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2012年4月の記事

2012年4月27日 (金曜日)

5月5日までお休みします

一年に一度の恒例の「とんずら」にて、今日から5月5日まで、ブログをお休みします。

今日から、通常の世界から「とんずら」して、日常とは切り離された「別世界」へ行って来ます。また、5月6日には通常の世界に舞い戻って来るかと思います。それまで、皆さん、お元気で・・・。

 

Napoli

 
 

大震災から1年。決して忘れない。常に関与し続ける。
がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力しよう。 

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2012年4月26日 (木曜日)

明日から「とんずら」逃避行

明日から、5月5日までブログをお休みします。一年に一回、通常の世界から「とんずら」して、日常とは切り離された「別世界」へ行って来ます。

今日は朝から、その「とんずら」の準備で大わらわ。去年、3年前の「とんずら」の問題点をクリアしないまま、荷造りしたら、やはり、上手くいかない。慌てて、追加で水を買いに行ったり、手荷物向けの鞄やウインド・ブレーカーを買いに行ったりで大変でした。が、まあ、夕方には全て準備完了。荷物も既に送り出して、明日は朝早く、5時位より「とんずら」です(笑)。

今晩はゆったりリラックスしながら、いつもより、早く寝ないと・・・。と言うことで、選んだアルバムが、Paul Desmond『Desmond Blue』(写真左)。1961年9月〜10月の録音。パーソネルに「unidentified strings」とあるように、ボブ・プリンス編曲のオーケストラを伴奏にした「ウィズ・ストリングス」作品。甘さと鋭さを兼ね備えたデスモンドのアドリブが実にスリリングで、なかなか聴き応えがあります。

しかし、もともと甘い音色が特徴のデスモンドのアルトに、甘いアレンジを施したストリングスである。一般受けは「悪い」アルバムである。これはジャズで無い、から、これはイージーリスニングだ、とか、軽音楽だ、とか、特に、我が国では、ある意味「ケチョンケチョン」な評価である。

Desmond_blue

しかし、そうかなあ、と僕は思う。デスモンドのアルトは、もともと甘い音色ではあるが、甘さに流されない、鋭い切れ味のインプロビゼーションが特徴で、この「ウィズ・ストリングス」な、ちょっと甘いストリングスをバックにして、意外と硬派なアルトを聴かせてくれているのだ。ギターのジム・ホールもいつになく、なかなか硬派なプレイで、デスモンドをサポートしています。

このデスモンドの「ウィズ・ストリングス」作品は、他のジャズ・ミュージシャンの「ウィズ・ストリングス」作品にひけを取らない、良い内容のイージーリスニング・ジャズだと思います。
 
そう、例えば、「チャーリー・パーカー・ウィズ、ストリングス」や「クリフォード・ブラオン・ウィズ・ストリングス」にもひけを取らない内容だと思います。

デスモンドの「ウィズ・ストリングス」作品を聴き、ゆったりリラックスしながら、明日からの、日常とは切り離された「別世界」へと思いを馳せる。一年に一度の逃避行。命の洗濯、日常のながれの「リセット」。

順調にいけば、また、5月6日には通常の世界に舞い戻って来ます。それでは、皆さん、GW期間中、お元気で・・・。 

 
 

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2012年4月25日 (水曜日)

「ロックの歌姫」がジャズに挑戦

1980年代に差し掛かると、ロックとジャズの垣根が曖昧になるというか、ロックのボーカリストがジャズを歌うなんて企画ものが出てきたりして、これがまた、玉石混淆としていて、良いものあれば、なんじゃこれ、というものもあった(笑)。

リンダ・ロンシュタット(Linda Ronstadt)と言えば、米国西海岸ロックの歌姫。1970年代、カントリー・ロックを始めとしてウエスト・コースト・ロックの世界の中で、一世を風靡した女性ロック・ボーカリストである。優れた声量と色艶のある声が、愛らしくもあり、コケティッシュでもあり、僕は、このリンダの歌声が結構お気に入りだったなあ。

この米国西海岸ロックの歌姫リンダ・ロンシュタットが、1983年、突然、ジャズ・スタンダードに挑戦する。そのアルバムは『What's New』(写真左)。

決して、ロックの歌姫の思いつきでは無い。構想に3年をかけ、練習を重ね、満を持して、ピーター・アッシャーのプロデュースのもと、ジャズ・スタンダードを歌うリンダである。収録された曲は以下の通り。

1. What's New
2. I've Got A Crush On You
3. Guess I'll Hang My Tears Out To Dry
4. Crazy He Calls Me
5. Someone To Watch Over Me
6. I Don't Stand A Ghost Of A Chance With You
7. What'll I Do
8. Lover Man (Oh Where Can You Be)
9. Good-Bye
 
Linda_ronstadt_whats_new
 
1920年から1950年代までのスタンダード・ナンバーを集めた、なかなか渋い選曲である。さすが、知将ピーター・アッシャーの慧眼の成せる技。ジャズ者ベテランの目から見ても、なかなか渋い、確かに、リンダが歌うと映えそうな選曲である。

そして、このアルバムでのリンダのジャズ・ボーカルが、これまた素晴らしい。さすが、ウエスト・コースト・ロックの世界の中で、一世を風靡した米国西海岸ロックの歌姫である。このジャズ・ボーカル初挑戦のアルバムで、既に、リンダならではのボーカルの個性が明確に現れている。

歌い方として、「声量豊かで、ストレートにフェイク無しで、歌い上げる」というリンダの個性。変にフェイクを入れずに、ロック・ボーカリストの個性を横展開してのストレートなジャズ・ボーカルはなかなか新鮮に響く。これだけ澄んだ伸びのある歌声は、ジャズの世界ではなかなか聴くことができないもの。

さすがに、一世を風靡した米国西海岸ロックの歌姫である。ちょっとジャズに挑戦してみました的な、ロックの片手間にジャズ・ボーカルに手を染めました的な雰囲気は微塵も無い。しっかりとした見識と目的のもとで、リンダはジャズ・ボーカルにチャレンジしている。このアルバムでのリンダの歌声は、ジャズ・ボーカルとして立派な出来である。

全曲スローバラードを選んだという点も、米国西海岸ロックの歌姫がジャズ・ボーカルに挑戦したという背景を考えると、意外性があって良い。良く考え、良く準備された、ジャズ・ボーカルの佳作である。

こうして、1980年代になると、ロック畑の歌手がジャズ・ボーカルにチャレンジするというケースが出てくる。これはこれで面白い。但し、玉石混淆としていて、良いものあれば、なんじゃこれ、というものもあるので、アルバムを選ぶ時は、ちょっと気を付けないといけない。なんじゃこれ、というのを掴まされたら、暫く、気持ちが塞いでしまうこと請け合いである(笑)。 

 
 

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2012年4月24日 (火曜日)

ロック・インスト界からの返答

ジャズ・ロックからクロスオーバー、そしてフュージョン。ロックの要素を取り入れて発展した、ジャズのエレクトリック楽器のインストルメンタルの流れは1970年代。横目でロック・シーンを眺めると、どうなんだろう・・・。

米国は、クロスオーバー・ジャズ、フュージョン・ジャズとロックの世界は明快に分かれているが、英国をはじめ、独など、ヨーロッパ圏では、クロスオーバー・ジャズ、フュージョン・ジャズとロックの境界線は曖昧。

エレクトリック・ジャズにロックの要素を取り入れたのがクロスオーバー・ジャズであり、フュージョン・ジャズ。ジャズにロックの要素を融合するのであるが、ヨーロッパでは、なぜか、ロックのバンドがジャズとロックの両方をやるケースが多々あるようだ。まあ、逆のケース、ジャズのバンドがロックをやって有名になるケースは聞いたことはないけど・・・。

しかし、そのヨーロッパ圏のクロスオーバー・ジャズ、フュージョン・ジャズとロックの境界線の曖昧な部分は、プログレッシブ・ロックに限定される。プログレッシブ・ロックにのみ、エレクトリック楽器のインストルメンタルが存在する。プログレッシブ・ロックの世界に、ジャズとロックの共存っていう曖昧な世界が存在した。

しかし、例外はある。1975年、三大ロック・ギタリストの一人、ジェフ・ベック(Jeff Beck)が、完全ギター・インストに挑戦した『Blow By Blow』(写真)である。邦題は『ギター殺人者の凱旋』。この奇異な邦題はさておき、この『Blow By Blow』は、ギター職人ジェフ・ベックが、エレクトリック・ギター片手に、オール・インストの演奏を完遂させた、素晴らしい内容のアルバムである。

時は1975年、ジャズ界は、クロスオーバー・ジャズからフュージョン・ジャズへの移行の時代。フュージョン・ジャズと言えば、ロックの要素を取り入れた、完全なエレクトリック楽器のインストの世界。そのフュージョン・ジャズの完全エレクトリック楽器インストの世界に、真っ向から対抗した様な、ジェフ・ベックの完全エレクトリック・ギター・インストの世界。
 
Jb_blow_by_blow
 
このジェフの『Blow By Blow』は、ジャズ界のトレンドの流れ、クロスオーバー・ジャズからフュージョン・ジャズのエレクトリック楽器のインストルメンタルに対する、ロック・インスト界からの返答の様な内容である。

『Blow By Blow』は、ロック・ビートにのったエレクトリック・インストであり、ファンキーなノリ、8ビートなノリでありながら、決してジャジーにならない。ジャズが持つ独特なスイング感が、この『Blow By Blow』のインストには皆無。徹頭徹尾、ロックのテイスト、ノリのみで構成されるエレクトリック・ギター・インストの世界。

8ビートの世界なので、ジャズの4ビートのバリエーションのはずが、この『Blow By Blow』は絶対にスインギーにならない。ジャズ独特のスイング感を生み出す「オフ・ビート」が希薄なのがその原因。

だからこそ、この『Blow By Blow』は、ジャズ界のトレンドの流れ、ロックの要素を取り入れ発展した、クロスオーバー・ジャズからフュージョン・ジャズのエレクトリック楽器のインストルメンタルに対する、ロック・インスト界からの返答の様な内容と評価される所以である。

ロック独特のノリとビートにのって、めくるめくエレクトリック・ギター・インストの世界が展開される。徹頭徹尾、ロックのインストの世界。しかし、この世界は、明らかに、クロスオーバー・ジャズからフュージョン・ジャズのエレクトリック楽器のインストルメンタルの世界を凌駕する内容である。

この『Blow By Blow』の中で、唯一「Freeway Jam」だけが、オフビートのノリで展開される。この「Freeway Jam」のみが、クロスオーバー・ジャズからフュージョン・ジャズのエレクトリック楽器のインストルメンタルの世界と接近し、シンクロした演奏。

このフュージョンなインストを聴いみても、明らかに、クロスオーバー・ジャズからフュージョン・ジャズのエレクトリック楽器のインストルメンタルの世界を凌駕する内容である。ジェフ・ベック恐るべし、である。

 
 

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2012年4月23日 (月曜日)

実にジャズらしいジャズ演奏である

雑誌やジャズ本で紹介される名盤、定盤だけがジャズのアルバムでは無い。何気ない切っ掛けで手にするアルバム、ふとしたことから耳にして手にするアルバム。どれもがジャズのアルバムである。

例えば、ジャズ・ピアノの神様アート・テイタムのアルバムを追いかけていて、その中に入っていたライオネル・ハンプトンのリーダー作『Lionel Hampton And His Giants』(写真左)。何気なく手にしたアルバムなのだが、これがまたホンワカ温かい、実にジャズらしいジャズ演奏が詰まっている。

1955年9月の録音になる。パーソネルは、Harry Edison (tp), Lionel Hampton (vib, vo), Art Tatum (p), Barney Kessel (g), Red Callender (b), Buddy Rich (ds)。なかなかに渋いメンバー構成である。

"Sweets" の愛称で呼ばれた「明るく甘い」サウンドが特徴の伝説のトランペッター、ハリー・エディソン。そして、主役のヴァイブ奏者ライオネル・ハンプトン。ジャズ・ピアノの神様アート・テイタム。そして、いぶし銀ギターのバーニー・ケッセル。そして、バップ・ドラムの雄、バディ・リッチ。この辺がメンバーとして目を惹く。

ちなみに、ライオネル・ハンプトンは、ジャズの世界で、ヴァイブ奏者として有名になった最初の人。癖のないハッピーなヴァイブは、ハンプトンならではのもの。とにかく聴いていて楽しいヴァイブである。

ビ・バップやハード・バップが追求した「アーティスティック」な音世界とは全く無縁な癖の無さ。実に素直で明るいヴァイブが個性。この『Lionel Hampton And His Giants』では、そんなハンプトンのヴァイブを堪能出来る。ハリー・エディソンのトランペットも明るくて良い。テクニックがどうの、フレーズがどうのという以前に、聴いていてとても楽しいトランペットである。溌剌としていてブリリアント。明らかに「ジャズ」という雰囲気が明確に漂う。

Lionel_hampton_and_his_giants

ケッセルのギターはポジティブで味がある。バディ・リッチのドラムは明快で溌剌感満載。とにかく、聴いていて楽しい、明るいジャズがこのアルバムに詰まっている。

そして、このアルバムでのテイタムのピアノは実に味がある。録音バランスの妙で、ちょっと奥に下がった感じで、雄弁なテイタムのピアノが鳴り響く。ちょっと奥に下がった雰囲気が実に奥ゆかしく、雄弁なテイタムが良いバランスで鳴り響く。そして、良く聴くと、このアルバムでのテイタムは、サイドメンとしてサイドメンらしい奥ゆかしいタッチで、伴奏なフレーズを弾きこなしている。このアルバムでのテイタムは実に良い雰囲気だ。

この『Lionel Hampton And His Giants』の収録曲は以下の通り。

1. Plaid
2. Somebody Loves Me
3. Deep Purple
4. September Song
5. Verve Blues

特に、この5曲目「Verve Blues」が良い。12分強の長尺のジャム・セッション風の演奏だが、実に良い雰囲気だ。ビ・バップやハード・バップが追求した「アーティスティック」な音世界とは全く無縁で、とにかく楽しく、明るく、ブルージーな、大衆音楽としてのジャズがある。

ライオネル・ハンプトンを愛でるには、とても良いアルバムだと思います。ハンプトンのヴァイブは癖が無い。癖が無い分、金太郎飴的なので、どのアルバムの演奏も同じに聴こえるところが「玉に瑕」。

よって、アルバムの全体の演奏の良し悪しで、ハンプトンを愛でるに良いアルバムかどうかが決まると思っています。そういう意味で、この『Lionel Hampton And His Giants』は、ハンプトンを愛でるに良いアルバムだと思います。ダウンロード・サイトで入手可能ですので、ジャズ者ベテランの方は一聴されてはいかが・・・。 

 
 

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2012年4月22日 (日曜日)

追悼、リヴォン・ヘルム

リヴォン・ヘルムが亡くなった。ザ・バンドのドラマー&ボーカル担当。アメリカン・ルーツ・ロックの優れた古参であった。

1996年に喉頭癌と診断され、一時、歌うことは困難となったが、彼の声は奇跡的な回復を見せ、2007年にソロ・アルバム『Dirt Farmer』で復活、そして、なんとこの『Dirt Farmer』は、2008年の第50回グラミー賞に於いて、Best Traditional Folk Albumを受賞している。

その後、快進撃は続く。2年後の2010年には第52回グラミー賞に於いて、『Dirt Farmer』の続編とも言える『Electric Dirt』でBest Americana Albumを受賞した。喉頭癌を克服し、70歳を目前にしながらのこの活躍は、実に頼もしく感じたものだ。

なんせ、僕の大のお気に入りロック・バンドであるザ・バンドのドラマー&ボーカルである。彼の活躍に刺激されて、ちょくちょく、彼のソロ・アルバムを聴き返していた矢先の出来事であった。2012年4月19日、ニューヨークにあるメモリアル・スローン・ケタリング癌センターで逝去との報に接する。71歳没。落胆の極みである。

僕の世代は、ザ・バンドについては、ギリギリでリアルタイムでの体験であった。ザ・バンドがオリジナル・メンバーでの活動を停止したのが1976年。僕はザ・バンドと出会った年にザ・バンドは活動を停止したことになる。それはさておき、リヴォン・ヘルムは、その翌年、最初のソロ・アルバムをリリースしている。

リヴォン・ヘルム追悼として、今日は、この彼のファースト・ソロ・アルバムである『Levon Helm & the RCO All-Stars』(写真左)を流している。懐かしいアルバムである。僕はこのアルバムについては、リリースとほぼ同時に手に入れた。しかし、このアルバムの渋い内容に戸惑い、ちょっと落胆して、何度か聴いたが暫くお蔵入りになってしまった。

なんと「おこちゃま」なことであるか(笑)。当時、まだ高校時代から浪人時代。この渋さはちょっと僕には早かった(笑)。この渋さが癖になり始めたのが、40歳を過ぎてから。このアメリカン・ルーツ・ロックが湛える「ブルージーな渋さとラフなノリ」をしっかりと感じるには、どうも、ある程度の「年齢」が必要なようだ。

さて、この『Levon Helm & the RCO All-Stars』は、アメリカン・ルーツ・ロックの傑作である。今から振り返ると、メンバーの顔ぶれが凄い。当時の米国を代表するメンツが「キラ星」の如く並んでいる。

Levon_rco_allstars

MG'sのSteve Cropper、Donald Duck Dann、Booker T Jones、Doctor John、Paul Butterfield、Robbie Robertson、Garth Hudson等々。リヴォン・ヘルムと同じ、米国南部育ちの腕利きミュージシャン達を中心に起用されている。

しかも、この腕利きミュージシャン達が効果的に配置されていて、ホーンセクション+ダブルリードギター+ダブルキーボードの分厚いサウンドが、リヴォン・ヘルムの小気味よいドラミングに乗って、うねるようにアメリカン・ルーツ・ロックの音世界が広がっていく。これだけの腕利きミュージシャン達を集めて、これだけのリーダーシップを発揮するリヴォン・ヘルムは只者ではない。素晴らしいプロデュース力である。

当時流行った「レイド・バック」な雰囲気を色濃く漂わせて、このアルバムに収録された演奏のどれもが、アメリカン・ルーツ・ロックのお手本的な「ブルージーな渋さとラフなノリ」を湛えており、これがまあ、聴いていて心地良いこと、心地良いこと。アメリカン・ルーツ・ロック好きにはたまらない「レイド・バック」度である。

今の耳で聴いても、実に良いですね〜。今のアメリカン・ルーツ・ロックの優れたアルバムと比べても、決してひけを取らない、このアルバムは、かなり上位に君臨するレベルです。とにかく「渋い」。それでいて、決して緩まない。拡散すること無く、リヴォン・ヘルムのリーダーシップ溢れるドラミングがしっかりと統率し、しっかりとしたグループ・サウンズとして充実している。

ちなみに、RCOとはリヴォン・ヘルムが所有していた、ウッドストックのスタジオの名前。アルバム・ジャケットに描かれている家がRCOスタジオです。

きっと、あの世にも、このRCOが建っていて、リヴォン・ヘルムはこの世の時と同じように、歌い始めているのではないでしょうか。ザ・バンドの先に鬼籍に入ったメンバー、リチャード・マニュアルとリック・ダンゴとも再会しているんじゃないかなあ。

リヴォン・ヘルムが亡くなった。喉頭癌を克服して復活した時は嬉しかったなあ。もう再発はないのでは、と期待もした。しかし、残念な結果になってしまった。でも、リヴォン・ヘルムの残してくれたアメリカン・ルーツ・ロックの傑作の数々は、これからもいつでもどこでも、再生環境さえあれば聴くことができる。いつまでも悲しんでいても仕方が無い。

リヴォン・ヘルムのアメリカン・ルーツ・ロックの功績を称えつつ、愛でつつ、彼の冥福を祈りたい。

 
 

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2012年4月21日 (土曜日)

イエス・マニア御用達のライブ盤

1975年、先輩から借り受けた、LP3枚組大作ライブ盤『Yes Songs』を聴いて以来、37年間、このバンドのファンであり続けている。そのバンド名とは「Yes]。日本語で「はい」。なんとポジティブなバンド名だろう(笑)。

このバンドは常にポジティブ。バンドのメンバーはコロコロ替わる。しかし、バンド経験者の顔ぶれは一定していて、常に新顔が入る訳では無い。ある特定のメンバーの顔ぶれの中で脱退したり、再加入したり。それでも、その時々で、名作を生み出したりするのだから、バンドのメンバー編成についても実にポジティブなバンドである。

このメンバーだけはバンドの個性として外せないという拘りもあっさり捨て去るポジティブさ。バンドの個性を決定付ける大きな要素の一つが「ボーカル」。イエスのボーカルと言えば、ジョン・アンダーソンだが、これも2008年にあっさりと捨て去った。「良く似た声であれば問題無い」。なんてポジティブなんだ(笑)。

何度も、自分の都合だけでバンドを出たり入ったりするキーボード。リック・ウェイクマンは、イエスに5回加入し、5回も脱退している(笑)。それでも、イエスはこの我が儘なキーボードが望めば必ず受け入れる。なんてポジティブなんだ(笑)。

このメンバーがコロコロ替わるが、そのバンドの個性的な演奏のスタイルと音は変わらない、本当に不思議なプログレッシブ・ロックのバンドである。しかし、このバンドの超絶技巧なテクニックを駆使した圧倒的な演奏力と、クラシックに影響された、長尺でコンセプトの秘めた構築美溢れる演奏展開。プログレ・バンドの中で、その演奏力と構築力について、このイエスの右に出るバンドは無い。

そんなイエスのバンドとしての力量を感じることの出来るアルバムと言えば「ライブ盤」だろう。そんなライブ盤としては、1973年リリースのLP3枚組大作ライブ盤『Yes Songs』が有名。これは凄い内容のライブ盤で、イエスの初期のパフォーマンスの「異常なほど高いレベル」の演奏を聴くことが出来る。
 

Complete_keys_to_ascension

 
そして、その後のイエスを総括する優れた内容のライブ盤がなかなか出なかったが、1996年『Keys to Ascension』、1997年『Keys to Ascension 2』と立て続けに、優れた「スタジオ新録とライヴ音源の抱き合わせ盤」がリリースされた。現在では、この2組のアルバムを統合して『Complete Keys to Ascension』(写真左)としてリリースされている。

これがまあ、素晴らしい内容のアルバムに仕上がっているのだ。特にライブ・パートが秀逸。結論から言ってしまうと、先に話題にした、イエス初期のライブ盤の傑作『Yes Songs』に続く、イエスの1995年までの演奏経歴を総括した、素晴らしい内容、素晴らしい選曲のライブ・パートと言って良い内容である。

ちなみにパーソネルは、Jon Anderson (vo), Chris Squire (b), Steve Howe(g), Rick Wakeman (key), Alan White (ds)。偶然にも、1973年リリースのLP3枚組大作ライブ盤『Yes Songs』と同一のパーソネル。イエスの往年の黄金期を形成したメンバーである。

とにかくライブ・パートの選曲が良い。イエスの歴史の中で「定番中の定番」、つまり「これは外せない」曲について、しっかり収録しており、「これはイエス・マニアが喜ぶ」選曲やなあ、と感心する曲もしっかりと収録されている。

そして、1990年代の機材の進歩、成熟のお陰で、このライブ・パートの音もなかなか洗練されている。音が良いロックのライブ音源には歴史的名盤が多い。そう言えば、1973年リリースのLP3枚組大作ライブ盤『Yes Songs』も音が良かった。この『Complete Keys to Ascension』のライブ・バーとも、音も分離が良く、デジタルっぽく音が細ったりしていない。

このスタジオ新録とライヴ音源の抱き合わせ盤『Complete Keys to Ascension』は、イエス・マニアとしては必須のアイテムだろう。プログレ・ファンについては一度は聴いて欲しいレベルのCDである。イエスを初めて体験しようとする方々にはお勧めしない。

往年のイエスの演奏力とイエスの個性、イエスのアプローチに馴れ親しんでこそ、このスタジオ新録とライヴ音源の抱き合わせ盤『Complete Keys to Ascension』の価値と立ち位置が理解出来る。そんな、イエス・マニアにとって踏み絵の様な「スタジオ新録とライヴ音源の抱き合わせ盤」である。 

 
 

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2012年4月20日 (金曜日)

コルトレーン「ラジオ番組の音源」

僕はこのライブ音源が意外とお気に入りである。コルトレーン黄金カルテットの絶頂期の作品 『至上の愛』の 吹き込みから数ヶ月後、1965年3月26日と5月7日に録音されたライブ音源である。

タイトルは『One Down, One Up: Live At The Half Note』(写真左)。「ハーフノート・カフェ」におけるライブ録音。Disc1が3月26日、Disc2が5月7日の録音。
 
マンハッタンのFMラジオ曲の番組「Portraits in Jazz」のエアチェックもの。ところどころ、ちょっとした難があるが、概ね良好な録音状態。

息子でテナー奏者のラヴィ・コルトレーンが「父親のあらゆる演奏の中で最高峰」と評したライブ音源である。確かに、Disc1の1曲目 「One Down, One Up」 は、「全コルトレーン記録の最高峰に位置する」と息子のラヴィ・コルトレーンの解説にある通り、素晴らしい演奏だ。

しかし、全体的には、なんとなく閉塞感がつきまとう。コルトレーンのブロウについて、これ以上の高みにいけない、というか、もうこれ以上の上昇は無い、というか、なんとなく、どうしようもない閉塞感漂う演奏になっている感じがする。特に、アブストラクトでフリーキーなコルトレーンのブロウには、限界点を迎えたような閉塞感が漂う。

しかし、この閉塞感はネガティブなものではない。このライブ音源での閉塞感は黄金のカルテットにとって、ポジティブな閉塞感である。限られた者だけが経験できる、才能の高みにのみ存在する「閉塞感」。このライブ音源には、コルトレーンの黄金のカルテットが到達した成熟しきった状態を聴くことが出来る。
 
One_down_one_up
  
コルトレーンのブロウは、袋小路に入った様な停滞感が漂うが、バックのリズム・セクションは違う。黄金のカルテットのリズム・セクションの部分、McCoy Tyner (p) Jimmy Garrison (b) Elvin Jones (ds)のピアノ・トリオの部分のライブ演奏は、最高の極みに達している。

コルトレーン抜きのピアノ・トリオでの演奏が展開される部分のライブ・パフォーマンスは震えが来るほどに神々しい。コルトレーン抜きで、このマッコイ、ギャリソン、エルヴィンのピアノ・トリオのみで、完璧なコルトレーン・ジャズをパフォーマンスしている。マッコイ、ギャリソン、エルヴィンの最高レベルのパフォーマンスが、このライブ音源に記録されている。これはとにかく凄い。

FMラジオ番組の音源なので、Disc1、Disc2共、最後の曲はアナウンスがかぶさり、演奏と共にフェードアウトされる。これはちょっとなあ、とは思うが「時代の記録」と思えば仕方の無いこと。逆に、こういうライブ音源がオンエアされた1965年当時は、ジャズ・ファンにとって如何に幸せな時代だったのかが偲ばれる。凄いよな〜、こんな音源がオンエアされていたなんて・・・。

このライブ音源は、決して、ジャズ者初心者や一般のジャズ愛好家の方々にお勧めするものでは無いですね。しかし、コルトレーン者、つまり、コルトレーン・マニアには必須のライブ音源でしょう。1965年、「John Coltrane (ss, ts) McCoy Tyner (p) Jimmy Garrison (b) Elvin Jones (ds)」の黄金のカルテットの最後の輝きを捉えた、なかなか内容のあるライブ音源ではあります。

そして、コルトレーンは、次のステップとして、Pharoah Sanders (ts) の参加を要請する。そして、Rashied Ali (ds)など、それまでにない異質なメンバーを追加し、遂には、黄金のカルテットは解散する。

なぜ、コルトレーンは、Pharoah Sanders (ts) やRashied Ali (ds)の参加を要請したのか。それは、『Om』や『Meditations』以降のアルバムを聴けば理解出来る。しかし、コルトレーンは「そこ」に行かなければならなかったのだろうか。その必然性については、僕にとっては疑問である。

 
 

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2012年4月19日 (木曜日)

最後の「黄金のカルテット」

いよいよ、ジョン・コルトレーンの聴き直しも最終章にさしかかる。コルトレーンの命日は1967年7月17日。今回のアルバムの録音日は1965年9月2日。命日の約2年前の録音になる。

アルバム名は『First Meditations(For Quartet)』(写真)。タイトルに「First」がつくのは、1965年11月23日録音のアルバム『Meditations』の3カ月前の録音になるからである。

双方のアルバムの収録された曲の内、「Compassion」「Love」「Consequences」「Serenity」が同じで、文字どおり『Meditations』のファースト・ヴァージョンが、この『First Meditations(For Quartet)』。

しかし、『Meditations』には、黄金のカルテット・メンバーである「John Coltrane (ss, ts) McCoy Tyner (p) Jimmy Garrison (b) Elvin Jones (ds)」以外に、Pharoah Sanders (ts) とRashied Ali (ds)が参加している。
 
この『First Meditations(For Quartet)』は、黄金のカルテットの解体直前の録音になる貴重なもの。この『First Meditations(For Quartet)』以降、まずは、Pharoah Sanders (ts)がレギュラー参加し、黄金のカルテットは過去のものとなっている。

僕はこの『First Meditations(For Quartet)』というアルバムが好きで、このアルバムには、コルトレーンの真っ直ぐ伸びた美しい響きのテナーと、アブストラクトでどうしようもなく破壊的なテナーの、両極端なテナーが共存していて、この両極端なテナーの対比が顕著。

しかし、コルトレーンのテナーは絶好調では無い。美しい響きのテナーのパートは素晴らしい。さすがは、コルトレーンならではのもの。しかし、アブストラクトでどうしようもなく破壊的なテナーは一本調子で、イマージネーションに乏しく、マンネリ化の様相。美しい響きのテナーが、それに相対して素晴らしい個性として存在しているのでまだ良いが、アブストラクトなテナーだけ取り上げてみれば、ここでのコルトレーンは停滞気味である。

First_meditations

停滞気味のコルトレーンを横目に、黄金のカルテットのリズム・セクションの部分、McCoy Tyner (p) Jimmy Garrison (b) Elvin Jones (ds)のピアノ・トリオの部分の演奏は、最高の極みに達している。
 
コルトレーン抜きのピアノ・トリオでの演奏が展開される部分があるが、これが素晴らしい。コルトレーンが存在しなくても、このマッコイ、ギャリソン、エルヴィンのピアノ・トリオで、完璧にコルトレーン・ジャズを再現している。

ちなみに、この『First Meditations(For Quartet)』の発売年は1977年。録音されてから、12年ほどお蔵入りしていた音源である。お蔵入りさせる様な内容では無いと思うんだが、当時、アブストラクト&フリーなジャズに突進していたコルトレーンの音源は、なかなかリリースするに至らなかったのかなあ。

確かに、この『First Meditations(For Quartet)』でのコルトレーンは絶好調では無い。どこか迷いとマンネリズムを感じるブロウ。でも、バックのリズム・セクション3人の演奏は凄まじい。主役が好調とは良い難い出来ではあるので、確かにアルバムとしてリリースするには躊躇があったことは想像に難くない。

でも、僕は、このアルバム『First Meditations(For Quartet)』は、結構、繰り返し聴いています。コルトレーンの美しい響きのテナーとアブストラクトでどうしようもなく破壊的なテナーの対比が当時のコルトレーンらしいこと。そして、何より、バックのリズム・セクション3人の演奏が素晴らしい。コルトレーンの傑作とは言いませんが、不思議と繰り返し愛でることの出来る佳作ではあります。

しかしながら、このアルバムのジャケット・デザインは酷い。発売年は1977年で、1977年と言えば、フュージョン・ジャズ華やかなりし時代。
 
このジャケット・デザインのテイストは、フュージョン・ジャズっぽいものではありますが、コルトレーンの、しかも黄金のカルテット最後のアルバムとして、このジャケットのデザインは無いでしょう。このアルバム、このジャケット・デザインで損をしているところもきっとあるに違いない。

 
 

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2012年4月18日 (水曜日)

「春」のビル・エバンス

春が来ると、春の雰囲気にあったジャズのアルバムを聴くようになる。30年来、ジャズを聴き続けて来て、お気に入りのアルバムの中から、春の雰囲気にあったアルバムを探したりする。いや、30年もの間、ジャズを聴き続けているのだ。春の雰囲気にあったアルバムは既に頭の中にある。

ジャズ・ピアニストの中で、一番のお気に入りは、と問われれば、「ビル・エバンス」と答える。現代ピアノ・トリオの祖、ビル・エバンスは、ジャズを聴き始めた頃からの「お気に入り」。リリカルで美しく流れるようなフレーズを、「間と緩急」を活かした奏法で紡ぎ上げていく。そんなビル・エバンスのピアノは、ジャズ・ピアノの表現の中でも「極上」のものである。

そんなビル・エバンスのアルバムの中から、「春」のビル・エバンス、「春」によく聴くアルバムはと言えば、なぜか『Interplay』(写真左)。

1962年7月の録音。ちなみにパーソネルは、Freddie Hubbard (tp), Bill Evans (p), Jim Hall (g), Percy Heath (b), Philly Joe Jones (ds)。ビル・エバンスがリーダーのクインテット編成である。

冒頭の「You And The Night And The Music(あなたと夜と音楽と)」の、良くアレンジされた演奏の雰囲気が、なぜが「春」を連想させる。 フレディ・ハバードのトランペットは光り輝くような音を振りまき、ジム・ホールのギターは柔らかで優しいフレーズでじんわりと心を振るわせる。フィリー・ジョーのドラムは、メリハリ良く、バシッバシッと気合いを入れるようにビートを刻み、ヒースのベースは堅実に演奏の底を支え続ける。

Bill_interplay

クインテット一体となった音が、なんだか「春」という雰囲気にピッタリ、というか、「春」という雰囲気の中で流れるのにピッタリと言ったら良いのか。この「あなたと夜と音楽と」一発で、「春」のビル・エバンス、という感じにピッタリ填まる。

そして、2曲目の有名曲「When You Wish Upon A Star(星に願いを)」のバラード演奏が絶品。ちょっとアンニュイな雰囲気漂う名演で、ジム・ホールの気怠い柔らかな音が実に「春」らしい雰囲気を醸し出す。ハバードも抑制したペットを聴かせて、決して熱くならない。そして、ビル・エバンスの「間と緩急」を活かしたインプロビゼーションは、墨絵を愛でるが如く、淡い音の濃淡が素晴らしい陰翳を見せて、春の霞の中、遠くに山の風景を見るような、素晴らしい展開に惚れ惚れする。

良くアレンジされ、ほどよくコントロールされた、柔らかでアンニュイな「星に願いを」。これは、大人の「星に願いを」である。

溌剌とした、明るい演奏の「I'll Never Smile Again」も、実に「春」にピッタリの演奏で惚れ惚れする。クインテットのメンバーそれぞれのソロは、いずれも実にポジティブ。メンバー全員が溌剌としたインプロビゼーションを繰り広げる。この溌剌さは眩しいばかり。「春爛漫」という言葉がピッタリな「I'll Never Smile Again」。

ビル・エバンスのピアノ・トリオに、テクニシャンのトランペッターのハバードと、いぶし銀の様な職人ギターのホール、この二人が参入して、演奏全体がポジティブになり、演奏全体に溌剌さが漲る。そして、ビル・エバンスの「間と緩急」を活かしたインプロビゼーションは、淡い音の濃淡が素晴らしい陰翳を見せて、幽玄な、変幻自在な音の展開を聴かせてくれる。

「春」のビル・エバンス。僕にとっては、まずはこの『Interplay』で決まり、である。

 
 

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2012年4月17日 (火曜日)

「春」にチェットのボーカル

昨日の決まり文句を繰り返すと、春になると、ジャズ・ボーカルが恋しくなる。温かくなって、ホンワカして、ゆったりリラックスして、のんびりジャズが聴きたくなる。のんびりジャズを聴くとなると、最近はジャズ・ボーカルである。

ということで、今日もジャズ・ボーカルを取り上げる。今日はChet Baker(チェット・ベイカー)。春のホンワカな雰囲気に、妙にピッタリとフィットするチェットの中性的な、柔らかだが無骨なボーカル。アンニュイなチェットのボーカルがピッタリとフィットする季節は「春」である。

今日のアルバムは『Chet Baker Sings - It Could Happen to You』(写真左)。1958年8月の録音。録音は3つのユニットに分かれる。

ひとつは、Chet Baker (tp, vo), Kenny Drew (p), Sam Jones (b), Philly Joe Jones (ds) のパーソネルで、「The More I See You」と「Old Devil Moon」の2曲を録音。 

もうひとつは、Chet Baker (tp, vo), Kenny Drew (p), Sam Jones (b), Dannie Richmond (ds) のパーソネルで、「You're Driving Me Crazy」「It Could Happen To You」「How Long Has This Been Going On?」の3曲を録音。

そして、残りの曲を、Chet Baker (tp, vo), Kenny Drew (p), George Morrow (b), Philly Joe Jones (ds) のパーソネルで録音。

チェット・ベーカーは米国西海岸ジャズを代表するボーカリスト&トランペッター。しかし、このアルバムのセッションはニューヨークで行われている。チェットにとっては他流試合。アウェーでのセッションになる。
 

Chet_it_could_happen_to_you

 
録音した年は1958年。1958年と言えば、ハードバップ時代真っ只中。チェットの中性的な、柔らかだが無骨なボーカルのバックでは、汗が飛び散る様な熱気溢れる、ちょっとラフではあるがファンキーの雰囲気芳しい、米国東海岸のニューヨークが拠点のハードバップが展開されている。と思いきや、意外や意外、しっかりとアレンジ&コントロールされた、米国西海岸風の雰囲気でバッキングされているのだから面白い。

荒々しくダイナミックなドラミングが個性のフィリー・ジョーですら、しっかりと抑制されたドラミングで、チェットのボーカルを盛り立てている。そう、さすがに、米国東海岸はニューヨークの名うての名手揃い。チェットのボーカルの個性を感じ取って、しっかりとチェットのボーカルを盛り立てる側に回っている。

そして、このアルバムを聴く度に感心するのが、ケニー・ドリューのピアノ。伴奏上手なケニー・ドリューの面目躍如。サム・ジョーンズとジョージ・モロウのベースも、そこはかとなく効いている。

そんなプロフェッショナルなバックを得て、チェットのボーカルも気持ちよさそう。この米国東海岸のプロフェッショナルなバックに触発されたのだろうか、意外とチェットのボーカルがいつもより溌剌としている。健康的なアンニュイさとでも表現したら良いだろうか。

チェットはトランペットも優れていて、この1958年という時期は、チェットが溌剌としていた時期で、トランペットも凛としていて、なかなか聴かせてくれる。アンニュイなボーカルと凛としたトランペット。どちらもチェットのかけがえのない個性で不可分なもの。

いつもの退廃的で中性的でアンニュイなチェットのボーカルが、米国東海岸ジャズのプロフェッショナルなバックを得て、いつになく健康的で溌剌としたボーカルを聴かせてくれる異色盤。

そう、チェットの入門盤というより、チェットを聴き馴染んだところで、いつもとは違う、チェットの「異色のボーカルとトランペット」を楽しむことが出来る佳作と言った感じでしょうか。良いアルバムです。

 
 

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2012年4月16日 (月曜日)

「春」はジャズ・ボーカルの季節

春になると、ジャズ・ボーカルが恋しくなる。温かくなって、ホンワカして、ゆったりリラックスして、のんびりジャズが聴きたくなる。のんびりジャズを聴くとなると、最近はジャズ・ボーカルである。

ジャズを聴き初めて、ボーカルは一番後回しになった。とにかく、ボーカルは何を歌っているのかほとんど判らない。判らないのであれば、歌詞は、歌はいらないだろう、ということで、インスト中心にジャズを聴きまくった。

しかし、ジャズと言えば、ボーカルは避けて通れない。そろそろボーカルにチャレンジしないと、ジャズ・ボーカルをしっかりと聴かずに、あの世に逝ってしまうことになる。

そうこうしているうちに、歳を重ね、45歳を過ぎる頃から、ジャズ・ボーカルを聴いていて、なんとなく何を歌っているのかが判る様になってきた。それではということで、徐々にボーカルに手を出すようになった。

僕にとっては、ジャズ・ボーカルは聴く季節を選ぶ。聴く季節は「春」と「秋」。「夏」は暑苦しくていけない。「冬」は寒々としていけない。「春」はホンワカして、ゆったりリラックスして、のんびりボーカルを聴くことが出来る。「秋」はしみじみして、じんわり感傷に浸りながら、じっくりボーカルを聴くことが出来る。

Swing_easy

さて、今、季節は「春」である。僕にとって、ジャズ・ボーカルの季節が来た。そして、聴くのは、小学校6年生の頃からのお気に入り、フランク・シナトラ(Frank Sinatra)である。ジャズ・ボーカルの王道、「ザ・ヴォイス」と謳われたフランク・シナトラです。

選んだアルバムは『Swing Easy!』(写真左)。1953年11月と1954年4月の録音。この頃のシナトラは絶好調、無敵のボーカルである。収録された曲全てがシナトラのベストである。シナトラの黄金時代のボーカルがここにぎっしりと詰まっている。

シナトラの声には惚れ惚れする。そして、卓越したリズム感。ノリが抜群のドライブ感。颯爽とした爽快感溢れるボーカルは唯一無二。スイング感抜群。この『Swing Easy!』はスイング集。スイングしながら曲にのりまくるシナトラ。こんなに魅力的な男性ボーカルは他に無い。

この『Swing Easy!』はもともとSP盤で出ていたもの。最近、流通しているCDは、同じくSP盤の『Songs for young lovers』とカップリングされたものだ(写真右)。この『Swing Easy!』はスイング集。『Songs for young lovers』はバラード集。どちらもシナトラの黄金時代を捉えたアルバムで素晴らしいの一言。

シナトラの大らかでノリの良いスイング感は、「春」のうららかな雰囲気にピッタリ。今日はシナトラの傑作『Swing Easy!』を、春のホンワカした雰囲気の中、ゆったりリラックスして、のんびりと愛でる。春爛漫のひととき、至福の時である。

 
 

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2012年4月15日 (日曜日)

待望の「東京ワシントンクラブ」

僕の高校時代、井上陽水と言えば、叙情派フォークの代表の様なイメージだった。「心もよう」「人生が二度あれば」「傘がない」「つめたい部屋の世界地図」「夏まつり」「神無月にかこまれて」「紙飛行機」「能古島の片想い」などが人気で、感傷を強調した、アコースティック・ギター中心のフォーキーな世界が受けていた。

けど、僕が気に入った陽水は、そんな叙情派フォークな陽水では無く、ロックのリズムをベースとした、フォーク・ロックなビートを効かせた曲の方が、僕はお気に入りだった。例えば「感謝知らずの女」とか「断絶」「氷の世界」「東へ西へ」「夜のバス」がお気に入り。

井上陽水は叙情派フォークの人と一般には評価されていたが、意外とロックな演奏を初期の頃からしている。僕は、そんなロックな陽水が好きで、フォーク好きな周りの常識的な友人達とは全く話が合わなかった。

1976年12月、井上陽水のライブ盤がリリースされる。タイトルは『東京ワシントンクラブ』(写真)。正確には、この「東京ワシントンクラブ」は、当時の陽水の「GOING ONツアー」のライブ音源と、陽水の自宅スタジオ「東京ワシントンクラブ」でのスタジオ録音の作品が2曲入っている、変則ライブ盤である。

スタジオ録音は、LP時代、A面のラスト、5曲目の「あかずの踏切り'76」と、B面の1曲目「東京ワシントンクラブ」の2曲。
 
「あかずの踏み切り‘76」は、「もどり道」のそれでも、「氷の世界」のそれでもなく、米国西海岸ロック風の、流れるようなメロディラインを持った、爽やかな曲に大変身している。これには当時戸惑った。「東京ワシントンクラブ」は、「My House」や「アジアの純真」に通じる、陽水独特の語呂あわせのような歌詞が特徴で、これは陽水らしくて当時からお気に入りだ。

Tokyo_washington_club

そして、この変則ライブ盤『東京ワシントンクラブ』の目玉は、残りの9曲のライブ音源である。「氷の世界」「かんかん照り」「御免」などは、叙情派フォークの雰囲気など微塵も無い、完全に「ロック」である。

叙情派フォークな雰囲気を漂わせている「ゼンマイじかけのカブト虫」や「小春おばさん」についても、ハードな演奏内容で、叙情派フォークな「感傷」は微塵も無い。ロックな陽水が好きだった僕にとっては、これは「痛快」だった。ラストの「夜のバス」など圧巻の一言。陽水の力感溢れるボーカルと完全にロックな演奏は「まさに圧巻」である。

しかし、このライブ盤、録音状態はイマイチで、はっきり言って音は悪い。アルバムとしても、かなり「やっつけ」で作られた感が強く、一般には、なかなか受け入れられないでしょうね。でも、録音状態は悪くても、このロックな陽水のライブは実に魅力的です。

実はこのライブ盤は、陽水のアルバムの中で、唯一CD化されていない、アナログ音源だけのライブ盤です。僕は、当時、FMからのエアチェックで部分的にコレクションしつつ、カセットにまとめ上げ、学生時代はこのカセットを愛聴していました。

そう言えば、なぜか、スタジオ録音の「東京ワシントンクラブ」と「あかずの踏み切り‘76」の2曲と「ゼンマイじかけのカブト虫」と「小春おばさん」のライブ音源が欠落していました。それでも、ライブ音源部分の7曲はなんとかキープできて、僕にとって「お宝テープ」でした。

LP時代に買いそびれてしまい、まあそのうちCD化されると、たかをくくっていたんですが、全くCD化の気配が無い。半ば諦め基調だったのですが、今回、ひょんなことから、デジタル音源の入手が実現。実に嬉しかった。早々にリッピングして、iTunesでアルバム形式に編集して、立派にアルバムを復元できました。

この『東京ワシントンクラブ』というライブ盤には、当時の「ロックな陽水」がしっかり記録されています。リマスターを前提として、CD化が望まれる一枚だと思いますが如何でしょうか。

 
 

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2012年4月14日 (土曜日)

Stevie Wonderの「最初の成果」

僕がそれまで持っていたR&Bのイメージを根底から覆したアルバムがある。Stevie Wonderの『Talking Book』(写真左)である。1972年のリリース。『Innervisions』『Fulfillingness' First Finale』を含めて「黄金の3部作」と称えられる傑作の一枚である。

この『Talking Book』を初めて聴いたのは、確か、高校2年生の秋、R&B好きな友人宅でのことである。スティーヴィー・ワンダーという名前は知っていた。が、まとまってアルバムを聴くなんてことは無かった。なので、R&B好きの友人から、Stevie Wonderのアルバムを聴くか、と言われた時は、二つ返事で「もちろん」。友人がLPに針を落として、ステレオでかけてくれる瞬間、ドキドキした。

そして、スピーカーから出てきた音を聴いて、「これがR&Bの音か?」と、びっくりした。それまでの、僕のR&Bの音の印象と言えば、黒くて粘りがあって、俗っぽくて、ファンキーな香りがプンプンする、そんな黒人の流行歌的なイメージを持っていた。しかも、コンセプト・アルバム的なイメージは全く無く、一発勝負のシングル・レコード的なイメージの方が強かった。

そんな印象、イメージの中での、Stevie Wonderの『Talking Book』体験である。たまげた。まず、収録されている全ての曲が「クール」。俗っぽいイメージなど全く無く、実にアーティスティックなイメージの方が強い。そして、アレンジがスマート。女性コーラスの使い方、シンセの使い方、エレピの使い方等、どれをとっても凄くスマートでクレバー。

しかも、作曲のイメージ、アレンジのトーンについて、絶対的な統一感があり、このアルバムについては、コンセプト・アルバム的なイメージが強い。アルバム全体での統一感が確立されていて、R&B系のアルバムとしては秀逸な出来である。全く、曲の寄せ集め感が無いところが凄い、と思った。繰り返し聴いても飽きが来ない。曲の並べ方、アレンジのバリエーションなど、アルバム・コンセプトがしっかりしていて、良く考え抜かれている。
 

Stevie_talking_book

 
収録されている曲はいずれの曲も優れたものばかりであるが、そんな曲の中でも、シングル・ヒットした「Superstition」と「You Are the Sunshine of My Life」の出来が、とりわけ抜きんでている。どちらの曲も、スティーヴィー・ワンダーのエレピやシンセという電気鍵盤楽器の使い方、音の出し方が秀逸。ボーカルの素晴らしさはさることながら、キーボードの素晴らしさが抜きん出て光る素晴らしさである。

ちなみに、「Lookin' For Another Pure Love」という曲では、Jeff Beck がエレギで参加している。乾いたファンク・ギターという雰囲気で、素晴らしいバッキングとソロを披露している。この「Lookin' For Another Pure Love」を切っ掛けにした、スティーヴィー・ワンダーの「なんだかなあ」とちょっと呆れるエピソードがある。

「Lookin' For Another Pure Love」でのギターの参加について、スティーヴィー・ワンダーが大変感激し、そのお礼に自作曲であった「Superstition」をジェフ・ベックに贈ることになった。と、ここまでであれば「良い話」なんだが、事もあろうにスティービーはジェフよりも先に「Superstition」をレコーディングし、さっさと発表してしまった。しかもこの曲は大ヒット。これには、さすがのジェフも激怒したと言われている。

しかも、この後が更に「なんだかなあ」な話なんだが、その埋め合わせということで、急遽、スティービーは「哀しみの恋人達」という曲をジェフにレゼントしたらしいのだが、これまた、シリータの方が先にレコーディングしてたことが判明。この「なんだかなあ」の話を聞く度に、聖人の様な扱いを受けているスティービーではあるが、意外と人間的には「とっぽい」ところがある、意外と俗っぽい人なんだなあ、と感じて、ガッカリもするが、ちょっとホッとしたりもする(笑)。

まあ、人間的な性格と音楽的な才能とは正比例しないので、前述の話は「ちょっとしたエピソード」として留め置くとして、Stevie Wonderの『Talking Book』は、スティービーの才能と個性が花開いた「最初の成果」として位置付けられる傑作である。

Stevie Wonder『Talking Book』と言えば、個人的には、やはり「You Are The Sunshine Of My Life」。昔から、この曲は震えがくるくらいに大好きな曲。しかも、今の季節である「春」に聴くこの曲は絶品。特に、スティービーのエレピの揺れるような音の響きが心地良い。 

 
 

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2012年4月13日 (金曜日)

次作に期待の『Voice』である・・・

上原ひろみは、今や、押しも押されぬ日本人ジャズ奏者として、一番人気の才媛である。出すアルバム出すアルバム、いずれも人気盤となり、ジャズ奏者としては異例の「売れっ子」ぶりである。

バーチャル音楽喫茶『松和』のマスターなんて名乗っているので、上原ひろみってどうですか、とか、上原ひろみを聴きたいのですが、どのアルバム良いですか、などと問われる時がある。この質問がちょっと「困る」のだ。

2007年リリースの『Time Control』からだろうか。上原ひろみのピアノに、成熟しきった感、というか、豊満感というか、このままのスタイルとアプローチだと、もう行き着くことまで行き着いてしまったので、もう行きようが無い窮屈さ、というか、そんな雰囲気を強く感じて、ちょっと、上原ひろみから距離を置いていたのである。

メジャーなジャズ評論家やジャズ雑誌から絶賛された、2008年リリースの『Beyond Standard』も、なんだか不必要なほど背伸びをしているというか、そこまでやらなくても、という位の「異常に高いテンション」を感じて、キッチリと密閉するようなアレンジメントを施された演奏は、なんだか聴き続けるのが、ちょっとしんどくなるほどタイトで、ヘビロテにはならなかった。

昨年の3月にリリースされて、現時点での最新作である『Voice』(写真左)についても、日本人ジャズ奏者として「時の人」である。しっかりと聴くことは聴いているんだが、どうしても、演奏を聴き込むまでは至らない。内容自体は、実に高度な内容で、質が高く、インプロビゼーションのテクニックも高く、アレンジ&コンポーズの才能も素晴らしいものがある。

でも、このアルバムにも、そこまでやらなくても、という位の「異常に高いテンション」が漂い、ハイノートな速弾きピアノは、聴いていて、ちょっとしんどくなる。
 

Hiromi_voice

 
逆に、聴き易さを追求した結果、速弾きを押さえ、幅広いスケールで悠然と弾き進める新境地も見え隠れするが、これはこれで、これまでの上原ひろみの個性とは全く異なり、なんだか、どこかから借りてきた様な、ちょっとした違和感を感じたりもする。

以前、「Return of Kung-Fu World Champion」で披露して話題をさらった、シンセの音とフレーズもさすがに手垢が付いた感があって、ちょっと新鮮味を薄れてしまっている。確かに、上原ひろみのシンセは、ピアノと違って、ちょっと一本調子になりつつある。もう一工夫、もう一味、もう一捻り、欲しいなあ。

パーソネルを見渡すと、上原ひろみ (p), Anthony Jackson (b), Simon Phillips (ds)。リズム&ビートを担う2人が凄い。この2人をバックに擁してのピアノ・トリオである。もっと「なんか出来た」ような気がする。
  
それまでの上原ひろみの個性の延長線上の、安全運転よろしく既定路線の演奏で終わらせるのは勿体無い。上原ひろみの「もっと凄い何か」を引き出せるようなユニットである。今回のアルバムの内容は、まだまだ「ほんの小手調べ」の様な雰囲気が頼もしい。

このアルバムの音世界は、良い意味で「ワンパターン」。現時点で成熟しきった、上原ひろみの個性を上からなぞった感じが強い。安全運転に徹した、コンテンポラリーなピアノ・トリオ。なんとなく不完全燃焼な感じが残るところが惜しい。何を急いでいるのだろうか。若しくは、もしかしたら「迎合している」のかもしれない。

もっとノンビリとリラックスして弾いた彼女のピアノを聴いてみたいなあ。切れ味鋭く、常に「真剣勝負」的なテンションの高い演奏は凄いし素晴らしいが、長く聴き親しむには、ちょっと辛い。彼女のピアノは、こんなものではないだろう。

排気量の大きい車がゆっくりとしたスピードで走るような、余裕をガッツリかました、良い意味でノンビリ、ほのぼのとした上原ひろみのピアノを聴いてみたいと思う今日この頃。まだまだ期待できる有望株である。次作を期待したい。

 
 

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2012年4月12日 (木曜日)

朗々と鳴り響くワンホーン・テナー

温かくなると、ジャズの音も伸び伸びとしているように感じる。テナーの音なんかも、伸び伸び爽快、自由闊達に聴こえるから不思議だ。

春爛漫な日、エリック・アレキサンダーのテナーを聴く。今日のエリックのアルバムは『Dead Center』(写真左)。エリックのワン・ホーン盤である。
 
2004年6月の録音。ちなみにパーソネルは、Eric Alexander (ts); Harold Mabern (p); John Webber (b); Joe Farnsworth (ds)。饒舌でスケールの大きい、ドライブ感溢れるピアノが素敵なハロルド・メイバーンが参加。

エリックのテナーの場合、ワンホーンの作品が、伸び伸びと自由闊達にテナーを吹き切っていて、一番聴き応えがある。そんなエリックのテナー。一言で言うと「デクスター・ゴードンを端正かつテクニカルにした」感じ。歌心もあるし、豪放磊落なところもある。本当に、テナーがテナーらしく鳴り響いている、とでも形容しようか。

しかも、饒舌でスケールの大きい、ドライブ感溢れるピアノでありながら伴奏上手なメイバーンがバックについているのだ。朗々と吹き上げるテナーに疾走感、爽快感が付け加わる。この『Dead Center』のワンホーン・テナーは実に聴き応えがある。
 
Dead_center
 
ちなみに、このアルバム、High Note Recordsという、マイナーなレーベルからのリリースなんだが、録音エンジニアは、おなじみの伝説の人ルディ・ヴァン・ゲルダー、という、ちょっとマニアックな香りがするアルバムである。

全編に渡って、引き締まった、内容のある演奏がぎっしりと詰まっていて、なかなかに出来の良いアルバムです。僕は、訊かれれば、エリック・アレキサンダーの代表作3枚の中の1枚に挙げていますね〜。オリジナル曲もテクニックに走らず、聴き心地が良いものばかりですし、スタンダード曲を吹かせたら、エリックのテナーはスケールの大きい吹きっぷりなので、聴き応え十分。

そして、僕はラストの「I Could Have Danced All Night」に惚れ惚れする。実は僕はこの曲が大好き。耳にするだけで震えが来るくらいに大好きな曲だ。邦題は「踊り明かそう」。ミュージカル「マイ・フェア・レディ」の人気曲である。オードリー・ヘップバーン主役の映画の挿入歌でも有名。この名曲をエリックが、実に楽しそうに、朗々と歌い上げていきます。見事です。

春の暖かな季節にピッタリの、伸び伸びと自由闊達に朗々と鳴り響くワンホーン・テナー作品。ジャズ初心者の方々にも、ジャズ者ベテランの方々にもお勧めの良いアルバムだと思います。

 
 

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2012年4月11日 (水曜日)

春にスイングジャズをもう一丁

温かい雨である。蕭々と降っている。南風が強くなって大荒れになる、という予報だったが、今のところ、風はほとんど吹かない。ちょっと強めの春雨が蕭々と降っている、我が千葉県北西部地方。なんとなく良い雰囲気の夜である。

温かい雨の音を聴きながら、春ならではの、ノンビリ、ほのぼのとしたジャズがやはり今日も聴きたくなる。

昨日、「春爛漫の温かい春の雰囲気になってくると、ふとノンビリ、ほのぼのとしたジャズが聴きたくなる。ノンビリ、ほのぼのとしたジャズといえば、スイング・ジャズである」と書いた。なんとなく、レトロチックで温かいほのぼのジャズ。やはり、それは、スイング・ジャズだろう。

ということで、今日もスイング・ジャズの雰囲気を宿したアルバムを聴いている。今日のアルバムは『The Art Tatum - Buddy DeFranco Quartet』(写真左)。また、テイタムのアルバムかい、と言わないで欲しい。好きなのだから仕方が無い(笑)。1956年2月の録音になる。ちなみにパーソネルは、Buddy DeFranco (cl) Art Tatum (p) Red Callender (b) Bill Douglas (ds)。

今や、ジャズの世界ではマイナーな楽器になってしまったクラリネット。でも、僕はこのクラリネットのほのぼのとした、柔らかで丸い音が大好きである。自分でも吹きたいくらいだ。そして、モダン・ジャズにおけるクラリネット奏者と言えば「バディ・デフランコ」(写真右)。そのデフランコとジャズ・ピアノの神様、アート・テイタムのコラボである。触手が伸びるのは当たり前。

Tatum_defranco_quartet

ビ・バップに似たスタイルで、超絶技巧なテクニックを駆使しつつ、饒舌なインプロビゼーションをかますところは、テイタムの最大の個性。とにかく、神様の様な、目眩く飛翔せんばかりの超絶技巧なテクニックである。そして、同じく、超絶技巧なテクニックを駆使しつつ、饒舌ではあるが、どこかノンビリとした優しいインプロビゼーションをかますデフランコ。柔らかで優しい、それでいて、しっかりと芯の入った、硬派なブロウは唯一無二のもの。

鋭角で饒舌なテイタムのピアノと柔らかで饒舌なデフランコのクラリネット。好対照の部分と同調する部分が上手くミックスされて、なかなか良い雰囲気のアルバムである。

収録されたどの曲もどの曲も、テイタムとデフランコが良い感じのコラボしていて、雰囲気は「スイング・ジャズ」。演奏の形態は「ハード・バップ」。そして、ソロ・パートの演奏マナーは「ビ・バップ」。これがなかなか、面白い組合せ。他のジャズメンには聴くことが出来ない、ありそうで無い、面白い組合せ。

特に、僕は「Memories of You」という曲が大好きで、この曲が収録されているだけで、そのアルバムは「良し」としてしまうくらい。「ベニー・グッドマン物語」という映画での挿入曲として、高校時代に初めて聴いて惚れて以来、既に35年。この曲は聴く度に、心がほのぼのとして、気持ちがふんわりリラックス。いや〜良い曲ですね〜、ほんとに。

昨日と同じフレーズで、今日のブログを締めさせて頂く。「春爛漫な気候と雰囲気に、スイング・ジャズは良く似合う。このところ、時々、テイタムの一連のアルバムを引っ張り出して来ては、こっそりと人知れず聴いている」。お後がよろしいようで・・・(笑)。

 
 

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がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力しよう。 

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2012年4月10日 (火曜日)

春にスイングジャズは良く似合う

やっと温かくなってきた。やっと春らしい陽気になってきた。朝もヒンヤリしなくなった。いや〜待望の春である。

昨年入院して以来、自宅療養からリハビリを経て、さすがに体調が優れないながらも会社へ復帰して、なんとか通勤をして体調回復に努めていた頃は、ずっと冬に向かって季節は進んでいた。そして、今年の冬は寒くて長かった。なかなか温かくならないから、なかなか体調が元に戻らないのでは、と寒い冬に八つ当たりしていた。

そんなこんなで、やっと春が来た気分である。やっと気温も平年並みになってきた。まだ、少し、気温は低めだが、冬が寒くて長かった分だけ、多少気温が低めでも、今年は春爛漫の温かい春の雰囲気が味わえる。ようは気持ちの問題である。

春爛漫の温かい春の雰囲気になってくると、ふとノンビリ、ほのぼのとしたジャズが聴きたくなる。ノンビリ、ほのぼのとしたジャズといえば、スイング・ジャズである。スイング時代のジャズの雰囲気は、テクニック確かで、切れ味の良い演奏であっても、どこか、ほのぼのとした雰囲気が漂う。そんなところが僕は好きだ。

今日は、スイング・ジャズの雰囲気を宿したアルバムとして、『Art Tatum-Roy Eldridge Quartet』(写真左)をチョイス。1955年3月の録音。ちなみにパーソネルは、Roy Eldridge (tp, flh) Art Tatum (p) John Simmons (b) Alvin Stoller (ds)。ピアノの神様アート・テイタムと、ジャズがスウィングからバップへ移行する時代の重要なトランペット奏者であるロイ・エルドリッジ(写真右)、二人の為のカルテットである。

Tatum_eldridge

1955年の録音で、時代はハード・バップの時代になっているが、このカルテットの録音は、演奏全体の雰囲気はスイング・ジャズであるが、テイタムとエルドリッジのソロ・パートの演奏スタイルは「ビ・バップ」。特に、テイタムのピアノは、超絶技巧で饒舌。圧倒的なビ・バップのピアノである。

喧しいとか五月蠅いとか心無い評もあるが、ビ・バップに似たスタイルで、調節技巧なテクニックを駆使しつつ、饒舌なインプロビゼーションをかますところは、テイタムの最大の個性なので、これは外せない。逆に、そうでなければテイタムでは無い、という位だから、ありのままを演奏をしっかりと受け止めたい。

エルドリッジのトランペットは、基本的にはビ・バップを踏襲しつつ、ところどころ雰囲気はスイング・ジャズになるところが面白い。ジャズがスウィングからバップへ移行する時代の重要なトランペット奏者という、エルドリッジの位置付けを決して外すことの無い演奏スタイル。切れ味の良いトランペットでありながら、どことなく、ほのぼのとした雰囲気が漂うのは、やはり、エルドリッジのトランペットの底には、スイング・ジャズのマナーが流れているからだろう。

テクニック確かで、切れ味の良い演奏であって、どこかほのぼのとした雰囲気漂うのが、このアルバムの良さ。夏に聴くとテイタムの饒舌なピアノが暑苦しく、秋に聴くとスイング・ジャズな響きがどこか淋しげで悲しくなる。冬に聴けば、エルドリッジの切れ味の良いトランペットが冷たく感じる。しかし、春は違う。春にこのアルバムを聴くと、春爛漫な気候と相まって、なかなか良い感じで聴けるのだ。

春爛漫な気候と雰囲気に、スイング・ジャズは良く似合う。このところ、時々、テイタムの一連のアルバムを引っ張り出して来ては、こっそりと人知れず聴いている。

 
 

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2012年4月 9日 (月曜日)

日本のクロスオーバー・ジャズ

日本のジャズ・ロックって、どうなっていたんだろう、という疑問がふと湧いた。欧米のジャズ界では、1960年代後半から1970年代前半、ファンキー・ジャズからジャズ・ロックへの移行、そして、ロック・ビートとの融合として、クロスオーバー・ジャズの時代。当時、日本のジャズ・シーンでは、どういう展開になっていたんだろう。

ここに、渡辺香津美の『Endless Way(エンドレス・ウェイ)』(写真)というアルバムがある。1975年7月、渡辺香津美が21歳の時に録音したサード・アルバムである。ちなみにパーソネルは、渡辺香津美(g)、井野信義(b)、倉田在秀(ds)、向井滋春(tb)、土岐英史(ss)。純日本のメンバー編成である。

全4曲とも渡辺香津美のオリジナル。その音はと言えば、当時、渡辺貞夫が推進していたアフリカン・ネイティブな響きを踏襲したワールド・ミュージック的なフュージョンと、ディストーションのかかったギターでのロック・テイストなクロスオーバー・ジャズが混在した音世界。明らかに、日本ジャズのリーダー渡辺貞夫と、当時のラリー・コリエルのイレブンス・ハウスやジョン・マクラフリンのマハヴィシュヌ・オーケストラを意識した音作り。

実に興味深い。当時の日本のクロスオーバー・ジャズは、グローバルな観点で聴くと、英国と同様、ロックとジャズの境目が曖昧。というか、1975年時点での日本のクロスオーバー・ジャズは、英国のラリー・コリエルやジョン・マクラフリンを意識し、十分に対抗しうる、高度な演奏スキルと作曲能力を身につけていた。
 

Kazumi_endless_way

 
3曲目のタイトル曲「Endless Way」などは、ジャズというよりはロックである。バックのリズム・セクションのリズム&ビートがジャジーなので、辛うじてジャズ的な雰囲気を宿してはいるが、渡辺香津美のギターは、尖ったロックそのものである。ジェフ・ペックと対抗し得る、ハイテクニックなギター・インスト。ジャジーな雰囲気が色濃い分、ジェフ・ベックよりもアカデミック。若き日の渡辺香津美の凄さが良く判る。

冒頭の「オン・ザ・ホライゾン」の前奏のリリカルなアコギは、すぐ後にトレンドとなるフュージョン・ジャズの響きを宿しており、当時の日本クロスオーバー・ジャズ・シーンの先取性を感じる事が出来る。

しかし、1975年当時、日本のジャズ・シーンでは、電気楽器に対しては「つれなく」、電気楽器は異端として扱われていた。加えて、日本ではまだまだ電気楽器については高価であり、電気楽器自体も楽器として成熟してはいなかった。日本のジャズ・シーンでのエレクトリック・ジャズの受けは良くなく、日本でもインスト中心のロック・バンドは数えるほどしかなかった。

そんな厳しい環境の中で、日本のクロスオーバー・ジャズは、ラリー・コリエルやジョン・マクラフリンなどに代表される、アート性を追求する英国のクロスオーバー・ジャズに十分に対抗しうる、高度な演奏スキルと作曲能力を身につけていた。なんだか、日本人として、ちょっと誇らしい話である。

 
 

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2012年4月 8日 (日曜日)

懐かしの「Wishbone Ash」

さて、我が「ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログ」の週末の土曜日と日曜日は、70年代ロック&Jポップの日。今日は、英国の伝説的ロック・バンド、ウィッシュボーン・アッシュのお話しを・・・。

ウィッシュボーン・アッシュ(Wishbone Ash)は英国系のロックバンド。結成は1969年。1970年にバンド名と同タイトルのアルバムによってデビューし、翌年のメロディ・メーカー誌のブライテスト・ホープ部門にてNo.1に選出され、一躍その名を知られる事となる。何と言っても、ウィッシュボーン・アッシュの特徴は「ツインリードギター」のバンドスタイル。

ウィッシュボーン・アッシュのツインリードギターと言えば、アンディ・パウエルとテッド・ターナー。このツインリードギターは、プログレッシブ・ロックやフォーク・ロック、そして、クラシックに強い影響を受けている。この二人のツインリードギターは実に印象的でメロディアスなフレーズを有しており、当時「世界一美しい音を出すバンド」として高い評価を受けていたのも頷ける。

このツインリードギターの音色が凄く魅力的で格好良い。メロディアスで耳に心地良いハーモニーには惚れ惚れする。バンドとしての演奏力も高く、実に聴き応えのあるアルバムを幾枚もリリースしていた。僕は、このウィッシュボーン・アッシュというバンドが大好きでした。

1970年代半ば、僕が高校生だった頃、ロックバンドのコピーと言えば、いの一番はディープ・パープルで圧倒的な人気を誇っていました。続いて、コピーのし易さから、グランド・ファンク・レイルロード(GFR)。とにかく、ディープ・パープルのコピー人気は圧倒的でしたね〜。しかし、ディープ・パープルもGFRも、ちょっと音楽的にシンプル過ぎて、当時、僕は好きじゃなかった。

ウィッシュボーン・アッシュの、プログレッシブ・ロックやフォーク・ロック、そして、クラシックに強い影響を受けた音作りは、実にアーティスティック。ロックのコピー・バンドの中でも、ちょっと「ハイソ(High Society)」で垢抜けた連中がいち早くコピーしていて、音楽の判る連中から一目置かれていた。ハイソなロック好きの女の子達にも人気があったなあ(笑)。

Wishbone_ash_bbc

確かに、ウィッシュボーン・アッシュのコピーをしていて、演奏が決まった時の快感は素晴らしいものがある。例えば、ツインリードギターの間奏フレーズ部分だけ、ギター2本でピタッと決まれば、それはそれで快感だった(笑)。それほど、ウィッシュボーン・アッシュのツインリードギターは実に印象的でメロディア スなフレーズを有している。

Wishbone Ashの『BBC Radio One Live in Concert』(写真左)を聴けば、そのツインリードギターの魅力とウィッシュボーン・アッシュというバンドの演奏力の高さが実感できる。1972年にBBCで行われたライヴの模様を収録したものなんだが、1972年といえば、名作『Argus』が発表された年。収録されたそれぞれの曲の内容も充実していて、かなり聴き応えがある。収録された曲は以下の通り。

1. Blowin' Free
2. Time Was
3. Jailbait
4. The Pilgrim
5. Warrior
6. Throw Down The Sword
7. The King Will Come
8. Phoenix

細かく聴けば、スタジオ録音と比べれば、演奏の粗さは否めない。でも、ライブ独特の熱気と疾走感がある。その熱気の中で、アンディ・パウエルとテッド・ターナーのツインリードギターが炸裂する。

ウィッシュボーン・アッシュの初期の名曲がズラリと並ぶが、ちなみに、このBBC出演は、当時の新盤『Argus』のプロモーションの一環で、『Argus』からのナンバーが、ライブ盤の全8曲中5曲を占めるは、そういう背景から、とのこと。

実は、本作は音は良いのであるがモノラル仕様である。恐らく、このライブ盤のもともとのマスターはステレオで録音されたもののはずで、本作に使われた音源はオリジナルではない可能性が高い。

それでも、このライブ盤は、当時のウィッシュボーン・アッシュのライブ演奏力の高さを証明してくれるもので、当時のウィッシュボーン・アッシュは、このライブ盤レベルの演奏を平均的にやっていた、ということ。やはり、1970年代の伝説のバンドの演奏力は相当に高いものがあったんやなあ。このライブ盤を聴く度に、様々な「万感な想い」が心の中を去来する。

 
 

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2012年4月 7日 (土曜日)

今年のお花見は「しだれ桜」

今年のお花見は、市川市の真間山弘法寺に行って来ました。真間山弘法寺は、行基菩薩や弘法大師の建立伝説のある、伏姫桜と呼ばれる樹齢推定400年のしだれ桜が有名な名刹。伏姫桜の他にも約200本の桜があるそうです。

今日は久し振りに天気の良い週末でしたが、ちょっと北風が冷たい。ウインドブレーカーを羽織っての外出でしたが、それでもなんとなく肌寒かったですね〜。これだけヒンヤリしているのですから、お目当てのしだれ桜も、まだ満開じゃないんだろうなあ〜、と5〜7分咲きを想定しつつ市川へ。

R0011155_3

JRの市川駅から真間山弘法寺へ真っ直ぐに続く門前通りは、その入り口が市川駅からはとても判り難く、しっかりと駅前の地図などを確認して行くことをお勧めします。方向音痴の気がある方だと、しっかり迷うと思います。その門前通りも狭くて、人出が多いととても歩きにくい。市川の街中ってどこもそうですから、仕方が無いですね。

お寺の入り口は、とても急な階段で登るのにも降りるにも骨が折れます。高校生でも息が上がっていたみたいですから、僕達みたいなおじさん、おばさんにとっては結構辛い。息も絶え絶えに登り終えました(笑)。

R0011114_3

伏姫桜と呼ばれる樹齢推定400年のしだれ桜は、さすがに実際に見て立派なものでした。実際に目の当たりにすると、結構、迫力があります。今日は、5〜7分咲きを想定していましたが、なんと行ってみたら満開でした。これは、今年の桜は来週の週末まではもたないですね。週末としては明日がラスト・チャンスでしょうか。

京成電鉄の市川真間駅の周辺は古い街並みが残っており、桜もあちらこちらに咲き乱れています。真間川沿いの桜も綺麗でした。やはり桜は良いですね。桜は、春の「華やかさ、儚さ、寂寞感、そして狂気」を一気に感じさせてくれます。今年は満開の時期に当たって、ラッキーなお花見散歩でした。

R0011183_3

森山直太朗の「さくら」を口ずさみながらの、市川真間周辺のブラブラ歩き。去年11月に緊急入院して、一瞬命の危険を伴ったが故に、今年の桜には、今までに無い「万感な想い」を感じましたね〜。

とりあえず健康であるということは、何にも代えがたい事だということ。あの危機的状況からよくぞ復帰したと思います。お世話になったお医者さん、看護師さん、そして嫁はんに感謝感謝。

 
 

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2012年4月 6日 (金曜日)

「黄金のクインテット」の旗揚げ

マイルス・デイヴィスはアコースティックの世界でも、常にジャズ界をリードする「帝王」だった。マイルスはいち早く、ジャズのトレンドを生み出していった。ビ・バップ以降のアコースティック・ジャズのトレンドは、フリー・ジャズ以外、マイルスが先頭を切って開拓していった。

アレンジメントの重要性をいち早く認識したのもマイルスだし、モード奏法にチャレンジし、ジャズとして「演奏出来る形」にしたのもマイルスだ。モードを推し進め、フリー一歩手前の、最大限に自由度の高いインプロビゼーションを実現したのもマイルスだ。

このライブ盤は、1963年4月に録音された『Seven Steps To Heaven』(2012年3月2日のブログ参照)の3ヶ月後に録音された。モードを推し進め、フリー一歩手前の、最大限に自由度の高いインプロビゼーションの実現に向かって進み始めた、マイルスの姿を捉えたライブ盤である。

1963年7月の録音になる。そのライブ盤のタイトルは『Miles Davis In Europe』(写真左)。ちなみにパーソネルは、Miles Davis (tp) George Coleman (ts) Herbie Hancock (p) Ron Carter (b) Tony Williams (ds)。マイルスの「黄金のクインテット」からウェイン・ショーターを差し引いて、代わりにジョージ・コールマンがテナーで参加している。

このライブ盤での演奏は、今の耳で聴いても斬新な響きがする。このライブ盤の時点で、既に、モード奏法をベースに自由度の高いインプロビゼーションを既に実現しつつあるところは「驚き」である。まず、マイルスのトランペットのインプロビゼーションのフレーズが実に斬新であり、実に先進的である。今の耳で聴いても先進的な響きがするとは、さすが「帝王」マイルスである。

Miles_in_europe

その斬新な響きは、バックのリズムセクションの仕業でもある。ピアノのハービー、ベースのロン、ドラムのトニー、この3人のリズムセクションのリズム&ビートは、これまた、今の耳で聴いても斬新な響き。そして、実に自由度の高いリズム&ビートが素晴らしい。まだまだ発展途上という雰囲気ではあるが、それでも、今のジャズ界にも通用するモーダルな演奏レベルを既に保持していることが驚き。

ちなみに、なにかとマイナスの話題として挙がるコールマンのテナーについては、世間の評判通りと言わざるを得ないなあ。なぜ、この時点でテナーはコールマンだったのか。今でも疑問が残る。

マイルスを筆頭に、ハービー、ロン、トニーの、モード奏法をベースにした、自由度の高いインプロビゼーションのレベルと比べると、コールマンのテナーは、特にインプロビゼーションのイマージネーションの面において数段劣る。単純に「シーツ・オブ・サウンド」を吹きまくっている「小コルトレーン」という趣のテナーは「平凡」。

マイルス・バンドとしては、手垢のついた感のあるスタンダード曲「Autumn Leaves」「All Of You」「Walkin'」や十八番の「Milestones」が、 モード奏法をベースにした、自由度の高いインプロビゼーションによって、まるで新しく作曲された曲の様に響き渡る。そして、その演奏の疾走感と高揚感、爽快感は、今でもこの時代のマイルス・バンドだけが保有する唯一無二な個性。

ジャケット・デザインが平凡で損をしている。内容的にはアコースティック・マイルスの佳作として、もっと聴かれるべき作品だと僕は思う。ちなみに、僕はこのアルバム、好きです。

 
 

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2012年4月 5日 (木曜日)

春爛漫の季節にチェットの歌声

ユッタリとリラックス出来るジャズ・ボーカルを流しながら、うたた寝をするも良し、ユッタリとした気持ちで本を読みふけるも良し、この「春爛漫」な季節って、何故か、オーソドックスなジャズ・ボーカルがピッタリとフィットするんやな〜。

ということで、「春爛漫な季節はジャズ・ボーカル」のお話しの第2弾。春のうららかで長閑な暖かな気候にピッタリの男性ボーカルと言われて、真っ先に浮かぶのが、チェット・ベーカー(Chet baker)。

米国西海岸ジャズの人気トランペッターであり、裏の顔は「筋金入りのジャンキー」。そんな破天荒なトランペッターは米国西海岸ジャズを代表するボーカリストでもある。

そんなチェット・ベーカーのボーカル・アルバムの中で、今日、選んだアルバムは『Chet Baker Sings and Plays』(写真左)。1955年2〜3月の録音。

ちなみにパーソネルは、Chet Baker (vo, tp), Red Mitchell, Carson Smith (b), Corky Hale (harp), Edgar Lustgarten, Kurt Reher, Eleanor Slatkin, Ray Kramer (cello), Bud Shank (fl), Russ Freeman (p), Bob Neel (ds)。当時の米国西海岸ジャズの一流どころのミュージシャンがズラリと並ぶ。

チェットのボーカルは「中性的」。男性ボーカルでありながら、力強さや豪快さは微塵も無い。柔らかで丸くて滑らか。「アンニュイ」という形容がピッタリの「気怠さ」。でもただの「気怠さ」では無い。変な形容なんだが、チェットのアンニュイで中性的なボーカルの背後に、男性ボーカルならではの「力強さ」が漂っているのだ。

Chet_sings_plays

気怠い雰囲気のボーカルだけど、一本筋が通っているというか、頼りなさげではあるが芯はシッカリしている、という感じが、僕にとっては実に魅力的である。ボーカル・テクニックも水準以上であり、聴いていて疲れない、実に良い雰囲気の男性ボーカルである。

担当楽器のトランペットもなかなかに優秀。オープン・ホーンのマイルスの音色に似た、円やかで滑らかなブロウ。間奏部分のワンフレーズ程度のブロウなんだが、これがなかなかに良い雰囲気なのだ。しかも面白いのは、チェットのトランペットは、ボーカルと同じ響きがする。アンニュイなトランペットの響きは、チェット・ベイカーの無二の個性である。

加えて、チェットのボーカル、は「甘すぎ」で「泣き泣き」なんだが、どうしてなんだか、不思議と飽きが来なくて、何度も繰り返し聴いても平気。チェットのボーカル・アルバムは、知らず知らずのうちにヘビロテになっている(笑)。この『Chet Baker Sings and Plays』も例外では無い。事実、この『Chet Baker Sings and Plays』は今日のヘビロテ・アルバムになっていた(笑)。

全編通して38分弱で、ちょっとアルバムとしては短いかなあとは思うんだが、選曲が良く、アレンジが良い為、アルバム全体で統一感があって飽きが来ない。しかも、チェットのボーカルはなぜか飽きが来ない性質をしているので、2〜3回繰り返し聴いても気にならない。実に不思議なボーカルではある。

『Chet Baker Sings and Plays』において感じられる「微妙な翳り」。ちょっと緩くて、時折、音程が心許なくなる様な、アンニュイなチェットのボーカルによって、陽光降り注ぐ様に健康的な米国西海岸系ピアノ・トリオのアンサンブルに微妙な陰りが生じる。

この「微妙な翳り」が、春の「物憂さ」、春の「寂寞感」、そして春の「隠れた狂気」を感じさせてくれる。春爛漫の季節にチェットのボーカルは、ちょっと危うい。その「儚い危うさ」がチェットのボーカルの魅力なのだ。

この『Chet Baker Sings and Plays』は、チェット・ベイカー入門に最適な一枚だと思う。

 
 

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2012年4月 4日 (水曜日)

春爛漫な季節はジャズ・ボーカル

今年の春はなかなか気温が上がらない。4月というのに、最低気温が2〜3度、最高気温が13〜4度止まりというのはちょっと酷い。これでは平年の3月の気温では無いか。

それでも、日中の陽射しは春爛漫の力強さで、陽向を歩いている分にはポカポカ暖かく、10分ほど歩いていると額に汗が滲んでくる位である。まあ、今年の1〜3月は寒かったから、なかなか気温が上がらないのも仕方が無い。桜もゆっくりと咲きつつあるし、今年はゆっくりではあるが、少しづつ「春爛漫」な雰囲気が色濃くなってきている。

ポカポカ陽気の「春爛漫」な気候になってくると、我がバーチャル音楽喫茶『松和』では、ジャズ・ボーカルが流れるようになる。ユッタリとリラックス出来るジャズ・ボーカルを流しながら、うたた寝をするも良し、ユッタリとした気持ちで本を読みふけるも良し、この「春爛漫」な季節って、何故か、オーソドックスなジャズ・ボーカルがピッタリとフィットするんやな〜。

今日のオーソドックスなジャズ・ボーカルは、Ella Fitzgerald & Louis Armstrong『Ella And Louis』(写真左)。1956年8月16日の録音。ちなみにパーソネルは、Louis Armstrong (vo,tp), Ella Fitzgerald (vo), Ray Brown (b), Herb Ellis (g), Oscar Peterson (p), Buddy Rich (ds)。

改めてパーソネルを見渡すと、オスカー・ピーターソン・トリオ(当時のピアノ・トリオはピアノ+ベース+ギターが主流)プラス、バディ・リッチのドラムというリズム・セクションが凄い。昔から、このボーカルアルバムは良く聴いており、バック・バンドが素敵やなあと思っていたんだが、なんと当時のモダン・ジャズのビッグ・ネームばかりではないか。そりゃ〜良い音する筈ですわ(笑)。
 

Ella_and_louis1

 
さて、このボーカル・アルバム、ジャズ・ヴォーカルのファースト・レディとジャズ・ヴォーカルの元祖でありキング・オブ・ジャズの顔合わせで、悪かろう筈が無い。これぞジャズ、これぞジャズ・ボーカルという圧倒的説得力を持った内容で惚れ惚れする。

このアルバムは、徹頭徹尾、どこから聴いても「ジャズ」を感じる事が出来る。スタイルとか、コードとかモードとか、新しいとか古いとか、平凡だとか個性的だとか、そんな難しいことを考えること無しに、単純に聴いていて、しっかりと「ジャズ」を感じる事ができる。良い意味でリラックスした雰囲気が、さらなる「彩り」を添える。実に楽しそうな2人とデュエットが良い。

当時、既にジャズ・ボーカルの女王的存在であったエラが、実に可愛らしく愛らしい乙女のようなボーカルを聴かせてくれる。そして、渋い「だみ声」のサッチモ(ルイ・アームストロングの愛称)の男性的なボーカルが野太く大らかに響く。

いや〜このエラとサッチモの「ボーカルの対比」が絶妙。加えて、二人のボーカルの素朴で暖かい味わいが更なる魅力を添えてくれる。そして、忘れてはならない。キング・オブ・ジャズ=サッチモのトランペットも圧倒的な説得力を持って「ジャズ」をしっかり感じさせてくれる。

単純に聴いていて良い感じのボーカル・アルバムです。素朴でほのぼのとした味わいは、春爛漫な季節にピッタリです。

ジャズ・ヴォーカルのファースト・レディとジャズ・ヴォーカルの元祖でありキング・オブ・ジャズの顔合わせであるこのアルバムを聴きながら、うたた寝をするも良し、ユッタリとした気持ちで本を読みふけるも良し、この「春爛漫」な季節って、何故か、オーソドックスなジャズ・ボーカルがピッタリとフィットする。 

 
 

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2012年4月 3日 (火曜日)

クールなオルガン、もう一丁

そのコッテコテの「どファンキー」とは対極の、静的でクールな、決して熱くならない、冷静で涼しげなオルガン・ジャズもあります。その代表格が Sam Yahel(サム・ヤヘル)。

3月22日のブログ(左をクリック)でご紹介したアルバム『Trio』。このアルバムは、1997年12月の録音。パーソネルは、Sam Yahel(org), Peter Bernstein(g), Brian Blade(ds)。ヤヘルのオルガンがベースの役割も兼ねて、ドラムとギターのトリオ・アルバムである。ギターの音色が、静的でクールな雰囲気を増幅させて、それはそれは冷静なオルガン・ジャズである。

そんなヤヘルのオルガン・トリオで、もう一枚、お勧めのアルバムがある。『Truth and Beauty』(写真左)。2005年9月の録音。ちなみにパーソネルは、Sam Yahel(org), Joshua Redman(ts), Brian Blade(ds)。こちらは、ヤヘルのオルガンがベースの役割も兼ねては同じだが、ドラムとサックスのトリオ・アルバムである。

ギターがサックスに変わっただけで、アルバム全体の演奏に「躍動感」が加わって、実に華やかな雰囲気になっている。サックスの躍動感とメリハリのある音色が、かえって、ヤヘルの静的でクールな、決して熱くならない、冷静で涼しげなオルガンを強調する効果を出していて、なかなかに味わい深い。
 

Truth_and_beauty

 
特に、このジョシュアのテナーが実に良い。躍動感溢れ、ヤヘルの静的でクールなオルガンに呼応するように、ファンキーで黒い雰囲気は極力抑えつつ、実に知的で魅力溢れるテナーを吹きまくっている。これだけ知的かつ躍動感を前面に押し出して吹くジョシュアは実に魅力的。

ドラムは、ブライアン・ブレイド。この人のドラミングは音色もリズムも多彩で、ポリリズミックなドラミングも有効だし、スタンダードなオフビートのドラミングも魅力的。これだけ多彩で様々なビートを叩き出すドラムがバックに控えているからこそ、フロントのオルガンについては、様々なアプローチが可能となって、オルガン・ジャズの可能性が広がる。

僕は、オルガン・ジャズの可能性を広げるのは、ドラムとの相性とコラボだと思っている。そういう意味で、ヤヘルのオルガンにブレイドのドラムは相性ピッタリ。ブレイドの多彩で豊かなドラミングとの相乗効果で、ヤヘルのオルガンの可能性がどんどん広がっている。そんなオルガン・ジャズの可能性の広がる中で、ジョシュアがストレートで躍動感溢れるテナーを吹きまくるのだ。悪かろうはずがない。

いわゆるコテコテ系オルガン・グルーブとは違う、コンテンポラリーでスタイリッシュ、静的でクールな、決して熱くならない、冷静で涼しげなオルガン・グルーブが心ゆくまで楽しめる、なかなかに優れた内容の一枚です。静の『Trio』、動の『Truth and Beauty』。ヤヘルのオルガン・ジャズ入門盤としてこの2枚はお勧めやね〜。

 
 

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2012年4月 2日 (月曜日)

MJQの実験的でアートなアルバム

The Modern Jazz Quartet(以下MJQと略す)は、ジャズをアートと見立て、アーティステックかつ実験的なアルバムをリリースしている。しかし、我が国では、そのアーティスティックかつ実験的なアルバムの多くは、MJQを紹介する際の「推薦盤」として名前が挙がることは殆ど無い。

もともとMJQのグループ・コンセプトである、ジャズをアートと見立て、アーティステックかつ実験的なアプローチを実践する、というところが、我が国のジャズ者の方々、特に、評論家の方々に受けが悪い。受けが悪いというか、極端な評論としては「これはジャズでは無い」と言い切ってしまうものもあって、ちょっと困惑してしまう。

ジャズをアートと見立て、アーティステックかつ実験的なアルバム群に、MJQの大きな本質の一つを感じる事が出来るのだから、MJQというグループを正しく理解するのであれば、好む好まざるに関わらず、このアーティステックかつ実験的なアルバム群に耳を傾ける事は必須だろう。

ということで、なかなか日本では紹介されないMJQの実験的なアルバムをご紹介したい。まずは『The Comedy』(写真)。イタリアの古典喜劇に影響されて、対位法やフーガ等、クラシックの手法を取り入れ、独創的でクラシカルなジャズ・インプロヴィゼーションにチャレンジした1964年の意欲作である。

この「タリアの古典喜劇に影響されて」の部分は、具体的に言うと、このアルバムの全7曲が、すべて「コメディア・デラルテ」に関連しているのだ。
 
で、この「コメディア・デラルテ」って何だ、ってことなんだが、Wikipediaを紐解くと「コンメディア・デッラルテ(Commedia dell'arte)は、仮面を使用する即興演劇の一形態。16世紀中頃にイタリア北部で生まれ、主に16世紀頃から18世紀頃にかけてヨーロッパで流行し、現在もなお各地で上演され続けている」とある。なるほど。

Mjq_the_comedy
 
アルバムの収録曲を並べてみると、その「コメディア・デラルテ」との関連が良く判る。

1. スパニッシュ・ステップス(Spanish Steps)
2. コロンビーヌ(Columbine)
3. プルチネルラ(Pulcinella)
4. ピエロ(Pierrot)
5. ラ・カントリチェ(La Cantrice)
6. ハレルキン(Harlequin)
7. ピアッツァ・ナヴォーナ(Piazza Navona)

第1曲の「スパニッシュ・ステップス」と第7曲の「ピアッツァ・ナヴォーナ」は、「コメディア・デラルテ」が演じられた場所のこと。2曲目〜6曲目は「コメディア・デラルテ」の登場人物を表している。つまり、2曲目の「コロンビーナ」はインナモラータに仕える女の召使い。3曲目の「プルチネルラ」は猫背のだまされやすい男。4曲目の「ピエロ」は「コメディア・デラルテ」では「ペドロリーノ」よばれる道化役。5曲目「ラ・カントリチェ」は女性歌手。6曲目「ハレルキン」は道化役。

なるほど、ここまで調べてみると、この『The Comedy』というアルバムは、実にアカデミックであり、実に実験的なアルバムであることが判る。僕も、調べてまとめてみて、改めて感心した次第。「コメディア・デラルテ」と関連付けて、加えて、対位法やフーガ等、クラシックの手法を取り入れつつ、ジャズ演奏へのアレンジを施し、ジャズのアルバムとして成立させるジョン・ルイスのアレンジの手腕は目を見張るものがある。

そして、そんな独創的でクラシカルなアレンジを、高度なテクニックをもって、ジャズ・インプロビゼーションとして実現するMJQのメンバーの演奏家としての力量足るや、これまた目を見張るものがある。

確かに、このアルバムは、ジャズをアートと見立て、アーティステックかつ実験的なアルバムである。そして、このアプローチこそが、MJQのグループ・コンセプトの根幹をなすものである。このほとんど取り上げられないマイナーな、MJQのアーティステックかつ実験的なアルバムを避けていては、MJQの本質を真に理解したとは言えないだろう。

ジャズのアレンジに興味のある「ジャズ者」の方は、一度は、このアルバムに耳を傾けて欲しい。実に個性的なアレンジ・アプローチで、そういう点では、このアルバムはなかなかに楽しめます。ちょっとアルバム全体の収録時間が短いのが「玉に瑕」ですけど・・・。

 
 

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がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力しよう。 

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2012年4月 1日 (日曜日)

タイミング良く発刊されたガイド本

最近、ふと「何故ジャズが好きになったんだろう」と思うことがある。子供の頃から、ジャズはマイナーな音楽ジャンルなのに、何故ジャズが好きになったのか。恐らく、子供の頃からの「ブラック・ミュージック好き」があるからだと自己分析している。
 
自分の音楽の嗜好を振り返ると、小学生高学年の頃から、ブラック・ミュージックが好みだったのかが良く判る。ラジオから流れてくるチャック・ベリーやジェームス・ブラウンについて、違和感無く受け入れていたし、ナット・キング・コールやフランク・シナトラの歌声が好きだった。

そして、1970年代に入り、中学生になって深夜放送を聴くようになる。当時、岡山に転校しており、岡山は教育県が故に皆真面目な生徒で、なかなかクラスメイトに深夜放送を聴いている同志がいなくて、一人こっそりと聴いていた。そんな深夜放送から流れてくる曲の中で、歌謡曲よりも、とにかく洋楽が好きになった。

英国系のロック&ポップスのエルトン・ジョンやギルバート・オサリバン、Tレックスやデビット・ボウイなどのグラム・ロック、そして、アメリカン・ポップスのカーペンターズや米国に西海岸中心に流行ったシンガーソングライター(キャロル・キングやカーリー・サイモンなど)がお気に入りになった。

そして、70年代ソウル・ミュージックである。まず、ラジオから流れてきたジャクソン・ファイブとスライ&ザ・ファミリー・ストーンに度肝を抜かれた。そして、ロバータ・フラック、グラディス・ナイト&ザ・ピップス、シュープリームスなどの女性ボーカルが好きになった。

高校時代以降は、ダニー・ハサウェイ、アース・ウインド&ファイアー、クール&ザ・ギャング、そして、大学に入って、極めつけはスティーヴィー・ワンダーとマイケル・ジャクソンである。

70s_soul

高校時代にロックにはまり、大学に入って程なく、ジャズにはまった。しかし、この70年代ソウル・ミュージックは、その傍らで、常に僕のお気に入りのジャンルとして、そこにあった。が、なかなか体系立ってコレクションするには財力が続かない。なんせ、底なし沼のようなジャズに手を染めたのである。欲しいアルバムを手に入れても手に入れても、続々と欲しいあアルバムが出てくる。70年代ソウルまで手が回らない(笑)。

でも、70年代ソウルは常に気になる存在で、ジャズのアルバム蒐集の傍らで、ちょくちょくと70年代ソウルのアルバムも集めてきた。過去、このブログでご紹介したウォーやタワー・オブ・パワーなどはその成果だし、最近でも、アベレイジ・ホワイト・バンドやマービン・ゲイのアルバムを物色している。

そろそろ、体系立って、ちゃんとアルバムの蒐集をしないとなあ、と思っていたのだが、その良き指針となる書籍がなかなか見当たらない。困ったなあ、と思っていたら、今回、なんとグッドタイミングで、レコード・コレクターズ増刊として『70年代ソウル (ディスク・セレクション・シリーズ) 』(写真左)が発刊された。いや〜喜ばしいことである(笑)。

70年代ソウルの代表的なアルバムのレビューと、70年代ソウルの基本的な知識が紹介されており、内容的には入門者のためのガイドとしてのみならず、我々の様な従来からの「70年代ソウル者」の再入門の書としてもバッチリな一冊である。この本で紹介されているアルバムを入手し、聴いて楽しむだけでも十分に「70年代ソウル者」になれること請け合いである。

しかし、実に良いタイミングで発刊されたものだ。レコード・コレクターズに感謝したい。しかし、散財ネタがまた増えたということだけは言える。これからは無駄遣いを極力排除して、しっかりと更なる軍資金を確保せんとあかんなあ(笑)。

 
 

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