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2014年6月の記事

2014年6月30日 (月曜日)

今風のフュージョン・ジャズです

ハービー・メイソン(Harvey Mason)って、今年でいくつになるんだっけ。1947年2月生まれなので、今年で67歳になる。67歳にもなると、演奏する音楽も「昔取った杵柄」で、フュージョン・ジャズを楽しみながらやるのが普通だと思うんだが、このハービー・メイソンは違う。

今年5月にリリースされたリーダー作、Harvey Mason『Chameleon』(写真)。1973年に発表された、Herbie Hancock『Head Hunters』収録の大ヒット・ジャズ・ファンクの定番曲「Chameleon」を40年ぶりにリメイクしたアルバムとして、話題を集めたハービー・メイソンのリーダー作である。ジャケットは、日本盤が写真左、Import盤が写真右。

「Chameleon」のリメイクが目玉のアルバムなので、さぞかし、トラディショナルでファンキーなフュージョン・ジャズが展開されるんだろうな、と想像して、ちょっと食傷気味になるんだが、そこはグッとこらえて、聴き始める。

「Chameleon」の落ち着いた前奏を聴きながら、少し「あれっ」と思い始める。リズム&ビートが、1970年代〜80年代のフュージョン・ジャズで展開されたリズム&ビートとはちょっと違う。1970年代〜80年代のフュージョン・ジャズで展開されたリズム&ビートを基調としながら、新しい響きが随所に入り込んでいる。

次の「Black Frost」から、そのリズム&ビートの特徴が明確になる。1970年代フュージョン・ジャズからすると「ジャズ+ソウル+ファンク」の融合が基本なんだが、それはもう既にシッカリと押さえられている。そこに、ハウスやユーロの要素を取り込みながら、最終的にヒップ・ホップのリズム&ビートを大胆に導入。新しい響きが心地良い、今風のフュージョン・ジャズのリズム&ビートをベースに、クールな演奏が展開される。
 

Harvey_mason_chamelepn

 
ハービー・メイソンは、生けるジャズ・レジェンドの類のジャズメンなので、あからさまに、ヒップ・ホップとの融合を全面に押し出すことは無いが、要所要所でしっかりと全面に押し出しているところなぞは、さすが、プロデューサー兼任の才能の持ち主である。

フュージョン・ジャズ時代を代表するドラマーだったので、今でも、リズム&ビートの基本はフュージョン・ジャズだが、さすがプロデューサー的な役割も兼ねることもあって、今風の、コンテンポラリーなジャズのトレンドをしっかりと押さえているところは見事である。ハウス、ユーロ、ヒップホップから派生するリズム&ビートが実に「クール」である。

要所要所で、ロバート・グラスパーを想起させるリズム&ビートは、実に耳に新しく響く。そこに、ファンクネス溢れ、適度のラフなメイソンのドラムが、しっかりとリズム&ビートを供給する。21世紀のジャズ、21世紀のコンテンポラリー・ジャズなリズム&ビートの響きが新しい。

「東のガッド(スティーヴ・ガッド)、西のメイソン(ハービー・メイソン)」と言われるほど、21世紀のコンテンポラリー・ジャズなドラマーとして、人気を二分するフュージョン・ジャズ界の最高峰ドラマーの一人である。このアルバムでも、そのドラミング・テクニックは非凡なものがある。真似出来ない適度なラフさとファンクネス。 

「Chameleon」以外、キャッチャーなメロディーを持つ楽曲が少なく、演奏全体の雰囲気が少し地味なのが玉に瑕ですが、演奏的には申し分ありません。テクニック優秀、歌心溢れ、ポジティブなアドリブが展開されるところは、フュージョン・ジャズ譲り。

そこに、今風のトレンディなリズム&ビートである「ハウス・ユーロ・ヒップホップ」の響きが加味されて、十分に今風のコンテンポラリーなフュージョン・ジャズなアルバムに仕上がっています。さすが、プロデューサーとしての側面を持ったドラマーですね。導入されたリズム&ビートが実に粋でクールです。 

 
 

震災から3年3ヶ月。決して忘れない。まだ3年3ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2014年6月29日 (日曜日)

「追悼、ホレス・シルバー」です

ホレス・シルバーが鬼籍に入りました。2014年6月18日に逝去、85歳。ホレス・シルバーは、コネチカット州ノーウォーク出身のジャズ・ピアニスト。ファンクネス溢れるバップなピアノが個性のピアニストでした。最近、活動の情報が伝わって来なかったので、ちょっと心配していた矢先の訃報だった。

ホレスのピアノは、叩き出すフレーズというフレーズにファンクネスを湛え、ホレスのピアノはファンキーそのもの。ファンキーなピアノとは如何なるものか、と問われれば、僕は、このホレスの代表作を2〜3枚、聴いて貰うことにしています。

そんなホレスが遂に鬼籍に入ってしまいました。残念です。最近、生存するジャズ・レジェンドが次々と鬼籍に入っていくので、ちょっと精神的に参ってしまいますよね。元気に演奏していた、若いことから馴れ親しんでいたジャズ・レジェンドが鬼籍に入るのを見届けるのは辛いものがあります。

さて、そんなホレス・シルバーを追悼するに相応しいアルバムは、と思い、色々とCD棚を物色してみました。ブルーノート時代のハードバップなリーダー作は当然なんですが、僕は、このアルバムのホレスのプレイが好きで、今回、追悼・ホレス・シルバーとしては、この1997年リリースの『A Prescription For The Blues』(写真左)を選択しました。

この『A Prescription For The Blues』は、邦題は『ブルースに処方箋』。1997年5月の録音になります。ちなみにパーソネルは、Horace Silver (p), Randy Brecker (tp), Michael Brecker (ts), Ron Carter (b), Louis Hayes (ds)。
 

Hrace_silver_prescription_for_the_b

 
ホレスに、ベースのロン、ドラムのヘイズというベテランというか、ジャズ・レジェンド級のピアノ・トリオをリズム・セクションに、ランディとマイケルのブレッカー兄弟がフロントを張るという魅力的な布陣です。

アルバム全体の雰囲気は、ファンクネス溢れるハードバップ大会。まず、ホレスとロン、ヘイズのピアノ・トリオのファンクネス溢れる展開がアルバム全体の雰囲気をガッチリと固める。そして、ブレッカー兄弟の登場である。これだけ、ファンキー・ハードバップな雰囲気で固められているのだ。ブレッカー兄弟もそれに応えなければならない。

いやいや、素晴らしいですね。ランディのペット、マイケルのテナー、どちらも思いっきりハードバップしています。しかも、これだけファンクネスを漂わせたアドリブが展開できるなんて、ちょっとした驚きです。器用というより才能でしょう。実に懐の深い演奏を繰り広げていて良い雰囲気です。

そう言えば、ブレッカー兄弟って、若いころ、彼らはホレスのバンドに在籍していたことを思い出しました。道理でファンキー・ジャズにフィットするはずです。納得。

このアルバムでの、ホレス御大のプレイについては申し分ありません。1997年と言えば、1928年生まれのホレスは69歳。レジェンドの域に達したホレスのプレイはもはや揺るぎはありません。ファンクネス抜群のバップなピアノを叩き出して行きます。

ホレスのピアノは、ファンクネス溢れるバップなピアノが個性。これは意外と唯一無二。実に個性溢れるファンキー・ピアニストでした。多くのリーダー作を残してくれているので、彼のファンキー・ピアノを愛でるには事欠きませんが、彼の元気な姿を見ることが出来無くなると思うと、やはりちょっと寂しいですね。合掌。

 
 

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2014年6月28日 (土曜日)

キースの困ったちゃんなアルバム

存命するジャズ・ピアノのレジェンドの一人、キース・ジャレット(Keith Jarrett)は、ちょっとややこしい人で、ジャズ・ピアニストでありながら、クラシック・ピアニストとしての技術を持つ、いわゆる「二刀流」なピアニストで、ジャズのみならず、クラシックのアルバムもリリースしていて、聴く側の我々としてはちょっと戸惑ったりする。

キースのクラシックのアルバムを聴いたことはあるが、取り立てて凄いという内容でも無い。クラシック・ピアニストとしては平均レベルのピアニストで、クラシック・ピアノの歴史に名を留めるレベルでは無いなあ、と感じた。やはり、キースは、ジャズ・ピアニストとしての能力の方が圧倒的に高いと思っている。

しかし、キース自身としては、クラシック音楽への憧憬は強いものがあって、バッハなどのクラシックの作曲家に対する敬愛を表明して止みません。逆に、現在のクラシック音楽界に対しては、なぜか否定的で、1985年の初め、キースはクラシック音楽の世界にすっかり失望したそうです。

彼の失望は、歴代のクラシックの作曲家達にあったのではなく、クラシックの演奏に携わる人々にあったとのこと。キースは、音楽家達のあるべき姿とは相矛盾する、旧態依然とした様々な態度やしきたりがクラシック音楽界に存在することに失望した。まあ、そういうことは、どの世界にも存在することなのだが、キースはそれが許せなかった。

結果的には大失敗だったと言って良い、キースのクラシックのピアノ、オルガン、チェンバロ奏者としての活動。そんなクラシック音楽界への失望の中、キースは精神衰弱状態に陥り、一時、茫然自失状態だったそうです。

そんな中、彼の弁を借りると、「僕はスタジオに行って、フルートを手に取り、演奏し始めた。そうしてフルートを吹いているうちに、ぼくの血液の循環が変わったようであり、ぼくの体の中の何もかもが変わったようであり、より豊かになったようだった」。

そんなシンプルなアプローチで、シンプルな音楽に没頭した状態が一か月ほど続き、そして、キースが自宅のスタジオで録音した音源が、この『Spirits』(写真左)です。録音時期は1985年の5月から7月。キースが全ての楽器を担当する多重録音の音源です。
 

Keith_spirits

 
音世界の雰囲気は、アフリカン・ネイティブなアーシーでフォーキーでスピリチュアルなフレーズ。土着性の強い、アフリカの民俗音楽を聴く様なリズム&ビート。奏でられる楽器は、Pakistani Flute, Tablas, Shakers, Recorders: sopranino, soprano, alto, tenor, bass, great bass, Vermont "Folk" Flute, Voice, Soprano Saxophone, Piano, Guitar, Miniature Glockenspiel, Small Tanbourine, Double Cowbell, Saz、そしてvoiceと17種類の楽器。

これが、この『Spirits』以降、キースの目指す「音楽の基本」かと思いきや、以降のキースの活動を聴くと、そうではないところがキースの面倒くさいところ。しかし、彼の弁を借りると「自分の全作品は『Spirits』以前と『Spirits』以降に分けて考えられることになると感じた」。つまり、キースの心の中で、この『Spirits』というアルバムを境に、音楽の創作という観点で、取り組み方というか、アプローチが変わったということらしい。

そういう背景から、この『Spirits』は、キース者には必須のアルバムではありますが、通常のジャズ者の方々にとってはどうでしょうか。アフリカン・ネイティブな雰囲気が色濃いジャズが好きな方々にも、これはちょっとなあ、とも思います。このアルバムは、ジャズ・ピアノのレジェンドの一人、キース・ジャレットが創作したアルバムだと判っているからこそ、最後まで聴き続けることのできるアルバムだと感じるからです。

このアルバムがキース・ジャレットの作品であるということを伏せて聴いたら、単に平均点レベルのアフリカン・ネイティブな雰囲気が漂う不思議なアルバムとしか評価できません。キースの作品だから、キースが彼の音楽活動の節目に当たるアルバムだと言った作品だから、このアルバムは注目される訳で、この作品単体としては、キースの数ある「困ったちゃんなアルバム」の中の一枚の域を出ないものだと思います。

確かに、アフリカン・ネイティブなアーシーでフォーキーでスピリチュアルなフレーズ。土着性の強い、アフリカの民俗音楽を聴く様なリズム&ビート。それまでのキースの音世界には無かったものです。そこに価値を見出すのも、確かにアリかなとも思います。

かといって、その後のアルバムには、このアフリカン・ネイティブな音世界は出現しませんので、この『Spirits』の音世界は、キースの音楽活動の成果の中でも「突然変異」的なものなのでしょうね。キースは、時々、こんな「困ったちゃんなアルバム」をリリースするので、そのアルバムに出会う度に思いっきり戸惑います。まあ、もう慣れましたけどね(笑)。

 
 

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2014年6月27日 (金曜日)

フュージョン・ジャズの骨子

フュージョン・ジャズって、どんな雰囲気のジャズなんですかと問われれば、やっぱり、このアルバムは出すなあ。絵に描いた様なフュージョン・ジャズ。ジャズとAORとR&Bが融合した、万民向けのフュージョン・ジャズ。

そのアルバムとは、Geoge Benson『Breezin'』(写真左)。1976年のリリースである。時代はクロスオーバー・ジャズからフュージョン・ジャズへの移行時期。商業ロックに翳りが見え始めマンネリズムに陥り、AORは、兆しはあるが、まだ流行にはなっていない。そんな時代にこのアルバムである。

冒頭のタイトル曲「Breezin'」の前奏のリフを聴くだけで、このアルバムの成功は約束されたも同然。凄くキャッチャーで印象的なリフ。米国西海岸の爽やかな風のような、スピード感+爽快感なリフ。そんなリフに続いて出てくる、心地良いフレーズが爽快感抜群、躍動感抜群。やはり、フュージョン・ジャズの主役はエレギやなあ〜、と感じ入る。

続く2曲目「This Masquerade」。レオン・ラッセルの名曲。カーペンターズの歌唱で有名。そんな米国ポップスの名曲をカバっている。唄うジャズ・ギタリスト、ジョージ・ベンソンの面目躍如、ソフト&メロウなAORを先取りする、柔らかくもコクのあるベンソンの歌唱は一級品。思いっきりムーディーな、それでいて切れ味のある歌唱。
 

George_benson_breezin

 
冒頭の「Breezin'」と2曲目の「This Masquerade」の2曲で、このアルバムはフュージョン・ジャズの名盤となることを約束されたと言って良い。それほどまでに優れた演奏で有り、優れたボーカルである。この2曲がソフト&メロウなフュージョン・ジャズの雰囲気とアレンジの方向性を決定付けた。

3曲目の「Six To Four」以降の曲も、いずれの曲も出来が良い。ソフト&メロウなフュージョン・ジャズが、爽やかにリズミカルに駆け抜ける。4曲目の「Affirmation」は、ホセ・フェリシアーノの作った「アファメイション」のカバー。ベンソンの壮絶なアドリブが聴ける。フュージョン・ジャズは緩いなどと言ってはいけない。このベンソンのアドリブは凄い。

ドラムスのハービー・メイソンのちょっとラフで余裕のあるノリが良い。クラウス・オーガマンの弦のアレンジも、ちょっと古さと懐かしさを感じつつも秀麗。このアルバムは、フュージョン・ジャズの代表的メンバーが集結した優れものであるとも言える。主役のベンソンだけが目立つのでは無い。アルバム全編に及ぶ全ても演奏が充実しているのだ。

聴き直してみて、やっぱりこの『Breezin'』は、フュージョン・ジャズの名盤の一枚。フュージョン・ジャズとは何か、と問われれば、僕はこのアルバムを差し出す。このアルバムには、フュージョン・ジャズの骨子が詰まっている。

 
 

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2014年6月26日 (木曜日)

MJQ解散コンサートのライブ盤

一昨日、Modern Jazz Quartet(以降MJQと略す)の『Reunion at Budokan 1981』をご紹介した訳だが、やはり、この再結成ライブ盤を聴くと、1974年の解散コンサートのライブ盤が聴きたくなる。ということで、今日は久し振りに『The Last Concert』をじっくりと聴いてみた。

MJQ好き、MJQ者の僕としても、この『The Last Concert』は、そうそう聴くことが無い。当時、MJQの解散は、ジャズ者にとって、かなりショッキングな出来事だったそうで、このライブ音源を聴くと、聴衆の悲しみがひしひしと伝わって来て、ちょっとその悲しみが、このライブ盤から伝染したりするのだ。

演奏する側、Milt Jackson (vib), John Lewis (p), Percy Heath (b), Connie Kay (ds)の4人の演奏も、通常のそれぞれ4人の演奏とは異なる、鬼気迫る様なテンションの高い演奏を延々と繰り広げる。エンタテイメント性を全く追求することの無い、アーティスティックでストイックな演奏の数々。聴き進めるうちにグイグイ惹き込まれていく。そして疲れる(笑)。

このMJQの解散コンサートの音源は、『The Last Concert』のタイトルでリリースされたLP時代は2枚組、AB面で7曲、CD面で7曲の全14曲。コンプリートを謳った『The Complete Last Concert』はCD2枚組で全22曲、トータル収録時間148分、2時間30分弱にも及ぶボリュームである。

このライブ盤は特別なシチュエーションでのライブで、20年に及ぶ活動の後、Moden Jazz Quartetが解散する時のコンサートのライブなのだ。冒頭の名曲「Softly, As in a Morning Sunrise(朝日の如くさわやかに)」から、張り詰めた心地良い緊張感を感じる。
 

Mjq_the_last_concert

 
これが最後の演奏なのだ、という思いが、メンバーのそれぞれの演奏から迸っている。リーダー格のジョン・ルイスのピアノは意外と普段通り、余裕の演奏を聴かせているのだが、もう一人のフロント、ヴァイブのミルト・ジャクソンは鬼気迫るテンションのヴァイブ弾きまくり。

「MJQの一員としてのヴァイブ演奏はこれが最後なのだ」と語りかける様に、お得意のファンクネスを封印して、MJQとしてのヴァイブの音を心ゆくまで聴かせてくれる。ここまで、アーティステックなミルトのヴァイブは他に聴いたことが無い。

このラスト・コンサートで、その存在を再認識させられたのが、ドラムのコニー・ケイとベースのパーシー・ヒース。とにかく上手いのなんのって。こんなに上手くて味のあるドラムとベースはそうは無い。ルイスのピアノとミルトのヴァイブのアドリブが素晴らしいのは、こんな素晴らしいドラムとベースがあってこそ。そういう事実をこのライブ盤は再認識させてくれる。

とにかく解散コンサートの様子を収録したライブ盤なので、演奏する側も演奏を聴く側も、相当なテンションを持って対峙しており、アルバム全編を聴き通すと、とにかくドッと疲れる。ついつい集中して聴いてしまう位の、演奏の「惹き」なのだ。

よって、CD2枚組の『The Complete Last Concert』の全2時間半はとにかく疲れるので、実はあまり通して聴いたことが無い。CD1枚ずつ、別の日に聴くという感じだろうか。そうすると、解散コンサートの再現という雰囲気は希薄になって、どうにも「上手くない」。

全編聴き通して、解散コンサートの再現という雰囲気を堪能するには、LP時代の全14曲、トータル1時間半弱の長さが実は適当だったりする。実のところ、最近の僕は、このLP時代の全14曲編成のハイレゾ音源を愛聴している。

 
 

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2014年6月25日 (水曜日)

テナー4本+ピアノトリオな異色盤

ジャズは即興の音楽であると同時に、ジャズは個の音楽でもある。同じ楽器を演奏しても、ジャズの場合、決して同じ音が出ない。というか、決して同じ音を出さない。そこがクラシックと全く正反対なところである。

ジャズは個の音楽だからこそ、こういうジャム・セッションが成立する。テナー4本+ピアノ・トリオ。ジャズの場合、決して同じ音が出ない。それぞれのジャズメンの個性的な音が出る。テナー4本がフロントを占めるということは、テナーの個性を4種類、楽しむ事が出来る、全くお徳用なジャム・セッションである。

大学時代、このテナー4本+ピアノ・トリオなジャム・セッションの演奏を収録した、このアルバムのタイトルを初めて聴いた時、へ〜っ?と思った。「テナー根比べ」。凄い邦題だなあと思った。テナーの演奏の根比べ。テナー4本でアドリブ合戦の根比べ。はあ〜それで「根比べ」かあ、と感心したら、秘密の喫茶店のママさんに大笑いされた(笑)。

正式なアルバムタイトルは『Tenor Conclave』(写真)。確かにカナ読みにすると「テナー・コンクラーベ」。コンクラーベとはもともとは「教皇選挙会議」の意だが、ここでは「同僚の集まり」の意のほうがしっくりくる。つまりは「テナーの同僚の集まり」である。

そのテナー4本のパーソネルは、Al Cohn, John Coltrane, Hank Mobley, Zoot Sims (ts)。当時のテナーの人気者ばかりがズラリ。そして、バックのリズム・セクションのピアノ・トリオのパーソネルは、Red Garland (p), Paul Chambers (b), Art Taylor (ds)。当時のファースト・コールなピアノ・トリオ。1956年9月の録音になる。
 

Tenor_conclave

 
このテナー4本+ピアノ・トリオな、実にお気楽なジャム・セッションのプロデュースは、もちろん「プレスティッジ・レーベル」の仕業である。リーダーを立てず、リハもせず、小遣いの欲しいミュージシャンを集めて、いきなりのジャム・セッション。それをサクッと録音して、安上がりなジャケットに包んでリリース。プレスティッジのお得意技である。

さすがに、これだけ個性的なテナーが4本集まれば、それこそ「船頭多くして船山に上る」な状態に陥るだろう、と思いきや、このジャム・セッションではそうはならないところが、これまたジャズの面白いところ。明確なリーダーがいないのにも関わらず、4人のテナー奏者が上手くお互いの音を確認しながら、アドリブ・パートも均等に割り振りながら、それぞれの個性的なテナーのブロウを聴かせてくれるのだ。 

さすがに、この4人のテナーは、アル、コルトレーン、モブレー、ズートだよと事前に教えられれば、それぞれの演奏の中で、そのテナーの音を聴けば、この4人の中の誰が吹いているかはまず判る。アル・コーンとズート・シムズの聴き分けがちょっと難しいが、コルトレーンとモブレーは直ぐ判る。

ちなみに、このアルバム、タイトル通り、4人のテナーの個性を楽しむのが本来の目的なんだが、実はこのアルバムのリズム・セクションである、ガーランドのピアノ、チェンバースのベース、テイラーのドラムが意外に良いのだ。この優れたリズム・セクションのバッキングがあったからこそ、このテナー4本の優れたアドリブが楽しめるのだ。

テナー4本がフロントのジャム・セッションという、ちょっと「キワモノ」っぽい雰囲気と、チープなジャケット・デザインと相まって、その内容を知らないうちは、さすがに手を出しかねるアルバムではあるのですが、テナーの個性を聴き分けることの出来る様になったジャズ者中級者にお勧めの異色盤です。

 
 

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2014年6月24日 (火曜日)

楽しく聴けるMJQのライブ盤

今日は「MJQ」と言っても、Manhattan Jazz Quintet の「MJQ」では無く、伝説のカルテット、Modern Jazz Quartetの「MJQ」のアルバムのお話しを。

Modern Jazz Quartet(以降MJQと略す)は、底にジャジー&ブルージーな雰囲気をしっかりと漂わせつつ、お洒落で流麗な、クラシックの室内楽的な響きと展開が個性の伝説のカルテットである。

リズム・セクションであるピアノ・トリオにヴァイブが加わる変則カルテット。ちなみにパーソナルは、Milt Jackson (vib), John Lewis (p), Percy Heath (b), Connie Kay (ds)。1952年に結成以来の鉄壁のメンバーである。

MJQについては、僕がジャズを聴き始めた頃、1978年は解散状態だった。そう、MJQは1974年に一旦解散している。その解散コンサートの様子は『The Complete Last Concert』としてリリースされている。当時、MJQの解散は、ジャズ者にとって、かなりショッキングな出来事だったそうで、このライブ音源を聴くと、聴衆の悲しみがひしひしと伝わって来る。

しかし、何が起こるか判らないのが人生である。この解散したMJQが、1981年に突如として再結成される。メンバーは全く一緒。当時、ジャズを聴き始めて4年目のジャズ者初心者だった僕は狂喜乱舞であった。

そう、僕はMJQのアルバム『Django』を耳にして以来、MJQが大のお気に入り。その大のお気に入りのMJQが突如、再結成されたのだ。いやいや本当に驚いた。
 

Mjq_reunion_1981

 
その再結成時のライブ音源が『Reunion at Budokan 1981』(写真左)としてアルバム化されている。 1981年10月19 & 20日、日本武道館での録音である。これがまあ、感動の名演なのだ。

それもそのはず、演奏する側も演奏を聴く側も、双方、再結成の喜びが満ち溢れている。特に、演奏を聴く側の盛り上がりは尋常では無い。1曲1曲、演奏が終わる度に万雷の拍手拍手。演奏中は物音一つ立てない、水を打ったような静けさ。当時の聴衆の、MJQを目の前で見て音を聴く喜びがこのライブ盤からビンビンに伝わって来る。

演奏する側も素晴らしい演奏で応える。曲が進むにつれ、熱気を帯びてくる。お洒落で流麗な、クラシックの室内楽的な響きと展開が個性の伝説のカルテットMJQが、熱気溢れる演奏を繰り広げる。ジャジーでファンキーなMJQの演奏。やはり、MJQのベースは純ジャズである。

MJQは、節目節目で、3種類のライブ盤をリリースしている。まずはメジャーな存在となり、ヨーロッパへツアーに出た時のライブ音源の『European Concert』。そして、先にご紹介した1974年解散時の『The Complete Last Concert』。そして、再結成時の『Reunion at Budokan 1981』。

僕はこの『Reunion at Budokan 1981』が一番楽しく聴ける。再結成時の喜びが満ちあふれ、明るい雰囲気が心地良い。結成以来、29年が経った時点の円熟の極み。テクニック優秀、歌心満載。素晴らしい聴衆に恵まれ、覇気溢れる名演の数々。音楽家集団として一番充実した時期の、安心感、安定感抜群のライブ音源なのだ。

 
 

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2014年6月23日 (月曜日)

ジャズ・メッセンジャーズの個性

先週の木曜日、突如として眩暈が酷くなり、金曜日は強烈な頭痛、土曜日は胃炎から大腸炎を併発。木曜日から日曜日まで、基本的に伏せっていました。昨日の昼過ぎから、なんとか体調が上向きに。今日はなんとか本業に勤しんできました。が、大変に疲れた。

この4日間ほど、基本的に音楽を聴けない状態だったので(体調の悪化で音楽を聴きたいという欲求が芽生えない)、なんか殺伐とした日々を送って来たような感じです。やっぱり、音楽の無い生活って不毛ですよね。今朝からやっと音楽に耳を傾ける様になりましたが、やっぱり音楽って良いです。

さて、今日のお題は、Manhattan Jazz Quintet(略してMJQ)。MJQと略しても、Modern Jazz Quartetではありません。マンハッタン・ジャズ・クインテットです。このMJQも結成されてから、はや25年以上が経過しました。もはや、老舗中の老舗バンドです。2009年、そんなMJQが結成25周年の記念アルバムをリリースしました。そのタイトルが『25 -Tribute To Art Blakey』(写真左)。

あの正統派ジャズの老舗中の老舗バンドであった、アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズのトリビュート盤です。2009年2月27、28日 ニューヨーク での録音。ちなみにパーソネルは、David Matthews (p,arr), Lew Soloff (tp), Andy Snitzer (sax), Charnett Moffett (b), Victor Lewis (ds)。やはり、マシューズのアレンジが楽しみです。

さて、その内容はというと・・・。一言で言うと「う〜ん」。アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズは、リーダーのアート・ブレイキーが、その時代時代で、メンバーの中から音楽監督(アレンジャーも兼ねる)を任命し、ジャズ・メッセンジャーズの音作りを全て、その「音楽監督」に任せて来ました。

そして、今回、このMJQのトリビュート盤を聴いて、ジャズ・メッセンジャーズって、音楽監督が替われど、ジャズのトレンドが変われど、ジャズ・メッセンジャーズ節とでも形容できる、ジャズ・メッセンジャーズならではの音作りが基本にあるということに気が付きました。

音楽監督が替わっても、その音作りの本質と響きの基本は変わない。そんなジャズ・メッセンジャーズの音作りの基本に触れた気がして、ちょっと感動しました。
 

Mjq_25_tribute_art

 
ジャズ・メッセンジャーズの音作りの基本は、やはり「ゴルソン・ハーモニー」と、リーダーのブレイキーのドラミング。ベニー・ゴルソンが編み出した、ファンクネスの強い独特のユニゾン&ハーモニーの重ね方。この「ゴルソン・ハーモニー」の礎の部分は、どの音楽監督の時代にもしっかりと踏襲され、ブレイキーのドラミングの個性と相まって、ジャズ・メッセンジャーズの音の根幹を担っています。

さすがに、MJQの総帥デヴィッド・マシューズは、この「ゴルソン・ハーモニー」を踏襲することは避けています。まあ、踏襲してしまうとジャズ・メッセンジャーズの音そのものになってしまうので、それでは単なる「物真似」。それは、マシューズはどうしても避けたかった様です。

で、ジャズ・メッセンジャーズの有名曲を他のアレンジ、ここではマシューズのアレンジで焼き直しているんですが、この試みはあまり成功しているとは思えません。ユニゾン&ハーモニーの音自体が単純で薄くなってしまう。ジャズ・メッセンジャーズのゴルソン・ハーモニーのぶ厚くて複雑な音の重なりと溢れ出てくるファンクネスが、マシューズのアレンジでほとんど希薄になってしまっている。

これでは、色濃いファンクネスが売りのジャズ・メッセンジャーズの楽曲をトリビュートとしてアレンジし直した甲斐が無い。併せて、バンドの演奏も、ユニゾン&ハーモニーからアドリブに至るまで、何時になく荒い。どうも、アレンジがしっくりきていない様な雰囲気をありありと感じます。

このジャズ・メッセンジャーズのトリビュート盤を聴いて、逆に、ジャズ・メッセンジャーズの音の個性が、如何にワン・アンド・オンリーなものかが良く判りました。誰にも真似出来ない、ジャズ・メッセンジャーズ独特の個性。しかも、それを1950年代後半以降、1990年にブレイキーが鬼籍に入るまで、30年以上も保ってきたという事実。いや〜、アート・ブレイキー恐るべし、です。

マシューズの卓越したアレンジ、MJQのメンバーの凄腕を持ってしても難しい「Tribute To Art Blakey」。アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズの音の個性は、なかなか他のアレンジではしっくりいかない様です。

 
 

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2014年6月18日 (水曜日)

ビ・バップのコンサートの記録

ジャズ者初心者の頃に聴いたアルバムの中で、何回聴いても、全く理解出来ない、全く馴染まないアルバムが幾枚かあった。特に、困るのは、ジャズ入門本に推薦盤として堂々と載っているアルバムで、この何回聴いても良さが判らない、という状態。

ジャズ者初心者の頃は、まず、ジャズ入門本の評論の内容については全く疑うことは無い。ジャズ入門本の評論は絶対である。自分の耳が悪いのではないか、感性が悪いのではないか、果ては、ジャズは自分に向いていないのではないか、まで思ってしまう(笑)。

そんな、ジャズ者初心者の頃、何回聴いても、全く理解出来なかったアルバムの一枚が、『The Quintet : Jazz At Massey Hall』(写真左)。1953年5月15日、カナダのトロントにあるマッセイ・ホールで行われたコンサートのライブ音源である。ちなみにパーソナルは、Charlie Parker (as), Dizzy Gillespie (tp), Bud Powell (p), Max Roach (ds), Charles Mingus (b)。

いやはや、錚々たるメンバー、ビ・バップの仕掛け人、ビ・バップの巨人たちがズラリ。ジャズにとって、1953年と言えば微妙な年。1940年代後半からジャズのトレンドとなった「ビ・バップ」という演奏スタイルから、鑑賞芸術のスタイル「ハード・バップ」という演奏スタイルへの過渡期。ちなみに、このライブ盤の演奏は「ビ・バップ」の演奏スタイルである。

ジャズ入門本では、このライブ盤は「ビ・バップ」を語る上で必須のアルバムとされ、当時のライブ会場での条件・環境は最悪だったとは言え、ビ・バップの仕掛け人、ビ・バップの巨人たちの演奏はそれぞれ優秀なものとされ、このライブ盤はジャズ者のアルバム・コレクションとしては必要不可欠なアルバムとして紹介されていた。

で、ジャズ者初心者ほやほや、ジャズを聴き始めて2年目で、この『Jazz At Massey Hall』を購入した。そして聴いた。そして、さっぱり理解出来なかった。思いっきり自信を無くした(笑)。懐かしい思い出である。

当時、所有していたステレオ装置の粗末も手伝って、ただただ喧しいだけのジャズと感じた。特に、ディジー・ガレスピーのトラペットが五月蠅い。ハイノート、ハイトーンが大の得意でテクニック抜群なのは判るが、これだけ頻繁に長くハイノート、ハイトーンなブログを繰り広げられたら、聴く側からすると思いっきり「耳に付く」。そして疲れる。
 

Jazz_at_massey_hall_2

 
録音のバランスも良くない。バド・パウエルのピアノとチャールズ・ミンガスのベースの録音レベルが低い。はっきり言って聴き取り難い。ガレスピーのトランペットの録音レベルが異様に高い。五月蠅い。マックス・ローチのドラムの音はナロウ。ライブ感に欠ける。パーカーのアルトだけがまずまずの録音レベル。このバランスはいただけない。

肝心のビ・バップの仕掛け人、ビ・バップの巨人たちの演奏レベルはと言えば、全員が「まずまず」。可も無く不可も無く、という演奏レベル。当時のライブ会場での条件・環境が最悪だったこともあって、ビ・バップ演奏の肝であるテンションは高く無い。ビ・バップのジャム・セッション特有の「鬼気迫る」テンションの高い、疾走感抜群のアドリブ展開は無い。

まあ、このライブ盤は、錚々たるメンバー、ビ・バップの仕掛け人、ビ・バップの巨人たちが一堂に会した「一期一会」なライブ・コンサートの貴重な記録として価値があるということ。今になって思うのは、確かに、この5人が一堂に会して演奏するなんてことは、他のセッションやコンサートでは無い。確かに記録としては貴重だ。

今の耳で聴いても、ガレスピーのトランペットは五月蠅い(笑)。ビ・バップの仕掛け人、ビ・バップの巨人たちの演奏レベルは全員が「まずまず」。可も無く不可も無く、という演奏レベルは変わらない。録音のバランスも悪い。やっぱり、このライブ盤を、ジャズ者のアルバム・コレクションとしては必要不可欠なアルバムとして紹介するのには無理がある、というか無責任だ。

ただ、ジャズ者中堅のレベルになってきたら、ビ・バップの仕掛け人、ビ・バップの巨人たちが一堂に会した「一期一会」なライブ・コンサートの貴重な記録として、一度は聴いてみて欲しいライブ盤ではあります。当時のビ・バップのライブの雰囲気が味わえるところポイント。

ただ、ビ・バップというジャズ演奏のスタイルを感じるアルバムとしては、他にもっと聴き易く、内容のあるアルバムは沢山あります。この『Jazz At Massey Hall』は、単にビ・バップ時代の貴重なコンサートの記録、ジャズ・レジェンドとして留めておくのが良いでしょう。

 
 

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2014年6月17日 (火曜日)

一息つきたくなる時に聴くジャズ

いろいろと様々なフォーマット、様々なスタイルのジャズ盤を聴く。アコースティックもあれば、エレクトリックもある。それぞれにそれぞれの良さがある。そして、様々な種類のジャズを聴いて疲れて、ホッと一息つきたくなる時がある。

そんな時は、やっぱり1950年代のハードバップのアルバムに戻るのが一番。やっぱり、ハードバップ黄金時代のアルバムの音というのは、聴いていてホッとするし、聴いていてしっかりと癒される。ジャズの音をイメージする時、やっぱりハードバップの音が一番にしっくりくる。

今日の「ホッと一息つきたくなる時に聴くジャズ」は、Tommy Flanagan『The Cats』(写真左)。1957年4月の録音になる。ちなみにパーソネルは、Idrees Sulieman (tp), John Coltrane (ts), Tommy Flanagan (p), Kenny Burrell (g), Doug Watkins (b), Louis Hayes (ds)。トランペットとテナーの2管+ギターがフロントのセクステット構成。

このアルバムは、プレスティッジ・レーベルお得意のジャム・セッション構成。セクステットとはいえ、その日の急造セクステット。プレスティッジだから、ギャラをケチって、お得意のほとんどリハーサル無しの本番演奏。リハーサル無しのいきなり本番なので、セクステット構成は危険。このアルバムは大丈夫なのか、と不安になる。

しかし、そこはジャズの面白いところ。意外と皆、健闘しているのだ。なかなか上手くまとまったハードバップ演奏。フラナガンのリーダーシップの成せる技である。フラナガンは「名脇役」とか「いぶし銀のバッキング」など、バックに控えて、しっかり支えるという縁の下の力持ち的な印象が流布しているが、どうして、リーダーに立った時のバンド全体の統率力は相当なものがあると、僕は睨んでいる。
 

Tommy_flanagan_cats

 
名脇役として「名盤請負人」とか言われるが、意外とこのプレスティッジなどのジャム・セッション形式では、寄せ集めのメンバーの中で、しっかりとリーダシップを発揮しての「名盤請負人」なのではないだろうか。そんなことを想起させる、このアルバム『The Cats』の内容である。

全編、典型的なハードバップの内容。適度にラフなのはご愛嬌。寄せ集めのいきなりジャム・セッションだから、テンションが多少緩むのは仕方の無いこと。アレンジも単純なもの。それも個々の演奏力でカバー。そう、このアルバムは、参加ジャズメンの個々の演奏力を楽しむアルバムである。

しかし、そんな中、トランペットのIdrees Sulieman(アイドリース・シュリーマン)だけが「置いてきぼり」。テクニックは中庸、アドリブ・ラインは凡庸。音だけはトランペットらしい、輝く様なブラスの響きがあるが、テクニックがなあ。このシュリーマンのトランペットだけが、やけに音が大きいがフレーズは退屈。

コルトレーンはさすが音が大きく、テクニックもあるが、演奏内容としては中程度。耳をそばだてるほどでは無い。ケニー・バレルのギターがなかなか洒落ている。アドリブ・フレーズは短めだが、メンバーの中で、一番イマージネーション溢れるプレイを展開している。

リーダーのフラナガンのピアノは申し分無いです。大向こうを張っ大袈裟な展開とは全く無縁なフラナガンなんですが、このアルバムでも、じっくりと渋いアドリブを聴かせてくれます。おおっと耳をそばだてるような、一期一会なフレーズはそうそうありませんが、全編に渡って、落ち着いた小粋なアドリブを聴かせてくれます。

ダグ・ワトキンスもベースも良し、ルイ・ヘイズのドラミングも堅調。ピアノのフラナガンと併せて、このアルバムのリズム・セクションは優秀です。意外と、このアルバム『The Cats』は、ピアノ+ベース+ピアノのリズム・セクションを楽しむのが正解のアルバムなのかもしれませんね。

 
 

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2014年6月16日 (月曜日)

ジャズとポップスの境界線

ジャズは進化するにつれ、様々な他ジャンルの音楽要素を取り込み、その裾野はどんどん広がっていった。逆に、ポップスはジャジーなアレンジをベースに、ジャズをベースにしたポップスを創り出した。前者は「ジャズ」という音楽ジャンルで語られ、後者は「ポップス」という音楽ジャンルで語られる。

しかし、この「ジャズ」と「ポップス」の境界線がかなり曖昧になってきた。ジャズだ、と言い切ることもできず、ポップスと言い切ることが出来ない、どっちつかずのジャンル不明なアルバムが少しずつ出てきた。例えば、このアルバムも、そんな「ジャンル不明なアルバム」の一枚である。

Esperanza Spalding『Radio Music Society』(写真左)。唄う女性ベーシスト、エスペランザ・スポルティングの3枚目のアルバムになります。2011年夏の録音。2012年3月のリリースになります。ジャンルとしては「コンテンポラリー・ジャズ」となっていますが、かなりポップス色の強いアルバムです。

タイトルを日本語にすると「流行音楽同好会」って感じになるかな。エスペランザの言を借りると「ジャズ・ミュージシャンがいわゆる“ポップ・ソング”のフォーマットに近く分類される曲の形式やメロディを探求していくもの」だそうです。

まあ、簡単に言うと、ジャズメンがポップ・ソングをやったらこうなった、という感じのアルバムです。冒頭から5曲くらいは、どう聴いてもジャズでは無い。アレンジ的にもジャジーな雰囲気は希薄で、これってもう、単純にコンテンポラリーな米国ボーカル・ポップスでしょう、って感じです。

半ばくらいから、ビッグバンドをバックにしたような、ゴージャスなジャズ・アレンジな曲も幾つか出てきますが、アルバム全体の雰囲気は、ジャジーなアレンジをベースに、ジャズをベースにしたポップスです。共同プロデューサーとしてヒップホップ界の巨人Q-Tipが参加していますが、あからさまにヒップホップな演奏はありません。
 
 
Radio_music_society
 
 
ジャズという音楽ジャンルは裾野が広く、様々な他ジャンルの音楽要素を取り込み、そのバリエーションを広げ深めていった。が、あくまで、底に流れるリズム&ビートはジャジーであり、ファンキーである。そのジャジーであり、ファンキーなリズム&ビートが底に流れているが故に、その音世界は「ジャズ」というジャンルで語られるのだ。

しかし、このアルバムはどうなんだろう。少なくとも、このアルバムの底に流れるリズム&ビートについては、ジャジーな雰囲気は希薄であり、ファンクネスは軽くて乾いている。ボーカルもかなりポップな雰囲気であり、ジャズ・ボーカルのようなコクと粘りは無い。

確かに、「流行音楽同好会」と銘打っているだけに、優れた聴き易いポップスな雰囲気は、収録されたどの曲にも満載。12曲中の10曲が Esperanza による作詞・作曲。コード進行などは意外と複雑で、それでいて、聴き易いポップ性をねらっている感じの曲が多い。聴き易く、格好良くて今風。現代のポップスといては極上の出来と言えよう。

しかし、これを「ジャズ」と解釈するにはちょっとしんどい。ジャジーなアレンジを施した曲も何曲かはあるが、その曲だって、ポップス色優先な音作りである。これを「ジャズ」とするなら、ジャジーなアレンジを施したポップス曲はすべて「ジャズ」になってしまう(笑)。

家でお店で何かをしながら聴き流すには、実に心地良い、とても良く出来たアルバムだと思います。しかし、リーダーのジャズメンの成果として、その音世界と対峙して、シビアに聴き込むという類の、所謂「コンテンポラリー・ジャズ」な雰囲気ではありません。

ジャズを期待するとちょっと困ったちゃんなアルバムですが、ジャジーな極上ポップスとして聴くなら、かなり優れた好盤の一枚だと思います。
 
 
 

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2014年6月15日 (日曜日)

単純に良いジョシュアのライブ盤

最近のジャズは整い過ぎているのではないか、と感じることがある。耳当たりの良さを追求するあまり、手厚いアレンジと高いテクニックを基に、とても整った演奏を展開する。つまりは、ジャズを様々なシーンでのBGMとして活用する目的があってのこと。これでは、即興を旨としたジャズの本質が失われてしまう。

しかし、最近のジャズ(ここでは1990年以降を指している)の中からこういうライブ盤を見つけて聴くと、どうしてどうして最近のジャズも良いよなあ、って単純に思ってしまうのだ。Joshua Redman『Spirit of the Moment - Live at the Village Vanguard』(写真左)。

このジョシュアのライブ盤は、1995年3月21〜26日、ニューヨークのライブ・ハウス、ビレッジ・バンガードでのライブ録音。ちなみにパーソネルは、Joshua Redman (ts,ss), Peter Martin (p), Christopher Thomas (b), Brian Blade (ds)。当時、若手メインストリーム・ジャズメンの精鋭ばかりである。

このライブ盤の基本はメインストリーム・ジャズである。ジャズ者にとっては、とにかく理屈抜きで良い雰囲気である。破綻の無い、ハイテクニックな演奏が整い過ぎていて面白く無いという向きもあるが、これが今時のメインストリームなジャズなのである。現代の若手ジャズメンは、皆、ハイテクニックで破綻が無い。優等生的なジャズメンばかりなのである。

そこが面白く無い、なんていう変な評価もあるが、冒頭の「Jig-a-Jug」の演奏を聴くと、現代のメインストリーム・ジャズって、洗練されていて、アレンジも凝っていて、聴き応え十分やなあ、なんて思う。良い雰囲気の純ジャズな演奏なのだ。アレンジとアドリブのアプローチが新しい感覚で、こういう演奏を聴くと、まだまだジャズは死んでいない、と単純に思うのだ。
 

Spirit_of_the_moment

 
2曲目の有名スタンダード曲「My One and Only Love」などを聴くと、ジョシュアの解釈の新しさが良く判る。バックのリズム・セクションの演奏もその響きは新しい。決して、過去の演奏に囚われてはいない、若手ジャズメンの意気込みと矜持を十分に感じる、とても頼もしい演奏だ。

ピアノのピーター・マーチンのバッキングが洒落ていて、聴きどころ満載なのも良い。エンタテインメント性も併せ持ち、ジョシュアの捻くれたアレンジにも難なく対応するテクニックの高さには、ほとほと感心する。このマーチンのピアノとジョシュアのサックスの相性は抜群です。

そして、ブライアン・ブレイドのドラムが全編に渡って効いている。ダイナミックかつ繊細。メリハリがばっちり効いていて、スイング感抜群。昔のハードバップ時代の様な、粘りのあるスイング感では無い、乾いた縦ノリのスイング感。現代のジャズのスイング感である。

そして、クリストファー・トーマスのベースが堅実で良い。ジョシュアのワンホーン・カルテット演奏の底をしっかり支えて、カルテット演奏のリズム&ビートをガッチリと押さえています。このトーマスのベースの支えがあってこそ、新しい感覚のアレンジとアドリブのアプローチが成立する訳で、トーマスのベースは絶対に外せません。

CD2枚組とかなりボリューミーなので、一気に聴き通すにはちょっと体力が必要です。CD一枚一枚を分けて聴くのもオツなものです。どの曲の演奏も長尺ものが多いですが、十分に楽しめます。単純に良いライブ盤です。

 
 

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2014年6月14日 (土曜日)

ジャズ喫茶で流したい・52

バップ・ピアノというのは、こういうピアノを言うのだろう。Barry Harris『Magnificent!』(写真左)である。切れ味の良い、胸の空くような疾走感溢れる,典型的なバップ・ピアノが聴ける好盤である。

このアルバムは、1969年11月の録音。ジャズのトレンドからすると、コルトレーン亡き後、フリー・ジャズが台頭した時代。ロックの台頭により、クロスオーバー・ジャズの萌芽が聴かれた時代。そんな時代に、こんな硬派なバップ・ピアノのトリオ演奏が録音されていたなんて、ちょっとした驚きを感じる。

1969年のジャズ・シーンに、1950年代前半に流行ったバップ・ピアノに対する需要があったのかどうか定かでは無いが、このバリー・ハリスのアルバムは、1969年に録音されている。ちなみにパーソネルは、Barry Harris (p), Ron Carter (b), Leroy Williams (ds)。ドラムは無名に近いが、ベースはロン・カーターが担当している。

まあ、バップ・ピアノのトリオ演奏の中で、ロン・カーターがベースを担当する必要があったかどうかも定かでは無いが、とりわけ、ロンがベースを担当しているからということで、何か特別な化学反応が起きているかと問えば、そうでもないので、このアルバムでのロンについては特筆すべきことは無い。

このアルバム『Magnificent!』は、バリー・ハリスのバップ・ピアノを愛でる、この一点に価値のある一枚である。バリー・ハリスは、バップ・ピアニストの祖、バド・パウエル直系。バド・パウエルの忠実なフォロワーで、パウエルのコピー・ピアニストと揶揄される向きもある、裏を返せば、典型的なバップ・ピアニストの一人です。
 

Barry_harris_agnificent

 
でも、このアルバムを聴けば、パウエルのコピー・ピアニストとの揶揄は、完全に言い過ぎ、若しくは、大きな誤解であることが判ります。
 
確かに、タッチ・展開については、パウエルのフォロワーという印象がつきまといますが、その音の質と雰囲気は、パウエルと比べてメロディアスであり、流麗なところが、パウエルと大きく異なるところ。

アドリブ・フレーズも長尺の展開にも耐える、十分にイマージネーション豊かな、メロディアスなもので、ハード・バップの良いところをしっかりと取り入れたところも、バド・パウエルのアドリブ・フレーズとは大きく異なるところでしょう。それでいて、演奏のテンションは高いものがあり、この高いテンションのパフォーマンスは、ビ・バップ直系を彷彿とさせるものです。

バリー・ハリスのバップ・ピアノの好盤としては『Breakin' It Up』や『Barry Harris at the Jazz Workshop』というアルバムがあるのですが、タッチの溌剌度、テンションの高さ、バップ・ピアノの明快度という点からは、この『Magnificent!』が一番優れた内容だと思います。

ジャケット・デザインもジャジーでシンプルで良し。こんなバップな好盤が、1969年にリリースされていたなんて、ジャズの懐の深さを感じます。爽快感がとても強い内容で、聴き終えた後、スカッとします。バップ・ピアノはかくあるべし、と主張している様な、とても良い内容の好盤です。

 
 

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2014年6月13日 (金曜日)

このライブ盤はLPで聴くが良い

6月7日だったか、吉田拓郎が久し振りにテレビに登場した。BS日テレの谷村新司がホストを務める音楽番組「地球劇場〜100年後の君に聴かせたい歌〜」にゲスト出演したのだ。

拓郎御大は、思いのほかお元気そうで安心した。顔のシワシワ度からすると、2歳年下の谷村新司の方がシワシワで、拓郎御大の方が若々しく見える。一時は肺がんになったり、ツアー途中で体調不良を訴えたりと、結構、健康面での不安がつきまとっていたので、今回のテレビでの元気な様子は何よりであった。

番組の中でも、なかなか良い歌を唄ってくれて、とても楽しめた。「今日までそして明日から」「落陽」「純情」「流星」「僕たちはそうやって生きてきた」そして「襟裳岬」などなど。昔の名曲と今の名曲、新旧織り交ぜて、心ゆくまで「拓郎節」を聴かせてくれた。

ということで、吉田拓郎のライブ盤が聴きたくなった。拓郎御大は1970年代から節目節目で、内容の良いライブ盤をリリースしている。吉田拓郎のライブ盤に駄作は無い。どのライブ盤も内容充実。どのライブ盤を選んでも全く損は無い。でも、そんな中でも、このライブ盤は、僕は一番聴いて来たライブ盤になる。

そのライブ盤とは、『TAKURO TOUR 1979』(写真左)と『TAKURO TOUR 1979 Vol.2 落陽』(写真右)の2枚。この2枚は同時期のライブ音源を採用したもの。『TAKURO TOUR 1979』は1979年10月、その追加盤である『TAKURO TOUR 1979 Vol.2 落陽』は1979年12月にリリースされている。

1979年に行われた日本武道館、篠島、静岡市民文化会館でのライブを収録していて、当時の拓郎御大の充実度の高さが聴き取れる、素晴らしい内容になっている。整った出来の良いライブ盤というよりは、拓郎御大の気合いで一気に聴かせてしまうような、勢いの凄さが素晴らしいライブ盤である。
 

Takuro_tour_1979

 
『TAKURO TOUR 1979』は冒頭「知識」から始まる。僕にとっては、まず、これが良い。この「知識」という曲は大好きな曲で、僕は弾き語りでも歌うくらいに大好きだ。歌詞が良い。惚れ惚れする。続く「大いなる」も良い。大好きだ。そして、3曲目が「流星」。もう堪らない。

『TAKURO TOUR 1979 Vol.2 落陽』も負けてはいない。冒頭「あゝ青春」から始まる。至福の時である。続く曲「君去りし後」に思わず痺れる。「旅の宿」が硬派だ。そして「我が身可愛いく」から「狼のブルース」の展開に惚れ惚れする。

ということで、この『TAKURO TOUR 1979』と『TAKURO TOUR 1979 Vol.2 落陽』は、選曲のバランスが抜群で、巷溢れる「拓郎者」からしても納得の選曲なのだ。

しかし、である。この『TAKURO TOUR 1979』と『TAKURO TOUR 1979 Vol.2 落陽』の2枚は『COMPLETE TAKURO TOUR 1979』というタイトルでCD化されているのだが、現在、入手出来る2009年11月にリリースされた、SHM-CD仕様のライブ盤は、かの名曲「ペニーレインでバーボン」が入っていない。「つんぼ桟敷」という差別用語とも受け取れる言葉が含まれていることからオミットされている。

これがいけない。僕はこの「ペニーレインでバーボン」という曲が大好きなのだ。絶対なのだ。「ペニーレインでバーボン」が入っていない『TAKURO TOUR 1979』はあり得ない。ということで、僕が通常聴く『TAKURO TOUR 1979』は、MacでLPから音源ファイルに変換して、それをiTunesプレイヤーを使い、PCオーディオ環境で再生している。

あの拓郎御大の大名盤『今はまだ人生を語らず』の冒頭が「ペニーレインでバーボン」なんだが、やっぱり、この曲が無いとアルバムの魅力は半減する。今では、この「ペニーレインでバーボン」抜きの『今はまだ人生を語らず(−1)』がリリースされているが、「ペニーレインでバーボン」抜きの『今はまだ人生を語らず』は、僕にとってはあり得ない。

拓郎御大の充実した勢いと選曲のバランスが秀逸のライブ盤『TAKURO TOUR 1979』と『TAKURO TOUR 1979 Vol.2 落陽』。この2枚は出来たらLPで聴いて欲しい。録音状態はドンシャリで、ちょっとなあという感じだが、拓郎御大の勢いあるボーカルで、そんな録音状態も帳消し。良いライブ盤です。

 
 

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2014年6月12日 (木曜日)

梅雨に爽快、英国クロスオーバー

毎日ジメジメの日、気分も滅入ってくる。そんな時、何か景気付けになる音楽は無いのか。と、昨日から、僕にとっての景気付けのジャズ、フュージョン・ジャズの好盤は無いのか、と物色している。

フュージョン・ジャズのその以前、クロスオーバー・ジャズと呼ばれた時期がある。このクロスオーバー・ジャズの基本は「ジャズとロックの融合」。超絶技巧なテクニックを引っさげ、目眩くインストルメンタルの音世界。ビートはエイト、疾走感抜群。

しかし、である。このフュージョン・ジャズの前身のクロスオーバー・ジャズ。僕はこのクロスオーバー・ジャズは大好きなんだが、米国のクロスオーバー・ジャズはどうしてもジャジーなファンクネスが漂い、単純に爽快感抜群、単純に疾走感抜群とはいかない。どうしても、ねっとりとファンクネスが後を引く。

それって仕方の無いこと。米国のクロスオーバー・ジャズは、ジャズのミュージシャンがロックの要素を取り入れてやるケースがほとんどで、ロックのミュージシャンがジャズの要素を取り入れてやることは殆ど無い。ジャズがロックを取り入れる形なので、どうしてもジャジーなファンクネスが絶対に残る。

しかし、英国のクロスオーバー・ジャズは違う。超絶技巧なテクニックで、目眩くインストルメンタルの音世界、とここまでは米国と同じなんだが、ジャジーなファンクネスは皆無。単純に、ロックビートに乗って、素直にジャズの如く、目眩くアドリブ・フレーズが展開されていく。

このアドリブ・フレーズの部分は絶対に即興の音楽、ジャズのマナーなんだが、ジャジーなファンクネスが皆無で、単純に爽快感抜群、単純に疾走感抜群となる。超絶技巧なレベルも半端では無い。正確無比、スクエアで徹底的に超絶技巧なのだ。英国人気質がモロ出ている。
 

Bundles

 
実は、英国の音楽シーンにおいては、ジャズとロックの境界がかなり曖昧。ジャズ畑とおぼしきミュージシャンがロックをやったりするし、ロックのミュージシャンがジャズをやったり、平気でジャズの要素を取り入れたりする。1970年代から、英国ではジャズとロックの境界が曖昧。

当然、英国人にはアフリカンの血は希薄なので、ファンクネスとは疎遠。よって、英国のクロスオーバー・ジャズは、ジャジーな雰囲気やファンクネスは希薄、シンプルに超絶技巧なテクニックで演奏しまくる。ビートはエイトだが、ファンクネスで粘ることは無い。

そんな英国クロスオーバー・ジャズの好盤が、Soft Machine『Bundles(邦題;収束)』(写真左)。1974年7月の録音。1974年と言えば、世界的にクロスオーバー・ジャズの全盛期。ソフト・マシーンは、英国のプログレッシブ・ロック・バンド、英国のジャズ・ロック・バンド。この紹介からして、ジャズとロックの境界がかなり曖昧なのが判るでしょう(笑)。

この『Bundles』は、英国出身の超絶技巧ギタリスト、アラン・ホールズワースが参加した唯一のアルバムとして有名、数あるソフト・マシーンのアルバムの中でも最高に近い評価を得ている好盤である。確かに、このアルバムでのアラン・ホールズワースのギター・プレイは凄い。超絶技巧とはこのことか、と納得至極。それはそれは速い速い、それはそれは正確無比。

ジャズ系独特のジャジーなファンクネスが希薄で、単純に爽快感、疾走感を心ゆくまで味わえる。ジメジメした梅雨の季節に、ファンクネス希薄の乾いたクロスオーバー・ジャズは、かなりの景気付けになること請け合いである。

梅雨のジメジメした日に、景気付けのSoft Machine『Bundles』。フュージョン・ジャズ者、クロスオーバー・ジャズ者の方々、皆さんにお勧めである。ちょっと入手し難いかもしれませんが、頑張ってゲットして、乾いた爽快感、疾走感をしっかりと味わっていただきたいと思います。

 
 

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2014年6月11日 (水曜日)

ブラコン度の高いベンソン盤

今年の梅雨は男性的。というか思いっきり男性的。我が千葉県北瀬部地方も、梅雨入り宣言があった途端にほとんど雨の日々。地方によっては集中豪雨。ほとんど晴れることは無く、どんより曇りか雨の毎日。

これだけ雨が降ると、湿気も凄くて毎日ジメジメ。天気の悪さも手伝って、なんだか気分が滅入ってくる。気分が滅入って、人生、ろくな事は無い。何か景気付けになる音楽は無いのかと物色を始める。

やはり、僕にとっての景気付けのジャズは、フュージョン・ジャズ。何かノリが良くてスカッとするフュージョン・ジャズは無いのか、と物色していたら、ふと「ジョージ・ベンソン」が頭に浮かんだ。

ジョージ・ベンソンとは、フュージョン・ジャズの巨人で、デビュー当時は、ウエス・モンゴメリーの再来と言われ、ハイ・テクニックでセミアコを弾きまくるその様は、確かにウエスの再来という感じがする。しかし、そのウエスの再来は、徐々に歌い始めるのだ。そして、歌うフュージョン・ギタリストとして、大人気を博することになる。

その「歌うフュージョン・ギタリスト」としての人気を確立するのが、1976年リリースの『Breezin'』。冒頭のタイトル曲はシングル曲としても大ヒットした。爽やかな飛翔感溢れるギターの調べとノリの良いリズム・セクションが素晴らしかった。 

で、今日、景気付けのフュージョン・ジャズとして選んだのが、このGeorge Bensonの『In Flight』(写真左)。先の大ヒットアルバム『Breezin'』の次のアルバム。1977年のリリースになる。バック・ミュージシャンは、ベンソン馴染みのスタジオ・ミュージシャンで占められているらしく、知った名前は、Harvey Mason (ds), Ralph MacDonald (per) くらいかな。
 

In_flight

 
それでも、この『In Flight』というアルバム、芳しきファンクネスが色濃く漂い、ブラック・コンテンポラリー度がとても高い。ジョージ・ベンソンは、歌うギタリストとして、ソフト&メロウなフュージョン・ジャズで一世を風靡した印象が強いが、実は、彼のギターとボーカルは、ブラコン度が高いものが多い。

加えて、この『In Flight』、ベンソンがギターを弾きまくっている。適度に太く、高テクニックで弾きまくるセミアコは爽快感抜群。アドリブ・フレーズもキャッチャーで聴き終えた後、スカッとする。太く、テクニック良く、ブラコン度が高いセミアコを聴かせるアルバムとしては、この『In Flight』が一番だと感じている。

アルバムの内容はとてもこなれている。それもそのはず、このアルバムは『Breezin'』に続く、フュージョン・ジャズのヒットアルバム請負人トミー・リピューマのプロデュース。確かに良くプロデュースされている。

けれど、Claus Ogermanの指揮だからといって、このアルバムにストリグスは要らなかったと思う。ベンソンのアルバムの中でも、ブラコン度がかなり高いアルバムである。そんな濃ファンクネスでR&Bなアルバムに甘いストリングスは似合わない。このストリングスの存在だけが、この『In Flight』というアルバムのマイナス要素である。

ファンクネス漂い、ブラコン度が高い、フュージョン・ジャズとしてほど良くプロデュースされたアルバムである。内容的にも徹頭徹尾ノリが良く、聴いていて爽快感抜群。実は、この『In Flight』というアルバム、僕にとっては、ベンソンのかなり高位に位置するお気に入りのアルバムなのだ。

 
 

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2014年6月10日 (火曜日)

ビ・バップの祖、アルトの祖

30年以上もジャズを聴いていると、ジャズの伝説の巨人、レジェンドと呼ばれるジャズメンのアルバムは、なかなか聴かなくなる。特に、ビ・バップ時代からの超一流のジャズメン、例えば、チャーリー・パーカー、セロニアス・モンク、バド・パウエル、チャールズ・ミンガスなどは疎遠になる。

しかし、このビ・バップ時代からの超一流のジャズメンの演奏については、後のジャズの様々なスタイルの基本となるものなので、避けては通れない。僕は意識的に、定期的に聴き直すことにしている。特に、ビ・バップのジャズは意識しないと、なかなか触手が伸びない。

最近、チャーリー・パーカーのアルバムを聴き直している。チャーリー・パーカーといえば、ビ・バップの祖の一人。アルト・サックスの演奏スタイルについては、パーカーが起源であり礎である。ジャズのサックスの演奏スタイルを聴き進めていく上で、やはり、パーカーのアルトは、その「基準」として外せない。

パーカーのアルト演奏といえば、ダイアル・セッション、サボイ・セッションの数々のアルバムを聴け、というのがジャズ本の定番ではあるが、僕はこれらを勧めることは無い。即興の音楽としてのジャズをメインとして、複数のテイクの同曲の演奏が沢山並び、アルバムによっては失敗テイクまでが収録される。これでは、どれが良くてどれが良くないのか、判らなくなってくる。

パーカーのアルバムについては、ジャズを鑑賞するという目的をメインにすると、パーカーの演奏活動の晩年、1951年からの大手ジャズ・レーベルのヴァーヴからリリースされた諸作が良い。パーカーの演奏としては、ちょっとだけピークを過ぎた下り坂にさしかかった感じなのだが、演奏の「味」と「歌心」については、この活動晩年の演奏が僕は好きだ。

思えば、ジャズを聴き始めて2年目の頃、背伸びをして、パーカーのダイヤル・セッションのアルバムを入手。繰り返し聴いたが、何が良いのか判らず、最後の頃は、ほとんど「修行」の様な状態で、ダイヤル・セッションを聴いていた(笑)。そこに、これはどう、と秘密の喫茶店でかけてもらったアルバムが『The Genius Of Charlie Parker #3 - Now's The Time』(写真左)。

最近のCDは収録時間が長いので、同じ曲の別テイクを複数収録していて、例えば「Cosmic Rays」と「Kim」は2テイクずつ、「Chi-Chi」については4種類のテイクを収録している。これは「ありがた迷惑」だと僕は思っている。「Chi-Chi」の4つの別テイクを連続して聴いたら、誰でも基本的に飽きる。即興演奏とはいえ、違いは僅かなものなのだ。
 

Nows_the_time

 
僕は、iTunesに音源をコピーして、本テイクだけをピックアップして聴いている。これがなかなかシンプルでいける。聴いていて楽しい。

1. The Song Is You
2. Laird Baird
3. Kim
4. Cosmic Rays
5. Chi-Chi
6. I Remember You
7. Now's The Time
8. Confirmation

 
1〜4までが1952年12月の録音。ちなみにパーソネルは、Charlie Parker (as), Hank Jones (p), Teddie Kotick (b), Max Roach (ds)。 5〜8が1953年8月の録音。パーソネルは、Charlie Parker (as), Al Haig (p), Percy Heath (b), Max Roach (ds)。結構、凄いメンバーで固められている。

カルテットの演奏ではあるが、ビ・バップの演奏の主役はフロント楽器のみ。このアルバムでは、パーカーのアルトだけが主役。パーカーのアルトだけが前面に押し出てくる。ピアノを始めとするリズム・セクションは、あくまでパーカーの引き立て役。リズム・セクションが前面に押し出てくることは無い。

で、パーカーのアルトはというと、これが本当に素晴らしい。音の輝き、演奏のテクニック、即興の閃き、流れる様なインプロビゼーション。やはりパーカーはジャズ・アルトの天才であり、今でも、ジャズ・アルトの起源であり礎である。そんな天才に相応しい、ジャズ・アルトのお手本の様なアドリブ・ラインが、湧き出るが如く出てくる出てくる。

目眩くジャズ・レジェンドのアルトの演奏。唯一無二な、その演奏の「味」と「歌心」はパーカーにしか奏でられないものだ。そんな晩年のパーカーを愛でることの出来る、名演満載のアルバムが、この『Now's The Time』。ジャズ・アルトの温故知新に格好のアルバムである。

 
 

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2014年6月 9日 (月曜日)

困ったちゃんなアルバムである

上原ひろみの新譜『Alive』が出た。実は、よくバーチャル音楽喫茶『松和』で、マスターは上原ひろみはどうなの、って訊かれる。僕は決まって「う〜ん」と唸って曖昧に答えを避ける。上原ひろみというピアニストには熱狂的なファンが多く存在する。どうにも、上原ひろみについては評価しかねるところがあって、この「上原ひろみってどうなの」という質問はとっても困るのだ。

まあ、私、松和のマスターとしても、実は上原ひろみのアルバムは全て所有している。熱狂的なファンが、皆こぞって「凄い凄い」を連発するもんだから、やはり、しっかり聴いて、自分なりの解釈を持たないとなあ、というノリである。

2007年リリースの『Time Control』までは、まずまず、何とか楽しんで聴いていた。あれれ、と思い始めたのは、2009年リリースの『Beyond Standard』からである。さすがにスタンダード曲を手掛けると、そのジャズ・ピアニストの資質と個性が露わになる。そこで、僕は上原ひろみに対して「あれれ」という感じを抱くようになった。

その「あれれ」の頂点が、2012年リリースの『Move』(写真左)。このアルバムを聴いて、その「あれれ」がなんとなく納得出来た。ちなみにパーソネルは、Hiromi (p)・Simon Phillps (ds)・Anthony Jackson (b)。上原ひろみ THE TRIO PROJECT featuring Anthony Jackson & Simon Phillips名義のアルバムの2枚目。

とにかく上手い。とにかく良く練られている。とにかく練習している。破綻するところは全く無い。テクニックも抜群。アドリブ・フレーズも速い速い。だけど、何かが足らない。何なんだろう、何か2つから3つ位足らない。演奏は水準以上の素晴らしいものなんですけどね。
 

Hiromi_move

 
上原のピアノ・トリオには、ファンクネスはほとんど感じられない。ジャジーな響きがかなり希薄なのだ。日本人の純ジャズと言えば、乾いたファンクネスが特徴だと感じているのだが、上原のピアノには、ファンクネスがほとんど感じられない。これがまた、バックのベースとドラムのリズム・セクションも同様なのだ。

何と形容したら良いのか、そう、上原のピアノは、クラシックの響き、高速で超絶技巧なピアノ・コンチェルトを聴いているような響きを感じる。ジャズ・ピアノというより、クラシック・ピアノな響きを感じるので、何となく「あれれ」という違和感を感じるのだろう。

叩く様な、叩き付けるような、硬質で力強いタッチを連続して繰り広げ続けるインプロビゼーションにも違和感を感じる。この『Move』というアルバムは自作曲ばかりで固めているので、どの曲もほとんどが、硬質で力強いタッチを連続して繰り広げ続ける展開になっていて、聴き進めるうちに、ちょっと飽きてくる。

ジャジーな雰囲気が希薄なジャズ・ピアノ。クラシックの様なジャズ・ピアノ。これをジャズの進歩、ジャズのバリエーションと前向きに評価するかどうかで、この上原ひろみのピアノに対する評価は大きく分かれる。

ジャジーな雰囲気が希薄な分、当然、オフビートな感覚も希薄になる。つまりは、高速で超絶技巧なピアノ・インプロビゼーションでありながら、ノリが薄い、聴いていて乗り切れない、速いパッセージをじっとして聴いてしまうような、不思議な違和感が全編を覆う、どう評価して良いか判らない、困ったちゃんなアルバム『Move』なのである。

 
 

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2014年6月 8日 (日曜日)

梅雨の季節の「山下達郎」

この3日間、ずっと雨が降り続いていた。何時止むやも知れず、かなり強い雨が延々と降り続いた。過去に、これだけ長時間、これだけ雨が降り続いたという記憶が無い。それほどまでに、今回の長雨は酷かった。

我がバーチャル音楽喫茶『松和』では、雨が降れば、雨の雰囲気に合ったアルバムを曲をかける。梅雨の季節であれば、梅雨の季節に合ったアルバムを曲をかける。これはジャズはもとより、70年代ロック、70年代Jポップでも同様である。

今日はほとほと長雨に参って気分が優れない。気分を立て直すべく、70年代Jポップのアルバムを選択しようと、アルバムの選定を始めた。6月かあ、梅雨かあ、70年代Jポップかあ、と思いを巡らせたら、思わず、山下達郎の「RAINY WALK」という曲が頭の中をよぎった。

確かにこの「RAINY WALK」は梅雨の季節によく聴く曲ではある。何故かな、と思ってよくよく振り返ってみたら、この「RAINY WALK」という曲は、あの山下達郎の大ヒット曲「RIDE ON TIME」のシングルのB面曲だったことを思い出した。

シングルの「RIDE ON TIME」(写真右)は、1980年5月のリリース。よって、1980年の梅雨の頃、この「RIDE ON TIME」と併せて、B面曲の「RAINY WALK」がヘビロテ曲だったのだ。この「RAINY WALK」という曲は、1980年9月リリースの山下達郎のソロアルバム『RIDE ON TIME』(写真左)に、再録音され、目出度く収録された。確かB面の3曲目と記憶する。
 

Ride_on_time

 
よって、翌年1981年より、梅雨の季節の「山下達郎」として、このソロアルバム『RIDE ON TIME』は、6月〜7月によくかける。他の収録曲をみても、この『RIDE ON TIME』というアルバムは、内容的に6月〜7月の初夏から梅雨の季節に合った内容なのである。

冒頭「いつか(SOMEDAY)」のゆったりと歩くようなファンキーなリズムは初夏の雰囲気を漂わせ、B面冒頭の「夏への扉(THE DOOR INTO SUMMER) 」などは、タイトルからして、この季節にピッタリだし、当然、B面3曲目の「RAINY WALK」は梅雨の季節にピッタリの内容であり、雰囲気なのだ。

そして、A面のラスト、大ヒット曲「RIDE ON TIME」は、1980年5月から7月にかけて聴きまくった記憶から、どうもこの「RIDE ON TIME」という曲は、僕の頭の中では「初夏から梅雨時のヒット曲」という感覚があって、毎年、この初夏から梅雨の季節に突如として聴きたくなるのだ。

ということで、我がバーチャル音楽喫茶『松和』での、梅雨の季節の「山下達郎」は、かの大ヒットアルバム『RIDE ON TIME』で決まり。実は、今年も2週間ほど前から、突如として聴きたくなり、このアルバム『RIDE ON TIME』はヘビロテ盤の一枚になっています(笑)。

とりわけ、LP時代のB面の「夏への扉(THE DOOR INTO SUMMER) 」から「MY SUGAR BABE」「RAINY DAY」の流れがお気に入りでよくかける。そして、キメの一曲は「RIDE ON TIME」。

「青い水平線を いま駆け抜けてく 研ぎ澄まされた 時の流れ感じて」

 
 

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2014年6月 7日 (土曜日)

チックとマクラフリンの矜持

このライブ盤を聴いた時、これが70歳を越えたミュージシャンの出す音か、と感心するより、良い意味で「呆れた」。2009年にリリースされた、 Chick Corea & John McLaughlin『Five Peace Band Live』(写真左)である。

チック・コリアは、1941年生まれなので、今年で73歳になる。ジョン・マクラフリンは、1942年生まれなので、今年で72歳になる。この70歳を越えた大ベテラン、ジャズ界のレジェンドの2人がリーダーのFive Peace Bandである。しかし、その他3人のメンバーもこれまた凄い。

その他の3人のメンバーとは、Kenny Garrett (as), Christian McBride (ac-b, el-b), Vinnie Colaiuta (ds, per) の3人。凄いメンバーを集めたもんだ。1980年代、帝王マイルスが見出したアルトの才能、ケニー・ギャレット。現代ジャズ・ベースのファースト・コール、クリスチャン・マクブライド。そして、チックが見出したドラムの野生児、ビニー・カリウタ。

ギャレットが、1960年生まれだから、今年で54歳になる。マクブライドは、1972年生まれなので、今年で42歳。カリウタは、1956年生まれだから、58歳になる。ギャレットはもう今年で54歳になるのか。そして、カリウタって、僕より年上なのね。初めて知った(笑)。

この3人の中で一番の年上のギャレットが54歳なので、双頭リーダーの二人とは約20歳以上、歳が離れている。まあ、親子でクインテットを組みました、って感じでしょうか。冷静に数えて、平均年齢約60歳。いやはや、この『Five Peace Band Live』の内容は、とても平均年齢約60歳の出すクインテットの音とは思えない。

チックのエレピとマクラフリンのエレギがメインなので、基本的には、エレクトリック・ジャズの展開である。もう一人、フロントに立つアルトのギャレットも、もともとはマイルス・デイヴィスのエレクトリック・バンドで活躍していたので、アルトの吹きっぷりは、エレクトリック・ジャズでの吹きっぷりである。

そのギャレットが大活躍のDisc1。というか、Disc1はギャレットのアルトを愛でる為にある、と言い切っても良いほど、ギャレットのアルトが絶好調である。とにかく、ギャレットの最近のソロ盤のギャレットの吹きっぷりよりも、この『Five Peace Band Live』のDisc1での吹きっぷりの方が優れている。
 

Five_pieces_band_live

 
まあ、バックのリズム・セクション、マクブライドとカリウタのサポートが鉄壁だからな。マクブライドがしっかりと演奏のベースラインを維持し、リズム&ビートをカリウタが柔軟に叩きだしていくので、フロントのギャレットは好き勝手に吹くことができる。

好き勝手とは言え、チックとマクラフリンがアドリブ・フレーズの方向性を指し示しているので、決して、アブストラクトにフリーキーに走ることは無い。限りなく自由度の高い、縦横無尽、硬軟自在のメインストリーム・ジャズの展開である。

Disc2になると、やはり70歳を越えた二人が我慢できないらしく、のっけから全面に押し出てくる。Disc2冒頭の「Dr. Jackle」でのチックのピアノ・ソロは素晴らしい。これが、70歳を越えたピアニストの音か、とビックリする。若々しく瑞々しい硬質のタッチ、破綻の無い精緻な運指、イマージネーション拡がる煌めく様なアドリブ・フレーズ。このライブ盤でのチックは絶好調。

マクラフリンも負けてはいない。Disc2の2曲目「Senor C.S」はマクラフリンの独壇場。マクラフリン独特のエレギ音で、とにかく弾きまくる、弾きまくる。これが72歳の出す音か。まず音が太い。テクニックは流麗の一言。ワン・センテンスを聴けば直ぐ判る、アドリブ・フレーズはマクラフリン節満載。DIsc1ではバックでサポートに徹していたが、Disc2で遂に全面に躍り出た。

エレ・マイスルで有名な3曲目の「In A Silent Way / It's About That Time」は新解釈。このFive Peace Bandが客寄せの企画バンドでは全く無いことが明白である。マイルス〜ザビヌルのアレンジとは全く異なる、現代ジャズの要素を取り入れた新しいアレンジで、この名曲を聴かせてくれる。40年以上前のエレ・マイルスの名曲・名演が、現代ジャズの新解釈を経て、まだまだ新しい表現を獲得できる可能性があることががよく判る。

このFive Peace Band結成の話を聞いた時は、恥ずかしながら、客寄せ目的の企画バンドでは無いかと訝しく思った。しかし、このライブ盤を聴いて、それは間違いだと気が付いた。70歳を越えたチックとマクラフリンの矜持には頭が下がる。僕は、このジャズ界のレジェンド2人を素晴らしいと思う。

 
 

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2014年6月 6日 (金曜日)

ジャズ喫茶で流したい・51

梅雨である。入梅したばっかりではあるが、今年の梅雨は男性型っぽい。とにかく雨が降る。結構強い雨。霧雨の如く「そぼ降る雨」という風情では無い。

やはり、梅雨の雨は、霧雨の如く「そぼ降る雨」が良い。白くうっすらと霧がたなびいて、そこに音も無く「そぼ降る雨」。その風景は水墨画の様な雰囲気で、なんか風情があって良いですね。

そんな霧雨の如く「そぼ降る雨」の昼下がり、ほとんどお客のいない時間帯のジャズ喫茶。そんな時間帯に、こんな小粋で渋いアルバムがかかっていたら、そのジャズ喫茶って、きっと隅に置けない、お洒落なジャズ喫茶に違いない。

その小粋で渋いアルバムとは、Zoot Sims & Al Cohn『Jazz Alive! A Night at the Half Note』(写真)。1959年2月の録音。ちなみにパーソネルは、Al Cohn, Zoot Sims (ts), Phil Woods (as), Mose Allison (p), Nabil Totah (b), Paul Motian (ds)。ニューヨークのライブハウス、ハーフノートでのライブ録音。

アルとズートの白人テナーコンビに、後半2曲にアルトのウッズが絡むという素敵なフロント。バックのリズム・セクションは、ちょっと非力。でも、ドラムのモチアンが一手にリズム&ビートを引き受ける。ピアノのアリソンとベースのトーターはちょっと引っ込み思案。ほとんど目立たない。それだけ、モチアンのドラミングの実力の高さが推し量れる。

収録された曲は4曲。いずれの曲も出来は良好。まとまりという点では、レギュラー・グループで演奏される、冒頭の「Lover Come Back To Me」から「It Had To Be You」が良い。アルとズートのコンビの絡みと掛け合いには思わず聴き惚れてしまう。流麗にしてダイナミック。スタンダード曲を朗々と吹き上げていく。
 

A_night_at_the_halfnote

 
大向こうを張って、テナーを大音量で吹きまくる訳では無い。テクニックを駆使して、モーダルにフリーキーに縦横無尽に吹きまくる訳では無い。アルとズート、どちらのテナー奏者も、ジャズ・テナー奏者として「ジャズ・ジャイアント」と呼ばれる、超一流のテナー奏者では無い。

それでも、このライブ盤でのテナーはとても素敵だ。アルとズートのテナーが唄うが如く、舞うが如く、流麗にダイナミックに吹き進む。それは聴いていて、とても心地良く、爽快感抜群のテナー。聴いていて「ああ、これがハードバップ・ジャズなんやなあ」と心からリラックスして聴き耳を立てる。

後半の2曲、ウッズのアルトが参入した「Wee Dot」「After You've Gone」も内容は良い。明朗なウッズのアルトが入って、ちょっと賑やかになった分、そこはかと無い「侘び寂び」の雰囲気がちょっと後退するが、逆に、明快なハードバップって感じの明るい演奏になって、これはこれで聴いていて楽しい。

そんな霧雨の如く「そぼ降る雨」の昼下がり、ほとんどお客のいない時間帯のジャズ喫茶。そんな時間帯に、こんな小粋で渋いアルバムがかかっていたら、そのジャズ喫茶って、きっと隅に置けない、お洒落なジャズ喫茶に違いない。

ジャケット・デザインも、明快にジャズって感じの落ち着いたお洒落なもの。ロゴタイプがさりげなく格好良い。これはこれでまた良い。音良し、内容良し、ジャケット良し。揃いも揃った3拍子。ジャズの歴史を彩る名盤の類では無いが、ハードバップの佳作として、長年愛聴できる小粋で渋い一枚。良いライブ盤です。

 
 

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2014年6月 5日 (木曜日)

サディスティックスのライブ盤

確かに振り返ると6月に良く聴く。明らかに初夏のシーズン向けの爽快な楽曲、僕が高中正義の楽曲の中でのお気に入りな名曲「Ready to Fly」。

この「Ready to Fly」は高中の代表曲として、様々な高中のアルバムに収録されている。どのバージョンもそれなりに楽しめるんだが、どうも高中のアルバムはどれも、高中のギターが全面に出過ぎるきらいがある。

まあ、高中がリーダーのアルバムだから、演奏だから仕方がないけど、もっと、バンドの総合力で楽しめる、その総合力の中で高中のギターも楽しめる演奏は無いのか、と常に思う。が、これがあるんですな(笑)。大学時代にこのアルバムに出会って以来、このアルバムは、この僕の大好きな「Ready to Fly」を心ゆくまで堪能できるお気に入り盤として君臨している。

そのアルバムとは、サディスティックス(Sadistics)の『LiveShow』(写真左)。サディスティックス(sadistics)は、1975年末のサディスティック・ミカ・バンド解散後、1976年春に結成、1978年まで活動した。このライブ盤は1978年6月の録音。

サディスティックスのメンバーは高橋幸宏 (ds), 高中正義 (g), 後藤次利 (b), 今井裕 (key)。つまり、サディスティック・ミカ・バンドから、ギター+リズム・セクションをごっそり抜いて、ギター・インスト・バンドを結成した訳だ。とにかく、このメンバーを見れば、そこから出てくる音の凄さは想像に難くない。

サディスティックスの音源は、たった2枚のスタジオ録音盤と1枚のライブ盤のみ。まあ、活動期間が2年程度なので仕方が無いが、このライブ盤『LiveShow』については貴重な一枚ではある。

このライブ盤ではツイン・ドラム構成なんだが(ジャケット写真を見れば判る)、もう一人のドラマーのクレジットが無い。このもう一人のドラマーは村上ポンタ秀一。クレジットが無いのは、これは、このアルバムのリリース直後に、ポンタがヘロイン所持で捕まったからである。
 

Live_show

 
というトリビア話はさておき、このアルバムは、LP時代のA面はフュージョン・ジャズな演奏仕様(Type I、We Are Just Taking Off、Hard Score)、B面は高中サウンドな演奏仕様(あこがれのセイシェル、Blue Curacao、Ready To Fly)となっていて、演奏の雰囲気の違いはあるが、どちらの面も十分に楽しめる内容。その日の気分でA面、B面と選んで聴けるところも、LP時代のこのライブ盤の良いところだった。

どの演奏も、それぞれの楽器の演奏バランスが良く、このサディスティックスの演奏を総合的に堪能できる。エレギはエレギとして、エレベはエレベとして、ドラムはドラムとして、キーボードはキーボードとして、心ゆくまで堪能できる。特に、後藤次利のエレベは当時衝撃的で、彼のチョッパー・ベースにはたまげました。

そうそう、高橋幸宏のドラムも素晴らしいですね。叩き出されるリズム&ビートを聴くだけで、高橋幸宏のドラミングだと直ぐに判ります。それほどまでに個性的なドラミングで、その縦ノリのグルーブ感と共に、このライブ盤では心ゆくまで堪能できます。クレジットは無いのですが、村上ポンタ秀一のドラムも負けずに素晴らしい。

そして、今井裕のキーボードはお洒落で乾いたファンクネスをそこはかと無く湛えたフレーズは、LP時代のA面のフュージョン・ジャズな演奏で、より堪能できます。当時の日本で、これだけお洒落なフュージョン・キーボードはなかなか聴けるものではありませんでした。

そしてそして、そんな素晴らしいリズム・セクションをバックに、高中正義のエレギが抜群に映えます。特に、ラストの「Ready to Fly」は素晴らしいの一言。空へ翔び上がって行くが如く、爽快感溢れるギターの奏でるフレーズの高揚感が圧倒的で、バックの優秀なリズム・セクションも負けじと飛翔していきます。爽やかな上昇気流のような、このエレギとリズム・セクションの相乗効果がなんとも言えず素晴らしい。

「Ready to Fly」については、このサディスティックスのライブ盤『LiveShow』が最高でしょう。特に、この6月の季節に映えまくります。明らかに初夏のシーズン向けの爽快な楽曲、それは、このライブ盤『LiveShow』で最高に堪能できます。お勧めです。

 
 

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2014年6月 4日 (水曜日)

僕の「6月ヘビロテの高中正義」

6月も4日になる。昨日のブログで、6月は「湿気は多いが、気温的には実に過ごしやすい季節である」と書いた。気温的に過ごしやすい、この夏の初めの季節はまだまだ暑さは本格的では無いので、ジャズのアルバムもフュージョン・ジャズ時代のアルバムを選ぶことが多くなる、とも書いた。

確かに、6月にはフュージョン・ジャズを選ぶことが多くなる。そして、加えて、日本のロック・ギタリストの雄、高中正義のアルバムを好んで聴くのも、この6月なのだ。6月から7月の2ヶ月間は、僕の中では「高中正義」月間なのである。

特に、このアルバムについては、確かに振り返ると6月に良く聴く。というか、6月にしか聴かないアルバムなのだ。そのアルバムとは、高中正義『TAKANAKA』(写真左)。1977年のリリース。高中のセカンド・アルバムになる。このアルバムが、このアルバムを手にした1979年以来、毎年6月に集中して聴くことが多い、不思議なアルバムなのである。

前作『SEYCHELLES』は爽やかなギターが売りのアルバムだったのですが、このセカンド盤『TAKANAKA』では、エレギの音が太くなり、爽やかというよりは力強い、体育会系のマッチョなノリが全面に押し出された音作りに変化しています。

加えて「マンボNo.5」などのラテン色の強いナンバーもあって、所属ジャンル不明でファンクネス希薄な、日本純正のギター・インスト盤に仕上がっています。このアルバムのリズム&ビートを聴いていて、このアルバムの演奏はフュージョン・ジャズでは無いですね。かといって、ロック色豊かな、海外のロックギター・インストともちょっと違う、独特の音世界を維持しています。
 

Takanaka_takanaka

 
このエレギの音が太い、体育会系のマッチョなノリが、まず真夏の暑い盛りにはズバリ暑苦しい。爽やかではあるが物寂しい秋にはちょっと空々しく感じる。冬には寒々しく感じる。うららかな春の季節にはちょっとしんどい。まだまだ暑さは本格的では無い、気温的に過ごしやすい夏の初めの季節にはピッタリ心地良く感じるのだ。

これって僕だけの感覚なのかなあ(笑)。確かに、このアルバム『TAKANAKA』を購入したのが、1979年6月。ずっと聴いていて「いいなあ」と思っていたんだが、8月になる頃には全く聴かなくなったっけ。それでも、毎年5月の下旬から6月になると、この『TAKANAKA』を思い出したように引きずり出してきて、思いっきり聴きまくるのだ。そして、7月下旬頃になると「お蔵入り」(笑)。

「夏だ、海だ、高中だ・・・」とよく言われるが、僕にとっては、高中のアルバムは、意外と初夏、そして秋に聴くことが多い。夏真っ盛りに聴いて爽快なアルバムもあるのですが、夏は夏でも、夏の後半から夏の終わり、お盆の頃から晩夏の頃に良く聴く。でも、このアルバム『TAKANAKA』は6月のアルバムなのだ。

そして、このアルバム『TAKANAKA』の中で、僕が高中の楽曲の中でのお気に入りな名曲「Ready to Fly」が明らかに初夏のシーズン向けの爽快な楽曲なのだ。ヴォイス・パーカッションから始まる冒頭部はちょっと怪しげなのですが、そこから伴奏が盛り上がっていって、いきなり高中のエレギが滑り込む様に入ってくる。そこから空へ翔び上がって行くが如く、爽快感溢れるギターの奏でるフレーズの高揚感が素晴らしい。

この「Ready to Fly」と「Blue Lagoon」は、僕にとっては6月の愛聴曲。よって、6月のバーチャル音楽喫茶『松和』では、高中正義の『TAKANAKA』と『JOLLY JIVE』がヘビーローテーションでかかります。

 
 

大震災から2年10ヶ月。決して忘れない。まだ2年10ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2014年6月 3日 (火曜日)

爽快感溢れるフュージョンが良い

6月である。暦の上でも「夏」である。最近はあまり感じなくなったが、夏服への衣替えの季節である。そして、梅雨の季節でもある。湿気は多いが、気温的には実に過ごしやすい季節である。気温的に過ごしやすい、この夏の初めの季節はまだまだ暑さは本格的では無いので、ジャズのアルバムもフュージョン・ジャズ時代のアルバムを選ぶことが多くなる。

フュージョン・ジャズのなかでも、電気楽器を中心とした「ソフト&メロウ」な、ハイテクを全面に押し出した、爽快感溢れるフュージョン・ジャズがジャスト・フィットする季節である。「今となってはレトロな古さを感じる」と揶揄される、いわゆる1980年代のフュージョン盤が意外とこの季節にフィットする。

そういうことで、今日選んだアルバムは、George Benson & Earl Klugh『Collaboration』(写真左)。1987年のリリース。ちなみにパーソネルは、George Benson (el-g), Earl Klugh (ac-g), Greg Phillinganes (key,syn), Marcus Miller (b), Harvey Mason (ds), Paulino Da Costa (per), Paul Jackson, Jr. (g)。なかなか充実の布陣である。

セミアコのベンソン、アコギのクルー。そこに、若きベースの雄マーカス・ミラー、フュージョンのファーストコール・ドラマーのハービー・メイソンがリズム・セクションを担う。隠し味の様なパーカッションはポリーニョ・ダ・コスタ。フュージョン・ジャズの優れたミュージシャンで固めた、聴き応えのある企画盤である。
 

Benson_klugh_collaboration

 
1987年の録音なので、ちょうどLPからCDへの切り替えの過渡期。録音環境としてもデジタル録音への過渡期の時代。音的には、エッジの立った、ちょっとキンキンとケバケバしい、デジタル臭のプンプンする音作りではある。しかし、マーカスとメイソンのリズム・セクションの音がグッと締まった低音をキープしているので、音的にデジタルチックに破綻することは無い。

このアルバムを聴く前は、セミアコとアコギのユニゾン&ハーモニーはどうなんだろう、と思っていたが全く問題が無い。というか、さすがはジョージ・ベンソンとアール・クルーという超一流のギタリストの共演である。お互いの音の個性を見抜き、音が被らない様にテクニックを駆使して、コラボレートしている。セミアコとアコギが同時に弾き進めて、耳触りになることは無い。

唄うギタリストであるベンソンのソフト&メロウなスキャットも実に雰囲気が良く、1980年代フュージョン・ジャズの佳作として、良い出来のアルバムだと思います。収録されている曲の出来も良く、聴いていて飽きることはありません。主旋律もアドリブ・フレーズもメロディアスで良い感じです。

まあ、ラストの「Romeo & Juliet (Love Theme from Romeo & Juliet)」、いわゆる「ロミオとジュリエットのテーマ」はご愛嬌ですが(笑)。この曲は蛇足やなあ。それまで、小粋で爽快感あふれるフュージョン・ジャズの世界が、映画音楽のちょっともったりした、ちょっとレトロな雰囲気に早変わりして、どうにもこうにも、思い切り苦笑いしてしまいます。

気温的に過ごしやすい、この夏の初めの季節は、絵に描いた様なフュージョン・ジャズが合う。ハイテクを全面に押し出した爽快感あふれる音世界が、夏の初めのこの季節にぴったりフィットするのだろう。さあ、明日は何を聴こうか。

 
 

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2014年6月 2日 (月曜日)

ピアノ・トリオの代表的名盤・41

Denny Zeitlin(デニー・ザイトリン)というピアニストがいる。「医師とジャズピアニスト」という二足の草鞋を履く異色の人物である。医師は医師でも精神科医。これは異色も異色、大異色である(笑)。

ザイトリンは1938年の生まれ。今年で76歳になる。もう人生の大ベテランである。本業である精神科医の仕事をこなす傍ら、プロのピアニストとしての活動も続けてきたザイトリン。しかも双方の仕事において、それぞれ一流の域に達していたと言うのだから凄い。

今を去ること35年前。僕が大学生の時、例の秘密の喫茶店で、そんなザイトリンに出会った。Denny Zeitlin『Live At The Trident』(写真左)というアルバムである。1965年3月、当時、レギュラー出演していたクラブ「トライデント」でのライブ録音。ちなみにパーソネルは、Denny Zeitlin (p), Charlie Haden (b), Jerry Granelli (ds)。 ベースの哲人チャーリー・ヘイデンが参加が目を惹く。

ザイトリンは「エヴァンス派のピアニスト」と評されるが、どうなんだろう。この『Live At The Trident』を聴く限り、エヴァンス派のピアニストとするには無理があるように思う。確かに、タッチは深く、しっかりと端正に弾きまくる様はエバンス・ライクな個性なんだが、アドリブ・フレーズが全く異なる。

アドリブ・フレーズが流麗では無いというかメロディアスでは無い。ザイトリンのアドリブ・フレーズはゴツゴツしていて変幻自在。柔軟性が高く、幾何学模様の様なカクカクしたフレーズ。セロニアス・モンクの様な、ちょっとアウトドライブする突飛なフレーズ。エバンスのアドリブ・フレーズは流麗だが、ザイトリンのアドリブ・フレーズは幾何学模様。
 

Denny_zeitlin_trident

 
なるほどなあ、と思う。このザイトリンのアドリブ・フレーズの個性は「ありそうで無い」。どっかで聴いたことがありそうな感じがするんだが、アドリブ・フレーズを少し聴き進めるだけで、これは「ワン・アンド・オンリー」なものだということが判る。とにかく、ザイトリンを「エヴァンス派のピアニスト」とするには無理がある。

選曲もちょっと変わっている。冒頭が、かのソニー・ロリンズの大傑作「St. Thomas」。この曲を白人のザイトリンがピアノ・トリオでやるなんて、ザイトリンとはかなり度胸のあるピアニストである。6曲目はフリー・ジャズの雄、オーネット・コールマンの名曲「Lonely Women」。この選曲だけでも変わっている。

「Carole's Waltz」や「Spur Of The Moment」「Where Does It Lead」など、ザイトリンの自作曲もなかなか良い。ザイトリンは自作曲においては、より伸び伸びと個性的なアドリブ・フレーズを繰り広げる。スタンダード曲も「My Shining Hour」や「What Is This Thing Called Love」など、ちょっと変わった選曲をしているところなどは、さすがザイトリンらしい。

バックにベースの哲人チャーリー・ヘイデンが控えているところもこのトリオ盤の魅力。野太く思索的なヘイデンのベースは、幾何学模様のザイトリンのアドリブ・フレーズとの相性は抜群。ジェリー・グラネリのドラムは堅実。ヘイデンの哲人ベースと共に、柔軟性が高い、幾何学模様の様なカクカクとしたザイトリンのフレーズをガッチリと支える。

何気なく聴いていて、じんわりと効いてくる、実に渋い玄人好みのピアノ・トリオ盤です。ありそうで無い、独特の個性を放つザイトリンのピアノ。全くスインギーじゃ無いし、ファンクネスとは無縁。それでもタッチは深く端正で、柔軟性が高く、幾何学模様の様なカクカクしたフレーズは、繰り返し聴くうちに「クセ」になる。不思議な魅力を持ったライブ盤である。

 
 

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2014年6月 1日 (日曜日)

大江千里の「考えるジャズ」

2007年、大江千里がジャズ・ピアニストに転身するというニュースを聞いた時、ビックリすると同時に「頑張れ」とも思った。そして、単身NYに飛び、満50歳を境に、大江千里はジャズ・ピアニストとしての活動を始めた。

2010年12月にリリースされた河上修とのデュオ盤『duo』を聴いた時は、これはいけるな、と思った(2013年9月10日のブログ参照・左をクリック)。大江千里のピアノは個性的。どこかで聴いた様な雰囲気なんだが、リズム&ビートとタイムの取り方が独特なので、意外と大江千里独自の個性として成立している。

テクニックはそこそこ。でも、テクニックがそこそこでも、意外と味のあるジャジーなピアノを聴かせる。リリカルで内省的。テクニックで勝負するピアノでは無い。印象的なアドリブ・フレーズと間の取り方を工夫した、「腕」では無く、いわゆる「味」で聴かせるピアニストである。若い時からの根っからのジャズ・ピアニストには、このタイプは皆無なので、この大江千里のピアノはユニークな存在ではある。

そして、2012年、NYのジャズの専門学校「The New School for Jazz and Contemporary Music」を卒業、7月にはジャズピアニストとしてのデビューアルバム『Boys Mature Slow』(写真左)をリリース、日本盤も同年9月に追って発売された。

この大江千里のデビュー盤『Boys Mature Slow』は、ピアニスト単体のアルバムでは無い。ピアニストに加えて、ジャズ作曲家、編曲家、プロデューサーという「総合力」を全面に押し出したアルバムである。聴けば判るのだが、本当によくよく考え、よくよく練られた、大江千里の「考えるジャズ」である。
 

Boys_mature_slow

 
冒頭の「Tommy Who Knew Too Much」を聴けば、その大江千里の「考えるジャズ」が良く判る。ピアノは、テクニックはそこそこだが、しっかりと味のあるジャジーなピアノで、印象的なアドリブ・フレーズと間の取り方を工夫した大江千里独自の個性が十分に感じられる。

そして、アレンジが良く練られている。ジャジーな雰囲気とグルーヴの表現に重きを置いたアレンジは、聴いていてとても「ジャズ」を感じる。現在の純ジャズ、コンテンポラリーなジャズの雰囲気を十分に聴かせてくれるアレンジはとても優秀だと思う。

そして、ジャズ・ピアニストへの転身だからといって、ピアノ・トリオで勝負してこないところが、これまた理知的である。テクニックで勝負するタイプのピアニストでは無い大江千里。「腕」では無く、いわゆる「味」で聴かせるピアニストなので、ピアノ・トリオは不利だ。

このアルバムでは、上手くトランペットとサックスを織り交ぜて、ジャジーな雰囲気とグルーヴの表現を更に確固たるものにしている。この管楽器の使い方が上手い。アレンジとプロデュースの妙。この大江千里のアルバムを聴いていて、ギル・エバンスやクインシー・ジョーンズの影を感じたのは僕だけだろうか。

ジャズの感覚というのは、頭で考え頭で身につけるものでは無い。そういう意味で、大江千里はジャズへの転身については上手くいったのではないかと、このアルバムを聴いて感じた。彼のピアノについても、アレンジについても、作曲についても、ジャズの感覚に上手く追従している。ジャズの感覚が自然と血となり肉となるは時間の問題だろう。もう心配はいらない。

 
 

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