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2014年1月の記事

2014年1月31日 (金曜日)

多彩な『ケニー・バレルの全貌』

CDの寿命は20〜30年と言われてきた。音楽CDが発売され出したのが1983年頃だったから、長くて30年とすると、発売され出した頃のCDは寿命を迎えているということになる。

僕のジャズのライブラリーでは、1986年頃からLPからCDへの移行を始めた。よって、その頃、確か3,000〜3,500円の高額で買ったCDは、そろそろ寿命を迎えるということになる。これは困ったなあ、と思っていたら、そんな「これは寿命なのか」と思われる症状を発症したCDが出始めた。

例えば、このKenny Burrell『Guiter Forms』(写真左)がそうだ。このアルバムは、確か1988年頃に購入したものなので、既に26年が経過している。つい最近聴き直したら、ラストの「Breadwinner」の終わり辺りで、音がよれって、突然演奏がプツッと終わってしまう。何度やってもそうで、CDプレイヤーを変えてもその症状は変わらない。どうも、CD自体の問題のようだ。

仕方が無い。購入の仕直しである。好きなアルバムなので、ケチってはいけない。SHM-CD仕様のCDをゲット。それでも、価格は1,500円程度なので、CDが発売されて30年、コストパフォーマンスは良くなったと言える。

さて、このKenny Burrell『Guiter Forms』という盤、邦題が『ケニー・バレルの全貌』と名付けられているのだが、これが言い得て妙。ケニー・バレルが持っているギター・テクニックとノウハウ、表現法の全てを駆使して、様々な曲、様々な表現、様々な展開に挑戦している。

しかも、この「挑戦」が大成功。ケニー・バレルというギタリストを理解するという上に、ジャズ・ギターの表現の可能性というものを理解するのに適した、素晴らしい内容のアルバムである。
 

Guiter_forms

 
ケニー・バレルのギターと言えば、僕の印象では、漆黒のブルージーな音色、爽快な節回しと程良く硬質な響きが特徴な、高テクニックをひけらかすこと無く、余裕を持ったインプロビゼーションが印象的、と感じている。非常に趣味の良い、小粋な節回しは、聴いていてとても気持ちが良い。

1964年12月、1965年4月の録音。コンボの演奏のパーソネルは、Kenny Burrell (g), Roger Kellaway (p), Joe Benjamin (b), Grady Tate (ds), Willie Rodriguez (conga)。オーケストラの演奏での主だったパーソネルは、Kenny Burrell (g), Johnny Coles or Louis Mucci (tp), Lee Konitz (as), Steve Lacy (ss), Ron Carter (b), Elvin Jones & Charlie Persip (ds & perc)。

錚々たるメンバーでの録音と相まって、プロデューサーはクリード・テイラー。ルディ・バン・ゲルダーの録音。アレンジ担当は、ギル・エヴァンス。鉄壁の録音フォーメーション。このフォーメーションで、傑作が出来ない筈が無い。

まず、冒頭のエルヴィン・ジョーンズ作の「Downstairs」のバレルの特徴であるライト感覚なブルース・ギターが格好良い。エルヴィンのドラミングもエモーショナルで印象的。

2曲目の「Lotus Land」は、ギル・エヴァンスのアレンジが冴えた、深淵な幻想的なギター演奏で、こんな表現がジャズにも可能なのだ、と初めて聴いた時には感動しました。非常に優れた表現であり、ジャズの芸術性を強く感じさせてくれます。

この冒頭の2曲だけでも、その多彩なジャズ・ギターの表現に耳を奪われます。残りの7曲も素晴らしい演奏です。ケニー・バレルのギター表現の素晴らしさを、この一枚で十二分に体験出来ます。ケニー・バレルというギタリストを愛でるに必須のアルバムでしょう。ジャズ・ギターを理解するにもお勧めの一枚です。

 
 

大震災から2年10ヶ月。決して忘れない。まだ2年10ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2014年1月29日 (水曜日)

モントルーのマイルス・1984年

このところ、朝のスタートアルバムは、エレ・マイルスのライブボックス盤『The Complete Miles Davis at Montreux』(写真左)の聴き通しで始まる。

このライブボックス盤『The Complete Miles Davis at Montreux』は超弩級のボリュームを誇る、こんなん一体誰が買うんや、的なライブボックス盤。なんとCD20枚組である。そして、このライブボックス盤は、マイルスがモントルー・ジャズ・フェスティバルに出演した際のライブ音源の全てである。

エレ・マイルスは年ごとにその演奏のトレンド、雰囲気がどんどん変わっていく。この劇的な変化が凄い。エレ・マイルスは、年ごとに変化し進化する。常にジャズ界の先頭を走り続けたエレ・マイルスの音、まずは隠遁前の「第一期エレクトリック・マイルス」の1973年、そして、1987年を除く、1984年から1991年までのカムバック後の「第二期エレクトリック・マイルス」の音がドバッ〜と入っている。

モントルー・ジャズ・フェスティバルというのは、マイルスにとっても特別なジャズ・フェスティバルだった様で、どの年のエレ・マイルスも演奏のレベルは高く、充実した内容になっている。これは本当に立派なこと。マイルスは常にプロフェッショナルであり、マイルスは常に優れたジャズメンであった。

さて、今日は、CD3からCD6の1984年7月8日のライブ音源について触れたい。この1984年のモントルーのマイルスは、1981年、隠遁生活からのカムバック後、初めての出演になる。冒頭から気合いが入って、少し緊張しているのが良く判る。なんせ、マイルスのペットが「よれっている」。僕はそんな人間味溢れるマイルスが大好きだ。

しかし、演奏が進むにつれ、マイルスを始め、バンドの面々も、どんどん乗ってくる。演奏の精度も高くなり、テクニックもビシバシ決まるようになって、重量級のファンクネスを漂わせた、疾走感溢れるリズム&ビートがうねるように流れ、その上をマイルスが縦横無尽に吹き抜ける。
 

Miles_montreux_1984

 
1984年のモントルーのエレ・マイルスを暫く聴いていると、隠遁生活からのカムバック後のエレ・マイルスの音は、どこかスッキリしていることに気が付く。相変わらず、重量感溢れるファンクネス豊かなリズム&ビートなんだが、どこかスッキリしていて健康的。少し明るくて、ちょっとあっけらかんとしている。

隠遁前の1974年までのエレ・マイルスの音は、異常なまでのテンションの高さと、おどろおどろしい、ちょっと薄暗くて危険な雰囲気と、息が詰まりそうな疾走感が密度高く詰まっていて、アルバム単位で聴き通すのには、結構、精神的体力が必要だったが、カムバック後のエレ・マイルスの音は健康的。健康を取り戻し、気力と覇気が充実したマイルスがここにいる。

1984年7月8日のパーソネルは、Miles Davis (tpt, synth); Bob Berg (ss, ts, fl); Robert Irving III (synth); John Scofield (g); Darryl Jones (el-b); Al Foster (ds); Steve Thornton (perc)。セプテット構成である。カムバック後のエレ・マイルスとしては、かなり充実した布陣。スタジオ録音のアルバムで言うと『You're Under Arrest』録音後のモントルー・ライブである。

「Human Nature」が印象的。1983年にマイケル・ジャクソンが発表した楽曲。アルバム『スリラー』から第5弾シングル・カットされた名曲。マイルスが採り上げた、マイルスの推す「ニュー・スタンダード」な楽曲である。これがまあ素晴らしいバラード演奏になっていて、リリカル&クール、優しく柔軟で音の芯に力強さが宿っている。マイルスのペットのフレーズが美しく響き渡る。

隠遁前の健康を害しつつ突っ走っていた隠遁前のエレ・マイルスでは考えられない、この「Human Nature」のバラード・チックな演奏は、「第二期エレクトリック・マイルス」がジャズ演奏のスタンダードに位置づけられつつあることを感じる。ジャズにおいて、エレクトリックは最早特別な演奏フォーマットでは無い、新しいジャズの表現を引き出す、スタンダードなフォーマットであることを感じさせてくれる。

1984年のモントルーのエレ・マイルスは、隠遁生活からカムバック後の「第二期エレクトリック・マイルス」は如何なるものなのか、を判り易く教えてくれる様なライブ盤である。録音も良く、聴き応えがある。しかし、本当に、モントルーのエレ・マイルスの演奏は最高である。

 
 

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2014年1月28日 (火曜日)

クロスオーバー・ロックな音世界

最近、Santana(サンタナ)が気に入っている。今を去ること40年前。高校時代には、このサンタナがどうにも苦手だった。サンタナのラテン・ロックの俗っぽさがどうにもこうにも馴染まなかった。

サンタナのインスト中心の曲は大好きなんですが、そこに、ラテン・ロックの思いっきり俗っぽい曲が入ってくると、どうしてもズッコける。なんか聴いていて、気恥ずかしさが全面に出てくるんですよね。こっぱずかしい、というか、気恥ずかしいというか(笑)。

しかし、ジャズを聴くようになって、ラテン・ジャズなんかも「ええなあ」と感じるようになって、40歳を超える頃には、サンタナの俗っぽいラテン・ロックも気にならないようになった。そうすれば「こっちのもの」である。

さて、『Caravanserai(キャラバンサライ)』で、砂漠の世界を題材に、スピリチュアルでプログレッシブな、スケールの大きい壮大なロック絵巻を展開してみせたサンタナ。このアルバムは、40年前、高校時代にも「凄いなあ」と感じた。トータル・コンセプトに基づいたドラマチックかつプログレッシヴな展開を捉えて、「サンタナのプログレッシブ・ロック」として、素晴らしい内容だった。 

そして、続くのは、Santana『Welcome』(写真左)。1973年11月のリリース。僕はまだ中学生。このアルバムは未だリアルタイムでは体験していない。初めて聴いたのは高校時代の友人の家。何故か、サンタナとサイモン&ガーファンクルが好きな不思議な友人でした。
 

Santana_welcome

 
出だしのメロトロン中心の幻想的なフレーズに、「サンタナのプログレッシブ・ロック」の再来か、と思いっきり心ときめかせながら、聴き耳を立てたのだが、続くラテン・ロックなボーカル・チューンにどうしても馴染めず、このアルバムについては棒を折った。

が、今の耳で聴くと、これが全く印象が違う。出だしのメロトロンは幻想的。そして、続くラテン・ロックなボーカル・チューンも、どこかクロスオーバーっぽくって、決して俗っぽいものでは無い。そう、このボーカル曲を聴いていて、「サンタナのプログレッシブ・ロック」は、砂漠から中南米の山や海の楽園に舞台を移して、スピリチュアルでプログレッシブな音世界を展開しているのだ。

この『Welcome』に詰まった、中南米の山や海の楽園をイメージする音世界。人が住む、人が生活を営む「楽園」をイメージする、人の存在を強く感じさせる「楽園」の音世界。眉間にしわを寄せて聴く様な、観念的で哲学的な「英国のプログレッシブ・ロック」とは正反対の、ポジティブでポリリズミックで、明るく爽やかなインプロビゼーションが、このアルバムに最大の特徴。

1973年の頃は、ジャズではクロスオーバー・ジャズの時代。サンタナは、この『Welcome』は、『Caravanserai』と同様に、ロックの側からジャズにアプローチした雰囲気が素晴らしい。このアルバムは、ロックの側からジャズにアプローチした「クロスオーバー・ロック」である。

 
 

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2014年1月27日 (月曜日)

音楽喫茶『松和』の昼下がり・13

真冬の季節、暖房の効いた暖かい店内。昼ご飯時の喧噪が去った昼下がり、コーヒーを飲みながら、ゆったりと聴くジャズ。ちょっと微睡みながら聴くジャズは本当に心地良い。

そんなバーチャル音楽喫茶『松和』の昼下がり。意外とヘビロテになっているジャズ・ピアノ盤がある。Chano Dominguez『Flamenco Sketches』(写真左)。Chano Dominguezは「チャノ・ドミンゲス」と片仮名表記する。スペインのピアニストである。

ドミンゲスは、異色の経歴の持ち主で、最初はプログレッシブ・ロック・バンドのCAIに所属。後にジャズ・ピアニストに転身し、コンテンポラリー・ジャズ、フュージョン・ジャズの世界で活躍中。特に、スパニッシュ系のジャズが得意である。

NYのクラブ「スタンダード」でのライブ録音。2012年3月のリリース。ちなみにパーソネルは、Chano Domínguez (p), Mario Rossy (b), Israel “Piraña” Suárez (per), Blas “Kejío” Córdoba (vo, hand claps), Tomás “Tomasito” Moreno (hand claps)。ドラムレス。ベースとパーカッションとハンド・クラップの「リズム隊」。

ジャズ者であれば、タイトルからなんとなく類推出来る。これって、マイルスの『Kind of Blue』のカバーアルバムではないかと。はい、そうです(笑)。この『Flamenco Sketches』は、マイルス・デイヴィスの『Kind of Blue』発表50周年トリビュートのアルバム。
 

Flamenco_sketches

 
演奏全体の印象は、スパニッシュな雰囲気満載のコンテンポラリー・ジャズ。まず、チャノ・ドミンゲスの、深い響きを湛えた、リリカルでパッション溢れるピアノが凄く印象的。硬質なタッチも見え隠れして、スパニッシュなフレーバーも相まって、ちょっと、チック・コリアのピアノをイメージしたりする。

そこに、フラメンコでお馴染みの歌(vo=カンテ)や手拍子(hand claps=パルマ)が加わり、スパニッシュなフレーズ満載の名曲と、そのフレーズを奏でるドミンゲスのピアノと渾然一体となって、スパニッシュでフォーキーな音世界が広がります。民族音楽的な響きが良いですね。

この歌(vo=カンテ)や手拍子(hand claps=パルマ)の存在をどう感じるかによって、このアルバムの楽しみ度合いが変わります。僕はこのアルバムの音世界が気に入っています。カンテなどは、思いっきりスパニッシュ・ネイティブな響きが堪りません。パルマもそんなスパニッシュな音世界に拍車をかけ、音のイメージは、もはや「スペイン音楽」ドップリ。

ジャズがだんだんフラメンコな雰囲気に染まっていく展開は圧巻です。クラブの中も、どんどんヒートアップしていく様が、とてもよく感じ取れます。ジャズとスペイン音楽の融合。意外と硬派なフュージョン・ジャズとも解釈できます。

一言で言うと「ユニーク」なピアノ・ジャズ。スパニッシュな響きが堪らない。とにかく、この『Flamenco Sketches』は、ドミンゲスのピアノの音がとても美しく、昼ご飯時の喧噪が去った昼下がり、コーヒーを飲みながら、ゆったりと聴くのに相応しいアルバムですね。

 
 

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2014年1月26日 (日曜日)

ローリンド・アルメイダを愛でる

意外と真冬の季節のボサノバ・ジャズも「オツ」なもの。暖かくした部屋の中で、バーボン片手に聴くボサノバ・ジャズはなかなかの雰囲気。ボサノバの軽快なリズムが、聴き手の心を暖かく包んでくれるようです。

ボサノバ・ジャズのアルバムの中でも、確かに、冬に良くかけるアルバムが何枚かある。特に、米国西海岸テナーの雄、スタン・ゲッツのテナーの音色は、僕にとっては、どうも「冬」の季節に合うらしく、この真冬の季節には、スタン・ゲッツのボサノバ・ジャズ系のアルバムをかける傾向にある。

そんな、冬にかけるスタン・ゲッツがらみのボサノバ・ジャズ系のアルバムの一枚が『Stan Getz with Guest Artist Laurindo Almeida』(写真左)。1963年3月の録音。ちなみにパーソネルは、Stan Getz (ts), Laurindo Almeida (g), George Duvivier (b), José Paulo, Luiz Parga (per), Dave Bailey, Edison Machado, Jose Soorez (ds), Steve Kuhn (p/#6)。

ローリンド・アルメイダ(Laurindo Almeida)は、1917年生まれのブラジルのギタリスト。惜しくも1995年7月逝去しました。アルメイダは、生粋のボサノバ系ギタリストというよりは、ボサノバ・ジャズ系のギタリストという印象が強いですね。キャリアとしては、スタン・ケントン楽団への参加から、1970年代の米国西海岸のジャズ・ユニット「LA4」での活躍が記憶に残っている。テクニックはかなり高く、聴いていて爽快かつ深みのあるギターです。
 

Getz_almeida

 
さて、確かに、このアルバムは、ボサノバ・ジャズ系のアルバムなのに、夏にはあまりかけませんね〜。何故だろう(笑)。ゲッツのテナーの音色が意外と冬の季節に合うということと、ローリンド・アルメイダのギターの音色が暖かくて、蒸し暑い夏の最中に聴くよりは、寒い冬の季節の暖かい部屋の中で、ゆったりと聴く方がしっくりくるからでしょうか。

アルバム全体の印象は、一言で言うと「非常に出来が良いボサノバ・ジャズ」です。ボサノバ系のギタリストと、スタン・ゲッツのテナーとのコンビネーションとしては、かの有名な名盤『ゲッツ/ジルベルト』に匹敵する、レベルの高い、内容の濃いものです。

ローリンド・アルメイダのギターは、ラテン・ギターの中にボサノバがある、って感じで、ボサノバ・ギター一辺倒というより、ラテン・ギターという広い範疇で、バリエーションのある響きを聴かせてくれる。このアルメイダのギターの「バリエーションのある響き」が、ボサノバ・ジャズ一色のアルバムとはちょっと異なる、このアルバムに独特の雰囲気を醸し出している。

非常に出来が良いボサノバ・ジャズ盤であり、ボサノバ・ジャズの仕掛け人・クリード・テイラーのプロデュースで、メジャー・レーベルのヴァーヴからリリースされた盤でありながら、ボサノバ・ジャズ盤の紹介レビューに、このアルバムの名前が挙がらないのは、全くもって不思議です。ボサノバ・ジャズ盤としてお勧めのアルバムです。一聴あれ。

 
 

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2014年1月25日 (土曜日)

真冬の季節のボサノバ・ジャズ

夏はボサノバ・ジャズなんですが、真冬の季節のボサノバ・ジャズも、ちょっと「オツ」なものです。週末の、暖かくした部屋の中で、バーボン片手に聴くボサノバ・ジャズはなかなかの雰囲気。特に女性ボーカルが入れば言うこと無し。

そんなニーズにぴったりのアルバムが、Diana Krall『Quiet Nights』(写真左)。2009年3月のリリース。ダイアナ・クラール自身としては、出産休暇明け、前作からは2年半ぶりの休養明けの復帰作。当時、調子は如何と思っていましたが、しっかり戻ってきてくれました。

このアルバムでは、異色の「ボサノバ集」で攻めてきたダイアナ・クラール。プロデュースに巨匠トミー・リピューマ、エンジニアにはアル・シュミット、アレンジにクラウス・オガーマン。ほっほ〜、錚々たる面々です。

そして、控えるバックは、アンソニー・ウィルソン(g)、ジョン・クレイトン(b)、ジェフ・ハミルトン(ds)そしてオーケストラ。いやいや、2年半ぶりのカムバック。バックを固める面々を見て渡しても、その気合いの入り方が窺えます。

ボサノバのボーカルって難しいんだよな。囁くように、ゆったりと唄わなければならない。しかも、大向こうを張ったダイナミックな抑揚は無い。初夏のそよ風のように、爽やかで微妙な抑揚。これまた、唄いこなすには難しい。テンポも維持するには難しい速度。とにかく、ボサノバのボーカルは難度が高い。ボーカリストのテクニックと資質が問われる、というか、ボーカリストにとって、実にやっかいな代物である。
 

Diana_quiet_night

 
が、さすがはダイアナ・クラール。実に素晴らしい歌唱である。いやいや、ボサノバ&バラードだけで、CD1枚分を飽きさせもせず、一気に聴かせてしまうなんて、なんて素晴らしいボーカルだろう。週末の暖かくした部屋の中で、バーボン片手に聴きたいなあ〜。ゆったりしていて癒されます。

ボサノバ・ジャズには、なぜかオーケストラはつきもの。オーケストラの存在が、このアルバムの好みを分けるかもしれない。日本では、ボサノバ・ジャズの伴奏はシンプルであるべき、という傾向がありますからねえ。でも、少なくとも、僕の耳には「トゥーマッチ」では無いです。奥ゆかしくて心地良いオーケストラの響き。良い感じだ。さすが、クラウス・オガーマン。

純ジャズの雰囲気はちょっと少ないかもしれないけれど、今風のトレンドに乗った上質のジャズ・ボーカルが聴けます。ダイアナ・クラールのボーカルは、もう完全無欠のジャズ・ボーカルです。

オーケストラが入ったゴージャスなボサノバ・ジャズ。これはジャズじゃ無い、なんて固いこと言わないで、時には、イージーリスニングなジャズも良いのでは。でも、単なるイージーリスニングなジャズなんだろう、なんて先入観は禁物。実は、そこはかとなく、硬派な純ジャズ風な演奏も入っていて、うっかりすると「ガツン」とやられますぜ(笑)。

 
 

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2014年1月24日 (金曜日)

思いがけない「優れもの盤」です

ジャズって、思いがけないところに「優れもの盤」が転がっていたりする。これはリアルなCDショップに行ってこそ、体験出来る楽しみ。ジャズのCDショップに行って、中古の廉価盤コーナーの盤を順番に漁ったりする楽しみ。

そんなリアルな、新宿のジャズCDショップで、このアルバムを見つけて即ゲット。Lonnie Plaxico『Emergence』(写真左)。新伝承派ベーシスト、ロニー・プラキシコのソロアルバム第5弾。2000年のリリースになる。録音は前年、1999年6月の録音。

ちなみにパーソネルは、Lonnie Plaxico (ac-b,el-b), Don Bradon (ts,ss), Tim Hegarty (ts), Ralph Alessi (tp), Larry Lunetta (tp), Eric Lewis (ac-p,el-p,org), Jason Moran (ac-p), Haruko Nara (syn), Lionel Cordew (ds), Jeffrey Haynes (per)。プラキシコ以外、知らん名前ばっかしやなあ。

ロニー・プラキシコと言えば、僕は、1982年だったか、ウィントン・マルサリスのバンドでその名を知った。その後、1983年から1986年にかけて、アート・ブレイキーのジャズ・メッセンジャースでの活躍が印象的だった。ウッドとエレベの両方を弾き分けることの出来る優れたベーシストである。

さて、ジャズ・ベーシストのリーダー作は、リーダーとして、プロデュース&アレンジよろしく、各メンバーを統率して、魅力的なグループ・サウンズを聴かせてくれる、趣味の良いアルバムが多くて、このプラキシコの『Emergence』は、まさにそんな、ネオ・フォービートな、魅力的なグループ・サウンズを聴かせてくれるのだ。
 

Emergence

 
そして、各曲のところどころに、ジャズ・ベースのテクニカルな演奏をさりげなく聴かせてくれるところが嬉しい。ジャズ・ベーシストのリーダー作なんだから、ジャズ・ベースのテクニックを高みを聴かせて欲しい訳だが、これがなかなか上手くいったアルバムを、僕はあまり知らない。

ベース・ソロを、如何にアルバム全体のグループ・サウンズの中に溶け込ませるか、なんだけど、どうしても、ベース・ソロだけが浮いた様になってしまうリーダー作が多い。つまりは、プロデュース&アレンジに問題がある訳だが、このプラキシコのリーダー作は成功事例。ベース・ソロもかなり楽しめる内容になっていて楽しい。

コンテンポラリーなジャズよろしく、ビートは、ファンクな16ビートと、ネオ・ハードバップな4ビートとが、同じ程度に採用されていて、これがまた多彩で楽しい。ほどんどがプラキシコの自作曲で締められているが、確かにプラキシコの作曲能力にも確かなものがある。

このプラキシコの『Emergence』は、ジャズ盤紹介本に挙がることが先ず無いであろう、埋もれた「優れもの盤」なんですね。僕は、プラキシコのベースが好きなので、彼のリーダー作であれば、どれも「ウエルカム」。この『Emergence』も、そんなノリで、かなり安価な価格で手に入れることが出来ました。この盤を聴く度に幸せ一杯な気分です(笑)。

 
 

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2014年1月23日 (木曜日)

リズム&ビートに違和感が惜しい

ふうむ、どうもこのアルバムは苦手やなあ。何かしながらのBGMには良いんだが、しっかりと聴き込むと、どうしても違和感が付きまとう。アルバムの出来は素晴らしく良い。それでも、何か違う。僕にとって、長年、そんな微妙な感覚が付きまとうアルバムである。

そのアルバムとは、Pat Metheny Group『Letter From Home』(写真左)。1989年春、ニューヨーク、パワーステーションでの録音。Pat Metheny Group(以降PMGと略す)としては、1987年の大傑作『Still Life (Talking)』以来のアルバム。

冒頭の「Have You Heard」聴くと、前作『Still Life (Talking)』の音作りを踏襲している様で、ググッと期待感が高まるのだが、リズム隊のリズム&ビートが全面に出てくると、僕はどうしても「オヨヨ」となってしまう。リズム&ビートに違和感を感じてしまうのだ。

PMGの Steve Rodby (b), Paul Wartico (ds) のリズム隊。当然、人間がリズム&ビートを叩きだしている訳だが、このアルバムのリズム&ビートを聴いていると、リズム・ボックスの様な、シーケンサーの様な、実にデジタルチックなリズム&ビートの様に聴こえてしまうのだ。

録音された時代が「1989年」なので、録音もデジタル録音なんだろうし、リズム&ビートがデジタルチックな分、どうも耳にしっくりこない。デジタルチックなリズム&ビートをバックに、パットのギターとメイズのキーボードだけがやけに前に出て、キャッチャーなフレーズを奏でまくる。なんだかグループ・サウンドって感じが希薄なのだ。
 

Letter_from_home

 
でも、アルバム全体の出来は良いんですよ。非常に良く作り込まれていると思います。ちょっと作り込まれ過ぎかな、とも思いますが。収録された曲もバラエティに富んでいるのですが、ちょっと計算され過ぎているかな、とも思います。

それともう一つの違和感がボーカル。『Still Life (Talking)』の時は、Mark Ledford, David Blamiresという二人のボーカリストで、アフリカン・ネイティブでアーシーでフォーキーな、実に印象的なボーカルだった。

今回の『Letter From Home』では、Pedro Aznarが帰ってきたんだが、このPedro Aznarのボーカルが、確かにアフリカン・ネイティブでアーシーではあるだが、『Still Life (Talking)』の二人に比べると「アーバン」なのだ。洗練されている、とも言える。

アルバムの出来は良い。洗練されているし、良く作り込まれている。でも、デジタルチックなリズム&ビートと相まって、どうしても、違和感を感じてしまうのだ。

キャッチャーで耳当たりの良いフレーズやメロディーが満載なので、何かしながらのBGMには良いんですが、しっかりと聴き込むと、どうしても、僕は未だに、このデジタルチックなリズム&ビートに馴染みません。

やはり、ジャズは「リズム&ビート」が肝であり命。『Letter From Home』を聴く度に、このマイルスの名言が心に沁みる気がします。

 
 

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2014年1月22日 (水曜日)

モントルーのマイルス・1973年

Miles Davis『The Complete Miles Davis At Montreux 1973-1991』(写真)の聴き直しを始めた。思うことがあってのことなんだけど、20枚組のCD BOX盤なんで、ちょっと大変なんだが、毎日一枚、20日間かけて聴き通そうという魂胆である。

このCD BOX盤、マイルスがモントルー・ジャズ・フェスティバルに出演した際のライブ音源である。マイルス隠遁前の、エレ・マイルスまっしぐらな1973年の演奏。それから、隠遁生活からカムバックした後、1984年から1991年までの「第二期エレクトリック・マイルス」のライブ音源(1987年を除く)。

基本的には、マイルスがモントルー・ジャズ・フェスティバルに出演した年毎にCD2枚に収録され、例外として、1984年と1985年は昼の部と夜の部に分けてそれぞれCD各2枚に収録。この仕様でCD計20枚の超弩級のボリュームのボックス盤となっている。

これで、マイルスのモントルー・ジャズ・フェスティバルに関するブート音源は淘汰された。僕は、ブート音源には極力、手を出していない。ブート音源にまで手を出したら、何を目的にしたアルバム・コレクションなのかが判らなくなる。加えて、財源にも支障をきたす。ジャズのアルバム蒐集に「ブートは御法度」である。

よって、このマイルスの超弩級のボリュームのボックス盤は、僕にとって、実にウエルカムなものである。しかも、音も良く、聴き心地満点。いや〜、Waner Musicさん、良い仕事をしてくれました(拍手)。

さて、今日は、CD1&CD2の『1973年7月8日のマイルス』について語ろう。ちなみにパーソネルは、Miles Davis (tp, org), Dave Liebman (ss, ts, fl), Reggie Lucas (el-g), Pete Cosey (el-g, per), Michael Henderson (el-b), Al Foster (ds), Mtume (per)。
 

Miles_montreux_1973

 
キーボーティストが抜けて、リーブマンとルーカスの2本のエレギが中心の「ギター・エレ・マイルス」である。1974年の『Dark Magus』の音につながる、ソリッドで重心の低い、リズム&ビートの効いた、グルーヴ感溢れるファンキーなエレクトリック・マイルスである。

混沌と疾走感がまぜこぜになっていて、本当にフリー一歩手前で寸止めで止めたような、混沌としたギター・ソロと、リズム&ビートにしっかりと乗った、整然としたリズム隊、その中にクッキリと浮かび上がるマイルスの、音を増幅し、ワウワウを効かせたトラペットのソロ。

1975年以降の隠遁生活に入る前のエレクトリック・マイルスの最終形に向かうライブ演奏がしっかりと記録されていています。なかなか素晴らしい内容で、1974年の『Dark Magus』の凄まじい演奏内容に匹敵するものです。こんな内容のあるライブ音源が倉庫に眠っていた訳ですから、この20枚組のCD BOX盤のリリースは大きな意味があったということ。

この1973年のライブ音源は、モントルーの聴衆の反応が面白い。演奏が終わって、一気に凄いなあ、ワーッと来ないんですね。ちょっと戸惑いがあって、ちょっとブーイングな気持ちが漂って、それでもやっぱり凄いんやないかなあ、ワーッって感じが、当時のエレクトリック・マイルスの評価を如実に物語っている様で面白いです。

当時のエレクトリック・マイルスは、聴き手のレベルを凌駕していたということですね。さすが、常にジャズの先端を走るマイルスの面目躍如です。

 
 

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2014年1月21日 (火曜日)

ジョン・コーツというピアニスト

今を去ること30余年前。僕は大学時代、ジャズを聴き初めてまだ数年という「ジャズ者初心者」の時代。そんな時代に入手したLPで、全くCD化されないものが幾枚かある。

まあ30余年も経つと、一枚また一枚と、ほとんどがCD化されリイシューされた。でも、それでもLPのままのアルバムもある。そのLPのままのアルバムの中で、どうしてもCD化して欲しいアルバムがある。もうそろそろ、LPが痛み始めているのだ。

ジョン・コーツJr.(John Coates Jr.)というジャズ・ピアニストがいる。1938年2月、ニュージャージー州生まれ。大学卒業後、ペンシルバニア州デラウエアに住み、そこに1軒だけあるジャズクラブ「ディア・ヘッド・イン」の専属ピアニストとなる。

ジャズクラブ「ディア・ヘッド・イン」繋がりで、キース・ジャレットとの交流もあったらしく、ジョン・コーツのピアノ・スタイルは、キースに何らかの影響を与えている。とにかく、かなりの面で似通っている。まあ、今となっては、キースに影響を与えた、なんてことはどうでも良いのだが(笑)。

このジョン・コーツのアルバムで『Alone and Live at The Deer Head』というアルバムがある。確か1979年のリリースでは無いかと思う。このアルバムが僕は大好きで、LPで入手して以来、ずっと30余年、LPで聴き続けて来た。どうしても、CDでリイシューされないのだ。

しかし、思いがけないことが起こる。2011年8月に、John Coates Jr.『The Omnisound Years』(写真左)というアルバムがリリースされた。実は先にご紹介した『Alone and Live at The Deer Head』は、Omnisound原盤なのだ。もしや、この『Alone and Live at The Deer Head』の全てが入っているのか、と色めき立った。
 

Omnisound_years

 
が、2枚のアルバム『Alone and Live at The Deer Head』と『The Jazz Piano Of John Coates Jr.』からの選曲をメインとしたベスト盤的な様相。思いっきりガッカリした。でも、冷静になって見てみると、『Alone and Live at The Deer Head』の全9曲中、以下の4曲が選曲されている。

1.Prologue (No.39)
2.When It's Sleepy Time Down South
3.Never Have Known An Esther
6.Homage

特に「Prologue (No.39)」は、実にリリカルでロマンチックで美しい演奏。この1曲だけでも、この『The Omnisound Years』は「買い」だった。少なくとも『Alone and Live at The Deer Head』の1曲目から3曲目までのA面の流れは追体験出来る。それだけでも、このアルバムの発売に感謝した。

しかし、世の中、何が起こるか判らない(笑)。昨年の暮れ、突如として、『Alone and Live at The Deer Head』のCDリイシューが発表された。しかも紙ジャケでのリイシューである。味わいのある油絵で描かれた、あの美しいLPジャケットが、紙ジャケットで再現されてのCDリイシュー。じぇじぇじぇ〜(笑)。

このリイシューのネット記事を読んだ時、思わず「おおっ」とかなりの大声を上げてしまい、家人に「ビックリするやん」と呆れられた。実は、この『Alone and Live at The Deer Head』は、かなりマイナーなアルバムなので、CDリイシューはほとんど諦めていた。いや〜長生きはしてみるものである(笑)。

2014年01月24日が発売予定日。いよいよ今週末なんですよね。待ち遠しいなあ。とにかく、まるで小説の中の出来事の様な、僕の多感で疾風怒濤な学生時代の想い出が一杯に詰まったアルバムです。冒頭の「Prologue (No.39)」のイントロを聴くと、思わず落涙するかもしれないなあ。

 
 

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2014年1月20日 (月曜日)

気の向くままのワイルドさが魅力

長年、サザン・ロックは、何となくハード・ロックに近いジャンルじゃないかと思ってはいるのだが、なんだかちょっと雰囲気が違うなあ、とも感じている。

ハード・ロックは、ソリッドなハードさが身上。サザン・ロックのハードさは、適度にルーズで、リラックスしていながらもワイルドな感じ。ハードロックの「リフやフレーズなどが計算されたハードさ」とはちょっと違って、なんか、サザン・ロックは「気の向くままのワイルドさ」が身上。

という感覚で言うと、サザン・ロックの「気の向くままのワイルドさ」の方が、人間臭くて生活臭くて、自分にとって、そこが今でも大好きなジャンルである所以なんだろうなあ、と漠然と思っている。

「気の向くままのワイルドさ」って、サザン・ロックの雄「オールマンズ」にも感じたが、今回、ご紹介している「レーナード・スキナード(Lynyrd Skynyrd)」もサザン・ロックを代表する、いかにもサザン・ロックらしいバンドなのだ。その「気の向くままのワイルドさ」を程良く感じさせてくれるアルバムが、セカンド盤の『Second Helping』(写真左)。

出だしの曲。彼らのヒット曲の一つ「Sweet Home Alabama(スイート・ホーム・アラバマ)」。単純な故郷賛歌なんだが、本当のところは、ニール・ヤングの「サザン・マン」という曲で米国南部を批判されて、そのアンチテーゼ的意味合いで、この「スイート・ホーム・アラバマ」が出来たとのこと。出てくる音は、やっぱり「ワイルドでルーズでリラックス」(言い換えるとレイドバック)。
 

Second_helping

 
このバンド、トリプル・ギターとダブル・ドラムが売りというとんでもない構成のバンドで、それを生かした音の分厚さが特徴。でもそれが全く重苦しくなく、米国南部の大らかな空を感じさせる様な、リラックスしたルーズな重厚さで、聞き手をぐいぐい引っ張っていく。

ルーズな割に、決めるところはきっちり決めて、かなり、格好が良いのだ。「本当の男達のバンド」っていう感じです。全編、サザンロックの魅力満載。元気の無い時、元気の欲しい時にピッタリのダイナミックでワイルドな内容です。

『Second Helping』。このレーナード・スキナードの代表的名盤を聴けば、彼らが、ブリティッシュ・ロックや他のアメリカン・ロックに引けを取らない、いかに素晴らしい演奏を繰り広げていたかがお判りいただけるだろう。印象的なリフ、印象的なフレーズ。ギター・ロックの美味しいところが満載のセカンド盤である。彼らの出世作で、オススメの「ロックなアルバム」です。

しかし、このレーナード・スキナード、6枚のアルバム(ベスト盤を含めると7枚)を残し、1977年10月20日、ツアーの移動中、自家用機の墜落事故により、ボーカルのロニー・ヴァン・ザントとギタリストのスティーヴ・ゲインズを失う悲劇に見舞われる。

特に、オリジナル・メンバーで、ボーカルを担当していたロニー・ヴァン・ザントという「バンドの支柱」を失ったレーナード・スキナードは、1970年代、2度と甦ることは無かった。オールマンズといい、このレーナード・スキナードといい、サザン・ロックの優れたバンドには、なぜか悲劇がつきまとうのだった。

 
 

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2014年1月19日 (日曜日)

レーナード・スキナードを聴く

Lynyrd Skynyrd(レーナード・スキナード)は「オールマン・ブラザース・バンド」と並んで、1970年代のアメリカ、サザンロックを代表するバンドである。

不思議なバンド名であるが、Wikipediaを紐解くと「メンバーのハイスクール時代の体育教師「レオナルド・スキナー」が長髪の生徒に対して厳しかったため、彼の名前をもじったものである」とのこと。ふ〜ん、そうなんだ(笑)。

ロニー・ヴァン・ザントという類い希な天才ボーカリストに恵まれ、ほのかに、ブルース・ロックをベースとしたブリティッシュ・ロックの影響を感じさせる、ハードでうねるようなトリプルギターを売り物に、適度にラフで適度にコントロールされた名演の数々は、1970年代のロックの中でも異彩を放つ存在であった。

さて、僕のレーナード・スキナードの一番のお気に入りのアルバムは『Nuthin' Fancy』(写真左)。改めてじっくり聴いてみて、これは良いなあ。LP時代、日本での発売時の邦題が「ロック魂」だった記憶がある。この邦題は良く判らんかったなあ(笑)。

レーナード・スキナードの代表的名盤のみならず、サザンロックの代表的名盤の一枚と評して良いほどの名演の記録である。1975年のリリース。泥臭さをほどよく抑えた、タイトでハードなギター・ロック。適度に漂うレイドバックな雰囲気が今の耳にも新鮮に響く。
 

Nuthin_fancy

 
リズムは正確でタイト、トリプルギターはソリッドで流麗で荒々しく、ロニー・ヴァン・ザントのボーカルは、不敵で男臭さプンプン。こんなロック・バンドが、1970年代中盤でアメリカ南部で生まれていたなんて、改めて感心してしまう。

昨今の打ち込みやサンプリングを批判する訳ではないが、この演奏は何から何まで人間臭く、人間がロックを演ってるんだって感じが蔓延している。人が演る、人が聴く、人が歌い、人が応える。これが、ロックの原点ってもんだ。

1曲目の「Saturday Night Special(サタデイ・ナイト・スペシャル)」を聴いて欲しい。凄く格好良い。イントロのギター・リフだけで、これって格好良いなあ、って思う。そして、次に出て来るのが、なんてったって、ヴァン・ザントのボーカルだ。不敵で男臭くてワイルドな、なんて格好良いボーカルなんだ。

このサザンロックを代表する名曲・名演を皮切りに、レイド・バックした曲やスローバラード、はたまた、完璧なロックンロールなど、最後まで聴き切ってしまうと、このアルバムはサザンロックという狭い範囲で評価されるべき名盤ではなく、1970年代のロック全体の中で評価されるべき名盤であることに気づく。

1970年代ロックといえば、ブリティッシュ・ロックや、ウエストコースト・ロック、ハード・ロックやプログレッシブ・ロックが脚光を浴びがちだが、このアルバムの様に、1970年代ロックの「紹介本」には出てこない「隠れた名盤」にも耳を傾けるべきだろう。特に「サザンロック」という忘れ去らつつあるジャンルに「1970年代の隠れたロック名盤」が結構ごろごろしていたりする。

 
 

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2014年1月18日 (土曜日)

マイナーレーベルに優秀盤あり

ジャズは、コロンビアやヴァーヴといったメジャーなレーベルばかりでは無い。マイナーなレーベルからも、これは、と思うようなアルバムがリリースされたりするので、ジャズ盤のリリース情報からは目が離せない。毎日、情報メールやサイト巡回でチェックは欠かせない。

例えば、このEddie Gomez with Jeremy Steig『What's New at F』(写真左)。フルートの鬼才・ジェレミー・スタイグと、アコースティック・ベースの達人・エディ・ゴメスとの競演盤である。

このアルバム、Fレーベルという、岐阜の山の中の笠原町、藤井修照が主宰するマイナーレーベルの制作で、インターネット通販が主な販売方式。しかしながら、このレーベルの自主制作するアルバムは、どれも大変優れた内容で、どれもが地に足ついた、魅力的な純ジャズである。

その中の一枚、「トリビュート・トゥ・ビル・エバンス」コンサートのライブ・レコーディング。先に紹介した、ビル・エバンスとジェレミー・スタイグの競演盤「What's New」の再現。とにかく、演奏メンバーが凄い。Eddie Gomez (b) 、Jeremy Steig (fl) 、Jimmy Cobb (ds) 、Stefan Karlsson (p)。2001年4月14日、studioFでの録音になる。

各人それぞれが名人達人の域。その名人達人が、32年の時を経て「What's New」を再現、いや、重量感ある音と存在感のある音と卓越したテクニックと歌心溢れるインプロビゼーションで「What's New」に新たな生命を吹き込んだような、そんな素晴らしいアルバム。
 

Whats_new_at_f

 
エモーショナルなフルートが特徴のジェレミー・スタイグは言うに及ばず、ビル・エバンスの恋人、タイトで重量感溢れるベースが特徴のエディ・ゴメス。当時72歳とは思えぬエネルギッシュなドラミングが驚異のジミー・コブ。エバンス・チックながら、その重量感が特徴のステファン・カールソンのピアノ。

収録されたいずれの曲も、ビル・エバンスなじみの曲がズラーッと並ぶが、どの曲も優れた内容で甲乙つけがたい。

特に、ジェレミー・スタイグのフルートは、時に優しく時に激しくエモーショナルに迫ってくる感じは鬼気迫るものがある。エモーショナルな表現と言えば、息を激しく吹き込むと同時に唸り声を伴うあたり、ピアノのキース・ジャレットに相通じるものがある。

ジェレミー・スタイグのフルートを聴いていて、フルートでジャズのソロ演奏をするには、この激しくエモーショナルな表現力を身につけていなければ、抑揚とメリハリに富んだソロが吹けない、と改めて感じた次第。凜として、切れ味の良いフルートの調べは、冬の季節にピッタリですね。

しかし、こんなアルバムが、インターネット通販に潜んでいるなんて、う〜ん、隅に置けないなあ。このアルバムが全国津々浦々のCDショップで購入できないのは残念だが、インターネット通販の手間をかけてでも手に入れて頂きたい、そんな素晴らしいアルバムです。

(Fレーベルはこちら = http://www.dr-fujii.com/jazz/index.html

 
 

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2014年1月17日 (金曜日)

トランペットの隠れ名盤・4

真冬には、暖かい部屋で、小粋なトランペットのアルバムをボーッと聴くのがお気に入りなのだが、長年、このアルバムにも結構お世話になっている。Tony Fruscella『Tony Fruscella』(写真左)。 邦題『トランペットの詩人』。なんか変な据わりの悪い邦題だが、センスが無いのだから仕方が無い。

1955年3月の録音。ちなみにパーソネルは、Tony Fruscella (tp), Chauncey Weisch (tb), Allen Eager (ts), Danny Bank (bs), Bill Triglia (p), Bill Keck (b), Bill Bradley Jr. (ds)。う〜ん、どのジャズメンもメジャーでは無いなあ。

さて、この『Tony Fruscella』、知る人ぞ知るトニー・フラッセラの数少ないリーダーアルバムなのだが、邦題はなぜか『トランペットの詩人』なる、判ったような判らんような邦題がついており、トランペッターのトニー・フラッセラ自体がマイナーな存在であることも併せて、なんとなく怪しげなアルバムではある。

トニー・フラッセラは、1927年2月にNYで生まれています。このアルバムを録音したのは、28歳の頃になりますね。しかし、フルッセラは麻薬禍によって、このアルバムの録音後は目立つこと無く、1969年8月に42歳で亡くなりました。このアルバムは、フルッセラの初リーダー作であり、唯一のリーダー作でもあります。

僕は、紙ジャケ仕様+リマスターで初リイシューされた時に、即座に買い込みました。邦題になんとなく怪しげさを感じていたのに、まあ、節操のないことなのだが、LP時代は幻の名盤で勇名を馳せており、とにかく、全く聴いたことがないのだから仕方がない。ジャズ評論家の中でも、このアルバムをやたら激賞する人達がいる位なので、あんまり過度な期待をせずにCDトレイにのせてみた。

1曲目の「I'll Be Seing You」で、鼻歌で軽く歌い流すようなフラッセラのペットに心を奪われる。トランペットのテクニック的には中庸なのだが、歌心があるというのか、中音域の音の出し方が特徴的で、とにかく、リラックスして聴くことの出来るトランペットであることは事実。
 

Tony_fruscella_1

 
2曲目の「Muy」はちょっとアップテンポの曲になるが、フラッセラはアップテンポの曲でも破綻することなく、さらっと小粋に流してみせる。バックのリズムセクションも、堅実かつリラックスしたバッキングで、フラッセラのペットをもり立てている様も好ましい。

以降の曲もフラッセラは、儚なそうな音色ながら、しっかりとした音程で小唄を鼻歌交じりで歌うように、実にリラックスした、それでいて、そこはかとなく明るい、それでいて、なにか空虚な空しさのような気怠さも漂よわせながら、フラッセラは歌い続ける。

トニー・フラッセラのトランペットは、ジャズの歴史を変えたり、ジャズの歴史の1ページを飾るような名盤を輩出した訳ではないが、東京の下町の職人さんの様に、粋で鯔背な雰囲気を持った、十二分に個性的で中音域の特徴的な音色は、人知れず密かに愛すべきトランペッターであるといえる。

とはいえ、一部のジャズ評論家の方々が、トランペット・ジャズの傑作、などと大絶賛する向きもありますが、それはちょっと大袈裟な表現だと思います。ジャズ盤選定時に、雑誌やネットの評論や評価がかなりのウエイトを占める、ジャズを聴き始めた頃のジャズ者の方々に対しては、ちょっと無責任な評価だと思います。

このアルバムは、ジャズ者初心者の方々向けというよりは、ジャズ・トランペットの達人、マイルスやクリフォード、モーガン、ハバード、ウィントンなどをまずまず体験して、ジャズ・トランペットのスタイルや演奏レベルを理解した上で聴いて欲しい、ジャズ者中堅からベテランの方々向けのアルバムです。

でないと、このトニー・フラッセラのトランペットの良さが客観的に理解出来ないと思うからです。ジャズのアルバムには、時々、聴く順番みたいなものが出てきて、順番を間違うと思わぬ遠回りをしたりします。僕も以前、経験したことがあります。ご注意ご注意です(笑)。
 
 
 

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2014年1月16日 (木曜日)

トランペットの隠れ名盤・3

ブルーノート・レーベルのアルバムの中で、そのブルーノート・レーベルの雰囲気とハードバップの雰囲気を十分に反映した、トランペットが主役のアルバムがある。そのトランペッターの名前を「Johnny Coles(ジョニー・コールズ)」、そのアルバムのタイトルは『Little Johnny C』(写真左)。

このアルバムは、1963年7月18日、8月9日の録音。ブルーノートの4144番。ハードバップ期から新主流派の時代への過渡期。フリー・ジャズやファンキー・ジャズなど、ジャズの多様化が進んだ時代の録音である。

ちなみにパーソネルは、Johnny Coles (tp), Leo Wright (as,fl), Joe Henderson (ts), Duke Pearson (p), Bob Cranshaw (b), Pete La Roca (tracks 4-6), Walter Perkins (tracks 1-3) (ds)。いやいや〜、ブルーノート御用達のジャズメンがズラリである。

このアルバムのリーダー、ジョニー・コールズは、R&B出身のトランペッターである。ジャズ・トランペッターとしては異色。中大型のバンドでセッションを中心に活躍したイメージがあって、地味と言えば地味。ジャズ入門本などでは、このジョニー・コールズの名前を見ることはありません。1923年生まれなので、この『Little Johnny C』を録音した時は、コールズは40歳。

この、まだまだ無名に近かったコールズにリーダーアルバム録音のチャンスを与え、その柔軟でありながら輪郭がはっきりした、そしてしっかりと音の出る、しなやかな鋼の様なコールズの個性的なトランペットをしっかりと記録したというところは、実に、ジャズの老舗レーベル「ブルーノート」らしいところ。

しかも、アルバムの内容に耳を向けると、冒頭の曲からミディアムテンポのリズムに乗った、管楽器のユニゾンが、いかにも「ブルーノート」。そう、このアルバム、コールズのペットの音からして、また、アルバムの個々の曲の音作りからして「これがブルーノートだ!」ってな感じのアルバムなのだ。
 

Little_johnny_c

 
薄暗い狭いライブスポット、飛び散る汗と煙の中、バーボン片手に熱気溢れるジャズに耳を傾ける、な〜んて感じがピッタリの音。このアルバムの演奏形態はセクステット(6人構成)で、ハード・バッピッシュなものからモードまで、ヴァライティに富んだ演奏を繰り広げる。

とりわけ、このセクステットの中で、テナーのジョー・ヘンダーソンの演奏は特徴的。録音当時、一世を風靡しつつあった「モード奏法」バリバリのテナーを聴かせていて面白い。また、マイナーな存在になるが、アルトのレオ・ライトも「モード奏法とコード奏法の間」って感じのユニークな音。

ピアノのデューク・ピアソンは「ブルノートの仕掛け人」よろしく、いかにもブルーノートのハウス・ピアニスト的雰囲気をプンプンさせつつ、ベースのボブ・クランショウとドラムスのピート・ラロカとウォルター・パーキンスは、職人芸的な手堅いバッキングでしっかりと底辺を支える。

モードあり、コードあり、ハード・バップあり、はたまた、ファンキー・ジャズありの、ちょっと「ゴッタ煮」的雰囲気の演奏ではあるが、当のコールズはそんなことお構いなく、ちょっと丸くてちょっと柔らかで、それでいて、鋼のように力強いペットを朗々と吹き上げていく。

ジョニー・コールズ。ジャズの歴史の中では、有名なジャズ・ジャイアントの類ではないのですが、この『Little Johnny C』ってアルバム、ちょっと格好いいジャケット・デザインと併せて、凄くジャズジャズしていて、ハッピーです。

 
 

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2014年1月15日 (水曜日)

トランペットの隠れ名盤・2

トランペットはジャズの花形楽器のひとつ。メジャーな存在だけでは無い。ジャズ盤紹介本にはほとんど名を連ねたことの無いトランペッターでも、メジャーな存在では無くても小粋で鯔背で格好良い、とても素敵なトランペッターも沢山いる。つまり、トランペットの隠れ名盤も沢山あるということ。

Jack Sheldon『Quartet and Quintet』(写真左)。1954年8月22日&9月4日、1955年4月4日&11月18日の4つのセッションから成る。ちなみにパーソネルは、Jack Sheldon (tp), Joe Maini (as), Bob Whitlock, Leroy Vinnegar, Ralph Pena (b), Gene Gammage, Lawrence Marable (ds), Kenny Drew, Walter Norris (p), Zoot Sims (ts)。

ジャズの世界では、時代はハードバップの時代。ハードバップの演奏マナーを取り入れつつ、西海岸ならではの明るい演奏。マイナー調の曲もなんのその、ドラムもピアノもトランペットもサックスも、演奏の底には、カルフォルニアの明るい雰囲気が見え隠れしていて、ちょっとニンマリ。

そんな全体的雰囲気の中、Jack Sheldon(ジャック・シェルドン)は、朗々とそのトランペットを鳴り響かせる。彼のトランペットは、西海岸ならではの、スマートな美しさとスイングする楽しさが溢れんばかりである。

西海岸のモダン・ジャズといえば、日本では東海岸に押されてマイナーな扱いにはなっているものの、東海岸には無い、洒落たアレンジと全体にバランスのとれたアンサンブル、白人中心のスマートなセンスがウリで、「オシャレに小粋に聴くジャズ」としては、東海岸に勝る演奏が多くある。
 

Jack_sheldon_quartet_quintet

 
ただ、日本のジャズ・シーンにとっては無名に近いミュージシャンが多く、日本の中では、なかなか認知されなかった歴史がある。西海岸のモダン・ジャズを語ると、東海岸に比べると取るに足らない、白人中心の「ダンス中心の聴きやすい軽音楽的なジャズ」と決めつけらることがたまにありますが、気にしないのが賢明。西海岸ジャズは西海岸ジャズで優れたものが多々ある。

今回、ご紹介している「ジャック・シェルドン」などが良い例で、トランペットのテクニックについても、演奏の全体のレベルについても、曲のアレンジについても、インプロビゼーションのテンションや着想についても、東海岸ジャズと比べて全く遜色が無い。

曲毎のアレンジやアンサンブルは、東海岸ジャズに無いスマートさや洒落っ気があります。「オシャレに小粋に聴くジャズ」としては、西海岸ジャズはなかなかに優れている。東海岸ジャズ偏重な聴き方が、如何に偏っているかが良く判りますね。

このアルバムについては、全体的に短い曲が多いのですが、リーダーのジャック・シェルドンのトランペットについては、ふんだんに聴くことができ、西海岸のモダン・ジャズの雰囲気を、大いに感じることができて秀逸。

サイドメンについても、西海岸ジャズを代表するミュージシャンで固められているが、とりわけ、ピアノのウォルター・ノリスは、僕にとっては新しい発見。しっかりとしたタッチと洒落たセンス、落ち着いた語り口の陰に、仄かな西海岸ならではの陰りを香らせつつ、基本的なトーンは「あっけらかん」とした明るい演奏。こんなピアニストがいたのですね。

僕たちは、西海岸ジャズ、いわゆる「ウエスト・コースト・ジャズ」を、もっともっと体験する必要がありそうだ。

 
 

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2014年1月14日 (火曜日)

トランペットの隠れ名盤・1

「冬もたけなわ」となれば、暖かい部屋の中で、本腰をいれてジャズを聴く気分になります。本腰を入れてジャズを聴く、となれば、やっぱり、テナー・サックスとかトランペットが主役のアルバムを選びたい。テナー・サックスやトランペットは「ジャズの花形」。

花形な楽器であれば、トランペット奏者の数も多い。メジャーな存在では無くても、小粋で鯔背で格好良い、とても素敵なトランペッターも沢山いる。つまり、トランペットの隠れ名盤も沢山あるということ。

例えば、このRichard Williams『New Horn In Town』(写真左)。1960年9月27日の録音。ちなみにパーソネルは、Richard Williams (tp), Leo Wright (as,fl), Richard Wyands (p), Reginald Workman (b), Bobby Thomas (ds)。マイナー・レーベルである「キャンディド」からのリリース。

正直言えば、このリーダーのトランペッター、リチャード・ウィリアムスは、ジャズ・トランペッターとしては、メジャーな存在では無い。バックのリズム・セクションのメンバーも、ベースのレジー・ワークマンは名前は知っているが、その他のメンバーは、実はあまり良く知らない。

それでも、このアルバムは派手な内容では無いけれど、実に滋味溢れるアルバムである。ジャズの本音が聞こえてきそうな、トランペットの「なごみ」の名盤。このアルバムに出会って、初めて聴いた時に「ああ、こんなアルバムもあるんやなあ」としみじみと感心したのを覚えている。
 

New_horn_in_town

 
とにかく、トランペットが、朗々と「鳴る」のだ。「トランペットって、金管楽器だったのね」ということを、はっきりと思い出させてくれるように、朗々と「鳴る」。真鍮がブルブルと響くように、リチャード・ウィリアムスのペットは、素敵に「鳴る」。

それがとても良く判るのが、2曲目の「I Remember Clifford」。もともと、この曲、自動車事故で、23才にして急逝したジャズ・トランペットの天才、クリフォード・ブラウンを偲んで書かれた、ベニー・ゴルソンの名曲。

それ故に、ジャズ・トランペットの音が実に良く似合う。この曲を、朗々と歌い上げることのできるトランペッターこそが、一流のトランペッターと言えるってもんだ。この1曲だけでも、このアルバムは「買い」だ。真鍮がブルブルと響くように素敵に鳴る、ウィリアムスのトランペットは「鯔背」だ。

曲によっては、特に早いテンポの曲ではリズムセクションに問題が残るが(ドラムが遅いというか、ベースが「かかる」というか、とにかくバラバラな部分が所々に・・・)、そんなことは全く気にする様子は無く、他の曲でもウィリアムスのペットは朗々と鳴る。つまりは、このアルバム、ウィリアムスのトランペットを愛でることが全てなのだ。

派手では無いけれど、初心者からベテランまで、一度聴けば、きっと、お気に入りの一枚になる、そんなジャズ鑑賞の初心に返ることが出来る素敵なアルバムだ。特に、トランペット好きには堪らない盤ですぞ。トランペット好きには「イチ押し」です。

 
 

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2014年1月13日 (月曜日)

デュアン急逝を乗り越えて

第一期オールマン・ブラザース・バンド(以下略して「オールマンズ」)のライブは、やはり、デュアン・オールマン(写真右)の存命時代が素晴らしい。デュアン・オールマンのギターは鬼気迫るものがあり、ド迫力のパフォーマンスを堪能出来ます。しかし、この天才ギタリストは、アルバム2枚に跨がる名ライブ盤を残し、バイク事故が原因で他界することとなります。 

一枚目は、泣く子も黙るライブ名盤『At Fillmore East』、邦題『フィルモア・イースト・ライヴ』。そして、もう一枚は『Eat a Peach』。デュアン・オールマンの存命中と他界後の、それぞれのスタジオ録音の新曲6曲と、1971年のライブ音源を収録した変則的な内容なアルバムであるが、この1971年のライブ音源が、『At Fillmore East』の未収録音源なのだ。

ここでは、このオールマンズが1972年に発表した通算4作目、スタジオ録音の新曲6曲と、1971年のライブ音源を収録した変則アルバム『Eat A Peach』(写真左)について語りたい。

さて、米国南部の「サザン・ロック」と呼ばれたジャンルを越えて「天才ロック・ギタリストの一人」と謳われたデュアン・オールマンは、このアルバム『Eat A Peach』の録音中、つかの間の休暇中にオートバイで事故に遭遇し他界。類い希な才能を持ったリーダーのあまりに早すぎる死は、メンバーに大きなショックを与えた。

故に、このアルバムは、デュアン入りの曲とデュアン抜きの曲とが混在する。しかし、だ。このアルバムも、オールマンズを代表する名盤となって、今でも燦然とその魅力を振りまいている。まず、1曲目の「Ain't Wastin' Time No More」を聴いて欲しい。テンションの高い余裕のあるワイルドな演奏。邦題は「時はもう無駄にできない」。デュアンを失った他のメンバーの覚悟が見てとれる。素晴らしい邦題だ。
 

Eat_a_peach

 
この冒頭1曲目から3曲目までの「Ain't Wastin' Time No More」「Les Brers in A Minor」「Melissa」が、デュアン他界後、残されたメンバーでのスタジオ録音になる。

続く4曲目から6曲目である「Mountain Jam」「One Way Out」「Trouble No More」が、あのライブ名盤『At Fillmore East』でのライブの続編。さすが『フィルモア・イースト・ライヴ』の続編である。テンション高い、素晴らしいテクニックでのライブ演奏が繰り広げられている。この3曲は是非とも『At Fillmore East』と合わせて聴きたい。

そして、7曲目から9曲目、「Stand Back」「Blue Sky」「Little Martha」が、デュアン・オールマンが存命中のスタジオ録音。聴いてみて判るのは、どれもが素晴らしい演奏である、ということ。

その中でも、8曲目の「Blue Sky」。ディッキー・ベッツの曲であるが、当時のディッキーの恋人を想う曲で、しみじみとやさしい名曲だ。そして、最後の9曲目「Little Martha」。デュアンとディッキー、2人のみのギターデュオであるが、切ない美しさに満ち溢れていて、否が応にも、亡きデュアンに想いを馳せてしまう。

デュアン・オールマンという天才を失ったことは残念ではある。1970年代ロック界の損失と言って良い。が、デュアン亡き後も「オールマンズ」は「オールマンズ」だったことが、このアルバムの冒頭1曲目から3曲目までを聴けば良く判る。

デュアン・オールマンの存命中と他界後の、それぞれのスタジオ録音の新曲6曲と、1971年のライブ音源を収録した変則的な内容なアルバムではあるが、サザン・ロック特有のワイルドさと、良い意味でのルーズさとリラックスさが、このアルバムの中にぎっしりと詰まっている。

 
 

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2014年1月12日 (日曜日)

やっぱり究極の名曲「Jessica」

我がバーチャル音楽喫茶『松和』の「懐かしの70年代館」では、なぜか1月から3月の寒い季節がサザン・ロックの月。不思議と高校時代から、この1月から3月、サザン・ロックのアルバムをよくかける。

特に、このアルバムは、この「サザン・ロック月間」のヘビロテ盤の筆頭。The Allman Brothers Band『Brothers and Sisters』(写真左)。サザン・ロックの雄、The Allman Brothers Band(オールマン・ブラザース・バンド、以降オールマンズと略)のスタジオ録音の最高傑作だ。何から何まで、当時のオールマンズの個性が、溢れんばかりに燦めいている。

とりわけ、思い出の名曲は、6曲目の「Jessica(ジェシカ)」。このインストルメンタルの曲を聴くと、1975年辺り、古き良き時代のあの頃の夏の風を感じて、セピア色の感覚にどっぷりと染まる。いや〜、もう出だしのギターとキーボードとのユニゾンを聴くと「もうダメ」(笑)。

高く広いアメリカ南部の空を感じ(行ったこと無いんだけどね)、途中でのピアノのソロを聴くと、アメリカ南部の広大な土地の広がりを感じる。余談になるけど、この曲って、結構、テレビ番組のBGMとしても良く使われており、結構、「この曲、聴いたことがある」ってな、印象を持つ人が多いんじゃないでしょうか。
 

Brothers_and_sisters

 
1曲目の「Wasted Words(失われた言葉)」は、いままでのオールマンズの演奏の特長である、サザンロック特有の泥臭さと適度なルーズさと緊張感とが、うまくバランスされている佳曲。とにかく野太くワイルド。それでいて、柔軟で聴き易いアレンジが聴き手にとって優しく、ただ暴力的なハードなロックとは違う、聴いて楽しんで乗れる、オールマンズの真骨頂がここにある。

その他の曲も魅力的なものばかり。ギターのディキー・ベッツのカントリーっぽく明るい、一種お気楽な楽しい曲と、キーボードのグレッグ・オールマンのリラックスした、適度なルーズさをもった。いわゆる、1970年代中頃はやった「レイドバック」した曲とが、微妙なバランスと対比をもって並んでいる。

実は、この「対比」が、次にやってくる、第一期オールマンズ解散の第一歩だったのだが、このアルバムを始めて耳にして、聴きまくっていた頃は、そんなことは知る由もなかった。当時の僕は、お気楽にも「1枚のアルバムで2度美味しい」と単純にこのアルバムの、ベッツとグレッグの「対比」を好意的に評価していたのであった。

なにはともあれ、この『Brothers and Sisters』は、オールマンズの傑作の一枚であり、サザン・ロックの代表的名盤の一枚です。そして、やっぱり究極の名曲は「Jessica(ジェシカ)」。何度聴いても飽きない、素晴らしいインスト・ナンバー。これ1曲でも、このアルバムは「絶対買い」です。

 
 

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2014年1月11日 (土曜日)

こんなアルバムあったんや・31

昨年末、思い切って購入した、ハービー・ハンコックの米コロムビア期を網羅した34枚組ボックス『The Complete Columbia Album Collection』。僕にとっての価値は、ハービーのリーダー作のうち、廃盤になって久しい、未入手のアルバムの幾枚かが、このボックス盤に入っているということ。

その廃盤になって久しい、未入手のアルバムの一枚が、これ。Herbie Hancock & Foday Musa Suso『Village Life』(写真左)。1984年、信濃町のCBSソニースタジオでの録音。1984年と言えば、フュージョン・ジャズは衰退し、純ジャズ復古の動きは加速されつつあったが発展途上。ジャズとしても、実に中途半端な時代だった。

実は、僕はこのアルバムを聴いたことが無かった。ハービーのディスコグラフィーには、必ず挙がるアルバムなので、その存在やアルバム・ジャケットのイメージは知ってはいたが、聴いたことが全く無い。今回、34枚組ボックス『The Complete Columbia Album Collection』に同梱されていたので、このアルバム『Village Life』はお目当ての一枚だった。

ハービー・ハンコックは、エレクトリック・ シンセ YAMAHA DX-7 とドラム・マシーン RX-11を担当。1980年代のデジタル・サウンドである。

そして、このアルバムの目玉ミュージシャンは、Foday Musa Suso。片仮名表記にすると「フォデイ・ムサ・スソ」となる。ここでは以降「スソ」と呼ばせていただく。このスソは、アフリカの弦楽器「kora(コラ)」と「talking drum(トーキング・ドラム)」の弾き手。歌もこなす。

このアルバム、ハービーの演奏する1980年代の最先端のデジタル楽器の音と、スソの演奏するアフリカのネイティブな生楽器の音とがデュオするとどんな音になるのか、興味津々である。
 

Village_life

 
で、これが実にマッチしているんですよね。いや〜ビックリしました。というか、ハービーがエレクトリック・ シンセ YAMAHA DX-7を駆使して、スソのアフリカン・ネイティブな生楽器にマッチする音を創り出していると表現した方が良いかもしれない。
 
とにかく、1980年代の最先端のデジタル楽器の音とアフリカのネイティブな生楽器の音、意外と相性が良い。

ゆったりとしみじみと、印象的で繊細なフレーズを、1980年代の最先端のデジタル楽器の音とアフリカのネイティブな生楽器の音がコラボし、紡ぎ上げていく。爽快感、透明感抜群。心が洗われるような、心に染み入る暖かみのある、デジタルとアナログのデュエットである。

さて、この演奏がジャズかどうか、という議論が沸き上がりそうなんだが、そんな議論は、このアルバムの内容の前では「野暮」というものだろう。
 
このデュオ演奏の根底に流れるリズム&ビートは自然なもの。一部、ジャジーな部分もあるが、このアルバム全体の音の雰囲気は、ワールド・ミュージックと評して良いだろう。

まあ、どのジャンルの音なのかなんていうのは、この際、どうでも良いこと。このアルバムは、1980年代の最先端のデジタル楽器の音とアフリカのネイティブな生楽器の音がコラボし、紡ぎ上げた、一期一会な響きに満ちている。このお目当ての一枚『Village Life』、手に入れて良かった。

いやはや、思わず「こんなアルバムあったんや」と叫びたくなるアルバムです。

 
 

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2014年1月10日 (金曜日)

ProjeKct TwoからFourの総括

1月7日のブログで、「ロックで即興演奏はあるのか」と題して、プロジェクツ(ProjeKcts)シリーズの『ProjeKct One』について語った。プロジェクツ(ProjeKcts)は、1996年のキング・クリムゾン内部分裂により生まれた実験バンドの総称。One, Two, Three, Four, X, Six と6つの組合せがある。

そして、ProjeKct OneからFourを束ねて、King Crimson『The Projekcts』と題したボックス盤としてリリースされている。この『The Projekcts』というボックス盤の演奏が聴いていてとても面白い。ロックでの即興演奏の素晴らしさを体験できるのと、このプロジェクツ(ProjeKcts)で、当時のKing Crimsonのコア・メンバー達が、何をしたかったのかが、おぼろげながら判る。

『ProjeKct One』については、1月7日のブログで述べたように、ビル・ブルーフォードのドラミングと暴力的であり、メタリックであり、アブストラクトであり、フリーであり、モーダルな、ロバート・フィリップ翁のエレギのお陰で、殆どエレクトリック・ジャズな響きが特徴であった。

では、続く『ProjeKct Two』(写真左)はどうか。このアルバムは、リズム&ビートとアドリブ・フレーズが、基本的に「キング・クリムゾン」。クリムゾン・ビートとでも形容できる、どこから聴いても「キング・クリムゾン」なリズム&ビートが実に「キャッチャー」である。そして、そのクリムゾン・ビートの上に乗って展開される「クリムゾン・フレーズ」が、これまた格好良い。クリムゾン者には堪らない実験バンドのパフォーマンスである。
 

Projekct_234

 
『ProjeKct Three』(写真真ん中)はどうか。このアルバムが一番、即興演奏をベースとするロックとして、内容の濃いパフォーマンスだと僕は評価している。リズム&ビートが個性的。キング・クリムゾン臭さが希薄で、現代の最先端な響きを宿す、自由度の高い、思い切りメリハリの効いたリズム&ビートが個性的。その上で、キング・クリムゾン臭さの無い、即興性の高いギターフレーズが展開される。

そして、『ProjeKct Four』(写真右)はどうか。リズム&ビートが一番重量感があるが、1980年代後半から1990年代前半に流行った、メタリックなリズム&ビートであり、聴き始めは耳に馴染むが、そのうち、手の内が読めてちょっと退屈になる。その上で展開されるギターフレーズは、キング・クリムゾンっぽい。流行のリズム&ビートの上の「クリムゾン・フレーズ」という感じ。流行のリズム&ビートを採用した分、今の耳で聴くと、ProjeKct OneからFourの中で、一番、古さを感じてしまう。

ということで、「ProjeKct TwoからFour」の総括としては、僕は『ProjeKct Three』がイチ押し。ジャジーな雰囲気は希薄で、エレクトリック・ジャズな雰囲気も希薄。逆に、即興演奏をベースとするロックな雰囲気が満載で、即興演奏なロックとしては、最高レベルの演奏内容ではないかと思う。音の広がりも幻想的かつスペイシー、リズム&ビート、ギターの即興フレーズ共に「個性的」。一番、クリムゾンらしさが希薄な『ProjeKct Three』は実に魅力的な盤だと思う。

21世紀なって振り返ると、キング・クリムゾンほど、即興演奏を売りにしたロック・バンドは無い。1970年代以降、21世紀なるまで生き残ったロック・バンドの中では「唯一」と言って良い。ボックス盤『The Projekcts』は楽しめます。

 
 

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2014年1月 9日 (木曜日)

ジャズ喫茶で流したい・49

現在の日本のジャズは世界レベル。聴く方も演奏する方も、ある部分では本場米国を越える。米国で活躍する日本人ジャズメンも多くいる。日本でも、日本のあちらこちらで、レベルの高い演奏が繰り広げられている。

僕は、1978年からジャズを聴き始めた訳だが、その頃は、日本のジャズは聴く方は世界レベル。演奏する方は発展途上。それでも、かなり高いレベルの演奏が、そこかしこに聴かれる状態。

1978年と言えば、フュージョン・ジャズの時代真っ只中。この1978年、日本を代表するフュージョン・グループ、ネイティブ・サンが誕生している。そのネイティブ・サンの中心人物が、キーボード奏者の本田竹曠と, サックス奏者の峰厚介。僕は、このネイティブ・サンのキーボード奏者、本田竹曠のキーボードが好きだった。

1980年辺りからか、本田竹曠のアルバムに触手を伸ばし始める。そして、彼のアコースティック・ピアノ(略してアコピ)の力量が素晴らしいことを体感する。当時、日本で優れたアコースティック・ピアノを演奏するジャズ・ピアニストは僅少だったので、本田竹曠のアコピは貴重だった。

そして、1998年だったかな。そんな本田のスタンダード集に出会う。そのアルバムとは、本田竹曠『My Funny Valentine』(写真左)。1985年4月の録音。ちなみにパーソネルは、本田竹曠 (p), 井野信義 (b), 森山威男(ds) 。純日本メンバーによる、魅力的なピアノ・トリオである。

収録曲を並べると以下の通りになる。なんと、本当に「ど」が付くほどのジャズ・スタンダード曲がズラリと並ぶ。しかも、僕の大好きな「On Green Dolphin Street」が冒頭に鎮座している。これは魅惑的、これは「買い」だ(笑)。
 

Honda_my_funny_valentine

 
1. On Green Dolphin Street (N.Washington - B.Kaper)
2. Stella By Starlight (N.Washington - V.Young)
3. My Funny Valentine (L.Hart - R.Rodgers)
4. Little B's Poem (B.Hutcherson)
5. The Shadow Of Your Smile (P.F.Webster - J.Mandel)
6. Blues On The Corner (M.Tyner)
7. My One And Only Love (R.Mellin - G.Wood)
8. 'Round About Midnight (B.Hanighen - C.Williams - T.Monk)

しかし、このピアノ・トリオ盤、リーダーの本田竹曠のピアノが溜息が出るほどに素晴らしい。まず、単純に「上手い」。そして、インプロビゼーション部のフレーズの爽やかさ。速弾きではあるが、決して破綻することの無い、高テクニックかつ鮮烈なアドリブ・ライン。

演奏の形式はハードバップだけど、本田のアコピは「ビ・バップ」。弾きまくる弾きまくる。でも、決して、耳に付かず、耳にもたれない。日本人独特の乾いた、お茶漬けの様にサッパリしたファンクネスを漂わせ、明快に明朗に、ジャズ・スタンダードを唄い上げていく。

バックのベース、ドラムの好調。本田のアコピを鼓舞しつつ、効果的にサポートする様は、これまた「素晴らしい」の一言に尽きる。
 
こんなに優れたピアノ・トリオ盤が、純日本人メンバーで作られたことに、思わず胸を張りたくなる。日本のジャズは演奏する方でも世界レベル。そんなことを実感できるピアノ・トリオの優れものです。

 
 

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2014年1月 8日 (水曜日)

ビッグバンド・ジャズは楽し・24

1992年のリリース。当時、予算が無くて買いそびれ、そのうちと思っていたら廃盤になって、あららとガッカリしていたら、昨年、中古盤だけど格安で手に入れた。ふふふっ、だからジャズのCDコレクションは止められない(笑)。

そのアルバムとは『GRP All-Star Big Band』(写真左)。1993年1月31日に東京・五反田のゆうぽうとで収録されたライブを納めたアルバムである。GRPレコードの契約ジャズメンがズラリと顔を並べた、メンバーの名前を見れば、今では夢のようなビッグバンドである。

GRPといえば、フュージョン・ジャズ、コンテンポラリー・ジャズがメインのジャズ・レーベルでありながら、このビッグバンドの企画は意外だった。メンバーの中で、有名どころをちょっと並べてみる。

Randy Brecker (tp), Eric Marienthal (as), Bob Mintzer (ts), Tom Scott (bs), Dave Grusin, David Benoit, Kenny Kirkland, Chick Corea, Ramsey Lewis (p), Gary Burton (vib), Alex Acuna (perc), Lee Ritenour (g), John Patitucci (b), Dave Weckl (ds) などなど。

凄いメンバーですね。でも、やっぱり、フュージョン・ジャズ、コンテンポラリー・ジャズがメインのジャズメン達です。よって、このメンバーでビッグバンド・ジャズをやるというのですから、面白そうですよね。リリース当時は興味津々でした(だったら、さっさと買ったら良かったのに・・・笑)。

しかも、このビッグバンド、フュージョン・ジャズ、コンテンポラリー・ジャズがメインのジャズメン達が集まりながら、「ど」が付くほどのジャズ・スタンダードを演奏しまくるのです。どんな「どスタンダード曲」なのか。収録曲を並べてみましょう。
 

Grp_allstar_bb

 
冒頭、ロリンズの手なる「Airegin」、コルトレーンの手なる「Blue Train」、そして、パーカーの狂的アドリブで有名なビ・バップ・ナンバー「Donna Lee」。ハービーのモード・ジャズの傑作「Maiden Voyage」、シルバーの有名ファンキー・チューン「Sister Sadie」、モーガンのジャズ・ロック曲「The Sidewinder」。

続くは、マイルスのハードバップとモードの架け橋的チューン「Seven Steps To Heaven」、ゴルソン・ハーモニー炸裂の「I Remember Clifford」。ショーターのウネウネモーダルな「Footprints」、ラテン・ジャズの定番「Manteca」、モンクの傑作「'Round Midnight」、チックの名曲・定番、哀愁エキゾチックな「Spain」。

どの曲も、他ではビッグバンドで演奏されるのが珍しい、若しくは、ビッグバンドで演奏されることは無い名曲ばかりがズラリと並んでいます。ねっ、凄いでしょう。なかなか隅に置けない選曲をしているんですよ。「ど」が付くほどのジャズ・スタンダード曲ですが、ジャズ・ミュージシャンの手なるスタンダード曲なんですよね。

演奏内容はと言えば、非常に端正でダイナミックで、歌心満点、テクニック最高、凄く安定感があって、スピード感も抜群、絵に描いた様な、「これぞビッグバンド」と言える、素晴らしいものです。音の厚みも適度、あまりに出来が良いので、それが鼻につくかと危惧するけど、実はそうはならない。聴き終えた後の爽快感は格別です。

他ではビッグバンドで演奏されるのが珍しい、若しくは、ビッグバンドで演奏されることは無い、ジャズ・ミュージシャンの手なるスタンダード曲を優れたアレンジで、ビッグバンドする。これは確かに、新鮮な響きがする、それまでに聴いたことのないビッグバンドな音がする。

恐らく、これは選曲とアレンジの勝利だと思います。一期一会な素晴らしい現代のビッグバンドの名演のひとつでしょう。今は廃盤状態。中古で、格安で入手出来てラッキーでした。

 
 

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2014年1月 7日 (火曜日)

ロックで即興演奏はあるのか

インプロビゼーション、いわゆる「即興演奏」はジャズの最大の特徴。おきまりのテーマ部から、インプロビゼーション部へなだれ込み、延々と繰り広げられる即興演奏は「ジャズの花」である。

では、ロックの世界で、インプロビゼーションはあるのか。これが殆ど無い。もともと、ロックは大衆音楽。誰が聴いても判り易くてはならない。そんな条件が付いている中で、毎回毎回、音の展開、節回し、アプローチが異なる即興演奏は判り難くて「いけない」。

ロックは、皆が判り易く、皆が一様に乗れるものでなければならないので、即興とは反対の、お決まりのキャッチャーで定型的な展開やアプローチが必要となる。毎回毎回、お約束の「お決まりの展開」が来るからこそ、乗れるし、毎回毎回、一様に楽しめる。

しかし、1960年代後半から1970年代前半の英国では、そのロックとジャズの境界線が曖昧で、特に、プログレッシブ・ロックと呼ばれるジャンルに属するバンドで、即興演奏を得意とするバンドが幾つかいた。メジャーなところでは、キング・クリムゾン、ソフトマシーンなどがそうだ。

そして、キング・クリムゾンなどは、2009年、ドラムのビル・ブルーフォードが現役引退を表明するまで、長きに渡って、ロック・バンドらしからぬ、即興演奏を得意とした、独特な個性を持つプログレッシブ・ロック・バンドとして君臨した。
 
21世紀なって振り返ると、キング・クリムゾンほど、即興演奏を売りにしたロック・バンドは無い。1970年代以降、21世紀なるまで生き残ったロック・バンドの中では「唯一」と言って良い。

そんなキング・クリムゾンの即興演奏が楽しめるアルバム・シリーズがある。1997年から1999年に渡って展開された「ProjeKcts(プロジェクツ)」である。Projectという単語の「e」と「c」との間に大文字のKが入っているところが「ミソ」。「Kc」とはキング・クリムゾンのイニシャル。なかなかお洒落なバンド名である。

「ProjeKcts」とは、キング・クリムゾンのメンバーが行った、実験プロジェクトの名称。1997年から1999年に渡って展開された「ProjeKcts」は、OneからFourまで、4つのユニットが存在する。
 

Projekct_one

 
1996年、キング・クリムゾンの内紛によって、ダブル・トリオ期のメンバー中心に編成された、実験の要素の強いテンポラリー・バンドであった。「ProjeKcts」の演奏は、即興演奏をメインとする。よって、アルバムの殆どがライブ盤である。

例えば『ProjeKct One』(写真左)を聴いてみると、その即興演奏の内容の濃さが良く判る。曲名は例えば「4 i 1」とか「2 ii 3」とか、おちょくっているとしか思えない、記号のようなものばかりなので、意味を成さない。このアルバムの内容の全てが、キング・クリムゾンの主要メンバーによる、エレクトリックな即興演奏である。

特に、エレギのロバート・フィリップ翁(写真右)の演奏が凄い。暴力的であり、メタリックであり、アブストラクトであり、フリーであり、モーダルである。
 
このエレギの即興演奏は「マイルスもビックリ」だろう。そう、この『ProjeKct One』のエレクトリックな即興演奏は、そこはかとなく「エレクトリック・マイルス」の雰囲気が漂っている。

変則拍子を基本に、ポリリズムを叩きまくるビル・ブルーフォードのドラミングも、かなりエレクトリック・ジャズ的だ。ジャジーな雰囲気が殆ど皆無なのと、リズム&ビートに黒っぽさが無い分、ジャズ的な雰囲気は希薄だが、演奏内容は、そのテクニックと共に、先進的なエレクトリック・ジャズに匹敵する。

この『ProjeKct One』は、エレクトリック・ジャズ者もビックリ。ほとんど、エレクトリック・マイルス、ほとんど、エレクトリック・ジャズである。まあ、一部の演奏は「これって、Larks' Tongues in Aspic Part.2 のままやん」と思わず突っ込みたくなるものもあるが、これはこれで、キング・クリムゾン者としては、胸にグッとくる(笑)。

21世紀に入って、ロックのメジャーどころでは、ほとんど姿を見なくなった「即興演奏を得意とするバンド」。しかも、その演奏内容、テクニック共に、先進的なエレクトリック・ジャズに匹敵するバンドは、ほとんど見当たらなくなった。しかし、どうも、このキング・クリムゾン、今度はトリプル・ドラムをベースに復活するらしい。楽しみである。

 
 

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2014年1月 6日 (月曜日)

名演を引き出した「若き才能」

真に優れたミュージシャンとは「現金なもの」である。V.S.O.P.での演奏がマンネリに傾き、最後のスタジオ録音盤であった『Five Stars』などは、ピリッとしたところが無い、漫然とした内容に陥った。そのV.S.O.P.のリズム・セクションが、Herbie Hancock (p), Ron Carter (b), Tony Williams (ds) の3人。1979年7月の東京録音であった。

それから丁度2年後。1981年7月、同じ東京の録音。しかし、今回はちょっと違う。メインストリーム・ジャズの若き才能とのセッションの記録である。その若き才能とは、そんじょそこらの若き才能とは違う。10年から20年に一人の逸材。天才トランペッター、ウィントン・マルサリス(Wynton Marsalis)とのセッションである。

その若き才能との邂逅のセッションを記録したアルバムが、Herbie Hancock『Quartet』(写真左)。1981年、LPでのリリースは、2枚組のボリュームだった。ジャケットのデザインも良く、このアルバムは内容が期待出来た。

そして、出てくる音は「真剣勝負」そのもの。V.S.O.P.の最後のスタジオ録音盤でのマンネリな雰囲気と、ちょっとダルな演奏とは打って変わって、リズム・セクションを担う、Herbie Hancock (p), Ron Carter (b), Tony Williams (ds) の3人の演奏は、切れ味鋭く、テクニック抜群。テンション高く、そのインプロビゼーションは真剣そのもの。

これだけ、このベテランな3人を本気にさせるトランペッター、ウィントン・マルサリスとは如何なるものか、と思うんだが、冒頭の「Well You Needn't」を聴くだけで、その若き才能とは、そんじょそこらの若き才能とは違うことが判る。それまでの普通のトランペッターとは、全く次元が違う演奏であり、個性であり、音の響きである。
 

Herbie_hancock_quartet

 
この10年から20年に一人の逸材との邂逅が、元マイルス・デイヴィスの黄金の第二期クインテットのリズム・セクションを担った、Herbie Hancock (p), Ron Carter (b), Tony Williams (ds) の3人の「本気」を思い切り引き出している。本当に、真に優れたミュージシャンとは「現金なもの」である(笑)。

天才トランペッター、若き日のウィントン・マルサリスの演奏も素晴らしいが、それ以上に素晴らしいのが、Herbie Hancock (p), Ron Carter (b), Tony Williams (ds) の3人の演奏。内容、テクニック、展開、音の響き、いずれも彼らのその時点でのベスト・プレイに近い高レベルの演奏を全編に渡って繰り広げている。3人とも当時としては、例外的に弾きまくっている。

そう弾きまくりである。こんなにアコピを弾きまくるハービーも珍しいし、ピッチもあってアコベらしい音を響かせながら、真剣にモーダルなベースを弾きまくるロンも珍しい。逆に、程良い小粋な抑制を効かせながら、ビシバシとドラミングをキメまくるトニーも珍しい。まるで、マイルス・デイヴィスをバックを務めている時のようだ。

この『Quartet』というアルバムは、ウィントンの希有な「若き才能」のお陰で、元マイルス・デイヴィスの黄金の第二期クインテットのリズム・セクションを担った、Herbie Hancock (p), Ron Carter (b), Tony Williams (ds) の3人の本気の演奏を愛でることの出来る優秀盤である。

そして、ハービーはリーダーとして、ウィントンのトランペットを上手くコントロールし、ウィントン自身の初リーダー作よりも、より魅力的にウィントンのトランペットを唄わせているところが見事である。ウィントンを唄い手になぞらえてみると、なるほど「伴奏のハービー」の面目躍如である。

 
 

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2014年1月 5日 (日曜日)

僕の愛する『安息の地を求めて』

昨年の暮れ、クラプトンの魅力的なボックス盤がリリースされた。Eric Clapton『Give Me Strength : The '74 / '75 Recordings』である。クラプトンが1974年から1975年にかけて制作した3枚のアルバム『461 Ocean Boulevard』『There's One In Every Crowd』『E.C. Was Here』を中心に、ボーナス・トラックを追加して再編成したもの。

このボックス盤、僕にとってはなかなかのお気に入りになっていて、あの頃のクラプトンのアルバムを久し振りに聴き直している。その中の一枚が『There's One In Every Crowd』(写真左)。邦題『安息の地を求めて』。

思い入れの深いクラプトンの名盤の一枚。発売は1975年3月。僕は高校時代真っ直中。このアルバム、我が映研でも放課後、ガンガンに流して聴き入っていた。ああ、懐かしいなあ。

さて、このアルバムは、先の『461 Ocean Boulevard』の中で、クラプトン自身のお気に入りとなった「レゲエ」の雰囲気と、加えて、サザンロック独特の「レイドバック」が溢れんばかりの、かなり渋い内容のアルバムだった。

レイドバック(laid-back)というのは「くつろいだ、のんびりとした、ゆったりした」という意味である。音楽の用語として良く使われるが、その場合、主にリズムの感覚を表す。具体的な例を挙げると、レゲエのリズムや、サザン・ロックのバラードなどの「ゆったりとくつろいだ感じ」が「レイド・バック」。

1970年前後のギンギンにギターを弾きまくるクリーム時代や、1990年代から2000年代のブルース嗜好クラプトンからは想像し難い、くつろいで落ち着いて達観した様な、思いっきり肩の力を抜いたアルバムである。

このアルバムの凄いところは「レゲエ」や「レイドバック」を全面的に導入し、思いっきりリラックスした中に、テンションの高い演奏が繰り広げられ、このテンションがアルバム全体のリラックス・ムードをグッと引き締めているところ。
 

Theres_one_in_every_crowd

 
適当にシャッフルしているように聴こえるクラプトンのギターも「キメ」の部分ではギンギンにキメまくる。その「キメ」の時間が短時間なのでうっかりすると聴き逃すが、この短時間のテンションの高いギターソロが場面場面で効いていて、アルバム全体がグッと締まっているのだ。

冒頭の「We've Been Told(Jesus Is Coming Soon)」。アコギの音が素晴らしく心地良い。2曲目は、レゲエ・ソング「Swing Low Sweet Chariot」。枯れた調子のクラプトンのヴォーカルもさることながら、バック・コーラスのマーシーとイヴォンヌもリラックスして、良い調子で歌い上げているのが印象的。この曲、今でも大好きな曲です。

5曲目の「The Sky Is Crying」は、レゲエ調の曲が多いこのアルバムの中で、際だったブルース・ナンバー。ライヴでも良く演奏される佳曲ですね。ラストの「Opposites」などは、リラックスの極みである。

クラプトンの歴史の中では、ちょっと異質なアルバムですが、ブルーズ・レゲエ・ゴスペル系の曲を中心に「軽快なジャマイカのリズム」「テンションは高いがリラックスしたアコギの音」「ここ一発のクラプトンのエレキの職人技」。心地良い「ロックな安らぎ」を感じるアルバムです。

クラプトンファンの中には「レイドバックしすぎ」とか「もっとギターを弾くべき」ということで、このアルバムって、評価が低いところもあるんですが、僕は、このアルバムは、以降のクラプトンの定番パターンを決定づける重要なアルバムの一枚であると思っています。

そういう意味で、最高傑作の座については、突然変異的な大名盤の『愛しのレイラ』に譲るが、その『愛しのレイラ』に劣らない、素晴らしいアルバムだと僕は思う。このアルバムは、クラプトンの数あるアルバムの中でも、いわゆる商業的な成功は収めてないが、コアなファンには人気が高い「隠れ名盤」なんですよね。

 
 

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2014年1月 4日 (土曜日)

今年の聴き始め・純ジャズ編

今年の個人的なテーマは「初心に帰ろう」。さて、私こと、バーチャル音楽喫茶『松和』のマスターの純ジャズのアルバム・コレクションの初心って何だったのか、と振り返って見ると、このアルバムが真っ先に思い浮かぶ。

純ジャズの世界では、やはりこのアルバムやなあ。Bill Evans『Portrait in Jazz』(写真左)。ビル・エバンスの名盤中の名盤。現代のピアノ・トリオの演奏展開を決定付けたアルバムである。

ビル・エバンスのこのピアノ・トリオの以前と以降のそれぞれの演奏展開を聴き比べてみると判る。ビル・エバンスのピアノ・トリオは、ピアノ、ベース、ドラムの演奏が同等の立場で繰り広げられている。これが「ミソ」。

とりわけ、ベースの演奏が実に特徴的で、それまでのベース奏法のスタンダードであった、ビートをキープする、所謂「ウォーキング・ベース」なる奏法を採用していない。ピアノと同等の立場で、ピアノのインプロビゼーションに絡むように、創造的で柔軟なインプロビゼーションを展開する。

それまでのピアノ・トリオの演奏展開と言えば、あくまでピアノが主役。ピアノが創造的で柔軟なインプロビゼーションを展開する傍らで、ベースとドラムはあくまで「リズム&ビート」をキープする役割。ソロを渡されても、ベースとドラムはあくまで「リズム&ビート」をキープしながらのアドリブ展開に終始する。

が、このビル・エバンスのトリオは違った。確かに、ベースとドラムは「リズム&ビート」をキープはしている。が、明確な「拍」を入れずに「間」を活かした、スペーシーなインプロビゼーションをベースに「リズム&ビート」をキープしているところが新しい。
 

Portrait_in_jazz_2

 
そして、ビル・エバンスのピアノは、そんなリズム・セクションの「リズム&ビート」をキープをベースに、自由度と柔軟性の高いインプロビゼーションを展開している。明らかに、それまでのピアノ・トリオの演奏展開とは異なる、モダンでクール、そして、実にアーティスティックな響きは、このアルバムを聴けば、直ぐに判る。

実はジャズを聴き始めて、ハードバップ時代のピアノ・トリオを聴くにつけ、ベースとドラムはあくまで「リズム&ビート」をキープする役割に留まり、ピアノだけが創造的で柔軟なインプロビゼーションを展開する、という画一的な演奏展開がつまらない、と感じた。これでは、ジャズは創造的とは言い難い、と感じた矢先での、この『Portrait in Jazz』との出会いだった。

このアルバムを聴き終えて、これは何だ、と感じた。ジャズの最大の特徴のひとつである「自由なインプロビゼーション」というものを初めて感じた気がした。初めて、ジャズが創造的な音楽ジャンルだ、ということを感じた瞬間だったような気がする。

今を去ること35年前の出来事である。当時、僕は二十歳。このBill Evans『Portrait in Jazz』というアルバムに出会って、ジャズは面白い、ジャズは聴き込むに足る音楽ジャンルだ、ということを思いっきり感じた。そして35年間、ジャズのアルバム・コレクションにドップリ浸かり、未だその「音の迷宮」を彷徨っている(笑)。

つまりは、このBill Evans『Portrait in Jazz』ってアルバム、僕にとっては、ちょっとだけ罪作りなアルバムである、ってこと(笑)。今年もよろしくお願いいたします。

 
 

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2014年1月 3日 (金曜日)

聴き始め・70年代Jポップ編

なんと、昨年の大晦日の昼間のニュースで、衝撃的なニュースが流れた。大滝詠一さん急逝。耳を疑ったが、アナウンサーは冷静にその事実だけを語った。

2013年12月30日17時30分頃、東京都西多摩郡の自宅で家族と夕食後のデザートに林檎を食べている時に倒れ、救急搬送された。救急隊がかけつけた時は既に心肺停止状態であり、病院に搬送後19時頃に死亡が確認された。死因は解離性動脈瘤とされた。65歳没。

僕は「大滝詠一」が大好きであった。1970年代後半、米国から輸入した「洋楽ポップス」を日本人の感覚で消化し、日本人の手になる「和製ポップス」として、様々な「マニアックな楽曲」がリリースされた。その「マニアックな楽曲」を生み出したミュージシャンの代表格の一人が「大滝詠一」。

大滝詠一は、元々は英国の音楽プロデューサーであったフィル・スペクターが生み出した「ウォール・オブ・サウンド(音の壁)」というサウンド効果をベースに、優れた和製ポップスを多々送り出した。

大滝詠一のアルバムで、一番最初に手に入れたアルバムが『Niagara Moon』。このアルバムを聴いて、日本にもこんなポップ・ロックがあるなんて、至極感動しました。しかし、意外と当時、一般的には「大滝詠一」の知名度は低く、「大滝詠一」が好きだと言えば、「ヲタク」「アウトロー」「変人」などというレッテルを貼られました(笑)。

続いて手に入れたアルバムが、シリア・ポールの『夢で逢えたら』(写真右)。僕は、この『夢で逢えたら』は遠く、学生時代、リアルタイムで体験し、リアルタイムで、LPとして購入しているので、とにかく懐かしい。しかも、このアルバムの内容は、1970年代和製ポップスとして、全く申し分無い質の高さを誇っている。

バックの演奏も良質、音は徹頭徹尾「ウォール・オブ・サウンド」を採用。当時、日本語は8ビートに乗らない、などと変な解釈がされた時代ではあったが、このアルバムに収録されている、大滝詠一や大貫妙子が提供する日本語詩の楽曲が実に秀逸。
 

Eiichi_ohtaki_favorites

 
僕は、このアルバムを聴いて、「日本語は8ビートに乗らない」説を信じなくなったし、日本人の楽曲作成能力、アルバムのプロデュース能力は決して、他の先進国にひけをとらない、という確信をもった。

そして、記念すべき1981年3月21日、大滝詠一『A LONG VACATION』(写真左)。が発売された時は溜飲が下がりました。が、発売当時は、まだまだ知名度が低く、耳の確かな、お洒落なマニアの間でその評判が広がっていった、そんな感じでした。

その大滝詠一『A LONG VACATION』の初回盤を持っていますが(発売当時、早い時期に予約までして購入した)、当時、いち早くこの名盤を入手し、聴き込んで、その素晴らしさを周りに伝承していった当時の思い出は、今でも自分の自慢話のひとつでもあります(笑)。

今では「20世紀日本音楽史上、ゆるぎのないNo.1の地位を築いた大名盤」なんて言われていますが、発売当時は、30年後、そんなことになってようとは思いませんでしたね〜。

とにかく、非の打ち所の無い出来の「和製ポップス」が、タップリとエコーをかけた、大滝版「ウォール・オブ・サウンド(音壁)」なアレンジでとことん聴かせてくれる。「君は天然色」「恋するカレン」「さらばシベリア鉄道」「FAN×4」など、キラ星の様に,素晴らしい楽曲がズラリと並ぶ。

今年の僕の個人的なテーマは「初心に帰ろう」。だとしたら、今年の聴き始めの大滝詠一さんのアルバムは、大滝詠一さんの追悼盤は、『A LONG VACATION』と『夢で逢えたら』かな。

この2枚には初めて聴いた時、驚愕しました。そして、心底感心したのを昨日のことの様に覚えています。この2枚のアルバムで、日本人ならではの楽曲作成能力、そして、アルバムのプロデュース能力に初めて自信を感じました。

大滝詠一さんが逝去。これは個人的に大ショックで、未だに心の整理が出来ないでいます。暫くは喪に服したいと思います。改めて、ご冥福をお祈り致します。

 
 

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2014年1月 2日 (木曜日)

聴き始め・70年代ロック編

今年の個人的なテーマは「初心に帰ろう」。一昨年の暮れ、大病をして死にかけて「もともと俺って何やりたかったんだっけ」と自問自答したのが切っ掛け。昨年は無茶苦茶酷い年で、それを追求する余裕など無かった。今年こそは、なんとか「俺って何やりたかったんだっけ」を追求し、残りの人生のスタンスをしっかりと調整したいと思っている。 

そんな年の初め、今年の聴き初めのアルバムは、今年のテーマ「初心に帰ろう」に従って、僕が、高校時代、ロック小僧に陥った切っ掛けになったアルバムを聴くのが筋だろう、ということで、このアルバムを選択。Emerson Lake & Palmer(略してELP)『Pictures at an Exhibition』(写真)。

邦題は『展覧会の絵』。原曲は、19世紀のロシアの作曲家ムソルグスキーが作曲した同名のピアノ組曲『展覧会の絵』。そう、このELPのアルバムは、クラシックの名曲をロック化したもの。しかも、ライブ盤である。

振り返って冷静になって考えてみると「クラシックの名曲をロック化した」なんて言う、思いっきり「パチモン」な内容であり、それをライブ音源でリリースするという、無理を思いっきり通す様な「力業」的なアルバムである(笑)。

クラシックの名曲のロック化。とにかく「胡散臭い」アルバムではある。が、そんな「胡散臭さ」なんて、全く気にさせない、どころか、そんな「胡散臭さ」が逆に「売り」となるような、不思議かつ歴史的なアルバムではある。

まず、ELPの演奏力が圧倒的である。特に、キーボードのキース・エマーソンのテクニックが驚異的。ロックの世界で、キーボード・ベース・ドラムという、ジャズのピアノ・トリオの様な演奏フォーマットが成立するのか、という危惧がある。キーボードの音が、電気的に音響的に増幅されたベースの音と激しく叩きまくるドラムの音に相対するのか、ということなんだが、確かに、これは難物ではある。
 

Pictures_at_an_exhibition

 
しかし、キース・エマーソンの様な攻撃的かつ神懸かり的なテクニックがあれば成立するということが、このライブ盤で証明されている。逆に、このELP以外に、キーボード・ベース・ドラムというトリオでのロック・バンドは存在しない。それだけ、キース・エマーソンのキーボードのテクニックが突出しているということだ。

とにかく、コンセプトは何であれ、音楽というものは「演奏力と表現力」が第一であり、ライブ盤であれ、スタジオ録音盤であれ「緊張感と疾走感」がそれを後押しする。歴史的名盤とはそういうものだ。

この『展覧会の絵』には、様々な屁理屈を全く受け付けない、有無を言わせない、圧倒的な「演奏力と表現力」と「緊張感と疾走感」が備わっており、そこにクラシックの名曲を引用した「親しみ易さと入り易さ」という要素が付け加わって、このライブ盤は、1971年のリリース以来、永遠の名盤として君臨している。

確かに、振り返ってみると、クラシックの名曲をロック化して、この『展覧会の絵』と同等の成果を上げたロックのアルバムは見当たらない。このライブ盤には「パチモン」と「胡散臭さ」を寄せ付けない、「演奏力と表現力」そして「緊張感と疾走感」に支えられた圧倒的な力強さがある。歴史的名盤とはそういうものである。

このELPの『展覧会の絵』は、クラシック&米国ポップス・ファンだった、僕をロックの世界へ引きずり込んだ、なんともはや、罪作りな名盤である。この『展覧会の絵』を経験して以降、まずは「プログレ小僧」の道をまっしぐら。傍らで、ハードロックにもドップリ浸かった(笑)。

「初心に帰ろう」。このライブ盤の体験が、僕の人生のベースを形成する切っ掛けになったことは間違い無い。良い時代に良きロックを知って良かったと心から思っている。確かに、以降の人生が豊かになったことは疑いない。

 
 

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2014年1月 1日 (水曜日)

謹賀新年、今年もよろしく。

新年明けましておめでとうございます。今年も、我がバーチャル音楽喫茶『松和』と当ブログをよろしくお願いします。

年が明けました。生涯最悪だった2013年も去り、2014年がやって来ました。とにかく、今年は明るくストレス無く、更なる回復に努めたい、ある程度で良いから普段通りの生活を取り戻したい、それだけが切なる願いです。2014年はもう昨年の様な思いは勘弁して欲しいなあ。今年こそは良い年でありますように・・・。

さて、ジャズのアルバムのリイシューについては、今年は出だし好調。遂に、John Coates Jr.の『Alone and Live at the Deer Head』がリイシューされる。 待った、イライラしながら待った。しかも紙ジャケでリイシュー。今までは、ずっとLPだったからなあ。LPもへたってきた時だったので、このリイシューは嬉しいです。長生きはしてみるもんです(笑)。

John Coates Jr.の『Alone and Live at the Deer Head』のリイシューは紙ジャケなのが嬉しい。LPでの味わいのある油絵で描かれたジャケットは実にアーティスティック。このジャケットも良い感じだから、紙ジャケ復刻はウエルカムである。

John Coates Jr.の『Alone and Live at the Deer Head』は、僕の甘酸っぱいセピア色の青春時代の想い出が詰まったアルバムだからなあ、復刻CDを聴いたら落涙するかもしれんなあ(笑)。
 

Photo_3

 
それから、ブルーノート・ザ・マスターワークス 第2期50タイトルのリイシューも楽しみだ。ブルーノートの未入手のアルバムをちょこちょこピックアップ出来るぞ。これも単純に嬉しい。待ち遠しいなあ。

一方、ロックの世界は復刻絶好調。1月の末には、遂に、ビートルズの『THE U.S. BOX』が出ます。ビートルズの米国編集アルバム13組がCDボックス・セットで復刻されるのだ。これは期待できる。

ビートルズの米国編集のアルバムって、僕達が中学〜高校時代に馴染みがあるんで、オリジナルとは全く違うけど、やっぱり米国編集の曲順でもビートルズが聴きたいんですよね。今年早々にその想いが叶います。やはり、長生きはしてみるもんです(笑)。

『あまちゃん 完全版 DVD-BOX3』も、1月早々に手元に来ます。これも楽しみやなあ、じぇじぇ(‘ jj ’)、これは音楽とは関係無いか(爆笑)。

今年も、なかなか楽しみな音楽生活が待っているようで期待出来ます。そうそう、今年は、フォークギターの練習を本格的に再開します。うっすらと声の枯れが慢性化してしまったので、うっすらとした声の枯れを前提としたボーカルのトレーニングも再開です。音楽を聴く、音楽を演奏する、両方とも楽しみたいですね。

それでは皆さん、今年もよろしくお願いします。

 
 

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