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2011年8月の記事

2011年8月31日 (水曜日)

ビル・エバンス 『Jazzhouse』

タッチの強い、バップ系なスタイルのビル・エバンスを感じるには、1970年前半の録音のライブ盤が良い。ハードボイルドにリリカルに、限りなく美しい。

そんなライブ盤の一枚。1969年11月、コペンハーゲン、モンマルトルでのライブ。タイトルは、シンプルに『Jazzhouse』(写真)。パーソネルは、Bill Evans (p) Eddie Gomez (b) Marty Morell (ds)。

このアルバムでは、速いテンポで、ダイナミックに弾きまくるエバンスと、しっかりとしたタッチで耽美的にリリカルにバラードを弾き上げるエバンスと、2つの顔のエバンスを楽しむことができる。

エバンスの本質とした、タッチの強い、バップ系なスタイルについては、4曲目の「Autumn Leaves(枯葉)」を聴くことによって実感できる。  かの伝説的名盤『Portrait In Jazz』で初出だった「枯葉」と、この『Jazzhouse』での「枯葉」と聴き比べると、この頃のエバンスが如何にダイナミックで、如何に強いタッチで弾きまくっているかが判る。

タッチが強いとは言っても、力ずくで叩きつけるように、ピアノを弾く訳では無い。しっかりと鍵盤を深く最後まで押さえる、と言った方が良いかもしれない。それが速いパッセージだとダイナミックな響きとなり、それがスローなバラードだと旋律が印象的にクッキリ響く。

エバンスは、ライブ盤では、モーダルな演奏はあまりしないので、基本はハードバップな演奏になる。そのフォーマットの上では、エバンスのピアノはタッチの強い、バップ系なスタイルでグイグイ押すのだ。しかし、力まかせにグイグイ押すのでは無い。しっかりと鍵盤を押し切る様に、堅実に誠実にグイグイ押すのだ。

Jazzhouse

アルバム全体の所要時間は40分弱。1曲が4〜5分の曲が9曲。ちょっと上品で大人しめで、耳に優しい録音で、ゆっくり座っての「ながら聴き」に最適です。僕は本を読みながら、とかPCをしながらの「ながら聴き」に、この『Jazzhouse』を愛用しています。

選曲も良いです。ちなみに、収録された曲を並べると以下の通り。どうです。魅力的でしょう。

1. How Deep Is The Ocean
2. How My Heart Sings
3. Good Bye
4. Autumn Leaves
5. California, Here I Come
6. Sleepin' Bee
7. Polka Dots And Moonbeams
8. Stella By Starlight
9. Five (Theme)

ジャケットは、写真左の飛行機のタラップを降りてくるポーズでの、記念写真の様なジャケットがオリジナルです。写真右の、いかにもビル・エバンスのイメージ的な写真のジャケットは、日本でリイシューされた時の日本限定のジャケット。

日本限定のビル・エバンスのイメージ写真のジャケットが人気ですが、僕はなんだか、ビル・エバンスのイメージを、本人の本質・個性とは関係無く、日本のレコード会社がイメージを捏造しているようで、僕は余り好きではありません。この日本限定のビル・エバンスのイメージ写真こそが、ビル・エバンスは「耽美的」なピアニストの代表という、ちょっと誤った評価のイメージそのものに感じるんですね。

なんだかんだ言っても、アルバム・ジャケットはオリジナルを尊重すべきでしょう。レコード会社があれこれとジャケットを差し替えたら、後になって紛らわしくてしょうがない(笑)。

ビル・エバンスのタッチが、よりワイルドに、よりダイナミックに展開する。そして、バックのエディ・ゴメスのベースも、マーティ・モレルのドラムも、ダイナミックさを増して、エバンスに追従する。このライブ盤『Jazzhouse』でも、ビル・エバンス・トリオのダイナミズムの真髄を十分に感じる事ができる。

 

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2011年8月30日 (火曜日)

ビル・エバンス 『モントルーⅡ』

ジャズ・ピアニストの代表的スタイリストの一人、ビル・エバンス。僕はこのビル・エバンスが大好きで、定期的に聴かないと、禁断症状が起きるくらいなのだ。

ビル・エバンスは「耽美的」なピアニストの代表と評されることがあるが、これはちょっと違う。
 
ビルはタッチの強い、バップ系なスタイルが基本。その上に、モーダルな奏法とシンプルな音の選定にペダル・テクニックを加えて、バラードが耽美的に響く。耽美的な個性は「オプション的」なものである。

そんなタッチの強い、バップ系なスタイルのビル・エバンスを感じるには、1970年前半に録音されたライブ盤が良い。ハードボイルドにリリカルに、限りなく美しい。

まずは、ビル・エバンス『モントルーⅡ(Montreux II)』(写真左)。フュージョン・ジャズのメジャー・レーベルCTIからのリリースだからといって、敬遠してはならない。ビル・エバンス・トリオの珠玉のライブ・パフォーマンスが聴ける。

ちなみにパーソネルは、Bill Evans (p), Eddie Gomez (b), Marty Morell (ds)。1970月6月19,20日、スイスはモントルー・ジャズ・フェスディバルでの録音。

Montreux_2

ライブ演奏なので、ビル・エバンスのタッチが、よりワイルドに、よりダイナミックに展開する。そして、バックのエディ・ゴメスのベースも、マーティ・モレルのドラムも、ダイナミックさを増して、エバンスに追従する。ビル・エバンス・トリオのダイナミズムの真髄を感じる事ができる。

会場の雰囲気が良い。和気藹々って感じが伝わってくる。その分、エバンス・トリオの演奏も、テンションも適度に、気の置ける仲間とのリラックスした演奏という雰囲気が楽しい。触れば切れそうなテンションの高い演奏では無く、手慣れた感じの適度なテンションも程良く、収録曲も親しみ易い曲ばかり。

全7曲、CD時代にとっては、トータルで約40分弱の短めの収録時間であるが、飽きが来ない、聴く姿勢のテンションが続く、適度な長さで、我がバーチャル音楽喫茶『松和』では、意外と長年に渡って、ヘビーローテーションとなっているライブ盤である。

全編、ポジティブで攻撃的なエバンス・トリオが素晴らしい。ダイナミズムが前面に押し出されていて、ビル・エバンスは「耽美的」なピアニストと感じているジャズ者の方々には、ちと辛い内容かもしれない。

でも、これがビル・エバンスの本質なので、この聴き易い、エバンスの充実期のライブ盤から、彼のダイナミズムを感じられてはいかがでしょうか。

 

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2011年8月28日 (日曜日)

内容に疑問、実に惜しいライブ盤

昨日、オールマン・ブラザース・バンド(略してオールマンズ)の再々結成後の傑作ライブ盤である『An Evening with the Allman Brothers Band』をご紹介したが、もう一枚、再々結成後の正式なライブ盤として『Peakin' At The Beacon』(写真左)がある。

2000年3月の録音。メンバーは、グレッグ・オールマンとディッキー・ベッツ、ダブルドラムのブッチ・トラックスとジェイモーは変わらず。ギタリストがデレク・トラックス(写真右)に、ベーシストがオテイル・バーブリッジに代わって、パーカッションにマーク・キニョーネスが新たに参加している。

デュアン・オールマンの再来と謳われたウォーレン・ヘインズは抜けたので、大丈夫なのかと危惧されたが、デレク・トラックスのギターは、ウォーレン・ヘインズに負けず劣らずの素晴らしいもので、このメンバーでの演奏については、再々結成時のポテンシャルをしっかりと維持している。

しかし、演奏全体の雰囲気として、キレが無く、ちょっとなあという感じ。そして、ディッキー・ベッツが調子を落としているところが、このライブ盤の気になるところ。この後、他のメンバーとの対立から、ベッツがグループから追い出される形で脱退することになることを考えると、仕方の無いことか。

逆に、ウォーレン・ヘインズに代わるギタリスト、デレク・トラックスのギターが、遠慮がちながらも際立っている。いやいや、この再々結成後のオールマンズの「後を継ぐギタリスト」、デレク・トラックス見参というところか。ちょっとぎこちないところも残ってはいるが、随所にキラリと光るフレーズを連発している。デレク・トラックスの高いポテンシャルを十分感じることが出来る。
 
Peakin_at_the_beacon
 
が、ライブ盤全体の出来は良くない。演奏自体、テンション不足なところが散見され、演奏全体のまとまりも粗いところが見え隠れする。聴いていて、どうしても乗り切れない。内容的に、昨日語った、再々結成後の傑作ライブ盤である『An Evening with the Allman Brothers Band』には全く及ばない。

それでも、オールマンズ・マニアには、心くすぐられるところが幾つかあるので、この『Peakin' At The Beacon』は、コレクションからは外せない。まずは、オールマンズのファーストアルバムからの選曲、「Don't Want You No More」「It's Not My Cross to Bear」の冒頭2曲で始まるのだから堪らない。2000年になって、ライブに何故、この2曲を選んだのかなあ。素晴らしい選曲ですよね。

そして、『Win, Lose or Draw』に収録のインストの名曲「High Falls」のライブ・バージョンが聴けること。このインスト曲では、ダブルドラムの威力、オールマンズの真髄である「ギター+キーボード+リズムセクションの絡み」が堪能出来る。少し、ダブルドラムとベースのソロ・スペースの時間が長く、冗長に感じられる部分もあるが、とにかく、あのインスト名曲の「High Falls」がライブ・バージョンで聴けるのだから、我慢我慢(笑)。

何回聴いても不思議なのはライブ盤全体の出来がイマイチなこと。もう少し、出来の良いトラックは無かったのでしょうか。選曲は素晴らしい曲ばかりが選曲されているので、実に惜しいです。つまるところ、このライブ盤『Peakin' At The Beacon』は、デレク・トラックスのお披露目、オールマンズのギタリスト襲名ライブ盤といった感じでしょうか。
 
 
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2011年8月27日 (土曜日)

新生オールマンズの傑作ライブ

先週に続いて、オールマン・ブラザース・バンド(以降「オールマンズ」と略)のお話を・・・。

メンバー間の音楽的な意見の相違、個人的対立が顕在化し、1976年、バンドは解散。グレッグとベッツはソロ活動へ、その他の主だったメンバーは「シーレベル」というバンドを結成。「あ〜、これでオールマンズも終わったなあ」と感慨深く思ったものだ。

しかし、その2年後の1978年、グレッグがベッツに和解を呼びかける形でバンドを再結成。ベース、ギターを補充し、1979年にはアルバム『Enlightened Rouges』をリリース。が、この後、デビュー当時から所属していたキャプリコーン・レコードが倒産。ここでも、オールマンズはついてないなあ、と思う。バンドはアリスタに移籍、更に2枚のアルバムをリリースするが、バンドは1982年に再度解散。今度こそ、「あ〜、これでオールマンズも終わったなあ」と思った。

が、しかしである。1989年、ベッツのバンドにいた、ウォーレン・ヘインズ (g)、アレン・ウッディ (b)、ジョニー・ニール (key) を加え、バンドを再々結成。エピックと契約し、翌1990年『Seven Turns』をリリース。このニュースには、さすがのオールマンズ・マニアの僕も興ざめした。どうせ、また解散するんだろ、とほとんど興味を示さなかった。

しかし、この『Seven Turns』は往年のオールマンズのポテンシャルを取り戻していた。その『Seven Turns』の素晴らしさについては、2011年1月12日のブログ(左をクリック)を参照頂きたい。その『Seven Turns』で、本当の「復活」を遂げたオールマンズ。続いて『Shades of Two Worlds』をリリース。そして、この再々結成オールマンズの「真の復活の姿」を示した傑作ライブが登場する。

そのタイトルは『An Evening with the Allman Brothers Band』。1992年に『First Set』、1995年に『2nd Set』がリリースされている。それぞれCD1枚なので、この『First Set』(写真左)と『2nd Set』(写真右)と併せて、新生オールマンズの2枚組ライブとして捉えることができる。
 
An_evening_with_abb
 
このライブ盤2枚の内容が素晴らしい。初代オールマンズの伝説のライブ盤『At Fillmore East』の内容に匹敵する内容である。演奏するメンバーのモチベーションも高く、適度なテンションを張りながら、アドリブのイマージネーションも豊か。決して緩むところの無い、タイトでメリハリの効いた、素晴らしいサザン・ロックが展開される。

オールマンズの真の復活の原動力については、まずは、新ギタリスト、ウォーレン・ヘインズの加入に尽きる。オールマンズの生え抜きギタリスト、ディッキー・ベッツの相方として、つまりは、初代オールマンズの伝説のギタリスト、デュアン・オールマンに相対する役柄として、オールマンズに参加した形になる。あのデュアンの代わりである。それは余りに重荷やろう、と思っていたが、それは大きな勘違い。

このライブ盤CD2枚を聴けば良く判るのだが、ウォーレンのギターの腕前は、デュアンに匹敵する。言い切ってしまっても良い。特に、スライド・ギターの腕前は凄い。スライド・ギターの腕前はデュアンと肩を並べるレベル。ウォーレンのギターはデュアンに比べて滑らか。ワイルド感についてはデュアンに譲るが、疾走感、爽快感はウォーレンのギターは決してデュアンに引けを取らない。

そして、ジェイモーとブッチ・トラックスのダブル・ドラムが素晴らしい。このダブル・ドラムのタイトでダイナミックなリズム&ビートが、往年のうねるようなオールマンズ独特の「ノリ」を再現してくれる。このオールマンズ独特のリズム&ビートが、ギターの次にオールマンズに必須な要素。

優れたギタリストの加入、オールマンズ独特のリズム&ビートの再建。そこの2つの「真の復活の原動力」をしっかりと確認し、心ゆくまで楽しむ事が出来る。往年のオールマンズのライブ感が完全復活し、演奏の部分部分では、初代オールマンズよりも発展、伸張している要素もあって、決して「昔の名前で出ています」という懐メロ感は全く無し。新生オールマンズは、現代のロック界で、他の若きバンドとも十分に渡り合える、十分なポテンシャルを保有していることを、このライブ盤は証明しています。

収録曲も新生オールマンズと初代オールマンズの名曲をチョイスしていて、聴いていてとても楽しい。まあ、1970年代からの初代オールマンズのマニアである、私、松和のマスターとしては、『First Set』では「Blue Sky」「Melissa」「Revival」、『2nd Set』では「In Memory of Elizabeth Reed(アコギでのバージョンで渋い)」「Jessica」あたりが、懐かしさと共に、新生オールマンズのパフォーマンスが十分に楽しめます。特に「Blue Sky」と「Jessica」は絶品です。この2曲のパフォーマンスは、初代オールマンズを完全に超えています。

良いライブ盤です。『First Set』『2nd Set』共に甲乙付け難い。購入する時は2枚同時に購入することをお勧めします。レコード会社の方も、次回リイシューする時は、2in1として、CD2枚組として再編してリイシューして欲しいものです。

 

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2011年8月26日 (金曜日)

『Beneath the Mask』は秀作だ

1990年代のエレクトリック・ジャズを代表する、Chick Corea Electric Band(以降、CCEB)の第5作目。CCEBのレギュラー・クインテットによる最後の作品。タイトルは『Beneath the Mask』(写真左)。1991年のリリース。

ちなみに、このCCEBのレギュラー・クインテットのパーソネルは、Chick Corea (key)をリーダーとして、Dave Weckl(ds), John Patitucci(b), Frank Gambale(g), Eric Marienthal(sax)。確かに、鉄壁の5人組である。
 
前々作『Eye Of The Beholder』では、エレクトリック・バンドという看板を掲げているにも関わらず、チックは、アコースティック・ピアノを弾きまくった。これでは、エレクトリック・バンドでは無く、アコースティック・バンドではないか、と思った。
 
が、この『Beneath the Mask』では、再び、エレクトリック・キーボードを多用するようになり、名実共に、エレクトリック・バンドに返り咲いた。

そして、この『Beneath the Mask』の出来は素晴らしい。僕としては、CCEBの最高傑作だと思っている。内容的には、1970年代前半のチック率いる「Return To Forever」の第2期のコンセプトを時代と共に発展させているように感じる。
 
Beneath_the_mask
 
第2期Return To Foreverは、エレギのアル・ディ・メオラを大々的にフィーチャーしていたが、CCEBは、エリック・マリエンサルのサック数大々的にフューチャーしている。グループサウンズの作りや構えは、実に良く似ている。

楽曲もキャッチャーで親しみ易い旋律を持った優れた曲が多く、とてもポップで、とても聴き易い。それでいて、エレクトリック・バンドの真髄、超絶技巧なテクニックと圧倒的な展開もきっちりと兼ね備えており、相当に高い完成度である。CCEBの円熟の極みである。

いや〜本当に素晴らしい完成度です。音楽の要素も、得意のスパニッシュ・モードから、ちょっと不得手だったファンキーなビートまで、ジャズで扱う様々な音楽の要素を巧みに取り入れている。それでいて、全く不自然にならず、しっかりとCCEBの音として昇華されているところが実に素晴らしい。

この『Beneath the Mask』は、なぜかジャズ本、ジャズ雑誌で、チックの代表作として採り上げられることが全く無いアルバムだが、どうして、第2期Return To Foreverの秀作と肩を並べるどころか、それを上回る出来の良さだと思っている。

CCEBの諸作の中でも、アコースティック・ピアノ主体の『Eye Of The Beholder』に対する、エレクトリック・キーボード主体の『Beneath the Mask』として、代表作と挙げられる優れものだと思う。
 
 

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2011年8月25日 (木曜日)

乗りの悪いディスコ・ミュージック

ハービー・ハンコックは不思議なミュージシャンである。ジャズの歴史に名を留めるジャズ・ジャイアントであることは間違い無い。デビュー以来、マイルスとの共演、独立してのエレクトリック・ジャズでの成功、アコースティック・ジャズ回帰の中でのリーダー的存在などなど、ハービーは、ジャズの歴史の表舞台を常に歩いて来た。

しかし、時に「マイナスな方向」に振れることもあり、エレクトリック・ジャズに進んだ時は『ヘッド・ハンターズ』の成功までに、かなりの紆余曲折があった。スランプと言われることもあった。純ジャズのパフォーマンスだってそうだ。伴奏に回った時のハービーのピアノのセンスは他の追従を許さない、それはそれは素晴らしいインプロビゼーションを展開する。しかし、ピアノ・トリオの様に、フロントに出なければならないフォーマットでは、ちょっと「トホホ」なところが露呈したりする。

このディスコ・ビートの取り込みだってそうだ。『ヘッド・ハンターズ』で、ファンクな要素をふんだんに取り入れ、先進的なフュージョン・ジャズを展開して、その路線をまっしぐら。『サンライト』でボコーダーを導入して、ディスコ・ビートを、そのファンク・ジャズの中に取り込み、フュージョン・ジャズとしては、なかなにクールな展開が、さすがハービーといったところだった。 

『Feets, Don't Fail Me Now』〜『Monster』と、そのディスコ・ビートを取り込んだフュージョン・ジャズという展開が続く。ボーカルな演奏も、しっかりとボコーダーを使用し、人間の歌声はあくまで、楽器のひとつとして活用する。クールなフュージョン・ジャズといった成果が、さすがにハービーらしかった。

が、『Magic Windows』(写真左)に至っては、ボコーダーを捨て、人間の歌声をそのままに、完全にディスコ・ミュージックなアルバムに相成った。今から30年前、1981年の1月のリリース時、このアルバムを入手して、この内容には戸惑った。
 
Magic_windows
 
一言で言うと「乗りの悪い」ディスコ・ミュージックというか、「乗り切れない」ディスコ・ミュージックという感じ。30年経った今の耳で聴いても、このアルバムは、ディスコ・ミュージックとして聴くと、明らかに「乗り切れない」雰囲気が全編に漂う。1曲1曲別々に聴くと、さすがハービー、なかなかの曲作りで、その演奏もなかなか堂に入っている。しかし、アルバムにして並べてみると、どうにも同じディスコ・ビートで単調さが漂う。

アルバムを聴き通してみると、なんだか、クインシー・ジョーンズの『スタッフ・ライク・ザット』の様なアルバムを作りたかった様な感じがする。ハービーは、クインシー・ジョーンズの様な振る舞いをし、ディスコ・ミュージックをジャジーに解釈した独特の音世界を創りたかったのではないか。

しかし、ハービーは優れたミュージシャンであり、アルバム全編を通じて、ハービーはキーボーティストとして自ら演奏する。ハービーはジャズ畑の人間である。ディスコ・ミュージックはメインでは無い。どうしても、ディスコ・ビートが単調になるのは仕方の無いこと。クインシーは違う。クインシーはプロデューサーであり、曲毎に曲想毎に、演奏毎に最適なミュージシャンを調達できるメリットがある。ミュージシャンが違えば、出てくるディスコ・ビート、ファンク・ビートは明らかに異なる。自然とアルバム全体にメリハリが出る。

つまり、ハービーは決してクインシーにはなれない、ということ。この『Magic Windows』は、ハービーのディスコ・ミュージックへのアプローチが、自らが演奏する前提からすると、明らかにプロデュースのミスである。このアルバムのプロデュースは、David Rubinsonとの共同プロデュースなんだが、実に残念な結果になっています。

収録された演奏自体は決して悪くはないどころか、優れた部類に入る。しかし、肉声のボーカルの入れ方、曲毎に採用するディスコ・ビートについては、明らかにイマージネーション不足。「乗り切れない」ディスコ・ミュージックという感じが付きまとい、僕にとっては、どうしてもヘビーローテーションなアルバムにはならないんですよね。それは30年前も今も変わらない。

別に、主戦場では無い、ディスコ・ミュージックに手を染めなくても良かったのに。ハービーはジャズ畑の人間である。ディスコ・ミュージックはメインでは無い。どうしても、ディスコ・ビートが単調になるのは仕方の無いこと。なのになぜディスコ・ミュージックに挑んだのかなあ。ハービー・ハンコックは不思議なミュージシャンである。

 

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2011年8月24日 (水曜日)

マーシュの「普通のアルト」が良い

中学時代、ブラスバンド部でアルトサックスを吹いていたこともあって、ジャズのフロント楽器の中では、アルトサックスがどうしても気になる。

実際にアルトサックスを吹いていたので、サックスという楽器が音を出すのに、速いパッセージを吹ききるのに、どれだけのテクニックが必要なのか、経験的に判るので、聴いていてとても楽しい。よってアルト奏者はどの奏者も、それぞれに個性があって、あまり好き嫌いが無い。

ウォーン・マーシュというアルト奏者がいるのだが、意外とこのマーシュがお気に入りだったりする。といって、マーシュのリーダー作を全部集める、なんていう濃いファンでは無いんだが、彼のアルトの音がかなり気に入っていることには違いは無い。

マーシュのアルトは「普通のアルト」。ビ・バップのアルト奏者の様に、高音域を絞り上げるように「キュイーン」と吹き上げることは無い。耳に優しいアルトである。中音域を中心に、アルトサックスをアルトサックスらしく鳴らすと言ったら良いのか、金管楽器を金管楽器らしく、少しくすんではいるが、輝く様なブラスの響きを鳴らし渡るとでも言ったら良いのか、とにかく、マーシュのアルトは、アルトらしいアルトなのだ。

このマーシュの「普通のアルト」が良いんですね。1982年8月、オランダでの録音の『Star Highs』(写真左)というライブ盤がある。数あるマーシュのリーダー作の中では代表作として挙げられることの無いライブ盤であるが、これがなかなかの内容なのだ。

ちなみにパーソネルは、Warne Marsh (ts), Hank Jones (p), George Mraz (b), Mel Lewis (ds)。いやいや、パーソネルを改めて見渡すと、素晴らしいメンバーじゃないですか。これだけのメンバーに恵まれれば、その演奏内容は悪いはずが無い。

Star_high

良い内容のライブ盤です。まず、リズム・セクションの3人、ハンクのピアノ、ムラーツのベース、ルイスのドラムがとにかく素晴らしい。このライブ盤の全てに渡って、この3人のリズム・セクションが素晴らしい。この3人だけのパフォーマンスを聴くだけでも、このアルバムの優秀さが判るというもの。とりわけ、ハンクのピアノが好調。

そんな素晴らしいリズム・セクションに恵まれて、マーシュはアルトを縦横無尽に吹きまくる。吹きまくると言っても、感情の赴くまま、激情的に吹きまくるのでは無い。しっかりと感情をコントロールして、クールで落ち着いた、それでいてしっかりと気持ちの入ったソロを展開する。さすが、クール派テナー・サックスの代表格である。 

マーシュのアルトは「普通のアルト」の魅力的な音色が特徴なのだが、バップ奏者独特のテクニカルで疾走感溢れるインプロビゼーションの中に、独特の浮遊感が漂うのが、もう一つの特徴。

「普通のアルト」の魅力的な音色なので、カッチリとテクニカルにくるか、と構えて聴いていると、ウネウネウネと独特の浮遊感漂う、浮き雲の様なソロが展開されたりするので、これまたこれが面白い。逆に、マーシュのアルトが嫌い、というジャズ者の方々は、この独特の浮遊感に拒否反応を感じるのだそうだ。

素晴らしいリズム・セクションに恵まれて、いつになく、リラックスしたスイング感を醸し出すマーシュ。良いライブ盤です。このライブ盤は、部屋の中でズッと流し続けても、全く苦にならない、素敵なスイング感とライブ感を感じさせてくれる秀作です。

「隠れ名盤」の一枚として、僕は、マーシュ晩年の代表作の一枚に挙げたいですね。ちなみに、ジャズ者初心者の方々にもお勧め。判り易く、聴き易いハードバップです。 

 

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2011年8月23日 (火曜日)

Soft Machineの『Softs』

また、暑さが戻っては来たが、今のところ、以前のような「酷暑」では無い。雰囲気的には「晩夏」。

行く夏、という感じ。僕は、この8月の終わりの暑さの名残りはあるが、そこはかとなく秋が忍び寄っている、という雰囲気に、心なしか「物寂しさ」を感じて、実は、ちょっと苦手な季節。センチメンタルな季節である。

そんな「物寂しさ」を払拭すべく、この季節はポジティブで正統派なフュージョンを聴くことが多い。超絶技巧なテクニックではあるが、しっかりと歌心溢れ、絵に描いた様に正統派なフュージョン・ジャズ。

そんなところで、選んだアルバムが、Soft Machineの『Softs』。1976年の作品。Soft Machineとして、通算9枚目のオリジナルアルバムになる。ちなみに、Soft Machineとは、1960年代後半から1980年代初頭にかけて、英国で活動した、サイケデリック+プログレッシヴなロック、いわゆる「カンタベリー・ミュージック」の最右翼のバンドである。

このバンドは、当初、アコースティックな演奏が中心のサイケデリックなバンドだった。途中、ジャズの要素を取り入れたりして「ジャズ・ロック」の旗手ともてはやされたが、アコースティック中心で音が薄く、ジャジーなビートは希薄、キャッチャーなフレーズも乏しかったので、僕は好きになれなかった。

しかし、このソフト・マシーンの不思議なところは、バンドの音楽性を節操なく変化させていったところにある。カンタベリー・ミュージックに端を発し、ジャズロックに傾倒しつつ、いきなりフュージョン路線へと一大転換を図る。そのフュージョン路線に転換して、2枚目のアルバムがこの『Softs』である。

もともと、英国のロック・インストとフュージョン・ジャズは境界線が無い。簡単に言うと、プログレやカンタベリーのインスト・ロックなバンドが、インストついでに、ビートをジャジーに変化させて、フュージョン・ジャズ的なインストを展開する、という感じだろうか。ロックの範疇のインスト・バンドが、その延長線上でフュージョン・ジャズをやる、ってところか。
 
Softmachine_softs
 
この『Softs』も、ロック・インストの要素とフュージョン・ジャズの要素と、加えて、フリー・ジャズの要素とがごった煮になった、英国ならではのフュージョン・ジャズが展開されている。

僕はもともと、70年代ロックからジャズに入った人間なんで、プログレなロック・インストもフュージョン・ジャズも感覚的に理解出来るんだが、この『Softs』はとても面白い。アルバム冒頭の「Aubade」〜「The Tale of Taliesin」は、どこから聴いても、ロック・インスト。リズム&ビートがロックしていて、フュージョン・ジャズの雰囲気は微塵も無い。

しかし、3曲目の「Ban-Ban Caliban」になると、リズム&ビートがジャジーに変わって、硬派なフュージョン・ジャズに変身する。演奏の内容からは、エレクトリック・マイルスや初期のウェザー・リポートの影響が見え隠れして、なかなかのフュージョン・ジャズに仕上がっている。当然、演奏テクニックは優秀。聴き応え十分である。

7曲目の「Kayoo」〜「The Camden Tandem」〜「Nexus」の流れは、打って変わって、エレクトリックなフリー・ジャズに演奏フォーマットが変わる。しかも上手い。堂々たるエレクトリック・フリー・ジャズである。

そして、ラス前の「One Over the Eight」は、正統派で硬派なエレクトリック・純ジャズと相成る。この演奏だけ聴くと、英国の「カンタベリー・ミュージック」の最右翼のバンドが演奏しているとは絶対に思わない。素晴らしい内容のエレクトリック・純ジャズである。

英国のロック・インストとフュージョン・ジャズは境界線が無い。一度、これを体験すると実に面白い。ロック・インストの要素とフュージョン・ジャズの要素と、加えて、フリー・ジャズの要素とがごった煮になって、しかも、ワールド・ミュージックな要素も織り交ぜたりして、ある意味、本当の意味での「フュージョン・ミュージック」が展開されていたりする。

ちょっとばかし、米国とは違う。しかも、欧州大陸とも、ちょっとばかし違う。英国のロック、英国のジャズは面白い。
 
 

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2011年8月22日 (月曜日)

夏はボサノバ・ジャズ・その4

今日は、Stan Getz & Joao Gilbertoの『Getz & Gilberto, #2』(写真左)。タイトルからして、『Getz & Gilberto』(2008年7月5日のブログ参照・左をクリック)の続編か、アウトテイク集かと思いきや、ジャケットをよく見ると「RECORDED LIVE AT CARNEGIE HALL」とある。

そう、1964年10月9日カーネギーホールでのライブ盤です。ボサノバ・ジャズで大ブレイクした、テナー奏者スタン・ゲッツのピアノレス・カルテットと、ジョアン・ジルベルトとアストラッド・ジルベルトとの共演の2本立て。

ちなみにパーソネルは、スタン・ゲッツのピアノレス・カルテット = Stan Getz (ts) Gary Burton (vib) Gene Cherico (b) Joe Hunt (ds)。ジョアン・ジルベルトとの共演 = Stan Getz (ts) Gary Burton (vib) Joao Gilberto (g, vo) Gene Cherico (b) Joe Hunt (ds) Astrud Gilberto (vo)。

ピアノレス・カルテットとボサノバ・ジャズのカップリングなんで、安易な企画ライブ盤かと思いきや、どちらの演奏もなかなかの内容で聴かせてくれます。意外と、おまけの様なスタン・ゲッツのピアノレス・カルテットの演奏が、実に純ジャズしていて、良い内容です。

特に、硬質なクリスタルな音色で、印象的な和音が特徴のヴァイブはどっかで聴いたことが、と思ってパーソネルを見たら、若き日のゲイリー・バートンでした。納得。

主役のテナー、スタン・ゲッツも充実した演奏を繰り広げていて、ボサノバを題材としていない、ジャズ・スタンダード曲中心の演奏なんですが、その囁くような掠れるような音色は、なんだか、意識せずに聴いていると、ボサノバ・ジャズのような響きに聴こえて、純ジャズの結構ハードな内容ながら、耳に心地良いのが面白い。
 
Getz_gilberto_2
 
5曲目「Samba Da Minha Terra」より、ボサノバ・ジャズのコーナーとなり、ジョアン・ジルベルトとアストラッド・ジルベルトが順番にフィーチャーされます。この頃は二人は夫婦だったんですよね。曲の合間のジョアンのMCのなかなか真摯で好感が持てます。特に、当時の細君のアストラッドが出てきてからのジョアンのMCは、ちょっと照れが入って微笑ましいです。

というのも、このライブ盤、曲間のMCもしっかりと収録していて、ライブ感抜群です。良いステレオ装置で、音量を上げて聴いていると、1964年10月9日のカーネギーホールのライブに立ち会っているような錯覚に陥ります。ジャズのライブ盤で、ここまで曲の間のMCを収録しているライブ盤は珍しいのですが、当時のライブの良い雰囲気が伝わってきます。

さすが、スタン・ゲッツとジョアン・ジルベルトとの共演の演奏は秀逸です。ライブ音源だけに、躍動感と緊張感が心地良い。ゲッツもジョアンも、アドリブの展開には、一発勝負的な気合いと意気込みがひしひしと感じられます。良い演奏です。

そして、アストラッド・ジルベルトのヘタウマでアンニュイな歌声が堪らない。決して、歌い手としてテクニックがあるとは思えない、アストラッドの歌ですが、その「揺らぎ」が良いんですね。乾いたセクシーさとでも言ったら良いのか、ボサノバの歌い手として、素晴らしい資質だと思います。

アルバム・タイトルに「#2」とあるので、二番煎じというか、安易な続編かと思って、タイトルを見ただけでは、ちょっと興ざめしてしまいそうな感じですが、どうして、その内容はなかなかのものがあります。カーネギー・ホールでのライブ盤。当時流行のボサノバ・ジャズと硬派な純ジャズを収録。いづれも夏の終わりにピッタリの、優しい雰囲気に惚れ惚れです。
 
 

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2011年8月21日 (日曜日)

オールマンズ『熱風』ライブ

ロック史上に残る傑作ライブ盤『The Allman Brothers at Fillmore East』を残し、次作アルバム『Eat A Peach』の制作中に、天才ギタリスト、デュアン・オールマンはバイク事故で他界する。1971年10月の出来事。僅か24歳の若さであった。

さらに、更にオールマンズ(The Allman Brothers Bandの略称)に不幸が続く。デュアンが他界した一年後、1972年11月に、ベーシストのベリー・オークリーもオートバイ事故により亡くなってしまう。デュアンの事故現場から僅か3ブロックしか離れていないところでの事故であった。

これだけ不幸が続くと、バンド自体の存続が危ぶまれる訳だが、オールマンズはバンド活動を続行する。ギターのディッキー・ベッツがデュアンに変わってバンドのリーダーを務めるようになり、翌1973年、名盤『Brothers And Sisters』をリリース。ビルボード全米アルバム・チャートNo.1の大ヒットを記録し、アメリカの国民的バンドとしての地位を確立した。

しかし、頂点を極めたロックバンドにありがちな、メンバー間の音楽的な意見の相違と個人的対立が大きくなり、1976年、バンドは解散する。そして、その解散した年に、帳尻合わせにリリースされたライブ盤が『Wipe the Windows, Check the Oil, Dollar Gas』(写真左)。あまりに長いタイトルの為、邦題は『熱風』。

解散時の帳尻合わせのライブ盤ながら、このライブ盤は、デュアン、オークリー亡き後の、第2期オールマンズの唯一のライブ盤という位置づけにある。収録曲もそれを意識していて、基本的にデュアン亡き後の『Eat a Peach』以降のアルバム収録曲から選定されている。

Allmans_wipe_the_window

実は、このライブ盤『熱風』には良い思い出が無い。ロック史上に残る傑作ライブ盤『The Allman Brothers at Fillmore East』に出会い、完全に、オールマンズ・フリークとなった松和のマスター、オールマンズが解散状態に陥っていたことを全く知らずに、この『熱風』を手にした。当時は、ロック界の情報は月刊雑誌の僅かな情報しかない時代。オールマンズが解散状態に陥っていたなんて、全く知らなくて当たり前。

この『熱風』の音には、全く持って失望した。初代オールマンズにあったワイルドさ、タイトさ、そして、サザン・ロックの代名詞的な奏法であるボトルネック奏法が全く持って、この『熱風』ではその姿を潜め、マイルドな音、モチベーションの落ちたラフな演奏精度、そして、跡形も無いボトルネック奏法。まだ僕が10歳代後半半ばの年、この『熱風』の内容には頭に来た。この『熱風』って、当時はLP2枚組のリリース。「金返せ」と思った。

今の耳で聴くと、「金返せ」という程の悪い内容のライブ盤では無いが、さすがに解散直前のモチベーションの落ちたバンドのライブ盤やなあ、と感じるところが多々ある。それでも、第2期オールマンズの名曲がズラリと並ぶ選曲と、モチベーションが落ちているとは言え、第2期オールマンズのフォーマットで演奏されるライブは、オールマンズ・ファンとしては避けて通れない内容ではある。

やはり、ディッキー・ベッツのギター一本では、オールマンズのポテンシャルを維持することは困難だったんだろう。つまるところ、サザン・ロックの要はリード・ギターであり、秀逸なボトルネック奏法にあると思う。その任を担うには、ディッキー・ベッツ一人では辛かったというところだろう。明らかにこの『熱風』というライブ、フロントをしきるメイン・ギターが弱い。

第2期オールマンズの楽曲は、この『熱風』で聴かれるほどチープなものでは無い。第2期オールマンズの楽曲は、かなりのポテンシャルを持つ楽曲なんだが、それが証明されるのは、オールマンズとして往年のポテンシャルが復活する、再々結成後の第4期オールマンズのライブ盤まで待つことになる。16年後の1992年までお預け。振り返れば、気の長い話ではある。

 

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2011年8月20日 (土曜日)

オールマンズ 『at Fillmore East』

若い方々は「オールマン・ブラザース・バンド(The Allman Brothers Band・以降オールマンズと略す)」というバンド名や、デュアン・オールマン(Duane Allman)という天才ギタリストの名前は、全く、耳にしたことが無いと思う。

が、この文章をお読みのロック好きの方々は一度で良い、このライブ盤を耳にして欲しい。このアルバムには打ち込みは全く無し、PCなど存在しない時代の、人間が演奏するロックの古き良き姿がここにある。音は全てアナログ。音は野太く、美しく、そして、耳に優しい。

The Allman Brothers Band『The Allman Brothers at Fillmore East』(写真左)。1971年3月12〜13日、NYのFillmore Eastでのライブ録音。アルバムとしては、1971年7月のリリース。今では、コンプリード盤を始めとして、様々な編集のアルバムが出ているが、やぱり一番想いが入るのは、オリジナル盤の編集でしょう。確認の為に、収録曲を以下に並べておきます(LP時代の編集です)。

【Side One】
 1.Statesboro Blues
 2.Done Somebody Wrong
 3.Stormy Monday
【Side Two】
 1.You Don't Love Me
【Side Three】
 1.Hot 'Lanta
 2.In Memory of Elizabeth Reed
【Side Four】
 1.Whipping Post

このライブ盤は、ロック史上、屈指の傑作である。これほど、内容に富み、テクニック抜群、演奏も完璧、音も良く、アルバムとしての編集も良し、と非の打ち所の無いライブ盤はなかなか無い。 

このバンドのリーダーであり、天才ギタリストであるデュアン・オールマンの無骨で迫力のある、野太いスライドギターが鳴り響く。ボトルネック奏法の好きな方は必聴です。スライドギターの迫力ある「くすんだ」音と、アメリカ南部のブルースに付き物のブルージーなハーモニカがユニゾンする。

全編、無骨に雄々しく、グイグイ押すかと思いきや、3曲目の「Stormy Monday」が渋い。ジャズ・ミュージシャンも取り上げるこの曲を、オールマンズは落ち着いたスローテンポのシブいブルース調で攻める。これが単純なロック野郎の演奏との違い。ワイルドな演奏から来る印象を覆す、なかなかにオールマンズはインテリジェンスがある。うう〜ん、渋い。

Allmans_fillmore_east

Side Threeの「Hot 'Lanta」からは、ジャムセッション調の迫力あるアドリブが売りの名曲が並ぶ。「Hot 'Lanta」はオルガンの出だしから、ギターのユニゾンへ、その展開がぞくぞくする。「In Memory of Elizabeth Reed」は、ディキー・ベッツとデュアンのツイン・リードギターのアドリブの応酬。ダブルドラムの躍動感溢れる、沸き立つようなリズム。ブルージーでゴスペルチックなグレッグ・オールマンのオルガン。サザンロックの真髄が目一杯詰まっている。

そして、心底感心するのは、ワイルドにグイグイ押せ押せの演奏、長いレンジのアドリブの応酬にも拘わらず、演奏の乱れがほとんど無いこと。凄い演奏テクニックだと思います。バンドとしてのライブ演奏の完成度が非常に高い。この初代オールマンズが「伝説のライブバンド」と呼ばれる所以です。

ちなみに、私が、オールマンズにのめり込むきっかけとなったのは、デレク・アンド・ドミノスの名盤『Layla and Other Assorted Love Songs』で、デュアン・オールマンのギターを体験したことです。初めて聴いた時はビックリした。聴き込むにつけ、クラプトンのギターがどんどん霞んでいたことを覚えている。これ誰だ・・・って思った。

そういう人って結構多いのではないでしょうか? あのタメのきいた、糸を引くような独特のスライド・プレイはやはり一度聴いたら耳から離れませんよね。

そして、当時、高校時代の先輩に教えを請うて、貸して貰った最初のオールマンズのアルバムが『The Allman Brothers at Fillmore East』。家に帰って、ターンテーブルに載せて、針を降ろして、出てきた音が、野太いスライドギターの迫力ある「くすんだ」音と、アメリカ南部のブルースに付き物のブルージーなハーモニカ。余りに凄い演奏と迫力に、ひっくり返りました(笑)。

しかし、このライブの後、このオールマンズに不幸が訪れる。デュアンのギターを全編堪能できるアルバムは、このアルバムが最後になるのだった。次作アルバム『Eat A Peach』の制作中に、デュアンはバイク事故で他界する。

このライブ盤が残っていて良かった。デュアンのギター・パフォーマンスが、ライブ盤という「記録」で残っていて良かった。僕たちは、このライブ盤がある限り、いつでもどこでも、デュアンのギター・パフォーマンスを堪能できる。初代オールマンズのライブ演奏を堪能できる。幸せなことである。

 

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2011年8月19日 (金曜日)

残暑を乗り切る必須アイテム

今日はやっと雨が降って、涼しい空気が流れ込んできた我が千葉県北西部地方。でも、暫くすると、また残暑がぶり返しそうな気配。まあ、今年は異常なまでの酷暑ですので、厳しい残暑がまだまだ残っているかも、というのも仕方の無いことかと。

そんな、残暑厳しい昼下がり。日陰に入って冷たいものでも飲みながら、外の強い日差しを眺めながら一服する時のお勧めジャズアルバムをご紹介します。聴いていて汗が飛んできそうな熱いジャズ演奏も魅力ですが、日本の夏には合いません。とにかく、日本の夏を乗り切ることに一役買うような、清涼感抜群のジャズのアルバムは無いのか、と思いを巡らせてみると・・・。

ちなみに、僕は夏の昼下がりに、結構、ギター・ソロのアルバムを良く聴きます。ギターの音色が風鈴の音色みたいに響いて、暑苦しいドラムの音もベースの音もなく、ひたすら爽やかに、ひたすら煌びやかに、日陰での一服のひとときを演出します。

そんな清涼感抜群なギター・ソロのアルバムのイチ押しの一枚。まずは、Pat Methenyの『New Chautauqua』(写真左)。「ニュー・シャトークア」と読みます。1978年にオスロで録音されたソロ・アルバム。彼の故郷であるミズーリへの想いをテーマに綴られた温かく牧歌的な雰囲気の作品。オーヴァー・ダビングも効いた美しいメロディ満載の1枚。パット・メセニーの初のソロ・ギターによるアルバム。

パットは、陽気なアメリカンを思わせる明るいあっけらかんとした音と、ヨーロッパの秋〜冬を思わせる、明るく、くすんだ音が織り交ぜる、独特の音が特徴。このアルバムでは、彼独特の音を支えるギター・シンセサイザー、アコースティック・ギター、12弦ギター、15弦のハープギター、電気ベースと、それぞれの音色の異なるギターを駆使し、パット独特の拡がりのある音世界を展開する。
 

New_chautauqua

 
とにかく、パットの音は「アメリカ」なのだ。出だしの1曲目「ニュー・シャトークア」を聴けばそれが判る。とにかく明るいギター・シンセサイザーの音色、弾むようなリズム感、風が吹き抜けていくような疾走感。彼の出身のミズーリの雄大の自然の中、広い草原の中を一陣の爽やかな風が吹き抜けていくような、そんな爽快感。まず、この出だしの1曲で、ほっとする。リラックスできる。

2曲目になると、ぐっと落ち着いた感じになって、またまたリラックス。アコースティック・ギターとスチールのユニゾンで、これはもうクラシック・ギターの世界を想起させる、静かで優しい演奏。夏の日陰での一服といった風情でたまりません。

そして、3曲目から4曲目は、もう「まどろみ」の世界。夏の昼下がり、涼しい風の吹き抜ける日陰で、日向に照りつける強い射るような日差しを眺めながら、ハンモックで昼寝をしているみたいな、ゆったりとした、まどろむような音世界が心地よい。

5曲目は、ギターの音も心地よい、日陰でゆったり昼寝をしているところに、一陣の涼風が吹き抜けていくような、そして、その風が、木々の木の葉を揺らし、囁きかけるような音が降り注ぐような、そんな情景が浮かぶ、そんな名演。
 
最後を飾る6曲目は、その名もズバリ「デイ・ブレイク」。もう、この世界は、アメリカの田園風景まっただ中。強い日差し、吹き抜ける風、風に揺れる木立、その木立の日陰でまどろむ人々。

このパットのソロアルバム、彼のあらゆるギターの技法を惜しみなく披露した、ソロへの積極的な挑戦は、内省的な不思議な浮遊感を持った味わいであり、その音風景は見事なものである。夏の昼下がりにベストなアルバムです。残暑を乗り切る必須アイテムの一枚でもあります。

 

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2011年8月18日 (木曜日)

夏はボサノバ・ジャズ・その3

ブラジルの血が流れる、美貌のピアニスト(最近はボーカリストとしての比重が高いけど・・・)であるイリアーヌ。僕にとって、意外とお気に入りの女性ピアニストで、彼女のリーダーアルバムは、今でも時々、我がバーチャル音楽喫茶『松和』で流れています。

改めて、イリアーヌとは、正式な名前は「イリアーヌ・イリアス(Eliane Elias)」。1960年3月生まれなので、今年で51歳。ブラジル出身の女性ジャズ・ピアニスト、ヴォーカリストである。純ジャズから正統なボサノバまで幅広いジャンルをカバーする、マルチ・タレントなミュージシャンである。

そのイリアーヌのピアノ・トリオ盤で、初のボサノバ盤。タイトルは『Eliane Elias Plays Jobim』(写真左)。1989年12月の録音。ちなみにパーソネルは、Eliane Elias (p)、Eddie Gomez (b)、Jack DeJohnette (ds)、Nana Vasconcelos (perc)。

邦題は『風はジョビンのように』。邦題を見ると「ああ、これは日本制作盤にありがちな企画盤やなあ」と思う。そう思いながら、全編ボサノバ一色な選曲を見ると、なんだか日本制作盤によくありがちな「企画臭さ」が鼻につく。が、肩の力を抜いた、リラックスしたイリアーヌの、エバンスライクなピアノと趣味の良いアレンジが「企画臭さ」をグッと薄めてくれる。

そして、バックでは、ベースのエディ・ゴメスが特徴のあるアコースティック・ベースでガッチリとサポートし、ドラムのジャック・デジョネットは硬軟自由自在にリズムをキープする。また、パット・メセニーのグループで有名になった、ナナ・バスコンセロスが表現豊かなパーカッションで、ボサノバ色を彩っていく。

Plays_jobim

こうやって改めて、バックのメンバーを眺めなおしてみると、凄いメンバーにサポートされて、イリアーヌはボサノバ・ジャズをやっているんだなあ、と、ちょっとビックリ。そして、このアルバムを通して聴くと、このボサノバ・アルバム、意外と実に硬派な内容なのだ。

本場のボサノバと言えば、ちょっとメロウで、ちょっと気怠く、ちょっと怪しい感じが良いんだが、このアルバムのボサノバ・ジャズは、そんなボサノバらしさが全く無い。「全編、ボサノバを題材にしているんですよ」と言われなければ気がつかないほど、硬派でストレート・アヘッドな内容なのだ。立派な純ジャズ系のピアノ・トリオの佳作といえる。

このアルバムを聴き通すと、メロウで、倦怠感溢れる、ちょっと怪しげなボサノバを、このように硬派にジャズするアルバムがあってもいいな、と思います。なにも、ちょっとメロウで、ポップで、聴き易いボサノバ・ジャズだけが全てでは無いでしょう。このアルバムを聴いて、ボサノバの名曲はどれもが美しい、ということを改めて再認識してしまいます。良いアルバムだと思います。

そうそう、最後に、このイリアーヌ、ブレッカー・ブラザースで名を馳せたトランペット奏者のランディ・ブレッカーの嫁はんでもありました(ちなみに、現在の夫であるベーシストのマーク・ジョンソン)。現在では、娘がジャズ・ボーカリストとしてデビューしています。

 

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2011年8月17日 (水曜日)

酷暑を忘れさせてくれる爽快感

このTorcuato Mariano(トルクアート・マリアーノと読むらしい)は、全く知らないギタリストだった。今から5年ほど前、iTMS(iTunes Music Store)をブラブラしていて見つけた。

当時、「Just for You」というコーナーがあって、ボタンを押すと、今までの購入したアルバムや試聴したアルバムの傾向を解析して、その解析した嗜好をもとに、iTMS内の未購入のアルバムをリコメンドするという優れもの。ある晩、そのボタンを押したら、このアルバムが出てきた。タイトルは『Diary』(写真左)。

いつも思うことだが、ジャズやフュージョンのアルバム・ジャケットって、優れたデザインのものが多いよね。このアルバムも何の変哲もない、どちらかと言えば、インパクトに欠けるジャケットかもしれない。

でも、このシンプルさが良いんだよな。ゴテゴテしていなくて良い。CDサイズはもとより、LPサイズでも、このアルバム・ジャケットのデザインは、シンプルで良い。ということで、ほとんどジャケ買い状態でダウンロード。

さて、このアルバムのリーダー、トルクアート・マリアーノは、アルゼンチン生まれのブラジル在住。ブラジルのトップ・ギタリストで、このアルバム『Diary』は、2006年当時、9年ぶりに発表したソロ・アルバムで、通算第3作目となったもの(今ではどうなんだろう)。ブラジルならではの、パーカッションにフュージョン系ギターを乗せた感じの、爽やかで美しい、爽快感溢れる1枚である。
 

Torcuato_mariano_diary

 
さて、CDトレイに載せて、スタート・スイッチを押して、スピーカーから出てくるマリアーノのギターの音とは・・・。あれ、これって、パット・メセニーのギターの音に似てないか。しかも、曲の途中に出てくるコーラスのワールド・ミュージック的な雰囲気も、パットに似てないか〜?。

う〜ん、盗作ではないにしても、雰囲気はパットに酷似している。とはいえ、聴き進めて行くにつれ、マリアーノの個性も十分に感じられ、単にパットの雰囲気をコピっている感じではない。
 
パットの音より、シンプルな作りになっており、シンプルな分、聴きやすく馴染みやすい、落ち着いた雰囲気のフュージョン・ミュージックである。

特に冒頭の「May」は秀逸。アレンジと言い、演奏全体の内容と言い、素晴らしい出来のフュージョン・ジャズである。リズム&ビートが打ち込みっぽいところが難点と言えば難点だが、アコギ中心の透明感、爽快感はなかなかのものがある。

どの曲も、落ち着いていて、爽快感が溢れていて、なんだか、ホッと一息つきたくなるような、実にリラックスできるフュージョン・アルバムです。どちらかといえば、夏の終わり、夕暮れ時から夜にピッタリなアルバムかなあ。とにかく、今年の酷暑を忘れさせてくれる爽快感です。

 

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2011年8月16日 (火曜日)

夏はボサノバ・ジャズ・その2

暑いなぁ。絵に描いた様な「酷暑」である。これだけ暑いと、完璧に、ボサノバ・ジャズに走る。アントニオ・カルロス・ジョビン(Antônio Carlos Jobim)の諸作に涼を求める。

アントニオ・カルロス・ジョビンと言えば『Wave』(写真左)なんか、良い感じだ。週末には、少し暑さが和らぐらしいので、それまで我慢我慢。

アントニオ・カルロス・ジョビンといえば、「ブラジルの演歌」的位置づけのボサノバを、世界に知らしめ、1つの音楽ジャンルまでに高めた大家で、1960年代には、テナーのスタン・ゲッツと組んで、ボサノバ・ジャズの名盤をいくつか世に出したり、とにかく、「ボサノバ」というジャンルを語る上で、必ず、出てくる名前だ。

そのアントニオ・カルロス・ジョビンが、フュージョンの流行の中で、フュージョン・ジャンルのプロデューサーの鬼才、クリード・テイラーのもとで思いのままに作った「フュージョン・ボサノバ」的な名盤が、この『Wave』。

CDプレーヤーのスタートスイッチを押したとたん、スピーカーから流れてくるのは、フュージョンのフォーマットにのった、それは素敵なライトジャズ。実に「ライトなジャズ」という表現が、まさに言い得て妙で、それでいて、ベースとドラムというリズムセクションが、実に重厚かつ確実なビートを刻んでいるので、あくまで、この雰囲気は「ジャズ」であって決して、安易な「イージーリスニング」ではない。

Wave

曲が進むと、今度は、ストリングスに乗った、ゴージャスなライトジャズに早変わり。しかしながら、ストリングスが決して前に出ることなく、あくまでジョビンを中心とした「ボサノバ・ジャズ」が主役。プロデューサーの鬼才クリード・テイラーの面目躍如。このアルバムは、クリード・テイラーの代表作としても評価されるべきもの。

まあ、小難しいことはともかくとして、暑い夏の、厳しい残暑のなか、シリアスで求道的なジャズから、ちょっと離れて、このアルバムのような「ライトでお洒落なジャズ」に涼を求めるのも一興じゃないでしょうか。

今から10年以上前。2000年の頃だったか、米国に出張した折、サンフランシスコのバージンレコードで、見つけた「ボサノバ・ジャズ」の名盤。
 
当時は、時折、日本で再発されても、常時、CDショップでストックされているアルバムでは無く、ちょっと油断している隙に、CDショップの店頭から姿を消してしまって、悔しい思いをしばしばした経験があっただけに、実に嬉しい「掘り出しもの」だった。

今では、流通在庫としてストックもあり、中古盤としてもストックがあり、ダウンロードサイトでもダウロード出来たりと、入手にことかかかない、とても良い環境になった。ジャズの佳作というものは、常時、思い立ったら入手出来る環境であるべき、と常々思っている。そういう意味では、ダウンロード・サイトの存在は心強い。良い時代になったものだ。

 

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2011年8月14日 (日曜日)

ジャズの中の「ハーモニカ」の存在

ハーモニカはジャズの世界では希少価値である。ハーモニカの演奏特性として「吹くだけでなく吸うことも同じようにしなければいけない」ということがなかなか難しい、とのこと。

逆に、有利なところはやっぱり「泣ける」音を出せるというところ。口に一番近いところで全てを演奏する楽器ですから、口で言いたいことが伝わりやすい。音に微妙な音程の変化をつけたり息モレをさせることですごくセクシーな響きを作ることが出来る。ふ〜ん。

ハーモニカについては、分類で分けるとクロマチックハーモニカと複音ハーモニカ、ブルースハープと三種類。いわゆる「普通のハーモニカ」と言われる、学校で使っているものは「教育用ハーモニカ」と呼ばれていて、これはまたこれら三種類とも微妙に違うものなんだそうです、へぇ〜。

そして、クロマチック・ハーモニカというのがジャズでは一番良く使われるものだそうです。これ一本でどんなキーでも演奏できる、半音階を自由に出せるものだそうで、人によっては、ジャズハープと呼ばれるとのこと。

ハーモニカ・ジャズというジャンルは、ジャズにおけるハーモニカという楽器の位置付けを考えると、希少価値というか、どちらかと言えば、異端な存在でしょう。そんなハーモニカ・ジャズの第一人者が、Jean "Toots" Thielemans(ジーン・トゥーツ・シールマンス)。ベルギー出身。1922年4月の生まれですから、今年で89歳になりますね。元気にしておられるのかなあ。

シールマンスは、当初はジャズ・ギターで活動を開始したのですが、ハーモニカの方が評判が良かったので、後に鞍替えしたそうです。確かに、シールスマンのリーダー作の中には、ギターとハーモニカの両方を演奏しているものが多々あります。なるほど、そういうことだったのか。

あの哀愁タップリの感情移入過多なハーモニカにまともなジャズは出来るのか、なんて思っているジャズ者の方々は沢山おられると思います。僕も最初はそうでした。しかし、どうしてもジャコの『ワード・オブ・マウス』でのシールスマンのハーモニカが忘れられ無くて、シールマンスといえば、まずこの一枚、と言われるリーダー作を手にしてみました。

そのリーダー作とは『Man Bites Harmonica』(写真左)。1957年12月の録音。ちなみにパーソネルは、Jean "Toots" Thielmans (harmonica, g); Pepper Adams (bs); Kenny Drew (p); Wilbur Ware (b); Art Taylor (ds)。パーソネルを見渡して、おっこれは、と期待してしまいますね。
 
 
Man_bites_harmonica
 
 
リズム・セクションに、黒いバップ・ピアニストのケニー・ドリュー、堅実ベースのウィルバー・ウエア、そして、ファースト・コール・ドラマーの一人、名手アート・テイラー。このリズム・セクションを従えてのジャズですから、これはもう「絵に描いた様なハードバップ」が期待できます。

そして、フロントに、リーダーのシールスマンのハーモニカ。そして、相棒に、これは誰が選らんだんでしょうか、バリトン・サックスのペッパー・アダムス。特に、このアダムスのバリトン・サックスのチョイスが素晴らしい。

ハーモニカのあの哀愁タップリの感情移入過多な音色に、豪放磊落でブリブリな低音の魅力炸裂の「バリサク」を合わせるとは。しかも「バリサク」は図体がでかいが故に、速いパッセージの取り回しが難しいので、ゆったりとした余裕のあるフレーズが中心になる。ハーモニカは、滑るような速いパッセージが得意なので、このバリサクとハーモニカの演奏特性の対比が実に効果的なのだ。

これだけの名手を揃え、その組合せの妙を発揮すれば、このアルバム、内容が悪いはずが無い。素晴らしい内容のハーモニカ・ジャズが満載です。しっかりとハードバップしていて聴いていて心地良い。

後で知ったんですが、このアルバムでは、ハーモニカがサックスやトランペットの様な、他のジャズ・フロントの花形楽器と比べて遜色の無い、十分に対抗できるフレーズを展開しているのですが、これはシールスマンならではの演奏技術だから出来る仕業だそうです。なるほど、だから、このハーモニカ・ジャズのジャンルで、シールスマンのフォロワー、後継者がなかなか出てこない訳ですね。

ハーモニカも活用のシーンを選べば十分ジャズでも通用する楽器だと言えるかと思います。逆に、その活用のシーンの選び方の選択肢の幅広さを可能にするのは、当然、そのテクニックなんですが、これがなかなか難しいらしい。シールスマンの正統な後継者というのは表れ出でないのでしょうか。それとも、僕が知らないだけで、もう存在しているのかな。

ハーモニカ・ジャズ。これは、もうちょっと堀下げてみなければ、なんとも言えないジャンルです。ジャズの新たな研究材料が出来ました。いや〜、ジャズは奥が深い。
 
 
 
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2011年8月12日 (金曜日)

ジャズ喫茶で流したい・28

約2ヶ月ぶりの「ジャズ喫茶で流したい」シリーズ。今日は28回目。無名ではあるが、落ち着いて小粋な、我がバーチャル音楽喫茶『松和』でロングランな「ギター+ピアノ・トリオ盤」をご紹介したい。

ジャズは様々なフォーマットのアルバムが沢山あって、特に、ハード・バップなんて、1950年代中頃から現在に至るまで、様々なバリエーションの演奏があって、そのアルバムの数は膨大な量になる。その膨大な数のアルバムを少しずつ聴き進め、「おお、これは」と喜びの声をあげるようなアルバムに出会った時、ジャズ者であったことに感謝し、ジャズ者としての醍醐味を感じることが出来るのだ。

我がバーチャル音楽喫茶「松和」で、ちょくちょくかかるハードバップなアルバムがある。Roni Ben Hur With Barry Harris Trioの『Backyard』(写真左)。ピアノ・トリオ+ギターのカルテット構成。ちなみにパーソネルは、Barry Harris(p), Leroy Williams(ds), Lisle Atkinson(b), Roni Ben-Hur(g), Amy London(vo)。1995年3月の録音になる。

リーダー格のRoni Ben-Hur(ロニー・ベンハー・写真右)は、1985年にイスラエルから移民してきたギタリスト。ビ・バップなスタイルのギタリストです。日本ではあまり知られていないと想います。僕もこのアルバムで彼の名前を知りました。

彼のギターは、超絶技巧なんていう「大向こうを張る」タイプのギタリストでは無く、ギターのナチュラルな響きをそのままに、間の取り方、フレーズの自然さを前面に押し出した「粋なフレーズとテクニックを前面に押し出した」ギタリストである。このアルバム全編に渡って、ナチュラルで基本に忠実な「バップ・ギター」を心地良く聴かせてくれている。誠実なギターフレーズとでも形容できる、判り易く気持ちの良い、ギターのインプロビゼーションを堪能することが出来ます。

バッキングの要は、バリー・ハリス。ハリスのピアノは、言葉で表現するのが実に難しいピアニストではある。しかし、このアルバムを聴いていて、ハリスのピアノは徹頭徹尾「ビ・バップ」なピアノであり、その「ビ・バップ」なピアノに緩急織り交ぜ、リズムのアクセントを変幻自在に取り回し、テクニックよりは雰囲気優先、しかも基本に忠実なテクニックと相まった、実にクールな「バップ・ピアノ」を聴かせてくれる。

バリー・ハリスのピアノの本質は「ビ・バップ」、そして、リーダー格のロニー・ベンハーは「ビ・バップ」な雰囲気が特徴のギタリスト。
 
Backyard
 
双方とって相性抜群。このアルバムでは、ビ・バップを基調とした演奏家達がそれぞれに、ハードバップへの今風の展開を仕掛けていて、ハードバップへの効果的な応用の成果を沢山みせてくれます。リズム&ビートもスローな曲からミッドテンポの小粋な演奏まで、それはそれは落ち着いた、大人のハードバップを聴かせてくれます。

速いテンポの曲もありますが、速いと言っても、超絶技巧な圧倒的な速さでは全くありません。老練かつ職人芸的な、聴くジャズ者の耳に優しい、はっきりとしたテクニックが活かされる「時速80キロ」的な、安全でかつ落ち着いた「速いテンポ」。これがこのアルバムの最大の特色だと想います。ジャズは超絶技巧だけが全てでは無い。テクニックをグッと押さえた、味のある雰囲気のあるジャズだって、立派なジャズ。

途中1曲だけ、唐突に女性ボーカル入りの楽曲が展開される。8曲目「Something To Live For」で、他のインストナンバーが充実しているだけに、この女性ボーカルの存在にかなりの違和感を感じる。この8曲目「Something To Live For」は完全な蛇足だろう。なぜこの曲だけが女性ボーカル入りなのか。完全なプロデュースのミスだろう。

女性ボーカル参加の「ズッコケ」を我慢しつつ、他の演奏は、ミッドテンポからスローテンポのテンポの、「テンポの偏り」がはっきりとしたハード・バップな演奏。この「テンポの偏り」がポイント。しっかりと落ち着いた雰囲気の中、ロニー・ベンハーの堅実なバップギターとバリー・ハリスのバップピアノとの相性が抜群。「小粋なハードバップ」がこのアルバムの中に満載である。

良いアルバムです。何回聴いても決して飽きることの無い優れものです。決してジャズ本、ジャズ入門本にも載っていない地味なアルバムですが、これがかなりポイントの高い「掘り出し物」なんですね。これだからジャズは面白い、ジャズは裾野が広い。ジャズの奥深さを改めて感じさせてくれるアルバムです。

 

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2011年8月11日 (木曜日)

フュージョンは進化している

Al Di Meolaの新作『Pursuit of Radical Rhapsody』(写真左)を聴いていると、まだまだ、フュージョン・ジャズは健在、フュージョン・ジャズは進化しているなぁと感じる。時代の徒花などと揶揄する向きもあるが、とんでもない。フュージョン・ジャズは不滅である。

『Pursuit of Radical Rhapsody』は、Al Di Meola(アル・ディ・メオラ)の現時点での最新作。正式なアルバムの名義は、Al DiMeola World Sinfona。Al DiMeola World Sinfonaのサウンドは、タンゴや民族音楽的な要素を散りばめた、ワールド・ミュージック的な雰囲気が特徴。しかし、この新作では、ワールド・ミュージック的要素は少し後退し、フュージョン的要素が強いエレクトリック主体の演奏が帰ってきた。

「帰ってきた」というのも、僕は、1970年代から1980年代初頭の、エレクトリック主体のフュージョン・ジャズどっぷりのディ・メオラが大のお気に入り。超絶技巧なエレクトリック・ギターが、それはそれは爽快で、それはそれは豪快で、それはそれは素晴らしい、完璧なまでのエレクトリック・フュージョン・ジャズ。ジャズ者初心者の時代、結構、良く聴いたなあ。

しかし、1980年代、デジタル録音の時代、リズム&ビートは打ち込みが流行った「軽薄短小の時代」。ディ・メオラのフュージョンは、かなり「デジタル臭く」なって、演奏全体が無機質な雰囲気になって、一気に僕はディ・メオラから遠のいた。
 
Pursuit_of_rr
 
しかし、21世紀に入ってから、徐々に、ディ・メオラはアナログチックでマイルドな音を取り戻しつつ、ワールド・ミュージック的要素を取り入れて、1970年代から1980年代初頭のエレクトリック主体のフュージョン・ジャズに回帰してきた。

そして、今回、この『Pursuit of Radical Rhapsody』である。アルバム全体に渡って、とても丁寧に音作りがなされていて、細部に渡るまで、しっかりケアが行き届いていて、聴き応え十分。聴き心地も良く、これが今のディ・メオラの狙いなのだろう。タンゴや民族音楽的な要素も効果的に配されており、クールで上質なエレクトリック・フュージョン・ジャズの佳作に仕上がっている。

雑誌のインタビューでは「チックとのReturn To Foreverは過去のもの」と言い切っているが、この新作でのアレンジ的なアプローチは、チックとの第2期Return To Foreverそのものなんだけどなあ。チックのキーボードをディ・メオラのエレギに置き換えて、大々的にディ・メオラのエレギをフューチャーすれば、そしてスパニッシュな要素を、タンゴや民族音楽的な要素に置き換えれば・・・ねっ。

良いアルバムだと思います。柔らかでメロディアスでありながら、そこはかとなく、しっかりとリズム&ビートを効かせたクールな演奏はなかなか雰囲気があって良いですね。ディ・メオラのギターも、円熟味が増し、超絶技巧なテクニックが全く耳につかなくなって、爽快感抜群、切れ味抜群、唯一無二なフュージョン・ギターの弾きまくり。近年のディ・メオラの傑作でしょう。 
 
 

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2011年8月10日 (水曜日)

デスモンドのアルトは夏にも合う

昨日、ポール・デスモンドのボサノバ盤を聴いて、ちょっくら、デスモンドを聴きたくなって、何枚か選んで、今日はちょっとした「ポール・デスモンドの日」。

1960年代のデスモンドは、デイブ・ブルーベックとのカルテットでの活動の傍ら、自身がリーダーでのアルバムも多くリリースしている。1960年代前半のジャズは、ハードバップが成熟期を迎え、ファンキー・ジャズやイージーリスニング・ジャズとして、米国ポップスの一端を担う様になっていた。

そんな中、デスモンドの優しく柔らかなアルトは、イージーリスニング・ジャズにぴったりと言った評価があったんだろう。RCAから、なかなかの内容のアルバムがリリースされている。その数は6枚にのぼり、どれもが、イージーリスニング・ジャズ路線ど真ん中の企画盤。

アルバムタイトルを挙げると、『Desmond Blue』『Late Lament』『Take Ten』『Easy Living』『Glad To Be Unhappy』、そして、昨日ご紹介した『Bossa Antigua』。どれもが、イージーリスニング・ジャズとして優れた内容で、デスモンドの優しく柔らかなアルトが実に効果的にフィーチャーされている。

加えて、ギターのジム・ホールとの相性が抜群で、ジム・ホールの、これまた優しく柔らかなギターの音が、デスモンドのアルトと相まって、実に良い雰囲気のイージーリスニング・ジャズに仕上がっている。どのアルバムも、その内容は水準以上で、極上のイージーリスニング・ジャズが体験出来る。

Easy_living

そんな中から、今日は『Easy Living』(写真左)を選択。1963年6月の録音。ちなみにパーソネルは、Paul Desmond (as) Jim Hall (g) Eugene Cherico (b) Connie Kay (ds)。ピアノレスのカルテット構成ですが、さすがに名うての名手揃い、演奏全体の音に厚みがあって、実に豊かな響きが素晴らしい。

マイルドで優しい、ドリーミーな演奏なんですが、演奏の底には、しっかりとジャジーなビートが息づいていて、一聴するだけでは、聴き易さ優先の単なる軽音楽か、なんて感じるんですが、聴き込むうちに、かなり上質なジャズだということが判ります。

今回、この『Easy Living』を聴いていて、もともと、このデスモンドのイージーリスニング・ジャズのシリーズは、冬の暖かな部屋で、ノンビリと寛ぎながら聴くのがピッタリだと思っていたのですが、夏にも合うんですね。夏のエアコンの効いた(今年は節電で高めの設定温度です)部屋で、ノンビリ寛ぎながら聴くのにもピッタリ。

デスモンドのアルトとホールのギターが、冬はウォームで優しい雰囲気を、夏はクールで爽快な雰囲気を感じさせてくれるからだと思います。うん、デスモンドのアルトは夏にも合うんだ。まあ、エアコンの効いた(今年は節電で高めの設定温度です)静かな部屋が前提ですけど・・・。

 

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2011年8月 9日 (火曜日)

夏はボサノバ・ジャズ・その1

昨日は立秋。立秋を過ぎたら、我がバーチャル音楽喫茶「松和」では、ボサノバ・ジャズを特集する。

残暑厳しき折、ボサノバ・ジャズでクールダウン。毎年恒例のボサノバ・ジャズ月間の始まりである。ボサノバとジャズの相性は良く、アルバムのネタには事欠かない。さあ、今年も「夏はボサノバ」。

最初のアルバムは、ポール・デスモンドの『Bossa Antigua』(写真左)。1964年7月の録音。ちなみにパーソネルは、Paul Desmond (as) Jim Hall (g) Gene Wright (b) Connie Kay (ds)。

ボサノバ・ジャズと言えば、大多数のジャズ・ファンの方々は、スタン・ゲッツのボサノバ・ジャズを挙げるだろうな。でも、僕は、コマーシャルなスタン・ゲッツのボサノバ・ジャズより、まずは、優しく爽やかなボサノバな雰囲気満載の、ポール・デスモンドのボサノバ・ジャズを選択する。

ポール・デスモンドのアルトは、とても柔らかい音色で、丸〜く、包むような、囁くような、とっても暖かい音色が特色。夜遅く、静かになった夜の静寂の中で、バーボン片手に、耳を傾けると、とっても「癒されます」。
 
Bossa_antigua
 
そんな「癒し」系の音色なんだけど、ところがどっこい、当時のジャズ・プレイヤーは筋金入りで、その優しい音色の中に、芯の強さと目眩くテクニックが見え隠れするところが、とっても職人っぽくて、格好良い。

そんなデスモンドが、ボサノバをやるもんだから、もう、はまりっぱなし。その囁くような優しい音色で、ボサノバを歌い上げていく。その音は、ボサノバで有名を馳せた、テナーのスタン・ゲッツも真っ青。

しかも、ギターのバーチュオーソ、ジム・ホールが全面的にフューチャーされており、また、このホールとの息と音色がぴったりマッチしているのだ。デスモンドのアルトにホールのギター。この二人の相性は抜群である。

どの曲、どの曲も、良質のボサノバ・ジャズ。これぞ、ボサノバ・ジャズだ、ってな演奏ばっかりで、僕は、ボサノバ・ジャズの隠れた大名盤だと思って、長きに渡って愛聴しています。

ポール・デスモンドの柔らかなアルトの音色は、ボサノバ・ジャズにピッタリ。優しい音色だが、しっかりと芯の通ったアルトの響きは、聴く耳に心地良い。
 
 

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2011年8月 8日 (月曜日)

良い音になって得した気分

暑さなどに惑わされず、さあ、めくるめく音楽の世界、ジャズの世界に再び足を踏み入れる。先週の金曜日から土曜日の2日間、久しぶりに音楽を聴かなかったからなあ。

さて、今日は「Return to Forever」の話題。今年の7月、いきなり、ボックス盤『Complete Columbia Albums Collection』(写真右)がリリースされた。Columbiaに残した全3作品「Romantic Warrior」「Musicmagic」「The Complete Concert」を紙ジャケ仕様にてBoxに封入。

まあ、米国Columbiaの仕業なので、紙ジャケ仕様とは言え、日本製の紙ジャケに比べれば、かなりチープなもの。まあこれはこれで諦めるとして、このボックスセット、僕にとって何が素晴らしいかと言えば、「The Complete Concert」が「LP仕様のほぼ再現」のCD3枚組仕様にて同梱されていること。これについては、また後日、このブログでレポートしたい。 

今日は『Musicmagic』(写真左)の話題。もともとは、1977年2月の録音。内容的には、レコード会社との契約のための作品とか言われているが、このアルバムはこのアルバムで、なかなか味のある仕上がりになっている。

全体の雰囲気は、チック仕様のAORフュージョンと、チック仕様のビッグバンド・フュージョンの「まぜこぜ」。男性・女性ボーカルをあしらって、なかなかにソフト&メロウなAORフュージョンは、なかなかの雰囲気。
 

Musicmagic

 
でも、面白いのは、徹底的にソフト&メロウなAORフュージョンにはなっていないところ。しっかりとジャズのテイストが底に漂っているところが、さすが、チックらしいところ。

逆に、チック仕様のビッグバンド・フュージョンの楽曲は、それはもうチックの独壇場。チックのアレンジャー&コンポーザーの才能全開である。もう完全にチックの十八番の世界。特に「So Long Mickey Mouse」などは素晴らしいの一言。しかし、これって、Return to Foreverとしてやらなくても良い位、チックの個性バリバリの演奏である。

Return to Foreverとしてのスタジオ録音はこれが最後。確かに、Return to Foreverとしてやりたいことは前作の『Romantic Warrior』でやり尽くしている。しかし、この『Musicmagic』では、Return to Foreverとしての「伸びしろ」を提示してくれている。Return to Foreverはこれで終わりでは無い。まだまだ先がある。この『Musicmagic』はそれを証明している。

最後に、思わぬサプライズ。この『Complete Columbia Albums Collection』の『Musicmagic』は、リマスターから取り残された当アルバムの音質を飛躍的に向上させている。クレジットが見当たらないが、恐らく、リマスターした結果かと思う。本当のところは判らないが、明らかに、きめ細かさ・見通し・抜けが格段に改善されている。

良い音の『Musicmagic』。これが実に良い。聴き応え十分。フフフッ。得した気分である。 

 

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2011年8月 4日 (木曜日)

フロント楽器への大慰労大会

チック・コリアは、様々な「音の引き出し」を持っている。カメレオンとか節操が無いとか揶揄されるが、それぞれの「音の引き出し」で、水準以上の内容を必ず出し、必ず期待以上の成果を上げる。これはチックの才能に成せる技であり、それがチックのファンにとっては堪えられない訳だから仕方ない(笑)。

Chick Corea Elektric Band(CCEB)の4作目『Inside Out』(写真左)。チック・コリアは、エレクトリック・バンドでも、様々な「音の引き出し」を披露してきた。第1作目は「完全なエレクトリック・バンド」、第2作目は「ちょっと無理しているエレ・ファンク・バンド」、3作目は「純ジャズ・テイストなコンテンポラリー・ジャズ」。

そして、この第4作目は「時代の先端を行くコンテンポラリー・ジャズ」。1990年の録音。ちなみにパーソネルは、Eric Marienthal (sax) Chick Corea (p, syn) Frank Gambale (g) John Patitucci (el-b) Dave Weckl (ds)。

時代の先端を行くコンテンポラリー・ジャズは、パティトゥッチのベースとウェックルのドラムで供給されるリズム&ビートが基本。バッシバシと切れ味鋭い、デジタルチックな縦ノリのビートを供給する、このリズム・セクションは強烈。痛快極まりない。

その強烈なリズム&ビートに乗って、フロント楽器を司るマリエンサルのサックスとギャンバレのギターが疾走する。そう、このCCEBの第4作目『Inside Out』は、このマリエンサルのサックスとギャンバレのギターを大々的にフィーチャーしている。
 
Inside_out
 
いやいや、マリエンサルはブワーッと吹き上げるわ、ギャンバレはギャンギャン弾きまくるわ、CCEBのフロント楽器への大慰労大会である。

チック御大は、パティトゥッチのベースとウェックルのドラムで供給されるリズム&ビートに混じって、ニコニコしながら、フロントの活躍を見守っているが、要所要所で、さりげなく生ピアノを弾きまくっています。
 
結構な高速弾き回しで、ちょっとアブストラクトな響きもあって、なかなか凄いです。通常は一歩引いて演奏を見守っているが、時々、思いついたように要所要所でさり気なく弾きまくるって、なんだかマイルスみたい。

かなりの水準を行く「時代の先端を行くコンテンポラリー・ジャズ」で、さすがはチックというところでしょう。
 
でも、このアルバムでは、チックは裏方に徹していて(フロント楽器への大慰労大会だからね)、チックの個性というのは、あまり露わになってはいません。アルバム全体のコンセプトに則って、しっかりと裏方に回って、バックを支えるチック。なかなか出来ることではありません。懐が深いなあ。

ということで、このアルバムは、チック者(チックのファン)の方々には一度は聴いて欲しいアルバムですが、一般のジャズ者の方々には「是非とも」という類のアルバムではありません。あしからず(笑)。
 
 

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2011年8月 3日 (水曜日)

70年代のロンは評価が難しい

ジャズ・ベースと言えば、ジャズ入門本、ジャズアルバム紹介本からすると、まずは「ロン・カーター」と言う名前が返ってくる。ジャズ・ベースを聴くなら、まずは「ロン・カーター」を聴け、と。しかし、ロン・カーターは、生涯を通じて、水準以上の演奏は保っているものの、当たり外れが激しい。

特に、70年代のロン・カーターは評価が難しい。ほぼ、CTIのお抱えベーシストとして、ファースト・コールの地位を確立していた。が、電気的増幅した、締まりの無い「ドローン」とした音、しかも、度々、ピッチが合っていない。これには閉口する。70年代のロン・カーターは名前だけでは評価出来ない。

ここに『Piccolo』(写真左)というアルバムがある。ロン・カーターのピッコロ・ベースをフィーチャーした、LP時代は2枚組のライブ盤です。1977年3月の録音。ちなみにパーソネルは、Ron Carter (b), Kenny Barron (p), Buster Williams (b), Ben Riley (ds) 。

ロンのピッコロ・ベースは、リード楽器として前面に出て、旋律を奏で、そしてインプロビゼーションを展開する。バッキングに回っても、マイクで増幅されたベースラインは、演奏全体の前面に出張ったまま。

ロンのテクニックは凄い。超絶技巧、他になかなか追従を許さない、素晴らしいテクニックであることは判ります。でも、ちょっとピッチが合っていない状況も露わになって、テクニックが映える分、ちょっと安っぽいというか軽い感じが漂うことところがこのライブ盤の弱点。

ベースはジャズにとって非常に重要な楽器だと思っている。ジャズの命は「リズム&ビート」だと思っているが、リズムは、ドラムがしっかりとキープしリードする。そのリズムに「ビート」という彩り、例えば、ビートの長さ、ビートの間、ビートの粘り、ビートの明暗をコントロールする非常に重要な任を担うリズム・セクションの要である。

Piccolo

そのベースが、サックスやトランペットの様なフロント楽器として、演奏の前面に出て、旋律を奏で、そしてインプロビゼーションを展開するのだ。逆に、ロンのベースは本来の任を果たせないので、ロンはリードに徹するために、というわけでしょうか、ベースをバスター・ウィリアムスと2本立てにして、本来の任はウィリアムスに任せています。

が、やはり、ベースという弦楽器がフロントを張るのは、ベースの音色と音の表現と奏法を鑑みて、やはり無理があります。本来の任、リズムに「ビート」という彩り、例えば、ビートの長さ、ビートの間、ビートの粘り、ビートの明暗をコントロールする役割を担いながら、要所要所でキメのソロを展開する、という従来からのお決まりのルーチンが一番相応しいと思います。

ロンがあまりにも前へ出過ぎている。バッキングに徹するバスター・ウィリアムスのベースを打ち消す位の、前面に押し出たイケイケのパフォーマンス。ジャズの命である「リズム&ビート」が停滞してしまっていて、演奏のボトムが抜けたような、ボトムが存在しない様な、なんだか座りの悪い、ちょっとスカスカの演奏になっているところが残念です。

ベースは基本的にフロント楽器に向かない。サックスやトランペットの様にフロントを張ると、かなり無理があることがこのライブ盤を聴いていて判ります。ベース本来の任をもう一人のベーシストに担わせる、という発想は正解だと思いますが、フロントの張り方が課題だと思います。

どうも、ロンが前へ出ようとすればするほど、そのセッションではロンの問題点が露わになるみたいで、特に、70年代のロン・カーターは評価が難しいです。

とにかく、70年代のロン・カーターのリーダー作は、実際に一枚一枚聴いてみて、その内容を判断することが必要です。70年代のロン・カーターは、その「有名な名前」だけでは評価出来ません。有り体に言うと「当たりもあれば外れもある」ということ。

 

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2011年8月 2日 (火曜日)

ディスコの「エレ・ハービー」

ハービー・ハンコックは、意外と多種多様な音楽ジャンルに手を出すタイプ。風貌からか、純ジャズ一本って感じがするが、1970年代はカメレオンの様に、あれこれと様々なジャンルに手を出しては物議を醸し出していた。

ここに『Feets Don't Fail Me Now』(写真左)というアルバムがある。1979年の作品。世はディスコ・ブーム。ディスコ・ブームに乗っかった、売れ線を狙ったハンコックのディスコアルバムと言う評価がありますが、そうではないでしょう。ハービー・ハンコックが売れ線を狙うなどという、商魂逞しい発想はしないだろう。

でも、確かにこのアルバムは、ディスコのリズム&ビートを大々的にフューチャーしている。しかも、前作『Sunlight』で採用したボコーダーも大々的にフューチャーしている。それだけ見れば、このアルバム、ハービーのディスコ・アルバムという感じがするんだが、それがちょっと違うんですよね。僕からすれば・・・。

まず1曲目の「Knee Deep」の存在が良くない。完全にディスコ・ミュージックを狙っている。シングルカットしてヒット狙いって感じがバンバンにする楽曲で、これは完全に「ハービーらしくない」。しかも、ボコーダーをメイン・ボーカル代わりに活用しているので、中途半端なこと、この上ない。
 
 
Feets
 
 
しかし、2曲目からがハービーの本領発揮。2曲目の「Honey from the Jar」は、極上のスローバラード。雰囲気的にはディスコというよりは、極上のフュージョン・ジャズ。ボコーダーの使い方も趣味が良く、シンセの使い方もセンスが良い。さすがハービーと思わせる魅力的な楽曲である。

以降、ディスコ・ミュージックと解釈すると「中途半端で踊れない」、フュージョン・ジャズと解釈すると「センスの良い楽曲」がズラリと並ぶ。そう、このアルバムは、ディスコのリズム&ビートを拝借したフュージョン・ジャズと解釈すると合点がいく。恐らく、デューク・ジョーダンらのディスコ・フュージョンが「プロトタイプのイメージ」にあったんだろうが、ハービーの手になると、ディスコ・フュージョンでは無く、ディスコのリズム&ビートを拝借したフュージョン・ジャズとなるのがご愛嬌。

確かに、このアルバムをディスコ・ミュージックとしては、心ゆくまでは踊れないよな。ディスコのリズム&ビートが主役ではないからね。ディスコのリズム&ビートが楽曲演奏のベースになっているが、それに乗る旋律はフュージョン・ジャズ。演奏の底にジャズのテイストが息づいていて、やっぱりこのアルバムは、ディスコのリズム&ビートを拝借したフュージョン・ジャズ。

次作『Monster』と合わせて、ディスコのリズム&ビートを拝借したフュージョン・ジャズとして、気楽に楽しめる「エレクトリック・ハービー」と言えます。決して、「ハービーが奏でるディスコ・ミュージック」と解釈してはいけません。
 
 
 
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2011年8月 1日 (月曜日)

ケニー・ドーハムの好演盤です

絵に書いたようなハードバップを聴くと、やっぱりジャズの基本はハードバップだなあ、と感じる。このハードバップを起点に、様々なバリエーションのスタイルや奏法が考え出されて、今に至っている。ハードバップはジャズの王道。裾野も広く、アルバムも沢山あって、全く飽きることが無い。

Kenny Dorham『Jazz Contrasts』(写真左)。何気ないハードバップ盤なんだが、これが良い。ちなみにパーソネルは、Kenny Dorham (tp) Sonny Rollins (ts) Hank Jones (p) Oscar Pettiford (b) Max Roach (ds) Betty Glamann (harp) 。1957年5月の録音になる。

ケニーは損をしている。ジャズの入門本やジャズ盤の紹介本で、『静かなるケニー』ばかりが紹介されるので、中音域中心の、ちょっと緩やかで叙情的な、ミッドテンポなトランペットばかりがクローズアップされている。もともとハードバッパーなケニーなのに、なんだかムードミュージックを奏でるトランペッターみたいな扱いをされて、それはそれは気の毒である。

しかし、この『Jazz Contrasts』のケニーは素晴らしい。ハードバッパーの面目躍如である。このアルバムのケニーこそが本当のケニーだと僕は思う。

ケニーのトランペットは角が丸い。よって、確かに中音域中心のソロにその真価を発揮する。しかし、ロングトーンがちょっと苦手。音がスーッと伸びずに「ふらつく」ことしばしば(笑)。これがケニーにとって損なところ。速いパッセージはかなりのテクニックを見せる。でも、同じ世代に活躍していた、クリフォード・ブラウンやマイルス・デイヴィス、リー・モーガンなどに比べると、確かにテクニックは劣る。それでも、中音域中心のちょっと危なっかしいソロは、ジャズの世界においては「アリ」で、なかなかに魅力的だ。
 
Jazz_contrast
 
この『Jazz Contrasts』では、そのケニーのトランペットが堪能出来る。このアルバムでは、ケニーはバリバリに吹きまくっている。冒頭の「Falling In Love With Love」では、ケニー独特の「中音域中心のちょっと危なっかしいソロ」が堪能できる。これが「ヘタウマ」でなかなか味のある展開になっている。

2曲目の「I'll Remember April」では、速いパッセージでの、なかなかのテクニックが聴ける。いや〜、上手い上手い。丸い音で速いパッセージを吹ききる。速いパッセージでは揺らぎが無い。スパッと吹ききる潔さ。ハードバッパーの証である。

サイドメンも好演。テナー・サックスにはソニー・ロリンズ。ベースにはオスカー・ペティフォード。ドラムにはマックス・ローチ。そして、ピアノにはいぶし銀ピアノ、ハンク・ジョーンズ。

この頃のロリンズは、サイドメンに回ったほうが伸び伸び吹いている。良い感じのロリンズ。さすが天才サックス奏者である。そして、ハンク・ジョーンズのピアノが優雅で渋くて、とても良い。このアルバムでのハンクのピアノは聴きものだ。そして、ドラムのマックス・ローチは相変わらずの優れたテクニックで叩きまくる。必ず、ロング・ソロがあるのが「ご愛嬌」。

3曲目「Larue」、4曲目「My Old Flame」、5曲目「But Beautiful」には、ベティ・グラマンのハープが加わる。なぜ、この完璧なまでのハードバップ・セッションにハープが加わるのか。記録によると、リーダーのケニー・ドーハムの発案らしいので、これはこれで「ご愛嬌」。

良いアルバムです。ケニー・ドーハムの入門盤としても最適です。絵に書いたようなハードバップを聴くと、やっぱりジャズの基本はハードバップだなあ、と感じる。ハードバップは奥が深い。そして、水準以上のアルバムは、どのアルバムを聴いても楽しい。
 
 

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