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2012年10月の記事

2012年10月31日 (水曜日)

こんなアルバムあったんや・14

久々に「こんなアルバムあったんや」シリーズの第14回目。ジャズ者ベテランの域に達すると、ジャズ入門本やジャズ盤紹介本に、まず載ることは無いんだが、内容のある優れたアルバムというものを多々ため込んでいたりする。

そういうアルバムというのは、ジャズ者にとっては、個人的にしばしば愛でる「個人的な隠れ名盤」として、時に、密かに、ジャズ仲間に披露される。そして、お互いがお互いに、その「個人的な隠れ名盤」を紹介し合って、双方で感心したり、別れた後で悔しがったり、感じ入ったり、その「個人的な隠れ名盤」の存在価値というものを再認識するのだ。

ここに、Elvin Jonesの『Earth Jones』(写真左)というアルバムがある。1982年2月10日の録音。ちなみにパーソネルは、Elvin Jones (ds); Dave Liebman (ss, fl); Terumasa Hino (cor); Kenny Kirkland (p); George Mraz (b)。日本ジャズ界のトランペットの至宝、日野皓正の参加が目を引く。

このアルバムは、僕にとっての「個人的な隠れ名盤」の一枚。フュージョン・ブームが過ぎ去りし1982年の、メインストリーム・ジャズな一枚である。

内容的には、ドラマーのエルビン・ジョーンズが、師と仰ぐ故ジョン・コルトレーンの音世界を偲んで作成したアルバムである。基本的には、モーダルでストレート・アヘッドな純ジャズ。コルトレーンを追いかけて、時にフリーキーに、時にアブストラクトにブレイクはするが、そのハードな部分も、コルトレーン・オリジナルに比べれば、実に聴き易い。
 

Earth_jones

 
デイブ・リーブマンがソプラノにフルートに大活躍。ソプラノはコルトレーンのお得意楽器ではあるが、このアルバムでのリーブマンは、決して、コルトレーンを追いかけてはいない。時にコルトレーン的なフレーズが見え隠れする瞬間はあるが、決して、リーブマンは、忠実なコルトレーンのフォロワーではない。

我らが日野皓正のコルネットも負けてはいない。このアルバムでの日野皓正は個性的。誰にも似ていない、日野独特の個性で、コルネットを熱く吹き上げる。デイブ・リーブマンとの相性は良好で、素晴らしいユニゾン&ハーモニーを聴かせてくれる。

ピアノのケニー・カークランドは、如何にも1980年代を生きるピアニストで、メインストリーム・ジャズ風な堅実で正統派なアコピを聴かせてくれる傍ら、なかなかに魅力的なエレピの旋律も聴かせてくれる。このちょこっと顔を出すエレピもなかなか味わいが合って、アコピとの共存に違和感は無い。

そして、ジョージ・ムラツのベースと主役リーダーのエルビン・ジョーンズのドラム。この二人のリズム・セクションの素晴らしさと言ったら・・・。これだけ、リズム・セクションが優れていると、モーダルでストレート・アヘッドな純ジャズは、ここまで締まった、アーティスティックな表現を実現することが出来るんだ、と改めて感心する。

このアルバムを、仮に、我がバーチャル音楽喫茶『松和』が実際にあったとして、このElvin Jonesの『Earth Jones』をかけたら、お客様の何人かは、必ず、このアルバムのジャケットとリーダー、タイトルを確認しにくると思います。きっと皆、ジャケット・デザインにちょっと落胆しながらも、メンバーを確認して「ほぅ」と感心し、録音年を確認して「なるほど」と感心する。

そして、皆一様に呟くんですよね。「こんなアルバムあったんや〜」。そう言われるとジャズ喫茶のマスター冥利に尽きるってもんですね(笑)。

 
 

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2012年10月30日 (火曜日)

誠実な欧州ハードバップ・ジャズ

「時流に乗る」と言えば、昨日ご紹介したチャールズ・ロイドとはケースが異なるが、このバンドも、当時「時流に乗って」受けに受けた。このバンドも1960年代後半〜1970年代前半にかけて「時流に乗った」。

Phil Woods with European Rythm Machineというグループがあった。Phil Woodと言えば、ハードバップ時代からのアルト・サックスの雄。このレコードは、そのフィル・ウッズが36才の時に欧州はパリに移住、「European Rythm Machine」と命名した現地の優秀なリズムセクションと出会い、パリのスタジオで録音されたもの。

そのアルバムタイトルは『Alive And Well In Paris』(写真左)。1968年11月の録音。ちなみにパーソネルは、Phil Woods (as), George Gruntz (p), Henri Texier (b), Daniel Humair (ds)。フィル・ウッズをフロントに据えたカルテット構成である。

1960年代後半、米国ではビートルズの上陸が切っ掛けとなって、ロックがポップスの主流となり、ジャズはポップスのメインから外れ、マイナーな音楽ジャンルへと転落していった。当然、日本でもそういうジャズの凋落現象が明らかになった訳なんだが、そんな時に、彗星の如く現れた、硬派な純ジャズ・バンドが、このPhil Woods with European Rythm Machineだったという訳。

僕は、リアルタイムに体験した訳では無いのだが、リアルタイムに体験したジャズ者の先輩に話を聞くと、1970年前後、ジャズ者の間では、このPhil Woods with European Rythm Machineは圧倒的な人気を誇っていたそうだ。

確かに、このアルバム『Alive And Well In Paris』を聴くと、その大人気だったということもなんとなく判る。内容的には、徹頭徹尾、大まじめで誠実な欧州ハードバップ・ジャズ。リーダーのフィル・ウッズも朗々とアグレッシブにアルトを吹き上げている。その音は実に艶やかでブリリアント。これぞ「アルト・サックス」、というブラスな響きは魅力十分。
 

Alive_and_well_in_paris

 
フィル・ウッズは白人。ビ・バップの元祖、チャリー・パーカーの影響を強く受け、その後継者の一人としてそのスタイルを継承〜発展させてきた。このアルバムの演奏は、ファンクネスを限りなく押さえ、禁欲的でアーティスティックな響きが特徴の、実に硬派なヨーロピアン・ハードバップな演奏。時にアブストラクトに、時にフリー・ジャズ的にブレイクするところが、これまた、硬派なジャズ者の方々に受けに受ける。

その実に硬派なヨーロピアン・ハードバップな演奏は「Stolen Moments」を聴けば良く判る。凛としてテンション高く、禁欲的でアーティスティックな響きが実に「硬派」だ。バックのリズム・セクション(マシーン)も、とても硬派なリズム&ビートで、フロントのウッズのアルトを盛り立てる。

高速で電光石火な展開が魅力の「Freedom Jazz Dance」も、その捻れたフレーズが、ヨーロピアン・ハードバップっぽくて実に良い。整然と統制が取れた、全く破綻の無いリズム・セクションが捻れフレーズをガッチリとサポートする。硬派なヨーロピアン・ハードバップの真骨頂である。

そして、冒頭の「And When We Are Youn(若かりし日)」は「Dedicated To Bob Kennedy」という副題がついている。この「Bob Kennedy」とは、合衆国大統領J・F・ケネディの弟、上議員議員だったロバート・ケネディのことである。

そのロバート・ケネディと親交のあったウッズが、この年の6月、凶弾に倒れた彼の死を悼み(僕も小学校4年生の時にリアルタイムで経験した)、二人の青春の思い出を曲にしたもの。泣きのウッズのアルトが感動的である。

コルトレーンのフリージャズに疲れ、大衆音楽として台頭してきたロックには乗れず、とは言え、アーティスティックで創造的な音楽とはジャズしかない、と感じ続けていた硬派なジャズ者の方々には、このPhil Woods with European Rythm Machineは、福音だったに違いない。

それだけの「内容と響き」がこのアルバムには詰まっている。ちょっとトータルの収録時間が短いの玉に瑕だとは思うんですが・・・(笑)。

 
 

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2012年10月29日 (月曜日)

フラワー・ムーヴメントに乗る

1960年代後半のこの人のリーダー作を聴くと、「時流に乗る」とか「機を見て敏なる」とかいう言葉を思い出す。1960年代後半、フラワー・ムーヴメントにしっかりと乗ったCharles Lloyd(チャールズ・ロイド)。彼の「流行に乗る」戦略はそれはそれは巧みなものだった。

ロイド自身、テナー奏者である。1960年代のジャズの牽引者と言えば「コルトレーン」。特に、1960年代中盤から後半、逝去するまで、観念的で宗教的なフリー・ジャズ的演奏は、フラワー・ムーヴメントを牽引するヒッピーを中心として大いに受けた。観念的で幻想的なフリーキーなテナーの嘶きは、ドラッグでトリップする時のBGMにぴったりだったとか・・・。

そして、コルトレーンの限りなくフリーに近いが、伝統の域に軸足を残したモーダルな演奏は、これまたアーティスティックで、ヒッピーと並んでフラワー・ムーヴメントの中心だった当時の大学生達に大いに受けた。

ここに『Journey Within』(写真左)というアルバムがある。ロイドが、1967年1月27日、サンフランシスコのロックの殿堂『フィルモア』で残した熱狂のライブ盤である。ちなみにパーソネルは、Charles Lloyd (ts,fl), Keith Jarrett (p), Ron McClure (b), Jack DeJohnette (ds)。ベースは何故かCecil McBeeではない。

当時ロックでは「先進的トレンド」だったサイケデリックな音。そして、ラブ・アンド・ピースなどの風俗をジャズに取り入れたロイド・カルテットである。サイケデリックな音は、フリー・ジャズな演奏に置き換え、電気楽器の使用はないがロックに通じるモーダルなインストはモーダルな演奏で代替する。
 

Journey_within

 
今の耳で聴き返すと、この頃のロイド・カルテットは、当時のサイケデリック・ロックの要素をジャズの語法に置き換えた感じが強い。「時流に乗る」とか「機を見て敏なる」という面で実に巧みである。

ロイドのテナーとフルートは、聴き易く判り易い「コルトレーン」という表現がピッタリだと思う。決して、オリジナリティー溢れるとは言い難い、コルトレーンの「判り易いレプリカ」の様なブロウが個性と言えば個性。

とにかく、フリーキーに吹いても、モーダルに吹いても、判り易いテナーとフルート。この判り易い、コルトレーンの様なテナーとフルートをどう評価するかで、ロイドに対する評価も大きく変わるのだろう。

そんなロイドのバックで、ピアノのキース・ジャレットとドラムのジャック・デ・ジョネットは、勝手に好きなように、モーダルなリズムセクションの、様々なアプローチを演奏してみせる。とにかく、やりたい放題し放題である(笑)。

フロントではロイドが、聴き易く判り易い「コルトレーン」で吹きまくっているバックで、このリズム・セクションの二人は、リーダーのロイドの演奏にお構いなく、勝手に好きなように、モーダルなリズムセクションの、様々なアプローチを演奏しまくる。時に、キースなどはフリーに走ってピアノを完全フリー・ジャズに弾きまくる。

これはこれで良かったのだろう。リーダーのロイドの演奏にお構いなく、勝手に好きなように、モーダルなリズムセクションの、様々なアプローチを演奏する、ちょっとアーティスティックで複雑なパフォーマンスが、ロイドのコルトレーンの「判り易いレプリカ」の様なブロウを更に「判り易く」惹き立たせているのだから面白い。

このライブ盤の内容は、1960年代後半、フラワー・ムーヴメントの時代ならではのコンテンポラリー・ジャズな音である。ジャズがロックの様に当時の時流、流行に乗って、受けまくり売りまくる。商売としてのジャズのアプローチ。そう、これもジャズである。

 
 

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2012年10月28日 (日曜日)

ジョージのソロ・ワークスの原点

『All Things Must Pass』より3年を経て、次なるスタジオ・アルバム『Living in the Material World』(写真左)をリリース(この間に1971年のライヴ・アルバム『Concert for Bangladesh』があったが・・・)。

昨日にご紹介した名盤『All Things Must Pass』の続編的なものを期待すると肩すかしを食います。ビートルズ時代のジョージの音作りとはかなり違っており、このアルバムが、ジョージ・ハリソンのソロ・ワークスの原点と言うべき、アルバムだと僕は思っています。

前作『All Things Must Pass』での中心的なセッション・メンバー(リンゴ・スター、ジム・ケルトナー、ニッキー・ホプキンス、クラウス・フォアマン)が継続して参加しているが、ジョージのこの頃の好みであったアコースティックな音作りがしっかりと施されています。

アルバム全体が一つの音色に貫かれていて、アルバム全体の完成度は高く、このころのジョージの哲学・思想もしっかりと色濃く反映されていて、「ポピュラーソング」という枠を超えた、実にアーティスティックなアルバムに仕上がっています。

加えて、ジョージの宗教好きは、このアルバムでピークに達し、アルバムのそれぞれの曲の歌詞には、宗教的な色合いの濃いものも結構ある。
 
 
Living_in_the_material_world
  
 
「精神主義」と「人間への嫌悪感」がごちゃ混ぜになった内容は難解な部分を含んでいるので、ちょっと取っつきにくいかも。精神主義については「Living in the Material World」や「Give Me Love」などに、また人間への嫌悪については「Sue Me, Sue You Blues」で、明確な形で歌われている。

また、どことなくフォークの感触を感じさせる本作には、今までにない、新たな発見を与えてくれるトラックがいくつかある。

内省的な「Be Here Now」、ポップな「Don't Let Me Wait Too Long」と「The Lord Loves the One」、ウォール・オブ・サウンドがわずかながら再現される「Try Some, Buy Some」などは、このアルバム独特の聴きどころと言える。期待が高すぎたせいで、批評家の反応も思わしくなく、ファンからは不満の声が上がった。なんだか損をしているアルバムではある。

僕は、ジョージのソロ・ワークスにどっぷりと浸りたい時は、先にご紹介した『All Things Must Pass』とこの『Living in the Material World』の2枚に絞って、じっくり耳を傾ける。極端に言えば、ジョージを愛でるのはこの2枚が最適なのである。

 
 

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2012年10月27日 (土曜日)

すべては移り変わってゆく・・・

今年は、ビートルズ生誕50周年である。とは言うものの、目立った企画がある訳では無い。オリジナルLPが再発されるくらいかなあ。そして、その2012年もあと残り2ヶ月である。しかし、ビートルズ生誕50周年である。今年の残りの土日は、ビートルズやビートルズのメンバーにまつわるアルバムを取り上げたい。

さて、ジョージ・ハリソンは、かの偉大なるザ・ビートルズのメンバーだった訳であるが、このビートルズにおいて、ジョージ・ハリスンの立場は非常に厳しいものであったことは想像に難くない。バンド内でコンポーザーとして主導権を握っていたのは、ジョン・レノン&ポール・マッカートニーの2人であり、ハリソンは優れたソングライターでもあったのだが、作品発表の場に恵まれなかった。

そして、1970年にビートルズは解散。同年、彼は当時としては異例中の異例の3枚組(!)アルバム『All Things Must Pass』(写真左)を発表する。思うに、ジョージ・ハリソンと言えば、やっぱり、まずはこの『All Things Must Pass』でしょう。まず、これを体験しないと、ジョージ・ハリソンを体験したとは言えない、それくらいの「大傑作名盤」です。

しかし3枚組ですよ、3枚組。中学〜高校時代、僅かばかりの小遣いの中から捻出できる金額ではなかったなあ。だから、フル・アルバムとして聴いたのは、大学に入ってから、しかも、友達から借りて、カセットテープにダビングして聴き込んだことを覚えている(笑)。

プロデューサーにフィル・スペクターを迎え、デラニー&ボニーとの友好関係からアメリカ南部のミュージシャンたちが大挙参加。では、ジョージの曲はと言えば、アルバム全体を通して、全ての曲が美しく、心地よく、とにかく「ジョージの音、ジョージの曲」という、個性がはっきりとした楽曲が並ぶ。後期ビートルズ色が濃い部分もあって、やはり、ビートルズ時代に書きためたオリジナルを一気にはき出した、という言葉がピッタリな感じだが、でもジョージからすると、溜飲が下がったんだろうな。

でも、何も3枚組で出さなくてもいいのに。1枚ずつ、小出しにリリースしていく、ということは考えなかったのかなあ。でも、これもジョージらしいといえば、ジョージらしいと言える。オリジナルジャムの方は、なぜ、こんなジャム・セッションをわざわざ収録しなければならなかったのかな、とは個人的には思いますが、それはそれとして、喜々として、メンバーと楽しみながら、アマチュアのように演奏しているジョージの姿が目に浮かぶ。ちょっと微笑ましく、かといって、ジョージの暴挙でなければ納得できない、複雑な気持ちのするジャム・セッションではある。
 

All_things_must_pass

 
アルバム全体を支配する録音も実に特徴的で、1970年代を代表する録音プロデューサーの一人、フィル スペクター(アルバム『Let It Be』でお馴染のプロデューサーです)のサウンドの代表作ともいえる、いわゆる「音の壁」が炸裂。エコーをかけたボーカルに、何度も多重録音された楽器の音が何重にも重なり、独特のベールを被ったような「不思議なモコモコ」した音が実に特徴的。

フィル・スペクターの「音の壁」は、他のアルバムでも聴くことができますが、この『All Things Must Pass』では、実に分厚く「音の壁」がかかっており、「音の壁」ファンには堪えられない音世界になってます。ジョージはこのエコー過剰のオーバープロデュースを問題視し、リリース前に再ミックスを考えたほどだったらしい。デジタルのクリアな音を聴き慣れた耳には「録音状態最悪」に聴こえるかもしれない(笑)。

さて、この『All Things Must Pass』はこのままでは終わらない。2001年1月には名盤『All Things Must Pass』にボーナス・トラックを追加したアルバムをニュー・センチュリー・エディション(写真右)として発表。2000年に録音した「マイ・スウィート・ロード2000」や未発表だった曲なども収録。ジョージ・ハリソンがビートルズ解散後間もない1970年に発表した傑作が、30年の時を経て、新たにデジタル・リマスタリングされ、生まれ変わっている。

以前のCDと比べ音が格段に向上、加えて、未発表ヴァージョン曲や新録音の楽曲を収録、さらに曲の収録順番まで新たに見直された。プロデューサーのフィル・スペクターによる「音の壁」も、アナログ的なモコモコ感が払拭されて、かなりクリアな音になった。

そういう意味では、あれから30年たって、やっとジョージ好みの音にリミックスされた、とも言えるのですが、あの独特な「音の壁」が身をひそめ、LP時代の音とは全く別次元の「つぶのしっかりした芯の有る音」に劇的に変化したことが、良いことなのか悪いことなのか、なんだか、複雑な思いです。

ジョージが目指した(であろう)サウンドを聴くなら本盤を、1970年のあの懐かしい、LP時代のスペクターサウンド「音の壁」を聴きたければ旧CD(旧ミックスは、とてもわかりやすい典型的なスペクターサウンドです)を、というお勧めにもなりそう。

そして、ジョージ・マニアは両方必要ですね、これは・・・。なんだか悩ましいアルバムが出たものだなあ。でも、アルバム全体の音が格段に向上したことは大いに評価されるべき、リマスター盤です。  

 
 

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2012年10月25日 (木曜日)

晩秋〜初冬にあう女性ボーカル

今年の秋の深まりは早い。秋の夜長というが、確かにこの晩秋の長い夜、静かな夜には、ジャズ・ボーカルが良く似合う。秋から冬にかけての季節、我がバーチャル音楽喫茶『松和』では、ジャズ・ボーカルがちょくちょくかかる。

女性ボーカルは、コンテンポラリーな、現代的な女性ボーカルが良い。僕は、ノラ・ジョーンズ(Norah Jones)が大好きだ。マスター、大衆迎合的で「ベタ」だぜ、なんて笑わんといてくれ。好きなものは仕方が無い(笑)。

ジャズのスタイルをベースにしながら、ソウル、カントリー、ゴスペル、フォーク、ポップスなどなど、米国のルーツ・ミュージックの要素を上手く取り入れた、コンテンポラリーな音世界をバックに、清楚で力強くて優しくて凛とした、それはそれは素敵なボーカルである。

そんな彼女のファースト・アルバムが『Come Away With Me』(写真左)。彼女は、1979年ニューヨーク・シティ生まれ。2002年、23歳でこのデビューアルバムをリリースした。このファースト・アルバムがとんでも無い大ヒットとなる。

1800万枚を売り上げ、グラミー賞では主要4部門を含めノミネート部門すべてで受賞し、8冠を獲得。ビルボードのコンテンポラリー・ジャズ・アルバム・チャートで143週連続1位(2002年3月16日付〜2004年12月4日付)を記録するなどの記録を残した(Wikipediaより)。
 

Come_away_with_me

 
このファースト・アルバムが、その後に続くリーダーアルバムの中で、一番「ジャジー」である。

ジャジーといっても、かなりコンテンポラリーなジャズ寄りで、実に現代的。そんなファースト・アルバムの中のノラの歌声は、それまでのジャズの歴史の中で、全く聴いたことの無い、個性の塊の様な歌声である。

レコード会社のコピーが「大都会のナチュラル・ヴォイス」なのですが、上手い表現ですね。ハスキーではあるが、しっかりと芯の入ったボーカル。円やかで伸びの良いボーカル。ブルージーなフィーリングがそこはかとなく漂い、アメリカの大地を感じさせるアーシーな香りと、都会的なアーバンな香りが上手くブレンドされた、独特なボーカル。

「癒やしのボーカル」と表現されることが多いですが、確かに「癒し」の要素がタップリ入っていますね〜。

空が黄金色に輝く、晩秋の夕暮れ時。少し湿気のある夕方の風景。ノラのファースト・アルバムを聴くと、そんな素敵な風景が頭に浮かびます。ノラのアップのアルバム・ジャケットも素敵です。

晩秋〜初冬の時期に最も合う女性ボーカルのアルバムとして、毎年、この季節になると、我がバーチャル音楽喫茶『松和』では、ヘビー・ローテーションになります。今朝も流れてましたね〜。

 
 

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2012年10月23日 (火曜日)

これぞ、コンテンポラリージャズ

1980年代という時代は、純ジャズ復古がなされ、フュージョン・ジャズの時代から、純ジャズとの親和性を持ったコンテンポラリー・ジャズ、フュージョンの発展形としてのスムース・ジャズ、そんな2方向へとジャズが進化した時代である。

1980年代という時代は、まだ帝王マイルス・デイヴィスがジャズの最先端のひとつに君臨している時代。マイルスの時代のトレンドなリズム&ビートを融合させながらのエレクトリック・ジャズは、フュージョン・ジャズの時代から、純ジャズとの親和性を持ったコンテンポラリー・ジャズの中核をなすものとして、非常に重要な位置づけをなしていた。

そんなマイルス・デイヴィスのグループのフロント・サックスとして活躍してきたBill Evans(ビル・エバンス)。マイルスの下を辞して以降、フュージョン・ジャズの時代から、純ジャズとの親和性を持ったコンテンポラリー・ジャズの中心ミュージシャンの一人として、ジャズ界を牽引するマイルス・ファミリーの一人として活躍していた。

そのビル・エバンス(サックス奏者だよ・笑)の非常に優れたライブ盤がある。1989年9月9日、前年の1988年11月に開店したばかりのブルーノート東京での白熱のライブである。ちなみにパーソネルは、Bill Evans (ts,ss), Chuck Loeb (g), Jim Beard (key), Darryl Jones (b), Dennis Chambers (ds)。

いやはや痛快なライブ演奏である。洗練されたメロディアスなフュージョン・ジャズというよりも、かなりゴリゴリとした骨っぽい、純ジャズな要素をふんだんに融合したコンテンポラリー・ジャズである。
 

Let_the_juice_loose

 
こういう演奏を「コンテンポラリーなジャズ」と言うんだろう。耳当たりの良いフレーズがふんだんに見え隠れする中、そこかしこに、純ジャズ的な「硬派」なアプローチが魅力である。

このライブ盤、この純ジャズ的な「硬派」なアプローチが魅力のコンテンポラリー・ジャズ。キーを握るのはプロデューサー。はて、このライブ盤のプロデューサーは誰かいな、と思って見たら、なんと、日本ジャズ・ギタリストの重鎮の一人、増尾好秋がプロデューサーに当たっている。実に趣味の良い、ミュージシャン側に立った優れたプロデュースが素晴らしい。

そして、このライブ盤の最良ポイントは「楽器が良く鳴っている」こと。エバンスのテナー&ソプラノサックス、ローブのギター、ブレッドのキーボード、ジョーンズのベース、デニチェンのドラム。どの楽器も、もの凄く良く鳴っている。

特に、リーダーのエバンスのテナー&ソプラノサックスが良く鳴っている。高度なテクニックと相まって、このライブ盤でのプレイは、ビル・エバンスのベスト・プレイのひとつだと思う。

ジョーンズとデニチェンの超重量級のリズム・セクションも凄い。ブンブン、ドドドドドと超弩級のボリューム。ギターのローブもハードにプログレッシブに弾きまくる。フュージョンっぽくもあり、純ジャズっぽくもあり、実に攻撃的なエレギである。

1980年代の純ジャズとの親和性を持ったコンテンポラリー・ジャズの傑作ライブである。当時のマイルス・ジャズを聴き易く、判り易くした、実に攻撃的でハイテンションなコンテンポラリー・ジャズである。一度、聴き始めたら、2〜3回、連続して続けて聴き返してしまう。そんな媚薬のような魅力漂う「優れものライブ盤」である。

ちなみに、ジャケット・デザインは2種類あります。どちらも僕にとっては馴染みのあるもの。最初は左のデザイン、後に再会した時は右のデザインでした。

 
 

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2012年10月22日 (月曜日)

バートン&パットのリユニオン

今年は秋の足取りが速い。日に日に涼しくなり、肌寒くなっていく。まだ10月の20日を過ぎたところ。冬服に着替えるには早すぎるけど、ここ2〜3日の朝は、夏のジャケットを着ていると、ちょっと肌寒く感じる。

肌寒くはあるが、秋の空気は澄んでいて気持ちが良い。この気持ちの良い空気には、ジャズのヴァイブの音が良く似合う。ジャズ・ヴァイブと言えば「ミルト・ジャクソン」が真っ先に浮かぶ。確かにミルトのヴァイブは良い。でも、僕はこの人のヴァイブも大好きなのだ。

ゲイリー・バートン(Gary Burton)。レッド・ノーヴォが始めた4本マレット奏法をより高度に開拓・確立させた現代ヴィブラフォン奏法のイノヴェーター(Wikipediaより)。まだ、ジャズのトレンドにタイムリーに反応し、コンテンポラリー・ジャズのリーダー格としても有名。30年に及び、バークリー音楽大学で教鞭をとった「ジャズの先生」でもある。

バートンのヴァイヴは、クリスタルでクールで切れ味の良い「ふくよか」な響き。4本マレット奏法で変幻自在にコード奏法をバッキングで繰り広げたり、超絶技巧なソロを繰り広げたり、まるでピアノの様な表現をヴァイブでしてみせる技巧派。

そんなバートンが、2007年6月、パット・メセニー入りのゲイリー・バートン・バンドをリユニオン、オークランドの「ヨシズ」にて、ライブ盤を収録した。タイトルはシンプルに『Quartet Live』(写真左)。確か、発売は2009年の5月だった。ちなみにパーソネルは、Gary Burton (vib); Pat Metheny (g); Steve Swallow (el-b); Antonio Sanchez (ds)。うへ〜、錚々たるメンバーやなあ。
 

Gary_burton_quartet_live

 
冒頭の「Sea Journey」を聴いて、「ああっ」と思わず懐かしさと感嘆の声を上げる。 1977年にリリースされたバートンのリーダー作『Passengers』の1曲目。

そう言えば、この『Passengers』のパーソネルは、Gary Burton (vib); Pat Metheny (g); Steve Swallow (el-b); Eberhard Weber (b); Dan Gottlieb (ds)。ドラムだけが異なるだけで、後の3人は同じメンバー。確かに、パット・メセニー入りのゲイリー・バートン・バンドをリユニオンである。

そう言えば、遠く1974年。ゲイリー・バートンは自らのバンドに、当時、弱冠20歳のパットを起用。ECMにて『Ring』『Dreams So Real』『Passengers』という3枚のアルバムをリリース。パットにとってこれがジャズメンとしてのメジャー・デビューであり、そういう意味で、パットにとってバートンは恩師である。

そんなバートン、パットの元にベースのスワローが馳せ参じ、ドラムのサンチェスが参加した。そんな素晴らしいメンバー構成のカルテット。演奏内容は、実に充実した内容のメインストリーム・ジャズ。内容的にはソフトな純ジャズという感じではあるが、「Question And Answer」や「Missouri Uncompromised」など、要所要所は、結構「硬派」で決めている。

どこまでも美しく涼やか。クールなエキサイティング。このバートンとパットの音色のコンビネーションは独特のテイストだ。溶け合う、共鳴し合う、という感じのユニゾン&ハーモニー。リズム・セクションは、クールなエレベのスティーヴ・スワロウに、メリハリのあるドラミングが素晴らしいアントニオ・サンチェス。実に完成度の高いカルテットである。

21世紀になって、こんなアーティスティックで現代的なメインストリーム・ジャズが生まれ出でる。ジャズはなかなかに懐が深い。

 
 

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2012年10月21日 (日曜日)

ギリ英国ロックなセカンド盤

1970年代ロックの究極の目標は「売れること」だったのだろうか。英国ロックの世界では「米国で売れること」だったのだろうか。1970年代に入り、半ばに差し掛かる頃、英国ロックの主要なグループやソロ・ミュージシャンは、こぞって米国を目指した。

米国で売れること、それが究極の目標かの如く、英国ロックの独特の個性である「くすんだ音、夕暮れ時の夕日の輝きの様なブルージーな音の感覚に、音が濡れている、ウェットな感覚」をかなぐり捨てて、米国マーケットでうける、と信じていたふしがある、乾いて判り易く単純なビートにのった判り易いキャッチャーなフレーズの積み重ねを無理矢理身につけようとした。

音楽とは、そのミュージシャンの心身から生まれ出でるものであって、頭の中で創り出すものでは無い。無理矢理に表現しようとしても、心身がついていかない。それが音楽というものだ。無理をしても、いわんや売れようとして、そのスタンスや個性をねじ曲げてみても、決して受け入れられることが無いのが、音楽の厳しいところ。

このバッド・カンパニー(略して「バドカン」)という、英国ロック生粋の最後のバンドと言って良い「ブリティッシュ・ロック」なバンドだって、先の例に漏れず、何故か米国マーケットを目指した。そして、英国ロックの肝の部分を置き去りにして、普通の国籍不明な米国ロック・バンドと相成って迷走していく。

そんな「バドカン」のデビュー・アルバムの余勢を駆って作成されたセカンド・アルバム『Straight Shooter』(写真左)。1975年4月のリリースになる。シンプルで重厚なファースト・アルバムのジャケット・デザインに比べて、なんだか良くわからない、このセカンド・アルバムのジャケットは、当時、僕の中では大変不評だった。
 

Straight_shooter

 
ファースト・アルバムでは米国指向の雰囲気の中、そこはかとなく湿っぽくて曇った様な、ブリティッシュ・ロック特有の雰囲気が漂っているところが魅力だったが、このセカンド・アルバムでは、そのブリティッシュ・ロック特有の雰囲気はすっかり払拭されてアメリカン・ナイズされた。

一言で言うと「演奏が巧い大人のアメリカン・ハード・ロック」って感じかな。このアメリカン・ナイズされたアルバム全体の雰囲気が受け入れられるか否かで、このアルバムの評価は変わる。

次のサード・アルバムは、完全にアメリカン・ハード・ロックになって、個性らしい個性も薄まって、元英国出身のバンドだなんて、ほとんど判らなくなることを考えると、バッド・カンパニーってバンド、このセカンド・アルバムまでが、英国ロックとしてギリギリかなあ。

まあ、アメリカン・ナイズされたとは言え、演奏全体の雰囲気は、まだまだ十分に重心が低く、しかも、演奏テクニックは申し分無い。この「重心の低い」部分が、ブリティッシュ・ロックらしい最後の部分だろう。そんなバックに支えられて、ポール・ロジャースが気持ちよく唄い込んでいく。

もともと、ポール・ロジャースって、歌が巧いんだが、このアルバムは特に巧い。ポール・ロジャースの歌と巧みなバックで、一気に聴かせてしまう。でも、一気に聴いた後、印象に残る楽曲が少ないのが、このアルバムの弱点。

極端に言い切ってしまうと、このアルバムは、ポール・ロジャースの歌声を愛でるアルバムであり、バッド・カンパニーの個性が確認できる最後のアルバムである。

 
 

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2012年10月20日 (土曜日)

懐かしの英国ロック「バドカン」

秋が来れば思い出すロック・アルバムが幾つかある。そんな中の一枚が『Bad Company』(写真左)。1974年の秋。高校1年の秋である。

バッド・カンパニー(Bad Company)はバンド名。略して「バドカン」。元フリーのポール・ロジャース(vo)、サイモン・カーク(ds)、元モット・ザ・フープルのミック・ラルフス(g)、元キング・クリムゾンのボズ・バレル(b)と超豪華メンバーが集結したスーパーバンド。

ポール・ロジャースが、前に在籍した伝説のグループ「フリー」の活動を反省し、大衆受けする判り易いブルース・ロックを目指し、特に、デビューアルバムとセカンド・アルバムはその方向で成功を収めた。

サード・アルバム以降はアメリカン・ハード・ロック的な路線を突っ走り、フツーのバンドになって、1980年代に入るとメンバー間の確執が表面化し、『ラフ・ダイアモンド』(1982年)を最後に活動休止。1986年に再結集するが、バンドの看板ボーカルであるポール・ロジャースの姿はありませんでした。

さて、フリーのボーカリスト、ポール・ロジャースが、同じフリーから、ドラムのサイモン・カークを引き連れ、モット・ザ・フープルのギタリスト、ミック・ラルフス、そして、キング・クリムゾンを首になったベーシスト、ボズ・バレルという強力な布陣で臨んだバッド・カンパニーは、メンバーの豪華さからスーパー・バンドと騒がれた。
 

Bad_company

 
と言っても、当時は、1974年、当時、ロック・キッズ駆け出しのプログレ小僧だった僕は4人とも全然知らなくて、しかも、どシンプルなアルバム・ジャケットと相まって、何が「スーパー・バンド」なのかが、サッパリ判らなかった。

しかし、冒頭の「Can't Get Enough」のリフには痺れた。冒頭の「Can't Get Enough」が無かったら、当時、聴き込まなかったろうな。さて、今の耳で聴きかえしてみると、バリバリのブルース・ハードロックだったフリーから、2名のメンバーを迎えている割には、ブルースっぽい香りはしない。恐らく、ミック・ラルフスが、ブルース・ルーツの薄いギタリストだったせいもあるんだろう。

結構、シンプルでソウルフルな雰囲気で、既に、ファースト・アルバムにして、米国マーケットをしっかり意識している印象。そんな米国指向の雰囲気の中、そこはかとなく、湿っぽくて、曇った様な、ブリティッシュ・ロック特有の雰囲気が漂っているところが、このアルバムの魅力。

アルバム全体を見渡すと良い曲が多い。ソウルフルなスロー・ナンバー「The Way I Choose」、モット・ザ・フープルのナンバーをバドカンらしくカヴァーした「Ready For Love」、バンド名と同タイトルの「Bad Company」なんざあ、ブリティッシュ・ロックの雰囲気一杯の名曲。そして、極めつけは、やっぱり「Can't GetEnough」。

しかし、アルバム全体の雰囲気は、それまでのブリティッシュ・ロックをあっさりと通り越して、米国マーケットへと向かいつつある、そこはかとなくアメリカン・ロックの嗜好が見え隠れする、1974年のバッド・カンパニーならではの名盤と言えます。バリバリ、ヘビーでブルージーなブリティッシュ・ロックを期待すると肩すかしを食らいますぜ(笑)。

 
 

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2012年10月19日 (金曜日)

不思議な魅力のスイング・ジャズ

今年は季節の足が「速い」。秋の深まる速度がかなり速い。日に日に涼しく、肌寒くなっていく。今朝の朝の気温は12度の千葉県北西部地方である。

これだけ秋が深まると、選択するジャズもそのスタイルはバリエーションに富んでくる。これだけ涼しくなると、フリー・ジャズも暑苦しく無くてOKやし、熱気溢れるビ・バップだって、涼しく爽快に聴けてOK.。

オールド・スタイルで、音もさほど良く無く、その良さを理解するのに、その良さを体験できるのに、ちょっと時間がかかって、夏にはその時間のかかるところが我慢できなくて、どうしても敬遠してしまう「スイング・ジャズ」も、涼しく湿気も少ない心地良い気候の中、余裕を持って聴ける。

今日は、その余裕を持って聴くことが必要な「スイング・ジャズ」を久し振りに選択する。Louis Armstrong『Satchmo At Symphony Hall』。1947年11月30日、米国はボストンでのライブ録音。

ルイ・アームストロング(愛称サッチモ)は明朗な性格と高い音楽的技術をあわせ持つカリスマ的かつ独創的な演奏者。このライブ盤でのサッチモのトランペットは、そのテクニック、その音の張り、その歌心、どれをとっても超一流で。

1947年、ジャズの演奏スタイルとして、ビ・バップが全盛の時代に、こんな優れたトランペットがスイング・ジャズとして君臨していることにジャズの奥深さを感じる。1947年という時代に、従来のスタイルであったスイング・ジャズと最新のスタイルのビ・バップが混在していることに、ジャズの懐の深さを感じる。
 

Satchmo_at_symphony_hall

 
スイング・ジャズは「踊るための音楽」。気持ち良く踊ることが出来れば演奏内容は問わない。しかし、サッチモは違った。このライブ盤の演奏を聴けば判る。

その演奏内容、演奏レベルは、かなり高いものを感じる。アレンジもしっかりとしていて、聴き応え十分。演奏もしっかりと練習をリハーサルを積んでいるのが良く判る、ユニゾン&ハーモニーは良く合い、ブレイクのタイミングはキッチリと決まる。

スイング・ジャズは踊るための音楽、と軽くみてはいけない。サッチモのスイング・ジャズは、洗練されたダンス・ミュージックである、アーティスティックなジャズである。演奏テクニック、アレンジ、共に優秀。しかも、良く練習を積んでいる。後の時代を通じて、ジャズの良さ、ジャズの優れた個性が、このスイング・ジャズのライブ盤に溢れている。

確かに音は、オーディオ的に聴いて「イマイチ」。その内容の良さを理解するのにちょっと時間が必要で、その内容を楽しむには経験が必要になる。そんなスイング・ジャズではあるが、このライブ盤でのスイング・ジャズは、洗練されており、アーティスティックである。こんな音源が残っている。ジャズって素晴らしい。

サッチモを愛でるまでには、ジャズ者として、経験が必要で時間がかかる。しかし、サッチモの良さを理解し、サッチモの個性を楽しむことが出来る様になる頃、不思議と、ジャズ者としての幸せを感じることが出来る様になる。

このライブ盤は、ジャズの良さが様々な形で織り込まれている。不思議な魅力を湛えたスイング・ジャズである。

 
 

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2012年10月18日 (木曜日)

今日はバイタルなフュージョン

秋も深まってくると、聴くジャズもしみじみしたものが多くなる。しみじみしたものが多くなると、どうしても、心がセンチメンタルになる。もともと、高校時代から大学時代にかけて、秋は良い想い出が無い季節ではある(笑)。

心がセンチメンタルになると、そんな良く無い想い出が次々と思い出されてきて、今まで歩いて来た人生そのものが哀しくなってくる(笑)。これではいけない。ということで、今日はバイタルなフュージョン・ジャズで気合いを入れる。

Greg Howe, 櫻井哲夫, Dennis Chambers『Vital World』(写真左)。『Gentle Hearts』に続く、Greg Howe, 櫻井哲夫, Dennis Chambersの2枚目のスタジオ録音のアルバム。2010年9月のリリース。ネット上では、賛否両論、好評と不評が入り交じる不思議なアルバムではあるが、僕は、このアルバム、好きです。

冒頭の「Critical Planet」から、ラストの「Father」まで、徹頭徹尾、ハード・ロックの様な怒濤の高テンションなフュージョン・ジャズ。しかも、櫻井のベースをはじめとして、ハウのギター、デニチェンのドラムも、思いっきり超絶技巧ときている。

70年代ロックのテクニックよりも印象的なリフ一発勝負な「ハード・ロック」の比では無い。でも、この怒濤の勢いと高テンションは、思わず、70年代のロックを彷彿とさせる。しかし、凄い勢いのインプロビゼーションである。怒涛の「テクニカル・ハード・フュージョン」とでも形容しようか・・・。
 

Vital_world

 
櫻井哲夫はベーシスト。日本を代表するフュージョンバンド、カシオペアにかつて在籍していたオリジナルメンバー。現在はソロ・アーティストとして活動している。この櫻井のエレベが凄い。ジャコからマーカス以降、もはや当たり前となったベースの速弾きではあるが、この櫻井の速弾きは太くてデジタルチックで「速い」。

この太くてデジタルチックな速弾きがどう聴こえるかで、賛否両論、好評と不評が入り交じる状況になる感じかな。

このデジタルチックな速弾きに相対するからこそ、グレッグ・ハウのギターとデニス・チェンバースのドラムも、しっかりとデジタルチックなリズム・セクションとして、櫻井のベースをバッキングする。つまりは櫻井のエレベがつまらなければ、バックのリズム・セクションの二人もつまらない、ということになる。ふむふむ・・・。

アルバム全体が「バイタル」。活力溢れるパワフルなフュージョン、やっぱり僕は好きやなあ、このアルバムが。グランド・ファンク・レイルロードの「Are You Ready」をカバっているところなんぞ、バイタルなフュージョン・ジャズならでは・・・(笑)。そして最後は『Father』のバラードで、しっとりとクールダウン。

アルバム・ジャケットも、バイタルな櫻井の勇姿が凛々しく、さすがタイトルは『Vital World』。バイタルなフュージョン・ジャズで気合いを入れる。元カシオペアのオリジナル・ベーシストがガツンと気合いを入れてくれる。

 
 

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2012年10月17日 (水曜日)

すなわち「第三の流れ」

昔々、僕がジャズ者初心者の頃、モダン・ジャズ・カルテットがお気に入りになって、そして、この言葉にぶち当たった。

「サード・ストリーム・ミュージック」。すなわち「第三の流れ」と呼ばれるタイプの音楽。1950年代後期、ジャズの良いところとクラシックの良いところを融合して、新しい音楽の「波」を作る。

このジャズとクラシックの良きイディオムをクロスオーバーすることから創造する「新しい音楽の確立」を目指して、これを「サード・ストリーム・ミュージック」と名付けて実践に移したのは、メトロポリタン・オペラ・ハウスの首席ホルン奏者であったガンサー・シュラーであった。

そして、モダン・ジャズ・カルテットのリーダー、ジョン・ルイスが共鳴し、ガンサー・シュラーとジョン・ルイス、二人の作編曲と指揮から生まれたアルバムが幾枚かある。

学生時代、このアルバムに出会い、このアルバムに感じ入る。アルバムタイトルは、その名もズバリ『Third Stream Music』(写真左)。1957年8月、1959年9月、1960年1月の3回にその録音は分かれていますが、その演奏内容は、しっかりとした一貫性を保っています。

モダン・ジャズ・カルテットとジミー・ジュフリー・トリオの演奏に、クラシックなスモール・オケを交えて、ジャズの良いところとクラシックの良いところを融合して、新しい音楽の「波」を作る。すなわち「第三の流れ」。
 

Third_stream_music1

 
このアルバムの演奏は、厳密に言うとジャズではない。全ての演奏は、恐らく譜面に書かれ、コンダクターに完全にコントロールされている。即興演奏を旨とするジャズとは、ちょっと離れた「第三の流れ」。

1950年代後半のジャズのトレンドである、熱気溢れるファンクネス漂う即興演奏とは全く異なる、程良くコントロールされた、ファンクネスを押さえた、ジャジーでクールな演奏が特徴。

ジミー・ジュフリー・トリオの参加が良いアクセントになっている。ちょっと前衛傾向な演奏が、伝統的で端正なモダン・ジャズ・カルテットの演奏と相まって、なかなか個性的な音になっている。そこに、良くアレンジメントされたスモール・オケが被さっていく。

その後、主流にはならなかったが、この『Third Stream Music』には、非常に趣味の良い、統制されたジャジーでクールなオーケストラルな演奏が詰まっている。前衛的な変則的な旋律も多く聴かれ、ジャズとクラシックの融合なんて聞くと、イージーリスニング・ジャズ的な耳当たりの良い演奏を思い浮かべるのですが、この『Third Stream Music』はそうでは無い。

譜面に書かれたジャズ。ジャズは即興演奏しか認めないという硬派なジャズ者の方々には、絶対に受け入れられないでしょうが、音楽という広い聴き方からすると、内容のある演奏内容ゆえ、これはこれで「あり」かな、と僕は評価しています。とにかく渋い内容のジャズ者中級者向けかな。これもジャズ。

 
 

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2012年10月16日 (火曜日)

ウエスばりの白熱ギターインスト

このキャッチ・フレーズが目に入って、思わず衝動買いした、Pat Martino『Alone Together with Bobby Rose』(写真左)。

『ウエスの名曲をふたりのギタリストが白熱のプレイで聴かせる。パット・マルティーノが脳疾患で倒れる前の1977年から78年にかけて残されたギター・デュオによる未発表演奏集』

Pat Martino (g) と Bobby Rose (g) の二人のギタリストが共演して、ウエスの名曲の数々を弾き倒していく。ボビー・ローズは、マルティーノと同じサウス・フィラデルフィアの出身で、親しい音楽仲間のひとりとのこと。とにかく息の合った、テンションの高いギター・インストが堪能出来る。

しかし、録音状態は良くない。少なくとも、ジャズ者初心者の方々にはお勧めしかねる位の音の悪さ。でも、それを差し引いても、このパット・マルティーノとボビー・ローズのテンション高く、攻撃的な「攻めのギター」は聴き応え十分。

とにかく凄い迫力。ウエスはもうちょっとシャープな切れ味を持ったインストなのだが、このマルティーノとローズのインストは、ウエスの音をちょっと太くしたような、切れ味よりも勢いで押し切る様な迫力のある「白熱のギター・インスト」である。

 

Pat_martino_alone_together

 

その押し切る様な迫力のあるギターが2本で、ウエスの十八番の曲をやるのだ。とにかく「ど迫力」満点である。冒頭の「Four On Six」を聴くだけで、思わず、その迫力に精神的に「仰け反って」しまう感じなのだ。2曲目の「Alone Together」以降も、音の雰囲気はズバリ「ウエス・モンゴメリー」。しかし、ウエスより、太くて勢いのあるギターが個性。

要所要所でウエスの十八番「オクターブ奏法」も聴くことが出来て、とにかく、迫力満点、聴いていてとても楽しいライブ盤である。確かに音は悪い。しかし、ヘッドフォンを介して聴くと、耳の中に「ど迫力」な、太くて勢いで押し切るギターが一気に広がる。これが良い。耳の中で、迫力のある太いジャズ・ギターの快感が広がる。

このアルバムで、僕はマルティーノを見直した。こんなにテンションの高い、攻撃的で正統派なジャズ・ギターを弾く人やったんや、と思わず感心した。うむむ〜、不明を恥じるなあ。もう一度、マルティーノは聴き直しやなあ。

これだけ個性的なギターを聴かされると、ジャズ・ギターって楽しいなあ、って心から思う。ギターってなかなか強い個性が出にくい楽器ではないか、と思っていたが、どうして、そんなことは一切無い、ギターもジャズを彩る、主要な楽器のひとつなんだ、ってことが良く判った。

やはり、ジャズは奥が深い。ジャズを聴き続ける所以である。マルティーノには脱帽。もう一度、マルティーノにチャレンジだ。

 
 

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2012年10月15日 (月曜日)

ロリンズにフリーは似合わない

先週金曜日のブログに書いたが、テナー・タイタン、ソニー・ロリンズは、ジャズ・ミュージシャンの経歴の中で3度、雲隠れしている。3回目の雲隠れは1969年。この雲隠れは2年半にもおよび、ロリンズもいよいよ本当に引退かと噂された雲隠れだった。

しかし、アルバムのリリース状況を振り返ると、正式なリーダー作は、1966年5月9日録音の『East Broadway Run Down』(写真左)を最後に、1972年7月14日録音の『Sonny Rollins' Next Album』まで、約4年間、途絶えている。

このロリンズの1960年代最後のリーダー作を録音した1966年から雲隠れする1969年の間には、ジャズ界には何があったのか。

1966年、ジャズ界のリーダーはマイルスとコルトレーン。同じ、テナー奏者のライバルとしてのコルトレーンは、ジャズ界のリーダーとして君臨し、従来のハードバップ・ジャズを超えて、フリー・ジャズの真っ只中にいた。圧倒的な賛否両論なフリー・ジャズ『Coltrane In Japan』がリリースされたのも1966年。

そして、雲隠れした1969年のジャズ界には、その最大のライバルのコルトレーンは存在しない。1967年7月17日に肝臓癌で亡くなったのだ。最大のライバルであったコルトレーンが存在しないのだ。ロリンズが目標と張り合いを無くし、ジャズ・シーンから姿を消した気持ちは良く判る。

では、その雲隠れの直前のロリンズのリーダー作はどのような内容だったのか。1966年5月9日録音の『East Broadway Run Down』。ちなみにパーソネルは、Freddie Hubbard (tp -1), Sonny Rollins (ts), Jimmy Garrison (b), Elvin Jones (ds)。

パーソネルを眺めると面白い。ロリンズお得意のピアノレスの編成も面白いが、なんと、コルトレーンの伝説のカルテットから、ピアノレスのリズム・セクション、ベースのギャリソンとドラムのエルビンを借りてきているのだ。そして、フリー・ジャズをやらせると、素晴らしいブロウを展開するハバードがトランペットで控えている。

 

East_broadway_run_down

  

ということは、この『East Broadway Run Down』では、ロリンズは、「ロリンズ流のフリー・ジャズ」の範疇を超えて、コルトレーンばりのフリー・ジャズを展開しようとしているのだ。己の個性をかなぐり捨てて、コルトレーンのやり方、コルトレーンの個性に真っ向から相対しようとした。

で、その結果であるが・・・。この『East Broadway Run Down』でのフリー・ジャズは、確かにコルトレーンのやり方、個性を踏襲し模倣して、その模倣の中からロリンズ独特の個性を見出そうともがいているのだが、いかんせん、全く成果が上がっていない。明らかにロリンズは迷っている。悩んでいる。

でも、今の耳で振り返ってみると、フリー・ジャズ的なブロウの部分は明らかにロリンズは無理しているのが良く判る。しかし、ところどころで従来の伝統的なハードバップ的な展開に戻る部分があるんだが、この伝統的な部分での大らかで余裕のあるブロウは一聴に値する。

つまりは、ロリンズにはフリー・ジャズ的展開は全くに不必要なものであり、ロリンズが輝くのは、伝統的なハードバップ的な展開の中にある、ということ。この『East Broadway Run Down』は内容的には無理があるが、ロリンズの本質を再認識させてくれる格好の題材であることには間違い無い。

ロリンズにとっては、このアルバムはリリースしたく無かったんやないかな。契約の関係でやむなくリリースしたのではないかと思ってしまうほど、この『East Broadway Run Down』は、ロリンズの本質にまったくそぐわない内容になっている。

しかし、天才ロリンズのフリー・ジャズを御することは出来なかった訳で、でも、ロリンズって、1966年以降、ジャズのトレンドって、ジャズの主流って、フリー・ジャズになるって思っていたんかなあ。圧倒的にコルトレーンの天下になると思ってたんかなあ。

その後、1967年、コルトレーンが亡くなって、ロリンズは1969年に雲隠れする。そして、ジャズ・シーンについては、フリー・ジャズは特化したジャンルに追いやられ、電気楽器が中心のクロスオーバー・ジャズが台頭し、アコースティック楽器をメインとした純ジャズは、徐々に縮退していく。

 
 

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2012年10月13日 (土曜日)

幻のスーパーグループだけど

Blind Faith(ブラインド・フェイス)。解散したクリームからエリック・クラプトン(vo,g ) とジンジャー・ベイカー(ds)、同じく解散したトラフィック (1970年に復帰〜再結成) からスティーヴ・ウィンウッド(vo,key,g)、ファミリーから移籍したリック・グレッチ(b,vln) の4人で結成されたグループである。

当時は、実績・実力のある4人が集まったスーパーグループとして、センセーショナルな話題を振りまいたが、あまりの音楽性の違いから(なんでグループを結成したのかが未だ持って判らんww)、1年ももたずにあえなく解散。アルバムもグループ名を冠した『Blind Faith』(写真左)の一枚を唯一のオリジナル盤として残したのみでした。

さて、この唯一のオリジナル盤の『Blind Faith』、パッと見、クラプトンとウィンウッドのコラボに期待が高まるが、コラボによる「化学反応」は全くの不発。内容的にはウィンウッド色が強く、トラフィックの延長線上の音楽を聞かせていると言っても良いと思う。つまり、ウィンウッドの音楽が好きなロック者にとっては、なかなかに聴かせてくれるアルバムだと思います。

しかし、クラプトンのファンについては、このアルバムは大いに期待外れのアルバムでしょう。でも、後のライブでの代表曲のひとつとなる「Presence of the Lord」の当初バージョンが聴けるのだけが救いでしょう。

印象的なギターのフレーズから始まる、冒頭の「Had to Cry Today」からして、トラフィックの雰囲気満載。でも、途中のインプロビゼーションについては、完全にクリーム風になっているのが、なかなか面白い。
 
2曲目「Can't Find My Way Home」の、アコギを中心にした曲の構成は、ほぼトラフィックと同じタッチ。繊細な雰囲気が実に良い。3曲目の「Well...All Right」は、ウィンウッドのピアノとクラプトンのギターがなかなかに素晴しい演奏を聴かせてくれる。意外と内容のある演奏だと思います。
  
 
Blind_faith
 
  
4曲目「Presence of the Lord」は、作りはちょっと荒いが、文句無しの名曲。そこはかとなく芳るカントリー&ブルース風味が、後のデレク&ドミノスに繋がる。
 
5曲目の「Sea of Joy」では、グレッチがなかなかに美しいヴァイオリン・ソロを聴かせてくれており、各メンバーの見せ場を用意しているのが良く分かる。で、ラストの「Do What You Like」は、完全に捨て曲。何の魅力もないジャムセッションなので感想は割愛。

但し、このアルバム、名盤とは言い難い。というか、迷盤の類だと思います。クラプトン、ウィンウッド、ベイカー、グレッチが暇つぶしに集まって、適当にジャムったアルバムという揶揄もありますが、その感じ、良く判ります。アルバムに仕上げるだけの出来では無かった様な気がします。とにかく、作りが荒く、甘い。

このアルバムは、完全に、トラフィックのアルバムと言っても良いくらいの内容です。クリームから、クラプトンとベイカーの参加を考えると、もう少し、プログレッシブな内容になると感じるのですが、どうも上手くいっていません。ロック者ベテランの方々向けのアルバムです。

70年代ロックの名盤の一枚に挙げられる事が良くあるアルバムですが、内容的には今でも疑問です。このアルバムをロック名盤に挙げる、その感性と理屈が良く理解出来ません(笑)。ロックの歴史的モニュメントとして扱うにも、アルバムの内容がちょっと乏しいように感じます。

決して、ロック者ビギナーの方々、一般の70年代ロックファンの方々は、慌てて購入してはいけません。初めて聴いた時には、結構、失望を味わう確率の高いアルバムの一枚です。僕も、今から35年前、大学1年生の時、悲嘆に暮れた一人です(笑)。でも、ウィンウッドの音楽性に惚れてからは、このアルバムを聴くようになりましたけどね・・・。 

 
 

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2012年10月12日 (金曜日)

ロリンズ流のフリー・ジャズ

テナー・タイタン、ソニー・ロリンズは、ジャズ・ミュージシャンの経歴の中で、なんと3度も雲隠れしている。

1回目の雲隠れは1954年から1955年の1年間。何故そう感じかは判らないが、多忙の中で自分の音楽を確立する機会を失してしまうと感じたそうで、ニューヨークからシカゴへ引きこもりました。う〜ん、その真の理由が良く判らない。

2回目は1959年。ライバルであったジョン・コルトレーンが台頭し、この陰に怯えたロリンズは再び雲隠れ。この雲隠れの間は、テナーのテクニックの自己研鑽を積む為、ニューヨークのウィリアムズバーグ橋の上で、来る日も来る日も楽器を吹いていた、という逸話は実に有名なところ。

3回目の雲隠れは1969年。この雲隠れは2年半にもおよび、ロリンズもいよいよ本当に引退かと噂された雲隠れでした。

この3回目の雲隠れが見えてきた、雲隠れのリーダー作2枚前のアルバムである。そのタイトルは『Alfie』(写真)。1966年のイギリス映画『Alfie』のサウンドトラックを、独自のアレンジでスタジオ作として吹き込まれたもの。決して、サウンドトラックとして映画に採用されたものでは無い。

独自のアレンジという部分は、当時、売れっ子だったオリバー・ネルソンにアレンジを託している。このオリバー・ネルソンのアレンジは、ちょっと時代を感じさせる「古さ」が漂うが、それはそれとして、ジャズの歴史的成果としては、なかなか鑑賞に耐える、素性の確かなアレンジではある。
 

Sonny_rollins_alfie

 

1966年1月26日の録音。コルトレーンがフリー・ジャズに突入して、絶大なる人気を誇っていた頃である。実は、ロリンズにはフリー・ジャズは似合わない。ロリンズ自身もそれを判っていた。そこで、サウンド・トラックの焼き直しで、自身のテナーの見つめ直しを図っている。

オリバー・ネルソンのアレンジをバックに、朗々と吹き上げていくロリンズのテナーは、実に「らしく」て良い。冒頭の「Alfie's Theme」のロリンズのテナーを聴くだけで、やはり、ロリンズのテナーは「歌心」に尽きる、と確信する。フリー・ジャズなんてなんぼのもんじゃい。このアルバムでのロリンズは、伝統的なジャズ・インプロビゼーションのど真ん中を行くものだ。

ちなみにパーソネルは、J.J. Johnson (tb -1,2) Jimmy Cleveland (tb -3/6) Phil Woods (as) Robert Ashton, Sonny Rollins (ts) Danny Bank (bars) Roger Kellaway (p) Kenny Burrell (g) Walter Booker (b) Frankie Dunlop (ds) Oliver Nelson (arr, cond) 。当時の先進的なモダン・ジャズの名うてミュージシャン達がズラリと並ぶ。 

この優れたメンバーのバック演奏の上を、自由にテナーで吹き進めるロリンズ。マイペースでバッキングを無視したように吹きまくる様は、伝統に小指を残しつつ「ロリンズ流の限りなくフリーなジャズ」と解釈しても良い位のロリンズ独特のフリーな演奏。エモーショナルに感情のおもむくまま、垂れ流し的にアブストラクトに吹き続けるのでは無い、秩序を最低限に守りつつ、純ジャズのマナーを維持しながら、可能な限り自由に吹くロリンズ流のフリー・ジャズ。

オリバー・ネルソンの古さを感じるアレンジをバックに吹き上げていく、ロリンズ流のフリー・ジャズ。このアルバム『Alfie』の最大の特徴であり個性である。ロリンズらしいテナーの演奏が溢れんばかりの佳作です。意外と僕にとっての「ロリンズの愛聴盤」の一枚です。ジャズ者初心者の頃から35年来、お世話になっています(笑)。

 
 

大震災から1年半が過ぎた。決して忘れない。常に関与し続ける。

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2012年10月11日 (木曜日)

アコ・マイルスの最高傑作である

マイルス(トランペット)、ウェイン・ショーター(テナー・サックス)、ロン・カーター(ベース)、トニー・ウィリアムス(ドラム)、ハービー・ハンコック(ピアノ)。1960年代マイルスの黄金のクインテットである。

この黄金のクインテットの最高傑作が『Miles Smiles』(写真左)。1966年のスタジオ録音になる。1966年と言えば、エレクトリック・ジャズの世界はすぐそこまで来ている。この『Miles Smiles』は、アコースティック・ジャズの到達点の一つ、メインストリーム・ジャズの到達点の一つと言って良い、非常に優れた内容となっている。

「芳しきファンクネスとオフビート、そして、4ビートなスイング感」がハードバップ時代からの典型的なメインストリーム・ジャズだった訳だが、マイルスは、この4ビートなスイング感のテンポを加速、粘りのあるコッテコテ感が中心のファンクネスを、シンプルで爽快感の溢れるファンクネスに昇華させ、モーダルな展開を織り交ぜ、切れ味のあるクールなメインストリーム・ジャズを現出している。

これは当時、マイルス5のみが為し得る音世界であり、以降、現代に至るまで、このマイルス5の演奏が、メインストリーム・ジャズを生業とするジャズ・ミュージシャンの目標とされ続けている。現代において、この1960年代マイルス5の音世界は、メインストリーム・ジャズの一つの普遍的なスタイルとなっている。

 

Miles_smiles

 

そして、『Miles Smiles』では、ショーターが、遂に徹頭徹尾「ショーターらしい」テナーを獲得している。マイルスは常にメンバーに言い続けた。『常に新しい方法で表現しろ』。この薫陶がやっとショーターにも響いた。遂に、コルトレーンの影響配下を抜け出して、ショーターの浮遊感ある力強いモーダルなインプロビゼーションが満載である。やっと、ショーターに宇宙からの通信が届いたようである(笑)。

バックのリズム・セクションも素晴らしい。切れ味鋭いハイテンションなビートを供給しつづけるトニーのパルシブなドラミングをベースに、パルシブで耽美的なハービーのピアノ、そして、そのパルシブなドラムとピアノのビートの隙間を埋めるように、高速ピッチではあるが柔軟に変化し、フロントのあらゆる変化に適用するベース・ラインを供給するロン。ハードバップ時代には絶対に存在しない、唯一無二なリズム&ビート。

そして、この『Miles Smiles』では、マイルスがオープン、ミュート、共に、変幻自在、唯一無二なトランペットを吹きまくる。マイルスのトランペットの素晴らしさがアルバム全編を通じて体験できる。そう、詰まるところ、このアルバムにおいても、一番、格好良いのは「マイルス」であり、一番、美味しいところをとっていくのは「マイルス」である(笑)。

アルバム・ジャケットの写真を見ると、珍しくマイルスが歯を見せて「笑っている」。そりゃあそうだろう。これだけの演奏をスタジオ録音として残せたのである。バンド・リーダーとして、ジャズ・ミュージシャンとして、満足の笑いが止まらないだろう。『Miles Smiles』というアルバム・タイトルは「言い得て妙」である。

 
 

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2012年10月10日 (水曜日)

懐かしのブレッカー・ブラザーズ

ブレッカー・ブラザーズ(The Brecker Brothers)は、トランペットの兄ランディ・ブレッカーとテナーの弟マイケル・ブレッカー、所謂「マイケル兄弟」によるクロスオーバー/ジャズ・フュージョン・バンドである。1975年にデビューし、1982年に活動を停止。1990年代に再結成し、2枚のアルバムを残す。

フュージョン・ジャズ時代の代表的なバンドの一つである「ブレッカー・ブラザース」。いや〜、フュージョン・ジャズ時代を大学時代にリアルタイムに経験した僕にとって、この「ブレッカー・ブラザース」は実に印象的な、今でも隅に置けないバンドである。

が、なぜか日本では人気はイマイチだったような気がする。どうも、当時のフュージョン・バンドとしては、シンセサイザーやフェンダーローズの様なエレクトリック・キーボードが中心のバンドの方が、日本では受けが良かった。

ウェザー・リポートやリターン・トゥー・フォーエバーやハービー・ハンコックのバンドなどに人気が集中、なぜか、ブレッカー・ブラザーズは、エレ・キーボード中心のバンドの後塵を拝していたような印象が強い。これって僕だけかなあ。

確かに、ブレッカー・ブラザースは、エレ・キーボードの役割は希薄。兄貴のランディ・ブレッカーのトランペットが中心のバンドである、ということは、デビューアルバムの『Brecker Bros.』(写真左)を聴けば良く判る。トランペットのが中心のフュージョン・バンドは受けが悪い。日本では、トランペット中心のエレクトリック・ジャズは「マイルス」のみ。

 

Brecer_bors

 

とにかく、兄貴のランディのトランペットが大々的にフューチャーされている。弟のマイケルのテナーは、このデビューアルバムでは控えめで、兄貴のサポートに徹しているような感じ。

でも、大々的にソロを取る曲になると、そのテナーのインプロビゼーションは、それはそれは素晴らしいものになる。大袈裟に言うわけでは無いが、それまでの演奏の音の雰囲気がガラリと豹変するのだ。それくらいに、マイケルのテナーの個性は素晴らしい。

しかも、である。このブレッカー兄弟の他のメンバーはいかなるものであったのか。Sax:デビッド・サンボーン、Drs:ハーヴィー・メイソン、Bass:ウィル・リー。うへ〜、と思ってしまう。今の耳で聴くと、いやはや、凄いメンバーである。特に、アルト・サックスのサンボーン。マイケルのテナーの大向こうを張って、バリバリ吹きまくっている。躍動的なサンボーン。凄いぜ。

冒頭の「Some Skunk Funk」の演奏の雰囲気が全てである。ブレッカー・ブラザースの音の個性が、この「Some Skunk Funk」にて語り尽くされている。乾いた小粋なファンクネスを漂わせた、タイトなエイトビートに乗って、硬派なフロントのトランペットとサックスのブロウが展開される。そう、このフュージョン・バンド、意外と硬派であり、演奏の展開は意外に「小粋」である。

2007年にマイケルが白血病で死去、実質的にこのバンドは永年停止となる。でも、このブレッカー・ブラザースのアルバムの成果はしっかりと残っている。今回、このブレッカー・ブラザースの全アルバムを手に入れるに至った。しっかりと全アルバムを聴き直してみたい。 

 
 

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2012年10月 9日 (火曜日)

モードジャズの「目指すべき姿」

待望の新「音楽監督」のウェイン・ショーターを迎え入れての、久々のスタジオ録音になる。1963年4月の『Seven Steps To Heaven』関連のスタジオ・セッション以来、約2年ぶりのスタジオ録音である。待ちに待ったショーターの参加である。

ウェイン・ショーター参加後のアルバムとしては2枚目になる。先に、1964年9月にライブ録音が実現し、『Miles in Berlin』のタイトルでリリースされている。

このお披露目ライブの中心人物のショーターのテナーはどうかと言えば、まだまだ革新的とは言い難いものだった。切れ味の鋭い、間を活かしたマイルス好みのコルトレーンという風情で、1964年の時点で、マイルス・クインテットにコルトレーンが在籍していたら、きっとこういうブロウをしただろうなあ、と強く思わせるコルトレーン・ライクなブロウ。

待望のショーターを迎えてのスタジオ録音盤のタイトルは『E.S.P.』(写真左)。改めてパーソネルは、Miles Davis (tp), Wayne Shorter (ts), Herbie Hancock (p), Ron Carter (b), Tony Williams (ds)。1965年1月20日の録音になる。

このスタジオ録音盤の内容は素晴らしい。ハードバップの演奏ルーティンを総括し、ハードバップが獲得したグループ・サウンズとしての表現、アレンジを総括し、モード・ジャズの演奏スタイルの「目指すべき姿」を指し示した、当時のジャズのみならず、現代のジャズにおいても、メインストリーム・ジャズの「最終形」としての一つを表現した、「目標となるべき演奏の形態」がギッシリと詰まっている。

この名盤においては、バックのリズム・セクションが素晴らしく「革新的」。ショーターが参加するまで、ライブ中心に鍛えに鍛えた革新的なリズム・セクション。メインストリーム・ジャズの「最終形」としての一つを表現した、「目標となるべき演奏の形態」を表現する為の「特別なリズム・セクション」。
 

Miles_davis_esp

 
トニー・ウィリアムスの超高速レガートを核とした「モーダルなドラミング」が、演奏全体の雰囲気を引っ張る。そこに、ハードバップ時代のピアノの要素を集約し、そこにトリスターノ流のクールでパルシブなタッチを織り交ぜた、これまた、当時として「革新的」な、ハービー・ハンコックのピアノが絡む。

が、このアルバムで一番「革新的」なのは、ロン・カーターのベース。ハードバップ時代、ベースの基本スタイルとなったウォーキング・ベースを全く排除し、トニーのパルシブなビートに呼応するような、細かく刻まれたシーツ・オブ・サウンドの様なベース。トニーのパルシブなドラムとロンのパルシブなベースが、音の「間と伸び」を活かした、マイルスやショーターのフロント楽器のモーダルな演奏にベスト・マッチするのだ。

ショーターのテナーは確実に進化していて、徐々に「ショーター」らしいテナーの響きを獲得しつつある。まだまだ、コルトレーン・ライクな響きが演奏全体の半分くらいを占めるが、後の半分は、しっかりと「ショーター」した音が実にユニーク。これが、後に「宇宙人」的フレーズ、などど評される、ショーター独特のモーダルな響きである。それまでのジャズ・テナーのスタンダードだった、コルトレーン的な音、ロリンズ的な音とは全く異なる「第三極的」なテナーとなるショーターの音。

しかし、やっぱり、このアルバムの演奏の中で、一番、格好良くて、一番に良い良いところも持って行くのは「マイルス」。モーダルな演奏を最大に惹き立たせるリズム・セクションを得て、マイルスのモーダルなトランペットが、自由自在に変幻自在に、切れ味良く、爽快に浮遊していく。このアルバムでのマイルスのトランペットは成熟の極み。

さすがはマイルス。メインストリーム・ジャズは「かくあるべし」という雰囲気のアルバムは神々しくもあります。冒頭のタイトル曲「 E.S.P. 」の出だしのフレーズを聴くだけで、ハードバップの延長線上では無い「新しいメインストリーム・ジャズ」の響きを感じます。マイルス者中級者必須の名盤です。

ちなみに、ジャケット写真で、マイルスが見上げている女性は、当時の奥方のフランシス。なんとなく仲睦まじそうですが、なんと、この写真が撮られた1週間ほど後にフランシスは家を出て、2人の結婚生活は破綻するんですね。「マイルスは小説より奇なり」です(笑)。

 
 

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2012年10月 8日 (月曜日)

キャノンボール・アダレイの再来

ジャズ・サックスの世界では、テナーサックス担当が多く、アルトサックス担当は少数派になる。確かに、最近のアルト・サックス奏者という観点で、ワールドワイドに人気、実力共に認められているミュージシャンはかなり数が少ない。

そんな中で、1990年代から密かに注目しているアルト・サックス奏者がいる。ヴィンセント・ハーリングである。ヴィンセント・ハーリング(Vincent Herring 1964年11月19日〜)はアメリカ合衆国ケンタッキー州生まれのジャズ・サックスとフルート奏者。

キャノンボール・アダレイの再来といわれ続けて来たアルト奏者で、力強い吹きっぷりと歌心溢れる吹き回しは、ファンクネスを薄めた、端正でテクニカルな「キャノンボール・アダレイ」という感じである。

如何にキャノンボード・アダレイの再来に相応しいアルト奏者かと言えば、兄(キャノンボール・アダレイ)を失ったナット・アダレイが新しく結成したバンドに見込まれて9年在籍し、一心同体の活躍で人気を博したほどである。弟じきじきの「引き」である。キャノンボールの持つ良い面の全てをヴィンセントは持っていたのである。

そんなヴィンセント・ハーリングの初期の頃のリーダー作に『The Days Of Wine And Roses』(写真左)がある。日本のレコード会社の企画盤で、コッテコテの「ジャズ・スタンダード集」である。その収録曲は以下の通り。
 
 
Vincent_herring_wine_roses  
 
 
1. Star Eyes
2. Body And Soul
3. Dearly Beloved
4. Here's That Rainy Day
5. Smoke Gets In Your Eyes
6. Come Rain Or Come Shine
7. The Days Of Wine And Roses
8. Triste
9. We'll Be Together Again

いや〜、コッテコテのジャズ・スタンダードがズラリと並んで、これはこれで、ちょっと「引き」ますね〜。これだけ、有名なジャズ・スタンダードが並ぶと、プロデューサーやリーダー・ミュージシャン本人の感性を疑いたくなりますね〜。

しかし、このアルバムでは、そんな懸念については全くお構いなしに、ヴィンセントは太くて端正なアルト・サックスを朗々と吹き上げていきます。ヴィンセントのアルトの特徴である「力強い吹きっぷりと歌心溢れる吹き回し」が、スタンダードを題材にした演奏には、もしかしたらピッタリかもしれません。

意外と、聴き易く、聴き応えのあるスタンダード集です。共演者も、ピアノがサイラス・チェスナット、ベースがジェシー・マーフィー、ドラムがビリー・ドラモンド、パーカッションがダニエル・サドウニックと、名うての腕利き揃い。

最初は「なんや〜、超スタンダードをペラペラ吹き続ける、安易なスタンダード集かあ」と、まともに聴く前から食傷気味になるのですが、聴き進むにつれて、意外と内容のある演奏に、襟元を正して聴き直したりする、聴けば聴くほど味のでる「超スタンダード集」な作品だと思います。とにかく、ヴィンセント・ハーリングのアルトの確かな実力に、爽快な聴取感を感じます。良いアルバムです。

 
 

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2012年10月 7日 (日曜日)

白い砂浜と木陰とブランコと

1970年代ロックの範疇からは外れるのだが、このアルバムはAORとして、実に懐かしい、優れもののアルバム。この盤も、AOR時代を彩る佳作の一枚である。

1981年リリース。アルバート・ハモンド(Albert Hammond)が、TOTOのメンバーなどの西海岸のミュージシャンをバックに完成させたアルバム。タイトルは『風のララバイ』(写真左)。原題『Your world and my world』が、なぜ、日本語に訳して『風のララバイ』になるのかは判らない(笑)。

「マリン・ブルーが輝く時、オフショアに白い波が咲く。そして、エンドレス・サマーの夢が始まる」という、LP時代の「帯コピー」は時代がかっていて、かなり赤面ものです。よくこんな歯の浮くような文言を平気で並べたものですね〜。
 
加えて、曲毎の邦題についても「苦笑もの」があって、如何にAORが「雰囲気優先」だったかが判ります。でもな〜、この辺りの邦題はちょっと行き過ぎですよね(笑)。

個人的には、学生時代にとにかく聴きまくった「懐かしのAORアルバム」。ソフト・ロックの佳作としても評価出来る、爽快感溢れる「大人のロック」です。
 
 
Your_world_and_my_world
 
 
米国西海岸のシンガー・ソングライターとして、「カリフォルニアの青い空」で一世を風靡したアルバート・ハモンドが、その曲の雰囲気そのままに、当時のAORの流行にのった、全篇に渡るソフト・ロックな、ポップなフィーリングが心地良く、実に雰囲気の良いアルバムである。

AORと並行してパンクが流行っていた時代だが、パンクは好きになれなかった。確かにロックの原点は「反抗・主張・女」なんだが、もうそんな歳でもなかったし、ロックを見限って、ジャズに走っていた頃だったので、ロックと言えば「AOR」。特に、カーステで聴くのは、絶対と言って良いほど「AOR」だった。

このアルバート・ハモンドの『風のララバイ』は、まず、ジャケットが良い雰囲気。そして、内容は、と言えば、あの「カリフォルニアの青い空」そのままのハモンドが、米国西海岸系のAORな演奏にのって、実にオシャレに、ナイーブに歌い紡いでいく。どの曲がどうという訳じゃないのだが、アルバム通しての雰囲気が、僕の好みに実にフィットする。
 
ちなみに、AORでポップロックな雰囲気を想起させる「白い砂浜と印象的な木陰とブランコ」といったジャケットは、日本制作のジャケットです。米国では全く違ったデザインです(写真右)。これはどう見ても、日本制作のジャケットの方がセンスが良いですね。

 
 

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2012年10月 6日 (土曜日)

米国西海岸の清純派SSWです

AORブームは1970年代後半。AORと言えば、ボズ・スギャッグスとかクリストファー・クロスとか、TOTOとか、メジャーな全国区な名前が浮かぶが、僕達がAORブームをリアルタイムで体感していた頃、そう大学時代真っ只中の頃、米国西海岸ロックの「粋な大人のロック」にもターゲットを拡げて、AORにどっぷり浸かっていた。

AORブームの1970年代後半、米国西海岸ロックでは、女性シンガー、女性シンガーソングライター(SSW)の台頭が際立っていた。その米国西海岸ロックの歌姫(女性シンガー)と言われて、まず、頭に浮かぶのは「カーラ・ボノフ(Karla Bonoff)」。

米国西海岸の清純派SSWで、西海岸ロック歌姫の筆頭、リンダ・ロンシュタットにたくさんの曲を提供しています。このリンダとボノフって、実に対象的で、リンダが薔薇の花とすれば、カーラは百合の花。リンダが明るい人気者なら、カーラは内気で目立たない、でもしっかり者のタイプ。同じ曲を歌っても、リンダはパンチがあって天真爛漫、カーラは、ひっそりと清楚な佇まい。僕は、この「清楚な佇まい」ってところが好きですね〜。

さて、ここでは、カーラの代表的なAORなアルバムをご紹介しましょう。そのアルバムのタイトルは『Restless Nights(ささやく夜)』(写真左)。カーラ・ボノフの最高傑作の呼び声も高いソロ2作目。

1979年発表の傑作。米国西海岸のミュージシャン総出演って感じの、実に豪華なサポート陣によって、いかにも「米国西海岸ロック」といったサウンドが「たまらない」。
 

Restless_nights

 

豪華なサポート陣とはどれほどのものか。ドラムスのラス・カンケルを始め、ワディ・ワクテル(g)、ダニー・クーチ(g)、デビッド・リンドレー(g)、アンドリュー・ゴールド(p,g)などを配し、バックボーカルに、ドン・ヘンリー、J.D.サウザー、ウエンディ・ウォルドマン、ジャッキー・デシャノンを招集という、今から思えば、とにかく贅沢の贅を尽くしたサポート陣である。

当時、僕は大学生で、LPを部屋に飾りつつ、そのジャケットを眺めながら、何度も何度も良く聴きましたね〜。冒頭アップテンポの米国西海岸ロック丸出しの「Trouble Again(涙に染めて)」も大好きですが、なんといっても、極めつけの名曲は、やはりラストの「Water Is Wide(悲しみの水辺)」。

海の向こうにいる恋人への思いを歌ったトラディショナルナンバーで、これほど切ない歌は無い。涙無くしては聴けない名演である。カーラの歌はしみじみとして、ゲストのガース・ハドソンのアコーディオンや、ジェイムズ・テイラーのギター&バックボーカルも雰囲気が良い。いや〜、思い出しますな〜、あの頃を。

とにかく、米国西海岸ロックの雰囲気をベースに、とても西海岸らしい、爽やかで優しくてシャープな大人のポップ・ロックが満載のアルバムで、今でも聴くと口元が緩みます。米国西海岸ロックの「粋な大人のロック」の香りをプンプンさせる、素晴らしい出来映えの一枚です。

 
 

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2012年10月 5日 (金曜日)

日本ジャズの女子力に脱帽だ

最近、リーダー作を手にして「これは」と思った若手女性アルト奏者がいる。「纐纈歩美」である。「纐纈」って、どう読むのか。「こうけつ」と読みます。「纐纈歩美」=「こうけつあゆみ」。

彼女は、1988年生まれ。岐阜県土岐市出身。岐阜、名古屋を中心にライブ活動を展開しつつ、2010 年7月に『ストラッティン』でデビュー。2011年4月にセカンドアルバム『Daybreak』(写真左)をリリース。この『Datbreak』がなかなかの内容で、最近、お気に入りとなっている。

日本の女子アルト・サックスは実に活況で、矢野沙織、寺久保エレナ、小林香織など、なかなか内容のあるアルバムをリリース、そのルックスの良さも相まって、それぞれが人気急上昇。なかなかの活況を呈していたのではあるが・・・。

人気という点では、矢野沙織は昨年だったか、ブログの一件でミソを付けて低空飛行を余儀なくされ、寺久保エレナは、なんとなく、ちょっと伸び悩み。小林香織はスムース・ジャズ路線まっしぐらは良いのだが、ちょっとマンネリ気味。一時の活況はどんどん下火になっている。

アルト奏者としての個性という点では、先にデビューを飾っていた、矢野沙織、寺久保エレナは、完全にパーカー派という感じではないにしろ、基本は「ビ・バップ」。ハイテクニックに高速フレーズが武器。小林香織は徹底してスムース・ジャズ路線をまっしぐら。テクニックはイマイチではあるが、雰囲気で聴かせるアルトは個性的。

で、そんなところに「纐纈歩美」である。じゃあ、纐纈歩美のアルトは、と言えば、これはそう「ナベサダ」である。渡辺貞夫さんのフュージョン〜スムース・ジャズ路線のアルトの音色を踏襲している。所謂、ナベサダさんのフォロワーだと僕は解釈している。
 

Daybreak

 
とにかく、ポジティブに、心地良く鳴るアルトである。女性でこれだけブラスの響きを鳴らせるサックス吹きはなかなかいない。加えて、テクニックもまずまず優秀。速いフレーズもその速さは「分相応」。速いフレーズでも破綻することは無い。実にクレバーで、実に個性を表現することに長けたアルトサックス奏者である。意外と良いんですよ、これが。

冒頭のタイトル曲「Daybreak」を聴けば判る。とにかく明るくて、ポジティブで、聴いていて楽しいアルトの響き。親しみ易い、印象的なフレーズの積み重ね。聴き易く、追い易い、テクニックに優れたインプロビゼーション。

また、5曲目の「ハナミズキ」を聴けば、彼女のバラード表現にも非凡なものを感じる。日本の歌は良いフレーズ、良いコードを持っていても、なかなかジャズに乗りにくい。しかし、この「ハナミヅキ」は良い。上手くデフォルメしているが、一青窈の原曲の雰囲気をしっかりとキープしつつ、しっかりとしたジャズ・バラードになっている。彼女のアレンジとテクニックの勝利である。

良いアルトです。音的には「ナベサダさんのフォロワー」。でも、女性アルトらしく、女性ならではの繊細な表現、丁寧な語り尽くしが、そこかしこに感じることができて、基本的には「質実剛健」なアルトであるナベサダさんのアルトとはちょっと異なる、「女性アルト奏者」としての個性が実に心地良い。

バックで纐纈を支えるピアノ・トリオ、納谷嘉彦 (p), 俵山昌之 (ds), マーク・テイラー (ds)も大健闘。なかなか滋味溢れるピアノ・トリオを展開し、フロントの纐纈のアルトサックスを全面的にバックアップする。意外とこのピアノ・トリオは「いける」。とにかく、伴奏上手という言葉がピッタリである。

良いアルバムです。気軽にスムース・ジャズ系のアルトを聴くに相応しい、最近のアルバムの一枚です。いやはや、日本ジャズの女子力には恐れ入りますね。今後が実に楽しみな、女性若手アルト・サックスの奏者の誕生です。

 
 

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2012年10月 4日 (木曜日)

安心のデュオ、安心の一枚

今となっては、もう唯一無二の存在である。もうこの二人しかいないだろう。ピアノとヴァイブのデュオ。チック・コリアとゲイリー・バートン。今年の3月に通算7作目のデュオ盤をリリース。Chick Corea & Gary Burton『Hot House』(写真左)である。

この二人のデュオにはちょっと飽きが来ている、なんて向きもあるが、なんて贅沢な・・・(笑)。しかし、この二人が1972年に発表した初の共演アルバム『Crystal Silence』から順を追って聴き進めると、この二人のデュオ演奏は着実に進化していることが良く判る。僕にとっては「飽きが来る」なんてとんでもないことです。

この最新作、前作よりもピアノとヴァイブの音の分離と音の絡みが具合が進化している。着実に上手くなっている、なんて表現は失礼とは思うが、かなり高度なレベルで着実に上手くなっている。破綻の無いスピード感溢れるインプロビゼーションにも磨きがかかって、もうこれは「巧みの極み」。

相性が良いんでしょうね。ゲイリー・バートン曰く「しばらく一緒にプレイしていなかった時でも、10分もすればかつてのフィーリングを思い出せるんだよね。2ブロック後に、チックがどう展開しようとしているのかが判るんだ。きっと彼もそうだと思うよ。僕らがこれだけ長く一緒にプレイできるのは、そんな自然な反応がとれるからなんだ」。なるほど、やっぱりね。

初の共演アルバム『Crystal Silence』の頃から比べると、このデュオ演奏、確実にジャジーになっている。スイング感が強くなっているのが良く判る。冒頭の「Can’t We Be Friends」は、Art Tatum の作品なんだが、これがまあ、とってもスインギー。ファンクネスには全く無縁なんだが、実にリリカルでクリスタルなスイング感が抜群。

 

Chick_burton_hot_house

 

続く「Eleanor Rigby」はLennon&McCartneyの超有名曲のカバーなんだが、メロウでマイナー調のテンポの良い曲で、甘いアレンジを施したり、テンポを落としたりすると、どうしようも無いカバー演奏になってしまう可能性のある、アレンジが非常に難しい曲。

しかし、このチック&バートンの二人は「違いの判る二人」とでも言おうか、テンション溢れるアップ・テンポなナンバーに仕上げていて、なかなか秀逸なカバー演奏になっている。

そう言えば、このチック&バートンの最新作、初めてスタンダード曲に挑戦しているんですね。かなりマニアックな選曲ですが、どの曲もスタンダードと呼べる曲ばかりがズラリ。しかし、こうやって改めて聴いてみると、チック&バートンって、アレンジが秀逸ですね。確かに、デュオ演奏が「がたつく」ので、アレンジがしっかりしていないと駄目ですね。

初の共演アルバム『Crystal Silence』のリリースが1972年ということは、この今年リリースの通算7作目の『Hot House』で40年。40年も続けてきたデュオ・アルバム・シリーズの最新作は、スタンダードの初挑戦した、更に進化したピアノとヴァイブのデュオ演奏を堪能できます。

この二人のデュオにはちょっと飽きが来ている、なんて向きもありますが、僕にとっては「飽きが来る」なんてとんでもないことです。

僕がこのチック&バートンの『Crystal Silence』に出会ったのが1978年。ジャズに足を踏み入れる切っ掛けとなった一枚でした。僕は34年間ずっと、この二人のデュオのファンです。決して飽きが来ることはありません(笑)。 

 
 

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2012年10月 3日 (水曜日)

ショーターのお披露目ライブ盤

ちなみにパーソネルは、Miles Davis (tp), Wayne Shorter (ts), Herbie Hancock (p), Ron Carter (b), Tony Williams (ds)。1960年代マイルス「黄金のクインテット」の揃い踏みである。

録音は1964年9月25日、西ドイツ(当時)はベルリンのライブ録音になる。そう、このライブ盤は、マイルスが渇望していたウェイン・ショーター参加後、初の正式盤。つまり、ショーターのお披露目ライブ盤である。タイトルは『Miles in Berlin』(写真左)。

収録された曲は以下の通り。基本的に、これまでのマイルス・グループのライブでの十八番的な曲がズラリと並ぶ。

1. Milestones
2. Autumn Leaves
3. So What
4. Stella By Starlight
5. Walkin'
6. Go-Go (Theme And Announcement)

マイルスは常にメンバーに言い続けた。『常に新しい方法で表現しろ』。トニーのドラミングとハービーのピアノを聴いて、なるほどと思う。

冒頭を飾る「Milesrones」での、トニー・ウィリアムスの超高速レガートに度肝を抜かれる。この超高速レガードは凄い。唯一無二。他の追従を許さないハイ・テクニックで馬力のある、切れ味鋭いドラミング。このライブ盤全体を通じて、トニー・ウィリアムスのドラミングの革新性が群を抜いている。凄い迫力&テンションである。
  
Miles_in_berlin1
  
続いて、2曲目の「Autumn Leaves」の後半のハービー・ハンコックのピアノも実に革新的。ハービーのピアノの革新性は、このライブ盤で最初のピークを迎える。ハービーのピアノの個性の確立を感じる。間を活かした耽美的な面あり、ブロックコードを切れ切れに打鍵する幾何学的な面あり、この時代のハービーのピアノは常に「新しい」。

さて、お披露目ライブの中心人物のウェイン・ショーターのテナーはどうかと言えば、まだまだ革新的とは言い難い。切れ味の鋭いコルトレーンという風情で、1964年の時点で、マイルス・クインテットにコルトレーンが在籍していたら、きっとこういうブロウをしただろうなあ、と強く思わせる、コルトレーンを意識したブロウ。モーダルな展開に後のショーターの個性を感じるが、まだ、それが大々的に全面に押し出されているとは言えない。

ロンのベースは堅実一筋。マイルスをはじめ、クインテットの他のメンバーの音の底辺をしっかりと支える。縁の下の力持ち。この堅実なベースが、この時代のマイルス・クインテットの特徴。フロント楽器はさぞかし演奏し易かっただろうな。

そして、マイルス御大と言えば、結局、このライブ盤、なんやかんや言ってもマイルスのトランペットが最高。最高に格好良く、最高に粋でクール。切れ味、馬力、スピード感、爽快感、どれをとっても超一流。高テンションでスリリング。マイルスのペットは実に上手い。誰だ、マイルスのペットは下手、なんて言ったのは・・・。

マイルス・クインテットは、このライブ盤で、1950年代後半のハードバップを総括し、モーダルな側面を全面に押し出しながら、当時の流行になりつつあるフリー・ジャズへのアンチテーゼの様な演奏を繰り広げている。音楽はクールで聴いて楽しくなくてはならない。そんな当たり前なことを改めて教えてくれる、ハードバップの総括的なマイルス・クインテットの秀作である。 

 
 

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2012年10月 2日 (火曜日)

ブラッド・メルドーの攻略法・3

このアルバムは、ブラッド・メルドーの代表作の一枚だと思う。1998年5月27・28日ニューヨーク・ライトトラック・スタジオにて録音。タイトルは『The Art Of The Trio, Vol. 3』(写真左)。

このアルバム全体を覆う雰囲気は「マイナーな哀愁」。ブラッド・メルドーのピアノの個性は、それまでのジャズ・ピアノのスタイリスト達の個性のショーケース的なところ。しかし、このアルバムは、その「ショーケース的なところ」を広く「マイナーな哀愁」でラッピングしている。

このアルバムを聴いて、全面に押し出されている雰囲気は「マイナーな哀愁」。徹頭徹尾、冒頭の「Song-Song」から、ラストの「Sehnsucht」まで、どっぷりと「マイナーな哀愁」。マイナーに暮れなずむ「夕暮れ時のダークな雰囲気」。哀愁感を増幅させるエコー・ペダル。哀愁感を際立たせるマイナーコードの羅列。

このアルバムを覆う「マイナーな哀愁」は、決して、ファンキーなマイナーさでは無い。アフリカン・アメリカンのネイティブな響き、ファンクネス漂うマイナー調とは全く異なる。クリスタルで色づけの無い、ヨーロピアンなマイナー調。クラシックを感じさせる、ジプシーなどの大道芸的な「哀愁感だけが漂う」マイナー調。
 

The_art_of_trio_vol3  

 
ブラッド・メルドーは、1970年8月23日フロリダ州マイアミで生まれる、とある。それでも、彼のピアノの音は「欧州」そのもの。決して、アメリカン・ジャズの代表的雰囲気である、アフリカン・アメリカンな響きは実に希薄。そういう雰囲気は、以前のジャズ、そうキース・ジャレットの響きに似ている。

しかし、キースは時に、ゴスペルチックでアーシーなアフリカン・アメリカンな旋律に音を染める。しかし、メルドーには、アフリカン・アメリカンな旋律に音を染めることは決して無い。といって、耽美的でリリカルが全面に押し出た「欧州的」な旋律とはちょっと異なる響き。つまりは、ブラッド・メルドーのピアノって、決して「隅に置けない」ということ。

聴けば聴くほど、このアルバムを覆う「マイナーな哀愁」が、単純な「哀愁感」では無いことが判ってくる。聴く度に角度を変えるように、ニュアンスを変える、ブラッド・メルドーの「マイナーな哀愁」。聴き応え十分。

ブラッド・メルドーの「トリオの芸術」。アルバム全体で醸し出すアーティスティックな雰囲気は、メルドー独特な個性。「ショーケース的なところ」を広く覆い尽くしながら、全面に押し出された「マイナーな哀愁」。ブラッド・メルドーのピアノの個性の最初の到達点である。見事なピアノ・トリオなアルバムである。

 
 

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2012年10月 1日 (月曜日)

ブラッド・メルドーの攻略法・2

そのジャズ・ピアニストの個性を感じるには、当然、ジャズは即興なんだから、ライブが良い。加えて、他のピアニストと比較するには、スタンダードを題材とした演奏が良い。

Brad Mehldau『The Art of the Trio, Vol. 2 - Live At the Village Vanguard』(写真左)。ブラッド・メルドーの個性を感じるにピッタリのアルバムである。
 
このライブ盤は、1997年7月と8月の録音。ニューヨークは、ライブハウスの老舗、ビレッジ・バンガードでのライブ録音になる。ちなみにパーソネルは、 Brad Mehldau (p), Larry Grendier (b), Jorge Rossy (ds)。鉄壁のトリオである。

収録された曲は、メルドーの自作曲は一曲も無い。コール・ポーター、セロニアス・モンクといったジャズ・スタンダード名曲がズラリと並ぶ。この多くのジャズ・ピアニストが挑戦してきたジャズ・スタンダードの名曲をメルドーがどう弾きこなすか、という一点にこのアルバムの興味は集約される。

ブラッド・メルドーは非常に面白い個性をしている。ジャズの歴史の中で、現在までの優秀な「スタイリスト」と呼ばれる、自らの個性を確立したジャズ・ピアニストの個性を集約した様な「個性」をしている。

ある部分はビ・バップであり、ある部分はモードであり、ある部分はフリー。そして、ある部分はセロニアス・モンクであり、ある部分はビル・エバンスであり、ある部分はキース・ジャレットであり、ある部分はチック・コリアだったりする。マッコイ・タイナーの「シーツ・オブ・サウンド」的な奏法も披露するし、レニー・トリスターノの様な「クール奏法」もちらりと顔を出す。
 

The_art_of_the_trio_vol2

 
つまり、ブラッド・メルドーのピアノの個性は、それまでのジャズ・ピアノのスタイリスト達の個性のショーケース的なところ。
 
しかし、ブラッド・メルドーの非凡なところは、その「それまでのジャズ・ピアノのスタイリスト達の個性」が単なる物真似になっていないところ。そして、個性のごった煮的雰囲気なんだが、演奏のトーンがバラバラにならずに「一貫性」を保っている。

ブラッド・メルドーのピアノは、「それまでのジャズ・ピアノのスタイリスト達の個性」を自らのものにして、自らの個性を反映し、一貫性を保った、独特の弾き回しになっているのだ。これが素晴らしい。
 
だからこそ、ブラッド・メルドーは、他の現代のジャズ・ピアニストから注目され、目標にされる。所謂「ミュージシャンズ・ミュージシャン」である所以である。

ピアノ・トリオとしての展開は、ピアノ、ドラム、ベースとそれぞれが独立性を保った自由度の高いインプロビゼーション中心の展開。アプローチの基本は、キース・ジャレットのスタンダーズや、スコット・ラファロとのビル・エバンス・トリオと同じ、というか、スタンダーズやビル・エバンス3に比べて、インプロビゼーションの自由度の高い展開が「クール」。さすが、現代を代表するピアノ・トリオの一つである。

ブラッド・メルドーのピアノの個性を確認するに最適な一枚だと思います。ビレッジ・バンガードのライブの雰囲気も良く、聴いていて、なかなかに心地良さを感じることが出来ます。良いライブ盤です。

 
 

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