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2012年8月の記事

2012年8月31日 (金曜日)

コッテコテなクルセイダーズ

今を去ること30〜40年ほど前。1970年代後半から1980年代前半がフュージョン・ジャズの全盛期であった。

この時代は、僕が大学生になって、ジャズ者になって、ジャズ者初心者駆け出しの頃。純ジャズは何かと難易度が高くて、純ジャズにチャレンジして耳が疲れてきたら、フュージョン・ジャズに走って、耳を和ませていた(笑)。

そんなフュージョン・ジャズのお気に入りのバンドの一つが「The Crusaders(ザ・クルセイダーズ)」。フュージョン・ジャズ全盛の頃、ザ・クルセイダーズのアルバムは聴きに聴いた。

もともとはテキサス州のハイスクールで同級生だったウェイン・ヘンダーソン(tb)、ウィルトン・フェルダー(ts)、ジョー・サンプル(key)、スティックス・フーパー(ds) の4人が結成したグループがベース。何度かグループ名をチェンジして、1971年にグループ名を「ザ・クルセイダーズ」とした。

1971年〜1976年、このオリジナル・メンバー4人に加えて、最初期から準メンバーとして参加しており、1974年に正式メンバーとなっていたラリー・カールトン(g)が加わった時代が、ザ・クルセイダーズの最も充実した活動期だった。

ザ・クルセイダーズのフュージョンの特徴は、スマートで素性の良いファンキー・フュージョンであるというところ。特に、ファンキーとは言え、コッテコテでは無い、非常に洗練されてスマートなファンクネスが、ザ・クルセイダーズの特徴。アレンジも端正で素性が良く、決して破綻することの無い、緻密でありながら豪快に展開する演奏は、かなり聴き応えのあるものだ。
 

Chain_reaction

 
そんなザ・クルセイダーズの充実期のアルバムの中で、僕が一番に推すの盤が『Chain Reaction』(写真左)。1975年のリリースになる。非常に洗練されてスマートなファンクネスをプンプンと漂わせながら、緻密でありながら豪快に展開するグルーブは、ザ・クルセイダーズ独特の個性。

冒頭の「Creole」のファンクネス溢れる前奏、そして、カールトンES-335の「一本弾き」の音を聴くだけで、ドップリとザ・クルセイダーズのファンキー・フュージョンの世界に浸かってしまう。

フェルダーの豪快でファンキーな「泣きのサックス」、フーパーのグルーブ感溢れる「リズム&ビート」。サンプルの緻密で洗練された「ファンキー・キーボード」。重量感溢れるヘンダーソンの輝く様なブラスの響きが極上の「コッテコテなトロンボーン」。そして、カールトンのES-335での「絶妙なカッティング」。

この『Chain Reaction』には、ザ・クルセイダーズのフュージョンの特徴である、スマートで素性の良いファンキー・フュージョンがギッシリと詰まっている。ファンクネス度合いが一番強い、ノリノリでコッテコテなクルセイダーズを愛でるなら、このアルバムがイチ押しです。

アルバム・ジャケットのデザインがちょっと単純なので損をしているが、フュージョン者の方々であれば、このアルバムは聴いて損はありません。というか、ファンキー・フュージョンの代表作として、フュージョン・ジャズの推薦盤として、マスト・アイテムではないでしょうか。

このアルバムでのクルセイダーズのうねるようなグループ感は極上です。ジャズロックの名盤の一枚としてノミネートしても良いかとも思います。

 
 

大震災から1年が過ぎた。決して忘れない。常に関与し続ける。

がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力しよう。 

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2012年8月30日 (木曜日)

不思議な雰囲気のギターである

不思議な雰囲気のギターである。国籍不明、ジャンル不明な、ちょっと「ヘタウマ」なギター。初めて聴いた時は「???」。なんやこのギターは、って感じで狼狽えていた(笑)。Gabor Szabo『Macho』(写真左)である。

邦題は『ハンガリアン・ラプソディー』。副題は「ボブ・ジェームス フィーチャリング ガボール・ザボ」。日本のレコード会社は「あざとい」。ガボール・ザボのリーダー作なのに、メジャーで無いガボール・ザボの名を最初に語らずに、当時、既にメジャーだったボブ・ジェームスを頭に持ってきている。ガボール・ザボ本人が知ったら怒るだろうな〜(笑)。

この邦題の『ハンガリアン・ラプソディー』、僕にとっては、欧州でありながらも東欧のエキゾチックな雰囲気がプンプンして、何も考えず思わず手に入れた。当時、まだジャズを聴き始めて2年目のジャズ者初心者。何が良くて何が悪いかなんて全く判らない。ついつい邦題の雰囲気につられて購入に至った。

しかし、聴き始めて「???」。バックの演奏は、一流のフュージョン・ジャズ。基本はジャズ。そんなジャジーなリズム&ビートに乗って、出てくるギターは、全くジャジーでは無いギター。ジャジーでも無ければ、ロックでも無い。はたまたクラシックでも無い。そこはかとなくマイナーな響きだけが、ちょっとだけ「ジャジー」。国籍不明、ジャンル不明な、ちょっと「ヘタウマ」なギター。

それがGabor Szabo(ガボール・ザボ)のギター。ガボール・ザボって1936年生まれのハンガリー出身のギタリスト。ジプシー特有のフィーリングのプレイが特徴。

不思議なギターである。従来のスタンダードな、ジャズ・ギターの音色がしないし、展開やフレーズも、従来のジャズ・ギターの伝統を全く引き継いでいない。どう聴いても「ジャジー」では無いギター。ちょっとマイナーな響きが特徴。このマイナーな哀愁たっぷりなギターを捉えて、ガボール・ザボのギターをあからさまに「ジプシー・ギター」と形容する人もいる。
 

Macho

 
全くジャジーな雰囲気の伴わない不思議なギター。一流のフュージョン・ジャズのリズム&ビートにのって、そんな不思議なギターがパキパキと硬質なフレーズをもって、良い意味で「のらりくらり」と展開していく。実に伸びやかでリラックスした硬質なフレーズ。ちょっと「ヘタウマ」でパッキパキな「トレモロ」奏法などは、明らかにこれは「ガボール・ザボ」の個性である。

アレンジはCTIレーベル御用達のボブ・ジェームス。流麗でフュージョンなボブ・ジェームスのアレンジは、全くフュージョン的ではないガボール・ザボのギターを、とことん「際立たせる」。フュージョン・ジャズとは「融合」のジャズ。ハンガリアンなジプシーなギターをフュージョン・ジャズ化させていく。

ちなみにパーソネルは、Louis Johnson (b), Harvey Mason (ds), Eric Gale, Gabor Szabo (g), Bob James (key), Tom Scott (ts), Idris Muhammad, Ralph MacDonald (per), George Bohanon (tb), John Faddis (tp)。バックのリズム・セクションは、フュージョン・ジャズの腕利きばかり。バックで、ガボール・ザボのギターを楽しみながら、ガボール・ザボのギターを際立たせる職人芸。

アルバムを全体を聴き通せば、明らかにこの『Macho』というアルバムは、内容的にフュージョン・ジャズの優れものであることが良く判かる。そして、ガボール・ザボのギターが、如何にジャズから外れているか、フュージョン・ジャズから外れているかが良く判る。それでも、アルバム全体の雰囲気は、聴いて楽しい「フュージョン・ジャズ」。

ハーレー・ダビッドソンのエンジンが格好良いジャケット・デザインとこのアルバムの内容とは全く関連性が無い(笑)。アルバム・タイトルの『Macho』も、なぜそういうタイトルになったのかが全く理解出来ない(笑)。

「Macho」とは「男らしい,男っぽい」の意。でも、このアルバムの内容は、決して「男らしい,男っぽい」内容では無い。どちらかと言えば哀愁漂うジプシーチックなもの。リーダーのガボール・ザボのギターを始めとして、何から何まで良く判らない不思議なギターのアルバムである。

 
 

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2012年8月29日 (水曜日)

夏はボサノバ・ジャズ・その14

夕方7時になると、もう日はとっぷり暮れて、なにか物寂しい雰囲気のする8月末の夕暮れ時。ゆく夏を名残惜しむような、少し物寂しさ漂う夕暮れ時。もっとも、今年はまだまだ厳しい残暑が続いていて、日が暮れた後の涼しい風に吹かれながら、ゆく夏を名残惜しむ、という雰囲気にはならないのが玉に瑕ではあるが・・・。

ゆく夏を名残惜しむように、その少し物寂しい雰囲気を愛でるには「ボサノバ・ジャズ」が一番。しかし、今年の8月の終わりは、残暑厳しく猛暑日の連続。身体も心もへとへとである。ということで、ここは、端正でエッジの立った、絵に描いた様な、健康優良児的な純ジャズでガツンと気合いを入れて、あと少し、今年の厳しい残暑を乗り切る、ってことにチャレンジしたい。

そんな想いの中、選んだボサノバ・ジャズが、Manhattan Jazz Quartet『Blue Bossa』(写真左)。2003年2月19〜20日の録音。

ちなみにパーソネルは、David Matthews (p), Lew Soloff (tp), Andy Snitzer (ts), Charnett Moffett (b), Victor Lewis (ds)。いやいや、2003年当時、優れた中堅〜ベテランミュージシャンを集めたような、素晴らしいメンバー構成です。

このアルバムは、表題曲「Blue Bossa」を始めとして、ボサノバやサンバの名曲が半分以上含まれる内容になっています。ボサノバやサンバの名曲以外の曲も、アレンジメントについは「硬派なボサノバ&サンバ」のアレンジメントを踏襲していて、アルバム全体、アルバム・トータルとしては「ボサノバ・ジャズ」の優れものという解釈をしても良いかと思います。

Mjq_blue_bossa

このMJQのアルバム、「ボサノバ・ジャズ」の優れものとはしながらも、ライトで軽快でエキゾチックな雰囲気漂う演奏内容では無くて、シャープで端正でエッジの立った、スピーディーで疾走感溢れる演奏内容が特徴の、実に硬派な内容の「ボサノバ・ジャズ」に仕上がっています。明るく楽しくポジティブなMJQの純ジャズ。

なんといっても、デビッド・マシューズのアレンジメントの勝利でしょう。「硬派なボサノバ&サンバ」なジャズというところで、雰囲気で流すなんてことは全く無くて、決めるところは決める、決めて決めて決めまくる、端正でエッジの立った、絵に描いた様な、健康優良児的な純ジャズを前面に押し出した、実に格好良い仕上がりになっています。

マシューズのアレンジって、2〜3フレーズを聴けば、絶対にマシューズのアレンジって判る位に個性的で、このアルバムの中でも、全編に渡って、マシューズのアレンジが冴え渡っています。フュージョン世代以降の純ジャズという音作りで、聴き応え十分です。

なにもアンニュイでライトで軽快でエキゾチックな雰囲気漂う演奏だけが「ボサノバ&サンバ」ジャズではありません。この『Blue Bossa』の様に、硬派で端正でエッジの立った、絵に描いた様な、健康優良児的な純ジャズをベースとした「ボサノバ&サンバ」ジャズも意外と面白い。

カッチリしていて、実に聴き易い。そういう意味では、今年の様な残暑厳しき折、萎えそうな心と身体をしゃんとさせるような、格好を付けた、どこから聴いても「ハードバップ」な、カッチリとした純ジャズな「ボサノバ&サンバ」ジャズは意外と良いものです。

マシューズのアレンジメントが冴え渡る、どこから聴いても「ハードバップ」な、カッチリとした純ジャズな「ボサノバ&サンバ」ジャズ。ジャズ者初心者からジャズ者ベテランまで、幅広く愛でることが出来る、なかなかの好盤だと思います。

 
 

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2012年8月28日 (火曜日)

ビッグバンド・ジャズは楽し・17

ビッグバンド・ジャズの聴きどころは「迫力」と「豪快な展開」である。フロントを司るブラスの分厚いユニゾン&ハーモニーは、ビッグバンド・ジャズの一番の聴きどころ。

煌びやかな、ブルブル震える様なブラスの響き。そして、ブラスに負けじとダイナミックに豪快に叩きまくるドラム。そんな音の洪水、音の饗宴の中に滑り込む様に「一服のクールさ」を提供するピアノ。

圧倒される様な音圧と和音の迫力がイチ押しの「絵に描いた様なビッグバンド」が僕は好きだ。聴いていてスカッとする。そんな絵に描いた様なビッグバンドのひとつが、Maynard Ferguson(メイナード・ファーガソン)の主宰するビッグバンド。

そんなメイナード・ファーガソンのビッグバンドの中で、結構、気軽に良く聴くアルバムが、Maynard Ferguson & Big Bop Nouveau Band『Footpath Cafe』(写真左)。1992年7月6〜7日、ベルギーは、Heist-Open-BergのHanita Jazz Clubでのライブ録音。

ジャズ・クラブでのライブ録音だけあって、ビッグバンドの躍動感がダイレクトに伝わってきて、かなりの迫力。冒頭の「Get It to Go」から、もう「ノリノリ」である。
 
圧倒される様な音圧と和音の迫力が、グイグイと耳に迫ってくる。ハイノート・ヒッターとして有名な、リーダー、メイナード・ファーガソンの高音トランペットが炸裂する。スリリングなドライブ感と圧倒的な音圧感。
 

Maynard_f_footpath_cafe

 
3曲目の「Brazil」なぞ、これはもう音の洪水、音の饗宴。目眩くブラスの響き、躍動感が溢れまくるドラム、南米なフレーズを叩きまくるピアノ。ビッグバンド・ジャズの「カーニバル」。もう踊りまくるしかないサンバな展開、サンバなリズム。ダイナミックな展開が堪らない。

あまりに際限なく、盛り上がるだけ盛り上がる「圧倒される様な音圧と和音の迫力」なので、曲が進むにつれ、ビッグバンド・ジャズの音は「音の大洪水」と化し、リズム&ビートは叩きまくるにまかせ、ブラスのアドリブ・ソロは最早フリー・ジャズ一歩手前。ジャズ者初心者の方々の耳には「五月蠅い」だけの「音の喧噪」に舞い上がっていく。

でも、その「音の喧噪」に舞い上がっていくところも、ビッグバンド・ジャズの聴きどころのひとつなんですよね。このやや混沌とした「音の喧噪」も、音に圧倒される快感があって、なんともいえず、耳に心地良い瞬間が訪れます。まあ、ジャズ者初心者の頃は、五月蠅い、としか感じなかったのも事実なんですが・・・(笑)。

1970年代〜1980年代、クロスオーバー・ジャズ〜フュージュン・ジャズ路線を疾走した、メイナード・ファーガソン率いるビッグバンド。このアルバムでは、原点回帰という面持ちで、ビッグバンドの基本とでも言うべき「バップ」回帰を果たしていて、とにかく、聴いていて楽しいライブ盤に仕上がっています。

メイナード・ファーガソンが、ダイナミックでゴージャスな「絵に描いた様なビッグバンド・ジャズ」の基本的な醍醐味をたっぷり聴かせてくれる、ビッグバンドのお手本の様なアルバムです。

 
 

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2012年8月27日 (月曜日)

パット・メセニーの「原点回帰」

僕がジャズ者になって、ジャズ者駆け出しの初心者の頃から、敬愛するギタリスト、パット・メセニー。現代のジャズ界を代表するエレギ奏者。アコギを弾かせても素晴らしいテクニシャン。1954年生まれなので、今年で58歳。大ベテランというか、もう大御所の類である。

彼のギターは個性的。ワンフレーズ聴いただけで、パットと判る個性は素晴らしい。特にエレギが特徴的で、彼が開発した独特のギター・シンセの音は唯一無二な響きを有する。というか、エレギのプレイヤーで、パットほど、ギター・シンセに精通し、ギター・シンセを操る者はいない。

そんなパット・メセニー、最近は「メインストリームなジャズ」に傾倒中。パット・メセニー・グループ(PMGと略す)でのフォーキーでネイチャーな響きを有する、スケールの大きいメロディアスな展開を踏襲すること無く、パット個人として、メインストリームなジャズを追求している。

そんな「メインストリーム」な成果の一枚が、今年7月にリリースした『Unity Band』(写真左)。PMGを離れて、パット個人の「コンテンポラリー・ジャズ」がここにしっかり記録されている。ちなみにパーソネルは、Pat Metheny (el-g,ac-g,g-syn,orchestrionics), Chris Potter (ts,b-cl, ss), Ben Williams (b), Antonio Sanchez (ds)。サックス奏者のクリス・ポッターの参入が目玉である。

冒頭の「New Year」を聴くと、パットの考える「コンテンポラリー・ジャズ」というものが良く理解出来る。伝統的なジャズの響きを排除して、あくまで「コンテンポラリー・ジャズ」な響きを優先させた展開。そして、滑り出てくるような覇気溢れるテナーはクリス・ポッター。

う〜ん良いなあ。マイナーなトーンでも無く、ファンキーなトーンでも無い。でも、実にジャジーなトーンは、パット・メセニーの「コンテンポラリー・ジャズ」路線の真骨頂。そこに高らかに響くテナーの音色。決して、コルトレーンをなぞるのでは無い、個性的なコンテンポラリーな響きを宿した、クリス・ポッターのテナ−。新鮮な響き。
 

Pat_unity_band  

 
「原点回帰」とパットは表現する。「原点回帰」とは、いかなるものか。僕はこの最新作『Unity Band』を聴いて、ECMからリリースされたパットの名盤『80/81』を思い出した。この『80/81』は、パットのメインストリーム・ジャズ宣言なアルバム。今で言う「コンテンポラリー・ジャズ」なアルバム。今から30年前。パットのメインストリームなジャズの原点。

今回の『Unity Band』は、そんな「メインストリーム・ジャズの原点」なパットを彷彿とさせる。優れたフロント・パートナーであるテナー奏者の存在も共通項。『80/81』では、かの早逝の天才テナー奏者マイケル・ブレッカーが吹きまくっていた。この『Unity Band』では、中堅テナー奏者クリス・ポッターが吹きまくる。優れたテナー奏者がフロント・パートナーである「符号の一致」。

まるで、あの『80/81』に還った様な、あのパットのメインストリーム・ジャズ宣言なアルバムの雰囲気に還った様な『Unity Band』の内容と展開。なるほど、「原点回帰」とパットが表現するのが良く理解出来る。2曲目「Roofdogs」の様に、あの『80/81』の様に、キャッチャーで印象的なフレーズを宿した楽曲が多く収録されている。

そして、7曲目「Signals」の様にフリーキーな演奏もパット個人のアルバムならではである。あの30年前の『80/81』では、フリーキーな演奏は、パットが敬愛するオーネット・コールマンのフリーキーなマナーを踏襲した。しかし、今回の『Unity Band』では、パット・オリジナルなフリーキーなマナーで、終始、押しまくる。パット独自の個性の展開。

現時点での、パットが考える「コンテンポラリー・ジャズ」が、このアルバム『Unity Band』に、ギッシリと詰まっています。アドリブ・フレーズも印象的なフレーズが多く、鑑賞するに「聴き応え」のある、実に優れた内容の「コンテンポラリー・ジャズ」です。

面白いのは、アドリブ・フレーズも印象的なフレーズが多いのですが、PMGの持ち味である「フォーキーでネイチャーな響きを有する、スケールの大きいメロディアスな展開」を極力排除して、パット個人の「コンテンポラリー・ジャズ」な展開を最優先しているところ。パット個人名義のアルバム作成に対する、パットの「矜持」を感じることが出来て、とても頼もしい限りです。

 
 

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2012年8月26日 (日曜日)

ジャズ喫茶で流したい・36

今日は、全くもって久し振りに「ジャズ喫茶で流したい」特集の第36回目。約半年ぶりになります。(ちなみに、この「ジャズ喫茶で流したい」特集は、ブログの右にある「カテゴリー」にエントリーしてありますので、過去の記事はこの「カテゴリー」から検索して下さいね)

さて、何も、ジャズ入門本、ジャズ盤紹介本、ジャズ雑誌の特集で紹介されたアルバムだけが優れた内容の盤では無い。ジャズ入門本、ジャズ盤紹介本、ジャズ雑誌の特集では、ほとんど、というか、全く紹介されない盤の中に「隠れ名盤」と呼ぶに相応しい、素晴らしい内容のジャズ盤が多々ある。

そんな、ジャズ入門本、ジャズ盤紹介本、ジャズ雑誌の特集では、ほとんど、というか、全く紹介されない「隠れ名盤」と呼ぶに相応しい、素晴らしい内容のジャズ盤は、ハードバップの時代(1950年代半ば〜1960年代前半)に録音されたものが確率的に多い。

例えば、このClark Terry(クラーク・テリー)の『Serenade To A Bus Seat』(写真左)もそんな「隠れ名盤」な一枚である。ちなみにパーソネルは、Clark Terry (tp); Johnny Griffin (ts); Wynton Kelly (p); Paul Chambers (b); Philly Joe Jones (ds)。1957年4月27日の録音。

クラーク・テリーと言えば、マイルス・デイヴィスの大きな影響を与えたということで有名なトランペッター。1920年生まれなので、マイルスより6つ年上。ハードバップ時代には、35歳〜45歳と中堅トランペッターとして君臨していた計算になる。

その割に、ハードバップ時代の代表的トランペッターとして、その名が挙がることはほとんど無い。このクラーク・テリー、ジャズ界で活躍した経歴も長く、録音したリーダー作も多々あるのだが、その割にジャズ者の方々の中では、あまり、というか、ほとんど名前の挙がらないトランペッターである。

数多くのリーダー作を残しているにも関わらず、決定的なリーダー作や決定的な名演について、「これっ」と言ったものが無いので、そういうところから、クラーク・テリーは、ジャズ者の方々にとっては、頻繁に聴かれるトランペッターではないのかもしれませんね。
 

Clark_terry_serenade

 
しかし、この『Serenade To A Bus Seat』は違います。というか、この『Serenade To A Bus Seat』って、クラーク・テリーの決定的なリーダー作、決定的な名演に挙げて良い、素晴らしい内容のハードバップ盤です。なんや、クラーク・テリーにも、決定的名盤ってあるやんか。

フロントの相棒に、リトル・ジャイアントと呼ばれた、ジョニー・グリフィンを採用して、クラーク・テリーと双頭フロントを形成しているのですが、この双頭フロントが実に良い。音色といい、フレーズといい、相性抜群のトランペットとテナーの双頭フロントです。ソフトで暖かなフレーズが身上のテリーに、豪腕なハード・ブローで攻めるグリフィンとのコントラストが実に「ハードバップ」しています。

リズム・セクションはと見渡すと、これまた、実に渋いリズム・セクションの選択です。ピアノには、そこはかとなく哀愁を帯びた健康優良児的ハッピー・スインガーのウィントン・ケリーを配し、ベースには、当時、ファースト・コール・ベーシストであったポール・チェンバースを持ってきています。そして、ドラムには、アグレッシブでダイナミックなハードバップ・ドラマー、フィリー・ジョーが座ります。このリズム・セクションって、良く見れば、マイルス・スクールの出身で、その演奏の質については、かなり高いものがあります。 

このパーソネルを見るだけでも、このアルバムの内容については十分に期待できますね。悪かろうはずがありません。スタンダード、パーカーナンバー、オリジナルと、バランス良く揃った選曲も良くて、演奏全体の雰囲気は、程良くチャーミングなフレーズを織り交ぜながらも、演奏の基本は「バッピッシュ」。

良いアルバムです。何故が理由は判りませんが、ほとんど、ハードバップ時代の名盤には名を連ねることは無いアルバムですが、内容は実に良い、絵に描いた様なハードバップな音が体験できる優秀盤だと思います。

全編に渡って聴き易い演奏が詰まっていて、ジャズ者初心者の方々にもお勧めです。暫く、なかなか入手し難かった盤ですが、2009年に「KEEPNEWS COLLECTION」として24Bitリマスターとしてリイシューされて、音も圧倒的に良くなって、入手し易くなりました。

そして、最後に、このアルバムのジャケットが秀逸。なんて素晴らしいジャケット・デザインなんでしょう。この近代絵画の様な、バランスの取れた、印象的なアルバム・ジャケット。このジャケットが、1957年に録音された、ハードバップな演奏が詰まったアルバムのジャケットに採用されているのですから、やっぱり、ジャズってなんだか、実にアーティスティックですよね〜。このジャケット・デザインには、いつも見る度に感心させられます。

 
  

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2012年8月25日 (土曜日)

ジャズ・ロックなジェフ・ベック

1960年代、ビートルズの出現がきっかけとなって、ロックがポップ・ミュージックの筆頭に躍り出る。1970年を迎える頃には、ロックがポップ・ミュージックとして定着する。その影響でジャズは、ポップ・ミュージックとして斜陽な音楽ジャンルに転落する。

そういう状況の中、ジャズはロックの要素を取り入れ始める。電気楽器、及び、8ビートの導入である。そして、ロックの楽曲をカバーするケースも多発した。ある面、ジャズのロックに対する「迎合」という状況に陥った訳やし、ロックの要素の取り込みによって、ジャズのバリエーションが広がったという見方も出来る。

ポジティブに、ロックの要素の取り込みによって、ジャズのバリエーションが広がった結果として、ジャズ・ロックという演奏ジャンルが定着する。あくまでベースはジャズなんだが、ロックの要素を巧みに取り入れて、ジャズとして新しい響きを獲得している。いわゆる、ジャズからロックへのアプローチである。

1970年代に入って、ジャズはロックの要素を積極的に取り込んで発展する。マイルス・デイヴィスを中心としたエレクトリック・ファンクな展開や、電気楽器と8ビートの導入によるクロスオーバー・ジャズの出現。クロスオーバー・ジャズに「ソフト&メロウ」な要素など、ロックのトレンドを積極的に反映したフュージョン・ジャズ。どれもが、ジャズからロックへの積極的なアプローチであった。

しかし、逆に、ロックからジャズへのアプローチもある。こちらの方は、動機は該当するロック・ミュージシャン個々の動機によるもので、ジャズの様に、音楽ジャンルとして生き残りをかけた、共通の「決死の想い」を反映したものでは無い。しかし、1970年代、僕は「ロック小僧」。このロックからジャズへのアプローチによって、僕はジャズに触れて、ジャズを感じた。

僕が最初に、ジャズに触れて、ジャズを感じた「ロックからジャズへのアプローチ」は、Jeff Beckの『Wired』(写真)。1976年のリリース。Jeff Beck(ジェフ・ベック)とは、日本で言われる「三大ロック・ギタリスト」の一人。ギター・インストをやらせたら右に出る者はいない、超絶技巧なテクニックを携えた、完璧な「エレギ職人」である。
 
Jeff_beck_wired
  
この『Wired』の参加ミュージシャンの面子を眺めると、このキーボード担当のヤン・ハマーとドラマーのナラダ・マイケル・ウォルデンは、ジャズ・ロックの雄、マハビシュヌ・オーケストラのメンバーとして活動していた経歴を持ち、いずれも超絶技巧なテクニックを誇る、エレクトリック・ジャズ系のミュージシャン。この二人の存在が、このこの『Wired』に、そこはかとない「ジャジーな雰囲気」を与えている。

特に、この『Wired』の持つ「ロックからジャズへのアプローチ」には、ジャズ畑のヤン・ハマーのキーボード参加が効いている。このヤン・ハマーのキーボードが、1976年当時の「クロスオーバー・ジャズ」の雰囲気をプンプンさせていて、このジェフ・ベックのアルバム全体に、ジャジーな雰囲気を振りまいているのだ。

そして、このアルバム『Wired』の収録曲の中で、ロックからジャズへのアプローチの代表例とされる楽曲が「Goodbye Pork Pie Hat(グッドバイ・ポーク・パイ・ハット)」。
 
チャールズ・ミンガスの思いっきりジャジーな名曲である。オフビートなジャジーな雰囲気を抑え気味に、乾いたファンクネスをインプロビゼーションの底に湛えて、主役のジェフ・ベックは骨太なエレギ・ソロを聴かせてくれる。

このアルバム『Wired』では、ジェフ・ベックの、クロスオーバー・ジャズ、若しくは、来るべきフュージョン・ジャズへの、ロックからの返礼とも言える、インスト中心の自由度の高いインプロビゼーションが堪能出来る。決してジャジーな雰囲気に浸りきらない、ロックなビートの矜持を維持した、あくまで「ロックからジャズへのアプローチ」。根はロックであり、インプロビゼーションのバリエーションとしての「ジャズの要素の取り込み」なのだ。

僕は、このジェフ・ベックの『Wired』で、ジャズを感じ、クロスオーバー・ジャズ、フュージョン・ジャズを意識した。僕に取って、記念すべきアルバムの一枚である。今でも、このアルバムは大好きだ。ジャケット・デザインは、あまりにシンプル過ぎるけど、このアルバムの内容は凄い。

このアルバムは、「ジャズからロックへのアプローチ」の成果である「ジャズ・ロック」の名盤では無く、「ロックからジャズへのアプローチ」の成果なので、「ロック・ジャズ」的な名盤とでも表現した方が良いかもしれないww。
 
 
 

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2012年8月24日 (金曜日)

マイルス・イン・トーキョー!

マイルス・デイヴィス、1960年代伝説のクインテットのリズム・セクションを得て、後は、フロント楽器の片割れ、サックス奏者を招き入れるだけとなった、マイルスの1963年。しかし、お目当てのテナー奏者が、アート・ブレイキーとの契約が先になって、お預けとなる。そのテナー奏者とは、ウェイン・ショーター。

理想的なリズム・セクションに恵まれたが、肝心のフロント楽器のパートナーが来ない。仕方が無いので、まずは、ジョージ・コールマンを招き入れる。ジョージ・コールマンのテナーは、ジョン・コルトレーンそっくり。ちょうど、マイルスの下から独立した、アトランティック・レーベル時代のコルトレーンの音にそっくり。

このジョージ・コールマン、マイルスのお気に入りリズム・セクションの中の、ドラムのトニーが全く気に入らなかった様で、どうも上手くマイルス・クインテットに馴染まなかった。でも、マイルスにとっては問題無い。当時、マイルスにとっては、ウェイン・ショーターこそが唯一無二のフロント・パートナーなのだ。

そして、この『Miles In Tokyo』(写真)においては、ジョージ・コールマンが脱退し、替わって、サム・リバースがフロント・パートナーのテナー奏者の位置に座る。ちなみにこの『Miles In Tokyo』、1964年7月14日、新宿厚生年金会館でのライブ録音。ちなみにパーソネルは、Miles Davis (tp) Sam Rivers (ts) Herbie Hancock (p) Ron Carter (b) Tony Williams (ds)。

このサム・リバースは、ドラムのトニーの推薦。しかしなあ、トニー。このサム・リバースもコルトレーンのそっくりさん。このサム・リバースは、インパルス・レーベルに移籍した頃のコルトレーンの音にそっくり。そっくりというか、コルトレーンよりも、音がこなれていて聴き易い。 でも、マイルスにとっては問題無い。当時、マイルスにとっては、ウェイン・ショーターこそが唯一無二のフロント・パートナーなのだ。

ウェイン・ショーターが来ない間は、フロント楽器のパートナーは、よっぽどおかしなサックス奏者でなければ良い。逆に、圧倒的な若輩者、トニーの意見を抵抗なく取り入れて、サム・リバースを入団させる、マイルスの「太っ腹」。大らかに構えるマイルスの、将来ジャズ背負って経つ優れた人材であるトニーへの「活きた教育」。
 

Miles_in_tokyo

 
つまりは、マイルスは、コルトレーンの幻影など追い求めてはいない。マイルスの「間を活かした」、モーダルでクールなハード・バップな表現には、もはやコルトレーンは必要が無かった。トニーは、まだそれを理解していなかった。それをマイルスは、トニーに身を持って体験させた。その成果が『Miles In Tokyo』の音世界である。

トニー、ハービー、ロンのマイルスにとって最高なリズム・セクションに乗りつつ、インプロビゼーションを展開するフロント・テナーの音は、サム・リバースでは無い、ということが、『Miles In Tokyo』を聴き通すことで判る。他の同時期のブートの音源を聴いても思う。つまりは、このサム・リバースは、コルトレーンのそっくりさんではあるが、コルトレーンを越えるものでは無い。そんな唯一無二では無い個性は、当時のマイルスの下では必要が無かった。

とにかく、この時点で、マイルスにとっては、ウェイン・ショーターこそが唯一無二のフロント・パートナーなのだ。もはや、ウェイン・ショーターがマイルスの下に参入してこない限り、マイルスにとっては、テナー奏者は誰でも良いのだし、興味の対象外なのだ。当時のマイルスは、ウェインが来たる日の為に、トニー、ハービー、ロンのマイルスにとって最高なリズム・セクションをマイルス好みに鍛え上げるだけが楽しみだったと推察する。

でも、この『Miles In Tokyo』でのマイルスのトランペットは輝いている。本当にマイルスのトランペットは味が合って「上手い」。そして、トニー、ハービー、ロンのリズム・セクションは、マイルスにとって最高なリズム・セクションである。この『Miles In Tokyo』を聴いていて、それが良く判る。

『Miles In Tokyo』は、マイルスにとっては「旧世界」。ハード・バップの時代からの延長線上で、ハード・バップな演奏を煮詰めに煮詰めて来た、そして、理想的なリズム・セクションに恵まれて、マイルスの究極の「ハードバップな」表現の究極なイメージが、この『Miles In Tokyo』に詰まっている。確かに、この『Miles In Tokyo』の内容以上のハードバップな表現イメージは他に無い。

この『Miles In Tokyo』は、1950年代のハードバップ時代から積み上げてきた「マイルスの最高到達地点の音」の記録である。 

 
 

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2012年8月23日 (木曜日)

正統派「ジャズ・ロック」な名盤

昨日は、サザン・ロックのギタリストの「現代のジャズ・ロック」なアルバムをご紹介した。デレク・トラックスの『Soul Serenade』。ロックからジャズへのアプローチから現れ出でた「現代のジャズ・ロック」なアルバムの秀作の一枚である。

「ジャズ・ロック」の話題となったところで、今日は、この「ジャズ・ロック」の、ストレートど真ん中、徹頭徹尾、ジャジーで疾走感溢れる、正統派「ジャズ・ロック」なアルバムを、満を持してご紹介したい w。

ラリー・コリエルという、テキサス州ガルベストン出身のジャズ・ギタリストがいる。1943年生まれなので、今年で69歳になる。1965年、The Free Spiritsというジャズ・ロック・バンドを結成し、マイルスより早く、ジャズとロックの融和にチャレンジしたと評価されるギタリストである。彼の超絶技巧な速弾きエレギは「ジャジーでモーダルでフリーキー」。あくまで、ジャズの範疇に軸足を残した、ジャズとロックのクロスオーバーなエレギである。

そんなラリー・コリエルのアルバムに『Spaces』(写真)というアルバムがある。1970年のリリースで、エレクトリック・マイルス経験者で、後にフュージョン・ジャズの重鎮となるメンバーを中心に集めた、いわゆる「スーパーバンド」的なセッションによる作品。ちなみにパーソネルは、Larry Coryell (g), John Mclaughlin (g), Chick Corea (p), Billy Cobham (ds), Miroslav Vitous (b)。

マクラフリンとのツイン・ギター編成(ここにディ・メオラが加わるとスパー・ギター・トリオという編成になるww)が凄い。どちらかがバッキングに回り続けること無く、どちらも対等な立ち位置で、それぞれの個性を前面に押し出して、ゴリゴリ弾きまくる。

まあ、それはそれは、どちらの超絶技巧な速弾きエレギで、手に汗握るテンション高いフレーズやモーダルでフリーな飛翔感溢れるフレーズを弾きまくる、弾きまくる。目眩く、超絶技巧なエレギの饗宴である。

Larry_coryel_spaces

バックのリズム・セクションも凄い。エレピのチック・コリア。このアルバムでは、マイルスの下で弾きまくった、くすんで歪んだフェンダー・ローズがバックで「うねりまくっている」。モーダルで自由度の高いエレピのバッキングは、実に「尖っている」。このアルバムでのバックを支えるチックは凄い。テンション高く、メインストリームなジャジーさが堪らない。

ミロスラフ・ビトウスのベースがユニークだ。 ビトウスは、伝統的なジャズに欠かせないランニング奏法をみせながら、超絶技巧なエレギに対抗すべく、速弾きなアコベのボウイングを駆使するなど、高度なテクニカル・プレイで前面に押し出てくる。

そして、超絶技巧なエレギ×2、モーダルで自由度の高いエレピ、高度なテクニカル・プレイで前面に押し出てくるベース、この4人の尖ったテンションの高い演奏を一気に引き受ける、ビリー・コブハムの「千手観音」ドラムもこれまた凄い。いったい、このドラマーに何本の手がついているのか、と呆れてしまう位の、手数の多い、飛翔感溢れる「ポリリズム」。 

アルバム全体の雰囲気は、当時のエレ・マイルスの展開を踏襲した、モーダルで限りなくフリー、ヘビーでそこはかとなくファンキーな、メインストリームなジャズをベースとした「エレクトリック・ジャズ」という感じの雰囲気で、後のメロディアスでソフト&メロウなフュージョン・ジャズとは、確実に一線を画します。パッキパキ硬派なクロスオーバー・ジャズという雰囲気も蔓延しています。

実に「ガッツ」のある演奏が満載で、この時代に、これだけ高度な内容のメインストリームなジャズをベースとした「エレクトリック・ジャズ」が創造されていたとは・・・。ゴリゴリと迫り来る演奏は、それはそれはスリリングで、それはそれは聴き応えがあります。あまりのテンションの高さ、超絶技巧な演奏の連続に、ちょっと聴き疲れしてしまうかも・・・。それでも、このアルバム、エレクトリック・ジャズの名盤の一枚だと評価しています。

ちなみに、現在、流通しているCDのジャケット・デザインは、写真右の印象派イラスト風なものですが、1970年代、クロスオーバー・ジャズというジャンル付けでキング・レコードから発売されていたLPの時代のジャケット・デザインは写真左のもの。僕はやはり、このアルバムをほぼリアルタイムで体験した「黒のコリエル」のジャケット・デザイン(写真左)がお気に入りです。 

 
 

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2012年8月22日 (水曜日)

ロックからジャズへのアプローチ

昨日のブログで、サザン・ロックのアルバムが話題になったので、今日はサザン・ロックのギタリストの「現代のジャズ・ロック」なアルバムをご紹介したい。

サザン・ロックの中で一番有名なバンドと言えば「オールマン・ブラザース・バンド(略してオールマンズ)」。ジョージア州メイコンを拠点にした、コッテコテのサザン・ロックなバンド。何度かのメンバーチェンジや再結成、再々結成を経つつ、現在も活動中のサザン・ロックの老舗中の老舗の、サザン・ロックの代表的なバンドである。

そのオールマンズ。ギタリストの一人が「デレク・トラックス(Derek Trucks)」。1979年6月生まれ。今年で33歳の中堅どころ。サザン・ロックのギタリストのキャッチフレーズである「スライド・ギター」の天才として知られる。オールマンズの伝説的リーダー・ギタリスト、デュアン・オールマンの再来と言われる。確かにそうだ。凄まじい「スライド・ギター」は、デュアン・オールマンの後継に相応しい。

そして、このデレク・トラックス。ロック・ギタリストとしての範疇に名を連ねるが、彼の音楽性はそんな単純なものでは無い。まず第一にブルースにかなり精通している。そして、マイルス・デイヴィスの「So What」やジョン・コルトレーンの「Mr P.C」をカバーするなど、メインストリーム・ジャズにも精通する。加えて、インド・アラブ音楽などにも造詣が深く、ロック・ギタリストの範疇に留まらない、かなり幅広な音楽性を備えている。

そんなデレク・トラックス。今から5年位前になるだろうか。再々結成後、トラックスの在籍するオールマンズのアルバムは所有しているが、トラックスのソロ・アルバムは所有していない。これは片手落ちだろう、ということで、数々のソロ・アルバムの中で、いの一番に選んだアルバムが『Soul Serenade』(写真左)。2003年にリリースされた盤になる。

なぜ、このアルバムを「いの一番」に選んだのか。答えは簡単で「ジャケットが素晴らしかったから」。サザン・ロックのソロ・アルバムという雰囲気で、デレクのソロ・アルバムを選び始めたら、このアルバムのジャケット・デザインに目が釘付けになった。何て言ったら良いのだろう。これぞ米国南部、って雰囲気のジャケ写真なのだ。そこに写っている女の子の姿も魅力的。

Soul_serenade

そして、この米国南部の雰囲気が満載のジャケットを戴く、デレク・トラックスの『Soul Serenade』は、僕にとって、はっきり言って「大当たり」の盤だった。

冒頭の「Soul Serenade / Rasta Man Chant」から、コンテンポラリーなジャズの雰囲気が満載。出だしは、米国ルーツ・ロック的な雰囲気から始まるが、途中「Rasta Man Chant」にメドレーする辺りから、コンテンポラリー・ジャズの雰囲気が満載となる。

デレクの魅力的な「スライド・ギター」で奏でるコンテンポラリー・ジャズ。本家ジャズの世界では決して存在しないギターの音色のコンテンポラリー・ジャズ。ロックからジャズへのアプローチだからこそ体験できる、ジャズでは「あり得ない」ギターの音色。

2曲目の「Bock To Bock」など硬派でストレートなコンテンポラリーなジャズ風な演奏だし、3曲目の「Drown In My Own Tears」のコッテコテのブルースは、思わず、ドップリとその雰囲気に浸ってしまう。そりゃそうだろう。レイ・チャールズで有名なR&Bナンバーである。実に心地良い感覚。4曲目「Afro Blue」、そして5曲目の「Elvin」と明らかにジャジーでジャズ・ロックな曲を思わせる演奏が続く。事実、この2曲は、実に質の高いコンテンポラリー・ジャズの演奏。思わずビックリしてしまう。

しかし、極めつけは6曲目の「Oriental Folk Song」だろう。ウエイン・ショーターの楽曲のカバー。実にテンションの高い、実に内容の濃い、素晴らしい内容のコンテンポラリー・ジャズがここにある。思わず聴き惚れる。しかし、なんてユニークなギターの音なんだろう。この「スライド・ギター」な音色は、決して、純ジャズの世界では体験できない。サザン・ロックとジャズの邂逅。他流試合の「良き化学反応」の一例だろう。

オールマン・ブラザーズ・バンドのドラマーのブッチ・トラックスの甥っ子で、あの「デレク&ドミノス」から名前をもらった、デレク・トラックス。僕はデレクの「ジャジーな感性」が大好きです。サザン・ロックな音色を駆使しての「現代のジャズ・ロック」。

実に個性的で、実に内容の濃い音世界。このアルバム『Soul Serenade』は、ロックからジャズへのアプローチから現れ出でた「現代のジャズ・ロック」なアルバムの秀作の一枚です。 

 
 

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2012年8月21日 (火曜日)

知る人ぞ知るサザン・ロック

1975年の秋、高校2年生の秋である。とあるショックな出来事があって、自棄になって思い切って買った、LP2枚組の、エリック・クラプトン率いるDerek and the Dominos『Layla and Other Assorted Love Songs』、邦題『いとしのレイラ』。

このLP2枚組によって、僕はスワンプ・ロックとサザン・ロックを知ることとなる。そして、当時、プログレ小僧だった僕は、180度、ロックの志向を転換。サザン・ロックから米国ルーツ・ロックへとひた走ることになる。

1975年の秋、高校2年の秋なので、もうクラブ活動の第一線を引退したはずなのに、とあるショックな出来事によって、一度は納めた映画作りを再び始めて、映研の部室に入り浸りになっていた。そして、そこに「とある女の子」が入ってきて、僕のこの『いとしのレイラ』のジャケットを見て、「へえ〜、サザン・ロックが好きなんや〜。これ、ええアルバムやで」とだけ言い放って帰っていった。

そして翌日、その「とある女の子」が「とあるアルバム」を持ってきた。The Allman Brothers Bandの『Win, Lose or Draw』である。「サザン・ロックと言えば、オールマンズやで」。僕は、このアルバムによって、オールマンズを知る。そして、サザン・ロックから米国ルーツ・ロックへと加速していくのである。

さて、そういう経緯でサザン・ロックに傾倒していった訳だが、サザン・ロックと言えば、絶対的存在のオールマンズ、デレク・アンド・ドミノス、そして、レイナード・スキナード。まずはその辺まで知っていれば、基本的に「ロックに精通した奴」と一目置かれた。

しかし、それだけでは面白くない(笑)。もう少し深掘りしたい。当時の唯一の情報源であったロック雑誌の「ミュージック・ライフ」のバックナンバーを友達から借りてきて、そして自らが所有する「FMレコパル」のバックナンバーを読み漁って、数少ないサザン・ロックに関する情報を集めまくる。今の様に、ふんだんに情報がゲットできるネット環境がある訳では無い。とにかく、数少ない音楽系の雑誌から数少ない情報を集めに集めた(と言っても僅かだが・・・)。

そこで知ったサザン・ロックのバンドの名前が、マーシャル・タッカー・バンド、アトランタ・リズム・セクション、ヴァン・ザント、ZZトップ。さすがに、この辺の名前を操れて、この辺のバンドのアルバムの2〜3枚を所有していると、もう先輩〜後輩含めて、仲間内では、尊敬の眼差しを持って接して貰える(笑)。
 

Searchin_for_a_rainbow

 
そんな中で、僕は、The Marshall Tucker Band『Searchin' For A Rainbow』(写真左)を購入した。1975年発表の4thアルバムで、キャプリコーン・レーベルからのリリースだった。ちょうど、1975年の頃って、ちょっとしたサザン・ロックのブームで、サザン・ロックのバンドが日本でも紹介され、主だったアルバムが日本盤としてリリースされた頃だったこともある。入手し易い環境だった。

マーシャル・タッカー・バンドはジョージア州出身。ブルース、カントリー、ジャズなどをサウンド基盤としながらも、実に多彩な音楽性をもったサザン・ロックなバンドである。

この『Searchin' For A Rainbow』の冒頭の「Fire on the Mountain」のスチール・ギターの印象的な音色を聴けば、気分は思わずカントリー・ロック。トイ・コールドウェルのスティール・ギターと、やはりジェリー・ユーバンクスのフルートが印象的。米国ルーツ・ロックの雰囲気がプンプンする。

しかし、追って出てくるボーカルは、男気溢れるワイルドなもので、この雰囲気は、徹頭徹尾「サザン・ロック」なもので「南部の荒くれ者」って感じが実に良い。

バックのベースとドラムの叩き出すリズム&ビートも、サザン・ロック的なワイルドなもの。しかも、このマーシャル・タッカー・バンドの持つ、そこはかとなくポップな雰囲気は、泥臭いサザン・ロックを実に聴き易いものとしている。

アルバム2曲目は、これまたカントリー・テイストがドバッと溢れるまくる、アルバム・タイトル曲の「Searchin' For A Rainbow」。この曲のチャーリー・ダニエルズのフィドルは実に雰囲気がある。ゆったりと弾むような、粘りのある、人間味溢れる、暖かなリズム&ビート。これぞサザン・ロックという雰囲気満載。

全体的にキャッチーでポップで、とても聴き易いサザン・ロックですが、スケールの大きいサウンドは実に魅力的。米国の原風景を感じさせてくれる、実に良い雰囲気のサザン・ロックです。

マーシャル・タッカー・バンドの名を知って、このアルバム『Searchin' For A Rainbow』と出会えて、とても良かったと思っています。サザン・ロックをより深く知る切っ掛けになったマーシャル・タッカー・バンド。アルバム・ジャケットもなかなかにワイルドで僕は大好きです。サザン・ロックをより深く知るのに格好のアルバムの一枚です。 

 
 

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2012年8月20日 (月曜日)

どうも苦手な『On Impulse!』

さて、今月から、ソニー・ロリンズの聴き直しシリーズは、1965年辺り、Impluseレーベル時代に入った。
 
ソニー・ロリンズがRCAレーベルからImpulseレーベルへ移籍して、最初の正式な録音が、1965年6月17日、MOMA(The Museum Of Modern Art)でのライブを記録した『There Will Never Be Another You』(2012年8月6日のブログ参照)。なかなかにロリンズの熱いブロウが魅力のライブ盤である。 

そして、ロリンズは、その『There Will Never Be Another You』のライブの約1ヶ月後の7月8日、ニュージャージのRudy Van Gelder Studioで、Impulseレーベルでの初スタジオ録音に臨む。そのアルバムの名はズバリ『On Impulse!』(写真左)。

ライブ盤『There Will Never Be Another You』のメンバーから、ピアノとベースを入れ替えて臨んだスタジオ録音。ちなみにパーソネルは、Sonny Rollins (ts), Ray Bryant (p), Walter Booker (b), Mickey Roker (ds)。なぜか、アーシーでファンキーなピアニスト、レイ・ブライアントが参入している。

さて、ジャズ盤紹介本などでは、一般的に、この『On Impulse!』は、ロリンズのアルバムの中では「名盤」とされる。RCAでの不調を払拭したロリンズの「あるべき姿」が記録されているとされる。が、僕は、どうも、この『On Impulse!』が苦手である。

ライブ盤『There Will Never Be Another You』での、ロリンズの自由闊達で熱いブロウを聴いた後でもあるし、この『On Impulse!』の後の正式スタジオ録音盤である『Alfie』の豪放磊落で雄大なブロウを知ってもいるので、どうしてもそう思ってしまうのだが、どうも、この『On Impulse!』の、ちょっと「よそ行き顔」の、なんだか「こぢんまりとまとまった」ロリンズが、どうしても好きになれないのだ。
  
On_impulse
 
RCA時代の不調の悪い思い出が払拭しきれていなかったのかもしれないし、まだまだライバルであるコルトレーンを意識し過ぎていたのかもしれない。勇壮で朗々としたブログが持ち味のロリンズのブロウが、なんだかチマチマしてテクニックに走った様な、ちょっと考えすぎて自然に滑らかにフレーズが出ないというか、なんだか「隔靴掻痒(思うようにならないで、もどかしいこと)」な感じがするのだ。

特に、冒頭の「On Green Dolphin Street」が馴染まない。このスタンダード曲、僕の大のお気に入りなのだが、これだけ、ぶつ切りになって、詰まったようなインプロビゼーションはどうもいけない。ピアノのレイ・ブライアントも馴染まない。ブライアントのピアノは、アーシーでファンキーで洒脱なピアノで、どうもロリンズの骨太とテナーのバックとしては、ちと線が細いかな、と思う。

2曲目のスロー・バラードである「Everything Happens To Me」でのロリンズは、ちょっと「こぢんまりとまとまって」はいるが、歌心溢れる大らかなブロウは、さすがにロリンズである。このバラード曲での、ピアノのレイ・ブライアントとの相性はまずまず。確かに、ブライアントは歌伴が得意なピアニストなので、この「Everything Happens To Me」の様なバラードを歌うように吹き上げるテナーのバックは得意なんだろうな。

3曲目の「Hold 'Em Joe」は、ロリンズお得意のカリプソ・ナンバー。思えば、ロリンズの大名盤『Saxophone Colossus』の冒頭の名演「St. Thomas」がカリプソ・ナンバーだった。この3曲目の「Hold 'Em Joe」は「St. Thomas」の二匹目のドジョウを狙ったようなものだろうか。どうも聴衆に迎合している様で、どうも胡散臭くていかんなあ(笑)。 

ということで、僕はこの『On Impulse!』については評価が低い。アルバム・ジャケットはなかなかシンプルで良い感じなんですけどね〜。やっぱり、ロリンズは、聴衆に迎合せず、我が道を往くという感じで、雄大で豪放磊落で歌心溢れるスケールの大きいブロウが一番。

そういう意味では、この『On Impulse!』でのロリンズは、RCA時代の不調を払拭できずにいる感じがして、どうも馴染まない。僕にとって、ジャズ紹介本などでの評価とはアンマッチな盤としての代表例である。 

 
 

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2012年8月19日 (日曜日)

フェンダー・ローズなエバンス

1971年録音の『The Bill Evans Album』(写真左)は、ちょっと異質のアルバム。アコースティック・ピアノ専門然としているビル・エバンスがエレピ、それもフェンダー・ローズを弾いているアルバムなのだ。

僕は、このエバンスがエレピを弾いているアルバム『The Bill Evans Album』を初めて聴いたのは、学生時代、ジャズ者初心者の頃、ジャズを聴き始めて3年位経った頃だと記憶している。当時は僕も頑なというか、音楽の幅についての「許容量」が少なかったというのか、このエレピを弾くエバンスは「許せない」と思った(笑)。

1970年代初頭、時はジャズ・ロックからクロスオーバー・ジャズの走りの時代で、ジャズの世界でも電気楽器、特にエレギとエレピが横行し始めていたので、エバンスもその流行に便乗したのだ、と感じた。

しかも、このいい加減な感じのアルバム・ジャケットのエバンスの似顔絵を見ていると、なんだかこのアルバムは「いい加減」に製作されたというか、聴く者を小馬鹿にした感じというか、どうも、このアルバムは好きになれなかった。確かに、アルバム・ジャケットのデザインから来る音の印象って大事ですよね。

しばらくの間(20年位)、このアルバムの存在は完全に無視して、ビル・エバンスに関しては、アコピのみのリーダー作をせっせと蒐集していった。で、このエレピを弾くエバンスのリーダー作のみとなって、仕方なく、正式リーダー作のコンプリートを目指して、この『The Bill Evans Album』を入手した次第。
 
The_bill_evans_album
 
しかし、である。ジャズを聴き始めて20数年が経過した、年齢にして40歳を越えた頃というのは、ジャズの音世界についての頑なさも柔らかくなり、音楽の幅についての「許容量」も増している。エレピを弾く、フェンダー・ローズを弾くエバンスが、なかなかに良いのに気が付いた。

というか、ビル・エバンスは、エレピについても奏者として第一人者である、と思った。特に、フェンダー・ローズの扱いが抜群である。変に音をいじるのではなく、フェンダー・ローズの標準の音のみで、シンプルにかつ、電気楽器独特の、フェンダー・ローズ独特の音の伸びを上手く活かした、フレーズを弾きこなす部分と音の伸びを活かした「間」の部分のバランスが絶妙なのだ。

アルバム冒頭の「Funkallero」の前奏の部分を聴くだけでも、ビル・エバンスはエレピの、フェンダー・ローズの優れた使い手であることが良く判る。6曲目の「Re: Person I Knew」もそうだ。フェンダー・ローズの音の特性を良く理解して、音の伸びを活かした「間」の部分のフレーズの取り扱いが絶妙なのだ。

この『The Bill Evans Album』では、ビル・エバンスはアコースティック・ピアノも弾いている。既にスタイリストとしての境地に達していた彼のアコピのスタイルに、今回、エレピが加わることによって、更に、彼のアコピの表現やスタイルに、幅というか新しいバリエーションが生まれているのが面白い。

今では、この当時流行りのフェンダーローズにチャレンジした『The Bill Evans Album』は、エバンスのアルバムの中でも、僕のお気に入りの一枚になっている。とにかく、ビル・エバンスは、エレピについて、フェンダー・ローズについて、奏者として第一人者である。ビル・エバンス独特の「エレピの表現」がこの『The Bill Evans Album』に息づいている。

 
 

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2012年8月18日 (土曜日)

SACD仕様の『至上の愛』

このところ、既にCDで持っていて、かなり聴き込んでいるアルバムの中で、どうしてもCDの音が耳に馴染まない盤をSACDやハイレゾ音源で入手し直して、聴き直している。遠い昔のLP時代の音の記憶を辿りながらの聴き直しなんだが、これが意外と良好。CDでの違和感が全面的に払拭されるのだ。

例えば、John Coltraneの大名盤『A Love Supreme(至上の愛)』(写真左)については、今までCDの音がどのリマスター盤を聴いても、どうしても馴染めなかった。カルテットの奏でる音が、モワッとした分離の悪い音の塊になって聴こえる部分、それぞれの楽器の音のエッジのギザギザ感が、どうしても苦痛だった。

LP時代、お気に入りだったアルバムが、CDになって以来、どうしても好きになれず、疎遠になったアルバムが何枚かあるが、このコルトレーンの『至上の愛』など、その最たる例。LP時代はもっと音の分離も良く、楽器それぞれの音も、もっと心地良く聴けたのになあ、と自らの音の記憶を疑ってみたりもした。

ということで、松和のマスターとしては、遂に、SACDで、John Coltraneの『A Love Supreme』を聴き直すことを思い立つ。

しかし、SACDとかハイレゾ音源は、CDのリマスターと同様、それぞれのリマスター担当者、発売年、発売国等々によって音が異なる。これが困る(というか、楽しみでもある)。特に、SACDはリマスターの幅が広いのか、CDのリマスターに比べて、音の変化の度合いが大きいように感じる。これがまた面白い。

僕の選んだSACDは「Verve-米国盤single- layer-sacd(2002年発売)」仕様のもの。2002年にVerveレーベルからリリースされたシングルレイヤー盤で、ルディ・ヴァン・ゲルダー(Rudy Van Gelder)によるSACDマスタリング。
 

Coltrane_a_love_supreme_sacd

 
これはネットでも評判の高いSACDで、確かにCDに比べて、音が劇的に改善されている。冒頭のエルビンの「ドラの音」の音の質感を聴けば、これは全くCDとは異なる次元の音だということに気付く。とにかく、全編に渡って、カルテットの奏でる音の厚みと臨場感が圧倒的。

コルトレーンのサックスの音、タイナーのピアノの音、共に、音の輪郭がまろやかになって、本来のサックスの、本来のピアノの音になっている。とても心地良い響き。コルトレーンのサックスが五月蠅く「耳に付かない」。タイナーのピアノが、カルテット演奏の音の波に「埋没」しない。音の輪郭がまろやかになったのに、切れ味は抜群。CDよりも切れ味が良い。

エルビンのドラムの分離が良く、実にシャープで迫力満点。シンバルの揺れやスネアの張りが判別できるくらいになっている。これって凄い。とにかく、エルビンの手数の多いドラミングが耳につかなくなって、エルビンのポリリズミックなドラミングを抵抗なく感じることができる様になった。

そして、一番に驚く変化が、ギャリソンのベースで、その太くて鋼の様にしなやかな存在感には圧倒される。そう、このギャリソンのベースの存在感が前面の押し出た音世界が、LP時代に体験した『至上の愛』だったのだ。CDではギャリソンのベースの分離がどうしても最後の最後で良くならなくて(すっきり抜けた感じにならない)、カルテットの音の中に、輪郭のぼけた音の塊の様な表現になっていたのだ。

やっと、この大名盤、コルトレーンの『至上の愛』を心から楽しめる様になった。そこそのスペックのSACD対応のマルチ・プレイヤーを入手しておいて良かったなあ。アンプもアップグレードしておいて良かった。SACD音源万歳である。

しかし、最近再発されている国内盤SHM-SACDは価格がべらぼうに高い。価格が高いからといって、音が最上とは限らないのがSACDの世界。海外盤に優秀なものも多々あるし、リマスターの状態など、よくよく吟味して選んでいかないといけない。まあ、マニアにとっては「嬉しい悲鳴」とでもいえる悩みかな(笑)。

 
 

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2012年8月16日 (木曜日)

暑かった夏のポップなR&B盤

暑いですね〜。猛暑と言って良いでしょうね。こんな暑い夏をガンガンに感じると、遠い昔、僕が大学時代の頃、汗をダラダラかきながら聴いた、とあるポップなR&B盤のことを思い出す。

そのアルバムの名は『I Am』(写真)。邦題は『黙示録』。モーリス・ホワイト率いる「Earth, Wind & Fire(アース・ウィンド・アンド・ファイアー、以降EWFと略す)」のアルバム。記録によると、最高時ビルボードポップチャート3位、R&Bチャート1位を記録、とある。大ヒットアルバムである。

確か、1979年6月のリリースだと記憶する。その前の大ヒットアルバム『All 'N All(太陽神)』の内容が抜群で、僕の中でもヘビロテになったEWF。流行に安易に乗った形で、あまり気持ちは良く無かったが、良いものは良いので仕方が無い(笑)。

次のオリジナル・アルバムである『黙示録』はレコード屋で予約して、リリース日当日に手に入れた。なかなかに優れた長岡秀星のイラストがあしらわれたジャケットとも相まって、聴く前から、なぜかワクワクした思い出がある。このアルバムもまた、僕の中でヘビロテと化す。

ディスコ・ブームに乗って、この前のスタジオ録音盤『太陽神』収録の「Fantasy(宇宙のファンタジー)」や、ベスト盤『The Best of Earth, Wind & Fire, Vol. 1』収録の「September」が 街中で、はたまたFMで流れまくっている時代で、当然、この『黙示録』も大ヒットした。そして、この『黙示録』からは「Boogie Wonderland」が巷で流れまくった。

Ewf_i_am

さて、この『黙示録』、前のスタジオ録音盤『太陽神』と比較すると、かなりポップな雰囲気が強い。前作『太陽神』は、シンセやパーカッションを効果的に活かした、「プログレッシブ」な雰囲気のする、アーティスティックなR&Bというアルバムだった。アルバム全体の曲の構成もトータル・アルバムを意識した作りで、これまた実にアーティスティックだった。

しかし、この『黙示録』では、そのアーティスティックな雰囲気は後退し、逆に、聴き易い、ポップな雰囲気が前面に押し出た、聴いて楽しいR&Bアルバムに仕上がっていた。そのポップな雰囲気を最大限に振りまいていたのが、先にご紹介した、シングルカットされて大ヒットした「Boogie Wonderland」。米6位、英4位を記録した。

The Emotions の女性ボーカルが強調されて、ポップな雰囲気が最大限に前面に押し出され、もうほとんどディスコ・チューンと化した「Boogie Wonderland」。この「Boogie Wonderland」に代表される様に、この『黙示録』は、ポップなR&Bアルバムの代表格として大ヒットした。

僕はこの「Boogie Wonderland」は好きになれなかった。あまりにポップ過ぎる。ジャズ感覚でいうと「コーニー」だ。前作『太陽神』のアーティスティックな雰囲気がお気に入りだったので、どうしても、この『黙示録』は徹底的に聴き込む気になれなかった。それでも、今でも時たま、無性に聴きたくなる。冒頭「In The Stone」の、高らかに鳴り響くブラスの輝きを感じる度に、心がワクワクする。

この『黙示録』は、やはりポップなR&Bアルバムとしては実に優れていて、発売当時、「ながら聴き」のヘビロテになった。1979年6月のリリース。そして、来る1979年の夏。暑い夏のさなか、汗をダラダラと流しながら、本を読みながら聴いたEWFの『黙示録』。暑かった夏の「ポップなR&B盤」の思い出である。

 
 

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2012年8月15日 (水曜日)

エレ・マイルスの最高地点・2

このアルバムも、エレクトリック・マイルスの最高地点。エレクトリック・マイルスの「孤高のパフォーマンス」がここにもある。エレ・マイルス者の「聖典」の一枚がここにもある。

そのアルバムの名は『Pangaea(パンゲアの刻印)』(写真)。『Agharta(アガルタの凱歌)』と同じく、1975年2月1日に行った大阪フェスティバル・ホールでの「夜の部」の模様を収録した2枚組ライブ・アルバム。

当然、パーソナルは『アガルタの凱歌』と同じ。Miles Davis (tp, org), Sonny Fortune (ss, as, fl), Reggie Lucas (el-g), Pete Cosey (el-g, per), Michael Henderson (el-b), Al Foster (ds), Mtume (per)。伝説のエレ・マイルス七重奏団。ダブル・ギターにダブル・パーカッションの超弩級の編成である。

このライブ盤は、それまでのエレ・マイルスとは全体的な雰囲気がちょっと異なる。それまで、エレ・マイルスが追求してきた、ジャジーでファンクネス溢れる「リズム&ビート」は、このライブ盤では「メイン」では無い。本当に不思議な「大阪の夜」である。

確かに、エレ・マイルスが追求してきた、ジャジーでファンクネス溢れる「リズム&ビート」は、要所要所で炸裂する。

しかし、その「リズム&ビート」は、それまでのテンション溢れる、行き止まりの様な、行き所の無い様な、突き詰めたようなジャジーでファンクネス溢れる「リズム&ビート」では無く、余裕のある、どこか底が抜けたような、安堵感溢れる、素晴らしく爽快感溢れるジャジーでファンクネス溢れる「リズム&ビート」が、この『パンゲアの刻印』には記録されている。
 
Pangaea
  
しかし、本当に不思議である。1975年2月1日に行った大阪フェスティバル・ホールでの同じ日でのパフォーマンスでありながら、「昼の部」と「夜の部」、たった数時間で、ここまで、演奏する内容がガラッと変わるなんて・・・。一体、マイルス七重奏団に何があったのか。それほど、この『パンゲアの刻印』で記録されたライブ演奏は、『アガルタの凱歌』で記録された「昼の部」での演奏の内容とはガラッと変わる。

このライブ盤のエレ・マイルスの音は、それまで積み上げてきた「エレ・マイルスの音」とは異なり、雰囲気的には「静謐な間」を活かした幽玄な演奏に急激に傾倒している。この「静謐感」は、エネルギッシュなジャジーでファンクネス溢れる「リズム&ビート」とは、全く相反する、相反する展開。その相反する展開が、この『パンゲアの刻印』というライブ盤で、いきなり「出現」し、いきなり「メイン化」する。

そして、面白いのは、2枚目の全てを埋め尽くす「Gondwana」の途中、真ん中辺りよりちょっと前、硬派な4ビートが現れるところなど、それまでのエレ・マイルスには全く見られ無かった展開。完全に、この大阪フェスティバル・ホールでの「夜の部」のライブ・パフォーマンスで「化学反応」が起きている。その瞬間が凄い。思わず、その切れ味とテンションに「鳥肌」が立つ。

しかし、マイルスにとっては、この大阪フェスティバル・ホールでの「夜の部」のライブ・パフォーマンスでの「化学反応」を発展させることは叶わなかった。

1975年2月1日の大阪フェスティバル・ホールでの「夜の部」の壮大なパフォーマンスを最後に、1980年に『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』の(発表は1981年)のレコーディングを開始するまで、体調の悪化が主原因で、マイルスは長い休養期間に入る。約6年間の沈黙。1970年代後半は完全に「引退状態」と化すのだ。
 
 
 

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2012年8月14日 (火曜日)

エレ・マイルスの最高地点・1

久し振りにマイルス・デイヴィスの聴き直しシリーズ。3月23日の『Dark Magus(ダーク・メイガス)』以来。遂にやって来た。エレクトリック・マイルスの前半の最終章。奇跡の様なライブ盤である。

1975年2月、マイルスは日本にやって来た。1975年2月1日、大阪フェスティバル・ホールの「昼の部」の録音。そのアルバムの名は『Agharta(アガルタの凱歌)』(写真)。エレ・マイルスの最高峰のライブ盤である。

ちなみにパーソナルは、Miles Davis (tp, org), Sonny Fortune (ss, as, fl), Reggie Lucas (el-g), Pete Cosey (el-g, per), Michael Henderson (el-b), Al Foster (ds), Mtume (per)。伝説のエレ・マイルス七重奏団。ダブル・ギターにダブル・パーカッションの超弩級の編成である。

エレ・マイルスの基本は「リズム&ビート」。ジャジーでファンクネス溢れる「リズム&ビート」が、エレ・マイルスの基本。冒頭「 Prelude (Part One)」から、重量級なビートがズンズンズンと響き渡る。超弩級の迫力。ダブル・ギターが叫ぶ様に、超弩級のファンク・ビートを切り裂く。

マイルスはエレギのメンバーに必ず指示した。「ロック・ギターの様に弾け」。ロック・ギターの様に弾くのである。ロック・ギターを弾け、では無い。これがエレ・マイルスの「肝」のひとつ。エレギは限りなくロック・ギターの様に弾きまくるのだが、あくまで、それはジャズの範疇に留まるもの。これが限りなくロックに近づくエレ・マイルスをジャズの範疇に繋ぎ止めている。

アル・フォスターのドラムとムトゥーメのパーカッションが実にファンキーである。重心の低いファンキーなフォスターのドラムと軽快でファンキーなムトゥーメのパーカッションとがミックスして生まれる、重量級であるが軽快さを兼ね備えた、独特の「うねり」と「パッション」が唯一無二。エレ・マイルス独特の「リズム&ビート」を供給する。

Agharta

マイケル・ヘンダーソンの鋼の様な、硬質であるが柔軟性のあるエレベが心地良い。ブンブン、硬質なエレベの響きが、嫌が応にもジャジーな雰囲気を撒き散らす。エレ・マイルス独特の「リズム&ビート」に彩りと変化を供給する。ここまで来ると、もう無敵で完璧な、エレ・マイルスの個性である「リズム&ビート」の完成。

そんな無敵で完璧な、エレ・マイルスの個性である「リズム&ビート」に乗って、マイルスのペットとソニー・フォーチュンのサックス&フルートは、自由でフレシキビルな、極上のインプロビゼーションを聴かせてくれる。限りなく自由だけれど、しっかりと旋律を伴った、エモーショナルでクールなインプロビゼーション。

そして、マイルスのエレクトリック・オルガンは極上の逸品。シンプルで間を活かした、マイルスのオルガンは素晴らしい響きを供給する。無敵で完璧な、エレ・マイルスの個性である「リズム&ビート」を時には切り裂くように、時には融合するように、自由自在に響きが駆け巡る。指示をするようなオルガンが響き渡ると、バンドの演奏はガラッとその様相を変える。見事である。

この『Agharta(アガルタの凱歌)』の演奏内容については、様々な形で、様々な媒体で語り尽くされているので、ここでは多くは述べない。

一言だけ、リズム&ビートの効いた躍動感溢れるファンキーなエレクトリックな演奏と、エレクトリック楽器の豊かな音色を活かした幽玄な演奏と、その対比が素晴らしい。エレクトリック・ジャズって、こんなに豊かでバリエーション溢れる演奏が出来るんだ、と改めて感動する。
 
エレクトリック・ジャズの最高峰の演奏。エレクトリック・ジャズの奇跡の様な演奏がこのライブ盤『Agharta(アガルタの凱歌)』にギッシリと詰まっている。

そして、このアルバムこそが、エレクトリック・マイルスの最高地点。エレクトリック・マイルスの「孤高のパフォーマンス」がここにある。エレ・マイルス者の「聖典」の一枚である。

 
 

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2012年8月13日 (月曜日)

夏はボサノバ・ジャズ・その13

Coleman Hawkinsの『Desafinado - Plays Bossa Nova & Jazz Samba』(写真左)。1962年9月の録音。テナーの大御所コールマン・ホーキンスが当時流行していたボサノバを演奏したアルバムである。初めて、このアルバムの存在を知った時、ホーキンスがボサノバ・ジャズをやるのか〜、とちょっと躊躇してしまう様なアルバムである(笑)。

ちなみにパーソネルは、Coleman Hawkins (ts), Barry Galbraith, Howard Collins (g), Major Holley (b), Eddie Locke, Tommy Flanagan, Willie Rodriguez (per)。パーカッション(?)のトミフラ以外は、さすがは録音当時、既に大御所レベルであったホーキンス、自らのお気に入りのミュージシャンを周りに侍らせている。つまりは、ホーキンスとトミフラ以外のミュージシャンは、僕にとっては「不明」(笑)。

しかし、さすがはテナーの大御所コールマン・ホーキンス。ボサノバをやらせても、やはり「凄い」。ホーキンスの「正統派」かつ「ど派手」なテナーは、ボサノヴァの緩んだ雰囲気、軽快さに全くあわないと直感的に思うんだが、どうしてどうして、これがピッタリとあっているのだ。テナーの大御所コールマン・ホーキンスは、ボサノバ用に吹き方を完全に変えている。なんという柔軟さ。なんという応用力。
 

Coleman_desafinado

 
コールマン・ホーキンスは1904年生まれなので、このアルバムを録音した時は、既に58歳。年齢的にも一時代を成した、自らのスタイルを確立した年齢であり、当時の流行とは言え、ボサノバという「緩く軽い新しい流行の音楽」に追従するには抵抗もあったのではないか、と想像する。しかし、当人はそんなことにはお構い無く、軽快なリズムの上で、緩く軽快に気ままにテナーを吹いている。

この軽快に気ままに吹くという風情が実に良い。実に「粋」なのだ。そして、よくよく聴くと、軽快に気ままに吹いている、とは言え、太い音色で豪快に吹き切るところは、しっかりと「決めてくる」のは、さすが大御所である。流行のボサノバについては、録音時点では、ホーキンスには馴染みが薄かったと思うのだが、演奏全体を通じて、終始、大らかにリラックスしたブロウは「余裕しゃくしゃく」。

テナーの大御所、コールマン・ホーキンスの「正統派」かつ「ど派手」なテナーが、ボサノバを演奏する。これ、安易に流行に乗ってるよな、暑苦しいホーキンスのテナーがボサノバにあう訳無いよな、なんて思ったりするんですが、どうしてどうして、このアルバムのボサノバ・ジャズは秀逸。さすが大御所プロの技、コールマン・ホーキンスのプロ魂を垣間見た気がする、素晴らしいボサノバ盤です。

 
 

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2012年8月12日 (日曜日)

こんなアルバムあったんや・12

Sahib Shihab(サヒブ・シハブ)はジャズ・サクソフォン(主にバリトン・サックス)奏者ならびにジャズ・フルート奏者。その音楽性はちょっと風変わり。

ビ・バップ〜ハード・バップ全盛時、サヒブ・シハブは1925年生まれなので20歳〜30歳辺りと、ジャズ・ミュージシャンとして、一番、エネルギッシュに活動する年頃なのだが、取り立てて、ジャズ・シーンの表舞台に立ってバリバリに活躍していた形跡は無い。但し、要所要所でサイドメンとして、個性的な演奏を繰り広げていたことだけは確かで、NYジャズ・シーンの中では、個性的なサイドメンといった感じ。

サヒブ・シハブの活動が目立ち始めたのは欧州に渡ってからと言って良いだろう。1959年に、アメリカ国内の人種問題に辟易して、クインシー・ジョーンズとともにヨーロッパに渡り、最終的に北欧に永住している。サヒブ・シハブは、基本的に、欧州ジャズの中堅バリサク奏者として、その名と活躍を残している。

このSahib Shihab(サヒブ・シハブ)は、ユニークな存在。取り立てて凄い演奏をする訳ではないんだが、演奏もメロディも判り易く、聴き易く、ラテン、ジャズ・ワルツから高速アフロ・キューバンまで、バリエーションに富んだ、魅力的で楽しい演奏を聴かせてくれるのだ。
 
Summer_dawn
  
そんなサヒブ・シハブの佳作が『Summer Dawn』(写真左)。1963年5月の録音。ちなみにパーソネルは、Ake Persson (tb), Sahib Shihab (as, bar and fl), Francy Boland (p), Jimmy Woode (b), Joe Harris (bongos), Kenny Clarke (ds)。

ハードなダンス・ジャズ、2曲目の「Please Don't Leave Me」、フルートが美しい1曲目の「Lillemor」、グルーヴィーなワルツ曲、3曲目の「Waltz For Seth」等々、魅力的な演奏がてんこ盛りである。

純粋なハードバップでは無いんだけど、と言って、1963年当時流行っていたファンキー・ジャズでもなければ、ボサノバ・ジャズでも無い。でも、凄く聴きやすくて、凄く親しみ易い演奏。大袈裟に言えば、1970年代後半のフュージョン・ジャズの先駆的な演奏と言えるのではないでしょうか。

そういう意味で、1963年の録音ということを加味すると、なかなか内容に優れた、ジャズ・ロックの先駆的な盤として評価しても良いのでは無いかと思います。まさに「こんなアルバムあったんや」って感じです(笑)。

このアルバムは、リーダー・ミュージシャンを始めとして、参加ジャズメンらの個々の演奏を愛でるアルバムではありません。何て言ったら良いのか、そう、演奏自体を楽しむ、演奏の雰囲気全体を楽しむアルバムだと思います。とにかく、ながら聴きに最適。決して耳障りにならず、リズム&ビートが効いていることもあって、「ながら」で何をやっても、テンポ良くことが進みます(笑)。
 
 
 

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2012年8月10日 (金曜日)

よくぞリリースしてくれました

いきなり、唐突に発売されたライブ音源。1992年10月28日東京でのライブを収録したもの。あの伝説のフュージョン・バンド「Stuff(スタッフ)」のキーボード担当、Richard Tee(リチャード・ティー)の『Real Time Live In Concert 1992 - In Memory Of Richard Tee』(写真左)。

このライブ音源とはいかなるものか。ネットで調べると、ティーのラストアルバムとなった『リアル・タイム』の発売記念コンサートが、1992年10月28日に新宿のジャズ・クラブ「インディゴ・ブルー」で開かれたのだが、その時の録音テープが発見され、今回のCD化となった、とのこと。それにしては意外と音が良い。録音も下手に「デッド」にならず、良い感じのスペース感が魅力的。

冒頭の「That's The Way Of The World」から、こってこてにファンキーなティーのアコピが炸裂。粘りに粘るが疾走感抜群、こってこてにファンキーな割に音は鋭角でスッキリ。弾きまくるフレーズのレンジは大変広く、スケールの大きい音の展開。シンプルな割に重厚な響きが不思議なティー独特の和音。この1曲目のアース・ウィンド&ファイアーの名曲のカバー演奏を聴くだけで、ティーのアコピの独特な個性をしっかりと確認できる。

以降、「The Way」「My Funny Valentine」「Strokin'」「In Real Time」と、もうこれは「大リチャード・ティー大会」(笑)。どこもかしこも、あちらもこちらも、どこを取っても、リチャード・ティーのアコピがエレピが炸裂しまくっています。

ちなみにパーソネルは、Richard Tee (p,key), Steve Gadd (ds), Ralph MacDonald (per), John Tropea (g), Will Lee (b), Ronnie Cuber (bs), 伊藤君子 (vo)。
 

Tee_real_time_live_1992

 
伊藤君子のボーカルは、ラストの「Bridge Over Troubled Water(明日に架ける橋)」に飛び入りしたもの。他のメンバーはと見渡せば、いやいや、長年、ティーと様々なセッションを繰り広げてきた、手練のベテラン・ミュージシャンがズラリ。

やはり、ティーのキーボードには、スティーブ・ガッドのドラムがピッタリ。素晴らしい相性で演奏しまくるのは。ラス前9曲目の「Take The A Train(A列車で行こう)」。ティーの初リーダー作『Strokin'』のラストでの名演で有名な大スタンダード・ナンバーだが、このライブ盤での「Take The A Train」も、それに負けず劣らず素晴らしい内容。ティーとガッドの息をもつかせない掛け合いと、適度なテンションが快適な「Take The A Train」。

ただし、ラップっぽい出だしで始まる、8曲目「It's Time(イッツ・タイム)」はメンバー紹介も兼ねた19分以上に渡る長尺演奏で、ラップっぽいティーのボーカルについても、取り立てて何かを感じるものでもなく、ちょっと単調なリズム&ビートも含めて、19分以上に渡る演奏はかなり冗長。記録としては良いが、アルバムとしては、オミットしても良かったのではないかと思う。

このライブが1992年10月28日。このライブの翌年、1993年7月21日にティーは他界する。それを考えると、このライブ音源はかなり貴重なものになる。よくぞリリースしてくれたものだ、と感謝する。

少しラフな部分があって、ライブ音源として秀逸、とまでは言えませんが、ティーのマニアにとっては、相当に貴重な、垂涎もののライブ音源であることには変わりありません。ジャズ者初心者の方々に対してはお勧めとはいきませんが、フュージョン者の方々に対しては、持っていて損は無い「ライブ盤の佳作」としておきたいと思います。 

 
 

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2012年8月 9日 (木曜日)

スタッフの絶頂期の頃の記録です

「Stuff(スタッフ)」はニューヨークのファースト・コールのスタジオ系ミュージシャン6人によって結成されたオールスター・バンド。フュージョンのジャンルで、私の一番好きなバンドです。

メンバー構成は、リチャード・ティーのキーボード、ゴードン・エドワーズのベース、エリック・ゲイルとコーネル・デュプリーのツイン・ギター、スティーヴ・ガッドとクリス・パーカーのツイン・ドラムス。ツイン・ギター、ツイン・ドラムの構成が個性的で、独特の粘りのあるグルーブが見事なバンドでした。

その「Stuff(スタッフ)」が1978年に来日。ツイン・ドラムの片割れであるクリス・パーカーが病欠。これが残念ではあったが、残りのメンバーは元気に来日。確か、大阪にも来たはず・・・。行きたかった、聴きたかったが、まだ大学生なりたてで金が無い。泣く泣く見送ったことを覚えている。確か、中野サンプラザでのライブ演奏は、NHK−FMでオンエアされたのでは無かったでしょうか。確か、エアチェックして大切に夜な夜な聴いていた記憶があります。

さて、このスタッフの来日公演の演奏を記録したライブ盤がCD化されています。LPでの発売当時、日本でのみのリリースだった、1978年11月20日郵便貯金ホールでのライヴ盤。そのタイトルは『Live Stuff(Live in Japan)』(写真左)。2ndアルバム『More Stuff』 をリリースした翌年で、スタッフの絶頂期の頃の記録。『Live In New York』 と双璧をなす、スタッフの優秀ライブ盤。

冒頭の「Foots」から、既にコッテコテのファンクネス全開である。ガッドの縦ノリのドラミングは、異様なまでのファンキーなリズム&ビートを叩き出す。エリック・ゲイルとコーネル・デュプリーのツイン・ギターも、コッテコテ、パッキパキのファンキー・エレギを弾きまくる。そして、極めつけは、ティーのキーボード。ファンク以外何物でも無い、徹頭徹尾ファンキーなキーボード。
 

Live_stuff_in_japan

 
2曲目の「Junior Walker Medley: Road Runner/Pucker Up Buttercup」のメドレーもファンキーそのものの演奏。途中、長尺のガッドのドラム・ソロが繰り広げられるが、これはちょっと「蛇足」だろう。アルバム始まって2曲早々に、延々と続くドラム・ソロを持ってきた、アルバム・プロデュースはいただけない。

3曲目「Need Somebody」そして、4曲目のアルバム2つめのメドレー「Signed, Sealed, Delivered I'm Yours/Stuff's Theme」は、スタッフらしいファンクネス溢れるフュージョンなインスト・ナンバー。スタッフらしさがギッシリと詰まっている。

そして、面白いのは、5曲目の「Love of Mine」。ティーのボーカルをフィーチャーした演奏なんだが、聴衆の手拍子が「オン・ビート」、いわゆる「頭打ち」の手拍子である。ジャズは基本的に「オフ・ビート」、いわゆる「後ろ打ち」である。いやはや、この頃の日本の聴衆は、まだ、オフ・ビートな手拍子に馴れていなかった。その「オン・ビート」の手拍子に乗って、オフ・ビートを叩き出そうとするガッドは、実に叩き難そうにドラムを叩いている(笑)。

この日の「Stuff(スタッフ)」のメンバーは二日酔いやら疲れやらで、決してベストプレイではない、という解説を読んだことがありますが、改めて聴き直してみて、その状況というのは、CDの音を通して十分に想像できます。確かに、ところどころ、音がよれっていたり、大雑把に弾き倒してみたり、確かに、玄人スタジオ・ミュージシャン集団の演奏としては、荒過ぎ、かつ、大味なところは否めません。

しかし、その荒過ぎ、かつ、大味なところを補って余りある、エネルギッシュで、こってこてファンキーで疾走感溢れる演奏は素晴らしいものがあります。スタッフ者(ファン)であれば、このCDはマスト・アイテムです。とにかく懐かしい。この初CD化された盤を手に入れて、その演奏に聴き耳を立てた時、幾ばくか万感な想いが胸に去来しました。とにかく懐かしい、内容のあるライブ盤です。

 
 

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2012年8月 8日 (水曜日)

Geffen移籍直後のPMGの大名盤

パット・メセニーは、傑作『First Circle』を残し、ECMレーベルを後にする。ECMレーベルの音世界の範疇に留まることは、Pat Metheny Group(PMG)の音の表現の停滞に繋がる。パットはECMレーベルを後にした。

新しくパットが選んだレーベルは「Geffenレーベル」。「Geffenレーベル」とは、デヴィッド・ゲフィンが1980年に設立。1970年代に経営していたアサイラム・レコードのアーティストを引き抜き、さらに他のレコード・レーベルからも引き抜きを行って運営を開始。とりたてて、ジャズのレーベルでも何でも無い。何故、パットが、この「Geffenレーベル」を選んだかは、僕にとっては「不明」。

しかし、ECMレーベルを離れたことによって、PMGの音世界は、より一段、広がった。それまでのPMGの音世界は、米国の自然を彷彿とさせるフォーキーで、米国ルーツ・ミュージック的な、ポジティブで抒情的な音世界。僕はこのパットの音世界を「ネーチャー・ジャズ」と呼んでいる(ちょっと変かなw)。この音世界は、PMGならではの個性的な音世界。

その音世界を更に押し広げて、より一段、高みに上がった成果を聴かせてくれたのが『Still Life (Talking) 』(写真左)。1987年の3月〜4月の録音。ちなみにパーソネルは、Lyle Mays (p, syn, key), Pat Metheny (g, el-g, g-syn), Steve Rodby (b, el-b), Paul Wertico (ds), Armando Marcal (per, vo), David Blamires, Mark Ledford (vo) 。Lyle Mays〜Pat Methenyの双頭ラインは鉄壁である。

このアルバムの音世界は、それまでの米国の自然を彷彿とさせるフォーキーで、米国ルーツ・ミュージック的な、ポジティブで抒情的な音世界、いわゆる「ネーチャー・ジャズ」の音世界に、アフリカン・ネイティブな、フォーキーでアーシーな響きを織り交ぜた、ワールド・ミュージック的な音世界を大胆に加えた、広大で抒情的な音世界。肉声が効果的に、アフリカの大地に、緩やかに広がる様に響き渡る。
 
 
Still_life
 
 
冒頭の「Minuano」が、そんな「より一段、高みに上がった成果」を聴かせてくれる。アフリカン・ネイティブな、フォーキーでアーシーな響きが、実にジャジーな音として響き渡る。ジャズの源、アフリカの音の響き。そこに、ライル・メイズのコンテンポラリーなキーボードが絡む。ふと我に返る。米国ルーツ・ミュージック的な音世界が、グッとコンテンポラリー・ジャズの音世界に立ち返る。

アーシーでフォーキーで抒情的な音世界の最たる例が、3曲目の「Last Train Home」。ポール・ワーティコの刻むスネアドラムのブラッシュが「走る夜行列車」を現出する。パットの抒情的なギター・シンセが郷愁をかき立てる。電子シタールのサウンドが哀愁を感じさせる。

そして、ブリッジの部分、「ヘ〜〜イ〜、ヘイヘイヤ〜ア〜ウ〜、ハオ〜〜ウウオ〜〜」とアーシーでアフリカン・ネイティブな肉声のスキャットが響き渡る。これ、これである、これが「より一段、高みに上がった成果」。叙情豊かな、聴き耳を立てると、なんだか胸がジ〜ンとして、目頭がちょっと熱くなる。そんな魂を軽く揺さぶられる様な叙情性。これぞ「名曲」、これぞ「名演」である。

その他、このアルバムの全ての曲が、それまでのPMGの音世界を圧倒的に凌駕する、新しいPMGの音世界である。米国の自然を彷彿とさせるフォーキーで、米国ルーツ・ミュージック的な、ポジティブで抒情的な音世界、いわゆる「ネーチャー・ジャズ」の音世界に、アフリカン・ネイティブな、フォーキーでアーシーな響きを織り交ぜた、ワールド・ミュージック的な音世界を大胆に加えた、広大で抒情的な音世界。

PMGの名盤の一枚である。1987年、フュージョン・ブームが遠く去り、純ジャズ復古の掛け声が高らかに響き渡るが、新しいジャズの音がなかなか聴こえてこない、ジャズの停滞の時代。そんな時代に、PMGはこんなに素晴らしい成果を現出した。決してジャズは死んではいない。僕はこのアルバムを手にして、このアルバムの音世界に初めて触れた時、僕はそう感じた。実に魅力的なジャズである。
 
 
 
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2012年8月 7日 (火曜日)

どちらが主役か判らない...w

ジョー・ベック(Joe Beck)。エレクトリック・ジャズ・ギタリスト。エレクトリック・マイルスの最初のエレクトリック・ギタリスト。恐らく、ギル・エバンスの紹介だろう。但し、何回かのセッションに参加した後、マイルスの下を離れてしまう。体調不良(病気)が理由だと聞く。
 
マイルスがエレクトリック・マイルスの世界で、ギタリストに要求したことは「ロック・ギタリストの様に弾け」。確かに、ジョー・ベックのエレクトリック・ギターの奏法は「ロック・ギタリスト」そのもの。しかし、その根底に流れる雰囲気は、紛れもなく「メインストリーム・ジャズ」。
 
そんなジョー・ベックの初リーダー作『Beck』(写真左)。1975年3月・6月の録音。ちなみにパーソネルは、Joe Beck (g), Steve Khan (g), David Sanborn (as), Don Grolnick (key), Will Lee (b), Chris Parker (ds), Ray Mantilla (per), and strings。フュージョン・アルトの雄、デヴィッド・サンボーンの参加が目を惹く。
 
1975年と言えば、クロスオーバー・ジャズからフュージョン・ジャズへの移行期。そんなフュージョン・ジャズへの移行期、そのトレンドを引っ張ったレーベルが「Kuduレーベル(=CTIレーベル)」。総帥クリード・テイラーが率いる、クロスオーバー〜フュージョン・ジャズを牽引したジャズ・レーベル。
 
現代のスムース・ジャズの先鞭をつける「ソフト&メロウ」な音作り。そこに一本芯を通した様に響くタイトなリズム&ビート。決して甘さに流されない、シッカリとジャズの範疇に根を下ろした、聴き心地の良い、それでいてシッカリとジャジーな雰囲気をキープした音作り。そんな「音作り」の個性が。Kuduレーベル(=CTIレーベル)の真骨頂。このアルバム『Beck』には、このKuduレーベル(=CTIレーベル)のトレンディーな音がギッシリと詰まっている。
 
Beck
 
徹頭徹尾、Kuduレーベル(=CTIレーベル)の音が詰まっているアルバムではあるが、このアルバム、主役は誰か判らないところがあって、そこが面白い。リーダーはジョー・ベック。ジョー・ベックはエレクトリック・ギタリスト。しかし、ジョー・ベックのエレギは、演奏される楽器の目立ち具合からすると、全体の3割くらいしか「目立っていない」。
 
後の「7割」、目立っているのは誰か。フュージョン・アルトの雄、デヴィッド・サンボーンである。サンボーンのアルトが、このアルバムの中でダントツに目立っている。全編に渡って、自由奔放にエモーショナルに、サンボーンをアルトを吹きまくっている。このアルバムでのサンボーンは、絶対に「聴きもの」だ。
 
このアルバムに出会ったのは、ジャズ者初心者駆け出しの頃は1978年、時はフュージョン全盛時代。そんな中、このアルバムのスムース・ジャズの先駆の様な内容は直ぐに気に入った。当時、ヘビー・ローテーションだったアルバムである。そして、一番、印象に残っているのは、リーダーのベックのエレギでは無く、サンボーンのアルト。しばらくの間、このアルバム、サンボーンのリーダー作と勘違いしていた位であるw。
 
フュージョン・ジャズとして、佳作な内容のアルバムです。リーダーのベックの「ロックの様なエレギ」は確かになかなかのものなんですが、如何せん、アルトのサンボーンが目立ち過ぎ。ベックとサンボーン、どちらが主役か判らない、不思議なアルバムです。まあ、どちらかと言えば、若かりし頃のサンボーンの奔放なアルトを楽しむことが出来るアルバムと位置づけたほうが、座りの良い盤でしょう。
 
とにかく、「Kuduレーベル(=CTIレーベル)」な音作りが楽しい、フュージョン・ジャズの佳作な盤として、フュージョン者の方々にお勧めです。フュージョン時代の懐かしい音作りがギッシリと詰まっていて、なかなかに楽しめます。 
 
 
 

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2012年8月 6日 (月曜日)

Impulse時代のロリンズ第1弾

さあ、ソニー・ロリンズのリーダー作の聴き直しシリーズは、1965年、Impulse時代に突入である。

1964年6月11日、アルバム『The Standard』のセッションを最後に、ソニー・ロリンズはRCAを離れる。RCA時代は、2回目の失踪事件以来、鳴り物入りでカムバックしての再デビューだったが、セールス的には恵まれなかった。まあ、今から振り返れば、プロデュース・ミスがセールス不振の原因の大半だろう。

そして、ロリンズはRCAを後にして、Impulseレーベルに移籍、1964年後半のことである。Impulse移籍後、最初のアルバムは、1965年7月8日のスタジオ録音の『Sonny Rollins On Impulse!』とされるが、1978年、未発表音源として密かにリリースされた『There Will Never Be Another You』(写真左)が『On Impulse!』よりも1ヶ月ほど早い録音になる。

さて改めて、この『There Will Never Be Another You』は、ロリンズがRCAからImpulseに移籍後、正式にアルバムとしてリリースされた音源としては一番早い録音になる。この音源はライブ音源。ニューヨークの有名美術館「The Museum Of Modern Art(MOMA)」でのライブ録音である。

ちなみにパーソネルは、Sonny Rollins (ts), Tommy Flanagan (p), Bob Cranshaw (b), Billy Higgins, Mickey Roker (ds)。1965年6月17日の録音。

Impulse移籍後、間も無いライブ録音なので、まだパーマネントなメンバー構成では無い。しかし、ピアノにトミフラ、ベースにクランショウ、ドラムにヒギンス&ローカーが控えているので、このライブ録音が悪かろうはずが無い。
 

There_will_never_be_another_you

 
しかし、いきなり冒頭「On Green Dolphin Street」がフェードインで始まる。おいおい、フェードインかよ、と眉をひそめてしまう。やはり未発表音源、内容的にも問題があるのかなあ、と不安の出だしである。が、聴き進むにつれ、意外とロリンズの熱いブロウが続いて、徐々にこの演奏に引き込まれていく。

1965年6月17日と言えば、ロリンズのライバルであるコルトレーンは、高速シーツ・オブ・サウンドから、フリー・ジャズへの傾倒を始めた『Transition』を録音した頃。ロリンズは超絶技巧な高速フレーズを奏でながらも、スローな展開では、溢れんばかりの歌心を湛えた泰然自若なブロウが、実にロリンズらしい。

ストレートなブロウは明らかにコルトレーンを意識してはいるが、テナーの音域の使い方はコルトレーンとは全く異なる。ロリンズはテナーの音域をほぼ「フル」に活かしたブロウ。つまり、普通にテナーを吹き上げる自然な音域の使い方で、この自然な展開がロリンズのブロウの真骨頂。

未発表音源として録音当時は「お蔵入り」していた音源だけあって、ところどころ録音に難があるんだが、このライブ音源の内容を聴けば、まあその「難」も我慢できるというもの。

バックのリズムセクション、ピアノのトミフラ、ベースのクランショウ、ドラムのヒギンス&ローカーも素晴らしい高速ハードバップの演奏を繰り広げていて、思わず、耳をそばだててしまいます。バップなピアノが魅力のトミフラ、テクニックがかなり優れたクランショウ、新しい感覚のバップなドラミングが温故知新なヒギンス&ローカー。今の耳にも決して古くない、実に魅力的な躍動感溢れるリズム・セクションです。

ジャケットの趣味の悪さは、リリース時期が1978年、フュージョン全盛時代ということを考えると、いざ仕方の無いところか。ジャケットの趣味の悪さと未発表音源としての「録音の難」を差し引いても、1965年当時のメインストリーム・ジャズ演奏のトレンドを追体験出来る、なかなかに優れた内容になっています。ちょっとマニアックな内容ですが、ロリンズ者にとっては必須のライブ盤でしょう。

 
 

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2012年8月 5日 (日曜日)

コテコテの米国ルーツ・ロック

昨日もこのブログでご紹介したが、アメリカン・ルーツ・ロックの代表的ミュージシャンの一人に「ライ・クーダー(Ry Cooder)」がいる。ライ・クーダーとは、スライド・ギターの名手で、アメリカン・ルーツ・ロックにおける代表的ミュージシャンの一人。

昨日ご紹介した、1976年発表の『Chicken Skin Music』は、ブルース、ゴルペル、カントリーの要素を中心に据えつつ、ハワイアンの要素を大胆に取り入れて、快適にレイドバックした、アメリカン・ルーツ・ロックの名盤である。

そんなライ・クーダーが、ドップリとアメリカン・ルーツ・ミュージックに浸かった、これはもう、アメリカン・ルーツ・ロックでは無く、ポップなアメリカン・ルーツ・ミュージックを奏でたアルバムと言い切れるアルバムがある。そのタイトルは『Paradise & Lunch』(写真)。1974年発表のライ・クーダーの代表作のひとつ。

アメリカン・ルーツ・ミュージックの中でも、ブルース、フォークを中心に、ポップ・ロック風のアレンジに上手く取り入れ、アメリカ南部と中南米のサウンドが混じりあったような、国籍不明で不思議な雰囲気の漂う、ライ・クーダー独特の個性的なアメリカン・ルーツ・ミュージックに仕上がっている。

Paradise_and_lunch

職人芸的なライ・クーダーのギターと、ジム・ケルトナー、ラス・タイトルマンら、バックの職人ミュージシャンによる演奏は、実にリラックスして聴きどころ満載。実にレイドバックした、ユルユルではあるが、コテコテのアーシーで渋い味のブルース&フォークは、実に楽観的で実に洒脱な演奏である。

スライドギター、マンドリンと、実にアメリカン・ルーツ・ミュージックな音色で聞かせてくれる、渋すぎる位の、極上のポップ・ロック。アメリカン・ルーツ・ミュージックとして、どこかノスタルジーを感じさせてくれる、哀愁感溢れるボーカルも実に味がある。

アメリカン・ルーツ・ロックの世界でも、このアルバムはかなり個性的な部類のアルバムになり、一般受けすることは期待できないのですが、このアルバムのコッテコテのアメリカン・ルーツ・ミュージックな流れは、好きな者にとっては、これはもう至福の時を感じさせてくれる、最高に素晴らしい一時だと思います。

アメリカン・ルーツ・ロック者の方々には、是非一聴をお勧めした逸品です。アルバム・ジャケットのデザインについては賛否両論あるとは思いますが、アメリカン・ルーツ・ミュージックの中でも、ブルース、フォークを中心にしたアルバムということを思えば、カウボーイ・ハットをかぶったライ・クーダーも「あり」かな、とも思いますw。

 
 

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2012年8月 4日 (土曜日)

米国ルーツ・ロックの大名盤

アメリカン・ルーツ・ミュージックという言葉がある。僅か建国以降の歴史200年の米国において、米国黒人のブルース、ゴスペル、初期のジャズ、アメリカ白人のフォーク、カントリーを指す。特に、米国南部ではこれらのルーツ・ミュージックが土着文化として生き続けている。

アメリカン・ルーツ・ミュージックをベースにしたロックが、アメリカン・ルーツ・ロック。1960年代後半辺りから発祥し、代表的バンドとしては「ザ・バンド(The Band)」が挙げられる。

このザ・バンドの音を聴けばたちどころに判るのだが、このアメリカン・ルーツ・ロックとは、ロックンロールを基調としつつ、代表的なアメリカン・ルーツ・ミュージックである、ブルース、ゴルペル、カントリーの要素を中心に取り入れ、ラフで豪快でリラックスした中に、アーシーで快適なテンションが感じられるロックである。

そんなアメリカン・ルーツ・ロックの代表的ミュージシャンの一人に「ライ・クーダー(Ry Cooder)」がいる。

ライ・クーダーとは、スライド・ギターの名手で、アメリカン・ルーツ・ロックにおける代表的ミュージシャンの一人。クーダーは、アメリカのルーツ・ミュージックに着目し、ロックンロール基調のアレンジに上手く取り入れ、ポップ・ロックの演奏に焼き直すことにより、アメリカン・ルーツ・ミュージックを再評価したことは高く評価されても良い。 
 

Chicken_skin_music

 
その最大の成果が『Chicken Skin Music』(写真左)。彼の5作目となる1976年発表の作品である。

代表的なアメリカン・ルーツ・ミュージックである、ブルース、ゴルペル、カントリーの要素を中心に据えつつ、ハワイアンの要素を大胆に取り入れて、快適にレイドバックした、アメリカン・ルーツ・ロックの名盤である。

ハワイアン音楽で使用されるスラック・キー・ギターやアコーディオンなどの響きが、アメリカン・ルーツ・ミュージックの中に混じって、ネイティブなアメリカン・ルーツ・ロックとは、ちょっと雰囲気を異にする、トロピカルなアメリカン・ルーツ・ミュージックが、このアルバムの中に蔓延しており、その適度でラフでトロピカルなムードが、クーダーの強烈な個性になっている。

ルーツ・ロックというのは、この『Chicken Skin Music』みたいな盤を言うのだろう。ルーツ・ロックをやるには、当然、ルーツ・ミュージックに精通する必要がある。このライ・クーダーについては全く申し分無い。

ライ・クーダーのアメリカン・ルーツ・ミュージックについての精通度については素晴らしいものがあります。そんな高い精通度が、この『Chicken Skin Music』の中で、素晴らしいアレンジの成果として花開いています。アメリカン・ルーツ・ロックの名盤として、この『Chicken Skin Music』はお勧めの逸品です。 

 
 

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2012年8月 3日 (金曜日)

夏はボサノバ・ジャズ・その12

ボサノバ・ジャズの花形楽器のひとつに「フルート」がある、と僕は思っている。ボサノバの穏やかでオシャレな雰囲気に「フルート」の音色は実に合う。

ポップなジャズ・フルートの第一人者と言えば、ハービー・マン(Herbie Mann)。

そのハービー・マンが「ボサノバ」を聴いた時、ボサノバの創始者ジョビンの作る美しいメロディーとサンバに由来する独特のリズムに、新しい何かをビンビンに感じたらしく、速攻でブラジル渡航を決行。現地の一流ミュージシャン達と意気投合し、あっというまで出来上がったのが、このアルバム。

そのタイトルは『Do the Bossa Nova』(写真左)。1962年10月に、ブラジル本国、リオデジャネイロで録音されたアルバム。ちなみにパーソネルは、アントニオ・カルロス・ジョビン(Antonio Carlos Jobim)やバーデン・パウエル(Baden Powell)、ボサ・トレス(Bossa Tres)、セルジオ・メンデス(Sergio Mendes)、ペドロ・パウロ(Pedro Paulo)、パウロ・モウラ(Paulo Moura)、ドゥルヴァル・フェレイラ(Durval Ferreira)、オターヴィオ・バイリー(Otavio Bailly Jr.)、ドン・ウン・ホマン(Dom Um Romao)らが参加。

いやいや、キラ星の様に、ボサノバの一流どころのミュージシャンの名前が並んでいます。凄いメンバー構成ですね。ボサノバ人脈のアメリカ人ジャズメンへの憧憬っぷりは半端でなかったようです。ジャズ代表ハービー・マンとボサノバ一流ミュージシャンの融合。

Do_the_bossa_nova

ジャズ・フルートのボサノバ・ジャズと聞くと、ユルくてポップな耳当たりの良い音が想像されるんですが、このアルバムは違います。結構、硬派で芯の入ったボサノバ・ジャズが展開されています。直球なアレンジと演奏で挑んだ、ハービー・マン渾身の一枚と言えるでしょう。

ハービー・マンのフルートも凄いのですが、バーデン・パウエルのギターのもの凄い。圧倒的なスイング感、ドライブ感は今聴いてもブッ飛びもんです。

面白いのは6曲目「Blues Walk」。Clifford Brownの作ったブルース「Blues Walk」を軽快なアップテンポのボサノバで演奏しているんですが、これがまあ、それはもう目眩く「純ジャズ+ボサノバ」の化学反応の世界。硬派なボサノバ・ジャズにも関わらず、もはや、踊らずにはいられない、そんなダンサフルな感じが素敵です。ぶっ飛びの疾走感。凄いです。

この『Do the Bossa Nova』は、通常のボサノバ・ジャズ盤とは一線を画するものです。ボサノバのアレンジを前面的に取り入れた硬派なメインストリーム・ジャズと解釈した方がすんなり腹に落ちる、実に硬派なジャズ盤です。でも、根はボサノバ盤。秀逸なボサノバ・ジャズ盤としても十分に楽しめます。聴き流しもOK。良いアルバムです。 

 
 

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2012年8月 2日 (木曜日)

サマー・オブ・ラブなライブ盤

夏になって、暑い日が続いて、それでいて、夕方、日が暮れた後、ふっと涼しい風が頬を撫でる瞬間、なぜか「サマー・オブ・ラブ」という言葉を思い出す。

「サマー・オブ・ラブ」とは、1967年夏にアメリカ合衆国を中心に巻き起こった、文化的、政治的な主張を伴う社会現象。ヒッピーが主導したカウンターカルチャーは世代を超えて広く認知された(wikipediaより)。いわゆる「ラブ&ピース」。

そんな「サマー・オブ・ラブ」の時代、流行りに流行ったジャズ・バンドがある。Charles Lloyd(チャールズ・ロイド)カルテット。コルトレーン・ジャズを大衆向けに判り易くポップにした、それでいて、コルトレーン・ジャズの精神性の一部分を借用して、その判り易さと精神性が「サマー・オブ・ラブ」を推進したヒッピー中心に受けに受けた。

そんなチャールズ・ロイド・カルテットの代表作の一枚が『Love-in』(写真左)。1967年、「サマー・オブ・ラブ」の中心地、サンフランシスコはフィルモアでのライブ録音。ちなみにパーソネルは、Charles Lloyd (ts,fl), Keith Jarrett (p), Ron McClure (b), Jack DeJohnette (ds)。

この『Love-in』は、コルトレーン・ジャズの精神性の一部分を借用が後退し、コルトレーン・ジャズを大衆向けに判り易くポップにした部分を前面に押し出し、メインストリーム・ジャズの音世界を逸脱すること無く、限りなくポップにアレンジメントした、一般万民、大衆向けの演奏になっています。
 

Love_in

 
ポップで判り易いメインストリーム・ジャズで、ややもすれば「イージーリスニング」的な、コーニーな演奏に成り下がりそうなんだが、どうしてどうして、さすが、バックのリズム・セクション、キースのピアノ、デジョネットのドラム、マクビーのベースが、判り易い割にかなり高度な演奏が実にスリリングで、聴衆を魅了している様子が聴き取れます。

ポップで判り易いが、判り易い割にかなり高度な演奏とはいかなるものか。4曲目の、当時最新のビートルズの名曲のカバー「Here There and Everywhere」と、6曲目の「Sunday Morning」を聴けば、それが良く判ります。本当に判り易いメインストリーム・ジャズ。リーダーのロイドのテナーやフルートも判り易さを前面に押し出し、難しさの微塵も無い。聴衆のレベルにキッチリと迎合した演奏は、実にプロフェッショナルというか、良い意味で商売人ですなあ。

しかし、あの気難し屋のキースが、「Here There and Everywhere」では神妙で生真面目な伴奏を聴かせてくれるし、「Sunday Morning」では、フォーキーでアーシーでファンキーな、実にノリノリでご機嫌なピアノ・ソロを聴かせてくれます。「サマー・オブ・ラブ」的なキース・ジャレットは、この時代の録音にだけ聴くことができる、キースの本質の一部を垣間見ることができる、貴重なものです。

アルバム・ジャケットのデザインもケバケバしくて、いかにも「サマー・オブ・ラブ」してますw。しかし、凄いデザインやなあ。昔、今から35年ほど前、ジャズ者初心者の頃、このアルバム・ジャケットには「どん引き」したのを覚えています。でも、中身は、本当に判り易いメインストリーム・ジャズ。ジャズの深みに欠けるところはありますが、こんなジャズも時には良いです。良いアルバムだと思います。

 
 

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2012年8月 1日 (水曜日)

敦賀明子の会心作『Sakura』

暑い日が続く。こんなに暑い日が続くと、ジャズなんて聴く気が起きない、なんて思う方もおられるかと思うが、どうしてどうして、そんなこと、これっぽっちも思わないなあw。

電力不足、脱原子力発電が叫ばれる中、ちょっと不謹慎だとは重々承知なのだが、エアコンでそこそこ冷えた部屋の中で、暑い陽射しを追いやりながらの昼下がり、熱いコーヒーや紅茶を飲みながら聴くジャズは、これまた格別なものがある。

この猛暑の夏、そんな天国のような環境の中で聴くジャズは、意外とファンキーなヤツが良い。ファンキーなヤツと言えば「オルガン・ジャズ」。このところの猛暑の日が続く中、エアコンでそこそこ冷えた部屋の中で、暑い陽射しを追いやりながらの昼下がり、熱いコーヒーや紅茶を飲みながら聴くファンキー・ジャズは、敦賀明子の『Sakura』(写真左)。

敦賀明子の最新作であり、敦賀明子の会心作である。ちなみにパーソネルは、Akiko Tsuruga (hammond B3 organ), Jerry Weldon (ts), Joe Magnarelli (tp,flh), Bob DeVos (g), Rudy Petschauer (ds)。さすがに、敦賀明子以外のメンバーについては、僕は知らない。2011年4月19&20日の録音。

敦賀明子の個性である「乾いてあっさりとしたファンクネス」をどっぷりと湛えたハモンド・オルガンが、この『Sakura』でも唸りまくる。個性豊かなオルガンである。

1フレーズ聴いただけで「恐らくこれは敦賀明子のオルガンである」と確定出来る位の個性溢れるオルガン。そんな個性的なオルガンを日本人が奏でる時代が来るとは、今から30年前、ジャズ者初心者の僕は想像だにしなかった。聴いていてワクワクするし、聴いていて楽しい。

Akiko_tsuruga_sakura

敦賀明子のリーダー作での収録曲の特徴として「アレンジメントの良さ」が挙げられる。この『Sakura』でも、そんな「アレンジメントの良さ」が感じられる楽曲が目白押し。目立ったところでは、6曲目の「Sukiyaki」。坂本九の「上を向いて歩こう」のオルガンジャズ・バージョン。そして、9曲目の「Sakura」。日本の文部省唱歌「さくら」のオルガンジャズ・バージョン。

日本作の楽曲はジャズにすると、ちょっと俗っぽく、凡百な演奏に陥ってしまう傾向が強かったが、この2曲は違う。敦賀明子のアレンジの勝利だろう。良い出来です。

そして、更なる僕のお気に入りは、2曲目の「Smile」、そして、11曲目の「I Won't Last A Day Without You(愛は夢の中に)」。どちらも秀逸な出来。特に「愛は夢の中に」は良い出来だ。カーペンターズの名曲のカバー。ポップで聴き易く、ライトなファンクネスが心地良い、とても良く練られたアレンジが僕は大好きだ。「Smile」も良い。この楽曲の持つ魅力的な旋律を、自らのオルガンでは無く、サックスに譲って、自らのオルガンは徹底的にバッキングに回る。なんて潔いアレンジだ。

良いアルバムです。敦賀明子として、彼女のオルガンの個性を確立した、敦賀明子の会心作である。楽しく聴き易いオルガン・ジャズ。敦賀明子として、一番「ポップ」に傾いた秀作だと思います。日本人がここまでジャズ・オルガンを弾きこなす成果に、思わず感じ入ってしまいます。

アルバム・ジャケットには、「つるりん(敦賀明子のニックネーム)」の着物姿(おお〜っw)。アルバム・ジャケットの着物姿からも、このアルバムに懸ける「つるりん」の意気込みが伝わってきます。 

 
 

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