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2014年2月の記事

2014年2月28日 (金曜日)

確かに大阪弁はR&Bに合う

今を去ること40年前。高校時代のことである。このアルバムを我らが映研の部室に持ち込んだのが、先代部長のN先輩。「これ聴いてみ、むっちゃおもろいで」。

上田正樹と有山淳司『ぼちぼちいこか』(写真左)。1975年の作品。冒頭の「大阪へ出て来てから」を聴けば、思わずニンマリしてしまう。大阪弁で唄うR&B(リズム&ブルース)。このアルバムを聴いて、高校生の僕は「大阪弁はロックに合う」と思った。まあ、正確には「大阪弁はリズム&ブルースに合う」である。

1970年代前半から中盤。日本人の僕達は「日本語はロックに合わない」というコンプレックスがあった。やっぱり、ロックは英語でないと、という風潮がかなり強くあって、日本語で唄うロックはかなり低く見られた。というか、日本語で唄うロックはロックでは無いと無視された時代である。

しかし、そう言われると、日本人である僕はちょっと悔しい。同じ言語でありながら、英語はロックに合って、日本語はロックに合わない。それは無いやろうと思っていた。で、この上田正樹と有山淳司『ぼちぼちいこか』である。コッテコテの大阪弁を駆使してのR&B。僕はこの『ぼちぼちいこか』を聴いて、日本語は工夫すればロックに合う、と思った。嬉しかった。

よほど嬉しかったのだろう。この『ぼちぼちいこか』をN先輩から、即日借り受けて、家でカセットにダビング。翌日から長きの間、このアルバムはしばらくの間、愛聴した。不思議なことだが、確かに大阪弁はR&Bに合う。後ろ打ちの粘りのフォービートに大阪弁がバッチリ乗る。但し、発音正しいネイティブの大阪弁に限るけど(笑)。
 

Bochi_bochi_ikoka

 
面白いのは、今の耳で聴くと、あれれ、と思う楽曲のオンパレード。なんだか、本場のR&Bやブルースロックの名曲に良く似ている、というか、上手くパクッている。ネットで色々な方達が指摘しているんだが、例えば、冒頭の「大阪へ出て来てから」は、Dr.John『GUNBO』の「Stackalee」に似ている。また「可愛い女と呼ばれたい」のギター・フレーズは、ブルース・トラディショナルの「Key To The Highway」に似ている。歳をとって判ることもある(笑)。

この『ぼちぼちいこか』で展開される音世界は、大阪出身のネイティブが聴いて、とことん楽しめる「1970年代の大阪」である。どの曲にも、コッテコテの大阪人がいる。「とったらあかん」とか「俺の借金全部でなんぼや」の世界は、もろネイティブな大阪人ならではのもの。笑いの引き方落とし方、どれもが大阪ならではのもの。

日常生活に根ざした音世界は、ネイティブの大阪人にはとことん楽しめる。そして、本場のR&Bを程良くカバってパクった、小粋な日本人のR&Bがここにある。今の耳で聴いても、なかなか聴き応えのある日本人のR&B。僕はこのアルバムで「日本語のロック」に自信を持った。

大阪と聞くと、ヤクザ・お笑い芸人・胡散臭い商売人等々と、他の地方の方々から揶揄された時代。そんな人間臭い大阪から現れ出でた「大阪弁のリズム&ブルース」。乾いたファンクネスがこれまた日本人らしい。本場のR&Bやブルースロックの名曲を上手くパクッているのも大阪らしい(笑)。

僕も、大阪人ネイティブの端くれ。この「大阪弁のリズム&ブルース」が、1975年に大阪から現れ出でたことを、大阪人として、ちょっぴり誇りに思う。大阪人にはカントリー・ブルースが良く似合う。ああ、大阪が懐かしい、大阪に帰りたい。

 
 

大震災から2年11ヶ月。決して忘れない。まだ2年11ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2014年2月27日 (木曜日)

耳を休める癒やしの女性ボーカル

最近、第二期エレ・マイルス、ハードバップ後期のアコ・マイルス、チック・コリアの最新ライブ盤、はたまた、ジャズ界の強烈な個性、ローランド・カークの初期のリーダー作など、結構、ハードで硬派なジャズを聴き込んでいる。

と、さすがに耳が疲れてくる(笑)。ハードで硬派なジャズではあるが、内容が濃く、テクニックもあって、聴いていて疲れることはないんだが、演奏のテンションが半端では無い。この「高テンション」が、耳を疲れさせるのだ。

耳が疲れたな〜、と思ったら、ジャズ以外のジャンルであれば、70年代ロックやJポップに走る。ジャズに留まるのであれば、女性ボーカルに走る。やっぱり、耳を休める癒やしのジャズは「女性ボーカル」。しかも、ハードな正統派女性ボーカルはちょっとなあ。ポップでキュートな女性ボーカルが良い。

ポップでキュートと来れば、ボサノバ・ジャズがパッと浮かぶ。ホンワカしていて爽やかで、適度に明るくリズミカル。ボサノバ・ジャズの女性ボーカルって、耳休めにピッタリ。

加えて、馴染みの無い曲ばかりのボサノバ・ジャズの女性ボーカルは、ちょっと困る。知っている曲で、知っているフレーズを一緒に口ずさめる位のポピュラーな曲をカバっているアルバムが良い。つまり、そんな「選曲」が決め手。

そんな要件にぴったりのアルバムが、菊丘ひろみ『Café Da Praia』(写真左)。邦題は『カフェ・ダ・プライア~海辺のCafe』。半年ほど前に入手したのかな。このアルバムは、耳を休める癒やしのポップでキュートな女性ボーカル盤として、活躍して貰っています。
 

Cafe_da_praia

 
ブラジルの名曲、ロック&ポップスの馴染みの名曲が、実にポップ。冒頭「O Gol Da Maria(マリアのゴール)」はポルトガル語での歌唱。ポルトガル語独特の響きが実にエキゾチックでポップ。ライトなボサノバ・ジャズなバックに乗って、ホンワカしていて爽やかで、適度に明るくリズミカルな菊丘の歌唱は実に和む。

特に、ロック&ポップスの馴染みの名曲のカバーが良い。バックのアレンジはボサノバ風。そんなバックに乗って、カーペンターズの「Close To You(遙かなる影)」、ビートルズの「A Hard Day's Night(ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!)」、エルヴィス・プレスリーの「Can't Help Fallin' In Love(好きにならずにいられない)」、そして、サザン・オールスターズの「真夏の果実」が英語で歌われる。

これがなかなか秀逸。思わず聴いていてニンマリしてしまう。アレンジが良いのだろう、どの曲もポップでキュート。しっかりとボサノバ・ジャズしている、これらロック&ポップスの名曲の数々。良い雰囲気です。聴きながら、ついつい、その馴染みのフレーズを口ずさんでしまいます。電車の中で聴くのには注意が必要です(笑)。

まあ、硬派なジャズ者の方々からすると、このライトなボサノバ・ジャズのアレンジに乗った、ロック&ポップスの馴染みの名曲のカバーは、ちょっと「キワモノ」扱いしたくなるでしょうね。でも、これ、良いですよ。リラックスして、あっけらかんと聴き流せます。ハードで硬派なジャズを聴き込んでいた空間の空気が「ガラッ」と変わります。

この空間の空気が「ガラッ」と変わるところが良いんですよね。ハードで硬派なジャズの高テンションに疲れた耳に、耳を休める癒やしのポップでキュートな女性ボーカル。本当に良い気分転換になります。一度お試しあれ。

 
 

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2014年2月26日 (水曜日)

オールマンズの新しいライブ盤

今年に入って1月の10日辺りだったか、オールマン・ブラザーズ・バンド(The Allman Brothers Band)から、ツイン・ギターの二人、デレク・トラックスとウォーレン・ヘインズが、2014年いっぱいで脱退することが発表された。

え〜っ、それじゃあ、もはやオールマンズは開店休業状態ではないか。どうも、オールマンズは今年いっぱいで活動を停止するようだ。もともとオールマンズの結成は1969年。当然、伝説のギタリスト、デュアン・オールマンは存命していた。

それから、デュアンが他界し、ベリー・オークリーが後を追うように他界し、解散、再結成、再び解散、再々結成を経て、ライブ中心の活動を細々と続けて来たんだが、いよいよ活動停止かあ。まあ、グレッグ・オールマンはもう結構な歳やしな。結成以来45年。長きに渡ってサザン・ロックの雄として君臨してきたんだがなあ。

タイトルが『Play All Night: Live at the Beacon Theater 1992』(写真左)。つい先日、そんなオールマンズの新譜が出た。新譜とは言っても、お得意のライブ盤。しかも2枚組。ビーコン・シアターのライブである。既発のライブ盤の焼き直しか、と危惧したが、どうも正式盤としては初リリースらしい。

ビーコン・シアターと言えば、オールマンズの聖地。この「ビーコン・シアター」は、米国の国家歴史登録財に認定されているN.Yブロードウェイの由緒ある劇場。ここで10日間公演を行うことが、22年もの間、オールマンズとファンにとって毎年恒例のビッグ・イベントなっているのだ。良いよな〜、行って聴いてみたかったなあ。

そして、この今回のCD2枚組のライブ盤は、1992年3月、そのビーコン・シアターでの最初の公演の様子を捉えたもので、デュアン・オールマン以来のスライド・ギターの逸材、ウォーレン・ヘインズが加入して、往年のオールマンズらしいパフォーマンスを取り戻した、オールマンズの歴史の中でも、大きな節目となる年のビーコン・シアターでのライブ録音である。
 

Allmans_play_all_night

 
ここで、ちょっと当時のオールマンズのメンバーを整理しておきたい。Gregg Allman (org, vo), Dickey Betts (g, vo), Warren Haynes (g,vo), Allen Woody (b), Marc Qui'ones (perc), Jaimoe Johnson (ds), Butch Trucks (ds)。結成当時のツイン・リード、ツイン・ドラムのぶ厚いメンバー構成の再来。

こうやって見てみると、オールマンズの基本は、やはり、ツイン・リード、ツイン・ドラムやなあ、と再認識する。しかも、この1992年に加入した、デュアン・オールマン以来の逸材、ウォーレン・ヘインズのスライド・ギターが神懸かり的に凄い。オリジナル・メンバーである、ディッキー・ベッツのギターが全く霞んでしまうくらい、ヘインズのギターは凄まじい。

さて、このライブ盤の内容は、と言えば、これが全くもって「素晴らしい」。全編に渡って、覇気溢れ、疾走感、爽快感溢れる、骨太なサザン・ロックを堪能することが出来る。CD2枚組で、収録曲数が16。その半数近くが10分を超える長尺ものなんだが、冗長に感じる演奏は全く無い。

収録された曲も、1970年代オールマンズの名曲から、再々結成後の「Seven Turns」オールマンズの得意曲まで、オールマンズの魅力を存分に楽しめる、実に優れた選曲で、往年のオールマンズ・マニアからすると、本当に堪らない。CD2枚組、一気に聴き切ってしまう。

音質も良好。オールマンズ者にはマストアイテム、サザン・ロック者にもお勧めのライブ盤です。さすがオールマンズ。まだまだ、魅力的な音源が残っていますね〜。

 
 

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2014年2月25日 (火曜日)

ピアノ・トリオの代表的名盤・39

不思議とスティーブ・キューン(Steve Kuhn)が何故かお気に入り。キューンは不思議なピアニスト。ビル・エバンスの系統にも絶対に属さないし、モーダルな新主流派な系統でも無い。音の響き、輝きはリリカルでヨーロピアン。ジャズ・ピアニストでありながら、ファンクネスの香りは全くと言って良いほど無い。

流儀はハードバップなんだけど、ファンクネスとは殆ど無縁、モーダルな雰囲気はそこはかとなく漂うが、大っぴらにモーダルにはならない。硬質なタッチでテクニックは優秀。バップの流儀から奏法にこだわらずに、新しいジャズ・ピアノの響き,フレーズを模索する。そんな若かりし頃のキューンが何故かお気に入り。

Steve Kuhn『Three Waves』(写真左)というアルバムがある。1966年の録音。キューンの初リーダー作である。ちなみにパーソネルは、Steve Kuhn (p), Steve Swallow (b), Pete La Roca (ds)。ベースとドラムのリズム・セクションが新しい響き。まずもって、このリズム・セクションが、ハードバップでも無ければ、モーダルでも無い。ファンクネスな響きは殆ど無く、知的で透明感のあるリズム&ビートである。

この知的で透明感のあるリズム&ビートが、キューンのピアノにピタッと合致する。1966年と言えば、モード・ジャズをベースとした新主流派の理知的でアーティスティックなジャズと、ファンキー・ジャズやソウル・ジャズといった、大衆向けのポップでキャッチャーなジャズとが拮抗した時代。

キューンのトリオは、そのどちらにも属さない、新しすぎず、古すぎず、フリー&アブストラクトなジャズとは全く無縁な演奏。知的で透明感のある硬質でテクニカルな響きは実に個性的。絶対に米国的では無い。音的にはクラシックに通じる、音の響き、輝きはリリカルでヨーロピアン。
 

Three_waves

 
しかしながら、スティーブ・キューンは、1938年、ニューヨークはブルックリンの生まれ。生粋の米国人であり、ニューヨーカーである。白人系ピアニストなんで、ファンクネスが色濃く無いのは判るが、これほどまで希薄なのも珍しい。リリカルではあるが、ジャジーさは希薄でブルージーでは無い。そんなところが、ビル・エバンスのピアノの個性とは一線を画するところ。

ハーバード大学で文学士号を取得したジャズメンとしては一風変わった経歴を持つ。理知的で詩的なフレーズは、この一風変わった経歴が故かもしれない。そう言えば、この『Three Waves』の冒頭の1曲目「Ida Lupino」は、キューンの詩の朗読から始まるんだった。なるほど(笑)。

この『Three Waves』を録音した頃は28歳。バップの流儀から奏法にこだわらずに、新しいジャズ・ピアノの響き,フレーズを模索する、若さ故のチャレンジ精神が実に清々しい。このアルバムに収録された曲は、いずれもメロディアスなもので、流麗なフレーズが実に気持ち良い。

清々しい、流麗でリリカルなピアノ・トリオです。トリオ全体の演奏のレベルは高く、テクニックは優秀。大雑把に、ビル・エバンス派に分類されがちなキューンですが、この初リーダー作を聴いてみると、ビル・エバンスのピアノの個性とは一線を画する、知的で透明感のある硬質でテクニカルな響きを十二分に確認することが出来ます。

バックのリズム・セクションも優秀。キューンの初リーダー作でありながら、ピアノ・トリオの代表的名盤としてお勧めです。長きの間、愛聴していても、何故か飽きない優秀盤です。

 
 

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2014年2月24日 (月曜日)

モントルーのマイルス・1989年

1989年7月21日、モントルー・ジャズ・フェスティバルでのエレ・マイルスである。マイルスが鬼籍に入るのは、1991年9月28日なので、鬼籍に入る2年2ヶ月前のライブ音源になる。

1986年のリリースの傑作『Tutu』のサウンドをジックリと煮詰めていって、この1989年で、ほぼ完成の域に至っていると思えるくらい、充実した破綻の無い、非常に良くアレンジされ、しっかりと練習を積んだ、素晴らしい演奏が繰り広げられている。

音的な印象は「ポップ&ダンサブル」。マイルスが『オン・ザ・コーナー』から追求してきた、ストリート・ミュージックとしての「ポップ&ダンサフル」なリズム&ビート。第二期エレ・マイルスは、ここに来て、その適度な軽さ、しなやかさを具備して、爽快で躍動感のあるリズム&ビートを獲得した。

ちなみに、そのパーソネルはと言えば、Miles Davis (tp, key), Rick Margitza (ts), Kei Akagi, Adam Holzman (key, synth), Joe "Foley" McCreary (b), Benny Rietveld (b), Ricky Wellman (ds), Munyungo Jackson (per), Chaka Khan (vo)。

楽器構成としては「エレギ」が無くなった。完全に『Tutu』の音をライブで追求した結果、エレギがシンセにとって代わった。しかも、シンセは、ケイ赤城とアダム・ホルツマンの2台構成。シンセのユニゾン&ハーモニ−。旋律を司る音がぶ厚く、色彩豊かになった。そういう変化が「ポップ&ダンサブル」な雰囲気に直結しているのだろう。
 

Miles_montreux_1989

 
しかもビックリしたのが、チャカ・カーンのボーカル。それまで、マイルスは決してボーカルを入れなかった。コーラスだって入れない。そんなマイルスが、モントルー・ジャズ・フェスティバルという特別な環境ということもあったんだろうが、チャカ・カーンをボーカルに起用して、「Human Nature」を熱唱させている。

聴衆は大喜び。マイルスも笑っているようだ。モントルーの聴衆に対するファン・サービス。マイルスも柔らかくなったもんやなあ。第一期エレ・マイルスの頃は、下を向いてペットを吹いたり、後ろを向いてペットを吹いたり、とにかく、聴衆に迎合することなどは全く無縁。孤高のジャズの帝王って感じだったんだが、60歳を過ぎて、マイルスも丸くなったなあ、と嬉しくなったりする。

第二期エレ・マイルスの成熟が聴いてとれる、聴いて楽しい、1989年のモントルーのエレ・マイルスである。マイルスのキーボードでの指示がでれば、バンドの音、バンドのリズム&ビートが、スッと変わって、スッと決まる。恐らく、マイルスの思い通りの音が出ているのではないか。

マイルスのトランペットも、当時63歳とは思えないほど、張りのある、テクニカルな演奏を聴かせてくれる。オープンもミュートも、ほとんどミストーンの無い、テクニック的にもしっかりと運指した、充実したマイルスを聴くことが出来る。この時のモントルーの聴衆は、この後、2年2ヶ月で鬼籍に入るなど、全く想像出来なかっただろうな。

 
 

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2014年2月23日 (日曜日)

いきなり純ジャズ化したPMG

1995年のリリースの『We Live Here』は、Pat Metheny Group(PMG)のスムース・ジャズ化のアルバムであった。このアルバムを聴いた時、実は「PMGは終わったな」と思った。リズム・ループを採用して、音の要素・音の作りとして、ジャズ・バンドがリズム&ビートを二の次にするなんてあり得ない。

と、前のブログで書いた。そう、僕はこの『We Live Here』で、PMGは終わったと思った。もうPMGに手を出すことも無いだろうとも思った。しかし、そこはマニアの悲しいところ。PMGの新譜が出たら出たで、やっぱり入手して聴きたくなる。

1996年リリースの『Quartet』(写真左)。前作同様、リズム・ループを採用した、単純なリズム&ビートをバックとしたスムース・ジャズ的な雰囲気のアルバムなんだろうな、とあまり期待せずに、CDプレイヤーのトレイに載せた。スタート・スイッチを押す。

出てきた音に「ひっくり返った」(笑)。冒頭の「Introduction」の音を聴いてビックリ。コンテンポラリーな純ジャズな音である。あれれ、前作のあのスムース・ジャズ化したPMGの音はどこへ行ったのか。さすがはPMG。この『Quartet』では、いきなり軌道修正し、硬派なコンテンポラリー・ジャズへと返り咲いたのであった。

続く「When We Were Free」も、実に良い感じのコンテンポラリーな純ジャズな音。アルバム・タイトル通りのカルテットの、実に硬派な純ジャズが展開される。さすがPMG。ライル・メイズのピアノのバッキングを実に趣味が良く、その上にパット・メセニーのギターが個性豊かに響き渡る。
 

Pmg_quartet

 
しかし、7曲目の「Dismantling Utopia」辺りから、ちょっと怪しくなる。まず、この「Dismantling Utopia」は、ほとんど前衛音楽な内容の演奏になっている。リズム&ビートの無い、楽器の音の響きと音の間を活かした現代音楽的な響き。

ううう、これは、パットの別の個性、前衛的でアブストラクトでフリーキーな側面をPMGに持ち込んできたのではないか。12曲目の「Glacier」まで、6曲もの間、前衛的でアブストラクトでフリーキーな演奏が繰り広げられる。これは、PMGとしては新境地ではある。しかし、いきなりここまでしなくても、とも思ってしまう。

ラストの3曲「Language of Time」「Sometimes I See」「As I Am」も、全曲までの極端に前衛的でアブストラクトでフリーキーな演奏では無いにしろ、かなり硬派で、ややフリー寄りのコンテンポラリーな純ジャズが繰り広げられる。寛いで聴き流せる内容では無い。しっかりと聴き込むべく、演奏と対峙する姿勢が求められるレベルである。

いや〜、ここまで極端に純ジャズ化するとはなあ。それまでのアフリカン・ネイティブでアーシーでフォーキーな雰囲気はほとんど無くなって、前衛音楽的な雰囲気も織り交ぜた、コンテンポラリーな純ジャズな音のみになった。このPMGの変化が良かったのか、悪かったのか、次作以降の展開にその判断は委ねられた。

 
 

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2014年2月22日 (土曜日)

夏にも良いが冬にも良い盤です

寒いですね。今年はかなり寒い、我が千葉県北西部地方。先週、先々週と大雪にも見舞われ、寒いのが嫌いな僕としては、とにかく辛い毎日です。まあ、去年の今頃よりは良いかな。昨年の今頃は、大手術の後のまだ2ヶ月経っただけの頃。流石に体調が全くまだまだで、通勤するので精一杯でした。

寒い時に寒い曲を聴くことは無い。寒い時には心が暖まる曲が良い。再びまた巡り来る春、夏の季節を思い起こさせる曲が良い。そして、難しいことを考えること無く、ポップで明るいロック調の曲が良い。

そんなポップで明るいロックな曲。寒い時に心温まる曲。あっけらかんとリラックスしたい時、僕はこのアルバムを選ぶ。高中正義『JOLLY JIVE』(写真左)。1979年リリースの高中正義の出世作、大ヒットアルバムである。

「夏だ、海だ、高中だ」という魅力的なキャッチ・フレーズで表現された高中正義。しかし、このキャッチ・フレーズで、高中の音楽は夏の音楽という、強烈な先入観を植え付けられた。加えて、高中はそれに呼応して、夏向きの曲を演奏を優先的に繰り出し続けた。

でも、この夏向けアルバムの代表格である『JOLLY JIVE』にも「パラレル・ターン」(写真右)という完全に冬向きな曲や「RAINY DAY BLUE」なんていう梅雨時にピッタリな曲も入っている。決して、この『JOLLY JIVE』は、夏向き専用のアルバムという訳では無い。冬に聴けば冬に聴いただけ、それなりの味わい深さがある。
 

Jolly_jive

 
それって僕だけかなあ。冒頭の「BLUE LAGOON」を冬に聴くと心が暖かくなる。きっとまた再び巡りくる夏を思い、夏を感じて、なんだか心がワクワクする。続く「RADIO RIO」もそうだ。ちょっと緩やかなサンバのリズムに乗って、心がパッと明るくなるようだ。これが寒い冬に聴くと格別なものがある。逆に真夏に聴くと、ちょっと暑苦しい(笑)。

「EXPLOSION」や「TAJ MAHAL」など、ポップでダイナミックでエネルギッシュな曲が良い。これって、確かに真夏に聴くと、ちょっと暑苦しい。寒い冬に聴くと、なんだかほのぼのするから面白い。緩やかで漂う様な「珊瑚礁の妖精」だって、聴いているとなんだか、気持ちが暖かくなってくる。

「夏だ、海だ、高中だ」という魅力的なキャッチ・フレーズの印象だけで、高中のアルバムを夏だけのアルバムとしてしまうのは惜しい。確かに、季節の良い春や秋には、高中の音はちょっと合わないかなあ、とは思うが、夏と同様に、季節にメリハリのある寒い冬に、高中の音は、夏とは違った意味で合うと思っている。

真冬に聴く『JOLLY JIVE』の暖かで楽しいこと楽しいこと。僕は、決まって、寒い冬の1月から2月にかけて、この『JOLLY JIVE』を必ず愛でる。とにかく、寒い時期に合うんですよね。特に、昼下がり辺りの時間帯が良いですね〜。

寒い時には心が暖まる曲が良い。再びまた巡り来る春、夏の季節を思い起こさせる曲が良い。そして、難しいことを考えること無く、ポップで明るいロック調の曲が良い。そんな時、この『JOLLY JIVE』はピッタリの好盤です。

 
 

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2014年2月21日 (金曜日)

ガーナーはジャズ者上級者向け

もう既に36年もの間、ジャズを聴き続けて来た訳なんだが、ジャズ入門本で名盤と勧められようが、ジャズの定盤と言われようが、何度聴いても、どこから聴いても、どうにも良く判らない、どうにもどこが良いのかが判らないアルバムが幾枚かある。

そんな何度聴いても、どこから聴いても、どうにも良く判らない、どうにもどこが良いのかが判らないアルバムの一枚が、Erroll Garner『Concert By The Sea』(写真左)。Erroll Garner(エロル・ガーナー)は1921年、ペンシルベニア州の生まれ。1977年、56歳で鬼籍に入っている。僕がジャズを聴き始めたのが1978年なので、僕がジャズを聴き始めた頃には、この世に居なかったことになる。

エロル・ガーナーは、ジャズ・ピアノの歴史において、どの系譜にも属さない独特のポジションに居る。ガーナーは、1921年生まれなんだが、ガーナーが20歳台であった、1940年代のビ・バップのムーブメントには、彼は全く無縁だった。

ということは、彼のピアノは、ビ・バップ以降、バド・パウエルが確立した「モダン・ジャズ・ピアノ」の流れには全く乗っていない訳で、ということは、ガーナーのピアノは、ビ・バップ以降の「モダン・ジャズ」としての特徴を兼ね備えてはいない、ということになる。

僕の場合、このビ・バップ以降の「モダン・ジャズ」としての特徴を兼ね備えてはいない、というところが、ジャズを聴き始めた頃の耳には、全く馴染まなかった。遅れて強力なタッチで入る左手、明るすぎるくらいに弾けまくる右手、情緒という言葉は全く関係無い、テクニックの続く限り弾きまくるアクロバティック性。

若い頃、これにはついていけなかったなあ。Erroll Garner『Concert By The Sea』は聴く度に「敗退」の気分を味わう、僕にとっては、かなりの「難物」だった。とにかく、何が良いのか、どこを聴いて良いのかが判らない(笑)。

でも、40歳を過ぎた頃からだったか、ビ・バップ以降の「モダン・ジャズ」としての特徴を兼ね備えてはいない、ということは、モダン・ジャズ以前のジャズの流儀を踏まえたピアノということになる。モダン・ジャズの響きがしない、1920年代から1940年代までの、当時のポップで大衆的で、エンタテインメントなピアノの響きということになる。
 

Cocert_by_the_sea

 
ということは、スイング・ジャズを踏まえたピアノだったり、当時の流行の弾き方だったブギウギ・ピアノであったり、スライド・ピアノであったりする。つまりは、モダン・ジャズの基となった、モダン・ジャズ以前の、モダン・ジャズの要素となった、ポップで大衆的なピアノの響きなのである。

つまりは、モダン・ジャズとして聴くからややこしいのであって、モダン・ジャズ以前のモダン・ジャズの要素となり礎となった、ポップで大衆的なピアノの響きを愛でると考えると、実は思いっきりスッキリする。まあ、この感覚がなんとなく理解できるようになったのは、つい最近。

もうこの歳になると、エロル・ガーナーのビ・バップ以降の「モダン・ジャズ」としての特徴を兼ね備えていないピアノを聴いても、違和感は感じない。ひとつのポップ・ピアノのスタイルとして聴くことが出来る。モダン・ジャズ以前の、モダン・ジャズの要素となり礎となった、ポップで大衆的なピアノとして聴くと、なかなかに興味深い。

とは言っても、判り易いピアノとは言えない。ガーナーのピアノのフレーズのオフ・ビートが、ジャズのスタンダードなオフ・ビートが、ちょっとズレるというか、ちょっと調子が違う。よって、このエロル・ガーナーをモダン・ジャズ・ピアノとして、聴くのは辛い。やはり、モダン・ジャズ以前の、モダン・ジャズの要素となり礎となった、ポップで大衆的なピアノとして聴くのが一番。

ということは、エロル・ガーナーは、我々、ジャズ者の世界では「上級者向け」のピアニストになる。モダン・ジャズ以前の、モダン・ジャズの要素となり礎となったピアノ、ということを理解するには、モダン・ジャズのピアノを理解することが大前提であり、モダン・ジャズ・ピアノの要素を理解する必要がある。

いやはや、エロル・ガーナーのピアノは意外と難物であった。私の経験から言えること。エロル・ガーナーのピアノには、ジャズ者初心者の時代に手を出してはいけない(笑)。ちなみに、エロル・ガーナーの『ミスティ』については、2011年6月16日のブログ(左をクリック)で語っています。よろしければどうぞ。

 
 

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2014年2月20日 (木曜日)

スクエアで流麗な「スイング感」

僕はディブ・ブルーベック・カルテットが意外と好きである。でも、日本では、ディブ・ブルーベック・カルテットは、あまり人気が無い。特に年配のジャズ者ベテランの方々には受けが悪い。

一番、やり玉に挙がるのが、ブルーベックのピアノ。ジャズのピアノと言えば、流れる様に横に揺れるように、オフビートにスイングするんだが、ブルーベックのピアノは、そんなスイングとは全く無縁。

ブルーベックのピアノは、前衛的なクラシックの様なピアノ。現代音楽の様な、硬質でアブストラクトなピアノの応用。不協和音な響きは、クラシックのストラビンスキーやバルトークの様な響きを宿している。ジャズのユニゾン&ハーモニーとは違う、クラシックな響き。

流れる様に横に揺れるように、オフビートにスイングすることを「スインギー」とするなら、ブルーベックのピアノは「スインギー」では全く無い。しかし、ちゃんと聴くと、ブルーベックのピアノは「スイング」している。

ブルーベックのピアノは、しっかりとオフビートしている。前衛的なクラシックの様なピアノを応用しているので、流れる様に横に揺れるように、オフビートにスイングすることは出来ない。そこで、ブルーベックは、クラシックの4拍子の流れの様に、スクエアに「スイング」する。

アフリカン・アメリカンの流れる様に横に揺れるように、オフビートにスイングするのでは無く、ヨーロッパのクラシックの様に縦に揺れるように、オフビートにスイングする。僕は、このブルーベックの縦揺れスイングが好きなんですね。

そして、そこに、甘く流麗な、丸く柔らかなポール・デスモンドのアルトが絡む。このデスモンドのアルトが、これまた評判が芳しく無い。甘い、柔らかい、力強く無い、エモーショナルで無い等と、とにかく手厳しい。でも、現代のスムース・ジャズのアルトを聴くと、このデスモンドのアルトって先進的だったのでは、と思ったりもするんですよね。
 

Jazz_goes_to_college

 
この甘く流麗な、丸く柔らかなデスモンドのアルトは、明るくスインギー。明朗に暖かに緩やかにスイングする。このデスモンドのスイングは、流れる様に横に揺れるように、オフビートにスイングする。伝統的な、正統なスイング。でも、なかなか、デスモンドのアルトは正しく評価されない。

でも、ヨーロッパのクラシックの様に縦に揺れるように、オフビートにスイングするブルーベックのピアノと、正統に流れる様に横に揺れるように、オフビートにスイングするデスモンドのアルトの組合せが素晴らしいのだ。この異質なもの同士の出会いが、独特な感覚の「スイング感」を生み出している。ファンの我々にはこれが堪らない。

1954年6月にライブ録音された『Jazz Goes to College』(写真)というアルバムを聴けば、その「異質なもの同士の出会い」がしっかりと記録され、ブルーベック・カルテット独特な感覚の「スイング感」を思いっきり感じることが出来る。ゴツゴツしてスクエアで甘く流麗な「スイング感」。

この個性的で独特な「スイング感」をどう感じるかで、ディブ・ブルーベック・カルテットの好き嫌いが決まるような気がします。特に、ストラビンスキーやバルトークなどの前衛的なクラシックに馴染みのあるジャズ者の方々なら、恐らくすんなりと入れるんではないかと思いますが、如何でしょうか。

ちなみにパーソネルを振り返ってみると、Bob Bates (b), Dave Brubeck (p), Paul Desmond (as), Joe Dodge (ds)。ドラムとベースはちょっと無名だが、ブルーベックとデスモンドのコンビは、このアルバムで既に、その個性をしっかりと確立している。とにかく、この二人の「異質なもの同士の出会った」ブルーベック・カルテット独特な感覚の「スイング感」が素晴らしい。

ここまで熱く語っても、それでも、日本では、ディブ・ブルーベック・カルテットは、あまり人気が無いんですよね。不思議やなあ。このライブ盤でも、聴衆は結構熱く盛り上がっているんですがね〜。でも、僕はディブ・ブルーベック・カルテットが意外と好きです(笑)。

 
 

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2014年2月19日 (水曜日)

GJTのヘビロテ盤の『K.J.L.H.』

やはり、ピアノ・トリオは良い。現代では、ピアノ・ベース・ドラムというセットが基本形。同じセットだと音も同じだ、と思ってしまうのだが、ジャズではこれがそうはならない。様々なジャズメンとの組合せの数だけ、音の個性がある。

ということで、どのピアノ・トリオをとっても、異なる個性を愛でることが出来るのがジャズの良いところ。僕は、ピアノ・ベース・ドラム、それぞれの楽器のお気に入りのジャズメンに注目して、そのトリオとしての組合せを楽しむことが中心になる。

そんな楽しみ方の中で、1970年代後半、ジャズを聴き始めてまだ3年位でお気に入りになったのが、The Great Jazz Trio(以降、GJTと略)。パーソネルは、Hank Jones (p), Ron Carter (b), Tony Williams (ds)。

1918年7月生まれで最年長のピアノのハンク・ジョーンズと、1945年12月生まれで最年少のトニー・ウィリアムスとの年齢差は「27歳」。真ん中のロン・カーターが1937年5月生まれだから、ハンクとの年齢差は「19歳」で、トニーとの年齢差は「8歳」。

年長の兄貴格のロンと弟格のトニー、その二人に君臨する父親格のハンクという図式になる。しかしながら、このGJT、発案は一番年下のトニー・ウィリアムス。マイルス・バンド出身、当時、ジャズ界で先進的なリズム&ビートの担い手であったロン&トニーと、モダンかつ典雅なタッチが個性のベテラン、ハンクのピアノの組合せが実に新鮮だった。

先進的なリズム&ビートの担い手、特にトニーのドラミングに触発された、ハンクのコンテンポラリー、スインギーかつバイタルなピアノが際立っていた。あの典雅で端正なハンクのピアノが、当時のジャズ界の最先端、モーダルで限りなくフリーに近いコンテンポラリーなタッチに変化して、ガンガン弾きまくるのだ。それでいて、どこか「典雅で端正な響き」を宿したところが堪らない。
 

Gjt_kjlh

 
そんなGJTの個性を心ゆくまで愛でることの出来るアルバムが、スタジオ録音第2弾だった『K.J.L.H.』(写真)。1977年10月の録音。ちなみに「K.J.L.H.」とは、"Kindness, Joy, Love & Happiness"を略したFMラジオ局のこと。とにかく、ジャケットが粋で格好良い(LPサイズだとなお迫力が出る)、僕にとっても、この『K.J.L.H.』は、GJTのヘビロテ盤の一枚。

このアルバムに収められた7曲は、今では恐らくほとんどのJazzファンには馴染みの深い、いずれも有名なスタンダード・ナンバーではあるが、どちらかと言えば、メカニカルで「ミュージシャンズ・チューン」的な、演奏者としてやって楽しいナンバーがチョイスされている。

これがまあ、どの曲も聴いていて楽しいこと楽しいこと。このGJTの個性である、ジャズ界で先進的なリズム&ビートの担い手であったロン&トニーのリズム&ビートに触発されて、どこか「典雅で端正な響き」を宿しつつ、モーダルで限りなくフリーに近いコンテンポラリーなタッチでガンガン弾きまくるハンクが「むっちゃ格好良い」。

トニーなぞ、喜々として全面に押し出て、バリバリに叩きまくっているのだが、それに触発されたモーダルで限りなくフリーに近いコンテンポラリーなハンクのタッチの方がより全面に押し出て、明らかに「目立っている」。ロンはその間に立って、どちらかと言えば、トニーのドラミングを柔らかくコントロールしている感じ。

このハンク、トニー、ロンのトリオの音がとにかく個性的なんですね。それまでに無かった響きでしたし、今の耳で振り返っても、唯一無二な響きを宿していて、それはそれは素晴らしい演奏を繰り広げています。録音も優秀。独特の個性で聴き応え満点、飽きの来ないピアノ・トリオの佳作です。

 
 

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2014年2月18日 (火曜日)

モントルーのマイルス・1988年

エレ・マイルスのライブボックス盤『The Complete Miles Davis at Montreux』(写真左)。CD13・14は, 1988年7月7日のモントルーのエレ・マイルスである。1986年から1年空けて1988年、1986年のメンバーから総入れ替えで、これまた新しいサウンドに変化。まだまだ進化する第二期エレ・マイルス・バンドである。

ちなみに、その総入れ替えのパーソネルは、Miles Davis (tp, syn), Kenny Garrett (ss, as, fl), Adam Holzman, Robert Irving (syn), Joe "Foley" McCreary (b), Benny Rietveld (b), Ricky Wellman (ds), Marilyn Mazur (per)。 自ら含めて、シンセサイザーの大々的な導入が、その新しいサウンドの秘密。

リズム&ビートが軽快になった。しっかりとボトムは押さえていて、オフビートの重量感は維持しているが、音の響きとしては軽快になった。そして、疾走感が加わっている。1970年代の第一期エレ・マイルス・バンドの超弩級の重戦車の様な超重量級のファンキー・ビートからは想像出来ない、軽快で乾いたファンキー・ビートである。

加えて、ファンクネスの度合いが高くなった。が、リズム&ビートが軽快になった分、その濃くなったファンクネスはとてもポップに聴こえる。軽快なR&Bを聴いている様な、爽快感と疾走感。ヘビー級ではない、ミドル級のボクサーの軽快なフットワークの様なファンクネス。

そこに、シンセサイザーが中心となったユニゾン&ハーモニー、そしてソロ・パフォーマンスが重なる。そう、ちょうどマイルスの傑作スタジオ録音盤『Tutu』の音である。それまでのエレ・マイルス・バンドは、ギターが全面に押し出されてきたが、ここでシンセサイザーが台頭してきた。
 

Miles_montreux_1988

 
しかも、このシンセサイザーの使い方、ソロ・パフォーマンスが半端じゃない。それまでに聴いたことの無い、かなり個性的なユニゾン&ハーモニー、そしてソロ・パフォーマンスなのだ。エレ・マイルスならではと言って良い。こんなシンセサイザーの音は、他のジャズ・バンドでは絶対に出せない、今でも聴くことは出来ない。

もはや、第二期エレ・マイルス・バンドは完成の域に達している。マイルスのイメージ通りの音が出ているのではないか。マイルスもそんな完成度の高いバンドをバックに、実に気持ちよさそうにトランペットを吹いている。マイルス自身も好調そうで、速いフレーズやハイノートなど、結構、難なく吹き上げている。この年のモントルーのマイルスは充実の極み。

マイルス自らが力を入れてニュー・スタンダード化した、シンディ・ローパーの「Time After Time」や、マイケル・ジャクソンの「Human Nature」などはもう自家薬籠中のものとなっている。アレンジも秀逸。印象的なバラード・ナンバーにマイルスのトランペットが映える。この年のこのニュー・スタンダードな2曲の演奏は大変出来が良い。

この1988年のモントルーのマイルスも聴きものである。CD2枚分、あっという間に聴き切ってしまう。ほぼ完成の域に達した第二期エレ・マイルス・バンド。マイルスを始めとして、メンバーが皆、楽しそうに演奏している雰囲気がダイレクトに伝わって来るライブ音源です。

 
 

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2014年2月17日 (月曜日)

ローランド・カークの入門盤

ローランド・カーク(Roland Kirk)は、とにかくその風貌、その演奏スタイル、その演奏の雰囲気、等々から、誤解されることの多かったジャズメンである。「グロテスク・ジャズ」と形容され、「黒眼鏡の怪人」と呼ばれたり、カークの音楽性や音の個性を純粋に評価される以前に、とんでもない形容、誤解をされることが多かった。

しかし、である。ローランド・カークは純粋に優れたジャズメンである。正統なメインストリーム・ジャズとして、正統に評価されるべきジャズメンである。そんなローランド・カークの個性を確認できるアルバムが、1961年8月録音の Roland Kirk『We Free Kings』(写真左)である。

Mercuryレーベルからのリリースになる。ちなみにパーソネルは、Roland Kirk (ts, manzello, stritch, fl, siren), Richard Wyands (p), Art Davis (b), Charlie Persip (ds)のカルテットと、Roland Kirk, Hank Jones (p), Wendell Marshall (b), Charlie Persip (ds)のカルテット、2種類の組合せで構成される。といっても、この2種類のカルテット、そんなに音の差がある訳ではないので、あまり気にすることは無いでしょう。

このアルバムでのローランド・カークは、一言で言うと「端正」。ローランド・カークの個性、複数のリード楽器を一気に咥えて吹き鳴らすとか、唄いながらフルートを吹くとか、サイレンを鳴らすとか、そんな個性を控えめに奥にしまいこんで、カークのテナー・サックスを中心としてリード楽器とフルートの演奏力を、通常のジャズメンと同様に全面に押し出した「端正」かつ「正統」な、ジャズ盤である。

通常のジャズメンとしてのローランド・カークは「端正」。そして、その音色には、そこはかとないジャジーな感覚が漂っていて、普通に吹くだけでも「ジャジーでブルージー」。
 

We_free_kings

 
それでいて、テナーというよりは、ちょっとアルトっぽい、高めのキーで軽く吹き上げる感じなので、どっぷりファンキーにはならない。爽快感のある、ストレートなファンクネスが、ローランド・カークのリード楽器の個性。

そして、ローランド・カークはフルートが上手い。ストレートに濁りの無いフレーズは、なかなかの聴きものである。運指もバッチリ決まっていて、淀みの無いストレートな音は、ローランド・カークのフルートの個性。エモーショナルで端正なフルートは、聴いていて気持ちが良い。

そんな「端正」かつ「正統」なテナーとフルートを中心に、通常のジャズメンとしてのローランド・カークを確認することが出来る。そして、そんな通常のジャズメンとしてのカークの中に、少しずつ、カークの別の個性、複数のリード楽器を一気に咥えて吹き鳴らすとか、唄いながらフルートを吹くとか、サイレンを鳴らすとか、そんな別の個性を織り交ぜていく。

特に、複数のリード楽器を一気に咥えて吹き鳴らすユニゾン&ハーモニーは、カーク独特の個性であり音である。これはワン・フレーズ聴くだけで、ローランド・カークだということが判る。それくらいに個性的。唄いながらフルートを吹くところは他のフルート奏者にもあることなので、まあまあという感じだが、いきなりサイレンを鳴らすところなんざあ、やっぱりこれはカークしかいない、ですよね(笑)。

ローランド・カークとは如何なるジャズメンか、と問われたら、まずはこの一枚ですね。初期のアルバムの中では、出色の出来です。このアルバムは、ローランド・カークの入門盤として、ローランド・カークの通常のジャズメンとしての個性が十分に確認することの出来る、お勧めの一枚です。

 
 

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2014年2月16日 (日曜日)

ファンキージャズとは何かの好例

中学時代、ブラスバンド部に在籍した経験があって、アルト・サックスを少し吹ける。ジャズでサックスを聴く際に、やはり、自分で演奏できる楽器を優先的に選んでしまうんですよね。という訳で、ジャズ・サックスで良く聴く楽器は「アルト・サックス」。

アルト・サックスで好きなジャズメンと言えば、アート・ペッパー、キャノンボール・アダレイ、フィル・ウッズ、ケニー・ギャレット、そして、渡辺貞夫あたりを愛聴している。そう、それから晩年のチャーリー・パーカーかな。思いを巡らせていて、キャノンボール・アダレイが突如として聴きたくなる。

今日、選んだ盤は、Cannonball Adderley『The Cannonball Adderley Quintet in San Francisco』(写真左)。1959年10月18&21日、サンフランシスコのThe Jazz Workshopでのライブ録音である。ちなみにパーソネルは、Cannonball Adderley (as), Nat Adderley (cor), Bobby Timmons (p), Sam Jones (b), Louis Hayes (ds)。

このライブ盤での演奏内容は「ファンキー・ジャズ」のお手本の様な、ファンキー・ジャズとは、と問われた時に、必ず、引き合いに出す一枚である。アルトとコルネットの音色、ピアノのユニゾン&ハーモニー、ドラムとベースの粘りのオフビート。どれもが、素晴らしくファンキー・ジャズしていて、いつ聴いても、このアルバムは「ファンキー・ジャズとは何か」を心ゆくまで味合わせてくれるのだ。

フロント楽器を構成する、キャノンボール&ナットのアダレイ兄弟がまず「ファンキー」。キャノンボールのアルトとナットのコルネットの吹き上げるユニゾン&ハーモニーの響きそのものが「ファンキー」。それも、このライブ盤では、上品でクールなファンクネスを醸し出していて、このライブ盤全体の「格」をワンランク上げている。
 

Cannonball_in_san_francisco

 
このゴスペルに通じる、アメリカン・アフリカンな響きを色濃く宿したユニゾン&ハーモニーは、ファンキー・ジャズ独特のものである。ジャジーでブルージーなファンクネスは、これぞジャズという響きがしていて、聴いていてとても心地の良いものだ。キャノンボール&ナットのアダレイ兄弟は「ファンキー兄弟」である。

そして、ボビー・ティモンズのピアノが、このライブ盤の演奏の「肝」の部分である。ファンキー・ジャズ専任のピアニストと評しても良い、ティモンズの叩き出すピアノのフレーズは、どれもが「ファンキー」。

滴り落ちるようなファンクネスを湛えつつ、ティモンズのピアノは、ゴスペルチックなユニゾン&ハーモニーを叩き出していく。左手のオフビートが、これまたファンクネスに強烈なアクセントを与えて、ティモンズのピアノはファンキー・ジャズ・ピアノの権化と化していく。

サム・ジョーンズのベースは、強烈な粘りがあって、強烈なオフ・ビートなウォーキング・ベースと粘りのあるピチカートが、演奏全体のファンクネスをガッチリとサポートする。よくよくこのライブ盤を聴いていると、このファンキーなサム・ジョーンズのベースがかなり「効いている」ことが良く判る。

ルイ・ヘイズのドラムは端正かつ適応性抜群。正確なドラミングを叩き出しつつ、そのシンバル・ワークを中心に、粘りのあるジャジーでブルージーでファンクネス溢れるリズム&ビートを叩きだしている。これだけファンクネスが強烈なドラミングを叩き出すとは、ヘイズの「ファンキー兄弟」への適応能力は抜群である。

この『In San Francisco』は、ファンキー・ジャズのアルバムの中でも、演奏内容のレベルも高く、決して、俗っぽく大衆に迎合した内容に陥らず、ジャズとしての品格を備えた立派なアルバムである。各メンバーのテクニックも優秀、収録曲の選曲&アレンジも良く、特に、ジャズ者初心者の方々に「ファンキー・ジャズとは何か」の好例としてお勧めしたい佳作です。

 
 

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2014年2月15日 (土曜日)

クラプトンの「大人のロック」

久し振りに、Eric Claptonの『Crossroads 2: Live in the Seventies』を聴きながら、そう言えば、このブログで、1970年代後半のクラプトンのアルバムについて語る機会があまり無かったことに気が付いた。

1970年代後半のクラプトンと言えば、まずは『Slowhand』(写真)だろう。1977年11月のリリース。僕は当時、浪人の身だったので、このアルバムを入手して聴いたのはリリース一年後のことであった。

まずジャケットが良い。若き日のクラプトンのニックネーム「スロー・ハンド」をタイトルにしたアルバムで、身開きのジャケットを開くと、当時のクラプトンの愛器であった「ブラッキー」がど真ん中にどーんと横たわっている。ジャケットをたたむと、ギターのネックの部分とクラプトンの左手だけが見えるという、なかなかのデザイン。

ジャケットが良ければ内容も良いのがアルバムというものである。この『Slowhand』というアルバムでは、クラプトンのギターの技というよりは、クラプトンのソング・ライティングの才能が思いっきり発揮されている。収録されたクラプトンの自作曲の全てが良い。逆に、このアルバムでは、クラプトンはギターをあまりギンギンに弾いてはいない。

このアルバムに収録された曲は、どれもがギンギンのロックな曲という雰囲気では無い。このアルバムがリリースされた1977年当時、ソフト&メロウなAORが流行し始めていた背景を思うと、この『Slowhand』は、クラプトン流のちょっと硬派なAORなアルバムと評しても良いかと思う。
 

Slowhand

 
そういう意味では、1970年代前半のクラプトンの「スワンプ」で「レイドバック」な音世界を期待すると、ちょっと「あれれ」と思ってしまうかもしれない。この『Slowhand』に収録された曲は、どれもが意外とソリッドで、意外とメリハリよく溌剌と演奏されていて、スワンプやレイドバックという雰囲気は微塵も感じられない。

スワンプの音を整理してスッキリさせて、ソフト&メロウな雰囲気とソリッドで硬質なアレンジで、コントラストを豊かにしたAORという風に僕は受け止めている。1970年代前半までのロックに求めたものを前提とすると、この『Slowhand』の音世界は、分別のある、大人のロックな雰囲気だと言える。

冒頭のJ.J.Cale作の「Cocaine」は、その歌詞、そのリフを聴くと、まだまだ従来のロックな雰囲気を漂わせているが、2曲目のバラード曲、当時の伴侶であったパティ・ボイドに捧げた、クラプトンの究極のラブ・ソングである「Wonderful Tonight」は、明らかに大人のロックであり、AORな音世界である。この「Wonderful Tonight」の歌世界を、1970年代前半までのロッカーは絶対に歌わない(笑)。

3曲目の「Lay Down Sally」も、1970年代半ばまでのクラプトンであれば、思い切りレイドバックした演奏でキメてくるのだが、このアルバムでは、ちょっとルーズさを漂わせながらも、意外とカッチリとソリッドにキメてくる。大人のちょっとハードなAORって感じで、クラプトンの音の変化が十分に感じられる。

『愛しのレイラ』や『461オーシャン・ブールバード』、『安息の地を求めて』と聴き込んできたクラプトン者の方々からすると、この『スローハンド』の音世界を聴くと、クラプトンも大人になったもんやなあ、と感じるのではないでしょうか。この『スローハンド』の音って、クラプトンの「大人のロック」ですね。

 
 

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2014年2月14日 (金曜日)

カークを「あっさり」と楽しむ

実質的なデビュー作だった『Introducing Roland Kirk』。それから、約1年後、ローランド・カークは、プレスティッジ・レーベルにアルバムを残す。そのアルバムとは、Roland Kirk『Kirk's Work』(写真左)。

1961年7月の録音になる。ちなみにパーソネルは、Roland Kirk (ts, manzello, stritch, fl, siren), Jack McDuff (org), Joe Benjamin (b), Art Taylor (ds) 。

さすがはプレスティッジ。リズム・セクションになかなかのメンバーを持ってきています。ベースがジョー・ベンジャミン、ドラムがアート・テイラー。良いですね。

そして、今回のカークのお相手は、オルガンのジャック・マクダフ。ジャジーで、こってこてファンキーなマクダフのオルガンとの共演が、この『Kirk's Work』の肝になります。

このアルバムでのローランド・カークは、極力、普通のジャズメンの様に吹こう、と心がけているように思える。複数のリード楽器を一気に加えて、思いっきり個性的なユニゾン&ハーモニーを奏でまくる、ということ無しに、控えめに思いっきり個性的なユニゾン&ハーモニーを奏でながらも、普通のジャズメンの様にリード楽器を吹き上げている。
 

Kirks_work

 
この普通に吹くリード楽器だからこそ、カークのリード楽器の音色やフレーズの個性が良く判る。カークのリード楽器の音色やフレーズが、とてもブルージーなのが良く判る。ブルージーだからこそ、マクダフのファンキーなオルガンにぴったし合うのだ。

カークのブロウは軽めのブルージ−。そこに、ファンクネスをグッと押さえた、ちょっとあっさり目のマクダフのオルガンが寄り添う。これが「あっさりしていて」とても良い雰囲気なのだ。とにかく、聴いていて、ブルージーでファンキーなんだけど、耳にもたれない。

カークのブロウは、テクニックは確かではあるが、テクニックでは勝負しない、音色やフレーズの雰囲気や個性を全面に押し出してくる、雰囲気で聴かせるタイプ。バリバリに吹きまくらず、ファンクネスを押し出し過ぎず、趣味の良い、あっさりとしたブロウが、このアルバムでのカークの特色。

ところどころにラテンな響きもあり、ソウルフルな響きもあり、聴き易い聴き疲れない、カークのアルバムの中では、なかなかに取っ付き易いアルバムです。カークをあっさりと楽しむことのできる佳作。

カークのリード楽器の音色とフレーズを確かめるのに「この一枚」です。アルバム全体で33分と、ちょっと収録時間が短いのが「玉に瑕」でしょうか。でも、なかなか良い雰囲気のアルバムです。僕は結構気に入っています。

 
 

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2014年2月13日 (木曜日)

突然、ラテン・ロックに立ち戻る

今の耳で聴けば、『不死蝶』というアルバム全体に、クロスオーバー・ジャズ、フュージョン・ジャズという雰囲気が漂っている。サンタナってロック・バンドだから、ロックからアプローチとして解釈するなら、クロスオーバー・ロック、フュージョン・ロックな雰囲気が濃厚である。

そんな、エレクトリック・クロスオーバー・ロック(ジャズ)の傑作であった『不死蝶』。しかし、セールス的にはイマイチで、米国・英国共にチャートのトップ10に入らなかった。僕は好きでしたけどね、このアルバム。しかし、やはり、セールス的に振るわないのは問題だったんだろうなあ。

サンタナの次のアルバムは、あっと驚く、熱いラテン・ロックに立ち戻り、当時の流行だったソフト&メロウなフュージョン・ミュージックを踏襲し、ファンクネス漂うR&B的なダンサフルな雰囲気を漂わせ、ラテンでグルービーでポップ、ソウルフルでファンキーな、とにかくごった煮なロック・アルバムであった。1976年の春のことである。そのアルバムとは、SANTANA『Amigos(アミーゴ)』(写真)。

スピリチュアルなインスト・ロックや、エレクトリック・クロスオーバー・ロックなど、ジャズへの傾倒、ジャズとの融合を一旦横に置いて、サンタナはラテン・ロックに立ち戻り、ファンキーではあるがジャズとは対極にある、ソウル・ミュージック、R&B、サルサな要素をごった煮にして、思いっきりポップなロックをいきなり展開した。

ジャケットがそんな「ごった煮」な雰囲気を如実に表現している。このジャケット・デザインは横尾忠則の作で、このジャケットの雰囲気そのままに、ポップでラテンでダンサフルでファンキーな音世界が展開されている。
 

Santana_amigos

 
とにかく、冒頭の「Dance Sister Dance(Baila Mi Hemana)」に仰け反る(笑)。思いっきりポップな、良い意味でとことん俗っぽいラテン・ロック。しかし、これはこれで「悪く無い」。これはこれで「楽しい」。思わず、あのラテンでポップで良い意味でとことん俗っぽいサンタナが帰ってきた、とニンマリしつつ、遂には思わず高笑いしてしまう。

このアルバムには、ラテンでポップで良い意味でとことん俗っぽいサンタナがギッシリと詰まっている。これはこれで、サンタナというバンドの個性の一面なんだよな。確かに、ラテン・ロックをやらせてサンタナの右にでる者はいない。それだけ、サンタナのラテン・ロックは思いっきり「ラテン」している(笑)。

そして、このアルバムのラス前、あの、これまた良い意味で思いっきりベタなフュージョン・インストの「 Europa (Earth's Cry, Heaven's Smile) 」、邦題にした方が馴染みがあるであろう「哀愁のヨーロッパ」が入っている。しかし、なんてベタな邦題だろう(笑)。

このインスト・ナンバー「哀愁のヨーロッパ」は日本でもヒットした。有線を通じて、場末の喫茶店でもこのインスト・ナンバーが流れていたし、街の商店街でも流れていたなあ。スーパー・マーケットでも流れていたし、パチンコ屋でも流れていた(笑)。ほんと、哀愁を帯びたマイナー調なバラード・インストに日本人は弱いよなあ。

サンタナとしては、これはこれで「あり」の『アミーゴ』である。1976年、米国ビルボードで10位とセールス的にも回復した。ホッと一息のサンタナであった。

 
 

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2014年2月12日 (水曜日)

最新作『KIN(←→)』は良好

最近のパット・メセニーの活動は、ちょっとややこしい。以前は、パット・メセニー・グループ(以降「PMG」と略す)としての活動とソロとしての活動の二本立てだった。最近は、そこに、2012年リリースの『Unity Band』から派生した「パット・メセニー・ユニティ・グループ(PMUGと略す)」が新しく立ち上がって、パットの活動は3本立てになった。

PMUGのパーソネルは、Chris Potter (ts,b-cl,ss), Pat Metheny (g, g-syn), Ben Williams (b), Antonio Sanchez (ds)。元々は、2005年のパットのソロ活動の一環として発表したトリオ盤『Day Trip』が起源。しかし、そのトリオの時のベーシストは、Christian McBrideでした。まあ、パットのメインストリーム・ジャズ向きのバンドが「PMUG」ということになりますね。

パットの活動母体は、まずはソロ。そして、盟友であるキーボードのLyle Maysとの双頭バンドがPMGで、フュージョン指向のフォーキーなコンテンポラリー・ジャズが身上のバンド。そして、このPMUGは、メインストリーム・ジャズ向きのバンド。そして、このPMUGの新譜がこの2月に出た。

Pat Metheny Unity Group『KIN(←→)』(写真左)。ちなみにパーソネルは、Pat Metheny (g, g-syn), Chris Potter (ts,b-cl,ss,fl), Ben Williams (b), Antonio Sanchez (ds), Giulio Carmassi (multi-inst.)。2012年の『Unity Band』のカルテットに、新たにイタリア出身のマルチ・インストゥルメンタル奏者ジュリオ・カルマッシが参加して、今回はクインテットの構成。

この最新作の解説を紐解くと「KINとは血縁・親族のこと。現在のパット・メセニーの音楽は、メセニー以前の偉大なミュージシャンから以後のミュージシャンと音楽的につながっている(血縁)ことを表している。(←→)の記号もメセニー以前、以後を表している」とのこと。ほうほう、そういうことなのね、とも思うし、それが一体何なんだ、とも思う(笑)。
 

Pmug_kin

 
とにかく、この新譜を聴いてみる。徹頭徹尾、メインストリーム指向のコンテンポラリー・ジャズである。日和った所や迎合した所の全く無い、硬派で実直なコンテンポラリー・ジャズ。これだけ高度な演奏を軽快に展開する。全く爽快である。

どこかジャコ・パストリアスを想起させるしなやかで弾力のあるベン・ウィリアムスのベース。明らかに個性的で今までに無いポリリズムがクールなアントニオ・サンチェスのドラム。そこに、今回は、マルチ・インストゥルメンタル奏者ジュリオ・カルマッシが、様々な楽器で様々な音の彩りを添える。

そのリズム・セクション+αをバックに、ちょっとコルトレーンの香りがする、今は亡きマイケル・ブレッカーを実直にした様なクリス・ポッターのテナーが印象的。そして、パット・メセニー御大のエレギ、アコギ、ギターシンセが音色豊かに乱舞する。新しい響きが煌めくリズム&ビートをバックに、フロントのテナーとギターが大変美しい。

伝統に根ざしたモーダルなハードバップ・ジャズの音の響きを宿しつつ、アルバム全体の演奏は現在のジャズの最先端をいく、新しい響きが美しい。PMUG独特の個性的なリズム&ビートが、今後の可能性の拡がりを示唆する。現在のコンテンポラリー・ジャズの最先端の演奏を聴かせてくれる。

硬派で実直なコンテンポラリー・ジャズではあるが、聴いていて新しい響きや新しいアプローチが楽しくて飽きない。まだまだ発展途上な仕上がりなんだけど、聴き応えのある、なかなかの魅力盤だと思います。暫く、我がバーチャル音楽喫茶『松和』ではヘビロテです。

 
 

大震災から2年11ヶ月。決して忘れない。まだ2年11ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2014年2月11日 (火曜日)

モントルーのマイルス・1986年

1970年代後半の隠遁時代を経て、1981年、マイルスは完全復活した。そして、この1986年では、もう隠遁時代の影なぞ全く払拭され、1980年代半ば、エレクトリック・ジャズの最先端、いや、当時のジャズの最先端を走る第二期エレ・マイルス・バンドの姿をしっかりと確認できる。

前年の1985年とこの1986年のエレ・マイルス・バンドの相違点は、ギターがジョンスコからロベン・フォードに代わっていること。そして、デヴィッド・サンボーンとジョージ・デュークがゲストで参加していること。このゲスト参加のセンスは、さすがマイルスである。

この1986年のモントルーでのエレ・マイルス・バンドのパーソネルをおさらいしておくと、Miles Davis (tp, key), David Sanborn (as), Bob Berg (ts,ss), Adam Holzman, Robert Irving (syn), George Duke (syn), Robben Ford (el-g), Felton Crews (el-b), Vincent Wilburn (ds), Steve Thornton (perc)。エレ・マイルス・テンテットである。

シンセサイザーが3台採用しているところが、この時期のエレ・マイルスの特徴だろう。所謂、スタジオ録音盤の『Tutu』指向の音作りがなされている訳で、あの『Tutu』仕様のエレクトリックな軽快ではあるが厚みのあるユニゾン&ハーモニーをライブで再現するには、シンセサイザーを複数台採用することが必要だったのだろう。エレ・マイルスにしか出せない独特な音の重ね方は、非常に個性的だ。

1986年7月17日のライブ音源になる。ちょうど、この1986年の2月〜3月に、スタジオ録音盤『Tutu』を録音した半年後のエレ・マイルス・バンドの姿を捉えたもので、適度なファンクネスを宿した、エッジの明快なリズム&ビートに乗った、爽快なエレクトリック・バンド・サウンドが特徴。
 

Miles_montreux_1986

 
インプロビゼーションの内容は、硬派なコンテンポラリー・ジャズであり、明るい雰囲気でありながら、テンションは適度に張っていて、それぞれのソロの内容は濃く、CD2枚のボリュームを一気に聴き切ってしまいます。フュージョン・ジャズの様な、エッジの明快なリズム&ビートに乗っている分、聴いていて疲れることは無いですね。

ゲストのデヴィッド・サンボーンのアルトが、かなりフリーキーにアブストラクトに吹き回していて面白いです。デヴィッド・サンボーンって、スムース・ジャズの代表格みたいに評価されていますが、彼のプレイの芯の部分は「硬派で純ジャズなアルト奏者」なんですね。そこをしっかりと見抜いてゲストとして招聘するマイルスの慧眼恐るべしです。

ジョージ・デュークのゲスト参加は、1970年代の第一期エレ・マイルス・バンドに常に漂っていた、少し暗い切迫感・重量感など微塵も感じさせない、1980年代のジャズ・シーンに合った、明るい雰囲気のエレ・マイルスのリズム&ビートの生成に貢献しています。このジョージ・デュークのゲスト参加にも正直ビックリしました。しかし、その成果をこうやって聴かされると、やっぱり思いますね、マイルスの慧眼恐るべし、と(笑)。

この1986年で、第二期エレ・マイルス・バンドは完成の高みに到達しています。マイルスのプレイも充実していて、随所で楽しそうにミュートにオープンに吹き切っています。楽しそうな表情のマイルスの顔が目に浮かぶようです。「Human Nature」と「Time After Time」は、ここでは確実にネオ・スタンダート化されています。美しいバラードプレイはマイルスの真骨頂。

1986年のモントルーのマイルス、充実しています。この5年後に鬼籍には入ってしまうなんてとても思えない、進化し続ける充実のエレ・マイルス。CD2枚のボリュームが物足りない位です。

 
 

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2014年2月10日 (月曜日)

ローランド・カークを感じるには

この数年来、Roland Kirk(ローランド・カーク)のアルバムを探求している。ローランド・カークのプレイに度肝を抜かれたのが、『The Inflated Tear(溢れ出る涙)』というリーダー作を聴いた時。ジャズを聴き始めてから、約20年も経ってからのこと。21世紀になるほんの手前で、僕はやっとのことで、ローランド・カークにたどり着いた。

ローランド・カークは盲目のジャズメン。1935年か1936年の生まれ。1977年に鬼籍に入っている。僅か42年の生涯。ローランド・カークは「マルチ楽器奏者」。マルチリード奏者では無い「マルチ楽器奏者」。

一人で、サックス、フルート、トランペット、オーボエ、ピッコロなど、多種多様な管楽器が演奏可能。しかも、同時に数本のリード楽器を吹き回し、時に、鼻でフルートを鳴らしながらスキャットを口ずさみ、同時に手回しサイレンやホイッスルを鳴らす。

しかも、呼吸の間も絶え間なく、口から空気を吐き出すことによって、息継ぎの無音時間をなくす演奏技法である「循環呼吸」の実践者でもある。簡単に言うと「息継ぎ」が無い。ず〜っと吹き続けるという感じ。これが、カークの吹く音にとてつもない個性を与えているのだ。

この途方も無いカークの個性はどの辺りから顕著となったのか。彼の実質的なデビュー作、Roland Kirk『Introducing Roland Kirk』(写真左)を聴けば良く判る。
 
1960年6月、シカゴでの録音。ちなみにパーソネルは、Ira Sullivan (tp, ts), Roland Kirk (ts, manzello, stritch, whistle), William Burton (org, p), Donald Garrett (b), Sonny Brown (ds) 。カーク以外、ほとんど無名のローカル・ミュージシャンばかり。

しかし、この実質的なデビュー作『Introducing Roland Kirk』で、既にカークの個性は全開である。冒頭の「The Call」の演奏を聴くだけで、このローランド・カークというジャズメンは、途方も無い個性の持ち主であることが良く判る。他の類を見ない、途方も無い個性。音だけなので、どうやってこの不思議な響きを宿した「ユニゾン&ハーモニー」が奏でられるのかが判らない。
 

Introducing_roland_kirk

 
実にミステリアスな響き。ユーモラスでありながら、どこか悲しみを宿した様な、ブルージーな響き。肉声に近い、エモーショナルな響き。純ジャズ的なブルージーな響きというよりは、R&B、ソウル・ミュージック的なブラコン的な響きがポップでクール。
 
セロニアス・モンクにも通じる独特なタイム感覚。カークは、ジャズの歴史の中でも、途方も無く個性的なジャズメンなのだ。

セロニアス・モンクを「ジャズの高僧」と比喩するのであれば、ローランド・カークは「ジャズの虚無僧」と喩えたい。複数本のサックスを同時にエモーショナルに吹き鳴らしている時も、その音の底にブラコン的な響きやソウル・ミュージック的な響きが感じられるところが、ちょっと俗世間っぽくて、なんとなく「虚無僧」って感じなんですよね〜。

しかしながら、3つの管楽器を首の周りに巻きつけ、3つの管楽器を同時に加えて吹き、さらにフルートやホイッスルなど様々な楽器を身体にまとわりつかせて演奏する写真を見て、日本では「グロテスク・ジャズ」と紹介されていた時期がある。

なんと悲しいことだろう。真っ先にカークの音を正しく評価することなく、その「マルチ楽器奏者」として演奏する姿・形を見て、グロテスク・ジャズと形容した、当時のジャズ者の方々の感性を悲しく思う。

ローランド・カークは、音的に正統なジャズを踏襲し、メンストリーム・ジャズ的な音を旨とし、テクニックのレベルは高い。純ジャズとして評価されるべき、硬派でクールなジャズである。決して「ゲテモノ的」なジャズでは全く無い。もっと、ローランド・カークのリーダー作に耳を傾け、その途方も無い個性を体感していただきたい。

やはり、ローランド・カークを感じるには、この実質的なデビュー作である『Introducing Roland Kirk』を聴くのが良い。カークを探求するには、この『Introducing Roland Kirk』から順番に一枚一枚、リーダー作を辿っていくのが正攻法だろう。これからのローランド・カークの探求はとても楽しみだ。

 
 

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2014年2月 9日 (日曜日)

冬に『Super Takanaka Live』

「夏だ、海だ、高中だ!」という凄いベタなキャッチコピーで売り出した「高中正義」。そのキャッチ通りに、高中のアルバムは夏にのみ聴くのか、と問われれば「否」と応える。しかし、春や秋という季節の良い時期には聴かないなあ。しかし、不思議と、我がバーチャル音楽喫茶『松和』では、高中のアルバムのいくつかを「冬真っ只中」に聴いたりする。

高中の全てのアルバムが対象では無い。ある特定のアルバムだけ、冬に聴くことが多い。恐らく、学生時代に、冬の季節にヘビロテだったことが原因だと思っている。そのアルバムの演奏を聴くと、その時の情景が浮かんでくるのだが、その情景が、電気ストーブであったり、暖かいコーヒーであったり、熱々のチキンラーメンだったりするのだ(笑)。

そんな冬真っ只中で聴いたりする高中のアルバムのひとつが『Super Takanaka Live』(写真)である。『Jolly Jive』発売に合わせて、1979年12月23〜24日に日本武道館で井上陽水とジョイント・コンサートを行った時のライブ音源。このジョイント・コンサートについては、音楽雑誌などを通じて情報を入手。東京ってええなあ、と羨ましく思ったことを覚えている。

1980年3月のリリースなので、なぜ、このライブ盤について、冬に聴くことが多くなったのか、なんだが、このアルバムを入手したのが1980年の11月、ちょうど秋から冬への季節の変わり目であり、このライブ盤が、当時、ヘビロテ状態になったのが、1980年の12月から1981年の3月にかけての冬真っ只中だったことが理由。
  

Super_takanaka_live

 
それでも違和感は無いですけどね(笑)。冒頭の「BLUE LAGOON」はスタジオ録音とは全く違ったアレンジで、テンポが速い。ちょっと軽めの演奏。高中のギターは弾きまくっているんですが、緊張からフレーズが硬い。当時のライブ音源ならではのライブ感が良く伝わってはくる内容なんですが、絶好調っていう感じでは無いです。

が、2曲目以降の高中のギターはエンジン全開、素晴らしいフレーズを素晴らしいテクニックで弾きまくっています。この弾きまくりがとても熱い。この「熱さ」が冬の季節にも合うんでしょうね。冒頭の「BLUE LAGOON」で、突っ込みすぎで、前掛かり気味だったギターが上手く軌道修正されて、2曲目の「EXPLOSION」は疾走感溢れるノリで弾きまくり。

3曲目の幻想的な「珊瑚礁の妖精」で一息ついて、熱いコーヒーなどを飲み始める。チキンラーメンであれば、この「珊瑚礁の妖精」で、麺をすすり始める(笑)。そして、やってくる4曲目の「RAINY DAY BLUE」以降、「TROPIC BIRD」「DISC"B"」の高中の弾きまくりに、炬燵の暖かさの中、感動する。

そして、ラス前の「READY TO FLY」とラストの「黒船」は、なぜか電気ストーブで暖まった部屋の中のイメージが漂う(笑)。このラス前、ラストの2曲は、夏に聴くと、ちょっと暑苦しいほどの濃厚なテクニック満載のギター弾きまくりな名演なので、やっぱり、この2曲は冬の季節に聴くかぎるんだろうな(笑)。確かに、この寒い冬に聴くと、良い感じのライブ名演です。

「夏だ、海だ、高中だ!」と言いますが、冬の季節にピッタリの高中のアルバムも幾枚かあるんですよね。まずはこの『Super Takanaka Live』。あと2〜3枚あるんですが、それはまた、後ほどのご紹介ということで・・・。

 
 

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2014年2月 8日 (土曜日)

トロンボーン4本にワクワクする

Super Trombone(スーパー・トロンボーン)とは、1995年、NYのトロンボーン奏者達により結成されたコンボ。ジャズでは脇役的なトロンボーンを主役に、4トロンボーン+ピアノ・ベース・ドラムスという7人編成の異色コンボである。

このSuper Tromboneの演奏って、ブラスバンドっぽくて、とても楽しいものばかり。誰にでも親しみ易く、聴き易いものばかり。あまり難しいことを考えること無く、楽しむことが出来るので、硬派なジャズを聴き続けた後のリラックスしたい時の耳直しに良く引っ張り出すアルバムです。

例えばこのSuper Trombone『Mission Impossible』(写真左)は、映画音楽特集。一度は聴いたことのある、ポピュラーな映画音楽がズラリと並んでます。これだけポピュラーな楽曲だと、ちょっとありきたりな俗っぽい展開になりがちなんですが、このスーパー・トロンボーンはそうはならない。

アレンジが秀逸で、さすがデビット・マシューズ御大、というところでしょうか。飽きの来ない、トロンボーンの音の特質を活かしたアレンジがアルバム全編に渡って効いています。まあ、ところどころ、マシューズ御大の「金太郎飴」的な展開が耳につくところもあるんですが、まあそれは「ご愛嬌」ということで流しています(笑)。
 

Mission_impossible

 
スーパー・トロンボーンというコンボ名を張っている位なので、トロンボーンそれぞれの演奏テクニックは素晴らしいものがあります。楽器的には難易度が高いとおもうんですが、いともたやすく難度の高いフレーズを吹きこなしていきます。アンサンブルも抜群。ユニゾン&ハーモニーの素晴らしさも特筆すべきレベル。

どこかで必ずや聴いたことがある、有名な映画音楽をトロンボーン4本でやる、という企画がピッタリとはまっています。アレンジもビッグバンドっぽいアレンジを踏襲して、音の厚みも十分で、聴いていて迫力があります。

トロンボーン4本のユニゾン&ハーモニーなんで、スピード感の面で如何なものか、と聴く前は心配しましたが、このスーバー・トロンボーン集団にとっては「杞憂」でしたね。疾走感も十分に感じられ、申し分ありません。

肩肘張らずにリラックスして楽しめる良いアルバムです。タイトル曲の「ミッション・インポッシブル(スパイ大作戦)」のテーマ部をトロンボーン4本でキメるところなどは、聴いていてワクワクします。そうそう、このアルバム、選曲もなかなか良いですよね。トロンボーン演奏の素晴らしさと相まって、アレンジとプロデュースの面でも優れた佳作だと思います。

トロンボーン4本がフロントのコンボなんて「キワモノ」と決めつけるなかれ。聴いてみたら意外と楽しいですよ。時には、あまり難しいことを考えること無く、楽しむことが出来るジャズも良いものです。

 
 

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2014年2月 7日 (金曜日)

シンプルにしっとりと女性ボーカル

風邪をひいて、大人しくベットで寝ている時のBGMは、僕にとってはジャズが一番。それも、難しいことを考える必要のない、ポップで、肩肘を張ることのない、リラックスできる、しっとり静かなジャズ。

その一つはボーカル、お気に入りは、女性ボーカル。それもアクのない、聴いていてリラックスできるやつ。そんな条件に見合うのは、どうしても白人系の女性ボーカルになってくる。あっさり、しっとりとした、落ち着きのある女性ボーカル。

僕が、風邪をひいて寝込んだ時など、安静・リラックスを目的として耳を傾ける女性ボーカルのアルバムの中で、まず一番に挙げられるのは「ジュリー・ロンドン(Julie London)」である。この人のボーカルは聴いていて、とにかく落ち着くのだ。僕にとって、あっさり、しっとりの女性ボーカルの筆頭ですね。

このジュリー・ロンドンは、白人系女性ボーカリスト。ジャズ・ボーカリストと映画女優を掛け持ちしていた美貌の持ち主。もともとは女優出身なんですね。

1940年代に女優でデビューした後、1950年代、ジャズ・ボーカルにチャレンジし、本格的なジャズ・シンガーとしてのキャリアをスタートさせている。いわゆる、神は二物を与える、の典型的な例でもある(笑)。
 

Julie_is_her_name

 
そんな彼女の僕のお気に入りは、『Julie is her Name(vol.1 & 2)』(写真左)。邦題『彼女の名はジュリー』。1955年のリリース。ちなみにパーソネルは、Ray Leatherwood (b), Barney Kessel (g), Julie London (vo)。ドラムレスで、ベースとギターのみをバックとした、シンプルな構成。

このシンプルさが、このアルバムの最大の魅力です。このベースとギターのバッキングが絶妙。その優れたバッキングに乗って、ジュリー・ロンドンが、シンプルにしっとりとしたボーカルを唄い上げていきます。

その彼女の奏でるボーカルは、一言でいえば、「青江三奈(古いなあ)+アメリカン・ポップス的なフィーリング」。ほのかなお色気を感じさせ、それでいてくどさが無い。あっさり目で、それでいて、心にふんわり沁みる不思議な魅力。健康的なハスキーな歌声に、なんだか、うっとりしたり、ホッとしたり。

加えて、ジャケットのデザインも秀逸。その美貌と「おしゃれっ気」ムンムン。とにかく、気軽に聴けて、リフレッシュ効果抜群という面では、元祖「癒し系」ボーカルとして、このジュリー・ロンドンの右に出るものはいない。

風邪をひいて、大人しくベットで寝ている時のBGMは、僕にとってはジャズが一番。今日は、シンプル、しっとりした女性ボーカル、ジュリー・ロンドンのお世話になる。ポップで、肩肘を張ることのない、リラックスできる、しっとり静かなジャズ。知らず知らずのうちに、グッスリと寝込んだりする。

 
 

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2014年2月 5日 (水曜日)

サンタナのジャズへの傾倒度合い

サンタナ(SANTANA)をリアルタイムで体験するようになったアルバムは、この1974年リリースの『Borboletta(不死蝶)』(写真左)になる。青緑にキラキラ渋く光るジャケットは、駅前のレコード屋で、一時、高校の帰りに毎日眺めていた。

当時は何がなんやら良く判らない、途中、長々と展開される、スピリチュアルでエモーショナルなサックスの嘶きは、ちょっと取っ付き難かった。それでも、サンタナのギターは格好良かった。特に、インスト・ナンバーの凄さといったら無かったなあ。

しかし、ボーカル・ナンバーは「違和感」を感じた。後のフュージョン・ジャズの「ソフト&メロウ」な演奏を先取りした様な演奏は、インスト・ナンバーの硬派でスピリチュアルな展開とは、全く相反していて、どうにもこうにも、しっくりこなかった。

そう、この『不死蝶』というアルバムは、インスト・ナンバーの硬派でスピリチュアルな展開と、ボーカル・ナンバーの「ソフト&メロウ」な演奏が拮抗した、なんとも、硬派なのか軟派なのか、判別に苦労するアルバムなのである。

とにかくボーカル・ナンバーが「ソフト&メロウ」で、今の耳で聴けば、なかなか良く出来た、内容のある演奏なんだが、当時は、この「ソフト&メロウ」なボーカル・ナンバーは「退廃的」に感じた(笑)。この俗世間に迎合した様な「ソフト&メロウ」なボーカル・ナンバーはなんなんだ、と頭を抱えた高校時代。懐かしい(笑)。

逆に、インスト・ナンバーの硬派でスピリチュアルな展開は素晴らしいの一言。今の耳で聴くと、エモーショナルなサックスの響きは当時のフリー・ジャズのマナーを取り入れたものだし、パーカッションの導入は明らかにジャジー。この『不死蝶』というアルバムのインスト・ナンバーには、ジャジーでクロスオーバー・ジャズな雰囲気が満載である。

「Aspirations」のスピリチュアルでフリーなサックスのインプロビゼーションが格好良い。「Here And Now」から「Flor De Canela」のクロスオーバー・ジャズな展開は一級品。「Promise Of A Fisherman」のプログレッシブ・ロックな響きは堪らない。
 

Borboletta

 
よくよく聴けば、ボーカル・ナンバーでのパーカッションの響きは、もはやこれは「ロック」のパーカッションでは無い。これは「ジャズ」のパーカッションだ。後のワールド・ミュージック系のフュージョン・ジャズのパーカッションを先取りした様なリズムの洪水は心が揺さぶられる。

今の耳で聴けば、この『不死蝶』というアルバム全体に、クロスオーバー・ジャズ、フュージョン・ジャズという雰囲気が漂っている。サンタナってロック・バンドだから、ロックからアプローチとして解釈するなら、クロスオーバー・ロック、フュージョン・ロックな雰囲気が濃厚である。

それもそのはず、このアルバムには、リターン・トゥ・フォーエヴァーのスタンリー・クラークや、同バンドの元メンバーであるアイアート・モレイラ、フローラ・プリムがゲスト参加しているのだ。当時のサンタナのクロスオーバー・ジャズ、フュージョン・ジャズへの傾倒が思いっきり感じられる。

ロックが得意とした「トータル・コンセプト・アルバム」という観点から聴くと、インスト・ナンバーの硬派でスピリチュアルな展開と、ボーカル・ナンバーの「ソフト&メロウ」な演奏が拮抗していて、一貫性が損なわれてはいるが、このインスト・ナンバーとボーカル・ナンバーの拮抗が実にクロスオーバー・ジャズっぽい。

このアルバムは、エレクトリック・クロスオーバー・ロック(ジャズ)の傑作である。しかし、セールス的にはイマイチで、米国・英国共にチャートのトップ10に入らなかった(米国20位、英国18位)。

そうだろうな〜。このアルバムって、やっぱジャズでっせ(笑)。でも、僕は好きやなあ、このアルバム。

 
 

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2014年2月 4日 (火曜日)

我々はマイルスを欲している。

最近、朝のスタートは、エレ・マイルスのライブボックス盤『The Complete Miles Davis at Montreux』で始まる。毎日がエレ・マイルスのライブで始まる。今日、聴いていたのは、1986年7月17日のモントルー・ライブ。第二期エレ・マイルス・バンドの演奏である。

その第二期エレ・マイルス・バンドはいつ始まったのか。それは、1981年7月のことである。Miles Davis『The Man with the Horn』が、そのマイルス復活の狼煙、第二期エレ・マイルス・バンドの始まりである。

マイルスの意図は明確で、エレクトリック・サウンドをアレンジ、サウンドの一部として使いこなしつつ、ダンス・ミュージック、ブラック・ミュージックのエッセンスをオープンに取り入れつつ、ジャズのベースとなるビートはしっかりと押さえて「コンテンポラリー・ジャズの最先端」のプロトタイプを明快に提示していた。

この第二期エレ・マイルス・バンドは、エレクトリックな楽器をメインとしながら、出てくる音は、メインストリーム&コンテンポラリーなジャズであった。硬派で格好良い、エレクトリックな純ジャズだった。

しかし、この『The Man with the Horn』はスタジオ録音のアルバムであった。スタジオ録音であれば、音は結構、加工出来るし、編集も出来る。良いとこだけチョイスし、上手くいった演奏だけチョイスし、貼り付けることだって出来る。やはり、ライブ盤が聴きたかった。本当にマイルスは復活したのか。

そういう想いに即座に応えてくれるから、僕はマイルスが大好きだ。1982年5月のことである。Miles Davis『We Want Miles』(写真左)がリリースされた。待望の第二期エレ・マイルス・バンドのライブ音源。しかも、LP二枚組という満足のボリューム。
 

We_want_miles

 
ちなみにパーソネルは、Miles Davis (tp), Bill Evans (ss), Mike Stern (el-g), Marcus Miller (b), Al Foster (ds), Mino Cinelu (per)。ああ、懐かしい。第二期エレ・マイルス・バンドの最初のパーソネルである。そう、このメンバーに「やられた」んやな、当時(笑)。

1981年6月27日、ボストンのKix Clubと、1981年7月5日、ニューヨークのAvery Fisher Hall、そして、1981年10月4日、日本の新宿西口広場でのライブ音源を収録。凄まじいばかりのエレ・マイルス・バンドの怒濤の演奏が繰り広げられている。

とにかく、このライブアルバムは凄い。今の耳にも新しく響く「その凄さ」。エレクトリック・ジャズでありながら、当時、流行のフュージョン・ジャズなんて全く無視。エレクトリック・ジャズをベースに、思いっきり最先端な、思いっきりメインストリーム&コンテンポラリーなジャズをやっている。

今の耳で聴いても、全く古さを感じさせないどころか、今のジャズ界で、これだけの思いっきりメインストリーム&コンテンポラリーなジャズをやる、ヒップでクールなジャズ・バンドってあるのかなあ、なんて思ってしまう。むっちゃ迫力のあるエレ・マイルスである。

隠遁前の第一期エレ・マイルス・バンドと比べて、生き急ぐような高テンションと、ちょっと病的な超重量級なファンクネスが去り、見通しの良い、爽快感溢れる適度なテンションと、重量級ではありながら、どこか軽快な、クールなファンクネスが全面に押し出て、健康を取り戻したマイルスがミュートにオープンに、バリバリとヒップに吹きまくる。

『We Want Miles』。我々はマイルスを欲している。今、見てもむっちゃ格好良いタイトル。ジャケットも格好良い。エレ・マイルスの傑作ライブ盤である。

 
 

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2014年2月 3日 (月曜日)

PMGのスムース・ジャズ化

二十歳の頃、『Pat Metheny Group』(旧邦題:想い出のサン・ロレンツオ)を聴いて以来、僕は、Pat Metheny Group(以降PMGと略す)のマニアである。今では、エレクトリック・ジャズの現役・老舗バンドのひとつ。

PMGのどのアルバムもお気に入りではあるが、この1995年リリースの『We Live Here』(写真左)と、その前作、1989年の『Letter from Home』だけは、どうも、あまりCDプレイヤーのトレイに載ることが少ない。

『Letter from Home』について語った時に書いたのだが(2014年1月23日のブログ参照・左をクリック)、何かしながらのBGMには良いんだが、しっかりと聴き込むと、どうしても違和感が付きまとう。アルバムの出来は素晴らしく良い。それでも、何か違う。僕にとって、長年、そんな微妙な感覚が付きまとう『We Live Here』である。

原因は、リズム&ビートにあると睨んでいる。『Letter from Home』から『We Live Here』にかけてのPMGのリズム&ビートは、非常に人工的。というか、デジタルチック。リズム・ボックスの様な、シーケンサーの様な、スチャスチャスチャと、一定のリズム&ビートを刻み続ける、人間味の薄いPC的なリズム&ビート。

これでは誰が叩いても、誰がベースを弾いても同じやないですか。リズム&ビートに個性と人間味が薄れて、パット・メセニー/グループの演奏というよりは、単調な人間味の薄いPC的なリズム&ビートに乗って、パット・メセニーのギターとライル・メイズのキーボードだけが目立つ、スムース・ジャズの様な演奏になっている。
 

We_live_here

 
とにかく聴き心地の良い演奏である。僕は、この『We Live Here』については、PMGのスムース・ジャズ化と評している。もはや、リズム&ビートを担うドラムとベースは誰でも良い感じ。リズム・ループらしいが、僕はこの「リズム・ループ」が好きでは無い。聴いていて変化が少なくて面白く無い。でも、聴き易さは抜群。グループ・サウンズの判り易さは満点。

このPMGのスムース・ジャズ化を進化と聴くか、停滞と聴くか、でこのアルバムの評価は大きく変わる。1987年の傑作『Still Life (Talking) 』で獲得した、アフリカン・ネイティブな、フォーキーでアーシーな響きを織り交ぜた、ワールド・ミュージック的な音世界を大胆に加えた、広大で抒情的な音世界はどこへやら、とっても聴き易い、アーバンなPMGがこの『We Live Here』に詰まっている。

誤解されては困るんだが、アルバムの出来は凄く良いんですよ。確かに、このアルバムは大ヒットしたし、新しいファン層を獲得したし、1996年には、グラミー賞ベスト・コンテンポラリー・ジャズ・アルバムを受賞している。でもなあ、このアルバムは、僕のPMGのアルバムの中では、お気に入りの度合いは、結構、低いんですよね〜。

このアルバムを聴いた時、実は「PMGは終わったな」と思った。リズム・ループを採用して、音の要素・音の作りとして、ジャズ・バンドがリズム&ビートを二の次にするなんてあり得ない。デジタル録音とMTV中心の1980年代の影響が尾を引いた、聴き心地優先のスムース・ジャズ化はどうしても好きになれなかった。

しかし、である。さすがはPMGであった。次作『Quartet』では、いきなり軌道修正し、硬派なコンテンポラリー・ジャズへと返り咲くのであった。

 
 

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2014年2月 2日 (日曜日)

モントルーのマイルス・1985年

このところ、朝のスタートアルバムは、エレ・マイルスのライブボックス盤『The Complete Miles Davis at Montreux』(写真左)。先週は、CD6からCD10までの、Jul 14, 1985年7月14日のモントルーのエレ・マイルスである。

1985年のエレ・マイルスのパーソネルは、Miles Davis (tpt, synth); Bob Berg (ss, ts); John Scofield (g); Robert Irving III (synth); Darryl Jones (el-b); Vincent Wilburn, Jr. (ds); Steve Thornton (perc)。

この1985年エレ・マイルス・バンドのパーソネルを1984年のものと比べてみると、ドラムだけが交代している。長年、エレ・マイルス・バンドの中で苦楽を共にしてきたアル・フォスターからヴィンセント・ウィルバーンに交代。1980年代のリズム&ビートのトレンドを意識した、戦略的なドラマーの交代である。

しかし、ドラマーだけが交代するだけで音が変わるのか。これが変わるのですね。劇的に変化しています。アル・フォスター在籍時は「重量感と疾走感溢れ、濃いファンクネス漂う」リズム&ビートだったんですが、ヴィンセント・ウィルバーンに代わっただけで、「軽快でしなやかで硬質、乾いたファンクネスが爽やかな」リズム&ビートに早変わり。

この変化の劇的さが「マイルス・マジック」なんですよね。マイルスのプロデュース力の凄さが判ります。1980年代のちょっと打ち込み風のデジタルチックでメリハリ感の強いリズム&ビートを取り入れるべく、マイルスが英断したドラマーの交代。確かに、アル・フォスターのリズム&ビートは、1970年代のエレ・マイルスのリズム&ビートではあるが、確かに、1980年代をリードするものではない様な気がする。

加えて、リズム&ビートについては多彩になった。1970年代から1984年までは、エレ・マイルス独特の「重量感と疾走感溢れ、濃いファンクネス漂う」リズム&ビート一辺倒だったんですが、この1985年のリズム&ビートは多彩。彩りが豊かなリズム&ビートに変化したとでも表現したら良いでしょうか。
 

Miles_montreux_1985

 
テクノ・ビート風なものやユーロ・ビート風なもの、そして、レゲエまで、1980年代に流行したリズム&ビートの要素をしっかりと取り入れ、第二期エレ・マイルスのリズム&ビートが確立している。リズム&ビートが多彩になった分、聴いていて楽しい演奏内容となった。親しみ易くなったエレ・マイルスである。

併せて、ジョンスコのエレギもロック色の強い演奏になっています。リズム&ビートが、1980年代風の「軽快でしなやかで硬質、乾いたファンクネスが爽やかな」リズム&ビートになった分、バンド全体の重量感と疾走感はエレギが担っている。

演奏全体の内容は、非常に優れたものに仕上がっています。1985年のエレ・マイルスのメンバーは、マイルスの意向、マイルスの目指す音、マイルスの好み、等々を十分に理解し、それを高い演奏テクニックをもって、精一杯表現しようとしています。

1970年代のエレ・マイルス・バンドのメンバーの、本当にマイルスを理解しマイルスの目指す音になっているのかどうか、という不安と恐れを底に漂わせつつ、必死になって高テンションで演奏していた頃とは違う次元の演奏になっています。恐らく、1985年のバンド・メンバーは、エレ・マイルスの基本を理解していたんでしょうね。

1985年のエレ・マイルスは、第二期エレ・マイルス・バンドとしての音をほぼ確立していて、聴いていて安定感のある、聴き応えのある演奏内容になっています。このエレ・マイルスのライブボックス盤『The Complete Miles Davis at Montreux』では、CD6からCD10までのCD4枚のボリュームですが飽きが来ません。当時のエレ・マイルスの充実ぶりが良く判ります。

 
 

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2014年2月 1日 (土曜日)

ジェイミーのメジャーデビュー盤

英国のヴォーカリスト&ピアニストJamie Cullum(ジェイミー・カラム)が来日しているんですね。東京・名古屋・大阪・広島・福岡でライブ公演の予定とのこと。日本でもジェイミー・カラムの人気が定着していることは喜ばしいことです。

僕がジェイミー・カラムの名を知ったのは2004年のこと。2003年に英国で発表した3rdアルバムにして、2004年米国・日本でもリリースされ、メジャーデビュー・アルバムとなった『Twentysomething』(写真左)が彼との出会いのアルバムです。

かの老舗のジャズ雑誌スイング・ジャーナルの「Jazz2004・完全データ・ブック」での、ジェイミー・カラムのこのアルバムのふれ込みタイトルが「ジャズ界のベッカム」。う〜ん、このふれ込みタイトルって、今見ても、俗っぽくて良いですねえ(笑)。

まあ、どこが「ジャズ界のベッカム」なのかはともかくとして、このボーカリスト、ジャズの領域からR&Bの領域まですっ飛んでいて、今時のジャズ男性ボーカルからすると、思いっきり時代にフィットしていて、なんだか凄く新しい雰囲気がして実に好ましい。

今時の男性ジャズ・ボーカリストは、シナトラの時代の「正統派男性ボーカル」を強く意識し踏襲するあまり、無難にまとめている割には面白味に欠け、聴き流す分にはまあまあの内容なのだが、しっかり耳を傾け、繰り返し聴くには単調なものが多い。つまりは、イージー・リスニング的なジャズ・ボーカルが多い、って感じている。

しかし、このジェイミー・カラムはちょっと違う。弾力性に富んだポップな雰囲気。しっかりハジケているんだけど、うるさく無い。しかも「しっとり」するところはしっかりと「しっとり」し、そのメリハリが心地よくて、気が付けばアルバム全曲聴き通してしまう。
 

Twentysomething

 
そんな不思議な魅力を持ったボーカリスト。なかなかのピアノさばき、少し枯れかかった潤いある特徴のある声。過度にジャズジャズしていない、しっかりとした歌唱力。最近の男性ジャズ・ボーカリストの中ではイチ押しです。

アルバムの選曲を見てもユニーク。数々のスタンダードナンバーも彼流に取り込んでおり、「Singing inthe Rain」や「I Could Have Danced All Night」は映画音楽の不朽の名曲。これがなかなんですよね。かたや、Radioheadの「High and Dry」をはじめ、Jimi Hendrix、Jeff Buckleyの曲もカバっており、新旧織り交ぜた選曲はとても楽しい。

とにかく、このアルバムを聴いて、「選曲が正統派ジャズらしくない」とか「フュージョンっぽい」とか言う無かれ。ポップなノリと確かなテクニックが素晴らしい、新しい感覚の男性ジャズ・ボーカルとして大満足、大推薦ですね。

このメジャーデビュー作『Twentysomething』は、全世界で200万枚以上の大セールスを記録し、第47回グラミー賞ベスト・ジャズ・ヴォーカル部門にもノミネートされた。また映画『ブリジット・ジョーンズの日記〜きれそうなわたしの12か月』で、主題歌である「Everlasting Love」を唄った。昨年は「Save Your Soul」がトヨタ・アルファードのCM曲にもなりましたね。

僕は彼を評して「スニーカーを履いた、若きフランク・シナトラ」。聴きやすく、ジャズ者初心者からベテランまで、幅広くお勧めできるスタンダードな一枚です。

 
 

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