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2013年2月の記事

2013年2月28日 (木曜日)

アダムス=ビューレン再び・・・

さて、耳休めのハードバップから、ポスト・コルトレーンというか、コルトレーンのフォロワーの話題に戻そう。

George Adams & Don Pullen Quartet、「アダムス=ビューレン・カルテット」の話題に戻しましょうか。僕は、コルトレーンのフォロワーの音を聴くことが、とても楽しくなってきた1980年代初頭、アダムス=ビューレン・カルテットに出会った(2月20日のブログ参照・左をクリック)。

ジョン・コルトレーンの音世界に根ざしながらも、そのコルトレーン・ミュージックを整理し発展させ、より拡がりと彩りのある、自由度の高い即興音楽に度肝を抜かれ、それから、アダムス=ビューレン・カルテットに「ぞっこん」。今では、アダムス=ビューレン・カルテットの「お気に入りの3部作」が、時々取り出してきては聴く、長いスパンでの「ヘビロテ盤」になっている。

そのアダムス=ビューレン・カルテットの「お気に入りの3部作」の最初は、アダムス=ビューレン・カルテットの出会いであった、1980年8月の録音の『Earth Beams』。2作目が、1981年4月の録音の『Life Line』。そして、3作目が、1984年2月の録音の『Decisions』。この3作がお気に入りである。

今日は、この中から、1984年2月の録音の『Decisions』(写真左)を採り上げる。アダムス=ビューレン・カルテットの9作目に当たる。ちなみにパーソネルは、George Adams (ts,vo), Don Pullen (p), Cameron Brown (b), Dannie Richmond (ds) の鉄壁の4人。
 

Adams_pullen_decisions

 
9作目なので、カルテットとしても成熟した味わいを見せた演奏となっていて、どの曲を取ってみても、アダムス=ビューレン・カルテットの音である。これがまあ、感心するばかりである。カルテットとしてのまとまりが抜群。

自由度が高い、適度にアブストラクトな面をみせながらも、十分にアレンジされ、十分にリハーサルされ、しっかりと演奏全体のイメージをバンド全体で共有化した、素晴らしい即興演奏。できる限りの自由度を追求しながらも、必ず伝統のど真ん中に戻ってくる「構築美」。

アダムスのテナーは、かなりアブストラクトに振れる面が強く出て、限りなく自由に吹きまくっていて、遂には歌い出したりする。ボーカルも「楽器」の一部。アダムスは、テナーで歌い、肉声で歌う。ピューレンの十八番「こぶし奏法」は、ちょっと大人しめですが、適度に「グリグリ」しています(笑)。この「グリグリ」が趣味の良いアブストラクトさで僕は好きです。

そして、僕はこのアルバムの2曲目「"His Eye Is on the Sparrow」をこよなく愛しています。アダムスのテナーとピューレンのピアノのデュオ。朗々と歌い上げるテナー・バラード。リリカルにロマンティックに、そしてゴスペルチックに寄り添うピューレンのピアノ。息をのむほどの素晴らしいバラード演奏。至福の4分28秒。

良いアルバムです。ハードで時にフリーキーになる瞬間がありますが、これも適度な度合いで納めて、基本はメインストリームなジャズです。聴き易く、自由度の高い即興演奏。このアルバム、アルバム・ジャケットが何種類もあるんで困るんですが、僕は、写真左のものが馴染みです。

 
 

大震災からもうすぐ2年。でも、決して忘れない。常に関与し続ける。

がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力しよう。 

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2013年2月27日 (水曜日)

このライブ盤も程良い「耳休め」

昨日のブログで「耳休め」のハードバップ盤をご紹介した。1957年録音のコッテコテのハードバップ。ハードバップ全盛時代の勢いを感じさせるアルバム。今日は、もう一枚「耳休め」のハードバップ盤を・・・。

もう一枚の「耳休め」のハードバップ盤とは、The Uptown Quintet『Live in New York』(写真左)。The Uptown Quintetのパーソネルは、Ryan Kisor (tp), Ian Hendrickson-Smith (as), Spike Wilner (p), Barak Mori (b), Charles Ruggiero (ds)。2004年4月26日のライブ録音。

The Uptown Quintetのパーソネルを見渡すと、トランペットのライアン・カイザー以外、今となっては僕にとって無名のメンバーばかり。つまりは、ライアン・カイザーのクインテットという感じだろう。それでも、このライブ盤を通して聴くと、このクインテットのメンバーは誰もが確かなテクニックと個性を持った一流どころであることが判る。

このライブ盤が録音されたのは2004年、21世紀に入ってからである。このライブ盤には、21世紀のハードバップが詰まっている。バリバリの若手が演奏する古典的ハード・バップ、それも、ファンキー・ジャズがメイン。音の重ね方、コードの選択、インプロビゼーションの展開など、実に新しくクールで、しっかりと、最新の純ジャズの響きを有した、格好良くて、メロディアスで、楽しさ満載のアルバムです。
 

Uptown_quintet_live_newyork

 
しっかりとアレンジされ、しっかりとリハーサルされ、しっかりと演奏を積み重ねた、クールで流麗なハードバップ。破綻することはもとより、ミスタッチ、ミストーンも無い、ハイテクニックなハードバップ。熱気溢れるというよりは、しっかりと抑制され制御されたハードバップ。これぞ、21世紀のハードバップの一形態である。

ユニゾン&ハーモニーをばっちり合わせて、ハイテクニックをさり気なく駆使して展開するインプロビゼーション。周りの音をしっかり聴きながら、自分の番が回ってくるなり、今までのジャズの表現方法、演奏方法から相応しいものをチョイスして、さり気なくテクニックを駆使しつつ、自らの個性もはっきりと主張する。これが21世紀のジャズメンの代表的スタイルだろう。

いとも簡単そうに演奏するんで、もしかして簡単なルーティンを演奏しているだけかな、と誤解してしまいそうになる位、さり気なく出しゃばらず、テクニックを駆使して、素晴らしいハードバップを繰り広げる。テクニック良く、程良くコントロールされ、程良くアーティステックなハードバップ。これが21世紀のハードバップの一形態だろう。

ちょっと録音に難があるんで、そこがちょっと玉に瑕なんですが、ライブ盤全体の雰囲気は悪くありません。良い感じの21世紀のハードバップが追体験出来る佳作でしょう。このライブ盤も、良い「耳休め」のハードバップ盤です。

 
 

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2013年2月26日 (火曜日)

「耳休め」のハードバップ

最近、コルトレーンのフォロワーの結構ハードなジャズを聴いてきたので、ここらでちょっと一休み。コッテコテのハードバップ・ジャズを聴いてみたりする。

で、選んだアルバムが、Milt Jackson『Bags & Flutes』(写真左)。タイトルの「Bags」はミルト・ジャクソンのあだ名。タイトルを読み解くと「ミルト・ジャクソンとフルート達」となる。「Flutes」という複数形なところが「ミソ」。

1957年5月21日、6月10日と17日の録音。ちなみにパーソネルは、Milt Jackson (vib), Bobby Jaspar (fl,tracks 1/7), Frank Wess (fl,tracks 2-6), Tommy Flanagan (p,tracks 1/7), Hank Jones (p,tracks 2-6), Kenny Burrell (g), Percy Heath (b), Art Taylor (ds)。

ギターのバレルとベースのヒース、そして、ドラムのテイラーは固定。フルートは2人いる。ボビー・ジャスパーとフランク・ウエス。ジャスパーがフルートの時のピアノはフラナガン、ウエスがフルートの時のピアノはハンク・ジョーンズ。まあ、簡単に言うと、フルートのボビー・ジャスパー+フランク・ウエスとヴァイブのミルト・ジャクソンとの共演。

フランク・ウエスとミルト・ジャクソンとの共演と言えば『Opus De Jazz』という大名盤があるんだが、このアルバムでは、7曲中5曲の共演となっている。『Opus De Jazz』が1955年10月28日の録音だから、この『Bags & Flutes』は再会セッションっていうことになるのかな。
 

Bags_flutes

 
この『Bags & Flutes』は、実に寛いだ味のあるセッション集。細部に拘らず、アレンジも大雑把で、とにかく、ドバーッとハードバップなセッションを繰り広げるんで、どちらかと言えば大味なセッション集です。決して、名盤の類のアルバムではありませんが、どうして、なかなか魅力的な内容を隠し持っている魅力的な盤です。

ミルトはヴァイブを叩きまくり、ドライブ感抜群。ジャスパーもウエスもフルートを全開で吹くまくる。バレルのギターも太くて黒くて派手なフレーズを弾きまくり、テイラーはファンキーなビートを叩き出す。ヒースのベースだけが冷静にセッション全体を締めて、セッションの底を支えています。

ミルトの丸くて転がるようなドライブ感のあるヴァイブとウエス&ジャスパーの切れ味良いストレートな吹きっぷりのフルートの音色って相性が良いですよね。

録音も音が割れ気味で、あまり良く無いんですが、アルバムの演奏全体からは、ハードバップの覇気とようなものがビンビンに伝わってきます。適度にリラックスして、適度なドライブ感があり、そこはかとなくテクニックを忍ばせ、アンサンブルをバッチリ決める。いや〜、このアルバム、実にハードバップですよね〜。

ジャケット・デザインも直接的で大雑把。ミルト・ジャクソンの代表的名盤に名を連ねる盤ではありませんが、たまに引きずり出してきては繰り返し聴く、そんな長いスパンでの「ヘビロテ盤」ではあります。意外と気に入っています。

 
 

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2013年2月25日 (月曜日)

ビリー・ハーパーをもう一丁

2月19日のブログ(左をクリック)でご紹介したビリー・ハーパー(Billy Harper)。1970年代のビリー・ハーパーの諸作は、コルトレーンを理解する為の教科書的存在でした。とりわけ、ジャズ者初心者の頃、随分お世話になりました。

良い意味で、ビリー・ハーパーの個性は「金太郎飴」。どのアルバムを取ってみても、「判りやすいコルトレーン」若しくは「口語体のコルトレーン」。コルトレーンから「精神性」と「あまりに高度なモーダルな感覚」そして「過度なシーツ・オブ・サウンド」を取っ払って、展開とフレーズを判り易くしたテナー。

先にご紹介した『Black Saint』なんぞは、そんな判り易いコルトレーンとして、ビリー・ハーパーの代表的なリーダー作。ビリー・ハーパーのテナーはシンプルで、どこかメロディアス。フリーキーな節回しもあるが、適度な長さで次の展開に移るので、ウンザリすることも無い。とにかく聴き易い。キャッチャーなフレーズもところどころに散りばめられて、とにかく親しみ易い。

しかし、人間は「飽きる動物」である。ビリー・ハーパーを愛でるリーダー作が『Black Saint』一枚だと、ちと飽きる。ということで、更にもう一丁、かの秘密の喫茶店で、ビリー・ハーパーのアルバムをカセットにダビングさせて貰った(そもそも、ビリー・ハーパーのリーダー作を売っているレコード屋って本当に少なかったので、なかなか手に入らなかった)。
 

Trying_to_make_heaven_my_home

 
ビリー・ハーパーをもう一丁のノリで選んだアルバムが、Billy Harper『Trying To Make Heaven My Home』(写真左)。1979年3月3ー4日、ドイツはシュトゥットガルトでの録音。 ちなみにパーソネルは、Wayne Dockery (b), Malcolm Pinson (ds), Armen Donelian (p), Billy Harper (ts), Everett Hollins (tp)。ドイツのレーベルMPSに残した佳作。

何故このアルバムを選んだのか。まず、ジャケットが良い。なんとなくエキゾチックでジャズっぽく無くて、なんとなく格好良い。そして、曲名を見渡すと、3曲目「Love On The Sudan」の曲名が目を惹く。邦訳すると「スーダンの愛」。「スーダン」かあ。なんだかエキゾチックで良い。そんな感覚中心で選んだアルバムではある。

しかし、良い意味で、ビリー・ハーパーの個性は「金太郎飴」。このアルバムにおいても、シンプルでどこかメロディアス。フリーキーな節回しもあるがしつこく無い。聴き易くキャッチャーなフレーズもところどころに散りばめられて、とにかく親しみ易い、そんなビリー・ハーパーのテナーがてんこ盛り。

この『Trying To Make Heaven My Home』でのビリー・ハーパーのブロウは、先の『Black Saint』より、フリーキーでアブストラクトなブロウが沢山詰まっている。そういう意味で、この『Trying To Make Heaven My Home』は、よりハードでより硬派な内容である。が、やっぱり、親しみ易く、聴き易いんだよな〜。

このアルバムも、僕にとっては、コルトレーンを理解する為の教科書的存在。学生時代、『Black Saint』と合わせて、結構、聴きました。このビリー・ハーパーの2枚のリーダー作で、コルトレーン・ジャズに対する免疫と理解力が出来たのではないか、と思っています。今でも感謝感謝の2枚のビリー・ハーパーです。

 
 

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2013年2月24日 (日曜日)

『A Song for You』を愛でる

アバ(ABBA)と並行して、カーペンターズ(The Carpenters)の聴き直しもしている。これが、また良いんですよね。今の耳で聴き直してみると、結構、素晴らしい内容のアルバムが目白押し。

さて、ヒットソングと優れたポップスソングをバランス良く散りばめた、カーペンターズの数あるアルバムの中で、この『A Song For You』(写真左)が、ナンバーワンのアルバムだろう。

カーペンターズは、どちらかというと、アルバムを通してコンセプトで攻めるタイプでは無く、シングル・ヒット・メーカーとしての「コンスタントな一発屋」としての実力が高いと僕は感じている。このアルバムだって、トータルなコンセプトをベースとしたアルバム作りというよりか、シングル・ヒットを狙って作成された曲の積み上げという印象が強い(どの曲も1曲の所要時間も3分前後から4分弱と短い)。

とにかく、このアルバムを通して聴くと、シングルカットされた曲もそうでない曲も、どれもが全てどこから聴いても、頭のてっぺんから足のつま先まで、何から何までが「カーペンターズ」なのだ。

どの曲を取っても、どの曲をシングルカットしてもヒットするであろう、素晴らしい歌曲の数々が、これでもかこれでもかと畳みかけてくる。続けて聴くと息苦しくなるような、密度の高いアレンジとコーラス。とにかく、何から何まで素晴らしい。そんな、当時のカーペンターズの飛ぶ鳥を落とす勢いを、ひしひしと感じることが出来る、重厚な内容となっている。

ちなみに、オリジナルのアルバム・ジャケットは写真左のもの。写真右のものは、日本で1972年に発売された時のアルバム・ジャケット。いやはやオリジナル尊重なんて「どこ吹く風」。この日本のレコード会社の暴挙。今となっては懐かしいです(笑)。

収録曲は以下の通り。中学生の頃から高校生の頃が、僕のカーペンターズのリアルタイム体験の時代なんだが、曲名については、まずは邦題で覚えているので、 このブログでのカーペンターズの曲の紹介時には邦題を採用させて頂きます。但し、原題が類推し難い「どーしてそうなるの」的な邦題もあるんで、原題も並記しておきます。
 

A_song_for_you

 
1. ア・ソング・フォー・ユー(A Song for You)
2. トップ・オブ・ザ・ワールド(Top of the World)
3. ハーティング・イーチ・アザー(Hurting Each Other)
4. 小さな愛の願い(It's Going to Take Some Time)
5. 愛にさよならを(Goodbye to Love)
6. インターミッション(Intermission)
7. 動物と子供達の詩(Bless the Beasts and Children)
8. フラット・バロック(Flat Baroque)
9. ピアノ・ピッカー(Piano Picker)
10. 愛は夢の中に(I Won't Last a Day Without You)
11. クリスタル・ララバイ(Crystal Lullaby)
12. 明日への旅路(Road Ode)
13. A Song for You (Reprise)

冒頭、あのカーペンターズの代表的シングル曲「スーパースター」を作曲したレオン・ラッセルの隠れた名曲「ア・ソング・フォー・ユー」で幕を開ける。艶やかなカレンの歌声。オルガンを上手く使った、アメリカン・ルーツ・ミュージックを想起させるアレンジ。アメリカン・ルーツ・ポップとして十分評価出来る、リチャードの完璧なまでのアレンジ。そしてそこに、カーペンターズ独特の「エコー」が乗る。

2曲目は、当時、日本で大ヒットした「トップ・オブ・ザ・ワールド」。1971年、中学生だった僕が、歌謡曲から、ポップスひいてはロック、ジャズへと足を踏み込んだ記念すべき曲がこの「トップ・オブ・ザ・ワールド」。当時は、親父から譲り受けたトランジスタ・ラジオで、深夜放送のリクエスト番組を聴きながら、これらのポップスの名曲の数々をリアルタイムで聴いたものだ。

そして、5曲目の「愛にさよならを」で、メロディアスで印象的なギター・ソロを聴かせてくれるのは、トニー・ベルーソというギタリスト。彼の官能的な響きのエレギとカーペンターズ独特のコーラスとエコー、いまでもジーンときます。

そして、僕のもう1曲のお気に入りは、10曲目「愛は夢の中に」。原題は「I Won't Last a Day Without You」。なんでこの原題が「愛は夢の中に」になったのか理解に苦しむが、楽曲としては、素晴らしい、としか形容できないラブ・バラードの絶品。「But I won't last a day without you」、意訳すると「でも貴方が居ないと生きていけないと思うの」って感じになるのでしょうか。カレンが切々とシットリと歌い上げます。

このアルバム『A Song For You』は、とにかく美しい、とにかく感動的な「これぞカーペンターズ」と言える絶品揃いの名盤です。

  
 

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2013年2月23日 (土曜日)

アバの名盤『Arrival』を愛でる

2月9日のブログ「アバ(ABBA)」との出会い(左をクリック)で、スウェーデンのミュージシャン男女4人のコーラス・グループ「アバ(ABBA)」との初めての出会いに触れた。アルバム『ABBA』での出会い。1976年の頃である。

この後、ABBAに再会するのは2年経ってから。大学に入って、行きつけの喫茶店で「あるアルバム」がかかった。このアルバムの導入部、リードの役を司る「When I Kissed The Teacher」の印象的なコーラスを聴いて、これってどっかで聴いたことがあるなあ、とボンヤリと思った。

そこへ、かの有名な大ヒット曲となる「Dancing Queen」がドバーッと入ってきた。印象的なシンセの前奏から、いきなり、アグネタとフリーダのコーラスでサビのフレーズが炸裂する。

You can dance, you can jive, having the time of your life
See that girl, watch that scene, diggin' the dancing queen  

うへ〜、これってABBAやん。当時、浪人ボケに加えて、既にロックを見限ってジャズに鞍替えしていたので、洋楽ポップスの動きにちょっと疎くなっていた。なんてアルバムだろうとレコード・プレーヤーのところまで一目散。これがかのABBAの大名盤『Arrival』(写真左)である。

「Dancing Queen」を聴いて、これはスゲ〜なと思った。これは売れるな、と思っていたら、英では1976年、米では1977年にチャート一位を獲得している。日本では1977年初夏から夏にかけてのヒット曲となっていたのだが、浪人していたので知らなかった。そういや、ラジオで良くかかっていたような記憶が・・・。

1977年の洋楽ヒットが、何故、1978年の行きつけの喫茶店で流れているのか。それは僕達が学生時代の時、第一次ディスコ・ブームが到来していて、当時、アバの楽曲といえば、流行りのディスコ・ミュージックとして、当時の学生のアクセサリーみたいなものだった。
 

Abba_arrival

 
しかし、そこは流石な我が行きつけの喫茶店。この「Dancing Queen」の収録されたアルバム『Arrival』をそっくりそのまま、まとめてかけるのだから趣味が良い。

そう、この『Arrival』は、ABBAの代表作といって良い、素晴らしい内容の名盤で、このアルバムを聴くと「アバ=ディスコ」という図式では無い、アバというグループは、当代きってのポップ・ミュージック・グループであることが判る。収録曲は以下の通り。

1. When I Kissed The Teacher
2. Dancing Queen
3. My Love, My Life
4. Dum Dum Diddle
5. Knowing Me, Knowing You
6. Money, Money, Money
7. That's Me
8. Why Did It Have To Be Me
9. Tiger
10. Arrival

きら星の如く、名曲がズラリと並び、アルバムとしての統一感も抜群。確かにディスコに向いたパンチのある曲もあれば、しっとりと歌い上げるバラード調の曲もある。このアルバム一枚で、ABBAの個性と音楽性の全てが理解出来るし、心ゆくまで堪能出来る。

アルバム全体に漂う北欧テイストが実に魅力的で爽やか。特に、エッジの立った切れ味の良い、一聴してその複雑さと透明感に唖然とするアグネタとフリーダのコーラスが凄い。

どうも、アバといえばディスコを想起させるようで、アバの音楽性や個性に対して、まだまだ偏見があるようなんですが、この『Arrival』を通して聴いて、アバというグループは、当代きってのポップ・ミュージック・グループであることを再認識して頂きたいですね。特に、アバを聴くならベスト番に尽きるなんて、それはちょっと違うなあ、と思います。

 
 

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2013年2月22日 (金曜日)

必聴『ジャズ来るべきもの』

オーネット・コールマンの話題とくれば、この作品は外せない。Ornette Coleman『The Shape Of Jazz To Come』(写真左)。邦題は『ジャズ来るべきもの』。なかなか良く出来た邦題である。

この『ジャズ来るべきもの』は、ほとんどのジャズ入門本に載っている。オーネット・コールマンの代表作、フリー・ジャズの源、フリー・ジャズの聖典とされる。この『ジャズ来るべきもの』を聴けば、フリー・ジャズがなんたるかが判る、とまで言い切った評論もある。

まあ、これは極端な言い方で、この『ジャズ来るべきもの』を聴けば、フリー・ジャズがなんたるかが判る、なんてことは無い。そんなにジャズは単純なものでは無いし、甘いものでも無い(笑)。僕は、そもそもこのアルバムってフリー・ジャズなのか、と訝しがったりしているのだ。

このアルバムの録音は1959年5月22日。1959年と言えば、ハードバップ後期。マンネリを打破する為のモード奏法や、エンタテインメント性を押し出したファンキー・ジャズなどが流行りだした頃。しっかりとアレンジされ、しっかりと演奏のルーティンが決まっていたハードバップ全盛時代にあって、確かに、この『ジャズ来るべきもの』の登場は、理解不能な出来事だったに違いない。

よくよく聴いて見ると、そんなにフリーに吹きまくっている訳でも無いし、アブストラクトに構えている訳でも無い。どう聴いても、フリー・ジャズという風情では無い。基本的に、ハードバップのルーティンに則っているし、コード進行に則っているし、定型なリズム&ビートに則っている。しっかりとした取り決めに則った演奏であることには違いない。
 

The_shape_of_jazz_to_come

 
これのどこが「フリー・ジャズ」なんだ?ってやっぱり思ってしまう。アルバム全体を通して聴くと、出来る限り「自由」に演奏するように、メンバーが皆、振る舞っている。

ハードバップの様に、しっかりとアレンジされて無くても良い、ユニゾン&ハーモニーはキッチリと整然と合って無くても良い、リズム&ビートは多少ずれていても良い、コード進行から少々外れていても良い、決められたコード進行で無くても良い、既成の演奏ルティーンを守らなくても良い、シーツ・オブ・サウンドはコードをばらしたもので無く、適当でも良い。そんな感じで、皆、出来るだけ「自由」に演奏しようと心がけている。

この心がけが集まって、この摩訶不思議な雰囲気の演奏が出来上がっている。このアルバムでの「フリー・ジャズ」のフリーは、この出来るだけ「自由」に演奏しよう、既成の決め事に則らずに、自分の感覚、自分のテンポで演奏してみよう、という感じの「フリー」である。

ちなみにパーソネルは、Ornette Coleman (as), Don Cherry (cor), Charlie Haden (b), Billy Higgins (ds)。この顔ぶれをみれば、いやはや、凄いメンバーですね。この4人でジャズの歴史的な録音がなされた訳です。この顔ぶれを見れば、自由な演奏をやる、っていうことに至極納得。

ジャズ入門本に必ず書かれている「フリー・ジャズの祖」という言葉に惑わされてはいけません。しっかりとメインストリーム・ジャズしていて美しい、そして意外と耳当たりの良い、硬派な即興演奏です。絵画の世界で言うと、シュールレアリスムの手前、「フォーヴィスム」若しくは「キュービズム」辺りでしょうか。

ジャズ者を自認するなら、やはりこの『ジャズ来るべきもの』は一度は聴かないといけませんね。現代のジャズの礎のひとつであることに疑いはありません。 

 
 

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2013年2月21日 (木曜日)

フリー・ジャズには聴こえない

ほんの時たま、聴きたくなるジャズメンというのが何人かいる。頻繁に聴くと、ちょっと「ウザく」なるのだが、ほんの時たまに聴くと、これがなかなか興味深く聴けたりする。そんなジャズメンのひとりが「オーネット・コールマン(Ornette Coleman)」。

オーネット・コールマンは、1930年3月9日生まれ。今年で83歳。素晴らしいことにまだまだ現役である。ジャズ・サックス奏者で、アルトサックスが本業で、トランペットやヴァイオリン弾くマルチ奏者。1960年代に台頭した「フリー・ジャズ」を牽引した。

ジャズ者初心者の頃、僕はこのオーネットがさっぱり判らんかった。判らんというかフリー・ジャズということは判るんだが、どう聴いてもフリー・ジャズに聴こえない。

全く、フリーキーにアブストラクトに吹きまくっているんだが、何だか、とても聴き易い。なんらかの取り決め、なんらかの決めごとに則って、フリーキーな風に吹いている。そんな感じがして、これのどこがフリー・ジャズなのか、と感じてしまって、ジャズ者初心者の僕はオーネットがさっぱり判らんかった。

今日は、Ornette Coleman『Art of the Improvisers(即興詩人の芸術)』を聴いた。1970年11月にリリースされた、1959年から1961年の間の未発表音源集。
 
パーソネルが凄い。Ornette Coleman (as,ts), Don Cherry (pocket tp,cor), Charlie Haden (b), Scott LaFaro (b), Jimmy Garrison (b), Billy Higgins (ds), Ed Blackwell (ds)。 そうそうたるメンバーではないか。
 

The_art_of_the_improvisers

 
このアウトテイク集、意外と面白い。オーネットと言えば「フリー・ジャズ」。フリーなブロウをブリブリ繰り広げているところに、こっそりと「Just For You 」はメロウなバラードで、とても素敵。スコット・ラファロのベースが印象的な「The Alchemy Of Scott La Faro」は意外と硬派な純ジャズ路線。

で、このアルバム、通して聴くと、これってフリー・ジャズ?、って感じになる。硬派で限りなくフリーなモーダルなジャズ、って感じになるんだが、じゃあ、オーネットのフリーキーなフレーズってモードか、と言えば違うだろう。モードもどき、というか、オーネットの独特の感性に則って吹きまわしていく、オーネットならではのモードって感じ。感性的ではあるが理論的ではない。

そして、ドン・チェリーのトランペットが実に印象的。オーネットのアルトより、メロディアスでふくよかなフリーキーなフレーズは、決してアブストラクトでは無い。伝統に則った限りなくフリーではあるが、本能の趣くまま、無勝手流に無茶苦茶に吹きまくるのでは無い、なんらかの取り決め、なんらかの決めごとに則って、フリーキーな風に吹いている。

今の耳で聴いても、やっぱり、どうもこの演奏はフリー・ジャズには聴こえない。限りなく自由度の高い、規則やアレンジやコード進行に縛られないが、なんらかの取り決め、なんらかの決めごとに則って、フリーキーな風に吹いている即興演奏。他のフリー・ジャズより聴き易い。アブストラクトではあるが、メロディアスなオーネットとチェリーのフレーズ。

ユニークなジャズであることには間違い無い。フリー・ジャズの祖と言われるオーネット・コールマンではあるが、聴いてみると意外とメインストリーム・ジャズしていて聴き易い。今でもほんの時たま、聴きたくなるオーネット・コールマンである。久々にオーネットを聴きたくなる時期がやってきた。

 
 

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2013年2月20日 (水曜日)

アダムス=ビューレンとの出会い

秘密の喫茶店のママさんのお陰で、ビリー・ハーパーで聴き馴れたコルトレーン・ミュージックの個性を、次に本家本元のジョン・コルトレーンのリーダー作で確認していく。このやり方で、随分、ジョン・コルトレーンの音楽の理解が進んだ。

そして、そのジョン・コルトレーンのフォロワーの音を聴くことが、とても楽しくなってきた1980年代初頭。僕は、George Adams & Don Pullen Quartetに出会った。このカルテットの音は衝撃的だった。このカルテットは、ジョン・コルトレーンの音世界に根ざしながらも、そのコルトレーン・ミュージックを整理し発展させ、より拡がりと彩りのある、自由度の高い即興音楽を表現した。

このカルテットの結成は1979年。ちなみにパーソネルは、George Adams (ts,fl), Don Pullen (p), Cameron Brown (b), Dannie Richmond (ds)。このカルテットは、バンドとしてのまとまりを強く感じさせるカルテットで、それ故に「アダムス=ビューレン・カルテット」とバンド名で呼ばれる。

ジョージ・アダムスのコルトレーンばりの自由度の高い、ちょっとフリーキーなテナー、エネルギッシュでテンション高い「拳(こぶし)奏法」のドン・プーレンのピアノ(この拳奏法は、YouTube等の動画で確認して下さいね)。力強く芯の入ったキャメロン・ブラウンのベース、そしてダニー・リッチモンドのフレキシブルでハードでロックテイストなドラムと、とにかく元気で格好良い、黒人音楽の伝統に乗っ取った音楽演奏が繰り広げられてます。
 

Earth_beam

 
この「アダムス=ビューレン・カルテット」との初めての出会いは『Earth Beams』というアルバム。1980年8月の録音。このアルバムに、確か1981年に出会った。冒頭の「Earth Beams」を聴いてぶっ飛んだ。はち切れんばかりの情熱と気迫。充実した音の重なり、地に足が着いたリズム・セクション。自由度の高い、適度にアブストラクトな演奏。凄く聴き易い、聴き込みに耐えるハードなメインストリーム・ジャズであった。

自由度が高い、適度にアブストラクトな演奏でありながら、冗長な面や緩慢な面は全く無い。恐らく、十分にアレンジされ、十分にリハーサルされ、しっかりと演奏全体のイメージをバンド全体で共有化した、そんな構築美を感じる、素晴らしい即興演奏。そう、とにかく聴き易い。コルトレーン後期のカルテットと同質の演奏でありながら、この「アダムス=ビューレン・カルテット」の演奏は、圧倒的に聴き易かった。

ハードで時にフリーキーになる曲調のものと、ゴスペルバラード風のもの、テキサス・ツイスト風なもの、元気で格好良い、黒人音楽の伝統に乗っ取った演奏がギッシリと詰まっている。ところどころハードではあるが、全体的に楽しいジャズがここにある。このところどころハードなところがジャズ者にとっては、ちょっと「グッと」くるんですよね〜。耳当たりが良いばっかりだとね〜。やっぱり適度な刺激が無いとね。

「男気」と「男の色気」。そんな言葉を想起させるアダムス=ビューレン・カルテットの『Earth Beams』。僕はこのアルバム『Earth Beams』一枚で、アダムス=ビューレン・カルテットに「ぞっこん」となったのである。

 
 

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2013年2月19日 (火曜日)

急がば回れのビリー・ハーパー

ビリー・ハーパー(Billy Harper 1943年1月17日〜)は、アメリカ合衆国テキサス州生まれのジャズ・テナーサックス奏者。今年で70歳。1970年代後半、ジャズ者初心者の頃、大学近くの秘密の喫茶店で出会った。

ジャズ者初心者の頃、ジャズを聴き始めて2年くらい経った頃だったかと思う。判りやすい入門盤から、自力で聴くアルバムの世界を拡げつつあったんだが、やはり、ジョン・コルトレーンくらいは、聴き親しんでおかねば、と考え、コルトレーンのアルバムを手当たり次第、聴き始めたのだが、何が良いのやら判らない。

プレスティッジ時代のアルバムは辛うじて、コルトレーンの何が良いのかが判りそうなのだが、インパルス時代に至っては良く判らず、フリージャズの世界に至ってはチンプンカンプン。コルトレーンが何をやろうとしているのかが、サッパリ判らなかった。自分はやはりジャズを理解できる耳を持たないのか、と諦めかけたりもした。

そんな時に、秘密の喫茶店のママさんに聴かせて貰ったアルバムが、Billy Harper『Black Saint』(写真左)だった。ママさんは何故、僕にこの盤を聴かせてくれるのか、その意図が良く判らなかった。

ちなみにこのアルバムのパーソネルは、Billy Harper (ts), Virgil Jones (tp), Joe Bonner (p), David Friesen (b), Malcom Pinson (ds)。ビリー・ハーパーはともかく、今でも僕には無名のリズム・セクション。1975年7月21・22日の録音。
 
冒頭1曲目の「Dance, Eternal Spirits, Dance!」の出だしのハーパーのテナー・ソロの音を聴いて、ハーパーはコルトレーンのフォロワーだということは判った。そして、続く展開部のカルテットの音を聴いて閃いた。
 

Black_saint

 

なるほど、ビリー・ハーパーは「判りやすいコルトレーン」、若しくは「口語体のコルトレーン」だと感じた。コルトレーンから「精神性」と「あまりに高度なモーダルな感覚」、そして「過度なシーツ・オブ・サウンド」を取っ払って、展開とフレーズを判り易くしたテナーがビリー・ハーパーである。

ビリー・ハーパーのテナーはシンプルで、どこかメロディアス。フリーキーな節回しもあるが、適度な長さで次の展開に移るので、ウンザリすることも無い。とにかく聴き易い。キャッチャーなフレーズもところどころに散りばめられて、とにかく親しみ易い。ジョン・コルトレーンを理解するのに、とにかく入り易いコルトレーンのフォロワーの音。

僕は、ビリー・ハーパーの1970年代の諸作を聴いて、コルトレーンの音楽が、コルトレーンのブロウが如何なるものかを理解していった。ビリー・ハーパーを通じて、まずはコルトレーンの音の個性を掴み取っていった。「急がば回れ」のコルトレーン・ミュージックの理解である。

なるほど、この手があったか。秘密の喫茶店のママさんの意図が理解出来た。ビリー・ハーパーで聴き馴れたコルトレーン・ミュージックの個性を、次に本家本元のジョン・コルトレーンのリーダー作で確認していく。このやり方で、随分、ジョン・コルトレーンの音楽の理解が進んだ。秘密の喫茶店のママさんに感謝である。

Billy Harper『Black Saint』というアルバムは、コルトレーンを理解する為の教科書的存在。ジャズ者初心者の頃、随分、お世話になりました。

 
 

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2013年2月18日 (月曜日)

8年ぶりのショーターの新作

Wayne Shoterの『Without a Net』(写真左)。サックスの巨人、ウェイン・ショーター、43年ぶりのブルーノートへの復帰作。ショーターって80歳。そんなショーターの力作である。

2005年、Verveからリリースされた『Beyond the Sound Barrier』から8年ぶりになる新作である。もともと寡作のショーター、宇宙と通信出来ないとアルバムを出さないのかもしれない(笑)。

僕がジャズを聴き出した頃、今を去ること35年ほど前、ジャズ・テナーの第一人者は、10年ほど前に亡くなったコルトレーン。続くは、ウェザー・リポートに参加していたウェイン・ショーター。僕はウェザー・リポートが大好きだったので、ウェイン・ショーターには早くから馴染みがあった。

しかし、コルトレーンは判り易さと難解さが混ざり合っていて、ジャズ者初心者でも何とか判る部分があるんだが、ウェイン・ショーターは難解。ウェザー・リポートのウェイン・ショーターは、ウェザー・リポートに合わせているので、まだ判り易いが、ウェイン・ショーターのリーダー作は「ちょっと難解」。

リーダー作のショーターは、限りなくフリーな、思いっきりモーダルなインプロビゼーションと、完全にフリーなインプロビゼーションが中心。そりゃあ、ジャズ者初心者には判り難いよな。
 

Wayne_without_a_net

 
『Without a Net』は、去年10月〜11月の欧州ツアー時のライヴ録音が中心。凄い演奏がてんこ盛り。ちなみにウェイン・ショーター・カルテットのパーソネルは、Wayne Shorter (ss,ts), Danilo Perez (p), John Patitucci (b), Brian Blade (ds)。素晴らしい人選ですね〜。素晴らしいリズム・セクションです。

さて、今回のショーターの新譜『Without a Net』、冒頭の「Orbits」を聴くと直ぐに判る。あの頃のショーターが帰ってきた。バリバリ尖っていた、1960年代後半から1970年代のショーターが戻って来た。思いっきりモーダルで、完全にフリー。凄まじいテンションで、バリバリに吹きまくっている。

ちなみに、6曲目の20分を越える「Pegasus」だけは、それ以前に、ロサンゼルス、ウォルト・ディズニー・コンサートホールで、木管五重奏団のイマニ・ウィンズを迎えて録音されたもの。音の叙情詩の様な演奏。これも「あの日のショーター」。

決して判り易い演奏ではありません。しかし、即興演奏としてのジャズを改めて想起させてくれる、徹頭徹尾、即興演奏の素晴らしさが満載です。典型的なジャズ・インプロビゼーションがこのライブ盤にギッシリと詰まっています。ジャズ者10年選手、ジャズ者中堅〜ベテラン向けの難易度ですね。

このライブ盤の演奏は、ジャズに聴き馴れ、ジャズをまずまず理解したジャズ者の方々にとっては、脳髄にガツンと来る様な即興演奏です。繰り返し聴けば聴くだけ、新しい発見があるようで、どうもこのショーターの新譜は、暫くヘビーローテーションになりそうな気配です。

 
 

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2013年2月17日 (日曜日)

フォーカスというバンドの個性

今日も昨日に引き続き、欧州はオランダ発のプログレ・バンド、フォーカス(Focus)のお話しを。

さて、フォーカスのアルバムを見渡すと、駄作・凡作の類が無いのが判る。そんな中で、まず、このフォーカスというバンドの個性をまとめて感じることが出来るアルバムが、彼らの2枚目の出世作『Moving Waves』(写真左)だろう。

アルバム・ジャケットだけを見ると、恐らく、皆さん、触手が伸びないでしょうねえ。ピンク基調の波の写真の下方にメンバー4人のポートレートがレイアウトされている。ああ、何て趣味の悪いジャケット・デザインだろう。とても優れたプログレのアルバムとは思えない。でも、中身は確かなので、ご安心を(笑)。

さて、趣味の悪いジャケットはさておき、このアルバムは、フォーカスの代表作であり、フォーカスというバンドの個性の全てが詰まっている秀作である。

フォーカスというバンドの個性とは、欧州はオランダ出身のバンドなところで、プログレな演奏のメインは、クロスオーバーなジャズ・テイストであったり、クラシックな旋律であったりする。時に、ヨーロッパの民族音楽風なテイストも見え隠れする。このいかにもヨーロピアンな音作りが,フォーカスの個性。

しかも、演奏テクニックは優秀。1970年代前半に活躍したバンドの中でも上位に位置づけられるテクニックの確かさ。既に、このセカンド・アルバムで、爽やかな、アルバム表題曲をはじめとして、フォーカスの個性は完成されている。
 

Focus_moving_waves

 
軽快、かつ、なんとなくヨーロピアンなロックンロールにのって、タイスの壮絶なヨーデル・ボイスが絡みまくる「Hocus Pocus(悪魔の呪文)」で、冒頭から盛り上がるんですが、この曲の、ハードで捻れたなギターのリフと変てこりんなヨーデル風スキャットを初めて聴いた時には、すっごく戸惑います、というか「絶句」する方が多いでしょうね(笑)。

時に、ヨーロッパの民族音楽風なテイストも見え隠れする、フォーカスの個性と言えば個性なんですが。でも、演奏力は確かです。かなり難度の高いこの曲をいとも容易く演奏しています。

しかし、そこはご安心。2曲目以降はしっかりと「落ち着きます」。2曲目「Le Clochard(ル・クロシャール)」から「Janis」、「Moving Waves」とクラシック風の印象的な旋律をベースに、流麗なバラード調の小作品が続きます。この3曲に、米国ロックや英国ロックでは味わえない、典雅で流麗な欧州プログレ・サウンドをしっかりと感じることが出来ます。フォーカスというバンドの個性です。

そして、フォーカスの数ある楽曲の中で名曲として名高い「Focus II」のダイナミックな展開としっとりとした芳しい叙情性に感じ入るばかり。とにかく、このアルバムには、ヨーロッパの香りがプンプンして、僕のような英国を含む、ヨーロッパ指向の人間にはたまらない。

LP当時、B面全てを占めていた、トータル時間23分の大作「Eruption」は、即興性の高い、クロスオーバー・ジャズ風のインプロビゼーションが展開される。インスト・バンドとしてのフォーカスの真骨頂である。クラシック風の曲の構成、底に漂うロマンティシズム、ダイナミックなロック・ビート、インプロビゼーションにおけるジャズ風の即興性、フォーカスというバンドの持つ個性がこの大作に詰まっている。

フォーカスを何か一枚と言われたら、まず、このアルバムをお勧めです。プログレ・ファン、ジャズロック・ファンの方々には、ジャケット・デザインにびびらずに、一度は聴いて頂きたいアルバムの一枚です。

 
 

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2013年2月16日 (土曜日)

フォーカスは捨てておけない存在

Focus(フォーカス)とは、オランダ出身の70年代を代表するプログレッシブ・ロック・バンドである。1970年、Thijs Van Leer(タイス・バン・レアー)とJan Akkerman(ヤン・アッカーマン)を核として、ベースギター(Martijn Dresden:結成時)、ドラム(HansCleuver:結成時)の4名で結成された。

バンドは初のシングルヒット「悪魔の呪文 : HOCUS POCUS(71年、英国では72年)、セカンドヒット「シルビア」(72年)で、欧米を中心にその勇名を轟かせた。73年、英国の音楽雑誌「メロディーメーカー」による人気投票では、各部門にフォーカスのメンバーが選出されている。とくにヤンがエリック・クラプトン、スティーブ・ハウらを押さえてギタリストNo.1に選ばれたことは、当時、驚くべきニュースだった。

でも、日本ではマイナーな存在でしたね〜。当時のロック雑誌「ミュージックライフ」や「ロッキンオン」などにちょっと紹介されるだけ。高校時代リアルタイムで70年代ロック小僧だった僕たちでも、フォーカスとはオランダのプログレッシブ・ロックなバンド位しか知識が無かった。でも、これって結構ディープな方だったなあ。

そんな状況の中、ふとした切っ掛けで購入した『The Best of Focus』なるタイトルのベスト盤を購入してぶっ飛んだ。なんて素晴らしいインスト・バンドなんだ。確かに内容的にはプログレッシブ・ロック。しかし、さすがに欧州はオランダ出身のバンド。プログレな演奏のメインは、クロスオーバーなジャズであったり、クラシックであったりする。このいかにもヨーロピアンな音作りが実に僕の心に響いた。

大学に入って、ジャズに走っても、このフォーカスのインスト・プログレは聴いたなあ。クロスオーバーなジャズの雰囲気を漂わせているところとクラシック風の印象的でメロディアスな旋律が実に良くて、大学時代、フォーカスは聴いた。まあ、周りで僕だけやったけど・・・(笑)。それほど、知る人ぞ知る、っていう感じのマニアックなプログレ・バンドだった。
 

Focus3

 
そんなフォーカスのアルバムの中で、一番のお気に入りは、と言えば、やっぱり僕にとっては『Focus 3』(写真左)だろう。LP時代は2枚組の大作で、当時、高校生の僕には手が出ませんでした。やっとこさ、大学に入って、バイト代を叩いて買いました(笑)。

このアルバム、フォーカスのプログレ・インストが心ゆくまで堪能出来る内容で、まず、1曲目「Round Goes The Gossip」は、疾走感溢れる、テクニックを駆使したプログレならではの名演で度肝を抜かれる。2曲目は打って変わって、実にロマンティックでバラードチックな演奏にガラリと変わって、タイスのフルートとヤンの生ギターが美しい「Love Remembered」。

そしてそして、続いて、ヤンのギター、タイスのオルガンとヨーデルヴォイスが炸裂する、そのキャッチなフレーズが、実に美しい、僕の大好きな「Sylvia」。カーニバルの雰囲気が楽しい、そのまんまの題名「Carnival Fugue」。

続くは、なんといっても繊細な演奏とダイナミックな展開で聴き手を圧倒する名演「Focus3」。この「Focus3」が良い。ドラマチックな展開、素晴らしいテクニックのインスト、キャチャーな旋律、ヨーロピアン・プログレの名曲・名演である。

後半は「Answers? Questions! Questions? Answers!」、グループ一体となった力作大作が続く。間に、フォーカスの特徴である、ヨーロピアン・ロマンティシズム溢れる小曲「Elspeth Of Nottingham」を挟んで、ラストは、メンバーそれぞれの、ふんだんなソロパートで構成される「Anonymus Two」で幕を閉じる。

後半の大作部分は、ちょっと散漫で、冗長ではあるが、アルバム全体から見て、このアルバムがフォーカスの代表作と言って差し支えないだろう。フュージョン・ジャズやクロスオーバー・ジャズのマニアの皆さんに是非お勧め。ジャズロックなプログレ・バンドとして、このオランダ出身のフォーカスは捨てておけない存在だと思います。 

 
  

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2013年2月15日 (金曜日)

ジョニの考えるジャズ

ジャズは融合の音楽。様々なジャンルの音楽と融合(Fusion)してきた。ボサノバと融合し、ソウルミュージックと融合し、ロックと融合し、ワールドミュージックと融合し、その都度、新たな音楽を生み出してきた。

そんな融合の音楽であるジャズ。このコラボレーションも「融合」の賜。怒れる伝説のベーシスト、チャールズ・ミンガスと、米国西海岸フォークロックのシンガーソングライター、歌姫のジョニ・ミッチェル。このミンガスとジョニのコラボ。融合の音楽のジャズが、米国西海岸フォークロックと融合して、素敵な化学反応を起こしている。

そのアルバムの名はスバリ『Mingus(ミンガス)』(写真左)。1979年のリリース。ミンガスは既に病床にあり、声と歌のみの参加となっている。でも、その存在感は抜群。ミンガスの見守る中、ジョニを始めとする曲者達が自分達なりの「ミンガス・ミュージック」を奏でる。

参加ミュージシャンを列挙する。Joni Mitchell (ac-g, key, vo), Charles Mingus (vo), Wayne Shorter (sax), Herbie Hancock (key, ac-p), Jaco Pastorius (b, Brass Arr), Peter Erskine (ds), Don Alias (congas), Emil Richards (per)。いやはや、凄い面子。曲者揃いである。

特に、このアルバムで大活躍しているのが、ベースのジャコ。当時、ジョニと「良い仲」だったこともあって、ジャコのベースは実に気合いが入っていて、鬼気迫るものがある。凄いアコベである。フロント楽器であるウェインのサックスが霞むほどだ。ジャコのアコベの代表作として挙げても良い位、素晴らしいジャコのパフォーマンスが聴ける。そうそう、ブラス・アレンジもジャコである。
  

Joni_michell_mingus

ジョニも負けてはいない。パーカッシブなアコギの演奏は、これまた鬼気迫るものがあって、実にテンション高く切れ味鋭い、一種、妖気漂う凄まじいパフォーマンス。ボーカルも情感こもりまくりで、いわゆる「絶唱」である。

1980年代以降、米国西海岸の女性シンガーソングライター達がジャズ・ボーカルに挑戦したアルバムをリリースしているが、いずれも、ジャズ・スタンダード曲をジャズのフォーマットをバックに、ジャズ・ボーカリストの様に歌うというもの。それなりの成果を出しているところが素晴らしいが、つまりはジャズ・ボ

しかし、この『Mingus(ミンガス)』でのジョニ・ミッチェルは違う。モーダルなメインストリーム・ジャズの即興演奏をバックに、ジョニの曲をジョニの歌い方で歌う。ジョニの弾き方でアコギを弾く。そうして、出来上がった音楽が「唯一無二」な、それまで聴いたことの無いフュージョン・ジャズ。ジョニでしか為し得ない音世界。

このアルバムを聴くと、ジョニ・ミッチェルの考えるジャズ、というものを体感できる。ジョニが考え、ジョニが感じ、ジョニが表現したジャズ。ジョニ・ミッチェルから、このアルバムを見てみると、ジャズの懐の深さ、ジャズの柔軟さ、ジャズの革新さを感じ取る事ができる。

ジャズという音楽ジャンルがジョニの内部に化学反応を起こし、それに触発されたジャコが凄いエレベを弾きまくる。そしてハービーがエレピをアコピを弾きまくる。そして、アースキンとアライアスが叩きまくる。凄まじいリズム・セクション。ジャズメン同士ではこのグルーブは出ないだろう。ジョニとの他流試合の成果。

ジャズとは融合の音楽であり、ジャズとは即興の音楽である。そんなことを改めて再認識させられる、実に希有な傑作アルバムである。 

 
 

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2013年2月14日 (木曜日)

ミルト・ジャクソンのグルーブ

ジャズ・ヴァイブの第一人者ミルト・ジャクソン。あだ名は「バグス」。眼下の弛みにちなんでこう呼ばれていた。「バグス」と言えば、ミルト・ジャクソン本人作の「Bags' Groove」という名曲がある。日本語に訳すと、バグスの「ノリ」。つまりは、ミルト・ジャクソンの「ノリ」。

「Bags' Groove」は今やジャズでの名スタンダード化しており、ミルトが参加していたMJQの十八番でもあり、ミルト自身、ソロで活動していた折にも、この「Bags' Groove」を好んで演奏していた。シンプルさが際立つ、ブルージーでファンキーな旋律が心地良いFのブルース。

この「Bags' Groove」が、とてもアーティスティックにジャジーにブルージーに演奏されているアルバムが、Miles Davis『Bags' Groove』(写真左)。このマイルスがリーダーとなって吹き込んだ「Bags' Groove」が、僕にとっては一番の「Bags' Groove」。

アルバム全体の収録曲は以下のようになっている。このアルバム、プレスティッジ・レーベルからのリリースとなっているんだが、曲の収録は、プレスティッジお得意の寄せ集めとなっている。このアルバムでは、2つのセッションからの寄せ集めとなっており、1・2曲目の「Bags' Groove」と、3曲目以降の演奏とは、演奏メンバーも異なれば、演奏日も異なる。

1. Bags' Groove (Take 1)
2. Bags' Groove (Take 2)
3. Airegin
4. Oleo
5. But Not For Me (Take 2)
6. Doxy
7. But Not For Me (Take 1)

1・2曲目の「Bags' Groove」は、1954年12月24日の録音。パーソネルは、Miles Davis (tp), Milt Jackson (vib),  Thelonious Monk (p), Percy Heath (b), Kenny Clarke (ds)。
 
ミルトの参加していたMJQ(Modern Jazz Quartet)のメンバーから、ピアノのジョン・ルイスをセロニアス・モンクに代えたもの。このセロニアス・モンクの参加が、この「Bags' Groove」を、とてもアーティスティックにジャジーにブルージーに仕立て上げている。
 
 
Bags_groove
  
 
ちなみに、この1954年12月24日の録音の残りの演奏は、別のアルバム『Miles Davis And The Modern Jazz Giants』としてリリースされています。つまり、かの有名な「マイルスとモンクのクリスマス・セッション」と呼ばれる1954年12月24日の録音は、2枚のアルバムに跨がって収録されていることになります。面倒くさいことをしてくれたものです。

しかし、ここでの「Bags' Groove」は素晴らしい。マイルスのクールでリリカルな抑制の効いたトランペット、ミルトのブルージーでそこはかとなくファンキーで端正なヴァイブ、堅実なパーシー・ヒースのベースに、バップなリズムが魅力のケニー・クラークのドラム。特に、MJQ以外では自由奔放なソロを取る傾向のあるミルトが結構、抑制の効いたソロを聴かせてくれるところが「聴きどころ」。

そして、何よりも増して素晴らしいのが、モンクのピアノ・パフォーマンス。木訥とした不規則なタイム感覚のフレーズに、微妙で不思議な間。どこにも無い、聴いたことの無い独特のフレーズの積み重ね。シンプルさが際立つ、ブルージーでファンキーな旋律が心地良いFのブルースが、アーティスティックな名演となって生まれ変わっている。

この「Bags' Groove」は、Take1とTake2と、2つのテイクが収録されていて、即興の音楽芸術とされるジャズの醍醐味を十分に味わうことが出来ます。どちらが良いか、って。どちらも良いです(笑)。

3曲目の「Airegin」以降は、「Bags' Groove」の収録から遡ること、なんと半年ほど前の1954年6月29日の録音で、しかもパーソネルがガラリと替わります。これはもう「別物」ですね。ちなみにパーソネルは、Miles Davis (tp), Sonny Rollins (ts), Horace Silver (p), Percy Heath (b), Kenny Clarke (ds)。ピアノがファンキーなホレス・シルバー。ピアノが違えば、リズム・セクションの雰囲気はガラリと変わります。

若きソニー・ロリンズの自由奔放なテナーが魅力ですが、先の「Bags' Groove」の演奏内容とは「水と油」で、2つのセッションからの寄せ集めという事情を知らないと、初めてこのアルバムを通して聴いた時、かなりの違和感が残ります。

ジャケット・デザインも、玉成混交としているプレスティッジ・レーベルとしては優秀な部類で、タイポグラフィーが実に魅力的です。アルバム・タイトル通り、このアルバムは、冒頭2曲の「Bags' Groove」を愛でる為にあるアルバムと極言しても良いかと思います。
 
 
 

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2013年2月13日 (水曜日)

欧州に渡ったフィル・ウッズ

1960年代後半、1967年にジャズ・シーンを牽引していたキーマンのひとり、ジョン・コルトレーンが亡くなり、当時の米国のジャズ・シーンは迷走を始めた。

ビートルズの米国上陸を機にロックが市民権を獲得する中、コルトレーンがご執心だったフリー・ジャズが台頭したが、大衆の人気を得るに至らず、大衆性・娯楽性を追求したソウル・ジャズはその安易なアプローチ故、マンネリに陥った。ジャズとロックの融合を狙った、電気楽器を活用た8ビート中心のクロスオーバー・ジャズは何とか踏みとどまったものの、ビ・バップ以来のメインストリーム・ジャズについては衰退の一途を辿っていた。

まさにそんな1970年代に入らんとする時期の、このグループのライブ盤を聴く度に、当時の米国のジャズに対する考え方と欧州のジャズに対する考え方の大きな違いに思いを馳せる。そのグループとは、Phil Woods and His European Rhythm Machineである。

1960年代後半、米国のジャズ界に見切りをつけて欧州に渡ったフィル・ウッズ(Phil Woods)。米国で仕事が無かった訳では無いが、もはや当時の米国ではやりたい事が出来ない、というのが、渡欧の動機だった。1968年渡仏、ヨーロピアン・リズム・マシーン(The European Rhythm Machine)を結成し録音を残した。

Phil Woods and His European Rhythm Machineはライブ中心の活動だったので、アルバムの殆どがライブ音源です。幾つかあるライブ盤の中で、僕が一番お気に入りの盤は、ヴァーヴ・レーベルからリリースされた『Phil Woods And His European Rhythm Machine At The Montreux Jazz Festival』(写真左)。かの有名なモントルー・ジャズ・フェスティバルでのライブ録音。1969年7月19日の録音とあります。

このPhil Woods and His European Rhythm Machineでの、まず、リーダーのフィル・ウッズのアルト・サックスの音はと言えば、完璧な「ビ・バップ」。ビ・バップなアルト・サックスを心ゆくまで楽しませてくれます。ハイテクニックを駆使した、高速フレーズ、高速アドリブな展開。実に芸術性豊かなアルト・サックスです。
 

Phil_woods_rhythm_machine_montreux

 
バックのリズム・セクションは、これまた、骨太なメインストリーム・ジャズなリズム&ビートを供給します。テクニックは優秀。供給されるリズム&ビートは、正統派ハードバップそのもの。そのメンバーは、George Gruntz (p), Henri Texier (b), Daniel Humair (ds)。

このライブ盤でのPhil Woods and His European Rhythm Machineは、まさに、硬派で骨太なメインストリーム・ジャズをガンガンに演奏していきます。その疾走感たるや、凄まじいものがあります。「圧巻」という言葉がピッタリの凄まじいテンションの張った演奏に思わず聴き惚れてしまいます。

そして、演奏が終わった後の聴衆の熱狂的な歓声と拍手。当時の欧州はジャズをクラシックと同等の「アート(芸術)」と捉えて、ジャズを鑑賞していたようです。ビ・バップなウッズのアルト、正統派ハードバップそのものなリズム・セクション。そして、このグループの圧倒的な演奏テクニック。まさに「アート」です。

逆に、当時の米国では、ジャズをカントリー&ウエスタンなどと同等の「過去の娯楽音楽」として捉えている様で、このPhil Woods and His European Rhythm Machineの様な、硬派で骨太なメインストリームなジャズはマイナーな存在でした。ジャズをエンタテインメントとして捉えている米国では、確かに当時の硬派でメインストリームなジャズメン達は居場所が無かったのでしょうね。

世界的に商業ロックが台頭し、米国ではジャズが衰退状態である中で、欧州ではこんな硬派で骨太なメインストリームなジャズが展開されていたんですね。さすがにクラシックを生み育んだ、歴史ある欧州。クラシックとは正反対の、即興の音楽であるジャズをアートとして理解し扱うなんて、なん懐の深いことか・・・。感心することしきりです。

まさに欧州で花開いた「硬派で骨太なメインストリーム・ジャズ」。このライブ盤にはそんな名演が満載です。でも、1972年には再び米国に舞い戻って活動を再開しているんですよね。この辺が、フィル・ウッズの良く判らないところ。しかしながら、たった4年間でも、Phil Woods and His European Rhythm Machineの成果は素晴らしいものがあります。   

 
 

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2013年2月12日 (火曜日)

バグスのもう一枚の初期の秀作

彼の個性が十分に理解でき、演奏のレベルの高い、つまりは、手っ取り早くミルト・ジャクソンを理解できるアルバムは何か、ということになるが、僕は、初期のリーダーアルバムの中から、ズバリ彼の名前(Milt Jackson)を冠した2作をあげることにしている。

と、昨日、『Milt Jackson And The Thelonious Monk Quintet』をご紹介した際に書いたのだが、もう一枚は何か、ということになる。きょうはその「もう一枚」のミルト・ジャクソンの初期のリーダーアルバムについて語ります。

その「もう一枚」とは、『Milt Jackson Quartet』(写真左)。プレスティッジ・レーベルに吹き込まれた。バグスのリーダー作になる。1955年3月20日の録音。ちなみにパーソネルは、Milt Jackson (vib), Horace Silver (p), Percy Heath (b), Connie Kay (ds)。

このアルバムを録音した頃は、既に、ミルト・ジャクソンは、ジョン・ルイス、パーシー・ヒース、コニー・ケイと、モダン・ジャズ・カルテット(以下MJQと略す)として活動しており、前にご紹介した、ブルーノートからリリースされた『Milt Jackson And The Thelonious Monk Quintet』が、彼のビ・バップ期を捉えた秀作だとすれば、このアルバムは、ハードバップ初期のミルト・ジャクソンを捉えた秀作と言える。

このプレスティッジのリーダー作のパーソネルを見ると、MJQのピアニストを、レギュラー・ピアニストのジョン・ルイスから、ファンキーなホレス・シルバーに変えただけのカルテット編成である。ピアノが替わっただけなので、このアルバムは、MJQのあの荘厳な形式美あふれる演奏が踏襲されているだろう、と思いきや、そうでないところがジャズの面白いところ。
 

Milt_jackson_qurtet

 
ピアニストが、ファンキーなホレス・シルバーに変わっただけで、カルテットとしての雰囲気がガラッと変わってしまうのだ。ミルト・ジャクソンと他の2人が、ホレスのファンキーなピアノの雰囲気に合わせたのだろうが、これがまあ、実にリラックスした、実に雰囲気の良い、そこはかとなくファンキーな香りを漂わせた、上質なハードバップな演奏になっていて楽しい。

曲の構成を見てみると、全6曲中、ミルト・ジャクソン自作の1曲、5曲目の「Stonewall」を除いて、他の5曲は全てスタンダードで構成されており、この曲の構成自体も、アルバム全体のリラックスした雰囲気に貢献している。まあ、一度、聴いてみて下さい。どれもが素晴らしい曲、どれもが素晴らしい演奏です。

個人的な趣味からすると、1曲目の「Wonder Why」、3曲目の「Moonray」、4曲目の「The Nearness Of You」あたりが、好みです。どれもが、美しい旋律を持つ曲ばかりで、美しい旋律に、ビブラフォンの音は映えますね。

「ミルト・ジャクソンは、MJQを離れると、ファンキーでスインギーでグルービーな演奏する」なんて言われますが(この一方的な意見に対しては、私は異論があるのですが・・・)、このアルバムは、その「ファンキーでスインギーでグルービーな」ミルト・ジャクソンを愛でること出来る、代表的なアルバムの一枚だと思います。

とにかく、バグスのヴァイブが奏でるモダン・ジャズの楽しさ、美しさが満載です。地味なジャケット・デザインで、ちょっと損をしている感じですが、良いアルバムです。

 
 

大震災からもうすぐ2年。でも、決して忘れない。常に関与し続ける。
がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力しよう。 

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2013年2月11日 (月曜日)

バグスの初リーダー作を愛でる

ジャズ・ヴァイブといえば、ダントツの第一人者はミルト・ジャクソン。愛称「バグス」。眼下の弛みにちなんでこう呼ばれていたそうです。とにかく、ジャズ・ヴァイブの世界ではダントツの実力者で、ミルト・ジャクソンだけで、ジャズ・ヴァイブを極めてしまった感があるほどです。

ちなみに、ミルト・ジャクソンという人のリーダーアルバムは、駄作というというものが無い。リーダーアルバムのどれもが水準以上の出来で、極端に言えば、どのリーダーアルバムを選んでも、ミルトのバイブが楽しめる、ということになる。

となれば、彼の個性が十分に理解でき、演奏のレベルの高い、つまりは、手っ取り早くミルト・ジャクソンを理解できるアルバムは何か、ということになるが、僕は、初期のリーダーアルバムの中から、ズバリ彼の名前(Milt Jackson)を冠した2作をあげることにしている。

まず、その1つが、このブルーノート・レーベルに吹き込まれた『Milt Jackson And The Thelonious Monk Quintet』(写真左)。ブルーノートの1509番。録音年を見ると、1948年〜1951年とあるので、このアルバムは、ビ・バップ期のミルト・ジャクソンを捉えた秀作と言える。

60年前のバップ期の録音だからとか、あまり入門書に出てこないアルバムだからとか、難しいことを考えずに、このアルバムに耳を傾ければ、ミルト・ジャクソンのスイング感とグルーブ感、そして、その卓越したテクニックの素晴らしさ、そして、その柔軟性の高 さが判ります。良いアルバムです。
 

Milt_jackson_monk_quintet

 
今から、60年以上前の録音となるので、その音質を心配される向きもあろうが、ご心配なく。モノラル録音でなかなかのもの。詳しく言うと、このアルバムは3つのセッションから成っている。

まずは、1948年7月2日の録音。ちなみにパーソネルは、Milt Jackson (vib), Thelonious Monk (p), John Simmons (b) ,Shadow Wilson (ds)。曲としては「Evidence」と「Misterioso」の2曲。

続いては、1951年7月23日の録音。ちなみにパーソネルは、Sahib Shihab (as), Milt Jackson (vib), Thelonious Monk (p), Al McKibbon (b), Art Blakey (ds)。収録された曲は「Four In One」「Criss Cross」「Eronel」「Willow Weep For Me」。

そして最後は、1952年4月7日の録音。ちなみにパーソネルは、Lou Donaldson (as), Milt Jackson (vib), John Lewis (p), Percy Heath (b), Kenny Clarke (ds)。このセッションで収録された曲は「Tahiti」「Lillie」「Bags' Groove」「What's New」「On The Scene」。

ピアニストは、後に、モダン・ジャズ・カルテット(MJQ)を結成することになる、クラシックの要素を漂わせながらも端正なバップ・ピアノを聴かせるジョン・ルイスと、その独特のタイムの取り方とその奏法で「ジャズの高僧」と言われたセロニアス・モンクの、個性溢れる2人が担当している。

ミルトは、その個性に左右されることなく、そこはかとなくファンキーな香りを漂わせながら、素晴らしいスイング感とその素晴らしいテクニックで、数々の曲をこなしていく。ジャズにおいて、これだけスイングさせ、これだけグルーブ感溢れたヴァイブを演奏できるのは、ミルト・ジャクソン、この人をおいて他にはいない。

このアルバムは、ミルト・ジャクソンの初リーダー作。さすが、ブルーノート・レーベル、押さえるところは押さえて、良い仕事をしています。

 
 

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2013年2月10日 (日曜日)

密かに太田裕美のマニアである

太田裕美。今を去ること、ずーと昔のこと、今を去ること35年ほど前のこと、高校〜大学時代の僕は、密かに太田裕美のマニアであった(今もだけど・・・笑)。太田裕美といえば、かの有名な「木綿のハンカチーフ」で一世を風靡し、その当時はアイドル歌手としてその名を馳せた女性ボーカリストである。

その太田裕美であるが、当時、珍しいポジションにいた。当時は、まだまだ歌謡曲全盛の時代、やっとニューミュージックという言葉が出始めた頃、太田裕美は歌謡界に身を置きながら、歌う曲はニューミュージック系の佳作が多かった。少し舌っ足らずな、印象の残るボーカルで、結構、身にしみる佳曲の数々を歌いこなしていた。そして、時代が進むにつれ、シティポップ系の楽曲に馴染んでいく。非常にユニークな存在だった。

『太田裕美の軌跡 〜 First Quarter 〜』(写真左)という、太田裕美マニア垂涎のボックス盤がある。

その中身といえば、まずはシングル特集。シングルのA面B面がズラーっとデビューから現在まで並んでいる。この企画は僕のようなマニアにはたまらない企画です。それと、未発表・別バージョン音源とボーカルとして参加している音源。そして、CM音源とライブ音源。この辺りになってくると、かなりマニアック。加えて、おまけに「書き下ろしの新曲」。マニアにとっては、至れり尽くせりの内容。

このボックス盤を聴き返していて、ふと思う。なぜ、高校〜大学の多感な頃にマニアになったのか。彼女の風貌に惚れたわけでは無い。当時、流行のシンガーソングライター出身でも無い。つまるところ、僕は純粋に、太田裕美というシンガーの、その「個性」に惚れ込んだのだった。

やや舌っ足らずの歌い方に、ハスキーで丸いファルセット(ウラ声)。それと、彼女の唄う歌の「個性(やはり、松本隆と筒見京平のコンビが絶妙)」に惚れ込んだのだった。それと、彼女の唄うそれぞれの曲は、高校〜大学時代の青春時代の経験と想い出とが、かなりの点でオーバーラップするのだ(つまり、追体験できる曲が多かったですね)。太田裕美のボックス盤のCDを聴きながら、太田裕美の個性と自分の青春時代の想い出が交錯するところが実に良い。

「雨だれ」でデビューした太田裕美ではあるが、このデビュー曲から暫くは、何の変哲もない、アイドル路線まっしぐらの、いかにも歌謡曲らしい曲が続く。
 

Hiromi_ohta_first_quarter

 
しかし、その流れの中で唯一輝く「木綿のハンカチーフ」だけは白眉。まず、出だしの弦のアレンジ。これがたまらん。このアレンジがこの曲を名曲にしたといっても過言ではない。それと、斬新な印象の恋人の間の会話形式の歌詞。この「木綿のハンカチーフ」の歌詞は、当時としては実に新鮮だった。この曲が流行った頃、僕は高校2年生の冬。歌詞の内容にある男の心情の変化に憤慨しながら(笑)、この曲のアレンジには強い印象を持ったことを覚えている。

この名曲のバリエーションが「赤いハイヒール」。「木綿のハンカチーフ」に比べると歌詞のまとまり感はやや落ちるが、僕はこの曲の歌詞の内容の方が圧倒的に好き(僕は基本的にハッピーエンド好き)。曲としては、マイナー調から途中でメジャー調に転調する部分が僕にはたまらん。どうも、転調したり、リズムが変わったりする曲にからきし弱い(大好き)、という僕の音楽の嗜好の一つに、生まれて初めて、気がついたのがこの曲である。

しかし、僕が思うに、「しあわせ未満」あたりから、太田裕美の世界が変わっていったのではないかと。明らかにこの「しあわせ未満」から、太田裕美の歌の世界は変わっている。急速に、当時で言う「ニューミュージック化」していくのだ。

当時珍しいボサノバ調の「恋愛遊戯」、そして、最初のピークが「九月の雨」。「車のワイパー、透かして見てた、都会に煌めくイルミネーション」、出だしの歌詞が結構ふるっている。まだまだ、松本隆/筒美京平のゴールデンコンビの曲ではあるが、従来の歌謡曲の歌詞には無い展開であり、アレンジも旧来の展開から急速に脱皮していく。明らかに「ニューミュージック」の影響が見て取れるのだ。

その影響が進んで、ついにニューミュージック系のミュージシャンから曲の提供を受け始める。「失恋魔術師」(吉田拓郎)、「君と歩いた青春」(伊勢正三)、「青空の翳り」(来生えつこ/浜田金吾)、「さらばシベリア鉄道」・「恋のハーフムーン」(大滝詠一)などなど、きら星の如く、ニューミュージック〜シティポップ系の秀作が並ぶ。

1977年から1981年までの約5年間、太田裕美の世界は、ニューミュージック〜シティポップ系の「隠れた名曲」の宝庫といっても過言ではない。「歌謡曲のジャンルの中でのニューミュージック〜シティポップ系の曲を歌う」という不思議なポジションと、どれもが追体験できそうな、その歌詞の内容の「繊細さと身近さ」と、ニューミュージックをベースとしたその曲調とアレンジ。

太田裕美の歌う曲は、僕の浪人〜学生時代の中で、それぞれが輝いていた。僕の「隠れたお気に入り」である。

 
 

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2013年2月 9日 (土曜日)

「アバ(ABBA)」との出会い

今を去ること40年ほど前の高校時代はドップリとロックの世界にはまり込んだんだが、ロックを聴き疲れた時に、意外と海外のポップス・ソングにも手を伸ばしていた。

ちなみに中学時代は、深夜放送やFM放送で流れる、アメリカン&イングリッシュポップスを好んで聴いていた。カーペンターズ、ロバータ・フラック、スリードッグ・ナイト、ギルバート・オサリバン、エルトン・ジョン等々、今から振り返ると、キラ星の如き素晴らしきミュージシャン達である。

高校時代になって、FM放送でせっせとロックのアルバムや楽曲をエアチェック(懐かしいオーディオ用語だ)していたが、その合間に流れるポップス系の楽曲もついでに録っていた。そんな中で「おおこれは何だ」とビックリしたコーラスバンドがあった。変なバンド名だったから良く覚えていた。そのバンド名は「アバ(ABBA)」。

「アバ(ABBA)」は、スウェーデンのミュージシャン男女4人のコーラス・グループである。そのコーラスは一度聴いたら絶対に忘れない、凄く個性的で美しいものだった。とにかく初めて聴いた時は、椅子からずり落ちた(笑)。その初めて聴いたアバのアルバムが『ABBA』(写真左)である。FMから流れる『ABBA』を聴いて「これは素晴らしい」と思った。

アルバム『ABBA』は1975年のリリース。僕が初めて聴いたのは確か1976年に入った頃だった記憶があるので、リリースされて、結構、早いうちにこのアルバムに出会ったことになる。まあ、当時のFM放送ってそういうところがあって、特にNHKーFMはマニアックだった。今から思えば、実に先進的で尖っていた。
 

Abba_album

 
この『ABBA』というアルバム、評価としては、アバがグループとしての個性を固め、確立したアルバムとして位置づけられている。確かにその通りで、収録された楽曲の中に、今でもFMラジオから流れることがある名曲「Mamma Mia!」「S.O.S.」が収録されている。この2曲がアバのグループとしての個性である。

他の曲もなかなか良い。ポップ・ミュージックと呼ぶに相応しい、聴いていて心地の良い、キャッチャーな旋律満載の楽曲がズラリと並ぶ。そして、アバのボーカルの素晴らしさ。基本的に、ビョルンとベニーが曲を作り、アグネッタとフリーダが歌うのだが、このアグネッタとフリーダの女性ボーカルがアバの「音」であり、「雰囲気」なのだ。

このアグネッタとフリーダの女性ツイン・ボーカルはそれまでに無い響きを有していた。ユニゾン&ハーモニーが完璧で、女性ボーカルながら、実にポジティブで攻撃的。いわゆる「攻めのボーカル」である。僕は、このアグネッタとフリーダの女性ツイン・ボーカルに「やられた」(笑)。

このアルバムにも収録されていた「S.O.S.」が、1976年、イギリスを含む全ヨーロッパで大ヒットして、一躍、メジャーなコーラス・グループとして、その名を馳せる訳ですが、このアルバムを初めて聴いた頃は、そんなことは全く知らない。しかし、このアバというコーラス・グループが「只者では無い」ことは、高校生ながら、おもいっきり直感していた。

この後、アバに再会するのは、1977年の浪人時代、かの大ヒット・シングル『ダンシング・クイーン(Dancing Queen)』であった。女性ツイン・ボーカルを聴いて直ぐに、あの「アバ」だと判った。それから、1980年代初頭まで、アバは無敵の快進撃を続ける。

 
 

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2013年2月 8日 (金曜日)

ペッパーの「東京デビュー」記録

ジャズのアルバムには、作品として優れた盤もあれば、ジャズの歴史の一場面を記録した「時代の証人」的な盤もある。ジャズは即興の音楽。その即興の瞬間を留めたアルバムはいつも聴いていて楽しい。

さて、昨年、興味深いアルバムをたまたま見つけた。存在は知っていたのだが、このアルバムは、ジャズの歴史の一場面を記録した「時代の証人」的な盤。内容的にちょっと懐疑的に感じて、なんだか後回しになって、なかなか触手が伸びなかった。

そのアルバムとは、Art Pepper『Tokyo Debut』(写真左)。時は1977年4月5日、場所は郵便貯金ホール。Cal Tjaderのゲストとして、「東京デビュー」を果たしたアート・ペッパーの記録。アート・ペッパーは天才アルト・サックス奏者。天才ではあるが、筋金入りの「ジャンキー」でもあった。

Wikipediaを紐解くと「生涯を通じて麻薬中毒によりしばしば音楽活動が中断されている。1960年代後半を、ペッパーは薬物中毒者のためのリハビリテーション施設シナノン(Synanon)ですごした。1974年には音楽活動に復帰し、ふたたび精力的にライブやレコーディングをおこなった」とある。つまり、重度の麻薬禍からカムバックして東京にやって来たということ。

このアート・ペッパーの「東京デビュー」はジャズ界の有名な伝説の一つ。3番目の妻ローリー・ペッパーによって筆記された自伝「ストレート・ライフ」に克明に記述されている。このCDでも、コンサートの冒頭、アート・ペッパーが壇上で紹介され、満場の拍手をもって迎えられる様子が、「Introduction」として記録されています。この部分だけでも鳥肌が立ちます。

自伝「ストレート・ライフ」のこの部分の一節は、ネットでもあちらこちらで引用されているので、ちょっと憚れるのだが、敢えて、ここでも引用させて頂く。それほど、感動的な出来事であり、感動的なジャズの歴史の一コマなのだ。
 

Art_pepper_tokyo_debut

 
「僕の姿が見えるや、観客席から拍手と歓声がわき上がった。マイクに行き着くまでの間、拍手は一段と高まっていった。僕はマイクの前に立ちつくした。おじぎをして拍手がおさまるのを待った。少なくとも5分間はそのまま立っていたと思う。何とも言えないすばらしい思いに浸っていた。あんなことは初めてだった。(中略)その瞬間、今までの、過去の苦しみが全て報われたのだ。生きてきてよかった、と僕は思った。」

なんと温かい日本のジャズ者の皆さんであることか。なんとジャズに対して造詣の深いジャズ者の皆さんであることか。確かにアート・ペッパーは心から感激したに違いない。本当に凄まじいほどの万雷の拍手なのだ。

以降、高速展開の「Cherokee」から、アート・ペッパー渾身のブロウが怒濤の如く続きます。ここでのペッパーのアルトは、ハードバップというよりは、高速展開が旨のビ・バップの様なブロウです。ところどころでフリーキーな展開も織り交ぜて、ジョン・コルトレーンの「シーツ・オブ・サウンド」に影響を受けたという、ペッパー後期の「硬質でハードで限りなくフリーなバップ演奏」が全編に渡って展開されています。

このライブでのペッパーのブロウは、ちょっと「一杯いっぱい」な余裕の無い、ちょっと一本調子なブロウに感じますが、自伝「ストレート・ライフ」から垣間見える当日のペッパーの状態からすると、仕方の無いところかと思います。

この盤がリリースされた時には、「こんな歴史的な音源があったんや」なんて、心底、感心したのを覚えています。というか、アート・ペッパーの自伝「ストレート・ライフ」の、あの有名な一節を知っていただけに、この音源の存在は「なんか出来過ぎやなあ」なんて訝しがったりもしましたね(笑)。

このアルバムは、ジャズの歴史の一場面を記録した「時代の証人」的な盤です。内容はともかく、まずはジャズの歴史の一コマを追体験して下さい。音質もまずまずで、当時のライブの様子が十分に追体験出来ること請け合いです。

 
 

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2013年2月 7日 (木曜日)

ビッグバンド・ジャズは楽し・19

ビッグバンド・ジャズの要はアレンジ。それもアンサンブルのアレンジ。そして、ユニゾン&ハーモニーのアレンジ。ソロイストのアドリブの自由度をしっかり確保しつつ、アンサンブルは心地良くアレンジされ、バシッと決まる。ビッグバンド・ジャズの快感である。

このアルバムを初めて聴いた時、アレンジって重要やなあ、思った。Manhattan Jazz Orchestra『Bach 2000』(写真左)。

我らがDavid Matthews(デビッド・マシューズ)率いるジャズ・オーケストラ、マンハッタン・ジャズ・オーケストラ。名うての腕利きジャズメン達が集う、どうしようもなく「上手い」ビッグバンド。そんな、どうしようもなく「上手い」ビッグバンドが、クラシックの「音楽の父」バッハの楽曲を演奏する。

クラシックのジャズ化は「諸刃の剣」。アレンジ次第で素晴らしい出来にもなるし、チープで平凡な出来にもなる。ジャズは即興の音楽。譜面通りに演奏するクラシックの楽曲を、どうやってジャズの楽曲に仕立て直して演奏するか。アレンジされたアンサンブルとソロイストが展開するアドリブとの組合せ。クラシックのジャズ化の成否は「アレンジ」が握る。

しかし、そこは我らがデビッド・マシューズ。マシューズは、どんなジャンルの音楽もビッグバンドの素材にしてしまう豪腕の持ち主である。

マシューズのアレンジの特徴は、クラシックをジャズ風にアレンジするのでは無く、クラシックの楽曲の素材を取り込んで、全くのジャズ曲にアレンジしてしまうところ。演奏を聴いて、クラシックの楽曲をベースにしたのが判らない曲もある位だ。
 

Mjo_bach2000

 
このアルバム『Bach 2000』には、全くのジャズ曲に変身したバッハの名曲がズラリ。ちなみに収録された曲は以下の通り。

1.Toccata And Fuge
2.Air On The G String
3.Invention No.4
4.Kyrie
5.Menuet (A Lover's Concerto)
6.Siciliano
7.Fuge No.2

冒頭の「トッカータとフーガ」を聴けば、マシューズのアレンジの素晴らしさとジャズ・オーケストラの上手さが良く判る。確かに「トッカータとフーガ」と言われればそうか、と思うが、アンサンブルの展開部のところなど、全くジャズ化されている。それでも、キーの進行や旋律の展開は「トッカータとフーガ」を上手く踏襲しているのだから、我らがマシューズ、凄い。

2曲目は、かの有名な「G線上のアリア」である。が、この曲だけはジャズ化に失敗しているなあ。この曲はジャズ化に全く向かないバッハだろう。この難曲のジャズ化アレンジに挑んだ、マシューズのチャレンジ精神には敬意を表するが、やっぱり、この曲はあかんやろう。この曲だけは、このアルバムの中で「ご愛嬌」(笑)。

2曲目の「G線上のアリア」を除いて(笑)、他の演奏については、それはそれは格好良い演奏に痺れます。ビッグバンド・ジャズの要であるアンサンブルのアレンジ、そして、ユニゾン&ハーモニーのアレンジ、そんな格好良いアレンジを心ゆくまで楽しめます。ジャズ・オーケストラのブラスの響きも素晴らしい。

ビッグバンド・ジャズの楽しさをリラックスして感じることが出来る佳作です。クラシックが素材だからと言って避けることなかれ、です。

 
 

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2013年2月 6日 (水曜日)

良い音を聴かせて貰った・・・

緊急入院する直前にリリースされた新譜で、これは注目、これは聴かなきゃ、と思っていた盤がある。

市原ひかり『Precioso』(写真左)。市原ひかり (tp,flh), 佐藤浩一 (p)のデュオ。トランペットとピアノの異色のデュオの作品。

トランペットを担当するのは、市原ひかり。日本の女性ジャズ・トランペッター。正統派でウォームなトランペットとアレンジの才が個性。既に6枚のリーダー作をリリース。彼女のリーダー作はいずれの盤も外れ無し。テクニックも高く、彼女のトランペットは安心して聴き込むことが出来る。

ピアノを担当するのは、佐藤浩市。1983年生まれ、今年30歳の若手ジャズ・ピアニスト。2005年夏より渡米し、ボストンのバークリー音楽大学に留学。レイ・ブライアントの様な低音とアタックの効いた左手が「あっさり目ファンキー」。日本人のレイ・ブライアントって感じのピアノがなかなか良い。

トランペットとピアノのデュオであるが、いろいろ記憶を辿ってみたが、僕には記憶が無い。そもそもトランペッターが他の楽器とデュオをやるということが希少なのだ。しかし、こうやって聴いてみると、なかなか良い。というか、実に良い。異色の組みあわせではあるが、違和感は全く無い。

収録曲は以下の通りとなる。トランペットの映える曲を上手くチョイスし、デュオ演奏としてのアレンジが冴える。
 

Hikari_ichihara_precioso

 
1 Precioso (Koichi Sato)
2 Seven Steps To Heaven (Miles Davis/Victor Feldman)
3 I'll Be Seeing You (Irving Kahal/Sammy Fain)
4 Zingaro (Antonio Carlos Jobim)
5 So Near So Far
(John Anthony/Tony Crombie/Benny Green/Bernard Green)
6 Afternoon In Paris (John Lewis)
7 Where Or When (Lorenz Hart/Richard Rodgers)
8 The Good Life (Sacha Distel)
9 Cup Bearers (Tom McIntosh)
10 Amsterdam Avenue (Hikari Ichihara)
11 Bitter Sweet (Don Sebesky)

即興の妙が存分に味わえる。デュオを演奏するテンションが半端じゃない。思いっきりジャジーな市原のトランペットに、あっさり目の左手のファンクネスが洒落た佐藤のピアノ。どっぷりジャズに浸かることは無く、といって、耳当たりの良いイージー・リスニングには決して走らない。 

11曲全編に渡って、じっくりと聴かせる「テンションとテクニックと歌心とアレンジ」が素晴らしい。あっと言う間の11曲、あっと言う間の50分である。聞けば、二人が、3年をかけてライブを重ね音を練ってきたとっておきのデュオ演奏とのこと。なるほど、と納得。

良いアルバムです。異色のデュオに良い音を聴かせて貰いました。出来たらライブ演奏が聴きたいですね。なかなか時間と場所が合わないのが困りものです。DVDで良いから、ライブ演奏を見たいですね。いや〜良い演奏を聴きました。

 
 

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2013年2月 5日 (火曜日)

ブレッカー・ブラザーズの代表作

ブレッカー・ブラザーズ(Brecker Brothers)は、ファンクネスを全面に押し出したフュージョン・ジャズなバンド。ジャズな要素はあるにはあるが、ポップな面が強調されていて、どちらかと言えば、ファンク・ロックな音、という印象が強い。

そんなブレッカー・ブラザーズの音を代表するアルバムが、セカンドアルバムの『Back To Back』(写真左)。1976年のリリースになる。デビュー作はしっかりと「ファンクネスを全面に押し出したフュージョン・ジャズ」だったが、このセカンド・アルバムでは、ジャズな要素が後退し、ポップでファンキーでダンサフルな面が強調され、これが以降、ブレッカー・ブラザーズの音となった。

パーソネルを見渡すと、今の目で見ると「ほほ〜っ」と感嘆の声を上げてしまう。Randy Brecker (tp,flh), Michael Brecker (ts,fl), David Sanborn (as), Don Grolnick, David Whiteman (key), Steve Khan (g), Will Lee (b,vo), Christopher Parker, Steve Gadd (ds), Ralph MacDonald (perc), Lou Del Gatto (bs), David Friedman (marimba), Luther Vandross, Patti Austin, Robin Clark, Diane Sumler (vo)。

ブレッカー・ブラザーズの音の特徴に「ブラスの響き」がある。ブレッカー兄弟のトランペットとテナー・サックスに加えて、若き日のデビッド・サンボーンのアルト・サックスが重なり、3管ホーンの分厚くも輝かしい「ブラスな響き」が実に格好良い。この「ブラスの響き」が全編に漂うファンクネスを惹き立たせるのだ。

テナーのマイケル・ブレッカーはアンサンブル重視で、ソロで目立つことは無い。どちらかと言えば、トランペットのランディ・ブレッカーの方が目立ちに目立っている。
 

Back_to_back

  
ベースのウィル・リーの玄人はだしのソウルフルなボーカル、また、パティ・オースチンなどのソウルフルな女性ボーカル・コーラスは、これまたファンキー。ブラスの響きにソウルフルなボーカルを得て、ブレッカー・ブラザーズは、ポップでファンキーでダンサフルなソウル・フュージョンなバンドとして完成した。

リズム&ビートも完全にソウルフル&ファンキー。ボーカルも担当するウィル・リーの分厚く重低音でうねるようなエレベとクリストファー・パーカーやスティーブ・ガッドの縦ノリなR&Bっぽいドラミング、そして、多彩で粘りのあるラルフ・マクドナルドのパーカッションが相まったグルーブ感が素晴らしい。

そして、フロント楽器とリズム楽器を自在に行き来するスティーブ・カーンのギターが「かなり良い」。ソウルフル&ファンキーなエレギが要所要所でアクセントを添える。

ファーストアルバムより、ポップでファンキーでダンサフルな面が強調され、ジャズの要素が後退したこのアルバム、米国では受けに受けたようです。逆に、我が国ではなかなかメジャーな存在にはなりませんでした。どうも、1970年代の日本では、ポップでファンキーでダンサフルな音楽はなかなか一般受けしなかった様な思い出があります。

学生時代、僕の周りでは、ブレッカー・ブラザーズなんて、知る人ぞ知る的な存在だったなあ。でも、このセカンド・アルバム『Back To Back』は、ブレッカー・ブラザーズの代表作として、ポップでファンキーでダンサフルなソウル・フュージョンの代表作として、もっと再評価されて良い佳作だと思います。良いアルバムです。

 
 

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2013年2月 4日 (月曜日)

マイケルのテナーを愛でる

2007年1月13日、1970年代以降にデビューしたテナー・サックス奏者の第一人者、マイケル・ブレッカー(Michael Brecker)が亡くなった。満57歳での早すぎる逝去だった。

マイケル・ブレッカーのテナーは、コルトレーン譲りの圧倒的なテクニックと、ウィンドシンセサイザーを含め、それまでに無い独特で多彩な表現力が特徴。人気・実力共にNo.1のテナー・サックス奏者だった。実に惜しい人材を亡くした、と悲嘆に暮れた。

このマイケル・ブレッカーのリーダー作はそんなに多く無い。なんとリーダー作は、1987年の『Michael Brecker』。38歳の初リーダー作は、コルトレーンよりも遅咲きである。2007年に亡くなるまで、10枚のリーダー作を数えるに過ぎない。寡作のバーチュオーゾだった。

さて、このマイケル・ブレッカーのテナーを愛でるには、この彼のリーダー作の全てを聴き通すというのが一番(10枚のリーダー作はどれもが優れた出来である)ではあるが、手っ取り早く「これ一枚」で、マイケル・ブレッカーのテナーを心ゆくまで愛でることができる「お徳用の一枚」がある。

その一枚とは、Claus Ogerman & Michael Brecker『City Scape』(写真左)。ストリングス入りの企画盤。いわゆる「Michael Brecker With Strings」である。

1982年のリリース。ちなみにパーソネルは、Claus Ogerman (arr, cond), Michael Brecker (sax), Warren Bernhardt (key), John Tropea, Buzz Feiten (g), Marcus Miller, Eddie Gomez (b), Steve Gadd (ds), Paulinho da Costa (per)。メンバーとして申し分の無い顔ぶれである。
 

Michael_breaker_cityscape

 
ストリングス入りの企画盤でしょ、ストリングスに乗ってマイケルがテナーを吹きまくる、それだけでしょ、なんて言わないで下さいね(笑)。

この盤でのオガーマンのストリングスのアレンジは趣味が良く、マイケル・ブレッカーのサックスとの相性が抜群なのです。そして、他のミュージシャンとの絡みも実に良く、単なる「ストリングス入りの企画盤」のレベルを大きく上回った、素晴らしい出来の「ストリングス入りの企画盤」。

ストリングス入りの企画盤ではあるが、ジャジーなリズム&ビートを効かせたジャズでは無い。ジャジーなリズム&ビートは、ストリングスのアレンジとテナーの旋律を惹き立たせる様、抑制され制御される。ギターを含めたリズム・セクションが、実に抑制されたハイテクニックなバッキングを供給する。特にガッドが全編ブラシで、実に抑制されたストイックなドラミングを聴かせてくれます。

このアルバムは、ストリングスとリズム・セクションの「抑制の美」を前提に、フロントのマイケル・ブレッカーのテナーを全面に押し出した、マイケル・ブレッカーのテナーだけの、マイケル・ブレッカーのテナーを愛でるだけに存在するアルバムだと解釈しています。

テナー奏者がリーダーの良く似た雰囲気のアルバムに、ジョン・コルトレーンの『Ballads(バラード)』があるが、この『City Scape』は、マイケル・ブレッカーにとっての『Ballads(バラード)』の様なアルバムである。

飛び散る汗と煙、そして熱気、といったアグレッシブなジャズとは全く対極にある音世界ですが、これもジャズだと思います。ストリングスの流れの底に、しっかりとジャズのリズム&ビートが潜むように流れている、素晴らしく雰囲気のある「ストリングス入りの企画盤」です。マイケル・ブレッカーのテナーを愛でるのには欠かせないマストアイテムです。

 
 

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2013年2月 3日 (日曜日)

クリエイションの傑作サード盤

今日も昨日に引き続き、「青春のかけら達・アーカイブ」シリーズで、クリエイションの特集のラストになります。1970年代の日本のロックの話題なので、ちょっとマニアックなのですが、しばしお付き合いのほどを(笑)。

さてさて、これではイカンと思ったのか、セカンド・アルバムだけで、フェリックス・パパラルディの下を離れたクリエイションである。まあ、パパラルディのオーバー・プロデュースで、あそこまで個性を殺されたらプロデューサーを代えたくもなるわな。

と言うわけで、1977年に発表したサード・アルバムである。ファーストのアルバム頃に立ち返った様に、竹田和夫がブルージィな魅力を放ち、渋いロック・サウンドを披露している。そんなクリエイションの傑作サード盤が『Pure Electric Soul』(写真左)。ファースト・アルバムに引き続き、ちょっと強烈なジャケット写真ではあるが気にしない。

ファースト・アルバムでは、ホワイト・ブルース的な演奏一辺倒な感じだったが、このサード・アルバムでは音楽性の幅が広がり、ファンキーな楽曲有り、ソウルフルな楽曲有り、レゲエのリズムを取り入れたカリビアン的な楽曲有り、で楽曲のバラエティーが豊かになって、とても楽しい仕上がりになっている。

楽曲の選択もなかなか渋いものがあり、ラストの『HAPPENINGS TEN YEARS TIME AGO』などは、あのヤードバーズのカバー曲で良い演奏です。
 

Pure_electric_soul

 
特に、このアルバムの楽曲で思い出に残っているのは、5曲目の『SPINNING TOE-HOLD』(写真右・シングルのジャケ写)。この曲、当時のプロレスファンの方であれば、たちどころにお判りかと思うが、ドリー・ファンク・ジュニア+テリー・ファンク(ファンク兄弟)の必殺技。

1970年代、一時期、プロレスラーが登場する時のオープニング曲に、当時流行っていたロックの曲を流していた。そんな中で、ザ・ファンクスが、この「SPINNING TOE-HOLD」を採用していたのだ。

ちなみに、ブローザー・ブロディが、確か、レッド・ツェッペリンの「移民の歌」を流していたような記憶がある。アブドラ・ザ・ブッチャーは、ピンク・フロイドの「吹けよ風、呼べよ嵐(One of TheseDays)」。「吹けよ風、呼べよ嵐(One of These Days)」は、ピンク・フロイドの「おせっかい」のA面の1曲目だったよな、確か。

確かに、イメージって大切なんで、オープニング曲が印象的なロックの名曲を採用するのはいいんだが、アブドラ・ザ・ブッチャーが、ピンク・フロイドの「吹けよ風、呼べよ嵐」(なぜ「One of These Days」の邦題がこうなるのか理解に苦しむが・・・)だったのには「参った」。ちょっとちょっと、ピンク・フロイドのイメージが変になるやろ〜。

話を元にもどそう。このアルバム、音楽性の幅が広がりが、ちょっと散漫な感じで、ポップに傾いた印象を与えますが、今の耳で聴いても、内容的にはなかなかだと思います。1970年代日本人ロックのファンなら、このサード・アルバムも、一度は聴くべき日本ロックのアルバムの一枚でしょう。

 
 

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2013年2月 2日 (土曜日)

日本ロックのコンプレックス

英語の歌詞と日本語の歌詞。70年代前半にそんな議論があった。ロックはインターナショナルな音楽であり、将来的には世界を目指すべきで、そのためにも英語で歌うべきで、日本語で歌うのは、歌謡曲に媚びることだという発想。例に漏れず、このクリエイションも歌詞は全て英語。ボーカルは全て英語で歌っている。いわゆる「カタカナ英語」である。

この、あんまり上手くない「カタカナ英語」のボーカルも含めて、クリエイションの音は新鮮だった。所謂、国籍不明な音。日本語で歌わない。といって、ネイティブな英語でも無い。ホワイト・ブルースをベースにしているが、言われるほどブルージーではない。

当時の歌謡曲に完全に相対していた日本ロックではあるが、クリエイションの音は今の耳で聴くと、当時の歌謡曲からの影響、ビートの取り方など、日本人ならではの、逆に言うと、外国人には絶対に出来ない音作りが、今でも新鮮に響く。

インターナショナルな音楽を目指しながら、日本人ならではの音世界が個性だったクリエイション。「カタコト英語」を聴くと、本当に無理してたんやな〜、なんて苦笑いしてしまいます。

それでも、このクリエイションの音世界は、今でも新鮮に響くほど、日本人の水準を遙かに超えたもので、今の時代にも十分通用するもの。一度、耳を傾けて頂きたい日本ロックのバンドのひとつです。

そんなクリエイションのセカンド・アルバムが『CREATION With Felix Pappalardi』。1976年のリリース。
 

Creation_felix_pappalardi

 
元マウンテンのベーシストであり、かのエリック・クラプトンが在籍したクリームのアルバムをプロデュースしたことでも有名な、フェリックス・パパラルディを迎えて制作されたアルバムである(アメリカとカナダでは、アルバム名『FELIXPAPPALARDI & CREATION』)。当時、このアルバムの発表を契機に全米ツアーも行った。所謂、日本ロックのインターナショナル化戦略である。

クリエイションのファースト・アルバムはブルージーなツイン・ギターと走り抜けるような疾走感が特徴で、歌謡曲からの影響など、日本人のロックでしか出来ない、日本人ロックの個性が見え隠れするところがオリジナリティだったのであるが、このセカンド・アルバムでは、ブリティッシュ・ハードロックのフォロワー、コピー・バンドになってしまっている。所謂、クリエイションとしてのオリジナリティが欠如してしまったことが最大の問題点である。

これは、プロデューサーであるフェリックス・パパラルディのオーバー・プロデュースが原因だろう。ファーストアルバムで好ましい方向に出ていたクリエイションの個性が、フェリックス・パパラルディの楽曲で全く消されており、なんだか、マウンテンの出来損ない的なバンドの演奏を聴いているみたいな錯覚を覚える。

う〜ん、これは、はっきりいって失敗作でしょうね。クリエイションの個性が消されてしまっていて、凡百なブリティッシュ・ハードロックのバンドの演奏に聴こえてしまいます。あのクリエイションがです。当時、このアルバムを聴いて、結構、戸惑いました。

それでも、クリエイションのメンバーは、日本ロックのインターナショナル化の為には、このパパラルディのプロデュースを甘んじて受け入れなければならないと感じていたのでしょうか。なんだか、当時の日本ロックの海外コンプレックスを見るようです。 

 
 

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2013年2月 1日 (金曜日)

ポンタさんの40周年記念盤

村上“ポンタ”秀一のドラミングが好きで、昔から、ドラマーに「村上“ポンタ”秀一」の名前を見つければ、ちょくちょくその盤を入手しては、彼のドラミングに驚嘆していた。

そんな「村上“ポンタ”秀一」が結成したバンドに「PONTA BOX」(ポンタ・ボックス)がある。佐山雅弘 (p) と水野正敏 (b) のトリオで結成し、1994年にデビュー・アルバム「PONTA BOX」を発表して以降、1999年までに8枚のアルバムをリリース。僕は、この「PONTA BOX」がお気に入り。

村上“ポンタ”秀一曰く、「PONTA BOX」はジャズでは無い。確かに聴いて見ると、演奏の形態は、ドラム・ピアノ・ベースの所謂「ピアノ・トリオ」編成ではあるが、リズム&ビートが、ちょっとジャズのものとは違う。何て言ったら良いのかなあ。粘りのあるオフビートが前提のジャジーなビートとは異なる、デジタルチックな乾いたビートが「PONTA BOX」のビート。

広い意味では、様々な音楽の要素を取り入れた「融合」の音楽がジャズとするなら、この「PONTA BOX」のリズム&ビートはジャズだが、狭い意味で、ジャズ特有のリズム&ビートとは異なる「PONTA BOX」の音は、確かにジャズでは無い。敢えて言うなら、フュージョン・ジャズの範疇の音だと僕は解釈している。

そんな「PONTA BOX」的な音がギッシリと詰まったアルバムが最近リリースされた。村上“ポンタ”秀一の音楽生活40周年記念アルバムである『リズム・モンスター』(写真左)。2012年12月のリリース。僕的に、久し振りに「PONTA BOX」的な音に再会したアルバムである。

このアルバムは、基本的に「Jazz」をメインテーマに、PONTA BOXによるインストルメンタル・ナンバーを中心とした演奏と、豪華ゲストをフィーチャーしたヴォーカル・ナンバーを中心とした演奏と、2つの演奏パートから成り立っている。
 

Rhythm_monster

 
特に、この「豪華ゲストをフィーチャーしたヴォーカル・ナンバーを中心とした演奏」のパートが面白い。ゲストには、八代亜紀、一青 窈、中澤信栄、ジャンク フジヤマの4人をゲストに迎えて録音している。ちなみに、八代亜紀は「ジャンゴ〜舟唄」のメドレーを、一青 窈は「フィーヴァー」、中澤信栄は「キャラバン」、ジャンク フジヤマはサム・クックの出世曲「ユー・センド・ミー」を、それぞれ歌っています。

これがまあ、どう聴いても「純ジャズ」では無い(笑)。ジャズを基調としているが、リズム&ビートもボーカルもジャズの様でジャズで無い。

じゃあ、演歌かポップスかと言えば絶対にそんなことは無く、何て言ったら良いのか、やっぱり、これが「PONTA BOX」の音なんでしょうね(笑)。純ジャズと演歌の「融合」、何でも有りな、フュージョン・ジャズ的な雰囲気が実に個性的で、聴いていて楽しい。

インストルメンタル・ナンバーを中心とした演奏では、村上“ポンタ”秀一(ds), 岡沢章(el-b), 柴田敏孝(p key), 本間将人(sax)のカルテット構成の「PONTA BOX」が、「ジャズ・ジャイアンツへのトリビュート」をテーマに、メインストリーム・ジャズ〜〜フュージョン・ジャズの有名曲を中心に演奏を繰り広げています。

「ラウンド・アバウト・ミッドナイト 〜 ウェル、ユー・ニードント 〜 ベムシャ・スウィング」のメドレーや、ウエザー・リポートの名バラード「ア・リマーク・ユー・メイド(お前のしるし)」、ハービー・ハンコックの名曲「ジ・アイ・オブ・ザ・ハリケーン」や「カンタロープ・アイランド」など、インスト・ナンバーを中心とした演奏も聴きどころ満載です。

村上“ポンタ”秀一率いる「PONTA BOX」の面目躍如たる内容が楽しい佳作です。伝統的な純ジャズとは雰囲気は異なりますが、「PONTA BOX」独特のリズム&ビートは、これはこれで広い意味で「ジャズ」だと思います。久し振りに、「PONTA BOX」の諸作を聴き直してみたくなりました。

 
 

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