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2014年8月の記事

2014年8月31日 (日曜日)

秋の季節にフェンダー・ローズ

本当に涼しくなった。もはや秋である。昼は残暑、朝夕は涼しさ忍び寄る「晩夏」の季節については、今年は省略。涼しいがどこか物寂しい秋の気候には、フェンダー・ローズの響きが良く似合う。情緒的で揺らぎのある印象的な音が特徴のフェンダー・ローズ。

このフェンダー・ローズの音の個性は、最終的には実際に聴いて頂くしかないのだが、このフェンダー・ローズの音を心ゆくまで実感出来るアルバムがある。Rob Franken『I'M GONNA LOVE YOU』(写真左)。

ロブ・フランケンはオランダのジャズ・ピアニスト。1941年8月生まれ、1983年12月没。まだまだ先のある42歳で逝去している。しかし、彼の残したリーダー・アルバムの中で、とりわけ、フェンダー・ローズの音色が実に素晴らしい。人は彼のことを「フェンダー・ローズに愛された男」と呼ぶ。

このアルバムは、そんなロブ・フランケンの数少ないリーダー作品の中でも、フェンダー・ローズの音色が美しい、ソフト&メロウなジャズ盤です。しかも加えて、シンセサイザーの使い方と音色、そして、アコースティック・ピアノの織り交ぜ方が秀逸で、マルチ・キーボードの秀作として十分に楽しめます。
 

Rob_franken_im_gonna_love_you

 
このアルバムは、ポップな選曲も魅力で、ロック&ソウル畑からの、スティーヴィー・ワンダーの「All In Love Is Affair(恋)」や0ccの「I'm Not in Love」、ジャズ・スタンダードの「What a difference a day made(縁は異なもの)」や「Lush Life」など、ソフト&メロウなアレンジを施すことで、フェンダー・ローズの個性的な響きを最大限に引き出しています。

確かに、ジャズの世界の中で、フェンダー・ローズをメインに弾くキーボード奏者は他にはいません。あくまで、メインはアコースティック・ピアノなんですよね。

メインでは無いにしろ、サブとしてのフェンダー・ローズの使い手としては、ジャズ界においては、チック・コリア、ハービー・ハンコック、リチャード・ティーなど、エレクトリック・キーボードの使い手中心にかなりの人数がいます。逆にロック畑には、フェンダー・ローズの使い手って、殆ど見当たらないんですよね。ソフト&メロウな音色がロックには合わないのでしょうか。

涼しいがどこか物寂しい秋の気候には、フェンダー・ローズの響きが良く似合う。開け放った窓から吹き込む、秋を十分に感じさせる涼しい風に吹かれながらのフェンダー・ローズの響きに、心が思わずリラックスします。

 
 

震災から3年5ヶ月。決して忘れない。まだ3年5ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2014年8月30日 (土曜日)

簡単そうだが、実は複雑で難しい

いや〜急に涼しくなった。火曜日辺りからグッと気温が下がった。8月最終週というのに、いきなり9月下旬から10月初旬の気温へ、ガタッと下がった。朝夜は半袖ではかなり肌寒い。風も涼しい西風に変わった。

ここまで涼しくなると、やっとジャズも落ち着いて聴ける様な環境になる。やはり、蒸し暑いとジャズを聴くのが辛くなる時がある。さすがに真夏は、ハードなジャズ、例えば、フリー・ジャズやビ・バップは避けて通りがちになる。テンションの高い、モーダルなジャズもちょっとしんどいなあ。

しかし、秋の気配が感じられる晩夏の季節になると、ハードなジャズの中でも、1曲短時間勝負のビ・バップ辺りから復活し始める。テーマに選んだ曲の旋律の耳当たりの良さとアドリブラインの流麗さが、涼しくなり始めた晩夏の季節にまずますフィットする。

今日、聴いたビ・バップのアルバムが、Charlie Parker『The Genius of Charlie Parker, #7 - Jazz Perennial』(写真左)。ビ・バップの祖の一人、天才アルト・サックス奏者チャーリー・パーカーの活動晩年のセッション集である。

この頃のアルバムと言うのは、様々なセッションから曲を寄せ集めてアルバム化してリリースすることが多く、このアルバムも「The Genius of Charlie Parker」シリーズの第7集の位置付け。1949年2月〜3月、1949年5月、1950年4月、1953年5月のそれぞれのセッションからの選曲集である。
 

Jazz_peremmial

 
寄せ集めではあるが、チャーリー・パーカーのアルト・サックスはどのセッションでもブレが無く、複数のセッションからの寄せ集めの選曲でも、意外と統一感がある。後は、どういう観点で選曲したかで、そのアルバムのトーンが決まることが多くて、このアルバムは、1949年から1953年にかけてのコンボからオーケストラまでの4種のセッションを収録しており、演奏形式の統一感は無い。

それでも、さすがにパーカーのアルトは切れ味鋭く、訴求力高くかつ流麗。1曲目「Cardboard」のアドリブから、しっかりと耳を奪われる。アルト・サックスなので、吹き上げる時に、ちょっと金属的な音が特徴のブロウが耳につくことが多いのだが、このアルバムのパーカーのブロウは比較的穏やか。流麗なアドリブラインが実に魅力的。

5曲目の「Star Eyes」は傑作。曲の冒頭から、とにかく、パーカーは淡々と吹き進めていく訳だが、そのアドリブ・フレーズが流麗かつ複雑。簡単そうに聴こえるが、意外と複雑なアドリブラインを吹き上げている。

パーカーの凄みというのは、こういうところにあって、簡単に淡々と吹いている様に聴こえるが、意外と複雑で難しいラインを吹いていることが多い。簡単そうに聴こえるが、実は複雑で難しい。そんなインプロビゼーションがテンション高い演奏として聴こえたりするのだ。

涼しくなって、我がバーチャル音楽喫茶『松和』にやっと復活したビ・バップ・ジャズ。復活始めは「チャーリー・パーカー」。ヴァーブ時代の天才アルト・サックス奏者チャーリー・パーカーの活動晩年のセッション集を聴く。改めて、パーカーの凄みに触れて、なんだか豊かな心持ちになった。さすがにパーカーは凄い。

 
 

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2014年8月29日 (金曜日)

橋本一子、思わず「再評価」です

グラミー賞ベストR&Bアルバムを獲得、一躍世界から注目を集めた衝撃作『ブラック・レディオ』 を引っさげ、メジャーとなったロバート・グラスパー。基本は「ヒップホップ」。そこに、オルタナなビートが漂いながら、メンストリーム・ジャズの要素が織り込まれていく。2012年のことであった。

アンブローズ・アキンムシーレ。『When the Heart Emerges Glistening』。邦題『うちなる閃光』。このアルバムには、現代ジャズのトレンドが、現代ジャズのスタイルがギッシリと詰まっている。朗読の響きは、まさにヒップホップ。これまでのジャズが経験してきた様々なスタイルに加えて、他の様々な音楽ジャンルの個性を様々な形で吸収した音世界は、ストレートに「新しさ」を感じさせてくれる。2011年のことであった。

この2枚のジャズ界最先端の音を聴いていて、どこかで聴いたことがある、と思い立った。そうそう、橋本一子『UB-X』(写真左)が同様な響きをしていた様な気がして、思わず聴き直してみた。

橋本一子はキーボード奏者。1980年のYMO初の国内ツアー「TECHNOPOLIS 2000-20」をサポートした時、僕はその存在を初めて知った。確かなテクニックと個性あるタッチに裏打ちされた、コンテンポラリーなジャズ系キーボードの音世界。これは凄い個性だなあ、と当時感じ入ったのを覚えている。

橋本一子はピアノ以外での個性に、外国語風のボイス・パフォーマンスがある。発声の形態は囁き、呟きの類からスキャット、シャウトに至るまで様々。正確には外国語では無い。自身も、声という「楽器」として捉えている。これがまた、とても幻想的でエスニックな響きに溢れていて、聴いていてとても素晴らしい雰囲気に感じ入る。

その橋本のピアノとボイス・パフォーマンスを堪能できるアルバムが、この橋本一子『UB-X』である。2006年のリリース。1999年に突然ピアノ・トリオ・アルバム『マイルス・アウェイ』を引っさげて、ジャズに乗り込んできた。そして、この『UB-X』。とにかく、ジャズとしての新しい響きに満ちている。
 

Ubx

 
ピアノが良い。しっかりとしたタッチで芯はあるが浮遊感溢れるモーダルなピアノ。クールな響きが凄く魅力的。これが2006年のコンテンポラリーなジャズ・ピアノの音か、とビックリする。橋本一子は素晴らしい。ファンキーな香りが全くしない、日本人ならではのクールなピアノの響きがとても良い。

そして、外国語風のボイス・パフォーマンスが良い。ほとんど、まるで限りなくクールな「ヒップホップ」。オルタナなジャジーなビートが重なり、クールでコンテンポラリーな独特の音の響きが良い。このボイス・パフォーマンスにはファンクネスは皆無。それでも響きは「ヒップホップ」。ジャジーなリズム&ビートがその響きを演出する。

この新しい響きを宿したアルバムが、2006年に日本人の手で創られたことに思わず胸を張る。逆にかえすがえすも残念に思う。この音世界がジャズ界に受け入れられるのは2010年を過ぎてから。

2006年は早すぎた。日本では一部の先進的で誠実な評論家やジャズ・ミュージシャンから絶賛されたが、ジャズ雑誌では大きく採り上げられることは無く、広く知られることは無かった。

2010年を過ぎて、アンブローズ・アキンムシーレやロバート・グラスパーなどが出てきて、やっと、この橋本一子の『UB-X』も再評価されても良い時代になった。実際に、このアルバムを聴き直して、現在のジャズの最先端に位置する音世界がギッシリ詰まっていることを確認した。橋本一子、再評価である。

このアルバムで、コンテンポラリーで魅力的な演奏を展開するのは「Future Trio」。そのパーソネルは、橋本一子 (p,voice), 井野信義 (b), 藤本敦夫(ds)。日本のジャズもなかなかイケてる。さすが「ジャズ先進国」である。

 
 

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2014年8月28日 (木曜日)

前作と表裏一体の「兄弟盤」です

前作の『The Way I fell』は、前半の曲の中で、突如出てくるフリーキーなブロウが惜しい。このフリーキーなブロウが無ければ、他の曲のロリンズのブロウの質の高さから評価して、このアルバムはロリンズの代表作の一枚になったと思うだけに、実に惜しいアルバムであった。

そんな「惜しい」アルバムの次のアルバムが、Sonny Rollins 『Easy Living』(写真左)。1977年8月の録音。ちなみにパーソネルは、Sonny Rollins (ts, ss), George Duke (p, el-p), Tony Williams (ds), Paul Jackson (el-b) が中心。

このアルバムのセッションには、フュージョン畑から、ジョージ・デュークがキーボードで、ポール・ジャクソンがエレクトリック・ベースで参加。特に、ジョージ・デュークは、本来、コッテコテのファンキー&ソウルなキーボードなんだが、このアルバムでは、ロリンズに感化されて、純ジャズ的なアプローチを聴かせるところが微笑ましい。

ポール・ジャクソンは、ハービー・ハンコックの『ヘッドハンターズ』にも参加したコッテコテのファンキー・ベーシスト。このコッテコテなファンキー・ベースもロリンズのバックに回ると、ロリンズのブロウに感化されて、純ジャズ的なアプローチに変身するから、これまた面白い。

ドラムは、なんとあの永遠の天才ドラマーのトニー・ウィリアムス。1960年代のマイルスの黄金のクインテットの一員として一世を風靡した天才である。限りなくフリーでモーダルなドラミングが身上の思いっきり尖ったドラミングが身上なのだが、このトニーもロリンズのバックでは、大人しく純ジャズ的な趣味の良いドラミングに終始するから面白い。

さて、このアルバムのトピックは、何と言っても冒頭の「Isn't She Lovely?」だろう。邦題「可愛いアイシャ」。この曲は、スティービー・ワンダーの名曲で、1976年のヒットアルバム『キー・オブ・ライフ』の収録曲である。
 
 
Easy_living
 
 
このスィートな名曲を、ロリンズは意外とハードボイルドに吹き進めていく。バックも意外とハードボイルドにリズム&ビートを供給していく。この曲の持つスィートな旋律とハードボイルドな演奏とのギャップが意外と「はまる」。しかし、この曲でも、前作と同様、ラストに近づくにつれて、何故だか理解に苦しむのだが、ロリンズのブロウが突如としてフリーキーになる。

またか、と思うのだが、前作よりはそのフリーキーさは抑制されていて、すぐにフェードアウトされていくので、この盤のフリーキーな「逸脱」は我慢できる範囲で留まっている。なんとなくホッとする。

この盤のロリンズは前作と同様、ロリンズが吹くと、全ての演奏が「ロリンズ・ジャズ」になってしまうのだ。この盤でのロリンズは、どこのフレーズをとってもロリンズ。ロリンズが吹くと、途端にロリンズの個性が煌めいて、スティービー・ワンダーの名曲に新たな魅力を加えていくのだ。

そして、この盤の極めつけは、トニー・ウィリアムスのドラミング。マイルスのグループにいた時から、我が強く、ドラミングも限りなくフリーなスタイルに近い、圧倒的な自由度を兼ね備えた複合リズムの使い手なのだが、ロリンズの下では意外や意外、ロリンズ・ジャズに従順に従い、ロリンズを盛り立てる。ロリンズの音にぴったりの、最高に近代的なジャズ・ドラミングを見せつけてくれるのだ。

圧倒的な自由度を兼ね備えた複合リズムの使い手を手なずけ、フュージョン畑のキーボード奏者やベース奏者を純ジャズ化させてしまう。恐らく、他のミュージシャンからすると、ロリンズは神様みたいな存在なのだろう。

前作『The Way I fell』と同様に、バックの演奏の雰囲気は、完璧の当時のトレンドのど真ん中をいくフュージョン・ジャズ。そんなトレンディーなバック・バンドの音を従えながら、ロリンズは思いっきりロリンズらしくテナーを吹き上げていく。これも前作『The Way I fell』と同じ。この『Easy Living』は、前作と表裏一体の「兄弟盤」です。
 
 
 

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2014年8月27日 (水曜日)

直訳は「高まっていく内なる炎」

John Mclaughlin(ジョン・マクラフリン)率いるThe Mahavishnu Orchestra(マハヴィシュヌ・オーケストラ)は、僕のお気に入りのジャズ・ロック〜クロスオーバー・ジャズのバンド。活動期間は、1971年 - 1976年と1984年 - 1987年の2つに分かれるが、主要な活動としては前半の1971年 - 1976年だろう。

ジョン・マクラフリンは英国出身のジャズ・ギタリスト。ジャズ・ロック〜クロスオーバーなエレギを基本とするテクニシャンで、ジャズ・ギタリストの歴史の中でも、重要なポジションを占めるバーチュオーゾである。特に、エレギを駆使してのハードなエレクトリック・ジャズについては第一人者だろう。

このジョン・マクラフリンが率いるエレクトリック・ジャズ・バンドが「マハヴィシュヌ・オーケストラ」。オリジナル・メンバーは、John McLaughlin (g), Rick Laird (b), Billy Cobham (ds, perc), Jan Hammer (key, org), Jerry Goodman (vln)の5人編成。

ちなみにオリジナル・メンバーの出身を見てみると、ジョン・マクラフリンがイングランド、ビリー・コブハムがパナマ、リック・レアードがアイルライド、ヤン・ハマーがチェコ、ジェリー・グッドマンが米国。出身地から見ても音的に見ても、欧州志向でどちらかと言えば、英国志向のジャズ・ロック〜クロスオーバー・ジャズのバンドである。

そんなマハヴィシュヌ・オーケストラのデビュー盤が『The Inner Mounting Flame』(写真)。1971年8月のリリース。邦題は「内に秘めた炎」。しかし、この邦題は直訳とは異なる。直訳は「高まっていく内なる炎」。高まっていくのであって、秘めるのでは無い。確かに、このデビュー盤を聴くと「高まっていく内なる炎」という直訳が納得出来る。

とにかくハードなジャズ・ロックである。1971年の時代的な感覚で言うと、とにかくハードなクロスオーバー・ジャズである。ジャズとロックがクロスオーバーしたジャズ。ロックより遙かに複雑で拡がりがあってエネルギッシュでハード。とにかくギンギンにハードに迫り来る様に弾きまくり、叩きまくる。
 

The_inner_mounting_flame

 
ハードではあるがフリーキーな部分はほとんど無く、しっかりと伝統に根ざしてフレーズを重ねていく、正統なジャズ・ロックである。高テクニックで高テンション、弾きまくりに次ぐ弾きまくり。音的には、英国プログレの統制がとれて、構築美に優れ、ウェット感のある音。曲の展開は「プログレ」そのもの。しかし、楽器を弾くマナーそれぞれは「ジャズ」。

ギターのバイオリンの2本のフロントを張る弦楽器の存在が見事。ここに管楽器が入っていないのは大正解。このフロントの2つの弦楽器が、主な旋律を奏で、豊かなバリエーションのアドリブを展開する。コブハムの千手観音ドラミングが、弦楽器2本が奏でるフレーズの隙間を埋めていく。ハマーのキーボードがリズム&ビートの基本部分を司る。

もともと英国のロックとジャズは境界線が曖昧。このアルバムの音世界は、ほとんど「プログレ」。しかし、これほどまでに高テクニック&高テンションのプログレは無い。テクニカルなギターに絡む艶やかなヴァイオリン、シンセによる「ぶ厚い音」。やはり、この盤はジャズ・ロック。ハードなクロスオーバー・ジャズ。 

このアルバムの音を初めて聴いた時、思わず「これって、キング・クリムゾンやん」と思った。あのクリムゾンの名盤『太陽と戦慄』のパクリかと思った。しかし、冷静に考えみると逆なんですね。キング・クリムゾンがこのマハヴィシュヌ・オーケストラにインスパイアされているんでした。それほどまでに音の作り方は良く似ている。さすが、英国のロックとジャズの境界線は曖昧である。

耳当たりの良いフュージョン・ジャズとは違いますが、この盤の音世界は、エレ・マイルス、エレ・チックに相当するものであり、ネットでピッタリとフィットする評論文があったんだが、「ワイアード」以降のジェフベックと、「太陽と戦慄」〜「レッド」時代のクリムゾンを足して2で割った様な音世界、と表現するのが適当。エレクトロニック・ジャズの世界が好きな「エレジャズ者」には必須の逸品です。

 
 

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2014年8月26日 (火曜日)

Interstellar Space = 星間空間

ジョン・コルトレーンの聴き直しシリーズもいよいよ終盤。1966年から1967年の作品を聴き直す。コルトレーンが逝去したのは、1967年7月17日。約1年半の期間のリーダー作を集中して聴くことになる。

逝去した1967年7月から遡って聴き直すことを選択。まずは、John Coltrane & Rashied Ali『Interstellar Space』(写真左)を聴く。1967年2月22日の録音。逝去前、5ヶ月前の録音になる。しかも、パーソネルは、John Coltrane (ts), Rashied Ali (ds)  の「異色のデュオ編成」。

デュオという異色の編成がウケないのか、このアルバムは、コルトレーンのアルバムの中でも地味な存在。しかし、その内容はなかなかのもので、僕はこのデュオ盤を良く聴く。

まず、デュオ編成ということで、コルトレーンのテナーに集中して聴ける。ベースとピアノが無い分、演奏全体の厚みは減じられるが、なんせシーツ・オブ・サウンドでフリーキーに吹きまくるコルトレーンである。演奏全体の厚みは、このデュオ編成がちょうど良いと感じられる。

ラシッド・アリのドラミングも実に良い。コルトレーンのシーツ・オブ・サウンドでフリーキーな吹きまくりにピッタリとフィットして、コルトレーンの前に絶対に出ること無く、フリーキーにアブストラクトに吹きまくるコルトレーンのリズム&ビートをしっかりと支えていて立派だ。
 

Interstellar_space

 
冒頭の鈴の音にはちょっとドキドキする。あ〜あ、スピリチュアルなノイジーでフリーキーなブロウを延々聴かされるのか、とちょっとウンザリするのだが、続く「Mars」のフリーキーな展開は意外と聴き易い。

確かにフリーキーなブロウを聴き慣れていないと、聴き続けるのにはちょっと辛いだろうが(ジャズ者初心者の方々にはかなり辛いかと思います)、耳に障るノイジーなブロウが無い分、このアルバムでのコルトレーンのブロウは聴き易い。

ここでのコルトレーンのブロウは、本能の趣くままに吹きまくる無手勝流のブロウでは無く、かなり考えられたフレーズを積み重ねていて、ただ、そのフレーズがシーツ・オブ・サウンドでバラバラに分解されて、フリーキーに吹きまくられているだけ。意外と構築美を感じられるこの盤のコルトレーン・サウンドに、ちょっと良い意味で戸惑ったりする(笑)。

意外とこのアルバムのコルトレーンのブロウが、コルトレーンの追求してきた「シーツ・オブ・サウンドでアブストラクトに吹きまくるフリー・ジャズ」の最終到達点だったのかも知れない。それほど、このアルバムでのコルトレーンのシーツ・オブ・サウンドでフリーキーに吹きまくるブロウは、独特の構築美に溢れていて素晴らしい。

この何の捻りも無い夕日のジャケットがマイナスポイントなのかなあ(意外と僕は好きなんですが)。コルトレーンのアルバムの中でもあまり人気が無いのが不思議です。僕は、コルトレーンの晩年のブロウを体感出来る佳作として、この盤は一番のお勧めです。

 
 

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2014年8月25日 (月曜日)

フュージョン・ジャズのロリンズ

1976年8月〜10月の録音になる。ソニー・ロリンズ(Sonny Rollins)が一番、フュージョン・ジャズに接近したアルバムである。そのタイトルは『The Way I fell』(写真左)。ちょうどソフト&メロウなフュージョン・ジャズが流行始めた頃のロリンズのリーダー作である。

ちなみにパーソネルは、Sonny Rollins (ts), Patrice Rushen (p,el-p,clavinet,syn), Lee Ritenour (g), Billy Cobham (ds), Bill Summers (conga,perc)。このクインテットが中心となって、5〜6名のゲスト・ミュージシャンを迎えての、かなり大がかりな録音になっている。

確かにしっかりと作り込まれた印象が強いアルバムで、バックの演奏の雰囲気は、完璧の当時のトレンドのど真ん中をいくフュージョン・ジャズである。ソフト&メロウな雰囲気もしっかり漂い、AORチックで余裕のある、悠然としたリズム&ビートは、やはり当時のトレンドのど真ん中をいくもの。

そんなトレンディーなバック・バンドの音を従えながら、ロリンズは思いっきりロリンズらしくテナーを吹き上げていく。どう聴いても「ソフト&メロウ」なテナーのブロウでは無い。豪放磊落な悠然としたロリンズ独特のブロウ。バック・バンドのソフト&メロウなフュージョン・チックな演奏など意に介さず、何処吹く風って言う感じで、自由気ままに吹きまくる。

冒頭の「Island Lady」のブロウがそんな雰囲気満載である。出だしのワンフレーズからロリンズ節全開。この豪快なブロウはロリンズ以外の何物でも無い。但し、この「Island Lady」のラストに近づくにつれて、何故だか理解に苦しむのだが、ロリンズのブロウが突如としてフリーキーになる。
 

The_way_i_feel

 
吹き口を絞り込んで、金切り声のような、布を切り裂くような高音のフリーキーなブロウを展開してしまう。1976年のフュージョン・ジャズの時代に、なぜこんな思いっきりフリーキーなブロウを披露するのか未だに判らない。
 
このフリーキーなブロウは、このアルバム全体の雰囲気に全く合わない蛇足なもの。最後はフェードアウトされるのだが、このフリーキーな金切り声の存在が実に残念だ。

曲が進むにつれ、徐々にフリーキーなブロウは抑制され、なんとか普通のハードバップなブロウに、時にはソフト&メロウなブロウに転化していく。5曲目の「Shout It Out」から「The Way I Feel About You」そして、ラストの「Charm Baby」でのロリンズのテナーは絶品である。

かえすがえすも、前半の曲の中で、突如出てくるフリーキーなブロウが惜しい。このフリーキーなブロウが無ければ、このアルバムでのロリンズのブロウの質の高さから評価して、このアルバムは、ロリンズの代表作の一枚になったと思うだけに、実に惜しいアルバムである。

このフリーキーなブロウの部分を我慢すれば、このアルバムのロリンズは絶品。1970年代のロリンズを十二分に感じることの出来る良いアルバムだと思います。

 
 

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2014年8月24日 (日曜日)

南佳孝の尖ったアレンジとサウンド

まだまだ暑いですね。しかも大気の状態が不安定とのことで、全国各地で大雨の情報がニュースを賑わしています。特に、洪水や鉄砲水、崖崩れなど、災害に遭われた方々には心からお見舞い申し上げます。

さて、この蒸し暑い夏、私にとっての1970年代Jポップにおける「夏男」は、山下達郎、南佳孝、そして、矢沢永吉の3人。特に大学時代には、この3人のアルバムが、夏限定でヘビロテになりました。そこで、今日はそんな「夏男」の一人、南佳孝『MONTAGE』(写真)について語ります。

時は1980年5月、この『MONTAGE』はリリースされています。1980年と言えば、米国ポップスのトレンドは「AOR」。日本でもこの「AOR」が大流行。日本では、「AOR」=アダルト・オリエンテッド・ロックの略とされ、「大人向けのロック」として、アルバム全体としての完成度を重視し、音の雰囲気の基本は「ソフト&メロウ」であった。

そんな中、南佳孝もAORの代表的ミュージシャンの一人とされ、この『MONTAGE』の前にも『SPEAK LOW』『SOUTH OF THE BORDER』といった、思いっきり夏向けの、優れたポップ・ロックなアルバムをリリースしている。そんな南佳孝の5枚目のオリジナル・アルバムが『MONTAGE』。

それでは、この『MONTAGE』は、単純に流行を追ったAORなアルバムかと言えば、答えは「No」。当時としては、かなり尖ったアレンジとサウンドがギッシリ詰まった、思いっきりクールなアルバムだと思います。
 
そんな尖ったアレンジとサウンドを担っていたのは、当時一世を風靡したYMOの坂本龍一と大村憲司の2人。テクノ・ポップとはいかないまでも、そのテクノ・ポップな要素を上手くAORにミックスしたサウンドはとっても「お洒落」でした。
 

Montage

 
その象徴的なチューンが冒頭の「憧れのラジオ・ガール」。この「憧れのラジオ・ガール」は大好きな曲で、とにかくアレンジとバックの演奏がクールな、エバーグリーンな名曲です。ちなみにパーソネルは、高橋ユキヒロ (ds), 大村憲司 (el-g), 南佳孝 (vo), 坂本龍一 (key,syn), 松武秀樹 (syn,manipulator)。ほとんどYMOの世界ですね(笑)。

デジタル・ポップな感覚一杯のキャッチャーな曲ですが、テクノ・ポップっぽく無いのが、この曲のアレンジの優れたところ。デジタル・ポップな感覚をAORなアレンジに織り交ぜた、独特の響きと個性を持ったアレンジになっています。当時、この曲のアレンジを聴いて「ぶったまげた」のですが、今の耳にも新鮮です。

2曲目以降、レゲエあり、タンゴあり、GSフィーリングあり、ブルースあり、音作りの指向としては、フュージョンな指向で、1980年という時代の音楽のトレンドをしっかりと捉えていて、実にクールです。

前の『SPEAK LOW』『SOUTH OF THE BORDER』といったリゾート指向なアルバムと比較すると、この『MONTAGE』は、アーバン指向へとシフトしつつあるのですが、このアルバムはリゾート指向とアーバン指向の両方が絶妙のバランスで存在していて、これがまた、このアルバムのクールな響きの源となっているんですよね。

蒸し暑い夏。寝苦しい熱帯夜。深夜放送から流れてくる「憧れのラジオ・ガール」に耳を傾け、その後、導かれるように、この『MONTAGE』をかけながら、寝苦しい夜に耐えていました(笑)。大学時代の懐かしい思い出です。

 
 

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2014年8月23日 (土曜日)

米国南部のディブ・ブルーベック

ディブ・ブルーベック・カルテットは、様々な企画モノのアルバムを多く出しているのだが、米国南部のルーツ・ミュージックを素材にしたアルバムを2枚出している。この2枚のアルバムは、米国南部のトラディショナルを中心に構成されており、米国南部好きには堪えられない内容になっている。

一枚は、8月4日のブログ(左をクリック)でご紹介した、1959年4月録音のDave Brubeck『Gone With The Wind』。もう一枚がこれ。Dave Brubeck『Southern Scene』(写真左)。1959年9月の録音。ちなみにパーソネルは、鉄壁の4人。Eugene Wright (b), Joe Morello (ds), Dave Brubeck (p), Paul Desmond (as)。

1959年と言えば、あの変則拍子の名盤『Time Out』が1959年6月の録音だから、ディブ・ブルーベック・カルテットというのは、1つの音世界に拘っていないのが判る。

ただ、この米国南部のルーツ・ミュージックを素材にした演奏は、なかなか楽しかったのだろう。1959年4月に『Gone With The Wind』を録音して、半年も経たずにその続編『Southern Scene』を録音している。そう、確かに聴いていても楽しい。今までのどこかで聴いたことのある響きの米国ルーツ・ミュージックが採用されアレンジされている。
 

Dave_brubeck_southern_scene

 
しかしながら、このディブ・ブルーベック・カルテットの米国南部のルーツ・ミュージックを素材にした企画盤2枚は、日本ではほとんど紹介されずに来た。もともとディブ・ブルーベックがジャズ・ピアニストとして、あまり日本では人気が無い(米国では大人気だったらしい)。よって、この米国南部のルーツ・ミュージックを素材にした企画盤2枚は単品で入手することも難しい。

今ではiTunes Store などのダウンロード・サイトで購入できるようになったし、他のアルバムもまとめて入手するのであれば『The Dave Brubeck Quartet: The Columbia Studio Albums Collection 1955-1966』(写真右)がある。19枚組だが価格は9000円弱と、一枚当たり470円程度と相当にリーズナブル。この時代のブルーベックは捨て盤無しなので、ブルーベックを極める向きにはお買い得でしょう。

閑話休題。この『Southern Scene』は、ブルーベック・ファン、いわゆる「ブルーベック者」の間では人気盤なんですよね。ブルーベックのアレンジの手腕を十分に楽しめる内容です。アルトのデスモンドも何時になくちょっと硬派に吹き回していますし、ライトのベースは意外とブンブンとタイトな低音を鳴り響かせていて魅力的。ドラムのモレロは叩きまくっています(笑)。

メインストリーム・ジャズなディブ・ブルーベック・カルテットの演奏が聴ける『Southern Scene』。米国南部のルーツ・ミュージックを素材にしているだけに、それぞれの演奏の中に米国南部の雰囲気が満載で、聴いていてとても楽しいですね。米国南部好きには、これまた堪えられない内容になっています。良いアルバムです。

 
 

震災から3年5ヶ月。決して忘れない。まだ3年5ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2014年8月22日 (金曜日)

なんだか一貫性の無いアルバム

1970年代のロリンズは、超然と悠然と心の趣くままにテナーを吹く。でも、バック・バンドの演奏は、その時その時のトレンドをしっかりと取り込んでいたりするから面白い。

Sonny Rollins『Nucleus』(写真左)を聴いてみるとそれが良く判る。1975年9月の録音。ちなみにパーソネルは、Sonny Rollins (ts,ss), George Duke (p,el-p,syn), Raul de Souza (tb), Bennie Maupin (ts,b-cl,saxello, lyricon), Chuck Rainey (el-b), Eddie Moore (ds), Mtume (con,per), Bob Cranshaw (el-b), Roy McCurdy (ds), David Amaro ,Dewayne Blackbird McKnight (g)。総勢11人の大所帯での演奏である。

パーソネルを眺めると、出てくる音がちょっとだけ予想できるの。キーボードのジョージ・デューク、ベースにチャック・レイニーがいて、テナーのパートナーにヘッドハンターズに参加していたベニー・モウピンがいる。ムトゥーメのコンガ&パーカッションも入っているということで、ソウル・ミュージックをベースにしたクロスオーバーなジャズが展開されるのでは、と想像する。

で、冒頭の「Lucille」から2曲目の「Gwaligo」を聴くと、正に、ロリンズのバック・バンドは、ソウル・ミュージックとジャズの融合音楽を奏でているのだ。コッテコテとはいかないまでも、どこから聴いても「ソウル・ミュージック」の雰囲気が濃厚なソウルとジャズの融合音楽が展開される。1960年代のソウル・ジャズとは全く異なる、クロスオーバー・ジャズとしての、ソウル・ミュージックとジャズの融合音楽。

アルバム全体を通じて、ロリンズにしては珍しいファンク色の濃いアルバムに仕上がっている。曲が進むにつれて、メインストリーム・ジャズの要素が多くなってきて、アルバム全体がファンクネスに溢れた演奏にはなってはいないところが面白い。曲が進むにつれて、メインストリーム・ジャズ度が高くなる。
 

Sonny_rollins_nucleus

 
とにかく、このアルバムは、ロリンズにしては珍しいファンク色の濃いアルバムに仕上がってはいるんだが、リーダーのロリンズのテナーはそんなことは意に介さず、超然と悠然と心の趣くままにテナーを吹く。ロリンズならではのフレーズが満載のロリンズ・テナーが吹き上げられています。これが実にロリンズらしくて良い。

客演のベニー・モウピンも最初はファンクネス溢れるテナーを展開しているが、曲に進むにつれ、フリー・ジャズ度がどんどん上がっていくところは、リーダーのロリンズと同じ。ラス前の「Cosmet」なんか、途中からフリーに吹きまくりになる。そして、終わりの曲では、もはやファンクネス溢れるソウルとジャズの融合なのか、ちょっと時代を遡ったモーダルな演奏なのか、よく判らん様な状態になっている。

なんだか一貫性の無いアルバムなんだが、その中で、ロリンズだけが、ぶれずに超然と悠然と心の趣くままにテナーを吹いている。それでもなお、色濃いファンクネスは、ロリンズにしては珍しいファンク色の濃いアルバムとして、このアルバムはロリンズの異色盤の扱いを受けている。

それにしても、このアルバムは一貫性が無い。まあ、一貫性の無さを併せて、一般ジャズ者向けでは無く、ロリンズ者、所謂、ロリンズ・マニア向け。無理して聴く必要はありません。でも、ロリンズの足跡を追うには、このロリンズにしては珍しいファンク色の濃いアルバムは必須のアイテムではあります。

 
 

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2014年8月21日 (木曜日)

超然と悠然と心の趣くままに

1967年7月17日、ジョン・コルトレーンが逝去。1969年秋、ソニー・ロリンズは3度目の活動停止。それから、1972年、マイルストーン・レコードに移籍し、『ネクスト・アルバム』で復活するまで、3年間の雲隠れである。

しかし、4度目の復活から、ソニー・ロリンズは、ジャズ界の他のサックス奏者の存在など意に介すこと無く、超然と悠然と、心の趣くままにテナーを吹くようになった。そして、変に拘ること無く、良いと思えば、電気楽器などを積極的にバンドに導入した。

この変わり様は何なんだったんだろう。1960年代は、常にジョン・コルトレーンを意識し、ジョン・コルトレーンを見ながらサックスを吹いていたロリンズが、以前から、ジョン・コルトレーンなどいなかったかのように、フリー・ジャズなどなかったかのように、超然と悠然と、心の趣くままに、テナーを吹くようになった。

そんなロリンズを強く感じられるアルバムが、Sonny Rollins『Cutting Edge』(写真左)。1974年7月、Montreux Jazz Festivalで録音されたライブ盤で、ちなみにパーソネルは、Sonny Rollins (ts), Stanley Cowell (p), Yoshiaki Masuo (g), Bob Cranshaw (el-b), David Lee (ds), Mtume (cong), Rufus Harley (bagpipes・track 5)。

アルバム・タイトルの「The Cutting Edge」とは和訳すると「最前線・先頭」。確かにこのアルバムのロリンズのブロウは、当時、ジャズ界最先端のブロウである。泰然自若なテナーとはこのこと。もはや、ロリンズはトレンドや流行に左右されない。

冒頭のタイトル曲「The Cutting Edge」から、ロリンズは超然と悠然と心の趣くままにテナーを吹き上げていく。ギターは若かりし頃の増尾好秋。これがトレンディーなエレギを聴かせて効果抜群。ボブ・クランショウのエレベがこれまたトレンディーな響きで良い。
 

The_cutting_edge

 
時は1974年。ジャズ界は「クロスオーバー・ジャズ」の全盛期。ジャズとロックの融合とか、ジャズとクラシックの融合とかが、もてはやされた時代である。増尾好秋のエレギ、ボブ・クランショウのエレベの採用は、一見すると時流に乗ったもの。

ロリンズも抜け目ないなあ、と思いながら聴くと、このエレギとエレベは決してクロスオーバー・ジャズではない。あくまでも、メインストリーム・ジャズのエレギとエレベ。さすがロリンズ。時代に迎合していない。メインストリーム・ジャズというか、ロリンズ・ジャズである。メインストリームなロリンズ・ジャズである。

2曲目の「To A Wild Rose(野ばらに寄せて)」のバラードプレイが素晴らしい。まったくロリンズらしいテナーのブロウに思わず惚れ惚れして、思わず聴き入ってしまう。バラードと言えば、4曲目のバカラックの「A House Is Not A Home」も美しいバラード・プレイだ。ロリンズが超然と悠然と心の趣くままに吹くバラードは絶品。この2曲のバラード・プレイを聴くだけでも、このアルバムを手にする価値がある。

そして、度肝を抜かれるのがラストの5曲目の「Swing Low, Sweet Chariot」。冒頭になんだかへんてこりんな、うねるような音が出てくる。ありゃりゃりゃ、これってバグパイプでは無いのか。はい、これはバグパイプです。ジャズにバグパイプってなあ。

違和感抜群の演奏です。そんな違和感抜群の中、ロリンズは超然と悠然とノリノリのテナーを聴かせてくれる(写真右)。う〜ん、ロリンズって凄い。このバグパイプとユニゾン&ハーモニーを奏でることが出来るなんて、なんて懐の深いテナー奏者であることか(笑)。

ラストのバグパイプとのコラボがちょっと「残念」な感じですが、それ以外の4曲だけでも、このアルバムは、ロリンズの超然と悠然と心の趣くままに吹き上げるテナーを感じることが出来る、僕にとっては「買い」のアルバムです。

 
 

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2014年8月20日 (水曜日)

蒸し暑い夏に爽やかなアルトです

蒸し暑い夏に難しいジャズは辛い。特に、ハードなフリー・ジャズはチト辛い。耳当たりの良い、スムースな音が良い。エモーショナルなブロウはしんどい。耳当たりの良い爽やかなブロウが良い。

耳当たりの良い爽やかなブロウ。それでいて、しっかり芯の入った質の良いジャズ。う〜ん、と思いを巡らせて選んだアルバムがこれ。Art Pepper『The Art Pepper Quartet』(写真左)。1956年11月の録音。

タンパ・セッションと呼ばれるカルテット盤。そう『タンパのペッパー』。ちなみにパーソネルは、Art Pepper (as), Russ Freeman (p), Ben Tucker (b), Gary Frommer (ds)。

このタンパ・セッションは聴き応え十分。1950年代のアート・ペッパーのブロウを心ゆくまで堪能出来ます。艶やかな音色と歌心溢れるアルト・サックスは、それはそれは爽やか。冒頭の「Art's Opus」から「Val's Pal」まで、ペッパーが流れる様に、印象的なフレーズを吹き続けます。
 

The_art_pepper_quartet

 
そして、やはりこの『タンパのペッパー』のハイライトは、5曲目の「Bessame Mucho(ベサメ・ムーチョ)」。「ベサメ・ムーチョ」とはスペイン語で「もっとキスして」という意味。このマイナー調のラテン音楽チックな楽曲はムード満点。主旋律もキャッチャーで、スタンダード曲になり得る要素満載の佳曲です。

このラテン音楽チックなムーディーな楽曲を、楽曲の持つムーディーな雰囲気に流れること無く、ペッパーはあっさりと爽やかに吹き上げていきます。意外と切れ味の良い、ちょっと硬派なしっかりと芯の入ったブロウ。良いですね。マイナー調のラテン音楽チックな楽曲に迎合しないペッパーのブロウ。人気のある所以です。

バックのリズム・セクションの演奏も聴きもの。ベン・タッカーの乾いたファンクネス・ベース。ラス・フリーマンのパキパキした硬質タッチの、それでいて歌心あるピアノ。さほど上手くは無いのだが、弾むようなリズム&ビートが、ペッパーのスインギーなブロウに、不思議とフィットするゲイリー・フロマーのドラム。

アルバムに収録された楽曲のアレンジも、実はなかなかふるっていて、さすが米国ウエストコースト・ジャズですね。そんなウエストコースト・ジャズの香りが色濃く漂いつつ、ソフト&メロウなスイング感に溢れた、お薦めの佳盤です。

 
 

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2014年8月19日 (火曜日)

ジャズ喫茶で流したい・56

やはり、ジャズ・ピアニストは個性が欲しい。演奏を聴いていて、最低1曲聴けば「これは誰」と判るくらいの個性が欲しい。
 
クラシックとは違って、即興演奏を旨とするジャズである。そのクラシックの様に、奏法の枠に囚われない、自由度の高い弾き回しが出来るジャズである。やっぱり「これ」という個性が欲しい。

ここに最低1分ほど聴けば「これは誰」と判るアルバムがある。Mal Waldron『Black Glory』(写真左)。1971年6月29日、ドイツでのライブ録音。ちなみにパーソネルは、Mal Waldron (p), Jimmy Woode (b), Pierre Favre (ds)。ピアノ・トリオ編成の演奏である。

これがまあ、マル・ウォルドロンのピアノの個性満載のライブ盤なのだ。冒頭の「Seig Haile」のイントロ部のピアノの音を聴いただけで「はい、これはマル・ウォルドロンです」。マル・ウォルドロンのピアノを聴き親しんだ耳なら絶対に判る。

ガンゴンと硬質なタッチに、不協和音中心のおどろおどろしい旋律が前衛っぽく響く。硬質なテンション高い速弾きのフラグメンツ。突然響く、セロニアス・モンクを彷彿とさせる不協和音のブレイク。幾何学模様のような、スクエアに展開する硬派なアドリブ。
 

Mal_black_glory

 
現代音楽を想起させる、ちょっと取っ付き難い、硬い頑固なピアノだが、底に流れるブルージーな雰囲気が、明らかに「ジャズ」を感じさせてくれる。喩えれが、そう、欧州のセロニアス・モンク、クラシック寄り、現代音楽よりの端正なセロニアス・モンク。そんな雰囲気の中に、思いっきりマルの個性が詰まっている。

バックのリズム・セクションも健闘している。特に、ベースのジミー・ウッドが良い。思いっきり太くてブンブン響くベースが良い。ちょっとブヨンブヨンしているみたいだが、意外とタイトでメロディアス。良いベースです。ドラムのピエール・ファーヴルは、彼こそ「健闘」している。一生懸命叩いている。決して耳障りでは無い。

漆黒なブルージーな硬質タッチのマル・ウォルドロンのピアノは聴き応え満点。僕は最近までこのアルバムを知らなかったのですが、結構、マル・ウォルドロンのファンの中では人気盤なんですね。マル者の方々、さすがです。このライブ盤を聴けば、マル・ウォルドロンのピアノが、如何なる個性で成り立っているかが良く判る。

やはり、ジャズ・ピアニストは個性が欲しい。そういう意味では、マル・ウォルドロンは満点のピアニストだ。ジャケットもenjaレーベルらしい、シンプルだがなかなか格好良い。このライブ盤、バーチャル音楽喫茶『松和』で流してみたい。聴いたお客さんの反応を見ていたい。そんな気にさせる、個性満載な好ライブ盤である。

 
 

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2014年8月18日 (月曜日)

ジャズ・ボーカル盤に大切なこと

最近、ジャズ・ボーカルが芳しく無いのでは無いかと危惧している。毎月毎月、雨後の竹の子の様に、新人のジャズ・ボーカリスト、特に女性ジャズ・ボーカリストがデビュー盤をリリースするのだが、殆どのボーカリストが2枚目のリーダー作にたどり着くことが無い様なのだ。

ジャズ雑誌では、そんな新人女性ボーカリストのデビュー盤は当然の様に絶賛される。特に、最近のレコード会社の傾向は「ルックス重視」。ジャケ写でグッと惹き付けて、ジャズ雑誌の絶賛記事に釣られて、思わず手にしてしまう。それでも、最近の女性ジャズ・ボーカリストの実力は確かなものが多い。さすがにアルバム・デビューするボーカリストは、それなりの力量を身につけている。

ルックスも良く、ボーカルそのものもそれなりの力量を発揮している。それでも殆どのボーカリストが2枚目のリーダー作にたどり着くことが無い。これはどういうことなのか。

今回、そんな数多溢れる女性ジャズ・ボーカルの新盤の中で、これはなかなか良いなあ、と感心し、このところ、我がバーチャル音楽喫茶『松和』で、そこはかとなくヘビロテになっている女性ジャズ・ボーカル盤がある。そのアルバムとは、iET『So Unreal』(写真左)である。

iETは「イート」と読む。オランダ出身。米国西海岸サイケデリック・ロックやサーフィン・ロック、伝統的なジャズ音楽や映画音楽など幅広な音楽に親しみ、コンテンポラリーなジャズ・ボーカリストとして頭角を現してきた逸材だ。リズム&ビートがコンテンポラリー・ジャズのそれで、彼女のボーカル盤の内容は「ギリ」ジャズだと評価している。

そんなiETの新作がこの『So Unreal』。スムースかつ力感のある、ボリューム感があり繊細。そんな彼女のボーカルがとことん堪能出来る素晴らしい内容のジャズ・ボーカル盤である。まあ「ジャズ」とは言っても、かなり時代の最先端のリズム&ビートを採用した「コンテンポラリー・ジャズ・ボーカル」の類である。決して、伝統的なジャズ・ボーカルでは無い。

収録された曲自体の魅力もあるが、このコンテンポラリー・ジャズ・ボーカル盤の特徴は、アルバム全体のプロデュースとアレンジが秀逸だということ。この秀逸なプロデュースとアレンジが、iETの個性と才能を最大限に引き出している。
 

Iet_so_unreal

 
このアルバムのプロデューサーは、クラブ系の名プロデューサー&エンジニアであるRussell “The Dragon” Elevado。このクラブ系の鬼才がiETの才能と相まって、良質の「化学反応」を起こしている。

なるほどなあ、ジャズ・ボーカリストがデビュー盤の一発花火に終わること無く、2枚目、3枚目のリーダー作をリリースし続けるには、このRussell “The Dragon” Elevadoの様な、優れたプロデューサー&エンジニアが必要なのだ。

そして、その秀逸なプロデュースの下、優れたアレンジが施され、優れたバック・ミュージシャンが集められ、優れたエンジニアによって、個性的な音世界が創造される。そういうバックボーンが整ってこそ、新人ボーカリストの優れた才能と個性が引き出され、魅力あるボーカル盤が創造されるのだ。なるほどなあ。優れた才能と個性のボーカリストだけでは駄目なのだ。

確かにそれは言える。伝統的なジャズ・ボーカルの世界でも、優れたボーカル盤というものは、やはり優れたプロデューサーやアレンジャーの協力があって初めて成立することが多い。それは現代でも同じなんだろう。

とにかくこのiET『So Unreal』というボーカル盤は良いですよ。我がバーチャル音楽喫茶『松和』では、最近のジャズ・ボーカル盤としてイチ押しのアルバムになっています。冒頭の「Fool」から「Time」そして「Innocence」と3曲聴き進めて来れば、もう途中で止めることは出来なくなります。それほど、惹きの強いボーカル盤です。

そして、正式なアルバムとしてはラストの11曲目「Great Gig in the Sky」で思わずしみじみとしてしまう。邦題「虚空のスキャット」。伝説のプログレ・バンド、ピンク・フロイドのモンスター盤『狂気(The Dark Side Of The Moon)』のLP時代のA面ラストを飾るエモーショナルなスキャット曲。この名曲をiETは忠実にカバーする。

この「Great Gig in the Sky」のカバーを聴いた時はビックリした。そして、このiET『So Unreal』というアルバムに惚れ込んだ。「Great Gig in the Sky」をカバーするコンテンポラリー・ジャズはそうそう無い。iETのセンスと才能を強く感じる。

 
 

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2014年8月17日 (日曜日)

僕達は「タツロー」を聴き込んだ

学生時代に「山下達郎」を発見した僕達が、この「山下達郎」が日本のシティ・ポップを代表し、リードする存在と確信したアルバムが『MOONGLOW』(写真)。このアルバムは、僕がリアルタイムにタツローを経験した記念すべきアルバムで、リリース当時、とにかく思いっきり聴き込みましたね〜。

この『MOONGLOW』は、1979年10月のリリース。1979年の夏に『GO AHEAD!』を発見し、ファースト・アルバムである『CIRCUS TOWN』に遡った僕達は、当時、ニューアルバムである『MOONGLOW』リリースの報を知る。

当然、レコード屋に予約に走った。大阪のレコード屋では山下達郎はまだまだマイナーな存在。レコード屋の兄ちゃんに、相当に怪訝な顔をされたことを覚えている(笑)。

1979年10月の終わりだったと思う。実家の近くのレコード屋でこの『MOONGLOW』を入手。早速、ターンテーブルに載せる。当然、カセットテープへのダビングを平行して実施する。冒頭の「夜の翼 (NIGHTWING)」の多重録音ドゥーワップに感じ入る。この冒頭の1曲の雰囲気で、このアルバムは相当な内容であることを確信する。

2曲目「永遠のFULL MOON」が、格好良いのなんのって。山下達郎ミュージックの「完成形の1つ」がここにあった。シャープでライトなファンクネスが特徴の、米国では無い日本のポップ・ロックがここにあった。山下達郎のボーカルも格好良いし、バックのコーラスも格好良い。この曲は、当時の山下達郎の音世界を代表するものだ。
 

Moonglow

 
3曲目「RAINY WALK」から4曲目の「STORM」は、ソウル・ミュージックを日本人の感性でリコンパイルした絶品。聴き心地満点。日本語がソウルのリズム&ビートにしっかりと乗っかっている。ソウル・ミュージックを下敷きにしているとは言え、決して、米国っぽく無い。日本人としての個性の上にしっかりと成り立っている。

LP時代のA面のラストの「FUNKY FLUSHIN'」が格好良い。タツロー印のダンス・ミュージック、タツロー印のディスコ・ソングである。『GO AHEAD!』の「BOMBER」の音世界を踏襲しているのは明らかだが、曲の出来としては、より洗練されている印象。ノリノリの名曲である。

そして、LP時代のB面を占める「HOT SHOT」から「TOUCH ME LIGHTLY」「SUNSHINE−愛の金色−」「YELLOW CAB」、ラストの「愛を描いて -LET'S KISS THE SUN-」までの音世界は、タツロー・ミュージックの完成形を見せつけてくれる。米国のソウル・ミュージックを下敷きにしながら、日本の歌謡ポップの個性をしっかりと織り交ぜて、キャッチャーなシティ・ポップを確立している。

ラストの「愛を描いて -LET'S KISS THE SUN-」は、日本航空の沖縄キャンペーンのCMソングとして、テレビから流れていましたね。いよいよ、タツローのブレイクの瞬間が訪れる前触れの様なタイアップ・ソングでした。皆、これ誰だ、って感じで、こぞって、山下達郎の名前を調べ始めていましたね。僕達はそれを「お前たち今頃か〜」なんて冷静に見てました(笑)。

この『MOONGLOW』は、山下達郎ミュージックの「完成形のひとつ」を聴かせてくれた傑作である。とにかく「格好良い」楽曲がズラリと並んでいる。1970年代の日本シティ・ポップの名盤の一枚としてもお勧めの一枚である。

 
 

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2014年8月16日 (土曜日)

脳髄を刺激する「曼荼羅な音世界」

台風が西日本を南北に横断して以来、完全に天候不順に陥った日本列島。ここ千葉県北西部地方では、涼しい日が続いたり、急に思いっきり蒸し暑くなったり、今日などは梅雨の天気に逆戻りしたような曇天。

体調もかなり気候変動についていけなくなってきて、ちょっとへたり気味。こういう時は、耳当たりの良いフュージョン・ジャズなんかよりは、ガツンとくるメインストリームなジャズが良い。脳髄を刺激し、気分を思いっきり変えてくれる個性派ジャズが良い。

そこで選んだアルバムが「これ」。Roland Kirk『Volunteered Slavery』(写真左)。1968年7月と1969年7月の録音。10曲収録中、後半の5曲が、1968年7月7日のニューポート・ジャズ・フェスティバルでのライブ音源。前半の5曲が1969年7月のスタジオ録音になる。

ローランド・カークの演奏はライブ録音とスタジオ録音に差が無く、演奏のレベルにバラツキが無いのが凄い。基本的には、ライブ録音の方が荒くなる傾向にあるのだが、カークはそうはならない。テクニック・レベルが相当に高いのだろう。安定したレベルの高度な演奏を常に聴かせてくれる。

カークのリード奏者としてのテクニックは折り紙付き。端正かつ力感のあるリード・プレイは一級品である。加えて、ローランド・カークの個性は「マルチ・プレイヤー」。複数のリード楽器を一気に咥えて吹き鳴らすとか、唄いながらフルートを吹くとか、サイレンを鳴らすとか「マルチ・プレイヤー」としての個性である。そんな個性を存分に楽しむことが出来るアルバムが、この『Volunteered Slavery』なのだ。
 

Volunteered_slavery

 
冒頭の「Volunteered Slavery」から、ラストの「Three For The Festival」まで、目眩くローランド・カークの音世界が思いっきり展開される。徹頭徹尾、エモーショナルでエキサイティングなジャズが展開される。これだけ活き活きとしたリード楽器のプレイはそうそうあるものではない。

しかも、1968年から1969年という時代、ジョン・コルトレーンが急逝し、フリー・ジャズが迷走し始め、商業ロックが台頭し、ジャズがポップな音楽の座から転落し始めた時代。そんな時、これだけ、アーティスティックなメインストリーム・ジャズを展開していたことに驚く。

安易にフリー・ジャズに走ること無く、安易にクロスオーバー・ジャズに走ること無く、カークの個性のみを追求したプレイは感動の一言。コール&レスポンス、ゴスペル、スピリチュアルな歌詞にハンド・クラッピング、といった黒人教会の伝統的な音楽要素がてんこ盛りで、米国ルーツ音楽を深掘りしたジャズとしても興味が尽きない、ローランド・カークの「曼荼羅な音世界」である。

とりわけ、3曲目のスティーヴィー・ワンダーの佳曲のカバー「My Cherie Amour」と、9曲目の敬愛するジョン・コルトレーンの捧げたメドレー「A Tribute To John Coltrane: Lush Life/Afro-Blue/Bessie's Blues」にめっちゃめちゃ感動する。脳髄を刺激し、気分を思いっきり変えてくれる個性派ジャズである。

しかし、この『Volunteered Slavery』の邦題が凄い。『志願奴隷』。1970年代、このアルバムがレコード店に並んでいた時の邦題がこの『志願奴隷』。しかし、確かに直訳したら「志願苦役」なのだが、これはこれであんまりな邦題だろう。この邦題から、この素晴らしいアルバムの内容を想像するのは難しい。アルバム・タイトルに拘らずにこの名盤をご鑑賞いただきたい。

 
 

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2014年8月13日 (水曜日)

僕達は「タツロー」の源へと遡った

1979年の夏、「山下達郎」を発見した僕達は、山下達郎の『GO AHEAD!』を流しまくった。そして、山下達郎の「源」へと遡った。ミュージシャンの「源」と言えば「ファースト・アルバム」。「ファースト・アルバム」にこそ、そのミュージシャンの個性の原石があり、音楽的指向の源がある。

ということで、僕達は、山下達郎の「源」へと走った。山下達郎のファースト・アルバムと言えば『CIRCUS TOWN(サーカス・タウン)』(写真左)。1976年12月リリース。シュガーベイブを解散して、ソロ活動を開始した「タツロー」のファースト・アルバムである。

このアルバムは今の耳で聴けば、とても面白い構成をしている。LPでいうA面の収録曲とB面の収録曲で演奏の雰囲気がガラッと変わる。A面は当時の米国の先端を行くアレンジを採用しているのにも拘わらず、演奏自体のクオリティに最先端では無い「緩さ」というか、シャープさが足らない感じが漂う。

逆に、B面のアレンジは、A面に比べれば平易ではあるが、演奏自体の「活き」を比べれば、僕はB面に軍配が上がると感じている。言い換えると、B面は日本人らしいポップ・ロック風の演奏であり、A面は米国人らしいポップ・ロックの演奏だと感じている。 

確かに、LP時代のA面とB面でアレンジと演奏は異なる。A面はニューヨークでの録音。ローラ・ニーロの『イーライと13番目の懺悔』のアレンジなどで知られるチャールズ・カレロにプロデュース&アレンジを託している。B面はロサンゼルスでの録音。サイター兄弟と山下自身によるアレンジで録音されている。ちなみにLP時代は、A面は「NEW YORK SIDE」、B面は「LOS ANGELES SIDE」と表記されている。
 

Circus_town_2

 
アルバム全体の音は、完全に山下達郎の音世界。ファースト・アルバムにして、山下達郎の個性が確立されているのにはビックリした。山下達郎の以降の活動は、このファースト・アルバムの音世界の個性を、如何に洗練し、如何に昇華し、如何に普遍的なものにしていくか、に殆どの時間が費やされた、と感じている。

しかし、このアルバムにまつわるエピソードを調べてみると、いろいろと問題があったみたいで、特に、バック・ミュージシャンの起用、曲のアレンジメント&プロデュースについては多くの課題があったようだ。確かに、アレンジについては、特にA面は良い感じなんだが、演奏がそれに追いついていない。B面は演奏レベルはA面と同等だが、アレンジが平易な分、演奏レベルのあらが目立たない。

総合的にまとめてみると、山下達郎の音の個性は確立されてはいるものの、様々な課題・問題点は山積しており、それが故に、このアルバムはあんまり売れなかった。マニアとして聴けば面白いアルバムなんだが、通常の音楽好きのリスナーからすれば、とっつき難いというか、とっかりが掴めないというか、ちょっと判り難いアルバムなのだ。

一般万民に「売れる」アルバムでは無いことは確かな内容ではある。しかし、この一般万民に「売れる」アルバムを作るコツを会得するのに、タツローはこのデビュー盤からライブ盤を含めて、合計4枚のアルバムを費やすことになる。ミュージシャン自身のセンスと趣味が最高であっても、「売れる」アルバムを作るコツを会得するには時間がかかるんやなあ、と変に納得してしまう、このアルバムの内容である。

でも、このアルバムのアメリカンな雰囲気が僕はお気に入りで、このファースト盤に出会って以来、35年に渡って、付かず離れずで聴き続けている。日本人のポップ・ロックとは評価し難いが、日本人が日本人ならではのポップ・ロックにチャレンジしたアルバムとしては十分に評価出来る内容ではある。

 
 

震災から3年5ヶ月。決して忘れない。まだ3年5ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2014年8月12日 (火曜日)

ズート入門盤としてお勧めの一枚

昨日は、Zoot Sims & Al Cohnの『Al & Zoot』をご紹介した。このバンドの双頭リーダー、ズート・シムズとアル・コーン、単独では、ズート・シムズの方が有名盤が多い。ということで、今日はズート・シムズのリーダー作の中で、私の愛聴盤を一枚、ご紹介したい。

その愛聴盤とは、Zoot Sims『Zoot』(写真左)。そのまんまのアルバム・タイトルである。同じ様なタイトルに『Zoot!』があるが、こちらのタイトルの最後に「!」が付いている。「!」の有り無しで、全く別のアルバムである。紛らわしいが間違わないで下さいね。今日の話題は、「!」マーク無しの『Zoot』。

Argoレーベルからのリリース。1956年10月、シカゴでの録音になる。ちなみにパーソネルは、Zoot Sims (ts,as), John Williams (p), Knobby Totah (b), Gus Johnson (ds)。ズート以外は馴染みの無い名前が並ぶ。シカゴでの録音なので、地元のジャズメンを調達したのだろうか。

この 『Zoot』というアルバム、ズート・シムズのワン・ホーン盤であり、ズートのサックスが心ゆくまで楽しめる。というか、バックのミュージシャンのプレイが地味で、ズートのサックスだけが全面の押し出されている。流麗でクールでスマートな、白人サックス奏者ならではの個性が実に良く判る。

そして、ズートならではの個性は、この白人サックス奏者ならではの「流麗でクールでスマートな」サックスの音に、ほのかに乾いたファンクネスが漂うところ。決してウェットでは無い、決してコッテコテでは無い、決して粘らないのだが、乾いてスッキリとしてファンクネス漂うところがズートのサックスの個性。
 

Zoot_sims_zoot

 
そんなズートのサックスの個性を堪能するのに、このアルバムの選曲が実に良い。旋律がキャッチャーで流麗なスタンダード曲を度々ドッと持ってきて、それをズートがサックスのシングルトーンで、流麗でクールでスマートに吹きまくる。そして、その吹きまくりのサックスの音色に、ほのかに乾いたファンクネスが漂う。

1. 920 Special
2. The Man I Love
3. 55th And State
4. Blue Room
5. Gus's Blues
6. That Old Feeling
7. Bohemia After Dark
8. Woody'n You

以上がこのアルバムの収録曲。どれもが良い感じなんですよね。ズートのサックスが実に映えます。「流麗でクールでスマートな」分、聴き心地が良い。ただし、バックのリズム・セクションは全く地味。ドラムとベースはリズム・キープに徹して、ソロをやることは無く、ピアノは頑張ってソロを取るが、スタイルも普通で「そこそこ」のレベル。

このアルバムはズートのサックスを愛でるのが全てのアルバムである。それだけでも十分な感じにさせてくれるズートのサックスが良い。このアルバムでのズートは絶好調。ズートのサックスを感じるのに最適な、ズート入門盤としてお勧めの一枚です。

 
 

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2014年8月11日 (月曜日)

意外と夏向けの『Al & Zoot』

ウエストコースト・ジャズのサックスは「垢抜けている」。東海岸の「飛び散る汗と煙草の煙」なんていう、粘りのあるファンキーな熱いブロウでは無く、西海岸はクールでスマートでスインギー。ジャズとしての「熱気」に欠けるのでは、なんて思ったりするクールさが身上。

そんなウエストコースト・ジャズのテナーサックスを代表する二人が双頭バンドを組んで活動していた。その「二人」とは、ズート・シムズ(Zoot Sims)とアル・コーン(Al Cohn)。ズート・シムズは1925年生まれ。アル・コーンも1925年生まれ。同い年でテナー奏者で双頭バンドでフロントを張る間柄。

しかも、テナーの音色がそっくり。テクニック的にはズート・シムズの方が先行したが、年月が経つに従って、その差は全く無くなっていった。音域も似通っている。どちらも中〜高音域を得意とする。この二人の双頭バンドでのアルバムは、1950年代から1960年代に渡って多くリリースされている。

その代表的なアルバムの一枚が『Al & Zoot』(写真左)。1957年3月の録音。ちなみにパーソネルは、Zoot Sims, Al Cohn (ts), Mosé Allison (p), Teddy Kotick (b), Nick Stabulas (ds)。ニューヨークでの吹き込みとある。
 

Al__zoot

 
このアルバム、タイトル通り、アルとズートが主役。この二人のコラボレーション、ユニゾン&ハーモニー、そして、テナー・バトルが存分に楽しめる。二人のテナーは本当によく似通っていて、どちらもクールでスマートでスインギー。よって、確かにテナー奏者は二人いるが、どちらがどちらなのかが判らない(笑)。

軽妙にスマートにテナーを吹き上げる二人。その音の根幹はウエストコースト・ジャズの個性である。聞けば、アル・コーンのクインテットにズートがゲストに入った形なので、演奏全体の雰囲気も、ジャムセッションっぽい、皆集まって一丁上がりっていう安易な雰囲気は全く無い。特に、バックのリズム・セクションがしっかりしていて、聴いていて気持ちが良い。

ただし、先も触れたが、東海岸ジャズの、特にハードバップ、ファンキー・ジャズみたいな、大向こうを張ったダイナミックな展開や、こってこてファンキーな粘ったリズム&ビート、ゴスペル・チックな黒さとは全く無縁。徹頭徹尾、クールでスマートでスインギー。粘ったファンクネスが全く無いので、こってこてのジャズとして物足りない面もあるにはある。

それでも、このアル&ズートのテナーは、小粋であり、職人芸的であり、玄人好みなテナーである。大向こうを張る派手派手しさは無いが、繰り返し聴いていると、徐々にじんわりと効いてくる様な、そんな玄人好みなテナーが実に「オツ」である。

こういうジャズも良い。聴いていてスッキリ。暑い夏の昼下がりにも耐える爽快さ。意外と夏向けのレジェンド盤『Al & Zoot』である。

 
 

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2014年8月10日 (日曜日)

ジャズ喫茶で流したい・55

そもそもが、昔のマイルスの談話がいかんと思うんだが、マイルスはマッコイ・タイナーのピアノを評して、コルトレーンとやっていない時の「マッコイ・タイナー」は「くそったれ野郎」。つまりは、自分のトランペットのバックには絶対に合わない、という意味なんだが、これを拡大解釈して、タイナーのピアノは良くない、と評するジャズ者の方々もいらっしゃるから困ったものだ。

逆に、ウィントン・マルサリスなど含むマルサリス一家は、このマッコイ・タイナーのピアノが大好きで、父親のエリス・マルサリスは、息子のウィントンやブランフォードに、モード・ジャズにおける最高のピアニストの一人として、マッコイ・タイナーを聴かせていた、という話も聞く。

確かに、マッコイ・タイナーのピアノは、激しいタッチの、コルトレーン仕込みの「シーツ・オブ・サウンド」なモーダル奏法が基本なので、マイルスの評する様に、マッコイ・タイナーのピアノは、コルトレーンのバックにあって最高に映えるものであり、コルトレーンのバック以外では、この奏法は確かに違和感を覚える感覚なのは理解出来る。

しかし、このアルバムを聴くと、マッコイ・タイナーのピアノって、いつも常に、激しいタッチの、コルトレーン仕込みの「シーツ・オブ・サウンド」なモーダル奏法なのかと言えばそうでも無い訳で、ピアノ・トリオになればピアノ・トリオ向けの奏法に切り替えて、ピアノを弾いている。そりゃあそうだろう、マッコイ・タイナーだってプロだからねえ。その時々のシチュエーションに合わせて、奏法を切り替えること位するだろう。

そのピアノ・トリオ盤とは、McCoy Tyner『Nights of Ballads & Blues』(写真左)。1963年3月の録音。1963年と言えば、マッコイ・タイナーがコルトレーンの下、ガンガンに激しいタッチで、コルトレーン仕込みの「シーツ・オブ・サウンド」なモーダル奏法をやっていた頃である。それが、このアルバムでは、しっかりとピアノ・トリオ向けに奏法をチェンジしている。

タッチは硬質だが、「激しい」とか「ハンマーで打ち付けるような」とか、コルトレーンの下でのタッチは殆ど感じ無い。ブロックコードの左手もしっかりとしたタッチではあるが、叩く様な感じは全く聞かれない。確かに、当時、周りのピアニストのタッチに比べると硬質で叩く様な感じはあるが、これがコルトレーンのバックでガンガンに弾きまくっていたマッコイ・タイナーと同一人物とは想像出来ないのではないだろうか。
 

Mccoy_tyner_nights_of_ballads_blues

 
実は僕もそうだった。ジャズ者初心者の頃、ジャズを聴き始めて3年位経った頃だったろうか、例の「秘密の喫茶店」でこの盤を聴いた時、これ誰だ、と思った。新人かと思ったが、録音の音がちょっと古い。1950年代後半から1960年代前半のハードバップの頃の演奏か、と「あて」をつけたが、これだけハッキリとしたタッチのピアニストが浮かばない。

ということで、ママさんのところまで行ってジャケットを見せて貰ったら、なんと、アップのマッコイ・タイナーが写っているではないか(笑)。確かにインパルス・レーベルのジャケットらしいデザインではあるが、ちょっとアップすぎやしませんか(笑)。ジャケットを見てビックリ。これがマッコイ・タイナーのピアノなのか、と感心しました。

タイトルから、このアルバムがスタンダード曲中心の選曲であることは想像出来ます。1曲だけ自作曲が入っていますが、他の曲は、確かに、有名なジャズ・スタンダード曲のオンパレード。有名なジャズ・スタンダード曲を弾き上げていくタイナーって、なかなか耳にすることが出来ないだけに、このアルバムは味わい深いものがあります。

どの曲も演奏も、実によい雰囲気のピアノ・トリオ演奏になっていて、あっと言う間に全曲聴き終えてしまうような感覚です。基本はハードバップな演奏ですが、ところどころ、モーダルに走ったり、コルトレーン仕込みの「シーツ・オブ・サウンド」が垣間見えたり、そういうところを聴けば、これって「マッコイ・タイナーのピアノ」と判るんですがねえ。

ちなみにパーソネルは、McCoy Tyner (p), Steve Davis (b), Lex Humphries (ds)。良い演奏になるはずのパーソネルに至極納得。ピアノ・トリオの代表的名盤とまではいきませんが、ジャズ喫茶で、ちょっとマニアっぽく流してみたい、そんな玄人好みのピアノ・トリオ盤です。

 
 

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2014年8月 9日 (土曜日)

僕達は「タツロー」を発見した

1979年の夏、僕達は「山下達郎」を発見した。貸レコード屋が流行りだした大阪で、僕達は「タツロー」を発見した。
 
時は大学時代、ちょうど2回生の夏だったと記憶している。夏休みに入ってバイトに勤しみ、お盆休みの期間は、大学時代の友人の実家にお邪魔するという、なかなか優雅な夏休みを送っていた。そんな夏のある日、地元に貸レコード屋がオープンしていて、早速、音源の調達に乗り出した。
 
そこで見つけたのが、山下達郎の『GO AHEAD!』(写真左)。ライブ盤を含め、山下達郎の4枚目のオリジナル盤である。リリースは1978年12月。僕達がこの『GO AHEAD!』を発見したのが1979年の夏だから、リリースされてから約半年経っての「出会い」であった。
 
山下達郎の名前は、音楽雑誌やFM放送で知っていた。が、まともに聴いたことは無かった。伝説のソフトロック・グループ「シュガーベイブ」を主宰していたことも知っていた。が、まともに聴いたことは無かった。というか、山下達郎は大阪では全く受けが悪かった記憶がある。当時、大阪は浪花ブルース・ロックの時代。「東京のお洒落なソフトロックなんか、なんぼのもんじゃ」という雰囲気だった(笑)。
 
さて、この貸レコード屋で発見した、山下達郎の『GO AHEAD!』の最初の印象は「なんや、このジャケットは」。確かに、このアルバムのジャケットは趣味が良くない。このジャケット・デザインでヒットを狙おうということ自体、間違っている様に思える。しかし、そこは「貸レコード屋」でレコードを借りる、という気安さで、このアルバムを借りた。
 
早速、家でカセットにダビングである。ダビングしながら、タツローの『GO AHEAD!』を聴き始める。冒頭の「OVERTURE」のソウルフルな多重録音のコーラスに耳を奪われる。そして「LOVE CELEBRATION」が流れる。ソウルフルなファンキー・チューンだが歌詞が英語で、「潔くないなあ」と舌打ちする。さすがに東京のお洒落なソフトロックやなあ、と諦めかけた時に、次の曲が「おおっ」という感じだった。

 Go_ahead
 
3曲目の「LET'S DANCE BABY」で、いきなりひっくり返る。なんや、この曲。ファンキーでポップ、8ビートに良く乗った日本語の歌詞、むちゃくちゃ格好良い曲である。むむむ、東京もやるやんけ、と思いながらの「MONDAY BLUE」を経ての「ついておいで (FOLLOW ME ALONG)」を聴いて、思わず椅子から転げ落ちる。このビートの効きまくったファンキー・ロックはなんなんだ。
 
「これは大変一大事」と、このダビングほやほやのタツローの『GO AHEAD!』を持って友人宅へ走る。そして、友人にこの『GO AHEAD!』を聴かせる。反応は僕の時と同じ。「LET'S DANCE BABY」で、いきなりひっくり返り、「ついておいで (FOLLOW ME ALONG)」を聴いて椅子から転げ落ちる(笑)。
 
史学徒であった僕達は、この山下達郎の『GO AHEAD!』を聴いてひっくり返った。「LET'S DANCE BABY」で、いきなりひっくり返り、「ついておいで (FOLLOW ME ALONG)」を聴いて椅子から転げ落ち、そして、LP時代のB面の1曲目の「BOMBER」を聴いて「参りました」(笑)。続く「潮騒」の落ち着いたポップなバラードに心惹かれ、そして、ラストの「2000トンの雨」の "Wall of Sound" に打ちのめされるのだ。
 
1979年の夏、僕達は「山下達郎」を発見した。大阪ではまだまだ珍しかったと思う。大学の行きつけの喫茶店で、大学の研修室の休憩時間に、この山下達郎の『GO AHEAD!』を流しまくった。1979年の夏から秋の印象的な音と言えば、この山下達郎の『GO AHEAD!』。
  
このアルバムを発見したお陰で、「東京のソフトロック」への偏見が無くなり、以降、僕達はその「東京のソフトロック」へドップリとはまっていくのだ。
 
 
 

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2014年8月 8日 (金曜日)

久し振りのピアノとギターのデュオ

ピアノとギターは非常に良く似た楽器である。単音のみならず和音も出る。アルペジオも出来る。弦を掻きむしることもできるし、和音を連続して弾くことで、リズム楽器としての機能を果たすことも出来る。音のスケールも良く似通っている。

しかも、ピアノという楽器はもっと厄介で(笑)、和音と単音を、右手と左手に分けて別々に同時に出せるし、リズム部と旋律部を同時に奏でることが出来る。つまりは、ピアノ一台で楽器表現の全てを出すことが出来る訳で、ピアノという楽器は、そもそもデュオという演奏形態には向かない、とも言える。 

そんな難度の高いピアノとギターのデュオについては、優れた前例として、ビル・エバンスとジム・ホールのデュオがある。二人は2枚のピアノとギターのデュオ盤を残している。一枚は『Undercurrent』、もう一枚は『Intermodulation』。この2枚に、ピアノとギターのデュオのお手本となる演奏がギッシリと詰まっている(2010年12月14日のブログ・左をクリック)。

この2枚を聴き込んで、ピアノとギターのデュオの奥義を究めれば、誰でもピアノとギターのデュオが出来ると思いきや、そうではないのが、即興演奏を旨とするジャズならではの難しさ。

僕は、このビル・エバンスとジム・ホールのデュオ以外、ピアノとギターのデュオについては、ピアノのベニー・グリーンとギターのラッセル・マローンの『Jazz at the Bistro』(2013年7月30日のブログ・左をクリック)しか知らない。
 

Homage_evans_hall

 
しかし、最近、4枚目のピアノとギターのデュオの傑作を見つけた。Stefano Bollani with Luigi Tessarollo『Homage To Bill Evans And Jim Hall』(写真左)である。イタリア・ジャズが誇る、ギターのルイージ・テッサロッロとピアノのステファノ・ボラーニ(写真右)のデュオ。2000年4月17日のライブ録音。

タイトルはシンプルに「ビル・エバンスとジム・ホールへのオマージュ」。エバンスとホールの2枚のデュオ盤『Undercurrent』と『Intermodulation』の収録曲からの選曲も多く、明らかにエバンスとホールの2枚のデュオ盤『Undercurrent』と『Intermodulation』を十分に意識し、お手本にし、今の感覚と自らの個性を全面に押し出した「ピアノとギターのデュオ演奏」を追求し、そして成果を上げている。

とにかく上手い。エバンスとホールの2枚のお手本があるにはあるが、それを差し引いても上手い。ライブ録音にも拘わらず、音がほとんどぶつからない。入念にリハーサルは積んだのだろうが、やはり、ジャズメンの演奏技術は年々進化しているのだろう。エバンスとホールのデュオ演奏を完全に凌駕するほどに、このデュオ演奏は素晴らしい出来だ。

適度な緊張感、デュオならではの熱気溢れるアドリブの応酬。流麗なユニゾン&ハーモニー。このギターのルイージ・テッサロッロとピアノのステファノ・ボラーニのデュオとしての相性は抜群。明らかに、エバンスとホールの『Undercurrent』と『Intermodulation』の「後を継ぐ盤」である。

近代画的なジャケットもアーティスティックで趣味の良いもの。さすがイタリア・ジャズ。ライブ収録とは思えないほど、レンジの拾いクリアな音質も特筆もの。ジャズ者万民に聴いて頂きたい良盤です。

 
 

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2014年8月 7日 (木曜日)

フュージョン・ブームの果てに

1970年代に入って、ジャズとロックの融合したクロスオーバー・ジャズが流行し、1970年代の後半は、クロスオーバーがソフト&メロウに洗練されたフュージョン・ジャズが流行。1980年代に入って、いよいよフュージョン・ジャズがAORを取り込んで成熟、というか、徐々にマンネリな雰囲気が漂ってくる。

1980年に入って、当時、リアルタイムにフュージョン・ジャズの洗礼を受けていた僕達は、そんなフュージョン・ブームの果てが近づいているなんて、これっぽっちも思わなかった。でも、リリースされるフュージョン・ジャズの新譜を聴きながら、このフュージョン・ジャズって、これからどうなっていくのだろうか、と不安に思ったのも正直なところ。

そんな1981年にリリースされた、フュージョン・ジャズのエレギ盤がある。 Lee Ritenour『Rit』(写真左)である。前半4曲はボーカルをフィーチャーした演奏で、思いっきりAORなフュージョン・ジャズである。というか、このボーカル入りの演奏を聴いていると、「これってジャズなのか」と訝しく感じる。

ソウルとジャズが融合したソウル・ジャズもあった。R&Bとジャズが融合したフュージョン・ジャズもあった。しかし、この『Rit』のボーカル入り演奏は、その雰囲気はもはやジャズでは無い。これはジャズな雰囲気を漂わせたブラコン(ブラック・コンテンポラリー)だ。AORな要素とR&Bな要素が全面に押し出されているのだが、ジャジーな要素は完全にどっかに行ってしまった。

でも、冒頭の「Mr. Briefcase」のソフト&メロウなシンセの音を聴けば、そこにブワーっとAORな音世界が広がる。そして、ボーカルが入ってくれば、やっぱ、これってAORやん(笑)。フュージョン・ジャズなAORである。それも、ライトなR&Bなボーカルの雰囲気は、もうブラコン。これって、AORなブラコンやん(笑)。
 

Lee_ritenour_rit

 
さすがにここまでくれば、このアルバムの前半4曲の音世界は、もはやフュージョン・ジャズでは無い。AORとも言い切れず、ブラコンとも言い切れず、それでも、フュージョン・ジャズな要素とAORな要素とブラコンの要素がごった煮になっていて、そのごった煮もクールでスマート、実に趣味の良いごった煮なので、聴き心地が凄く良い。

5曲目の「Dreamwalk」からは、硬派なフュージョン・ジャズが繰り広げられる。が、楽器の性能が上がったせいもあるのだが、メリハリの強い、ちょっと大味なフュージョン・ジャズに仕上がっている。そこまでせんでもええのに、という感じのメリハリ効いた演奏は、確かに1980年代のフュージョン・ジャズの音。

音の雰囲気的には、ハードなAORって感じで時代を感じる音なんだが、AORな雰囲気が全面に押し出されている分、聴き心地は悪く無い。冒頭から前半の4曲が、思いっきり「ブラコン」していた分、こちらはフュージョン・ジャズな感じが強調されているみたいで、これはこれで聴き応え十分。

今の耳で振り返れば、これってフュージョン・ジャズなんか、と思うんだが、1981年当時、僕達はこの盤の音世界は、十分にフュージョン・ジャズだと感じていた。でも、正直言えば、冒頭からの4曲のボーカル入りの演奏を立て続けに聴いて、これってブラコンやん、とも思ったし、AORやん、とも思った。

1980年代に入って、フュージョン・ブームの果てに、いよいよ、フュージョン・ジャズでも無い、AORとも言い切れず、ブラコンとも言い切れない、所属不明な耳当たりが良いだけの不思議な雰囲気のアルバムが、フュージョン・ジャズと称して多く出回る様になる。そして、それに呼応するように、純ジャズ復古のムーブメントが沸き起こるのだ。

 
 

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2014年8月 6日 (水曜日)

音楽喫茶『松和』の昼下がり・17

1970年代、クロスオーバー・ジャズからフュージョン・ジャズの時代。このクロスオーバーやフュージョンの演奏をバックにしたジャズ・ボーカルというのがなかなか無かった。8ビートが中心、しかも電気楽器が主役の演奏である。ボーカルにとって、このクロスオーバーやフュージョンの演奏をバックに歌うのはかなり大変なことだったと思う。

学生時代、1980年の夏のことである。本当に無いのかなあ、と思いながら、例の「秘密の喫茶店」に足を運ぶ。エアコンの効いた涼しい部屋の中、カウンターで珈琲をいただきながら、ママさんに尋ねる。クロスオーバーやフュージョンをバックに唄うジャズ・ボーカル盤って無いですよね、って。

すると、ニコッと笑って「ありますよ」と応えて、かけてくれたのがこのアルバムである。Dee Dee Bridgewater『Just Family』(写真)である。

1978年リリースの第3作目。プロデューサーがなんと、あのリターン・トゥ・フォーエバーのチックの相棒、スタンリー・クラーク(Stanley Clarke)。このプロデューサーの名前を見るだけで、このアルバムの演奏は、クロスオーバー・ジャズ系なんだな、と判る。ジャケットも素晴らしい。アフリカン・アメリカンを十分に想起させる、アフリカン・ネイティブなジャケットは僕は大好きだった。

ディーディーの歌は、純ジャズのトラディショナルな女性ボーカルのスタイルでは無い。ディーディーの歌い方は、当時の「ソウル・ミュージック」の歌い方、R&B系の歌い方である。そんな女性ジャズ・ボーカルの中では明らかに異端扱いされていた。厳しいジャズ者の方々は「これはジャズでは無い」と断言する始末。バックは当時流行のクロースオーバー・ジャズ系の演奏なんですが(笑)。
 

Just_family

 
しかし、これは紛れもなく「ジャズ」でしょう。バックの演奏がまず上質のクロスオーバー・ジャズ。演奏するジャズメンが、プロデューサーのスタンリー・クラーク繋がりで選出されていて、これはもう当時第一線で活躍していたクロスオーバー系のジャズメンばかりがズラリと並ぶ。細かくはご紹介しないが、それはそれは、当時の人気クロスオーバー系ジャズメンのオンパレード。

そんなぶ厚くファンキーなR&B風のクロスオーバーなリズム&ビートに乗りながら、ディーディーが思いっきりソウルフルにガンガンに唄いまくる。ファンクネス溢れソウルフルで疾走感が素敵なディーディーの歌唱は爽快である。このブラコンばっちりの歌唱に、僕は当時度肝を抜かれた。これなら苦手なジャズ・ボーカルだっていける、と思いましたね。

後のフュージョン・ジャズがソフト&メロウが基本だとすれば、このディーディーの『Just Family』は、ファンクネス溢れソウルフルが基本で、これはクロスオーバー・ジャズの個性である。ブラコンとジャズのクロスオーバー。そこに、ディーディーが唄いまくる。

1980年夏、あの「秘密の喫茶店」の昼下がり、このDee Dee Bridgewater『Just Family』が鳴り響き、皆、刮目して耳を傾ける。誰が歌ってるんや。ディーディーって誰や。僕もそう思った。ディーディーって誰や。僕のディーディーとの初めての出会いであった。

そして、2014年の夏。あれから34年を経て、バーチャル音楽喫茶『松和』の昼下がりに、このDee Dee Bridgewater『Just Family』が鳴り響いている。このアルバムの音は「あの頃」と全く変わらない。

 
 

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2014年8月 5日 (火曜日)

ウエストコースト・ジャズの硬派者

今日も白人ジャズ、ウェストコースト・ジャズのアルバムを。ウエストコースト・ジャズとは、1950年代、米国ロサンゼルスを中心とする、アメリカ西海岸一帯で演奏されていたジャズの総称である。白人中心のジャズで、テクニックは概ね優秀。リズム&ビートもキッチリしていて、アレンジメントが優秀。ストレートで端正な音が基本。

そんなウエストコースト・ジャズのジャズメンは、ほとんどがマニアックな存在。もともと、日本ではウエストコーストはうけなかったことが災いしたんだが、ウエストコーストのジャズメンの名前を覚えだしたのが、1980年代後半になってから。今では、アルバムも沢山リイシューされたから、かなり身近な存在になったが、1970年代は全く未知の存在だった。

ハロルド・ランド(Harold Land)というテナー・サックス奏者がいる。どっかで聞いたことある名前だなあ、と思う貴方は「通」です。どこだったっけ、と思いを巡らし、そうかブラウン=ローチ5重奏団のテナー奏者か、と思い当たる貴方は「通」です。ハロルド・ランドは、ブラウン=ローチ5重奏団退団以降、ウエストコーストでの活動が中心なったお陰で、マニアのみに知られる存在でした。

最近では、ハロルド・ランドのリーダー作はリイシューされたので、結構気軽に耳にすることができます。ハロルド・ランドのテナーは、ウエストコースト・ジャズ出身らしからぬ、バリバリに吹くテナー奏者です。力感溢れるストレートなブロウは、東海岸も真っ青なブロウ。

しかし、そこはウエストコースト。テナーの音は乾いていて、ウェット感は全く無し。ファンクネスとブルージーにも全く無縁。ひたすらストレートで端正なブロウを繰り広げる。ウエストコースト・ジャズの中では珍しい、かなりハードな内容の演奏が魅力です。西海岸ジャズらしからぬ、タイトで一本気なハードバップな演奏は一度聴いたら忘れられません。
 

Harold_land_the_fox

 
Harold Land『The Fox』(写真)というアルバムがある。1959年8月の録音。ちなみにパーソネルは、Harold Land (ts), Dupree Bolton (tp), Elmo Hope (p), Herbie Lewis (b), Frank Butler (ds)。主役のハロルド・ランド以外、ピアノのエルモ・ホープは知っているが、その他のジャズメンは全く知らない。さすが、ウエストコーストである(笑)。

それでも、このアルバムに詰まっている演奏はどれもが水準高く熱い。西海岸ジャズらしからぬ、タイトで一本気なハードバップな演奏が展開される。テナーのハロルド・ランド、そして、トランペットのデュプリー・ボルトンが吹きまくる吹きまくる。この熱気溢れるプレイだけ聴けば、一瞬、これは東海岸ハードバップかと思うが、乾いたファンクネス無縁のストレートなテナーとペットの音を聴いて、これはウエストコーストか、と思い当たる。

ウエストコーストで、ここまで熱くストレートなサックスを吹くのは、ハロルド・ランドが筆頭なので、このアルバムはハロルド・ランドのアルバムなのか、と思い当たる。が、聴き進めて、リーダーのハロルド・ランドより吹きまくるトランペットに耳を奪われる。とにかく、トランペットのデュプリー・ボルトンが吹きまくるのだ。この吹きまくるトランペットに耳を奪われると、このアルバムは、トランペットのデュプリー・ボルトンのリーダー作か、と勘違いしてしまう。

ウエストコースト・ジャズと言えば、良くアレンジされたユニゾン&ハーモニー、そしてアンサンブル。お洒落で洗練された、熱気溢れるというよりは、クールで程良くコントロールされたジャズ、という印象ですが、この『The Fox』というアルバムを聴いて、それだけでは無いということがよく判ります。

 
 

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2014年8月 4日 (月曜日)

米国ルーツ音楽好きにお勧めです

ジャズって面白いなあ、って思うことが幾つかある。特に最近、黒人のジャズと白人のジャズの違いについて、改めて感じ入っている。同じジャズを奏でるにも、白人と黒人ではその表現するジャズの雰囲気が全く異なる。不思議だよな。

白人のジャズはスインギー。黒人のジャズ特有のファンクネスやブルージーな感覚は希薄。テクニックは優秀。リズム&ビートもキッチリしていて、アレンジメントが優秀。ストレートで端正な音が基本。そんな感じのジャズが白人のジャズだと僕は感じている。まあ、例外もあって、全てが全て、そうとは限らないんだが、それでも確かに、白人のジャズには白人のジャズならではの個性が明らかに存在する。

白人のジャズは端正で程良くアレンジされ、音は切れ味良くストレートなので、暑い夏に良く合う音である。コッテコテなファンクネスで粘りに粘ることは無いので、暑い夏に良く聴くジャズである。

そんな白人ジャズの中で、僕のお気に入りのピアニストの一人が「ディブ・ブルーベック(Dave Brubeck)」。ちょっと現代音楽的なアブストラクトな面を見せつつ、間を活かしたスクエアなノリの「パキパキ」ピアノが何故か若い頃から好きなのだ。加えて、相棒の「ポール・デスモンド(Paul Desmond)」のアルトが良い。ウォームで流麗なデスモンドのアルトがこれまた良い。

ブルーベックのピアノもデスモンドのアルトも、黒人ジャズお得意のファンクネスやブルージーな感覚は全くもって希薄。テクニックは優秀。リズム&ビートもキッチリしていて、アレンジメントが優秀。ストレートで端正な音が基本。こうやって改めてまとめてみると、ブルーベック・カルテットって、白人ジャズの見本みたいなバンドだということが良く判る。

暑い夏には、そんなブルーベック・カルテットの演奏を楽しむことが多くなるのだが、今日は、Dave Brubeck『Gone With The Wind』(写真左)聴く。1959年4月の録音。ちなみにパーソネルは、Paul Desmond (as), Joe Morello (ds), Gene Wright (b), Dave Brubeck (p)。
 

Brubeck_gone_with_the_wind

 
若かりし頃、ジャズ者初心者の頃は、ブルーベック・カルテットに、こんな魅力的な選曲をしたアルバムがあるなんて全く知らなかった。
 
米国トラディショナルをベースに構成された選曲は、米国ルーツ・ミュージック好きには堪えられない内容だ。特に、このアルバムは、米国南部のトラディショナルを中心に構成されており、米国南部好きには、これまた堪えられない内容になっている。

1. Swanee River
2. The Lonesome Road
3. Georgia On My Mind
4. Camptown Races
5. Camptown Races  (Alternate take)
6. Short'nin' Bread
7. Basin Street Blues
8. Ol' Man River
9. Gone With The Wind
 
以上が収録曲の一覧なのだが、冒頭のフォスターの「スワニー川」から渋い渋い。3曲目は、ジョージア州の州歌である「我が心のジョージア」には何故かしみじみする。4曲目は小学校で習った、これまたフォスターの「草競馬」が楽しい。ジャズにアレンジされた「草競馬」がこんなに魅力的で楽しいなんて。良い雰囲気ですね〜。「オールマン・リバー」も良いなあ。

レコードジャケットの写真も良い。ブルーベック、デスモンド、モレロ、ライトの4人が、アイビー・スタイルでバシッときめていて、とっても「クール」な出で立ち。古き良き米国を感じる、そんな魅力的なジャケットも良し。単純に聴いて楽しい、本当に良いアルバムです。

 
 

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2014年8月 3日 (日曜日)

こんなアルバムあったんや・34

ジャズの世界は裾野が広い。本場米国のみならず、欧州各国、日本、そして豪州まで、世界レベルでジャズのアルバムが録音され、リリースされている。こんなマニアックな音楽ジャンルであるジャズで、これだけ多くのジャズ・アルバムがリリースされていて、ジャズ・ミュージシャンって本当に生業になるんだろうか、と心配になる。それだけ需要はあるのかなあ。

そんな裾野の広いジャズの世界である。最近、iTunes Storeなど、ダウンロード・サイトを徘徊していて、これは、と思って、思わず「ポチッ」としてしまうアルバムがある。それも、ジャズ本とかでは見たことも無いアルバムである。ダウンロード・サイトでは、アルバムに収録された曲が一定時間だけ試聴できるので、それで「これは」と言うことになる。

今から2年ほど前に、ダウンロード・サイトを徘徊していて、これは、と思って、思わず「ポチッ」としてしまったアルバムがある。Herb Ellis『The Jazz Masters』(写真左)である。これがまあ、ジャズ本とかには全く載っていないアルバムなんだが、内容が良い。典型的なハードバップなんだが、これが良い雰囲気なのだ。

2001年10月、Allegro labelからのリリース。1990年代後半、シドニーのトラファルガー・スタジオでの録音とあり、豪州のミュージシャンの参加が目を惹く。リーダーのHerb Ellis(写真右)はギタリスト、Ray Brownはベーシスト、この二人はジャズ・レジェンドな有名ジャズメン。エリスのギターは「いぶし銀な職人ギター」が渋く、ブラウンのベースは聴いていて直ぐに判る「太くて強靱な」ベース。
 
  
The_jazz_masters
 
 
ピアニストのセルジェ・エルモール(Serge Ermoll)とリード奏者のバリー・ダガン(Barry Duggan)、ドラムのスチュウィー・スピールス(Stewie Speers)の3人が豪州のジャズ・ミュージシャンなんだろうか。この3二人のプレイも水準以上で、ジャズ・レジェンドである、ハーブ・エリスとギターとレイ・ブラウンのベースと互角に渡りあっていて立派だ。

リード奏者のバリー・ダガンはフルートも吹く。冒頭の「Tristé」でのフルートは実に良い。他の演奏ではアルト・サックスを吹いているらしく、このアルトもまた水準以上。ピアノのセルジェ・エルモールはバリバリ弾き進めるバップ系のピアニスト。ドラムのスチュウィー・スピールスは少し単調なところが気になるが、全曲、そつなくこなしている。

ギターのハーブ・エリス、ベースのレイ・ブラウン以外、他の3人は良く判らない豪州のジャズメンらしいんだが、演奏自体はとても上質なハードバップ。選曲もしっかりとジャズ・スタンダード中心で構成されており、聴いていて違和感は全く無い。

ともあれ、パーソネルに関して歯切れの悪いアルバム評ではあるが、このアルバム、聴いていて結構疲れないというか、聴いていてなかなかの雰囲気。素性が明快で無くても演奏が良ければそれで良いではないか、と思わせてくれる、不思議なアルバムである。

 
 

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2014年8月 2日 (土曜日)

70年代Jポップの「夏男」その1

1970年代のJポップにおける、僕にとっての「夏男」は、山下達郎、南佳孝、矢沢永吉。とにかく、大学時代、この3人のアルバムは、夏の下宿の部屋で、夏のいきつけの喫茶店で、夏の研究室で、様々な移動の車の中で、「ながら」のBGMとして流れていた。

特に、南佳孝のアルバムは、1970年代ならではの、まだ日本がバブルを経験していない時代、庶民の海外旅行なんて夢のまた夢の時代での、南洋エスニックな雰囲気芳しい、ポップ・ロックな内容が実に味わい深く、当時、大学生の僕達としては、とってもお洒落なシティ・ポップして重宝していた。

とりわけその大学時代、1978年頃から今に至るまで、夏のシティ・ポップなアルバムとして愛聴しているアルバムが、南佳孝『South of The Border(サウス・オブ・ザ・ボーダー)』(写真左)。僕にとっての「夏男」、南佳孝の3rd.アルバムである。1978年9月のリリースになる。僕にとっての「夏盤」として活躍するのは翌年1979年の夏からである。

全編、夏の雰囲気満載の内容になっている。ちょっと非日常的な、それでいてちょっとありそうなドラマチックな歌詞の世界が、これまた実にお洒落。夏のシティ・ポップなアルバムとして、音世界を楽しめるのはもちろんのこと、このアルバムについては、歌詞の世界もお洒落で粋で楽しめる。

さて、このアルバムの音世界は、冒頭の「夏の女優」のイントロのスティール・パンの響きで、めくるめく魅惑的な「夏盤」の世界を約束される。もうそこの音世界は「ジャマイカ」。カリビアンな爽やかな南国の雰囲気を漂わせながら、シティ・ポップな音世界が展開される。「日付変更線」や「夜間飛行」での、お洒落で粋なボサノバ・サウンドも心地良い。
 

South_of_the_border_1

 
その他、収録された楽曲のアレンジについては、サンバ、ボサノバ、ラテンと、中南米を中心としたエスニックなアレンジが施されており、カリブ海からブラジル、アルゼンチンまでの、当時、日本人からは遠く離れた異国の地の魅惑的な音世界がギッシリと詰まっている。

もうかれこれ、35年ほど前に聴いたのが最初なんだが、未だにそのアレンジに関する感動は色褪せない。時空を超えて、未だにこの心地よいエスニックな音世界に引き込まれる力は素晴らしいものがある。このアルバムの最大の魅力である。

バックの演奏も充実の一言。非常にポップで洗練された演奏が素晴らしい。よくよくパーソネルを見渡すと、4曲目「日付変更線」における大貫妙子のコーラス、5曲目「常夜灯」における坂本龍一のフェンダー・ローズとシンセ、そして、全編に渡って、リズム&ビートの底をグッと支えて締める細野晴臣のベース、エスニックな雰囲気を増長する齋藤ノブのパーカッションなどなど、やっぱり上手いよなあ。このアルバムの品格をグッと上げている。

今でも、どこかブルージーでエスニックなところがジャズに相通じるところがあって、ジャズを聴き続けた後のちょっとした「耳休め」に、南佳孝の一連のアルバムは良く聴く。特に今の季節に聴く「夏盤」として、この『サウス・オブ・ザ・ボーダー』は、この時期、ヘビロテになる。

最後に、池田満寿夫氏のジャケットが素晴らしい。特にLPサイズでのこのジャケットのイラストの素晴らしさは特筆べきもの。大学時代は、夏の季節、いきつけの喫茶店に飾って貰っていました。ジャケットもお洒落で粋。僕にとっての、日本シティ・ポップの永遠の「夏盤」です。

 
 

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2014年8月 1日 (金曜日)

ハイ・ファイ・セット知ってる?

1970年代中盤以降、1990年代中盤までの20年間活動した、Jポップのコーラス・グループがあった。男性2人、女性1人の変則コーラス・グループである。その名は「ハイ・ファイ・セット」。グループ名は細野晴臣の発案による。

伝説のフォーク・グループ「赤い鳥」から分かれ出たコーラス・グループである。メンバーは、山本潤子(旧姓、新居潤子)、山本俊彦、大川茂。山本潤子のソプラノ、山本俊彦のテナー、大川茂のバス・ヴォイスによる抜群のコーラスワークが個性の、日本で唯一の混声コーラス・グループであった。 

僕はこのハイ・ファイ・セットが大好きで、デビューアルバムの『卒業写真』から、1970年代のアルバムはコンプリートしている。今は、1980年代のアルバムに手を染め出したところ。とにかく、このグループのコーラス・ワークと洒落たアレンジが魅力。とにかく「お洒落」なコーラスだった。

そんなハイ・ファイ・セットが、ライトなフュージョン・ジャズ風なアレンジを採用し始めたアルバムが2枚ある。1977年にリリースされた『The Diary』(写真左)と1978年リリースの『Swing』(写真右)である。

どちらのアルバムも、ライトなフュージョン・ジャズ風なアレンジを施したものと、従来からの歌謡ポップ風のフォーク・コーラスなアレンジのものと混在しているが、どちらかと言えば、ライトなフュージョン・ジャズ風なアレンジを施した楽曲の方が魅力的である。
 

Diary_swing

 
『The Diary』では、何と言っても冒頭の「恋の日記」である。これがとても魅力的なコーラス曲なのだ。アレンジは、完全にライトなジャズ・コーラス風なアレンジ。しっとりと唄い上げていくこの歌、僕は大好きです。この曲がシングル・カットされて、FMから流れて来た時、次の日には、この『The Diary』というアルバムを手にしていた。

フュージョン・ポップ風の「風の街」も爽やかで良い雰囲気。7曲目の「暖炉でマシュマロ」などは、完全にライト・フュージョン・ジャズなアレンジで、ハイ・ファイ・セットのコーラス・ワークが実に映える。やはり、ハイ・ファイ・セットのコーラス・ワークはライトなジャズに良く似合う。 

『Swing』は、そのタイトルもズバリ、冒頭の「スウィング」が良い。趣味の良い粋なライト・ジャズなアレンジに乗って、ハイ・ファイ・セットのコーラスが実にジャジー。2曲目の「少しだけまわり道」は、ライトなフュージョン・ジャズなバックの演奏がお洒落。

惜しむらくは3曲目の「火の鳥」。この楽曲だけが、当時のニューミュージック風の歌謡ポップなアレンジで、アルバム全体の雰囲気からはちょっと浮いている。この「火の鳥」はシングル・カットにして、ベストアルバムに収録すべきだったのだろう。確かに、山本潤子の歌唱は素晴らしい。しかし、『Swing』というアルバムの雰囲気からはかなり「浮いて」いる。

この2枚のライトなフュージョン・ジャズ風なアレンジをベースとしたハイ・ファイ・セットのアルバムには、大学時代、ジャズ者初心者だった僕は、硬派な純ジャズに聴き疲れた時、耳休め的な位置づけで、大変、お世話になった。特に『The Diary』は、今でも冒頭の「恋の日記」を聴くだけで、胸がきゅんと締め付けられるのだ(笑)。

 
 

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