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2013年11月の記事

2013年11月30日 (土曜日)

エレ・ハンコックなサントラ盤

ハービー・ハンコックの米コロムビア期を網羅した34枚組ボックス『The Complete Columbia Album Collection』を入手して、このアルバムの存在に気が付いた。Herbie Hancock『Death Wish』(写真左)。

そう言えば聞いたことがある。ブロンソンの大ヒット映画「狼よさらば」のサントラを、当時『Head Hunters』で大ヒットを飛ばした直後のハービー・ハンコックが担当。そうそう、すっかり忘れていた。1974年のリリース。当時、僕は映画研究部だったので、この話は知っていたし、誰かがこのサントラのLPを持っていて、借りてダビングして聴いていた。

が、あれから30年以上経って、すっかり忘れていた。ハービー・ハンコックの米コロムビア期を網羅した34枚組ボックスの中身を見ていて、「あれ、これは何のアルバムだっけ」。この『Death Wish』、「狼よさらば」のサントラの存在をいきなり思い出しました。

改めて、今回、聴いてみました。これがなかなかの内容で、ちょっとビックリしました。全体的には、映画のサントラの雰囲気が色濃く漂っています。
 

Death_wish

 
当時、米国の映画のサントラについては、かくあるべし、というアレンジの定石というものがあって、それをしっかりと踏襲しているので、このサントラは、ハービーが「エレ・ハンコック」のアレンジを中心に音楽を担当していても、あくまでも「映画のサントラ」の雰囲気の域を出てはいません。

でも、要所要所で『Head Hunters』で大ヒットを飛ばした勢いそのままに、エレ・ハンコックが炸裂しているところが魅力です。冒頭のメインテーマである「Death Wish」は、ジャズ・ファンクの雰囲気満載。ラストの「Fill Your Hand」ではベニー・モウピンのテナーサックスが炸裂。この2曲だけでも、結構、いけます、このサントラ。

1974年時点では、ロックとジャズを融合したクロスオーバー・ジャズの時代。エレ・ハンコックの演奏部分の雰囲気はサントラということで、ちょっと耳当たりの良いフュージョン・タッチに仕上がっていて、これが、結構、トレンドの先端をいく内容になっていて、さすがハービー、と感心してしまいます。

ジャズのハービーが映画のサントラを担当する。そして、この『Death Wish』の様な成果を上げる。ハービーの多彩な才能を確認できる、なかなかのサントラ盤です。単品では入手がなかなか大変なんですが、ハービー者としては、いつかどこかで、一度は聴いてみるべきサントラ盤でしょう。

 
 

大震災から2年8ヶ月。決して忘れない。まだ2年8ヶ月。常に関与し続ける。
がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2013年11月29日 (金曜日)

イケててクールなドラムが素敵だ

「たまには、ちょっとイケててクールなジャズ、やってみないか」。そんな声が聞こえてきそうな、すっごくイケててクールなコンテンポラリーなジャズ。それも、純日本なジャズである。

小山太郎『Beat The Blues』(写真左)。2012年10月の録音。ちなみにパーソナルは、小山太郎 (ds), 田中裕士 (p), 生沼邦夫 (b), 大野俊三 (tp)。純日本メンバーである。

小山太郎とは。栃木県佐野市生まれのジャズ・ドラマー。1984年に上京し、西直樹トリオ、河上修トリオに参加しデビュー。その後、峰厚介や国府弘子、渡辺貞夫らのグループに抜擢され、日本有数のジャズ・ドラマーとして活躍している。

このアルバムの雰囲気は、冒頭の小山の自作曲「Beat The Blues」を聴けば良く判る。前奏部分のドラムの音の心地良さ。リズミカルで音の張りがあって、弾むような粘りもあって、心躍るようなビート。こんなに楽しく聴けるドラミングって、なかなか無い。

そう、このアルバム、全編に渡って、小山のドラムの音が凄く良い。ドラムという楽器の音を本当に楽しめる。ドラマーのリーダー作って、無用やたらドラムソロがあって、そのドラムソロは意外と一本調子でマンネリ化していて、聴いていて苦痛になるドラムソロって結構あるんだが、このアルバムは決してそんなことは無い。

本当に良い感じ、良い雰囲気、良い音なドラミングなのだ。これが本当にイケててクール。そんな小山のドラミングに乗って、田中のピアノがまた良い。日本人ジャズ独特の乾いたファンクネスを漂わせながら、リリカルでモーダルなピアノが実に格好良い。透明感溢れる響きと爽快感溢れる指回し。聴いていて楽しく、聴いていて心地良い。

特に、スティーヴィー・ワンダーの大名曲「 I Just Called To Say I Love You」のテーマ部のリリカルな弾き回しと、インプロビゼーション部のアドリブの展開は、この大名曲を題材とした純ジャズとして、出色の出来である。素晴らしいスタンダード化。
 
Beat_the_blues
 
イケててクールな小山のドラミングに乗って、大野のトランペットが惹き立つ。こんなにクールでモーダルなジャズをやってるんだから、トランペットは、思わずマイルスチックな音が出てきそうなものなんだが、嬉しいことに、これがそうはいかない(笑い)。

ここでの大野のトランペットは、なんか「ケニー・ドーハム」風なのが、実にイケてて楽しい。ふくよかで伸びの良い中音域を中心に、しっかりと太く芯の入ったトランペットの音色は凄くクール。良い。このケニー・ドーハムチックなトランペットは良い。乾いたファンクネスとストレートな伸びは癖になる。

そして、忘れてはならない、生沼のベース。この生沼のベースが、小山のイケててクールなドラミングと相まって、演奏のボトムをガッチリと支える。これが、このアルバム全体の演奏の安定感に繋がる。曲毎の演奏のバラツキが全く無い。それは、この生沼のベースの貢献度が大である。

最後に収録された曲を以下にご披露しておきます。凄く魅力的な選曲。ジャズ者であれば、思わず、耳をそばだててしまう様な、小粋な選曲の数々。そして、ラストの「Senor Mouse」で、チック者の僕はノックアウトされる。良いアルバムです。

01. Beat The Blues  (Taro Koyama)
02. Speak Like a Child  (Herbie Hancock)
03. Like This  (Cheick Corea)
04. I Just Called To Say I Love You  (Stevie Wonder)
05. Hindsight  (Cedar Walton)
06. The Elf in Aulanko  (HiroshiI Tanaka)
07. The Way You Look Tonight  (Jerome Kern)
08. When Fate Steps In  (Taro Koyama)
09. Time Remembered  (Bill Evans)
10. Iris  (Wayne Shoter)
11. Senor Mouse  (Chick Corea)
 
 
 

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2013年11月28日 (木曜日)

聴き易いフリーキーなトレーン

コルトレーンのこのアルバムの存在を僕は21世紀になって知った。それもそのはずで、このアルバムは、録音した当時はお蔵入りして、1998年の3月にリリースされた、いわゆる「未発表音源」である。

そのアルバムの名は、John Coltrane『Living Space』(写真左)。もともとの録音は、1965年6月。コルトレーンは、1967年の7月に亡くなっているので、逝去の2年1ヶ月前の録音になる。パーソナルは、もちろん、黄金のカルテットと呼ばれる、John Coltrane (ts, ss), McCoy Tyner (p), Jimmy Garrison (b), Elvin Jones (ds)。

時期的に見ると、黄金のカルテットの『Kulu Se Mama』と『Ascension』の間のセッション集になる。黄金のカルテットとして、まだまだ充実した演奏を繰り広げている頃の演奏で、なぜ没になったのかが全く判らない「未発表音源集」である。 

このアルバムは、一言で言うと「聴き易いフリーキーなコルトレーン」である。冒頭のタイトル曲「Living Space」の出だしのコルトレーンのテナーは、スーッと真っ直ぐ伸びて、凄くストレートな、素晴らしく伸びのあるテナー。テーマを吹き挙げるコルトレーンは、本当に堂々としていて、伸びがあって素敵である。

が、インプロビゼーション部に入ると、あ〜あ、やっぱりフリーなブロウに移行する。しかし、このアルバムでの、コルトレーンのフリーなブロウは、あまりアブストラクトに傾かない。まあ、こちらの耳に、フリーキーなブログに対する耐性が培われた、ということもあるが、それを差し引いても、このアルバムでのコルトレーンは無茶苦茶には吹かない。
 

Living_space

 
節度ある「限りなくフリーに近いモーダルなブロウ」と言ったら良いだろうか。ただ、コルトレーンのフリーなブロウは、ちょっと一本調子なところがあり、この頃のインプロビゼーションは、ちょっとマンネリしている。フリーであるべき展開が、彼の手癖も含めて、定型化されつつあって、なんだか先が読めてしまうのだ。これでは「フリーな演奏」とは言えない。

もっと自由にもっと斬新な展開で、心からのブロウを吹き上げたいとトライはするのだが、どうしても、どこかで聴いた展開と節回しという感じになってしまう。それでも、コルトレーンはコルトレーンなので、ジャズ者の我々にとっては、コルトレーンがコルトレーンらしく吹いてくれているので問題は無いのだが、音楽を創造する側からすると、ゆゆしき問題である。

バックのリズム・セクションを張る、McCoy Tyner (p), Jimmy Garrison (b), Elvin Jones (ds)のトリオの出来が素晴らしい。ちょっとマンネリ気味のコルトレーンはさておき、このバックのピアノ・トリオが最高である。恐らく、この頃がこのトリオのピークであり、最後の輝きなのではないか、と思う。自由度の高い、柔軟性のある、素晴らしいインプロビゼーションを展開している。

この『Living Space』のコルトレーンは聴き易い。フリーな演奏ではあるが「限りなくフリーに近いモーダルなブロウ」という感じで、ストレートな、素晴らしく伸びのあるテナーと相まって、意外と、このアルバムは楽しめる。バックのトリオもご機嫌なバッキングを展開しているしね。

このアルバムに収録されているセッションの後、あの問題作『Ascension』を録音し、黄金のカルテットは崩壊する。この『Living Space』は、黄金のカルテットの「最後の輝きの記録」でもある。

 
 

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2013年11月27日 (水曜日)

ハンコック、初のソロ作品です。

Herbie Hancock『Dedication』(写真左)。1974年7月、東京は厚生年金ホールでの録音。LPでいうA面は「アコースティック・ピアノ」、B面は「エレクトリック・ピアノ」でのソロ演奏。ハンコック、初のソロ作品である。1974年7月の来日時に日本側の企画で実現した。

このアルバムは、日本でのレコーディングで、日本盤オンリーのリリースであった。ハンコック、初のソロ作品なのに、である。そんなに平凡な内容なのか、と思って、ジャズ者初心者の頃、ズッと敬遠していた。所謂「聴かず嫌い」というヤツである。しかも、ジャケットは、思いっきり平凡。やっぱりあまり内容は良くなさそう、との気持ちを強くしてしまう。

このアルバムを初めて聴いたのは、1990年代になってからである。1997年だったかなあ。紙ジャケでリイシューされた時にゲットした。そして、聴いた。で、思っていたより平凡な内容では無い、ことを確認した。

アコースティック・サイドは「Maiden Voyage」「Dolphin Dance」の2曲。確かに、ハンコックの自作曲の中で、ソロ・ピアノとして映えそうなナンバーである。ちょっと素人っぽい、ベタな選曲ではあるけどね(笑)。

「Maiden Voyage」「Dolphin Dance」の2曲ともに、リリカルで耽美的な演奏である。間と音の伸びを活かしたピアノは、ビル・エバンス直系のものである。ここでのハンコックのピアノは、思いっきり「エバンス派」なピアノである。なんだか、当時の日本のハンコック・ファンに迎合したような、思いっきりリリカルで耽美的なピアノ。

いやはや、ハンコックはプロ中のプロやなあ、と感心してしまう。けど、思いっきり「安全運転」的なソロ・ピアノである。聴き手が予想した通り、希望した通りの音を出す。プロとしては素晴らしいテクニックではあるが、ピアノ演奏家としての個性、という点では全くもって、物足りなさが残る。良い内容なんですけどね。
 

Dedication

 
エレクトリック・サイドは「Nobu」「Cantaloupe Island」の2曲。「Nobu」は、日本人の友人の名を付けたハンコックの自作曲。シーケンサーを活用した循環リズムがかなりの古さを感じさせるが、エレ・ハンコックのキーボードの弾き方の個性が実に良く判るソロ演奏になっている。

当時のハンコックは、エレクトリック・キーボード類の音をそのままに、アコースティック・ピアノの様に弾いていた。このソロ・アルバムでもその傾向は変わらない。シンセはシンセ、フェンダー・ローズはフェンダー・ローズ、アープ・オデッセイはアープ・オデッセイの音、そのままに演奏を進めていく。

グループサウンズの中では、そのエレ・ハンコックのエレクトリック・キーボードの弾き方は、ちょっと物足りなさが残るが、ソロとして弾くには、これはこれで情緒があって良い感じがする。

まあ、どーにもこーにも、シーケンサーを活用した循環リズムがかなりの古さを感じさせてくれるのが「玉に瑕」で、頭の中で、このシーケンサーの音を消して、ハンコックのエレクトリック・キーボードの音だけを拾って聴けば、エレ・ハンコックのエレクトリック・キーボードの弾き方もまんざらでは無いことが十分に感じて取れる。

ハンコック者向けのアルバムでしょう。ハンコックのマニアにこそ、このアルバムの内容は響くというもの。逆に、ハンコック者にはマスト・アイテムかな。エレ・ハンコックのエレクトリック・キーボードの弾き方の個性を十分に堪能できる「優れもの」です。

 
 

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2013年11月26日 (火曜日)

音楽喫茶『松和』の昼下がり・12

喫茶店の昼下がり。昼飯時が過ぎて人が去って、午後2〜3時頃、客が店に全くいないことがある。この時間帯のこの喫茶店の空間が何となく好きなんやなあ。

ガランとしていて、ちょっと物寂しくて。で、そんな誰もいないジャズ喫茶で、マスターの好きなアルバムを存分にプレイバックしてもらう。これ意外と快感。

バーチャル音楽喫茶『松和』のモデルになっている、あの大学近くの「秘密の喫茶店」でもそんな時間帯があった。僕以外、客は誰もいない。ママさんと二人きり。ガランとしていて、ちょっと物寂しくて、なんだか不思議な雰囲気の空間。

そんな時、秘密の喫茶店で、ママさんに「こんな時にかける、ママさんの好きな、これっていうアルバムは無いんですか」と声をかけてみたら、可愛くニコっと笑って、このアルバムをかけてくれた。

Red Mitchell - Harold Land Quintet『Hear Ye!』(写真左)。1961年10月14日、12月13日LAにての録音。ちなみにパーソネルは、Red Mitchell (b), Leon Petties (ds), Frank Strazzeri (p), Harold Land (ts), Carmell Jones (tp)。

米国西海岸ジャズの隠れ名盤である。米国西海岸ジャズと言えば、良くアレンジされたユニゾン&ハーモニー、そしてアンサンブル。お洒落で洗練された、熱気溢れるというよりは、クールで程良くコントロールされたジャズ、という印象がある。
 

Hear_ye

 
が、このアルバムの音は違う。ベースもドラムもピアノもテナーもトランペットも、皆、溌剌とプレイしている。途中から聴くと、東海岸のハードバップかと思ってしまうくらいの熱気とドライブ感。クールで程良くコントロールされたジャズなんて、とんでもない。

特に、双頭リーダーの一人、ハロルド・ランド(写真右)がテナー吹きまくってます。こんなにバリバリに吹くテナー奏者だったとは、ちょっとビックリです。力感溢れるストレートなブロウは、東海岸も真っ青なブロウ。いけてますね〜。

双頭リーダーのもう一人の方、レッド・ミッチェルもブンブン、弦を唸らせながら、ウォーキング・ベースを弾き進めていきます。西海岸ジャズに所属していたお陰で、なかなか日本では、その名前、その力量が認知されるのに時間がかかりましたが、その明瞭にして鋭いベースプレイは明らかに時代をリードしていますね。

西海岸ジャズらしからぬ、タイトで一本気なハードバップな演奏は、一目置きたくなるものです。このアルバムを初めて聴いた時は、ジャズって奥が深いな、と思ったのと、やはり評論を読むより先に、自分の耳で聴き、確かめることが大事なんだなあ、と思いました。西海岸ジャズにも、こんなホットなハードバップな演奏があるんですね。

いやはや、今から思えば、大学近くの「秘密の喫茶店」って、隅に置けない素晴らしい喫茶店でした。喫茶店の昼下がり、ガランとしていて、ちょっと物寂しい、そんな誰もいない音楽喫茶で、ママさんの好きな「これっ」というアルバムを問えば、この『Hear Ye!』がいきなりかかったりするんですから(笑)。 

 
 

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2013年11月25日 (月曜日)

ジャズ喫茶で流したい・47

ジャッキー・テラソン(Jacky Terrasson)って、メジャー・デビューして、はや19年になるのか。

そう、約20年前、1994年にブルーノート・レーベルからリリースされた、初リーダー作『Jacky Terrasson』(写真左)は、センセーショナルな話題を振り撒いた。ちなみにパーソネルは、Jacky Terrasson (p), Leon Parker (ds), Ugonna Okegwo (b) 。

バリバリ弾きまくるピアノ・トリオ盤で、実に日本人のジャズ者ベテラン、ジャズ者評論家好み。ドラムとベースは意外と控えめで、テラソンのピアノがガンガンに響きまくるアルバムで、とにかく「派手」なピアノ・トリオ盤である。

ジャッキー・テラソンは、1965年11月27日ドイツのベルリン生まれ。この初リーダー作がリリースされた時は29歳の若手、今年は48歳になって、ジャズ・ピアニストの中堅どころのポジションである。

バークリー音楽院に学び、一旦、パリに戻ると、バルネ・ウィランらと共演。力を蓄えつつ、1990年からはニューヨークに進出、1993年にはモンク・コンペティションで優勝。特に、このモンク・コンペティションでの優勝が、テラソンに格好の追い風になった。日本でも、この「モンク・コンペティションで優勝」したピアニストとして、ジャズ雑誌で紹介され、僕達はその名を知った。

さて、このデビュー作『Jacky Terrasson』を聴くと、テラソンのピアノの個性が良く判る。とにかく弾きまくる。それもしっかりと旋律を歌わせながら、高速手捌きで弾きまくる。音の強弱を極端につけて、音の陰影とメリハリを付けてはいるが、音が小さくても、密度の高い硬質なタッチでしっかりと音を押さえていく。音の強弱に関わらず、硬度の高いタッチは、テラソンの個性。
 

Jacky_terrasson

 
このバリバリに弾きまくる様は、一言で表現すると「現代ジャズのバップ・ピアニスト」。テラソンのインプロビゼーションは、明らかに「ビ・バップ」な弾き回しである。リリカルとか耽美的とか、印象派ジャズ・ピアニストの影を全く感じさせない、徹頭徹尾、ビ・バップな弾き回し。高速な弾き回し、ダイナミックな展開、旋律を歌わせ、秀逸な疾走感。誤解を恐れずに言うと「旋律が美しく、メリハリの効いたバド・パウエル」の様な雰囲気。

確かに、それまでに無いジャズ・ピアノのスタイルではある。1994年当時、新しい響きを宿していたことについては疑いは無く、僕もこの初リーダー作『Jacky Terrasson』を聴いた時は、こりゃ〜まあ、これまた個性的なピアニストが出てきたなあ、と感心したもんだ。

ただ、正直に言うと、とにかく弾きまくるスタイルなので、これからどうするんだろう、と心配にもなった。自作曲については、あまり「これは」というものは無く、どちらかと言えば、「My Funny Valentine」や「Bye Bye Blackbird」や「I Fall In Love Too Easily」など、スタンダード曲の斬新な解釈と弾き回しに、テラソンのピアノの個性が光り輝くのだ。つまりは、バップ・ピアニストなのだ。

今では、中堅のジャズ・ピアニストとして、バリバリの現役。確かに、同世代のブラッド・メルドーやビル・チャーラップらと比べて、ちょっと遅れを取ってるかなあ、という雰囲気はありますが、彼のピアノは今でも「現代ジャズのバップ・ピアニスト」の個性をしっかりと維持していて、決して隅に置けない優れたピアニストのポジションをキープしています。

そんなテラソンのデビュー作『Jacky Terrasson』。渋くて硬派なピアノ・トリオ作として、ジャズ者の皆さんにお勧めです。

 
 

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2013年11月24日 (日曜日)

アーティスティックな「和ジャズ」

1970年代の日本のジャズは、現代音楽風のフリー・ジャズや限りなく自由度の高いモーダルなジャズが多く、一般の音楽ファンには、かなり敷居の高いアルバムが多かった。僕たち、ジャズ者初心者にとっても重荷だった。どうしても聴き易い、取っ付き易いフュージョン・ジャズや、1950年代のハードバップの名盤に走った。

そういう環境もあって、1970年代の日本ジャズは、実にマイナーな存在だった。ジャズ専門雑誌では、凄いぞ、立派だぞ、と書き立てられるので、なけなしの小遣いを叩いて購入して聴いて見ると、その内容は、現代音楽風のフリー・ジャズや限りなく自由度の高いモーダルなジャズで、聴いていても全く面白く無くて、何が何だか良く判らない。そうするうちに、日本ジャズからは遠ざかっていった。

僕だって、日本のジャズ、今で言う「和ジャズ」を聴き直し始めたのは、この5年ほど前からである。つまり、「和ジャズ」のブームに乗っかって、聴き直しを始めた訳。ミーハーな動機ではあるが、隠れ名盤、レア盤がガンガンにリイシューされるんだから、聴き直しには都合が良い。
 

Tok_live

 
例えば、このアルバムの存在も、今回、初めて知った。加古 隆『TOK - Live』(写真左)。「TOK」とは、加古 隆 (p), Kent Carter (b), Oliver Johnson (ds) のトリオのこと。1978年東京・東邦生命ホールでのライヴを収録したライブ盤。

当時、ヨーロッパで脚光を浴び、高い評価を得た、と言うが、確かに、このトリオの演奏は、当時の欧州ジャズの主要なテイスト、いわゆる現代音楽風のフリー・ジャズや限りなく自由度の高いモーダルなジャズで、その演奏レベルは相当に高い。このピアノ・トリオの演奏内容についても、当時の欧州ジャズの他のアルバムと聴き比べても遜色の無い素晴らしいものである。

このライブ盤の演奏内容については、確かに、一般の音楽ファンには、かなり敷居の高く、ジャズ者初心者にとっても重荷です。しかし、ジャズを聴き進めて、ジャズ者中級者や上級者、はたまたベテランの域に達した時、もう一度、このアルバムの様な、現代音楽風のフリー・ジャズや限りなく自由度の高いモーダルなジャズにチャレンジして欲しいですね。

きっと新しい何かを感じ、この演奏が、如何に素晴らしいものかを実感出来ると思います。実に優れたアーティスティックな演奏です。こんな優れた内容のジャズが、1970年代の「和ジャズ」にあったなんて、ちょっとビックリしました。

 
 

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2013年11月23日 (土曜日)

「只者ではない」和ジャズです

日本のジャズは奥が深い。あまり雑誌などに採り上げられなかったり、宣伝が行き届かなかったり、もともと発売枚数が少なかったりで、我々、ジャズ者にその存在と内容が知られる前に廃盤になっていったアルバムが、きっと多かったのだろう。

この5年の間に、日本人による日本のジャズのアルバムが多く復刻されてきた。セールス的には「和ジャズ」なるジャンルを与えられて、意外とその復刻アルバムについてのアピールがなされている。

リイシューされるアルバムを見る度に「こんなアルバムあったんや」状態で、知らないアルバムばかりが、どしどし出てくる。iTunesなどで試聴してみても、いずれもなかなかに内容のある演奏ばかりで、どうして、こんなアルバムが、ジャズ者の我々に対して、アピールされること無く廃盤になっていたのか、理解に苦しむものばかり。

このアルバムだってそうだ。佐藤允彦『Transformation '69/'71』(写真左)。パーソネルは、佐藤允彦 (p), 荒川康男 (b), 富樫雅彦 (ds)。このアルバムの存在を僕は全く知らなかった。収録された曲は以下の4曲。ちなみに、1曲目と2曲目が1969年3月の録音。3曲目と4曲目が1971年3月の録音。

1.Tigris
2.On A Clear Day (You Can See For Ever)
3.Transformation Part 1
4.Transformation Part 2

パーソネルを見れば、これは「只者ではない」ことに気が付く。こんなアルバムがあったんや、と万感の思いがこみ上げてくる。聴いて見ると、確かに「只者では無いアルバム」である。
 

Transformation

 
1969年録音の1曲目から2曲目は、当時の最先端をいく「モーダルなピアノ・トリオな演奏」。1曲目の「チグリス」は秀逸な演奏で、リズム・パターンが規則的にグネングネンに変化する(おそらくダブルタイムで変化していると思われる)、むっちゃ格好良い曲で、こんなリズム・パターンが変化するモーダルなピアノ・トリオは、あまり耳にしたことが無い。

2曲目は、同名タイトルのブロードウェイ・ミュージカルの主題歌。いわゆる「スタンダード曲」なんですが、このトリオの演奏は、恐ろしくシャープで、アップテンポな展開。「寄らば切るぞ」という感じの清々しいテンション。ドライブ感は半端じゃなく、3者絡み合ったインプロビゼーションは、実にスリリング。

1971年録音の3曲目と4曲目は、打って変わって、現代音楽の響きを宿した、フリー志向のテンション溢れる演奏。間と響きを活かした「墨絵」の様なフリーキーな演奏は、実に幽玄で力感溢れる演奏で、長時間のインプロビゼーションにも破綻することが無い、トリオを構成するそれぞれのミュージシャンの力量の高さが推し量れる。

一度聴くと、もう一度聴きたくなるアルバムで、聴けば聴くほど、こんなアルバムが、1970年前後の「和ジャズ」にあったんや、と感動してしまう。相当に高いレベルの演奏で、世界のジャズのレベルと比肩する、素晴らしい内容の純ジャズである。

「浮世絵」をあしらったアルバム・ジャケットも「和風」でありながら、なかなかデザイン的に優れたもの。いやはや、こんなアルバムが「和ジャズ」にゴロゴロしているんですねえ。

 
 

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2013年11月22日 (金曜日)

マイケル・ブレッカー屈指の名盤

マイケル・ブレッカーのテナーは「デジタル的で、精巧で、緻密で、テクニカルで、ストレートな」サックスの音色が特徴だ。これって、やっぱり白人的なテナーの雰囲気ですよね。

やっぱり、黒人のテナーは「粘りがあって、馬力があって、ファンキーな」サックスなんですよね。そういう意味では、マイケル・ブレッカーは、ファンキーな香りのする楽曲は選ぶべきではない。

それではどうするか、思っていたら、2001年、突然バラード集『Nearness of You : The Ballad Book』(写真左)が出た。発売された時、「なるほどね」と感心したのを覚えている。

ちなみにパーソネルは、Pat Metheny (g), Herbie Hancock (p), Charlie Haden (b), Jack DeJohnette (ds), James Taylor (vo)  という超豪華メンバーでの演奏。しかし、超豪華メンバーか見た華美な所は微塵もなく、全編、瀟洒(しょうしゃ)な演奏が「ニクイ」。抑えたフレーズが気持ちいい。バラード集とは言いながら、じわりと「熱い」演奏も気持ちいい。

このバラード集でも、パットのギターが良い按配で彩りを添えている。パットの「泣きのシンセギター」が、寂寞感、静謐感を引き出して、なんだか気持ちよく、しみじみとしてしまう。マイケルのバラード演奏に、パットのギターは実に良く似合う。
 

Nearness_of_you

 
コルトレーンの「バラード」と比べられることがあるが、比べること自体が大変「野暮」なこと。コンセプト、音の作りや個性を考えると、まったく次元の違うもの。コルトレーンの「バラード」は当然素晴らしいアルバムだし、マイケルの「ニアネス・オブ・ユー」は、これはこれで素晴らしい。

収録曲は以下のとおり。テナーが映えるバラードの名曲の数々。

1. Chan's Song
2. Don't Let Me Be Lonely Tonight
3. Nascente
4. Midnight Mood
5. The Nearness Of You
6. Incandescence
7. Sometimes I See
8. My Ship
9. Always
10. Seven Days
11. I Can See Your Dreams
12. Say it

マイケルのバラード演奏に久し振りに耳を傾けてみて、改めて、マイケルのサックスは凄いなあ、上手いなあ、と思いました。これだけのサックス演奏が出来るミュージシャンって、よくよく考えてみると、数少ないですよね。マイケル・ブレッカーの生涯の中でも屈指の名盤です。
 
 
 

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2013年11月21日 (木曜日)

『Hullo Again』って知ってる?

日本のジャズは奥が深い。というか、日本のジャズは奥深い森の様である。奥へ奥へと進んでいくと、出てくる出てくる、内容の濃い、聴いていて楽しい、小粋な盤が出てくる出てくる。

恐らく、日本人のジャズって、1960年代後半から、意外とかなりの数のジャズメンの、かなりの数のアルバムがリリースされていて、そんなアルバムがリリースされては忘れ去られていく、そんな繰り返しが長年、行われてきた様な気がする。

この10年くらい、やっと、1960年代後半以降の、日本人ジャズメンの優れ盤がリイシューされ始めた。「和ジャズ」というお洒落なジャンル名を付けられて、やっと市民権を得た感じの「日本の日本人のジャズ」。

これがまあ、奥深くって、いろいろとアルバムを探索していくと、出てくる出てくる知らない名前の日本人ジャズメン。そして、そのリーダー作を聴いてみて、あらまあビックリ。非常に優れた内容だったりして、こんなジャズメンいたんや〜、こんなアルバムあったんや〜、って雄叫びを上げたりする(笑)。

例えば「菅野邦彦」。経歴を読めば、相当なジャズ・ピアニストである。72年からブラジル、NYなど8年にわたる放浪の旅に出ているので、恐らく、1970年代、彼の活動は日本のジャズシーンには、断片的にしか、伝わってこなかったのだろう。しかし、1981年、突如として「菅野邦彦」の名をジャズ雑誌で見た。

菅野邦彦『Hullo Again』(写真)。1981年5月、東京は銀座でのライブ録音盤。ちなみにパーソネルは、小杉敏 (b), ジョー・ジョーンズ Jr. (ds), 菅野邦彦 (p)。このライブ盤は、あの大学近くの「秘密の喫茶店」で聴かせてもらった記憶がある。
 

Hullo_again

 
非常に美しい響きを宿した、端正で、良い意味で華奢なジャズ・ピアノである。ジャズ・ピアノだからといって、ファンクっぽさが全く無い。黒くも無い。粘りも無いあっさりした弾き回し。

クラシック・ピアノの様な流麗さ。あっさりとしたジャジーなフレーズ。テクニックは確か。しかし、ビートはオフビート。しつこく無い、控えめで軽いノリが日本人らしい。そんな聴いていて楽しい、流麗なピアノ・トリオで演奏される曲がまた良い。選曲が良いというか、洒落ている。

1. Just Freiend
2. Touching Blues
3. Take The “A” Train
4. Misty
5. Summertime
6. Little Girl Blue 

いや〜実に小粋な選曲ですねえ。どの曲も聴いていて、菅野のピアノのフレーズが流麗で、思わず聴き耳を立ててしまう。バッキングするベースとドラムのリズム&ビートも、あっさりとした端正なノリの良いもので、聴いていて実に心地良く和む。

良いピアノ・トリオ盤です。日本のジャズは奥が深い。こんな美しい響きを宿した、端正で、良い意味で華奢なジャズ・ピアノが、日本にあったなんて。ちなみに、菅野邦彦は、今年で77歳になるが、未だ現役とのこと。素晴らしい。

 
 

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がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2013年11月20日 (水曜日)

チェロを弾きまくる珍しい企画盤

今日も、ジャズ・ベーシストのリーダー作をご紹介。今日は、レイ・ブラウン。ジャズ・ベースの巨匠。1926年生まれ。2002年7月没。享年76歳。亡くなって久しいが、ジャズ・ベースの最高峰として現在も絶大な人気を誇る。

確かに、レイ・ブラウンのベースは素晴らしい。ピッチがあっていて、音が太く大きく、しなやかで伸びやか。リズム&ビートの底をガッチリと支える力強さが魅力である。が、この魅力は、オスカー・ピーターソン・トリオの傘下でのものが多い。

リーダーの大ピアニスト、オスカー・ピーターソンには全く頭が上がらなかったらしく、ピーターソン配下でのレイ・ブラウンのプレイはやや控えめで、決して出しゃばらず、黙々とリズム&ビートを支える。そして、しっかりとガッチリとピーターソンのプレイを殊勝にも支えまくる。

恐らく、ピーターソン配下でのストレスがそうさせたのか、他のリーダー・セッションにおいては、共演者が格下とみるや、その格下の共演者を全く無視するかの様に、ハイテク・アコベをブンブン唸らせて前面にしゃしゃり出る傾向が強い。自らのリーダー作では、とにかく自分のベースを全面に押し出しまくる。昔のミュージシャンらしく、思い切り、目立ちたがり屋なのである。

そんな目立ちたがりのレイ・ブラウン、ビッグバンドをバックにブンブンやるのも大好き。そんなに目立つのが大好きなんだったら、いっそもう初めっから、大いに目立つようにしてしまえ、という企画盤がある。Ray Brown『Jazz Cello』(写真左)である。1960年8月31日、9月1日の録音とされる。
 

Jazz_cello

 
本格的ビッグバンドでは無いが、スモール・コンボのビッグバンド的なアレンジをバックに、レイ・ブラウンが、ベースとチェロを弾きまくるという企画盤。アレンジは名匠ラッセル・ガルシアが担当。

旋律を弾きまくるのであれば、低い音が中心のベースよりは、高い音が出るチェロの方が音がはっきりクッキリとするし、旋律が聴き取りやすい。そこで、この企画盤では、旋律を弾きまくる時は、チェロでどうぞ、という仕掛けである。

いやはや、冒頭の「Tangerine」から旋律楽器よろしく、チェロを使って旋律を弾きまくる。それでもチェロはチェロなので音は低い。この旋律を弾く弦楽器がチェロと知らなければ、ベースのえらく高音域を使って、ペラペラ旋律を弾きまくるベーシストやなあ、と呆れることになる。

とにかく、ベーシストが演奏のフロントに出て、ベースラインでは無く、楽曲の旋律を弾きまくるのである。チェロを使って、ホーン楽器の様にインプロビゼーションを弾きまくるのである。確かにジャズ演奏としてはバランスが悪い。しかも、あくまで、アコースティックな弦楽器、チェロを使っての旋律弾きの為、弾き回しのフレーズの速さなどには限界があって、エレベのように疾走感溢れ、歌うが如く、という風にはならない。

中途半端に目立つアコベという趣で、まだ、レイ・ブラウンというジャズ・ベースの巨匠が弾きまくるので、なんとか聴ける演奏とはなっているが、ベースが全面に出て旋律を弾きまくるのは、やはりバランスが悪く、あまり誉められたものでは無い。チェロを弾きまくるという珍しい企画盤なので、まあ、これはこれで聴くに値する盤ではある。

 
 

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2013年11月19日 (火曜日)

ビッグバンド・ジャズは楽し・23

有名なジャズ・ベーシストって、何故かビッグバンドを主宰したり、ビッグバンドのリーダーになったりすることが多い。恐らく、リズム・セクションのベースラインをキープする「縁の下の力持ち」的な役割が、リーダーとして最適なのかもしれない。

伝説のジャズ・ジャイアント、チャールズ・ミンガス然り。目立ちたがりのレイ・ブラウンなんて、ビッグバンドをバックにブンブンやるのが大好き。ロン・カーターだって、最近、念願のビッグバンドのアルバムをリリースして溜飲を下げた。

エレクトリック・ベースの神様、ジャコ・パストリアスも、自身のビッグバンド「ワード・オブ・マウス」を主宰し成果を上げたし、若きファースト・コール・ベーシスト、クリスティアン・マクブライドだって、ビッグバンドを主宰した。マイルスが晩年愛したベーシスト、マーカス・ミラーだってそうだ。

なるほど、ベーシストっていうのは、バンドのバックに控えていて、バンドの音の根幹である低音部分とリズム&ビートを司り、バンドの音全体を聴きながら曲の進行を調整し、自らがスポットライトを浴びることは無いが、バンドが奏でる音という音を、完全に支配しているのだ。そういうところが、ビッグバンドのリーダーに最適なところなんだろう。
 

Pettiford_in_hifi

 
例えば、昨日、ご紹介した「モダン・ベースの父」と言われる、オスカー・ペティフォードも、リーダーとして、優れたビッグバンド盤を残している。その盤のタイトルは『The Complete Oscar Pettiford Orchestra in Hi-Fi』(写真左)。1956年6月にNYで録音された3セッションを収録したアルバム『Oscar Pettiford Orchestra In Hi-Fi』と、1957年8月〜9月に同じくNYで録音された3セッションを収録したアルバム『Oscar Pettiford Orchestra In Hi-Fi Vol.2』を完全収録。

オスカーがABCパラマウントに残した最高傑作とも称される名盤をカップリングしたお徳用盤です。このビッグバンドの演奏は、実に聴き応えがあります。ペティフォードはチェロも操っているようですね。ジャズ・ベーシストがリーダーのアルバムらしく、ビッグバンドの演奏をバックに、ベース・ソロがふんだんに楽しめます。

そんなオスカー・ペティフォードのベース演奏がしっかりと楽しめることに加え、ビッグバンドの演奏として、小粋なアレンジがとても素晴らしい。ハープを含む多彩なアンサンブルが楽しめる。とにかく、ビッグバンドの演奏が聴いていて、とても気持ちが良く、明るくて品が良い。ビッグバンドとして演奏のキレも良く、スケールも大きい。ビッグバンドの見本の様な演奏は、ゆったりとリラックスして楽しめる。

ジャケットのポーズを決めたオスカー・ペティフォードの写真も「粋」で、ユニークな編成ながら活動期間は短命に終わってしまったビッグバンドの貴重な記録です。とにかく、ビッグバンドをゆったりとリラックスして楽しむのにピッタリのアルバムです。このアルバムを聴き終えた後、いつも「あ〜、やっぱビッグバンドはええなあ」と溜息をついてしまいます(笑)。

 
 

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2013年11月18日 (月曜日)

オスカー・ペティフォードの真髄

ジャズのアルバムの中には、なかなかに印象的な邦題を持ったアルバムが存在する。例えば、この『オスカー・ペティフォードの真髄』などは、今から36年前、僕がジャズを聴き始めた頃、ジャズ入門本のベースのコーナーに推薦盤の一枚として挙げられたアルバムの邦題で、当時からとても印象的で、今でも好きな邦題のひとつだ。

オスカー・ペティフォード(Oscar Pettiford)。1922年8月、米国オクラホマ州生まれ。音楽一家に生まれ、家族で米国中西部を中心に活躍。チャーリー・バネット、ロイ・エルドリッチ、ディジー・ガレスピーらの楽団を経て、1944年には自己のコンボを率いる。エリントン楽団のベーシストとして名を上げる。1950年代に入るとサイド・メンを含め多くの録音に関わり、1958年に渡欧。

「モダン・ベースの父」と言われる。ジャズ・ベースをソロ楽器として確立し革命をもたらしたジミー・ブラントンの後継者として、よりモダンなスタイルに発展させた、とされる。が、1960年9月、38歳の若さで、コペンハーゲンにて逝去してしまう。よって、リーダー作は少ない。

そんなオスカー・ペティフォード。「モダン・ベースの父」という形容を実感できるアルバム、とくれば、まずはこれだろう。『Oscar Pettiford(邦題:オスカー・ペティフォードの真髄)』(写真左)。邦題の『オスカー・ペティフォードの真髄』が、けだし名タイトルである。このアルバムの内容をズバリ言い当てる。

1955年8月の録音。オスカー・ペティフォード、33歳での録音。ちなみにパーソネルは、Oscar Pettiford (b),  Donald Byrd (tp),  Ernie Royal (tp), Bob Brookmeyer (tb), Gigi Gryce (as,cl), Jerome Richardson (p), Osie Johnson (ds)。 セプテットの構成。
 

Oscar_pettiford

 
確かに、このアルバムでは、「モダン・ベースの父」と形容される、オスカー・ペティフォードのベースの真髄に触れることが出来る。オスカー・ペティフォードのベースは、ピッチがバッチリ合っていて、しなやかでタイト。しなやかな鋼の様な弾力のあるウォーキング・ベースの音は実に魅力的だ。

収録されたそれぞれの曲のアレンジも良好で、フロントの4管のユニゾン&ハーモニー、アドリブ共にバランスも良く、ペティフォードを中心とする、リズム・セクションのリズム&ビートも良好。このアルバムに収録されたどの曲も聴いていて楽しい。ああジャズやなあ、と心から感心する音が演奏がギッシリと詰まっている。

ベーシストのリーダー作って難しいですよね。ベーシストの何を全面に押し出して、アルバム・コンセプトをまとめるか。ピアノやテナーやペットなどの旋律楽器では、演奏する曲の旋律の表現や、そのコード進行を踏襲してのインプロビゼーションの展開のバリエーションなど、色々と表現の仕方を変えることが出来るが、リズム&ビートを中心に奏でるベースではそうはいかない。旋律楽器に比べて、明らかに演奏のバリエーションが狭い。

例えば、『オスカー・ペティフォードの真髄』。ベーシストとしてのテクニックもしっかりと全面に押し出されているし、ペティフォードのリーダー作ということで、ペティフォードのベース・ソロもふんだんに出てくる。「モダン・ベースの父」と言われるオスカー・ペティフォードを堪能するなら、確かにこの『オスカー・ペティフォードの真髄』、この一枚で十分な様な気もする。

逆に、この『オスカー・ペティフォードの真髄』、この一枚で、オスカー・ペティフォードが「モダン・ベースの父」と言われる所以をしっかりと理解することが出来る。この『オスカー・ペティフォードの真髄』は秀逸な一枚である。

収録された曲はどれもが素晴らしい内容ですが、やはりベタではありますが、どスタンダードの、3曲目「Stardust」と4曲目「Bohemia After Dark」が良いですね。難しいことを考えずに、モダン・ジャズの良さを堪能できます。

 
 

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2013年11月17日 (日曜日)

マイケルの「これ一枚」って...

マイケル・ブレッカーのテナーが聴きたくなって、昨日から、マイケルのリーダー作を何枚かチョイスして、聴き直しています。

マイケル・ブレッカー(Michael Brecker)の数あるアルバムの中で、これ一枚というのを選べと言われたら、躊躇いなく、このアルバムを選びます。Michael Brecker『Tales From the Hudson』(写真左)。1996年の作品。

ちなみにパーソネルは、以下の通りです。Michael Brecker (ts), Pat Metheny (g,syn-g), Jack DeJohnette (ds), Dave Holland (b), Joey Calderazzo (p), McCoy Tyner (p-3,5), Don Alias (per)。いやはや、そうそうたるメンバーです。特に、パット・メセニーと、3曲目と5曲目のみですが、マッコイ・タイナーの参加が目を引きます。それにしても、凄いメンバーですね。

マイケル・ブレッカーは、コルトレーン・ライクなサキソフォニストですが、黒人的な「粘りがあって、馬力があって、ファンキーな」サックスではなく、「精巧で、緻密で、テクニカルで、ストレートな」白人的なサックスが特徴だったと僕は思っています。

しかも、彼のサックスは、従前のアナログ的なサックスの音色ではなく、新しい時代にマッチしたデジタル的なサックスの音色が魅力だと思っているので、ここでのパット・メセニーとの共演は大正解だと思います。
 

Tales_from_the_hudson

 
とにかく、全編に渡って聴き通すと、マイケルのテナーと、パットのギターとの相性が如何に良いかが判ります。加えて、デイブ・ホランドのベースのグルーブ感が、もの凄い。そして、パルス感溢れるジャック・ディジョネットのドラムも特筆モノ。

どの曲にも、現代ジャズの先端部分の鮮度の高い音が散りばめられていますが、特に3曲目のパット・メセニー作の「Song for Bilbao」と、5曲目のブレッカー・ブラザースの曲である「African Skies」は素晴らしい出来です。

どちらの曲も、パット・メセニー・グループやブレッカー・ブラザースで演奏されているように、フュージョン・テイストな曲なんですが、ここでは、アンプラグド・ジャズ・バージョンとして、焼き直されて、これがとても素晴らしい出来になっています。「Song for Bilbao」では、パットがシンセ・ギターを弾いており、これがまたマイケルのテナーの音を引き立てて、心憎い効果を出してます。

このアルバムは、現在のジャズはどうあるべきか、という問いにひとつの答を出してくれた秀作だと私は思います。惜しむらくは、このコンセプトで、しばらくズーッと突き進んで欲しかったですね。

当時、僕はこのアルバムを聴いて、まだまだジャズは終わっていない、ジャズはまだまだ進化している、と確信しました。

 
 

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2013年11月16日 (土曜日)

マイケル・ブレッカーが聴きたい

マイケル・ブレッカー(Michael Brecker)は、1949年、ペンシルベニア州フィラデルフィアの生まれ。トランペット奏者の兄ランディとバンド「ブレッカー・ブラザーズ」を、ベース奏者エディ・ゴメスらと「ステップス・アヘッド」を結成。ピアノ奏者ハービー・ハンコックやギター奏者パット・メセニーら著名ミュージシャンと数多くのレコードを制作。グラミー賞11回受賞。

マイケル・ブレッカーは、コルトレーン・ライクなサキソフォニストですが、黒人的な「粘りがあって、馬力があって、ファンキーな」サックスではなく、「精巧で、緻密で、テクニカルで、ストレートな」白人的なサックスが特徴だったと僕は思っています。しかも、彼のサックスは、従前のアナログ的なサックスの音色ではなく、新しい時代にマッチしたデジタル的なサックスの音色が魅力でした。

しかしながら、2005年6月、血液ガンの一種である骨髄異形成症候群を患っていることを明らかにし、一時的に容体は回復に向うも、2007年1月13日、白血病のため逝去。享年57歳。ジャズ・ミュージシャンとしては、演奏の円熟味という観点で、まだまだこれからという若さでの急逝だった。

マイケル・ブレッカーは、「デジタル的で、精巧で、緻密で、テクニカルで、ストレートな」サックスの音色が特徴だと僕は思っているので、純ジャズのアルバムよりは、「ブレッカー・ブラザース」のようなフュージョン系の演奏や、フュージョン系のミュージシャンがその感性の中で純ジャズを演奏する「ステップス(Steps)」などでの演奏の方が、彼のサックスが更に映えて、素晴らしいと思います。
 
例えば、今でも、Steps『Smokin' in The Pit』(写真左)は良く聴きます。時は1980年。フュージョン・ブーム末期に、フュージョンの人気スター・プレイヤー達に、こんなストレート・アヘッドな演奏をされて唖然としたのを覚えています。
 

Smokin_in_the_pit_2

 
当時はLP2枚組、A面を聴き終えた時には、ビックリして言葉を失いました(笑)。所謂、フュージョン・ジャズにカテゴライズされるスタジオ系ミュージションたちがユニットを組んで、純ジャズに取り組んだ話題作として、一世を風靡しました。

ジャズ者の間では賛否両論だったのを覚えていますが、僕はもう「絶対支持」でしたね。当時、どれだけ繰り返し聴いたでしょうか。下宿の僕に部屋に友人が来る度に「また、これ、聴いてんのか」なんて呆れてました。

当時、タモリさんが「汗を感じさせない4ビート」と表現されてましたが、言い得て妙ですね。全く電気楽器を使わず、4ビートを演奏しているにも関わらず、ハード・バップから綿々と受け継がれてきた従来から「純ジャズ」とは異なるフィーリングが新しく、これが、来るデジタル時代のジャズなんだな、と思ったのを昨日のことのように思い出します。

もともと、マイケルのサックスは「デジタル的で、精巧で、緻密で、テクニカルで、ストレートな」サックスなので素晴らしいのは当たり前。他のミュージシャンで要となるのは、スティーブ・ガッド。彼のドラミングが、このステップスの演奏のフィーリングを形成する鍵になっています。
 
ジャズは、リズムの微妙なズレを「ノリ」という推進力に変換し、スイング感とグルーブ感を得る音楽であるとも言えるが、ガッドのドラムは「オンタイム」というか「パルス感覚」が特徴で、微妙なリズムのズレが無い。所謂、1950年代ハード・バップの演奏に使われる比喩「グルーヴとかジャジー」等の形容詞が当てはまらない、新しい感覚のドラムを叩いています。

白人のフュージョン系ミュージシャンによる「新世代4ビート・ジャズ」。そのカッコよさは、今でも全く変わらない。

 
 

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2013年11月15日 (金曜日)

ジャズ喫茶で流したい・46

久々に「ジャズ喫茶で流したい」シリーズ。今日はその第46回目。今回は、とっても渋いジャズ・ギターのライブ盤をご紹介します。

晩秋のそぼ降る雨ほど、物寂しいものは無い。そんな物寂しさの中で聴くジャズ・ギターは心に沁みる。ピアノは寂し過ぎる。サックスは情緒が過ぎるし、トランペットはポジティブ過ぎる。ギターが丁度良い。晩秋のそぼ降る雨を窓に見ながら、そこはかとない物寂しさの中で聴くジャズ・ギターは心に沁みる。

例えば、Jimmy Raney『Jimmy Raney Visits Paris』(写真左)。シンプルな哀愁ギターが個性のジミー・レイニーのパリでのライブ盤。シンプルで地味なギターではあるが、熱いプレイが心に沁みる。

1954年2月10日、フランスはパリでのライブ録音。ちなみにパーソネルは、Jean-Marie Ingrand (b), Jean-Louis Viale (ds), Jimmy Raney (g), Maurice Vandair (p), Bobby Jaspar (ts), Roger Guerin (tp)。

ベルギー出身のテナー奏者、ボビー・ジャスパーは知っているが、ピアノ、ドラム、ベースのリズム・セクションは、全く知らない名前がズラリ。名前の綴りからして、地元のミュージシャンだと思われる(良く判らん・笑)。

白人ギタリストの代表格、ジミー・レイニーのギターは、ファンクネスや音の粘りや翳りが希薄で、テクニックを全面に押し出した、素直でシンプルで硬質なギター。1950年代にどっと現れた白人ギタリストの音である。明らかに、チャーリー・クリスチャンから派生したタル・ファーロウ〜バーニー・ケッセルの流れの中にある音です。
 

Jimmy_raney_paris

 
クールで硬質な音が特徴で、優れたテクニックと相まって、パキパキ感溢れるクールな高速フレーズが楽しい。派手さは無いんですが、イマジネーション溢れ、とても良く「唄うギター」です。

このシンプルで、ちょっと地味ではあるが、仄かに熱いプレイは凄く魅力的。特に、このアルバムはライブ盤なので、レイニーのプレイが何時になく熱い。バリバリと大向こう張って仰々しくギターを弾くタイプでは無い。シンプルに何気無く飄々と、シングル・トーンなインプロビゼーションを繰り広げる。
 
これが実に良い雰囲気なんですよね。硬質でメリハリのあるギターの音。芯がしっかりとある、シンプルではあるが骨太なフレーズ。音の輪郭がクッキリと浮き出て、ギターの音自体が、リズム・セクションの音をバックに、ポッカリと浮かび上がる様な雰囲気は実に素敵です。
 
ジミー・レイニーの傍らでフロントを務めるボビー・ジャスパーのテナーが、これまた良いのだ。溌剌とした、味のあるテナーを聴かせてくれる。欧州出身のテナー奏者らしく、ファンクネスや音の粘りや翳りが希薄で、ストレートでシンプルなブロウが、ジミー・レイニーのギターにピッタリ。実に相性の良いテナーである。

ジミー・レイニーって、日本では人気が無いですね。「地味」レイニーなんて、あまり有り難くないニックネームを頂戴している位で、かなり過小評価されていて残念です。

このライブ盤でのギターは実に魅力的。ファンクネスや音の粘りや翳りが希薄で、テクニックを全面に押し出した、素直でシンプルで硬質なギターは、日本人好みだと思うんですがね〜。

 
 

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2013年11月14日 (木曜日)

ロリンズが思うがままに吹く

1970年代のロリンズは、ロリンズが思うがままに吹いている。もう周りのトレンドは気にしないし、と思っていたら、ちょっとだけ気にしているんやなあ、とニンマリしたアルバムが、Sonny Rollins『Horn Culture』(写真左)。

回目の失踪から復帰した、復帰第一作『Next Album』の次の作品。1973年6〜7月の録音。ちなみにパーソネルは、Sonny Rollins (ts,ss), Walter Davis Jr. (p, el-p), Yoshiaki Masuo (g), Bob Cranshaw (el-b), David Lee (ds), Mtume (per)。ギターの増尾好秋の名前が目を惹く。

冒頭の「Pictures In The Reflection Of A Golden Horn」を聴いた途端、思わずニンマリ。この音って、ウェザー・リポートやん。1973年って、ウェザー・リポートの人気がうなぎ登りになり始めた頃。ロリンズは気になっていたんだろう。思わず、このアルバムで、思わず、ショーターの様に吹いてしまい、バックのメンバーは、ウェザー・リポートの雰囲気を再現してしまった(笑)。

しかも、後半はフリーキーなブロウも入ってきて、なんと軽いフリー・ジャズっぽくなっている。2曲目の「Sais」なんて、もうフリー・ジャズ。なんて支離滅裂な一貫性の無い演奏なんだ、とも思うんだが、当のロリンズは我関せず、思うがままに吹いている。演奏の雰囲気はコロコロ変わるのだが、ロリンズのブロウだけが変わらず一貫性を保っている(笑)。

1973年と言えば、クロスオーバー・ジャズ全盛の時代。まさか、ロリンズは、クロスオーバー・ジャズはやらんやろう、と思ったら、3曲目「Notes For Eddie」では、思いっきりクロスオーバー・ジャズしている(笑)。我らが日本人若手ジャズ・ギタリスト増尾好秋の切れ味の良いフレーズが、思いっきりクロスオーバーしている。
 

Horn_culture

 
ウェザー・リポート、フリー・ジャズ、クロスオーバー・ジャズときて、ロリンズは完全にトレンドに迎合しているやないか、と思ったら、4曲目の「God Bless The Child」である。これがまあ、実にロリンズっぽくて、大らかに豪快に朗々と吹き上げていくのだ。増尾のギターのバッキングも雰囲気があって、このバラードは意外と絶品なのだ。

5曲目の「Love Man」は「クロスオーバー・フリー・ジャズ」と形容できる、クロスオーバーな演奏フォーマットに乗って、ロリンズがフリーキーに吹きまくる。思うがままに吹いている。格好良いぞ、ロリンズ。不思議な雰囲気の名演。インプロビゼーション途中でフェードアウトが惜しい。

ラストの「Good Morning, Heartache」がこれまた絶品。朗々と歌うようなブロウが素敵なロリンズは凄く良い。この辺のブロウって、1950年代の若かりし頃のブロウより、充実していて良いのではないか、と僕は思っている。

この『Horn Culture』ってアルバム、前半の3曲を聴けば、ロリンズは完全にトレンドに迎合しているやないか、と感じるのだが、4曲目以降の3曲を聴けば、ロリンズはロリンズ、孤高のロリンズが、大らかに豪快に朗々と歌うようにテナーを吹き上げていて、さすがロリンズやなあ、なんて心から感心してしまう、そんな不思議なアルバムです。

 
 

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2013年11月13日 (水曜日)

ビッグバンド・ジャズは楽し・22

今日は、久し振りに「ビッグバンド・ジャズは楽し」シリーズ。今日は第22回目。ディジー・ガレスピーの登場である。

ディジー・ガレスピーは、最高のトランペッター。しかし、そのテクニックと吹きっぷりとテンションが先行する印象で、演奏を楽しむよりも先に、演奏に聴き疲れてしまいがち。それが原因なのかどうか、どうもディジー・ガレスピーは、日本で人気が無い。

ハッピーなトランペットなところも人気の無いところかもしれない。日本では、どうも、スピーカーの間で腕組みしながら、眉間にしわを寄せて聴くようなジャズが好まれてきたからなのか、あっけらかんと楽しそうに、そのテクニックで「どうだい」と言わんばかりに大らかに吹くトランペッターはウケないのかもしれない。

でも、そのあっけらかんと楽しそうに、最高のテクニックを駆使してバリバリ吹きまくるディジーって素敵だと僕は思う。ジャズの求道者というよりは、ジャズのエンタテイナー。確かに、そのテクニックと吹きっぷりとテンションは、聴き続けると疲れる。でも、適度な長さのインプロビゼーションであれば、そんなに聴き疲れない。

ということで、適度な長さのインプロビゼーションのディジーと言えば、ビッグバンド編成でのディジー・ガレスピーである。ディジーは、偉大なる最高のトランペッターであるばかりか、大変優れたビッグバンド・リーダーでもあるのだ。確かに、ディジーがリーダーのビッグバンド編成の「内容のあるアルバム」は結構な数に登る。
 

Dizzy_in_greece1

 
例えば、今日聴いた、Dizzy Gillespie『Dizzy in Greece』(写真左)。このアルバムは、1956年5月-6月、1957年4月の録音で、録音場所はニューヨーク。なのに、なんで『ギリシャのディジー』というタイトルなのかが判らない不思議な盤。しかし、このアルバムでの、ディジーのビッグバンドは素晴らしい音なのだ。

ガレスピーがリーダーのコントロール下で、百花繚乱、狂喜乱舞しつながら、バリバリ吹きまくり、叩きまくるバンド・メンバーをバックに、ガレスピーの適度な長さのインプロビゼーションが突き抜ける。良いですね〜。ビッグバンドの音の塊が、ガレスピーのソロの音の塊と上手くバランスが取れていて、ディジーのトランペットが突出しないところが良いですね。

リー・モーガン、クインシー・ジョーンズ、ベニー・ゴルソン、アル・グレイ、フィル・ウッズ、ウィントン・ケリー等々、錚々たるメンバーを揃えたディジーのビックバンドは聴き応え満載です。バックのメンバーのソロも良く、ディジーのトランペットは素晴らしいのはもとより、ビッグバンド全体の演奏も良好なのが、このアルバムの聴きどころです。

1958年の名盤『Dizzy Gillespie at Newport』はこのアルバムでのビッグバンドの凱旋公演の模様をライブ録音したもの。なるほど、この『Dizzy in Greece』のビッグバンドな音が素晴らしいはずです。優れたビッグバンドをバックに従えたディジーのトランペットは実に聴き応えがあります。

ちなみに、1956年に、ディジーのビッグバンドが、実際にギリシャを演奏旅行で回ったという事実自体はあるそうです。ジャケットの写真はその時のなんでしょうか。エキゾチックな雰囲気で、なかなか印象的なジャケットですね。

 
 

大震災から2年7ヶ月。決して忘れない。まだ2年7ヶ月。常に関与し続ける。
がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2013年11月12日 (火曜日)

ガレスピーを楽しみながら体感

ディジー・ガレスピー(Dizzy Gillespie)は、チャーリー・パーカーと共に、モダン・ジャズの原型となるスタイル「ビ・バップ」の立役者の一人。高らかなトーンで豪快かつテクニカルに演奏するスタイルは、トランペッターとして「最高位」に位置する存在である。

あのマイルス・デイヴィスからして、ディジー・ガレスピーを自らの上位に置く位だ。それほど、ガレスピーのトランペットのテクニックはレベルが高く、特に、ハイノートを駆使して、バリバリに吹きまくる様は、他のトランペッターには真似出来ないほどの素晴らしさである。

が、しかし、このディジー・ガレスピー、意外と人気が低い。人気が無い訳では無いのだが、同じ「ビ・バップ」の立役者の一人、チャーリー・パーカーと比べて、どうも人気が低い。つまりジャズ者からして「名前は知っているし、偉大な存在であることは十分認識してはいるが、あんまり彼のアルバムは聴いたことが無い」という感じなのだ。

何を隠そう、僕もそうだった。ディジー・ガレスピーを聴いて楽しめるリーダー作をパッと思いつかない。有名なアルバムは多々ある。でも、高らかなトーンで豪快かつテクニカルに演奏するガレスピーの音は思い浮かぶのだが、音楽として聴いて楽しむ感じでは無いのだ。

そのテクニックと吹きっぷりとテンションに感心する。そんな感じのアルバムが多く、聴いていると何だか疲れてしまうのだ。つまり、テクニック優先の「ビ・バップ」の宿命。ビ・バップの時代は、まだ1曲の演奏時間が3〜4分と短かったから良かった。ハードバップ期に移行すると、テクニック優先の「ビ・バップ」のテンションを、ハードバップ演奏の標準である7〜8分の間、続けるのだから、これは確かにちょっと疲れる。

そんな「ちょっと困ったちゃん」なガレスピーのアルバムの中で、まずまず、音楽としてその演奏が楽しめるアルバムが何枚かある。その一枚が、Dizzy Gillespie『For Musicians Only』(写真左)。1956年10月の録音。ちなみにパーソネルは、Dizzy Gillespie (tp), Sonny Stitt (as), Stan Getz (ts), John Lewis (p), Herb Ellis (g), Ray Brown (b), Stan Levey (ds)。
 

For_musicians_only

 
このアルバムでは、トランペットのガレスピーは活き活きと、アルト・サックスのソニー・スティットは伸びやかに、共に絶好調。その間に挟まれて、テナー・サックスのスタン・ゲッツがホットに必死で吹きまくる。1956年の録音なので、ハードバップの展開での演奏だが、ガレスピー、スティット、ゲッツの吹き方は、テンション高く、テクニック優先の「ビ・バップ」のまま。

それだと、他のアルバムの様に、聴いていて疲れてしまう。しかし、このアルバムはあまり疲れない。これは選曲の素晴らしさによる。このアルバムの収録曲は以下の通り。

1. Be-Bop
2. Dark Eyes / 黒い瞳
3. Wee
4. Lover Come Back To Me

どの曲もメロディーラインがキャッチャーで、ガレスピーのトランペット、スティットのアルト、ゲッツのテナーの、テンション高く、テクニック優先に吹きまくる「ビ・バップ」の音が耳に付かない。逆に、テクニックを駆使して、これらのスタンダード曲を吹きまくり、インプロビゼーションを展開しまくる内容が活き活きとしていて、実に聴き応えがあるのだ。
 
逆に、リズム・セクションは目立たない。ピアノはジョン・ルイス、ベースはレイ・ブラウンなのだが、フロントの3人を目立たさせる為に、しっかりとリズム&ビートを供給することに専念する。
 
タイトルは「ミュージシャンの為だけに」。確かに、ガレスピーのトランペット、スティットのアルト、ゲッツのテナーの、テンション高く、テクニック優先に吹きまくる「ビ・バップ」の音は、ミュージシャンでこそ楽しめるものかもしれない。

しかし、このアルバムの演奏は、メロディーラインがキャッチャーで、インプロビゼーションを展開しまくる内容が活き活きとしていて、ジャズ・ファンの我々も十分に楽しむことが出来る。ビ・バップ基調の演奏なので、ちょっとハードな内容ではあるのですが、ガレスピーを楽しみながら体感するのに、なかなかの内容の一枚だと思います。

 
 

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2013年11月11日 (月曜日)

ピアノ・トリオの代表的名盤・38

僕がジャズを聴き始めた1970年代後半。日本人のジャズはまだまだ発展途上で、なかなか米国ジャズ・コンプレックスを拭えなかった。あろうことか、ECMレーベルを中心とする現代的な欧州ジャズが台頭して、米国ジャズ・コンプレックスの上に、欧州ジャズ・コンプレックスが重なって、時々、なんだか憂鬱な気分になったことを思い出す。

でも、1970年代の日本人のジャズも捨てたもんや無やなかった、と最近思う。1970年代の日本人ジャズの優秀盤が、ようやくCDでリイシューされるようになり、当時、なかなか聴くことの出来なかったアルバムを聴くことが可能になった。聴き進めるにつけ、日本人のジャズもなかなかいける。確かに発展途上のまだまだなジャズもあるが、既に日本人ジャズならではの個性を確立して、かなりのレベルの演奏を残しているものも多々あることが良く判った。

例えば、今日、久し振りに聴き直して、その優れた内容を再認識した、本田竹曠『The Trio』(写真左)。1970年の録音。ちなみにパーソネルは、本田竹曠 (p), 鈴木良雄 (b), 渡辺文男(ds)。本田竹曠の初のトリオ作品。今の耳で振り返れば、ピアノの本田竹曠のみならず、ベースの鈴木良雄、ドラムの渡辺文男と錚々たるメンバーである。

冒頭の「This His Guys In Love With You」が素晴らしい。バカラック・チューンなのだが、これがまあ、硬質で切れ味の良い、そこはかとなく「乾いたファンクネス」を漂わせ、歌心満点のインプロビゼーションで聴かせてくれる。ビ・バップの様に、音符を並べ立てて雄弁に弾きまくることは全く無く、その反対に、間を活かした、音数を選んだファンキーな演奏は、米国ジャズや欧州ジャズに無いものだ。
 

Takehiro_honda_trio

 
2曲目の「破壊と叙情」は、ガンゴンと叩きまくるようなタッチ、そうマッコイ・タイナーの様な、エネルギッシュでモーダルな演奏。しかし、本田は決して「シーツ・オブ・サウンド」に走らない。このマッコイ・タイナー風のタッチとモーダルな展開を踏襲しつつも、この演奏でも、間を活かした、音数を選んだ「乾いたファンクネス」を湛えたピアノは、実に個性的だ。

ラストの「Emergency」は、ジャズ・ロックな演奏を、ピアノ・トリオに置き換えて、硬質で切れ味の良い、歯切れの良いタッチで、アーシーに弾きまくる。これ、むっちゃ格好良いピアノ・トリオな演奏で、日本人ジャズならではの、硬軟自在でモーダルな展開とアーシーで「乾いたファンクネス」漂うジャズ・ロックな演奏は、オリジナリティ溢れる名演だと思う。

そして、もうひとつ特筆すべきは、リズム・セクションを担う、ベースの鈴木良雄、ドラムの渡辺文男の演奏がとても素晴らしいこと。このベースとドラムの演奏レベルは、米国ジャズ、欧州ジャズのレベルに十分に比肩するものだ。このベースとドラムがあってこそ、本田のピアノが才能が、よりいっそう映えるのだ。 

惜しくも、2006年に夭折した本田竹曠。しかし、この初のトリオ盤は、素晴らしい内容だ。本田の情熱、才能、オリジナリティが溢れている。今回謹んで、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の「ピアノ・トリオの代表的名盤」の一枚に挙げさせていただく。本当に、このピアノ・トリオ盤を聴いて思いますね、「日本人のジャズも捨てたもんや無い」と。

 
 

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2013年11月10日 (日曜日)

シンセ・プログレの傑作ライブ

ジャーマン・プログレッシブ・ロックの雄、タンジェリン・ドリーム(Tangerine Dream)。シンセ・ミュージックの老舗であり、シンセを活用したメロディアスなフレーズとシーケンサーを活用したリズム&ビートを展開。拡がりのある幽玄なメロディーとリズミックなビートを基本とした、シンセ・ミュージック中心の音世界が、タンジェリン・ドリームの個性である。

このタンジェリン・ドリームの音世界はライブでも再現される。シンセとシーケンサーを活用した演奏なので、スタジオ録音の音をライブで再現することは難しいと思っていた。時代は1970年代中盤から後半。機材だって録音技術だって、まだまだ発展途上の時代である。

そこで、大学に入って紹介されたタンジェリン・ドリームのアルバムが、Verginレーベル移籍第3作目の『Ricochet(リコシェ)』(写真左)。ジャケット・デザインが実に印象的で、まず、このジャケット・デザインだけで、このアルバムに詰まった音の素晴らしさが想像出来る。思わず、即試聴である。

出だしのLPのA面全面を占める「Ricochet Part One」は、今までの幽玄な音世界に、リズミックなビートが加わって、かなり勇壮な感じが実に良い。ゆったりとした序盤からヒートアップしていく展開はまさに「ドラマチック」。どうも、シンセサイザー・ドラムでは無い、リアルなドラムを導入した様で、このチャレンジが効果的で、演奏全編に渡り、キレのある、ドラマチックな展開を実現しています。
 

Ricochet

 
これ凄いなあ、と思って聴いていたら、このアルバムはライブ盤だと聴いてビックリ。この音ってライブの音か、と耳を疑いました。本当にライブ盤、と言いながら、LPの録音に関するコメントを読んだら、確かにライブ盤のようだ(コメントは独語だったが、僕は大学時代、独語が第二外国語だったのでなんとか読めた)。これがライブの音なのか。僕はタンジェリン・ドリームを再評価。

LPのB面を占める「Ricochet Part Two」は、絶望的な雰囲気のピアノ・ソロから徐々に展開し、読経の大合唱で一旦覚め、印象的なリズムパターンを重ねていく展開。この「プログレッシブ・ロックとはかくあるべし」という展開には惚れ惚れする。

演奏全体にしっかりとメリハリが付いていて、決して単調にならず、バランスが良い、見事なまとまりを持ったライブ盤です。シンセとシーケンサーを活用した演奏なので、スタジオ録音よりも内容的に荒っぽい内容になってしまいがちなのですが、このライブ盤についてはまったくそんな印象はありません。素晴らしいライブ盤です。

この『Ricochet(リコシェ)』は、タンジェリン・ドリームの中でも、突出してヘビロテ盤の一枚で、今でも時々、聴きたくなっては、CD棚から引きずり出します。Verginレーベル移籍後の『Phaedra(フェードラ)』『Rubycon(ルビコン)』と併せて、Verginレーベル初期三部作と勝手に名付けて、未だに愛聴しています。

 
 

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2013年11月 9日 (土曜日)

オールマンズのライブ音源

サザン・ロックというジャンルがある。米国南部のアーシーなルーツ音楽を前面に押し出したロックのことで、1970年代から80年代にかけて隆盛を極めた。サザン・ロックの持つ泥臭さやブルースの要素をメインに押し立てたものは「スワンプ・ロック」と呼ばれる。

僕は、このサザン・ロックというジャンルが高校時代から大好きで、今でも時々、CD棚から引っ張り出してきて聴く位だ。そんなサザン・ロックのジャンルの中で、僕の大のお気に入りのバンドが「オールマン・ブラザース・バンド(The Allman Brothers Band)」。略称は「オールマンズ」。 

オールマンズとの出会いは、高校2年生の秋。映研のMu先輩から借り受けた『At Fillmore East(フィルモア・イースト・ライブ)』と、ひとんちゃんから借り受けた、当時の最新作『Win, Lose or Draw』の2枚のアルバムで、オールマンズにゾッコンになった。

オールマンズは、ブルースをベースとサザン・ロック・バンド。ツイン・リード・ギターとツイン・ドラムスというマニアックな編成がたまらない。C&Wの要素やゴスペルチックな要素も取り込み、ジャム・セッション的な長いインストも堪らない個性。それまでのロックバンドを凌駕するスケールの大きい演奏。

今でもゾッコンのオールマンズ。未だ現役なのは頼もしい限り。彼らのBoot音源は、商売にするのでなければ自由にTradeしてもかまわないと公認されている位で、様々な時代のオールマンズのライブ音源は沢山発掘され、イシューされています。

昨年の3月、リリースされたオールマンズのライブ音源がなかなかの内容で気に入っています。その音源とは、The Allman Brothers Band『A&R Studios: New York 26th August 1971』(写真左)。1971年8月26日にニューヨークのA&Rスタジオで行われたライヴ・セッションの模様を収録。音源はNYのラジオ局WPLJが放送したもの。
 

Allmans_ar_studios

 
これが、オールマンズのライブ音源としては、なかなかの内容で、初めて聴いた時、ビックリした。デュアン・オールマン(写真右)が左、デッキー・ベッツが右とセパレートされていて良く聴き分けることが出来、演奏全体の音質も上々。臨場感抜群なライブ音源です。

出だしの「Statesboro Blues」から「Trouble No More」は、バンドの演奏として、まだまだエンジン全開とはいかず、ちょっとたどたどしい、ダルな部分も見え隠れする演奏なので、この冒頭の2曲だけ聴くと、ちょっとガッカリしそうなのだが、3曲目の「Don't Keep Me Wonderin 」辺りから、エンジンが掛かり始め、目眩くワイルドでスケールの大きい演奏は、それはそれは絶品です。

かの有名な、1971年3月の『At Fillmore East(フィルモア・イースト・ライブ)』は、演奏全体のテンションと演奏の精度が異常に高く、それぞれの演奏に対しては、聴く側も息を詰めて真剣に聴かなければならない様な鬼気迫る雰囲気があって、全編を聴き通すには、それなりのテンションが必要でした。

このライヴ・セッションの音源は、適度にラフな部分もあり、演奏自体もリラックスしていて、そういう意味では『At Fillmore East』より聴き易いのが、このアルバムの良いところですね。

ちなみにこのライブ音源は、デュアン・オールマンが交通事故で亡くなる2か月前(同年10月死去)のもの。これだけエネルギッシュでバイタルなプレイを繰り広げているデュアンが、交通事故により、2ヶ月後に天国に召されるとは、運命とは時に残酷ですよね。

このライブ盤、なかなか良いです。オールマンズ者にとってはマストアイテム。「このCDを聴かずして、オールマンズを語るなかれ」です(笑)。

 
 

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2013年11月 7日 (木曜日)

こんなアルバムあったんや・29

ファンキーなジャズが大好きである。ファンキーという表現の源「ファンク」とは、「土俗的」などの意を含むスラング。ファンキー・ジャズとは、ブルース、ソウル、ゴスペルなどのアフリカン・アメリカンのルーツ・ミュージックの音楽要素をふんだんに盛り込んだジャズである。

オフビート(裏打ち)の16ビートと反復フレーズを多用した曲構成が主で有り、フレーズの表現方法として、ゴスペルチックな「コール&レスポンス」が良く用いられる。ユニゾン&ハーモニーは基本的にぶ厚く、マイナー調でブルージー。と、言葉を並べ立てても、適当な表現にはならない。実際の音を聴いて頂く方が手っ取り早い。

但し、ファンキー・ジャズは、料理に例えると「こってりとした料理」。味が濃く、その味をガッツリと感じることが出来るが、食べ過ぎると「もたれる」。ずっと聴き続けると辛くなるが、適度な量、適度なスパンで聴くと、それはそれは絶品な音世界。逆に、しばらく聴かないと、時に無性に聴きたくなる。

ファンキー・ジャズを聴きたくなると、選ぶアルバムと言えば、例えば、Art Blakey Jazz Messengersの『Moanin'』や『Mosaic』。John Coleraneの『Blue Train』も外せない。Horace Silverの『Blowin' the Blues Away』や『Song for My Father』もマストアイテム。それから、Sonny Clark『Cool Struttin'』、Donald Byrd『Fuego』も絶対。

なんやこうやって、思いつくままアルバムを並べてみると、ブルーノート・レーベルの名盤ばかりではないか。つまり、ブルーノート・レーベルは、ファンキー・ジャズの宝庫ということが言える。なるほどなあ。
 

Sister_salvation

 
逆に、隠し球的な、知る人ぞ知る的なファンキー・ジャズな優れもの盤も色々ある。例えば、今日、久し振りに選んだ、Slide Hampton『Sister Salvation』(写真左)などは、そんな隠し球的な、知る人ぞ知る的なファンキー・ジャズの佳作である。

ちなみにパーソネルは、Ernie Royal (tp), Bill Barber (tuba), Richard Williams, Slide Hampton (tb), Bernard McKinney (euphonium), Bob Zotolla, Pete LaRoca (ds), Jay Cameron (bs), Nabil Totah (b)。演奏としては「オクテット」の構成。1960年2月15日の録音になる。

このアルバムがまあ、コッテコテの「ファンキー・ジャズ」なのだ。冒頭のタイトル曲「Sister Salvation」だけでも、それはそれは、コッテコテの「ファンキー・ジャズ」。

オフビート(裏打ち)の16ビートと反復フレーズ、ゴスペルチックな「コール&レスポンス」、ぶ厚いユニゾン&ハーモニー、マイナー調でブルージー。絵に描いた様な「ファンキー・ジャズ」。これぞ「ファンキー・ジャズ」。

この冒頭の「Sister Salvation」以降、このアルバム全編に渡って、コッテコテのファンキー・ジャズ・チューンが「てんこ盛り」のアルバムである。う〜ん、ファンキー・ジャズ者には堪えられないアルバムである。

1960年代のアトランティック・レーベルのジャズには、この隠し球的な、知る人ぞ知る的なファンキー・ジャズな優れもの盤が、結構あって、一枚一枚、丹念に調べつつ、聴き込んでいくと、それはそれは、こってこてファンキーなジャズ盤に遭遇したりして、思わず「こんなアルバムあったんや」と喝采をあげる。

これがまあ、不思議となんだか幸せな気分になったりするのだ。ジャズ盤コレクションの楽しみの一つである。

 
 

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2013年11月 6日 (水曜日)

3度目の失踪からの復帰である

秋も深まり、ぶ厚いテナーの音も暑苦しいと思わなくなった。ということで、ソニー・ロリンズの聴き直しを再開した。

ちなみに、偉大なるテナー・タイタン、ソニー・ロリンズは、既にそのキャリアは50年を超えている訳ですが、その長いキャリアの中で、3回ほど「雲隠れ」しています。所謂「失踪」ですな。

1回目の失踪は1955年辺り。 麻薬禍の根絶が目的。この時期、マイルス・デイヴィスは、初の自前のレギュラー・コンボを持つべく、テナーをロリンズとしていたのですが、失踪していては話にならない。代わりに、マイルスのレギュラー・コンボに抜擢されたテナーは、ジョン・コルトレーン。巡り合わせというか、運命の「あや」ですね。

2回目の失踪は1959年。原因はオーネット・コールマンの出現。 コールマンのフリー・ジャズに衝撃を受け、 自分の音楽を再考する必要が生じたこと、そして、人気が上がったが故の私生活の乱れを立て直すこと、演奏技術にさらなる磨きをかけることが、主な理由だったみたいです。

3回目の失踪は1967年辺り。原因はコルトレーンの逝去。最大のライバルであり、共にジャズ・テナーを極めた同士でもあるコルトレーンの死は、かなりのショックだった様です。しかも、1967年辺りは、ビートルズ旋風を切っ掛けとしたロック・ミュージックの台頭によるジャズの人気の低下、加えて、フリー・ジャズの嵐が吹き荒れ、ジャズ自体が大衆音楽の座から滑り落ち始めた時代です。ジャズメンとして、その先行きを懸念したこともあったのでは、と推察しています。

さて、Sonny Rollins『Next Album』(写真左)は、そんな3回目の失踪から復帰した、復帰第一作です。1972年7月の録音。ちなみにパーソネルは、Sonny Rollins (ts), George Cables (p, el-p), Bob Cranshaw (b, el-b), Jack DeJohnette (ds), Arthur Jenkins (perc)。エレピ、エレベも交えて、1972年という時代を感じます。
 

Next_album

 
しかし、3回目の失踪から復帰したロリンズは、時代や環境に決して迎合しない、自分の吹きたいようにテナーを吹き、自分のやりたいスタイルをやる、そんな「達観した」プレイを展開します。この『Next Album』がそうです。

冒頭の「Playin' in the Yard」の朗々とした、余裕をかました、鼻歌を歌うような、それでいて豪快はテナーの調べは、実に魅力的です。大らかで豪快で歌心満点で、ロリンズのベスト・プレイのひとつに挙げたい位の素晴らしいブロウが展開されます。

2曲目では、ロリンズは、ソプラノ・サックスに挑戦しています。が、下手ではありませんが、上手くもありません(笑)。フレーズ的には、アフリカン・ルーツ・ミュージックの雰囲気が芳しい、ワールド・ミュージックの響きを宿したブロウなのですが、吹き進むにつれて「だれて」きます。ちょっとルーズなロリンズのソプラノ。それでも、その意欲的なチャレンジ精神には感心します。

3曲目は、ロリンズお得意のカリプソ・ナンバー「The Everywhere Calypso」。やはり、ロリンズって、カリプソ・ナンバーを吹かせると素晴らしいですね。大らかで豪快で歌心満点なロリンズが、めっちゃ格好良いです。

ロリンズは「時代や環境に決して迎合しない」と書きましたが、このアルバムでは、エレピ、エレベも導入したグループ・サウンズを披露するんですが、時は1972年、当時はやりのクロスオーバー・ジャズへ走るのか、と思いきや、どうして、しっかりと純ジャズしている。アコピをエレピに、アコベをエレベに単純に置き換えて意味があるのか、と思いきや、どうして、意外と味のある純ジャズに仕上がっているから不思議。

アルバム全体の作りが、ちょっとラフというか荒いので、実に惜しい。もう少し、細部に渡って気を遣って、丁寧にアルバムを仕上げていたら、このアルバムは大名盤になっていた可能性がある。惜しい、実に惜しい。このアルバム全体の作りの荒さが故、このアルバムは、なかなかロリンズの代表作に、その名前が挙がらない。残念。

でも、このアルバムのロリンズ、実に魅力的です。時代や環境に決して迎合しない、自分の吹きたいようにテナーを吹き、自分のやりたいスタイルをやる、そんな「達観した」プレイが実に格好良い。

 
 

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2013年11月 5日 (火曜日)

アキコ・グレースの本当の個性

ジャズにしろ、ロックにしろ、Jポップにしろ、新人でデビューしてリーダーアルバムをリリースする時、ミュージシャンとしてやりたいこととレコード会社の意向が全く合わない時がある。

レコード会社はとにかく「売りたい」。売上を上げ、利益を上げたい。そうすると、その時の世の中の流行やトレンドを見て、それに合わそうとする。とにかく「売りたい」のだ。リーダーのミュージシャンの意向など無視することだってある。まあ、レコーディングだってコストがかかる。コスト投資をするのだから、それに見合った売上を、というのが普通のレコード会社の論理。

しかし、音楽ってものは、そんな通常の企業活動の定石の様には事が運ばない。やはり、優れたミュージシャンであれば、そのミュージシャンのやりたいようにやらせた方が良いアルバムが出来る。でも、良いアルバムが「売れる」とは限らない。しかし、レコード会社であれば、先ずは「良いアルバム」を制作し、リリースするのが先決だろう。音楽とは芸術なのだ。普通の商品の類では無い。

このアキコ・グレース(Akiko Grace)のデビューからのリーダー作の3作を順番に聴けば、そのミュージシャンとレコード会社の「葛藤」が何となく理解出来る。そして、アキコ・グレースがやりたかったことは、3作目の『New York Style』(写真左)を聴けば良く判る。

『From New York』(2013年8月7日のブログ参照・左をクリック)、『Manhattan Story』(2013年9月26日のブログ参照・左をクリック)と、すでにリリースされている2枚のアルバムと併せて、ニューヨーク録音3部作の完結編である。

2003年7月のリリースになる。そうか、もう既に10年も前になるのか。そして、ちなみにパーソネルは、Akiko Grace (p), Larry Grenadier (b), Bill Stewart (ds)。ベースとドラムとの相性については、このベースのラリーとドラムのビリーの二人との組合せにて、3作目にして、やっとベストなピアノ・トリオと相成った。
 

Newyork_style

 
冒頭の「Jump」、ヴァン・ヘイレンのあの超有名曲。乾いたファンクネス漂うアーシーなピアノ。最早、世の中の流行やトレンドに迎合した「ガーン、ゴーン」と弾きまくるピアノでは無い。右手はクリスタルに透明感を振り撒きながら、乾いたファンクネスを漂わせる。左手は意外と多弁にアーシーなリズム&ビートを供給する。実に格好良いアレンジ&アドリブ。

キース・ジャレットとデビット・ベノワとブラッド・メルドーを足して、3で割ったような音。でも、右手の透明感は明らかに個性的だし、左手のちょっと多弁なアーシーさは、これまたグレースとして個性的。ちょっと聴けば「どっかで聴いた様な音」なんだが、じっくり聴くと「明らかに個性的な音」。

そして、この右手の透明感は、自作曲でより個性的になる。8曲目の「Pray Song 〜 for Grand Zero」は、NY世界貿易センタービル跡地、グラウンド・ゼロへ捧げられた曲。右手の透明感と音の合間の静寂が、グレースのピアノの一音一音が「祈り」の世界を紡ぎ出していく。この右手の透明感と音の合間の静寂は、グレースの個性として成立している。

「Greensleeves」「Smile」「Caravan」のスタンダード曲でも、この右手の透明感が大活躍する。決して、過度にジャジーにならず、オーバー・ファンクにもならない。ライトな感覚でジャジーさを供給し、ファンクネスはあくまでも乾いている。米国にも欧州にも無い右手の透明感。良い感じだ。

アキコ・グレースは、この第三作目の『New York Style』で、やっとミュージシャンとしてやりたいことが出来たのでは無いか。一部、レコード会社の意向を汲んでいるところはあるにせよ、この第三作目は、アキコ・グレースの個性を十分に感じ取ることが出来る。

その時の世の中の流行やトレンドを追わず、レコード会社の売らんが為の意向に迎合せず、ビジュアル系から訣別し、ミュージシャンとしてやりたいことを中心にリーダー作を制作する。こんな当たり前の事が簡単に出来ない音楽業界って悩ましいもんやなあ、って思う。でも、これって、1960年代からずっとそうなんだよな。まあ、音楽業界の永遠の課題ですね。

 
 

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2013年11月 4日 (月曜日)

ワンホーンのマクリーンが良い

ジャキー・マクリーン(Jackie Mclean)と言えば、唄ごころ満点のアルト奏者というイメージが強い。特に1950年代後半のハードバップの時代の彼のリーダー作は、いずれも「唄ごころ満点」のアルトを十分に楽しめるものばかりだ。

例えば、この『4,5&6』(写真左)。1956年7月の録音。ちなみにパーソネルは、Jackie McLean (as), Hank Mobley (ts), Donald Byrd (tp), Mal Waldron (p), Doug Watkins (b), Art Taylor (ds)。マクリーン、モブレイ、バードの充実の3管、アルト、テナー、ペットの重厚なフロント。

タイトルの「4,5&6」とは、カルテット(4人編成)、クインテット(5人編成)、セクステット(6人編成)のこと。アルトのジャキー・マクリーンをリーダーに、3種類の編成で様々な楽曲を楽しめる。

このアルバムについては、出だしの「Sentimental Journey」にとどめを刺す。この有名なスタンダードのコード進行に乗って、マクリーンのリラックスした、唄うようなインプロビゼーションが冴えわたる。
 
バックのリズムセクションも、リラックスして最高なバッキングを決めてくれる。 う〜ん、この適度にリラックスした、それでいてテンションの高い演奏、なんとも言えず心地良い。
 
Mclean_456
 
2曲目の「Why Was I Born?」は、ちょっとハイテンポの典型的なハードバップ的演奏。ちょっと、チューニングが外れた様な、それでいてエモーショナルで、力強いマクリーンのアルトが響き渡る。
 
クラシックでは許せないであろうマクリーンの特色ある音色が、ジャズのフォーマットの中ではなんと心地よいことか。爽やかな疾走感が、このころのマクリーンの音色の特色でもある。

編成的には、やはり、1ホーンのマクリーンの音色のみで、じっくり楽しめるカルテットの編成が一番良いと思う。が、クインテットの編成では、ドナルド・バードの端正で、優しい音色のトランペットがなかなか素晴らしい。セクステットの編成では、テナー・サックスのハンク・モブレイがなかなか好調なテナーを聴かせる。

全編を通じて言えるのは、リズム・セクションの素晴らしさ。マル・ウォルドロンのピアノ、ダグ・ワトキンスのベース、アート・テイラーのドラム。この3人による、堅実でノリの良いリズム・セクションが、マクリーンのアルトを、バードのペットを、モブレイのテナーを支えている。

ハードバップの典型的名演として、いつでもどこでも、気軽に聴ける愛聴盤の1枚です。全てのジャズ者の皆さんにお勧め。
 
 
 

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2013年11月 3日 (日曜日)

唄ごころ満点のアルト・サックス

ジャキー・マクリーン(Jackie Mclean)と言えば、唄ごころ満点のアルト奏者というイメージが強い。それはそれで大正解なのだが、彼のキャリアを振り返って見ると、彼は様々な面を持っている。

デビュー当時は、バリバリのハード・バッパーで、この頃のスタンダードの演奏は素晴らしいものが多い。 しかし、ジャズ界のフリーや新主流派(いわゆるニューハードバップ)の波が押し寄せると、ジャッキーは積極的にその奏法や方法論を取り入れて、1960年代中盤はフリーばりの演奏を繰り広げていた。

1980年代以降はハード・バッパーの資質を全面に押し出し、時にフリーキーな奏法でマンネリズムを避けるという、なかなかに好ましいアプローチで人気は衰えていない。今回は「唄ごころ満点のアルト・サックス奏者」の面に光を当てて、ジャッキー・マクリーンのアルバムを聴き返してみる。

まずはこれだろう。 Jackie McLean『Swing, Swang, Swingin'』(写真左)。ブルーノートの4024番。1959年10月20日の録音。ちなみにパーソネルは、Jackie McLean (as), Walter Bishop Jr. (p), Jimmy Garrison (b), Art Taylor (ds)。

ハードバップの雰囲気をギッシリと詰め込んだ、唄うようなアルトが素晴らしいマクリーンの面目躍如的アルバム。ピーンと張った緊張感のもと、マクリーンの唄うようなアルトが「What's New」を奏で出すと、そこはもう素晴らしいハードバップの世界。その素晴らしさに惚れ惚れしつつ、このアルバム全編を一気に聴き切ってしまう。
 

Swing_swang_swingin

 
マクリーンのアルトは、ほんの少しではあるが音程が外れた様な音の為、アルバムによっては、緩慢な印象や雑な印象を与えるものも時にはあるが、このアルバムは聴いて安心。一般万民、誰にもお勧めることの出来るマクリーンだ。ワンホーン・カルテットとして、マクリーンのアルトを存分に楽しめるのも良い。 しかも、全編スタンダードで馴染み易い演奏であることも、このアルバムの魅力。

さて、アルバムの内容と言えば、やはり最初の1曲目「What's New」にとどめを刺す。この「What's New」において、マクリーンが情感豊かに旋律を吹き上げていくその様は、アルト・サックスという楽器を通じて、まさに「唄って」いるようなのだ。

情感込めて、歌詞を噛みしめながら「唄う」マクリーン。しかも、その情感に溺れることなく、さりげなく軽く、少し乾いたマイナー調で「What's New」を朗々と唄い上げていく様は、このアルバムを代表する名演である。

マクリーンばかりが目立つ(それだけ抜きんでているのだが)このアルバムであるが、バックのリズム・セクションも素晴らしい。「Speak Low」の名盤で名高い、ピアノのWalter Bishop Jr. 、後にコルトレーン・カルテットの一員となる、ベースのJimmy Garrison、百戦錬磨の人気ドラマーのArt Taylor。全編に渡って、なかなかに素晴らしいバッキングを繰り広げている。

マイルスやコルトレーンなど、ジャズ・ジャイアンツなビック・ネームばかりでなく、マクリーンの様な中堅どころの代表的ジャズメンの演奏に耳を傾けるのも、これまた、ジャズ鑑賞の楽しみです。

 
 

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2013年11月 2日 (土曜日)

スー・レイニー「雨の日のジャズ」

このところ、天気予報の的中確率が全く悪い。最近では、昨晩の予報で、明日以降も安定して晴れると言っていたと思ったら、翌朝、180度予報を翻して、雨になるから気を付けろと言う。これがまた、本当に雨になるからビックリ。昨晩の天気予報はなんだったのか。思わず、この2〜3年の天気予報の精度の悪さを振り返って、なんだか不安になってきた。

今日だってそうだ。昨晩の予報が概ね晴れ。朝も確かに晴れている。ウチの嫁はんなど、一気に洗濯を済ませて大満足。しかし、昼前から天気がぐずつきだし、鉛色の雲がたちこめて完全な曇天。夕方には雨も降り始めて、一体、昨晩の予報はなんだったのか、とその原因を教えて欲しいと思い始めた。とにかく日本の天気予報のレベルダウンは著しい。

午後3時頃、昼寝から目が覚めたら、シトシト雨が降っていた。これは、この時期特有の「時雨」の様な天候なのだが、それにしてはシトシト降り過ぎる。予報できて然るべき、天候の変化だと思われる。ほんと、最近の気象庁は何してるんや、なんて、ちょっと怒りを感じながら、仕方が無いので、雨に纏わるジャズ盤を探し始める。

そこでチョイスしたのが、女性ボーカル盤。Sue Raney『Songs for a Raney Day』(写真左)。スー・レイニーの「雨の日のジャズ」。白人美人シンガーのスー・レイニー。このアルバムを吹き込んだ時が19才。その若さを目一杯に、その歌唱の確かさと表現力と爽やかな色っぽさ。
 

Songs_for_a_raney_day

 
一言で言うと「実に爽やかなボーカル」。とにかく歌声が爽やか。自分の名前のRaneyと雨のRaiinyをかけて、雨にちなんだ曲ばかりを集めた企画盤。このアルバムの雨は、雨とはいっても、ジメジメした梅雨のような雨ではなく、 サーッと駆け抜けて行くような爽やかな通り雨のようだ。

バックの演奏も、スー・レイニーの雰囲気を支えるように、過剰な装飾もなく実に清潔。とにかく爽やか。蒸し暑い夜には格好のBGMだった。そういえば、この雰囲気は、爽やかな秋の日にもよく似合う。

今日は、最近の天気予報の精度の悪さに軽い怒りを感じながらのリスニングだったが、スー・レイニーの爽やかなボーカルに、この盤が終わる頃には、軽い怒りも治まり、なんとなく清々しい気分になった。
 
昨晩の天気予報の酷さのおかげで、晩秋の週末がつまらないものになりそうだったんだが、なんとかその状態は回避できたようだ。やはり、スー・レイニーの歌声は爽やかだ。感謝である。

改めて思う。良いアルバム、良い音楽というものは、様々なスチュエーションに似合って、気分転換に実に有効な特効薬だ。

 
 

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2013年11月 1日 (金曜日)

音楽喫茶『松和』の昼下がり・11

リー・コニッツ(Lee Konitz)とウォーン・マーシュ(Warne Marsh)、クール派のレニー・トリスターノ・スクールの逸材二人のセッションの記録。まるで兄弟のような二人のサックスが効果的に絡まり調和し合う様は、聴いていて気持ち良い。

改めて、今日のアルバムは『Lee Konitz & Warne Marsh』(写真左)。1955年6月の録音。ちなみにパーソネルは、Lee Konitz (as), Warne Marsh (ts), Sal Mosca, Ronnie Ball (p), Billy Bauer (g), Oscar Pettiford (b), Kenny Clarke (ds)。ピアノのみ、ほぼ無名に近い。他は1955年当時、一流と呼ばれるジャズメンとして活躍していた強者どもばかり。

選曲もよく練られていて、なかなかに「粋」。そう、このアルバムは「粋」という言葉がピッタリの雰囲気。

例えば、 冒頭の「Topsy」。憂いを帯びたマイナーなメロディーで始まるが、暗い雰囲気は全く無く、両者のサックスの溌剌さがマイナーなメロディーにほのかな明るさを与え、墨絵の様な陰影のあるメリハリの効いた演奏が素晴らしい。

以降、「There Will Never Be Another You」「I Can't Get Started」といったスタンダード、「Donna Lee」といったビ・バップ曲など変化に富んでいて楽しい。
 

Lee_conitz_warne_marsh

 
レニー・トリスターノは、クール・ジャズの最高峰的存在の盲目のピアニスト。自己のトリオで活動する一方で、音楽理論の研究に力を入れクール派として独自の音楽理論を打ち立てる。1951年には音楽学校を開校、リー・コニッツ、ウォーン・マーシュを指導。このアルバムは、このトリスターノの門下生である、リー・コニッツとウォーン・マーシュの共演作。

それを考えると、ハードでクールな演奏が身上の二人が、こんな「ウォーム(Warm)」な演奏を繰り広げるなんて誰も思わない。

しかし、ここではリラックスした二人のサックスの「ウォームで静かな熱気のある」 掛け合い、バトル、ユニゾン、ハーモニーが聴ける。ジャズ・ミュージシャンの本能が、演奏理論を凌駕したセッションの記録である。

どの曲も鼻歌で歌えそうな曲ばかり。しかも、適度な長さで飽きが来ない。加えてジャケットの写真も素敵ですね。寛いだ笑顔の二人がこのアルバムの内容を保証します。

このアルバムの「ウォーム(Warm)」な演奏、我が音楽喫茶『松和』の昼下がりにピッタリの雰囲気です。秋たけなわの昼下がり。晩秋の煌めく様な昼下がりの陽射しの中で、ちょっと微睡みながら聴く「粋」な純ジャズ。至福の一時です。

 
 

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