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2010年7月の記事

2010年7月31日 (土曜日)

Verve時代のエバンスはユニーク

なぜか、Verve時代のエバンスのアルバムはユニークなものが多い。この『Trio 64』(写真左)も、その一枚。

パーソネルを見て欲しい。Bill Evans (p) Gary Peacock (b) Paul Motian (ds)。ベースの哲人(僕が勝手に呼んでいる)、ゲイリー・ピーコックが唯一エバンスと組んだ、由緒あるトリオ・アルバムである。正式な録音日を見れば、1963年12月18日。そもそも『Trio 64』と呼ぶのは、ちょっと語弊がある。

で、どこがユニークなのか。選曲がユニークである。冒頭の「Little Lulu」。実に可愛い響きを伴った、実に愛らしいワルツ曲であるが、これが、TV漫画のキャラクターをテーマにしたもの。当時、このような選曲をしたジャズメンは他にあまり見当たらない。実にユニーク。でも、この「Little Lulu」、実に愛らしい、実に美しい響きを持った名演である。これは、「正」のユニークさ。

4曲目の「Santa Claus Is Coming To Town」の選曲も実にユニーク。邦題は「サンタが街にやって来る」。録音日が1963年12月18日なので、クリスマスも近く、セッションの合間に、遊び程度にやるのはいいが、特に、クリスマス特集のアルバムでもないのに、この曲を正式にアルバムに収録するだろうか。しかし、この「サンタが街にやって来る」の選曲は、エバンス自身のよるものらしく、収録を望んだのもエバンスだったとのこと。

エバンスは、耽美的とか叙情的とか、かなり知的なイメージをメディアから勝手につけられて、しかも、掲載される写真がほとんど、そのメディアが勝手につけたイメージを増幅されるものばかりなので、完全にエバンスの性格は誤解されているが、エバンスのバイオグラフィー本を紐解くと、プロ・ミュージシャンらしく、大衆に迎合するのも厭わない、意外とフランクで、意外と俗っぽく、意外と普通のおじさんだったらしい。
 

Billevans_trio64

 
このアルバム、ピーコックのベースとモチアンのドラムのバッキングが実に優れていて、冒頭の「Little Lulu」から、非常に心地良くリズミックなビートでエバンスを支える。所謂「縦ノリ」である。この二人のリズム・セクションは、エバンスのピアノにピッタリ。ピーコックはフリーなインプロビゼーションを繰り出す時も、エバンスをしっかりと立てている。そのリーダーを、フロントをバックから常に支える雰囲気が、このアルバムのセッションをリラックスしたものにしている。

このところ、再発されるCDは、ボーナストラックが多くて、LP時代、初出の時の正式な収録曲が判らなくなってきているので、改めて、正式な収録曲を挙げておくと、以下の通りになる。

1. Little Lulu
2. A Sleepin' Bee
3. Always
4. Santa Claus Is Coming To Town
5. I'll See You Again
6. For Heaven's Sake
7. Dancing In The Dark
8. Everything Happens To Me

このアルバムは、やはり4曲目の「Santa Claus Is Coming To Town」の存在についての解釈次第で、エバンスのVerve時代のトリオ名盤になるし、この4曲目の存在が「う〜ん」となる場合は、やはり、Verve時代のエバンスのリーダー作はユニークで、このアルバムもその「ユニーク」な一枚、というところに落ち着く。やはり、「Santa Claus Is Coming To Town」はボートラで収録されるのが相応しい一曲だと僕は思う。

エバンスも実に罪作りなことをするなあ(笑)。この4曲目の「Santa Claus Is Coming To Town」の代わりに、ボートラ収録CDの13曲目「My Heart Stood Still」辺りを収録していたら、この『Trio 64』は、誰も文句の付けようのない、エバンスのピアノ・トリオの代表盤の一枚になっていたと思う。 
 
 
 
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2010年7月30日 (金曜日)

「一旦、お蔵入り」は納得ですね

Verve時代のビル・エバンスは、なんだか不思議なアルバムが幾つかある。6月16日のブログ(左をクリック)でご紹介した『Gary Mcfarland Orchestra With Special guest Soloist Bill Evans』も、その「なんだか不思議な」アルバムの一枚。なんで、これがビル・エバンスでやらなきゃならんのか、僕は、プロデューサーのクリード・テイラーの見識をずっと疑っている(笑)。

このアルバムもそう。『Stan Getz And Bill Evans』(写真左)。どうやって考えたら、この組合せになるのか、良く判らん。そもそも、スタン・ゲッツは唯我独尊、我が道を行く、代表的な「ワンマンなタイプ」。絶対に自分中心に演奏が行われないと駄目だし、絶対に自分中心の演奏に、力ずくで持って行く。

逆に、ビル・エバンスは、伴奏に回ったら、完全に自分の個性を封印して、フロントのミュージシャンの個性や特質を浮き彫りにするような、引き立てるような伴奏をする、滅私奉公、自己犠牲型のピアニスト。自己中心型のゲッツと自己犠牲型のエバンス。共演したって、上手くいくわけがない。

この『Stan Getz And Bill Evans』だって、ビル・エバンスが主役のレコーディングにも拘わらず、タイトルは双頭リーダー風(ゲッツの名前が前に来とるやん)。内容だって、一聴すると、スタン・ゲッツのリーダー作かと錯覚する位、ゲッツが目立ちまくっている。

当時、ボサノバ・ブームにいち早く乗って、爽やかにライトに、そして、ふくよかで優しいブロウで一世を風靡したゲッツ。でも、このアルバムでのゲッツは全然違う。「ボサノバのゲッツ」なんて何処吹く風。ややもすれば、バップ時代のブロウよりも力強く、ガンガンに吹きまくる。

エバンスは、リーダーとして、ゲッツのワイルドな部分とボサノバ・タッチのふくよかで優しい部分の両面を活かそうと「伴奏のエバンス」よろしく、なかなかのバッキングを供給しているが、ゲッツは決して、エバンスの意図を汲むことなく、ガンガンに吹きまくる。このアルバムは、ボサノバ・ジャズ全盛時代の真っ只中、1964年の録音であるが、ゲッツは全く、ボサノバ向けのブロウはしない。
 
  
Getz_evans
 
 
ここで、面白いのは、当のリーダーのビル・エバンス。ゲッツの傍若無人な振る舞いに対して、気に懸けることなく、ゲッツのワイルドな部分とボサノバ向けの、ふくよかで優しい部分の両面を活かそうとする伴奏を徹底的に継続する。決して、ゲッツの力強く覇気溢れすぎるブロウに合わせようとはしない。徹頭徹尾、エバンスのイメージを優先して、エバンスのイメージのみで「伴奏のエバンス」を貫き通す。

よって、このアルバムについては、ゲッツはゲッツとして、エバンスはエバンスとして、それぞれ個々に聴くと、ゲッツは、この1964年、ボサノバ全盛時代に、これだけ覇気のある、ガッツ溢れるバップ的ブロウを展開していることは十分に評価できる。聴き応え十分である。

エバンスはエバンスとして、さすが「伴奏のエバンス」というバッキングを繰り広げている。陰影、濃淡、硬軟、遅速、とにかく柔軟かつダイナミックに、エバンスの設定した「仮想ゲッツ」に対して、素晴らしい「伴奏ピアノ」は、これはこれで評価できる。

でも、アルバム全体を通して聴くと、ゲッツとエバンスの演奏はバラバラ。というか「平行線」。どちらも自分の想いだけを優先して、自分の個性だけで演奏を続ける。相手の演奏なんて聴いちゃいない(笑)。ゲッツもエバンスも「我が道を行く」である。

ちなみに、残りのメンバーは、Richard Davis (b), 曲によってRon Carter (b),  Elvin Jones (ds)。このベースとドラムのメンバーを見ても、どう考えたって、ゲッツにも合わないし、エバンスにも合わない。特に、エルビンはあかんやろ〜。つまりは、この『Stan Getz And Bill Evans』は、個々の参加メンバーの演奏は、それ単体としてはまずまずの内容ではあるが、演奏全体、グループ・サウンズとして聴くと「なんだかなあ」という、戸惑うばかりの内容である。

ちなみに、このアルバム、録音当時は、ゲッツ、エバンス双方に、その内容が気に入らず、お蔵になった。納得の判断である。じゃあ、なんでこのアルバムが世に出回っているのか。実は、1973年になって、ミュージシャン本人達の了解を得ずに、Verveが勝手に発売したからである。ほんまにVerveって何を考えているか、よう判らんレーベルですね。そういう意味でも、この『Stan Getz And Bill Evans』は、ゲッツ、エバンス双方にとっては認知されない、実に気の毒な境遇のアルバムである。
 
 
 
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2010年7月28日 (水曜日)

Chick & Burton, 名刺代わりの一枚

Chick Corea & Gary Burton が初めて顔を合わせたデュオ・レコーディング。1972年11月6日、オスロ、タレント・スタジオで録音。プロデューサーは当然、マンフレート・アイヒャー。

7月21日のブログ(左をクリック)で語った『Crystal Silence』。双方の持ち曲から、デュオ演奏に見合った曲を持ち寄り、録音したデュオ・アルバム。これがまあ、素晴らしい内容のアルバムになり、セールスも好調だった。特に、当の本人達が「いけるんちゃう、俺たち」と直感したと思われる。

その当の本人達の「いけるんとちゃう、俺たち」の思いでリリースされたアルバムが『Duet』(写真左)。但し、Chick & Burtonのデュオのファースト・アルバム『Crystal Silence』は、1972年11月の録音。このChick & Burtonのデュオのセカンド・アルバム『Duet』は、1978年10月だから、約6年のインターバルを経ての、かなりのインターバルを経てのセカンド・アルバムである。

ファースト・アルバムの好評かつ好調なセールスで味を占めれば、間髪入れずに次のアルバム、ということになるんだが、そうならないところが、Chick & Burtonのデュオの、ピュアにアーティステックなところ。決して、商業主義には走らない。ECMのマンフレート・アイヒャーも同様。安易に商業主義に走らない。だから、Chick Coreaは大のお気に入りだし、Gary Burtonも大好きだし、ECMレーベルにも一目置いている。

当の本人達が「いけるんちゃう、俺たち」からこそ、安易に次のアルバムを製作してはならない、と自戒したのだろう。それほど、Chick & Burtonのデュオは、双方にとって難易度が高く、二人のデュオにピッタリ合った楽曲を取り揃えるのが大変だったのだろう。安易にジャズ・スタンダードに走らなかった二人の矜持にも頭が下がる思いだ。

このアルバムは、Chick & Burtonが6年の歳月を経て、満を持して、デュオを再結成し再録音に臨むことが事前に十分に判っていた録音である。6年前に『Crystal Silence』のセッションで、双方の特質、共にデュオ演奏をすることに関する特質を十分理解した上で、臨んだ録音セッションである。と言うことで、今回は、Chick & Burtonのデュオの特質を十分理解した上での、Chick & Burtonのデュオに相応しい曲が用意されている。ちなみに収録曲と作曲者は以下の通り。
 

Chick_burton_duet

 
1. Duet Suite  (Chick Corea)
2. Children's Song # 15 (Chick Corea)
3. Children's Song # 2 (Chick Corea)
4. Children's Song # 5 (Chick Corea)
5. Children's Song # 6 (Chick Corea)
6. Radio  (Steve Swallow)
7. Song To Gayle (Chick Corea)
8. Never (Steve Swallow)
9. La Fiesta (Chick Corea)

チックは、Chick & Burtonのデュオの為に書き下ろしたものと過去の自作曲の中から、Chick & Burtonのデュオに相応しい楽曲をセレクトし、バートンは、スティーブ・スワローの楽曲から、Chick & Burtonのデュオに相応しい楽曲をセレクトしている。当然、このアルバムの内容はずば抜けている。Chick & Burtonのデュオの代表的名盤、と僕は位置づけている。Chick & Burtonのデュオの「名刺代わりの一枚」である。

どの曲も素晴らしい内容。ギッシリと密度の濃い、デュオ演奏の成果。プラスの面だけを積み上げ、Chick & Burtonのデュオのマイナス面が全く見えない、全く中だるみやミスマッチな側面が無い、つけいる隙のない、ごく当たり前の様に演奏された、それでいて、唯一無二なジャズのデュオ・セッションの最高の成果のひとつ。どの曲も凄まじく内容の濃く深い、純粋なまでにアーティステックな内容に、心から脱帽である。

極めつけは、ラストの「La Fiesta」。Return to Foreverの名演で有名なチックのオリジナル曲だが、このアルバムでの演奏が、ベスト・バージョンではないだろうか。まるで、Chick & Burtonのデュオの為に書き下ろした楽曲であるような錯覚に陥ってしまうほど。スパニッシュでアーティスティックな楽曲が、Chick & Burtonのデュオに最適である。

とにかく、チックの硬質な切れ味鋭いピアノとバートンの叙情的かつ情熱的な4本マレットのヴァイヴとの相性がバッチリ。スリリングかつ疾走感抜群。ジャズのデュオがこれほどまでにアーティステックな響きを表現できるとは、なんだか「ジャズの奇跡」を追体験するような、一期一会な内容。このChick & Burtonのデュオ・バージョンは、僕の大のお気に入りで、ジャズ者初心者の頃、初めて耳にして以来、何百回聴いたが判らないほど、数多く聴いた、ヘビーローテーションな演奏。

聴けば判る。このアルバムは、ジャズ者初心者の方にお勧めの一枚です。チック・コリアのピアノの特徴とゲイリー・バートンのヴァイヴの特徴が手に取るように判り、ジャズのフォーマットの芸術的側面が体感できる、実に優れた内容の名盤だと思います。聴けば判る。とにかく、素晴らしい内容のデュオアルバムです。
 
 
 
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2010年7月27日 (火曜日)

1969年のマイルス・デイヴィス

1969年10月リリースの『In A Silent Way』。7月12日のブログ(左をクリック)で採り上げたが、この『In A Silent Way』から、エレクトリック・マイルスの快進撃が始まる。

しかし、テープ・コラージュの『In A Silent Way』から、いきなり1970年4月リリースの『Bitches Brew』まで、一足飛びに「ジャイアント・ステップ」するのか、と思いきや、それは現実的では無くて、マイルスの『In A Silent Way』以降、テープ・コラージュで出来上がった『In A Silent Way』の音世界を、現実のバンドで完璧に演奏出来ないかを、ライブ・パフォーマンスでチャレンジしていく。

その成果を垣間見ることができるのが、『1969 Miles: Festiva De Juan Pins』(写真左)。マイルスの没後、1993年にいきなり出てきた未発表ライブ音源。ちなみにパーソネルは、Miles Davis (tp) Wayne Shorter (ss, ts) Chick Corea (el-p) Dave Holland (b) Jack DeJohnette (ds)。1969年7月25日、フランスでのライブ録音。収録曲は以下の通り。

1. Directions
2. Miles Runs The Voodoo Down
3. Milestones
4. Footprints
5. 'Round About Midnight
6. It's About That Time
7. Sanctuary / Bye Bye (theme)

収録曲を見渡すと、3曲目の「Milestones」、5曲目の「'Round About Midnight」のハードバップ時代の名曲が演奏されているところが面白い。加えて、ショーターのモードの名曲「Footprints」も、アコースティック・マイルス最後期の名曲。これら、アコースティック・マイルスでの名曲が、エレクトリック・マイルスの世界で、どうなるのか、興味津々である。

冒頭の「Directions」から、凄いテンションの高い、高密度な演奏。それでいて、激しく自由度が高く、硬軟自在、伸び縮み自由、緩急自在。「へヴィー&フリーキー」なビート。この類い希なビートを叩き出すリズムセクションをバックに、マイルスが吹きまくる。限りなく自由に、限りなくエモーショナルにマイルスが吹きまくる。

1969_miles

分厚いユニゾン&ハーモニー、凄まじいポリリズムを叩きまくるドラム。怒濤のようなビートを支える太いベース。最高に自由に多種多様な音色を紡ぎ出すエレピ、そんなリズムセクションが叩き出すビートは、今の耳にも新しい、唯一無二な「マイルスのビート」。そのビートをバックに、マイルスがショーターが吹きまくる。フリーにモーダルに吹きまくる。

3曲目の「Milestones」、5曲目の「'Round About Midnight」のハードバップ期の名曲、ショーターのモードの名曲、4曲目の「Footprints」。これら、アコースティック・マイルスでの名曲が、エレクトリック・マイルスの世界で、全く装いも新たに再構築されている。

恐らく、観客に迎合もした選曲だっただろうし、ハードバップ〜モード期の名曲が、エレクトリック・マイルスのビートをバックに「どう変わるのか」、それを体験したかったこともあったと思われる。でも「凄い」内容なんですよ、これが(笑)。決して、マイルスは過去を振り返ってはいない。3曲目「Milestones」、4曲目「Footprints」、5曲目「'Round About Midnight」の怒濤のような、高密度、かつフレシキブルな演奏内容が、それを物語っている。

マイルスは、1960年代のフリージャズ全盛期にも、全く「フリージャズ」には見向きもしなかった。確かに、このライブ盤を聴くと、その必要は全く無かった、と確信できる。なにも感情のおもむくままに吹くことが「フリーな演奏」では無い。与えられたスペースの中で、どれだけインプロビゼーションとして、ビートとして、幅広に奥深く柔軟に、かつ臨機応変に演奏し尽くせるか、が「フリーな演奏」だろう。

このメンバーでの演奏は、「ロスト・クインテット」と呼ばれ、正式なスタジオ録音盤を残していない。過渡期の演奏とも言われる。でも、このライブ盤を聴く度に、このメンバーでの演奏の成果は、過渡期のものでは無い。Dave Holland (b) Jack DeJohnette (ds)のリズムセクションのビートは、この時点で完成している。その完成された「一つの到達点であるビート」をバックにした、マイルスのペットとコリアのエレピは、これまた一つの頂点を迎えている。

凄い内容の、凄い密度の、凄い自由度のライブ演奏です。初めて聴いた時は、その内容にビックリして、暫く開いた口がふさがりませんでした(笑)。その凄まじい内容は、決して、ジャズ者初心者の方には、決してお勧めできませんが、ジャズ者中級者の方々にはマストでしょう。このライブ盤を聴いた方が、「フリー・ジャズ」の概念が、間接的かつ客観的に理解できると思います。 
 
 
 
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2010年7月26日 (月曜日)

ジャズ喫茶で流したい・21

The Great Jazz Trio と言えば、ハンク・ジョーンズ (p)、ロン・カーター (b)、トニー・ウイリアムス (ds) のベテランピアニスト+中堅ジャズメン2人によるトリオ、となる。代表作としては、『At the Village Vanguard』3部作。

僕は、トニー・ウイリアムスの「ど派手」なドラミングについては、そんなに問題とは思っていない。ハードバップなドラミングを「ど派手」な方向に最大限に振ったら、トニー・ウィリアムスの様なドラミングになるだろう、と思う。

しかし、アタッチメントを付けて電気ベースの様な音に増幅された、ロンの「ドローン、ベローン」と間延びして、締まりの無いベース音が、どうしても好きになれない。しかも、ピッチが合っていない。せめて、楽器のチューニングはちゃんとして欲しい。気持ち悪くて仕方が無い(1990年代以降は徐々に改善されていくのだが・・・)。

よって、ハンク・ジョーンズのベテラン的な味のあるバップ・ピアノとトニー・ウイリアムスの「ど派手」なハードバップ・ドラミングは良いとして、ベースのロン・カーターのベースを何とかしてくれ、と思ったことが何度あったことか(笑)。が、これが「ある」から面白い。

1976年5月録音、The Great Jazz Trio単独名義のファースト・アルバムは『Love For Sale』(写真左)。ちなみにパーソネルは、Hank Jones (p), Buster Williams (b), Tony Williams (ds)。なんと、ベースは、バスター・ウィリアムスなんですね〜。渡辺貞夫との共演盤でのThe Great Jazz Trioのベーシストは、ロン・カーターなんですけどね〜。つまり、ベーシストは固まっていなかったってこと。

このバスター・ウィリアムスのベースが実に良いんですよ。ブンブンと引き締まった重低音を、しっかりとピッチの合ったベースラインを、自然な生ベースの音を、実にアコースティックに聴かせてくれる。
 

Gjt_love_for_sale

 
ハンク・ジョーンズのベテラン的な味のあるバップ・ピアノとトニー・ウイリアムスの「ど派手」なハードバップ・ドラミング、そして、バスター・ウィリアムスの「しっかりとピッチの合った」ブンブンと引き締まったベース。これぞ、ピアノ・トリオって感じ。

僕は、このバスター・ウィリアムスがベースの The Great Jazz Trio を愛して止まない。けれど、この1976年5月録音の『Love For Sale』の一枚しか、このトリオでの The Great Jazz Trio の録音が無い。これが実に残念でならない。

ベースがバスター・ウィリアムスで、ビシッと決まっているお陰で、トニー・ウィリアムスのドラミングの素晴らしさが浮き出てくる。彼のドラミングは単に「ど派手」なだけではない。伝統的なハードバップ的なドラミングを、当時最新のドラミング・テクニックで再構築しており、実に斬新的な響きのするハードバップ・ドラミングが実に新しい。確かに「すべっている」部分もあるが、ここでのトニーのドラミングは「温故知新」。伝統的なハードバップ・ドラミングを最新の語法で、従来の4ビートのセオリーを打ち破って、1980年代以降のハードバップ復古の時代に続く、新しいハードバップ・ドラミングを提示しているところが凄い。

このアルバムでは有名なスタンダード・ナンバーを中心に演奏していますが、これがまた新しい響きを宿していて、ハンク・ジョーンズ侮り難しである。従来と異なったアレンジを採用したり、トニーとウィリアムスのバッキングを前面に押し出して、従来のハードバップなアプローチを覆してみたり、従来のスタンダード解釈に囚われない、そこはかとなく斬新なアプローチが、今の耳にも心地良く響く。とにかく、従来のハードバップに囚われず、逆に、トニーとウィリアムスの協力を得て、新しいハードバップな響きを獲得しているところが実に「ニクイ」。

良いアルバムです。良いピアノ・トリオです。The Great Jazz Trioの諸作の中では、あまり話題に挙がらないアルバムですが、このアルバム、結構、イケてると思います。バーチャル音楽喫茶『松和』では、結構、ちょくちょくかかる、松和のマスターお気に入りの一枚です。
 
 
 
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2010年7月25日 (日曜日)

「ジャズの小径」7月号アップです

酷暑の為、なんだか、この頃、ボーッとしていて、やらなければならないことを幾つか忘れたり、先送りしたり。とにかく暑すぎる。こんな酷暑の中では大したことも出来ない。今年の酷暑が悪いのだ。と、適当に言い訳していたら、今月の「ジャズの小径7月号」のアップをすっかり忘れていた。ということで、今日は朝から、急遽、バーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」のメンテナンス作業に没頭。

ここ10年くらい、日本のジャズは、完全に「女子」優勢。というか、「有望新人」と呼ばれるミュージシャンは、ほとんどが「女子」。加えて、ジャズボーカル・ブームで、毎月、雨後の竹の子の様に、新人ボーカリストがデビューした時期があるが、そのほとんどが「女子」。

ぱっと、思いつくレベルで名前を挙げてみても、山中千尋・アキコグレース・西山瞳・守屋純子・上原ひろみ・敦賀明子・矢野沙織・寺井尚子・市原ひかり・小林香織・・・などなど、なんや女性ミュージシャンばかりやん。男性で思い浮かぶのは、松永貴志くらいかなあ。それほど、日本ジャズ界は「女子」の活躍が目立つ。

日本男子はどうなったんや、と思っていたら、またまた、若手有望株の「女子」アルトサックス奏者が出現した。これがまあ、上手いのなんのって。とても、今年18才、高校3年生とは思えません。その名は「寺久保エレナ」。

1992年札幌市生まれ。9才の時、アルト・サックスを習い始める。2002年より、札幌ジュニアジャズオーケスト参加、国内外の著名なジャズメンたちのクリニックを受ける。13才の時、最年少でボストン・バークリーアワードを受賞。15才には、ボストン・バークリー音楽院に奨学生として、サマープログラムへ短期留学。2009年、Berklee Summer Jazz Workshop に日本人で初めて選抜される。2009年8月、佐山雅弘クインテットに参加。同メンバーにてアルバム『RED ZONE』をリリース。と、なかなか錚々たるキャリアを積んできた、今年18才、高校3年生である。

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そんな、寺久保エレナが、今年6月、初リーダー作をリリースした。その名は『North Bird』。今回の「ジャズの小径7月号」は、この寺久保エレナの初リーダー作を特集しました。以前、このブログにアップした記事をもとに加筆修正したものです。

寺久保エレナのブログ(左をクリック)も更新頻度もまずまずで、日々の演奏活動の様子が判って、なかなか面白い。さすがに、今年18才、高校3年生、日々の生活の印象は「年齢通り」(笑)。昔昔々の我が高校時代を思い出させてくれて、読んでいて、ほのぼのとする。デザイン的には、ちょいと雑々とはしているが、そこはご愛嬌。スタッフの皆さん、もう少し、気にしてあげて下さいね〜(笑)。

デビューアルバムのリリースに合わせて、全国主要都市を巡回する『North Bird』発売記念ツアーも始まり、ツアーもなかなか盛況みたいだし、今年9月の「東京JAZZ」への出演も決まったようだし、デビュー早々、順風満帆。良い感じで、プロとしての道を歩み始めている。

デビュー・アルバムの『North Bird』を聴いて、「激しく上手い」アルト・サックス以上に、何かを感じたかと言えば「そうでは無かった」。でも、これって、彼女のアルトは凡百であると言っているのでは無い。このアルトの上手さは尋常では無い。それが証拠に、今から彼女の次作が凄く楽しみになっている。

バーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」(左をクリック)にお越し下さい。「ジャズの小径」のコーナーは11年間分の記事がアーカイブされていて、読み応え十分です。特に、ジャズ者初心者の方々にお勧めです。松和のマスター一同、お待ち申し上げております m(_ _)m。 
 
 
 
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2010年7月24日 (土曜日)

「タルカス」meets クラシック・1

「タルカス(Tarkus)」は、1971年にリリースされたエマーソン・レイク&パーマーのセカンド・アルバム。表題曲である「タルカス」は、想像上の怪獣・タルカスを主役とした、20分を超える壮大なプログレ組曲。アルバム・ジャケット(写真右)に描かれている生物がタルカスである。

そもそも、エマーソン・レイク&パーマー(以降略称ELP)とは誰か。キース・エマーソン、グレッグ・レイク、カール・パーマーの3人により、1970年に結成された、英国のプログレッシブ・ロックのジャンルに位置するバンドである。

クラシック音楽の要素と、最新鋭の電気楽器シンセサイザーを大々的に取り入れた、ユニークな音楽性と演奏スタイルが特徴。とにかく演奏的には、力ずくで押し切るような体力勝負的な演奏が主体。理知的、内省的、観念的とされた他のプログレ・バンドとは一線を画すもので、巷では「体育会的プログレ・バンド」と呼ばれ、結構、ツッコミどころ満載のプログレ・バンドだった(笑)。

しかし、公式にリリースされているブート録音を聴いても判るように、ELPのピーク時の演奏力は圧倒的なもので、特に、当時最新鋭の電気楽器であるシンセサイザーをレコーディングやステージに持ち込んで、「楽器」としての可能性を提示したのは、ELPが先駆である。特に、この「タルカス」は、ロックが本格的にシンセサイザーを活用し始めた記念碑的作品と位置づけられている。

そんな「タルカス」というプログレ組曲が、なぜかクラシックの世界で再アレンジされて、クラシック組曲として採り上げられることがある。僕が、まず初めて、クラシック化された「タルカス」を聴いたのは、黒田亜樹の『タルカス&展覧会の絵』(写真左)。ELPゆかりのカップリング(タルカス&展覧会の絵)で度肝を抜かれた(笑)。

Tarkus_classic1

ELPのプログレ組曲「タルカス」を主題に、ピアノ+弦楽四重奏+ギター+パーカッションの編成をベースに再構築したもの。意外にも、バルトーク風の響きなど「新古典主義音楽」的な要素が浮き出てきて、プログレの代表的組曲が、しっぽりとクラシック組曲に変身しているところが面白い。

もとはと言えば、プログレの鬼才キース・エマーソンの音楽的成果である。彼の音楽性の根本にはジャズ、クラシック、ロックの3要素が並存するが、この「タルカス」組曲の場合は、そこかしこに、クラシックの要素が突出している。それが、今回の黒田亜樹の再構築で、露わとなったというところか。実に、明晰で利発なアレンジに感心することしきりである。

しかし、ピアノ+弦楽四重奏が中心の演奏なので、もともとELPの「タルカス」が持つ、力ずくで押し切るような体力勝負的な迫力が、うまく継続されず、非常に品の良い、理知的理詰めな雰囲気の演奏になっており、ELPの「タルカス」に長年親しんだプログレ・ファンからするとちょっと戸惑ったり、不満に思ったりするかも。でも、それを差し引いても、黒田亜樹の再構築は非常に優れた内容だと僕は思います。

この黒田亜樹の「タルカス」は、純粋に現代クラシックの演奏成果としてとらえても、何の違和感もありません。逆に、ELPの「タルカス」を知らない人が聴いた方が、このアルバムの本質を捉えやすいかも。どなたか、クラシックに造詣の深い方で、ELPの「タルカス」を全く知らずに、この黒田亜樹の「タルカス」を聴いた方はいないのかしら。特に「タルカス」という楽曲に対して、率直な感想をお聞きしたいですね。

最後に、黒田亜樹の『タルカス&展覧会の絵』のジャケット・デザインをご覧下さい。ELPの名盤『タルカス』と『展覧会の絵』に対して、限りない愛を感じるジャケット・デザインです。初めて見た時、思いっきり笑いました。良い出来のジャケット・デザインも魅力です(笑)。
 
 
 
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2010年7月23日 (金曜日)

メインストリーム・ジャズの自由度

マイルス・デイヴィスのアルバムの聴き直しを進めているが、久しぶりに「あれ」を聴きたくなった。「あれ」を聴く時は、ちょいと気合いが必要になる。「あれ」とは、『The Complete Live At The Plugged Nickel 1965』(写真左)。CD8枚組ボックス。一気に聴くのは、そのハードな内容故に、ちょっと無理。僕は3〜4日に分けて聴き続けて、このボックス盤を堪能する。

『The Complete Live At The Plugged Nickel 1965』には、日本盤、米国盤の2つのバージョンが存在する。後者は本当の完全収録ということで、巷では、圧倒的に米国盤が評価されています。が、日本盤も意外と捨て難い。音質が良いこと、そして、テオ・マセロの編集によるものという特徴があり、マイルスのライブ録音ということは、テオ・マセロの編集の腕の見せ所ということもあって、巷の評価とは裏腹に、僕は日本盤も結構気に入っています。

が、今回は、完全収録、テオ・マセロの編集無しの「素のまま」の『The Complete Live At The Plugged Nickel 1965』を聴き始めました。で、今回は、Disc 1〜3までの「December 22, 1965 - First Set、Second Set、Third Set」。1965年12月22日のライブ・パフォーマンスである。

これがまあ、何度聴いても「驚愕」の一言。凄いジャズがここにあります。遠く昔は、ジャズの発祥と言われるディキシーランド・ジャズの時代から、スイング・ジャズ、ビ・バップ、ハード・バップ、と続いてきた、メインストリーム・ジャズのフォーマットの中で、最大限自由度のある演奏。

このマイルスの「Plugged Nickel」以上の、メインストリーム・ジャズの演奏の中で、自由度の高い演奏は無いのではないか、強く確信させてくれるだけの、相当に自由度の高い、驚愕の演奏が繰り広げられている。

マイルスを筆頭として、自らのインスピレーションとお互いの「あうん」の呼吸、自らのイマージネーションとお互いの「掛け合いとせめぎ合い」を駆使して、最高に自由でクールなメインストリーム・ジャズを表現している。

Miles_plugged_nickel_1

異様な「テンションの高さ」「演奏の切れ味」「演奏の密度」。ライブ演奏でありながら、全くもって、聴き手を無視して、ミュージシャンサイドだけで、切れに切れまくる。

収録された曲は、ジャズの大スタンダード曲ばかりだが、聴き易さ、判り易さ、親しみ易さ、なんて全く無縁。聴き易く、判り易く、親しみ易い、ジャズの大スタンダード曲の旋律をバラバラに解体し、再構築し、その旋律をベースとしたインプロビゼーションは、全く前例の無い展開。冷徹にジャズを構成する重要な要素だけを我々の前に提示するのみ。シンプルで密度の高い「純粋なジャズ」。それを、マイルスの黄金のクインテットのメンバーが、メンバーだけで楽しむ。

といって、この演奏を、このボックス盤を気安く聴いてはならない。ここには、単純にシンプルに、ジャズを構成する重要な要素だけが詰まっている。聴き易くも、判り易くも、親しみ易くも無い。少なくとも、BGMっぽくは聴き流せないし、ましてや、「ながら」で聴くジャズでは全く無い。

当然、ジャズ者初心者の方々には、全く向かない代物である。しかし、ジャズ者を極めて行くには、何度かこのボックス盤の演奏を聴いては敗退する、を繰り返して、いつかどこかで、このボックス盤の本質の一端を理解する、というプロセスは必須ではある。決して、生半可な気持ちで、このボックス盤に接してはならない。下手をすると「ジャズが嫌いになる」(笑)。

それほど凄い、それほど刺激的な、それほど驚愕的な、最大自由度の高い、ある意味「恐ろしいジャズ」がここにあります。でも、1965年12月22日のライブ・パフォーマンスはまだ、伝統のジャズ演奏の範疇に引っ掛かった内容なので、まだ聴いていて安心感があります。それでも、十二分に刺激的です。

これだから、マイルス・ディヴィスは恐ろしい。これだから、マイルス・ディヴィスは「ジャズの帝王」と呼ばれ、今でも最高に尊敬される「ジャズ・ジャイアント」として君臨しているのだ。
 
 
 
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2010年7月22日 (木曜日)

これぞ、真夏のフュージョンです

暑い。酷暑である。今朝は特別に暑かった。朝、いつも1階まで朝刊を取りに降りる。玄関を出たとたん、その日の気温、気候を肌で感じるんだが、今朝は特別に「暑い」。このところ、通勤が辛い我が千葉県北西部地方。

暑い夏。照りつけるような日差し。そんな夏を感じると、必ず思い出すフュージョン・アルバムがある。Native Son の『Savanna Hot-Line(サバンナ・ホットライン)』(写真左)。このアルバムの音は「アフリカの夏」。昔々、我が学生時代の夏が、Native Sonの音で埋め尽くされた時代があった。

『サバンナ・ホットライン』。1979年夏に録音された、ネイティブ・サンのセカンド・アルバム。当時のネイティブ・サンのパーソネルは、村上寛 (ds), 本田竹曠 (key), 峰厚介 (ss,ts), 川端民生 (el-b), 大出元信 (el-g)。いや〜、懐かしい、錚々たるメンバーですね〜。

アルバムの内容としては、タイトルからも判るとおり、「彼らなり」のアフリカンな雰囲気を前面に出した演奏になっている。ちょっぴり、ワールド・ミュージックな要素も垣間見える、当時としては、なかなか先進的な内容だった。

とりわけ、峰厚介のソプラノ・サックスの音が美しい。このアルバムは、峰厚介のソプラノ・サックスを愛でる為のアルバムである、と言い切っても良い位、峰厚介のソプラノ・サックスの出来が傑出している。そして、印象に残るのは、村上寛のダイナミックかつ自由奔放、堅実かつ柔軟自在なドラミング。そして、バンドのビートのボトムをしっかり押さえる川端民生のベース。そして、安定したパフォーマンスで魅了する本田竹曠のキーボード。

Savanna_hotline

ただし、当時のスタジオ録音の技術が理由なのか、スタジオ録音の独特な雰囲気が理由なのか、演奏全体の切れ味というか疾走感が少し鈍いのが玉に瑕。

当時、FM放送で聴いたネイティブ・サンのライブ演奏は、とりわけ好調時は、切れ味抜群、疾走感溢れる演奏だったので、このスタジオ録音のアルバムの演奏内容については、ちょっと不満を覚えたことを思い出した。う〜ん、確かに、ちょっと重い、というか、ちょっと慎重な演奏で、煮え切らない感じが気にかかると言えば気にかかる。

それでも、LP時代、A面を占めていた「アニマル・マーケット」「セクシー・レディ」「サバンナ・ホットライン」は、今聴いても、やっぱりワクワクするなあ。全ての演奏が人間のミュージシャンの手なる、アナログな耳当たり。8ビートの電気楽器中心の演奏ではあるが、どこか人間味のある、暖かな演奏。この当時のフュージョン・ジャズ共通の耳当たりで、このアナログな人間味のある、それでいてハイ・テクニックな、カッ飛んだ、人間離れした演奏。そこが良かったんだよな〜。

あれから30年が過ぎた。サックスの峰厚介、ドラムの村上寛は未だ現役。ベースの川端民生、キーボードの本田竹曠、ギターの大出元信は、既に鬼籍に入っている。しかし、当時のネイティブ・サンでの演奏は、しっかりと音源として残り、今日でも再発に至り、今の若きジャズ者初心者の方々でも、いつでも聴くことができる。

アルバム冒頭「アニマル・マーケット」の切れ味鋭いファンキーな前奏を聴くと、やはり今でもワクワクする。日本のフュージョン・ジャズもなかなか素晴らしい。若きジャズ者初心者の方々で、フュージョン・ジャズ好きの方は、是非、一度聴いて欲しいアルバムの一枚である。 
 
 
 
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2010年7月21日 (水曜日)

タイトル通り『Crystal Silence』

「梅雨明け10日」というが、今年はなんだか天候が怪しい。猛暑の類である。暑い、とにかく暑い。猛暑というか「酷暑」である。朝、通勤する時から、もう「会社に行きたくない」(笑)。駅までの約10分の徒歩だけで、汗だくだくである。

まあ、それでも、エアコンの効いた部屋の中で聴くジャズについては、アルバムを選べば、なかなかの清涼剤となるアルバムも多々ある。面白いことに、レーベルで言えば、ECMに偏っている。北欧のジャズ、凛として切れ味の良い、音の豊かな響きを活かした「ヨーロッパな響き」。

夏に限っては、エアコンの効いた部屋で聴くに限る、エアコンの聴いた部屋で聴くと、その清涼感でしばし暑さを忘れさせてくれるアルバムが幾枚かある。やはりECMレーベルのアルバムなんだが、特に、僕がお勧めしたいのは、Chick Corea & Gary Burton 『Crystal Silence』(写真左)である。

Chick Corea & Gary Burton が初めて顔を合わせたデュオ・レコーディング。1972年11月6日、オスロ、タレント・スタジオで録音。プロデューサーは当然、マンフレート・アイヒャー。

これが、まあ、大当たりのデュオとなった。「透明な響きとロマンティシズム」、Chick Corea & Gary Burton の共通の資質が、このアルバムで、ピッタリと出会った。Chick Corea & Gary Burton と言えば、もちろん1972年に ECM からリリースされた『Crystal Silence』にとどめを刺す、と言って良い位の素晴らしい出来、というか、奇跡的に充実した内容となっている。

デュオというフォーマットは、簡単そうに見えて難しい。お互いに、音が重なったり被ったりしてはいけないし、フロントに出るタイミングとバッキングに回るタイミングが一致していなければ、バラバラな演奏になる。
 

Crystal_silence

 
片方が目立ちすぎてもいけないし、どちらも引っ込み思案でもいけない。その辺の「あうん」の呼吸と、相手の音を聴きながらの、機微を心得た、臨機応変なインプロビゼーションが重要になるのだが、それって、かなり高度なテクニックと音楽的才能が備わっていないと、出来ない仕業。

しかし、Chick Corea & Gary Burtonは、いとも簡単に、デュオのフォーマットを征服する。このアルバムを聴けば、恐らくたいていの人は「デュオって簡単」と思うに違いない。それほど自然に、それほど容易く、チックのピアノ、バートンのヴァイヴが、限りなく自然に、限りなく柔軟に、ピアノとヴァイヴのデュエットを紡ぎ上げていく。

収録されたどの曲も素晴らしい出来だが、とりわけ、冒頭の「Senor Mouse」、5曲目の表題曲「Crystal Silence」、そしてラストの「 What Game Shall We Play Today」の出来が際立っている。

聴けば判る。持っていて損は無い、素晴らしい不滅のデュオ・アルバムです。二人フロントに立ってのユニゾン&ハーモニーも良し、チックのソロもバートンのソロも素晴らしく、これまたバックに回ったチックもバートンも、非常に機微を心得た、ハイ・テクニックなバッキングを聴かせてくれる。

エアコンの効いた部屋で聴く、Chick Corea & Gary Burton 『Crystal Silence』。その清涼感、その爽快感は抜群です。しばし暑さを忘れさせてくれる、凛として切れ味の良い、音の豊かな響き、奇跡的なデュオ・アルバムです。ジャケットも良し。名盤です。 
 
 
 
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2010年7月20日 (火曜日)

マイルスとギルのコラボ・その4

マイルス・デイヴィスとギル・エバンスとのコラボレーションとして『Miles Ahead』『Porgy And Bess』『Sketches Of Spain』『Quiet Nights』が代表的な4枚なんだが、僕が一番、長年愛でているアルバムが『Miles Ahead』(写真)。

マイルス・デイヴィスとギル・エバンスとのコラボレーションの最初のアルバムなんだが、これがもう、ギルのアレンジは伸び伸び、活き活きとしていて、自由闊達かつ理論整然。そんなギルの名アレンジをバックに、クールに優しく柔らかく切れ込むように、輝くように煌めくように、マイルスのペットが飛び回る。

マイルスのリーダー作では、どのアルバムでも、絶対にマイルスのトランペットが、クールに美しく輝くように、ど真ん中で鳴り響いているが、この『Miles Ahead』では、とにかく、マイルスのペットが格好良く、優しくクールに響き渡る。

ギル独特のチューバやクラリネットを駆使したアレンジが、マイルスのペットのコントラストを浮き立たせる。ギルのアレンジは、自由闊達、理論整然。その響きはジャジーでメリハリが効いていて、恐らく、ギルが迷い無く、自由に自分のやりたいことを全て詰め込んだアレンジだろうことが良く判る。とにかく、バックのジャズ・オーケストラも弾けているのだ。ブラスの煌めきが眩しいくらい。

こんな素晴らしいバックであれば、マイルスは何の不満も無く、マイルスとして一番マイルスらしい、素の姿のマイルスのペットを切々と、面々と、喜々と、堂々と吹き上げていく。さすが、マイルス・デイヴィスとギル・エバンスとのコラボレーションの最初のアルバム、ギルもマイルスも気合いが入りまくっている。

マイルスの自伝を紐解くと、このギルとのコラボレーションについて、こんなコメントがある。「オレにはアイディアがあったんだ。編成を大きくして、アンサンブルを重視した音楽がやりたかった。出たとこ勝負のジャム・セッションみたいな演奏じゃろくなものはできないからな」。そう、マイルスは、ギルとのコラボレーションで、ジャズを芸術の域に引き上げたのだ。この『Miles Ahead』の成果がそれを物語る。

Miles_ahead

「相当リハーサルを積んだから、音楽的に満足のいくものが表現できた。ただし、どの曲でもソロ・スペースが少なかった。ライブで聴く音楽としては、物足りなかったかもしれない」とギル。でも、その少ないソロ・スペースをマイルスのペットが闊歩する。とにかく、マイルスのペットが格好良く、優しくクールに響き渡る。マイルスにとっては満足いく出来ではなかっただろうか。それほど、この『Miles Ahead』でのマイルスのペットは充実している。

いろいろな評価がなされるこの『Miles Ahead』であるが、僕は、マイルス・デイヴィスとギル・エバンスとのコラボレーション四部作の中で、この『Miles Ahead』が一番のお気に入り。次いで『Porgy And Bess』『Quiet Nights』と続き、残念ながら、巷で一番評判の高い『Sketches Of Spain』は、僕にとっては一番CDプレイヤーのトレイに載る回数が少ない。

昔々、ジャズ者初心者の頃より、『Sketches Of Spain』って、なんだか人工的な雰囲気がするんだよな〜。無理してアレンジしてまとめたような「ぎこちなさ」がどうも好きになれない。

ちなみに、『Miles Ahead』のジャケット・デザインは写真のように2種類ある。オリジナルは左のジャケット。しかし、マイルスはこのジャケット・デザインを見て「ご立腹」して一言、「俺のアルバムのジャケットに白人の女の写真を載せるな」。黒人として誇り高いマイルスの面目躍如。結局、なんの捻りもないマイルスの写真が載った、訂正後のジャケットが右のジャケット。

僕が馴染み深いのは、左の白人女性のジャケット。僕がジャズ者初心者の頃、日本では、この『Miles Ahead』は、オリジナルの白人女性の写真のジャケットで販売されていた。さすが、オリジナル至上主義の日本のレコード会社の仕業である。よくまあマイルスに知れなかったことだ。知れていたら、きっとマイルスは怒っていただろうなあ。いやまてよ、日本のジャズファンに一目置いていたマイルスだから、スルーしたかな。「日本のジャズファンには困ったものだ」と苦笑いしつつ、ブツブツと呟きながら・・・(笑)。
 
 
 
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2010年7月19日 (月曜日)

「ジャズ・ピアノの父」を愛でる

暑い。先週の金曜日から「ピーカン」な、我が千葉県北西部地方。朝から日差しは強く、南風は強く、空気はことのほか澄んでいて、紫外線が強烈。我が家は東南に窓があるので、その方角の部屋は、朝の6時で既に30度を超える。暑い。酷暑、猛暑の類である。

これだけ暑いと体力が消耗する。しかも、歳をとって、最近、朝が早い。昼食を摂って満ち足りると、いきおい睡魔が襲ってくる。よって昼寝をすることになる。せっかくの昼寝の時間、寝室のステレオでジャズを聴きながらの「お昼寝」と洒落込む。

この酷暑の3連休。しっかりと昼寝をとった訳だが、3日間共通のジャズが、Earl Hinesの『Here Comes』(写真左)。1966年1月録音の録音。ちなみに、パーソネルは、Earl Hines (p), Richard Davis (b), Elvin Jones (ds)。今から、44年前の録音。当時の若手のホープが、ジャズの「父」アール・ハインズ(当時、63歳になる)と共演した佳作。

アール・ハインズ(Earl Hines)は、1903年生まれ、1983年没。1927年ルイ・アームストロング・ストンパーズに参加。28年ニューヨークに進出。シカゴに移りクラブ「グランド・テラス」を拠点にしつつ、1940年まで活動。出演終了後もバンドは存続、1943年にはディジー・ガレスピー、チャーリー・パーカーらを擁しバップの誕生に重要な役割を担った。スイング時代〜ビ・バップ時代にかけて、ピアノ演奏に新しい表現力をつけ加えた功績は大きく、「ジャズ・ピアノの父」と呼ばれる。

この「クソ暑い」猛暑の中、もう難しいジャズは聴く気力も無い。ましてや昼寝をする段である。ビ・バップの激しさは暑苦しくてパス、ハード・バップのファンキーな「ねちっこさ」も暑苦しくてパス、電気楽器中心のフュージョンも音の厚みが暑苦しくてパス。ここまで暑いと、モードだのコードだのファンキーだのフュージョンだのややこしいことは抜きにして、シンプルでベーシックなジャズが聴きたくなる。じゃないと、この暑さの中、昼寝にならない(笑)。
 

Earl_hines_here_comes

 
ということで、アール・ハインズ(Earl Hines)の『Here Comes』が最適という判断に至る。アール・ハインズのピアノはスイング・ピアノが中心の、実にオールドファッションなスタイル。ビ・バップやハード・バップなピアノ・スタイルとは全く異なる、トリオの演奏とは言え、全くのところピアノが中心、ピアノが主役の、スイング・スタイルのピアノ演奏が心地良い響きを残しながら、延々と続く。

そんなオールドファッションなピアノのバックで、若手精鋭のリズムセクション、ベースのリチャード・デヴィスとドラムのエルヴィン・ジョーンズが、モダンなビートを叩き出し、そのモダンなビートに乗って、アール・ハインズは、心地良く、気持ち良く、軽快にスイングする。決して、最先端を行くスタイルではないが、実にジャジーな演奏に感じ入るばかり。

とにかく、バックを支えるリチャード・デヴィスのベースは凄い。若さに満ちたビート感に溢れ、ブンブンと軽快に「唸っている」。そして、しっかりと地道にビートのキープをしつつ、時にポリリズムを折り込み、実にモダンで、力強くも軽やかに踊るエルヴィン・ジョーンズのドラムも素晴らしい。どちらも、結構、ビシバシやっているが、決して、親分のアール・ハインズのピアノの邪魔になっていない。どころか、アール・ハインズのピアノをしっかりと引き立てているところが立派であり優秀。

このアルバムを聴くと、ジャズには「スタイルや奏法からくる相性」はあまり関係無いということが判ります。ジャズの基本は旋律とインプロビゼーションとビート。演奏のベースとなるスタイルが決まれば、ビートが決まる。ビートが決まれば、そのビートを基に旋律を歌わせ、そのビートを基にインプロビゼーションをかましていく。本当にジャズって柔軟性のある演奏フォーマットですよね。

このアルバムでも、「ジャズ・ピアノの父」アール・ハインズのバックで、当時若手精鋭、ジャズ界最先端のリズムセクションを担うベースのリチャード・デヴィスとドラムのエルヴィン・ジョーンズが、全く違和感無しに、息のピッタリ合ったトリオ演奏を展開しています。

酷暑の昼下がり、昼寝の時間にピッタリな「シンプルでベーシックなジャズ」。「ジャズ・ピアノの父」アール・ハインズの、スイング・ピアノが中心のオールドファッションなスタイルのピアノが、実に心地良い。そして、バックに若手精鋭のリズムセクションの切れ味の良いビート。このアール・ハインズ(Earl Hines)の『Here Comes』も暑気払いの一枚と言えますね。
 
 
 
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2010年7月18日 (日曜日)

暑気払い、スカッと一発・・・

一昨日の金曜日から、ピーカン猛暑の我が千葉県北西部地方。昨日、いきなり梅雨明け宣言もあり、いきなり猛暑たけなわで、もうバテバテである(笑)。しかし、今年の夏は日差しが強い。紫外線バリバリである。日向を歩くと、顔の皮膚がパリパリと焼けていく感じがする。こんなに夏の紫外線って強かったかな?

あまりの猛暑の朝からエアコンがフル回転。最近のエアコンは性能が良いので、昔の様に冷えすぎて、冷房病にかかった、とか風邪をひく、とかは無い。それでも、外へ出る用事はある訳で、やはり徐々にバテてきた。ここで、スカッと暑気払いをしたくなる。ジャズで暑気払い。今日は、Niels Lan Doky(ニルス・ラン・ドーキー)の『Here or There』で暑気払い。

Niels Lan Doky(ニルス・ラン・ドーキー)は、デンマークのコペンハーゲン出身のジャズ・ピアニスト。1963年10月生まれなので、今年で47歳。ジャズ界中堅の主要ピアニストの仲間入りをしつつある注目株。「トリオ・モンマルトル」という企画ユニットの一員としても活動。この「トリオ・モンマルトル」は、日本でもジャズ雑誌中心に、かなりプッシュされていた感があるが、ニルス・ラン・ドーキーの知名度は、ネットで見る限り、まだまだマイナーではある。

『Here or There』は、ピアノ・トリオ編成。ちなみにパーソネルは、Niels Lan Doky (p), Niels-Henning Orsted Pedersen (b), Alvin Queen (ds)。1986年1月17日録音。とりわけ、ベースの Niels-Henning Orsted Pedersenに、このピアノ・トリオ盤は「いけるんとちゃうか」と雰囲気を感じる。

もともと、僕としては、ニルス・ラン・ドーキーのピアノの特徴は「弾きまくり、疾走する」という印象を持っているが、このアルバムでも、その印象を裏切ることは無い。

Niels_lan_doky_here_or_there

冒頭の「I Want You」の出だしから、ニルスは圧倒的に弾きまくる(笑)。ペデルセンのベースはブンブン唸りを上げ、アルビンのドラムは、バシバシビシビシ切れ味よろしく叩きまくる。「侘び」だの「寂び」だの「粋」だの、難しいことはいらない。ただただ、ニルスのピアノは、超弩級のリズムセクションを向こうに回して、ハイテクニックを駆使して、疾走しまくる。

2曲目のバラード調の「Oktoberhilsen」だって、ニルスは決して大人しくしていない(笑)。「ため」をしっかりと作りながら、マシンガンのように、短いセンテンスを埋めまくるように、ハイテクニックを駆使して「弾きまくり、疾走する」。

コルトレーンの「シーツ・オブ・サウンド」の様なスペースの埋め方。後期コルトレーンのピアノ版か? それでは、マッコイ・タイナーとの類似点は、とか、なかなか興味尽きないニルスのピアノ。しかし、まあ、本当に、徹頭徹尾「弾きまくり、疾走する」(笑)。

3曲目以降、全編に渡って、ニルスは叩き付けるように「弾きまくり、疾走する」。そして、バックで、ペデルセンのベースがブンブン唸りを上げ、アルビンのドラムは、バシバシビシビシ切れ味よろしく叩きまくる。「侘び」だの「寂び」だの「粋」だの、野暮なことは言うこと無し。

とにかく、その超弩級のリズムセクションを向こうに回して、ハイテクニックを駆使して、疾走しまくるニルス・ラン・ドーキーのピアノには、聴き終えた後、心地良い「疲労感」と、ポジティブな「爽快感」を感じます。暑気払いにぴったりの、刺激タップリ、汗かきタップリ、爽快感抜群のピアノ・トリオ盤です。「暑気払い、スカッと一発」したい時に、我が「松和」では良く流れますね〜。「暑気払い」盤として、とっておきの一枚です(笑)。 
 
 
 
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2010年7月17日 (土曜日)

ジャズ喫茶で流したい・20

CDの時代になって随分経つが、LP時代よりCDの方が、収録時間が圧倒的に長くなり(約45分→約70分)、LP時代のアルバムを2枚ほどカップリングして、パッケージを変えて再リリースしたり、LP2枚組の収録曲から何曲かを落として、むりやりCD1枚に収録したりと、なにかと紛らわしいケースに時々出くわす。

昨年、米国でリリースされた Tommy Franagan の『THE TRIO』(写真右)もそうで、最初は、Tommy Franagan (p), Ron Carter (b), Tony Willams (ds) の未発表音源かと思った。が、収録曲を眺めていて「ん〜っ」と思い始め、調べてみたら、LP時代の『The Master Trio featuring Tommy Flanagan,Ron Carter,Tony Williams』と『The Master Trio/Blues In The Closet』のカップリングと判明。どちらも、1983年6月16~17日の録音なので、まあ、カップリングしても、問題無いと言えば問題無いけど・・・。

でも、やはり、LP時代に2つのアルバムに分かれてリリースされていたのなら、やはりCD時代になっても、やはり分けてリリースすべきだろう。確か、この2枚のアルバムはLP時代と同様、2枚のアルバムに分けてリリースされていたはず。昨年、なぜか米国で1枚のCDにカップリグされ、新しいジャケット・デザインでリリースされた。紛らわしいことこの上無し。

2枚に分かれていたアルバムの内、実は『The Master Trio featuring Tommy Flanagan,Ron Carter,Tony Williams』はCD音源で既に所有してたんだよな〜。で、今回、あまり確かめもせずに、 Tommy Franagan の『THE TRIO』を購入してしまったので、前半の7曲が「かぶって」しまったやないか〜(笑)。ちなみに、前半7曲の『The Master Trio featuring Tommy Flanagan,Ron Carter,Tony Williams』については、2008年8月2日のブログ(左をクリック)で、ご紹介しているので、こちらをご参照されたい。

さて、僕がLP時代より愛して止まないのが、 Tommy Franagan の『THE TRIO』の後半7曲で構成される、1983年作品『The Master Trio/Blues In The Closet』(写真左)である。The Great Jazz Trioの路線を狙った、日本企画の二番煎じ的なトリオの作品なんですが、さすがに、Tommy Franagan (p), Ron Carter (b), Tony Willams (ds)という、名うての名手揃い。これがなかなか渋い内容のピアノ・トリオです。
 

Franagan_blues_in_the_closet

 
ちなみに収録曲は以下の通り。

1. Good Bait
2. Afternoon In Paris
3. Giant Steps
4. Blues In The Closet
5. Sister Sheryl
6. My Ship
7. Moose The Mooche

1枚目の『The Master Trio featuring Tommy Flanagan,Ron Carter,Tony Williams』は、ちょっと気恥ずかしくなるような大スタンダード大会だったので、「ちょっとなあ〜」という感じで、ちょっと「ひき」ましたが、この2枚目の『The Master Trio/Blues In The Closet』は、ちょいと捻りの効いた選曲が「小粋」です。

このアルバムでのフラナガンは「主役」なので、「伴奏の名手」は封印し、あくまで、メイン奏者として、ハイテクニックで端正な「ハードバップ・ピアノ」を聴かせてくれます。特に冒頭の「Good Bait」は、旋律の音の流れがちょっと捻くれていて、ウッカリするとミスタッチ連発、それが嫌で慎重に弾くと、ノリがてきめん悪くなるという厄介な曲なんですが、フラナガンは、いともたやすく端正に弾き上げていきます。

また、ここでのロンのベースは、まずまずベースのチューニングがなされて、ハイテクニックを駆使して弾き進めるロンのベースの音が気持ち悪くありません(笑)。1970年代のロンのベースは、チューニングが甘く、音をアタッチメントで増幅していたのか「ドロ〜ン、ボヨ〜ン」としたブヨブヨしたベース音で、とにかく気持ち悪い演奏が多かった。さすがはベースの達人の一人、ロン・カーター。ベースのチューニングが合えば、なかなかのベースになりますね〜。ロン独特のベースの個性がやっと聴き取れるようになった。

トニーは、1970年代、The Great Jazz Trioでは、全面にしゃしゃり出ることが多く、ドラミングもバスドラを多用した「ど派手」なもので、演奏する曲によっては、ちょっと「眉をしかめる」出しゃばり様でしたが、このアルバムでは、しっかりとフラナガンのバックについて、極上のビートを供給し、堅実に「タイムキーパー」の任を果たしています。トニーも1980年代に入って、グッと大人になったなあ、と感じられる、伴奏に徹したドラミングには好感が持てます。

良いピアノ・トリオです。この『The Master Trio/Blues In The Closet』については、外は「うだる暑さ」の中、涼しいジャズ喫茶のノンビリした夏の午後に流すイメージですね。肩肘張ること無く、心地良く聴き流しの出来る、ピアノ・トリオ入門盤としても適した、意外と玄人好みのアルバムだと思います。 
 
 
 
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2010年7月16日 (金曜日)

なかなか真っ当なピアノ・トリオ

最近、日本ジャズの新譜も、なるべく聴くように心がけている。日本ジャズも欧米の影響から抜け出て、独自の雰囲気や演奏イメージを作りつつある。21世紀に入って、欧米ジャズのコピーをやっと抜け出て、独自のジャズ表現でアピールできる新人が多く出てくるようになった。

そんな若手日本ジャズの新譜の中で、今回、気に入って、ちょっとしたヘビーローテーションになっているピアノ・トリオ・アルバムがある。そのタイトルは『Just Another Mind』(写真左)。Soil&"Pimp"Sessionの丈青、秋田ゴールドマン、みどりんからなる「J.A.M」。その「J.A.M.」による2ndアルバムである。

「ジャズを核に、ヒップホップ、ラテン、ハウスなど様々なフレイヴァーを感じさせる独創的なサウンド」が特徴、なんてセールス・コピーを読んで、さあ〜僕が聴けるジャズかなあ、と思い悩みながら購入。僕等レコード会社からの試聴盤が無料で手に入るような身分では無いので、思い切って購入を決断したアルバムが「すべった」時には、ちょっとショックが後を引く(笑)。

でも、冒頭の「SPIRIT (Introduction)」から、2曲目「QUIET STORM」の流れと音の雰囲気で、意外と真っ当なメインストリーム・ジャズであることが理解できて、ホッと一息。改めて、耳を傾けてみると、「なかなか真っ当なピアノ・トリオ」である。

2曲目「QUIET STORM」を聴くと、この「J.A.M」の音の特徴が良く判る。シンプルな凛とした硬質な音の響きは、一聴すると欧州ジャズっぽいんだが、なんとなく、音のエッジが丸くなって、ピアノ・トリオでの一体のなった演奏が強固な「塊」となって迫ってくるところ、そして、なんとなく、欧州ジャズと比べて、ウェットな雰囲気が独特である。そして、若きジャズの特権である、疾走する爽快感とゴツゴツとした強力なビート。うんうん、なかなか真っ当なジャズじゃないか。嬉しくなる。

Just_another_mind

3曲目の「産業革命」もその疾走するような爽快感とゴツゴツとしたビートは変わらない。デジタルチックなピアノのテーマ旋律が実にユニーク。「産業革命」という不思議な曲タイトルが、この演奏を聴くと、納得できるような気がする。

ビートでスペースを埋め尽くすような演奏スタイル。しかし、コルトレーンのような、一つの楽器を高速で吹きまくる「シーツ・オブ・サウンド」では無い、ピアノ・トリオを構成する3人のメンバーそれぞれが自分の担当楽器の特性を活かして、スペースを埋めまくる。この渾然一体となった、それていて、疾走する爽快感をしっかりと維持しつつ、スペースを埋めることによって、ピアノ・トリオでの一体のなった演奏が強固な「塊」となって迫ってくるところが、実に面白い。これはもうこのバンドの個性でしょう。

「渾然一体となった、それていて、疾走する爽快感をしっかりと維持しつつ、スペースを埋めることによって、ピアノ・トリオでの一体のなった演奏が強固な「塊」となって迫ってくるところ」は、13曲目の「A NIGHT IN TUNISIA」(チュニジアの夜)も同様。この「J.A.M」というピアノ・トリオの個性・特性を、より如実に表現する為に選んだスタンダード曲が、この「チュニジアの夜」。う〜ん、センス良いなあ。この「チュニジアの夜」を聴くと、このバンドの個性が十二分に理解出来る。

この「J.A.M」は、従来のジャズ界でのピアノ・トリオではありません。21世紀の、新しいタイプのジャズ・ピアノ・トリオである、と言って良いと思います。「ジャズを核に、ヒップホップ、ラテン、ハウスなど様々なフレイヴァーを感じさせる独創的なサウンド」というセールス・コピーはちょっと違うなあ、と思いますが・・・。しかし、このバンドの音は面白い。欧州のありそうで無い、米国にはほぼ見当たらない。もしからしたら、ピアノ・トリオとして、日本ジャズにおける独特の個性になるのかもしれません。

コンテンポラリー・ジャズの範疇での、今までにない、新しい個性を持つピアノ・トリオであるということは言えます。テクニックもまずまず確かなもの。これからが楽しみなトリオです。暫く、追っかけてみようかなあ、思っています。 
 
 
 
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2010年7月15日 (木曜日)

Farewell 南アフリカ、忘れない

サッカーWC 南アフリカ大会が終了して、3日経った。寝不足の日々が1ヶ月続いた。さすがに、朝方の3時30分開始の試合を観ることは、ほとんど出来なかったが、その前、2試合はほぼ観た。さすがに、冬の季節の大会。気候のコンディションが良かったのだろう、良い試合が多かった、というか、ほとんどの試合が含蓄ある内容だった。

日本にとっても忘れられない大会になった。アウェーの大会で、初めて決勝トーナメントに進出した。しかも、自分としては、今回やっと、日本のサッカーのスタイルが確立されたと確信した。世界のマスコミから「サムライ・ブルー」「ブルー・サムライズ」という世界で通用するニックネームも定着した。僕は、日本のサッカーのスタイルが確立された、という思いを持てたのが、とても嬉しい。1970年WCメキシコ大会からサッカーを観てきた自分にとってはこれほど嬉しいことは無い。

さて、開始前は安全かつ円滑な大会運営が出来るかどうか懸念されたが、大きなトラブルも無く、成功裏に終わった。今日は「Farewell 南アフリカ、忘れない」と題して、大会中、ご紹介し続けて来た、南アフリカ出身のジャズ・ピアニスト、Abdullah Ibrahim(アブドゥラ・イブラヒム)のアルバムの中で、リラックスして聴ける僕のお気に入りの一枚をご紹介したい。

タイトルは『Mantra Mode』(写真左)。1991年のリリース。ちなみにリリースは、Abdullah Ibrahim (p), Basil "Mannenberg" Coetzee (ts), Robbie Jansen (fl, as, bs), Johnny Mekoa (tp), Monty Weber (ds), Spencer Mbudu (b), Errol Dyers (g)。enjaレーベルからのリリースである。
 

Mantra_mode

 
冒頭の「Bayi Lam」は、従来からの、アーシーでワールド・ミュージック的なアフリカン・フォーキーなピアノが美しい、明らかに今までの「Abdullah Ibrahimの世界」。しかし、2曲目の「Dindela」から、ちょっと様相は違ってくる。良い意味で、アフリカン・フォーキーな音世界が洗練されて、アーバンで良質なフュージョン・フレイバーな音世界が、この『Mantra Mode』の2曲目以降で展開される。

特に、Johnny Mekoaのミュート・トランペットの音色が、そのアーバンな雰囲気の主役である。そして、選曲についても、4曲目の「Tafelberg Samba-Carnival Samba」の様に、アフリカン・フォーキーな音世界を離れて、サンバのリズムを取り入れたりもしている。まあまあ、垢抜けちゃって・・・(笑)。それでも、Abdullah Ibrahimの郷愁を誘うフォーキーなピアノの音色とアーシーなビートは変わらない。

このアルバム『Mantra Mode』は、Abdullah Ibrahimの音世界を、フュージョン・チックに、良い意味で「ライト」に体験することができる、取っつきやすく入りやすい、Abdullah Ibrahimの入門的アルバムの代表格だと僕は評価している。

冒頭「Bayi Lam」のアーシーでワールド・ミュージック的なアフリカン・フォーキーなピアノが美しい、Abdullah Ibrahimのピアノを愛でながら、今回のサッカーWCを振り返りつつ、心から「Farewell 南アフリカ、忘れない」。今回のサッカーWC・南アフリカ大会は、忘れられない大会のひとつになった。 
 
 
 
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2010年7月14日 (水曜日)

もう一つの「テープ・コラージュ」

一昨日、マイルス・デイヴィスの優れた演奏素材を、プロデューサーのテオ・マセロが「テープ・コラージュ」のテクニックを駆使して出来上がった傑作『In a Silent Way』について語った。

この『In a Silent Way』は、マイルスのセッションの録音を、プロデューサーのテオ・マセロがテープ編集を駆使して出来上がった、いわゆる「テープ・コラージュ」の成果だとして、決して、マイルスの音楽的成果では無い、などと言う無かれ。マイルスのセッション演奏の素材が、優れているからこそ為し得た「テープ・コラージュ」の傑作である。

さて、マイルス・デイヴィスの優れた演奏素材を、プロデューサーのテオ・マセロが「テープ・コラージュ」のテクニックを駆使して出来上がった傑作には、もう一枚ある。『Tribute to Jack Johnson』(写真左)である。マイルスが1970年に発表した「ロックなアルバム」の代表作。1900年代初頭、初の黒人ヘビー級チャンピオンとして活躍した伝説のボクサー、ジャック・ジョンソンをテーマとして作られた映画のサントラである。

このアルバム、マイルスがテオ・マセロに金を渡し、編集を頼んだ結果出来上がった作品である。『In a Silent Way』は、マイルス・デイヴィスの優れたセッション演奏を、プロデューサーのテオ・マセロが「テープ・コラージュ」を駆使して、苦心してアルバムとして編集した「苦肉の策」といえば「苦肉の策」的な音楽的成果であった。

しかし、この『Tribute to Jack Johnson』は違う。明らかに、「ロックなアルバム」に向いたセッション素材を、マイルスは確信を持って、テオに「テープ・コラージュ」を頼んでいる。つまり、マイルスは自らのセッション演奏の成果を「テープ・コラージュ」によって、ひとつのサントラを作成することを予め想定していた、ということである。そして、テオは、そのマイルスの確信に、最高の成果をもって応えている。

1曲目(といってもLP時代ではA面全てを占める長尺物)「Right Off」の出だしを聴けば良く判る。ジョン・マクラフリンのカッティング・ギターの凄まじさ。当時、1970年のロックなんて全く相手にならない。その弾き出されるロック・ビートの鋭さ、激しさ、凄まじさ。

Jack_johnson

そして、触れば切れるような「鋭敏なビートのエッジ」をバックに、満を持して、いきなり出てくるエモーショナルで激しいボーカルのようなマイルスのペット。ギターに追従する超重量級のベース&ドラム。ギターに負けないエモーショナルな熱く激しく打ち付ける様な強靱なビート。「ビートだ、ビートが一番重要だ」、マイルスの言葉が実に説得力をもって迫ってくる。

しかし、単純なカッティング中心の8ビートは判り易いが、飽きると言えば飽きる。マイルスは、この「Right Off」で、当時のロックの8ビートは、単純で判り易く、一般の若者には受けが良いが、決して、アーティステックで創造的な、拡がりとイマージネーション溢れるもの、ではないということを証明している。

確かに単純な8ビートが続く26分53秒。飽きると言えば飽きる。でも、そんな弱点をカバーして余りある、エモーショナルで激しいボーカルのようなマイルスのペット。やはり、このアルバムでも、最終的には、マイルスのペットに尽きる。

2曲目(といってもLP時代ではB面全てを占める長尺物)「Yesternow」の演奏内容の方が数段素晴らしい。カラフルな幽玄さ、緊張感溢れる浮遊感、漂う様な拡がりのあるビート感。そんな印象的な演奏をバックに、ここでも、モーショナルで激しいボーカルのようなマイルスのペットが闊歩する。肩で風を切って、悠然と堂々と、孤高のペットが鳴り響く。

そして、途中から滑るように入ってくる、ゆったりとした、それでいて強靱なビート。ここでのビートは複雑。ポリリズムをそこはかとなく駆使して、カラフルな上に、効果的なチェンジ・オブ・ペースを折り込んだ、柔軟かつ強靱なビートが凄い。そして、その強靱なビートに負けないどころが凌駕して余りある、マイルスのペットの凄まじさ。
 
『Tribute to Jack Johnson』は、「お望みなら、世界最高のロック・バンドを組んでみせるぜ」と有言実行した(格好良いなあ〜)マイルスとテオの「テープ・コラージュ」の最高の成果のひとつである。この『Tribute to Jack Johnson』のテープ・コラージュに使用されたマイルス・デイヴィスの優れた演奏素材を心ゆくまで堪能したいのであれば、CD5枚組ボックスセットの『The Complete Jack Johnson Sessions』があります。これはこれで、それはもう凄まじい内容です。

ちなみに、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」、月一更新のコーナー「ジャズの小径」2008年6月号(左をクリック)にも、テオ・マセロの追悼記事として、『In a Silent Way』と『Tribute to Jack Johnson』をご紹介しています。よろしければ、こちらもご覧下さいね。
 
 
 
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2010年7月12日 (月曜日)

エレクトリック・マイルス事始め

私はマイルス・デイヴィスが大好きだ。特に、エレクトリック・マイルスは、ジャズ者初心者駆け出しの頃から、現在に至るまで、常に感じ入っている。切っ掛けは、高校時代にFMで聴いた大阪フェスティバル・ホールのライブ録音放送。後の『アガルタ』『パンゲア』であるが、これに激しく感動した。それ以来、エレクトリック・マイルスは、私の大のお気に入り。

さて、FMで聴いた大阪フェスティバル・ホールのライブ録音はさておき、私がエレクトリック・マイルスに初めて触れたアルバムは何だったのか。これは30年以上経った今でもしっかりと覚えている。『In a Silent Way』(写真左)。

動機は実に簡単で、1970年代後半、当時、エレクトリック・マイルスの入門的名盤と言えば、『Bitches Brew』か『In a Silent Way』。僕は当時、貧乏学生。2枚組の『Bitches Brew』は、ちと重荷。ジャズ紹介本を読むと、エレクトリック・マイルスと言えば『Bitches Brew』も良いが、もともと、エレクトリック・マイルスの源流は『In a Silent Way』にある、とあったので、金銭面の都合を優先して、『In a Silent Way』を選択(笑)。

これが、感動に次ぐ感動。ジャズという音楽ジャンルが、ここまで自由で、ここまでクリエイティブな音楽表現ができるとは思わなかった。フリージャズなんて目じゃない。これだけ統制のとれたグループサウンズの中で、圧倒的に自由度のあるインプロビゼーションの嵐。ジャズという音楽ジャンルにドップリはまる切っ掛けを作ってくれた、凄く重要なアルバムである。

特に、LP時代B面の「In a silent way / It's about that time」が素晴らしい。冒頭「In a silent way」の牧歌的な響き。ビートの無い、ただただ漂う様なモードの響き。そして、打って変わって、8ビートをベースとしたポリリズムを基に、躍動的なモードの響き。決して派手派手しくない、どちらかと言えば、クールで冷静なポリリズムのビートなんだが、素晴らしい躍動感。ジャズの創造性が圧倒的。ビートの無い、漂う様な「In a silent way」と躍動感溢れるビートがベースの「It's about that time」の対比。好対照な演奏イメージの対比。美しい。

In_a_silent_way

この『In a Silent Way』は、マイルスのセッションの録音を、プロデューサーのテオ・マセロがテープ編集を駆使して出来上がった、いわゆる「テープ・コラージュ」の成果だと言われる。決して、マイルスの音楽的成果では無い、と。うん、それは言えるかもしれないなあ。

でも、このテオ・マセロの「テープ・コラージュ」のお陰で、マイルスの思い描いていた音楽的イメージが、しっかりと起承転結をなす「一つの曲」として、はたまた、「一つの曲」としてのライブ演奏として、十分に音楽的成果として成立するものだ、ということが証明された、と言えるだろう。8ビートをベースとしたポリリズムを基に、躍動的なモード演奏が長尺の演奏として成立するんだ、ということが、このテオ・マセロの「テープ・コラージュ」で証明された。

後は、曲のコンセプトとそのコンセプトをベースとして、長尺のイマージネーション溢れるインプロビゼーションが演奏しきれるか、が鍵になる。その「長尺のイマージネーション溢れるインプロビゼーションが演奏しきれるか」のプロトタイプが、LP時代A面の「Shhh / Peaceful」にある。

「テープ・コラージュ」の成果ではあるが、エレクトリック・マイルスのプロトタイプがここにある。この演奏に漂う「適度な緊張感」と「クールな躍動感」、そして「広大で自由なインプロビゼーション・スペース」。以降の1970年代、エレクトリック・マイルスのベースとなるプロトタイプがここに提示されている。

この『In a Silent Way』の成果を基に、ジャズ・ミュージシャンに対して、相当に卓越した創造性と演奏テクニックが求められる、かなりハイレベルなエレクトリック・ジャズに、マイルス・デイヴィスはチャレンジしていくことになる。

エレクトリック・マイルスは、ジャズ者初心者の方々には、ちょっと理解しにくいかと思います。1970年代のプログレッシブ・ロックを聴き込んだ経験のある方々には、意外と入りやすいかも。ちなみに私もそうでした。

エレクトリック・マイルスは、ジャズの統制のとれたグループサウンズの中で、圧倒的に自由度のある「希有な成果」です。ゆめゆめ安易に気軽に接すること無かれ(笑)。実に奥が深く、イマージネーションの広がりが圧倒的。今の耳にも新鮮で、新しい発見が多々あり、常に感じ入ることしきり、です。
 
 
 
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2010年7月11日 (日曜日)

R&B調を歌うように弾くギター

昨日、CDの棚卸しをして、CDの収納方法もちょっと変えて、フュージョン・ジャズのアルバムが取り出しやすくなった。加えて、棚卸しの結果、しばらく自分が所有していたことを忘れていたアルバムを発掘したりする(笑)。

そんな一枚が、Eric Gale(エリック・ゲイル)の『Forecast』(写真左)。そう言えば持っていたっけ、忘れてた(笑)。1973年1月の録音である。CTIの傍系であるKUDUからのリリース。もちろんプロデューサーはCreed Taylor(クリード・テイラー)。イージーリスニング系フュージョンである。ちなみにパーソネルは以下の通り。

Eric Gale (g); Elliot Rosoff, David Nadien, Gene Orloff, Irving Spice, Max Ellen, Harry Lookofsky, Joe Malin (vln); Alfred Brown , Emanuel Vardi (viola); Seymour Barab, George Ricci (cello); George Marge (fl); Hubert Laws (fl piccolo); Joe Farrell (fl, ts); Jerry Dodgion (as, ts); Pepper Adams (bs); Jon Faddis, Marvin Stamm, Randy Brecker, Victor Paz, John Frosk (tp, flh); Tony Studd (tb, bh); Garnett Brown, Alan Raph (tb); Bob James (p, el-p, org, syn, marimba); Gordon Edwards , Bill Salter (el-b); Idris Muhammad, Rick Marotta (ds); Artie Jenkins, Arthur Jenkins (cog, tamb); Ralph MacDonald (per) 。

いや〜、凄い数のメンバーですね〜。しかも、一人一人名前を確認していくと、なかなかの有名人が名を連ねています。これだけのメンバーを調達するって、かなりコストもかかったことでしょう。派手好きのクリード・テイラーらしい人のかけ方ですね。でも、フュージョンのアルバムの場合、意外と重要なのは、プロデューサーでは無く、ディレクター&アレンジャーの存在。このアルバムでは、若き日のボブ・ジェームスがその任に就いています。

冒頭の「Killing Me Softly With His Song(やさしく歌って)」の内容に騙されてはいけません。このロバータ・フラックの歌唱で有名なこの曲、ボブ・ジェームスとエリック・ゲイルが、実に俗っぽいアレンジに乗って、実に俗っぽく、歌の旋律を中心にギターを弾き進めていきます。目立ったアドリブも無い、アレンジされらストリングスのフレーズも陳腐。これが、当時、若手精鋭のボブ・ジェームスのディレクション&アレンジかと落胆しかけますが、このアルバムの真価は、2曲目のエリック・ゲイル作の『Cleopatra』から。

Eric_gale_forecast

2曲目の『Cleopatra』から、演奏の雰囲気がガラッと変わる。演奏の基本形は「R&B」に早変わり。バックのビートもイージーリスニングから、バリバリのR&Bに早変わり。格好良いゲイルのギター。ちょうど、ジャクソン5の「ABC」の様な、ポジティブで明るいR&Bなノリ。ボブ・ジェームスのキーボードも、完璧にR&Bモードに変更。1973年の録音なんだが、ボブ・ジェームスのキーボードの音は、後の「Mr.NY」と形容される、アーバンで洒脱な音が完全に確立されているのに、妙に感心する(笑)。

3曲目の「Dindi(ジンジ)」のアレンジが「ニクイ」。粋である。この曲はですね〜、確か、Antonio Carlos Jobim / Aloysio de Oliveira共作のボサノバの名曲中の名曲なんですが、これをボサノバ色を一切消し去って、スロー・バラード調に切々とギターで弾き上げていく。エリック・ゲイルの真骨頂。切々と歌うようにギターを弾き上げていくゲイルのギターのバックで、ボブ・ジェームスの実に趣味の良い、実に効果的な「そこはかとない」スパイスの様な弦のアレンジが、これまた「ニクイ」。そして、ボブ・ジェームスのキーボードが冴えに冴える。

4曲目の「White Moth」以降、「Tonsue Corte」「Forecast」と全て、エリック・ゲイル作のオリジナル曲が続くが、このゲイルのオリジナル曲の演奏が秀逸。4曲目の「White Moth」なんぞ、少しスペーシーなイントロから一転、アーバンなブラスの響きなんざあ、ボブ・ジェームス御大の音そのもの。そのボブ・ジェームスな音をバックに、エリック・ゲイルがR&B風のギターをバキバキパキと弾き上げていく。実に格好良い。このように、フュージョン初期の良い部分ばかりが、この後半の3曲に詰まっています。

アルバムに全体で35分に満たない、かなり「けちくさい」曲の収録が「玉に瑕」ですが、そんなことも全く気にならない位、このアルバムを埋め尽くす、フュージョン初期の良質の演奏が圧倒的です。エリック・ゲイルのR&B調を歌うように弾くギターが実に印象的で、何回も聴き直したくなる(出来れば1曲目除いて・笑)、そんな素晴らしい内容のアルバムです。 
 
 
 
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2010年7月10日 (土曜日)

CDの棚卸しと夏のフュージョン

今日は朝から好天気。以前より予定していたCDの棚卸しを敢行。CD収納ケースを大量に買い込み、今まで、古いMacのデスクトップを撤去した跡地に設置することで、CD収納スペースを拡張する計画。約300枚以上、野積みになっているCDが収納できるはず。

朝から、まずは古いMacのデスクトップを撤去。これが意外に重い。こんなMacを4年前まで使っていたんやね〜。このブログはPowerBook〜MacBookの時代であるが、ホームページの運営には、このMacデスクトップ7600は、十二分に活躍してくれた。3年ほど、電源を抜いて放っておいたので、もう起動しないかな、と思っていたら、意外や意外、元気に立ち上がった。ちょっとビックリ。

そして、CD収納ケースの到着を待って、いよいよCDの棚卸し。フュージョン・ジャズのアルバムが片隅に追いやられ、4畳半の書庫と分散しで、何を持っていたんだか、良く判らなくなったところを改善。そして、ブルーノートのアルバムを全て一所に集約。ロックはジャンル別に分け直し、これもまた、一所に集約した。苦闘3時間。夕方の6時前。全ての作業が完了。作業を始めたのが、朝の10時半頃だったので、延々、7時間弱の作業だった。疲れた〜(笑)。

フュージョン・ジャズのアルバムが、かなり取り出しやすくなった。作業が終わって、夕飯までの空き時間、フュージョン・ジャズを楽しむ。今、夏である。今日もCDの棚卸しを、汗をかきかき、やっていたんだが、とにかく暑い。今日はまだ、集の半ばの頃の様に、激しい蒸し暑さは和らいで、適度に風もあり、湿気も少し抑え気味なので、じっとしていれば、ちょっと凌ぎやすいのだが、今日のように動いていると、やはり暑い。暑い時、夏にピッタリのフュージョンのアルバムって感じのものも幾枚かある。

今日は「夏のフュージョン」と思いつつ、夏にピッタリのフュージョン・ジャズを探す。選んだアルバムが、我が日本ジャズの至宝、渡辺貞夫の『カリフォルニア・シャワー』(写真左)。1978年の録音。ちなみにパーソネルは、渡辺貞夫 (as,fl,sn) , Dave Grusin (p, el-p) , Lee Ritenour (g) , Chuck Rainey (el-b) , Harvey Mason (ds) , Paulinho Da Costa (per) , Oscar Brashear (tp) , Geroge Bohanon (tb) , Ernie Watts (ts)。見渡すと、米国西海岸フュージョン・ジャズの猛者揃いである。いや〜凄いメンバーである。壮観。

冒頭の「California Shower」は説明不要のフュージョン・ジャズの古典的名曲。若いジャズ者の方で聴いたことが無い方がいたら、直ぐに手に入れて、直ぐに聴きなさい(笑)。これだけ、曲の題名とジャケット・デザインににピッタリのキャッチャーなテーマはそうそう無い。演奏も然り。ジャケット・デザインのイメージ通り、季節は夏である。米国西海岸の夏である。
 

California_shower

 
アルバムで表現される季節は、米国西海岸の夏、アーバンな夏。決してリゾートではない。アーバンなカリフォルニアの夏、時間帯はそれぞれ朝、昼、夕方、夜、そして深夜。収録されている曲毎に、カリフォルニアの夏の「アーバンな風景」は変わる。どの曲も素晴らしい演奏ばかり。

ナベサダさんは、得意のアルト・サックスとソプラノ・サックスを吹き分けている。アルトは当然のことながら、このアルバムでは、ナベサダさんのソプラノの音がキラキラしていて素晴らしい。スッーと伸びて、ブワーっと吹き上げていく。とてもポジティブなソプラノ。カリフォルニアの夏にピッタリ。

当時、ナベサダさんがアルバムのバックに、米国のミュージシャンばかりを使うのが、ちょっと不満で、日本ジャズのリーダーなんだったら、若手ミュージシャンをもっと登用すべき、と思ったりもしたんだが、当時、あの頃の僕は若かった。というか若すぎて、何も判っていなかった。アルバムの納得のいくまでの出来を追求する場合、このアルバムのバックの様に、重量感がタップリとありながら、疾走感、爽快感に溢れ、それでいてしっかりとジャジーな粘りのあるビートを供給してくれるミュージシャンって、当時の日本にはいなかった、というか、まだ見当たらなかった。

良いステレオセットで聴いて欲しいんですが、このアルバムのバックバンドって、結構凄いですぜ。 Chuck Rainey (el-b) , Harvey Mason (ds) の超重量級のビートをボトムに据えて、フュージョン・ギターの貴公子(当時)Lee Ritenourが、ここではかなりハードにエレギを弾きまくる。こんなハードなRitenourあまり聴いたことが無い。そして。シッカリとしたタッチでありながら、どこか洒脱なDave Grusin。何と言ってもDave Grusinのアレンジが素晴らしい。
 
フュージョン・ジャズの古典的名盤です。日本フュージョン界に留まらず、世界のフュージョン界の中で、十分に古典的名盤で通用する、素晴らしいアルバムです。なんせ、このバックです。このバックの面々を眺めながら、これが「世界のナベサダ」で無くてなんなのか。日本が世界に誇るナベサダ・フュージョン。このアルバムはいつ聴いても良い。

あっと言う間にラストの「My Country」。惜しむらくは、このラストの感動の名演「My Country」がフェード・アウトされていること。LP時代の時間制限だけが原因であれば、フェード・アウト無しのバージョンをリリースして欲しいなあ。 
 
 
 
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2010年7月 8日 (木曜日)

マイルスとギルのコラボ・その3

マイルスの発言は印象的なものが多い。ギルとのコラボの中で、『ポーギー&ベス (Porgy and Bess)』のレコーディングに一番苦労したのは「ベス、ユー・イズ・マイ・ウーマン (Bess, You Is My Woman Now)」という台詞を八回も意味を変えて吹き分けなければならなかったことだ、と言うのがある。

う〜ん、格好ええなあ、痺れるなあ。これって、トランペットのテクニックは言うに及ばず、マイルスのペットが歌心を湛え、そのトーンを七色変化にコントロールすることが出来る、ということをマイルス本人がサラリと言ってのけているのだ。ヴォーカル・ナンバーの曲を、その歌詞の意味を十分に理解し噛み締め、最高のテクニックと歌心をもって「演奏した」。凄い自信、凄い自負。さすが、ジャズの帝王マイルスである。

その『ポーギー&ベス (Porgy and Bess)』(写真左)である。ガーシュインのオペラ『ポーギー&ベス』をギル・エバンスがジャズ・オーケストラとしてアレンジし、そのオーケストラをバックに、マイルスが心ゆくまでソロを取るという内容。

しかしながら、マイルス・デイヴィスとギル・エバンスとのコラボレーションとして『Miles Ahead』『Porgy And Bess』『Sketches Of Spain』『Quiet Nights』が代表的な4枚なんだが、以前より、その代表的な4枚の中で『Porgy And Bess』は一番地味な扱いを受けているように感じている。

『Quiet Nights』はマイルス自身が「失敗作」とバッサリ切り捨ててはいるが、そのマイルスらしからぬ愛らしい演奏内容が、マイルス意志とは反して、意外とマイルス者の中では「愛聴盤」になったりしているので、以外と扱いが良い(笑)。しかし、なぜなんだろうなあ、『Porgy And Bess』の扱いの低さは・・・。

Miles_porgy_and_bess

確かに、ジャズのアルバム紹介本、マイルスのアルバム紹介本を紐解いても、どうも『Porgy And Bess』の扱いは不当に低い。『Sketches Of Spain』がダントツに扱いが高い。それは単に、スペインの作曲家ロドリーゴの人気曲をギル独特のアレンジで再編した、アルバム冒頭を飾る「Concierto De Aranjuez(アランフェス協奏曲)」の存在故なんだが、それはそれで安直すぎるのではないだろうか。

しかし、僕もこの『Porgy And Bess』を入手し、その内容の濃さに驚愕したのは、ジャズ者を始めてから15年近く経った頃。CD化が進んで、やっとこの『Porgy And Bess』もCD化された頃である。いや〜面目ない。この『Porgy And Bess』を初めて聴き通した時、自らの未熟さ、不明さを恥に恥じたのを覚えている。

いや〜素晴らしい内容です。マイルス・デイヴィスとギル・エバンスとのコラボレーションの中で、一番、スコアとして書き込まれ、そのスコアの出来は恐らく代表的な4作の中で一番の出来で、リハーサルも十分に積まれ、マイルスのペットの状態もベストに近かったのではないか、と思います。とにかく、アルバムの演奏の全てが素晴らしい、の一言。

マイルスはトランペットとフリューゲルホルンを使い分けている。どちらも素晴らしい音色、素晴らしいテクニック。マイルスの演奏のベースは「モード奏法」。でも、そんな難しいことは関係無い。このアルバムでのマイルスのペットは絶品である。とても美しく、とても力強い。繊細かつハードボイルド。「クールな演奏」を尊び「女を口説くように演奏する」マイルスの面目躍如である。

素晴らしい演奏、素晴らしいアレンジです。ギルのアレンジについても、このアルバムのアレンジは彼の代表的成果のひとつとして、もっと評価されるべきものだと感じています。個人的には、マイルス者を任じる方々には、『Sketches Of Spain』よりも、この『Porgy And Bess』を聴きこんで欲しいですね。

聴かず嫌いはいけません。ジャズのアルバム紹介本、マイルスのアルバム紹介本に載ってなくても、良いものは良い。ジャズって、ここまで芸術的に高い極みにまで到達することができる素晴らしいものだ、ってことが心底実感できます。 
 
 
 
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2010年7月 7日 (水曜日)

ジャズ喫茶で流したい・19

ジャズの世界で「フルート」という楽器はマイナーである。そんなに難しい楽器だとは思わないのだが、音質が細く音量が不足しているところが、ちょっとジャズに不向きと感じるからだろうか。ジャズの世界でフルート専門のジャズ・ミュージシャンというと、ヒューバート・ロウズ、ハービー・マン、ボビー・ジャスパー、位かな。でも、この3人だって最初はサックス奏者。サックスとフルートの併用から、フルートに専門特化したクチである。

確かに、不思議とアルト・サックスの奏者がその余芸としてフルートを吹く例が幾つかある。日本の至宝、渡辺貞夫がそうだし、フランク・ウエス、ルー・タバキン、エリック・ドルフィーなどがそう。う〜ん、ひとつひとつ考えて名前を挙げていけば、ジャズ・フルート奏者って結構いるなあ(笑)。

ということで、今日は「フランク・ウエス」の隠れた優秀盤をご紹介する。フランク・ウエスは、本業はテナー・サックス、余芸としてフルートを吹くクチである。Frank Foster (ts) とともにベイシーバンドの名物となった「Two Franks」のかたわれ。テナーマンとしてより、1950年代以降のベイシー楽団のウリの一つとなった「フルート」を定着させたマルチリード奏者のハシリ。ジャズ紹介本でよく挙げられる有名盤では『Opus de Jazz』のフルートが忘れられない。

この「フランク・ウエス」のフルートが、実に味わいがあって良い感じの、隠れ優秀盤をご紹介します。その名も『The Frank Wess Quartet』(写真左)。なんだか、そのまんまのタイトルですね(笑)。でも、このアルバムのジャケットをご覧下さい。なかなか味わい深いジャケットでしょう。純ジャズ、ハード・バップ「ど真ん中」という雰囲気がプンプンするジャケット・デザイン。ウエスの横顔の写真にあしらわれたタイポグラフィーが、これまた「ジャズ」である。

ちなみに、パーソネルは、Frank Wess (ts, fl) Tommy Flanagan (p) Eddie Jones (b) Bobby Donaldson (ds)。1960年5月の録音。Prestige の傍系「Moodsville」からのリリース。ジャズをムード音楽として、鑑賞音楽として、生活のBGMとして聴こうというジャズシリーズのレーベル「Moodsville」からのリリースである。聴き心地は満点。
 

Frank_wess_quartet

 
フランク・ウエスの十八番のフルートとテナー・サックスが交互に演奏される。最初の「It's So Peacful In The Country」がウエスのフルートで始まるところが、ウエスにとってもフルートが特別なものであったのかもしれない、と思わせる。といって、テナー・サックスがフルートに劣るどころか、ウエスのテナー・サックスには独特の味がある。この『The Frank Wess Quartet』というアルバムは、ウエスのテナーとフルートを、心ゆくまで堪能できる優れものである。

収録されたどの曲も、バラードはバラードなりに、スタンダードはスタンダードなりに、ハードバップ・チューンはハードバップ・チューンなりに、遅すぎず速すぎず、実に心地良いユッタリした余裕のあるテンポで演奏される。良い感じです。ウエスのフルート、テナーは言うに及ばず、トミー・フラナガンのピアノが素晴らしい。

セッションの雰囲気、狙いによって、しっかりとピアノを弾き分けることが出来る、ジャズ・ピアノの職人トミー・フラナガン。ここでも、この職人芸的ピアノは健在。というか、彼の伴奏者としての屈指の名演を披露していると言っても良い。しっかりとしたタッチ、香る歌心、仄かに底に横たうブルージーな感覚。このフラナガンのピアノとウエスのテナー&フルートがベストマッチ。ジャズを聴いているなあ、と心から実感する至福の時が訪れる。

Eddie Jones (b) Bobby Donaldson (ds)も良い感じである。名前は通っているメンバーでは無いが、Eddie Jonesのウォーキング・ベースが堅実で、かつブンブン震えていて良い。Bobby Donaldsonの地味ではあるが、味のあるリズム・キープは一目置いて良い。

このアルバムに関しては、難しい解説は要らない。「聴けば判る」。このアルバムを聴けば、心からリラックスして音に耳を傾け、心から「ジャズってええなあ」と思える、そんなジャズ喫茶のキラー・アイテムの一枚です(笑)。ジャズを聴き始めて、ジャズを聴いてリラックスしたいなあ、と思った時に絶対のお勧めです。今では、輸入盤CDで大手ネットショップで入手できます。良い時代になりました(笑)。 
 
 
 
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2010年7月 6日 (火曜日)

アフリカ讃歌・Echoes From Africa

蒸し暑い。激しく蒸し暑い、我が千葉県北西部地方。朝は朝で蒸し暑さ抜群、20分も歩いて隣駅まで行けば、汗が滝のように流れる。う〜ん蒸し暑い。そして、夕方は夕方で蒸し暑さ抜群。ぬるま湯の中を歩いているような感じ。まとわりつく湿気抜群の空気。気持ち悪くまとわりつく、湿気抜群の風。今年の蒸し暑さは半端では無い。身体に悪い「蒸し暑さ」。

さて、明日の早朝より、サッカーWCの準決勝第一試合、ウルグアイ×オランダ。いよいよ、サッカーWC南アフリカ大会も終盤。あと4試合を残すのみ、準決勝2試合、3位決定戦、そして決勝。もう泣いても笑ってもあと4試合である。

今回のWCは観ていてとても楽しい。世界のサッカーのトレンドが手に取るように判る。南アフリカの気候が良いせいもあるんだろう、本当に良い試合が多くて、本当に楽しめる。しかし、明日の早朝3時半からの試合開始は、ちょっと観られんなあ。本業に影響する。でも、5時くらいには起きて、後半戦だけは観たいものだ。

で、景気付けに、Abdullah Ibrahimのアルバムを聴く。今回は「Africa」シリーズ、1979年リリースの『Echoes from Africa』(写真)。ちなみにパーソネルは、Abdullah Ibrahim (p, vo), Johnny Dyani (b,vo)。基本的に、Abdullah Ibrahim と Johnny Dyani のデュオアルバムである。

これが実に「アフリカン」。1曲目、約17分の長尺ナンバー「Namhanje」での冒頭を飾るアフリカン・ネイティブでフォーキーな歌唱が、もう既に「アフリカン」。 Abdullah Ibrahimが主たるボーカルを担当し、Johnny Dyaniがコーラスを付ける。ワールド・ミュージックな雰囲気満点。アフリカンな歌唱が、このアルバムを特別なものにしている。
 

Echoes_of_africa

 
ジャズの世界で、これだけあからさまに、アフリカン・ネイティブでフォーキーな歌唱をメインにできるのは、南アフリカ出身の Abdullah Ibrahimの特権だろう。このアルバムで、Abdullah Ibrahimは、彼独特の左手の強烈なビートと右手のアーシーでフォーキーな旋律を、なんのてらいもなく、ガンガンに弾き続ける。何の迷いの無い、明らかにポジティヴなアフリカン・ピアノ。

アーシーでフォーキーなピアノの音色、そして、インプロビゼーションの展開が実にオープンで、正の方向に拡がっていて、なんだか、そこはかとなく「幸福感」を感じることの出来る、アフリカンな展開。そして、その展開を支えるJohnny Dyaniの骨太なアコースティック・ベース。このJohnny Dyaniのゴリッとした骨太なベースにも、強く「アフリカ」を感じる。

全編、約32分程度のちょっと短いアルバムではあるが、その中に詰め込まれている「アフリカン」な雰囲気、「アフリカン」な音は、彼のどのアルバムよりも、アフリカ色が濃厚。ワールド・ミュージックがベースの純ジャズ、最右翼の一枚である。

ワールド・ミュージックがベースのジャズの先駆的なアルバムです。聴いていて、これほど「アフリカ」を感じさせてくれるアルバムは、なかなか無い。Abdullah Ibrahim=Dollar Brandって、日本ではマイナーな存在ですが、アフリカンなワールド・ミュージックがベースのジャズを語る上では、絶対に外せないジャズ・ピアニストです。

アルバムのジャケット・デザインは2種類ある。僕がジャズ者初心者だった頃、このアルバムに出会った頃のアルバム・ジャケットは左のデザイン。何の変哲も無い、当時のアフリカの家屋の写真がメインの、左のジャケット・デザインの方が、当時の「アフリカ」を感じさせてくれて、僕は今でも好きだ。
 
 
 
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2010年7月 5日 (月曜日)

夏が来れば思い出すフュージョン

なんだか昨日より、異様に蒸し暑い「我が千葉県北西部地方」。暑い、蒸し暑い。とても蒸し暑い。体力がどんどん奪い取られる。寝付きが悪く、それでも無くサッカーWCで「累積寝不足」で体調が思わしくないところに、この蒸し暑さは「堪える」。

さて、夏が来れば思い出すフュージョンがある。Native Son(ネイティブ・サン)。渡辺貞夫音楽学校の卒業生達中心に結成された日本の代表的フュージョン・バンド。この「ネイティブ・サン」の誕生は1978年3月。ジャズ界の時代は「フュージョン全盛期」。

バカテク、名うてのスタジオ・ミュージシャン達で結成された、伝説のフュージョン・バンド「Stuff」のデビューアルバムに驚愕し、遡って、ビリー・コブハムのバンドのブレッカー兄弟のパフォーマンスに驚愕し、リアルタイムに、ナベサダさんやヒノテルさんのフュージョンに感じ入っていた時代。「ネイティブ・サン」は、そんな時代に、日本のバカテク、名うてのスタジオ・ミュージシャン達で結成された「純日本産」のフュージョンバンドである。

その「ネイティブ・サン」のデビュー作(写真左)、1978年の録音。ちなみにパーソネルは、本田竹曠(kbds,perc)、峰厚介(ts,ss)、大出元信(el-g)、川端民生(el-b)、村上寛(ds)。純国産のフュージョン・バンドである。

恐らく、ネイティブ・サンとの出会いは、テレビのコマーシャルだったと思う。日立マクセルのカセットテープの宣伝のバックに流れるキャッチャーなテーマを持った、完全フュージョンな演奏。そう、ネイティブ・サンの「スーパー・サファリ」である。1回聴いて、これは、と思った。ちょうど、FM誌にネイティブ・サンの紹介記事が載っていた。恐らく、それが「ネイティブ・サン」との出会いである。

この「スーパー・サファリ」が気に入ったので、この曲が入ったアルバムを探しに行った。あるにはあったんだが、このジャケット・デザインに「引いた」。むくつけき男性ミュージシャンが上半身裸で水遊びに興じる姿。このジャケットに「ドン引き」した(笑)。仕方が無いので、なんとか友人に購入させ、カセットテープにダビングさせて貰った。もちろん、カセットテープは「マクセル」である(笑)。
 

Native_son

 
ちなみに、このデビュー作の『ネイティブ・サン』、名うてのバカテクなスタジオ・ミュージシャンの演奏なんだが、確かにバカテクだけど、響きは「アナログ」。後に追ってデビューしてくるカシオペアやスクエアの様に、デジタル色が強く、切れ味鋭いシンセサイズした音に比べると、ネイティブ・サンの音は、完璧にアナログチックで、バカテクの割に、そこはかとなく「野暮ったい」、垢抜けない人間味溢れる演奏が特徴。収録されたそれぞれの曲のテーマも、キャッチャーなんだが、そこはかとなく大衆的で俗っぽい。そんな、当時の「純日本的」なバカテク・フュージョンが、ネイティブ・サンの最大の特徴である。

先行してフュージョン化していた、ナベサダさん、ヒノテルさんのフュージョンは、その演奏の底に、そこはかとなく「純ジャズ」的な音の響きと、ジャズ的なビートが流れていて、完璧にフュージョンの演奏とは言え、その底に「ジャズ」的な雰囲気がしっかりと漂っているところが特徴だったんだが、ネイティブ・サンは違う。

特にこのファースト・アルバム『ネイティブ・サン』には「ジャズ的」な音の響きが希薄。どちらかと言えば、ロック的なフュージョンの雰囲気が強い。英国で言う、Brand XやBrufordやAllan Holdsworthのような「ロックよりのフュージョン」に近い響きが特徴。ジャズ的な雰囲気が希薄なところが、僕にとっては減点対象。でも、このアルバムは売れましたねえ。フュージョン・ジャズのアルバムとしては異例の、30万枚を越える空前のヒットとなりました。

若々しい吹っ切れたパワーとドライブ感は、やはり当時の勢いを感じます。完璧にアナログチックで、バカテクの割に、そこはかとなく「野暮ったい」、垢抜けない人間味溢れる演奏は、今の耳にも良い意味で「親近感」を感じます。デジタル以前のアナログな音。このネイティブ・サンのファースト・アルバムには、フュージョン・ジャズの良き時代、人間が演奏するバカテク・フュージョンの心温まる世界がここにあります。

さすがにジャケット写真には今でも「引き」ますが、日本のフュージョン時代を代表する、良いアルバムだと思います。フュージョン・マニア必聴、必携のアルバムでしょう。 
 
 
 
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2010年7月 4日 (日曜日)

ジャズ評論を鵜呑みにする無かれ

サッカーWC、準々決勝が終了しましたが、素晴らしい試合ばかりでしたね〜。特に、オランダとドイツのサッカーは抜きん出ている印象。もう既に完全な寝不足状態です(笑)。

後1週間、準決勝以降は、日本時間で朝の3時30分からの試合開始、しかも平日なので、当然、本業もあって、これからは体力勝負になります。本業とこのブログの更新とサッカーWCで、このところの僕の人生は精一杯です(笑)。

さて、今回のサッカーWCでも言えることですが、戦前の下馬評、サッカー評論家の事前評価ほど、当てになら無いものはない。しっかりと長年努力されている一部の評論家の方々以外は全く的外れ。これって、ジャズにも言えることです。昔の著名な評論家の意見をそのまま踏襲したままの「ジャズ評論」「アルバム評論」って結構ある。

これってジャズ者初心者の頃、困るんですよね。自分の耳で聴いて感じた印象と、ジャズ本の「アルバム解説」とが合わない時って、ジャズ者初心者の頃って、自らの感性を疑うんですよね。さすがに、ジャズを聴き始めて30年以上経った今では、自らの感性を疑うことは無いですけどね〜(笑)。

今回、久しぶりに聴いた『Sonny Stitt Bud Powell & J.J. Johnson』(写真左)。このアルバムだって、今までのジャズ本、ジャズ評論家の評価とは、また違った印象のある名盤である。

私の所有している最新のCDは全17曲を収録しているが、1~4曲目が「1949年12月11日」の録音、5~9曲目が「1950年1月26日」の録音。ちなみにパーソネルは、Sonny Stitt(ts) Bad Powell(p) Curley Russell(b) Max Roach(ds)。10~17曲目は「1949年10月17日」の録音。ちなみにパーソネルは、Sonny Stitt(ts) J.J.Johnson(tb) John Lewis(p) Nelson Boyd(b) Max Roach(ds)。

1949〜50年と言えば、ジャズ界は「ビ・バップ」という演奏様式が成熟した時期。その「ビ・バップ」のスタイルをジャズ・ピアノの分野に定着させ、現代の標準フォーマットである、ピアノ、ベース、ドラムスの「ピアノ・トリオ」形式を創始、「モダン・ジャズピアノの祖」とも称される、バド・パウエル。

Sonny_bud_jj

そのバド・パウエルの全盛期のピアノが、このアルバムの1〜9曲目で聴ける。よって、この『Sonny Stitt Bud Powell & J.J. Johnson』は、このバド・パウエルのピアノが堪能できる1〜9曲目ばかりが持てはやされる。しかし、確かにバド・パウエルのピアノには鬼気迫るものがあるが、他のアルバムにも、バド・パウエルの全盛期の演奏を捉えたものはある。

やはり、このアルバムは、リーダー格のSonny Stitt(ts)のバップ・テナーを愛でるアルバムだろう。鬼気迫る、全盛期の唯我独尊的なバド・パウエルのピアノを向こうに回して、悠然と気持ちの入った、ハイテクニックなテナーを吹き上げるソニー・スティット。その余裕あるハイテクニックなインプロビゼーションは、スケールが大きく、優雅ですらある。バドのピアノとスティットのテナーとの相対する対比。

ジャズ・ピアノという観点では、10〜17曲目、「1949年10月17日」の録音の John Lewis(p)のピアノも素晴らしい内容だ。鬼気迫る唯我独尊的なバド・パウエルの凄まじいピアノとは真逆の、落ち着いた展開の、実に優雅な雰囲気のジョン・ルイスのピアノ。ここでのルイスのピアノは、スティットのスケールが大きく、優雅なテナーにピッタリ。スティットのその余裕あるハイテクニックなインプロビゼーションには機転良く、転がるような高速フレーズで追従できる柔軟性を併せ持つ。

ジョン・ルイスの、間を活かしつつツボを押さえた優雅な展開、機微を呼んで転がるようにテクニック溢れる高速な展開、とのバランスの取れた緩急自在のインプロビゼーションは、バド・パウエルのピアノに十分対抗できるものだと僕は思う。もう少し、評価されても良いのでは・・・。 
 
この『Sonny Stitt Bud Powell & J.J. Johnson』のタイトルとはちょっと異なる、Sonny Stitt(ts) Bad Powell(p) John Lewis(p) の3人3様のテクニックと個性を愛でるべきアルバムでしょう。今までのジャズ本の評論の様に、1〜9曲目までのバド・パウエルが参加したセッションだけを聴くのは、実に勿体無い。ちゃんと10〜17曲目にも耳を傾け、日本では何故かあまり名前の挙がらない、ソニー・スティットのテナーに対して、アルバム全体の演奏を通して、その素晴らしさを再認識するべきアルバムだと僕は思います。
 
しかし、さすがは「Prestigeレーベル」(笑)、アルバム・ジャケットが滅茶苦茶怪しい。なんなんだ、このジャケットのイラストは・・・。その素晴らしい内容に比して、この滅茶苦茶怪しいジャケット・デザインとのアンバランスが、これまた、当時のジャズらしい、不思議な魅力を湛えたアルバムでもあります。 
 
 
 
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2010年7月 3日 (土曜日)

マイルスとギルのコラボ・その2

3日前のブログ(6月30日のブログ・左をクリック)で、「マイルスとギルのコラボ・その1」として、『Quiet Nights』について語った訳ですが、このアルバム、私がジャズ者駆け出しの頃、実に気に入ったのですが、どうも評価が低い。当のマイルス自体がこのアルバムを評価しておらず、ジャズの紹介本を見ても、評価は芳しく無い。

ちょっと焦った。ジャズ者駆け出し故の弱さである。マイルスとギルのコラボの素晴らしさは、この『Quiet Nights』を聴いて実感していたので、やはり、ジャズ者駆け出し初心者の頃は、世間的にも覚え目出度い名盤の類を聴きたいし、所有していたい。で、ここで、ジャズ者駆け出し初心者は、ジャズの紹介本に走る(笑)。すると『Sketches of Spain』というアルバム名が浮かび上がる。

『Sketches of Spain』(写真左)。57年の『マイルス・アヘッド』、58年の『ポーギーとベス』に続く、マイルスとギルのコラボレーションの第3弾。

スペインの作曲家ロドリーゴの人気曲をギル独特のアレンジで再編した、アルバム冒頭を飾る「Concierto De Aranjuez(アランフェス協奏曲)」が目玉。クラシックの原曲を基に、ギルにアレンジされたブルージーでスパニッシュな旋律に、マイルスのモード・ジャズを基本としたインプロビゼーションが絶妙に絡む。

このアルバムに収録された曲は、殆どがいわゆるスパニッシュ・モードによる演奏と言って良い。当時、マイルスは、このスパニッシュ・モードに強い興味を持っていたらしく、マイルスのスパニッシュ・モードの解釈、スパニッシュ・モードをベースとした演奏は、それはそれは非常に優れたものだと思います。

Sketches_of_spain

ギルのアレンジは、その音の重ね方に独特の個性がありますが、原曲に対しては意外に忠実です。「アランフェス協奏曲」は、原曲の構成をほぼ忠実になぞっています。恐らく、それがジャズ者以外の、クラシックのファンや一般の音楽ファンに人気のあるところかと思われます。そう、このマイルスの『Sketches of Spain』、ジャズ者以外の音楽ファンに絶大な支持を受ける不思議なアルバムです。

でも、正直に告白すると、僕は、この冒頭の「アランフェス協奏曲」が凄く苦手です。何故か眠くなるんですよね。ギルのアレンジが、意外と原曲の構成をほぼ忠実になぞっていくところが退屈に感じるんだと思います。ギルの音の重ね方は、確かに「ギルしていて」面白いのですが、別にそれが「アランフェス協奏曲」でなくてもねえ、って感じです。

流石に、マイルスのトランペットは、マイルスのモーダルな演奏は素晴らしいの一言。スパニッシュ・モードを自分のものにしつつ、どの曲の、どの場面でも、マイルスのトランペットが実に格好良く映える。ギルのアレンジによるスパニッシュな曲は、全てがマイルスのトランペットを惹き立たせる為にある。そのモーダルなトランペットだって、別に、スパニッシュ・モードに限らないしねえ。

どうも私の体質に合わないのでしょうか、この『Sketches of Spain』を聴く度に、激しい睡魔に襲われるんですね〜(笑)。進軍行進曲のような4曲目の「Saeta」あたりが「睡魔」のピークになります。この「Saeta」が最後まで聴けると、その時の体調は良し、です(笑)。体調が悪い時は「Saeta」の音の記憶がありません。微睡んでいるうちに、『Sketches of Spain』は終わっています。オート・リフト・アップのアームでは無かったので、LP時代は危険でした(笑)。

しかし、ジャズは猥雑、ジャズは庶民的、ジャズはアクロバット的と言われ、「クラシックの様な芸術性には無縁」と言われることが今でもあるが、このジャズというフォーマット、ジャズという音楽ジャンルが、これだけアーティスティックな側面を全面に押し出し、これだけ芸術性の高い音楽的成果を残すことが出来る、それを証明できる最高の一枚ではある。ジャズ者であれば、一度は聴くことが必要な名盤の一枚ではある。
 
 
 
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2010年7月 1日 (木曜日)

Banyana -The Children Of Africa

南アWCもたけなわ。サムライ・ブルーは惜しくもベスト16で散ったが、今回はなかなか実りあるWCだった。やっと日本のサッカーのスタイルが確立されたような気がする。世界的に「サムライ・ブルー」の愛称が認知されたようだし、これからのサムライ・ブルーの戦いが楽しみである。

さて、6月11日、南アWCの初日、このブログでご紹介した、南ア出身のジャズ・ピアニスト、ダラー・ブランド(Dollar Brand)。イスラム教に改宗して、イスラム名は、アヴドゥラー・イブラヒム(Abdullah Ibrahim)。その時、語ったアルバムが『Good News from Africa』(6月11日のブログ参照)。そんなアヴドゥラー・イブラヒムのアルバムを更に聴きたくなる。

昨日、今日とWCの試合が無い。昨日より早寝して、「累積警告」ならぬ「累積睡眠不足」の解消に努めている(笑)。そして、ゆったりとアヴドゥラー・イブラヒムのアルバムに耳を傾け、遠く南アWC会場に想いを馳せる。思いを馳せながら、流れるアルバムは『Banyana - children Of Africa』(写真左)。1976年のリリース。ちなみにパーソネルは、アブドゥーラ・イブラヒム (p,ss,voc), セシル・マクビー (b), ロイ・ブルックス (ds)。

『Good News from Africa』は、左手の強烈なビートと右手のアーシーでフォーキーな旋律。展開が実にオープンで、正の方向に拡がっていて、なんだか、そこはかとなく「幸福感」を感じることの出来る、アフリカンな展開が特徴。言い換えると、ちょっと脳天気なまでの「アフリカ讃歌」。しかし、この『Banyana - children Of Africa』は、アグレッシブで緊張感の高い、実に硬派なメインストリーム・ジャズ。
 

The_children_of_africa

 
しかし、冒頭のタイトル曲「Banyana -The Children Of Africa」だけは、ちょっと脳天気なまでの「アフリカ讃歌」。しかし、その冒頭のタイトル曲のラストの一音が「鋭く切り裂くような不協和音」。そして、不穏な雰囲気漂う、2曲目「Asr」が始まる。テンション溢れ、不協和音を織り交ぜながら、それでいて、ポジティブなビートが心和む、実にストレートなメインストリーム・ジャズ。実に硬派なジャズ。実にストイックな純ジャズ。

この「テンション溢れ、不協和音を織り交ぜながら、それでいて、ポジティブなビート」は、2曲目以降の全曲を心地良く覆っている。そして、時にフリー・ジャズの要素を、時にモーダルなインプロビゼーションを、掛け値なく素晴らしいテクニックを駆使して、このピアノ・トリオは弾き上げていく。とにかく、当時の最先端を行くメインストリーム・ジャズがここにある。

ラストの「Yukio-Khalifa」は圧巻の一言。重心の低い、低音響くアーシーなイブラヒムのピアノに、これまた重心の低い、ブルブル震える重戦車の様なマクビーのベース。そして、多彩なポリリズムとフォーキーな響きが個性のブルックスのドラム。超重量級のリズムセクション。この3者が絡み合って、ソロを展開し合って、それはそれは硬派なメインストリーム・ジャズを聴かせてくれる。

ストイックで、アグレッシブで緊張感の高い、実に硬派なメインストリーム・ジャズ。不穏な雰囲気漂い、なんだか危険な匂いのするテンション溢れ、せめぎ合いの様な不協和音を織り交ぜながら、それでいて、不思議とポジティブなビートが心和む、明日を感じるビート。

この雰囲気って、1960〜70年代、時代はアフリカの時代、アフリカ独立の時代。そんな時代の風景を出来事を、ジャズというフォーマットの音で感じされてくれるような優秀盤だと想います。エンヤレーベル独特の少しエコーのかかった独特の録音と共に、実に内容のある、良いアルバムです。  
 
 
 
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