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2011年11月の記事

2011年11月28日 (月曜日)

久しく臨時休業が続いています

11月7日以降、久しく臨時休業状態が続いている、バーチャル音楽喫茶『松和』です。
 
実は、11月6日の夜遅く、緊急入院になってしまいました。病名は「大腸憩室出血」。寝る前に大量の下血があり、これはおかしい、ということで、近くの消化器内科へ急患でお世話になりました。緊急内視鏡検査の結果、「大腸憩室からの出血」ということで、紹介状を書いて貰い、設備の整った救急病院へ直行、そのまま入院となりました。
 
4日に大腸の内視鏡検査をして、小さなポリープを取ったんで、その取った後の止血が上手くいかなくて、出血したと思っていたので、「大腸憩室出血」と言われた時には何がなんだか判りませんでした。とにかく、即、入院。即、点滴。即、絶対安静。
 
一旦、出血は止まったんですが、11月8日の夕方、再下血。かなりの出血なので、即、内視鏡にて出血場所を探して頂き、運良く出血場所が特定できて、内視鏡手術での止血対応で済みました。出血場所が特定できなければ、開腹手術で大腸の一部を摘出するところでした。
 
しかし、それから、何の因果関係も無いのに、いきなり直腸神経性潰瘍を併発し、再び、11月11日の昼に下血。なかなか、絶食状態の寝たきりの状態、一日中点滴状態から抜け出せず、やっとのこと、14日から水が飲めるようになり、重湯2日、三分粥2日、五分粥2日と、食事が徐々にまともになっていきました。
 
21日には、前日までは予断を許さないとしながらも、早朝の血液検査の結果が良好だったとのことで、バタバタっと月曜日の午後に退院して、いきなり自宅療養に入りましたので、なかなかタイムリーに近況を皆さんに伝えることが出来ませんでした。
 
ただ、自宅療養とは言え、今回の出血が大量だったので(1リットル以上輸血しました)、貧血の度合いが厳しくてしんどい。なかなか元の状態には戻りません。これには閉口しています。加えて、10日間ほど、ほぼ寝たきりの状態だったので、筋力が落ちて、これもまた、なかなか元に戻らない。
 
自宅療養とは言え、しんどい状態が続いて、ユッタリとした気分にはなかなかならないです。とにかく、この貧血状態が改善されないと辛いです。貧血状態の改善がポイントです。気長にいくしかありません。

再発可能性もあるものなので、腹の中に爆弾を抱えた感じで、まだまだ、ちょっと憂鬱ではあります。とは言え、日々、少しずつ快方に向かっていることは実感できますので、焦らず、復帰に向けて養生したいと思っています。
 
さすがに、入院して具合の悪い時は、音楽を聴く気が全く起きませんでした。加えて、貧血のショックで気を失ったりしたので、自分として、ショックや不安感がかなり大きく、再発の可能性も含めて、暫くの間、くよくよ考えていたので、どうしても音楽を聴く気にならない。
 
くよくよ考える自分に呆れ始めて、やっと一昨日より音楽を聴く気が湧いてきました。やっぱり音楽は良いですね。リラックスできます。そして、何より、優れた音楽はとても美しい。やっぱり、音楽は良い。ということで、これからは、以前にも増して、より一層、音楽をジャズを70年代ロックを、気楽にリラックスして聴き続けて行こうと改めて思いました。
 
ということで、久しく臨時休業が続いていますが、そろそろ、再度、ブログを再開しようかな、という気持ちになってきました。まだ、無理は出来ませんが、近々、マスターのひとりごとを再開しようと思っていますので、よろしくお願いします。ツイッターもそろそろかな。
  
皆様も身体には十分気をつけて下さいね。今回、入院して、改めて健康の有り難さが身に染みました。やはり、普通の生活が良いですね。無理は禁物。ご自愛下さい。
 
 
 

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2011年11月 6日 (日曜日)

余裕のロッドが「今夜きめよう」

ロッドの聴き直しシリーズ。今日は大西洋を渡って米国に移り住んだロッドの、米国に拠点を移しての2枚目のアルバムになる。

そのタイトルは『A Night On The Town』(写真左)。1976年発表の通算7作目のソロ・アルバムになる。セールス的には、全英1位、全米2位を記録。米国制覇も目前である。

ちなみに、このアルバムからは3枚のシングルがカットされており、「Tonight's the Night(今夜きめよう)」は全英5位・全米8週連続1位、「The Killing of Georgie(キリング・オブ・ジョージー)」は全英2位・全米30位、「The First Cut Is the Deepest(さびしき丘)」は全英1位・全米21位を記録。「Tonight's the Night」以外は米国でふるわなかったが、英国でバカ受けなのが面白い。

このアルバムは、前作のかの名盤『Atlantic Crossing』と同様、トム・ダウトをプロデューサーに迎え、ジャケット・デザインもルノアールの絵画を模したなかなか凝ったデザインで、如何にも、前作のかの名盤『Atlantic Crossing』の続編という雰囲気を醸し出しているところが上手い。

LP時代の構成も前作のかの名盤『Atlantic Crossing』の方式を踏襲しており、LP時代のA面が「Slow Side」、B面が「Fast Side」と前作の逆ではあるが、それぞれの収録曲を上手く並べて、『Atlantic Crossing』と同様にアルバム全体に統一感を持たせているところは、さすがはトム・ダウトの手腕である。

しかし、このアルバムは、兎にも角にも、A面の1曲目、冒頭の「Tonight's the Night (Gonna Be Alright)」に尽きる。このむっちゃ「ケバケバな」ラブ・バラードに尽きる。
 
A_night_on_the_town
 
このバラードは秀逸。難しくなく、判り易く、ムード満点。米国で売れるにはこういう曲想とアレンジでなければね、ってな感じの、実に米国向きのバラード曲。歌詞の内容は、とにかくロッドであるからして、思いっきり「口説き」の世界なんだが、この歌詞の内容を上手くくみ取って、邦題を「今夜きめよう」としたのは秀逸。

とにかくこの「Tonight's the Night」が突出しているので、この1曲を聴いて、ちょっとした満腹感をかんじつつ、2曲目に移行することになる(笑)。しかし、これまた2曲目の「The First Cut Is the Deepest」が優れたバラードとくる。むっちゃキャッチャーなギターストロークの前奏を聴いただけで、ウルウルしてしまうくらいの、これまた判り易く優れたバラード曲がドカーンとくる。

このA面のSlow-Sideって、この冒頭の2曲の秀逸な大衆迎合型の判り易く優れたバラード2曲でお腹いっぱいになる(笑)。3曲目以降は「もう好きにしてくれや、ロッド」ってな感じになるんだが、その期待に応えて、ロッドはやりたい放題(笑)。ロッドがやりたい曲を手当たり次第、歌いまくっていくっていう感じで、なんだか、3曲目以降は、それぞれの曲の出来映えは良いんだが、アルバムの流れとしては、ちょっと「とっ散らかった」雰囲気が無きにしも非ず。

しかし、この「とっ散らかった」雰囲気を最後に渋くグッと締めるのが、ラストの「Trade Winds(貿易風)」。B面って、Fast-Sideなのに、ラストにこの渋いバラードを持ってきたプロデュースが憎いなあ。それまでの、R&B、R&R大会の「とっ散らかった」雰囲気をピタッと納めてしまう。このラストのバラード「Trade Winds」の存在も、このアルバムの重要なポイント。

とまあ、このアルバムは、ロッドのやりたい放題の「とっ散らかった」R&B、R&R大会も魅力的だが、やはり、このアルバムのポイントは3曲のバラードの存在だろう。逆に、ロッドのやりたい放題の「とっ散らかった」R&B、R&R大会があるが故に、この3曲のバラードの甘さが引き締まって聴こえる、言い換えれば、この超弩級のバラード3曲の甘さに流れずに、全体の雰囲気がロック・ボーカルのアルバムとして整っているんだなあ、と感心することしきり、である。
 
 
 

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2011年11月 5日 (土曜日)

抑制が効いた翳りのあるロリンズ

ソニー・ロリンズのリバーサイド・レーベルの最後の吹き込みになる『Freedom Suite』(写真左)。1958年2月と3月の録音。ちなみにパーソネルは、Sonny Rollins (ts), Oscar Pettiford (b), Max Roach (ds)。ロリンズお好みのピアノレス・トリオでの録音である。

邦題で『自由組曲』と名付けられたアルバム。このアルバムの目玉は、まずは冒頭を飾るこの「Freedom Suite(自由組曲)」だろう。プロデューサーのOrrin Keepnewsに薦められて書いたという「自由宣言」。1950年代前半から始まった公民権運動に呼応するかのような、「黒人の自由」への強い想いをこめた異色の組曲である。

パート毎にテンポ・チェンジを繰り返す、四つのテーマによる組曲風な構成となっている。LP時代、LPレコードの片面だけを組曲1曲だけで占める構成は、当時のジャズ界においてもかなり珍しい試みだったといえる。この「Freedom Suite(自由組曲)」は、1956年3月の録音だから、ロリンズは、かなり早くから公民権運動に呼応した音楽的メッセージを世に問うたことになる。ロリンズ自身、この「Freedom Suite」の先取性については、インタビューなどでも認めている。

この冒頭の約20分に渡る「自由」への主張は、少し物憂げなロリンズのソロが特徴的。ロリンズのブロウは豪放磊落、天衣無縫、天真爛漫、自由闊達などと形容されるべきものだが、この「Freedom Suite」では、破綻を嫌うように抑制を効かせた、少し、翳りのあるブロウが特徴。こんなに翳りのあるロリンズは珍しい。
 
Sonny_rollins_freedom_suite

「Freedom Suite」に続く5曲は、スタンダード曲を中心とした小唄のような演奏が続くが、天真爛漫さを封印した、抑制された翳りのあるブロウは変わりない。加えて、ハードバップが成熟期を迎えつつあり、モード演奏の兆しも見え始めた1958年の録音にしては、このピアノレス・トリオについては、ビ・バップからの職人ミュージシャンであるベースのペティフォード、ドラムのローチという組合せからか、インプロビゼーションの自由度は低い。

抑制が効いた翳りのあるロリンズ。これを「渋み」と感じるか、「暗さ」と感じるかで、このアルバムの評価は変わるだろう。僕は、このアルバムの雰囲気に「暗さ」と「閉塞感」を感じるので、聴き終えた後、何か物足りなさが残るのが正直な感想である。

ちなみに翌年1959年の3月より1962年の1月まで、ロリンズはジャズ界を離れ、隠遁生活に入る。なんだか、その「雲隠れ」を暗示するような「暗さ」と「閉塞感」を僕はこの『Freedom Suite』というアルバムの演奏全体に感じる。そして、この「Freedom Suite(自由組曲)」以降、ロリンズは、公民権運動に呼応する「黒人の自由」への強い想いをこめた音楽的メッセージを一切封印する。

ロリンズの歴史の中でも、かなりの異色作であることは間違い無い。このアルバムの抑制が効いた翳りのあるロリンズを体験することは、ロリンズの「裏の側面」を体験できるので、ロリンズのファンにとっては必須とは思うが、一般のジャズ者、ジャズ者初心者の方々にはどうでしょうか。

 
 

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2011年11月 3日 (木曜日)

欧州ジャズと日本人の相性

ジャズの本場は米国ではあるが、1960年代より欧州でもジャズが本格的に盛んとなり、現代では、ジャズの拠点としては、本場米国と欧州の2大拠点を中心に展開している。

もちろん、日本人ジャズ・ミュージシャンは、1950年代より本場米国を目指した。穐吉敏子や渡辺貞夫を筆頭に、米国への留学、渡米を経て、その成果を日本へ持ち帰り、日本のジャズは発展した。

そして、1970年代後半より、日本人ジャズ・ミュージシャンは欧州を目指す。僕の記憶の中での日本人ジャズ・ミュージシャンの最初の印象的な成果は、フリー・ジャズの山下洋輔だったと記憶している。現代ではフリー・ジャズは欧州が拠点。

欧州ジャズは、土地柄からクラシックの素養をベースとした、耽美的でリリカルな音の響きをベースとし、構築力と演奏力に優れた「印象派ジャズ」的な側面と、現代音楽を応用したアブストラクトな演奏とジャズ特有のモーダルな演奏をミックスした「フリー・ジャズ」的な側面と、2つの側面が最大の特徴として挙げられる。

日本人ジャズ・ミュージシャンの持つ日本人的な特性を前提とすると、どちらかというと欧州ジャズの方が相性が良いように思える。米国の場合、黒人中心なジャズのトレンドが中心が故、ファンキー、ゴスペル、ブルースという、アフリカン・ネイティブな音楽的要素が重要になるんだが、これは日本人にとっては「新しい音楽文化」であり、体幹として身につくには、もう少し時間がかかるだろう。

しかし、欧州の場合、土地柄からクラシック音楽の素養がベースに漂っていて、調性、無調性、スケール、モードといった、クラシック音楽的な要素を応用した構成になっている。これは、戦前より、クラシック音楽を中心に西洋音楽を身につけてきた日本人にとっては、取っつきやすいものではある。
 
最近、欧州ジャズにチャレンジし、欧州ジャズに身を置く、日本人ジャズ・ミュージシャンが多く見受けられるようになった。例えば、雑誌「ジャズ批評」中心に評価が高い「平林牧子」は、そんな欧州ジャズに身を置く、若手ミュージシャンの代表例である。
  
Hide_and_seek
 
その平林牧子が、欧州ジャズ出身であり、明らかに欧州ジャズへの傾倒を明確に示したアルバムがある。セカンド・リーダー作の『Hide and Seek』(写真左)。2008年4月、コペンハーゲンでの録音。ちなみにパーソネルは、Makiko Hirabayashi (p), Klavs Hovman (b), Marilyn Mazur (ds,perc)。

欧州ジャズにおける代表的なピアノ・トリオの音が、アルバム全編に渡って味わえる。リリカルで耽美的なジャズ・ピアノの響き。硬質で切れ味の深いベースの響き。締まりが良くパーカッシヴなドラムの響き。印象的な間の取り方と3者が独立して奏でるフリーキーでアブストラクトなインプロビゼーション。

1曲1曲が、精緻に、丁寧に、特別な配慮を持って創られ、演奏される。職人芸を尊ぶ日本人の心根が感じられて、なんだかホッとする。精緻に丁寧に創られているからといって、ダイナミズムが損なわれていることは無い。全編に渡って、ダイナミック・レンジの広い演奏が展開される。決して性急なアプローチで破綻しない、十分にコントロールされたリズム&ビートは欧州ジャズなれではのものだろう。

このアルバム『Hide and Seek』は、米国を核とするジャズとして聴くと「これはジャズじゃない」となるかもしれない。しかし、欧州を核とするジャズトして聴くと「これは十分にジャズである」となる。この『Hide and Seek』は、徹頭徹尾、欧州ジャズにおける代表的なピアノ・トリオ例である。

アルバム全編を通じて、フリーキーな方向へはあまり傾いていないところが、欧州ジャズにおける代表的なピアノ・トリオ例とは言え、日本人ならではの抑制なのかも知れない。シンプルなフレーズの展開も日本人ならではの感性を感じる。豊かな響きと絶妙な間を使ったインプロビゼーションにも日本人ならではの「侘び寂び」的な感性を感じる。

今まで感じてきたよりもかなり、欧州ジャズと日本人ピアニストの相性は良いのかもしれない。
 
(なお、平林牧子のファースト・リーダー作『MAKIKO / マキコ』については、2011年2月21日のブログ「不思議な欧州ピアノ・トリオ」(左をクリック)としてアップしているので、こちらもご覧いただければ幸いです)
 
 
 

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2011年11月 2日 (水曜日)

「ファンキー&ソウルフル」がウリ

ドラムスがスティーブ・ガッド、キーボードがリチャード・ティー、ギターがコーネル・デュプリー。となると、70年代後半、あの伝説のフュージョン・バンド「スタッフ」の再来か、と思ってしまう。

しかし、ベースは純ジャズ畑でならした(あのビル・エバンスと長年トリオを組んだことでも有名な)エディ・ゴメスと、バリトン・サックスの雄(これが実に効いているんだが)ロニー・キューバとくる。これは面白そうなバンドだなと思った。そのバンドのデビュー作、その名もズバリ『The Gadd Gang』(写真左)。1986年のリリースになる。

演奏面では、メンバーも半数が重複することから「スタッフ」との共通点はいろいろある。が、「スタッフ」のウリは「ソフト&メロウ」だが、このガット・ギャングは、「ファンキー&ソウルフル」がウリのバンド。とにかく、ビートのメリハリが利いて、とにかく楽しい。ストリート・ミュージックに通じる、ファンキーでノリの良い演奏が、このバンドの真骨頂。
 

Gadd_gang

 
特に、7曲目の「Honky Tonk〜I Can't Stop Loving You」を聴いてみて欲しい。聴き飽きた手練れのフュージョンでは無い、新鮮な印象の演奏がここにある。

純ジャズで鍛えたゴメスのウォーキングベースが強靱なビートを弾き出し、キューバのバリトンサックスが、テナーやアルトとはひと味違う「ドスの利いた」サックス・ソロがソウルフルな雰囲気を増幅する。ティーのキーボードも、デュプリーのギターも、実にファンキーな音を紡ぎだし、ドラムは、ビートはなんでもござれのガットが叩きまくる。特に、ベースのゴメスが大活躍。

昔、70年代後半、かの伝説のフュージョンバンド、スタッフに感じた「音楽的な不満」を全て解消してくれているようなバンドなのだ。よくぞ、やってくれた。スタッフとガッド・ギャングで「最強のフュージョン・ジャズ」である。

スタッフのファンは一度、耳にしてみて下さい。「ソフト&メロウ」な味付けを隠し味に「ファンキー&ソウルフル」なビート感がウリの、唯一無二の、僕が考える、理想的なフュージョンバンドといえます。

 
 

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2011年11月 1日 (火曜日)

こんなアルバムあったんや・4

今日は「こんなアルバムあったんや」シリーズの第4回目。今日の盤はフュージョン・ジャズ。

さて、1970年代後半はフュージョン・ジャズ全盛時代。8ビートの電気楽器インストは間口が広く、スタジオ・ミュージシャンや他の音楽ジャンルのミュージシャンなど、様々なミュージシャンが参入した。当然、フュージョン・ジャズのアルバムは玉石混淆としており、傑作もあれば、その分、駄作も多いという、なんともはや収拾の付かない状態になっていた。

ここに『Michel Colombier』(写真左)というフュージョン・ジャズのアルバムがある。

Michel Colombier(ミシェル・コロンビエ)とは、フランスの映画音楽、ポピュラー音楽のプロデューサーであり、作曲家&編曲家でもある。1939年生まれ、2004年11月に、65歳で鬼籍に入っている。映画音楽としては、アラン・ドロン「リスボン特急」やゲーンズブール「アンナ」など数々の作品を手がけている。日本ではフランスのフュージョン界のボス的存在として認識されており、一部で異様に人気が高い。

この『Michel Colombier』というフュージョン・ジャズのアルバムは、1979年のリリース。もとは、コロンビエとラリー・カールトンの共同プロジェクトとしてスタートしたものらしい。1979年と言えば、フュージョン・ジャズ全盛時代後期。人気に陰りが見え始めた頃。しかし、僕は、リアルタイムでこのアルバムを聴いたことは無い。

実は、この『Michel Colombier』というフュージョン・ジャズのアルバム、2011年6月22日にリマスタリングされ再発売。Tower Recordsのみ予約受付だったんで、ちょっと焦ったが、なんとか無事ゲット。このリマスタリング再発盤を入手して、目出度く初めて、この『Michel Colombier』を拝聴するに至った次第。
  
Michel_colombier
 
皆、名盤だ名盤だというので、どれどれと聴いてみたが、そうかなあ。1979年、フュージョン・ジャズ全盛時代後期としては、水準の出来では無いだろうか。適度にメリハリの効いた、耳当たりの良い、そして、時に刺激的な超絶技巧なテクニックが走る、当時のフュージョン・ジャズとしては無難な内容ではある。

しかし、リズム・セクションがちと違う。ベースとドラムが突出して異様に素晴らしいリズム&ビートを叩きだしている。誰だろう、と思いきや、ベースもドラムも一聴して判るものがある。一聴して判るベースはジャコ・パストリアス、一聴して判るドラムはスティーブ・ガッドとピーター・アースキン。ギターも一聴して判るのが、ラリー・カールトンとリー・リトナー。そうそう、マイケル・ブレッカーのテナーも一聴して判るなあ。

特に、個性的で、その演奏内容も秀逸なのが、歌うような流麗なフレーズをギターを弾くようにベースで叩き出すジャコ。そして、平均的な水準の出来の演奏に、縦ノリの個性的なビートを唯我独尊的に叩き出すガッド。フュージョン・ジャズのベースとドラムが好きな方、また、自分で演奏している方には必聴です。また、ジャコのファンの方には、この盤はマストアイテムでしょう。

ちなみに、この盤、日本盤は「ミシェル・コロンビエ・フィーチャリング・ジャコ・パストリアス」というアルバム名にしていたようで、それくらいジャコのベースが、バック・ミュージシャンの位置づけ故、少し控えめながらも大活躍です。

フュージョン・ジャズ全盛時代後期としては、水準の出来ではあるが、参加したミュージシャンが凄い。Michel Colombier (p,key), Jaco Pastorius (el-b), Jerry Knight (b), Steve Gadd (ds), Peter Erskine (ds), Larry Carlton (g), Lee Ritenour (g), Ray Parker, Jr. (g), Herbie Hancock (key), Michael Boddicker (key), Michael Brecker (ts), Tom Scott (lyricon), Airto Moreira (per)。キラ星の如く、当時のフュージョン・ジャズのスター・ミュージシャン達がズラリと名を連ねている。 

こんなフュージョン・ジャズのアルバムがあったんですね。いや〜、21世紀になって、そのリマスターCDが入手出来るとは思わなかったし、耳にできるとは思わなかった。いや〜入手出来てラッキーでした。

 
 

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