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2010年5月の記事

2010年5月31日 (月曜日)

フュージョンをなめてはいけない

フュージョン・ジャズと言えば、なんだか評判が良くない時代が続いた。大流行した時、あれほど皆、喜んで聴いていたのに、メインストリーム・ジャズ復古の波が押し寄せてきて、皆、懺悔を始めた。「あれは一時の気の迷いでした。フュージョンはジャズではありません」(笑)。

確かに、厳密に言うと、フュージョンというジャンル言葉の一言で括られたアルバムの中には、ジャズと呼べないものもありました。でも、基本はジャズです。電気音楽を使っただけで、スタジオ・ミュージシャンが演奏しただけで、フュージョンは駄目だ、というのは言い過ぎかと思います。まあ、とにかく、フュージョンはジャズじゃない、という評論には、しっかりとした論理的裏付けがあるものは皆無です。皆、かなり感情に流されているものばかり(笑)。

さて、フュージョン・ジャズの中で、僕にとっての永遠のお気に入りなグループがある。その名は「Stuff 」。このバンド、そうそうたるメンバーだった。今までのジャズには決してない、8ビート基調のスインギーなビートを叩き出すスティーブ・ガッドのドラムに乗って、クリストファー・パーカーのパーカッションが、そのビートに彩りを添え、こてこてにメロウで、あまりにファンキーな、リチャード・ティーのキーボードが圧倒的な迫力で飛翔し、コーネル・デュプリーがカラリと、エリック・ゲイルがウェットにギターを泣かせ、ゴードン・エドワーズのベースがブンブンと迫る。

そんな「スタッフ」の真骨頂はライブで発揮される。スタッフのライブと言えば3種類にある。日本でしか発売されなかった『ライヴ・スタッフ』、最近突如リリースされた『ライヴ・アット・モントルー 1976』、しかし、この2枚はスタッフのオフィシャル盤では無かった。一枚は日本限定、一枚は、最近発掘されたもの。特に日本限定の『ライブ・スタッフ』は、スタッフはドラムがスティーブ・ガッドとクリス・パーカーのツイン・ドラムの構成が正式であるが、 このアルバムではクリスが病気のため参加していない。
 

Stuff_live_in_ny_2

 
オフィシャル盤としては、スタッフのホームグラウンドであるN.Y.でのライブがある。その名も『Live in New York』(写真左)。彼らのお膝元、N.Y.のライブハウス「ミケールズ」でのライブ演奏を収録している。このライブ盤だけが、スタッフのメンバー6人が揃ってのライブ盤となっている。

さすがに、ホームグラウンドのライブだけに、その演奏内容は素晴らしい。というか凄まじい。フュージョンってムーディーな「ソフト&メロウ」なんでしょう、なんていう輩には、このライブ盤を聴かせている(ちょっと大人げ無いか・笑)。重心の低い馬力のある音の迫力、バンドが生み出す低音がうねるようなビート、洗練されたファンキーなフェンダー・ローズの響き、リズムに専念特化したデジタル・パルスの様なドラム。どこを切ってもスタッフ、スタッフの金太郎飴的なライブ盤です。

スタッフの大ファンであるが故の、このアルバムに対しての苦言は、フェードアウトしてしまう曲が多いこと。その点は実に残念だ。それは、このアルバムがリリースされた時代は、LP時代で収録可能な演奏時間が、今のCDに比べて圧倒的に短かったのだから仕方なかったんだ思っている。なので、音源が残っているのであれば、完全盤としてフェードアウト、編集無しのフル音源でリイシューして欲しいですね。このライブの音源をフル音源で聴いてみたい、そんな気持ちを強くさせる、スタッフの素晴らしいライブ盤です。

フュージョンをなめてはいけない。フュージョンを侮ることなかれ。どんな音楽ジャンルにも、優れた演奏は、優れたミュージシャンは存在する。流行が過ぎ去って、なんだか訳の判らない自己反省して、全面的に「あれは一時の気の迷いでした。フュージョンはジャズではありません」と粛正するものではないでしょう(笑)。このスタッフの『Live in New York』を聴いて、改めて強く思いました。 
 
 
 
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2010年5月30日 (日曜日)

突然「黒船」を思い出した

最近、ジャズ・ピアノの巨匠、ハンク・ジョーンズが亡くなった。そして、つい最近、忌野清志郎の一周忌との報にふれた。なんだかお気に入りで尊敬するミュージシャンが、どんどん亡くなっていくなあ、と淋しさに浸り始めたら、ふっと心から尊敬していたミュージシャンの急逝を思い出した。加藤和彦である。

昨年の10月16日の事であった。詳しくは、2009年10月31日のブログ(左をクリック)をご覧頂きたいが、もう半年経つんやなあ、と万感の思いが胸をよぎった。というか、まだ半年しか経たないのか、という思いのほうが強い。一年も経ってないんやなあ。それだけショックが大きかったということかも知れない。

と、ぼんやりと感慨にふけっていたら、ふと突然『黒船』が聴きたくなった。あの加藤和彦率いる伝説のロックバンド、サディステック・ミカ・バンドの『黒船』(写真)である。

凄いアルバムだった。抜群のテクニックと音楽センス。ユニークな発想。組曲的なプログレッシブ・ロックな内容の、当時として、いわんや今でも、凄まじく先進的な内容。1974年、確か秋のリリースだった。収録曲を並べてみる。どの曲も名演名曲揃い。どれを聴いても素晴らしい出来である。

1. 墨絵の国へ
2. 何かが海をやってくる
3. タイムマシンにおねがい
4. 黒船(嘉永6年6月2日)
5. 黒船(嘉永6年6月3日)
6. 黒船(嘉永6年6月4日)
7. よろしくどうぞ
8. どんたく
9. 四季頌歌
10. 塀までひとっとび
11. 颱風歌
12. さようなら

Kurohune_smb

ちなみにメンバーは、リーダー、ヴォーカルの加藤和彦、ベースの小原礼、ドラムの高橋幸宏、ギターの高中正義、キーボードの今井裕、そして紅一点のヴォーカル、ミカ。いやはや錚々たるメンバーである。

特に、ドラムの高橋幸宏、ギターの高中正義のプレイが凄い。後に独り立ちして、この後日本のポップス界を急激に進化させることになる二人が、後の個性的なプレイスタイルを、このアルバムで既に完成させていることに驚く。そして、小原礼のベースが目立たないが実にエグいベースラインを弾きまくっている。今井裕のキーボードは実に理知的で効果的。

こんな凄いメンバーがバックを務めるのである。一人だけでも凄い才能の持ち主である加藤和彦が、何倍にも輝くのも当たり前だと改めて納得する。それにしても、加藤和彦のボーカルの個性的で心地良いことこの上無し。加藤和彦のリズムギターも結構エグいリズムラインを叩き出していて、高中正義のギターの才能を増幅させていることが良く判る。

改めて何度か聴き直してみて、この『黒船』は、日本のロックの奇跡ですね。本当に奇跡的なアルバムです。これだけのメンバーが集結したのも奇跡的ですし、これだけのメンバーが結束して、この組曲アルバムを完成度高く最後まで仕上げたことも奇跡的です。プロデューサーのクリス・トーマスの当時の手腕にも感心することしきり。コンセプト・アルバムとしてのクオリティは見事の一言。アルバムを今の耳で聴いても、全く古びた感じがしないのは素晴らしいの一言。

加藤和彦。僕の尊敬するミュージシャンの一人だった。惜しいミュージシャンを亡くした。音楽界の多大な損失だったと振り返る。でも、アルバムが多々残っていて良かった。その才能を、今でもCDではあるが、いつでも触れることができるのは幸せなことかもしれない。  
 
 
 
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2010年5月29日 (土曜日)

ビッグバンド・ジャズは楽し・8

さてさて、こじらせた風邪もやっと快方に向かいかけた、今日この頃。やっとパンチの効いたビッグバンド・ジャズを聴く気力が戻って参りました。ということで、今日のブログは、久しぶりに「ビッグバンド・ジャズは楽し」シリーズ。今日は第8回目。

今日は、ボーカル付きのビッグバンド・ジャズ。遠い昔より、ビッグバンドと言えば、ジャズ・ボーカルのバックを担い、そのゴージャズな響きと演奏をバックに、朗々と歌い上げるジャズ・ボーカルには、子供心にも心躍らせたものだ。

その「心躍らせる」ところは今も同じ。朗々と歌い上げるジャズ・ボーカルと、バックのジャズ・ビッグバンドとのせめぎ合い、コラボレートには今でも惚れ惚れとする。しかし、最近のジャズ・ボーカルはひ弱なものが多い。フルスロットルなジャズ・ビッグバンドを向こうに回して、堂々と渡り合える、ジャズ・ボーカルは本当に少なくなった。

そんな中、このアルバムは、従来からの、朗々と歌い上げるジャズ・ボーカルと、バックのジャズ・ビッグバンドとのせめぎ合い、コラボレートを心ゆくまで楽しめるアルバムである。

そのアルバムとは、Charito With Manhattan Jazz Orchestraの『Nica's Dream』(写真左)。2006年2月の録音。ボーカリストのCharito(チャリート)のボーカルが凄まじい。朗々としたボリュームで、ガンガンに歌い上げていくのだ。緩めることは無い。可愛い子ぶることも無い。堂々と朗々とアルバム全曲に渡って歌い挙げている。

これだけ、フロントの女性ボーカルが堂々と朗々とガンガンに歌い上げてくれるのならば、バックのビッグバンド側としては非常にやり易い。フロントのボーカルに対して手加減することなく、フルスルットルで、ビッグバンドをドライブすることが出来る。しかも、このバックのビッグバンドは、そのテクニック、演奏内容、アレンジ、どれをとっても超一流かつ優等生的なビッグバンド、Manhattan Jazz Orchestraである。その迫力たるや素晴らしい。

Charito_nicas_dream_2

冒頭のタイトル曲「Nica's Dream」を聴くだけで、それを実感できる。チャリートのボーカルの堂々とした朗々とした、音量ある歌いっぷり。そして、その堂々とした歌いっぷりに応える様に、フルスロットルで、バンバンにドライブしまくっていく。ボーカルが凄いとバックのビッグバンドも凄くなる。こんなに「ど迫力」な、ジャズ・ボーカル+ビッグバンドの演奏を久しぶりに聴いたような気になる。

選曲が面白い。従来のジャズ・スタンダードと、1970年度以降のロックやR&Bの名曲を素材にしたニュー・ジャズ・スタンダードとが上手い具合にミックスされていて、最後まで、聴く者を飽きさせない。ちなみに収録曲は以下の通り。

1. Nica's Dream
2. Superstition
3. Caravan
4. Sunday Morning
5. Sir Duke
6. Dance Of Love
7. Against All Odds(Take A Look At Me Now)
8. The meaning Of The Blues
9. Just The Way You Are
10.Master Blaster(Jammin')
11.I'll Make Love To You
 
スティービー・ワンダーの初期のヒット作「Superstition」、これまたスティービーの十八番「Sir Duke」、「Master Blaster(Jammin')」フィル・コリンズの「Against All Odds(Take A Look At Me Now)」、ビリー・ジョエルの「Just The Way You Are」など、1970年度以降のロックやR&Bの名曲を素材にしたニュー・ジャズ・スタンダードの出来が実に良い。やっと、ニュー・ジャズ・スタンダードの可能性を感じた次第です。

そして、やはり、Manhattan Jazz Orchestraの総帥、デビッド・マシューズのアレンジとプロデュースが秀逸です。とにかく判り易い、とにかくシンプルに、ジャズ・ビッグバンドの楽しさを僕たちに届けてくれています。

ちなみに、チャリートは、日本在住のベテラン実力派ジャズヴォーカリストなんですね〜。チャリートのレパートリーの幅も広く、チャリートの正統派ボーカルのお陰で、ジャズ・ビッグバンドの楽しさが堪能できる。そんな、ジャズ者初心者からジャズ者ベテランまで、ジャズ者であれば、どんなレベルの方々も、それぞれレベルでの楽しみ方が堪能できる。ジャズ・ボーカルとバックのジャズ・ビッグバンドの優秀盤だと思います。 
 
 
 
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2010年5月27日 (木曜日)

続・夜の静寂に、就寝前の一時に

昨日、松和のマスターの私が、夜の静寂、就寝前の一時、一日を振り返りながら、ちょっとした小説を読みながら、バックで流すアルバムが幾枚かある、ということで、ウェス・モンゴメリーの『A Dynamic New Sound』をご紹介した。

幾枚かある、と言った。実はもう一枚、最近大のお気に入りの「夜の静寂に、就寝前の一時」に最適な一枚ある。Kenny Burrell(ケニー・バレル)の『'Round Midnight』(写真左)。1972年のリリース。ちなみにパーソネルは、Kenny Burrell (g), Richard Wyands (key), Joe Sample (key on #3), Reggie Johnson (b), Lenny McBrowne (ds), Paul Humphrey (ds on #3)。収録曲は以下の通り。

1. Streetcar Named Desire
2. Make Someone Happy
3. 'Round Midnight
4. I Think It's Going to Rain Today
5. Since I Fell for You
6. I'm Gonna Laugh You Right out of My Life
7. Blues in the Night
 
ケニー・バレルのギターは、昨日ご紹介したウェス・モンゴメリーの優等生的正統派ギターの張りのある、健康的で溌剌としたギターに比べると、これがまあ、個性的でドップリと「ブルージーでジャジー」。正統派ギターではあるが、ドップリと「ブルージーでジャジー」な分、夜の静寂に、就寝前の一時にピッタリというか、夜の静寂に、就寝前の一時にピッタリ。というか、その時間帯にしか合わない(笑)。

ブルーノートの一連のケニー・バレルの作品は、硬派なジャズを貫き通して、ガンガン攻めているので、夜の静寂に、就寝前には合わないが、1970年代以降のケニー・バレルの諸作は、彼の個性的でドップリと「ブルージーでジャジー」なギターを活かしに活かして、実にムーディーであるが、しっかりと硬派に芯を通した、純ジャズ的なイージーリスニング・ジャズとなっている。
 

Kennyburrell_roundmidnight

 
その一枚が、この『'Round Midnight』(写真左)。このアルバムは、ウェス・モンゴメリーと同じキーボードとギターの組合せであるが、ウェスはハモンド・オルガンとの共演であるが、バレルはフェンダー・ローズとの共演。このフェンダー・ローズの音が、なんと、彼の個性的でドップリと「ブルージーでジャジー」なギターに相性抜群なのだ。

収録されたどの曲も、実にムーディーでブルージーでジャジーな演奏で、とにかく心地良さ抜群。それでも、どの曲が良いか、敢えて挙げよと言われれば、やはり先ずは3曲目の「'Round Midnight」ですね。バレルの「ブルージーでジャジー」なギターは、この曲にピッタリ。この曲のフェンダー・ローズは、なんとクルセイダーズのJoe Sample。うふふ、栴檀は双葉より芳し。確かに、ジョー・サンプルのフェンダー・ローズです。

そして、次の4曲目「I Think It's Going to Rain Today」が、僕の大のお気に入り。Richard Wyandsのフェンダー・ローズにのって、この曲でのバレルは「ブルージーでジャジー」なギターを、ゴスペル調に、アメリカン・ルーツ・ミュージック風に、軽やかではあるが、実にアーシーに演奏してみせる。いや〜、聴き続けていると、なんだか心の中がジーンとしてくるような、目頭が熱くなるような、ゴスペルチックでアーシーな、それでいて重くない、心地良い軽さの名演です。

5曲目「Since I Fell for You」、6曲目「I'm Gonna Laugh You Right out of My Life」も良い。特に、6曲目の「I'm Gonna Laugh You Right out of My Life」での、Reggie Johnsonのウォーキング・ベースは聴きものです。

そして、バレルのソロで、しみじみと演奏される、ラストの「Blues in the Night」は、もうバラード的な緩やかで「しみじみとした」演奏で、バレルの「ブルージーでジャジー」なギターが心にジンワリ染み渡って、演奏の終わりになるに従って、少しずつテンポが緩やかになり、そして、音が小さくなていく。心がすっかり落ち着いて、微睡みがフンワリと降りてくる。そして、このラストの「Blues in the Night」が終わる時には「おやすみなさい」です(笑)。  
 
 
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2010年5月26日 (水曜日)

夜の静寂に、就寝前の一時に

ジャズのアルバムは、本当に多岐に渡って、それぞれのアルバムが独特の雰囲気を持っている。そして、その独特の雰囲気を持っているアルバムが名盤と呼ばれたり、隠れた佳作として、密かに愛聴されるアルバムであったりする。

さて、松和のマスターの私が、夜の静寂、就寝前の一時、一日を振り返りながら、ちょっとした小説を読みながら、バックで流すアルバムが幾枚かある。ギターの音を聴きながら、一日を振り返りたい。そんな時、バックで流すアルバムが、Wes Montgomery(ウェス・モンゴメリー)の『A Dynamic New Sound』(写真左)。

正式名称は『The Wes Montgomery Trio』 (Riverside RLP 12-310)。ちなみにパーソネルは、Mel Rhyne (org) Wes Montgomery (g) Paul Parker (ds) 。1959年10月5日の録音。Wes Montgomery以外、無名と言えば無名。でも、演奏技術は確かな、オルガン=ギター・トリオである。

このアルバム、オクターブ奏法を引っさげたジャズ・ギターの天才、ウェス・モンゴメリーのアルバムなんだが、収録曲を見渡すと、それはそれは、「どスタンダード」と呼んでも良い、絵に描いた様な、大有名なジャズ・スタンダード曲が満載である。収録曲は以下の通り。

1. 'Round Midnight
2. Yesterdays
3. End of a Love Affair
4. Whisper Not
5. Ecaroh
6. Satin Doll
7. Missile Blues
8. Too Late Now
9. Jingles
 

Wes_montgomery_trio

 
1曲目の「'Round Midnight」、2曲目の「Yesterdays」、4曲目の「Whisper Not」、6曲目の「Satin Doll」などを見ると、敢えてこの曲を演奏するの〜、なんて思ったりする。しかし、この「どスタンダード」の演奏が、実にしっとりとしていて、実に心地良い雰囲気を提供してくれるのだ。

恐らく、オルガン=ギター・トリオという構成がそうさせるのだろう。明らかに、ブルージーでジャジーで、ミッドナイトな雰囲気が濃厚なのだ。オルガンの音が、ちょっと気怠く、ちょっとアンニュイ。それでいて、一本筋の通った硬派なギターソロ。そして、しっかりとさり気なく、全体を整え、全体を引き締める、そこはかとなく響くドラム。

夜の静寂、就寝前の一時、一日を振り返りながら、ちょっとした小説を読みながら、バックで流すアルバムに最適な一枚。逆に言うと、ジャズ喫茶では決して流すタイミングの無いアルバムと言えます(笑)。

アルバム全体を通じて、やはり主役のWes Montgomery(ウェス・モンゴメリー)のギターが全てです。必殺のオクターブ奏法は、まだまだ多用していませんが、ここぞ、と言う時に、実に効果的に、必殺オクターブ奏法が「炸裂」しています。これまた、そこが聴きどころでもあります。
 
 
 
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2010年5月25日 (火曜日)

ビル・エバンスとベースの関係

4月24日のブログ(左をクリック)に「ビル・エバンスとドラマーとの相性」と題して、ビル・エバンスとシェリー・マンとの初めての共演盤『Empathy』について語った。この『Empathy』というアルバムでは、エバンスとマンはまだまだ「ツーカー」の仲ではない。マンは、エバンスの独特の「間」の感覚がつかめないまま、手探り状態で合いの手を入れているようで、ちょっと「ちぐはぐ」、と書いた。

では、この「ちぐはぐ」となった原因は何か。私は、やはり、ベースのMonty Budwig(モンティ・パドウィック)だと思っています。それは、ビル・エバンスとシェリー・マンとの再会セッション『A Simple Matter of Conviction』(写真左)を聴けば良く判ります。

この『A Simple Matter of Conviction』のパーソネルは、ちなみに、Bill Evans (p) Eddie Gomez (b) Shelly Manne (ds)。1966年10月4日の録音になる。エバンスとして、2人目の「お気に入りベーシスト」となるEddie Gomez(エディ・ゴメス)との初のピアノ・トリオ盤でもある。

ベーシストが、モンティ・パドウィックからエディ・ゴメスに変わっただけで、ビル・エバンスとシェリー・マンの関係は一変する。というか、劇的な変化である。180度、コペルニクス的転回でとでも言おうか。エディ・ゴメスがベーシストを務めただけで、ビル・エバンスとシェリー・マンの関係が、実に円滑で柔軟なピアノ・トリオに・・・。

リズムという言葉がある。アクセントのある拍が周期的に繰り返されること。ビートという言葉がある。鼓動、拍子を意味する語。リズムは拍の繰り返し。ビートは鼓動。この違いがジャズでは大切になる。

ドラムは「叩く」ことしか出来ない「リズム」の楽器。「リズム」を担う役割が相当大きい楽器である。打楽器毎に音程はあるが、単一の音程しか出すことが出来ない。ドラムは「ビート」も出すことが出来るが、音の伸びが必要な「ビート」の供給は基本的にシンバルに限られる。

ベースは、弦を弾いて音を出す楽器なので、音の伸びが必要な「ビート」の供給に長けている。しかも、様々な音程が出せるので、ソロ楽器としての「旋律」も担うことができる。逆に、アクセントのある拍が周期的に繰り返される「リズム」の供給は苦手となる。
 

A_simple_matter

 
ピアノは、実に複雑で悩ましい楽器で、様々な音程が出せるので、ソロ楽器として「旋律」を担う役割が大きいが、鍵盤を通じて弦を叩いて音を出す構造上、「リズム」を供給することもできる。しかも、弦を叩いて音を出すので、音が伸びる。よって、音の伸びが必要な「ビート」も供給することができる、なんともはや、どっちつかずの位置づけに困る楽器である。

トリオという構成は、楽器3台で構成されるシンプルな構成故、この「旋律」「リズム」「ビート」というジャズとして必要な要素を、3台の楽器で上手く役割分担することが大切になる。より自由なインタープレイを望むなら、3台の楽器で、この「旋律」「リズム」「ビート」を相互補完しながら、役割を交互に分担することが求められる。

ということは、である。ピアノ・トリオとしては、ピアノとベースとドラムの3者が台頭の立場に立つことが重要になる。しかし、ドラムはどうやっても「旋律」を担えない。ということは、ドラムは、ドラムにとって唯一先頭切って担うことの出来る「リズム」の主担当となる必要がある。

逆にドラムに他の役割をあまり担わせてはいけない。つまり、ドラムが他に担うことのできる「ビート」をベースが主担当として担いつつ、ピアノの得意とする「旋律」に絡む力量がベースに期待されるのだ。そうすることによって、ピアノは主力を「旋律」に集中することが出来、必要となる時に、「ビート」を肩代わりし、「リズム」を肩代わりする。そうすることによって、ピアノ・トリオの演奏の幅が拡がり、柔軟性が増す。それが、ピアノ・トリオ3者対等なインタープレイを可能にする。

そういうことが、ビル・エバンスとシェリー・マンとの共演盤の2枚『Empathy』と『A Simple Matter of Conviction』の2枚を聴けば良く判ります。ピアノ・トリオ3者対等なインタープレイを可能にするには、如何にベーシストの力量と位置づけが重要になるかが・・・。「ビート」は絶対、次に「旋律」が絶対、リズムも十分供給出来る。「ビート」と「旋律」を人一倍供給することの出来るベーシストが絶対に必要なんですね。これがなかなか、いそうでいないから、エバンスも悩んだんですな。きっと。まあ、とにかく、聴いてみて下さい(笑)。

「ビル・エバンスとベースの関係」というより、「ビート」は絶対、次に「旋律」が絶対、リズムも十分供給出来る、というベーシストの力量。これが、エバンスが、ピアノ・トリオ3者対等なインタープレイを可能にする「キーワード」。単なるウォーキング・ベースの担い手、「ビート」の担い手だけでは駄目なんですね。 
 
 
 
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2010年5月24日 (月曜日)

ジャズ喫茶で流したい・16

暫く、お休みしていた「ジャズ喫茶で流したい」特集。今日は久しぶりに行きまっせ〜。第16回目です。

ジャズの裾野は広い。雑誌で紹介される新譜以外にも、世界各国でジャズの新譜が多々リリースされている。マイナーな音楽ジャンルと言われる「ジャズ」。それでも、世界各国のジャズ新譜はかなりの数に上る。不思議だよな〜。利益にならないと流石にレコード会社もアルバム化しないと思うんだが・・・。

そんな多々リリースされているジャズのアルバム。たまたま、iTunesなどで試聴して、これは、と思って購入すると、これが「当たり」っていうアルバムがある。そんなアルバムの一枚が、Hans Ulrik, John Scofield, Lars Danielsson, Peter Erskineの連名のアルバム『Shortcuts-Jazzpar Combo 1999』(写真左)。

ジョン・スコフィールド(g), ピーター・アースキン(ds)の名前を見ただけで、このアルバムに触手が伸びるっていうもの。この二人の名前を見るだけで、このアルバムは普通のジャズ・アルバムではない、という直感がする。デンマークのサックス奏者ハンス・ウーリック(写真右)とラース・ダニエルソンのベースは全く知らないんですが、ジョンスコとアースキンの名前だけで、このアルバムは、なんだか期待できる。

これが「当たり」なんですね。出だしの「About Things」で、最初に出てくるデンマークのサックス奏者ハンス・ウーリックのフレーズを聴くと、「これは質の良いスムース・ジャズか」と思うんですが、その直後に出てくるアースキンのドラミングが「ただ者では無い」。アースキンのドラミングを聴くと、このアルバムは、ただ者でない、意外と隅に置けないコンテンポラリーなジャズではないか、という予感。
 

Shortcuts_ulrik

 
リズムはやや緩やか、リラックスしたビートに乗って、ハンス・ウーリックのサックスが印象的な、北欧独特の清涼感溢れるフレーズを連発する。アースキンのドラミングは実に「コンテンポラリー」。このアルバムを単なる北欧のスムース・ジャズで終わらせない、

しかし、主役は、やはり、ギターのジョンスコでしょう。ここでのジョン・スコのギターはキレまくり。鋭いナイフのように、短いフレーズやリフで攻めまくりです。決して旋律に流されない、絶対にジョンスコ風に、コンテンポラリーに「捻りまくる」。この「捻りまくり」が非常に強く、良質のジャズを感じさせてくれるんですね。

ウーリックのサックスの雰囲気は「ランディ・ブレッカー的」です。しかし、ランディの様に、パワーで吹ききるタイプではなく、繊細な表現力で勝負するタイプですね。そして、北欧独特な清涼感溢れる、拡がりのあるブロウはいかにも「欧州的」で実に個性的です。なかなか聴き応えのあるサックスです。

寒色系のアコースティック・コンテンポラリー・ジャズ。ウーリックのサックスの雰囲気が、北欧独特な清涼感溢れる、拡がりのあるブロウなので、ややもすれば「スムース・ジャズ」に傾きそうなのですが、そんな雰囲気を、グッと硬派なコンテンポラリーなジャズに引き戻しているのが、ジョンスコのギターと アースキンのドラム。そして、そこはかとなく、ラース・ダニエルソンのベースが、実にコンテンポラリーなベースなのが「決定的」。

良いアルバムです。こんなアルバムが、ひっそりと無造作に転がっているから、ジャズという世界は恐ろしい。決して、ジャズの入門本やジャズのアルバム紹介本には出てこないアルバムなんですが、これは「買い」です。実にコンテンポラリーでジャジーな雰囲気は、現代的な「ジャズ」を感じさせてくれます。絶対に、我がバーチャル音楽喫茶『松和』で流したいですね。
 
 
 
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2010年5月23日 (日曜日)

楽しい「トロンボーンな」アルバム

我が千葉県北西部地方。今日は朝から雨雨雨。鬱陶しいことこの上無し。風邪をこじらせて、まだ本調子でない上に、このジトジトと降る雨。なんとなく体調も優れない。

こんな時は、単純に、判り易くて、聴いていて楽しい、明るい雰囲気のアルバムが欲しくなる。Super Trombone(スーパー・トロンボーン)というグループのアルバムを選択。スカッと晴れた感じが欲しいので、「Captain Caribe(キャプテン・カリブ)」が収録されている『Take Five』(写真左)を聴く。

スーパー・トロンボーンというグループは、1995年にNYCにて結成。この『take Five』は、2000年に録音された、彼らの第3作目にあたる。全曲David Matthews(デビッド・マシューズ)のアレンジ。確かに、アルバム全編に渡って「マシューズおじさん」の音回しの雰囲気が満載(笑)。

4トロンボーン + 3リズムという編成から成るスーパー・トロンボーン、ちなみに、パーソネルは、トロンボーン4人が、Jim Pugh, Dave Bartgeron, Ray Anderson, Dave Taylor。リズム隊は、Jeff Ballard (ds), Bill Mays (p), Chip Jackson (b)。

昔々、中学生の頃、ブラスバンド部に所属していて、トロンボーンを実際に吹いてみたことがある。スライドという管を前後に出し入れすることで音程を変化させることができるので、それぞれのキーのポジショニング取りが難しい。絶対音階を持っていないと辛いかも。しかも、スライドを高速に操らないと、当然、速いパッセージを吹ききることは出来ない。

Supertrombone_takefive

トロンボーンの音域は成人男性の声域に近い。またスライドによって音程をスムーズに調整できる事から得られるハーモニーの美しさなどから「神の楽器」といわれ、教会音楽に重用された。古くからミサにおける聖歌の合唱等の伴奏楽器に使われている (出典 : Wikipedia)。トロンボーンという楽器の歴史は古い。

そんなトロンボーンをフロントに4本据えたスーパー・トロンボーンというグループ。実にマニアックな音の響きが実に面白い。このアルバム『take Five』では、ディジー・ガレスピー、ホレス・シルヴァーからボズ・スキャッグスまで、旋律が印象的で、純ジャズからフュージョンまで、多彩なスタンダード・ナンバーを中心に演奏されており、トロンボーンのソロも他のアルバムに比べて落ち着いているので、聴き易い。

ただ、トロンボーンという、ある意味、特殊な楽器であり、そんな楽器のスーパー・テクニシャン達が繰り広げるソロ合戦は、そのアンサンブル、ユニゾン、ハーモニー、それぞれにかなり癖があって、一般のジャズ者初心者の方々には、敢えてお勧めする内容では無いかもしれませんね〜。速いパッセージの展開に相当なテクニックが必要なので、サックスやペットの様な、駆け上がるような速いパッセージは望めません。そこがどう感じるかによります。

ノリの良いフュージョン・スタンダード「Captain Caribe」、ホレス・シルバーのファンキーチューン「Song For My Father」、爽快感・開放感抜群のボズ・スギャックスの名曲「We're All Alone」がお気に入りです。良いアレンジ、良いアンサンブル、良いソロ・インプロビゼーション。トロンボーンという楽器の魅力を存分に楽しめます。 
 
 
 
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2010年5月22日 (土曜日)

「ジャズの小径」5月号の更新です

いや〜、昨日から暑いですね〜。昨日の東京は最高気温30.9度。真夏日である。ちなみに今日は27.2度。真夏日ではないが、体感気温は完全に真夏日。とにかく日差しが強い。先週の日曜日は、最高気温が21.3度だったから、約一週間前と比べて、7度〜9度の差がある。いやはや、身体に堪えること堪えること(笑)。

さて、我がバーチャル音楽喫茶『松和』のジャズ・フュージョン館、毎月更新の名物コーナー「ジャズの小径」の5月号をアップしました。今回の「ジャズの小径」は、ジャズのコンポーザー&アレンジャーの才人、守屋純子、初のピアノ・トリオ盤『Three And Four』をご紹介しています。

彼女の今回の初ピアノ・トリオ盤をリリースするに当たっての前書きから、ちょっと抜粋してみる。

「このアルバムは、私にとって6枚目のリーダー作にして、初のピアノ・トリオ作品です。旧作はビッグバンド3作、セクステットとオクテットが1作ずつでした。 ジャズの中でも、最も発売数が多く、従って時代ごとに名盤も多いのが、ピアノ・トリオだと思います。すなわち、今までの作品は、編成自体がかなり特殊で、似たような作品との比較がされにくい面がありました。これらの作品ではどうしても作編曲の面が強く出ることなり、わたしとしては、“自分はまだピアニストとして一度も勝負していないのではないか”という思いが常につきまとっていました。そこで、今回はジャズとして最も基本的な形式ともいえるピアノトリオに挑戦することにしました」

まさに、守屋純子の経歴から、今回、ピアノ・トリオ盤をリリースするにあたっての動機まで、簡潔に良く判る前書きなので、今回は敢えて抜粋してみました。さあ、満を持しての守屋純子の初ピアノ・トリオ盤を、早速、聴いてみようではありませんか。

Junko_moriya1_2

この守屋純子、初のピアノ・トリオ盤『Three And Four』、とにかくガンガン攻める攻める。前進あるのみ。実に爽快である。久しぶりに活き活きとした、ガンガン攻めまくるピアノ・トリオを聴いた。最近のピアノ・トリオって、聴き手の反応を気にして、ちょっとばかしわざと緩めたり、迎合したりするんだが、守屋は違う。自らのピアノを信じて、ガンガンに攻めまくる。このアルバムは、そこが一番良い。

とは言いながら、このテンションの高さと気合いの入り具合では、ちょっと何度も繰り返し聴き直す、所謂「愛聴盤」にはならないのかな、なんて思っていましたが、どうしてどうして。守屋純子の非凡な「コンポーザー&アレンジャーとしての才」の勝利である。収録曲はどの曲も、曲が良いし、演奏も実に良くアレンジされている。聴き心地が良いんですよね〜。ジャズ者中級者以上の耳に、かなり「聴き心地の良い」守屋純子の曲とアレンジ。う〜ん、恐るべきは、守屋純子の「コンポーザー&アレンジャーとしての才」。

このアルバムを通して、彼女のジャズ・ピアニストとしての才はこのアルバムで十分に感じることができます。彼女のピアニストとしての個性に僕は十分に魅力を感じました。もう次作が楽しみになっています。ちょっとモンク風、でも音はチック風。切れ味はそこそこであるが、その「そこそこ」がプラスの個性への転化を促進させる、守屋純子の「コンポーザー&アレンジャーとしての才」は素晴らしいものがあります。

バーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズ・フュージョン館」(左をクリック)にお越し下さい。「ジャズの小径」のコーナーは11年間分の記事がアーカイブされていて、読み応え十分です。特に、ジャズ者初心者の方々にお勧めです。松和のマスター一同、お待ち申し上げております m(_ _)m。  
 
 
 
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2010年5月21日 (金曜日)

ピアノ・トリオの代表的名盤・14

ピアノ・トリオの代表的名盤の第14回目である。強がっていても、まだまだハンク・ジョーンズの訃報のショックが癒えない松和のマスター。今回のピアノ・トリオの代表的名盤は、当然、ハンク・ジョーンズ中心に攻めてみたい。

ハンク・ジョーンズの優れたピアノ・トリオは数々あるが、やはり一番あちらこちらのジャズアルバム紹介本に挙げられる回数が一番多いのは、The Great Jazz Trio名義の諸作だろう。特に、必ずと言って良いほど挙げられるアルバムが『At the Village Vanguard』と『At the Village Vanguard Vol.2』。ハンク・ジョーンズ、ロン・カーター、トニー・ウイリアムスのベテランジャズマンによるトリオ。

が、しかし、今回、ハンク・ジョーンズの訃報に接して、様々なブログでハンク・ジョーンズ追悼の意を中心としたコメントが多々アップされたが、この『At the Village Vanguard』シリーズ、評判が良いコメントと評判の良くないコメントが相半ば。う〜ん、判るような気がするなあ。

恐らく、トニー・ウイリアムスの「ど派手」なドラミングが好きなジャズ者の方々には、この『At the Village Vanguard』シリーズについては、概ね評判が良い。しかし、意外とハンク・ジョーンズのピアノの素晴らしさに言及しているコメントが少ないのが残念。

逆に、『At the Village Vanguard』シリーズについて、あまり芳しいコメントをしていないジャズ者の方々は、ハンク・ジョーンズのピアノより、元マイルス5重奏団のトニーとロンにビ・バップ時代からの大ベテラン・ピアニストであるハンクが組んだという、ちょっと「アンマッチで」コマーシャルな話題を優先した、しかも、トニーの大向こうを張った「ど派手」なドラミングと、アタッチメントを付けて電気ベースの様な音に増幅されたロンのベース音を全面に押し出した、いかにも、という感じの話題優先的なアルバムの内容を問題視している。

いや〜、皆さんの言うことはとても良く判る。やはり、当たり前にリーダーのハンク・ジョーンズのピアノが最優先とした時、この『At the Village Vanguard』シリーズの2枚は、やはり出来が良いアルバムとは言えない。トニーの斬新的な「怒濤のデジタル的」なバップ・ドラミングは「ど派手」で話題性はあるが、決して、リーダーのハンク・ジョーンズのピアノをしっかりと支え引き立てるバップ・ドラミングとは言えない。誤解を恐れずに言うと、これだけ我が儘に全面に出たバップ・ドラミングはあり得ない。トニーのリズムセクションとしてのセンスを疑ってしまう。

僕は、このハンク・ジョーンズ、ロン・カーター、トニー・ウイリアムスのThe Great Jazz Trioは、トニーにとっての「ビ・バップ」的な、「ハード・バップ」的なドラミングの習得の場、鍛錬の場だったような気がしている。トニーがデビューした時、ジャズ界の最先端は「モード」。トニーはモードの申し子的なドラミングが素晴らしかったが、トニーはビ・バップ的な、ハード・バップ的なドラミングが最先端の時代は、ジャズ界に存在していなかった。
 

Village_again

 
じゃあ『At the Village Vanguard』シリーズは、ハンク・ジョーンズとして、ピアノ・トリオの代表的名盤となり得ないかと言えば、そうではなかった。1998年11月、唐突に登場したThe Great Jazz TrioのVillage Vanguardでのライヴ盤、その名も『At The Village Vanguard Again』(写真左)。そう、あの傑作ライヴ『At The Village Vanguard』と『同 Vol.2』の未発表テイクで、今までお蔵入りになっていたもの。

これが、リーダーのハンク・ジョーンズのピアノが最優先とした時、ハンク・ジョーンズとして、ピアノ・トリオの代表的名盤の一枚として挙げに足る、ハンク・ジョーンズのピアノとして優れた内容の『At The Village Vanguard Again』。

まず、選曲が良い。以下を見て頂きたい。ジャズ・スタンダード曲がズラリ。

1. Hi-Fly
2. Sophisticated Lady
3. Softly as in a Morning Sunrise
4. Wave
5. My Funny Valentine

ハンクのピアノが実に良い出来です。そして、トニーのドラムとロンのベースは、先にリリースされた『At The Village Vanguard』と『同 Vol.2』と比べれば地味なんですが、演奏の出来は素晴らしいですよ。ハンクをリーダーとしてThe Great Jazz Trioを評価するならば、このアルバムのトニーとロンは実に素晴らしいバッキングを提供していると言えます。この実直なドラムとベースのバッキングを得て、ハンクのピアノは実にリラックスして、実に弾き易い雰囲気で、味のある小粋なインプロビゼーションを聴かせてくれます。

私としては、ハンクをリーダーとしてThe Great Jazz Trioを評価するならば、『At The Village Vanguard』と『同 Vol.2』は、あまり良い内容とは思いません。しかし、1998年11月、唐突に登場した『At The Village Vanguard Again』は違います。ハンクをリーダーとしてThe Great Jazz Trioを評価するならば、この『At The Village Vanguard Again』は、ハンクのピアノ・トリオの代表的名盤として、十分評価できる内容だと思います。

でも、この音源がお蔵入りとはなあ。当時のレコード会社と担当レーベルの感性を疑いたくなりますね〜。でも、1998年11月、唐突に登場してくれて良かった。『At The Village Vanguard Again』の存在は、『At The Village Vanguard』と『同 Vol.2』も含めて、『At the Village Vanguard』シリーズについては、ハンク、ロン、トニーのThe Great Jazz Trioの名盤としても、僕は評価することが出来る様になりました。目出度し目出度し(笑)。 
 
 
 
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2010年5月20日 (木曜日)

矢野沙織の新譜、良いぞ〜

このところ、体調が優れなかったり、ハンク・ジョーンズが亡くなったりで、なんだか気分が乗らない。今日などは朝から天気が悪く、雨雨雨。どっと気が滅入る一日。こんな時は、パッと気合いが入る、コッテコテのファンキー・ジャズが聴きたくなる。そして、元気を貰いたくなる。

ちょっと遅くなったが、矢野沙織の新譜である。タイトルは『BEBOP at the SAVOY』(写真左)。彼女の通算9枚目のリーダーアルバムになる。ちなみにパーソネルは、Saori Yano (as), Randy Johnston (g), Pat Bianchi (org), Jim Rotondi (tp), Fukushi Tainaka (ds)。2009年11月10〜11日、N.Y.シアー・サウンド・スタジオにてのレコーディングだそうである。

タイトルが『BEBOP at the SAVOY』なので、今度はバリバリのビ・バップか〜と思いきや、パーソネルを眺めると、オルガンとギターが入って、フロントに矢野沙織のアルトとジム・ロトンディのペットとくれば、これはファンキー・ジャズじゃないの、と思って、さあ1曲目の「The Kicker」、なんとJoe Hendersonの名曲ではないか〜。

矢野沙織のアルトが実に映える。更にグレードアップしたブロウに、なんだか嬉しくなる。今回のこのアルバムの矢野のブロウには、しっかりと矢野沙織としての個性が宿りつつある。今回の矢野のブロウは、彼女のブロウをワンフレーズ聴くだけで、それと判る、しっかりとした個性を身につけている。う〜ん、またまた上手くなったなあ、進歩したなあ。この1曲目の「The Kicker」の矢野沙織のブロウを聴くだけで、本当に嬉しくなってしまう。しかも、コッテコテのファンキー・ジャズ調。もうたまりません(笑)。

フロントのもう一方を支えるジム・ロトンディのペットが、また良い。矢野沙織のアルトの、切れ込むようなエッジの立った「気っぷの良い」ブロウに相対して、ジム・ロトンディのペットは、丸くて切れ味の良い包み込むようなブロウ。矢野沙織のアルトと好対照のジム・ロトンディのペット。実にファンキーなフロントである。そこに、パット・ビアンキのオルガンが絡み、田井中福司のドラムがファンキーなビートを刻む。これはもう、頬も緩みっぱなしの、コッテコテのファンキー・ジャズである。

Bebop_savoy

以降、収録曲を並べてみると、

2. Sweet Cakes (Blue Mitchell)
3. Blues Walk (Lou Donaldson)
4. You'd Be So Nice to Come Home To (Cole Porter)
5. S' Wonderful (George Gershwin)
6. Lullaby of Birdland (G. Shearing-G. Weiss)
7. Olive Refractions (Norman Simmons)
8. Stardust (H. Carmichael-M. Parish)
9. Five Spot After Dark (Benny Golson)
10. How High the Moon (M. Lewis-N. Hamilton)

2曲目「Sweet Cakes」など、実に渋い選曲である。矢野のアルトも絶好調。しかも、真剣勝負的なブロウに、思わずニンマリ。3曲目は、いよいよ来ました、オルガン・ファンキー・ジャズです、ルー・ドナルドソンの「Blues Walk」。コッテコテなファンキー・ジャズですぜ。この1曲目〜3曲目で、もうファンキー・ジャズ大会で、頬、緩みっぱなし。ウハウハです(笑)。

4曲目「You'd Be So Nice to Come Home To」から、8曲目「Stardust」まで、大スタンダード大会なのですが、演奏の雰囲気はファンキー・ジャズ調。う〜ん、実に粋なアレンジに思わず聴き入るばかり。そして、来た来た、また来た「Five Spot After Dark」。ちょっとスローでファンキーな矢野沙織のブロウが「たまりません」。最初聴いた時は、ちょっとスロー過ぎはせんか、と、ちょっとした違和感を覚えたんですが、どうしてどうして。何回聴いても飽きません。アレンジの勝利でしょう。

ちなみに、ラストの11曲目のボーナストラックの「Laura Peacock ~太陽の船のテーマ」は蛇足でしょう。この曲だけ、コッテコテなファンキー・ジャズ調では無いので、最後の最後でズッコケてしまいます。TBS系の特別番組「吉村作治の太陽の船 復活」のテーマ曲なので、コマーシャル的に収録したかったのでしょうが、その前の10曲だけで、十分にこの『BEBOP at the SAVOY』は好盤なので、他のベスト盤への収録のストックとしてとっておくか、ダウンロードサイトへのシングル曲という扱いは出来なかったのでしょうか。曲自体、演奏自体は良い出来なので惜しいですね〜。『BEBOP at the SAVOY』というアルバムとしても惜しい。

ちょっと前に、矢野沙織のブログで「まだまだ周りの人々に助けられてばかりの未熟者」なんて弱気なコメントがありましたが、とんでもない。まだ20歳そこそこ。周りの人々に助けられて当たり前です。逆に、周りの人々に助けられて、これだけ自分の才能と努力を表現できるのは素晴らしい。しかも、これだけ吹ければ、ちょっとした天狗になっても仕方が無いところを、周りの人々に助けられている、ということを自ら認識している、矢野沙織の誠実な人格に感心します。

そう、この今回の新譜『BEBOP at the SAVOY』は、矢野沙織の誠実な人格もほんのり感じる、彼女の才能と努力の一里塚的な好盤だと思います。今回、獲得した個性をしっかりと維持し、焦ることなく、伸ばしていって欲しい。デビューアルバムから矢野沙織を聴いて来ましたが、今回も彼女の成長にニンマリすることが出来て、なんだか嬉しくなりました。 
 
 
 
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2010年5月19日 (水曜日)

一番お気に入りのハンク

まだ、ハンク・ジョーンズ逝去のショックから立ち直れず、ハンク・ジョーンズのアルバムを一気聴きしている。改めて、ハンク・ジョーンズのアルバムを聴き直してみると、本当に良いジャズ・ピアニストだった。

変な癖もなく、あくまでピアノ・テクニックは正統派、実に良く鍛錬されたハンクのピアノ・タッチに、決して破綻は無かった。そして、しっかりとしたタッチ、強いタッチも緩やかなタッチも、しっかりと鍵盤を押さえた、芯のあるタッチ。テクニック優先の、鍵盤を上っ面だけ滑るように叩いた早弾きは決してしない。ハンクのピアノ・タッチは本格派、正統派として、模範とすべきものだった。

そんなハンク・ジョーンズ、1950年代〜60年代は恵まれたものでは無かった。1956年のリーダー作『Urbanity』以来、ハンクのリーダー作は途絶える。1960年代は、バックに回ってのサイドメンとしての活躍ばかり。でも、よくよく考えると、ハンクのピアノって、歌伴など、バックに回ってのサイドメンとしての役割で、その個性がより強くでるのだ。恐らく、ハンクはその自分の特質を十分に理解していたと思われる。

1956年以来、長らくリーダー作から遠ざかっていたハンクが、急に思い出したように、1975年、日本のレーベルに、ハンクのリーダー作を久々に録音する。しかも、ピアノ・トリオである。そのタイトルは『Hanky Panky』(写真左)。パーソネルは、Hank Jones (p), Ron Carter (b), Grady Tate (ds)。Grady Tateのドラム参加が「ミソ」である。

あまり知られていないオリジナル曲を多く取り上げているのだが、これが実に良い。オリジナル曲だから当たり前なのだが、ハンク・ジョーンズは実にリラックスして、実に楽しげに、実に余裕たっぷりに、バップ・ピアノを弾き上げていく。聴いていて、単純に「実に楽しい」、そして「実に感じ入ってしまう」のだ。

Hanky_panky_2

収録曲は以下の通り。

1. Nothin' Beats an Evil Woman
2. Warm Blue Stream
3. Confidence
4. Wind Flower
5. Minor Contention
6. Favors
7. As Long as I Love
8. Oh, What a Beautiful Morning
9. Hanky Panky

グラディ・テイトのドラムが、これまた良い。ビ・バップ的なハンクのオリジナル曲とピアノ・タッチに、グラディ・テイトのドラムがピッタリと寄り添うように、リズムを支える。ハンクのバップ的なピアノにグラディ・テイトのドラムは実に良く合う。約20年ぶりのピアノ・トリオのリーダー作。ハンクが、そんな久しぶりのリーダー作に、グラディ・テイトを招聘した理由が良く判る。

ベースのロン・カーターもそう。1970年代、アタッチメントを付けて「ブヨンブヨン」な、電気で増幅されたぶよぶよのベース音で、とにかく目立とうとしていたロンが、このアルバムでは、殊勝にも、昔の良きハードバップ時代のロン・カーターの様に、ただただ、アコースティック・ベースをひたむきに弾き続ける。ロンのベスト・パフォーマンスのひとつに挙げても良い、素晴らしいウォーキング・ベースを聴くことが出来る。

僕は、この『Hanky Panky』が大好きだ。僕の、一番お気に入りのハンク・ジョーンズのピアノが、ぎっしりと詰まっている。この『Hanky Panky』を聴くと、いつも清々しい気持ちに包まれる。そして、聴き終わって必ず思うのだ。「ジャズって、やっぱりええなあ」。
 
 
 
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2010年5月18日 (火曜日)

「やるもんだ」が懐かしい

ハンク、サド、エルビンのジョーンズ3兄弟の長男であるハンク・ジョーンズ。長男らしい、実に落ち着いた雰囲気の、実にウィットに富んだ、ジェントルマンなジャズ・ピアニストでした。ライブで2度ほど生ハンクを体験しましたが、実に紳士的で、落ち着いたエンタテインメント性を振りまく、絵に描いた様な正統派ジャズマンでした。

今日一日、ハンクの追悼。中でも今日は『Bop Redux』(写真左)を堪能しました。1977年、今は亡きミューズ・レーベルに録音した隠れたトリオ名盤です。ちなみにパーソネルは、Hank Jones (p), George Duvivier (b), Ben Riley (ds)。パーソネルを見ただけで、このピアノ・トリオ・アルバムには触手が伸びますよね。

このアルバムでのハンクは「自然体のハンク」です。スイング寄りの中間派ピアニストとして、実に端正で、実に力強いタッチと繊細な表現、ダイナミックな展開と、絵に描いた様なハードバップなピアノ・トリオを聴かせてくれています。

冒頭1曲目の「Yardbird Suite」のハンクが奏でるテーマを聴くだけで、もうこのアルバムは「当たり」であることを確信します。とにかく、実にジャズしているんですね。ドラムとベースの入りもバッチリ。この「Yardbird Suite」という、ビ・バップ時代の名曲を「自然体のハンク」が料理していく様は、実に圧巻です。ハンクに特徴的な「分かりやすい」フレーズがビシビシ決まりまくっています。

このアルバムに収録された曲を見渡すと、実に良いですね〜。ビ・バップ時代の名曲を、それもパーカーとモンクのものをチョイスしているところが泣かせる。何の変哲もない自然体のジャズがここにあります。

Hank_bopredux

特に、3曲目の「Ruby, My Dear」が美しい。バラード調で静かに流れるように、ゆったりと紡ぎ上げられていく「Ruby, My Dear」は、珠玉の宝石のよう。静かなタッチなんですが、ハンクはしっかりと鍵盤を最後までグッと押しているらしく、静かなタッチ、静かな音の中にしっかりと芯が通っているんですよね。それがしっかりと判ります。

これって、ピアニストにとっては、結構難しいテクニックなんですよね。ロマンティックなバラッドに仕上げの中に、硬派な芯の入ったピアノの流れるような、仄かに煌めくようなピアノの音。名演です。

そして、6曲目の「'Round Midnight」も同様に、ゆったりと紡ぎ上げられ、仄かに煌めくハンクのタッチは絶品です。しかも、判り易い展開。難解と言われるセロニアス・モンクの楽曲が、こんなにも心地良く、判り易く響くとは・・・。う〜ん、素晴らしい。

パーカーの曲、1曲目の「Yardbird Suite」や2曲目の「Confirmation」、7曲目の「Moose the Mooche」などは、転がるような疾走感溢れる、明るくポジティブな展開。バップ・ピアノ風に弾きまくるハンクは実に楽しそう。溌剌とした、絵に描いた様なバップ・ピアノに、自然と思わず足がビートをなぞり、思わず指でリズムを取る。なんと判り易いピアノ・トリオな演奏なんだろう。

このアルバムはお勧めです。ジャズ者初心者の方々もベテランの方々も、ピアノ・トリオが好きな人、いやジャズが好きな人であれば、絶対に楽しめる、そしてハンクの素晴らしさが実感できる「至福の名演」だと思います。

この『Bop Redux』を聴いていて、ふと思い出した。ハンク・ジョーンズが出演しいた、PanasonicのCMを。そして、最後にハンクがつぶやく決まり文句「やるもんだ」(笑)。ハンクが亡くなった今となっては、ただただ懐かしい。合掌。
 
 
 
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2010年5月17日 (月曜日)

ハンク・ジョーンズ逝去

ハンク・ジョーンズが16日午後、ニューヨークのホスピスで死去した。91歳だった。昨年、もう90歳を過ぎたのだから、いつかこの日が来るのかなあ、と漠然と不安だったのだが・・・。

ハンク・ジョーンズは、ビ・バップの時代から現代まで活躍した米国のピアニスト。彼の端正で力強く、それでいて繊細なピアノ・タッチ、僕は大好きでした。来日時には2度ほどライブでハンクを観た。高い背、大きな手、長い指が印象的だった。

ハンク・ジョーンズは、ジャズ最先端のスタイルからジャズの伝統的なスタイルまで、芸術性を追求するアーティステックな演奏から演奏を楽しむエンタテインメントな演奏まで、ジャズ・ピアノ全ての奏法に通じる、全てのスタイルに適応できる「職人芸」的なピアノが特徴。よって、一部のジャズ評論家やジャズ者ベテランファンの方々から「特徴が無くて面白くない」と揶揄されたりもする。

でも、ですね。それと判る強烈な個性が無くても、ハンク・ジョーンズのピアノを聴けば、心から「ジャズ・ピアノってええなあ〜」と思います。それほど、ハンクのピアノは「ジャズそのもの」の音を奏でているんですね。

ハンク・ジョーンズのピアノ、と聞いて思い浮かぶのは、当時、新進気鋭、若手精鋭ミュージシャンの筆頭だった、ベースのロン・カーターとドラムのトニー・ウィリアムスとがっぷりと組んだトリオ「Great Jazz Trio」の『At the Village Vanguard』は、ハンクの芸術性を追求するアーティステックな演奏を十二分に聴かせてくれます。
 

Hank_jones

  
また、演奏を楽しむエンタテインメントな演奏としては、1975年の『Hanky Panky』、近年の作では、2004年の『For My Father』(写真右)などが私の愛聴盤です。リラックスしたエンタテインメント系のハンクのピアノは、端正でスウィング感溢れる演奏。ただただ演奏に感じ入り、ただただ聴き耳を立てるのみ。

サイドメンとして印象に残っているアルバムは、やはり、1958年の歴史的名盤、キャノンボール・アダレイ名義(実際のリーダーはマイルス)の『Somethin' Else』での、キャノンボール・アダレイ、マイルス・デイヴィス、アート・ブレイキーらと名演がまず浮かびますね。マイルスがブルーノートに最後の絵録音を残す折、選んだピアニストがハンク・ジョーンズだったという事実は、いまでも感じ入ります。

そして、我らが渡辺貞夫とのコラボ名盤『I'm Old Fashioned』そして『Bird of Paradise』ですね。どちらも、ベースのロン・カーターとドラムのトニー・ウィリアムスとがっぷりと組んだトリオ「Great Jazz Trio」のピアニストとして参加。胸の空くようなストレート・アヘッドな演奏が印象的でした。

つい最近、2009年グラミー賞「Lifetime Achievement Award」を受賞したという報に接し、まだまだハンクはいけるなあ、まだまだ頑張ってほしいなあ、と感慨にふけったばかりなのに・・・。今回の訃報には、なんと言って良いのやら。ああ、実に悲しい。やるせない。

決して天才ではない、幾つになっても、決して練習を欠かさないミュージシャンであったと聞いています。以前、雑誌で読んだ「練習を1日休めば、休んだ悪影響について、まずは自分で分かる。練習を3日休めば女房が気付く。そして、練習を一週間さぼれば仕事が無くなる」の言葉を思い出して、目頭が熱くなりました。ご冥福をお祈り致します。  
 
 
 
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2010年5月16日 (日曜日)

西海岸ジャズの古き良き時代

喉からきた風邪をこじらせて、先週の金曜日は久しぶりに本業を休み、医者の世話になった。これだけこじらせたら抗生物質をもらわないと絶対に治らない。もともと、子供の頃から「ひ弱」で、風邪はあっさりとスッキリ治ったことが無い。必ず、気管支系、咳にこじれて、抗生物質のお世話になる。

今回もそうなって、抗生物質を金曜日の夕方から飲み始めて、やっと今日になって気管支の不具合が良くなってきた。この調整だと明日から本業には復帰できるだろう。で、金曜日から昨日の土曜日にかけては、ほとんど床に伏せっていた訳だが、寝室にもそれなりのサブ・ステレオ装置が鎮座ましましていて、この2日間、結構の量のジャズ・アルバムに耳を傾け、癒された。

その一枚に、Bud Shank(バド・シャンク)の『Live At The Haig』(写真左)がある。1956年1月の録音。米国西海岸ジャズの内容秀逸なライブ盤です。ちなみに、パーソネルは、Bud Shank(as, fl), Claude Williamson(p), Don Prell(b), Chuck Flores(ds)。僕にとっては、ベースとドラムはちょっと知らない人ですね。まだまだ米国西海岸ジャズは勉強不足です。

ちなみに、このライブ盤、当の本人達はレコーディングされていることを知らなかったそうです。しかも、20年近くアルバム化されなかったという不思議な経歴を持つ音源です。1956年の録音なので、音はそれなりなのですが、記録されている演奏内容は実に素晴らしいものです。
 

Budshank_haig

 
バド・シャンクは、日本ではかなり過小評価されていて、米国西海岸ジャズ独特の、入念にアレンジされた楽曲をアンサンブルとアレンジ優先に、注意深く吹き進めていく、なんていう、迫力に欠ける、自由奔放なブロウに欠ける西海岸独特な繊細でお洒落なアルト・サックスなんていう人もいますが、とんでも無いですね〜。この『Live At The Haig』のバド・シャンクは、自由奔放に吹きまくっています。なかなか硬派なインプロビゼーションは、決して米国東海岸ジャズにひけを取りません。

米国本国では、人気、実力ともにアート・ペッパーと同等に、その実力を認められているらしいのですが、その事実については、このライブ盤を聴けば納得です。このライブ盤は、シャンクの力量を再認識するにもってこい1枚ですね。

このライブ盤に収録されている、どの曲でもメンバーがガンガンにハードバップしまくっています。それでも、そこかしこに「お洒落なアンサンブル」「粋な展開と捻り」が見え隠れしていて、このライブ演奏が、米国西海岸のものであることが良く判ります。少し乾いた熱気、ほど良く抑制されたグループ・サウンズとでも表現したら良いでしょうか。米国西海岸ジャズの優れた演奏成果が、このライブ盤に詰まっています。 

アルバム・ジャケットについては賛否両論ですね〜。でも、僕はこのアルバム・ジャケットの写真が大好きです。1956年当時、米国西海岸ジャズの在り方、矜持を感じるんですね。演奏しているミュージシャン達の「演奏家としての誇り」を強く感じることのできるジャケット写真で、僕はこのジャケット・デザインがお気に入りです。  
 
 
 
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2010年5月15日 (土曜日)

祝・BN4000番台コンプリート

今週の日曜日に強烈な喉の痛みに襲われ、月〜火曜日は市販の風邪薬で誤魔化していたが、水〜木曜日はどうしても、仕事上でしゃべり続けなければならない状況が続き、喉がやられた。そして、昨日、金曜日は朝から喉の痛みと激しい咳でダウン。久しぶりに内科医に行って抗生物質を貰って飲んで、なんとか快方に向かいつつある今日の土曜日。

昨日から大人しく床に伏せっていることが多いのだが、寝室には、小型のサブ・スレテオを設置してあるので、よっぽどな状態以外は、音楽は聴ける状況にある。久しぶりに風邪をこじらせて伏せったので、それはそれで、音楽をまとまって聴く時間がある、ってこと(笑)。新たに手に入れてたCDを2日で10枚ほど聴きました。

風邪をこじらせて、ってなんて不幸な、と思っていたが、「捨てる神あれば拾う神あり」という諺のとおり、良いこともあった。1週間ほど前に頼んでおいた、中古CDが手元に届いた。そのCDとは、The Three soundsの『Here We Come』(写真左)。ブルーノートの4088番。RVGリマスターの紙ジャケ仕様である。いや〜、探しに探した、リーズナブルな価格で中古提供される、ブルーノートの4088盤のRVG紙ジャケ仕様だった。

というのも、このThe Three soundsの『Here We Come』を入手して、ブルーノート・レーベルのカタログナンバー4001番〜4100番までの100枚がコンプリートした。ブルーノートとしては、有名な1500番台、1501番〜1600番までの100枚は以前にコンプリートしていたので、これで、1501番〜4099番までの199枚がコンプリートしたことになる。いや〜目出度い。

3sounds_herewecome

鬼門のアルバムは3枚あった。4065番のStanley Turrentine『Comin' Your Way』、Leo Parker『Rollin' With Leo』と、今回入手したThe Three soundsの『Here We Come』。特に、STANLEY TURRENTINE『COMIN' YOUR WAY』、LEO PARKER『ROLLIN' WITH LEO』は、ブルーノート活動当時、リアルタイムには発売されなかったもので、その後、幻の逸品ということで、企画物としてリリースされたことがあるだけのもの。日本でも過去一度だけCD化された難物。

特に、Stanley Turrentine『Comin' Your Way』は難物で、米国のamozonまで入って探し回り、やっとのことで、航空便で輸入して手に入れた。逆に、Leo Parker『Rollin' With Leo』は、米国でも日本でも廃盤、中古市場にも適当な出物が無い、という状態だったので、もう中古LPでも良いから手に入れようと思い詰めていたら、不思議と日本から再発されたのはラッキーだった。

そして、The Three soundsの『Here We Come』。このアルバムは、何度か日本でもCD再発されているので、気楽に構えていたら、どんどん在庫が無くなっていって、中古も非常識な価格設定がされるに至り、どうしたもんかと思案投げ首。こういうマイナーなアルバムはCD再発された時に、借金してでも、手に入れるべきですね。今回、たまたま、良心的な中古ショップが良心的な価格で、RVG紙ジャケ仕様を出してくれたので、見つけた時には、見境も無く「ポチッとな」である(笑)。

これで、やっと4000番台制覇。次は4100番台であるが、調べてみたら、約10枚程度の追加コレクションで達成できるということは判ったが、この4100番台にも、3枚ほど鬼門となるアルバムがある。さあ、どうやって攻略しようか。これから、ネットを使っての調査が楽しみになってきた。
 
 
 
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2010年5月13日 (木曜日)

超絶技巧、純ジャズ・ギターライブ

5月2日のブログ(左をクリック)で、「伝統的で真っ直ぐなジャズギター」として、パット・マルティーノ(Pat Martino)をご紹介した。

彼のギターは、コルトレーンの「シーツ・オブ・サウンド」の様に、空間を埋め尽くすように音をギッシリと散りばめる奏法が特徴。巷では「マシンガン奏法」や「空間恐怖症」などと呼ばれる。そんな彼の超絶技巧な、純ジャズギターライブをご紹介しておきたい。

そのアルバムは『Live at Yoshi's』(写真左)。2001年のリリース。パーソネルは、Pat Martino : Guitar , Joey Defrancesco : Organ , Billy Hart : Drums。絵に描いた様な、オルガン+ジャズギター・トリオである。

1曲目のOleo(Sonny Rollins作)から、最高速度で「すっ飛ばす」。驚異のマシンガンのような怒涛の16分音符「攻撃」には、感動を通り越して「唖然」とする。流石は「ジャズ・ギターのコルトレーン」と呼ばれる、怒濤のような「シーツ・オブ・サウンド」。その極みは2曲目の「All Blues」で炸裂する。怒涛の16分音符が炸裂しまくる。この冒頭の2曲「Oleo」〜「All Blues」の展開で、このライブ・アルバムの内容が「尋常でない」ものに気付く。

このライブ・アルバム全編の演奏はどれもが素晴らしく、演奏も異常なまでに「グルーブ」しまくり。とにかく、素晴らしいライブ・アルバムである。超絶技巧、純ジャズ・ギターライブである。パット・マルティーノは、純ジャズ系の正統派。実に優れた内容のジャズギターを繰り広げている。

Pat_martino_yoshis

バックのメンバーも、異常なまでに「グルーブ」している。主役のパット・マルティーノを食ってしまいそうな、切れまくりのオルガン、Hammond B-3の最高のグルーブを展開するJoey Defrancesco(ジョーイ・デフランセスコ)。凄まじいほどのグルーブ感。切れまくりの再現不可能であろうインプロビゼーション。ベースまでもオルガンで務めるデフランセスコの異常なまでの、切れまくり調節技巧なオルガンは、とにかく凄い。マルティーノの演奏に合わせコードを半音上げ下げする様は「異常」ですらある。

ドラムのBilly Hart(ビリー・ハート)も切れまくりのドラミングを聴かせる。そりゃあそうだ。これだけ、フロントで切れまくりのギター、切れまくりのオルガンを聴かされたら、バックのドラマーとして受けて立つしかない。怒濤のドラミングで応戦する。これまた、ビリー・ハートのドラミングもグルーブ感抜群。たじろぐマルティーノ、仰け反るデフランセスコ。

それでも、主役のマルティーノは秘術を尽くして、切れまくりのオルガン、ドラムを押さえにかかる。太い弦、固いピック。怒涛の16分音符の応酬。めくるめく「スリルと爽快感」。ドライブ感抜群のテンションノート。超絶技巧な純ジャズ・ギターは、ウェス・モンゴメリーだけでは無い。

驚異のマシンガンのような怒涛の16分音符「攻撃」のマルティーノのギター、そして、異常なまでに「グルーブ」しまくるデフランセスコのオルガン。切れまくりのドラミングで応戦するハートのドラム。そんな3者がガップリと組んだ、「かっ飛び」純ジャズ・ギターライブである。ジャズ・ギターのファンであれば、一度は聴いて頂きたい、とんでもない内容のライブ・アルバムです。 

とにかく、凄い内容の超絶技巧、純ジャズ・ギターライブである。初めて聴いた時には、感動を通り越して「唖然」とした。 
 
 
 
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2010年5月12日 (水曜日)

チャールズ・ミンガスの到達点・1

僕はチャールズ・ミンガス、この希有なベーシストの最高傑作は、1976年リリースの『Cumbia & Jazz Fusion』だと信じて疑わない(2009年7月12日のブログ参照・左をクリック)。

しかし、ミンガスは、この『Cumbia & Jazz Fusion』の後、3枚のアルバムを残している。チャールズ・ミンガスは亡くなるその時点まで、前進するアーティストであった。『Cumbia & Jazz Fusion』の後、この『Cumbia & Jazz Fusion』の成果を確固たるものにする為に、生前、後3枚のアルバムを作成した。その一枚が『Me Myself An Eye』(写真左)。1978年の録音。

このアルバムの録音時点で、ミンガスは車椅子に座っている。演奏はせず(できず)、自身のオーケストラを率いての「リーダー」という肩書だが、ミンガス・ミュージックは、あくまで前進している。その「前進」している音が、限りなく感動をさそうのだ。

1. Three Worlds of Drums
2. Devil Woman
3. Wednesday Night Prayer Meeting
4. Caroline Keikki Mingus

の4曲で構成されているが、どの曲も、ミンガス・ミュージックが色濃く反映されていて、出だしの3分位を聴くと、明らかにミンガス・ミュージックである、ということが明確に判る。
 

Mingus_memyselfaneye

 
テーマの作りが「制御された整然とした混沌」という、ミンガス・ミュージック独特な音で構成されている。感情のおもむくままの、垂れ流しのフリーキーな世界では無い。あくまで「制御された整然とした混沌」である。

一糸乱れぬアンサンブルと限りなく自由を与えられたアドリブ部と、そのコントラストが美しい。アンサンブルもアドリブも、良く耳を傾けると、かなり複雑なかなり高度な演奏を繰り広げている。力量のあるミュージシャンでないと対応できない、実に難解で、実に複雑なミンガス・ミュージックの「肝」である。

リーダーのミンガス自身がベーシストが故に「ビートとリズム」を重視した音作りは、今の耳にも「先進的」。ワールド・ミュージック的な要素もふんだんに取り入れている。1978年当時で、本質的に、真のフュージョン・ジャズを追求していたあたり、ジャズ界屈指のコンポーザー&アレンジャーであるミンガスの「矜持」をビンビンに感じる。

攻撃的でフリーキー、それでいて制御された構築美を誇るミンガス・ミュージックは、ここに極まれり、の感がある。単に感情にまかせてフリーキーに垂れ流す音楽を諫め、純ジャズとしての「行き方」を示した模範的演奏のひとつとして、是非とも再聴すべき、チャールズ・ミンガスの到達点、チャールズ・ミンガスの最後の成果である。

「制御された整然とした混沌」の世界は、まさにハードボイルド、まさに硬派な演奏である。決して甘くはないが、このミンガス・ミュージックの世界に、ジャズの良心が見え隠れする。ミンガス・ミュージックの面目躍如である。 
 
 
 
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2010年5月11日 (火曜日)

ストレート・アヘッドなロウズ

昨日に比べて、ちょっとばかり喉の調子が快復してきた。けど、体調はイマイチ。といって休む訳にもいかず、騙し騙しの一日。今日は今日とて、疲れた身体、疲れた頭に、爽快感を感じさせてくれる、意外と硬派なフュージョン・ジャズを、と触手を伸ばす・・・。

さて、昨日に続いて、ヒューバート・ロウズの話題を・・・。ヒューバート・ロウズと言えば、どうしても、CTI時代のアルバムが思い浮かぶ。しかも、昨日の『Afro-Classics』や『The Rite of Spring(春の祭典)』のように、クラシックを素材としたフュージョン・アルバムが真っ先に思い浮かぶ。なんだか、クラシックを題材にした「フュージョン屋さん」みたいな印象が強い。

が、である。ストレート・アヘッドなフュージョン・ジャズもあるんですよ。最近、やっとこさCDで入手することが出来た『In The Beginning』(写真左)。1974年録音。CTIでの2枚組アルバムです。2枚組ですよ。ヒューバート・ロウズの意気込みを感じるし、当時、高くて手が出なかった思い出も頭をよぎるし(笑)。

この2枚組アルバムが、なかなかストレート・アヘッドなフュージョン・ジャズ的な内容で、ジャズ者初心者当時から、大学近くの隠れ家的な喫茶店で良くリクエストしました。なんせ2枚組ですからね。当時の資金力では到底手が出ませんでした(笑)。

収録曲を見渡して、それぞれの曲名を確認すると、このアルバムは、なかなかにストレート・アヘッドなフュージョン・ジャズであることが想像できます。

Hlaws_beginning
 
SIDE-A
1.In The Beginning
2.Restoration
SIDE-B
1.Gymnopedie #1
2.Come Ye Disconsolate
3.Airegin

SIDE-C
1.Moments's Notice
2.Reconciliation
SIDE-D
1.Mean Lene

やはり、John Coltrane作の「Moment Notice」のカバーやラテン・リズムがユニークなSonny Rollins作の「Airegin」が目を惹きますね。

そして、パーソネルを見渡し、リズムセクションはと確認したら、Ron Carter (b), Steve Gadd (ds), Airto (per)。このリズムセクションが凄いリズムとビートを叩きだしている。特に、スティーヴ・ガッドのドラミングは、実にユニークかつ超絶技巧なドラミング。うねるようなビートが凄まじい。そして、加えて、Bob Jamesのキーボードのソロも凄まじき限りです。この時期に、こんなにエモーショナルに弾きまくるボブ・ジェームスも珍しい。 
 
そんな並外れたリズムセクションをバックに、実にストレート・アヘッドなフュージョン・ジャズが繰り広げられます。当然、主役、フルートのヒューバート・ロウズも吹きまくる吹きまくる。エモーショナルに、テクニック豊かに、フリーキーに、はたまた堅実に、変幻自在にストレート・アヘッドなジャズ・フルートを聴かせてくれます。
 
最近、あまり話題にあがらない『In The Beginning』ですが、これは「買い」です。特に、1970年代、フュージョン・ジャズのファンの方々には一度聴いて頂きたい推薦盤です。疲れた身体、疲れた頭に、爽快感を感じさせてくれる、意外と硬派なフュージョン・ジャズです。 
 
 
 
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2010年5月10日 (月曜日)

米国ジャズ者はクラシック好き?

喉が痛くてたまらない。昨日は日曜日だというのに一日伏せっていた。今日はちょっと本業の方が故あって休めないときた。すこぶる体調が悪い。体調が悪い時は、純ジャズはいかん。ライトなフュージョンが良い。

なんか良いのはないかいな〜、と、ふと目にとまったのが、Hubert Laws(ヒューバート・ロウズ )の『Afro-Classic』(写真左)。ヒューバート・ロウズは、ジャズ・フルート奏者。ヒューバート・ロウズはクラシック教育もしっかり受けており、クラシックをジャズ風にアレンジしたフュージョンアルバムを幾枚か出している。

「CTIクラシックス・シリーズ」第2弾とのこと。米国ジャズ者の方々はクラシック曲が好きなのかしら。ジャズの世界でも、クラシック曲を題材にアレンジされた演奏が、そう言えば結構ありますよね〜。 このアルバムの収録曲も日本語訳の収録曲の曲名を並べた方が、このアルバムの特徴が良く判る。

1. ファイアー・アンド・レイン
2. バッハ,協奏曲第3番,ニ長調
3. ある愛の詩・テーマ
4. バッハ,のパッサカリア,ハ短調
5. モーツァルト,フルート・ソナタ,へ長調

はははっ〜(笑)。ほとんど「クラシック」集ですね。 ヒューバート・ロウズは、正式にクラシック教育受けていたとのこと、アレンジの内容も良く、演奏レベルも十分に高い。大々的にクラシックを取り入れたところは、実にヒューバート・ロウズらしい。
 

Hubertlaws_afroclassic

 
ちなみに、パーソネルは、Hubert Laws(fl), Dave Friedman(vib), Ron Carter(b), Fred Waits(ds), Bob James(p,key) etc...。とりわけ、ボブ・ジェームスのキーボードが凄まじい。ロン・カーターのベースも結構入れ込んでいる。バックのメンバーの演奏も含めて、意外と聴き応えのある演奏が心地良い。

しかし、3曲目の「Theme from Love Story(ある愛の詩・テーマ)」には参ったなあ。これはもうテーマの演奏だけ聴けば、軽音楽、映画音楽そのもの。これがフュージョンかいな〜、と思っていたら、テーマが終わって、インプロビゼーション部に入ると、これがまあ、なかなか味のあるジャズ・フュージョンに早変わり。結構いける展開になんだか「ビックリ」(笑)。

全編、ヒューバート・ロウズのリーダーとしてのコントロールが効いていて、なかなか味のあるジャズ・フュージョン的演奏が聴ける。ジャズ・フュージョンとして、クラシック曲を題材とする時は、アレンジが全てであるが、このアルバムのクラシック曲のフュージョン・アレンジは「イケる」。クラシック臭さより、フュージョン臭さが勝っているところなど、クラシック曲好きのヒューバート・ロウズの面目躍如。ドン・セベスキーのアレンジ万歳である。

しかし、アルバム・タイトルの「Afro-」ってどこからきたのだろう。パーカッションを積極的に導入したところから「Afro-」としたらしい。う〜ん安易やなあ(笑)。実に「脳天気バンザイ」である(笑)。

大向こうを張った煌びやかな展開ではありませんが、聴けば聴くほど味のあるアレンジが粋な、なかなかの佳作だと思います。体調が悪い今日一日、このアルバムの演奏には癒されました。 
 
 
 
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2010年5月 8日 (土曜日)

ピアノ・トリオの代表的名盤・13

一昨日に続いて「ピアノ・トリオの代表的名盤」である。たまたま、上品で気品溢れる聴き易いピアノ・トリオのアルバムは無いか〜、と探していたら、久々にこのアルバムに至って、久しぶりに聴いたら、やっぱり「良いものはいつ聴いても良いねえ」ということになったので、今日は、一昨日に続いて「ピアノ・トリオの代表的名盤」である(笑)。

その「このアルバム」とは、アル・ヘイグ(Al Haig)の『Invitation』(写真左)。アル・ヘイグの1974年の録音である。アル・ヘイグ、1924年7月22日ニュージャージー州生まれ、1982年没。スイング期とバド・パウエルの過渡期的スタイルの名ピアニスト。言い得て妙ですね。決して、ビ・パップの様に先鋭的でテクニック優先では無い、といって、スイングの様にポップスに迎合した聴き易さのみを追求する訳でも無い。

アル・ヘイグのピアノは、優雅で気品が芳しく香るタッチと分厚い和音を駆使しつつ、典雅でゴージャズな右手のインプロビゼーションが特徴。スイング・ピアノの様に俗っぽく無い。そして、ビ・バップ・ピアノほどテクニック優先なテクニカルな響きは無い。それでいて、気持ち良くコロコロと回る右手、タイミング良くビートを供給する左手。アル・ヘイグのピアノは、ブルージーではあるが決して案漠な暗さは無く、少し軽やかで、乾いた典雅な展開が素敵である。

そんなアル・ヘイグのアルバムであるが、ビ・バップ時代にある程度の活躍とアルバムを残したが、1965年『Al Haig Today!』以降、暫く消息が途絶える。そして、73年頃から再びヴィレッジ・ヴァンガードのクラブで活動を再開し、1974年1月に録音したのが、本作『Invitation』である。アル・ヘイグ50歳の時である。

ちなみにパーソネルは、Al Haig (p) Gilbert "Bibi" Rovere (b) Kenny Clarke (ds)。アル・ヘイグは50歳、ドラムのケニー・クラークは60歳。ベースのギルバート・ローバーは36歳。アル・ヘイグとしては、年齢的に円熟期の演奏。ドラムのケニー・クラークとしては「枯れの境地」、逆にベースのローバーの音が若々しい。この円熟期のピアノ、程良く枯れたドラム、若々しいウォーキング・ベース。この3者3様の組合せが、このアルバムの「奇跡」を生み出している。
 

Al_haig_invitation

 
とにかく、アル・ヘイグのピアノは、端正でかつ典雅。アースティスティックな芳しき香りを振りまきつつ、ビ・バップライクな回る右手と品位漂う左手のビート。アル・ヘイグのピアノは、とにかく端正で聴き易い。そして、ゴージャスで流麗。聴き易いことこの上なし。決して破綻することの無いアドリブ。品行方正なピアノ。ジャズにアウトローを求める向きには、絶対に相受け入れられない典雅なピアノ。どちらかというと、ハンク・ジョーンズに通ずるものがある。

そんなアル・ヘイグのピアノの特徴が実に判り易く詰め込まれたアルバムが、この1974年の録音された『Invitation』である。曲毎のアレンジは、正統派ピアノ・トリオ・ジャズというもの。ピアノが主役、旋律を奏で、最初のソロ・アドリブをかましたあと、ベース、ドラムと軽いソロが続く。そして、皆でテーマに戻り、大団円なエンディング。つまりは、スイング時代から定番のジャズ曲の展開パターンを全曲踏襲しているところが、このアルバムの奇跡。何度も言うが、録音年は1974年。フュージョン・ジャズ、真っ盛りの環境で、この正統派な味わいのピアノ・トリオ・アルバムである。

どの曲も、とにかく、ピアノのアル・ヘイグが印象的。アル・ヘイグがこんなに端正で、優雅で気品が芳しく香るタッチと分厚い和音を駆使しつつ、典雅でゴージャズな右手のインプロビゼーションが特徴のジャズ・ピアニストとは思わなかった。決して、聴き手に迎合していない、当時、自らが表現したいものを淡々と表現しただけの、全く商売っ気の無いアルバム。『Invitation』とは、そんなピアノ・トリオ・アルバムである。

絵に描いた様なピアノ・トリオ・アルバムである。演奏曲毎の展開も、ピアノが主役、旋律を奏で、最初のソロ・アドリブをかましたあと、ベース、ドラムと軽いソロが続く。そして、皆でテーマに戻り、大団円なエンディング。ピアノ・トリオの超定番的な展開を全て踏襲している。そして、何より、聴き手に迎合しない、自らが信じるアドリブ展開。実に潔い内容である。ジャズ者初心者にお勧めなんですが、このところ廃盤状態が続いています。ジャズ喫茶などでリクエストしてでも、一度は聴いて頂きたい、ジャズ・ピアノ・トリオの傑作です。
 
 
 
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2010年5月 7日 (金曜日)

マッコイ・タイナーの傑作である

最近、マッコイ・タイナーがなんだか気になって、良くチョイスする。まあ、バーチャル音楽喫茶『松和』のトレンドのアーティストという感じですかね。

今日は、マッコイ・タイナーの1970年代前半の傑作『Sahara』(写真左)である。Milestoneレーベルでのファースト・アルバム。パーソネルは、Sonny Fortune (as, ss, fl) McCoy Tyner (p, koto, fl, per) Calvin Hill (b, reeds, per) Alphonse Mouzon (ds, tp, reeds, per)。正確には、1973年1月の録音になる。

このアルバムは、タイナーが、コルトレーンの下で経験した、スピリチュアルでエモーショナルで、超越技巧なテクニックをベースにした「シーツ・オブ・サウンド」の、タイナーならではの集大成的な作品。メインストリーム・ジャズど真ん中、ストレート・アヘッドなジャズ路線。亡きコルトレーンのスタイルをタイナー流に継承したもの。

冒頭の「Ebony Queen」から、これまた、まあ呆れるほどに、スピリチュアルでエモーショナルで、超越技巧なテクニックをベースにした「シーツ・オブ・サウンド」の怒濤の演奏、怒濤のビート。

サックス担当のソニー・フォーチュンが頑張っている。単調になりそうでならないフォーチュン。しかし、コルトレーンの様に重厚で深刻にならない、ちょっとライトなフリーキーなブロウ。ドラムのムザーンとベースヒルのリズムセクションも、とにかく「頑張る」。良い演奏です。アブストラクトで完全フリー一歩手前ですが、しっかりと「音楽」になっているところが「聴ける」。
 

Mccoy_sahara

 
2曲目の「Prayer for My Family」のタイナーのソロが絶品である。ピアノという楽器はテナーの様な肉声に近い楽器とは正反対、肉声から最も遠い楽器なので、なかなかスピリチュアルでエモーショナルな表現は難しいはずなんだが、タイナーは、超越技巧なテクニックをベースにした「シーツ・オブ・サウンド」を武器に、ピアノ一本で、メインストリーム・ジャズど真ん中、ストレート・アヘッドなジャズ路線ど真ん中のピアノ・ソロを歌い上げてみせる。素晴らしい。美しい。

3曲目の「Valley of Life」での「琴」の採用は、ちょっとやり過ぎやなあ(笑)。あまり意味のない、あまり意図の感じられない「琴」を使用してのインプロビゼーションは、まあ「ご愛嬌」とでもしておきましょう(笑)。

しかし、その後、4曲目「Rebirth」「Sahara」は、再び、スピリチュアルでエモーショナルで、超越技巧なテクニックをベースにした「シーツ・オブ・サウンド」の怒濤の演奏、怒濤のビートの復活である。恐るべきタイナーのハンマーの如き左手、右手のペンタトニックスケール。ガンガンくる。グループが一体となった怒濤の演奏、怒濤のうねる様なビート。グワングワンと「うねるうねる」。各メンバー一丸となってガンガン突き進む様は「颯爽」の一言。硬派な爽快感抜群である。

ラストの長尺アフロジャズ「Sahara」では、後のワールド・ミュージック的なパーカションの響きも楽しく、もうこの「Sahara」を聴き終えた後では「お腹一杯」の精神的満腹感で「グッタリ」です(笑)。とにかく強烈。コルトレーン・ミュージックに対して、タイナーなりの「落とし前」をつけたような、メインストリーム・ジャズど真ん中、ストレート・アヘッドなジャズ路線ど真ん中な、誠実さ溢れる作品だと思います。

でも、このアルバムは、演奏内容があまりに「スピリチュアルでエモーショナル」なので、ジャズ者初心者の方々には、ちょっとハード過ぎる内容だと思います。タイナー入門には、ちょっと内容が「濃すぎ」ですかね〜。あえて、ジャズ者中級者以上向けの「濃い」内容のアルバムだと申し上げておきましょう。でも、一度は聴かねば。1970年代前半のメインストリーム・ジャズをバリバリに体感できます。
 
  
 
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2010年5月 6日 (木曜日)

ピアノ・トリオの代表的名盤・12

僕が初めて「ファンキー・ジャズ」に触れたのは、アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャースの『Moanin'』。タイトル曲の「Moanin'」の、コテコテなファンキーさときたら、それはもう、心から素晴らしい、と思いましたね〜。

で、その「Moanin'」、これって、曲時代が「ファンキー」なんですよね。この曲は、誰がどう演奏したって「ファンキー」に聴こえる。この作曲者は、Bobby Timmons(ボビー・ティモンズ)。

1935年12月、牧師の息子として生まれる。1956年にケニー・ドーハムが率いるジャズ・プロフェッツのメンバーとなる。世界的に名を揚げたのは、アート・ブレイキーのジャズ・メッセンジャーズのメンバーとしてである。その時書いた名曲が「Moanin'」。そして、1974年3月、肝硬変のため没。38歳の若さであった。

僕は、このボビー・ティモンズのピアノは、ジャズ・ピアニストの中で一番「こてこて」ファンキーなフレーズを紡ぎ出す名手だと思っている。独特の1オクターブ和音の3連符奏法、そして、フレーズの最初の音を「ガ〜ン」とアタック良く叩くことで、リズムセクションのオフ・ビートに乗せて、湧き出るように紡ぎ出てくる「こてこて」ファンキーなノリ。

そんなティモンズの「こてこて」ファンキーなピアノが聴けるのが、『This Here Is Bobby Timmons』(写真左)。ボビー・ティモンズの初リーダーアルバムである。2曲目に、先に紹介した「Moanin'」が収録されている。キャノンボール・アダレイとのライブで有名な「This Here」は、アルバムの冒頭を飾る。

このアルバムは、さすがに彼の初リーダー作だけあって、ティモンズの本質を如実に表している。彼は2つの顔を持つ。「こてこて」ファンキーなピアノとパウエルライクなビ・バップなピアノ。ティモンズのピアノはそんな2面性の融合が「個性」である。
 

Timmons_this_here

 
この『This Here Is Bobby Timmons』でも、その2面性が楽しめる。「This Here」「Moanin'」「Dat Dere」「Joy Ride」の彼の自作曲では、「こてこて」ファンキーなティモンズのピアノが心ゆくまで楽しめる。独特の1オクターブ和音の3連符奏法、そして、フレーズの最初の音を「ガ〜ン」とアタック良く叩く「こてこて」ファンキーなノリ。黒さをじっくり押さえて、独特な奏法で、ファンキーさを醸し出す彼のピアノ・テクニックは「唯一無二」である。

そして、自作曲以外のスタンダード曲では、パウエルライクなビ・バップなピアノが楽しめる。というか、スタンダードを奏でるティモンズのピアノは、パウエル派なバップ・ピアノ奏法そのものである。しかも、テクニックは確かなもの。

とりわけ、3曲目の「Lush Life」、7曲目の「My Funny Valentine」でのティモンズの演奏は、彼は、完璧なパウエル派であるという「個性」を露わにしている。それにしても、テクニックは確か、そんな確かなテクニックの中で、パウエルとは似つかぬ「ファンキーさ」を表現している「個性」は、やはりティモンズならではのものである。 
 
ティモンズの「こてこて」ファンキーなピアノは、「俗っぽい」として敬遠される向きもある。しかし、音楽に「俗っぽさ」とか「芸術的」とか、何か明らかに、志の高低を決めるものがあるのだろうか。無いよな。僕は、このティモンズの「こてこて」ファンキーなピアノは、ジャズの歴史の中で唯一無二なものだと思っている。
 
ピアノ・トリオという最少人数で、これだけの「こてこて」ファンキーさを表現できるって、凄いピアノだと思います。ピアニストとしてのテクニックの確かさと、作曲・編曲の抜きん出た才能。この2つが兼ね備わっていないと表現できない芸当ではないかと。このティモンズの初リーダー作を聴くだけで、ティモンズが只者では無かったことが判ります。38歳の若さで亡くなったのが惜しまれます。 
 
 
 
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2010年5月 5日 (水曜日)

1971年のキース・ジャレット

1971年当時のキース・ジャレットである。今では「スタンダーズ」と呼ばれるトリオを長年率いてきて、キースと言えば、スタンダード専門のピアノ・トリオ、加えて、時折、ソロ・ピアノという形に収まった感がある。が、デビュー当時、1960年代後半から1970年代前半は、とにかく、ジャズに収斂できる演奏パターンや音楽的要素はなんでも取り入れて演奏してしまう、という、とにかく「先鋭的」、俗っぽく言い換えると「やんちゃ」な演奏家だった。

とにかくなんでもやる、というか、当時の流行をごった煮の様に取り入れて、えいやっ、とモーダルなメインストリーム・ジャズにまとめ上げていくという、なんとも「力業的な」アルバムが多々残されている。今では「スタンダーズ」がメインになってしまったんで、キースの1960年代後半から1970年代前半の、キースのアルバム紹介になかなか顔を出さないアルバム群が話題になることは、ほとんど無くない。

しかし、キースの本質を知る上では、この辺の「隠れアルバム」群は絶対に聴かねばならない。僕は、今の「スタンダーズ」中心のキースの方は「特別な」ものと感じているし、「スタンダーズ」はキースの美しい面、つまり表面のみを写しているもので、キースの裏面、キースのアバンギャルドな面は「スタンダーズ」にはほとんど表現されていない。

この『Birth(誕生)』(写真左)というアルバムも、そんなキースの隠れた面を僕たちに教えてくれる、キースのアルバム紹介になかなか顔を出さないアルバム群の一枚である。そもそも、71年、キースがリーダーとして行った2つのセッションから録られたもので、同じセッションから作成されたアルバムは、『The Morning of a Star(流星)』および『El Judicio』というアルバム名でリリースされている。つまりは、1971年当時のキースを知るには、この『Birth』と『The Morning of a Star』および『El Judicio』の3枚をセットで聴くことがベスト。

この『Birth(誕生)』、アルバム的には、デューイレッドマン参加の最初の作品となる。つまりは、後の「アメリカン・カルテット」の発祥的なアルバムになる。長男誕生を記念してのタイトル曲、冒頭の「Birth」は、実にジャジーでメインストリーム的なバラード。静的なトーンの中で情感溢れる展開が潜んでいるところが実にグッとくる。キースのバラードセンスが煌めいている。
 

Keith_birth

 
打って変わって、2曲目の「Mortgage on My Soul」は、ベースにファズをかけてオルガンのような音にした、ロック基調の、なかなかに格好良いビートが特徴。ここでは、なんとキースはソプラノ・サックスを吹いて、テナーのレッドマンとかけあっている。いやはや、いけいけどんどん、なんとも「力業的な」演奏である。が、これがまだ、キースの裏面、キースの本質のひとつでもあるのだ。キースって意外とアバンギャルドなんだなあ、と感心したりする。

ここまでは、なんとなく1971年当時のメインストリーム・ジャズとして「なかなか」と思うんだが、3曲目の「Spirit」以降、「Markings」「Forget Your Memories (And They'll Remember You)」「Remorse」とフリーでアバンギャルドな演奏が続く。これは普通のジャズ者の方々からすると、聴くのには、ちと「辛い」演奏になっている。

後のアメリカン・カルテットのフリーキーな演奏に通ずるものなんだが、さすがに、キースとデューイは初対面。なんだかとりとめのないフリーキーな演奏が延々と続く。部分的には「はっ」とする瞬間もあるんだがなあ。でも、このアバンギャルドな面がキースの音楽性の一面でもあるし、1971年当時は、まだまだ洗練されていない、凡作とでも評価されかねない演奏もあるのだ。「キースは一日にしてならず」である(笑)。

でも、このアルバムの価値は絶対にある。キースの裏面を如実に僕たちに教えてくれるし、冒頭の2曲は、1971年当時のジャズのトレンドを優れた演奏で表してくれていて、この冒頭の2曲は、1971年のキースの成果として十分に評価できるし、演奏的にも楽しめる。

でも、このアルバムは、ジャズのマニア、特に、キース者の「コレクターズ・アイテム」でしょう。ダウンロード・サイトで安価に購入できるとは言え、ジャズ者初心者の方々が手を出す代物ではないでしょうね。逆に、キース者を自認する方々には「必須アイテム」でしょう。少なくとも、1971年キースの『Birth』『The Morning of a Star』および『El Judicio』3部作は入手して、じっくりと聴かないといけませんぞ(笑)。しかし、このジャケット・デザイン、なんとかならんかったんかなあ(苦笑)。
 
 
 
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2010年5月 4日 (火曜日)

真のフュージョン、真の異種交流

なかなか平年通りの気温に戻らず、なんだか寒いなあ、と思っていたのが一週間前。今日は打って変わって、なんだか夏日の我が千葉県北西部地方。この劇的な気温上昇に身体がついていけずに、なんだか体調が麗しくない松和のマスターです。

しかしながら、この初夏の気候を感じると、必ずトレイに載るアルバムがある。 古澤良治郎 and リー・オスカーの『あのころ』(写真左)。リー・オスカーのハーモニカ、古澤良治郎のドラムス、大口純一郎のピアノ、渡辺香津美と大出元信のギター、高橋知己のサックス、そして川端民生(故人)のベース。

フュージョンとは「融合」という意味。当初は「クロスオーバー」と呼ばれた。当初は、ジャズとロックの融合。8ビートの導入がその「肝」だった。それから、「融合」という意味は複雑さを究め、ロックとジャズの「融合」という単純な意味合いでは無くなった。ちなみに我が日本では、最終的には、ジャズからみて「異種格闘技的」なコラボ・ミュージック、コラボ・セッションを「フュージョン」と呼ぶようになった。

確かに、当時(1970年代後半〜80年代初頭)、日本でのフュージョン・シーンには、特筆すべき「融合」つまりは「異種格闘技的」コラボ・ミュージック、コラボ・セッションが多々花開いた。日本こそが「フュージョン」の本質的意味をいち早く理解した、素晴らしい音環境であったことを物語っている。

その代表的一枚が、この『あのころ』であると僕は信じて止まない。リー・オスカーのハーモニカは決してジャズでは無い。古澤良治郎とて、純ジャズ的なドラマーでは無い。大口純一郎のピアノとて、純ジャズとした聴けば物足りなく、大出元信のギターは中途半端、川端民生(故人)のベースとて、純ジャズ、メインストリームとは言い難い、ほのぼのとした茫洋さを醸し出してる。このアルバムのメンバーで、メインストリーム・ジャズの演奏家と言い切れるのは、渡辺香津美のみである。
 

Anokoro

 
でも、冒頭の「いま・春?」を聴いて欲しい。このほのぼのとした、弾むようなテンポは十分にジャジーな雰囲気を醸し出している。そこに入ってくるリー・オスカーのハーモニカも実にジャジー。この曲、この演奏は絶対に純ジャズでは無いが、全体に流れる、ほのぼのとした明るいファンキーな雰囲気はジャジー以外の何者でも無い。

2曲目の「ブギ・マン・リヴス・イン・TOKYO」は、現代的なファンキー・ジャズである。決して、純ジャズでは無い。でも、この曲は絶対にファンキー・ジャズである。それも、実にユニークで実にクールな「ファンキー・ジャズ」。確信は無いんだが、理屈は付けることは出来ないんだが、この「ファンクネス」は米国人には出せないと思う。日本人、アジア人しか出せない「ファンクネス」。その後押しをしてくれているのが、ハーモニカのリー・オスカーだという事実。

3曲目の「カナ・カナ 」、続く「キョン」、そして、5曲目の「ソング・フォー・マージョリー」と、純ッジャズでは無いが、実にジャジーな、それでいて当時流行の「フュージョン」というジャンルの括りで片づけてしまいたくない、唯一無二、個性溢れる「フュージョン・ジャズ」が繰り広げられている。

そして、ラストの「あのころ」。このジャジーで哀愁溢れる、そこはかとなくファンキーで、そこはかとなくポップな、このジャンル不明な、言い換えると、絵に描いた様な「融合」的な音楽はなんと表現したら良いのだろう。ビートはリズムは「ジャジー」。でも、テーマは「ポップ」。展開は判りやすい「プログレ」でもあり、インプロのシンプルさは「フュージョン」。このラストの「あのころ」にこそ、このアルバムの奇跡的な存在意義を、体験的に感じることが出来る。

このアルバムは、フュージョン時代の奇跡、言い換えいると、良い意味での「突然変異」である。このアルバムこそが、当時の「フュージョン・ミュージック」の「あるべき姿」を表現してくれている。このアルバムの演奏こそが、真の「フュージョン・ミュージック」と言える。少なくとも、僕はそう言い切りたい。

僕はこのアルバムをLP時代から昨年奇跡的にCD再発されるまで、何百回聴いたか判らない、僕の人生の中でのエバーグリーンな一枚。フュージョン・ジャズの成果の一枚だと信じて止まない。ちなみに、かの「故・松田優作」氏も愛した1枚でもある。ジャケット・デザインもほのぼのとして秀逸。大向こうを張った内容ではないが、着実地道、けだしフュージョン名盤である。 
 
 
 
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2010年5月 2日 (日曜日)

伝統的で真っ直ぐなジャズギター

この人のギターの響きは、なかなかユニーク。ジョンスコやジョンアバの様に「素敵に捻れている」訳では無い。音的には「伝統的」。しかし、その音は「真っ直ぐ」。ストレートに音を伸ばして、ビブラートやチョーキング、捻れは全く無い。

一言で言うと、伝統的なジャズギターの音色はしているし、奏法を踏襲してはいるが、音は「真っ直ぐ」ストレート。テナーでいうと、ちょっとコルトレーンの音の傾向に似ている。従来のジャズの様に、粘り着くようなジャジーな響きや、コテコテなファンキーな響きを出来る限り排除して、ストレートな響きで、シンプルにジャズを演奏する。そんな「伝統的で真っ直ぐなジャズギター」。

その音の主は、パット・マルティーノ(Pat Martino)。1944年8月生まれ。米国ペンシルヴァニア洲フィラデルフィア出身のジャズ・ギタリスト。彼をコルトレーンの様な「ジャズ・ギターのパイオニア」とする一部の熱狂なファンが存在する。

コルトレーンの「シーツ・オブ・サウンド」の様に、空間を埋め尽くすように音をギッシリと散りばめる奏法が特徴。巷では「マシンガン奏法」や「空間恐怖症」などと呼ばれることも少なくない。ちなみに彼は、ウェス・モンゴメリーやジョニー・スミス、ジョン・コルトレーンからの影響をカミングアウトしている。納得納得。

このパット・マルティーノのアルバムの中で、良く聴くアルバムの一枚が『Exit』(写真左)。1976年の作品。ギター・フリークの中では「超絶ギター・テクが聴ける歴史的名演奏」とされるが、僕は、後半のスタンダード演奏の3曲をこよなく愛している。
 

Exit_patmartino

 
その3曲とは「Days of Wine and Roses」「Blue Bossa」「I Remember Clifford」。パット・マルティーノのシャープでバカテクなギターで奏でるスタンダード曲は絶品。ほのかな色気も感じる、実に絶品な演奏である。

マルティーノのストレートな響きでシンプルにジャズを演奏するギターワークは、実に「無機質」に響く。粘り着くようなジャジーな響きや、コテコテなファンキーな響きを出来る限り排除した、この「無機質」な音に「ほとばしる熱気」を感じるのだから、マルティーノのギターは不思議。テンション溢れる、「シーツ・オブ・サウンド」の様に、空間を埋め尽くすように音をギッシリと散りばめる奏法がマルティーノの「熱気」の肝。

バックの好演も見逃せない。音の切れ味が良く、エッジの立った響きが印象的なギル・ゴールドスタインのアコースティック・ピアノ。リチャード・デイヴィスの重心低いベースはシッカリとバンドのビートを支え、ビリー・ハートのドラムも堅調かつ柔軟。

逆に、前半の自作の3曲「Exit」「Come Sunday」「Three Base Hit」については、アレンジや展開をリリース当時の1976年の流行に合わせている分、マルティーノの「マシンガン奏法」ギターはバッチリなのですが、今の耳にはちょいとレトロに響いてしまうのは「ご愛嬌」。後半のスタンダード3曲の引き立て役になっているので、これはこれで良し、ですかね〜(笑)。

「孤高のギタリスト」と呼ばれるに相応しい、唯一無二、フォロワーの存在を許さない、パット・マルティーノの独特の音世界が、このアルバムにギッシリとつまっています。パット・マルティーノ入門盤として、実に良い内容の佳作だと思います。  
 
 
 
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2010年5月 1日 (土曜日)

GWです。音楽は少し横に置いて。

さあ、世間は本格的にゴールデン・ウィークに突入です。とは言っても、私は30日、本業を有休にして、29日よりゴールデン・ウィークに既に突入済みです m(_ _)m。

本業がなかなか上手くいかず、精神的な疲労の蓄積がピークの状態だったので、今回のGWは実に良いタイミングでやって来てくれました。とにかく、先ずは本業のことは忘れること。昨日は、ちょっと栃木の山奥まで、美味しい味噌を買い足しに行ってきました。今日は、ですね・・・。

僕は学生の頃より、NHKの朝の連ドラがなんとなく好きで、面白そうなシチュエーションのドラマは、結構、粘り強く毎日観る習慣がついています。今回は、この4月からの「ゲゲゲの女房」。ゲゲゲの鬼太郎の作者、水木しげるの奥さんの自伝を基に書き下ろしたドラマで、これが僕にとってはなかなかに面白い。

今日のお話しで、調布の深大寺を訪れるシーンが出てきて、暫く忘れていた「深大寺」というキーワードが脳裏にクッキリ浮かび上がってきた。故あって、馴染みのある地名、馴染みのある寺。暫く忘れていた地名。一度は訪れてみたいと思っていたことを、テレビで観ていて瞬時に思い出した。

すると、我が嫁はんが「深大寺に行ってみようか〜」っていうので、今日は、朝からまずは整骨院に行って、それから、一路、深大寺へ。最寄りの駅三鷹から、バスで終点まで「エッチラオッチラ」である(笑)。

Jindai_temple1_6

深大寺はコンパクトにまとまった天台宗のお寺。良い感じの風情に心が和む。本堂はちょっと新しくて、なんとなく興ざめはするものの、山門や鐘つき堂など、風情のある佇まいに心が和む。そして、なんと言っても「深大寺そば」。ちょっと白いお蕎麦は「なかなかの美味」。ついでに「蕎麦饅頭」「濡れ蕎麦煎餅」なども味わいながら、とにかく、心は「ゲゲゲの女房」で癒される(笑)。

Jindai_temple2

そして、隣接する神代植物園まで足を伸ばす。これがまた風情のある植物園で、山歩きハイキング気分を満喫できる。ほど良く整備された遊歩道は実に良い雰囲気。温室もなかなかコンパクトにまとまった優れもの。今日は、藤が8分咲きで、それはそれは見事に咲き誇っている。ちなみに下の右の写真は「トイカメラ」での撮影。なかなか面白い効果が得られて、トイカメラは面白い。

Jindai_botanical_garden

天気は上々、気温もやっと5月の平年の気温にほぼ近づいて、春の日差しを身体一杯に浴びながら、歴史に古いお寺を愛で、神代植物園で森林浴。完璧な「心の洗濯」である(笑)。とにかく、心の底まで癒された。東京の近辺にこんなに雰囲気の良い植物園エリアがあるとは思わなかった。実に気に入った。四季折々、これから幾度となく訪れてみたい、そんな気にさせる、隠れた「癒しのスポット」だった。

ということで、今日は「GWです。音楽は少し横に置いて」。今日は本当に音楽は全面的にお休み。身体を動かし、自然に触れ、森林浴を楽しみ、歴史的なお寺を愛でる。今日は「心の洗濯」。本業という俗世間の出来事を忘れる為、昨日今日と「心の洗濯」。実に効果的に「心の洗濯」が出来て、やっとなんとなく、精神的な疲れが取れてきた。時には全てを忘れて、小旅行に勤しむ余裕は持ち続けたいものだ。今年のGWは、そんな当たり前のことをつくづく思い知った。  
 
 
 
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