« 2011年5月 | トップページ | 2011年7月 »

2011年6月の記事

2011年6月30日 (木曜日)

蒸し暑くなると「MJQ」の季節

一昨日の夕方から、急に暑くなった我が千葉県北西部地方。とにかく蒸し暑い。これだけ暑くなると熱気溢れる、激しいジャズは辛くなる。蒸し暑くなると、ヘビー・ローテーションになるのが、The Modern Jazz Quartet(以下、MJQと略す)。

MJQとは、Milt Jackson (vib), John Lewis (p), Percy Heath (b), Connie Kay (ds)の4人構成。管楽器は使わず、ミルト・ジャクソンのビブラフォンを中心にした一貫してクールで室内楽的なジャズが、実にクールな四重奏団だった。僕は、このMJQが大好き。ジャズを聴き初めて、最初にお気に入りになったグループのひとつがこのMJQ。

ジョン・ルイスの「静」とミルト・ジャクソンの「動」の対比が美しく、ミルトのヴァイブとルイスのピアノが清涼感を感じさせてくれる。パーシー・ヒースのベースとコニー・ケイのドラムは、ミルトのヴァイブとルイスのピアノをガッチリとフォローする。洒脱で力強く、ハイテクニックなリズム・セクション。とにかく、MJQの演奏は全て「完璧・流麗・小粋」。

室内楽的なジャズだからといって、侮ってはいけない。MJQのバンド全体が醸し出すスイング感は抜群。ミルトを中心として供給される、滲み出るようなファンクネスはMJQ独特のものだし、ルイスのピアノは、現代音楽風な響きも相まって、実にアカデミック。ヒースのベースは端正で堅実。ピッチもしっかりあっていて健康的。ケイのドラミングは多彩なテクニックに多彩な音。その響きはクラシックの様な優雅で端正な響き。

No_sun_in_venice

今日は久々に『No Sun in Venice(たそがれのヴェニス)』(写真左)を聴く。まず、ジャケット・デザインを見て欲しい。印象派の絵があしらわれており、おおよそ、このアルバムがジャズのアルバムとは思えない。しかし、このジャケット・デザインのイメージ通りの演奏が、このアルバムにぎっしりと詰まっている。

このアルバムは、映画『大運河』のサントラとして作られたこのアルバム。LP当時の触れ込みは「映画音楽とジャズを見事に融合させた記念作」(う〜ん懐かしいフレーズ・笑)。ジャズの既成概念を超えた、溢れんばかりの抒情性と音の拡がりを湛えた作品です。実に瑞々しく、清涼感のある音が、実に「夏向き」です。

冒頭の「The Golden Striker」が素晴らしい。MJQの演奏を代表する音。この1曲だけで、MJQの音の特性が理解出来ます。判り易いMJQ。曲良し、演奏良し。文句のつけようのない「The Golden Striker」。ほど良く抑制されたスイング感、優雅なヴァイブの響き。端正でシンプルな響きが美しいピアノ。演奏のボトムをしっかりと締めるベース。実に完成度の高い演奏。

ジャズは即興が全て、アレンジされたジャズはジャズじゃ無い、アンサンブルなんて必要無い、という考え方もありますが、MJQの様な、洗練されたアンサンブル、演奏のバランスの良さ、心地良い清涼感、美しく透き通ったユニゾン&ハーモニーも、ジャズの大事な要素です。それだけ、ジャズは懐の深い音楽ジャンルだと言えるでしょう。このMJQを聴いていて思います。

2曲目の「One Never Knows」以降も、なかなか難しいことをやっています。いとも簡単に演奏しているように聴こえるのは、MJQのそれぞれのメンバーの卓越した演奏テクニックと充実したギグの賜。圧倒的な練習量無くして、これだけのハイテクニックな演奏は不可能でしょう。とにかく上手い。しかも歌心満点。聴いていて実に心地良し。

良いアルバムです。清涼感抜群。爽快感抜群。今年の夏の暑さ結構厳しそうなので、MJQのアルバムは、ヘビーローテーションになりそうな気配。暑くなると熱気溢れる、激しいジャズは辛くなる。暑くなると、ヘビー・ローテーションになるのが「MJQ」。

 

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」、「v_matsuwa」で検索して下さい。

Fight_3
 
がんばろう日本、がんばろう東北。自分の出来ることから復興に協力しよう。

2011年6月28日 (火曜日)

疾走感溢れるボーカル・グループ

ジャズを聴き始めた頃のことである。とにかく、ジャズを聴かなければならぬ、数をこなさなければならぬ。沢山ジャズを聴いて、ジャズの経験を深めなければならぬ。

しかし、その当時は大学生。バイトはしていても財力に限りがある。数をこなすにはFM。FMのエアチェックで片っ端から、ジャズ、フュージョンの演奏をどんどんエアチェックし、ガンガンに聴いていた。

そんなFMのエアチェックで引っ掛かってきたボーカル・グループがあった。抜群のテクニック、抜群の歌唱力、抜群のユニゾン&ハーモニー。それはそれは、素人でも「これは凄い」と思わせるボーカル・グループに出会った。そのボーカル・グループの名は「The Manhattan Transfer」。

The Manhattan Transferは、男女各2人による4人編成。1978年マッセーに代わりシェリル・ベンティーンが正式加入して現在のメンバー構成となる。ちなみにメンバー構成は、ティム・ハウザー(グループの創設者でありリーダー)、アラン・ポール、ジャニス・シーゲル、シェリル・ベンティーン。グループ名は、ジョン・ドス・パソスの小説「マンハッタン乗換駅(Manhattan Transfer)」から取ったとのこと。

初めて聴いたアルバムはデビュー・アルバム。抜群のテクニック、抜群の歌唱力、抜群のユニゾン&ハーモニー。そして、最新のジャズ・フォーマットを採用しつつ、エレクトリック・ジャズのトラディショナルな伴奏をバックに歌いまくるボーカル・グループに、ぞっこん惚れ込んだ。
 

Extentions

 
そして、時は1979年。あの「秘密の喫茶店」で流れていたボーカル・グループのアルバム。聴き覚えのあるユニゾン&ハーモニー。そう、The Manhattan Transfer(以降、略して「マントラ」) である。しかし、今までに聴いたことのない展開、というか、これって、ウェザー・リポートの「バードランド」ではないのか。というか「バードランド」である。歌詞付きの「バードランド」。

その「バードランド」が収録されたアルバムが『Extensions』(写真左)。エアプレイで有名なジェイ・グレイドンによるプロデュースで文句無く楽しい作品。というか、正統派ジャズ・ボーカル・グループのマントラとしては異質と言えば異質。コンテンポラリーなジャズをバックに、というよりは、完璧な「フュージョン・ジャズ」をバックにした、エレクトリックなジャズ・コーラス。

冒頭のウェザー・リポートの名曲「バードランド」を始めとして、収録されている楽曲は全て、電気楽器をベースとした、完璧な「フュージョン・ジャズ」である。そして、その完璧な「フュージョン・ジャズ」をバックにマントラは歌いまくる。そう「歌いまくる」のだ。切れ味鋭く、抜群の歌唱力を武器に歌いまくる。

そして、このマントラの最大の特色は「疾走感」。抜群の歌唱力、抜群のユニゾン&ハーモニーとバックの完璧なまでの「フュージョン・ジャズ」が相まって、その「疾走感」が増幅される。『Extensions』では、その「疾走感」が溢れていて、それはもう限りなく爽快ですらある。全編約37分のアルバムではあるが、聴き終えた後、心地良い疲労感が残る位だ。

傑作「バードランド」を始めとして、1979年テレビ番組「トワイライト・ゾーン」の同名テーマ曲「Twilight Zone/Twilight Tone」、そして、完璧にフュージョン・ジャズ化された「Body And Soul」。その他、収録された曲が全て、硬派な疾走感溢れるAOR的なジャズ・コーラスに仕立て上げられている。一度は聴いて欲しい、ジャズ・ボーカル・グループの名盤です。 

 

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」、「v_matsuwa」で検索して下さい。

Fight_3
 
がんばろう日本、がんばろう東北。自分の出来ることから復興に協力しよう。
 

2011年6月27日 (月曜日)

ベーシストのリーダー作は難しい

ベーシストのリーダー作は難しい。もともとベースは「縁の下の力持ち」的存在。リーダーである当の本人が何をやりたいかが明確になっているか、若しくは、担当のプロデューサーが、リーダーのベーシストの何を表現したいかが明確になっていないと、良いセッション・アルバムにはなかなかならない。
  
スタンリー・クラーク(Stanley Clarke)の最新作『Stanley Clarke Band』(写真左)を聴いた。53th グラミー賞でBest Contemporary Jazz Albumを受賞したアルバム。一部、上原ひろみも参加したフュージョン・アルバムである。
 
昔から、僕は、グラミー賞の基準が良く判らないでいる。特に、ジャズのジャンルでの選定基準は良く判らない。年間で一番優れた内容でもなさそうだし、一番売れたのでもなさそうだし、その基準が良く判らないでいる。よって、今回のスタンリー・クラークの受賞も正直言うとその理由が良く判らない。
 
スタンリー・クラークの最新作『Stanley Clarke Band』であるが、その内容については、やはり「う〜ん」という感じかなあ。基本的には、ファースト・ソロ・アルバム『Children of Forever』から『School Days』までのアルバムの雰囲気をそのまま踏襲している。
 
『Stanley Clarke Band』全体の雰囲気は、第2期リターン・トゥ・フォーエバーそのもの。やはり、スタンリー・クラークの基本はそこにあるんやなあ。というか、スタンリー・クラーク単独では、どうしても、第2期リターン・トゥ・フォーエバーから出ないというか、第2期リターン・トゥ・フォーエバーが全てになってしまうなあ。
 
さすがに、この時期に及んで、チック・コリアの参戦を促すと、これまた『Children of Forever』と同様、チックの色に染め上げられてしまうというか、全く、2期リターン・トゥ・フォーエバーそのものになってしまうので、クラークとし ても避けたいところ。そこで、上原ひろみの参戦である。
 
 
Stanley_clarke_band
 
 
この『Stanley Clarke Band』では、上原ひろみは「ミニ・チック」というか、 チックの影武者の様な存在になっている。上原ひろみの参加したトラックは、第2期リターン・トゥ・フォーエバーの雰囲気そのもの。クラークのファースト・ソロ・アルバム『Children of Forever』の雰囲気をしっかりと踏襲している。
 
アルバムの内容としては、バラエティに富んでいると言えば聞こえは良いが、クラークのやりたいことを、いつもの様に「ごった煮」に突っ込んだアルバムとも言えるし、このアルバムを覆う統一感は「第2期リターン・トゥ・フォーエバー」をしっかりと踏襲していて、直近のクラークのオリジナリティは特に感じるところは無いとも言える。
 
スタンリー・クラークのソロ・アルバムについては、クラークが一歩引いて、優れたプロデューサーを採用しないことを遺憾に思う。
 
一度、クラークのベースと音楽性を熟知する優れたプロデューサーを採用して、ソロ・アルバムを制作して欲しい。きっと今までとは違ったクラークの魅力が満載のソロ・アルバムが出来ると思うんだが・・・。
 
サイドマンとしては優れたベースを聴かせてくれるだけに惜しいなあと思っています。なんとか、クラークにどこから聴いても「代表作」と呼ばれるようなソロ・アルバムを残して欲しいんですが・・・。
 
ベーシストのリーダー作は難しい。特に「セルフ・プロデュース」は難しい。リーダーである当の本人が何をやりたいのか、そして、それが明確になっているか、が大切なんだが、特にベーシストは「縁の下の力持ち」的存在。フロントをサポートすることは大の得意だが、冷静に見極めて自分自身をサポートすることは、おしなべて苦手のようだ。
 
 

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」、「v_matsuwa」で検索して下さい。

Fight_3
 
がんばろう日本、がんばろう東北。自分の出来ることから復興に協力しよう。
 

保存

2011年6月26日 (日曜日)

ザ・バンドの「1st.アルバム」

ザ・バンド(The Band)。1970年代ロックのグループを見渡してみて、あまり、メジャーなバンドではない。特に、日本では知る人ぞ知る、玄人好みのロック・バンドである。しかし、その音楽性ゆえ、1970年代以降のロック・ミュージシャンからは一目置かれ、リスペクトの対象となっているバンドで、いわゆる「ミュージシャンズ・ミュージシャン」である。

そんなザ・バンドのファースト・アルバム『Music From Big Pink』(写真左)は、サイケデリック真っ盛りの1968年リリースの、ロックの歴史にその名を残す「伝説の大名盤」である。

冒頭の「Tears Of Rage」の前奏を聴いて、これは今までのロック・アルバムとは違うという、とんでもない「違和感」を感じる。この「違和感」を喜びと感じるか、感じないかで、ザ・バンドに対する評価が決まるような気がする。

ワウ・ワウ・ペダルやテープ・ループを全く用いず、オルガンやフィドル、マンドリンが前面に出てくる、「アメリカン・ルーツ・ミュージック」の融合の様な、伝統的な音の作り。シンプルで、無骨なようで繊細、緻密なようで良い意味で「スカスカ」、ドスンと腹に染み入るような重心の低いリズム。どれもが素晴らしい、奇跡的な内容のアルバムです。

ロビー・ロバートソン、ベーシストのリック・ダンコ、ピアニストのリチャード・マニュエルが全11曲を提供していて、どの曲も素晴らしい出来だ。ホントに、どれも甲乙付けがたい素晴らしい曲、素晴らしい演奏内容である。これって、ロック界ではこれって結構、奇跡的な事ではないか。

どこから見ても、偏りの無い、バランスの取れたアルバムとなっている。中でも、マニュエルは2曲でヴォーカルを担当する他、もの悲しいオープニング「Tears of Rage」をボブ・ディランと共作している。このバランスの良さが、このアルバムを「完全無欠」で「類い希な」伝説的アルバムにしている。

シンプルで、渋くて、落ち着いていて、トラディショナルで、それでいて古くなく、演奏テクニックは抜群で、歌心があって、スピード感もあり、バラードは情感タップリ。当時「これがロックなのか」と唸りに唸ったのを覚えている。
 

Music_from_big_pink

 
そりゃあそうで、後で知ったことなんだが、このザ・バンドって、当時から、ミュージシャンズ・ミュージシャンだったそうで、今でも若手ロック・バンドの連中からも「リスペクトの対象」であり続けているいる、凄いバンドなのだ。

米国人1人+カナダ人4人という構成ながら、彼らは米国人以上に「古き良き米国」を理解していた。その楽曲とサウンドはアメリカのルーツを掘り下げたものであった。彼らの唄い上げる世界は実に落ち着いていて優しい、今や失われてしまった「古き良き米国」の姿そのもの。

彼らの音は「アメリカン・ルーツ・ミュージック」の数々の要素を演奏のベースとしているが、1970年代において、完全な「アメリカン・ルーツ・ロック」を表現していたバンドは、この「ザ・バンド」だけである。そういう意味では、最近トレンドとなって来た「アメリカン・ルーツ・ロック」の源と言えるだろう。

ザ・バンドの音楽は「アメリカン・ルーツ・ミュージック」を融合させた「アメリカン・ルーツ・ロック」と言えるものであり、当時スワンプと呼ばれた米国南部指向のロックとは明らかに一線を画した、唯一無二のオリジナリティー溢れるサウンドは、ザ・バンドだけのものであり、だからこそ、今でも、若手ロック・ミュージシャンから目標とされる「伝説のロック・バンド」であり「アメリカン・ロックの最高峰」であり続けている。

ミュージシャンズ・ミュージシャンとして、今なお、多くのロック・アーティストからリスペクトの念を持って扱われている「ザ・バンド」。カナダ人4人とアメリカ人1人が見た、感じた「米国の原風景」がアルバムの中に散りばめられています。

このファースト・アルバムを体験して、それまでの音楽的な価値観が変わっちゃった人、結構、いるんじゃないかと思います(僕もそうです)。嗜好が合えば「とことん聴き込んでしまう」そんなアルバムですね。

有名な話では、クリームで過激なロック・インプロビゼーションをやっていたエリック・クラプトンがこのファースト・アルバムを聴いた途端、今までの自分を捨てて、スワンプ一辺倒に鞍替えしたという逸話があります。とにかく、スワンプやサザン・ロック、1970年代クラプトンが好きな人は、一度、聴いてみて下さい。きっと気に入るというか、「こんなロックがあったんや」と、ちょっとした衝撃を受けると思います。

 

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」、「v_matsuwa」で検索して下さい。

Fight_3
 
がんばろう日本、がんばろう東北。自分の出来ることから復興に協力しよう。
 

保存

2011年6月25日 (土曜日)

ロッドのソロ「1st.アルバム」

ロッド・スチュワート。英国ロックが生んだ最高のボーカリストである。70年代ロックは様々なボーカリストを輩出したが、なんやかんや言って、ロッド以上のボーカリストが現れ出でることは無かった。ZEPのロバート・プラントだって、ロッドと同じ雰囲気のボーカリストを探していたジミー・ペイジが発掘した、ロッド系のボーカリストやしね・・・。

そんなロック・ボーカリストの最高峰の一人、ロッド・スチュワート。彼のソロ・ファースト・アルバムは、今から約40年ほど前、1969年に遡る。タイトルは『An Old Raincoat Won't Ever Let You Down』(写真左)。米国で発売されたものは『Rod Stewart Album』という味も素っ気もないタイトルで、しかもジャケット・デザインは最悪(写真右)。入手するには、UK盤を手に入れる事をお勧めしたい。確か日本では、この味も素っ気もない米国盤のデザインが踏襲されていたような気がする。

参加メンバーを見渡すと面白い。ロン・ウッドがギターとベースで参加、ミック・ウォーラーはドラムで参加。ここまでくると、あれれと思う方は「70年代ロックの通」です。よくよく振り返ると、名盤『トゥルース』を創り上げた第1次ジェフ・ベック・グループからジェフ・ベックを抜いただけの主要メンバー構成である。悪いはずがない。

演奏全体のテイストについては、この後、ロッドがボーカリストして参加するフェイセズとは全く異なっているのだが、それはきっとジェフ・ベック抜きの第1次ジェフ・ベック・グループという主要メンバー構成が影響しているのだろう。セカンド・ソロ・アルバム以降の演奏全体のテイストが、段々フェイセズに似たものになっていって、後に、フェイセズのメンバー間の「トラブルの種」になっていったことを思うと、このファースト・ソロ・アルバムは圧倒的に個性的で、ロッド固有の音世界が、ロッドの個人的趣味が満載である。
 

Rod_old_raincoat

 
このアルバムの1曲目は、ローリング・ストーンズのカバーで「Street Fighting Man」。ラフなスライド・ギターが魅力的でアーシーなアレンジは、当時としては斬新。後半、ベース・ソロなどを織り交ぜた、色彩感豊かなアレンジがなされている。良い出来のトラックです。2曲目の「Man Of Constant Sorrow」は、ロッド自作のフォーキーな作品。スライド・ギターの存在が実に「ロック」な雰囲気を高めていて、曲全体の雰囲気は「英国然」としていて、演奏全体に漂う「ブリティッシュな雰囲気」が実に魅力的。

そして、4曲目の 「Handbags & Gladrags」は絶品のバラード。こういうバラードを歌わせたらロッドの右に出る者はいない。とにかく「上手い」。アレンジも秀逸で、ロックの楽曲としては珍しい、ホルンや木管の音が、英国の長閑な田舎の風景を想起させて、思わず溜息が出るような美しいバラード曲である。

6曲目の「I Wouldn't Ever Change A Thing」での、攻撃的で尖ったオルガンを聴かせてくれるのは、後にELPを結成する、キース・エマーソン。確かに、このオルガンはキースのものですね。キースしか弾けない、サイケで尖ったオルガンは、意外とこの曲の中で効果的に響きます。意外性の高いアレンジとでも言ったら良いでしょうか。ロッドの交友関係の広さと音楽的な懐の深さを強く感じます。

さて、そんなロッドのファースト・アルバムであるが、もしかしたら、ロッドのソロ・アルバムの中で、ファースト・アルバムにして、最高の出来かもしれない。それほどまでに充実した内容が光る、ロッドを知る上では必須の名盤である。

この『An Old Raincoat Won't Ever Let You Down』のオリジナル・ジャケットは、あの伝説の写真家キーフの手になるものです。そりゃ〜優れている訳だ。ちなみに、ジャケット写真に写っているレインコートを着た男性はロッドではありません。普通の老人です。くれぐれもお間違えの無いように(笑)。この辺りの「裏話」は興味深いものばかりで、調べれば調べるほど楽しくなります。

 

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」、「v_matsuwa」で検索して下さい。

Fight_3
 
がんばろう日本、がんばろう東北。自分の出来ることから復興に協力しよう。
 

2011年6月24日 (金曜日)

ビッグバンド・ジャズは楽し・12

変則拍子ビッグバンド・ジャズがお得意の「ドン・エリス楽団」。変態的な変拍子なのに、これがゴキゲンにスウィングする、とにかく不思議なビッグバンド・ジャズ。そして、大向こうを張った、メリハリの効いたアレンジ。どこから聴いても「米国のビッグバンド」という雰囲気が実に楽しい。

そんなドン・エリスが率いるビッグ・バンドの1973年作である『Soaring』(写真左)。時は「クロスオーバー・ジャズ」の時代。この『Soaring』でもクロスオーバーのテイスト満載。エレキギターとかエレキベースが入っていて、音のテイストは、かなりレトロなクロスオーバー・テイストのビッグバンド。

でも、これが僕は好きなんですね。趣味が良いんだか悪いんだか、よく判らないけど、このクロスオーバー・テイストなビッグバンドのレトロでちょっと「ダサイ」音が良い。

変則拍子がお得意のドン・エリス楽団だが、この1973年のロック全盛、ジャズ斜陽の時代、難しくない、一般の人達が聴いても判り易い、そして、しっかりと電気楽器中心のトレンドを反映した、クロスオーバー・テイストのビッグバンドに変貌している。

Soaring

変則拍子を採用してはいるが、決して難しく無い、決してマニアックでは無い、その判り易さは、米国、ヤンキー音文化そのもの。とにかくシンプル、とにかく下世話、とにかく俗っぽい(笑)。でも、このあっけらかんとした判り易さも、当時の音のトレンドを反映していて、しっかりと「レトロっぽい」ところは、実に好ましい(笑)。

演奏される曲を見渡しても、しっかりとエンタテインメントしていて、受け狙いの曲が並んでいる。アフロ・キューバン・タッチの変拍子ジャズ「The Devil Made Me Write This Piece」、アーシーなワウワウ・ギターをバックに激しくブロウする「Go Back Home」など、 ジャズロックなテイスト、ジャズ・ファンクなテイストがプンプン漂う、判り易くパンチ溢れるビッグバンド・サウンドが満載。

アレンジを駆使して、当時の音のトレンドだった「ジャズ・ロック+レア・グルーヴ」化した音は、とにかく「マニア好み」。硬派なビッグジャズ者の方々からは叱られそうなんだが、電気楽器とアタッチメントを活かしたクロスオーバーな音は、なかなかに味わい深い。1970年代前半の音が詰まっていて、実に懐かしく、実に楽しい。

さらりと判り易く流れる変則拍子ビッグバンド・ジャズが鮮やかである。レア・グルーブ感満載で、僕は時々、アルバム棚から引き出してきては聴いている。変則拍子が故だと思うが、一度、填るとなかなか抜け出ることの出来ない、媚薬の様な、電気化されたドン・エリス楽団である。

 

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」、「v_matsuwa」で検索して下さい。

Fight_3
 
がんばろう日本、がんばろう東北。自分の出来ることから復興に協力しよう。

2011年6月23日 (木曜日)

日本のバイオリン・ジャズの名盤

バイオリン・ジャズ。純ジャズでは、ステファン・グラッペリ、フュージョンでは、ジャン・リュク・ポンティが浮かぶが後が続かない。絶対数が少ないのだ。日本では寺井尚子。希少価値である。デビューの頃は尖った純ジャズでならしていたが、最近はムード音楽化してきたので、なかなか手が伸びない。
 
それでも、寺井尚子のバイオリン・ジャズは、結構、僕のツボに入っていて、デビュー作以来、ほとんどのアルバムを所有している。でも、やはり、最近の寺井尚子のリーダー作は、完全にムード音楽化してきたので、どうしても触手が伸びない。
 
そんな中、寺井尚子のアルバムの中で、一番、バーチャル音楽喫茶『松和』でかかるアルバムは何か、と振り返って見たら、圧倒的に『NAOKO LIVE』(写真左)であることが判った。ちなみにパーソネルは、寺井尚子(vln)、Lee Ritenour(g)、Alan Pasqua(p)、Harvey Mason(ds)、Dave Carpenter(b)、Jochem Van Del Saag(syn)。2000年12月9日の録音になる。
 
この寺井尚子のライブ、寺井のバイオリン・ジャズの最高傑作と思っているが、それはそのはずで、バックのメンバーが凄い。ギターにリー・リトナー、ドラムにハービー・メイソン、ベースにデイブ・カーペンター。つまりは、バックのリズムセクションに、フュージョン・ジャズの錚々たるベテランが控えている。
 
つまりは日本人ジャズ・ミュージシャンでバックを固めなかったことが、このアルバムの成功を生んでいる。それほど、ジャズにおいて、バイオリンの音色は扱い難いものなんだろうな、ということが再認識される。哀愁を帯び過ぎた、マイナーすぎる、加えて、アブストラクトな音色が圧倒的に不得意な弦楽器である。如何にして、その「厄介な楽器」を効果的にサポートするかが「鍵」になる。
 
Naoko_live
 
そう言う意味で、この『NAOKO LIVE』は、寺井尚子のバイオリン・ジャズのテクニックの高さもさることながら、そのテクニック溢れる寺井尚子のバイオリンを効果的にサポートする、バックのミュージシャンの演奏能力の高さが、このアルバムの成功を肝になっている。
 
冒頭のチック・コリアの名曲「Spain」などは絶品で、チックのスパニッシュな哀愁を帯びた印象的な旋律に、バイオリンの音色はピッタリである。しかも、簡単そうに見えてかなり難度の高いこの曲をしっかりとバックでサポートする名うてのフュージョン・ジャズの名手達。「Spain」のカバーの優れた成果のひとつといって良いでしょう。
 
2曲目の「Stolen Moments」は、この曲の持つ哀愁溢れるファンキーな旋律はバイオリンの音色にピッタリくるということを再認識させてくれるし、3曲目の「Black Market」は、このウエザー・リポートの名曲が、こんなに魅力的なバイオリン・ジャズに変身するとは思いもしなかった。アレンジの勝利である。
 
7曲目「Cantaloupe」〜8曲目「Tokyo-La Jam」〜9曲目「Rio Funk」の3曲の流れは、ファンキー・ジャズの大団円。バイオリンの哀愁溢れる音色は、なんとファンキー・ジャズにもフィットする。しかし、これもバック・バンドの力量あってこそ。このライブでは、寺井尚子はバックバンドに恵まれた。これだけ、寺井のバイオリンの長所を引き出すバックは他に無い。 
 
その他の演奏曲も、ライブならではの躍動感と相まって、どれもが非常に優れた演奏になっていて、とにかく、最後まで聴かせてくれる。やっぱり、ジャズってライブやな、って思う。特に、ジャズにちょっと向かないかな、と思われる楽器ほどライブが良いと、このライブ盤を聴いていて、なんとなく思った。恐らくきっとそうだ。他のバイオリン・ジャズのアルバムを掘り下げてみる必要がありそうだ。
 
 
★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」、「v_matsuwa」で検索して下さい。

Fight_3
 
がんばろう日本、がんばろう東北。自分の出来ることから復興に協力しよう。

2011年6月21日 (火曜日)

ビッグバンド・ジャズは楽し・11

昨年の11月以来なので半年ぶりになる。ビッグバンドは現在も勉強中。仕込みが大変だし、聴き込むのも大変。でも、ビッグバンドはとても楽しい。勉強しながらの「ビッグバンド・ジャズは楽し」シリーズの第11回目。
 
今回は、小曽根真 featuring No Name Horses『Jungle』(写真左)。2009年5月のリリース。小曽根真率いるビッグバンド「No Name Horses」の第3弾。
 
日本を代表するスター・プレイヤーが結集したスーパー・ビッグバンド「No Name Horses」。当初は、歌伴の為のビッグバンドという臨時編成のつもりだったそうですが、その出来に手応えを感じた小曽根が継続して活動することを決意。2005年3月にアルバム発売記念という名目で、約1ヶ月に及ぶ全国ブルーノート・ツアーを敢行。成功裡に終わり、2006年1月には、ニューヨークで開催される全米最大のジャズ・コンベンション「IAJE (国際ジャズ教育協会)」へ出演。今では日本を代表するビッグバンドの一つ。
 
さて、アルバム『Jungle』である。小曽根真の名前が先に来ているので、ビッグバンドの演奏をバックに、小曽根のピアノがガンガンに鳴り響くのか、と思っていたら、そうでも無いです。録音のバランスの問題なのか、あまり小曽根のピアノは前面に出てきません。逆に小曽根が自重しているような雰囲気。このアルバムは、小曽根のビッグバンドを前提としたコンポーザー&アレンジャーとしての力量を楽しむアルバムだと思います。
 
タイトルが「ジャングル」なので、どんな内容かと思って聴き進めていったら、ラテン・フレーバー満載。ラテンチックな曲がズラリと並びます。ラテン丸出しのパーカッションがとても目立っていて、誰かしら、と思ってパーソネルを見たら、パーネル・サトゥルニーノがゲストで参加していました。なるほど。
 
Jungle
 
ラテン・フレーバー満載なので、熱気溢れる、ドライブ感豊かな、イケイケ・ビッグバンドが展開されるのかと思いきや、意外と冷静なラテン・ジャズが展開されています。端正とでも言えば良いのか、お行儀が良いと言えば良いのか・・・。
 
ビッグバンドの演奏としては第一級です。アンサンブル良し、ユニゾン良し、適度にノリも良く、音のパンチ力もある。でも、何かが足らない。というか、コントロールされすぎというか、抑制しているというか、なんだか大人しいんですね。スタジオ録音という環境がそうさせるのでしょうか。ビッグバンドとして、ちょっと安全運転な演奏に、ちょっと欲求不満気味になります。
 
もっと、ビッグバンドとしての個性を前面に押し出しても良かったのでは、と思います。ラテン・ジャズという面からすると熱帯ジャズ楽団があって、その熱気溢れるワイルドで破天荒な演奏はピカイチですし、世界的な視点で見ると、No Name Horsesと同系列なビッグバンドとして、The Vanguard Jazz Orchestra や Manhattan Jazz Orchestra などが挙げられますが、ならではの個性と演奏のダイナミックさという面がとても素晴らしい。
 
くどいようですが、No Name Horsesの演奏は一級品です。端正な演奏は全ての面で及第点以上。ビッグバンド入門盤としては良いと思います。
 
優等生的な演奏を前提に、熱気溢れるワイルドさが売りのラテン・ジャズをやろうとしているので、ちょっと違和感を感じるのかな。それとやっぱりスタジオ録音という環境の影響でしょう。次作に期待。ビッグバンドなんで、もっと周りのメンバーを信じて、ドライブ感溢れる、ちょっと前のめりで積極的な「尖った」演奏を期待したいと思います。
 
 

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」、「v_matsuwa」で検索して下さい。

Fight_3
 
がんばろう日本、がんばろう東北。自分の出来ることから復興に協力しよう。

2011年6月20日 (月曜日)

そろそろ、ボサノバジャズの季節

そろそろ夏至である。日本は基本的に梅雨の季節。それでも、梅雨の晴れ間には、力強い夏の日差しが射し込み、湿気は多いが、ちょっと涼しい風が吹く。こんな季節には、決まって、ボサノバ・ジャズが聴きたくなる。
 
なんでかなあ。梅雨空にボサノバ・ジャズって、なんだか合わないような気がするんだが、これが、なかなかフィットする。恐らく、湿気の多い、不快指数最高の気候に、爽やかなでアンニュイなボサノバ・ジャズがフィットするんだろう。
 
さて、そろそろ、ボサノバ・ジャズの季節。今回、初めて、イリアーヌ・イリアス(Eliane Elias)のボサノバ・ボーカル盤を入手した。タイトルは『Light My Fire』(写真左)。6月8日の発売。ブラジル音楽界の巨匠ジルベルト・ジルや元夫ランディ・ブレッカー、そして愛娘アマンダ・ブレッカーなど、一流ミュージシャンが参加した、コンコード移籍後の初のリーダー作となる。
 
僕は、イリアーヌ・イリアスについては、ピアニストとしての資質に注目してきた。途中、1998年リリースの『Sings Jobim』辺りから、ボサノバの歌唱に力を入れ始め、純粋にピアニストとしてのリーダー作をリリースすることは、基本的に無くなった。
  
僕は、ジャズ・ピアニストのボーカルは余芸だと思っていたので、イリアーヌのボサノバ・ジャズは「企画モノ」であり、本筋では無い、という判断で、彼女のボーカル入りのリーダー作を手にすることは無かった。 
 
しかし、イリアーヌは、次々とボーカル・メインのボサノバ・ジャズのリーダー作をリリースし続ける。さすがに、2008年リリースの『Bossa Nova Stories(邦題:私のボサ・ノヴァ)』で、イリアーヌのジャズ・スタイルは、ボーカル・メインのボサノバ・ジャズにあり、と個人的にその評価を修正するに至った。
 
Light_my_fire
 
そして、今回の『Light My Fire』がコンコード移籍後の初のリーダー作としてリリースされるに当たり、久しぶりに、イリアーヌのボサノバ・メイン、ボーカル・メインの、このリーダー作を手にした。
 
さすがに、ボサノバに、ボーカルに拘るだけはある。イリアーヌのボサノバのボーカルは超一流である。僕は、ブラジル人では無いので、ボサノバのボーカルの良し悪しを感覚的にしか理解していないが、このアルバムでのイリアームのボサノバ・ボーカルの優秀性は理解出来る。良い雰囲気である。
 
そして、前奏、間奏で展開されるイリアーヌのピアノもこれまた一流のものである。しっかりと、ビル・エバンスが入った、ビル・エバンスを硬質かつダイナミックにしたような、かなりメリハリのあるジャズ・ピアノ。このイリアーヌのジャズ・ピアノは、この最新作『Light My Fire』での「聴きもの」である。
 
ブラジル音楽界の巨匠ジルベルト・ジルや元夫ランディ・ブレッカー、そして愛娘アマンダ・ブレッカーなど、一流ミュージシャンが参加が目玉、とキャッチ・コピーにはあるが、アルバム全体を通じて、彼らゲストの存在は大きく無い。あくまでも、イリアーヌの惹き立て役であり、イリアーヌの個性に隠れて、前面に押し出てくるものでは無い。このアルバムでのゲストの存在は、あまり気にすることは無いだろう。
 
ドアーズの「ハートに火をつけて」や、デイブ・ブルーベックの名曲「テイク・ファイブ」のカバーも話題ではあるが、キッチリとイリアーヌの手によって、完璧にボサノバ化されていて、カバーとしての意義はあまり感じられない。逆に、ボサノバ・ジャズとして聴き応えがあるのは、やはり、ボサノバの名曲のカバーであって、結局、詰まるところ「ボサノバに勝るもの無しボサノバ・ジャズ」である。
 
良いボサノバ・ジャズのアルバムです。もはや、50歳を過ぎた「美貌の女性ジャズ・ピアニスト」である。若さを前面に押し出した状態では既に無く、中年の妖艶な魅力漲るイリアーヌのジャケットに、ちょっと「引く」ところもあり、親近感を覚えるところもあり(笑)。
 
同世代の僕としては、ちょっと複雑な心境である。でも、内容は本当に良いです。イリアーヌもそろそろ、個性と才能のみで勝負するミュージシャンになりつつあるってことですね。やっぱり、親近感を覚えるなあ。これから、ちょっとご贔屓にしよう、っと。
 
 

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」、「v_matsuwa」で検索して下さい。

Fight_3
 
がんばろう日本、がんばろう東北。自分の出来ることから復興に協力しよう。

2011年6月19日 (日曜日)

再び、カリフォルニアの青い空

思いっきり梅雨空の我が千葉県北西部地方。しかも梅雨寒が続く。今週も昨日の午後から体調を崩して、半日伏せっていた。まあ、今日は復活して、ちょっと買い物に出かけたりもしたが、今年の梅雨は気候的にちょっと辛い。
 
さて、梅雨空になると、僕はこの米国ポップスを思い出す。1970年代前半のシンガー・ソングライターの時代、アルバート・ハモンドの『It Never Rains In Southern California(邦題:カリフォルニアの青い空)』(写真左)。
 
う~ん懐かしい。1973年のアルバート・ハモンドのヒット曲「カリフォルニアの青い空」を中心にしたハモンドのファースト・アルバム。今日は、以前このブログでも話題した「カリフォルニアの青い空」を再びご紹介。どうしても、この梅雨の時期になると、なぜか聴きたくなるんですよね。なんかあるのかなあ(笑)。再び「カリフォルニアの青い空」です。
 
シングルでリリースされた「カリフォルニアの青い空」は、日本では、1972年12月21日に発売され、オリコンチャート最高11位となり、当時、洋楽としては破格の20万枚を売り上げました。日本では、完全にアルバート・ハモンドの代表曲化していて、アルバート・ハモンドと言えば、「カリフォルニアの青い空」を当てた「一発屋的扱い」を受けていますが、これはちょっとアルバート・ハモンドに失礼かと・・・(笑)。
 
とにかく、この曲、ラジオを中心に毎日よく流れていましたね。当時、ラジオの深夜放送から流れてきたこの曲を聴いて、米国西海岸の爽やかな青い空を想像し、米国行きを夢見たものです。歌詞を良く読むと、そんな「爽やかな」感じの歌詞じゃなくて、ちょっとヘビーな内容の歌詞なんですが・・・。
 
Seems it never rains in southern California
Seems I've often heard that kind of talk before
It never rains in California,
But, girl,  don't they warn ya
It pours, man,  it pours
 
南カリフォルニアでは雨が降らないんだよ。
前に、そんなことを聞いたことがある。
カリフォルニアでは雨が降らないんだよ。
でも君、注意してはくれないけど、
降ったら、土砂降りになるんだぜ。
 
Hammond_california

Out of work, I'm out of my head
Out of self respect, I'm out of bread
I'm underloved, I'm underfed, I wanna go home
It never rains in California,
But, girl,  don't they warn ya
It pours, man, it pours
 
仕事が無くて、気が滅入って,
自尊心を失い、食いっぱぐれて、
愛されることなく、腹はペコペコ。家に帰りたい。
カリフォルニアでは雨が降らないんだよ。
でも君、注意してはくれないけど、
降ったら、土砂降りになるんだぜ。
 
曲調がメジャー調で明るく、リズムもミッドテンポのリズミカルなもので、いかにも「西海岸=カリフォルニア」している。さらに、超意訳でひねりの無い「ズバリど真ん中」の邦題に引きずられて「爽やかな青い空」をイメージしてしまう。でも、歌詞を読むと、結構、辛い境遇を歌っている。
 
そもそも、原題は「It Never Rains In SouthernCalifornia」。直訳すれば「南カリフォルニアでは雨が降らない」。歌詞の内容と併せて、どうして、邦題が爽やかさ全開風の「カリフォルニアの青い空」になるのか(笑)。日本のレコード会社の「アバウトさ」が全開ですね。罪作りなもんです。しかも、アルバート・ハモンドはロンドン生まれ(笑)。
 
このアルバムに収録されている他の曲についても、ピアノとギター中心の、いかにも、当時の米国西海岸の「シンガー・ソングライター」の楽曲らしい曲ばかりで、気軽に聴けるポップな感じが良い。しかも、ちゃんとアルバート・ハモンドの個性がしっかり反映されている。加えて、バック・バンドの1970年代前半の音の雰囲気がとても懐かしい。
 
1970年代前半、米国西海岸の「シンガー・ソングライター」ブームの時代の音がぎっしりと詰まっていて、良い内容のアルバムです。ちなみに、最新リイシューのCDには、ボーナストラックして「落ち葉のコンチェルト」が追加収録されています。この「落ち葉のコンチェルト」も、懐かしの西海岸ポップ・チューンですね〜。懐かしい。
 
 

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」、「v_matsuwa」で検索して下さい。

Fight_3
 
がんばろう日本、がんばろう東北。自分の出来ることから復興に協力しよう。

2011年6月17日 (金曜日)

ジャズ喫茶で流したい・27

季節、時間帯を選ばずに、リラックスしたい時に、ついついCDプレーヤーのターンデーブルに載せたくなるアルバムが幾つかある。ほとんどが成熟したハードバップ時代、1950年代後半から1960年代前半に偏っている。
 
「さあ聴くぞ」と構えて、ジックリ聴くジャズも良い。逆に「ながら聴き」できるアルバムをあまり肩肘張らずに流して、何かしながら、何か読みながら、ぼんやりと聴くジャズもこれまた良いものだ。
 
今日はそんな「ながら聴き」のできる、ぼんやりと聴くジャズ・アルバムをチョイス。Wes Montgomeryの『Groove Yard』(写真左)。1961年1月の録音。ちなみにパーソネルは、Buddy Montgomery (vib, p) Wes Montgomery (g) Monk Montgomery (b) Bobby Thomas (ds)。
 
パーソネルを見渡すと判るんだが、長兄のモンク・モンゴメリー(b)、次男のご存知、ジャズギターの最高峰ウェス・モンゴメリー(g)、そして末弟のバディ・モンゴメリー(p)という三兄弟によるハードバップ・セッションである。
  
つまりは、ドラムのボビー・トーマスだけが「他人」となる。それはそれで、録音セッションなんかはやりにくいだろうなあ、とつまらないことを心配しつつ、このアルバムを聴き始める。
 
冒頭の「Bock To Bock (Back To Back)」から、リラックスした雰囲気に魅了される。演奏は心地良く締まった演奏。でも、演奏全体にリラックスした雰囲気が漂う。さすがに3兄弟の絡んだセッションである。演奏のそこかしこに「あうんの呼吸」がある。リズム&ビートもぴったりと合って、そのぴったりと合った具合が、心地良い「快感」を運んでくれる。 
 
Groove_yard
 
ギターとピアノは、ジャズの範疇では、同じ特質を持った楽器である。リズム楽器にもなるし、旋律楽器にもなる。コード弾きも出来るし、短音のフレーズ弾きも出来る。このアルバムのセッションは、絵に描いた様なハードバップなセッションで、カルテットの4者4様の演奏を繰り広げるような「インタープレイ」の応酬は無い。それでも、ギターとピアノは、音がぶつかったり、音が重なったりするもんなんだが、このアルバム・セッションでは、その「短所」が皆無。
 
さすが兄弟で、ギターとピアノを担当しているだけある。ギターのウエスとピアノのギターのバディは、けっして音は重ならないし、ぶつからない。互いの音を聴きつつ、ソロを受け渡し、テーマで息の合ったユニゾン&ハーモニーを展開する。なるほど、兄弟であるが故の「相性」の良さ。そして、フロントの2人を、これまた兄弟のモンクのベースがしっかりとサポートする。これが、またリズム&ビートがぴったりと合っている。心地良いことこの上無しである。
 
ドラムのボビーも大健闘。モンゴメリー3兄弟の兄弟であるが故の「あうんの呼吸」をしっかりとリードする。ボビーの叩き出す趣味の良いドラムに合わせて、モンゴメリー3兄弟が「あうんの呼吸」を武器に、実に上質な、実に趣味の良いハードバップな演奏を繰り広げる。
 
当然、ジャズ・ギターの最高峰ウエスのギターは素晴らしいの一言。必殺のオクターブ奏法も全開。バンバンにオクターブ奏法を繰り広げる。喜びのオクターブ奏法。兄弟揃っての演奏を心から楽しんでいる。もう「ノリノリ」である。いらぬ遠慮の無い、リラックスしたウエスのギターは聴きどころ満載。
 
ここでのウエスは最高。ジャズ・ギターを志すジャズ者の方々には、必ず一度は耳にして頂きたい演奏。良い意味でテンション張りながら、心からリラックスしたジャズ・ギターはそうそう聴けるものではない。
 
良いアルバムです。特に、この6月の梅雨の朝。蕭々と降る雨を眺めながら、ちょっとヒンヤリとした梅雨寒の空気を感じながら聴く「ながら聴き」できるアルバム。加えて、そのリーダーが、そのジャズ・ギターがウエス・モンゴメリーなんて、これほど贅沢なジャズ鑑賞のシチュエーションはありません。至福の時です。
 
 

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」、「v_matsuwa」で検索して下さい。

Fight_3
 
がんばろう日本、がんばろう東北。自分の出来ることから復興に協力しよう。
 

2011年6月16日 (木曜日)

「聴かせる」ジャズ・ピアノ

先週は、レイ・ブライアントの追悼週間だった。レイ・ブライアントのピアノは、演奏を如何に聴かせるかという「鑑賞」の世界への適用に重点が置かれている。そこが、当時の流行だった、技を徹底的に追求する「パウエル派」とは全く違う点である。
 
ブライアントのピアノは、オフビートを強調した、アーシーでゴスペルタッチなピアノが特徴で、その強調はタッチの強い、テンションの強い右手と、低音の響きを活かしたハンマー打法の様な左手の使い方が実に印象的。このブライアントを聴くと、僕は決まって、「エロール・ガーナー」と「ミシェル・ペトルシアーニ」を思い出す。
 
今日はその「エロール・ガーナー」について語りますね。エロール・ガーナーとは、1921年生まれ。1977年1月没。左手のベースラインをメインに、メロディを弾く右手は自由自在にタイム感を後ろにずらす「ビハインド・ザ・ビート」が特徴。左手のベースラインがメイン、というところが、もう既に「バド・パウエル」とは異なるアプローチ。
 
1940年代後半〜1950年代前半、ビ・バップの時代は、ジャズ・ピアノは「バド・パウエル」が全てとされる。しかし、同時代に活躍したエロール・ガーナーは、この「バド・パウエル」の影響を全く受けない、唯一無二な個性を展開した。
 
まあ、日本のジャズ・シーンでは、「バド・パウエル」がジャズ・ピアノの祖としてもてはやされており、「バド・パウエル」の影響を全く受けないエロール・ガーナーは「異端」とされた。技を主体とする「バド・パウエル」は正統であり、「聴かせる」エンタテインメントの「エロール・ガーナー」は異端とされた。
 
Contrasts
 
でも、僕は、このエロール・ガーナーが好きなんですよね。やっぱり、音楽は「技」よりも「エンタテインメント」でしょう。「バド・パウエル」だって、僕は「エンタテインメント」だと思っている。
 
そんなエロール・ガーナー、なかなかまとまったアルバムを残していなくて、どれが入門盤なのか、選択肢が狭くて困るのだが、世の中のジャズ本を紐解くと、決まって「コンサート・バイ・ザ・シー」というライブ盤を挙げているが、僕はこのライブ盤、音があまり良くない。良くないと、ガーナーの「ビハインド・ザ・ビート」が良く聞き取れ無い。 
 
そんなエロール・ガーナーを愛でるには、僕はこのアルバムを真っ先にかける。そのアルバム名は『Contrasts』(写真左)。エロール・ガーナーのスタジオ録音盤なんだが、音も良好、エロール・ガーナーの「ビハインド・ザ・ビート」が心ゆくまで感じる事ができる。
 
1954年7月、ジャズ界はビ・バップ時代後半の録音。ちなみにパーソネルは、Erroll Garner(p), Wyatt Ruther(b), Eugene "Fats" Heard(ds)。ベースとドラムは、僕にとって全くの無名。リズム・キープは堅実だが、ここでのリズム・セクションはそこまで。このアルバムは、徹頭徹尾、エロール・ガーナーのピアノを愛でることのみに存在する。

エロール・ガーナーは、生涯楽譜が全く読めなかったとのことだが、ジャズも場合、それは全く関係無い。ジャズとは「感性」の音楽である。二度と同じフレーズが無い、究極の即興演奏がこのスタジオ盤に詰まっている。
 
硬質なタッチ。左手のベースラインをメインに、メロディを弾く右手は自由自在にタイム感を後ろにずらす「ビハインド・ザ・ビート」。聴かせるジャズ・ピアノ。エンタテインメント性バリバリのジャズ・ピアノ。一度填れば、暫く「病みつき」になる。そんな妖しい魅力を持った、打楽器的ピアノ・エンタテインメント。
 
ちゃんと「Misty」も入っています。パキパキのタッチでありながら、溢れ流れるようなバラード演奏。これ、本当に名演です。ついつい聴き惚れてしまいます。「聴かせる」ジャズ・ピアノの面目躍如です。
 
 
 

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」、「v_matsuwa」で検索して下さい。

Fight_3
 
がんばろう日本、がんばろう東北。自分の出来ることから復興に協力しよう。

2011年6月15日 (水曜日)

僕はこのマイルスも大好きだ

『On The Corner』。ジャズの大本は「アフリカン・ミュージック」。アフリカン・ネイティヴなビート&リズム。それを前面に押し出して、というか、それだけをエレクトリック・ジャズで表現した。そんな「ジャズの根幹」を表現した、ジャズ界最大の「問題作」であり、ジャズ界最大の「基準」である。
  
その『On The Corner』は、スタジオ録音の成果。この『On The Corner』のコンセプトと踏襲したライブ録音盤が『In Concert: Live at Philharmonic Hall』(写真左)。
  
なんだか、ある評論家の方々からは、絶不調のマイルスと言われ、この同時期のブート(海賊盤)でこそ、この時期のマイルスの凄さが判る、なんて言われているが、そもそも、ブート(海賊盤)なんて、普通のマイルス者が手にすることは出来ない代物で、それを引き合いに出すのは、評論家として「アンフェア」である。普通のジャズ・ファンの存在を無視しているとしか思えない。
  
我々、一般のマイルス者については、CBSコロンビアからリリースされた正式盤でしか、マイルスを体験出来無い訳で、そういう意味で、一般のマイルス者にとって、この『In Concert』は『On The Corner』のコンセプトと踏襲した、かけがえの無いライブ盤なのだ。
 
なぜこんなに絶不調なマイルスのライブがリリースされたのか、なんて、クソミソに言われているが、どうして、僕の耳がおかしいのかもしれないが、意外とこのライブ盤はお気に入り。
 
Miles_in_concert
 
『On The Corner』で提示された「リズム&ビート」を前面に押し出した、ネイティブ・アフリカンなジャズ。その「リズム&ビート」をベースに、コンサートというシチュエーション上、聴かせる部分も意識した、印象的なフレーズの添加。聴かせるフレーズを伴った、聴きやすい「リズム&ビート」。
  
LP時代は、押し並べて音が悪かったと思う。特に、日本盤は盤質が平均的に良くなかったのか、『In Concert』の良い音というものを聴いた記憶が無い。しかし、近年、DSDマスタリングのCD盤が出て、音質が、LP時代に比べて圧倒的に改善された。この「圧倒的な改善」が、『In Concert』の評価を変えつつあるのかも、と思ったりしている。
 
絶不調だとか、鬼気迫るものが欠けているとか言われるが、じゃあ、この音を、この音を凌駕する音を出すことの出来るバンドが、マイルス以降あったのか、と問われれば、答は「否」である。絶不調で、鬼気迫るものが無くても、この『In Concert』のマイルスの音に匹敵する、マイルスの音を凌駕するエレクトリック・ジャズな音を表現できるバンドは、今の時代をもってして「皆無」である。
 
マイルスは「最高」ならずとも「最低」を記録しても、その時代の最先端を行く音になる、というが、本当にそう思わざるを得ない、そんな『In Concert』の音世界である。
 
確かに、もしかしたら、このライブ盤には「絶不調」のマイルス・バンドしか、存在していないのかもしれない。でも、このライブ盤に残された音は、唯一無二の、孤高のエレクトリック・ジャズの最高の成果の一つである。なんやかんや言っても「素晴らしい」の一言。
 
 

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」、「v_matsuwa」で検索して下さい。

Fight_3
 
がんばろう日本、がんばろう東北。自分の出来ることから復興に協力しよう。

2011年6月14日 (火曜日)

エレ・マイルスの「基準」

このアルバムは「問題作」である。エレクトリック・マイルスが本当に「お気に入り」なのかどうか、それを判別する「踏み絵」の様なアルバムである。
 
そのアルバム・タイトルは『On The Corner』(写真)。1972年6月〜7月の録音。エレクトリック・マイルス最大の「問題作」である。逆に返すと、エレクトリック・マイルスの「本質」である。このアルバム無くして、エレクトリック・マイルスは無い。
 
このアルバムについては、多くを語るつもりは無い。とにかく、ジャズ・ファンを自認する方々には、一度は聴いて頂きたい、ジャズの本質、根幹である「ビート&リズム」を究極に至るまで追求した、唯一無二なジャズの成果である。
 
ジャズの大本は「アフリカン・ミュージック」。アフリカン・ネイティヴなビート&リズム。それを前面に押し出して、というか、それだけをエレクトリック・ジャズで表現した。そんな「ジャズの根幹」を表現した、ジャズ界最大の「問題作」であり、ジャズ界最大の「基準」である。
 
ジャズの今回は「ビート&リズム」。メロディアスな旋律などは「二の次」。躍動感溢れる、オフビートが基調の「ビート&リズム」が無ければジャズでは無い。それくらい極論しても良い位に、ジャズにとって「ビート&リズム」は最重要な要素である、と僕は思っている。
 
この『On The Corner』は、普通のジャズと思って聴くと大火傷をする。この『On The Corner』はジャズの根幹のみを表現している。極端に言うと、この『On The Corner』の「ビート&リズム」が理解出来なければ、ジャズの本質を理解出来ない(とマイルスが言う)と言われるくらい、ジャズにとって、本質中の本質。
 
On_the_corner
 
冒頭の「On The Corner」より、ビート&リズムの洪水である。後半、このビート&リズムの洪水の中に、テルミンの様な、基本的な電子楽器音が鳴り響く。このヒューン、ピューンという電子音は、これまた現代の「ネイティヴ」な根幹をなす音である。
 
昔ながらのジャズの本質である「ビート&リズム」と、現代音楽の代表格である基本的な電子楽器音とのコラボ。ビート&リズムの洪水に電子楽器のノイズの様な音が交わって、マイルスにしか為し得ない、エレクトリック・マイルスの音世界が展開される。
 
僕の場合、大阪万国博博覧会とその跡地に立てられた民俗学博物館のお陰で、アフリカン・ネイティヴなビート&リズムを体験し、それが「お気に入り」として捉えることが出来たので幸せだった。クラッシックなビート&リズムしか知らない状態であれば、この『On The Corner』の世界は「理解出来ない」か「嫌い」という状態に陥っていた可能性が高い。
 
といって、この『On The Corner』のビート&リズムを理解出来ないとジャズは理解出来ないのか、と問われれば、それはそれで「違う」のだが、このビート&リズムの世界を理解することで、ジャズの理解が幅広になることは間違い無い。ジャズはアフリカン・アメリカンの文化であり、ジャズは米国が生んだ「音の芸術」である。
  
冒頭にも書いたが、この『On The Corner』は、エレクトリック・マイルスが本当に「お気に入り」なのかどうか、それを判別する「踏み絵」の様なアルバムである。好きになるか嫌いになるかは別として、ジャズを聴き続け、ジャズを愛で続けるのであれば、一度は、この『On The Corner』を聴いて欲しい。
 
ジャズにおける一番大切な大本は、この「ビート&リズム」である。そして、その大本となる「ビート&リズム」のみを前面に押し出して表現されたこのアルバムの音は、エレクトリック・マイルスの「基準」である。
  
 

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」、「v_matsuwa」で検索して下さい。

Fight_3
 
がんばろう日本、がんばろう東北。自分の出来ることから復興に協力しよう。

2011年6月12日 (日曜日)

ELPの「1st.アルバム」

Emerson,Lake & Palmer(以下ELPと略)。エマーソン・レイク&パーマー。僕の最初の70年代のお気に入りである。高校に入って、部活にて、本格的にブリティッシュ・ロックの洗礼を受けて、お気に入りになった初めてのバンドである。

当時は、まず、お気に入りの切っ掛けとなったライブ盤『展覧会の絵』や、当時の最新作だった『恐怖の頭脳改革』、そして、A面の傑作『タルカス』がヘビー・ローテーションで、その他の2枚、デビュー作の『Emerson,Lake & Palmer』(写真左)と4枚目の『Trilogy』は蚊帳の外だった。

どちらも、高校生の若き感性には、このデビュー作の『Emerson,Lake & Palmer』と4枚目の『Trilogy』の重要性を認識することは出来なかった。まだ、ロックを聴き始めて1年程度の「青い感性」には、派手でメリハリが効いた『展覧会の絵』や『タルカス』は響くが、デビュー作の『Emerson,Lake & Palmer』と4枚目の『Trilogy』の地味に感じるELPの本来の個性については、まだまだ感じ取る事が出来なかった。

しかし、何時の頃からか、デビュー作の『Emerson,Lake & Palmer』の良さが、その内容が理解出来る様になってきた。ELPの個性は他に無い、このデビュー作の『Emerson,Lake & Palmer』に全てが詰まっている。なにより、ELPにとっては、このデビュー作の『Emerson,Lake & Palmer』が原点であり、実はこれが全てであった、ということが良く判る。

このデビュー作当時、ブリティッシュ・ロックの中で一世を風靡していたのが「クリーム」。クラプトン、ブルース、ベイカーのギター・トリオで、その3人のインプロビゼーションは高く評価されていた。そんなところに、ギターをキーボードに代えて、キーボードを中心としたトリオ編成として、世に問うたのがELPである。

何より先に、このメンバー3人のテクニックがずば抜けている。特にオルガンの取り扱いに卓越したテクニックを駆使し、オルガンとは思えない分厚い音を供給したキース・エマーソン。とにかく図太い重心の低い、超弩級な重低音ベースを、これまたハイテクニックに弾き倒すグレッグ・レイク。超弩級な分厚い音の塊を一身に受けて、力の続く限りビート&リズムを供給しつづける、体力勝負ドラミングのカール・パーマ−。
 

Elp_1st

 
この3人のテクニックがピッタリと合体し、3人の持つ豊かな音楽性が成果として結実したアルバムが、デビュー作の『Emerson,Lake & Palmer』である。先行し、内紛により自爆した「クリーム」と比べると、圧倒的にELPの演奏の方が優れている。

 
当時の「カンタベリー・ミュージック」を核とした、当時のプログレッシブ・ロックのミュージシャン達の卓越したテクニックがどれほどのものであったのかが窺い知れる。とにかく、ELPの音は分厚い。3人で演奏している音とは思えない「厚み」がある。当然、同時に「ヘビーさ」も兼ね備えており、演奏の迫力は圧倒的である。

加えて、クラシックから米国ルーツ・ミュージックや前衛音楽まで、様々な音楽の個性、エッセンスを取り入れる、このELPのメンバー達の音楽性の豊かさ、懐の深さは卓越している。この面でも、当時、最高の人気を誇った「クリーム」を圧倒している。このデビュー作の『Emerson,Lake & Palmer』に収録されている曲のひとつひとつに、様々なジャンルの音楽性が反映されており、これは当時のロック・シーンにおいては、実に「アカデミック」であり、実に「理知的」だった。

特にお気に入りの曲は、ラストの「ラッキー・マン」(写真右)。フォーキーで解放感が爽やかな曲。エンディングでエマーソンの弾く、ムーグ・シンセサイザー独特のアナログな太い響きが、希望の明日を感じさせてくれる。

ELPは、このグループの個性の全てを、このデビュー作の『Emerson,Lake & Palmer』に詰め込んで、次作『タルカス』より、商業ロックの世界へと突入していった。派手でメリハリが効いていないと当時の若い感性にアピールしない。そんな「セールス側の要請」を受けて、ELPは派手でメリハリの効いた「プログレッシブ・ロック」の代表格として、派手派手なパフォーマンスに身を染めていくのだ。

しかし、ELPの良心、ELPの本質は、デビュー作の『Emerson,Lake & Palmer』にしっかりと残されている。このデビュー作には、ELPの「真の姿」が記録されている。今では、僕はこのデビュー作が大好きだ。

 

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」、「v_matsuwa」で検索して下さい。

Fight_3
 
がんばろう日本、がんばろう東北。自分の出来ることから復興に協力しよう。
 

2011年6月11日 (土曜日)

ニール・ヤングの「1st.アルバム」

遠く、1970年代から、ニール・ヤングがお気に入りである。ニール・ヤングは、カナダ・トロント出身のシンガーソングライター。伝説のCSN&Y(クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング)やバッファロー・スプリングフィールドのメンバーでもあった。1969年、ソロデビュー。1995年にはロックの殿堂入りを果たしている。

高校時代、このニール・ヤングを初めて耳にした。当時、一年後輩のYが圧倒的なニール・ヤングのファンであった。我が映研の部室には、ぼろぼろのステレオ・セットがあるのだが、かけるアルバムの選択権はもちろん先輩の僕たちにある。しかし、Yは茶目っ気があって、僕たち先輩の目を盗んでは、こっそりとニール・ヤングのアルバムをかける(笑)。

最初は、鼻にかかったような、ちょっと不安定で弱々しい、個性的なハイトーンのボーカルに違和感があったのだが、これが聴き馴れるに従って、病みつきになる。確かにこのボーカルは曲者で、繊細さと荒々しさ双方を併せ持って、聴く者の心に直接訴えかける。

その一年後輩のYが持ち込んだアルバムの一枚に、ニール・ヤングの「1st.アルバム」があった。そのタイトルはシンプルに『NEIL YOUNG』(写真左)。印象派の絵画の様な自画像が凄いインパクトを醸し出している。このアルバム・ジャケットを見るだけでも、ニール・ヤングが只者でないことが判る(笑)。

Neil_young_1st

冒頭の、カントリー・ロックがベースのインスト・ナンバー「The Emperor Of Wyoming」を聴いて「おっ」と思う。僕は、カントリー・ロックにからきし弱い。そして、2曲目の、ミッドテンポのハードなナンバー「The Loner」で「おおっ」と思う。このハードなナンバーで、ニールの個性的なボーカルが強烈な説得力をもって迫ってくる。「これは凄い人だ」と高校時代、強く感じた。それ以来、ニール・ヤングは「お気に入り」の仲間入り。

70年代ロックのアーティスト達の個性を感じるには、ファースト・アルバムを聴くのが一番手っ取り早い。大凡、予算が少ないので、サウンド的にはチープな盤が多くて、聴いた当初は購入したことを後悔するが、長年、聴き込んでいくうちに、アーティスト達の個性がギッシリ詰まっている事に気がつく。

このニール・ヤングの「1st.アルバム」にも、ニールの個性がギッシリと詰まっている。基本はカントリー・ロックなんだが、そんなに単純なものでは無い。1960年代後半のサイケデリック・ロックの断片も見え隠れするし、ハードでヘビーなブルース・ロックのテイストもそこはかとなく感じる。リリース当時、ナンバーワン・ロックバンドだったビートルズからの影響も感じられて、「1st.アルバム」にして、ニールの音楽的特性である「音楽性の多様さ〜音楽的な要素がてんこ盛り」が全開。

アルバム全編を聴き通すと、ニールの個性が既に、この「1st.アルバム」にして、確立されていたことが判る。「1st.アルバム」の割に、アルバムとして良くまとまっており、音も最新リイシュー盤はリマスタリングが施されていて「良好」。ニール・ヤングを感じるには、まずこの『NEIL YOUNG』は聴かねばならないだろう。「1st.アルバム」だからといって避けてはいけない。逆に、「1st.アルバム」だから聴かねばならない類のアルバムである。

 

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」、「v_matsuwa」で検索して下さい。

Fight_3
がんばろう日本、がんばろう東北。自分の出来ることから復興に協力しよう。

2011年6月10日 (金曜日)

ブライアント・僕のお気に入り

今週は「レイ・ブライアント追悼」週間だった。今日はその最終日。昨日までは、ブライアントの「常識的な優秀盤」を中心に、ブライアントのピアノを堪能できる基本的なラインナップをご紹介した。
 
改めて思うんだが、ブライアントの正式リーダー作には「駄盤」が無い。一定水準以上のアルバムばかりである。ブライアントのピアノは、基本的に奏法や理論を追求した「テクニック追求派」では無く、演奏を趣味として、娯楽として「聴かせる派」なので、基本的に「外れ盤」が無い。
 
そんな中でも、僕が既に30年以上に渡って聴き込んでいる、レイ・ブライアントのピアノ・トリオ盤の中から、とっておきの2枚をご紹介しておきたい。
 
まずは『Little Susie』(写真左)。1959年12月の録音。昨日、ご紹介した『Ray Bryant Plays』から、僅か1ヶ月後の録音。ちなみに、パーソネルは、Ray Bryant (p) Tommy Bryant (b) Oliver Jackson (ds)。当然、『Ray Bryant Plays』と同じ面子。
 
たった1ヶ月後の録音なのに、こちらの『Little Susie』は内容が濃い。収録曲すべてにおいて、ブライアントのピアノが乱舞している。恐らく、プロデュースの問題だろう。ブライアントのピアノの個性が最大限に発揮されていて、とても楽しい。
 
冒頭の表題曲「Little Susie」は、ブライアントの愛娘の為に作った曲。実に愛らしく躍動的なテーマをベースに、ブライアントのピアノの特徴である「アーシー、ファンキー、ゴスペル・フィーリング、強いタッチに強調されたオフ・ビート、良く歌う右手」が心ゆくまで堪能できる。
 
2曲目以降の演奏も、冒頭の「Little Susie」に勝るとも劣らない、ブライアントのピアノの特徴である、右手のアドリブの展開も特徴的で、オフビートを強調しつつ、右手の取り回しに含みと間を持たせつつ、一気にフレーズを弾き切るというドライブ感を増幅させる弾き方が「てんこ盛り」。
 
愛娘とのツーショットの写真も微笑ましいアルバム・ジャケットも良好で、このアルバムは、僕の大のお気に入り。
 
Ray_susie_heres
 
もう一枚は、1976年1月の録音になる。『Here's Ray Bryant』(写真右)。ちなみにパーソネルは、Ray Bryant (p) George Duvivier (b) Grady Tate (ds)。アルバム・ジャケットは、ちょっと殺風景だが、中身は素晴らしい。
 
ブライアントのリーダー作を見渡すと、特にトリオ作の場合、ベーシストとドラマーが第一線の名の通った一流どころでは無く、ほとんど無名に近いベーシストとドラマーをチョイスしていたことを不思議に思う。まあ、ブライアントのピアノ・トリオ盤の場合、ほとんど、ブライアントのピアノの独壇場になるので、まあ、ええっちゃあええんやけど・・・。
 
しかし、この『Here's Ray Bryant』は、ベースはジョージ・デュビビエ、ドラムはグラディ・テイトと、一流どころの人選で、しかも実に渋いチョイス。正直、この『Here's Ray Bryant』は、この一流どころのリズム・セクションのお陰で、実に締まった内容の、実に奥行きのある、上質のピアノ・トリオ盤に仕上がっている。
 
冒頭の「Girl Talk」は、ブライアントのピアノが前のめり過ぎて、かなりのオーバードライブな演奏になっているので、この曲の演奏だけ聴くと「残りの曲は大丈夫なのか」と不安になる方もいらっしゃるでしょうが、心配いりません。2曲目の「Good Morning Heartache」でしっかり落ち着きます。残りのハイテンポの曲も大丈夫。品の良いファンキー・ピアノで、それはそれは絶品です。
 
この『Here's Ray Bryant』は1976年の録音。パブロ・レーベルからのリリースで、僕がジャズ者初心者の頃、手に入り易いアルバムだったので、これは良く聴きました。スタンダード曲中心なんだけど、その選曲がなかなか粋で、ちょっと地味な曲もあるが、ファンキーでメリハリが効いたブライアントのダイナミックなピアノとがちょうど良い塩梅になって「良い感じ」。
 
ブライアントのピアノ・トリオ盤を聴き直して、彼のピアニストとしての個性は、実にユニークなものだった、と改めて思った。アーシー、ファンキー、ゴスペル・フィーリング、強いタッチに強調されたオフ・ビート、良く歌う右手。惜しいピアニストを亡くした。
 
 

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」、「v_matsuwa」で検索して下さい。

  

Fight_3
 
がんばろう日本、がんばろう東北。自分の出来ることから復興に協力しよう。

2011年6月 9日 (木曜日)

ブライアントの幻の名盤

レイ・ブライアント追悼週間も4日目である。今日は、レイ・ブライアントの幻の名盤と呼ばれていたアルバムについて語ります。
 
そのアルバムとは『Ray Bryant Plays』(写真左)。1959年11月の録音。ちなみにパーソネルは、Ray Bryant(p), Tommy Bryant(b), Oliver Jackson(ds)。トミー・ブライアントは、レイ・ブライアントの兄とのこと。ドラムのオリバー・ジャクソンは、僕にとっては無名。他のピアニストで、オリバー・ジャクソンがベースで参加した盤を知りません。
  
このアルバムは、Signature(シグネチャ)という、マイナー・レーベルからのリリースであったので、リリース枚数は少なく、直ぐに廃盤になったりで、LP時代は「幻の名盤」と呼ばれた。一時は、レコード店では30万円もした事もあったとのこと。LP時代には聴くことも出来ないので、それほどの内容なのかしら、と訝しく思ったりした。
 
CD時代になって復刻され、今ではもう皆が所有することができる普通の盤になってしまいました。でも、良い内容の盤であれば、それが一番良いことです。優れた内容の盤は、いつでもどこでも誰でも入手することができる環境が一番です。
 
さて、じゃあ、この『Ray Bryant Plays』は、本当に「名盤」なのか。僕の答は「否」。名盤というには、ちょっとなあ、って感じです。でも「佳作」ではあります。良い内容ではあります。しかし、ジャズの歴史に残るような「名盤」というものでは無い。でも、愛聴盤になりうる「佳作」ではあります。
 
Ray_bryant_plays
 
収録曲を見渡して見ると、4曲目の「Sneaking Around」のブライアントのオリジナルを除くと、残りは有名なスタンダード・ナンバーで固められて、聴き易いアルバムではあります。しかし、あまりに有名なスタンダード曲を平均3〜4分の短い演奏時間に押し込めて演奏しているので、レイ・ブライアントのピアノを心ゆくまで愛でる向きには、ちょっと欲求不満になりそうな内容です。
 
それと、有名スタンダード曲を演奏するあまり、レイ・ブライアントの個性全開とはいかなかった様で、タッチの強い、テンションの強い右手と、低音の響きを活かしたハンマー打法の様な左手の使い方が控えめ。よって、ちょっと聴くだけでは、レイ・ブライアントとは判らないところが、はっきり言って不満。
 
しかし、レイの兄貴のトミー・ブライアントのベースとオリバー・ジャクソンのドラムが地味ではあるけれど、なかなかのサポートしている。なので、ピアノ・トリオ盤としては良好。唯一、レイのピアノの個性が心ゆくまで堪能できないのが残念。レイのピアノの個性を愛でるのであれば、他にもっと良好な盤が多々ある。
 
「幻の名盤」。「幻」だからこそ「名盤」。「幻」の範疇での「名盤」。絶対的な内容の「名盤」であれば「幻」にならない。「幻の名盤」という言葉は罪作り。本当は「幻の盤」。「名盤」かどうかは聴いてみないと判らない。
 
それでも、この『Ray Bryant Plays』は「名盤」では無いが「内容良好」。愛聴盤になりうる「佳作」。レイ・ブライアントのファンとしては、ちょっと不満もあるけど、今でもたまにCD棚から引きずり出して聴き耳たてる、ちょっとだけ「愛聴盤」です。
 
 

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」、「v_matsuwa」で検索して下さい。

  

Fight_3
 
がんばろう日本、がんばろう東北。自分の出来ることから復興に協力しよう。

2011年6月 8日 (水曜日)

レイ・ブライアントの有名盤

レイ・ブライアントは、どうも日本では大人気とはいかなかった。そして、代表盤と言えば、この1957年4月に録音された『Ray Bryant Trio』(写真左)。このピアノ・トリオ盤だけが、ジャズ本に必ず挙げられる。
 
ちなみにパーソネルは、Ray Bryant(p),Ike Isaacs(b),Specs Wright(ds)。ベースとドラムは無名に近い、というか、僕にとっては完全に無名。このパーソネルだけ見れば、このアルバムが、レイ・ブライアントの優秀作とは思い難い。
 
冒頭のふくよかな哀愁と微かにファンクネス漂う「Golden Earrings」だけが突出してもてはやされるが、確かに、このスタンダード曲の演奏は優れている。「Golden Earrings」の決定的名演と言っても良い。この曲は、実に親しみ易く平易なテーマなので、普通に弾くと、カクテル・ピアノの様な、俗っぽい演奏になってしまう。そこで、レイ・ブライアントのピアノの特徴が活きてくる。
 
ブライアントのピアノの特徴は、オフビートを強調した、アーシーでゴスペルタッチなピアノが特徴で、その強調はタッチの強い、テンションの強い右手と、低音の響きを活かしたハンマー打法の様な左手の使い方が実に印象的。加えて、和音の分厚い響きと右手のシングルトーンとの明確な対比で、演奏曲の印象的な旋律を浮き立たせる、というところ。
 
このブライアントのピアノの特徴が、この親しみ易く平易なテーマで、ややもすれば、俗っぽくなってしまうこの「Golden Earrings」を、ふくよかな哀愁と微かにファンクネス漂う、趣味良くメリハリの効いた、聴き応えのある曲に昇華している。
 
Ray_bryant_trio
 
この『Ray Bryant Trio』は、ブライアントのピアノの特徴が随所に活きたピアノ・トリオ盤ということが出来る。「Golden Earrings」以降の収録曲を見渡すと、「Angel Eyes」や「Diango」「The Thrill Is Gone」「Sonar」など、先にご紹介した「Golden Earrings」の様な、普通に弾くと、カクテル・ピアノの様な、俗っぽい演奏になってしまいそうな危険性をはらんだ、ちょっと甘ったるい曲が並ぶ。
 
それらの「危険な曲」も、ブライアントのピアノの特徴で、「Golden Earrings」と同様に、ふくよかな哀愁と微かにファンクネス漂う、趣味良くメリハリの効いた、聴き応えのある曲に仕上がっている。この辺りが、このトリオ盤が優秀と言われるところだろう。
  
他の曲は、ブルージー、ファンキー、そして、爽快なドライブ感というブライアントの得意とするところを余すことなく発揮できる曲になる。これらの曲で、ブライアント本来の個性が心置きなく堪能出来る。「Blues Changes」「Splittin'」「Daahoud」の3曲の演奏にこそ、若き日のブライアントの個性が煌めいている。僕は、この3曲が大好きだ。 
 
確かに良く出来たトリオ盤だと思う。確かに聴き易いし、判り易い。しかし、1957年の録音が、つい最近まで活躍していたジャズメンの代表作とは、ちと失礼ではないかと思う。
 
ブライアントのピアノは、アーシーでゴスペルタッチ、そしてファンキー。ノリの良い、判り易い、聴いていて楽しいピアノが身上。テクニックを極めるタイプでは無く、演奏を楽しく聴かせるタイプ。ジャズの求道派では無く、ジャズの大衆派。その辺りが、日本の硬派なジャズ者の方々に受けなかったのではないか、と睨んでいる。
 
でも、僕は、このとにかく判り易い、聴いていて楽しいブライアントのピアノが大好きだ。演奏を気持ち良く、楽しく聴けることも、音楽にとって大切なことである。
 
 
★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」、「v_matsuwa」で検索して下さい。
  

Fight_3
 
がんばろう日本、がんばろう東北。自分の出来ることから復興に協力しよう。
 

2011年6月 7日 (火曜日)

僕の一番好きなブライアント

さて、今日も昨日に引き続き、レイ・ブライアント追悼特集である。今日は、僕の一番好きなブライアントのアルバムをご紹介したい。
   
昨日も書いたが、ブライアントのピアノは、右手のアドリブの展開も特徴的で、オフビートを強調しつつ、右手の取り回しに含みと間を持たせつつ、一気にフレーズを弾き切るというドライブ感を増幅させる弾き方は、ブライアント独特の弾き方。ファンキーさが増幅され、演奏のメリハリが際立つ。
 
メリハリが効いていて、ビートのノリが良く、スピード感溢れ、歌心も豊か。聴いていて、とにかく判り易い。この判り易さが、どうしても日本のジャズ者ベテランの方々にはお気に召さない部分らしく、日本では、ジャズ・ジャイアントとしての扱いは受けていない。玄人好みといったところかな。
 
この判り易さが最大限に発揮され、オフビートを強調しつつ、右手の取り回しに含みと間を持たせつつ、一気にフレーズを弾き切るというドライブ感が上品に典雅に昇華された、絶品なアルバムがある。1987年にリリースされた『Plays Basie & Ellington』(写真左)。ちなみにパーソネルは、Ray Bryant (p), Rufus Reid (b), Freddie Waits (ds)。
 
収録された曲を見渡すと、カウント・ベイシーとデューク・エリントンという、ジャズ界を代表するビッグ・バンドの総帥の名曲がズラリと並んでいる。所謂「企画盤」である。どの曲も魅力的な曲ばかり。さて、この名曲達を、ブライアント・トリオがどう料理するか。
 
Basie_and_ellington
 
冒頭の「Jive at Five」のベースとドラムの前奏を聴くだけで、もう、このアルバムが「優れた内容」の予感がする。そして、強いアタックで強いタッチのブライアントの右手がテーマの旋律を奏でる。そして、合いの手を入れるように、左手の低音が楔のように「ガーン」と入って、そのビート感に乗って、トリオ全体が爽やかな疾走を始める。素晴らしいドライブ感。
 
そして、このアルバムの特徴は、このドライブ感を前面に押し出した、大ファンキー大会のようなノリノリ状態になること無く、余裕のあるコントロールで、実に聴き応えのあるインプロビゼーションを披露していること。「間」を活かし、「ため」を活かし、「緩急」を活かし、余裕のあるドライブ感で、ベイシーとエリントンの名曲を丁寧に「料理」していく。
 
ウエイツのドラムが、乾いたビートを供給する分、ブライアントのピアノのファンキーさが抑え気味なっているのも好要素。そして、リードの重量感のある堅実なベースがトリオ演奏の底をガッチリ支えているので、ブライアントの左手の強い低音も控えめで、効果的な瞬間にだけ「ゴーン」とくるところが、これまた効果的。
 
このアルバムは絶品です。1980年代のレイ・ブライアントの最高傑作でしょう。とにかく大好きなピアノ・トリオ盤で、1987年のリリース以来、かなり聴き込んでいます。加えて、録音状態が良好で、今でもオーディオ・チェックには欠かさない優れもの。
  
ブライアントのピアノが実に良い音で鳴る。ベースはブンブンと心地良い低音を響かせ、ドラムはカーンと乾いた爽やかなビートを叩き出す。このピアノ・トリオ、かなり心地良し。
 
 
★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」、「v_matsuwa」で検索して下さい。
  

Fight_3
 
がんばろう日本、がんばろう東北。自分の出来ることから復興に協力しよう。

2011年6月 6日 (月曜日)

レイ・ブライアントの出世作

僕の大好きなジャズ・ピアニストの一人、レイ・ブライアントが、2011年6月2日に逝去されたとのこと。う〜ん、ショックである。これは大ショックだ。辛い。
 
彼のピアノ・スタイルは、それまでの「パウエル派」とは一戦を画する。パウエル派は、演奏テクニックを前面に押し出した「技の披露」がメインで、短い演奏時間の間で、どれだけ優れた演奏テクニックを駆使して、インプロビゼーションを繰り広げるかがポイントだった。
 
しかし、ハードバップ定着後は、テクニックの披露というアクロバティックなものでは無く、演奏時間が長くなり、アレンジの重要性に重きを置いたハードバップの演奏マナーの中で、如何に演奏を聴かせるか、気持ち良く鑑賞して貰えるか、が主眼となった。テクニックの披露という「芸」の世界から、演奏を如何に聴かせるかという「鑑賞」の世界への転換。
 
レイ・ブライアントのピアノは、明らかに後者のスタイルで、演奏を如何に聴かせるかという「鑑賞」の世界への適用に重点が置かれている。ブライアントのピアノは、オフビートを強調した、アーシーでゴスペルタッチなピアノが特徴で、その強調はタッチの強い、テンションの強い右手と、低音の響きを活かしたハンマー打法の様な左手の使い方が実に印象的。加えて、和音の分厚い響きと右手のシングルトーンとの明確な対比で、演奏曲の印象的な旋律を浮き立たせる。
 
右手のアドリブの展開も特徴的で、オフビートを強調しつつ、右手の取り回しに含みと間を持たせつつ、一気にフレーズを弾き切るというドライブ感を増幅させる弾き方は、ブライアント独特の弾き方。ファンキーさが増幅され、演奏のメリハリが際立つ。
 
そんなレイ・ブライアントのピアノの特徴が際立って発揮されたアルバムが、1972年6月のモントルー・ジャズ・フェスティバルで繰り広げられた、レイ・ブライアントのソロ・パフォーマンスを捉えた『Alone at Montreux』(写真左)。
 
Aloneat_montreux
  
冒頭の「Gotta Travel On」のアーシーでゴスペルタッチなピアノを聴くだけで、もう「メロメロ」である(笑)。続くどの曲も、ラグタイムからブルースそしてジャズという、ジャズ・ピアノの歴史を総括した様な内容で、とにかくノリの良さが抜群。タッチの強い、テンションの強い右手と、低音の響きを活かしたハンマー打法の様な左手の使い方に、思わず喝采の声を上げる。
 
このレイ・ブライアントのソロ・ライブは、事前に予定されたものでは無かった。もともとは、オスカー・ピーターソンのトリオが出演予定だったのが、ピーターソンのドタキャンにより、ブライアントに白羽の矢が立った。ブライアントとて、ベーシストとドラマーを調達し、リハーサルする時間的余裕は無い。ブライアントは一念発起、ソロ・パフォーマンスでの勝負を挑む。
 
なんだか小説のような話だが、これ、ホントの話。ブライアントのこのソロ・パフォーマンスでの勝負に勝ち、このソロ・パフォーマンスを収録したライブ盤『Alone at Montreux』は、彼の出世作となった。
 
レイ・ブライアントは、僕にとって、ビル・エバンス、チック・コリアについで、3番目にお気に入りとなったピアニスト。レイとの付き合いは古い。僕は、このライブ盤『Alone at Montreux』で初めて、レイ・ブライアントに出会った。あれから幾年月、かれこれ、30年以上に遡る。とにかく判り易い、聴いていて楽しいピアニストだった。
 
アルバム・ジャケットも印象的。ブライアントの両手を拡げたポーズは実に印象的。学生時代、例の秘密の喫茶店に行って、このアルバムをリクエストする時は、このジャケットのブライアントのポーズを真似するだけで、ママさんに通じた(笑)。そして、数分して、冒頭の「Gotta Travel On」のアーシーな前奏が店内に鳴り響いて、思わず「キターっ」って思うのだ。
 
 
★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」、「v_matsuwa」で検索して下さい。
  

Fight_3
 
がんばろう日本、がんばろう東北。自分の出来ることから復興に協力しよう。

2011年6月 5日 (日曜日)

「イーグルス」の終焉モニュメント

イーグルスと言えば、米国西海岸ロックの代表的バンドのひとつ。一般的には、イーグルスと言えば、やはり『Hotel California』というアルバムを連想される方が大多数だろう。

このアルバムは非常に罪作りなアルバムで、ロックの限界と終焉を示したアルバムとして位置づけられている。しかし、このアルバムは、耳障りの良い、脳天気な「フォーク・ロックな音」から、AORを意識した、ハードでアーバンな音を内包した「大人のロック」に転身しようとしたアルバムであり、歌詞の内容があまりに「大人」だった為に、伝説のロック・アルバムとして祭り上げられた「きらい」がある。

「ホテル・カルフォルニア」という曲が、シングル・カットされたのは、当初、日本の話で(歌詞が英語で、歌詞の内容がよく判らないまま、曲の雰囲気だけを重視する日本ならではの仕業だけど・・・・)、アルバムがリリースされてから半年も後の話。遅れて、米国でもシングル・カットされて、これが大ヒットとなる訳だけど、歌詞の内容からして、はたして、イーグルスにとって、米国にとってよかったことなのか、今でも疑問を感じる。

まあ、日本では、英語の歌詞が判らないから、そんなことお構いなしで、ガンガン売れたが、なんだか、こんなところに日本の音楽産業の貧しさと卑しさが見え隠れして、当時、なんだか、いや〜な感じを抱いたのを覚えている。

恐らく、イーグルスのメンバーからすると、恐らく、ロックの限界と終焉を示そうとして作ったアルバムでは無かったと思うが、これが、メンバーの意図しないところで、伝説のロック・アルバムとして祭り上げられ、その売上たるや莫大なものになる。当然、世の中から、次のアルバムに過大な期待がかかる。

相当なプレッシャーだったと思う。『Hotel California』後、3年間の時間が経過して、やっとリリースされたアルバムが『The Long Run』(写真左)。このアルバムはひどかった。アルバムのA面に針を落とした瞬間から「???」。
 
 
The_long_run

 
ゆるゆるなギター、中途半端なリズム、贅肉だらけのコーラス。当時、人間って豊かになるとこうなるのか、と唖然としたものだが、豊かになったから、ということでは無く、バンドとして音作りの方向性が見いだせなくなった、ということだろう。

とにかく、この『The Long Run』がリリースされた1979年、1960年代後半から積み上げられてきた「ロック」というジャンルは、既に、その精神、方向性を見失い、崩壊していたのだろう。とにかく、いいところを見いだそうとしても、それを上回る問題点が見えてしまうわけで、当時、大いに評価に困ったものだ。

『The Long Run』に収録された楽曲を見渡しても、ほどんど、本来のイーグルスらしいナンバーは無い。カリフォルニアを感じられる米国西海岸ロックの爽快感、疾走感は全く感じられない。ダークでアーバンなAORならではの官能美だけが見え隠れする楽曲が多い。この『The Long Run』での音作りは、もはや従来からのイーグルスの音ではない。

といって、新しいイーグルスの音として、何かが新しく生まれている訳では無い。イーグルスにとって、このアルバムがオリジナル・アルバムの最後、というのが、痛いほど感じる事が出来る、気怠く退廃的な雰囲気が充満している。さすがに、そこそこの完成度は維持しているんだが、イーグルスのアルバムとしては評価するのは、かなり苦しい内容だ。1979年という時代のイーグルスとしての歴史的事実としての価値はあるとは思うが・・・。

そんな中でも、「I Can't Tell You Why」「Heartache Tonight」の2曲は、アーバンなAORとして秀逸なナンバーだとは思う。そして、物悲しいのはラストの「The Sad Cafe」。「The Sad Cafe」とは、ロスはハリウッドのライブ・ハウス「トルバドール」のこと。イーグルスが、米国西海岸ロックが生まれ育った「ホームグラウンド」の終焉を悲しく歌い上げている。

その後、イーグルスは、これまた、ひどい内容のライブ・アルバムをリリースし、文字どおり、「ひとりでズッコケて、ひとりで解散していった」のである。82年5月正式に解散が発表される。
  
 
★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」、「v_matsuwa」で検索して下さい。
  

Fight_3
 
がんばろう日本、がんばろう東北。自分の出来ることから復興に協力しよう。
 

2011年6月 4日 (土曜日)

Coda:誤訳だけれど「最終楽章」

レッド・ツェッペリン(略称:ZEP)のスタジオ録音盤の最終回。1982年11月に発売された『Coda(邦題:最終楽章)』(写真左)。しかし、このアルバムが、ZEPの正式なスタジオ録音盤とするには、ちょっとばかし異論がある、このZEPの最後のアルバムは、ジャズでいう「アウトテイク集」である。

しかし、1980年9月24日のドラマーのジョン・ボーナムの事故死は突然だった。しかも、その死因が、過剰飲酒後の就寝時に吐瀉物が喉に詰まったための窒息死、という、ちょっと「おマヌケ」なもので、それはそれでショックだった。ボーナム一人の個人的な理由、そんなつまらない理由で死んでしまって、しかも、そのお陰で、ZEPの活動は停止するに至った。事実、ZEPは、1980年12月4日に解散を表明した。

確かに、ボーナムのドラミングは唯一無二であり、ZEPの音楽に必要欠くべからざるものである。ボーナムを失って、ZEPの音が出せない、だから解散する。この理由はZEPファンにとっては、至極当たり前の、至極説得力のある解散の理由だった。

その解散から、おおよそ2年後、解散したはずのZEPは突如としてアルバムをリリースする。レコード会社との契約が理由なんだが、ロックの世界では、ほとんど前例の無い、「アウトテイクを集め、編集し、オーバーダブを施して、アルバムに仕立てる」ってなことをZEPの残った3人は行った。その成果が、この『Coda(邦題:最終楽章)』である。しかも、2年も経っていながら、副題に「ジョーン・ボーナム追悼盤」というオマケまでついた。全く持って商魂たくましいものである(笑)。

ジミー・ペイジが、1969年〜78年の間の録音から選曲している。先にリリースした『フィジカル・グラフィティ』にも、過去のアウトテイクを持ってきて、2枚組の大傑作に仕立て上げた経緯があり、さすがにあまり良い出来の曲は残ってなかったようだ。個々の曲を見渡して見ると・・・。

Side A
1.ウィアー・ゴナ・グルーヴ:
1970年1月9日のロイヤル・アルバート・ホールでのイブ。
2.プア・トム:1970年6月5日、オリンピック・スタジオで録音。
3.君から離れられない:
1970年1月9日、ロイヤル・アルバート・ホールでのライブ。
4.ウォルターズ・ウォーク:
1972年5月15日、スターグローヴスで録音。

Side B
1.オゾン・ベイビー:1978年11月14日、ポーラー・スタジオで録音。
2.ダーリーン:1978年11月16日、ポーラー・スタジオで録音。
3.モントルーのボンゾ:
1976年9月12日、モントルーのマウンテン・スタジオで録音。
4.ウェアリング・アンド・ティアリング
:1978年11月21日、ポーラー・スタジオで録音。
 

Coda
 
ちなみに、A-2の「プア・トム」は『Ⅲ』のアウトテイク。A-4の「ウォルターズ・ウォーク」は『聖なる館』のアウトテイク。B面になると、これはもうあからさまなアウトテイク集で、B-3の「モントルーのボンゾ」以外の3曲は、前作『イン・スルー・ジ・アウト・ドア』のアウトテイクである。

なお1993年9月、『コンプリート・スタジオ・レコーディングス』ボックス・セットが発売された際、上記8曲に加えて次の4曲のアウトテイクが本アルバムに一緒に収録されている。しかし、この4曲のアウトテイクは、このボックスセットと、2007年に日本で紙ジャケ仕様で発売された盤以外は収録されていない模様。購入時には十分収録曲を確認して、後悔の無いようにして欲しい。

1.ベイビー・カム・オン・ホーム:
1968年10月10日、オリンピック・スタジオで録音。
2.トラベリング・リバーサイド・ブルース:
1969年6月23日、BBCのスタジオで録音。
3.ホワイト・サマー/ブラック・マウンテン・サイド:
1969年6月27日、ロンドンのプレイハウス・シアターで録音。
4.ヘイ・ヘイ・ホワット・キャン・アイ・ドゥ:
1970年、アイランド・スタジオで録音。

さすがに、曲の出来、演奏の内容は、既出のスタジオ録音盤に収録されている曲や演奏と比べると、1段から数段落ちるのは否めない。アウトテイク集なので、ハイライトとなる楽曲が無く、アルバム全体にメリハリが効いておらず、聴き通すのがちょっと辛いところもある。編集もオーバーダブも平凡なものであり、この時点でもジミー・ペイジは不調から脱していなかったことが想像できる。

このアルバムがリリースされた頃は、僕はもう社会人でした。この『Coda(邦題:最終楽章)』リリースの報に触れた時は、「何をいまさら・・・」と思いました。発売当時は完全無視。ZEPのアルバムの中で、発売のタイミングで購入に至らなかったZEPのアルバムは、後にも先にもこの『Coda』だけです。それだけ、ZEPの解散はショッキングな出来事でしたし、ZEPの解散で、なぜか「これで1970年代ロックは終わった」と強く思いました。

『Coda(邦題:最終楽章)』を初めて手にして、初めて聴いたのは、1993年9月、『コンプリート・スタジオ・レコーディングス』ボックス・セットを購入した時点でした。確かに、演奏については、ZEPとしては「ちょっぴり平凡」。

それでも、さすがZEPと思わせてくれたのは、この様々な時期からの音源のチョイスなのにも拘わらず、しっかりとした、ZEP色とでも言おうか、ZEPならではの「音の統一感」が存在するということ。このアウトテイク集も、どの曲から聴いても、どの曲だけ聴いても、ZEPの手なる演奏であるということは、ワンフレーズ〜数フレーズ聴くだけで判別できる。この「個性」は永遠に素晴らしいものであり、この「個性」は孤高のものであり、ロック界を見渡しても「唯一無二」のものであった。
 
ちなみに、アルバムタイトルの「Coda(コーダ)」であるが、邦訳が「最終楽章」とあるが、これは間違い。「コーダ」とは、音楽用語で「楽章終結部」の意であって「最終楽章」では無い。どう見ても「誤訳」なんだが、雰囲気が伝われば良い、という、実に日本のレコード会社らしい安易さである。
 
 

がんばろう日本、がんばろう東北。自分の出来ることから復興に協力しよう。震災についての状況や松和のマスターの周りの様子や気持ちなどは、毎日、出来る限り、Twitterにて、つぶやくようにしました。

ユーザー名は「v_matsuwa」、名称は「松和のマスター」でつぶやいています。ユーザー名「v_matsuwa」で検索して下さい。 

Fight_3

★Twitterで、松和のマスターが呟く。検索で「松和のマスター」を検索してみて下さい。名称「松和のマスター」でつぶやいております。

2011年6月 1日 (水曜日)

時には的外れな評価もある

先月5月10日のブログで、久々に、マル・ウォルドロンのアルバムをご紹介した。そう言えば、暫く、マル・ウォルドロンの存在を忘れていたので、ちょっと集中して聴き直している。加えて、マル・ウォルドロンについてのお勉強も「仕直し」。
  
僕が学生時代の頃、マル・ウォルドロンの代表作に、『MAL-1』(写真左)を一番に挙げているジャズ入門本がほとんどだった。今はどうかな、と思って、いろいろジャズ本を読み直してみても、やっぱり『MAL-1』を代表作の一番に挙げているジャズ本がまだある(笑)。
 
なんだか無責任は評価やなあ、と思う。マルの良さは、やはり彼の特徴的なピアノにある。マルのタッチは硬質で端正。しかし、その硬質なタッチの底に、もやっとした黒いブルージーな雰囲気が横たわっている。そして、端正な弾きこなしの端々にラフな指さばきが見え隠れする。この「黒い情感と適度なラフさ」がマルの特徴。この「黒い情感と適度なラフさ」に一旦はまると、なかなか抜け出せない。暫くは「マルの虜」になる(笑)。
 
しかし、『MAL-1』では、フロント2管のクインテット構成が故、このマルの「黒い情感と適度なラフさ」が、アンサンブルとフロントのソロに隠れて楽しめない。マルは伴奏上手と言われるが、この『MAL-1』を聴く限り、それがマルの特徴と言えるまでのものではない。じゃあ、なぜ『MAL-1』がマルの代表作に挙げられるのだろう。
 
『MAL-1』の評価のほとんどが、マルのアレンジの才能に着目しての代表作という触れ込み。ん〜っ、そんなに優れたアレンジかしら。
 
Mal_1
 
確かに、アンサンブルやハーモニーには工夫が見えて、なかなか心地良い雰囲気ではあるが、これがマルのアレンジ、と言えるような特徴がある訳では無い。アレンジという面で考えると、マルと同等の、もしくは、もっと優れたアレンジを施すピアニストは沢山いる。
 
逆に、余りにアレンジされ、マルのリーダーとしてのコントロールが行き渡っている分、ハードバップとしてのエネルギーある演奏では無くなっている。といって、冷静知的な雰囲気にまで達している訳でも無い。なんとなく中途半端なアレンジ&リーダーシップである。

ちなみに、パーソネルを見渡すと、Mal Waldron(p), Idrees Sulieman(tp), Gigi Gryce(as), Julian Euell(b), Arthur Edgehill(ds) のクインテット構成で、マル以外のメンバーについては、実績・テクニック共に、やや弱さが感じられるメンバーである。このメンバー構成で、アレンジを施し、そのアレンジ通りに演奏をコントロールしたら、そりゃあ中途半端な演奏になる。
 
それでも、このアルバム、過去に「スイングジャーナル選定ゴールドディスク」に選ばれているんですよね。まあ、人それぞれ感じ方が違うので、様々な評価・評論があっても全く問題無いと思いますが、この『MAL-1』の評価、マルのアレンジの才能に対しての高い評価を目にする度に、時には的外れな評価もあるもんやな、と思います。
 
僕は、マル・ウォルドロンというピアニストを聴く時、彼のアレンジの才を感じる必要な無いと思う。彼のピアニストとしての個性を感じることが、一番、マルを愛でることにつながる。マルを感じるには、ピアノ・トリオか、ソロ・ピアノが一番。カルテット以上の構成はマルを楽しむにはちょっと向かないのではないかと思う。
 
それほど、マルのピアノは個性的です。また、近いうちにマルのピアノを愛でるに相応しいアルバムを何枚かご紹介したいと思います。
 
 

がんばろう日本、がんばろう東北。自分の出来ることから復興に協力しよう。震災についての状況や松和のマスターの周りの様子や気持ちなどは、毎日、出来る限り、Twitterにて、つぶやくようにしました。

ユーザー名は「v_matsuwa」、名称は「松和のマスター」でつぶやいています。ユーザー名「v_matsuwa」で検索して下さい。 

Fight_3

★Twitterで、松和のマスターが呟く。検索で「松和のマスター」を検索してみて下さい。名称「松和のマスター」でつぶやいております。

« 2011年5月 | トップページ | 2011年7月 »

リンク

  • まだまだロックキッズ(バーチャル音楽喫茶『松和』別館)
    この「松和・別館」では、懐かしの「1970年代のロック」盤の感想や思い出を率直に語ります。これまでの、ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログの中で不定期に掲載した、70年代ロックの記事を修正加筆して集約していきます。
  • 松和の「青春のかけら達」(バーチャル音楽喫茶『松和』別館)
    この「松和・別館」では、懐かしの「1970年代のJポップ」、いわゆるニューミュージック・フォーク盤の感想や思い出を率直に語ります。これまでの、ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログの中で不定期に掲載した、70年代Jポップの記事を修正加筆して集約していきます。           
  • AORの風に吹かれて(バーチャル音楽喫茶『松和』別館)
    AORとは、Adult-Oriented Rockの略語。一言でいうと「大人向けのロック」。ロックがポップスやジャズ、ファンクなどさまざまな音楽と融合し、大人の鑑賞にも堪えうるクオリティの高いロックがAOR。これまでの、ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログの中で不定期に掲載した、AORの記事を修正加筆して集約していきます。  
2021年4月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

カテゴリー