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2012年7月の記事

2012年7月31日 (火曜日)

ティル・ブレナーのバラード集

ドイツ出身イケメントランぺッター兼ボーカリスト、ティル・ブレナー(Till Bronner)。僕の注目株トランペッターの一人。

生まれたのは音楽一家。1970年生まれ。ティル・ブレナーが少年時代にのめり込んだのは、クラシック・トランペット。そのセンスは優秀。そんなハイ・テクニックなトランペットはジャズの演奏にも引き継がれている。

ティル・ブレナーのトランペットのテクニックの凄さと音のふくよかさ、豊かさに感心。これぞトランペットっていう素晴らしい音。ブラスが良く鳴るというか、響くというか、素晴らしく正統な音がする。

そんなティル・ブレナーが、名匠ラリー・クラインをプロデューサーに迎えた、実に雰囲気の良いバラード集。タイトルは『Oceana』(写真)。2006年作。

米西海岸はロサンゼルスでの録音作。バラード集だけあって、ミディアム〜スローナンバー中心。ちなみにパーソネルは、Till Bronner (tp,vo), Larry Goldings (org,p,el-p), Dean Parks (g), David Piltch (b), Jay Bellorose (ds), Gary Foster (as)。ティル・ブレナー以外は知らないなあw。でも、演奏内容は確か。

Till_bronner_oceana

そんな中、ブレナーは、情感豊かに、ゆったりとした雰囲気で、実に気持ちよさそうに、トランペットを吹き上げていく。メジャー・コードの曲ですら、たっぷりと潤いをたたえた雰囲気で、全曲、スロー&メローな曲調が、今の季節に実にシックリ来る。

今回のアルバムは、カバー中心の選曲で、ジャズ・スタンダードはもちろん、レナード・コーエン、ニック・ドレイク、ハンク・ウィリアムス、エドゥ・ロボなど、ちょっと捻った玄人好みの選曲が「ニクイ」。

ボーカル入りの曲も充実していて、ゲストに、マデリン・ペルー、カーラ・ブルーニ、ルシアーナ・スーザという3人のボーカリストが参加していて雰囲気良好。ブレナー自身もボーカルをとっており、「リヴァー・マン」などは、チェット・ベイカーを彷彿とさせて、実に雰囲気の良いボーカルを聴かせている。

とにかく、全体の雰囲気が良いのだ。ボーッとなにもせず、寛いだ状態で聴き流すと、日頃の疲れや嫌な思い出が洗い流されていくような、そんな極上のバラード集です。

ノスタルジックで、優しくて、大人のジャズって感じが満載です。ちなみに録音も秀逸。特にベースの重低音がブンブンと迫って、大迫力。良いアルバムです。

 
 

大震災から1年が過ぎた。決して忘れない。常に関与し続ける。
がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力しよう。 

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2012年7月30日 (月曜日)

ジョンスコの幻の初リーダー作

今や押しも押されぬ、ジャズ・ギターの重鎮。その気持ち良く捻れた変則フレーズが身上の個性的なジャズ・ギタリストと言えば、ジョン・スコフィールド(John Scofield・以降「ジョンスコ」と略す)である。

そのジョンスコの初リーダー作は、日本でのリリース時のタイトルは『John Scofield』(写真左)、米国でのリリース時のタイトルは『East Meets West』(写真右)。1977年、日野皓正クァルテットの一員で来日の折、東京にて日野兄弟と録音した初のリーダー名義作品。トリオ・レコードからのリリースだった。

1977年8月12日、18日の録音。ちなみにパーソネルは、John Scofield (g), Clint Houston (b), Motohiko Hino (ds), Terumasa Hino (tp)。日野元彦、日野皓正、いわゆる「日野兄弟」が参加。全体的に適度にリラックスした、実に良い雰囲気のセッションである。

このアルバムは何故か良く覚えている。トリオレコードからのリリースということで、入手するのは比較的簡単だった。というか、この日本盤の真っ青な海と空の色、そして、右端にジョンスコの上半身のアップ。ジョンスコがちょっと老けた感じで、なんだか、このジャケットに惹かれて入手した、という「変則ジャケ買い」なアルバムだった。
 

Album_john_scofield

 
1977年の録音だから、ジョンスコ26歳の頃である。まだまだ若手駆け出し的な年齢だが、既に彼の個性的なギタースタイルは確立されている。気持ち良く捻れた変則フレーズ、不思議なアウト感覚、少し聴くだけで「ジョンスコ」と判る、フレーズ、音色共に、実に個性的なギターである。後に、マイルス・デイヴィスが自らのバンドにスカウトしたことも頷ける。

ジョンスコのギターは、伝統的なジャズに根ざしたコンテンポラリーなもの。決して、フュージョン・ギターでは無い。変に捻れているので判り難いが、あくまでジャズの範疇に根っこを残した、モーダルなギター。アブストラクトな向きもあるが、決して、アブストラクトに走らない。フリーキーに傾くが、決して、フリーキーに走らない。冷静に、実に良くコントロールされたプレイもジョンスコの特徴。

クリント・ヒューストンのベースもブンブンと重低音を響かせながら、ジョンスコを支える。日野元彦のドラムの叩き出すリズム&ビートがコンテンポラリーな響き。当時の流行のリズム&ビートと思いきや、いやいや、今の耳にも新しさを感じる、日野元彦の個性的なリズム&ビート。リズム・セクションが実にリラックスした、軽いうねりのあるリズム&ビートを供給する。適度な軽さ。魅力的である。

このジョンスコの初リーダー作『John Scofield』は、幻のリーダー作とされる。僕は偶然、所有していたので、そうかなあ、と思うんだが、録音と発売の経緯からすると、ジョンスコ・ファンのジャズ者の方々からは「こんなアルバムあったんや」という、軽い驚きを覚えるアルバムなんだろうな。良い初リーダー作です。ジョンスコを感じるに格好の一枚です。 

 
 

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2012年7月29日 (日曜日)

オランダ発の欧州プログレ

フォーカスとは、オランダ出身の70年代を代表するプログレ・バンド。

1970年、Thijs Van Leer(タイス・バン・レアー)とJan Akkerman(ヤン・アッカーマン)を核として、ベースギター(Martijn Dresden・マーティン・ドレスデン:結成時)、ドラム(HansCleuver・ハンス・クーパー:結成時)の4名で結成された。

バンドは初のシングルヒット「悪魔の呪文 : Hocus Pocus(1971年、英国では1972年)、セカンドヒット「シルビア」(72年)で、欧米を中心にその勇名を轟かせた。1973年、英国の音楽雑誌「メロディーメーカー」による人気投票では、各部門にフォーカスのメンバーが選出されている。

特に、ヤンがエリック・クラプトン、スティーブ・ハウらを押さえてギタリストNo.1に選ばれたことは、当時、驚くべきニュースだった。1974年、初来日公演が実現。その後、1975年にも2度目の来日公演もあったが、タイスとヤンのめざす音楽の方向性の相違が明らかになる。

75年のワールド・ツアー・キャンセル、ドラマーの交代と続き、1976年、ヤンが脱退。タイスとヤンによるフォーカスのアルバムは「Mother Focus」が最後となった(その後 1976年、アウトテイク集『Ship of Memories』がリリース)。

フォーカスの演奏するメロディーやアンサンブルには、クラシックの楽曲構成やロマンティシズム、ロックのダイナミズム、ジャズに代表される即興性など、さまざまなエッセンスがミックスされており、加えて、彼らの高い演奏技術と楽曲の独創性から、他のプログレ・バンドには見られない、唯一無二のオリジナリティーを誇る。
 

Ship_of_memories

 
そんなフォーカスのバンド解体後に、突如、リリースされたアウトテイク集『Ship of Memories』(写真左)を、やっとのことで入手した。21世紀にもなって何をしているんや、とも思うが、この『Ship of Memories』はアウトテイク集が故に、ほとんど触手が伸びなかった。ジャズと違って、ロックのアウトテイク集は、ほとんど聴くべきものが無いことが多い。とにかく、完成度が低いのだ。

しかし、1974年、リアルタイムでフォーカスに触れ、2000年代に入って、Jan Akkerman(ヤン・アッカーマン)のソロ・アルバムを聴き漁るに至り、このバンドはジャズの要素、即興演奏的な要素があって、特に、ヤンのギター・プレイについては、その傾向が強い。ということは、このアウトテイク集『Ship of Memories』も、ヤンのギターについては期待できるのでは、と思った。

聴いてみてズバリ、ヤンのギターのインプロビゼーション中心に、十分に聴き応えを感じることができる、なかなかの内容のアウトテイク集であることが判明した。とにかく、ヤンのギターが十二分に楽しめる。

フォーカスの特徴である「クラシックの楽曲構成やロマンティシズム、ロックのダイナミズム」を踏襲した、いかにもフォーカスらしい雰囲気の楽曲もあるし、ヤンのジャズに代表される即興性、フリーキーな展開を前面に押し出した、フォーカスらしからぬ楽曲もある。この辺が、タイスとヤンのめざす音楽の方向性の相違なっていったのだろう。

Jan Akkerman(ヤン・アッカーマン)のギターを愛でるならば、このアウトテイク集『Ship of Memories』は十分に鑑賞に耐える内容であることは間違い無い。フォーカスのファンとして聴くなら、ちょっと退屈で戸惑う部分があって、違和感を感じる向きもあるかもしれない。ヤン・アッカーマンのギターのファン向け、マニア志向のアウトテイク集である。 

 
 

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2012年7月28日 (土曜日)

夏になると良く聴くロック

日本ならではの蒸し暑い夏がやってくると、不思議と決まって、ヘビロテになるロックがある。基本的には、サザン・ロック系が多い。R&Bなど、アメリカ南部の泥臭い音楽を前面に押し出したロックである。

泥臭い雰囲気を前面に押し出すのであれば、なんだか暑苦しいのではないか、と思われる向きもあるが、意外と、この泥臭い雰囲気が、日本の蒸し暑い夏の気候に合うような気がするのだ。この感覚は、遠く30年以上前の高校時代、ロックを聴き始めた頃から今までの、共通の僕の感覚である。

リトル・フィートというバンドがある。西海岸ロック出身ではあるが、R&B、カントリー、ジャズなど、アメリカン・ルーツ・ミュージックの影響を色濃く押し出しているサウンドが身上の、乾いたファンクネスが特徴なバンドである。音的には「サザン・ロック」の範疇に位置しても良い、アメリカ南部の泥臭い音楽を前面に押し出した音が特徴的である。

そのリーダーは、ローウェル・ジョージ。スライド・ギター、ヴォーカルを担当する。彼のスライド・ギターは天才的。鋼の様に硬質でしなやかで粘りのある、うねるようなスライド・ギターが醸し出す「乾いたファンクネス」は、リトル・フィートの最大の個性になった。

そんなローウェル・ジョージが残した唯一のソロ・アルバムがある。『Thanks I'll Eat It Here(特別料理)』(写真左)。邦題の「特別料理」というのが凄い(笑)。1979年の作品。この作品のリリース後、1979年6月29日にドラッグのオーバードーズによる心不全で死去している。
 

Thanks_ill_eat_it_here

 
このローウェル・ジョージのソロアルバムは、一言でいうと「限りなくファンキーなアメリカン・ルーツ・ロック」の名盤のひとつと断言できる。ローウェル・ジョージのスライド・ギターのファンクネス全開、伸びやかなフレーズ、うねるようなビート、粘りのあるカッティング。ギタリストとしての最高のパフォーマンスがこのソロ・アルバムにギッシリと詰め込まれている。

女性ボーカルのコーラスを上手く絡めた、ローウェル・ジョージのボーカルもなかなかに味のあるもの。彼のボーカルは、実にファンクネス溢れるボーカルなのだが、黒人の様に「ウェット」では無い。ローウェル・ジョージのボーカルは「乾いた」ファンクネス。この「乾き具合」が絶妙なのだ。

R&B、カントリー、ジャズ、そしてゴスペルなど、アメリカン・ルーツ・ミュージックの要素をバランス良く詰め込み、レイド・バックなロック・ビートをベースに、良い意味で余裕のある、適度な音の隙間を持った、実に雰囲気の良い「サザン・ロック」系の音が朗々と展開されていく。

ローウェル・ジョージのソロ活動にリトル・フィートのメンバーはほとんど関与すること無かったが、このローウェル・ジョージのソロアルバムは、リトル・フィートよりも、音的には「サザン・ロック」の度合いが高く、アメリカ南部の泥臭い音が蔓延している。「乾いたファンクネス」もギッシリと詰まっていて、リトル・フィートよりもリトル・フィートらしい音世界である。

不思議と日本の蒸し暑い夏の気候に合う、ローウェル・ジョージのソロ・アルバム。ローウェル・ジョージ独特の乾いたファンクネスが、暑い夏に「一服の清涼感」を与えてくれます。これが良いんですね。今年もヘビロテになってます。 

 
 

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2012年7月27日 (金曜日)

このライブ音源はマニア向け

まだ、こんな音源が残っていたんやなあ、と感心した。Jaco Pastorius『Word Of Mouth 1983 Japan Tour Featuring 渡辺香津美』(写真左)。

1982年ウエザー・リポートを脱退しワード・オブ・マウス・ビッグ・バンドとしてオーレックス・ジャズ・フェスティバルで来日し、ソロ・ワークスとして全盛を極めていた時期、その翌年にワード・オブ・マウス・バンドとして全国9ヶ所、10公演を行った時の白熱のライヴ音源が初CD化。

当初ギターで参加するはずだったマイク・スターンが急遽来日できなくなり彼の推薦により渡辺香津美の参加が決定。日本人としては唯一の夢の共演が実現した。タイトルの「Featuring 渡辺香津美」がその部分を表している。

この時のJaco Pastorius "Word Of Mouth" Band、パーソネルは、ジャコ・パストリアス(b), 渡辺香津美(g), ロン・トゥーリー(tp), アレックス・フォスター(sax), デルマー・ブラウン(key), ドン・アライアス(perc), オセロ・モリノー(steel-ds), ケンウッド・デナード(ds)。

今までCD化されてこなかった訳で、それはそれなりに理由があるんだろうな、と思いつつ、今回、この音源を入手し、集中して聴いてみた。

まず、音質はあまり良くないです。中の下というところか。音質を語るなんて俗物だ、音質が悪くても良い演奏は良い演奏なのだ、という向きもありますが、一般の、普通のジャズ者の方々が、音楽として鑑賞するには、このライブ盤の音質はちょっと問題でしょう。ジャズ者マニアのレベルならともかく、この音質はちょっとお勧め出来ませんね〜。
 

Jaco_womb_1983_japantour

 
演奏の精度、演奏の展開もイマイチです。1982年のオーレックス・ジャズ・フェスティバルで来日した時のライブ音源と比較すると、かなり見劣りするのは否めません。この今回のライブ音源は、その翌年の1983年。1年でこれだけ演奏の精度と演奏の内容に楽さを生じるのか、と案漠たる気持ちになります。

ライブ音源として、歴史的な「記録」としては価値があるとは思います。しかし、主役のジャコのベースが輝かしいソロ・パフォーマンスを聴かせてくれることも無く、フィーチャーされた渡辺香津美のギターについても同様で、輝かしいソロ・パフォーマンスを聴かせてくれることも無い。

加えて、演奏される展開も平凡なもので、「これは」と煌めくものも無く、ジャズ・フュージョンな演奏が主体であるはずが、レゲエな冗長な演奏や、無意味に長い垂れ流し的なソロ・パフォーマンスが長々と収録されており、それでCD2枚組のボリュームになって、とにかくアルバム全体的な印象として、散漫かつ冗長なライブ音源という、ちょっと淋しい内容が残念です。

このライブ盤は、ジャコのマニア向けでしょう。といって、ジャコの素晴らしいソロが入っている訳でも無く、このアルバムは、あくまで、ライブ音源の形をした歴史的な記録。ジャコが率いる「ワード・オブ・マウス・ビッグ・バンド」の素晴らしい実力を体験するには、あまりに役不足なライブ音源です。

一般のジャズ者の方々は、オーレックス・ジャズ・フェスティバルで来日した時のライブ音源『Twins』などを聴いた方が、ジャコの率いるワード・オブ・マウス・ビッグ・バンドの実力の程を、ダイレクトに完璧に感じる事が出来ると思います。

とにかく、渡辺香津美のエレギが不完全燃焼風に収録されているのが、惜しいというか無念である。まあ、このライブ音源、敢えてこの時期に初CD化リリースする必要は無かったのではないかと思います。 

 
 

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2012年7月26日 (木曜日)

夏はボサノバ・ジャズ・その11

ボサノバ・ジャズでテナー・サックスとくれば、十中八九、決まって、スタン・ゲッツとくる。今でも横行する、ボサノバ・ジャズをやるテナー奏者はスタン・ゲッツしかいないかのような、判で押したようなアルバム紹介。

今でも、適当なボサノバ・ジャズの記事は皆そうだなあ。一昨日も書いたが、なにも、スタン・ゲッツだけが、ボサノバ・ジャズをやるテナー奏者では無い。彼の日本デビュー以来、ちょくちょくとリーダー作を手に入れては聴き込んできた。そのテナー奏者とは、ハリー・アレン。

さて、改めて、ハリー・アレン(Harry Allen)である。1966年、ワシントン生まれ。英、独で数枚のリーダー作を発表した後、1996年『ディア・オールド・ストックホルム』で日本デビュー。スタン・ゲッツやズート・シムズといった白人テナーの流れを汲む、ストレートアヘッドなジャズ・テナー奏者の中堅。現代のソフト・テナーの代表格になりつつある。

このハリー・アレン、ボサノバ・ジャズのアルバムをかなりの数(8枚程度)出している。そんなアレンのボサノバ作品の中で、一番のお気に入りが『I Can See Forever』(写真左)。アレンの通算4枚目のボサノバ盤である。

ちなみにパーソネルは、Harry Allen (ts), Guilherme Monteiro (g), Jay Berliner (g), Ron Carter (b), Grady Tate(ds), Joe ascione (per), Sumiko Fukatsu (fl)。2002年の作品。ベースのロン・カーター、ドラムのグラディ・テイト、フルートの深津純子のメンバー選定を見れば、このアルバムは、日本人受け狙いの日本制作盤であることが推察出来る。
 

I_can_see_forever

 
日本人受けを狙う日本制作盤は、受けを狙うあまり、判を押したような、安全運転な演奏、なぜか大スタンダード曲中心、金太郎飴的なハードバップな展開で、面白味に欠けるものが多かった。しかし、このアレンのボサノバ盤は、ちょっと雰囲気が違う。

アレンは常々「ボサノバ・ジャズのアプローチは無限」と言い放っているだけあって、収録されたどの曲もアレンジ、展開共に良く考え、良く吟味されたもの。凡百なアレンジに終始する、お決まりなボサノバ・ジャズ盤とは一線を画する、なかなか味のあるボサノバ・ジャズなアルバムに仕上がっている。

テナーでボサノバをやれば、一つ間違えば、ちょっと下品で俗っぽいムード音楽風になってしまう危険性があるんだが、アレンのテナーは違う。シッカリとしたブロウで、格調高い正統派ジャズ・テナーを持って、ボサノバの名曲を聴かせてくれる。

全編に渡ってアレンジが良い。フルートや2ギターの絡み合いがなかなか新鮮で、どの曲もなかなかに聴かせてくれる。アレンのテナーもテクニック、歌心共に優秀で実に端正なもの。あまりに端正で優等生すぎるので「面白くない」とするむきもあるが、それは言い過ぎだろう。これだけ端正に歌心を込めながら、スムーズにボサノバのフレーズを吹き上げていく、その実力は相当なもの。

夏はボサノバ。このアレンの『I Can See Forever』を聴き込めば、本当に「夏はボサノバ」やなあ〜、って心から思います。ジャケット・デザインも秀逸。このジャケ写、実に可愛くて、実に味がある。素晴らしいデザインである。ジャケ買いOKである(笑)。

蒸し暑い日本の夏にも「夏はボサノバ」。最近、歳を取ってきて、つくづく思うんですが、ボサノバ・ジャズ無くして、夏を乗り切ることは出来ません。

 
 

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2012年7月25日 (水曜日)

ジャズ・ロック出身の名曲の一つ

ジャズ・ロック。音楽のジャンルにおいて、ジャズおよびロックより発展した一つの演奏スタイル。ジャズにおいて、ロックビート、いわゆる8ビートや16ビートというロック風なビートを取り入れた、新しい演奏スタイルが生まれた。ファンキー・ジャズの延長線上で、その発展形として、1960年代後半をピークに1970年代にかけて流行した。

そんなジャズ・ロックの中で、「ジャズ・ロック出身の名曲」と呼ばれる曲が幾つかある。その一つが「Freedom Jazz Dance」。Eddie Harrisの手になる8ビートの名曲である。一度聴くと絶対に忘れられないフレーズがぎっしり詰まっています。不思議に捻れたフレーズに、上下動の激しい旋律の上げ下げ。ギクシャクした感じの展開なんですが、口ずさめるようなキャッチャーな旋律が素晴らしい。

そんなジャズ・ロックの名曲中の名曲「Freedom Jazz Dance」。僕が思うに、やはり、作曲者本人の演奏が一番良いみたいで、このへんてこりんなジャズ・ロックな名曲「Freedom Jazz Dance」を楽しめるアルバムが、Eddie Harris『The In Sound』(写真左)。

1965〜66年の録音。ちなみにパーソネルは、Eddie Harris (ts), Cedar Walton (p), Ron Carter, Melvin Jackson (b), Billy Higgins (ds), Ray Codrington (tp), Sonny Philips (org), Bucky Taylor, Ray Barretto (perc)。さすが、ジャズ・ロックの名盤の一枚。リズム・セクションには要となるメンバーがガッチリと入っている。ピアノのシダー・ウォルトン、ベースのロン・カーター、ドラムのビリー・ヒギンス。パーカッションのレイ・バレット。
 

The_in_sound

 
アルバム全体のトーンは、ファンキー・ジャズ。聴き易い、親しみ易いファンキー・ジャズ。冒頭の「The Shadow of Your Smile」など、良質なファンキー・ジャズの名演である。寛ぎのファンキー・ジャズ。これだけでも、このアルバムは「良し」。

2曲目の「Born to Be Blue」以降もファンキー・ジャズの名演がゾロゾロ続く。3曲目大スタンダード曲の「Love for Sale」のファンキー度といったら、ファンキー・ジャズ・マニアからすると、もう「メロメロ」である ww。

冒頭の「The Shadow of Your Smile」からずっとファンキー・ジャズの名演が続いた後、6曲目のラストに、突如として、このジャズ・ロックな名曲「Freedom Jazz Dance」が、満を持して登場する。

一度聴いたら忘れられない、奇妙で癖になる不思議な捻れと上げ下げが織り込まれたファンキーでジャズ・ロックな名曲。それまでのファンキー・ジャズの曲と、この「Freedom Jazz Dance」というジャズ・ロックな名曲とのギャップというか、落差というか、まったく次元の異なる、実にクールな響きに思わずクラクラする ww。

ジャズ・ロックな名曲として、これまで、様々なジャズ・ミュージシャンにカバーされた名曲「Freedom Jazz Dance」。ジャズ・ロック出身の名曲として、全てのジャズ者の方々に体験して頂きたいと思います。体験するに、やはり極めつけは、作曲した本人のリーダー作『The In Sound』。良いアルバムです。良いジャズ・ロックの佳作です。一度、体験してみて下さい。 

 
 

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2012年7月24日 (火曜日)

夏はボサノバ・ジャズ・その10

ボサノバ・ジャズでテナー・サックスとくれば、十中八九、決まって、スタン・ゲッツとくる。

今でも横行する、ボサノバ・ジャズをやるテナー奏者はスタン・ゲッツしかいないかのような、判で押したようなアルバム紹介。でも、21世紀に入っての現在、ボサノバ・ジャズのテナーと言えばスタン・ゲッツだけというのは、あまりに淋しい。

このアルバムは、21世紀に入った現在、ボサノバ・アルバムの新譜の中では出色の出来のアルバムの一つであると思っている。ジム・トムリンソン(Jim Tomlinson)の『Brazilian Sketches』(写真左)。ちなみにパーソネルは、Jim Tomlinson (ts), Stacey Kent (vo), Colin Oxley (g), John Pearce (p), Simon Thorpe (b), Chris Wells (ds)。2001年4月の録音。

ジム・トムリンソンの名には、あまり馴染みの無い方が多いかもしれないのですが、英国で活躍しているテナーサックス奏者です。英国を代表する女性ジャズ・ボーカリスト、ステイシー・ケントの夫君でもあります(写真右)。

彼のテナーの音色は一度耳にすると「おや?」と思われる方もあるのでは、と思います。そう思われた方は結構、ジャズ・テナーを聴き込んでいる方だと思われますが、ジャズ・テナーの巨匠スタン・ゲッツに良く似ているのです。ゲッツのテナーを明確に力強くした感じとでも言いましょうか。

Brazilian_sketches

ジャズ・テナーと言えば、ジョン・コルトレーンのフォロワーが多いのですが(というか、ジョン・コルトレーンのフォロワーばっかりって感じもあるが・・・)、ゲッツのような、歌心を全面に出すテナー奏者のフォロワーはそんなに数がいるものではない。実に頼もしい限りです。

そのトムリンソンが、細君のステイシー・ケントを迎えて、作成した企画盤がこの『Brazilian Sketches』。テナーのゲッツとボーカルのアストラット・ジルベルトが「イパネマの娘」という名盤を作り上げたように、テナーのゲッツを敬愛するトムリンソン〜ケント夫妻で、この『Brazilian Sketches』を作り上げる。なんだか、ほのぼのとしますよね。

やはり、このアルバム、トムリンソン〜ケント夫妻のコラボレーションが、最大の見所となります。2人の共同作業は、1曲目・4曲目・7曲目・10曲目の4曲。特に、10曲目の「ジェントル・レイン」は、二人の息もピッタリ合って素晴らしい。

他の曲も、トムリンソンが実に健闘していて、なかなか充実したテナーを聴かせてくれるので、このアルバム、21世紀に入ってのボサノバ・アルバムの中でも、出色の出来となっている訳です。お勧めです。

アルバム・ジャケットのデザインだけが凡庸で問題かなあ。内容が素晴らしいのに、愛の無いアルバム・ジャケットのデザインです。リリースしたレコード会社の愛の無さをビンビンに感じますねえ ww。

 
 

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2012年7月22日 (日曜日)

夏はボサノバ・ジャズ・その9

キャノンボール・アダレイ(Cannonball Adderley)とは、本名ジュリアン・エドウィン・アダレイ。太ったその姿を「Cannonball」に見立てて、それがニックネームとなり、芸名になった。

マイルス・デイビス・グループのメンバーとして一躍有名になり、その官能的かつファンキーなノリ・ノビのある、それでいて、その奥に繊細さ精緻さを兼ね備えるアルト・サックスが特徴。弟のコルネット奏者ナットともに結成したグループで、ファンキー・ジャズの代表者となった。

キャノンボールのアルトは、ノリ・ノビが素晴らしく、健康優良児的な明るくファンキーな演奏が身上。この健康優良児的なアルト奏者が、ほのぼのとした、ホンワカした雰囲気で聴かせるボサノバ・ジャズにチャレンジしたアルバムがある。そのアルバムとは『Cannonball's Bossa Nova』(写真)。

1962年12月の録音。ちなみにパーソネルは、Cannonball Adderley (as), Sérgio Mendes (p), Durval Ferreira (g), Octavio Bailly, Jr. (b), Dom Um Romão (ds), Pedro Paulo (tp), Paulo Moura (as)。キャノンボール以外は、ブラジルの現地ミュージシャン。知らない名前ばかりなのは当たり前 w。

このアルバムは、かの敏腕プロデューサーのオリン・キープニュースのプロデュース。Capitol Recordsからのリリースになる。ファンキージャズの人気者キャノンボール・アダレイが、その対極的ともいえるボサノバ亜調の曲を演奏するというもの だ。直感として、ミスマッチと言えばミスマッチではある。
 

Cannonballs_bossa_nova

 
まあ、1963年と言えば、米国は空前のボサノバ・ブーム。猫も杓子も「ボサノバ」だった時代の流れからすると、よくある流行に乗った企画モノって感じがするが、易々とそうはさせずに、立派なジャズ・アルバムとして仕立て上げてしまうのが、キャノンボールの優れたところで、ジャズ・ジャイアントの一人である所以である。

バックを勤めるメンバーは、ブラジル人作曲家兼ピアニストのセルジオ・メンデスのバンドがサポート、太陽が眩しいリオのリズムをベースに、ボサノバ・フレーバーを振りまいている。キャノンボールは、そのボサノバ・フレーバーをバックに、類い希な歌心をもって、朗々とボサノバを歌い上げていくところがこのアルバムのハイライトだ。

アントニオ・カルロス・ジョビンの超有名スタンダードである「Corcovado」や「Once I Loved」やジョアン・ドナートの「Minha Saudades」のカヴァーは、ボサノバ・ジャズの第一人者であるスタン・ゲッツよりも、メリハリの聴いた歌心が溢れている分、キャノンボール・アダレイに軍配が上がると僕は思う。

とにかく、ここでのキャノンボール・アダレイのアルトは明るい。輝かんばかりに眩しいアルトの音色で、とかく、ソフトになりがちなボサノバを、メリハリつけて、しっかりと歌い込んでいく様が、実に爽快で、実に健康的で、僕はこのボサノバアルバムが大好きです。

 
 

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2012年7月20日 (金曜日)

素敵な「ブラジル・テイスト」

ボサノバ・ジャズは今や「夏の定盤」となったが、ボサノバ・ジャズとなると、どうしてもボーカル・アルバムになりがちで、ちょっと食傷気味なのだが、そんな中、久し振りに、ベテラン・ピアニスト、ケニー・バロン(Kenny Barron)の素敵な「ブラジル・テイスト」のアルバムを選択。

そのアルバムの名は『Canta Brasil』(写真左)。2002年2月の録音。ちなみにパーソネルは、Kenny Barron (p), Nilson Matta (b), Duduka da Fonseca (ds), Romero Lubambo (ac-g), Anne Drummond (fl), Valtinho (per), Maucha Adnet (vo)。

ケニー・バロンといえば、歌伴で優れたピアニストで有名だし、趣味の良いピアノ・トリオのアルバムを多数リリースしていることでも有名。特に、テナーのスタン・ゲッツとのデュオは語り草。しかしながら、今回のアルバム『カンタ・ブラジル』は、「ブラジル」をコンセプトにしたアルバムで、ケニー・バロンのアルバムの中では、結構、異色。

ブラジルをコンセプトにしているだけに、このアルバムには、ボサノバあり、サンバあり、とにかく「ラテン音楽の坩堝」的なとてもノリが良くて楽しいアルバムに仕上がっている。

Canta_brasil

しかも、単に、ブラジルというコンセプトに流されることなく、それぞれの演奏で、バロンは、ジャズ・ピアニストとして、その素晴らしいインプロビゼーションの数々を、惜しげもなく披露してくれる。ブラジル音楽の雰囲気をベースに、しっかりとジャズ・ピアノしている様は、とても好感が持てるし、耳を傾けていてとても楽しい。そう、このアルバムは、聴いていて「楽しい」のだ。

冒頭の「ズンビ」(題名からしてブラジルだよな)は、実にリズミックで力強い、このアルバムのオープニングに相応しい「熱い」演奏。2曲目はうってかわって、美しいスローなナンバー。でも、しっかりと、ラテンの雰囲気は継承される。

3曲目の「パラティ」はブラジリアン・フュージョン調のナンバー。そんな中で、バロンのピアノは実に映える。ルボンバのギターも凄い。4曲目の「アンティル・ゼン」は、ミディアム・テンポのジャズ・ボッサ。そして、ラスト前の7曲目「ディス・ワン」は、かなり複雑なリズムを持つ演奏だが、ジャズとサンバが気持ちよくブレンドされて秀逸だ。

ボサノバ・ジャズの新譜が、おおよそ女性ボーカルばかりで食傷気味の僕の耳に「グッ」とばかりにガッツをくれた、そんな素敵なアルバムです。

 
 

大震災から1年が過ぎた。決して忘れない。常に関与し続ける。
がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力しよう。 

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2012年7月19日 (木曜日)

ジャズとイスラエルの旋律の融合

ベーシストのリーダー作。ベーシストのリーダー作として、リーダーとして自分の音世界をプロデューサーの様に創造していくケースと、ベーシストとしてその超絶技巧なテクニックを全面的に押し出すケース、その両方が両立した、素晴らしい成果が結集したアルバムが一番。

さて、最近のベーシストのリーダー作で優れものはあるのか。もともとジャズ・ベーシストの数は少ない。そんな数少ないベーシストの中で、優れたリーダー作を輩出する、ベーシストのリーダー作として、リーダーとして自分の音世界をプロデューサーの様に創造していくケースと、ベーシストとしてその超絶技巧なテクニックを全面的に押し出すケース、その両方が両立した、素晴らしい成果が結集した成果をコンスタントにリリースするベーシストはいるのか。

アビシャイ・コーエン(Avishai Cohen)というベーシストがいる。僕は、チック・コリア&オリジンのベーシストとしてその名を知った。超絶技巧なテクニックと歌心溢れるフレーズ。そして野太く軽快に震えるベース。1970年4月イスラエル生まれ。1992年、再渡米し、ニューヨークで音楽活動を開始、ウィントン・マルサリスなどと共演。その名を有名にしたのは、先に述べた、チック・コリア&オリジンのベーシストとしてである。

そんなアビシャイ・コーエンの最近のリーダー作として秀逸な出来の盤が『Continuo』(写真左)。このアルバムの音世界は、アビシャイの特徴であるジャズとイスラエルの旋律の融合。ジャズらしからぬ、摩訶不思議な浮遊感のあるフレーズ。それがイスラエルの旋律と理解出来るまでに暫く時間がかかった。イスラエルの旋律に関しては不勉強だった。
 

Avishai_continuo

 
ダイレクトのその良さが伝わる、人間味のある暖かなベースのフレーズが全編に渡って堪能できる。アビシャイのベーシストとしてのテクニックは凄い。しかし、そんな超絶技巧なテクニックを凌駕する、アビシャイのベースの歌心。リーダーとして自分の音世界をプロデューサーの様に創造していくアビシャイの才能を十二分に感じる。

ちなみにパーソネルは、Avishai Cohen (b,el-b), Sam Barsh (p), Mark Guiliana (ds,perc), Amos Hoffman (oud)。2005年12月の録音。パーソネルを見渡しても、アビシャイ・コーエン以外、知っているミュージシャンはいない。不明を恥じるばかり。加えて、ウード(oud)という楽器が珍しい。ウードは、リュート属に分類される撥弦楽器。プレクトラムを用いて演奏する。中東から(アラビア、イラクなど)北アフリカのモロッコにかけてのアラブ音楽文化圏で使われる(Wikipediaより抜粋)。

全編に渡って、アビシャイのベース・テクニックが堪能出来る。そして、オードの存在が効いた、中東な響き、そしてイスラエルな旋律。現役の中堅ベーシストとして、このアビシャイ・コーエンのリーダー作としての成果は、もっと評価されて然るべきだろう。

ジャズ・ベーシストのリーダー作としては、やはり、リーダーとして自分の音世界をプロデューサーの様に創造していくケースと、ベーシストとしてその超絶技巧なテクニックを全面的に押し出すケース、その両方が両立したものが一番。そういう意味で、このアビシャイ・コーエンの『Continuo』はポイントがかなり高い。良いアルバムです。 

 
 

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2012年7月18日 (水曜日)

ピアノ・トリオの代表的名盤・29

ECMレーベルらしいピアノ・トリオである。現代音楽の響き、フリー・インプロビゼーション一歩手前の限りなく自由で無限に拡がりのある音世界。

特にピアノが良い。決して、古典的でクラシカルな響きは無い。決して、エンタテインメント性を追求したファンキーな響きは無い。あくまでストイックで冷徹な、緊張感溢れるクリスタルな響きとアブストラクト一歩手前、フリーキー一歩手前の限りなく自由ではあるが「秩序ある」インプロビゼーションの世界。

ベースは前面に押し出たピアノのフリーキー一歩手前の限りなく自由ではあるが「秩序ある」インプロビゼーションの世界のフレーズをシッカリと底で支えるベース。現代音楽的な展開に追従する、これまた現代音楽的な響きが個性的なベース。これはもう「ジャズ・ベース」の範疇では捉えられない、自由度の高い、限りなく現代音楽的なベース。

ドラムもあまりに個性的。限りなくアブストラクト、限りなくフリーキーではあるが、キッチリとリズム&ビートを供給して、このピアノ・トリオの演奏を「秩序ある」演奏の範疇に留める、実に重要な役割を担う、限りなく自由度の高いドラミング。これまた、現代音楽的な響きが豊かな、実に印象的な、硬質で鋼質な音が豊かなパーカッシブな世界。

そのアルバムの名は、Chick Corea『A.R.C.』(写真左)。ちなみにパーソネルは、Chick Corea (p), Dave Holland (b), Barry Altshul (ds, per)。1971年1月の録音。チックの硬質で尖った切れ味の良いピアノと、ベースのデイブ・ホランド、ドラムのバリー・アルトシュルとの緊張感漂うインプロヴィゼーションの応酬。
 

Chick_corea_arc

 
その最大の成果が冒頭の「Nefertitti」。ウェイン・ショーターの作。マイルス・クインテットでの決定的名演が有名。同一テーマをニュアンスを代えて展開する不思議な名演。ジャズへのアンチテーゼ。そんな構築美が絶対のウェインの名曲を、チックのピアノ・トリオは解体し、アブストラクト一歩手前、フリーキー一歩手前の限りなく自由ではあるが「秩序ある」インプロビゼーションに再構成する。

ラストの「Games」の現代音楽的な響きの素晴らしさはどうだ。息をのむほど美しい、硬質で鋼質な音が豊かな、パーカッシブなドラミングに対抗するかのように直感的に切り返し、チェンジ・オブ・ペースを織り込みながら、あくまでストイックで冷徹な、緊張感溢れるクリスタルな響きとアブストラクト一歩手前、フリーキー一歩手前の限りなく自由ではあるが「秩序ある」展開が素晴らしいピアノ。そして、限りなく現代音楽的でスペースを活かしたフレージングでフロントのピアノの支え続けるベース。

エンターテイメント性を追求した、聴いて楽しいピアノ・トリオでも無ければ、旋律の美しい、聴き易く、ピアノの音を徹底的に愛でることが出来るピアノ・トリオでも無ければ、ファンキーな響きが楽しい、黒くてダンサフルでソウルフルなピアノ・トリオでも無い。

あくまで、アーティスティック性をシビアに追求した、あくまでストイックで冷徹な、緊張感溢れるクリスタルな響きとアブストラクト一歩手前、フリーキー一歩手前の限りなく自由ではあるが「秩序ある」展開を基本とした、現代音楽的なピアノ・トリオの世界。

欧州、それも北欧出身のジャズ・レーベルであるが故の個性。総帥、マンフレート・アイヒャーの西洋クラシック音楽の伝統にしっかりと軸足を置いた「ECMの考える欧州ジャズ」。それを強調する限りなく静謐で豊かなエコーを個性とした録音。

再度言う。これぞ、ECMレーベルらしいピアノ・トリオの中の一枚。硬派なジャズ者の方々にお勧めの一枚。謹んで「ピアノ・トリオの代表的名盤」の仲間入りをさせて頂きたい。

 
 

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2012年7月17日 (火曜日)

忘れ去られたバーチュオーゾ

ジャズ者ベテランの方々の中でも、ジョー・オーバーニー(Joe Albany)というピアニストの名前を知る方は少ない。ジャズ界には、そんな知る人ぞ知る「忘れ去られたバーチュオーゾ」というミュージシャンが何人かいる。 

ジョー・オーバニーとは「パウエルに次ぐ名ピアニスト」とパーカーに言わしめた、将来を嘱望されたバップ・ピアニスト。しかし、ジャズメンの性なのか、例によって1950年〜60年代、重度のヤク中&アル中で刑務所や療養所を行ったり来たり。大した成果も残さず、忘れ去られた存在に・・・。

1970年代になって、ようやく更正してカムバック。精力的に録音するようになりましたが、ジャズ者の間で話題になることはあまり無かったようです。特に、我が国ではそうですね。ジョー・オーバーニーというピアニストの名前は、ジャズ者になって15年位経ってからでした。幻の名盤のCDによる復刻ブームがやってきて、その中にジョー・オーバーニーの名前を見出しました。

そんなジョー・オーバーニーのリーダー・アルバムの中で、僕が愛聴しているアルバムが『Birdtown Birds』(写真左)。副題に「Recorded Live At Montmartre」とありますが、このライブ盤はSteepleChaseレーベルからのリリースで、このSteepleChaseレーベルのライブ録音の拠点がコペンハーゲンの「モンマルトル」というライブハウス、つまりこの盤は、SteepleChaseレーベルのライブ拠点での録音ということになります。
 

Birdtown_birds

 
1973年4月25、30日の録音。ちなみにパーソネルは、Joe Albany (p), Hugo Rasmussen (b), Hans Hyman (ds)。ベースとドラムは、現地のハウス・ミュージシャンだと思われます。

ジョー・オーバーニーのピアノは、さすがビ・バップ仕込み、パッキパキ硬質なタッチに、ハイテクニックで手数が多く饒舌。インプロビゼーションの展開の中で、ちょっと捻りを入れたようなユニークな音展開が面白い。

加えて、他のビ・バップ時代のピアニスト、例えばバド・パウエルと比べると、繰り出すフレーズがメロディアスで親しみ易く、ちょっと捻りを入れたユニークさが癖になる。聴く方からすると個性が強くて、聴いていて、とても面白いピアニストです。

このライブ盤については、ライブハウスでの録音で、聴衆との距離も近く、聴く側はアルコールも入ってのリラックスした雰囲気なので、演奏する側も、良い意味でリラックスしています。リラックスしているが故に、演奏のスイング感は抜群で、自然とスイングに加速がかかっていく様な展開はなかなか聴き応えがあります。

我が国では、というか、ジャズ界においては有名とは言い難いオーバーニーですが、このライブ盤は録音もまずまずで、オーバーニーの個性を十二分に堪能することができます。オーバーニーのエンタテイナーぶりも十二分に感じる事ができる、なかなか優れた内容のライブ盤だと思います。

 
 

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2012年7月16日 (月曜日)

夏はボサノバ・ジャズ・その8

いや〜今日は暑かったですね。気温が高い上に湿度が高い。最悪ですよね(笑)。この歳になると酷暑もストレスと感じるようで、なんだか一日体調が思わしくなかったですね。

さて、いよいよ本格的な夏到来。夏到来と言えば「ボサノバ・ジャズ」。今年も、「夏はボサノバ・ジャズ」と題した特集ブログを織り込んでいきますので、よろしくお願いします。

今日は「タンバ4」というボサノバ・ジャズ・グループを取り上げます。リーダーは、クラシック畑から飛び出したピアニスト、ルイス・エサ。1960年に前身となる「タンバ3(Tamba 3)」を結成。そして、1967年、ドリオ・フェレイラが加入し「タンバ4(タンパ・クアトロと読む)」を結成。

ちなみに、タンバ4のパーソネルは、Bebeto(fl,b,vo), Luiz Eca(p,org,vo), Dorio Ferreira(b,g,per,vo), Rubens Ohana(ds,jawbone,cga,vo)。タンバ3でベースを弾いていたベベート・カスティーリョがタンバ4では主にフルートを担当している。

この「タンバ4」の特徴は「フルート・カルテット」。フルートとピアノの絡みが実に印象的なカルテットで、そのフルートとピアノの絶妙な絡みは、ボサノバやサンバなど、ブラジリアン・ミュージックにピッタリ。加えて「ダイナミックなアンサンブル」。オーケストラの様なダイナミックなアンサンブルは、「タンバ4」の特徴です。ルイス・エサはクラシック・ピアノ出身であり、その辺がきっと影響しているのだと思います。
 
Tamba4_we_and_the_sea
 
その「タンバ4」の最初のアルバムが『We and the Sea』(写真左)、邦題は『二人と海』。1967年9月の録音。クロスオーバー・ジャズの時代の先駆け。音的には新しいボサノバ・ジャズの演奏。日本ではさっぱり注目されない、忘れ去れたボサノバ・ジャズ・グループという印象が強いが、内容的には再評価すべき、硬派で高度なボサノバ・ジャズが展開されている。

収録曲を見渡すと、6曲目の「Dolphin」がルイス・エサの作曲である以外は全て、ボサノバ名曲のカバーである。アントニオ・カルロス・ジョビンやバーデン・パウエル、ロベルト・メネスカルといったボサノバのアーティストの作品がズラリ。

ということで、このアルバムはボサノバ集なのか、と思いながら、冒頭の「O Morro (The Hill)」を聴くと、まずそのダイナミックでハードな演奏にビックリする。これがボサノバ・ジャズなのか。実にハードボイルドな演奏である。ボサノバの柔らかで癒しの音の面影は全くない。ここまでハードなボサノバ・ジャズだと逆に爽快感を感じる。「スカッと爽やか、タンバ4」。演奏の水準は高い。

2曲目以降も、基本的にはエッジの立ったハードタッチのボサノバ・ジャズが続くが、1曲目のダイナミズムはちょっと後ろへ下がって、グッと叙情的に。ベベトのフルートとルイス・エサのピアノの絡みは非常に美しく、それはもう惚れ惚れするような音世界である。

特に、2曲目の「Moa Flor (Flower Girl)」、4曲目「Nos e O Mar (We and the Sea)」は聴きものです。
 
 
 

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2012年7月15日 (日曜日)

ジョージの『Early Takes: Vol.1』

この2〜3日、かなり蒸し暑い日が続いて、ぐずぐず曇り空。時にドカッとにわか雨、という感じだったが、今日は久々の晴天。気温もグッと上がって、本格的な夏到来という雰囲気。かなり蒸し暑いのは変わらないが、今日は風が強くて、部屋の中ではこれがなかなか心地良い。風に吹かれながらグッスリ昼寝も出来ました。

さて、今日の様な、蒸し暑いけど部屋の中では風が心地良い日は、窓を全開に開け放って、ロックな音楽が聴きたくなります。ロックの中でも、こんな本格的な夏、って感じの日は「スワンプ・ロック〜サザン・ロック」の流れが一番。

「スワンプ」とは湿地帯という意味だそうで、ルイジアナ、テキサス東部などの海岸地帯を指します。1970年代の初頭の活躍した、デラニー&ボニーのような南部の泥臭いサウンドを指します。基本的にはサザン・ロックの範疇。カントリー、ブギウギ、ブルース、リズム&ブルースなど、アメリカン・ルーツ・ミュージックの中でも、アメリカ南部の「土(泥)臭いルーツ音楽」を前面に押し出した音作りが特徴です。

そんな「スワンプ・ロック」の代表的ミュージシャンの一人に「ジョージ・ハリソン(George Harrison)」がいます。ジョージと言えば、Fab4(The Beatles)のメンバーの一人。ビートルズ解散の頃から、エリック・クラプトンの影響から、スワンプ・ロックの代表的バンド「デラニー&ボニー」の英国ツアーに単独で参加したりして、1970年代初頭、ジョージ・ハリソンの「スワンプ・ロック」への傾倒には目を見張るものがありました。

そんなジョージの「スワンプ・ロック」への傾倒の最大の成果として、かの大作であり、ジョージの最高傑作の一枚『All Things Must Pass』があります。僕は、この大作を学生時代に初めて聴いた時には、Fab4時代のジョージの作風とは余りにかけ離れた音世界が故に、かなりの戸惑いを覚えたものです。まあ、今ではそんな事は全くありませんが・・・w。

そんなジョージの生涯を描いたドキュメンタリー映画『Living In The Material World』が公開されたのが昨年。2011年末に発売された本作のDVD/Blu-rayコレクターズ・エディションに付属されていた未発表音源集が単品で、この5月にリリースされました。そのアルバムの名は『Early Takes: Volume 1』(写真左)。

オフィシャルリリースされた公式デモ音源集ということで、マニアとしては非常に欲しいというか、是非聴きたいCD音源でしたが、コレクターズ・エディションに付属された特典ディスクで、しかも、このコレクターズ・エディションが高額の価格設定だった為、購入を見送りました。まあ、そのうち、単品として「切り売り」されるかもな、と待っていたんですが、ふふふっ、待った甲斐があったなあ。
 

George_harrison_early_takes_1

 
収録された曲は以下の通りになります。かの大作であり、ジョージの最高傑作の一枚『All Things Must Pass』に収録された曲やその頃のアウトテイクが中心の選曲で、全10曲中6曲が『All Things Must Pass』に収録されたもので、『33 1/3』と『Living in the Material World』に収録された曲がそれぞれ1曲ずつ、残りの2曲がカバー曲。

デモ演奏かつ、アレンジはギター中心のシンプルなもので余分な装飾が無いところが良い。どの曲も、スタジオでバンド・メンバーを配しての最終段階でのデモ録音の様で、音質的にも問題無いのが嬉しい。

また、デモ音源にありがちな、一人の部屋でちょっと録音してみました的なラフな印象も無く、スタジオテイクではなかなか聴き取れない、デモ録音段階ならではの「細かい曲のニュアンス」を感じ取る事が出来たりして、特に『All Things Must Pass』に収録された6曲については、スワンプ・ロック時代のジョージの音世界の「骨格」が良く理解出来ます。

01. My Sweet Lord (demo)
02. Run Of The Mill (demo)
03. I'd Have You Any Time (early take)
04. Mama You've Been On My Mind (demo)
05. Let It Be Me (demo)
06. Woman Don’t You Cry For Me (early take)
07. Awaiting On You All (early take)
08. Behind That Locked Door (demo)
09. All Things Must Pass (demo)
10. The Light That Has Lighted The World (demo)

ふむふむ、やっぱりスワンプ・ロックはシンプルなアレンジが良いですね。ウォール・オブ・サウンドにデコレーションされた『All Things Must Pass』のアレンジも魅力的ではあります。

が、「スワンプ・ロック」が、アメリカン・ルーツ・ミュージックの中でも、アメリカ南部の「土(泥)臭いルーツ音楽」を前面に押し出した音作りとするのであれば、ギター中心のシンプルなもので余分な装飾が無いというのも「あり」ですね。今回のこのジョージの『Early Takes: Volume 1』で再認識、「目から鱗が落ちる」とはこのことでした w。

ちなみに、この『Early Takes: Volume 1』はLPでもリリースされています。LPについては音質的に実に魅力的はありますが、僕は、今回、このアルバムの音源については、96kHz/24bitのハイレゾ音源で入手したので、今回はこのハイレゾ音源でジョージの演奏を堪能しています。

アコギの音やバック・バンドの音など瑞々しくて生々しく、デモ音源でありながら、かなりの迫力ある演奏に聴こえます。そして、なんと言ってもジョージのボーカルの生々しさが良い。マニアには堪えられませんな〜 w。

 
 

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2012年7月13日 (金曜日)

マーカス・ミラーの傑作ライブ盤

昨日は野暮用でブログをお休みした。さてさて、今日は再開。ジャズ・ベーシストのリーダー作のお話しを続けたい。

ジャズ・ベーシストの世界では、どちらかと言えば、エレクトリック・ベース(略してエレベ)の使い手の方が元気が良いように感じる。そんなエレベの使い手の代表格が、Marcus Miller(マーカス・ミラー)。

マーカス・ミラーと言えば、1970年代後半、フュージョン・ジャズ全盛時代より頭角を現し、1980年に入ると、当時、奇跡のカムバックを果たした、マイルス・デイヴィスのエレクトリック・バンドのベーシストに抜擢された。

それ以来、マイルスのエレクトリック・バンドに1982年まで参加。そして、1986年、あの晩年の傑作『Tutu』にて再加入。以降、マイルスの最後のプロデューサーとして、マイルスに付き添った。

そんなマーカス・ミラーが、2011年、マイルス・トリビュートなライブ盤をリリースした。その名も『Tutu Revisited』(写真)。2009年12月22日、フランスはリヨンの「Lyon Auditorium」でのライブ録音。

ちなみにパーソネルは、Marcus Miller (b), Christian Scott (tp), Alex Han (as, ss), Federico Ganzalez Pena (key), Ronald Bruner,Jr. (ds)。

Tutu_revisited

メンバーを見渡すと、マーカス・ミラー以外、知らん顔ばかりだ(笑)。それでも、このライブ盤の内容は抜群。マーカスの究極の超絶技巧なエレベと演奏全体のアレンジメント&プロデュース、どちらも超一流の出来映えだ。

つまりは、ベーシストのリーダー作として、リーダーとして自分の音世界をプロデューサーの様に創造していくケースと、ベーシストとしてその超絶技巧なテクニックを全面的に押し出すケース、その両方が両立した、素晴らしい成果が結集したライブ盤である。

バンド全体としても、相当凄い、相当ハイレベルな演奏である。クリスチャン・スコットのトランペットはマイルスばりで良い雰囲気。ブルーナーJrのドラムは冒頭からパワー全開、これまた超絶技巧なドラミングで圧倒する。アレックスのアルトもシャープでブリリアント。

そして、なによりマーカス・ミラーのベースは超弩級な重低音の迫力とチョッパーなどのハイテクニックで、バンド演奏の底をガッチリと支え、自らのエレベを前面に押し出して、リーダー&プロデューサーとして目立ちまくり。エレギのソロの様に、エレベで目眩く旋律をいともたやすく、楽しそうに唄うように弾き上げていく。今は亡きジャコ・パストリアスの向こうを張った、充実したマーカルのエレベ。

このライブ盤、マーカス・ミラーのベーシストとしての実力とアレンジ&プロデュースの能力の二つの才能の高さを見せつける様な、素晴らしい内容のライブ盤だと思います。さすがは、マーカス・ミラー。最近のマーカスは充実しています。 

 
 

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2012年7月11日 (水曜日)

超絶技巧なテクニックを誇る二人

さてさて、今日から、ジャズ・ベーシストのリーダー作のお話しに戻ろう。今日は、ジャズ・ベーシストのリーダー作の代表的パターンの2つ目である、ベーシストとしてその超絶技巧なテクニックを全面的に押し出したケースについて、の続きである。

ベーシストとしてその超絶技巧なテクニックを全面的に押し出したケースについては、ジャズ・ベーシストの何かにポイントを置いた「企画もの」のアルバムが多い。超絶技巧なテクニックを前面的に押し出したケースが大多数ではあるけど・・・。

このアルバムは、そんなジャズ・ベーシストの「企画もの」盤の一枚。Niels-Henning Ørsted Pedersen & Sam Jones『Double Bass』(写真)。超絶技巧なテクニックを誇る二人のベーシストが組んだ、二人のベーシストの個性を最大限に愛でることができる「企画もの」である。

ちなみにパーソネルは、 Niels-Henning Ørsted Pedersen (b), Sam Jones (b), Philip Catherine (g), Albert Tootie Heath (perc), Billy Higgins (ds)。1976年2月15,16日の録音。欧州ジャズのベース奏者の第一人者ペデルセンと、米ジャズの中堅ベース奏者サム・ジョーンズの共演盤。ドラマーは2人がエントリーされているが、ベース2人+ギター+ドラムの変則カルテット編成が基本。

ペデルセン、ジョーンズ共に超絶技巧なテクニックの持ち主だが、特に、ペデルセンのベースの演奏テクニックは群を抜いている。特に、ピチカート奏法における、旋律を奏でるギター・ライクなインプロビゼーションは傑出したもの。

Double_bass

しかも、クラシックの素養のあるペデルセンのベースは、ピッチがしっかりと合っていて、彼のソロの旋律弾きは聴いていて気持ちが良い。とにかく素晴らしいテクニックである。クラシックの伝統がベースにある、欧州ならではのジャズ・ベースである。とにかく、ペデルセンの「旋律弾き」は凄い。まるでギターである。これがあの図体のでかいアコベを使っての技とは思えない、驚愕のテクニックである。

サム・ジョーンズだって素晴らしいジャズ・ベースを聴かせてくれる。ジョーンズのベースは、さすが米国ジャズ出身だけあって、太い芯が通った様な重心の低い重低音でリズム&ビートを底で支える、バップ的なジャズ・ベース。ギター・ライクなインプロビゼーションも聴かせてくれるが、どちらかと言えば、リズム・セクションとしてリズム&ビートを支えるベースである。

この企画盤『Double Bass』では、どちらのベーシストも甲乙付け難い。ペデルセンもジョーンズも奏法の個性を活かしつつ、自らの個性も十分に主張する。二人のベースは、耳が良く、テクニックが優秀が故に、決して重ならないし、被らない。

これって奇跡的なこと。スピーカーに向かって左のペデルセン、右のジョーンズ。聴き分けることの出来る位、それぞれのベースの個性は異なるが、どちらも素晴らしいパフォーマンス。甲乙付け難いというか、このアルバムを聴くと、甲乙付けること自体が無意味なことだと感じる。 

ジャズ・ベースが完璧に主役の凄まじい内容の「企画もの」盤です。ジャズ・ベースの演奏テクニックの真髄を聴くことが出来ます。クラシックも真っ青な、流れるような正統派テクニック。加えて、ジャズ・ベースとしてのリズム&ビートを底で支えるリズム・セクションとしてのテクニックも秀逸。

「これがジャズ・ベースだ」というキャッチフレーズが聞こえてきそうな、素晴らしい内容のアルバムです。 

 
 

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2012年7月10日 (火曜日)

ECMレーベルの看板ギタリスト

今日も昨日に引き続き、ECMレーベルのアルバムの話を・・・。このECMレーベル、実に硬派なレーベルで、1970年代の十八番に「欧州フリー・ジャズ」があり、今回ご紹介するアルバムの様に、時代の最先端を行く、その当時のトレンディーなジャズのアルバムも積極的にリリースしていた。

今日、ご紹介するアルバムは、Terje Rypdal(テリエ・リピダル)のファースト・ソロ・アルバム『Terje Rypdal』(写真左)。1971年8月12-13日の録音。

ちなみにパーソネルは、Terje Rypdal (g, fl), Jan Garbarek (ts,fl,cl), Ekkehard Fintl (oboe, English horn), Bobo Stenson (el-p), Arild Andersen (b,el-bass), Jon Christensen (per), Inger Lise Rypdal (vo)。意外と大所帯である。

テリエ・リピダルは、ノルウェーのギタリスト兼作曲家。歪んだトーンで独特な空間を作り出すプレイが特徴で、ジャズ・ギターというよりはロック・ギターのテイストである。ロック・ギターといっても、ジャンルはプログレッシブ・ロック。そのノイジーで歪んだ硬質のトーンは、ゲルマン・プログレの雰囲気満載である。

そんなテリエ・リピダルのソロ・アルバム。このアルバムの雰囲気は、ズバリ「エレクトリック・マイルス」。エレ・マイルスの雰囲気満載。そのエレ・マイルスの中でも『A Tribute To Jack Johnson』の音世界をバッチリ踏襲。

このマイルスの『A Tribute To Jack Johnson』については、1970年の作品。テリエ・リピダルの作品は1971年。かなりタイムリーに、その当時のトレンディーなジャズの要素を取り入れている。
 

Terje_rypdal

 
ワウワウ・ペダルとアタッチメントを駆使した、捻れて浮遊感溢れる歪んだ音色。まるで、エレ・マイルスのワウワウ・トランペットのトランペットをエレギで置き換えたかのようなワウワウ・エレギ。オープン・ストロークで弾くロック・テイストなエレギは、エレ・マイルスのエレギを彷彿とさせる。カッティングなぞ、ソックリじゃ(笑)。

女性ボーカルを活かすところは、第1期Return To Foreverを彷彿とさせる。ストリングスをアレンジするところは、クロスオーバー・ジャズやニュー・ジャズを彷彿とさせる。そして、観念的で幽玄なエレギのフレーズは、ゲルマン・プログレを彷彿とさせる。

その当時のトレンディーなジャズを上手くミックスし、アレンジした作品である。加えて、楽器の音そのものを活かした現代音楽的な硬質な響き。前衛ジャズの響き。そして、個性的で限りなく静謐で豊かなエコー。ECMレーベルの面目躍如である。これぞECM的な音世界。

ファースト・ソロ・アルバムでは、そのミュージシャンの基本的な音が、基本的な音世界が詰まっていると言われるが、この『Terje Rypdal』を聴いていて、その事を改めて強く感じる。

そう、このアルバムには、テリエ・リピダルの音の「源」がギッシリと詰まっている。テリエ・リピダルを愛でるには、まずはこのアルバム『Terje Rypdal』から始めたい。

 
 

大震災から1年が過ぎた。決して忘れない。常に関与し続ける。
がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力しよう。 

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2012年7月 9日 (月曜日)

夏は「欧州フリー・ジャズ」だ

先週のベーシストのリーダー作の特集はちょっとお休みして,今日は、この季節に合ったジャズ盤のお話しを・・・。

我が千葉県北西部地方の今年の夏は、今のところ涼しい。涼しいが湿度はどんどん高くなってきた。いよいよ夏到来か、という今日この頃。今日は夏に聴くのがピッタリのアルバムを一枚、ご紹介したい。

ECMというレーベルがある。ECM=Edition of Contemporary Musicの略。創立者はマンフレート・アイヒャー。演奏家としての素養と録音技術の経験を基に、自らが選んだ「今日的」な音楽を記録し、世に問うべく、自らのレーベルを1969年に立ち上げる。西洋クラシック音楽の伝統にしっかりと軸足を置いた「ECMの考える欧州ジャズ」。限りなく静謐で豊かなエコーを個性とした録音。そんな、アイヒャー自らの監修・判断による強烈な「美意識」をアルバムの数々が実に個性的なレーベルである。

このECMレーベル、1970年代の十八番に「欧州フリー・ジャズ」がある。楽器の音そのものを活かした現代音楽的な硬質な響き。クラシックの伝統を踏まえた不協和音による伝統的な展開。クールな、静かな熱気を帯びたアブストラクトなインプロビゼーション。伝統的なジャズの範疇にギリギリ根を下ろしながらも、限りなくフリーなジャズが繰り広げられる。そして、そんな静かな熱気を帯びた演奏に、ECM独特の限りなく静謐で豊かなエコーがかかる。一聴してECMの盤だと判る。

Jan Garbarek Quartet『Afric Pepperbird』(写真左)。ノルウェー出身、ヨーロピアン・ジャズにおけるベテラン・サックス奏者、Jan Garbarek(ヤン・ガルバレク)の若かりし頃のリーダー作。ちなみにパーソネルは、Jan Garbarek (ts, bs, cl, fl, per), Terje Rypdal (g), Arild Andersen (b, thumb piano, xylophone), Jon Christensen (per)。1970年9月22,23日の録音。
 

Afric_pepperbird

 
ヤン・ガルバレクのサックスはクール。透明感あふれる音色と美しいメロディを奏でることで知られ、演奏スタイルは耽美的で禁欲的。そんなガルバレクが、さすが、1970年の頃の録音、実にフリーキーなブロウを聴かせてくれる。フリーキーではあるが、決して熱くない。冷静にフリーキーでアブストラクトなブロウがガルバレクらしい。

このアルバム、演奏全体の雰囲気は、決して、フリー・ジャズ一辺倒では無い。おおよそ演奏の半分くらいは、伝統的なジャズの範疇に根を下ろしたモーダルな演奏。これ、かなり新しい雰囲気で、今の耳にも十分に耐える優れたもの。そして、残りの半分は、アブストラクトな演奏をベースとしたフリー・ジャズ。でも、演奏の響きは米国はNYのフリー・ジャズとは全く異なる、静かな熱気を帯びたアブストラクトなインプロビゼーション。欧州フリー・ジャズ的な響きが実に良い。 

ギターのテリエ・リピダル(Terje Rypdal)も独特の音色と捻れ方で、かなり良い線のインプロビゼーションを聴かせてくれる。部分部分では、エレクトリック・マイルスのエレギの響きを踏襲していたり、プログレッシブ・ロックの判り易い捻れ方をしてみたり、伝統的なジャズの範疇でモーダルな展開をしてみせたり、大活躍である。

ECMレーベルが提供する、1970年代の十八番の「欧州フリー・ジャズ」の代表的な優秀盤です。楽器の音そのものを活かした現代音楽的な硬質な響きが、実に静謐感、清涼感溢れ、クリスタル&クール。この静かな熱気は夏にピッタリ。というか、冬にはちょっと寒すぎて、秋にはかなり寂寞感満載で、春にはちょっと狂的で、やっぱり、この「欧州フリー・ジャズ」を聴き込むのは「夏」が一番でしょう。

フリーキーでアブストラクトな演奏部分が難敵ですが、ジャズ者初心者の方々にも、フリー・ジャズに挑戦するに良いアルバムの一枚だと思います。ECMレーベルらしいアルバムでもあり、ECMレーベルの個性的な「音」を体験するにも格好の一枚です。 

 
 

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2012年7月 8日 (日曜日)

米国・ルーツ・ロックの楽しさ

今日はジャズの話題をちょっと離れて、70年代ロックの話題を。といっても、正確には70年代ロックで活躍したミュージシャンの近況についてではあるが・・・。

レボン・ヘルム(Levon Helm)が亡くなって、約3ヶ月が経った。レボン・ヘルムと言えば、アメリカン・ルーツ・ロックの伝説的バンド、ザ・バンドのドラマー。オリジナル・メンバー5人中、唯一のアメリカ人。ザ・バンドの解散後もソロで活躍したアメリカン・ルーツ・ロックの古参であった。

1996年に喉頭癌と診断され、一時、歌うことは困難となったが、彼の声は奇跡的な回復を見せ、2007年の『Dirt Farmer』、2009年の『Electric Dirt』は良かった。喉頭癌を克服し、70歳を目前にしながらのこの活躍は、実に頼もしく感じたものだ。しかし、今年の4月19日、ニューヨークにあるメモリアル・スローン・ケタリング癌センターで逝去してしまった。71歳であった。

今日は、久し振りにレボン・ヘルムのライブ盤『Ramble at the Ryman』(写真左)を聴いた。レボン・ヘルムの元気いっぱいな姿が伺える、2008年の「The Ryman Auditorium」で行われたライヴの模様を収めたライブ盤である。

なかなか楽しいライブ盤である。数多くのゲスト・ミュージシャン達が登場し、レボン・ヘルムと共に、その素晴しい歌声を聞かせてくれています。アメリカン・ルーツ・ロックの楽しさ満載の内容。マニアには堪えられないライブ盤です。

Ramble_at_the_ryman

5曲目の「Evangeline」では、シェリル・クロウが登場、レボン・ヘルムとのデュエットが素敵です。7曲目の「Wide River To Cross」では作者のバディ・ミラーが登場し、その歌声を聞かせてくれます。8曲目の「Deep Elem Blues」では、サム・ブッシュがヴォーカルを披露。そして、ラストの「The Weight」では、ジョン・ハイアットが登場し、その渋いヴォーカルを聞かせます。

本当に良い雰囲気のライブ盤ですね。アメリカン・ルーツ・ロックの楽しさ、渋さ、素朴さがビンビンに伝わってきます。リズム&ビートはアーシー。アメリカン・ルーツ・ロックのショーケースの様なライブです。そんな中で、レボン・ヘルムはとても楽しそうに唄い、ドラムを叩くのだ。う〜ん、良い雰囲気です。

バック・バンドの音もアメリカン・ルーツ・ロックを彷彿とさせるものばかり。特に、サム・ブッシュのマンドリンの音色は堪りませんね〜。アメリカン・ルーツ・ミュージック好きには堪らないマンドリンの音。これだけでももうコロッといってしまいます(笑)。そして、このライブ盤、ホーン・セクションが大健闘しています。アメリカン・ルーツ・ロックにホーン・セクションは必須です。

レボン・ヘルム亡き今、ラストの「The Weight」は泣ける。ステージ上の全員が本当に楽しそうに唄い、レボン・ヘルムも負けずに楽しそうに唄い、叩く。アメリカン・ルーツ・ロックの名曲のひとつ。レボン・ヘルムの熱唱が泣ける。惜しいミュージシャンを亡くした。もう、これだけの、絵に描いた様なアメリカン・ルーツ・ロックは聴くことは出来ないのかもしれない。

 
 

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2012年7月 7日 (土曜日)

この盤でのレイ・ブラウンは最高

ジャズ・ベーシストのリーダー作の代表的パターンの2つ目である、ベーシストとしてその超絶技巧なテクニックを全面的に押し出したケースについて語るの3日目。今日は、レイ・ブラウン(Ray Brown)の名誉回復である。

確かに、レイ・ブラウンは、自らのリーダー作や他のリーダー・セッションにおいては、共演者が格下とみるや、その格下の共演者を全く無視するかの様に、ハイテク・アコベをブンブン唸らせて前面にしゃしゃり出る傾向が強い。リーダー作『Something for Lester』のバランスの悪さと言ったら、とにかく酷い。

しかし、そんなレイ・ブラウン、共演者が格上、若しくは一目置く共演者であれば、それはそれは、素晴らしいアコースティック・ベース(略してアコベ)を聴かせてくれるのだ。これがまあ不思議と言えば不思議。

その代表格が、Duke Ellington & Ray Brown『This One's for Blanton』(写真)。1972年12月5日の録音。ちなみにパーソネルは、Duke Ellington (p), Ray Brown (b)。あの20世紀におけるジャズ界最大の巨匠デューク・エリントンとのデュオである。

さすがに、レイ・ブラウンからすると圧倒的に格上というか、天上人とのデュオ共演である。レイ・ブラウンのアコベの紡ぎ出す音のひとつひとつに気合いと心づくしが感じられる。なんと微笑ましいことか。一音一音、丁寧にかつ堅実に、デュークのピアノをサポートしていく。いかにして、デュークのピアノを盛り立て、デュークのピアノを前面に押し出すか。極上のバッキングをしてみせる。
 
 
This_ones_for_blanton
 
 
レイ・ブラウンの持てる全てを尽くした、音の太さ、音色、響き、切れ味、フレーズ、ビート。レイ・ブラウンのアコベの全てがこのデュオ盤に集結している。このデュオ盤でのレイ・ブラウンのアコベは絶品。ジャズ・アコベの最高峰の演奏のひとつであると断言できる。

デューク・エリントンのピアノも限りなくモダンで、スタイル的な古さは微塵も無い。逆に、スタイリストの一人として、実に個性的なジャズ・ピアノを聴かせてくれるのだ。そんな個性的なジャズ・ピアノに寄り添うように追従するレイ・ブラインのアコベ。素晴らしいデュオ。素晴らしい音世界。ピアノとベースのデュオの成果として屈指の名盤である。

ベーシストのその超絶技巧なテクニックを全面的に押し出しつつも、共演者の音楽性に敬意を表しつつ、共同で音世界を創造していくという、演奏全体に対する配慮もあって、このデュオ盤でのレイ・ブラインのアコベは素晴らしい。

しかし、本当に不思議な人というか、我が儘な人というか、自己顕示欲が強い人というか・・・(笑)。共演者が格上、若しくは一目置く共演者であれば、それはそれは、素晴らしいアコベを聴かせてくれるレイ・ブラウン。

そういう意味では、レイ・ブラウンのアコベを愛でるには、このデュオ盤とオスカー・ピーターソンとのトリオ盤が良いでしょう。本来の優れたレイ・ブラウンのアコベを堪能することが出来ます。
 
 
 
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2012年7月 6日 (金曜日)

ベースが前面に出過ぎると・・・

ジャズ・ベーシストのリーダー作の代表的パターンの2つ目である、ベーシストとしてその超絶技巧なテクニックを全面的に押し出したケースについて語るの2日目。今日は、レイ・ブラウン(Ray Brown)のリーダー作について語りたい。

改めて、レイ・ブラウンとは・・・。1926年10月生まれ、2002年7月に鬼籍に入る。アメリカ合衆国ペンシルベニア州ピッツバーグ生まれのベース奏者、スウィング期からビバップ期に活躍、ベースのバーチュオーゾの一人として、その名をジャズの歴史に残している。

レイ・ブラウンの名を聞けば、まずはオスカー・ピーターソンとのトリオでの活躍が思い出される。確かに、ピーターソン・トリオでのレイ・ブラウンのベースは、トリオ演奏の中でバランスの良く取れた、職人芸的な味のあるテクニック豊かなベースを披露していて、さすがレイ・ブラウンと唸ってしまう至芸の数々が脳裏に浮かぶ。

しかし、レイ・ブラウンが前面に出たリーダー作はどうだろう。レイ・ブラウンのリーダー作の傑作とされるアルバムが『Something for Lester』(写真左)。ちなみにパーソネルは、Ray Brown (b), Cedar Walton (p), Elvin Jones (ds)。1977年6月の録音。

1曲目の「Ojos de Rojo」の出だしから、レイ・ブラウンのアコースティック・ベース(略してアコベ)の相当な音量で迫ってくる。これって、あまりに録音バランス、悪く無いか。悪すぎる。でも、テクニックは凄い。これがアコベか、と唸ってしまうくらい、アコベで高速フレーズを弾きまくる。

この1曲目の印象が全て。このレイ・ブラウンのリーダー作は、徹頭徹尾、レイ・ブラウンのアコベが前面に押し出され、レイ・ブラウンのアコベが相当な音量でブンブンと唸りを上げ続ける。でも、テクニックは凄い。テクニックの全てを尽くして、アコベをギターの様に弾きまくる。

ドラムは、ポリリズムの野生児エルビン・ジョーンズである。さすがに、大先輩レイ・ブラウンの手前、手数を少し控えて、ちょっと温和しめにポリリズムを叩き出しているが、レイ・ブラウンがアコベの音量を上げると、それに呼応するように、エルビンも音量をあげる。かなり五月蠅い。

ピアノはシダー・ウォルトンである。このアルバムでのシダーが「絶品」なのだ。フレーズは粒立っていて瑞々しく、インプロビゼーションの展開は流れるが如く。タッチも端正で明快。このアルバムでのシダーは素晴らしい。シダー・ウォルトンのベストプレイのひとつに挙げても良いのでは、と思う位の素晴らしさ。
 
 
Something_for_lester
 
 
しかし、この素晴らしいシダー・ウォルトンのピアノが、レイ・ブラウンのブンブンベースの音にかき消され、エルビン・ジョーンズのドラムにまでかき消される。じっくり聴けば聴くほど、シダー・ウォルトンのピアノは奥へと引っ込んでいき、エルビンのドラムが控えめにバッシャバッシャと音を立て、レイ・ブラウンのベースだけがブンブンとやたら前面に出まくる。

このアルバム、ベーシスト、レイ・ブラインのリーダー作とは言え、ピアノ・トリオとして録音バランスが悪すぎる。ベーシストのその超絶技巧なテクニックを全面的に押し出して、それを思う存分聴かせる、という意図も判らないでもないが、これはバランスが悪すぎる。

ベーシストって、元来はリズム・セクションの一部。フロント楽器を支え、鼓舞する役割を担っている訳だが、このベーシストのリーダー作には、その配慮が全く欠けている。フロントのピアニストに対して、全く無視である。これはいかがなものか。

確かに、レイ・ブラウンは、自らのリーダー作や他のリーダー・セッションにおいては、共演者が格下とみるや、その格下の共演者を全く無視するかの様に、ハイテク・アコベをブンブン唸らせて前面にしゃしゃり出る傾向が強い。そう言えば、格下ピアニスト、ジュニア・マンスのリーダー作『ジュニア』での、レイ・ブラウンの傍若無人な振る舞いを思い出した。

オスカー・ピーターソンは怖い年上リーダー(一つ違いだけだけど)なので、ピーターソンの前では、レイ・ブラウンは殊勝な振る舞いを見せるが、他では全く正反対に変貌する。とにかく、ハイテク・アコベをブンブン唸らせて前面にしゃしゃり出る傾向が強い。

このアルバムは名盤の誉れ高いところもあるのだが、僕はそうは思わない。ベーシストのその超絶技巧なテクニックを全面的に押し出して、それを思う存分聴かせる、という意図も判らないでもないが、これはバランスが悪すぎる。

ベーシストのその超絶技巧なテクニックを全面的に押し出しつつも、リーダーとして自分の音世界をプロデューサーの様に創造していくという演奏全体に対する配慮もある程度は欲しいところ。その辺りのバランスが崩れると、このアルバムの様な事態に陥る。

バランスの悪いアルバムは、聴いていて楽しくない。このアルバムも、レイ・ブラウンのテクニックの凄さを確認するには格好のアルバムだが、何度も聴き直して楽しむ愛聴盤の類には全くならない。僕にとっては、とても残念なアルバムである。
 
 
 
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2012年7月 5日 (木曜日)

ジャコのテクを愛でる名盤

昨日までは、ジャズ・ベーシストのリーダー作の代表的パターン、リーダーとして自分の音世界をプロデューサーの様に創造していくケースについて、何枚かアルバムをご紹介した。どれもが、創造力に秀でた素晴らしい内容のリーダー作であった。

今日からは、ジャズ・ベーシストのリーダー作の代表的パターンの2つ目。ベーシストとしてその超絶技巧なテクニックを全面的に押し出したケースについて語ってみたい。

まあ、このケースは、ジャズ・ベーシストとしては、一番、リーダー作のコンセプトとして取り組みやすいテーマではある。超絶技巧なテクニックをバンバンに披露すればよいのだから・・・。でも、それは、そのテクニックが相当優れたものだけに限られる。そこそこなテクニックであれば、アルバム一枚分、約35分〜45分の間に「飽きる」。聴く気が失せる。

だからして、ジャズ・ベーシストのリーダー作の代表的パターンの2つ目、ベーシストとしてその超絶技巧なテクニックを全面的に押し出したケースは、真の超絶技巧なテクニックを持つ天才ベーシスト、ヴァーチュオーゾに限られる。この限られたベーシストに該当する者は、これまた一握りに過ぎない。

エレクトリック・ベース(略してエレベ)の世界で言えば、圧倒的にジャコ・パストリアス(Jaco Pastorius)だろう。

ジャコのリーダー作と言えば、真っ先に『Jaco Pastorius(邦題:ジャコ・パストリアスの肖像)』を挙げるジャズ者が大多数かもしれない。この『Jaco Pastorius(邦題:ジャコ・パストリアスの肖像)』については、2009年7月26日のブログ(左をクリック)で取り上げているので、その内容はそちらを参照願いたい。

しかし、僕は、ジャコのジャズ・ベーシストのリーダー作の代表的パターンの2つ目、ベーシストとしてその超絶技巧なテクニックを全面的に押し出したケースについては、Weather Reportの『Heavy Weather』(写真左)を挙げたい。
 

Jaco_heavy_weather

 
この『Heavy Weather』は、1977年のリリース。この『Heavy Weather』は、当時大流行だった「フュージョン」のエッセンスを大々的に取り入れた、Weather Reportの大ヒット作である。

このアルバムは、ザビヌルとジャコの共同プロデュースの作品。全編を通じて、ジャコのプロデュース能力がアルバム全体を支配している。「売れる」という要素も「ストレート・アヘッドなエレクトリック・ジャズ」という要素も、どちらも、ジャコのプロデュースが生み出した成果だと僕は感じている。

ジャコのエレベに注目して、この『Heavy Weather』を聴き込んでみると、ジャコの天才的なフレーズ、ジャコの超絶技巧なテクニック、ジャコの躍動感溢れるリズム&ビートを存分に感じる事が出来る。

特に、3曲目の『Teen Town』はジャコの代表的名演の一曲。初めて聴いた時は、ジャコのエレベの音はザビヌルのシンセの音と勘違いした(笑)。

そして、2曲目の「A Remark You Made」のバラードでの、流れるような柔らかなバッキングは愁眉。4曲目「Harlequin」、ラストの「Havona」のジャコのエレベの演奏こそ「超絶技巧」の表現がまさにピッタリ。驚きを通り越して、呆れ果てる感じのジャコのエレベのテクニック。まるでエレキギターを弾くような滑らかさ。

とにかく凄い。こんな、唄うように流れるように、滑らかで力強く、骨太で繊細なエレベの音は体験したことが無い。そんな凄いエレベが、Weather Reportという類い希な才能集団の演奏の中で繰り広げられるのだ。

そういう意味で、僕は、ジャコのジャズ・ベーシストのリーダー作の代表的パターンの2つ目、ベーシストとしてその超絶技巧なテクニックを全面的に押し出したケースについては、Weather Reportの『Heavy Weather』を挙げる。

エレベと言えば「ジャコ・パストリアス」。ジャコの凄さを体験できる「この一枚」と問われれば、Weather Reportの『Heavy Weather』と答える。まあ、一度、ジャコのエレベを愛でるというスタンスで、この『Heavy Weather』を聴いてみて下さい。目から鱗となること請け合いです。ジャコの天才エレベについて再認識です。

 
 

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2012年7月 4日 (水曜日)

鈴木勲の『ヒップ・ダンシン』

一昨日より、ジャズ・ベーシストのリーダー作を集中して特集している。

ベースやドラムは、リーダーの楽器として前面に押し出すのが難しく、いきおい、ベーシストやドラマーがリーダーのアルバムは少ない。今日は、そんな数少ないベーシストのリーダー作の代表的パターンの一つ、リーダーとして自分の音世界をプロデューサーの様に創造していくケースの「日本人ジャズメン版」である。

鈴木勲『ヒップ・ダンシン』(写真左)。1976年4月、クインテットでの吹込み。ちなみにパーソネルは、鈴木勲 (celo), 辛島文雄 (p,el-p), 渡辺香津美 (g), サム・ジョーンズ (b), ビリー・ヒギンス (ds)。鈴木勲は元来ベーシストであるが、このアルバムではチェロに専念している。

鈴木勲のチェロは、8弦張られていて、一音がより明確に力強く響くよう工夫がなされているそうだ。確かに、このアルバムからは、独特なベースの音色がする。この鈴木勲のチェロの音が、このアルバムを独特のものにしているのだ。

本来のアコベの音は、サム・ジョーンズが担当している。このサム・ジョーンズのアコベの音、実に重心が低くて深みがある。このサム・ジョーンズのベースの音もこれまた心地良い。

鈴木勲のチェロとサム・ジョーンズのアコベ、この二人がブンブンやるから、このアルバムの全編に渡って、ベース系の低音が、普通のジャズ・アルバムに比べて、かなりフィーチャーされた音作りになっている。それを聴くと、このアルバムって、ベーシストのリーダー作かなあ、とちょっと思ったりする。けど、決定的では無いなあ。

Hip_dancin

このアルバムは、ベーシストのリーダー作の代表的パターンの一つ、リーダーとして自分の音世界をプロデューサーの様に創造していくケースの佳作。辛島のアコピ、エレピはストイックでテクニカル。日本人が故に黒さ、ファンキーさが希薄で、サラリとした感触が個性的。ビリー・ヒギンスのドラミングも、ハードバップとクロスオーバー・ジャズの中間をいくスティック捌きで、ライトなファンキーさがこれまた個性的。

しかし、なんと言っても、このアルバムでの目玉はギタリスト、若かりし頃の渡辺香津美だろう。

渡辺香津美のエレギの個性的なことと言ったら・・・。少し捻れ気味でありながら、硬派にスクエア。エッジが立ってパキパキする。ロックでも無ければジャズでも無い。というか、それまで聴いたことのないエレギの響き。この若かりし頃の渡辺香津美がバリバリに弾きまくっているのだ。とにかく凄い。とにかくクール。

ちなみにこのアルバムでは、鈴木勲のチェロとサム・ジョーンズのアコベが二人がかりで、演奏のベースラインをガッチリ押さえて、ベースの奏でる旋律が通常のアルバムよりも前面に押し出ている分、フロントのギターやアコピ、エレピなどの旋律楽器に負けていないところが良い。そう、このアルバムは「ベースが唄っている」のだ。

リーダーとして自分の音世界をプロデューサーの様に創造していくケースの「日本人ジャズメン版」として秀逸な内容のアルバムである。このアルバムを初めて聴いたのは、ジャズ者初心者駆け出しの頃、大学時代である。その時、僕は思った。日本人もなかなかやると・・・。ちょっと誇らしく思ったことを昨日のことの様に覚えている。

ジャケット・デザインも当時の日本人リーダー作のアルバムとしては洒落ていて、良いアルバムです。  

 
 

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2012年7月 3日 (火曜日)

ウェアの生涯唯一のリーダー作

昨日から、ジャズ・ベーシストのリーダー作を集中して特集しています。今日は、ベーシスト・マニア御用達、ハードバップ時代のベース職人、Wilbur Ware(ウィルバー・ウェア)の登場。

ベースやドラムは、リーダーの楽器として前面に押し出すのが難しく、いきおい、ベーシストやドラマーがリーダーのアルバムは少ない。ベーシストに至っては、リーダー作を次々と連発するベーシストは数える程しか無い。

ハードバップ時代、ベーシストのリーダー作はこんな感じだった。ここに、Wilbur Wareの『The Chicago Sound』(写真左)がある。1957年10月・11月の録音。ちなみにパーソネルは、Wilbur Ware (b), Johnny Griffin (ts), John Jenkins (as),Junior Mance (p), Wilbur Campbell,Frankie Dunlop (ds)。

さて、ウィルバー・ウェアとは・・・。1923年9月、米国イリノイ州シカゴ生まれ。「変態的」などと言っては失礼極まりないが、 そのサウンド、特にベース・ランニングにおいて、かなり強烈な、独特の個性を放っていたベースマンの一人である。

そんなウェアの生涯唯一のリーダー作である。その音色は独特のものがあり、じっくり聴けば絶対にウェアと判る。でも、アコースティック・ベース(略してアコベ)の音は、他の楽器と比べて表現の幅が狭く、その音色の特色はじっくり聴かなければ判らないことが多い。

それほど、アコベはリーダー作で前面に押し出されても、なかなか、その甲斐が無いことが多い。この生涯唯一のリーダー作でも、確かに、各曲でベースのロング・ソロがフィーチャーされている。しかし、そのロング・ソロを聴いて、直ぐに「これってウェアやん」とはいかない。
 

The_chicago_sound

 
ちょっと捻れた重量感溢れるベースではあるんだが、どっかで聴いたことあるかいな〜、なんて思うくらいで、結局、誰かは判らないことが多い。これって、やっぱり、リーダーのベースマンにとって、完全な「逆風」やなあ。アコベの限界である。

しかも、このウェア生涯唯一のリーダー作であるが、ジョニー・グリフィンのテナーとジョン・ジェンキンスのアルトが素晴らしい出来なのだ。うか〜と聴いていると、まるで、グリフィンかジェンキンスのリーダー作の様に聴こえる。

フロント楽器の奏者が素晴らしいパフォーマンスを発揮すると、時に誰のリーダー作か判らない様になってしまうことがままある、というベーシストのリーダー作が陥りやすい代表的なケースである。辛うじて、ウェアのベース・ソロが長いのが救い。それでも、ウェアくらい個性的なアコベであっても、そのソロが前面に押し出て、印象に強く残るということがなかなか難しい。う〜ん辛いなあ。

加えて、このリーダー作のウェアは、リーダーとして自分の音世界をプロデューサーの様に創造していくケースにまで至らず、気の置けない仲間達とのハードバップのセッションを取り仕切ってみました、って感じに留まっています。

このアルバムを聴くと、やっぱりベーシストのリーダー作って難しいなあ、って思います。ベーシストのウェアのリーダー作というより、ハードバップ時代の気の置けない仲間との、充実した内容のレコーディング・セッションって感じが強いですね。

この『The Chicago Sound』は、ハードバップのアルバムとしては及第点。お世辞にも、飛び抜けて素晴らしい出来とは言えないが、ハードバップの良き雰囲気満載の、聴いていて楽しいアルバムです。肩肘張らずに聴き流すに良いハードバップ盤です。

 
 

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2012年7月 2日 (月曜日)

ロン・カーター『Spanish Blue』

今日から暫く、ジャズ・ベーシストのリーダー作を集中して特集したい。

ジャズには様々な楽器奏者のリーダー作が存在するが、リーダー作をリリースするのは、大多数がフロント楽器である、つまりは旋律楽器であるサックスやトランペット、ピアノ、ギターの奏者がリーダーとなったアルバムが大多数である。

ちなみに、ベースとかドラムは、ジャズ演奏の中では「リズム楽器」の一部とされる。ベースの場合は旋律を奏でることはできるが、その楽器の性質上、音の幅、音色のバリエーション、音の抑揚、強弱について、他の旋律楽器と比べて、その範囲が狭く、旋律楽器としてはなかなか成立が難しい楽器である。

つまりは、ベースやドラムは、リーダーの楽器として前面に押し出すのが難しく、いきおい、ベーシストやドラマーがリーダーのアルバムは少ない。ベーシストに至っては、リーダー作を次々と連発するベーシストは数える程しか無く、パッと思いつくのは、現役ではロン・カーター、クリスチャン・マクブライド、伝説のベーシストとしては、チャーリー・ミンガス、レイ・ブラウン。

ジャズ・ベーシストのリーダー作は幾つかのケースに分かれる。

まずは、リーダーとして自分の音世界をプロデューサーの様に創造していくケース。自らはその音世界の創造を支える側に回って、自らのベースはあまり前面に出ることは無い。フロント楽器の奏者が素晴らしいパフォーマンスを発揮すると、時に誰のリーダー作か判らない様になってしまうことがままある。それでも、その音世界の表現が素晴らしい、つまりはセルフ・プロデュースの手腕が優れていると、ジャズ・ベーシストのリーダー作として成立する。

今日、ご紹介するのは、Ron Carter(ロン・カーター)の『Spanish Blue』(写真)。1974年11月の録音。ちなみにパーソネルは、Ron Carter (b), Billy Cobham (ds), Hubert Laws (fl), Jay Berliner (g), Ralph MacDonald (per), Roland Hanna (p)。

Spanish_blue

プロデューサーがCreed TaylorのCTIレーベルからのリリース。CTIだからフュージョン・ジャズか、と思いきや、1970年代のフュージョンの音のトレンドを踏まえた、なかなかのメインストリーム・ジャズな演奏になっている。

ロン・カーターと言えば、今や、大ベテランのベーシスト。今年で75歳。マイルスの1960年代の伝説のカルテットのメンバーの一人。1974年の録音だから、当時37歳。中堅バリバリの時代のリーダー作。タイトルから判る様に、スパニッシュ基調の演奏を集めた企画盤。

収録されたどの曲もスパニッシュ基調の良い曲、良い演奏ばかり。このアルバムでは、ロンのベースのチューニングは合っていてなかなかのパフォーマンス(ロンはベースのチューニングを良く外した時期があった)。プロデューサーのクリード・テイラーとロン・カーターとの共同作業によって創造されていく、素晴らしいスパニッシュ・ジャズな音世界。

しかし、このアルバムは、フルートでフロントを担ったヒューバート・ロウズのアルバムだ。収録された全ての曲において、ロウズは最高のパフォーマンスを繰り出し続ける。これだけ優れたテクニックで、エモーショナルで、メロディアスなジャズ・フルートはなかなか聴けない。この『Spanish Blue』でのロウズのフルートは、彼のベスト・プレイのひとつと断言できる。

つまりは、このアルバム、フロント楽器の奏者が素晴らしいパフォーマンスを発揮すると、時に誰のリーダー作か判らない様になってしまうことがままある、という代表的なケースである。この『Spanish Blue』は、フルートのヒューバート・ロウズに「母屋を乗っ取られた」感じの、ベーシスト、ロン・カーターの優れたリーダー作である。

でも、この『Spanish Blue』でのロンのパフォーマンスは、ベースのピッチも合っているし、ベースのフレーズも個性的で、ロンのベースもしっかりと楽しむ事が出来る。そういう意味では、ベーシスト、ロン・カーターとしてもベスト・プレイが記録された、ロンの代表作の一枚に数えられる佳作だと僕は思う。 

 
 

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2012年7月 1日 (日曜日)

これぞ「真の天才の成せる技」

1976年の秋、R&B系のアルバムで、とてつもないアルバムがリリースされた。ボリュームは「LP2枚組+EP1枚」という超弩級のボリューム。Stevie Wonder『Songs In The Key Of Life』(写真)である。

1972年『Talking Book』、1973年『Innervisions』、1974年『Fulfillingness' First Finale』の怒濤の3部作は凄かった。とてつもないソロ・アルバムがぞろりと3枚並ぶ。いずれも甲乙付け難い名盤である。スティーヴィー・ワンダーは天才だと確信した。

しかし、1976年秋、衝撃が走った。『Songs In The Key Of Life(キー・オブ・ライフ)』のリリースである。これには心底驚いた。天才の成せる技の出現にリアルタイムで立ち会った、そんな神々しい雰囲気があった。

当時、新しいアルバムの音源はFM放送で、アルバムの幾つかの曲をチョイスしてオンエアしていた。これが当時、高校3年生、貧乏高校生だった僕の、必須の「無料」の音源だった。
 
この『キー・オブ・ライフ』の冒頭の「Love's in need of love today(ある愛の伝説)」が流れた時、僕はその前奏の音を聴いて「ひっくり返った」。通常の名曲などという次元を超えた、奇跡の様な音世界である。

FM番組雑誌を舐めるように見渡して、『キー・オブ・ライフ』からの選曲を、片っ端からチェックしてエアチェックしまくった。「Sir Duke(愛するデューク)」、「Isn't She Lovely(可愛いアイシャ)」、「As(永遠の誓い)」、「Saturn(土星)」、そして「Ebony Eyes(エボニー・アイズ)」。それぞれの曲をFMで初めて聴く度に「ひっくり返った」。 通常の名曲などという次元を超えた、奇跡の様な曲である。
 

Songs_in_the_key_of_life

 
FM番組を舐めるようにチェックして、漏れなくエアチェックしても、このアルバムの3分の1の曲の音源がゲット出来ない。しかし、このアルバムは「LP2枚組+EP1枚」の超弩級のボリューム。
 
なんてことしてくれたんだスティービー。高校生時代の1ヶ月の小遣いが3000円程度。この「LP2枚組+EP1枚」のアルバムは、確か5000円くらいしたと記憶している。どう考えても買えへんやん(泣)。でも、ここまで来たら、絶対にこのアルバムの全曲21曲の全てが聴きたい。

結果として、1976年の秋の発売だったが、アルバムの入手は1977年の1月まで待つことになった。つまりはお年玉をあてにしてゲットしようという魂胆。お年玉を注ぎ込んで、やっとのことで入手した「LP2枚組+EP1枚」の『Songs In The Key Of Life』。まずは、聴き込む為にカセットにダビング。EP1枚に収録された4曲には閉口したが、なんとかカセットに収まった。それから暫くは『Songs In The Key Of Life』三昧の毎日。至福の時であった。

真の天才の成せる技とは、このことを言うのだろう。「LP2枚組+EP1枚」に収録された全21曲、捨て曲は全く無し。どれもが名曲と呼ぶに相応しい内容。同一コンセプトの曲は無く、曲のコンセプトについてはバラエティに富んでいるが、アルバム全体の統一感は抜群。21曲を収録した超弩級のボリュームでありながら、全曲通して聴いても、長いなあとも思わないし、聴き疲れない。

1970年代のスティーヴィー・ワンダーの最高傑作は、と問われれば、僕は、絶対のこのアルバム『Songs In The Key Of Life』を推します。感じるままに、気負い無く、自然と湧き出る音世界を粛々と記録した。そんな真の天才の成せる技がこのアルバムにギッシリと詰まっています。

 
 

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