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2012年9月の記事

2012年9月30日 (日曜日)

J.D.サウザー、もう一丁!

一般的には、昨日ご紹介した『You're Only Lonely』の方が圧倒的に有名なアルバムですが、アルバム全体の出来や内容はこちらの『Black Rose』(写真左)のほうが、断然、優れている。僕はこのアルバムが、J.D.サウザー(J.D.Souther)の最高傑作だと思っています。

J.D.サウザーは「6人目のイーグルス」とも呼ばれ、イーグルスの幾つかナンバーも、フライ&ヘンリーとの共作で何曲も提供しているソングライターの存在でした。そういう意味で、シンガーソングライターとしてのJ.D.サウザーが、このアルバムで息づいています。

音楽的にも、当時流行の様々な要素を取り入れていて、とても楽しい音作り。1曲目の「Banging My Head Againstthe Moon」のレゲエのリズムにサウザーのボーカルが重なると、たちまち、ウエストコースト・ロックのレゲエ版に早変わり。J.D.サウザーには、揺るぎの無い個性がある。
 

Black_rose

 
2曲目の「 If You Have Crying Eyes」の前奏のフェンダー・ローズの音なんぞ、もうどう聴いても、ウエストコースト・ロック。聴いた瞬間、身もだえしたくなるような哀愁漂うフェンダー・ローズの音です。3曲目の「Your Turn Now」のようにフォークっぽい曲も、しっかりテンション張っていて、「だれた」感じが無くて、聴き応えがあって素敵です。

アルバム全体の音作りも、西海岸らしい乾いた音の雰囲気の中に、これまた西海岸らしい「独特の哀愁感」誘うエコーがかかっていて良い雰囲気ですし、とりわけ、サウザーの声が良い。サウザーの声が効果的に響いて、ウエストコースト・サウンドを確固たるものにしています。

レゲエがあったり、フォーク調あり、ロック調あり、とにかく幅広い音楽性のなかで、サウザーのボーカルひとつで、一気にウエストコースト・ロックの世界ににつれていかれる、そんな見事なアルバムです。サウザーの才能の凄さを感じさせるとともに、明らかに彼のキャリアの頂点に位置する作品です。

 
 

大震災から1年半が過ぎた。決して忘れない。常に関与し続ける。

がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力しよう。 

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2012年9月29日 (土曜日)

ちょっと別格のJ.D.サウザー

今日は土曜日。今日のブログは、バーチャル音楽喫茶『松和』の懐かしの70年代館、「My Favorite Rocks」のコーナーのアーカイブ。大幅加筆修正してブログにアップです。

J.D.サウザーといえば、僕たちの世代ではこのアルバムだろう。そして、極めつけは、この曲だろう。『You're Only Lonely』(写真)である。

FMのエア・チェックが中心だった大学時代。FMから、この人の、この歌「You're Only Lonely」が流れてくると、即座に聞き耳を立てたものだった。1950年代後半のノスタルジーな雰囲気漂う、ミドルテンポのロックンロール・バラード。でも決して古くない。アレンジは、1970年代後半のソフト&メロウなAOR風のアレンジが実に良い。今でも決して古さを感じない秀逸なアレンジ。

確かに、この冒頭を飾る「You're Only Lonely」は良い。ロイ・オービソンのパクリと言っちゃえば、それはそれで、それまでなんですが、曲を彩るコーラスワークや「なりきりのバック」は、その雰囲気をバッチリ伝えていて、ウエストコースト・ロックの雰囲気からはちょっと外れるんですが、これはこれで僕は大好きです。

その後、1991年だったか、ホイチョイ・プロの邦画「波の数だけ抱きしめて」 で使われて、再び人気を博したが、それからも、もう20年以上経ってしまった。それでも、この『You're Only Lonely』は、僕達にとって、永遠の「AOR名盤」である。
 

Jdsoutheryoureonlylonely1995reiss_2
  
 
J.D.サウザーは、「6人目のイーグルス」とも呼ばれ、イーグルスの幾つかナンバーも、フライ&ヘンリーとの共作で何曲も提供しているソングライターの存在でしたが、このアルバムの表題曲が70年代後半のAORブームにうまく乗って大ヒット、シンガーとしても注目される存在となりました。何を隠そう、この私も、このアルバムのヒットで、J.D.サウザーという存在を、やっとこさ、はっきりと認識した次第でした。

アルバム全体の雰囲気は、LP当時、A面だった1〜4曲目は、当時のAORブームに乗った、ウエストコースト・ロックというよりは、ちょっとトロピカルなAOR的な名曲・名演。ロックとして楽しむよりは、AORAとして「トロピカルなムード」を楽しむ感じ。J.D.サウザーは米国西海岸の重鎮ということを考えると、ちょっと違和感のある音作り。でも、これがまた良い雰囲気なので困ってしまう(笑)。

僕は、それより、LP当時、B面だった5〜9曲目の方が、ウエストコースト・ロックっぽくて好きですね。曲調がどれも同じ感じなので、ちょっと単調に聞こえるという向きもありますが、それはそれで、これまた、ウエストコースト・ロックっぽくて良いのではないでしょうか。爽快感豊かな、軽快なソフト・ロックが心地良いですね〜。

この『You're Only Lonely』、僕にとっては、大学時代、聴きまくったAORなアルバムとして、ちょっと別格のJ.D.サウザーです。米国西海岸のSSWの名盤というよりは、米国西海岸系のAORの名盤として位置づけた方が座りの良いアルバムです。ジャケットも単純だけど、この単純さがまた「雰囲気」で良い感じです。

 
 

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2012年9月28日 (金曜日)

これぞ「ジャズ・ロック」な一枚

ジャズ・ロックってどんな音楽なんですか、と問われれば、大体、このアルバムを聴いてもらう。『Introducing The Eleventh House with Larry Coryell』(写真)である。

1974年のリリースになる。ちなみにパーソネルは、Larry Coryell (g), Randy Brecker (tp), Mike Mandel (p,syn), Danny Trifan (b), Alphonse Mouzon (ds)。今の目から見れば、クロスオーバー・ジャズからフュージョン・ジャズの名うての若手(当時)メンバーばかりがズラリ。改めて、凄いメンバーですね〜。

このアルバム『Introducing The Eleventh House with Larry Coryell』は、1974年というリリース時期をバッチリと反映している、絵に描いた様な、ロックとジャズの融合が基本の「クロスオーバー・ジャズ」の演奏がてんこ盛り。ロックのメイン楽器であるエレギをフロントに、8ビート〜16ビートのエレクトリック・ジャズをガンガン展開する。

やたらと手数の多い(何本手があるんやと思ってしまう)ムザーンのドラム。ブンブンと低音を響かせるダニー・トリファンのエレベ。ラリー・コリエルのエレクトリック・ギターが、アタッチメントを介した歪んだ音で高らかに旋律を奏で、マイク・マンデルのエレピ+シンセが唸りを上げ、ランディ・ブレッカーの電気トランペットが咆哮する。超弩級の電気クロスオーバー・ジャズ。

音の作りとしては、殆どプログレッシブ・ロック(以降プログレと略)といって良いのだが、リズム&ビートが全く異なる。そもそもフロントに電気トランペットの存在が「ジャズ」らしい。
 

Introducing_the_eleventh_house

 
プログレのフロントにトランペットは存在しない。そして、エレギのインプロビゼーションのビートがオフビートで「ジャジー」。

オフビートと言えば、クロスオーバー・ジャズのリズム&ビートは、コッテコテの「オフビート」。このコッテコテの「オフビート」を前提とした8ビート〜16ビートは、クロスオーバー・ジャズの、ジャズ・ロックの「旗印」。このコッテコテの「オフビート」な8ビート〜16ビートが、ジャズ・ロックの個性。聴けば判る。

プログレに、これまで極端な「オフビート」は存在しない。コッテコテの「オフビート」な8ビート〜16ビートはジャズ・ロックの印。どれだけ、エレギが唸りを上げ、シンセが唸りを上げ、いかに超絶技巧なインストメンタルを展開しようが、コッテコテの「オフビート」な8ビート〜16ビートは「プログレ」には存在しない。

メロウな響きの変則拍子エレピに度肝を抜かれるジャズ・ロック「Adam Smasher」。エレピもギターもベースもドラムも、そしてワウワウをかました電気トランペットも変則拍子。超絶技巧の極みである。

何も疾走感溢れる超絶技巧な演奏ばかりが「ジャズ・ロック」では無い。ゆったりしたギター&エレピの優しい響きに包まれる「Theme For A Dream」。モーダルでフリーキーでエレギ・ソロがユニークな「Gratitude "A So Low"」。

ジャズ・ロックってどんな音楽なんですか、と問われれば、大体、このアルバムを聴いてもらう。『Introducing The Eleventh House with Larry Coryell』。1970年代のクロスオーバー・ジャズの音を体感出来る、歴史的建造物の様な、優れものクロスオーバーなアルバムです。これぞ「ジャズ・ロック」って感じが実に良いです。 

 
 

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2012年9月27日 (木曜日)

久し振りにユニークなピアノじゃ

初めて聴いた時は「なんじゃこれ」と思わず叫んだ。軽い衝撃を感じた。そして、良い意味で、思わず大笑いしてしまった(笑)。

このアルバムの冒頭の「My Little Blue Sweetie」を聴いて、これはなんて表現したら良いのでしょう、と思わず、仰け反ってしまった(笑)。そのアルバムとは、Manami Morita(森田真奈美)の『Colors』(写真左)。

いや〜、久し振りに、良い意味で「ユニーク」という言葉がピッタリなジャズ・ピアノを聴いた。いや〜本当に面白い。なんて表現しら良いのか。いや〜このManami Moritaのピアノは文章では伝わらないなあ。

う〜ん、セロニアス・モンクとローランド・カークとまぜこぜにして、コルトレーンの「シーツ・オブ・サウンド」をピアノで展開したような、う〜ん、ぴったしけえへんなあ、とにかく、なんしか激しくユニークなManami Morita(森田真奈美)のピアノである。

アドリブ・フレーズを弾き進めながら、一音一音つど転調していく様な、白鍵と黒鍵が互い違いに来るような、とにかく「転調好き」には堪えられない、快感に似た「転調フレーズ」。この「転調フレーズ」がリズミックな変則拍子に乗って「うねりまくる」のだ。

転調フレーズ、変則拍子、とくるが、バックのリズム&ビートが、がっちりと正統派リズム&ビートしているので、演奏全体の印象は、しっかりと「純ジャズ」しているので、意外と聴き易く、親しみ易い。

Manami_colors

このアルバムの収録曲の中で、そのユニークさが際立つ曲が「My Favorite Things」。この曲は、かの伝説のテナーマン、ジョン・コルトレーンの十八番中の十八番の曲なんだが、このManami Moritaの「My Favorite Things」は、そのアレンジ、フレーズの組み立て方のユニークさは、コルトレーンの上を行く。

転調風+変則拍子を駆使しながら、それでいて、とてもコロコロと軽快な響きの展開。この「My Favorite Things」は実にコミカル、というか、とても愛らしい、そう、とてもキュートなフレーズである。とてもキュートなフレーズを、Manami Morita風の「シーツ・オブ・サウンド」で弾きまくる。コルトレーンもビックリの「My Favorite Things」である。

バックのベースとドラムも凄い。この転調風+変則拍子な、セロニアス・モンクもビックリな変則展開のManami Moritaのピアノに合わせて、演奏のベースをしっかりと支えるリズム&ビートを供給するのは「至難の業」。

しかし、このアルバムでのベースとドラムは、決めるところで「ばしっ」と決める。特に、ブレイクの決め方が実に格好良い。切れ味良く「ばしっ」と決める。スネアが「ばしっ」、ベース弦が弾けて「ばしっ」。

ジャズ・ピアノとは、ガーン、ゴーンで、超絶技巧なテクニックじゃ〜、というジャズ者の方には、ちょっと合わないかも。でも、Manami Moritaのピアノのテクニックは確かなものですし、フレーズの組み立て方も良い意味で個性的です。ワン・フレーズ聴いただけで「Manami Morita」と判る個性って、これからが楽しみですね。

それほどユニークなManami Moritaのジャズ・ピアノである。でも、僕は好きやなあ。この転調風+変則拍子でコロコロ軽快な響きが「堪らない」。時々、無性に聴きたくなっては、アルバムを引きずり出してきて、聴き耳立てては「悶絶」しております(笑)。 

 
 

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2012年9月26日 (水曜日)

ビッグバンド・ジャズは楽し・18

約1ヶ月ぶりの「ビッグバンド・ジャズは楽し」の特集。3日前辺りから、めっきり涼しくなった。涼しくなってきたら、てきめん、ビッグバンドが聴くのが楽しくなる。

今日のビッグバンド・ジャズは『Ron Carter's Great Big Band』(写真)。2010年6月の録音。ロン・カーターの音楽キャリアの中で初めての、待望のビッグバンド・ジャズの録音だったと聞く。

ビッグバンド・ジャズの楽しみは、ビッグバンド・ジャズとしてのアレンジメントとコンポーズとプロデュース。しかし、このロン・カーターの初のビッグバンド盤は、アレンジャー兼ミュージック・ディレクターであるロバート・M・フリードマンに委ねられている。な〜んだ、ロン・カーター自身が、自身のビッグバンドのアレンジャー兼ミュージック・ディレクターを担当している訳じゃあ無いのか。

じゃあ、ロン・カーターとして、自らのビッグバンドを率いるチャンスが初めて巡ってきたとして、何が楽しかったのか、と思ってしまうし、聴く方としても、何を楽しみにして、この盤を聴いたら良いのか。ちょっと戸惑いを感じながらのアルバムのリスニングである。

収録された曲は、なかなかユニーク。ビッグバンド御用達という曲は多々あるが、ロン・カーターがリーダーということを考慮してか、ハードバップの名曲のビッグバンド・アレンジがずらりと並ぶ。

例えば、ガレスピーの「Con Alma」、マリガンの「Line for Lyons」、ショーターの「Footprints」、ジョン・ルイスの「The Golden Striker」など、ビッグバンド・ジャズのアレンジで、そうそう聴ける楽曲では無い。

Ron_carters_great_big_band

さて、アルバム全体の雰囲気は、と言えば・・・。一言で言うと「安全運転」。ビッグバンドのメンバーもテクニックの優秀なメンバーをずらり集めている様で、ビッグバンドの演奏は素晴らしく出来が良い。破綻は全く無し、オーバードライブすることも無く、スローなバラードで横滑りすることも全く無い。

アレンジメントも普通の優秀なビッグバンドの「良きアレンジ」を集めて、その良いとこ取りをしたような、とにかく、絵に描いた様な端正で優等生的なアレンジメントで、とにかく聴いていて破綻が無い。変な癖も無い。個性的な響きも無い。この辺が、ビッグバンドを愛好するジャズ者の方々から、どう感じるかが興味のあるところ。

僕にとっては、何かしながらの「ながらジャズ」としては良いが、この「安全運転」で、絵に描いた様な端正で優等生的なビッグバンドは、どうも心底楽しめない。あまりに優等生的な、個性に乏しいビッグバンドなので、面白味に欠けるというか、どのポイントに絞って聴き耳を立てたらよいのやら、迷ってしまうなあ。

しかし、ビッグバンド入門用としては最適な内容でしょう。癖の無いところ、これがビッグバンドです、という様な優等生的なところが、ビッグバンドを初めて聴くジャズ者の方々には、結構良いのではないか、と思います。聴く耳に音が優しい、録音の良いところもグッド。

ビッグバンド・ジャズの楽しみは、ビッグバンド・ジャズとしてのアレンジメントとコンポーズとプロデュース。このポイントを全て、他人に任せてしまった、ロン・カーターがリーダーのビッグバンドって、どうにも楽しみポイントが見いだせない。

このアルバムを聴いて改めて思った。やっぱり、ビッグバンド・ジャズの楽しみは、ビッグバンド・ジャズとしてのアレンジメントとコンポーズとプロデュースなんだなあ、と。それは決して他人に任せてはいけないんだなあ、と・・・。

 
 

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2012年9月25日 (火曜日)

「睡眠導入盤」としての愛聴盤

リーダー本人の代表作でも無いんだが、何故だか、お気に入りの長年のヘビロテ盤なんていうのが幾つかある。なんか、馬が合うというか、雰囲気が合うというか、他の評論家やジャズ者の方々の評価に関係無く、好きなアルバムってあるよね。

このPaul Desmond『Glad To Be Unhappy』(写真左)なんか、僕にとって、そんなアルバムの一枚。何故か大好きで、何故か長年のヘビロテ盤。このアルバムの持つ、優しさと寛ぎの雰囲気が大好きで、寝る前の一枚として、何故か長年の愛聴盤として君臨している一枚である。

ちなみにパーソネルは、Paul Desmond (as), Jim Hall (g), Eugene Cherico (b), Connie Kay (ds)。1963年6月の録音になる。RCAレーベルからのリリース。Featuring Jim Hallと冠しているように、ポール・デズモンドとジム・ホールの共演作になる。

この二人の相性が抜群なのだ。優しくウォームで、優しく語りかける様なデスモンドのアルトに、美しきウォームなシングルトーンをベースに、これまた優しく語りかける様なホールのギター。この相性抜群な二人が旋律を受け持って、アルバム全体の雰囲気は、落ち着いて聴き易い、お洒落なイージーリスニング・ジャズ的な内容。

Glad_to_be_unhappy

確かに、イージーリスニング・ジャズ的な内容なんだが、決して易きに流れていない、というか、決して安易に判り易くしていない、というか、聴けば聴くほど、意外に、デスモンドのアルトとホールのギターが硬派なインプロビゼーション展開を仕掛けてまくっていることに気が付く。聴き易い、長閑な雰囲気の演奏ばかりだからといって騙されてはならない(笑)。

唯一、ミディアムテンポで演奏されているのは「Any Other Time」のみ、後は、聴き心地の良い、イージーリスニング・ジャズの様なバラード演奏ばかりで占められる。このバラード演奏が、いずれの曲も、実に「クール」なのだ。この意外と「硬派」で「クール」なイージーリスニング・ジャズが実に良い雰囲気なのだ。

決して、ジャズ入門本では、はたまたジャズ盤紹介本では、デスモンドの代表作、名演作に名を連ねることも無い、決して、ホールの代表作、名演作に名を連ねることも無い、そんな地味なアルバムなんだが、これが、イージーリスニング・ジャズとしてなかなかの内容なのだから、捨てておけない。

Eugene Cherico (b), Connie Kay (ds)のリズム・セクションの存在も「粋」。このベースとドラムがあってこそ、優しくウォームで、優しく語りかける様なデスモンドのアルトと、美しきウォームなシングルトーンをベースに、これまた優しく語りかける様なホールのギターが映えに映えるのだ。

テクニックがどうとか、演奏スタイルがどうとか、そんなことには全く無縁の、良い意味での「イージーリスニング・ジャズ」。良いアルバムです。就寝前の一枚にいかがでしょうか。僕の睡眠導入盤でもあります。お勧めです。 

 
 

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2012年9月24日 (月曜日)

新しい響きの「新鋭ジャズ」

最近、聴いた日本の若手ジャズ・ミュージシャンのリーダー作の中で、なかなか興味深く、感心した内容だったアルバムが、平戸祐介の『Speak Own Words』(写真左)。クオシモードのリーダー&ピアニスト平戸祐介の自身初となるソロアルバムである。

ドラマー藤井伸昭とベーシスト工藤精との「純ジャズ路線のアコースティック・トリオな編成」と、Tomoki Seto(Cradle Orchestra)やmabanuaなどのトラックメイカーと組んだ「打ち込み路線のリズム&ビートな編成」という、さすが、クラブ・ジャズの雄、クオシモードのリーダー平戸ならではのアレンジがユニーク。

アコースティック・ピアノを中心とした演奏とエレクトリック・キーボードを中心とした演奏の2つに大別される。どちらの演奏形態も、基本となるリズム&ビートがユニーク。ユーロビート風あり、ハウス・ミュージック風あり、ヒップホップ風ありの「今風」なリズム&ビートがベース。

「今風」なリズム&ビートとはいえ、1970年代の終わりには出現していた訳だから、もっと早くにジャズに取り込まれて、ポピュラーなリズム&ビートのひとつになるか、と思っていたが、これがなかなか「そうはならない」。

「融合・融和」としてのジャズは、フュージョン・ジャズから、超絶技巧なテクニックとグラマラスなアレンジと音作りをベースとしたスムース・ジャズへの展開が中心で、なぜか、ユーロビート、ハウス・ミュージック、ヒップホップの取り込みは遅れた。

マイルス・デイヴィスやハービー・ハンコックがその「取り込み」にチャレンジしたが、マイルスはヒップホップに端緒を付けただけで「逝去」、ハービーは中途半端なチャレンジのみで、早々にアコースティック・ジャズへ還っていった。恐らく、マイルスやハービーの様な「チャレンジャー」の後を継ぐ者がいなかったことが大きな理由だろう。
 

Speak_own_words

 
さて、この平戸祐介の『Speak Own Words』、特に、エレピ+シンセを中心にしたエレクトリック・キーボードの演奏の方が「内容が濃い」。

やはり、エレピ+シンセのパフォーマンスの方が、ユーロビート、ハウス・ミュージック、ヒップホップなリズム&ビートに「ノリ易い」のだろう。実にクールに響く「今風」のリズム&ビートに乗って、クールなエレピ+シンセのインプロが展開される。

逆に、アコースティック・ピアノを中心にした演奏については、「今風」のリズム&ビートに乗った時の、アコピの響きを活かしたインプロの展開が「今一歩」。従来の純ジャズ的なアコピの処理が、どうも「今風」のリズム&ビートにノリ切れない雰囲気が、ちょっともどかしい。それでも、演奏全体の雰囲気は「新しい」。今までのコンテンポラリーなメインストリーム・ジャズの雰囲気とは明らかに違う。

最後に、ボーカル入りの3曲は蛇足だろう。このアルバムの、ユーロビート、ハウス・ミュージック、ヒップホップなリズム&ビートをベースとしたメインストリームなジャズという内容に、ボーカル入りの演奏が入る「必然性」が理解出来ない。ヒップホップとしては「あり」かもしれないが、純粋にジャズの演奏としては「不要」だと僕は思う。

初のソロアルバムなので、「今風」のリズム&ビートに乗ったパフォーマンスとして、まだまだ煮詰め方が足らない部分が多々あるし、アレンジメントに関しても、工夫する余地はまだまだあるが、次のソロアルバムを十分に期待させるだけの内容が心強い。映画「タクシー・ドライバー」のテーマ曲、キャロル・キング「ミュージック」のカバーもなかなか洒落ている。

クオシモードではなかなかチャレンジできない、ユーロビート、ハウス・ミュージック、ヒップホップなリズム&ビートをベースとしたメインストリームなジャズを展開するという点で、平戸のソロアルバムとしてのチャレンジは期待出来る。次作が待ち遠しい。 

 
 

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2012年9月23日 (日曜日)

十指に絶対に入る大名盤『黒船』

今日は、バーチャル音楽喫茶『松和』の懐かしの70年代館、「青春のかけら達」アーカイブの第4回目。昨日に続いて、サディスティック・ミカ・バンドの特集。

さて、このアルバムを初めて耳にしたのは、昔、FM大阪で、夕方6時より、田中正美さん(男だよ)がDJをしていた『ビート・オン・プラザ』という番組。この番組は、当時、お金の無い高校生だった僕たちには、大変、貴重な番組だった。なんせ、新譜のLPを、ほぼ、全曲紹介してくれるのだから・・・。

当時は、FM放送のエアチェックが全盛で、良くカセットテープに録ったもんだった。この番組、当時、ロックといえば、海外アーティストが全てで、日本のアーティストなんて取り上げるはずもなかった。のであるが、1974年、確か秋だったと記憶している、サディスティック・ミカ・バンドの『黒船』(写真)が、突如、取り上げられたのである。

当時、日本のアーティストなんて、これっぽっちも期待していなかったのだが、何故か良さげな予感がして、エアチェックして夜中に聴いた。その時のショックといったら、一言では言い表せない「大ショック」だった。

タイトルからして『黒船』。あの幕末、ペリーが浦賀に来たというあの『黒船』。そう、全編に渡って、『黒船来襲』をモチーフにした、幕末の雰囲気をロックで表現した「コンセプトアルバム」だったのだ。それも、日本人だけのメンバーで、ロックシーンで有名なプロデューサーだったクリス・トーマスを迎えて、堂々と世界に通用するロックを演っている。当時のロックの代表的テイストである「グラムロック」や「プログレッシブロック」的なテイストを振りまきながら、個性を煌めかせている。

それだけでではない。全編、歌詞は日本語なのだ。ロックのビートにノリにくい言語とされていた日本語が、ロックのビートにのってきらめいている。まあ、一度、聴いてみて下さい。ちなみに収録曲は以下の通り。
 

Smb_blackship

 
1. 墨絵の国へ
2. 何かが海をやってくる
3. タイムマシンにおねがい
4. 黒船(嘉永6年6月2日)
5. 黒船(嘉永6年6月3日)
6. 黒船(嘉永6年6月4日)
7. よろしくどうぞ
8. どんたく
9. 四季頌歌
10. 塀までひとっとび
11. 颱風歌
12. さようなら

 
改めてパーソネルを確認すると、加藤和彦 (g,vo), 加藤ミカ (vo), 高中正義 (g), 小原礼 (b), 高橋幸宏 (ds)。

こんな凄いメンバーがバックを務めるのである。一人だけでも凄い才能の持ち主である加藤和彦が、何倍にも輝くのも当たり前だと改めて納得する。それにしても、加藤和彦のボーカルの個性的で心地良いことこの上無し。加藤和彦のリズムギターも結構エグいリズムラインを叩き出していて、高中正義のギターの才能を増幅させていることが良く判る。

しかしまあ、ドラムの高橋幸宏、ギターの高中正義のプレイが凄い。後に独り立ちして、この後日本のポップス界を急激に進化させることになる二人が、後の個性的なプレイスタイルを、このアルバムで既に完成させていることに驚く。そして、小原礼のベースが目立たないが実にエグいベースラインを弾きまくっている。今井裕のキーボードは実に理知的で効果的。

改めて何度か聴き直してみて、この『黒船』は、日本のロックの奇跡ですね。本当に奇跡的なアルバムです。これだけのメンバーが集結したのも奇跡的ですし、これだけのメンバーが結束して、この組曲アルバムを完成度高く最後まで仕上げたことも奇跡的です。プロデューサーのクリス・トーマスの当時の手腕にも感心することしきり。コンセプト・アルバムとしてのクオリティは見事の一言。アルバムを今の耳で聴いても、全く古びた感じがしないのは素晴らしいの一言。

日本の70年代のロックの十指に絶対に入る名盤と断言する。個人的には、LPのA面を占めていた1〜6曲目の展開が大好き。とりわけ、3曲目は名演。6曲目は、高中の当時のギターを堪能できる。今、聴いても飽きがこない素晴らしいアルバムだ。

 
 

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2012年9月22日 (土曜日)

伝説的「和製ロック・バンド」

いや〜、やっと涼しくなりましたね〜。いきなり涼しくなったので、体調は最悪です(笑)。さて、今日は、バーチャル音楽喫茶『松和』の懐かしの70年代館、「青春のかけら達」アーカイブの第3回目。

70年代の伝説的「和製ロック・バンド」として、「サディスティック・ミカ・バンド」をピックアップ。このバンドは、1970年代前半を中心に活動し、英国にも進出した、伝説的なロックバンドです。それと、当時のメンバーが、今から振り返って見てみると凄いメンバー。その「凄い」若きメンバー達が作った「奇跡」と言っても良いくらいの名盤をご紹介します。

1973年リリースのデビュー盤『サディスティック・ミカ・バンド』(写真左)。何とも無いトロピカルなジャケット・イラストなんだが、これに騙されてはいけない(笑)。このアルバムの内容といえば、最初から最後まで「驚きの連続」。こんな演奏が、こんなアルバムが、1973年当時に出現していたなんて、とにかく驚きの一言。

冒頭の「ダンス・ハ・スンダ」から、ラストの「サイクリング・ブギ」まで、ある時はカッ飛び、ある時は緩やかに、あるときはファンキーに、ぶっ飛んだ演奏が繰り広げられ、一気に聴かせてしまう。

そのパワーたるや、凄まじい。日本の歌謡曲のテイストをベースとしながら、当時の流行だった「グラムロック」や「ブギー」の要素を取り入れ、しかし、物まねでない、「自分たちのもの」にした、オリジナリティ溢れる「音」が広がる。
 

Smbb_first

 
作詞は「サイクリング・ブギ」を除いて(この曲の作詞は、つのだひろ)、松山猛が書いている。詞のテーマは宇宙に関したものが多く、おしゃれで「粋」な詞が満載されている。ボーカルのミカは、当時の他の和製女性ボーカルに絶対に無い、オフビートなノリの良いボイスを聴かせる。

それと、良くこのアルバムの演奏を聴いてみると、ついついニヤニヤしてしまうが、ドラムの高橋幸宏は、あの彼独特のビートを既に叩き出しており、高中正義は高中正義で、既にギターの「高中節」の一端を垣間見せている。ふふふっ、「栴檀は双葉より芳し」とは良く言ったものだ。

改めてパーソネルを確認すると、加藤和彦 (g,vo), 加藤ミカ (vo), 高中正義 (g), 小原礼 (b), 高橋幸宏 (ds)。いやはや、今から思うと凄いメンバーやな〜。

高中正義といえば、今やギター・インストの大御所の高中正義だし、高橋幸宏というと、あのテクノバンドYMOのドラムスで有名、小原礼というと、スタジオ・ミュージシャンとしての活動中心の、通好みのベーシストとして勇名を馳せている(細君は尾崎亜美ですね)。加藤和彦と言えば、日本フォーク&ロックの大御所(惜しくも2009年10月急逝)。なんと、加藤夫妻(当時)以外のメンバーは、皆20歳前後だったというから驚き。

いや〜、それにしても恐ろしいバンドだ。今でも十分、通用するどころか、今どきの下手な人気優先のロック・バンドなんか、ぶっ飛んでしまう位の内容。しかし、このバンドの「驚き」は、このファーストアルバムだけでは無かった。次のセカンドアルバムで、「驚き」を「よりいっそう」増幅して、「新たな驚き」を僕達に与えてくれることになるのだ。 

 
 

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2012年9月20日 (木曜日)

ジャズ喫茶で流したい・38

早逝の天才トランペッター、ブッカー・リトル。未来を嘱望された天才トランペッターは、なんと弱冠23歳で夭逝した。

そんな彼の傑作ワンホーン盤『Booker Little』(写真左)。1960年4月13日&15日の録音。バックに控えるパーソネルは、Wynton Kelly (p), Tommy Franagan (p), Scott La Faro (b), Roy Haynes (ds)。この面子で悪かろうはずが無い。

ブリリアントで流麗なインプロビゼーションの吹き回しは見事。テクニックも優秀、アドリブ・フレーズの歌心も申し分無く、破綻が全く無い。トランペットを素敵に鳴らしながら、超絶技巧なアドリブ・フレーズを何事も無いように吹き進んでいくその様は「豪気」そのもの。ジャケットもシンプルで優秀。ピストンの上部、指の当たる部分の「赤」がお洒落。

久し振りに聴いたんだが、これがまあ、感心することしきり。ブッカー・リトルのトランペットの音が、とにかく「輝かしい」。ブラスの響きを振り撒くって感じ。ブワーッというトランペットの音に合わせて、金粉がブワーッと振りまかれるイメージのブラスの響き。 

加えて、単純に音が大きい。スケールの大きな音で朗々と吹き上げていくブッカー・リトルのトランペット。朗々と吹き上げていくとはいいながら、速いパッセージは、超絶技巧なテクニックを何気ない雰囲気で「見せつける」。そう、ブッカー・リトルのトランペットのテクニックは「激しく優秀」。とにかく上手い。
 

Booker_little_album

 
トミー・フラナガン、ウィントン・ケリーの実に気持ちのいいピアノのバッキング、骨太で歌うようなスコット・ラファロのベース、そして、趣味の良いビートとリズムを供給するロイ・ヘインズのドラム。そう、このアルバム、バックのメンバーの演奏もかなりのレベルで「優秀」なのだ。このバックの演奏に聴き耳を立てるだけでも幸せになれる(笑)。

単純なハード・バップなセッションを記録しただけのアルバム。変な小細工、変なプロデュースは何も無し。リーダーのブッカー・リトルを始めとして、バックのメンバーにも特別な要求をすることなく、自然に、なすがままあるがままのセッションを記録しただけのアルバム。でも、それが実に良い内容に仕上がっている。得てして「名盤」というのものはそういうものかもしれない。

このアルバムのブッカー・リトルのトランペットのフレーズを一言で言い表すなら「溌剌とした音色で奏でられる哀愁モード」。その哀愁モードが実にメロディアスに展開される。ついつい聴き耳を立てて、ついつい惹き込まれる。タイミング良く、合いの手の様に入ってくる「泣きのフレーズ」。特にバラード曲にその傾向が顕著で、これがまた実に「泣かせてくれる」ところです。

実はこのアルバム、マスター・テープが紛失し、CD時代になってからは、やむなく、1960年代にレコード盤から起こしたアナログ・テープを使用しデジタルに変換したものをマスターとしてリマスタリングしているらしく、音がちょっと良く無い。低音の抜けが悪いのだ。それでも、演奏の良さは体感できるし、ブッカー・リトルのトランペットの輝かしい響きをしっかり感じることができるから凄い。

一度、優れたLPのオリジナルな音を聴いてみたいものだ。きっと心底、感動するんだろうな〜。しかし、オリジナルのマスター・テープはどこへいったんだ? 出てきて欲しいなあ。

 
 

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2012年9月19日 (水曜日)

判り易さが命の「佳作」ライブ

1970年代後半、ジャズの世界はフュージョン・ジャズ一色。猫も杓子もフュージョンでソフト&メロウ。しかし、その陰で、メインストリーム・ジャズも復権の兆しを見せていた。

1970年代後半のメインストリーム・ジャズはマイナーな存在ではあったが、人気のあったアルバムは、どれもが判り易い、聴いていて楽しいものが多い。1960年代は、メインストリーム・ジャズは、モードからフリーまっしぐらな時代で、とにかく難解で聴き終えてドッと疲れる、とびきり硬派なアルバムがほとんどだった。

1970年代のメインストリーム・ジャズは、モードやフリー、ビ・バップやハードバップを踏襲してはいるんだが、不思議と判り易い、聴いていて楽しいものが多い。モードからフリーな演奏も経験年数が経って、しっかりこなれて、聴く側に優しい、判り易い演奏が出来る様になった、と解釈した方が良いかもしれない。

1970年代と言えば、僕がジャズを聴き始めた、ジャズ者初心者の時代。そんなジャズ者初心者の時代に、この判り易い、聴いていて楽しいメインストリーム・ジャズは「心強い味方」だった。

そんな「心強い味方」の中で、印象的なアルバムが幾枚かある。Richie Cole & Phil Woods『Side By Side』(写真)。1980年7月のライブ録音。

ちなみにパーソネルは、Richie Cole (as), Phil Woods (as), John Hicks (p), Walter Booker (b), Jimmy Cobb (ds), Eddie "Lockjaw" Davis (ts)。アルバム・ジャケットは2種類ありますが、初リリース当時、日本盤LPは左のジャケット。なんだか懐かしいなあ。
 

Cole_woods_side_by_side

 
当時、人気アルト奏者として、絶頂期のリッチー・コールと名手フィル・ウッズとが競演した80年発表の、ジャム・セッション風のライブ演奏が堪らない「佳作」である。リッチー・コールについては、1948年2月生まれなので、当時、32歳の若さ。フィル・ウッズについては、1931年11月生まれなので、当時、49歳の中堅。

リッチー・コールについては、当時、ジャズ雑誌の強烈なプッシュによって、表舞台に躍り出た新鋭アルト奏者で、その実力については「賛否両論」な、なんともはや胡散臭い存在だった。それでも、リッチーのアドリブは、ビ・バップのマナーを踏襲した、超絶技巧な高速アドリブが特徴で、それは実に判り易く、聴く者に対して優しいパフォーマンスを提供してくれた。

しかし、この競演ライブ盤では、フィル・ウッズのアルトの方がリッチーの上を行く。ウッズのアルトの方が楽器が鳴いていて力強く、テクニックについても一枚も二枚も上を行く。ウッズのアルトの前では、リッチーのアルトはまだまだ「発展途上」。速弾きのテクニックだけはリッチーがやや上かな〜、なんて思ったりもするが、基本的にはウッズの凄さが印象に残る。

それでも、このアルバムでの、リッチー・コールとフィル・ウッズのアルト・バトルは聴いていて楽しい。丁々発止とやりあうところなど、手に汗握るスリリングな側面あり、双方のテクニックに舌を巻く瞬間ありで、なかなかに楽しめる内容。とにかく、判り易くて、聴いていて単純に楽しい。

1960年代のモードからフリーが中心のメインストリーム・ジャズは、「旧仮名遣い」的な難解な部分が漂っていた。しかし、1970年代のメインストリーム・ジャズは、「新仮名遣い」的な、ジャズ者初心者にとっても判り易い部分が特徴。この『Side By Side』だって、モーダルな演奏部分も、フリーな演奏部分も、ビ・バップな演奏部分も、ハードバップな演奏部分も、とっても判り易い。

1981年のリリースなので、僕がジャズを聴き始めて、まだ3年。ジャズ者超初心者の耳に、このライブ盤は優しかった。今の耳にも、この判り易さは良い。たまにひっぱり出してきては聴き流す、判り易さが命の「佳作」ライブ盤です。

 
 

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2012年9月18日 (火曜日)

「多様性」が魅力のゴンサロ

ゴンサロ・ルバルカバ(Gonzalo Rubalcaba)というピアニストがいる。1963年5月、キューバはハバナの生まれ。現在では「キューバの至宝」と呼ばれる世界的ジャズ・ピアニストである。が、しかし・・・。現在の日本でのネーム・バリュー、人気はイマイチ。

1990年モントルー・ジャズ祭に出演、そのライヴ音源がワールド・デビュー盤『アット・モントルー』として発売され、一躍、日本で人気ピアニストになった。その後、2枚目のリーダー作『ロマンティック』、3枚目のリーダー作『ラプソディア』と連続でスイングジャーナルの金賞を受賞。僕もしっかり覚えていますが、1990年代前半は結構な人気ピアニストだったんですよね。

それが、1993年リリースの『Diz』以降、人気が下降。4年ほど、リーダー作を出さなかった影響もあって、日本では完全に過去の人扱い。海外のジャズ界では十分に活躍していた中堅ピアニストだったにも拘わらず、です。1997年以降、1〜2年に1枚のペースで、リーダー作をコンスタントにリリースしているんですが、日本ではどうも人気が無い。とあるジャズ者評論家などは「彼の音楽性はさっぱり理解不能になった。デビュー当時は素晴らしいピアニストだったのに・・・」なんて評価を下す始末。

しかし、僕にとっては、ゴンサロが一貫してお気に入りのピアニストで、暫くはリーダー作の多くが廃盤になって、CDでの入手が困難な時期がありましたが、最近、その状況も改善されて、十分にゴンサロのピアノを楽しむ事が出来るようになりました。

ゴンサロのピアノは、ビ・バップ・マナーの超絶技巧な高速ピアノと、ビル・エバンスの様な、間を活かした、印象派マナーの耽美的でリリカルなピアノが両立した、唯一無二な個性が特徴。「お前、一体どっちやねん」と思うジャズ者の方もいらっしゃるみたいですが、どっちもゴンサロのピアノなので、どちらかにしろ、というのは、それは聴く側の「我が儘」というものですね(笑)。

加えて、ゴンサロの特徴は、コンポーザー&アレンジャーの才が優れていること。日本では、あまり注目されることが無いみたいですが、僕は、ゴンサロの作曲とアレンジメントの才能には素晴らしいものがあると思っています。アコピとエレピの両方を弾きこなし、かつ、どちらも非常に優れたパフォーマンスを感じることが出来る優れもの。これも優れたアレンジメントの成せる技。
 

Gonzalo_paseo

 
そして、ゴンサロのピアノ・フレーズの中には、カリビアンな雰囲気、カリプソな雰囲気がそこはかと無く漂う。そりゃそうで、ゴンサロはカリブ海に浮かぶキューバ島の出身でしたね。

そんなゴンサロの個性や特徴をまとめてアルバム一枚に凝縮した、ゴンサロを個性や特徴を一気に感じることの出来る「お徳用盤」があります。2004年にリリースされた『Paseo』(写真左)。ちなみにパーソネルは、Gonzalo Rubalcaba (p,key,per), Luis Felipe Lamoglia (sax), Jose Armando Gola (el-b), Ignacio Berroa (ds)。

冒頭の「El Guerrillero」を出だしのピアノを聴いて、思わず「ニンマリ」。この曲の持つユーモアのセンスに、ゴンサロのコンポーザー&アレンジャーの才を強く感じます。このコンポーザー&アレンジャーの才が、ゴンサロのピアノに魅力的な「幅」を与えているように感じます。ただ弾きまくるだけでは無い。自らのピアノの個性を最大限に活かす「コンポーザー&アレンジャーの才」。

このアルバムでのゴンサロのピアノも進化していることを感じる。ビ・バップ・マナーの超絶技巧な高速ピアノと、ビル・エバンスの様な、間を活かした、印象派マナーの耽美的でリリカルなピアノに加えて、セロニアス・モンクの語法をベースにした現代音楽的な幾何学模様的なモーダルなピアノの展開。どっかで聴いた雰囲気やなあ、と思っていたら、そうそう「チック・コリア」のモンク的フレーズの組み立てに良く似ています。

そう言えば、ゴンサロのエレピの展開もチックに良く似ている。そう言えば、ゴンサロとチックって似ている。優れたピアニストであり、優れたコンポーザー&アレンジャーであり。チックはフレーズの奥にそこはかとなくスパニッシュな響きを感じさせ、ゴンサロはフレーズの奥にそこはかとなくカリビアンな響きを感じさせる。なんだか良く似ているなあ。

ビ・バップ・マナーの超絶技巧な高速ピアノと、ビル・エバンスの様な、間を活かした、印象派マナーの耽美的でリリカルなピアノも十分に「健在」。Luis Felipe Lamogliaのサックスも良好。エレベとドラムのリズム・セクションもノリが良く、テクニックも優秀。アルバム全般を通じて、なかなかに優れたコンテンポラリー・ジャズを展開しています。

ラストの「Los Buyes」が、現在のゴンサロを象徴している様な、カリビアンな、心地良く楽しい演奏だ。間を活かしながらの、カリビアンな、カリプソチックな演奏は「音楽の楽しさ」を十二分に伝えてくれる。

ストレート・アヘッドなメインストリームなジャズもあり、フュージョン風のコンテンポラリーなジャズもあり、このアルバム『Paseo』では、ゴンサロのコンポーザー&アレンジャーの才が全開。これがゴンサロ。この多様性こそがゴンサロの個性であり、特徴でもあります。この多様性が楽しい。画一的で単純で判り易い個性だけが「優れもの」ではありませんね。

 
 

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2012年9月17日 (月曜日)

『ゴールデン・ピクニックス』

1970年半ば、世界に通用する、しかも「日本人らしい」プログレッシブ・ロックを現出した「一触即発」。確かに、四人囃子のプログレは、英国でもなければ,欧州でもなければ、米国でも無い。出て来るフレーズ、フレーズがどれも「日本人らしい」。そう、日本人の我々が親近感を覚えるフレーズ、展開、節回しが個性だった。

彼らの代表作『一触即発』は、日本に本格的なプログレを現出した、エポックメイキングかつ歴史的なモニュメントであったが、その後、メジャーのCBSソニーに移籍して、1976年にリリースした『ゴールデン・ピクニックス』(写真)は、和製プログレ・バンドとしての洗練の極み、四人囃子の最高傑作の一枚だろう。

いやいや、本当に凄いんだ、これが。高校3年の時、始めて耳にしたんだが、大ショックを受けた。これが日本人の、20歳そこそこのメンバーが出す音か。ショックを受けた後は、大のお気に入り。聴き込んだ、聴き込んだ。

冒頭の1曲目は、ビートルズの「フライング」。『マジカル・ミステリー・ツアー』の地味なインスト曲であるが、ミディアムテンポの浮遊感溢れる、録音技術を駆使した素晴らしい演奏。何気ないインスト・カバーであるが、その演奏力はかなり高度なものがある。

2曲目は「カーニバルがやってくるぞ(パリ野郎ジャマイカに飛ぶ)」。いかにも日本人らしい、四人囃子らしい名曲。これだけ躍動感溢れるポップなロックは、当時、他に無かった。

私的な話になるが、当時、この曲が僕は大好きで、受験勉強もせずに映画制作とバンド演奏に明け暮れていた、愛すべきバカの集まりだった僕達のテーマソング。「壊れかかった真っ赤な車に乗って、やつらが地獄の果てから舞い戻って来た・・」。このフレーズに、18歳当時から痺れっぱなし。
 

Golden_picnics

 
3曲目の「なすのちゃわんやき」は、ムーグ・シンセサイザーが唸りをたて、ハイテクニックなインストルメンタルの「音の嵐」。なんだか、超絶技巧プログレの雄「イエス」的雰囲気の名演である。とにかく、超絶技巧なテクニックが凄い。演奏のそこかしこに、フュージョン的な雰囲気も見え隠れするところに「時代」を感じる。

4曲目「空と海の間」は、そのタイトルから、ウエスト・コースト風の演奏か、と思った貴方は「通」。その通り、ウエスト・コースト・ロックの雄、ドゥービー・ブラザースばりの格好良さ。

5曲目「泳ぐなネッシー」は、なんと、前半は「これはキング・クリムゾンか」ってな雰囲気で、幻想的でタイトな演奏が素晴らしい。このまま「キンクリ風」で突っ走るかと思いきや、後半は、SEを効果的に使って「これはピンク・フロイドか」ってな雰囲気に展開して、マシンガンが唸り、ジェット戦闘機が飛び回る。

ラストは「レディ・バイオレッタ」。フュージョン・ジャズ真っ青なハイテクで、ソフト&メロウな名曲・名演。天才ギタリスト森園勝敏の面目躍如。印象的なフレーズが満載、展開部の何気なく出てくる出てくる超絶技巧なテクニック。日本におけるフュージョン・バラードの名曲として挙げたい1曲である。

このアルバムで、ギターの森園勝敏は脱退してしまうが、さもありなん。これだけ当時のロックのありったけをごった煮にして、200時間以上の制作時間をかけて・・・・。燃え尽きた感のあったギターの森園勝敏の脱退であった(でも、この後、1989年の再結成ライブでカムバックするんですが・・・)。

四人囃子は、日本ロック史上、燦然と輝く金字塔である。僕は、日本のロックに、及ばずながら、リアルタイムで立ち会って来たリスナーとして、今でもしっかり、誇りに感じている。

 
 

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2012年9月16日 (日曜日)

伝説の和製プログレ『四人囃子』

懐かしの70年代館「青春のかけら達」の、ホームページ移行の為のアーカイブ・その1。加筆修正を加えてのブログアップです。

「四人囃子」というバンド名を知っている人がどれだけいるだろう。特に、若い世代、今の10〜20歳前半の世代で知っている人はどれだけいるだろう。今を去ること、30年以上前、海外でロックが大ブレイクしていたが、日本では歌謡曲が主流で、ロックなんぞは、まだまだ海外レベルのものは無く、日本人が、海外のロックに強いコンプレックスを持っていた時代・・・。

そんな日本に、そんな時代に、20歳そこそこのメンバーで構成されたロックバンドが出現した。そのバンドは、ロックのジャンルに照らし合わせると、プログレッシブロック(以下プログレと略す)のジャンルに位置し、そう、僕の大好きな「プログレ」のバンドが日本でも出現したのだ。

しかも、みんなも聴いてみればいい、ハイテクニックで、構成にすぐれ、歌詞は観念的で、全体的に幻想的。プログレの全ての要素がそこにあり、その演奏は素晴らしいものがあった。僕が、始めて、海外のロックに対して、日本人として、自信を持ったのが、この「四人囃子」の出現だった。

今日と明日で、「四人囃子」の数あるアルバムの中から、松和のマスターの大好きな2枚をご紹介する。ネットショップで十分、入手できるCDなので、一度は、皆さんに聴いてもらいたいね。ほんとに。

昔、高校時代(2年生だったかな)に、このアルバムを聴いたとき、ちょっぴり日本人として誇らしく感じたことを覚えている。そのタイトルは『一触即発』(写真)。  
Yonin_bayashi_issyoku_sokuhatsu
  
僕の高校時代は、日本の音楽シーンはまだまだ幼稚で、世界の音楽シーンからは大きく遅れていた。世界に通用するどころか、日本の中でも通用するロックバンドなんてほとんど無かった。そんな環境でのこの『一触即発』。

1970年代前半から中盤にかけて、世界のロックシーンは最初の全盛期を迎えており、僕は、その中でも、プログレッシブ・ロック(以降プログレと略す)がお気に入りだった。特に、当時のプログレは、録音技術・演奏テクニックともにずば抜けており、まず、日本人には暫くは無理だろうな、と諦めてきた矢先の『一触即発』。

いや〜、最初、聴いてタマゲタね。まず、思ったのが、「これは、完璧にプログレやん」。観念的な歌詞・電子楽器を活用駆使した幻想的な音・交響曲的な長い演奏など、プログレとジャンルされるために必要な要素を完璧に兼ね備えていた。しかも、歌詞は全て日本語(エライ!)で、違和感があまりないことが嬉しかった。

次に思ったのが「これ、ピンクフロイドと比較しても負けへんぞ。イエスには負けるけど」。つまり、録音技術・演奏テクニック・曲想が、世界のプログレのレベルに達していたのだった。当時の日本のロック・シーンを考えると、日本で最高の録音技術・演奏テクニックを兼ね備えている数少ないバンドの1つであることは間違いない。

それから思ったのが「このアルバム、リピートに耐えるやん」。それぞれの曲がメロディアスで、聞き易く、プログレにありがちな「前衛的な」「実験的な」独りよがりな曲が無いのだ。つまり、何度も聴き込めるプログレのアルバム、つまり、ピンク・フロイドやイエス、EL&Pなどのアルバムと肩を並べることのできる「プログレ名盤」として十分な内容を備えていた。

1970年代の海外のロックファンで、プログレが好きな人、好きだった人は、一度、この和製プログレバンドの名盤を聴いてみて下さい。決して後悔させませんぜ。

 
 

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2012年9月15日 (土曜日)

奇跡のストラト「ブラッキー」

9月も半ばだというのに、とにかく暑い日が続く、我が千葉県北西部地方。しかも、蒸し暑い。そして、雨がほとんど降らない、とくる。朝の早い時間、そして、日が暮れてからは、ちょっとは涼しくなるのだが、湿度が高いのがどうもいけない。
 
一昨日より、コルトレーンの『Live In Japan』を2日に渡って聴き通したので、なんだか耳が完璧に「フリージャズ」。この『Live In Japan』は「コルトレーン教の殉教者」しか踏み入れてはいけない領域というが、なるほどと改めて思う。ちょっと耳を休めないとな〜、ということで昨晩から、70年代ロックのアルバム鑑賞に中心に切り替え。
  
残暑長引く今年の9月、これだけ蒸し暑さが去らない今の状況では「レイドバック」なロックが一番。「レイド・バック」とは、ロック音楽の用語として良く使われるが、「くつろいだ、のんびりとした、ゆったりした」という意味と捉えておけば問題無い。70年初頭に出現した「スワンプ」の流れを汲むもので、基本的には、米国南部の泥臭いサウンドを基調とする。
 
そんな「スワンプ」から「レイドバップ」なロックを踏襲した、ロック界を代表するギタリストが、エリック・クラプトン(Eric Clapton)。日本で言われる「3大ロック・ギタリスト」の一人である。クラプトンの70年代は、まさに「スワンプ」から「レイドバック」なロックをまっしぐらに突き進んだ訳で、僕はこの70年代のクラプトンが一番好きだ。
 
そんな「スワンプ」から「レイドバック」なロックを大々的にやっていた頃のライブ・パフォーマンスをCD4枚に納めた、クラプトン者にとっては垂涎のボックス盤がある。『Crossroads 2: Live in the Seventies』(写真左)。1974〜1978年のライブ集。ヤク漬けから奇跡的に復活した後(とは言ってもアル中だったらしいが・・・)、クラプトン30歳台のライブ音源である。
 
Live_seventies
 
ボックス盤の内容については、2009年11月28日のブログ(左をクリック)に詳しいので、そちらをご覧いただきたいのだが、このライブ盤全般を通じて感じるのは、クラプトンのエレギの音は、本当に良い音がするということ。
 
この70年代、クラプトンが使用していたエレギはストラト・キャスターであるが、単なるストラトでは無く、クラプトンが専用にカスタマイズしているもので、愛称で「ブラッキー」と呼ばれる(ちなみに、このボックス盤『Crossroads 2: Live in the Seventies』のジャケット写真が「ブラッキー」である)。
 
1970年のことであるとされる。クラプトンはナッシュビルにあるショー・バッドの楽器店で、ヴィンテージのストラト・キャスターを格安で手に入れる。そして、そのうちの3本を分解、最良のパーツを集めて、新たにストラトを組み上げた。「ブラッキー」の由来は、最終的なボディ色が黒だったことにちなんでいる。

この「ブラッキー」の音が実に良い。このボックス盤のハイライトの一つが、クラプトンのエレギ(ブラッキー)の音。本当にブラッキーの音は素晴らしい。
 
まず、胴鳴りが凄くて、音が太くて深い。音の「くすみ」については、これぞストラト・キャスターという「くすみ」が出ている。「音の伸び」については、これってストラトの音か、と疑ってみたくなるほどの伸び。なんでクラプトンはこのブラッキーを手放したのかなあ。老朽化が理由とは言うが、これだけの奇跡的な音がするストラトは二本とないだろう。
  
う〜ん、やっぱ、クラプトンは70年代が絶対ええなあ。「スワンプ」から「レイドバック」と、ガッツリと余裕をかましながら、ブルースを弾きまくる「Slow-Hand」Clapton。愛器ブラッキーの音と響きも最高。しっかりと「耳休め」が出来ました ww。
 
 
 

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2012年9月14日 (金曜日)

来日時のコルトレーン・その2

コルトレーン来日のライブの記録であるCD4枚組の『LIve In Japan』(写真左)。昨年の10月、SHM-CD化、コルトレーンの肉声が聴ける来日時のインタビューの追加、藤岡靖洋氏によるインタビュー音源の日本語訳全文等の添付資料の充実を目玉に、リイシューされた。

今日は昨日に引き続いて、Disc III・Disc IVを聴く。3〜4枚目は東京新宿厚生年金会館(7月22日) におけるライブを収めたもの。収録された演奏は、なんとCD2枚にたったの3曲。しかも、Disc IVは「My Favorite Things」のみの収録で、所要時間はなんと57分19秒。

たった1曲で、延々一時間弱、ブワービャーブブブブ、というエモーショナルでアブストラクトで不協和音なソロ・パフォーマンスが続くのだ。凄いというか何というか。実際にその場で聴いていたジャズ者の方々ってどうやったんやろう。とにかく、聴く者の身になって演奏することを忘れたコルトレーン楽団。

Disc III
1. Peace on Earth (25:05)
2. Leo (44:51)

Disc IV
1. My Favorite Things (57:19)

ちなみにパーソネルは、John Coltrane (ss, ts, as, perc), Pharoah Sanders (ts, bass-cl, as, perc), Alice Coltrane (p), Jimmy Garrison (b), Rashied Ali (ds)。黄金のカルテットと呼ばれたメンバーから、ドラムのエルビン・ジョーンズが抜け、ピアノのマッコイ・タイナーが抜けている。実は、これが、コルトレーン五重奏団にとって、大変なダメージになっている。

Disc IIIの冒頭の「Peace on Earth」は、最初、コルトレーンの情緒的で印象的なブロウが続いて、やっぱりコルトレーンは凄いなあ、と思うのだが、2分を過ぎた頃から、アブストラクトでフリーキーなブロウが顔を出し始める。情緒的で印象的なブロウとアブストラクトでフリーキーなブロウが交互に出てきて、いきなり終わる。ドッと疲労感を感じる。

Disc IIIの「Leo」はフリーキーでアブストラクトなブロウが大半を占めるが、どうにもこうにも、同じフレーズを繰り返しているような冗長さは免れないようで、ちょっと退屈になります。不協和音の連続。馬の嘶きの様な、悲鳴のようなアブストラクトなブロウ。出したい音が出ないもどかしさ、苛立ち。どうも、この「Leo」はいけません。
  
 
Coltrane_live_in_japan2

 
そして、Disc IVの一枚全てを占める「My Favorite Things」。これがまた、Disc II「Crescent」と同じく、冒頭ギャリソンの超ロング・ベースソロが10分以上続く。どうして、ここで、こんな超ベリーロングなベースソロを繰り広げなければならなかったのか。

そして、やっと出てくる「My Favorite Things」も、おおよそ好調とは言い難い内容。冒頭、音に芯が無くフニャフニャ。どうしてやろか、と調べてみたら、初めしばらくは、コルトレーンもファラオも揃ってアルト・サックスを吹いているんですね。 この来日時にヤマハからプレゼントされたそうで、嬉しくてすぐ使ったらしい。 慣れない楽器を使って、アブストラクトでフリーキーなブロウをブワーッとやったら、そりゃー音がフニャフニャになるわな〜(笑)。

途中、コルトレーンはソプラノ、ファラオはテナーに持ち替えて、再び、アブストラクトでフリーキーなブロウをブワーッとやるんですが、う〜ん、どうにもこうにも、スピード感、切れ味、イマージネーション、いずれも何かが足らない、というか、今一歩というか、スカッと突き抜けないというか、不完全燃焼な「My Favorite Things」です。

で、この不完全燃焼な「My Favorite Things」が、冒頭10分以上続くギャリソンの超ロング・ベースソロから始まり、総所要時間57分19秒続くのだ。疲れます、しんどいです。

この来日時のコルトレーンについては、フリージャズとは言え、内容的に、どうにもこうにも、同じフレーズを繰り返しているような冗長さは免れず、何かが足らない不協和音の連続。馬の嘶きの様な、悲鳴のようなアブストラクトなブロウ。出したい音が出ないもどかしさ、苛立ちが渦巻いていて、当時の聴衆であったジャズ者の皆さんは、かなりの確率で困惑したのでは無いでしょうか。

しかし、僕達は、このCD4枚組『LIve In Japan』で、1966年7月に来日したコルトレーンの演奏を追体験することが出来る。聴く側に立ってコルトレーンを語る上で、このライブ盤は必ず3度は通して聴く必要があります。それが出来ないジャズ者はコルトレーンを語ることなかれ。

不協和音の連続。馬の嘶きの様な、悲鳴のようなアブストラクトなブロウ。出したい音が出ないもどかしさ、苛立ち。これもコルトレーンなのだ。コルトレーンは聖者では無い。コルトレーンは生身の人間であり、人一倍の努力が賜のミュージシャンである。そんな生身の人間のコルトレーンが、このCD4枚組『LIve In Japan』にギッシリと記録されている。

 
 

大震災から1年半が過ぎた。決して忘れない。常に関与し続ける。

がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力しよう。 

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2012年9月13日 (木曜日)

来日時のコルトレーン・その1

ジャズ・テナーの巨人、ジョン・コルトレーンは、1966年の夏、日本にやって来た。コルトレーンが急逝したのは、1967年の夏なので、逝去するちょうど一年前での来日になる。しかし、リアルタイムとしては、誰も一年後のコルトレーンが鬼籍に入るなんて思っていない。当然、本人だって思っちゃいない。

コルトレーン来日のライブの記録が残っているのが嬉しい。CD4枚組の『LIve In Japan』(写真左)。昨年の10月、SHM-CD化、コルトレーンの肉声が聴ける来日時のインタビューの追加、藤岡靖洋氏によるインタビュー音源の日本語訳全文等の添付資料の充実を目玉に、リイシューされた。もともと、音源はモノラルで、今回のリイシューで、更に音が整った感じが実に良い。

時折、ジャズ雑誌に特集されるコルトレーンのアルバムの中でも『アセンション』と並んで、「コルトレーン教の殉教者」しか踏み入れてはいけない領域にある、コルトレーンのアルバムの中でも、かなり尖った内容が「悩ましい」。

Disc I
1. Afro Blue (38:48)
2. Peace on Earth (26:27)

Disc II
1. Crescent (54:36)

ちなみにこの来日時のパーソネルは、John Coltrane (ss, ts, as, perc), Pharoah Sanders (ts, bass-cl, as, perc), Alice Coltrane (p), Jimmy Garrison (b), Rashied Ali (ds)。Disc1・2は、1966年7月11日、東京サンケイ・ホールでのライブ録音。

1曲の演奏が短いものでも26分程度、長いもので50分を超える長尺もの。CD2枚で収録された曲が「たったの3曲」。しかし、今でも不思議に思うのだが、コルトレーンは何故、これだけの長時間、延々とフリーキーでアブストラクトなブロウを繰り広げなければならなかったのか。
  
Coltrane_live_in_japan
  
このCD1・CD2の収録されている「Afro Blue」「Peace on Earth」の出だしの3〜5分のコルトレーン、「Crescent」の冒頭ギャリソンの超ロング・ベースソロの後に出てくるコルトレーンは、スピリチュアルでモーダルで力強くて、とっても素晴らしいんですが・・・。その後、コルトレーンとファラオ・サンダースが、コッテコテのフリーキーでアブストラクトなブロウを延々と(少なくとも20分以上!)繰り広げるのだ。これが凄いというか、辛い(笑)。

しかも、アリス・コルトレーンのピアノも、ピララピララピラランと広がる様な単調なフレーズを繰り返すだけでかなり辛い。もう一つ辛いのが、ドラムのラシッド・アリ。エルビン・ジョーンズと比べるには、ちょっとアリには気の毒なんですが、平板なリズム&ビートが辛い。加えて、「Crescent」の冒頭、超ロングな、15分以上もあるベースソロも辛い。どうして、ここで、こんな超ベリーロングなベースソロを繰り広げなければならなかったのか。

コルトレーン本人はと言えば、1曲で30〜50分も延々と平気で吹きまくっています。でも、フリーキーでアブストラクトなブロウは、同じフレーズを繰り返しているような冗長さは免れないようで、どうにもこうにも、ちょっと退屈になります。不協和音の連続。馬の嘶きの様な、悲鳴のようなアブストラクトなブロウ。出したい音が出ないもどかしさ、苛立ち。果たして、コルトレーンはフリー・ジャズな世界に足を踏み入れる必要があったのか、踏み入れて良かったのか、と改めて考えさせられる。

クラシックには、バルトークやストラビンスキーの楽曲の様な不協和音の快感はあるんやが、これは事前に譜面に書かれた「計算された」不協和音の快感。しかし、ジャズの場合、コルトレーンの場合、事前に譜面に書かれることは無い。コルトレーンのフレーズの中で不協和音の快感はあるにはある。しかし、それは再現性の無いジャズでのこと。「不協和音の快感」の代償に「不協和音の辛さ」がてんこ盛りである。

ライブ盤なので、当時のアナウンスが入っているのですが、この中で「皆様お疲れのところとは思いますが」というフレーズがあるのですが、これって言い得て妙ですよね。確かに、このライブ盤でのコルトレーンのブロウは聴いていて「疲れる」。

でも、このライブ盤には、当時のコルトレーンが、フリーキーでアブストラクトなジャズに苦闘するコルトレーンの生の姿が記録されている。このコルトレーンの「生の姿」が良い。真のミュージシャンであるコルトレーンの生の姿を追体験できる素晴らしさが、このライブ盤に詰まっている。
 
 
 

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2012年9月12日 (水曜日)

『Memories of New York』

アメリカ同時多発テロ事件9.11より11年。あの時の空虚感と不条理に対しての怒りは今でも忘れない。アメリカ同時多発テロは決して忘れてはならない事件である。

今年も9.11がやってきた。航空機を使った前代未聞の規模のテロ事件だった。あれから11年。昔、初めてニューヨークを訪れて、おのぼりさんよろしく、ワクワクしながら登ったワールド・トレード・センター、愛称「ツインタワー」は今は無い。人類として絶対にあってはならない事件であった。人として、未だもって「無念」でならない。

毎年、9月11日周辺では、NYをテーマにしたジャズの企画盤を「鎮魂盤」として聴くことにしている。ジャズのアルバムって、ある共通のテーマを持つアルバムを探すと、これが結構あったりするから楽しい。もともとNYはジャズの本場。NYをテーマにしたジャズのアルバムは結構あるので、毎年、目移りがして仕方が無い。

今年、選んだアルバムが、Various Artists『Memories of New York: Thru Jazz & Photography』(写真左)。ちなみにパーソネルは、Carl Allen (ds),  Gary Fisher, Ronnie Mathews  (p),  George Mitchell, Richie Goods (b),   Vincent Herring (as)。1998年7月と1999年9月の録音で、2000年10月のリリース。アメリカ同時多発テロ以前の録音〜リリースになる。

アルトのヴィンセント・ハーリング(写真右)とドラムのカール・アレンがプロデューサーを務めているので、この二人を双頭リーダーとしてアルバムとしても良いかもしれない。アルバム全体の雰囲気は「端正」そのもの。崩れるところの無い、曖昧なところの無い、ジャズの教科書の様な端正な演奏が繰り広げられている。ちなみに収録された曲を並べてみると・・・。
 
Memories_of_new_york
  
1. Broadway
2. How About You
3. Take the "A" Train
4. Central Park West
5. Autum in New York
6. Lounging at the Waldorf
7. New York State of Mind
8. In a Sentimental Mood

いや〜、しっかりとツボを押さえた良い選曲ですね。NYを題材とした曲と言われて、これはマストだよな〜と思われる「Take the "A" Train」「Autum in New York」「New York State of Mind」がしっかりと入っているところが心強い。実は僕はこの3曲にからっきし弱くて、この3曲の内、1曲でも入っていたら、そのアルバムを衝動買いしてしまうくらいに「大好き」な曲達だ。

逆に、NYを題材にした曲と言われて、「Central Park West」「Lounging at the Waldorf」を持ってくるところは、なかなか渋いなあと思ってしまう。確かにこの2曲は、NYを題材にした曲なんだが、なかなか浮かばないですよね。この2曲の存在も、このアルバムを「なかなかに隅に置けない盤」にしています。

全編通じて、37分ちょっととCD時代の収録時代としては短いのですが、意外と一気に聴くことが出来て良い感じです。収録された8曲とも名曲の類ですから、聴くなら一気に聴いてしまいたいですからね。聴く身になって編集された、なかなかのアルバムだと思います。

アメリカを象徴し、アメリカン・ドリームがぎっしりと詰まった街、ニューヨーク。ニューヨークに悲劇は似合わない。アメリカ同時多発テロで亡くなった方々のご冥福をお祈りします。
 
 
 

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2012年9月11日 (火曜日)

小曽根 真『Live & Let Live』

今日は9月11日。まず、東日本大震災から1年半。そして、アメリカ同時多発テロ事件から11年。かたや地震が原因の悲劇的な自然災害。そして、かたや悲劇的な人災。9月11日は複雑な気持ちに一日揺れる、我々にとって「忘れてはならない日」である。

3月11日、9月11日には、心して、東日本震災復興の為のチャリティー・アルバムを聴くようにしている。多くのチャリティー・アルバムが、その収益の全て、若しくは一部が寄付されている。ジャズにおける、東日本震災復興の為のチャリティー・アルバムは内容の濃いものが多い。内容に期待し、そして、チャリティーにも貢献する。ジャズを聴く側から、僕が出来ることは、まず「これ」だと思った。

今回、聴いたアルバムは、小曽根真&Friends『Live & Let Live - Love For Japan』(写真左)。小曽根真の呼びかけで世界のトップ・ミュージシャン達が東日本震災復興のために集結したチャリティー・アルバムである。このチャリティー・アルバム製作の経緯を、小曽根真のインタビューから抜粋すると・・・、

「自分に出来ることは何だろう、何をすべきなんだろうと、ずっと考えてきました。そんな時、妻が「良い音楽を創ること、CDを創ること、それが被災されたみなさんの役に立つように」と、ぽんと背中を押してくれました」

「長年親しくしているミュージシャン達に呼びかけのメールを送りました。すると、ものすごいスピードで反応が。早い人ではものの2分で返事が・・・。みんな、日本のために何かしたいと考えてくれていたので、コトはとんとん拍子に進んでいきました」

良い話ですね。ジャズを演奏する側から出来ることは、確かに「これ」である。ちなみにこのアルバムに参加してくれたミュージシャンは、以下の通り。短期間によくこれだけのメンバーが集まった者ものだ、と感心します。スケジュールの調整が大変だったでしょうね。皆、売れっ子ミュージシャンですものね。

チック・コリア(p), 小曽根真(p), ゲイリー・バートン(vib), アナ・マリア・ヨペック(vo), クリスチャン・マクブライド(b), ジェフ・テイン・ワッツ(ds), ジェイク・シマブクロ(ukulele), ランディ・ブレッカー(tp), ゲイル・モラン・コリア(vo), パキート・デリヴェラ(cl), Zach Brown(b), Eric Doob(ds), Fung Chern Hwei, Gregor Huebnet,Rachel Golub, Jesse Mills, Cyrus Beroukhig & Andrea Oey(vl), Aleksandr Nazaryan & Ronald Laurence(vla), Leigh Stuart & Rubin Kodheli(vc), 神野三鈴(vo)。
 

Live_and_let_live

 
さて、このチャリティー・アルバムの内容はと言えば、短期間に集まって、えいやッで作ったアルバムなので、収録された曲の雰囲気やコンセプトは見事にバラバラなんですが、一聴するとバラバラな演奏なんですが、不思議と底に漂う雰囲気には統一感があるように感じます。「日本へ元気を、エネルギーを」という強い気持ちが、どの演奏にも流れている、そんな感じがして、意外とこのアルバムは全体を通して楽しめる内容になっていると僕は感じます。

チック・コリア(p), 小曽根真(p), ゲイリー・バートン(vib)の変則トリオが奏でる、1曲目「ブルー・ボッサ」は名演です。チックとバートンのデュオは、もはや超有名ですが、ここに小曽根が参入。ただでさえ複雑で難易度の高いデュオ演奏を、ピアノ2台で平然と奏でていきます。凄い演奏やなあ。

4曲目の「ヴァリエーションズ・オン・ア・ダンス」は、ジェイク・シマブクロのウクレレと小曽根真のピアノの「異色のデュオ」。ウクレレとピアノだけでこれだけの表現が可能なんだ、ということを初めて知りました。素晴らしく高度で豊かなデュオ演奏だと思います。

2曲目「クヤヴィアク」でのポーランドの歌姫アナ・マリア・ヨペックの癒しの熱唱、6曲目「サマータイム」でのゲイル・モラン・コリアのコンテンポラリーな熱唱も見事です。 そして、熱唱といえば、ラストの「ふるさと」。リーダーの小曽根真の奥さんである女優の神野三鈴のヴォーカルです。

兎追いし 彼の山  小鮒釣りし 彼の川
夢は今も 巡りて  忘れ難き故郷

如何にいます 父母 恙無しや 友がき
雨に風に つけても 思ひ出づる 故郷

志を 果たして いつの日にか 帰らん
山は青き 故郷 水は清き 故郷

この「ふるさと」は日本人の心の吟線に触れる旋律と歌詞を持っていて、いつも聴いているとなぜか心にジーンときます。このアルバムでの演奏は厳密にはジャズとは言えませんが、それでも、やっぱり心にジーンときます。そう、僕達の故郷は「日本」。被災された東日本の皆さんが元気な、笑顔のある日常を早く取り戻せるよう、心から願っています。まだまだ復興は半ば。被災の現状は決して終わっていません。

ちなみにアルバム・タイトルの「Live & Let Live」は「自分も生き他も生かす, 互いに許しあって生きていく」の意。持ちつ持たれつ、という意も感じる、なかなか良い言葉です。

 
 

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2012年9月10日 (月曜日)

スムース・ジャズの原点のひとつ

Spyro Gyraの『Freetime』(写真左)。1981年のリリースになる。このアルバムは、スパイロ・ジャイラの個性を定着させたターニング・ポイントとなったアルバムだと認識している。

1979年の出世作『Morning Dance』から『Catching the Sun』『Carnaval』と、アルバム・ジャケットのイラストレーションの雰囲気も統一されていて、そのアルバム・ジャケットの雰囲気と、音世界の中で。そこはかとなく香るラテンの雰囲気から、僕は勝手に「トロピカル3部作」と呼んでいる。

ちなみに、この3作のアルバム・コンセプトは、当時のフュージョン、つまり、ハイテクニックで、印象的なフレーズを前面に押し出し、ソフト&メロウな雰囲気を醸し出しつつ、疾走感、爽快感溢れる8ビート中心、電気楽器中心のジャズ、といった雰囲気を忠実に追求したものになっている。

しかし、そのフュージョンな雰囲気、フュージョンな音作り、というのは、所詮は「流行」の世界であって、恒常的な個性とするには、もう少し、その音楽性を煮詰める必要があった。

という、バンドとしての悩ましいタイミングの中でリリースされたアルバムが『Freetime』。このアルバムには、フュージョン・ジャズの後、その要素をしっかりと引き継いだ「スムース・ジャズ」の礎となる音作りがなされている。

僕は、「スムース・ジャズ」とは、フュージョン・ジャズ、ポップ・ジャズをベースに、R&Bのテイストを融合させ、高度な音楽性を保持しながらも「聴き易い」「聴き心地の良い」ジャズという解釈をしている。そういう意味で、このスパイロ・ジャイラの『Freetime』は、それまでの「トロピカル3部作」に比べて、ファンクネスな雰囲気が強くなっており、リズム&ビートについても、メリハリの強い、R&B的なビートのノリが前面に押し出されている。
 
Freetime

 
冒頭のタイトル曲「Freetime」が、その象徴的な演奏と言えるだろう。ビートが強く効いたエレベの響き、心地良い爽快感溢れるシンセのフレーズ、そして、そこはかとなくファンクネスを漂わせながらも、印象的な響きとキャッチャーなフレーズが印象的なソプラノ・サックスの響き。 演奏全体の雰囲気が、それまでのフュージョン・ジャズの雰囲気とはちょっと違うことに気が付く。

テクニック的には、超絶技巧なものなんですが、決して、それを前面に押し出すこと無く、印象的なフレーズを前面に押し出し、ソフト&メロウな雰囲気を醸し出しつつ、疾走感、爽快感溢れる8ビートなエレクトリック・ジャズを表現する。所謂、後のスムース・ジャズ的な演奏を前面に押し出している。そういう意味で、当時のスパイロ・ジャイラは、フュージョン・ジャズの最先端を走っていたバンドのひとつと言えます。

青空に舞い上がれ! 
最新NYサウンドと爽やかなメロディー!
豪華ミュージシャンをバックに 
スパイロ・ジャイラの意欲みなぎる第5作!」

LP時代の帯紙に書かれたキャッチ・フレーズですが、ちょっと赤面ものではありますが、この『Freetime』のアルバムとしての雰囲気をまずまず言い得ていると思いますね。でも、ちょっと気恥ずかしい、歯の浮くようなフレーズが並んでいて、声を出して読むの憚られるレベルですねえ(笑)。 

米国東海岸を代表するフュージョン・グループ「スパイロ・ジャイラ」は、このアルバムを境に、スムース・ジャズ化していきます。そんな、スムース・ジャズなスパイロ・ジャイラの原点が、このアルバム『Freetime』にギッシリと詰まっています。フュージョン・ジャズの、スムース・ジャズの名盤の一枚に数え上げるべき、なかなかの内容の優秀盤です。

 
 

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2012年9月 9日 (日曜日)

AOR名盤「南から来た男」

1979年、突如として、このアルバムはヒットチャートに躍り出た。『Christopher Cross(南から来た男)』(写真左)。まずもって、クリストファー・クロスとは何者か? で、当時、僕達は大混乱した。

このクリストファー・クロスというミュージシャン、デビュー当時はコンサートもせず、素顔も公開しないという徹底ぶり。これはクリストファー自身の意向によるものであったらしいが、とにかく、圧倒的な情報不足でイライラした。しかし、このデビュー盤から出てくる、美しく力強いハイトーンボイスは、それまでに無い魅力で一杯だった。

冒頭の「Say You'll Be Mine」のアップテンポで力強いコーラスが爽やか。バックの女性コーラスは「ニコレット・ラーソン」。素晴らしいコーラス、そして、クリストファー・クロスの力強くハイトーンなボーカル。この冒頭の1曲だけで、このアルバムは傑作出あることを想像させるに十分。

しかし、このアルバムの凄い所は、バック・ミュージシャンの、そこはかとなくファンクネス香る「ソフト&メロウ」な音作り。ジャズのフレーバーが、そこかしこに漂うクロスオーバー的なサウンド。そして、卓越した優れた演奏力が加わって、所謂「大人のロック」が、このアルバムの中に充満している。

パーソネルを見渡すと、これまたビックリ。マイケル・オマーティアン、マイケル・マクドナルド、ドン・ヘンリー、J.D.サウザー、ラリー・カールトン、ジェイ・グレイドン、エリック・ジョンソン 等々、米国西海岸の一流ミュージシャンの名前がズラリ。うへへ〜ってな感じの凄い名うてのメンバーがズラリと並びます。
 

Christopher_cross_1st

 
このトレンディーなメンバーの強力バックアップによる「ソフト&メロウ」なサウンドは、70年代後半から80年代前半にかけて一世を風靡したAORサウンドの極致と言って良いものです。良質な「大人のロック」的な演奏が素晴らしい。当時、一時、完全にヘビロテ盤になったことも頷けます。とにかく、それぞれの演奏の内容が濃い。

このアルバムからは、全米No.1ヒットとなった「Sailing(セイリング)」、そして、「Ride Like the Wind(風立ちぬ)」(全米2位)、「Never Be the Same(もう二度と)」(全米15位)、「Say You'll Be Mine(セイ・ユール・ビー・マイン)」(全米20位)という4曲ものシングル・ヒットが生み出された。

そして、この『Christopher Cross(南から来た男)』は、デビュー盤にして、1980年度グラミー賞の「アルバム・オブ・ザ・イヤー」に輝き、主要4部門を独占するという大快挙を成し遂げ、一躍AORを代表する大名盤となった。記録によると、このアルバム、今までに、400万枚以上を売り上げたと言われている。

ちなみに、この全米No.1ヒットとなった「Sailing(セイリング)」、タイトルを見た時に、僕は、あのロッド・スチュワートの名唱で名高い、Gavin Sutherland作の「セイリング」のカバーだと思い込んで、このアルバムの8曲目のクリストファー・クロス自作の「セイリング」を聴いた時、相当に戸惑った。なんでこれが「セイリング」なんや、って変に疑ったことを覚えている(笑)。いやいや、クリストファー・クロス自作の「セイリング」も、これはこれで凄い良い曲なんですよ。

米国西海岸の香りが芳しい、夏の海辺で聴くのにピッタリな、都会的でソフィストケートされた「大人のロック」。AOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)と呼ぶに相応しい、AOR時代の名盤。「AORとは何か?」という質問への返答に持ってこいの内容を誇る名盤です。

 
 

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2012年9月 8日 (土曜日)

B・ストライサンドのAOR

Barbra Streisand (バーブラ・ストライサンド)。米国では絶大なる人気を誇った女性ミュージシャンである。どれほど、絶大な人気であったのか。Wikipediaを紐解くと・・・。

バーブラ・ストライサンドはデビュー以来、60作以上のアルバムを録音、1970年代の終わりには、米国で最も成功した女性歌手として認識された。彼女のアルバムのセールスは凄まじく、当時、彼女より多くのアルバムを売り上げていたのはエルヴィス・プレスリーとビートルズだけであった(wikipediaより)。

他の女性ミュージシャンからの尊敬を集める「ミュージシャンズ・ミュージシャン」でもあるそうですが、僕が米国ポップスにはまっていた1970年代、日本では意外と地味な存在だった記憶があります。少なくとも、米国での人気を全く実感出来ない位の地味さだった、と思います。

バーブラ・ストライサンドという名を初めて意識したのは、1974年の「The Way We Were(追憶)」。良い声をした、とても歌が上手い女性シンガーだなあ、と思いました。でも、この「バーブラ・ストライザンド」という名前が長くて、響きが独特なので覚えにくく、その辺も、日本での人気の停滞に繋がっていたのかな、と思います。

さて、そんなバーブラ・ストライザンド。1974年の「追憶」以降、音楽雑誌やFM雑誌ではその活躍とその姿を見たり読んだりするんですが、彼女の歌声をLPレベルで聴き込んだことは全く無かったですね〜。

そして、1970年代後半、突如やってきたAORブーム。そんなAORブームの真っ只中で、久し振りにバーブラ・ストライザンドの名前に再会します。1980年リリースの傑作アルバム『Guilty』(写真)です。
 

Guilty

 
このアルバム『Guilty』は、映画「Saturday Night Fever」のサウンドトラックの大ヒットで、当時、勇名を馳せていたビージーズのBarry Gibb(バリー・ギブ)の全面バック・アップを得て製作された、ポップ・ロック、ソフト・ロック中心のAOR系アルバム。

メリハリの効いたポップでキャッチャーなメロディ、そして、バーブラとバリーの絶妙なデュエットが絶品のタイトル曲「ギルティ」から始まるこのアルバムは、AOR時代の極上のポップ・ロックな名盤です。

このタイトル曲はシングル・カットされ、米国で最高位3位となる大ヒットとなりました。この曲、実に良い雰囲気で、とにかく、バーブらとバリーのデュエットが上手い。聴き心地満点で、この曲が冒頭にあるということで、この『Guilty』は、当時、個人的にかなりのヘビロテ盤になりました。

冒頭のタイトル曲だけでこれだけの出来を誇っている訳ですから、後に続く8曲ついても、それはそれは素晴らしい出来の曲ばかりです。どの曲が良くて、どの曲がどう、ということなんてとても言えない(笑)。

曲の出来、演奏の内容、優れたボーカル、アレンジ、プロデュース、どれをとっても非常に優れた結果を出していて、このアルバムをAORの傑作の一枚としています。確かに、AORという、都会的で大衆的でソフィストケートされた「大人のロック」という形容がピッタリの内容になっていますね。

今の耳で、このアルバムを聴いてみると、当時、ほぼ楽器として定着したシンセサイザーをストリングス代わりにアレンジした、バリー・ギブのアレンジメントの手腕が素晴らしいことに改めて気付く。やっぱり、名盤というものには「優れたアレンジメント」が必須な要素なんですね〜。

1980年当時、この盤『Guilty』を聴いて、バーブラ・ストライザンドって、歌がむっちゃ上手いんやな〜、と感動したことを、今でもはっきりと覚えています。そして、バリー・ギブの趣味の良いアレンジもお気に入りでした。今でも、AORの名盤は、と問われると、このアルバムの名前は絶対に出てきますね。名盤です。

 
 

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2012年9月 7日 (金曜日)

ピアノ・トリオの代表的名盤・30

Charlie Haden, with Gonzalo Rubalcaba and Paul Motian『The Montréal Tapes』(写真左)。ピアノトリオのライブ盤である。

1989年7月3日。タイトル通り、ベースでリーダー格のチャーリー・ヘイデン、ピアノのゴンサロ・ルバルカバ、ドラムのポール・モチアンのトリオによるジャズフェスティバルで有名なスイスの「モントルー」での1989年のライブ盤(良く見ると「e」の上に「’」がついている)。

僕はゴンサロ・ルバルカバ(写真右)のピアノが大好きだ。ゴンサロのピアノは、印象派ピアノの側面を持ち、メロディアスでリリカルで幅の広い、ちょっとラテン・フレイバーの入った、ゆったりとフレーズの展開と、モーダルで超絶技巧で電光石火なビ・バップ・ピアノの融合。

リリカルで印象派なフレーズとモーダルで超絶技巧で電光石火なビ・バップ・ピアノの共存。そんな唯一無二な個性を持つゴンサロのジャズ・ピアノ。この正反対な個性の共存は、普通のスタンダード曲のカバーには決して向かない。そんな孤高の共存には自作曲が一番。つまり、ゴンサロのピアノの出来不出来は、ゴンサロの作曲とアレンジの出来不出来に比例する。

さて、このチャーリー・ヘイデンがリーダー格のピアノ・トリオのライブ盤『The Montreal Tapes』のゴンサロのピアノの出来は良好。というか、このライブ盤でのゴンサロのピアノは、ゴンサロのベストプレイのひとつに数えられるほどの、内容優れた、素晴らしい出来である。
 

Charlie_haden_the_montreal_tapes

 
アルバムの1曲目。ゴンサロの静かで印象的で広大なイメージのピアノ・ソロから始まる、ゲイリー・ピーコック作の「Vignette」 。この曲はゴンサロの作では無いが、ゴンサロのピアノの個性である「リリカルで印象派なフレーズとモーダルで超絶技巧で電光石火なビ・バップ・ピアノの共存」にピッタリとイメージが合致した希有な曲。この演奏でのゴンサロのピアノの素晴らしさには溜息しか出ない。

このライブ盤でのゴンサロのラテン・フレイバーはちょっと控えめ。それがまた、そこはかとなく「洒脱」で、ゴンサロのピアノ展開を際立たせる。ヘイデンの骨太で正統派ベースが、ゴンサロのピアノをメインストリーム化させている。そして、モチアンのドラムは、ゴンサロのモーダルで超絶技巧で電光石火なビ・バップ・ピアノのガッチリと支え、大いに煽りまくる。

ヘイデンのぶっといベースにも痺れまくる。そして、モチアンの緩急自在で「粋筋」なシンバル・ワークには思わず聴き入ってしまう。ヘイデンのベースもモチアンのドラムも、ソロにおいては思いっきりそれぞれの個性を前面に押し出し、ゴンサロのピアノのバックに回れば、ゴンサロの演奏のイメージをしっかり支えながら、ゴンサロのピアノのイメージを、時には増幅し、時には最大限に目立たさせる。高度な職人芸の仕業。

印象的ではあるが地味なアルバム・ジャケット(僕は好きですけどね)。何か残り物の様な、音源の落ち穂拾いの様なタイトル。ジャズ者ベテランで、チャーリー・ヘイデンやゴンサロ・ルバルカバが何者かを知っていて、お気に入りでないと手にしない様なライブ盤。

しかし、僕はこのライブ盤のクォリティの高さにはとことん平伏する。このライブ盤には、巷溢れる人気のピアノトリオ盤を決して寄せつけないほどの「凄み」と「粋」がある。孤高のピアノトリオ盤である。

 
 

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2012年9月 6日 (木曜日)

僕にとっての「鉄板」ピアニスト

ジャズの世界には「鉄板」と呼ばれるジャズ・ジャイアンツが存在する。僕にとっての、ジャズ・ピアノの「鉄板」ピアニストの一人が、Oscar Peterson(オスカー・ピーターソン)。

僕にとって、ピーターソンのピアノは「絶対的」な存在である。ピーターソンのピアノには「癖」が無い。クラシック・ピアノに比肩する正確さと端正さが前面に押し出ていて、それが「個性」といえば「個性」。

「癖」が無いなんていうと、そんなジャズ・ピアノはジャズ・ピアノじゃない、なんて言い出すジャズ者の方々もいそうだが、ピーターソンのドライブ感、スイング感は圧倒的なものがある。

正確で端正なテクニック溢れるピアノが、圧倒的な迫力をもって、ドライブし、スイングするのだ。ピーターソンのピアノは、まず、この正確で端正なピアノが圧倒的な迫力をもって、ドライブし、スイングするところが素晴らしい。

次に、テクニックが抜群。超絶技巧というが、このピーターソンのピアノのテクニックは、超絶技巧でもその最高位に位置する凄まじいもの。3つ目に、歌心が抜群。歌うように囁くように語るように、ピアノを弾き進めるその様には惚れ惚れする。

まとめると、僕にとって「鉄板」なピアニスト、ピーターソンは、ドライブ感、スイング感が抜群で、テクニックが抜群で、歌心が抜群ということになる。とにかく、聴いていて惚れ惚れする。そして、何より、ピーターソンのリーダー作には「外れ盤」が無い。水準以上の出来のアルバムばかり。凡作というものが無い。

さて、そんなピーターソンのアルバムの中で、僕が愛して止まないライブ盤の一枚が、The Oscar Peterson Big 4『Freedom Song : The Oscar Peterson Big 4 In Japan '82』(写真左)。LP時代、2枚組の大作である。
 

Freedom_song

 
ちなみにパーソネルは、Oscar Peterson (p), Joe Pass (g), Niels-Henning Orsted Pedersen (b), Martin Drew (ds)。オスカー・ピーターソン・トリオ + ジョー・パスという編成。1982年2月20、21日。我が国の新宿厚生年金会館、渋谷公会堂でのライブ録音になる。

冒頭の「'Round Midnight」は、ピーターソンのソロなんだが、このソロが絶品。このソロを聴くだけで、ピーターソンのピアノの個性、特徴が一発で判る。正確で端正なピアノ、ドライブ感、スイング感、抜群のテクニック、抜群の歌心。この冒頭のピーターソンのソロでは、そのピーターソンの個性をしっかりと捉えることが出来る。

2曲目の「Watch What Happens / Waltz For Debby」のメドレーはもう「圧巻」の一言。抜群のドライブ感、スイング感がこのメドレーに溢れんばかりで、途中、オーバー・スイング気味で、どっかへ飛んでっちゃうんやないか〜、なんて思う位、スリリングで危ない、ハラハラするような超絶技巧さ。

以降、ジョー・パスのソロも雰囲気良くて惚れ惚れするし、ペデルセンのベースは超弩級の重心の低さ。ドリューのドラミングは縁の下の力持ち。このライブ盤のどのパフォーマンスも素晴らしい出来のものばかり。当時、新宿厚生年金会館、渋谷公会堂に足を運んで、この演奏を生で聴いたジャズ者の方々が羨ましいったらありゃしない(笑)。

そして、このライブ盤の個人的な目玉は「Hymn To Freedom〜The Fallen Warrior」の存在。この「Hymn To Freedom」に痺れる。邦題「自由への讃歌」。アフリカ系アメリカ人公民権運動の応援歌。もともとのオリジナルはピーターソンの『NIght Train』のラストの収録されている。

しかし、キング牧師の暗殺により、本来のアフリカン・アメリカンの公民権運動の挫折を経験、その先行きに絶望し、身の危険を感じつつ、この「Hymn to Freedom」の演奏を止めてしまったピーターソン。その「Hymn to Freedom」を一部ではあるが、日本で弾いてくれたのだ。

そんな感動的なエピソードも織り交ぜながら、このライブ盤『Freedom Song : The Oscar Peterson Big 4 In Japan '82』は聴き応え十分。ピーターソンの晩年の名盤のひとつである。僕にとって、ピーターソンのピアノは「絶対的」な存在である。そんな「絶対的な」存在のピーターソンがここに居る。

 
 

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2012年9月 5日 (水曜日)

ジャズ喫茶で流したい・37

ハードバップ時代に、聴いていて面白い、聴いていて楽しめる盤が沢山ある。面白い、楽しいがキーワードなんだが、恐らく、ハードバップという演奏フォーマット自体が、ジャズを演奏していて聴いていて「楽しい」、ジャズを演奏していて聴いていて「面白い」部分を前面に押し出した、ジャズをとことん楽しめる演奏フォーマットだから、と言って良いだろう。

そんなハードバップ時代の、聴いていて面白い、聴いていて楽しめる盤のひとつが、Pepper Adams『10 To 4 At The 5 Spot』(写真左)。ちなみにパーソネルは、Pepper Adams (bs), Donald Byrd (tp), Bobby Timmons (p), Doug Watkins (b), Elvin Jones (ds)。1958年04月15日、NYはファイブ・スポットでのライブ録音。ハードバップの代表的レーベル、プレスティッジからのリリース。

まず、バリトン・サックス(略してバリサク)の雄、ペッパー・アダムスのリーダー作であり、ペッパー・アダムスのバリサクが心ゆくまで堪能できる可能性が高いこと。

そして、他のパーソネルを見渡すと、トランペットのドナルド・バードは、当時、若手売出中としてとことん充実、そして、コッテコテのファンキー・ピアニストのボビー・ティモンズ、 堅実ベーシストのダグ・ワトキンス、そして、野生人ポリリズム・ドラマーのエルビン・ジョーンズ、という、なんだかハードバップの優れもの達がズラリ。

これって、このアルバム『10 To 4 At The 5 Spot』の内容、ごっつい期待できるんとちゃうか、という気分になる。

で、この『10 To 4 At The 5 Spot』をCDプレイヤーのトレイに載せて、スタートスイッチを押す。と、野生人ポリリズム・ドラマーのエルビン・ジョーンズの傍若無人なドラミングがドバ〜っとスピーカーから出てくる。この傍若無人なエルビンのドラミングの煽られて、ペッパー・アダムスが、ブリブリブリブリ、っとバリサクを吹きまくる。
 

10_to_4_at_5spot

 
そして、の傍若無人なエルビンのドラミングの煽られて、ドナルド・バードが、パッパーパラパラパラッ、っとトランペットを吹きまくる。意外と、このドナルド・バードのトランペットがブリリアントで躍動感溢れていて、かなり雰囲気の良い、ハードバップなトランペットが実に良い。このライブ盤でのドナルド・バードは絶好調。

面白いのは、コッテコテのファンキー・ピアニストのボビー・ティモンズ。意外と、コッテコテなファンキー・ピアノを封印して、キッチリと端正なハードバップ・ピアノを展開している。う〜ん、ええ奴やなあ、ボビー・ティモンズ。自分が目立つより先に、既知入りと端正なハードバップ・ピアノで、フロントのバリサクとペットを盛り立てる。

ダグ・ワトキンスのベースが太い。野生人ポリリズム・ドラマーのエルビンから、バリサクのペッパー・アダムス、ペットのドナルド・バード、キッチリと端正なハードバップ・ピアノを展開しているボビー・ティモンズ。皆まとめて、皆のパフォーマンスの底を、ダグ・ワトキンスがガッチリと支えている。

ほぼ、一過性のジャム・セッションに近いライブ演奏の雰囲気。細かなアレンジ気にしない。ハードバップの基本である、ミュージシャンが交互に展開するアドリブの交歓。「アドリブ命」のジャズメン直球勝負なインプロビゼーションが、適度な長さで繰り広げられている。

タイトル通り、夜中の10時から朝の4時まで、NYはファイブ・スポットでの、ハードバップな要素がギッチリと詰まった、とことん白熱ジャムセッション。1958年04月15日の夜、このライブ盤の様な演奏がNYはファイブ・スポットで、さりげなく、日常の如く展開されていた。ええなあ。羨ましいなあ。このライブ盤の様な演奏が、1958年当時、NYのそこかしこに展開されていたんでしょうね。

そして、僕達は、21世紀に入ったこの時代、このライブ盤の記録を通して、1958年当時の、1958年04月15日の夜のNYはファイブ・スポットでの「アドリブ命」のジャズメン直球勝負なインプロビゼーションを追体験することが出来る。ジャズ者にとって「無上の幸せ」というものである。

 
 

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2012年9月 4日 (火曜日)

エヴァンスの「安心の一枚」

ジャズ・ジャイアンツ、ジャズの有名ミュージシャンのアルバムの中には、代表作として挙げられることは少ないが、我々、ジャズ者から愛聴されている「ヘビロテ盤」が必ずある。いわゆる、ジャズ・ジャイアンツの「隠れ名盤」である。

ビル・エバンス。ジャズ・ピアノにとっての最大のジャズ・ジャイアンツである。このビル・エバンスの多くのリーダー作の中で、代表作として挙げられることは少ないが、僕にとっての「ヘビロテ盤」が何枚かある。

その一枚が『Eloquence』(写真左)。ビル・エヴァンスの死後、1982年に発表された未発表曲盤。それまでの正式にリリースされたリーダー作から収録漏れした音源から編集されたコンピレーションである。エヴァンスのアコピとエレピ+ベースのエディ・ゴメスのデュエット編成とエヴァンスのピアノ・ソロの2タイプの演奏から成っている。

エヴァンスのアコピとエレピ+ベースのエディ・ゴメスのデュエット、冒頭の「Gone With The Wind」から、エヴァンスのアコピのジャジーさとリリカルさ、そして、ゴメスのベースのメロディアスな強靱さが際立つ。加えて、エヴァンスのエレピの素晴らしさ。この曲を聴き通すだけでも、この未発表盤の価値があるというもの。

このエヴァンスの個性満載の冒頭の「Gone With The Wind」の様な演奏が2曲目以降、7曲続く。どの曲も、エヴァンスの個性をビンビンに感じることが出来て、しかも、肩肘張らずにリラックスしてエヴァンスのピアノを楽しむ事が出来る。良い感じなんですよね。水が静かに流れるように、耳にエヴァンスのピアノが心地良く流れ込んでいく。
 

Evans_eloquence

 
ラス前「But Not For Me〜Isn't It Romantic〜The Opener」、ラスト「When In Rome〜It Amazes Me」のメドレーなど圧巻ですね。エヴァンス者にとっては堪らないメドレーです。本当にエヴァンスのソロ演奏は凄い。

決して、大向こうを張った派手なパフォーマンスを展開するのでも、超絶技巧なテクニックを駆使しまくるのでも無い。シンプルで普通にピアノを弾き進めてのソロ・パフォーマンスなんですが、これがまあ、滋味溢れるというか、ジャジーで洒脱で素晴らしい。「粋」と「鯔背」。ジャズ・ピアノのスタイリストとしての第一人者の面目躍如。

エヴァンスのジャズ人生の中で、特別なポジションを占めるアルバムでは無いんですが、これが実に良いんですよね〜。冒頭の「Gone With The Wind」を聴き始めたら、ついつい、最後まで聴き通してしまう。そんな不思議な魅力と説得力が詰まった、僕にとっての「ヘビロテ盤」、エヴァンスの「安心の一枚」です。

この盤を聴く度に、いつも思う。ビル・エヴァンスの後期のパフォーマンス、ファンタジー時代のエヴァンスも聴き応え充分だと。良いアルバムです。ジャズ・ピアノに親しみ始めたら、聴いて見て下さい。本当に、滋味溢れる、ジャジーで洒脱で素晴らしいアルバムです。長く長くつきあえる、親友のようなアルバムです。

アルバム・ジャケットは2種類あります。日本盤のものが左、海外盤が右。どちらもアート的には「?」なんですが、まあいいでしょう。このジャケットからすると、ジャケ買いするアルバムではなさそうです(笑)。

 
 

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2012年9月 3日 (月曜日)

こんなアルバムあったんや・13

ジャズの演奏形態に「デュオ」という形態がある。「デュオ」とは、二人の奏者が異なるパートを演奏すること。ジャズの場合、デュオについては、楽器の組合せによって難易度が変わる。

ギター2本のデュオは比較的演奏し易い組合せだろう。ギターという楽器は、ギター1本で旋律楽器とリズム楽器の両方の役割を代わる代わる担うことが出来る。しかも同一楽器なので、同じ音で被ればユニゾン、音がずれればハーモニーとなる訳で、音がぶつかることが基本的に無い。加えて、ギター同士なので、お互いの手の内が短時間で理解し合える。

ギター2本のデュオは比較的演奏し易い組合せというのが理由なのか、ジャズの世界で、ギター2本のデュオはありそうで、あまり数は無いのでは、と思っている。パッと浮かぶのは、ジム・ホール&パット・メセニー、ジム・ホール&ジョン・アバークロンビー、そして、1970年代後半のアル・ディ・メオラ、ジョン・マクラフリン、パコ・デ・ルシアの3人からなる「スーパー・ギター・トリオ」(デュオの発展形として挙げておく)くらいかなあ。

ジャズ名盤の中で、ギターのデュオはありそうで無い。そんなギター・デュオの中で、なかなか秀逸な内容のアルバムがある。Steve Howe & Martin Taylor『Masterpiece Guitars』(写真左)。

Steve Howe(スティーヴ・ハウ)といえば、プログレッシブ・ロックの老舗バンド「Yes」の超絶技巧なテクニックを持つ優れたギタリスト。Martin Taylor(マーティン・テイラー)は「ギタリストのギタリスト」と評される、ハウと同じく英国のギタリスト。天性の音楽センスをもち、あらゆるジャンルの音楽を、それぞれに適したスタイルで演奏することが出来る優れたギタリストである。
 

Masterpiece_guiters

 
この二人がガッチリとデュオを組んだアルバムが、この『Masterpiece Guitars』。この超絶技巧な二人が、ジャズ・スタンダードから、映画音楽から、ボサノバから、果てはカントリー・ミュージックまで、様々なジャンルの音楽を、様々な音色のギターを取っ替え引っ替え、様々なテクニック、様々なスタイルを駆使して弾きまくる。

とにかく、二人のギターの音が良い。惚れ惚れする、これぞ「ギター」という音。まず、このギターの音色を楽しむだけでも、この盤の価値がある。

そして、二人が弾き分けるスタイルが多彩。ギター弾きのスタイルにはあまり詳しくは無いのだが、それぞれの曲毎に、ギター弾きのスタイルが異なることが判る。よって、このアルバム、全部で17曲、全曲通しの所要時間は約1時間あるが、経ったギター2本だけの演奏なのに全く飽きが来ない。

硬派な純ジャズ路線の「ゴリゴリ、ノリノリの4ビート」な演奏では無く、ちょっと小粋なフュージョン・ジャズ路線の「ライトでスムースなノリの4ビート」な演奏に終始していて、とにかく聴き易くて、親しみ易い演奏ばかり。どの曲でも、二人のバーチュオーゾは、実にさりげなく楽しく美しく弾きこなしていて、聴き応え抜群です。

「Smile」「All The Things You Are」「Blue Bossa」「Moon River」辺りのスタンダード曲が良いですね。聴き馴れたスタンダード曲なんですが、ハウとテイラー共に、小粋に渋く、さり気なく、超絶技巧なテクニックを駆使しつつ、素晴らしいフレーズを紡ぎ上げています。

プログレのベテラン・ギタリストと「ギタリストのギタリスト」と評される同じく英国出身のギタリストとのコラボ。改めて考えてみれば、凄く異質で希有なデュオの組合せですね。まさに「こんなアルバムあったんや〜」って感じです。

 
 

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2012年9月 2日 (日曜日)

僕にとって「AORの代表的名盤」

AOR(Adult Oriented Rock)は、何時の頃から日本の音楽シーンに定着したんだろう。1970年代半ば辺りというのが定説ではあるが、未だはっきりとはしない。まあ、音楽ジャンル言葉の話なんで、あまり厳密に追求する必要はないだろう。

では、僕の「AOR化」はどの時点からなのか、を振り返って見ると、どうもこのアルバムを手に入れて、内容が実に気に入って、そして、そのロックの形態は「AOR」と呼ぶらしい、ということを知ってからである。

このアルバムとは、Boz Scaggs(ボズ・スギャックス)の『Silk Degrees』(写真)である。1976年春リリース、全米アルバム・チャートで最高2位を記録したボズの傑作盤。僕は、2年遅れ、1978年の初夏の頃に手に入れている。確か、音楽雑誌で「大人のロック」なんてフレーズが目に入って、その「大人の」の部分が痛く気に入って、このアルバムにたどり着いた。

ちなみに、この『Silk Degrees』に参加したミュージシャンには、後のTOTO のメンバーとなる David Paich、Jeff Porcaro、Steve Porcaro、David Hungate が名を連ねている。発表当時は硬派なロック者の方々から、お洒落なロック、ながらロック、ソフトロックなどと揶揄されたりしたが、どうして、今の耳で聴くと、フュージョン・ジャズに通じる高い演奏技術に裏付けられた、なかなかタイトでテンションの高いパフォーマンスを繰り広げている。

このアルバム『Silk Degrees』は、AORの代表的名盤とされるだけあって、収録された全ての曲が良く練られており、とてもキャッチャーで実に耳当たりの良い、それでいて、しっかりとロック風のリズム&ビートが効いた、確かに、それまでのロックのパフォーマンスとは一線を画する、都会的で大衆的でソフィストケートされたロックと言えるものです。

収録された楽曲は、今の耳で聴いても全て良いのだが、やはりシングル・カットされたヒットした「Lowdown」が、頭一つ抜け出しているかなあ。ドラムとベースが淡々とリズムを刻み、あの「ザ・ハッスル」風なリフも聞けて、ちょっとR&B風な味付けが「粋」なソフトロック。
 

Silk_degrees

 
冒頭の「What Can I Say」も良いなあ。冒頭のイントロから、実にジェフ・ポーカロらしい、タイトなフィルインで始まるところなんか「格好良さ」の極み。適度な重さがあるリズム・セクションが爽快。ボズ流のフィリーソウルといった雰囲気が実に「鯔背」だ。

そして何と言っても、LP時代にはそれぞれの片面の最後に収録された2曲のバラード「Harbor Lights」と「We're All Alone」は外せない。この2曲って、当時シングル・カットされていないんですよね。

しかし、この2曲のバラードの内容は「絶品」で、当時、僕は「ロックにもこんなに洒落た内容のある美しいバラードができるんや」と大感激しました。「We're All Alone」は今やスタンダード曲化し、「Harbor Lights」は今、聴いてもしみじみしてしまう「色褪せない瑞々しさ」を保持しています。

高校時代、プログレ小僧、サザンロック野郎だった「ロック少年」が、このアルバムをきっかけに、急速に「AOR化」していきました。自身が「大人」になって、音楽に対する感性が大きく変化したということもあったし、ジャズを聴き始めた、という変化もあったのでしょうが、振り返ってみると、自分でもビックリするほどの「コペルニクス的転回」です(笑)。

大学に入って初めて、ロックに触れた友人達が、Zepの『プレゼンス』のハードさに感動したり、Pink Floydの『狂気』を聴いて、そのアーティスティックな音世界にドップリ浸かったり、Deep Purpleの『マシンヘッド』のリフを口ずさんだりしているのを、「子供やのう」と微笑ましく見るようになっていましたね〜。Bestlesを話題にする奴なんて「お子ちゃま」として論外でした(笑)。

1970年代後半、米国の音楽シーンが、西海岸の音楽シーンを中心に「AOR」化し、それと呼応する様に、ジャズの世界では、クロスオーバー・ジャズからフュージョン・ジャズへの展開が加速。そこはかとなくファンクネス香る「ソフト&メロウ」な音作り、ジャズのフレーバーが漂うクロスオーバー的なサウンド、そして、卓越した優れた演奏力が加わった、都会的で大衆的でソフィストケートされた音楽が主流になっていた。そんなロックやジャズのトレンドに敏感に反応していたと言うことも背景にあったんだろうと思う。

理屈はともかく、1970年代後半と言えば、僕は大学時代真っ只中。ドライブミュージックやリゾートミュージックとして、はたまた、ジャズの聴き込みの合間に、このAORのアダルトでメロウな雰囲気に、ドップリと浸っていましたねえ。そんな僕のAOR化を「覚醒」したボズ・スギャックスの『Silk Degrees』。やはり、僕にとっても「AORの代表的名盤」ですね。 

 
 

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2012年9月 1日 (土曜日)

AOR好きにとって定番中の定番

1970年代後半、ある日突然、降って湧いたように出現し、ロック・シーンを席巻したAOR。恐らく、日本独特の音楽ジャンル言葉だと記憶しているが、ここでのAORとは「アダルト・オリエンテッド・ロック」の略である。

1970年代後半に出現した「AOR」と呼ばれた新しいロックの形態。そこはかとなくファンクネス香る「ソフト&メロウ」な音作り。ジャズのフレーバーが、そこかしこに漂うクロスオーバー的なサウンド。そして、卓越した優れた演奏力が加わって、所謂「大人のロック」を現出している。アウトローな、反抗の象徴の様な、メッセージ性を帯びた従来のロックでは無い、都会的で大衆的でソフィストケートされたロックという形容が当たっているのではないか、と思います。 

1970年代後半と言えば、僕は大学時代真っ只中。ドライブミュージックやリゾートミュージックとして、はたまた、ジャズの聴き込みの合間に、このAORのアダルトでメロウな雰囲気に、ドップリと浸っていましたねえ。
 
こんな商業主義的で大衆的なロックに浸りきってええんか、と自分を責めながらも、このAORの心地良いサウンドに惹き込まれていました。まあ、やはり曲が良くて演奏が良かったんで、それはそれで仕方が無いことだったということで・・・(笑)。

AORの名盤は、と問われれば、まず、このBobby Caldwell『Evening Scandal』(写真左)を挙げます。このアルバムは、ボビー・コールドウェルの1978年のデビュー作。
 
Bobby_caldwell
 
もともと原題は『Bobby Caldwell』と記憶していますが、今では『Evening Scandal』の方が通りが良いようです。どうもこの『イブニング・スキャンダル』は、日本でのアルバム発売時の邦題だっだようですね。

当時、シングルカットされてヒットした「Special To Me」や「What You Won't Do For Love(風のシルエット)」といった、リズミカルでソウルフルな曲を聴けば、もう気分は「AOR」=「大人のロック」である(笑)。特に「風のシルエット」はクールでジャジーなサウンドと渋いボーカルが特徴で、ジャズやフュージョンの曲と同列で繰り返し聴いていた。

今の耳で聴いても、とにかく都会的でソフィストケートされた、ボビー・コールドウェルの独特な声と切ないメロディがとても心地良い。当時は、AORとフュージョン・ジャズを分けて聴いてはいたが、今の耳で聴くと、同じ性質、同じ方向性を持った音なのでは、と思う。ジャズに寄ったら「フュージョン・ジャズ」、ロックに寄ったら「アダルト・オリエンテッド・ロック」という感じだ。

アルバム・ジャケットも、実に「AOR」していて、ボビー・コールドウェルのAORな音が聴こえてきそうな、なかなか優れもののジャケット・デザインだと思います。そうそう、AORのアルバム・ジャケットって、そこはかとなく「粋」で「洒落た」ものが多いんですよね〜。

AOR好きにとっては定番中の定番であるこのアルバムは、AORというジャンルのロックの特徴・個性がギッシリと詰まっています。つまり、このBobby Caldwell『Evening Scandal』は「AORとは何か?」という質問への返答に持ってこいのアルバムです。う〜ん、これはこのアルバムを聴いて貰わなければ判らんかもしれんなあ。

 
 

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