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2010年12月の記事

2010年12月31日 (金曜日)

大晦日。2010年を送る・・・。

今日は大晦日。2010年も今日で終わり。この歳になって「大晦日」と言われても、特別の感慨がある訳では無いが、今年は特に後半、本業の方がガタガタしたので、この正月休みは、なんだか精神的にホッとしている。
 
さて、大晦日になると、聴きたくなるアルバムが幾つかある。ロックのアルバムが中心になるんだが、正にその演奏を聴いていて、「おおっ、これは絶対に大晦日やな」とか「う〜ん、年の瀬に向かうこの時期の録音やろな」とか思って、なんだかニンマリしてしまうアルバムがある。
  
先ずは、僕のロック界での一番のお気に入り、ザ・バンドの『Rock Of Ages』(写真左)。72年8月にリリースされたザ・バンドのライヴ盤。ザ・バンドのパフォーマンスを的確に捉えた、米国ルーツ・ロックの源として、マストアイテムな逸品です。
 
録音は1971年末、ニューヨークのアカデミー・オブ・ミュージックでライブ録音されていて、ガース・ハドソンの「ウネウネで重厚な」キーボード・ソロがフィーチュアされた「The Genetic Method」の中で、突如「蛍の光」が演奏される部分があります。
 
これはまさに、この「蛍の光」の演奏に切り替えた時が、1972年の年が明けた瞬間らしく、その演奏の切り替えの瞬間がなかなかにスリリングで、聴き手の心にグッとくるものがあります。そして、その後、メドレーとして、ワイルドで重厚なロックンロール・ナンバー「Chest Fever」へなだれ込むところも、なかなかスリリングで良い感じです。
 
このザ・バンドの『Rock Of Ages』は、この「蛍の光」のさわりを含む、「Genetic Method」〜「Chest Fever」のメドレーに惹かれて、年の瀬になると、必ず聴きますね〜。寒い冬が来て、12月の声を聞く頃、このザ・バンドの『Rock Of Ages』を聴きながら、一年を振り返るというのが、バーチャル音楽喫茶『松和』の「懐かしの70年代館」の毎年恒例行事になっています(笑)。
 
Ages_crowd
  
それから、「蛍の光」のさわりを挿入、ということでは、エリック・クラプトンの『There's One in Every Crowd(安息の地を求めて)』(写真右)も外せませんね。このクラプトンの大レイドバック的なアルバムのラストに「Opposites(オポジット)」という曲があって、この曲の間奏の合間に、ユルユルなクラプトンのギターの音にのって、「蛍の光」のさわりが演奏されています。これもなかなかに粋なアドリブで、思わずニンマリしてしまいます。ちょっとばかし何気に感動してしまいます(笑)。
 
このエリック・クラプトンの『There's One in Every Crowd(安息の地を求めて)』は、バーチャル音楽喫茶『松和』の「懐かしの70年代館」では、まさに年越しの時点、紅白歌合戦が終わる頃、「行く年来る年」に番組が切り替わるまでに、LP時代のB面をかけ始めると(CDの6曲目「Singin' the Blues(ブルースを唄って)」からがB面) 、ちょうど、1月1日0時の時点で、この「Opposites」が流れているという寸法です(笑)。
 
さて、今年もバーチャル音楽喫茶『松和』をご愛顧頂きありがとうございました。この「ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログ」にも、毎日平均150人の方々が訪れて下さるようになりました。来年も更に、ジャズ・ジャイアントのアルバム聴き直しシリーズもどんどん進めて行きますし、分室のサイトの増築も検討しています。
 
バーチャル音楽喫茶『松和』は、ジャズ者初心者の方々へのガイドを基本に、様々なアルバムのご紹介を進めています。そしてのその合間に、マニアックな70年代ロックの話題を挿みつつ、時折、70年代Jポップの話題にも及ぶ、という展開が中心です。このコンセプトは来年もしっかり継続しつつ、バーチャル音楽喫茶『松和』のネット運営を続けていきますので、よろしくお願いしますm(_ _)m。
 
なお、Twitterでも、松和のマスター(@v_matsuwa)として、時々つぶやいていますので、こちらもよろしかったら、お付き合いいたければ幸いです。モードは「松和のマスターのつぶやき」そのものです(笑)。音楽の話のみならず、生活、人生、愚痴などもつぶやいています(笑)。バーチャル音楽喫茶『松和』のマスターがカウンターでお客様相手に呟いている、そんなモードですので、お気軽にお付き合い下されば、と思います。 
 
それでは、皆様、よいお年をお迎えください。
  
Bell_3
 
   
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2010年12月30日 (木曜日)

冴えるエバンスの「アレンジの妙」

さて、今年もあと一日。明日は大晦日なので、今日がアルバムの聴き納めになる。
 
昨年より、のんびりとビル・エバンスの聴き直しをしてきたが、ヴァーヴ時代のアルバムはこのアルバムで「上がり」である。Bill Evans with Jeremy Stig 『What's New』(写真左)。
 
ジャズ・フルートの異才ジェレミー・スタイグ(Jeremy Stig)。ジェレミー・スタイグのフルートは、その有名どころのフルートとは、全く違って「激しくエモーショナルで肉声に近い」。ジェレミー・スタイグから聴いた『What's New』の印象は、我がバーチャル音楽喫茶『松和』のジャズ・フュージョン館にのせているので、そちら(左をクリック)を参照されたい。では、本来のリーダーであるビル・エバンスから聴くと、このアルバムはどうなんだろう。
 
収録曲を見渡してみると、魅力的なスタンダード曲がズラリと並ぶ。収録曲を見渡すと、エバンスは、適当にやりやすい曲を選んだ様には感じない。スタイグのフルートの個性を十分に活かすことのできる、加えて、アレンジ次第で活きもするし、平凡にもなる、「アレンジの妙」の実力が如実に出るような、アレンジの力量を試されるような選曲にも思える。
 
このアルバムには、ビル・エバンスの「アレンジの妙」が冴え渡っている。冒頭の「Straight No Chaser」など、セロニアス・モンクの傑作曲で、あまりにモンクの個性が強くて、なかなかアレンジの手が入り難い曲だと常々感じているんだが、これを見事に洒脱でクールな演奏に変身させている。
 
Bill_evans_whatsnew
 
なんて言ったらいいのかなあ。そう、モンクの個性ばりばりの傑作曲が、非常に聴き易く馴染みやすい演奏にアレンジされていて、それでいてしっかりとモンクの個性をキープしている。これって、簡単そうに聴こえるが、意外と難しいことだと感じている。エバンスの「編曲力」というのは、底知れない実力を感じさせてくれる。
 
2曲目以降の演奏についても、エバンスの「編曲力」が存分に発揮されている。特に、2曲目「Lover Man」と6曲目の「Spartacus Love Theme」の優しくロマンチシズム溢れるアレンジに、限りない魅力を感じる。柔らかく明るく優しい曲調。そこに鋭い切り口のスタイグのフルートがインプロビゼーションを展開する。その音の対比が見事である。
  
面白いのは、4曲目の「Autumn Leaves(枯葉)」の前奏の部分は、リヴァーサイド時代、ラファロ、モチアンとのトリオの傑作『Portrait In Jazz』のアレンジをそのまま踏襲していること。エバンスとしては、このアレンジにかなり自信を持っていたんだろうなあ。確かに僕もこの前奏のアレンジがお気に入りだ。
 
良いアルバムです。ジャズ者初心者の方々には、スタイグのフルートがかなり個性的なので、このスタイグのフルートが耳に馴染むかどうかがポイントですね。エバンスの編曲力を感じるには良いアルバムで、そういう観点では、ジャズ者中級者に方々には「必須科目」です(笑)。
 
 
 
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2010年12月28日 (火曜日)

初心に帰ってスイング・ジャズ

ジャズ批評の最新号、第159号『ジャズ絶対入門』(写真右)を読んで、初心に帰らなければ、と思い立って、クラシック・ジャズを聴き返し始めた。
 
僕にとって、クラシック・ジャズといえば、なんといっても、ベニー・グッドマン(Benny Goodman)である。スイング・ジャズの代表的存在として「King of Swing(スイングの王様)」と呼ばれる。彼のクラリネットの音は、魔法のように、様々な表情を見せてくれる。しかも異常なほどに「上手い」。僕がジャズに興味を持つきっかけになったジャズ・ミュージシャンの一人である。
 
小学校5〜6年の頃、良く入るので聴いていたNHK第1放送。寝る頃にラジオから流れてくる音楽に強く惹かれた。何と呼ばれる音楽なのか。両親に訊いても判らない。叔父に訊いてやっと判った。「ジャズ」。そのクラリネットの音は強く印象に残った。

そして、時は流れて高校時代。テレビで「ベニー・グッドマン物語」なる映画を放映していた。この映画のサウンドトラックを聴いて、ハッとした。あの小学校5〜6年の頃にラジオで聴いた、あのクラリネットの音である。そして、ラジオから流れてきて「ええ曲やなあ」と思った曲が演奏された。「Sing, Sing, Sing」である。
 
この映画「ベニー・グッドマン物語」は大のお気に入りになった。主人公のベニー・グッドマンが楽団のメンバーと演奏するシーンがとにかく皆楽しそうで、見ていてワクワクする。映画のバックに流れてくる演奏が実に楽しい、実に優しい、実にポップ。このジャズのジャンルを「スイング・ジャズ」と呼ぶことを知ったのは、大学に入ってから。
 
そして、ジャズを本格的に趣味として聴き始めて、何年経った頃だろう。この映画「ベニー・グッドマン物語」のグッドマン自身の演奏を収録したオリジナル・サウンドトラック盤があることを知る。欲しくて堪らない。中古盤を探しに探して手に入れた。そして、針を落としてみると・・・。そこにはあの「とにかく楽しい」極上のスイング・ジャズが一杯詰まっていた。
 
Benny_goodman_story
 
実はこの『The Benny Goodman Story』には2種類のアルバムがある。デッカ盤とキャピトル盤(写真左)である。最初は映画のサウンドトラックとしてデッカからリリースされた盤に不満を持ったグッドマン本人は、新たにキャピトル盤として再録音。このキャピトル盤の方が代表盤になった。僕はこのキャピトル盤が好きで好きで、何回聴いてもこのサントラ盤は良い。
 
収録された曲名を眺めてみると、それはそれは、グッドマンのスイング黄金時代の名曲がズラリ。4曲目の「Sing, Sing, Sing」はビートが効いていて、ダイナミックで、とにかく楽しい演奏である。最近では映画「スイング・ガールズ」にもハイライトシーンに採用されて有名になった。そうそう「One O'Clock Jump」も楽しいなあ。一転、「Goodbye」などはしみじみとして実に心に染みる名演だと思うし、名手ライオネル・ハンプトンのヴァイヴがとっても素晴らしい「Moonglow」も染みる染みる。 
 
そして、僕にとっての極めつけは「Memories of You」。この曲のテーマの旋律が絶品。そして、その旋律を奏でるグッドマンのクラリネットの音が素晴らしい。優しくて、ポジティブで、丸っこくて、それでいて芯があって、もう心に染み入って、泪が出そうになるほど。テディ・ウィルソンのピアノも美しく、ハンプトンのヴァイヴも豊かに響く。
 
僕は、映画「ベニー・グッドマン物語」の中で、この「Memories of You」が流れてくると、いつもジンワリと目頭が熱くなる。それほどまでに、長年に渡って、この「Memories of You」の演奏にぞっこんでなのである。ほんと、これ名演中の名演です。
 
スイング・ジャズは、ただただ楽しい。ベニー・グッドマンの「ベニー・グッドマン物語」は楽しい演奏がてんこ盛り。そう「ジャズは楽しい」。基本に立ち返って、クラシック・ジャズを聴いていて、心からそう思います。
 
 
 
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2010年12月26日 (日曜日)

ジャズの小径・12月号の更新です

今年は寒い。ラニーニャ現象の影響とかで、今年は厳冬とか。日本海側では大雪とのニュースが聞こえてくる。あれやこれやしている内に、あっという間にクリスマス・シーズンは過ぎ、はや年の瀬です。
 
さて、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」の更新情報を。「ジャズの小径」のコーナーの月例の更新、今年最後、12月号の更新です。
 
寒い時には聴いていて、さらに寒くなるようなジャズは逆効果です。僕は、結構、1970年代後半から80年代前半に一世を風靡したフュージョン・ジャズを良く聴きます。電気楽器が中心の演奏なので、音が暖かく、ビートも8ビートが中心なので、ファンキーでリズミカルな演奏には熱気が感じられます。
 
今月の「ジャズの小径」では、バーチャル音楽喫茶『松和』での寒い冬対策、寒い冬にヘビーローテーションになるフュージョン・ジャズのアルバム2枚をご紹介しています。
 
一枚は、70年代後半、AORの波に乗ってブレイクした、ハワイアン・フュージョンバンド「Seawind」(シーウインド)の4枚目の名作、もう一枚は、ジャズの世界では珍しい、バイオリンを駆使したフュージョン・ジャズの人気者、Jean-Luc Ponty(ジャン・リュック・ポンティ)の初期の佳作、1976年リリースの「Imaginary Voyage」をご紹介です。
 
Jazz_komichi_201012
 
クロスオーバーから端を発したフュージョン。このSeawindは、そのフュージョンにAORの要素をしっかりと組み入れ、当時、全く新しい世界を表現したSeawind。
  
エレクトリック・バイオリンでのエフェクトを効かせたヘビーなサウンドは、まるでジミヘンのギターのようでもあり、その少し歪んでくすんだ音は、実に英国的な、ジャン・リュック・ポンティのバイオリン・フュージョン。
 
どちらのアルバムも、聴いていて暖かい雰囲気に包まれるような、熱気に溢れるフュージョン・ジャズです。今回ご紹介の2枚をはじめ、熱気溢れるメインストリーム・ジャズやフュージョン・ジャズで、今年の寒い冬を乗り切りたいですね。でも、やっぱり寒いのは苦手ですね〜。
 
バーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」(左をクリック)へ遊びに来て下さい m(_ _)m。先月と内容が変わっていないようであれば、更新ボタンを押して、最新の状態でお楽しみ下さい。それでは、お待ち申し上げております(笑)。
 
 
 
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2010年12月25日 (土曜日)

ノエルの夜はムーディー・ジャズ

今日の我が千葉県北西部地方は快晴。今年一番の寒さだったようだが日差しは暖かい。20分も歩くとホカホカしてくる。あまりの快晴なので、午前中の無駄な時間を取り戻すべく、午後は大掃除第一弾。腰を痛めて、夕方から夜にかけてちょいと寝込みましたが・・・(>_<)。 
  
なんだか慌ただしい年の瀬的な雰囲気ですが、まだ今日は25日。まだまだノエルの季節でございます。晩ご飯を済ました後、クリスマスの夜くらいは、ムーディーにいきたいものです。
 
ということで、今晩はムーディーなジャズでいこうと選んだアルバムが、Coleman Hawkins(コールマン・ホーキンス)の『At Ease with Coleman Hawkins』(写真左)。1960年1月の録音。Coleman Hawkins (ts), Tommy Flanagan (p), Wendell Marshall (b), Osie Johnson (ds)。
 
ホーキンスは1904年生まれ。このアルバムは1960年録音ですから、御年は56歳。ジャズとしては年齢的に充実した時期で、確かに、このアルバムでのホーキンスは絶品です。どうしたらこんなに歌心溢れる、情緒溢れるブロウが出来るのだろうと聴く度に感心します。耳元で囁くように、ある時は、むせび泣くように、ある時は、大らかに微笑むように、ゆったりとした、スローなテンポの曲を次々と吹き上げて行きます。
 
確かに当時、ホーキンスは、ハードバップの当時最新の奏法、語法からは遠く離れていたかもしれませんが、聴く側のジャズの成果には、そんな評論家的な評価は関係ありません。ゆったりとした、スローなテンポの中で、しっかりと感情移入をコントロールしつつ、これだけ情感溢れるエモーショナルなテナーは、なかなか聴けるものではありません。
 
Chawkins_atease
  
バックのミュージシャンを見渡せば、ピアノ職人トミー・フラナガンの参戦が目を惹きますね。フラナガンは当時、ホーキンスのレギュラー・カルテットとして参加していたそうで、確かに、ホーキンスのテナーにピッタリ寄り添うように、伴奏を繰り広げていきます。フラナガン節が炸裂です。フラナガン節がぴたりと決まった時などはゾクっとしますね〜。やはり、フラナガンのバラードの伴奏は素晴らしい。
 
さすが伴奏のエキスパート。とにかく洒落ていて、流麗で、それでいて、タッチはカッチリしていてバップな香り漂い、底にしっとりと黒いファンキーさを置いたピアノはフラナガンならではのもの。この素晴らしいフラナガンのピアノも聴きものです。
 
他の2人、ベースのウェンデル・マーシャル、ドラムのオージー・ジョンソンも堅実。やはり名盤と言われるには、参加メンバーそれぞれの演奏レベルの高さが必要ですよね。ホーキンスのテナーを、フラナガンと共に、マーシャルのベースとジョンソンのドラムがしっかりと支えます。ゆったりとした、スローなテンポのビートの底を、地味にシッカリと押さえているところが堪りません。
 
ホーキンスの極上のバラード集です。そして、サイドメンのフラナガン、マーシャル、ジョンソンの3人にとっても伴奏者としてのベストプレイの一枚でしょう。「ノエルの夜はムーディー・ジャズ」のテーマにピッタリの、ホーキンスのテナーの音色です。
 
 
 
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2010年12月24日 (金曜日)

Natalie Coleで「Merry X'mas」

今日はクリスマス・イヴ。「Merry X'mas」である。さすがに今日は、クリスマス・ソング系のアルバムを、ということで、Fourplayの『Snowbound』などが鳴り響いている、我がバーチャル音楽喫茶『松和』である。
  
が、このクリスマス・シーズンには、とっておきの女性ボーカル・アルバムが流れる。Natalie Cole(ナタリー・コール)の『Unforgettable』(写真左)である。
 
偉大なジャズ・ピアニスト&ヴォーカリストであるナット・キング・コールを父に持つ、ナタリー・コール。ジャズ・ポップス・R&Bを股にかけて、固定のジャンルに拘らず歌いまくる、マルチ・タレントで偉大な女性ボーカリストである。
 
彼女のボーカルは素直でストレート。音域も通常の音域をシッカリと押さえた、実にノーマルな歌唱で、決してギミックに走らず、決してフェイクに走らない。しかも、ちょっとウェット感を湛えた、しっとりとした歌声が良い。全く持って父親譲りの素晴らしくノーマルな歌声である。
  
名盤『Unforgettable』では、とにかくシンプルで素直なボーカルで、父であるナット・キング・コールの有名曲、ヒット曲、得意曲をカバーしていく。「Paper Moon」「Route 66」「Mona Lisa」「Smile」などなど、僕が小学校高学年の頃、NHKのラジオ放送から流れてきたナット・キング・コールのヒット曲をを、娘であるナタリー・コールが、その個性を活かしてカバーしていく。が、全曲ナットの曲で無いのは「ご愛嬌」(笑)。
 
Ncole_unforgettable
 
でも、これが本当に良いんですよ。しっとりとしたスローな曲が多く収録されているのですが、これをジックリと全編に渡って、一気に聴かせてしまうのですから、この力量たるや素晴らしいものがあります。アレンジが良いのとバック・バンドの演奏が充実しているのも、このアルバムの魅力に貢献しています。
 
極めつけは、僕の大好きな「L-O-V-E」。この曲を聴くといつも幸せな気持ちになれます。
 
L is for the way you look at me,
O is for the only one I see,
V is very, very extraordinary,
E is even more than anyone that you adore
 
Love is all that I can give to you,
Love is more than just a game for two.
Two in love can make it,
Take my heart but please don't break it.
 
Love was made for me and you...
  
そして、ラストの父ナット・キング・コールとの擬似デュエット、デジタル技術の進歩に感謝感激の「Unforgettable」。感動の名唱。上品で荘厳な雰囲気が漂い、クリスマス・イヴの夜にピッタリきます。良いアルバム、良い歌唱だと思います。ポップなジャズ・ボーカルの秀作。
 
聖夜の静寂に、バーボンのグラスを傾けながら・・・「Merry X'mas」。
 
 
 
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2010年12月23日 (木曜日)

気軽に気楽に聴けるジャズ

ジャズの聴き方には色々ある。スピーカーに面と向かって対峙して、真剣に耳を傾ける聴き方もあるし、本などを読みながら、ちょっとした家事をこなしながらの「ながら聴き」もある。最近では、iPodを活用し、インナーイヤー型ヘッドホンを活用して、電車の中でのジャズ鑑賞も可能になった。

ジャズのアルバムにも色々ある。しっかりと真剣に耳を傾けないといけない盤もあれば、ひょいと気軽に気楽に聴ける盤もある。演奏形態とかミュージシャンによって分けられるとかいう単純なものではなさそうで、どうもそれぞれの盤が持つ演奏の雰囲気が決め手となるみたいだ。

若手気鋭のテナー奏者Joshua Redman(ジョシュア・レッドマン)の『Wish』(写真左)というアルバムがある。1993年のリリース。若手気鋭のテナー奏者ジョシュアのアルバムである。純ジャズを追求した、さぞかしストイックでハードな内容なんだろうと構えてしまう。

何せ1曲目が、フリー・ジャズの創始者オーネット・コールマン作の「Turnaround」から始まる。それだけでも「構える」。パーソネルを見渡すと、Joshua Redman (ts), Charlie Haden (b), Billy Higgins (ds), Pat Metheny (g)。そうそうたるメンバーでは無いか。ヘイデン、ヒギンス、メセニーのリズムセクションが凄い。しかも「ピアノレス」である。メンバー構成を見ても「構える」。

で、聴いてみてどうか、というと、これが「聴き易い」。冒頭の「Turnaround」なぞ、オーネットの作なので、なんでいきなり1曲目にフリー・ジャズなハードな演奏を持ってくるかなあ、と沈鬱な思いで、CDのスタートボタンを押すと「あらまあ」(笑)。ジョシュアのテナーとメセニーのギターのユニゾンが躍動感を持ってスピーカーから飛び出してきて、これが中々印象的なフレーズを奏でていて、とっても聴き易い、躍動感のある名演になっている。

この「聴き易く、躍動感のある」演奏がアルバム全体に散りばめられている。結構、ストレート・アヘッドなジャズ演奏を繰り広げているんですが、この独特の「緩さ」というか「ラフさ」というか「気軽さ」はどこから来るのか。
 
 
Joshua_redman_wish
 
 
これ、きっと、ドラムのヒギンスにあると思うんですよね。ヒギンスのドラミングって、どこか「緩い」というか、どこか「すこんすこん」している。これがヒギンスのドラミングの魅力なんですが、これが良い意味での「緩さ」をこのアルバムに与えているように思う。

その「緩さ」をしっかりとヒギンス自身が「ズドン」というリズムのアクセントでグッと締め、加えて、ヘイデンのベースが演奏全体のビートをビシッと決める。このヒギンスとヘイデンのリズム・セクションがあればこそ、ジョシュアとメセニーがフロントを張って、インプロビゼーションに専念出来るってものだ。

そうそう主役のジョシュアのテナーは良い音出してます。若手気鋭のテナー奏者って、猫も杓子もコルトレーン風に吹きまくる人が多いのですが、このアルバムでのジョシュアは違います。気持ち良く唄う様に、歩きながらの鼻歌の様に、本当に気持ち良い音で、適度にテンションを張り、適度にリラックスした、聴き心地の良いブロウを繰り広げています。

そして、やはりパット・メセニーのギターは素晴らしいですね。メセニーはバックに回っても素晴らしいギターを聴かせてくれます。これだけ個性の強い音を出すギタリストだと、フロント楽器のバッキングは、なかなか辛いのでは、と思うのですが、流石にメセニーは違う。自らの個性の強いギターの音を活かして、フロントの演奏、ジョシュアのテナーをグッと惹き立てる。確かにバックでメセニーが弾いていることは判るのだが、決してジョシュアのテナーの邪魔はしない。ジョシュアが一人で吹いている時よりも、ジョシュアのテナーが惹き立っている。

良いアルバムです。僕にとって、気軽に気楽に聴けるジャズ盤の一枚です。1〜8曲目まではスタジオ録音で、落ち着いた演奏になっていますが、9〜10曲目はライブ録音で、熱気溢れる臨場感のある演奏になっています。この対比もなかなかの聴きどころ。僕にとってのヘビーローテーションな一枚です。
 
 
 
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2010年12月21日 (火曜日)

英国の70年代フュージョン

英国のジャズ事情というのは、実に複雑というかユニークである。米国では、ロックとジャズは相容れ無い、全く別々な独立したジャンルだった訳だが英国は違う。
  
英国は長年、ジャズト言えば「バップ」こそがジャズであり、エレクトリックなジャズはもう既にジャズでは無い。ましてやクロスオーバーなんぞ、ジャズでは無く、当然、フュージョンは絶対にジャズとは言わない。実に英国らしい頑なさである。
 
ちなみに、英国においては、フュージョン・ジャズは、米国のようなジャズのジャンルの発展形ではなく、1970年代ロックのジャンルの人気のジャンルである「プログレッシブ・ロック」との、ミュージシャンの「共有(シェア)」で主に発展した。つまり、プログレバンドが、その超絶技巧なテクニックを駆使して、ジャジーなアレンジを導入して、英国なりのフュージョン・ジャズに発展したということ。
 
例えば、このソフト・マシーン(Soft Machine)の『Bundles(収束)』(写真左)が良い例だろう。ソフト・マシーンは、1960年代後半から1980年代初頭にかけて、英国で活動した、サイケデリック+プログレッシヴなロック、いわゆる「カンタベリー・ミュージック」の最右翼のバンドである。
 
このバンドは、当初、確かにアコースティックな演奏が中心のサイケデリックなバンドだった。途中、ジャズの要素を取り入れたりして「ジャズ・ロック」の旗手ともてはやされたが、アコースティック中心で音が薄く、ジャジーなビートは希薄、キャッチャーなフレーズも乏しかったので、僕は好きになれなかった。
 
また、前衛性が先に立ち過ぎて、プログレと呼ぶには分厚く劇的な展開に乏しく、ジャズ・ロックというには、ジャジーでファンキーな要素が乏しい。どうにも、音の厚さに乏しいところが、好きになれない決定的な原因だった。
 
Softmachine_bundles_3
 
しかし、このソフト・マシーンの不思議なところは、バンドの音楽性を節操なく変化させていったところにある。この8作目にあたるこの『Bundles』は、カンタベリー・ミュージックに端を発し、ジャズロックに傾倒しつつ、いきなりフュージョン路線へと一大転換を図った、突然変異的なアルバムである。しかも、音の厚さに乏しいところが、劇的に改善されている。聴いてビックリである。
  
とにかく、細かい理由は良く判らないが、超絶技巧な弾きまくりギタリスト、アラン・ホールズワースを迎えて、ソフト・マシーンは、いきなり、フュージョン・ジャズに転身した。
 
ちなみにパーソネルは、Roy Babbington (b), Allan Holdsworth (g), Karl Jenkins (oboe, p,ss), John Marshall (ds,per), Mike Ratledge (org,el-p,syn), Ray Warleigh (fl)。メンバー名を見ても、全く馴染みの無い名前が連なるが、このアルバムは、完璧な「超絶技巧アルバム」である。
 
とにかく、アラン・ホールズワースのギターが凄い。「超絶技巧」とはこのこと。どうやったら、これだけギターが弾きたおせるのか、理解に苦しむ。破綻の無い、疾走感溢れる超絶技巧な世界。リーダー格だった、カール・ジェンキンスの曲造りの巧みさも見逃せない。インスト中心で、ビートに乗った演奏は、フュージョン・ジャズそのもの。
 
それでいて、ファンキーさは希薄、抑制されたオフ・ビート、技巧は徹底的に追求されるが、ポップでキャッチャーな売れ筋の追求は皆無。サイケデリック+プログレッシヴなロックな時代で培ってきた前衛性は全く無し。素朴でシンプルでドライな展開が特徴の、英国フュージョン・ジャズならではの演奏を聴くことができます。とにかく、全編に渡って、疾走感あふれる超絶技巧な演奏は「圧巻」の一言。
 
ちなみに、ホールズワースはこのアルバムにのみに参加したのみでソフト・マシーンを脱退。トニー・ウイリアムス率いるライフタイムに加入することになります。素朴でシンプルでドライな展開はこのアルバムのみで聴かれるものです。この『Bundles』は、英国ならではの、フュージョン・ジャズの名盤だと思います。
 
 
 
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2010年12月20日 (月曜日)

実にクールなジャズ・オルガン

ジャズ・オルガンと言えば、コテコテ・ファンキーな、粘っこく黒くジャジーな音色を思い浮かべる。

ジャズ・オルガンの巨匠ジミー・スミスを筆頭として、このコテコテ・ファンキーな、粘っこく黒くジャジーな音色は、正統なジャズ・オルガンの印。ベイビー・フェイス・ウィレット然り、フレディ・ローチ然り、ビッグ・ジョン・パットン然り、ロニー・スミス然り。現在の日本代表、敦賀明子も、粘っこく黒くは無いがこの系統。

しかし、この正統なジャズ・オルガンの印の真逆を行くジャズ・オルガニストがいる。サム・ヤエル(Sam Yahel・写真右)である。実にクールなジャズ・オルガンである。クールと言っても「格好良い」という意味でのクールでは無い。冷静な、静的な意味での、ホットの逆の意味での「クール」である。

サム・ヤエルのジャズ・オルガンは、決して、コテコテ・ファンキーでは無い。黒くジャジーではあるが、粘っこくは無い。サラリとスマートで、黒くジャジーではあるが、ファンキーさは「かなり希薄」。しかし、スピード感が溢れ、メリハリがばっちり効いている。ジャズ・オルガンの王道の真逆を行く、サム・ヤエルのオルガンである。

そのサム・ヤエルが、テナーのジョシュア・レッドマン(Joshua Redman)、ドラムのブライアン・ブレイド(Brian Blade)と組んだトリオがる。3人対等の立場のバンドだが、実質上のリーダーはサム・ヤエル。その3人が2002年に発表したアルバムが『yaya3』(写真左)。ちなみに「yaya3」は「ヤ・ヤ・キューブド」と読むとのこと。「キューブド(cubed)」は数字の3乗の意。サックス+ドラム+ハモンド・オルガンという、実にユニークな編成のトリオである。

このトリオの演奏が実に「クール」。ここでの「クール」は「格好良い」の意(ややこしいなあ)。このオルガン・トリオの演奏は、「クール」という言葉が実に相応しい演奏である。3者3様、実に「格好良い」。理屈はいらない。とにかく、音を聴いていると、演奏を聴いていると、「く〜かっこええなあ」という感じが心の底から沸き上がってくる。
 
  
Yaya3
 
     
サラリとスマートで、黒くジャジーではあるが、ファンキーさは「かなり希薄」。しかし、スピード感が溢れ、メリハリがばっちり効いている。ジャズ・オルガンの王道の真逆を行く、サム・ヤエルのオルガンは、伴奏に回ると、その真価を最大限に発揮する。

ジョシュア・レッドマンのテナーのバックで、ジョシュアのテナーとぶつかることなく、ジョシュアのテナーの音の合間、隙間を埋めつつ、ジョシュアのテナーのソロを浮き立たせていく。これが、とにかく絶妙なのだ。相性が良い、というのはこういうことを言うのだろう。

サックスとオルガンが互いに触発しながら、相互に影響しあいながら、それぞれの個性を発揮しつつ、実にクールなインタープレイを展開していく。実に柔軟で実に理知的なインタープレイにゾクゾクする。そんなゾクゾクするようなサックスとオルガンのインタープレイを、ブライアン・ブレイドの、これまた「格好良い」ドラミングが、ガッチリとサポートする。

ブライアン・ブレイドのドラミングも、ハイテクニックで手数が多いが、決して、サックスとオルガンのインタープレイを邪魔したりしない。それどころか、サックスとオルガンのインタープレイを煽り、励まし、盛り立てる。このブライアン・ブレイドのドラミングも、このアルバムの聴きどころ。

すっごくクールなトリオ・ジャズです。発売当時、偶然、CDショップで手にして以来、長年の愛聴盤です。ほとんど何も無いところからのインプロビゼーション中心の積み上げなので、演奏内容はかなり抽象的ですが、演奏の芯はシッカリ通っているので、決して飽きません。というか、聴き込めば聴き込むほど、その都度いろいろな発見があって、なんというか、スルメの様なアルバムですね。噛めば噛むほど味が出る(笑)。お後がよろしいようで・・・。
 
 
  
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2010年12月19日 (日曜日)

ジャズ喫茶で流したい・23

ジャズには定石はあれど常識は無い。演奏の編成だって、確かにソロ、デュオ、トリオ、カルテット、クインテットと編成の形式は定まってはいるけれど、その中身については全くと言って良いほど「自由」である。
 
「World Saxophone Quartet」というグループがある。デヴィッド・マレイ、ジュリアス・ヘンフィル、オリヴァー・レイク、ハミエット・ブリュートからなる4人組。「カルテット」は4人編成。この4人組は全てサックス奏者。リズムを司るドラムもベースも無い。当然、演奏の全体を統制するピアノも無い。
  
とにかく、リズムセクションが全く無い、サックスだけのカルテットがジャズを演奏し通すことが出来るのか。まずはアレンジ力が問題だろう。どうやって、リズムセクションの無い、サックス4重奏をジャズ的にグルーブさせるのか。アルト・サックス奏者のヘンフィルが作曲面で優れていたことが、この変則サックス4重奏に幸いした。
 
そして、4人の演奏力が問題になるが、この4重奏のサックス奏者については、テクニックに全く問題は無く、アヴァンギャルドな演奏を得意とする分、ノーマルな演奏からアヴァンギャルドな演奏まで、演奏表現力の幅は広い。
 
サックスだけのカルテットという変則バンドの成否を握る「アレンジ力」と「演奏力」。この双方をクリアした「World Saxophone Quartet」の最大の名作だと僕は常々思うのは、『Plays Duke Ellington』(写真左)。
 
Wsq_plays_duke
 
エリントンのトリビュート・アルバムである。どの演奏も、エリントンの名曲を実に上手くアレンジし、エリントンの名曲の特徴を良く理解し、それぞれの個性で表現している。収録された演奏の全てが、実に良い演奏である。
 
リズムセクションが全く無い、サックスだけのカルテット。どうやって、リズムとビートを供給するのか。このアルバムを聴けば、たちどころにその疑問は氷解する。バリトンとテナーがリズムを取りながら、アルトがソロを吹くといったパターンが中心。特に、バリトンの活躍が目覚ましい。
 
リズムとビートの供給が決まると、フロントのサックスの独壇場である。さすがに、4人のさっくす奏者とも、名うてのアバンギャルド・ジャズ出身。自由なソロワークが見事である。フリー・ジャズの一歩手前、しっかりと演奏のベースを押さえた、切れ味の良いインプロビゼーションが展開されていて実に見事。胸のすく思いだ。それぞれのソロ演奏が終われば、締まった4人のアンサンブルが、これまた見事。
 
この4重奏のサックス奏者については、アヴァンギャルドな演奏を得意とする分、フリー一歩手前な演奏が主となるが、決して耳障りではない。ただ、ジャズ者初心者向きでは無いだろう。フリーなジャズも聴くことが出来る様になったジャズ者中級者以上向け。
 
ジャズには定石はあれど常識は無い。リズムセクションが全く無い、「World Saxophone Quartet」。サックスだけの4重奏のエリントンのトリビュート・アルバム。このサックスだけの4重奏に「脱帽」である。 
 
 
 
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2010年12月18日 (土曜日)

約30年ぶりの『The Wall』

今日は一日の殆どがロックの日。ジャズといってもフュージョン・ジャズだけだから、今日は純ジャズはお休みの日。渡辺香津美繋がりで、久しぶりにYMOのライブなんかも聴いたりして、なかなかに気分展開な一日。
   
そんな一日の中でのトピックは、Pink Floydの『The Wall』と『Final Cut』を手に入れたことかなあ。約30年ぶりにLPからのリニューアルである。
 
この2枚については、僕にとっては複雑なものがあって、とにかく、ロジャー・ウォーターズの色が強すぎて、どうもいけない。そもそも僕は、このウォーターズの「社会的アジテーション」的な個性が好きではない。これでは、ピンク・フロイドのアルバムではなく、ウォーターズ単独のアルバムになってしまっていて、初出当時、かなり幻滅したのを覚えている。
 
あれから約30年たった。今日、本当に久しぶり、というか、う〜ん、恐らく約30年ぶりになると思うんだが、ピンク・フロイドの『The Wall』を全編通して聴いた。流石に約30年ぶりである。こちらも歳を取った。音楽に対する許容量も大幅にアップしている。約30年ぶりに、しっかりと『The Wall』を全編鑑賞した。
 
聴き終えた印象は、30年前に感じた「これは、ピンク・フロイドではない」という感情的なものは無く、ただただ、「なるほど、これがオリジナル・ピンク・フロイドの終焉か」と至極納得した。これじゃあ、もう次作を目指して、新たなコンセプトでバンドメンバーが結束するということは無いだろうな、と強く思った。
 
音楽とは正直なものだと僕は思っている。この『The Wall』というアルバムは、明らかに、ウォーターズ単独のアルバムである。このアルバムの演奏の全てに渡って、ウォーターズ以外のメンバーの「やらされ感」が強く伝わってくる。
 
この「やらされ感」が、この『The Wall』というアルバムが、ピンク・フロイドのアルバムになり損ねた最大の理由だろう。とにかく、ウォーターズ以外のメンバーの演奏に「サムシング」が欠けている。これでは別に他のスタジオ・ミュージシャンでもええやん、と思ってしまうほどの「やらされ感」。 

Pink_floyd_the_wall
 
コンセプト自体悪く無いし、演奏される音としてもピンク・フロイドとしての音の個性は十分にキープされている。でも、このウォーターズ以外のメンバーの「やらされ感」が全てを台無しにしている。ロジャー・ウォーターズ、リーダー失格である。
 
加えて、それぞれの曲のアレンジと、曲に挿入されるサウンド・エフェクト(S.E.)の使い方が、明らかにマンネリ。ピンク・フロイドはアルバム『原子心母』以降、サイケデリック・ロックの雄から、プログレッシブ・ロックの雄へと転身した。その『原子心母』以降『炎』に至るまでの音作りからS.E.まで、その全てを再度、総動員し、なぞらえて、この『The Wall』に盛り込んでいる。
 
昔からのピンク・フロイドのファンにとっては微笑ましいかもしれないが、客観的に見て、この仕業は誉められたものでは無い。この『原子心母』以降『炎』に至るまでの音作りからS.E.まで、その全てを再度、総動員している音を聴きながら、「なるほど、これがオリジナル・ピンク・フロイドの終焉か」と至極納得した。
 
約30年ぶりに聴き直した『The Wall』は、世間が言うほどの傑作では無いし、ピンク・フロイドの代表盤でも無いと思う。そういう評価をする人は、ピンク・フロイドというバンドの本当の音を聴いたことがあるのか、ピンク・フロイドの本質をどう理解しているのかと、強い疑義の念を持ってしまう。僕は、まだ前作の『Animals』の方が、僅かばかりではあるが、ピンク・フロイドらしさが残っていたように思う。
  
ウォーターズ以外のメンバーの「やらされ感」が無かったら、そして、もう少し工夫されたアレンジとS.E.があれば、この『The Wall』は、どんな内容のアルバムに変身したんだろうかと思う。きっと、『狂気』と表裏一体となった、『狂気』を空想の世界の産物だとすると、『The Wall』は、現実の世界の産物として、『狂気』と対になった傑作として君臨していたのでは無いか。しかし、その時は、邦題は『ザ・ウォール』では無く、『壁』でなければならない(笑)。
 
『The Wall』は、そんな残念な期待感が残る、本当に残念なアルバムである。 
 
 
 
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2010年12月17日 (金曜日)

ジャズ盤の鑑賞は面白い

ジャズは面白い。ジャズのアルバムは、色々な角度から聴くことができる。
  
リーダーのミュージシャンの切り口から聴くことは当たり前として、サイドメン達の切り口から聴くことも出来る。収録曲からスタンダード曲を選んで、他のミュージシャンの演奏と比べることも出来る。逆にオリジナル曲の出来を愛でることも出来る。ジャズ盤って、色々な切り口での楽しみ方があるんですよね。
 
例えば、今日ヘビーローテーションな一枚となっていた、セロニアス・モンク(Thelonious Monk)の『Brilliant Corners』(写真左)。主要メンバーは、Ernie Henry (as), Sonny Rollins (ts), Thelonious Monk (p), Oscar Pettiford (b), Max Roach (ds)。ラストの「Bemsha Swing」だけ、一悶着あって、 ベースのOscar PettifordがPaul Chambersに代わり、Clark Terry (tp)が加わる。
 
1956年12月録音のモンクの大傑作アルバムである。収録曲がモンクのオリジナル。これがもう、ですね。モンクの個性全開なんですよ。ギョワングワン、ギョゴンポロンとモンクのピアノの摩訶不思議な響きが「とても心地良い」。まあ、モンクのピアノを体験したいなら、この『Brilliant Corners』は最適の一枚。
 
しかし、サイドメンの切り口から聴いても、このアルバムは面白い。このアルバムの最大の興味を抱くサイドメンと言えば、テナー・サックスのソニー・ロリンズだろう。
  
ソニー・ロリンズは、当時、既に押しも押されぬ人気テナー奏者。そのテクニック、歌心溢れるアドリブ、他の追従を許さない独創的なフレーズ。どれを取っても、当時最高のテナー奏者である(今もだけれどね)。そのソニー・ロリンズが、ジャズ界最大の個性であるモンクのサイドメンを務めるのだ。どんな音になるのか、興味津々である。
 
 
Brilliant_corners
  
 
これが、である。もう長年モンクと連れ添ってきた様に、モンクのフレーズ、モンクのハーモニー、モンクのタイムの全てを理解して、モンクのサイドメンとして、モンクをシッカリと支え、シッカリと立て、そして、そこはなとなく自らの個性を表現する。この『Brilliant Corners』でのロリンズは、モンクにとってのベスト・パートナーである。
  
モンクとテナー奏者と言えば、ジョン・コルトレーンの名前が必ず挙がるが、僕は、コルトレーンガモンクのサイドメンとしてのベスト・パートナーとはどうしても思えない。コルトレーンは意外と唯我独尊なところがあって、モンクのフレーズ、ハーモニー、タイムと対峙し、競うことはあっても、寄り添い、支え、立てることはしない。しかし、サイドメンにはサイドメンなりの、リーダーに対する仁義ってものがあって然るべきだと僕は思っている。
 
ロリンズは違う。確かにブロウのスタイルは、絶対にロリンズなんだが、フレーズ、ハーモニー、タイムはシッカリと「モンクしている」。逆に、ロリンズが、この難解極まりないと言われるモンクの音世界を理解して、ガッチリと追従し、モンクにピッタリと合わせてくるところなんか、いや〜、驚きを超えて、これはもう感動の域である。サイドメンとして、プロ中のプロとして、きっちりと仕事を仕上げる。僕がロリンズを愛する理由のひとつである。
 
この『Brilliant Corners』は、リーダーのモンクの個性を愛でることが出来る名盤であることは当たり前のことであるが、ロリンズが、「類い希な柔軟性」と「突出した高度なテクニック」の持ち主であることを再認識させてくれる、サイドメンとしてのロリンズの名盤でもある。 
 
 
 
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2010年12月16日 (木曜日)

『Live In Japan 2003』である

The Crusaders(クルセイダーズ)。主に1970年代から1980年代初頭に活躍したフュージョン・グループである。
 
もともとはテキサス州のハイスクールで同級生だったウェイン・ヘンダーソン(tb), ウィルトン・フェルダー(ts), ジョー・サンプル(key), スティックス・フーパー(ds)の4人が結成したジャズ・クルセイダーズを前身とする。その後1971年にグループ名を「ザ・クルセイダーズ」とし、1970年代のフュージョン・ジャズを代表するグループに成長する。
 
僕は、このクルセイダーズが大好きで、最初に惚れたアルバムが、1980年リリースの『ラプソディー&ブルース』。これには一発で惚れた。FMで聴いて、惚れて、その足で購入。さらに惚れて、アルバムを1ヶ月の間に、『ストリート・ライフ』『イメージ』『旋風(かぜ)に舞う』と一気に遡る。いや〜今でも大好きですね。
 
さらに、リアルタイムで、1981年『スタンディング・トール』がリリースされ、発売日当日に購入し、その内容に感動するに至り、僕のクルセイダーズ熱は一気に沸騰点に達する。そして、その熱も冷めぬ内にリリースされた『音楽会(ライヴ) 』に、あれ〜っと幻滅して、一気にクルセイダーズ熱はクールダウン。それ以降、クルセイダーズの活動自体が下火になったこともあって、暫くはクルセイダーズの事なんて忘れていた。
 
再び、眠っていたクルセイダーズ熱が復活したのは、2002年リリースの『ルーラル・リニューアル』。オリジナル・メンバー4人中の3人、 ウィルトン・フェルダー(ts), ジョー・サンプル(key), スティックス・フーパー(ds)が再会した、完璧なクルセイダーズ・サウンドの復活だった。
 
そして、翌年の2003年、リリースされた久々のライブ盤が『Live In Japan 2003』(写真左)。1981年リリースのライブ盤『音楽会(ライヴ) 』のトラウマがあるので、クルセイダーズのライブ盤には不信感があり、しかも、このどうでも良いような、正にやる気の無いことおびただしいジャケット・デザイン。このジャケット・デザインでジャケ買いは絶対に無いし、その内容に期待せよというのが無理である。
 
しかし、そこは最近のダウンロード・サイト。30秒の試聴ができる。その試聴をしてみて、「これってなかなか良いかも」と思い、1981年リリースのライブ盤『音楽会(ライヴ) 』のトラウマを乗り越えて、購入に至った。
 
Crusaders_livetokyo2003
 
これが、確かに、なかなかの内容で気に入っている。気軽にクルセイダーズを聴きたいなあ、と思う時、CDトレイに良く載るアルバムである。
 
このライブ盤『Live In Japan 2003』は、2003年10月6日から11日にかけてブルーノート東京でレコーディングされたライブアルバム。冒頭の「I Felt The Love」の演奏を聴くだけで、クルセイダーズであることが一発で判る。
 
1970年代から1980年代初頭に活躍した頃の演奏に比べれば、泥臭さは洗練され、アーシーさは控えめになっている。が、これはこれで良く判る。時代の要請というものだ。この2003年のクルセイダーズは、昔の思い出の中ではなく、今を生きる音を紡ぎ出しているのだ。
 
よって、この『Live In Japan 2003』では、1970年代の彼らのヒット曲が数多く演奏されていて、グレイテスト・ヒッツの様ではあるが、決して、懐メロ風、「昔の名前出ています」風にはならない。このライブ盤でのクルセイダーズは、1970年代の音を懐かしむのでは無く、2003年のクルセイダーズの音で勝負している。だから、このライブ盤は、1970年代のヒットパレードとはならない。そこが、僕は良いと思っている。
 
確かに、泥臭さは洗練され、アーシーさは控えめになった。しかし、クルセイダーズ独特のグルーブ感は、しっかりと見事にキープされている。とにかく、どの演奏も1曲聴けば、絶対にクルセイダーズって判る位だ。
 
クルセイダースを長年聴いてきて、若い頃は、ウィルトン・フェルダーのサックスやジョー・サンプルのキーボードがポイントと思っていたが、最近、クルセイダースの音の決め手は、スティックス・フーパーのドラミングにあるのではないかと思うようになった。それほどにフーバーのドラミングは個性的だ。このフーパーのドラミングに乗ってこそ、ウィルトン・フェルダーのサックスやジョー・サンプルのキーボードが、クルセイダーズの「顔」の様に響くのだ。
 
この『Live In Japan 2003』を聴く度に、優れたバンドは、いつどこで再結成しても、そのバンド独特の音やグルーブを紡ぎ出すことが出来る。しかし、その当たり前の様な事が出来るバンドは、そう多くは無い。 
 
 
 
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2010年12月15日 (水曜日)

「KYLYN」直前の渡辺香津美

今や日本ジャズ・ギター界における重鎮である渡辺香津美。弱冠17歳で、デビュー作『Infinite』をリリース。デビュー作で既に完成されたスタイルを確立していた天才である。
 
1970年代の渡辺香津美は、純ジャズからフュージョン・ジャズへまっしぐら。そして、1970年代の終わり、1979年には坂本龍一、矢野顕子、村上秀一らと、あの伝説の「KYLYN BAND」を結成。日本フュージョン界を席巻した。
 
ちなみに、渡辺香津美は、演奏のスタイル、ギターの響き、アドリブフレーズなど、ありとあらゆる面で、「KYLYN」前と「KYLYN」後で全く異なる。この「対比」が非常に面白い。「KYLYN」直後のアルバムが『TO CHI KA』(10月21日のブログ参照・左をクリック)とすると、「KYLYN」直前のアルバムが『Lonesome Cat』(写真左)。
 
『Lonesome Cat』は、1977年暮れ、渡辺香津美がNYに渡り、現地のミュージシャン達とのセッションを収めた作品である。ちなみに共演メンバーは、ジョージ・ケイブルス(p,el-p)、アレックス・ブレイク(el-b)、セシル・マクビー(b)、レニー・ホワイト(ds)。今から思えば、素晴らしいメンバーである。これだけの面々とコラボするとなれば、それはもう気合い一発である(笑)。アルバム収録曲6曲を1日で一気に収録されたとのこと。
 
Kazumi_lonesomecat
   
気合いを入れつつ、実に楽しげに演奏する渡辺香津美のギターが実に爽快。共演メンバーについては、全くもって問題無く、香津美のギターが縦横無尽に駆け巡る。1曲目の「Somebody Samebody」の冒頭、前奏で鳴り響くレニー・ホワイトのドラミングの格好良さ。ベースが被り、香津美のギターが被って、ジャジーなうねるようなグルーブを生み出していく。う〜ん、かっこええなあ。
  
このアルバム全編に渡って、ジャジーでうねるようなグルーブに覆われている。これは、どれもこれも、バックを務める共演メンバーの仕業。そして、僕は何と言っても、ジョージ・ケイブルスのローズが良い。ローズ独特のうねりを押さえ、シンプルでありながら、そこはかとなく底に流れるファンキーなグルーブは癖になる。
  
「KYLYN」直前のアルバムが『Lonesome Cat』は、ジャジーでファンキーで、意外と純ジャズな渡辺香津美の、フュージョン以前の気合いの入ったプレイが聴ける傑作だと思います。
  
巷の評価は「荒削り」とか「リハ不足」とかイマイチのものが散見されますが、このアルバムの演奏を、フュージョン前の純ジャズとして捉えた時、一発勝負の純ジャズの良さが、このアルバムのそこかしこに漂っているように思います。 
 
 
 
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2010年12月14日 (火曜日)

絶品のピアノ〜ギター二重奏

ピアノのビル・エバンスとギターのジム・ホール。この2名の名前を聞いて、かの傑作デュオ・アルバム『Undercurrent』を思い浮かべるジャズ者の方々は多々いると思う。
 
確かに『Undercurrent』は、ピアノとギター、この似通った楽器の困難なデュオ演奏として名盤だとは思う。が、これは冒頭1曲目の、奇跡的なピアノとギターとのデュオの成功例「My Funny Valentine」の存在があったればこそ。2曲目以降の演奏については、結構、苦戦している。
 
11月18日のブログ(左をクリック)に書いたが、ピアノとギターは非常に良く似た楽器である。単音のみならず和音もでる。アルペジオも出来る。弦を掻きむしることもできるし、和音を連続して弾くことで、リズム楽器としての機能を果たすことも出来る。音のスケールも良く似通っている。つまり、ピアノとギターはあまりに似通っているので、デュオでコラボすると音がぶつかる。
 
その音の「ぶつかり」を回避して、高速演奏の「My Funny Valentine」をエイヤッで実現した『Undercurrent』は、この「My Funny Valentine」1曲で名盤になった。しかし、2曲目以降の苦戦を思うと、それほど手放しで「名盤」というアルバムではないのでは、という疑念は残る。
 
その『Undercurrent』から4年経過し、ピアノのビル・エバンスとギターのジム・ホールは再度、ピアノとギター、この似通った楽器の困難なデュオ演奏にチャレンジしている。そのアルバムは『Intermodulation』(写真左)。ピアノのビル・エバンスとギターのジム・ホールの粋なイラストをあしらったジャケットも印象的な、ピアノとギターのデュオにおいて、究極のアルバムである。1966年4月の録音になる。
 
これがまあ、4年前の『Undercurrent』セッションの課題を出来る限り克服した、ビル・エバンスのアレンジと奏法が冴えに冴えた、ピアノとギターのデュオの名盤中の名盤である。
 
ものの本には、前作『Undercurrent』に比べて「くつろいだ雰囲気」などと良く書かれているが、どうしてそんな適当は印象になるのか、理解に苦しむ。どう聴けば、そんな安直な評論に落ち着くのか。ジャズ評論家たるもの、楽器演奏については、なんらかの形で造詣が深くないと、人の演奏を、ましてはプロの演奏を評価するのは僭越というものだろう。
 
Intermodulation
  
4年前の『Undercurrent』について、ピアノのビル・エバンスとギターのジム・ホールは相当に後悔の念が残ったのだろう。この『Intermodulation』の演奏を聴き通せば、その「無念」さをはらさん、という気持ちがとても良く判る。
  
エバンスの手になるものであろう、双方の音数の調整を含めたアレンジが優れている。そして、双方のメロディーとバッキングの巧みな役割分担と役割の交換。音がぶつからないように配慮された、ピアノ・トリオの時とは全く異なる、ギターとのデュオ対応のエバンスの特別な手捌きとフレージング。などなど、感心する「課題解決のポイント」を挙げればきりが無い。 
  
4年前の『Undercurrent』の反省を糧に録音された『Intermodulation』のセッション。『Undercurrent』の課題がかなりの点で改善されているのである。当然のことながら、『Intermodulation』の各演奏は、尖ったり、耳についたりする音がほとんど無い。『Intermodulation』では、聴き心地の良い、円やかで滑らかな演奏が、アルバム全編に渡って繰り広げられるのだ。そりゃ〜、前作『Undercurrent』に比べて「くつろいだ雰囲気」に感じるのだろう。
  
『Undercurrent』は、ピアノとギターはあまりに似通っているが故に、デュオでコラボすると音がぶつかる部分を「荒削りで意外性のある純ジャズ的な演奏」と感じることからくる、誤解にも似た「偶発的なスリリング感」が特徴。しかしながら、『Intermodulation』には、純ジャズ界のプロフェッショナルなミュージシャン二人による、類い希な、良く準備され良く練られた演奏内容による正統な評価を持った「名盤」と言える。
 
『Undercurrent』を聴いたら即座に『Intermodulation』を聴かねばならない。この2枚は兄弟アルバムとして表裏一体の間柄にある。この『Intermodulation』での枯れた味わいの明るく暖かい雰囲気は、決して、エバンスとホールの演奏が、歳に似合わず、単に枯れている訳では無い。良く準備され良く練られたが故に、『Intermodulation』の各演奏は、尖ったり、耳についたりする音がほとんど無いだけのこと。
 
隠れた名盤とは、この『Intermodulation』の様に、良く準備され良く練られたアルバムの為にある言葉だと思う。 
 
 
 
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2010年12月13日 (月曜日)

プレスティッジの隠れ盤

ソニー・ロリンズのアルバムって、意外と曖昧に扱われている感じがする。プレスティッジ時代のアルバムだって、『Saxophone Colossus』『Worktime』『Tenor Madness』あたりが、何度も何度もジャズ盤紹介に挙がるだけ。もっと幅広にと思うんだが如何だろうか。
 
このアルバムは、僕も若い頃は、その存在すら知らなかった。『Tour De Force』(写真左)。1956年12月7日の録音。ちなみにパーソネルは、Sonny Rollins (ts), Kenny Drew (p), George Morrow (b), Max Roach (ds), Earl Coleman (vo)。
  
全体の雰囲気は、プレスティッジ・レーベルお得意のパッと集まって、ちょちょいと打合せして、リハーサルもそこそこに、ジャム・セッション風の録音。アレンジが大雑把なのはいざ仕方ない。ロリンズは絶好調。しかも、このアルバムは、男性ボーカル入りの、歌伴でのロリンズのサックスが聴ける。
  
1曲目「Ee-Ah」、2曲目「B. Quick」、4曲目「B. Swift」、6曲目「Sonny Boy」のインスト・ナンバーは、ロリンズは絶好調。ビ・バップ譲りの高速ブロウでバリバリと吹き上げていく。
 
若き日のケニー・ドリューのピアノもビ・バップ調で飛ばしまくる。ジョージ・モロウのベースも堅調、マックス・ローチのドラムも疾走感抜群。高速ビ・バップ調の演奏で、それぞれのメンバーも好調。しかし、如何せんアレンジの単調さとリハーサル不足は否めない。名盤になり損ねた、実に惜しいアルバムである。
 
Rollins_tourdeforce
  
3曲目「Two Different Worlds」、5曲目「My Ideal」は、 アール・コールマンのボーカル入り。歌伴のロリンズが聴ける。歌伴のロリンズは素晴らしい歌心満点の、それはそれは美しいフレーズを紡ぎ上げていく。テナーは肉声に近い音が特徴の楽器だが、この特徴が実に良く出ている。
  
ロリンズの最高の特質は、この歌心満点の美しいフレーズにある。しかも、テクニックは高く、音の強弱緩急も自在に操る。現時点でも「テナー・タイタン」とリスペクトの念を持って呼ばれる所以である。テナーという楽器の原点に立ち返ると、このロリンズのブロウが正統と言えるだろう。 
  
『Tour De Force』は実に惜しいアルバムである。ビ・バップ譲りの高速ブロウでバリバリと吹き上げるものと、歌伴でのロリンズのサックスをフィーチャーしたものと、2種類のアルバムを企画して欲しかった。高速ブロウのロリンズと歌伴のロリンズ。プレスティッジは惜しいことをした。
  
ちなみに「Tour De Force」(仏語)とは、離れ業とか、気迫のこもった作品と言った意味。しっかりとアレンジし、しっかりとリハーサルを積んで録音すれば、きっと素晴らしい、2枚の名盤が出来上がったに違いない。そんな無念な想いを抱かせる、名盤になり損ねた、実に惜しいアルバムである。
 
 
 
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2010年12月12日 (日曜日)

Sony Rollins : The Freelance Years

ソニー・ロリンズの聴き直しを始めて、やっとプレスティッジ・レーベル時代を終えんとしている。
 
プレスティッジ時代の次は、「Freelance Years」と呼ばれる、コンテンポラリー・レーベルとリバーサイド・レーベルのアルバムが続く。専属契約せずに、フリーランスで演奏活動をしていた時代。プレスティッジ時代のブロウは、アレンジを含め、荒削りなところが残っており、それが魅力と言えば魅力だが、課題と言えば課題だった。
 
その「Freelance Years」と呼ばれる、コンテンポラリー・レーベルとリバーサイド・レーベルのアルバムに残した全58曲を収録したジャズ・ファン必携の5枚組ボックスセットが『The Freelance Years: The Complete Riverside and Contemporary Recordings』(写真)。ロリンズのリーダー・セッションは当然のこと、サイドメンとして参加したセッション・アルバムでの演奏も収録されている。
 
ちなみに、ボックスのデザインは2種類ある。2000年、日本でも発売された当初発売の頃は右のデザイン。しかも日本バージョンは「20Bit K2リマスター」だった。今では、US盤のみになるが、現在のデザインは左のデザインになっている模様。どちらも良い感じである。

Rollins_freelance

 ロリンズのコンテンポラリー・レーベルとリバーサイド・レーベルのアルバムを聴き通すと、曲のアレンジの面がかなり改善され、ロリンズのプレイも非常に落ち着いている。恐らく、曲のアレンジする際に、アドリブの骨格やイメージが整理されてくるんだろう、非常に安定感のあるインプロビゼーション部が特徴。ブロウ全体に余裕が感じられ、成熟したジャズ・テナーを聴くことができる。
 
特に、米国西海岸、コンテンポラリー・レーベルの諸作は傑作である。特に『Way Out West』と『Sonny Rollins And Contemporary Leaders』の2枚は傑作中の傑作。ロリンズ初期の到達点を記した傑作と言える。とにかく、聴いていて楽しいのだ。そして、ロリンズのブロウは歌心満点。時にひょっこり顔を出すユーモアなブロウも味がある。
 
この『Freelance Years』5枚組ボックスセット、お勧めはお勧めなんですが、このボックスセットの曲順は収録順になっているみたいなので、iTunesなどでアルバム毎に組み替えるのが大変。ジャズ者初心者の方は海外盤で一枚一枚揃える方が良いと思います。

さあ、今週から、ソニー・ロリンズの聴き直しシリーズは、「Freelance Years」と呼ばれる、コンテンポラリー・レーベルとリバーサイド・レーベルのアルバムに突入である。実に楽しみ。 
 
 
 
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2010年12月11日 (土曜日)

今一度、ヤン・アッカーマン

今日はロックの話題を。といっても、かなりマニアックな話になるので、ご覚悟を(笑)。
 
1970年代、オランダのプログレバンドで、フォーカス(Focus)というバンドがあった。そのバンドの中核ギタリストが、Jan Akkerman(ヤン・アッカーマン)。9月27日のブログ10月9日のブログで、そのヤン・アッカーマンのライブをご紹介した。
 
元プログレ・バンドのギタリストらしく、インスト中心のハイテクギターがメイン。目にも止まらぬ速弾きテクニックとともに、極めて繊細な表現力もあわせ持ち、ギターを弾き進めていく姿は求道的。あくまでおのれの道を究める姿勢。鬼気迫るものを感じると同時に、柔らかな優しさも感じる、豊かで切れ味の良いヤンのギターは、聴いていて、なんだかワクワクするものがある。
 
で、今日はそのヤン・アッカーマンのライブをもう一枚ご紹介したい。今一度、ヤン・アッカーマンである。タイトルは『U2~Jan Akkerman Band LIVE in Tokyo』(写真左)。2006年11月29日、30日六本木STB139にてライブ・レコーディング。う〜ん、行きたかったなあ。
 
このライブ盤も、以前ご紹介したライブ盤にも負けず劣らず、素晴らしい演奏が聴ける。収録曲を見渡すと、
 
1. In Between The Sheets
2. Tranquilizer
3. You Do Something To Me
4. Focus II
5. Focus III
6. In The Mood
7. House Of The King
8. Dance The Blues Away
9. Slow Man
10. Pietons-Focus Pocus
11. I’ll Make It Up To You
 
Janakkerman_tokyo
  
以前ご紹介したライブ盤に収録されていない、オランダのプログレバンド、フォーカス時代の名曲「Focus II」「Focus III」がフルコーラスで、心ゆくまで堪能できるのが、このライブ盤の目玉中の目玉。出来が良いのだ。特に、オランダのプログレバンド、フォーカスのコアなファンであれば、このアッカーマンのライブ演奏は少なからず感動する。
  
しかし、逆に、このライブ盤リリースの予告にあった、フォーカスの名曲中の名曲「シルビア(Sylvia)」、そして、フォーカスのライブ時のハイライト「悪魔の呪文(Hocus Pocus)」が入っていないのが残念。以前、ご紹介したライブ盤には共に「シルビア(Sylvia)」が入っているが、オリジナルのアレンジとは、ちょっと違うので、正調のアレンジで、アッカーマンの今のギターで聴きたかったなあ。
  
音については、ドラムの音がちょっと「こもり気味」ですが、先のご紹介したライブ盤2枚よりは、全体的に良好な音質です。聴き応えはまずまずだと思っています。ジャケット・デザインがちょっと地味なのが「玉に瑕」ですが、なんだか日本的な夜の都会の風景やなあと思っていたら、このジャケットは六本木の交差点で撮影したものとのことです。合点がいきます。
  
オランダのプログレバンド、フォーカスの昔からのファンはもとより、今のインストギター・ロックのコアなファンの方々にもお勧めかと。良いアルバムだと思います。1970年代、オランダのプログレバンド、元Focusのギタリストのインストライブ。老いて、なお盛ん。素晴らしいパフォーマンス。
 
 
 
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2010年12月10日 (金曜日)

ジャズ喫茶で流したい・22

こんなアルバムに出会うと、本当にジャズって奥が深いと思う。本当にジャズって裾野が広いって思う。 
   
Rickey Woodardの『California Cooking』(写真左)。1991年2月、LA の Mad Hatter Studios での録音。ちなみにパーソネルは、Rickey Woodard (as,ts), Dwight Dickerson (p), Tony Dumas (b), Harold Mason (ds)。
 
Rickey Woodardの片仮名表記では「リッキー・ウッダード」。このアルバムのリリース時のキャッチフレーズが「カントリー・ミュージックで知られるナッシュビルから期待の新人が登場」。1950年生まれなので、今年60歳。還暦。ベテラン中のベテランである。現在は、クレイトン=ハミルトン・ジャズ・オーケストラ(CHJO)の中心メンバー。活動拠点はLA。
 
このアルバムは、1991年の録音なので、41歳の頃の録音。テクニック的にも体力的にも、一番脂がのりきった頃の録音である。とにかく、収録されたどの曲でも、伸びやかに朗々と鳴るテナーが実に気持ち良い。歌心溢れるアドリブ・フレーズが実に魅力的。
 
雰囲気的には、ハンク・モブレーのテナーを切れ味鋭くしたような感じ。そこはかとなくファンキーな雰囲気が漂うところが、これまた魅力的。よくよく見渡すと、モブレーの曲が2曲収録されている。至極納得。
 
Rickeywoodard_cfcooking
  
演奏の内容は、これまた完璧な「ハードバップ」。ポジティブな軽やかさに溢れていて、聴き心地はとても「ポップ」。バックのリズム・セクションも有名ミュージシャンでは無いがドライブ感溢れ、実にガッチリとした「ハードバップの王道」を行く正統なバッキングを繰り広げていて立派。
  
CANDIDレーベルからのリリース。1960年にスタート。監修者にジャズ評論家として名高いナット・ヘントフを迎え、活動期間はわずか2年と短かかったが、ミュージシャンの意欲的な姿勢をストレートに反映することをレーベル・ポリシーに活動した。現在は、新生CANDIDレーベルとしてロンドンに本社をおき、新録音も活発に始めている。そんなマイナーかつマニアックな新生CANDIDレーベルからのリリースということが、これまた渋い。
 
後藤雅洋氏の名著「ジャズ選曲指南」にも掲載されているアルバムです。確かに、是非ともジャズ喫茶で流したいアルバムです。その内容はジャズ者初心者の方々から、ジャズ者ベテランの方々まで、幅広くお勧めできる、実に「ジャズらしい」アルバムです。 
 
 
 
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2010年12月 8日 (水曜日)

12月8日、ジョンの命日30周年

今年もやってきた。12月8日。ジョン・レノンの命日。あれから30年。レノンが生誕して70年。
 
1980年22時50分、チャップマンは暗闇から「レノン?」と呼び止めると同時にリボルバーのチャーターアームズ・アンダーカバーを両手で構え5発を発射、4発がレノンの胸、背中、腕に命中し、彼は「撃たれた!(I'm shot!)」と2度叫びアパートの入り口に数歩進んで倒れた(wikipediaより)。
  
人生には時として不条理なことが起こるが、ジョンの場合、不条理すぎるほど不条理な最期である。あれから30年。いまだにこのジョンの身に起こった不条理を、全くもって納得出来ないでいる。ジョンの死ほど、こんなに納得の出来ない理由があるか。なぜ彼は撃たれなければならなかったのか。
 
未だに、この12月8日を迎えると、そんな無念な気持ちが沸き上がってくる。あれから30年経ったのか。本音を言えば、つい最近の出来事の様に思えてならない。当時の無念な気持ちは決して消えない。生きていれば、ジョンは70歳。きっと格好良い70歳になっていたんだろうな。ちょっと我が儘だけど、優しくて誠実で正直で言いたいことをいえる70歳。
  
今年は、生誕70周年ということもあって、ジョン・レノンの誕生日にあわせて「John Lennon Box」がリリースされた。これがLP時代の音に限りなく近づいた秀逸なリマスターCDで、やっとのことでCDでジョンのソロアルバムを愛でることが出来る様になった。
 
ジョンが生きていたら「70歳」。「あれから」もう30年。あれから30年経った今、やっとジョンのソロアルバムを一からジックリと聴き直してみようという気を起こさせてくれる「コンパクト・ディスク」がリリースされた。喜ばしい限り。やっとCDでジョンのソロアルバムが聴ける。
 
Lennon_glasses
 
最期に、この1980年12月8日、ジョンの最期の日。伝えられるところによれば、レノンの死亡時に病院のタンノイ・スピーカーから流れていた曲はビートルズの「オール・マイ・ラヴィング」だったという。この「オール・マイ・ラヴィング」という曲だったということに戦慄を覚え、同時に目頭が熱くなる。
 
なぜなら、ジョンをして「ポールは完璧な作曲の能力がある」と言わしめた、ポールが初めて、敬愛するジョンに、その作曲能力を誉められた曲だからである。そして、曲中、バックで聴こえるジョン・レノンのリッケンバッカー・325を使った3連符リズムギターには今でも感動を覚える。
 
子分ポールが初めてその才能を発揮して作った秀作。嬉しかったのだろう、ジョンの3連符リズムギターにも気合いが宿り、同時にジョンのポールに対する限りない優しさを感じることができる。
 
ポールの曲の中でどの曲が一番好きか、と問われたら、僕は「オール・マイ・ラヴィング」と答える。ポールの作曲の類い希な才能の原点を感じることが出来るし、ジョンの凄まじい3連符リズムギターに、ポールに対する限りない優しさを感じることができるからだ。
 
今でも、リアルタイムで体験したジョンの命日を思い出す。あの時のやるせない気持ちは今も忘れない。決して忘れることは無い。今までもこれからも。そして、あと2週間もすれば、クリスマスがやってくる。
 
So this is Christmas
And what have you done
Another year over
a new one just begun
And so this is Christmas
I hope you have fun
The near and the dear ones
The old and the young
 
A Very Merry Christmas
And a Happy New Year
Let's hope it's a good one
Without any fear
 
「Happy Xmas (War Is Over)」
Christmas song by John Lennon, Yoko Ono.
  
  
  
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2010年12月 7日 (火曜日)

腹が立った時に聴くジャズ

変なタイトルなんだが、私こと松和のマスターは、腹が立った時に聴くジャズがある。というか、腹が立った時に聴くジャズは、通常と全く違った方向に走るということ。つまり、バーチャル音楽喫茶『松和』がリアルで存在したら、その日その時にかかっているジャズのアルバムによって、マスターの気分が判るということ。
 
確かに、僕にはその傾向がある。感情的に端々に触れるとき、つまり腹が立った時、悲しい時、嬉しい時、楽しい時、それぞれ喜怒哀楽の場面によって、聴きたくなるジャズは全く異なる。不思議やなあ(笑)。
 
今日はTwitterでもツイートしたんだが、腹が立った時は、フリージャズ系か、限りなくフリーなモード系ジャズと決めている。その自由度の高い演奏が、腹が立った時の脳をガンガンに刺激してくれるのだ。但し、この効果は、腹が立った感情を更に煽る訳ではない。腹が立った時の高まる感情を抑えて、冷静沈着に腹を立てる方向に、自分の感情をコントロールしてくれるのだ。
 
今日は朝から、エリック・ドルフィーが鳴り響いている。感情的に腹を立てるのではなく、冷静沈着に腹を立てる。そんな時、エリック・ドルフィーは格好の応援歌。そんなエリック・ドルフィーのアルバムの中で、一番印象に残ったアルバムが『Stockholm Sessions』(写真左)。ちなみにパーソネルは、Eric Dolphy (as, bcl, fl) Knud Jorgensen (p) Jimmy Woode (b) Sture Kallin (ds)。1961年9月、スウェーデンはストックホルムの録音。
 
パーソネルを見渡すと、エリック・ドルフィー以外、あまり高名でないミュージシャンが名を連ねている。スウェーデンの現地ミュージシャンを調達してセッションである。しかし、侮ることなかれ。この現地ミュージシャンが演奏内容がなかなか良い。佳作と呼ばれるジャズ盤は、必ず、リーダー・ミュージシャンの演奏の優れていることはもとより、サイドメンの演奏の質の良さも求められる。この『Stockholm Sessions』には、その「佳作の条件」がしっかりと備わっている。
 
Dolphy_stockholm
 
ドルフィーは相変わらず、アブストラクトで唯一無二の個性を発散している。一聴してドルフィーと判る個性的なアルト、そして、バスクラ、そしてフルート。このアルバムでは、そんなドルフィーのアルト、バスクラ、フルートそれぞれの個性的な演奏を堪能できる「徳用盤」の様な内容。
 
ドルフィーの音の個性は、唯一無二なもの。少しマイナーに外れた、それでいて真っ直ぐに吹き上げるアルト・サックス。アブストラクトでグロテスクではあるが、なぜかその旋律が心地良いバス・クラリネット。人間の叫びに近い、端正でエモーショナルな吹き上げが特徴のフルート。
 
どれもが真似することは出来るが、自らの個性に吸収することが出来ない、独特の個性として君臨するドルフィーのブロウ。ドルフィーの吹き方はドルフィー独特のもので、ちょっとでも真似しようものなら「これってドルフィーやん」と一発で言い当てられてしまう強烈な個性。よって、21世紀の時代になっても、ドルフィーの後継者は現れ出でることはない。
   
そんなドルフィーの個性的なブロウが堪能できる『Stockholm Sessions』。全編に渡って攻撃的な演奏展開かと思いきや、今の耳で聴くと、意外とオーソドックスな、限りなくフリーなモード系ジャズだと言って良い優れた内容。確かに、ドルフィーのブロウはマイナーに外れた独特のものではあるが、個性が強すぎるほど強いだけに、一度気に入ってしまえば、ドルフィーの個性ほど、どっぷりはまるものは無い。
 
その意外とオーソドックスで限りなくフリーなモード系ジャズ、アブストラクトで唯一無二の個性が、僕の腹が立った心を解きほぐし、腹が立った時の脳をガンガンに刺激してくれる。そして、段々に冷静になり、冷静沈着に腹を立てる方向に自分の感情をコントロールしてくれて、本当の意味での「戦うモード」になる。
 
感情的に腹を立てることほど、人間的につまらないものはない。でも、人間たるもの「怒りをもって戦わなければならない時」もある。そんな時は、冷静沈着に爽やかに「怒り」を感じて、冷静沈着に戦うモードになる。人間には感情をコントロールする知恵がある。しかし、誰しも人間。「怒り」の感情をコントロールできなくなる時もある。そんな時、僕は、フリージャズ系か、限りなくフリーなモード系ジャズを聴く。エリック・ドルフィーのアルバムは、そんな時の僕の「応援歌」なのだ。 
 
 
 
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2010年12月 6日 (月曜日)

個性を作る「手癖とフレーズ」

ジャズの楽しさのひとつは、それぞれの手練れのミュージシャンの「個性」を感じ、それを愛でることにある。
 
名だたる、名を成す、一流のミュージシャンには、必ず、その「個性」をなす手癖とフレーズがある。インプロビゼーションの手癖とフレーズを聴けば、必ず、「あっ、これは誰それ」、「あっ、これは彼だ」と直ぐに判る。
 
これが判るようになるには、ちょいと時間がかかるが、演奏を聴いて、その「手癖とフレーズ」を聴き分けて、ミュージシャンを想定することが出来る様になると、ジャズを聴く楽しみが倍増する。特に、それぞれの個性溢れるミュージシャン達が、サイドメンに回ってリーダーの引き立て役に回る時、この「手癖とフレーズ」が聴き分ける技が活きてくる。
 
今日聴いた、ボブ・ジェームス(Bob James)の『Ivory Coast』(写真左)も、そんな「手癖とフレーズ」を楽しむことが出来る一枚。1988年の作品。ワーナー第3弾。ボブ・ジェームス単独プロデュースの良く作り込まれた作品。
 
ボブ・ジェームスの演奏は、初心に帰ったような、ボブ・ジェームスの個性が溢れんばかり。デジタル録音をまだ自家薬籠中のものに出来ていない分、デジタル臭さは残るが、ボブ・ジェームスの「手癖とフレーズ」は初心に帰ったように、個性が露わになっている。
 
Bobjames_ivorycoast
  
これが、昔からのボブ・ジェームスのファンには堪らないのだ。ボブ・ジェームスには、クロスオーバー・ジャズに走った頃からの、ボブ・ジェームス独特の「手癖とフレーズ」がある。彼のキーボードの演奏には、一聴すると「これは絶対にボブ・ジェームス」と判る強烈な個性がある。
 
これを長年続けていると「マンネリ」に陥るわけだが、ボブ・ジェームスはそうならない。彼の卓越したアレンジ&プロデュースの能力が彼の「手癖とフレーズ」を決してマンネリに陥らせない。その彼の卓越したアレンジ&プロデュースの能力を、この『Ivory Coast』で堪能することが出来る。
  
また、この『Ivory Coast』でのボブ・ジェームスのアレンジ&プロデュースには、後のスムース・ジャズ路線に通じる個性が、そこかしこに息づいている。ボブ・ジェームスの「フュージョン・ジャズからスムース・ジャズへの進化」。そのスタート地点がこのアルバムに息づいている。
 
このアルバムの冒頭「Ashanti」を聴けば、ボブ・ジェームスの個性が明らかに初期の頃に戻り、改めて進化していることが判る。そして、昔からのボブ・ジェームスのファンである僕は、思わず喝采の声を挙げてしまうのだ(笑)。
 
 
 
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2010年12月 5日 (日曜日)

市原ひかりの「Smile」が良い

個人的にお気に入りなスタンダード曲って、それぞれあると思うが、僕の場合、この「Smile」は、もともと映画の挿入歌の時から、凄くお気に入りな曲である。
 
「喜劇王」の異名を持つ、チャーリー・チャップリン。そのチャップリンが作曲した楽曲のひとつが「スマイル(Smile)」。『モダン・タイムス』のラストシーンで印象的なイメージを残す素晴らしい楽曲である。ジャズ界ではボーカル中心にカバーされ、今ではスタンダード曲として扱われている。ナット・キング・コールやマイケル・ジャクソン、ダイアナ・ロスやエルヴィス・コステロなど、幅広い時代、幅広いジャンルでカバーされている。
  
僕は、この曲のエピソードである「チャップリンがアメリカを追放されてから20年後、再び同国の地を踏む契機となった第44回アカデミー賞授賞式のフィナーレで、彼がオスカー像を受け取る際、会場のゲスト全員で歌詞の付いたこの曲が歌われた」(Wikipediaより)を読む度に目頭が熱くなる。
 
よって、この「Smile」は僕の「大の」付くほどの、お気に入りである。が、最近、この「Smile」のカバー曲のお陰で、ヘビーローテーションになっているアルバムがある。市川ひかりの『Stardust』(写真左)。市川ひかりのサードアルバム。2007年5月のリリース。デビューして僅か2年目。スイング・ジャーナル選定ゴールドディスクにもなった佳作である。
 
ちなみにパーソネルは、Hikari Ichihara (tp,flh) Adam Birnbaum (p) George Mraz(b) Victor Lewis (ds) Aaron Heick (as,fl) Wayne Escoffery (ts)。ニューヨークでの録音になる。ベースとドラムのリズムセクションの要所に、手練れの、しかも僕のお気に入りのムラーツとルイスが配されており、このアルバムは聴く前から「佳作」のにおいがプンプン。
 
しかし、見た目は小柄で華奢な今どきの女の子。そんなルックスから、どう考えてもトランペットがまともに吹きこなせるとは思えない。スイング・ジャーナル選定ゴールドディスクも、スイングジャーナルがレコード会社とタイアップした(癒着した?)、完全な「やらせ」だと思っていた。
   
そんな否定的な見解の中でも、7曲目の「Smile」をどうしても無視できない。否定的な見解の中で、まあ、外れは外れで仕方が無い。それは「Smile」の存在が悪いのだ、とのノリでこのアルバムを手にした訳だが、この市川ひかりのサードアルバム、なかなかの内容で、意外とヘビーローテーションな一枚となった。
 
アレンジはすべて彼女自身が手がけている。このアレンジが実にユニーク。確かに、このアルバムの楽曲のアレンジには、賛否両論あるだろう。でも、僕は好意的に受け止めている。確かにちょっと大仰なアレンジもあるし、ちょっと場違いなアレンジもある。でも、全てのアレンジを市川ひかりが手掛けている、というところが「とても大切」なのだ。

Hikari_stardust
 
ミュージシャンたるもの、自らのリーダー作には、自らの矜持を持って相対して欲しいと思う。が、日本のジャズ界の最近の傾向として、プロデューサーや専門のアレンジャー頼りの「自分は吹くだけ」の、リーダーとしての矜持の欠片も無いアルバムが多々輩出されているのも事実。そういう観点からも、僕はこのアルバムでの市川ひかりのアレンジャーとしてのチャレンジを全面的に支持している。
 
特に、僕の大のお気に入りのスタンダート曲「Smile」では、なかなかポジティブで、実に日本人的なアレンジを施されていて、なかなかに楽しめる。確かに賛否両論はあろう。でも、僕はこの市川ひかりのアレンジを評価している。どんどんチャレンジしていって欲しい。とにかくユニークなアレンジである。一種歌謡曲な雰囲気も見え隠れする。これが良い。実に日本人的なアレンジである。
  
この『Stardust』の収録曲については、ざっと見渡すと、これはやり過ぎやろう、と思われる楽曲も見え隠れする。まだ、デビューして僅か2年ばかりの「駆け出し」として「I Remember Clifford」は早過ぎやろう、と思うし、「When You Wish Upon a Star (星に願いを)」は、明らかに甘すぎだ。まあ、それでも、一生で1回きりしか、そのスタンダード曲を演奏してはいけない、というルールがあるわけではないので、若くしてチャレンジするのは良いことだ。
 
内容がなければ、それはそれでちょっと困ったことなんだが、幸いなことに、このアルバムでの市川ひかりのトランペットはブリリアントに、良く「鳴っている」。女性ならではの様々なハンディを工夫して克服して、トランペットを実に上手く鳴らしていることに、心から感心している。なにも、大きな音でバリバリに吹き上がるだけが、ジャズ・トランペットでは無い。市川ひかりの個性が見え隠れする彼女のトランペットは、実にこれからが楽しみに思える。
  
彼女の自作曲である「走馬燈」「And They Lived Happily Ever After」も魅力的である。彼女にはコンポーザーとしての才も見え隠れする。しかし、「And They Lived Happily Ever After」とは小粋なタイトルである。おとぎ話の最後に言われる、『そして、ずっと幸せに暮らしましたとさ』という意味。こういう自作曲のタイトルに、その作者の才覚が見え隠れするものだ。このタイトルを見た時には、思わず「ニヤリ」とした。
  
良いアルバムです。日本人女子のトランペットなんぞ、と旧来の感覚での「聴かず嫌い」はいけません。女子のトランペットなぞ聴けん、などという男尊女卑もいけません。まずは聴いて頂きたいアルバムです。確かに荒削りなところもあるし、向こう見ずなところもある。何考えているんや、という展開もある。
 
それでも、アルバム全体から感じる、ポジティブで覇気ある雰囲気をこれだけ醸し出せる才覚には、今後の展開、成長が実に楽しみになります。自らのリーダー作で、自らを全面に出す。頭では判っていても、なかなか実行に移せるものではありません。言い換えると、このアルバムは市川ひかりの矜持を楽しむアルバムでもあります。
 
 
 
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2010年12月 4日 (土曜日)

ロリンズの歌心を堪能する

ジャズのアルバムの中には、そのミュージシャンの代表作として、ジャズ本に採りあげられることはほとんど無いが、そのミュージシャンの本質を的確に、聴く者に伝えてくれる「隠れ名盤」というものがある。
 
テナー・タイタン、ジャズ・テナー界の重鎮、最高峰のソニー・ロリンズの若き時代の本質を伝えてくれるアルバムとして『Rollins Plays For Bird』(写真左)がある。
 
1956年10月の録音になる。ちなみにパーソネルは、Kenny Dorham (tp) Sonny Rollins (ts) Wade Legge (p) George Morrow (b) Max Roach (ds)。今の時代から振り返ると、Wade Legge (p) George Morrow (b)は無名に近いミュージシャンになる。
  
しかし、このアルバムの内容は素晴らしい。ソニー・ロリンズの得意とする、ミッド・テンポからスロー・テンポの、言い換えると、ちょっと早歩きのテンポから、ゆったりとぶらりと歩くテンポまで、一番得意とするテンポのリズムに乗って、ロリンズは心ゆくまで、歌心の溢れる、孤高のソロを吹き上げ続ける。
 
内容としては『Rollins Plays For Bird』の題名通り、ビ・バップの祖、アルト・サックス奏者のチャーリー・パーカーに捧げて、パーカーお得意のビ・バップの名曲を、メンバーそれぞれがテクニックの粋を尽くし、歌心溢れる、実に小粋なインプロビゼーションを繰り広げている。
  
このアルバムの特徴は、1956年当時、まだまだビ・バップの影響が残っている時代にも拘わらず、メドレーではあるが演奏トータル25分超、そして、1曲が12分弱のハードバップな演奏が2曲、残り、5分ジャズの小粋な演奏を含めて、全3曲という少なさ。ビ・バップの演奏が平均3〜4分ということから考えても、このアルバムの演奏は、当時、時代の先端を行くもの。
 
Rollins_for_bird
 
これだけ長尺の演奏である。もともと長尺のインプロビゼーションに真価を発揮するロリンズは、心ゆくまで素晴らしいソロを吹きまくっている。このロリンズの心ゆくまでの吹きまくりが、全編で感じることができることが、このアルバムの最大の評価ポイントである。
 
そして、このアルバムをミュージシャンの本質を的確に、聴く者に伝えてくれる「隠れ名盤」としての評価を確固たるものとしているのが、バック・ミュージシャンの好演。まず、柔らかでハードバップな中低域を吹かせたら右に出る者がいない、ケニー・ドーハムのトランペットが絶好調。
 
加えて、今の時代から振り返ると、Wade Legge (p) George Morrow (b)は無名に近いミュージシャン二人の健闘。時に、ピアノのWade Leggeの「レッド・ガーランド」ライクな、コロコロ、シングルトーンな右手中心ソロは強く印象に残る。そして、ドラムのマックス・ローチが全面に出しゃばらず、シッカリとバッキング中心に小粋なドラミングを聴かせてくれているところも実に良い。
  
良いアルバムです。なにも大上段に構えて、大向こうを張るような、ハッタリをかますような大仰なインプロビゼーションばかりが全てではない。ここでのロリンズは、実に落ち着いているし、後のコルトレーンと比較すると、かなり「地味」ではある。しかし、真っ直ぐに、空に届くように真っ直ぐなトーンは、ロリンズならではの唯一無二なもの。このアルバムでのロリンズの真っ直ぐなトーンが僕は大好きだ。
  
このアルバムでのロリンズのインプロビゼーションには、他の誰もが追従できない「歌心」と「真っ直ぐなトーン」が溢れている。ジャズ者ベテランの方々のみならず、ジャズ者初心者の方々に対しても、このアルバムは大推薦の一枚です。
 
 
 
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2010年12月 3日 (金曜日)

ドラマーのリーダー作にも...

ドラマーは、リズム・セクションの要として、グループ・サウンズの縁の下の力持ちである。しかも、打楽器のみを担当するので、ジャズにおいては、アルバム・セッションのリーダーを張ったり、グループのリーダーを張ったりする例は、かなり少ない。
 
グループのリーダーとして、ジャズ・ドラマーが君臨した例としては、ダントツで「アート・ブレイキー」。ジャズ・メッセンジャースの総帥として、約半世紀、相当数の若手一流ミュージシャンをジャズ界に送り出した。
 
その実績足るやマイルス・デイヴィスと双璧である。あと目立ったところでは、道半ばではあったが、エルビン・ジョーンズ、そして、トニー・ウィリアムス、そして、現役としては、ロイ・ヘインズ、そんなところである。他の楽器と比べて如何に少ないかがお判りであろう。
 
他にも、ジャズ・ドラマーがリーダーであるアルバムは多々あるが、ドラマーがリーダーであるという明快な理由が見当たらない。ジャム・セッションをやるに当たり、誰かがリーダーにならないと、演奏全体のコンセプトとか演奏順とか選曲とかが上手くいかないので、たまたた年長であるとか、他のメンバーと比べて信望が厚いとか、あまりアーティステックではない、どちらかと言えば、下世話な人間的な理由で、ドラマーが選ばれている場合が多い。
 
そんな中で、Philly Joe Jones(愛称フィリー・ジョー)は、ジャズ・ドラマーの中でも、リーダー作の数が多い。そうなれば、アート・ブレイキーやエルビン・ジョーンズ、そして、トニー・ウィリアムスと合わせて名前を連ねてもよさそうなもんなんだが、意外や意外、このフィリー・ジョーのリーダー作が、ジャズ本のアルバム紹介に挙がることは殆ど無い。
 
なぜなんだろう、と思い立って、フィリー・ジョーのリーダー作を3枚ほど聴き直してみた。その中の一枚が『Mo'Joe(別名:Trailways Express)』(写真左)。
 
Phillyjoe_mojoe
 
フィリー・ジョーをリーダーとしたSeptetの演奏を集めたもの。録音は、1968年10月の録音。時代は、ビートルズの出現によるロックの台頭により、ジャズが大衆音楽としての地位を下げ始め、それまで第一線で活躍していた中堅ミュージシャンも仕事にあぶれる時代。
  
フィリー・ジョーをリーダーとしたSeptetのメンバー構成も見渡すと、フィリー・ジョー以外、ほとんど今では名を留めていない、その時代において、実に場当たり的なメンバー選定がなされている。このメンバーを見渡すと、これではあまり充実した内容の演奏は望めないなあ、と諦め調になる。
 
実際に聴いてみても、その印象はあまり変わらない。実に場当たり的な演奏で、リーダーのドラマーであるフィリー・ジョー以外は平凡な演奏に終始。しかも、アレンジが平凡なので、それぞれのメンバーは、それなりにホットな演奏を全面に押し出そうとするが、いかんせんアレンジがイマイチなのが致命的。1968年当時のアレンジとは思えない、録音当時にしてレトロなアレンジなものばかりである。
 
但し、リーダーのフィリー・ジョーのドラミングについては、叩き過ぎの感はあるが、叩きまくっている分、フィリー・ジョーのドラミングの特徴が良く判る。言い換えると、この『Mo'Joe』というアルバムは、フィリー・ジョーを愛でるには、なかなかの内容のアルバムだ、とは言える。但し、叩き過ぎの感は否めないので、このアルバムは決して、ジャズ者初心者の方々にはお勧めしかねる。佳作や名盤が持つ「品格」に欠けるのだ。
  
ドラマーのリーダー作にもいろいろある。フィリー・ジョーのリーダー作は、それぞれ、フィリー・ジョーのドラミングを耳で感じ、そのテクニックを愛でるには良いアルバムではあるが、ジャズの演奏の質を鑑みれば、やはり、佳作で必要な「品格」に欠けるところがあるのは残念だ。

やはり、フィリー・ジョーのドラミングは、マイルス・デイヴィスとの諸作やビル・エバンスとの諸作におけるサイドメンとしてのドラミングが一番「品格」が備わっていて聴き応えがある、と僕は思う。 
 
 
 
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2010年12月 2日 (木曜日)

さすが、アカデミックなMJQ

MJQと言えば、ジャズ者ベテランは「Modern Jazz Quartet」。それよりちょっと若いジャズ者ベテランは「Manhattan Jazz Quartet」(笑)。紛らわしいが、やはりジャズ界の中で、MJQと言えば「Modern Jazz Quartet」と断言して良いだろう。
 
「Modern Jazz Quartet」。Milt Jackson (vib), John Lewis (p), Percy Heath (b), Connie Kay (ds)の4人構成。スタート当時は、ドラムスが、Kenny Clarke だった。でも、MJQといえば、ドラムスは、Kenny Clarkeでは無く、Connie Kay でなければならない、と僕は思っている。

ルイスは、クラシックとジャズとの融合させること、ジャズで最先端のフリー・ジャズを正当に評価して自らの音として取り入れること、ブルースをクールに編曲し、ファンキー色を出来る限り押さえた、端正なブルースを特徴とした。このルイスの趣味に則って、ソロだと限りなくファンキーなヴァイヴのミルトが、襟元正したように、端正に格調高く追従する。

つまりは、MJQの音楽は、ファンキーな、大衆音楽としてのジャズというよりは、ジャズをアーティステックなものとして敬愛し、そのアーティステックなジャズの感覚をベースとして、最先端のジャズにチャレンジしつつ、ファンキー色を出来る限り押さえた、端正なブルースを特徴とした、純ジャズな演奏を得意とする、類い希なテクニックを持つカルテットでった。

その象徴的なアルバムが1962年にリリースされた『Lonely Woman(淋しい女)』(写真左)。表題曲は、リリース当時、フリー・ジャズの寵児と、もてはやされたオーネット・コールマンの代表曲である。当時、まだ賛否両論だったフリー・ジャズの寵児オーネット・コールマンの代表曲を採用するMJQは凄い。さすが、アカデミックなMJQ。

まあ、でも今の耳で聴くと、当時のオーネット・コールマンの演奏は「フリー・ジャズ」では無い。コード展開が既成概念に無く、ソロのフレーズがイレギュラーなだけで、決して。フリー・ジャズでは無い。どころか、これって普通の尖った純ジャズでしょう。当時、何がもてはやされたのかが判らない。

Mjq_lonelywoman

この『Lonely Woman(淋しい女)』での表題曲は、アルバムの冒頭に座っているんだけど、演奏の内容としては、MJQがフリー・ジャズをやっている訳では無く、オーネット・コールマンの既成概念に無いコード展開とイレギュラーなソロ・フレーズを拝借して、純ジャズなグループ・サウンドとして編曲した感じの演奏なので、決してフリーキーではありません。でも、音の響きは独特のものがあり、クールさとアカデミックさが際立ち、ファンキーなノリは全く無く、端正な、一種クラシカルな演奏に仕立て上げられています。
 
この冒頭の「淋しい女」は、確かに先進的な響きを宿した演奏なので、取っつき難い。でも、明らかに純ジャズな、ハードバップ的な演奏なので、フリー・ジャズの様に、人によってですが、拒絶されるような要素は全くありません。逆に、オーネット・コールマンの既成概念に無いコード展開とイレギュラーなソロ・フレーズを、よくまあこれだけ上手く取り入れて、純ジャズな演奏に編曲したものだなあ、と感心しています。
 
冒頭の演奏が先進的な「淋しい女」というプログレッシブなジャズ演奏なので、ちょっと引き気味になるかもしれませんが、2曲目以降の演奏は、それはそれは素晴らしい。室内楽的純ジャズを得意とするMJQらしい、小粋でシンプルなハードバップな演奏が目白押し。特に1曲目がプログレッシブな演奏なだけに、2曲目以降のシンプルなハードバップな演奏が自然と心に響く、という副次的な効果を生み出しているのが面白い。
 
もともとMJQという室内楽的純ジャズ・カルテットは、ミッドテンポからスローテンポな演奏に、その才能をより一層発揮するタイプなのですが、7曲目の「Lamb, Leopard」など、スローテンポのブルースなんでしが、そのシンプルさ、その端正さ、その先進性は特筆すべきものがあります。
 
特に、このアルバムでは、ドラムのコニー・ケイが好調。もともと端正なドラミングがモットーのコニー・ケイが、チンチン、シャカシャカ、チャカポコ、カンコーン、ドスンと上品かつ優雅に叩きまくっています。それにつられて、いつになく、ベースのパーシー・ヒースもブンブン、ビンビンやってます。これだけ熱く好調に走りまくる、MJQのリズムセクションも珍しい。
  
バックのリズム・セクションが好調な時にMJQは真価を発揮します。この『Lonely Woman(淋しい女)』は一聴の価値ありです。冒頭の表題曲で、MJQの先進性を感じ、2曲目以降の楽曲で、MJQの優秀性を感じる。意外とこのアルバムは「買い」だと思います。アルバム・ジャケットの女の写真には、昔から「ドン引き」ではありますが(笑)・・・。
 
 
 
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2010年12月 1日 (水曜日)

ネイティブ・サンの傑作ライブ

ネイティブ・サン(Native Son)。日本発のフュージョン・バンド。日本発のフュージョンと言えば、渡辺貞夫が端緒をつけて「大ブレイク」。日野皓正が追従、その傍らで、渡辺香津美が頭角を現し、増尾好秋がマイペースで走る。それから出てくるわ出てくるわ、日本ジャズ界挙げてのフュージョン・ジャズの疾風怒濤である。
 
それでも、ミュージシャン個人としてのフュージョンへのチャレンジはあったが、グループとして頭角を現したバンドは無かった。が、突如出現。ブレイクの切っ掛けは、テレビCMとのタイアップ。そう、ネイティブ・サンである。
 
ネイティブ・サンについては、2010年7月5日のブログ(左をクリック)でファースト・アルバム『Native Son』を、2010年7月22日のブログ(左をクリック)でセカンドアルバムの『Savanna Hot-Line』をご紹介している。この2枚のスタジオ録音アルバムは、とにかく当時のフュージョン・ジャズとしては秀逸の出来であった。当時、聴きまくったのは言うまでもない。
 
そして、当時、ネイティブ・サンのサードアルバムは、米国のライブ盤となった。記録では、1980年9月に、LAのベイクド・ポテト、NYのボトム・ラインほかで録音されたライヴサクである。その名も『コースト・トウ・コースト~Native Son live in USA』(写真左)。ジャズとしては珍しいLPでは2枚組の重厚な内容。よって、当時のバイト代では、おいそれ買えない。でも、バイト代が入ったと当時に、思い切って、即購入したのを覚えている。
 
トロンボーンの福村博の参加を得て、フロント2管となって、音が分厚くなったネイティブ・サン。うねるようなグルーブ感を全面に押し出すようになり、テクニックとスピード優先の「バカテク・フュージョン」とは一線を画した、演奏の根底にジャジーな要素をしっかりと残した、かなり純ジャズ寄りのフュージョン・ジャズとなっている。
 
演奏全体の雰囲気は、フロントが2管となり、ボワンと角の取れた音が特徴のトロンボーンを参入させたことにより、アンサンブルやハーモニーに余裕が感じられ、演奏全体のテンポもミッド・テンポの大らかさが感じられるものとなった。
 
Nativeson_usa
 
楽器のそれぞれの音は、NYのフュージョン・バンドと比べると、ちょっと切れ味に欠け、ライブ演奏の割に、ちょっと大人し目の音になっている。LPを購入した当時は「なんだかゆるいなあ」と感じ、先のスタジオ録音アルバムの方が良いと感じた。エッジが立ってタイトな音の輪郭がぼやけた感じがした。これは楽器のアタッチメントの選定や、ボワンと角の取れた音が特徴のトロンボーンの参入によるものだろう。演奏全体のクオリティは高い。
 
どの演奏をとっても素晴らしい出来である。ネイティブ・サンの傑作ライブと言って良いだろう。本当に良い内容だ。いつ聴いても良いし、いつ聴いても聴き込んでしまう。
 
タイトで重心の低い、リズムセクションのうねるようなグルーヴにのせて、フロント2管が歌心あふれるソロを取る「ウィンド・ジャマー」、ソプラノサックスの音色が爽やかな「サバンナ・ホットライン」、ヒット・チューンの「スーパー・サファリ」。しかし、僕は、トロンボーンの福村博作の、メロウな雰囲気が魅力的な「オータム・ドリームス」をベストプレイに挙げたい。
 
他の演奏も活き活きと躍動感が溢れていて、いずれもフュージョン界に十分通用する、ハイレベルなバンド・サウンドが素晴らしい。加えて、特筆したいのは、本田竹曠のフェンダー・ローズ。彼のフェンダー・ローズの音色には今でもワクワクする。実に美しく、実に躍動感溢れるローズの音色である。
 
最近、このライブ盤を聴いて面白いなあ、と思うのは、このライブ盤の演奏って、今の耳で聴くと、ちっともフュージョン・ジャズしていないこと。フュージョン・ジャズというよりは、今でいうコンテンポラリー・ジャズ。それも伝統の純ジャズの要素を全面に出したコンテンポラリー・ジャズ。
 
当時は、電気楽器を使用し、8ビートを中心のリズムを採用していたら、フュージョン・ジャズという安直なジャンル分けが適用されていたが、今の耳で聴くとそうでも無い。十分に純ジャズな雰囲気を湛えた、秀逸なコンテンポラリー・ジャズだと僕は評価している。実は、このライブ盤の良さは「そこ」にあったりする。
 
 
 
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