« 2010年9月 | トップページ | 2010年11月 »

2010年10月の記事

2010年10月31日 (日曜日)

A Beginner's Guide to John C

台風が逸れて去って、我が家については被害が無くてホッと一息。でも、今日は朝から天気が悪い。雨も降ってきた。台風一過というものはどこへいった。今年の天候不順にはほとほと呆れた。明日も雨らしい。しかも寒い。

これって、個人的にかなり体調に響くので、そろそろ勘弁して欲しい。口ばっかりで申し訳ないが、とにかく体調が優れない。この天候不順と疲れが重なると「メニエール氏」が出てくる。どうもこのところ、その「メニエール氏」が出て辛い。

さて、バーチャル音楽喫茶『松和』のホームページも開始以来、10年以上が経過して、編集ソフトも問題も含めて、何かと問題が多くなった。少しづつ新しい環境に移行していこうと思っているのだが、さすがに10年以上のコンテンツの累積があるので、一気にという訳にはいかない。

ということで、まずは、ジャズ・ジャイアントと呼ばれるジャズ偉人達の専用ホームページを立ち上げることにした。ジャズ偉人達の代表的名盤はかなりの数に及ぶ。ジャズ者初心者向けのアルバムに絞り込んでも、2〜3枚という訳にはいかず、ざっと選んでも最低10枚程度に及ぶ。まあ、ジャズ偉人という人達は、それだけのアルバムに耳を傾ける価値があるだけのアルバムを多数残している、ということなんですよね。

まずは、今年の夏から準備を進めて、やっとこさ、バーチャル音楽喫茶『松和』御用達、ジャズ偉人の専用ホームページの第1弾として「ジョン・コルトレーン」をアップした。そのタイトルも「A Beginner's Guide to John Coltrane」(左をクリック)。画像が多いので、ちょっと重めですが、最近のブロードバンド環境では問題ないでしょう。

Jc_photo

コルトレーンは、ジャズ者初心者にとっては難物です。しかし、心ないジャズ入門書を紐解いてみると、『至上の愛』は必聴だとか、『ライブ・アット・ビレッジバンガード』を聴くべきだとか、果ては『アセンション』を聴け、とガイドする本もある。『アセンション』なんか、コルトレーンのフリージャズへの挑戦の記録で、初心者の時に聴いたら、かなりの確率でジャズが嫌いになること請合いである。

でも、ジャズ者を志すなら、コルトレーンは避けて通れない。やはり、コルトレーンは、ジャズの歴史の「幹の一本」を成している。コルトレーンを上手に聴くことは、ジャズの歴史の中盤どころを理解する、大きな一助となる。よって、コルトレーンは、ジャズ者にとって無視できないのである。

ちなみに、この「A Beginner's Guide to John Coltrane」では、特別に、以下の2点を「コルトレーンの楽しみ方のガイドライン」としています。

第1に、彼にとっての「実験、チャレンジ、鍛錬」のテーマは何だったのか、そして、それをどう実現したか、その実績は如何なるものなのか、を明確にすること。第2に、コルトレーンの「超絶技巧」な世界が、あまりに度を超えていないこと。つまり、音楽として楽しめる範囲での「超絶技巧」であること。

以上の2点をガイドラインとしつつ、ジャズ初心者の方々に向けての「コルトレーンのアルバム紹介」をまとめました。今までの、僕のコルトレーン・ジャズ体験の集大成として、コルトレーンと格闘しているジャズ初心者の方々にとって、なんらかの参考になれば幸いです。以下のホームページ名をクリックして下さい。

「A Beginner's Guide to John Coltrane」(左をクリック) 
 
 
 
★Twitterで、松和のマスターが呟く。検索で「松和のマスター」を検索してみて下さい。名称「松和のマスター」でつぶやいております。

★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 
 

2010年10月30日 (土曜日)

ジョンの声はやはり魅力的だ

10月9日に70回目の誕生日を迎えたジョン・レノン。生誕70年という節目の年を記念して、ソロ・アルバムの「リミックス無しのリマスター」による再発、新ボックス盤での再発など、ジョン者にとっては至福の2010年である。
 
今回のソロアルバムのリマスターはリミックスを一切せずに、LPでの初出と同様のミックスをそのままに新たにリマスターのみを施した、今までに無い、新リマスター盤として登場。そして、これは何だ、と思ったのが、『ダブル・ファンタジー』の「ストリップド・ダウン」(写真左)というリミックスもの。
 
この「ストリップド・ダウン」という盤は、エコーやコーラスといったエフェクトや余分なアレンジを削ぎ落とし、ジョンの「そのものの声」を全面におし出したもの。録音当時の、曲を始める前のジョンの会話やカウントなどがそのまま収録されており、『ダブル・ファンタジー』の録音時の臨場感が味わえる、ジョン者としては「たまらない」お宝的新盤である。
 
確かに、ジョンの声は生々しく、ジョンの声はやはり魅力的で、ジョンのボーカルは天下一品の響きを有している。この「ストリップド・ダウン」を聴くとそれがとても良く判る。生誕40周年を機会に、なんと魅力的な企画をしてくれたもんだ。こういう企画(リミックス)なら、いつもでウエルカムである。
 
この「ストリップド・ダウン」は、これだけで一つの芸術作品として成立する。確かに、決して、ポピュラー・ミュージックとしては売れるアレンジではないし、ミックスでは無い。あまりに生煮え過ぎるし、あまりに手がかかっていない。そして、あまりにも「商売っ気」が無い(笑)。

Double_fantasy

でも、ジョン・レノンという類い希なミュージシャンの実績を正しく構成に残すには、この「ストリップド・ダウン」のミックスが正しいような気がする。確かに、この「ストリップド・ダウン」のバージョンでは、決して売れないだろう。でも、ジョンの本質を構成に伝えるには「ストリップド・ダウン」のミックスが正しい。
 
もしかしたら、この「ストリップド・ダウン」については、オノ・ヨーコは良い仕事をしたのではないか、と思う。ジョンのソロ・アルバムの再ミックスは悪行の限りを尽くしたものだと思っているが、この「ストリップド・ダウン」はリリースすべき、その確固たる意義を強く感じる。
  
確かに、この「ストリップド・ダウン」のミックスでは売れないし、このミックスが初出であれば、このジョンの『ダブル・ファンタジー』は、ここまで名盤となることはなかっただろう。でも、この「ストリップド・ダウン」のリリースの意義は大きい。ジョンのボーカルの本質を、ジョンのレコーディングに臨む矜持を、感じることが出来るからである。
 
ジョンの出来る限りボーカルを際立たせて、ものすごくリアルっぽい。目の前で歌ってくれているみたいな、素朴な感動を覚えます。ジョン者にとってはたまらんでしょう。でも、逆に一般の音楽ファンにとっては、あまりお勧めしても意味が無いものかと思います。

ジョン者として、ジョンのボーカルに限りない愛着がある人だけが感動することができる「踏み絵」みたいなアルバムです。いや〜、厄介な(笑)アルバムが出たもんだ。ジョン者の一人として、ちょっと嬉しい、ちょっと楽しい今日この頃である。
 
 
 
 
★Twitterで、松和のマスターが呟く。検索で「松和のマスター」を検索してみて下さい。名称「松和のマスター」でつぶやいております。

★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 
 

2010年10月29日 (金曜日)

Tonight's the Night〜今夜きめよう

ロッド・スチュワート(Rod Stewart)の『Night on the Town』(写真左)。1976年6月のリリース。前作『Atlantic Crossing』で、英国から米国に渡って、その米国に活動拠点に移しての第2作目である。
 
この『Night on the Town』は、その前作の『Atlantic Crossing』の対となるアルバムである『Atlantic Crossing』の構成は、LP時代のA面が「Fast Side」、B面が「Slow Side」。そして、『Night on the Town』は、A面が「Slow Side」、B面が「Fast Side」。構成は真逆だが、コンセプトは全く同じ、この『Atlantic Crossing』と『Night on the Town』は対になる、兄弟アルバムである。
 
この『Night on the Town』は、米国に渡っての第2作目。前作の『Atlantic Crossing』の渋い選曲と比べて、米国向けのメリハリの効いた、実に判り易いリフとフレーズが満載の、とても楽しいR&B集になっている。
 
実は、ロッドのアルバムを初リーダー作から聴き進めてきて、この『Night on the Town』で詰まった。しばらく時間がかかった。この『Night on the Town』は、1976年のリリース。僕が今までの人生の中で一番辛かった、1977年から1979年にかけて、その辛かった時代にヘビーローテーションになった一枚である。さすがに、聴き返すと当時の思い出がありありと甦ってくる。これは、とても辛い作業である。まだまだ割り切れないところもある。暫し、心の整理をつけるのに時間がかかったが、僕はこの『Night on the Town』は、『Atlantic Crossing』と並んで、大のお気に入りである。
 
昨日のブログにも書いたが、浪人の頃、このアルバムにはお世話になった。浪人の頃は自分の将来について、激しく不安になることがある。現役の時、箸にも棒にもかからなかったから、特にその度合いが酷い。不安で不安で仕方が無くて、一人でいるのが怖くなるときもあった。この『Night on the Town』は、そういう時期の僕の「精神安定剤」だった。
 
そして、大学時代、2年生の初夏だったか、突然、ひとりぼっちになったことがある。それまで付き合っていた友人達は、人として大きな問題を抱えた輩ばかりだということに気が付いた。そして、こちらから縁を切った。そうでないと、こちらが腐る。せいせいした。が、ちょっと淋しいか、と思っていたら、遠い空の下の彼女からの便りがいきなり切れた。これは想定外である。いきなりどっぷりと孤独になった。孤独が昂じて心が萎えた。そんな時、このアルバムは心に染みた。心が荒れた。心が揺らいだ。心が荒んだ。
 
特に、冒頭の「Tonight's the Night (Gonna Be Alright)」、そう邦題は「今夜きめよう」。この曲は、僕にとって永遠の「青春ソング」。歌詞が小粋である。歌詞がセクシーである。歌詞が当時身につまされるものである。この歌詞とこの歌詞を歌い上げるロッドのボーカルは「絶品」の一言。
 
Night_on_the_town
 
Stay away from the window
Stay away from the back door too
Disconnect the telephone line
Relax baby, draw the blind
 
Kick off your shoes and sit right down
Loosen off that pretty French gown
Let me pour you a good, stiff drink
Ooh baby, don't you hesitate
 
Tonight's the night
Gonna be alright
I love you, girl
Ain't-nobody gonna stop us now
 
窓から離れて
ドアからも離れて
電話は鳴らないようにして
ベイビー、リラックスして、ブランドを降ろすんだ。
 
靴を脱いで、そして座って
その可愛いガウンの紐を緩めて
君に美味しいドリンクを一杯、注がせてくれ。
ベイビー、ためらわなくていいんだよ。
 
今夜こそ二人が結ばれる日さ。
うまくいくさ。
君を愛しているから。
誰も僕たちを止められないさ。
 
 
この歌の存在が、僕をロッドの聴き直しを途中で躊躇わせた。しばらく時間がかかった原因である。この歌は、20歳当時の僕を、僕が今までの人生の中で一番辛かった時代を、嫌でも思い出させる曲だから。が、50歳を過ぎた今、もうそんなことにこだわっている場合ではない。これから生きている時間の方が短いんだから。しかし、この「Tonight's The Night」は絶品である。しみじみする。心が揺れる。そして、心が和む。名曲、名唱です。

この『Night on the Town』は、ロッドのボーカルを心から楽しむ事の出来る傑作の一枚。ロッドの入門盤としては、このアルバムが一番だと思います。とにかく、判り易く印象的なリフとフレーズが満載。そして、ロッドのボーカルの素晴らしいこと。ロッドの天才を感じる事の出来る、1970年代のロック名盤の一枚です。ジャケット・デザインも秀逸。1970年ロック者にとっては必須のアルバムでしょう。
 
 
 
★Twitterで、松和のマスターが呟く。検索で「松和のマスター」を検索してみて下さい。名称「松和のマスター」でつぶやいております。

★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。  
 

2010年10月28日 (木曜日)

long may you run〜太陽への旅路

土日が70年代ロックの話題と一度は決めたんだが前言撤回。あまり、決めてしまうと、強迫観念が出てきてダメ。聴きたいアルバムを選ぶのではなく、ブログを書くためのアルバムを選んでいる様で良くない。で、これからは、その日その日の心のおもむくままに聴きたいアルバムを選ぶことにする。と言ったそばから、70年代ロックのアルバムをピックアップ。

The Stills=Young Band 『Long May You Run(邦題:太陽への旅路)』。バッファロー・スプリングフィールドの2強、そして「永遠のライバル」、ニール・ヤングとスティーブン・スティルスとの競演アルバムである。スティルスのバンドにヤングが参加した形なので「The Stills=Young Band 」。この二人にとっては順番は大切である(笑)。

というのも、この二人、犬猿の仲だという触れ込みだったので、この二人が競演アルバムを作るなんて思ってもみなかった。CSN&Yだって、クロスビーとナッシュがいたから、このニール・ヤングとスティーブン・スティルスが合い並んだと思っていた。だから、このニール・ヤングとスティーブン・スティルスとの競演というだけでも、この『Long May You Run』は是非とも聴きたかった。

1976年6月のリリース。当時、僕は高校3年、僕が再度、監督として映画を作っていた頃。文化祭に出すクラスの映画の監督を請け負っていた訳で、本当にちゃんと出来るか、相当なプレッシャーがあった。そんな時、心の支えになったのが、このアルバム、そして、このアルバムの冒頭のニール・ヤングの傑作「Long May You Run」。この曲はいつの時代にも心に染みる。とにかく歌詞が良い。グッとくる。

浪人の頃、このアルバムにはお世話になった。浪人の頃は自分の将来について、激しく不安になることがある。現役の時、箸にも棒にもかからなかったから、特にその度合いが酷い。不安で不安で仕方が無くて、一人でいるのが怖くなるときもあった。そんな時、この『Long May You Run』は、そんな不安を受け止めてくれた。

Long_may_you_run

大学時代、2年生の初夏だったか、突然、ひとりぼっちになったことがある。それまで付き合っていた友人達は、人として大きな問題を抱えた輩ばかりだということに気が付いた。そして、こちらから縁を切った。そうでないと、こちらが腐る。せいせいした。が、ちょっと淋しいか、と思っていたら、遠い空の下の彼女からの便りがいきなり切れた。これは想定外である。いきなりどっぷりと孤独になった。孤独が昂じて心が萎えた。そんな人生の崖っぷちに立った時、このアルバムは心の支えだった。

50歳を過ぎて、このアルバムを聴くと、それぞれの時代に、それぞれの悩みを抱えつつ聴いた『Long May You Run』を思い出す。シンプルで懐かしい音の響き。ヤングとスティルスの個性が露わになって、聴き応えのあるアルバムです。

二人の曲の作風は対照的。ヤングの曲は、どちらかというと、全体的に緩やかでポジティブな感じの曲。スティルスの曲は、重心が低く、少し後に引きずるような感じで、ダークな印象が漂う。ヤングはカントリーな、米国ルーツ・ミュージックな雰囲気があるが、スティルスは、アーバンで、ややアウトローな雰囲気がする。僕はどちらも好きです。そして、この好対照なところが、このアルバムの、この二人の特徴であり、この好対照なところが良いんですね。

意外とこのアルバムは、評論家筋を始めとして、評判は芳しくないですね。何を期待していたのか、僕には判りませんが、何故、このアルバムに対して、世間の評価が芳しくないのかが不思議です。僕は、このアルバム『Long May You Run』は傑作だと思います。とにかく、このアルバムに漂うシンプルで懐かしい響きがたまらないし、ヤングとスティルスの個性が、聴く者の心を癒してくれる。

しかし、ニール・ヤングが、バンクーバーオリンピックの閉会式で、このアルバムのタイトル曲「Long May You Run」を唄ったのには驚いた。というか「たまげた」(笑)。そして、凄く嬉しくなって、目頭が熱くなった。何時の時代にも、この曲は素直な心にとことん「凍みる」。 
 
 
 
★Twitterで、松和のマスターが呟く。検索で「松和のマスター」を検索してみて下さい。名称「松和のマスター」でつぶやいております。

★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 
 

2010年10月27日 (水曜日)

決して「凡作」ではない。

著名な評論家の意見というのは、意外とまかり通るものである。音楽というものは、自分の耳で聴いてこそ、自分の感性で感じてこそ、なのであるが、人間って知性があるが故、著名な評論家の意見を読んで、それを「鵜呑み」にしてしまうことも良くある話である。

このマイルス・ディヴィスのライブ盤『Black Beauty』(写真左)もそんな著名な評論家達によって、凡作の烙印を押されつつあったアルバムである。ちなみに、このライブ盤、1970年4月10日、San Franciscoは、Fillmore Westでのライブ録音。ちなみにパーソネルは、Miles Davis (tp) Steve Grossman (ss) Chick Corea (el-p) Dave Holland (el-b) Jack DeJohnette (d) Airto Moreira (per)。

まず、Steve Grossman(スティーブ・グロスマン)のソプラノ・サックスが「冗長だ」と決めつけられる。平凡なフレーズを垂れ流す、とまで酷評される。そして、この凡庸なグロスマンのソプラノ・サックスを編集でカットする、テオ・マセロの編集がないから、と決めつけられる。つまりは、ライブの事実をねじ曲げて、良い部分だけをピックアップして、つなげ直して、架空のライブ演奏を作れ、と言っているようなもの。それって、ジャズの本質に反する行為ではないのかしら。

僕の耳には、グロスマンのソプラノは「平凡で冗長」なものだとは思わない。グロスマンのソプラノは、速いビートの演奏の時には、まるで「フリー時代に突入したコルトレーン」の様に聴こえる。速いビートに、グロスマンは思わず、コルトレーンの「シーツ・オブ・サウンド」を持ってきてしまった。これはこれでありだと思うんだが、コルトレーンではないグロスマンが「シーツ・オブ・サウンド」を吹くと、コルトレーンと比べて遜色の無い、大健闘のブロウを展開していても、何故か「平凡で冗長」なものになってしまうらしい。

ミドルからスローテンポのビートをバックにしてのグロスマンのブロウを聴けば、グロスマンが何故マイルスに選ばれたか判るはずだ。それまでのジャズ界に無い、フリーなようでフリーではなく、しっかりとソプラノを鳴らしきりながら、それまでのジャズに無い、始めて聴くようなフレーズを連発する。確かに、速いビートでは、コルトレーンの「シーツ・オブ・サウンド」に傾く。でも、グロスマンの「シーツ・オブ・サウンド」って、コルトレーンと比べて遜色が無いと思うのは僕だけだろうか。

Miles_black_beauty

そして、このライブ盤『Black Beauty』で聴くべきは、チック・コリアのフェンダー・ローズである。絶好調のリング・モジュレーターを装備して、チックはローズを弾き倒している。ねじ伏すように、ねじり倒すように、力づくで押さえつけ制御する様に絞り出す、それはそれは印象的なフレーズの数々。前衛的で限りなくフリーではあるが、底に秩序をしっかりと備えた、激情に流れそうで流れない、実にクールなキーボード。これも、当時、今までない斬新なキーボードのフレーズ。

デジョネットとモレイラのリズム隊は凄まじいばかりのポリリズムを聴かせてくれる。これも、今までのジャズには全く無い、斬新で唯一無二なジャズのビート。ビートを重視するマイルスの面目躍如。このリズム隊のビートは凄い。そんな斬新で凄まじいビートに乗ったグロスマンのソプラノ、チックの捻りに捻りまくったチックのフェンダー・ローズ。激しいテンションに変幻万化な音色の展開、飛翔、そして爆発。

そんなバックとフロント・パートナーを得て、マイルス御大は、それはそれは魅力的な音でペットを響かせる。そして、テンション溢れる流麗なインプロビゼーションを展開し続ける。やはり、マイルスが主役のアルバムである。それぞれのメンバーは十分に練習を積んで、マイルス・ミュージックの一端を十分に理解したメンバーがバックで盛り立るのである。リーダーであるマイルス御大が悪かろうはずがない。このライブ盤のマイルスのブロウは、ブラスの響きがキラキラしている。

ロックビートで演奏していた頃のマイルス。僕にとっては「ヒーロー」である。マイルス流のロックなビートに乗って、グロスマンが吠え、チックが捻れ、デジョネットはポリリズムし、モレイラはラテンフレイバーを撒き散らす。これって、究極のコンテンポラリー・ジャズだと僕は思います。これだけテンション張ってて、これだけ個性的な内容のあるライブ盤は、そうそう有る訳ではないですぞ。

このマイルス・ディヴィスのライブ盤『Black Beauty』は、決して凡作でもなければ、冗長な内容でも無い。マイルスを始め、このメンバーで奏でるバンドは十分にコントロールされ、十分にクールで、十分に熱気が溢れている。常にやり玉に挙げられるソプラノのグロスマンであるが、一部の評論家の方々が言うように「凡庸なプレイ」とは思わない。ちょっとばかし空気の読めない「シーツ・オブ・サウンド」もそれなりの水準にあり、ミドルからスローテンポのビートをバックにしてのグロスマンのブロウには斬新さを感じる。

この『Black Beauty』は、評論家筋で言われるような「凡作」ではありません。やはり、音楽というものは、自分の耳で聴いてこそ、自分の感性で感じてこそだと思います。人それぞれの感じ方がある。このマイルス・ディヴィスのライブ盤『Black Beauty』やはり、最終的には自分の耳で聴いて、自分の想いで感じることが大切だという思いを再認識しました。ジャズ者初心者の頃は、なかなか自分に自信を持てないので困るのですが、勇気を持って、自分の耳を信じて、その音を感じて欲しいと想います。 
 
 
 
★Twitterで、松和のマスターが呟く。検索で「松和のマスター」を検索してみて下さい。名称「松和のマスター」でつぶやいております。

★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 
 

2010年10月26日 (火曜日)

バドの真価はソロでこそ・・・

これだけ天候が不順だと気分が滅入る。「秋晴れ」という言葉は、今年の秋には無縁なもの。これだけ天気の悪い秋も記憶にないくらい久しぶり。気分が滅入ると、なんだか心がシャキッとしなくなる。心の滞りは万病の元(誰がそんなこと言ったんか・笑)。心をシャキッさせる必要がある。心がシャキッとする刺激。ジャズに無いか?
 
あるある(笑)。そんな時は、バド・パウエル(Bud Powell)である。鬼気迫る、ストイックに叩きつけるような、激しいピアノ・タッチ。有無も言わせず、テクニックを追求し、他が追従できない唯一無二なフレーズを叩き付ける。心をシャキッとさせたい時は、バドのピアノに限る。そして、心をシャキッとさせるついでに、ビ・バップの真髄を感じて、ジャズの基本を再確認したりするのだ。
 
今日、選んだバドのアルバムは『Genius of Bud Powell』(写真左)。パウエルのキャリアの初期(1950-51年)に行なわれた2回のセッションを1枚にまとめたもの。Verve時代のバドのアルバムは、どういう編集方針なんだか良く判らない、有り体に言うと、プロデューサーの見識を疑いたくなるアルバムが多い。しかし、それだからこそ、バドの天才を心ゆくまで感じることが出来る「棚からぼた餅」的なアルバムも多々あるのが、Verve時代のバドのアルバムの特徴。
 
その最右翼が『Genius of Bud Powell』。オープニング・セッション「Tea For Two」3連発、そして「Hallelujah」では、ベースのレイ・ブラウンとドラムのバディ・リッチが大奮闘しているが、ほとんど聴こえてこない。バドの鬼気迫る、没頭して弾き込むバドのピアノが凄まじい。そして、残りの曲は伴奏無し。バドのソロである。最初のトリオ演奏も、ベースとドラムがほとんど聴こえないので、このアルバムは、バドのソロ・パフォーマンスと解釈しても良いかと思う。

The_genius_bud
 
で、5曲目「Parisian Thoroughfare」以降のこのソロが曲者である。バドの真価はソロでこそ発揮される。限りなく暴力的なタッチ。思わず仰け反るような音圧。その凄まじい迫力に圧倒される。弾き倒す。叩き倒す。人に聴かせようとする甘さなど微塵もない。自らとだけの戦いの様に、絞り出すような天才的なフレーズはストイックこの上無し。
 
自らが自らの才能の限界にチャレンジし、何度も何度もチャレンジし、何度チャレンジしても納得しない、納得出来ない。自ら課した限界が、実は神の領域に入っていることも知らずに、永遠にチャレンジし続ける様な、バドのソロ。凄いテンション。鬼気迫る、ストイックに叩きつけるような、激しいピアノ・タッチ。
 
しかし、これだけピアノを叩くことの出来る、これだけピアノをハイテンションに歌わせることの出来るジャズ・ピアニストは、後にも先にもバド・パウエルだけである。 
 
絶頂期のバドの演奏が聴ける名盤である。人に聴かせるエンタテインメントとしてのジャズの対極にある、テクニック追求型のストイックで芸人的なジャズがここにある。現代ジャズの源である「ビ・バップ」がここにある。

このテクニック追求型の「ビ・バップ」を経験せずして、ジャズの楽しみは半減する。テクニックがあってこそ、人に聴かせるエンタテインメント型のジャズがある。ジャズ者である限り、バドは決して避けて通れない。 
 
 
 
★Twitterで、松和のマスターが呟く。検索で「松和のマスター」を検索してみて下さい。名称「松和のマスター」でつぶやいております。

★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。  
 
 

2010年10月25日 (月曜日)

こういうベスト盤は「OK」

ロックでもジャズでもそうなんだが、僕は「ベスト盤」や「コンピ盤」の類は「NG」である。
 
それぞれの曲には、それぞれ収録されているアルバム全体の雰囲気やコンセプトがあって、どれだけ有名な曲でも、どれだけ売れた曲でも、僕はその曲が収録されたアルバム全体を聴きながら、その曲の雰囲気や位置付けを感じて欲しいと思っている。
 
加えて、「ベスト盤」や「コンピ盤」を制作する側も、有名な曲、売れた曲だけを、単純に集めて並べてCDにして発売する。これって「安直に過ぎる」んやないか。これって、曲を書いた、アルバムを作ったミュージシャンの意向を、矜持を、本当にくんでいるんやろか。
 
ということで、ロックでもジャズでもそうなんだが、僕は「ベスト盤」や「コンピ盤」の類は「NG」である。と言いながら、最近、巷では「ベスト盤」や「コンピ盤」が密かなブームである。なんだかなあ、と、その「ベスト盤」ブーム、「コンピ盤」ブームを憂う松和のマスターである。
 
しかし、最近、そんな「ベスト盤」や「コンピ盤」の世界でも、ちょっとした工夫というか、ミュージシャンの矜持を感じさせる「ベスト盤」や「コンピ盤」がリリースされるようになってきた。今回、発売されたLarry Carlton(ラリー・カールトン)の『Greatest Hits Rerecorded, Volume One』(写真左)。カールトン自身が、往年のヒット曲を、全くの新録音でセルフ・カバーして一枚にまとめる、という画期的な企画ものです。
 
往年のヒット曲をセルフ・カバーして「ベスト盤」としてリリースする。なんて素敵な企画だろう。確かに、昔のアルバムに収録されていた曲なら、それを聴けば良い。何も下世話にそれぞれのアルバムに収録されているアルバムを、わざわざピックアップして、一枚のアルバムにする必要は無い。しかし、セルフ・カバーとなれば訳が違う。自らのヒット曲を自ら、今の感覚でセルフ・カバーする。ミュージシャン本人で無くともワクワクする企画である。
 
Larrycarlton_ghits_1 
 
カールトンの永遠の大ヒット曲、カールトンの名刺代わりの「Room 335」をオリジナルと聞き比べると、このカールトン自身が、往年のヒット曲を、全くの新録音でセルフ・カバーして一枚にまとめる、という企画が「如何に画期的か」ということが良く判る。
 
カールトンのESー355で紡ぎ出すフレーズが、とてもまろやかで意外と攻撃的。オリジナルは、如何にも「必殺フレーズでっせ〜」って感じで、メロウな展開ながら「これでもかっ」って感じで弾き進めるのだが、今回のセルフ・カバーは違う。余裕をかましつつ、適度な「大人のテンション」を底に漂わせながら、攻めのフレーズを連発する。この攻めのフレーズを聴きつつ、年齢を重ねることは音楽にとって、絶対に好影響を与えるんだ、ということを改めて再認識させてくれる。
 
ベーシストには、息子のトラヴィス・カールトン、ドラマーにはヴィニー・カリウタ。この二人のリズム・セクションが全体の雰囲気を決定付けている。
 
カリウタのドラミングは、現代的なデジタルチックなビートの中に、そこはかとなくファンキーなビートが漂いつつ、タイトでダイナミックなドラミング。現代的なドラムの音に、そこはかと漂うアナログチックな響き。破綻の無いタイトでダイナミックなドラミングが、このセルフ・カバー全体の雰囲気を引き締めている。
 
息子のトラヴィス・カールトンのベースは堅実の一言。流れるようなベースラインではあるが、それに流されることなく、先ずはシッカリと演奏のビートの底を支え、ビート全体を整える、そんな縁の下の力持ち的なベースは好感が持てる。
 
ミュージシャンは、自身が、往年のヒット曲を、全くの新録音でセルフ・カバーして一枚にまとめる。こういうベスト盤は「OK」ですね。ベスト盤なので聴いていて楽しく、オリジナル音源との比較もまた楽し、というところでしょうか。Volume One とあるので続編が楽しみです。
   
  
  
★Twitterで、松和のマスターが呟く。検索で「松和のマスター」を検索してみて下さい。名称「松和のマスター」でつぶやいております。

★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 
 

2010年10月24日 (日曜日)

ジャズの小径・10月号の更新です

午後4時を過ぎて、雨が落ちてきた我が千葉県北西部地方。ほどなくして、本格的な雨になった。しかし、今年の秋は天気が悪く、雨が良く降る。例年の秋晴れをほどんど経験していない。ストレスの溜まる秋である。

さて、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」の更新情報です。1ヶ月1度更新の月刊コーナー「ジャズの小径」の10月号の更新です。10月はさて何の特集にしようかな、と考えましたが、そろそろジャズ・ボーカルも採り上げてもよいのでは、と思い当たりました。

「ジャズの小径」にも書きましたが、ここ2〜3年あたりで、やっとジャズ・ボーカルを落ち着いて聴くことが出来るようになりました。もともとは、英語の歌詞で歌われても、何を歌われているのやら判らない。それならば、ボーカルは無くてもええやん、と言うノリで、ボーカルもののアルバムは、ほとんどが後回しになりました。

ジャケットが良い紙ジャケとか、ロックで有名曲のカバーが入っているものは、なんとかピックアップしてきましたが、本当に3年位までは「ほったらかし」。ジャズ・ボーカルについての勉強もほとんどしてなかったので、ジャズ・ボーカルについて質問されると「しどろもどろ」。松和のマスターの最大の弱点とされて久しい「ジャズ・ボーカル」でした。

が、3年前から、及ばずながら、ちょっと勉強して、ちょっとだけ英語のヒヤリング力がついたこともありますし、ジャズ・ボーカルに、ゆったりと身を任せる、年齢的な心の余裕が出来たとでもいうのでしょうか、やっと、ジャズ・ボーカルのアルバムに触手が伸びる様になりました。ジャズ・ボーカルについての座学系の勉強も昨年あたりから始めました。もうちょっとしたら、ジャズ・ボーカルについても、うんちくを語れるかと思います。

Sinatra

今回の「ジャズの小径」では、僕が、駆け出しジャズ者初心者の頃、まだジャズを聴き始めて1年位だったかと思いますが、そんなジャズ超初心者の頃に出会って、相当感じ入って感動したジャズ・ボーカルのアルバムを今回ご紹介しています。そのアルバムとは、フランク・シナトラ(Frank Sinatra)の『Trilogy : PAST, PRESENT AND FUTURE』です。

そりゃ〜相当感じ入って感動したはずです。フランク・シナトラです。さすがに、駆け出しジャズ者初心者の僕でも、シナトラの名前と名声は知識として十二分に知っていました。当時、60歳を過ぎた、そのシナトラが、自身のキャリアを集大成した様な渾身の力作です。悪かろうはずがありませんよね。当時のスイング・ジャーナルで、アルバムの評論記事を読んで、聴きたくて聴きたくて仕方が無い。でもLP3枚組の超大作。当時の小遣いでは到底購入は無理。ラッキーにも、大学の近くの秘密の喫茶店が購入して下さり、事無きを得ました(お世話になりました)。

このアルバム、当時から大のお気に入りで、社会人になって財力がついたら、即手に入れました。以来、LPでは持っていたのですが、CDでは御無沙汰でした。が、やっと最近手に入れ、CDでもこの『Trilogy』を聴くことが出来るようになったのは、実に喜ばしいことです。

どんな内容のアルバムなのか、その続きは「ジャズの小径」10月号で・・・。バーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」(左をクリック)にお越し下さい。他の記事も中々面白いものがあって、楽しんで頂けるかと思います。

僕にとっては、ジャズ・ボーカルを楽しむには、年齢が必要だったのかもしれません。ただし、ジャズ・ボーカルの世界は奥が深いので、のめり込むことの無いよう、注意が必要だと思っています。無名のボーカリストまで範疇にいれると、底なし沼のようなジャンルです。徐々に、恐る恐る、注意深くチャレンジしています(笑)。 
 
 
 
★Twitterで、松和のマスターが呟く。検索で「松和のマスター」を検索してみて下さい。名称「松和のマスター」でつぶやいております。

★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 
 

2010年10月23日 (土曜日)

一番聴いたチックのアルバム

Return to Forever『Returns』を聴いてから、チック・ブームである。もともと、チック・マニアなので、一旦ブーム再燃となると、しばらくそのブームは続く。それでは、チックのアルバムの中で、今まで一番多い回数を聴いたアルバムはどれか、となると、恐らく『Friends』(写真左)ではないかと思われる。

Chick Corea『Friends』。1978年の録音。ちなみにパーソネルは、Joe Farrell (reeds, fl), Chick Corea (p, key), Eddie Gomez (b), Steve Gadd (ds,per)。このパーソネルを見ると、この『Friends』というアルバム、バリバリのフュージョンだろうと想像する方々の方が多いんじゃないか。

しかし、このアルバムは、メインストリーム・ジャズ。純ジャズのアルバムである。純ジャズとは言え、フュージョンライクな「ライト感覚」がアルバム全体のトーンとなっており、1970年代後半、フュージョン全盛のピークを越えた辺り、アコースティック・ジャズ回帰、純ジャズ回帰の動きを、時季を読むに長けたチックがキャッチして作成したアルバムだと解釈している。

まず、リズム・セクション、ベースのゴメスとドラムスのガッドが素晴らしい。ゴメスのアタッチメントで増幅された生ベース音が実に心地良い。アタッチメントで電気的に増幅された生ベース音は、あんまり良い音の効果を生まない例が多いが、ここでのゴメスは違う。ゴメス特有のエッジの立った流れるようなベースラインが、タイトに締まった、電気的に増幅された音で「クッキリ」と浮かび出る。ゴメスのベースはピッチが合っていて、しっかりとタイトに締まったベースなので、聴いていてとても気持ちが良い。

このアルバムのガッドは、1970年代のガッドの最高のドラミングではないか、と思う。フュージョン・ジャズが生んだ、縦ノリのビート。ジャズ・ドラミングのイノベーターの一人、スティーブ・ガッドの最高のパフォーマンスがこのアルバムで聴ける。緩急自在、硬軟自在、変幻自在なドラミング。チックのピアノに絡みながら、機微に富んだビートの供給は凄まじいばかり。1970年代のガッドのベスト・パフォーマンスのひとつに挙げて良い、凄いドラミングにウットリする。
 

Ccorea_friends

 
そして、サックス&フルートのジョー・ファレルの出来がとても良い。ジョー・ファレルは、初代Return to Foreverの初代メンバーであり、Return to Foreverのデビュー作では素晴らしいサックス・プレイを聴かせてくれる。しかし、この『Friends』でのファレルのサックスは更に素晴らしい。Return to Forever時代よりも余裕を持った、幅の広いプレイを聴かせてくれる。そして、なによりフルートの出来が抜群。2曲目の「 Waltse For Dave」、5曲目の「Friends」のフルート・プレイは絶品である(ちなみに、ファレルは、遠く1986年に癌の為に鬼籍に入っている。既にこの世にはいない)。

そして、リーダーのチックのキーボード・プレイについては、全く申し分無い。エレピもアコピも、このアルバムでは全く申し分無い。チックの個性を存分に発揮して、「ライト感覚」な純ジャズを基本とした、非常に端正でアーティスティックなフレーズを連発する。出だし1曲目の「The One Step」のエレピのパフォーマンスは素晴らしいの一言。余裕のある、リラックスしたフレーズを繰り出しつつ、エレピの音を知り尽くした、素晴らしい音色のパフォーマンスは心地良い。4曲目の人気曲「Samba Song」でのチックのパフォーマンスは素晴らしいの一言。ベストプレイに近い、凄まじきアドリブ・フレーズの連発。

この『Friends』は、それぞれのプレイを尊重しながら、それぞれの個性を発揮したパフォーマンスを適度に発揮して、まずまずの出来に納める、という単なる一期一会セッション的なアルバムでは無い。確かに、演奏の切っ掛けは一期一会セッション風ではあるが、お互いにかなり相性が良かったのだろう、アルバム全体の演奏レベルは濃密で緻密、そして、レギュラー・グループと言って良い位の、効果的な相互連携を感じさせてくれる、それはそれは素晴らしいものだ。

ちなみに、アルバム・ジャケットは2種類ある。左は日本での初回発売時の日本独自仕様。右はオリジナル。この差異は、米国で発売時、オリジナルの「スマーフ君人形」の無断使用が起こしたトラブルである。ちなみに、僕は左の日本独自仕様に限りない馴染みがある。なんせLP時代、初回発売時のLPを聴きまくったクチである。
 
 
 
★Twitterで、松和のマスターが呟く。検索で「松和のマスター」を検索してみて下さい。名称「松和のマスター」でつぶやいております。

★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 

2010年10月21日 (木曜日)

渡辺香津美の70年代総決算

渡辺香津美の『KYLYN』は凄いアルバムだった。異種格闘技と表現して良い、坂本龍一や高橋ユキヒロ、矢野顕子、村上ポンタ等々、当時の日本の音楽ジャンルで尖ったミュージシャンばかりを集めて作成されたアルバム。日本のフュージョンの世界での「奇跡的な」成果だった。
 
そのKYLYNバンドの成果を受けて、今度は名だたる米国のフュージョン野郎達を集めて作成された、1980年リリースの『TO CHI KA』(写真左)。これはその内容やるや凄まじいものがあり、渡辺香津美の1970年代フュージョン・ジャズの総決算と言って良い、それはそれは充実した内容のアルバムである。
 
冒頭の「LIQUID FINGERS」の前奏を聴くだけで、渡辺香津美と判る個性が強烈である。これぞ、異種格闘技、KYLYNバンドの経験を経て確立された、渡辺香津美の個性である。ジャズをはみ出し、フュージョンをはみ出し、ロックをはみ出して形作られた香津美の個性。そのギターのフレーズはどこを聴いても、渡辺香津美そのものである。
 
この個性って凄いもので、これだけちょっとギターのフレーズを聴いただけで、曲のアレンジを聴いただけで、渡辺香津美と判る。これって、日本人フュージョン・ミュージシャンとして、世界に誇れる成果ではないかと。
 
名だたる腕自慢の実績バリバリのフュージョン野郎達が集結している。テナーのマイケル・ブレッカーのスーパーソロ。香津美のギターを聴き立てて煽るピーター・アースキンのドラム。「あんた、どういうテクニックをもってんの」と呆れるくらいのベーシスト、トニー・レヴィン。ベースと言えば、マーカス・ミラーも参戦。そして、歌うように流れるようなマイク・マイニエリのヴィブラフォン。いやはや、当時の米国名うてのフュージョン野郎のショーケースの様な凄まじき演奏の数々。
 

Tochica
 
 
冒頭の「LIQUID FINGERS」から、CMのタイアップで有名になった「UNICORN」まで、渡辺香津美の個性満載の「緩んだところの無い」、心地良いテンションが爽快な演奏がズラリと並ぶ。そして、小粋な香津美流ファンキーなナンバー「DON'T BE SILLY」を挟んで、ラス前、音の広がりが凄い、香津美のフレーズが限りなく美しいフュージョン・バラードの「SAYONARA」から、ラストのロック・ビート満点の「MANHATTAN FLU DANCE」に切り替わる瞬間なぞ、至福の瞬間である。
 
米国の名だたる腕自慢の実績バリバリのフュージョン野郎達が集結したセッションである。当然、個性バリバリな、個性の塊の様なフュージョン野郎達である。その個性の強さで上手く音がまとまらないことが、往々にしてあるが、この渡辺香津美の『TO CHI KA』は違う。これだけ個性的なフュージョン野郎達を束ねて統率し、渡辺香津美の音で染め上げている。それだけ、香津美の個性が際立っているってこと。
 
加えて、ヴィブラフォン奏者のマイク・マイニエリがプロデューサーとして迎えたのが大正解。渡辺香津美の個性を正確に掴み、渡辺香津美の個性にリスペクトをもって、名だたる腕自慢の実績バリバリのフュージョン野郎達を完全に掌握、統率。渡辺香津美をサポートし、全面的に支援している。それだけ、香津美の音楽性、ギター・テクニックが魅力的だったんだろう。僕もそう思う。マイニエリの慧眼に敬意を表する。
 
リーダーであるプレイヤーとプロデューサーがガッチリ組んだアルバムに悪いものは無い。この『TO CHI KA』は、1970年代フュージョンの最高傑作の一枚である。1970年代のフュージョンに限りない愛着を持つフュージョン者の方々でしたら、KYLYNバンドの2枚と、この『TO CHI KA』はマスト・アイテムでしょう。良いアルバムです。 
 
 
 
★Twitterで、松和のマスターが呟く。検索で「松和のマスター」を検索してみて下さい。名称「松和のマスター」でつぶやいております。

★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。  
 

2010年10月20日 (水曜日)

美しきフラグメンツ・3

マイルス・ディヴィスが、黒人ボクサー、ジャック・ジョンソンをテーマとした映画のサントラのコンプリートBOX。9月8日以来、今日は3回目。『The Complete Jack Johnson Sessions [Disc 3]』のお話しを・・・。
 
『The Complete Jack Johnson Sessions [Disc 3]』は、『ジャック・ジョンソン』のハイライト、冒頭を飾る「ライトオフ」のセッションの記録である。ちなみに、その内容は以下の通り。
 
1. Right Off (Take 10)
2. Right Off (Take 10A)
3. Right Off (Take 11)
4. Right Off (Take 12)
5. Yesternow (Take 16)
6. Yesternow (New Take 4)
7. Honky Tonk (Take 2)
8. Honky Tonk (Take 5)"

この「ライトオフ(Right Off)」は、マイルス流ロックというか、マイルス流プログレというか、マイルスでしか為し得ない、ロック・ビートをベースにした、コンテンポラリーなジャズである。誰が何と言おうが、この「ライトオフ」は「ジャズ」である。
 
この「ライトオフ」のフラグメンツ、どれもが素晴らしい演奏ばかり。かなりの水準である。やれベースがどうの、ギターがどうの、というが、自分で楽器を人前で演奏した経験のある人間であれば、そんな無責任な評論は絶対にしない。それほど、高度なジャム・セッションの記録が、この『The Complete Jack Johnson Sessions [Disc 3]』に詰まっている。

「Yesternow」も幽玄な雰囲気で、実にプログレッシブで良いし、「Honky Tonk」は斬新なビートと変則展開による実にユニークな演奏。この2曲も捨てがたい魅力があるが、やはりこの『The Complete Jack Johnson Sessions [Disc 3]』では「Right Off」が圧倒的存在感である。

Miles_complete_jackjohnson
 
マイルスは新しい「何か」を追求し、それを手に入れるには、スタジオ・セッションを重視した。スタジオ・セッションの中で、メンバーに指示をし、メンバーにチャレンジをさせ、自らも新しい音を、新しい「何か」を追求した。マイルスが指示をし、試行錯誤して、欲しいものを手に入れる。そんな時、マイルスは、スタジオにこもり、スタジオ・ライブでその「欲しいもの」を追求した。
 
そのことが如実に理解出来る『The Complete Jack Johnson Sessions [Disc 3]』である。そのセッション・トラックを聴いても、「ライトオフ」をモチーフとする演奏は、どれもが素晴らしい。これだけのハイテクで、テンション高く、インプロのイマージネーションの高い演奏はなかなか無い。今のバンドでも、これだけの高水準なライブを現出することの出来るバンドは少ない。
 
この『The Complete Jack Johnson Sessions [Disc 3]』を聴けば、マイルスは徹頭徹尾、自分好みの「ビートとリズム」を追求していたことが良く判る。マイルスの、ほぼイメージ通りの「ビートとリズム」を手に入れることで、その「ビートとリズム」に乗っかることで、マイルスを初めとするフロントの楽器隊が、今までにないイマージネーションの下で、新しいインプロビゼーションが繰り広げられる可能性が高まっていく。
 
とにかく、『The Complete Jack Johnson Sessions [Disc 3]』のフラグメンツでのマイルスのソロは圧倒的である。自分のイメージ通りの「ビートとリズム」をバックに、マイルスならではの、自由な演奏、マイルス流のフリーな演奏が繰り広げられる。これを聴けば、当時、ジャズ界を席巻していたフリーは、単なる感情によるインプロビゼーションの垂れ流しだったことが良く判る。
 
マイルス・バンドの限り無くフリーキーな演奏は、マイルス好みの「ビートとリズム」に秩序を保たれ、決して感情に流されない、場当たり的なフレーズを垂れ流さない、必要最低限の秩序を保った、限りなくフリーに近い、それでいて、理路整然でコンテンポラリーなジャズ演奏が、この『The Complete Jack Johnson Sessions [Disc 3]』で繰り広げられている。
 
とにかく、凄い演奏だと思う。今のジャズ界で、これだけの秩序ある、それでいて限りなくフリーな演奏は、なかなかお目にかかれない、というかお耳にかかれない(笑)。マイルス者を自認する松和のマスターとしては、これはもう「脱帽」である。
 
 
 
★Twitterで、松和のマスターが呟く。検索で「松和のマスター」を検索してみて下さい。名称「松和のマスター」でつぶやいております。

★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 
 

2010年10月19日 (火曜日)

ロリンズとフロントとの相性

ソニー・ロリンズは「ジャズ・テナー」の天才である。本人の努力もさることながら、彼の天性のフレーズは、恐らく、ジャズ・テナー史上最高だと思う。それほど「はまった」時のロリンズのインプロビゼーションは凄まじいものがある。

しかし、彼はフロント楽器としての競演は、あまり得意ではなかったのではないか、と思っている。フロント楽器としての競演、同じテナーもあれば、トランペットもある、アルト・サックスもある。ロリンズは何度かフロント楽器としての競演を果たしてはいるが、どれもあまり良い出来ではない。

例えば、プレスティッジからリリースされた『Sonny Rollins Plus Four』(写真左)。1956年3月の録音。ちなみにパーソネルは、Clifford Brown (tp) Sonny Rollins (ts) Richie Powell (p) George Morrow (b) Max Roach (ds)。ペットの天才、クリフォード・ブラウンとの競演で有名なアルバムである。

が、これがなんとまあ、隔靴掻痒の感がある、不完全燃焼極まりない内容に落胆する。ジャズのフロント2管・3管には、ミュージシャン同士の相性が絶対にある。相乗効果を発揮する組合せもあれば、お互いを相殺する組合せもある。概して、大物同士は相性が良くない。

確かにジャズジャイアントな大物同士、ペットのクリフォード・ブラウンとテナーのソニー・ロリンズ、どちらもお互いを意識し過ぎて、というか、お互いを立てすぎて、なんだか呼吸が合わないというか、テンポが合わないというか、フレーズが合わないというか、完全に不完全燃焼な競演に終始しているところがもどかしい。

恐らく、クリフォードもソニーも「人が良い」というか「人間が出来ていた」んだろう、あまりにもお互いを立てすぎで、かえってギクシャクしている。とにかく、お互いに気を遣いすぎである。

もともと、リズム・セクションを無視するように、好きに心のおもむくままのアドリブを身上とする、クリフォードとソニーである。横にもう一人、優れた大物ミュージシャンがいたら、その心のおもむくままのアドリブもイマージネーションも半減されるというもの。クリフォードもソニーも単独で、周りを気にせず、楽器を吹きまくることが、一番のパフォーマンスな天才ミュージシャンである。この『Sonny Rollins Plus Four』での競演は、このアルバムの演奏を聴く限り「失敗」である。

Rollins_plus4

加えて、Richie Powell (p) George Morrow (b) Max Roach (ds)の、バックのリズム・セクションの出来が良く無い。ドラムのローチはビ・バップのドラミング・アプローチを脱却しておらず、ジョージ・モロウのベースはまったく目立たず、リッチー・パウエルのピアノは平凡。

つまり、この『Sonny Rollins Plus Four』のリズム・セクションは、録音当時からしても「ビ・バップな」、つまりは時代遅れのものであり、そのバックを従えて自由に吹きまくるには、フロントの相棒が大物過ぎて、個性が強すぎる。

これじゃあ、良いアルバムが出来る道理は全く無い。フロント楽器同士が遠慮し合って、しかもバックのリズム・セクションの出来がイマイチであれば、このアルバムが優れた内容を提供してくれる筈が無い。

ペットのクリフォード・ブラウンは、ローチのビ・バップ・ドラミングをタイム・キープ役にして、吹きまくろうとするが、ロリンズの存在に対して気を遣う余り、不完全燃焼なインプロビゼーションに終始し、テナーのロリンズは、平凡なリッチー・パウエルのピアノの音を尊重しようとする余り、アドリブをかまそうとしてズッコケる。

このパーソネルで、しっかりとリハーサルを積めば、良い内容に早変わりした可能性は感じられる。でも、このアルバムはプレスティッジ・レーベルからのリリース。リハーサルのスタジオ代惜しさにリハーサルを省略し、短時間の打合せの後、一発録りのジャムセッション風の録音である。良くなる筈が無い。

この『Sonny Rollins Plus Four』、決して内容はあまり良くない。それでも、ジャズ入門盤やロリンズ代表作に名を連ねることがあるというこの事実、どう解釈して良いものやら、理解に苦しむ。クリフォードとソニー、2人のビッグネームが若かりし頃、競演したというドキュメンタリーとしては、ジャズの歴史的資料として価値はあるだろうが、演奏内容は「まあまあ〜イマイチ」なので、それ以上の価値はこのアルバムには無い、と僕は思う。

とにかく、リズム・セクションが弱い。これでは、クリフォードとソニー、2人のジャズ・ジャイアントが好き勝手に、自由奔放にインプロビゼーションすることもかなわず、演奏全体としてもメリハリが効いていない。

この『Sonny Rollins Plus Four』は、決して名盤ではない。クリフォードとソニーの競演の記録以上の何者でもない。しかし、このアルバムが、ハードバップ時代の名盤の一枚として、ロリンズの代表的名盤の一枚として、ジャズ者初心者の方々に紹介されてきた事実について、僕は理解に苦しむ。それは余りに安直すぎる、責任不在の評論ではないだろうか。

やっぱりジャズって、自分の耳で実際に聴いて、自分で感じんとあかんな、と改めて思う。 
 
 
 
★Twitterで、松和のマスターが呟く。検索で「松和のマスター」を検索してみて下さい。名称「松和のマスター」でつぶやいております。

★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 
 

2010年10月18日 (月曜日)

Return to Forever『Returns』

ギターのアル・ディ・メオラは1954年生まれ、今年56歳。ドラムのレニー・ホワイトは1949年生まれ、今年61歳。ベースのスタンリー・クラークは1951年生まれ、今年59歳。そして、キーボード&リーダーのチック・コリア(Chick Corea)は1941年生まれ、今年69歳。

伝説のフュージョン・ジャズ・グループ「リターン・トゥ・フォーエバー(Return to Forever)」の第3期のメンバーである。フュージョン・グループとしての「RTF」としては、この第3期メンバーがベスト。当時、RTF加入当時弱冠二十歳だった、若手天才ギタリストとして名を馳せたアル・ディ・メオラをして、今年56歳。他のメンバーは、ほぼ60歳を越える。まあ、チックが今年69歳なんで、今年で平均年齢61.25歳。

この第3期RTFが、2008年、30余年ぶりに奇跡の再結成を果たした。何度も確認するが、今年で平均年齢61.25歳。2008年当時で、平均年齢59.25歳。これはもう日本で言うと、完璧な「還暦バンド」である(笑)。「還暦バンド」なんだから、演奏の内容はあまり期待できない、懐メロ同窓会的な再結成をイメージしてしまうのだが・・・。

Return to Foreverの『Returns』(写真左)を聴いて、単純に「たまげた」。凄まじいハイ・テクニック、歌心溢れるインプロ、めくるめくインタープレイ。単なる懐メロ同窓会ではない。平均年齢が「ほぼ還暦」とは思えない迫力。参りました。とにかく凄い。4人の演奏で、この分厚いアンサンブル&ハーモニーは「なんなんだ」。超重力級のフュージョン・ジャズ。これだけの重量級のパフォーマンスを発揮できるバンドが現代にどれだけあるんだろうか。
 

Rtf_returns

 
オープニングの後の「第7銀河の讃歌」だけで、個人的には「参りました」(笑)。オリジナルはギターがビル・コナーズだったから、ちょっと「もどかしかった」んだが、ディ・メオラの超絶技巧、神懸かりなギターでの「第7銀河の讃歌」は凄い迫力。この迫力は尋常では無い。

超弩級の迫力。クラークのエレベもブンブン唸り、レニーのドラムは歌うように叩きまくり。そして、その超弩級のディ・メオラのギターに絡むチックのキーボード。特にチックのシンセの扱いが素晴らしい。ディ・メオラ、心置きなく「弾きまくり」。以降、この分厚い演奏がCD2枚分、てんこ盛りである。

この奇跡の再結成Return to Foreverの『Returns』はCD2枚組であるが、オリジナルReturn to Foreverの名曲、人気曲がガンガンにリメイクされていて、その内容たるや素晴らしい限り。ただ、プロデュース的に理解に苦しむのだが、メンバーそれぞれの「ソロ」のパートが結構長い時間で収録されているところが、ハッキリ言って「冗長」。それぞれの「ソロ」のパートの演奏内容は申し分無いのですが、このアルバムはRTF名義のアルバムですからね〜。惜しい。

ラス前とラストの「500マイルス・ハイ」と再度登場する別収録の「浪漫の騎士」はボーナス・トラックで、特に再登場・別収録の「浪漫の騎士」は内容イマイチ。このアルバムのボートラはハッキリいって「蛇足」。これもちょっと減点対象やなあ。惜しい。

せっかくの第3期RTFの奇跡の再結成なのに、もっと徹底的に、RTFとしてのグループサウンズを聴かせて欲しかったなあ。このメンバーそれぞれの冗長な「ソロ」が減点対象かな。それほど、RTFとしての演奏は抜群である。往年のファンである僕としては満足な一枚である。RTFを知らない若手のジャズ者の皆さんにもお勧めです。硬派なフュージョン・ジャズが如何に凄まじいものであるか、十二分に体験できること請け合いです。 
 
 
 
★Twitterで、松和のマスターが呟く。検索で「松和のマスター」を検索してみて下さい。名称「松和のマスター」でつぶやいております。

★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 

2010年10月17日 (日曜日)

「John Lennon Box」が来た

ジョン・レノンの誕生日に「John Lennon Box」(写真左)がやってきた。限定盤なので入手できるのか、少し心配だったが、無事入手出来てホッと一息。
 
オリジナル・ソロ・アルバム8作品のリマスター盤に加え、レア音源&未発表音源を収録したディスクとアルバム未収録のEPから構成された11枚組ボックスセット。それぞれのCDはデジスリーヴ・パッケージ。これは、ビートルズのステレオ盤ボックスと同じ仕様。ビートルズのモノラル盤ボックスと同じ、紙ジャケ仕様であれば良かったんだが。少し残念である。
 
11枚のCDを収納する割には、かなり大きいボックスである。中に、限定ジョン・レノン・アート・プリントとレア写真、アートワーク、コラージュ、詩、ライナーノーツなどを掲載したブックレットも収納してはいるが、その量を鑑みても、このボックスはかなり大きい。Yokoさんの趣味なのだろうか。現実的には収納場所に困るサイズである(笑)。
 
この巨大な箱からCDを取り出すときに、必ず目に入るのが、大きな「Yes」の文字。ふと、ヨーコの個展に立ち寄ったJohnのエピソードを思い出しました。付属のブックレットやアートプリントも、なかなか良い感じで、箱の大きさにはちょっと閉口しますが、ボックスセット全体の作りは良いと思います。
 
そして、肝心のCDですが、音がLP時代に戻った、とは言いませんが、LP時代の音の雰囲気にかなり近い音で、今回のリマスターには満足です。ジックリと比較できたのは、ジョンのソロでのファースト・アルバム『John Lennon & Plastic Ono Band(ジョンの魂)』のみですが、音の底がしっかりしている感じ、全体の音の安定感と楽器の定位が、LP時代を彷彿とさせます。

John_lennon_box
 
2000年に発売された「ミレニアム・エディション」は、リミックスまでしてしまい、過度のノイズ除去とも相まって、LP時代の音とは似ても似つかない、とても綺麗な、オーディオ的にとてもデジタルっぽい音のアルバムに変貌してしまいました。
 
やはり、本人の手であろうが、ましてや後生の人々の手で、リミックスはやるべきでは無いでしょう。過度のノイズ除去もやるべきでは無い。優れた音楽家のLP時代のオリジナルな音源、オリジナルな音は「歴史的遺産」に匹敵するものですから、如何に当時の録音機材がチープで、如何に今の機材でミックスをやりなおせば、より良い内容になるかもしれませんが、やはり「歴史的遺産」に、後生の人達が過度の修正を加えるべきではないでしょう。
 
現時点でシビアに試聴比較した『ジョンの魂』以降のアルバムも、聴き流したレベルですが、傾向としては『ジョンの魂』と同じようです。LP時代のミックス、LP時代の音を尊重した、必要最低限のリマスタリング。これこそが「あるべき姿」だと思います。『ジョンの魂』以外の他のアルバムも、現在最新として存在しているCDは、全て何らかのリミックスが加えられているので、今後は、今回のリマスターの音源がスタンダードになるよう願うばかりです。
 
ジョンのソロアルバムとして、やっとLP時代の音と比べて、違和感の無いCDがリリースされました。音的にはLP時代の音に勝るもの無しですが、CDにおいて、LP時代の正確な音の再現は無理というもの。でも、音的にLP時代の音をイメージさせてくれる今回のリマスターCDは、やっとジョンのソロアルバムを一からジックリと聴き直してみようという気を起こさせてくれるものです。
 
ジョンが生きていたら「70歳」。「あれから」もう30年経ったんですね。あれから30年経った今、やっとジョンのソロアルバムを一からジックリと聴き直してみようという気を起こさせてくれる「コンパクト・ディスク」がリリースされました。喜ばしい限りです。やっとCDでジョンのソロアルバムが聴けます。
 
 
 
★Twitterで、松和のマスターが呟く。検索で「松和のマスター」を検索してみて下さい。名称「松和のマスター」でつぶやいております。

★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 
 

2010年10月16日 (土曜日)

AOR時代のモンスターアルバム

1970年代後半は「AOR」の時代。「AOR」とは、和製英語になるが、AOR=Adult-Oriented Rockとなる。これが僕等の大学時代、一番すわりのよいフルスペルである。
 
「大人向けのロック」と日本では独自解釈され、大人向けの落ち着きのある、粋で洒落たロックを指す言葉となって、当時ブームとなった。基本的には、ソウルやジャズのソフト&メロウな要素を取り入れた、アーバンな音楽がAORのイメージだと僕は解釈している。ちなみに、米国では、このジャンルは「Adult Contemporary」と呼ばれているそうだ。
 
そんなAORブームの中、全米チャートで31週間トップに君臨し、アメリカだけで1800万枚も売れたモンスター・アルバムがある。フリートウッド・マック(Fleetwood Mac)の『噂(Rumours)』(写真左)である。1977年のリリース。
 
フリートウッド・マックは、元々は1960年代後半にブルースロック・バンドとして活躍していたが、とにかくメンバーチェンジの多いことで有名。デビューから、この『噂』をリリースするメンバー編成まで、メンバーチェンジは6回を数える。そして、リンジー・バッキンガムとスティーヴィー・ニックスの加入で,ウエスト・コースト風ポップス色の濃いグループとなった。
 
そして、この『噂』をリリース。フリートウッド・マックの全盛期における最高傑作と言って良い。このアルバムの内容は凄い。リンジー・バッキンガム、スティーヴィー・ニックス、クリスティン・マクヴィーという、3人もの優秀なソングライターを抱えていたこともあり、曲作りにおいて、センスあるメロディ・ライン、印象的なサビが圧倒的である。
 
そして、バンド全体の演奏力については洗練されたアレンジ力が素晴らしく、あまり語られることが無いが、印象的なリフに彩られた高度な演奏テクニックがベースとなって、アルバム全編に渡って、爽やかな疾走感と力強いビートが上手くミックスされた、バランスの良い、落ち着きのある演奏が展開される。

Freetwoodmac_rumours
 
とにかく当時よく聴いた。少し小洒落た喫茶店であれば、必ず、このアルバムは流れていた。暫くすると、耳にもたれ始めて、遂には聴くのが苦痛になったほど、このアルバムは、学生街のそこかしこで流れていた。なんせ雀荘にも流れていた位ですからね〜。

1曲目の「Second Hand News」のイントロのリフなんて、完全に「耳タコ」でした。それも特大の「耳タコ」(笑)。浴びるほど聴いた、というか最後は「聴かされた」アルバムです。
 
よって、暫くこのアルバムを聴くことは無かった。というか聴きたくなかった。そして、25年位の時が流れて、CD化されたこのアルバムを手に取った訳ですが、やはり内容は素晴らしいですね。永遠のポップロック・アルバムといえるでしょう。何から何まで良く出来ています。奇跡的な内容と言えるかと。アナログ録音の世界で、当時の米国のロックシーンで最高のアルバムの一枚です。
 
収録されたどの曲も素晴らしい出来ですが、とりわけ、2曲目「Dreams」でガツンときて、4曲目から5曲目、トップ10ヒット曲の連続攻撃「Don't Stop」「Go Your Own Way」でウットリし、ラス前9曲目「You Make Lovin' Fun」で完全に「やられます」。大向こうを張った、突出した絶対的な曲は無いのですが、収録されたどの曲も粒ぞろいで、知らず知らずのうちに繰り返し聴いたりしてしまう。アルバム全体のクオリティが非常に高いことが実に印象的です。
 
奇跡的なクオリティの高さ、シンプルで判り易い楽曲の数々、タイトなビートに乗った「ソフト&メロウ」。このアルバムの雰囲気は絶対に米国ですね。英国では絶対にこの音は出ない(笑)。これぞ、1970年代後半、米国ロックシーンが到達した最高地点のひとつだと思います。  
 
 
 
★Twitterで、松和のマスターが呟く。検索で「松和のマスター」を検索してみて下さい。名称「松和のマスター」でつぶやいております。

★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 
 

2010年10月14日 (木曜日)

ロリンズの「最初の代表盤」

ソニー・ロリンズ。テナータイタン。今年で80歳になる、最後のジャズ・ジャイアント。ジャズ・サックスの巨人。豪放磊落、大胆かつ細心、歌心溢れ大らかなフレーズ展開は、決して、他の追従を許さない。孤高のテナーマンである。

さて、今日ご紹介するのは、リーダー作第3作目の『Worktime』(写真左)。有名な『Saxophone Colossus』の前年に録音されたアルバム。1955年12月の録音。ちなみにパーソネルは、Sonny Rollins (ts) Ray Bryant (p) George Morrow (b) Max Roach (ds)。ジャズの時代は、ビ・バップの時代からハード・バップの時代へ急激に移り変わる時代。

収録された曲を眺めると、なかなかマニアックなスタンダード曲が並ぶ。そう、このアルバムは、「ショウほど素敵な商売はない(There's No Business Like Show Business)」と「It's Alright With Me」の名演で知られる、ロリンズの、最初の代表盤に挙げられる一枚。

そして、僕は、バラード曲「There Are Such Things」に限りない愛着を抱いている。このバラード演奏が絶品。ロリンズの数あるバラード演奏のなかでも屈指の出来だろう。当時、まだ弱冠25歳。その若々しいテナーの音色とパワーで押し切る様なフレーズが圧倒的。

このアルバム、ミッドテンポから、バラードとは言え、スローではない、ちょっとバラードにしては早めのテンポを採用、ロリンズのパワーと天才的な閃きテクニックが存分に楽しめる演奏が詰まっている。ワンホーン・カルテットというのも、ロリンズにとっては自由に吹き倒すことが出来て幸いした。とにかく、テナーを自由に吹き進め、テナーを自由に吹き倒し、テナーで自由に歌い続ける。歌心溢れるテナーが身上のロリンズの面目躍如である。

Sonny_worktime

バックのリズム・セクションは、まだまだ「ビ・バップ」の陰を引きずっている。かのドラムの名手、マックス・ローチではあるが、ビートの刻みは「スッチャー、スッチャー、スッチャー・・・」と単一リズムの永遠循環。ベースもただただコードのベースラインを押さえるのみ。ピアノもコードのコンプのみ。リズム・セクションのスタイルは、旧来の「ビ・バップ」のまま。

それでも、このアルバムがモダンに聴こえるのは、ロリンズの繰り出すフレーズが先進的が故。このアルバム、ロリンズだけが突出している。そりゃあまあ、ロリンズのリーダー作だから当たり前なんだろうが、それにしても、この『Worktime』でのロリンズは抜きんでている。一人で吹きまくっているみたいな、孤高な迫力。ワンホーン・カルテットの自由を満喫するような、自由奔放なロリンズは実に魅力的。

ただ、若干、とことんまで練られていない、とことんまで極めていない雰囲気が漂っているところが、このアルバムの不思議なところ。ロリンズが、これだけのアドリブを繰り広げているにも拘わらず、そこはかとなく、完成度の面でちょっと、と思わせるところが見え隠れする。

恐らく、Prestigeレーベルが、ほとんどリハーサルをせず(リハーサルのスタジオ代が勿体ないとの理由)、一発勝負のジャムセッション風録音がそうさせるのだろう、と想像している。BlueNoteレーベルの様に入念なリハーサルを積んでいたら、この『Worktime』、もっと凄い内容のアルバムになっていただろうと思う。

この後に録音される天下の大名盤『Saxophone Colossus』は、ロリンズのオリジナル中心、内容的にも結構マニアックなことをやっているので、ジャズ者初心者の方々には、ちょっと重荷かと思います。ラストの「Blue Seven」なんて、結構難しいことやってるし・・・。

でも、この『Worktime』は、スタンダード曲中心で、心ゆくまで、歌心溢れるロリンズを堪能できます。この『Worktime』は、ロリンズ入門盤として、ジャズ者初心者の方々に大推薦の一枚です。 
 
 
 
★Twitterで、松和のマスターが呟く。検索で「松和のマスター」を検索してみて下さい。名称「松和のマスター」でつぶやいております。

★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 
 

2010年10月13日 (水曜日)

インタープレイ最高の「枯葉」

昨日、大スタンダード曲の「枯葉」について語った。今日も続けて大スタンダード曲の「枯葉」の話題。
 
ジャズの大スタンダード曲「枯葉」。最高の演奏はマイルスの「枯葉」。名義はキャノンボール・アダレイ。アルバムは『サムシン・エルス』。しかし、陰のリーダーはマイルス。LP時代、A面の1曲目。「ズンドコ・ズンド」というイントロに乗って、そして、マイルスが旋律を携えて滑り出してくる。
 
マイルスの名演中の名演の後、大スタンダード曲「枯葉」と聴いて思い出すのは、ジャズ・ピアノの巨匠、ビル・エバンスの「枯葉」。ビル・エバンス×スコット・ラファロ×ポール・モチアンの黄金のトリオの4部作の最初の大名盤『ポートレイト・イン・ジャズ』(写真左)のLP時代のA面の2曲目、そして3曲目。そこに、唯一無二な、崇高な「枯葉」のインプロビゼーションがある。
 
『ポートレイト・イン・ジャズ』は、1959年12月28日の録音。キャノンボール・アダレイの『サムシン・エルス』の録音は、1958年3月9日。当然、ビル・エバンスは、マイルスの「それ」を聴いていたに違いない。エバンスはマイルスの後塵を拝するのは避けたかった。
 
出だしのイントロのアレンジが全く違う。マイルスのイントロのアレンジは「重厚かつ華麗」。エバンスのイントロは「軽快かつシンプル」。「軽快かつシンプル」な割に印象的なイントロ。端的に印象を残しながら、いきなり軽妙かつスピード感豊かに、トリオが一体となって「枯葉」の主旋律を奏で始める。このイントロから主旋律への切り返しが、実にスリリングである。
 
Bevans_portraitinjazz
 
この出だしの「つかみ」で唸った方は、もう、このエバンスの「枯葉」の魅力から逃れられない(笑)。トリオが一体となって、スピード感溢れる主旋律の展開。その展開が終わるや否や、ピアノとベース、そしてドラムが同等、平等になって、一斉にインプロビゼーションの展開になだれ込む。
 
三者一体となった、三者それぞれが、それぞれの音を尊重し、それぞれの音を活かしながら、自分の音を、自分のプレイを主張する。三者一体となったインタープレイ。その心地良い緊張感。その心地良い音の響き、重なり、ぶつかり合い。「枯葉」の持つ独特のコード進行が、ピアノ・トリオのインタープレイを増幅する。
 
マイルスの「枯葉」が、ジャズにおけるグループサウンズの最高峰であるとするなら、エバンスの「枯葉」は、ピアノ・トリオにおけるインタープレイの最高峰と言えるでしょう。とにかく、スリリングで、心地良い緊張感があって、心地良い音の重なりと響きが素晴らしい。
 
このエバンスの大名盤『ポートレイト・イン・ジャズ』の素晴らしさは、ジャズ者駆け出し初心者の僕でも直ぐに判った。まだ、ジャズのLPを20数枚しか所有していない頃の話である。それから、このアルバムに収録された「枯葉」は何度聴いたかしれない。何度聴いても、新しい発見を、新しい刺激を与えてくれるエバンス・トリオの名演中の名演。
 
アルバムには、stereoバージョンとmonoバージョンの2曲が連続して収録されているが、どちらの内容も甲乙付け難い。気分によって評価が変わる。日によって評価が変わる。そんな最高の内容を誇る、ピアノ・トリオにおけるインタープレイの最高峰の「枯葉」。このエバンスの大名盤『ポートレイト・イン・ジャズ』は、そして、突出した内容を誇る「枯葉」は、ジャズ者初心者からベテランまで、全てのジャズ者のマストアイテムでしょう。 
 
 
 
★Twitterで、松和のマスターが呟く。検索で「松和のマスター」を検索してみて下さい。名称「松和のマスター」でつぶやいております。

★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。  
 
 

2010年10月12日 (火曜日)

ジャズ史上最高の「枯葉」

昨日は夏日の再来だったが、とにかく、酷暑の夏は去って季節は秋である。今年の秋は、秋の割には雨が多い。というか、雨ばかり降っているイメージがある。秋晴れ、日本晴れの日が続くのが10月の関東地方なのだが、今年はちょっと事情が違う。
 
我が千葉県北西部地方では、温暖化の影響もあってか、紅葉の季節は、11月下旬から12月の上旬という、晩秋というか、初冬の時期に紅葉の季節がやってくる。紅葉の季節が去って「枯葉」の季節になるのだが、今はまだ10月中旬に差し掛かった辺り。「枯葉」のシーズンにはまだ早いのだが、秋=枯葉という図式が頭の中にあって、ジャズ・スタンダードの「枯葉」を聴くことが、秋のお決まりとなっている。
 
ジャズの大スタンダード曲の「枯葉」。大変有名なシャンソンのナンバーである。ミディアム・スローな短調のバラードで、シャンソンの曲として、世界的にも有名なスタンダードである。恐らく、主旋律を聴けば、必ず皆さん「ああ、この曲か」と思い出して貰える、それはそれは大衆的なスタンダード曲である。
 
ジャズの分野では1952年にスタン・ゲッツが録音したのが先駆。以来、相当数の演奏が存在する。コーラス部分の独特のコード進行が格好のアドリブの素材になったことが理由だが、ジャズ・ミュージシャンと呼ばれる人達は必ずと言って良いほど、ミュージシャン人生の中で、一度はこの「枯葉」を演奏する。よって、ジャズ・ミュージシャンの数だけ「枯葉」の演奏が、レコーディングがある、ということになる。
 
そんな巷溢れる「枯葉」の演奏の中で、ジャズ史上最高の「枯葉」の演奏はどれか。僕は、Cannonball Adderley(キャノンボール・アダレイ)の『Somethin' Else』(写真左)の冒頭1曲目の「枯葉」が最高だと思う。この『Somethin' Else』というアルバム、ちなみにパーソネルとはと言うと、Miles Davis (tp) Cannonball Adderley (as) Hank Jones (p) Sam Jones (b) Art Blakey (ds)。マイルス・ディヴィスの名前が目を惹く。
 
Somethin_else
 
このアルバムの成り立ちについては、ジャズ本に様々な形で、様々な人達が語り尽くしているので、そちらを参照されたい。が、簡単に言うと、マイルスが麻薬に溺れて不遇な時代に、レコーディングの機会を作ってマイルスを支援した、ブルーノートの総帥アルフレッド・ライオンに対して、マイルスが麻薬禍を克服、大手コロンビアレーベルの専属としてメジャーになった折、そのライオンへの恩返しに、キャノンボール・アダレイ名義でブルーノートに録音した名盤である。
 
このアルバムでの「枯葉」が素晴らしい。十分に練られたであろう、素晴らしいアレンジ。ハードバップ全盛期、熱気とファンキーさを演奏の底に漂わせつつ、内に秘めながら、クールに、ジャジーに、ブルージーに、冷静に、実に良くコントロールされ、ジャズの持つ俗っぽさを抑制し、この「枯葉」という超有名曲を、実にアーティスティックに演奏する。ジャズが「流行音楽」の粋を出て、「芸術音楽」の域に踏み込んだ、その証明のような「枯葉」である。
 
マイルスのミュート・トランペットが。クールで切れ味抜群。熱気とファンキー爆発なハードバップな演奏の全く対極を行くクールで静的な、それでいて「青い冷静な熱気」を感じさせてくれる、マイルスならではのアレンジとパフォーマンス。他のミュージシャンも、それぞれの個性を活かしながら、マイルスの音世界に、マイルス独特のハードバップ解釈に精魂込めて追従する。
 
マイルスの凛としたテーマを受け継ぎ、滑り込む様に入ってくるキャノンボールのアルトサックスは、実にスリリング。ブレイキーのハイハットを刻むテンションは「マイルスの音世界」への共感。ハンクのピアノは「典雅」そのもので「枯葉」の俗っぽさを消し去り、サム・ジョーンズの野太いベースは、演奏全体の「ボトム」をガッチリと支える。テクニック抜群、切れ味抜群、演奏されるそれぞれの楽器の音も実に生々しく響く。
 
この『Somethin' Else』というアルバムは、実質的にはマイルス・デイヴィスのリーダー・アルバム。この「枯葉」の演奏とアレンジを聴くと、それが十分に納得出来る。この「枯葉」の音世界は、マイルスしか為し得ない、マイルスのみが表現できる「音世界」である。
 
ブルーノートの総帥アルフレッド・ライオンは、この『Somethin' Else』の録音テープに「Miles」と書き記したと聞く。納得の一言。このマイルスの「枯葉」は、ジャズ史上最高の「枯葉」だと僕は思っている。
 
 
 
★Twitterで、松和のマスターが呟く。検索で「松和のマスター」を検索してみて下さい。名称「松和のマスター」でつぶやいております。

★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 

2010年10月11日 (月曜日)

キースのソロライブ「プレゲンツ」

今日はちょっと暑い一日。日中はしっかりと25度を超え(実際は27度まで上がった)、「夏日」となった我が千葉県北西部地方。昨日までのまとまった雨のお陰で、澄んだ空気と強い日差し。特に日差しはかなり強く、紫外線ギラギラ状態。まるで夏が戻ってきたみたい。
 
しかし、夕方、日差しが柔らかくなるにつけて、風は涼しくなり、日が沈むと、さすがに10月。秋の涼しさに戻った。秋の涼しさが戻ってくると、なんだか周りの空気も落ち着いて、日が沈むと虫の声が賑やかに聞こえてきて、静かな夜を迎えることになる。
 
静かな秋の夜長。やっと、ジャズ・ピアノのソロ、またはデュオを聴いて楽しむことが出来る季節が戻って来た。今日は手始めに、キース・ジャレット(Keith Jarrett)のピアノ・ソロ『Concerts(邦題:ブレゲンツ・コンサート)』(写真左)を聴く。1981年の欧州ツアーのLP時代の3枚組から、ブレゲンツでの4曲をCDに収録したもの。
 
キースのソロといえば、アーシーな『Facing You』(71年11月、オスロにてスタジオ録音)、記念碑的ドキュメント『ソロ・コンサート』(73年3月 ローザンヌ、7月ブレーメンでのライブ録音)、キャッチャーなフレーズ満載の大人気盤『The Koln Concert』(75年1月、ケルンでのライブ録音)の3枚が有名だが、他のソロピアノのアルバムもそれぞれに味わいのあるものばかりで外れが無い。
 
この1981年のライブ録音『プレゲンツ・コンサート』は、キースのソロ・パフォーマンスの中でも、躍動感と明るさに溢れ、希望を与えてくれる様な「ポジティブで明朗な」パフォーマンスと評価されているものです。確かに、この『プレゲンツ・コンサート』は隠れファンが多いですね(笑)。
 
Keith_concerts
 
さて、収録曲は以下の4曲。1曲目、2曲目は完全即興ではないとのこと。完全即興では無い故に、逆に、若干「不自由な部分」があり、現代音楽風になったり、クラシカルな展開になったり、この頭の2パフォーマンスは、他のソロ・パフォーマンスとあまり変わらないものです。ただ、確かに明朗感はあります。十分に鑑賞に足る内容だと思います。
 
1. Bregenz, May 28, 1981: Part I
2. Bregenz, May 28, 1981: Part II
3. Untitled
4. Heartland
 
ですが、このアルバムの「躍動感と明朗感」を明快に展開してみせるのが、3曲目の「Untitled」と4曲目の「Heartland」。3曲目の「Untitled」は、キースらしい「透明な緊張感」に満ちたキースらしい名演だと思います。終わった瞬間に観客が熱狂的に拍手する気持ちが非常に良く判ります。この緊張感は、決して「嫌なもの、我慢しなければならないもの」では無い。この緊張感はポジティブなものです。
 
そして、「躍動感と明朗感」を我々に明快に表現してくれる名演が4曲目、ラストの「Heartland」です。キースの「唸り声」がちょっと気になりますが、その「唸り声」をも意識の外に押しやってしまうくらい、素晴らしいソロ・パフォーマンスです。この約5分のパフォーマンスは、キースのソロ・パフォーマンスを代表する一曲といって良いと思います。まあ、惜しむらくは、僕としては「キースの唸り声」が無かったら「もっと良いのに」とは思いますが(笑)。 
  
今年の夏は「酷暑の夏」。とてもソロ・ピアノやデュオ・パフォーマンスを落ち着いて聴く状態じゃなかったですね。ここに来て、やっと季節に追いついてきた気温。秋の夜長、涼しい気候、虫の声が賑やかな静かな夜。やっと、ソロ・ピアノやデュオ・パフォーマンスを落ち着いて楽しむことの出来る季節になりました。
 
  
 
★Twitterで、松和のマスターが呟く。検索で「松和のマスター」を検索してみて下さい。名称「松和のマスター」でつぶやいております。

★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。  
 
 

2010年10月10日 (日曜日)

ニューヨークの吟遊詩人

Twitterを本格的にやり始めたが、なかなか面白い。普段、絶対にリアルには交流出来ないジャズ・ミュージシャンの方々とやり取りが出来たりするのだから面白い。及ばずながら、名称「松和のマスター」でつぶやいております。

さて、故あって、ニューヨークにまつわる、ロック&ポップスの話題を集中的に集めている。今日もNYにまつわるロック&ポップスのお話しを・・・。

やはり、ニューヨークと言えば、僕の頭に浮かぶのは、ビリー・ジョエル、ブルース・スプリングスティーン、そして、ポール・サイモンの3人。ビリー・ジョエルは「NYのピアノマン」、ブルース・スプリングスティーンは「NYの怒れるロッカー」、そして、ポール・サイモンは「NYの吟遊詩人」と勝手にニックネームをつけている(笑)。で、今日は「ニューヨークの吟遊詩人」、ポール・サイモンの話題を。

ポール・サイモン。 1941年生まれ。ちなみに誕生日は10月13日だから3日後で69歳になる。米国・ニュージャージー州ニューアーク出身。ユダヤ系アメリカ人のシンガーソングライター。1960年代後半、一世を風靡したサイモン&ガーファンクルの片割れである。1970年、志向する音楽の違いなどからサイモン&ガーファンクルは解散、サイモンはソロ活動に入った。

ポールについては、高校時代から彼の音作りが好きで、今まで細々と聴き続けている。最新作は、ブライアン・イーノとの共作で話題となった、2006年の『Surprise』になる。が、僕が最近作で、一番サイモンらしいと感じて、ひっそりと愛でているアルバムがある。
 

Psimon_youre_theone

 
それは、2000年リリースのPaul Simon『You're the One』(写真左)。このアルバムは、ポールのそれまでの音楽活動の集大成の様なアルバム。年齢的にも60歳を迎えるに当たっての、日本でいう「還暦」の時期に、サイモンは淡々とそれまでの音作りを振り返り、実にあっさりとこのアルバムで集大成しているように感じるのだ。

とにかく収録された曲が良い。サイモンらしい個性に満ちあふれた楽曲の数々。実に内容のある、実に深遠な音作り。初めて聴く耳には「地味」ですらある成熟されたアレンジ。その秀逸なアレンジの中に、クッキリと浮かび上がるサイモンのボーカルとメロディ−。そして、そのメロディーにに乗って、魅力あるボーカルでサイモンが歌う人間模様は、ニューヨークを舞台にしたイメージのもの。実にポール・サイモンらしい、濃い内容の歌詞に思わず心が動く。

サイモンはソロデビューより、ラテン、レゲエ、アフリカン、ボサノヴァ、ジャズ、クラシック、エレクトロといった非常に幅広く、とりわけ、ワールド・ミュージック的なアプローチが特徴的。デビュー・アルバム『Paul Simon』の1曲目「母と子の絆」は、有名白人ミュージシャンとして初めてのレゲエ曲だったことは有名。

この『You're the One』でも、アルバム全体を覆うリズムは、決して表だってはいないが、ワールド・ミュージック系のリズム&ビートが中心である。それも、しっかりと融合され、しっかりとアレンジされたワールド・ミュージック系のリズム&ビートは、サイモンのボーカルのバックで、実に心地良い刺激を提供してくれる。 
 
人生の深みを感じさせてくれる、この『You're the One』。僕の密やかな愛聴盤の一枚です。今の耳にはちょっと地味に感じるかもしれませんが、そこが良いんですよね。一人の女性との出会い、結婚、不和、死別という物語を歌った「Darling Lorraine」など、このアルバムに収録された曲の世界は、ある程度、年齢を重ねたリスナーにしか共感できないものかもしれません。 
 
 
 
★Twitterで、松和のマスターが呟く。検索で「松和のマスター」を検索してみて下さい。

★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。  
 

2010年10月 9日 (土曜日)

和蘭の孤高のロックギタリスト

土日は70年代ロックの話題を。9月27日のブログで、Jan Akkerman(ヤン・アッカーマン)のソロライブ『Live In Concert at Hague 2007』をご紹介したが、それ以来、Jan Akkermanのソロアルバムが気になって仕方が無い。

ちなみに、Jan Akkermanは、1970年代、オランダのプログレバンド、フォーカス(Focus)というバンドのギタリスト。73年、英国の音楽雑誌「メロディーメーカー」による人気投票では、エリック・クラプトン、スティーブ・ハウらを押さえて、ギタリストNo.1に選ばれたほどの力量の持ち主だ。

ヤンのソロ・パフォーマンスの特徴は、凄まじいほどのハイテクニックで、インストゥルメンタル指向。ジャズのコンセプションも完全理解していて、フュージョン・ギタリストとした方が座りが良いが、パフォーマンスの根底にはロックのビートが横たわっており、米国のフュージョン・ギタリストとは、音とフレーズのビートが根本的に異なる。僕は「欧州のフュージョン・ビート」と呼んでいる。

目にも止まらぬ速弾きテクニックとともに、極めて繊細な表現力もあわせ持ち、ギターを弾き進めていく姿は求道的。あくまでおのれの道を究める姿勢。鬼気迫るものを感じると同時に、柔らかな優しさも感じる、豊かで切れ味の良いヤンのギターは、聴いていて、なんだかワクワクするものがある。70年代ロック黄金時代を感じるんでしょうかねえ。

さて、今回のヤンのライブ盤『Live at Alexanders』(写真左)。1999年英国ツアーのライブパフォーマンスの記録である。1999年7月、英国のチェスターとリバプールでのライブ録音。収録曲は以下の通り。

Yanakkerman_alexanders

1. HOCUS POCUS / PIETONS
2. CRACKERS
3. MERCY MERCY MERCY
4. TOMMY
5. NO HANG UPS
6. POOL HOUSE BLUES
7. SYLVIA'S GRANDMOTHER
8. MY PLEASURE
 
1曲目の「HOCUS POCUS / PIETONS」や7曲目の「SYLVIA'S GRANDMOTHER」は、フォーカス時代の名曲をヤンのギター・ソロ・パフォーマンスで楽しませてくれる。7曲目の「SYLVIA」は名曲。元曲のフレーズをデフォルメしながら、実にスリリングで爽快感のある凄テクなソロ&リフを展開する。何時聴いても良い。

そして、先ほど「ジャズのコンセプションも完全理解している」と書いたが、このライブ盤でも、4曲目に「MERCY MERCY MERCY」が採り上げられている。ジョー・ザビヌル作のキャノンボール・アダレイ楽団の大ヒット曲である。ファンキー・ジャズの代表的名曲。

これを、しっかりと粘りのあるファンキーな4ビートに乗せて、ここでは、ハイテクよろしくアコギを、タメを効かせまくりながら弾きまくる。決して黒くはならない。欧州フュージョンならではの「乾いたファンキー・ジャズ」。これ、結構聴きものです。

いやいや、このライブ盤『Live at Alexanders』は、前に採り上げた『Live In Concert at Hague 2007』に勝るとも劣らない、素晴らしいライブ盤だと思います。音質的には『Live In Concert at Hague 2007』、熱気とライブ感は『Live at Alexanders』。どちらも、僕の大好きな「SYLVIA」も収録してくれていて、甲乙付けがたい内容です。フュージョン・ジャズ者マニアの方は一聴をお勧めしたいでうね。
 
 
 
★Twitterで、松和のマスターが呟く。友だち検索で「松和のマスター」を検索してみて下さい。

★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。   
 
 

2010年10月 8日 (金曜日)

フュージョン・ジャズの大名盤

1970年代を席巻した「フュージョン」。単なる「流行」と見なされていたが、どうしてどうして、現代の「スムース・ジャズ」の源として、ジャズの歴史の中に、一つの演奏フォーマットのジャンルを形成した。

その「フュージョン・ジャズ」の中で、今では「名盤」と呼ばれるアルバムが多々ある。が、そんな数ある名盤の中でも、このアルバムは「大名盤」と言って良いだろう。Quincy Jones(クインシー・ジョーンズ)の『 Sounds...Stuff Like That』(写真左)。

これは「とてつもない大名盤」である。まず、参加ミュージシャンが凄い。主だったミュージシャンだけでも、Steve Gadd (ds), Anthony Jackson (b),  Eric Gale (g),  Richard Tee (key), Ralph Macdonald (per), David T Walker (g), Wah Wah Watson (g), Herbie Hancock (key),  Tom Scott (as), Nickolas Ashford (vo), Valerie Simpson (vo), Luther Vandross (vo), Patti Austin (vo), Chaka Khan (vo)。いやはや凄い。クインシーに対する信頼の高さの証明だろうが、ギャラの総額を考えると、いやはや凄い。当時のフュージョン・シーンの有名どころがズラリである。

これだけのメンバーを集めたからと言って、素晴らしい演奏が繰り広げられる訳では無い。アレンジ、プロデュースがしっかりしていないと、単なるオールスター・ジャムセッションとなって、メンバーは凄いが演奏は「?」って感じにもなりかねない。事実、そんな「凡百なオールスター・セッション」が、フュージョン時代には多々あったことも事実。それが、フュージョン・ジャズというジャンルの価値を貶めたことも事実。

しかし、クインシーである。クインシー・ジョーンズである。そんな懸念、心配は御無用である。このアルバムは、クインシーのアレンジ、プロデュースが「大爆発」。とにかく、アレンジが凄い。流石である。
 

Qjones_stuff

 
冒頭の表題曲「Stuff Like That」のイントロのフェンダー・ローズの響きを、そしてそれに続くボーカル・コーラスの「どファンキーさ」を感じたら、もうそれだけで「たまらない」。このアルバムは、1978年のリリース。僕はジャズ者駆け出しの初心者。それでも、このアルバムは1回聴いただけで、凄いアルバムだということが判った。それほど、判り易く凄いフュージョン演奏が満載。収録されたどの曲も素晴らしい。というか、素晴らしいという表現だけに留まらない、もう「凄い」と言った方が良い内容。

フュージョンのボーカル入りというのは、ややもすれば「俗っぽく」なり過ぎるものが多いが、このアルバムは違う。ボーカルすらも「楽器」と化している。ボーカルが楽器と化して、バックの演奏と渾然一体となって、うねるようなグルーヴを生み出している。

2曲目の「I'm Gonna Miss You In The Morning(朝わたしはひとり)」を聴いて欲しい。なんと素晴らしい、ファンキーで情緒的なボーカルなんだろう。この演奏、このボーカルが、フュージョンなのか、R&Bなのか、ソウルなのか、もうそんなことは関係無い。ただただ素晴らしい演奏とボーカルがここにある。聴く僕たちは、ただただその音に耳を傾けるだけ。

そして、僕の大のお気に入りは、ラストの「Takin' It To The Streets」。米国西海岸ロックの雄、ドゥービー・ブラザースの名曲であるが、この曲、ドゥービーの演奏も、泥臭くてファンキーで疾走感溢れる素晴らしいものだが、クインシーのアレンジは、その本家ドゥービーの上をいく。洗練されたファンキーさ、そしてR&Bらしい黒さ、ソウルミュージックの爽やかさを加え、コーラス部分のゴスペル調のドライブ感。演奏が迫り来る迫力、演奏の凄い分厚さ。聴き終えた後、一瞬至福の時を迎える。

フュージョン・ジャズの大名盤である。フュージョン好きの方はもとより、音楽が好きな方は、このアルバムは是非聴いて欲しい。ジャンルなど関係無い、素晴らしい音楽がこのアルバムに詰まっています。 
 
 
 
★Twitterで、松和のマスターが呟く。友だち検索で「松和のマスター」を検索してみて下さい。

★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。  
 

2010年10月 7日 (木曜日)

ハワイアンAORフュージョン

ようやく秋らしくなり、朝晩、実に涼しくなった。これだけ涼しくなると、やっと、積極的にフュージョンのアルバムを聴いてみようという気になる。ちょっとリズミックな曲を聴いても、汗ばむことも無い。

さて、そんな良い季節を迎えた我が千葉県北西部地方。さすがに夏のさなか、今年のような猛暑の夏には、決して聴こうとは思わない、リズミカルでメリハリの効いたビート、小粋なバッキングに印象的なボーカル。今朝は、ハワイ出身のフュージョン・バンド、シーウィンド(Seawind)のアルバムを聴いて「ご出勤」。

シーウィンドといえば、やはり4枚目のアルバム、A&Mレコード傘下のホライズン・レコードよりリリースされた『Seawind(邦題:海鳥)』(写真左)だろう。タイトルが『Seawind』というのは、デビューアルバムであるCTIレーベルからリリースされた同一タイトルがあるので紛らわしい。この4枚目のアルバムは、ここでは『海鳥』と呼ばせていただく。

この『海鳥』は、ジョージ・デュークをプロデューサーに迎えた、Seawindの4枚目。2曲目の「ふたりは風」という名演名曲に代表される、Seawindの出世作である。もともと、優れたホーン・セクションと女性ボーカルを抱えたフュージョン・バンドである。プロデュースひとつで大化けする可能性を秘めていた訳だが、さすがにジョージ・デューク、そのファンクさとAORの要素をたっぷり注ぎ込んで、なかなか一皮剝けないハワイアン・フュージョンバンド、Seawindを脱皮させた。
 
 
Seawind
 
 
残念ながら、このジョージ・デュークのプロデュースで話題となったアルバム『海鳥』を最後に、事実上の解散となってしまったことが、実に惜しまれる。

冒頭の「ホワッチャ・ドゥーイン」から、その重心の低いファンキーな音にハッとする。重心が低く、メリハリの効いた、タイトなファンク・ビートなんだが、ハワイ出身のバンドの特質が良い方向に作用したというか、極端に粘らず、黒くもならず、爽やかに、軽やかに、そよ風のように心地良いファンクネスを提供してくれる。爽やかで、軽やかで、当たりの柔らかなファンクネス。それが、Seawindの真骨頂。アルバム全編に渡って、Seawindならではのファンクネスが満載である。

ポーリン・ウィルソン(写真右・当時)の伸びやかで、健康的な色気溢れるヴォーカルが心地良い。ポーリンのボーカルが大々的にフィーチャーされているので、このアルバムは「AORではないのか」という向きもあるが、バックに流れるビートは紛れもない、ほんのり粘りのあるビートはジャズに源を発するもの。このアルバムは、フュージョン・ジャズの「優れたボーカルもの」と僕は解釈している。

非常に完成度の高いフュージョン・バンドである。クロスオーバーから端を発したフュージョン。このSeawindは、そのフュージョンにAORの要素をしっかりと組み入れ、当時、全く新しい世界を表現したSeawind。フュージョン者の方々であれば、この『Seawind(邦題:海鳥)』は必須アイテムですぞ。聴いたことがなければ、「オンラインショップに走れ」です(笑)。 
 
 
 
★Twitterで、松和のマスターが呟く。友だち検索で「松和のマスター」を検索してみて下さい。
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 

2010年10月 6日 (水曜日)

東海岸フュージョンのナベサダ

1970年代後半、日本のフュージョン界、いや、世界のフュージョン界を席巻した「ナベサダ」。振り返れば、その最初の一枚が『My Dear Life』。1977年の録音。この『My Dear Life』から、ナベサダ・フュージョンの快進撃が始まる。

1978年の『California Shower』。このアルバムは、デイブ・グルーシンのアレンジの下、米国西海岸のフュージョン畑から、名うてのミュージシャンばかりを集めた、さしずめ、米国西海岸オールスター・フュージョンの雰囲気である。適当にラフで、余裕のある、懐深いユッタリとした横ノリが、ちょっと長閑でノンビリしていて、それでいて重量感がある。僕にとって、米国西海岸フュージョンをしっかりと体験出来た最初のアルバムである。

そして、1979年には、米国西海岸を後に、米国東海岸に「ひとっ飛び」。今度は、米国東海岸のフュージョン畑から、名うてのミュージシャンばかりを集めた、さしずめ、米国東海岸オールスター・フュージョンの雰囲気。そのアルバムとは『Morning Island』(写真左)である。

ちなみにパーソネルは、渡辺貞夫 (as,fl,sn) , Dave Grusin (p, el-p,per) , Jeff Mironov (g) , Francisco Centeno (el-b) , Steve Gadd (ds) , Rubens Bassini (per) , Eric Gale (g) with Brass and Strings。デイブ・グルーシンのアレンジは前作と同じ。ギターのジェフ・ミロノフ、エリック・ゲイルが目を惹く。う〜ん、米国東海岸フュージョンのギターやねえ。そして、ドラムは、スティーブ・ガッド。このスティーブ・ガッドのドラミングが、このアルバムの全てを担っていると言っても良い。

このアルバムで、初めて、スティーブ・ガッドのドラミングを体験した。初めて聴いた時は「なんじゃこりゃー」である。当時、フュージョンはジャズのジャンルに属する。ビートは、もちろん「オフビート」で横ノリ。うねるように粘るようにスインギーなビートが基本である。8ビートを採用しようが、16ビートを採用しようが、基本は「オフビート横ノリ」。
 

Morning_island

 
が、スティーブ・ガッドのドラミングは全く違う。もちろん、当時、フュージョンはジャズのジャンルに属している。ビートはもちろん「オフビート」なんだが、ガッドのドラミングが叩き出すビートは「縦ノリ」なのだ。パルシヴに縦に伸びて飛ぶように「オフビート」が縦に揺れる。スインギーに横揺れしない。ファンキーに縦揺れするのだ。しかも、デジタルっぽく、パルシヴに、ビット列のように、2進法の様に「オフビートに縦ノリ」する。初めて聴いた時は「なんじゃこりゃー」である。

最初は全く受け付けなかったが、聴き進めていくうちに「癖になる」。従来の「横ノリ」よりも、ファンキーで、ちょっと洒脱でアーバンな雰囲気がする。この『Morning Island』全編に渡って感じることが出来る、粘らずにサラッとしたファンキーさの源は、このガッドのドラミングによるものと睨んでいる。

さすがにニューヨークでの録音である。アーバンで小じゃれた雰囲気の「大人のフュージョン・ジャズ」が満載。都会風にやや「すかした」様な、ちょっと洒脱でアーバンな雰囲気がアルバム全体を覆っている。加えて、ナベサダさんのフルートが、その雰囲気を増幅する。米国東海岸ならではのアーバンな洗練された雰囲気が、黒くなり過ぎない、粘らずにサラッとしたファンキーさが、米国東海岸を、ニューヨークという土地柄を強く感じさせてくれる。

ニューヨークを強く感じさせてくれる、フュージョン・ジャズの名盤の一枚。ジャケット写真も全くの「ニューヨーク」。誰が見たって「ニューヨーク」。ナベサダさんの笑顔の後方に、クライスラービルが見える(笑)。なんて判り易いジャケット・デザイン。これ、味のある笑顔のナベサダさんだから絵になる訳で、他のミュージシャンだったらこうはいかないだろう。ある意味、危険なジャケット・デザインである(笑)。

カリプソ風のリズムに爽やかなフルートが優しい旋律を奏でて、ガッドの縦ノリドラムがビートをガッチリ支える。冒頭のタイトル曲「Morning Island」は、僕たちの世代の方であれば、どこかできっと耳にしているはずだ。 
 
 
 
★Twitterで、松和のマスターが呟く。友だち検索で「松和のマスター」を検索してみて下さい。

★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 

2010年10月 4日 (月曜日)

改めてバド・パウエルを想う

ビル・エバンスのリーダー作の聴き返しをしていると、時々、バド・パウエルが聴きたくなる。ビル・エバンスのジャズ・ピアノを理解するには、バド・パウエルのビ・バップ・ピアノは避けて通れない。

バド・パウエル、チャーリー・パーカーやディジー・ガレスピーらによって確立された「ビ・バップ」スタイルのジャズを、ジャズ・ピアノの分野に定着させ、「モダン・ジャズピアノの祖」と呼ばれる(Wikipediaより)。

ビ・バップは「テクニックとインプロビゼーションの閃き」を競う、演奏する側からのアプローチ。特に、フロント楽器、サックス、トランペットが中心で、旋律を奏でることが出来るピアノもフロント楽器としては、ビ・バップの中で花形楽器の一つであった。そのビ・バップのピアノの最高峰が「バド・パウエル」。

クラシック・ピアノの対極にある、譜面の無い、再現性の無い、意図的なフレーズの起伏、意図な抑揚の無い世界。感性と直感の世界。しかも、もともとジャズの大事な要素であった「楽しむための音楽、ダンスのための音楽」を全く排除した、演奏テクニックとインプロビゼーションの閃きだけを全面に押し出した「ストイックな音世界」。

バド・パウエルの『Jazz Giant』(写真左)を聴いて欲しい。アルバムの内容については、2009年5月2日のブログ(左をクリック)を参照されたい。このアルバムはバド・パウエルの、否、ビ・バップの「ピアノ・トリオ」の最高峰の演奏を聴くことが出来る。

冒頭の「Tempus Fugue-It」を聴けば判る。叙情性、ロマンティシズムを全く排除した、ただただ、演奏テクニックとインプロビゼーションの閃きだけを全面に押し出した、ストイックな、高テンションな演奏のみを追求する世界。そのストイックで硬質な叩き付けるようなタッチは「暴力的」ですらある。とにかく、テクニック至上主義、ビ・バップの世界がここにある。
 

Bud_jazzgiant

 
ドラムは正確なリズムで、バドの右手のハイテクニックな世界を支え、ベースは、バドが右手のハイテクニックに集中する為に、左手のベースラインを的確にサポートする。つまり、ドラムとベースは、ビ・バップ・ピアノの最高峰、バド・パウエルの演奏を惹き立たせる為だけにのみ存在する。

硬質なフレーズ、叩き付けるような「暴力的な」タッチ。ロマンティシズムを排除した、テクニックのみを追求した、あくまでも、どこまでも「ストイックな世界」。

そんな世界の中で、ふと「ロマンティシズムな香り」がそこはかと漂う、バドのピアノソロをフューチャーした、4曲目の「I'll Keep Lvoing You」。ここでのバドは「浪漫の塊」。バラードをソロで弾かせた時のバドは、時折「浪漫」な雰囲気を蔓延させる。ストイックな世界の中で、ポッカリと和やかな日だまりの様な「浪漫」な世界。これが、バドの「狡いところ」(笑)。この「浪漫」な雰囲気が不意にやって来て、バドに「やられる」。

バドの世界、ビ・バップ・ピアノの世界は、クラシック・ピアノと完全に対極にある世界。また、ビル・エバンスの様に、聴かせるジャズ・ピアノとは全く対極にある、インタープレイをベースに演奏テクニックを展開するピアノとは全く対極にあるジャズ・ピアノ。ピアノの和音の響きとベースのラインとの「バランスで展開するピアノ」とは全く対極にあるジャズ・ピアノ。

ビル・エバンスを、ジャズの歴史と共に、ジャズの演奏スタイルと共に理解するには、バド・パウエルの「ビ・バップ・ピアノ」は避けて通れない。ビル・エバンスのスタイルとは、全くの対極にあるバド・パウエルの演奏スタイル。ビル・エバンスを理解するには、バド・パウエルは避けて通れない。

そんなバド・パウエルのビ・バップ・ピアノ。手っ取り早く体験するには『Jazz Giant』が一番のお勧め。ちょっと音は悪いけど気にしない。なんとなくレトロではあるが、なかなかシンプルで小粋なジャケットデザインと共に、ジャズ者の皆さん全員に一度は手にして頂きたい、というか避けて通ってはいけない、ジャズ・ピアノの名盤中の名盤です。 
 
 
 
★Twitterで、松和のマスターが呟く。友だち検索で「松和のマスター」を検索してみて下さい。

★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 
 

2010年10月 3日 (日曜日)

改めて「S&Gのお宝ライブ盤」

土日は、70年代ロックの特集です。今日も先週に引き続き、故あって、ニューヨークにまつわる「70年代ロック&ポップス」について語ってみたいと思います。今日は昨日の続き、S&Gについて語ります。

NYが生んだ史上最高のデュオ、Simon & Garfunkel (以降S&Gと略す)。1970年発表のアルバム『明日に架ける橋(Bridge Over Troubled Water)』の制作中に、ポールとアートの音楽に対する意見の違いが表面化、この『明日に架ける橋』を最後に、2人はそれぞれのソロ活動に入ることになる。以降、S&Gとして、オリジナルのフル・アルバムをリリースすることは無かった。

以降、ライブ盤としては、1982年に『The Concert in Central Park』、2004年に『Old Friends: Live on Stage』がリリースされている。また、発掘ライブ盤としては、2003年に『Live from New York City 1967』がリリースされている。どれもが素晴らしい出来のライブ盤で、S&Gを手軽に感じることの出来るライブ盤としては、いずれも秀逸な出来である。

そして、2008年、何故か、米国のスターバックス限定という形で、『明日に架ける橋』の次に発売される計画だったライブ盤の音源がリリースされた。日本のスタバでは発売されることは無く、米国限定のスタバ限定ということで、これは大変、なんとかNYに伝手は無いものか、と色々入手に手を尽くした思い出がある(結局、入手に至らなかった)。

その後、一般にも発売される運びになりましたが、一度、発売無期延期になり、その後、暫く音信不通となったりで、一時、「もう発売は期待出来ない」くらいになったのですが、2009年4月の終わり、やっとの事で、『Live 1969』(写真左)としてリリースされました。

さすがに、『明日に架ける橋』のリリース直前のライブ音源ということで、その内容は素晴らしいものです。1967年のライブ盤との違いは、「ポールのギター+2人のハーモニー」をベースとしたアレンジは基本的に変わりませんが、H・ブレイン(ds)、L・ネクテル(key) といった腕に覚えのあるメンバー達が、過不足のない、シンプルなサポートで盛り立てているところ。この追加されたサポートによって、アレンジに厚みが出来て、実に効果的。

Sg_live1969

収録曲を並べると、

1. Homeward Bound
2. At the Zoo
3. 59th Street Bridge Song (Feelin' Groovy)
4. Song for the Asking
5. For Emily, Whenever I May Find Her
6. Scarborough Fair/Canticle
7. Mrs. Robinson [From the Graduate]
8. Boxer
9. Why Don't You Write Me
10. So Long, Frank Lloyd Wright
11. That Silver-Haired Daddy of Mine
12. Bridge Over Troubled Water
13. Sound of Silence
14. I Am a Rock
15. Old Friends/Bookends Theme
16. Leaves That Are Green
17. Kathy's Song
 
S&Gのファンとしては、もう「目が眩むほど」の名曲がズラリ。凄いライブ盤です。しかも、S&Gとして、デュオとして、成熟し完成された音は、それはそれは素晴らしいものです。どの曲も捨て曲無し。どの曲も、それぞれに「味わい深い」ものがあります。

とにかく、ポールのギターが素晴らしい。上手い。彼のギター無くして、S&Gはあり得ない。そんな確信を改めてもたせてくれる、ポールの素晴らしいギター。そして、アートの「天使の歌声」と呼ばれたハイトーン・ボイス。1969年当時、若かりし頃のアートのライブとしての「天使の歌声」を、21世紀になって聴けるとは思いませんでした。このアルバムでは、全編に渡って、アートの「天使の歌声」が堪能できます。

このライブ盤を聴いていて面白いのは、1969年当時、まだ『明日に架ける橋』のリリース前で、『明日に架ける橋』に収録された曲については、この時点では、まだ一般聴衆は聴いたことがないもので、特に、後に大名曲として名を馳せる、12曲目の「Bridge Over Troubled Water(明日に架ける橋)」については、曲紹介の段階では全く聴衆は盛り上っておらず、静かなもの。そして、アートの「天使の歌声」が炸裂し、この「明日に架ける橋」を歌い終わった後の、聴衆の凄まじい盛り上がり。いかに、この「明日に架ける橋」が名曲名唱であったかを物語る様子が良く判ります。

S&Gを初めて体験するには、昨日ご紹介した『Greatest Hits』とこの『Live 1969』の2枚から入ることをお勧めします。また、昔、S&Gを体験した方々も、この『Live 1969』は是非体験して欲しいですね。S&Gがライブ・デュオとして、とてつもない実力の持ち主だったのかが非常に良く判る、S&Gの凄さを改めて確かめることの出来る、格好のライブ盤です。 
 
 
 
★Twitterで、松和のマスターが呟く。友だち検索で「松和のマスター」を検索してみて下さい。

★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。  
 
 

2010年10月 2日 (土曜日)

N.Y.が生んだ史上最高のデュオ

土日は、70年代ロックの特集を。今日も先週に引き続き、故あって、ニューヨークにまつわる「70年代ロック&ポップス」について語ってみたい。

ニューヨークの小学校時代からの親友だった、ポール・サイモンとアート・ガーファンクル。この二人が、1964年にサイモン&ガーファンクル(以降S&Gと略)というデュオ名で、アルバム『水曜の朝、午前3時(Wednesday Morning,3A.M.)』でデビューした。N.Y.が生んだ史上最高のデュオの誕生である。

その後、ビッグ・ネームになるまでの紆余曲折、ビッグ・ネームになってからの活躍の、ネット上での様々なコンテンツにお任せするとして、僕にとってのS&Gの一端を語ってみたいな、と思います。1970年発表のアルバム『明日に架ける橋(Bridge Over Troubled Water)』が最後のオリジナルなので、S&Gのオリジナルな活動期間は、1960年代が中心。「70年代ロック&ポップス」というには、かなりギリギリですが、ご容赦を・・・(笑)。

このS&Gは、N.Y.が生んだ史上最高のデュオ・ユニットです。彼らの音楽のベースは、それまでの米国フォークの世界では無い、新しいフォーク・ミュージックの世界、日本のジャンル分けでいうと「フォーク・ロック」、いわゆる、アコースティックな楽器の音をベースとしながらも、リズム&ビートはロックというもので、確かに、今の耳で聴くと、けっしてフォークでは無い、ロック&ポップスの源流と位置づけることの出来る、当時として唯一無二なキャラだったと思います。

中学時代に初めて、S&Gを聴いた時、強く「米国」を感じました。そして、彼らの経歴を理解する中で、彼らの音楽の中に、常に「ニューヨーク」を感じていました。とにかく、まずは「歌詞」の世界が良い。このS&Gの「歌詞」の世界が、とても強く「ニューヨーク」を感じさせてくれる。

大都会の孤独、その中で生きる人の心。大都会の中での喜怒哀楽、愛憎、そして孤独。そんな人間っぽい世界を、実に印象的なフレーズとリズムで、我々に判り易く、聴き易く、表現してくれる、そんなS&Gの世界に強く「ニューヨーク」を感じる。

Sg_greatest_hits

S&Gのアルバムに『Greatest Hits』(写真左)というアルバムがありますが、これは簡単に言うと「ベスト・アルバム」。しかし、単純にそれまでのアルバムに収録された曲を集めただけでは無く、曲によっては、再収録したり、ライブ録音の演奏と差し替えたり、様々な工夫を凝らした、単純な「ベスト・アルバム」として評価出来ない、S&Gの新たなオリジナル・アルバムと位置づけて良い、秀逸な「ベスト・アルバム」です。S&G入門盤としては最適なものです。

この『Greatest Hits』の中で、「ニューヨーク」を強く感じる曲はと言えば、僕は高校時代から、真っ先に、アルバム4曲目の「The 59th Street Bridge Song (Feelin' Groovy)」を挙げます。僕は大都会の「孤独、淋しさ」よりは、大都会の「ささやかな生き甲斐、喜び」を優先します。そんな気持ちにピッタリな曲が、この「59番街橋の歌」。

「59番街橋」とは「クイーンズボロー・ブリッジ」のこと。マンハッタンとクイーンズを結ぶ橋。とある朝、徹夜明け、仕事を終えて帰宅する時この橋を渡ったポール・サイモンは、その時、とっても良い気分で、そんな朝帰りの「とっても良い気分」をもとに、この歌を書いた、とのこと。

確かに、そんな感じがします。とにかく「良い気分」が、ビンビンに伝わってきます。そして、歌の主人公の優しい心。今の幸せの気分と将来についての「幾ばくの不安」。そんな「幾ばくな不安」を明日への活力で乗り越えていこうという、ポジティブな精神力。

歌詞は全て好きなんですが、特に最後のセンテンスが、一番のお気に入り。

I've got no deeds to do, no promises to keep.
I'm dappled and drowsy and ready to sleep.
Let the morning time drop all its petals on me.
Life I love you, all is groovy.

用事もないし   
約束もない
ふわふわと眠って過ごすものいい
時を忘れてのんびりやろう
生きてるって素晴らしい
それだけでゴキゲン  

仕事柄、若かりし頃、仕事で良く徹夜して、徹夜明けで家に帰った経験が沢山あります。ほんと、こんな感じだったなあ。で、この歌をこの歌詞を口ずさむ時、何故か、とても強く大都会を感じる。

大都会での、ささやかな満足感とささやかな孤独感。大都会ニューヨークで誠実に生きている人達に限りなく優しい、S&Gの音世界が、この「The 59th Street Bridge Song (Feelin' Groovy)」に凝縮されているような気がします。 
 
 
 
★Twitterで、松和のマスターが呟く。友だち検索で「松和のマスター」を検索してみて下さい。

★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。  
 
 

« 2010年9月 | トップページ | 2010年11月 »

リンク

  • まだまだロックキッズ(バーチャル音楽喫茶『松和』別館)
    この「松和・別館」では、懐かしの「1970年代のロック」盤の感想や思い出を率直に語ります。これまでの、ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログの中で不定期に掲載した、70年代ロックの記事を修正加筆して集約していきます。
  • 松和の「青春のかけら達」(バーチャル音楽喫茶『松和』別館)
    この「松和・別館」では、懐かしの「1970年代のJポップ」、いわゆるニューミュージック・フォーク盤の感想や思い出を率直に語ります。これまでの、ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログの中で不定期に掲載した、70年代Jポップの記事を修正加筆して集約していきます。           
  • AORの風に吹かれて(バーチャル音楽喫茶『松和』別館)
    AORとは、Adult-Oriented Rockの略語。一言でいうと「大人向けのロック」。ロックがポップスやジャズ、ファンクなどさまざまな音楽と融合し、大人の鑑賞にも堪えうるクオリティの高いロックがAOR。これまでの、ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログの中で不定期に掲載した、AORの記事を修正加筆して集約していきます。  
2021年4月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

カテゴリー