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2013年4月の記事

2013年4月30日 (火曜日)

ジャズのウエストサイド物語・2

Tommy Flanagan『Lonely Town』(写真)。ちなみにパーソネルは、Tommy Flanagan (p), Joe Benjamin (b), Elvin Jones (ds) 。1959年3月10日の録音。

LP時代は超幻の名盤。映画「ウェスト・サイド・ストーリー」をテーマに、エルヴィン・ジョーンズをドラムスに迎えた、もう一枚の『Overseas』(エルヴィンと組んだトミー・フラナガンの名盤)。

トミフラ全盛期の貴重なるピアノ・トリオ・アルバム、という触れ込みで発売されたときには、正直言ってビックリした。ピアニストとして、裏方に徹してでの「いぶし銀的な名演」が多くあるトミー・フラナガンが、こんな大衆受けする、実に趣味の良い、企画もののアルバムを作っていたとは知らなかった。

ジャケット・デザインもなかなかで、ジャケット・デザインが良いジャズ盤に駄盤無しという、そんな「嬉しい期待」を持たせてくれるアルバムだ。

曲を見渡すと「ウエストサイド物語」からの曲は、1曲目と3曲目の2曲のみ。あとは他のミュージカルの楽曲ではあるが、すべてがバーンスタインの作曲。どれもが美しく楽しい佳曲ばかり。
 

Tf_lonely_town

 
1曲目の「アメリカ」を聴いただけで、「ウエストサイド物語」に代表される、アメリカの現代ミュージカルの、壮大で楽しい雰囲気が広がってくる。その雰囲気を見事に現出しているのが、エルビン・ジョーンズのダイナミックなドラミングと、トミー・フラナガンのしっかりと粒だったピアノ・タッチ。

2曲目以降、その雰囲気は崩れることは無く、アメリカ・ミュージカルの壮大かつ楽しい雰囲気の乗って、エルビンは必殺技であるポリリズムを繰り出し、フラナガンは、そのダイナミックなドラミングに乗って、品の良い、いぶし銀のような、洒落たタッチのピアノで、バースタインの作曲した佳曲を料理していく。

ベースのジョー・ベンジャミンはちょっと音が細いかなあ。バップ・ピアニストのフラナガンとポリリズムの権化であるエルヴィン相手に、ちょっと苦しそうではあるが、なかなかに健闘している。思わず「頑張れ」と声をかけたくなる(笑)。

このアルバムは、良質のピアノ・トリオ・アルバムとして、トミー・フラナガンの「いぶし銀」ピアノとジャズ・ドラミングのひとつの完成形である「ポリリズム」の担い手、エルビン・ジョーンズのダイナミックなドラミングを、ミュージカルの楽曲を通して、心ゆくまで堪能できる佳作である。

 
 

大震災から2年。でも、決して忘れない。まだ2年。常に関与し続ける。
がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2013年4月29日 (月曜日)

ジャズのウエストサイド物語・1

ミュージカルを題材にしたジャズは結構多い。その中でも、初心者の方々でもベテランの方々でも楽しめる、現代ミュージカルの代表的作曲者のひとりが、レナード・バーンスタイン。

バーンスタインは、多くのミュージカルを手掛けている。そのミュージカルを彩る曲の中には、後にジャズ・スタンダードになった曲が多くある。そのバーンスタインのミュージカルといったら、何と言っても映画でも有名になった、かの「ウエストサイド物語」だろう。

私と同世代から年輩の方だったら、なんらかの形でご覧になっていると言ってもいいほど、有名なミュージカルだ。今日と明日の2日間で、この「ウエストサイド物語」を題材とした、ジャズ・ピアノの企画ものを2枚ご紹介します。

さて、ジャケット・デザインを見ればすぐ判る、「ウエストサイド物語」からの楽曲をジャズ化したアルバムの中でも、内容的に見てナンバー1のアルバム、Oscar Peterson 『West Side Story』(写真左)。1962年1月24、25日の録音。ちなみにパーソネルは、Oscar Peterson (p), Ray Brown (b), Ed Thigpen (ds)。

なんせ、演奏が、ピアノ:オスカー・ピーターソン、ベース:レイ・ブラウン、ドラム:エド・シグペンという「最強のピアノトリオ」と言われた時代のオスカー・ピーターソン・トリオの演奏なので、悪かろうはずがない。
 

West_side_story

 
1曲目の「Something's Coming」から、その演奏に感心することしきり。端正でダイナミックなピアノに、ハイテクニックで太いベース、着実かつ柔軟なドラム。そんな演奏に乗って、これから何かがおこりそうな微妙な不安感と期待感が表情豊かに表現されている。なんだか、指を鳴らした、ちょいと鯔背な若者たちが出てきそうな、そんな感じがするスケールの大きい演奏だ。

3曲目の「Jet Song」は上手くアレンジされていて、「この曲、こんなに良い曲だったんだ」なんて、無責任に思ったりする。そして、ハイライトは、やはり、4曲目の「Tonight」だろう。この曲は「ウエストサイド物語」の中でも、最も有名な曲で、「ウエストサイド物語」は良く知らなくても、この曲はどっかで耳にしている人が多いのではないか。

この優しくダイナミックな曲を、オスカー・ピーターソンは端正なタッチで、実にダイナミックに歌い上げていく。しかも、バックにはベースの名手、レイ・ブラウンがブンブンブンとベースを唸らせながら、これまた、端正かつダイナミックに、ピーターソンのピアノをバッキングする。ドラムのシグペンは、その2人の隙間を埋めるように、バライティに富んだドラミングで、リズムをガッチリとキープする。

このアルバムを聴いていると、このころのピーターソン・トリオは、「最強のピアノ・トリオ」と呼ばれていた所以が良く判る。とにかく楽しいアルバムです。特に、ジャズ初心者の方々にとっての、ピアノ・トリオ入門盤としても最適な名盤と言えます。

 
 

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2013年4月28日 (日曜日)

『ヘンリー8世と6人の妻』を聴く

1970年代ロックで特徴的なのは、プログレッシブ・ロック(省略形は「プログレ」)。の隆盛と衰退。ピンク・フロイド、キング・クリムゾン、イエス、エマーソン・レイク・アンド・パーマー(EL&P)、ジェネシスなど、相当数のプログレ・バンドが1970年代には存在した。

さて、そもそもプログレッシブ・ロックとは何か。簡単に言えば「電子楽器を駆使した交響楽的な音楽」と形容できる。ジャズやクラシックの要素を取り入れて、当時の最新技術による、実験的な音作りが特徴。ボーカル抜きのインストゥルメンタルの曲も多い。その長さと深さ、前衛的な難解さが魅力のロック・ジャンルであった。

そんなプログレの中で、花形楽器と言えば「キーボード」。当時の最新技術による、実験的な音作りが特徴のプログレ、当時、最先端のムーグ・シンセサイザー、メロトロン、ジャズで活躍していたハモンド・オルガン、そして、基本としてのアコースティック・ピアノ、そして、時に教会で主に使用されていたパイプオルガン。それらの複数のキーボードを駆使しての演奏は、プログレ小僧たちの憧れであった。

そのプログレのキーボード奏者については、EL&Pのキース・エマーソン派とYESのリック・ウェイクマン派に人気は二分されていた。Pink Floydのリック・ライトのファンというのは希少。僕は、どっちかというと、リック・ウェイクマン派であった。高校時代、来日したリック・ウェイクマンのソロ公演にも足を運んだ記憶がある。

僕が、リック・ウェイクマンに傾倒した切っ掛けとなったアルバムが、Rick Wakeman『Six Wives of Henry VIII(ヘンリー8世と6人の妻)』(写真左)である。1973年のリリース。英国王であったヘンリー8世の6人の妻達をコンセプトにしたアルバム。妻の6人の名前をそれぞれにタイトルにした曲で構成されている。
 

Six_wives_of_henry8

 
リック・ウェイクマンのプログレ・キーボードはクラシックの影響が強い。特にアコピのフレーズはクラシック的なフレーズが中心となる。ジャズで活躍していたハモンド・オルガンもクラシック・ピアノの様に弾き回す。

クラシックほどでは無いが、ジャズからの影響も確実にあるが、キースの様に、ジャズの有名なフレーズを借用する様な洒落た真似はしない。キースに比べて、シンセサイザーやメロトロンの多用が特徴で、子供の頃、クラシックに親しんだ、キーボードのメカニック好きのプログレ小僧には、リック・ウェイクマン派が多いのではないだろうか。

そんなリック・ウェイクマンのプログレ・キーボードを堪能できるアルバムがこの『Six Wives of Henry VIII』。アルバムのジャケットには、メロトロンやRMIのエレピ、ミニ・ムーグなど、当時最先端の鍵盤楽器の機種のクレジットがあり、このアルバムは、当時最先端の鍵盤楽器の「音のショーケース」としても楽しめる。

また、内ジャケットには、その当時最先端の鍵盤楽器を周りに配置したリック・ウェイクマンの勇姿(写真右)がありこれがまた、当時のプログレ小僧からすると、うっとりとして「格好ええな〜」となる(笑)。

当時としては、それぞれの演奏についてはスピード感もあり、キーボードの音もなかなか良く録れており、プログレ・キーボードを堪能するには格好のアルバムである。とにかく、プログレ小僧の僕としては、今の耳で聴いていても楽しい、プログレ・キーボード・ヒーローの永遠のエバーグリーンである。

 
 

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2013年4月27日 (土曜日)

グレイト・ロック・クラシックス

いつの時代もロックの世界は「オリジナルが良し」とされる風潮がある。ましてやカバーなんてした時なんざあ、商業ロックに身を落とした志の低い奴と揶揄される。ポップスの世界ではカバーは容認されるんだが、ロックの世界では全く駄目。特に米国と日本で、その風潮が強いように感じる。

そうした、ロックの世界でのカバーであるが、なんとロッド・スチュワートが率先してカバーに走ったものだから大変。まずは、2002年より、ジャズのスタンダード・ナンバーをカバー。その後、様々なジャンルのスタンダード・ナンバーをカバーし、これまでにすべてのアルバムが全米TOP4入り。さらには全世界トータル・セールス2,000万枚という驚異的なセールスを記録。

まあ、ビジネスに魂を売ったとか、これは最早ロックでは無い、商業主義で安易に稼ぐヤツ、なんてことも言われたけれど、もともと、ロッド・スチュワートという人は、オリジナルな曲を作って歌う、というよりは、ロック界最高峰のシンガーという位置づけの人なんで、相応の年齢になって、様々なジャンルのスタンダード・ナンバーをカバーするというのは自然の成り行きなんだろうと思う。

そんなロッド・スチュワートのカバーアルバムの中で、さすが、ロック界最高峰のシンガーと再認識させてくれるカバー・アルバムが、『Still The Same...great Rock Classics of Our Time』(写真左)。邦題『グレイト・ロック・クラシックス』。2006年のリリース。
 

Great_rock_classics

 
結論から言うと良い内容です。なんせ選曲が渋い。1970年代前半を中心に、本当の意味で「グレイト・ロック・クラシックス」な曲を選んでいるところが渋い。

ロッドと言えば、ソロアルバム時代の個性、ソウルフル、ブルージーなロックをパワフルに歌い上げる、という印象が強くて、ロックのスタンダード・ナンバーのカバーでも、その線で行くか、と思いきや、これが「行かない」んですね(笑)。さすがロッドです。それだと、ソロ・アルバムと変わらんやん、と思う訳です。

意外と原曲の雰囲気そのままに、素直に歌い上げているなあ、という印象です。この素直さが魅力。原曲の雰囲気もしっかり伝えて、それぞれの曲の持つ「あの頃の想い出」を想起させつつ、ロッドの個性的で優れたボーカルでじっくり聴かせる。原曲を素直にカバーしている割に、かなり聴き応えがあります。さすが、ロック界最高峰のシンガーです。

個人的には、冒頭のCCRの「Have You Ever Seen The Rain(雨を見たかい)」、4曲目のボブ・シーガーの「Still The Same」、9曲目のイーグルスの「The Best Of My Love」、13曲目のヴァン・モリソンの「Crazy Love」のカバーに心ときめきます。

商業主義だとか、なんやかんや言われながらも、このアルバムは、2006年10月28日付で、全米(ビルボード誌)アルバムチャートで1位を獲得しています。まあ、なんやかんや言われながらも、ロッドのボーカリストとしての実力は、ロック界最高峰であり、彼の歌う曲は、やはりどれをとっても素晴らしいということでしょう。

 
 

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2013年4月26日 (金曜日)

ピアノトリオの「安心のブランド」

ちょっと聴けば直ぐ判る。転がるような右手のシングル・トーン。絶妙のタイミングで合いの手を入れる左手のブロック・コード。ここまで書けば直ぐ判る。そう、レッド・ガーランドである。

カクテル・ピアノと形容するなかれ。確かに、右手のシングル・トーンは判り易くて、素人っぽい。でも、しっかりとグルーブが入っていて、そこはかとなくファンキー。通常の軽音楽としてのカクテル・ピアノとは似て非なるもの。レッド・ガーランドのピアノは「純ジャズ」である。

そこに、超弩級の低音がブンブン響く。重量級ウォーキング・ベースが実にファンキーなポール・チェンバースのベース。このチェンバースのベースと、ガーランドのピアノとの相性は抜群に良い。ガーランドの左手のブロックコードを「点」とするなら、チェンバースは、ウォーキング・ベースという「線」で支える。

そして、忘れてはならない、アート・テイラーの職人ドラミング。様々なテクニック、様々な音色、様々なリズム&ビートで、ガーランドが紡ぎ出すピアノのフレーズに彩りを添える。決して前面に出しゃばることは無いが、バッキングでしっかりと自己主張する職人芸的なドラミング。

今日、久し振りに引っ張り出して聴いたアルバムが、Red Garland『Can't See for Lookin'』(写真左)。1958年6月27日の録音。ちなみにパーソネルは言わずと知れた、Red Garland (p), Paul Chambers (b), Art Taylor (ds)。鉄壁・鉄板のレッド・ガーランド・トリオである。
 

Cant_see_for_lookin

 
いや〜良いですね。確かにガーランド・トリオは「金太郎飴」。どのアルバムを聴いても、演奏のスタイル、演奏の音、演奏の雰囲気は同じ。それでも、曲が変わる毎に、その表情が微妙に変わっていくのだから、このピアノ・トリオはプロフェッショナルである。

このアルバム、1曲の長さが9分前後と長めで、じっくりとピアノ・トリオの妙技を堪能することができる。加えて、このアルバムの演奏は、ピアノ、ベース、ドラムがそれぞれ対等な立場での演奏展開になっていて、聴きどころが満載。とにかく、ガーランドが絶好調なのが嬉しい。

チェンバースも負けていない。このアルバムでのウォーキング・ベースは聴きものである。チェンバースのベスト・プレイに近い。そして、チェンバースはボウイングが好きなんだが、このアルバムでも「ギーコギーコ」している。まあ、このアルバムでのボウイングは音程が合っているので良しとしよう。音程の合っていないボウイングは最悪やけどね(笑)。

テイラーも凄い。派手は立ち回りなどは全く無く、堅実なドラミングを展開しているが、そのテクニックたるや、素晴らしいものがある。1曲の長さが9分前後と長め故、ドラム・ソロもしっかりと入っていて、これがまた実に職人芸的なリズム&ビートを、様々なテクニックと音で展開する。アート・テイラーって凄く上手い、ということを再認識。

ピアノ・トリオの「安心のブランド」である、レッド・ガーランド・トリオ。このアルバム『Can't See for Lookin'』は、こくのある、渋い内容の優秀盤です。ガーランド・トリオの代表盤にはなかなか顔を出さない盤ですが、これはガーランド・トリオの隠れ名盤として挙げても良い、実にガーランド・トリオらしいアルバムです。

 
 

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2013年4月25日 (木曜日)

ギターとトロンボーンの相性抜群

ジミー・レイニーのギターは、ファンクネスや音の粘りや翳りが希薄で、テクニックを全面に押し出した、素直でシンプルで硬質なギター。1950年代にどっと現れた白人ギタリストの音である。明らかに、チャーリー・クリスチャンから派生したタル・ファーロウ〜バーニー・ケッセルの流れの中にある音。

そんなクールで硬質な音が特徴で、優れたテクニックと相まって、パキパキ感溢れるギター、これがまあ、トロンボーンと合うんですよね。

トロンボーンの音と言えば、ボヨヨンとしていて、音の芯はしっかりしているが、音の輪郭は丸い。音の伸びは抜群。低音はブリブリ響き、高音はプワーッと伸びる。スライドを出し入れして音程を取るので、速いフレーズはちょっと苦手。しかし、ミドルテンポからスローテンポの音の伸びと柔らかさと緩さは、この楽器の独特の個性。

このトロンボーンの音がまあ、ジミー・レイニーのクールで硬質な音が特徴で、優れたテクニックと相まって、パキパキ感溢れるギターの音色とバッチリ合うんですね。

ジミー・レイニーのギターとトロンボーンの相性の良さ。その相性の良さを十二分に感じることの出来るアルバムが、Jimmy Raneyの『Jimmy Raney Featuring Bob Brookmeyer』(写真)。1956年8月の録音。ちなみにパーソネルは、Hank Jones, Dick Katz (p), Osie Johnson (ds), Bob Brookmeyer (valve tb), Jimmy Raney (g), Teddy Kotick (b)。
 

Jimmy_raney_bob_brookmeyer

 
ジミー・レイニーのテクニックを全面に押し出した速弾きギターに、ぴったりと付いてくるトロンボーンって、どれだけのスライド・テクニックを持っているんや、とビックリしていたら、このボブ・ブルックマイヤーのトロンボーンは、バルブ・トロンボーンやったんですね。納得。

このアルバム、クインテット構成なんですが、フロントにギターとトロンボーンを据えて、そのフロントのユニゾン&ハーモニーは絶妙の相性です。収録されたどの曲でもギターとトロンボーンのユニゾン&ハーモニー、そして個別のフレーズでの絡み。いずれも実に心地良い響きです。寛ぎのムード満点。

アレンジが良いんですね。このアレンジ、恐らくボブ・ブルックマイヤーが主導したのでは無いでしょうか。プロデューサーは、当時ヴァーヴ・レーベル所属のクリード・テイラーですから、良いアレンジの採用とポップな響きの獲得は彼の功績でしょう。1956年、ハードバップ前期、ジャズ界がハードバップ一色に染まっていた中で、このアルバムはかなり洒脱でポップに響きます。

ピアノは白人のディック・カッツ。洒落たクールなピアノをコロコロと弾き紡ぎ、こういった洒落たセッションで味のあるバッキングを供給するハンク・ジョーンズが曲によって参加。この二人のピアノがなかなかに秀逸。そして、ベースのテディ・コティックは堅実で野太いクールなベースを聴かせて、ドラムが渋いオシー・ジョンソンという選択。バックも優秀。

素直でシンプルで硬質なギターとトロンボーンの相性抜群。寛ぎのムード満点の佳作だと思います。このギターとトロンボーンの組合せ。もっともっと聴きたいですね。他に無いのかなあ。探してみよう。

 
 

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2013年4月24日 (水曜日)

ピアノ・トリオの代表的名盤・33

ブラッド・メルドーは非常に面白い個性をしている。ジャズの歴史の中で、現在までの優秀な「スタイリスト」と呼ばれる、自らの個性を確立したジャズ・ピアニストの個性を集約した様な「個性」をしている。

ある部分はビ・バップであり、ある部分はモードであり、ある部分はフリー。そして、ある部分はセロニアス・モンクであり、ある部分はビル・エバンスであり、ある部分はキース・ジャレットであり、ある部分はチック・コリアだったりする。マッコイ・タイナーの「シーツ・オブ・サウンド」的な奏法も披露するし、レニー・トリスターノの様な「クール奏法」もちらりと顔を出す。

つまり、ブラッド・メルドーのピアノの個性は、それまでのジャズ・ピアノのスタイリスト達の個性のショーケース的なところ。しかし、ブラッド・メルドーの非凡なところは、その「それまでのジャズ・ピアノのスタイリスト達の個性」が単なる物真似になっていないところ。そして、個性のごった煮的雰囲気なんだが、演奏のトーンがバラバラにならずに「一貫性」を保っている。

ブラッド・メルドーのピアノは、「それまでのジャズ・ピアノのスタイリスト達の個性」を自らのものにして、自らの個性を反映し、一貫性を保った、独特の弾き回しになっているのだ。これが素晴らしい。

僕のジャズ・ピアノの基準のひとり、ブラッド・メルドー。彼が率いるトリオ「Art Of The Trio」が素晴らしい。パーソネルは、Brad Mehldau (p), Larry Grenadier (b), Jorge Rossy (ds)。このトリオが素晴らしい。

その「Art Of The Trio」は、シリーズで、Vol.5までのアルバムを立て続けにリリースした時代があった。そのシリーズでリリースされた、Vol.5までのアルバムがこれまた素晴らしい。
 

Art_of_the_trio_vol4

 
そのシリーズでリリースされた盤、どれもが素晴らしい出来だが、僕はこの4枚目の、Brad Mehldau『Art Of The Trio, Vol. 4: Back At The Vanguard』(写真左)が一番、ブラッド・メルドーのピアノを愛でるに相応しい、「Art Of The Trio」としての最高の出来を示した逸品だと思う。1999年1月5〜10日、NYはヴィレッジ・ヴァンガードでのライブ録音。

メルドーのピアノはストイックで堅実。理知的な響きでペダルも適度。キース・ジャレットの様に、ペダル豊かにロマンチシズムに流れることは無い。ユニゾン&ハーモニーにはモンク的な不協和音的な響きが混在する。これはキースには無い。一時、メルドーはキースのフォロワーであり後継者である、なんていう、とんでもない勘違い的な評論がもてはやされた時期があったがとんでも無い。メルドーのピアノとキースのピアノは非なるもの、である。

右手と左手、別々の旋律を弾くという離れ業も十二分に聴かせてくれる。やはり、スタンダードが良い。スタンダードを聴くと、メルドーの個性が浮かび上がってくる。他のピアニストに無い、複合的な個性。テクニックも非常に優秀。破綻の非常に少ないところは天下一品。

冒頭の「All the Things That You Are」にメルドーの独特の個性をふんだんに聴くことが出来る。4曲目の「Solar」はマイルスの名曲。6曲目の「I'll Be Seeing You」の出来も良好。ラストの「Exit Music (For A Film)」はRadioheadの作。いわゆるニュー・スタンダードである。メルドーの先取性は素晴らしい。やはり、個性を確認するにはスタンダードやなあ。

弾きまくるメルドー。バッキングに回ったベースとドラムも素晴らしい出来。ジャズ・ピアノのダイナミズムをも同時に体験出来る。メルドー初期の傑作ライブ盤である。ヴィレッジ・ヴァンガードらしいデッドな音もグッド。でも、ジャケット・イマイチで、ちょっと損をしている。でも、内容は素晴らしい。メルドーのピアノを聴き込みたい時のヘビロテ盤。

Brad Mehldau『Art Of The Trio, Vol. 4: Back At The Vanguard』を謹んで、ピアノ・トリオの代表的名盤にノミネートしたい。

 
 

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2013年4月23日 (火曜日)

耳直しにハードバップは如何?

ビッグバンド・ジャズのお勉強の合間に、フュージョン・ジャズの聴き直しの合間に、耳休めではないが、耳直しに聴くジャズは、決まって「ハードバップ」。それも徹頭徹尾、絵に描いた様な「ハードバップ」が良い。

今日、CDのトレイに載ったアルバムは『Jackie McLean Plays Fat Jazz』(写真左)。1957年11月27日、New Yorkでの録音。1957年と言えば、ハードバップど真ん中。内容、悪かろう筈が無い。

パーソネルを見渡してみる。Jackie McLean (as), Webster Young (cor), Ray Drayper (tuba), Gil Coggins (p), George Tucker (b), Larry Ritchie (ds)。ジャキー・マクリーン以外、知る人ぞ知るってな感じの渋い人選で固めている。特に、チューバのレイ・ドレイパーの存在がユニークだ。

メンバー全員が職人である。フロントを固める3人、ジャッキー・マクリーン、レイ・ドレイパー、ウエブスター・ヤングは、なかなかユニゾン&ハーモニーなど、上手く絡んでいる。ピアノのギル・コギンスのプレイもファンクネス芳しく捨て難く、演奏の底を支えるベースのジョージ・タッカー、ドラムのラリー・リッチーのサポートも堅実で上手い。
 

Fat_jazz

 
「Fat Jazz」という変わった言葉が入ったタイトルの作品ですが、ジャケットには甘いのものばかりが写っているので、「太っちょジャズ」という意味なんでしょうか。確かに、ジャキー・マクリーンって若い時から太り気味だったかと(笑)。

「What Good Am I Without You」。遅いテンポのバラードが実に素敵。そこはかとなく漂うファンクネスが堪らない。他の曲は、全てが、ポジティヴであっけらかんとしたハードバップ。フロントのマクリーン、ヤング共に思いっきり大きな音でスイングしまくる様は圧巻ですらある。

絵に描いた様なハードバップで耳直し。この『Jackie McLean Plays Fat Jazz』というアルバム、あまりメジャーなアルバムではありませんが、典型的なハードバップ盤として、なかなかの内容です。

ジャズ者中級者以上向け。CDショップなどで見かけたら、手に入れて後悔は無い佳作だと思います。

 
 

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2013年4月22日 (月曜日)

ビッグバンド・ジャズは楽し・20

ビッグバンド・ジャズの勉強中である。入院〜手術を経験して、暫く、ビッグバンド・ジャズのお勉強が途絶えていた。しかし、術後4ヶ月、体調も回復しつつあり、やっとビッグバンド・ジャズもお勉強を再開。

ビッグバンド・ジャズのお勉強ということだと、恐らくは、デューク・エリントンやカウント・ベイシーの有名盤を聴きまくる、と想像されるのだろうが、私の場合はちょっと違う。エリントンやベイシーのビッグバンド・ジャズは、後回しになっている。

ジャズのお勉強って、自分にとって聴き易い、興味がある、という盤を聴き進めないと続かない。教科書よろしく、まずはエリントン、まずはベイシーなど、自分に無理強いすると最後は飽きるか投げ出す。趣味で聴いているのだから、自分に無理をさせてはいけない。まずは自分の心のままにアルバム・リスニングを進めるのが、お勉強の「コツ」だと思っている。

ビッグバンド・ジャズのお気に入りの一つは、Maria Schneider(マリア・シュナイダー)のビッグバンド。ジャズ雑誌のレビューを見て、ちょっと興味を持ってその盤を購入したのが1994年。それからずっと現在まで、マリア・シュナイダーを追いかけている。

その盤とは、Maria Schneider Orchestra(以降、略してMSO)のデビュー盤『Evanescence(エヴァネッセンス)』(写真左)。1992年9月の録音。リリースはEnjaレーベルから1994年の事になる。
 

Maria_schneider_evanescence

 
このデビュー盤に詰まっているビッグバンドの音を聴けば、どっかで聴いたことのある、ユニゾン&ハーモニーの音の重ね方、音の盛り上げ方、音の抑揚の付け方。そして、電気楽器の使い方。

マリア・シュナイダーは、ボブ・ブルックマイヤーに師事し、晩年のギル・エヴァンスの下で編曲のアシスタントを務めていた才媛である。晩年のギル・エヴァンス・オーケストラの編曲をこっそり任されていたという話は有名。それほど、ユニゾン&ハーモニーの音の重ね方、音の盛り上げ方、音の抑揚の付け方。そして、電気楽器の使い方は、ギル・エバンス譲りである。

そう、MSOの音を聴けば、思わず、ギル・エバンスを思い出す。そして、伝統的なアレンジの部分には、ボブ・ブルックマイヤーの影を感じる。しかし、物真似には終わらない、クールで透明感溢れる繊細な音の展開と、しっかりとしたテンションを維持しながらの健康的な明るいメジャーな響きはMSOの大きな個性。

このビッグバンド・ジャズの音は素晴らしい。一度聴いて、直ぐに虜となった。このデビュー盤は、MSOの音の原点を確認することが出来る優れもの。デビュー盤でありながら、コンテンポラリー・ビッグバンド・ジャズのひとつの到達形を示してくれている、素晴らしいアルバムである。

マリア・シュナイダー自作の曲も良い。美しい旋律を持ちながら、ダイナミックな展開を聴かせてくれる、ビッグバンド・ジャズの醍醐味を十二分に味あわせてくれる秀作ぞろい。理知的で彩り豊かな音世界は実に魅力的です。

 
 

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2013年4月21日 (日曜日)

幻の映像『Photos of Ghosts』

最近、イタリアン・プログレッシブ・ロックが熱い、なぜかは判らないが、イタリアン・プログレが再評価されつつある。特集を組むロック雑誌もあれば、イタリアン・プログレの専門本を出版する動きもある。確かに、1970年代、プログレと言えば、英国を筆頭に、イタリア・ドイツ・オランダなど、欧州の国々が中心で、イタリアは英国に次ぐプログレ大国だった。

さて、イタリアン・プログレの雄といえば「PFM」。「PFM」は「Premiata Forneria Marconi」 の略称。カタカナ表記で書くと、プレミアタ・フォルネリア・マルコーニ。イタリアが世界に誇るプログレッシヴ・ロック・グループである。イタリアン・ロックの最高峰であり、プログレッシヴ・ロックの至宝。

「プレミアタ・フォルネリア・マルコーニ」の意味するところは、EL&Pの様に、プレミアタさんとフォルネリアさんとマルコーニさん、3人の姓を取って名付けたものでは無い。このバンド名を初めて聞いた時はてっきりそう思った。

しかし、メンバーがインタビューで答えるには「選ばれたマルコーニという名のパン屋さん」の意味だそうだ(笑)。北イタリアのブレッシアには、マルコーニという、パン屋のチェーン店があったらしい。なぜ、彼らが、パン屋さんの名前をバンド名にしたかは不明。(あまりに長いバンド名なので、以降、PFMと略しますね) 
 

Photos_of_ghosts

 
さて、そんなPFMのアルバムの中で初めて手にして聴いたスタジオ録音盤が、英語盤として1973年に発表された第3作目『Photos of Ghosts』(写真)。 邦題は「幻の映像」。

このアルバムは、ピート・シンフィールドが英詩を担当し、EL&Pが主催するマンティコア・レーベルからリリースされた。 イタリアン・プログレッシブ・ロックの優れた音楽性をアピールするとともに、欧州プログレの世界進出の先駆けとなった作品。 その優れた内容はプログレ好きの国々で絶賛された。

ダイナミックで骨太、体力勝負的なライブアルバム『Cook - Live In USA』を聴いた後、このアルバムを購入したので、このアルバムの持つ、繊細かつ幽玄な世界がなんとなく「かったるしく」て、物足りない気分を味わったのを覚えている。当時はまだ若かったんですね。楽しみにしていた2曲目の「Celebration」など、ライブ盤に比べると、テンポも遅くて温和しめの演奏でガッカリ(笑)。

今の耳で聴くと、この繊細かつ幽玄な世界は素晴らしい。当時のプログレというロックのフォーマットの中で、これだけ繊細な音世界を表現出来るって凄い。当時のイタリアン・プログレの実力を感じます。今では、再生装置の性能も上がって、この幽玄な世界がとても心地良く響きます。

何と言っても冒頭1曲目「River Of Life」のスケールの大きな演奏は感動もの。全体を通して、美しい旋律あり、激しい展開あり、スケールが大きく、かつ繊細な面も持ち合わせ、緩急自在の演奏力を駆使した素晴らしいアルバムだと思います。

 
 

大震災から2年。でも、決して忘れない。まだ2年。常に関与し続ける。
がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2013年4月20日 (土曜日)

最後の玄人好みの「門あさ美」

青春のかけら達・アーカイブ。今日は先週に引き続き「門あさ美」。もう一枚、この『セミ・ヌード』(写真左)ってアルバムをどうしても紹介しておきたいので、ご容赦を。

さて、コンサートもやらない、テレビにも出ない、レコードだけで勝負していた、謎の女性シンガーソング・ライターにもかかわらず、予想以上の成果を出していた門あさ美。レコード会社が放っておく訳がない。真剣にプロモーションし出したのが、このアルバム。

まず、ミステリアスな存在だった門あさ美のポートレートが、アルバム・ジャケット前面を飾る。なんだか、歌謡曲のアイドルのようなジャケット。ファン的には、彼女のポートレートが前面に出て嬉しくもあり、密やかな楽しみが無くなったようで残念でもあり、当時、このジャケットを見て、実に複雑な心境になったのを覚えている。

曲のアレンジも、全編、歌謡曲っぽくなった。言い換えれば、当時のニューミュージックっぽくなった。デビューアルバムでの、和製ソフト・ロック的な、マニア好みのアレンジは影を潜めて、大衆受け狙いの無難なアレンジになって、マニア的には面白みが少なくなった。

それでも、門あさ美については、その哀愁に満ちて、情感たっぷりで、それでいてベタベタしていなくて、サッパリしていて、オシャレで、いやらしくないエロティックさ、は相も変わらずで、前の2作に比べて、その艶めかしさとコケティッシュさは、群を抜いている。6曲目の「お好きにせめて」やラストの「月下美人」なんぞは、大人の女のフェロモン全開である。
 

Semi_nude

 
そして、このアルバムのこの1曲は、9曲目の「シーズン」。このちょっとオールディーズ風アレンジの、ミディアム・スローな曲は、僕の大のお気に入りである。門あさ美の曲の中で一番好きだな。終焉を迎えるような諦念感を漂わせながら女の意地を歌い上げる、この門あさ美は絶品である。

僕の私見では、和製ソフト・ロック的な、粋でオシャレな「門あさ美」はここまで。次作以降は、大衆路線に乗っかった「ファッション・ミュージック」路線を突っ走るわけで、マニアックな曲作りと健康的なお色気が微妙にバランスしていた、玄人好みの「門あさ美」は、既にそこにはいなかったのである。

「門あさ美」。知る人とぞ知る雰囲気から、彼女を独占している感じがまたマニア心をくすぐる、そんな感じが好きだった。だから、あんまり、人に教えない(笑)。親友とか、仲の良い奴にしか教えない、不思議なアーティストだった。

それでいて、行きつけの喫茶店で、時々、彼女の曲をかけてもらったりして、彼女の存在を知らない奴らから「これ、誰。教えてくれや」と言われて、「いや〜、これええやろ。そやけど、そんなに簡単には教えられへんなあ」なんて勿体ぶったりする(笑)。そんな、マニア好みのアーティストだったなあ。しかも、ルックスOKの女性SSWで、当時はそれ以上、何も言うことは無し(笑)。

ところで、門あさ美さんって、今、どこで何をされているのでしょうか?

 
 

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2013年4月19日 (金曜日)

32年ぶりに再会できたアルバム

フュージョン時代のマイナーなアルバムは、なかなかCDでリイシューされない。メジャーなヒット盤は、リマスター、紙ジャケと幾度も手を替え品を替え、リイシューされている。しかし、良い内容でありながら、なかなか売上に恵まれなかった盤は、滅多にリイシューされない。どころか、LP時代から、全くリイシューされない盤も多々ある。

LPで所有していて、時々、レコードプレイヤーに灯をともして聴ける盤はまだ良い。問題は、LPで所有していなくて、全くリイシューされない優秀盤の場合である。

最近、「オンデマンドCD」というサービスが開始されている。オーダーを受け、生産を開始するシステムで、リクエストして、手元に来るまでに一週間程かかるとのこと。一週間程度で手元に来るのならば全く問題ないですね。オリジナル音弦から銀盤CD-Rにライティングしたもので、内容はオリジナルと同様、音質もCDと同レベルで収録。ジャケット及び歌詞カードは、可能な限りオリジナル商品より復刻、転載。ええやないですか。

この「オンデマンドCD」のお陰で、32年ぶりに再会できたアルバムがある。向井滋春モーニング・フライト『マルガリータ』(写真)である。1980年12月の録音、1981年2月のリリース。ちなみにパーソネルは、向井 滋春 (tb), 佐山 雅弘 (key), 廣木 光一 (g), 斉藤 誠 (b), トニー木庭 (ds), ペッカー (per)。

密林でこのアルバムを見つけた時は、懐かしくて嬉しくて、即「ポチッとな」(笑)。純和製のフュージョン・グループの素敵な音である。
 

Margarita

 
向井滋春モーニング・フライト名義でのファースト・アルバム。ワールド・ミュージックの要素を取り入れた、内容秀逸なフュージョン・ジャズ。純和製フュージョンではあるが、テクニックは優秀。素晴らしい演奏が繰り広げられている。

ワールド・ミュージック的な雰囲気を織り交ぜた演奏としては、「ハイ・ドナン」はトロピカル・イメージ、のんびりとした南国のイメージ。タイトル曲の「マルガリータ」ではラテンリズムが全開。「マカオズ・レディー」は東南アジアな音世界、「シュリー」は中南米カリブのイメージ。LP時代のA面を占める楽曲はどれもがワールド・ミュージック的な雰囲気が素敵である。

B面は、当時最先端のフュージョン・ミュージックが満載。テクニックが必要なんだが、この向井滋春モーニング・フライトのメンバーはいずれも申し分無いハイ・テクニックの持ち主ばかり。素晴らしいテンションの素晴らしい展開、素晴らしいアレンジの演奏がずらり4曲。

特に、キーボードの佐山 雅弘(裏ジャケの写真が若い)とベースの斉藤 誠が凄まじいばかりのインプロビゼーションを聴かせてくれる。ギターの廣木 光一も電光石火のフレーズで疾走感抜群。そんな中、リズム&ビートをトニー木庭が押さえて、向井滋春のトロンボーンがフワッと浮かび上がる。グループサウンズ重視の展開。適度な間と緩やかさが個性の日本のフュージョン。

32年ぶりの再会、嬉しかったですね〜。あの頃のヘビロテ盤。今の耳で聴いても優秀盤。あの頃の自分の耳も捨てたもんやないな、と思わず自画自賛してしまいました(笑)。

 
 

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2013年4月18日 (木曜日)

ナット・アダレイ、もう一枚!

我がバーチャル音楽喫茶『松和』では、典型的なハードバップなジャズとして、ナット・アダレイの初期のアルバムをプッシュ。そして、コルネットの使い手、ナット・アダレイの再評価をプッシュして来ました。

これまで、ナット・アダレイの初リーダー作『That's Nat』(2013年3月25日のブログ・左をクリック)、ナット・アダレイのセカンド盤『Introducing Nat Adderley』(2012年11月16日のブログ・左をクリック)、そして、ハードバップの芳しき香りなサード盤『To the Ivy League from Nat』(2013年4月11日のブログ・左をクリック)と3枚のリーダー作をご紹介してきた。

で、あともう一枚、ご紹介したい。バリバリのハードバップから、ゴスペル的雰囲気漂うファンキー・ジャズへの移行が見え隠れする、なかなかの盤がある。Nat Adderley『Much Brass』(写真左)。ナットのリーダー作の5枚目。1959年3月の録音。ちなむにパーソネルは、Nat Adderley (cor), Slide Hampton (tuba-1, tb-2〜7), Wynton Kelly (p), Sam Jones (b-2〜8, cello-1), Laymon Jackson (b-1, tuba-2〜8), Albert Heath (ds)。

1959年と言えば、確かにファンキー・ジャズが流行りだした頃。ナット・アダレイはいち早く、流行を取り入れている。先取性溢れる積極的なジャズメンと言える。そして、パーソネルを見渡すと、今回は、仲良し兄ちゃんのキャノンボール・アダレイが居ない。トロンボーンのスライド・ハンプトンはいるが、アルバム全体として、ほとんどナットのワンホーン作的雰囲気。

冒頭の「Blue Concept」からして、もうその音世界はハードバップ。そして、スライド・ハンプトンがチューバを吹いて、ナットのコルネットとスライドのチューバのユニゾン&ハーモニーが、まさにゴスペルチックな雰囲気を醸し出していて、この演奏のトーンは、まさにファンキー・ジャズ。ナットのミュートの効いたコルネットの切れ味鋭い音が、演奏全体を引き締めていて、コッテコテな状態にまではユルユルになってないけどね〜(笑)。
 

Much_brass

 
2曲目以降はタイトル通り「マッチ・ブラス」。ブラスと言えば「金管楽器」。フロントにブラス楽器をコルネット(アダレイ),ボントロ(スライド・ハンプトン)、チューバ(レイモン・ジャクソン)と3人揃えたユニークな編成の演奏が続く。3管ブラスのユニゾン&ハーモニー、そしてチェイス、コール・アンド・レスポンス。雰囲気は全く持って「ゴスペル&ファンキー」。

この盤、この3管ブラスが好調なんですよね。3管ブラスのユニゾン&ハーモニー、そしてチェイス、コール・アンド・レスポンスって、誰か一人でも不調だと「残念な」演奏になってしまうんですが、この盤は3管ブラスは良好。良い音出しています。

リズムセクションは、ピアノのウィントン・ケリー,ベースにサム・ジョーンズ,ドラムにアルバート・ヒースと言う、ハードバップ時代の名うての3人。それぞれ一流のジャズメンで、しっかりとフロントの3管ブラスをフォローしています。実に堅実かつファンキーなバッキング。そして、そんなリズムセクションの中で、ピアノのウィントン・ケリーが絶好調。

ファンキーで健康優良児的なハッピー・スインガーなウィントン・ケリーのピアノ。そこはかとなく漂う翳りも「漆黒のファンキー」で、このケリーのピアノが、この盤のファンキーな雰囲気作りに大きく貢献している。ややもすれば、この盤、ケリーのピアノを目当てに聴き込んでも良い位、ケリーは好調を維持している。

当然、リーダーのナット・アダレイは絶好調。この頃のナットって、本当に上手い。歌心もあるし、指は動くし、音はキッチリと締まって、ミストーンは無し。どうして、こんなに優秀なジャズ・トランペッターが、日本のジャズ本やジャズ雑誌で、マイナーな存在に甘んじていたのかが理解出来ない。

良いアルバムです。コッテコテ、べっちゃべちゃなファンクネスの手前、スッキリとした爽快感溢れるファンクネスが、この盤を包んでいて、実に良い雰囲気です。ジャズ者中級以上の方々にお勧めです。

 
 

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2013年4月17日 (水曜日)

自らの個性で吹くロイドは良い

チャールズ・ロイドは、どうも好きになれなかった。ロイドのテナーは、コルトレーンの影響を受けた、というか、コルトレーンそっくり。コルトレーンの演奏の要素やテクニックを全て取り込んで、耳当たりよく、聴き易くした感じ、と言って、コルトレーンほどの深みとテクニックは無い。でも、とにかく聴き易い。大衆迎合的なアプローチ。

ハードバップ時代の歌うようなフレーズや十八番のシーツ・オブ・サウンド、フリーに走った時の「スピリチュアルな咆哮」など、コルトレーンそっくりに、テクニックのレベルを落として聴き易くしたような、意外とあざとく計算された演奏が、どうにも好きになれなかった。

そんなチャールズ・ロイド。1970年代に入って、全く過去の人となった訳だが、それは仕方の無いことだろう。手品はタネがばれれば終わり。しかし、この大衆迎合型コルトレーンの完全フォローなロイドが、欧州の代表的レーベルECMに移籍する。1989年のことである。それから、約1〜2年に一枚のペースでリーダー作をリリースするようになった。

ちなみに1993年の『The Call』以来、ロイドのリーダー作は、ずっとECMオンリーである。義理堅いと言えば義理堅いし、他に受け入れてくれるレーベルが見当たらないと言えば見当たらない。しかし、ECMに移籍して以来、ECMの欧州ジャズ的カラーが、ロイドの個性を掘り起こし始める。

そして、徐々にロイドは、コルトレーンのフォローから足抜けしていく。そして、遂にコルトレーンのフォローを止める。コルトレーンのフォローを止めて、自らの個性で吹くロイドは良い。75歳にして立つ。これがロイドのテナーの個性、と確認できるアルバムが出現した。
 

Hagars_song

 
そのアルバムは、Charles Lloyd, Jason Moran『Hagar's Song』(写真左)。2012年4月の録音。ちなみにパーソネルは、Charles Lloyd(ts,as,fl), Jason Moran (p)。ピアノとのデュオ盤である。

このアルバムには、「スピリチュアルな咆哮」は無い。ゆったりとしたテンポに乗って、スラスラスラと素直に堅実に吹き上げていくロイドのテナー。音のエッジが丸まっていて、ホンワリ優しさ漂う耳当たりの良いテナー。フルートも使う場面もあって、ちょっと民族音楽的な響きと、静的でスピリチュアルな響きと、ミステリアスな響きが実に印象的。

寄り添うように、リリカルでクールなピアノが効果的にバッキングしていく。ジェイソン・モラン。良いピアノを弾く輩だ。名門ブルーノートでコンスタントにリーダー作を制作している、現代ジャズ・ピアニストのキーマンの一人。

本作の前半はスタンダード・バラードが中心。ビリー・ストレイホーンあり、ガーシュウィンあり、ジョン・コルトレーンあり。なかなか粋な選曲。後半は全5章からなる自作組曲が中心で、10歳の時に南ミシシッピ州の自宅から連れ去られて、テネシー州の奴隷主に売られたロイドの曾々祖母に捧げられたもの。緩やかで柔らかなテンポが魅力。

思わず、聴いて思わずニンマリしたのが、13曲目の「I Shall Be Released」。ボブ・ディラン作曲、ザ・バンドの演奏曲として有名な曲がカバーされている。こういうところには、まだまだ商売っ気ありやなあ(笑)。でも、雰囲気は良い。なかなか聴き応えのある「I Shall Be Released」。

コルトレーンのフォローを止めて、自らの個性で吹くロイドは良い。75歳にして立つ。これがロイドのテナーの個性、と確認できるアルバムの出現に喝采である。

 
 

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2013年4月16日 (火曜日)

クールで硬質な音が素敵です。

変わったアルバム・タイトルなので、このアルバムの存在は直ぐに覚えた。しかし、ギタリストのリーダー作であった。ジャズのフロントを務める楽器で、ギターは一番後回しにしたので、このアルバムを手にするには、かなりの時間を要した。

ジャズを聴き初めて15年経った頃。やっとジャズ・ギターのアルバムをコレクションしようと思い立った。でも、このアルバムとはなかなか縁が薄かったみたいで、リイシューされる度に買おう、と思うんだが、他に欲しいアルバムがあったりして、気が付いた時には無くなっている、そんな繰り返しだった。

そのアルバムとは、Jimmy Raney『A』(写真左)。アルバム・タイトルが「A(エー)」。どうしてこんなにシンプルなタイトルになったのかは不明だが、タイトルは「A(エー)」。白人ギタリストの代表格、ジミー・レイニーの代表作である。

ジミー・レイニーのギターは、ファンクネスや音の粘りや翳りが希薄で、テクニックを全面に押し出した、素直でシンプルで硬質なギター。1950年代にどっと現れた白人ギタリストの音である。明らかに、チャーリー・クリスチャンから派生したタル・ファーロウ〜バーニー・ケッセルの流れの中にある音です。

しかし、タル・ファーロウやバーニー・ケッセルと比べると、クールで硬質な音が特徴で、優れたテクニックと相まって、パキパキ感溢れるクールな高速フレーズが楽しい。派手さは無いんですが、イマジネーション溢れ、とても良く「唄うギター」です。
 

Jimmy_raney_a

 
このアルバム『A』は2種類のセッションからなるアルバムで、54年にホール・オーヴァートン(p)、テディ・コティック(b)、アート・マーディガン(ds)と録音したカルテット演奏4曲とトランペットのジョン・ウィルソンを加えた55年のクインテット演奏8曲が収録されています。

どちらが良いかと言えば、アルバム前半のカルテットの方が良いですね〜。クインテット編成の方は、トランペットのジョン・ウィルソンが出過ぎてて、ジミー・レイニーのギターが霞んでしまっています。とにかく、ジョン・ウィルソンのトランペットが、ヘタウマなトランペットで良く鳴る。まあ有り体に言えば「ちょっと五月蠅い」(笑)。

主役のジミー・レイニーのギターは申し分ありません。大向こうを張った派手さは全くありませんが、少し内省的でクールで硬質な音が素敵です。テクニック優秀、パキパキ感溢れるクールな高速フレーズ。どの曲も、ジミー・レイニーの指が回る回る。

でも、ジミー・レイニーって、日本では人気が無いですね。「地味」レイニーなんて、あまり有り難くないニックネームを頂戴している位で、かなり過小評価されている様ですが、このアルバム『A』を聴くと、そんなことは全く無い、1950年代に出現した白人ギタリストの中で傑出した存在だと思います。

確かに、アルバム全体の雰囲気はちょっと「地味」なんですが、ジミー・レイニーのクールで硬質な音、優れたテクニックと相まって、パキパキ感溢れるクールな高速フレーズが耳に残って、癖になって、意外とヘビロテな盤になります。 

 
 

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2013年4月15日 (月曜日)

東欧風のエキゾチックなギター

Gabor Szabo。「ガボール・ザボ」と読む。不思議な響きの名前である。ハンガリー出身のギタリスト。国籍不明、ジャンル不明な、ちょっと「ヘタウマ」なギターが個性。

そして、彼のギターは「不思議な響きのギター」である。従来からのジャズ・ギターの音色がしない。展開やフレーズもジャズ・ギターのそれでは無い。独特の展開、独特なフレーズ。しかも、マイナーな響きではあるがジャジーでは無い。どちらかと言えば、欧州の民俗音学的な響きがする。

この不思議な響きのするマイナーな哀愁たっぷりなギターを捉えて、ガボール・ザボのギターを「ジプシー・ギター」と形容する人もいる。ふむふむ。欧州の民俗音楽的な響きを捉えて「ジプシー・ギター」とは言い得て妙ではないか。ガボール・ザボのギターの特徴を良く捉えた表現ではある。

そんな異端で不思議なジャズ・ギター全開のリーダー作がある。Gabor Szabo『Dreams』(写真左)。1968年の作品。ゲイリー・マクファーランドがアレンジを担当したSkyeでのアルバム。サイケデリックなジャケット・デザインが良い。でも、このジャケットって、どう見たって、ジャズのアルバムじゃないよな。
 

Zabo_dreams

 
さて、冒頭の「Galatea's Guitar」のギターを聴けば、いかにガボール・ザボのギターが、異端で不思議なジャズ・ギターなのかが良く判ると思う。とにかくジャジーじゃない。どちらかと言えば、東欧風、若しくは中近東風のエキゾチックな響きが特徴。聴いていると何故か「ビザンチン帝国」というワードが頭に浮かぶ(笑)。

演奏全体の雰囲気として、ガボール・ザボのギターが浮遊する感じのスペーシーな演奏が個性的。ジャズ独特のリズム&ビートがガッツリと効いた感じは殆ど無い。パキパキとフレーズを弾きまくることも無い。漂う様に流れる様に弾き進めるガボール・ザボのギターは唯一無二。

しかし、このガボール・ザボのギターは癖になる。このアルバムだって、一度聴いた時には「なんやこれ」。それでも、何故か後ろ髪引かれる感じがして、二度目の聴き込み。そして、エキゾチックな響きが耳に思いっきり残る。もう一度聴きたくなるような不思議な響き。そして、三度目の聴き込み。ザボの浮遊する感じのスペーシーなギターの響きが耳から離れなくなる。

なんだか、この響き、おとぎ話の中に出てくるような幽玄で暖かな響き。録音も独特で、ナローではあるが、深みのある録音は室内楽的。これは最早、ジャズという括りだけでは解釈しきれない。欧州の民族音楽も含めながら、聴き込む必要がある、そんな不思議なアルバム。

これもジャズ。これはクロスオーバー・ジャズな作品。東欧風のエキゾチックな演奏がすばらしい佳作です。クロスオーバー者の方々には要チェックなアルバムです。

 
 

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2013年4月14日 (日曜日)

あさ美ワールド全開のセカンド盤

当時の個人的な気持ちからすると、彼女の清楚で都会的な表向きの雰囲気とその裏に潜むコケティッシュな、ある面エロティックな雰囲気にグッときて、加えて、露出度が低いアーティスト故、知る人とぞ知るという感じの雰囲気から、彼女を独占している感じがマニア心をくすぐる、そんな感じが好きだった。

だから、あんまり、人に教えないのですよね、彼女の存在を。親友とか、仲の良い奴にしか教えない、特別なアーティストだったんだよな、門あさ美って。

さて、そんな門あさ美のセカンド盤『Sachet(サシェイ)』(写真)。前作『Fascination』と比べて、曲の表題が、全て、英語から日本語に統一変更されて、ちょっと分かり易くなったセカンド盤。日本語になった分、なんだか、艶めかしさも増して、門あさ美ワールド、パワーアップってな感じです。

このアルバム、前作と比べるとアレンジ面で大衆寄り、いわゆる、当時のニューミュージック的なアレンジになって、俗っぽくなっている。前作は、マニア的に嬉しい「和製ソフトロック風」で、実にマニアックな曲作りがなされていて、聴き応えのあるモノだったのだが・・・・。やはり、デビュー作の前作が売れたことにより、制作側のレコード会社が、売らんがための出しゃばりを始めた結果なのだろう。

センスが無いレコード会社の「売らんがため」の戦略ほど、出しゃばりで不必要なものは無い。このアルバムも、そのセンスの無いレコード会社の「売らんがため」の意向が働き始めたものと推察する。
 

Sashet

 
とはいうものの、ギリギリの線で「和製ソフトロック風」な雰囲気をキープしているところに、アレンジャー陣の心意気を感じられるのが嬉しいセカンド盤。

冒頭の「セ・シボン」からラストの「やさしい声で殺して」まで、門あさ美ワールド全開なのだが、この1曲といえば、僕的には、6曲目の「ロンリー・ロンリー」やなあ。

シングル・カットされたこの曲、初めて聴いたのはFMの番組上なのだが、最後のサビの「わがまま女のピリオド〜、貴方が好き〜♫」のコケティッシュな絶唱でイチコロ。
 
この曲、アレンジも秀逸で大好きなのだが、よくよく見ると、松任谷正隆さんなのですね。曲冒頭の出だし、ストリングスが、沸き立ち飛び上がる様は、松任谷さんの面目躍如。他の曲も、前作に比べると、グッと大人の女になった歌詞が艶めかしい。

当時、門あさ美は、オシャレな大人の女の恋心の表裏を的確に描写していて、当時の女性シンガーソング・ライターと比べると、かなり個性的だった。というより、きっと、門あさ美の方が本音らしくて、他のニューミュージックと呼ばれたジャンルの女性シンガーソング・ライター達の方が、「売れんがため」に、カマトトぶっていたのではないか。

この門あさ美の『Sachet(サシェイ)』ってアルバム、当時のニューミュージックと呼ばれるジャンルの商業主義の裏側を垣間見るような、当時の典型的なニューミュージック的なアルバムともいえる。

 
 

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2013年4月13日 (土曜日)

謎の大人のニューミュージック

門あさ美。メディアにも一切登場せず、ライブも行わない。それでいて、なかなか内容のあるアルバムをコンスタントの発表し、それなりの売り上げをあげる。そんな覆面アーティストにも似た活動内容。

時たま、音楽雑誌でみる彼女の写真から(3枚目のアルバム「セミヌード」のジャケットで、そのお姿を拝むことが出来る)、その都会的センスとその裏に潜むコケティッシュさを感じて、なんとなく心ときめいたなあ。バックミュージシャンも豪華で、当時第一線で活躍していた面々がサポートする曲や詞から、「女心を切々と歌い上げ共感を呼ぶ」と言う、その独特な雰囲気をふんだんに感じさせてくれるアーティストであった。

さて、当時、コンサートもやらない、テレビにも出ない、レコードだけで勝負していた、謎の女性シンガーソング・ライターであった門あさ美本人がほぼ全曲の作詞作曲を手がけているファースト盤『Fascination』(写真左)。

全編に渡って、それぞれの曲はすべて英語の表題で統一されていてミステリアス。哀愁に満ちて、情感たっぷりで、それでいてベタベタしていなくて、サッパリしていてオシャレ。いやらしくなく、ちょっとエロティック。とにかく、オシャレで聴きやすく内容のある、理想的なJポップの一枚である。
 

Fascination

 
そして、このアルバムを聴き終えると、つまるところ、「すべからく、女は悪女でわがままで淋しがり屋で温かい」存在であると言うことを理解することになる。ファッション・ミュージックの元祖の一人として、そのタレントが見事に表現されたファーストアルバムです。

門あさ美の作曲家としてのこの1曲と言えば、6曲目の「Fascination」でしょう。女性の内面を上手に表現した、上質のポップスです。門あさ美のエコーの効いたボーカルも、健康なエロティシズム全開。

彼女は作詞家としても優れていて、女心の本音と建て前が満載。僕なんか、1曲目の「Morning Kiss」のサビの部分の歌詞で、もうノックアウトですわ(笑)。3曲目の「Stop Passing Night」なんかも意味深やなあ。

当時、女心の描写がユーミン以上と豪語して、失笑を買っていた大学時代。今、年齢を経て、このアルバムに耳を傾けて、当時の僕たちの印象が間違いでないことを確認した次第です。

一言で言うと、「大人のニューミュージック」ですね。

 
 

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2013年4月12日 (金曜日)

ジャズの基本はハードバップ

ハードバップの芳しき香り。やっぱり、ジャズの基本はハードバップやなあ、とつくづく思う。ジャズの基本の全てが詰まっている演奏スタイルと言える。しかも、聴いていて判るし、判り易い。

ハードバップしか演奏しないバンドやミュージシャンというのも沢山いる。それほど、ハードバップは奥が深く、バリエーション豊かな演奏スタイルなんだろう。例えば、ハードバップ専門の老舗コンボに、Art Blakey & The Jazz Messengers がある。

アート・ブレイキーと言えば、1940年代から活躍していた伝説のジャズ・ドラマー。惜しくも1990年10月に亡くなっている。1919年の生まれだから71歳で亡くなったことになる。ちょっと早かったなあ。 

彼の豪快なバス・タムのドラムロールは、ナイアガラの滝に例えて「ナイアガラ・ロール」と呼ばれた必殺技。グループサウンズ全体のバランスと、フロント楽器が演奏し易いようにメリハリを効かせたドラミングが特徴。しばしば共演者を鼓舞するドラミングが印象的で、そのドラミング・スタイルは、ハードバップ・ドラミングの範とされた。

そんな、アート・ブレイキーが主宰したハードバップ・コンボが、ジャズ・メッセンジャーズ。アート・ブレイキーがリーダーとなり、メンバー・チェンジを繰り返しながら、ブレイキーの晩年まで活動を続けた。ブレイキーは若手、新人の発掘に力を注いでおり、このジャズ・メッセンジャーズに迎え入れて、鍛えに鍛えた。ジャズ・メッセンジャーズ出身の人気・実力派ミュージシャンは数多い。

つまり、アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズは、若手・新人の登竜門であり、ハードバップ道場みたいなコンボだった。そう、演奏するスタイルは一貫してハードバップ。しかも、当時、先進的であったモード演奏をいち早く取り入れるなど、時代時代で、ジャズ・メッセンジャーズに君臨した音楽監督役のミュージシャンの才能を遺憾なく発揮させた。
 

Not_yet

 
但し、アートの晩年は、体力の衰えが顕著になり、アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズの評価はまちまちであるのが残念である。まちまち、とは言え、どんなアルバムでも、水準レベルの演奏は維持しているところは立派。所謂、腐っても鯛である。

そんなアートの最晩年のアルバムの中で、良く聴くアルバムの一枚が、Art Blakey & The Jazz Messengers『Not Yet』(写真左)。1988年3月の録音。ちなみにパーソネルは、Phillip Harper (tp), Robin Eubanks (tb), Javon Jackson (ts), Benny Green (p), Peter Washington (b), Art Blakey (ds)。

現代ジャズにおいての有名どころでは、トロンボーンのユーバンクス、ピアノのグリーンの名が見える。 この亡くなる2年前、やっぱり、ジャズ・メッセンジャーズは、若手・新人の登竜門であり、ハードバップ道場みたいなコンボだった。演奏スタイルは、徹頭徹尾ハードバップである。なんの捻りも無い、ストレートなハードバップ。

先にも書いた様に、アートの晩年のアルバムは評判が良くないものもあるんだが、これはなかなかの力作。1988年という、新伝承派の第2世代が頭角を現しつつある頃で、そんな新伝承派の思索的で知的でクールなハードバップが展開されている。そんな当時の流行の演奏内容に、なんの違和感も無く、ドラムで堅実にバッキングしつつ、フロントを鼓舞するアート・ブレイキーは見事。

ちょっぴりリー・モーガンを想起させるフィリップ・ハーパーのペット。ハンク・モブレイをそのままに、この時代に持ってきた様なジャボン・ジャクソンのテナー。徹底したファンクネスが芳しいベニー・グリーンのピアノ。重低音が心地良いピーター・ワシントンのベース。歌心満点、テクニック満点なロビンユーバンクスのボーン。凄い奴らがアートに煽られ、吹きまくる、弾きまくる。

これ、あまり話題にならないけど、良いハードバップ盤です。ジャズの基本はハードバップ。晩年のアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズの快作です。

 
 

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2013年4月11日 (木曜日)

ハードバップの芳しき香り・・・

何気なく聴いていると、これはなかなか良いと思う。完璧なハードバップな演奏。音の具合からして、これは古い。1950年代後半のハードバップど真ん中の演奏と見切る。良い雰囲気だ。このアルバムは何というアルバムだろう。気になり出す。

特徴的なアルトから解明に入る。ハイテクニックで思いっきり吹きまくる、ファンクネス溢れるアルトはどうもキャノンボールらしい。ということは、このトランペットはナットということか。なんて類推する。アルトも上手いがトランペットも上手い。かなりのテクニック。ナット・アダレイはこんなに上手いトランペッターやったんや、と改めて感心する。

でも、アルバム名が判らない。仕方が無いから、ジャズ喫茶の、はたまたレコード屋のプレイヤーの下に駆け寄る。ジャケットを見る。でも「???」。当時、僕はこのアルバムの存在を知らなかった。今から20年ほど前の出来事である。

さて、そのアルバムとは、Nat Adderley『To the Ivy League from Nat』(写真左)。1956年7月の録音。ちなみにパーソネルは、Nat Adderley (cor), Cannonball Adderley (as), Junior Mance (p), Sam Jones (b,tracks 3-11,cello,tracks 2 & 3), Al McKibbon (b,tracks 1-3), Charles "Specs" Wright (ds)。初リーダー作『That's Nat』から数えて3枚目のリーダー作。

うむむ、やはりハードバップど真ん中の演奏やな。趣味の良い端正でファンクネス漂うピアノはジュニア・マンス。なるほど、納得。ぶっといベースは誰じゃ。サム・ジョーンズには納得。アル・マッキボンは辛うじて名前を知っている程度。不明を恥じる。さらに、堅実ドラムのチャールズ・ライトは知らない。更に不明を恥じる。
 

Ivy_league

 
しかし、アルバム全体の演奏のレベルは高い。恐らく、パッと集まって、パッと録音したと思われるが、これだけのレベルの演奏をサラサラとやってのける当時のジャズメンって、ミュージシャンとしてどれだけ優れているのかしら。結構、複雑なこともしているんですよ。それでもサラリとやってのけてしまう。一流ジャズメンって何時の時代も凄いよな〜。

リーダーのナット・アダレイは、トランペットでは無く、コルネットを使用している。コルネットはトランペットに比べまろやかで柔らかな音色で、音の移り変わりは滑らかだが、強弱の幅はトランペットより狭いのが特徴。このまろやかさと柔らかさという特徴が、このナットのリーダー作でも良く出ている。そういう意味で、このアルバムは、コルネットの特徴を聴くことの出来る好盤とも言える。

ナット・アダレイのコルネットは申し分無い。とにかく上手い。ナット・アダレイってこんなに上手かったんや、と心から感心する。歌心も豊か、強弱硬軟を自在に吹き分け、緩急も自在に吹きまくる。日本のジャズ本では、ナット・アダレイの代表作としては、リバーサイドの『Work Song』の一枚のみ紹介されることが多く、そういう扱いをずっと見ていたので、ナット・アダレイって大したトランペッターでは無い、なんて誤解をしていた時期もあった。

どうしてどうして、ナット・アダレイのトランペットは素晴らしいし、出来の良いアルバムを初リーダー作から、かなりの数を出している。今までの日本のジャズ本やジャズ評論家のナット・アダレイの扱いの低さの意味が判らない。まあ、やはりジャズのアルバムはどんどん実際に聴いてみるものである。

これも、ナット・アダレイの初期の佳作として、聴き応えのあるアルバムです。ジャケットもなかなか、ハードバップの芳しき香りが漂って、実に「ジャズ」な一枚です。

 
 

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2013年4月10日 (水曜日)

小曽根渾身の純ジャズ・トリオ盤

日本人のジャズは本当に向上した。といって、「日本人のジャズ」という言葉自体、あんまり好きじゃないんだが、それでも、日本人が演奏するジャズが「イケてる」と、何だか嬉しくてワクワクするんだから、現金なものである。

例えば、穐吉敏子。ルー・タバキンとのビッグバンドは聴く度にワクワクした。例えば、渡辺貞夫。フュージョン・ジャズにチャレンジした数々のアルバムには、聴く度に感じ入り、渡辺貞夫のライブ録音をFMで聴く度に感動した。渡辺香津美のギター・プレイに接する度に胸が躍った。山下洋輔のフリーキーなピアノを聴いては「仰け反った」(笑)。

やっぱり、日本人ジャズ・ミュージシャンの活躍って嬉しいものだ。何となく晴れがましい気分になる。しかし、21世紀に入って、「日本人のジャズ」なんていう表現が過去の物になったなあ、と実感する様になった。様々な日本人ジャズ・ミュージシャンが、日本で米国で欧州で活躍している。それも高いレベルで、である。

例えば、このアルバムを聴いて、改めて、その気持ちを思いだした。小曽根 真の『My Witch's Blue』(写真左)。2012年5月19〜24日、NYの録音。Makoto Ozone (p), Christian McBride (b), Jeff "Tain" Watts (ds)。

凄いな〜。今をときめくファースト・コール・ベーシストであるクリスチャン・マクブライドと、切れ味の良い疾走感溢れるフュージョンなドラマーであるジェフ・ティン/ワッツ。そんな二人とガッチリと組んだ、我らが小曽根真。
 

My_witchs_blue

 
冒頭の「Bouncing in My New Shoes」を聴くだけで「感動」する。すっごく正統派な純ジャズ。それも最新の現代ジャズの響きが芳しく、聴いているだけで、もうワクワクする。いや〜、これぞジャズって感じ。ラストの「Satin Doll」以外、小曽根のオリジナル曲で固めた、小曽根渾身のメインストリームなピアノ・トリオ。

小曽根のピアノは「ピーターソン風」。オスカー・ピーターソンのスタイルをベースにしているのが良く判る。良く回りドライブ感溢れる歌心満載の右手。しっかりとリズム&ビートを押さえて、良く回るフレーズを支える左手。しかし、それだけでは無い。小曽根独特のボイシングもあって、十分に個性的なジャズ・ピアノに心から感動する。

ベースのマクブライドもドラムのワッツも本気で参戦。これが嬉しい。小曽根のピアノがこれだけのパフォーマンスを披露しているのだ。マクブライドもワッツも負けてはいられないし、出し惜しみしている場合では無い。太くてハイテクニックな重戦車の様なマクブライドのベースと多彩な音色で様々な表現を見せつけるワッツのドラム。

そんなリズム・セクションの二人を従えて、余裕なパフォーマンスを見せつける小曽根は素晴らしい。日本人ジャズ・ピアニストとしても別格。というか、現代ジャズ界の代表的ピアニストの一人だろう。

ちなみに、アルバム・ジャケットは、鬼才・篠山紀信がレコーディング地であるニューヨークに同行し、激写したものだそうです。確かにジャケットもなかなか感じの良いもの。内容良し、ジャケット良し。このアルバムはお勧めの一枚です。

 
 

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2013年4月 9日 (火曜日)

ピアノ・トリオの代表的名盤・32

当時、ジャズ雑誌「スイング・ジャーナル」が名付けた『新伝承派』。手短かに言えば「伝統的なアコースティック・ジャズを継承するグループ」。実は、「伝承」という言葉について、ジャズは「過去の伝統」の様に聞こえるところが引っ掛かったみたいで、あまり定着しなかったんだけどね。

しかし、僕はこの新伝承派の連中のジャズを意外と気に入っている。過去の伝統的なアコースティック・ジャズを物真似するのでは無く、しっかりと自らが解釈して、自らのオリジナリティーを付加して、新しい展開やスタイルのアコースティック・ジャズに昇華させているところが良い。伝統的な演奏スタイルではあるが、明らかに新しい響きを宿している、といって良い。温故知新といったことろか。

その『新伝承派』のピアニストの代表格のひとりが、Mulgrew Miller(マルグリュー・ミラー)。当ブログでも2枚ほど、彼の代表作をご紹介している。ピアノ・トリオのデビュー作が『Keys To The City』(2012年11月19日のブログ・左をクリック)。セクステット編成の『Wingspan』(2012年6月22日のブログ・左をクリック)。

彼のピアノのスタイルは「ありそうでない」スタイル。部分部分を聴くと、過去の誰かのスタイルと同じじゃないか、と思うんだが、良く聴くと、どれも過去のスタイルとはちょっと違う。

そういう「過去のスタイルとはちょっと違った」スタイルをいくつか散りばめて、プレイ全体で、伝統に根ざした新しい響きのスタイルを獲得している。つまりは、新伝承派のモットーを地で行っているということ。
 

Mulgrew_miller_work

 
古いところではスイング・ジャズのマナーを感じるフレーズから、1960年代の新主流派のモーダルなフレーズまで、明らかにアブストラクトでフリーキーなスタイルを避けながら、正統派でメインストリームなジャズ・ピアノ。音の重ね方も少しだけ変わった重ね方をしているみたいで、音の響きがそこはかとなく個性的。端正ではあるが、四角四面なカクテル・ピアノ風では絶対に無い。高度なジャズ・ピアノである。

そんなマルグリュー・ミラーのピアノの個性を愛でるには「これ」、と言ったアルバムがある。1987年に発表されたMulgrew Miller(マルグリュー・ミラー)の2作目のリーダーアルバム『Work』(写真左)。ちなみにパーソネルは、Mulgrew Miller (p), Charnett Moffett (b), Terri Lyne Carrington (ds)。1986年のリリース。

このピアノ・トリオ盤には、マルグリュー・ミラーの個性、マルグリュー・ミラーの良いところが全て詰まっています。端正でキッチリとしていながら、決して窮屈では無い、スケールの大きい展開、スインギーな節回し、疾走感溢れる指回し。エネルギッシュなユニゾン&ハーモニー。そして、印象的な、個性の全てを注ぎ込んだソロピアノ。マルグリュー・ミラーのピアノを感じ、愛でるのであれば、このピアノ・トリオ盤が一番でしょう。

優れたピアノ・トリオ盤と言われるものは、当然、バックに控えるベースとドラムも優れている。この盤でも、ベースのチャーネット・モフェットも、ドラムのテリリン・キャリントンも、それはそれは素晴らしい。この盤を録音した当時、二人は弱冠20歳前後だったとか。そんな若さを全く感じさせない、堅実で成熟したベテラン風のプレイを聴かせてくれる。モフェットの超弩級のベース音。多彩でエネルギッシュで爽快なキャリントンのドラム。

良いピアノ・トリオ盤です。トリオの演奏がどの曲でもバッチリと決まっていて、単純に聴いていて「格好良い」ピアノ・トリオです。ピアノ、ベース、ドラム、それぞれが実に優れた演奏を繰り広げていて立派。伝統に根ざしつつ新しい響きのジャズを展開する、という「新伝承派」のピアノ・トリオの代表作の一枚です。

 
 

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2013年4月 8日 (月曜日)

現代ジャズのトレンドがギッシリ

Ambrose Akinmusire『When the Heart Emerges Glistening』(写真左)。2011年5月のリリース。邦題『うちなる閃光』。

しかし、日本のレコード会社が考える邦題というのは、どうもよく理解できないものが多い(笑)。といっても、このタイトルは英語で読んでも長いし、もう少し、売る方の身になってタイトルを考えても、と思ってしまう(笑)。

このアルバム『When the Heart Emerges Glistening』のパーソネルは、Ambrose Akinmusire (tp)、Walter Smith III (ts)、Gerald Clayton (p)、Harish Raghavan (b)、Justin Brown (ds)。カルテット編成なんですね。

リーダーのAmbrose Akinmusire、片仮名表記すると「アンブローズ・アキンムシーレ」と書く。1982年生まれ。ナイジェリアの血を引き、カリフォルニア州オークランド育ち。今年31歳になる若き中堅ジャズ・トランペッター。邦題が『うちなる閃光』なので、鋭く切れ味の良いハードなトランペットを想起するが、そうでは無い。

アンブローズ・アキンムシーレのトランペットは知的。乾いてはいるが、重心が低く、ぶ厚く骨太な音色。緩やかにウネウネと不思議な抑揚を伴った思索的なフレーズ。ちょっとくすんだような、夕暮れ時の様な、やや薄暗い雰囲気のトランペットは、とっても個性的。今までに無いユニークなスタイルのジャズ・トランペッターです。
 

Anbrose_when_the_heart

 
そして、テナーのウォルター・スミス3世は、正統派ジャズ・テナー。太くて芯のある豪快なテナーは魅力的。音も大きく通る。テクニックも優秀。歌心あるフレーズ。力強さと抒情性が同居している、硬軟自在なテナー。かなりの注目株と見た。リーダーのアンブローズ・アキンムシーレのトランペットとの相性抜群。

そして、このアルバムの注目は、ジェラルド・クレイトンのピアノ。フレーズが美しい。その美しいフレーズを紡ぐ中で、ユニゾン&ハーモニー、指回しの不思議な響き。今までにちょっと聴いたことが無い様な響き。今までのジャズの代表的印象である「煙と汗」とは正反対の、知的で品格のある思索的なジャズ・ピアノ。

「My Name Is Oscar」では、ジャスティン・ブラウンのビートに乗って、アンブローズ・アキンムシーレの抑制の効いた朗読が重なる。その朗読の響きは、まさにヒップホップ。これまでのジャズが経験してきた様々なスタイルに加えて、他の様々な音楽ジャンルの個性を様々な形で吸収した音世界は、ストレートに「新しさ」を感じさせてくれる。
 
これからの現代ジャズを担うであろう若い世代ならではのスタイルを感じさせる、なかなかの内容のアルバムだと思います。確かに、このアルバムには、現代ジャズのトレンドが、現代ジャズのスタイルがギッシリと詰まっている。知的で抑制の効いたクールな音世界は、現代ジャズのトレンドになるのかも知れない。 

 

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2013年4月 7日 (日曜日)

鈴木茂の『Band Wagon』です

今日もバーチャル音楽喫茶『松和』の「青春のかけら達・アーカイブ」。今日は鈴木茂。鈴木茂の名前を知る人って、この時代、あまりいないだろうなあ。はっぴいえんど、ティン・パン・アレーなどのメンバーとしてギターを担当し、そのエレギの音は、聴いて直ぐに「これって鈴木茂やな」って判るほどの個性が光っていた。

そんな鈴木茂が所属したスーパーバンド「はっぴいえんど」は3枚の名作を残して空中分解してしまったが、その「はっぴいえんど」のコンセプトの正統な後継者が、この鈴木茂だった。

「はっぴいえんど」は、「あくまで日本人としてのオリジナリティーを、無理をしてでも表現しようとする精神と葛藤」が渦巻いており、メンバーそれぞれが、その良い意味での「中途半端さ」をさらけ出して、それが宝石の原石の様に純粋な美しさを放っていたのだが、その「中途半端さ」故に長続きはしなかった。無理を続けるには、4人というグループは辛かったのだろう。

そして、鈴木茂はソロになって自分なりに割り切って「はっぴいえんど」の世界を自分なりに継承した。1975年リリースの初リーダー作『Band Wagon』(写真左)で、なんと、バックを完全にアメリカン・ロックにしてしまったのである。

この大胆なアプローチによって、「はっぴいえんど」の世界での「あくまで日本人としてのオリジナリティーを、無理をしてでも表現しようとする精神と葛藤」を解放した。

さて、そのアメリカン・ロックなメンバーとは、元サンタナ・グループのダグ・ランチ(b)、元スライ&ザ・ファミリー・ストーンのグレッグ・エリコ(ds)、タワー・オブ・パワーのデビッド・ガリバルディ(ds)、そして、リトル・フィートから、ビル・ペイン(kb)、リッチー・ヘイワード(ds)、ケニー・グラッドニー(b)、サム・クレイトン(conga)といった面々。しかし、よく集めたよな〜(笑)。
 

Band_wagon

 
つまり、鈴木は、アメリカの「ベイエリア・ファンク・サウンド」をバックに、「はっぴいえんど」の世界を再現したのである。つまりは「割り切った」。無理をしてまで、日本人としてのオリジナリティーを表現するのを止めた。

ここでの唯一の日本人らしさとは「日本語の歌詞で歌っている」ことだけ。その日本語の歌詞を担当したのは「はっぴいえんど」の松本隆。松本隆の中性的で現実感の薄い漂う様な歌詞。その歌詞を基に、鈴木のボーカルは、お世辞にも上手いとはいえないが、ファンキーで超一流のバックにのって、味のあるボーカルを聴かせる。

日本語がロックに乗るか、などどいう、今ではちょっとピントの外れた議論をよそに、中性的で、良い意味で中途半端で現実感の薄い、どこか浮遊感漂う音世界が「ベイエリア・ファンク・サウンド」に乗って展開していく。 

そうすることによって、アメリカの「ベイエリア・ファンク・サウンド」をバックに、日本人が表現するロックの個性というものが浮かび上がってくるのだから不思議である。この中性的で、良い意味で中途半端で現実感の薄い、どこか浮遊感漂う音世界こそが、日本人としてのオリジナリティーのひとつであった。

「はっぴいえんど」に、アメリカン・ロックに匹敵するテクニックが無かったということを言っているのでは無い。しかし、ここで逆説的に、バックにアメリカン・ロックのミュージシャンを配して「日本人としてのオリジナリティーの追求」を排除し、ようやく「はっぴいえんど」が本当に表現したかったもののひとつを、このアルバムが実現している。ここに、このアルバムの価値がある。

このアルバムの出現によって、日本のロックは「日本人としてのオリジナリティー」という呪縛を乗り越え、得るべき個性のひとつを、ようやく手に入れたのだった。

 
 

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2013年4月 6日 (土曜日)

はっぴいえんど『風街ろまん』

昔、誰かにカセットテープにダビングしてもらって聴きまくった時期があって、そのカセットがいつの間にかどこかへいってしまった。そうこうしているうちにジャズにのめり込み、「はっぴいえんど」なんぞ、すっかり忘れてしまっていた。

が、今から6〜7年前だろうか。テレビを観ていて、東レグループのコマーシャルで、「風をあつめて」を女性が力強く唄うシーンがあって、これを聴いて、「あっ、この曲どっかで聴いたことがある」。そのCMとは『東レグループCM「駈けぬける風」篇』で、使用された曲は、玲葉奈(れよな)の『風をあつめて』。

カセットで聴いていたという記憶だけで、誰の曲か暫く判らなかったが、70年代の日本のロックに関する本を読んでいて、「そうだ、はっぴいえんどの『風街ろまん』に入っていた曲だ!」。

そう、はっぴいえんどの『風街ろまん』(写真)です。はっぴいえんどの2枚目のアルバム。1971年11月20日のリリース。はっぴいえんどのメンバーは、細野晴臣 (b,vo,key,g), 大滝詠一 (vo,g), 鈴木茂 (g), 松本隆 (ds,per)。

いや〜、今見ても凄いメンバーですね。こんな凄いメンバー構成のバンドがあったんですね。1970年代前半って、日本の音楽シーンって混沌としていて、玉石混淆、振り返って見ると改めて凄かったなあ、と思います。

このアルバム『風街ろまん』は、先にご紹介した「風をあつめて」が収録されているアルバムとして、今では有名な存在になりました。このアルバムの中でもその出来は突出していて、この曲一曲の存在によって、アルバム全体の印象が決定付けられる程に影響力の強い、楽曲単体としての完成度が非常に高い曲です。
 

Kazemachi_roman

 
後に、様々なミュージシャンにカバーされています。先にご紹介した 玲葉奈(れよな)の『風をあつめて』も、その秀逸なカバーの一つです。「風をあつめて」という曲は、今の耳で聴き直してみても、確かに良い曲です。

さて、アルバム全体の印象としては、1970年代半ば、高校時代にやせ我慢して聴きまくって、それでも「さぱりわからん」ところが多々あったが、それから20年以上の月日が経った今、耳を傾けてみると、その時代ならではの、彼らの揺れる気持ちが感じられて、共感できる部分が多々ある。

バッファーロー・スプリングフィールドのスタイルをベースに、渋いどころの米国フォーク・ロックのテイストをしっかりとパクりながら(僕は、ザ・バンドやグレイトフル・デッド、CSN&Yなんかがパクられていると睨んでいる)、それでいて、米国フォーク・ロックをデッドコピーすることは絶対に無い。これが微妙でこれが複雑。

あくまで、日本人としてのオリジナリティを無理をしてでも表現しようとする精神と葛藤が溢れんばかりで、そのアンバランスさがたまらない魅力を醸し出している。そこが僕は好きだ。

70年代前半とはそういう時代だった。日本人の日本人による日本人の為の、フォーク・ロック、もしくはポップスをやろうとしている気概が伝わってきて、その清々しい雰囲気と隔靴掻痒な感覚が、いわゆる「70年代Jポップ」なんだろう。

歌詞は全編、若かりし頃の松本隆が担当しているが、どの歌詞も当時流行っていた「政治的な、思想的な、無気力的な世界」を全く避けて、独特で中性的な、良い意味で中途半端な、当時の時代ならではの個性的な「はっぴえんど」の世界がある。

 
 

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2013年4月 5日 (金曜日)

シンセ大活躍なフュージョン

春になると、フュージョン・ジャズを聴く回数が多くなる。暖かい気候が気分を開放的にさせて、フュージョン・ジャズの8ビートが心地良く心に響くからだろう。今年は3月の下旬から少し寒くなったので、フュージョン・ジャズを聴く回数が増え出したのは、ついこの2日前からである。

春には、フュージョン・ジャズが良い。クロスオーバー・ジャズも良いが、素晴らしいテクニックをベースに、ソフィストケイトされ、ソフト&メロウな、聴いていて心地の良いフュージョン・ジャズ。春には、そんなフュージョン・ジャズが良く似合う。

ということで選んだアルバムが、The Yellowjackets『Mirage A Trois』(写真左)。1983年の作品。これが実に良い。ロベン・フォードのギターとラッセル・フェランテのキーボードが中心のアルバムですが、全編聴き通すと、暖かくて、ちょっと官能的なシンセサイザーがフロントを張った、シンセサイザー大活躍なフュージョン・ジャズであることが判ります。

これってありそうでなかなか無くて、とにかくシンセサイザーがフロントを張って、テーマやインプロを弾きまくる訳ですから、1970年代ロックの時代、プログレッシブ・ロックを聴き込んだプログレ小僧からすると、シンセサイザー中心のこの展開にはグッときます。なんせ、プログレと言えば「シンセサイザー」でしたからね(笑)。
 
一部リズムは打ち込みの様で時代を感じます。でも、その打ち込みリズムの無機質感、バリエーションの狭さを全く感じさせないほど、シンセサイザーの活躍は 目覚ましく、そこにエレギ、エレベが絡んでくる訳ですから、どの曲もなかなか聴き応えがあります。でも、やっぱりリズムは人間が叩くドラムが良いね。
 

Mirage_a_trois

 
1980年代のフュージョンは、デジタル録音の弊害を受けて、ペラペラな薄い音、硬質でレンジの狭い音が横行し、しかもなんだか「デジタル臭さ」が感じられる、デジタル録音黎明期ならではの失敗作に良く出くわすのですが、この盤はなんとか、その弊害を回避している様です。

シンセの音もしっかり太くて良好です。しかも、音の広がりは十分あるし、楽器のアンサンブルにも厚みがあります。そして、この盤に収録された曲の良さは、スバリ「曲の持つメロディーの良さ」。
 
明るくて開放感のあるポジティブなメロディーが心地良く響きます。このメロディーの良さは抜群ですね。さすが、フュージョン・ジャズの名盤仕掛け人、トミー・リピューマがプロデュースしているだけのことはあります。

暖かくて、ちょっと官能的なシンセサイザーがフロントを張った、シンセサイザー大活躍なフュージョン・アレンジで、大スタンダードの「I Got Rhythm」には、初めて聴いた時はビックリ。明るくて暖かくて重厚で爽快感のある「I Got Rhythm」。聴き応え十分。良いアレンジです。

このイエロージャケッツの『Mirage A Trois』って、フュージョン・ジャズの佳作です。「バーチャル音楽喫茶『松和』が選ぶフュージョン・ジャズの100枚」なんてものがあるんなら、この『Mirage A Trois』は必ずノミネートです。これだけ、明朗で重厚で耳当たりの良いシンセの音って、なかなかありませんぜ(笑)。

 
 

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2013年4月 4日 (木曜日)

ピアノ・トリオの代表的名盤・31

レッド・ガーランドのピアノは「ワン・パターン」である。左手のブロック・コードにリードされ、右手のシングル・トーンの転がるようなフレーズ。どのアルバムをとっても、このパターンで押し通す。決して変わらない。何があっても変わらない。鬼籍に入るまで変わらなかった。

しかし、この「ワン・パターン」は偉大である。左手のブロック・コード、右手のシングル・トーンの転がるようなフレーズ。シンプルが故に判り易い。そう、レッド・ガーランドのピアノほど、聴いていて判り易いものは無い。

僕も、ジャズを聴き始めて、このレッド・ガーランドのピアノには直ぐに填まった。とにかく判り易い。クラシック・ピアノに手を染めた方なら、より判り易い。シンプルなんで、なんだか自分でも弾けそうな気がしてくる。そう、クラシック・ピアノを弾き込んだ方なら、きっと弾ける。

あまりに判り易いジャズ・ピアノであるからして、心無いリスナーの方々から「カクテル・ピアノである」との揶揄をされることがある。う〜ん、カクテル・ピアノの何処が悪いのかしらん。判り易くて、聴き易くて、乗り易くて、何を演奏しているかが良く判る。これって、何か問題でもあるんだろうか。

それって、写実派の絵画を評して、これは絵画では無い、と言っている様なもの。何を書いているのか、はっきりと判る。これって、凄いテクニックと才能が必要なんだ。レッド・ガーランドのピアノも同じ。何を弾いているのか、はっきりと判る。これって、凄いテクニックと才能が必要なんだ。

レッド・ガーランドは、この判り易いピアノで、一時代を築いたスタイリストである。いつでもどこでも、左手のブロック・コード、右手のシングル・トーンの転がるようなフレーズなので、どのアルバムの演奏を聴いても、同じに聴こえてくる。これでは困る。よって、レッド・ガーランドのアルバムは、何かテーマ性のある「企画型」のアルバムが多々ある。
 

Red_garland_all_weather

 
そんな「企画型」のアルバムの代表例の一つが、Red Garland『All Kind of Weather』(写真左)。1958年11月27日録音。Red Garland (p), Paul Chambers (b), Art Taylor (ds)。鉄板のレッド・ガーランド・トリオである。

タイトルを読めば良く判る。天候に関する曲ばかり集めたアルバムになっています。収録された曲を見渡すと以下の通り。

1. Rain         
2. Summertime         
3. Stormy Weather         
4. Spring Will Be A Little Late This Year         
5. Winter Wonderland         
6. Tis Autumn

う〜ん、粋やなあ。よくよく見ると、天候ばかりでなく、季節(春夏秋冬)というコンセプトも取り入れて、メリハリのあるアルバム内容になっています。良く工夫されていますね。

この天候と季節にまつわる曲達が、ガーランドの左手のブロック・コード、右手のシングル・トーンの転がるようなフレーズで、判り易く、ポジティブに演奏されていく。とにかく判り易い。そこはかとなく、ファンキーさも漂い、ライトなジャジーさも芳しく、実に良い雰囲気の企画盤です。

そういう意味で、このRed Garland『All Kind of Weather』を「ピアノ・トリオの代表的名盤」にノミネートしたいと思います。

確かに「何を聴いても一緒」なんだけど、時々、引きずり出してきて聴き倒す。シンプルが故に「これぞジャズ・ピアノ」というジャズ的快感を感じさせてくれるところが、病みつきになる原因だろう。そう、ガーランドは時々聴くのがコツ。連続して集中して聴くと「飽き」が来てしまいます(笑)。

 
 

大震災から2年。でも、決して忘れない。まだ2年。常に関与し続ける。
がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2013年4月 3日 (水曜日)

オーネットの初リーダー盤です。

オーネット・コールマンと言えば、限りなく自由度の高い、規則やアレンジやコード進行に縛られないが、なんらかの取り決め、なんらかの決めごとに則って、フリーキーな風に吹いている即興演奏、が個性だと思っている。

しかし、最初からそうじゃなかっただろう。そりゃ〜そうでしょう。基本的に他のメンバーがついてこれないでしょう。そう、その様子が良く判るのが、オーネット・コールマンの初リーダー作。

1958年2月10日、3月24日の録音。Contemporaryレーベルからのリリース。Ornette Coleman『Something Else!!!!』(写真左)。何故かタイトルにビックリマークが四つも付いている。ちなみにパーソネルは、Ornette Coleman (as), Don Cherry (cor), Walter Norris (p), Don Payne (double-b), Billy Higgins (ds)。

後の盟友となるDon Cherry(ドン・チェリー)はしっかりとメンバーに入っている。初期の頃、ドラムを担当したビリー・ヒギンスもいる。しかし、他のメンバーについては、僕はあまり知らない。まあ、当時、相当に変態アルトだったオーネットのデビュー作に付き合うジャズメンもなかなかいなかったんだろうなあ。

このアルバムを聴くと、オーネット以外のメンバーの演奏スタイルは、当時の先端を行く自由度の高いハードバップ。そんな中に、おもいっきり外れて、不思議なコード進行に乗って、オーネットが一人勝手に吹きまくる。

このオーネットの一人勝手気ままなブロウを聴いていると、確かに、限りなく自由度の高い、規則やアレンジやコード進行に縛られないが、オーネット自身がなんらかの取り決め、なんらかの決めごとに則って、フリーキーな風に吹いている。もうこの頃から、オーネットはオーネットなのね。
 

Something_else

 
しかし、他のメンバーの反応が面白い。このアルバムのリーダーはオーネットである。きっと、演奏の前に、簡単ななんらかの取り決め、なんらかの決めごとがあったに違いない。各メンバーとも一生懸命、オーネットに追従しようとするんだが、皆、従来のハードバップなマナーから抜け出ることが出来ない。

皆、従来からの伝統的なハードバップな演奏スタイルから抜け出ることが出来なくて、もがいているところに、オーネットだけが一人だけ「外れて」、自由度の高い、規則やアレンジやコード進行に縛られないブロウを繰り広げている。確かに、オーネットだけが突出している。まあ、ユニークと言えばユニーク。外れていると言えば外れている。

そんな中、後の盟友となるドン・チェリーだけがなんとかしようと懸命になって、オーネットに追従しようとしているのが良く判る。基本的に理屈では無く感覚なんだろうが、どうしても理屈で追従しようとして、かえってハードバップ風に展開してしまったりして、苦闘しているドン・チェリーが実に健気である。

このアルバムに収録されている曲は全てオーネットのオリジナル曲であるが、どの曲も実にユニークで実に良い曲ばかり。スタンダード至上主義にはありえない、どう考えたってそういう風にコード進行しないでしょう、というコード進行を人工的に作って、そこにその捻れたコード進行に従ってフレーズを紡いでいる、という感じの不思議な響きのする曲が実にユニーク。

このデビュー盤は、オーネットのユニークな個性と、優れた作曲の才能を愛でる盤だと言えるでしょう。全体的には、硬派なハードバップの域を出ていない、意外と伝統的な演奏に留まっているので聴き易いです。

普通のハードバップ・マニアの方々にも、あまり違和感は無いでしょう、オーネットのアルトのフレーズを除いては(笑)。まあ、ビックマークが四つも付くはずです。

 
 

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2013年4月 2日 (火曜日)

注目の大和撫子ジャズ・ピアノ

数少ないジャズ月刊誌「JAZZ JAPAN」を読んでいて、またまた注目の大和撫子ジャズ・ピアニストを思い出した。昨年の10月にメジャー・デビューしていたのは知っていたが、まだそのデビュー盤を聴いていなかった。

その注目の大和撫子ジャズ・ピアニストの名は「桑原あい」。1991年生まれとあるので、今年で弱冠22歳。最早20歳台って、自分の歳から考えると、しっかりと娘の年頃なので、とにかく可愛らしい、のひとこと。エレクトーンからピアノへの転身組。

タワレコ・オンラインのインタービュー記事を読むと、ジャズ・ピアノとの出会いと傾倒を以下の様に語っている。「小学校5年の時、エレクトーンで演奏するために、先生に『マッド・ハッター』を聴かせてもらって“ガーン!” ってなったチック・コリアさん、国際フォーラムで観て感動した上原ひろみさん、ミシェル・ペトルチアーニさんも、みんなピアニストですしね」。

さて、彼女のデビュー盤をやっと聴くことが出来た。ai kuwabara trio project『from here to there』(写真左)である。もともとは、2012年5月に販売開始した自主制作盤。その自主制作盤の内容が注目されて、eweからメジャーデビューと相成った。ジャケット・デザインを見れば、このCDがジャズのアルバムだとは思わないだろうな(笑)。

さて、その内容はと言えば、まず「上手い」。インタビューでも練習が好きだ、と豪語しているだけあって上手い。タッチやフレーズは決して破綻することは無く、高速パッセージも難なくこなす。強いアタックでは、ちょっとひ弱な部分が出るのは女子だから仕方が無い。

そして、彼女は好きなピアニストとして、チック・コリア、上原ひろみ、ミシェル・ペトルチアーニを挙げているが、彼女のピアノは、このお気に入りのジャズ・ピアニストの個性をコピって、演奏の中に散りばめた、つまりは、お気に入りのピアニストの「良いとこ取り」というか「個性の寄せ集め」の様な表現になっている。
 

Ai_kuwabara_from_here_there
 
 
そして、ところどころ、森田真奈美の様な「捻れフレーズ」が出てくるところもあって、彼女のお気に入りピアニストの「個性のショーケース」の様な雰囲気になっている。

う〜ん、気持ちは判らんでは無いがなあ。初リーダー作である。まずは自分の弾きたい様に弾く。確かにこれが大切なんだが、これだけ、先人の個性の良いとこ取りをすると、これは彼女のピアノの個性、というよりは、先人の有名ピアニストの個性を弾き分ける器用さ、ということになってしまう。ここはグッと一念発起、物真似では無い、自分ならではのピアノの個性を醸成して欲しい。

自作曲の曲作りもまずまず、テクニックは先にも言及した様に実に優秀。それだけに「器用貧乏」で終わって欲しくない。純ジャズ系のジャズ・ピアノではあるんだが、マイナー調に傾かず、どちらかと言えば、メジャー調に傾くフレーズは彼女独特のピアノの個性と言えるかもしれない。きっと彼女ならではの個性が埋もれているはず。そんな期待感を持たせるデビュー盤ではある。

JAZZ JAPANの記事のタイトルが「桑原あい 21歳にしてジャズの未来を切り拓くピアノの妖精」。可愛らしい風貌だからと、アイドル扱いして欲しくは無いなあ。ジャズの世界である。演奏スタイルの個性で勝負するか、アレンジ&コンポーズで勝負するか、純粋アートな音楽ジャンルとして、実力と個性で売り出して欲しい。可愛らしさ優先で売り出すと後で辛くなる。

でも、風貌が可愛らしいからって、このデビュー盤の内容が「可愛らしい」かと言えばそうではない。タッチも強く鋭い、意外と重厚な内容のメインストリーム・ジャズである。これは痛快。だからこそ、自分ならではのピアノの個性を醸成して欲しいのだ。この4月10日にはセカンド・リーダー作『THE SIXTH SENSE』がリリースされると聞く。その内容が今から楽しみだ。 

 
 

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2013年4月 1日 (月曜日)

ジャズ・ロックには春が良い

春になると、ジャズ・ロックが聴きたくなる。というか、ジャズ・ロックは春に似合う。夏は8ビートが暑苦しくていけないし、秋はジャズ独特の哀愁を帯びたマイナー調のフレーズが淋しくていけない。冬はジャズ・ロック独特の音の隙間が寒くていけない。

ジャズ・ロックには春が良い。明るい8ビートが春風にピッタリ。ジャズ独特の哀愁を帯びたマイナー調のフレーズも、そこはかとない春の儚さをイメージさせて、なかなか良い。ジャズ・ロック独特の音の隙間も清々しく感じるから不思議だ。

そんなジャズ・ロックの中でも、更に春にバッチリ合うアルバムが幾つかある。そんな中の一枚が、Gary Burton『Duster』(写真左)。1967年4月の録音。ちなみにパーソネルは、Gary Burton (vib), Larry Coryell (g), Steve Swallow (b), Roy Haynes (ds)。

ロック調らしい疾走感溢れる展開の曲も、緩やかで静的なアブストラクトな展開の曲も、明るくポジティブな曲も、インプロビゼーションが中心のジャジーな展開の曲も、どこか軽快で明るくて、清々しくて爽快な雰囲気で、そんなところが春の雰囲気にピッタリとフィットするんだろう。

そして、恐らくは、ゲイリー・バートンのヴァイブの音が、そう、ジャズには珍しい、ヴァイブの透明感があってリリカルで爽快感のある音が、きっと春の雰囲気にバッチリと合うんだろう。確かに、このアルバム『Duster』を聴いていて強く思う。春の雰囲気に、8ビートに乗ったヴァイブの音がバッチリと合うんだ。
 

Gary_burton_duster

 
そして、当時、まだ無名だったギターのラリー・コリエルの音が良い。正統派でリリカルでシャープな音と、ちょっとアブストラクトで、少しくすんで捻れている音が、春の持つ優しさとそこに潜む狂気を感じさせて、これまた春の雰囲気にバッチリと合う。

意外と今の耳で聴いても古さは感じない。エレクトリックな楽器の音は確かに古いが、それは仕方が無い。でも、演奏全体のアレンジ、グループサウンズの展開、メンバーそれぞれのインプロビゼーション、どれもがなかなか格好良いのだ。

8ビート基調のシンプルなリズム&ビート中に、ジャズ独特の複雑な音のテイストが漂っていて、これがなかなか格好良い。演奏のテクニック、レベル共に高く、かなり複雑な展開も楽々とこなしているところが凄い。

ゲイリー・バートンのジャズ・ロックなアルバムには優れたものが多い。このブログでも、これまでの幾枚かご紹介している。 2007年6月9日のブログ(左をクリック)で『Alone At Last』、2008年2月14日のブログ(左をクリック)で『Gary Burton & Keith Jarrett』、2008年2月18日のブログ(左をクリック)で『The New Quartet』。いずれもジャズ・ロックの佳作として十分に楽しめます。

そんな中で、今回ご紹介の『Duster』は、曲、演奏共にピカイチの内容です。ジャズ・ロックのファンの方には是非ともお薦め。良い感じのジャズ・ロックです。

 
 

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