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2010年9月の記事

2010年9月30日 (木曜日)

「本気のリハーサル」の様なライブ

ビル・エバンスという人は、なかなか興味深い癖というか、習慣が幾つかある。例えば、ドラマーのフィリー・ジョー・ジョーンズ(略して「フィリージョー」)との共演。

ビル・エバンスいわく、フィリージョーは「大のお気に入り」ドラマーとのことだが、エバンスとして、フィリージョーと恒常的なレギュラー・バンドを組んだことが無い。常人の想いとしては、「大のお気に入り」ドラマーだったら、レギュラー・バンドを組んで、ある一定期間、とことん一緒にギグをやり倒すだろうに、と考えるんだが、エバンスはそうでは無いところが不思議というか面白い。

エバンスとフィリージョーの共演の歴史を振り返ってみると、どうも、エバンスとしては、なにか演奏活動の「節目節目」のタイミングで、フィリージョーと共演するような感じがする。エバンスの演奏スタイルの完成を見た『Everybody Digs Bill Evans』、端正なハードバップなアレンジが見事な、エバンスとしては珍しいオールスター・クインテットの『Interplay』。Fantasyレーベルでのオールスター・クインテットの『Quintessence』。

そして、エバンスのトリオライブ盤の中で、個人的に、かなりお気に入りの『California, Here I Come』(写真左)。この最後に挙げた『California, Here I Come』は、レギュラー・ベーシストとして、エディ・ゴメスを迎えて早々の、エバンスのホームグラウンド「Village Vanguard」でのライブ録音。ちなみに、録音日は,1967年8月17、18日になる。

この1967年8月17、18日の「Village Vanguard」でのライブ録音は、当時「お蔵入り」になっている。このアルバムがリリースされたのは、エバンスの没後、1982年にLP2枚組でリリースされている。当然、「お蔵入り」としたのは、エバンス自身の判断であり、なぜ、このライブ録音が「お蔵入り」になったのか、このアルバムをLPで購入した頃、ジャズを聴き始めて5年目のジャズ者初心者の僕としては、さっぱり判らなかった。それほど、聴き甲斐のあるライブ盤である。

とにかく、全編、エバンスは、リラックスして楽しそうにピアノを演奏している。これだけの力量ある人が、楽しそうにリラックスして、ピアノを弾くのだ。生き生きとして、エバンスお気に入りのスタンダードを弾き進めていく。実にポジティブで明るいトーンが気持ち良い。

California_here_i_come

もともと、エバンスはハード・バッパー的な強く堅実なタッチが基本。そこに、クラシックに影響を受けた印象主義的な和音の重ね方と独特な響き、ロマンティックでメロディアスな旋律、抑揚と陰影、強弱と緩急を柔軟に織り交ぜた、メリハリのあるリリカルなピアノ・タッチとして、唯一無二の個性を確立させた。

僕が想像するに、エバンスは、演奏活動の「節目節目」のタイミングで、基本に戻りたかったのではないか。フィリージョーは、ハードバッパーなドラマーである。ハードバッパーなドラマーは、ハードバッパーなピアニストと相性は最高。エバンスは、フィリージョーと演奏するのが、最高の「原点回帰」ではなかったのか、と。

この『California, Here I Come』は、エバンスにとって、レギュラー・ベーシストであるエディ・ゴメスに恵まれて間もない頃のライブ演奏。エバンスがゴメスをガンガンに鍛えているように聴こえる。エバンスのピアノの基本である「ハード・バッパー的な強く堅実なタッチ」で、エバンスのピアノの本質をゴメスに教えているように聴こえる。そして、ゴメスは、そのエバンスのピアノの本質を体感して、その本質に相対するベース・ラインを弾きまくる。

フィリージョーとの「原点回帰」を得て、エバンスは、ハードバッパーなピアノを繰り広げる。そして、ゴメスはエバンスの本質を体得する。そんなライブ演奏の中で、内容の良いものだけをピックアップしたアルバムが『California, Here I Come』。

『The Complete Bill Evans On Verve』には、この『California, Here I Come』に収録されなかった演奏を聴くことができるが、確かに「収録されなかっただけのことはある」。エバンスがゴメスをガンガンに鍛えている「本気のリハーサル」の様なライブである。演奏する本人達も、あまり内容は問わなかったのだろう。だから、当時、そもそものリリースは無く、「お蔵入り」になったのも合点がいく。

フィリージョーとの「原点回帰」を得て、ハードバッパーな、ポジティブで明るいトーンで、エバンスはリラックスして楽しそうにピアノを演奏している。そして、ゴメスは、エバンスのピアノの本質を体感して、その本質に相対するベース・ラインをガンガンに弾きまくる。「鍛錬」「修行」「特訓」という言葉がふと浮かぶような、実にプロフェッショナルな雰囲気満載のライブ演奏だと僕は思う。 
 
 
 
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2010年9月29日 (水曜日)

「ジャズの小径」9月号アップです

ちょっと遅れましたが、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」の月一更新の名物コーナー「ジャズの小径」、2010年9月号をアップしました。

思い起こせば、この「ジャズの小径」のコーナー、1999年4月からのスタートなので、11年5ヶ月目となります。通算137号になります。1回も欠かしたことがないので、う〜ん、よく続いているなあ。

今月も中旬までは「更新ネタをどうするか」と考えつつ、更新作業を忘れないようにしていたのですが、このところの暑さ寒さ、寒暖の激しい差にやられて、今日の午後まで、更新作業のことをすっかり忘れていました。危ない危ない。昼ご飯を食べながら、ハッと思い出した次第です。

さて、今月の「ジャズの小径」は、最近の日本ジャズの新譜から。このところ、日本ジャズの新譜も、なるべく聴くように心がけています。最近の日本ジャズは、ようやく欧米の影響から抜け出て、独自の雰囲気や演奏イメージを作りつつあると感じています。特に、21世紀に入って、欧米ジャズのコピーをやっと抜け出て、独自のジャズ表現でアピールできる新人が多く出てくるようになりました。

なぜか「女子力」が圧倒的に強い、現在の日本ジャズ界ですが、今月の「ジャズの小径」では、Soil&"Pimp"Sessionの丈青、秋田ゴールドマン、みどりんからなる「J.A.M.」(写真)、その「J.A.M.」による2ndアルバムをご紹介しています。アルバムタイトルは『Just Another Mind』。2010年5月のリリースです。

Jam

Soil&"Pimp"Sessionは、自らを「デスジャズ (Death JAZZ) 」と呼び、既存のジャズとは大きく異なるスタイルは「爆音ジャズ」と評されており、とにかく激しいジャズ、ジャズにおける「ハードロック」もしくは「ヘビー・メタル」的なダイナミックさとパッションが特徴の演奏で、さて、僕が聴けるピアノ・トリオなのかなあ、と思い悩みながらの購入でした。

全編を聴き終えた結果、意外と真っ当なメインストリーム・ジャズであることが理解できて、ホッと一息。改めて耳を傾けてみると「なかなか真っ当なピアノ・トリオ」である。

「J.A.M」の音の特徴は、シンプルな凛とした硬質な音の響きは、一聴すると欧州ジャズっぽいんだが、なんとなく、音のエッジが丸く、ピアノ・トリオで、渾然一体となった演奏が「塊」となって迫ってくるところ。そして、なんとなく、欧州ジャズと比べて、ウェットな雰囲気が独特である。そして、若きジャズの特権である、疾走する爽快感とゴツゴツとした強力なビートも強力で、なかなか真っ当なジャズです。

バーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」(左をクリック)までお越し下さい。今月の「ジャズの小径」では、そんな「J.A.M」の魅力がギッシリ詰まった2ndアルバム『Just Another Mind』を全編に渡ってご紹介しています。コンテンポラリー・ジャズの範疇での、今までにない、新しい個性を持つピアノ・トリオ。これからがますます楽しみですね。
 
 
 
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2010年9月28日 (火曜日)

ビッグバンド・ジャズは楽し・9

本業で疲れた。疲れた頭を解きほぐすには、パンチの効いた、あっけらかんとした「ビッグバンド・ジャズ」が良い。当ブログでシリーズ化している「ビッグバンド・ジャズは楽し」のシリーズ。今年の5月の終わりから、ちょっと中断していたが、本日再開である。

パンチの効いた、あっけらかんとした「ビッグバンド・ジャズ」。それも、難しいことを考えたり、難しい聴き方をしなくても良い、全く捻りの効いていない、全くの正攻法の、教科書のような「ビッグバンド・ジャズ」が良い。

ということで選んだアルバムが、Manhattan Jazz Orchestraの『Moanin'』(写真左)。マンハッタン・ジャズ・クインテットの総帥デビッド・マシューズ率いるマンハッタン・ジャズ・オーケストラの記念すべき第1弾。1989年8月の録音。パーソネルは、ビッグバンドなので書ききれないので割愛。

記念すべき第1弾だからかどうか判らないが、ズラリと並んだ、超有名な「大ジャズ・スタンダード曲」ばかり。ジャズ者ベテランの方々が見たら眉をひそめそうな、超有名なスタンダード曲が「てんこ盛り」の7曲。

1.Caravan
2.Moanin'
3.My Funny Valentine
4.Summertime
5.The Sidewinder
6.Big Apple Jam
7.Autumn Leaves

どうです、凄いでしょ(笑)。でも、さすがはデビッド・マシューズ御大。曲の特徴を活かしつつ、オーソドックスでありながら、従来のアレンジとは一味違う、パンチの効いた、スピード感溢れる、しっかりとジャジーな雰囲気をキープしたアレンジは実に個性的。それでいて、実に効き易く、判り易い。そして何より「格好良い」。

Mjo_moanin_3

マシューズのビッグバンド・ジャズのアレンジは「あまりに判りやすい」として評価されない向きもありますが、マシューズのアレンジほど、難しいことを考えたり、難しい聴き方をしなくても良い、全く捻りの効いていない、全くもって正攻法でオーソドックスな「判り易いアレンジ」はありません。僕は大好きです。

1曲目の「Caravan」の演奏を聴けば、そのマシューズのアレンジの特徴が良く判るかと思います。冒頭から超ハイテンポに飛ばしまくるビッグバンド。お馴染みのエリントン・ナンバーなんですが、実にモダンで、現代ジャズのトレンドをしっかりと織り込んで、時にハードバップ的に、時にコンテンポラリー的にビッグバンドをドライブしていくマシューズのアレンジが痛快です。

加えて、マシューズのビッグバンド・ジャズのアレンジの特徴は、ソロイストの演奏スペースがしっかりと用意されていること。クインテットでのアレンジをビッグバンドに拡げた様なアレンジで、ソロイストの演奏スペースが展開されます。どの曲でも、ソロイスト達が実に気持ちよさそうに、実にのびのびと自由にインプロビゼーションを展開していきます。

全編に渡って、ガッチリとパンチを効かせているのは、ルー・ソロフをはじめとするトランペットのアンサンブル。これが、このアルバムの演奏のそこかしこに、香辛料の様にピリリと効いています。高音の突き抜け感と迫力ある音圧は、マンハッタン・ジャズ・オーケストラならでは、です。

良いビッグバンド・ジャズです。ジャズ者初心者の方への、ビッグバンド・ジャズ入門盤としてもお勧め。ジャズ者ベテランの方々も、ズラリと並んだ、超有名な「大ジャズ・スタンダード曲」に怯まず、マシューズ御大の小粋なアレンジを楽しまれてはいかがでしょう。

ただ、アルバム・ジャケットのデザインは、ちょっとシンプル過ぎますね。惜しい(笑)。
 
 
 
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2010年9月27日 (月曜日)

蘭プログレ発のフュージョン

1970年代、オランダのプログレバンドで、フォーカス(Focus)というバンドがあった。1970年、Thijs Van Leer(タイス・バン・レアー)とJan Akkerman(ヤン・アッカーマン)を核として、ベースギター(Martijn Dresden:結成時)、ドラム(HansCleuver:結成時)の4名で結成された。

バンドは初のシングルヒット「悪魔の呪文 : HOCUS POCUS(71年、英国では72年)、セカンドヒット「シルビア」(72年)で、欧米を中心にその勇名を轟かせた。73年、英国の音楽雑誌「メロディーメーカー」による人気投票では、各部門にフォーカスのメンバーが選出されている。とくにヤンがエリック・クラプトン、スティーブ・ハウらを押さえてギタリストNo.1に選ばれたことは、当時、驚くべきニュースだった。

74年、初来日公演が実現。その後、75年にも2度目の来日公演もあったが、タイスとヤンのめざす音楽の方向性の相違が明らかになり、75年のワールド・ツアー・キャンセル、ドラマーの交代と続き、76年、ヤンが脱退。タイスとヤンによるフォーカスのアルバムは「Mother Focus」が最後となった(その後 76年、アウトテイク集「Ship of Memories」がリリース)。

フォーカスの演奏するメロディーやアンサンブルには、クラシックの楽曲構成やロマンティシズム、ロックのダイナミズム、ジャズに代表される即興性など、さまざまなエッセンスがミックスされており、加えて、彼らの高い演奏技術と楽曲の独創性から、他のプログレ・バンドには見られない、唯一無二のオリジナリティーを誇る、と、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の「懐かしの70年代館」(左をクリック)にある。

そのフォーカスのギタリスト、Jan Akkerman(ヤン・アッカーマン・写真右は1970年代のヤン)は、まだまだ現役ギタリストで頑張っている。iTunesを徘徊していて見つけたライブアルバムが『Live In Concert at Hague 2007』(写真左)。2007年のライブ。僅か3年前のヤン・アッカーマン御大の勇姿が眩しい。
 

Janakkerman_liveathague

 
ヨーロッパのプログレは、ジャズ、フュージョンと親和性が高い。というか、ズバリ、イコールだったりする。ヨーロッパのプログレバンドが、以前ジャズをやっていたり、プログレ・ブームの後、フュージョンをやっていたりする。例えば、ヤン・アッカーマンが在籍していたフォーカスも例外ではない。タイスとヤンによるフォーカス最後のアルバム「Mother Focus」は、フュージョンのテイストが満載の佳作。プログレとしてはイマイチだが、フュージョンとしては「なかなかの出来」。

この『Live In Concert at Hague 2007』では、ヤン・アッカーマンは、とにかく弾きに弾きまくる。ロック・ギタリスト、フュージョン・ギタリストとして大事なことは、そのエレギの音が個性的で聴き応えがあって、心地良い音であることなんだが、ヤン・アッカーマンのエレギの音は実に個性があって、しかも心地良い音。これぞエレギの音って感じの、ちょっとくすんだ感じの伸びのある音が実に気持ち良い。

加えて、ヤン・アッカーマンのエレギのフレーズは実に「流麗&シンプル」、そして、クラシックの影響からか、そこはかとはく優雅そして叙情的。熱気をはらんだ早弾きも、長年培ったテクニックに裏打ちされて、決して破綻すること無く、とにかく「聴かせくれる」。歌心とテクニック溢れるヤン・アッカーマンのエレギは、上質の「フュージョン・ギター」。ロック畑では、ジェフ・ベックも真っ青のハイテクニック、そして、実に格好良いフレーズの嵐である。

フォーカス時代からのファン・サービスとして、フォーカス時代のヒット曲「Answers Questions」「Hocus Pocus」そして「Sylvia」も披露してくれていて、1970年代、フォーカスのファンだった僕としては、実に嬉しい限り。涙涙である(笑)。

今では、知る人ぞ知る、という印象のヤン・アッカーマンですが、この『Live In Concert at Hague 2007』は、現代のヨーロッパのフュージョン・ジャズとして、なかなかの内容を誇る佳作だと思います。1970年代、蘭(オランダ)プログレのフォーカスのファンとしては、とにかく懐かしいアッカーマン節を聴くことが出来、また、フュージョン・ファンとしては、現代のヨーロッパの上質なフュージョンが聴ける。そんな「一粒で二度美味しい」ライブ盤です。 
 
 
 
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2010年9月26日 (日曜日)

ビリー・ジョエル「NYらしさ満載」

土日は、70年代ロックの特集を。今日も昨日に引き続き、故あって、ニューヨークにまつわる「70年代ロック」について語ってみたい。

昨日のブログで書いたが、僕にとって、70年代の米国東海岸、ニューヨークをイメージさせるロック&ポップス・ミュージシャンは、ビリー・ジョエル、ブルース・スプリングスティーン、そして、ポール・サイモンの3人。その3人の中でも、ビリー・ジョエル。米国東海岸のロック&ポップスで、ニューヨークを強く感じさせてくれるミュージシャンの最右翼である。

70年代のビリー・ジョエルのアルバムの中で、NYを一番想起させてくれるのは、昨日ご紹介した『ストレンジャー』。これがダントツでNYらしさを感じさせてくれる。それでは、その「NYらしさ」が満載なアルバムは何か。『ストレンジャー』の次のアルバム、ビリー最大のヒットアルバム『ニューヨーク52番街(52nd Street)』(写真左)である。

このアルバムは全米チャート1位を獲得。同年度のビルボードの年間アルバムチャートでも一位となった。加えて、グラミー賞では、最優秀アルバム賞と最優秀ポップ・ヴォーカル・パフォーマンス賞の二部門を受賞するなど、アルバムの売上と共に、その内容・質も高く評価されたアルバムである。

確かに良くできたアルバムではある。が、1曲1曲の出来映えを細かくチェックすると、やはり前作の『ストレンジャー』に軍配が上がる。『ストレンジャー』はアルバム全体のトーンがNY賛歌であり、ニューヨーカーの日常を写し取った、私小説的な曲が秀逸。

この『ニューヨーク52番街(52nd Street)』は、その『ストレンジャー』の大成功の後を受けて作成されただけに、やはり目に見えないプレッシャーもあっただろうし、ビリーの当時の演奏の特徴だった「ロックンロールなテイストとジャジーなアレンジ」が成熟し、ややマンネリに陥りかけた時期でもあったと思う。

Billyjoel_52ndstreet

どう聴いても、『ストレンジャー』で強く感じた、キラキラと輝く様な躍動感というか、瑞々しさが希薄なのだ。出来が悪いと言っている訳では無い。出来が良い分、逆に「手慣れた感」や、頂点を極めた故の「停滞感」が、そこはかと漂っているように感じるのだ。

しかし、収録された曲はそれぞれ、さすがビリーと思われるものばかり。アレンジも行き届いており、起用されたミュージシャンも一流どころばかりで非の打ち所がない。が故に、なんだか、アルバム全体に「満腹感」の様な「膨満感」の様なものを感じる。逆に、この「満腹感」や「膨満感」が、世界一の大都会であるNYの「ダルな雰囲気」を醸し出している様な気がする。躍動感としての大都会というよりは「倦怠感としての大都会」が、この『ニューヨーク52番街(52nd Street)』に漂っていると感じるのは僕だけか?

そう言う意味で、NYを表現する、NYらしさを強く押し出す、上質のロック&ポップスのアルバムとして、ビリーの『ストレンジャー』と『ニューヨーク52番街』は、表裏一体、兄弟の様な「ペアをなす」アルバムだと僕は評価している。

とにかく、この2枚は、ビリーの70年代のアルバムのキャリアの中で、ダントツの2枚で、他にも曲としては優れた曲があるにはあるが、アルバム全体の「NYらしさを感じる」「NYらしさが満載」という点では、この『ストレンジャー』と『ニューヨーク52番街』を凌駕するアルバムは無い。

このアルバムは、「ザンジバル」ではフレディ・ハバードが間奏とエンディングでトランペット・ソロを担当している。また、シカゴのピーター・セテラとドニー・デイカスが「マイ・ライフ」でゲスト参加と、ジャズ・フュージョンという観点で聴いても、なかなかに面白い。

ちなみに、日本では『ストレンジャー』より、この『ニューヨーク52番街』の方が売れたし、評価が高かったのでは無いか、と記憶している。確かに、この『ニューヨーク52番街』の2曲目「オネスティ」は、街中のどこかで必ず流れていたような記憶が・・・。

米国本国やヨーロッパではシングルとしてはあまり売れなかったんだが、この曲には、何か日本人の感性を刺激する何かがあるんでしょうね。ちなみに、この「オネスティ」は、遠く大学時代に既に耳タコで、今でもまともに聴くことはありません(笑)。 
 
 
 
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2010年9月25日 (土曜日)

ニューヨークの「ピアノ・マン」

土日は、70年代ロックの特集を。故あって、ニューヨークにまつわる「70年代ロック」について語ってみたい。

70年代ロックは、当初はブリティッシュ・ロックが中心。そして、米国はというと、ヒッピー・ムーブメントに端を発した西海岸ロックが先行し、その後日本では、サザン・ロックと呼ばれる南部ロックがマニアックな評判を呼び、東海岸に至っては、なかなか頭角を現すことが少なかった。

そんな中で、70年代半ばくらいから、米国東海岸のロック&ポップスが頭角を現す。僕にとって、70年代の米国東海岸、ニューヨークをイメージさせるロック&ポップス・ミュージシャンは、ビリー・ジョエル、ブルース・スプリングスティーン、そして、ポール・サイモンの3人。

その3人の中でも、リアルタイムでアルバムを聴き、その音楽活動を見つつ、一番親近感があるミュージシャンが、ビリー・ジョエル。米国東海岸のロック&ポップスで、ニューヨークを強く感じさせてくれるミュージシャンの最右翼である。

ビリー・ジョエルは1949年生まれ。米国のニューヨーク州サウス・ブロンクス出身のロック歌手、ピアニスト、作曲家。出身からして、強くニューヨークを感じさせてくれる。そして、この「ミスター・ニューヨーク」の様なビリーを初めて聴いたアルバムが、5枚目のアルバム、Bily Joel『The Stranger(ストレンジャー)』(写真左)。

この『ストレンジャー』は、1977年のリリースで、ビリーを一躍スターダムへとのし上げた。フィル・ラモーンをプロデューサーに起用して制作されたこのアルバムは、全米2位まで上昇する大ヒットを記録。ビリーの特徴である「ロックンロールなテイストとジャジーなアレンジ」が満載の名盤中の名盤である。
 

Billyjoel_stranger

 
とにかく、振り返れば有名曲ばかり。特にLP時代A面を構成する4曲、「Movin' Out (Anthony's Song)」〜「The Stranger」〜「Just the Way You Are」〜「Scenes from an Italian Restaurant」が圧倒的である。このLP時代のA面は当時「耳タコ」である。何百回聴いた知れないくらい。とにかく、毎日1回は聴いていたと思うし、ちょっと洒落た喫茶店などはこぞって、この「LP時代のA面」をかけていた。

特に、3曲目の「Just the Way You Are」は絶品中の絶品。邦題は「素顔のままで」。まず、この歌詞が泣かせる。この歌詞の内容に感動し、共感し、自分もこうありたいと思い、当時、この歌詞は暗記した位だ(笑)。とにかく「純粋愛」の世界は圧倒的に美しく、現代の「My Funny Valentine」と僕は密かに名付けている。この「素顔のままで」は全米チャート3位を記録、1978年度のグラミー賞で最優秀楽曲賞と最優秀レコード賞を受賞、ビリー・ジョエルのキャリアの中で最大級のヒット曲である。なお、曲中、印象的なアルト・サックスのソロは、フィル・ウッズ御大のブロウである。

このアルバムでのビリーの曲のアレンジは、どれも前奏からジャジーなテイストが特徴で、強くアーバンな雰囲気を、強くニューヨークを感じさせてくれる。特に前述の「素顔のままで」の前奏のフェンダー・ローズの音色は涙もの。それから、2曲目の「ストレンジャー」の前奏の口笛も懐かしい音色で、これまた涙もの(笑)。加えて、AOR的な柔らかさとソリッドさは、ビリーのバラード調の曲を特に際立たせている。

ちなみに、「ストレンジャー」は日本の70年代のディスコブームの中で、統一振り付けにて、皆で揃って踊った曲のひとつ。恥ずかしながら、当時、僕もちょっと踊った思い出がある。まあ、キャラじゃないんですが、当時、大学生、真っ只中。自らの持ち味も顧みず、なにかと暴走していた頃の話である(笑)。

このアルバムで、ニューヨーク=ビリー・ジョエルという図式が定着した、と思っている。それほど、アーバンな雰囲気に溢れ(それも夜)、ロックンロールなテイストとジャジーなアレンジが秀逸で、AOR的な柔らかさとソリッドさを包含した、この『ストレンジャー』時代が生んだ名盤中の名盤の一枚である。   
 
 
 
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2010年9月23日 (木曜日)

ベースはここまで前に出て良い

いや〜、今日の雨は激しかったですね〜。今日は嫁はんの実家まで墓参り。往復「大雨」。車だったんだが、事故をおこしそうになり、事故にまきこまれそうになったり、大変疲れた 。やっとのことで、家に帰り着いた。

さて、今日は、現時点での、次世代を担うベジャズ・ーシストのリーダーアルバムについて語りたい。そのアルバムは、Christian McBride 『Gettin' To It(邦題:「ファースト・ベース」)』(写真左)。現代のファースト・コール・ベーシストの一人、クリスチャン・マクブライド初リーダー作である。

1995年のリリース。ちなみにパーソネルは、Roy Hargrove(tp), Joshua Redman(ts), Steve Turre(tb), Cyrus Chestnut(p), Christia McBride(b), Ray Brown(b), Milt Hinton(b), Lewis Nash(ds)。マクブライドをリーダーとしたセクステットに、ジャズ・ベーシストの偉人二人をゲストで招いた、という図式のメンバー構成。しかし、蒼々たるメンバーである。一介のジャズ・ベーシストの初リーダー作のメンバー構成としては、あまりにゴージャズと言えばゴージャス。

しかし、このアルバム、決して、リーダーのマクブライドは「メンバー負け」していない。実に良く、錚々たるメンバーを束ねて統率し、なかなかのコンテンポラリーなジャズを展開していることは、とても立派だ、と思う。

クリスチャン・マクブライドのベースの素晴らしい面は、まず「ピッチが合っている」ことが挙げられる。チューニングをちゃんとしている。これって、楽器を演奏するものにとっては当たり前の事なんだが、ジャズについては、この当たり前の事が見過ごされているケースが多い。

ベーシストとて例外では無い。1970年代のロン・カーターのベースのチューニングについては首を傾げる。聴くに堪えないチューニングの甘さを露呈したアルバムも、残念ながら多々ある。ジャズ・ベーシストの偉人の一人であるレイ・ブラインですら、ピッチが合っていないアルバムもあり、この当たり前の事を徹頭徹尾、晩年期まで貫き通したのは、怒れるジャズ・ベーシスト、偉人チャールズ・ミンガスくらい。
 

 Cmcbride_gettintoit

 
さて、マクブライドのベースは音が大きい。ハッキリと聴き取れるマクブライドのベースライン。これって、素晴らしいことで、正統にジャズ・ベーシストをとしての評価を下すことが出来る。加えて、他のバンド・メンバーに迎合しない、そして、若くして、これだけハッキリとしたビートを供給するベーシストは数少ない。そして、そのテクニックは「卓越」の一言。

ベーシストとして、「卓越したテクニック」を保有し、ピッチが合っている、そして、音が大きい。そんな、ベーシストとして理想的な資質をバックに、この初リーダー作では、独自の演奏コンセプトの確立に対して、マクブライドは「もがきにもがいている」。演奏コンセプトを確立しようと焦る余り、なかなか画期的な新しいコンセプトが出ない、捻出するに至らない、ということろが、ちょっともどかしいところではあります。

とにかく、マクブライドのベースのピッチが合っているので、ベースのボウイング奏法も、少し長いベースソロも苦にならない。どんと来いである。楽器演奏の基本をしっかりと押さえる。優れたミュージシャンの第一歩である。

Christian McBride の初リーダー作『Gettin' To It』を聴き進めてきて、ここまで「ピッチが合っていて」、ここまで「テクニックに優れ」、ここまで「音が基本的に大きく切れ味が良い」となれば、ジャズ演奏の中心として、ベースはここまで前に出て良いのではないか、という気がする。

というか、ジャズ・ベースは、ここまで前に出て欲しい。ジャズ演奏において、ジャズのビートを供給する、その大本を司るジャズ・ベース。もう少し、全面に出てきても良いのではと思ったりする。

Christian McBrideをはじめ、1990年代のジャズ界に出て来た、次世代を担う若手新人も、今や皆、中堅として活躍している。あえて今、彼らの新人時代のリーダー作を聴くと、やはりその資質は素晴らしい。栴檀は双葉より芳し、である。 
 
 
 
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2010年9月22日 (水曜日)

フランク・シナトラ=ニューヨーク

故あって、まだまだニューヨークにまつわる、ニューヨークを彷彿とさせるジャズ・アルバムの特集は続きます。ニューヨーク、そしてジャズ、そして男性ボーカルとくれば、まず思い浮かぶのが、フランク・シナトラとメル・トーメ。

メル・トーメについては、今年2010年6月13日のブログ(左をクリック)にて、『Songs of New York』をご紹介している。一度、ご覧下さい。で、フランク・シナトラと言えば、数々の名盤、名唱があるので、一枚を選べと言われれば、ちょっと困るのだが、やはり、ジャズを聴き始めて、ジャズ初心者駆け出しの頃に出会った、フランク・シナトラのアルバムをご紹介することにしたい。

そのアルバムは『Trilogy : PAST, PRESENT AND FUTURE』(写真左)。1979年のリリース。僕が本格的にジャズを聴き始めたのが1978年なので、本当にジャズ者初心者駆け出しの頃に、この『Trilogy』というアルバムに出会った。が、このアルバムがなんと非常に重厚なアルバムで「LP3枚組」。とても当時の財力で購入できるものでは無い。そこで、大学時代の「秘密の喫茶店」のママさんのお世話になることになる(笑)。

この『Trilogy』は3部構成で,当時60歳を過ぎたシナトラの見果てぬ夢を歌で綴ったような、シナトラのキャリアの集大成の様なアルバムである。シナトラが最も信頼し、都度共演してきた3人のアレンジャー、Billy May (LP1枚目「The Past」を担当), Don Costa (LP2枚目「The Present」を担当), Gordon Jenkins (LP3枚目「The Future」を担当)とのコレボレーションにより、シナトラの「過去」「現在」「未来」という3つの「時を」表現するというコンセプト・アルバム。

全編を通じて、実にゴージャズなストリングスがバックに着く。もうそれはそれは豪華絢爛なストリングス。そして加えて、これまたゴージャズなコーラス隊も着く。贅の限りを尽くした、重厚で洒脱なストリングスのアレンジ、そしてコーラス。フランク・シナトラの後期〜晩年に相応しい内容である。

Sinatra_trilogy

巷の評では、やはりLP一枚の「The Past」に対する評価が高い。シナトラの若かりし頃〜中堅として一番脂の乗り切った頃の「十八番の曲」を、ここで改めて、ゴージャズなストリングス・アレンジにのって、シナトラは朗々と歌い上げていく。貫禄抜群。もうここでは、ジャズ・ボーカルの粋を超えて、ここでは、もう「シナトラ・ミュージック」と呼んで良いほど。従来のジャズ・ボーカルの域を超える、一般万民、老若男女問わず、感動を呼び込む「シナトラ・ミュージック」がここにある。

でも、「フランク・シナトラ=ニューヨーク」という図式を強く感じるのは、LP2枚目の「The Present」。新ジャズ・スタンダードへのチャレンジが爽快である。特に、ビリー・ジョエルの名曲「Just The Way You Are(素顔のままで)」そして、ジョージ・ハリソンの名曲「Something」の2曲が秀逸。ジャジーなビートに乗って、ダイナミックにスイングするシナトラの歌唱は素晴らしいの一言。「Love Me Tender」もええなあ。甘さに流れず、ダンディズム溢れる硬派なシナトラの歌唱には痺れっぱなしである。

LP3枚目の「The Future」は意欲作、異色作の類。一言で言うと「ジャズ・ボーカルがメインのミュージカル仕立て」といった面持ち。とにかく、全編に判って「ゴージャズ & ブリリアント」、そして一言「ミュージカル」(笑)。

豪華なストリングス・アレンジと重厚なコーラスのバッキングを背に、シナトラは、朗々とダイナミックに、時に繊細に、硬軟自在、縦横無尽に歌いあげていく。とにかく「ゴージャズでブリリアント」な内容で、とにかく圧倒的に「トゥー・マッチ」なゴージャスさ。故に、繰り返し聴くことは無い(ほんの時々しか聴かないなあ)LP3枚目ではあるが、その内容は思いのほか正統派で「濃い」。このLP3枚目は、若かりし頃から売れに売れた人だからこそ、ジャズ・ボーカルの巨人だからこそ許される「仕業」なんだろう。

僕は、LP2枚目の「The Present」にシナトラのジャズを感じます。60歳を過ぎたシナトラが、ビリー・ジョエルの名曲「Just The Way You Are」を、そして、ビートルズ&ジョージ・ハリソンの名曲「Something」をカバーするという、シナトラのボーカリストとしての懐の深さを圧倒的に感じます。そして、このLP2枚目の「The Present」に、僕は強くニューヨークを感じます。特にジャジーでスインギーな「Just The Way You Are」は絶品でしょう。これぞ、ニューヨーク。

ゴージャズなストリングス中心のデコレーションなアレンジは全編に渡り長々と続くので、LP3枚目に入ると、流石に、ちょっと「ご勘弁」をという感じですが、それを差し引いても、このシナトラの意欲作『Trilogy : PAST, PRESENT AND FUTURE』は、シナトラ入門盤として、はたまたベテラン・ジャズ者の「隠れた名盤」として、十二分に楽しめるジャズ・ボーカルな一枚です。 
 
 
 
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2010年9月21日 (火曜日)

大西順子の『バロック』

戻って来なくても良いのに、夏の暑さが戻ってきてしまった、我が千葉県北西部地方。しかし、体調が悪いと伏せってはおられん。今日から本業再開である。

ジャズも聴き心地の良いジャズばかり聴いてはおれぬ。新譜もチェックしないとね。今日の新譜チェックは、大西順子の『バロック(Baroque)』(写真左)。レコーディング復帰2作目で、今年2010年録音ホヤホヤの新譜。

レコーディング・バンドの編成は、とにかく重厚で、3管のホーンに加えて、曲によりダブル・ベース編成を起用。大西順子の作曲&編曲が堪能できるアルバムとなっている。

ちなみにパーソネルは、大西順子(p)がリーダーで、以下、Nicholas Payton(tp), James Carter(ts, as, b-cl, fl), Wycliffe Gordon(tb), Reginald Veal(b), Rodney Whitaker(b), Herlin Riley(ds), Roland Guerrero(perc)。いやはや、重厚なメンバー構成ですな。

これだけの「重量級」メンバーが集結しているのだ。そりゃーこのアルバム全編に渡って繰り広げられる演奏は、それはそれは「重厚かつハイテクニック」なもの。冒頭の「Tutti」から、メンバー全員、目一杯パワー全開の激しく高テンションな演奏が繰り広げられる。

2曲目辺りから、この雰囲気ってどっかで聴いたことがあるぞ、と思い始める。フロントと管がちょっとアブストラクトに捻れ始めると、確かにどっかで聴いたことがある、と確信を持ち始める。そして、3曲目「The Threepenny Opera」で、フリーキーにうねるフロントのインプロビゼーションを聴くと、これって「ミンガス・ジャズ」の雰囲気だ、と確信する。

純ジャズとして、ジャズの歴史的な見地からは、ミンガス・ジャズを踏襲し、コンテンポラリーなジャズとしては、ウィントン・マルサリスのジャズを踏襲している雰囲気がプンプンする。そして、隠し味的に、部分的にデューク・エリントンが見え隠れするのを感じるのは僕だけか?

Junkoohnishi_baroque

ミンガス、マルサリス、エリントン。ジャズの世界で、それはそれは重厚な音である。特に、1曲目から3曲目までの大西順子のオリジナル曲で、この「重厚かつハイテクニック」な世界が爆発するように展開している。とにかく、純ジャズとして、コンテンポラリーなジャズとして、現在進行形の最先端のジャズとして、この大西順子の新譜の内容は傾聴に値する。

が、とにかく、その演奏内容は「難しい」。モードとフリー、コンテンションとアブストラクト、ジャズの表現の中で一番扱い難い演奏パターンを、実に効果的に押し出している故、純粋にアーティスティックなジャズとして愛でるには不足は無い。しかし、これだけ「てんこ盛り」だと、曲が進むにつれて「トゥー・マッチ」な印象が募っていく。

長年ジャズを聴き続け、様々なジャズを聴き続けてきたジャズ者ベテランの方々にとって、傾聴に値する内容が、そこかしこに感じられるのですが、如何せん「キャッチャーな旋律、耳当たりの良いフレーズ」が不足してるので、親しみを持って何度も聴き返す、ヘビーローテーションな一枚になり難いのが難点。このアルバムは、ジャズの専門的な知識や経験を十二分に必要とします。ジャズ者初心者の方々には、ちょっとお勧めしかねる内容だと思います。

「玄人好み」の佳作という感じでしょうか。現在までのジャズの歴史を振り返り、正統派ジャズと呼ばれる世界を集めて一つにまとめた様な、純ジャズの集大成の様なアルバムです。しかも「重厚かつハイテクニック」な演奏に、ちょっと疲れる。少なくとも、何度も繰り返し聴き続けるような、ヘビーローテーションなアルバムでは無い。ジャズの芸術性を強く感じる内容ですが、ジャズをリラックスして楽しむ内容では無いところが、このアルバムの評価の「難しい」ところ。

正統派ジャズと呼ばれる世界を集めて、一つにまとめた様な、純ジャズの集大成の様な演奏が、「重厚かつハイテクニック」な演奏が全8曲で約70分超。「過ぎたるは及ばざるがごとし」という諺を大西順子の新譜を聴いていて思い出した、と、どなたかがブログに書いていましたが、私も同感。ちょっと詰め込み過ぎかなあ。アルバム全編を聴き終えて、ただただ、ドッと疲れました。
 


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2010年9月20日 (月曜日)

歌伴のビル・エバンス

我が千葉県北西部地方、先週から寒暖の差が激しく、先週の木曜日などは長袖を着る位の肌寒さだったが、この3連休は日差しが強く、部屋の中では日中は30度を超える暑さ。先々週からすると約10度以上の気温の上がり下がりは、とても身体に堪える。身体はだるく、変に汗をかき、眠くて仕方が無い。

そんな不定愁訴な体調の時には、硬派なジャズは良くない。耳に優しく、落ち着いた響きのジャズが良い。そう体調不良の時には、なぜかロックは受け付けず、優しい響きのジャズが一番落ち着く。

そんなこんなで、今日はビル・エバンスの数少ない「歌伴」アルバムが大活躍。1964年8月、欧州をツアー中だったエヴァンスが、スウェーデンの歌姫モニカ・ゼタールンドの「歌伴」を務めたアルバム『Waltz For Debby』(写真左)である。欧州ツアー中のビル・エバンス・トリオは、Bill Evans (p) Chuck Israels (b) Larry Bunker (ds)のメンバー構成。そこに、Monica Zetterlund (vo)が加わる。スウェーデンはストックホルムの録音である。

ビル・エバンスは器用なピアニストで、伴奏に回ると、演奏相手によって、フロント楽器によって、その状況にピッタリと合ったピアノ伴奏を聴かせる。逆に言うと、エバンスのピアニストの個性を押さえて、演奏相手やフロント楽器に合わせるということになるんだが、エバンスはプロ中のプロ、自分の個性を押さえるなんてことは別に気にしていない風。テクニックが無いと出来ないことなんだが、演奏相手やフロント楽器の個性に合わせた、非常に趣味の良い伴奏を務める。僕は「伴奏の天才」だと思っている。

となれば、歌伴としてのピアノも多かろうと思うんだが、これが、エバンスの場合、そうでは無い。この北欧の歌姫モニカ・ゼタールンドと、男性ボーカリスト、トニー・ベネットの2人に留まる。不思議と言えば不思議。まあ、エバンスのバイオ本を読む限り、エバンスの生活習慣を思えば、当たり前と思えば当たり前かとも思う。

Monica_waltzfordebby

さて、このモニカ・ゼタールンドとの『Waltz For Debby』であるが、これが絶品。少しハスキーで囁く様なモニカの歌声はとても優しく、とても柔らかい。そして、伴奏のビル・エバンスのピアノは、タッチはクッキリ、実にリリカルで、実に耽美的。

ビル・エバンスは「リリカルで耽美的な」ピアニストとして誤解されている向きがある。が、このモニカの歌伴を務めるエバンスのピアノは、絵に描いた様に「リリカルで耽美的」。

このモニカの歌伴を務めるエバンスのピアノが例外的に、徹頭徹尾「リリカルで耽美的」だと言える訳で、このモニカの歌伴でのエバンスのピアノを基準に、他のリーダー作のエバンスのピアノを聴けば、エバンスは「リリカルで耽美的な」ピアニストとして誤解されている、という表現に納得していただけるのではないか。

ビル・エバンスが、モニカの歌声に、モニカの歌の表現に合わせて、歌伴ピアノとして選んだトーンが「リリカルで耽美的」。これが、まあピッタリなのだ。さすが「伴奏の天才」。そして、エバンスの「リリカルで耽美的」なピアノに、ベースのイスラエルも着実なベースラインを柔らかく豊かに決め、ドラムのバンカーはダイナミックに、かつ硬軟自在に、表情豊かなドラミングを決めていく。

北欧の歌姫モニカの歌声はそれだけで十分に魅力的ですし、加えて、エバンス・トリオの歌伴は、そのモニカの歌声をガッチリとサポートして、モニカの歌声を更に魅力的にしています。スウェーデンはストックホルムで生まれた「一期一会」なボーカルアルバムです。僕は個人的に「北欧の奇跡」と呼んでいます(笑)。「リリカルで耽美的」なエバンスを体験するのにも格好の一枚ですね。

ボーカル・アルバムを聴き始めてみたいなあ、と思っているジャズ者初心者の方々に対しても、このアルバムは大のお勧め盤だと思います。このアルバムは、優しく柔らかい雰囲気は、ジャズ・ボーカル入門盤としても、ジャズ者ベテランの方々への「癒しの名盤」としても、お勧めの一枚です。 
 
 
 
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2010年9月19日 (日曜日)

キング・クリムゾン『暗黒の世界』

先週、顔を真っ青に塗った「ブルーマン」達が、ビートの効いた音楽にのって、様々なパフォーマンスを展開するブルーマン・グループの公演に行ってきた。バックのビートにのった、パルシブなロックな演奏が芝らしく、懐かしさも覚える。そして、その懐かしさの中から、ふとキング・クリムゾンを思い出した。

さて、今日は日曜日。70年代ロックを題材にしたブログの日。今日は、パルシブで、ビートに乗った、パーカッシブなロックな演奏。として、キング・クリムゾンの『暗黒の世界(原題:Starless and Bible Black)』(写真)。

前作『太陽と戦慄(原題:Larks' Tongues in Aspic)』から、ジェイミー・ミューアが抜けて4人になったキング・クリムゾンが、ライヴ録音とスタジオ録音を巧みに融合させた1974年発表作品。

ジェイミー・ムーアの繊細でダイナミックな、創造性溢れるパーカッションが無くなった分、ビル・ブラッフォードのポリリズム溢れるドラミングとジョン・ウェットンの重量級豊かなベースが全面に押し出て、実に硬派でソリッドなビート溢れる演奏が聴ける。

前作の『太陽と戦慄』は、ビートを全面に押し出しつつ、繊細かつダイナミックなパーカッションの世界が、実にきめ細やかなニュアンスを添え、そのパーカッシブな世界がシンプルなビートの世界にリズムの彩りを添えて、性別で例えるなら、実に「女性的な」かつ「太陽的」な内容が特徴のアルバムだと僕は認識している。

前作の原題の直訳は「アスピックの中の雲雀の舌」、または「大蛇に呑まれた雲雀のさえずり」。パーカッション中心のポジティブなダイナミズムの中に、避けることの出来ない、運命的な「繊細さ・儚さ」が見え隠れする。

Starless_and_bibleblack

逆に、この『暗黒の世界』は、ビートを全面に押し出しているのは前作同様だが、ポリリズミックなドラムと重量感溢れるベースが中心となった、実に無骨でヘビーメタリックな世界が究極のダイナミズムを供給し、ハイテクニックかつ切れ味抜群のギターとバイオリンが縦横無尽に即興演奏を展開しまくる。

原題の直訳は「星のない聖なる闇」という感じか。その無骨かつ重心の低い音は静的な雰囲気を醸しだし、ダイナミックな演奏である程に「夜の静寂、深夜の静寂」を感じる。性別に例えるなら、実に「男性的な」かつ「月的」な内容が特徴のアルバムだと僕は認識している。

そんな「夜の静寂、深夜の静寂」をビンビンに感じる事が出来る本作のハイライト曲が「突破口」。ビル・ブラッフォードのポリリズム溢れるドラミングとジョン・ウェットンの重量級豊かなベースがバックでうねる中、フリップがギター・テクニックの限りを尽くし、もはや人間業とは思えない即興演奏を展開。ビンビンに張りまくるテンション。

実に無骨で、実に禁欲的な、ビート感溢れる即興演奏。当時のロックの世界で、ここまでテンション高く、ここまでハイテクニックに即興演奏が展開できるのは、キング・クリムゾンだけだったろう。とにかく、凄いテンション、凄いテクニック、凄い重量級のビートである。アルバム1枚聴き終えた後、グッタリと疲れるくらいの凄まじさである。冒頭を飾る「偉大なる詐欺師」の凶暴かつ高テンション、そして疾走感溢れる演奏は、今でも圧倒されるばかり。4曲目の「夜を支配する人」のメロトロンを活用したダイナミズム+ロマンティシズムも凄まじいばかり。

1970年代キング・クリムゾンのアルバムの中で、なぜか、ちょっと地味な位置付けに置かれているアルバムですが、1980年代のキング・クリムゾンを理解する上では、非常に重要な内容を持つ「キー・アルバム」だと思います。前作『太陽と戦慄』、そしてこの『暗黒の世界』は、対で聴かれるべき、評価されるべきアルバムで、ロバート・フィリップ率いるキング・クリムソンを聴き進める上で、絶対に避けることの出来無い2枚です。
 
 
 
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2010年9月18日 (土曜日)

キング・クリムゾン『太陽と戦慄』

一昨日、顔を真っ青に塗った「ブルーマン」達が、ビートの効いた音楽にのって、様々なパフォーマンスを展開。クリエイティヴ集団ブルーマン・グループの公演に行ってきた。バックのビートにのった、パルシブなロックな演奏、なかなかの演奏だった。そして、ふとキング・クリムゾンを思い出した。

さて、今日は土曜日。70年代ロックを題材にしたブログの日である。今日は、パルシブで、ビートに乗った、パーカッシブなロックな演奏。として、キング・クリムゾンの『太陽と戦慄(原題:Larks' Tongues in Aspic)』(写真左)について語ってみたい。

キング・クリムゾンの諸アルバムについては、書籍でネットで語られ尽くされているので、ここでは細かくは述べない。詳細はネットの様々な評論を参照されたい。今回、ここでは、松和のマスターの主観だけを述べるに留める。このキング・クリムゾンの『太陽と戦慄』は、僕にとって、キング・クリムゾンのあまたある数々の名盤の中で、一番好きなアルバムである。

このアルバムは、1973年に発表されたキング・クリムゾンのアルバム。原題の直訳は「アスピックの中の雲雀の舌」、または「大蛇に呑まれた雲雀のさえずり」。どういう解釈で「太陽と戦慄」になったかは判らない。恐らく、日本のレコード会社のことだ。アルバム・ジャケットの太陽のイラスト・イメージから安易に邦題を捻り出したに違いない。実にセンスの無い邦題で、今見ても「がっかりする」。

さて、この『Larks' Tongues in Aspic』、パーソネルは、ロバート・フリップ (g), ジョン・ウェットン (vo,b), ビル・ブラッフォード (ds), デヴィッド・クロス (vin), ジェイミー・ミューア (per)。1972年アイランド・ツアー終了の4月、キング・クリムゾンの解散を宣言。しかし、キング・クリムゾンの総帥、ロバート・フィリップは、イエスのドラマーだったビル・ブラッフォードの演奏をライブで見て感銘を受け、イエスから彼を引き抜く。ベースのジョン・ウェットンらの新メンバーを集めてキング・クリムゾンを再結成し、1973年に本作を発表した。

Larks_tongues_in_aspic

しかし、ここで、この当時、新生キング・クリムゾンの『太陽と戦慄』を名盤たらしめているのは、パーカッションのジェイミー・ミューアの存在に他ならない。このジェイミー・ミューアのパーカッションは素晴らしいという一言で片づけられない、即興演奏としてのパーカッション、ここに極まれりという感じの、究極の「即興パーカッション」を披露している。このアルバムでのミューアのパーカッションのパフォーマンスは、ジャズの世界での、どのパーカッション奏者のパフォーマンスをも凌駕する、非常に優れたもの。

このミューアのパーカッションのパフォーマンスが、このアルバムに「きめ細やかで、複雑な味わいの、陰影濃淡、そして強弱など、様々なダイナミックなニュアンス」の要素を詰め込み、ロックのジャンルのみならず、他のジャンル、とりわけ即興演奏を旨とするジャズというジャンルの「パーカッシブな即興演奏」を遙かに凌駕する圧倒的なパフォーマンスを展開していることが、驚愕に値する。

このアルバムは、ロックというジャンルの演奏が、他の音楽ジャンルの演奏、とりわけ「クラシック」若しくは「ジャズ」という楽理を成立させた2大音楽ジャンルの演奏レベルをも凌駕する、素晴らしい即興演奏の塊である。

とにかく、ジェイミー・ミューアのパーカッションの存在が、「きめ細やかで、複雑な味わいの、陰影濃淡、そして強弱など、様々なダイナミックなニュアンス」の要素の全てを担い、その繊細な要素が、このアルバムをポジティブで繊細、性別で例えると「女性的な」太陽のような明るさを湛えた、ダイナミズム溢れるロックな名演として成立させている。そして、そのニュアンスを更に補填するのが、デヴィッド・クロスのバイオリンの音色。パーカッションとバイオリンの大活躍。プログレッシブ・ロックの面目躍如。

ジャズ&フュージョンという見地に立っても、このキング・クリムゾンの『太陽と戦慄(原題:Larks' Tongues in Aspic)』は凄いアルバムです。ジャズから近いところでは、ビートを重んじるという部分で、エレクトリック・マイルス的な音的要素を持っているロックアルバムだと感じています。意外とかなりの面で、当時のコンテンポラリー・ジャズやエレクトリック・マイルスのトレンドが、このアルバムに影響を与えているのでは無いか、と推察しています。

しかし、さすがは英国プログレ。懐が深いし、「売れる」ことを最優先としていない。英国ロックの持つ「矜持」がこのアルバムを成立させているとも言えます。 
 
 
 
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2010年9月16日 (木曜日)

続・不可解な「チャレンジ」

1963年の『Conversations with Myself(自己との対話)』は、ちょっと不可解な「チャレンジ」だった。ジャズでは「掟破りの多重録音」。それも、ビル・エバンスのピアノ・ソロが3重に重なる、躁的で賑やかで人工的な雰囲気が、どうも僕には理解出来ない。

しかし、偉大な芸術家は、おしなべて「頑固」である。自らが信じた方針は、容易に曲げることは無い。ビル・エバンスも例外ではない。このちょっと不可解な「チャレンジ」に再び挑戦する。1967年、『Further Conversations with Myself(続・自己との対話)』(写真)を録音するのだ。

コンセプトは前作『自己との対話』と同じ。ビル・エバンスのピアノ・ソロが3通りに、絡み合って重なって、とにかく「躁状態」の、とにかく賑やかなソロ・ピアノである。しかし、前作における課題の解決については、いろいろと工夫が見て取れる。

前作『自己との対話』は、オーバーダビング2回の「3重録音」が故に「躁状態の賑やかさ」になってしまったが、今回の『続・自己との対話』は、オーバーダビングを一回減らして「2重録音」になっている。その2重録音の解釈としては「本人が演奏したものに対して、本人が対話するという形式をとったとのこと。所謂「対話」形式に則って、2重録音に留めたということ。

Further_conv_withmyself

オーバーダビングが一回減った「2重録音」になってお陰で、前作にあった「躁状態の賑やかさ」は、少し改善されて、音の隙間が出来たというか、音の分離が良くなった。それでも、ピアノの最大の特徴である、旋律楽器と打楽器の2つの特性の「インタープレイ」が2通り、2重に重なっているのだから、まだまだ「賑やか」である。

躁状態は抜け出した感じだが、賑やかで、ピアノ・ソロの陰影、演奏の間、フレーズの切れ目・つなぎ目など、ピアノ・ソロ独特の「美点」が損なわれているのは「相変わらず」。

収録された曲は『Trio '64』にあった「Little Lulu」や「Santa Claus Is Coming To Town」、そして、ビル・エバンスの十八番だった「Emily」「Quiet Now」など、エバンス節を聴かせてくれる曲が満載。前作同様、ビル・エバンスのそれぞれのトラックのソロ・ピアノの内容は良い。なので、2重録音に留めるのなら、敢えて、重ねる必要は無かったと思うのだが・・・。出来れば、ソロで聴きたかったなあ。

クラシックの世界のピアノ連弾は、双方が対等な役割で「インタープレイ」を展開することは無い。双方、シッカリと役割分担して、お互いが「相手の特徴」を最大限に伸ばすサポートをする。ましてや、同一人物が「多重録音」を前提に、ピアノ連弾したケースは聞いたことが無い。

強い理由は良く判らないのだが、とにかく、当時、ビル・エバンスは「重ねたかった」のだろう。でも、ピアニストの本質は「ソロ・ピアノ」でこそ露わになる。同じアコースティック・ピアノで、同一人物が「多重録音」前提の「仮想インタープレイ」は、やはりアクロバティックで、僕にとっては「too much」ある。
 
 
 
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2010年9月15日 (水曜日)

ちょっと不可解な「チャレンジ」

ビル・エバンスのヴァーヴ時代を俯瞰すると、他のレーベルの時代には無い、ユニークと表現して良いのか、なんと表現して良いのか、今の耳でも、ちょっと不可解な「チャレンジ」が幾つかある。

その代表格が『Conversations with Myself(自己との対話)』(写真)。1963年録音。ビル・エバンス自身のピアノを多重録音して制作した実験的作品である。1963年当時、ジャズの世界も、ポップ・ミュージックの世界も、そのアルバム作成の録音は「一発録り」。ビル・エバンスは、このアルバムで「多重録音」を採用、当時としては斬新と言えば、斬新なチャレンジではある。

ジャズでは、ピアノ単独のソロ演奏を収録したアルバムは多々ある。そして、ジャズでは、その演奏の録音は「一発録り」が基本。現在のポップ・ミュージックの様に、リズム・セクションを録音して、それをベース・トラックにして、最後にボーカルを録音する多重録音を採用することは、「再現性が無い」即興演奏が基本のジャズではあり得ない。この『自己との対話』で、敢えて、なぜ「多重録音」を採用したか、個人的に「首を捻りたくなる」アルバムである。

この「多重録音」について、そのイメージを簡単に表現すると、相手ミュージシャンと、双方で触発し合いながら、即興的でスリリングなインプロビゼーションを創造していく、いわゆる「インタープレイ」を、相手ミュージシャンにでは無く「自分」に求めた、つまり、自分で自分自身を触発し、即興的でスリリングなインプロビゼーションを創造しよう、という試み、という感じになる。3台のピアノが、左右、そして真ん中から聞こえ、それぞれがソロ・ピアニストの様に、インタープレイを仕掛けている。

Conversations_withmyself_2

その成果は、と言えば、私個人的には「?」。そもそも、ピアノには旋律楽器と打楽器の2つの楽器の特性があり、ピアノは、その2つの特性を同時に弾き出す事が出来る特殊な楽器である。故に「一人オーケストラ」と呼ばれることがある位だ。一人でその2つの特性を有機的に活用して、旋律楽器と打楽器の「インタープレイ」を表現するのが「ソロ・ピアノ」。ピアニスト単独のソロ・パフォーマンスである。

その旋律楽器と打楽器の2つの特性の「インタープレイ」が3通り、3重に、この『自己との対話』は録音されているので、出てくる音が「賑やかなこと」この上ない(笑)。とにかく「賑やか」。旋律楽器的特性と打楽器的特性が3通りに重なった音として出てくるので、ハッキリ言って「うるさい」。しかも、多重録音が故に、それぞれのピアノの音のタイミングが微妙にずれるのだが、その「ずれ」が、多重録音の結果として、同じピアニストが出す「ずれ」であり、故に、同じタイミング、同じ癖での「ずれ」が実に人工的かつ機械的に聞こえて、とにかく気持ちが悪い。

アルバム全編に渡って感じる「躁的な賑やかさ」は、決してアーティスティックな雰囲気ではない。一種、アクロバティックな雰囲気で、ピアノ・ソロの陰影、演奏の間、フレーズの切れ目・つなぎ目など、ピアノ・ソロ独特の「美点」が多重録音で消されていて、どうかなあ、と思ってしまう。しかし、このアルバムはグラミー賞受賞しているんですよね。当時の米国音楽界の評論家筋の感覚は良く判らんなあ。

ビル・エバンスのピアノ・ソロが3通りに、絡み合って重なって、とにかく「躁状態」の、とにかく賑やかなソロ・ピアノ。それぞれのトラックのソロ・ピアノの内容が良いだけに、重ねる必要があったのかなあ、とも思うし、なぜ当時のプロデューサーは思いとどまらせることは出来なかったのか、とも思ってしまう。ビル・エバンスのアルバムの中でも、ちょっと不可解な「チャレンジ」だと僕は解釈している。 
 
 
 
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2010年9月13日 (月曜日)

スタバに「粋なジャズ」

ニューヨークにまつわるジャズを聴く、のトレンドはまだまだ継続中である。ニューヨークを彷彿とさせる、ニューヨークを思い出させるジャズ。今日は、レイ・ブラウン(Ray Brown)の『Live At Starbucks』(写真左)。

僕は「スターバックス」と聞けば、「ニューヨーク」を思い出す。なぜか。おそらく、映画の「You've Got Mail」の影響だろう。1998年公開のアメリカ映画。 インターネットで知り合った名前も知らない男女がメールのやり取りをしながらお互いに惹かれ合っていくロマンティック・コメディ。メグ・ライアンが可愛かったなあ。

この映画で「スタバ」が出てくる。これが実に印象的で、1999年にニューヨークを訪問した折には、まずは「スタバ」である(笑)。英語でオーダーし、それが通じて、望みのドリンクが出てくる快感が忘れられずに、2000年にニューヨークを訪れた折にも、やはり「スタバ」(笑)。

そんな「スタバ」にまつわるジャズは無いだろうなあと思っていたら、2001年にリリースされた、レイ・ブラウン(Ray Brown)の『Live At Starbucks』。ちなみにパーソネルは、Geoff Keezer(p), Ray Brown(b), Karriem Riggins(ds)。1999年9月のライブ録音。場所は、シアトルのスターバックスの「本店」。

「スタバ」にジャズは良く似合う。美味いコーヒーに、小粋なピアノ・トリオが良く似合う。そんな想いを強くさせる、とにかく小粋な、とにかく内容の濃い、とにかくダイナミックなピアノ・トリオのライブ演奏である。一体感溢れる整然とした塊の様な音、そして、それぞれの楽器単独でも魅せてくれる、素晴らしいテクニック。
 

Ray_brown_starbucks

 
このレイ・ブラウンのピアノ・トリオは、それぞれの楽器を最大限に響かせている。最大限に鳴らしている。もう聴いていて、無意識にワクワクしてくる。ピアノが、ドラムが、そして、レイ・ブラウンのベースが、鳴りに鳴っているのだ。ダイナミックかつパワフル、それでいて繊細かつ彫りが深い。絵に描いた様な「ピアノ・トリオ」。

こんな「粋なジャズ」が、生演奏で流れているコーヒー・ショップって良いなあ。誰もが意識していないけど、実に小粋なピアノ・トリオが知らない内に耳に流れ、淹れたてのコーヒーを飲みながら、おしゃべりしながら、そんな「粋なジャズ」に、知らず知らずの内に耳を傾ける。そんな映画の一シーンの様なシチュエーション。良いなあ。クールやなあ。

このレイ・ブラウン(Ray Brown)の『Live At Starbucks』、良い演奏です。ピアノが鳴る、とにかくスケール豊かに鳴る。ドラムがその秘術を尽くして、様々なパーカッションな音を奏でてくれる。そして、レイ・ブラウンのベースは、太く弾けんばかりの躍動感溢れ、時にメロディアスに、時に鋼のように、演奏の底を支える。実に素敵に「良い感じ」なのだ。

こんな演奏が、日本の「スタバ」でも、時々演奏されたら良いのになあ。日本のミュージシャンだって、なかなかのもの。そんな企画、日本の「スタバ」でもやってほしいなあ。シアトルにだけ、こんな素晴らしい体験をさせておくのは不公平だ。 
 
 
 
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2010年9月12日 (日曜日)

結成40周年・DVD『展覧会の絵』

最近、60年代〜70年代のロックの世界で、結成XX周年的な企画盤が多く出回る今日この頃。そういえば、昨日の『クリムゾンキングの宮殿』も40周年記念盤だったな(笑)。今日は、久しぶりに、70年代ロックのDVDの話題を。

先月の終わりに、エマーソン・レイク&パーマー(以下ELPと略す)の『展覧会の絵(スペシャル・エディション)』(写真左)なるDVDがリリースされた。雑誌等の触れ込みによると「1970年12月にロンドンのライシアム・シアターで行なわれたライヴの模様を収録」とある。

続けると、なになに「今回のスペシャル・エディションは結成40周年を記念したもの。2005年に発売された35周年記念版では「展覧会の絵」のみの収録でしたが、今回は「Knife Edge」なども収めた“完全版”。本作にはさらに、1971年に撮影されたベルギーのTV番組『Pop Shop』出演時の未発表パフォーマンス映像も追加収録されます」とある。

ELPの「展覧会の絵」の映像と言えば、高校時代に、ほぼリアルタイムで、NHKの「ヤングミュージック・ショー」の放映映像に度肝を抜かれた経験がある。このELPの「展覧会の絵」の映像は所有していないので、今回、購入することにした。

まず、全編を見終えて一言「懐かしい」。細かい評論、評価は、ネットのELP者の皆さんにお任せするとして、映像的には、ネットでも散々な指摘を受けているが、サイケでチープな映像処理が鬱陶しい。恐らく、映像の3分の1以上が、サイケでチープな映像処理に覆われている印象。これは「いただけない」。サイケな映像処理(例えば「ネガ反転」)が苦手な人は買ってはいけません(笑)。

Elp_picture_ex_dvd

特に「展覧会の絵」のハイライト的演奏である「ブルース・バリエーション」「バーバ・ヤーガの小屋」「キエフの大門」「石を取れ」「ナイフ・エッジ」の一部、またはほとんどが、サイケでチープな映像処理で覆われているのが実に残念。こういう歴史的映像は、今においては、そのまま何の加工もしないで、そのまま見せて欲しいのだがなあ。

まあ、そのサイケでチープな映像処理を除けば、とにかく「懐かしさ」溢れる映像である。とにかく、エマーソンもレイクもパーマーも若い。とにかく「若い」(笑)。3人とも、いや〜なかなかの色男である。当時の人気の高さが窺い知れるというものだ。いやいや、3人とも「ピチピチ」している(笑)。

しかし、映像が「動く」ということは、やはり、なかなかの「説得力」があるなあ。LP時代、この音はどうやって演奏しているのか、と議論になったことが度々あるが、映像を見れば一目瞭然。

このELPの「展覧会の絵」は、早くから、NHKの「ヤングミュージック・ショー」で映像が流れたので、LPを聴きながら、「ああ、これはあの楽器の音か」とか「あんな演奏の仕方とはなあ」とか、映像で見た記憶を、LPの音とリンクさせながら楽しむことが出来たのは幸いだった。今回、このDVDを見ていて、その「楽しみ方」の記憶が甦ってきた。

EL&P初期の熱気溢れる演奏シーンは今見ても鮮烈ですね。さすが、体育会系プログレバンドの面目躍如ですね。この熱気は映像からでないと、なかなかダイレクトに伝わってこない。サイケでチープな映像処理には腹が立つが、演奏そのものは素晴らしいので、映像を流し見しながら、音を楽しむって感じですか。ちなみに、私は、このDVDを流しつつ、PCでネット・サーフィンという「ながら鑑賞」です(笑)。 
 
 
 
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2010年9月11日 (土曜日)

『宮殿』40th Anniversary

「最近、70年代ロックを疎かにしていないか」という声もあるので、これから土日のブログは出来るだけ、70年代ロックの話題にしようと思っている(以前はそうだったんだけど・・・)。

さて、永遠のプログレ小僧である、私こと松和のマスター、最近、相当に購入を悩むシリーズが展開されています。それが、「King Crimson 40th Anniversary Series」。確かに、かのプログレの名盤中の名盤『In the Court of the Crimson King(クリムゾンキングの宮殿)』のオリジナル・リリースが1969年。確かに、昨年の2009年で「40周年」である。ということは、これからゾロゾロとまた再発シリーズが始まるのか〜、と思っていたら「始まった」。怒濤の再発ラッシュである(笑)。

今回、悩みに悩んだのが『In the Court of the Crimson King(クリムゾンキングの宮殿)』の40周年記念盤。どのパターンを買うのか。CD(2004年リマスター)+DVD-Audio盤、2CD(2004年リマスター+2009年リミックス)盤、5CD+DVD-Audioボックス盤の計3種類がリリース。やり過ぎじゃないのか。全部欲しけりゃボックス盤を買いなさい、ということなのね。と以前だったら思うんだが、今回はちょっと事情が違う。

まず、DVD-Audioであるが、我が家では、そもそもかなり前から、映画鑑賞にてサラウンドの必要性を感じなくなり、既に再生装置・環境が無い。しかも、DVD-Audioは、当然のことながら、1969年当時には、絶対に存在しなかった再生フォーマットであり、オリジナル音源はステレオであることを考えると、このDVD-Audio盤は全く新しく作られた音源になる。オリジナル音源とは似ても似つかぬ音源になることは必定で、これは僕にとっては必要が無い。

しかも、未発表音源、別テイク音源についても、再現の低い、インプロビゼーション・バリエーションを楽しむ「ジャズ」とは違い、ロックの場合は再現性が高いので、別テイクの音源を聴いていても、ジャズほど面白くない、というか、ハッキリ言って「つまらない」。マニアの人には必要なんだろうけど・・・。

加えて、映像についても食傷気味で、「以前見たか、見ていないか」位のものでしかなく、映像のみから見いだせる、何か新しい発見があるかと言えば、そんなものは「殆ど無い」。今まで、ボックス盤に同梱されていた映像については、同じようなものである。一度見たらそれまで。繰り返し見る映像はほとんど無い。
 

Crimson_king

 
で、今回、興味をそそるのは「2009年リミックス」の存在。回のリミックスを担当したのはポーキュパイン・ツリーのスティーブン・ウィルソン。リミックスというのは、リマスター(マスターテープを整音)するのでは無く、そのマスターテープの基である、マルチトラックで収録されたテープから新たなリミックスを施したマスターを作り上げること。これはかなりの難作業である。

マルチトラックの、各トラックのひとつひとつをクリーニング+整音してから、リミックスする手順になるので、各トラックのクリーニング・整音をし過ぎると、音が痩せたり平板になったりして、それをさらにひとつにまとめる作業、つまりリミックスすると、オリジナル音源とは似ても似つかぬ、とてもチープな内容の音源になってしまう。また、リミックス時に音のバランスや音圧をいじり過ぎても、オリジナル音源とは似ても似つかぬ音源になってしまう。そんな危険性をはらんだ作業がリミックス。これで失敗したロック旧盤のリミックスは数知れず。

しかし、今回の「2009年リミックス」は出来が良い。自然な音の広がりを意識したリミックスになっており、各トラックのクリーニング+整音が良かったのだろう、音の分離がかなり良くなり、分離が良くなった分、音の横の拡がりが出て、音の横の拡がりが出た分、音圧を平均的に上げている。音圧の上げ方が自然な分、オリジナル音源と比べても違和感が無い。音の分離が良くなったお陰で、今まではっきり聴こえなかった楽器の音の存在にも驚く。楽器の輪郭が明確になり、オリジナル音源の音の「モコモコ感」はかなり払拭されている、この「モコモコ感」の部分をどう感じるかで、このリミックスの好き嫌いが分かれるだろう。

まあ、この「モコモコ感」は、当時の録音機材の問題であり、実際の演奏からくるものではないので、あまり、この「モコモコ感」にこだわるのもどうか、と思われるほど、このリミックスは、オリジナルのムードを裏切らない。実に自然なリミックスで、オリジナルのマルチトラック・テープの音の鮮度に加え、マルチトラック毎の適切なクリーニング+整音、そして、自然な音の広がりを尊重したリミックスの相乗効果で、ほぼこれが『クリムゾンキングの宮殿』のステレオ音源の決定打と言っても良い位の音に仕上がっている。個人的には、CDというフォーマットの中では、この「2009年リミックス」が終着点の様な気がしている。

この自然な音の広がりを尊重したリミックスを聴いていて、「はて、オリジナル音源の音ってどんな音だったっけ?」と不安になった時の為に、「2004年リマスター」の音源も付いています(笑)。

ということで、私は、2CD(2004年リマスター+2009年リミックス)盤を購入。輸入盤のコスト派フォーマンスの良さも手伝って、実に満足度の大きいものになりました。これで、『クリムゾンキングの宮殿』のCDフォーマットについては終わりかな。いや、SACD盤の追加リリースの噂もあるので、SACD盤が出たら買うな。まだまだ続くフィリップ翁の販売戦略。まだまだ我々は翻弄されそうですね(笑)。
 
 
 
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2010年9月 9日 (木曜日)

この若さ、このハイテクニック

ジャズ・テナーの中で、一番のお気に入り、ソニー・ロリンズ(Sonny Rollins)のリーダー作の聴き直し。第2弾は『Moving Out』(写真左)。

1954年8月と10月の2つのセッションをカップリング。ちなみに、8月のセッションのパーソネルは、Kenny Dorham (tp) Sonny Rollins (ts) Elmo Hope (p) Percy Heath (b) Art Blakey (ds)。Elmo Hope(エルモ・ホープ)の参加が目を惹く。このメンバーで、1曲目の「Moving Out」から、「Swingin' For Bumsy」「Silk 'N' Satin」「Solid」の4曲を演奏する。

そして、10月のセッションのパーソネルは、Sonny Rollins (ts) Thelonious Monk (p) Tommy Potter (b) Art Taylor (ds)。このメンバーで、ラスト5曲目の、10分強の長尺バラード「More Than You Know」を演奏する。

しかし、なぜパーソネルが全く異なるセッションを1枚のLP(アルバム)に詰め込むかが判らない。それが個性とも言えるのだが、全くもって、プレスティッジというレーベルは、いい加減なレーベルである(笑)。8月のセッションと10月のセッションの間での「類似性」は全く無い。5曲目の「More Than You Know」を聴くと、明らかに、前の4曲とはメンバーが違うということが「まる判り」。

冒頭の「Moving Out」そして、2曲目の「Swingin' For Bumsy」を聴くと、このアルバムの録音当時、24歳の若さで、素晴らしい速吹きテクニックにビックリする。よく聴くと、ところどころブロウが速すぎて、前のめりになって、若干滑るようなところがあり、この2曲の高速ブロウを聴くと、ロリンズは才能と本能だけで、このハイテクニックな高速フレーズを叩き出していることが窺い知れる。
 

Rollins_movingout

 
ハイテクニックな高速フレーズと言えば、ジョン・コルトレーンの「シーツ・オブ・サウンド」を思い出す。コルトレーンの高速フレーズは「メカニカル」。デジタルのビット列の様に音符を敷きつめ、機械的なフレーズが延々と続く。練習に練習を重ね、鍛錬に鍛錬を重ねることで手に入れたハイテクニック。努力の音、努力のフレーズである。

しかし、ロリンズのハイテクニックな高速フレーズは「アナログチック」なもの。ところどころ、速すぎて「滑ってしまう」危うい箇所のあるが気にしない。速吹きのフレーズはイマージネーションに溢れ、どこを切り取っても「ロリンズ節」である。ロリンズ本人でないと出ない「タイミングと間」を持った、独特の速吹きフレーズ。本能の音、感性のフレーズである。

そして、3曲目の「Silk 'N' Satin」と5曲目の「More Than You Know」のバラード演奏の素晴らしいこと。ロリンズの豪放磊落、男性的なテナーの音で、感性のフレーズを悠然と展開していく、このロリンズの余裕。力強いテナーの懐の深いフレーズに、ついつい聴き惚れてしまう。

極めつけは、ミドル・テンポの「Solid」。ロリンズは、このテクテク歩くテンポでのブロウが最高だ。余裕綽々、悠然自若、歌心溢れるフレーズ、心地良いテンポのアドリブ。つられて、トランペットのケニー・ドーハムもキラキラした、余裕の響きを「キメてくる」。エルモ・ホープのバップピアノも、コロコロと軽やかに心地良くドライブし、アート・ブレイキーのドラムとパーシー・ヒースのベースが、演奏全体を引き締める。良い感じです。

当時、ロリンズは若干24歳。そして、このハイテクニックな高速フレーズは素晴らしいの一言。何も、コルトレーンの「シーツ・オブ・サウンド」だけが、ハイテクニックな高速フレーズではない。実は、ロリンズも、この「ハイテクニックな高速フレーズ」では負けてはいない。自らの音の個性になんとなく合わないので、あまり全面に出さないまで、と、僕は勝手に解釈している。 
 
 
 
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2010年9月 8日 (水曜日)

美しきフラグメンツ・2

マイルス・ディヴィスが、黒人ボクサー、ジャック・ジョンソンをテーマとした映画のサントラのコンプリートBOX。1970年2月18日から6月4日の録音。今日はその2枚目を・・・。

ゆったりとした、どう例えたらよいか、そう、ゆっくり歩くテンポから、テクテク歩くテンポの演奏のみが詰まった『The Complete Jack Johnson Sessions [Disc 2]』。ゆったりとしたテンポなんで、流石に「緩いかなあ」と思って聴いてみたら「あらビックリ」。

この『The Complete Jack Johnson Sessions [Disc 2]』は、そのゆったりとしたビートをバックに、マイルス(Miles Davis)のペットとジョン・マクラフリン(John McLaughlin)のギターを心ゆくまで愛でる、セッション・テープの集まりである。

ゆったりとしたビートというのは、演奏するにも難しく、そのビートをキープするのは更に難しい。その難しい「ゆったりとしたビート」を、エレベとトラムが手に手を取って、神妙に、時に熱く刻み続けていく。これって、なかなかの「聴きもの」です。エレクトリック・マイルスは「ビートが命」なのですが、ここでも、マイルスならではの「クールなビート」を聴かせてくれます。

しかし、改めて凄いなあと感心し、聴き耳を立ててしまうのが、マイルスのトランペット。延々と続く、ゆったりとしたシンプルなビートをバックに、様々なニュアンス、様々な音色、様々なフレーズで、マイルスは、ペットの音を紡いでいきます。そのクールでカラフルな展開に、ついつい聴き入ってしまいます。

Miles_complete_jackjohnson

ギターのマクラフリンも、なかなか面白いエレギを聴かせてくれます。マイルスには「ジミ・ヘンドリックスの様に弾け」と言われていたみたいですが、確かにジミヘンが入っていますが、そのフレーズは、決して「ロック」では無い。あくまで「ジャズ」です。「ロック・ギター」は「リフ」で聴かせるが、「ジャズ・ギター」は、あくまで「フレーズ」で聴かせる、という違いでしょうか。

でも、これが、今の耳で聴いても、実にクールなんですよ。マクラフリンが全知全霊を込めて、マイルスの為にエレギを弾いている様が見えるようです。

このセッションが敢行されたのは、1970年2月18日から6月4日。1970年という時代におけるロックの演奏と比較すると、圧倒的に、このエレクトリック・マイルスの演奏の方が内容も濃く、テクニックにも優れ、なんといっても、底に流れる「ビート」の存在感が凄い。「ロック」なんて目じゃない。そんな、マイルスの矜持が強く感じられるセッションのフラグメンツである。

この『The Complete Jack Johnson Sessions [Disc 2]』は、そのゆったりとしたビートが前提のセッションの集まりなので、「絶対に途中で飽きるなあ」と思ったのですが、初めて聴いた時以来、何度も聴き直していますが、不思議と飽きません。というか、いつも最後まで聴き通してしまいます。これぞ、エレクトリック・マイルスは「ビートが命」の真骨頂でしょう。

そう感じるのは、マイルス者だけなのかなあ。というか、僕だけなのかなあ。でも、この2枚目のCDも、結構「イケます」。聴く方も、ゆったりとリラックスしながら、そのゆったりとしたビートが前提のセッションを愛でる。マイルス者だけが感じる「幸せ」かもしれません(笑)。 
 
 
 
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2010年9月 7日 (火曜日)

不世出の早熟の天才テナーマン

ジャズ者初心者の時から、ソニー・ロリンズが大のお気に入りである。当時、新譜だった『Love at First Sight』と大傑作『Saxophone Colossus』を聴いて、それからずっと大のお気に入りテナーマンである。

ソニー・ロリンズ(Sonny Rollins)は、1930年9月7日生まれ。今年で80歳になる、最後のジャズ・ジャイアント、愛称は「テナー・タイタン」。ハード・バップの代表的奏者であり、ジョン・コルトレーンと並ぶジャズ・サックスの巨人。豪放磊落、大胆かつ細心、歌心溢れ大らかなフレーズ展開は、決して、他の追従を許さない。孤高のテナーマンである。

そんなロリンズが大好きなのに、今まで、ロリンズのリーダー作を、組織だって年を追って聴き直したことが無い。大好きが故に、その時の気分に合ったアルバムをチョイスして聴いて来た。しかし、最近、ふと「それではいけない」と思った。で、ロリンズのリーダー作を、組織だって年を追って聴き直すことにした。

さて、まずは、ロリンズが21歳、1951年の初リーダー作の『Sonny Rollins With The Modern Jazz Quartet』(写真左)である。このアルバム、タイトル通り、モダン・ジャズ・カルテットとの共演だけがチョイスされたアルバムでは無い。そこは「プレスティッジ・レーベル」。幾つかのジャム・セッションを方針無く、適当にLPサイズに詰め合わせて、リリースされたアルバムである。

モダン・ジャズ・カルテットの共演は、1曲目〜4曲目まで。ちなみに、パーソネルは、Sonny Rollins (ts) Milt Jackson (vib) John Lewis (p) Percy Heath (b) Kenny Clarke (ds)。1953年10月の録音である。

ちなみに、モダン・ジャズ・カルテットとの共演だと認識できるのは、ミルト・ジャクソンのヴァイヴの存在。それもあまり全面にでること無く、モダン・ジャズ・カルテットのバッキング自体が精細を欠く。若きロリンズだけが、豪放磊落、大胆かつ細心、歌心溢れ大らかなフレーズを吹きまくっている。

Sonny_rollins_mjq

他の録音はカルテットもの。5曲目から12曲目までの8曲で、ちなみにパーソネルは、Sonny Rollins (ts) Kenny Drew (p) Percy Heath (b) Art Blakey (ds)。1951年12月の録音。この録音でも、バックの演奏は全面に出ること無く、地味に、ロリンズの若きテナーの引き立て役に徹する。

そして、ラストの「I Know」は、1951年1月の録音。ちなみにパーソネルは、Sonny Rollins (ts) Miles Davis (p) Percy Heath (b) Roy Haynes (ds)。なんと、かのジャズの帝王、トランペットのマイルス・ディヴィスがピアノを弾いている。といって、なにか変わった「化学反応」が起こっているかというと、そうでは無い。マイルス・ディヴィスのピアノも普通のレベル。なにか凄い演奏なのか、と思うが全くそんなことは無い(笑)。

この『Sonny Rollins With The Modern Jazz Quartet』は、ロリンズのテナーだけを愛でるアルバムである。1951年、当時21歳のロリンズが、当時、ビ・バップの後期、錚々たる実績あるメンバーをバックに従えて、ロリンズが、豪放磊落、大胆かつ細心、歌心溢れ大らかなフレーズを吹きまくっている。

テクニックは全く申し分無く、溢れんばかりの歌心を湛えて、豪放磊落、大胆かつ細心に、ロリンズはテナーを吹き上げていく。音の陰影、インプロビゼーションのメリハリ、奥行きなど、重箱の隅を突けばきりがないが、弱冠21歳のテナーマンの音としては最高である。細かい部分をさしおけば、弱冠21歳で、これだけのテナーを吹くことができるのは、後にも先にもロリンズしかいない。早熟といえば早熟。これは大袈裟ではなく「奇跡」に近い。

この『Sonny Rollins With The Modern Jazz Quartet』は、弱冠21歳のロリンズが、如何に早熟な天才テナーマンだったかを、如何に不世出のテナーマンだったかを、今の我々に教えてくれる。そして、今に繋がるロリンズのテナー・スタイルが既に確立されているところも驚くべきところ。

荒削りではあるが、21歳にして、ほぼ完成された、テナー・タイタンの若かりし頃の演奏。それだけを感じる事ができるだけでも、この『Sonny Rollins With The Modern Jazz Quartet』の存在意義は、ロリンズ者にとっては「抜群」である。   
 
 
 
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2010年9月 6日 (月曜日)

NYにはオルガンが良く似合う

ニューヨークには、オルガン・ジャズが良く似合う。オルガン・ジャズのファンキーな雰囲気とコテコテなノリが、ニューヨークのビジネスのエネルギー、はたまた、ストリート・パフォーマンスの熱気を彷彿とさせて、僕にとっては、ニューヨークにはオルガン・ジャズが良く似合うと思っている。

そんなオルガン・ジャズのアルバムに、その名もズバリ『NYC Serenade(ニューヨーク・シティ・セレナーデ)』(写真左)。日本若手のオルガニスト、敦賀明子の4枚目のリーダー作。MOJOレーベルからの2枚目のアルバム。

MOJOレーベルからの一枚目は『St.Louis Blues』(2009年5月31日のブログ参照)。曲が進むにつれ、ノリとグルーブ感、ファンキー度が高くなっていくんだが、聴き終えて、やっぱりちょっと「こぢんまり纏まっている」感じがどうしても気になる、としている。『NYC Serenade』は、同じMOJOレーベルからのリリース。ちょっとした不安を感じながら、だったが、これが「不安一掃」の内容で、ホッとしたのを覚えている。

冒頭の「Sister Sadie」が、かなり「イケてる」。適度にファンキーでノリが良い。敦賀明子のオルガンの特徴である「決して過剰にならないファンキーさと決して下品にならないノリ」が、ここでも良い効果をだしている。コテコテに過ぎず、ライトでファンキーな雰囲気が良い意味で「聴き易い」。

Nyc_serenade

ウエィン・エスコフェリーのサックスも好調、ジミー・コブのドラムもノリが良く、ギターのエリック・ジョンソンも切れ味抜群。前作の様に「こぢんまり纏まり感」はまったく払拭されている。続く「Arthur's Theme」も同様。ライトでファンキー、決して過剰にならないグルーブ感は、実に良い感じ。

3曲目「When You Wish Upon A Star(星に願いを)」と4曲目の「The Way You Look Tonight(今宵の君は)」は、ご愛嬌。オルガン・ジャズの軽音楽風で、う〜ん、これはなあ、と思ってしまうが、本格的なオルガン・ジャズに馴れていない、ジャズ者初心者の方には、これくらい聴き易いジャズ・オルガンの演奏があっても良いかな、とも思う。ジャズ者初心者の方々には、あまりにノリノリなオルガン・ジャズは、かえって「引く」かも・・・。ここは、ジャズ者初心者の方々の聴き易さを鑑みて、この軽音楽風の演奏も「良し」とする。

5曲目の「Driftin'」から、敦賀明子のオルガンの特徴である「決して過剰にならないファンキーさと決して下品にならないノリ」が復活。ラストの「Gator's Time」まで、バンド一体になって突っ走る。全体のトーンが過剰なノリにならないように、敢えて、バンド全体で「ノリ」を押さえている感じがちょっと気になるが、まあ、僕たちは敦賀明子の最新作『Oriental Express』を体験しているので、全く心配いらない。『NYC Serenade』単体で聴いても、前作の『St.Louis Blues』に比べて、その内容は着実にグレードアップしている。

ニューヨークには、オルガン・ジャズが良く似合う。敦賀明子もニューヨークを拠点に頑張っている。その頑張りが「音の成果」に着実に出ている。そんな若手ミュージシャンが、アルバムを重ねる毎にステップアップをしていく様子を感じることは、実に楽しく、実に頼もしい。 
 
 
 
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2010年9月 5日 (日曜日)

George RussellのN.Y.讃歌

ジャズにおいて、ズバリ、ニューヨークを題材にし、ニューヨークをテーマにした楽曲で固めたコンセプトアルバムは、意外に数少ない。まあ、ジャズ自体がニューヨークを強くイメージする音楽ジャンルなんで、そんなジャズの中で、ニューヨークをテーマにしたコンセプト・アルバムなんて必要無いと言えば必要無い(笑)。

さて、ジャズのアルバムの中で数少ない、ニューヨークをテーマにしたコンセプト・アルバムが、George Russell(ジョージ・ラッセル)の『New York, N.Y. 』(写真左)。1958年9月、11月、1959年3月の録音。レコード会社のキャッチコピーは「ジャズの都マンハッタンの情景をラッセルの大胆な作・編曲で綴った一大音楽抒情詩」。ちと大袈裟だが、その雰囲気のとらえ方は正しい。

パーソネルは、ジョージ・ラッセル(arr, dir), ジョン・ヘンドリックス(narration),アート・ファーマー(tp), ボブ・ブルックマイヤー(tb), ハル・マクシック(as), ジョン・コルトレーン(ts), ビル・エヴァンス(p), バリー・ガルブレイス(g), ミルト・ヒントン(b), マックス・ローチ(ds) 他。当時、売出し中だった、若きジョン・コルトレーン、アート・ファーマー、ビル・エバンスらのソロが「聴きもの」です。しかし、錚々たるメンバーです。

収録曲は以下の通り。タイトルを見渡すと、う〜ん、改めて思いますね。このアルバムは George Russell によるニューヨーク讃歌なんだな〜、と。

1. Manhattan
2. Big City Blues
3. Manhatta-Rico
4. East Side Medley : Autumn in New York 〜 How About You
5. A Helluva Town

Gerge_russell_nyny

「自信があるなら切符を買って、さあ行こう。バスで飛行機で汽車で、ニューヨーク、ニューヨーク、最高の街」

と、John Hendricks のナレーションで幕が開く。そして、冒頭の「Manhattan」は、いきなり詞の冒頭のリズムのパターンをドラムが叩き出す。続いて、John Hendricksによるラップ調の詩の朗読が始まります。このJohn Hendricksの詩の朗読と、バックが叩き出すビートとリズムだけで、既に「格好良い」。

アルバム全編に渡って、ジョージ・ラッセルのアレンジが冴え、どの曲も実に格好良く決まっています。変にエンタテインメントに媚びずに、格好良く、ダンディズム溢れる演奏に仕上がっていて、実に「凜」としているところが特徴。若きジョン・コルトレーン、アート・ファーマー、ビル・エバンスらのソロも、ジョージ・ラッセルの要請に応じて、実に渋く、実にモダンで、実に格調高いものになっていて、出てくるフレーズ、フレーズに「へえ〜、ほぉ〜」と感心することしきり。

そして、やはり、個人的な極めつけは、4曲目の「East Side Medley」でしょう。僕の大好きな、N.Y.にまつわるスタンダード曲「Autumn in New York(ニューヨークの秋)」が入っています。これが、まあ、実に心に染みいるバラード曲なんですよね〜。ジョージ・ラッセルのアレンジが実に良く効いていて、変に感情過多に傾かず、決してウェットにならず、ややドライな雰囲気の、ダンディズム溢れる「Autumn in New York」は絶品です。

J.F.K.空港を降り立ち、イエローキャブに乗り、橋を渡ってマンハッタン島に入ると、必ず「ニューヨークに来た」という実感が心の底から沸き立ってくる。このGeorge Russellの『New York, N.Y. 』を聴く度に、その情景が、その感動が心に浮かびます。ニューヨークに対する想いが詰まった良いアルバムだと思います。
 
 
 
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2010年9月 4日 (土曜日)

「I love New York」が心地良い

いろんな意味で隅に置けない(笑)友人親子がNYに滞在中。無性にNYの雰囲気を満喫できるジャズ盤が聴きたくなってきた。ということで、ニューヨークをバリバリに感じる事ができるアルバムを探すことに・・・。

探すというか、ニューヨークを強く感じる事のできるアルバムというと、僕としては、絶対にこのアルバムが真っ先に浮かぶ。ちなみに、このアルバムって、メインストリーム・ジャズでは無く、フュージョン・ジャズなんだけどね。

時代は、1979年11月に遡る。当時、まだまだ海外旅行は「夢のまた夢」。ましてや、ニューヨークに行くなんて、当時は、自分の一生の中では絶対に無い、と思っていた。そんな時代、テレビのCMで見た、聴いた、日本航空のニューヨーク・キャンペーン「I love New York」。そのバックで流れているフュージョン・チックな音楽に耳を奪われた。というか、僕にとっては衝撃的だった。

その曲は、今では日本での老舗フュージョン・バンドとなったカシオペアの、その名もズバリ「I love New York」。当時、流行始めていた、CMとのタイアップ曲である。でも、当時は「タイアップ曲」といえば、ニューミュージックの曲ばかりだったから、この当時駆け出しのフュージョン・バンドの楽曲とタイアップした日本航空は先進的。凄いと言えば凄い。

当時、どちらかと言えば、米国の犯罪都市として有名だったニューヨーク。確かに、あまり良いイメージは無かったですね。日本でニューヨークが良いイメージで受け止められ始めたのは、日本テレビの「米国横断ウルトラクイズ」の決勝の舞台がニューヨークになってからでしょう。徳さんの「ニューヨークへ行きたいか〜」のアジテーションに、テレビの前で「行きたいぞ〜」と応えつつ、僕の中でも、まだ見ぬニューヨークが憧れの地になっていったのを覚えています。

そんなニューヨークを安全で清潔な街、観光都市化しようと、当時のコッチ市長が一大改革に乗り出した時のキャンペーン・スローガンが「アイ・ラブ・ニューヨーク」。このカシオペアの「I love New York」は、スティーヴ・カルメンが作曲した楽曲のカバーです。当時のニューヨークのテーマ曲みたいなものでしたね。決して、カシオペアのオリジナルではありません。
 
Casiopea_ilove_ny
 
カバーとは言え、このカシオペアの「I love New York」は、実に印象的な曲で、僕は今でも、ニューヨークを彷彿とさせるジャズ曲は、と問われれば、必ず先ず、このカシオペアの「I love New York」を挙げます。たった4分ちょっとの曲なんですが、これが実にキャッチーな内容です。

当時、フュージョン・シーンで流行っていた、ボコーダーを使用して「I love New York」と歌う雰囲気は、いまでも「たまりません」。前奏のストリングス・アンサンブルの和音も懐かしい響きです。しかし、なんといっても、この曲全編に渡って、野呂一生のギターのフレーズ、リフが素晴らしい。何気なく、ギターを弾き進めて行っているんですが、要所要所で聴かせてくれる「技」は何度聴いてもワクワクする。シンコペーションの多用、途中で一音上がる効果的な転調。僕の好みをバシバシと刺激してくれます。

収録曲9曲中7曲が野呂一生の作曲と、ちょっと野呂一生のワンマンバンド的な印象が強いのですが、他のメンバーの力量・ポテンシャルが高く、決して、野呂一生だけが目立っていないところが、この時期のカシオペアの良いところです。

そして、カシオペアの一番の特徴は、演奏に「純ジャズくささ」の無いことです。それまでの日本のフュージョン・バンドは、純ジャズからの転身組がほとんどで、演奏のそこかしこに「純ジャズ的な香り」が漂っていました。「それが良いんじゃないか〜」という意見もありましたが、あまりに強く出る「純ジャズ的な香り」は、純粋なフュージョン・ジャズとして聴く場合、ちょっと違和感がありました。

その「純ジャズ的な香り」が、カシオペアには殆ど感じられない。ちなみに、ロック的な香りも希薄で、日本での純粋なフュージョン・ジャズを表現したのは、カシオペアが最初だと僕は思っています。それほど、今までのどのジャンルの音にも影響されない、自らの音の個性を確立しています。

時代は、1979年。当時、まだまだ海外旅行は「夢のまた夢」。ましてや、ニューヨークに行くなんて、当時は、自分の一生の中では絶対に無い、と思っていた。このカシオペアの「I love New York」を、大学時代の一時期、繰り返し繰り返し聴いていた。ニューヨークは犯罪都市のイメージから脱却し、世界のビジネスの中心になっていった。学生時代、ニューヨークは憧れの地。しかし・・・、社会人になって、通算4度もニューヨークの地を踏むことになるとは思わなかったなあ。 
 
 
 
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2010年9月 2日 (木曜日)

Bitches Brew Legacy Edition

エレクトリック・マイルスの初期の最高作、1969年の代表作「Bitches Brew(ビッチズ・ブリュー)」がリリースされてから40年になるそうだ。40周年。その40周年を記念して(正確には今年は41年目なんだけど・・・)、「レガシー・エディション」(写真左)がリリースされた。

もう『Bitches Brew』については、世の中で語り尽くされているが、僕は、まだこの『Bitches Brew』については語り尽くしていない。どうにか、今年の8月5日のブログ(左をクリック)「エレクトリック・マイルスの基本」で、ちょっこし語った程度だ。まだまだ、この『Bitches Brew』を初めて聴いた頃の感動を書き尽くしてはいない。そんなこんな、しているうちに「発売40周年」である。

さて、この「レガシー・エディション」の内容は以下の通り。

ディスク:1
1. Pharaoh's Dance
2. Bitches Brew
3. Spanish Key
4. John McLaughlin
ディスク:2
1. Miles Runs The Voodoo Down
2. Sanctuary
3. Spanish Key (alternate take)
4. John McLaughlin (alternate take)
5. Miles Runs The Voodoo Down (single)
6. Spanish Key (single)
ディスク:3
1. Directions (Copenhagen concert of 11/4/69)
2. Miles Runs The Voodoo Down (Copenhagen concert of 11/4/69)
3. Bitches Brew (Copenhagen concert of 11/4/69)
4. Agitation (Copenhagen concert of 11/4/69)
5. I Fall In Love Too Easily (Copenhagen concert of 11/4/69)
6. Sanctuary (Copenhagen concert of 11/4/69)

1枚目から2枚目の2曲目までが、正式盤『Bitches Brew』。でも、最初リリース時、LPでの構成とは異なるところがちょっとイマイチ。LP時代の正式な構成は以下の通り。Side 4だけが2枚目のCDの飛び出しているような塩梅になる。

Bitches_brew_legacy

Side 1
"Pharaoh's Dance"
Side 2
"Bitches Brew"
Side 3
"Spanish Key"
"John McLaughlin"
Side 4
"Miles Runs the Voodoo Down"
"Sanctuary"

しかし、その後の音源、特に、シングルカットの音源が、正式盤としては初出ではなかったか。とにかく珍しい。これが、なかなか上手く編集されたシングルカット音源で、シングルカットされた元曲の良いところをピックアップし、FMなどの放送に乗っかる収録時間に、よくぞこれまで、コンパクトに効率良く編集したなあ、と感心する。このシングルカットの音源を求めるだけでも、この「レガシー・エディション」は、マイルス者にとっては「買い」だと思う。

しかも、これは本当にそうだか判らないのだが、音が良い。『Bitches Brew』のリマスター盤を所有しているが、どうも、既発のリマスター盤よりも、自然な音の分離、自然な音圧、自然な音の艶が、今回の「レガシー・エディション」の方が美しい。そこそこのステレオ・セットでも、かなり迫力のある『Bitches Brew』を聴くことができる。これは感動ものである。『Bitches Brew』の本来持つ音の迫力、音の艶やかさ、音のダイナミックさが、ダイレクトに耳に飛び込んでくる。

加えて、まだ、観てはいないのだが、今回の「レガシー・エディション」に同梱されているDVDも興味をそそる。1969年のマイルス・ディヴィスが動画で観ることが出来るなんて、本当に良い世の中になったもんだ(笑)。

既に『Bitches Brew』のCDを持っていても、このシングルカットの音源とDVDが魅力で、マイルス者であれば買っちゃうでしょうね。今回は早めの予約で、UK盤ではありますが、かなり格安に入手ができて、かなりコスト・パフォーマンスが良くて、個人的には「ご満悦」です。 
 
 
 
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