« 春から初夏にかけての高中正義 | トップページ | 音楽喫茶『松和』の昼下がり・14 »

2014年3月16日 (日曜日)

テディ・ウィルソンの想い出

ジャズのアルバムの中には、大雑把に分けて、ジャズという音楽芸術として歴史的に重要かつ貴重な音源と、純粋に音楽として聴いて楽しく、感動を覚える音源とがある、と常々思っている。

困ったことに、この2つの類の音源がイコールとなる場合とならない場合がある。つまり、ジャズという音楽芸術として歴史的に重要かつ貴重な音源は、必ずしも、純粋に音楽として聴いて楽しく、感動を覚えるとは限らない、逆に、純粋に音楽として聴いて楽しく、感動を覚える音源は、必ずしも、ジャズという音楽芸術として歴史的に重要かつ貴重な音源とは限らない、ということが時として起こる。

この辺が、ジャズを聴き始めた頃は良く判らない。ジャズ盤の紹介本でも、この辺のところがごった煮に書かれていて、ジャズ者初心者としてはかなり戸惑う。酷い時にはジャズが嫌いになり、ジャズから離れていく。

つまり、ジャズという音楽芸術として歴史的に重要かつ貴重な音源は、必ずしも、純粋に音楽として聴いて楽しく、感動を覚えるとは限らないというアルバムに遭遇した時、どうするか、である。で、どうするか。ジャズ者初心者の頃は「決して無理はしない」。

ジャズ者初心者であっても、聴いたまま、感じたままが大事であって、他者の評論は参考にはしても鵜呑みにしてはいけない。逆に、その音源に関する、その時点で定まっている歴史的評価は、先ずは正と理解し、直感で歴史的評価を否定することは控える。その歴史的評価が正しいかどうかは、いろんなジャズを聴き、ジャズの歴史やスタイルを勉強して、それから自らが判断することである。

なんて、ちょっと小難しいことを思い出した。その切っ掛けになったアルバムが『Teddy Wilson & His All-Stars Vol.1』(写真左)。僕がジャズ者初心者の頃に手を出して、散々に悩みまくったアルバムである(笑)。懐かしいなあ。今回のリイシューで、CDとして改めて入手した。

このアルバムは難度が高い。ネット上のアルバムの紹介文には「スイング・ジャズ・ピアニストの第一人者、テディ・ウィルソンがキラ星のごときメンバーと吹き込んだ通称ブランズウィック・セッションをCD化」とある。その紹介文はこう続ける。「テディ・ウィルソンの香り高いピアノのサポートを受け、ビリー・ホリデイ、ベニー・グッドマン、ジョニー・ホッジス、ロイ・エルドリッジ等が最高の演唱を聴かせる」。
 

Teddy_his_allstars_vol1

 
これが、ジャズ者初心者の僕には判らない。まずもって、ビリー・ホリデイ、ベニー・グッドマン、ジョニー・ホッジス、ロイ・エルドリッジなどといったジャズメンの演奏を聴き込んだことが無い。最高の演唱を聴かせる、と言われても、何が最高かが判らない。まあ、今から思えば、そんな状態でこのアルバムを聴いて、何かを感じ、このアルバムを評価しようと思うこと自体に無理があったなあ、と思う。

1935〜37年の録音なので音も良くない。古い鉱石ラジオでAM放送を聴く様な、ナロウで中域中心の音。これだけでも、ジャズ者初心者としては心が折れる。しかも、ジャズのスタイルは「スイング」。ジャズ者初心者の頃は、ビ・バップですら重荷なのに、あの頃、ジャズ者初心者の僕には当然、「スイング」はチンプンカンプンだった(笑)。

今の耳で聴くと、テディ・ウィルソンの小粋で洒落たピアノは素晴らしいと思うし、ベニー・グッドマンのクラリネット、ジョニー・ホッジスのテナー、ロイ・エルドリッジのトランペットも聴き分けられるし、若かりし頃のビリー・ホリデイの歌唱も何とか判る。モダン・ジャズの源を成す演奏の数々である。

確かに、1935〜37年のスイング・ジャズの成果として、この音源は貴重だ。でもなあ、音が悪いし、誰もが聴いて、純粋に音楽として聴いて楽しく、感動を覚える類の演奏では無い。理解するには、いろいろとジャズを聴き、ジャズの歴史の勉強をする必要がある。

まあ、ちょっと小難しいことを書いてしまったが、『Teddy Wilson & His All-Stars Vol.1』というアルバムは、ジャズ者初心者向けのアルバムでは無いということ。聴いても良いが、直感的に、このアルバムの内容を否定することは避けて欲しいな、とは思う。

懐かしいなあ、この『Teddy Wilson & His All-Stars Vol.1』と出会った時の事を思い出す。ジャズ盤紹介本を読み、このアルバムの評論文を読んで、こんなに歴史的に優れた録音とされるアルバムを自分は理解出来ないのか、と焦りに焦った。当時は、誰も教えてくれないからな(笑)。

でも、ジャズを嫌いにならなくて良かった。ジャズを嫌いにならなかった理由は、テディ・ウィルソンのピアノである。録音状態の悪い中、テディ・ウィルソンのピアノの小粋で洒落たフレーズは判別できた。それは明らかに「モダン・ジャズ」の優れたインプロビゼーションであり、テディ・ウィルソンの素晴らしい個性であった。

 
 

大震災から3年。決して忘れない。まだ3年。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから、復興に協力し続ける。 

Never_giveup_4

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「@v_matsuwa」で検索して下さい。
 

保存

« 春から初夏にかけての高中正義 | トップページ | 音楽喫茶『松和』の昼下がり・14 »

コメント

いいこと言うねー酔いながらテディウィルソンの記事を見てて発見しましたー
小粋な生き方こそjazzなのかと思う今日この頃でした

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: テディ・ウィルソンの想い出:

« 春から初夏にかけての高中正義 | トップページ | 音楽喫茶『松和』の昼下がり・14 »

リンク

  • まだまだロックキッズ(バーチャル音楽喫茶『松和』別館)
    この「松和・別館」では、懐かしの「1970年代のロック」盤の感想や思い出を率直に語ります。これまでの、ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログの中で不定期に掲載した、70年代ロックの記事を修正加筆して集約していきます。
  • 松和の「青春のかけら達」(バーチャル音楽喫茶『松和』別館)
    この「松和・別館」では、懐かしの「1970年代のJポップ」、いわゆるニューミュージック・フォーク盤の感想や思い出を率直に語ります。これまでの、ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログの中で不定期に掲載した、70年代Jポップの記事を修正加筆して集約していきます。           
  • AORの風に吹かれて(バーチャル音楽喫茶『松和』別館)
    AORとは、Adult-Oriented Rockの略語。一言でいうと「大人向けのロック」。ロックがポップスやジャズ、ファンクなどさまざまな音楽と融合し、大人の鑑賞にも堪えうるクオリティの高いロックがAOR。これまでの、ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログの中で不定期に掲載した、AORの記事を修正加筆して集約していきます。  
2022年9月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

カテゴリー