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2011年9月12日 (月曜日)

調性と非調性の間で揺れ動く

このアルバムを手にして、初めて聴いた時の「衝撃」は忘れない。『The John Coltrane Quartet Plays』(写真左)。冒頭に、映画「メリーポピンズ」でジュリー・アンドリュースが歌って一世を風靡した「Chim Chim Cheree」の正式録音が収められている。

その「Chim Chim Cheree」の収録を見て思い出したのが、コルトレーンのカバー曲の代表である「My Favirite Things」。これも映画「サウンド・オブ・ミュージック」でジュリー・アンドリュースが歌って一世を風靡した名曲である。イメージ的には、この「Chim Chim Cheree」は、この「My Favirite Things」の再来。期待感バリバリで、はやる心を抑えつつ、LPに針を降ろした。

しかし、この「Chim Chim Cheree」、あのちょっと哀愁感漂うキャッチャーなテーマがチョロリと演奏されるだけで、いきなりフリーキーなインプロビゼーションが展開する。フリーキーとはいえ、中身はコルトレーンお得意の高速「シーツ・オブ・サウンド」。複雑な展開を見せるモーダルなアドリブと共に、これは従来の純ジャズのフォーマットに留まってはいるが、フリー寄りのハードバップ的な演奏に終始している。これには「たまげた、驚いた」(笑)。

このアルバム『The John Coltrane Quartet Plays』は、作品的には『至上の愛(1964年12月)』と『アセンション(1965年6月)』の間に当たる。『アセンション』が調性を意識的に排除、純ジャズのフォーマットから離れて、とは言いながら、事前に準備された、限りなくフリーに近づいたモーダルな演奏へのチャレンジということを鑑みると、この『The John Coltrane Quartet Plays』は、調性と非調性の間で、中途半端に揺れ動く、過渡的な作品と言える。

コルトレーンのフリーキーな演奏は、決して、フリー・ジャズ的な演奏では無い。コルトレーンお得意の高速「シーツ・オブ・サウンドをベースに、意識的に調性を排除した、複雑な展開を見せるモーダルなインプロビゼーションが基本。意識的に調性を排除しているので、非調性的なインプロビゼーションのところどころに「調性」が顔を出して、かなりの違和感を醸し出す。

The_john_coltrane_quartet_plays

「Chim Chim Cheree」と「Brazilia」が、その「違和感」の代表格。「シーツ・オブ・サウンド」の延長線上にありながら、調性を排除するので、調性を前提としている「西洋音楽楽器」であるサックスの響きが異常な響きに聴こえる。さらに、モーダルな演奏については、調性を排除する故に基音を失い、右往左往するにぶれが大きく、彷徨うように漂う様に、とりとめもない垂れ流しの様なインプロビゼーションが連続する。

決して、僕としては音楽的には成功しているとは思えないが、フリー・ジャズ的な演奏は調性を排除するところにある、と仮置きしてチャレンジするところに、コルトレーンの先取性を十分に感じる。

3曲目の「Nature boy」は、出だしは、ストレートなトーンで叙情的に吹き上げるコルトレーンのバラードが美しく響くが、途中から、いきなりアブストラクトな展開に激変する。ここでのアブストラクトな展開は「現代音楽」の響きを宿しており、調性の排除の上を行く「尖り方」。流石に、この演奏はフェードアウトされる。

ラストの「Song Of Praise」は、ギャリソンのベースをメインに、カルテット一体となって、「現代音楽」的な響きにチャレンジする。なんだか「ジャズで現代音楽が出来るか」なんて「お題」を貰って、カルテット全体で無理矢理チャレンジする「強引さ」が凄い。この「強引さ」は、次作の『アセンション』に引き継がれていく。

この『The John Coltrane Quartet Plays』は、コルトレーンの諸作の中でも評価が難しい。このアルバムを手放しで評価する向きもあるが、僕は、このアルバムは、調性と非調性の間で、中途半端に揺れ動く、過渡的な作品だと思っている。

とにかく、ジャズ者初心者の方々やジャズにポップス性やエンタテインメント性を求める向きには、お勧めしかねるアルバムですね〜。1曲目の「Chim Chim Cheree」のタイトルに惹かれただけでは、決して手にしてはいけないアルバムでしょう。

このアルバムを聴き通すには、ある種の「覚悟」が必要です。逆に、コルトレーン・マニアの方には必須アイテムです。良きにつけ悪きにつけ、コルトレーンの先取性を十分に感じとることが出来ます。

 

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