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2012年5月の記事

2012年5月31日 (木曜日)

70年代アート・マニア御用達ライブ

昨日に続いて、アート・ペッパーのお話。昨日、アート・ペッパーについては、麻薬禍の為に活動を停止した1960年代を境に、1950年代のペッパーと復帰後の1970年代のどちらが良いかといった議論が白熱した時期があった、と書きました。

実は僕は、この復帰後の1970年代のアート・ペッパーの方を良く聴く。1970年代の方が、よりエモーショナルで、フリーキーな演奏を織り交ぜることによって、インプロビゼーションの表現の幅が格段に拡がり、従前からのテクニック良く滑らかで流麗なアドリブ・ラインが一層美しく、硬派に際立つ。

そして、何より、1970年代のアート・ペッパーは、テクニックも際立っており、本当に溜息が出るほどに、アルト・サックスが良く鳴っていて、演奏全体が安定していて、じっくりとその演奏を聴くことができる。

そんなテクニック際立ち、インプロビゼーションの幅が広がった1970年代のアート・ペッパーを心ゆくまで愛でることが出来るライブ盤がある。『Unreleased Art: Vol.1』(写真左)。
 
1981年11月22日、網走市民会館での最後の来日公演の貴重な記録。盤の音質は少しだけ落ちるが、そんなことが全く気にならない位、このライブ盤でのアート・ペッパーはじめ、各メンバーの演奏は素晴らしい。ちなみに、パーソネルは、Art Pepper (as), George Cables (p), David Williams (b), Carl Burnett (ds)。
 
Art_pepper_unreleased_vol1
 
収録された曲を見渡すと、大スタンダードからバラード、カリプソ、ブルース、硬派なワルツ、そして、セロニアス・モンクのオリジナルまで、実にバリエーション豊かな演奏の数々。このバリエーション豊かな楽曲を表現豊かに確かなテクニックで演奏するアート・ペッパー以下のカルテット・メンバーは素晴らしいの一言。

アート・ペッパーのアルトはそれはそれは素晴らしい。1981年11月なんで、亡くなる半年ほどの録音ですが、このライブ演奏の半年後に逝去するなんて絶対に想像出来ません。
 
それほど、力漲り、気力充実、圧倒的迫力を持って、我々の耳に迫ります。これだけ、充実したアルトを吹きこなすことが出来る、ジャズ・アルト・サクソフォニストはそんなにはいないでしょう。

そして、特筆すべきは、バックを支えるミュージシャン達。特に、ピアノのジョージ・ケイブルスのプレイは素晴らしい。様々なスタイルのピアノを弾きこなし、アート・ペッパーの豊かなバリエーションの表現に貢献しています。本当にバリエーション豊かな、テクニック豊かで、エモーショナルなピアニストです。このライブ盤を聴く度に、ケイブルスのピアノを見直しています。

良いライブ盤です。1970年代以降の、麻薬禍での活動停止の後の「復帰後のアート・ペッパー」が堪能できる優れもので、僕は、このライブ盤は良く聴きます。CD2枚組ですが、聴き始めたら、あっと言う間の1時間50分です。 

 
 

大震災から1年が過ぎた。決して忘れない。常に関与し続ける。
がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力しよう。 

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2012年5月30日 (水曜日)

ハードなアート・ペッパーである

彼は筋金入りの「ジャンキー」。まずは、1950年代に入って彼のキャリアは本格的にスタートしますが、1953年〜1956年の間は、麻薬のために収容所に収監され、活動を中断しました。

加えて、彼は麻薬のために60年代のほとんどで、活動を中断します。そして、1969年〜1971年の間、シナノン収容所でのリハビリを経て、本格的にジャズ界に復帰したのは1975年になってからです。
 
やっとのことで、復帰後は、1982年6月15日に脳溢血で逝去するまで、本格的な演奏活動を継続しました。

その麻薬禍の為に活動を停止した1960年代を境に、1950年代のペッパーと復帰後の1970年代のどちらが良いかといった議論が白熱した時期があります。

確かに、1950年代は、テクニック良く滑らかで流麗なアドリブ・ラインが素晴らしい、柔らかで「閃き」で勝負するタイプの「天才肌」なプレイでした。復帰後の1970年代は、ジョン・コルトレーンに触発された、エモーショナルでフリーキーなアドリブ・ラインに変身。硬派かつハードで「理知的」なプレイにモデル・チェンジしました。

一人のプレイヤーの個性について、1950年代と1970年代のどちらが良いか、などという議論は意味の無い議論だと思いますが、確かに、そんな議論を呼び起こすほど、アート・ペッパーの個性は、1950年代と1970年代とは全く異なり、この異なる時代の対称的な個性は、なかなかに興味深いものです。

しかし、もともと、1960年代の「休眠」に入る前、既に、アート・ペッパーは、硬派でハードなプレイを目指し始めていたのではないか、と思われる節があります。
 

Gettin_together

 
1960年2月に録音された『Gettin' Together』(写真左)。パーソネルは、Conte Candoli (tp), Art Pepper (as, ts), Wynton Kelly (p), Paul Chambers (b), Philly Joe Jones (ds)。当時のマイルス・バンドのリズム・セクションを借りて、米国西海岸で録音されたアルバムです。

このアルバムでのアート・ペッパーのプレイが、実に硬派でハードです。冒頭の「Whims of Chambers」から、ラストの「Gettin' Together」まで、徹頭徹尾、硬派でハードなアドリブ・プレイに終始します。

柔らかさ、流麗さは押さえられ、理知的でハードなプレイを前面に押し出します。マイルス・バンドの三人、Wynton Kelly (p), Paul Chambers (b), Philly Joe Jones (ds)も、徹頭徹尾、硬派でハードなバッキングを貫きます。

選曲についても、硬派でハードな、セロニアス・モンクの「Rhythm-a-ning」などを演奏しており、あのアート・ペッパーがモンクをやったのか、と感心します。そして、流麗なフレーズで攻めるのが定石な、大スタンダード曲「Softly, as in a Morning Sunrise」も、終始、硬派でハードなフレーズで貫き通します。こんなに硬派でハードな「Softly, as in a Morning Sunrise」は、あまり記憶にありません。

このアルバム『Gettin' Together』を聴くと、アート・ペッパーは、硬派でハードなプレイを目指し始めていたのではないか、と思います。そして1960年代の「休眠中」に、ジョン・コルトレーンのスピリチュアルでエモーショナルでフリーキーなインプロビゼーションに接して、スタイルの変化に踏み切ったのでは無いか、と想像しています。

アーティストとして、スタイリストとしてのアート・ペッパーの気持ちが伝わって来るような、『Gettin' Together』はそんな雰囲気に溢れています。アート・ペッパーのアルバムの中で、独特の個性を放っているアルバムとも言えるでしょう。  

 
 

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2012年5月29日 (火曜日)

世界に通用する日本発フュージョン

僕はこのアルバムを聴く度に、世界に通用する「日本発フュージョン盤」として、心の中でどこか誇らしげになる。そんな、実に優れた日本発のフュージョン・ジャズ。そのアルバムとは、渡辺香津美『Mobo』(写真左)。

1983年8月14日から9月8日の間で録音された。リリースは同じく1983年。ちなみにパーソネルは、Marcus Miller、Robbie Shakespere (b),  Sly Dumber, Omar Hakim, Steve Jordan (ds), 渡辺香津美 (g), Don Grolnick (key), Michael Brecker (ts)。

当時、フュージョン・ジャズを牽引した優れたミュージシャンの名前がズラリと並ぶ。こんなフュージョン・ジャズの強者どもを、我らが渡辺香津美はリーダーとして統率し、リーダーとして演奏をコントロールする。そして、自ら、当時、最先端のエレキ・ジャズ・ギターを余すところなく弾きまくり、当時として最高のフレーズを決めまくる。

演奏全体の雰囲気は「エレ・マイルス」の展開・組み立てを踏襲しているように感じる。渡辺香津美が考える「エレ・マイルス」という風情。エレクトリック楽器とアコースティック楽器の融合の仕方は、1970年代の日本フュージョン・ジャズの奇跡的なアルバム『KYLYN』のアプローチを踏襲しているように感じる。リズム&ビートは、渡辺香津美風の「エレ・マイルス」。フレーズとユニゾン&ハーモニーは『KYLYN』。
 

Kazumi_watabnabe_mobo

 
当時として、そして、今の耳にも、このアルバムに詰まった演奏は、フュージョン・ジャズの最先端を行くもの。フュージョン・ジャズとは言え、ソフト&メロウな、ちょっと「軟弱」で情緒的なものでは無い。この『Mobo』は、メインストリーム風の、実に硬派なコンテンポラリー・ジャズと言える。

マーカス・ミラーのベースとマイケル・ブレッカーのテナーが突出して優れている。この音は、既にフュージョンのものでは無い。限りなく純ジャズに近い、硬派なコンテンポラリー・ジャズ。

当時の時代の最先端を行く、今の耳にも十分先進的なコンテンポラリー・ジャズとして通用するセッションが、我らが渡辺香津美の手でアルバム化された事実に、今でも万感の想いを抱きます。日本人として、胸を張って世界のジャズ界にその真価を問うことが出来る、素晴らしいアルバムだと思います。

『Mobo』=「モボ」とは、大正時代の「モダン・ボーイ」の短縮形。古いジャズのフォーマットを演奏の底で踏襲しつつ、最先端のリズム&ビートと新鮮なフレーズとアドリブ。これぞ「モダンなフュージョン・ジャズ」と言える内容です。

CDのリリースに当たって、LP時代には、収録時間の関係で編集されていたオリジナル演奏を「完全収録」しています。この『Mobo』を堪能するにはCDの完全盤がベターです。フュージョン・ジャズを軟弱と侮るなかれ。1980年代、純ジャズ復古の号令の中で、フュージョン・ジャズが真の意味で成熟した姿を見せる。『Mobo』は、そんな瞬間の一つを捉えた素晴らしいアルバムです。

 
 

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2012年5月28日 (月曜日)

野人ボビー・エンリケを思い出した

1970年代後半、ジャズを聴き始めた頃。その頃、ジャズ界はフュージョン全盛時代。猫も杓子も電気楽器中心のフュージョンに熱中。アコースティック楽器中心の純ジャズは全く目立たない蚊帳の外。

でも、ジャズを聴き始めて、ジャズ本に学び、そして、ジャズ雑誌を読み漁り、自分なりにアルバムを選び始めた。ジャズは歴史あり、体系立った音楽ジャンルである。やはり、ジャズをしっかりと理解していくには、純ジャズを聴くことは大切だ、ということは直感的に判っていた。

しかし、1940年代のビ・バップ、1950年代のハード・バップは、いきなりジャズ者初心者の耳には難しい。もう少し、入り易い、親しみ易い純ジャズは無いのか。そう思っていて、ジャズ雑誌で出会ったピアニストが「Bobby Enriquez(ボビー・エンリケ)」。

ボビー・エンリケはフィリピン出身のピアニスト。1943年フィリッピンの生まれ,1996年逝去。アルトサックスの Richie Cole (リーッチー・コール) との共演でメジャーになった。The Wild Man(野人)のニックネームが付けられていた。

このボビー・エンリケのアルバム音源を「貸レコード」で入手した。1981年のリリース『The Prodigious Piano Of Bobby Enriquez』(写真左)である。このライブ盤にこそ、ボビー・エンリケ、野人の姿がある。飛んで、跳ねて、陽気で、バカテク。徹頭徹尾、弾きまくりの世界。収録曲は以下の通り。

1. Spain
2. Just the Way You Are
3. Boplicity
4. Pete Kelley's Blues
5. Hi-Fly
6. Willow Weep for Me
7. There Will Never Be Another You
8. Bobby's Dream
9. Yesterdays
10. Night in Tunisia/Tonga
 
The_prodigious_piano_of_bobby_enriq
 
この10曲を、飛んで、跳ねて、陽気で、バカテクに弾きまくる。本当に「弾きまくる」(笑)。情緒的なところはほとんど無い。 長時間アドリブが続くビ・バップの様に、弾いて弾いて弾きまくる。

これが、なかなか良いんですよね〜。ジャズ者ベテランの方々は眉をひそめられるかもしれない位の「弾きまくり」。いや〜、当時から、硬派なジャズ者の方々の中には、ボビー・エンリケの名前を聞けば、思わず立腹する人もいた(笑)。まあ、ジャズを冒涜するな、ということなんでしょうね。

でも、僕は、このボビー・エンリケのピアノを聴いているとなぜか痛快なんですよね。これはジャズ者初心者の頃も、ジャズ者ベテランの今も、ボビー・エンリケのピアノについては、この感じ方は変わらない。

確かに、このライブ盤でのボビー・エンリケを純ジャズとして聴くには、ちょっと無理がありますが、エンタテインメントとしてのジャズという観点では、このボビー・エンリケのピアノは「あり」でしょう。とにかく聴いていて楽しい。そして、判り易い。

ラテン・エッセンス、ビ・バップ・エッセンス、節奏無く、様々な音楽ジャンルのエッセンスを散りばめて、野人ボビー・エンリケは弾きまくる弾きまくる。音源だから見えませんが、「Hi-Fly」で見せる肘鉄奏法も聴きものです。

彼が出現した当時は、これからこういうピアニストも何人か出てくるんだろうな、と思っていたら、今になっても、ボビー・エンリケ只一人(笑)。情緒的なところを一切払拭して、とにかく、徹頭徹尾、飛んで、跳ねて、陽気で、バカテクに弾きまくる。こういうスタイルは、ボビー・エンリケ只一人。

良いライブ盤だと思います。チックの名曲「スペイン」なんかは、意外と真摯に弾きこなしているし、やはり、ボビー・エンリケのピアニストとしての実力については確かなものを感じますね。

 
 

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2012年5月27日 (日曜日)

初夏の薫風に吹かれながら

今日は本当に清々しい一日。強い陽射しタップリ、薫風爽やかに吹き抜け、湿度も程良し。日本の季節の中で、一番良い季節の一つ「初夏」。こんな絵に描いた様な「初夏」の昼下がり、毎年必ず聴きたくなる「山下達郎」。

「山下達郎」と言えば、日本のポップ・ロックの草分けであり重鎮。ロックンロールやR&B、50年代オールディーズのテイストを踏まえたポップ・ロックをやらせれば、山下達郎の右に出る者はいない。しかも、ポップ・ロックな音の雰囲気は、基本的に「夏」を彷彿とさせるものが多い。

今日みたいな、こんな絵に描いた様な「初夏」の昼下がりには、山下達郎のポップ・ロックが良く似合う。ということで、今日、選んだアルバムが『トレジャ-ズ(Treasures)』(写真)。1995年にリリースされた、1983年のムーンレコード移籍後、レーベル在籍12年目にして初めてリリースされた山下達郎のベストアルバム。

冒頭の「高気圧ガール」から「スプリンクラー」の流れは、初夏の季節の雰囲気にピッタリ。薫風に髪をとかせながら聴く爽やかなジャパニーズ・ポップ・ロック。山下達郎のポップ・ロックは、デビュー当時から「日本語」で歌われる。

1970年代、ロック・ビートに「日本語」はのらない、日本語でロックは成立しない、なんてしたり顔で言われた時代があったが、とんでも無い話だ。
 

Treasures

 
実は、僕は、山下達郎については、シュガー・ベイブの時代から知っていて、FMでエアチェックしてほそぼそと聴き始めていた。そして、ソロデビューのアルバム『Circus Town(サーカス・タウン)』 はLPで入手した。そして、大学時代にはガンガンに聴いていた、山下達郎については、かなりの「マニア」である。

山下達郎のポップ・ロックは、ソロ・デビューの時代から「日本語」で歌われていて、違和感無くロック・ビートにのっている。しかし、この「のり」は、日本人独特の「のり」。ロック・ビートを良く理解して、ロック・ビートの上に日本語の詞を乗せていくような感じで、この「のり」が独特。この「のり」こそが山下達郎の最大の個性だろう。

「アトムの子」「土曜日の恋人」「おやすみロージー」「クリスマス・イブ」「さよなら夏の日」「パレード」など、懐かしい思い出の曲が満載である。僕の若かりし頃、20歳代を彩る楽曲がとても「沁みる」。

面白いのは「クリスマス・イブ」など、冬の楽曲も、初夏の薫風に吹かれながら聴くと、なんだか「夏向け」の曲に変身する。恐らく、山下達郎独特の「のり」が、初夏の雰囲気にピッタリとフィットするからだろうと思われる。

初夏の薫風に吹かながら聴く『トレジャ-ズ(Treasures)』。この2012年、21世紀を10年ほど過ぎた時代になって、ちょっとレトロな雰囲気を醸し出し始めた山下達郎の楽曲は、実に良い雰囲気です。心が十分にリラックス。良い時間を過ごしました。  

 
 

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2012年5月26日 (土曜日)

こんなライブ盤ってどうなんだろう

こんなアルバムの存在ってどうなんだろう。Eric Clapton『24 Nights - Recorded Live At the Royal Albert Hall, London (1990-1991)』(写真左)。

1991年リリースのEric Claptonのライブ盤。1990〜1991年、ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで、24日間行われた公演のベストテイクを集めたもの。ベストテイクというか、クラプトンのベスト盤の様な、クラプトンの代表曲、有名曲、ヒット曲のライブ演奏をズラリ並べたものである。

1960年代後半のクリームの時代に遡って、1970年代前半のデレク・アンド・ドミノスの時代の名曲も含めて、クラプトンの代表曲、有名曲、ヒット曲を的確に網羅しており、クラプトン・ファンには涙涙の選曲であり、クラプトン入門盤としても、なかなか的確な選曲である。

演奏の編成もなかなかバリエーションに富んでおり、Disc 1-1〜4が「4 Piece Band」、Disc 1-5〜8が「Blues Band」、Disc 2-1〜4が「9 Piece Band」、Disc 2-5〜7が「Orchestra」と、全部で4部構成になっていて、それぞれ、その編成の特徴を活かした響きが独特の、なかなか素晴らしい演奏となっています。

しかも、演奏機材の進歩、録音技術の進歩も相まって、昔の曲のいずれもが、豊かな響き、クリアで分厚い音を前提とした、整然とした音作りとなっていて、昔のクラプトンの曲が「あれ」と思うくらい、聴き易く、ダイナミックレンジ豊かな演奏に変化している。

24_ights

しかし、どうなんだろう。このライブ盤は、完全にエリック・クラプトンにとっては「ナツメロ」の部類に属する選曲であり、新しいものは何も無い。しかも、この「ナツメロ」が、1990年当時の最新の演奏機材、最新の録音技術のお陰で、新しい響きを宿している。つまり、その「ナツメロ」曲が、世の中にリアルタイムに流れていた時の音とは、全く似ても似つかぬ、1990年の新しい音を前提に演奏されているのだ。

「ナツメロ」として聴くには響きが新し過ぎるし、1990年の時代の新しい音としては、曲作りのコンセプトや全体的雰囲気が、ちょっと「古い」雰囲気が漂う。どっちつかずの内容で、これはどうなんだろうか。クラプトンのファンとしては、響きが新しすぎて違和感を感じるし、クラプトン入門としては、曲の持つオリジナルな雰囲気がダイレクトに伝わらず、なんだか「隔靴掻痒」の感が強い。

正直に言えば、このどっちつかさが、どうしても耳について、このライブ盤は、未だ「僕の愛聴盤」になり得ていない。演奏時代は素晴らしく、曲が初出となった時代の演奏より、豊かな響き、クリアで分厚い音、整然とした音作りとなっているんだが、それはそれで、なんだか違和感を感じる。

1970年代ロックの、セルフ・カバー前提の「ナツメロ」焼き直し的なアプローチは、1970年代ロックをリアルタイムに聴き進めてきた僕にとっては、どうしても違和感は否定できない。

1990年代以降にリリースされる、1970年代ロックのセルフ・カバー演奏は、なんだかどっちつかずな雰囲気が色濃く付きまとう様で、聴くことは聴くんだが、僕はどうしても最終的に好きになれない。困ったもんだ(笑)。

 
 

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2012年5月25日 (金曜日)

「ロンドン・ハウス」の残り2枚

Oscar Peterson(オスカー・ピーターソン)の、有名なライブ音源「The London House Sessions」。このライブ音源から4枚のライブ盤のうち、た『The Trio』、そして『The Sound Of The Trio』については、一昨日、昨日で、このブログでご紹介した。

では、後の2枚はどうか。後の2枚とは『Put on a Happy Face』(写真左)と『Something Warm』(写真右)。『Put on a Happy Face』はイラストのジャケットが可愛い盤で、『Something Warm』は、夕日の大写しの単純なジャケットだが、意外とインパクトがあって良い雰囲気だ。

どちらのアルバムも、ピーターソンの寛いだ雰囲気の超絶技巧なプレイを聴くことが出来る。また、先の2枚、『The Trio』、そして『The Sound Of The Trio』と比べて、ロンドン・ハウスの客のざわめきや食器の触れあう音など、ライブ・ハウスの「生活音」が生々しく録音されている。

寛いだ雰囲気の度合いが高いのは『Put on a Happy Face』の方かな。収録曲を眺めると、なかなか玄人好みの曲がズラリと並んでいる。『Put on a Happy Face』は、ジャズ者ベテラン御用達のライブ盤、といった面持ちか。

1. Put On A Happy Face
2. Old Folks
3. Woody'n You
4. Yesterdays
5. Diablo
6. Soon
7. The Lonesome One
 

Put_on_something_warm

 
逆に、『Something Warm』は、同じく寛いだ雰囲気の内容がとても良いライブ盤ではあるが、収録曲を並べると、冒頭に、大スタンダード曲が3曲、鎮座ましましていて、この3曲の存在が、良くもあり気恥ずかしくもある、微妙な収録曲が並ぶライブ盤である。

1. There Is No Greater Love    
2. I Remember Clifford    
3. Autumn Leaves    
4. Blues For Big Scotia    
5. Swamp Fire   
6. I Love You

超絶技巧なテクニックを駆使して、圧倒的に広大なスケールの大きいピーターソンの展開をして、この大スタンダード曲3曲を弾き倒されたら、なんだかちょっと気恥ずかしくなるのは僕だけだろうか(笑)。それでも、ピーターソン・トリオは、この大スタンダード3曲を大まじめに、大々的に、ダイナミックに演奏しまくっている。凄い迫力と言おうか、迫力が増せば増すほど、なんだか気恥ずかしさが増幅する、意外と聴いていて「楽しい」ライブ盤である(笑)。

ジャズ本やジャズ評論で、そのアルバム名が挙げられることは殆ど無いのですが、この「The London House Sessions」からのライブ盤『Put on a Happy Face』と『Something Warm』は、どちらも、寛いだ雰囲気のピーターソン・トリオが魅力の「隠れ優秀盤」だと思います。

先の『The Trio』、そして『The Sound Of The Trio』が気に入ったら、『Put on a Happy Face』と『Something Warm』と聴き進めても後悔はしないでしょう。ピーターソン・トリオの目眩く超絶技巧かつスケールの大きい、歌心溢れる演奏にはまり込むこと請け合いです。

 
 

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2012年5月24日 (木曜日)

ピアノ・トリオの代表的名盤・28

昨日お話ししたが、Oscar Peterson(オスカー・ピーターソン)の、有名なライブ音源に「The London House Sessions」というのがある。このライブ音源から4枚のライブ盤がリリースされている。

まずは、昨日ご紹介した『The Trio』、そして『The Sound Of The Trio』、『Something Warm』、『Put on a Happy Face』の全4枚。いずれも、それぞれの盤に特徴があって、甲乙付け難い内容である。

実は、この4枚の中で、僕が今まで一番愛聴してきたライブ盤は『The Sound Of The Trio』(写真左)になる。ジャズの紹介本や評論では、圧倒的に昨日ご紹介した『The Trio』がイチ押し。

しかし、僕の場合、ジャズ者初心者の頃に、その『The Trio』と『The Sound Of The Trio』の2枚を同時に手に入れたのであるが、度々ターンテーブルに載ったのは『The Sound Of The Trio』の方である。今回、謹んで「ピアノ・トリオの代表的名盤」の中に挙げておきたい。

さて、このライブ盤に収録された曲を列挙すると以下の通りになる。

1. Tricrotism
2. On Green Dolphin Street
3. Thags' Dance
4. Ill Wind
5. Kadota's Blues

1曲目の「Tricrotism」と5曲目の「Kadota's Blues」はブルース。ピーターソンの超絶技巧なブルース・インプロビゼーションが凄まじい。ピーターソンは唸りを上げてインプロビゼーションを展開しているが、その「唸り」が耳触りでは無いのが面白い。
 

The_sound_of_the_trio

 
例えば、同じ「唸り」でも、キース・ジャレットの唸りは耳触りなんだが、ピーターソンの「唸り」はキーが合っていて、歌うような「唸り」なので気にならない。さすが歌手として一流の実力の持ち主のピーターソンである。逆にキースはキーが合ってないからなあ(笑)。

この1曲目の「Tricrotism」と5曲目の「Kadota's Blues」のブルース演奏では、ベースのレイ・ブラインの、これまた超絶技巧なジャズ・ベースの至芸が堪能出来る。これが結構長めのベース・ソロなので、この長めのベース・ソロを「冗長」とするか「至芸」とするかで、このライブ盤の評価分かれるような気がする。

3曲目の「Thags' Dance」では、ドラムのエド・シグペンの、これまた超絶技巧なジャズ・ドラムの至芸が堪能出来る。こちらの方は程良い長さで良い感じ。聴衆もソロが終わった後は拍手喝采。実に趣味の良い実力派ドラミングである。

そして、僕がこのライブ盤『The Sound Of The Trio』を愛する理由は、2曲目の「On Green Dolphin Street」と4曲目の「Ill Wind」の存在。この2曲が、僕にとっては「絶品」なのだ。

「On Green Dolphin Street」は、そもそも、僕にとって「大のお気に入り」の曲。ピアノの鍵盤を広く、スケール大きく使った展開は、ピーターソンならではのもの。強弱併せ持って、超絶技巧なテクニックをひけらかすこと無く、自然に展開していくインプロビゼーションは素晴らしい、の一言。良い感じなんですよね〜。

「Ill Wind」のバラード表現は絶品。ピーターソンはテクニックよろしく、実に玄人好みのバラード展開を表現してみせる。この展開は、ピーターソンにしか出来ない展開だろう。圧倒的なテクニックを保有していないと、これだけ音数の多い、しかも、耳触りで無いインプロビゼーションは不可能だ。

良いアルバムです。1曲目、3曲目、5曲目に配された、長めのベース・ソロとドラム・ソロの存在をどう評価するかで、このライブ盤の評価が分かれるところですが、僕は、このライブ盤が大好きです。とにかく、僕は「On Green Dolphin Street」という曲にとことん「弱い」(笑)。この曲が入っていると、大抵の盤は「愛聴盤」になってしまう傾向にあります w。

 
 

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2012年5月23日 (水曜日)

ピアノ・トリオの代表的名盤・27

Oscar Peterson(オスカー・ピーターソン)の、有名なライブ音源に「The London House Sessions」というのがある。1961年夏、カナダの「The London House」というレストランでのライブ・セッションです。

この「The London House」というのは、米国はシカゴにあるクラブの名前。そんな「The London House」での、1961年夏のライブ・セッションを記録した「The London House Sessions」。この「The London House Sessions」から、4枚のライブ盤がリリースされている。

その4枚のライブ盤の中で、一番出来が良い、というか、一番内容が良い演奏を集めたライブ盤が『The Trio』(写真左)。このタイトルの『The Trio』が振るっている。邦題も振るっていて「オスカー・ピーターソン・トリオの真髄」。ピアノ・トリオ中のトリオ。そんなニュアンスがビンビンに伝わってくる。

このピアノ・トリオのパーソネルを改めてご紹介しておきたい。Oscar Peterson (p), Ray Brown (b), Ed Thigpen (ds)。ピーターソン率いる「黄金のトリオ」である。向かうところ敵無し、という感じの圧倒的迫力と圧倒的疾走感、圧倒的ドライブ感を持っての凄い内容のピアノ・トリオである。収録された曲は以下の通り。

1.I've Never Been In Love Before
2.In The Wee Small House Of The Morning
3.Chicago
4.The Night We Called It A Day
5.Sometime I'm Happy
6.Whisper Not
7.Billy Boy
 

Oscar_peterson_the_trio

 
軽快ハッピーな「Chicago」、ベニー・ゴルソンの名曲でムーディーな「Whisper Not」。軽快な「Billy Boy」。他の収録曲もピーターソン・トリオの素晴らしい演奏を様々な角度から捉えていて、聴きどころ満載である。

ベーシストのレイ・ブラウンの名人芸的なウォーキング・ベースも素晴らしく、エド・シグペンのドラミングも秀逸。特に、シグペンのドラミングの多彩な音色、リズム&ビートは特筆に値する。ピーターソンの天才的なピアノ・テクニックに応じたドラミングを供給したシグペン。大変だったろうなあ。

このライブ盤は、ジャズ者全ての人に聴いて貰いたい。このアルバムに、ジャズ・ピアノ・トリオの最高峰の姿の一つがある。ジャズ・ピアノ・トリオとはかくあるべし。そんな雰囲気がビンビンに伝わってくる、凄まじい内容のライブ盤である。

文章では正確なニュアンスが伝わらない。とにかく、このライブ盤は一度聴いて頂きたい。言葉で言い表すに適当な言葉が見当たらない位の、素晴らしい演奏の数々がぎっしりと詰まっている。全収録時間は約46分。1曲目の「I've never Been in Love Before」を聴き始めたら、それから目眩くジャズ・ピアノ・トリオの展開。あっと言う間の46分である。

これぞ「ピアノ・トリオ」。このピーターソンの『The Trio』を、この「ピアノ・トリオの代表的名盤」のシリーズに登場させていなかったことは、全く持って不徳の致すところ。謹んで、今回、「ピアノ・トリオの代表的名盤」のシリーズに満を持しての登場です。聴くべし。

 
 

大震災から1年が過ぎた。決して忘れない。常に関与し続ける。
がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力しよう。 

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2012年5月22日 (火曜日)

MJQのとても不思議なアルバム

長年、ジャズ者をやっていると、不思議なアルバムに遭遇する時がある。どこかで出会ったことがある「郷愁を感じる」様なアルバムもあれば、誰にも相手にされないのだが、何故か不思議と気になるアルバムもある。

今回、久し振りに聴いた、The Modern Jazz Quartetの『Longing for the Continent』(写真左)もそんな不思議なアルバムの一枚。モダン・ジャズ・カルテットのアルバムなので、素性は確かなのだが、細かい録音データが無い。1958年、欧州公演の際の何ヶ所かでライブ録音され、ラジオでオンエアされた音源、ということだけがネットの情報で窺い知れる。

でも、このアルバム、ジャケットのレーベル表示を見れば判るのだが、「デンオン・レコード」のレーベル表示である。このアルバム・ジャケットって、どこかで見たことがあるんやなあ。レコード屋で見たことがあるのかも知れないし、ジャズ喫茶で見たことがあるのかもしれない。僕にとって、どこかで出会ったことがある「郷愁を感じる」様なアルバムの一枚なのだ。

今回、ダウンロード・サイトで見つけて、懐かしさの余り、即、ゲットしたのだが、このアルバムの情報がネットでも殆ど無いのには驚いた。「デンオン・レコード」のレーベル表示がある盤なので、日本ではポピュラーな部類の盤なのかと思っていたが、どうも違う。
  
Mjq_longing_for_the_continent
 
では、内容的に劣っているので、殆ど相手にされない盤なのか、と言えば、これも違う。聴いて見れば判るのだが、1958年のMJQの演奏である。かなりハイレベルの演奏内容であり、MJQとしても水準をいく演奏内容と言って良い。しかも、他の盤には見られない「Animal Dance」「England's Carol」「Sketch 3」「Ambiquite」等が聴ける希少価値が、この盤にはある。それぞれの演奏内容もかなりいける。

ちなみに、「Sketch 3」「Ambiquite」の2曲は「le Jazz Groupe de Paris」、つまりフランスのジャズ・アンサンブルとの共演で、分厚いビッグバンドの様な伴奏をバックに、MJQならではの音世界が堪能出来る、なかなかの演奏内容となっている。

どうして、MJQにとって、こんな「まずまずの内容の盤」がネットでも相手をされないのだろう。不思議と言えば、とても不思議な盤である。しかも、よく聴くと、スクラッチ・ノイズが聴き取れる。ということは、この音源は、LPからデジタル録音して、アルバム仕立てにした音源ということになる。

音源としても、その素性は不確かなもの。でも、演奏内容はまずますで、MJQとして、ちょっと珍しい曲が演奏されているのだから、MJQマニアとしては隅に置けない盤ではある。

こんな盤がたまにあるんですよね〜。ネットでもほとんど相手にされない、ジャズ大国日本でも相手にされない盤。それでも、その盤が、どこかで出会ったことがある「郷愁を感じる」様なアルバムであれば、やはり、見つけた時には、即ゲットして聴いてみたくなるのが人情ってものでしょう。だから、ジャズ者って面白い。アルバム・コレクターは止められません(笑)。

 
 

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2012年5月21日 (月曜日)

金環日食を楽しみました・・・

2012年5月21日(月)。待ちに待った金環食の日です。今日は金環食をじっくりと観察したいので、本業は「私事都合」でお休みにしました。これだけ日本の広範囲で金環食が見られるのは、932年ぶりとのことなので罰は当たらないでしょう(笑)。
 
さて、
ここ千葉県北西部地方では、部分日食は6時19分8秒に始まり、太陽の右上側から欠け始めます。このときの太陽高度は20度。今朝の天気は薄雲がかかってはいるが晴れ。太陽も十分に見られる程度の薄雲なので問題無し。6時20分を過ぎて、太陽を見てみると、結構、欠けているのが判る(6時30分頃・写真下)。

Annular_eclipse_20120521_0627

フィルターを通しての画像なので、空の色が変ですが、右上が欠けているのが判ります。この時点では天気もまずまずで、これはいけるな、と思っていたのですが・・・。

Annular_eclipse_20120521_0712

7時を過ぎる頃に、一転、にわかにかき曇り・・・。結構厚めの雨雲の様な雲が広がって太陽を隠し始めます(7時12分頃・写真上)。7時20分を過ぎることには「快曇」。西の空に少し青空が残っているだけで、怪しい風も吹き始め、にわか雨でも来るのか、と沈鬱な雰囲気に・・・。

我が千葉県北西部地方では、金環食が始まる時間は7時32分15秒、終わる時間は7時37分16秒で、5分1秒間継続する。なんと、継続時間は5分以上に達し、今回の金環食では日本国内屈指の好条件とのこと。でも、晴れなければ意味が無い。7時25分を過ぎても雲は取れず、諦めムードに・・・。

しかし、金環食に入った時間に、突如、奇跡的に雲の切れ間がやってきて、ちょっと厚い雲を通して、金環食を見ることが出来た。ほんま奇跡的や〜。ちょっと厚い雲が日食ガラスの役割を果たしてくれて、金環食のリング状態は、雲を通して肉眼で見ることが出来た。かなり幻想的。素晴らしい。生まれて初めて金環食を体験した(7時34分頃・写真下)。

Annular_eclipse_20120521_0734

いや〜諦めてはいけませんね。快曇状態なので、もう金環食状態は見ることが出来ない、と諦めて、テレビの観望に切り替えるか、と思っていたのですが・・・。確かに粘りは必要ですね〜。

しかし、金環食というが、確かに「金環」食やった。金色のリング状の太陽が空にポッカリと浮かんでいる。ある意味、皆既日食より神秘的な絵ではないだろうか・・・。

そして、金環食を終えた太陽は、どんどん元の大きさに戻っていきます。雲を通して、その三日月の形がくっきりと肉眼で見えます。これってかなり神秘的な絵ですね(7時52分頃・写真下)。

Annular_eclipse_20120521_0752

太陽のかけ終わりまで30分を切ったところで、再び晴れてきた千葉県北西部地方(笑)。金環食の始まり10分前の頃は本当に焦った。奇跡的に訪れた「雲の切れ間」に感謝感謝である。

昨年の皆既月食に続いて、なんとか、金環日食も見ることが出来た。良かった。雲が出てきたことで、雲が日食ガラスの役割を果たして、肉眼で金環食を見ることが出来たのは、ある意味、ラッキーだった。雲を通して肉眼で見る金環食は、かなり「神秘的」だった。荘厳な雰囲気が漂う、素晴らしい天文ショーだった。

 
 

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2012年5月20日 (日曜日)

Godiegoを覚えているかい・・・

昨日、今日と栃木路へと遠出した。長時間ドライブの時は、昔、愛用していたiPodに聴きたいアルバムや曲をぶち込んで、プレイリストを組んで、ドライブ時に楽しんでいる。勿論、カーステ(カーナビの一部になっている)は「iPod対応」。カーナビのタッチパネルで、iPodと同様の雰囲気の操作が出来る。

今日、栃木路からの帰り、久し振りに「Godiego(ゴダイゴ)」を聴いた。本当に久し振り。でも、この「Godiego」については、1976年リリースのデビュー・アルバム『GODIEGO (新創世紀)』当時から聴き親しんでおり、1978年1月の『CMソング・グラフィティ』はリリースと同時に愛聴盤。

ゴダイゴと言えば、西遊記のサウンド・トラックを担当して大ブレイクし、「明るく楽しい」シティ・ポップ系ロックバンドに変身したが、元々は、硬派な日本のプログレッシブ・ロック・バンドの草分けなのだ。このゴダイゴについては、このデビュー当時から着目し愛聴してきた、ということが、自分では結構凄いな、と思っていて、結構、自慢話風に他に語っていたりする(笑)。

さて、今日、聴いたゴダイゴのアルバムは『Magic Capsule』(写真左)。1979年10月25日に発売されたゴダイゴの1stライブアルバム。群馬県民会館(79年4月26日)・大宮市民会館(7月27日)・東京晴海貿易センター(8月24日)での演奏を元に作成されている。
 
収録された時期は、78年10月の「ガンダーラ」、12月の「モンキー・マジック」、79年4月の「ビューティフル・ネーム」、7月の「銀河鉄道999」など説明無用の大ヒット・シングルを連発していた頃で、ゴダイゴ人気のピークである。

このライブ・アルバムの収録曲を見渡すと、ゴダイゴの基本は、元々は、硬派な日本のプログレッシブ・ロック・バンドなんだなあと改めて感じ入ってしまう。ちょっと長くなるが、このライブ・アルバムに収録された曲を列挙すると以下の様になる。

ディスク:1
1. マジック カプセル
2. ジョイ   
3. はるかな旅へ
4. イミテーション
5. 君は恋のチェリー
6. ステッピン・イントゥ・ユア・ワールド
7. ライティング・マン
8. 組曲 : 新創世紀
9. デッド・エンド〜ラヴ・フラワーズ・プロフェシー
 
Magic_capsule_2
 
ディスク:2
1. モンキー・マジック
2. 銀河鉄道999
3. ハピネス
4. ビューティフル・ネーム
5. ガンダーラ
6. プログレス・アンド・ハーモニー   
7. ザ・ドラゴンズ・カム・アライヴ   
8. ミッキーのピアノ・ソロ
9. パープル・ポイズン
10. セレブレイション
11. トライ・トゥ・ウェイク・アップ・トゥ・ア・モーニング

元々は、硬派な日本のプログレッシブ・ロック・バンドなんだなあと感じ入るのは、 「明るく楽しい」シティ・ポップ系ロックバンドに変身して大ブレイクした人気絶頂期に、ファーストアルバムから「組曲 : 新創世紀」、セカンドアルバムから「デッド・エンド〜ラヴ・フラワーズ・プロフェシー」をライブで演奏していたこと。

「明るく楽しい」シティ・ポップ系ロックバンドに変身した後の曲だけを羅列しない、人気絶頂時のファンの要求に迎合しない、その強い姿勢は実に「硬派」である。例えば、このライブ盤に収録されたディスク1の9曲目「デッド・エンド〜ラヴ・フラワーズ・プロフェシー」。
 
演奏する前、バンドがこの曲を書いた理由や社会の状況について一生懸命に語ろうとする。しかし、構わずファンは黄色い歓声をあげていて、メンバーに窘められている部分が収録されています。普通はカットしそうな部分を敢えて、この人気絶頂時のライブ盤に収録しているところに、僕は、ゴダイゴの「硬派」を感じます。

ゴダイゴの本質は、社会派で思索的で硬派な日本のプログレッシブ・ロック・バンドなのですが、78年10月の「ガンダーラ」、12月の「モンキー・マジック」、79年4月の「ビューティフル・ネーム」、7月の「銀河鉄道999」などの大ヒットによって、「明るく楽しい」シティ・ポップ系ロックバンドと誤解されたところに、ゴダイゴの不運があったように感じます。

ゴダイゴは、社会派で思索的で硬派な日本のプログレッシブ・ロック・バンドと明るく楽しい」シティ・ポップ系ロックバンドの2面性を持ったバンドだったということが、このライブ盤『Magic Capsule』を聴くと良く判ります。

「僕のサラダガール」でレコード・デビューを果たした1976年4月から起算して結成35周年を迎えたゴダイゴ。今一度、ゴダイゴの初期の名作を聴き直してみたくなりました。

 
 

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2012年5月18日 (金曜日)

清々しい初夏の朝にヴァイブの音

清々しい初夏の朝に、ジャズ・ヴァイブの音が良く似合う。このモットーは、ジャズを聴き始めた遠く35年前から、この初夏の季節になると必ず思い出す。

初夏の雰囲気にピッタリとフィットするジャズ・ヴァイブの筆頭は「Gary Burton(ゲイリー・バートン)」。僕は、このバートンのヴァイブがジャズ者初心者の頃から大好きだ。4本マレットで独特の響きを醸し出すヴァイブは、クラシック的で端正な雰囲気漂い、官能的で流麗。テクニックが優秀なので、速いパッセージでの疾走感が抜群。

この初夏の季節に必ず選択するバートンのアルバムが『Passengers』(写真左)。1976年11月の録音。ちなみにパーソネルは、    Gary Burton (vib), Pat Metheny (el-g), Steve Swallow (el-b), Eberhard Weber (b), Dan Gottlieb (ds)。

パーソネルを見渡すと、まずは、ギターのPat Methenyの名前が目を惹く。このアルバムは、メセニーが、バートンのグループに参加していた頃のアルバムで、最もメセニー色が濃い1枚になる。アルバムに収録の全6曲中3曲、「Nacada」「The Whopper」「B&G (Midwestern Nights Dream)」がメセニーの作曲である。ちなみにドラムのDan Gottliebは、Pat Metheny Group(PMG)の初代ドラマー。当然、この3曲はPMG色が強くなる。

この2〜4曲目のメセニー作曲の3曲を続けて聴くと、その音世界はメセニー色で一杯になる。まず、この雰囲気が、清々しい初夏の朝にピッタリです。
 

Ary_burton_passsengers

 
そして、我がアイドル、チック・コリア作曲の1曲目「Sea Journey」が素晴らし い。この深淵で幽玄で爽快感溢れる名曲を、バートンのヴァイブが弾き紡いでいく。この曲を聴いていると、バートンとチックの相性って抜群なんだな、と感心する。チックの音世界とバートンのヴァイブの音がピッタリとマッチする。特に、この「Sea Journey」は、バートンの為に書いた曲と言って良いほどである。

チック曲にバートンのヴァイブ。このピッタリとしたマッチング感が、これまた、清々しい初夏の朝にピッタリです。

ラス前のEberhard Weber作曲の「Yellow Fields」、そして、ラストのSteve Swallow作曲の「Claude and Betty」になると、欧州ジャズお得意の現代音楽的な、ちょっとフリーキーでアブストラクトな、自由度の高いモーダルな響きの演奏が展開される。これが、また聴き応えがある。硬派なメインストリーム・ジャズとはかくあるべし、って感じの本当に硬派な演奏で、思わず襟元を正して聴き直したりすることしばしば、です。

この少し危険な雰囲気のする、テンションの高い、ちょっとフリーキーでアブストラクトな、自由度の高いモーダルな響きの演奏が、意外と、清々しい初夏の朝にピッタリです。

そして、このアルバムのユニークなところは、Steve Swallow (el-b), Eberhard Weber (b)のダブル・ベース編成。独ジャズの大御所Eberhard Weberの個性溢れるアコベが強烈な印象。エレベのSteve Swallowも独特の音色で対抗。ともすれば、2本のベースが混在して収拾がつかなくなりそうなのだが、そこはテクニック優秀な「強者」の二人。両者とも巧みにそれを回避しつつ、演奏全体の底をしっかりと支えている。

あまり、ジャズのアルバム紹介に名を連ねるアルバムではありませんが、このバートンのアルバムが『Passengers』は、ジャズ者初心者の方々からベテランの方々まで、十分に楽しむ事ができる、良い作品だと思います。特に、欧州ジャズ独特の、クラシック的で端正で現代音楽的なところが好みの方には、是非、一度聴いて頂きたいアルバムですね。 

 
 

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2012年5月17日 (木曜日)

コルトレーンの最もフリーな盤

これは何なんだ、と聴いた瞬間、必ず戸惑う。ジョン・コルトレーンの晩期、1965年11月23日の録音になる。1967年7月17日に逝去するのだから、亡くなる1年半前のパフォーマンスになる。

アルバム・タイトルは『Meditations』(写真左)。直訳すると「瞑想」。瞑想というが、このアルバムのコルトレーンのパフォーマンスは「瞑想」の類では無い。これはもう「絶叫」である。それまでの、超絶技巧なソロが少なく、テクニック以前の絶叫・嘶きが中心の全くもってフリーキーなパフォーマンスが中心。

ちなみにパーソネルは、John Coltrane, Pharoah Sanders (ts), McCoy Tyner (p), Jimmy Garrison (b), Rashied Ali, Elvin Jones (ds)。正直に言うと、未だもって、ダブル・サックス、ダブル・ドラムスの意味するところが、必然性が、僕には良く判らない。

この「絶叫」を主とする演奏において、従来の演奏フォーマットである「カルテット」を採用する必要があったのだろうか。ピアノ、ドラム、ベースは必要があったのか。う〜ん、この 『Meditations』を聴くと、いつもこの疑問が頭をよぎる。

テナー・サックスは人間の肉声に匹敵する音色を兼ね備えた楽器なので、テクニックさえあれば、いともたやすく「絶叫」することが出来る。しかし、他のリズム・セクション系の楽器は違う。そのギャップが露わとなったアルバム『Meditations』。そのギャップが黄金のカルテットを解散へと導く。その兆しが、このアルバムのそこかしこに散りばめられている。

ドラムはリズム&ビートが伴わないと叩けない楽器である。ビートの伴わない「絶叫」をバッキングするにはドラムはかなり苦しい。というか、ビートの伴わない「絶叫」のバッキングは出来ない。このアルバムでのドラムの才人、エルビン・ジョーンズの苦悩はいかばかりか、と慮りたくなる。

ピアノだってそうだ。打楽器の要素と旋律楽器の要素を持ち合わせる独特な楽器。打楽器の要素の部分の悩みはドラムの悩みに同じ。ビートの伴わないサックスの「絶叫」のバッキングの術が無い。旋律楽器としての要素は、鍵盤でその音が限定される。ピアノの旋律は調性のとれた旋律の展開。無調性のサックスの「絶叫」とは相容れ無い。  
 
John_coltrane_meditations
 
ベースも同様。ベースはビートが無いとどうしようも無い。この楽器こそ、フリーキーに振る舞えと言われても、フリーキーに振る舞えない、基本的にアブストラクトな和音を奏でることが困難な「弦楽器」である。ビートの伴わないサックスの「絶叫」に対するベースのバッキングは、基本的に「意味が無い」。

コルトレーンは、本当の意味での「フリーな演奏」を実現したかったのだろうか。それであれば、ビートを必要とする従来のリズム・セクションは必要無かっただろう。
 
黄金のカルテットのリズム・セクション、エルビンのドラム、マッコイのピアノ、ギャリソンのベースが、コルトレーンの「絶叫」の前に、完全に戸惑い、立ち尽くす様な、「絶叫」するコルトレーンから遠く離れたところで、コルトレーンの「絶叫」が続く間、「術の無いバッキング」を継続する。

コルトレーンの意図するところは判るが、これは無理があるなあ。コルトレーンのやりたいことだけが突出していて、グループ・サウンズとしての成果は全く存在しない。コルトレーンの無調性でフリーキーな「絶叫」だけが突出している。リズム&ビートを伴わない、「絶叫」型のパフォーマンスを、一体、何と形容すれば良いのか。

このアルバムの演奏は、ある特定の限られた人達に対してのみ「音楽」として響き、他の一般の聴き手には、単なる「叫び、嘶き」にしか感じないだろう。コルトレーンを極めたいジャズ者の方々は一度は聴かなければならないアルバムではあるけれど、他の一般のジャズ者の方々は、敢えて聴く必要は無いでしょう。

カルテットとしての演奏形態を取る必然性は無い、と今でも思います。真にフリーキーなブロウを追求するのであれば、John Coltrane, Pharoah Sandersの2サックスでの、無調性「絶叫」ソロ・パフォーマンスで良かったのでは、と思います。

しかし、この演奏をアルバムにして、世の中で販売することが出来るのだから、コルトレーンのブランド力って凄いと思うし、このアルバムを購入して、繰り返し聴くジャズ者の方々が存在するのだから、ジャズって凄いですよね〜。

 
 

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2012年5月16日 (水曜日)

ながら聴きに最適なモード・ジャズ

ジャズのアルバムの聴き方は色々ある。しっかりとスピーカーに向かって対峙するように、集中して聴くアルバムもあるし、なにかをしながらのバックで流す「ながら聴き」に最適なアルバムもある。

入手して10年以上になるが、何故かずっと「ながら聴き」をしているアルバムがある。Peter Erskine(ピーター・アースキン)の初リーダー作『Peter Erskine』(写真)。

1982年の録音。ちなみにパーソネルは、Ds.Perc.Key.Peter Erskine (ds), Don Alias/Eliane Elias (per), Eddie Gomez (b), Don Grolnick (key), Kenny Kirkland (p), Michael Brecker (ts), Bob Mintzer (ts,bcl), Randy Brecker (tp,flh), Mike Mainieri (vib)。

ピーター・アースキンは1954年生まれ。今年で58歳になる。Maybard Farguson OrchestraからWeather Reportで活躍したドラマー。特に、Weather Reportの黄金期、キーボードのジョー・ザビヌル、テナーのウェイン・ショーター、そして、伝説のエレベ奏者ジャコ・パストリアスから絶大なる信頼を得ていたドラマーである。

ストレート・アヘッドなジャズからフュージョンまで幅広くこなす、とても器用なドラマーではあるが、この初リーダー作で聴かれる様に、アースキンのドラミングの基本は純ジャズである。さりげなく、どちらかと言えば地味な傾向のドラミングであるが、これがなかなか隅に置けない。流麗な「ノリ」とでも形容したら良いだろうか。ポリリズミックで新しい響きの「ノリ」と「ビート」を聴かせてくれる。

このアースキンの初リーダー作は、1982年という純ジャズ復古の号令が高らかに鳴り響き始めた時代の録音で、演奏の形態は「モーダル・ジャズ」が基本で、アースキンの叩き出すリズム&ビートが、当時として新しい響きを宿したポリリズミックなもので、今の耳にも、決して古さを感じさせない、コンテンポラリーでモダンなジャズである。
 

Peter_erskine_album

 
パーソネルを見渡すと、フュージョン・ジャズが下降線になり、80年代の新たなジャズとして「純ジャズ復古」を推進する勢いの中で、その一翼を担っていたグループである「Steps」と「Jaco Pastoriusグループ」から、フュージョン時代の手練な担い手達がズラリと名を連ねている。そんな名手達がアースキンの下で、モーダルなジャズ、純ジャズを展開するのである。それはそれは分厚い内容である。

さすが、フュージョン時代の手練な名手達である。モーダルなジャズが、淀みなく、スムーズに流れるように演奏される。凄く簡単な風に、単純な風にさり気なく演奏されているが、どうして、なかなか難しいこと、複雑なことをやっている。しかし、演奏を通じて、そんなことを全く感じさせない、熟練したモーダルなジャズのオンパレード。 

この淀みなく、スムーズに流れるように演奏されるモーダルなジャズが、なにかをしながらのバックで流す「ながら聴き」に最適なのだ。本当に心地良く、内容の濃い、優れたモーダル・ジャズが淀みなく流れる。

「ながら」の手を止めて、演奏に集中すると、これがまたなかなかの内容なので、感心してしばらく聴き入り、再び「ながら」を始めても、決して、「ながら」の邪魔にならない。どころか、「ながら」の効率が上がる、不思議な効果を醸し出す。

決して難しいことはやっていないアルバムなので、ジャズ者初心者の方々にもチャレンジのし甲斐があるアルバムだと思います。ジャズ者中級者の方々は好みによってどうぞ。良いアルバムです。 

 
 

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2012年5月15日 (火曜日)

時代の最先端を行く「テレンスくん」

iTunes Storeを徘徊していて見つけたコーナー「Robert Glasperのお勧めアルバム」の中に、このアルバムがあった。Terence  Blanchard 『Flow』(写真左)。

2004年12月の録音になる。2005年6月のリリース。ちなみにパーソネルは、Terence Blanchard (tp), Aaron Parks (key), Brice Winston (ts,ss), Derrick Hodge (b), Lionel Loueke (g,vo), Kendrick Scott (ds), Herbie Hancock (p on "Benny’s Tune," "The Source"), Gretchen Parlato (vo on "Over There," "Child’s Play")。

Terence Blanchard(テレンス・ブランチャード)は、80年代初頭に同郷のウイントン・マルサリスとともに新伝承派の旗頭として鮮烈にデビューした新進気鋭のトランペッター。1962年3月生まれなので、もう50歳になる。これくらい若手のジャズメンになると、デビューした頃から知っていて、実に親しみを覚え続けているジャズメンになる。

テレンス・ブランチャードは、アート・ブレイキー率いるジャズ・メッセンジャースの一員で、バリバリと若さにまかせてトランペットを吹きまくっていた頃から、お気に入りのトランペッターである。僕は、彼のことを、親しみをこめて「テレンスくん」と読んでいる (^_^)v。 

さて、このテレンスくんのブルーノート移籍後第2弾となるアルバム『Flow』、プロデューサーは、なんとピアノでも参加している、ハービー・ハンコック御大である。ハービー御大の導きで展開される、時代の最先端をいくコンテンポラリー・ジャズの世界。いや〜、なかなか玄人好みのジャズである。

Terence_blanchard_flow

決して、ハードバップ懐古では無い、決して、モーダルな新主流派ジャズでは無い。エレクトリック・ジャズからワールド・ミュージックの要素も組み入れ、基本はモーダルなジャズであるが、今までのジャズのトレンドとなった要素をそこかしこに取り入れ、リズム的には、実に洗練されたリズム&ビートで、これがまあ、実にモダンなんやなあ〜。フリーでも4ビートでもない時代の最先端をいくリズム&ビート。

そんな時代の最先端をいくリズム&ビートにのって、テレンスくんの伸びやかで艶やかなトランペットが朗々と響き渡っていく。このアルバムでのテレンスくんのトランペットは秀逸。ブリリアントで伸びやかで艶やか。テクニック優れ、音のバリエーション豊か。紡ぎ出すフレーズは流麗かつエレガントで気品が漂う。非常に優れたトランペットである。聴き応え十分。

完成度の高い、気品漂う、良いアルバムだと思います。テレンスくんのトランペットを愛でるに最適なアルバムの一枚。但し、リズム&ビートが、フリーでも4ビートでもない時代の最先端をいくリズム&ビートなので、ジャズ者初心者の方々は、聴き始めはかなり戸惑うかも。ジャズ者中級者の方々には是非とも聴いて頂きたい。ハードバップだけが、モード・ジャズだけがジャスではありませんぞ。

こういうアルバムを聴くと、ジャズって、まだまだ進歩しているんやなあ、と単純に思います。時々、時代の最先端をいく音を宿したジャズ・アルバムを聴くのも良いものです。

 
 

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2012年5月14日 (月曜日)

伊ジャズの代表的トランペッター

イタリアン・ジャズは、ピアノだけではない。トランペットについても、優れた人材を輩出している。僕の知っている限りでは、Fabrizio Bosso(ファブリッツィオ・ボッソ)、Paolo Fresu(パオロ・フレス)そして、Enrico Rava(エンリコ・ラヴァ)くらいかなあ。余談になるが、イージーリスニングのジャンルでの、イタリア出身の著名なトランペッターとしては、ニニ・ロッソがいる。

さて、今日は、Enrico Rava(エンリコ・ラヴァ)を選択する。1970年代終わり、僕がジャズ者初心者の頃、エンリコ・ラバと遭遇した。アルバム名は『The Plot』(写真左)。エンリコ・ラヴァが1977年に発表したアルバム。

1976年8月の録音。ちなみにパーソネルは、John Abercrombie (g), Palle Danielsson (b), Jon Christensen (ds)。ECMを支えてきた名手達が、イタリアのトランペッター、エンリコ・ラバをサポートしている。

このアルバムは、大学近くの「秘密の喫茶店」で聴いた。こんな渋い、しかも、欧州ジャズの要、ECMレーベルのアルバムが、あの「秘密の喫茶店」に何故存在していたのか、今から振り返って思えば不思議でたまらない。あの喫茶店のママさんは、どうやって、当時では珍しい、ECMレーベルの、しかも、イタリア出身のジャズ・トランペッターの秀作を入手したのか、今もって不思議でたまらない。

さて、このアルバムを、その「秘密の喫茶店」で聴いた時、そう冒頭の1曲目「Tribe」を聴いた時、最初、このトランペッターは「マイルス・デイヴィス」だと思った。艶やかで伸びやかでブリリアントな音色はマイルスそっくり。

バックの演奏は、エレクトリック・ギターを中心に展開されており、これがまた、エレクトリック・マイルスの初期の展開に酷似している。でも、トランペットのフレーズの展開と雰囲気が、マイルスとはちと違う。それでも、全体的なトーンは、明らかにマイルス・デイヴィスである。
 

Enrico_rava_the_plot

 
そこで、エンリコ・ラバのバイオグラフィーを覗いてみると、1939年、イタリアのトリエステ生まれ。マイルス・デイヴィスを聴いて感銘を受け、トロンボーンからトランペットに転向した、とある。やっぱり、マイルス・デイヴィスに大きな影響を受けているんだ。なるほど。だから、マイルス・デイヴィスのペットに酷似しているんやなあ。

それでも、2曲目の「On The Red Side Of The Street」以降は、エレクトリック・ジャズとは言っても、確実に、欧州ジャズとしてのエレクトリック・ジャズ、つまり、欧州エレクトリック・ジャズの定石をしっかりと踏まえた展開になっていて、実に聴き応えのある内容になっている。さすがECMレーベル。欧州エレクトリック・ジャズと言っても、しっかりとECMレーベルの個性的な音に染め上げている。

エンリコ・ラバのトランペットは、流麗かつ艶やかで伸びやかでブリリアント。マイルスのペットから、ファンクネスを除いた感じ、と形容した良いだろうか。欧州ジャズのマイルス、という雰囲気が個性。テクニックも優秀。破綻の無い、堅実なトランペットは、実に安定感があって、実にアーティスティック。

加えて、バックのアバークロンビーの独特の浮遊感漂うギターが大活躍。ヨン・クリステンセンのドラムも、トニー・ウイリアムスやジャック・デ・ジョネットと比肩できる、柔軟で限りなく自由度が高いもので、硬軟自在、変幻自在なドラミングは聴きどころ満載。

ベースのパレ・ダニエルソンは、徹頭徹尾、堅実なサポート。ダニエルソンの堅実ベースがあるからこそ、ラバのペットやアバークロンビーのギターが限りなくフリーキーに自由度高くインプロビゼーションを展開できるのだ。

イタリアン・ジャズを軽んずることなかれ。正統派ジャズをしっかりと引き継いで、それはそれは硬派な、それはそれはアーティスティックなジャズを展開している。このアルバム『The Plot』、良いアルバムです。全体的には、限りなく自由度の高い、モーダルな内容なので、ジャズ者中級者の方々にお勧めですね。

 
 

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2012年5月13日 (日曜日)

ハイレゾ音源の凄まじき音質

最近、ネット・オーディオに懲りつつある。ピュア・オーディオの世界は、5年ほど前、主力のプリメイン・アンプを相当良い物に買い換えて以降、もはや可及的速やかに追求するものが無い、と店じまいしていたが、「Net Audio」という雑誌を発見して、購読を始めて以来、オーディオ熱が再度覚醒。ハイレゾの音源ファイルを基に、再度、オーディオ追求の森に迷い込み始めた。

CDの音質を超える24bit/96kHzなどといったハイ・レゾリューションな音源。実に魅力的だ。既に、ハイレゾ音源については、ビートルズ、クイーンのアルバムについては、USBボックス経由で既に所有している。これが凄い音質なのだ。適応にセットアップしたステレオセットでもこれだけの音がするんだと驚愕するばかりである。

この「Net Audio」という雑誌のお陰で、ハイ・レゾリューションな音源が米国のサイトからダウンロードできることを知り、決済方法を調べつつ、なんとか日本にいても、米国のサイトからダウンロードし、クレジットカードで決済できるようになった。ふふふっ。早速、2〜3枚のアルバムをダウンロードしてみた。

僕の場合、ハイレゾ音源については、1970年代ロックの優れたアルバムについて一番の魅力を感じる。そもそも、1970年代はLPの時代。しかも、僕は中学生〜高校生の時代、譲って大学生の時代だとしても、実のところ、チープなステレオ・セットしか所有していない。1970年代ロックの名盤が、本来、どんなに優れた音で鳴っていたのか、知る由も無かった。  

Carly_simon_no_secrets

そこで、今回のハイレゾ音源である。CDを超える、LP原盤の音に迫る音質である。このハイレゾ音源のお陰で、やっとのことで、1970年代ロックの名盤が、本来、どんなに優れた音で鳴っていたのかが理解出来る様になった。

今日、聴き入っているのは、Carly Simon『No Secrets』(写真左)である。カーリー・サイモンは、米国の女性シンガーソングライター。1970年代、一世を風靡したSSWの女王。日本でも、1972年に、ミック・ジャガーとポール・マッカートニーがバックボーカルで参加した「うつろな愛 (You're So Vain) 」がヒットした(全米では一位を獲得)。

中学生時代、この「うつろな愛 (You're So Vain) 」という曲が大好きだったのだが、この曲をハイレゾ音源で聴くと、目から鱗、こんな音、こんな演奏やったや〜、と思わず、笑みがこぼれ、曲がサビの所に差し掛かると感極まって、目がウルウルする。それくらい、凄まじいリアルな音世界なのだ。少なくとも、CDとは次元が違う音であることは間違い無い。

いや〜、これは暫くはまるなあ。このハイレゾ音源を、自分のピュア・オーディオ装置にどう組み入れて、所有するステレオ・セットで、いかにして、できる限りの最高の音で鳴らすことが出来るか。しばらく、これは「はまる」。それほど、ハイレゾ音源の音は凄い音質なのだ。
 
 
 

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2012年5月12日 (土曜日)

P.F.Mと並ぶ「伊プログレの代表格」

イタリアは何故か、1970年代、プログレが盛ん。そんなプログレ・バンドの中で、P.F.Mと並ぶ代表格のひとつが、「Banco Del Mutuo  Soccorso(バンコ・デル・ムトゥオ・ソッコルソ)」。世界デビューの時、バンドの名前が長いので、短縮形の「Banco(バンコ)」になった。

1969年キーボードのノチェンツィ兄弟を中心に結成。 1972年アルバム・デビュー。ツイン・キーボードを中心とする迫力あるインストゥルメンタルとクラシックやオペラ、イタリアのカンツォーネ、フォークソングからの要素の取り組みが色濃いところが、Bancoの個性。オペラチックなカンツォーネをフィーチュアしたところも、これまた「個性」。

P.F.Mに続いてワールド・デビューを果たした、インターナショナルなイタリアン・ロックの代表格である。このBancoを手っ取り早く理解するには、1975年発表のマンティコアからのワールド・デビュー作『Banco』(写真左)を聴くのが一番。

変拍子を駆使したハイ・テンションな演奏な耳に残る。収録されたいずれの曲にも、クラシックやオペラ、イタリアのフォークソングからの要素の取り組みが色濃く、Bancoの個性が遺憾なく発揮されている。

Banco

P.F.Mに続き、マンティコア・レーベルから世界進出を狙った、歌詞が基本的に英語(実際は英語とイタリア語の両方を使い分けて歌われている)の変則ベスト盤で、新曲と過去の曲のリメイクからなっている。

Bancoの場合、イタリア語特有の歌詞の響きの癖の強さが個性と言えば個性。この変則ベスト盤での英語の歌詞の響きは、いい意味で聴きやすい響きになっていて、Banco本来の癖、個性が薄れていると言えば薄れている。

が、Bancoの持つ、プログレ演奏の個性については十分に感じる事ができるのだから、Banco入門盤としては、この変則ベスト盤は最適。歌詞が英語の方が、逆に、Bancoが初めての方には聴き易い。それでも、イタリアらしいオペラチックなカンツォーネをフィーチュアした音の響きは十分に個性的であり、かなり新鮮に響く。

しかし、Banco Del Mutuo  Soccorsoを愛でるには、世界デビュー以前の、純正イタリア・プログレ時代のオリジナル・アルバムを聴く必要がある。この純正イタリア・プログレ時代のアルバムにこそ、真のBanco Del Mutuo  Soccorsoの個性が光り輝いている。

それについては、近々に是非とも、このブログでご披露したいと思っている。

 
 

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2012年5月11日 (金曜日)

スマートで耽美的でロマンティック

イタリアン・ジャズって、その名を聞いた印象からすると、ラテンの血が騒ぐ、情熱的で官能的な、ダイナミックな音世界を想像するが、それはちょっと偏った印象である(笑)。

イタリアン・ジャズは、米国東海岸のハード・バップ、米国西海岸のウエストコースト・ジャズの双方からまんべんなく影響を受けた正統なもの。その音世界も、いわゆる「ジャズの王道」を行く、メインストリーム・ジャズ的な演奏が多く聴かれる。

イタリアン・ジャズの代表的ピアニストの一人に「Stefano Bollani(ステファノ・ボラーニ)」がいる。ステファノ・ボラーニは、1972年12月のミラノ生まれ。今年の12月で満40歳になる。ステファノ・ボラーニの音楽性は、クラッシックからポップ、ロック、ジャズにわたる多様なジャンルに対応するほどに幅が広い。

しかし、ステファノ・ボラーニの基本は、スマートで耽美的でロマンティックな音。ピアノの響きも豊かに、そこはかとないラテン・フレーバーを醸し出しつつ、時にダイナミックに、時にエロティックな、力強いタッチが特徴です。とにかく聴き易いジャズ・ピアノの音世界で、ジャズ者初心者の方にも十分お勧めの個性です。

そんなステファノ・ボラーニの個性が全開になったアルバムの一枚が『Stone In The Water』(写真左)。2009年8月のリリース。ちなみにパーソネルは、Stefano Bollani (p), Jesper Bodilsen (b), Morten Lund (ds)。かの欧州ジャズ・レーベルを代表するECMレーベルからのリリース。
 

Bollani_stone_in_the_water

 
ECMレーベルの音は、極力、電化サウンドを排除し、アコースティックな表現を基本とし、限りなく静謐で豊かなエコーを個性とした音世界。そんなECMレーベルの音の個性に、ステファノ・ボラーニのピアノは、しっかりと適合している。欧州ジャズにおけるピアノ・トリオの王道的な音世界。

冒頭の「Dom de iludir」を聴くだけで、ステファノ・ボラーニの基本的な個性である、スマートで耽美的でロマンティックな音が全開です。そこはかとなくラテンチックなマイナーな響きを湛えつつ、耽美的な音世界を展開していきます。力強いタッチのダイナミズムと柔らかなタッチのエロティシズム。ステファノ・ボラーニの個性全開です。

アルバム全編を通じて、トリオを編成する3者のインタープレイも見事。ベースもドラムの良い音出してます。手に汗握る展開もあれば、お互いが寄り添うような、暖かなユニゾン&ハーモニーもある。ピアノ・トリオのスリリングさと音の美しさが見事に共存していて、聴き応え十分です。

ちなみに、ステファノ・ボラーニのピアノの個性を「聴き易く判り易くシンプルにしたキース・ジャレット」と形容した方がいましたが、なるほどと思います。確かにそうですね。良い形容だと思います。

良いアルバムです。イタリアン・ジャズがこんなに正統で美しい音世界を展開するとは・・・。脱帽です。

 
 

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2012年5月10日 (木曜日)

イタリアン・プログレの至宝

さて、今日は、イタリアン・ジャズをちょっと離れて、70年代ロックの世界、イタリアのプログレッシブ・ロックの世界に足を踏み入れて見たい。

プログレッシブ・ロックとは、1960年代後半のイギリスに現れたロックのジャンル・スタイルの一つ。日本における一般的な略称は「プログレ」。

「プログレ」は、ロックのみならず、他ジャンルの影響を反映した、前衛的あるいは先進的(つまり、プログレッシブ)、かつ、実験的な音楽。クラシックやジャズや民族音楽など、その音楽のアプローチや演奏法にとどまらず、歌詞など精神的な世界までも取り込もうとしていた。

しかし軸足はあくまでロックの側にあり、「プログレッシブ」という形容は、「ロックのジャンル音楽として」先進的(プログレッシブ)であるという認識が正しい。演奏表現に関する精神性や技術力が著しく高く、アルバム全体を一つの作品とする「コンセプト・アルバム」的な作品がほとんどで、大作・長尺主義傾向にある長時間の曲が特徴(Wikipediaより引用)。

イタリアでは、何故かは判らないが、1970年代、プログレッシブ・ロックが流行った。流行ったというか、プログレのジャンルの中では、有力なバンドがイタリアに揃っていた。つまり、イタリアは「プログレ」先進国であった。そんなイタリア・プログレのバンドの中に「Premiata Forneria Marconi」というバンドがある。

Premiata Forneria Marconi。カタカナ表記で書くと、プレミアタ・フォルネリア・マルコーニ。イタリアが世界に誇るプログレッシヴ・ロック・グループである。イタリアン・ロックの最高峰であり、プログレッシヴ・ロックの至宝。
 

Pfm_cook

 
「プレミアタ・フォルネリア・マルコーニ」の意味するところは、プレミアタさんとフォルネリアさんとマルコーニさん、3人の姓を取って名付けたものでは無い(笑)。「選ばれたマルコーニという名のパン屋さん」という意味だそうだ。北イタリアのブレッシアには、マルコーニという、パン屋のチェーン店があったらしい。なぜ、彼らが、パン屋さんの名前をバンド名にしたかは不明。あまりに長いバンド名なので、以降、「PFM」と略す。

PFMのアルバムの中で、今まで一番聴いた回数が多いのは『Cook』(写真)というライブ・アルバム。PFMの初のライブ・アルバムで、PFMのハードな面が良く出ていて、ロマン溢れる抒情的な部分との対比が素晴らしい、僕の大のお気に入り。

で、このPFMの『Cook』は、1975年のリリース。当然、当時はLP1枚でのリリース。全編約50分の目眩くプログレッシブ・ロックの世界ではあるが、当然、元々のライブ音源から編集されていて、ちょっと聴き足りないもどかしさが付きまとう。が、つい一昨日、このPFMの『Cook』について、驚きの事実が発覚した(笑)。

なんと、一昨年の10月、このPFMが75年に出したライヴ盤『Cook』に、元音源が本編と一部ダブるとはいえ、2010年リミックスの74年録音のライヴを丸々加えた3枚組がリリースされていたのだ。目玉は、Disc2とDisc3に収録された、1974年8月31日のセントラルパーク公演の9曲(87分)です。音源としては、オリジナルのライヴ盤『Cook』と被るのもあるようですが、完全版と思われるのだ。

知らなかった(笑)。「いまさら何を言っているんや、松和のマスター」と言う声が聞こえてきそうです。いやはや、松和のマスター、不徳の致すところでございます m(_ _)m。一昨日の事、この驚愕の事実に出くわして、即「ポチッ」とな、です。即「ゲット」。明後日くらいに手元に届くそうです。楽しみやなあ。

まあ、この『Cook』完全盤はCD3枚組のボリュームなので、ビギナーの方々にはお勧めできませんが、プログレ・ファンには、必須のアイテムだと思います。また、手元に届いて聴き込んだら、このブログで、その印象をレポートしたいと思います。お楽しみに〜。 

 
 

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2012年5月 9日 (水曜日)

マイルス・デイヴィスの「シエスタ」

今日は、なんだか不安定な天気ですね。僕は不安定な体調です。時差ボケが取れなくてねえ。今日はお昼を食べてから1時間ほど、眠たくて眠たくて。といって、仕事中ですから眠るわけにもいかず・・・、と思いながら、書類に目を通しながら、コックリコック。いけない専門職ですね〜(笑)。

さて、昼寝と言えば「シエスタ」。なんだか強引な誘導なんですが・・・(笑)。「シエスタ」とは、スペイン語でお昼もしくはその時間の昼休憩(13:00〜16:00が目安)を指す言葉。この時間帯は、商店、企業、官公庁などの多くが休業時間となり、一斉にお昼寝の静けさに街は静まりかえる。

今回、南伊太利亜を旅して、移動のバスの中で、偶然、何度かシエスタに出くわしました。街全体、人っ子一人いない。夏至に向かって空高く照りつける太陽。その強い日差しの中で、シエスタで静まりかえる街。街の動きが、街の命が止まった様な、人っ子一人いない街。なんだか異次元に入り込んだような、不思議な風景。不思議な雰囲気。

ここに、Miles Davis(マイルス・デイヴィス)のアルバムがある。
 
タイトルは『Siesta(シエスタ)』(写真左)。1987年1月〜3月の録音。監督マリー・ランバートの映画『SIESTA』のサウンドトラックである。マイルスが委ねた最後のプロデューサー、マーカス・ミラーとの共同作品。

スペインやイタリアなど、地中海沿岸のラテンの血を彷彿とさせる、実にラテンチックで耽美的なアルバム。最晩年のマイルスの傑作の一枚である。このアルバムでのマイルスのトランペットは、本当に良く鳴っている。そして、マーカス・ミラーが中心となったエレクトリック・サウンドがマイルスをガッチリとサポートする。
 

Miles_siesta

「音の間」を活かした、スパニッシュな音の響き。ラテンの血を感じさせるマイナーな響き。マイルスのトランペットは力強く、マイルスにしか出せない音で、朗々と雄大に、「シエスタ」の様々な表情、イメージを想起させるブロウを繰り広げる。

4曲目の「服従」は、シエスタに導く様な幻想的な演奏で、実に良い雰囲気だ。他の曲も、独特の個性的な雰囲気を湛えた、滋味深い曲がズラリと並ぶ。アコースティックなマイルス・ファンにとっては、まったくもって堪えられない、マイルスならではのマイルスの個性の塊の様な、独特なムードを湛えた、限りなく美しい企画盤である。

マーカス・ミラーのプロデュースの下での多重録音の作品なので、硬派なジャズ者の方々は「これはジャズではない」と手厳しいが、ジャズのフォーマットをベースに、多重録音とは言え、これだけアーティスティックな音世界を紡ぎ出せるのは「素晴らしい」の一言。このアルバムを聴けば、ジャズは芸術であることを確信する。

このアルバムを聴けば、当然、ギル・エヴァンス・オーケストラをバックにした『Sketches of Spain』(2010年7月3日のブログ参照・左をクリック)を思い出す。この『Siesta』を聴いた後、『Sketches of Spain』も聴いて頂きたい。マーカス・ミラーが中心となったエレクトリック・サウンドをバックにした『Siesta』と、ギル・エヴァンス・オーケストラのアコースティック・サウンドをバックにした『Sketches of Spain』。どちらも甲乙付けがたい内容です。

この『Siesta』は、マイルスの盟友、ギル・エヴァンスの他界後に発表された作品。ジャケット裏面に記された「This album is dedicated to GIL EVANS The Master」の文字が限りなく哀しい。

エレクトリック主体のサウンドに加えて多重録音ということから、我が国の評論家筋からは、ちょっと受けが悪いアルバムではあるが、 ジャズ者初心者の方々にも、ジャズ者ベテランの方々にも、このアルバムは是非とも聴いて頂きたい。

「シエスタ」の持つ「静けさと哀切さ、そして底に潜む狂気」を巧みに表現したマイルス最晩年の傑作です。

 
 

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2012年5月 8日 (火曜日)

エンリコ・ピエラヌンツィの最新作

僕にとって、イタリアン・ジャズと言えば、なにはともあれ、Enrico Pieranunzi (エンリコ・ピエラヌンツィ)。遠く昔、30年以上前の学生時代、僕がまだまだ「ジャズ者初心者」だった頃からの付き合いである。

改めて、Enrico Pieranunzi (エンリコ・ピエラヌンツィ)である。1949年12月、イタリアはローマ生まれなので、今年の12月で63歳になる。もう、ジャズ界の中でも、大ベテランの類である。1975年、26歳で最初のリーダー作を発表しているので、ジャズ界の中では、やや「遅咲き」。

彼のピアノは流麗かつ端正。音の重ね方、組合せ方を聴けば、ビル・エバンスに大きく影響を受けた、所謂「エバンス派」であることは間違い無い。しかし、ビル・エバンスのピアノに比べて、ダイナミックでタッチが強い。加えて、ペダルの使い方と録音時の程良いエコー処理と相まって、音の響きが豊か。しかし、基本的には、忠実なビル・エバンスのフォロワーである。

ピエラヌンツィはイタリア人なので、白人であるビル・エバンスと同様、黒いファンクネスが漂うことはほとんど無い。フレーズ的にも、ブルーノートは当然配しているのだが、決してファンキーにならず、音が粘らないのが面白い。硬質なタッチと正確無比な速いパッセージは、まるでチック・コリアのよう。

ピエラヌンツィは欧州ジャズ・ピアノの王道を行くスタイルであり、特に、ハードバップのスタイルを踏襲しており、速い演奏も、ユッタリとしたバラード演奏も、欧州ジャズ・ピアノ独特のクラシックに根ざした、端正で調性のとれたインプロビゼーションと確かなテクニックでの弾き回しが見事である。 

そんなピエラヌンツィが最近リリースした最新作(2012年3月発売)が『Permutation』(写真左)。2009年11月、独での録音になる。ちなみにパーソネルは、Enrico Pieranunzi (p), Scott Colley (b), Antonio Sanchez (ds)。若き(とはいっても40歳代だが・・・)、ベーシスト、ドラマーに恵まれてのトリオ作品である。
 

Permutation

 
いや〜、とても良いピアノ・トリオ演奏ですね〜。ここでのピエラヌンツィは、忠実なビル・エバンスのフォロワーとして、コード、モード双方を織り交ぜて、実に耽美的な、そして、アグレッシブで豊かな響きのインプロビゼーションを聴かせてくれます。

全9曲がピエラヌンツィのオリジナルというところも話題性十分。この全9曲、ピエラヌンツィのオリジナルがなかなかの内容で、しっかりと、じっくりと、ピエラヌンツィのピアノを心ゆくまで堪能できます。

ジャズメンの手になるオリジナル曲は、ややもすれば、手先のテクニックに走って、曲の「歌心」を蔑ろにしがちなのですが、ここでのピエラヌンツィのオリジナルは、そんな危惧は全く無い。聴き応え十分、聴き心地の良い、豊かで耽美的なフレーズが「てんこ盛り」。

バックのコリーのベースもブンブン胴がなる、これぞジャズ・ベースってな感じの演奏が魅力的ですし、ピエラヌンツィの、クラシックに根ざした、端正で調性のとれたインプロビゼーションは、ややもすれば連続して聴いていると「飽き」が来る危険性を孕んでいるのですが、そこは、サンチェスの縦横無尽、変幻自在なドラミングが、演奏全体に程良い「チェンジ・オブ・ペース」を施していて、これがまあ「職人芸」の極みなんですね。

そんな優秀なパートナーにも恵まれて、ピエラヌンツィのピアノは、ビル・エバンスのその源を発しつつ、チック・コリアやミシェル・ペトルチアーニの要素を上手く取り混ぜながら、ジャズ・ピアノ・トリオとして、ど真ん中の王道を行くスタイルの演奏を十二分に聴かせてくれます。

良いアルバムです。ピエラヌンツィのオリジナルは聴き応え十分。聴き心地の良い、豊かで耽美的なフレーズが「てんこ盛り」で、ジャズ初心者に向けてもお勧めの一枚。当然、ジャズ者ベテランの方々には必須のアイテムでしょう。

しかし、ピエラヌンツィっていうピアニストは、本当に流麗で美しい音を出すよな〜。欧州ジャズ・ピアノの代表的存在と言われる所以ですね。

 
 

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2012年5月 7日 (月曜日)

伊ジャズについて若干のうんちく

イタリアの音楽と言えばオペラとカンツォーネ。しかし、昔から、ジャズの人気もなかなかのものだそうです。

我が国では、イタリアン・ジャズについての情報が殆ど無い時代が続きました。ここ10年はネットの恩恵を得て、イタリアン・ジャズの情報が入手出来る様になりましたが、20世紀の終わり、ネットが発達する前は殆ど無いに等しい状態でした。

ネットで得られる情報を取り纏めてみると、イタリアン・ジャズの歴史は、1940年代半ばに遡ります。ムッソリーニ独裁政権が幕を閉じた1943年以降ジャズが根付いたことに始まるとのこと。1950年代に入ると、本場米国のジャズ・シーン、米国東海岸のハード・バップ、米国西海岸のウエストコースト・ジャズの双方からまんべんなく、ダイレクトに刺激を受けながら、50年代後半には、本格的な盛り上がりを見せたイタリアン・モダン・ジャズ。

英国ジャズが、本場米国で1940年代半ば〜後半にかけて一世を風靡したビ・バップに強い影響を受けたこと。独のジャズが本場米国の1950年代終わり〜1960年代前半に出現したフリー・ジャズに強い影響を受けたこと。これら同じ欧州圏の英や独と比較すると、イタリアン・ジャズについては、米国東海岸のハード・バップ、米国西海岸のウエストコースト・ジャズの双方からまんべんなく影響を受けたという背景は実にユニークです。

欧州圏は国によって、本場米国ジャズからの影響の受け方が違う。これが欧州圏の各国ジャズの面白いところです。イタリアン・ジャズは、1950年代の本場米国ジャズの黄金時代を現出したスタイル、米国東海岸のハード・バップ、米国西海岸のウエストコースト・ジャズの双方からまんべんなく影響を受けていることから、本場ジャズの「ええとこ取り」をしている、実に正統派なアプローチが特徴と言えるでしょう。
 

Italian_jazz_piano

 
加えて、イタリアン・ジャズの面白いところは、演奏が正確無比にカッチリまとまっておらず、ところどころラフに演奏されるところ。出だしがちょっとずれたり、拍子のカウントがちょっとあわなかったり、粗い面も見え隠れするんですが、演奏の勢いで押し切ってしまうところが、これまた面白い。アレンジだってそう。曲によっては、結構、ラフでいい加減だったりする。こういうところって、国民性が出るんですかね〜(笑)。

さて、そんなイタリアン・ジャズ。イタリアでは、クラブ・ジャズ(ニュー・ジャズの範疇での「踊れるジャズ」の流れ)の影響を受け、なかなかの人気だそうです。つまり、イタリアン・ジャズの魅力は「懐かしさと新鮮さ」が同居しているところです。正統なジャズの歴史を伝承しつつ、新しいジャズの要素も積極的に取り込む。なんだかイタリア料理の真髄を引き継いだような、「懐かしさと新鮮さ」の同居です。

僕が知っている、聴いたことがある、イタリアン・ジャズのジャズメンは、ピアノのEnrico Pieranunzi(エンリコ・ピエラヌンツィ・写真左)、Stefano Bollani(ステファノ・ボラー二・写真右)、トランペットのEnrico Rava(エンリコ・ラバ)、Fabrizio Bosso(ファブリッツィオ・ボッソ)くらいでしょうか。

特に、ピアノのエンリコ・ピエラヌンツィは、1980年辺り、大学3回生の頃に出会っており、かなり早くからイタリアン・ジャズのピアニストの音に触れていたことになりますね。その時のエピソードは、2009年12月9日のブログ(左をクリック)に詳しいので、そちらをどうぞ・・・。

それでは、暫く、イタリアにちなんだジャズを特集して、ブログで語りたいと思います。でも、今でも、イタリアン・ジャズの情報って、我が国では圧倒的に不足しているんだよな・・・。

 
 

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2012年5月 6日 (日曜日)

現実の世界に帰還しました...。

皆さん、お久しぶりです。このGW、如何お過ごしでしょうか。私こと松和のマスターは、ちょっと日常とは切り離された「別世界」へ行っていましたが、今日の朝、通常の世界へ無事、帰還しました。

あ〜あ。とうとう、今日の早朝、日常とは切り離された「別世界」から、通常の世界への出口へ来てしまった。はあ〜、現実の世界に帰ってきてしまった。できるなら、もっと、あちらにいたかったなあ。

どこに行って来たのか、と問われれば、今回の「別世界へのトンズラ」はあまり公にしていませんので、大きな声では言えませんが、「太陽と小麦と檸檬とカルチョの国」、いわゆる「南伊太利亜」方面へトンズラして来ました。

今回のトンズラは、自分の健康の回復の確認も兼ねてのものでした。振り返れば、去年の11月、急激な大量下血によって、止血生ショック一歩手前で、一瞬、死線を彷徨うことになって大変な状態になりました(詳細は昨年11月28日のブログ参照・左をクリック)。当然、急激かつ極度の貧血で、身体のあちらこちらに不具合が出て、回復にはそれ相応の時間がかかりました。

あれから半年。かなりの面で通常の状態に回復してきたのですが、最後、一定期間の旅行というものに自信が持てない。当然、再発の可能性はあるので、一定期間の旅行も怖いと言えば怖いのですが、いつまでも怖がっていても仕方が無いので、今回、思い切っての「南伊太利亜」方面へトンズラと相成りました。

Napoli1

結果として、まだ問題のあるところは残りますが、まずまず回復したかな、と感じました。まだ、これはちょっとなあ、というところも残りますが、恐らく、もう昔と同じ健康な状態には戻らないのかとも思っています。問題の残る部分は、これからはなんとか、上手くやり過ごしていくことになると思っています。

伊太利亜はジャズも盛んで、優れた伊太利亜出身のジャズメンが多々います。それから、70年代ロックの世界では、プログレッシブ・ロックが何故か盛んになって、プログレの老舗である英、独に次いで、多くの優れたグループ、アルバムを輩出しています。

ということで、早速、伊太利亜に纏わるジャズや70年代ロックのアルバムのご紹介をしようかな、と思ったんですが、今のところ、完璧な時差ボケで、眠くて眠くて仕方が無い。日本時間で昨日の朝10時から今まで、3時間程度しか寝ていない状態で、時折、激しい睡魔に襲われています(笑)。

眠いぞ、これ、ほんとに眠い。ということで、伊太利亜に纏わるジャズや70年代ロックのアルバムのご紹介は明日からとさせて下さい。

ということで、今日のところは、「ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログ」を再開しましたというご報告までで失礼して、とにかく今晩は早く床につきたいと思います。

 
 

大震災から1年。決して忘れない。常に関与し続ける。
がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力しよう。 

Never_giveup_4

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「@v_matsuwa」で検索して下さい。
 

 
                                       

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    この「松和・別館」では、懐かしの「1970年代のロック」盤の感想や思い出を率直に語ります。これまでの、ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログの中で不定期に掲載した、70年代ロックの記事を修正加筆して集約していきます。
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