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2012年11月の記事

2012年11月29日 (木曜日)

ノラのルーツ・ミュージック

僕は米国ルーツ・ミュージックのテイストが大好きだ。カントリー・フォーク、カントリー&ウエスタン、ブルース、ゴスペル等々。アーシーでファンキーかつフォーキーなテイストが大好きなのだ。

Norah Jonesの単独名義のサード・アルバム『Not Too Late』(写真左)など、そんな米国ルーツ・ミュージックのテイストでガッチリと固められていて、それはそれは素敵な音世界。

しかも、リズム&ビートが良い。ゆったりとした、ミドル・テンポからスロー・テンポの曲がほとんど。これが良い。ゆったりとリラックスしまくって聴ける。

そんな米国ルーツ・ミュージックどっぷりなバック・バンドを背に、しっとりとした心地良い中音が魅力なノラの歌声が爽やかに、ゆったりと流れていく。決してケバケバしくない。決して喧しくない。決して派手なところはなく、どちらかと言えば地味。

しかし、地味な雰囲気ではあるが、しっかりした玄人好みの渋さの中に、ポッカリとノラのボーカルが浮かび上がる。
 

Not_too_late

 
こんな雰囲気のアルバム、既に20世紀の時代にあったかと思うが、実はそうでは無い。ありそうで無かったノラの『Not Too Late』の音世界。このアルバムの雰囲気はもはやジャズでは無い。

明らかに米国ルーツ・ミュージックではあるが、といって、カントリーでも無ければ、フォークでも無い。ブルースでも無ければポップスでも無い。ジャンル不詳の「ノラ・ミュージック」である。

しかし、この圧倒的な寛ぎ感はどうだろう。そんな寛ぎ感の中で、しっとりとしたノラの堂々たる歌いっぷり。晩秋から冬のシーズンにぴったりの、落ち着き払ったアーシーな歌声。アコースティックな楽器がこれほど映えるアルバムも珍しい。

でも、ジャンル不詳な、様々な音楽性がごった煮になるって、やっぱりジャズのバリエーションと捉えても良いかな。とにかく、アルバムをずっと聴き通していると、しっかりと米国を感じることが出来る、米国のルーツ・ミュージックを感じることが出来る、素晴らしく素敵なノラのアルバムです。

とにかく音楽ジャンルに関係無く、全ての音楽好きの方々に、こっそりとお勧めです。

 
 

大震災から1年半が過ぎた。決して忘れない。常に関与し続ける。

がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力しよう。 

Never_giveup_4

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2012年11月28日 (水曜日)

ジャズ喫茶で流したい・39

この三連休に帰阪して来た。高校の同窓会に顔を出してきた。そして、大学時代、馴れ親しんだ京都に行って来た。

高校〜大学時代、劇的な人生を送った土地に帰ってきた。その駅に降りれば、あの頃の、僕の一番、多感な頃の想い出が一気に脳裏に蘇ってくる。高校時代、先輩の影響でロックに走り、大学に入って、友人の影響で(まあ、この友人というのが、後で酷い人格の人間だということが判ったんだが)ジャズに走った。

いつも帰阪する度に、高校〜大学時代に聴いた音楽を聴くことにしている。しかも、今回は、時も折しも、大学時代、とっても気に入って、長い間、ヘビーローテーションになったアルバムが久方ぶりに再発になった。そのアルバムとは、Freddie Hubbard『Mistral』(写真左)。

新主流派を代表するトランペッター、フレディー・ハバード。このハバードが、1980年9月に録音したアルバム。ちなみにパーソネルは、フレディ・ハバード(tp,flh)、アート・ペッパー(as)、ジョージ・ケイブルス(p,el-p)、スタンリー・クラーク(b,el-b)、ピーター・アースキン(ds)、ローランド・バウティスタ(g)、ポリーニョ・ダ・コスタ(perc)、フィル・ラネリン(tb)、ピーター・ウルフ(syn)。

このパーソネルを眺める度に思う。いや〜凄いメンバーです。今で言う「コンテンポラリー・ジャズ」な面々です。時は1980年。演奏の雰囲気はフュージョン・ジャズ。しかし、リズム&ビートは純ジャズに通じる、正統派な響きがするもの。決して、フュージョンという流行に安易に乗らず、フュージョン・ジャズのフォーマットに乗って、しっかりと純ジャズのテイストを全面に押し出している。

ジョージ・ケイブルスやビーター・ウルフのエレピの音は爽やかなフュージョンの音なんですが、フレーズは純ジャズなんですよね。スタンリー・クラークのアコベもエレベも素晴らしく純ジャズな響きをしていて、このベースの音は、決して、フュージョンなベースでは無い。
 

Fh_mistral

 
ピーター・アースキンのドラムもそうだ。このドラミング、決して安直なフュージョン・ビートを叩いているのでは無い。フュージョンの衣を纏った純ジャズなビートを叩き出す、素晴らしいドラミングなのだ。このアースキンのドラミングがこのアルバムの雰囲気を支配している。

そして、アート・ペッパーの存在が素晴らしい。純ジャズのアルトの雄、アート・ペッパーがフュージョン・ジャズを吹くって、当時はかなりセンセーショナルな話題を振りまいたものだ。アートも身を落としたもんだ、と揶揄する声もあったし、いやいや、アートがこれだけフュージョン・テイストでキャチャーなフレーズを吹きまくるなんて、と高く評価する声もあったりで、このアルバムが喫茶店でかかる度に話題になったものだ。

はっきりいって、このアルバムでのアート・ペッパーのアルトは素晴らしいです。これ位のバーチュオーゾになると、フォーマットやトレンドは関係無いみたいですね。アートはアートとして、軽やかに印象的にアルトを吹き上げています。その自然体なブロウが、これまた良いんですね。リラックスしたアートのアドリブ。キラキラしていて爽快です。

主役のハバードのトランペットは、当然ながら秀逸。ハバードのベスト・プレイの一枚に挙げられる位に充実したブロウを繰り広げています。様々なテクニックを駆使してのブロウ。フュージョン・トランペッターの貫禄十分。しかし、底には純ジャズのテイストがしっかりと流れていて、実に印象的です。

良いアルバム、懐かしいアルバムです。1980年の録音ですが、今の耳で聴いても決して古くないどころか、今の耳では、現代の優れた「コンテンポラリー・ジャズ」な一枚としても十分に通用する内容です。しかも、このアルバムの1曲目「Sunshine Lady」のイントロと出だしのハバードのトランペットの音を聴くだけで、1980年のあの頃の風景、あの頃の想い出がブワーッと蘇ってきます。

あぁ、なんて懐かしいアルバムなんでしょうか。今回、奇跡的にリイシューされたことを本当に感謝します。なんせ、このジャケット写真を見ただけで、あの頃の風景、あの頃の想い出が甦ってくる。とにかく、素晴らしく内容のある、敢えて言わせて戴きたい、「とびきり硬派なフュージョン・ジャズ」な一枚です。

フュージョン・ジャズなアルバムですが、今回は「とびきり硬派な」というところを全面に押し出して、「ジャズ喫茶で流したい」のコーナーでのご紹介とさせていただきました。安直なフュージョンでは無い、コンテンポラリー・ジャズな一枚としてお楽しみ下さい。

 
 

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2012年11月27日 (火曜日)

紅葉の季節にキースのソロ

先週の週末の3連休に帰阪しました。同窓会があったのですが、その同窓会に絡めて、25日には、30年ぶりに京都の紅葉シーズンを堪能してきました。

紅葉シーズンの京都は大混雑で、もともと大阪出身の僕は若い頃は滅多に寄りつきませんでした。紅葉を愛でというよりは、人混みを見に行く、という感じですからね。しかし、ある人の弁を借りると、「紅葉の一番良い時を体験しようとすると、やっぱり観光客の一番多い、混雑する時期になる」。逆を返せば「混雑を体験せずに紅葉の一番良い時期は体験出来ない」ということになります。

ということで、ちょっとだけ早起きして、午前中に、混雑が予想される金閣寺、龍安寺を訪問してしまう、という作戦に出ました。これが功を奏して、ちょっと混雑はしていましたが、どちらもすんなり入れて、紅葉を心ゆくまで堪能しました。
 

20121125_kyoto2

 
どうです。凄い紅葉でしょう。今年の京都は紅葉が早く、もうこの土日がピーク、という感じでした。京都のお寺は混雑していても、そんなに騒がしく無く、移動する道すがらも、大通りを離れて、一筋、路地を入れば、静かな街並みが続いて、京都ならではの街並みを堪能することができます。

この京都の閑静な街並み、そんな街並みの中のところどころに佇む小さな神社やお寺。とにかく静か、そして、抜けるような青空。思わず、キース・ジャレットのソロピアノが聴きたくなりました。

静謐な中に、凛として鳴り響くピアノ。ダイナミックに、繊細に、陰影抑揚をつけながら、様々な音風景を紡いでゆくキースのソロピアノ。京都の秋、京都の紅葉シーズンには、キースのソロピアノが良く似合う。
 

20121125_kyoto1

  
木漏れ日の中、逆光で見上げる紅葉も素晴らしいものがありました。陰影が複雑に折り重なって、様々な色調の赤が混ざり合って、何とも言えない光景でした。これだけ見事な紅葉だからこそ体験できる、実にアーティスティックな風景です。
 
思わず、帰京して、キースのソロピアノのアルバムを何枚か、聴き直しました。そうですね、主だったところでは、2002年のソロコンサート・ツアー、大阪と東京の録音が収録された『Radiance』、2008年11月〜12月の録音を納めた、『Testament - Paris / London』辺りでしょうか。
 
お得意の現代音楽的な感触にも似たアブストラクトでフリーキーな演奏や、フォーキーで牧歌的で大らかな展開の曲想も顔を出し、静謐で限りなく美しいワン・コードな進行にハッとして、ドラマチックに盛り上がって、ダイナミックに展開するところで強く感じ入る。なんだか、京都の紅葉の風景にピッタリなソロピアノで、今日は紅葉の写真を整理しながらのBGMは、ずうっとキースのソロピアノでした(笑)。 

   

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2012年11月25日 (日曜日)

Celebration Day・祭典の日

最近、高校〜大学時代に馴れ親しんだ70年代ロックの、なかなかに魅力的なボックスセットが幾つかリリースされている。そんな中で、遂に出た、狂喜乱舞である、なのがこれ。

Led Zeppelin『Celebration Day / 祭典の日(奇跡のライヴ)』(写真)。僕が手に入れたのは、デラックス・エディション、2CD+DVD+ボーナスDVDの構成。いや〜遂に出ましたね。70年代ロック伝説のバンド、レッド・ツェッペリン(以下Zepと略す)の一夜限りの復活ライブ音源。

Zepが、2007年12月、ロンドンのO2アリーナで、たった一夜限りの奇跡的な再結成コンサートを実施するとの報に接し、凄くワクワクしたのを覚えている。なんせ、Zepは僕の70年代ロックのアイドル。部屋の天井には、Zepの等身大のポスターをドカッと貼っていた位だ。

そんなたった一夜限りの奇跡的な再結成コンサートの模様を収録した、全世界待望のパッケージが初めて登場、ということである。いや〜待ったぜ。出る出ると言われて早5年。もう出ないのでは無いのか、と諦めたこともあった。しかし、遂に出た。嬉しい。やはり長生きはしてみるものである(笑)。

時は2007年12月10日。ロンドン、のO2アリーナで行われた、アトランティック・レコードの創設者アーメット・アーティガンのトリビュート・コンサートのヘッド・ライナーとして、我らがZepがステージに登場。
 

Zep_celebration_day

 
バンドのメンバー、お馴染みのジミー・ペイジ、ロバート・プラント、ジョン・ポール・ジョーンズ、そして、80年に亡くなったドラマー、ジョン・ボーナムの息子ジェイソン・ボーナムの4人でのライブ・パフォーマンス。

また、一通り聴いただけなので、ちゃんとコメント出来ないのですが、思ったより、ペイジの指は動いている。安心した。ジェイソンのドラムも想像していたより良い。プラントもまずまず声が出ている。そして、何より、ジョンジーのベースが健在である。21世紀になって、Zepのリアルタイムなライブ盤が聴けるとは思わなかった。

『フィジカル・グラフィティ』や『プレゼンス』から多くのの選曲が心憎い。往年のマニアからすると、この選曲、涙涙。「In My Time Of Dying」「For Your Life」「Trampled Under Foot」「Nobody's Fault But Mine」そして、「Kashmir」のライブ演奏をZepのメンバーの音で聴けるとは思わなかった。

とにかく、ペイジのギターは全くのところ健在であるということ、そして、ジョンジーのベースが素晴らしいこと、プラントの声はなんとかいけること、そして、何と言っても、ドラムのジェイソンが素晴らしいパフォーマンスを聴かせてくれていること。これだけが、まず、一通り聴いて確認できたこと。この内容だと繰り返し聴けるし、この内容だとじっくりと演奏を吟味できる。

本当に嬉しいなあ。このライブ盤から聴こえるリフとフレーズ、そして演奏全体を覆うグルーブ感は、絶対にZepのもの。単なる感傷に浸ったおじさん達の懐メロ大会で終わっていない。さすがZep。さすがに僕の永遠のアイドル。さすが僕の尊敬するZep。しっかりと聴きこんで、また、このブログでレポートしたい。

 
 

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2012年11月24日 (土曜日)

『マシン・ヘッド』40周年記念

最近、高校〜大学時代に馴れ親しんだ70年代ロックの、なかなかに魅力的なボックスセットが幾つかリリースされている。そんな中で、これは手にいれなあかんなあ、というひとつが、Deep Purple『Machine Head: 40th Anniversary Edition』(写真)。

そうか、このディープ・パープルの『マシン・ヘッド』という名盤がリリースされて、40年が経つのか。1972年のことである。この『マシン・ヘッド』リリース40周年を記念して、60ページのハードカバーブックレットを同梱したCD4枚+DVD1枚の豪華ボックス仕様でリイシューされたのがこれ。

凄くマニアックな内容ではある。『Machine Head』の2012年リマスター盤の他、ロジャー・グローバーによる1997年ミックス盤、2012年リマスターのQuad SQステレオ盤、そして『In Concert '72』の2012年リミックス盤、加えて『Miachine Head』のハイレゾ・リマスター&サラウンド・ミックス盤の5枚構成。

この5枚とも、ディープ・パープルの『マシン・ヘッド』だけのコンテンツで構成されているのである。これはもうマニア御用達のボックス盤だろう。70年代ロック者初心者の方々がこのボックス盤を聴いても、同じ曲、同じ構成のアルバムが並んでいるだけなので、きっと全てを聴き終えた時には、ディープ・パープルの『マシン・ヘッド』が嫌いになっているだろう(笑)。
 

Machin_head_40anniversary

 
DVDを含む5枚組ながら、4枚はすべてリマスター違い。残るライブ音源『In Concert '72』も既発ものなので、非常に微妙なんですが、マニアは入手してしまうんですよね〜。まあ、目新しいところと言えば、B面曲「When A Blind Man Cries」がボーナストラックとして付いてくるところ位かなあ(笑)。

しかし、このボックス盤を手に入れて聴いてみて思うんですが、意外とこの4枚のリマスター違いが聴き比べていて面白い。ここかしこに音質の違いやアレンジの違いがあったりして、なかなか面白く聴けます。

何と言っても、CD1: "Machine Head" original album 2012 remasterの音が良いです。自然な感じのリマスターになっていて、LP時代のハードロックでありながら、ちょっとエッジの丸まった柔軟で素直な音に近づいています。LP時代、このハードロックなアルバムを繰り返し繰り返し聴き直しても疲れなかったのは、このちょっとエッジの丸まった柔軟で素直な音がポイントだった気がします。

既発音源であるBBCライブ音源『In Concert '72』もリミックスされているので、既発盤よりも音が良くなって、聴きやすくなっています。まあ、この40th Anniversary Editionで、ディープ・パープルの『マシン・ヘッド』は打ち止めかな。いや、ハイレゾ音源が残っているぞ。これは入手しなくてはならん。で、このハイレゾ音源の入手で打ち止めやな。

CD面ですがCDは全て紫(笑)。曲ごとの感想は「いまさら」なので割愛。ネットで検索すれば山ほど出てきますので、そちらをご覧下さいね。印象的なリフ、フレーズてんこ盛りのシンプルな、1970年代ハードロック名盤です。 

 
 

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2012年11月23日 (金曜日)

雨の日にしみじみ聴くトリオ盤

晩秋から初冬にかけての雨は侘びしい。今日は一日、雨降りの我が千葉県北西部地方。日が暮れるのが早いし、今年は寒くなるのが早いし、なんとも侘びしい風情である。

さて、雨の日、特別にバーチャル音楽喫茶『松和』でかかるアルバムが幾つかある。これって、不思議なんだが、一日雨模様の侘びしい日に限って、CDプレイヤーのトレイに載るアルバムが何枚かある。その中の一枚が、Oscar Peterson『Oscar Peterson Plays The Cole Porter Songbook』(写真左)。

名匠オスカー・ピーターソンのコール・ポーター作品集。ちなみにパーソネルは、Oscar Peterson (p), Ray Brown (b), Ed Thigpen (ds)の黄金のトリオ。録音は、1959年の7〜8月。まさに鉄壁の「黄金のトリオ」のコール・ポーター作品集。収録された全12曲、どれも非の打ち所が無い、素晴らしいトリオ演奏である。

ちなみに資料によると、1959年夏、ピーターソン・トリオはシカゴのロンドンクラブに4週間の出演をし、このコール・ポーター作品集を含む一連の「ソングブック・マラソンセッション」はその合間に録音されたとのこと。実質6日間で録音されたようで、まさに「マラソンセッション」である。
 

Cole_porter_song_book

 
しかし、そんなマラソンセッションの産物でありながら、雑なところは全く無い。オスカー・ピーターソンのピアノと言えば、「スイングの権化」と揶揄されるほど、ドライブ感とスケール感溢れる、圧倒的なノリとテクニックを駆使したピアノが個性。

しかし、このコール・ポーター作品集では、そんなダイナミズムだけでは無く、触れば壊れてしまいそうな位に繊細な表現も随所に聴かれる。ダイナミックな面とセンシティブな面が程良くブレンドされて、それはそれは魅力的なピアノ・トリオ盤に仕上がっている。コール・ポーターの作品の持つ歌心と繊細な節回しが好影響を与えているのだろう。

さて、何故、このアルバムが、我がバーチャル音楽喫茶『松和』で、雨の日に特別にCDプレイヤーのトレイに載ることが多いのか。それは、アルバム・ジャケットを見て頂ければ判る。この赤い傘、赤いレインコートを着た女性の絵が、このトリオ盤を聴いた時から、ずっと頭の片隅に残っているからだ。成るほど、合点がいく話である(笑)。

 
 

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2012年11月21日 (水曜日)

新メンバーを迎えてRTFライブ

今年の7月に手に入れながら、なかなか聴けなかったライブ盤をやっとのことで聴いた。Return To Forever『Mothership Returns』(写真左)である。チック・コリア率いるフュージョン・バンド、リターン・トゥー・フォーエバー(以下RTFと略す)の最新のライブ盤である。

RTFとは言っても、メンバーは中核のChick Corea (p)、Stanley Clarke (b)、Lenny White(ds) のリズム・セクションは不動だが、フロント楽器のメンバーが全く新しい。Jean-Luc Ponty (vln)、Frank Gambale (g) が新メンバーとして参加している。

アル・ディメオラ入りのオリジナル・メンバー(第三期)で構成されて再結成されたRTFの『Returns』(Montreuxのライブ録音)があったので、また、RTFの再結成ライブかよ、と思われる方もいるでしょうが、我々の様なRTFのファンにとっては「待ってました」とばかりに歓待するんですよね。まあ、好きだから仕方が無い(笑)。

でも、RTFの再会セッションや再会ライブは、決して「昔の名前で出ています」的な、昔の演奏をなぞったような演奏では全く無く、再会セッション、再会ライブの都度、新しいメンバー、新しいアプローチ、新しいアレンジを携えたパフォーマンスを聴かせてくれるので、決して飽きないし、決してマンネリにならない。

今回は、フロント楽器が全くの新メンバー。とはいっても、もう中堅からベテランの域に達している演奏家ですが、バイオリンのジャン・リュック・ポンティとギターのフランク・ギャンバレ。そして、今回のRTFのライブ盤。この二人の新参加の演奏が素晴らしい。昔からRTFのメンバーであったかのように、息の合った、そして、RTFの音の個性を理解した、実に見事な演奏を聴かせてくれます。これぞ玄人、これぞ職人って感じでしょうか。
 

Motheship_rerurns

 
相変わらず、チックのキーボード、特にシンセの扱いは素晴らしいものがあるし、とにかく、エレクトリック・キーボードの演奏については、未だにジャズ界最高峰だろう。本当に上手いし、フレーズ毎にエレクトリック・キーボードの選択が秀逸。ここまでの高い極みに達すると、もはや、昔、ライバルと目されたハービー・ハンコックやジョー・ザビヌルは敵では無い。エレクトリック・キーボードの使い手として孤高の存在である。

スタンリー・クラークのチョッパー・ベースもライブでは映えるなあ。スタジオ録音でしつこくチョッパられると、ちょっと鬱陶しく感じるのだが、ライブでは、そのノリを要求するパフォーマンスとしてはなかなかのもの。そして、面白いのは前にも指摘したが、スタンリー・クラークはチックのバンドでバックを務める時に、それはそれは素晴らしい演奏を繰り広げるのだ。チックのバックでのスタンリー・クラークは無敵である。

そして、このところ、ドラムのレニー・ホワイトもそういう傾向になっていて、何故か、チックのRTFで叩くレニー・ホワイトのドラミングは実に魅力的。疾走感溢れ、堅実なリズム&ビートに、ジャズ・ドラマーに似合わず、乾いたロックっぽいリズム&ビートを供給してくれる。実はこの乾いたロックっぽいリズム&ビートが、RTFの音の個性を決定付ける重要な要素になっている。

Disc1が「Medieval Overture」「Senor Mouse」「The Shadow of Lo / Sorceress」「Renaissance(ポンティ曲)」、Disc2が「After the Cosmic Rain」「The Romantic Warrior」「Concierto de Arnjuez / Spain」「School Days」「Ceyond the Seventh Galaxy」で全9曲。どの曲も一定水準以上のレベルの演奏なので、安心して聴くことができます。ユニゾン&ハーモニーもバッチリ合っていて、再会ライブとは言え、しっかりとリハーサルされていて好感度良好です。

まあ、それでも、このライブ盤は、RTFマニア御用達的な存在だと思います。ジャズ者初心者、チック者初心者の方々は、まずはRTFのスタジオ録音盤である『Light As A Feather』や『Hymn of the Seventh Galaxy』『The Romantic Warrior』を、まず、聴いて欲しいなあ、と思います。それからでも遅くは無い(笑)。

 
 

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2012年11月20日 (火曜日)

ジャズとしての楽しみ方がある

過去、ジャズは娯楽音楽なのか、芸術音楽なのか、なんてことを思ったりすることがあった。ジャズは大衆音楽として、娯楽音楽として、聴き易く、踊り易くあるべきだと思う反面、いやいや、ジャズ理論、ジャズ演奏のスタイルの下、クラシックと並んで芸術音楽としてあるべきだと思ったり・・・。

例えば、こんなアルバムを聴くと、時々、フッと思ったりするのだ。Elvin Jones『Live At the Village Vanguard』(写真左)。1968年3月20日、NYのライブスポット、ビレッジバンガードでの録音。ちなみにパーソネルは、Elvin Jones (ds); George Coleman (ts); "Hannibal" Peterson (tp); Wilbur Little (b)。

なんて渋いメンバー構成なんだろう。ジャズ史上、最もポリリズムックなドラマー、エルビン・ジョーンズをリーダーに、新主流派を代表する、伝統的でフリーキーなテナーマン、ジョージ・コールマン。限りなくフリーキーでエモーショナルなトランペッター、ハンニバル・ピーターソン。そして、伝統的な面と前衛的な面が共存する硬派なベーシスト、ウイルバー・リトル。すげーメンバーじゃ。

このライブ盤の音は、絵に描いた様な、硬派で限りなくフリーな伝統的メインストリーム・ジャズ。エルビン・ジョーンズのドラムとウイルバー・リトルのベース、この二人のリズム&ビートが、限りなく柔軟度が高い、伝統的な展開良し、前衛的でアブストラクトな展開も良し、素晴らしく柔軟なリズム&ビートをバックに得て、フロントのコールマンとピーターソンが吹きまくる。
 

Elvin_jones_live_at_vv

 
限りなくフリーな伝統的メインストリーム・ジャズなので、キャッチャーでも無ければ、聴き易くも無い。しかし、インプロビゼーションの展開に入った部分、即興演奏の展開がなされる部分。ドラムとベースのリズム&ビートに乗って、フロントが縦横無尽にアドリブ・フレーズを絡ませていく。この音が非常にアーティスティックな響きで、適度なテンションの中、非常に美しい展開に思わず息をのむ瞬間が何度かやってくる。

この限りなくフリーな伝統的メインストリーム・ジャズな展開をアーティスティックと肯定的に評価し、その展開を愛でるのか、この限りなくフリーな伝統的メインストリーム・ジャズをポップで無く、キャッチャーでは無い、大衆に背を向けた特殊なジャンルの音楽として非的的な評価をするかで、ジャズの聴き方はガラッと変わる。

確かに、現代のジャズは大衆音楽では無いし、娯楽音楽の傾向もやや希薄な面が強い。しかし、ジャズを限りなくポップに方向けると「イージーリスニング」のレッテルを貼られるし、ジャズはどう頑張っても、そのコード展開やビートの展開を前提とすると、絶対にロックの様な、シンプルでキャッチャーなリフを繰り出して大衆に受ける、なんてことは不可能だ。

ジャズはジャズとしての楽しみ方があるということ。ジャズをロックやポップスと比較して、その不利な面を論じるのは、ちょっとナンセンスな話ではないか、と思う今日この頃である。ジャズはジャズで良いところがある。それで良い様な気がする。

 
 

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2012年11月19日 (月曜日)

マルグリュー・ミラーの個性

1978年からジャズ者としてジャズを聴き始めて、1970年代後半のフュージョン全盛時代、そして、1980年代に入ってからのメインストリーム・ジャズ復古の時代。いずれもリアルタイムで体験してきた。

やはり、ジャズ者初心者駆け出しでも理解出来たのが「ウィントン・マルサリス」の出現。これは確かにセンセーショナルだった。ジャズ者初心者駆け出しでも、そのトランペットの凄さが判るのだ。そして、このウィントン・マルサリスを中心に、メインストリーム・ジャズ復古、アコースティック・ジャズ復古の動きが加速していく。

そんなムーブメントを支えるメンバー達を指して、当時、ジャズ雑誌「スイング・ジャーナル」は『新伝承派』と名付けた。「伝承」という言葉について、ジャズは「過去の伝統」の様に聞こえるところが引っ掛かったみたいで、あまり定着しなかった。手短かに言えば「伝統的なアコースティック・ジャズを継承するグループ」。

実はこの新伝承派の連中のジャズって、結構、僕は気に入っている。過去の伝統的なアコースティック・ジャズを物真似するのでは無く、しっかりと自らが解釈して、自らのオリジナリティーを付加して、新しい展開やスタイルのアコースティック・ジャズに昇華させているところが、いたく感じ入る部分である。簡単そうに見えて、これってなかなかに難しい。十分にジャズを勉強する必要があるし、演奏テクニックもまずまずのところまで達する必要がある。

そんな新伝承派の中で、お気に入りのピアニストのひとりが、Mulgrew Miller(マルグリュー・ミラー)。マルグリュー・ミラーは1955年生まれだから、ほぼ同世代。そんな関係から、デビュー当時から、ずっと追いかけてきた。なんだか感性に合うですよね〜、彼のピアノって。
 

Keys_to_the_city

 
そんなマルグリュー・ミラーのピアノの個性は、やはりトリオ編成のアルバムが良いだろう。『Keys To The City』(写真左)というピアノ・トリオ盤である。1985年6月の録音。ちなみにパーソネルは、Mulgrew Miller (p), Ira Coleman (b), Mervin Smitty Smith (ds)。

本盤は、マルグリュー・ミラーが30歳の時に録音した初リーダー・アルバムです。これがまあ、非常にマルグリュー・ミラーのピアノの個性が良く判るアルバムなんですね。

彼のピアノのスタイルは、前にも書いたが、それまでのジャズ・シーンの中で「ありそうでない」スタイルをしている。部分部分を聴きかじると、過去の誰かのスタイルと同じじゃないか、と思うんだが、全体を通じてしっかり聴くと、過去の誰かのスタイルを踏襲していることは無い。これが実に面白い。つまりは、新伝承派のモットーを地で行っているということ。

この初リーダー作をちょっとだけ聴くと、パッと思い浮かぶスタイルは、マッコイ・タイナー。左手の力強い和音、右手の高速フレーズ。左手の重さの上で、飛翔するように疾走する右手。なんだけど、マルグリュー・ミラーはちょっとマッコイとは違う。マッコイの右手は泥臭くファンキー。しかし、ミラーの右手は優雅で明るい。左手の入れ方もちょっと違う。マッコイは力任せにガーンといく。ミラーは考えながら左手を入れる。ミラーの左手の和音の作りとタイミングのバリエーションが非常に豊か。

そして、ミラーの右手のフレージングはビ・バップに通じるものがあって、非常にテクニカル。ファンクネスを限りなく絞り込んだ、禁欲的でシンプルなフレーズ。その割に考えながら入れる左手はかなりジャジー。左手はハードバップ、右手はビ・バップ、とでも表現したら良いかなあ。この右手と左手の響きの違いも、ミラーのピアノの個性と言えば個性。

なかなかに興味深いマルグリュー・ミラーの初リーダー作は、ちょっと優れた、なかなか隅に置けないピアノ・トリオ盤です。また、この盤のプロデューサーはオリン・キープニュースなんですね。なるほど、この盤の内容の良さに、プロデュースも一役買っていたんですね。なるほど。良いアルバムとはそういうものですね。 

 
 

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2012年11月18日 (日曜日)

続・チェンバロを使ったジャズ

ジャズでチェンバロを使った演奏として、昨日、Junior Mance『Harlem Lullaby』をご紹介したが、僕が、生まれて初めて、チェンバロってジャズに使われることがあるんだ、って思ったんが、このアルバムを聴いた時である。今から36年前、19歳の頃。大学に入って、ジャズを聴き始めた、ジャズ者初心者駆け出しの頃である。

The Modern Jazz Quartet『Blues on Bach』(写真左)。1974年に一旦解散する直前、1973年リリースの企画盤&実験作。「ブルース・オン・バッハ」というが、音楽の父、バッハの名曲をジャズとしてブルース化している訳じゃない。収録曲を眺めて見て面白いのは、奇数番目の曲はルイスがハープシコードを用いてバッハの曲を、偶数曲目はBACH(B)のコードネームを持つブルース演奏が繰り広げられる。

この「奇数番目の曲はルイスがチェンバロを用いてバッハの曲を演奏した」とされる、このアルバムの冒頭1曲目「Regret?」を初めて聴いた時の衝撃と言ったら・・・(笑)。まず、何故、ジャズの演奏においてチェンバロが使用されているのかが理解出来なかった。チェンバロは自ら弾いたことがあるんだが、あんなに繊細で微妙なタッチが必要とされる楽器を僕は知らない。とにかく繊細で、弾くに神経を使う。これってジャズには絶対に向かないのではないのかと・・・。

まあ、クラシック趣味のジョン・ルイスがバッハの曲をジャズのフォーマットで演奏するのである。演奏曲の味付けに、効果としてチェンバロを使用しても不思議では無い。

確かに、このアルバムでのチェンバロの使い方は、チェンバロでジャズを本格的にやろうとは思っていない。あくまで、「奇数番目の曲はルイスがチェンバロを用いてバッハの曲を演奏した」部分で、効果として、味付けとして、チェンバロを使用したまでのこと。このアルバムを最後まで聴けば、それが直ぐに判る。
 

Blues_on_bach

  
面白いのはルイスがチェンバロを用いて、ジャズのフォーマットをベースにバッハの曲を演奏したものと、ブルースのタイトルが、「B♭・A・C・H」と語呂合わせしてならべたブルースな演奏とが素晴らしい対比を成している。これって「目から鱗」である。バロックとブルースの対比。バロック好きな、室内音楽的趣向が強いジョン・ルイスの面目躍如である。

特筆すべきはミルトとヴァイブ。「B♭・A・C・H」と語呂合わせしてならべたブルースでの、しっとりとした抑制の効いたブルージーなフレーズを叩き出すところは「十八番」と言えば「十八番」なので、素晴らしいのは当たり前として、ルイスがチェンバロを用いてバッハの曲を演奏した」部分での、そこはかとなく、底に趣味の良いファンクネスを漂わせながら、バロックなフレーズを叩き出すミルトの演奏家としての能力には感服する。

チェンバロを使ったジャズ、と言われて真っ先に思い出すのが、ジャズ者初心者駆け出しの頃に聴いた『Blues on Bach』。アルバム冒頭の「Regret?」の前奏のチェンバロの音。ルイスはあくまでバロックよろしくチェンバロを弾き続けるが、ミルト以下のバックが素晴らしくジャジーなブルースで応酬する。するとあらまあ不思議。バロックとブルースが融合して、これまた摩訶不思議な、それまでに聴いたことの無い、ジャジーな演奏が展開されるのだ。

今日のジャズのお話しはちょっと硬くなりました。でも、このThe Modern Jazz Quartet『Blues on Bach』は、企画盤として実験盤として優れたアルバムだと思います。演奏レベルも非常に高く、バロックとブルースが融合して、これまた摩訶不思議な、それまでに聴いたことの無い、ジャジーな演奏を生み出していることが、まことにジャズ職人風で良いですね。

これもジャズです。このアルバムでのチェンバロは、効果として、味付けとしてのチェンバロを使用に留めたジところが素晴らしい判断で、ジャズとしてのブルースの演奏を際立たせる、ジョン・ルイスのアレンジメントの才能が突出した、アレンジメントとアルバム企画の勝利の様なアルバムです。僕はこのアルバムはジャズ者初心者の頃からの愛聴盤の一枚です。

 
 

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2012年11月17日 (土曜日)

チェンバロを使ったジャズって

チェンバロという楽器がある。チェンバロはドイツ語。ピアノの様な鍵盤を用いて、弦を爪で引っ掻くように音を出す楽器である。英語ではハープシコード(harpsichord)と呼ばれる。

弦を爪で引っ掻くように音を出すので、ハンマーで弦を打って音を出すピアノとは大きく異なり、全く別種のタッチを必要とする。音の強弱等も付けにくく、ピアノに比べて繊細で神経質なフレーズが特色とされる。宗教音楽系で良く耳にし、クラシックではバロック音楽で良く使われる。

それではジャズではどうなのか。ピアノに比べて繊細で神経質なフレーズが特色とされるからには、ジャズでは使われないのでは、と思いきや、あるんですね、これが。しかも、このアルバムは、1960年代後半からポップなジャズとして台頭したジャズ・ロックの一種「ソウル・ジャズ」の範疇に属するもの。チェンバロを使ったソウル・ジャズ。かなりの「アンマッチ感」がある。

そのアルバムとは、Junior Mance『Harlem Lullaby』(写真)。1966年の録音。ジュニア・マンス (p,harp), ジーン・テイラー (b), ボビー・トンプソン (dm), レイ・ルーカス (dm) 他。タイトルからもお判りの通り、ゴスペル・フィーリング溢れる、ファンキー&ソウルフルなアルバム。

ここで、リーダーのジュニア・マンスは、チェンバロとピアノを半々の割合で弾いている。もともと、ジュニア・マンスのピアノは、端正でファンクネスがそこはかとなく漂う正統派なバップ・ピアノ。端正さが際立つ個性だけに、ポップな雰囲気を全面に押し出したソウル・ジャズではどうか、という感が漂う。
 

Harlem_lullaby

 
そこチェンバロの登場となったのだろうか。そもそも、ジャズの演奏にチェンバロは無理がある。確かに、チェンバロの音色はファンクネスに通じる乾いた黒さがある。しかし、如何せん、ピアノに比べて繊細で神経質なフレーズがジャズに似合わず、音の強弱が付けにくいところもかなり辛い。このアルバムのチェンバロで演奏された曲については、全て「違和感」が漂う。曲が良いだけに惜しい。

面白いのは、ピアノで弾いた曲。端正さが際立ち、ファンクネスが控えめにタッチやフレーズに漂う奥ゆかしい個性。しかし、ソウル・ジャズ風のアレンジで弾きこなすピアノは、ファンキー&ソウルフルそのもの。端正なタッチの中に色濃く漂うファンクネス。ユッタリとしたタッチは、ほのかに粘りを漂わせ、実にソウルフル。あれれ、これ、ピアノでの演奏の方がソウルフルで良いやん(笑)。

チェンバロは音の細さと繊細さが、ちとしんどいですね。しかし、興味深いのは、1970年代に入って、シンセサイザーが採用されるようになって、そのシンセサイザーが奏でる「チェンバロ風」の音は、ソウル・ジャズにピッタリなんですよね。シンセの「チェンバロ風」の音は、音が太くて骨太で、バックの演奏の「音の束」に負けずに、自らのファンキーでソウルフルなフレーズを全面に主張するだけの図太さがある。

この『Harlem Lullaby』は、1960年代後半に流行った「未知へのチャレンジ」という雰囲気が裏目に出た、時代がちょっと早かった企画盤だと評価しています。企画盤としてのコンセプトは良かったんですが、チェンバロの採用がどうもいけない。
  
チェンバロが、後のシンセサイザーに置き換わっていたら、秀逸なピアノの演奏と相まって、異色の企画盤になっていたのではないかと思います。素性は確かな企画盤です。ジャズ者上級者向け。意外と楽しめます。

 
 

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2012年11月16日 (金曜日)

ナット・アダレイのセカンド盤

ハードバップのアルバムって、一定のレベルをクリアした内容のアルバムであれば、その独特の雰囲気にドップリと浸ることが出来る。どのアルバムが良くて、どのアルバムが悪い、っていうことでは無くて、どのアルバムもハードバップ独特のジャジーな雰囲気を味わえるってこと。

これって、ハードバップの演奏というのが、僕達が感じる「ジャズ」に一番近い雰囲気を宿しているってことなんだろう。やっぱり、ジャズと言えば、このハードバップ時代のアルバムが一番フィットする。

このアルバムだって、聴けば「ジャズ」を感じることが出来る。Nat Adderley『Introducing Nat Adderley』(写真左)。アルトの職人、キャノンボール・アダレイの弟。トランペットとコルネットの名手。兄と同じく、ファンクネス溢れるブロウが身上。

1955年9月の録音。う〜ん、ハードバップ時代真っ只中ですね〜。この録音時期だけみても、このアルバム、期待出来ます。そして、パーソネルを紐解くと、Nat Adderley (cornet), Cannonball Adderley (as) Horace Silver (p), Paul Chambers (b), Roy Haynes (ds)。

このクインテット、素晴らしいメンバーですね。アダレイ兄弟をはじめとして、ファンキー・ピアノの元祖ホレス・シルバー、当時ファーストコール・ベーシストだったポール・チェンバース、そして、ハードバップ・ドラムの職人ロイ・ヘインズ。このパーソネルを見れば、ファンクネスがそこはかとなく漂う、正統派ハードバップな演奏が真っ先に浮かびます。
 

Introducing_nat_adderley1

 
そういう感じで、冒頭の「Watermelon」を聴けば、あ〜これは全くもってハードバップな演奏で、なんだか、ついつい口元が緩みます。テクニックもまだまだ、歌心もまだまだ、ただただ溌剌としていて活き活きとしているコルネット。それだけなんですが、それだけが良いんですね。裏表無い一生懸命さがとにかく良い。

そんな初リーダー作のナットと盛り立てるバックが、これまた良い。ハードバップの名手達が、ハードバップな雰囲気をプンプン漂わせながら、フロントのナットとキャノンボールの兄弟フロントを盛り立てる。これが良い。聴いていて、心からハードバップを聴いている気にさせてくれるのは、なにを隠そうこのバックの職人達の存在である。

この『Introducing Nat Adderley』というアルバムは、どちらかといえば地味なアルバムで、ジャズのアルバム紹介には、まずそのタイトルが挙がらないものです。今までのジャズ本のナット・アダレイの代表盤にも、まず挙がらないですよね。でも、このアルバム、実にハードバップしていて、ハードバップな演奏を愛でることが出来るアルバムなんですよね。

ハードバップのアルバムって、一定のレベルをクリアした内容のアルバムであれば、その独特の雰囲気にドップリと浸ることが出来る、ってことを実感出来る、ナット・アダレイの初リーダー盤です。

 
 

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2012年11月15日 (木曜日)

晩秋の朝に良く合うボーカル

晩秋には女性ジャズ・ボーカルが良く似合う。落ち着いた、しみじみと聴き入ることの出来る、それでいてシンプルでライトなボーカル盤が特に晩秋に良く映える。重くて難しいと、晩秋の淋しさの中、ちょっと沈み込んでしまいそうですからね〜(笑)。

このアルバムは晩秋の朝に良く合う。晩秋の朝の、黄金色の朝日が差し込む部屋の中で聴くこのアルバムは絶品である。Norah Jones『Feels Like Home』(写真左)。デビュー・アルバム『Come away with me』でグラミー賞8部門受賞という快挙をなし遂げた、ノラ・ジョーンズの2ndアルバム。

デビュー・アルバムの『Come away with me』は、コンテンポラリー・ジャズな風情のボーカルだった。ぎりぎりジャズ的な雰囲気が色濃く漂っていた。が、この『Feels Like Home』は、コンテンポラリーなジャズ・ボーカルというよりは、アメリカン・ルーツ・ミュージックをバックにした、懐かしい雰囲気漂う、アメリカン・ネイティブでカントリーなボーカルという風情。

とゲストの名を眺めていたら、彼女が敬愛するザ・バンドのレヴォン・ヘルムとガース・ハドソン、そして、ドリー・パートンをゲストに迎えているんですね。ザ・バンドを敬愛するなんて、さすがノラ。そんなお気に入りのミュージシャンに囲まれて、楽しそうに歌うノラの姿が目に浮かびますね。
 

Feels_like_home

 
ザ・バンドのレヴォン・ヘルムとガース・ハドソンは、ほのかに南部系の香り漂う2曲目の「What Am I To You? 」で共演していますね。タイトなレヴォンのドラムは、ザ・バンドのファンならば聴くと直ぐに判る(笑)。ガースの捻れたキーボードも、ザ・バンドのファンならば聴くと直ぐに判る(笑)。ドリー・パートンについては、カントリータッチの軽快な曲、7曲目の「Creepin' In」で、ノラとデュエットしています。これがまた良い雰囲気なんですね。

そういう録音環境もあってだろう、全編に渡って、実にリラックスして歌っている様が、実に魅力的。自分のやりたい演奏、歌いたいボーカルを素直にやっているからだろう。自然体な歌声、爽やかに流れるような歌声が本当に素晴らしい。ほのぼのするし、しんみりもする。なんだか懐かしい米国の原風景を見ながら、そのバックに流れてくるというか、その風景にぴったりマッチしたノラの歌声が僕は大好きだ。

このアルバム、全編に渡って、大向こうを張る、派手な曲は全く無い、地味と言えば地味なアルバムなんですが、この地味というところが、全く華美なところが無い、それでいて実に豪華で実に豊かな「地味さ」なんですよね。これだけ充実した「地味なアルバム」というのはなかなかありません。そういう意味では、ノラの好きなザ・バンドのアルバムに通じるところがあります。

最後にこのアルバムの僕なりの楽しみ方をご披露しよう。晩秋の朝、東向きの部屋のカーテンを開け放って、黄金色の朝日が差し込む部屋の中で、冒頭の「サンライズ」を流す。晩秋の朝、黄金色の朝日が差し込む部屋の中で、ひとり聴くこの曲は絶品です。

 
 

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2012年11月14日 (水曜日)

女性ジャズ・ボーカルの季節

寒くなってきた。今晩は北風がビュービュー吹いて、かなり寒い。11月中旬なのに、もう冬の雰囲気。この寒さが忍び込んでくる季節。11月は晩秋である。

僕にとっては、晩秋から冬にかけて、女性ジャズ・ボーカルの季節である。寒さが忍び込み、日が短くなって、なんだか淋しさが湧き上がってくる季節。そんな季節に、女性のジャズ・ボーカルがしみじみと心に沁みるのだ。

といっても、女性ジャズ・ボーカルは、きら星の如くその数は多く、どの女性ボーカルを聴けば良いのか、途方に暮れるばかり。なんせ、今の時代でも、デビュー盤をリリースする女性ジャズ・ボーカリストって、ジャズ雑誌の新譜欄を見ていると、月に平均2〜3人はいる。かなりの数の女性ボーカリストがいるはずだ。

そんな環境の中、僕はフュージョン・ジャズをベースとした女性ボーカリストをピックアップして、毎年、この晩秋から冬の季節に楽しんでいる。実はありそうでなかなか無いのが、フュージョン・ジャズをベースとした女性ボーカリスト。純ジャズ・ベースの女性ボーカリストは多々あるんですが・・・。

不思議とフュージョン・ジャズをベースとした女性ボーカル盤というものがなかなか見当たらない。恐らく、フュージョン・ジャズの楽器構成が電気楽器中心で、音が大きく、生声を全面に出してフィーチャーするには、ちょっとしんどいところが原因なのでは、と睨んでいます。

バックの演奏が優れたフュージョン・ジャズがバックの時だけ、フュージョン・ジャズをベースとした女性ボーカル盤が成立するみたいなんですね。バックの演奏が優れているからこそ、電気楽器中心の編成でも、生声ボーカルをしっかりバッキングし、しっかりと全面に押し出すことが出来る。
 

End_of_a_rainbow

 
そんなバックの演奏が優れたフュージョン・ジャズがバックの優れもの女性ボーカル盤の一枚が、Patti Austin『End Of A Rainbow』(写真左)。1976年の作品。フュージョン・ブーム真っ只中。フュージョン・ジャズの老舗CTIレーベルからのリリース。パティ・オースティンのファースト・リーダー作。

ちなみにパーソネルは・・・、主だったミュージシャンを並べてみると、Patti Austin (vo), Richard Tee (key), Barry Miles (key), Mike Abene (key), Eric Gale (g), Steve Khan (g), Will Lee (b), Jeff Berlin (b), Chuck Rainey (b), Steve Gadd (ds), Andy Newmark (ds), Ralph MacDonald (per), Randy Brecker (tp), Michael Brecker (ts), Joe Farrell (ts), Ronnie Cuber (bs), Gloria Agostini (harp)。

いやいや〜、今の目で見ると、素晴らしいメンバーですね〜。フュージョン・ジャズの中でも名うての名手揃い。これは凄い。バックの演奏が優れたフュージョン・ジャズがバックの時だけ、フュージョン・ジャズをベースとした女性ボーカル盤が成立する。このPatti Austin『End Of A Rainbow』は、そんな数少ないフュージョン・ジャズをベースとした女性ボーカル盤である。

その音と言えば、伝説のフュージョン・バンド、スタッフとブレッカー・ブラザースをバックとした、正統派フュージョン・ジャズ。素性正しい、ハイクオリティな演奏。様々なジャンルのリズム&ビートが混在し、爽やかで印象的なフュージョン・ジャズがてんこ盛り。そんな正統派フュージョン・ジャズをバックに、パティ・オースティンが素晴らしいボーカルを披露する。

良いボーカル盤です。シンプルでストレートな説得力を感じさせるパティ・オースティンのボーカルが本当に魅力的です。クリード・テイラーのプロデュースも秀逸。素晴らしく良い仕事をしています。このアルバム、フュージョン・ジャズをベースとした女性ボーカル盤として屈指の出来だと思います。ジャズ者万民にお勧めです。

 
 

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2012年11月13日 (火曜日)

大西順子が「引退」である。

ジャズピアニストの大西順子が、この秋に行われる国内ツアーをもってプロ・ミュージシャンとしての演奏活動を停止する。つまりは「引退」。
 
昨年辺りから、雲隠れ以前と同様、心無い評論家の場当たり的な、無責任な評論に真っ向から対立して、なんだかヤバイ雰囲気やなあ、と思っていたんだが、やはり駄目だった様ですね。

大西順子と言えば、今をときめく日本女子ジャズ・ピアニストのトップ・ランナーである上原ひろみ、山中千尋が出現する以前、1990年頃から一世を風靡した、ハードボイルドな和製女性ピアニスト。男勝りの「ガーンゴーン」と強いタッチの左手のビートを入れながら、右手は回る回る、疾走感溢れるシーツ・オブ・サウンドの様な音符の羅列。

しかし、フレーズやアドリブが「どこかで聴いた様な」音で、歴史的に有名なジャズ・ピアニストのスタイルのエッセンスを大々的に取り入れた、有名なジャズ・ピアニストの面々のスタイルのコラージュ的な個性は、持ち上げられたり叩かれたり。しかも、心無い評論家の場当たり的な、無責任な評論に真っ向から対立したのだがら、これまた大変。まあ、大西順子もちょっと我が儘なところもあったんですが・・・。

1998年リリースの『Fragile』以降、当時のジャズ・シーンに愛想を尽かしたのか、雲隠れして実に11年。2009年には、突然にカムバックしたんですが、やはり馴染まなかったんでしょうねえ。とにかく、独特な考え方、感じ方をしているので、音楽家には向かないんだろうなあ。

大西は自身のサイトで、昨年家族の不幸があったことをきっかけに活動を自粛してきたこと、その期間中に「自分の音楽」について考えていたことを告白。「自分のための演奏は出来ても、オーディエンスを満足させるパフォーマー、クリエーターにはなれない、むしろ研究者でいたい」という結論に至り、引退することを決意した、とのこと。まあ、本人が下した結論だからこれで良いんでしょうね。
 

Mukai_j5

 
さて、大西順子については、彼女のリーダー作、サイドメンとしての参加作のほどんどを聴きこなしている。彼女の場合、リーダー作だとあまりに自分を出し過ぎて、かつ、自分を表現しすぎるきらいがあって、大がかりで大向こう張った目眩く展開の演奏がかなり重たく、聴いてドッと疲れる。有り体に言うと聴いてしんどいアルバムが多くて、僕にとっては、ほんの時々のスパンでしか聴き返せないものばかりだった。

しかし、フロントのバッキングに回った時の大西は凄い。敵無しである。リーダー作の時の様に、自分を出し過ぎること無く、自分の表現も適度に押さえて、実に生真面目にフロント楽器の演奏を支え、盛り立て、立てる。これって、トミー・フラナガンに通じるジャズ・ピアノの職人のみが成せる技であり、そういう意味で、大西順子は「ジャズ・ピアノの職人」だったんだろう。

そんな「ジャズ・ピアノの職人」な大西順子をビンビンに感じることの出来るアルバムがある。『J5(向井滋春 Featuring 大西順子)』(写真左)というアルバム。日本の代表的トロンボーン奏者向井滋春のリーダー作。1993年11月の録音。ちなみにパーソネルは、向井滋春 (tb), 山口真文 (ts), 大西順子 (p), Rodney Whitaker (b), Greg Hutchinson (ds)。

このアルバムにおける大西順子は素晴らしい。しっかりとバッキングに専念し、ソロの場面に来ると、キラリと光るアドリブを繰り広げる。決して目立ちすぎず、決して大袈裟にならず、粛々と持てるだけのテクニックと感性を発揮する。素晴らしい職人芸。素晴らしい個性。

バッキングに回って、リズム・セクションに回って、これだけのパフォーマンスを繰り広げられる力量って相当なものだと思う。このバランスの取れたパフォーマンスが、リーダー作に反映されなかったことを僕は遺憾に思う。プロデュースに問題があったのは確かだろうし、大西自身のセルフ・コントロールにも問題があったのだろう。実に惜しい。

しかし、今回のツアーで「引退」である。バックに回った時の魅力的なバランスの取れたパフォーマンスが、リーダー作で発揮されることを遂に聴くことができずに終わるのは残念ではあるが、本人が下した結論だから仕方が無い。勿体ないことだなあ、と思う。しかし、これもまた、ひとつの「ミュージシャンの生き方」である。これから歩む「別の人生」での健闘を祈りたい。

 
 

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2012年11月12日 (月曜日)

邦題は『瞳のマジック』です

ナイロン弦ジャズ・ギターの雄、アール・クルーのリーダー作、スタジオ盤の第4作目。これは良く聴いたなあ。 Earl Klugh『Magic in Your Eyes』(写真左)。1978年のリリースになる。

このアルバムは、ブッカー・T・ジョーンズをプロデューサーに迎えて制作された1枚。決して、アレンジはデイヴ・グルーシンではない。冒頭のタイトルチューン「Magic in Your Eyes」の出だしのアレンジとエレクトリック・ピアノの響きを聴けば判る。これはデイヴ・グルーシンでは無い。

この盤のリリース当時はフュージョン全盛時代真っ只中。僕の大学時代。とにかく、相当何度も繰り返し聴いた、もしくは聴かされたアルバムである。当時、ちょっと硬派なジャズ者初心者駆け出しの頃である。一生懸命、無我夢中で聴く純ジャズに疲れると、この辺りの耳当たりの良い、そこはかとなくジャジーさ漂うフュージョンに走るのだ。

今の耳で聴き直して見ると、タイトルチューンそのものがフュージョン全盛期の曲調そのものであり、現在でもこの曲を聴くとあの頃の雰囲気がジワーと押し寄せてきて、懐かしさがこみ上げてくる。そういう面では、このアルバムは既に「ナツメロ」の域である。

とはいえ、今の耳で聴いてみても、このアルバムは「古くない」。
 

Magic_in_your_eyes

 
恐らく、ブッカー・T・ジョーンズのアレンジが、クルーのナイロン弦生ギターを引き立たせる為、なるべく華美にならず、効果的にシンプルにアレンジメントした結果では無かろうか。

使い方を間違えると贅肉のようになって、時代が経つにつれチープな響きになるストリングスも、控えめにかつシンプルに配しており、それがかえって、クルーの生ギターを引き立たせる効果になっている。フュージョン全盛期のプロデュース&アレンジメントという観点で見ても、このアルバムは数少ない成功例だろう。

そのブッカー・T・ジョーンズの叙情的な一面が、クルーの歌うようなアコ-スティック・ギターを更に増幅させた「グッド・タイム・チャーリー」には、クルーが影響を受けた巨匠チェット・アトキンスも出演、クルーとの息の合ったアンサンブルを展開していて、なかなか聴きごたえのある一曲。クルーの神妙かつ喜々として演奏する姿が目に浮かぶようだ。

邦題は『瞳のマジック』。とっても甘ったるい邦題ですね〜(笑)。さすがにこの邦題を聞くと、なんだかこのアルバムに触手が伸びない。甘すぎる(笑)。

1970年代後半、男子たるもの、この甘すぎる邦題の付いたアルバムはなあ・・・。帯紙にはっきりと「瞳のマジック」の文字が踊るこのアルバム。購入するのに、ちょっと勇気の要るフュージョン盤でしたね〜(笑)。

  
 

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2012年11月11日 (日曜日)

ポールの「過渡期のアルバム」

久々にハイレゾ音源で再聴し、ちょっとだけ僕の中で評価が上がったポールのアルバムがある。Paul & Linda McCartney『RAM』(写真左)。1971年に発表されたポール・マッカートニーとリンダ・マッカートニーの共作アルバム。全英で2週1位、全米2位を記録した、ポールのソロ時代初期の名盤とされる。

が、僕はこのアルバムが若い頃から苦手。どうしても好きになれない。まず、ジャケットに驚いた。なにも、「羊と戯れるポール」でなくてもいいのに・・・、と当時は思ったものだ。アルバムの名義は、ポール個人ではなく、「ポール&リンダ・マッカートニー」となっている。今から37年前。高校2年の時、なんでリンダの名前があるんだと訝しく思った。

当時のポールは「リンダにメロメロ」状態だった。それを個人のレベルを超えて、アルバムのそこかしこに、「ちりばめられている」のにはマイッタ。ジャケットに使われている写真は、カメラマンであるリンダの写真のみで構成され、その写真もポールとリンダのプライベートっぽいものばかり。

ジャケットの右隅には「L.I.L.Y」の4文字(Linda I Love You の略と言われている)。普通じゃないですな。高校時代もこのアルバムを見るたびにこっぱずかしかったが、今でもなんだかこっぱずかしい。

まあ、こんな、アッパラパーな精神状態で制作されたアルバムだから、まだまだ、ポールの本調子にはほど遠い。しかしながら、さすがに、先のファーストアルバムは、ラフすぎて、しかも世間の反応も芳しくなく、やばいと思ったのか、このセカンドアルバムは、十分な時間をかけて作られている。
 

Paul_ram

 
ファーストと比べて時間をかけて、とりあえずしっかり作られている分、「メロディーメーカーのポール」が全面に出つつあることは実に好ましい。が、部分的には、ファーストアルバム当時の「勘違い」を引きずっている部分が見え隠れする。

1曲目の「Too Many People」や2曲目の「3 Legs」、4曲目の「Dear Boy」などLPではA面の6曲中4曲が、ジョンやヨーコや他の2人のビートルを揶揄するような曲で占められており、いい加減にしてほしいなあ、という気分になる。良きメロディーには、良き歌詞を、と思ってしまう。まあ、5曲目には、かの名曲である「アンクル・アルバート〜ハルセイ提督」があり、この曲に関しては言うこと無しだが・・・・。

やはり、このアルバムには、アルバムに先駆けてヒットしたシングル「アナザー・デイ」(全英2位・全米5位)を入れるべきだったのではないか。このアルバムに「アナザー・デイ」が入っておれば、適度に「しまった」良い感じのアルバムに仕上がっていたのではないかと感じるのは僕だけだろうか。

「シングルのおかげで売れた」という批判や、「LPはその構成とコンセプトが問題」などどいうしたり顔の評論家の攻撃を気にした感があるのだが、この変なところを気にするポールが、この悪しき「こだわり」を払拭するまでには、あと2枚のアルバムを経る必要があるのだった。

僕は、このアルバムについては、まだまだ、ポールのプライベート的な録音の色彩が濃く、メロディメーカーとしての、ソロアーチストとしてのポールの「過渡期のアルバム」として、あまり高く評価する気にはなれない。つまり、ポールの才能の素晴らしさって、こんなものじゃない、ってこと。このアルバムを名盤としたら、後の名盤はなんと評価されるのか。

アルバムを「売る側」は商売上「名盤」という表現を連発する。しかし、アルバムを聴く側は「名盤」を連発してはならないと思う。アルバムを作成したミュージシャンに対して失礼だし、聴く側の矜持を疑われる。このアルバム『RAM』を聴く度に思う。

 
 

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2012年11月 9日 (金曜日)

フュージョン・ジャズの究極盤

Earl Klugh 『Living Inside Your Love』(写真左)。1976年に発表された2作目で、彼の代表作に数えられる1枚。ジョージ・ベンソンもカヴァーした表題曲「リヴィング・インサイド・ユア・ラヴ」など、オリジナル曲においても美しいメロディが溢れている。

ディヴ・グルージンのプロデュース第2作目で、おそらく、1作目のデビュー作をプロデュースすることで、アール・クルーのナイロン弦生ギターの特質を全面的に理解したのであろう、このアルバムでは、アール・クルーのナイロン弦生ギターの特徴を最大限に活かしたアレンジに感心する。

とはいえ、まだ、そのアレンジに一貫性はあまり見いだせず、女性ボーカルあり、ストリングスあり、ソロ演奏あり、で、とにかく、アール・クルーのナイロン弦ギターの魅力をどう引き出すかに注力している様ではあるが・・・。

デイヴ・グルージンのバリエーションに富んだ、万華鏡のようなアレンジによって、このアルバムは、少し、とっ散らかったイメージも無きにしもあらずであるが、アール・クルーの生ギターを純粋に楽しむということでは、なかなか理にかなったアルバムである。
 
 
Living_inside_your_love
 
 
冒頭の「Captain Caribe」は、曲自体が名曲なので、クルーの生ギターを安心して聴き込むことが出来る。前奏を聴いただけで、70年代のフュージョンがお好きな方なら「デイヴ・グルージンのアレンジ」と判る特徴あるフレーズ。曲自体の雰囲気は、クルーの生ギターが主旋律を奏でるので、なんとなく、効果的なパーカッションと相まって、カリビアンな雰囲気が満載である。

カリビアンな雰囲気と言えば、7曲目の「Kiko」だろう。印象的なエレクトリック・ベースの流れるようなフレーズが先導し、クルーの生ギターを導くわけだが、エレクトリック・ピアノの音とパーカッションの響きをバックにして、クルーの生ギターは、実にカリビアンに響く。波打ち際、爽やかな風、空を赤く染め始める夕日、そんな感じなのだ。2分47秒と短い佳曲だが、この曲の持つカリビアンな雰囲気は秀逸である。

エレクトリック・フュージョンのアレンジの中で、ナイロン弦生ギターが、こんなにカリビアンな雰囲気を醸し出すとは思わなかった。

徹頭徹尾、フュージョン・ジャズな一枚です。フュージョン・ジャズの究極盤の様なところがあって、ジャジーさ、ファンキーさがかなり希薄な演奏もあって、ギリ、イージーリスニング・ジャズなところが危ういと言えば危ういww。フュージョン・ジャズのマニアであれば「名盤」。硬派な純ジャズ命のジャズ者の方々であれば、これは「ありえない」。そんな危険なアルバムです(笑)。
 
 
 
大震災から1年半が過ぎた。決して忘れない。常に関与し続ける。
がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力しよう。 
 
Never_giveup_4
 
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2012年11月 8日 (木曜日)

邦題は『遙かなるサンファン』

このアルバムは完璧なスムース・ジャズである。1982年のリリース。1982年にして、この完成度の高さ。Spyro Jyra(スパイロ・ジャイラ)はフュージョン・バンドから、スムース・ジャズへ、非常に上手くモデル・チェンジした。

そのアルバムとは『Incognito(インコグニート)』(写真左)。インコグニートとは「匿名(者)」の意味を持つ。なるほど。だから、このジャケット・デザインなんか。このジャケット・デザインはまるで「ヒプノシス」。プログレ・ロックだったらあり得るが、フュージョン・ジャズではあり得ない。レコード屋でこのジャケットを見た時は「これはちゃうやろ〜」と思わず呟いた。

このアルバムに詰まっている演奏の数々は、どれもが端正で整然としていて、全く破綻の無い、非常にテクニックにも歌心にも優れたフュージョン・ジャズ。後の「スムース・ジャズ」に繋がる、とても聴きやすく、とてもキャッチャーで、とてもメリハリの効いた優れものである。

演奏テクニック、ソングライティングのセンス、演奏のアレンジ、フロント楽器の歌心、どれもが完璧。特に、Jay Beckenstein(ジェイ・ベッケンスタイン・写真右)のソプラノ・サックスの音色が良い。ブラスが鳴り響き、切れ味の良い、哀愁感漂う、実にキャッチャーなフレーズの数々。しかし、この読みにくい、口に出して言い難い、ちょっと長いので覚え難い名前で損してるよな、ベッケンスタインって・・・(笑)。

僕は特に、3曲目「Harbor Nights」〜 4曲目「Stripes」〜 5曲目「Oasis」の辺りの流れにグッとくる。哀愁感漂うソプラノに、メリハリの効いたダイナミックな展開、印象的なエレギのフレーズに、ビートの効いたエレベ。切れ味の良いドラムも凄い。
 

Incognito

 
特に、スパイロ・ジャイラって、ブラスの音色が凄く良い。明るく輝く様なブラスの響きに、そこはかとなく漂う哀愁感が堪らない。そして、演奏全体の雰囲気がドライ。乾いている。この「乾いている」ところがミソで、 この乾いた演奏の中に、ウェットな哀愁感漂うソプラノ・サックスがス〜ッと入ってくるのだ。演奏全体の陰影がグッと濃くなった様な印象を受ける。いわゆる「スパイロ・マジック」である。

とにかく健康優良児的な明るくて乾いた演奏なので、決して、夜のしじまの中で聴くことはないけど、朝日の中で、モーニング・コーヒーを飲みながら耳を傾けるのにピッタリなスムース・ジャズです。

しかし、このアルバム・タイトルの『Incognito(インコグニート)』。邦題は『遙かなるサンファン』。原題とは全く異なる。なんなんだ、この邦題・・・。

はあ〜なるほど。2曲目の「Old San Juan」の サン・フアン(アメリカ合衆国プエルトリコの都市の名前・世界遺産登録されている)を取ってきたのか。まあ、邦題を「匿名」とするのもなんやし、「インコグニート」とシンプルに仮名表記するにも、パッとしなかったんやろうなあ。

ジャケット・デザインと言い、邦題と言い、なんだか「引いて」しまいそうなアルバムですが、内容は素晴らしい出来です。スムース・ジャズの原点の一枚として、歴史的にも重要なアルバムだと思います。

 
 

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2012年11月 7日 (水曜日)

ナイロン弦でのジャズ・ギター

ありそうで無かった「ナイロン弦でのジャズ・ギター」。そんなありそうでなかったことを実現したのがアール・クルー(Earl Klugh)である。

1953年9月16日、ミシガン州デトロイト生まれ。10歳よりギターを始め、17歳の時にユーゼフ・ラティーフと、18歳の時にジョージ・ベンソンのレコーディングに参加。20歳の時チック・コリア主宰のリターン・トゥ・フォーエヴァーに加入し、この時は流石に、エレギを弾いていた(笑)。

そして、GRPのデイヴ・グルーシンに見出され、1976年にブルーノート/キャピトル・レコードよりファーストアルバム『Earl Klugh』を発表。当時としては珍しい、アコギ(ナイロン弦ギター)をメインにしたアルバムであった。以降、デトロイトを拠点に、一貫してアコースティックを主体にスタイルを踏襲し、今では、フュージョン界でのベテラン・ギタリストの一人である。

さて、そんなアール・クルーのスタジオ録音としてのサード・アルバム『Finger Paintings』(写真左)である。1977年2月の録音。米国ビルボードのジャズ・アルバム部門で最高位6位のヒット作である。

ちなみにパーソネルは、Earl Klugh, Lee Ritenour (g), Dave Grusin (key), Louis Johnson, Anthony Jackson (b), Steve Gadd, Harvey Mason (ds), Ralph MacDonald (per)。米国東海岸と西海岸のフュージョンのキー・ミュージシャン入り乱れてのサポートである(笑)。いやはや、凄いメンバーやなあ。
  
 
Finger_paintings
 
 
今でも冒頭の「Dr. Macumba」の前奏のリフを聴くとワクワクする。そして、続いて、足でリズムを取り始める。実に秀逸な曲である。そして、弾むような爽やかなリズムに乗って、アール・クルーのナイロン弦生ギターがスッと入ってくる。入り方が格好良い。初めて聴いた時は、クルーの生ギターが入ってきた瞬間に思わず、「オーッ」と歓声を上げた(笑)。

1975年のデビュー作『Earl Klugh』、翌年の『Living inside Your Love』、そして1977年の本作、これらはすべてデイヴ・グルーシンのプロデュースである。趣味の良い「めくるめくエレクトリック・サウンド」で定評のあるグルーシン・サウンドと、アール・クルーの「ナイロン弦生ギター」の組み合わせ。どちらも、お互いを引き立たせるかのような相乗効果で、メリハリのある音を聴かせてくれる。

リー・リトナー、アンソニー・ジャクソンなど初代「ジェントル・ソウツ」を中心とする、今から思えば、凄いバックを従えて、流麗なアコースティック・ギターが爽快に駆け抜けていく。このバック・バンドだけでも、このアルバムの演奏の凄さが判る。このアルバム6曲目の 「ダンス・ウィズ・ミー」などはその最たる例で、これは原曲を超えたとまでいわれる、決定的なカヴァー・ヴァージョンとなっている。

僕は、このアルバムこそが、グルーシンの彼ならではのアレンジが冴え渡り、アール・クルーの爽やかな生ギターが生き生きと駆け抜けていく、二人のコラボレーション・アルバムの傑作と思っています。
 
 
 
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2012年11月 6日 (火曜日)

現代の良質なハードバップな響き

現代ブルーノートを代表するサックス奏者ジョー・ロヴァーノ(Joe Lovano)。80年代にメル・ルイス・オーケストラで活躍したベテラン・サックス・プレイヤー、ジョー・ロバーノ。バップからアバンギャルドまで吹き分ける、タフなテクニックを持つ。

口周りの鬚と巨体がテディ・ベアのようにチャーミングなテナー・サックス奏者。旋律を吹くテナーは風貌そのものだが、アドリブに入るとそのチャーミングなテナーが豹変する。かなり骨太で硬派で、かなりヴァイタルなアドリブがウネウネ、延々と展開される。

難しいプレイをするテナー奏者とされる。しかし、このライブ盤のロヴァーノは決して難しく無い。聴衆を前にしたライブである。難しいより先に、自分のプレイを堪能して欲しい。プロの吹き手ならば、まずはそう思うだろう。

ここに大変魅力的なライブ盤がある。Joe Lovano『Live at the Village Vanguard』(写真左)。CD2枚組。決して、ジャズ名盤紹介本などに名を連ねる盤では無い。ネットで検索しても、そうそうにヒットするライブ盤では無い。でも、その内容は天下一品。素晴らしい内容の現代ハードバップなライブ盤である。

ちなみにパーソネルは、Joe Lovano (ts,ss), Tom Harrell (tp), Mulgrew Miller (p), Anthony Cox (b, Disc One), Christian McBride (b, Disc Two) , Billy Hart (ds,Disc One), Lewis Nash (ds, Disc Two) 。Disc Oneは1994年3月12日、Disc Twoは1995年1月22日の録音。かの有名老舗のライブハウス、ビレッジ・バンガードでのライブ録音である。

演奏の内容は完璧に「現代のハードバップ」である。どの曲も朗々とした雰囲気で「現代のハードバップ」を奏で続ける。素敵な余裕を持った、悠然としたアドリブ。切れ味良く一体となったテーマ演奏。
 

Joe_lovano_village_vanguard

 
これまでのジャズの歴史での、ハードバップのバリエーションの良いところを上手く織り交ぜた、伝統に根ざした新しい響きが魅力の「現代のハードバップ」。

バックについては、まずピアノが素晴らしい。おおっ、なんとお気に入りの現代ハードバップ・ピアノの達人、マルグリュー・ミラーではないか。ほほっ〜。そして、これまたベースが良い。Disc1もDisc2も、どちらもベースが魅力的。なんとDisc1は、アンソニー・コックス、Disc2はクリスチャン・マクブライド。やっぱりな〜。どちらも大のお気に入りベースですぞ。

ドラムも良い。ふむふむ、なななんと、Disc1はビリー・ハート、Disc2はルイス・ナッシュ。こりゃ〜良いはず。迫力満点。大らかでダイナミックで繊細なドラミング。フロントを盛り立て、フロントと共に歌い、フロントと共に泣くドラミング。味のあるドラミング。誰にでも出来ることでは無い。プロの職人だけができる仕業。 

主役のテナー、ジョー・ロバーノとトランペッター、トム・ハレルのフロント2管には惚れ惚れする。ジャズである。絵に描いた様なフロント2管。思いっきりジャジーなフロント2管。ポップス性など、全く追求しない。ジャズとしての、ハードバップとしてのアドリブを徹底的に追求する。潔く切れ味良く後味良く、良質なハードバップが、このライブ盤にぎっしりと詰まっている。

決して耳当たりの良い演奏では無いし、決してポップで聴きやすい演奏では無い。純粋、ハードバップ・ジャズの良きエッセンスが詰まりに詰まったライブ演奏である。良質のハードバップを体験したければ、このライブ盤を聴けば良い。良質のハードバップは、と問われれば、このライブ盤を紹介する。

どこから聴いても、現代の良質なハードバップな響きが、とてもとても心地良い。かなり骨太で硬派で、かなりヴァイタルな演奏なので、気軽に聴いたり、聴き流したりは出来ないけど、このライブ盤のロバーノは掛け値無しに優れた、現代のハードバッパーである。これこそが「純ジャズ」であり「メインストリーム・ジャズ」である。

 
 

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2012年11月 5日 (月曜日)

ゲイリー・バートンとは何者か

ゲイリー・バートンは、僕のお気に入りのヴァイブ奏者である。ジャズ・ヴァイブと言えば「ミルト・ジャクソン」。ミルトのヴァイブは芳しきファンクネスが色濃く漂う、限りなくジャジーなヴァイブ。しかし、バートンのヴァイブは、ファンクネスは限りなく希薄、逆に透明度の高い、クリスタルな響きのヴァイヴである。

この透明度の高い、クリスタルな響きのヴァイブが僕は大好きだ。クラシックな香りもほのかに漂い、特にジャズ者初心者駆け出しの頃、初心者の僕にとっては、取っ付き易いヴァイブだった。

もうひとつ、バートンのヴァイブの特徴に「4本マレット奏法」がある。最初、何故、ヴァイブでピアノの様な和音が出るのかが判らなかった。ようやくその理由が判ったのは、ジャズ雑誌でバートンの演奏時の写真を見た時である。なんと、右手、左手にマレットを2本ずつ持っている。なるほど。

しかし、この「4本マレット奏法」は、バートンが発明した訳では無い。ビ・バップ時代に、レッド・ノーヴォが始めたと記録されている。しかし、この「4本マレット奏法」を再現し、より高度によりテクニカルに昇華させ、その奏法を確立させたのはバートンの功績である。そういう意味で、現代ヴィブラフォン奏法のイノヴェーターと評価して良いと思う。

そんなバートンのヴァイブを理解するに格好のアルバムがある。『Who Is Gary Burton?』(写真左)。バートンが19才の時にリリースしたRCAレーベルでのセカンド・アルバム。
 

Who_is_gary_burton

 
ちなみにパーソネルは、Phil Woods (as), John Neves (b), Chris Swansen, Joe Morello (ds), Tommy Flanagan (p), Bob Brookmeyer (tb), Clark Terry (tp), Gary Burton (vib)。1962年9月の録音になる。

バートンは、1960年代後半はジャズ・ロックに走り、1970年代に入ってからは、ECMレーベルで欧州のコンテンポラリー・ジャズの展開、チック・コリアとのデュオなど、ジャズの先端部分での活動が主だった。故に、なかなかオーソドックスでハードバップなジャズのフォーマットで、バートンのヴァイブを愛でることが出来ない。

そんな環境の中での、この『Who Is Gary Burton?』は貴重なアルバムである。演奏のフォーマットは、オーソドックスでハードバップなジャズ。バックでサポートするメンバーも、アルトのフィル・ウッズやピアノのトミー・フラナガン、トロンボーンのボブ・ブルックマイヤー、トランペットのクラーク・テリーなど、ハードバップを代表するジャズメンがズラリ。

ハードバップな演奏ではあるが、さすがバートンのリーダーアルバム。栴檀は双葉より芳し。ファンクネスは限りなく希薄、欧州ジャズ風の洗練された響きの「健康優良児的なハードバップ」。「飛び散る汗と煙とファンクネス」とは全く離れた、洗練されたコンテンポラリーな響きが特徴の「バートンの考えるハードバップ」盤である。

バートンのクリスタルな響きのヴァイブは既に健在、控えめではあるが「4本マレット奏法」も、要所要所で個性の輝きを放っている。こうやって改めてバートンのヴァイブをハードバップなフォーマットで聴くと、バートンのヴァイブの個性がとても良く判る。確かに、それまでに無い、新しいヴァイブの響きである。

 
 

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2012年11月 4日 (日曜日)

この盤もリンゴの名盤である。

昨日ご紹介した『Ringo』に次いで、このアルバムも名盤である。Ringo Starr『Good Night Vienna』(写真左)。1974年発表の『オンリー・ユー』『ノー・ノー・ソング』を収録したアルバム。リンゴ・スターの通算4枚目のアルバム。

この頃、リンゴは、まだまだ元気溌剌な頃で、リンゴ好みの親しみやすい曲で占められていて楽しい。また、前作『Ringo』と同様のオールスターアルバム仕様で、参加アーティストの顔ぶれは豪華だ。

タイトル曲を書いたジョン・レノンをはじめ、ドクター・ジョン、エルトン・ジョン、ニルソン、ロビー・ロバートソン等々と、リンゴの幅広い交遊関係がうかがえる。ビートルズ・メンバーについては、今回は、ポールとジョージが未参加。しかしながら、ジョンは、今回もしっかり参加している。

そのジョンが書いた、オープニングとエンディングを飾る「グッドナイト・ウイーン」が良い。ジョンのセンスが溢れた、ジョンらしいロックンロールナンバー。

リンゴも、嫌み無く、楽しく歌っている。とっても、ノビノビして良い感じ。やっぱり、ジョンは凄いなと思うし、ジョンの曲を歌うリンゴも実に楽しげ。あのビートルズの良き時代を感じさせる佳曲だ。
 

Good_night_vienna

 
それから、ヒットした「オンリー・ユー」は、あのプラターズのカバーだが(あの有名なくらい有名な、あの「オンリー・ユー」です)、リンゴらしいアレンジで楽しい。

でも、プラターズの原曲の雰囲気は全く無い。全く、違った曲になっているところが凄い。このバックに、ジョンがサイドギターで参加、このサイドギターの音が、あのジョンの特長ある音で、なんだか、後のジョンの名盤「ロックンロール」を聴いているみたい。

その他の曲では、「オカペラ」「ウー・ウィー」「オール・バイ・マイセルフ」は、ニューオーリンズR&B風味で、リンゴの音楽のバックグラウンドが見え隠れして、実に和やかで、おもわずニンマリしてしまう。

エルトン・ジョン作の「スヌーカルー」もなかなか。また、ボーナストラックの「シックス・オクロック」のロングヴァージョン収録は嬉しいオマケ。ポール・マッカートニーのヴォーカルアドリブがバッチリ聴けたり、なかなかに楽しい。

このアルバム、相変わらず、渋い個性が発揮されてはいるが、前作『Ringo』よりは、グッと地味になった。でも、このアルバムは、前作『Ringo』とあわせて傑作だ。やっぱり、リンゴには、オールスターアルバムがよく似合うし、オールスターアルバムで、彼の個性が、彼の特質が、最大限発揮されるのだ。

 
 

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2012年11月 3日 (土曜日)

リンゴ・スターの最高傑作である

今年は、ビートルズ生誕50周年である。とは言うものの、目立った企画がある訳では無い。オリジナルLPが再発されるくらいかなあ。そして、その2012年もあと残り2ヶ月である。しかし、ビートルズ生誕50周年である。今年の残りの土日は、ビートルズやビートルズのメンバーにまつわるアルバムを取り上げたい。

今日はリンゴ・スターである。ソロになったあとのミュージシャンとしてのリンゴはどうだろうか。僕が中学時代当時、リンゴのソロ・デビューについては懐疑的だった。ビートルズ時代から、曲作りは人並みだったので、オリジナル曲は期待できない。しかもドラマーときたら、どうすんだろう、と思っていたら、広い交友範囲・交友関係を武器に、オールスターアルバムを出してきた。

とにかく、リンゴの交友範囲は広い。しかも、優秀なミュージシャンがゴロゴロいる。これを活用しない手は無い。ドラマーがリーダーのアルバムはこの手が多い。

Ringo Starrの初の本格的なリーダー作『Ringo』(写真左)。1973年発表のリンゴ・スターの最高傑作である。

それまでのリンゴのソロ・ワークスは迷走状態で、懐古趣味的なアルバム『Sentimental Journey』が出たとおもいきや、カントリー&ウエスタン風のアルバム『Beaucoups of Blues』が出たり、トップ10入りのヒットとなったビートルズ風ナンバー(「It Don't Come Easy(明日への願い)」、「Back Off Boogaloo」が出たりと、「お前、いったい、どこ行きたいんや〜」と言いたくなるような、ハチャメチャな状態だった。

しかし、リチャード・ペリーをプロデューサーに迎え、満足いく予算を手にすると、リンゴは名だたるミュージシャン仲間たちを集めたのだった。

さて、そこに集まったのは、なんとビートルズで活動を共にした3人、ザ・バンドのロビー・ロバートソン、リヴォン・ヘルム、リック・ダンコ、ガース・ハドソン(ほとんどやん)、それから、ハリー・ニルソン、マーク・ボラン(うへー!)、ビリー・プレストン、その他大勢。こうして出来上がったオールスターアルバムが本作『Ringo』。リンゴの最高のソロ・アルバムである。
 

Ringo

 
収録された曲はどれもが素晴らしいものだ。冒頭のジョン・レノンのおふざけソング「I'm the Greatest」で、早々と、おとぼけリンゴが炸裂する。ジョージ・ハリスンのアップビートなシーサイド・チューン「Sunshine Life for Me(Sail Away Raymond)」とポール・マッカートニーのポップな「Six O'Clock」も心温まるものがある。

ヒット・ソング・メイカーとしての腕がまんざらでもないことを証明した「Oh My My」も格好良くて良い。ショーっぽいけど、音楽をバックに感謝の辞と「あなたの友人、リンゴ・スター」の台詞を決めるラストの「ユー・アンド・ミー」も、エンターテイナー、リンゴの面目躍如ではある。

でも、僕にとっての最高は、なんと言っても「Photograph(想い出のフォトグラフ)」だ。この曲、ジョージとの共作で、ほんとジョージらしい出だしのボーカル部分を聴くと、今でもぶっ飛んでしまう。アレンジも、当時、ジョージ好みの、フィル・スペクターの「ウォール・オブ・サウンド(音の壁)」が炸裂。分厚いアレンジにのって、ジョージらしい、摩訶不思議なボーカルラインが炸裂する様が実に良い。快感である。曲想・アレンジとも最高である。いまだに、何度聴いても飽きない名曲である。

そして、僕にとってのお気に入りのもう1曲は、ジョニー・バーネットの「You’re Sixteen」。多くのアーティストに取り上げられてきた名曲を完全に自分のものにしており、高校1年生当時、深夜放送で、さんざん聴いた。なぜこの曲がお気に入りかって、とにかく、リンゴが実に楽しそうに歌っているのだ。

カントリー&ウエスタン風のアルバム『Beaucoups of Blues』を出したほど、カントリー&ウエスタンが好きなんだろうなあ。この「You’re Sixteen」を聴くとつくづく思う。実は、僕もカントリー&ウエスタン風が大変好きなのですわ。

リンゴは聴き手を楽しませることが、自分の持ち味であることを熟知した歌い手だと思う。所謂、エンターテイナーなのだ。リンゴの特質を最大限活かし、聴き手を楽しませる方法は、このアルバムの様な、オールスターアルバムでのエンターテインメントだろう。そういう観点からも、このアルバムは、彼の最高傑作と言えるだろう。

アルバム・ジャケットも、かのビートルズの「サージェント・ペッパーズ〜」のジャケットを意識してるかのような楽しいデザイン。なにもかもが、リンゴらしく、楽しいアルバムである。 

 
 

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2012年11月 2日 (金曜日)

続・ジャズ界の「不思議ちゃん」

これも、ウェインの考えるフリー・ジャズである。宇宙との交信の成果。唯一無二のフリー・ジャズ。ウェインにしか為し得ないフリー・ジャズ。
 
昨日、ご紹介した「不思議ちゃん」アルバムが『Odyssey of Iska』。もう一枚、あります。ウェインの考えるフリー・ジャズ。そのタイトルは『Moto Grosso Feio』(写真左)。

昨日、ご紹介した『Odyssey of Iska』の前作になる。1970年4月3日の録音。ちなみにパーソネルは、Wayne Shorter (ss, ts) Dave Holland (ac-g, b) John McLaughlin (12 string g) Miroslav Vitous (b) Ron Carter (b, cello) Chick Corea (d, mar, per) Michelin Prell (d, per) 。

こちらのメンバーの方が、「不思議ちゃん」アルバムに相応しい。ウェインの考えるフリー・ジャズ。チックもいるし、マクラフリンもいる。ホランドもいるし、ビトウスもいる。これって、かなり錚々たるメンバーでは無いのか。誰もが、マイルス・スクール門下生。ウェインの考えるフリー・ジャズを一番に理解し、一番に相応しい演奏をする。

ウェインがマイルス・バンドを離れて、ウェザー・リポートを編成するまでの間に録音された作品。かといって、このアルバムの内容がウェザー・リポートに反映されたのか、と言われれば「No」。ウェインの考えるフリー・ジャズ。宇宙との交信の成果。唯一無二のフリー・ジャズ。孤高のフリー・ジャズである。
 

Moto_grosso_feio

 
チック・コリアはパーカッション奏者として参加しているところが面白い。限りなくフリーキーで自由な構成・展開と共に、自然界な響きが志向されているところなど、次作の『Odyssey of Iska』のプロトタイプとも言える内容。全編に渡って、リズム&ビートが効いている分、『Odyssey of Iska』よりも、ちょっとポップな内容で、僕は、こちらの『Moto Grosso Feio』の方を良く聴く。

ちなみに、この『Moto Grosso Feio』、日本では長くCDされることは無く、米国でもほんの一瞬、CD化されただけで、CDについては「幻の名盤」化していた。僕は幸運にも音源を所有していたから良かったものの、通常のジャズ者の方々は、この『Moto Grosso Feio』をしっかりと聴いたことが無いのではないだろうか。LPとしても、ファン垂涎のレア盤としても知られる一枚だった。

しかし、朗報がある。この『Moto Grosso Feio』、今年の11月21日に、日本では初CD化されるのだ。思わず、この報に接した時は、思わず喝采の声を上げた(笑)。即、Amazonで「ぽちっ」とな、である(笑)。

これも、ウェインの考えるフリー・ジャズである。宇宙との交信の成果。このフリー・ジャズは唯一無二。ウェインにしか為し得ないフリー・ジャズ。しかし内容の難易度は高い。ジャズ者上級者向け。しかし、このアルバムもウェインを理解するには避けて通れない。

しかし、このウェインの考えるフリー・ジャズを聴けば聴くほど、ウェインにとって、ウェザー・リポートって何だったんだろうって思う。このこれがウェインの考えるフリー・ジャズこそが、ウェインなんだろうけどなあ。この『Moto Grosso Feio』も、ウェインがジャズ界の「不思議ちゃん」たる所以である。いや〜、ウェインってやっぱり、ジャズ界の「不思議ちゃん」ですよね〜。

 
 

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2012年11月 1日 (木曜日)

ジャズ界の「不思議ちゃん」

よくよく、彼のキャリアを振り返って見れば、ちょっとした「不思議ちゃん」では無いでしょうか。その彼とは「ウェイン・ショーター(Wayne Shorter)」。

あるジャズ雑誌の記事で、元マイルス・バンドの盟友ハービー・ハンコックが、「ウェインは宇宙と交信できると言っている。時々会話もしているみたいだ」といったようなことを語っていました。確かに、ウェイン自身のインタビュー記事でも「俺は宇宙と交信して、その交信を介して音楽を演奏している」なんてことを言っていた。

確かに、ウェインの「宇宙との交信」については、何となく判る様な気がする。ウェインがリーダーとして演奏するアルバムの中で、その内容が「宇宙的な浮遊感と自然の音を題材にした様な」フリーキーな演奏をメインにしたアルバムが幾枚かある。

その一枚が『Odyssey of Iska』(写真左)。1970年8月26日の録音。ちなみにパーソネルは、Cecil McBee, Ron Carter (b), Al Mouzon, Billy Hart (ds), Gene Bertoncini (g), Frank Cuomo (per), Wayne Shorter (ts,ss), Dave Friedman (vib,marimba)。

収録された曲のタイトルを並べてみると、「宇宙的な浮遊感と自然の音を題材にした様な」という雰囲気が「もろ判り」である。ジャズのアルバムに収録した曲のタイトルとして、これだけでもウェインは「不思議ちゃん」である。

1. Wind
2. Storm
3. Calm
4. De Pois Do Amour O Vazio
5. Joy
 

Odyssey_of_iska

 
宇宙に繋がる「風や大地、そして地球」を題材にしたフリー・ジャズ、といった内容です。1970年と言えば、コルトレーン亡き後、フリー・ジャズがジャズのフォーマットとして定着した時代ですが、さすが宇宙と交信するミュージシャンであるウェイン、周りと同じアプローチにフリー・ジャズは絶対にしません(笑)。

この宇宙に繋がる「風や大地、そして地球」を題材にしたフリー・ジャズというのが、ウェインの考えるフリー・ジャズなんですね。この宇宙に繋がるフリー・ジャズについては、後の時代、フォロワーはいません。これはもうウェイン・ショーターの専売特許です。

ウェザー・リポートの音楽性に繋がるなんて評価もありますが、とんでも無い。このアルバムでのウェインのフリー・ジャズは完全に孤立しています。孤高のフリー・ジャズ。ウェインの音楽キャリアの中でも、他の演奏内容と一切関連の無い、ウェインの中でも独立した唯一無二な音世界。

4曲目の「De Pois Do Amor, O Vazio」(恋の終わりは空しい)は、本作中唯一のカヴァー曲。ボサノバ調の柔軟な曲で、リズム&ビートの作り方、演奏の展開、適度なテンション。完成度は高い。

この曲があるからこそ、他の宇宙に繋がる「風や大地、そして地球」を題材にしたフリー・ジャズが映える。逆に、宇宙に繋がる「風や大地、そして地球」を題材にしたフリー・ジャズがあるからこそ、この「De Pois Do Amor, O Vazio」のボサノバが映える。

これがウェインの考えるフリー・ジャズである。宇宙との交信の成果である。このフリー・ジャズは唯一無二。ウェインにしか為し得ないフリー・ジャズ。しかし内容の難易度は高い。ジャズ者上級者向け。しかし、ウェインを理解するには避けて通れない。

 
 

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★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「@v_matsuwa」で検索して下さい。
 

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  • まだまだロックキッズ(バーチャル音楽喫茶『松和』別館)
    この「松和・別館」では、懐かしの「1970年代のロック」盤の感想や思い出を率直に語ります。これまでの、ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログの中で不定期に掲載した、70年代ロックの記事を修正加筆して集約していきます。
  • 松和の「青春のかけら達」(バーチャル音楽喫茶『松和』別館)
    この「松和・別館」では、懐かしの「1970年代のJポップ」、いわゆるニューミュージック・フォーク盤の感想や思い出を率直に語ります。これまでの、ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログの中で不定期に掲載した、70年代Jポップの記事を修正加筆して集約していきます。           
  • AORの風に吹かれて(バーチャル音楽喫茶『松和』別館)
    AORとは、Adult-Oriented Rockの略語。一言でいうと「大人向けのロック」。ロックがポップスやジャズ、ファンクなどさまざまな音楽と融合し、大人の鑑賞にも堪えうるクオリティの高いロックがAOR。これまでの、ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログの中で不定期に掲載した、AORの記事を修正加筆して集約していきます。  
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