smith (org), Thornel Schwartz (g), Bay Perry (ds)。オルガンは、オルガンのベースペダル鍵盤または低音の手鍵盤でベースライン弾くことが出来るので、基本的にグループの中にベーシストは存在しない。が、ギター、ドラム共に、知名度の低いミュージシャンである。

あまりにジミー・スミスのオルガンが全面に出て、前に出過ぎるので、ギターとドラムはリズム・キープに徹している。ギターは時にソロを取ることはあるが、それはあまり誉められたソロでは無い。それでも、きっとオルガンのジミー・スミスからすると、この無名に近いギターとベースがジミー・スミスにとっては気心知れた間柄であり、好きにオルガンをプレイしてもトラブルにならない二人なんだろう。

とにかく、このアルバムは、突出した表現力、凄まじいばかりのアグレッシブさ、広大なダイナミックレンジという、ジャズ・オルガンの祖、ジミー・スミスのオルガンを心ゆくまで堪能できるアルバムです。とにかく刺激は強いです。うっかりしていると「やられます」(笑)。

当時、ブルーノート・レーベルお抱えの録音技師、ルディ・バン・ゲルダーは、この広大なダイナミックレンジを誇る、このジミー・スミスのオルガンを上手く録音し、リマスタリングすることが出来なかった。それほどまでにこのジミー・スミスのオルガンのダイナミックレンジは広大なのだ。

そして、このデビュー盤が録音されて1ヶ月半後。1956年3月27日にリベンジの録音をすることになる。いやはや、凄まじきはジミー・スミスのオルガンである。
 
 
 
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2014年9月 8日 (月曜日)

耳休めをしたくなった時は・・・

我がバーチャル音楽喫茶『松和』は、ジャズが中心なんだが、ジャズが続いて、ちょっと耳休めをしたくなった時は、70年代ロックの名盤の数々をかける。これがまた耳に良いのだ。昔、夢中で聴いたアルバムから、最近、発売された発掘音源盤まで、70年代ロックは飽きない。

涼しくなった秋の入り口の季節。やっとロックを聴くにも良い気候になった。今日は、久し振りにブルース・ロックを選択。昨年の暮れにリリースされた、Eric Claptonの『Give Me Strength: The '74/'75 Recordings』(写真左)のDisc3〜4を聴く。

この『Give Me Strength: The '74/'75 Recordings』のDisc3〜4は『E.C. WAS HERE remixed and expanded version』というサブタイトルが付いている。1975年にリリースされた、クラプトンのブルース・ロックなライブ盤『E.C. WAS HERE』(写真右)の拡張盤である。

この『E.C. WAS HERE』の拡張盤は、オリジナルの『E.C. WAS HERE』の音源と70年代ライブ音源を集めた素敵なボックス盤『Crossroads 2』や『461 Ocean Boulevard』のデラックス・エディションに同梱されていた音源を再選〜再編したもので、公式な初出音源は、1974年7月20日のカリフォルニア、ロングビーチ・アリーナで収録の4曲のみ。

その4曲とは「Crossroads」「I Shot the Sheriff」「Layla」「Little Wing」。その内容は「まあまあ」。それでも公式盤では初出である。ブートに手を出さない「健全な」クラプトン者としては聴く価値はある。
 

Give_me_strength_2

 
でも、やっぱり、オリジナルの『E.C. WAS HERE』の音源が一番出来が良い。続いて『Crossroads 2』、そして、『461 Ocean Boulevard』のデラックス・エディションの順かなあ。後になればなるほど、演奏のレベルは荒くなったり冗長になったり、少しずつ落ちる。が、許容の範囲内ではある。

オリジナルの『E.C. WAS HERE』の音源を中心に、『Crossroads 2』や『461 Ocean Boulevard』のデラックス・エディションからのライブ音源を併せて2CDのアルバム形式に再編して聴くと、これはこれで「アリ」かなと思う。

とにかく『Smile』から始まるのが良い。このチャーリー・チャップリン作曲の映画『モダン・タイムス』のテーマ曲。この曲が僕は大好きなのだ。この『Smile』を、クラプトンが渋くカバーするのだから堪らない。そして、2曲目のオリジナルの『E.C. WAS HERE』の音源「Have You Ever Loved A Woman」に取って代わる。

この冒頭2曲のブルース・ロックの雄としての「スローハンド・クラプトン」なエレギの演奏には惚れ惚れする。そして、渋い渋いクラプトンのボーカル。そして、脇を固めるジョージ・テリーのハイテク・エレギ。

ほどんどが既出のライブ音源なのですがねえ。こうやって再選して再編したCD2枚を通して聴くと、やはり良いんですよね。やはり、この時期のクラプトンは、レイド・バックしたとか、レゲエに走ったとか、AORに走ったとか、いろいろ言われたが、ブルース・ロックの雄としての「スローハンド・クラプトン」なエレギの演奏は最高に充実していたのだ。

 
 

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2014年9月 7日 (日曜日)

サンタナ単独名義のインスト盤

カルロス・サンタナの1970年代の音源を聴き直している。グループとしての「サンタナ」名義のアルバムは目出度く聴き直し完了。変わって、カルロス・サンタナ個人名義のアルバムを聴き直している。

Carlos Santana『Oneness - Silver Dreams Golden Reality』(写真)。1979年リリースのスピリチュアルでプログレッシブな、スケールの大きい壮大なロック絵巻。サンタナは個人名義で「スピリチュアルなフュージョン・ロック」なアルバムを幾枚かリリースしているが、このアルバムはそんな中の一枚。カルロス・サンタナ単独名義は「初」だったかな。

ジャケットの石仏の写真(これは圧巻ですね)とアルバム冒頭の「The Chosen Hour」の出だしの「チーン」という鐘の音だけで、これはカルロス・サンタナお得意の「スピリチュアルな音世界」が広がるんだな、と身構える。どんなスピリチュアルな音世界になるのか、ハードでアブストラクトな音はちょっと嫌やなあ、とか思いつつ恐る恐る聴き進める。

2曲目の「Arise Awake」以降、目眩くプログレッシブなスケールの大きい壮大なフュージョン・ロックが展開される。しかも、サンタナのエレギ弾きまくり。サンタナのギター・フレーズを構成する音楽的要素、ブルース、ラテン、ジャズ、ポップ、クロスオーバーなどの全てが織り交ぜられたギター・インストは圧巻です。
 

Oneness

 
平均3〜4分の比較的短い曲が15曲続く構成で、音の印象や展開が適度に変化するので、ギター・インスト中心の演奏ですが、アルバム全体を聴き通す中で、決して飽きが来ません。特に1曲目の「Chosen Hour」から6曲目の「Victory」までは、大阪でのライブテイクが収録されていて、エモーショナルかつプログレッシブな展開と疾走感が素晴らしい。

70年代ロックの世界では、ギター・インストと言えば、ジェフ・ベックの名前とアルバムが必ず出てきますが、どうして、このカルロス・サンタナのギター・インスト盤は、ジェフ・ベックのギター・インスト盤と比肩するレベルの高いものです。僕は、この『ワンネス』というギター・インスト盤が日本であまり評価されていないのが意外です。

スピリチュアルで宗教色が濃いところがネックなんでしょうか。まあ、リリース当時は「ロックに宗教色を持ち込むなんて」とか「ロックにスピリチュアルな表現はいらない」とか、結構、辛辣に揶揄されたので、その影響が大きかったのでしょうね。心ない評論って、今から振り返れば、結構な「営業妨害」ですね(笑)。

でも、この『ワンネス』は、宗教色、スピリチュアルな側面もあっさりしていて、十分にギター・インスト盤として、純粋に楽しめるものです。カルロス・サンタナの目眩くギター・インストの世界を堪能して下さい。

 
 

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2014年9月 6日 (土曜日)

僕は「ベンチのシルバー」と呼ぶ

アート・ブレイキー(Art Blakey)と共に「The Jazz Messengers」を立ち上げたホレス・シルバー(Horace Silver)。立ち上げ当時のネーミングは「Horace Silver And The Jazz Messengers」。シルバーがリーダーだった。

その後、宗教上の理由とかで、ブレイキーと袂を分かつことになる。ブレイキーに「The Jazz Messengers」の名前のみを譲り、他のメンバーはシルバーに付いた。その後、ブレイキーについては低迷状態が続く。逆に、シルバーはハードバップ初期の代表的名盤の一枚をリリースし、順風満帆な音楽活動を展開する。

そのハードバップ初期の代表的名盤の一枚が、Horace Silver『6 Pieces of Silver』(写真左)。ブルーノート1539番。コートに身を固めたシルバーがベンチに座り新聞を読む写真も格好良いジャケットが印象的。僕は勝手に「ベンチのシルバー」と呼ぶ。

1956年11月の録音。ちなみに主要なパーソネルは、Horace Silver (p), Donald Byrd (tp), Hank Mobley (ts), Doug Watkins (b), Louis Hayes (ds)。「Horace Silver And The Jazz Messengers」から、ドラムのアート・ブレイキーを抜いて、ルイ・ヘイズに代えただけの布陣。

しかし、このルイ・ヘイズへのドラマー交代で、グループのサウンドはガラッと変わっている。野太いタイトなダグ・ワトキンスのベースと合わせたリズム&ビートは、カッチリとまとまったシャープな印象。シルバーのピアノには、こんな輪郭のクッキリとした、タイトでシャープなリズム&ビートが良い。
 
 
6_pieces_of_silver
 
 
このアルバムでは、ラストの「For Heaven's Sake」以外、収録7曲中6曲をシルバーが手がけている。それでもってタイトルが『6 Pieces of Silver』。1曲目の「Cool Eyes」からハードバップな展開が印象的。それぞれがしっかりとソロを取り、そのソロもイマージネーション溢れるアドリブ・フレーズ満載。そして、曲の旋律から滲み出るシルバーのファンクネス。

2曲目の「Shirl」が、この新生ホレス・シルバー・クインテットを象徴する演奏。ホレス・シルヴァーのピアノから始まるバラード曲で、ドラムのルイス・ヘイズと歩調を合わせるようにシルバーのピアノに追従し、ダグ・ワトキンスのベースが演奏の底を締める。ホーンセクションは参加しないピアノ・トリオ作品で、この表現が新しく、このクインテットの特徴的な音でもある。

5曲目の「Senor Blues(セニョール・ブルース)」は名曲。ホレス・シルバーの音の個性がギッシリ詰まっている。ダンディズム溢れるペットとテナーの響き。底に流れる小粋なファンクネス。演奏全体のトーンは「アーバンなクール」。都会の夜のクールでアダルトな音の味わい。印象的なテーマの旋律。ハードバップ初期のヒット曲である。

ジャズとして、ハードバップとして、アーティスティックにまとめ上げられた良盤。さすがはブルーノート、さすがはアルフレッド・ライオン。ややもすれば猥雑となりがちな「ファンキーなハードバップ」を、しっかりとしたリハーサルとシルバーのペンの力で、ハードバップ初期の代表的名盤の一枚に仕立て上げられた。その手腕に脱帽である。
 
 
 
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2014年9月 5日 (金曜日)

哲人ベーシストのデュオ集です

2014年7月11日、ひとりのジャズ・ベーシストがあの世に旅立った。チャーリー・ヘイデン(Charlie Haden)。思索的なベース・プレイを感じて、僕は彼を「ジャズ・ベーシストの哲人」と呼ぶ。そんな「哲人」が遂に鬼籍に入ってしまった。残念である。

僕がチャーリー・ヘイデンの名を知ったのは、Ornette Colemanのあの問題作『The Shape of Jazz to Come(ジャズ来たるべきもの)』のベーシストとしてである。あの限りなくフリーキーなオーネットのアルトの底をしっかりと支えるベース。支えるだけで無く、その柔軟で暖かく硬質なラインで存在を主張するベース。

ジャズ者初心者の僕にでも、そのベーシストが優れものであり、ワン・アンド・オンリーな存在だと言うことが判った。思わず、思った「誰だろう」。その瞬間以降、「チャーリー・ヘイデン」の名前は僕の記憶に留まることになる。

そして、その後、直ぐにこのアルバムに出会う。Charlie Haden『Closeness』(写真左)。1976年のリリース。チャーリー・ヘイデンお得意のデュエット集。アルバムに収録された演奏は全4曲だが、リーダーのベースシスト、チャーリー・ヘイデンは変わらないが、曲毎にデュオの相手が変わる。

1曲目の「Ellen David」の相手はキース・ジャレット(Keith Jarrett)。硬質でリリカルで耽美的なキースのピアノに相対するヘイデンの柔軟で暖かく硬質なライン。この二人の相性はバッチリ。しかし、二人とも主張するタイプなので、以降、共演することはあまり無かった。それでも、このデュオ演奏は良く出来ている。この1曲だけでもこの盤は「買い」だ。

2曲目の「O.C.」は、1959年の『The Shape of Jazz to Come(ジャズ来たるべきもの)』で共演した、フリーキーなアルトの怪人、オーネット・コールマン(Ornette Coleman)とのデュオ。『ジャズ来るべきもの』で共演しているので、お互いを知り尽くしている間柄。手慣れたデュオが展開される。あまりに手慣れ過ぎていて、ゴツゴツとしたところが無いのが玉に瑕。
 

Charlie_haden_closeness

 
3曲目「For Turiya」は、アリス・コルトレーン(Alice Coltrane)とのデュオ。アリスはピアノでは無くハープで参戦。音の抑揚や陰影が浅いハープはさすがに辛い。テクニックに問題があるのか、楽器自体に問題があるのか、定かでは無いが、このベースとハープのデュオはいただけない。特に、ハープに問題あり、と思っている。クラシックの様にハープを弾いても決してジャズにはならない。さすがに、このデュオ演奏はちょっと退屈。

4曲目の「For a Free Portugal」は、ドラム&パーカッションのポール・モチアン(Paul Motian)とのデュオ。ヘイデンの「唄う様なベース」が炸裂する。なにもベースラインをキープし供給するだけが、ジャズ・ベーシストの特徴では無い。唄う様に様々な旋律を奏でることだって、ベーシストの個性である。ドラム&パーカッションの響きは、アフリカン・ネイティブなもの。ベースとドラムのデュオ。意外と聴いてしまう不思議なトラック。

ハープのジャズはちとしんどいみたいだが、アルバム全体の雰囲気は実に良いもの。特に、ジャズ・ベーシストの哲人、チャーリー・ヘイデンのベース・プレイの素晴らしさは定評あるもの。このアルバムからも判る様に、ヘイデンはデュオが得意そうだ。アップテンポのウォーキング・ベースも揺らぎ無く、テクニックも優秀。

欧州風の美しいジャケットも良い。しかし、最近、このCharlie Haden『Closeness』のCDジャケットが写真右の様な、実に趣味の悪い、凡百なデザインに変わっている。収録されている演奏は同じなんだから、と妙な我慢をするジャズ者の方々の気持ちは理解出来ない。この『Closeness』のジャケットは、リリース当初のデザインに統一してもらいたい。 

 

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2014年9月 4日 (木曜日)

この組合せは意外と絶妙である

確かに、この組合せは意外と思いつく。例えば、Dave Brubeck Quartetの『Time Out』を聴きながら、ポール・デスモンドの柔らかでリリカルでスインギーなアルトの音を聴きつつ、Moden Jazz Quartet(MJQ)の『Django』を聴いて、MJQの典雅な響きと硬派でスインギーな演奏を聴いて、このデスモンドとMJQと組み合わせたら「どうなんだろう」と想像する。

そんな想像に対する具体的な答えの様なアルバムがある。『The Only Recorded Performance of Paul Desmond With Modern Jazz Quartet』(写真左)。邦題は『MJQ・ウィズ・ポール・デスモンド』。1971年12月25日、NYのタウンホールでのライブ録音。ちなみに、パーソネルは、Paul Desmond (as), John Lewis (p), Milt Jackson (vib), Percy Heath (b), Connie Kay (ds)。

ポール・デスモンドのアルトはスインギー、MJQの演奏もスインギー。スインギーつながりで絶対のこの組合せは「合う」。このライブ盤の冒頭の「Greensleeves」の出だしを聴けば、これはやっぱり「合う」ということを確信する。

クラシックな要素を取り入れたり、フロント楽器がヴァイブだったりして、ちょっとソフト&メロウでムーディーな演奏が特徴と誤解してしまう傾向が強いが、もともとMJQは硬派な演奏が身上。ピアニストのジョン・ルイスのアレンジは流麗だが、カルテットの4人の演奏は、それぞれ硬派でスインギー。

そういう意味で、そんな硬派でスインギーなカルテットをバックに、デスモンドのアルトが実に映える。MJQの演奏をバックにすると、ポール・デスモンドの柔らかでリリカルでスインギーなアルトの音が一層際立つ。そして、両者の共通項は「スインギー」。デスモンドとMJQは「スインギー」という共通項のもと、最適にコラボする。

1. Greensleeves (Traditional)
2. You Go To My Head
3. Blue Dove
4. Jesus Christ Superstar
5. Here's That Rainy Day
6. East Of The Sun
7. Bag's New Groove
 

Mjq_desmond

 
収録曲は上記の通り。実に魅力的ですね。トラディショナルの「グリーンスリーブス」でのデスモンドのアルトとMJQの演奏との対比が素晴らしい。柔らかいデスモンドのアルトに対する硬派な演奏のMJQ。そんな対比が際立つアレンジも聴きどころのひとつ。もともと甘い旋律を持つ「Greensleeves」なんだが、意外と硬派な響きにちょっとビックリ。

ジャズ・スタンダード曲中心に収録曲が選曲されていますが、4曲目の「Jesus Christ Superstar」の存在に思わずニヤリとします。映画にもなったロック・オペラのテーマ曲なんですが、これがジャズとして演奏されるなんて思いもしませんでした。この曲はさすがにジャズにはならんだろう、と思っていたのですが、これがまあ、堂々の「ジャズ」。アレンジの勝利とアドリブ力の勝利ですね。

さて、CDの音源としては、現在入手できるものは、Paul Desmond & The Modern Jazz Quartet『Live In New York 1971』(写真右)というアルバムの前半7曲が、この『MJQ・ウィズ・ポール・デスモンド』の音源とイコールです。もともとの『MJQ・ウィズ・ポール・デスモンド』のLPやCDはなかなか手に入らないので注意が必要です。

とにかく聴いて楽しい組合せ。このデスモンドとMJQの組合せは、このアルバムが唯一。意外ですね。まあ、1971年という時代、商業ロックと米国ポップスの興隆というジャズを取り巻く環境を鑑みると、仕方の無いことでしょうか。柔らかでリリカルで硬派でスインギーなジャズは、当時はポップス音楽として大衆的に受けが悪かったと思います。

たしか、日本での初出は1981年であったような記憶があります。このアルバムを手にして初めて聴いた時は、ちょっと刺激が足らないなあ、良いジャズだけど何となく古いなあ、と感じました。今は違いますよ。こんな小粋で素敵なライブ盤はなかなかありません。組合せの妙ということで、ジャズ者の皆さんに世代を問わずお勧めです。

 
 

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2014年9月 3日 (水曜日)

ビッグバンド・ジャズは楽し・33

涼しくなった。もう猛暑に戻ることは無いだろう。涼しい風が吹くと、ハードなビッグバンド・ジャズを聴いても汗をかかなくなる。汗をかきながら聴くビッグバンド・ジャズは辛い。

チャールズ・ミンガス(Charles Mingus)のビッグバンド・ジャズは僕は大好きなのだが、このミンガスのビッグバンド・ジャズでどうしても聴きたいアルバムがあった。1989年にリリースされた『Epitaph』(写真左)。縁が無いのか、なかなか手に入らず、やっとのことで中古盤で手に入れた。

ミンガスが逝去したのは、1979年1月5日。それから10年。未亡人(スー・ミンガス: Sue Mingus)は遺作の組曲をまとめ上げ、リンカーン・センターでガンサー・シュラーの指揮で発表。その時のライブ音源がこの『Epitaph』。CD2枚組の大作である。

リンカーン・センターでの演奏なので、ビッグバンドに参加しているメンバーもハンパでは無い。トランペットに、ランディ・ブレッカー、ウィントン・マルサリス、ルー・ソロフの名前が見える。アルトにボビー・ワトソン、テナーにジョージ・アダムス、ピアノにジョン・ヒックス、ローランド・ハナ。それから、ギターにジョン・アバークロンビー、ドラムにビクター・ルイス。

1989年6月の録音で、当時のジャズの最先端をいく若手から中堅メンバーを中心に、ビッグバンドが組まれていて、その出てくる音といったら、これまた半端ではない。迫力満点、疾走感満点、力感のあるぶ厚いサウンド。硬質・硬派な、ミンガス・ジャズにピッタリのサウンド。
 

Mingus_epitaph

 
CD2枚組のボリュームながら、収録されたどの曲もどの演奏も、ミンガス・ミュージックそのもの。ミンガスは鬼籍に入っているので、当然、このパフォーマンスには登場しない。しかし、あたかもミンガスがベースを演奏しつつ、ミンガスが指揮をしているかの様な、圧倒的なミンガス節が素晴らしい。この演奏にはミンガスはいない。しかし、この圧倒的なミンガスの存在感はどうだろう。

ミンガスの作曲家としての優秀性が、ミンガス無くして、ミンガスを強烈に感じさせるのだ。米国ルーツ・ミュージックを様々な形で融合し、フリーやモーダルなど自由度溢れる展開も積極的に織り交ぜ、ジャズの基本であるブルージー&ジャジーな基本ラインを核に、圧倒的な構築力で、複雑ではあるが聴き易さも追求した、唯一無二のミンガス節を表現している。

そして、そのミンガス・ミュージックを、当時のジャズの最先端をいく若手から中堅メンバーが、テクニックの全てを尽くして展開していく。ミンガスの楽譜って、結構、難しいらしい。

あの歴代のトランペッターの中で一番のテクニシャンであるウイントン・マルサリスですら、この『Epitaph』の初演では、トランペット・パートの複雑で演奏者泣かせのフレーズが故に、根負けして弱音を吐いたそうだ。そんな複雑なミンガス・ミュージックではあるが、聴く方に回ると意外と判り易く、聴き心地もなかなか良いのだから面白い。

この『Epitaph』は、ミンガスがそこに居ないが故に、ミンガス・ミュージックの本質と個性を十二分に教えてくれる。そして、当時のジャズの最先端をいく若手から中堅メンバーを中心に構成されたCharles Mingus Big Bandの凄みのある演奏は、ミンガス・ミュージックの本質を存分に追体験させてくれる。

 
 

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2014年9月 2日 (火曜日)

ビッグバンド・ジャズは楽し・32

僕は、現代のビッグバンドの中でも、Maria Schneider Jazz Orchestraが大好きだ。マリア・シュナイダー(Maria Schneider)率いるジャズ・オーケストラ。パーマネントな活動を続けるビッグバンドとしては屈指の存在だ。

マリア・シュナイダーのジャズオケを好きな理由は、僕のこれまた好きなビッグバンドのコンダクター&アレンジャーの音の遺産をしっかりと引き継いで発展させているからだ。シュナイダーの師事したコンダクター&アレンジャーの一人が、ボブ・ブルックマイヤー。そして、もう一人がギル・エバンス。

ボブ・ブルックマイヤーについては、ポジティブにオープンに重ねたユニゾン&ハーモニーと、整然としたアンサンブルをバックにした、これまた整然としたアドリブ展開を、シュナイダーはしっかりと引き継いでいる。加えてパンチのあるアレンジは、実にビッグバンドとして聴き易く、判り易い音世界を提供してくれる。

ギル・エバンスについては、間の活かし方、木管楽器などユニークな楽器の組合せと低音の個性、モーダルな拡がりを持つ、墨絵のような濃淡のあるユニゾン&ハーモニー。そんなギル・エバンスのコンダクター&アレンジャーとしての個性をシュナイダーはしっかりと引き継いでいる。加えてエレクトリックな楽器の取り回し方と活かし方は、師匠のギル・エバンスの先を行く先進的なもの。

そんなシュナイダーの手腕が十分に味わえるアルバムが「これ」。Maria Schneider Jazz Orchestra『Coming About』(写真左)。1995年リリースのシュナイダー主宰のMaria Schneider Jazz Orchestraのセカンド盤。ジャズオケを指揮をする魅力的なシュナイダーの写真を使ったジャケットが印象的。
 

Coming_about

 
アレンジの個性と秀逸さは、スタンダード曲となった、2曲目「Love Theme From 'Spartacus' (スパルタカス・愛のテーマ)」と6曲目「Giant Steps」で体感出来る。特に「Giant Steps」については、このジャズオケの優秀さも大いに感じることが出来る。このシーツ・オブ・サウンドの塊の、どんどんコード・チェンジしていく曲を、疾走感を振りまきながら演奏しまくっていく。凄まじいテクニックである。

コンポーザーとしての個性と優秀さは、3曲目〜5曲目にかけての組曲「Scenes From Childhood」で十分に感じることができる。シュナイダーの書く曲は、決して「黒く」は無い。粘りも無ければ、ファンクネスも殆ど感じない。パット・メセニーの様な、フォーキーでネーチャーなシンプルで清涼感のある曲が個性。

そんな曲が、ブルックマイヤー風およびギル・エバンス風なアレンジに乗って、高テクニックなジャズオケが演奏しまくるのだから圧巻である。時にモーダルに、時に限りなくフリーに接近したアンサンブルも披露するのだから懐が深い。

日本ではなかなか大手のレコード会社は触手を伸ばさなかったのだが、このセカンド盤辺りから、大学のジャズ・オーケストラを中心に、マリア・シュナイダーの人気に火が付いた。今でも、一般にはなかなか入手するのに骨が折れるが、マリア・シュナイダーの人気は堅調である。さすが、日本の各大学のジャズ・オーケストラはレベルが高い。感心である。

マリア・シュナイダーは指揮する姿はダイナミックでエネルギッシュですが、普段はなかなかにキュートな才媛です。作曲面でも女性ならではのきめ細やかさもあり、日本を代表する穐吉敏子さんにも相通じるものがあります。現代のジャズオケとして、これからも長く恒常的な活動を続けて行って欲しいと願っています。 

 
 

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2014年9月 1日 (月曜日)

正規盤で「ロスト・カルテット」

基本的に、マイルス・デイヴィスのアルバムについては、海賊盤(ブート)には手を出さない。マイルスのブートは優れたものが多く、しかも、リリースされた数もかなり多い。マイルスのアルバム・コレクションの対象について、数多い正規盤に加えてブートまでも加えたら、とてもでは無いが、通常のサラリーマンでは資金的に困難が伴う。

よって、僕はマイルスについては正規盤にしか、基本的に手を出さない。であるが、この21世紀に入っても、正規盤にてマイルスの初出の音源が出てくるのだから、マイルスの正規盤に絞ったアルバム・コレクションは手がかかるし、全く終わりが無い(笑)。

このMiles Davis『Bitches Brew Live』(写真左)も、その初出の音源を伴った正規盤。前半の1曲目〜3曲目が、正規盤としては未発表音源。1969年7月5日、ニューポート・ジャズ・フェスティバルにおけるライブ音源。ちなみに、パーソネルは、Miles Davis (tp), Chick Corea (el-p), Dave Holland (b), Jack DeJohnette (ds)。「ロスト・クインテット」と呼ばれる伝説のカルテットのうちの4人。Wayne Shorter (ts) がいない。

何が「ロスト・クインテット」じゃ、4人しかいないじゃないか、これじゃ「ロスト・カルテット」だろう、と思われるかも知れませんが、それは正解です。このニューポート・ジャズ・フェスティバルのライブ音源は「ショーター、交通渋滞による遅刻が原因のロスト・カルテット編成」。まあ、確かに「ロスト・カルテット」ですね(笑)。

このニューポート・ジャズ・フェスティバルのライブ音源については、正規盤ではこれが初出。「ロスト・カルテット(クインテット)」の評判通り、凄まじいばかりのテンションとエネルギー。最も尖ったエレクトリック・ジャズのライブ音源のひとつがここにある。超弩級の重さと疾走感を併せもったリズム&ビート。この凄まじい重量感と疾走感を、たった4人のジャズメンで表現するとは、いやはや、凄い面子である。
 
 
Bitches_brew_live_2
 
 
ちなみに、この1969年のニューポート・ジャズ・フェスティバルとは言え、何とレッド・ツェッペリン、ジェスロ・タル、そしてスライ・アンド・ファミリー・ストーンを呼んでいる。

ジェスロ・タルが7月4日、マイルスが7月5日、レッド・ツェッペリンが7月6日に演奏しているのだ。この他の共演するロック・バンドの音を考えた時、それに負けない、それを凌駕する為にマイルスが考え抜いた音世界が、この「ロスト・カルテット(クインテット)」の演奏である。

そして、この「ロスト・カルテット(クインテット)」に続く6曲は、有名なワイト島フェスティバルでのライブ音源。こちらは初出では無い。かつて、LP/CDでリリースされたこともあったが廃盤状態。現在ではDVDでのみ視聴できる音源となっており、リマスタリングを施してCDとしてリイシューされたこのCDは、これまた、正規盤を中心にコレクションするマイルス者にとっては、これまた貴重な音源として歓迎されるべきものである。

1970年8月29日の録音。ちなみにパーソネルは、Miles Davis (tp), Gary Bartz (ts, ss), Chick Corea (el-p), Keith Jarrett (el-org), Dave Holland (el-b), Jack DeJohnette (ds), Airto Moreira (per, cuica)。これまた、伝説のチック=キースのツイン・キーボードを擁したエレ・マイルス七重奏団である。

タイトルは『Bitches Brew Live』なんですが、正確には、あのエレ・マイルスの大名盤『Bitches Brew』発表の前後に行なわれたライブの模様を収録したライブ盤です。Miles Davis 『1969 Miles』に続いて、「ロスト・カルテット(クインテット)」のライブ演奏が正規盤で聴ける世の中になりました。長生きはしてみるものですね(笑)。


震災から3年5ヶ月。決して忘れない。まだ3年5ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

Never_giveup_4

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