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2013年2月10日 (日曜日)

密かに太田裕美のマニアである

太田裕美。今を去ること、ずーと昔のこと、今を去ること35年ほど前のこと、高校〜大学時代の僕は、密かに太田裕美のマニアであった(今もだけど・・・笑)。太田裕美といえば、かの有名な「木綿のハンカチーフ」で一世を風靡し、その当時はアイドル歌手としてその名を馳せた女性ボーカリストである。

その太田裕美であるが、当時、珍しいポジションにいた。当時は、まだまだ歌謡曲全盛の時代、やっとニューミュージックという言葉が出始めた頃、太田裕美は歌謡界に身を置きながら、歌う曲はニューミュージック系の佳作が多かった。少し舌っ足らずな、印象の残るボーカルで、結構、身にしみる佳曲の数々を歌いこなしていた。そして、時代が進むにつれ、シティポップ系の楽曲に馴染んでいく。非常にユニークな存在だった。

『太田裕美の軌跡 〜 First Quarter 〜』(写真左)という、太田裕美マニア垂涎のボックス盤がある。

その中身といえば、まずはシングル特集。シングルのA面B面がズラーっとデビューから現在まで並んでいる。この企画は僕のようなマニアにはたまらない企画です。それと、未発表・別バージョン音源とボーカルとして参加している音源。そして、CM音源とライブ音源。この辺りになってくると、かなりマニアック。加えて、おまけに「書き下ろしの新曲」。マニアにとっては、至れり尽くせりの内容。

このボックス盤を聴き返していて、ふと思う。なぜ、高校〜大学の多感な頃にマニアになったのか。彼女の風貌に惚れたわけでは無い。当時、流行のシンガーソングライター出身でも無い。つまるところ、僕は純粋に、太田裕美というシンガーの、その「個性」に惚れ込んだのだった。

やや舌っ足らずの歌い方に、ハスキーで丸いファルセット(ウラ声)。それと、彼女の唄う歌の「個性(やはり、松本隆と筒見京平のコンビが絶妙)」に惚れ込んだのだった。それと、彼女の唄うそれぞれの曲は、高校〜大学時代の青春時代の経験と想い出とが、かなりの点でオーバーラップするのだ(つまり、追体験できる曲が多かったですね)。太田裕美のボックス盤のCDを聴きながら、太田裕美の個性と自分の青春時代の想い出が交錯するところが実に良い。

「雨だれ」でデビューした太田裕美ではあるが、このデビュー曲から暫くは、何の変哲もない、アイドル路線まっしぐらの、いかにも歌謡曲らしい曲が続く。
 

Hiromi_ohta_first_quarter

 
しかし、その流れの中で唯一輝く「木綿のハンカチーフ」だけは白眉。まず、出だしの弦のアレンジ。これがたまらん。このアレンジがこの曲を名曲にしたといっても過言ではない。それと、斬新な印象の恋人の間の会話形式の歌詞。この「木綿のハンカチーフ」の歌詞は、当時としては実に新鮮だった。この曲が流行った頃、僕は高校2年生の冬。歌詞の内容にある男の心情の変化に憤慨しながら(笑)、この曲のアレンジには強い印象を持ったことを覚えている。

この名曲のバリエーションが「赤いハイヒール」。「木綿のハンカチーフ」に比べると歌詞のまとまり感はやや落ちるが、僕はこの曲の歌詞の内容の方が圧倒的に好き(僕は基本的にハッピーエンド好き)。曲としては、マイナー調から途中でメジャー調に転調する部分が僕にはたまらん。どうも、転調したり、リズムが変わったりする曲にからきし弱い(大好き)、という僕の音楽の嗜好の一つに、生まれて初めて、気がついたのがこの曲である。

しかし、僕が思うに、「しあわせ未満」あたりから、太田裕美の世界が変わっていったのではないかと。明らかにこの「しあわせ未満」から、太田裕美の歌の世界は変わっている。急速に、当時で言う「ニューミュージック化」していくのだ。

当時珍しいボサノバ調の「恋愛遊戯」、そして、最初のピークが「九月の雨」。「車のワイパー、透かして見てた、都会に煌めくイルミネーション」、出だしの歌詞が結構ふるっている。まだまだ、松本隆/筒美京平のゴールデンコンビの曲ではあるが、従来の歌謡曲の歌詞には無い展開であり、アレンジも旧来の展開から急速に脱皮していく。明らかに「ニューミュージック」の影響が見て取れるのだ。

その影響が進んで、ついにニューミュージック系のミュージシャンから曲の提供を受け始める。「失恋魔術師」(吉田拓郎)、「君と歩いた青春」(伊勢正三)、「青空の翳り」(来生えつこ/浜田金吾)、「さらばシベリア鉄道」・「恋のハーフムーン」(大滝詠一)などなど、きら星の如く、ニューミュージック〜シティポップ系の秀作が並ぶ。

1977年から1981年までの約5年間、太田裕美の世界は、ニューミュージック〜シティポップ系の「隠れた名曲」の宝庫といっても過言ではない。「歌謡曲のジャンルの中でのニューミュージック〜シティポップ系の曲を歌う」という不思議なポジションと、どれもが追体験できそうな、その歌詞の内容の「繊細さと身近さ」と、ニューミュージックをベースとしたその曲調とアレンジ。

太田裕美の歌う曲は、僕の浪人〜学生時代の中で、それぞれが輝いていた。僕の「隠れたお気に入り」である。

 
 

大震災からもうすぐ2年。でも、決して忘れない。常に関与し続ける。
がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力しよう。 

Never_giveup_4

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