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2012年3月の記事

2012年3月31日 (土曜日)

再結成アルバムの難しさ

このところ、2000年代に入ってからだが、緩やかに60年代〜70年代中心のロックバンドの再結成が流行っている。クイーン、ピンク・フロイド、ビーチボーイズ、フェイセズ等々、なんだか歳を取っての同窓会の様に、昔のメンバーが集まって、和やかな雰囲気で再結成公演が行われていたりする。

そんな中で、うへ〜っと唸った再結成が「Cream(クリーム)」。クリームは、1960年代に活動したイギリスのロックバンド。メンバーは、ベーシスト兼ボーカリストのジャック・ブルースとギタリスト兼ボーカリストのエリック・クラプトン、ドラマーのジンジャー・ベイカーの3人。

解散した理由には、ジャック・ブルースとジンジャー・ベイカーの確執があったという「うわさ」話もあり、クラプトンも加えて、演奏の不十分さについての喧嘩があったという「うわさ」話もあり、解散の理由を本や雑誌で読むにつけ、クリームの再結成は絶対に無いし、再結成したところでいいことは一つも無いと思っていた。

しかし、1990年代には、再結成に関わる質問に、確執のあった二人と言われるジャック・ブルースとジンジャー・ベイカーは「やってみたい、協力したい」との談話を残し、クラプトンも「失敗する訳にはいかないので、軽はずみには言えないが、やってみたいとは思う」などという、やや肯定的な意見を述べていたので、当時は「ほんまかいな」と思って半信半疑だった。

そして、いきなり、2005年に入って、2005年5月に再結成し、ライブ開催することを発表。再結成ライブは、5月2、3、5、6日の4日間、ロイヤル・アルバート・ホールにて行なわれた。そのライブ公演の記録を捉えたアルバムが『Royal Albert Hall: London May 2-3-5-6 2005』(写真左)。

このライブ盤を通して聴いて、なんだか複雑な気持ちになった。楽器も機材も1960年代後半と2005年とでは全く違う。当然、2005年の再結成ライブでは、その時点での最高に近い楽器と機材を使用している。録音技術だってそうだ。1960年代後半と2005年とでは技術のレベルが全く違う。3人のメンバーの演奏技術だってそうだ。テクニックという単純な観点では、当然、1960年代後半と2005年とでは全く異なる。

Cream_royalalbert_2005

正直、この再結成って「意味あんのかな〜」と思った。往年のファンからすると、同じだけ年齢を重ねた3人のメンバーが現在の姿で演奏するのを見て聴いて、懐かしさを最優先に、あの頃のイメージを思い浮かべながら、ノスタルジックな想いに浸るという点では意味があるのかもしれない。しかし、一般のロック者にとって、どういう意味があるのか、と思う。

クリームの演奏を知りたければ、体験したければ、やはり1960年代後半にリリースされたオリジナル・アルバムやライブ・アルバムを聴くのが一番だろう。それは「歴史を学ぶ」行為と同じ。弥生時代の土器を体験するには、土器の本物を見るのが一番。つまり、クリームの演奏を体験するのに、年齢を重ねた今のメンバーでの、今の楽器や機材を使用しての音を聴いても、何の意味があるのか、と思ってしまう。

確かに、このライブ盤に詰まっている音は、重ねた年齢の割には「上手い」。しかし、1960年代のクリームの様な、ライブでの火花を散らすようなアドリブ合戦は全く無い、というか、年齢を重ねた故に「出来ない」。この火花を散らすような、相手を打ち負かさんとする激しいアドリブ合戦が、当時のクリームの最大の個性なのに、である。このライブ盤には「スタジオ版クリーム」をイメージさせる演奏が詰まっている。これでは正しくクリームを体験することにならない。

ジャック・ブルースとジンジャー・ベイカーは、年齢を重ねた割には、クリームを離れた後の音楽キャリアの割には、演奏内容については、なかなか「健闘」している。が、1960年代後半、クリームの現役時代の演奏内容と比べると、今の演奏内容は見劣りする。クラプトンのギターだってそうだ。あまりに綺麗で整然としていて破綻が全く無い。綺麗過ぎるクラプトンのギターも、クリームもギタリストという点では、あまりに違和感が有り過ぎる。

つまりは、この手の再結成アルバムは、往年のファンが、同じだけ年齢を重ねた3人のメンバーが現在の姿で演奏するのを見て聴いて、懐かしさを最優先に、あの頃のイメージを思い浮かべながら、ノスタルジックな想いに浸るという点のみに意味がある。そういう風に割り切れば、それはそれで聴き応えがあるし、聴いていて楽しい。が、このライブ盤の演奏は、本来の「真のクリームの音」では無い。こういうところが再結成アルバムの難しいところだろう。

このアルバムでクリームを体験してはならない。このアルバムを本当に楽しめるのは、クリームのオリジナル・アルバムを聴き込んだ往年のクリームのファン、所謂「クリーム者」だけである。

 
 

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2012年3月30日 (金曜日)

こんなアルバムあったんや・11

今日は、アーマッド・ジャマル祭りの番外編。「こんなアルバムあったんや」の第11回目。アーマッド・ジャマルの『Freeflight』(写真左)をご紹介する。

アーマッド・ジャマルの『Freeflight』。1971年7月17日、モントルー・ジャズ・フェスティバルでのライブ録音。ちなみにパーソネルは、Ahmad Jamal (p, el-p), Jamil Nasser (b), Frank Gant (ds)。モントルーはスイスにある。冒頭、スイス語(フランス語?)でのアナウンスで、このライブ盤は幕を開ける。

ここでのアーマッド・ジャマルのピアノは、1950〜1960年代までの「しっとりシンプルでオシャレなサウンド」のスタイルが強い。1960年代終わり〜1970年代以降の「アーシーで豪快なメリハリのあるサウンド」は多少見え隠れはするが、基本は1950〜1960年代までの「しっとりシンプルでオシャレなサウンド」を踏襲している。

不思議なピアニストである。このアルバムの前に録音された『The Awakening』は1970年の録音。『Poinciana Revisited』は1968年の録音。この2枚のアルバムの、ジャマルのピアノのスタイルは、1960年代終わり〜1970年代以降の「アーシーで豪快なメリハリのあるサウンド」である。しかし、1971年録音のこの『Freeflight』は、1950〜1960年代までの「しっとりシンプルでオシャレなサウンド」に戻っている。

しかも、このライブ盤では、ジャマルは電子ピアノ、つまり「エレピ」を弾いているのだ。いや〜珍しい。というか、エレピを弾く必然性があったのか。ジャマルのエレピのスタイルは、実にシンプルでテクニックについては稚拙ですらある。

Freefright

しかし、例えば、ビル・エバンス、チック・コリア、ハービー・ハンコック、そして、キース・ジャレット等々、超一流のアコースティック・ピアニストのエレピが皆、そうであるように、ジャマルのエレピにも独特の個性的な「味」がある。決して上手くは無いのだが、独特の響きとフレーズがあるのだ。

ジャマルの歪んだ響きのエレピのイメージは「サイケデリック」、そして、リズム&ビート的には「ジャズ・ロック」。エンタテインメント性が豊かなピアニストとして、当時の音楽のトレンドを上手く取り入れた感がある。

この歪んだ響きのエレピを時代遅れと聴くか、サイケデリック色が豊かなジャズ・ロックの名演として聴くか、それによって、このライブ盤の評価は180度変わる。

僕は、このジャマルの「ヘタウマ」なエレピ、好きですね。サイケデリック色が豊かなジャズ・ロックな香りが芳しく、シンプルで稚拙ではあるけれど、味のある演奏で、なかなか聴き応えがあります。

しかし、1950〜1960年代までの、音数を厳選し、間を活かした「しっとりシンプルでオシャレなサウンド」で、マイルスに一目置かれたアコースティック・ピアニストであるアーマッド・ジャマルが、サイケデリック色が豊かなジャズ・ロックなエレピを弾いてしまうのだ。思わず「こんなアルバムあったんや」である(笑)。

 
 

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2012年3月29日 (木曜日)

アーマッド・ジャマル祭りのラスト

今週は、アーマッド・ジャマル祭り。昨日、今度は最近のジャマルを聴いてみよう、と思った。ということで、2000年に入ってからのジャマルを物色。愛聴盤の一枚が『It's Magic』(写真左)。

2007年12月の録音。ちなみにパーソネルは、Ahmad Jamal (p), James Cammack (b), Idris Muhammad (dms), Manolo Badrena (perc)。ベースのJames Cammack、ドラムのIdris Muhammadは、1990年代からの長きに渡っての相棒。と言いながら、ちょっとマイナーな二人ではある。

アーマッド・ジャマルは「年代によって異なる顔を持つ」ジャズ・ピアニスト。1960年代終わり〜1970年代の作品は「アーシーで豪快なメリハリのあるサウンド」が、1980年代になって、アーシーさがすっかり抜けきって、豪快でメリハリのある力強いタッチが特徴に変化。左手の叩き付けるようなガーン、ゴーンという骨太な音はマッコイ・タイナーばり。右手の早弾きテクニックがフィーチャーされる。しかし、劇的な変化は、この1980年代で一旦の終息をみる。

以上は、昨日のブログの語りの振り返りだが、この2007年録音の『It's Magic』においても、基本的には、1980年代以降の、豪快でメリハリのある力強いタッチ、右手の早弾きテクニックは変わらない。
 
しかし、左手の叩き付けるようなガーン、ゴーンという骨太な音は穏やかになっている。その分、ピアノを鳴らしまくるような、スケールの大きい弾きっぷりが目立つようになる。
 
Its_magic
 
加えて、このアルバム『It's Magic』では、パーカッションを入れて、リズム&ビートにも一工夫入れている。このパーカッションの躍動感とフォーキーな響きが上手い具合に隠し味として作用して、とても聴いていて楽しいピアノ・トリオ+パーカッションの演奏になっている。

そう、とにかく、ここでのジャマルのピアノは聴いていて楽しい。ピアノを鳴らし切っているような、スケールの大きい、幅のある弾きっぷりが、とにかく爽快感抜群。ジャズ・ピアノを聴いているなあ、と心から思わせるような、本当に幅の広い、スケールの大きいピアノを聴かせてくれる。「豪快なメリハリのあるサウンド」が洒脱に聴こえる。

まあ、録音された年、2007年12月と言えば、ジャマルは1930年7月生まれだから、77歳である。右手の早弾きテクニックについては、ちょっと陰りが見え隠れする。最盛期に比べて、ちょっと指が回らないなあ、というところがあるが、それは仕方が無い。77歳である。無理からぬこと。

ジャマルのピアノは、ジャズ・ピアノの時代毎のトレンドを上手く取り入れて、上手くアレンジして聴かせてくれる。つまり、スタイリストというアーティスティックなピアニストというよりは、ジャズ・ピアノを楽しく聴かせてくれるエンタテインメント性が豊かなピアニストと言える。

聴いて楽しいアーマッド・ジャマル。とにかく、ジャマルのリーダー作は一定水準を満たしたものが多く、駄作が少ない。エンタテインメント性が豊かなピアニストとしての面目躍如である。

 
 

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2012年3月28日 (水曜日)

1980年代のアーマッド・ジャマル

昨日、一昨日に引き続きアーマッド・ジャマルのお話しを・・・。今週はなんだか「ジャマル祭り」の様相を呈してきた。さて、昨日も書いたが、アーマッド・ジャマルは「年代によって異なる顔を持つ」ジャズ・ピアニスト。1960年代終わり〜1970年代の作品は「アーシーで豪快なメリハリのあるサウンド」が中心。

そんな「年代によって異なる顔を持つ」ジャズ・ピアニストであるアーマッド・ジャマル。1980年代はどうだったか。これがまた、キッチリと変化しているんですね。しかし、本当に良く変化するピアニストですね〜。1980年代に至っては、1950〜1960年代までの「しっとりシンプルでオシャレなサウンド」の面影は全くありません。

1980年代のジャマルでよく聴くアルバムが『Rossiter Road』(写真左)。1986年2月の録音。ちなみにパーソネルは、Ahmad Jamal (p), James Cammack (b), Herlin Riley (ds), Manolo Badrena (perc)。ジャマル以外は僕にとっては無名のミュージシャンばかり。

ここでのジャマルのピアノは、1960年代終わり〜1970年代の作品は「アーシーで豪快なメリハリのあるサウンド」から、アーシーさがすっかり抜けきって、豪快でメリハリのある力強いタッチが特徴。左手の叩き付けるようなガーン、ゴーンという骨太な音はマッコイ・タイナーばり。右手の早弾きテクニックは一流のもの。

Rossiter_road

静から動へ劇的に転換して突っ走る「Without You」、カウベルのリズムが効いて楽しい、切れ味鋭い疾走感が心地良い「Yellow Fellow」、時代の最先端のトレンドを踏まえたドラミングで始まる、アーティスティックな「Autumn Rain」。この時代のジャマルの素晴らしさは「アレンジメント」。いずれの曲もアレンジが素晴らしい。聴き応えのある素晴らしいアレンジ。

ここには、マイルスが愛した、間を活かし、音数を選んだ「しっとりシンプルでオシャレなサウンド」は全く無い。間を活かすどころか、コルトレーンの「シーツ・オブ・サウンド」ばりの超高速テクニックの弾きまくりが前面に押し出されている。そして、ジャマルのテクニックは凄い。思わずポカンと口を開けてしまいそうな、超絶技巧な指捌き。

しかし、本当に、アーマッド・ジャマルは「年代によって異なる顔を持つ」ジャズ・ピアニスト。1960年代終わり〜1970年代の作品は「アーシーで豪快なメリハリのあるサウンド」が、1980年代になって、こんなに変化するとは思わなかった。しかし、劇的な変化は、この1980年代で一旦の終息をみる。

今のジャマルは、豪快でメリハリのある力強いタッチが特徴。そして、ジャマルの素晴らしさは「アレンジメント」。テクニックの素晴らしさは相変わらず。煌びやかなピアノの音が実に魅力的である。うん、今度は最近のジャマルを聴いてみよう。

 
 

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2012年3月27日 (火曜日)

ジャマルのスタイルの「潮目」

昨日に続いて、アーマッド・ジャマルのお話しを・・・。昨日も書いたが、アーマッド・ジャマルは「年代によって異なる顔を持つ」ジャズ・ピアニスト。1960年代終わり〜1970年代の作品は「アーシーで豪快なメリハリのあるサウンド」が中心。

1960年代終わり以前のジャマルのスタイルは「しっとりシンプルでオシャレなサウンド」だった。そして、1969年〜1970年辺りで、いきなり「アーシーで豪快なメリハリのあるサウンド」に変貌する。そんなジャマルのスタイルの「潮目」を捉えたスタジオ録音盤が『The Awakening』(写真左)。

1970年2月のNYでの録音。ちなみにパーソネルは、Ahmad Jamal (p), Jamil Nasser (b), Frank Gant (ds)。ジャマル以外、ベースとドラムは僕にとっては無名。それでも、この『The Awakening』では、ジャマルの1960年代終わり〜1970年代のピアノのトレンドである「アーシーで豪快なメリハリのあるサウンド」がてんこ盛り。

しかも、アーシーではありながら、決して、俗っぽくならずに、「しっとりシンプルでオシャレなサウンド」な響きがそこかしこに残っているところが面白い。さすがにスタジオ録音。ライブ盤の様な、勢い一発という感じでは無く、1曲1曲、丁寧で考え抜かれて収録されているところが、このアルバムの良さ。

Jamal_the_awakening

収録された曲を見渡すと、ハービー・ハンコックの「Dolphin Dance」、オリヴァー・ネルソンの「Stolen Moments」、アントニオ・カルロス・ジョビンの「Wave」といった、メロディーラインが美しく印象的な曲をピックアップしていて、「アーシーで豪快なメリハリのあるサウンド」が実に映える。
 
加えて、前半のソロピアノが「アーシーで豪快なメリハリのあるサウンド」していて一目置きたくなるスタンダード曲「I Love Music」も素晴らしい内容で実に格好良い。良く考えた選曲で感心する。

ちなみに、このアルバムは、クラブジャズやヒップホップで2次利用されているのだという。1990年代以降、ヒップホップのアーティストたちが、こぞってジャマルのレコードをサンプリング。

その「ジャマルのサンプリング現象」を通じて、ジャマルのオリジナリティ豊かなピアノが再評価されたとのこと。しかも、ジャマルのアルバムの中でも、この『The Awakening』は引用率No.1。ヒップホップ世代にとっては「聖典」のようなものだそうだ。ふーん知らなんだなあ。

この時代の「アーシーで豪快なメリハリのあるサウンド」は疾走感抜群、音の粒立ちと湿り感も印象的。加えて、ジャマルの多彩なアドリブも良好。ジャマルの創造性豊かな、実に内容のある、ピアノ・トリオの秀作だと思います。

 
 

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2012年3月26日 (月曜日)

年代毎に異なる顔を持つジャマル

アーマッド・ジャマルは「年代によって異なる顔を持つ」ジャズ・ピアニスト。大きく括って、1950〜1960年代までの作品は「しっとりシンプルでオシャレなサウンド」、1960年代終わり〜1970年代以降の作品は、うってかわって「アーシーで豪快なメリハリのあるサウンド」が中心になりました。

マイルスが着目した、1958年1月16日、シカゴはThe Pershing Loungeでのライブ録音『But Not For Me』の「しっとりシンプルでオシャレなサウンド」も悪くは無い。間を活かし、音数を厳選した限りなくシンプルな奏法は魅力的ではある。が、何枚かリーダー作を重ねると、はっきりいって「飽きる」。

ジャズ・ピアニストとして、よっぽど印象的なスタイリストでも無い限り、時代のトレンドに乗ったり、年齢を重ねることによって、そのスタイルが変貌するのは無理も無いこと。ジャマルは、積極的にそのスタイルを変遷していったクチである。

1960年代晩期から1970年代、インパルス・レーベルに吹き込まれた以降の作品は、それまでのしっとりシンプルでオシャレなサウンド」とはうってかわって豪快な激しいサウンドを求めるようになり、「アーシーで豪快なメリハリのあるサウンド」へと変貌しました。 

その転換点の時代を象徴するアルバムの一枚が『Poinciana Revisited』(写真左)。1969年、Top of the Village Gateでのライブ録音。ちなみにパーソネルは、Ahmad Jamal (p), Sulieman Nasser (b), Frank Gant (ds)。

このアルバムに収録されている「Poinciana」という曲は、先に紹介した、1958年1月16日、シカゴはThe Pershing Loungeでのライブ録音『But Not For Me』にも収録されている。
 
Poinciana_revisited
 
その時の演奏は「しっとりシンプルでオシャレなサウンド」。この「しっとりシンプルでオシャレなサウンド」の時代から、この「Poinciana」という曲はジャマルの十八番でした。

そして、この1969年のライブ録音『Poinciana Revisited』でも「Poinciana」はしっかりと演奏されていて、如何にジャマルの演奏スタイルが「アーシーで豪快なメリハリのあるサウンド」に変貌したかが良く判る。「変貌の見本」のような演奏に仕上がっていてとても面白い。

他にも「Have You Met Miss Jones?」や「Lament」「Theme from Valley of the Dolls」「Frank's Tune」など魅力的な演奏全7曲が収められています。いずれの演奏も実に魅力的。「アーシーで豪快なメリハリのあるサウンド」への転換は大成功です。

確かに、1950年代に比べて、明らかに多弁になっています。もはや、間を活かし、音数を厳選した限りなくシンプルな奏法は微塵もありません。
 
しかし、「アーシーで豪快なメリハリのあるサウンド」に変化し、多弁になった分、演奏の構成やメロディーセンスは洗練され、更にエンタテイメント性が加わったことによって、聴いていて楽しく、味わい深いものになっています。

特にブルース調の曲での、「アーシーで豪快なメリハリのあるサウンド」でありながら「さらりと淡白な」ピアノの響きは聴く度に填まります。長く聴き親しむことにより、じんわりじんわりと、その心地よさが耳に馴染んでくる感じです。

ジャズ・ピアノ好きの方々、どちらかと言えば、ジャズ・ピアノのスタイルについてある程度、理解出来ていて、スタイルの違いとスタイルの好みが判るジャズ者中級者の方々に是非ともお勧めの一枚です。

 
 

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2012年3月25日 (日曜日)

優れたプログレ的な『Tommy』

1970年代のロックにおいて、今もって不思議なことが幾つかある。例えば、今日のブログの話題になる「The Who(ザ・フー)」について言えば、日本で不当なまでに評価が低いのだ。不思議である。

個人的には、高校時代に、追いつく形でリアルタイムにザ・フーを経験した。何枚か彼らのアルバムを聴いて、その演奏力や曲の構成や内容の素晴らしさにビックリしたクチなので、未だに、何故、こんなに評価が低いのかが判らない。英米では、ローリング・ストーンズ、ビートルズ、と並んで「UK三大ロックバンド」と評価されているのになあ。

日本におけるルックス的な評価は、ローリング・ストーンズだってイマイチで、その辺はザ・フーと同じ。僕の場合、ルックス的な評価は範疇外なので、アルバムの内容が全てとなるんだが、このアルバムの内容についても、ザ・フーについては何かとネガティブな評価がついて回る。

特に、この1969年5月に発表された、ザ・フーの4枚目のオリジナル・アルバム『Tommy』(写真)に対する評価は真っ二つに分かれる。
 
恐らく、このアルバムは「ロック組曲」「ロックオペラ」という触れ込みで語られることが多く、この「組曲」「オペラ」という部分が、骨太なロック・ファンのお気に召さないところ。

確かに、ザ・フーはモッズ系バンドとしては伝説的な存在であり、モッズは、イギリスの若い労働者がロンドン近辺で1950年代後半から1960年代中頃にかけて流行した音楽やファッションをベースとしたライフスタイル、およびその支持者を指す訳で、所謂、上流階級〜中産階級が好むとされる「クラシック音楽」的な臭いがする「組曲」「オペラ」を忌み嫌うことは理解できる。

Tommy

しかし、この『Tommy』は、三重苦の少年トミーを主人公とした物語という、確固たるテーマを持った「コンセプト・アルバム」であり、内容的には、日本で評価・ジャンルが定着した「プログレッシブ・ロック」の内容に近似するものだ思う。

精神的に自分自身を閉ざし、見えず、聞こえず、話せない主人公トミーを取り巻く人々とトミーの再生を描いていて、トミーを取り巻く奇怪で醜悪な登場人物たちは現代社会を醜態を象徴しており、そういう観点では、このコンセプト・アルバムにおいても、ザ・フーはモッズ系バンドとしての個性を振りまいていると言えるのではないだろうか。

アルバムの内容については、コンセプト・アルバムの構成が圧倒的に素晴らしい。そして、それに応える演奏力も素晴らしいもので、これがモッズ系ロックバンドの実力なのか、と逆に驚いてしまう。素晴らしくアカデミックで、素晴らしくアーティスティックな演奏が凄い。

冒頭の「オーバーチュア」の暗く悲しげではあるが力強いオープニングから、思いっきり「掴まれる」。そして、ラストの「シーミー」までの曲の流れに、確固たる一貫性があって、綿密に計算され、丁寧に製作されたアルバムだということが良く判る。このアルバムの圧倒的な内容こそが、ザ・フーの真の実力なのだと僕は改めて実感した次第。

この『Tommy』は、英米ではリリース時より、高い評価を得ており、セールス的にも全英2位・全米4位と成功を収めている。また、ローリング・ストーンの選ぶオールタイム・ベストアルバム500においては、96位にランクインしている。そういう意味でも、このアルバムを「モッズらしくない俗物的なロック」として遠ざけるには「勿体ない」。

ロック史上における、優れたプログレ的な「コンセプト・アルバム」の一枚として、はたまた、ロックの歴史的成果のひとつとして、諸手を挙げて評価できる、実に優れた内容のアルバムだと思います。 

 
 

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2012年3月24日 (土曜日)

財津さんのセルフカバー集・2

最近、いつも楽しみにして見ている音楽番組がある。NHKーBSの『SONGS』。1970年代から現在まで、様々なミュージシャンを招いたTVライブ形式の番組。常に、単独のミュージシャン、単独のバンドでの構成なので見応えがあるし、そのミュージシャン、バンドについて集中して楽しめる。たまに構成面で「?」なところもあるが、まあそれはスルーするとして、なかなか内容のある音楽番組である。

その『SONGS』に財津和夫が出演していた。財津和夫と言えば、チューリップのリーダー。僕が、日本において、ミュージシャンとして、コンポーザーとして尊敬する一人である。番組の中で、その財津さんが往年の自作の名曲をカバーしていた。番組で流れた曲は、「愛していたい」「サボテンの花」「青春の影」「Wake Up」「会いたい」「手紙にかえて」の6曲。

財津さんはセルフ・カバーがお好きな様で、以前にも何枚かセルフ・カバー集をリリースしている。番組でも、そのセルフ・カバー集についても触れられていて、『サボテンの花 ~ grown up』(写真左)というセルフ・カバー集に、あの沢田知可子の名唱で有名な「会いたい」も入っているらしい。

この「会いたい」は、昔、沢田知可子が歌っているのをテレビで見て、この曲は「絶対に財津和夫の曲」とピタリと言い当て、それ以来、周りからは「財津オタク」と一目置かれる存在になってしまった「曰く付き」の曲である(笑)。財津節が満載の、このベタな「お涙頂戴」曲を、作曲した財津さん本人のセルフ・カバーで聴いてみたいと思っていたので、早速、この『サボテンの花 ~ grown up』というタイトルのセルフ・カバー集を入手した。

さて、改めて、そのセルフ・カバー集『サボテンの花 ~ grown up』である。やけに「ベタ」なタイトルで、ちょっと「トホホ」な気分になったが、収録されている曲はなかなかのもので、高校時代からの長年の「財津者」としては、聴く前からワクワクである。その収録された曲は以下の通り。

1. WAKE UP
2. 娘が嫁ぐ朝
3. 君でなければ
4. 生きるといふこと
5. 恋人への手紙
6. サボテンの花
7. バイバイもうさよならさ
8. 届かぬ夢
9. 切手のないおくりもの
10. 会いたい
11. 心の旅
12. 恋と愛の間
13. サボテンの花
14. 青春の影    

Zaitsu_saboten_hana

いや〜、財津者(財津マニア)からすると、実に興味深いセルフ・カバー曲が多々ある。へえ〜っと思ったのが「切手のないおくりもの」。1978年6月、NHKの歌番組「みんなのうた」で放送された名曲。作詞・作曲した本人のセルフ・カバーは、やはり実に味わい深いものがあります。

他にも、財津さんのソロのヒットシングル「WAKE UP」、シングルのみの「娘が嫁ぐ朝」、シングルのB面だった名曲「恋人への手紙」。アルバム『無限軌道』に収録されていた「生きるといふこと」。セカンドアルバム『君のために生まれ変わろう』に収録されていた「バイバイもうさよならさ」。アルバム『日本』に収録されていた「届かぬ夢」。そして、沢田知可子が歌った「会いたい」。チューリップ者、財津者にとっては「狂喜乱舞」状態ですね(笑)。

特に、アルバム『無限軌道』に収録されていた「生きるといふこと」。セカンドアルバム『君のために生まれ変わろう』に収録されていた「バイバイもうさよならさ」。アルバム『日本』に収録されていた「届かぬ夢」の3曲は、実にマニアックである。恐らく、かなりディープなチューリップ者でないと、この辺りの曲は、どんな曲だったか、思い浮かばないだろう。

財津さんのセルフ・カバーの優れているところは、どの曲もオリジナルよりも、セルフ・カバーの方が、内容的にグレードアップしていること。このセルフ・カバー集『サボテンの花 ~ grown up』に収録されているいずれの曲も、オリジナルよりも内容的に充実している。

また、何度もセルフ・カバーされた「サボテンの花」や「心の旅」「青春の影」なども、前のセルフ・カバーの時よりも、全体的に充実度がアップしているのだから面白い。

チューリップ者、財津者の方々に対しては、このセルフ・カバー集『サボテンの花 ~ grown up』はお勧めの一枚です。高校時代からリアルタイムで、チューリップを財津和夫を聴き続けて来た自分としても、このセルフ・カバー集はとても楽しめるアルバムとなっています。

個人的には「生きるといふこと」「届かぬ夢」「バイバイもうさよならさ」のセルフ・カバーがお気に入りで、「恋人への手紙」「娘が嫁ぐ朝」は多感な頃、リアルタイムに聴いたシングルなので、この財津さんのセルフ・カバーの歌声を聴くと、当時の風景を思い出して、実に感慨深い想いがします。

 
 

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2012年3月23日 (金曜日)

エレクトリック・マイルスの最終章

さて、久し振りに、エレクトリック・マイルス。いよいよ、エレクトリック・マイルスの前半のピークに差し掛かる。

1974年3月30日、カーネギー・ホールのライブ録音。そのライブ盤のタイトルは『Dark Magus(ダーク・メイガス)』(写真)。ちなみにパーソネルは、Miles Davis (tp, org), Dave Liebman (ss, ts, fl), Azar Lawrence (ts), Pete Cosey, Reggie Lucas (el-g), Michael Henderson (el-b), Al Foster (ds), Mtume (per) 。

エレクトリック・マイルスの前半の終着点『アガパン』の9ヶ月前。フロントのサックスがデイブ・リーブマンの時代。このライブ盤の内容こそが、エレクトリック・マイルス前半戦の最終形。
 
重量級ファンクネスをベースに、ヘヴィーでポリリズミックなリズム&ビートを創出。そんな超弩級なリズム&ビートをバックに、マイルスの電気トランペットとリーブマンのサックスが乱舞する。

『Dark Magus(ダーク・メイガス)』はCD2枚組。CD1枚目は、重量級ファンクネスな超弩級リズム&ビートの洪水。冒頭から、暴風雨の様な激しいリズム&ビートが疾走する。凄まじくハードでヘヴィーで、叩き付けるようなリズム&ビート。なぜ、ここまでにハードなのか。なぜ、ここまでにヘヴィーにしなければならぬのか。激しいテンションと激しい音圧が耳を襲う。

そんな凄まじくハードで叩き付けるようなリズム&ビートをマイルスの電気ペットが切り裂き、リーブマンのサックスが浮遊する。凄まじいほどの音圧。暴風雨のようだ。そして、疾走感抜群のファンクネス。マイルスが『Miles In The Sky』以降、エレクトリックの世界で追求してきたリズム&ビートの最終成果。
 
Dark_magus
 
CD2枚目は、エレクトリック・マイルスが現出する「エレクトリック・メインストリーム・ジャズ」の世界。電気楽器の世界は、メインストリーム・ジャズを表現することは出来ない、とする、頭でっかちのジャズ者の人々に対する「アンチ・テーゼ」。

アブストラクトなマイルスの電気ペットとリーブマンのサックス。それだけでも凄まじいばかりのフリーキーなインプロビゼーションなのだが、そこに、重量感たっぷりなファンクネス溢れる、ポリリズミックでヘヴィーなリズム&ビートが流れ込むと、なんと素晴らしい、芳しき「メインストリーム・ジャズ」が創出される。

リズム&ビートとアブストラクトなマイルスの電気ペットとリーブマンのサックスとが「渾然一体」となった混沌とした音世界ではあるが、ポリリズミックでヘヴィーなリズム&ビートが、その混沌とした音世界を、芳しき「メインストリーム・ジャズ」として成立させる。まるで魔法を見ているような変貌ぶり。限りなくアーティスティックな音世界。

エレクトリック・マイルスの基本である「ファンク・ミュージックの追及」は、このライブ盤で最終章に差し掛かる。最終章は、凄まじくハードでヘヴィーで、叩き付けるようなリズム&ビートが主役。溢れんばかりに危険な香りが漂い、一瞬、不気味ですらあり、芳しくもある。もはや、行き着くところまで行ってしまおうと、生き急ぐように疾走する音。ここでのマイルスは、もはや破綻一歩手前で留まっている様な、レッドゾーン突入直前で危険な状態。

聴くほうも真剣勝負を強いられる。それほどまでに「暴力的で危険な音世界」である。ジャズに優しさ、優雅さを求める向きには、絶対にお勧めしない。正にエレクトリック・マイルス者だけが踏み込むことの出来る「暴力的で危険な音世界」である。取り扱い注意なライブ盤である。

 
 

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がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力しよう。 

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2012年3月22日 (木曜日)

ヤヘルの静的でクールなオルガン

若い頃から、オルガン・ジャズが大好きである。オルガンの音は教会の音。幼稚園がミッション系だったこともあって、礼拝の時、讃美歌を歌うバックでファンキーに鳴るオルガン。遠いあの頃から、オルガンの音は大のお気に入り。

オルガン・ジャズと言えば、コテコテの「どファンキー」な音を思い起こします。基本的に、オルガン・ジャズは、コッテコテのファンクネスとソウルフルな風情が「売り」です。ジミー・スミス然り、ジミー・マグリフ然り、ジャック・マクダフ然り、ジョン・パットン然り。大多数のオルガン・ジャズはコッテコテの「どファンキー」です。

しかし、そのコッテコテの「どファンキー」とは対極の、静的でクールな、決して熱くならない、冷静で涼しげなオルガン・ジャズもあります。その代表格が Sam Yahel(サム・ヤヘル)。

サム・ヤヘルのオルガンの特徴はリズム。エクスプレッションペダルを激しく使った割にクールで静的なドライブ感が特徴のリズムが実にアーティスティック。

右手は趣味の良いタメを利かせていて洒脱。ファンキー色はほとんど皆無。静的ではあるが、底にほんのり「熱」を感じる、ブルージーでモダンなアドリブライン。サム・ヤヘルのオルガンの音は一度填まったら病みつきになる。

Sam_yahel_trio

そんなサム・ヤヘルのアルバムの中で、僕が愛して止まないアルバムの一枚が『Trio』(写真左)。1997年12月8日の録音。ちなみにパーソネルは、Sam Yahel(org), Peter Bernstein(g), Brian Blade(ds)。ブライアン・ブレイドのドラム参加が目を惹く。

冒頭の「Blues for Bulgaria」が、サム・ヤヘルのオルガンの個性を代表する。ファンキー色は殆ど感じない。静的な響きの中に、そこはかとなく漂うブルージーな感覚。このクールでブルージーな感覚が実に心地良い。

全編に渡って、サム・ヤヘルの静的でクールなオルガンにピッタリと寄り添うようなピーター・バーンスタインのギターが、これまた実に心地良い。サム・ヤヘルの静的でクールなオルガンの音をそのままギターに置き換えた様な響き。

そして、静的でクールなフロント楽器に、心地良い躍動感と緊張感を供給してくれるのが、ブライアン・ブレイドの、間を活かした、ポリリズミックなドラミング。切れ込むようなシンバルの響きが実にクール。

全編に渡って、ギター、ドラムスというシンプルなトリオ編成でありながら、音の厚みも十分、スイング感溢れる演奏と濃厚に漂うグルーブ感が堪らない。コッテコテの「どファンキー」とは対極の、静的でクールな、決して熱くならない、冷静で涼しげなオルガン・ジャズ。これもまた良し、である。

そして、「A Nightingale Sang In Berkeley Square」。僕はこの4曲目を限りなく愛してやまない。

 
 

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2012年3月21日 (水曜日)

こんなアルバムあったんや・10

今日は「こんなアルバムあったんや」シリーズの第10回目、現代ジャズにおける「ビートルズ・カバー」の変わり種なアルバムをご紹介しましょう。

この「こんなアルバムあったんや」シリーズは、ジャズの企画盤、珍盤、キワモノ盤など、手にして聴いて、思わず「こんなアルバムあったんや〜」と喝采の声をあげたくなるようなアルバムをご紹介しています。右のカテゴリーの「こんなアルバムあったんや」をクリックすると過去にご紹介したアルバムのブログ記事をご覧頂くことが出来ます。

さて、『Bob Belden Presents, Strawberry Fields』(写真)という企画もののアルバムがある。実力派ジャズシンガー達が、それぞれの曲のボーカルを担当した、ジャズを強く意識し、アカデミックな香りのする「ビートルズ・ジャズ」。1996年4月の録音。

収録曲と担当ボーカリストは以下の通り。

1. Come Together / Cassandra Wilson & Dianne Reeves
2. Strawberry Fields Forever / Cassandra Wilson
3. Tomorrow Never Knows / Dianne Reeves
4. I'm Only Sleeping / Holly Cole
5. Get Back / Jahlisa with Junko Onishi
6. The Fool On The Hill / Dianne Reeves with Javon Jackson
7. I've Just Seen A Face / Holly Cole
8. Hey Jude / Jahlisa with Greg Osby
9. Lady Madonna / Penny Ford
10. Let It Be / Sylvia Shemwell

ボーカルを担当する実力はシンガーは、カサンドラ・ウイルソン、ダイアン・リーブス、ホリー・コールとそうそうたるメンバー。このアルバム全体を取り仕切り、アレンジを取り仕切るのは、ボブ・ベルデン。いままで、スティングの曲や、プリンスの曲をジャズにアレンジした作品集を出して、評価を得ている。僕も、スティングの作品集も持っているが、なかなかの内容で、聴かせるアルバムだ。 
 
Bob_berden_strawberry_fields
 
ロックのジャンルの曲は、ジャズにアレンジすると、へたな軽音楽みたいになることが「ままある」が、これはアレンジとそれを演奏するミュージシャンの力量に負うところが大きい。つまり、アレンジがしっかりしていないと、どんなに力量のあるミュージシャンが演奏しても、へたな軽音楽になってしまうということ。そういう観点からみると、このアルバムは安心して聴くことの出来るアルバムと言える。

選定された曲を見ても、その内容が想像できる。ほとんどの曲が、あまり、ジャズ・ミュージシャンに取り上られていない曲ばかりで、「どーなるのか」的な曲ばかり。しかし、そんな心配はご無用。
 
「Come Together」は、原曲よりも渋くて格好良いし、「Strawberry Fields Forever」は、そもそもジャズにはならん、と思っていたので、カサンドラ・ウィルソンの熱唱と相まって素晴らしい出来で脱帽もの。「I've Just Seen A Face(夢の人)」は、ジャズにアレンジしたらこんな曲になるのか、と感心。ホリー・コールも素晴らしい。

しかしながら、このアルバムは、ビートルズの曲から見て、ややマニアックであり、ビートルズのファンでないと、その曲のメロディが思い浮かばない曲もあるだろう。でも、レノン=マッカートニーの曲は、メロディーラインがしっかりしていて魅力的なので、原曲を知らなくても、純粋なジャズとして楽しめる。

1980年代以降、ロックの楽曲をアレンジ〜カバーした企画ものには侮れないものが多くあって、この手の企画ものの密やかなファンである私にとっては、実に結構なことである。

 
 

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2012年3月20日 (火曜日)

ペトルチアーニのソロ・ピアノ

僕のお気に入りのジャズ・ピアニストの一人、Michel Petrucciani(ミシェル・ペトルチアーニ、愛称ペト)。ビル・エバンス、チック・コリアに次いでのお気に入り。

ペトのピアノはポジティブ。「胸の空くような」スカッとする、爽快感抜群のピアノ。ペトの硬質な叩くような、それでいて耳障りにならないピアノ・タッチ、超絶技巧にとても回る右手と左手。歌心抜群の歌うようなフレーズ、ちょっとラテンチックで翳りのある響き。ペトのピアノの特徴は、素直にどれもが心に響く。

そんなペトがソロ・ピアノにチャレンジしたアルバムがある。ソロ・ピアノへの2度目のチャレンジになる『Promenade With Duke』(写真左)。1993年の録音。ソロ・ピアノのチャレンジに、デューク・エリントンにまつわる楽曲を持ってきたところに、ペトの心意気と高邁なチャレンジ精神を感じる。

このソロ・アルバムでのペトのタッチは、いつになく力強いタッチが印象に残る。タッチが強いとは言え、決して、耳につくことはなく、ポジティブにキラキラと輝く様な硬質なタッチは、聴く耳に爽快な印象を残してくれる。リズムを打つ左手と踊るような右手が、素晴らしく高度なテクニックと共に乱舞する。溜息が出るような素晴らしさ。

収録されたデューク・エリントンにまつわる楽曲は以下の通り。デューク作の超有名曲がずらりと並ぶ。

1 Caravan
2 Lush Life
3 Take the A Train
4 African Flower
5 In a Sentimental Mood
6 Hidden Joy
7 One Night in the Hotel
8 Satin Doll
9 C Jam Blues
 

Promenade_with_duke

 
どの楽曲もどっぷりと「デュークの世界」である。既に「ジャズ・スタンダード」として君臨している楽曲の中に、4曲目の「African Flower」や曲目の「Hidden Joy」や7曲目の「One Night in the Hotel」など、デュークを良く知るものならではの選曲が実に「にくい」。この「ならではの選曲」が実に良い。実に良い内容なのである。

既に「ジャズ・スタンダード」として君臨している楽曲については、ペトはひと工夫もふた工夫もしていて、新しい解釈とアレンジを加えている。そして、これがしっかりと成果を出している。ただでは終わらせない。平凡では終わらない。ペトのアレンジメントの才能を強く感じる。

このソロ・アルバムでのペトは、デューク・エリントンにまつわる楽曲を、それまでの過去の成果を忠実になぞるのではなく、ペトの個性をベースにペトとしての解釈とアレンジを持って、デュークの楽曲と対峙する。
 
デュークの楽曲の持つ独特のスイング感を左手で再現しながらも、右手の旋律はほのかにロマンチシズム漂うもの。このロマンチシズムの芳香はペトならではの解釈と感じる。 

打弦の力強さは、ペトとデュークのピアノの共通点。そして、ロマンチシズムの芳香はペトならではのもの。ペト自身、最も影響を受けたピアニストと言っていたデュークのピアノを敬意をもって再現しつつ、ペトの個性を漂わせて、このピアノ・ソロで固められた「デューク・エリントン楽曲集」は独特の輝きを放つ。

素晴らしいソロ・アルバムだと思います。ペトの個性が全開。ペトのアレンジの才能も全開。ロマンチシズムを漂わせながら、ピアノを「鳴らし切っている」その力強いタッチでの「デュークの世界」は素晴らしい。もっと評価されて然るべき、ピアノ・ソロの名盤です。

 
 

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2012年3月19日 (月曜日)

MJQの本質を感じられるアルバム

『No Sun in Venice』(写真左)、The Modern Jazz Quartet(以下MJQと略)の傑作の一枚。邦題は『たそがれのヴェニス』。ジャケットのイラスト(ターナーの絵が使用されている)からの印象と相まって、絵画でいうと「印象派」の絵画の様な、色彩豊かなMJQの音世界が素晴らしい。

もともとは、ロジェ・バディム監督による『大運河』の映画音楽をMJQが手掛け、その成果をまとめたアルバムが、この『たそがれのヴェニス』。映画のサウンドトラックとして、用意周到に準備された企画盤とも言える内容。インプロビゼーションがジャズの要とするなら、このアルバムの音世界は「ジャズらしからぬ」と直感的に感じるかもしれない。

インプロビゼーションの妙といった「ジャズの核心」とは対極にある、ファンクネスという「ジャズの香り」からかけ離れた、洒脱で典雅なアレンジメント、ほど良く抑制されたグループサウンド、ファンクネスとは異なる「ほのかに漂う哀愁」。MJQのグループ・コンセプトが全開。

このアルバムほど、MJQの本質を感じられるアルバムは無い。そういう意味で、この『たそがれのヴェニス』はMJQの代表作の一枚だと僕は思う。これほど、MJQらしさを感じられるアルバムは他に無い。MJQとはどんなバンドか、と問われれば、まずはこの『たそがれのヴェニス』を聴いて貰うことにしている。

No_sun_in_venice

ジャズの持つ「演奏展開の豊かさと柔軟さ」を前面に押し出し、インプロビゼーションを「知的にコントロール」しようとする企みは、MJQならではのもの。というか、MJQにしか「為し得ない音世界」。曲毎に、様々に色彩豊かに展開される音世界。バランスが絶妙なアンサンブル。そして何より、このアルバム全体に貫かれている「独特な透明感」。

インプロビゼーションとアレンジメント、自由と抑制、ファンクネスとクール、この相反する「音世界の要素」をバランス良くコントロールし、ジャズとして展開することは非常に難しい。ジャズとして、音世界として、この相反する「音世界の要素」を御することが出来たジャズメンはすばり、マイルス・デイヴィスである。そして、このMJQ、いわゆるジョン・ルイスはその後に続く。

一聴してクラシック的に響くMJQの音世界ではあるが、この音世界をクラシック的だからジャズでは無い、と一蹴するのは、あまりに早計だと思う。このMJQの音世界はジャズの範疇でしか、為し得ないアーティスティックな音世界である。ジャズの持つ柔軟性と多様性が、このMJQの音世界を実現させている。

この『No Sun in Venice』は1957年4月の録音。1957年当時、既に、これだけのハイレベルでアーティスティックな音世界を実現していたとは驚きである。決して、クラシックに「ひけをとらない」高度な内容。ちなみに、このハイレベルでアーティスティックな音世界を実現していたのは、John Lewis (p), Milt Jackson (vib), Percy Heath (b) and Connie Kay (ds) の4人である。

 
 

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2012年3月18日 (日曜日)

リンゴの「ジャズ・スタンダード」

ポール・マッカートニー(Paul McCartney)が、コール・ポーターやファッツ・ワーラーなど、20世紀初期のティン・パン・アレーの名曲、いわゆる「ジャズ・スタンダード」をカバーしたアルバム『Kisses in The Bottom』が話題になっている。

「今やらなければ、もう絶対にやらないっていうような作品だよ」は、ポールの言葉。確かにそう思う。スタンダード曲のカバーは、確かにポールの本筋では無い。

まあ、ビートルズ時代からオリジナリティー溢れるロック楽曲を創作し続けてきた、また、それがポールの最大の価値なんだが、そんなポールが、いきなり「ジャズ・スタンダード」をカバーしたアルバムを量産し始めたらし始めたで、不気味ではある(笑)。

しかし、ポールが「ジャズ・スタンダード」をカバーしたアルバムばかりが話題になっているが、ビートルズの中で、「ジャズ・スタンダード」をカバーしたアルバムをリリースしたメンバーがいる。しかも、1970年3月のリリース。ポールのそれより、40年以上前である。そのメンバーとは、リンゴ・スター(Ringo Starr)、そのアルバムのタイトルは『Sentimental Journey』(写真)。

ふふふっ、1970年当時、押しも押されぬビッグ・スターの一人であるリンゴが、いきなりソロ・アルバムをリリースする。しかも、その内容が、ロックでは無く、「ジャズ・スタンダード」のカバー集というのだから痛快だ。当時のロック者やビートルズ者、リンゴ者の方々の「激しい戸惑い」ときたら、想像に難くない。ビックリしただろうなぁ(笑)。

まずは、アレンジが実に良い。そのアレンジを手がけたのは、ジョージ・マーティン、エルマー・バーンスタイン、クインシー・ジョーンズ、ポール・マッカー トニーという一流のプロデューサー、アレンジャー陣。これだけの錚々たるプロデューサー、アレンジャー陣が腕を振るったアレンジである。悪かろう筈が無い。

リンゴの「ほのぼのとしてポジティブなボーカル」の個性を良く活かしたアレンジで感心することしきり。リンゴのボーカルはテクニック的には決して上手く無い。しかし、味があるというか、上手くは無いが「聴き応え」のあるボーカルをしている。このリンゴの個性的なボーカルが、実はスタンダード・ナンバーと相性が良い。
 

Ringo_starr_sentimental_journey

 
改めて、その収録曲を列挙すると、以下の通りになる。

1. センチメンタル・ジャーニー(Sentimental Journey)
2. 夜も昼も(Night And Day)
3. ウィスパリング・グラス
(Whispering Grass - Don't Tell The Tress -)
4. バイ・バイ・ブラックバード(Bye Bye Blackbird)
5. アイム・ア・フール・トゥ・ケア(I'm A Fool To Care)
6. スターダスト(Stardust)
7. ブルー・ターニング・グレイ・オーバー・ユー
(Blue, Turning Grey Over You)
8. 慕情(Love Is A Many Splendoured Thing)
9. ドリーム(Dream)
10. あなたはいつも
(You Always Hurt The One You Love)
11. 愛してると云ったっけ
(Have I Told You Lately That I Love You?)
12. レット・ザ・レスト・オブ・ザ・ワールド・ゴー・バイ
(Let The Rest Of The World Go By)

う〜ん、なかなか渋い選曲ですね〜。感心します。皆が知っている大スタンダードと、恐らくリンゴが個人的に愛するスタンダードの、大きく分けて2つの系統に分かれる感じ。リンゴのスタンダード曲に対する「思い入れ」と「捉え方」が、なんとなく判るような気がします。

まあ、リンゴも基本的には「ロックの側のミュージシャン」なので、いきなり「ジャズ・スタンダード」をカバーしたアルバムを量産し始めたらし始めたで、不気味ではある(笑)。まあそれは杞憂というもので、リンゴは、この『Sentimental Journey』以降、「ジャズ・スタンダード」をカバーしたアルバムを作ってはいない。

リンゴは両親のために本作をリリースしたのだとか。そう言えば、ジャケット写真はリンゴの生まれ育った一帯の写真を使っている。ど真ん中に「エンプレス・パブ」がドーンと写っていて、リンゴが育てられた家は、このエンプレス・パブの奥の角を左手に行くとすぐにあるとのこと(レコード・ジャケットに写っているらしい)。

つまり、このアルバムで歌われるジャズ・スタンダードは、リンゴにとっての「音楽の原風景」なのだ。 

 
 

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2012年3月17日 (土曜日)

ロッドの1970年代最後の一枚

1971年、自身3枚目のソロアルバム『Every Picture Tells A Story』で全英1位・全米1位となって以来、5枚連続、全米1位が取れないロッド・スチュワート。1977年、8枚目のソロアルバム『Foot Loose & Fancy Free』でも、全英3位・全米2位で、どうしても全米1位が取れない。

逆に、ロッド・スチュワートを中心としたグループの音はどんどん成熟していった。8作目の『Foot Loose & Fancy Free』の時点で、ロッド・スチュワートのグループは、ほぼ成熟の極みに達していた。確かに、この『Foot Loose & Fancy Free』を聴くと、もうやることがない位、多種多様なアプローチで、ロッドお得意のR&B、R&Rをやりまくり。

次作は、ほとんど惰性で取り組んだアルバムではないのだろうか。その次作とは、ロッド自身通算9枚目のソロアルバム、Rod Stewart『Blondes Have More Fun』(写真)。1978年のリリースである。当時の邦題は『スーパースターはブロンドがお好き』。恐らく、ジャケット写真を見たそのままの印象を邦題にしたのだろう。この邦題からして安易なアプローチで、このアルバムは売れないのでは・・・、と思ったんだが・・・。

なんと、このアルバムが、自身3枚目のソロアルバム『Every Picture Tells A Story』以来の全英1位・全米1位を達成してしまったのだから、米国のロックの世界、米国のポップスの世界は良く判らない(笑)。

1978年と言えば、メリハリ付け過ぎ気味のディスコ・ミュージックとソフト&メロウなAORミュージック全盛時代。かたや、英国ではパンクの嵐が吹き荒れ、1970年代ロックの代表的バンド、ミュージシャンはどんどん陶太されていった時代。そんな不透明な時代に、60年代後半から活躍してきた英国出身のボーカリスト、ロッド・スチュワートが全米1位を極めるのだから判らない。
 

Blondes_have_more_fun

 
確かに、冒頭1曲目の「Da Ya Think I'm Sexy?(邦題・アイム・セクシー)」は、当時のトレンドだったディスコ・サウンドにピッタリとはまり、日本でもディスコで街で店で、流れに流れていた曲である。当然、この「Da Ya Think I'm Sexy?」が米国でも受けに受けた。受けに受けて全米4週連続1位に輝く。恐らくは、この大ヒット曲が牽引してのアルバムのセールスであることは間違い無い。

アルバムの収録曲に耳を向けてみても、冒頭の「Da Ya Think I'm Sexy?」以外は、ディスコ・サウンドを踏襲している曲は無く、他の曲は、今までの路線通り、ロッドお得意のR&B、R&Rをやりまくり(笑)。2〜3曲、雰囲気の変わった、レゲエ調やニューウェーブ調の曲があるが、基本的にはいずれもロックンロール基調の曲ばかりである。

R&B、R&Rはロッドのお得意。当然、このアルバムでも、ロッドのボーカルは絶好調である。バックのバンドも音的に成熟の極みで、前作からの傾向であるが、最早やることが無いくらいの成熟度、完成度である。聴いていて「手慣れた」感がそこかしこに漂い、演奏的にも「化学反応」が起こる兆しは全くもって見えない位の「手慣れた」感である。

このアルバムについては、この「手慣れた」感が曲者で、冒頭の「Da Ya Think I'm Sexy?」以外、他の曲について、インパクトに若干欠ける。聴き終えた後、印象に残るという感じが希薄。ロッドのボーカルが絶好調なだけに惜しい内容のアルバムである。

余談になるが、本アルバムの無責任な(と僕は思っている)邦題である『スーパースターはブロンドがお好き』によって、このアルバム以降、日本において「ロッドは金髪好きのロック野郎」というイメージが定着してしまった。ロッドに対して失礼な仕業であったと思う。そんな、なんだか後味の悪いアルバムだった印象が想い出として残っている。  

 
 

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2012年3月16日 (金曜日)

PMGの「最初の成熟」を聴く

1975年、『Bright Size Life』で初リーダー作をECMレーベルでリリースして以来、Pat Metheny(パット・メセニー)は、ECMレーベルの看板ギタリストの一人だった。

そして、そのECMレーベルからのリリースの最後のアルバムが『First Circle』(写真左)。1984年のリリース。1984年2月15-19日の録音。ちなみにパーソネルは、Pat Metheny (g), Lyle Mays (p,syn), Steve Rodby (b), Pedro Aznar (vo,per etc.), Paul Wertico (ds)。

既に、この『First Circle』では、ECMレーベルの総帥マンフレッド・アイヒャーは作品に関与しておらず、代わってメセニー自身がプロデューサーを務めている。つまりは、ECMレーベルの音世界を逸脱しつつある瞬間を捉えた、パット・メセニー・グループ(以降PMGと略す)の「最初の成熟」の瞬間を捉えたアルバムである。

冒頭の「Forward March」でズッ転ける。奇想天外な、調子っぱずれ、冗談の様な演奏。どうして、こんな「おふざけ」を一曲目に持ってきたのか。LP時代、このアルバムを初めて聴いた時は「ひっくり返った」(笑)。何か深い意味があるのかなあ。ご存知の方は是非とも教えて頂きたい(笑)。

冒頭の奇天烈な1曲は置いておいて、2曲目の「Yolanda, You Learn」から、PMGの世界が広がる。フォーキーで明るい、全くもって「黒さ」の無い、爽快感と疾走感溢れ、米国の自然の原風景を彷彿とさせる「ネイチャー・ジャズ」と呼ぶべき音世界。これぞ、これまでのPMGの十八番と呼ぶべき音世界。

しかし、演奏の途中から、新加入のペドロ・アズナールの幻想的なボイスが入ってくると、その十八番と呼ぶべき「ネイチャー・ジャズ」な雰囲気に、アフリカン・アメリカンのネイティブ・ミュージックの如き、アーシーでアフリカンな、ディープで抒情的な音世界が色濃く広がる。それまで「白かった」音世界に、適度な「黒さ」が広がる。とてもジャジー、とてもアフリカン。
 
First_circle
  
そして、これまた新加入のポール・ワーティコのドラムの雰囲気は、一個で言うと「ブラジリアン」。ブラジルのリズムを彷彿とさせる躍動感と疾走感溢れる、ポリリズムックなリズム&ビート。このブラジリアンな「リズム&ビート」のお陰で、アーシーでブラジリアンな、軽快でポジティブな音世界が色濃く広がる。それまでの「フォーキー」なリズムに、うっすらと「ラテン」なリズムが加わる。

以降、他の収録曲でも、この新加入のペドロ・アズナールの幻想的なボイスとポール・ワーティコの「ブラジリアン」なドラムの雰囲気が相乗効果的に醸し出す音世界は、それまでのPMGの音世界に、アーシーでアフリカンな、ディープで抒情的な音世界とアーシーでブラジリアンな、軽快でポジティブな音世界を加えて、新しいPMGの「音世界のプロトタイプ」を我々に提示する。

面白いことに、フロントを張るパットのギターとメイズのキーボードの音世界は全く変わらない。二人が出会ってPMGを結成した頃と全く同じ。ドラムが供給するリズム&ビートとボイスが供給するアーシーで幻想的な響きがバックに漂うことで、PMGの音世界は、次なる展開となる「新しい音世界」のイメージにガラリと変わる。特に、パットのライブで必ずと言って良いほど演奏される曲、タイトル曲の「First Circle」の音世界がその「代表例」です。

ドラムのポール・ワーティコ、ボイス&その他楽器担当のペドロ・アズナールの両名を新メンバーに迎えて転換期に突入したPMGの「最初の成熟」の瞬間を捉えた『First Circle』。素晴らしい音世界です。PMGの最初の成熟の瞬間として、PMGを愛でる上で欠かせない傑作の一枚でしょう。
 
 
 

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2012年3月15日 (木曜日)

RCA時代ロリンズ「傑作の一枚」

RCA時代のロリンズは、一部の評論で言われるほど悪くは無い。というか、二度目の雲隠れから復帰したばかりで、テクニックも歌心もグレードアップしている。悪かろう筈が無い。しかし、諸手を挙げての「五つ星」という感じでは無い。やや難ありの「四つ星」の線なのだ。これがなかなか悩ましい。

な〜んて、勿体ぶった物言いをしているが、RCA時代のリーダー作の中で、このアルバムは良い。このアルバムのロリンズは諸手を挙げての「五つ星」。そのアルバムの名は『What's New ?』(写真左)。しかし、このアルバム、収録された曲について、押さえておきたい事情がある。ちょっとまとめると、このアルバム『What's New ?』のオリジナル原盤の収録曲目は、以下の通りである。

A面
1. If Ever I Would Leave You
2. Jungoso
B面
3. Bluesongo
4. The Night Has a Thousand Eyes
5. Brownskin Girl

しかし、CDの収録曲は以下の通り。CDの2曲目「Don't Stop The Carnival」がLP時代のオリジナル原盤には無い。

1. If Ever I Would Leave You
2. Don't Stop The Carnival
3. Jungoso
4. Bluesongo
5. The Night Has A Thousand Eyes
6. Brownskin Girl

CDに収録されている「Don't Stop The Carnival」はカリプソ調の楽しい曲ではあるが、オリジナルのラスト「Brownskin Girl」もカリプソ調の楽しい演奏で、こちらの「Brownskin Girl」の方が演奏の内容が良い。

Rollins_whats_new

つまりは「Don't Stop The Carnival」の追加収録は「蛇足」ということになる。ということで、ここでは、オリジナル原盤の「Don't Stop The Carnival」抜きの5曲で、ロリンズのRCA時代の傑作『What's New ?』を語ってみたい。 

さて、この『What's New ?』というアルバムは、1962年の4月〜5月、4回に分けられて収録されたセッションの寄せ集め。期間的には、約1ヶ月半の間に4回のセッションなので、演奏内容についての統 一感は維持されている。ちなみにパーソネルは、Sonny Rollins (ts), Jim Hall (g), Bob Cranshaw (b), Ben Riley (ds), Dennis Charles, Frank Charles, Willie Rodriguez (per)。3人のパーカッションが、このアルバムのアクセント。

この『What's New ?』に収録された曲は長尺の演奏が多く、特に、LP時代にA面を占めていた「If Ever I Would Leave You」と「Jungoso」の2曲は10分を超える長尺演奏であり、ロリンズのテナーを心ゆくまで楽しめる。特に「Jungoso」は実にモーダルな演奏で、ついつい聴き入ってしまう。モーダルなロリンズ。こんなにモーダルな演奏を自家薬籠中のものにするなんて、さすがはロリンズ、と喝采の声を上げたくなる。

2度目の雲隠れの時、テナーの技術研鑽に勤しんだ効果満点で、この10分を超える長尺の2曲でのロリンズのテクニックは抜群である。様々な奏法、様々なテクニックを聴かせてくれて、とにかく迫力満点である。この冒頭の2曲のロリンズのインプロビゼーションには圧倒される。

3曲目の「Bluesongo」は、ロリンズとパーカッションのデュオ。テンション溢れる力強い演奏が素晴らしい。4曲目の大スタンダード「The Night Has A Thousand Eyes」についてはシンプルなアレンジが、ロリンズやホールの演奏を惹き立てて、実に豪気な、実に豪快な演奏である。

そして、ラスト「Brownskin Girl」は、ロリンズお得意の「大カリプソ大会」。謎の陽気なコーラス隊が先導し、とにかく楽しいのなんのって、僕もカリプソが大好きなんで、この曲を聴いて、ついつい踊り出してしまうこともしばしば(笑)。このカリプソナンバーでも、ロリンズはテナーを吹きまくる。それはそれは、とても楽しそうに吹きまくる。

RCA時代のロリンズは、やや難ありの「四つ星」の線が多いのだが、この『What's New ?』は傑作の「五つ星」。2度目の雲隠れからの復帰作であった前作の『The Bridge』と合わせて、この『What's New ?』は、RCA時代のロリンズの傑作である。とにかく痛快。豪快で歌心溢れる、ハイテクニックを併せ持ったロリンズのインプロビゼーションが心ゆくまで楽しめる2枚である。

 
 

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2012年3月14日 (水曜日)

ロリンズがフリーに近づいた瞬間

RCA時代のロリンズは、積極的に可能性に挑戦していた。当時、最先端のトレンドを取り入れ、憧れのベテランとコラボしたり、ジュークボックスをターゲットに、短時間の録音に付き合ったり・・・。しかし、どれもロリンズ自体は申し分無い。しかし、諸手を挙げての「五つ星」という感じでは無い。やや難ありの「四つ星」の線なのだ。これがなかなか悩ましい。

RCA時代のロリンズのリーダー作に『Our Man In Jazz』(写真左)というアルバムがある。1962年7月27〜30日の録音。ちなみに、パーソネルは、Don Cherry (cor), Sonny Rollins (ts), Bob Cranshaw (b), Billy Higgins (ds)。

Don Cherry(ドン・チェリー)の名前が目を惹く。ドン・チェリーは、オーネット・コールマンに師事したトランペッター。つまりは、アバンギャルド・ジャズ初期の担い手の一人。つまり、この『Our Man In Jazz』は「ロリンズがフリー・ジャズに一番近づいた日」を捉えたアルバムである。

実はこのアルバムの演奏を聴く度に「フリー・ジャズ」って、詰まるところ、いったい何なんだ、とおもってしまう。このアルバムの演奏は「フリー・ジャズ」なのか。イエスと答える人もいる、ノーと答える人もいる。たしかに「フリー・ジャズ」と「モーダル・ジャズ」との境界線はかなり曖昧である。

ちょっと難しい話になって恐縮だが、ジャズの即興演奏は一定のコード理論などの規則に従って演奏される。つまり「即興演奏」とは「フリー・ジャズ」を指す言葉では無い。では「フリー・ジャズ」とは如何なるものか。

「フリー・インプロヴィゼーション」という言葉がある。「自由即興」と訳されるが、これは「まったく決めごとを作らずに自由に演奏すること」である。が、ジャズのフリー・インプロビゼーションの大方において、必要最低限の決めごとがある場合が多い。

Our_man_in_jazz

最低限、リズム・セクションから与えられたリズム&ビートに乗る訳だし、演奏の展開の道筋と終わり方については決めておかないと演奏が完結しない。有り体に言えば、そうでなければ単なる「楽器の音の垂れ流し」であり、つまりは「音楽」として成立しない。

「調性」と言葉がある。メロディーや和音が、中心音と関連付けられながら、音楽として構成される場合、その音楽は「調性」があるという。逆に、調性のない音楽のことを「無調音楽」という。一般的にジャズは「調性音楽」であり、旋律を意識しながら自由に吹くフリー・インプロビゼーションは「調性音楽」であり、調性という決めごとに従っており、「自由即興」とは言えない。

「フリー・ジャズ=フリー・インプロビゼーション(自由即興)」と定義するなら、純粋に「フリー・ジャズ」に該当する演奏は数が限りなく少ない。ジャズの演奏(クラシックもそうだが)において「まったく決めごとを作らずに自由に演奏すること」は実に難しい。つまりは「フリー・ジャズ」という演奏形態はイメージであって、具体的にはアバンギャルトなジャズ演奏、「アバンギャルド・ジャズ=フリー・ジャズ」とすると据わりが良いと僕は思っている。

そう観点で聴くと、この『Our Man In Jazz』は、アバンギャルドなジャズがぎっしりと詰まっており、「アバンギャルド・ジャズ=フリー・ジャズ」とすると、この『Our Man In Jazz』は、フリー・ジャズな演奏と言える訳で、このアルバムは「ロリンズがフリー・ジャズに一番近づいた日」を捉えたアルバムと言える。

そういう意味でこのアルバムに耳を傾けると、さすがロリンズである。ロリンズの高度なテクニックとテナー演奏に関する才能で、しっかりと「フリー・ジャズ」を実現している。これだけ悠々とアバンギャルド・ジャズを表現するロリンズは実に「立派」である。アバンギャルド・ジャズ初期の担い手の一人、ドン・チェリーのコルネットと比べて、全くひけを取らないアバンギャルドな演奏である。

しかし、である。アバンギャルド・ジャズにも悠々と対応するロリンズではあるが、アバンギャルドなロリンズはつまらない。高度なテクニックとテナー演奏に関する才能には感嘆するんですが、ロリンズのテナーの本質を鑑みると、やっぱり、ロリンズにアバンギャルド・ジャズは似合わない。

つまり、この『Our Man In Jazz』も、諸手を挙げての「五つ星」という感じでは無い。やや難ありの「四つ星」の線なのだ。これがなかなか悩ましい。

 
 

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2012年3月13日 (火曜日)

なかなかいける『Kulu Se Mama』

コルトレーンのリーダー作の聴き直しも、いよいよ後半も後半、逝去するまでの最後の2年間の「超フリー・ジャズ」の時代に差し掛かる。この2年間のコルトレーンは、もはや一般のジャズ者の手に負えるものでは無くなっていく。フリー・ジャズを受け入れるだけの「感性の許容量」を保持するものだけが耳を傾けることのできる「超フリー・ジャズ」の完全アブストラクトな音世界が、ただただ広がるばかりになっていくのだ。

その入り口に位置するアルバムの一枚に『Kulu Se Mama』(写真左)がある。1965年6月と10月の録音を一枚のアルバムにまとめたもの。タイトル曲で1曲目の「Kulu Se Mama」は10月14日の録音。2曲目の「Vigil」は6月16日の録音。3曲目「Welcome」は6月16日の録音になる。つまり、曲毎に録音日はバラバラ。

パーソネルは、John Coltrane (ts), McCoy Tyner (p), Jimmy Garrison (b), Elvin Jones (ds)で「Vigil」と「Welcome」を、Donald Garrett (bcl, b), John Coltrane, Pharoah Sanders (ts), McCoy Tyner (p), Jimmy Garrison (b), Elvin Jones (ds), Frank Butler (ds, per), Juno Lewis (vo, per)で「Kulu Se Mama」となっている。

まあ、基本はあくまで「伝説のカルテット」。そこに「Kulu Se Mama」だけは、バスクラ、テナー、ドラム、ボーカルが客演するという趣向。つまり「Kulu Se Mama」は、ダブル・テナーにダブル・ドラム、ダブル・ベース、ダブル・パーカッションという実にユニークな楽器構成になっている。

ちなみに、この「Kulu Se Mama」という演奏が聴きものである。ボーカルとダブル・ドラム+ダブル・パーカッションを前面に押し出して、出だしから「ワールド・ミュージック」的な、所謂、アフリカン・ネイティブで土俗的な響きが実にユニーク。1970年代に入ってジャズ界のトレンドとなる「ワールド・ミュージック的なアプローチ」の走りがここに聴いて取れる。
 
Kulu_se_mama
 
この土俗的な響きに呼応するように、この土俗的な響きとは正反対の泣き叫ぶ様な、激情に嘶くようなテナーの叫びが鳴り響く。このテナーの響きが完全に「アブストラクト」。調性を全く取っ払った無調性な響き。もはや「音楽」とは呼べない、完全即興演奏のイメージが垣間見える。

この「Kulu Se Mama」の演奏は、リズム・セクションのMcCoy Tyner (p), Jimmy Garrison (b), Elvin Jones (ds)が、調性の取れた、フリー一歩手前のモダンでモーダルな演奏を維持しているので、演奏全体を通じて「聴いて楽しむ音楽」として扱うことが出来る。アフリカン・ネイティブで土俗的な響きが実に斬新である。今の耳にも十分に「新しく」響く。

2曲目の「Vigil」は、John Coltrane (ts)とElvin Jones (ds)のデュオ。エルビンのポリリズミックで豪快なドラミングに乗って、コルトレーンがフリーキーにテナーを吹き上げる。しかし、ここでのコルトレーンのテナーは、調性が取れた、実に魅力的なフレーズを宿したものであり、フリーキーに吹いてはいるが、結構、聴き応えがある。激しくフリーキーではあるが、十分鑑賞に耐える魅力的なデュオ演奏である。

そして、3曲目の「Welcome」は、静謐なバラード演奏。静かに美しいフレーズを紡ぎ上げながら、コルトレーンがテナーを吹き上げていく。タイナーのバックで力強いハープの様なピアノが美しい。爽やかな怒濤の様なエルヴィンのドラムも素晴らしい。しかし、如何せん演奏が5分半程度と短いのが玉に瑕。サンプルを聴いている様で、聴き終えた瞬間、欲求不満に陥る。それほどまでに美しい演奏。

この『Kulu Se Mama』というアルバム、収録された3曲は寄せ集めで、演奏コンセプトはバラバラだが、それぞれの演奏自体、いづれも内容のある、充実の演奏ばかりである。逝去するまでの最後の2年間のアルバムの割に、アブストラクトでフリーキーなトーンはあまり耳につかず、アルバム全体の「音の統一感」は無いが、伝説のカルテットの名演集として、このアルバムはお勧めである。但し、演奏内容は「かなりハード」である。ジャズ者初心者の方々にはちょっとしんどいかもしれない。

 
 

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2012年3月12日 (月曜日)

惜しい!『Sonny Meets Hawk!』

RCA時代のロリンズは、一部の評論で言われるほど悪くは無い。というか、二度目の雲隠れから復帰したばかりで、テクニックも歌心もグレードアップしている。悪かろう筈が無い。しかし、諸手を挙げての「五つ星」という感じでは無い。やや難ありの「四つ星」の線なのだ。これがなかなか悩ましい。

ここに『Sonny Meets Hawk!』(写真左)というアルバムがある。当時の新旧テナー・タイタンの共演盤。パーソネルは、Coleman Hawkins, Sonny Rollins (ts), Paul Bley (p), Bob Cranshaw (b), Roy McCurdy (ds)。録音日は2つに別れる。1963年7月15日と18日。

ロリンズとホーキンスの年齢差は25歳。ホーキンスが、テナー・タイタンとして君臨していた頃、ロリンズはまだ10代。家が近所だったそうで、10代のロリンズは、ホーキンスの家の門に座り込んで帰りを待ち、帰宅したホーキンスを一目見るだけで満足したものだ、と後に語っています。う〜ん、良い話ですね〜。ほのぼのします。

つまり、この『Sonny Meets Hawk!』は、30代になって、やっとホーキンスとの共演の機会が巡ってきた、いわゆるロリンズにとって「大感激」のセッションだったんですね。ちなみに録音当時、ロリンズ34歳、ホーキンス59歳でした。

さて、収録された曲はどれもが「大スタンダード曲」ばかり。そんな手垢のついた「大スタンダード曲」を、新旧のテナー・タイタンは実にモダンに吹き上げていきます。ロリンズもホーキンスも、どちらも豪快で声量タップリ。余裕あるブロウを繰り広げます。ホーキンス十八番のビブラートも心地良く、ロリンズのストレートなアドリブも疾走感抜群。

しかし、余裕あるブロウでありながら、なぜか寛いだ大らかな雰囲気は希薄。どちらかと言えば、シリアスな雰囲気がセッション全体を支配しており、全編に渡って、ピンと張ったテンションが漂っている。
 
Sonny_meets_hawk
 
バックのピアノ、ベース、ドラムのリズムセクションも、1963年当時の先端を行くモーダルな雰囲気をベースにしていて、とても一昔前の寛いだハードバップ・セッションという雰囲気にはならない。

まず、ロリンズ自身がシリアス。遊び心やユーモアは一切無し。ホーキンスと共演できて嬉しいなあ、というよりは、ホーキンスに真剣勝負を挑むような、テンション高いブログは、ちょっと肩が凝る感じがする。
 
当時の先端を行くモーダルな雰囲気をベースにしたリズム・セクションにクイックに反応していて、ロリンズ独特の大らかさやユーモアが感じられない。豪快さとハイ・テクニックだけが前面に出て、ちょっと聴いていて疲れる感じ。

逆に、当時の先端を行くモーダルな雰囲気をベースにしたリズム・セクションをバックにするだけで、「マイナス」を背負う感じのホーキンスが、結構、豪快に吹き上げているのが印象的。決して、当時の新テナー・タイタンのロリンズにひけを全く取らない、さすがはホーキンス、というブロウを繰り広げているのは立派。
 
しかし、先端の響きを宿したリズム・セクションに対峙してブロウを繰り広げるということで、ここでのホーキンスの演奏はやはり「シリアス」。真剣勝負という高テンションの雰囲気バリバリである。

このアルバム、せっかくの新旧テナー・タイタンの共演でありながら、このロリンズとホーキンスのシリアスでテンションの高い演奏が、このアルバムを肩肘張ったような、ちょっと聴いていると疲れる感じといったら良いのか、聴いていて、ちょっと面白味に欠ける、やや難ありの「四つ星」に線になっているのが実に惜しい。

恐らく、当時の先端を行くモーダルな雰囲気をベースにしたリズム・セクションをバックに調達したのが原因だろう。もう少し、年齢のいったハードバップ全盛時代バリバリのリズム・セクションであったならば、もっと寛いだもっと大らさが魅力の内容になったかもしれない。プロデュースの問題である。実に惜しいアルバムである。

 
 

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2012年3月11日 (日曜日)

東日本大震災の発生から1年

今日、3月11日、東日本大震災の発生から1年が経過しました。1年を機に、1日も早い復興を祈念するとともに、あらためて犠牲となられた方々に対し心から哀悼の意を表します。

さて、昨年の大震災以来、ジャズメンも様々な形で復興支援に協力している。そのひとつひとつをご紹介する訳にはいかないが、どのジャズメンの復興支援活動も、それぞれが良く考え、それぞれが出来ることの最大限の支援を実行していて、本当に頭の下がる想いである。

そんな中、このアルバムの内容には、いたく心を動かされた。KANKAWA presents 東北応援エレクトリックジャズバンドの『3.11』(写真左)である。ちなみに、参加ミュージシャンは、KANKAWA (el-key,org), Tony Suggs (rhodes), 元晴 (reeds), サカマケン (g), 小泉P克人 (b), 斉藤良 (ds), アキヒト (dms)。

レコード会社風の「触れ込み」としては「ツインドラム、ツインキーボード、総勢7人の日米混合ジャズサムライが、オルガニストKANKAWAの呼びかけに応じ「負けるな!東北!」を合言葉に奏でる21世紀型ジャズ」となる。

「ミュージシャン全員およびスタジオ、録音関係者もすべてKANKAWAの思いに共鳴してのヴォランティア参加であり、収益金を公的機関を通じて災害地支援の義援金とします」とあるので、義援金の一部として、あまり内容には期待せずに購入したので、初めて聴いた時はビックリした。

これがまあ、思わず何度も聴き返してしまう位の素晴らしい内容のエレクトリック・ジャズで、自らの不明を恥じるばかりである(汗)。

Kankawa_311_2

改めて、本作はズバリ「70年代のエレクトリック・マイルス」の延長線上のサウンドである。エレクトリック・マイルスのファンのジャズ者の方々には、かなり「お勧めの内容」。

ツインドラム(斉藤良とアキヒト)、ツインキーボード(KANKAWAとトニー・サグス)が既に「エレクトリック・マイルス」らしい編成にニンマリ。このツインドラム+ツインキーボードが、ロック・ビートやポリリズムなどをベースにした「リズム&ビート」を供給、サカマケンのエレキ・ギターと一体となって、ヘビーなエレクトリック・ファンクが疾走する。

そして、そんなヘビーなエレクトリック・ファンクの狭間に、元晴のサックスによるフリー・インプロビゼーションが魂の叫びの如く響き、エレ・ベース、エレギとオルガンによる哀愁感溢れるミステリアスなサウンドが浮遊する。いずれも、底にしっかりとビートを効かせていて、適度なテンション溢れる素晴らしいインプロビゼーションである。

犠牲者や被災者へのシンパシーを胸に全曲を新規録音されたこの『3.11』は、素晴らしい内容のエレクトリック・ジャズである。「70年代のエレクトリック・マイルス」をベースに、現代の最先端の要素もしっかりと組み入れ、実に聴き応えのある一枚に仕上がっている。

あの東日本大震災の発生から一年。新たな気持ちで、このKANKAWA presents 東北応援エレクトリックジャズバンドの『3.11』を聴く。なにかしら「感慨無量」なものが心に去来する。

今日は「3.11」。東日本大震災から1年。あれから一年。あの大震災を境に意識は大きく変わった。日本という環境に身を置く以上、震災や災害というものは常に身近にあるということ。そして、一番再認識したことは「何も起こらない日常」はあり得ないということ。そして、「人」について考えさせられることが多かった1年であった。

 
 

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2012年3月10日 (土曜日)

ポール・マッカートニーの新作だ

ポール・マッカートニー(Paul McCartney)が、コール・ポーターやファッツ・ワーラーなど、20世紀初期のティン・パン・アレーの名曲、いわゆる「ジャズ・スタンダード」をカバーしたアルバム『Kisses in The Bottom』(写真左)をリリースした。

ポールにとっては、2012年は「生誕70周年」、そして「ビートルズのデビュー50周年」というアニバーサリー・イヤーになるんやね。なるほど、そういうタイミングを捉えて、彼が愛するスタンダード・ソングをカバーした訳か。

まあ、ポールのことですから、単純にアルバム全てのトラックで、ジャズ・スタンダードをカバーしている訳ではありません。「My Valentine」と「Only Our Hearts」はポールの書きおろしです。しかし、ポール自作の曲の雰囲気は、全く持って「ジャズ・スタンダード」なところが「ミソ」(笑)。つまりは、ポールがお気に入りのスタンダード曲ととふたつの新曲を収録したアルバムといった趣向ですね。

ポールがお気に入りのスタンダード曲の選曲も「一筋縄」ではいかない(笑)。広くスタンダード曲という呼ばれる範疇からの選曲で、あまりジャズの世界で取り上げられない曲もある。が、この「ジャズの世界であまり取り上げられない曲」というのが、実にジャズの雰囲気に合うのだ。このポールのカバーを契機に、本家本元とジャズ・ボーカルの世界で取り上げられていくかもしれない。

ポール曰く「私が重視したのは、有名な曲は選ばない、ということだった。古典的なスタンダードと呼ばれている曲の中にも人々に馴染みにないもがたくさんある。嬉しい驚きを人々に与えたいという気持ちもあった」。はあ、なるほど。今年70歳になるポール、なんだか「捻くれているなあ」(笑)。それがまあポールらしいと言えばポールらしい。

バックバンドが、これまた豪華というか、ジャズ・スタンダードを歌うには最適なバックバンドが控えています。なんと、現在の女性ジャズ・ボーカルの第一人者ダイアナ・クラールと彼女のバンドが全面バックアップしているんですね。
 

Kisses_on_the_bottom

 
当然のことながら、抜群に上手いし、実に雰囲気がある。ジャズ・スタンダードを歌うには最適なバックバンドを後ろに従えて、ポールは実に楽しそうに、お気に入りのジャズ・スタンダードを歌い上げています。

さらに、エリック・クラプトンとスティーヴィー・ワンダーがゲスト参加。ポールの新作、8曲目の「My Valentine」(「My Fanny Valentine」ではありませんよ)と12曲目の「Get Yourself Another Fool」でクラプトンがギターで参加、そして、14曲目のこれまたポールの新作「Only Our Hearts」でスティーヴィー・ワンダーがハーモニカで参加しています。

プロデューサーのトミー・リピューマのツボを押さえたプロデュースも秀逸。不世出の優れたボーカリストとしてのポールが実に映える内容になっています。本当にこのアルバムでのポールのボーカルは良い。本当にポールのボーカルは、ただ一言「上手い」。全編、惚れ惚れとするボーカルです。

「今やらなければ、もう絶対にやらないっていうような作品だよ」は、ポールの言葉。確かにそう思う。スタンダード曲のカバーは、確かにポールの本筋では無いからね。

でも、この音の世界、もう少し、我々に聴かせてくれても良いのでは、と思う。3曲目の「It's Only A Paper Moon」などの、有名な「どスタンダード曲」のカバーを聴いて思う。捻くれないで、ポールのボーカルで、有名な「どスタンダード曲」のカバーを聴いてみたいなあ。

しかし、ちょっとドキッとするタイトルですよね、この『Kisses in The Bottom』というタイトル。初めて聞いた時は「はぁ、お尻にキス?」とちょっとビックリした。まあ、ポールだから一筋縄ではいかないから、これはこれでありかな、とも思った(笑)。

正しくは、このタイトル「手紙の最後の行にキスを意味する“xxx”と言うマークを入れる、昔からの習慣をもじったもの」だとこと。なろほど「ダブル・ミーニング」なのか。はあ、なるほど。今年70歳になるポール、なんだか「捻くれているなあ」(笑)。それがまあポールらしいと言えばポールらしい。
 
 
 
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2012年3月 9日 (金曜日)

タバキンの「フルートとテナー」

Lew Tabackin(ルー・タバキン)。もともとはテナー・サックスの名手で、穐吉敏子のビッグバンドを支える夫君でもある。が、テナーも素晴らしいが、それにもまして、タバキンのフルートは名手中の名手と言って良いほどの腕前である。

そんなタバキンの優れたフルートとテナー・サックスの両方を楽しめるアルバムが『Dual Nature』(写真左)。ちなみにパーソネルは、Lew Tabackin (fl,ts), Don Friedman (p), Bob Daugherty (b), Shelly Manne (ds)。1978年のリリースである。

収録曲は以下の通り。1曲目から3曲目までがフルート。4曲目から6曲目までがテナー・サックス。どの演奏も素晴らしい出来である。バックのリズム・セクションも名うての名手揃いで安定感抜群。充実のカルテット構成である。

1. Euterpe
2. Yellow Is Mellow
3. Out of This World
4. No Dues Blues
5. My Ideal
6. Russian Lullaby
 

Dual_nature
 
 
やはり、1曲目から3曲目までのフルートが素晴らしい。ジャズのフルートは甘くていけない、なんてお嘆きの貴兄には、このタバキンの「渾身の純ジャズ・フルート」を是非、聴いて欲しい。ガツンとくる爽快なインパクト。ストレート・アヘッドな演奏が硬派で心地良い。フルートがここまで、硬派なジャズとして演奏できるとは、感心することしきり、である。

かたや、タバキンのテナー・サックスもなかなかの優れものである。タバキンのテナーは、ロリンズばりの正統派なもの。ロリンズの様に大らかに豪快にブロウする。う〜ん、タバキンのテナーは、そのロリンズのテナーをカッチリと端正にして、少しだけ、コルトレーンばりの高速テクニックを隠し味に織り交ぜた感じ、とでも形容できようか。

このアルバム『Dual Nature』が、タバキンの代表作として挙がることはまず無いのですが、これはお勧めです。タバキンの演奏家としての個性を感じるには、実に手っ取り早い一枚です。まあ、ジャケット・デザインは、かなり直接的で、あまりといえばあまりの「ダサイ」デザインではありますが・・・。このジャケットでは、中身が判らないと、なかなか手に入れようとは思わないでしょうね(笑)。

最後にまとめると、ルー・タバキンの代表作は、この『Dual Nature』、『狸's Night Out』(ここをクリック)とそして『Rites Of Pan(牧羊師の祭典)』(ここをクリック)かな。始めの2枚はタバキンのテナーとフルートが、最後の一枚はタバキンのフルートだけを心ゆくまで堪能できます。

 
 

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Fight_3

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2012年3月 8日 (木曜日)

スクラッチ・ジャズ路線の終焉

ハービー・ハンコック最初のスクラッチ・ジャズ『Future Shock』が1983年、次作のリズム&ビートを前面に押し出した傑作『Sound-System』が1984年。それから4年の時間が空いて、1988年にリリースされた、スクラッチ・ジャズ3部作の最終作が『Perfect Machine』(写真左)。

ハンコックがスクラッチを融合させて作ったエレクトリック・ジャズのシリーズが、この『Future Shock』、『Sound-System』、『Perfect Machine』の3枚。ジャケット・デザインの傾向も同じ雰囲気なので、この3枚をシリーズとして一括りにしても良いだろう。

そのシリーズの最終作『Perfect Machine』、これが、なんとまあ、評価し難い内容なんですよね〜。何を狙ったのか、テクノを取り入れている様でもあるが、1988年のリリースでは、それはもう「古い」だろう。ハウスミュージックを狙ったのであれば、あまりに「リズム&ビート」がチープ。過去のディスコミュージックと思って聴いてみても、メリハリが効いておらず平凡。

前作の『Sound-System』は、「リズム&ビート」が秀逸で、そんな楽しく、格好良い「リズム&ビート」に乗って、フェアライトCMI、フェンダー・ローズ、ヤマハDX7、等々といったエレピやシンセの音色が万華鏡の如く、煌びやかに響き渡る傑作であった。(昨日のブログ参照・左をクリック)
 

Perfect_machine

 
が、この『Perfect Machine』は何を思ったのか、共同プロデュースのビル・ラズウェルがとち狂ったのか、ハンコックがとち狂ったのか、何がどうなったか判らないのだが、前作の『Sound-System』で前面に押し出された秀逸な「リズム&ビート」は平凡なものになって目立たなくなっている。

そして、なぜか中途半端なボーカルものと、今までは「かくし味」程度に趣味良くあしらっていたスクラッチが、大々的に前面に押し出されている。この中途半端なボーカルものと前面で押し出されたスクラッチ、これがまあ、平凡でつまらない。

エレクトリック・ジャズの基本は「リズム&ビート」。この基本をしっかりと押さえていた傑作が『Sound-System』。なのに、なぜ次作の『Perfect Machine』では、この「リズム&ビート」の基本を忘れてしまったのか。とにかく、この『Perfect Machine』は「リズム&ビート」がとにかく平凡。う〜ん残念。

その平凡でつまらない「リズム&ビート」に乗せて、これまた何故そうなったのかが良く判らないのだが、ハンコックの名曲『処女航海("Maiden Voyage)』をカバーしている。このカバーがこれまた「意味が判らん」。まず、なぜ、スクラッチ・ジャズに乗せてカバるのか、その必然性が良く判らんし、アレンジ自体も出来は良く無く、良〜く聴いていないと、まずもって「処女航海」のカバーとは判らない。なんだかなあ、という出来である。

ハンコックのスクラッチ・ジャズの3作目『Perfect Machine』は「残念な出来」と言わざるを得ないなあ。とにかく、今の耳には、実に平凡、実に退屈に聴こえる。ハービーのスクラッチ・ジャズ路線もこのアルバムで一応の終結を見る。「スクラッチとの融合」としてはほぼ成熟、もうやること無し。これ以上の発展は見込めず。

 
 

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Fight_3

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2012年3月 7日 (水曜日)

エレクトリック・ジャズの基本は

Herbie Hancock(ハービー・ハンコック)の『Future Shock』。この盤のリリース当時は「ハービーがスクラッチを取り込んだ」なんて驚いたり感心したりしたもんだが、今の耳で聴き直してみると、スクラッチの存在自体が、あまり効果的では無いというか、スクラッチを取り入れたが故に、新しいジャズが生み出されたのかと言えば、そうではない、と僕は思う(2011年12月21日のブログ参照・左をクリック)。

スクラッチ自体がジャズのメイン楽器の役割を担えるか、という根本的な話になるが、スクラッチ自体に「音程」というものがないので、旋律を担当するメイン楽器にはなり得ない。なり得るとすれば、リズム&ビートを担当するリズムセクションの一部として機能する可能性はある。

『Future Shock』の次作が『Sound System』(写真左)。1984年のリリース。本作は『Future Shock』に続いて、1984年の第27回グラミー賞「ベスト・R&B・インストゥルメンタル・パフォーマンス賞」を受賞。

内容的にも、スクラッチを導入した『Future Shock』の続編とも言えるもの。しかし、前作『Future Shock』に比べて、格段にこの『Sound System』の方が良い。とにかく聴いていて楽しいのだ。

『Future Shock』は、単に、エレクトリック・ジャズの音世界にスクラッチを導入してみました、というか、それだけの内容だったと僕は感じている。スクラッチを導入したという話題性のみが残ったアルバムで、今となっては、かなりの「古さ」を感じてしまうし、内容的にもあまりに単純過ぎる。
 
Sound_system  
 
この『Sound System』は『Future Shock』の続編ながら、『Future Shock』とは全く違った音世界を創出している。躍動感に満ちあふれ、キメのフレーズがとにかく格好良い。印象的なリズム&ビートを前面に押し出し、スクラッチをそんなリズム&ビートの「かくし味」として織り交ぜるだけに留めた、それが成功の理由だろう。

エレクトリック・ジャズの基本は「リズム&ビート」。エレクトリック・ジャズの第一人者、マイルス・デイヴィスの教えである。このマイルス先生の「教え」を思い出したのかどうかは判らないが、共同プロデュースのビル・ラズウェルの才能全開で、リズム&ビートの構成と処理が秀逸である。

そう、この『Sound System』は、「リズム&ビート」が秀逸。そんな楽しく、格好良い「リズム&ビート」に乗って、フェアライトCMI、フェンダー・ローズ、ヤマハDX7、等々といったエレピやシンセの音色が万華鏡の如く、煌びやかに響き渡る。特に冒頭の「Hardrock」「Metal Beat」「Karabali」の流れが素晴らしい。

LP時代のオリジナル盤では収録時間が34分弱で短か過ぎるというのが「玉に瑕」であったが、現在のCDでのリイシュー盤は、ボーナス・トラック「Metal Beat (Extended Version)」の追加で、やっと収録時間が40分を超えることになり、まずまず、なんとか、聴き応えのあるものになった。

エレクトリック・ジャズの基本は「リズム&ビート」。改めて、マイルス・デイヴィスの教えを再認識したハービー・ハンコックの『Sound System』である。
 
 
 

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2012年3月 6日 (火曜日)

Rites Of Pan(牧羊師の祭典)

フルートという楽器にとってジャズはちょっと難物である。フルートの音色は柔らかくて女性的。硬派な純ジャズの旋律を奏でるには、ちょっと優しすぎる。加えて、音の抑揚や強弱が付け難く、エモーショナルな表現が苦手。つまり、よほどの名手でないと、メインストリーム・ジャズの世界は難しい。

メインストリーム・ジャズの中で、そんな難物のフルート。そのフルートの名手の一人がLew Tabackin(ルー・タバキン)。もともとはテナー・サックスの名手で、穐吉敏子のビッグバンドを支える夫君でもある。が、テナーも素晴らしいが、それにもまして、タバキンのフルートは名手中の名手と言って良いほどの腕前である。

そんなタバキンが、フルートに専念して吹き込んだアルバムが『Rites Of Pan(牧羊師の祭典)』(写真)。1977年9月と1978年2月の録音。ちなみにパーソネルは、Lew Tabackin (fl, alto-fl), Toshiko Akiyoshi (p), Shelly Manne (ds), John Heard (b), Bob Daugherty (b)。

このアルバムを聴いて、名手であればフルートも十分、純ジャズのメイン楽器として通用すると、心から感心した。ちなみに「名手」でないといけない。つまりは、テクニックよろしく、音の抑揚や強弱をしっかりつけることができて、エモーショナルな表現が自然に出来ることが必須。これは、よほどの名手でないと出来ないこと。

冒頭の「Autumn Sea(秋の海)」が素晴らしい。この1曲を持って、この『Rites Of Pan(牧羊師の祭典)』は、メインストリーム・ジャズにおけるジャズ・フルートの名盤と言い切ることが出来る。

Rites_of_pan1

この演奏でのタバキンのフルートは,エモーショナルな表現の部分が、実に日本的な響き、いわゆる「尺八」の様な響きで、音の抑揚の付け方、強弱の付け方も優秀。フルートの優しい響きを相対する音として配しながら、本来のフルートの柔らかで女性的な響きとエモーショナルな表現としての「尺八」の様な男性的な響きの「対比」が素晴らしい。

この「尺八」的なブロウは、実にオリジナリティ溢れたものであり、強い音色やフレージングの付け方も非常に優れたテクニックをもって楽々クリアしており、タバキンのフルートは個性的なものであり、メインストリーム・ジャズにおけるジャズ・フルートのヴァーチュオーゾである。

ちなみに、「Autumn Sea(秋の海)」の名演をきくことの出来る最近作として、2011年録音の『狸's Night Out』というアルバムがある。このアルバムでの「秋の海」も、鳥肌が立つほどの素晴らしい演奏です。2009年3月16日のブログ(左をクリック)にてご紹介していますので、こちらも是非どうぞ・・・。

1977年〜1978年という、フュージョン・ジャズ全盛時代に、この様な優れたフルートが主体のメインストリーム・ジャズの優秀盤がリリースされていたという事実は、実に「痛快」である。メインストリーム・ジャズにおけるフルートの代表的名盤として、このタバキンの『Rites Of Pan(牧羊師の祭典)』をイチ押しとしたい。

現在、CD化されているジャケットは、左のイラストチックなもの。なんだかなあ、という感じで、もう少しなんとかならんか、というレベル。1979年、ディスコメイト・レーベルからLPとしてリリースされた時のジャケットは右の「何の工夫も無いもの」。しかしながら、リアルタイムでこのアルバムを聴き親しんでいた僕にとっては、右の「何の工夫も無いもの」の方が馴染みが断然に深い。  

 
 

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2012年3月 5日 (月曜日)

マントラの個性が確立された傑作

40歳を過ぎるまで、ビッグバンド・ジャズとジャズ・ボーカルは意識的に避けてきた。最近、50歳を過ぎて、感性の許容量に余裕が出てきたところで、ビッグバンド・ジャズトジャズ・ボーカルにチャレンジしている。あの世に行く前には、いっぱしの「うんちく」を垂れるようにはなりたいものだ。

さて、そのジャズ・ボーカル、歌詞が判らんと意味が無い、と避けてきたが、インターネットが発達して、インターネットを活用して様々な情報が即座に入手出来る様になった。ジャズ・スタンダードの歌詞も和訳付きで手に入る。インターネットを活用したら、ジャズ・ボーカルで歌われる歌詞も何が歌われているのか、なんとか判るようになった。

ジャズ・ボーカルにチャレンジするに当たり、意識的に避けてきたとは言え、お気に入りとして親しんできた、数少ないボーカル・アルバムがある。その辺のおさらいから始めている。その「おさらい」の対象の一つが「Manhattan Transfer(マンハッタン・トランスファー)」。略して「マントラ」。

「マントラ」は、男女各2人による4人編成。1978年マッセーに代わりシェリル・ベンティーンが正式加入して現在のメンバー構成となる。ちなみにメンバー構成は、ティム・ハウザー(グループの創設者でありリーダー)、アラン・ポール、ジャニス・シーゲル、シェリル・ベンティーン。グループ名は、ジョン・ドス・パソスの小説「マンハッタン乗換駅(Manhattan Transfer)」から取ったとのこと。

僕にとって、ジャズ・ボーカルもので最初にヘビロテになったアルバムが、1979年リリースの5th.アルバム『Extensions』。このアルバムについては、2011年6月28日のブログ(左をクリック)に詳しいので、一度ご参照願いたい。正統派ジャズ・ボーカル・グループのマントラとしては異質と言えば異質。コンテンポラリーなジャズをバックに、というよりは、完璧な「フュージョン・ジャズ」をバックにしたエレクトリックなジャズ・コーラス。しかし、これが「受けた」。ヒットアルバムになった。
 

Mecca_for_moderns

 
そして、1981年、その次の作品としてリリースされた6th.アルバムが『Mecca for Moderns』(写真)。前作の路線を踏襲し、引き続きJay Graydonの製作。前作の、完璧な「フュージョン・ジャズ」をバックにした、エレクトリックなジャズ・コーラスに磨きをかけたというか、完璧な「フュージョン・ジャズ」をバックにしたエレクトリックなジャズ・コーラスに、トラディショナルなジャズ・コーラスの要素を上手い具合にブレンドさせて、マントラのグループとしての個性を確立させている。

このアルバムでは、前作でそこはかとなく漂っていた違和感、バックの完璧な「フュージョン・ジャズ」とマントラが根底に持つトラディショナルなジャズの要素が微妙に噛み合わない「違和感」が完全に払拭されている。前作での「違和感」は、プロデューサーのJay Graydonの「宿題」であった。この「宿題」をJay Graydonとマントラは完全に払拭している。

全編、コンテンポラリーでフュージョンなジャズ・ボーカルで、聴いていて惚れ惚れする。疾走感、爽快感が趣味良く漂い、ボーカル&コーラスは、トラディショナルな雰囲気漂う正統なもの。とにかく、マントラは上手い。その上手さ故、トラディショナルなアレンジに乗せると、従来のジャズ・ボーカルの路線に埋もれてしまって、ポップ性、ヒット性が損なわれてしまうのだが、その「懸念」をバックの完璧な「フュージョン・ジャズ」なアレンジが払拭する。

Jay Graydonのプロデュースとアレンジワークの勝利だろう。マントラの持つ、ポップなイメージ、トラディショナルなジャズのエッセンス、本来マントラが持つ華麗なコーラスワークとボーカル・テクニック、これらが見事にミックスされて、マントラの個性として確立されている。

今や「Boy from New York City」はすっかり、コンテンポラリーなジャズ・スタンダード曲として定着し、ラストの「A Nightingale Sang In Berkeley Square」のアカペラ・コーラスは、今でも鳥肌ものだ。この2曲が、完璧な「フュージョン・ジャズ」をバックにしたエレクトリックなジャズ・コーラスに、トラディショナルなジャズ・コーラスの要素を上手い具合にブレンドさせて確立した「このアルバムの個性」を代表している。

この6th.アルバム『Mecca for Moderns』は、マントラの傑作のひとつとして、今でも僕は愛聴している。

 
 

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2012年3月 4日 (日曜日)

「風」のオリジナリティー『海風』

かぐや姫の伊勢正三と、猫の大久保一久が1975年に結成したフォーク・デュオ「風」。セカンドアルバムまでの「風」は、アコギ主体のフォーク・デュオだったが、サード・アルバム『Windless blue』からアコギをエレキに持ち代え、その音楽コンセプトを大幅に拡げた(昨日のブログ参照・左をクリック)。

電気楽器の導入を前提として、当時、流行の先端だった米国西海岸ロック、特に、ロスのアーバン系ロック(例えばSteely Danなど)のアレンジを下敷きにしている。コーラスの付け方だって、ブラスの付け方だって米国西海岸。エレギの音も米国西海岸である。「ほおづえをつく女」など、文句なく格好良いエレギの音、フレーズも米国西海岸である。

そんな「風」が、遂に米国西海岸に飛んで、ロサンゼルスにてレコーディングをしてしまう。その作品が、4thアルバム『海風』(写真左)。1977年10月25日のリリース。このアルバムは、当時、オリコンチャート1位に輝いている。

さすがに、音作りは、徹頭徹尾、米国西海岸ロック。リズムもビートもエレキの音もエレピの音も、当時の流行の最先端を行っていた米国西海岸の音ではある。
 
が、しかし、アルバム全体の音と曲の雰囲気は、決して、米国西海岸に偏ったものでは無いように感じる。米国西海岸への偏り度合いは、前作のサード・アルバム『Windless blue』の方が顕著だと思う。この微妙な軌道修正というか、調整を感じて、どうにもこうにも、この4thアルバム『海風』は、長年に渡って、僕にとって「厄介な」アルバムの一枚だった。

読売オンラインの「生き方!私流」というコラムに、当時の伊勢正三の想いが綴られている。このコラム記事を読ませて貰って「なるほどなあ〜」と思った。リリース当時から、このアルバムはリアルタイムで体験し続けているが、どうにも腑に落ちないことがあった。が、この昨年6月の伊勢正三の想いを読ませて貰って、やっと合点がいった。ちょっと抜粋させていただく。
  
Kaze_umikaze
 
「音楽的に一番こだわっていたころ。もっと一気に進んだのが4枚目の『海風』。『風』の後半、オリジナリティーっていうのを考えるようになった。当時、アメリカ録音の機会があったからです。向こうのレベルの高さみたいなものを目の当たりにするし、日本で格好いいと思ってやっていたウエストコーストサウンドだって、本物じゃない感じがした。『おまえの音楽やってみな』って言われた時、まねっこの音楽しかない。」(以上、2011年06月14日  YOMIURI ONLINEより抜粋)
 
その「腑に落ちないこと」とは、このアルバム『海風』では、ファースト・アルバム、セカンド・アルバムで漂っていた「フォークソング時代のウェットで現実的な世界」を再び全面に押し出している、という点。サード・アルバムのLP時代のB面の「シティ・ポップの大人で洒落た雰囲気なアレンジとのギャップ」という、当時の「日本のポップス」らしい、ちょっとした「違和感」を、このアルバム『海風』では敢えて前面に押し出しているように感じるのだ。

つまりは、『風』のオリジナリティーという点を追求した結果、音作りは米国西海岸ロックのトレンドを拝借はしているものの、歌われる音自体は「日本のポップス」らしい「フォークソング時代のウェットで現実的な世界」を前面に押し出すことを敢えて選択したんだ、と僕は解釈した。決して「まねっこの音楽」にはしたくなかったんだ、と理解した。

いや〜合点がいきましたね〜。この4thアルバム『海風』って、アレンジと演奏は抜群で、アレンジと演奏だけ取れば、「Japanese City Pop」の古典的名演として、前作の『Windless Blue』を超えるものだと思うんですが、歌われる音自体は「日本のポップス」らしい「フォークソング時代のウェットで現実的な世界」を前面に押し出している。そこがどうしても「City Pop」としての音とのギャップがあって、当時から「戸惑い」を感じる部分だったんですが、やっと合点がいきました。

冒頭のタイトル曲「海風」だけが「Japanese City Pop」の古典的名演として突出しているところが、当時の『風』の想いと取り巻く環境の「ギャップ」を反映している様で、なかなかに興味深いですね。

この4thアルバム『海風』は、『風』のオリジナリティーという点を追求した結果として記録された「日本のポップス」いわゆる、70年代Jポップとしての傑作と位置づけられる作品だと思います。 

 
 

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2012年3月 3日 (土曜日)

「風」の傑作『Windless blue』

「風」と言えば、かぐや姫の伊勢正三と、猫の大久保一久が1975年に結成したフォーク・デュオ。1970年代のJポップを彩る「名フォーク・デュオ」のひとつである。

そんな風が、1976年11月25日にリリースしたサード・アルバムが『Windless blue』(写真左)。セカンドアルバムまでの「風」は、アコギ主体のフォーク・デュオだったが、このアルバムからアコギをエレキに持ち代え、その音楽コンセプトを大幅に拡げた。この「風」の変化は、当時、物議を醸し出した。

冒頭の3曲、「ほおづえをつく女」「夜の国道」「3号線を左に折れ」を聴けば、その音楽コンセプトが理解出来る。基本は、フォーク・デュオの時代と変わらない。歌われる情景は、フォークソング時代のウェットで現実的な世界では無く、アーバンで小説的な世界であることは変わらない。

しかし、曲のアレンジのコンセプトが大きく変化している。簡単に言うと、電気楽器の導入を前提として、当時、流行の先端だった米国西海岸ロック、特に、ロスのアーバン系ロック(例えばSteely Danなど)のアレンジを下敷きにしている。

コーラスの付け方だって、ブラスの付け方だって米国西海岸。エレギの音も米国西海岸である。「ほおづえをつく女」など、文句なく格好良いエレギの音、フレーズも米国西海岸である。

4曲目の「旅の午後」は、僕の大のお気に入り曲だが、曲の爽やかさ、曲の疾走感は、米国西海岸ロックを彷彿とさせる。後半、ブラスのアレンジが米国西海岸的で、今でも新鮮に響く。メジャー調のあっけらかんとした曲調は、久保やんの得意とするところだ。

5曲目の「通り雨」は、ガラリと変わって、やや翳りのあるマイナー調のアーバンな雰囲気の曲。しかし、曲の疾走感は変わらない。マイナー調の曲調がアーバンな雰囲気を増幅させて、シティ・ポップの大人で洒落た雰囲気がプンプン漂う。とにかく「渋くて格好良い」曲だ。
 

Windless_blue

 
ここまでが、LP時代で言う「A面」。この「A面」の5曲「ほおづえをつく女」「夜の国道」「3号線を左に折れ」「旅の午後」「通り雨」こそが、このアルバムの最大の価値である。いわゆる「Japanese City Pop」の古典的名演と評価されて然るべき、素晴らしい内容であり、当時としては、相当に先進的で、米国西海岸ロックの名盤に収録された曲たちと比較しても、勝るとも劣らないものである。

B面の曲たちについては、アレンジは全くA面と変わらない。基本は米国西海岸、ところどころ、アイリッシュな響きも織り込んで、シティ・ポップの大人で洒落た雰囲気が色濃く漂う。

しかし、歌われている歌詞は、フォークソング時代のウェットで現実的な世界を色濃く残しており、シティ・ポップの大人で洒落た雰囲気なアレンジとのギャップが大きい。当時の「日本のポップス」らしい、ちょっとした「違和感」を感じるところが、「Japanese City Pop」の古典的名演と評価されて然るべき「A面」とは異なるところ。

B面の曲の中で、個人的に思い入れの強い曲が「君と歩いた青春」。歌詞の内容を見れば、「なごり雪」のプロローグの様な内容で、まず、この歌詞の内容が「泣ける」。この歌詞を聴く度に、学生時代の青さを思い起こし、セピア色の甘酸っぱい感情に「しみじみ」としてしまう。今となっては「微笑ましいエピソード」であるが、学生当時、遠く離れた、つかず離れずの彼女とのシチュエーションにだぶるところがあって、とても懐かしい想いにかられる。

この「風」のサード・アルバム『Windless blue』は名盤である。特に「Japanese City Pop」の古典的名演として記憶されるべき、名盤である。シティ・ポップの大人で洒落た雰囲気なアレンジは、今の耳にも、未だに「新鮮」に響く。

ちなみに、風のファーストアルバムは、2009年12月12日のブログ(左をクリック)に、セカンド・アルバム『時は流れて…』は、2009年11月23日のブログ(左をクリック)で語っていますので、こちらもよろしくどうぞ・・・。

 
 

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2012年3月 2日 (金曜日)

1963年、アコ・マイルスの分岐点

今日の話題は、マイルス・デイヴィスの聴き直しシリーズ。マイルス・デイヴィスのアコースティック時代のアルバムの聴き直しシリーズである(ちなみに、右のカテゴリーの「マイルス・デイヴィス」を選択すれば、マイルス・デイヴィスの記事を検索してお楽しみ頂くことができます)。

さて、時代は1963年の初めに遡る。1963年の初め、マイルスの配下からメンバーが次々と退団。マイルスは新たなメンバーを探さなければならなくなる。そこで、目を付けたのが、Victor Feldman(ヴィクター・フェルドマン)。当時、L.A.を拠点に、なかなか新鮮な響きのピアノを弾いていて、米国西海岸ジャズの中、人気ピアニストの一人だった。

マイルスはフェルドマンを自身のバンドに勧誘している。が、フェルドマンは米国西海岸に留まることを選択する。しかしながら、マイルスは、一期一会とばかりに、フェルドマンとの録音を残す。その記録を留めたマイルスのオリジナルアルバムが『Seven Steps to Heaven』(写真左)。

このアルバムの中で、フェルドマンとの録音は、1曲目の「Basin Street Blues」、3曲目の「I Fall In Love Too Easily」、5曲目の「Baby Won't You Please Come Home」の3曲。録音日は1963年4月19日。ちなみにパーソネルは、Miles Davis (tp), Victor Feldman (p), Ron Carter (b), Frank Butler (ds)。すでに、ベースのロン・カーターはここで参入している。

かたや、2曲目の「Seven Steps To Heaven」、4曲目「So Near, So Far」、6曲目「Joshua」の3曲は、1963年5月14日の録音。 ちなみにパーソネルは、Miles Davis (tp), George Coleman (ts), Herbie Hancock (p), Ron Carter (b), Tony Williams (ds)。黄金のクインテットと呼ばれるメンバーの中の4人、マイルス当人と、ピアノのハンコックとベースのロン、ドラムのトニーが初めて揃って録音したことで有名なセッション。
 
Seven_steps_to_heaven
  
まず、この2つのセッション共通として言えることは、このアルバムでのマイルスは既に「ジャズ界の帝王」としての貫禄十分。ペットのテクニックも音色も、全く持ってマイルスの個性が映えまくっており、堂々たる吹きっぷりである。マイルスのペットは、その存在感が抜群で、このアルバムのマイルスのペットを愛でるだけでも十分な聴き応えがある。

そして、 マイルス当人と、ピアノのハンコックとベースのロン、ドラムのトニーが初めて揃って録音したということで、1963年5月14日の録音ばかりが「斬新な響きを宿した先進的な演奏」としてもてはやされはいる。

まあ、確かにそうなんだろうが、ハービーもロンもトニーも録音当時、まだまだ若手駆け出し、アイデア優先の弾きっぷり、叩きっぷり、展開もまだまだ地味で、手放しで誉めそやすほどの高みには達していない。確かに、ハービーもロンもトニーも音の響きは斬新。当時としては、最先端の今までに無い「新しい響きと感性」を宿していることは聴いてとれる。しかし、この3曲だけ聴けばこのアルバムは十分、っていうほどでは無い。

逆に、ジャズ本、マイルス本にては必ず評価の低い1963年4月19日ではあるが、僕はそんなにレベルの低い演奏とは思わない。フェルドマンのピアノの響きやテクニックは、ハービーと比較して劣るものでは無い。

逆に、米国西海岸ジャズ独特の爽やかさという点では、フェルドマンのピアノの個性の方が映える。ドラムのフランク・バトラーの叩きっぷりだって、当時のトニーと比較しても、なんら劣るものではない。逆に、珍しいマイルスのワンホーン・カルテットとして、マイルスのペットだけをクローズアップしていて、聴いていての楽しさは、1963年4月19日の方が上だ。

この1963年録音の『Seven Steps to Heaven』は、当時、マイルスが次のステップとして進むべき方向として、米国西海岸と米国東海岸という「2つの方向」を見据えて、どちらの方向に進むかを斟酌していたということを示唆してくれる。1963年4月19日の録音と1963年5月14日の録音が綺麗に交互に配されていることからも、当時、マイルスもプロデューサーのテオも、どちらの録音も甲乙付けがたいと判断していたに違いない。

でも、1963年4月19日のフェルドマン自身が参加したセッションの方が、圧倒的に評価が低い。不思議だ。あまりに旧来の評論を鵜呑みにし過ぎなのでは、と思う。ちなみに、タイトル曲の「Seven Steps To Heaven」はフェルドマンの作曲です。テーマ部の「たった、たった、たーたーたっ」。確かに「7音」=「Seven Steps」なんですね(笑)。
 
 
 

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2012年3月 1日 (木曜日)

ビッグバンド・ジャズは楽し・16

当ブログでは、幾つかの特集シリーズがあります。右の「カテゴリー」にあるのですが、今日の「ビッグバンド・ジャズは楽し」シリーズはジャズ者万人向け。僕自身がビッグバンド・ジャズ初心者。ビッグバンド・ジャズの勉強の成果を恥ずかしながらお披露目しているコーナーです。

さて、今日の「ビッグバンド・ジャズは楽し」は第16回目。今日は、ビッグバンドでのコルトレーン・ミュージックの再現という盤を取り上げてみましょう。

ビッグバンドでコルトレーン・ミュージックを再現する。今まで、様々なアレンジャーがこのテーマにチャレンジしてきています。「再現」といっても、コルトレーンのテクニックと個性をビッグバンド・ジャズで応用し再現する、若しくは、コルトレーンの楽曲を精神とコンセプト丸ごと、ビッグバンド・ジャズでバッチリとカバーする、かのどちらかですね。

大多数のチャレンジは、コルトレーンのテクニックと個性をビッグバンド・ジャズで応用し再現する、ですが、これがあんまし面白くない。やはり、コルトレーン・ミュージックのテクニックと個性は、その精神とコンセプトがバックにあってこそ、映えるものなんですね。

そういう意味では、コルトレーンの楽曲を精神とコンセプト丸ごと、ビッグバンド・ジャズでバッチリとカバーするアプローチが、ビッグバンドでコルトレーン・ミュージックを再現する時の最良ということが言えます。しかし、そういう観点でビッグバンドのアルバムを見渡すと、これがなかなか見当たらない(笑)。

なんせ、コルトレーン自身がビッグバンドのブラス・アンサンブルを核にチャレンジした『Africa / Brass』を真っ先に思い出すくらいだ。やはり、コルトレーンの楽曲を精神とコンセプト丸ごと、ビッグバンド・ジャズでバッチリとカバーする仕業は、コルトレーン・ミュージックをしっかりと体感していないと出来ない仕業なんだろうな、とも思う。

しかし、コルトレーンの『Africa / Brass』は、音楽監督を務めたエリック・ドルフィーに母屋を乗っ取られたような内容に陥ってしまった。以来、コルトレーンは、自らの音楽をビッグバンドで表現することはしなかった。
 

Song_of_the_newworld

 
そういう意味で、コルトレーンの楽曲を精神とコンセプト丸ごと、ビッグバンド・ジャズでバッチリとカバーするアプローチの最大の成功例が、McCoy Tyner『Song of the New World』(写真左)でしょう。1973年4月の録音。ちなみに主だったパーソネルは、McCoy Tyner (p), Hubert Laws (fl), Sonny Fortune (as,ss,fl), Joony Booth (b), Alphonse Mouzon (ds), Jon Faddis (tp)。

しかし、この『Song of the New World』では、コルトレーンが乗り移ったかのように、リーダーでピアニストのマッコイ・タイナーが、コルトレーンの楽曲のスピリチュアルな精神とコンセプトを完璧に踏襲し、シーツ・オブ・サウンドで弾きまくる。コルトレーンのテナーをピアノに完璧に置き換えたような凄まじい演奏。鬼気迫るマッコイ・タイナーの独壇場である。

バックのメンバーの演奏も素晴らしい。ジョン・ファディスのトランペット、ヒューバート・ロウズのフルート、ソニー・フォーチュンのソプラノ・サックス。いずれも、コルトレーンの楽曲のスピリチュアルな精神とコンセプトを完璧に踏襲し、シーツ・オブ・サウンドで吹きまくる。

そして、そのフロントの演奏をガッチリとバックで支えるのが、アルフォンソ・ムザーンのドラムとジョニー・ブースのベース。ムザーンのドラミングは、デジタルチックで端正で等間隔なリズム&ビート。この端正で等間隔なリズム&ビートが、コルトレーン・ミュージックを奏でるビックバンドをしっかりと「整える」。そして、太いブースのベースがコルトレーン・ミュージックを奏でるビックバンドをしっかりと「支える」。

さすが、マッコイ・タイナー。この『Song of the New World』は、コルトレーン本人がリーダーの「伝説のカルテット」の中で、コルトレーン・ミュージックを直接体感した、コルトレーン・ミュージックの伝道師的立場にあったからこそ出来る、マッコイならではの仕業である。

このマッコイの「ビッグバンドでのコルトレーン・ミュージックの再現」を聴いていると、マッコイが一番理想とするコルトレーンは、こういう演奏するコルトレーンなんだよ、と教えてくれるように聴こえる。そして、この演奏でのコルトレーン・ミュージックは、激しい演奏にも関わらず、耳にもたれない。激しい割に聴き易く、激しい割に耳に馴染む。

 
 

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