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2014年3月の記事

2014年3月31日 (月曜日)

春にはフリージャズが良く似合う

なぜか、春になると、フリー・ジャズが聴きたくなる。恐らく、春の暖かな、優しい雰囲気の裏にある、そこはかとない「狂気」を感じて、そのそこはかとない「狂気」がフリー・ジャズを聴きたくさせるのだろうと思っている。春にはフリー・ジャズが良く似合う。

フリー・ジャズと言えば、今年は、ちょっと山下洋輔のフリー・ジャズを聴き込もうと思っている。で、今日はこれ。このアルバムから、山下洋輔ワールドへ突入である。

Yosuke Yamashita Trio With Brass 12 Introducing Takeo Moriyama『Gugan』(写真左)。1971年9月25日の録音。主なパーソネルは、山下洋輔(p), 中村誠一(ts), 森山威男(ds), 12人のブラス・セクション。

ピアノ+テナー+ドラムの変則トリオに12人のブラス・セクションを加えたフリー・ジャズ。意欲作ではある。あちらこちらの評論にも書かれているが、フリー・ジャズの方法論をビッグ・バンドな編成に持ち込もうとしたアプローチは斬新ではある。

Introducing Takeo Moriyamaと副題が付いているだけあって、森山威男のドラミングが凄まじい。延々と叩きまくるんだが、それが聴いていて飽きない。ビートのうねりというか、ビートの抑揚が音のフレーズの様に流れては消え、ドラムでアドリブ・フレーズを歌い上げるというか、単にドラムを叩いているだけでは無い、ビートによるフレーズを感じさせる、凄まじいドラミング。

ラストの「グガン」なんて、その森山威男のドラミングの最たるもので、ドラミングで、フリーキーなアドリブ・フレーズを叩きまくる、ドラムでフリーな旋律を叩き上げる、そんな凄いパフォーマンスだ。

山下のピアノは、もはや言うまでも無い。この天才ドラマーをパートナーとして、山下のピアノは、よりパーカッシブにフリーなフレーズを叩き上げていく。ドラムと相対しつつ、対峙しつつ、ドラムとの相乗効果を発揮しつつ、パーカッシブなピアノで、フリーキーなアドリブ・フレーズを叩きまくる、ピアノでフリーな旋律を叩き上げる。
 

Yamashita_brass12

 
中村のサックスも強烈だ。特にソプラノのフリーキーなフレーズは、中村ならではの個性。決して、他のフリー・ジャズをやるサックス奏者の誰とも似通うことは無い。中村ならではのフレーズで吹きまくる。

ドラムとピアノに対峙して、パーカッシブなサックス・ソロを吹き流していく。不思議なことに、中村のフリーキーなフレーズは聴きやすい。耳に馴染み易いフリーなインプロビゼーションである。

で、ブラス12の存在意義であるが、ほど良いアクセントになってはいる。12人のブラスセクションが、ビッグバンドのマナーに則りつつ、フリーキーなアドリブ・フレーズを吹き上げていく。迫力満点。ただ、フレーズの基本部分がコルトレーンっぽいのが玉に瑕かなあ。

ブラスの響きは、フリー・ジャズの範疇で言うと、ジョン・コルトレーン、ローランド・カークな響きが主流。ローランド・カーク的なユニゾン&ハーモニーは耳に新しく響くが、コルトレーン風なフリーな展開は、あんまり新鮮には響かない。まあ、こんなものかなあ、って感じ。

アルバム全体の雰囲気は、絶対的に山下洋輔のフリー・ジャズ。他のフリー・ジャズな演奏に全く似通っていない、山下洋輔ならではのフリー・ジャズな方法論を展開する。そして、山下洋輔のフリー・ジャズは耳に馴染み易い。思いっきりフリーな演奏なんだけど、耳に馴染む。耳に五月蠅くない。ポップなフリー・ジャズとでも形容したら良いかな。

当時、この山下洋輔トリオのメンバーは皆、20台(山下29歳、森山26歳、中村24歳)。若さ故の疾走感、爽快感溢れる、ポップなフリー・ジャズである。ブラス12も加わって、圧倒的にぶ厚いフリー・ジャズである。

 
 

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2014年3月30日 (日曜日)

キースの個性が希薄なピアノ・ソロ

今日の千葉県北西部地方は散々な天気でした。朝から雨模様。正午辺りから雨が強くなり、午後3時頃、雨が止んだと思ったら、今度は凄まじい西風。台風の様な暴風。夜になって、やっと安定してきました。

この風雨で桜は散らないだろうなあ、と心配しつつ、この急激な天候の変化に身体がついていかずに、午後から片頭痛に襲われ、ずっと午後は伏せっていました。一昨年の12月に手術して以降、気候の変化に敏感になったのか、気候が急激に変化する時に、必ず、酷い片頭痛に襲われます。困ったもんですが、仕方ありません。

ということで、今日の午後は床に伏せりながら、ジャズを聴くことに相成りました。音楽無しに昼間、寝ているのは寂しいので、中学時代から、必ず音楽をかけます。今日は片頭痛で苦しんでいることもあって、静かなピアノ・ソロ盤を聴きながら、片頭痛と闘うことにしました。

その静かなピアノ・ソロ盤とは、Keith Jarrett『The Melody at Night, with You』(写真左)。現代ジャズ・ピアノの重鎮、キース・ジャレット。彼が「慢性疲労症候群」という難病によってリタイアを余儀なくされたのが1996年の秋。3年余りの闘病の末、復活を遂げた訳ですが、その復活時、最初にリリースされたアルバムがこのピアノ・ソロ盤でした。

1998年12月の録音になります。キースのピアノ・ソロ盤は、ライブ録音がほとんどなのですが、このアルバムは自宅スタジオでの録音。ECMレーベルからのリリースですが、確かにピアノの響きがデッド気味でエコーも控えめ。いつものスタジオ録音では無いことは、容易に想像出来ます。

収録された曲を見渡すと、キースのピアノ・ソロ盤を聴き続けて来た者からすると、ちょっとビックリします。なんと、スタンダードとして有名なラヴソングばかり。解説によると、闘病生活を献身的に支えてくれた妻に捧げたピアノ・ソロ盤であるとのこと。なるほど、今までのキースのピアノ・ソロ盤とは、そのシチュエーションがちょっと違うのですね。
 

Melody_at_night_with_you

 
冒頭の「 I Loves You Porgy」から、ラストの「I'm Through With Love」まで、キースにしては、かなり内省的でシンプルな展開。キース独特のリズム&ビートは影を潜め、メリハリの効いたダイナミックな展開は全く聴くことは出来ない。どれもがスローなテンポで終始しており、仄かに沈鬱な雰囲気も底に漂う、静謐なピアノ・ソロ盤である。

ジャズのピアノ・ソロ盤というよりは、ピアノによる独白とでも形容した方がピッタリくる、語りかける様な、詩的な演奏です。クラシックのピアノ独奏に近い雰囲気とでも形容できるでしょうか。原曲のメロディーを忠実に展開し、ジャズ特有の原曲のコード進行を借用した独創的なインプロビゼーションが展開されるということは、このアルバムではほとんどありません。

キースの、キースらしからぬ、キースの個性が一番希薄なピアノ・ソロ盤だと感じています。キース独特のリズム&ビートは全く感じられず、淡々とただひたすら、綺麗な旋律だけが流れていく。キースお得意の「唸り」も無い。このピアノ・ソロ盤って、世間の人達から大絶賛されているんですよね。確かに美しいピアノ・ソロ盤ではあるので、それも当然のことかとも思います。

でも、キースの、キースらしからぬ、キースの個性が一番希薄なピアノ・ソロ盤が大絶賛されるって、なんか、キースを30年以上聴き続けてきたジャズ者にとってはちょっと複雑な想いがします。どうも、それまでのキースのピアノには無かった、内省的、内向的なパフォーマンスが、なんだかキースらしく無くて、どうにもいけません。

僕の中では、今でも、キースの、キースらしからぬ、キースの個性が一番希薄なピアノ・ソロ盤として、独特のポジションにいる不思議なアルバムの一枚です。

 
 

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2014年3月29日 (土曜日)

NYを舞台とした曲を集めて・・・

高校時代から憧れの場所というものが幾つかある。僕達の高校時代は1970年代中頃、1ドルは360円の固定相場制で、海外旅行は、一般的にはまだまだ高嶺の花の時代である。まあ、大学行って社会人になっても、訪れることは叶わないだろうなあ、という場所が「憧れ」の場所だった。

そんな僕にとっての憧れの場所のひとつが「ニューヨーク」。ニューヨークを生まれて初めてシビアに意識したのは、サイモン&ガーファンクル(S&G)に出会ってからである。S&Gの歌の舞台がニューヨーク。摩天楼、ジャズ、アメリカン・ドリーム等々。ニューヨークに行ってみたいなあ、と強く思ったのが、高校2年生の時。

ジャズを聴き始めてからも、ニューヨークを舞台にした曲には、からきし弱い。僕の憧れの場所、ニューヨークを様々な角度から歌い、様々な角度からイメージして曲にし、様々な雰囲気で演奏する。そんなニューヨークを舞台にしたジャズ演奏に僕は弱い。

そんな僕が、大学時代からその存在を強く意識しながらも、なかなか入手出来なかったジャズ・ボーカルのアルバムがある。そのアルバムがこれ。Mel Tormé(メル・トーメ)の『Sunday In New York & Other Songs About New York』(写真左)である。

1963年12月の録音。タイトルからダイレクトに判る様に、ニューヨークを舞台とした曲を集めて、ジャズ・ボーカルで唄い上げた、何ともはや、ニューヨーク好きにとって垂涎のアルバムである。

メル・トーメは1925年生まれ、ロシア系ユダヤ人で、ドラマー、作曲家、俳優、そして歌手。僕にとっては、ジャズ・シンガーとしての印象が強く、「ベルベットの霧」と呼ばれた、暖かみがあって、ロマンティックで、やや女性的な雰囲気も漂う繊細な歌声は、男性ジャズ・ボーカルとして、ポップで親しみ易いもの。フランク・シナトラと並ぶ男性ジャズ・ボーカルの雄である。

僕は、このメル・トーメの歌声が大好き。そのメル・トーメが、ニューヨークを舞台とした曲を集めて、全曲、朗々と唄い上げるのである。このアルバムは欲しい。大学時代からずっとそのチャンスを待ったのだが、なかなかそのチャンスは巡り来ない。そして、今年、やっとこのアルバムがリイシューされて、やっとのことで、アルバムとして入手した。
 

Sunday_in_ny

 
収録曲を並べると以下の通りになる。ニューヨークを舞台とした、優れた楽曲がずらりと並ぶ。確かに、この収録曲を見渡すと、ニューヨーク好きにとって垂涎のアルバムである。

1. Sunday in New York
2. Autumn in New York
3. Lullaby of Birdland
4. Broadway
5. The Brooklyn Bridge
6. Let Me Off Uptown
7. Forty Second Street
8. Sidewalks of New York
9. Harlem Nocturne
10. New York, New York
11. There's a Broken Heart for Every Light on Broadway
12. Manhattan
13. My Time of Day
 

「Sunday in New York」「Autumn in New York」「The Brooklyn Bridge」「Forty Second Street」「New York, New York」あたりが、メル・トーメの歌唱がバッチリ合って、凄く粋で良い雰囲気である。他の曲だって素晴らしい出来。メル・トーメの代表盤の一枚と評価して良いほど、素晴らしい歌唱が次々と続く。

このニューヨークを舞台とした、優れた楽曲がずらりと並ぶ、メル・トーメのアルバムを聴けば、ニューヨークのあちらこちらの風景や雰囲気を、昨日のことの様に思い出す。良いアルバムです。

1970年代後半の学生時代、ニューヨークなんて一生のうち、訪れることなんて無いんやろな、と半ばあきらめの「憧れ」だったニューヨーク。それがまあ、どこでどうなったんだか、社会人になって、仕事で4回、通算2ヶ月ほど、ニューヨークを訪れることになろうとは(笑)。

実は、その仕事(出張ですね)に絡めて、有名な場所はほどんど訪れた。ニューヨークは憧れに値する素晴らしい場所である。また絶対に行ってみたい。そして、その時には、このメル・トーメのアルバムを聴きながら、セントラルバークでウォーキングをしまくりたい。

 
 

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2014年3月28日 (金曜日)

春の季節の中で映えるウッズ

寒かった冬も去って、ようやく春らしい日が続くようになって、なぜか、アルト・サックスはフィル・ウッズに凝っている。

フィル・ウッズ(Phil Woods)は、1931年11月生まれ。伝説のチャーリー・パーカー直系のアルト・サックス奏者である。若い頃の経歴は華々しいものがあって、マンハッタン音楽学校やジュリアード音楽院で学んでいる。

そして、チャーリー・パーカーを心から敬愛し、なんとチャーリー・パーカー亡き後、未亡人であったチャンと結婚、パーカーの遺児二人の継父なった位で、これまた念が入っている。音的には、パーカーを判り易く、綺麗に整頓した様なアルトのフレーズが特徴。

アルトがよく鳴り、キューィと吹き上げつつ絞り上げるような金属的な音が個性的。テクニックが半端なく優れており、この耳につんざくような金属的な音を振りまきつつ、高テクニックで速いフレーズを吹きまくるので、若い時分は、ちょっと五月蠅いくらいのアドリブだった。本人はあまり意識していないようだが、ウッズのテクニックは凄まじいものがある。

ということで、フィル・ウッズのアルトを愛でるには、ウッズがちょっと歳をとった頃、歳をとってちょっと枯れた位の時期のアルトの方が聴く耳に優しい。ということで、僕はこのアルバムがずっとお気に入りでよく聴く。

そのアルバムとは、Phil Woods featuring Johnny Griffin『The Rev And I』(写真左)である。1998年11月、あのジャズ・レーベルの老舗、ブルーノートからの由緒あるリリースである。フィル・ウッズ初のブルーノート盤。アルバム・ジャケットを見ても、なんとなくブルーノートらしいのが嬉しい。

1998年1月の録音になる。ちなみにパーソネルは、Phil Woods (as, el-p), Johnny Griffin (ts), Cedar Walton (p), Peter Washington (b), Ben Riley (drums), Bill Goodwin (per)。パーソネルを見渡しただけで、このアルバムは、なかなかの内容であることが想像出来る。
 

Phil_the_rev_and_i

 
特に、ピアノのシダー・ウォルトンとドラムのベン・ライリー、そして、ベースのピーター・ワシントンのリズム・セクションは期待感満々である。そして、フロントを張るのは、ウッズのアルトとグリフィンのテナー。う〜ん、これは渋い。これはもう聴く前から堪らない(笑)。

1998年1月と言えば、ウッズは66歳。さすがに歳をとってちょっと枯れた味わいが出てくる時期である。しかし、ウッズの場合はちょっと違う。やっと出力80%、高テクニックで吹き過ぎでちょっと五月蠅いとされたウッズのアルトが、やっと、その「吹き過ぎ」が緩和され、高テクニックで雄弁なアルトという塩梅になった。とにかく五月蠅くは無くなった(笑)。

さすがにこのパーソネルである。アルバム全編に渡って快調な演奏が続く。ウッズとグリフィンのユニゾン&ハーモニーにはグッとくる。ウォルトンのピアノは端正で流麗、ワシントンのベースは堅調。ライリーのドラムは実にハードバップ風で、グッドウィンのパーカッションは粋。

選曲も渋くて、スタンダード曲も知る人ぞ知る的な曲が多く、それだけでもなかなかに楽しめる。ウッズの自作曲も好調。単なるハードバップ・ジャズの同窓会的な演奏で終わること無く、1998年の時代ならではの、コンテンポラリーなハードバップな一面を聴かせてくれるところが、前進するミュージシャン、フィル・ウッズとして頼もしい限りである。

溌剌としたウッズのアルトは、春の季節の中で更に映える。雄弁なアルトは実にポジティブ。年齢を積み重ね、ちょっと余裕をかました、出力80%な、少し緩やかなウッズのアルトは凄く格好良い。僕の隠れ愛聴盤。

 
 

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2014年3月27日 (木曜日)

「スパニッシュ志向」なチック

チック・コリア(Chick Corea)は、スパニッシュ・テイストな音作りが個性。というか、チックはスパニッシュなジャズしかやらない、なんていう誤解に近い評価もあったりして、もっとちゃんとチックのアルバムを全部聴きなさい、ととある評論家には言いたくなる(笑)。

チック・コリアは、確かにスパニッシュ・テイストなジャズが得意ではある。が、徹頭徹尾、アルバムの頭から最後まで、スパニッシュ・テイストなジャズで通したアルバムは、実は数枚しか無い。アルバムに収録された何曲かはスパニッシュ・テイストなジャズなんてアルバムは沢山あるが、アルバム全体がスパニッシュ・テイストなジャズで満載なアルバムはなかなか無い。

先ずは『My Spanish Heart』(2011年2月6日のブログ・左をクリック)。1976年の作品。リリース当時LP2枚組のボリューム。1970年代中盤にリリースされた、コンテンポラリーなジャズ組曲なアルバム。タイトルから判る様に、チックの「スパニッシュ志向」を凝縮して、アルバムコンセプトとして、チックのコンポーザー&アレンジャーとしての才能を大いにふるった傑作アルバムである。

そして、2枚目が『Touchstone』(写真左)。1982年の作品。このアルバムもまた、徹頭徹尾「スパニッシュ志向」な内容で、1976年の『My Spanish Heart』の続編の様なアルバムである。とにかく、全ての曲でスパニッシュ・テイスト満載で、チック者にとっては堪らない内容。

当時のチックのレギュラーバンドに、ゲストとして、アコースティックギターとして、Paco de Lucia(パコ・デ・ルシア)、エレクトリックギターとして、Al Di Meola(アル・ディ・メオラ)を招聘しているところなんざあ、念が入っている。絶対にスパニッシュ・テイスト満載なアルバムを創るぞ、っていうチックの気合いが伝わって来る。
 

Chick_touchstone

 
それから、チックが「これ」というアルバムを創るときには、絶対に招集されるベーシスト、Stanley Clarkeもしっかりと参加している。そして、Return To Foreverなリズム&ビートを供給しているのは、やはりゲストとして招聘された、Lenny White。チックの奥さん、Gayle Moranの幻想的なスキャットもしっかりと入っている。

この参加ミュージシャンの顔ぶれを見ただけでも、このアルバムは、絶対に「スパニッシュ志向」な内容で統一されるのでは、という期待感を大いに持たせてくれる。そして、この『Touchstone』を聴けば、その期待は裏切られることは無い。素晴らしいスパニッシュ・テイストなジャズが、徹頭徹尾、展開される。

やはり、アコギのパコ、エレギのディメオラが効いている。この二人にスパニッシュ・テイストなギターを弾かせたら、それはもう絶品である。『My Spanish Heart』では、バイオリンやチェロなど、クラシックな弦楽器が大活躍だったが、この『Touchstone』では、パコのアコギ、ディメオラのエレギが大活躍。スパニッシュ・テイストな音作りには、弦楽器は欠かせない。

良い雰囲気のスパニッシュ・ジャズです。チック・コリアの面目躍如。しかし、このアルバム以降、しばらくの間、チックは、アルバム全体がスパニッシュ・テイストなジャズで満載なアルバムを創ることは無かった。だから、チックはスパニッシュなジャズしかやらない、なんていうのは大いなる誤解なんですよね。気を付けて下さい(笑)。

 
 

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2014年3月26日 (水曜日)

英国のフュージョン・ジャズの雄

英国では、ロックとジャズの境界線が曖昧である。クロスオーバー・ジャズからフュージョン・ジャズの時代、1970年代の英国では、突然、プログレッシブ・ロックのバンドが、クロスオーバー・ジャズやクロスオーバー・ジャズをやったりする。

かのプログレッシブ・ロックの雄、キング・クリムゾンもジャズからの影響をもろ受けているし、あのプログレの体育会系バンド、EL&Pのキース・エマーソンなどは、ビル・エバンスのインタープレイや、ソニー・ロリンズのセント・トーマスなど、ジャズの名曲からの引用をよくやったりする。

つまりは、プログレッシブ・ロック系、カンタベリー・ロック系のミュージシャンが、クロスオーバー・ジャズに手を染めることが多い。よって、英国ではロックとジャズの境界線が曖昧になる。英国では、優れたクロスオーバー・ジャズやフュージョン・ジャズは、よくよく聴くと、ロック・バンドがやってたりする。

ここに、Brand Xというバンドがある。英国を代表するジャズ・ロック(クロスオーバー・ジャズっぽいが)、及びフュージョン・ジャズのバンドである。1975年に、John Goodsall (g), Percy Jones (b), Robin Lumley (key) をオリジナル・メンバーとして結成されている。

結成当時、ドラマーをどうするかで色々人選するが、キング・クリムゾンのビル・ブラッフォードは契約の関係上、参加を見送り、結局、ジェネシスからフィル・コリンズが招かれている。このドラマーの人選の変遷を見ても、プログレッシブ・ロックとジャズの境界線は曖昧である。

このBrand Xというバンド、とにかくテクニックが凄い。しかも、英国のロック・バンド特有の黄昏時の様な「ほの暗さ」と「ウェット感」が漂っている。バカテクに情緒的な雰囲気を兼ね備えわせた、いかにも英国出身らしいフュージョン・ジャズのバンドである。

そんなBrand Xのライブ盤で『Livestock』(写真左)という優れものがある。1977年のリリース。1976年9月と1977年4月、8月のライブ音源を編集したもの。ちなみにパーソネルは、Percy Jones (b), Phil Collins (ds), Kenwood Dennard (ds), John Goodsall (el-g), Robin Lumley (key), Morris Pert (per)。
 

Brandx_livestock

 
冒頭の「Nightmare Patrol」などは、テーマやアドリブが終始一貫して情緒的で、かつダイナミックな展開を伴っており、この1曲だけ聴けば、この演奏は「プログレッシブ・ロック」と評して差し支えないだろう。しかも、相当なハイ・テクニックな演奏である。情緒的でダイナミックで長尺で高テクニック。これって、やっぱり「プログレ」やん(笑)。

しかし、リズム&ビートがロックっぽく無いところが面白い。ファンクネスやスイング感は皆無なんだが、オフビートなリズム&ビートは、ハイ・テクニックを前提としたフュージョン・ジャズを想起させる。そして、英国ロック独特のウェット感が堪らない。

John Goodsallのエレギは、ほとんど、アル・ディ・メオラである(笑)。Robin Lumleyのミニムーグとフェンダー・ローズが良い味を出している。プログレッシブ・ロックな展開をしつつ、演奏の個性はフュージョン・ジャズという、英国ならではの音世界が実にユニークで、聴いていてとても面白い。

2曲目の「Ish」以降、曲が進むにつれて、プログレ色は薄れていき、フュージョン・ジャズ色が色濃くなっていく。疾走感溢れるハイ・テクニックなフュージョン・ジャズと、情緒的でソフト&メロウなフュージョン・ジャズの要素が上手くミックスされていて、Brand X独特の個性を聴かせてくれる。

アルバム全編に渡って、高テクニック、高テンションでありながら、英国ロック独特のウェット感満載で、情緒的でダイナミックな展開が個性の素晴らしいライブ音源です。

日本ではあまり馴染みの無いBrand Xですが、1970年代のBrand Xのアルバムは、スタジオ録音盤、ライブ盤共々、優れた内容を誇るものばかりで、1970年代の英国のクロスオーバー・ジャズ、フュージョン・ジャズの状況を知る上で、欠くべからざる英国バンドのひとつです。

 
 

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2014年3月25日 (火曜日)

エバンスのホームグラウンド

ビル・エバンスは、彼の音楽遍歴の中で、節目となる時期には、必ず、ビレッジ・バンガードに帰って来る。そういう意味で、ビレッジ・バンガードは、ビル・エバンスのホームグラウンド的位置づけのライブ・ハウスである。

1974年、ビル・エバンスは、Fantasyレーベルと契約を結ぶ。その節目の時期に『Since We Met』(写真左)と『Re: Person I Knew』(写真右)の2枚のビレッジ・バンガードでのライブ盤を残している。パーソネルは、Bill Evans (p), Eddie Gomez (b), Marty Morell (ds)。1974年1月11,12日のライブ録音である。

エバンス+ゴメス+モレルのトリオは、1969年頃からの活動で、このビレッジ・バンガードでのライブ盤を出した時期は、1974年なので、既に5年余りが経過しており、その演奏内容は既に成熟の域に達している。ライブ収録されたどの曲も、ピアノ・トリオの演奏として素晴らしい出来である。

エバンスのピアノは、全体の傾向としてはアグレッシブなタッチではあるが、要所要所では繊細でリリカルな表現を織り交ぜていて、雄弁であり、バリエーションとメリハリ豊かなピアノである。聴き応え十分であり、ジャズ・ピアノのお手本として、聴きどころ満載である。

ゴメスのベースは太くて明確で、これまた雄弁。ゴメスが紡ぎ出すフレーズは、しっかりとエッジが立っていてメロディアス。ゴメスのベースは、エバンスのピアノと対等に渡り合う、柔軟かつ応用力のあるインプロバイザーである。とにかく、ベースラインが明確かつ雄弁。
 

Since_we_met_re_person

 
当初、叩きすぎなどと揶揄されたモレルのドラムは、ここに来て、エバンスのピアノとゴメスのベースとのバランスを良く考えた、良い塩梅なリズム&ビートを供給する。エバンスとゴメスのインプロビゼーションは明確にして雄弁。それに対して、叩きすぎず、少なすぎず、エバンスとゴメスのインプロビゼーションのリズム&ビートを支える、とっても良い塩梅のドラミングを繰り出して立派だ。

収録された曲を見渡すと、エバンスの自作曲と小粋なスタンダート曲とを上手く織り交ぜており、聴いていて楽しく、聴いていて興味深い。スタンダード曲については、エバンス独特の選曲基準があるみたいで、エバンスが弾いて「なるほど」と唸らせる、エバンスのピアノ、エバンスのアレンジが映えるスタンダード曲を上手く選曲している。

この『Since We Met』と『Re: Person I Knew』は、2枚一気に聴き通すことをお勧めする。それぞれに収録された演奏は甲乙付けがたい。どちらがどう、というものではない。1974年の節目の時期のビレッジ・バンガードのライブ音源として、一気に聴き通したい。

この1974年1月のビレッジ・バンガードのライブ以降、1980年9月15日に鬼籍に入るまで、ビル・エバンスのジャズメンの歴史としては、後期&晩年に当たる活動期になる。そういう意味でも、ビル・エバンスは、節目となる時期に、必ず、ビレッジ・バンガードに帰って来るのだ。

つまりは、この『Since We Met』と『Re: Person I Knew』の2枚のライブ盤は、そのビレバガに帰ってきた瞬間を捉えた、優れたライブ盤なのだ。このライブ盤は、エバンスのトリオ演奏として外せないライブ盤ですね。良い内容です。

 
 

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2014年3月24日 (月曜日)

アズベリー・パークからの挨拶

米国ルーツ・ロックが大のお気に入り。1975年の秋、Eric Clapton率いるDerek and the Dominosの『Layla and Other Assorted Love Songs』(邦題『愛しのレイラ』)を聴いて、スワンプなるロックの流行スタイルを意識して以来、米国のルーツ・ミュージックの要素を取り込んだロックがお気に入りである。

僕にとっては、ボブ・ディラン(Bob Dylan)からザ・バンド(The Band)の流れの米国ルーツ・ロックが一番のお気に入りでしょうか。このディランとザ・バンドの音世界は、様々な米国ルーツ・ミュージックの要素を巧みに取り入れつつ、しっかりと自分達の音楽に昇華させているところが良い。

このディランとザ・バンドの流れの米国ルーツ・ロックと来れば、僕の中では、その延長線上にこの人が来ます。この人とは、ブルース・スプリングスティーン(Bruce Springsteen)。1949年9月、アメリカ合衆国ニュージャージー州生まれ。今年65歳になるんですね。愛称は「ボス(Boss)」。以降、ボスと呼ばせていただきます。

さて、ボスの音世界の原点を確認するには、先ずは1973年のボスのデビュー作『Greetings From Asbury Park, N.J. 』(写真左)。このアルバムを聴けば、ボスの個性の基本が良く判ります。

邦題は『アズベリー・パークからの挨拶』。思いっきり直訳ですね。これなら邦題はあえていらないのでは(笑)。ジャケットのデザインもイマイチ。これでは、ちょっとインパクトに欠けるので、なかなか高セールスには直結しません。全米60位。小ヒットと言ったレベルです。
 

Greeting_from_ap_nj

 
しかし、このアルバムは、後のボスの個性を愛でる上で、絶対に避けてはならないアルバムです。アルバム全体のアレンジの傾向はフォーク調。「第二のボブ・ディラン」のキャッチフレーズで売り出したので、ちょうどディランの『The Freewheelin' 』辺りを目指している雰囲気ですが、先ず、ディランのコピーになっていないところが良い。

歌詞が字余りの節回しはディラン譲りだが、フォーキーなアレンジには、その背後にしっかりとロックンロールな雰囲気が漂っており、シンプルでフォーク・ロックなディランの音世界とは一線を画している。しかし、アルバム全体の音のコンセプトは、明らかに米国ルーツ・ミュージックの要素を効果的に取り込んでいて、ディラン〜ザ・バンド譲りの「米国ルーツ・ロック」の流れに乗ったものだと言える。

フォーキーなアレンジにロックンロールな雰囲気とくれば、「第二のディラン」というよりは、僕には「第二のザ・バンド」という風に感じる。まだ、このファースト盤では目立たないが、後のボスを含めたThe E Street Bandの音世界は、明らかに「第二のザ・バンド」と呼ぶに相応しい米国ルーツ・ロックの雰囲気満載である。

この『Greetings From Asbury Park, N.J. 』はボスのデビュー作として、ボスの個性の原点として愛でるに相応しいアルバムだと思います。ボス自身はSSW扱いでデビューさせられたこと、アルバム全体の雰囲気がフォーキーなところが、あんまり気に入らないらしいのですが、客観的に見て、このアルバムはボスの音世界の原点でしょう。

高校2年の頃、後輩Yが映研に持ち込んだボスのアルバムの中にも、この『Greetings From Asbury Park, N.J. 』はしっかりとありました。懐かしいですね。その歌詞を和訳して、若さ故の「苛立ち・挫折・悲しみ」といった感情を共有しつつ、じっくりと耳を傾けてました。シンプルで米国ルーツ・ロックなファースト盤。なかなかの聴きものです。

 
 

大震災から3年。決して忘れない。まだ3年。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから、復興に協力し続ける。 

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2014年3月23日 (日曜日)

クールな英国ブルース・ロック

Free(フリー)という英国バンドがあった。1967年の結成なので、このバンドも他の例に漏れず、ブルース・ロックを指向したバンドである。オリジナル・メンバーは、Paul Rodgers (vo), Paul Kossoff (g), Simon Kirke (ds), Andy Fraser (b, p)。

ブルース・ロックを指向したバンドではあるが、他のバンドの比べて個性的である。エレギが弾きまくるのが、英国ブルース・ロック・バンドの定番であるが、このフリーというバンド、確かにポール・コゾフが弾きまくる側面もあるが、その弾き方は一言で言うと「クール」。

テクニックの全てを尽くして弾きまくるんだが、そのアドリブの底には、冷静に演奏をコントロールするクールさが漂っている。サイモン・カークのドラムとアンディ・フレイザーのベースもクールだ。決して、叩きすぎず、弾きすぎず、リズム・セクションのリズム&ビートとして、他のブルース・ロック・バンドと比べて、とてもクールだ。

しかし、このセカンドアルバム『Free』(写真左)のリリース時、1969年10月時点で、ポール・ロジャースは19歳、ポール・コゾフも19歳。サイモン・カークは20歳。アンディ・フレイザーは17歳。平均年齢19歳弱の、もの凄い若さである。この若さで、この冷静なクールさは驚きである。

そんなクールなフリーは、このセカンド・アルバムの『Free』で、十二分に感じ取ることが出来る。このアルバムの基本はブルース・ロック。しかし、どの曲も凄く落ち着いた、冷静なコントロールが行き届いている。とにかく渋い。平均年齢19歳弱のバンドとは思えない。なんとも「老成した」クールさである。
 

Free_free

 
音数も少なめ。音の隙間と感覚をほど良くコントロールした、クールなブルース・ロックのオン・パレードである。そして、クールなブルース・ロックの底にソウルフルな雰囲気が見え隠れするところも、このフリーというバンドの個性だろう。僕にとっては、このクールさがたまらない。

ポール・ロジャースのボーカルも至ってクールだ。他のブルース・ロック・バンドの様に、力任せにシャウトしまくることは無い。適度に抑制されたクールなボーカルは、相当なポテンシャルを感じさせてくれる。そして、単純に「上手い」。

そして、とりわけ、このセカンド・アルバムで特筆すべきは、アンディ・フレイザーのベース。流れる様に唄う様に、印象的なフレーズを弾きまくるフレイザーのベースは驚異的だ。このフレイザーのベースが、現在に至り、定番の伝説として残らなかったことが不思議でならない。

もともと、日本ではフリーは何故か人気が無かった。ましてや、そのフリーのベーシストのアンディ・フレイザーなど、日本では完全に「知る人ぞ知る」ベーシストだった。というか、アンディ・フレイザーの名を知っているだけで「英国ロックのヲタク」と呼ばれた(笑)。

他のバンドの追従を許さない、音の隙間と感覚をほど良くコントロールした、クールなブルース・ロック。もっとちゃんと評価して欲しいなあ、このフリーというバンドのことを・・・。

 
 

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2014年3月20日 (木曜日)

ベニー・ゴルソンの印象が変わる

3月4日のブログ(左をクリック)で、「ベニー・ゴルソンを見直した」として、1962年12月の録音の『Free』をご紹介した。パーソネルは、Benny Golson (ts), Tommy Flanagan (p), Ron Carter (b), Art Taylor (ds)。フラナガン、ロン、テイラーの名盤請負リズム・セクションをバックにして、素晴らしいゴルソンのブロウだった。

その『Free』をご紹介したら、我がバーチャル音楽喫茶『松和』のお客さんから、このアルバムのゴルソンも良いよ、と教えて貰ったアルバムが、Benny Golson『Turning Point』(写真左)。おお、そうか、と感心しきり。さっそく、聴き直して見た。

1962年10月の30〜31日と11月1日の3日に渡るセッションからのスタジオ録音盤。ちなみにパーソネルは、Benny Golson (ts), Wynton Kelly (p), Paul Chambers (b), Jimmy Cobb (ds)。

『Free』でのピアノが「名盤請負人」のトミー・フラナガンなら、こちらの『Turning Point』でのピアノは、マイルスをして「彼は演奏に火をつけるマッチの様な存在」と言わしめた、ハッピー・スインガーのウィントン・ケリー。

そして、ベースは「ハードバップのファースト・コール・ベーシスト」と謳われたポール・チェンバース。加えて、ドラムは、当時、マイルス・バンドで活躍した、柔軟で幅のあるドラミングが個性のジミー・コブ。このケリー、チェンバース、コブの硬軟自在なリズム・セクションをバックにした、ゴルソンのご機嫌なブロウが聴きもの。
 

Turning_point

 
『Free』と比べて、ハードバップでハッピーなスイング感が心地良く、演奏全体の雰囲気が明るく、適度に躍動的。確かに、この『Turning Point』のゴルソンも良い、というか、このアルバムでのゴルソンは、ウネウネ・テナーのゴルソンでは無い。思いっきりハードバップした、力強く小粋なブロウを展開しまくる、硬派なガッツリ・テナーである。

スロー・バラードの、ゴルソン・オリジナルの「Dear Kathy」と、超ジャズ・スタンダードの「Stella By Starlight」が突出して良い出来だ。このバラード・プレイを聴くと、このテナー奏者がベニー・ゴルソンなんて、誰も思わないのでは無いか。

といって、ちょっとウネウネした、ちょっと息が漏れる様な、ゴルソン独特のブロウの特徴を聴くことは出来るので、もしやゴルソンのテナーでは、と思っても、ゴルソンのテナーだとは言い切れ無いほど、このゴルソン・オリジナルの「Dear Kathy」と、超ジャズ・スタンダードの「Stella By Starlight」のバラード・プレイは力強く、躍動的。

確かに、この『Turning Point』でのゴルソンは良い。加えて、ケリー、チェンバース、コブのリズム・セクションが、硬軟自在でハードバップな雰囲気を色濃く漂わせ、演奏全体の印象として、ハードバップの最高峰の演奏のひとつ、と思わず感嘆してしまう。

良いアルバムです。ゴルソンのテナーを愛でるのに、『Free』も良いが、この『Turning Point』は、『Free』の更に一枚上を行く、上々の出来の秀作です。1962年のベニー・ゴルソンは隅に置けませんね。

 
 

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2014年3月19日 (水曜日)

音楽喫茶『松和』の昼下がり・15

このアルバムは絶対に昼下がり向きだ。しかも、これからやってくる春爛漫な季節の昼下がりにピッタリだ。響きが美しく、ほのぼのとした、長閑ではあるが、しっかりとクールに「アート」している。聴いていて楽しく、そして、どこか物悲しさが底にある。でも、決して悲しくない。逆に、ポジティブですらある。

そのアルバムとは、Stan Getz & Kenny Barron『People Time : The Complete Recording』(写真左)。1991年3月、コペンハ〜ゲンにあるCafe Montmartreで録音されたライブ音源。テナーサックスのスタン・ゲッツとピアノのケニー・バロンとのデュオ。そのライブ音源のコンプリートBox盤。CD7枚組になる。

当初は、CD2枚組でリリースされた(写真右)。ジャズのCD2枚組にしては、ちょっと値が張るものだったので、入手に走るのは控えていた。そこにコンプリートBox盤が出るとの報。待っていて良かった。内容的には圧倒的にコンプリートBox盤の方が良い。

さて、このコンプリートBox盤、テナーのスタン・ゲッツの遺作になる。そのライブ録音の3ヶ月後、スタン・ゲッツは鬼籍に入る。1987年に肝臓癌で余命1年という告知を受けたスタン・ゲッツ。あらゆる癌治療を受け、なんとか命を保ちつつ、演奏活動を続けていく。そして、1991年3月。この素晴らしいライブ音源を残すに至る。

本当に癌に冒されているのか、と疑いたくなるような、力強く、情緒豊かで、伸びのあるブロウ。溢れんばかりのインスピレーションが素晴らしいアドリブ・フレーズの数々。唄う様な流麗な展開。このコンプリートBox盤でのブロウは、スタン・ゲッツのベスト・プレイだと断言したい。

CD7枚組の超弩級のボリュームだが、捨て曲は全く無い。どの演奏も素晴らしいものばかり。これって凄いことだ。1991年3月3日から6日までの、4日間のライブだったんだが、どの日のライブもその内容は素晴らしい。
 

People_time

 
1991年3月3日の1st セットと2ndセット、3月4日の1stセットと2ndセット、3月5日の1stセットと2ndセット、3月6日の7枚。どこから聴いても、素晴らしいゲッツとバロンのデュオが堪能出来る。当初、CD7枚組のボリュームって、ちょっとしんどいかな、と思ったがとんでも無かった。どのCDから聴いても十分にその演奏内容が堪能出来る、実に充実したCD7枚組である。

テナーとピアノのデュオなので、たった2台の楽器のみの演奏である。たった2台の楽器なので、その表現のバリエーションに限りがあって、演奏を聴き進めていくうちに、飽きが来るのでは無いか、と危惧するが、それはまさに杞憂に過ぎないことが直ぐに判る。

それほどまでに、テナーのゲッツとピアノのバロンの演奏表現がバリエーション豊か。硬軟自在、縦横無尽、変幻自在、音の濃淡が豊かで、間を活かしたタイム感覚豊かな展開。これがデュオの演奏なのか、と驚愕してしまうほどの音の豊かさ、演奏の幅の広さ。

演奏される曲もジャズ・スタンダード曲ばかりで、ゲッツのテナーのインプロビゼーションの煌めきと、バロンのピアノの伴奏の妙が、そんな二人のデュオなれではの個性が、しっかりと理解出来る。いやほんと、このスタンダード曲の選曲も実に良い。奇跡の様なライブ音源である。

響きが美しく、ほのぼのとした、長閑ではあるが、しっかりとクールに「アート」している。聴いていて楽しく、そして、どこか物悲しさが底にある。でも、決して悲しくない。逆に、ポジティブですらあるスタン・ゲッツの遺作。

このライブ音源が残って良かった。このライブ音源を聴く度に、僕達はスタン・ゲッツを追体験し、スタン・ゲッツを決して忘れない。これからやってくる春爛漫な季節の昼下がりに、しっかりとスタン・ゲッツを偲ぶのだ。さあ、Stan Getz & Kenny Barron『People Time』のヘビロテの季節がやって来た。

 
 

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2014年3月18日 (火曜日)

ニューヨークの溜息、日本の恋人

3月14日のブログ(左をクリック)で、Helen Merrill & Gil Evans『Collaboration』を採り上げた訳なんだが、早速、その元となった、Helen Merrill & Gil Evans『Dream Of You』(写真左)を久し振りに聴き返してみた。

改めて、この『Dream Of You』というアルバムは、「ニューヨークの溜息」と評され、今では大ベテランとなった女性ボーカリスト、ヘレン・メリルの秀作である。1956年7月と1957年2月の2回のセッションを収録している。

アレンジはGil Evans。そして、バック・バンドは、Oscar Pettiford (b), Hank Jones (p), Joe Morello (ds) のリズム・セクションをベースに、トランペットにはArt Farmerが名を連ねている。

ヘレン・メリルについて、ちょっと触れておこう。ヘレン・メリルはNY生まれ。両親はクロアチア人。1946年から1947年にかけて、ビッグバンドの一員として活動を始める。そして、1954年12月、初リーダー盤『Helen Merrill』、邦題『ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン』を録音。

この初リーダー盤には、トランペットにクリフォード・ブラウンが全面参加、クインシー・ジョーンズが編曲を担当。ヘレン・メリルの代表盤の一枚となった。特に「You'd Be So Nice To Come Home To」は名演中の名演として、つとに有名。

1960年11月、初の日本公演。1963年にも来日。1966年頃、結婚を機に日本に移住。幾枚か日本人ジャズメンとの共演盤をリリース。その後、離婚を経て、1972年には米国に帰国して音楽活動を停止するが、1976年に活動を再開。親日家であり、活動再開後は数多く来日、ライブ・コンサートを中心に活動している。「ニューヨークの溜息、日本の恋人」って感じですね。1930年生まれなので、今年で84歳になります。
 

Dream_of_you

 
このヘレン・メリルのキャッチフレーズ「ニューヨークの溜息」を、この『Dream Of You』では十二分に堪能出来ます。ミッド・テンポのメリハリのある曲が多く、ヘレン・メリルの歌唱が実に映える。当時、24歳の歌唱なので、声に張りがあって力がある。健康的なお色気も漂って、さすが、このアルバムでのヘレン・メリルは良い。

そして、そのヘレン・メリルの歌唱を更に際立たせるのが、ギル・エバンスのアレンジ。後のギル独特の音の重ね方と漂う様な音の展開は控えめなんですが、それでも、ちょっと聴くと、ギルのアレンジと判る強い個性。しかし、その強い個性をグッと押さえて、ヘレン・メリルの歌唱を際立たせるよう、一音一音に配慮が行き届いている。

それはそれで正解でしょう。なんせ、このアルバムって、ボーカリスト、ヘレン・メリルのリーダー盤ですからね。まずは、何はともあれ、ヘレン・メリルの歌唱が際立つのは当たり前と言えば当たり前。さすが、ギル・エバンス。プロフェッショナルな仕事をしっかりとしていますね。

ヘレン・メリルとギル・エバンスのコラボ盤なんですが、この盤は、あくまでヘレン・メリルの歌唱を愛でるのが中心のアルバムです。ギル・エバンスのアレンジは、あくまで歌伴のアレンジに徹しているということで、余り目立つことはありません。

そこが良いんですけどね。でも、良い雰囲気の女性ボーカル盤です。春を迎えつつある、この季節にピッタリですね。

 
 

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2014年3月17日 (月曜日)

音楽喫茶『松和』の昼下がり・14

バッハの楽曲をジャズにアレンジして、一世を風靡したピアニストがいる。ジャック・ルーシェ(Jacques Loussier)。フランスのピアニスト兼作曲家である。

まだ、岡山の中学に通っていた頃の思い出なので、1972年のことではないかと思う。お袋がステレオが欲しいと言ったら、親父が安いチープなモジュラー・ステレオというものを買ってきた。親父は倹約家で、音楽などには全く興味の無い人だったので、まあ仕方の無いことなんだが、とにかくステレオというものが家に来た。

そして、生まれて初めてFM放送なるものを聴く。音が良い、音がステレオ、聴くのはタダ、これは凄いなあと思った。そして、ある日、流れてきた演奏がちょっと変な感じだった。流れてくる演奏の基本はバッハ。旋律はバロック音楽なんだが、ドラムとベースが伴奏に入っている。ビートはオフビート。クラシックの番組だったが、あれれ、これってジャズですよね。

その時、初めて、ジャック・ルーシェの名前を知った。そして、そのアルバムの名前も知った。『Play Bach, Vol. 1』である。当時はまだまだクラシック絶対主義の時代。クラシックはアカデミックで良い音楽だが、ジャズは不良の音楽とされた。でも、これって、「音楽の父」にしてクラシック音楽の頂点に君臨するバッハの楽曲を、ジャズにアレンジしたものではないのか。これって、良い音楽なのか、悪い音楽なのか(笑)。

この『Play Bach』シリーズは、バッハの楽曲をジャズにアレンジして演奏したもの。テーマ部はバッハの楽曲に忠実に旋律を展開し、バッハの楽曲のまま、展開部に突入したり、バッハの楽曲には関係無く、ジャズよろしくアドリブ部に展開したり、アレンジはいろいろなんだが、バッハの楽曲の主旋律の部分は、基本的に忠実に展開している。今の耳で聴けば、アレンジの方式は単純である。
 

Play_bach

 
でも、1960年代から1970年代前半、これが良かった。このバッハの楽曲をシンプルなアレンジで、どんどんジャズ化していく。これはウケた。様々なバッハの楽曲をジャズ化し、トータルで600万枚を売り上げた(Wikipediaより)というから、凄いもんだ。

確かに聴き易い。元がバッハの楽曲なので、バロックの芳しき敬虔な響き、荘厳な響きが漂い、そこにオフビートのジャジーなリズム・セクションが絡む。ジャジーな俗っぽいリズム・セクションに乗って、バロック音楽の高尚な旋律を、これまたオフビートなタッチで、ピアノのソロが展開する。このバロックとジャズの対比が心地良く響く。

僕はこの『Play Bach』シリーズについては、午後の春の日差しを窓に見ながら、何にも考えずに、ぼーっとしながら聴くのが良いと思っている。ウトウトしながら、バッハの有名な曲の旋律に「ニンマリ」反応しながら、シンプルなオフビートに身を委ねる。難しいことを考える必要は全く無い。それが、この『Play Bach』シリーズの良さ。

『Play Bach』シリーズは、ライブ盤を含めて6枚ほどあるが、聴きどころとしては、頭の3枚『Play Bach, Vol. 1』(写真左)、『Play Bach, Vol. 2』(写真真ん中)、『Play Bach, Vol. 3』(写真右)が良いだろう。どれもがバッハの楽曲のジャズ化なので、演奏的にはほどんと変わらない。どれを聴いても、良い意味で「金太郎飴」である。

時には、難しいことを考えずに、単純に演奏に身を委ねることの出来る『Play Bach』シリーズの様なアルバムも、時には良いもんだ。バロック音楽、バッハの楽曲は春の季節に良く似合う、って感じるのは僕だけかなあ。 

 
 

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2014年3月16日 (日曜日)

テディ・ウィルソンの想い出

ジャズのアルバムの中には、大雑把に分けて、ジャズという音楽芸術として歴史的に重要かつ貴重な音源と、純粋に音楽として聴いて楽しく、感動を覚える音源とがある、と常々思っている。

困ったことに、この2つの類の音源がイコールとなる場合とならない場合がある。つまり、ジャズという音楽芸術として歴史的に重要かつ貴重な音源は、必ずしも、純粋に音楽として聴いて楽しく、感動を覚えるとは限らない、逆に、純粋に音楽として聴いて楽しく、感動を覚える音源は、必ずしも、ジャズという音楽芸術として歴史的に重要かつ貴重な音源とは限らない、ということが時として起こる。

この辺が、ジャズを聴き始めた頃は良く判らない。ジャズ盤の紹介本でも、この辺のところがごった煮に書かれていて、ジャズ者初心者としてはかなり戸惑う。酷い時にはジャズが嫌いになり、ジャズから離れていく。

つまり、ジャズという音楽芸術として歴史的に重要かつ貴重な音源は、必ずしも、純粋に音楽として聴いて楽しく、感動を覚えるとは限らないというアルバムに遭遇した時、どうするか、である。で、どうするか。ジャズ者初心者の頃は「決して無理はしない」。

ジャズ者初心者であっても、聴いたまま、感じたままが大事であって、他者の評論は参考にはしても鵜呑みにしてはいけない。逆に、その音源に関する、その時点で定まっている歴史的評価は、先ずは正と理解し、直感で歴史的評価を否定することは控える。その歴史的評価が正しいかどうかは、いろんなジャズを聴き、ジャズの歴史やスタイルを勉強して、それから自らが判断することである。

なんて、ちょっと小難しいことを思い出した。その切っ掛けになったアルバムが『Teddy Wilson & His All-Stars Vol.1』(写真左)。僕がジャズ者初心者の頃に手を出して、散々に悩みまくったアルバムである(笑)。懐かしいなあ。今回のリイシューで、CDとして改めて入手した。

このアルバムは難度が高い。ネット上のアルバムの紹介文には「スイング・ジャズ・ピアニストの第一人者、テディ・ウィルソンがキラ星のごときメンバーと吹き込んだ通称ブランズウィック・セッションをCD化」とある。その紹介文はこう続ける。「テディ・ウィルソンの香り高いピアノのサポートを受け、ビリー・ホリデイ、ベニー・グッドマン、ジョニー・ホッジス、ロイ・エルドリッジ等が最高の演唱を聴かせる」。
 

Teddy_his_allstars_vol1

 
これが、ジャズ者初心者の僕には判らない。まずもって、ビリー・ホリデイ、ベニー・グッドマン、ジョニー・ホッジス、ロイ・エルドリッジなどといったジャズメンの演奏を聴き込んだことが無い。最高の演唱を聴かせる、と言われても、何が最高かが判らない。まあ、今から思えば、そんな状態でこのアルバムを聴いて、何かを感じ、このアルバムを評価しようと思うこと自体に無理があったなあ、と思う。

1935〜37年の録音なので音も良くない。古い鉱石ラジオでAM放送を聴く様な、ナロウで中域中心の音。これだけでも、ジャズ者初心者としては心が折れる。しかも、ジャズのスタイルは「スイング」。ジャズ者初心者の頃は、ビ・バップですら重荷なのに、あの頃、ジャズ者初心者の僕には当然、「スイング」はチンプンカンプンだった(笑)。

今の耳で聴くと、テディ・ウィルソンの小粋で洒落たピアノは素晴らしいと思うし、ベニー・グッドマンのクラリネット、ジョニー・ホッジスのテナー、ロイ・エルドリッジのトランペットも聴き分けられるし、若かりし頃のビリー・ホリデイの歌唱も何とか判る。モダン・ジャズの源を成す演奏の数々である。

確かに、1935〜37年のスイング・ジャズの成果として、この音源は貴重だ。でもなあ、音が悪いし、誰もが聴いて、純粋に音楽として聴いて楽しく、感動を覚える類の演奏では無い。理解するには、いろいろとジャズを聴き、ジャズの歴史の勉強をする必要がある。

まあ、ちょっと小難しいことを書いてしまったが、『Teddy Wilson & His All-Stars Vol.1』というアルバムは、ジャズ者初心者向けのアルバムでは無いということ。聴いても良いが、直感的に、このアルバムの内容を否定することは避けて欲しいな、とは思う。

懐かしいなあ、この『Teddy Wilson & His All-Stars Vol.1』と出会った時の事を思い出す。ジャズ盤紹介本を読み、このアルバムの評論文を読んで、こんなに歴史的に優れた録音とされるアルバムを自分は理解出来ないのか、と焦りに焦った。当時は、誰も教えてくれないからな(笑)。

でも、ジャズを嫌いにならなくて良かった。ジャズを嫌いにならなかった理由は、テディ・ウィルソンのピアノである。録音状態の悪い中、テディ・ウィルソンのピアノの小粋で洒落たフレーズは判別できた。それは明らかに「モダン・ジャズ」の優れたインプロビゼーションであり、テディ・ウィルソンの素晴らしい個性であった。

 
 

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2014年3月15日 (土曜日)

春から初夏にかけての高中正義

「夏だ、海だ、高中だ」という、今から思えば、えらく偏ったキャッチフレーズだと思うんだが、1970年代後半から1980年代にかけて、高中のギター・インストと言えば「夏」そして「海」、というイメージで押し通した。

確かに、高中正義の演奏って、季節をイメージすることが出来る、音の色彩が豊かなものが多いと思っています。恐らく、ギターの使い分け、ギターの音色の豊かさ、そして、表現力を支える高いテクニックが、それを可能としているんだと思います。

では、高中正義のギター・インストのアルバムの全てが「夏」御用達なのか、と言えば、僕としては「No」。例えば、この高中正義『T-WAVE』(写真左)については、僕にとっては「春」から「初夏」にかけてよく聴くアルバムなのだ。

さて、この『T-WAVE』というアルバムは、1980年6月のリリース。前年の1979年に、あのインスト名曲の「BLUE LAGOON」を収録した『JOLLY JIVE』をヒットさせ、続く『SUPER TAKANAKA LIVE !』を1980年3月にリリース。これまたヒットして、ギター・インストの雄として、高中正義の人気が定着した後、満を持してリリースしたスタジオ録音盤である。

冒頭の「EARLY BIRD」が、この『T-WAVE』というアルバムの雰囲気を代表している。今やアンティックとなった、アナログな目覚まし時計のベルが鳴り響き、イントロでピアノが気持ち良く響き、その後、高中のギターが滑り出てくる。ロックを基調としたインスト・ナンバーでありながら、雰囲気は実にポップ。聴き易くノリ易い。
 

T_wave

 
そして、3曲目には、高中の専売特許となりつつあったマンボ・ナンバー『MANBO No.6』が炸裂する。思わず、口元が緩む。マンボ・ナンバーって、変にアレンジすると、思いっきり俗っぽくなってしまうんだが、高中はそこのところを上手くコントロールする。俗っぽくなる一歩手前で、ユーモアで包んで、小粋な展開に持ち込む。上手いなあ。

4曲目「CRYSTAL MEMORIES」やラストの「Le Premier Mars」は、当時、1980年の流行だった、ソフト&メロウなフュージョン・ジャズなテイストのインスト・ナンバー。優れたアレンジもさることながら、高中のエレギが実に良い音を出している。この2曲は秀逸だ。非常に内容のあるフュージョン・ジャズなナンバーである。

「CRYSTAL MEMORIES」のイントロのヴォリューム・ペダルの使い方が上手い。思わず、顔を上げ目を見張る。「Le Premier Mars」の明らかにストラトの音が凄くクール。高中はギターの使い分けが上手い。確かに、この曲のフーレズはストラト向きだ。

僕にとって、この『T-WAVE』は、春から初夏にかけてのヘビロテ盤の一枚。恐らく、冒頭の「EARLY BIRD」と、この4曲目「CRYSTAL MEMORIES」やラストの「Le Premier Mars」のフュージョン・ジャズなテイストのインスト・ナンバーの存在が、僕の中で、春の雰囲気にピッタリと合うんだろうな。

アルバム・ジャケットのデザインは、あんまし良くないなあ(笑)。ハメコミで金髪外人美女にオープン・カー。趣味が悪いし、安直だ。このジャケット・デザインだけが問題だけど、このアルバムは、高中正義を代表する一枚だと思います。

 
 

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2014年3月14日 (金曜日)

ビッグバンド・ジャズは楽し・26

ジャズには「再会セッション」なんて言葉もあるが、このアルバムは、そんな言葉を超越している。『Dream Of You』(写真右)というアルバムで共演して以来、30年を経過してリメイクしたアルバムである。

そのアルバムとは、Helen Merrill & Gil Evans『Collaboration』(写真左)。1987年8月の録音。ヘレン・メリルとギル・エバンスとの共演は『Dream Of You』というアルバムでのセッションで、1957年2月以来のことになる。つまり、30年ぶりの共演になる。

しかも、この再会セッション『Collaboration』の収録曲がふるっている。『Dream Of You』の7曲目「You're Lucky to Me」が、このリメイク盤『Collaboration』では、1曲目の「Summertime」に代わっただけで、『Collaboration』の「Summertime」以外の11曲は、33年前の『Dream Of You』の収録曲と同じ。惜しいかな、収録された曲の曲順はちょっと違うんだけどね。

アルバムの作りとしては、ギル・エバンスが編曲した、ギル・エバンス・オーケストラをバックにして、ヘレン・メリルが唄いまくるという、1957年の『Dream Of You』と同じコンセプト。しかし、ギルのアレンジとオーケストラの演奏は全く違う。『Collaboration』の収録時の1987年の最先端をいくアレンジとオーケストラの演奏。

そんなモダンなジャズ・オーケストラの演奏をバックに、「ニューヨークの溜息」ヘレン・メリルが唄いまくる。ヘレンは1930年生まれなので、この『Collaboration』を録音した時は57歳。もうジャズ・ボーカリストとして、ベテラン中のベテランである。このアルバムでは、実に余裕のある、滋味溢れる歌声を聴かせてくれる。
 

Helen_gil_collaboration

 
しっとりとしたバラード曲が多いので、ちょっと地味な印象を受けるかもしれない。メリハリに欠けるという印象を持たれるかもしれない。しかし、ギル・エバンスの歌伴アレンジを活かし、愛でるには、このしっとりとしたバラード曲が、ゆったりとした余裕のある展開が絶対に必要なのだ。これはこれで正解なのである。

加えて、僕はジャズ・オーケストラとしては、このギル・エバンス・オーケストラの音が大好きなのだが、このヘレン・メリルとの共演盤でも、ギルのアレンジ、ギル・エバンス・オーケストラの演奏は、全く揺るぎが無い。ヘレン・メリルとの共演だからといって、ヘレンに迎合しているところの微塵も無い。ギル・エバンス、我が道を行くである。ギル・エバンス・オーケストラの音としては、全く申し分無い。

そのギル・エバンス、我が道を行く、というアレンジとオーケストラの演奏に相対して、ヘレン・メリルもこれまた、ヘレンの個性全開の、ヘレン・メリル、我が道を行く、という歌唱を聴かせてくれる。ギル・エバンスのアレンジに、オーケストラの演奏に迎合しているところの微塵も無い(笑)。

そうなれば、アルバム全体の演奏と歌唱は、バラバラな散漫な印象になりそうなんだが、そうならないところに、ギル・エバンスとヘレン・メリルの職人気質と意気軒昂さを感じる。この『Collaboration』での、ギルとメリルの再会セッションは爽快であり、健気である。

非常に充実した内容ではあるが、ジャズ・オーケストラをバックにしたジャズ・ボーカル盤としては、個性的で異色な響きを併せ持つ、唯一無二なアルバムである。このアルバム全編に渡る「個性的で異色な響き」をどう感じるかで、このアルバムの評価は変わるでしょうね。僕はこのアルバムの音世界、好きです。

 
 

大震災から3年。決して忘れない。まだ3年。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから、復興に協力し続ける。 

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2014年3月13日 (木曜日)

ジャケットに怯んではならない

昔、ジャケットに驚いて、一度は断念したアルバムである。それほど、このアルバムのジャケットは酷い。どうしたらこうなるのか、このジャケットをデザインした人、このデザインを採用した人に訊いてみたい。

Bill Evans 『Symbiosis』(写真左)。このジャケット・デザインは酷い。恐らく、ジャズのアルバム・ジャケットのワースト10に絶対入るであろう、そのケバさ、その趣味の悪さ。それでも、このアルバムは、かのモダン・ジャズ・ピアノの祖、ビル・エバンスのアルバムである。

しかも、このアルバム、タイトルは中身を語る。「Symbiosis」とは、和訳すると「共存、共生」。ビル・エバンスとオーケストラとの共演である。1974年2月の録音。ビル・エバンスは、オーケストラとの共演作を作りたくて仕方が無い。しかし、当時契約していたファンタジー・レコードには金が無い。でも、エバンスはどうしてもオーケストラとの共演作を作りたくて仕方が無い。

そんな予算的な問題をドイツのMPSレーベルが請け負うことになり、米国からは遠く離れた欧州からのリリースとなりました。ということで、このアルバム、商業的な成功には全く無縁だったそうです。でも、欧州のレーベルからのリリースが売れなかった理由じゃないでしょう。絶対にこのアルバム・ジャケットが原因だ(笑)。

しかし、内容はと言えば、それはそれは素晴らしいものです。オーケストラのアレンジは、クラウス・オガーマン。このオガーマンのアレンジが実に良く出来ている。エバンスのアコピ、エレピを全面に押し出し、エバンスの個性をしっかりと聴かせる、ジャズにおけるオーケストラの伴奏の王道を行く、古さを感じさせない、クールでお洒落なアレンジです。
 

Bill_evans_symbiosis

 
そして、このオガーマンのオーケストラをバックに、ビル・エバンスが、アコースティック・ピアノとエレクトリック・ピアノの両方を上手く使い分けつつ弾きまくります。それはそれは、気持ちよさそうに、アグレッシブに弾きまくります。これだけ、流麗に抑揚を付けて弾きまくるエバンスも珍しい。よっぽど嬉しかったんでしょうね、オーケストラとの共演が・・・。

オーケストラに乗った、エバンスの演奏の基本は、勿論、エバンス・トリオ。ベースはエディ・ゴメス(Eddie Gomez)、ドラムは、マーティ・モレル(Marty Morell)。特に、このオーケストラの共演で素晴らしい演奏を聴かせてくれるのは、エバンスのエレピ。このアルバムでのエバンスのエレピは秀逸。

あまり語られることが無いのだが、エバンスのエレピは素晴らしい。エバンスは、アコピとエレピで、明らかに弾き方を変えている。特に、エレピについてはエレピ用の弾き方する。このエレピ用の弾き方が秀逸。エレピの響きを活かしつつ、アドリブ・フレーズが間延びしないような運指が素晴らしい。惚れ惚れする。

ジャケットにびびってはいけません(笑)。このアルバム、そのジャケット故に、セールス的にはあまり振るわず、廃盤状態になりがちなアルバムです。しかし、ビル・エバンス者には勿論のこと、ジャズ・ピアノ者の方々にも、是非とも聴いて頂きたいアルバムです。これほど、エレピ、アコピがテンション良く、心地良く響くアルバムはなかなかありませんぜ。

 
 

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2014年3月12日 (水曜日)

サンタナ=ロック+フュージョン

SANTANA(サンタナ)の『MoonFlower』(写真左)。1977年のリリースになる。ライヴ音源とスタジオ録音の新曲が混在した、変則的な内容の二枚組LPだった。1977年は僕は浪人時代。当然、LPの新譜を購入するなって御法度。次の年、1年遅れての入手と相成った。

この『MoonFlower』というアルバム、手にした頃から数えて早36年。サンタナのアルバムの中で、結構、お気に入りの部類のアルバムである。『Festival』発表直後と思われるライブ音源とスタジオ録音からなる二枚組LP。ライブ音源8曲と新録スタジオ曲8曲をミックスしている。このミックス度合いがなかなか良い。

そして、まずはライブ音源である。ハードではあるが、演奏全体の印象は「大人のロック」。インプロビゼーションの展開を聴いていると、ロックと言うよりは「ジャズロック」若しくは「フュージョン」である。音はハードであるが、演奏自体は余裕のある展開。ガツガツしていない。メリハリが効いて、やり過ぎぬよう適度に抑制されている。

例えば、有名な「Black Magic Woman〜Gypsy Queen」。ハードだが喧しくない。元々はラテン調の「俗っぽい」曲なんだが、このライブ演奏は俗っぽく無い。リズム&ビートがタイトでオフビートな分、ジャズロック的な雰囲気が濃厚。良い演奏だ。

例えば、これまた有名なインスト曲「哀愁のヨーロッパ」。このライブ演奏も基本はハード。しかし、バラードチックで余裕のある展開が実に魅力的に響く。アレンジがフュージョン・ジャズ。ジャズロックというよりは、これはもうフュージョン・ジャズである。
 

Santana_moonflower

 
ラストのライブ音源「セイヴァー〜祭典」は圧巻。中間部のパーカッションのソロを含めた約13分間のライブ音源は、徹頭徹尾、ハイ・テンション維持したまま、バンド全体で一体となって駆け抜ける様な、疾走感溢れる名演。サンタナらしい、サンタナならではの名演である。

さて、新録スタジオ曲はと言えば、これはもうソフト&メロウなフュージョン・ジャズの楽曲である。それまでのサンタナとはちょっと異質な、ソフトなタッチの洒落た楽曲である。大人になった「野生のサンタナ」である(笑)。でも悪く無い。しかし、デビュー盤からのサンタナ・ファンからすると戸惑うだろうなあ。

サンタナのAORなフュージョンである。趣味が良いというか、雰囲気が良いというか、僕はなかなか気に入っている。そんなスタジオ録音の楽曲の中で「シーズ・ノット・ゼア」はゾンビーズのカヴァー。シングル・カットされて全米27位に達した。良い雰囲気の演奏だ。

日本での当時の評判はイマイチだったと記憶するが、米国では10位、英国では7位を記録した。英米ではヒットしたLP2枚組である。日本人写真家、白川義員氏の幻想的且つ神々しい雲海の写真を効果的に配したジャケットも秀逸。

この『MoonFlower』というアルバム、手にした頃から数えて早36年。サンタナのアルバムの中で、結構、お気に入りの部類のアルバムである。

 
 

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2014年3月11日 (火曜日)

聴いていて楽しいジャズ・ピアノ

エロル・ガーナーのピアノは、最初は全く判らんかった。彼のピアノは、ビ・バップ以降、バド・パウエルが確立した「モダン・ジャズ・ピアノ」の流れには全く乗っていない訳で、ということは、ガーナーのピアノは、ビ・バップ以降の「モダン・ジャズ」としての特徴を兼ね備えてはいない。

エロル・ガーナーの個性は、スイング・ジャズを踏まえたピアノだったり、当時の流行の弾き方だったブギウギ・ピアノであったり、スライド・ピアノであったりする。つまりは、モダン・ジャズの基となった、モダン・ジャズ以前の、モダン・ジャズの要素となった、ポップで大衆的なピアノの響きなのである。

そんな判り難い個性を、なんとか判り易く聴き分けることが出来るアルバムがある。Erroll Garner『The Most Happy Piano』(写真左)。1956年6月と9月の録音。ちなみにパーソネルは、Erroll Garner (p), Al Hall (b), Specs Powell (ds)。ガーナー以外のベースとドラムは、僕には馴染みが全く無い。

「ビハインド・ザ・ビート」と呼ばれる独特のピアノ・スタイルが、エロル・ガーナーの売りなんだが、この『The Most Happy Piano』では、この「ビハインド・ザ・ビート」が良く判る。「ビハインド・ザ・ビート」とは、左手でビートを刻み、右手のメロディーが、左手のビートから若干遅れて出てくる弾き方。弾き方というか、エロル・ガーナーの場合は、自然発生的にこの弾き方になっている。これが、このアルバムでは良く判る。
 
 
The_most_happy_piano
 
 
その「ビハインド・ザ・ビート」を駆使しつつ、スイング・ジャズを踏まえたピアノや、当時の流行の弾き方だったブギウギ・ピアノや、スライド・ピアノを弾きまくる。遅れて出てくる右手のメロディーも、このアルバムでは、意外と端正に弾き進めていて、演奏全体が聴き易くなっている。いわゆる「ハッピー・スインガー」としてのエロル・ガーナーのピアノの個性が、とても良く判る。

エロル・ガーナーのお勧め盤としては、『Concert By The Sea』(2014年2月21日のブログ)や『Contrasts』(2011年6月16日のブログ)が挙げられることが多いが、意外とこの『The Most Happy Piano』がお勧めかもしれない。特に、ジャズ者初心者の方には、聴き易くて取っ付き易い内容となっています。
  
日本のジャズ・シーンでは、「バド・パウエル」がジャズ・ピアノの祖としてもてはやされており、「バド・パウエル」の影響を全く受けないエロル・ガーナーは「異端」とされた。技を主体とする「バド・パウエル」は正統であり、「聴かせる」エンタテインメントの「エロル・ガーナー」は異端とされた。

そんな異端のジャズ・ピアニストであるエロル・ガーナー。しかし、この『The Most Happy Piano』を聴けば、エロル・ガーナーのピアノは、エンタテインメント性の高い、聴いていて楽しいピアノ。難しいこと無しに、聴き流す感じで聴けば、違和感は全く感じることはありません。

ちなみに、このエロル・ガーナーって、あの俳優・映画監督のクリント・イーストウッドが最も愛するピアニストの一人だそうです。イーストウッドってジャズが好きなんでしょうね。渋いなあ。
 
 
 

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2014年3月10日 (月曜日)

ジャケ買い「海外女性編」その9

デビュー当時のザ・スクエア(The Square)は「馬鹿テク、爽快、気持ちいい」。これが、デビュー当時のスクエアの良さ。

セカンド盤では、余裕のあるテンポでの余裕のある展開。ギンギンにテンションを張ること無く、ゆったり余裕をもって、ちょっと硬派ではあるが、基本的にはソフト&メロウなフュージョン・ジャズを展開。それでいて、ジャジーな雰囲気は希薄で、どちらかと言えば、ロックな雰囲気が強い。では、ロック・インストかと問われれば「否」と答える微妙な立ち位置。

そして、このサード盤『Make Me A Star』(写真左)である。1979年6月のリリース。さあどうだ、このジャケ写。当時はLPサイズである。このビキニの迫力、長い足の誘惑。僕達は大学2回生、大学時代真っ只中。このアルバムは、結構、皆、こっそりと持っていた(笑)。このハーフの女の子の健康美溢れるビキニのジャケ写、当然、手に入れて、当然、部屋に飾っていた(笑)。

さて、このザ・スクエアのサード盤、この健康美溢れるビキニのイメージとは全く関係無く、ジャジーな雰囲気から更に離れて、ポップ・インストっぽく、加えて、ファンクネスの適用が特徴の、ポップ&ファンキーなフュージョン・ジャズを展開している。あれれ、前作のソフト&メロウなフュージョン・ジャズはどこへ行った?(笑)。

ジャジーな雰囲気が希薄なザ・スクエア。故に、ザ・スクエアはジャズじゃない、フュージョンじゃないと揶揄されたりした。が、そこでジャジーな雰囲気を色濃くして、世間に迎合する様なザ・スクエアでは無い(笑)。

逆に、よりジャジーな雰囲気をそぎ落として、よりポップな展開を重視し、日本人独特の乾いたファンクネスを導入。しかし、このファンクネスが個性的。乾いてあっさりスクエアなファンクネスとでも形容したら良いだろうか。ファンクネスと言われて、パッと頭に浮かぶファンクネスでは無い。
 

Make_me_a_star

 
ポップな雰囲気のインストは、まるで「ロック・インスト」の雰囲気バリバリなんだが、リズム&ビートが、乾いているので良く聴かないと判らないが、しっかりとジャズ系のオフビートしているので、ポップなギターインストな展開にも関わらず、ロック・インストっぽくはならない。この辺が、ザ・スクエアの面白いところ。冒頭の「Mr. Coco's One」がその雰囲気を象徴しています。

ゆったりとした劇的な展開のバラード曲、6曲目の「I Will Sing A Lullaby」などは、余裕のある展開と素晴らしいバカテク演奏で、このアルバムの聴きものの一曲です。4曲目の「Stiff Nails」の躍動感溢れる展開も捨てがたいですね。

1978年から1979年当時、純ジャズからフュージョン・ジャズへの転身組として、渡辺貞夫や日野皓正がいた。フュージョン・ジャズのグループとしては、ネイティブ・サンやカシオペアがいた。フュージョン・ロックとしては、高中正義や四人囃子がいた。

そんな中で、独特な音世界と立ち位置で個性を発揮したザ・スクエアではあるが、そんなちょっと微妙な立ち位置が故に、ザ・スクエアはなかなかビッグな人気を獲得するに至らなかった。とにかくマニアックで、ちょっと捻った個性は、填まるととことん、なんですけどね〜。

それでも、このジャケットは良かった。ハーフの女の子の健康美溢れる、迫力あるビキニのジャケ写。裏ジャケットのサイドからのジャケ写も魅力的で、このジャケ写の「スラッとした足」も魅力的で、このアルバムのジャケットも「脚線美の誘惑」の一枚である。懐かしいなあ。LP、取っておけば良かった(笑)。

 
 

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2014年3月 9日 (日曜日)

ビッグバンド・ジャズは楽し・25

ビッグバンド・ジャズの世界にも、あまりに個性的で、異端な音世界、尖った音世界というのは存在する。

ジャズの世界では異端中の異端。ジャズ・オーケストラを主宰しつつ、土星からやって来たと公言し、何故か独自の「宇宙哲学」を展開、独特のパフォーマンスで一目置かれる様になった。そんな独特の個性を鑑み、誰が名付けたか「大宇宙の巨匠」サン・ラ(Sun Ra)。バンドリーダー、ピアノ、シンセサイザー奏者である。

なんだか宗教家か思想家の風情なので、どうにも取っ付き難いのではあるが、そのジャズ・オーケストラの個性があまりに個性的過ぎて、どうしても無視出来ない存在である。サン・ラのジャズ・オーケストラは、いかにもジャズらしい、思いっきり尖った個性が特徴。

思いっきり尖った個性を持つサン・ラ・アーケストラ(サン・ラの主宰するビッグ・バンドの名前)なので、尖りすぎたアルバムから入ると火傷する。で、入り易いアルバムはどれか、と思いを巡らしたら、このアルバムに行き着いた。『The Futuristic Sounds Of Sun Ra』(写真左)。Savoyに残した1961年10月録音のアルバムである。

1961年と言えば、ジャズとしてはハードバップ後期。ファンキー・ジャズやモード・ジャズが、ポスト・ハードバップとして、もてはやされた時代。そんな時代に、このサン・ラ・アーケストラは、その独特の個性を発散させていた。
 

The_futuristic_sounds_of_sunra

 
バップ・ジャズを基本に、アバンギャルドな要素とワールド・ミュージック的なリズム&ビートを織り交ぜていく。ユニゾン&アンサンブルは、ジャズ・オーケストラの標準である正統なもの。間を活かした展開は独特のものがあり、メインストリーム・ジャズの正統な響きとフリー・ジャズのアバンギャルドな響きが上手くミックスされた、ジャズ界では唯一無二の個性を聴かせてくれる。

サン・ラというと、どうもアバンギャルド・ジャズの権化として、その独自の「宇宙哲学」と宗教家か思想家の風情、パフォーマンスから、ジャズ界では完全に「ゲテモノ」扱いされているが、サン・ラの諸作をちゃんと聴くと、サン・ラの音楽は決して「ゲテモノ」では無いことが良く判る。

そうそう、サン・ラの音楽について、チャールズ・ミンガスの音世界が受け入れられるのなら、サン・ラの音楽は全く問題無く受け入れられる、とネットで誰かが評していたが同感である。特に、この『The Futuristic Sounds Of Sun Ra』は、サン・ラの諸作の中でも、サン・ラの音世界を体験するのに、取っ付き易いアルバムの一枚である。

不思議なユニゾン&ハーモニーの響き、それでいて、しっかりと伝統に根ざしたバップ・ジャズを基本とし、インプロビゼーションの展開になると、要所要所に良いアクセントの様に、アバンギャルドな響きの展開が実に効果的。といって、決して、アバンギャルドに偏らず、それでいて、決して、伝統的なジャズに留まらない、サン・ラ・アーケストラの音世界の独特の立ち位置がユニークだ。

サン・ラの音世界の入門盤として、この『The Futuristic Sounds Of Sun Ra』は最適かと思う。ジャケットのデザインも、ジャズのアルバムとしては「ぶっ飛んで」いて、サン・ラの音世界の尖った個性を上手く表現している。

 
 

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2014年3月 8日 (土曜日)

「ブラックホーク」総括

アコースティック・マイルスについては、1950年代と1960年代、それぞれの「黄金のクインテット」が誉れ高い。とりわけ、ハードバップというフォーマットに限って言うと、世間の評判は、1950年代「黄金のクインテット」にとどめを刺す、になる。

1950年代「黄金のクインテット」と言えば、Miles Davis (tp), John Coltrane (ts), Red Garland (p), Paul Chambers (b), Philly Joe Jones (ds) のクインテット。特に、ジョン・コルトレーンの参加が決定的要素である。コルトレーンが参加しているということで、 ハードバップのマイルスについては、この1950年代「黄金のクインテット」にとどめを刺す、ということになる。

しかし、そう言い切ってよいのかどうか。そんな疑問を強く感じさせてくれる、素晴らしいライブ音源がある。このライブ音源を聴くと、マイルスのハードバップは、1950年代「黄金のクインテット」は最高、とは言えないような気になる。

そのアルバムとは『In Person Friday and Saturday Nights at the Blackhawk, Complete』(写真左)。1961年4月21,22日、サンフランシスコの名門クラブ、ブラックホークでのライブ音源です。ちなみにパーソネルは、Miles Davis (tp), Hank Mobley (ts), Wynton Kelly (p), Paul Chambers (b), Jimmy Cobb (ds)。

もともとは『Miles Davis In Person, Volume 1 - Friday Night At The Blackhawk』と『Miles Davis In Person, Volume 2 - Saturday Night At The Blackhawk』の2枚のLPに分けて発売された音源。その元となったライブ音源の全てをCD4枚に収録した、実に魅力的なボックス盤です。

全て聴き通してみると、いや〜、素晴らしいハードバップ・マイルスですね。このCD4枚の音源を聴き通すと、マイルスのハードバップは、1950年代「黄金のクインテット」は最高、とは言えないような気になる。

1950年代の演奏よりも、アドリブ部において、イマージネーションの拡がりがあって、アドリブ・フレーズのバリエーションが豊かになっている。つまり、ハードバップ・マイルスは、1950年代「黄金のクインテット」よりも、ある部分で進化していた、ということである。

マイルスに合わないとか、萎縮しているとか、いろいろと揶揄されるハンク・モブレーのテナーですが、このライブ音源では頑張っています。コルトレーンと比べるから、話がややこしくなる訳で、コルトレーンとモブレー、それぞれ持ち味が全く異なるので、この二人のテナーを比較して、このブラックホークのライブ・パフォーマンスを論じること自体がナンセンス。
 

Miles_blackhawk

 
そして、このライブ音源で、一番のパフォーマンスを披露しているのは、ウィントン・ケリー。ここでのウイントン・ケリーのピアノは素晴らしい。ケリーのベストに近いのではないか。明快にハッピーに、コロコロとスインギーに展開するが、その底にそこはかとなくジャジー&ブルージーな翳りが漂うケリーのピアノ。このライブ盤の「ノリ」は、全て、ケリーのピアノに端を発する。

加えて、ベースのチェンバースとドラムのコブの、柔軟でバリエーション豊かなリズム&ビートが、1950年年代と比べて、明らかに進化した部分。ジャズ本などを紐解くと、不思議なことにあまり注目されていないのだが、このブラックホークでのチェンバースとコブのリズム&ビートは、ハードバップのフォーマットとしては、かなりプログレッシブで、かなりクールです。

シンプルに荒々しく突進する、こってこてハードバップなアコ・マイルス。モーダルな展開を封印して、徹頭徹尾、ハードバップな展開。コード奏法中心のアコ・マイルスの優れもの。コンプリート盤なので、良い部分も良くない部分も含めて、演奏の展開の全てが聴けてなかなか興味深い。収録時間が許す限り編集無しが基本でしょう。

確かに、アドリブ展開の部分で、なかなか気の利いたフレーズが出ずに、コンピングを繰り返したり、無駄なフレーズや意味不明なフレーズを垂れ流す部分もあります。しかし、それはそれで、素晴らしく個性的なアドリブ・フレーズを展開する前の「産みの苦しみ」であり、即興を旨とするジャズのライブ演奏においては必要不可欠なもの。決して削除してはならないものだと思います。

LP時代は仕方が無いでしょう。音質を考慮すれば片面約20分が限界。LP1枚、両面合わせて40分の短さでは、編集のハサミが入るのは仕方の無いことだと思います。でも、今はCDの時代。CD1枚にトータル74分程度の収録が出来るのであれば、ジャズのライブ音源はノーカットで収録すべきでしょう。編集が入るということは歴史に修正を加える、という感じがして、少なくとも僕は賛成できません。

マイルスの前では、モブレーもケリーも溌剌と一生懸命です。音の張り、輝きがちょっと違う。さすが、マイルス御大の前では、手が抜けないというか、格好良くやりたい、というか、そんな彼らの前向きな思いがライブ盤のプレイの中から伝わって来ます。

これまでの評論、評価を気にすること無く、自身の耳で聴き進めてみることをお勧めします。LP2枚のCD化の編集が入った音源よりは、ライブ・パフォーマンスをそのままCD化した、コンプリート盤が絶対にお勧めです。1961年当時のアコ・マイルスをそのまま追体験することできます。

 
 

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2014年3月 7日 (金曜日)

「プラグド・ニッケル」総括

Miles Davis『The Complete Live at the Plugged Nickel 1965』(写真左)。マイルス・デイヴィスの1960年代黄金のクインテットの傑作との誉れ高いライブ音源である。今回、久し振りに、このライブ・ボックス盤計8枚を、8日かけて一気に聴き通した。一気に聴き通したところで、このマイルスの「プラグド・ニッケル」を総括しておこうと思った。

8枚のCDに収録された音源は以下の通り。1965年12月22〜23日にかけて、米国シカゴのクラブ「プラグド・ニッケル」で行われた、7回のステージについて、それぞれのステージをCD1枚ずつに収録している。

Disc 1 : First Set December 22, 1965
Disc 2-a : Second Set December 22, 1965
Disc 2-b : Second Set December 22, 1965
Disc 3 : Third Set December 22, 1965
Disc 4 : First Set December 23, 1965
Disc 5 : Second Set December 23, 1965
Disc 6 : Third Set December 23, 1965
Disc 7 : Fourth Set December 23, 1965

しかし、よくぞ、これだけ完全収録を目標に、CD8枚という超弩級のボリュームのボックス盤をリリースしてくれたと思う。素晴らしい成果である。ほとんど編集のハサミを入れていないのも凄い。心ゆくまで、1965年のプラグド・ニッケルのマイルス・クインテットを追体験出来る。

1965年の時点で、ジャズの最高地点に君臨し、モード・ジャズの傑作中の傑作と誉れの高い、この「プラグド・ニッケル」ですが、このCD8枚のボリュームの全ての演奏が最高であるとは限りません。そこはジャズという即興演奏を旨とする音楽ジャンルの特性が出ています。

ジャズって、やり直しのきかない一発勝負な音楽なので、たまにはスベったり、たまにはコケたりします。でも、それが良い。逆に、スベったり、コケたりした分、傑作と呼ばれるに足る素晴らしい演奏があるのです。そこがジャズのライブの良いところ。

この「プラグド・ニッケル」も、Disc 1〜3までは、マイルスは好調では無い。ショーターの自伝によると、この「プラグド・ニッケル」の演奏では、マイルスは唇を切っていて、調子はイマイチだったらしい。なるほどな、と思う。確かに、Disc 1〜3の12月22日の初日のマイルスは、息が抜けたり、珍しくミストーンが多く、決して好調とは言い難い。

逆に、Disc 4以降のマイルスは、徐々に調子を上げていく。絶好調では無いにしろ、好調ではある。それがCDを聴き重ねて行く毎にそれが良く判る。好調に転じたマイルスは凄い。確かに、この時代のマイルスは無敵であり、帝王と呼ばれるに相応しい。
 

Miles_plugged_nickel

 
マイルス以外の、テナーのショーター、ピアノのハービー、ベースのロン、ドラムのトニー、この4人はどうかというと、この4人は、しっかりと「尖っている」。マイルスがステージからいなくなると、ショーターをフロントとしたカルテットは、突如として、思いっきりフリーな演奏に早変わり。

フリーというか、フリー一歩手前の、ほとんどフリーなモード・ジャズになる。1965年当時、やはり、ジャズの最先端のトレンドはフリー・ジャズやったんやな、ショーターもハービーもロンもトニーも好きなんやなと思わず感心する。

でも、マイルスが戻ってくると、殊勝にもそそくさと、マイルス好みの適度に自由度の高い、クールでヒップなモード・ジャズに立ち戻る。さすがマイルス、さすが帝王である。このマイルスが戻った時の、バックのカルテットの取り乱し方が実に微笑ましい。やっぱり、リーダーが怖いんやな〜(笑)。

マイルスのバックでの、テナーのショーター、ピアノのハービー、ベースのロン、ドラムのトニーのカルテットの演奏は凄い。というか、モード・ジャズの最高峰の演奏だろう。恐らく、この時のモード・ジャズな演奏は、今のジャズ・シーンにおいて、同様の演奏を展開出来るカルテットは無いだろう。それほどまでに、アーティスティックでクールでヒップなモード・ジャズである。

ということで、このボックス盤、CD1から順番に聴くと、CD2辺りで飽きてしまいます。やはり、CD3までのマイルスは不調。このボックス盤の真価を聴き取るには、CD4以降を真っ先に聴くことをお勧めします。それからCD1〜3に戻って聴くのが良いかと思います。

CD4〜7は、モード・ジャズのライブ音源の最高傑作と言って良いでしょう。CD1〜3は、マイルスの1960年代黄金のクインテットも「人の子」。リーダーのマイルスと不調がバンド全体に伝わって、ちょっとレベルは落ちます。それでも、他のモード・ジャズと聴き比べると、やっぱりマイルス・クインテットって頭一つ抜きん出ているんですけどね。

モード・ジャズを聴き取れる様になった、ジャズ者の方々は、一度は聴いてみる価値のある、傑作ライブ盤であることは確か。ちょっと値は張るけど、それだけの価値はあると思います。

 
 

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2014年3月 6日 (木曜日)

フィル・ウッズのアルトを愛でる

サックスの音色は人間の肉声にとても近い。肉声に近い音色で、様々な音表現が出来る楽器でもある。僕はアルト・サックスがお気に入り。アルトサックスは女性の声に喩えられる。僕の声のキーは、どちらかと言えば、女性のキーに近いので、そういう観点からもアルト・サックスの音色の方が親近感がある。

僕のアルト・サックスのお気に入りジャズメンといえば、アート・ペッパー、キャノンボール・アダレイ、そして、フィル・ウッズ。この3人のアルト・サックス奏者のアルバムは、結構、均等に聴く。でも、ジャズ者初心者の頃、ウッズのアルトはちょっと苦手だった。

原因はその音にある。硬質でメタリック、絞り上げるような、ちょっと耳をつんざくような個性的なブロウ。ビリビリと煌めく様に響き渡るブラスの輝き。とにかく音が大きい。とにかく音が響く。とにかく音が突き抜ける。ジャズ者初心者の僕の耳には、ちょっと負担だった。そういう意味で、ウッズのアルトは、そのフレーズの展開は男性的である。

そんなウッズのアルトが耳に抵抗なく入り出したのが、ジャズを聴き始めてから20年ほど経った、40歳を過ぎた頃。ジャズに対する許容量が増えたのと、音の大きさに対する抵抗感が無くなったからだろうと思っている。そんな頃に、このアルバムと出会った。そして、フィル・ウッズがお気に入りになった。

そのアルバムとは、Phil Woods『Woodlore』(写真左)。1955年11月の録音。PRLP 7018番。ちなみにパーソネルは、Phil Woods (as), John Williams (p), Teddy Kotick (b), Nick Stabulas (ds)。フィル・ウッズのワンホーン盤である。
 

Woodlore_2

 
バックのリズム・セクションは地味だが、なかなか渋いリズム&ビートを効かせてくれる。そんな渋いリズム&ビートに乗って、フィル・ウッズが吹きまくる。素晴らしいテクニックと素晴らしいアドリブ展開で、吹きまくる吹きまくる。やや高速なフレーズを吹きまくる吹きまくる。

硬質でメタリック、絞り上げるような、ちょっと耳をつんざくような個性的なブロウ。ビリビリと煌めく様に響き渡るブラスの輝き。このアルバムには、ウッズのアルトの個性が満載である。しかも、ワンホーン・カルテット。心ゆくまで、ウッズのアルトを堪能できる。

アルトのフレーズの基本は「パーカー派」なんだが、パーカーよりもメリハリが効いていて、パーカーよりも懐が深い、余裕のある吹き方をする。パーカーが「切れ味の良いカミソリ」とすると、ウッズは「切れ味の良いナイフ」って感じかなあ。ちょっと太くて、金属感が強い。

しかし、この音の個性が耳に馴染むと「癖になる」。特に、この『Woodlore』は、1955年、24歳の若かりし頃のウッズのブロウ。その若々しさ、溌剌さは眩しいほどだ。特に、インプロビゼーションが素晴らしい。汲めど尽きないアドリブの嵐。耳にもたれる位に濃厚で豊かなアルトの響き。

良いアルバムです。アルト・サックス盤の佳作。ルディ・バン・ゲルダーの録音も秀逸。全収録時間30分ちょっとという小品ですが、高テクニックで吹きまくるウッズのアドリブがてんこ盛りなので、そんなに収録時間が短いとは感じません。ウッズを愛でるアルバムとしては、ちょうど良い収録時間かもしれませんね(笑)。

 
 

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2014年3月 5日 (水曜日)

サンタナのAORフュージョン化

前作の『Amigos』で、SANTANA(サンタナ)はラテン・ロックに立ち戻り、ファンキーではあるがジャズとは対極にある、ソウル・ミュージック、R&B、サルサな要素をごった煮にして、思いっきりポップなロックをいきなり展開した。

この『Amigos』のキーワードは、ラテン・ロックのリズム&ビートをベースにした「ごった煮」音楽。この「とっ散らかった」雰囲気は『Amigos』の個性だった。ポップでラテンでダンサフルでファンキーな音世界が展開されていた。1976年の米国ビルボードで10位とセールス的にも回復した。ホッと一息のサンタナであった。

そして、その次のアルバムが『Festival』(写真左)。1977年初頭のリリース。前作でラテン・ロックに立ち戻ったサンタナは、そのラテンなリズム&ビートをベースに、ポップでポジティブな演奏が繰り広げられる。とにかく明るい躍動感のある演奏が多い。タイトルの『Festival』も成る程、言い得て妙である。

演奏の雰囲気は、当時流行のAORフュージョン。ムーディーでスムースな面もしっかりあって、アルバム全体の雰囲気としては、もはや、ラテン・ロックの範疇の音では無い。基本はAORフュージョンである。かといって、ジャズあがりのフュージョンでは無い。あくまでも、ロックあがりのフュージョンである。

聴いていて楽しい。聴いていて、耳当たりが良い。躍動感と明るさを全面に押し出したラテン・ロックの精神と、流行のAORフュージョンの柔らかと滑らかさ。今の耳で聴くと、ありそうで無い、なかなか個性的なサウンドである。
 

Santana_festival

 
ロックとして聴くと、尖ったところが丸くなっていて、ちょっと物足りなさを感じるかもしれない。でも、ロック畑からのフュージョン・ジャズとして聴くと、ぴったりと感覚がフィットします。

そう、この『Festival』の音世界は、フュージョン・ジャズだ。確かに、ラテン・ロックなフレーバーな楽曲は、ちょっとチック・コリアを想起したりする。ボーカル入りのムーディーな楽曲は、ハービー・ハンコックのファンキー・フュージョンを想起したりする。さすがジャズに精通しているサンタナだけはある。

このアルバムで、サンタナはロックから、フュージョン・ジャズへとその音世界を広げた。そして、ラテンなフレーバーは、ワールド・ミュージックを取り込んだフュージョン・ジャズとして、再び光り輝くのだ。

前作『Amigos』に続いて、この『Festival』で、サンタナは人気回復を目指した。が、なかなかセールス的には芳しく無かった。米国ビルボードで27位。ロックでは無い、フュージョンなサンタナには、ちょっと辛いセールスだった。確かに、ラテンなサンタナには戻ったのだが、どうも上手くない。

ジャズ者の我々には、なかなかの内容に響くアルバムなんですが、AORフュージョンの柔らかと滑らかさが、ロック者の方々には物足りなく感じるんでしょうね。聴き方を変えれば、ジャズでもなければ、ロックでも無い、とも言える。このサンタナのAORフュージョン化は中途半端だったのかもしれない。

 
 

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2014年3月 4日 (火曜日)

ベニー・ゴルソンを見直した。

純ジャズもしっかり聴いている。最近、ちょっとサックスづいている。いろいろジャケットを見渡しながら、その内容を思い出しながら、なんだか雰囲気があいそうやなあ、と思うアルバムをピックアップして聴く。

このアルバムは、ジャケットが印象的なので良く覚えている。自画像のような前衛的な絵。これは誰のアルバムだろう。かなり尖ったミュージシャンのアルバムだろうと思いきや、それがまあ、このアルバムって、Benny Golson(ベニー・ゴルソン)のアルバムなんですね。

このアルバムは、Benny Golson『Free』(写真左)。1962年12月の録音。ちなみにパーソネルは、Benny Golson (ts), Tommy Flanagan (p), Ron Carter (b), Art Taylor (ds)。素晴らしいリズム・セクションである。この素晴らしいリズム・セクションをバックに、ベニー・ゴルソンがサックスを吹きまくる。

ベニー・ゴルソンって、今やテナー・サックスの大御所。1929年1月生まれだから85歳になる。まだ存命中。まだまだ現役である。ジャズメンって凄いよな。長生きのジャズメンって、現役で活躍し続ける人が多くて本当に感心する。

ベニー・ゴルソンと言えば、ファンキー・ジャズの演奏のアレンジとして、独特のユニゾン&ハーモニーの響きが特徴の「ゴルソン・ハーモニー」で有名。ゴルソンのアレンジの才は、ファンキー・ジャズのフォーマットで遺憾なく発揮されます。ちょっと聴けば、直ぐに「ゴルソン・ハーモニー」と判る。それだけ個性的なユニゾン&ハーモニーです。

では、ベニー・ゴルソンのテナー・サックスと言えば、あんまり評価が高くない。その茫洋としたフレーズの作り方、サックスの吹き出し方から、「ウネウネ・テナー」と揶揄され、締まりの無い、調子外れのよれよれテナーと揶揄されたりもする。確かに、そんな雰囲気はある。しかし、よくよく聴けば、しっかりと個性のある、味のあるテナーなんですよ、これが。
 

Benny_golson_free_2

 
この『Free』では、そんなベニー・ゴルソンの硬派で個性的で、ちょっとハードなテナーが聴ける。確かに、このアルバムでの、ゴルソンのテナーは溌剌としている。溌剌としていて、しっかりとハードバップしている。意外とこのアルバムは、ゴルソンの代表作の一枚かもしれない。それほどまでに、ゴルソンのテナーは充実している。

タイトルは『Free』だが、内容はフリー・ジャズとは全く関係が無い。内容的には、しっかりとしたハードバップ。ファンキー・ジャズの雰囲気は控えめ。ゴルソンのワンホーン・カルテットなので、ゴルソン・ハーモニーはお預け。それでも、このカルテットの演奏は、充実し成熟したハードバップを聴かせてくれる。

冒頭のこってこてのラテン・ジャズ曲「Sock Cha Cha」のテーマ部で、ちょっと不安にはなる。しかし、アドリブ部に入ってのゴルソンのテナーは硬派で溌剌としていて、実に良い感じだ。バックのリズム・セクションが飛び抜けて優れているからだろう、とにかく、気合いを入れて、朗々と吹き続けるゴルソンは良い。

5曲目の「My Romance」のバラード・プレイも良い。緩まず、タイトに、ゴルソンはテナー吹き上げていく。バックのフラガナンのピアノも良い。伴奏のフラナガンの面目躍如。まだまだ若手若造のロンのベースも控えめで良い。そして、職人ドラマー、テイラーのリズム&ビートが、演奏の底をビシッと締めている。

良いアルバムです。ジャズ盤紹介には全く名前の挙がらないアルバムですが、これはゴルソンの代表作の一枚として、諸手を挙げてのお勧め盤です。ちょっと風変わりなジャケット、そして、誤解を招くようなタイトルに惑わされてはなりませぬ(笑)。

 
 

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2014年3月 3日 (月曜日)

ザ・スクエア初期の個性を愛でる

昨日、The Square(ザ・スクエア)のデビュー盤『Lucky Summer Lady』を採り上げたので、その続きで、今日は、ザ・スクエアのセカンド盤『Midnight Lover』(写真左)である。ファースト盤『Lucky Summer Lady』からわずか3ヶ月後のリリースである。

あのデビュー盤の衝撃的なジャケ写とは打って変わって、大人しいジャケットである(笑)。1978年12月のリリース。当時、流行のダイレクト・カッティング盤だった様な気がする。演奏をしながら、ダイレクトにLP原盤をカッティングする訳だから、演奏は勿論「一発録り」である。編集なんてとんでもない。

そんなダイレクト・カッティングが故に、LPとしては片面15分程度の収録時間で、トータルでも30分程度である。このアルバムは自分で買ったわけでは無く、貸レコード屋で借りたので、そんなに大きな不満は持たなかったが、トータルで30分程度は、LP時代としても短すぎる。短すぎるから内容は伴わないのか、と言えば、そうでは無いのが音楽の面白いところ。

スクエアの特徴は、余裕のあるテンポでの余裕のある展開。ギンギンにテンションを張ること無く、ゆったり余裕をもって、ちょっと硬派ではあるが、基本的にはソフト&メロウなフュージョン・ジャズが身上。ジャジーな雰囲気は希薄で、どちらかと言えば、ロックな雰囲気が強い。では、ロック・インストかと問われれば「否」と答える。
 

Midnight_lover

 
ジャジーでは無いが、コッテコテのフュージョン・ジャズである。ジャズの基本要素であるファンクネスが希薄で、逆に、ファンクネスを排除しているようにも聴こえるリズム・セクション。かといって、デジタルチックでは無い。逆に、実に人間っぽいリズム&ビート。聴いていて気持ち良い、心地良いリズム&ビートが個性である。

そんなリズム&ビートに乗って、サックスとエレギが良い音を立てて、メロディーを奏でまくる。そして、このアルバムの特徴は、キーボーとの音が良いこと。キーボードのソロが秀逸で、テクニックを含め、キーボード好きには堪らない響き。

アルバム全体の雰囲気は、落ち着いた大人のフュージョン・ジャズって感じが中心。そんな中に、アレンジ的にユーモアに富んだ展開がスパイス的に散りばめられている。大人のフュージョンとは言え、一筋縄ではいかない、そんな隅に置けないスクエア独特の個性が、このアルバムには満載。

全体の収録時間が短いからと言って、敬遠するなかれ。スクエア初期の個性を愛でる上で、最適なアルバムの一枚ではないかと思っています。録音も良く、フュージョン・ジャズの佳作としてもお勧めです。

 
 

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2014年3月 2日 (日曜日)

ジャケ買い「海外女性編」その8

前回が2013年10月18日のアップだったから、約4ヶ月ぶりになります。しばらくぶりの特集再開。ちょっとネタ集めに手間取っていました(笑)。

ジャケ買い「海外女性編」と題して、最初のシリーズでは、何故か外国人女性のアップ写真をあしらった、アーティスティックで魅力的なアルバム・ジャケットを、そして、第2シリーズは、ちょっと目線を変えて「脚線美の誘惑」なアルバムをご紹介していました。

で、再開の今回は、約4ヶ月前のテーマを踏襲して「脚線美の誘惑」。この「脚線美の誘惑」ジャケットであるが、今回は、純日本のフュージョン・バンドの草分け、スクエア(The Square)のファースト・アルバム『Lucky Summer Lady』(写真左)を採り上げます。

さて、このアルバム・ジャケット、表ジャケット(写真左)を見て、どこが脚線美なんじゃい、と思いきや、裏ジャケ(写真右)を見ると、いやいや、実に立派な「脚線美の誘惑」ではないか(笑)。

発売当時、この裏ジャケットは話題になりましたねえ。表ジャケは何の変哲もない、というか、かなりベタな、あんまし趣味の良くない平凡なジャケ写なのだが、その裏ジャケを見ると「あらビックリ」。
 

Lucky_summer_lady_2

 
このアルバムは、1978年の発売。1978年といえば、まだまだ、日本がウブな時代。そんな時代に、この裏ジャケットですよ。とにかくビックリ。当時、多くの学生がレコード屋に走ったのは言うまでも無い(笑)。

さてさて、このアルバムの内容であるが、これが、この衝撃的なジャケットから想像出来ない位に、完成度の高いフュージョン・ジャズがギッシリ詰まっている。そう、このアルバムは、あのスクエアの記念すべきファースト・アルバム。つまり、デビュー・アルバムである。

さすがに、初々しいスクエアが聴ける。全編に渡って当時流行していたフュージョン・ジャズ的な雰囲気バリバリの演奏が聴ける。テクニック的には後年の馬鹿テクには及ばないまでも、既にこの時点でテクニックは秀逸。発売当時、このアルバムを聴いて、あまりのテクニックに呆れかえったのを覚えている。

でも、この馬鹿テクさが実に爽快で、気持ちが良くて、繰り返し聴いてしまうのだ。「馬鹿テク、爽快、気持ちいい」。これが、スクエアの良さでしょうね。しかし、そんな馬鹿テク爽快集団スクエアも、5曲目「I Won't Last A Day Without You(愛は夢の中に)」のような、実にベタなインスト演奏を残しているのに、思わずニンマリとしてしまうなあ。実に初々しい。

ジャケットも含め、人間味溢れ、そこはかとなく親しみ覚える、スクエアのファースト・アルバム。良いアルバムです。

 
 

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2014年3月 1日 (土曜日)

この熱い魂を伝えたいんや

昨日、上田正樹と有山淳司の『ぼちぼちいこか』について語 ったので、今日はやはり、上田正樹とサウス・トゥ・サウス『この熱い魂を伝えたいんや』(写真左)だろう。

上田正樹とサウス・トゥ・サウスは1967年に結成。意外と歴史は古い。ちなみにオリジナル・メンバーは、上田正樹 (vo), 有山淳司 (vo.g), 堤和美 (g), 萩原義郎 (g), 藤井裕 (b), 井上茂 (ds),宮内良和 (key)。その後メンバーチェンジが行われ、萩原・井上・宮内が抜けて正木五郎 (ds), 中西康晴 (key) が加入。人気が上がってきた1976年に突如解散。

昨日ご紹介した『ぼちぼちいこか』は、このサウス・トゥ・サウスから、ボーカルの上田正樹とギターの有山淳司をピックアップして、アコースティック・セットをベースに大阪弁のリズム&ブルースを展開した作品であった。

そして、続くこの『この熱い魂を伝えたいんや』は、このサウス・トゥ・サウスのフルメンバーでのライブ音源。75年12月のリリースだったと記憶している。このアルバムは、当時、FMで一部の演奏を聴いて、LPにて即入手した。ジャケットのメンバーの写真を見ても、このバンドは「只者では無い」と感じる。なんや、危なそうな兄ちゃんばっかやん(笑)。

この頃のサウス・トゥ・サウスのライブは二部構成。第1部が上田正樹と有山淳司がメインのアコースティックセット。いわゆる『ぼちぼちいこか』の音世界ですよね。そして、第2部が、サウス・トゥ・サウス全員による大阪弁ソウル・ミュージックという構成。ということで、このライブ盤は第2部のステージを収録したもの。1975年の芦屋ルナホールでのライブである。

このライブ盤には、サウス・トゥ・サウスの個性がギッシリと詰まっている。冒頭の「オープニング(サウス・トゥ・サウス)」を聴けば良く判る。この雰囲気は、当時の「ソウル・ミュージック」。日本人独特の乾いた軽めのファンクネスに乗って、大阪弁リズム&ブルースが冒頭から炸裂。
 

Kono_atsuitamasii_3

 
後のR&Bなんだが、1970年代中盤当時は「ソウル」と呼ばれていた。アフリカ系アメリカ人のゴスペルとブルースから発展した大衆音楽。アースやクール&ザ・ギャング、ジェームス・ブラウン、スリー・ディグリーズ、バリー・ホワイト、レイ・チャールズ、マーヴン・ゲイ等々が代表的ミュージシャン。

サウス・トゥ・サウスは、当時のソウル・ミュージックをカバったり、上手くパクったり、アルバム全編で「大ソウル大会」を繰り広げている。そんなカバーや雰囲気の似た曲の中、ベースの藤井裕の作詞・作曲による3曲目「最終電車」の様なむっちゃソウルフルで、めっちゃ格好良いオリジナル曲があったりする。大阪弁リズム&ブルースの秀作である。

ラストはお馴染み、オーティス・レディングのカバーで「I Can't Turn You Lose」、邦題「お前を離さない」である。むっちゃ秀逸なカバーである。熱い演奏。それでいて、そのファンクネスは、日本人独特の乾いた軽めのファンクネスが個性的。この乾いた軽めのファンクネスが良い。日本人のR&Bである。

当時としてはとても個性的であり、今の耳で聴いても十分に個性的。今でも十分に通用する大阪弁リズム&ブルース。しかし、このライブ盤のリリースの明くる年、1976年に、サウス・トゥ・サウスは突如と解散してしまう。

当時、実に惜しい、と悔しがったものだ。ここまで「日本人によるR&B」の可能性を秘めながら、解散したサウス・トゥ・サウス。このライブ盤は、そのサウス・トゥ・サウスの個性の一端を十分に感じ取れる優秀盤。長年の愛聴盤です。
 
 
 
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