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2011年10月の記事

2011年10月31日 (月曜日)

演奏の切れ味良く、俗っぽく・・・

一昨日、ハービー・ハンコックの『Lite Me Up』をご紹介した。その時、アルバムの演奏全体を通じて、「演奏の切れ味」と「アレンジの妙」という点では、クインシー・ジョーンズの諸作にはかないません、と書いた。

ここに、George Dukeの『Dream On』(写真左)というアルバムがある。1982年リリースのジョージ・デュークのブラコン・フュージョンの傑作である。このアルバムは、ブラコン・フュージョンとして、なかなかの内容を誇る、素晴らしい出来のアルバムである。

ハンコックの『Lite Me Up』と比べると、演奏全体の切れ味は、こちらのジョージ・デュークの方が圧倒的に上。リズム&ビートのメリハリもジョージ・デュークの方が上。エレピの腕も、総合的に見て、ジョージ・デュークの方が上。

ということは、このジョージ・デュークの『Dream On』は、ブラコン・フュージョンとして、クインシー・ジョーンズの諸作と肩を並べるほどの内容か、と問えば、答は「否」。「アレンジの妙」という観点で、どうしてもクインシーの極みには達していない。

ジャジーな要素が薄れているというか、ファンクなビートが前面に押し出されて、ディスコ・ミュージックなリズム&ビートに聴き間違いそうなほど。基本のリズム&ビートはジャジーなんだけどなあ。
 

Dream_on

 
ブラコン・フュージョンという音作りで難しいのは、演奏の切れ味が良ければ良いほど、リズム&ビートのメリハリが効けば効くほど、ディスコ・ミュージックに近づいていく。つまり、演奏の内容が俗っぽくなっていく。しかし、大衆には大受けに受けるんだけど・・・。

このGeorge Dukeの『Dream On』は、ブラコン・フュージョンという音作りではあるが、音楽ジャンルの括りとしては「ディスコ・ミュージック」に分類されることが多い。僕からすれば、とんでもない聴き違いだ、と思うんだが、この演奏の切れ味とリズム&ビートのメリハリの効き具合が良ければ良いほど、ディスコ・ミュージックに近づいていく。

ブラコン・フュージョンの「アレンジの妙」のさじ加減の難しさを感じる。つまりは、クインシー・ジョーンズの諸作は、「演奏の切れ味」と「アレンジの妙」のバランスが如何に絶妙か、ということを教えてくれる。クインシー・ジョーンズのブラコン・フュージョンは決して、ディスコ・ミュージックの括りにはならない(適当に「括る」人もいるけど・・・)。

とは言え、このジョージ・デュークの『Dream On』は、ブラコン・フュージョンの傑作。ハンコックの『Lite Me Up』の上を行く出来だと言って良いだろう。優れたクインシー・ジョーンズの正統派フォロワーである。

ハンコックは「このままでは駄目だ」と思ったのかどうか、ハンコックは『Lite Me Up』の次作で、とんでもない飛び道具を携えて「一発逆転」を試みる。その「とんでもない飛び道具」とは何か。それは後日、また、このブログで語るとしよう・・・。

 
 

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2011年10月30日 (日曜日)

ロッド・スチュワートの最高傑作

重税の英国を逃れて、大西洋を渡ってNYに降り立ったロッド・スチュワート(Rod Stewart)。そのロッド・スチュワートの最高の名盤である。タイトル良し、ジャケット良し、コンセプト良し、演奏良し、ボーカル良し。基本的に非の打ち所の無いアルバムである。その名も『Atlantic Crossing』(写真左)。1975年のリリース。

冷静に聴くと、やっていることはR&Bとロックンロールと、英国時代と変わりは無い。しかし、トム・ダウトのプロデュースを得て、アルバム・コンセプトがしっかりと確立され、アルバムの曲の構成も面白い工夫が見える。

LP時代のA面を占める「Fast Side」、B面を占める「Slow Side」。速いテンポが中心のA面、ユッタリとしたテンポが中心のB面。この演奏のテンポを中心としてより分けられた、ロッドの珠玉のボーカル。これが実に効果的。ノリノリで聴くA面、じっくりと腰を落ち着けて聴くB面。この工夫を始めとするプロデュースの手腕がこのアルバムを名盤に押し上げた。

収録された曲も選りすぐりの名曲ばかり。駄曲、捨て曲の類は皆無。どの曲も素晴らしい出来。アレンジの良く、ロッドのボーカルも絶好調。祖国英国を離れて、米国に移り住んで一旗揚げようとするロッドの心意気が伝わってくる。

やっていることはR&Bとロックンロールと、英国時代と変わりは無いが、このアルバムで、より洗練された素晴らしい出来となっているのが「バラード曲」。ロッドのバラード唱法は、このアルバムで確立されたと言って良い。これは、プロデュースとバック・バンドの演奏能力の賜。ロッドは大西洋を渡って、優れたプロデュースに恵まれ、優れたバック・バンドに出会った。
 
Atlantic_crossing
 
特に、バック・バンドは特筆されて良い。ブッカーT.&ザMG’s、メンフィス・ホーンズ、マッスルショールズのミュージシャンたちなど、ロッドが長年憧れた、真に米国的な「リズム&ビート」そして「フレーズ&音色」。英国系のミュージシャンには、なかなか出せないアーシーなリズム&ビート、そして、米国ルーツ・ミュージック的な「フレーズ&音色」。

ラストの「セイリング」だけがクローズアップされる昨今だが、このアルバムの全曲を聴けば、このラストの「セイリング」は、ラストのクーリング・ダウンの仕掛けだということが良く判るだろう。このアルバムは、大ヒット曲「セイリング」の為に制作されたアルバムではない。ラストの「セイリング」は、その前に控える珠玉の名演を惹き立てる為に存在する。

セールス的にもまずまずの成功を収めた。アルバム『Atlantic Crossing』自体は、全英1位・全米9位。シングルについては「Sailing」(日本仕様ジャケットは写真右)が、全英4週連続1位・全米58位。「I Don't Want to Talk About It(もう話したくない)」が、全英4週連続1位・全米46位。ロッドの「アトランティック・クロッシング(大西洋を越えて米国へ)」は成功した。

良いアルバムです。ロッド・スチュワートのアルバムをまず一枚という向きには、この『Atlantic Crossing』がベストでしょう。とにかく、聴き易い内容で、かつ、ロッドの個性が十分に体験することが出来る。

アルバム・ジャケットのデザインは良いし、タイトルにも意味があって、とにかく、ロックのアルバムとして、かなりの内容を誇る名盤です。ロッド・スチュワートの最高傑作と言い切ってしまいましょう。

 
 

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2011年10月29日 (土曜日)

クインシー・ジョーンズに憧れて

1982年リリースの、Herbie Hancock『Lite Me Up』(写真左)。このアルバムは、評論家筋からは「酷評」されていた。踊れないディスコ・アルバムという評価が大勢で、ハービーはもう終わりだ、なんて酷い評価をする評論家もいた。

でも、このアルバムって、そんなに「酷評」されるような内容では無い。というか、出来は良い。というか、かなり良い出来だと思うんですよね。ブラコン・アルバムとして聴くと、はたまた、ハービーの憧れのクインシー・ジョーンズ路線のアルバムとして聴くと違和感が無いと思うんですが・・・。

恐らく、当時、ハービー・ハンコックは、クインシー・ジョーンズに憧れていたいに違いない。どう聴いたって、この『Lite Me Up』はクインシー・ジョーンズの『Sounds...and Stuff Like That』や『The Dude』を目標に作成されたとすれば、その内容には違和感が無いと思うんですが・・・。

ということで、この『Lite Me Up』というアルバムは、ディスコ・アルバムでは無く、ブラコン・アルバムとして、クインシー・ジョーンズのフォロワーとしてのハービーのブラコン・アルバムとして、評価したほうが据わりの良いアルバムです。

そういう前提をおいて聴くと、あら不思議、なかなかダンサフル、ジャジーでファンキーな、ジャズ畑出身ならではのブラコン・アルバムとして十分な内容だと感じられると思います。
 
Lite_me_up
 
単純にブラック・ファンク中心の単純なリズム&ビートでは無く、さすがはハービー、ジャズ畑出身の、実にジャジーでちょっと複雑なリズム&ビートの仕込みが個性的。これは、ジャズ畑出身の優れたアレンジジャーにしか出来ない、特別な個性でしょう。

アルバムの演奏全体を通じて、「演奏の切れ味」と「アレンジの妙」という点では、クインシー・ジョーンズの諸作にはかないません。そういう意味では、さすがはクインシー・ジョーンズ、ブラコン的なアレンジャー&コンポーザーという観点ではまだまだハービー・ハンコックは発展途上、クインシー・ジョーンズの方が遙かを先を走る、ハービー憧れの存在であることが良く判ります。

でも、このアルバムの出来は良いです。かなり充実していると思います。単純に、ブラコン・アルバムとしてのハービーのアレンジャー&コンポーザーとしての優れた才能を感じます。

また、このアルバムの面白いところは、ハービー自身がボコーダー無しに、4曲目「Paradise」と5曲目「Can't Hide Your Love」の2曲でボーカルをとっているところ。ハービーが生声で歌う貴重なアルバムです。で、この2曲のハービーのボーカル、これがなかなかのものです。意外と上手いですよ、ハービーの歌。

憧れのクインシー・ジョーンズにはかなわないまでも、クインシー・ジョーンズを目指したブラコン・アルバムとしては、十分に評価できる内容だと思います。あまり、従来の評論家の酷評を鵜呑みにする必要な無いと思います。しかし、何故、ハービーのブラコン路線は、日本のジャズ評論家には、押し並べて受けないのかなあ。不思議です。

 
 

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2011年10月27日 (木曜日)

こんなアルバムあったんや・3

「こんなアルバムあったんや」シリーズ第3回目。決して、この「こんなアルバムあったんや」シリーズって、ジャズの「際物」盤をご紹介するシリーズではありません(笑)。純粋にその盤を手にとって聴いて、純粋に心から「こんなアルバムあったんや」と感心した盤をご紹介するシリーズです。

今回は「クラリネット・ジャズ」。クラリネットという楽器、昔からある楽器でポピュラーな存在。特に、ブラスバンドでは主要楽器としてメインに据えられる。クラシックのオーケストラのバイオリン的位置づけですね。当然、このクラリネットという楽器、ジャズにも活用されて然るべき楽器なのだが、ジャズの世界で著名なクラリネット奏者というのはそんなにいない。

パッと思い浮かぶ名前はバディ・デフランコとベニー・グッドマン。デフランコは1923年生まれながら、今も現役で活躍しているので馴染みが深い。そうそう北村英治もそうだ。マニアックなところでは、ピー・ウィー・ラッセル。でも、これくらいしか思い浮かばない。特に、1960年代のモード・ジャズの時代から、1970年代のクロスオーバー〜フュージョンの時代、1980年代のメインストリーム・ジャズ復古の時代と、著名なクラリネット奏者が出現していない。

クラリネットとジャズ。そんなに相性が悪いとは思えないのだが、と思いながら幾年月。今から6年ほど前、iTunesを徘徊していて、とても素晴らしい内容のクラリネット・ジャズのアルバムを見つけた。Don Byron『Ivey-divey』(写真左)である。2004年5月の録音。ちなみにパーソネルは、Don Byron (cl, bcl, ts), Jason Moran (p), Jack DeJohnette (ds), Ralph Alessi(tp), Lonnie Plaxico (b)。

Don Byron(ドン・バイロン)って誰や。と調べてみると、1958年11月生まれ(僕と同じ世代かあ)、1990年代初頭、どこからともなく現れ出でて、クラリネットを自在に操り、久々に純ジャズの世界に、正統なクラリネット奏者の出現と相成った。テクニックは至極正統なもの。多種多様の音楽に精通しているようで、演奏するスタイルやジャンルは雑多。なんでも屋ではあるが、どちらかと言えば、新主流派系のメインストリーム・ジャズが良い。
 
Don_byron_ivery_divey
 
この『Ivey-divey』を聴くと、ドン・バイロンが如何に優れたジャズ・クラリネット奏者かが判る。正統な純ジャズ系の安定した定番フレーズから、フリーキーでアブストラクトなフレーズまで、キッチリと吹き切る。音の幅も広く、クラリネットを最大限に鳴らし切っていることが良く判る。とにかく上手いし、フレーズにもしっかりとした「歌心」がある。

収録された曲はどれも良い出来で甲乙付け難い。クラリネットを中心にジャズをバリバリと吹くところが爽快。基本編成がクラリネット、ピアノ、ドラムのトリオなので、実にユニークな音。クラリネットのちょっとほのぼのとした長閑な音が楽しい。

1曲目の「I Want To Be Happy」は正統な純ジャズ系の安定した定番フレーズから、フリーキーでアブストラクトなフレーズまでをバンバン吹きまくる、実にヘビーな演奏。ドラムがデジョネットなので、フロントが如何なる展開を仕掛けても、底辺を支えるリズム&ビートはガッチリと安定している。底のリズム&ビートが安定しているので、バイロンが跳んだり跳ねたりしても、演奏全体は全く揺るがない。

ユニークなのは、10曲目「Freddie Freeloader」と11曲目「In A Silent Way」。マイルスの名曲が並ぶが、どちらもその内容は非常に素晴らしい。クラネットの音色が、この2曲「Freddie Freeloader」と「In A Silent Way」に、こんなに合うとは思わなかった。目から鱗である。マイルスもビックリである。しっかりと盛り上がる「Freddie Freeloader」と「In A Silent Way」。実に新しい解釈です。この2曲は「聴きもの」です。

久々に純ジャズの世界に、正統なクラリネット奏者の出現。クラリネットのジャズはちょっと特殊な雰囲気なので「際物」扱いされそうですが、どうしてどうして、かなり内容の濃いメインストリームな純ジャズです。初めて聴いた後、「こんなアルバムあったんや」と唸ってしまいました(笑)。
 
良いアルバムです。僕のお気に入り盤として、今でも時々、バーチャル音楽喫茶「松和」に流れています。
 
 
 

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2011年10月26日 (水曜日)

スタッフで一番好きな盤

スタッフはフュージョン・バンドの中でも一二を争う「お気に入りのバンド」なんだが、そういえば、このブログで、そのスタッフの中で一番好きな盤について語っていなかった。

このスタッフというフュージョン・バンドにはホーンが無い。ジャズの語りの主役となるサックスやトランペットが無い。いわゆるジャズの世界のリズムセクションと呼ばれる楽器だけで構成されているのだ。つまりが、このリズムセクションが、圧倒的な馬鹿テクをもって、うねりまくるのだ。しかも、あくまで洒脱に、大人の音世界の中で「うねる」のだ。

そんな「うねりまくり」のスタッフの2枚目のアルバム『More Stuff』(写真左)。1977年のリリース。このアルバムでは、かなりソウルっぽく、ファンキーな色合いが前面に出ている。それが最大の魅力。

ひとつ間違えば「ポップな軽音楽バンド」と言われそうな、かなり、あからさまなソウルっぽさなんだが、スタッフというバンドは、やはり「ただ者」ではなく、その馬鹿テクと「うねり」で、きっちりとフュージョン・ジャズしてしまっているところが見事。とにかく、むっちゃファンキー。

このアルバムでも、やはり、主役は、キーボードのリチャード・ティーとドラムのスティーブ・ガッドで、このアルバムの全曲において、この2人は大活躍している。とりわけ、キーボードのティーは、歌まで披露しちゃっているのだ。
 
More_stuff
 
お世辞にもうまいとはいえないが、味のあるティーおじさんのボーカル。ラストの「Need Somebody」。とにかく渋い。おっと、ベースのゴードン・エドワーズも歌っているのを忘れていた。4曲目の「Love of Mine」。これもお世辞にもうまいとはいえんが、味のあるボーカルで、まあまあ聴けるから良しとしよう。

遡って、1曲目のティーのピアノを聴いてみると、ティーって、ピアノもうねりまくっている。フェンダーローズのように、朗々とねばり、うねるのだ。どうやって弾いているのかしらん。実に、ここちよく「ねばって」「うねって」いるのだ。

それと、このアルバムの最大のハイライトであり、フュージョンの名演のひとつであるのが、7曲目の「As」だ。この曲はスティービー・ワンダーの名曲であるが、この曲こそが、スタッフというバンドの特徴と良さを最大に引き出している。「うねりまくり」、「ねばり」、「ファンキー」にスイングする、見事な「スタッフ」がここにある。

しかし、このスタッフというバンドの再結成はもう無い。なぜなら、キーボードのリチャード・ティーとギターのエリック・ゲイルとコーネル・デュプリーは既に他界してしまっているからだ。今ではCDでしか「うねりまくり」のスタッフを聴くことができない。残念なことだ。

とにかくこのアルバムの魅力は、7曲目の「As」。そうスティービー・ワンダーの名曲のカバー「As」に尽きる。この「As」の3分28秒にスタッフの魅力の全てが凝縮されているのだ。

 
 

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2011年10月25日 (火曜日)

困惑の『Riding with the King』

『ライディング・ウィズ・ザ・キング(Riding with the King)』(写真左)は、2000年に発表されたエリック・クラプトン(Eric Clapton)とB.B.キング(B.B.King)が競演したアルバム。

振り返れば、21世紀になってのエリック・クラプトンのアルバムは企画ものが中心。これはもう「昔の名前で出ています」的なメリットをクラプトンが最大限に活かした、いわゆる「懐メロ」を武器にしたクラプトンの戦略かと思ってしまう。

正直言って、この『Riding with the King』にはガッカリした。クラプトンのブルース・ロック(生粋のブルースでは無い)については1970年代から変わりは無い、聴き馴れたもの。いや、聴き馴れたものとは言っても、1970年代のクラプトンのブルースよりは、かなり端正で癖の無い、聴き易いものとなっている。

なんや引っかかりが無いというか、1970年代の泥臭い雰囲気が希薄になったというか、CD世代の、今のクラプトンのファンには良いかもしれないが、LP世代の、1970年代のクラプトンのファンからみればどうも物足りない、ということは無いだろうか・・・。

B.B.キングについても同じことが言える。クラプトンに合わせていて、クラプトンを凌駕することは御法度的な「抑制」感じる。どう考えても、ここでのB.B.キングは、僕達が知っているブルース歌いのB.B.キングでは無い。あの泥臭くてブルージーな「ブルースの歌い手」のB.B.キングは「ここにはいない」。端正で癖の無いブルース。これって生粋のブルースやないやろ。

これは、このアルバムのプロデュースの問題かと思うが、どうも、B.B.キングの個性を殺して平準化して、そこにクラプトンが乗っかる、みたいな、なんか変な雰囲気を感じる。どう考えても、生粋のブルースの要素を活かそうとしたアルバムとはとても思えない。
 
Riding_with_the_king
 
どういう方針でプロデュースされた共演アルバムなのか良く判らないが、これがブルースだと思われると、ちょっと困る。これはどう聴いても、ブルージーなポップ・ロックだろう。これがブルースだと言えば、「ブルース」そのものに怒られる(笑)。

そこまでネガティブな評論する位なら聴くな、と熱狂的なファンから揶揄されそうだ。申し訳ない。
 
しかしながら、無責任な感想を述べているのでは無い。1974年からエリック・クラプトンをリアルタイムで聴き続け、同じ時期からB.B.キングをリアルタイムで耳にしてきた世代からすると、この『Riding with the King』については、やっぱり「ちょっとちゃうなあ〜」と感じてしまうのだ。

綺麗な音、端正な音、形の決まった音。せっかく、エリック・クラプトンとB.B.キングが共演しているのに、このアルバムには、共演ならではの「化学反応」は残念ながら無い。あるのは平凡なプロデュースによる「予定調和」だけ。がっかりだ。

最後に、この『Riding with the King』というアルバムの名誉の為に言っておくと、ブルースを題材にした、という前提を除いて、アルバムの質という点では、かなりの高得点だと思う。
 
しかし、このアルバムを「ブルースのアルバム」として聴くと、ちょっと違和感があるということ。クラプトンのアルバムという点では及第点。しかし、「ブルースのアルバム」として聴くと、ちょっとちゃうなあ、という感じです。

「Key to the Highway」「Three O'Clock Blues 」「Come Rain or Come Shine 」などは出来の良いトラックとは思うのですが、どう聴いても「ブルース」を感じないんですよね〜。困ったアルバムです(笑)。

 
 

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2011年10月24日 (月曜日)

遅まきながら「Forever Begins」

気が付けば、山中千尋のファンであった。気が付けば、デビュー・リーダー盤から全てのリーダー作を所有していた。しかも、それぞれが結構ヘビー・ローテーション。彼女の紡ぎ出すフレーズが自分の感性に合うんだと思っている。

で、その山中千尋、この8月に最新作『Reminiscence』をリリースした。なかなかの内容のアルバムである。当然、ヘビーローテーションな一枚となっている。そろそろ、この『Reminiscence』のレビューをこのブログに掲載せんとなあ、と思っていたら、ふと気付いた。

前作『Forever Begins』(写真左)のレビューをアップするのを忘れていた。ちなみに、この前作の『Forever Begins』については、実にその内容が気に入っている。我がバーチャル音楽喫茶『松和』でもヘビーローテーションな一枚となっていたし、今でもネタ切れになると、ちょくちょくトレイに載る。レビューをアップするのを忘れていたとは「不覚」であった。

ということで、遅まきながら『Forever Begins』。最新作『Reminiscence』の前に『Forever Begins』である。というのも、この『Forever Begins』が無いと、次作『Reminiscence』は無い、という切っても切れない、表裏一体となったアルバム。この『Forever Begins』は、山中千尋のジャイアント・ステップな一枚なのだ。

この『Forever Begins』、一言で評すると「歌心溢れるフレーズ満載の超絶技巧なピアノ・トリオ」。最近の若手のピアノ・トリオは、ややもすると超絶技巧に走りがちなのであるが、この山中千尋の『Forever Begins』は違う。まず、第一に「歌心溢れる、口ずさめるような印象的なフレーズ」が満載である。
 
Forever_begins
 
冒頭の山中千尋のオリジナル「So Long」がその代表例。出だしから親しみ溢れる、弾むような印象的なピアノのフレーズ。なんかの時に口ずさめるキャッチャーなフレーズ。しかし、展開部に入ると超絶技巧なテクニック溢れる弾きまくり。オスカー・ピーターソンのフォロワーと言っても良い位の超絶技巧さ。
 
2曲目の「
Blue Pearl」から3曲目の「Summer Wave」については、お得意のピアノのスケールを幅広く使いながら、ブワーッとポジティブに拡がる様な印象的なフレーズを展開する。ピアノの幅を最大限に活かして、輝く様なフレーズを紡ぎ上げていく。これって、山中千尋の個性。
 
そして、4曲目の「
Cherokee」が凄い。こんなアレンジの「Cherokee」を聴いたことが無い。実に印象的な判り易いフレーズ。この「Cherokee」のアレンジこそが山中千尋の面目躍如。こんなアレンジを施せるジャズ・ミュージシャンは今までいなかった。それほどまでにユニーク。けど、決して可笑しくない。このアレンジって絶対に「有り」。やられた〜って思った(笑)。
 
7曲目のラテン・ナンバー「
The Moon Was Yellow」の健康的な妖艶さも良い。これも山中千尋のアレンジの才のなせる技。ラテン・ナンバーは下手にいじると、その曲の持つ「妖艶さ」が下品になるんだが、この山中千尋のアレンジは決して下品にならない。曲の特性を良く分析した、実に効果的なアレンジ。脱帽である。
 
良いアルバムです。山中千尋のアレンジャー&コンポーザーの才能を十二分に堪能出来る秀作。アレンジ&コンポーズが優れているからこそ、トリオの持つ超絶技巧なテクニックも嫌味に聴こえず、爽快、痛快に感じる事ができる。
 
こんなに
「歌心溢れるフレーズ満載の超絶技巧なピアノ・トリオ」は、なかなか無い。快作である。しかし、アルバム・ジャケットは「シュール」である(笑)。

 
 

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2011年10月23日 (日曜日)

ジャズ喫茶で流したい・30

なかなか魅惑的な「脚線美の誘惑」ジャケットは、ラリー・フラー・トリオの『イージー・ウォーカー(Easy Walker)』(写真左)。このジャケット写真だけでも「ジャズ喫茶で流したい」(笑)。

このCDのオリジナル・ジャケットはヌードであった(写真左)。可愛いお尻にスラリと伸びた生足。でも、不思議といやらしさが無いのが、このジャケットの秀逸なところである。CDジャケットサイズで、この迫力なのだから、LPサイズだったら、さぞかし話題を呼んだろうな。
 
それが現在のジャケットは、ビーナス・レーベルもどきのあからさまなセミヌード(写真右)。これはちょっと違いますね〜。オリジナルの脚線美デザインはいやらしさが微塵も無い。デザイン的にも秀逸な、趣味の良いエロティシズム。でも、今のジャケットって、ちょっと趣味の悪いエロティシズムが漂います。誰だ、こんな凡百なジャケットに差し替えたのは・・・。

さて、この魅惑的なジャケットの話は置いておいて(笑)、このアルバム、音が良いと言う事、そして、品の良いスタンダード集として、密かな人気をキープしているピアノ・トリオ盤である。1998年8月の録音。ちなみにパーソネルは、Larry Fuller (p), Ray Brown (b), Jeff Hamilton (ds)。

まずベースはレイ・ブラウンの音がすごく良い。締まり過ぎずダブつかず全音域がしっかりとしていて、気持ちの良いベース音が録音されている。ピアノやドラムスに埋もれず、ベースの音が、はっきりと聴き取れるのだ。聴いていて気持ちの良いベース。いや~、これだけでも、このアルバムはグッド。
 
次に、ジェフ・ハミルトンのドラムス。とにかくバランスが良い。スティックの「木」の音がしっかりと聴こえる。タムタムの存在感も良し。ハイハットの音も 生々しい。量感も質感も十分。しかも、ドラマーのジェフ・ハミルトンは名手。その確かなテクニックは、素晴らしいバッキングを供給する。文句無し。
 
Easy_walker
 
ラリー・フラーのピアノは、思わずため息を漏らしてしまうほど端正で、かつピアノらしい魅力的な響き。ブルース調の濃い左手、サラリと粘る右手。コクのある、濃~い、陰影と粘りのあるピアノ。しかし、過度にファンキーでは無く、過度に粘りは無い。
 
ラリー・フラーの活躍の拠点が米国西海岸というのと、ラリー・フラーが白人であるということ。白人ながらのサラリとした黒っぽい感覚というところが、ラリー・フラーのピアノの特徴。逆に、このサラリとした黒っぽさがバラード調に映える。ラリー・フラーのそんな個性は、6曲目の大スタンダード曲のひとつ「キャラバン」のピアノ・ソロで堪能出来る。

良いアルバムです。皆さん、この濃~い演奏、濃~い録音のピアノ・トリオ盤を心からお楽しみ下さい。 ピアノ、ベース、ドラムと3者3様に名手揃い。非常に趣味の良いピアノ・トリオ盤となっています。加えて、全編に判って音が良い。出来れば良い再生装置で聴きたい盤です。

しかし、このアルバム、気持ちよい音で、かつ素晴らしい内容でありながら、なぜ、オリジナルのアルバム・デザインが、ヌードのお尻とスラリと伸びた生足なのか、どうも判らない(笑)。まあタイトルが「Easy Walker」だから、すらりと伸びた生足なんでしょうかね。
 
でも、このオリジナルのCDジャケットのデザインは良い。できる限りオリジナルのデザインがお勧めです。噂によると、生足もセミヌードもあったもんじゃない、フラーの白黒写真を貼り付けただけの粗悪なジャケットのバージョンもあるそうですが、そんなの言語道断でしょう(笑)。 
 
 
 

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2011年10月22日 (土曜日)

こんなアルバムあったんや・2

「こんなアルバムあったんや」シリーズ第2回目。第1回目は、キース・ジャレットのパイプオルガンのソロアルバムについて語ったのだが、第2回目も、今一度、キース・ジャレットつながりで語りたい。

Art Blakey And The Jazz Messengersと言えば、マイルス・デイヴィスのグループと並んで、ジャズ界きっての新人の登竜門バンド。リーダーのブレイキーは、このバンドのメンバーとすることで、多くの新人を発掘するとともに多くの著名なミュージシャンが巣立った。

加えて、Art Blakey And The Jazz Messengersは、リーダーであるブレイキーが逝去し、解散を余儀なくされるまで、正統なハードバップ・ジャズからファンキー・ジャズ、そして、モード・ジャズという、主流派としてのメンストリームなジャズを身上としており、決して、フリーやアブストラクトなジャズに傾倒することはなかった。

そんなArt Blakey And The Jazz Messengersに、あのジャズ・ピアノの奇才キース・ジャレットが在籍していた時期があるのだ。キースの革新的で現代音楽的な響きのジャズ・ピアノとジャズ・メッセンジャーズのコッテコテのハードバップとは相容れ無いとは思うのだが、確かに在籍していた時期がある。調べてみると、1965年、キースはArt Blakey And The Jazz Messengersに、ジョン・ヒックスの後任として加入、4ヶ月ほど参加している。

たった4ヶ月の参加だったので、正式な録音音源は無いのだろうと思われるかもしれないが、それが「ある」。Art Blakey And The Jazz Messengers『Buttercorn Lady』(写真左)である。ちなみにパーソネルは、Art Blakey (ds), Keith jarrett (p), Chuck Mangione (tp), Frank Mitchell (ts), Reggie Johnson (b)。1966年1月のライブ録音になる。

先にも書いたが、キースの革新的で現代音楽的な響きのジャズ・ピアノとジャズ・メッセンジャーズのコッテコテのハードバップとは相容れ無いものだと思うんだが、この『Buttercorn Lady』を聴いていて、確かに、ジャズ・メッセンジャーズとキースはかなりのミスマッチではある。

そして、キースの参加と同様、「へえ〜っ」と感心の声を上げるのが、トランペットとして、チャック・マンジョーネが参加していること。チャック・マンジョーネは、フュージョン時代の寵児として「フィール・ソー・グッド」を大ヒットさせた、どちらかといえばフュージョン畑のトランペッターという印象が強いが、正真正銘、ハードバップでモーダルな正統派トランペッターだったんですね。
 
Butter_corn_lady
 
まずは冒頭の「Buttercorn Lady」が違和感の始まり。キースが、のー天気なカリプソ・ナンバーのバッキングを神妙にしていること自体が違和感の塊。演奏全体の雰囲気はファンキーでアーシーなジャズなんだが、キースのソロはなんとかしてリリカルかつ革新的に弾きまくりたくて仕方の無いような雰囲気で、演奏全体の雰囲気とはちょっと異質なソロを繰り広げる。まあ、キースにはカリプソはあわんわな(笑)。

2曲目以降、キースは、ジャズ・メッセンジャーズの伝統である正統なハードバップ・ジャズからファンキー・ジャズ、そして、モード・ジャズという、主流派としてのメンストリームなジャズの枠をはみ出て、時にアブストラクトに、時にややフリーキーに、時に限りなくモーダルに、自分のソロをコーディネートしていく。

加えて、ここでのマンジョーネのトランペットは、完全にマイルスのコピーと言って良いほど。これほどまでに似て吹かなくても良いのに、と思えるくらい「そっくり」に吹く。よって、マンジョーネはマイルスよろしく、モーダルでリリカル。とにかく、マイルスの様に吹きまくりたくて仕方が無いようで、従来のジャズ・メッセンジャーズのトランペッターとはちょっと異質なソロを繰り広げる。

これにはアート・ブレイキー御大もお手上げ状態で、キースとマンジョーネが好き勝手なソロを繰り広げている時は、とにかく、適当にバッキングしているだけのような感じ。特に、キースのピアノの自由度は、完全にジャズ・メッセンジャーズのキャパを超えており、最終的にはキースのソロやバッキングが浮いている(笑)。

加えて、フランク・ミッチェルのテナーはコルトレーンの完全コピーと言って良いほどではあるが、出来は余り良くない。これが、マンジョーネのトランペットと徒党を組んで、ややアブストラクトでフリー寸前のモーダルな演奏をやるもんだから、もう大変{笑)。

ブレイキー御大のドラムも健闘はしているが、どうしてもハードバップなドラミングに終始することになる。ブレイキーに、ややアブストラクトでフリー寸前のモーダルな演奏は似合わない(笑)。キースなどは、自分の好き勝手なバッキングを決め込んでいて、決して、フロントの2人の誘いや挑発に乗らない(笑)。

しかし、凄いバラバラの内容のアルバムです。どの演奏も、当時のトレンドの一つだった演奏フォーマットにフィットすること無く、マンジョーネとフランク・ミッチェルの物真似ぶりが耳について、キースがその個性的なピアノを我関せずという感じで弾き続け、ブレイキー御大は、詰まるところ、従来からの十八番であるハードバップなドラミングに終始する。

このライブ盤を通して言えることは「ただひとつ」。キースのピアノはそれまでにない個性と響きを持っていて、その個性と響きに対応するリズム・セクションは、従来からのベテラン・ミュージシャンでは無理がある、ということ。それだけ、キースのピアノの個性と響きは革新的だったということである。
 
 
 

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2011年10月20日 (木曜日)

ライオネル・ハンプトンを愛でる

ライオネル・ハンプトン。ジャズにおいてヴァイブの存在を広めた最初のミュージシャン。1908年生まれで、2002年8月の逝去なので、94歳という長寿を全うした。

ハンプトンとヴァイブとの出会いのエピソードが面白く、ルイ・アームストロングのレコーディングに参加した時に、スタジオに置いてあったヴァイブを弾いてみるようにアームストロングから言われたのがきっかけらしい。

しかし、人間、何が幸いするか判らない。このヴァイブを引っさげて、クラリネット奏者、スイング・ジャズの雄、ベニー・グッドマンの楽団に参加する。このベニー・グッドマン楽団で、ライオネル・ハンプトンは、スター奏者として大活躍する。

このベニー・グッドマン楽団へのハンプトンの参加は、当時、かなりエポック・メイキングな出来事だったことが、学生時代に判明する。人種の壁が厚かった時代に白人の人気バンドに黒人のミュージシャンが参加したという点でも画期的な出来事でだったのだ。

僕は、ライオネル・ハンプトンは、ジャズを本格的に聴き始める前から知っていた。それは、「ベニー・グッドマン物語」という映画に出演していたからである。ハンプトンとグッドマンの出会いのシーンがあって、ハンプトンが魔法のような超絶技巧なテクニックで、ヴァイブを弾きまくり、グッドマンが感じ入って入団を勧める。確かに、ここで「彼は黒人だぞ」なんて揶揄する台詞があった記憶がある(うろ覚えだけど)。

映画でもそのプレイの様子は良く判ったが、ハンプトンのヴァイブは端正で明快。エンタテイメント性を発揮しつつ、明るい雰囲気を湛えながらの超絶技巧なテクニックは、親近感を覚えつつ、そのテクニックに感嘆するという、ジャズ者初心者からベテランまで、経験・年齢問わず、広く楽しむ事の出来るもの。
 
Tatum_hampton_rich
 
ハンプトンの演奏のベースはスウィング。しかし、彼のテクニックと音楽性の豊かさは、ビ・バップやハード・バップという時代にも十分に対応し、そのエンタテインメント性は陰ることは無かった。

最近、アート・テイタムのグループ・サウンズを勉強していて、そんなハンプトンのヴァイブを愛でるに最適なアルバム2枚に出会った。その名も『The Lionel Hampton Art Tatum Buddy Rich Trio』(写真左)と『Art Tatum-Lionel Hampton-Buddy Rich... Again!』(写真右)の2枚。
 
2枚ともパーソネルは同じ。ちなみにパーソネルは、Lionel Hampton (vib), Art Tatum (p), Buddy Rich (ds)。どちらも、1955年8月のセッションを2枚に分けて収録したもの。

良い雰囲気のセッション・アルバムです。アート・テイタムの神懸かり的なテクニックのピアノはもとより、ライオネル・ハンプトンの端正で明快なヴァイブが十分に堪能できます。バディ・リッチのドラムも堅実なリズム・キープが実に職人芸的。

ライオネル・ハンプトンのヴァイブは端正で明快。基本はスイング。ビ・バップやハード・バップの複雑なコード進行には決して迎合しない、我が道を行くインプロビゼーションが潔い。しかし、逆に、インプロビゼーションにバリエーションは少ない。2枚続けて聴くと、ハンプトンのアドリブ・パターンはほぼ読めてしまいます。

それでも、テクニックは確かで、アドリブ・パターンは明快。やはり、ジャズにおいてヴァイブの存在を広めた最初のミュージシャンとして、聴く価値は十分にあるものです。
  
今回、ご紹介の2枚は、アート・テイタムのグループ・サウンズに関する「お勉強」、アルバムの体系立った「聴き進め」の副産物。思わぬ出会いに「ジャズってやっぱりええなあ」を連発してしまいました(笑)。
 
 
 

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2011年10月19日 (水曜日)

仲間よ目をさませ!

高校時代、ロックの傍らで聴いていたR&Bのバンドのひとつに「War」がある。L.A.のゲットーから60年代末に出てきて、70年代一杯にかけてヒットを連発した、ファンキーなバンド。メンバー構成が、様々な人種の混合バンドだったので、それはそれはユニークなR&Bになってい た。

そんな「War」、デビュー作『The World is a Ghetto(世界はゲットーだ)』。このアルバムには、「世界はゲットーだ(The World Is A Ghetto)」(1972年7位)、「シスコ・キッド(The Cisco Kid)」(1973年2位)の2枚のヒット・シングルが含まれており、大ヒットアルバムとなった。

実にクールな響きを宿したR&Bとでも表現したら良いのか、モータウンを代表する黒人が演出する、商業音楽的なR&Bとはちょっと違う。音がクール。1972年11月のリリース。1960年代の終わり、サイケディックな雰囲気を十分に宿したアルバムだった。ちょっと、おどろおどろしい、ちょっと、前衛的な雰囲気が、その時代を反映している特徴だったと言える。

そんな「War(ウォー)」が、サイケデリックな雰囲気を脱ぎ捨て、1975年にリリースした『Why Can't We Be Friends?(邦題:仲間よ目をさませ!)』(写真左)。時代は、クロスオーバーからフュージョンに移行しつつある時代。このアルバムは、ウォーの「フュージョン・テイスト」を宿した、当時として、かなり先進的なアルバムだと僕は思っている。

デビュー・アルバム『The World is a Ghetto(世界はゲットーだ)』から、サイケな雰囲気というか、サイケな「毒気(?)」を抜いた、全体の雰囲気的には、後の「ソフト&メロウ」な、フュージョン・テイストなアレンジをしっかりと演奏の底に持った秀作。
 
_cant_we_be_friend
 
バックのリズム&ビートが、実にシンプルでソリッド。1960年代の終わりの「ファンキーな粘り」は全くもって、そぎ落とされている。クロスオーバーな時代を経て、R&Bと「ソフト&メロウなフュージョン・ジャズ」が合体したような、1975年当時としては、実に新しい、実に新しい演奏を聴くことが出来る。

加えて、メロウなオープニングからラテン・ファンクへと展開していく6分半のメドレー「Leroy’s Latin Lament」でも良く判るように、後の「ワールド・ミュージック」を織り交ぜたフュージョンの先鞭を付けているところが、このバンドの凄いところ。

曲毎に、カリビアンな雰囲気が漂っていたり、ラテンな雰囲気が漂っていたり、レゲエな雰囲気が漂っていたり、ソフト&メロウAORな雰囲気が漂っていたり、1970年代の終盤に流行った「ワールド・ミュージック」的なフュージョンの先駆的な演奏が楽しめるところが素晴らしい。

とにかく、クールでソリッドでワールド・ミュージック的な「フュージョンR&B」です。ジャンル不明の独特なR&B基調なフュージョンが楽しめます。ボーカルも好調で、小粋にお洒落に聴き流す感じで鑑賞するのがピッタリな、極上の「ワールド・ミュージック」的なフュージョンの先駆的名盤だと思います。

良いアルバムです。アメリカン・エンタテインメントを彷彿させるジャケットのイラストも秀逸。僕は、このジャケット・デザインが大好きでした。1970年代後半、このアルバムのジャケットを見ながら、このアルバムの演奏を流しながら、まだ見ぬ米国を想像逞しくしたものでした。学生時代の愛聴盤のひとつです。

 
 

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2011年10月18日 (火曜日)

ピアノ・トリオの代表的名盤・23

アート・テイタム(Art Tatum)。1909年生まれ、1956年11月没。ジャズ・ピアノの「神様」である。

そのテクニックたるや、超絶技巧という言葉がピッタリの凄まじいもの。アート・テイタムのピアニストとしてのずば抜けた才能とテクニックは、ジャズ・ピアノの可能性を大きく押し広げた。驚異的なテクニックはソロ・ピアノで顕著。グループ・サウンズでは、驚異的なテクニックを押さえつつ、余裕を持ったインプロが素晴らしい。とにかく凄い。「神」と呼ばれる所以である。

そのグループ・サウンズのフォーマットで、テイタムの素晴らしいテクニックを堪能出来るアルバムが『Art Tatum Trio』(写真左)。1956年1月の録音。鬼籍に入る10ヶ月前の録音。ちなみにパーソネルは、Art Tatum (p)、Red Calender (b)、Jo Jones (ds)。このピアノ・トリオ盤は、是非とも「ピアノ・トリオの代表的名盤」で採り上げたかった。

1956年のジャズ界は、ハード・バップ期の真っ只中。このアート・テイタムのトリオ盤も、テイタムが全面に出て、バックのドラムとベースはリズム・キープ中心という、所謂、ハード・バップ以前の「ビ・バップ」の演奏フォーマットを踏襲している。が、演奏自体は、テクニックをひけらかすような「弾きまくり」中心のビ・バップな演奏スタイルでは無く、演奏自体を、アレンジとテクニックを駆使して、十二分に聴かせるハード・バップな演奏スタイルである。

テイタムのトリオ・フォーマットでのピアノは、「神」と呼ばれるほどのテクニックを自重して、ベースとドラムのビートにしっかりと乗った、所謂、演奏全体のバランスを取りつつ、インプロビゼーションを聴かせるという、排気量の大きいスポーツカーが速度を落として「悠然」と走り抜けていくような、凄みすら感じる「余裕」ある演奏。
 
Art_tatum_trio
 
冒頭の「Just One Of Those Things」を聴くと、それが良く判る。結構、ハイテンポな曲であるが、テイタムは決して「弾きまくらない」。グッと腰を落とした感じで、悠然と高速パッセージを弾き綴る。凄い超絶技巧なテクニックなんだが、決して耳障りにならない。「余裕」の凄み。

2曲目「More Than You Know」、3曲目「Some Other Spring」、4曲目「If 」のスローなバラード・ナンバーは、打って変わって、その超絶技巧なテクニックを駆使して、それはそれは美しいピアノ・インプロビゼーションを繰り広げてくれる。しかも、そのインプロビゼーションの展開、フレーズの多彩なこと。止めども無く湧き出る、とはこのこと。

5曲目「Blue Lou」で、超絶技巧、電光石火な高速パッセージに立ち戻り、6曲目の「Love for Sale」は絶品中の絶品。緩やかなフレーズのキラキラ煌めく様な美しさ、高速パッセージの弾けるような躍動感。美しく親しみ易いフレーズを持ったジャズ・スタンダード曲を弾き綴るテイタムのピアノは「見事」の一言。

テイタムのフォロワーである、大ピアニストのオスカー・ピーターソンは、幼い頃、テイタムのレコードを初めて聴いてショックを受けて、暫くピアノを弾けなくなったという。判るなあ。僕もテイタムのソロ・ピアノを初めて聴いた時、唖然とした。最初は二人の「連弾」だと思った(笑)。

でも、アート・テイタムって、日本では紹介されるのは「まれ」。ジャズ・ピアノの歴史やルーツを押さえる上では、キー・パーソンの一人なんだけどなあ。とにかく素晴らしいピアノです。ジャズ・ピアノの歴史と系譜を理解するには「必須のアイテム」です。まずは、この『Art Tatum Trio』で、ジャズ・ピアノの「神様」を体感して下さい。

 
 

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2011年10月16日 (日曜日)

日本の「ジャンル不詳のバンド」

日本ではジャンル不詳のバンドとして、レコード屋では、ある時は「R&B」、ある時は「ソウル」、ある時は「ロック」、ある時は「ブラコン」、ある時は「ジャズ」と、様々な音楽ジャンルにたらい回しにされた不幸なバンドとして、Tower of Powerをご紹介したが、70年代の日本の音楽界にも、様々な音楽ジャンルをたらい回しにされた不幸なバンドがある。

その不幸なバンドの名前は「スペクトラム(Spectrum)」。1979年から1981年まで活動した日本のブラス・ロックバンドとされるが、スペクトラムのアルバムをどう聴いても、ブラス・ロックというジャンルで解釈しきれない、様々な音楽性が散りばめられ、様々な音の要素が詰まっている。ブラス・ロックで片付けられるものでは無い。

そんなユニークは音楽性はデビューアルバム『スペクトラム』(写真左)にギッシリと詰まっている。全編の曲を見渡して、確かに、ブラス・ロックの要素をベースにはしているものの、時には「ブラス・フュージョン」、時には「コッテコテのR&B」、時には「ブラスをフィーチャーしたファンキー・ジャズ」。

決して、ブラス・ロックの要素が勝っているわけでは無い。どちらかと言えば、70年代米国ロック&ポップス界の中で見渡すと、先に紹介した「Tower of Power」や「War」や「Average White Band」の様な、ファンキーR&Bをベースとした、クロスオーバーなブラス・フュージョンと言った方が良い。そうそう、スペクトラムと同時期に日本で大流行した「アース・ウィンド&ファイヤー」とも類似性が高い。

と言いながら、このスペクトラムの音って、ジャンル不詳と言った方が良いかもしれない。ただ、言えることは「ファンキーかつR&Bなブラス・ロックを基調としたフュージョン・ジャズ」として聴くと、意外と違和感が無い、と言うこと。
 
Spectrum
 
LPに針を降ろすと(CDではトレイに載せてスタートスイッチを押すと)風の音が吹きすさび、ラジオからは台風情報が朗々と流れ、バックにはオールドスタイルなジャズが流れ、そして、その音世界に切れ込むように始まる「どファンク」なリズム&ビート。
 
名ファンク曲「アクトショー」の始まりである。このファンキーでブラスな「アクトショー」から始まるこのアルバムは、徹頭徹尾、ファンキーでR&Bでブラス・ロックなフュージョン演奏が淀みなく流れるように進み、スペクトラム独特で個性的な音世界一色に染まります。

とにかく面白い個性を持ったバンドだった。ジャズとしても聴けるし、フュージョンとしても聴けるし、ブラス・ロックとしても聴けるし、R&Bとしても聴けるし、ファンク・ロックとしても聴ける。名実共に「ジャンル不詳」の優れたバンドとして、スペクトラムの名前と音は、今でもしっかりと記憶の中に残っている。 

最後に、スペクトラムは、ステージでの衣装とパフォーマンスにも、独特の個性があって、僕はとても気に入っていた。見る度にワクワクして「僕もやってみたいな〜」と強く思ったもんだ(笑)。

そのステージでの衣装とパフォーマンスとはどんなものだったか。映画「ベン・ハー」を連想させる古代ローマの戦士を思わせる甲冑や北欧のバイキングをイメージした被りもの付きの「ど派手」なコスチュームを着用、ギター、ベース、トランペット、トロンボーンの5人が最前列に並び、演奏しながら振り付けを合わせて踊り、楽器をクルクル回すパフォーマンス。

初めて見た時は度肝を抜かれたが、馴れるにつけ「病みつき」になっていった(笑)。あのコスチュームとパフォーマンスは今でも好きだ。当時も今も目にするとワクワクする。Youtube万歳である(笑)。

 
 

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2011年10月15日 (土曜日)

追悼・柳ジョージ・・・合掌

柳ジョージが10日に逝去した。享年63歳であった。
 
1978年2月にリリースされた柳ジョージ&レイニーウッド『Time in Changes』(写真左)に学生時代に出会って以来、学生時代を中心に、柳ジョージ&レイニーウッドはお気に入りのバンドだった。
 
独特のさびれた声とブルース感覚溢れる歌唱が魅力。歌詞の内容と相まって「演歌ブルースロック」的な雰囲気が濃厚で、洗練されたロックでは無いが、日本人の心に響く「ど演歌」的な情念がとても好きだった。まあ、学生時代、周りはハイソな連中が多々いたので、「柳ジョージ&レイニーウッドが大好きや〜」とは大きな声では言えんかったけどな(笑)。
 
『Time in Changes』は好きなアルバム。『祭ばやしが聞こえるのテーマ』が渋い。「飲んべ」のテーマ『酔って候』、ハモンド入りのグルーヴ溢れる『アイ・ワナ・リブ・ウィズ・ユー』等々、今の言葉で言えば「和製レア・グルーヴ」が満載。
 
この『Time in Changes』から、『Weeping in the Rain』『YOKOHAMA』『RAINYWOOD AVENUE』『Woman and I... OLD FASHONED LOVE SONGS』『HOT TUNE』『SAYONARA』と、1981年の暮れに解散するまで、次々の渋い内容の「和製レア・グルーヴ」なアルバムをリリースし続けた。
 
とにかく良い曲が多かった。「FENCEの向こうのアメリカ」「雨に泣いてる」「さらばミシシッピー」「ヘイ・ダーリン」「プリズナー」「青い瞳のステラ、1962年夏…」「微笑の法則 SMILE ON ME」などなど、今でも口ずさめる曲ばかり。
 
George_yanagi
 
柳ジョージ&レイニーウッドの楽曲は、親しみ易いフレーズの宝庫。そして「渋くて懐かしくて、やがて淋しき」というトーンの曲が多くて、「FENCEの向こうのアメリカ」「青い瞳のステラ、1962年夏…」「プリズナー」などは、聴き終えてから、しばらくしんみりとしてしまうくらい情感溢れる名曲である。
 
僕が、学生時代、愛聴した柳ジョージ&レイニーウッドのアルバムは『RAINYWOOD AVENUE』『Woman and I... OLD FASHONED LOVE SONGS』。この2つのアルバムは、学生時代、相当なヘビー・ローテーション。徹夜麻雀の「耳の友」。そして、古墳調査に向かう車の中でのカーステから流れるドライブ・ミュージック。下宿で一人孤独感に浸りたい時のBGM。
 
振り返って見ると、ちょうど、柳ジョージ&レイニーウッドが活動した時代、リアルタイムに体験した曲たち。どれもが今となっては限りなく愛おしいが、今回、柳ジョージさんを送る曲として、『RAINYWOOD AVENUE』のラスト曲「遺言」を選びたい。
 
俺がいつか死んだら 
亡骸を小さな舟に乗せて
生まれた この街の港から沖に 流してくれ
 
Bay Bridgeの上から
流れ星が見えたら Call me again.
俺の名前 思い切り叫んでくれよ 大声で
 
I was born a Blind Alley
裏道歩いた俺の たったひとつの夢さ
暗い土の中に 埋めないでくれ
 
「僕は派手なことは似合わないよね」が口癖。ここ数年は肝硬変などで入退院を繰り返していたという。無念である。合掌。 
 
 
 
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2011年10月14日 (金曜日)

ビッグバンド・ジャズは楽し・13

久し振りに「ビッグバンド・ジャズは楽し」のシリーズ。約4ヶ月ぶり。今日はデビュー当時、「異端」と呼ばれたビッグバンドについて語ります。

ジャコ・パストリアスは、エレベの天才であり、エレベのイノベーターであり、エレベの最高峰であるが、僕にとっては、エレベの天才以上に、ビッグバンドのイノベーターというイメージが強い。

特に、1982年9月のワード・オブ・マウス・ビッグバンドの来日は、完全にリアルタイムで経験している。確か、オーレックス・ジャズ・フェスティバルだったな。仕事が忙しくて公演には行けなかったが、FMでの放送や公演の様子を収録したライブLP盤「Twins I」&「Twins II」をカセットにダビングして、夜な夜な聴き込んでいた思い出がある。

後に、世界発売向けとしてアメリカのワーナー・ブラザーズが、このライブLP盤「Twins I」&「Twins II」から曲を選択し、1枚のCDアルバムのサイズにして、コンピレーション化したアルバムを『Invitation』(写真左)として発売している。ライブLP盤「Twins I」&「Twins II」がCD化されていない頃、このコンピCDは、かなり重宝した。というか、CD時代になっては、これしかなかった(笑)。

しかし、これがまあ、凄い内容のライブCD盤なんですよね。ワード・オブ・マウス・ビッグバンドのライブが、43分という適度な長さで気軽に体験できる、良い意味での「お徳用ライブCD盤」です。

1曲目の「Invitation」が、このビッグバンドの特徴を印象付けます。Don AliasのパーカッションとPeter Erskinのドラム、そして、Jaco Pastoriusのエレベという、凄まじいばかりのリズム&ビートの嵐。このビッグバンドの最大の特徴は「強烈、強靱、柔軟なリズム&ビート」。これだけリズム&ビートが弾け飛ぶビッグバンドは無いと思います。
 
Jaco_invitation
 
僕はビッグバンドが単純に好きなので、このCD盤の「Soul Intro / The Chicken」と「Liberty City」には、初めて聴いて以来、30年以上に渡って痺れっぱなし。特に「Soul Intro / The Chicken」は何度聴いても飽きない。恐らく、一日、聴いていても飽きないと思う。それくらい、この曲が、アレンジが、演奏が大好きだ。

じっくりと聴き耳をたててみると、収録曲全体のアレンジは、ほぼ、ギル・エバンスのエッセンスを踏襲していますが、ギルのアレンジの手法を、全く持って自分のものとして、完全にジャコの個性として成立しているところが立派。

スチール・ドラムの導入もユニークな特徴。7曲目のハードでタイトな演奏で、テンション張りっぱなしな「Reza」の途中に、突如として現れる「Giant Steps」のフレーズ。この「Giant Steps」のサックス・パートをスチール・ドラムが再現しています。いやいや、コルトレーンもビックリのスチール・ドラムの饗宴。

当然、ジャコのソロ・パフォーマンスも凄いです。「Continuum」でのJacoのソロ・パフォーマンスは素晴らしいの一言。これほどまでに、エレベが様々な音の表情を聴かせてくれるとは・・・。変幻自在、縦横無尽、自由に飛ぶように、ジャコのエレベが乱舞します。

ブラスの音も凄くパンチ力のある響きですし、ビッグバンドのワイルドな面をメインに、きめ細やかなアレンジ、印象的なユニゾン&ハーモニーがあしらわれていて、従来のビッグバンドとは一線を画した、ワールド・ミュージック的な、ルーツ・ミュージック的な響きが美しい、ワイルド感のあるビッグバンドです。もしかしたら、従来からの長年のビッグバンドのファンの方々からすると、もしかしたら、このワード・オブ・マウス・ビッグバンドは「異端」かもしれませんね。

でも、このワード・オブ・マウス・ビッグバンドのユニークさは、今でも鮮度をしっかりと保っています。決して、当時、心無い方々から揶揄されたように、ジャコが好き勝手やっているんではありません。しっかりとアレンジされ、しっかりと構成されたビッグバンド・ジャズです。

このビッグバンドが恒常的に維持されて、どんどんリハーサルを積み、演奏経験を積んでいったら、どんなビッグバンドに成長していったのか。想像しただけで「空恐ろしく」なります。逆に、そんな「空恐ろしい」ビッグバンドを聴いてみたかったなあ、と単純に思います。

 
 

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2011年10月12日 (水曜日)

英国ロックはジャズロックの宝庫

1970年代の英国は、ロックとジャズの境目が曖昧。ロックとジャズ、特にジャズロックやクロスオーバー、フュージョンとの境界が実に曖昧。ミュージシャンがこれらをシェアしていて、米国のように、ロックはロック、ジャズはジャズという感じで、ミュージシャンが分かれていないところが面白い。

つまり、ロック系のミュージシャンが、ジャズロックやクロスオーバーやフュージョンをやったり、ごった煮で演奏したりで、特に、ジャズロックとクロスオーバーは、あっちこっちに飛び火して、ロックの中にジャズロックの要素が深く入り込んでいたり、クロスオーバーそのもののアプローチをしてみたり。

日本では、それを十把一絡げで「プログレッシブ・ロック」の範疇に押し込めたので、何がなんやら判らない状態になった。はっきり言うが、ロック系のミュージシャンが、ジャズロックやクロスオーバーやフュージョンをやるのは「プログレッシブ・ロック」では無い(笑)。

さて、そんなロック系のミュージシャンが、ジャズロックやクロスオーバーやフュージョンを「ごった煮」で演奏した好例がある。その名は『801 Live』(写真左)。ブライアン・フェリーとともにロキシー・ミュージックを支えたギタリスト、フィル・マンザネラ(Phil Manzanera・写真右)が率いる「801」の1976年発表のライブ盤。

「801」はバンド名、ちなみにパーソネルは、Roxy Music陣営より、Phil Manzanera (g)・Brian Eno (key, syn,g,vo), Quiet Sun, Matching Mole陣営から、Bill MacCormick (b)、Curved Airk陣営から、Francis Monkman (key)、Simon Phillips (ds), Lloyd Watson (g)。グラム・ロックからカンタベリー・ミュージックの範疇から集まった、鬼才、奇才、精鋭ミュージシャンたち。
 
801_live
 
これがまあ、聴き始めると面白いこと面白いこと。冒頭の「Lagrima」〜「TNK (Tomorrow Never Knows)」のリズム&ビートは、エレクトリック・マイルスのポリリズミックな変則ビートそのもの。そんなエレクトリック・ジャズのリズム&ビートに乗って、ジョン・レノンの名曲「Tomorrow Never Knows」をカバるのだから凄い。エレクトリック・ジャズの本家本元も真っ青な演奏。

メンバー構成など見かけ上は、英国グラム・ロックからカンタベリー・ミュージックの範疇だが、中身はしっかりとジャズロックし、クロスオーバーしている。成熟したジャズロック&クロスオーバーなインスト・ナンバーがとても格好良い。

Brian Enoのボーカル・ナンバーは、ちょっと「変態ボーカル」なので、さすがにジャズロック、クロスオーバーとはいかない。これはどちらかと言えば、英国でのサイケデリック・ロックの残照的演奏である。1960年代終盤から1970年代初頭にかけて流行ったサイケデリック・ロック。しかし、バックのリズム&ビートは、エレクトリック・ジャズの8ビートを踏襲したりしているから、とってもややこしい(笑)。

ジャズの範疇での、ジャズロックやクロスオーバー・ジャズのファンの方々には、一度、この『801 Live』は聴いて頂きたいですね〜。本家米国には絶対に無い、英国ならではのジャズロック&クロスオーバーを堪能することが出来ます。本家本元、米国のジャズロック&クロスオーバーの演奏よりも、ロックの要素が入り込んでいるだけ、英国のジャズロック&クロスオーバーの方が、キャッチャーでコマーシャルなところが、これまた個性的です。

いや〜、英国のロック系のジャズロックやクロスオーバーは面白いですよ。テクニックも優秀で破綻することが無いところも、なかなかに評価できるところ。ちょっとサイケデリックが入ってきて、ちょっとズッ転けることもありますが、それはそれで「ご愛嬌」(笑)。 
 
 
 

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2011年10月11日 (火曜日)

こんなアルバムあったんや・1

今回から、新しいシリーズを始めます。シリーズ名は「こんなアルバムあったんや」。ジャズを長年聴いていると、隠れ名盤や思わぬ佳作に出会うこともありますが、「なんじゃこりゃー」と頭を抱えたくなったり、首を捻ったりするアルバムにも出会います。

この「こんなアルバムあったんや」シリーズは、読んで字の如く。そのアルバムに出会って、その出会いに感心したアルバムをご紹介します。まあ、ジャズの雑学というか、ジャズの裏話として、気軽に読んで頂き、ご一笑頂ければ、と思います。

さて、第1回目のアルバムは『Hymns / Spheres』(写真左)。キース・ジャレットのパイプ・オルガンのソロ。1976年の9月、西独ベネディクト修道院のホリー・トリニティ・オルガンによる演奏。発売当時はLP2枚組のボリューム感タップリのアルバム。

あのジャズ・ピアノの雄、キース・ジャレットがパイプ・オルガンでソロをやるのですから、当然、ジャズ的な演奏を期待するのですが、これが全く(笑)。といって、クラシカルな教会音楽としてのパイプ・オルガンとも違う、 オリヴィエ・メシアンらの現代オルガン音楽の影響を、バッチリ受けたものです。

が、このキースのオルガン・アルバムに出会ったのが、ジャズ者初心者1年目ほやほやの時期。キース・ジャレットが優れたジャズ・ピアニストというのは、「ケルン・コンサート」や「サムホエア・ビホア」を聴いて知っていたので、てっきり、このパイプ・オルガンのソロもジャズだと思い込んでいました。

しかし、どう聴いても、ジャズに聴こえない(笑)。自分にはジャズを聴き分ける才能が無いのではないか、って、当時はかなり真剣に悩みました(笑)。まあ、どう聴いたってジャズには聴こえない。現代オルガンなんだって知ったのは、このアルバムを初めて聴いてから、2年ほど経ってから。
 

Keith_hymns_spheres

 
ただ、現代オルガンの影響を受けた手法での演奏というのは、なかなか判らなかった。パイプ・オルガンはもともと好きだったのと、教会音楽としてのパイプ・オルガンは学生時代に馴染みがあったので、クラシカルなパイプ・オルガンの奏法はある程度、理解していたのですが、それとも違う奏法に面食らいましたね。現代オルガンの奏法と知って、図書館でそのサンプルとなるLPを借りて聴いて、やっとこさ、このキースのオルガン盤の内容が理解出来ました。

キースのパイプ・オルガンの即興って、なかなか聴くことが出来ないと思うのですが、このアルバムの演奏って、一定の成果を上げていると思います。パイプ・オルガンの音、一本槍のLP2枚組のボリュームある演奏集なんですが、全編に渡って、しっかりとテンションが漲り、飽きが来ることはありません。

パイプ・オルガンが相手とは言え、キース独特のフレーズが満載で、さすがキースと思わせます。特に、冒頭の「Hymn Of Rememberance」は聴く度に、パイプ・オルガンの重低音と分厚い音圧に圧倒されながらも、その美しいフレーズに心が動きます。各それぞれのパートで、キース独特のフレーズが乱舞しています。が、演奏の内容としては「現代音楽」なので、一般のリスナーの方々には、取っつきにくさはあると思います。

今回、調べてみてビックリしたのが、この『Hymns / Spheres』、このアルバムはもともとLP2枚組みだったのに、いつの間にやらばっさりと省略され、CDでのリイシューでは1枚に縮退されていた。しかも、個人的にお気に入りの「Hymn Of Rememberance」は未収録。よくよく見渡せば、LP2枚組時代に気に入っていたトラックがことごとく省略されていたのには参った。しかも、タイトルも、ご丁寧に『Spheres』(写真右)となっていて、片割れの「Hymns」はどこかへ消えていた。

キースのパイプ・オルガンによる即興演奏。実に珍しい、ECMレーベルならではのアルバム。ジャズでは無いが、僕はこのキースのパイプ・オルガンによる即興は、今でも意外と気に入っている。是非とも、LP2枚の構成で聴きたい。『Hymns / Spheres』のフルセットで聴きたい。それでこそ、このキースのパイプ・オルガンによる即興演奏の真価が堪能出来る。

 
 

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2011年10月10日 (月曜日)

ブラッド・メルドーの攻略法・1

ジャズ・ピアノについては、既に40年以上、聴き続けている。初めて、聴いたジャズ・ピアニストはビル・エバンス。クラシック・ピアノの延長線上で、ジャズ・ピアノを教えて貰っていた時の「教材」のレコードであった。

それ以来、40年以上、ジャズ・ピアノを聴いているが、僕のジャズ・ピアノ鑑賞の「幹の部分」、つまりはジャズ・ピアノの基準の部分を占めるアーティストは、歴史的に順を追って挙げると、オスカー・ピーターソン、ビル・エバンス、チック・コリア、ミシェル・ペトルチアーニ、そして、ブラッド・メルドーである。

この5人のピアニストが僕の基準である、この基準の周りに、時代時代のトレンド、スタイルを彩る、お気に入りのジャズ・ピアニストが多々いる。しかし、「松和のマスタ−、ジャズ・ピアノとは」と問われれば、僕は、この基準となる5人のジャズ・ピアニストを挙げる。

21世紀を迎えた、僕の今のジャズ・ピアノの基準は、チック・コリアとブラッド・メルドー。キーボーティストという総合的な面を含めて、チック・コリアは未だに重要だと思うし、アコ・ピアノ専門の伝統的なジャズ・ピアノという面では、ブラッド・メルドーは絶対に無視できない。というか、伝統的なジャズ・ピアノという点では、ブラッド・メルドーは現時点での「基準」をなす、ジャズ・ピアニストだろう。

といって、いきなりブラッド・メルドーに飛びついて、その良さに心酔して、ジャズ・ピアノが理解出来た、と思うのは早計である。ブラッド・メルドーのピアノは、歴史的に著名なスタイリストの要素を多角的に取り入れつつ、自らの個性を添付しているスタイルなので、ブラッド・メルドーを理解するには、ジャズ・ピアノの歴史を理解する必要がある。
 
Brad_mehldau_art_of_the_trio1
 
そういう意味で、オスカー・ピーターソン、ビル・エバンス、チック・コリア、ミシェル・ペトルチアーニの理解は絶対に外せない。この「幹の部分」のジャズ・ピアノを理解することで、ブラッド・メルドーの本質が理解出来るという寸法。ブラッド・メルドーだけを聴き込んだだけで、ブラッド・メルドーの本質は理解しにくい。どころか、表面だけ聴くと、様々なジャズ・ピアノのスタイルとパクリ、というとんでもない勘違いをしてしまうことも「ままある」ので、ご注意願いたい(笑)。

そんなブラッド・メルドーの本質が本当に良く判るアルバムが、Brad Mehldau『The Art of the Trio, Vol. 1』(写真左)。メルドーのファースト・アルバムでは無いが、「The Art of the Trio」シリーズの第一弾。ジャズ・ピアノについて、メルドーがどう考え、どう表現し、どう個性を表出するのか。このアルバムこそが「メルドーの考えるジャズ・ピアノ」である。

ピアノのボイシング、ユニゾン、ハーモニーなどの「響き」の個性、そして、トリオ演奏としての「アレンジメント」の個性、そして、スタンダード曲の「解釈」の個性。この「The Art of the Trio」シリーズの第一弾には、メルドーのジャズ・ピアノに対する「基本的考え方」がギッシリと詰まっている。

優れた極みにある芸術は判り易い。このメルドーのジャズ・ピアノ・トリオはとても判り易い。だからと言って、いきなりブラッド・メルドーに飛びついて、その良さに心酔して、ジャズ・ピアノが理解出来た、と思うのは早計である。しっかりとジャズ・ピアノの歴史を押さえてから、メルドーにチャレンジして頂きたい。そうすれば、それはそれは、また違った素晴らしい音世界が広がること請け合いです。

「急がば回れ」という諺があります。ブラッド・メルドーを理解する為のキーワードだと、僕は思います(笑)。

 
 

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2011年10月 8日 (土曜日)

ロッドの英国時代の最後の作品

Rod Stewart『Smiler(スマイラー)』(写真左)は、ロッド・スチュワートが1974年10月に発表したアルバム。スタジオ・アルバムとしては5作目。全英1位、しかし全米は13位。

ジャケット・デザインを見ると、コテコテの英国仕様。赤と黒のタータンチェックをバックに、オールディーズなファッションのロッド。アンティックな鏡の中にロッドの姿。徹頭徹尾、クラシックなブリティッシュ仕様。ちなみに、このアルバム『Smiler』は、ロッドの英国での最後のソロ・アルバム。

アルバムの内容も、しっかりと英国を意識している。アイリッシュやスコットランドな響きを要所要所に織り交ぜていて、英国人泣かせの内容が実に「ニクイ」。そりゃ〜、この音作りだったら、英国1位になるよな〜。狡いぞ、ロッド(笑)。セルフ・プロデュースの面目躍如である。

アルバム全体の雰囲気は、明るくハッピーで渋くて格好良い「ロックンロール大会」。アクセントにR&Bなナンバーやバラードを織り交ぜて、このアルバムは飽きることが無い。参加メンバーも豪華で、ロニー・レインを除くフェイセスのメンバー、6曲目「Let Me Be Your Car」の作者であるエルトン・ジョン、ポール・マッカートニーもコーラスで参加しているらしい。
 
Rod_smiler
 
チャック・ベリーの「Sweet Little Rock 'N' Roller」やサム・クックの「Bring It on Home to Me〜You Send Me」、キャロル・キングの「(You Make Me Feel Like) A Natural Man」、ボブ・ディラン「Girl from the North Country」、ポール・マッカートニーの「Girl from the North Country」と他人曲のカバーが中心。シンガー、ロッド・スチュワートの真骨頂である。

しかし、デビュー・アルバム『An Old Raincoat Won't Ever Let You Down』から続いてきたセルフ・プロデュースもマンネリ化してきた感がある5作目ではある。フェイセズ的なバックバンドの音も「馴れ」と「飽き」が漂ってきた感のある5作目でもある。

『Every Picture Tells A Story』が全米1位、『Never A Dull Moment』が全米2位だったことを考えると、全米13位は「惨敗」と言えば「惨敗」。米国マーケット制覇を目指して、プロデュースとバックの音作りを一から再構築する必要性に迫られた、成熟したが故に、ロッドの将来に大きな課題を残した、ロッドの英国最後のソロ・アルバムである。

この1974年のソロ5作目。英国でのMercury時代の最後の作品。この後、ロッドは英国の重税から逃れるという実務的な理由と、新たなプロデュースとバックの音作りを求めて、大西洋を渡って米国に移住、そこで録音を始めることになる。つまり「Atlantic Crossing」するのである。
 
 
 

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2011年10月 7日 (金曜日)

ジョン・レノン以来の喪失感

スティーブ・ジョブズの訃報に接して、丸一日が経った。さすがの僕も今回の訃報は「こたえた」。同じ時間を過ごしたイノベーターやリーダーが鬼籍に入る。しかも、尊敬するイノベーター、尊敬するリーダーが、である。

僕はそうそう、人を尊敬するタイプでは無い。「父親を尊敬する」なんて公言する奴は軽蔑するタイプだ。特に経営者に対して「尊敬の念」を抱くことは希である。そんな僕の数少ない、心から尊敬するリーダーの一人、イノベーターの一人が「スティーブ・ジョブズ」だった。そのジョブズが鬼籍に入った。

かなりの喪失感を感じている。なんだか、取り残された気分。なんだか、もうあかん、的な気分。心の張りを失ったかのような喪失感。こんな深い喪失感は、1980年12月8日、あのジョン・レノンの急逝以来である。

ジョンも僕にとって、数少ない、心から尊敬するリーダーの一人、イノベーターの一人だった。あの時は、僕はまだ二十歳そこそこ。相当にショックを受けた。1週間位、下宿にこもって痛飲した。今回は、その時に相当する喪失感である。

ジョブズは、ジョン・レノンとボブ・ディランが好きだったという。判るような気がするなあ。良く似たタイプやもんな。ジョンもディランも、不良少年や落ちこぼれから始まり、自らの心のままに自らを表現し、行動し、それに呼応して地位と評価がついてきた。ジョブズも同じである。そこにジョブズは共感を覚えていたのかもしれない。

僕はと言えば・・・。ジョンには「はまった」。ジョンがソロで、本来のジョン個人として、そのパフォーマンスを拡大していた時代に、僕は多感な年頃。完全に、ジョンには「はまって」、ジョンにはかなり影響を受けた。
 
John_dylan
 
ディランは、その世代では無かったので、あまり「はまらなかった」。若い頃、ディランには「胡散臭さ」を感じて、どうしても入れ込むことが出来なかった。しかし、歳を取って、その「胡散臭さ」が理解出来るようになって、ディランのメッセージ性が体感できるようになった。

僕がジョンで気軽に聴くことの出来る愛聴盤は『The John Lennon Collection』(写真左)。ジョンが亡くなった後、突如、1982年にリリースされたベスト盤。LP時代は、イギリス・日本とアメリカでは収録曲数が異なっていたが、CDでは世界共通となった。ジョンのソロアルバムは、それぞれ、その内容の濃さが凄まじいので、気軽に聴くことができない。僕は、LP時代からこのベスト盤が好きだが、特に、このCDでのリイシュー時、世界共通となった選曲と曲順がお気に入り。

ディランで気軽に聴くことの出来る愛聴盤は『Before The Flood』(写真右)。1974年1〜2月に行われた、ザ・バンドとの全米ツアーのライブ盤だが、その選曲は当時のディランのベスト盤といって良い位、バランスの取れたもの。ディランのソロアルバムも、それぞれ、内容が濃いので、気軽に聴くことが出来ない。僕は、このライブ盤の選曲とザ・バンドのコラボがLPでリリースされた時代からのお気に入り。

ジョブズ追悼として『The John Lennon Collection』と『Before The Flood』を流す。「おいおい、俺の好みとはちょっと違うぜ」というジョブズの声が聞こえてきそうだが(笑)。ここは僕の好みでお願いします(笑)。

さあ、明日からは気持ちを切り替える。いつまでも喪失感に浸っている時間は無い。ジョブズもそうだったように、僕にも余り時間は残されてはいないのだから・・・。ジョブズは鬼籍に入っても、ジョブズの精神は今も我々の記憶の中に残っている。ジョンの時と同じだ。心配はいらない。 

 
 

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2011年10月 6日 (木曜日)

スティーブ・ジョブズ逝去(悲)

今日、スティーブ・ジョブズが逝去した。米アップルの共同創業者、スティーブ・ジョブズ会長が5日、逝去した。

なんて急な訃報だろうか。ティム・クックに後継を託したのは、まだ1ヶ月ほど前の8月の終わりだったやないか。なんて急な訃報なんだろう。

僕はそうそう、人を尊敬するタイプでは無い。「父親を尊敬する」なんて公言する奴は軽蔑するタイプだ。特に経営者に対して「尊敬の念」を抱くことは希である。そんな僕の数少ない、心から尊敬する経営者の一人、イノベーターの一人が「スティーブ・ジョブズ」だった。

悲しい。ショックだ。とてもショックだ。享年56歳。自分とは3歳しか離れていない。僕にとっては、心から尊敬できる、兄貴の様な存在だった。

15年前。業界でイノベーションと言われる「歴史に残る仕事」をさせて頂いた経験がある。業界で、世界で、例の無い製品を世に出す。僕は「ジョブズ」にあやかった。ジョブスのイズムを自らの仕事に反映した。技術者の連中は奮起してくれた。仲間は奮起してくれた。今までに無い、幾つかのイノベートな製品を世に出した。ジョブズのお陰である。

ジョブズの仕事で一番たまげたのは「iMac」。これは凄いと思った。パーソナル・コンピュータの概念が変わると確信した。それから、ジョブズの「One More Thing」に驚き続けることになる、狂喜乱舞し続けることになる。感心し続けることになる。
 
Jobs
 
僕はプライベートではMacユーザーである。初めて、Macintosh に触れたのは、1991年10月。Macintosh Classicだったと記憶している。スタートボタンを押して、キーCの和音が鳴り響く。まず、これで「驚く」。そして、画面に広がる「広大なデスクトップ」。それからどうして良いか判らなかった。そして叫んだ。「お〜い、コマンドどっから入れるねん」(笑)。

アップルが潰れかかった頃もあった。しかし、ジョブズが戻って来て、アップルは生き返った。ジョブズは、確かにあくどいこともした。でも、イノベーションは、会社の再生は、組織の立て直しは、正義感だけでは成立しないことを僕は身を持って知っている。後で振り返って、正義に繋がる「あくどい仕業」は、歴史に残るイノベーションには、会社の再生には、組織の立て直しには、必要不可欠なものなのだ。

僕はジョブズのプレゼンが大好きだった。僕はジョブズの笑顔が大好きだった。僕はジョブズのファッションが大好きだった。僕はジョブズの怒りが大好きだった。僕はジョブズの振る舞いが大好きだった。こう書いている間にも、涙が滲み出てくる思いである。

この歳になって、数少ない「尊敬する人」を失った。悲しい。兄貴の様な存在だっただけにショックは大きい。でも、ジョブズの残してくれたものは、それはそれは数え切れない程、沢山ある。それを考えると、悲しみよりも感謝の念の方が先に立つ。そして、30年来の友人で、経営者としては最大のライバルであったビル・ゲイツの追悼の声明に僕は限りない共感を覚える。

”For those of us lucky enough to get to work with him, it’s been an insanely great honor. I will miss Steve immensely.” (By Bill Gates)。

そして、最後に僕は彼にこう言いたい。

「ありがとう、ジョブズ。貴方と共有出来た時間はとても素晴らしいものだった」。 

 
 

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2011年10月 5日 (水曜日)

ちょっと可愛そうなアルバム

スタッフ3枚目のスタジオ録音盤である『Stuff It』(写真左)。なぜか、スタッフのファンの間でも、なかなかその名前が挙がらない、ちょっと可愛そうなアルバム。

出来が悪い訳では無い。しかし、デビュー作と前作は音作りの傾向はほぼ同じだったが、このサードアルバムは音作りの傾向が違う。プロデューサーが違うのが原因だろう。ライブ感が希薄になったというか、セッション的雰囲気が希薄になったというか、演奏全体の勢いが無くなったというか、大人しくなったというか、とにかく前作までとアルバム全体の雰囲気が違う。

ちなみに、ファースト・アルバムのプロデューサーは「トミー・リピューマとハーブ・ロヴェル」。セカンド・アルバムは「ヴァン・マッコイとチャーリー・チップス」。そして、このサード・アルバムの『Stuff It』は「スティーヴ・クロッパー」。

しかし、内容が劣っている訳では無い。ご機嫌ファンキーなノリは健在だし、R&Bでキャッチなインプロビゼーションも健在。しかし、前作までには無かった、ホーン・セクションやコーラスのアレンジやイージーリスニング・ジャズ的なアレンジがあしらわれており、恐らく、この「作り込まれた」感を違和感と感じて、ファースト・アルバムからのスタッフのファンは、この『Stuff It』を敬遠するのかも知れない。
 

Stuff_it

 
それでも、縦ノリファンキーなガッドのドラムは相変わらずノリノリだし、クリストファー・パーカーとのツイン・ドラムスも健在。ティーの「どファンキー」なキーボードは更に磨きがかかり、コーネル・デュプレーとエリック・ゲイルのツイン・エレギはどこから聴いてもファンクネスの塊。ゴードン・エドワーズのヴォーカルも渋くて素敵。

よくよく聴き直してみると、やっぱり、ホーンやコーラス、ストリングスのアレンジが邪魔かな。作り込まれた感とデコレーションな雰囲気が、どうも邪魔に感じる面がある。悪くはないんですけどね。無くてもええやないか、と思ってしまうんですよね。恐らく、この作り込まれた感がこの『Stuff It』の評価を下げているのだと思います。

ホーン・アレンジまでは、R&Bな雰囲気作りってことでまだ良いんですが、コーラスやストリングスはやはり「蛇足」。ゴスペルチックなコーラスを被せなくても、本来のスタッフの演奏自体が限りなくファンキーだし、ゆったりとした演奏でのティーのキーボードとコーネル・デュプレー+エリック・ゲイルのツイン・エレギのユニゾン&ハーモニーは限りなくゴスペルチックなのだ。

シンプルでノリノリのファンキー・フュージョンなバンドが、手厚いアレンジを施されてポップさが増したところが減点対象か。でも、スタッフのファンの僕にとっては、このポップさも余り悪いものとは感じないので、僕としては、このアルバムも好きです。まあ、好きなモノは、多少のミスマッチはあっても好きは好き。「あばたもえくぼ」。惚れたもんの弱みですね(笑)。

 
 

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2011年10月 4日 (火曜日)

チェットのペットを満喫する

涼しくなった。これだけ涼しくなると、ハードなジャズも、熱気溢れるジャズも、アブストラクトなジャズも、どんなジャズでもヒヤリングOKである。聴きたいアルバムの選択の幅が拡がって、ヒヤリング対象のアルバムを選ぶだけでも楽しい。

涼しくなって、ボーカルを聴く意欲が戻って来た。基本的には女性ボーカルが中心。理由は「和むから」。男性ボーカルは人を選ぶ。一番はフランク・シナトラ。そして、40歳過ぎてから自分の傾向に気が付いたのだが、どうもチェット・ベーガーが意外と好みらしい。

チェット・ベーガーは、ウエストコースト・ジャズの代表的トランペット奏者。トランペット奏者なのだが、希有のボーカリストでもある。中性的でアンニュイな唄声が特徴。これが、なかなかに良い。一度はまると癖になる。というか、僕の場合、既に癖になっている。

そんなチェットのボーカル盤のご紹介は後日に譲るとして、今日は、このチェットのトランペットを満喫できる盤をご紹介したい。そのアルバム名は『Chet Baker In New York』(写真左)。西海岸のパシフィックレーベルから、東海岸のリバーサイドレーベルに移籍した二作目となる。 

ニューヨークでの1958年9月の録音。ちなみにパーソネルは、Chet Baker (tp), Johnny Griffin (ts -1,3,5), Al Haig (p), Paul Chambers (b), Philly Joe Jones (ds)。収録曲は以下の通り。

1. Fair Weather
2. Polka Dots & Moonbeams
3. Hotel 49
4. Solar
5. Blue Thoughts
6. When Lights Are Low
7. Soft Wind (Bonus Track)

Chet_baker_in_ny

1、3、5がジョニー・グリフィンとチェットがフロントのクインテット構成、その他がチェットとワンホーン・カルテット構成となる。ジョニー・グリフィンは、当時、リバーサイド・レーベルの看板テナー奏者。リズム・セクションは、黒人のベーシストのポール・チェンバース、ドラムのフィリー・ジョー・ジョーンズ。このベースとドラムの二人は、マイルス楽団の精鋭。

これではさぞかし、熱気溢れるエネルギッシュな東海岸ジャズ的な雰囲気になる、と思われるが、リズム・セクションの要、ピアノが白人のアル・ヘイグを採用しているところがユニーク。ここで、アル・ヘイグかあ。ビ・バップからの名手ではあるが、白人的なクールな響きが個性。このクールなピアノがチェットのリリカルでオープンなトランペットにピッタリと合っている。 

ベースとドラムが、東海岸ジャズ特有のハードさを供給するが、アル・ヘイグのクールさがそのハードさを緩和する。そして、東海岸ジャズ特有のエネルギッシュなグリフィンのテナーに相対して、リリカルでシンプルなチェットのトランペットがそのエネルギッシュさをやんわりと受け止める。

なかなか含蓄があって、音的に「奥行き」のあるハードバップな純ジャズ盤となっている。チェットのトランペットは超絶技巧なものでは無く、テクニック的には普通。決して「大向こうを張る」、ダイナミックなトランペットでは無いが、シンプルな音の捌きとストレートな音の響きは、なかなか東海岸に無い個性で、これはこれで「イケる」。

ピアノのアル・ヘイグが要。ヘイグのピアノのお陰で、チェットの西海岸的なトランペットの響きがしっかり残って、このアルバムは、東海岸ジャズと西海岸ジャズの邂逅的な、なかなかに個性溢れるハードバップな演奏となっている。

決してチェットのトランペットは超絶技巧なものでは無いし、様々な味わいを宿した、変幻自在なトランペットでも無い。リリカルでストレート。西海岸ジャズならではのトランペット。それが東海岸ジャズを出会う。東海岸ジャズのハードさにやられそうなところを、アル・ヘイグのピアノが支援し、東海岸ジャズと西海岸ジャズの良い意味での融合を実現している。

聴き応えのあるアルバムだと思います。たまには、こんな不思議な個性を持ったハードバップ・ジャズも良いものです。

 
 

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2011年10月 3日 (月曜日)

お勧めのベースとエレギのデュオ

いや〜、今年は寒くなるのが早い。というか、秋ならではの「爽やかな涼しさ」は何処にいったんや。まだ10月に入ったばかりだというのに、この寒さはなんだ。10月の終わりのような気候にビックリ。

しかし、これだけ涼しくなると、ジャズも落ち着いて聴けるってもんで、涼しくなれば夜も静かな雰囲気になって、ソロやデュオのアルバムがじっくりと落ち着いて聴けるのが嬉しい。そこで、最近、マイ・ブームになっているデュオ・アルバムがある。今年6月にリリースされた、鈴木良雄&増尾好秋『アラウンド・ザ・ワールド』(写真左)。

若くして、アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズに在籍した鈴木良雄。1946年生まれ。日本のジャズ界を代表する、ジャズ・ベース奏者。「チンさん」の愛称でファンから親しまれている。太くて弾力のある端正な音色が特徴。

若くして、ソニー・ロリンズ・グループに参加した増尾好秋。1946年生まれ。日本のジャズ界を代表する、ジャズ・ギター奏者。バーニー・ケッセルの影響を受けつつ、スペーシーな音は個性的。太くて官能的で伸びのある音色が特徴。

この二人がデュオを組んだ。ベースとギターのデュオってありそうで無い。パッと思い出すのはロン・カーターとジム・ホールの『Alone Together』。それ以外・・・、浮かばない(笑)。
 

Around_the_world

 
希少価値である。太くて弾力のある端正なベースと太くて官能的で伸びのあるエレギとのデュオ。ベースもギターも音が「太い」ので、お互いの音を消し合わずにお互いの音を増幅させる「相性の良さ」。

テンション張って、丁々発止と技術を駆使してやり合うという感じでは無く、お互いの音を良く聴きながら、スペーシーなハーモニー&ユニゾンを繰り広げ、要所要所で、ここ一発のソロを展開する、って感じの広い音空間をゆったりと使いながらの「対話」という風情がとても魅力的。なんしか、音が良いんですよ。チンさんのベースの音といい、増尾さんのギターの音といい、とにかく官能的で、とにかく魅力的な音を湛えていて、聴いていて惚れ惚れします。 

オリジナルを4曲づつ、スタンダードが4曲とバランスのよい選曲。徹頭徹尾、適度にリラックスした、コンテンポラリーでジャジーな演奏を聴かせてくれる。とにかく丁寧に演奏されているのが良く判る。二人のミュージシャンの「誠実さ」が滲み出てくるような、暖かい演奏。とにかく心地良い。スタンダードの4曲、「80日間世界一周 」「バークリー・スクエアのナイチンゲール」「マイ・アイデアル」「ディープ・イン・ア・ドリーム」が絶品(お二人のオリジナルも良い出来ですよ)。

秋の夜長に、絶対お勧めのベースとエレギのデュオ盤。太くて弾力のある端正なベースと太くて官能的で伸びのあるエレギの絡みは、何度聴いても飽きません。良いアルバムです。ジャズ者万人の方々にお勧めです。

 
 

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2011年10月 2日 (日曜日)

Pink Floyd・『Live at Pompei』

ピンク・フロイドの最新リマスタリング・シリーズがリリースされた。我が家にも、スタジオ録音14タイトルのリマスター盤が全て梱包された「Discovery Boxset」がやってきた。『原子心母』『おせっかい』『狂気』『炎』の順に楽しんできた。次は『ウマグマ』から遡ろうかと思っている。

今日、大震災に被災した折、崩壊した書庫の復元時に無用の長物として問題となったレーザーディスク(LD)を整理することにした。100枚程度あるんだが、半分は既にDVDで買い直していたので、即、破棄処分。残りの半分は、音楽系のライブ盤LDがほとんど。その中に、ピンク・フロイドのLDを見つけた。

そのLDとは『ピンク・フロイド ライブ・アット・ポンペイ(Pink Floyd Live at Pompei)』(写真左)。イタリアのポンペイにある遺跡で、無人の観客という状況でライブを行うという趣向の映像ドキュメンタリーである。

懐かしいなあ。僕はこの映像を、記憶が定かでは無いが、高校時代に、映画館でのフィルム・コンサートか、NHKでの「ヤング・ミュージック・ショー」での再放送で見た。当時は、この映像と演奏の融合というイメージに心底たまげた。というか、ビックリした。ドップリはまったなあ。

演奏の流れは、オープニングは「エコーズ、パート1」(「エコーズ」の前半部)。後を継いで「ユージン、斧に気をつけろ」「神秘」「吹けよ風、呼べよ嵐」「太陽讃歌」「マドモアゼル・ノブルス」と続き、ラストは「エコーズ、パート2」(「エコーズ」の後半部)で締めくくられる。
 
Pf_live_at_pompei
 
どこまで本当のライブ演奏なのか、疑わしいところもあるが、もともとこの映像は「映像と演奏の融合」という部分に力点があるので、細かいことは言わない。今となっては、映像のレベルは明らかに低いが、この映像が公開されたのが、1972年ということを考えると、当初目的である「映像と演奏の融合」という点では一定の成果を挙げている。

このLDに関しては、1972年後半の『狂気』の収録風景やバンドメンバーに対するインタビュー(但しリック・ライトは無い)も挿入されており、特に『狂気』の収録風景には感動した。こうやって、ピンク・フロイドの音は創られていくんや、と唯々感動を持って、あんぐりと口を開けながら、感じ入って見ていたなあ。

ピンク・フロイドの演奏風景としては、かなりぎこちなさは残る。叙情的な演奏が大本を占めるので、パフォーマンス的には、ドラムのニック・メイスン以外はあまり目立たない、というか動かない(笑)。逆に、ニック・メイスンのドラミングの姿がかなりフィーチャーされており、ニック・メイスン的には「おいしい」ライブ盤LDとなっている。

とにかく懐かしい映像だ。ピンク・フロイドのバンドとしてのイメージを掴むには、格好の「古典的映像」であることは間違い無い。今となっては、完全に「歴史がかったセピア色」な映像ではあるが、当時の「プログレ」を十分に感じることができる。高校時代、僕たちはこの「音世界」に夢中になっていたのだ。
  
今日は、50枚ほど、音楽系のLDが発掘されたので、LDプレイヤーが壊れるまで、暇を見つけては見直してみようか、と思っています。意外と貴重な映像モノもあるので、ちょっと楽しみではあります。

  
 
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2011年10月 1日 (土曜日)

「ダルでラフな」ロックンロール

前作『Every Picture Tells a Story』で、全英1位・全米1位に輝き、英国では、45週連続でチャート・インというロング・ヒットとなった。そのビッグ・ヒットの次なるアルバムである。流石に、ロッドもびびったであろうことは、想像に難くない。

そこで、翌1972年、次作の4枚目のソロ・アルバムとなる『Never A Dull Moment』(写真左)では、米国ルーツ・ミュージック的なゴスペルやコテコテファンキーなR&Bはお休みして、ロッドがリラックスして歌うことが出来る音世界、ロッドの大好きな、ロックンロールの世界を中心に据えている。

英国で、オールデイズなロックンロール・テイストを生み出すバンドと言えば、当時、ロッドがメンバーと参画していた「フェイセズ」だろう。なんと、この『Never A Dull Moment』には、フェイセズのメンバーが、ロッドのバック・バンドとして、全面的に参加している。

フェイセズは、オールデイズなロックンロール・テイストだけでは無く、トラッド・フォーキな感覚や、ライトなR&B的な感覚も特徴としてあげられる、多様な音楽性を有しているバンドである。このロッドのソロ・アルバムは、そのフェイセズのオールデイズなロックンロール・テイストをフィーチャーした音作りを全面的に押し出した、「ロックンロール・フェイセズ」な演奏集とも捉えることが出来る。

Never_a_dull_moment

確かに、この『Never A Dull Moment』では、酔いどれバンドと呼ばれた、適度に「ダルでラフな」ロックンロールが全編に渡って満載で、この「ダルでラフな」、つまりは米国ルーツ・ロックのひとつであるスワンプにも繋がる、良い意味で、硬質で「レイドバック」な雰囲気が漂っている。この硬質で「レイドバック」な雰囲気が好きか嫌いで、このアルバムに対する評価は分かれるんではないか。

しかし、ロッドのセンスの良さは、そんな硬質で「レイドバック」な雰囲気を湛えたロックンロールを中心に据えながらも、マンドリンのトレモロやフィドル・チューンを活かした郷愁を感じさせる、ブリティッシュ・フォークな音世界を効果的に忍ばせているところ。この部分は、絶対、英国では「うける」よな。う〜ん、ロッドは「狡い」(笑)。

この硬質で「レイドバック」な雰囲気を湛えた、オールデイズなロックンロールと要所要所で漂うブリティッシュ・フォークな音世界との合わせ技で、『Never A Dull Moment』は全英1位、全米2位に輝く。ほぼ前作と同レベルの成果を挙げたのである。いや〜天晴れである(笑)。

が、4枚目のソロ・アルバムとなる『Never A Dull Moment』は、セールス的には大成功だったが、ちょうどフェイセスの『ウー・ラ・ラ』の製作時期とソロ・アルバムの製作時期とがぶつかってしまい、ロッドがソロ・アルバムを優先させた結果、ロッドと他のメンバーと間に亀裂が生じ、フェイセス解散の一つの原因になってしまった不幸なアルバムでもある。

皮肉なことに、このソロアルバム『Never A Dull Moment』のバックを全面的に務めたのが、こともあろうに、その「フェイセズ」そのものだったのである。

 
 

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