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2010年7月 4日 (日曜日)

ジャズ評論を鵜呑みにする無かれ

サッカーWC、準々決勝が終了しましたが、素晴らしい試合ばかりでしたね〜。特に、オランダとドイツのサッカーは抜きん出ている印象。もう既に完全な寝不足状態です(笑)。

後1週間、準決勝以降は、日本時間で朝の3時30分からの試合開始、しかも平日なので、当然、本業もあって、これからは体力勝負になります。本業とこのブログの更新とサッカーWCで、このところの僕の人生は精一杯です(笑)。

さて、今回のサッカーWCでも言えることですが、戦前の下馬評、サッカー評論家の事前評価ほど、当てになら無いものはない。しっかりと長年努力されている一部の評論家の方々以外は全く的外れ。これって、ジャズにも言えることです。昔の著名な評論家の意見をそのまま踏襲したままの「ジャズ評論」「アルバム評論」って結構ある。

これってジャズ者初心者の頃、困るんですよね。自分の耳で聴いて感じた印象と、ジャズ本の「アルバム解説」とが合わない時って、ジャズ者初心者の頃って、自らの感性を疑うんですよね。さすがに、ジャズを聴き始めて30年以上経った今では、自らの感性を疑うことは無いですけどね〜(笑)。

今回、久しぶりに聴いた『Sonny Stitt Bud Powell & J.J. Johnson』(写真左)。このアルバムだって、今までのジャズ本、ジャズ評論家の評価とは、また違った印象のある名盤である。

私の所有している最新のCDは全17曲を収録しているが、1~4曲目が「1949年12月11日」の録音、5~9曲目が「1950年1月26日」の録音。ちなみにパーソネルは、Sonny Stitt(ts) Bad Powell(p) Curley Russell(b) Max Roach(ds)。10~17曲目は「1949年10月17日」の録音。ちなみにパーソネルは、Sonny Stitt(ts) J.J.Johnson(tb) John Lewis(p) Nelson Boyd(b) Max Roach(ds)。

1949〜50年と言えば、ジャズ界は「ビ・バップ」という演奏様式が成熟した時期。その「ビ・バップ」のスタイルをジャズ・ピアノの分野に定着させ、現代の標準フォーマットである、ピアノ、ベース、ドラムスの「ピアノ・トリオ」形式を創始、「モダン・ジャズピアノの祖」とも称される、バド・パウエル。

Sonny_bud_jj

そのバド・パウエルの全盛期のピアノが、このアルバムの1〜9曲目で聴ける。よって、この『Sonny Stitt Bud Powell & J.J. Johnson』は、このバド・パウエルのピアノが堪能できる1〜9曲目ばかりが持てはやされる。しかし、確かにバド・パウエルのピアノには鬼気迫るものがあるが、他のアルバムにも、バド・パウエルの全盛期の演奏を捉えたものはある。

やはり、このアルバムは、リーダー格のSonny Stitt(ts)のバップ・テナーを愛でるアルバムだろう。鬼気迫る、全盛期の唯我独尊的なバド・パウエルのピアノを向こうに回して、悠然と気持ちの入った、ハイテクニックなテナーを吹き上げるソニー・スティット。その余裕あるハイテクニックなインプロビゼーションは、スケールが大きく、優雅ですらある。バドのピアノとスティットのテナーとの相対する対比。

ジャズ・ピアノという観点では、10〜17曲目、「1949年10月17日」の録音の John Lewis(p)のピアノも素晴らしい内容だ。鬼気迫る唯我独尊的なバド・パウエルの凄まじいピアノとは真逆の、落ち着いた展開の、実に優雅な雰囲気のジョン・ルイスのピアノ。ここでのルイスのピアノは、スティットのスケールが大きく、優雅なテナーにピッタリ。スティットのその余裕あるハイテクニックなインプロビゼーションには機転良く、転がるような高速フレーズで追従できる柔軟性を併せ持つ。

ジョン・ルイスの、間を活かしつつツボを押さえた優雅な展開、機微を呼んで転がるようにテクニック溢れる高速な展開、とのバランスの取れた緩急自在のインプロビゼーションは、バド・パウエルのピアノに十分対抗できるものだと僕は思う。もう少し、評価されても良いのでは・・・。 
 
この『Sonny Stitt Bud Powell & J.J. Johnson』のタイトルとはちょっと異なる、Sonny Stitt(ts) Bad Powell(p) John Lewis(p) の3人3様のテクニックと個性を愛でるべきアルバムでしょう。今までのジャズ本の評論の様に、1〜9曲目までのバド・パウエルが参加したセッションだけを聴くのは、実に勿体無い。ちゃんと10〜17曲目にも耳を傾け、日本では何故かあまり名前の挙がらない、ソニー・スティットのテナーに対して、アルバム全体の演奏を通して、その素晴らしさを再認識するべきアルバムだと僕は思います。
 
しかし、さすがは「Prestigeレーベル」(笑)、アルバム・ジャケットが滅茶苦茶怪しい。なんなんだ、このジャケットのイラストは・・・。その素晴らしい内容に比して、この滅茶苦茶怪しいジャケット・デザインとのアンバランスが、これまた、当時のジャズらしい、不思議な魅力を湛えたアルバムでもあります。 
 
 
 
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