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2013年3月の記事

2013年3月31日 (日曜日)

Carpentersの最高傑作です。

1975年6月のリリースになる。アルバム・タイトルは『Horizon』(写真)。邦題は『緑の地平線〜ホライゾン』。米国ポップス史上、屈指のコンセプト・アルバム『Now & Then』の後を受けてリリースされた通算6枚目のアルバム。

あの目眩くオールディズ満載の企画盤、最高傑作との評価の高い『Now & Then』の後ゆえ、「地味目なアルバム」という評価をされがちであるが、どうしてどうして、「これぞカーペンターズ」といえる素晴らしい曲達を、じっくりと全編に渡って堪能できるのは、実はこのアルバムだろう(ちょっとアルバムのトータル時間が短いのが玉に瑕だけど)。

実は私情が思いっきり入るが、カーペンターズのヒット曲の中で、僕が一番好きな「オンリー・イエスタデイ」が入ってるだけでも、このアルバムは良し。この「オンリー・イエスタデイ」って曲、実にカーペンターズらしい、最高にカーペンターズらしい名演だと思う。

カレンの歌声といい、リチャードのアレンジといい、コーラスといい、特別な装置を使ったエコーといい、トニー・ベルーソの実に個性のあるエレキギターといい、ボブ・メッセンジャーの歌心溢れるサックスといい、実に清楚で明るく元気が出るような楽想と言い、完全に、どこをとっても「カーペンターズ」なのだ。

そして、これは素晴らしい、と見直したのが、日本でも大ヒットした「プリーズ・ミスター・ポストマン」。耳にたこができるほど、聴かされて飽き飽きしたこの曲も、最新のリマスターされたCDで聴くと、実に様々な音が織り込まれた、実に奥の深い、アレンジの効いた曲ということが判るから不思議。

ヒットした1974年当時は、このようなポップス曲を優れたステレオ装置で聴いたことなんて無かったから、今回、リマスター盤に耳を傾けてみて「目からウロコ」。「やっぱり、カーペンターズんの音って凄かったんだ」と素直に感心することしきり。
 

Carpenters_horizon_2

 
このアルバムは、ヒット曲ばかりでなく、バラード調の曲の出来が素晴らしく良く、当時、ツアー続きで喉を酷使していたとは思えない、カレンのシットリとした歌唱が実に味わい深い。リチャードのアレンジも秀逸で、スローな楽曲も決して飽きさせない。いわゆる「大人のアルバム」なのだ。

イーグルスの名曲カヴァーである「Desperado」などは、本家本元のイーグルスの出来を凌駕する素晴らしい内容。このバラード曲を歌うカレンは素晴らしい。しかし、なんでこの「Desperado」の邦題が「愛は虹の色」なんやろうか。イーグルスの時は「ならず者」やったんやけど。この「愛は虹の色」の邦題のセンスは良く判らない(笑)。

このアルバム、売上的にみるとなかなか興味深い内容で、米国では、このアルバムはヒット・チャートのトップ10にランクインされなかった。つまり、米国ではカーペンターズのブームのピークは越えていたということ。1975年という時代。米国では、商業ロック、商業ポップスが「行き詰まり」状態にな っていた、ということだろう。

逆に、全英アルバム・チャートでは通算5週に渡って1位を獲得。日本でも、オリコンの総合アルバム・チャートで1位を獲得している。つまりは、米国以外は、良い物は良い、という、実に正常な感覚を持っていたということになる。確かに、この『Horizon』は、カーペンターズの最高傑作に位置づけられるアルバムだと僕は思う。

しかし、このアルバムを境に、米国でのカーペンターズの人気は一気に下降線をたどる。内容のあるアルバムをリリースし続けるのに、である。そういう面では、米国という国は音楽に対して正しい審美眼、というか「審美耳」を持っていなかった、ということになる。

つまりは、ロック&ポップスの世界で、米国で売れる曲=優れた曲であるという図式は当たらないのだろう。そういう意味では、この『Horizon』というアルバムは不幸な境遇にあるアルバムである。しかし、今の耳で聴いて、の『Horizon』は、再評価されて然るべき、カーペンターズの最高傑作に位置づけられるアルバムだと改めて僕は思う。

 
 

大震災から2年。でも、決して忘れない。まだ2年。常に関与し続ける。
がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2013年3月30日 (土曜日)

Carpentersの『Now & Then』

このアルバム・ジャケットを見る度に、中学時代の甘酸っぱい思い出に包まれる。大阪出身の僕ではあるが、中学時代の大半だけは岡山で暮らした。その岡山時代の思い出がぶゎ〜と押し寄せてくる。1973年にリリースされた、Carpentersの『Now & Then』(写真)である。

なんといってもきら星の如く並んだ名曲の数々が圧倒的。この『Now & Then』は、カーペンターズのコンセプトアルバムとして、唯一無二、彼らの最高傑作に位置する名盤中の名盤である。

なんせ、ジャケットからして粋だよな。古き良き1960年代を彷彿とさせるような絵柄。レトロな懐かしさが漂い、なんともいえんなあ。まあ、しかし、1曲目の「Sing(シング)」や4曲目の「Jambalaya (ジャンバラヤ)」などは、学校の音楽の時間やNHKの健康的な歌番組などで、散々歌わされたり聴いたりで、当時は聴き飽きて、遂には辟易したのを懐かしく思い出す。

しかし、今、こうして、当時、食傷気味だった、カーペンターズのポピュラーソングの数々に耳を傾けてみると、そのアレンジやスタジオワークが巧みで、聴く者を圧倒する迫力。それでいて、実に全編耳あたりの良い、実に健康的なその雰囲気。これが、アメリカン・ポップスのひとつの到達点といっても良いであろう、その成熟感。
 

Now_and_then

 
そして、その最良のものが、当時、LPではB面を全面使って一気に聴かせるメドレー(CDでは6曲目以降)だろう。かの流れるような透き通った永遠の名曲「Yesterday Once More(イエスタディ・ワンスモア)」から始まり(今でもこの曲のアレンジは素晴らしいと思う)、次々ときら星の如く繰り出されるオールディズの数々。

息もつかせぬ展開と煌めくようなそれでいて洒脱なアレンジと目眩くコーラス、よどみのないスピード感。そして、曲の合間合間に、小粋に流れるDJアナウンス(これがなかなかグッとくるのだ)。選曲も実に秀逸で、聴き進むごとにノリノリ、バラードでシットリ、そして、聴き終えたときには「これぞ、アメリカン・ポップス!!」と叫びたくなるような爽快感。例えば、ビートルズの「アビーロード」のLPのB面のメドレーに匹敵するような構成美。

振り返ってみれば、このアルバムこそが、カーペンターズの歴史の中で、彼らのピークの印だったのだ。そして、遠く懐かしい1973年の思い出がここにあった。
 
小さなAMラジオを縦にして受信感度を上げて聴いた大阪の深夜放送。毎夜、ヤング・リクエストから流れてくる「Yesterday Once More」。アメリカン・ポップスに親しんでいた中学時代。のんびりした良い時代だった。

 
 

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2013年3月29日 (金曜日)

このアダムス=ビューレンも良し

1980年代初頭。僕は、George Adams & Don Pullen Quartet(以降アダムス=ピューレン4と略す)に出会った。

このアダムス=ピューレン4は、ジョン・コルトレーンの音世界に根ざしながらも、そのコルトレーン・ミュージックを整理し発展させ、R&B的なリズムとメロディーラインを織り交ぜて、より拡がりと彩りのある、自由度の高い即興音楽を表現した。アメリカン・ルーツ・ジャズといった面持ちが聴いていて楽しかった。

僕は、このアダムス=ピューレン4が好きで、どのアルバムを聴いても「オッケーオッケー」となるんだが、そんなお気に入りだらけの盤の中でも、このアルバムは結構繰り返し聴いてきている。1981年4月録音の『Life Line』(写真)である。この盤、ジャケット・デザインが様々あってどれがオリジナルなのか良く判らない状態になっているが、僕は写真左のデザインに親しみがある。

さて、この『Life Line』は、アダムス=ピューレン4の個性の全てがバランス良く配置されていて、アダムス=ピューレン4の代表盤の一枚。フリーな演奏の部分が硬派でハードな分、アダムス=ピューレン4の入門盤というよりは、アダムス=ピューレン4のファンの方々への推薦盤という感じの盤ですかね。

この盤での、アダムスの「フリーキーなテナーの咆哮」と、ピューレンの「ぐりんぐりんなコブシ奏法」が硬派でハード。ジャズ者初心者の方々にはちょっとキツイかも。

しかし、フリー・ジャズを聴き馴れた耳には爽快感抜群に響きます。フリーキーな演奏には疾走感が溢れていて、爽快なスピード感を感じます。冒頭の「The Great Escaple, or Run John Henry Run」なんか素晴らしいですね。
 

Adams_pullen_life_line

 
そして、2曲目の「Seriously Speaking」では、遂にアダムスは歌います。曲調としては、米国の音楽のルーツを感じるヘタウマなR&B的なリズムとメロディーラインがユーモラスで、しかもノリが良い。ソウルフルでアーシーなこの曲の雰囲気は凄く魅力的です。

明るいダンス・ミュージックの様なリズムと、それに乗ってブリリアントに吹き上げるアダムスのテナーが素晴らしい「Soft Seas」。「Nature's Children」では再びアダムスがソウルフルなボーカルを聴かせつつ、その後、インプロビゼーションの展開になって、嵐のようなフリーキーなブロウが襲ってきて、うへっ〜と反っくり返る(笑)。

そして、ラストの「Newcomer; Seven Years Later」が良いです。大らかな展開。これぞ、アダムス=ピューレン4という演奏。アーシーでソウルフルなアダムスのフルートに耳を奪われます。ピューレンのピアノは輝く様な切れ味良いフレーズを叩き出し、キャメロンのベースとダニーのドラムが、アダムス=ピューレンの二人をガッチリと支える。

僕にとってのアダムス=ビューレン4の「お気に入りの3部作」の最初は、アダムス=ビューレン・カルテットの出会いであった、1980年8月の録音の『Earth Beams』。2作目が、1981年4月の録音の『Life Line』。そして、3作目が、1984年2月の録音の『Decisions』。

今日は、この中から1981年4月の録音の『Life Line』を採り上げた。懐かしのアダムス=ピューレン4。今の耳にも十分に通用するアダムス=ピューレン4の個性的な演奏の数々。もっともっと聴きたいですね。お気に入りです。

ちなみに、このアダムス=ピューレン4は、ブログの左の「カテゴリー」に反映していますので、この「アダムス=ピューレン4」をクリックしていただければ、これまでのアダムス=ピューレン4のブログ記事を読むことが出来ます。よろしかったらどうぞ。

  

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2013年3月28日 (木曜日)

フリーなフィル・ウッズ&ERM

『Phil Woods And His European Rhythm Machine At The Frankfurt Jazz Festival』(写真)。長いタイトルだ(笑)。邦題は「フランクフルトのフィル・ウッズ&ヨーロピアン・リズム・マシーン」。そのままである(笑)。「フィル・ウッズ&ヨーロピアン・リズム・マシーン」も長いので「フィル・ウッズ&ERM」と略させて頂く。

当時、ライブを連続して聴いてみたことが無いのでなんとも言えないのだが、フィル・ウッズ&ERMは、アルバム毎に、演奏の内容や雰囲気がガラリと変わる。

『Phil Woods And His European Rhythm Machine At The Montreux Jazz Festival』、ヴァーヴ・レーベルからリリースされたライブ盤では、硬派で骨太なメインストリーム・ジャズをガンガンに演奏していきます。モーダルでフリー一歩手前の自由度の高い演奏(2013年2月13日のブログ参照・左をクリック)。

『Phil Woods & His European Rhythm Machine』、ピエール・カルダンのレーベルよりリリースされた変わり種アルバムでは、素晴らしいエレクトリック・ジャズを展開。ジャズロックとしても楽しめる、クロスオーバーな演奏(2013年3月12日のブログ参照・左をクリック)。

『Alive And Well In Paris』、この盤は、パリでのスタジオ録音盤。徹頭徹尾、大まじめで誠実な欧州ハードバップ・ジャズ。伝統的なハードバップを踏襲した雰囲気(2012年10月30日のブログ参照・左をクリック)。

まあ、どの演奏をとってみても、当時のみならず現在でも、欧州で絶対的に受ける内容ではある。面白いのは、リーダーのフィル・ウッズのアルトだけは、しっかりと統一感がある。
 

Pw_erm_frankfurt  

 
基本は「ビ・バップ」。ビ・バップなアルト・サックスを心ゆくまで楽しませてくれます。ハイテクニックを駆使した、高速フレーズ、高速アドリブな展開。実に芸術性豊かなアルト・サックスです。

そして、『Phil Woods And His European Rhythm Machine At The Frankfurt Jazz Festival』。1970年3月21日、ドイツ「フランクフルト・ジャズ祭」にてライブ録音。今回ご紹介するフランクフルトでのライブ盤は、また違った演奏の雰囲気を感じさせてくれる。

冒頭の「Freedom Jazz Dance / フリーダム・ジャズ・ダンス」の演奏を聴けば、その演奏の雰囲気が良く判る。これは「フリー・ジャズ」である。フィル・ウッズ&ERM名義のアルバムの中で、このライブ盤は、一番、フリーに傾いた演奏を聴くことが出来る。

面白いのは、エレクトリック・ピアノが入った演奏を聴いていると、このライブ盤が収録された次の年に結成される、1970年代を代表するエレクトリック・ジャズ・バンド、ウェザー・リポートの初期の音に良く似ているのだ。恐らく、当時、このエレピが入って、限りなくフリー・ジャズに近い即興演奏をベースとした演奏がトレンドだったんだろう。

逆に、アコースティック・ピアノが入った伝統的なジャズの演奏では、フリー・ジャズに傾いた演奏ではあるが、それぞれの楽器のインプロビゼーションにマンネリ感というか、フリーな演奏のアプローチに、ちょっとした古さを感じる。フリー・ジャズの展開としての閉塞感みたいなものを感じる。アコースティックな楽器が中心の場合、音のバリエーションが狭いが故に、フリー・ジャズ的な演奏は、どうしてもパターンが限られてしまう。

でも、このライブ盤、内容はなかなか良好だと思います。純ジャズとして、メインストリームなジャズとして、誠実で真摯な演奏が聴ける好盤です。フリー・ジャズな「フィル・ウッズ&ERM」。「フィル・ウッズ&ERM」を聴く上で、マスト・アイテムなアルバムだと思います。 

 
 

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2013年3月27日 (水曜日)

シチュエーションを選んで聴く

フュージョン・ジャズの中には、シチュエーションを選んで聴くアルバムがある。季節や気候、時間、部屋の雰囲気、自分の状態などなど、その時その時のシチュエーションに合わせて選んで聴くアルバムがある。

例えば、Herb Alpert『Rise』(写真左)などがその良い例。アルバムとしては1979年のリリース。フュージョン時代真っ只中のヒットアルバムである。

ハーブ・アルパートと言えば、ポップス系ジャズのトランペッター&コンポーザー。また、A&Mレコードの創始者の一人。なお、A&Mの「A」はアルパート(Alpert)を指す。ちなみに、ニッポン放送の『オールナイトニッポン』のテーマソングである「ビター・スウィート・サンバ」は、ハーブ・アルパートの作。

そんなハーブ・アルパートのヒット作『Rise』。ハーブ・アルパートのトランペットって、透明感のある、明るくて、ちょっと哀愁感漂う音色です。ブリリアントで心地良い響きはアルパート独特なものです。そして、このアルバム『Rise』は、軽快なリズムや流行りのリズムに乗った、ちょっとラテンがかったサウンドが絶妙。

冒頭の「1980」は、大向こうを張った、ちょっと恥ずかしくなる位の、ファンファーレの様な出だし。映画音楽の様な仰々しさ。哀愁のトランペットの音色。う〜ん、これはちょっと恥ずかしいぞ。それでも、米国ではこれが受けるのよね。でも、この曲が来ないと、この『Rise』は始まらない(笑)。

ほんと、ハーブ・アルパートのトランペットって、明晰で突き抜けるような爽快感があるんだが、不思議とマイナーな哀愁感漂うところが良いんですよね。そして、本当にトランペットが良く鳴る。ブリリアントという言葉がピッタリのトランペットの響き。こんなハーブ・アルパートのトランペットが『Rise』全編に渡って響き渡っているんですね。
 

Herb_alpert_rise

 
演奏される曲は、どれもちょっと大向こうを張った、仰々しい位のアレンジが施された、それでいて意外とスラッとした格好良い曲ばばかり。そんな中でも、2曲目の「Rise」や5曲目「Aranjuez (Mon Amour)」、7曲目「Angelina」、そして、8曲目の「Street Life」が良いですね〜。あっけらかんとしていて、難しいことなく、スッと自然に聴き流せます。

このHerb Alpert『Rise』が流行っていた頃は、僕はジャズ者初心者駆け出しの頃。このアルバムは、四季折々、春夏秋冬、どの季節にも合うんですが、何故か、昼下がりの空いている「行きつけの喫茶店」で聴くことが、流すことが多かった。授業やゼミやバイトで仲間は皆、出払っていて、行きつけの喫茶店の中で「ぽつねん」と一人。窓からは麗らかな陽射しが差し込んでいる。

そんな時に、喫茶店のおばちゃんに、このHerb Alpert『Rise』を流してもらう。「ぽつねん」と一人の部屋の中で、明晰で突き抜けるような爽快感溢れるトランペットが耳に飛び込んで、スッキリ清々しい気持ちになり、哀愁感漂うマイナーな響きが、少しだけ寂寞感をかき立てる。その「そこはかとない寂寞感」が良くて、春夏秋冬、いろいろな天気の中で、このアルバムを聴いた。

しかも、このアルバム、「ながら聴き」がきくアルバムで、「ぽつねん」と一人の部屋の中での、特に読書に合うんですね。ちょっと大向こうを張った、仰々しい位のアレンジが施された、それでいて意外とスラッとした演奏が、意外と読書のテンポを煽ります(笑)。

フュージョン・ジャズの中には、シチュエーションを選んで聴くアルバムがある。このHerb Alpert『Rise』は、行きつけの喫茶店の中で「ぽつねん」と一人、昼下がりの空いている「行きつけの喫茶店」で聴くにピッタリのアルバム。「そこはかとない寂寞感」が良くて、春夏秋冬、いろいろな天気の中で、このアルバムを聴いたなあ。

 
 

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2013年3月26日 (火曜日)

スティットは喜々と吹きまくる

昨日のブログで、優れたジャズメンであっても、なかなか正統に評価されない、良いアルバムをリリースしていても、なかなか紹介されない。そんなジャズメンが沢山いる、としたが、このソニー・スティット(Sonny Stitt)というテナー奏者もその一人だろう。

ビ・バップ時代からハードバップ時代にかけて第一線で活躍したテナー奏者にも拘わらず、日本ではあんまり人気が無い。本場米国では、スティットはチャーリー・パーカーの最も優れた弟子と評価されている割に、日本ではパーカーの模倣扱いされ、アルト・サックスを聴くなら、チャーリー・パーカーを聴けば十分という偏った評論と相まって、ソニー・スティットはマイナーな存在に留まった。

ソニー・スティットの優れたアルバムを聴けば判るんだが、スティットのアルトは、決してパーカーの模倣では無い。パーカーよりも平易で明るいフレーズと節回しで、聴き易く判り易い。しかも、速いフレーズでも決して破綻すること無く、アドリブ・フレーズは一発でバシッと決める。アドリブ・フレーズの閃きがそのまま指に伝わるような流麗さで、この辺が、米国でチャーリー・パーカーの最も優れた弟子と評価される所以なのだろう。

なんやかんや語ってはいるが、早い話、ソニー・スティットは聴くに十分に値する、優れたテナー奏者だということが言いたいのだ。が、日本では、ソニー・スティットのアルバムに関する情報がとても少ない。聴くに十分に値するとは言っても、何を聴けば良いのだ、ということになる。

この我がバーチャル音楽喫茶『松和』のブログでは、2009年8月4日のブログ(左をクリック)で『Moonlight In Vermont』を、2010年7月4日のブログ(左をクリック)では『Sonny Stitt Bud Powell & J.J. Johnson』をご紹介している。この2枚は、ソニー・スティットのテナーやアルトを愛でる上でのマスト・アイテムなので、是非、ご一聴を。
 

Sonny_stitt_peterson_trio

 
さて、今日、ご紹介するのは『Sonny Stitt Sits In With Oscar Peterson Trio』(写真左)。1959年3月18日の録音。タイトルの通り、当時、大人気だったオスカー・ピーターソン・トリオをバックに従えた、カルテット編成のアルバムである。ちなみにパーソネルは、Ray Brown (b), Ed Thigpen (ds), Oscar Peterson (p), Sonny Stitt (as.ts)。

録音年からすると、ハードバップど真ん中な時代。当然、演奏のスタイルはハードバップなんだが、スティットのサックスは「ビ・バップ」なスタイルを踏襲している。これが個性的で良い。明るいフレーズと節回しで、判り易いアドリブ・フレーズをバンバン吹きまくる。

なんせ、バックに控えるのは天下のピーターソン・トリオである。歌伴させたら右に出る者はいないと言われるピーターソンである。ジャズ史上、最高のピアノ・トリオのひとつ、ピーターソン・トリオをバックにしているのである。しかも、ピーターソン・トリオが一歩引いて伴奏に徹している。吹きやすいことこの上無かったろう。それもそのはず、このアルバムでは全編に渡って、スティットは喜々としてサックスを吹きまくっている。

この吹きまくるスティットがこのアルバムでの最大の聴きどころ。パーカーよりも平易で明るいフレーズと節回しで、聴き易く判り易いアドリブ・フレーズを吹きまくる。アルトもテナーも実に楽器として良く鳴っているところも聴きどころ。サックスがとてもサックスらしく鳴っている。あまりにポジティブで明るいフレーズがバンバン出てくるので、時に「五月蠅い」くらい(笑)。

アルバム・ジャケットも地味で、ジャズ入門本やアルバム紹介本に挙げられるアルバムでは無いんですが、これが良い雰囲気なアルバムなんですね。収録された曲の選曲も良好で、全編に渡って聴き易く、ハードバップなジャズを心ゆくまで楽しめる佳作だと思います。中堅以降のジャズ者の方々にお勧めの「隠れ佳作」です。

 
 

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2013年3月25日 (月曜日)

ナット・アダレイの初リーダー作

今までの日本のジャズ入門本のアルバム紹介には、かなりの偏りがあったのでは無いかと思っている。優れたジャズメンであっても、なかなか正統に評価されない、良いアルバムをリリースしていても、なかなか紹介されない。そんなジャズメンが沢山いる。

例えば、Nat Adderley(ナット・アダレイ)などはその一人だろう。ジャズ・トランペッターとして、テクニック、歌心、実績共に優秀。それでも、日本のジャズ本で紹介されるアルバムは、1960年1月録音、Riversideレーベルからの『Work Song』のみ。生涯、30枚以上のリーダー作をリリースしているのに、だ。当然、日本での人気はイマイチ。兄貴のキャノンボールの影に隠れた脇役的存在のレッテルを貼られたりで散々である。

しかし、最近、状況は変わりつつある。最近、1000円盤が流行っていて、この1000円盤でリリースされる盤を見渡すと、こんなアルバムをリイシューするのか、とレコード会社のビジネス感覚を疑いたくなるような、マニアックでレアな優秀盤が目白押しである。まず、ジャズ者初心者の方々が手を出すには躊躇するような、日本のジャズ本で紹介されたことの無いアルバムがズラリと並ぶ。

これでは、ジャズ者初心者の方々は困ってしまうでしょうね。なんせ、ジャズ本で紹介されていないんだから。一枚1000円とはいえ、そのアルバムに投資する訳ですから、変な内容の無いアルバムに当たってしまったら、ジャズ自体が嫌いになってしまう危険性もあります。

このSavoyレーベルから『That's Nat』(写真左)もそんな一枚です。今までだったら、このマニアックでレアな優秀盤が日本でリリースされることは無かったでしょうね。1000円盤の流行がもたらした、新しいリイシュー方針の成果です。でも、このアルバムが日本でリリースされた時は、一瞬、ビックリしました。ほんまかいな、と。

この『That's Nat』は、1955年7月26日の録音。2012年11月16日のブログ(左をクリック)でご紹介した『Introducing Nat Adderley』が、1955年9月6日の録音ですから、この『That's Nat』のほうが、ナット・アダレイの初リーダー盤になりますね。2012年11月16日のブログでは、『Introducing Nat Adderley』がナット・アダレイの初リーダー盤、とご紹介していますが、これは間違い。謹んで、ここに訂正させて頂きます。
 
Thats_nat
  
さて、この『That's Nat』、ナット・アダレイのトランペット(またはコルネット)を愛でるに相応しい、初々しい内容の初リーダー作となっています。とにかく、溌剌として思いっきりポジティブにトランペットを吹きまくるナット。音も真っ直ぐで美しく、テクニックは優秀。とにかく、ナット・アダレイはジャズ・トランペッターとして優秀。どのリーダー作を聴いても、ナットのトランペットは優秀です。

ちなみに、このアルバムのパーソネルは、Nat Adderley (cor), Jerome Richardson (ts,fl), Hank Jones (p), Wendell Marshall (b), Kenny Clarke (ds)。1955年の録音ですから、ビ・バップからハード・バップへの移行期、ビ・バップで活躍して、ハード・バップに適応しつつある、当時の中堅ミュージシャンを中心に人選されていて、このパーソネルを確認するだけでも、このアルバムの内容は保障されたようなもの。

リーダーのナット・アダレイのコルネットは絶好調。テナー&フルートのジェローム・リチャードソンも素晴らしいパフォーマンスを繰り広げ、ベースのウェンデル・マーシャルは堅実なウォーキング・ベースを披露する。このナット・アダレイを中心としたクインテットの中で、特に素晴らしい演奏を聴かせくれるのが、ピアノのハンク・ジョーンズとドラムのケニー・クラーク。

とりわけ、ハンク・ジョーンズのピアノは素晴らしい。「雅(みやび)」の漢字がピッタリな、実に典雅で実に小粋な「聴かせる」ピアノを披露してくれる。「雅」で「粋」なハンク・ジョーンズのピアノ。これぞジャズ・ピアノという感じの「聴かせる」ことを前提としたパフォーマンス。決して難しく無い、決して聴き苦しくない、典雅なピアノ。

収録された曲それぞれは、これまたマニアックな選曲で、渋いマニアックなスタンダードが中心。それでも、親しみ易い旋律を持った佳曲ばかりなので、聴いていて心地良い。明確で明朗なナット・アダレイのコルネットとジェローム・リチャードソンのテナー&フルートがフロントで輝かんばかりに響き渡る。

良いアルバムです。ジャズ者初心者の方々には、ちょっとマイナー過ぎるかな、と思いますが、ジャズを深く親しみ始めた、ジャズ者中堅の方々には絶対のお勧め盤です。「実は私、この盤を愛聴していまして」と自慢げにカミングアウトの「し甲斐」のある「知られざる優秀盤」です。
 
アルバム・ジャケットは、サヴォイ・レーベルらしく、かなり地味なんですが、でも、これはこれでジャズらしくて良いかな。
 
 

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2013年3月24日 (日曜日)

ボズのハードなAOR名盤

麗らかな春風吹く頃になると、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の「懐かしの70年代館」では、AORのアルバムが良くかかる。

AORと言えば、日本の音楽シーンでの造語で、AOR=アダルト・オリエンテッド・ロックと定義された。パンク・ムーブメントなどの若者向けのラウドなロックとは方向性が異なった、クロスオーバー的なサウンドと大人向けの落ち着いたヴォーカルが特徴。「ソフト&メロウ」という音の雰囲気を表す流行語と共に、1970年代後半から1980年代前半にかけて流行った。

当時、僕達は大学生。リアルタイムでもろにこの「AOR」のムーブメントを体験した訳で、確かに、ロックを聴く場合、パンクなどは、粗野で単純な「ガキのロック」として遠ざけ、行きつけの喫茶店や研究室では、専ら、このAORかフュージョン・ジャズが鳴り響いていた。

AOR系のミュージシャンとしては、ボズ・スキャッグスやクリストファー・クロス、74年以降のシカゴ、TOTO、ボビー・コールドウェル、70年代後半の米国西海岸ロックのカーラ・ボノフやリンダ・ロンシュタット、J.D.サウザー等、思いつくだけでもこれだけのミュージシャンの名前がズラーッと並びます。まあ、とにかく流行りましたね。

特に、僕のお気に入りは「ボズ・スキャッグス」。彼の鯔背な風貌と男気溢れるボーカルが大好きだった。「粋」という言葉がピッタリのAORだった。今回、5年ぶりにメンフィス録音のソウルカヴァー集をリリースしており、まだまだ第一線で活躍している姿は頼もしい限り。これまたこのアルバムの内容が抜群なんだが、それはまた後日語るとして・・・。  
 

Middle_man

 
1970年代後半から1980年代前半の「AORの時代」のボズ・スギャッグスのアルバムの中で一番ヘビー・ローテーションだったのが、1980年リリースの『Middle Man』(写真)。全編、AORを代表する名曲・名演がズラリ。AORとは何かと問われれば、僕は迷わずこのアルバムを紹介します。

クロスオーバー的なサウンドと大人向けの落ち着いたヴォーカルが特徴とは言うものの、演奏はロックのビートがしっかりと効いていて、AORにありがちだった「ソフト&メロウ」一辺倒な「軟弱なロック」とは一線を画すもの。ソウルフルで、うっすらとR&Bな雰囲気が漂い、決めるところはバッチリ決める、メリハリの効いた演奏と「こぶし」の効いたボーカルが素晴らしい。

冒頭の「JoJo」や2曲目の「Breakdown Dead Ahead」を聴くと、あの頃のAORな音を思い出す。この2曲はAORな音を代表する名曲だろう。8曲目のバラード「Isn't It Time」のボズの男気溢れるソフト&メロウなボーカルも、当時のAAORな音を代表するもの。

6曲目の「Do Like You Do In New York」などは、重心の低いビートとファンキーな女性ボーカルが絡まった洗練されたハードロックの様なヘビーなAOR。7曲目の「Angel You」も前奏からビートがガッチリ効いた、お洒落なアレンジではあるが、意外と硬派なロックンロール。この辺が「ソフト&メロウ」一辺倒な「軟弱なロック」とは一線を画すところ。

TOTOのメンバーやレイ・パーカーJr.、デヴィッド・フォスター、サンタナらの強力なバック・アップを得ての、ハードなAOR名盤として、長年愛聴しています。AORな名盤と聞いて、どうせ、ソフト&メロウな甘ったるい内容なんだろうと敬遠する「聴かず嫌い」は損をします。ロック色も程良く、AORとしてのスタイリッシュな音作りとのバランスが良好な名盤です。

 
 

大震災から2年。でも、決して忘れない。まだ2年。常に関与し続ける。
がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2013年3月23日 (土曜日)

イエスの原点となるアルバム

邦題で単純に「サード・アルバム」と呼ばれている『The Yes Album』(写真左)。タイトルから類推される通り、このアルバムが、今に至るイエスの原点となるアルバムということになる。

デビュー以来、以降、お家芸(?)となるメンバー・チェンジを初めて経験。イエス・サウンドの要を成すギタリスト、スティーヴ・ハウが、このアルバムから加入。
 
オリジナルメンバーであり、ギタリストであったピーター・バンクスに変わるスティーブ・ハウのギターは、ブルースの要素は希薄、代わりにクラシックの要素やジャズの要素をふんだんに含んでおり、それが、イエスの演奏の幅を大きく広げ、イエスの音の個性を決定付けた。

そして前作『時間と言葉』でエンジニアとして参加したエディ・オフォードがバンドとの共同プロデューサーとなり、彼のプロデュースとスタジオ・ワークのお陰で、曲のニュアンスや印象の幅が出来て、ダイナミックで壮大な長尺の演奏が可能になった。確かに、ファースト・セカンド、2枚のアルバムと比べると、その違いは歴然としている。

とにかく、このイエスの第3作となる『The Yes Album』は、以降のイエスの音世界の個性・構成・展開の基礎を決定付けたアルバムとして評価されるべきアルバムである。 
 

The_yes_album

 
それが証拠に、このアルバム以降、ライブ演奏で定番となるナンバーとなる、「Starship Trooper(スターシップ・トゥルーパー)」、「I've Seen All Good People(アイヴ・シーン・オール・グッド・ピープル)」の組曲物、イエスの個性的な演奏(特に、クリス・スクワイアのベースが凄い)が、印象的な「Yours is no Disgrace(ユア・イズ・ノー・ディスグレイス)」、「Perpetual Change(パーペチュアル・チェンジ)」など、イエスの古典的名曲・名演が目白押しで、今の耳で聴いても、このアルバムは完成度は高い。

そう言えば、後のイエスの傑作ライブアルバムの中で、この『The Yes Album』からチョイスされている曲が、それぞれハイライトとなっていますよね。私、松和のマスターは密かに、イエスのファン、いわゆる「イエス者」の中で、このアルバムを愛聴しているイエス者は多いのではないか、と思っています。

しかし、良く聴いてみると、コニー・ケイのキーボードが、オルガン中心で一本調子となって演奏の幅が狭く、キーボードが、この時点での大きな課題となっていることが良く判る。この課題は次作、これまたイエスの歴史上、最高の一枚である『Fragile)(こわれもの)』で解消されるのである。

しかし、この『The Yes Album』のジャケット・デザインはちょっと「引く」。う〜ん、意味不明な「白い頭像」の周りに無表情なメンバーが並ぶ。このジャケットのお陰で、高校時代はこのアルバムを入手することは無かったです。大学時代、パチンコで大勝ちして、金銭的に余裕があった時に、ようやく手にしました。内容的にはイエスの音世界を代表する内容だけに、このジャケットは惜しい(笑)。

 
 

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2013年3月21日 (木曜日)

ワシントン・ジュニアのお徳用盤

僕達の世代は、ジャズの流行りで言うと、高校〜大学時代に、クロスオーバー・ジャズからフュージョン・ジャズをリアルタイムで体験した世代なので、とりわけフュージョン・ジャズについては詳しくなる。よって、フュージョン・ジャズの有名どころは当時からちゃんと押さえている。

グローバー・ワシントン・ジュニア(Grover Washington, Jr.)なんかも、純ジャズ一本槍のジャズ者の方々にとっては全く興味の対象外だったりするんでしょうが、僕達にとっては、そんな「フュージョン・ジャズの有名どころ」の一人。1980年リリースの超有名盤『Winelight』以外のリーダー作にもしっかりとアプローチして、ワシントン・ジュニアの音を楽しんでいる。

当然、そんなワシントン・ジュニアのリーダー作の中でも、長年のヘビロテ盤が幾枚かある。例えば、1973年リリースの『Soul Box』(写真左)なんかがそうだ。このアルバム、LP時代は、『Soul Box Vol. 1』と『Soul Box Vol. 2』の2枚のLPに分けて、リリースされている。CDでのリイシューは、この2枚を一枚に収めた「お徳用盤」。

この頃のワシントン・ジュニアの音は、彼のアルト・サックスの音の個性を体験するのにピッタリのアルバムが幾枚かあある。この『Soul Box』でのワシントン・ジュニアのアルトの音はとてもエモーショナルでブラスの輝き麗しく、まだまだ勇ましくはあるが、後の「ソフト&メロウ」な音の萌芽が見え隠れして、ワシントン・ジュニアは、フュージョン・アルトのスタイリストの一人だということを十分に確認できる。
 

G_washington_jr_soulbox

 
ブラスのアレンジとベースラインの動きを聴きながら、アレンジはボブ・ジェームスに間違い無い。アルバム全編に渡って、このボブ・ジェームスのアレンジが素晴らしく、十分に純ジャズな雰囲気を残しつつ、R&Bの要素を取り込みながら、ソウルフル&ファンキーな雰囲気を色濃く演出、意外と硬派でジャジーなアルバムの展開となっていて、聴き応えがある。

でも、5曲目「Don't Explain」の後半からラストの女性ボーカルを絡めたブラスのアレンジは、ちょいと仰々しくて冗長。さすがにこの部分のオーケストラのアレンジは、時代がかっていて、古さを感じるのは否めない。我慢である(笑)。

ワシントン・ジュニアのアルトも良く鳴っていて快調。インプロビゼーションの滑らかで爽快。ワシントン・ジュニアのアルト・サックスを愛でるに相応しいアルバムではないか、と思う。マービン・ゲイの「Trouble Man」や、スティービー・ワンダーの「You Are the Sunshine of My Life」など、R&Bの人気曲なんかもカバッていて、聴き易さもあって、なかなかの内容。

ボブ・ジェームスはピアノも弾いていて、これがまた良い。ボブ・ジェームスの手癖が満載で、僕のようなボブ・ジェームス・間にはには堪らないソロが繰り広げられていて、なかなか良い雰囲気。そして、ドラムのアイドリス・ムハンマド(dris Muhammad)が大活躍。

ワシントン・ジュニアについては、超有名盤『Winelight』以外聴いたことが無い、なんていうのは勿体ない限りです。ワシントン・ジュニアの1970年代のリーダー作については「外れ盤」はありませんので、何枚か聴いて頂くと、ワシントン・ジュニアのフュージョン・アルトの素晴らしさをご理解頂けるのではないかと思っています。ワシントン・ジュニアは決して「Just the Two Of Us」だけの「一発屋」ではありません(笑)。

 
 

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2013年3月20日 (水曜日)

あの喧嘩セッションは無かった

アコ・マイルスの聴き直しは、昨日の『Nefertiti』で一旦完了したんだが、今日は早速、その落ち穂拾いを・・・。

2013年2月14日のブログ(左をクリック)でご紹介した、Miles Davis『Bags' Groove』。このアルバム、タイトル曲以外は全く別セッションで固められている。つまり、マイルスとヴァイブのミルト・ジャクソンの共演セッションは、このタイトル曲の異なるバージョンの2曲以外、聴くことが出来ない。

では、他のセッション音源は何処にいったのか。つまり、1954年12月24日の録音の残りの演奏は『Miles Davis And The Modern Jazz Giants』(写真左)としてリリースされている。つまり、かの有名な「マイルスとモンクのクリスマス・セッション」と呼ばれる1954年12月24日の録音は、2枚のアルバムに跨がって収録されていることになります。

さらに話をめんどくさくさせているのは、この『Miles Davis And The Modern Jazz Giants』の収録曲。このアルバムに収録された演奏は以下の通り。

1. The Man I Love (Take 2)
2. Swing Spring
3. 'Round Midnight
4. Bemsha Swing
5. The Man I Love

この5曲の中で、3曲目の「'Round Midnight」だけが演奏内容が異質。聴けば直ぐ判るのだが、簡単に言うと、ヴァイブのミルト・ジャクソンのヴァイブの音が聴こえない。それもそのはずで、この1曲だけ、1956年10月26日の録音。ちなみにパーソネルは、Miles Davis (tp), John Coltrane (ts), Red Garland (p), Paul Chambers (b), Philly Joe Jones (ds)。

ん〜っ、このパーソネル、この録音日。これって、かの有名なプレスティッジ・レーベルでの「マイルスのマラソンセッション」の音源では無いのか? そう、この3曲目の「'Round Midnight」だけ、「マイルスのマラソンセッション」からの収録なんですね。なんで、こんなめんどくさい、紛らわしいことをするんやろ。これやから、プレスティッジ・レーベルのアルバムは困りもの。
 

Miles_modern_jazz_giants

 
で、話を戻すと、この3曲目の「'Round Midnight」以外の残り4曲は1954年12月24日の録音、かの有名な「マイルスとモンクのクリスマス・セッション」と呼ばれる音源です。なんで、先の「Bags' Groove」と合わせて、ミルト・ジャクソンを含む「マイルスとモンクのクリスマス・セッション」を一枚のアルバムとしてまとめてリリースしなかったのかが不思議です。

「マイルスとモンクのクリスマス・セッション」のエピソードは、あちらこちらのジャズ本に語られ尽くされているので、ここでは深く追求しませんが、簡単に言うと、マイルスが先輩のモンクに「俺のバックでピアノを弾くな」と言い放ち、モンクはそれが面白くなくて途中でバッキングを取り止め、スタジオ内では一触即発の雰囲気に包まれたという伝説です。「マイルスとモンクの喧嘩セッション」としても有名だったんですが、当の本人や当時の関係者の証言から、この話は全くの作り話だったようです。これもまた紛らわしい。

さて、この「マイルスとモンクのクリスマス・セッション」の演奏、確かに、マイルスとミルト・ジャクソンのヴァイブの相性は抜群なのですが、モンクのピアノのバッキングとは、どうも雰囲気が合わない。全く合わないという訳じゃないんですが、なんとなく合わないという感じですかね。モンクかマイルス、どちらかが譲って、自分の演奏スタイルを相手の雰囲気に合わせて、マイナー・チェンジすれば、きっと素晴らしい演奏として残ったとは思うのですが、そういうところは、マイルスもモンクも譲らない様ですね(笑)。

確かに、「マイルスとモンクの喧嘩セッション」のネタとして有名になった演奏である冒頭の「The Man I Love (Take 2)」でのモンクは弾きにくそうにしていて、遂には演奏を中断してしまいます。どうも、マイルスとミルトの相性があまりに合いすぎていて、モンクのちょっと異質なピアノはどうも具合が悪かったのでしょう。モンク自ら、具合の悪さが気になって演奏を止めた様に感じます。

でも、僕は、このマイルスとミルトの美しきリリカルなフレーズに対する、モンクの異質なピアノのバッキング。この水と油の様な個性のぶつかり合いが意外と好きだったりします。それは、4曲目のモンク作曲の「Bemsha Swing」を聴く度に思います。モンクの手になる曲が故に、モンクは活き活きとバッキングします。そのモンクの活き活きとした異質なピアノをバックに、リリカルでクールなマイルスとミルトの流れるようなフレーズが展開される。この違和感漂う不思議な演奏が実に魅力的です。

まあ、このアルバム『Miles Davis And The Modern Jazz Giants』は、是非とも聴いておかなければならないアルバムとは言いませんが、ジャズにおいては「水と油の様な個性でも魅力的でアートな演奏になる」という一つの例として体験するに値する盤ではあるでしょう。

しかし、プレスティッジのアルバムの曲の構成には戸惑うことが多い。このアルバムでも、3曲目の「'Round Midnight」の扱いにとても困ってしまいます(笑)。

 
 

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2013年3月19日 (火曜日)

アコ・マイルスの最終章である

さあ、アコースティック・マイルスのラストである。まあ、幾つかアコ・マイルスのアルバムをご紹介しそびれているもののあるが、それは追々このブログで採り上げるとして、大凡としては、アコ・マイルスのラストである。

そのアコ・マイルスのラストのアルバムは、Miles Davis『Nefertiti(ネフェルティティ)』(写真左)。ネフェルティティとは、エジプト新王国時代の第18王朝のファラオであったアメンホテプ4世の正妃の名前。謎を秘めた未完成の美しい胸像で著名であり、古代エジプトの美女の一人と考えられている(Wikipediaより抜粋)。

そんな名前を戴いたアコースティック・マイルスの最高峰の名盤である。このアルバムはとにかく内容が凄い。スイングから面々と受け継がれ、発展してきた芸術としてのジャズの最終的な到達点のひとつと捉えても良いだろう。それほどまでに素晴らしい内容のアルバムである。21世紀になっても、ジャズ界に君臨する大名盤の一枚である。

1967年6月7日〜7月19日の録音になる。967年5月録音の『Sorcerer』と対を成す兄弟盤である。収録曲を見渡して見ると、

1. ネフェルティティ - Nefertiti(Wayne Shorter)
2. フォール - Fall(W. Shorter)
3. ハンド・ジャイヴ - Hand Jive(Tony Williams)
4. マッドネス - Madness(Herbie Hancock)
5. ライオット - Riot(H. Hancock)
6. ピノキオ - Pinocchio(W. Shorter)

ウェイン・ショーターの手なる曲が3曲、ハービー・ハンコックの作曲の曲が2曲、トニー・ウィリアムスの曲が1曲。作曲者という観点からは、先の兄弟盤『Sorcerer』と同傾向。曲的な雰囲気は、ほとんどウェイン一色である。

が、この盤も『Sorcerer』と同様、演奏全体を覆うグループ・サウンズの雰囲気は「マイルス」そのもの。そこのマイルスのトランペットの音がプププ〜ッと乗ってきたら、もうそこは徹頭徹尾「マイルスの音世界」にドップリと染まる。
 

Miles_nefertiti

 
このアルバムは、何と言っても冒頭のタイトル曲「Nefertiti(ネフェルティティ)」にとどめを刺す。マイルス曰わく「この曲いいメロだから、アドリブ無しってのはどうだ?」。

そう、この曲の演奏には、アドリブが無い。印象的な主旋律を延々と繰り返していく。それも、ワンフレーズずつ、手を変え品を変え音を変え、テクニックの全てを尽くして、様々な音色、様々なアプローチ、様々な展開で同じ旋律を繰り返し演奏し続けていく。

即興演奏を旨とする、アドリブ展開が命とされるジャズの対極にある、ジャズに対するアンチテーゼの様な、アートの芳しき香り漂う、素晴らしい演奏である。
 
とにかく同じ表現が繰り返されることは皆無。クインテットの面々は平然とクールに、手を変え品を変え音を変え、テクニックの全てを尽くして、様々な音色、様々なアプローチ、様々な展開で同じ旋律を繰り返し演奏し続けていく。

これもジャズ。これも即興演奏の一部。ジャズという音楽ジャンルの表現手段、表現方法がまだまだ枯渇していないことを物語る、素晴らしい伝統的なジャズ。フリー・ジャズなムーブメントに対する返答。音楽監督「考えるマイルス」の勝利。

それと、この『Nefertiti』は、ウェイン・ショーターのサックスが素晴らしい。マイルスの洗礼を受けて、完全に唯一の個性を確立したウェインの咆哮。ウェインしか為し得ない、ウェインしか吹けない、音・フレーズ・展開が満載。彼がどれだけマイルスの薫陶を受けて、絶対的な個性を確立したかは、ウェインが初めてマイルス・クインテットに参加した『Miles In Berlin』を聴けば判る(2012年10月3日のブログ参照・左をクリック)。

『Miles In Berlin』では、ウェインテナーは、コルトレーンのフォロワー。コルトレーンの様なアドリブ・フレーズが展開される。きっとマイルスは思ったろう。「真似からは何も生まれない」。きっとマイルスはウェインに言ったと思う。「全くコルトレーンじゃないように吹け」そして「ウェインのように吹け」。

この『Nefertiti』、凄いアルバムです。今を去ること35年前。ジャズ者初心者の僕も、この『Nefertiti』の凄さは、一度聴いただけで直感的に判りました。それぼどまでに衝撃的な、冒頭のタイトル曲「Nefertiti」です。

この『Nefertiti』にて、マイルスはアコースティック・ジャズとして、やれることはやる尽くしたと感じたのでしょうか。このアルバムの後、マイルスは、ハービーにエレピを、ロンにエレベを弾くように指示し、エレクトリック・マイルスとして最初のアルバム『Miles In The Sky』を制作することになるのでした。

 
 

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2013年3月18日 (月曜日)

マイルスの強烈な矜持を感じる

さあ、アコ・マイルスの聴き直しも、残すところあと2枚。このあと2枚という『Sorcerer』と『Nefertiti』は、録音時期が2ヶ月程度しか離れておらず、同時期に録音された、対を成す兄弟盤として取り扱って良いだろう。で、今日は、1967年5月録音の Miles Davis『Sorcerer』(写真左)を採り上げる。

タイトルの「Sorcerer」とは「魔法使い」のこと。う〜んこれは黒魔術などが大好きなウェイン・ショーターの趣味なんだろうなあ、と思ったら、この「Sorcerer」の作曲はハービー・ハンコックだった。あれれ(笑)。

マイルス(トランペット)、ウェイン・ショーター(テナー・サックス)、ロン・カーター(ベース)、トニー・ウィリアムス(ドラム)、ハービー・ハンコック(ピアノ)。1960年代マイルスの黄金のクインテットの3枚目のスタジオ録音盤になる。さすがに3枚目ともなると、クインテットとしては完成の域に達しており、演奏内容はそれはそれは高度で高尚でアーティスティックなもの。

収録曲と作曲者を挙げてみると以下の様になる。

1. Prince of Darkness (Shorter)
2. Pee Wee (Tony Williams)
3. Masqualero (Shorter)
4. The Sorcerer (Hancock)
5. Limbo (Shorter)
6. Vonetta (Shorter)
7. Nothing Like You (Bob Dorough/Fran Landesman)

ちなみに7曲目の「Nothing Like You」だけは、録音日も異なる、ボブ・ドローのボーカル入りのへんてこりんな曲で、全くの蛇足な曲なので、無視して良いと思います。というか、僕はCDでは曲指定で飛ばして聴きますし、iTunesではアルバムをリッピングしたら、この「Nothing Like You」は削除します(笑)。

さて、余談はさておき、このアルバムの作曲者を眺めてみると、トニーとハービーが1曲づつ担当しますが、残りの4曲はショーターの手になるもの。この1960年代マイルスの黄金のクインテットの3枚目のスタジオ録音盤では、ウェインが音楽監督の位置づけで、その手腕を発揮しており、マイルスは自分の納得いくまでのブロウのみを追求しています。
 

Miles_sorcerer

 
アルバム全体の音作りは、トニーやハービー作曲のものも含めて、ウェイン色というか、全く持って「ウェイン・ショーターの世界」なフレーズ満載なんだが、演奏全体を覆うグループ・サウンズの雰囲気は「マイルス」そのもの。そこのマイルスのトランペットの音がプププ〜ッと乗ってきたら、もうそこは徹頭徹尾「マイルスの音世界」にドップリと染まる。

この辺がマイルスの凄いところだし、マイルスの不思議なところ。こんなにコッテコテに「ウェイン・ショーターの世界」一色な曲ばかりなのに、一度演奏が始まると「マイルスの音世界」にドップリと染め上げることが出来るのか。マイルス恐るべしである。

アルバムの内容としては、先ほどから書いているように「ウェイン・ショーターの世界」一色である。でも、演奏内容は徹頭徹尾「マイルスの音世界」。
 
ウェインお得意のモーダルで自由な展開を、マイルスを始め、ショーターを加えたクインテットの面々が、更に自由度の高い、個性的で唯一無二で、誰にも真似出来ない、独特の個性的なインプロビゼーションを展開していく。

そして、僕がこの『Sorcerer』の密かな楽しみは、ハービー・ハンコックのピアノ。この『Sorcerer』では、ハービー・ハンコックのピアノが凄い。マイルス・クインテットでのハービーのピアノ演奏については、この『Sorcerer』にとどめを刺すと言っても良いだろう。

ちなみに、トニー・ウィリアムスのドラムを聴くなら『Miles Smiles』、ウェイン・ショーターのテナーを聴くなら『Nefertiti』、そして、ロン・カーターのベースを聴くなら『E.S.P. 』である。

このアルバムが録音された1967年と言えば、フリー・ジャズとソウル・ジャズの流行りの真っ只中。この『Sorcerer』の音世界は、汗飛び散る自由で魂の咆哮なフリー・ジャズでも無く、大衆に迎合したファンキーなソウル・ジャズな雰囲気は皆無。ましてや、スタンダード曲は全く無く、バラード曲も無い。そんなところに、伝統的なジャズのルールを踏襲しつつ、限りなく自由で限りなくジャジーな音世界は、もの凄く「クール」だ。

我が感性を信じて、常に我が道を行く。そんなマイルスの強烈な矜持を感じる、素晴らしいアルバムである。

 
 

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2013年3月17日 (日曜日)

男女二人ずつの構成のコーラス

知らんかった。ハイファイセットのアルファ時代の音源全てを網羅したボックス盤が出てたなんて。即ポチッとな、である。あの頃のハイファイが好きでねえ。今から手元に来るのが楽しみだ。

僕はコーラス・グループが大好きである。子供の頃から、ボニー・ジャックスとかデューク・エイセス、ダークダックス、それからキング・トーンズなど、とにかくコーラス・グループが大好き。恐らく、肉声のユニゾン&ハーモニーの響きが好きなんだろう。ソロ・ボーカルとコーラス・グループとどちらが好きか、と問われれば、即答で「コーラス・グループ」と答える(笑)。

1970年代、フォークからニューミュージックに音楽のトレンドが移りゆく中で、特筆すべきコーラス・グループが幾つか出現した。その最初が「赤い鳥」から別れ出た、ハイファイセット。このハイファイセットについては、先の「ボックス盤」が来てから、ゆっくりとコメントすることとして、今日は、ハイファイセットと双璧を成す、もうひとつの僕の好きなコーラス・グループ、サーカスについては語ってみたい。

サーカスは、長年に渡り絶妙なコーラスワークで日本の歌謡界を席巻した、男女二人ずつの構成のコーラス・グループ。1978年のデビュー。マイナーチェンジ風にちょこっとメンバーが入れ替わっているが、基本的にメインは叶正子のボーカルなので、音楽的な統一感は損なわれていない。

結成時のメンバーは、叶正子、卯月節子、菅健、茂村泰彦の4人だったが、本格デビュー時には、叶正子、卯月節子、叶高、叶央介の三人姉弟と従姉の血縁者グループになった。そして、1984年から、叶正子、原順子、叶高、嶋田徹になり血縁者グループでは無くなり、1988年には、叶正子、原順子、叶高、叶央介というメンバー構成となり、ここで、原順子と叶央介が結婚したために、なんと再び血縁者グループになった。
 

Circus_1

 
当時、日本において、このような構成のボーカル・グループは存在しなかった。しかも、歌う曲がソウル・ミュージックやR&B風の曲調が多く、そのしっかりとしたコーラス・ワークと男女ボーカルの独特な響きのユニゾン&ハーモニーで、あっさりとした、日本人らしからぬファンキーなグルーブ感を漂わせているところが実に個性的。

そんなあっさりとしたファンキーなグルーブ感は、サーカスの1st.アルバム『Circus 1』(写真左)で十分に堪能することが出来る。

Michel Fugain作なるフリーソウル・クラシックな『愛で殺したい』の日本語カバーは「サンバ風ディスコ・ソング」の傑作でしょう。そして、吉田美奈子の名曲である『ケッペキにいさん』や大滝詠一『夢で逢えたら』のファンキー&グルーヴィーなカバー。その他、Boz Scaggs、Barry Manilow、Bee Gees、MichelI Legrandの名曲を日本語でカバーしており、どれもが、日本人らしからぬファンキーなグルーブ感を漂わせている。

この日本人らしからぬファンキーなグルーブ感を漂わせているところが、僕達の心の吟線に触れて、このサーカスのファーストアルバム『Circus 1』は、いきつけの喫茶店でヘビーローテーションでしたね。よく夕暮れ時から薄暮の時間帯を狙って流していました。

オリジナル至上主義の連中は、カバー中心のアルバム内容を揶揄することもありましたが、そんなことは全く気にしない。とにかく、このあっさりとした、日本人らしからぬファンキーなグルーブ感を漂わせているところが良くて、今までの日本に無かった、そんなコーラス・グループの音を聴くということが、当時、大学生として「粋」な振る舞いやったんですね。

ジャパニーズ・シティポップの名作の一枚として挙げても良い内容だと思います。とにかく、この男女二人ずつの構成のコーラス・グループは個性的。男性二人女性一人のハイファイセットと双璧の日本を代表するシティポップなコーラス・グループだと評価しています。70年代ニューミュージックが生んだ成果のひとつだと思います。

 
 

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2013年3月16日 (土曜日)

境界線が曖昧な故の「成果」

ジャズと他のジャンルの音楽、ロックやワールドミュージックの音楽との融合で出来た、ジャズのスタイルの一つである「フュージョン・ジャズ」。米国や日本では、ロックはロック、ジャズはジャズで、それぞれ、しっかりと音楽ジャンルの垣根をハッキリさせて、発展したが、欧州ではその事情がちょっと異なる。

例えば、英国では、この「フュージョンのジャンル」は、米国のような、ジャズのジャンルでの発展形ではなく、ロックのジャンルの一つである「プログレッシブ・ロック」との「共有(シェア)」で発展した。つまり、ジャズのミュージシャンが突如としてプログレに走ったり、プログレのミュージシャンが、突如としてクロスオーバー・ジャズやフュージョン・ジャズをやったりするのだ。

ジャズのミュージシャンが突如としてプログレに走った例としては、Affinityというバンドがそう。ボーカルのリンダ・ホイルが不在の時はオルガン・ジャズに勤しみ、リンダ・ホイルがカムバックした途端、プログレに走った。逆に、プログレのミュージシャンが、突如としてクロスオーバー・ジャズやフュージョン・ジャズをやったりする例としては、キング・クリムゾンのドラマー、ビル・ブラッフォード(ソロでの活動)や、ジェネシスのドラマー、フィル・コリンズ(ブランドXへの参加)が挙げられる。

今日は、ビル・ブラッフォードのライブ盤を採り上げる。改めて、そのアルバムは、Bill Bruford『The Brufford Tapes』(写真左)。979年7月12日、カナダのFM曲の公開録音の模様を収録したもので、ブート音源のオフィシャル化。「Bruford」名義のアルバムとしては唯一のライブ音源になります。ちなみにパーソネルは、Bill Bruford (ds), Dave Stewart (key), Jeff Berlin (b), John Clark (g)。ドラムでリーダーのブラッフォード以外、英国のプログレ/フュージョン・シーンのミュージシャンなので、名前を見ても全く判らない。

ビル・ブラッフォードについては、5年ほど前、2008年3月29日のブログ(左をクリック)にて、このブログで1回だけ採り上げている。ブラッフォードは英国出身のドラマーで、1970年代、一世を風靡したプログレッシブ・ロックの人気バンド、イエス、キング・クリムゾンに在籍した。日本では、プログレッシブ・ロック界を代表するドラマーの一人として通っている。
 

The_bruford_tapes

 
しかし、ブラッフォードは、1974年、いきなりロバート・フィリップがキング・クリムゾン解散してしまった後、カンタベリー・ジャズロックの諸バンドや、プログレ・バンドのジェネシスのツアーメンバー等のセッション活動を経て、1978年にU.K.の結成に参加したが、アルバム1枚でU.K.を脱退、翌1979年に自身のバンドである「ブラッフォード」を結成した。

この自身のバンドである「ブラッフォード」が、ジャズのスタイルで言う「フュージョン・ジャズ」の音なのである。どう聴いても、プログレッシブ・ロックでは無い。出だしの「Hell's Bells」での、前奏のDave Stewartのシンセサイザーのリフと音を聴くと、キャッチャーでメロディアスなリフやフレーズが随所に散りばめられていて、ちょっとプログレ寄りの音作りなんですが、インプロビゼーションの展開に入ると、これは、リズム&ビートも含めて、もうフュージョン・ジャズ。

このライブ盤、もともとの音源がブート音源なので、音がちょっと荒いんですが、これはこれでライブ感が増幅されて、あまり気にはなりません。楽器の音の分離は良く、ブラッフォードの変拍子ドラミングが良く聴き取れて、なかなかのものです。他の楽器も良く聴き取れて、インプロビゼーションでの、それぞれの楽器担当のハイテクニックな様が良く判ります。

収録されたどの曲も、適度にテンションは高く、充実した内容です。リズム&ビートと演奏の展開から、その内容は、フュージョン・ジャズ、若しくは、ジャズロックと位置づけて良いかと思います。ほんと、英国のプログレ/フュージョン・シーンって、面白いですね。他にもいろいろあるんですが、それはまた後日、ご紹介していきたいと思います。

所変われば品変わる。国が変わればジャズも変わる。特に、英国や和蘭のプログレ/フュージョン・シーンって面白い。フュージョン・ジャズやジャズロックは、米国のような、ジャズのジャンルでの発展形ではなく、ロックのジャンルの一つである「プログレッシブ・ロック」との「共有(シェア)」で発展しているのだ。所謂、ロックのジャズの境界線が曖昧。そんな「曖昧」な故の音楽的成果が多々残されている。英国や和蘭のプログレ/フュージョン・シーンをもっと掘り下げてみたいと思っている。

 
 

大震災から2年。でも、決して忘れない。まだ2年。常に関与し続ける。
がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2013年3月15日 (金曜日)

ジャズ喫茶で流したい・41

さて、久々に、ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログの名物シリーズ「ジャズ喫茶で流したい」の第41回目。

ジャズのアルバムをコレクションしていると、時に、全く話題に上らない、全くその存在が知られていない、全く未知のアルバムに、ひょんなことから出会って、その音を聴いてみて、あらビックリ。その素晴らしい内容に感動し、自分だけが知る「秘密の名盤」として、とっておきの盤として、コレクションにひっそりと留めおく、ってなことがたまにある。

例えば、このDon Ellisの『Don Ellis Live in India』(写真左)なんて、そんな僕にとっての「秘密の名盤」の中の一枚。1978年2月、インドはボンベイ(今のムンバイ)でのライブ録音。ちなみにパーソネルは、Leon Gaer (b), Dave Crigger (ds), Randy Kerber (p,key), Don Ellis (tp), Emilie Diehl (vo)。

Don Ellis(ドン・エリス)は「変拍子の鬼」として知られたトランペット奏者。映画『フレンチ・コネクション』など映画音楽も手掛ける。ビッグバンドのリーダーでもあった。既に34年前、1978年12月に鬼籍に入っている。もはや伝説のジャズメンである。

僕は、ドン・エリスについては、ビッグバンドのリーダーとしての存在しか知らなかった。このブログでは「ビッグバンド・ジャズは楽し・6」(左をクリック)として『Live At Monterey!』を、「ビッグバンド・ジャズは楽し・12」(左をクリック)として『Soaring』の2枚をご紹介している。まあ、これはこれとして、読んでいただくとして、今日はこの『Don Ellis Live in India』である。

冒頭の「Fine Line」を聴いて、曲のリズムは2-2-3-3-4-2-2-2-3-5と、もちろん「変拍子の嵐」。いきなり、思いっきりへんてこりんな「変拍子」を刻んでいる。じっと聴いていると、不思議なノリを感じるようになる。他のジャズではあまり体験しない、不思議なノリ。そう、これこそ「変拍子」効果。繰り返し聴いていると「病みつき」になります。

実にエネルギッシュで美しく捻れたエレピのフレーズ。千手観音のように縦横無尽に切れ味良く叩きまくるドラム。重低音を底に轟かせて重心の低いビートを供給するベース。そして、そんな良質でヘビーメタルなエレクトリック・ジャズなバッキングを従えて、素晴らしいテクニックと大音量、ブラスを素晴らしく響かせて、ハイノート・ヒッターの本領を発揮する、知る人ぞ知る伝説のトランペット。
 

Don_ellis_live_in_india_2

 
こんな素晴らしいエレクトリック・ジャズのライブ盤があるなんて、全く知らなかった。本当に適当に聴いて「ビックリ」である(笑)。

ドン・エリスについては、先に述べたように、ビッグバンドのリーダーとしての存在しか知らなかったので、そのビッグバンドのリーダーであるトランペッターがワン・ホーン・カルテットで、しかもインドという異国の地でライブ演奏しているのだ。そんな単純な興味本位な動機だけで手にしたライブ盤であった。

2曲目の「Tr's Theme」以降、密度の高い、ハイテクニックでエネルギッシュな、素晴らしいエレクトリックなジャズが展開されている。しかも、全編に渡って、ドン・エリスのトランペットの素晴らしいこと。大きな音で、ブラスの煌めく様な響きを散りばめながら、オープン・ホーンでバリバリに吹きまくる。ドン・エリスのトランペットって、こんなに素晴らしい、こんなに凄いもんやったんやなあ、と心から感心した。

聞けば、ドン・エリスの、恐らく今のところ残された最後の音源(遺作)とのこと。このライブ盤を録音した10ヶ月後に亡くなっていることを考えると、逆を返すと、死の10ヶ月前に、こんなに素晴らしくエモーショナルなトランペットを吹きまくっていたことになる。すごいぞ、ドン・エリス(笑)。

このライブ盤の音の雰囲気が良い。ややモッコリとした、レンジは広くないが、音の迫力、音の勢いがしっかりと詰まったライブ感溢れる音。これがなんと、ドン・エリスが、このインドで行ったライブをカセットテープで録っておいたらしく、このCDはそのカセットテープからCDにされたとのこと。それにしては音が良い。意外なお得感。

このライブ盤は、僕にとっての「秘密の名盤」の中の一枚。我がバーチャル音楽喫茶『松和』で、時折、密かにかかる「秘密の名盤」。このライブ盤を聴いたジャズ者の方々は、決まって呟く。「このトランペット、誰や」。そして、このライブ盤の音を聴き進めていって、やはり呟く。「なんやこれ。このライブ盤は誰のライブ盤なんや?」。

ふふふっ。ドン・エリスのワン・ホーン・カルテット、しかも、インドでのライブ盤、しかも、ドン・エリスの遺作。この自分だけが知る「秘密の名盤」との出会いというのも、ジャズのアルバムのコレクションの醍醐味というものなんですね。

 
 

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2013年3月14日 (木曜日)

こんなアルバムあったんや・16

今日は、3月11日に引き続き「こんなアルバムあったんや」シリーズの第16回目。最近出会った「和ジャズ」の佳作のお話しを。

最近のスラングで、日本人が創ったジャズを「和ジャズ」と呼ぶことが多くなった。じゃあ平成の時代になってからの、日本人が創ったジャズは「成ジャズ」というのか、と屁理屈をこねたくなるのだが、そこはグッとこらえてっと・・・(笑)。

ということで、今日は「和ジャズ」の佳作のお話し。この2〜3年前からの習慣なのだが、iTunesやAmazonなど、月に何回か、CDのオンライン・ショップをあてもなく徘徊して歩くことがある。すると、まさに「こんなアルバムあったんや」と感心して、ついついポチッと購入してしまうことがままある。

このアルバムもそうだった。中山英二『AYA'S SAMBA / アヤのサンバ』(写真左)。まず、中山英二というベーシストの名前を知らなかった。ましてや、このアルバムの存在も知らない。もともとは、サンバ・ジャズを探し流離っていた時に引っ掛かってきたアルバムである。ジャケットは日本人の描く洋画っぽくて、なかなか魅力的。

今のCDのオンライン・ショップは良い。1曲当たり、1分半程度の試聴が出来る。ジャズの場合、1分半程度の試聴時間があると有り難い。昔の様に30秒程度だと、例えば、延々とベースソロだけが続いて、何がなんだか判らない間に終わったりする。今回、この『AYA'S SAMBA / アヤのサンバ』もしっかりと試聴させて貰った。

冒頭の「アヤのサンバ」を試聴して、これは、と思った。印象的なドラムの響きに導かれるように出てくるエレピのフレーズ。このフレーズが実に「日本的」。日本の歌謡曲の様にキャッチャーでマイナー調で情緒的なフレーズ。絶対に欧米人には出せないであろう、日本人ならではの哀愁に富んだ、口ずさむような滑らかなフレーズ。この音だけで、このアルバムは「買い」である。
 

Ayas_samba

 
さて、この『AYA'S SAMBA / アヤのサンバ』、ちなみにパーソネルは、中山英二 (b), 高橋賢志 (ts), 渥美孝昭 (ds), 桜庭篤司 (p)。1978年2月22日、陸前高田ジャズ喫茶ジョニーにての録音。

残念ながら、不勉強にて、このカルテットのメンバー全てを知らない。1978年と言えば、僕がジャズを本格的に聴き始めた年。当時は、米国や欧州のジャズばかりに目が向いて、日本のジャズには全く興味が湧かなかった。というか、当時、日本人にはジャズは無理なんじゃないか、なんて思い込んでいた。

1978年はフュージョン全盛時代。そんな時代に、こんなに素敵でメインストリームなエレクトリック・ジャズが、日本で生まれ出でていたとは思わなかった。ただただ感心するばかりである。

堅実堅牢でステディなベース、クールで浮遊感溢れるメロウなエレピ、エモーショナルでスピリチュアルなサックス、品の良い切れ味良く躍動感溢れるドラム。いや〜、こんなに素敵なエレクトリック・ジャズが、1978年の日本は陸前高田、東北の地で生まれていたなんて。本当に驚くばかりである。
 
僕は、とりわけ、このアルバムでのエレピ(恐らくフェンダーローズだと思う)の音が大好きです。官能的で浮遊感があって情緒的でリリカルでメロウ。こんな気品あるジャジーなエレピの音が日本人の手になるものとは、思わず嬉しくなりました。
 
リーダー・ベーシストの中山英二って、エルビン・ジョーンズ率いるリズムマシーンに参加したり、ドン・フリードマンとのデュオツアーを行ったり、1991には「中山英二 ニューヨークカルテット」を結成したり、ローランド・ハナとデュオ活動をしたりと、かなりの実績のあるベーシストなんですね。う〜ん、不勉強でした。反省することしきり、です。

しかし、ジャズのアルバム・コレクターって、こういう出会いがあるから止められません。本当に、この『AYA'S SAMBA / アヤのサンバ』に出会って、アルバム全曲を聴き終えた時、思わず「こんなアルバムあったんや〜」と叫びました(笑)。お宝を発掘した気分で、暫く、嬉しくてウキウキしていました。

 
 

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2013年3月13日 (水曜日)

ちょっと通なBGM的存在でした

Bobby Enriquez & Richie Cole『The Wildman Meets the Madman』から『Phil Woods & His European Rhythm Machine』と、ハイテクニックを駆使した、高速フレーズ、高速アドリブな展開の骨太なメインストリーム・ジャズが続いたら、ちょっと硬派な寛ぎのフュージョン・ジャズで耳を和ませるのが、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の常套手段(笑)。

今回のちょっと硬派な寛ぎのフュージョン・ジャズは、The Brecker Brothers『Don't Stop The Music』(写真左)。Randy & Michael Breckerが兄弟で結成したブレッカー・ブラザース。そのブレッカー・ブラザースのサードアルバムである。1977年のリリース。フュージョン・ブーム真っ只中である。

セカンド・アルバム『Back to Back』で既に見え隠れしていた「ディスコ調もしくはR&Bな雰囲気」が、アルバム全体に蔓延した、この『Don't Stop The Music』。冒頭の「Finger Lickin' Good」を聴けば、ちょいとズッ転ける。あからさまにコマーシャルなディスコ調のナンバー。まあ、これはこれで心地良くはあるんですが。

このアルバム、全体的には、コマーシャルなディスコ調なナンバー、若しくは、ライトなR&B的雰囲気なナンバーが大半を占めており、これはこれで楽しい。でも、日本ではこの「ディスコ調もしくはR&Bな雰囲気」は受けが悪かった。今でも、受けは悪い方だろう。米国では受けるんだろうけどね。日本では、大衆に迎合したというか、安易にヒットに走ったというか、ちょっと安易な感じが駄目なんでしょうね。
 

Dont_stop_the_music

 
確かに、学生時代当時、リアルタイムでこのアルバムを体験した訳ですが、冒頭の「Finger Lickin' Good」から「Petals」までは、行きつけの喫茶店で、友人達との語らいや一人読書の、ちょっと粋で、ちょっと通なBGM的存在。ブレッカー・ブラザースは、フュージョン・ジャズのジャンルのグループの中でも、知る人ぞ知る的な存在でしたから、この『Don't Stop The Music』なんて、通な奴らが粋に聴き流すアルバムでした。

でも、ラストの「Tabula Rasa」が流れると、行きつけの喫茶店の雰囲気はガラリと変わる。ラストの「Tabula Rasa」は、高テクニックでホットなメインストリーム・ジャズ。白熱した怒濤のインプロビゼーションが凄い。マイケルもランディも圧倒的迫力をもって吹きまくる。そして、レニー・ホワイトのドラムがフロントの兄弟二人を煽りに煽る。

このラストの「Tabula Rasa」が流れると、圧倒的迫力のメインストリーム・ジャズを感じて、友人との語らいを止め、読書の手を止め、やおら煙草に火を付けたり、珈琲をグッと一口飲んで、このラストの「Tabula Rasa」の白熱した怒濤のインプロビゼーションにじっと黙って耳を傾けるのだ。そして、この曲が終わると、皆、良い音を聴いたなあ、という満足感を顔に浮かべて、また、友人との語らいや一人読書を再開するのだ。

フュージョン・ジャズの典型的なアルバムとして、この『Don't Stop The Music』は良いアルバムだと思います。改めてパーソネルを確かめてみると、主だったところで、Randy Brecker (tp), Michael Brecker (ts,fl), Christopher Parker, Steve Gadd Lenny White (ds), Will Lee (b), Don Grolnick, Doug Riley (key), Steve Khan, Jerry Friedman, Sandy Torano, Hiram Bullock (g), Ralph MacDonald (per), Sammy Figueroa (conga)。

このパーソネルの面々を見たら、フュージョン・ジャズ者としては、絶対に触手が伸びますよね(笑)。

 
 

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2013年3月12日 (火曜日)

エレクトリック・ジャズの佳作

昨日、ピアノの野人ボビー・エンリケスとアルトの狂人リッチー・コールの演奏スタイルは「ビ・バップ」。ビ・バップの演奏スタイルを、ハードバップなマナーに則ったロングプレイを基本とした長時間のアドリブ展開が特徴、と書いた。

ビ・バップの演奏スタイルを、ハードバップなマナーに則ったロングプレイを基本とした長時間のアドリブ展開、と書いて、ふと、フィル・ウッズ&ヨーロピアン・リズム・マシーン(略して「ERM」)を思い出した。

当ブログでは、2012年10月30日(左をクリック)、2013年2月13日(左をクリック)のブログで、それぞれ、フィル・ウッズ&ERMのアルバムをご紹介している。

フィル・ウッズ&ERMとは如何なるバンドか、ということは、この先の2つのブログ記事を読んで頂くこととして、このフィル・ウッズ&ERMの演奏の個性が、ビ・バップの演奏スタイルを、ハードバップなマナーに則ったロングプレイを基本とした長時間のアドリブ展開に通ずる。

このフィル・ウッズ&ERMの演奏の個性は、まず、リーダーのフィル・ウッズのアルト・サックスの音はと言えば、完璧な「ビ・バップ」。ビ・バップなアルト・サックスを心ゆくまで楽しませてくれます。ハイテクニックを駆使した、高速フレーズ、高速アドリブな展開。実に芸術性豊かなアルト・サックス。
 

Phil_woods_erm

 
バックのリズム・セクションは、これまた、骨太なメインストリーム・ジャズなリズム&ビートを供給します。テクニックは優秀。供給されるリズム&ビートは、正統派ハードバップそのもの。実に硬派で骨太なメインストリーム・ジャズ。

実は、このフィル・ウッズ&ERMの活動期間は約4年と意外に短い。活動期間が短いが故に残されたアルバムもそんなに多くもないんだが、残されたアルバムの演奏内容については、かなりバリエーションに富んでいて、聴いていて楽しい。

例えば、この『Phil Woods & His European Rhythm Machine』(写真左)。ファッション・デザイナー、ピエール・カルダンのレーベルよりリリースされた変わり種アルバムなんだが、このアルバムの内容が面白い。

何が面白いのかと言えば、「8ビートの採用」「エレクトリック・ジャズの展開」「電気ピアノと電気サックス」「フリー・ジャズの要素」の4点。この4点の個性を振り撒きながら、ビ・バップの演奏スタイルを、ハードバップなマナーに則ったロングプレイを基本とした長時間のアドリブ展開でガンガンに疾走する。

特に、エレピの演奏が素晴らしい。まるでエレクトリック・マイルスである。ロックなスタイルを取り込みつつ、フィル・ウッズ&ERMの演奏は疾走を続ける。素晴らしいエレクトリック・ジャズ。ジャズロックとしても楽しめる、クロスオーバーな演奏。

エレクトリック・ジャズの佳作としてお勧めの一枚です。リーダーのフィル・ウッズのアルトも絶好調。特に、エレクトリック・ジャズのファンの方にはお勧め。ジャケット・デザインは、チキチキバンバンのマシーンのデザインも担当したRowland Emettの手になるもので「ジャケ買い」御用達な優れもの。良いアルバムです。

 
 

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2013年3月11日 (月曜日)

こんなアルバムあったんや・15

今日は久し振りに「こんなアルバムあったんや」特集。ジャズにも、それぞれの時代毎に流行り廃りというものがあって、そんな流行りのアルバムを聴くと、その当時の環境や雰囲気が思い出されて、懐かしい想いに駆られたりする。

そんな流行りのアルバムの一枚が、Bobby Enriquez & Richie Cole『The Wildman Meets the Madman』(写真左)。1981年10月30&31日の録音。フィリピン出身のピアノの野人ボビー・エンリケスとアルトの狂人リッチー・コール(写真右)の楽しいライブ盤。

1981年リリースの作品。ちなみにパーソネルは、Bobby Enriquez (p), Richie Cole (as), Bruce Forman (g), Bob Magnusson (b), Shelly Manne (ds)。1981年と言えば、フュージョン・ジャズのブームが峠を越え、メインストリーム・ジャズが復権し始めた時代。ハードバップ時代からの「たたき上げ」ジャズメンが続々と還ってきた。

そんな中、新しいジャズメンも続々とデビューしてきた。そんな中、彗星の如く現れた、アルト・マッドネスの異名を取ったリッチー・コール。そして、そのリッチー・コールに導かれるように現れ出でたピアニストが、フィリピン出身のピアノの野人ボビー・エンリケス。

ピアノの野人ボビー・エンリケスとアルトの狂人リッチー・コールの演奏スタイルは「ビ・バップ」。ビ・バップの演奏スタイルを、ハードバップなマナーに則ったロングプレイを基本とした、長時間のアドリブ展開が特徴。

「ビ・バップ」とは、最初に決まったテーマ部分を演奏した後、コード進行に沿った形でありながらも、自由な即興演奏(アドリブ)を順番に行う形式が基本の、演奏のテクニックとアドリブ・フレーズのアイデアを競う、職人的なアプローチである。

ピアノの野人ボビー・エンリケスとアルトの狂人リッチー・コールは、そんな職人的なアプローチを、跳ねるように、走り回るように、叫ぶように、吹きまくる、弾きまくる。とにかく賑やか。時に「喧噪」という言葉がピッタリの躁状態のアドリブ。しかし、テクニックが確かで、アドリブ・フレーズが正統派なものなので、耳触りにはならない。
 

The_wildman_the_madman

 
でも、1981年当時、この跳ねるように、走り回るように、叫ぶように吹きまくる弾きまくる「躁状態のアドリブ」が、「五月蠅い」とか「はしたない」とか「下品」などと揶揄されて、硬派なベテランジャズ者の方々中心に、意外と嫌われていた様な思い出がある。

でも、ビ・バップって、跳ねるように、走り回るように、叫ぶように吹きまくる弾きまくる「躁状態のアドリブ」が特徴なのにね。不思議とビ・バップは、「五月蠅い」とか「はしたない」とか「下品」などと揶揄されることは少なかった(笑)。

僕は、このライブ盤の演奏は意外と気に入っていました。「躁状態のアドリブ」とは言え、テクニックが確かで、アドリブ・フレーズが正統派なものなので、ポジティブに楽しめる。確かに情緒は無いが、エネルギッシュではある。1981年当時、心に元気をつけたい時、このライブ盤は大活躍しました。

冒頭の「Groovin' High」なんて、一聴するだけで「あ〜ジャズやなあ」と思いますね。エンリケスのピアノがポンポンと跳ね、コールのアルトがブラスの響きも高らかに疾走する。エンリケスもコールも力の限り吹きまくり弾きまくる。テクニック中心のジャズの醍醐味です。めくるめくアドリブ・フレーズの洪水。

そして、ビ・バップ風味の「Green Dolphin Street」が圧巻。こんなに躁状態の「Green Dolphin Street」は聴いたことが無い(笑)。もともとかなり複雑なコード進行が特徴の曲なんですが、いとも簡単にビ・バップ風のアドリブ・フレーズを吹き上げていくリッチー・コールは圧巻の一言。そのバックでグリグリとピアノを叩くように弾きまくるエンリケスも凄い。

情緒は無いが、エネルギッシュなメインストリーム・ジャズな内容で、このライブ盤の演奏内容は、それぞれの高度なテクニックを基本に楽しめる佳作だと思います。

まあ、ジャズに情緒やセンチメンタリズムを求める向きには、とんでもないライブ盤ではあります(笑)。これもジャズ。避けて通るには、勿体ないライブ盤だと思います。

 
 

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2013年3月10日 (日曜日)

微笑の法則〜Smile on Me

昨日、書庫を整理していて発見された、LPをデジタルデータに落とした時の音源データのバックアップCD-R。そのCD-Rの中に、柳ジョージ&レイニーウッドの『Rainy Wood Avenue』(写真左)があった。

柳ジョージ&レイニーウッドかぁ。懐かしいなあ。柳ジョージが結成したバンドで、活動期間は1975年〜1981年。僕は、高校時代から大学時代、この柳ジョージ&レイニーウッドをリアルタイムで体験した。ブルース・ロックとR&Bをベースとした音作りで、当初は歌詞は英語で統一していたが、途中、歌詞を日本語にして、それが幸いしたのか、メジャーな和製ロックバンドとして成功を収めた。

ブルース・ロックとR&Bをベースとした音作りなんだが、ちょっと垢抜けない「ベタ」なところあって、これがまた癖になる。柳ジョージのボーカルもこぶしを効かせた、男気をプンプン漂わした、ちょっと演歌っぽいボーカルで、これはこれで「バタ臭い」のだが、これがまた癖になる。

なんやかんや言いながら、大学時代、ジャズに聴き疲れた時、AORに飽きた時、決まって聴き易いニューミュージックの音に走るのだが、そんな時、この柳ジョージ&レイニーウッドには結構お世話になった。

当時、大阪にいて、この柳ジョージ&レイニーウッドの音世界を通して、横浜、横須賀、米軍基地、米国音楽、R&B、ブルース、異国情緒、男気、酒と煙草の匂い、を強烈にイメージした。大阪にいては「無縁」な異国情緒。決して行くことは無いであろう、横浜、横須賀の街並みを想像していた。その後、数年経って、東京に住むことになろうとは思いませんでしたが(笑)。

さて、この『Rainy Wood Avenue』、柳ジョージ&レイニーウッドの4枚目のアルバムになる。1979年11月5日のリリース。このアルバムは、オリコンチャート一位に輝いている。
 
なんといっても、4曲目の収録されている、資生堂とのタイアップソング「微笑の法則〜スマイル・オン・ミー」の存在だろう。このキャッチャーで男気溢れるボーカルを携えたCMソングは実に良かった。
 

Rainy_wood_avenue

  
そんな勢いのある時代のアルバムである。内容的に悪かろう筈が無い。あまりの懐かしいので収録曲を列挙してみる。
 
1. 眠りのない街
2. フォーリン・ダウン
3. Room 609
4. 微笑の法則〜スマイル・オン・ミー
5. 漂うままに
6. グッド・バイ・ジェーン
7. ブラザー・ジョー
8. 走馬灯のように
9. レイン
10. 遺言  

いや〜捨て曲無しですね。どの曲も良い雰囲気の曲ばかりで、このアルバムでは、歌詞がほぼ日本語で統一されていて、何を歌っているかが判り易いことも、このアルバムの良いところ。やはり、歌詞があるんだったら、判り易い方が良いよね、何を歌っているかが判るもんな(笑)。

やはり4曲目の「微笑の法則〜スマイル・オン・ミー」は、今の耳で聴いても、良く出来た曲だと思います。柳ジョージの男気溢れるこぶしの効いたボーカルが、これまた良く合います。冒頭の「眠りのない街」も良いなあ。スローなテンポで、洒落たブルース基調の曲。洗練される一歩手前の、ほんのり漂う「良い意味での野暮ったさ」が僕は大好きです。

そして、極めつけはラストの「遺言」。この歌の歌詞には、当時、心を揺さぶられました。大学時代、良く親友と深夜、酒を飲みながら、黙ったまま、聴き耳をたてたもんです。この歌世界は「演歌」の世界ですね。僕は当時「演歌ロック」って呼んでました。

1970年代、ニューミュージック全盛期に流行ったアルバムなので、その音はさすがに古いかなあ、と思ったんですが、意外とまだまだ今の耳にも耐える、演奏的にも整った、聴き応えのある音です。懐かしさと共に、幸せな一時を過ごせました。

LPからデジタルに変換した音なので、ところどころ、プチプチッとスクラッチノイズが入ったり、音圧の高いところで、ちょっと音がびびったりするところも懐かしい。そして、リーダーの柳ジョージさんは、2011年10月10日、63歳で逝去されました。惜しいなあ。僕は、柳ジョージのこぶしを効かせた、男気をプンプン漂わした、ちょっと演歌っぽいボーカルが大好きでした。

 
 

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2013年3月 9日 (土曜日)

LP時代の音で幸せなひととき

朝から暖かい一日。暖かくなると、寒かった頃に控えていたことを色々とやりたくなる。特に、開腹手術を受けてからは、寒い部屋での作業は御法度。書庫の中のCDの整理はなかなか叶わなかった。

しかし、昨日今日と暖かい。というか、外に出て日向を歩いていると、早々に暑くて汗ばんでくる位だ。これだけ暖かくなると、西向きの暖房のない部屋も室温が上がる。ホワイトデーのプレゼント用のCDのチョイスとJポップのCDの整理を実施する。

すると意外なものが発掘された。LPをデジタルデータに落とした時の音源データのバックアップがCD-Rで発見された。東日本大震災の折の壊滅した部屋の片づけ時に捨てたと思っていたのでビックリ。音源データのフォーマットを見たら「aiff」形式。LPからPCに取り込んだ時のそのままのデータである。圧縮されたり加工されたりしていない。これは使える。

その音源データの中に、吉田拓郎の『今はまだ人生を語らず』(写真左)があった。吉田拓郎の初期の大傑作であるが、実はCDでリイシューされていない。正確には一度CDでリイシューされたのだが、とある理由である枚数が出た後、早々に発売中止になっている。それ以来、再発されることは無かった。

とある理由とは、冒頭の「ペニーレインでバーボン」の歌詞にある。「つんぼ桟敷」という単語があるのだが、これが差別用語として引っかかるらしいのだ。事実、この歌詞のこの部分のお陰で、何かとややこしいことに巻き込まれてきたらしく、吉田拓郎サイドは、もう懲り懲りという感じで、今もって全く再発される気配は無い。

しかし、このアルバムは吉田拓郎の大名盤である。アルバムとして聴きたい。中古LPを探し回った。しかし、このアルバムは吉田拓郎の大人気盤である。なかなか見つからない。これはどうも駄目かなあ、と思い始めた頃、近くに個人でLPなどを不用品販売っぽく、商売気無く、適当に売っているお店を嫁はんが見つけてきた。
 

Jinsei_katarazu

 
どうせ大したものは無いやろうな、と期待もせずに冷やかし始めたら、なんと吉田拓郎の『今はまだ人生を語らず』が、美品であるじゃないですか。しかも値段は800円。ビックリしつつ、その驚きを悟られないよう平静を装いながら、なんと本当に800円でゲット。盤の状態も極上。ジャケットも極上。凄くラッキーな買い物だった。

そんなラッキーな経緯を経た音源データである。しかも、「aiff」形式で全く加工されていない音源。即、PCオーディオの環境にコピーして、早速、ハイレゾ仕様で聴いてみた。スピーカーから出てきた音は、LP時代の音、レコードプレイヤーの音、カートリッジの音である。優しく柔らかい、音のエッジが適度に丸い、LP時代の音である。

しかも、音の分離が良い。この『今はまだ人生を語らず』のアレンジを担当したのは、恐らく、あの松任谷正隆であろうと思われる(クレジットが無いけど、そうでしょう)。ヘッドアレンジっぽい、素晴らしいアレンジが、素晴らしいバックバンドの演奏で展開されている。

実に男気のある質実剛健な米国ルーツ・ロック風の音づくりで、基本的には、ボブ・ディランのバックバンドを勤めていた「ザ・バンド」風の音作り。渋く凝った音作りでチャラチャラしたところが全く無い。ストイックなまでの硬派なサウンド。参加ミュージシャンも、目を惹くビッグネームだけ拾ってみても、石川鷹彦、村上秀一、後藤次利・・・。凄いメンバーが集結して、よってたかって拓郎を惹き立てている。

目から鱗とはこのことで、ところどころで、こんな音が入っていたんやなあ、とか、この変態チックなベースラインはなんや、とか、ギターの伴奏フレーズが複雑怪奇やぞ、とか、今までの環境で気が付かなかった音に色々と気が付いた。特に、ドラムとベースの音が追い易くなった。「人生を語らず」のタイトなドラミングや、「襟裳岬」のベースラインなんて、もうそれはそれは痺れっぱなし。

いや〜素晴らしい音である。たまたま見つかった音源データで幸せな時間を過ごした土曜日の夕暮れ時でした。しかし、LP音源をPCで取り込んで、ハイレゾデータ化して、PCオーディオ環境で聴くって、結構いけるぞ。僕の手元には、未だCD化されない、ニューミュージック時代の名盤がLPとして数十枚眠っているが、もう一度、自らで、デジタル化に挑戦してみるか。

 
 

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がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

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2013年3月 8日 (金曜日)

八代亜紀の『夜のアルバム』

昨日の松岡ゆかりに続いて、日本の女性ジャズ・ボーカルの話題作。この企画盤リリースのニュースを聞いた時は、え〜っ、と思った。でも、歌が素晴らしく上手い方である。もしかしたら、凄いことになるかも、と期待もした。

その企画盤とは、八代亜紀の『夜のアルバム』(写真左)。八代亜紀とは、日本演歌の代表的女性歌手の八代亜紀である。そう「雨雨降れ降れもっと降れ」の八代亜紀である(笑)。演歌の女王、八代亜紀がジャズ・ボーカルに挑戦した企画盤がこの『夜のアルバム』。

情報によると、もともと、八代亜紀は若い頃、ジャズ・ボーカルもやっていた、とのことで、ジャズ・ボーカルは初めてのチャレンジではない。昔取った杵柄のひとつの「ジャズ・ボーカル」を、還暦過ぎて、もう一度やってみようじゃないの、というノリだろうか。端で見ていると、実に唐突な企画盤のリリースである。

しかし、その内容はなかなかのもの。さすが、若い頃、ジャズ・ボーカルにも手を染めていただけはある、堂々とした歌いっぷり。もともと、歌が素晴らしく上手い歌手である。とにかく上手い。情感を込めて、きめ細やかに、隅々にまで心配りをしながら、魅力的なジャズ・ボーカルを披露してくれる。

冒頭の「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」を聴けば、それが良く判る。途中で日本語の歌詞に変わるが、これは「ご愛嬌」。

そう、このアルバムには、日本語の歌詞のボーカル曲が幾つかある。リリィの「私は泣いています」、松尾和子の「再会」、伊吹二郎の「ただそれだけのこと」など、純ジャズ風のアレンジに乗って、魅力的なボーカルで歌い上げていく。う〜ん、出来映えは素晴らしいのだが、ジャズ・ボーカルというよりは、どうもジャズ風のムード演歌に聴こえるなあ。
 

An_evening_with_aki_yashiro

 
逆に、2曲目の「クライ・ミー・ア・リヴァー」や、5曲目の「サマータイム」、ラストの「虹の彼方に」の英語の歌詞の歌いっぷりを聴くと、これが素晴らしい出来で、もう「参りました」と謝ってしまいそうな位、素晴らしい歌唱。完璧なジャズ・ボーカル。味わいも豊か、情感がこもっていて、それはそれは素晴らしい。

それぞれ、大スタンダード曲で、何百人何千人というボーカリストが歌った、いわゆる「手垢が付いた」曲で、独特の個性を出しつつ歌いこなすには難しい曲ばかりなんですが、演歌出身の八代亜紀が故に、今までに無い、独特の個性を発揮しつつ、完璧に、これら大スタンダード曲を朗々と歌い上げている。

これならば、日本語の歌詞のボーカル曲なんか織り交ぜずに、完全にジャズのスタンダード曲で勝負すれば良かったのに、と思ってしまうのは僕だけかなあ。

まあ、レコード会社からすると、ジャズのスタンダード曲だけで勝負して「すべった時」の安全保障として、日本語の歌詞のボーカル曲を織り交ぜて、演歌歌手としての八代亜紀のファンの方々にアピールして、いざとなったら助けてもらおう、と思ったんだろうが、それは八代亜紀の才能に対して、失礼なことではないのかなあ。まあ、気持ちは理解できないこともないが・・・。

還暦過ぎて、もう一度やってみようじゃないの、というノリなんだったら、完全にジャズのスタンダード曲だけで勝負して欲しかったなあ。アルバム全体の印象として、日本語の歌詞のボーカル曲を織り交ぜているところに、ちょっとだけの中途半端な感じが漂い、アルバムとして「安全運転」的な雰囲気が見え隠れして、ちょっとノリ切れない感じがするところが実に惜しい。

良い内容のジャズ・ボーカル盤ではあります。八代亜紀のジャズ・ボーカリストとしてのポテンシャルが並外れたものであることは良く理解出来ます。次作は、完全にジャズのスタンダード曲だけで勝負して欲しいですね。プロデュースの方針さえ間違わなければ、とてつもなく素晴らしい、女性ジャズ・ボーカルのアルバムが出来そうな予感がします。

 
 

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2013年3月 7日 (木曜日)

この『Song Travels』は良い

このところ、オーネット・コールマンやアダムス=ピューレン・カルテットなど、ちょっとハードでフリーキーなジャズが多かったので、ちょっと耳を休めたくなった。そういう時は、耳当たりの良いフュージョン・ジャズか、しっかりと筋の通ったジャズ・ボーカルが良い。

ずっと不思議に思っているのが、女性ジャズ・ボーカルのデビュー作の多さ。毎月必ずと言って良いほど、ジャズ月刊誌のディスク・レビューの欄に登場する、女性ジャズ・ボーカリストのデビュー作。

まず、女性ジャズ・ボーカリストの数の多さにビックリする。そして、デビュー作の多さにデビューする。しかし、その中でセカンド・アルバムにまで発展するボーカリストの少ないこと。なんだか、普通の女の子が、青春の思い出にアルバム出してみました〜、なんてノリが思わず脳裏をよぎる。

ということで、女性ジャズ・ボーカリストのデビュー作には、滅多に触手を伸ばさない。特に、超有名なジャズ・スタンダードをズラリ並べたものなんて、決して手にすることは無い。信用出来ん。超有名なジャズ・スタンダードほど、歌うのに難しいことは無いんやからね。

しかし、今回のこの女性ジャズ・ボーカルのデビュー作には手が伸びた。収録曲の選曲は半端では無い。実に渋い選曲。これは聴いてみたいと思った。恐らく、耳にして心動くものがあって歌って心地良い曲や、プロとして歌いこなすのに半端ない、歌い甲斐のある曲なんだろう。「I'm Always Chasing Rainbows」なんて、なかなか選曲しませんぜ〜。

松岡ゆかり『Song Travels』(写真左)。2012年8月20日, 21日の録音。ちなみにパーソネルは、松岡ゆかり(vo), 元岡一英(p, vo, chorus), 吉田豊(b, chorus), 横山和明(ds, chorus)。和製メンバーでガッチリ固めたところも好感度アップ。無用やたら、外国人ミュージシャンを侍らす、意味不明なボーカルアルバムの多々あるからなあ。
 

Song_travels

 
この『Song Travels』は良い。とにかく選曲が渋い。Sam Jonesの「If You Never Fall in Love With Me (Del Sasser)」なんて選ぶ人は希少だろう。難曲である。Abbey Lincoln作の「Bird Alone」と「The World is Falling Down」が選曲されている。これも渋い。Abbey Lincolnは、松岡の敬愛するボーカリストの一人なんだろうか。

選曲だけでは無い。アレンジも渋い。特に、大スタンダード曲の「Falling in Love With Love」と「Skylark」のアレンジにはニンマリ。実に上手く「捻っている」。ジャズ者ベテランの方々に、これは一度聴いて欲しいですね。思わずニンマリしまっせ。聴けば判る(笑)。

おっと、それじゃあ、松岡の歌はどうなんだ、ということになるんだが、これは実に「良い」です。どっしりと重心を落とした、地に足が付いた芯のあるボーカルで、とにかく聴いていて落ち着く、実直で素直な雰囲気が素敵です。決してテクニックに走って大向こうを張る様な派手さはありませんが、素朴な雰囲気に純朴な味わい。良い感じのボーカルで飽きがこない。いいんではないでしょうか。

バックを務める元岡一英トリオも好演。このピアノ・トリオの堅実で味わいのあるバッキングがあるからこそ、松岡のボーカルが更に映える。やはり、優れたボーカル・アルバムには、優れたバンドがバックに控えているんですね。ほんと良い響きのピアノ・トリオです。ボーカリストとして、こんなピアノ・トリオがバックだったら、さぞかし歌い甲斐があるんやろうなあ。

本当に久し振りに入手した女性ジャズ・ボーカリストのデビュー作である松岡ゆかり『Song Travels』。ジャケットの青空の色合いも爽やかで良く、タイトルも「歌の旅へのお誘い」をイメージしてグッド。良いボーカル、良いアルバムです。

 
 

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2013年3月 6日 (水曜日)

ズバリ『これが我々の音楽だ』

オーネット・コールマン(Ornette Coleman)にしっかり相対するには、まずは、変なタイトルの初期の5作品を聴くことだと僕は思っている。確かに、オーネットのアルバムには変なタイトルが多い。特に、この初期5作品は変だ(笑)。

『Something Else!!!! 』から始まって、『Tomorrow Is The Question!』『The Shape Of Jazz To Come』『Change Of The Century』、そして『This Is Our Music』。『格別にすばらしいもの』から始まって、『明日が問題だ』『ジャズ来るべきもの』『世紀の転換』、そして『これが我々の音楽だ』。どう見ても、ジャズのアルバム・タイトルらしからぬ、なんだか哲学的なタイトルやなあ(笑)。

変なタイトルはさておき、この初期5作品を聴くと、オーネット・コールマンのやりたいこと、やったことが良く判る。確かに、この過去の取り決めに縛られること無く「できる限り自由にやるジャズ」は、当時(1958年〜1960年辺り)のジャズ・シーンにあっては、異端も異端、ジャズじゃないというよりは「真っ当な音楽じゃない」という聴かれ方ではなかっただろうか。

必要最低限の取り決めの上で、コード進行は従来のルーティンに則らない「へんてこりんなコード進行」をベースに、ユニゾン&ハーモニーも合わさない良くて、好きなタイミングで吹き続ける。

アドリブ・フレーズも、決して、過去のイメージに囚われない、というか、過去のイメージを絶対に踏襲しないことを心がけてアドリブ・フレーズを演奏する、という、とにかく、周りとの強調など考えずに、個々の自分達が演奏したい様に演奏する、自由を追求した演奏形態。
 

This_is_our_music

 
さて、今日は『This Is Our Music』(写真左)である。『Something Else!!!! 』から始まって、『Tomorrow Is The Question!』『The Shape Of Jazz To Come』『Change Of The Century』と来て、遂に「これが我々の音楽だ」と開き直っちゃいました(笑)。

1960年の7〜8月の録音。3回のセッションに分かれる。ちなみにパーソネルは、3回のセッション共に、同じパーソネルで、Don Cherry (cor), Ornette Coleman (as), Charlie Haden (b), Ed Blackwell (ds)。ドラムが、ヒギンスからブラックウエルに代わっているが、演奏の内容としては、それまでの4作品と変わらない。

特に、このアルバムでは奇をてらっていないところが特徴で、4ビートが主で聴き易い。4ビートの上で、ノビノビと自由に浮遊するそれぞれのメンバーの演奏は圧巻ですらあります。演奏的にも、伝統的なジャズから大きく逸脱することが無いので判り易い。意外と現代のコンテンポラリーなジャズは、この「必要最低限の規律のある自由」を踏襲しているところがあって、そういう意味では、オーネットの音楽性は先取性があったとも解釈出来ます。

このアルバムが、オーネットの初期の、ほぼ完成形なんでしょうね。非常に良くこなれた感じがして、迷いが無いというか、洗練されているというか、素晴らしい演奏がギッシリ詰まっている感じです。逆に、あまりにこなれた感じが、ちょっとマンネリに結びつくというか、この 『This Is Our Music』を聴いていると、「オーネット、ちょっと飽きてきたぜ」というような感じが、ふっと脳裏をよぎります。

このアルバムの後、あのダブル・カルテットの実験作、その名もずばり『Free Jazz』を世に出すことになります。そして、この『Free Jazz』の後に、怒濤の名盤ラッシュがやってくるんですが、それはまた後日、ご紹介したいと思います。

まずは、変なタイトルの初期の5作品。このブログでは、『The Shape Of Jazz To Come』『Change Of The Century』、そして『This Is Our Music』をご紹介したことになりますね。

 
 

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2013年3月 5日 (火曜日)

盤の邦題は『世紀の転換』

オーネットの盤には仰々しいタイトルの盤が多い。Ornette Coleman『Change of Century』(写真左)。この盤の邦題は『世紀の転換』。なんのこっちゃ(笑)。意味不明な邦題である(笑)。でも、中身はオーネット独特のハードコアな限りなくフリーな純ジャズ。

アトランティック・レーベル第2弾のリーダー作。1959年10月の録音。パーソネルは、Don Cherry (cor), Ornette Coleman (as), Charlie Haden (b), Billy Higgins (ds)。鉄壁の4人である。『The Shape Of Jazz To Come(ジャズ来るべきもの)』が、1959年5月の録音だから、この代表的名盤と同じ年の録音になる。ちなみにパーソネルも一緒。

同じ年の一連の録音なので、内容的には『ジャズ来るべきもの』と同じ流れである。そんなにフリーに吹きまくっている訳でも無いし、アブストラクトに構えている訳でも無い。基本的に、ハードバップのルーティンに則って、コード進行も従来のルーティンでは無いにしろ、拗くれながらちゃんと存在するし、変則的ではあるが、定型なリズム&ビートも存在する。しっかりとした取り決めに則った演奏であることには違いない。

しっかりとした取り決め、と言っても、しっかりとアレンジメントされている訳ではなさそう。ソロを取る所要時間の割り振りとか、テーマ含めた、拗くれたコード進行も一応合意している程度の取り決めだと思う。後は、出来るだけ「自由」に演奏しよう、既成の決め事に則らずに、自分の感覚、自分のテンポで演奏してみよう、という感じの「演奏時の心得」みたいなものがあっただけではないか、と睨んでいる。
 

Change_of_the_century

 
オーネットのアルトのインプロビゼーションは、軽快な高速フレーズの連発で、ジャズの奏法としては「ビ・バップ」を踏襲するものだといえよう。チャーリー・パーカーばりの高速フレーズの連発ではあるが、そのフレーズは既成概念を取っ払った、いかにも自由なもの。というか、自由に吹いている様に聴こえる様に、ちゃんと考えて吹いていると言った方が良いかも知れない。全曲、通して聴くと、どの曲も十分に計算され考慮された雰囲気がプンプンする。 

オーネット・コールマンが描いた「フリー・ジャズ」は、このアトランティック・レーベル第二弾の『Change of Century』で、一旦の完成を見たのではないか。非常にこなれて非常に整った内容である。オーネットの「フリー・ジャズ」のフリーは、出来るだけ「自由」に演奏しよう、既成の決め事に則らずに、自分の感覚、自分のテンポで演奏してみよう、という感じの「フリー・ジャズ」である。基本的に「既成概念の打破」という思想が、それぞれの演奏に織り込まれている。

この『Change of Century』は、先のアトランティック・レーベル第1弾のリーダー作である『The Shape Of Jazz To Come(ジャズ来るべきもの)』と対で聴いて頂きたいですね。当時の「オーネットの考えるフリー・ジャズ」がしっかりと理解出来ること請け合いです。意外と純ジャズしていて、ちょっと捻れた、ジャズとして美しい演奏の数々です。

 
 

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2013年3月 4日 (月曜日)

カールトンの初アコギ盤

ギターには、大別して2形態、アコースティック・ギター(アコギ)とエレクトリック・ギター(エレギ)とがあるが、同じギターだから弾き方も同じと思われている向きもあるが、どうして、アコギとエレギでは弾き方が違う。

まず、弦の種類が全く異なるし、弦の柔らかさも違う。アコギはギター自身の「生音の鳴り」が全てであるが、エレギはアンプを通した「電気的に加工された鳴り」である。ネックの太さも違うし、まあ、アコピとエレピくらいに違うと考えて良いのではないか、と思う。

よって、エレギを専門に弾いているギタリストが、ちょいとアコギに持ち替えて、アコギを専門のエレギの様に、スラスラと弾けるのかといえば、そうでは無いだろう。ジャズ界でエレギとアコギの両方を遜色なく弾き分けるギタリストは少ない。

そんな、エレギとアコギの両方を遜色なく弾き分けるギタリストの一人がラリー・カールトン(Larry Carlton)。元々はこのギタリストは、セミアコの専門。Gibson ES-335が愛用機種で、その最高の弾き手として「Mr.335」と呼ばれる。

セミアコとは、セミ・アコーステック・ギターの略で、アコギの様に「生音の鳴り」を活かしつつ、エレギのアンプを通した「電気的に加工された鳴り」が特徴の、基本的にエレギの一種。
 

Alone_but_never_alone

 
そんなエレギの専門であるラリー・カールトンが、アコギに挑戦したアルバムが『Alone/But Never Alone』(写真左)である。1985年のリリースになる。このアルバムこそが、ラリー初の、全曲アコギによるアルバムである。

これがまあ素晴らしい内容なんですね。一言で言うと「優しくて美しい」。アコギの響きを鳴りを最大限に活かして、とにかく「優しくて美しい」フレーズを連発します。エレギの時のファンキーな雰囲気は全く影を潜め、爽やかで透明感と切れ味のある音を引っさげて、全編、アコギを弾きまくります。

それまで、アコギのジャズの有名どころは、ナイロン弦だったんですが、このアルバムで、ラリー・カールトンが、主に使用しているアコギはスチール弦のアコギです。フォークやカントリーでは主役となり得るスチール弦のアコギなんですが、ジャズで活躍出来るとは思いませんでした。そういう意味でも、このカールトンの初アコギ盤は、当時、僕からすると「目から鱗が落ちる」でした。

スチールのアコギで、ここまで表現豊かに優しく美しく弾きこなせるなんて、いや〜感心することしきり、です。1985年のリリースなんで、アルバム全体の音作りが、ちょっと「デジタル臭い」のですが、それを凌駕する、カールトンのアコギの「優しくて美しい」音色がフレーズが素晴らしい。

ジャケット・デザインも秀逸で、僕はこの望遠鏡を覗く子供のイラストをあしらったジャケットが大好きです。タイトルの『Alone/But Never Alone』にピッタリな感じで、ジャケ買い御用達というところもこのアルバムの良い所です。1980年代のスムース・ジャズの名盤の一枚です。フュージョン者の方々にお勧めです。

 
 

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2013年3月 3日 (日曜日)

ECのお気に入りな作品の一枚

1974年、麻薬中毒から復活したクラプトンが、気合いを入れて発表した名作である。Eric Clapton『461 Ocean Boulcard』(写真左)。ジャケット・デザインからして、米国南部、フロリダ州マイアミって感じが溢れんばかりで、このアルバムの個性である「レイド・バック」な雰囲気がプンプンしている。

このアルバムには、ボブ・マーリー作のレゲエな名曲「I Shot the Sheriff」をカバー・ヒットが含まれている。この「I Shot the Sheriff」の大ヒット(全米No.1となっている)によって、クラプトンの復活とキャリアを内外に印象付け、ソロのクラプトンにとって、最初のジャイアント・ステップとなったアルバムである。

この大ヒットした「アイ・ショット・ザ・シェリフ」に代表されるように、このアルバムには、レゲエを始めとするジャマイカな雰囲気や当時の米国南部のサザン・ロックのトレンドであったレイド・バックな雰囲気が蔓延しており、それまでのクラプトンとは似ても似つかぬ、別人の様な音世界である。

このアルバムの発売当時は、僕は高校1年生。かの映画研究部にて拝聴した時には、なんだか寛ぎ過ぎていて、『Layla and Other Assorted Love Songs』の時のような、エレギを渋くリラックスしつつ弾きまくるサザンロック的雰囲気は、時たま見え隠れする程度。「もう少し、しゃきっとせんかい」と心の中で思ったことを覚えている。でも、今の耳では、この「寛ぎ過ぎ」が良いのですね。歳は とってみるものです。でも、当時、「クラプトンはどこへいくのだろう・・・」と漠然と不安になったのが正直なところ。

スタジオ録音の場合、ライブの様なテンションの高さや勢いに乗ったパフォーマンスな雰囲気が伝わりにくいので、この「寛ぎ過ぎ」が退屈に感じたりするので、この『461 Ocean Boulcard』は、レイド・バックな雰囲気の中でも「寛ぎ過ぎ」ギリギリの雰囲気。
 

461_ocean_boulevard

 
ジョージ・テリーの溌剌エレギが、その「寛ぎ過ぎ」の雰囲気をギリギリのところで救っている。そう、このアルバムでの聴きどころのひとつが、ジョージ・テリーのエレギ。このアルバム、意外とクラプトンはギターを弾いていないんですよね。エレギのソロなど、結構、ジョージ・テリーに任せている。意外と、このアルバムでのエレギのソロって、クラプトンのソロばかりと思われているロック者の方々って、結構、いるのでは無いでしょうか。その辺のところは、クラプトンの戦術勝ちですよね(笑)。

ラストの「Mainline Florida」が格好良い。そんなジョージ・テリーの作品なんですが、クラプトンが演奏しそうな、クラプトン風な米国南部のサザン・ロックですね。タイトなリズムに、格好良いギターのリフ。怪しげなスライド・ギターも印象的で、実に格好良い曲です。この様に、このアルバム、意外とジョージ・テリーの活躍で名盤化しているような感じもします。

冒頭の溌剌とした「Motherless Children」から、2曲目の思い切りレイド・バックした寛ぎ過ぎな「Give Me Strength」の落差が堪らない(笑)。この2曲の雰囲気が、このアルバムの個性を代弁しています。リラックスしたサザン・ロックな溌剌さも良いが、 思い切り寛ぎ過ぎなレイド・バックも良い。そんなアルバムの創り手からのメッセージを感じます。

クリーム解散後、デラニー&ボニーに影響されて走った「スワンプ」から、米国南部のサザン・ロックへの流れ流れて、たどり着いた先が、この『461 Ocean Boulcard』のレゲエを始めとするジャマイカな雰囲気や当時の米国南部のサザン・ロックのトレンドであったレイド・バックな雰囲気なんだと思います。事実、70年代クラプトンは、このアルバムの音世界を煮詰めていくことになります。

レイド・バックな雰囲気の中でも「寛ぎ過ぎ」ギリギリの雰囲気が心地良く、思いっきり肩の力が抜けた素晴らしいアルバムです。ブルース、スワンプ、レゲエ等が上手くミックスされた音世界は、今の耳で聴いても個性的なものです。個人的には、クラプトンの数ある作品の中でも良く聴く、お気に入りな作品の一枚です。

 
 

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2013年3月 2日 (土曜日)

クラプトンを聴き直さんとなあ

この3月、3年ぶりに、Eric Clapton(エリック・クラプトン)のニュー・アルバムがリリースされるという報に接して、そう言えば、しばらく、クラプトンを聴いていないなあ、と思った。新譜は2005年の『Back Home』以来、御無沙汰だし、これはあかんなあ、としばし反省である。

ということで、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の「懐かしの70年代館」では昨晩から、エリック・クラプトン祭である(笑)。といっても、懐かしの70年代館なので、まずは70年代クラプトンから聴こう、ということで、選んだアルバムというか、ボックス盤が『Crossroads 2(Live In The Seventies)』(写真左)。

この『Crossroads 2』は1996年にリリースされたCD4枚組のボックス盤で、1970年代のライブ音源全35曲を収録。CD4枚のトータル時間は約4時間半とボリューム抜群。Live In The Seventies と副題にある位なので、このライブ・ボックス盤には、1970年代クラプトンの美味しいところがギッシリと詰まっている。

全35曲は年代順に並べられているとされる『Live In The Seventies』 であるが、ボックス盤の最初に収録されているのは、1974年のアルバム『461 Ocean Boulevard』のアウトテイク『Walkin' Down The Road』で、ちょっと「アララ」と肩すかしを食ってしまうところはご愛嬌(このアウトテイクを冒頭に持ってきた動機は不明である)。

しかし、2曲目からはご安心下さい。1974年7月19日にカリフォルニアの Long Beach Arena でのライブ『Have You Ever Loved A Woman』から、1978年11月28日にイギリスの Victoria Hall での『Crossroads』までライブ音源が続き、最後は1978年のアルバム『Backless』からのアウトテイク3曲で締め括られる。

こうやって内容をまとめてみると、このボックス盤は70年代クラプトンの「ショーケース」的存在やなあ、と改めて感心する。
 

Crossroad2

 
70年代クラプトンと言えば、70年代初頭、デラニー&ボニーの影響をもろに受けて、米国南部のロックのテイスト「スワンプ」に走り、デュアン・オールマンに出会い、サザン・ロックに身を投じる。そこで生まれた名盤が『Layla and Other Assorted Love Songs(いとしのレイラ)』である。

その後、ジョージ・ハリソンの妻、パティへの横恋慕が昂じてドラッグに走り、遂には演奏不可能な状態に陥ってしまう。しかし、そこは何とか踏ん張って、1974年、レゲエなヒット曲「I Shot The Sheriff」を引っさげてカムバック。

ここでのクラプトンは、スワンプからサザン・ロックの雰囲気を引きずりつつ、当時、サザン・ロックのトレンドだった「レイド・バック」をいち早く取り入れてた、スロー・テンポからミッド・テンポが中心の、適度にユルユルのブルース・ロック。これが、70年代クラプトンの完成形となった。

そんな70年代クラプトンの完成形となった、適度にユルユルのブルース・ロックが、このボックス盤の中にてんこ盛り。リーダー作の世界では『461Ocean Boulevard』から『There's One in Every Crowd』そして『Slowhand』の音が中心に収録されている。

これが良いんやなあ。僕はクラプトンの歴史の中では、70年代クラプトンの音が圧倒的に好きだ。特に、『461Ocean Boulevard』から『There's One in Every Crowd』の2枚は大の愛聴盤で、当然、このライブ・ボックス盤『Crossroads 2』は、70年代クラプトンの音はこれだけでも良い、と思う位に、大好きなライブ盤である。

録音も良いライブ音源で、当時クラプトンが愛用していたエレギ「ブラッキー」の音が凄く心地良い。伸びの良い高音、締まりの良い低音、ストロークの安定感。この時代のクラプトンの「ブラッキー」は無敵のエレギである。この「ブラッキー」のライブでの音を心ゆくまで楽しめるところも、この『Crossroads 2』の素晴らしいところ。

3月12日発売の新譜『Old Sock』を入手するまでに、ちょっとクラプトンを聴き直さんとなあ。特に、21世紀に入ってからのクラプトンとは疎遠になっているので、ちょっと詰めておかなきゃあかんなあ、と気合いを入れ直している。

 
 

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2013年3月 1日 (金曜日)

タイトルずばり『Free Jazz』

フリー・ジャズを開拓したジャズメンとして紹介されるオーネット・コールマン。フリー・ジャズの祖、と呼ばれるだけで、ジャズ初心者の時は思わず敬遠してしまう、そして、ジャズはハードバップが全てと認識しているジャズ者の方々からは忌み嫌われる。オーネット・コールマンはちょっと損をしている。

恐らく、このアルバムの存在がそんな誤解に拍車をかけるんだろうなあ。そのアルバムとは『Free Jazz』(写真左)。アルバムのタイトル自体が「ど真ん中」(笑)。自ら「フリー・ジャズ」の担い手と認識しているところが、オーネット・コールマンの凄いところというか、とっぽいところである。

1961年12月の録音。パーソネルは、Ornette Coleman (as), Don Cherry (tp), Scott LaFaro (b), Billy Higgins (ds), Eric Dolphy (bcl), Freddie Hubbard (tp), Charlie Haden (b), Ed Blackwell (ds)。ん〜っ、よくよくパーソネルを見ると、ダブル・カルテット構成ですね。

すなわち、オーネット・コールマンのカルテット(ドン・チェリー、スコット・ラファロ、ビリー・ヒギンズ)と、ここではバスクラリネットに専念しているエリック・ドルフィーのカルテット(フレディ・ハバード、チャーリー・ヘイデン、エド・ブラックウェル)が同時に演奏するという、今から思っても「どうしてそ〜なるの」的な、摩訶不思議なフォーマット。

さぞかし、混沌とした、不協和音の坩堝(るつぼ)の様な演奏が延々と繰り広げられるのだろうなあ、とちょっと憂鬱な面持ちで、このアルバムに耳を傾けてみると、どうしてどうして、結構、メインストリームなジャズではありませんか(笑)。 
 

Ornette_free_jazz

 
僕は、オーネットの「フリー・ジャズ」を「規則やアレンジやコード進行に縛られないが、なんらかの取り決め、なんらかの決めごとに則って、フリーキーな風に吹く、限りなく自由度の高い即興演奏」と理解している。決して、本能の趣くまま、無勝手に調性を全く無視して吹きまくるのでは無い。それは「音楽」では無く「音」だろう。

つまり、それまでの従来の決め事、形式、ルーティンに囚われず、出来る限り自由に、出来る限り自分の感性に従って演奏する。それをオーネットは「フリー・ジャズ」と呼んだのではないか、と睨んでいる。しかし、高邁な音楽理論みたいなものは無い。あくまで感覚と簡単な取り決めのみで進行されていくようだ。

そういう感じでこのアルバム『Free Jazz』を聴くと、結構、真っ当な、というか、正統なメインストリーム・ジャズの枠の中にしっかり入っている、実に伝統的なジャズに聴こえる。

段取りはしっかり決められていたのは間違いないでしょう。皆、自由に振る舞っている様ですが、合い間合い間に短いテーマも入るし、かけあいもあるし。しっかりとアレンジされている。特にリズム・セクション。二人ずついるベースとドラムスも役割分担がしっかりとなされている。

つまり、出来る限り自由に、出来る限り自分の感性に従って演奏するんだが、決して、同じ楽器で演奏が重ならない様に配慮する。この「配慮」がこれまた、出来る限り自由に、の部分を増幅しているように聴こえる。

『Free Jazz』のタイトルにびびらずに、ジャズ者中級者以上の方々は手を出して良い、意外と正統派のメインストリーム・ジャズだと思います。しかし、この演奏を自ら『Free Jazz』って名付けるかなあ。意外とオーネットって、あっけらかんとしていて図々しいのかもしれません(笑)。

 
 

大震災からもうすぐ2年。でも、決して忘れない。常に関与し続ける。

がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力しよう。 

Never_giveup_4

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