エレクトリック・マイルスの最終章
さて、久し振りに、エレクトリック・マイルス。いよいよ、エレクトリック・マイルスの前半のピークに差し掛かる。
1974年3月30日、カーネギー・ホールのライブ録音。そのライブ盤のタイトルは『Dark Magus(ダーク・メイガス)』(写真)。ちなみにパーソネルは、Miles Davis (tp, org), Dave Liebman (ss, ts, fl), Azar Lawrence (ts), Pete Cosey, Reggie Lucas (el-g), Michael Henderson (el-b), Al Foster (ds), Mtume (per) 。
エレクトリック・マイルスの前半の終着点『アガパン』の9ヶ月前。フロントのサックスがデイブ・リーブマンの時代。このライブ盤の内容こそが、エレクトリック・マイルス前半戦の最終形。
重量級ファンクネスをベースに、ヘヴィーでポリリズミックなリズム&ビートを創出。そんな超弩級なリズム&ビートをバックに、マイルスの電気トランペットとリーブマンのサックスが乱舞する。
『Dark Magus(ダーク・メイガス)』はCD2枚組。CD1枚目は、重量級ファンクネスな超弩級リズム&ビートの洪水。冒頭から、暴風雨の様な激しいリズム&ビートが疾走する。凄まじくハードでヘヴィーで、叩き付けるようなリズム&ビート。なぜ、ここまでにハードなのか。なぜ、ここまでにヘヴィーにしなければならぬのか。激しいテンションと激しい音圧が耳を襲う。
そんな凄まじくハードで叩き付けるようなリズム&ビートをマイルスの電気ペットが切り裂き、リーブマンのサックスが浮遊する。凄まじいほどの音圧。暴風雨のようだ。そして、疾走感抜群のファンクネス。マイルスが『Miles In The Sky』以降、エレクトリックの世界で追求してきたリズム&ビートの最終成果。
CD2枚目は、エレクトリック・マイルスが現出する「エレクトリック・メインストリーム・ジャズ」の世界。電気楽器の世界は、メインストリーム・ジャズを表現することは出来ない、とする、頭でっかちのジャズ者の人々に対する「アンチ・テーゼ」。
アブストラクトなマイルスの電気ペットとリーブマンのサックス。それだけでも凄まじいばかりのフリーキーなインプロビゼーションなのだが、そこに、重量感たっぷりなファンクネス溢れる、ポリリズミックでヘヴィーなリズム&ビートが流れ込むと、なんと素晴らしい、芳しき「メインストリーム・ジャズ」が創出される。
リズム&ビートとアブストラクトなマイルスの電気ペットとリーブマンのサックスとが「渾然一体」となった混沌とした音世界ではあるが、ポリリズミックでヘヴィーなリズム&ビートが、その混沌とした音世界を、芳しき「メインストリーム・ジャズ」として成立させる。まるで魔法を見ているような変貌ぶり。限りなくアーティスティックな音世界。
エレクトリック・マイルスの基本である「ファンク・ミュージックの追及」は、このライブ盤で最終章に差し掛かる。最終章は、凄まじくハードでヘヴィーで、叩き付けるようなリズム&ビートが主役。溢れんばかりに危険な香りが漂い、一瞬、不気味ですらあり、芳しくもある。もはや、行き着くところまで行ってしまおうと、生き急ぐように疾走する音。ここでのマイルスは、もはや破綻一歩手前で留まっている様な、レッドゾーン突入直前で危険な状態。
聴くほうも真剣勝負を強いられる。それほどまでに「暴力的で危険な音世界」である。ジャズに優しさ、優雅さを求める向きには、絶対にお勧めしない。正にエレクトリック・マイルス者だけが踏み込むことの出来る「暴力的で危険な音世界」である。取り扱い注意なライブ盤である。
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