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2011年4月の記事

2011年4月30日 (土曜日)

Physical Graffitiの聴き方・2

昨日は、1975年当時、既にCDの時代であったなら、この6枚目のアルバム用に書かれた8曲は、そのまま、1枚のアルバムとして収録された可能性がある。それでは、どういう曲順で、この8曲を並べるか。という発想が楽しい企画話をご紹介した。

しかし、この企画話には続きがある。それは、このコラム記事の作者オリジナルな続き話で、今度は、この6枚目のアルバム『Physical Graffiti』用に書かれた8曲から、どうしても、LP1枚で収録せざるを得なかった場合、この『Physical Graffiti』用に書かれた8曲から、どの曲を選択して、LPのA面、B面に配置するか、という話。
  
これもなかなか興味深い話で、過去のアルバムのアウトテイクや他のセッションで制作された曲に大した曲が無かったとしたら、当時、ZEPは、この「『Physical Graffiti』用に書かれた8曲から、どの曲を選択して、LPのA面、B面に配置するか」という状況に追い込まれていた可能性がある。
 
さて、その企画話の筆者は、どのような選択をし、どうような曲配置をしたのか。
 
A-1. Custard Pie
A-2. The Wanton Song
A-3. In My Time Of Dying

B-1. Trampled Under Foot
B-2. Kashmir
B-3. Sick Again
 
「In The Light」と「Ten Years Gone」が落選。「Trampled Under Foot」と「In My Time Of Dying」と順番が入れ替わっているが、これはLPの片面の収録時間を考慮した調整。ジミー・ペイジが「この曲は、この『Physical Graffiti』の中でも、キーとなった曲だ」と指摘した「In The Light」せざるを得ないこの選択は、ZEPとして断腸の思いだろうし、「In The Light」ファンの僕としても、その辛い思いは同じ。
 
Fhysical_graffiti_2
 
こいつはちょっと無理があるなあ。でも、LP時代の1975年当時であれば、しかも、当時、世界で人気ナンバー1のハードロックバンドの新譜である。多少の不具合があっても売れるに決まっている。断腸の思いをしても、それを押し殺して、この6曲構成、LP1枚に納めてリリースに踏み切った可能性は大いにある、と思っている。
 
しかし、この6曲選択の曲順を一連の流れとして聴くと、これはこれで「あり」かなと思います。あくまで、オープニングの2曲は「Custard Pie」「The Wanton Song」は不動(笑)。確かに、この2曲は良く出来ている。しかも、この順に並べると、さらに双方の曲の魅力が相乗効果的に増すから不思議。

「In The Light」と「Ten Years Gone」の存在を僕たちは知っているんで、ちょっと無理があると思いますが、この「In The Light」と「Ten Years Gone」の2曲の存在と内容を知らなければ、これはこれで十分に当時、受け入れたと思います。
 罪作りな、優れた内容だった「過去のアルバムのアウトテイクや他のセッションで制作された曲」の存在が悪かったのか、はたまた、その存在が良かったが故に、2枚組の大作であり大傑作が生まれたのか、この『Physical Graffiti』に纏わる話はまだまだ尽きない。
 
それほどに、この『Physical Graffiti』は大傑作だと言うことだろう。これだけの曲選択、曲順変更に耐える楽曲が15曲あったこと自体が「ロック界の奇跡」と呼んで良い事実だと思います。
 
 
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2011年4月29日 (金曜日)

Physical Graffitiの聴き方・1

去る25日の夜、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の主力機、MacBook Pro 15がぶっ壊れて、以来、音楽的にはロックな日々が続いた。そう言えば、まだ、Led Zeppelinの聴き直しを終えていなかった。が、ここで、この聴き直しについて、ちょっと「寄り道」をしてみようと思う。

6枚目のオリジナル・アルバム、正式名称は『Physical Graffiti』。当初、この6枚目のアルバム用に書かれた曲は以下の8曲。

・Custard Pie
・In My Time Of Dying
・Trampled Under Foot
・Kashmir
・In The Light
・Ten Years Gone
・The Wanton Song
・Sick Again

が、大作が多すぎて、どう並べてもアルバム1枚の容量では収まらない。そこで、過去のアルバムのアウトテイクや他のセッションで制作された曲から7曲をピックアップ。その7曲を加えて出来上がったのが、2枚組の大作であり大傑作の『Physical Graffiti』である。

当時、LP1枚、片面収録が23分程度が限度。ZEPの様な大音量のハードロックの場合、あまり詰め込みすぎると針飛びがするので、片面収録20分程度が限度。確かに、この6枚目のアルバム用に書かれた曲は以下の8曲は、どうしたって、いずれかの曲をカットして時間短縮を図るしか、LP1枚に収録することが出来無い。逆に、いずれの曲もミックスを含めて完成度が高く、時間短縮が出来る曲は無いし、どの曲も時間短縮しては完成度が著しく落ちる。
 
Graffiti8
 
しかし、現在はLPの時代では無く、CDの時代である。CD1枚で最長74分程度の連続収録が可能となった。ということは、1975年当時、既にCDの時代であったなら、この6枚目のアルバム用に書かれた曲は以下の8曲は、そのまま、1枚のアルバムとして収録された可能性がある。それでは、どういう曲順で、この8曲を並べるか。

どこの月刊誌か失念してしまったが、そんなコラム記事が載っていて、読んだ瞬間、これは面白いなあ、と思った。確かに、この6枚目のアルバム『Physical Graffiti』用に書かれた8曲は、他の過去のアルバムのアウトテイクや他のセッションで制作された曲とは、やはり「趣」が違う。では、その雑誌で書かれていた曲順とは・・・。

1. Custard Pie
2. The Wanton Song
3. Trampled Under Foot
4. In My Time Of Dying
5. In The Light
6. Ten Years Gone
7. Kashmir
8. Sick Again

なるほど。著者も書いていたが、1曲目の「Custard Pie」と2曲目の「The Wanton Song」の繋がり、というか「座り」がとても良い。プログレッシブな大曲「In The Light」と「Kashmir」のポジション取りも良く、特に、ジミー・ペイジが「この曲は、この『Physical Graffiti』の中でも、キーとなった曲だ」と指摘した「In The Light」をど真ん中に持ってきて、じっくりと聴かせるところも良い。なかなか秀逸な曲順ではないだろうか。

発想が楽しい企画ですね。1975年当時、既にCDの時代であったなら、この6枚目のアルバム用に書かれた8曲は、そのまま、1枚のアルバムとして収録された可能性がある。それでは、どういう曲順で、この8曲を並べるか。僕は、iTunesのプレイリストを使って、この8曲の曲順を組んで、違った角度で『Physical Graffiti』を楽しんでいます。
 

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2011年4月28日 (木曜日)

ピアノ職人は優れたベースと組む

名盤請負人、ジャズ・ピアノの職人、トミー・フラナガンは、僕の大のお気に入り。愛称トミフラ。名盤あるところにトミフラあり、トミフラに駄盤無し、と良く言われるが、けだし「名言」。パーソネルにトミフラの名前を確認出来れば、その盤は期待を裏切らない。特に、ピアノ・トリオは絶対に大丈夫だ。

特に、トミフラの場合、良きベーシストと組むと、その「職人魂」は一層引き立つ。良くトミフラは「伴奏の名手」で、伴奏に回ってこそ、バックに回ってこそ、その実力を遺憾なく発揮する、などという、もっともらしく、酷い「誤解」的な評論があったりするが、とんでもない。1970年代半ばまで、トミフラのリーダー・アルバムが僅少だったことが主な理由なんだが、とんでもない評論をする人もいたもんだ。

また、トミフラは派手な、ポリリズムを駆使した超絶技巧な激情派ドラマーと組むと、ドラマーの音にあわせて、無理矢理マッチョな、バップ奏者の様な、激しく力強いタッチのピアノを弾かされてしまうので「好ましくない」などどいう、これまた、とんでもない誤解があったりするが、何を隠そう、トミフラは「ハード・バピッシュな」ピアニストである。彼のタッチは、バップ・ピアニストのそれであり、力強いフレーズは、これまた、トミフラの個性のひとつでもあるのだ。

力強いタッチ、流麗なフレーズ、小粋な指回し、絶妙の間合い、これらがひとつとなって、トミフラの個性を形成している。

そのトミフラの個性は、ポリリズムを駆使した超絶技巧な激情派ドラマーなどでは揺らがない。というか、トミフラのタッチと流麗なフレーズを考えれば、柔なドラマーだとトミフラのバックは勤まらない。ドラマーよりも、トミフラの個性を良い方向へ増幅させるッ鍵を握っているのは、僕は「ベーシスト」だと睨んでいる。

ここに、Tommy Flanagan Trioの『Jazz Poet』というアルバムがある。ピアノ・トリオの佳作。私、松和のマスターが長年、密かに愛聴してやまない優れもの。トミフラに駄盤無しと言うが、優れたベースとドラムが伴えば「無敵」という好例だと思う。
 

Jazz_poet

 
ちなみにパーソネルは、Tommy Flanagan (p), George Marz (b), Kenny Washington (ds)。1989年1月17日、19日の録音。録音場所は「Englewood Cliffs, New Jersey」とあるので、録音技師は、かの「ルディー・バン・ゲルダー」である。

ドラムのケニー・ワシントンは、ポリリズムを駆使した超絶技巧な激情派ドラマー。ポリリズムを駆使した超絶技巧な激情派ドラマーの総本山、エルビン・ジョーンズに非常に良く似たドラミングを披露する。うっかり聴いていると、エルビンとキッチリ間違えて聴き込んでしまう。

そして、秀逸なのが、ベーシストのジョージ・ムラーツ。ブンブンと心地良く響く胴鳴りに、ピッチの気持ち良くあった、タイトで太いベース音。テクニック優秀、いかなる場面でも、いかなる展開でも破綻の無い、堅実かつ豪放磊落なベースが実に素晴らしい。これだけ、太く安定したベーシストに恵まれると、ピアノは右手中心の旋律に集中できるのか、このアルバムのトミフラは、いつになく小粋で、いつになくホットなアドリブを随所で聴かせてくれる。

そうですね、どの曲も、どの演奏も良いですね。この『Jazz Poet』の中に収録された演奏は、どの演奏も優れたもので、3者共に、非常に優れた演奏を繰り広げていて、それはそれは、上質なピアノ・トリオ演奏を聴かせてくれます。

「ピアノ職人は優れたベースと組む」。ジャズ・ピアノの職人と呼ばれる範疇のジャズ・ピアニストは、ベーシストを選ぶのかもしれませんね。確かにそうかもな。ビル・エバンスにスコット・ラファロ。ハービー・ハンコックにロン・カーター、チック・コリアにスタンリー・クラーク。レッド・ガーランドにポール・チェンバース等々。優れたジャズ・ピアニストの傍らには、相棒と呼ばれる優れたベーシストが必ず横に寄り添っている。

『Jazz Post』、訳すと「ジャズ詩人」。このアルバムでのトミフラのピアノの語り口は確かに「詩的」。このアルバム・タイトルって、なかなかに「言い得て妙」である。

 

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2011年4月25日 (月曜日)

実に硬派な欧州風ジャズである

ジョージ・ムラーツのベースの威力を感じ取ったのは、この『QUEST』(写真左)。このアルバムで、ジョージ・ムラーツの名を知った。

Dave Liebman (ss,a-fl), Richie Beirach (p), George Mraz (b), Al Foster (ds)というECM系のスーパースターが終結したスーパーバンド、「QUEST」の1981年のデビューアルバムです。

このアルバムを手に取ったのは、当時はディブ・リーブマンが目当て。1970年代、エレクトリック・マイルス・バンドの重要メンバーとして先鋭的なサックスを吹きまくったディブ・リーブマンである。そのディブ・リーブマンがメインストリームなジャズをやるのだ。これは聴きたいなあ、と思うのは当たり前。

しかも、ドラムのアル・フォスターも1970年代、エレクトリック・マイルス・バンドの重要メンバーである。そんなアル・フォスターがメインストリームなジャズをやるのだ。うへ〜っ、と思った。

そして、リッチー・バイラークは、ジャズ者初心者の当時、お気に入りのピアニストの一人。手数の多い、テクニック旺盛でありながら、良く唄うバイラークのピアノは、ジャズ者初心者の僕にとって判り易く、親しみ易いピアニストの一人だった。そんなバイラークがメインストリームなジャズをやるのだ。凄い、と思った。

しかし、このアルバムの冒頭「Dr. Jekyll And Mr. Hyde」を聴いて、ディブ・リーブマンは当然のことながら、その音を聴いて「えっ」と思ったのが、ジョージ・ムラーツのベースの音。質実剛健、正統派、太くて重心の低い、心地良くブンブン唸るベース。この生々しい太いベースの音は、米国のジャズではなかなか聴けない。「これ、誰や?」と思ったのは言うまでもない。 
 
Quest
 
このジョージ・ムラーツの正統派ベースの音が、欧州派なベースの音が、この『QUEST』のアルバム全体の雰囲気を決定づけているようだ。あのポリリズムの塊のようなアル・フォスターが、ヨーロピアンなセンシティブでテクニカルなドラミングを披露する。手数の多い、饒舌なバイラークも、いつになく落ち着いた耽美的で印象派的なピアノを聴かせてくれる。

そして、意外なことに、フロントのリーブマンも、ここでは純ジャズ、メインストリームなサックスではあるが、完全にその雰囲気は「欧州派」。実に、音がスッキリと通った、メリハリのある、透明感溢れるサックスを聴かせてくれる。あのリーブマンがヨーロピアンなサックスをフルートを聴かせてくれる。犯人は「ジョージ・ムラーツのベース」である(笑)。

まあ、それが実のところ、本当かどうかは知らないが、この『QUEST』というアルバムは、全編を通じて、ヨーロピアンな雰囲気満載である。不思議だなあ。ジョージ・ムラーツのベース以外は、米国のジャズメンなんだけどなあ。

ジャズの世界って、凄いベーシストがいるもんだなあ、と単純に感心した。そして、この『QUEST』を何回も聴いているうちに、もしかして、このジョージ・ムラーツのベースって、かなり凄いかも、と思うようになった。そして、ジョージ・ムラーツは僕のお気に入りのベーシストの一人となった。

とにかく、この『QUEST』を通じて、ジョージ・ムラーツのベースを知った、というか意識した。1981年の出来事である。

 

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2011年4月24日 (日曜日)

チェコ出身のジャズ・ベーシスト

チェコは第2次世界大戦後、当時のソ連の圧力により共産圏に位置した訳ですが、意外とジャズが盛んな国だそうです。特に、1968年のプラハの春以降、1989年のビロード革命まで、チェコにおいては東側の共産党政権が支配していた訳ですが、チェコ独自のジャズはしっかりと生き続けていた。現在でも、チェコではジャズはなかなか盛んみたいです。

チェコ出身のジャズ・ミュージシャンと言えば、真っ先に浮かぶのが、ジョージ・ムラーツ(George Mraz・写真右)。質実剛健、正統派のジャズ・ベーシストである。太くて重心の低い、心地良くブンブン唸るベース。しかも、クラシックの歴史豊かなヨーロッパはチェコのベーシストである。演奏の基本がしっかりしている。特に、ピッチがキッチリと合っているところなんぞ、米国のベーシストではなかなか無い、ヨーロッパ独特の基本がシッカリした、正統派のベース・プレイを聴くことが出来る。 

演奏の基本がしっかりしていて、ピッチがシッカリ合っている。そんなムラーツの個性が如実に活きたアルバムがある。ピアニスト、ローランド・ハナと組んだ、デュオアルバム『Romanesque(ロマネスク)』(写真左)。1982年1月の録音。発売当時はトリオ・レコードからのリリースだった。

アルバムに収録された曲は以下の通り。

1.ユーモレスク(ドヴォルザーク)
2.セレナーデ(シューベルト)
3.リバリー(ドビュッシー)
4.無言歌(チャイコフスキー)
5.白鳥の湖(チャイコフスキー)
6.ユアーズ・イズ・マイ・ハート(フランツ・レハール)
7.月の光(ドビュッシー)

曲名を見渡していただければ判ると思いますが、クラシックの名曲を題材にした「企画モノ」のジャズです。いや〜、日本のレーベル、トリオ・レコードからのリリースですから、また「売れ線」を狙った、安易な企画モノか、と訝しく思いましたが、子供の頃からクラシック・ピアノに親しんだ身の上が故に、アルバムがリリースされた当時、このクラシック・ジャズ路線の企画盤を買ってしまいました。
 
Romanesque
 
そして、僕にとって、このアルバムが、ベーシスト、ジョージ・ムラーツを意識した一番初めのアルバムだと思います。

1曲目のドヴォルザークの有名曲「ユーモレスク」を聴くだけで、このベーシストは「只者では無い」と思いましたね。米国のジャズ・ベーシストとは全く違う音。演奏の基本がシッカリしていて、ピッチがシッカリ合った、太くて重心の低い、心地良くブンブン唸るベース。とにかく、質実剛健という四文字熟語がピッタリな、聴いていて心地良い、快感ともいうべき、硬質で重心の低い正統派ベース。

演奏の基本がシッカリしていて、ピッチがシッカリ合っているからこそ、違和感の無い、心地良いボウイング。これ、ピッチが合っていないと単なる「壊れたノコギリの様な」雑音と化す、ジャズ・ベーシストにとって「鬼門」の奏法なのだが、ムラーツのボウイングは「正統派」のそれである。

端正で品格のあるローランド・ハナのピアノとピッタリ音が合って、心地良いデュオ演奏が聴ける。ピッチが合っていないと、こうはいかない。僕は、ジャズを聴き始めて、演奏の基本がシッカリしていて、ピッチがシッカリ合っているジャズ・ベーシストに初めて出会った瞬間であった。

そして、ムラーツの出身を見て合点がいった。クラシックの歴史豊かなヨーロッパはチェコのベーシストである。そして、この瞬間が、僕がジャズを聴き始めて、初めてヨーロッパ・ジャズを意識した瞬間である。ヨーロッパ・ジャズは、音楽の基本に忠実で、演奏テクニックも基礎がシッカリと出来ている。そういう印象をムラーツを通じて強く受けた。

お行儀悪く前面にでしゃばることは無い。常にバックに控えつつ、太くて重心の低い、心地良くブンブン唸るベースを通じて、しっかりと演奏のビートを底支えするところが実に良い、実に「玄人好み」である。決して、派手では無いが、しっかりとした超絶技巧なテクニックがあって、実に心地良い安定感がある。ジョージ・ムラーツは、僕にとって、実に好ましい、お気に入りのジャズ・ベーシストの一人です。

このクラシックの名曲を題材にした「企画モノ」のジャズ盤である『Romanesque』ですが、2曲目以降のクラシックの名曲を題材としたジャズもなかなかの内容です。「売れ線」を狙った、安易な企画モノとして、避ける事なかれ。聴かず嫌いは良く無い。各曲で、しっかりとジャズ的なアドリブ展開も踏まえていて、このジャズ的アドリブ展開の部分が実は「聴きモノ」だったりします。一度は聴いてみて下さい。当時のトリオ・レコードは奥が深いです。

 

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2011年4月23日 (土曜日)

キャンディーズの想い出

元キャンディーズのメンバーで、女優としても活躍した田中好子さん(愛称スーちゃん)が21日夜、乳がんのため東京都内の病院で亡くなりました。55才でした。改めて、ご冥福をお祈りしたいと思います。

しかし、僕も歳を取ったなあと思います。自分の感性を確立した高校生の頃から、リアルタイムで経験し続け、自らの人生に何らかの良い影響をもたらしてくれた人達が、少しずつ「逝去」するようになりました。

2008年10月の緒形拳さんの逝去はショックでした。特に遺作となった「風のガーデン」は、今でも身につまされる想いを持って、なんども繰り返し見ます。そもそも、この緒形拳さんの逝去で、自分も歳を取って、そろそろ周りから順番に鬼籍に入る、そんな年頃になったんだと強く感じました。

そして、2009年5月の忌野清志郎さんの逝去。これは「大ショック」でした。それから追い打ちをかける様に、2009年10月に加藤和彦さんが自らの命を絶ちました。この2人は、高校時代から、全くのリアルタイムで体験した来た、かなりの影響を受けたミュージシャンでもあり、かなり精神的にショックで、暫く鬱ぎこんでいました。特に、加藤和彦さんの逝去については、彼の遺書の要約を読むにつけ、身につまされる想いを強くもちました。

そして、今回のスーちゃんの逝去。以前にも、リアルタイムに体験した女性歌手や女優の方の逝去というのはありました。それなりにショックは受けるのですが、今回のスーちゃんの逝去はちょっと意味合いが違う。自分としての感性を確立した高校生の頃から、リアルタイムで経験し続け、自らの人生に何らかの良い影響をもたらしてくれた人達の範疇で初めての女性歌手・女優だったのですから。

僕は、中学生の時代からキャンディーズがお気に入りで、コアなファンではないんですが、当時の歌謡ポップスという範疇では、意外とキャンディーズの曲が、ポップでキュートで好きでした。中学3年生の時だったかな。デビューシングルの「あなたに夢中」を聴いて、なかなか日本では定着しない女性ポップス・コーラスグループとして「これはいけるんとちゃうか」と想いを強く持ったのを覚えています。

それから3曲ほど、期待通りの活躍とはいかないシングルが続きますが、僕が高校1年の冬、1975年2月にリリースされた「年下の男の子」でブレイク。やっと、この曲で、キャンディーズの個性である「ポップでキュート」な面が前面に出て、これはなかなか個人的にお気に入りでしたね〜。

Candies

まあ、高校時代から大学時代は、同級生の間では、冷静沈着・温厚誠実な「おじん」路線で生活していましたから(笑)、別にコアなファンではなかったんですが、キャンディーズがお気に入りなんて言えなかったですね〜。でも、当時、ピンクレディーとキャンディーズ、どっちが良いか、と問われれば、絶対にキャンディーズでしたね(笑)。

ですから、忘れもしない1978年4月4日、後楽園球場に5万5千人を集めた「さよならコンサート」は悲しかったなあ。まだ大阪でしたからね。東京まではとても行けない。テレビでの生中継をズッと友人と見てました。ちょうど、辛い浪人時代を経て、なんとか志望する大学のひとつに入れた時期で、なんか万感な想いがこみ上げてきて、涙を流しながら見てましたね(笑)。

そんな、キャンディーズのメンバーだった「スーちゃん」が亡くなったんですから、それはそれは大ショックです。もう、あのキャンディーズは絶対に再結成されない。まあ、もともとキャンディーズは解散以来、再結成されたことはないのですが、スーちゃんが亡くなったことで、あくまで「再結成の可能性」という点では全く無くなった訳です。なんだか、キャンディーズ解散時の様な、なんか万感な想いがこみ上げてきて、どうもこのところ精神的にいけません。あの3人が元気に並ぶ姿は、もう見ることは出来ないのか。

スーちゃん逝去の報以来、キャンディーズのシングル曲をつらつら聴いていますが、キャンディーズのシングル曲の中では、ダントツで、「アン・ドゥ・トロワ」(写真左)と「やさしい悪魔」(写真右)が好きですね。今でも、カラオケで歌ったりします(笑)。作詞:喜多條忠・作曲:吉田拓郎の名曲。どちらの曲も、吉田拓郎の渾身の傑作で、拓郎節が炸裂しまくりです。この拓郎節炸裂の名曲をキャンディーズが可愛らしく、ポップにキュートに歌い上げる。曲全体のアレンジも良く、どちらも良いシングル曲です。しかも、シングル曲とはいいながら、ジャケット写真も良い。特に「アン・ドゥ・トロワ」のジャケット写真は、当時から、僕のお気に入り中のお気に入りですね。

スーちゃんの声は、明るくて、しっかりしている。芯がシッカリしていて、通りの良い声で、ボーカルコーラスの「柱」となる存在、スーちゃんの声はそんな印象があります。この「アン・ドゥ・トロワ」と「やさしい悪魔」でも、スーちゃんのボーカルはシッカリとコーラスの真ん中にいます。明るくてしっかりしたスーちゃんのボーカルを幹に、ランちゃんとミキちゃんのボーカルが絡む、これがポップでキュートで明るい、キャンディーズのコーラスの魅力でしょう。グループとしては「ランちゃん」を中心に据えていましたが、ボーカルコーラスの中心は「スーちゃん」でしょう。 

とにかく、大ショックな出来事でした。自分としての感性を確立した高校生の頃から、リアルタイムで経験し続け、自らの人生に何らかの良い影響をもたらしてくれた人達が鬼籍に入るのは「とても辛い」。これから、こういう機会は増えていくのでしょうが、その度に辛い思いをするのはなあ。それが人生だから仕方の無いことだけど、出来れば避けて通りたいことではあります。

 

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2011年4月21日 (木曜日)

鼻歌でも歌うかのように・・・

昨日は『Contemporary Readers』の悪口を書いた。まあ、本音なのだから仕方が無い。でも、それではこの時代のロリンズが浮かばれない。

『Contemporary Readers』から遡ること、1年4ヶ月。リバーサイドからリリースされた『The Sound Of Sonny』(写真左)は、打って変わって、伸び伸びとしたロリンズのブロウが聴ける佳作である。1957年6月11日の録音。ちなみにパーソネルは、Sonny Rollins (ts), Sonny Clark (p), Paul Chambers, Percy Heath (b), Roy Haynes (ds)。

『Contemporary Readers』とどこがどう違うのか。『The Sound Of Sonny』も、1曲平均4分ちょっと。『Contemporary Readers』と変わらない。でも、ロリンズのブロウは明らかに雰囲気が違う。『The Sound Of Sonny』では、リラックスして、鼻歌でも歌うかのように、気持ちのままにテナーを吹き上げている、そんな雰囲気がダイレクトに伝わってくる。

地元のニューヨークでの録音ということもあるし、メンバーも気心しれたメンバーということもあるだろう。『Contemporary Readers』では、米国西海岸のスター達が一同に会したセッションだったので、皆、平等にソロのスペースが与えられ、皆、平等な長さのアドリブが割り当てられていた、そんな気がする。

ロリンズって律儀な性格で、他のメンバーに対して十分過ぎるほど気を使う、という面がある。特に、他のメンバーが優れたジャズメンであり、初対面に近ければ近いほど、その度合いは大きくなるようで、自分を引っ込めてでも、他の優れたメンバーを前面に押し出す、人の良さというか、律儀なところがある。恐らく、『Contemporary Readers』では、それが出たんだろう。
 
Sound_of_sonny
 
さて、この『The Sound Of Sonny』は、自由奔放、大らかで伸び伸びとしたロリンズのブログが魅力な一枚である。バックのメンバーに遠慮することなく、自分の気持ちのおもむくままのブログを繰り広げる。バックのメンバーもそれを良しとして、ロリンズに対して効果的なバッキングを繰り広げる。全編を通して、いいセッションだと思います。

収録曲を眺めると、意外と有名スタンダードな曲は少ない。6.曲目の「Ev'ry Time We Say Goodbye」と、8曲目「It Could Happen To You」くらいかなあ。他の曲は、ちょっと地味かも。

解説を紐解くと、4曲目は「What Is There To Say」はナット・キング・コールの歌唱で、9曲目の「Mangoes」はローズマリー・クルーニーの歌唱で有名とのこと、どうもロリンズがそれらを意識して、この選曲となっているらしい。
 
ラジオから流れるポップス曲をチョイスして、ジャズで演奏する。そんな気楽で気安い雰囲気だったらしく、その気楽さ、気安さがロリンズのブロウに対して、良い影響を与えいているようだ。

とにかく、縦横無尽、自由奔放、大らかで明るく、ところどころで茶目っ気とユーモア溢れるブロウがとても楽しい。この『The Sound Of Sonny』は、ロリンズのそんな個性的なテナーを愛でることの出来る、なかなかの優れものだと僕は思う。

展開されるアドリブはシンプルで判り易く、ジャズ者初心者の方々にも十分に馴染むと思います。アルバム全体の収録時間も、43分半程度と適度な長さで、飽きも辛さも来ないと思います。ロリンズの個性的なテナーを感じるには、絶好の一枚としてお勧めです。我がバーチャル音楽喫茶『松和』でも、意外と良くかかりますよ(笑)。

 

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2011年4月20日 (水曜日)

何故か、このアルバムが苦手

お気に入りのジャズメンのアルバムは、おおよそ、皆、お気に入りになるのだが、ほんの時折、「何故か、このアルバムが苦手」ということがある。ソニー・ロリンズの場合、僕は、このアルバムが何故か苦手である。そのアルバムは『Contemporary Readers』(写真左)。これが、ジャズ者初心者の頃から、どうも苦手なのである。

このアルバムは、1958年10月20、21日の録音。ちなみにパーソネルは、Sonny Rollins (ts), Victor Feldman (vib), Hampton Hawes (p), Barney Kessel (g), Leroy Vinnegar (b), Shelly Manne (ds)。触れ込みでは「コンテンポラリーが所属する豪華なミュージシャンを集めて企画した名盤」となる。

が、どうしても、このアルバムだけは駄目なんやな〜。聴き始めの頃は、一曲の収録時間が平均5分程度と、ハードバップの演奏にしては短かめの為、演奏全体の雰囲気が窮屈なうえ、その窮屈な演奏時間の中に、大らかなロリンズのソロが入るので、いきおい、ロリンズのソロが性急な感じに、四角四面に、余裕の無い感じに聴こえるのかな、と思った。
 
しかし、収録時間については、他のアルバムでも、収録時間が平均5分というものもあり、そこでは、ロリンズは結構余裕あるソロをかましていて、『Contemporary Readers』のような窮屈さは無い。

でも、『Contemporary Readers』のロリンズのソロは、どれもが窮屈そうで、性急に吹き急いでいるようで、創造力の不完全燃焼というか、煮え切らない、ちょっと作ったような感じで、どうも、他のアルバムで聴かれる様な、天衣無縫、豪放磊落、変幻自在、縦横無尽にテナーという感じではない。

収録されている曲は、どれもが魅力的な曲がチョイスされていて、特に、「Alone Together」「In The Chapel In The Moonlight」「The Song Is You」と、なかなか渋いスタンダード曲がズラリと並ぶ。冒頭からの「I've Told Ev'ry Little Star」「Rock-A-Bye Your Baby With A Dixie Melody」「How High The Moon」の小粋な選曲3連発も魅力的だ。
 
Contemporary_leaders
 
アルバム・ジャケットもなかなかシンプルで良い。おすましのロリンズが微笑ましい。通常のジャケット写真は「写真左」であるが、別の写真を使った「写真右」の様な別バージョンのジャケット写真もあった。いずれも、なかなか渋いジャケットである。故に、ジャケット・デザインの問題でも無い(当たり前か・笑)。

でも、このアルバムでの、ロリンズのソロには不満が残る。アレンジのせいかもしれない。米国西海岸ジャズ独特のお洒落でシンプルなアレンジが、そこはかとなく施されてはいるが、このアレンジが、天衣無縫、豪放磊落、変幻自在、縦横無尽なロリンズのテナーに合わない、と感じるのかもしれない。特に、ロリンズのアドリブの最大の特徴のひとつである「大らかさ」が感じられないのだ。

録音当時の雰囲気は良かったそうである。ソニー・ロリンズをゲストに、バーニー・ケッセル、シェリー・マンといった米国西海岸ジャズの職人達が集い、緊張することなく、しっかりとリラックスして、各々の個性とテクニックを発揮しているというのは判る。でも、これがなんだかバラバラに聴こえる。演奏での一体感というか、塊になった演奏というか、状況の良いセッションでは必ず生まれる「何か」が足らないように思える。

なんだか今日は愚痴っぽい話ばかりで申し訳ないが、僕の場合、如何にお気に入りのジャズメンのアルバムでも、ほんの時折、「何故か、このアルバムが苦手」ということがあるのだ。不思議なんだけど、特にこの『Contemporary Readers』は、そんな不思議なアルバムの最右翼。

だから、この『Contemporary Readers』がジャズ者初心者向けの入門盤として、はたまた、ソニー・ロリンズの代表盤の一枚として挙げられているのを見るにつけ、僕は首を捻るばかり。つまりは、バーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」では、このロリンズの『Contemporary Readers』は滅多にかからない、ってことです(笑)。

 

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2011年4月19日 (火曜日)

傑作は何回聴いても良い

ソニー・ロリンズはジャズの大御所。数少ない現役のジャズ巨人。1930年生まれだから、今年で81歳になる。まだ、バリバリの現役である。

ロリンズのテナーは豪快な、そして、包む込むように大らかなブロウが特徴。そして、湧き出る泉の如く、イマージネーション豊かなアドリブ・ライン。ロリンズほど、デビュー当時から、その基本スタイルが変わらないミュージシャンはいない。1950年代から今に至るまで、彼のテナーのスタイルは全く変わらない。

そんなロリンズには、当然のことながら、傑作と呼ばれるアルバムは多々ある。そんな中で、ロリンズのテナーの特徴がはっきりと出ている、これを聴けばロリンズの特徴がバッチリ判る、これぞ「ソニー・ロリンズ」という名刺代わりな一枚がある。

そのアルバム・タイトルは『Way Out West』(写真左)。1957年3月7日の録音。ちなみにパーソネルは、Sonny Rollins (ts), Ray Brown (b), Shelly Manne (ds)。ロリンズお得意のピアノレス・トリオの編成である。1957年、ロリンズはマックス・ローチのバンドに参加し、米国西海岸に遠征。その際、現地調達よろしく、ベースの職人レイ・ブラウンと、ドラムの職人シェリー・マンを加えて録音したアルバムが『Way Out West』。

カウボーイを真似たジャケット写真を見ても判るように(オリジナルは写真左・別バージョンとして写真右)、この米国西海岸の遠征は、ロリンズにとっても実に楽しい体験だったようだ。米国西海岸、つまり「米国西部」での録音ということで、「俺は老カウボーイ」「ワゴン・ホイール」といった西部劇映画の楽曲をカバーしているところも一興。なかなか、企画盤の様で面白い。

このアルバムでの、ロリンズは、天衣無縫、豪放磊落、変幻自在、縦横無尽にテナーを吹くまくっている。ピアノレスということで、ピアノのコードに縛られない、「基音はベース・ラインのみ」の上の広大な演奏スペースの中で、自由闊達なブロウが炸裂する。とにかく吹きまくる吹きまくる。ベースのブラウンも、ドラムのマンも「ほったらかし」にして、ロリンズは「我が道を行く」である。
 
Way_out_west
 
西部劇映画の楽曲をカバーしていたりして、なかなか楽しそうな雰囲気であり、時にユーモラスなフレーズも飛び出したりする、とかで、なんだか聴きやすい、ジャズ者初心者向けのアルバムかと思うんですが、実は、このアルバムは、かなり硬派なジャズ盤だと思います。確かに、初心者向けジャズ盤紹介には、この『Way Out West』は、かなりの頻度で登場するんですが、僕は、この盤はジャズ者初心者の方々には勧めません。

ピアノレス・トリオで、かつ、ロリンズのワンホーンなので、とにかくロリンズが吹きまくります。しかも、天衣無縫、豪放磊落、変幻自在、縦横無尽にテナーを吹くまくるという点で、自由闊達なブロウという点で、この『Way Out West』は、ロリンズのアルバムの中で最高位に位置づけられるものです。

凄い勢いでアドリブ・フレーズが疾走していきます。何が何だか判らない位のスピードと変化。コードは天衣無縫かつ複雑に変化し、しかも、ロリンズのブロウは気合い十分で、テナーの音が良い意味で尖っています。ゴツゴツとしたブロウ。実に硬派なジャズ・テナーのブロウが、これでもかと言わんばかりに、別テイク含めて、全編約70分程度続きます。はっきり言って「疲れます」(笑)。

この『Way Out West』でのロリンズのブロウは、特にアドリブ・フレーズの連続は、ジャズ者初心者の方々には、ちょっと重荷かと思います。他のロリンズの聴きやすいアルバムを4〜5枚聴いて、「ロリンズは凄い。ロリンズを少し聴き極めてみたい」と感じた向きには、この『Way Out West』をご紹介して、ロリンズの本当の凄さを体験して頂きたいとは思いますが・・・。

ロリンズ初体験に、この『Way Out West』は、ちょっと向かないかと思います。何を隠そう、僕も、ジャズ者超初心者の頃、この『Way Out West』を入手しましたが、最初の頃は、何が何だか判らないアルバムでした。ロリンズのブロウ、アドリブ・フレーズの凄さを理解出来る様になったのは、ジャズを聴き始めてから2〜3年経ってからでしょうか。つまりは、この『Way Out West』は、ジャズ者中級者としての入り口に位置するアルバムなのかもしれません。

しかし、傑作は何回聴いても良い。傑作は何時聴いても良い。今日は久しぶりに『Way Out West』を堪能しました。繰り返し2度通して聴いて、いや〜「ぐったりと疲れました」(笑)。しかし、聴き終えた後の爽快感は抜群なものがあります。

 

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2011年4月18日 (月曜日)

徹頭徹尾、ペッパーを愛でる

1950年代後半、米国西海岸ジャズ全盛の時代。米国西海岸ジャズは、クールでスマート、端正、良く練られたアレンジ。この3つが、西海岸ジャズの特徴。

米国東海岸のジャズの様な「熱気溢れる演奏」「超絶技巧なアドリブの応酬」「ヘッドアレンジと一発勝負」という面では、ちょっと弱いところはあるが、西海岸ジャズのクールでスマートなところは聴いていて耳当たりが良く、聴き易く、これはこれで捨てがたい魅力である。

そんな米国西海岸ジャズのキーマンの一人、アルト・サックス奏者であるアート・ペッパー。1950年代には自己のコンボを結成し、米国西海岸ジャズの中心人物として活躍したが、1960年代前半、麻薬中毒によりしばしば音楽活動が中断し、遂に、1960年代後半は、薬物中毒者のためのリハビリテーション施設送りとなってしまった。

そんな破天荒なペッパーではあるが、彼の奏でるアルト・サックスは絶品である。彼の吹くアルトはハードボイルドでありながら「まろやか」。特に、彼のアドリブラインは泉が湧き出るが如くで、実にアドリブのバリエーションが豊か。特に、麻薬中毒による音楽活動中断前の、ペッパーの活動前半の、ペッパーのアルトは、西海岸ジャズの特徴である、クールでスマート、そして端正。そして、歌心満載。
 

Marty_paich_art_pepper

 
そんな、麻薬中毒による音楽活動中断前のペッパーの特徴・個性が花開いた、徹頭徹尾、ペッパーのアルトを愛でることの出来るアルバムの一枚が『The Marty Paich Quartet Featuring Art Pepper』(写真左)。マーティ・ペイチはピアニスト&アレンジャー。米国西海岸ジャズの特徴と個性を決定づけたアレンジャーの一人である。このペイチの秀逸なアレンジに乗って、アルトの天才ペッパーが縦横無尽に吹きまくる。

ペイチの秀逸なアレンジを愛でるには、やはりスタンダード曲が良いだろう。2曲目の「 You And The Night And The Music」、5曲目の「Over The Rainbow」、続く6曲目「All The Things You Are」など、ペイチのお洒落で端正なアレンジと、ペッパーのハードボイルドでありながら「まろやか」なアルトのアドリブの両方が存分に楽しめる。

全編通して、30分弱と収録時間が短いのが玉に瑕ではあるが、そんなことは全く気にならない、素晴らしいペッパーのアルト、そして、ペイチの米国西海岸ジャズ・アレンジである。収録時間が短いけれど、演奏内容が優れているので、知らない間に2巡目、3巡目に入っていたりする(笑)。

ちなみにパーソネルは、Art Pepper (as),Marty Paich (p),Buddy Clark (b),Frank Capp (ds)。1956年8〜9月の録音。米国西海岸ジャズの中の「一輪の花」の様なアルバムである。

 

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2011年4月17日 (日曜日)

硬派なジャズの最右翼

ジャズにもいろいろある。心地良い柔らかさの演奏もあれば、突き刺さるような激しい演奏もある。ジャズはクラシックと比べて、音の強弱、音の硬軟の差が激しい。つまりは、メリハリが付いていて、このメリハリの付け具合こそが、ジャズの個性のひとつであったりする。

演奏する音の硬さ、という面では、チャールス・ミンガスが最右翼だろう。怒れるベーシストとして有名なチャールズ・ミンガスだが、その演奏の硬さときたら、音の端々から「パキパキ、ポキポキ」と音がしそうなくらい。本人のベースの音からして、ブンブン、ビンビンと、超硬質な重低音を響き渡らせている。

そのベースの超弩級の超硬質な重低音に乗って、ドラムが呼応し、ピアノが乱舞し、サックスが鳴り響くのだ。当然のこと、それぞれの楽器の音は、自然と硬質になる。

そんなチャールズ・ミンガスの影響で、「超硬質な演奏」になったセッションを記録した一枚が『East Coasting』(写真左)。1957年8月のセッション。オハイオ州シンシナティで録音されている。ちなみにパーソネルは、Clarence Shaw (tp) Jimmy Knepper (tb) Curtis Porter (as, ts) Bill Evans (p) Charles Mingus (b) Dannie Richmond (ds)。

やっぱり、ドラムはダニー・リッチモンドなんやね。ミンガスの超弩級の超硬質な重低音ベースを気にすることなく、自分のドラムを叩き続けることができる貴重な存在。頼もしきリッチモンドである。そして、他のメンバーを見渡すとだな・・・、う〜ん知らん名前ばかりが並ぶ。でも、なんと、ピアノにビル・エバンスの名がある。このビル・エバンスって、そうあのビル・エバンスです。現代ピアノ・トリオの祖。

エバンスのピアノは、ダイナミックかつ耽美的。結構バリバリとメリハリ付けて弾くタイプだが、そのピアノの音は適度に心地良く丸い。が、この『East Coasting』のセッションでは、チャールズ・ミンガスの超弩級の超硬質な重低音ベースの影響と、リーダーのミンガスの演奏方針に従って、パキパキのピアノを弾き倒している。
 
East_coasting
 
演奏全体が、完全に硬派なジャズになっている。リーダーであるミンガスのリーダーシップの力量いかばかりなるか、という感じ。ミンガスの薫陶よろしく、メンバー全員が一心不乱に「硬派なジャズ」を演奏している。どの演奏もどの曲も「パキパキ、ポキポキ」と音がしそうな演奏である。

それでも、しっかりと演奏のツボは心得ているようで、ロマンティックな曲には、硬派な音の合間に、そこはかとなく優しさが漂うし、ハードボイルドな曲には、そこはかとなくクールなテンションが張り詰める。

冒頭の「Memories Of You」は、その最たる演奏。この曲、もともとロマンティックなバラードなんだが、ミンガスのリーダーシップの下では、「パキパキ、ポキポキ」と音がしそうな硬派なバラードに早変わり。ペットのミュートは切れ味鋭く、実に硬派な響きで、ロマンチックなテーマを吹き上げ、ピアノのエバンスも自らのスタイルを封印し、精一杯「パキパキ、ポキポキ」と音がしそうな硬派なピアノを、結構、滑らかに弾き綴っていきます。

意外とエバンスの柔軟性というか、良い意味での「いい加減さ」を強く感じます。まあ、プロってそういうもんでしょうね。自らの主張、スタイルを貫き通すだけが全てでは無い。時には周りに合わせる懐の深さもプロならではの「なせる技」でしょう。

硬派なジャズの最右翼は「チャールズ・ミンガス」のリーダー作。ミンガスの硬派なリーダーシップは、演奏するグループの人数が少なくなればなるほど、その「硬度」が増すようです。つまりは、ミンガスのリーダー作は、スモール・バンドからビッグ・バンドのサイズがちょうど良い、演奏の「硬度」となる、ってことですかな。ふふっ、お後がよろしいようで・・・。しかし、本当に適当なジャケット・デザインやなあ(笑)。 

 

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2011年4月16日 (土曜日)

伝説「熱狂の田園コロシアム」

「V.S.O.P.」=「Very Special Onetime Performance」の略。ニューポート・ジャズ・フェスティバルに出演の折、ハービー・ハンコックがマイルスの黄金クインテットを再現することで、マイルスのカムバックを促す予定が、直前で肝心のマイルスがドタキャン。仕方なく、フレディ・ハバードを迎えて結成したこのV.S.O.P.クインテット。本来一1回きりの結成のはずが、予想外の好評に継続して活動することになる。

このV.S.O.P.クインテット、日本にも2回来日している。最初の来日が1977年。その来日時のライブ演奏を捉えた秀逸なライブ盤がある。そのライブ盤の名は『Tempest in the Colosseum』(写真左)。邦題は『熱狂のコロシアム』。1977年7月23日、東京の田園コロシアムでのライブ録音。
 
ちなみにパーソネルは、Herbie Hancock(p), Wayne Shorter(ts,ss), Freddie Hubbard (tp), Ron Carter (b)、 Tony Williams (ds)。USAツアーの後の日本公演だけに、メンバーそれぞれの演奏もこなれて、十分なリハーサルを積んだ状態になっており、この日本公演のライブ録音の内容は秀逸である。
 
1960年代中盤、モード・ジャズを基調とした、何とか伝統的なフォーマットに留まってはいるが、限りなくフリーな演奏を繰り広げていたマイルスの「黄金のクインテット」。その「黄金のクインテット」時代の演奏を踏襲しながらも、1970年代後半ならではの、先進的かつ最先端なハード・バップな演奏を聴かせてくれる。

モーダルな演奏が実にクール。1977年代当時、これほどまでに「前衛的ハード・バップ」をやりまくったバンドは無いだろう。さすがは、もとマイルスの「黄金のクインテット」に参加していた4人+{4人のお気に入りトランペット}という、伝説のクインテットならではである。
 
収録曲を見て欲しい。どの曲もが、何とか伝統的なフォーマットに留まってはいるが、限りなくフリーな演奏を繰り広げていた「前衛的ハード・バップ」な時代の代表曲がズラリと並ぶ。

1. Eye of the Hurricane
2. Diana
3. Eighty-One
4. Maiden Voyage
5. Lawra
6. Red Clay
 
Tempest_in_the_colosseum
 
しかし、この「V.S.O.P.」五重奏団が、決して、ノスタルジックに「昔の名前で出ています」風に、1960年代中盤〜後半のトレンドを踏襲した「懐メロ」な演奏になっていないところが、まず「凄い」。この演奏メンバー5人の矜持を感じる。新しい響きがそこかしこに見え隠れし、当時、この5人のメンバーは、純ジャズメンとして、鍛錬怠りなく、確実に進歩していたことを物語るものだ。 

収録されたどの曲も内容のある良い演奏だが、特にラストのハバード作「Red Clay」が格好良い。ジャズ・ロック風のテーマに対して、インプロビゼーション部になると、メンバー全員が「モード奏法」で襲いかかる。凄い迫力、凄いテンション、そして、印象あるフレーズの連発。

このライブ盤、発売当時は「内容はあるが、やや冗長な面があるのが残念」という評価が多かった。この「五つ星」ではありません的な評論は、当時まだまだ、ジャズ初心者駆け出しの僕を大いに迷わせた。当時は、資金面で、まだまだ問題があり、迷ったら買わない、という不文律が僕の胸の内にあった。当選、この『Tempest in the Colosseum』は手に入れる事は無かった。

しかし、聴かず嫌いはいけない。そろそろCDで手に入れようと思い立ち、暫く廃盤状態が続いていたみたいだが、首尾良く「Hybrid SACD」仕様が発売されていたので、高音質期待ということで購入に踏み切った。で、聴いてみると、これがなかなかの内容じゃないですか。冗長な所がある、っていうけど、どこが冗長なの?

確かに、部分部分のトニー・ウィリアムスの長尺のドラムソロがある。ロン・カーターのブヨンブヨンな長尺ベースソロもある。この辺が「やや冗長な面があるのが残念」だと、自分としては結論づけている。

確かに、トニーのドラムソロは長い。でも単純なドラムソロでは無い。どんなタイム感覚をしているんやと思ってしまう、多彩なポリリズム。ロンのベースソロだって、電子増幅で生ベースの音はブヨンブヨンとしているが、そのインプロビゼーションにおけるアプローチは、決して他のベーシストの追従を容易にさせない、高度なもの。

ハービー率いるV.S.O.P.の「Tempest In The Colosseum」。邦題「熱狂の田園コロシアム」は、大震災直前に入手したもので、地震でケースが粉々になった曰く付き。CD本体は奇跡的に無傷だっ たが、なんとなく聴く気が起きず放置していた。しかし、今日「復活」である。

 

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2011年4月14日 (木曜日)

ハービー本気のディスコ・アルバム

今の耳で、ディスコ・ミュージックを聴いてみると面白い。純ジャズ出身の一流ジャズメンがやるヤツは、ファンキー・ジャズやR&Bな要素を採り入れながら、超絶技巧なテクニックを駆使して、硬派にディスコ・ミュージックを展開する。その代表的存在がハービー。ジャズ畑で彼の右に出る者はいない。

そんなハービーが、遂に本職のヴォーカリスト達を起用して、全曲ボーカル入りという、もう全くと言っていいほど、フュージョン・ジャズなアルバムでは無い、完璧なディスコ・アルバムとしてリリースしたアルバムが『Monster』(写真左)。1980年のリリース。僕は当時、大学生。リアルタイムにこのアルバムに出会い、このアルバムを愛でていた。僕が通っていた「秘密の喫茶店」でよくかけてもらった。

ハービー・ハンコックが作ったアルバムだからと言って、これは決して、ジャズでも無ければ、フュージョンでもない。徹頭徹尾、ディスコ・ミュージックである。譲って、エレクトリック・ファンク。でも、これって、やっぱりディスコ・ミュージックやな。

しかし、良く良く聴くと、やはり、ハードバップ時代から活躍してきたハービーならではとでも言おうか、このリリース当時、最先端だったディスコ・ミュージックではあるが、その演奏の中に、そのアレンジの中に、しっかりとジャズの要素、そう、ジャズの歴史を彩った「ファンキー・ジャズ」「ボサノバ・ジャズ」「ソウル・ジャズ」「ラテン・ジャズ」な要素が、隠し味の様に散りばめられており、意外とジャズ者ベテランの方々に受けの良い「ディスコ・アルバム」である。

冒頭の「Saturday Night」はラテン・ジャズ。印象的なエレギ・ソロは、ラテン・ロックの雄、ハービーの盟友カルロス・サンタナ。リズム・セクションは、Alphonse Mouzon(ds), Freddie Washington(b) が脇を固める。人間がビートを刻んでいるんだ〜、ってことがとても良く判るヒューマニズム溢れる実にアナログチックなビート。適度にラフで、適度に柔らかでエッジの丸いファンキー・ビートは、やはり、ハービーの手になる、ジャズ畑ならではのプロデュースの賜だろう。これは良く聴いたなあ。

この適度にラフで、適度に柔らかでエッジの丸いファンキー・ビートが、このアルバムの肝であり、適度にラフで、適度に柔らかでエッジの丸いファンキー・ビートであるが故に、このディスコ・アルバムは、決して、耳につかないし、決して、聴き疲れしない。
 
 
Monster
 
 
ボーカルだってそうだ。適度にラフで、適度に柔らかでエッジの丸いファンキー・ビートに乗ったファンキーなボーカルは、聴いていて実に心地良い。柔らかいというか、人間的な暖かさがあるというか、体温と同じ暖かさのボーカルが心地良い。そう、この『Monster』というアルバムは、アルバム全体の演奏の全てが、人間的な暖かさというか、対応と同じ暖かさの、実にアナログチックな演奏で固められているところが、最大の特徴だろう。

3曲目の「Go For It」は、テクノ風シンセサイザーのデジタルチックなビートとアナログ・ファンクを融合させた、人間的な暖かさがプンプンするノリノリの曲。曲の雰囲気が、いかにも、ブラック・コンテンポラリーなファンク・バンド、アース・ウィンド&ファイアを意識した曲作り。思わずニンマリする。それでも、ハービーはプライドを失わない。あくまで、ジャジーな雰囲気を底に漂わせている。これは良く聴いたなあ。

2曲目の「Stars In Yor Eyes」と5曲目の「Making Love」は、完璧なまでの「ソフト&メロウ」なソウルバラード。それでも、ロック畑の「ソフト&メロウ」とは違う、ビートの奥に、ジャジーな響きが見え隠れする。これは演奏するミュージシャンから滲みでたものなのか、はたまた、ハービーのプロデュースの賜なのかは判らないが、このビートの奥のジャジーさは、ジャズ畑のディスコ・アルバムならではのものである。実に味わい深い。

ラストの「It All Comes Round」は、完璧なディスコ・ロック。それでも、等間隔に叩きまくるビートは、少し音を引くように「粘る」。 その粘りが実にジャジー。アナログチックに粘るビートは「人間が演奏する」そのもの。

決して、後の「打ち込み」の様な無機質な感じは全くしない、人間が叩きまくる等間隔のビートであり、人間が叩きまくるが故に、等間隔のビートでも「グルーブ感」が抜群である。このラストの「It All Comes Round」、実は大好きな1曲です。むっちゃ格好良い。

もう全くと言っていいほど、フュージョン・ジャズなアルバムでは無い、完璧なディスコ・アルバムとしてリリースしたアルバムが『Monster』。ハービーが、1970年代後半に猛威をふるったディスコムーブメントに本気で相対したアルバムです。ハービーの本気度を強く感じます。

当時、真面目なジャズ者からは疎まれましたねえ。でも、僕は大好きでしたし、「秘密の喫茶店」のママさんもお気に入りでした。このアルバムがリリースされた当時、喫茶店に行くと、いつも良いタイミングで、さりげなく、このアルバムをかけて下さいました。懐かしいセピア色の想い出です。
 
 
 
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2011年4月13日 (水曜日)

ハービーの「ソフト&メロウ」

ハービー・ハンコックは、その時その時のトレンドを織り交ぜて、自分の音世界を創り出していく。それって、師匠のマイルスの薫陶を守ってのこと。流石に、チックと並んで、マイルス門下生の筆頭である。

1978年、米国ポップスのトレンドは「ソフト&メロウ」。当然、ハービーは、この「ソフト&メロウ」なトレンドを織り交ぜて、ジャズ界で誰よりも先に、正統派ジャズメンとしての、あるべき「ソフト&メロウ」なフュージョン・アルバムをリリースする。

そのアルバムとは『Sunlight』(写真左)。1977年8月から1979年5月までのセッションを収録した、それはそれは「ソフト&メロウ」なフュージョン・ジャズのアルバムである。が、そのトレンドである「ソフト&メロウ」なフュージョンは「冒頭の3曲」。LP時代ではA面の3曲である。

冒頭の「I Thought It Was You」の前奏のフェンダー・ローズの響きが既に「ソフト&メロウ」。しかも、自らが、ヴォコーダーで歌ってしまっている、という暴挙(笑)。これがまあ、雰囲気のあるボーカルになっていて、いやはや、素晴らしい出来です。

ヴォコーダーとは、「ヴォイス」(voice)と「コーダー」(coder)を合わせた言葉で、電子楽器やエフェクターの一種。音声の波形を直接送るのではなくパラメータ化して送り、受信側ではそれらのパラメータから元の音声を合成する。言葉や効果音を楽器音として使うことができる。「独特な機械的な声」や「楽器音として和音で喋っている声」のように使われる(Wikipediaより)。

このヴォコーダーの使い方が、ハービーの場合、秀逸である。本当に唄っているように聞こえる。それも、シンセサイズされた、独特な機械的な声の響きを上手く活かして、未来的な「ソフト&メロウ」な楽曲に仕上がっている。ハービーのセンスの良さが光る。2曲目「Come Running To Me」と3曲目「Sunlight」でも趣味の良いヴォコーダーを通しての「ボーカル」を聴かせてくれる。
 
2曲目「Come Running To Me」は、徹頭徹尾、「ソフト&メロウ」を地でいく名演。音の雰囲気、奏でる旋律、どれもが「ソフト&メロウ」。左右に揺れるフェンダー・ローズのソロが格好良い。ハービーは、電気鍵盤楽器を生ピアノの様に弾く。決して、電子楽器の特性を活かそうとしない。だからそれが個性になる。ハービーのソロ・フレーズの美しさが電気鍵盤楽器によって、より映える。
  
Sunlight
 
3曲目の「Sunlight」は、「ソフト&メロウ」なファンキー・フュージョン。ファンキーなフュージョンをやらせたら、ハービーの右に出る者はいない。素晴らしいファンキー・ビートに乗せて、ハービーがファンキーなソロを弾きまくる。これって、なかなかにクール。

しかし、「ソフト&メロウ」路線はこの3曲目でまで。4曲目「No Means Yes」から、演奏の雰囲気はガラッと変わる。出だしの前奏は、シンセサイザーを使った「ソフト&メロウ」路線の、ちょっとチャイナな雰囲気なんで、またまた、ハービー独特の「ソフト&メロウ」路線継続か、と思うんだが、演奏の途中から様相がガラッと変わる。

実にハードな演奏に早変わり。4曲目「No Means Yes」では、まだハードなフュージョン・ジャズって感じなのだが、中間辺りからの、フェンダー・ローズのソロが素晴らしい。もう弾きまくり、って感じ。鬼気迫るものがある。思わず、聴いていて、身を乗り出してしまいそうな、そんな熱いフェンダー・ローズのソロ。

そして、極めつけは5曲目の「Good Question」。凄まじい、ピアノ・トリオが展開される。1曲目の「I Thought It Was You」の「ソフト&メロウ」な雰囲気からすると、「え〜っ」という急転直下なハードなジャズへの展開なんだが、これが凄い。ハービーは、生ピアノだけを弾きまくる。

この「Good Question」のトリオ演奏が凄いのは、それはそのはずで、ドラムはトニー・ウィリアムス、エレクトリック・ベースは、ジャコ・パストリアス。伝説の二人である。その超弩級な伝説な二人をリズム・セクションに回して、ハービーが生ピアノを弾きまくる。そう、本当に「弾きまくる」のだ。

トニーはドラムを叩きまくる。もう撃ち合いのボクシングの様に、機関銃の機銃掃射の様に、ドドドドドッと叩きまくる。そして、ジャコは、ベースを弾くまくる。凄まじいスピードで、ギターの速弾きの様に、ボボボボボッと弾きまくる。そして、そんな二人を向こうに回して、ハービーがピアノをガンガンガンガンと弾きまくる。凄いテンション、凄い迫力。この「Good Question」は聴きものである。凄いです。1970年代ハービーの純ジャズ演奏の代表的名演です。

硬派な「ソフト&メロウ」なフュージョン・ジャズと、まともに正統な純ジャズなピアノ・トリオ演奏。1978年のハービーは、素晴らしく不思議な名作を残してくれました。しかし、最近のハービーは、ヴォコーダーで唄うことをしていません。なんか思うことがあったんでしょうか。たまには「唄えば」いいのに・・・。ヴォコーダーのセンスは抜群ですからね。でも、この一枚だけでも、素晴らしい成果が記録されているんだから、まっいいか(笑)。

 

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2011年4月12日 (火曜日)

ポジティブに「癒される」

この2〜3日、大きい余震が多発している。震度6弱〜5弱の余震だと、我が千葉県北西部地方でも震度4〜3は揺れる。揺れによっては、体感震度は5程度になる。この大きい余震が、大震災以来、頻発している。この1週間程度、かなり余震は減少していたので、ちょっと安堵していた。それが、である。

これって、結構なストレスになる。まだ、僕たちは千葉県北西部地方なので、震源に近い東北地方や茨城県に比べれば揺れは小さい。逆に、震源に近い東北地方や茨城県では相当な揺れになっているはずで、ところによっては、3月11日の大震災と同程度の揺れという言葉も出ている。その恐怖感はいかばかりか、と思う。

それでも、ストレスを感じ続けているとロクなことはない。大きく深呼吸を2〜3回すると良いという。そして、僕は大好きなジャズを聴く。こういう自然の驚異からのストレスを感じている時は、ジャズ・ボーカルを聴く。それも、見事なジャズ・ボーカルを、だ。

今日は、Mel Torme(メル・トーメ)の『Swings Shubert Alley』(写真左)を聴く。メル・トーメは、僕のお気に入りの男性ボーカリスト。男性ジャズ・ボーカリストとしては、一に「フランク・シナトラ」、二に「メル・トーメ」、三に「チェット・ベイカー」である。『Swings Shubert Alley』は、お気に入りの2番目、メル・トーメの名盤である。

メル・トーメは、ジャズ・ボーカリストとしては傑出した存在で、ジャズとしてのスイング感は抜群、臨機応変なリズム感は天性のもの、そして軽妙洒脱な語り口は見事の一言に尽きる。とにかく、聴いていて、とても「和む」ボーカルなのだ。決して角が立たない、優しい丸みを帯びた、それでいて、芯のしっかり入ったボーカル。聴いていて、ポジティブに「癒される」こと請け合いである。

加えて、このアルバム、バック・バンドに、アート・ペッパーをはじめとするウエスト・コースト勢がズラリと控え、アレンジは、西海岸アレンジャーの雄、マーティ・ペイチが担当する。米国西海岸ジャズの特徴である、良く計算された洒脱なユニゾン&ハーモニー、かつ耳当たりの良く端正、そして、決して平凡ではない、アーティスティックなアレンジが満載である。フレンチ・ホルンやチューバが入っているところが、なかなか耳に新しく感じる。実に豊かに、ふくよかに感じる、音の重ね方が素晴らしい。
 

Mel_swings_salley

 
そんな米国西海岸ジャズ独特な雰囲気をバックに、メル・トーメの、和む、かつ癒される、柔らかくポジティブな、芯の入ったボーカルが楽しい。どの曲もどの曲も素晴らしい歌唱で魅了してくれます。アルバム・タイトルの「Shubert Alley」というのはブロードウェイの別名、つまりブロードウェイ・ミュージカルのヒット曲集という訳。アルバム・タイトルも洒落てます。ジャケット・デザインもなかなか優秀。タイトル良し、ジャケット良し、内容良し、揃いも揃った「三拍子」です(笑)。

バック・バンドの演奏は実に優れたものですが、特に、アート・ペッパーが、魅力的なアルト・サックスを披露しています。長くは無いんですが、適度に短く、端的に、切れ味の良いアルト・ソロを聴かせてくれます。バック・バンドとのアンサンブルも良好。バックのユニゾン&ハーモニーに乗って、アートのアルトは、太くブリリアントで流麗。それぞれのソロは短いんですが、実に印象に残るアルトを聴かせてくれます。唄うようなソロとはこのこと。

どの曲も素晴らしく、全ての歌唱に耳を傾けて頂きたいと思います。それでも何曲かを選べと言われたらですね〜、

4曲目の「On The Street Where You Live」
7曲目の「Hello Young Lovers」
8曲目の「The Surrey With Fringe On Top」
9曲目の「Old Devil Moon」

辺りでしょうか。特に、7〜9曲目の3連発は、いつ聴いても惚れ惚れします。ジャジーな歌声、メル・トーメの傑作でしょう。加えて、このアルバム、音が良い。ブロードウェイ・ミュージカルのヒット曲集、当然、曲が良い。そして、メル・トーメのボーカルが良い。 「和む」ボーカルに、ポジティブに「癒される」。良いボーカル・アルバムです。

ちなみに、アート・ペッパーを含むペイチ楽団と共演したトーメの名盤2枚、今回ご紹介した『Swings Shubert Alley』と、コーラス・グループ「メル・トーンズ」を従えた『Back In Town』をカップリングした『THE ART PEPPER-MARTY PAICH SESSIONS』(写真右)もあります。ダウンロード・サイトでは、このカップリング盤がアップされていることが多い様です。

 

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2011年4月11日 (月曜日)

一番ジョー・サンプルらしい

名の通ったジャズ・ミュージシャンは、皆、スタイリストである。というか、「個性のかたまり」と表現したほうが適切かもしれない。必ず「ならでは」の個性 があって、演奏を聴いて判別出来るようになると、ジャズ鑑賞は更に楽しくなる。逆に個性に乏しいミュージシャンは、聴いていて「つまらない」。

フュージョンの世界では、超絶技巧、テクニック優先、音の雰囲気優先なので、なかなかミュージシャン本人の個性まで及ぶことはなかなか無いんだが、それでも、中には、その人の演奏を30秒ほど聴いたら、それと判る、コッテコテの個性の持ち主はいる。

例えば、クルセイダーズのキーボード奏者ジョー・サンプルなんかは、コッテコテの個性の持ち主である。凄い時は、ピアノのフレーズ5秒ほど聴いただけで、なかなか判り難い時でも30秒ほど聴けば、そのフレーズを弾いているキーボーティストは「ジョー・サンプル」だと判るくらい、コッテコテの個性の持ち主である。 

そんなジョー・サンプルの個性が、コッテコテ、てんこ盛りになっているアルバムが『Carmel』(写真左)。邦題「渚にて」。本来「Carmel」って、英和辞書を紐解くと「米国カリフォルニア州中部、モンテレー半島南部の町。芸術家の町として知られる」とある。それが邦題として「渚にて」になるのかぁ〜。1979年のリリースです。懐かしいなあ。
 
『Rainbow Seeker』で鮮烈なソロデビューを果たしたジョー・サンプルの第2弾。デビュー作の「Rainbow Seeker」が傑作の誉れ高いので、この第2作は割を食っているんだが、この2作目の『Carmel』の方が、ジョー・サンプルの個性がてんこ盛りで、僕はこの『Carmel』の方がイチ押し。
 

Joe_sample_carmel

 
冒頭の「Carmel」の前奏を聴いただけで、ジョー・サンプル全開。どこから聴いたって「ジョー・サンプル」。このアルバムの収録曲の全てが、ジョー・サンプルのアレンジの個性満載。そして、このアルバム『Carmel』では、ジョー・サンプルの生ピアノが素晴らしい。このジョー・サンプルの生ピアノが、これまた「ジョー・サンプル」ならではのフレーズ満載なのだ。

グループのメンバーとして活躍していたクルセイダーズは、ファンキー・ジャズ路線。なかなか、リリカルでロマンチックな生ピアノは織り込むことは出来ない。このソロアルバムでは、クルセイダーズでなかなか出来ない、ジョー・サンプル節を存分に発揮している。それでも、リリカルでロマンチックなフレーズの底に、しっかりと「ファンクネス」が漂っているところが実に良い。僕は、その底に漂う「ファンクネス」に痺れる。

ジョー・サンプルを存分に感じたいのなら、この『Carmel』がイチ押し。コッテコテのジョー・サンプル満載ですから、体調の悪い時に聴いたら、結構、耳にもたれます(笑)。それほど、ジョー・サンプルが「てんこ盛り」。逆に、このアルバムで、ジョー・サンプルが好きになったら、恐らく、他のジョー・サンプルのソロアルバムは全て好きになると思います。

名の通ったジャズ・ミュージシャンは、皆、スタイリストである。ジョー・サンプルもスタイリストであり、個性の塊。特に、彼の生ピアノに、彼の最大の個性を感じます。良いアルバムです。ジャズ者初心者のフュージョン・ファンに絶対のお勧め。『Rainbow Seeker』と併せてお楽しみ下さい。

 

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2011年4月10日 (日曜日)

桜、桜、桜、「花見2011」

今日は、朝は少しヒンヤリしていたが、昼に近づくに従って、グングン気温が上がり、気温は17〜8度に。昼過ぎには風も止んで、陽向では体感20度超え。暑いのなんのって・・・。

午前中は、いつもの買い出しに出て、午後からは、県会議員選挙の投票も兼ねて、花見がてらの散歩に繰り出しました。投票所までは10分程度なんですが、歩いていると、もう暑くて暑くて・・・(笑)。

道すがらの桜も、どれもが満開。投票所は小学校にあるんですが、この小学校の桜が見事なんですね。毎年、散歩がてら見て歩くんですが、今年は、本当に見事に満開の時期に桜を愛でることが出来ました。

うちの周りには、なぜか桜が多く、川の遊歩道でも見事に咲いていて、見事な桜のトンネルになっていました(写真)。空はちょっと曇り気味で、スカッとは晴れてはいませんでしたが、それもまあ「花曇り」と思えば風情もあるということで・・・。

今年の桜はこの土日で終わりでしょうか。今年は、先月11日の東日本大震災があって以来、自らも被災したこともあり、震災の影響でいろいろと不慮の出来事が重なって、桜の花を愛でる気分になかなかなりませんでした。

先週は天気も悪く、風も強くて、咲き始めの桜を愛でることが天候的に出来ませんでしたし、今年の桜は観ることができないかなあ、などと思っていたんですが、今日、県会議員選挙があって良かったです。良いタイミングでしたし、散歩に出かける切っ掛けになりましたしね・・・。
 
Sakura2011
  
見事な桜を堪能出来て、今年もシッカリと「花見をした」と実感することが出来ました。良かったです。

特に、今年の桜は、例の大震災の後だったので、いつもの年とは違って万感な想いがありました。花見が出来る幸せ、というものを実感しました。いつもの年だと「当たり前のこと」なんですが、今年は大震災以来、「当たり前のこと」が、実はいかに有り難いことなのか、を度々身に沁みて再認識しています。今回の花見もそうでした。こうやって今年も花見ができる幸せ。大切にしたいと思います。

春は苦手です。子供の頃から、暖かな風に吹かれながら、桜の花を見上げていると、決まって、強烈な「淋しさ」を感じます。本質的な「孤独感」とでも言うのでしょうか、なんだか、自分の存在が消え入ってしまうような感覚に陥ります。本来は暖かくなって、身も心も浮き浮きするところなんでしょうが、どうも僕の場合はいけません。

今日も満開の桜を見上げていると、なんだか「寂寞感」がこみ上げてきます。自分でも不思議ですが、もしからしたら、「満開の桜の、やがて潔く散りゆく淋しさ」、そんな独特の感覚なのかもしれませんね。 

ということで、今日は音楽の話は無し。満開の桜にまつわる「センチメンタルな独白」で今日のブログは閉じさせて頂きます。今回の満開の桜、もう今週末まではもたないだろうなあ・・・。
 
 

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2011年4月 9日 (土曜日)

「ロンバケ 30th Edition」が来た

実は「大滝詠一」が大好きである。時は、1978年に遡るが、大学生になった僕はバイトも始めて、それなりに財力は強化された。高校時代、少ない小遣いをやりくりし、聴きたいLP全てに泣く泣く優先順位を付けて、順位の低いLPなんて、当時、高校時代の小遣いを前提とすると、5年後くらい先の入手予定(笑)になって愕然としていた時期から比べると、大学時代はかなりの「生活向上」であった。

当然、聴きたいなあ、でもなあ、と思っていたLPにも触手が伸びる。そんな時に、どうしても聴きたくて手に入れたアルバムが、大滝詠一の『Niagara Moon』。いや〜、日本にもこんなポップ・ロックがあるなんて、至極感動しました。しかし、意外と当時、一般的には「大滝詠一」の知名度は低く、「大滝詠一」が好きだと言えば、「ヲタク」「アウトロー」「変態」などというレッテルを貼られましたね〜(笑)。 

ですから、記念すべき1981年3月21日、大滝詠一『A LONG VACATION』が発売された時は溜飲が下がりました。が、発売当時は、まだまだ知名度が低く、耳の確かな、お洒落なマニアの間でその評判が広がっていった、そんな感じでした。その大滝詠一『A LONG VACATION』の初回盤を持っていますが(発売当時、予約までして購入した)、当時、いち早くこの名盤を入手し、聴き込んで、その素晴らしさを周りに伝承していった当時の思い出は、今でも自分の自慢話のひとつでもあります(笑)。今では「20世紀日本音楽史上、ゆるぎのないNo.1の地位を築いた大名盤」なんて言われていますが、発売当時は、30年後、そんなことになってようとは思いませんでしたね〜。

で、今回、2011年3月21日に、大滝詠一『A LONG VACATION 30th Edition』(写真左)がリリースされました。2001年3月21日には『A LONG VACATION 20th Edition』にリリースされていますので、また再リマスターの二番煎じか、と思ってしまいそうですが、それは普通のミュージシャンでの場合。大滝詠一氏の場合は、そんな安易な商売主義のアプローチをするはずがない。純粋に音楽的に意味の無いアプローチは、大滝詠一氏には全く無縁でしょう。

つまりは、10年ぶりのリマスター、というより新マスター(!)による改訂版です。大滝詠一氏、ご本人の言によると、2001年版はCD用のデジタル音源、今回の2011年版は、シングルボックス(今のところ実現していない)用のアナログ音源が基になっているとのこと。 なんと、アナログ音源が基となったリマスターなんですよ。この情報に初めて触れた時、僕は思わず目をひんむきましたね〜(笑)。なに〜、アナログ音源が基のリマスターだと〜。まだ、そんな音源を隠していたんやな〜。う〜ん、聴きたい。なんせ、アナログ音源を基に、そのアルバムを作成したミュージシャン本人がリマスターするんですからね。しかも、そんじょそこらのミュージシャンでは無い。大滝詠一ですぞ。
 

A_long_vacation_2011

 
『A LONG VACATION』に収録された曲の素晴らしさや演奏の素晴らしさは、もうあちらこちらの書籍、サイト等で語り尽くされているので、そちらをご覧頂くとして、今回のリマスターはどうなのか、アナログ音源が基となったリマスターはどうなのか、これ一点で、今回のブログはまとめてみたいと・・・。

ズバリ一言「素晴らしい」。アナログ時代、LP時代の音の雰囲気が良く踏襲されています。当然、現在の最新の機材を使用してのリマスターなので、音の分離については今の音源の方が優れているのは当たり前なんですが、ヴォーカルも含めたアンサンブルがひとかたまりになって、スピーカーから飛び出てくる、いわゆる「モノラル」っぽい音の雰囲気が実に良い。当然、LPと同じ音だ、なんてことは言いませんが、アナログ的な音、つまりはLP時代の音の雰囲気が、今回のリマスターでは良く表現されています。

実に「ニクイ」リマスターです。さすがは大滝詠一。当たり前のリマスターはしない。2001年の『A LONG VACATION 20th Edition』が、デジタル音源がベースの究極のリマスターだとすれば、今回の『A LONG VACATION 30th Edition』は、アナログ音源がベースの究極のリマスターと言えるでしょう。

デジタル音源については、それはそれで良い感じなんですよ。ヴォーカルのサ行の響きやエコーの残り方、パーカションのアタック感、音像の奥行きについては、デジタル音源ならではの良さがあります。ただ、音のエッジが鋭く立っているので、アルバム全曲聴き通すとちょっと耳が疲れます。

逆にアナログ音源については、もともとLP時代のアルバムのリマスターですから、当時のアルバムの音の雰囲気を踏襲するには、当然、アナログ音源のリマスターが最良でしょう。しかし、音源がアナログだからといって、適当にリマスターすれば、当時のLPの音の雰囲気が再現出来るかと言えば、それは違うでしょう。もともとCDはデジタル・フォーマットですから、アナログ音源を基にしていても、どこかでデジタルの要素が入ってくる。そんな絡繰りを踏まえて、どうやって、リマスターを仕上げていくか。やはり、リマスターには「思想」が必要で、今回の大滝詠一氏の手なる 『A LONG VACATION 30th Edition』のリマスターには、大滝詠一氏のリマスターに対する確固たる思想を感じます。

アナログ的なリマスターなので、ノスタルジックな雰囲気に浸れることは浸れますが、やはり、今回の『A LONG VACATION 30th Edition』は、現代の、現時点でのアナログ音源を基としたリマスターの「最高の成果」のひとつとして捉えた方が良いかと思います。音的には優れているとは言い難い、CDという制限のあるデジタル・フォーマットの下で、ここまでのリマスターが出来るんだ、と改めて感動しました。

ふふふっ、実はですね〜、今回は、この『A LONG VACATION 30th Edition』と同時に『NIAGARA CD BOOK I』(写真右)がやってきたんですよね。久しぶりのお宝ゲットである。これから暫くは「大滝詠一」がブームです(笑)。

 

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2011年4月 8日 (金曜日)

マイルスの「ジャズ・ロック」

昨日は風邪を悪化させて、丸一日、完全休業。丸一日伏せっていました。ブログもTweetも完全オフでした。

さて、風邪をこじらせても、エレクトリック・マイルスの聴き直しは続く。今日の話題は、Miles Davis『Live Evil』(写真左)。マイルスがジャズ・ロックに最接近した瞬間。今、聴くと、とてもジャジー。

この『Live Evil』は、実に思い出深い。大学に入って、ジャズ者を志して2年目位で、エレクトリック・マイルスに入信し、この『Live Evil』を手に入れようと思った。が、このジャケット・デザインのイラストに気後れした。これって、何。このジャケット・デザインで、ジャズ者初心者2年生が、なかなか、当時のレコード屋のカウンターに持ち込むって、ちょっと勇気がいった。他にハード・バップなアルバムを2枚ほどを迷彩にして、やっとのことで、『Live Evil』を手に入れた。高くついた(笑)。

で、この『Live Evil』って、ジャズ者初心者2年生でも、その内容は良く判ったのを覚えている。いわゆる「ジャズ・ロック」である。1970年代後半、既に、日本のロックファン、特に「プログレ・ファン」の中では、「ジャズ・ロック」の存在、その音の本質はかなりの面で理解が進んでおり、何が「ジャズ・ロック」で何が「ジャズ・ロック」でないか、その判断基準は、日本のプレグレ者の中では十分に理解できていた。

そんな中での『Live Evil』である。これって「ジャズ・ロック」やん、って直感的に思った。しかし、マイルスのペットだけは尋常では無い。ジャズ・ロックの世界のエレキ・ギターだって、こんなエモーショナルな、こんなアブストラクトな響きを持ったインプロビゼーションは無い。凄く自由で、凄くアカデミック。決して、本能のおもむくままではない、決して、計算されていない、マイルスのおもむくままのインプロビゼーション。これって凄い。

ロックからジャズにアプローチした「ジャズ・ロック」が及びもつかない、純ジャズからロックへのアプローチ。そのテクニック、そのインプロビゼーション、その発想、どれをとっても、ロック出身からは思いもつかない、純ジャズなれではの、非常に優れた、非常にアカデミックなアプローチ。ジャズがアートだということを嫌でも思い知ってしまう、マイルスのインプロビゼーション。
 
Live_evil
 
ゲイリー・バーツのサックスもそう。決してロック畑では表現出来ない、ジャジーな旋律。決して、テクニカルでは無い。ただただモードを踏襲しつつ、エモーシャルにシンプルに、ジャジーな旋律を垂れ流しているだけのバーツのソロなんだが、これがなかなか真似の出来ない、ワン・アンド・オンリーなインプロビゼーションなのだから、ジャズは面白い。

マイルスからすれば、決して、コルトレーンの様に吹かないでくれれば良かったんだと思う。コルトレーンの様に、シーツ・オブ・サウンドしなければ、良かったんだと思う。それでも、バーツのサックス・ソロは「下手うま」のインプロビゼーションとして、やっぱり、ジャズは理屈ではなく、感性なんだということを改めて教えてくれる、そんなバーツのインプロビゼーションである。

キースのキーボードだってそうだ。なんやかんやで「キースのソロは凄い」なんて言われるが、どうしてどうして。ジャズ・ロックの演奏で、非常に応用力の効く、実に器用なアプローチを見せてくれる、ジャズ・ロックとして判り易いキーボードのインプロビゼーション展開を聴かせてくれる、そんなつぶしの効く、プロのキーボード奏者として、キースは素晴らしいということ。

演奏の幅、フリーから定型のコード演奏まで、その演奏としてのイマージネーションの幅、深さという点では、チックやハービーの方が、キースより優れていると思う。キースのキーボードは「ジャズ・ロック」な展開、アプローチでこそ映える。

『Live Evil』は、マイルスがジャズ・ロックに最接近した瞬間。今、聴くと、とてもジャジー。響きがとてもジャズしていて、この『Live Evil』をジャズ・ロックとして聴く時、決して、他の「ジャズ・ロックな演奏」は敵では無い。他の「ジャズ・ロックな演奏」の基本は「ロック」。しかし、マイルスの「ジャズ・ロックな演奏」の基本は「ジャズ」。マイルスの「ジャズ・ロック」は他に類を見ない唯一無二なものである。

 

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2011年4月 6日 (水曜日)

マイルスの「いつかは王子様が」

マイルスは、アコースティック・ジャズの範疇でも、素晴らしい成果を残してくれている。特に、スタンダード曲の解釈とアレンジは絶品で、如何にマイルスが 優れたミュージシャンだったのかが、良く判る。そんなアコースティック・マイルスの成果を一枚一枚、再確認していく作業はとても楽しい。

アコースティック・マイルスのアルバムはどれもが素晴らしい。捨て盤は無い。マイルスというミュージシャンの基準で評価すると、ちょっとこれは平凡やなあ、というアルバムはあるが、それは類い希なジャズ・ジャイアントである「マイルス」という基準で評価したら、ってことで、他のジャズメンの成果と比べたら、それはそれで「秀でた」ものになってしまうのだから、マイルスって恐ろしい。

アコースティック・マイルスのアルバムはどれもが素晴らしいが、そんな中でも、愛聴盤というものが幾枚かある。その筆頭が『Someday My Prince Will Come』(写真左)。1961年3月の録音。ちなみにパーソネルは、Miles Davis (tp) Hank Mobley (ts) John Coltrane (ts) Wynton Kelly (p) Paul Chambers (b) Jimmy Cobb (ds) 。

マイルスが、その先進的な歩みをふと止めて、当時のジャズの演奏スタイルのど真ん中だった「ハード・バップ」で、マイルスは演奏した。しかし、それははっきりとマイルスのそれであり、通常の「ハード・バップ」のレベルでは無い、当時の「ハード・バップ」の演奏のレベルのバーを遙かに上げ去ってしまった。マイルス孤高のハード・バップがここに記録されている。

マイルスのトランペットは、オープンもミュートもどちらも絶好調。マイルスのトランペッターとしての力量が良く判る、素晴らしい演奏が繰り広げられている。マイルスのペットは決して優しくは無いし、繊細でも無い。マイルスのペットは、オープンもミュートも「ハード・ボイルド」である。映画「カサブランカ」のボビー・ハンフリーの様な、凄く格好良い「ハードボイルド」。

冒頭の「Someday My Prince Will Come」から「Old Folks」の冒頭ミュート・トランペット2連発が凄まじい。この2曲だけで、もうお腹一杯になりそうな、凄いテンション、凄いイマージネーション溢れるマイルスのミュート・トランペット。
 
My_prince_will_come
  
このハードボイルドなミュートに、僕は、ハンク・モブレーの柔らかで優しいテナーが良く合うと思っている。皆、コルトレーンを褒め称えるが、僕は、マイルスのハードボイルドなミュートに、コルトレーンの激しさは合わない。コルトレーンのシーツ・オブ・サウンドは合わない。少なくとも僕にとっては「トゥー・マッチ」。五月蠅すぎる。

そして、このアルバムで、このマイルスの「ハード・バップ」にピッタリと合ったピアニストが、ウィントン・ケリー。このアルバム・セッションでのピアニストが、ウィントン・ケリーで大正解。そこはかとなく翳りを宿したファンキーなハッピー・スウィンガー、ウィントン・ケリーが、そのハッピー・スウィンガーぶりを抑制しつつ、そこはかとなく翳りを宿しつつ、そこはかとなくファンキーなソロを奏でるところなんざぁ、あ〜幸せ〜ってな感じになりますね(笑)。

マイルスの自作曲もなかなかのもの。モーダルな「Teo」なんざぁ、もうひっくり返らんばかりの自由度です。これが1961年の演奏か。まだ、モード奏法って、マイルスが手に染めて2〜3年しか経っていないはず。それで、この自由度。バックがマイルスのレベルについていっていないので、ちょっと違和感が漂う演奏の響きになっているが、マイルスのモーダルなインプロビゼーションは孤高。至福の一時を感じることができる。このアルバムでのマイルスのモーダルな演奏も特筆すべきもの。

良いアルバムです。マイルスの代表的なアルバムとは言い難いかもしれませんが、マイルスが、その先進的な歩みをふと止めて、当時のジャズの演奏スタイルのど真ん中だった「ハード・バップ」で、マイルスは演奏した。そんなマイルスに、何かホンワカした暖かさを感じる事ができるアルバム『Someday My Prince Will Come』です。僕は、この『Someday My Prince Will Come』でのマイルスが大好きです。

ジャケットを見れば、当時のマイルスの嫁はんだった、フランシス・テイラーの顔の「どアップ」写真がドーンと迫ってくる。最初、学生の頃、このアルバムをレコード屋で買う時、勇気がいったなあ。嫁はんの写真に、アルバム・タイトルが『Someday My Prince Will Come』。邦題が「いつかは王子様が」。ということは、マイルスは「王子様」ってことか。いやはやご冗談。強面マイルスに「王子様」は似合いません(笑)。  

 

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2011年4月 5日 (火曜日)

It's About That Time

やっと、今日、エレクトリック・マイルスを再び聴き始めた。さすがに、大震災以降、聴く気が起きなかったのだが、やっと精神的に立ち直ってきたのだろう。あのハードボイルドな音が、どうしても大震災の後、色々と思う心に重荷だった。

しかし、今は違う。あのハードボイルドな音こそが、僕の復興の狼煙なのだ。大震災以降、首相官邸に対して腹の立つことばかり。イライラが募り、クソッと自らの無力を呪うばかり。そんな時、マイルスの音が、マイルスの言葉が僕の心の背中を押してくれた。よし、ポジティブに行こう。

復活の狼煙、エレクトリック・マイルス、今日の一枚は『Live at the Fillmore East, March 7, 1970: It's About that Time』(写真左)。タイトル通り、1970年3月7日、フィルモア・イーストのライブ録音。ちなみにパーソネルは、Miles Davis (tp), Wayne Shorter (ss,ts), : Chick Corea (key), Dave Holland (b), Jack DeJohnette (ds), Airto Moreira (per)。

凄まじいエレクトリック・ジャズである。暴風雨の様な演奏である。改めて、このライブ盤を聴くと、演奏の自由度に感心する。フリー直前、それぞれの楽器がフリーキーにインプロビゼーションを展開するんだが、ビートの根っこで一体感が保たれている。よほどの統率力とメンバーの力量が兼ね備わっていないと、これほど柔軟な展開は不可能だ。

最大の貢献者は、ベースのデイブ・ホランドとドラムのジャック・デ・ジョネットだろう。この2人の叩き出すビートが、この時期のエレクトリック・マイルスの生命線。ビートはドラムのジャックが、モードの基点はホランドのベースがきっちりと押さえている。この「ぶれない」2人のリズム・セクションがいるからこそ、他の楽器が好きなだけ自由に、好きなだけ自分の音を出し続けることが出来るのだ。

Miles_fillmore_east_1970

「俺には最高のロック・バンドを作ることだってできる」とマイルスは言ったが、確かにこのライブ盤を聴くと、それはハッタリでは無いことが良く判る。このライブの音圧、迫力、自由度、テクニック、イマージネーション、どれをとっても、当時のロックの遙か先を行っている。

当時の単純なロック・ファンはついていけなかっただろう。それは今でも同じかもしれない。普通のロック・ファンはこのエレクトリック・マイルスを理解することは、ちょっとしんどいかもしれない。

なんせ、ロックではあり得ない「超人的なポリリズム」、ロックではあり得ない「複雑で美的なコード進行」、ロックではあり得ない「自由なモード奏法」、ロックではあり得ない「人声の叫びのようなペットの響き」。どれもがロックではあり得ない、ジャズでしかあり得ない、一種暴力的なインプロビゼーションがこのライブ盤の中にギッシリと詰まっている。

個人的にスゲーと思うのは、チックの歪んだエレピ。これは凄い。当時のロックでのエレピ弾き(主にハモンドだけど)、ジョン・ロードやキース・エマーソンなど敵では無い。激烈である。イマージネーション溢れるフレーズ、ほとんどフリーなアドリブ。どうやったら、フェンダーローズでこんな音が出せるのか、と感じ入ってしまう、ジャジーにひしゃげた音。チックの鬼の才能全開。

6人という小編成でこれだけのパワーを持つグループは「凄まじい」の一言。このライブ盤でのマイルスは、とことん「ハードボイルド」。むっちゃ格好良いです。とにかくこれは持っていて損のないライブ盤。エレクトリック・マイルスを体験するのにイチ押しのライブ盤です。このライブ盤でのマイルスに耐えることができれば、他のエレクトリック・マイルスも十分「いけます」。

 
 

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2011年4月 4日 (月曜日)

ジャズとイージーリスニングの境目

ジャズは境界線が曖昧。どこまでが「ジャズ」で、どこまでが「イージーリスニング」なのか。4ビートの後ろ打ちを採用したインストルメンタルは、全てジャズかと問われたら、答えは「No」。コードにブルーノートを採用していたらジャズなのか、と問われたら、答は「No」。

しかし、その演奏が「ジャズか否か」の議論 は、さほど重要ではない。聴いた人が、演奏する人が「ジャズだ」と思えば「ジャズ」。後は「良いジャズ」か「平凡なジャズ」かに分類されるだけ。

何故こんな話をするかと言えば、日本のジャズの世界特有の事象なのだが、時たま、ある日突然、全く無名のジャズ・ミュージシャンが、ぽっと出てきて、いきなり好セールスを記録したりする。日本のレコード会社の企画ものなんだが、これがまあ、実に巧妙に売出してくる。単純な売上狙いの仕掛けなんだが、これに日本人はスッポリはまる(笑)。 

昨年4月、ある日突然、ぽっと出てきて、日本でいきなり売れたジャズ・ピアニストがいる。その名は「ビージー・アデール (Beegie Adair)」。

1937年、アメリカ東部のケンタッキー州出身。ウェスタン・ケンタッキー大学でピアノを学ぶと共に音楽教育も専攻、卒業後は、ナッシュビルに移ってセッション・ミュージシャンとして活動。1982年、初リーダー作『エスケープ・トゥ・ニューヨーク』をリリースしてソロ・アーティストとしてデビュー。これまでに24枚のアルバムをリリース。ジャズのスタンダードやポピュラーの名曲をジャズ・ピアノ風にアレンジしてカバーする、いわゆるイージーリスニング寄りのジャズ・ピアノ、カクテル・ピアノ風の演奏が主流と聞く。

これがまあ、何故か昨年、日本でブレイクしちゃったんですよね。昨年4月にリリースした、ビージー・アデールのジャズ・ピアノ曲集『マイ・ピアノ・ロマンス』は、日本の2010年上半期JAZZチャート1位のCDとなった。加えて、来日公演までやってしまって、これがまた大盛況。これはちょっと聴かず嫌いでは通用せんなあ、ということで、昨年10月にリリースされた『マイ・ピアノ・ジャーニー』(写真左)を入手。ちょっと聴いてみた。
 
My_piano_journey
 

カバー曲のテーマは「秋」と「旅」。これはまあ、超有名なスタンダード曲がズラリと並ぶ。録音も良い。ドラムの音も生々しく、シンバルの音はシャーン、チーンと心地良く、スネアの音もスパントトトンと心地良く、ハイハットの音もスチャスチャと心地良い。ベースの音は胴鳴りもブルブル鳴って、太い弦の弾く音がブンブン唸る。ピアノの奏でる旋律は、歌えるような印象的でキャッチャーな旋律が延々と続く。あれっ、これって、ある高名なジャズ評論家の方が提唱する「ピアノ・トリオ名盤の条件」にピッタリではありませんか(笑)。

とにかく徹頭徹尾、聴き心地満点。CDショップの売り文句は「お洒落に優雅にお茶を飲みながら、くつろぎタイムに聴きたい感じですよ〜」。確かにその通り。上質なイージーリスニング寄りのジャズ・ピアノがてんこ盛り。好録音が上質なカクテル・ピアノを聴いている様な臨場感を提供してくれる。

うんうん、確かにこれは売れるでしょうね。でも、ジャズ・ファンに売れたかどうかは疑わしい。最近、ジャズはお洒落な音楽、大人の音楽として、チョイスされる傾向があって、ジャズ・ファンというよりは、音楽ファンが、聴き心地の良いイージーリスニング系のインストルメンタルなアルバムはないか、と探していたら、たまたま、このビージー・アデールが「売出し中」だった、という感じではないかと思っています。

ビージー・アデールのピアノは個性というものは見当たらず、とにかく聴き心地の良い、カルテル・ピアノ風のクリスタルな響きが美しく、アドリブ部も安全運転の展開。速すぎず遅すぎず、教科書的なアドリブ展開を聴いていると、これってアドリブ部も譜面に落としているのではないかしら、と思ってしまいます。それだけ、破綻無く端正で、ただただ美しいアドリブ部は、とにかく聴き心地が良い。

こういうジャズ・ピアノ・トリオのアルバムがあっても良いと思いますし、売上があがるのも、それはそれでニーズがある証拠で良いことだと思います。確かに、上質なイージーリスニング寄りのジャズ・ピアノとして、ながら聴きするには格好の一枚です。

で、じゃあ、松和のマスターとして、この 『マイ・ピアノ・ジャーニー』をジャズ者初心者の方々にお勧めするのか、と問われれば「いいえ」と答えます。ジャズの世界には、もっとジャズ者初心者の方々に格好のアルバムが多々あります。なにも、売上狙いの日本のレコード会社の企画ものを、わざわざチョイスして、ジャズ者初心者の方々にお勧めしなくてもいいかな、と思っています。

逆に、ジャズ者ベテランの方々にはお勧めするかも。たまには、上質なイージーリスニング寄りのジャズ・ピアノも悪くはありません。たまの昼下がりに、ウトウトしながら、ながら聴きするに格好の一枚かもしれません。
 

 

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2011年4月 3日 (日曜日)

世界はゲットーだ!

浪人して大学に入って、その時のロックの状況に失望し、ロックを離れて、ジャズかR&Bに走ろうと思った。高校時代、70年代ロックに熱中している傍らで、密かに、ジャズとR&Bも聴いていた。

しかし、ジャズを聴いている、と言うと「おじんくさい」と言われるし、R&Bを聴いている、というと「おたく」と言われるし、まあ、当時は穏便にロックを聴いている、と一言で済ましておくほうが、なにかと都合が良かった。まあ、なぜジャズなのか、なぜR&Bなのかを説明するのが面倒だからね。

まあ、一言で言うと、オフ・ビートのブラック・ファンク、ゴスペルが子供の頃から好きだったからなのだ。ロックだって、オフ・ビート、ブルースという感覚が、自分の感性にバッチリとフィットしたからだ。ただ、ロックはあくまでも商業音楽。もう少し、ストイックでど真ん中なオフ・ビートのブラック・ファンク、ゴスペルチックな音楽が聴きたかった。まあ、当時のパンク・ロックは全く、僕の感性に合わなかったしね。

高校時代、ロックの傍らで聴いていたR&Bのバンドのひとつに「War」がある。L.A.のゲットーから60年代末に出てきて、70年代いっぱいにかけてヒットを連発した、ファンキーなバンド。メンバー構成が、様々な人種の混合バンドだったので、それはそれはユニークなR&Bになっていた。

Warのメンバーの共通の出身地は、L.A.のサウス・セントラル地区に隣接する街で、住人の大半がアフリカ系とヒスパニック系。よって、Warのサウンドには、黒人音楽とラテン音楽の要素が色濃い。そこに、それぞれのメンバーが持ち込む英国風味のアメリカ南部の音楽と、ヨーロッパ風の端正なハーモニカが加わり、War独特のクロスオーバーなR&Bが出来上がった。

その最初の成果が、1972年11月にリリースされた『The World is a Ghetto』(写真左)。このアルバムには、「世界はゲットーだ(The World Is A Ghetto)」(1972年7位)、「シスコ・キッド(The Cisco Kid)」(1973年2位)の2枚のヒット・シングルが含まれており、僕が初めてWarに触れたのは、中学生の頃、「世界はゲットーだ」だった。

The_world_is_ghetto

この曲をラジオの深夜放送で聴いたショックは良く覚えている。これって何、と思った瞬間、同時に「これは良い」と思った。しかし、周りにこのクロスオーバーなR&Bなバンドの話をするのには、なぜか憚られた。それだけ怪しげな、音とリズムの混合でしたね。凄い音楽が米国では流行っているんだ、と軽いショックを受けました。

今の耳で聴いても、このWarの音はユニークだ。冒頭は「The Cisco Kid」。この1曲で、Warの音の特徴がしっかりと把握できる。R&Bとラテン音楽の融合。全体を覆う音の雰囲気は、当時、米国西海岸に残っていた「サイケデリック・ロック」なもの。

実にクールな響きを宿したR&Bとでも表現したら良いのか、モータウンを代表する黒人が演出する、商業音楽的なR&Bとはちょっと違う。音がクールなのだ。そのクールなR&Bは、2曲目の「Where Was You At」にも引き継がれる。この曲もクールな「R&Bとラテン」のクロスオーバーな音が詰まっている。それは、5曲目のヒット曲であり、Warを代表する名曲「The World Is A Ghetto」でも炸裂する。

そして、Warの音楽でユニークなのは、3曲目のインストルメンタル・ナンバーの「City, Country, City」。この演奏には、R&B、ジャズなどの米国ルーツ・ミュージックとラテン音楽、そして、欧州の大衆音楽、米国西海岸のサイケデリック・ロック、様々な音楽の要素がごった煮に詰まっていて、しかもそれがクールなオフ・ビートに乗って展開されるという、実にユニークな、War独特のクロスオーバーなR&Bがここにある。このインスト・ナンバー「City, Country, City」が、Warの、唯一無二な、他にフォロワーを作ることの無かった、圧倒的なユニークさを物語っている。

レコード会社のキャッチ「73年のビルボード年間アルバム・チャートにおいて見事1位を記録した、ウォーの大傑作。ソウル、ファンク、ジャズ、ラテン…を絶妙にミックスアップした、ウォー・サウンドの真骨頂がここに!」。正にその通り。正に言い得て妙。素晴らしいキャッチですね。War独特のクロスオーバーなR&B、これがとにかくユニークで、一度「はまる」と、とことん「はまります」。事実、僕は、Warに出会って、早35年以上が経過していますが、未だに抜け出すことができません(笑)。

 

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2011年4月 2日 (土曜日)

70年代米国ルーツロックの終焉

The Bandは僕に大のお気に入り。70年代ロックで好きなバンドを挙げろ、と言われたら、1に「The Band」、2に「Led Zeppelin」、3に「King Crimson」かな。それほど、The Bandが好きで、今でも、自分でロック/バンドをやるなら、The Bandの様なバンドをやりたいと思っているほどだ。

The Bandは、70年代ロックの中では異質な存在で、確かに、70年代初頭に頭角を現した「スワンプ・ロック」との関連性については良く問われるが、僕はThe Bandは「スワンプ」では無いと思っている。The Bandは「スワンプ・ロック」以上に米国ルーツ・ミュージックの取り込みが多く、その米国ルーツ・ミュージックの要素を上手くロックのイディオムに収斂している。そういう意味で、The Bandは、現代の米国ルーツ・ロックの源と位置づけた方がしっくりくる。

そんな米国ルーツロックの源、The Bandは、オリジナルメンバーとしての活動は1976年で終えている。その「解散コンサート」が、1976年11月25日、サンフランシスコのウィンターランドで催された。そのタイトルは「Last Waltz」。

その解散コンサートの様子を押さえたライブ盤が、1978年4月にリリースされた。当時LP2枚組だった。途中、このLP2枚組の収録曲にボートラを加えたCDバージョンが発売されたりしたが、現時点で正式リリースとしての決定盤が『The Last Waltz (2002 album)』(写真左)。

巷ではコンプリート盤とされるが、実際は「コンプリート盤」では無い(何曲かの欠け落ちがある)。それでも、LPオリジナルのバージョンからすると、24曲もの未発表曲及び、リハーサルなどの音源をプラスした、CD4枚組のボックス・セット仕様に加えて、初出し写真満載の80頁ブックレット付きという構成なので、The Band者としては、垂涎ものの決定盤である。
 
The_last_waltz

 
この「Last Waltz」は、ゲストミュージシャンが豪華絢爛ではあるが、LPバージョンでは、ゲスト毎に1曲のライブ・パフォーマンスを原則として収録されていたので、はっきり言って「食い足りない」印象は強くあった。まあ、本当の意味でのコンプリート盤では無いが、この、CD4枚組のボックス・セット仕様の 『The Last Waltz (2002 album)』は、The Bandの解散コンサート「Last Waltz」の決定版だろう。

この『The Last Waltz (2002 album)』の内容については、ネットの中で語りに語られているので、検索エンジンを駆使して、その内容の素晴らしさを確認して頂きたい。
 
簡単にその内容に触れると、このThe Band の解散コンサート「The Last Waltz」は、70年代の米国ルーツ・ロック&フォーク・ロックを総括する一大イベントだった。錚々たるゲスト・ミュージシャンが名を連ね、演奏を披露している。どのミュージシャンもどの演奏も70年代という時代を彩るものばかりで、米国ルーツ・ロックのファンは狂喜乱舞状態になること請け合い。

僕がThe Bandのファンになった時、The Bandは解散宣言をし、結局、The Bandとはリアルタイムな時期を過ごしたことは無かった。そして、The Band解散後に出てきた、The Bandのライブ・パフォーアンスの決定版。僕が70年代ロックの中で一番お気に入りのバンドは、唯一、リアルタイムで過ごしたことのないThe Bandだったんですよね〜。ちなみに、僕にとっては、実に印象深いライブ盤で、The Bandのライブバンドとしての力量が遺憾なく発揮されていて、The Bandに対して、心の底から忠誠心を感じましたね〜。
 
ラスト・ライヴが「豪華ゲストを招いてのイベントライヴ」。米国ルーツ・ロックの源The Bandにとっては、豪華すぎるほどの設定ではあるが、ゲストの演奏が、それぞれ全て、The Band仕様のルーツ・ロックな雰囲気になっているのには、改めて驚いた。それだけ、The Bandの演奏は、米国ルーツ・ロックとしての個性が強く、影響力が強かったということだろう。米国ルーツ・ロックを語るに、The Bandは決して外せない。
 
 
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