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2010年8月14日 (土曜日)

自分の耳を信じよ 〜WRの迷走

ジャズは複雑な音楽で取っつき難い。自分の耳が信じられる様になるまで、雑誌の評論に翻弄され、入門本の紹介文に揶揄される。後になって振り返ってみれば、自分が「良い」と感じたジャズが、自分にとって「良い」ジャズなんだ、と判るんだが、ジャズ者初心者の頃は、どうしても他人の、特に「権威」の意見に振り回されてしまう。

僕にとって、その「振り回された」最たる思い出が、Weather Report (ウェザー・リポート・以降WRと略す)の後期、1983年リリースの『Procession』(写真左)以降の4枚のアルバム。このアルバム4枚ほど、雑誌の評論、世間の評判と自分の耳の感じ方が異なったケースは無い。特に、『Procession』については、ほとほと困り果てた思い出がある(笑)。

『Procession』は1983年発表。前年の1982年に、ジャコ・パストリアスとピーター・アースキンという、WR史上、最高かつ最強のリズム・セクションが脱退(というか、ザビヌルに追い出された感が強いが・・・)。遂にWRは、キーボードのジョー・ザビヌルのワンマンバンドと化した。

初期WRは、サックスのショーターとベースのビトウスの手柄であり、中期WRは、ドラムのピーター・アースキンとベースのジャコ・パストリアスの手柄であった。残念ながら、いつの時代も中途半端なスタンスで、とにかく売れたいと思っているキーボードのジョー・ザビヌルは、彼らの後塵を拝していた。

原因は、ザビヌルのキーボードに対する、特にシンセサイザーに対する理解度の浅さが主な原因だろう。当時の超一流のキーボーダー、チック・コリア、ハービー・ハンコック、ライル・メイズらと比べると、その才能については、どうしても1ランク、若しくは2ランク落ちる。機材の充実度、機材の総価格でいくと、ザビヌルはダントツなんだが、キーボードの音は、キーボードのセンスは、価格ではなく才能である。

この『Procession』については、当時、本当に自分なりの評価に困った。どう聴いても「優れたアルバム」とは思えない。特に、ザビヌルのシンセサイザーのセンスにかなり強い疑いを持った。

Procession

冒頭の表題曲「Procession」のザビヌルのシンセサイザーの使い方は、とても「ジャズ」をベースにしたシンセサイザーの音とは思えなかった。これでは、1970年代のプログレの方がシンセサイザーを理解していたと言えるし、この陳腐なデジタルチックな、時代に迎合したシンセサイザーの音は一聴して「おかしい」と思った。

でも、雑誌では絶賛されていた。若しくは、次なる素晴らしいステップへの「前向きな過渡期」だとされた。しかし、当時の僕は、ジャズを聴き始めてまだ5年程度。自信も有るわけが無く、雑誌の評論家の先生方の評価の方が正しいと思おうと思った。でも、『Procession』は2度聴けなかった。どうしても、ザビヌルのシンセの音が評価できない。

ジャコとアースキンに代わったベースのビクター・ベイリー、ドラムのオマー・ハキムは、ザビヌルのシンセを主役にするべく、ザビヌルのソロの旋律に被らないように、ザビヌルがリードするビートを踏襲しようとして、実に窮屈な演奏を強いられている。ビクター・ベイリーのエレベの音色は、ジャコにそっくりだが、彼の弾き出すビートはジャコとは全く違う。ザビヌルに迎合したビートで終始している。そして、オマー・ハキムのドラムは、ザビヌルを優先する余り、単なるデジタルチックな平凡なリズムに終始してしまっている。実に残念なリズム・セクション。

当時、この『Procession』で、ザビヌルは何を表現したかったのか。ファンキーな音なのか、シンセ中心のデジタルチックな音なのか、なんだったんだろう。この『Procession』で表現された音は、今の耳で聴くと、どう聴いても「ジャズ」とは思えない。ましてや、このザビヌル独裁のWRに、往年のWRの音世界は全く無い。あるのはザビヌルの、当時の音世界のみ。しかも当時のザビヌルは、晩年のワールド・ミュージックな音を獲得したザビヌルの個性を確立している訳ではなく、単なるデジタルチックで高額なシンセの弾き手に留まっていた。
 
思えば、1983年リリースの『Procession』で、既にWRはWRで無くなっていた。この『Procession』のWRは、ザビヌルのワンマン・ソロバンドである。この時点でWRは存在していない。WRは、ビートとリズムのバンドであった。そのビートとリズムは、双頭リーダーであったザビヌルとショーターの存在の他にあった。神の配剤の様に存在した、初期のビトウス&ムーゾン、中期のパストリアス&アースキン。

しかし、ザビヌルはことごとく、この「神の配剤」を排除した。そして、後期では、この「神の配剤」の部分を自らのシンセサイザーで表現しようとした。その瞬間、真のWRは消滅した。 
 
 
 
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コメント

こんにちは、jamkenです。お盆休みも終わり、新幹線乗り場の混雑と明日から仕事が始まる苛立ちで閉口しています。プロセションは実は、聞いていません。今のところ彼らのサウンドをまだそうかつ出来なくてイライラしています。しかしこのプロセションは聞かずには通れないなと思いました。是非聞いてまたコメントしてみましょう。

こんばんは、jamkenさん。松和のマスターです。

WRの後期のアルバムについては、辛口なコメントに終始していますが、
jamkenさんの仰るとおり、WRを語るには、WRの本質を確認するには、
この後期の作品は避けて通れません。是非jamkenさんの耳で確認して
みて下さい。

決して悪い出来ではありません。エレ・ジャズとしては、一定水準を
クリアしていると思います。でも「WR」を名乗るには、それだけでは
駄目なんですよね。それが何か、このWR後期のアルバムを聴くと、
初期(ビトウス時代)、中期(ジャコ時代)のアルバムと比べて聴く
ことによって、それがなんなのか、バッチリ判ります。
 
 

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